やはり俺が一色いろはの家庭教師を任されるのはまちがっている。 (まーが)
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やはり俺が一色いろはの家庭教師を任されるのはまちがっている。

時は大学1年、余暇の季節。

そう、夏休みである。文理問わずここで高校同期などと遊び惚ける者も多いだろう。しかしこの比企谷八幡、友達と呼べるやつがほとんどいない点で抜け目がない。

おいこらそこ。空威張りとか言うんじゃないの。

 

 しかしこの休みに何もしないというのはさすがにもったいない。何も意識高い系エンジニアのような妄言を吐くつもりはないが、家にいるよりは外に出て何かやることを探す方が大事なのはまぁ明白である。...元々インドア系だったわけだが、どういうことか奉仕部の影響によって酷く変わってしまった。全く、俺の安寧を返してくれよな。

 

「よし、ここだな」

 

ということで俺は家庭教師のバイトを申し込んだわけである。専門は国語と英語、世界史と中々に俺らしいという選択である。高度な専門的補助を要する理系科目の市場価値の方が高そうに見えたのだが、案外文系科目の価値も低くはないらしい。

 

「すみませーん、家庭教師の比企谷です」

 

インターホンを鳴らして人が出てくるのを待つ。まもなくして栗色の髪をした女の子が俺を出迎えてくれた。

 

「はーい、て...せんぱい?」

 

「よ、久しぶりだな」

 

俺は事前に担当生徒は知らされていたのでさほど驚きはしないが、それでも"久しぶり"ということもあって感慨深く思っている。元々こいつには色々世話になったし、その礼として受験結果に返してやれればという気持ちも強く持ってて、「あぁ、本当に俺って変わったな」と感じる。

 

「あの~、一色さん?」

 

「...」

 

どうやら突然すぎてショートしているらしい。まあ募集した家庭教師から同校のしかも自分の先輩が来たもんだからさぞかし動揺しているだろう。ソシャゲガチャでも希有の確率な点俺の価値はSSRなのかもしれない。

 

「...久しぶりです。」

 

「おう」

 

やや俯いて彼女がそう答えると、奥から母親らしき人が出てくる。

 

「こんにちは~。二人ともお知り合いかしら?」

 

「ああ、娘さんとは高校時代に色々接点があって」

 

「そうなのね!ならお任せしちゃって大丈夫かしら」

 

「え、お母さん!?」

 

「ごめんね~いろは。母さんこれから用事が出来ちゃったのよ~」

 

「まあこれなら丁度いいわねぇ~」と言いながらそそくさと出かけてしまった。

...嵐のような人物だが悪い人ではなさそうで安心した。

 

 

 

 

 

 

「分かりましたー。じゃあとりあえずお邪魔しま「ちょっと待っておいて下さい!」」

 

「か、片付けるものがあるので!!」

 

そう言うと彼女はダッダッダッダと2階へ消えてしまった。なるほどこの家系は風属性を代々継承しているのだろう。慌ただしいことこの上ない。

 

「よいしょ、よいしょ。もう大丈夫ですよー!!」

 

「ん、分かった」

 

2階で彼女が叫ぶのを聞いて玄関に上がらせてもらう。そして2階へ向かうわけだが、男1人ぽつんと家にいさせて家族は娘を不安にはならないのだろうか。...別にとって食いはしないけどな!

 

「お邪魔しまーす」

 

「どうぞー」

 

一色の部屋へ入る。中は案外こじんまりとしたいい空間が広がっていて、教えるのにはまぁありかな...いや最適すぎるな。

 

「せんぱいに教えてもらうなんて夢のようですよ~」

 

「だよな。俺らがこういう関係になるとか予想もつかなかったし」

 

「まあでもシミュレーション上ではあらゆる関係を経験したんですけどね」

 

 

 

 

 

 

こういう不穏な言動は無視に限る。

 

 

 

 

 

 

「ああ、それで話は逸れるんだが」

 

「なんですか?」

 

「...夜、俺に何の用があるんだ?」

 

 

そう。この話、家庭教師で偶然後輩を担当にもつなんていう単純な話ではない。

 

なんと、数か月ほど前から俺はこいつに夜道をつけられていたのだ。そもそも自宅通いだから千葉から離れてはいないわけで、高校に近い家に対してつけられない距離ではない。

最初は俺のものとは違う足音が聞こえて気味が悪く、あまり夜は出歩かないようにした。そうすると今度は昼間にも視線を感じ、とうとう潮時だと思った俺はストーカーのストーカーをすることでこいつを突き止めたってわけだ。

 

 

「......何のことですか?」

 

 

しらばっくれても無駄だ。突き止めた瞬間は栗色のウェーブがかった髪の毛が見えただけであったが、俺の交流範囲を考えれば消去法で解決できるもんだ。2進法の計算よりも早く右手で数えられる程度にしかいないから楽なことこの上ない。...いかん目からソルトが。

 

 

「いや俺のことつけてた時期があっただろ。別に通報とかはしないから正直に言っていいぞ」

 

「......いやまあ、ばれちゃったらしょうがないですね」

 

 

 

 

 

 

彼女は居直って俺の方へ向くと、パチリとウインクして

 

「愛の力は無限大です!!!」

 

「...」

 

 

 

動機はおおよそ目星がついていたものの、いざ言われると違和感しかない。こんな異質な方法でアプローチする人間が捕まるのは自然なんだなぁ、と。世の真理を味わうのである。

 

 

 

 

「まあいいさ。俺がバイト始めたのはこの問題も理由の一つにあったから、解決したいんだ。...一応聞くけど、どうすればいい?」

 

 

 

「うーん、そうするには...結婚です!」

 

「!?」

 

「だって私たち付き合っているのに離れ離れで生活しているのが悪いんじゃないですか!だったらいっそもうそうするしかないですよ!」

 

