恋をしたありふれた職業は世界最強 (見た目は子供、素顔は厨二)
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序章:【最弱】の覚悟
オープニング、分岐点


初めましてorお久! 見た目は子供、素顔は厨二です!
此度は綺麗なハジメさんを心がけた作品です。
原作とはまた違った感じでハジメくんが最強となるお話です。
宜しくです!

※ここから前から私を知ってる人への謝罪とか諸々。
すみませんが、ありふれ×FGOとか紳士なハジメさんとか全然終わってませんがこっちを書いていきます。
あちらのは…少し書けなくなりました。
最初の方は少し戦闘描写とかに困ってただ更新日が伸びていただけだったのですが…
何の、とは言いませんが、あるアニメにて深いダメージを負いまして。
…あまりものショッキングでありふれ×FGOとか紳士ハジメさんとか書けなくなるレベルの酷さでした。
…ハー○マン、何処行った?
まあ、また書く気になったら書きます。
身勝手でゴメンね(テヘ)


 少年は走る。走る。ただただ走り続ける。

 

 それは背後から近づく強大な陰、ベヒモスから逃れる為である。きっと一度追いつかれて仕舞えば、少年に命は無いだろう。

 

 少年はこの世界において貧弱だ。下手を打てばそこらの子供にさえも負ける。これは天が下した覆しようも無い事実。そもそもこんな場所にいたのがおかしいとまで言える。

 

 少年の横を駆け抜ける炎の槍や風の刃は、微々ながらもベヒモスの突進の勢いを削いでいた。少年には無かった才能。そんな少年が先程まで最前線で立っていたというのだから何とも不思議な話だ。

 

 命の危機に晒されたが故なのだろうか。少年は逃避気味にそんな事を思いながらも、自嘲するかのように笑った。

 

 だが階層を登る階段まで残るは数メートル。ベヒモスからの距離もある程度取れている。迷宮の魔物は特定の階層でしか活動しないとされている為、そこまで逃れられれば助かったも同然だ。

 

 それが眼前であるというのだから、少年は少しばかり安堵した。そして警戒がふっと一瞬解けた。

 

「ここに焼撃を求む。“火球”」

 

 だがふと様々な詠唱に紛れ、そんな声が少しばかり遅れて少年の耳に届いた時だった。目の前の炎の弾丸に目が行ったのは。

 

(…あれ? この魔法、このままじゃ僕にーー)

 

 疲弊しきった脳を使いながらも、少年は何とか左足を踏み込んで右へと半身ほど逃れる。疲れ切っていたが、“火球”の進路上からは逃れた。

 

 そう、少年は勘違いした。

 

 ーーゴォウゥッ!!

 

 次の瞬間、己の横腹を穿つような衝撃が襲いかかってきた。赤色が左目へと映り込んだかと思うと視界は揺れ、いつのまにか天井がその視界には入っていた。

 

 少年は倒れていた。しかも左横腹を焼かれて。

 

 それを遅れながらも理解し、その原因が先程避けようとした“火球”であることも何となく悟った。

 

『ーーォオオオオオオオ!!!』

 

 だがそれ以上の思考は背後から聞こえる狂乱したかのような雄叫びが許さなかった。

 

 胸の内に原始的な恐怖が深く刻み込まれる。逃れようとすれど、腹が焼かれている今、それが叶うことはない。痛覚と恐怖が己の体を嘘のように縛り付ける。

 

 しかも先程の衝撃で少年は思った以上に吹き飛ばされていた。しかもクラスメイト達から、階段から突き離される方向に。クラスメイト達は死に迫られる少年に警告などを叫ぶものの、助けに向かう気配は無い。そもそも彼らの殆どと少年は良好な友好関係というものを築いてはいない。

 

(ああ…みんなに反感買ってたツケがここに来て、回ってきたか)

 

 そう思って少年は腕を前へと伸ばす。そんな事をしても生き逃れられる筈などない。しかし、それでも一秒でも一瞬でも長く生きてやる、と少年は足掻く。

 

 しかし何と残酷な事か。つい目の前にて踏み込まれた怪物の足が目の端に見えた。あまりもの衝撃で少年の体が少し浮かぶ。空中ではどれだけ腕を伸ばそうが意味がない。一ミリさえも前に進めない。少年はその命が尽きるその時、足掻く事を許されなかった。

 

 目の前に見えたのはベヒモスの固有魔法により炎を纏った鋭き角。これを自分が一度食らってしまったならばきっと、生きて帰る保証は何処にも無いだろう。

 

 すると時が逆流するように今までの自分の軌跡が頭の中、凄まじい速度で流れ始める。どれもが地球にいた頃の思い出だ。

 

 これが走馬灯か、とぼんやりとした感情で少年はその記憶の激流に身を委ねた。

 

 母とアシスタントさんに自分の書いた絵を見てもらい、散々なまでにダメ出しを食らった小学生の頃。父とゲームのバグ修正に追われ、土日の殆どを奪われた中学生の頃。高校生になっても未だに子供扱いしてくる両親であったが、それでもきっと一人っ子というのもあり、人一倍に愛を注いでくれていただろう。

 

(父さん、母さん…ごめん。先に行く)

 

 自分が死んで悲しむのは精々そのぐらいだろう。いや、一応母のアシさんとか父の部下の人たちは少しは泣いてくれるかも。そう思いながらも、少年はやはり自嘲するように唇の端を上げた。

 

 そして走馬灯の果てに浮遊したつい先日の光景。窓から覗く月光の下に約束した少年の数少ない印象的な光景。

 

 その記憶の中にいた少女は今、どんな顔をしているのか。少年はふとそんなことを思案した。

 

 しかしそれこそが最後の思考だとばかりに、ついに灼熱と成した角がコンマ数秒の箇所まで到達していた。ここまで来るとなると熱波が己の皮膚を焼く。左脇腹の火傷が共鳴するようにズキズキと悲鳴を上げ、少年の顔が苦痛に歪む。

 

 しかしその時ーー

 

「“縛煌鎖”!!」

 

 鈴のような声と共に、天からの救いとでも言うように、少年の体を温かな感触が包んだ。

 

 そして少年の体が引かれる。つい先ほどまで目の前にあった灼熱一色の光景は遠くへと離れて行く。それがなんだか分からず少年は呆然とするばかりだ。

 

 やがて引き寄せられる感覚がなくなり、体を包んでいたものがふっと光子となり消える。すると目の前につい先ほど幻視した少女がそこにはいた。

 

「白崎…さん?」

「そうだよ! 大丈夫だよ! すぐに治癒するから! 絶対に、絶対にハジメ君を守るから!」

 

 少女はこれ以上なく必死だった。その黒真珠のような瞳から溢れるのは涙なのか。何故、少女が泣いているのか。少年は困惑に駆られたが、それ以上に胸が熱くなった。

 

「香織! 南雲は無事か!? なら早くここから逃げるぞ!」

「坊主は俺が背負おう。…よくやった、坊主、白崎」

「逃げるわよ! 香織!」

「う、うん! メルドさん、お願いします!」

「任せておけ!」

 

 鼓動の高鳴りが気になるものの、少年は安堵した。死の眼前から何とか救われたのだと、それをようやく認識して。そうして直ぐに訪れたまどろみに少年は争う余地もなく従った。

 

 ただ、少年は何故か眠る寸前に思った。悔しさや恥ずかしさと共に。

 

 ーー強くなりたい、と。




と、言うわけでみんな思いつきそうであまり書かれていない(少なくとも私はそういうイメージ)綺麗なハジメくんが主人公の小説です!
清々しいまでのアンチ・ヘイト(原作には絶対にない展開のことを指す)ですがご容赦を!
厨二なハジメくんが好きな人にはあまりオススメしません。
が、わたしはこれが今書きたい(素直)


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1、安堵

遅くなりました、二話目です。
本来はこの一話目の時点でそーとーハードにするつもりだったが…。

甘っ甘です!
甘ったるいです、こんちくしょうめ!


 ーー()はどうありたい?

 

 未だにろくに思考が回らない中、ふとそんな声が聞こえた。目を開けようとするが、瞼が震えるだけ。しかし何かがある事、それだけは漠然と理解した。

 

 ーー()はどうありたい?

 

 再度、声は問いかける。聞いたことのある声だとも思ったが、誰とまでは今の思考では分からなかった。

 

 とりあえず僕は聞かれるがままに答えを返した。

 

 強くなりたい、と。

 

 ーーどうして?

 

 瞼の裏に見えたのは一人の少女。月の出ていた夜に約束を交わしたあの人。

 

 あの人に追いつきたいから。何処までも高くにいるあの人の元まで。置いてけぼりに甘んじるなんて、そんなのは御免だから。

 

 ーー追いつくだけでいいの?

 

 …出来ることなら、助けたい。あの人には助けて貰ってばかりだから。僕は何一つ出来ていないから。

 

 あの人の力に、あの人を守れる人に。僕はなりたい。

 

 ーー…うん、そうか。なら行っておいで。

 

 うん。行ってきます。

 

 

 そうして少年は黒い世界から浮上する。新たな誓いを胸に。

 

 ただし、少年は知らない。

 

 少年が見るその先にいくつもの悪意が潜んでいることを。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 目を覚ますとそこに映ったのは、なんと言うこともない白色の天井。この世界に来てからと言うものの、かつての世界の夢を見ては家の天井とは違う景色に虚しさを数え切れないほどに覚えた、その象徴。

 

 だがハジメはそれを見ていつものように落胆することは無く、布団から腕を抜き出し、眼前で何度も拳を開けては閉じた。その手に積もる微々たる疲労感。そこからハジメは今の状況が夢でもなければ死後の世界でもないことを確認した。

 

 すると脇腹がじくりと痛み出す。きっと迷宮での戦いで負った、“火球”による火傷だろう。

 

 その痛みにより完全に意識の微睡みを掻き消したハジメは、あの日の“火球”が急激な軌道の変化を描いていたことを思い出していた。よく思えば最初はハジメのいる方向にあの“火球”は飛来していた。それはまるでハジメを当初から狙っていたかのようで…。

 

(…いや、まさか)

 

 ハジメは自分がクラスメイトから反感を買っているというのは自覚している。日頃、あまり積極的にクラスメイトに関わっていないことやオタク趣味であることもその一因には挙げられるが、やはり主な物はハジメの周囲には何だかんだで人気者達がいることが最もの要因であろう。最近ではハジメが10人に1人がなる天職、“錬成師”であることやステータスが一般的であり、紛うことなく“無能”であることも、反感を倍増させてはいるが。

 

 だがそれでもハジメは誰かに殺されるようなことをした覚えはない。関わりを持っていないと言うことは、逆に害を与えていないことになる。また人気者達はあくまでもハジメの周りにいるだけで、さほど親しいわけではない。むしろ天之河などとは険悪だ。(というか一方的に敵視されている)

 

 唯一の例外と言えば、自分なんかを守ってくれると言ってくれたあの人だけでーー

 

「むにゃ…ハジメ、くん」

「ッ!?」

 

 声を上げなかったのはファインプレーだったのだろう。危うく城ごと揺るがすレベルで叫ぶところであった。

 

 そして今の今まで熟考していたため気づかなかったが、ほんの少しではあるものの足の辺りに何かが乗っているような感覚があった。ちなみにハジメは今の今まで天井を見ながら考えていたので、視野が他の部分に行っていなかったのだ。

 

 だからこそハジメは上半身を上げ、ようやくそれを見た。

 

 その人はさらさらとした長い黒髪がベッドのシーツにいくつも線を描き、すぅすぅと静かに吐息を上げる。長い睫毛はひっそりと閉じていた。

 

 ハジメの近くに水の入った桶とタオルがあることから、看病をしていていつのまにか寝てしまったのだろう。椅子に座りながら、ハジメの足を枕に寝ているのはきっと彼女がハジメが起きるのを誰よりも心待ちにしてくれていたのだろう。

 

 そんな風に思うとどうしても心の底が熱くなる。未だにこの気持ちの真意を悟れずにいるハジメは少し首を傾げた。

 

 だがそれでもハジメは少しこの思いを漠然とだが、理解した。要は嬉しいのだ。香織という少女が己を心配してくれていることが、何よりも。

 

「…白崎さん」

 

 それを自覚すると自然と顔の筋肉が綻んだ。そして上半身を更に折り曲げて、彼女の近くへと体を倒す。香織との距離が近くなるのに比例するように、ハジメの体が熱くなった。

 

 やがてハジメは香織の髪にそっと触れる。そこに深い意味は無い。ただそこにいるのが確かなのだと感じたくて。幻想では無いと確信したいが故の行動。

 

 もちろんその髪が粒子となり消えることはない。ハジメの手のひらの上で、微風に吹かれ少し踊っている。

 

 それを見て、安心してーー

 

「…ぅうん。……ハジメ、くん?」

「へ?」

 

 ーーだからこそ完全に油断していた。

 

 声の在り方にそっと視線を向けるとその先にいたのは、すっかり瞼を開け、くりりんとした瞳の中にハジメを映している少女の姿だ。すなわち白崎香織、その人である。

 

 香織は目をまん丸にし、ハジメを見ている。否、実際にはハジメの手を見ている。“香織の髪を握る”ハジメの手を。

 

 ここにおいてハジメの発汗は猛スピードで全開となる。震えたのは武者震いでも何でもない。最悪の結末を予想したが故の悪寒だ。

 

 すなわちーー

 

(白崎さんに今、「変態!」とか何とか言われたら…終わる! というか死ぬ! むしろ今すぐ死にたい!!)

 

 香織に嫌悪感マシマシな目で見られたら生きてける予感がしない、という何とも女々しい理由からくる恐怖がハジメを襲ったのだ。思春期男子特有の恥ずかし死にたいメンタル状態なのである。

 

 たとえハジメ的な理由が何であれ、寝てるJKの髪を触っている男の図。それは正しく変態を示すものだろう。少なくともそれで良い顔をするのは恋人同士か変態だけというもの。

 

 もう白崎さんの顔が怖くて見れないッッ、と視線をあちらこちらへと彷徨わせ、同時に髪を手放した手を意味もないのに上下左右にぐるぐるぐるぐる。顔は正しく百面相。面白いぐらいに切り替わっていた。

 

 もちろん言い訳をしようと試みるものの、

 

「え、ええっと。白崎さん! ゴメン! 今のはそのーー別にそういうことじゃなくて! アレだよアレ! きっとソレでーー」

 

 まともに思考は働かない。そもそもの理由を説明したところで無意識的なものであり、説明して納得してもらえるとも思えないものだ。その上テンパっているので、この有様だ。何とも酷いものである。

 

 実際に香織もポカンと口を開けて、ハジメを見ている。

 

(あ、これオワタ)

 

 ベヒモスさん、来てください。いっそ殺してください。そう思わずにはいられなかった。

 

 しかし現実は思いの外フィクションというものだ。

 

 ハジメが悟ったように全てを諦めていたその時、ハジメの体がふわっと包み込まれた。視界に映ったのは黒い髪が広がった様。ハジメには何が何やら分からなかった。

 

 だがハジメがそれを理解したのは耳の元、すぐに聞こえる啜り声だ。

 

「…良かった。…ひぐっ。ありがどう、ハジメぐん。ひぐっ…生きててくれて、ありがとうっ」

 

 抱きしめていた。他ならぬ香織がハジメの事を。その瑞々しい腕を背中に回し、何処にも行かないようにぎゅうっと。気づけばハジメは押し倒された形になっており、その上で香織がハジメを押さえつけ、抱きしめているという図になっている。

 

 瞳からは涙が溢れており、嗚咽混じりの言葉を紡ぐ。だがそこに悲しみは無く、ただ純粋にハジメの生存を喜んでいるからこそのものだと理解するのは、鈍感なハジメでもすぐに分かった。

 

 抱きしめる力はあまりにも強く、ステータスが全般的に低いハジメは呻き声を上げた。が、そんな痛みなど何処へやら。すぐにスッと痛みが引いた。

 

 だがハジメは香織に泣いて欲しくなどない。たとえそれが嬉し泣きでも。宥めるように香織の背中に腕を回して、そっと撫でる。

 

 ふるっと香織の体が震えるが、なお一層腕に込められる力が強くなった。少なくとも嫌がってはいないでいてくれているらしい。多少耳が紅葉色になっているようだったが、ハジメは気にせずに呟いた。

 

「僕の方こそ、ありがとう。約束を守ってくれて。こんなに心配してくれて」

「…うんっ、うん」

「本当にありがとう、白崎さん」

「……うん。どういたしまして、だよ…」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと香織の背中を撫で、ハジメはただ感謝を呟く。それは紛う事なきハジメの本心であり、そこに一切の嘘は無い。心の声をひたすら真っ直ぐに吐露し続ける。

 

 するとどうか。香織から啜り泣きの音が消えていく。しかし同時に声が萎むように小さくなっていく。

 

 違和感を感じたハジメ。あれ、そういえばさっきから妙に香織さんが熱いような…。

 

「……………南雲くん、何をしてるのかしら?」

「……………坊主、無事で何よりだ。…で、この状況はなんだ?」

「へ?」

 

 入り口で硬直し、真顔で尋ねてくる保護者二名たる雫とメルド。

 

 やけに抑揚の無い声にハジメが少し冷静になり、今の状況を確認する。

 

 ・ただ今、ベッドの上。

 ・さっきまで密室二人。

 ・現在、抱きしめ合い中。

 ・しかも押し倒されてる。

 ・香織さんの背中を撫でてる。(宥めるため)

 

 この時点でハジメの発汗は先程のものにも勝る速度で加速した。最早滝だ。ベッドのシーツがグッジョグジョである。

 

 しかし香織の顔がチラリと見え、ハジメは更に内心追い詰められる事となる。

 

 ・めちゃくちゃ顔真っ赤。

 ・目が少し潤んでる。

 

(あ、これ明らかにアレな奴だ)

 

 実際にそんなことがあったわけでは無い。ただひたすらにお互いに安否を確認し合い、それが多少過剰に行っただけだ。

 

 しかしお天道様は兎も角、普通の人がこのような状況を見れば凄まじく誤解するわけで…

 

 無表情から一転。保護者二名が素晴らしい笑顔となる。…目の奥を除いて。

 

 そして嵐の前の静けさとはよく言ったもので…。

 

「バカモーーーーンッッ!! 人が心配していたというのに、何盛っとるかーーー!!」

「は、破廉恥よ! 今すぐ離れなさーーーいっっ!!」

「誤解です! 落ち着いてくださぁああああい!!」

 

 ハジメはこのあと、とてつもない噴火を見る事となるのだった。




と、言うわけで本日は甘々モードでした。
次回はこうはいかん!
この作品、原作とは違う意味でハードだから…。

あ、あとヒロインの扱いについてどうするかをアンケート設置するのでヨロ。
言っとくけどユエはエロテロリストじゃないし、シアは残念ウサギじゃないし、ティオは変態じゃないからね。(現在予定)
ご注意あれ。

それとその他を選んだ方は活動報告貼っとくので、それに。
非ログの人は…感想欄にそれとなく忍ばせて?(消えるけど)


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2、“最弱”という汚名

はい! 遅れました〜。
今回は前回に比べ、超ハードです。
戦闘やグロシーンはありませんが、それでもハードです。
香織との甘々事情を期待してこのページを開いた方は予め引き返すことを推奨します。

…よろしいか? よろしいですね。
では、どうぞ。


「ーーで、貴様らはあんな状態になっていたというわけか」

「は、はい」

「南雲くん、とりあえず床に正座するのはやめなさい。貴方まだ万全じゃないんだから。反省してるのもよく分かるから」

 

 雫とメルドに怒鳴られて数分後。今も床に正座するハジメは必至の弁論の末、何とか『起きてすぐに人を押し倒す盛った猿』疑惑を免れていた。なお正座はただの誠意である。別にメルド達に強制されたわけではない。

 

 ハジメの弁解は凄まじかった。それこそハジメの背後に何か変なものが映るぐらいの覇気を放っているほどに。

 

 雫やメルドは「日頃からあんな覇気出せば、クラスメイト達に舐められないのに…」と少し呆れるが、ハジメが事なかれ主義なのは既に知っている。周りを下手に刺激し、イザコザを生むのはハジメとしては避けたいのだろう。あとは純粋に出し慣れていないというのもあるだろうが。

 

「…まあ、大方香織が暴走して、突撃してあんな事になってたんでしょう、南雲くん?」

「雫ちゃん!? そんな言い方は酷くないかな!? かな!?」

「…なら香織は違うって言うの?」

「貴様はいつもそのような調子だが…」

「それは…その…。違わなくはない…かな?」

 

 異議あり! ばりの勢いで否定する香織だったが、保護者二名のジト目にすぐにその腰を折られた。香織はその視線を巧みに掻い潜り、逸らした。図星ではあるらしい。明らかに語尾からも序盤の勢いが消え失せていた。

 

 実際、香織は突撃していた。更に突撃してきた上で羽交い締めして来ていた。何なら押し倒していた。どう見ても雫の話通り、否それ以上である。

 

 段々涙目になりつつある香織。それがどうにも可哀想でハジメは何とか話題転換を図る。

 

「そ、そういえば僕が気絶してからどうなりましたか? みんな無事ですよね?」

「…ああ。無事と言えば無事、だな」

「………」

「「?」」

 

 しかしそれはどういうわけか。メルドと雫はいきなり目をハジメから逸らした。顔を俯け、影を落とした。ハジメは二人の様子がガラッと変わった事に違和感を感じた。視線を向けると香織も不思議そうに首を傾げているため、何のことか知っているわけではなさそうだ。

 

 数秒経っただろうか。こめかみを揉み、やがて意を決したようにメルドがハジメを真っ直ぐに見た。その目には何やら悔しさや怒りが混じっているようにも見えた。

 

「坊主、よく聞け。これから俺はお前にある事について言わねばならん。お前が例え俺に八つ当たりをしたとしても、それは正統的なものだ。当然として受け入れよう。俺の力が及ばなかったのだからな」

「…何の話ですか?」

「香織もよ。きっとこの部屋でずっと南雲くんの様子を見てたから知らないだろうけど…。もうそれが事実とされて(・・・・・・)しまった。私たちでは一切を覆せなかったわ」

「…え? それって…」

「…単刀直入に言うぞ、坊主」

 

 もう一度二人は眉を寄せて、瞑目する。目を開けたかと思えば、今度は口を開け閉めを繰り返す。どうやら言い出せずにいるらしい。だが確かにその言葉は安易に言うにはあまりにも、重かった。

 

 他のクラスメイトならば二人に、特にハジメに対しこの事実を言うことをこれほど憚ることは無かっただろう。たとえ浅かれど、両者に心を砕いているからこそ、喉を開けられずにいる。

 

 だがもしやするとそのまま閉じてくれていたならば、ハジメは少しの間幸せであれたのかもしれない。

 

「…此度の騒動の責任のおおよそが…坊主、貴様に押し付けられた」

 

 ハジメが救った者達の変わらぬ悪意から、少しだけの期間目を背けられたのかもしれないのだから。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ハジメはベッドに寝そべっていた。ただし眠ることはない。ハジメはただ天井の一点を見続けていた。

 

 思い出すのはメルドから突き付けられた現実。

 

 

 

『なっ!?』

 

 当然ながらハジメは訳が分からなかった。今回の六十五階層での騒動のことをメルドは言っているのだろう。しかしその場ではハジメはあくまでも被害者であり、加害者や黒幕にはなり得ない。

 

 それどころかハジメは“神の使徒”全員の生存の大きな鍵となった。冷静になりきれていなかった勇者、天之河光輝を説得し、たった一人で最強の魔物ベヒモスを食い止めている。この間、ハジメは責められるような事をした覚えは一切ない。

 

 メルドはハジメの驚愕を当然のものとして頷きながら、話を続けた。

 

『…実際には坊主、お前が檜山にグランツ鉱石を取らせるよう唆し、罠にハメた、という事になっている。これは檜山本人とそのパーティー、更には中村恵里が加わっての証言だ。そして先日それを“聖教教会”が正式に発表した』

『恵里達は全員、「南雲に脅されてやった」って統一して主張しているらしいわ』

 

 ハジメの困惑はここで最大級となる。

 

(檜山くん達が? 僕に脅されて? しかも聖教教会までが加わって? 僕に、押し付けようとしてる?)

 

 そうしてハジメの内で湧き上がるのは、当然ながら「ふざけるな」の一言だ。

 

 そもそもの話、ハジメは檜山達に脅かされていた側であり、それが反転するなどまずあり得ない。迷宮に入る前にも魔法などによりこっ酷くやられ、香織達が途中で参入しなければ迷宮に行けていたかすら怪しい

 

 そんな関係性はクラスも承知のこと。彼らは嫉妬などにより見ぬふりこそしているものの、少なくともハジメが檜山達に危害を加えているなどとは思いもしないだろう。

 

 故にハジメからすれば酷い冗談だ。唇の端が釣り上がるのも、あまりものおかしさからだろう。そんな話に聖教教会が加担したなど、それこそ失笑ものだ。

 

 聖教教会は人族共通の唯一神、エヒトを信仰する絶大な権威を握る教会だ。【神山】を本拠地としており、その麓にある【ハイリヒ王国】において、何もかもを決められるほどである。唯一、【ヘルシャー帝国】という例外も存在するものの、この時点で人族に対しての影響力は語るまでもないだろう。

 

 ハジメ達を地球から転移させた原因でもあり、ハジメは聖教教会を警戒こそしていたが、まさかこの様な形で害されるなどとは思ってはいなかった。

 

『恐らく“聖教教会”が加担した理由は、“神の使徒”による信仰を保つためだろう。坊主は“神の使徒”の中で唯一、名と顔を世間に知られていない。恐らくは“神の使徒”から世間一般レベルの非戦闘員が出てきた事を隠したかったのだろう。そして今回、“神の使徒”として名を国に知らされている檜山の代わりに、坊主が犠牲にされたということだ。“神の使徒”は悪意により六十五階層へと送られる罠に会ったが、それを切り抜け帰ってきた、という風にな』

 

 ーービキッ

 

 何かにヒビが入る音が鳴る。

 

 世間からしたならば強力な威光を放つ聖教教会の決定を怪しがる者などそういないだろう。しかも聞き方にもよるが“神の使徒”の英雄譚にも聞こえる。“神の使徒”にも当然ながら信仰はある程度向けられており、それ故の盲目に陥るのは必須だ。

 

 しかしここで怒る者がいた。ハジメの看病により、今初めてその話を聞いた香織だ。

 

『違うよ! 何も正しくないよ!? 宝石に触れちゃった檜山くんとハジメくんは迷宮では話してなかったよ! それにハジメくんが“悪”だなんてっ! 私たちを守ってくれたのはハジメくんだよ! なのに、なんで!?』

 

 日頃の温和な性格を何処かへと放りやり、ハジメの無実を叫ぶ。見開いた瞳からポロポロと涙が零れ落ち、拳をぐぅっとステイタスの許す限り握りしめていた。

 

 それらは全て事実だ。少なくともこの場にいる者ならば周知の事柄。

 

『そうよ。南雲くんがそんな事をするとは思っていないわ。ただ…もう覆せない様な状態になってしまったのよ。香織』

『…どういう事、雫ちゃん』

 

 雫は香織から顔を逸らし、そのまま俯いた。雫の唇を伝うのは食い縛り、傷から流れる赤い血。それほどまでに雫は悔しがっていた。

 

 一方でハジメはその先を聞きたくなかった。何となく想像がついていたからだ。もしそれが当たっていたというならば、ハジメはどうすればいいのか分からなくなる。

 

 だが残酷にも、メルドは口を開いた。

 

『“聖教教会”が告げたその見解を、殆どの“神の使徒”が認めた。それが決定打となった。王国の、少なくとも城内では坊主こそが悪と、そうされてしまっているっ』

 

 ーービシビシッ

 

 音は内部から走る。その音は先ほどよりも大きく、そのヒビは先ほどよりもずっと深く。

 

『あいつらが何故それを支持したのかは分からん。だが…それでももはや坊主が今回の黒幕ということが事実とされてしまった…。“聖教教会”に訂正を何度も申し出たが、受け入れて貰えさえしなかった』

 

 ーービキッ、ピキピキィッ!!

 

 壊れていく。砕けていく。心が、矜持が、希望が。粉々となり、淡く堕ちていく。

 

 何もハジメは自分の力だけでみんなを救ったなどと慢心はしていたわけではない。ベヒモスから逃れる際に魔法により足止めをしてくれたのは他でもないクラスメイトである。それにハジメが気絶してからもクラスメイト達は戦ってくれていた。故にハジメはその様に傲ってなどいない。

 

 ただ、少しは見直して貰えると思っていた。かつての様に『生意気な奴』としてではなく、一人の仲間として。

 

 今までの悪意ばかりだった空気が、少しでも変わってくれるかもと、そんな希望を抱いていた。

 

 それがどうだ。何も変わってはいない。恐らくは未だに嫉妬やら偏見により、ハジメは見下され、今回の様な事態となったのだろう。

 

 滑稽だった。

 

 己の必死の行動が、無価値とされたようで。あまりにもバカバカしかった。

 

 だが、せめて。せめてとハジメは口を開けた。

 

『僕が、した事はみんなにはどう思われてるんですか?』

 

 少しでも、期待していたかった。

 

 助けたことはハジメにとって意味のあることだったと。

 

 しかしメルドはその首を、横に振った。

 

『分からん。奴らは…一度もその話題を口にしていない』

 

 ーーパキッバキッ、パキンッ

 

 南雲ハジメの中で、何かが果てるようなそんな音がした。

 

 

 

 その後の事は詳しくは覚えてはいない。

 

 ただ命や路頭に迷う心配はないようだ。あくまでもそれは最低限の優しさというわけではなく、“聖教教会”が下手にハジメをこれ以上理不尽な目に晒し、香織や雫を始めとする一部のクラスメイトからの不信感は抱かれたくはないとしているだけだそうだ。

 

 そのため最低限の暮らしだけは保証してくれるらしい。あくまでも今回の檜山の罪を被る事がハジメの役割なのだろう。

 

『坊主、すまなかった。誰一人もの命を落とさずに済んだのは貴様のお陰だというのに…』

 

 メルドは憤っていた。その矛先はメルド自身。教会を前に何も出来ず、ハジメの名誉を守れなかったこと。ただそれを悔いた。

 

『…南雲くん。私は、何も出来なかったわ。クラスのみんなが、怖かった。簡単に恩人を貶せるみんなを恐れてしまった。貴方を庇うべきだったのに、何も言えなかった。…ごめんなさい』

 

 雫はただ申し訳なさそうに俯いていた。他人事だというのに、まるで自分のことのように背負み、恐れ、何も言えなかったことを恥じていた。

 

『ハジメくん…』

 

 香織は、何も言わずにこの部屋を去った。ただハジメの事を心配し、哀しんでいてくれたのはよく分かった。香織の頰を伝う涙が、ハの字に歪められた眉が、堪えるように閉じられた口が、明白にハジメにその事実を伝えた。

 

 そしてハジメは、そんな顔をさせてしまった己に、何よりも悔しさを感じた。

 

 だがそれでも、己がどうすれば良かったのか。どうすれば良いのか。それが一向に分からない。まるで蜃気楼に囲まれたような感覚に至る。

 

 気だるい右腕を天井に上げ、僅かに掌を開けた。

 

(僕は…どうすれば良いんだろう?)

 

 指の間を冷たい風が通り過ぎた。




はい、そんなわけで個人的には相当ハードな回でした。
どんな場所にいてもハジメは理不尽に晒されるわけです。

で、何故私がこんな事をしたか、でしょうか?
それは原作同様、ハジメに試練を与えたかったからです。
あちらでは完全な孤独の戦いでした。
誰もいない、己のみしか頼れない。そんな戦いです。
しかしこちらでは孤立した状況からの戦いです。
見下され、卑下され、罵られ、それでもハジメが前を向き戦う、そんなお話です。

当然ながらハジメの味方はこの三人だけではないです。
それだけだとハードが過ぎます。
よって次回は何人かのクラスメイト視線です。

※名誉のため言っておきますが、園部、坂上は聖教教会の意見に反対。永山班(遠藤など)、鈴は悪意はないけど混乱。他は悪意ありと言ったところです。


あとアンケートで詳しい説明を出来ていなかったので、候補を絞りつつ再投票を行います。
前回アンケートしていただいた皆様、お手数をお掛け致しますが「ま、このマイペースの権化のような作者だからいいか」と許していただけると幸いです。

で、候補ですがトップスリーに絞ります。
ある程度の関係性も書いていくので読んでいただいた上で投票お願いします。

・香織オンリー…超王道。みんなに助けられた上で、英雄になっていく。ヒロインは香織だけで、ヤンデレ化しない。優花さんは信頼できる仲間(原作みたいな気軽な関係)予定。

・香織&優花…ダブルヒロイン方式。香織だけに好意を向けていたが、なんだかんだで自分をずっと支えてくれる優花にも惚れてく感じ。極端だけど例はリゼロのエミリアとレム。なおこれでもヤンデレ化はある程度ない。

・ハーレム(原作キャラのみ(ただし一部魔改造))…あくまでも原作的に言えば香織がユエポジで優花がシアポジ。なおハーレムといっても最終的にそうなるだけで、ハジメはダンまち並みに香織一直線。なお途中でヤンデレの波動がでる可能性結構あり。

こんな感じです。
これらを踏まえた上で投票お願いします。


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閑話、想いは混じり、乱れ、分かつ

はいっ!
すっっっっっっっごく! 遅くなりました!
まずは申し訳ありません! 不肖私、元気にも関わらず投稿出来ておりませんでした!
ここで弁解させて頂きたいのはただサボっていた訳ではない、ということです。

センター英語、50点(二学期中期)

この意味が分かるな?(死ぬほど頑張った…)
なんとか英語は五割に落ち着きました…。
…私は死ぬほど理系なのでいいんですよ!(逆ギレ)
何とか目的の大学には行けました。
あとアルバイトの募集とか友達と遊んだりとか新学期への準備とか…。
そこらもろもろで遅くなりました。

あ、多分クロスオーバーの方はもう書きません!
…ダブル主人公、キツいんですよ。
やりたい人がいるなら頑張って! 応援するよ!
ま、私気分人間なのでやるかもしれんけど!

さて、そんなわけで超久しぶりの投稿は間話です。
忘れてしまった方は三話だけですので、読み返してくだせぇ…。

何卒、この二次創作をお願い申し上げます!
遅筆だけど!


 それは南雲ハジメが起きる三日前の出来事。聖教教会はある神言をハイリヒ王国全体に発した。

 

『先日、エヒト様がこの地に召喚した“神の使徒”。我々は勇者様方を邪なる魔王を退ける存在へとすべく、かの【オルクス大迷宮】へと導きました。最初からロックマウントを楽に退けると、順調ではありましたが…彼らは迷宮で悪意ある罠にかかり、かの伝説の魔物、ベヒモスと遭遇。危うく帰らぬ人と成りかけたのです』

 

 アーティファクトの拡声器により王都全体に響く、“教皇”イシュタルの声。信仰深い王都の市民等はその知らせに驚愕を禁じ得なかった。てっきり勇者一行は初の迷宮入りを順調に済ませてきたとばかり思っていたためだ。

 

 作業を行なっていた者たちもその手を、足を、口も止め、空に響かんとする教皇の声に耳を傾けた。

 

 王城のバルコニーにて、イシュタルは教皇の証たる神杖を天へと仰ぎ、悲痛さを込めた声を絞り出した。

 

『我々は最初こそは迷宮に仕組まれた罠かと思っておりました。…しかし、そうでは無かったのです。これは全て! “神の使徒”に紛れていた邪なる“錬成師”が原因だったのです!』

 

 静まり返っていた民衆。されど次の途端には爆発した。ある者はその“錬成師”を虐げ、ある者はそんな過酷を渡ったにも関わらず誰一人欠ける事のなかった“神の使徒”を褒め称えた。

 

 見事に分かれる“錬成師”(悪役)“神の使徒”(英雄)の線引き。

 

 民衆は誰一人としてそれを疑うことなく真実とした。神の言葉の代弁者たる“教皇”イシュタルの栄光はそれほどまでに凄まじいものであったのだ。

 

『なおその“錬成師”は既に捕縛済み。今はまだ眠っておりますが、起きたとあれば即刻その裏にいるであろう“人紛い”共を暴き出して見せましょう! …嗚呼、我らがエヒト様に栄光あれ!』

 

 熱に浮かれたかのように上ずったイシュタルの声。その興奮が伝播するように背後の神殿騎士が、城下街の民衆が、更には“神の使徒”の殆どが喝采を叫び、エヒトの名を謳う。

 

『『『『『エヒト様、万歳! エヒト様、万歳! エヒト様、万歳ィイイイ!!!』』』』』

 

 けれど知らない。彼らは誰一人として。

 

 イシュタルがその時、下を向いていた顔が悍ましくも嗤ったことを。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーメルドside

 

「教皇様、今の御話の真意を聞かせて頂けませんでしょうか?」

「…これはこれは。ハイリヒ王国が懐刀、メルド団長と在ろうお方が私の様な老いぼれに何のご様子ですかな?」

「とぼけないでください、イシュタルさん! 私の生徒をあんな風に言うなんて許しませんよ!」

 

 それはイシュタルがバルコニーを階段から降る最中、メルドは射抜かんとするほどの眼光でイシュタルを見上げていた。その側には“豊穣の女神”として名高い“作農士”、畑山愛子。彼女もまた気迫こそは見た目のせいで皆無であるものの、激怒しているというのは十二分に分かった。

 

 しかしイシュタルはそれに対し、飄々とした様子。傍の神殿騎士達の強行に対する無礼による怒りを手のひらを向けて収めると、心外だとばかりに眉を寄せた。

 

「何を仰っているのかは分かりませぬが…。そうですね、多少着色こそはありますが先程話した内容は“神の使徒”方の一部から聞いた証言なのですよ?」

「少なくとも私が見ていた限りは南雲ハジメが諸悪の権化だとは到底思えませんでしたが?」

「メルド団長。流石の貴方と言えども何時も全ての“神の使徒”を一寸の狂いもなく確認は出来ませんでしょう? 南雲ハジメはその僅かな隙を突き、“神の使徒”を罠にかけた。そういう事なのでしょう」

「ですけど南雲くんはいつも事を荒立てない様にする良い子です! そんな子がとてもそんな悪さをするとは思えません!」

「“豊穣の女神”様。先程メルド団長に言った通りです。南雲ハジメは本性を上手く貴方から隠し立てていたのです。貴方の目には彼が善良に映っていた、ただそれだけのことです」

「それはあくまでも推測にしか過ぎんでしょう!?」

「実際に証言してくださった、と先程言ったばかりですが? 檜山様や近藤様方。更には中村様も仰いました。印象でしか語らない貴方方と証言に基づく我々。事実に近いのがどちらかは…明白でしょう?」

「そんな…」

 

 メルドと愛子が続々と質問を行うが、どれもこれも答えとは言えない推測や曖昧にボカしたものばかり。しかもそれらは全て『生徒の』発言を元としており、愛子は質問を続ける度に顔を青くしていった。やがて口が止まったのも自明の理であった。

 

 一方で止まらないのはメルドだ。メルドには上に立つものとしての人を見る才がある。そしてメルドにはどうしてもハジメがそんな悪人とは見えない。同時に素質も感じている。だからこそそのような若者を潰すような真似は看過でき得なかった。

 

 しかしその前にイシュタルは告げた。

 

「もちろん南雲ハジメは仮にも“神の使徒”。死者が出なかった今回ばかりは寛容に見て処罰は致しません。ただ他の“神の使徒”の方々と共に迷宮へ行くのは暫く規制致しましょう。此度の様な事態がまた起きては困り物ですからな」

 

 言外にこれは教会にとっての譲歩。何も事情を知らぬ民衆がこれを聞けば寛容の言葉にも聞こえる。しかしイシュタルの内心はそうでは無いのだろう。

 

 今回の教会の目的はメルドから見れば檜山の名誉を守る為、檜山のミスの責任全てをハジメへと移すことにある。“神の使徒”と謳われる者達が愚かにも迷宮の罠にあっさりと引っかかったとなれば民衆からの信仰が崩れかねないだろう。“神の使徒”はすなわち神の代理人。信仰の対象であるからこそ、世間でのイメージは完璧であらねばならない。故に教会の威厳を使ってまでハジメへと汚名を移したのだ。

 

 されどここでハジメを死刑などにしていいものか。答えは否である。

 

 何故ならばそれは“神の使徒”に死の恐怖を刻み込むこととなるからだ。多くの者に嫌われているとはいえハジメはクラスメイトにとって身近とも言える存在。そんな人間が目の前で死んだともなれば、“神の使徒”は気づくだろう。己らも死と隣り合わせなのだと。

 

 そしてその恐怖により折れてしまったならばどうしようもない。それは教会側、すなわち人間の戦力が大きく低下してしまうのだ。少しでも魔族に対するカードが欲しい教会にはそれは大きな痛手となる。

 

 たとえ『あの手』を使っていたとしても、死の恐怖は拭えまい。それを理解した上で、ハジメの処遇は決定されている。

 

 ならば失踪と言った形でハジメを消すのはどうか。死を感じさせない形で始末するのは一見アリだ。

 

 しかしそれもまた否である。

 

 クラスメイトの誰もがハジメに否定的というわけでは無い。ハジメに救われたことに感謝する者もいれば、元々距離感の近い者もいる。そんな彼らが不意にハジメが姿を消したとなれば第一に疑うのは教会。殺した事を疑うまでは行かずとも少なくとも、ハジメが逃げ出すほどに謂れのない重圧を与えたことに対し懸念を抱くだろう。

 

 ハジメの味方側はどういうわけか重要な役割を持つ人物が多い。

 

 希少な回復魔法の使い手である香織は言わずもがな、速度だけならば人族上位の剣士である雫。更には“豊穣の女神”たる愛子やハイリヒ王国の騎士団団長のメルド。他にも数名存在するが、誰もが教会にとっては手放したく無い戦力。現状でさえも良好とは言えない目で見られているのだ。これ以上溝を深める真似は教会はしたくは無いのだろう。

 

 だからこそイシュタルのこの言葉はあくまでも彼にとって最低限内容なのだ。そもそもの目的である真犯人のすり替えは済ませてあるのだ。これ以上南雲ハジメに危害を加える理由もない。

 

 だがメルドはこれを飲むしかないのもまたイシュタルは分かっているのだろう。イシュタルは聖教教会の教皇。これ以上反発などしたものならば騎士団団長たるメルドでさえもタダでは済まない。メルドは戦いの実力こそは上位だが、それでも潰す方法は聖教協会ともなればいくつも持っている。教会はその気になれば何処までも非情になれる。

 

 せめてもと、イシュタルを睨みつける。しかしこれ以上、反論は出来なかった。悟ったのだ。言葉を紡いでも無駄なのだと。聖教教会の威厳を持って『南雲ハジメが悪』だと否が応でも決定するのだと。

 

「それではもう良いですかな? 仕事が御座いますので失礼致しましょう」

 

 そして黙った二人に用は無いとばかりにイシュタルは神殿騎士達を連れ、メルド達の横を通り過ぎた。

 

 イシュタルの足音が聞こえなくなる頃、メルドは不意にある言葉を思い出した。【オルクス大迷宮】でのベヒモスとの一戦の際にハジメに言ってやった言葉だ。

 

「…必ず助けてやる、か」

 

 たった一人、ベヒモスに立ち向かおうとする錬成師。されどその目に宿っていた勇気は誰よりも明白だった。だからこそメルドはそれに応えようとした。

 

 結果、ハジメはその天職から考えてあまりにも不相応な役割を見事に果たした。誰一人欠けることなく、全てを救い出した。

 

 しかし己はどうか。イシュタルの掌で踊らされ、本来褒め称えられるべきハジメを罵倒の的とする事を止められなかった。助けることが、出来なかったのだ。

 

「…すまん。本当に…すまんな、坊主」

 

 メルドはただその場にはいない少年に謝ることしか出来なかった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー雫side

 

「恵里、檜山くん…どういうことかしら?」

 

 一方で王城の食堂。そこには此度の騒動のそもそもの原因である檜山、彼を援護する恵里、そしてそんな二人に視線をぶつける八重樫雫。周囲には彼女等を囲むようにクラスメイトが散らばっていたが、雫は眼中にないと二人を睨みつけていた。

 

 二人の反応はそれぞれ異なっていた。檜山は顔をしかめ、苛立った風に顔を背けたのに対し、恵里は泣きそうな顔になりながらも弁解を始めていた。

 

「し、雫ちゃんが言ってるのは南雲くんのことだよね? で、でもね? 本当に見ちゃったの! 南雲くんが檜山くんを脅すところ…。グランツ鉱石を取りに行けって。悪く言いたくはなかったけど、でも檜山くんだけが責められるのも違うと思って…」

「恵里、まず貴女は私達と同じパーティーで位置的には列の前側だったでしょう? 後ろ側にいた檜山くんたちの行動をどうやって見たって言うのよ?」

「た、たまたま後ろを見てて…」

「見ただけで分かる様なものかしら? いつもは逆の立場の南雲くんと檜山くんが、今回は違うだなんて」

「で、でももしかしたらって、そう思って」

「もしかしたらだけで犯人扱いしたの? 南雲くんを? 実際にそうだったとしても、身を呈して私達を助けた南雲くんをここまで責めるのは過剰な気がするのだけど?」

「そ、そんなこと言われても…」

 

 雫は己でも分かるほどに苛立ちを見せていた。傷つけられたからだ。南雲ハジメという強い人を。

 

 雫はある程度、南雲ハジメがどういう存在かを知っている。それは香織を通してでもあり、己を通してもよく知っている。

 

 彼は事なかれ主義だ。理不尽なまでの暴力に、暴言にぎこちない笑みを浮かべながら己からは何もしようとしない。誰かが傷付くぐらいなら、殴るぐらいなら、殴られる方がいいとするほどだ。

 

 だから彼はあの時、誰よりも前に出た。きっと傷付く様を見たくなかったから。“最弱”の汚名を苦笑いで済ませていた少年は、罵った人々を守る為にその身を危機に晒した。

 

 その時、彼にきっと打算は無かった。もし恵里達の言うことが真実であるならば、己がやったという罪悪感故に雫達を守ったということになるだろう。しかしそんなありきたりな打算だけの男が光輝を黙らせられるだろうか。その覚悟をメルドに認められようか。絶対にそんな事は無いと、雫は断言できた。

 

 だからこそ南雲ハジメという男の印象は今回の戦いを通して変わると、そう信じていた。

 

 その期待が裏切られた事で雫は憤ったのだ。あのどこまでも純粋な覚悟は、彼が守ろうとした人々によって汚されたから。

 

(分かってる、こんな言及をしたところで今更世間からの南雲くんの印象は変わらない。それでも恵里達の証言が間違っていることをみんなが疑い始めれば…少しは変わるかもしれない)

 

 もはや雫は藁にもすがる思いだった。実害の受けていない雫がそこまで追い詰められるのも可笑しい話ではあるが、人一倍責任感のある彼女には然るべき事であった。

 

 檜山は口を開閉こそはするものの、声は出さない。代わりに恵里を縋るように見つめるが、その恵里もまた雫の責めるかのような質問の連続に、多少涙目になりながら硬直してしまっていた。

 

 しかしここで彼ら二人の後ろから救済の手が差し伸べられることとなる。

 

「雫、駄目だぞ。いくら南雲が犯人だと(・・・・)信じたく無いからと言って二人を責めたら」

「…光輝?」

「分かってるさ。クラスメイトからみんなを罠に嵌る様な奴が出てきたなんて信じたく無いもんな。だけどそういう現実(・・)に立ち向かわなきゃならない時があるんだ」

 

 ーー何を言っているの?