 

 

...もう色々ぶっとんでて収集がつかない。どうやらこいつの頭の中では俺らはカップルになっているそうだ。

 

「あのな一色。俺らは付き合ってなんていないぞ」

 

 

 

「え?」

 

奴の黒目にやや驚いたが、やさしく諭すように続ける。

 

 

「えーっとな。俺らが付き合っているっていうのは一色の思い込みなんだ。だからとりあえずそこを認識してほしい」

 

 

「え、えぇ!?違いますよ付き合ってます!!だって受験シーズン終了した後は一緒に放課後帰ったりシュタバでイソスタ行き写真を大量生産したり挙句の果てには先輩の卒業式の日に『童貞も卒業してねえと恥ずかしいから』とか言って私をベッドに押し倒したじゃないですか!!」

 

 

「そんな勇気あったらぼっちしてねえよ!」

 

 

 

もうやだこのバイト。



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敵に塩を送る?

「まあとりあえずそこは後日話し合うとしましょう」

 

「そこに対等な関係はないだろうなぁ」

 

この爆弾発言を聞くや否や俺はとんでもない地雷地帯に足を踏み入れたと自覚した。気心知れた人間相手だったら少し何とかなると思ったが、なるほどあの頃の彼女はどこか行ってしまったようだ。

 

「じゃあ先輩、早速教えてもらいますよぉ~」

 

「分かった。まずは英語からだけど、どこまで進んでる?」

 

基本的に今回の家庭教師の担当としては、高校の教科書や付随した問題、後は生徒の好きな問題集で躓くところがあればその都度足かせを外していくといった具合だ。

 

「先輩、私の志望校見てくれましたか?」

 

「ああ、用紙で見たぞ。俺と同じKO大学だったが」

 

「学部は未定ですが、とりあえず先輩と同じ文学部に行こうと思ってます」

 

「へ、へいへい。学部間の共通項として英語は肝要だからな、とりあえずここを固めさえすれば後は社会1科目をやって終わりだ」

 

「はいはい、社会は世界史なのでそこもお願いしますね♡」

 

うむ、つらい。着実に立派なストーカーと成り上がった(成り下がった?)彼女を俺と同じ所へ進ませるなどというのは矛盾めいたものが腹の中でうずいてむつかしいってもんだ。

 

「はぁ。んじゃま英語から....」

 

 

 

 

 

 

------------------------

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ、気が付くと夕方の17時。今日は土曜日で、こいつには13時辺りから付きっ切りだったから少し休む必要があるだろう。

 

「よし、じゃあ休憩にするか」

 

「えっ休憩ですか?  はぁ~どうせ邪な先輩のことですから二人きりのこの状況にかこつけてあれやこれやと親が帰ってくるまでに済ませておくつもりなんですね全くこれだから先輩はしょうがないですどこからはじめますか流石にまだ外は少し明るいんでいきなり脱げはちょっと辛いかなと「スト―――――ップ!!」」

 

こう区切りを入れないとすぐに暴走する癖は中々譲らないな。...まぁしかし早口すぎて何を言っているか分からないのはここではある意味救われているのかもしれない。

 

「全く、人の話を遮るなんて家庭教師の名折れですよ」

 

「人の話っていうのは人に聞かせようとして初めて成立するもんだ。いいか、じゃあ少し休憩にして今日は親が帰ってくるまでにしようか」

 

「まあいいですけど。とりあえず飲み物とってくるんで何か飲みたいのありますか?」

 

「おっ悪いな。じゃあコーヒー頼むわ」

 

「はーい了解です!薬を入れやすいものを選んでくれて助かりますよ(この後輩にお任せください)」

 

「本音と建前が逆だ逆!」

 

「てへっ」

 

その場の勢いもあって1階へ駆け下りていったが...被害者(予定)に向かって犯罪予告もどきをしたのにも関わらずそのまま知らんぷりでいられるのって才能だろ...厚顔無恥も度を越えている。

 

 

 

かくて数分後。

 

 

 

「淹(入)れてきましたよ~」

 

「ダブルミーニングか。うまいな一色」

 

「まだ飲んでないのに上手いって言ってくれても私の好感度はこれ以上上がりませんよ!」

 

「いやそうじゃねえだろ」

 

 

わざとしらばっくれてんのか知らんが俺がボケてるみたいで嫌だな。

しかし飲んでみるとあらびっくり薬味はしない。当然一般に知られているコーヒーに薬味などしないが。

 

 

「本当に助かりましたよ、せんぱい」

 

「なーに気にするな。相応のものをいただいてやっていることだからな」

 

「無機質だった勉強に色が芽吹いたのは先輩のおかげですから。間近に先輩の顔があるだけで体が火照...安心します」

 

「なるほど」

 

 

これ以上何も言うまい。

 

 

 

 

 

 

 

「.....生徒会はどうだ?」

 

 

高校の話題に話を振ってみる。

 

 

「みんな良い子で助かってますよ。最初はそりゃ先輩頼ってましたけど、今はもう憂慮することもありません。心配は無用です!」

 

 

彼女の陽気な笑みに自然と俺もほほえましい気分になる。あれだけ子どもっぽかった奴も成長するんだから人間ってすごいよな、と老人らしい思考回路が...

 

 

「あっそうだ先輩」

 

「ん?」

 

「さっき"親が帰ってくるまで"いてくれるって言ってましたよね?」

 

「?...まあそれに遜色ないことは言ったが」

 

 

 

 

 

 

 

「今日、親は帰ってきません♪」

 

「え、お前どういうk「とぅーー!」ぐわぁ!」

 

 

 

 

 

考えをまとめる暇もなく唐突な一色のハグによりベッドに押し倒される。

 

不覚だ。このような隙はとらないようにしたかったが。

 

 

 

 

「はぁあぁあ~~~♡せんぱぁ~~い♡♡」

 

 

 

 

 

...とても幸せそうに抱き着いている彼女を見るとこれで良いんじゃないかという気持ちもあったが、ここで俺の理性の出番が...