 

 恵里や檜山達の証言でもあくまでもハジメは檜山達を脅して取りに行かせただけであり、証言の中でも決してその罠に故意に掛けたわけではない。教会側はそれをオーバーに表現しているが、生徒側にはそのように説明されていたはずだ。

 

 だが光輝はまるでハジメが最初からその罠に嵌る気でいたと言うかのようだった。それが雫には訳が分からなかった。

 

 まだベヒモスと相対していなかったものがハジメの覚悟を軽視するのは分かる。それ故に教会の話を安易に信じるというのも渋々ではあるが、理解できた。実際に檜山も恵里もベヒモス戦には立ち会っておらず、背後にいたトラウムソルジャーと戦っていた。

 

 しかし光輝はハジメの覚悟を見たはずだ。むしろ雫以上にハジメの日頃には無い気迫が見て取れたはずだ。なんといっても目を合わせ、ハジメの言葉を聞いたはずなのだから。

 

 だが光輝の目は…どう見ても真っ直ぐ(・・・・)だった。何の疑いすらも無く、ハジメを『悪』としている。

 

 昔から知っていた。光輝の思い込みが凄まじいことを。しかしやがて治るだろうと少し怒る程度で済ましていたそれを。

 

 しかし助けられた相手になお『悪』と叫べるものかと思うと、雫は怒りにより感じていた熱が急に底冷えしたように感じた。僅かではあるが手が震えた。だが雫はその震えを感じられない。今まで軽く見ていたそれが途方もなく、黒く光輝を染め上げていることに気づかされる。

 

「安心しろ、南雲の奴にはきちんと反省してもらうから」

 

 さらに雫は気づいた。光輝の周囲にいる全クラスメイトが、否この場にいない数人を除き全員が雫を不思議そうに見ていることを。

 

 檜山と恵里の言葉に粗がある事は雫が暴いた。だというのにそれをクラスメイト達は何の懸念にもしていない。紛れもなくハジメが犯人として疑っていない。

 

 決定的だった。もう雫とクラスメイト達の間にはあまりにも深い溝が出来ている。

 

 かつてのクラスメイトならばここまで露骨にハジメを疑う事はなかっただろう。光輝には確かにカリスマがあった。しかしここまで皆が盲目的になるほど凄まじい物でもなかった。たかが一人の学生程度にそれほどのカリスマがあるわけが無い。

 

 故に湧き出る異物感。

 

 まるで己が知らぬ何かによって身近な者たちが染め上げられているという底知れない恐怖が雫を襲う。普段通りのクラスメイトたちの姿が視界に映っているというのに、雫には非日常を晒しているようにしか見えない。

 

 その悍しい矛盾に視界さえも信じられないような不安感。やがて膝は折れ、雫はその場に蹲った。喉を焼くような感触はいつのまにか逆流した胃酸のせいだろう。

 

「雫、大丈夫か? また南雲の奴か? …全く、あいつには本当に強く言っておかないとな」

 

 急に蹲った雫を見て、光輝はハジメに理不尽な怒りを更に強くする。それは周囲による同調の声により更に強まり、一声雫を心配する声を掛けると早速ハジメの部屋の方へと足を向けーー

 

 ーーザクッ

 

 光輝の髪を掠めたナイフが食堂の壁へと突き刺さった。

 

 この場には雫以外には光輝への同調者しかいなかった。ならばこれは誰のものか。

 

 その答えはすぐにやって来た。

 

「何をするんだ、優花」

 

 つい先ほど光輝が向かおうとしていたハジメの部屋へと繋がる出口。そこに腕を垂らしながらも、いつでも投げれると言わんばかりに投げナイフを握る少女、園部優花がいた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー優花side

 

 誰が見ても分かる。優花がナイフを投げたという事実。

 

 どういうことだと言わんばかりの光輝とその周囲のクラスメイト達の視線に対して園部は…さっくりと無視して、面白そうに吹き出した。

 

「さっきから聞いてたんだけど…悪い事はなんでも南雲のせい? 迷宮で罠に掛かったのも、その場で八重樫さんが蹲ってるのも…全部?」

「ああ、その通りだ。君だってイシュタルさんのスピーチをーー」

「子供だって、そんなわけあるかって分かるわよ? 天之河って賢いんじゃなかったの? 先入観だけで人を馬鹿にするなって道徳で習わなかったの?」

「…何が言いたいんだ?」

 

 園部はまるで小馬鹿にするように光輝と向き合っている。しかし雫にはわかった。その胸中には燃え上がるような怒りが潜んでいることに。

 

 やがてその炎は徐々に漏れ始める。今までの神経を逆撫でするような顔とは一変し、無表情となる。込められている怒気を察したのかそれは光輝を驚かせた。

 

「余計な問答はアンタには意味ないから単刀直入に言うわ。…私は、オルクス大迷宮で南雲に助けられた」

 

 それはこの場の誰も知らない、園部優花だけの記憶。園部優花だけが知る南雲ハジメという男の勇姿。

 

「うっかり転んで骸骨に頭かち割られかけたのよ。南雲が“錬成”であの骸骨の動きを妨害してなかったら…死んでいたのよ」

「で、でもそれは南雲の気紛れでーー」

「天之河、アンタの意見は聞いてないわ。第一、一切私たちを見てなかったアンタ(・・・・・・・・・・・・・・・)が否定しないでよ」

 

 轟々と勢いを増す優花の怒り。それは周りからの言葉に揺らぐことなく、むしろ天を突く勢いにまで達する。

 

「私は南雲に助けられた。その事実を私は信じてる」

 

 会って間もない教皇が謳う【悪者】でもなく。

 見知らぬ民衆が口々に噂する【邪悪】でもなく。

 勇者が、知人が断罪せんとする【無能】でもなく。

 

 園部優花が信じるのは【南雲ハジメ】だ。

 

 誰よりも才が無くとも、優花の危機を察知し助けてくれたその姿を。膝が笑っていながらも死にかけた優花を鼓舞してくれたその姿を。たった一人であの暴虐の象徴たる怪物を止めて見せたその姿を。

 

 園部優花は目に焼き付けている。今も目を閉じれば思いだせる。

 

 故にたとえ何処ぞの誰かが南雲ハジメを語ろうと園部優花は揺るがない。

 

 だからーー

 

「だから、アンタ達が何と言おうと私はアイツを、南雲を信じるわ」

 

 ーー園部優花は、南雲ハジメの味方となったのだ。

 

 

 

 

 その後、雫、優花対その場にいる全員といった構図で刺々しくなった食堂にメルド団長が現れ、その日は解散ということになった。

 

 皆が己の部屋へと帰る途中、雫は優花へと語りかけた。

 

「ねぇ、優花。ありがとう」

「…へ? 何が?」

「私以外に、南雲くんの事を庇ってくれる人がいないと思ってたの。みんながあんな風だったから。優花が割り込んでくれなかったら、きっと私はあれ以上何も言えなかったわ」

「あー、確かにおかしかったわね。いつもみたいな嫉妬から来る物で片付けるには過剰だし…」

「ええ。何かはあるでしょうけど…、今は何とも言えないわね」

「怪しいのは…檜山と中村さんかな?」

「教会の方も情報操作に関わってるのがどうも腑に落ちないわ」

「いったい何があるのかしら…」

 

 確かに二人は南雲を信じている仲間に会えたことで安堵こそは覚えた。

 

 しかしそれも束の間で…少女達は不可解な何かに戸惑いを隠さずにいた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

 その男が、この会話を聴いていたのは本当に偶然だった。

 

「ね? 上手くいったでしょ?」

 

 その声が聞こえたのは城の空き部屋の内の一つだった。ある違和感と同時に発生してきた酷い頭痛。そのためトイレから部屋に戻るのも精一杯で、熱に浮かされながら、いつのまにか彼はここまで来ていた。だるさから肩を壁に引き摺りながら、移動していたのも聞こえた理由だろう。

 

 その声には聞き覚えがあった(・・・・・・・・)。しかし声に含まれる雰囲気が異なった。その違和感から申し訳ない気持ちを抱きながらも、耳を壁に密着させた。

 

「初めて見た時も思ったが…テメェ、二重人格じゃねぇんだよな?」

 

 もう一人の声は檜山のものだった。いつも南雲を虐めたりと、声こそは出せないものの良い思いは抱いていないからこそすぐに分かった。

 

 同時に「何故彼女(・・)が檜山と…」と胸中で溢す。関わりなど無いはずだと混乱する。

 

「前も言ったけれど、これが僕だよ? いつもは可愛い子ぶってるだけ。人は自分を偽らなきゃ生きていけない。偽らなきゃ欲しいものには届かない。それは君も同じでしょ? 犯人様(・・・)?」

「…そうだな。その通りだ」

 

『犯人』、その言葉にゾクッと背筋に氷柱が突き刺されたような幻覚を感じた。僅かに体を支配していたダルさが軽くなる。思考がクリアになり、先ほどまで考えていた内容、ハジメの犯人疑惑について考え直す。あまりにもおかしいだろう、と。

 

 では何故自分がこんな荒唐無稽な事を本当かもしれないと思っていたのか。その理由は壁の奥から示された。

 

「それにしてもこのアーティファクト凄いよね〜。僕も一か八かで教会の方に『南雲くんに責任を擦りつける』提案をした訳だけど流石はファンタジー。一国規模で洗脳可能ときた。…色々制約はあるらしいけど、それでも便利なのには変わりないよね〜。…僕も使ってみたいな〜」

 

 それこそが雫、そして今男が抱いた違和感そのもの。一見は拡声器のようなアーティファクト。しかしその正体は伝音式対民衆洗脳型アーティファクト:ヴィーゲン・リート。これは発動者が発する言葉を受容者の思考に『正しい』と判断させやすくするという単純かつ凶悪なアーティファクトである。イシュタル教皇がバルコニーで神言を発した際に使ったものでもある。

 

 クラスメイト達が『ハジメが犯人だ』と信じたのは、ハジメへのほんのわずかな疑念をこのアーティファクトが増幅させたことで、一気にハジメを犯人とするようになった、というのが事の真実だ。

 

 そうする事で檜山は己の罪の大まかをハジメへとなすり付けられたわけだ。ハジメを疑いはせずとも信じきれなかった彼もまたその策中に嵌った。

 

「…それでも白崎はまだアイツを構ってやがる。なら意味がねぇ」

「ん〜? あー、そーだね。このアーティファクトも万能じゃないって事だね」

 

 アーティファクト:ヴィーゲン・リートにはその凶悪な性能と引き換えに制約が多々存在する。エヒト神の加護の下でしか使えないことや聞いた音の大きさによって洗脳の度合いが変化すること、改竄する事柄への興味の有無、話した内容に対する疑念の大小、このアーティファクトの存在の認識の有無…それらによって洗脳の具合はまるで違う。しかしその凶悪さは確かめるまでもない。

 

「白崎さんにメルドさん。八重樫さんに園部さん、坂上くん、愛子先生…後は幾らかいるけど僕らの作戦の妨害には警戒しなくてもいいと思うよ。他のメンバーは南雲くんへの信頼じゃなくて、話題への関心の有無とかそっちの制約だろうしね。あと半端に疑惑持ってる人もいるけど、そっちの方はエゲツない頭痛とかがあるだろうから使い物にならないと思うよ」

 

 男はたった今アーティファクトの存在を知ったからこそ軽く掛かっていた洗脳が解けた事実と先ほどまでの頭痛の正体を理解した。もはや頭痛は消えた。かわりに今すぐこの場から去りたい恐怖こそは湧き出ているが。

 

「ところで白崎のことだっけ? でも仕方がないんじゃないかなぁ。だって明らかに白崎さんって南雲くんのことーー」

「うるせぇ!」

 

 何かが砕ける音がなる。恐らくは檜山がステータスに任せて机に拳を叩きつけ、木っ端微塵としたのだろう。フー、フーと興奮気味の吐息が壁越しでもわかった。

 

「あはは、やっぱり自覚してるよね? まともじゃ南雲くんには勝てないって!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェエエエエエエエエエ!!!!」

「アハハハハッ! 壊れたオーディオ機みた〜い」

 

 それでもなお彼女は揶揄うように嗤う。神経を逆撫でされた檜山が吠え、なお一層女は声を高らかに上げる。

 

 その時、男は思った。この喧騒の中ならば気づかれる事なく逃げられるのでは無いだろうか、と。混沌とエゴに塗れたこの場から去りたい要求。そしてハジメの無罪をクラスメイトに伝えるべきだという責務。それらが男を突き動かす。

 

 ダルさはもう無い。まともに脳は回る。技能も十全に扱える。

 

【暗殺者】たる己ならば隠密行動は容易だ、そう男は確信してーー

 

 

 

「そう思うよね、遠藤くん(・・・・)?」

 

 

 

 ーー辺り一面の空気が凍った、そんな幻覚を覚えた。

 

 がちゃりと扉の取手が捻られる音が背後からした。

 

 バクバクとした心臓の音さえも遠ざかる。訳が分からない。そもそも音さえ立てていなかったはずだ。

 

 

 

「アハハ。気づかれてないと思ってた? 残念だけど遠藤くんと僕の力ってさ、相性すっごく悪いんだよね〜。流石の君も魂は隠し通せないでしょ? 【暗殺者】の力って一定以上行かないと魂魄は隠蔽出来ないらしいからね〜」

 

 

 

 笑う、微笑う、嗤う。

 

 逃げ出せばこの悪魔を振り払えるのか。この悪夢を見ずに済むのか。

 

 しかし成功のビジョンが見えない。彼女の手から零れ落ちることさえも出来そうにない。

 

 故に遠藤の足は竦む。もはや鬼ごっこが成り立つ前から決まっていた。

 

 

 

「ごめんだけど…ちょっとオハナシ聞いて貰って、良いかなぁ?」

 

 

 

 この鬼ごっこは『(彼女)』の勝ちだと。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そしてその日から、遠藤浩介は城の誰とも会うことはなくなった。




はい! そんなわけでアビスゲート卿好きな方ごめんなさい!な閑話でした!
ハジメのピンチとチャンスを同時に煮詰めた感じです。
味方もある程度いるけど…が現状です!

あとクラスメイトおかしいだろ…の正体はこちらの超便利なアーティファクトですね!
ヴィーゲン・リートくんはクソ便利でイシュタル愛用のアーティファクトです!
ちなみに洗脳に必要な制約をある程度書き出してみましょう。
・使用者の天職が神関連(【勇者】【聖女】【神子】【教皇】など)であること。
・使用者のレベルが三十以上あり、かつ一定以上の魔力を保有すること。
・使用者が純粋な人族であること。
・使用範囲が人族の領地(人の神たるエヒトの領域)であること。
・効果は声の聞こえた度合いに比例する。
・対象者が洗脳内容への疑惑を持たないこと。
・対象者が洗脳内容に関心を一定以上持つこと。
・対象者の天職が神関連でないこと。
・対象者が神代魔法を持たないこと。
・対象者が人族であること。
・対象者がヴィーゲン・リートの存在を知らないこと。
・対象者が眼鏡を掛けていないこと。

…と言ったところでしょうか。
これを見るとある人物がおかしいことがわかるでしょう。
…人間って恐ろしいですなぁ。

ちなみに遠藤くんはハジメくんを疑ってたわけじゃないんだけど、「南雲! お前を信じてるぜ!」レベルじゃないと洗脳は振り払えないので中途半端にかかりました。
で、中途半端だと最遊記でいう孫悟空の輪っか効果が常に働くので、謎の女の子は「気にしなくてもいい」といったわけです。
歩けてただけマシな方です。

次の投稿、なるべく早くやりたいと思います。
頑張れ、俺!

追記
そういや、アンケート通りハーレムで行きます!
他言ってた人、ゴメンね!


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エンディング、不相応な野望

よっしゃ! 書き切った!
そんな訳で第三話です!
これで序章完結!
次回から一章に入ります!
それではどうぞ!

追伸
最近なろうで幼なじみカップリング貶すの何なの?
俺の「性欲が塾年夫婦並みに枯れてて、特に意識しあってるわけではないんだけれども、以心伝心が互いにだけ適用されて、絶対お互いがすぐ側にいるのが重力よりも自然であるかのような幼なじみカップリング』が好みである事を知ってのことかぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 ーーハジメside

 

 決して、認められたくて動いたわけではない。誰かが傷つく様を見たくなかっただけだ。他人の死を見て後で後悔するよりは、自分を賭け皿に乗せた方が自分はマシだと思えた。

 

 そんな自分本位な理由でハジメはあの死地を走り抜けた。

 

 だが同時に貶められる物では無かったはずだ。あのまま自分が動かなければ誰かは後戻りできないほどに傷を負っただろう。

 

 だからこそ思う。これはないだろう(・・・・・・・・)、と。

 

『見て、裏切り者よ』

『よくこの城をあんな堂々と歩けるわね』

 

 ーー裏切った覚えなんてないです。それに廊下だって端の方を歩いてます。堂々となんてできないですよ。

 

『何であんな奴がまだここにいるんだ』

『教皇様が言うんだ、仕方がないだろ。…卑しい奴め』

 

 ーーこんなところに居たくなんてない。望んだ覚えもない。今すぐにでも家に帰りたい。

 

『何見てんだよ、【無能】!』

『お前の椅子? そんなもんここにはねーよ』

 

 ーーたまたま視線に入っただけで罵られる。悪意に目眩がして、椅子を探すと嘲笑われた。

 

 ーー聞いてはいた。昨日、メルドさんと八重樫さんから話は聞いていた。

 

 ーーだけど…

 

『南雲、まずは謝罪からだろう? 何をぼうっとしてるんだ? 早く頭を下げるんだ』

 

 ーーこれほどの理不尽が何で僕に与えられたんだろう。

 

『○○○○○○○!!』

『■■■■■、■■! ■■■■■■■!!』

『◆◆◆、◆◆◆◆◆◆ッッ!!』

『香織、雫、優花。三人とも優しいのは分かる。だけどこれは南雲の問題だろ? 有耶無耶にしていい問題じゃないんだ』

 

 ーー誰かが僕の前に立った。きっと僕を庇おうとしてくれている。

 

 ーーけれどそれが一層惨めで、情けなくて。…そして何よりも、悔しかった。無力感で、頭が一杯だった。

 

 ーー恥ずかしいのかも、恨めしいのかも、失望したのかも分からないほど感情がごっちゃ混ぜになる。

 

『あっ! 待て南雲! 何処に行くんだ!?』

『戻って来い! 南雲ォ!!』

『反省も無しかよ…ロクでもねぇ』

『○○○○○!?』

『…■■■■、■■■■■■』

『◆◆◆◆◆◆…』

 

 ーーいつの間にか僕はその場から逃げ出していた。断罪の声も、呆れの嘆息も、呼び止める声も。全部断ち切って、この辛い場所から逃げようとする。

 

 ーー奥歯がギリギリと鳴って、目頭が熱くなる。小学生以来だ。こんなに感情的になるのは。

 

「ーーーぅぅ」

 

 ーー喉が震えた。情けなくて脆弱な声だ。それが一層羞恥を駆り立てて、足に込める力が増した。

 

 ーーすれ違う人がいた。嫌でも目に映る。焼きついてしまう。ドブネズミを見た様な隠しもしない嫌悪の色。情けない、情けない。酷く悔しい。

 

 ーーそれでも走った。独りになりたかった。そうすればこんな世界から抜け出せるかもしれないと本気で思った。

 

「ぅうああああああああああああああ!」

 

 ーー我慢していた衝動が止めきれず溢れる。まだ人はいる。さっきよりももっと奇怪なモノを見ている様だった。それでも知らないとばかりにこの声は止まろうとしてくれない。

 

 ーーやがて人の数が少なくなって、人の服装が巡り巡り変わっていって。木々の数が中世的な建造物に反比例して増えていった。何時間と走っただろう。人がいない森の中、ようやく僕は止まった。

 

 ーー固まり切っていない床で急にブレーキをかけた。きっと疲労で感覚の無くなった足を止めた為だろうか。不細工な転げ、地面に叩きつけられる。水っぽい土が跳ねて、白い病人服は清潔さのカケラもない。

 

「ァアアアア!!!!! …ハハハッ、アッハハハハハハ」

 

 ーー獣同然だった叫びが止まる。入れ違いに出た声は笑い声だった。

 

 ーーいっそ滑稽で、可笑しくて仕方がない。B級並の悲劇だ。自分にはこんな泥まみれがお似合いなのだろう。主人公どころか脇役にすら成れはしない。顔無しのエキストラが適役に違いない。敵キャラの噛ませにでもなればきっと上等だ。

 

 ーー空は曇天だ。暗くて窮屈で息苦しくて…まるで鳥籠の様に見えた。

 

 ーー城から遠く離れて、恐らく都からも抜け出した。こんなに笑い声を出していたら魔物が集まるかもしれない。今の武器は護身用のか細いナイフしか無くて、ステータスすら低い僕はすぐに死ぬだろう。

 

 ーーそれでも良かった。

 

 ーーこんな世界で止まるぐらいなら一回死んで、向こうにでも戻る夢を見たい。

 

『グルルルル…』

 

 ーー聞こえてきた。終わりの声が。

 

 ーーこのクソったれな悪夢を終わらせる刺客が。

 

 ーー仰向けになっている僕の視界に白い狼が複数体映る。かつて見た迷宮の図鑑に載っていた魔物だ。十階層で群れを作っている魔物で、連携を用いて獲物を狩ることを得意としている。

 

 ーーこんな魔物でさえ一人じゃない。それが一層、惨めさを際立たせる。

 

「…やるなら一発で、すぐに殺して欲しい」

 

 ーーあんまり痛い思いはしたくない。一瞬の合間なら我慢もできる。

 

 ーーきっとそんな思いが伝わったんだろう。目の前の魔物がゆっくりと喉笛に向けて牙を立てる。飢えた狼の口から涎が垂れて、僕の鼻腔に入り込んだ。不快だけれど、これが最後の苦痛だと思えば辛くはない。

 

 ーー首を魔物に差し出す形で顎を上げて、僕は目蓋を閉じようとした。

 

 

 ーーー閉じようとして…。

 

 

 

 ーーーーーー終わらせたいはずなのに…。

 

 

 

 

 

 

 

『私の中で一番強い人は南雲くんなんだ』

 

 ーーーーーーーふと彼女の笑顔が脳裏で輝いた。

 

 ーーグジュッ

 

 気づけばハジメは魔物の胸に、腰に差していたナイフを突き立てていた。ハジメは知っていた、その部位に魔石があることを。

 

 案の定、目の前の魔物は生物としての形が保てなくなり、灰となって崩れ落ちる。ナイフを伝って魔物の血で手が濡れた。

 

 ーー嗚呼、これで簡単には死ななくなった。

 

 仲間を殺されたことで魔物の群れは分かりやすく憤っていた。再び組み伏せられれば、魔物たちはハジメを苦しませながら殺すだろう。体の末端から生きたまま喰らい、ハジメに地獄を見せるだろう。

 

 だが、それでも良い。ハジメは己の心をナイフを構えながら再確認する。

 

 ーー生きたいんだ。

 

 ーー死にたくない。

 

「“錬成”!」

 

 自分周辺の地面を隆起させ、高くにある木々に手をのばす。ハジメは真っ正面からの戦闘を避け、逃げを選択する。

 

 ーー地べたで泥まみれになっても構わない。

 

 しかし狼達の身体能力は高い。ハジメが作り出した足場を腕力に任せて破壊する。当然ハジメも重力に従い落下する。

 

 ーー有象無象に馬鹿にされたってどうでもいい。

 

 ステータスによる身体能力の向上がロクに見られないハジメは、受け身こそ取れど、体にダメージが入る。その一瞬を狼は逃しはしない。四方八方から狼の顎がハジメへと襲い掛かる。

 

 ーーそれでも、僕は生きたい!

 

「“錬成”ぇっっ!!」

 

 再びハジメの足元が隆起する。しかし先程と違うのはハジメがダメージを喰らいかねない程の速さで迫り上がったことだろう。正しくカタパルトのように吹き飛んで、ハジメは狼の群れの包囲網から脱する。

 

 ーー家族の元に帰りたい!

 

 代償は肋骨の骨折。ズキズキと鈍い痛みがして、走り出そうとしたハジメの目の前で火花が散る。よく見れば骨が一本は肌を食い破る形で見えていて、血が斑に地面を彩っていた。

 

 ーー絶望しきったまま死にたくない!

 

 狼の一体がすぐにハジメを追いかける。軽傷とは言い難いハジメは弱った獲物に見えることだろう。魔力による身体の強化が行われ、ハジメへと飛びかかる。

 

 ーーそして何よりも彼女(白崎さん)の前で格好悪いままじゃゴメンだから。

 

「“錬成”ッッッ!」

 

 三度発動されるハジメ唯一の魔法。しかし今度は逃げの為では無い。ハジメの前方から飛び出した長方形の地面は狼の腹をかち上げた。ハジメだけに注目していた魔物は為されるがままにハジメの頭上へと吹き飛ぶ。

 

 ハジメは狼が地面に投げ出される前にナイフを握りしめて、走った。未だに腹の重傷は健在だが、意識に鞭を打ってまで駆け出した。

 

 狼は当然、あの程度では死なない。そもそも“錬成”は攻性魔法ではない。更に言えば魔物は物理耐性はハジメなぞよりもよっぽど高く、ダメージさえも喰らわない。故にすぐに狼は立ち上がり、こちらに向かってくるハジメを食い殺さんとする。

 

 血に塗れたナイフと醜悪な魔物の牙が互いに鋭い光沢を放つ。

 

 両者共に刹那でも敵の動きを見逃さないと目が見開かれる。

 

 ハジメのナイフが閃くと同時にその腕へと飛び掛かる狼。ナイフごとハジメの腕を食い千切らんとする。

 

 この護身用のナイフの刃渡りでは狼の延髄や脳を切り裂くには値しない。その前に腕が持っていかれる。

 

 だから(・・・)ハジメは四度目のそれを叫んだ。

 

「“錬成”!!」

 

 狼の牙がハジメの腕を断絶仕掛けていたその一瞬。

 

 蒼の魔力が魔物の口の中で暴れ狂うように発光する。

 

 “錬成”が与える力はただ一つ。鉱石の変形。その対象にはハジメが今も持つナイフも含まれている。

 

 元々細身であったナイフが更に洗練されるように細く、長く、鋭く形をこの場における最適へと進化する。

 

 全ては一瞬でも早く、敵の命を奪う為に。

 

 既に腕に突き刺さっている牙。それを無視して、より深くへとレイピアのように化したナイフを進める。

 

 感触がした。迷宮で初めて感じた感触が。命が潰える感覚が腕を駆け抜ける。

 

 この瞬間だけは何度も経験してもきっと好きにはなれないだろう。たとえ人で無くても。相手が理性の遥か対極にあるような魔物であろうとも。

 

 延髄を断たれたが故に肉塊となって、魔物はその場に崩れ落ちる。命が一つ散った瞬間だ。

 

 だが殺した罪悪感に苛まれる時間も惜しいこの状況。すぐ様にハジメは魔物の口から腕を引き抜いた。

 

 自分の血かも魔物の血かも分からないほどに塗れた腕が見える。ドクドクと命を繋ぐ赤い体液が脈から零れ落ちるのがよく分かった。神経回路をいくつか切ったのか、思うようには動かない。先程まで持っていたナイフも魔物の死骸の中に取り残してしまった。

 

 脇腹の傷もあり、意識は朦朧とする。血を流し過ぎた。酸素が回り辛くなり、今も追いかけてきているであろう残りの魔物の姿も霞んで見えた。

 

 絶体絶命、そんな言葉がふと浮かんでーーハジメはフッと笑った。

 

 ーー確かに死に体だ。利き腕が使えず、武器も無くて、オマケに頼みの綱たる“錬成”も魔力の枯渇によりあと僅か。

 

 ーーそれでも左手も両足も動く。何よりも生きたいと、体が、心が、何よりも僕自身が叫んでいる。

 

 ーーなら、僕はまだ戦える。

 

 ーー僕はまだ死んじゃあいない。

 

「“錬成”」

 

 蒼い魔力が砕けた瓦礫を刃と成す。あまりにもお粗末な武器だ。だが、今はそれが頼もしく思えた。

 