 

 

 

 

 

 

(...いいにおいやばい)

 

 

大変だ。一色のにおいに包まれて俺の理性はトンズラをこいたらしい。

 

特にどうこうしようとせず、なすがままに彼女を受け入れていた。

 

 

「んん~~すぅ~~~♡♡はぁ~~~♡♡」

 

 

 

敵に塩を送る。

 

...その結果として塩以上のものを手に入れたわけだが、どうやらこちらとしては手に余りすぎたらしい。



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他の女の子

「せんぱい!ということで今夜はよろしくお願いします!」

 

「何をよろしくするんだ畜生!離せ離せ!」

 

 

必死に抱き着いている一色の手を振りほどこうとするが、中々頑丈で離れづらいし、何よりフルパワーを以てしてやることに些か抵抗感がある。

 

 

「ちょっとなぁ...。家には待ってる人だっているんだからな?」

 

「えっ先輩を待ってる家族なんておられるんですか?」

 

 

凄いこと聞くなこの女。確かに夜食とか朝食は生活リズムや気分の関係であまり食卓を囲んだりすることもないが...。いくらバイトでも多少は心配してくれるだろう。...だよな?

 

 

「いやいるだろ。愛しの小町がな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...。寂寥が場を包む。

 

NGワードでも言ったか?これでも発言に気を付けたつもりだが。

 

 

 

 

 

 

「...その"愛しの"ってつけるのやめてください」

 

 

 

 

Ah,しまった。兄弟間の表現とはいえ今のコイツにはちと誤解を招く表現だったな、うんうん。

にしてもこうやって言われてないとあんまり違和感に気づかない俺の方にも倫理的に問題がありそうだ。

 

 

 

 

 

「あ、ああごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。」

 

「.......先輩? 先輩はだれが今好きなんですか?」

 

 

 

「は、はぁ?!今尋ねることじゃないだろう!」

 

「いいから答えてください。」

 

 

 

 

まずいことになった。ストーカー女の前でこの質問は非常にまずい。

 

どうやら俺の dead or alive は「お前だよ」という発言が妄言でも言えるかどうかにかかっているらしい。

 

...彼女の淀んだ瞳は今か今かと俺の言葉を待ちわびている。三百眼だっただろうか?黒目が際立って非常に恐ろしく見えてしまう。

 

 

 

「...答える内容によっては?」

 

「別にどうもしませんよ。聞きたいだけです。」

 

 

いや絶対に何かする目だろ。普通の人間が異性に好きな人を聞くプロセス踏んでないもん。友達関係のプロセスをほとんど踏んでこなかった俺でも分かるもん。

 

 

「今は答えられないが、そうやって駄々をこねていたら一色は嫌いになっちゃうかもな」

 

「なっ...」

 

 

この発言が効いたのか、彼女は俺を抱きしめる腕を緩めた。その隙に脱出を図る。

 

 

 

「それは困りま...あ!」シュバッ

 

「ふん!...ふぅ~解放された~」

 

「もうちょっとぐらいいいじゃないですか...」

 

 

 

今回は彼女の耽美な発言に耳を傾けないことにしよう。俺は話を続ける。

 

 

 

「ということだ、一色。今日はここら辺で切り上げるぞ」

 

「え~~~そんなぁ~~」

 

「...あと、ところで俺の家に何か細工はしてないよな?」

 

「...どの部屋のことですか?」

 

「いや場所聞いてねえんだけど」

 

 

絶対家にもなんか細工してるな。

 

 

 

「先輩の部屋にだけ多少器具を設置していました。も、もちろん他の家族の方の迷惑にならないようにですよ!!!」

 

「いや俺の人権が無視されているからな」

 

「先輩の人権は私と同棲&結婚で解放されるはずだったんです...」

 

 

 

夢見がチックな少女のいろはちゃんだこと。しかしまあ悪意(?)を以て成された行為ではなさそうなので盗撮or盗聴の件もさほどもう驚かない。

 

 

「後日家に来てそれら全てを取り払うこと、いいな?」

 

「先輩から直々にお誘いだーーー!やったーーー!」

 

 

 

 

ここまでポジティブだと一周回ってかわいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

「......とまあ色んな事があってねえ小町さん」

 

「なるほどなるほど大変だねえお兄ちゃん」

 

「いや他人事じゃないだろ。俺の部屋ってことは少なくともお前も何回かは犠牲になっただろ?」

 

「入ったことはそりゃ数回あるけど聞かれたり見られたりして恥ずかしいことはないかなぁ」

 

 

 

時は回って自宅。

 

夜遅くなり9時を過ぎたが小町はどうやら俺が帰ってくるまで待っていてくれたらしい。

 

 

 

「にしても悪いなこんな時間まで。辛かったら先に食って構わないんだからな?なんなら食器の洗いもしといてやるから」

 

「おーお兄ちゃんがそんなこと言うなんて変わったねえ...小町は嬉しさで胸がいっぱいだよお」シクシク

 

「へいへい。っと、そういえば一色とも話してたんだが、最近の高校生活はどうなんだ?」

 

 

 

 

小町は中学卒業後に、俺らと同じ総武高校に進学し、晴れて一色の後輩となっている。そこでは結構交流があり、プライベートで仲も良いそうだ。

 

 

 

「ヘーキヘーキ。学業人間関係至ってフツーの平凡児って感じ。いろはさんとは結構仲良しだけどねえ...」

 

 

「一色ねえ...なんでああなってしまったのか」

 

「正直あの人結構周りから好かれるタイプじゃなかったでしょ?その時の名残であんまり友達っていえる存在が少なかったのも原因じゃない?」

 