 赫い眼をギラギラと光らせて、魔物達はハジメを睨む。一体一体が間違いなく格上で、その上数も多い。圧倒的劣勢の中、ハジメは無理矢理笑みを作った。

 

「生き延びてやる…」

 

 死に体に反して漲る活力。それを糧に、ハジメは前に進んだ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー龍太郎side

 

 迷宮での一件依頼、龍太郎は南雲ハジメというクラスメイトを見くびっていたのだと気付いた。

 

 あの迷宮での闘いは誰もが死を呑み込まざるを得なかった。きっとあの中にいた中で一番強いメルド団長であったとしても、文句無しの素質を持つ光輝であったとしてもだ。

 

 そして恐らく龍太郎は真っ先に諦めた。そして蛮勇(・・)に挑んだ。

 

 もう頭の隅では負けを認めていて、それでもそんな現実が受け止め切れなくて龍太郎はベヒモスに挑んだ。クラスメイト達が危ないという状況さえも忘れて、戦った。

 

 思えば酔っていたのだろう。この世界で自分が特別な位置にいることに慢心していた。

 

 だから勝敗すら戦う前から分かっていながら、無駄に命を散らす道を選んだ。圧倒的なスペックの差を認めることが出来なかった。

 

 だがハジメは違った。

 

 確かにハジメもベヒモスに勝つことは諦めた。仮にも【最弱】、錬成師では勝てるはずも無かった。ステータスも能力も凡人以下のハジメには闘いという選択肢はあまりにも無謀だった。

 

 しかしハジメは『勝つ』ことは諦めても、『生きる』ことは諦めなかった。目先の勝敗よりもクラスメイト全員の生還を目指し、そしてやり遂げた。

 

 坂上龍太郎は脳筋である。だからこそハジメと自分をここまで客観的に分析して、ハジメを評価しているわけではない。その辺りは『何となく』でしか考えれていない。

 

 だが坂上龍太郎という男は同時に素直であった。

 

『ーー“錬成”!』

 

 遠く離れた場所でその背中を坂上龍太郎は見た。龍太郎自身が感情無しと眼中にすらなかったはずの少年。

 

 しかしそれがどうだ。最も簡易たる魔法で自分達が敵わないと思っていた魔物を捕らえて見せたその姿は。手を灼熱に焦されながらも、蒼い魔力光を放ち続けたその背中は。自分を馬鹿にしていた者達ごと救って見せようとしたその【最弱】は。

 

 ーーかっけぇ…

 

 いつの間にか、龍太郎は迷宮の死地で呟いていた。

 

 だからイシュタルの宣言には憤ったし、赦せなかった。そんな筈は無いだろう、と。自分が憧れたあの光景が、まやかしである訳がない、と。

 

 ただ信じ切れなかったのは事実だ。

 

『南雲は悪だったのか…。そうか…赦せないな。檜山が変な行動を取ったのも、あの時『邪魔』をしたのも、全部アイツのせいだったのか! ああ、信じていたかった! だけれども認めるしかない。南雲には反省してもらわないとな。大丈夫だ、きっと分かって自分の行動を省みてくれる筈だ。香織を誑かすことも無くなるだろうし、自己中心的な事をする事もなくなるだろう。ああ、大丈夫だ。龍太郎もそう思うだろ?』

 

 信じたかった。親友の光輝の言葉が間違っていないと。酷く歪に見えたのは幻覚だと思いたかった。否定したくなかったのだ。信じ続けていた親友を。

 

 だからハジメが非難されているのを見ても、「そんなわけねぇ!」とは叫べなかった。一度憤っても、それは光輝を否定することに繋がると思わず黙ってしまっていた。

 

 布団に潜る度に憧憬たるハジメと信頼を預ける光輝の間で龍太郎は精神を擦り減らし続けた。ハジメのあの姿を思い返す度に張り裂けるような頭痛がして、まともに眠れない日が続いた。

 

 昨日の夜もそうだった。だからいつもよりも食堂に向かうのに遅れて、すれ違うように走り去るハジメを見た。歯を食いしばり、何かに耐えるように。

 

 少し龍太郎は考えると、すぐにハジメを追いかけた。見なければならないと思ったからだ。ハジメがこれから成す事を。

 

 ただハジメを追いかけようとした頃にはハジメは視界にはおらず、周りから聞いたり、行き当たりばったりを繰り返したりとする。途中、魔物もいたが、【拳士】という物理チートたる龍太郎の敵にはならなかった。そうして森の中をさ迷い続け、何とか龍太郎は見つけ出した。

 

 ーー血だらけで、弱々しくも立つハジメの姿を。

 

「ーーッッ!?」

 

 欠損しているわけではないのだが、一つ一つの傷が深い。国最高峰の治癒を持つ香織でもすぐには五体満足には出来ないほどの重傷。

 

 全身から赤が垂れ落ち、新緑を染め上げてしまっているほど。ハジメ周辺には少なくない魔物の屍が不細工にズタズタにされていて、赤黒い魔物の血とハジメ自身から出ている血とでは全く見境が付かない。

 

 そしてたった今、ハジメは最後の魔物の首を刃が崩れ落ちたように刃ころびたナイフで掻っ切った。

 

 ビクンッと魔物は痙攣した後、諾々と赤黒い血を吹き出す。動く様子は無く、息絶えたことがすぐ様にわかった。

 

 そこからハジメは右足を前に出そうとして、その場に崩れ落ちた。

 

「ーー南雲!?」

 

 目の前の惨状に放心していた龍太郎が倒れたハジメへとすぐに近づく。

 

「…坂、上くん?」

「南雲! 何でこんな事になってんだよ!?」

「あ…あはははは。…大丈夫? ここ魔物結構いるけど…」

「大丈夫って…他人の心配してる場合じゃねぇだろ! 血だらけじゃねぇか! ちょっと待ってろ! 香織のトコまで連れてってやる!」

 

 ハジメと会ってからより強くなった頭痛。しかし龍太郎はそれを無視して、怒鳴り付ける。思わず激昂するほどハジメの容態は酷かった。

 

 しかしハジメは龍太郎が大丈夫かと心配する始末。ハジメは血だらけで、視界を埋める血が龍太郎の姿を見ることを阻んでいるにも関わらずだ。そんなハジメの気遣いは今は腹立たしい。

 

 そもそも龍太郎からすればこの森の魔物は雑魚だ。ハジメのような軽装であっても死に掛けることはない。だからこそ思う、そんな場合じゃ無いだろう、と。

 

 すぐにハジメを背負って、龍太郎は来た道を戻り始める。背負ったハジメは信じられないぐらい軽くて、儚くも思えた。それが龍太郎を焦らせ、踏み込む脚を強くする。

 

 同時にこんなに弱い人間が迷宮であそこまで根性を見せたのか、と思わざるを得ない。

 

「くたばんじゃねぇぞ! 南雲ォ! こんな所で死んだら…俺が許さねぇからな!」

「うん…坂上くん…」

「何だ!? 言いてぇことあんならとっとと言え!」

 

 死に体のハジメに龍太郎は激励を掛ける。言葉の一つ一つが荒々しくも生き延びろと言う、龍太郎なりの発破をかける。

 

「やっぱり…死にたく無い」

「ーーッ!!」

 

 それはきっとハジメの弱音だ。よく思えばハジメはクラスメイトの目の前で苦笑いをすることはあっても、弱音を吐くことは無かった。

 

 弱々しいその声を聞き漏らさないように龍太郎は神経をハジメの一言一句に集中した。

 

「僕…ついさっきまで死んでも良いって思ってたんだ。こんな世界、嫌だって…」

「………」

 

 きっと迷宮との戦いの後の理不尽な言われようだろう。直接言われた訳でもない龍太郎でさえもいい思いはしなかったのだ。張本人たるハジメがどれ程背負わされることになったのか、龍太郎には計り知れない。

 

 ハジメの『死んでもいい』は重さがあって、冗談にも思えない。それこそ、こんな血だらけになっていれば疑いようもない。

 

「でも…やっぱり僕は生きたいんだ。どれだけ馬鹿にされても、辛い目にあっても、血反吐を吐いても、地獄を見ても僕は…生きて帰りたいんだって…やっと気づいた」

「…そうか」

 

 龍太郎が感じていたハジメの強さ、それは生きることへの一途さ。ハジメ自身、無自覚だった果てしない生存欲こそが迷宮でのあの姿を現したのだ。

 

 それがようやく龍太郎は理解できた。

 

「は、ははははは…」

「…? 坂上くん?」

「やっぱ、お前はかっけぇな。南雲…」

「…いきなり、どうしたの?」

 

 やはりあの時憧れた姿は間違いでは無かったと龍太郎は思った。何故ならハジメをあそこで立たせたのは『与えられた』力などでは無かった。『持っていた』力だったのだから。

 

 生物として当然である生存本能、それが人一倍あったからこそ成り立っているのだから。

 

 鳴り止まなかった頭痛がいつの間にか嘘の様に消えている。思考がクリアで、先ず自分が為すべきケジメを理解した。

 

「南雲…すまねぇな。俺はお前の噂、ウソだって今まで言えなかった」

「……うん」

「ただ…今はお前はきっとそんな事はしねぇって思ってる。そう信じる」

「……違うかも、しれないよ?」

「やったのか?」

「……やって無いけど。…それでも、他の人達が坂上くんを非難するかもしれないよ?」

「こんな時まで他人の心配か…安心しろ。他人がどーだこーだ言った所で、もう意見を変える程落ちぶれちゃいねーよ」

 

 後で後悔するかもしれない。光輝と相対するかもしれない。だが龍太郎はもう後戻りをするつもりはない。

 

 ここで『正しい』と思ったものを犠牲にしてまで、仲良しこよしするのはゴメンだ。それならぶつかって、互いに全部吐き出して今まで見ていなかった互いを見つめ直す方がずっと良いだろう。

 

「坂上くん…」

「ああん? 寝て、安静にしてろ。起きりゃベッドの中だ!」

 

 己の心中を吐露するのが思ったよりも恥ずかしかった龍太郎は八つ当たり気味だった。それ以前にハジメの重傷を気遣っている面もあるのだが、それでもいつもよりも怒鳴り気味になっている。

 

 そんな中告げられた言葉は実にシンプルだった。

 

「…ありがとう」

「ーーーッ」

 

 肩に寄り掛かる重さが僅かに増した。遂に気絶したのだろう。失血が原因か、それとも精神的な疲れが原因か分かりはしないが危ない状況という点には変わりないだろう。

 

 そんな状況下で龍太郎は片手で顔を覆い隠す。僅かに顔が赤く、口の端が上がっている。

 

「ーーったく!」

 

 ハジメの感謝の言葉に遂に耐えきれず、龍太郎は悪態をつくのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 目が覚めると、白い天井が見えた。つい昨日も見たがやっぱり元の世界には戻りようが無いらしい。その事実にやはり悲しみは堪えきれず…それでもいつもとは若干違った。

 

『他人がどーだこーだ言った所で、もう意見を変える程落ちぶれちゃいねーよ』

 

 気が落ち掛ける前、必死になって僕を背負ってくれた坂上くんがそう言っていた。

 

 そうだった。答えは単純だったんだと今更気が付いた。他人に冤罪で責められたって自分を捻じ曲げるのは、違う。

 

 そんなシンプルなことにやっと気が付いた。

 

 それに坂上くんは『カッコいい』と言ってくれた。迷宮でのあの時の行動が決して無駄では無かったんだと気付かされた。

 

 昨日は見る気も湧かなかった窓がふと視界の端の方に見えた。青くて澄んでいる蒼穹がひたすらに広がっている。昨日までは窮屈な鳥籠のように見えていたが、そう地球の空とは変わらない。

 

 きっと昨日の曇天だってそれほど地球のものとは変わらないだろう。悲壮感が雲の灰色をより暗くしていただけかもしれない。

 

 そうやって気づいていなかった一つ一つを咀嚼していると、ガララッと雑に開けられる扉の音が聞こえた。

 

「ハジメぐん!」

 

 この声だ。死に掛けていたあの時、心を生き返らせてくれたのは。

 

 この目だ。辛かったあの中で、もう一度心に火を灯してくれたのは。

 

「心配したんだよ! 雫ちゃんと優花ちゃんと探してても、ずっっっっっと、見つからないし! 戻ってきたら怪我だらけだし! また気絶してるし! 今度こそ死んじゃうかもしれないって、心配したんだよ! ハジメくん!」

 

 彼女は泣きながらハジメの元まで近づいた。ハジメが死にかけだったのは重々承知なのか、以前の様に抱きしめることはなく、ぎゅうとハジメのシーツを握りしめて顔も埋めている。

 

 彼女の顔を見ると綺麗な顔が台無しなぐらいにぐちゃぐちゃだ。それほど心配を掛けたのかと思うと申し訳ない気持ちになる。ただハジメが死んで悲しむ人もいるのだと、少し嬉しさも湧いてきた。

 

 兎も角、目の前の彼女の泣き顔は見たくない。彼女にはこの空の様に屈託のない笑顔が似合っている。

 

 ハジメの指が香織の涙を拭う。頰に触れる指がハジメのものだと分かったのか、香織もハジメを見上げた。二人の視線が絡み合う。

 

「ゴメンね、白崎さん。自暴自棄にはもうなったりしないよ…」

「そうだよ! ハジメくんが死んだら私…凄く嫌だよ! 絶対に、絶対に嫌だよ!」

「うん…ありがとう。そう言ってくれて。…出来れば泣き止んでくれないかな? 白崎さんには、泣いて欲しくなんてないから」

 

 香織がハジメの一言を聞き、両手の甲で大量の涙を拭う。泣き顔を見られて恥ずかしいのか、少しだけ視線が逸れた。

 

 ただそれも一瞬で、すぐ香織はハジメと目を合わせた。

 

「…本当に、死なないでね?」

「うん。約束する」

「絶対だよ! 約束だよ!?」

「うん。絶対に、白崎さんを悲しませない様に頑張るよ」

「ハジメくんが死んじゃったら、私これ以上ないぐらい泣くよ! だからーー」

「うん。絶対に死なないって、約束するよ」

 

 未だに黒真珠のような瞳を濡らす香織だが、悲しげだった顔から普段の様な笑顔を作る。やはりハジメはこの笑顔が好きだ。

 

 すると香織が右手の小指をハジメの前に差し出した。

 

「ええっと…これは?」

「ハジメくん、すぐに約束忘れて無理しちゃいそうだから! 指切りげんまんだよ!」

 

 唐突な香織の反応に当然ながら呆気を取られるハジメだったが、指切りげんまんだったと分かるとすぐに自分の小指を香織の指に絡めた。

 

 そして香織の鈴の音色のような声に合わせて、指切りが行なわれる。

 

 この世界はハジメに残酷だ。しかしそんな異世界の事も忘れて、たった二人だけの世界を今、二人は作っている。

 

 不相応かもしれない、ハジメの『強くなる』という夢を載せて、絡めあった指先が揺れる。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら……どうしよう? ハジメくん!」

「ええ…」

 

 まさかのノープランにハジメは困惑したが、何だかおかしくて香織も合わせて笑った。

 

 ーーここからが、僕の始まりだ。

 

 愛しい人の笑顔を見ながら、ハジメはそう決心した。

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:9

天職:錬成師

筋力:19

体力:19

耐性:19

敏捷:19

魔力:19

魔耐:19

技能:錬成[+解析][+高速錬成]、集中、不屈、言語理解

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はい! そんなわけで一章完結!
思ったよりもハジメくん、虐められなかった…(しゅん…)
まあ、現段階でも中々ハードモードなので別にいいか!

ちなみにこの作品ではハジメの魔力の色が紅ではなく蒼です。
理由としては原作からの乖離のイメージと攻撃的な色ではなく優しい色にしたかったからです。
そんなわけでハジメくんの魔力光は某ウザすぎるリーダー様と類似しています。
…あれ? アイツ優しいか?(作者困惑)

そしてステータスも更新です!
やったね、ハジメくん! ベヒーモスと狼連中と死闘繰り広げたクセにレベルが8しか上がってないよ!
ちなみに勇者の現在のレベルは27です。
天職によってレベルアップボーナスの要求値が異なるのが原因ですね。
しかも原作を読むに【錬成士】って言っても武器整備しててもレベル上がる訳ではなさそうだからなぁ…。
とはいえ“錬成”も派生が増えましたし、新スキルが二つも増えましたね!
…え? “集中”ってどっかで見た事あんぞ、このクソ作者めが?
…………何のことやら?(クロスオーバーの奴からの流用です、発想力貧相で申し訳ない)
つーか、“集中”が便利過ぎるのが悪い!(逆ギレ)
ま、二つの新スキルの能力は次回辺りに説明しますかね?


ちなみに詳しく現在のクラスメイト達のハジメの評価を書いておきましょうか。
・普通「前から気に入らなかったけど、今回のは酷い。最低だ(洗脳済)」
・香織「私はハジメくんを信じてるよ! だってハジメくんは、いっちばん優しくて強い人だから!」
・雫「絶対に南雲くんはやってないわ。強い人だもの」
・優花「あの時、助けてくれた南雲を信じるわ」
・龍太郎「かっけぇと思う。やってねぇって信じるぞ、俺は」
・遠藤(ナニカサレテイルヨウダ)
・鈴「南雲くんは助けてくれたけど、恵里はああ証言してるし…(頭痛持ち)」
・園部の班「優花はああ言ってるけど…(頭痛持ち)」
・永山班「浩介がマジでいない! いやギャグじゃねぇって!?(頭痛持ち)」
・光輝「許せない! みんなに謝れ! 大体(ここから怪文書)(これで洗脳無し)」
・檜山「俺の方がぜってぇに上だ! 苦しめ! 死ね!」
・檜山の協力者「できれば早急に排除したい、要注意人物。今回は精神的に殺そうとした。反省も後悔もない」
・???「興味がない。そんなことより魔法の実験実験(洗脳無し)」

・愛子先生「生徒は絶対信じますよ!」
・メルド「芯のある奴だと思っている。出来るだけ協力したい」
・イシュタル「ちょうど良かった誹謗中傷の的」


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一章、集え者共、成せ変革を
【一節】オープニング、始まりの瞬間


はい、今回オープニングということもあり凄く短いです。
前回二話は一万字更新したのですが、今回はたったの1500程度。
でもこの話、一回丸ごと描き直したの。
許して…。


 ーー???side

 

 その少年は何でもない、凡人だ。

 

 天職は非戦闘職である【農民】。ステータスもレベル1の時点でオール20と平均より多少上程度。技能は“土壌改善”の一つのみ。

 

 この世界のあらゆる人間は生まれ持った才能、地位で全てが決定する。より希少な天職を持つほど恵まれ、より高い地位にいるほど幸福にありつける。逆に何ともない天職であればその他大勢に埋もれ、低い階級であれば搾取される。

 

 それがこの世界の『当たり前』。努力なんて名前ばかりで、生まれ持った才能は覆せない。誰もが己の限界をすぐに知り、いつしか夢を諦める。

 

 少年だって諦めていた。かつて憧れた英雄譚、それは遠く離れた幻想だと押し入れの奥にしまった。誕生日に親が削って作ってくれた木刀も部屋の飾りになっている。

 

 だから、それは衝撃だった。

 

 それは聖教教会が担うアーティファクトこその一つ、広範囲映像転写機:シュタイガーンの映像だった。

 

 画面に映るのは【勇者】と【無能】。本来ならば相対する筈もないほど与えられた才能が開いている。

 

 かたや一世紀に一人でも生まれたならば素晴らしいとまで言われるほどの逸脱した才能。王国と教会の信頼を一身に背負う最強職の一つ。

 

 かたや十人に一人はいる【農民】以上の凡人。国を裏切った唯一の『使徒』であるとまで言われ、全てから責め立てられる存在。

 

 放送を見る前、全ての者が頭に描いたであろうワンサイドゲーム。【勇者】が裏切り者を公開的に排除する万全のショー。それを見てまた【勇者】への信仰が高まる。教会はそう夢見ていたし、周囲もそうだと思っていた。

 

 しかしそうはならなかった。

 

 シュタイガーンによって空に浮かぶ映像を少年は釘付けになってそれを見ていた。しかし全ての者から褒め称えられる【勇者】をでは無い。

 

 映像の先の時刻は黄昏時。本来ならば空は朱と藍が広がっている筈だ。だというのに、映像のその先は『蒼』かった。

 

 まるで空をも覆う様に『蒼』は広く、自然に広がる。澄み渡る空と似ていて、優しい魔力光。まるで映像の先で『不夜』が訪れたかのようだった。

 

 その光景を生み出すのはたった一人の【無能】。無傷の【勇者】とは異なり、傷と泥まみれの少年は今も自分の周囲から嘲笑を向けられる。戦いを始めてから数十分も逃げ惑う臆病者だと。

 

 だが不思議だった。

 

 画面に映る少年は画面の向こうでも数多くの人から嗤われて、見捨てられているはずだ。才能のない奴が調子に乗るなと言う眼が痛い程叩きつけられているはずだ。

 

 それが怖くて少年は英雄譚も木刀も捨てたのだ。

 

 だと言うのに画面の彼の眼は爛々と輝いていて、楽しげで、一切折れていなかった。痛そうな傷を負ってなお、【勇者】へと向かって駆け抜けた。

 

【勇者】の銀剣が横薙ぎに振るわれる。しかし彼は地を這うように低く走り、剣を避けるとガンレットをはめた拳で横腹へと一発放った。

 

 絶望的な差がステータスにあるはずだというのに、【勇者】は苦悶の声を上げて数メートル後退した。この戦いにおいて初めて【勇者】がダメージを喰らった瞬間だった。

 

 先程までニヤニヤと見ていた者達から動揺が伝わった。一方で自分の口角が上がったのが自覚できた。同時に一瞬の頭痛が起こり、弾け飛ぶ。思考がクリアになり、改めて画面上の【無能】を見つめた。

 

『お前は! お前は何なんだ!?』

 

【勇者】が狼狽しながらも叫ぶ。驚愕がありありと見え、剣を彼へ突き立てるように構えながら目を見開いた。

 

 その一方で彼は、臆することなく自分の名前とその背負わされた天職を告げた。まるで勲章を掲げるように高らかと。天まで届けと言わんばかりに。

 

 

 

『ーー【錬成士】、南雲ハジメ』

 

 

 

 少年はその名をきっと忘れない。

 

 もう一度引き出した英雄譚と木刀を握りしめて、憧れの眼差しで南雲ハジメの一瞬一秒を目に焼き付けようとした。




さて、ここにいくまでに二回大きな戦闘を終えねばなりません。
さあ、俺よ。文章書く速度は十分か…。(でもここは先に書きたかった)

ちなみにこの農民くんは後に結構大成します。

さてさらっと出てきたアーティファクト、シュタイガーンですが単純に言えば空に浮かべるプロジェクトマッピングです。
こちらもまたエヒト神の加護の元でしか使えません。
また何十人もの国家魔法師が連携して初動する必要があります。
燃費は悪いですが、情報媒体としてはかなり優秀。
王国が有する領地全部に映像と音声を流せるアーティファクトはかなり強いでしょうよ。

ハジメの『蒼』もかなりの性能ですよ。
ヒントはドラゴンボールの悟空。

それでは次回!
次回はほんわか回…だと思う!


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1、予期せぬ推薦状

ら、ランキングに載ってる…(震え)
日刊に載ってる…だと?
しかも18位…高くない?(綺麗なハジメくんがコアな作品だと思ってた人)

これは書かねばなるまい! と奮起した結果、八千字です。
ま、是非もナイヨネ!(長いのか短いのか判断が付かない)
急ごしらえなので雑だったりかもですが、許して誤字報告ください。

あと原作に【不屈】ってスキルありましたっけ?
感想欄見たら「勇者(笑)が持ってた」とか何とか…。
あるなら何処にあったのか教えてほしいです。
あったなら、名前変えるつもりです。
…何にしようか?


 ーー雫side

 

 八重樫雫は激怒した。必ず、かの天然ジゴロに一口文句を言ってやらねばならぬと決意した。雫には恋がわからぬ。雫は、元々剣道家である。剣を振り、技を磨いて暮らして来た。けれども他人の恋愛に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「南雲くん! 理由は言えないし、申し訳ないとも思うけれど…一発殴らせてもらっていいかしら!? いいえ、殴るわ!」

「なんでさ!?」

 

 朝食が終わって早々、一人自分の部屋で雑なご飯を食べていたハジメの胸ぐらを引っ掴みながら雫は右腕をハジメに叩きつけようとしていた。

 

 だがハジメもただではやられない。そもそも理由も分からないのに、殴られるのは流石に勘弁してほしいところ。

 

 そんな訳でハジメの匠の技が光る。

 

「“錬成”っ!」

「へ? ーーきゃっ!?」

 

 雫の右足の床だけが隆起する。当然足元がそんなことになると思っていなかった雫はバランスを僅かに崩した。多少で済んでいるのは流石のチートスペックと元からの体幹の良さ故だが、それだけではない。

 

 ハジメは過去体育で習った柔道の足払いを会心の出来で再現した。それはもう、武術を習う雫を倒すレベルでの再現だ。

 

 ただ倒す先はハジメのベッド。ただの床だと危ないし、ベッドならばマット代わりになって良いだろう、という判断に基づくものであった。

 

 雫は訳が分からないのかベッドに寝転がったまま動かない。ハジメはそこが好機とばかりに雫の頭のすぐ側に掌を叩きつけ、逃げられないようにする。

 

 そうしてハジメは雫に問いかけた。

 

「八重樫さん…何で僕を殴ろうとーー」

「あ、あの、南雲くん! ちょっと恥ずかしいのだけど…」

「へ?」

 

 問いかけようとして、赤面した乙女な雫に呆気に取られた。

 

 ここで現在のハジメと雫の構図を整理してみよう。

 

 ・雫が仰向けになって寝転んでいる。

 ・ハジメがそんな雫に床ドン(故意では無い)状態。

 ・しかも場所はハジメのベッドの上である。

 

 間違いなく『そういう』構図である。

 

 それにようやく気が付き、ハジメは硬直した。同時に最近何やかんやこういうことが多いような気もしたが、気のせいにしておく。

 

 兎も角ハジメにとって、最優先はーー。

 

「八重樫さん」

「あの…南雲くん。とりあえずこの体勢をーー」

「とりあえず殴るのは五発までにして貰えないかな? それ以上だと流石に死んじゃうと思うから」

「それよりももっと優先することがあるでしょう!?」

 

 罰の譲歩の懇願であった。香織と『死なない』という約束をした手前、死ぬわけには行かないとハジメは最優先で雫に頼み込む。

 

 なおハジメに罰をあやふやにするという思考はない。男たる者、それ相応の罰は喰らわねばならないと頑固たる決意を己の胸に刻み込んでいた。

 

 ハジメは混乱している!

 

 ならば頼みの綱は雫である。雫は常に冷静沈着。この非常にヤバイ状況もきっと解決に導くーー

 

「あの、あの、南雲くん!? ちょっと…だ、ダメよ…」

 

 ダメだった。乙女化していた。

 

 日頃の凛とした姿は何処へやら。顔から煙が出るかと言うほど顔が沸騰している。視線もあっちやこっちやらで、百面相。思考も呂律も全く回っていない。

 

 雫は混乱している!

 

「そんな! なら…それならせめて回復薬を使わせて! そうじゃないと僕、耐え切れないよ!」

「た、耐え切れないだなんて…だ、ダメよ! 絶対ダメ!」

「…どうしても駄目かな。しばらく八重樫さんの言うこと何でも聞くから!」

「な、何でも!? ええっと…ってダメよ!」

「くぅ…、どうしよう」

 

 話が一切合切噛み合っていない。互いの歯車が全力で空回りしていた。ハジメは段々と死地を覚悟する真剣な眼に。雫は段々とふにゃふにゃのふわふわになっていく。

 

 まさしく永久機関。ハジメが話す度に雫が勝手に焦り、雫が話すほどハジメが誤解を深める。下手を撃てば二人は何時間も同様の事を繰り返すだろう。

 

 だからこそ、こういった場面で水を刺す外野というのはとても大切である。

 

「…何をやっておるのだ、貴様ら」

「「あっ」」

 

 そしてどういう訳かハジメの部屋に訪れたメルドの呆れた様なジト目が雫とハジメを見つめていた。それはもうジーーーっと。

 

 ハジメはそこらのラブコメ主人公とは違い、冷静な判断が出来る男だ。なのですぐ様雫から離れると、メルドに両手を差し出した。まるで『僕が犯人です。自首します』と言っているかのようだ。

 

 雫はそこらのラブコメの無責任ヒロインと違い、冷静な判断が出来る子である。なのでハジメからそっと離れ、すっとメルドに両手を差し出した。まるで『私が犯人です。自首します』と言っているかのようだ。

 

 こうなると困るのはメルドだ。

 

 状況も分からず、それなのに事の本人たちはそれぞれ自分が悪いんだと主張。両方共に反省している様子も伺えるので、怒るにも怒りづらい。

 

 しかもハジメはハジメでマジで覚悟が決まっていた。メルドに「早く手錠を掛けてください」と悟った目で言った。

 

 雫は雫で冷静になっており、頭から煙をぷすぷす。「シズク、オヘヤカエリタイ」と全力で幼児の精神に退行している。

 

「…とりあえず、何故こうなったのか聞かせろ」

 

 さてここで問題は何故雫が最初にハジメを殴ろうとしたのか、である。理由を説明するため、話はハジメと香織が指切りを終わらせた後に遡る。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 本日の深夜2時頃、八重樫雫の意識は朦朧としていた。

 

 ここ最近の夜はずっとこうだ。迷宮に行く前の夜もそうだったが、帰ってきてからのこれ(・・)はより暴走していた。

 

「それでね! それでね、雫ちゃん! ハジメくんと指切りげんまんしたんだよ! ハジメくんってね、見た目はちょっと光輝くんとか龍太郎くんよりかは細いんだけど、指の形とか手の形ってやっぱり男の子のなんだよ! 小指を結んでくれたんだけどその時の力が思ってたよりも強くてちょっと驚いちゃったんだ〜。えへへ。ね! ハジメくんすごいでしょ! ね!」

「…うん、そうね。…分かったわよ」

「それで指切りげんまんしたんだけど、途中で歌詞忘れちゃってね! ついつい途中で歌うのやめて、ハジメくんに聞いたの。今思い出したけど、そういえば「針千本飲ます」だったね! でもハジメくんってば「でも白崎さんが望んでくれるなら、僕は死なないよ」っっって!! あの時のハジメくん、とっっってもカッコよくてね! 結局指切りげんまん歌い切らなかったけど、途中まで歌ったから多分約束にもなってるし、大丈夫だよね。…ねぇねぇ、雫ちゃん聞いてる?」

「…うん、そうね。.分かったわよ」

「うん! それでねそれからねーーー」

「…うん、そうね。分かったわよ」

「ーーー」

「…うん、そうね。分かったわよ」

 

 そう、香織が見事に暴走していた。夜ご飯を食べ終わり、香織と雫が二人部屋に帰った8時頃からずっっっっっっっと、これである。香織が雫に一方的にハジメの情報を叩きつける『ハジメくん報告会』はこれにて通算20回となった。おめでたいようだが、雫的には寝不足の日の回数であるので良い思い出ではない。

 

 また香織から情報が恐ろしいぐらいに入ってくるので雫自身、ハジメについて詳しくなってしまっている。ハジメの好みの漫画、アニメのジャンルやら、好きなキャラの造形やら、スマホの種類とか、ext…。いつハジメのスマホの種類なんて情報を活用できるのか。雫は当時、訝しんだ。

 

 なおハジメがダントツで好きなキャラは黒髪の聖女であったとのこと。

 

 まあ、その話によってハジメの事を気に掛けるようになり、ハジメが強い人間であると雫が気付いたきっかけではある。ただ感謝するにはこの会が始まると必ず雫が寝不足となるなど、被害があまりにも大きい。

 

 そんな訳で雫は絶賛夢の世界に半身浴していた。現実世界では壊れたオーディオと化しているが、その辺りは大体香織のせいである。

 

 ちなみにこの会議はその一時間後に見回りのメイドが二人の部屋を確認した際に終了した。その際、雫は寝ぼけている頭でそのメイドに感謝を口にした。なお、そのメイドが後日『お姉さまファンクラブ』に入る事となるのだが、それは少し先のお話。

 

 さて、こうして何とか睡眠時間を得られた雫であったが、それでも多少ストレスはある。恨みに関しては香織:ハジメで8:2といった塩梅か。悪いのは突撃娘な香織である事は重々承知なのだが、ハジメに関しても「何、香織をこんなに興奮させてるのよー!!」とはなる訳である。

 

 まあ、それでも二人の進展具合を見るのは嫌いではない。むしろ好きである。「とっととくっつけよ」と思わない事はないが、それでもあの二人を見ていると何だか微笑ましい気分になりはする。

 

 それがこの世界での数少ない清涼剤とも言えた。幼馴染の光輝は絶賛暴走中だし、クラスメイトも中々面倒が多い。元々問題のあった檜山もここ最近は増長しており、ますます悪化を辿っている。更には頭痛を訴えるクラスメイトが少なくない数出てきて部屋に引きこもっていたり、あともしかしたらだけど遠藤がいない可能性も出てきている。

 

 改めて整理すると「うわっ、私の悩み多すぎ?」となる様な状態であるわけで、ますますハジメと香織の清涼剤としての役割が雫の中で重要になりつつある。

 

 それに香織と絡めなくても、ハジメ個人と話をするのもそれなりにストレス解消となっている。ハジメは話せば合わせてくれるのも上手いし、愚痴を聞いてくれる数少ない希少な人間だ。それに他と違って案外面倒を押し付けてこない。雫の周りがトラブルメーカーばかりな為、余計そのありがたみが雫の中では際立っている。

 

 閑話休題

 

 まあ、それでもストレスが溜まりはしているので今日は久しぶりにのんびりと一人で豪華に食事でもしようかしら…などとまるで子供から解放されたお母さんみたいな事を思いながら食堂へと向かっていた。幸い、香織は“治癒”の練習にいち早く出掛けており、光輝や龍太郎も各々の理由でいない。『お姉さまファンクラブ』が構ってこようとするが、やんわりと断ればそれも無くなった。

 

 メニューは一番高い物を選んだ。貯蓄はある。そもそも雫は多忙な多忙を重ねており、休みなど取れていない。なので金は余る一方なのだ。

 

 注文で出て来たのは悪い油の少ない牛肉と採れたてのサラダだ。魚料理でも良かったが、今日はガッツリ食べてストレスを紛らわせたい気分なのだ。

 

 純日本人たる雫的にはご飯も欲しいところなのだが、保存方法が塩漬けと氷漬けしかなく、輸送に時間が非常に掛かるこの世界なので王都にはご飯もどきも届きはしないので無念である。教会関係者が必死に取り寄せようともしているが、難しいものは難しい。環境が複雑なこの世界では尚更だ。

 

 幸い利用者は自分以外いない。何処を選んでも雫独占だ。

 

 これは有難いと雫はすぐ近くの席に座り、王宮の筆頭錬成師が作り上げた箸で肉を器用に分けて食べ始めた。なおこの箸は木製であり、別に錬成師が作らなくても良かったことを追記しておく。

 

 舌の上で肉が溶けて、上品な甘味が脳を刺激する。脂はしつこくもなく、さっぱりとしており、これぞ一級の肉であると頷かざるを得ない。

 

 雫は変え難い至福の時を噛みしめ、何度も頷きながら咀嚼する。これぞ正しくリラックスタイム。今こそはストレスも悩みも忘れてただ目の前の料理を喰らい尽くすのみーー

 

「えっと…八重樫、さん?」

「……………」

 

 目の前にいたのは園部優花。何故か雫の様子を伺っているようにも見える。

 

 それもそのはず。雫は今現在、とてつもなく緩んだ笑みを浮かべていた。日頃の雫しか見ていないならば、そのギャップに目を剥くのは仕方がない。

 

 公衆の面前ではまずお目にかかれない雫の様子が優花に見られたのは、寝不足が原因か。それともここ最近の物凄いストレスが原因か、単に油断していたのか、はたまたそれら全てなのか…。

 

 兎も角、雫は顔をうつ伏せにして呟いた。

 

「………何でいるのよ」

「…その、ゴメン」

 

 二人の間に微妙な空気が流れた。

 

 

 

 

 

「それで…一緒に食べて良い?」

「え、ええ。構わないわ」

 

 いたたまれない空気も時間が何とか和らげてくれ、雫は何とか精神を立て直した。それを確認したのだろう。優花は向き合うようにして席に座った。

 

 優花のご飯は雫とは違って軽いものだった。コッペパン5つと牛乳瓶がトレーの上に置かれており、「いただきます」と掌を合わせるとすぐにパンを黙々と食べ始めた。

 

 ただ朝飯にしては量が非常に多い。しかもコッペパンは地球のものと違い、一つ当たりのカロリーが高く、腹にきやすい。だというのにこの量は…。

 

「…腹が減ってたのよ。朝から特訓してたから」

「へぇ、真面目ね。昼からも訓練なんて嫌って言うほどあるのに」

「一回死にかけたからね。つっても八重樫さんもほぼ毎日朝からやってるじゃない。今日は居なかったけど」

「…色々あったのよ」

 

 まさか親友の話で寝不足になっているなんて愚痴、他人には言えなかった。

 

 ただまあ、苦労人オーラは全力で滲み出ていた。優花は「あ、うん。ゴメンね」とだけ言うと、話題を強引に切換にかかる。

 

「そう言えば今度、天之河と一緒に帝国行くんだっけ?」

「…ええ、私達のパーティーだけね。恐らく【勇者】の光輝と【聖女】の香織を見るのがメインでしょうけど…。光輝がまた増長しないか不安ね。先に菓子折持って行こうかしら」

「なんていうか…ご愁傷様ね」

 

 雫は頰付きしながら溜息を吐いた。

 

『ヘルシャー帝国』は軍事力などの面で言えば他国を遥かに凌駕する帝国である。その風潮は『弱肉強食』。力を持つものが上に上がり、無き者は廃れる。完膚無きまでの実力主義である。そして唯一『奴隷制』を認めている国でもある。

 

 ハイヒリ王国では『ただ』排他されるだけの獣人族や魔人族、吸血鬼族、龍人族がそこにいる。…ただし他でもない奴隷として。

 

 雫にはどう考えてもそれを光輝が見逃すことができる(・・・)と思えない。必ず奴隷解放を叫び、暴走する。当然雫だって奴隷なんてものは見たくない。出来るならば解放してあげたいのが心中だ。しかし相手は一国。とても個人では解決できはしない。

 

 更に王国は他種族を『汚れた者』として見ている。とても王国の助けを得られるとは思えない。

 

 だからこそ長期的な意識改革が現在考えられる最良の手段なのだが…光輝はそれも考えられないだろう。きっと皇帝相手に綺麗事のみで説得しに掛かる。それで成功することはないだろうし、むしろ相手の印象を悪くするだけだ。

 

 せめて長期的に見れないものか…と雫は頭を痛める。優花も光輝のご都合解釈に関しては、異世界に来てよく分かってきたので雫の懸念に納得せざるを得ない。とりあえず比較的高い方のジュースを食堂で買い、雫にそっと渡す。

 

「…有り難く頂くわ。お代は?」

「要らないわよ。こうして改めて考えると八重樫さんって苦労してるし…これぐらいはただで受け取って、ね?」

「…なんだか悪いわね。愚痴聞いてもらった上に、奢って貰っちゃって」

「八重樫さんはもう少し頼り慣れたら?」

「そう言われてもね…」

 

 光輝は頼りにはとても出来ないし、龍太郎は脳筋なので無駄。恵里とは最近、雰囲気が悪いし、鈴は頭痛によりそもそも相談できるとは思えない。

 

 やっぱり相談するとすれば長年共にしてきた香織か何となく心安らぐハジメかーー

 

(ーーって何考えてるのよ!?)

 

 ハジメは親友の想い人である。それなのに自分が彼の善意に漬け込むのは違う。そもそも彼も自分と同等かそれ以上に悪辣な環境の中にいる。それを思うととても相談などしてられない。

 

 雫は雑念を振り払うように頭を横に振る。ポニーテールが荒ぶり、雫の頬をペチペチする。優花がその光景にぎょっとしているのには気がついていない。

 

「ええっと…まあ、慣れない内は私に話してくれれば良いわよ。一応接客業の娘として聞き上手な自信はあるしね」

「え、ええ。頼らせて貰うわ」

 

 ただまあ、結果オーライというべきか。雫は希少な相談相手を手に入れたこととなった。本当に某鬼殺し漫画の一話が載っているジャ○プ並にレアなので助かる。

 

 すると優花が思い出したようにある事を話題にする。

 

「そういや、一昨日南雲この前戻ってきたらボロボロだったけど大丈夫だったの?」

「ええ。香織がきっちり“治癒”で回復したわ。改めてだけれど…凄く早かったわね」

「その辺りは流石【聖女】ね。まったくあそこまで天職と本人が一致することって滅多にないでしょ…」

「いるでしょう? 例えば菅原さんとか」

「ああ、【操鞭師】…」

「ええ、【操鞭師】…」

 

 妙子はドS。それは全員の周知の話であった。本人は隠してるつもりかもしれないが頭を隠して全身隠さないレベルで丸裸である。

 

 そんなこんなで他愛のない話をしていると、優花が気恥ずかしそうにある事を尋ねた。

 

「そ、そう言えば八重樫さんって南雲の好きな物って分かったりする?」

「…好きな物? 分かるけれど、どうしたの?」

 

 雫は何かが引っ掛かった。話題転換がかなり急だったし、何よりも先ほどまでよりも頰…と言うか全体的に赤くなっている。なんだかとても既視感のある優花の反応に雫の中の警鐘が何故だか鳴る。

 

 こんな感じの顔、昨日の夜嫌と言うほど見たような…。

 

「あ、あれよ! 南雲に迷宮で助けられたからそのお返しというか…。ただ感謝するだけじゃ味気無いし、どうせだったら何かプレゼントしてやろうかなとかそんな感じよ!」

 

 うん。アレ(・・)だ。香織とは別の方向の反応だが、間違いない。これは…。

 

「だから…別に…そう義理よ! 義理! 助けられたって義理があるから何かしらアイツが好きな物あげれば喜んでくれるかなって思っただけだし! 勘違いしないで!」

 

 本人は誤魔化しているつもりかもしれないが、雫には分かる。これは『ツンデレ』だ。本当に「勘違いしないで」とか言う人本当にいるんだぁ、とか現実逃避風に思ったりもしたが、心の奥底で雫が思ったことはただ一つ。

 

 

(あんの…天然ジゴロ野郎、どうしてくれようかしら)

 

 

 筋力のステータスがこの世界の一般人平均を遥かに超える拳がゴキリッと音を立てる。優花にはその内心を見せないように笑顔を貼り付けているつもりだが、口元がヒクヒクしている。もっとも現在も言い訳を連ねている優花には見えてはいないのだが。

 

 雫が親友と新たな友人の想い人が重なっていることに頭を悩ませる中、優花は照れ照れしながら言い訳を重ね続ける。途中、雫がブラックコーヒーを頼んだのも仕方がない。香織に続いて優花まで桃色前回なのだ。先程まで肉を食べていた舌がとてつもなく甘く感じるのは自然な話である。

 

 結果、この話は訓練が始まるまで続いた。そして雫がハジメの部屋に向かうまでずっとハジメにどんな文句を言おうか頭を悩ませたのも仕方がないだろう。なんだかその途中、心がズキっとしたのはきっと気のせいだ。

 

 そんな感じで雫はハジメと出会い頭、殴りに掛かろうとしたのであった。『天然ジゴロ、爆発しろ』と。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「ーーとそんなわけです」

「なるほどな、理解した」

 

 とまぁ、そんな二人の恋心を事の張本人にバラす訳にも行かず、雫はメルドだけに理由を話していた。なお本人は重りを自らに乗せていた。冒頭の一幕を未だに悪く思っているらしい。

 

「まあ、雫。貴様も流石に殴りに掛かるのはいかん。気持ちは分かるが、坊主と貴様のステータスを比べれば分かるだろう。一発でも死ぬ」

「はい…二度としません」

「あと愚痴は俺が聞いてやるし、手伝えることならば手伝おう。それで我慢してくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 メルドも訓練の準備や事務仕事などが大量にあるだろうにそこまで自分たちを思ってくれるのに大人な度量を感じざるを得ない。

 

「そして坊主、貴様は爆発しろ。三人とはなんだ! 三人とは!?」

「何の話ですか!? 三人って何!?」

 

 ただし、その度量をしてもハジメの状況は男として羨ましい案件らしい。…というか雫は二人と言ったはずなのだが…。

 

 とりあえずカオスなあの状況がなんとか平穏となった為、メルドは部屋から出て行った。それを追いかけるようにして雫は出口へと向かい、そのすぐそばで止まると、ハジメの方へと振り返った。

 

「南雲くん、いきなり殴りにかかってごめんなさい。今度お詫びでもするわ」

「ううん。むしろこっちこそ。悩み事があったらいつでも相談してね? 八重樫さん、大変だろうから」

「…こんな時でも貴方は他人の事を気にするのね」

「うん? 何か言った?」

「いいえ、何も言ってないわ。それじゃあね」

 

 そう言って、今度こそ雫は部屋を出て行こうとしてーー

 

「坊主!!」

「「ファっ!?」」

 

 急スピードでハジメの部屋まで戻ってきたメルドに二人は目を見開いた。

 

「貴様に用事があった事をすっかり忘れていた! すまないな!」

「…用事って一体何のことですか?」

 

 ハジメの脳裏に真っ先に浮かぶのは追放、逮捕、最悪処刑か。現在も冤罪を掛けられた身として自分の部屋に謹慎中なのだ。更に何かされても不思議では無い。当然、たまったものではないが。

 

 しかしどうやらそう言った悲報ではないようだ。メルドの目は真っ直ぐとハジメに向いている。

 

「もしやすれば貴様を雇って貰えるかもしれん場所があってだな…()は貴様の冤罪を気にするような者でもあるまい」

「本当ですか!?」

 

 もはや使徒としての役目を失ったハジメに自由にできる金は無い。そのため今日のお昼も庭で取ってきた雑草である。それほど、ハジメはひもじい生活を強いられている。

 

 そのためハジメからすれば雇い手が見つかるというのは無理にでも縋り付きたいような案件なのだ。このままでは本当に死活問題に関わる故。

 

「それっていったい…」

「まあ待て…これが俺が書いた推薦状だ」

 

 メルドが取り出したのは一つの封書。丁寧に折られた封筒で金の刺繍で閉じられており、この話が冗談でない事をより信頼させた。

 

 そしてメルドはニッと笑い、ハジメに言った。

 

「これは国家錬成師の一人、ウォルペン=スタークが開く工房への推薦状だ」




はい、そんなわけでハーレムルートになったのでちょっとはそれらしいの書いとこうという軽めのお話。
書いてて雫ちゃん、苦労してるな〜ってなった。
香織、優花、雫…彼らもまだ高校生。
故にまだ欠点はあるので、そこら辺の成長も書けたらなぁ…。
でもそれ消したらキャラのアクが濃いという原作要素が…。

兎も角、次回からちょっとずつ技術面とかそっちの話をします。
出来ればオリジナルスキルの話もしたいなぁ…。

それにしても気づきました、みなさん?
この話の中に原作との乖離点があることに。
どうしても必要だったんです、許して…。
ちなみに個人的には二つ仕掛けたつもりです。
気になる人は探してみてね☆

ps.
今週の鬼滅は手に汗を握りましたね!
ネタバレになるかもしれませんのでお口にチャックしますが…個人的に無残にスタンディングオペレーションをしたい気分です。
よくやった無残! 天国行ってこい! お前は最高だぜ!
もしまじでラスボスが彼となって二部いくなら…私は全力で応援する。
え? どっちを? もちろん彼の方さ!
(実は真っ当な主人公も好きだけど、闇堕ちも死ぬほど好き。光と闇が合わさって最強に見える)


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2、国家錬成師、ウォルペン=スターク

ウォルペェエエエエエエエエンッッッ!!!!(ブチギレ)
テメェのせいでこんなに時間かかったんだよ!
原作でのセリフ少な過ぎねぇか、お前!?
しかも発狂シーンばっかだよ!
…そんな訳で自己解釈EXを用いて書きました。
それではどうぞ!(ヤケクソ)


 ーーハジメside

 

 ウォルペン=スターク、彼は『ハイリヒ王国』が囲んでいる多くの【錬成師】の中でも『棟梁』の位に属する筆頭錬成師である。国が保有するアーティファクトの整備も行っており、加工が困難と言われるアザンチウム鉱石をも容易く“錬成”することが出来る腕を持つ。

 

 先日メルドからウォルペンの工房の推薦状を受け取ったハジメは一夜“錬成”の特訓を重ね、本日メルドと共に工房へと足を運んだ訳だったのだが…。

 

「うぉおおおお…」

 

 ハジメにとってまるでそこは宝の山だった。

 

 滅多にお目に掛からないような鉱石の数々が棚に並び、煌めいている。王国から当てられた最低限の食費さえも犠牲にして、鉱石を買っているハジメだがとても手を出せないほどに工房にある鉱石は値が非常に高い。

 

 ちなみに言っておくとこの前の昼飯が雑草だったのはハジメが食費を犠牲にしたことで財布がすっからかんになった為である。決して国から虐められているとかそんな事ではない。

 

 閑話休題

 

 こんな夢の光景(錬成師時点)が工房の入り口からすぐに広がっているというのだから、ついついハジメは度肝を抜かれ、目をキラキラと輝かせていた。

 

「…坊主、感動しているのは分かったが早く行け。ウォルペンが待っておるのだぞ」

「すみません。今までショーケース越しにしか見たことが無かったので」

「…言い方は悪いかもしれんが、このような石ころがそれほど貴重な物なのか?」

「そりゃあそうですよ! こちらのタウル鉱石なんて滅多に見れない代物ですよ! それにこの緑光石もオルクス迷宮でしか取れない物でして、更にはこちらのーー」

「あー、分かった分かった。分かったから早く進め、坊主」

 

 ハジメが異世界に来て間もなく鉱石オタクになってることにメルドは半端諦め気味にスルーしながら、ハジメに先に行くよう促す。確かに待たせるのも悪いのでハジメも渋々と言った様子で進み始める。

 

「っ!?! アザンチウム鉱石!? グラム単位で幾万ルタとする代物がこんな塊で!? 流石王宮の工房! 凄い!」

「さっさと行くぞ! 坊主!」

 

 超激レアな鉱石にハジメが「異世界来てから最高潮じゃね?」クラスの大興奮を見せる中、遂にメルドが切れた。鉱石オタクの蝸牛の如き歩みの遅さに耐え切れなかったらしい。

 

 結果、ハジメは肩を落としながら「……はい」と答え、アザンチウム鉱石に背を向けた。

 

「だがまぁ、貴様のその様子ならウォルペンとも良く出来るだろうな」

「…?」

「似た物同士、と言うことだ」

 

 メルドは「俺には理解出来んがな」と溜息をつきながら、数多くの錬成師達を傍目に真っ直ぐ突きすすむ。錬成師達はメルドという王国最高クラスの権威を持つ物を前にも関わらず「お疲れ様です」の一言だけで、すぐに手元の作業に没頭した。

 

 ハジメは錬成師達の仕事を横切る度に目に焼き付ける。否、読み取る(・・・・)。そしてその“錬成”の精密さ、素早さ、丁寧さに息を飲んだ。

 

(これがっ、最高峰の仕事!?)