「でも今は生徒会の役員のみんながいるだろう」

 

「そこへ押し込んだのはだれなのさ?」

 

「...むう」

 

 

 

なんか言葉巧みに言いくるめられた気がしなくもないが、事の韻末っていうのは結構単純なのかもしれない。人との接し方、距離感を測れずに常識に外れた行動をとってしまうというのは人間往々にしてあるものだろう。

 

 

 

「でしょ?だからお兄ちゃんも良く分かってると思うんだけどさあ」

 

「まあ、それでも嫌われてないってだけ俺は幸せだな」

 

「嫌われてないって...この状況でよくもまあそんなことがいえたものだね」

 

「俺も大学生だ。物事を客観的に見れるようにもなったし、本当のところは理解しているさ。ただ言っちゃうとそれを思っているってことが100%分かってしまうだろ?そんなの得策じゃない」

 

「確かに99.9%と100%は、この問題だったら大きな違いだと思うよ。...だけどねえお兄ちゃん、その引き延ばし癖はあんまり良くないと私は思うなあ」

 

「返す言葉もございません。」

 

 

 

いつか腹をくくる覚悟はできるのだろうか。肯定をしたとして、彼女と受験期どう関わっていけばよいのか?

 

今現在それを知る術は何もない。

 

 

 

 

「心配事の多いお兄ちゃんのために今日は特別に小町が添い寝しながらお話を聞いてあげようかなぁ???」

 

 

「はは、そんな必要ないさ。それに俺の部屋で話されてもあいつに丸聞こえだ」

 

「あっちゃーそうだねえ。私としたことが迂闊だったよ」

 

 

 

舌を出して自分の頭にゲンコツをする動作、意図してやってないのだとしたら天性のあざとさだな。

 

 

全く、このくらいフランクに冗談を言い合える仲になれればいいんじゃないか?

いや今じゃ無理だろうけど。

 

何はともあれここで小町の頼もしさと可愛さを再確認した俺は、これで数日間何があっても耐えられることだろう。やはり妹が一番だな!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...」



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邂逅

「あぁ~だりぃ~」

 

 

 

平日火曜日の、時刻は午後3時。3限を終えて家路を辿る。 

 

主に文系大学生はコマ数が少ないイメージがあるがまぁ凡そ正しい。

しかし短大などになると短い期間で詰め込もうとする大学もあるそうで、そいつらと一まとめにするのはやめるべきだと思う。

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 

「あっおかえりなさい先輩」

 

 

「え」

 

 

 

 

 

突然の事態に言葉をなくす。

 

...あぁそういえば今日こいつに機器類を外してもらう約束をしてたんだっけか。

 

 

 

 

 

「私の5限と先輩の3限時の帰宅時間はほぼ一緒ですねぇ」

 

 

「今となってはその一致も怖いけどな」

 

 

「ストーカーは学校の理まで操れませんよ...」

 

 

「ってそんなことを話してる場合じゃない。とっとと俺の部屋に仕掛けた器具を取ったら帰ってくれ」

 

 

「ちょちょ先輩!魅惑の部屋に行くのにすぐ帰れっていうのはあんまりなもんですよ!」

 

 

「魅惑だからこそなんだけど」

 

 

 

先輩はこれだから~、とか愚痴をたれつつも彼女の足取りは軽い。

 

いやはや、ここまで好意をあからさまにされたら普通は嬉しいはずなんだが、やはり節操があるかどうかというのは女子評価にとって重要な指標なんだろう。

 

 

 

「よいしょよいしょ...こことそことあそこと」

 

 

「ほえー一杯ありますなあ一色さん」

 

 

「でしょう!結構手間かかったんですからね~」

 

 

 

 

一色の謎の手際の良さに他人事のように感心して眺めている。

実際ストーカーに部屋を漁られる時点で現実だとは到底思えないからな。

 

 

 

「さいご!これで終わりです先輩!」

 

 

「よしありがとう...なのかこれ?まあお疲れ様。ってことで帰ってくれ」

 

 

「そんな訳いきますか先輩。悪いですが先日楽しみ切れなかった分楽しませてもらいます」

 

 

 

とか言って俺のベッドにダイブする一色。

 

 

...足をバタバタされると目のやり場に困るのでやめていただきたい。

 

 

 

「先輩!見るときはちゃんと見るって言ってくださいよ!」

 

 

「いや何のことだよ!」

 

 

 

やはりそこは随一の変態、俺が太ももをちらちら見ているのを看破する洞察力は侮れないものがある。

...しかしこんなことに使われる力はそれはそれで可哀そうなものだが。

 

 

 

「では先輩、お礼として私と一緒に昼寝しましょう」

 

 

「...その心は?」

 

 

「??? 下心???」

 

 

「はいアウト。ここ俺の家だからね?そんなことしたらまずいのは一色も分かってくれるよね??だよね??」

 

 

「えーちゃっちゃとやればいいじゃないですか!はっもしかして先輩数時間と大量の時間を費やして私の体を嬲っていくつもりですねそして調教しやすいように従順にさせてから人権を無視した極悪非道の行為に至るわけですかなるほどとても魅力的でなんなら今からホテルでって感じなんですが流石にこの家でやるのはまずいですよね分かりました今日は下心なしの純粋な昼寝としましょうそうしましょう」

 

 

「..........わかってくれたか」

 

 

 

思考放棄。現代で生き抜く術とはまさにこのことだな!

もう俺はYESかNOで生きていくことにしよう!