 

 ハジメの“錬成”で張り合えるとすれば速さだけであろうか。仕事の細かさや機能美、そして一切損なわれない見た目の絶妙なバランス。錬成師達の仕事がハジメに語りかける。一流の仕事とはこういう(・・・・)ことだ、と。

 

「着いたぞ。ここがウォルペン専用の工房だ。大体奴はこの部屋に二十四時間いる」

 

 ハジメが職人達の腕に酔いしれている間に目的の場所へと辿り着いたらしい。メルドは「お前が先に入れ」とアイコンタクトで促した。確かにこれから工房に入ろうとしている身だ。自分の手で扉を開けるのが筋という物だろう。

 

 ゴクリとハジメの喉が鳴る。そして自身の手で部屋の扉に手を掛けた。

 

 すうぅと息を吸ってハジメは扉を開き、溌剌と大きな声で挨拶をした。

 

「初めまして! ウォルペンさんの工房に入門を希望します、南雲ハジメといいまーー」

「ひゃっふー!! 遂に出来たぞーー!! 剣と杖、どちらもの機能を成す可変武器! 『ベッグ・ユー』の完成だぁーーー!!!」

「え!? 可変武器!? 何それロマン!」

「ほぉう! そこの小僧、話が分かるな! ちょっとこっち来やがれ!」

「はい! 失礼します!」

 

 ただし、その挨拶はそれを掻き消すレベルの奇声により無意味と化す。更に事の張本人達はロマン武器に目をキラキラとさせ、推薦状の事など頭の中から放り出した。

 

「まずこちらの剣フォームは周囲に風の刃を纏わせる! これにより剣から十センチ離れた箇所でも斬撃が届く仕様だ! 古代の破産したアーティファクトから作り上げた会心の出来!」

「間合いを誤魔化すんですね! 僅かでもズレると厄介ですし! まるで『インビ○ブル・エア』みたいですね!」

「その通り! というかその名前良いな! 貰お! だがしかぁし真骨頂はこの魔法陣! この魔法陣は単なる生活魔法の延長線でしかない為、魔法適性を持たぬ者でもスムーズに扱える! 小僧、一度込めてみろ!」

「はい! 失礼しま…おお、本当に変形しましたね! 素早く、尚且つ魔力の回路にも無駄がない!」

「その通り! 魔法陣に魔力を込めることにより、杖の形に切り替わる! 更に形が変わることにより先程までの斬撃強化とは違った機能が発言しーー」

 

 童心へと帰る男達が若干二名、ロマン武器を褒め称える中、メルドは呟いた。

 

「…うむ、やはり息が合うな」

 

 置いてけぼりにされた悲しみが、メルドをそっと抱きしめた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「えーっと、若干話し込んでしまいましたけど…改めまして、南雲ハジメです」

「丁寧な小僧だな。分かっちゃあいるだろうが俺がウォルペン=スタークだ。よろしくな」

 

 二人は散々ロマンを語り合った後、ようやく本題を思い出したのか事務室へと入り、挨拶を交わした。名前を聞けばハジメが王都で裏切り者とされているその人だと分かる筈だというのに、ウォルペンは顔をしかめる事もなく単に頷いた。

 

 ハジメにはそんな反応がとても新鮮だった。大体の場合は嫌そうな顔を剥き出しにしてくるし、香織や雫の場合には多少哀れみとかそういうのが篭っている。

 

 だがウォルペンはハジメの外聞など気にしていないとばかりに話を続けた。

 

 その一方でメルドはそれもその筈だと、呆れているのか、敬っているのか複雑な視線と共にウォルペンの悪癖を語る。

 

「坊主、ウォルペンはそこらの奴よりも余程欲深い。ただただ腕が良い【錬成師】と言うだけで元盗賊なり、元反乱軍だったり、奴隷だったり、亜人とのハーフだったりと何でも自分の工房に入れたがる。それが原因で何度コイツは聖教教会や王族から注意されたことか…」

「ハハッ。やめろって言われても無理なもんは無理だっての。俺が作る武器が更に上のステージに行けるかもしれねぇんだぜ! 面白そうな新人は入れなきゃ損ってもんだろ!」

「貴様の場合、腕が確か故に上層部からも殺されはせんが…それでも面倒は増えるだろうに。まあ、それが貴様の美点でもある訳だが」

 

 ちなみに言っておくとメルド=ロギンスとウォルペン=スタークは互いに幼馴染である。ただしロギンス家が貴族の名家であるのに対し、スターク家は王都の住宅街に家を構える平民の家と真反対。それでも二人の豪放磊落な性格が見事に合致し、長年良くやっている訳である。

 

 それは兎も角ウォルペンはメルドから受け取った推薦状を手に取ると、すぐ様破り捨てーー

 

「ーーって、ぇえええええええ!?」

「こう言うのはいらんつってんだろ。まどろっこしい」

「形だけでもしっかりしておこうと思っただけだ」

「いらねぇわ。ゴミ増えるだけじゃねぇか」

 

 めちゃくちゃ高価そうな手紙をそれはもうビリビリにした。そしてあっさりと書類を破り捨てたことに驚くハジメへとウォルペンは悪戯が成功した子供の様に笑い掛ける。

 

「小僧、さっきメルド(コイツ)が言ってたろ? 俺にとっちゃあ雇う奴の外聞だとか身分だとかはどうだっていい。それこそ小僧みてぇな他称『裏切り者』だろうとな。俺の判断要素はただ一つしかねぇ」

 

 そしてウォルペンは更にハジメへと顔を近づけ、笑みを深くした。

 

「ーー興味がそそられるか何もねぇかだ。さぁ見せてみろ、小僧。テメェの“錬成”を」

 

 ウォルペンは己の横にある棚からある物を取り出した。それは先程、ハジメが夢中になって見つめていた物と相違無く、眼を剥くに値する代物だ。

 

「それは…」

「アザンチウム鉱石、【錬成師】の端くれなら誰でも知ってる世界一の硬度を持つ鉱石だ。何つっても上級魔法にも耐えられる様な代物だ。当然、その性能に比例する様に加工難易度も高い」

 

 黒鉄色の鉱石がハジメの目の前に置かれた。

 

 本来、アザンチウム鉱石とは初見で扱っていい物ではない。対物理、対魔法どちらにも優秀な防御性能を誇るこの鉱石は当然“錬成”に対しても耐性を持つ。その為、他の鉱石で“錬成”の腕に磨きを掛けてからこの鉱石に挑むのが普通というものだ。

 

 そしてそれだけ練習してなおアザンチウム鉱石は【錬成師】としての関門として数えられる。それほどにこの試験の難易度というものは非常に高い。

 

 この世界に来て1ヶ月経ってどうかという者ならば尚更の話だ。

 

「見るにコイツに触れるのは初めてって所だろう? だが“錬成”の筋道を立てるってのも【錬成師】にゃあ必要な要素だ。やれるだけやってみな。アザンチウムを変形させられずとも、テメェに面白そうな所があればそれで一発クリアだ」

「だが坊主はまだこちらに来て浅い! それはあまりにも無茶とーー」

「メルド、テメェの親切心なんざ今はどうでも良い。第一、そんな親切心で“錬成”の腕が良くなるわけでもねぇ。俺が欲しいのは腕だけだ。テメェもそれを承知でここにコイツを寄越したんだろうがよ」

「……」

 

 メルドがここにハジメを推薦したのは腕が良いからとかそんなものではない。言うなればハジメの力になりたかった、それだけだ。あの迷宮での借りにどうにかして報いたいとここに招待した。

 

 だがウォルペンからすればそんなことはどうでもいい(・・・・・・)。ウォルペンが信じるものはその者が持つ腕のみ。

 

 だからこそウォルペンはハジメをあくまでも『挑戦者』として見る。いつもと変わらず『いるか』、『いらないか』の二択だけを選択肢とする。

 

 そしてメルドはそんな友人の頑固さは承知の上だ。しかしハジメはまだ【錬成師】としては若輩者。玄人であろうと落ちかねないこの試験を乗り越えられるとはとても思えない。

 

 ここ以外の工房ではハジメはきっと話を聞く前に弾かれる。そして他の職ではもっての外だ。だからこそハジメにとって上を目指すならばここが最後の砦だ。

 

 もしハジメがここに入れないとなればそれこそハジメは一生を悪意と共に過ごす事になるかもしれない。そんな万が一の事を考えるとウォルペンのことは最もとはいえ、どうしてもやらせない気持ちとなる。

 

「大丈夫です、メルドさん」

「坊主…」

「僕は絶対に、ここに入りますから」

 

 だがメルドの心配とは裏腹にハジメは何処までも真っ直ぐにその試練と向き合った。微妙な震えこそあれどそれは武者震いに他ならない。

 

「ハハッ、いいぜ。やってみろ小僧」

「はい。試験、受けさせて頂きます」

 

 そしてハジメは“錬成”の魔法陣が描かれた手袋越しにアザンチウム鉱石に触れた。

 

 体が熱い。故に鉱石の冷たさが際立って感じる。

 

 意識を整える。今まで過ぎてきた修羅場を思い返し、それにこの試練は匹敵するのだと再三念じる。

 

 魔力を発露させる。ハジメの体から蒼く、沸々と燃え上がる。

 

 そしてハジメは呟いた。死地にて手に入れた新たな力の名を。

 

「“解析”」

 

 ハジメはその瞬間、全てを読み取り(・・・・)始めた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ここで突然だが、ハジメの現在の技能の幾つかを説明する必要がある。

 

 基本的に技能とはその人物自身の才能、努力、経験、そして抱く野望、それら全てを統合した結果として発生する。そのため、個人オリジナルの技能が発生するというのもそう珍しい話ではない。

 

 例えば天之河光輝の“限界突破”が最もたる例だろう。“限界突破”は【勇者】限定の技能であり、才能に沿った技能である。だがその後に現れる派生技能については保有者の経験や努力の傾向からオリジナルの物に派生し易い。それこそ正しくオンリーワンとなり得る。

 

 だがオリジナルの技能というものは当然ながら発生しづらい。それは余程本来からは掛け離れた経験などを重ねるというのが前提だ。

 

 少なくともマニュアル通りの技能の使い方や何となくで生きている様な人生ではオンリーワンになどなれはしない。

 

 では本来非戦闘職で、それまで戦いのイロハさえも知らなかった少年が剣を握ってすぐにラスボス級を足止めし、気絶するほどに体を酷使。その後に犯罪者扱いされ、心を悩ますも再び死地にて己の在り方を取り戻し、ステータスが低い身でありながら魔物の群れをたった一人で殺し切った。

 

 これは果たして『普通』と言えるだろうか。否、当然ながら言えやしない。まず【錬成師】は戦うことがしないのが普通な時点で根本がズレている。

 

 だからこそハジメはおかしかった。ステータスこそは平凡なれど、技能欄に関してはレベルが一桁の身であるにも関わらず、三つものオリジナルの技能を獲得していた。

 

 それこそが“集中”、“不屈”、そして“解析”だ。

 

 これらの技能は死の直前まで至ったハジメの願いに応え、発生したものだ。

 

 ーー強くなりたい。

 

 ーー死にたくない。

 

 だからこそこれらの技能は【錬成師】という戦いからは本来遠ざかるはずの少年を、不相応から相応に至らせるが為に生まれた。

 

 より“錬成”を戦いに組み入れられるよう、スピーディーに、臨機応変にする為に。未熟な腕を生まれ持った鋼の精神で賄うが為に。最後の最後まで泥臭くとも、地獄を見ようと足掻き切るが為に。

 

 ハジメの全てがここに至らせた。

 

 特殊技能“集中”…保有者が一定以上の集中を行うと発生する自動的技能(オートスキル)。強制的に人が至れる最高値まで集中力を引き上げる。任意での操作不可能。

 

 特殊技能“不屈”…恒常性技能(パッシブスキル)。保有者はどの様な状況であろうと気絶する事が出来ない。睡眠不能。脳死不能。なお本来体の機能が停止するような状態になった際には器官は停止するが、精神と感覚神経は正常通り働く。

 

 派生特殊技能“解析”…能動的技能(アビリティ)。指定した範囲間に存在する凡ゆる物の構造、性質、状態を理解する事ができる。ただし“解析”の深度は発動者の集中力に比例する。また範囲は自由に拡大、縮小、選択が可能であり、上限はない。

 

 “解析”、“集中”、そして“不屈”。この三つの特殊技能の相性は最高であり、最悪とも言える。

 

 まず“解析”だが、これは鉱石に関わらず指定した範囲にあるもの全てを発動者の脳味噌に叩き込む技能だ。これだけでは本来の技能、“鉱物系鑑定”という鉱石しか鑑定しない技能の上位互換に聞こえるが、使い手が人である限りそうとは言い難い。

 

 “解析”の指定方法はあくまでも『範囲』だ。そしてその範囲にある物全てが解析対象となる。それはつまり必要以上に鑑定が行われる事に他ならない。

 

 一方で“鉱物系鑑定”などの一般的な鑑定系技能の指定方法は『物体』だ。つまり必要外の物を指定しないスマートな鑑定方法となっている。

 

 更に“解析”は“集中”により常に全力出力を発揮する。どのような状況であろうとハジメが集中してさえしまえば、一瞬で“集中”は発動する。それに使用者の意思は関係がない。

 

 当然ながらそれだけの知識が一瞬で入り込めば、ショックにより安全装置(セーフティー)が下り、気絶を起こす。そうすることで脳の負荷を抑え、正気を維持するのが体の普通だ。

 

 だがハジメの第三のオリジナルスキル“不屈”がそうはさせない。“不屈”の能力は単純に言えば『気絶無効化』、『睡眠無効化』、『脳死無効化』だ。それは安全装置(セーフティー)の意識の断絶をも防ぐ。同時に“不屈”は知識による脳死もさせはしない。

 

 だが正気で居させる技能は無い。あくまでも“不屈”は精神の逃げ場を無くすだけの技能だ。不屈の心が大前提となってようやくメリットとして輝く技能である。

 

 ーーたとえ地獄を歩もうとも、己の道を行く。

 

 そんなハジメの覚悟がこの技能達の全てであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 集中力が激痛も不快な音も全てを掻き消す。

 

 深海に沈み込んだかの様に世界は静かで暗い。そんな“集中”の絶海の中、ハジメはアザンチウム鉱石を覆った範囲の“解析”を開始する。

 

「ーーーっっ!!?」

 

 この瞬間は何度(・・)経験しても慣れない。鈍器で頭をぶつけられたかの様に情報が頭に雪崩れ込んだ。目的のアザンチウム鉱石以外にもそこに存在する魔力の残滓や電子、部位ごとの熱、人が触れた際に着いたのであろう脂ーー凡ゆる情報がそこにはあった。

 

 情報が溢れ返る中、ハジメは全力出力の“集中”によりアザンチウム鉱石の情報を探し出す。アザンチウムの構造や性質、他の鉱石が混じっている割合などを隈なく掻い摘んでいく。

 

 必要な情報は手に入れた。“解析”が解除され、意識の濁流から浮上するとすぐに“錬成”を発動した。

 

 先程までに手に入れた情報を元にアザンチウムの原子一つ一つが“錬成”により導かれていく。そこには未だ丁寧さは無いがアザンチウム鉱石を加工しているとは思えないほど素早く形を成していく。

 

 メルドは素人ながらハジメの弩級の“集中”に目を剥き、ウォルペンはハジメの“錬成”のあまりもの異端さに笑みを深める。

 

 そんな両二名の反応は“集中”により、ハジメの目には映らない。その目は鉱石だけを見つめ、求める形を再現しようと蒼い光をなお一層強く込めーー。

 

「ーー小僧、そこまでだ」

 

 瞬間、猫騙しがハジメの目の前で炸裂した。

 

 ここで外界の現象などガン無視していたハジメが鉱石の視界を塞ぐ様にして、大音量が炸裂したとなればその反応はどうなるか。

 

「〜〜〜っっっ!?!!?!??」

 

 結果、ハジメはその場から瞬時に飛び逃げた。体がロケットの様に後方に打ち出され、アザンチウム鉱石に触れていた手が万歳ポーズになって、声にならない悲鳴が上がった。

 

 そして打ち出されたハジメほ真後ろの壁に思いっきりぶつかった。鈍い音を派手に鳴らし、地面に崩れ落ちーーようとしてすぐ様顔を猫騙しの音源、ウォルペンに向けた。

 

「ななななななな何ですか!?」

「ビビり過ぎたろ。どんだけ集中してたんだよ…」

 

 呆れた様なセリフを吐くウォルペン。しかしその呆れた様な調子は言葉面だけでしかなかった。言葉の調子はあまりにも明るく、顔もキラキラと輝いてハジメを目に映している。

 

 誰がどう見ても分かる。ウォルペンはハジメをロックオンしていた。

 

 ーー『職人の本能』オ〜〜ンッ!

 

 ーーリミッター解除入りま〜〜す。

 

 ーー獲物『ナグモハジメ』、捕獲開始ッ!!

 

「取り敢えずだ、メルド…」

「へっ?」

 

 メルドが溜息を吐く中、ウォルペンはハジメの襟を掴み、ウォルペンの工房。ハジメは呆気に取られた。そして間抜けを晒す獲物を野獣が逃す道理は無い。

 

「この小僧、1ヶ月ぐらいは借りてくぞ!」

「ちょっ!? まっ!? ぐえっ!?」

「おう、気に入った様で何よりだ」

 

 ウォルペンは【錬成師】ではあるが、ハジメよりもステータスは高い。その結果、ハジメは為されるがまま事務室からウォルペン個人の工房へと音速で引き摺り出されていった。

 

 ギギギッと音を立てて、二人が出ていった扉が閉じた。同時に茶飲みがビキッと割れた。更に外から黒猫と鴉の鳴き声が響いた。なんだかハジメのこの先に不幸がたっぷり待ってそうな感じがする。

 

「…まあ、坊主なら大丈夫、か?」

 

 なんだか最後まで取り残され気味なメルドは取り敢えずハジメの事は大丈夫だと思い直す事にした。




という訳でハジメのハイリスクハイリターンスキル一覧説明完了!
ちなみに“不屈”はハガレンのアルフォンスくんの「一人ぼっちの夜は嫌だ」的なセリフから発想。
それを悪意でデコレーションした。
“解析”と“集中”は『蜘蛛ですが何か』の【探知】を参考にした。
なおこれらのスキルで前提となる『鋼の様な精神力』は自前で用意する必要がある畜生設定。
しゃあないよね、人間だもの(反省も後悔もない)

なおこの小説ではメルドとウォルペンは同期の扱い。
よくこの二人で城下町ぶらりして、お酒飲んで飲んで道端で倒れてる。
どちらも豪放磊落な感じだけど、最近メルドは使徒のお世話をしてるせいか父性が目覚めつつあるのでマシになってきてる。

そういや一章オープニングの『蒼』の具体例、ようやく思い付きました。
ブラックローパーですね!
スッキリした!

ちなみにハジメの“錬成”のスタイルはマジで異端。
それを多分次回説明する感じ。
それではまた次回〜♫


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3、【悪夢(ナイトメア)】の前触れ

古戦場から逃げるな
戦わねばならぬ時が今
場所を選んでプレイしよう
からかわれたって
らーめんの匂いがしたって
逃げることは許されない
げんかいを超えて
るんるんと進め
なー、それにしてもどうやってextra1ターンクリア出来るんです?(最低2ターンでしか倒せない)(実は周回嫌い)(根本的にゲームに向いてない性格)(でもFGOもグラブルもキャラが好き)


さてそんな感じで更新ですが、前回の部分すみませんが少しミスってしまいました。
前回なのですが一点だけ修正を…。

修正前『派生特殊技能“解析”…能動的技能アビリティ。指定した範囲間に存在する凡ゆる物の構造、性質、状態を理解する事ができる。ただし“解析”の深度は発動者の集中力に比例する。また範囲は“錬成”の有効範囲と同様となる

修正後『派生特殊技能“解析”…能動的技能アビリティ。指定した範囲間に存在する凡ゆる物の構造、性質、状態を理解する事ができる。ただし“解析”の深度は発動者の集中力に比例する。また範囲は自由に拡大、縮小、選択が可能であり、上限はない

これがエグいぐらい酷いミスだったんですよね…。
ごめーんね!


つーか、コナンってなんか新蘭とコ灰がどっちも良質で困る。(紺青の拳を金曜ロードショーで観た際のコナンと灰原さんのやり取りがあまりにもタイプ過ぎた)(でも新一と蘭さんの関係性も好き)(いっそのこと高校生と小学生で分離して二人を幸せにしろ、主人公)


 ーーヘリーナside

 

 王宮は【ハイリヒ王国】という国において最上級とも言える位の者しか利用出来ないような、下の者達にとってはそれこそ夢にまで見るような憧れの場である。

 

 ここに辿り着くにはそれこそ才能、出自、努力、名声…凡ゆる物が必要となる。その為、ここにいる者と言えばそれは誉れとなる。ーーある例外を残して。

 

 その例外の一人、すなわち王族である彼女が廊下を渡るならば、侍女たちは彼女の気品溢れた歩みにほぅと頰を赤らめ、恭しく頭を垂れる。騎士たちは国でも指折りの美貌に見惚れ、膝を折って傅いた。識者は若き歳に見合わぬ才媛さに感服の意を表す。

 

 そして彼女はその全てに微笑みを向けて、後にする。そのあまりもの完璧さに彼女を知る者は王族への敬意を新たにする。

 

 ーーリリアーナ・S・B・ハイリヒ、齢十四にして凡ゆる方面に優れる完璧なる王族。同時に民衆への慈悲も深く、時折街に降りては交流を交わし人々を魅了するカリスマ。

 

 それこそが人々に慕われる王族たる彼女の姿であるーー!