 

 

 

「さぁせんぱぁ~い、カムォーン」ファサッ

 

 

 

彼女はそう言って両手を俺の方へ伸ばす。粗方やってほしいことが分かってしまうのが悔しいのでスタンダードにベッドに沿う形で入った。

 

 

 

「いけず~」

 

 

「我儘な提案にのってあげてるだけいけずじゃないだろ」

 

 

「まあそうしときます。ていうか話していないと幸せ過ぎて意識が飛んじゃいそうなんですよ」

 

 

「っそういうのはこんな間近で言うもんじゃない」

 

 

 

今俺らの距離は凡そげんこつ2個分くらい。

俺にはとてもじゃないがこんな経験が今までなかったから相当頭がクラクラしている。

 

 

 

「さあ先輩、誓いのキスを...」

 

 

「するかバカ。」

 

 

 

近づく一色の顔を頬っぺたを抑えながら制止する。こうしてみる奴の顔もハムスターみたいでとてもいじらしい。

 

 

 

「むふーこの状況でも値千金です」

 

 

「...分かったら離すぞ」

 

 

「もうちょっとだけこれでお願いひまふ」

 

 

 

うん、かわいい。それ以外形容する語彙があまり見当たらない。

なんか時間が流れるのがすごく遅く感じる。幸せで心地良い時間というのはこうも永遠に感じるものなのだろうか。

 

 

 

 

「せんぱぁ~~い♡大好きでふ♡」

 

 

「だから近くでこういうのはやめろって...」

 

 

「もう我慢できませぇ~~ん!」ぎゅぅぅぅぅぅぅ

 

 

「ちょちょちょちょちょっと待って!!!」

 

 

 

ただでさえこんな天国みたいな状況にこの柔らかさが混交したら...いかんまずいまずい。

ぶっとんでしまう。俺の何かが。

 

 

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏......」

 

 

 

 

「そんなことしても無駄です!さあおとなしく...ふわぁ~」

 

 

 

いやぶっ飛ぶ前に眠くなってきた...。

 

昼寝なんて俺のルーチンワークだから逆らえないんだ。だがまあ襲うよりは100倍ましだろう...そうだろう...。

 

 

 

「zzz...」

 

 

「あっせんぱぁい。ねちゃだめですよぉ...zzz」

 

 

 

 

 

 

 

 

......とまあこうしてようやく俺らの昼寝談義は終わった。

 

 

 

 

「ちょっと...なにこれ...」

 

 

 

...はずだった。



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クライシス!!

「...ん?ふわぁ~」

 

 

 

長い眠りから目を覚めると、外はもう真っ暗だった。規則正しい吐息をしているお隣さんの兎は俺が起きているのにちっとも気づいていない。

 

 

...しかしなぜか、ドアの方面に何やら人影らしきものが確認できる。

 

 

 

「...お兄ちゃん」

 

 

 

彼女の怒気を孕んだその声に、今の状況の何たるかを改めて認識する。

 

 

 

「ちょちょちょちょっと待て小町!これはな!お兄ちゃんが一方的に悪いわけじゃ全然ないんだ!!!」

 

 

「言い訳はいいよ。もう小町の右手には119番さんが待ってるから」

 

 

「それは救急車だバカ!いうなら110番だろ!」

 

 

「ふ~んお兄ちゃん、自分が無事で済むと思ってるんだあ」

 

 

「いや頼むから待ってくれ!弁明の余地を!小町さん!」

 

 

 

必死の動きで懇願する哀れなお兄ちゃんを尻目に、小町はただただ吊り目でこちらを見つめている。

確かに中々まずい状況だった。....いやでもな、それでも日々の行いからここまで糾弾される覚えもあまり見当たらないわけではある。

 

 

 

「.....お兄ちゃん。私はね、心配してるんだよ?」

 

 

「へ、心配?」

 

 

「そう。少なくともいろはさんはストーカーって認識で私たちは通してたのに、こんな距離を近くしたら何かされたときにどうしようもなくなっちゃうでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

「.....百理ある。」

 

 

 

ぐうの音も出ない正論。情緒に身を任せていた俺は途端に我が行いが後ろめたくなり、妹に窘められているこの状況がさらにそれを加速させる。

 

 

 

「だから分かった?お兄ちゃん。これからは軽率な行動は誘われても慎むこと!我慢した分のために私がいるんじゃない!!」

 

 

 

「...そ、そうだよな。俺の認識が全く以て間違ってた。」

 

 

「お、おぉ~!!あのお兄ちゃんが素直に私の言葉を聞き入れてくれるなんて!これはご褒美に私の抱き枕贈呈式を執り行わないと!!」

 

 

「ちょいちょい。話が飛躍し過ぎだっつの。」

 

 

「でも今回ぐらいは私のいう無茶ぶりも聞いてくれるべきなんじゃないの~?」

 

 

「ぐっ...。まぁお前が良いんならむしろ歓迎だからな。かというお前も分別くらいわきまえるんだよな?」

 

 

「も、もももももちろん!」

 

 

 

......不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとぉ~せんぱ~い、私まだ寝起きなんですけどぉ~」

 

 

「はいはいごめんなさいねっと。ほら、あっちに迎えが来てるから今回はそれで帰ってくれ」

 

 

「え~。まぁ今日はすごく充実した一日だったんでここまでってしてもいいですけど...」

 

 

 

一色がごたごたしているうちに、俺が呼んだ一色の母親の車のクラクションが鳴る。

 

 

 

「わわわ!急かさないでよもう」

 

 

「ということだ。今日は送ってやろうかとも思ったけど、ちょっと事情が事情でな」

 

 

「おっおお先輩!こんな夜道の中送ってあげようとしてくれてたんですね!いや~そのお気持ちだけでも胸いっぱいというか何というか心が満たされますあっもしかしてどっか公園に連れ込んで夜を明かそうとしてただ寝起きで体力が優れないから今回は見送って次で取って食ってやろうって魂胆ですかそうですか先輩も中々がめついですねいいですよその時が来たら私も喜んでお受けしま「ピーーーーーーーー!!!!!!」あぁうっさい!!」

 

 