 

「うへへへ…仕事が終わりませんわぁ」

「リリアーナ様、休まれて下さい。いい加減にしなければ健康に支障を及ぼします」

 

 そんな彼女は幼馴染とも言える侍女のヘリーナの目の前で山程の書類に目を通しながら、とっても危ない笑顔をしていた。それはもう「見せられないよ!」と放送禁止になるぐらいには危なかった。

 

 ちなみにこの書類というのは大体“使徒”関連である。本来の政治や経費といった面は現王たる父や王妃たる母が行なっている。しかしリリアーナは“使徒”全体との交流が深く、「彼らの為に何か出来ないか」と自ら“使徒”関連の書類全般を引き受けた訳である。

 

 その結果がこちら。見事に社畜のような姿へと成り果てていた。どうやら二次創作であろうと彼女の運命(ワーカーホリックになること)は変わらないらしい。

 

 そんなメタはさて置き、ヘリーナに忠言されようと聞く耳を持たず、羽付きペンをスラスラと動かしながらアヘアヘするリリアーナさん。ヘリーナさんの目の温度が下がりつつも、それにすら気付こうともしない。精神的な疲労はまだしも、体がそれに追い付いてはいなかった。

 

 ヘリーナは溜息を吐きながら、「このダメ姫、どうしてくれようか」と恭しくも頭を覆う。

 

 ただこれだけリリアーナが熱心に仕事を全うするのも仕方がない話なのである。

 

 リリアーナは“使徒”の召喚に責任を感じている節がある。他の者達は「エヒト様に呼ばれたのならば使命を果たすべき」と彼らの“使徒”としての役割を当然の事としている。

 

 しかしリリアーナは知っている。リリアーナは彼らと“使徒”としてではなく、一個人として接している。だからこそ痛いほど、彼らの殆どはただの少年少女なのだと、本来は戦いなどとは程遠い環境だったのだと理解している。

 

 だからこそリリアーナのこれは償いだ。せめて彼らが迷宮以外で過ごす時は苦痛から遠ざけようと、疲労困憊な自身の体に鞭を打っている。“使徒”の誰一人として不自由な思いをさせたくは無いと願っている。

 

 小さい時からを共に過ごすヘリーナはリリアーナのそんな思いをよく理解している。ただそれは兎も角も現在のリリアーナは無理をし過ぎているとも感じている。

 

 ヘリーナからすれば、薄情なのだろうがなによりも第一優先はリリアーナだ。

 

 侍女として、そして一人の人間としてヘリーナは己が全てをリリアーナへと捧げている。それは全世界が敵になろうが、創造主たるエヒト神に歯向かうことになろうと、自分の身を犠牲にすることになっても変わりない。

 

 だからこそヘリーナは今は必ずリリアーナを休ませねばならない。どうせベッドに放ってもリリアーナの責任感が冷めず、アンデッドの如く机に帰ってくるだろう。だから一旦心を落ち着かせてから寝させるのが良いだろう。

 

 そんな訳で何とかリリアーナを落ち着いて昼食をさせるため、庭まで導いた訳だが…。

 

「(もぐもぐもぐもぐ)」

「…な、南雲様? 何故、雑草を漁っていらっしゃいますの!? 食費は!? 最低限まで減らされてもその給料で食堂は利用できるはずなのに!? これは今すぐ経費の方を確認してーーいえ、それだけではこのあまりにもひもじい生活はどうにもならない!? なれば私の懐から一部を捻出しーー」

「(もぐもぐも…)あれ? 王女様?」

 

 まさかその庭のど真ん中で雑草を漁っている男がいるとは思いもよらなかった。しかもその男がある意味、リリアーナの注目の的たる一人であったなんて。

 

 そして当の本人こそは平然とした顔で雑草を食んでいる。きょとんとした顔でリリアーナとヘリーナを見つめている。

 

「何故…こうなったのでしょう」

 

 優秀な侍女であるヘリーナはこの時ばかりは心中嘆かずにはいられなかった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーリリアーナside

 

「つ、つまり南雲様に渡していたお金は全て鉱石に使い切ってしまったと…」

「工房の鉱石も好きに使える身分でもないですからね…好きに弄るのには自分用に買う必要があるんですよ」

「それでも食事はちゃんとしてくださいまし。健康に関わりますのよ?」

「今は兎に角“錬成”の技術を上げたいので…」

 

 ハジメが雑草を食んでいたのがまさかの鍛錬に金をかけ過ぎたというのがよく分かり、リリアーナはある意味ハジメの異常度のランクを上げた。わざわざ雑草を食ってまで鍛錬に集中するような人間はまず平常とは言わない。

 

 なおヘリーナは何故かリリアーナに冷ややかな目を向けている。ひしひしと「お嬢様も同類では?」と伝わるが社交界で鍛えられたスルースキルにより無視した。確かに仕事の為に五徹するリリアーナはハジメと同類なのだろうが、リリアーナ自身は知る由もないだろう。

 

 南雲ハジメ、彼は“使徒”の中で唯一の【裏切り者】として有名である。

 

 召喚された存在であるにも関わらず平凡なステータスであり、技能も“言語理解”程度しか特殊なものは無い。天職など十人に一人が発言させる【錬成師】というあまりもの【無能】。

 

 その上で迷宮内で“使徒”を罠に嵌めたものの、【勇者】天之河光輝等の活躍により敗れ、今現在優しさに漬け込み城内で暮らしているとされている。二ヶ月前、工房に入れたのもメルド団長の配慮によるものであり、決して実力などではない…とまで言われる男である。

 

 ただリリアーナはその反面、友人である香織やら雫やら優花やらからも話を聞いている。

 

 香織曰く「誰よりも優しくて強くてカッコいい」とベタ褒めであり、聞くリリアーナの舌が非常に甘くなった。あとランデルの機嫌が非常に悪くなった。

 

 雫曰く「精神が多分鋼で出来てるぐらい折れない人」と半ば呆れながらも、確かな尊敬の念が雫から見えた。

 

 優花曰く「迷宮で二度も助けられた相手」と言っており、ついでにどのように感謝すればいいか聞かれた。一応アドバイスはしておいたが、なんだか修羅場(事件)が起きるような気がしなくもない。

 

 またハジメが入った工房の棟梁であるウォルペンはコネとかそんな物はまるっきり無視するような性格だとリリアーナはよく知っている。むしろ彼が「“錬成”の腕がいいから工房に入れた」と王宮の者達の意見を聞かず、問題児を王宮に入れた回数など数知れない。その度に父が頭を抱えるものだからよく覚えている。なのでメルドの一声だけで入れるような工房などではないことはよく分かっている。

 

 よってリリアーナからすればハジメは「よくわからないけど何故か女性にやけに好かれてる人」という印象である。少なくとも香織と優花からはそんな感じがした。姫の直感がそう言ってる。だから間違いない。

 

 そうして今日、リリアーナはようやくハジメと話す場を得ることが出来た。本来は気休めとかそんな目的だったような気がしなくもないが、そんな目的は既に蚊帳の外。兎に角目の前の南雲ハジメという人物が如何なる者なのか見ておきたいというのが彼女の心中である。

 

 当然、彼は勝手に召喚された被害者。如何なる人物であろうと見放すなどということは毛頭もするつもりはない。

 

 されど警戒はする。リリアーナは心優しい少女であると同時に国を愛する姫君である。国に害を及ぼすとなれば最悪牢に入れ、向こうの世界への道が開くまで閉じ込め続けることも視野に入れねばならない。

 

(今は兎に角見極めなさい、リリアーナ・S・B・ハイリヒ! 先入観も今は何もかも捨てて、彼の本質を見抜くのです!)

 

 だからこそここで会えたのは幸運。今この時にこそリリアーナは南雲ハジメを見極めようとする。

 

「ところで南雲様、今お時間はございますでしょうか? せっかく会えたのですしお話させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

「えーっと、昼ごはん食べながらでいいですか? お腹減ってるので」

「ええ、むしろ私もお昼ご飯を食べる予定でしたから。…ただ目の前で草を食べられている中、私だけ豪勢にするのは如何なものか…もし宜しければ南雲様のお昼ご飯も私が御支払いたしましょうか?」

「いや、いいです。そこまでしてもらったら悪いですし。…ただ出来れば塩胡椒が欲しいですね。すみませんが塩胡椒を食堂からいただけないですかね?」

「…そんな物でよろしければ」

 

 どんだけ雑草を食べるのに慣れてしまったのか…そう思うとつい涙が出てしまうリリアーナである。ちなみに今現在、塩胡椒は王宮ではそこまで高値で取引される代物ではない。環境を支配するレベルで植物栽培ができる天職【作農士】たる畑山愛子がいる現状、普通に栽培されている。ので、もはや塩胡椒は当たり前の代物になりつつある。

 

 こうして若干リリアーナが罪悪感を胸にしながらハジメとのマンツーマンでの会話が始まった。

 

「改めましてご挨拶させて頂きますわ。私はこの国【ハイリヒ王国】の王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒですわ。よろしくお願いいたします」

「えーっと、僕は【ウォルペン工房】の下働きの南雲ハジメです。まさか王女様が僕の事を知ってたなんて驚きました」

「仮にも私は王族、“使徒”様方の名前と顔は全員覚えておりますから」

 

 これは紛れもない事実である。その根拠にリリアーナは城内の者殆どが覚えられていない遠藤の顔をしっかり覚えている。…一ヶ月前から行方不明となって、会えはしていないが多分大丈夫である。

 

「そういえば南雲様は工房に入られたようですが、この頃はどのような事をされておられるのですか?」

「あの…すみませんけど、その前にその『南雲様』って言うのはやめて貰っても良いですか? 慣れてないので」

 

 どうやらハジメは下から来られるのに慣れていないらしい。頰を掻きながら、リリアーナにそっと頼み込んでくる。

 

 こういう時に無理に硬い呼び方に固執するとむしろ嫌われるだろうし、この際に呼び方で距離感を近づけるのも良いだろう。その判断でリリアーナは承諾する。

 

「それでは南雲さん、でよろしいでしょうか?」

「はい、それなら何とか…」

「ただ代わりに私のことはリリィとでも呼んで下さいまし」

「…ふぇ?」

 

 ただしその分、リリアーナはハジメにかなり酷な注文もするのだが。

 

「ですから『王女様』なんて呼ばずにリリィと呼んでください。第一、未だに“使徒”の中で私の事をそんな風に呼んでいるのは南雲さんだけですわよ?」

「……リリアーナさん、で許してください」

「まぁ、それなら良いでしょう。…それで南雲さん、工房では何をやっていらっしゃるのですか?」

「そうですね…基本的には注文された品の量産をしてます。注文品を作り終わったら後は工房の皆んなで武器を作りあって、その批評会を開くといった所です」

「あら、南雲さんは【錬成師】となってから僅かだったと記憶していましたのですが…失礼ですけどその批評会に参加出来ますの?」

「何とか食らいついてるのが現状ですけどね。ですけど先輩方は惜しみなく披露してくれるのでとても勉強にはなります。お陰で新しく技能も発生しましたし」

「まぁ! よろしければなのですが、その技能について教えて頂けますの?」

「えーっと。“錬鉄”といった技能なんですけど、“錬成”を敢えて頼らない鍛治を行うことで発現する技能です。この技能は対象の鉱物の性質や硬度をより強くする魔法技能ですね」

 

 新しい技能の発生、それは決して珍しい物ではない。ただ当然ながら後天的に発生させるには一定以上の努力は必要となる。それはつまり、ハジメ自身が真摯に鍛錬に励んでいる証明に他ならない。

 

 聞けば先輩の助言に従ってハジメは手作業による鍛治を行い、その技能を目覚めさせたらしい。一応工房の中でも険悪な関係性でないことが伺え、一先ずほっと息をついた。

 

 そこからハジメは工房のメンバーについて話し始めた。彼等がどれだけ破天荒な人物であるか。はたまたどれだけオリジナリティーに溢れた人々であるか。どれだけ自分へ熱意を持って教えてくれるのか。リリアーナから見てもそれはもう楽しそうに話していた。

 

 リリアーナは自身の頰が少し緩んだのを自覚する。ハジメの雰囲気があまりにも明るいくて、その陽気に当てられたかのようだった。今町で言われている話はハジメの耳にも入っているだろうに、気にしてもいないような雰囲気だった。

 

 それがあまりにも不思議で、リリアーナはつい尋ねてしまった。

 

「…南雲さん、貴方は今世間では【裏切り者】と言われています。その噂に関しては何も思われないのですか?」

 

 すぐにこれは失言だったとリリアーナは自覚した。数十人が言う程度なら兎も角、ハジメのそれは人族ほぼ全員によるもの。気にせずにはいられないもののはずだ。

 

 あまりもの失言にリリアーナは一度視線を逸らした。しかし尋ねた己が逃げるのも卑怯な気がして、恐る恐るとハジメの顔へと視線を戻した。

 

「はい、最近は特には気にしてないですね」

 

 そして唖然とした。何故ならハジメの顔はなんの変哲もない、平然とした顔をしていたのだから。

 

「二ヶ月前ぐらいは気にしてはいたんですけど…最近は慣れましたね」

「慣れ!? 慣れるものですの!? 四六時中、周りから罵詈雑言を吐かれるのですわよ!?」

「あー、正直最近その程度(・・・・)じゃ何も思わないようになりまして…」

「そ、その程度!?」

 

 一瞬強がりかとも疑ったがどうにもそんな風には見えない。心底どうでもいいと思っているとしか思えない。しかもまだマシな方と本人は思っているようだ。

 

 ふとハジメの瞳が見えた。それはまるで『リリアーナ・S・B・ハイリヒ』を俯瞰し、観察するかのような無機質な眼。己の全てが暴かれるかのような確信を感じさせられる。

 

 だからか、リリアーナは震えた。単なる実力差だとかそんな単純な話ではない。生まれて初めて感じるタイプの恐怖だ。

 

「おーい、ハジメっちー! 休憩時間終わったすよ! とっとと工房に戻って来いってウォルペンの旦那、カンカンっすよー!」

「あ、リーン先輩。分かりましたすぐに行きます。ーーというわけでリリアーナさん、お話の途中ですけど失礼させていただきます」

「は、はい…」

 

 だが、そんな錯覚も一瞬ですぐにハジメは優しげな元の雰囲気に戻った。そしてそのまま席を立ち、工房の先輩らしき男を追いかける。

 

(何ですの、今一瞬感じた感覚は?)

 

 いつの間にか握られた掌は汗で濡れていた。呼吸は数段早くなっており、リズムが乱れている。ヒュッと喉から擦れるような音が鳴っている。

 

 明らかにリリアーナは恐怖していた。

 

 だが実際に戦ったとしてもきっとリリアーナが勝つ。恐らくは完封勝ちとなるだろう。だからこそ、この恐怖は生存本能が打ち鳴らした恐怖ではない。

 

 まるでそれは未知のものを見たかのようなーー。

 

「…やはり疲れていますのね。ヘリーナ、私は少し部屋で寝ますわ」

「は、はい。リリアーナ様」

 

 結局リリアーナは己のそんな感情を馬鹿馬鹿しいとし、ハジメは単に優しげな人間だと断定した上で自室へと進んだ。

 

「何故…あの距離で気がつくのでしょうか…」

 

 だがそんなリリアーナは、先程までハジメがいた席を戸惑いながらも見つめるヘリーナには気がつくことは無かった。その呟きも。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「…八人か、やっぱり僕って信頼されてないのかなぁ」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー檜山side

 

「おい雇主。この二ヶ月間何もねぇが、いったい何のつもりだ?」

 

 檜山は苛立ちを隠せずにいた。はやる気持ちを抑えきれず、貧乏揺すりが段々と強くなる。

 

「あはは…いやぁ、そう言われても僕は忙しいんだよぉ? あっちこっちとコンタクト取って、色んなアーティファクト融通してもらって、情報交換とかも何回も。あと実験したりもしたしねぇ、二ヶ月ちょっと前ぐらいに実験体手に入って良かったよねぇ。それにしても一ヶ月経ってようやく行方不明扱いとか…流石は遠藤くんだよねぇ。ふふ」

 

 一方で怪しく卑しく嗤う彼女は二ヶ月経っても得体が知れない。一体何を目的で動いているのか、何を企んでいるのか、未だに一片たりとも掴めない。

 

 だが少なくとも檜山以上にタガが外れているのは確かだ。彼女は人を人として見てはいないのだろう。実際に彼女に捕らえられてしまった遠藤がどんな目にあっているのか。少なくとも死ねてはいないのだろう(・・・・・・・・・・・)

 

 いつ己も『駒』として使われるかも分かりはしない。下手すればそれは『捨て駒』としてかも知れない。

 

 そこまで分かっていながら彼女を裏切る事をしないのは檜山自身も狂っているからに他ならないだろう。自身の死よりも万が一つの可能性に縋わらずにはいられない。

 

「で? 次、俺は何をすれば良い?」

「んー、君はとりあえずステイ。今回は偶然手に入れた捨て駒を使うことにしたから」

「はぁ? 捨て駒ぁ? そんな奴いたか?」

「直接会ってはいないんだけどね。ただ『友達』に教えて貰っただけだよ?」

「『友達』ねぇ…」

 

 ついつい『友達』なんてそんな生温い相手じゃないだろうに、と皮肉な笑みを浮かべる。

 

「そんで? ソイツは一体誰なんだよ?」

「聞いた感じ中々面白いよ? 私達も無関係って訳じゃ無いし…まさかヴィーゲン・リートが全く効いてないのが他にもいたなんてねぇ…」

 

 けらけらと彼女は面白くて堪らないとばかりに嗤う。果たしてその笑みは馬鹿にしているのか、褒め称えているのか曖昧だ。

 

 そんな邪悪な笑みで彼女は言った。

 

「君も知ってるよ? 何たってクラスメイトのーー」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

 その日は新月。故に夜を照らす光は無い。

 

 ソレを一匹の魔物が見たのは偶然に過ぎない。ただ巣にいる子供の分まで餌を取ろうとして遥々遠くまで来ただけだ。

 

 だからこそその魔物はとてつも無く不運であった。それだけなのだ。

 

 ーー何百という魔物の群れの行進と出逢ってしまったのは。

 

 この魔物はかなり強い部類に入る。一体だけならば楽に倒せたかも知れない。五十ぐらいならばまだ生存を賭けた戦いにもなった。

 

 しかしこの数は、あまりにも不条理が過ぎる。

 

「〜〜〜〜〜〜」

 

 すると()が聞こえた。同時に魔物達が割れるように列を作る。それはまるで己らが王の道を作るかのように。絶対の忠誠をそこに表した。

 

 不快な歌だ。頭の内がみるみる潰されるような、そんな歌。

 

 吠えて止めようと思えど、止まらない。ならば元を断とうと牙を剥き出しにすれど、その前に魔物達に押し付けられた。

 

 まともに動くことすらできず、ただその魔物は歌を聞き入れた。苦しみながら、争いながらも。

 

 やがて魔物の動きは止まった。幾度かの痙攣を繰り返し、ついに静止する。だが次の瞬間、歌を歌っていた者が手を上げると、それに釣られるようにその魔物もむくりと起き上がる。

 

 そこにもはや子を助けようとした魔物の知能は無い。ただただ参列の内に加わった災害の一部分となる。

 

 森の中を再び進む。歌に乗せて。黒いフードの男は鼻歌を歌いながらも、笑った。




ちなみにこの話中にさりげなく言ってるけど、この話は全話から二ヶ月経っております。
そんだけでハジメ強くなるとかおかしくない、と思われる方もいらっしゃるでしょう。
冷静に考えてください。
ハジメは“不屈”の技能によりあらゆる時であっても眠れません。
そのため、ハジメは草を食むか水浴びするか(そこら辺の滝)以外の時間は全て鍛錬です。
つまり常人のおおよそ二倍程度には練習してます。
迷宮組も迷宮以外は割と遊んだりしてるので下手したら二倍以上です。
それに対して仕事時は“錬成”の鍛錬ですし、仕事じゃなくても大体オリジナルの練習してます。
しかも“解析”は範囲は小さくても二十四時間ほぼ出しっぱです。
たまに工房メンバーと飲み会に行く時もありますが正直ガチ錬成オタク共の集まりなので全員が“錬成”の仮説やら新たなるアプローチ法やら武器の設計図を面白おかしくワイワイする会議になります。
そのため、技術と知識の蓄積速度がヤバいことになってます。
正直頭おかしいです、コイツ。

ただハジメくんはその分、他の知識に関してはおおよそ図書館での知識しかない。
だからギルドとかよくわかってないし、社会構図も大まかしか知らない。
戦闘経験値もかなり低い。

ちなみにこの二ヶ月間に勇者と皇帝のお話があるわけなんだけど、それを入れるかどうかで悩み中。
でも多分入れる。
次話辺りに閑話として入れる。
何故ならばユエもシアもティオも正統的に出せるから。


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閑話、【最強】

幼馴染カップリングが枯渇したっっっーーーーー!!!(急死)

というわけで、最近ジャンプでTS幼馴染百合カップリングが現れたことでモチベを回復させた厨二病です。
この作品、粗方の流れはできてるんだけどモチベ続かないとオリジナルの部分考えなきゃいけないから止まるんだよなぁ…。

さてさて、長い間お待たせしましたが今回はまあまあ情報盛りだくさんみたいな上に一万文字行ってる感じなので許してくださいませ…。(主人不在)


 ーー香織side

 

 それはハジメが工房に篭ることになって一週間後のこと。香織は、勇者パーティーは珍しくも迷宮から離れていた。

 

 というのも兼ねてから呼び出されていた【ヘルシャー帝国】へと向かっているのだ。現時点では光輝達の実力はまだ人族の間でも上の下程度だ。期間を省みるとそこそこにも思えるが、【ヘルシャー帝国】が注目するにはまだ低い。

 

 しかし特殊性はある。なんと言っても【勇者】の天職を得て、聖剣と聖鎧に選ばれた天之河光輝と【聖女】の天職に付く白崎香織が此度の召喚により呼び出されている。

 

 この二つの天職は世界的に見ても稀であり、才能の面で見れば凡ゆるものをも凌駕しかねない程。現段階ではまだまだではあるが、それでも将来性に関しては確定しているようなものである。しかも一人ならばまだしも二人もいるのだから確認したいと思うのは当然であろう。

 

 そうして天之河光輝、白崎香織を始めとした雫、龍太郎、鈴、恵里、メルドなどの王国側の騎士といういつも通りの勇者一行で【ヘルシャー帝国】へと使いを頼りに辿り着いた。

 

 だが辿り着いて早々、一行は目を張らざるを得なかった。それは帝国には王国にはない仕組みの存在。

 

 ーー奴隷制

 

 香織も周りから聞いてはいたし、覚悟はしていた。しかし目の前の光景は予想以上に無惨と言えた。

 

 人族、虎人族、海人族、有翼族…数多に渡る種族が赤黒い傷を晒しながら己の仕事を全うする。監視員が睨みを効かせるその場では休まる場所などあるはずが無い。

 

 痛みに苛まれてはいるだろうが、止まれない。小さい子供であろうが万が一止まれば、『アレ』が来る。

 

「はぁ、はぁ…」

「貴様ァ! 勝手に仕事をやめるなァ!!」

「ウッ!?」

 

 少し息をついた人族の少女に鞭が振るわれる。またその向こうでは高齢の森人族の耳を鞭が掠めた。女子だろうが老人であろうがそこに容赦は無い。空気を斬る音が鳴るたび、ピシャリと柔肌を打つ音が響く。

 

 泣こうが喚こうが許されはしない。むしろそれは監視員の不機嫌を買い、なお一層鞭が振るわれる。

 

 だからこそ背中が赤く腫れようと、足に小石が刺さろうと歯を食いしばらねばならない。涙も顔をしかめ、無理矢理引っ込める。そうしなければならないから。

 

 苛つきを隠さず鞭を鳴らす監視員、内心の恐怖と辛さを必死に隠しながら苦行を行う奴隷。それを当然の光景として道を歩く帝国民。

 

 知識で知っているのと実物を見るのとはことわざにもある通り話が違う。それが語る凄惨さは格別だ。事実、香織も周囲の一行も全員が顔を歪めた。この中で一番冷静であろう雫でさえもだ。

 

 だがこれはあくまで世界観の差異。たとえ自分たちが認めきれぬ事であろうと、反逆して仕舞えばこちらが犯罪者だ。王国であろうと庇い切れるか分からない。また一部を助けたところで、残された者達がなお一層凄惨な道を歩まねばならないだけだ。

 

「ああ、そういや皆さん。帝国じゃあ最近、腕の良い盗人がしょっちゅう出てくるんでお気をつけを」

「ふむ…そこまでの腕前なのか?」

「ええ。なんなら奴隷まで掠め取って行くような輩ですよ。しかも尻尾も掴めやしない」

「それは物騒だな…」

 

 現に帝国民の使者はその風景を気にした様子もなく、言う。メルドもまた眉をひそめはするものの、激昂することもしない。他国のルールに踏み込むことなどはしない。信じがたいが、彼らの生活には奴隷というのはよく馴染んでいるのだろう。

 

 香織もそれは承知だ。ただ少しでも助けたい気持ちはある。だからこそ杖の魔法陣に魔力を焚べようと、そうしようとした途端だった。

 

 ーーキィイイインッッ

 

 甲高い音が広場に響いた。剣と剣の唾ぜり合いの音。それを起こしたのは二人の男。

 

 一人は香織達を【ヘルシャー帝国】まで導いた使者の男。年齢はそれなりに高く見え、香織達から見てもかなり強い部類に入っている。

 

 そしてもう一方は香織達もよく知る男だった。聖鎧と聖剣を身につける者はこの世にたった一人しかいない。【勇者】、天之河光輝だった。

 

 急に始まったつばぜり合い。帝国民はそれに沸き立つ。喧嘩が始まったぞ、と。

 

 そんな中渦中の光輝と使者の男は睨み合う。ただし使者は正気を疑うような目で、光輝は『悪』を睨みつけて。

 

「勇者様? 何をしようとしてるかわかってるんですかい? まるで…ウチの国の監視員に剣を向けようとしていたようですが…正気ですかい?」

「むしろおかしいと思わないのか!? あんないたいけな人達をあんな風に…俺は助けるぞ! 邪魔をするなら容赦はしない!」

 

 光輝が監視員へと放とうとした剣を使者が腰に備えていた剣で受け止めている。驚くべきは当に全ステータスを450まで上げている光輝の剣を簡単に受け止めている使者だ。むしろ光輝の方が押され気味になっている。

 

 光輝が監視員を止めようとしようと、この使者が割り入り攻撃を許さないだろう。むしろ使者を眼中から離せば光輝の方が無力化されるだろう。それほどまでに使者の男は強い。

 

 その様な判断もあってか光輝は相手の剣を上へとカチ上げ、強制的に万歳の体勢を作らせると剣を持たぬ手で拳を作り、使者へと叩きつけた。【剛力】を載せた拳は光輝の筋力を底上げし、使者を吹き飛ばす。

 

 だが思った以上に手応えがない。それもそのはず。使者は吹き飛ばされたのでは無く、自ら後方へと飛んだのだから。

 

 光輝の会心の一撃が効いた様子も無く、使者は飄々とした顔で光輝を見つめた。

 

「全く…本気でやり会おうってなら後でピーピー喚くなよ、勇者サマ?」

「ッッ?!」

 

 使者の雰囲気が変わった。まるで鞘から剣が抜かれたかの様。ざわりと空気が揺れ、人々の肌を舐める。

 

 瞬間、光輝は吹き飛んだ。だが使者のような故意によるものでは無い。他者の打撃によるものだ。敵の剣の柄が聖鎧に叩きつけられた、ただそれだけのこと。

 

 光輝は聖剣を地面へと突き刺し、何とか壁への衝突を防ぐ。だがその光輝を出迎えたのは短文詠唱。

 

「穿てーー“風撃”」

 