「ほらそんなうだうだ言ってないでさっさと行ってやれ」

 

 

「...は~い。今日はありがとうございました」

 

 

「おう、ありがとな。」

 

 

 

最後の最後まで波乱はあったものの、なんとか一色を見送り終える。

 

しかし後に待っているものに比べたらまだ可愛い方だろう。

 

 

 

 

 

「......で、事の内容は全部聞いたけど」

 

 

 

小町が鮭の身をほぐしながら淡々と喋る。特にもう怒ってはなさそうだ。

 

 

 

「まぁ、そうだ。すまなかったな」

 

 

「いーのいーの。謝罪は一回でオッケー、ドゥーユーアンダスタンド?」

 

 

「それは目下に使う言葉だぞ。...いや今の立場はそうか。」

 

 

「分かっておるではないか~。これは夜が楽しみじゃのぅ」

 

 

「勘弁してくださいよ悪代官様。一日にそんな体験何度もしたら頭がおかしくなってしまいます。」

 

 

 

小町代官の言うことは今日だけは絶対的である。

いやはや彼女の横暴ぶりにも困ったものだな。

 

 

 

「そんな喋ってばっかで箸が止まってますよっと」ヒョイ

 

 

「あっそれ俺の鮭だぞ」

 

 

「ほいほい、あーん」

 

 

 

小町の箸で引っこ抜かれた鮭の身がするりと俺の口に入る。

 

 

 

「どう?美味しい?」

 

 

「...小町がやってくれたから格別においしいな」

 

 

「おーー!!100点だよお兄ちゃん!」

 

 

 

どうやらご期待に添えられたようだ。

嬉しそうに体を揺らすコイツを見てると心がとても安らぐ。

 

 

 

「いや~流石小町のお兄ちゃんだね!シスコン具合は予想以上だよ!」

 

 

「だろう?...って言うお前もちょっとブラコン気味なんじゃないのか?」

 

 

「ばれてしまった...まあお兄ちゃん大学生になってからほんのちょっっっっっとは社交性も上がってきたからね、少し寂しくなっちゃって」

 

 

「........俺の重要性に気づいたってことか」

 

 

 

 

『ほんのちょっと』は余計だ余計。

 

 

 

 

 

「自分で言うのはきもいって...。ただ否定できないのが辛いところだねぇトホホ」

 

 

「まぁ今日くらいは好きに甘えてくれ。俺もたまには積もった話をしたいからな」

 

 

「そりゃあもう思う存分させてもらいますよ!他の女の子には負けないから!」

 

 

 

 

 

いくら小町と言えども現役高校生がこの台詞を吐けるのはちょっとビビるな。コイツの言う『好き』がどういうものなのか...

 

 

 

 

 

 

とまぁどちらにしても、兄である俺は小町を愛する妹として迎え入れてやるけどな!



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小町、突入

場面は変わって俺の部屋。

 

なぜかそこには寝る準備をしている俺と枕を持ってきている小町がいる...まぁ、なぜかと問うのも愚かしいが。

 

 

 

「さぁお兄ちゃん。Let's sleep together!」

 

 

「今日はネイティブ小町ちゃんのご要望に応えてやるとしますか」

 

 

「それでよろしい!あっお兄ちゃんの枕って案外大きいね~こりゃ枕要らないや」

 

 

「いやそれじゃいくらなんでも距離近すぎでしょ」

 

 

「いーでしょそんなの。所詮五十歩百歩だよ」

 

 

「まーた窘められてる気がするが...まあいいや、ほれ」ボンボン

 

 

 

ベッドのセッティングが終わった俺は枕を叩いて小町を招き入れる。

 

 

 

「おぉ~!!完璧な導入だよお兄ちゃん!」

 

 

「何がだ。いいからさっさと寝るぞ」

 

 

「とりゃーーーー!」ボフッ

 

 

「んぐぅ!」

 

 

 

俺の指していた方向ではなく体ごと俺自身に向けて飛びついてきた。

どうしてこうもコイツは人の指示にブラインドというか、無頓着というか...

いやお兄ちゃんは色んな意味で嬉しいんだけどね。

 

 

 

「こらこら暑くて熱いからちょっと離れろ」

 

 

「いいじゃんいいじゃんお肌でぬくぬくしようよ~」

 

 

「分かった分かった、とりあえず把握したから枕の空いている隣に横になってくれ」

 

 

「いえす」

 

 

 

俺の枕に頭を下ろし、対面で互いに向かい合う。

距離にして鼻と鼻の先がかすれるくらいの相当なものである。

 

 

 

「近いねお兄ちゃん」

 

 

「どっかの誰かさんが枕を持ってきたのに使わないからな」

 

 

「いやいや誰でしょうなぁ」

 

 

 

「はぁ...まあどうだ?たまにはこういうのも良いな」

 

 

「私としては毎日でも全く構わないけどね」

 

 

「こういう日がある兄弟って時点で相当絞られるだろ...それを毎日って中々ブラコンが抜けてませんな小町さん」

 

 

「ガス抜きの時期を見誤ってねぇ。もう今更抜こうとしても逆に怖いなーって」

 

 

「...」

 

 

 

言外の意味が何となく察せられたがここはスルーが妥当だろう。

何よりこの状況がただの兄弟が起こすそれじゃないという時点で気づくわけだからな。

 

 

...そもそもアニメで言うような鈍感系の主人公なんて存在するはずがないんだ。

 

難聴か朴念仁なんて周りに女子を囲む人間が所有している属性であるわけないし、実際そういうアニメに対する共感性羞恥に際限がないのはそういう理由だろう。

 

 

 

「何考えてるの?」

 

 

「! あ、あぁごめん。ちょっとな」

 

 

 

...変な考えに頭を支配されるのは良くあることだがここでは不味いな。

 

 

 

「もー。今日は色々お話しするんじゃないの?」

 

 

「そうそう、俺らが共に過ごしてきたこの十数年間の積もる話を...」

 

 

「お兄ちゃんの上半期に積もった話はないでしょ」

 

 

「うぐっ...お前痛いとこ突くな」

 

 

「でもそれに比べ今は積もりすぎかなぁ?人生の反動でも回ってきたの?」

 

 

「ちょいちょいちょっと目が怖いって!!」

 

 

 

小町ちゃんの淀んだ瞳が俺の視界を歪ませる。

まったく少し気を逸らしただけでこれだからままならないものだ。

 

コイツは一色に気をつけろとか言いながらも、実は危ないのは自分自身ってことに気づいてないのかもしれない。

 

 

 

 

「まぁこうしてくれてるだけ良しとするよ。さぁお兄ちゃん私を受け止めて!」

 

 

 

 

至近距離からの小町のダイブ。しかしなんとまぁその体重の軽いこと。

 

 

 

 

 

「うっ!、だがお前の体重ごときじゃ簡単にはのけ反らんさ」

 

 

「おーさっすがー。小町はやっぱ軽いのかな?」

 

 

「いや軽いも何もマジでちゃんと食ってるのか心配になるくらいだけど」

 

 

「そこは素直に軽いってだけでいいのにー。大体ちゃんと食ってるのかって話だったらお兄ちゃんの方がだめでしょ?休日とか1日2食じゃん」

 

 

「そ、それは別にいいんだよ。ほら1日に16時間断食が一番健康に良いって聞いたことあるだろ?それだそれ」

 

 

「別に断食するほど体重がどうこうしてるわけじゃないのに...」

 

 

「...ご、ごほん!まあ蛙の子は蛙ってやつだな。2人ともこれからはちゃんと食うようにしないとな」

 

 

「小町はお兄ちゃんの子じゃないよ?」

 

 

「ニュアンスを汲み取りなさいニュアンスを」

 

 

 

 

大学受験の最中はここまで話が進んだことも滅多に無かったので、話が自然と弾んでいることに幸せを感じる。

 

 

 

「いや~にしても話す機会なんてあんまなかったから新鮮だー」

 

 

「こんな至近距離でな」

 

 

「それはお兄ちゃんがそうしたいからでしょ??」ニヤ

 

 

「原因を逸らすでない」

 

 

「でも本当は?」

 

 

 

 

 

「......控え目に言って天国」

 

 

「ッッッッッッッッ!!!!////////も、もう~素直なお兄ちゃんは大好きだよ~」チュッ

 

 

「!!!!???!!」

 

 

 

 

不意に小町によるチークへのキスに当惑する。

 

 

 

 

 

 

「ちょい待った!!!これはスキンシップとしてどうなんだ!?!?」

 

 

「ふん!もう遅いよお兄ちゃん!!私はスキンシップのその向こう側へ行ったのさ!」

 

 

「いや戻ってこい!」

 

 

「やだね!」

 

 

 

 

突然の行為に小町も若干興奮しているのか、話がかみ合わない。

 

会話においてもどうやら次元を異にしてしまっているらしい。

 

 

 

「で、でも、でもさお兄ちゃん。いい加減かの無知狡猾なお兄ちゃんでもこの意味くらい分かるでしょ??」

 

 

「走れメロスの王様のパロディか、やるな」

 

 

「そうじゃないでしょ」

 

 

「わ、わかったからそんな目をしないでくれ!」

 

 

 

少しおふざけが過ぎただけでも刺されるような視線を送ってくるのはやめてほしいものである。

 

 

 

 

「そ、そんなのは俺でもわかってるんだ。けどな小町、常套句になってしまうが俺らは兄弟、だろ?」

 

 

「もっちろん了解してるよ」

 

 

「その上で...こうしてるんだよな?」

 

 

「exactly.」

 

 

「だから途中でネイティブになるのは止めなさい。

 

......俺はな、小町。

人を好きになるほど人として出来ちゃいないが、人の好意を無碍にするほど人としてならず者ってわけじゃないんだ。 だからな、あぁ~全くもう半端だなぁったく。」

 

 

 

「ふふ、お兄ちゃん悩んでる」

 

 

 

 

 

明確だった好意もこうして言語化されると反応の仕方に困る。

 

かくいう俺も頭をかいて必死に次の単語を紡いでいる感覚しかない。

 

 

 

 

 

 

「う~んとなぁ....小町」

 

 

「う、うん」

 

 

 

強張る空気の雰囲気に、自然と俺と小町の声も震えを帯びる。

 

 

 

 

 

 

 

「へ、返答は?」

 

 

 

 

 

 

 

「.........とりあえず」

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、今はお前を受け入れてやる」

 

 

 

 



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策士"愛"に溺れる

~なんだかんだあって翌朝~

 

 

 

目を覚ますとそこは小町の寝顔に包まれた楽園であった。

時計を見ると朝の6時。この早い時間に起きるのは我ながら非常にレアケースだ。

 

若干上の空で眠い目を擦りながら小町の頬をつねる。

 

 

 

 

「小町さん。朝だぞ朝」

 

 

「ふへぇ~ほっへが宙を舞ってるよ~」

 

 

「宙を舞ってるのはお前の前頭葉だっつの。いいから起きるぞ、ほれ」

 

 

「お、おぉ~!!今度はホントにお空飛んでるって!!!」

 

 

「わっとと...お前マジで軽すぎだろ」

 

 

 

 

少し悪戯をと小町を多少持ち上げるフリをするつもりだったが、どうやらこの体には重力が働いていないらしい。

 

布団がかかってなかったら天井が奴の寝床であっただろうな。

 

 

 

 

「でもこれすごい快適だから朝はずっとこのままで良いよ」

 

 

「いや俺が良くねえから。いつも通り朝食を作ってほしいわけだし」

 

 

「あーそっかー。お兄ちゃんの人生は小町の手作りの朝食から始まるからね」

 

 

「家畜か俺は」

 

 

 

 

.....とまあ冷やかしてはいるが結局もう10分程度はこのままでいさせてやった。

 

 

今まで起こされに来られても起きられなかった時間の分これくらいのお返しはしないとだしな。

 

 

 

 

「...にしても大学生になってから少し自分に素直すぎるな」

 

 

 

 

どうやら捻デレは長い時間をかけてようやく終了のめどがたったようだ。

 

 

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

 

 

 

「くっ、今日はヤツの家庭教師の日か...」

 

 

 

 

やや浮世離れした1日のせいか、危険な茨が全身にまぐわりついていたのを思い出すのには幾らか時間を要した。

 

 

小町に言われたことを肝に銘じつつ、目の前の冥界の門を開く。

 

 

 

「...先輩、ようやく来ましたか」

 

 

「いや時間割的に丁度なんですけど」

 

 

「違いますよ。私たちはもう普通の生徒と教師の関係じゃないんですから!」

 

 

「なんか妖艶な雰囲気を感じさせる物言いだけど俺ただのバイトだからな?」

 

 

「ふん!人の恋路に身分の貴賎はout of questionです!!」

 

 

「貴賎も何もなかろうが...」

 

 

「まぁ痴話喧嘩はこの程度にしておいて、中に入って早速おっぱじめちゃいましょうか!」

 

 

「言葉の部分部分に自分の願望が隠し切れてないぞ。...もういいや」

 

 

 

 

諦めは肝心。

 

先人は現代の我々に当たり前ながらも尊い教えをご享受くださっていたんだなぁと身に染みる毎日である。

 

 

 

「さあ今日は英語からだぞbitch」

 

 

「誰がビッチですか!!!サイテーです先輩!」

 

 

「こんなの日常会話だっつの。割と原義以外でも俗語的に使われるんだぞこの言葉は」

 

 

「いや絶対それを教えるつもりなかったでしょ...」

 

 

「まぁ小さい話よ。じゃあ今日はえーとkawaii模試の結果から...」

 

 

 

 

 

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時間が流れる。

 

 

 

 

「時計は19時ジャスト。今日はここまでだな。」

 

 

 

「ふーようやく終わりましたか。全く疲れましたよホント。....あっいやこれは別に先輩との時間がようやく終わったかっていう意味じゃなくて英語っていう科目の勉強が終わったことに関するのみであって決して決してそういうわけじゃないです誤解を招く表現してしまってすみません許してくれる代わりに結婚するのなんてどうでしょうか是非とも前向きにご検討よろしくお願いします」

 

 

 

「分かった分かった大丈夫だから落ち着けって」

 

 

「本当に分かってくれたんですか!??!?!!?」ガバッ

 

 

 

「ちょちょちょ何だいきなり!??!

日本人なんだから言葉わかって当然だろうが!!!!!!!」

 

 

 

 

「...先輩、私は今あなたの男らしさにとても感嘆しています」オヨオヨ

 

 

「.......え?なんか途中で言ったのかお前????」

 

 

 

「...結婚してくださいって♡」

 

 

「やること陰湿だなお前!

ワンクリック詐欺がやりそうな手口で求婚するのはやめろ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ギャグ一色日和。今日もコイツのネタで盛んなことこの上ない。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「あっそうだ。先輩、私今日聞きたいことあるんです」

 

 

「?  どうしたいきなり」

 

 

 

教材の片づけを進めていると急に一色が話を切り出してきた。

 

 

 

「昨日の小町ちゃんとのベッドインですよ」

 

 

 

 

 

 

空気が一瞬で凍り付いたのを感じる。

 

 

 

 

 

「い、いやいや何でお前が知ってるんだよ!?」

 

 

 

 

「......実はですね、私が仕掛けた盗聴器を取っている間にまた新しく盗聴器を仕掛けていたんですよ。オーーホホホホホホホホホ!!!!!!!!」

 

 

 

 

「いや人の部屋で何勝手に大道芸してくれてんのお前」

 

 

「要点はそこじゃないでしょう先輩」

 

 

「俺にとっては今後一生の安泰がかかった死活問題なんだが」

 

 

「人生に安定など存在しませんよ夢想家さん。

 

 

...ところで、昨日の発言行動諸々私の琴線に触れるのには十分すぎるくらいの出来事であってですねぇ......いやなんなら触れすぎて私の琴線自体全て切れてしまったまであるわけですが」

 

 

「材質がもろ過ぎるだろう」

 

 

「先輩のこととなれば共鳴が起きて崩れやすくなってしまうんですよ。

 

まあいいです、問題はここで私にどれほど致してくれるかにかかっているんですから」

 

 

 

「下で夕食を用意してくれている親御さんに聞かせたらぶっ倒れそうなセリフだな」

 

 

「甘いですね。ザオリク持ちの聖職者にかかれば命なんて造作もない存在ですから」

 

 

「ザラキとザオリクで遊ぶ畜生がおるかあほんだら。...まあ良い、今は俺の命にも関わりかねない状況だからな。願いくらい少しは聞いてやるさ」

 

 

 

「察しが良くて助かります。B級映画だったら最後らへんで死ぬ役回りですね」

 

 

「結局死んでんじゃねえか。んでなんだよその要件って?」

 

 

「それはですねぇ...これです!!!」ジャラン

 

 

 

一色が取り出したのは犬の首輪。

 

このアブノーマルの状況の中、これからどうなるか思い当たる節がどれも不吉過ぎて思考をぶん投げたくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩には命をかけて私の飼い主になってもらいます」ワンッ

 

 

 

 

 

 

 

マシな方でよかった、と思う辺りもう末期なのだろうか。



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