 風の初級魔法。しかし一般的ものとは練度が違う。放たれた風の弾丸。聖鎧に張られている防御障壁は“風撃”自体は防げど、衝撃は殺しきれなかった。故に内部へと光輝にダメージを与える。

 

 更に風により再び地から突き放された光輝に使者の剣を避ける術は無し。無尽の如き刃が閃き、光輝を瞬く間に切り裂いていく。

 

 聖剣で応戦もするが駆け引きが違う。聖鎧により防ごうともするが、隙間を縫うように剣が振るわれた。メルドを彷彿とさせるかの如き剣技の数々が光輝に襲い掛かった。

 

 地面に戻れば“縮地”により一旦逃げることも出来るが、戻った途端に“風撃”が放たれ、脚をつけさせて貰えない。そして生憎な事に光輝は短文詠唱で済む初級魔法の魔法陣を身につけていない。初級魔法を使わずとも剣技とステータスでどうにかなっていたからこその弊害がここに来て光輝へと襲い掛かった。

 

「この程度かぁ!!? ビビってひよってんじゃねぇよ、勇者サマよ!?」

「ぐ、ぐぅうう!!?」

 

 そしてこのままの状況であれば光輝は確実にやられる。正しく手も足も出ない嬲り殺しの状態。

 

 ならばこそ、光輝が取れる方法はただ一つ。

 

「“限界突破”ァ!!」

「…ほぅ」

 

 光輝の魔力が瞬間、活性化し爆発する。これには堪らず使者も光輝から離れざるを得ない。ニヤリと笑みを浮かべ光輝を見る。

 

 技能“限界突破”、それは特殊技能の一つ。類稀なる素質を持つ者のみが与えられる技能。その力は種族ごとに定められた力を遥かに超える。

 

 その本質は魔力の制御可能以上の活性化。これにより体にダメージを蓄積させながらも身体能力の強化や魔法の向上などを規格外な程にまで行う事ができる。その強化は元のステータスの三倍ほど。

 

 正しく【勇者】に与えられたチートの一つである。

 

「これを使って仕舞えば貴方を殺す事になるかもしれないからやめていた…だけどこれを持って俺は貴方を…倒すっ!」

「光輝! いい加減にしなさい! それ以上は完全に貴方の方がーー」

「雫黙っていてくれ! 行くぞ!」

 

 完全に度を超え出した戦いに、使者の強さに呆気にとられていた雫が静止の声を掛けるが光輝は止まることはない。魔力を魔法陣へと注ぎ込み、光属性付与魔法の一つ“光刃”を発動。聖剣の切れ味を高めつつ、使者へと剣を向けた。

 

 優に千を超えたステータス。規格外なアーティファクト。そしてさらには“限界突破”によるあらゆる強化。

 

 それら全てを余す事なく注ぎ込んだ勇者の一撃は、

 

 

「“限界突破”ーー“■■”」

 

 

 群青の魔力に包まれ、失墜した。

 

 それは正真正銘のチートである香織でも、そして恐らくは光輝でさえも捉えることさえも不可能。何をしたかも分からず、その場は鎮まる。

 

「…ふん、この程度か。思想も青ければ実力も足りんな。…おい、メルド・ロギンス(・・・・・・・・)! 俺様(・・)のことも分かっているだろう。とっとと出てくるがいい!」

 

 使者であるはずの男は下らなそうに光輝を一瞥、そして興味が失せたのか馬車から降りたメルドへと横暴とも言える口調で命令する。

 

 本来ならば正気であるかも怪しい言葉。何故ならばメルドは王国の、しかも騎士団の団長である。帝国とはいえ、使者である男の方が地位としては明らかに下である。

 

 だがメルドは彼の元に近づくと、そのまま傅いた(・・・)

 

「お呼びでしょうか。皇帝(・・)様」

「おいおいなんだそれは…いつもので良い。俺様は強者に対しては寛容だからな。なんなら何時でもウチに来い。お前なら将軍の位にしてやる」

「…はぁ。ならいつも通りさせて貰おう、ガハルド。あと何時もそちらには行かんと言っているだろう」

「そうか、それは残念だ。またの機会にするとしよう」

 

 周囲がざわめく。帝国の者達は先程のメルドのように頭を垂れ、王国の者達は覆面を乱暴に投げ捨てたその男の正体に目を張った。それは使徒の者達も同様だ。その名はこの世界に来て間もない香織達でも知っている。

 

【ヘルシャー帝国】現皇帝でありながら【人族最強】、【戦神】、【乱王】など多様な称号を欲しいままとする男、ガハルド・D・ヘルシャー。それこそが先程まで使者と偽っていた男の正体なのだから。

 

「さて…一応は歓迎してやろう、勇者一行。俺様の城に来るがいい。もっとも期待外れも良いところではあるがな」

 

 そしてこの男こそ、帝国の『弱肉強食』を象徴する男なのだから。

 

 香織達はその言葉に逆らうことは出来ない。ガハルドの地位は勿論のこと、その圧倒的なまでの『強さ』が香織達が首を横に振ることを許さない。

 

 龍太郎が光輝を背に負って、一行は城へと歩を進めた。

 

 その中で香織は後ろをチラリと見つめた。人々の背にある傷は生々しく痛々しさを表している。それ故に、香織は放っておくことができなかった。

 

「…これぐらいしか出来なくてごめんね…“回天”」

 

 香織はそう背中の鞭の痕が消えた子供達に、聞こえないような声で呟いた。

 

 無詠唱で放たれた淡い光は帝国の者が気がつくことさえなく、奴隷の人々に光を灯す。そして効果は瞬く間に現れる。酷く抉れた傷の数々が一瞬で修復して見せたのだから。

 

 恐らくはすぐに彼らは元のように痛めつけられるだろう。しかし香織はたとえ偽善であろうとも、ただ一時だけでも彼らが苦しみから解放されるようにと願わずにはいられなかったのだった。

 

 それを思うと香織は心苦しくて、情けなくて、彼らから顔を背けてしまう。それでもやはり心残りでもう一度見つめようとして…。

 

「…あれ?」

 

 彼らは、奴隷達はもう既にそこにはいなかった。まるで幻のように。あたかも最初からいなかったかのように。

 

「なぁっ!? また『奴隷拐い』か!」

「この頃、しょっちゅう起きやがる!」

「探せェエ!!」

 

 帝国民はそれに余すことなく慌てる。当然だ。己らの財産が瞬く間に消え失せているのだから。

 

 なおこの後、雫がガハルドやけに気に入られて熱心に付き纏われたり、復活した光輝が二度三度とガハルドに挑んだりといった事件が起こったりもしたが、それはまた別のお話である。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

「ふっ、いつ見ても凄まじいな。あのクソ帝王は」

「加齢臭漂う年齢だと言うのに未だ衰えず、か。…全くもって面倒だな。奴に我らが正体が暴かれれば…ジ・エンド、だ!」

「異界から来た勇者…そうか…奴が…」

 

 一方で広場から僅かに離れた裏路地。そこに『奴隷拐い』はいた。数多くの子供や男を俵の如く脇に挟み、誰にも気づかれることさえなく、ここまで彼らは逃げおおせていた。

 

「…ふむ。時は来た。我ら、かの望郷へと『還る』時…」

「いざ行かん。幾千もの尸を超えて…」

「ふっ…勇者よ…また会おう…。次会う時こそが貴様の最後だ…」

 

 ただその者達、種族的特徴、身体的特徴を加味してもなお、かなりおかしかった。主に頭が。脳味噌が、逝かれていた。

 

 なんだか言葉のチョイスがちょくちょくオカシイ。そもそも三人目に関しては勇者と正面から出会っているわけでもない。なのになんかライバル的な、もしくは格上的な感じを醸し出している。

 

 だが彼らの異点をツッコミする者は誰もいない。奴隷の方々もツッコミなんかする余裕がない。急に傷が治ったそんな途端に噂の『奴隷拐い』に捕らえられたのだ。しかも『奴隷拐い』は全員が黒装束。怪しさこの上ない。

 

 だが『奴隷拐い』は奴隷達の疑いの視線など気にした様子もない。そして下水道への道を歩いて行く。

 

 帝国の地下には下水道が張り巡らされている。とはいえ、その整備は行き届いておらず、日本のものと比べれば次元が違うほど汚らしい。肥えた鼠が徘徊し、粘着質なカビがそこら中に張り付いている。

 

 なお飲み水を運ぶ下水道の掃除の必要はない。水を汲み上げる際にはろ過や蒸留により衛生的な水が取れる。魔法があるこの世界では機械が無くともそんなことなど簡単にできるのだ。

 

 だからこそ、下水道はとても人が生活できるような場所ではない。自分たちが閉じ込められていた奴隷部屋よりも衛生状況が酷い。そんな場所。

 

 

 そう、奴隷の誰もがそう考えていた。

 

 

「「「「え?」」」」

 

 ーーワハハハハハ!!

 ーー酒だ、酒だァ!!

 ーー踊れや飲めや!!

 ーーここは桃源郷よぉ!

 

 ここに住む者(・・・)達は言う。ここは楽園だ、と。

 

 その水道はまるで繁華街。闇の中にありながらも愉快な喧騒を隠そうともしない。鼠はいてもそれは野良のものでなく、一匹の家畜として飼育されたもの。カビはあっても闇の中に光を与え、怪しく下水道を照らしている。

 

 太陽を拝むことなどありはしない。しかしここには優しい人族はいても傲慢な人族はいない。あの帝国人はここには来ない。ならば支配されることも無く、ここは楽園であろうと、誰もが言う。

 

「帰ってきたか、人材部隊!」

「ふっ、帰ってきたとも。我々はたとえ死するとしてもなお、我らが長の元に戻る決意をしている」

「成果はどうだ!?」

「上々…否、最上と言うべきだろう。いつも通りの奴隷よ人材だけでなく、かの勇者一行の姿をこの目に刻めた。情報とは万の宝石にあたる。ここで知れたのは僥倖と言わざるを得ん。そうだろう?」

「へぇ! そりゃあカシラも喜ぶだろうなぁ!!」

 

 ここにはあらゆる種族が住む。人族はさることながら海人族、龍人族、虎人族、魔人族…ありとあらゆる亜人族が人族と魔人族と共存するという有り得ない部屋。

 

 彼らは同じ卓を囲み、酒が入ったジョッキを鳴らす。酔っ払いながらも互いを罵る事などなく、むしろ親しみさえもある。

 

 そんな世界が奴隷の彼らからは信じられない。まるで世界がひっくり返ったかのような衝撃をその胸に刻む。

 

 だが衝撃はこれのみにあらず。

 

 カツン、カツンと下水道の向こう側から鳴る靴音。それはこの場にいる者にとっての合図。

 

 途端に彼らは立ち上がったを酔っていた者も、寝ていた者も、たった今ここに戻ってきた者達も厳格な表情で起立する。思わず奴隷達も背筋が伸びた。

 

 何が何かもわからぬ。そんな胸中たる奴隷達。

 

 しかし奥から現れたその者は奴隷達に問いかける。

 

「貴様ら…悔しくないですか?」

「……」

 

 誰に対して、とは言われずとも理解できた。帝国民にだ。

 

「本来ならばあったであろう何気ない日々…それを奪われた。それに意義などない。ただ玩具を弄ぶかの如き理由だけ。…それを許せるですか?」

「ッッーー」

 

 そう、彼らが奴隷を虐げるのに大層な理由などありはしない。強いて言うならば、その方が面白いからだ。

 

 その事実を、改めて理解する。同時に歯がギリギリと鳴る。

 

「ある者は矜恃を踏みにじられ、ある者は慰み者にされ、ある者は延々と終わらぬ地獄を味わい…これらを貴様らは受け入れるのですか?」

「ーーーーー違うっっ!!」

 

 今まで見てきた地獄。それをもはや受け入れたくはない。我らは人の玩具などではない。一人の『人間』であるのだと、奴隷の一人は叫んだ。

 

 それに呼応するように他の奴隷も細い喉を振り絞り叫ぶ。そうであってたまるか、と。

 

「そうです! ならば『弱さ』に甘えてはならないのです! 『弱者』であってはならないのです!」

 

 彼女は奴隷たちの明確な意思を前に、強く言葉で訴える。そして力のままに華奢な、しかし確かに力の籠もったその片腕を掲げ、握る。

 

 彼女の言葉には力があった。溌剌と響き渡る声があった。人々に紛れようと一際輝く容姿があった。泥沼に嵌ろうと這い上がる意思があった。絶望を知ってなお立ち上がる執念があった。

 

 そしてこの場の誰よりも…強い。

 

 だからこそ、彼女はその場の誰をも惹きつけた。男だろうが、女だろうが構わない。子供でも老人でも怪我人でも否が応でも引き付けられた。

 

 故につい先ほどまで赤の他人であった奴隷達もまた轟々と燃える熱を携え、この楽園の中へと加わる。されるがまま、という者は誰もいない。誰もが己が意志で立ち上がる。

 

 その奴隷達の意思に満足したのか、彼女はピコピコとウサミミ(・・・・)を揺らし、されど叫ぶ。

 

「さぁ、ザコ共! 今日もビシバシ働くですよ!」

「「「「「「Yes ma'am!!!!!」」」」」」

 

 この楽園の名はーー【反乱軍】。この世界の不条理、【ヘルシャー帝国】を討ち倒すが為にある組織。

 

 そして【反乱軍】隊長にして、【兎人最強】、シア・ハウリアは淡青白色を立ち昇らせながら、その声を下水道全体に響き渡らせた。

 

 ーー反乱の時は、まだ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

 そして更に離れた地。ほぼ全ての種族が知らぬ、世界の果て。或いは魔境と呼ばれる地。その名を【地下要塞レヴナティア】。この世界唯一にして世にも珍しき地中都市(・・・・)。かつてある神代魔法遣いが創り出したクレーターを利用し、作り上げられたとされている。

 

 ここで生活を営むのは多種に渡る種族達。彼らは外での啀み合い啀み合いがまるで嘘かのように共に暮らしている。そして共に自身の天職に合った仕事で、この国に、組織に貢献を果たしている。

 

 しかし数多くの種族がいるものの、その種族の大部分はある二種族となる。他の種族は二割ほどでしかない。

 

 だがそれも当然といえば当然である。この国の、組織を治めるのは二人の各種属の女王。彼女等二人が同盟を結んだことで成り立っているのだから。他の種族はあくまでも彼女等が迎え入れた同士であり、この世界の不条理に涙を流した難民である。

 

 彼女等は今日もこの地下要塞に高々と建つ、塔の天辺でたった二つしか無い玉座に座り、部下から渡された情報に目を通していた。

 

 報告に来た獣人族の男は首を垂れ、ただ女王達の言葉を待つ。沈黙は絶対。許しがあるまで顔をも上げてはならない。それは部下の間で決められた暗黙のルールである。

 

 やがて片側の女王が獣人族の男へと話しかけた。

 

「今度の難民は海人族ですか…。総勢189名、その内女子供は36名。他の方々は戦力として数えられますか?」

「い、いえ。その半数以上が魔物…恐らくは【暴食】による被害を受けています」

「…むしろよくあの魔物に襲われながらそれだけの人数、生き残りましたね」

 

【暴食】、いやでも耳にする古代の魔物。魔人族による量産されたオリジナルの魔物も厄介ではあるが、古代の魔物は正しくオンリーワンの性能を持っている。その中でも【暴食】は有名であり、数多くの英雄を終焉へと導いた海上における最強クラスの魔物である。

 

「それがその海人族の中で、最近固有技能に目覚めた者がいるようで…。その者が海人族達の逃走を手助けしたとのことです」

「…ふむ。その者の名は何とされているのですか? そして、できることならば組織の方(・・・・)の一員になっていただきたいところですね。可能そうでしょうか」

「名はレミア。此度の受け入れの感謝に、出来る限りの協力は惜しまないとのことですが…一つだけ頼みがあるとのことです」

「受け入れましょう。あらゆる願いに手を差し伸べる、それが私達の組織の理念なのですから」

「ハッーーどうやら先日、彼女の娘が野盗により拐われ、その身柄を探し出し、保護して欲しいとのことです」

「【暴食】を退ける力がありながら、野盗に遅れをとったのですか?」

「固有技能に目覚めたのは拐われた後日であった、とのことです」

「なるほど…その娘の情報をリストアップしておいてください。それを元にアドゥル様に手配を頼んでおきます」

「かしこまりました」

「それでは宜しい。次の者と入れ替わってください」

 

 獣人族の男はその言葉を聞き、一瞬だけ顔を見上げる。これもまた部下間での暗黙のルールである。この部屋を出る直前だけ、女王達の御尊顔を眺めることが許される、という一見ヘンテコなルールである。

 

 だがこの組織に入っている者ならばこのルールに納得せざるを得ない。何故ならば女王達はそれ程までに美しい(・・・)から。

 

 獣人族がその御尊顔を見上げたのはほんのコンマ数秒。しかしその御尊顔が彼の脳裏に凄まじく焼き付く。

 

 片や漆黒の髪を簪により束ね、これまた黒を基調とした着物に身を包む女性。着物は乱れておらず、きちんと着られているにも関わらず、そのこぼれ落ちるかのような双丘が艶やかな魅力を醸し出す。先ほどから無言を貫き通しているが、女王はどこまでも思慮深く物事を見つめているのだろうと信じられる。

 

 片や金色の髪を垂らし、紅の双眸が瞬く。体形は小さいと言えど、それを補ってもなお余りある全身の黄金比。創造神の寵愛を受けたと言っても過言にすらならない。姿形こそは幼女のそれであるが、どこからとも無く溢れ出る大人の色香は男どころか女性でさえも魅了してしまうだろう。

 

 これこそが部下間で決定された暗黙のルールが理由。ようは女王方が美しすぎるのだ。女王達の部屋に謁見するたびにいつも顔を見ていたら仕事にならないため、仕事に集中できるようにされた絶対である。同時に仕事がんばったご褒美、としての面もある。この部下セルフなアメとムチのお陰でこの国の仕事は滞りなく出来ていると言っても過言ではないのだ。

 

 だからこそ獣人の男は思う、明日も頑張ろう…と。あと俺は断然黒髪万歳です、と。

 

 そうして獣人の男は部屋を後とした。

 

 

 

 

「ところで、ティオ(・・・)。いい加減男性を目の前にしたら恥ずかしがる癖はそろそろやめてはどうですか?」

「じゃっ、じゃって…お爺様に男は狼じゃって昔から言われておるし…」

「…アドゥル様、貴方の孫煩悩…今一度恨ませていただきます。…あら? ならどうして貴方のお付きのリスタス君とは話せるのでしょうか?」

「リスタスかのう? あ奴は弟みたいなものじゃからのう。あ奴も妾のことを姉のように思うとるじゃろうし…大丈夫じゃろ!」

 

 彼女は思った。リスタス君、不憫。多分ずっと昔から片思いしてるのに全く気付かれてなくて哀れ。ただ自分から分かりやすいアプローチをしないリスタス君もわるいですよ、と。

 

「それにしても男が狼…訓練所で汗を流す戦士達の腹筋を顔を真っ赤にしながら凝視していた者と同じ者の発言には思えませんね」

「なっ!? なぁ!!? みっ見ておったのか、御主!?」

「ええ。私がすぐ近くを通っても気づかなかった貴方が悪いんですよ? というか腹筋だけであれだけ興奮するとか…貴方、ムッツリですか? もしくは変態ですか?」

「わ、妾ムッツリじゃないもん! 変態でもないもん!」

「女王の威厳もあったものじゃないですね…」

 

 なおティオがこの前、廊下に落ちていたエ○本(保健実技の教科書)を正座しながら凝視していたのも彼女は知っているが、敢えて黙っている。多分それを言った途端にティオの羞恥がオーバーフローするから。出来る女王は人の限界を察せるのだ。

 

 そんな彼女の寛大な心を知らないティオは顔を真っ赤にしながらも、彼女を指差したを

 

「じゃっ、じゃったら御主の方はどうなのじゃ!?」

「私ですか? 特に変わったことはしていないと自負しておりますが?」

 

 そう、彼女は超完璧な女王。仕事もできるし、マナーもある。そして自分が世界一可愛いという自負もある。ティオのようなムッツリ助平のような欠点は一切合切無いのーー

 

「御主、一度も求愛されたことなかろう! アレーティア!!」

「…潰しますよ、ティオ?」

「返り討ちにしてくれるわ!」

 

 数秒後、両名が冷静になった頃には塔はかなり崩れていたという。だがこの要塞に住む人々は「いつものことだ」とし、【土操師】の天職を持つ者達を今日も応援するのであった。

 

 ここは吸血鬼族と龍人族が主となり治める国、【地下要塞レヴナティア】。

 

 そしてそれを統べるは【龍人最強】と【吸血鬼最強】。

 

 ーーティオ・クラルス

 ーーアレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール(原作名:ユエ)

 

 彼女等、女王達は世界全体に【神敵】として定められている。あまりにも強すぎる『個』としての実力、本来消えるべき運命への叛逆、龍人族・吸血鬼族を支える根幹。

 

 教会が敵とする理由としてはあまりにも多すぎる。

 

 しかしその真の理由はただ一つ。彼女等が持つ思想、そして彼女等が名乗るその名。

 

 ーー【解放者】

 

 ーー彼女等の牙は如何なる方へと向くのか。それはきっと天へと。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

 この世界の神はきっと正しく無い。

 

 きっと神が正しいと思っていたとしても、それはきっと神の傲慢だろう。神と人が抱くそれぞそれの正しさは必ず異なるのだから。

 

 だが、そうだったとしても。そうであろうとも。

 

 ()は疲れた。何度も何度も絶望し尽くして、折れてしまった。この世界を覆すことは出来ないのだと、悟ってしまった。

 

 ()には勇気が無かった。資格さえも或いは無かった。

 

 だから、だから、だから。

 

 もしーーもし、この世界の不条理を打ち壊して見せると言うならば。

 

 もし、愉快犯的な神をも引き摺り下ろして見せると言うのであれば。

 

 私はきっとお前達の敵だ。

 

 だから、だから。だからこそ、もし世界を、神を敵に回すというのであればーー

 

 

「私を、殺して見せろ」

 

【魔人族最強】ーーフリード・バグアー。

 

 彼は立ち塞がる者。

 

 ーー彼は虚に世界に従う。たとえそれが間違いであったとしても、彼だけは。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

「駒は揃った、か…」

 

 ーーそしてある者は笑う。

 

「王国には【勇者】と【聖女】。帝国には【覇王】、相対する獣は【占術師】。龍たる【守護者】と鬼たる【神子】は手を結び、海人の【邂逅者】を迎え入れる。魔人の【騎士】は我が手中…クックックッ」

 

 ーーかの手中にあるは幾つもの駒。それが適当に盤上へと投げ出される。数多くの駒が盤上から落ちる。

 

「王国は多少役不足にも感じるが…我が駒がごまんといる。いくらでもバランス調整は出来よう…」

 

 ーーだが【勇者】、【聖女】、【覇王】、【占術師】、【守護者】、【神子】、【邂逅者】、【騎士】は盤上にて収まる。それらは円を作るかのように盤上に立つ。

 

「多少イレギュラーはあれど、今回の盤上も無事出揃ったと言えるな。はてさて…何がどうなるやら」

 

 ーーその様子を見て神は、堪らずエヒトは笑う。このような素晴らしき盤上はあの時(解放者)以来だと。

 

「愛しているぞ、人類よ…。此度も我を興じさせるが良い」

 

 ーーだから神は嗤うのだ。やがて来るであろう彼等が絶望を。

 

 ーーだが、神は気付かない。世界は見えていない。

 

 ーーその盤上のふと端に収まる一つの【雑兵】の駒を。

 

 ーー少なくとも、今はまだ。




私「第一回! チキチキ、設定解析のコーナー! いぇええええい!!」
ハジメ「えーっと、このコーナーってなんですか?」
私「このコーナーはとりあえず原作ありふれを私なりに解釈したコーナーですね! この作品、割と細かく考えてるからね。このコーナー必要なの!」
ハジメ「あっ、そうですか」
私「つーかぶっちゃけ、こっちのハジメくんを強化する為に必要だからダヨー。というわけで第一回目は魔法のシステムについてです。魔法はまず主に
・詠唱
・魔法陣
・魔力
の三要素からなるわけです。魔力は単純に言えば電力、詠唱は電線、魔法陣は電子器具だと考えましょう。これら三つは欠かせないものの訳ですね。ここまでは原作でもあった」
ハジメ「でも原作だったら詠唱と魔法陣って基本死に設定ですけどね」
私「それはハジメとかユエさんが魔力を感知して、直接操るから詠唱が要らなくなる。基本的には魔力は体外の物は感知は出来ないものだし、感知出来たとしても自由には動かせない。だから詠唱がある訳だし…。魔法陣の方もユエさんなら“想像構成”するから予め用意しておく手間もないんだよなぁ」
ハジメ「まあ、そもそも原作の僕ってあんまりにも適正が無かったから“錬成”以外は使えなかったんだけど」
私「でも適正ってあくまでも魔法陣省略とかがメインぽいんですよ。あくまでもハジメくんだと魔法陣のサイズがデカすぎて実用化できないだけで。…あ、この設定こっちでも使う予定だからよろしく」
ハジメ「あ、はい」
私「ちなみに適正があるやつは武器にある魔法陣はそれぞれの魔法の起動式(要は電子家具のスイッチボタン)だけだぞ! あとは頭の中だけでプログラム設定する感じ。適正がない奴は肝心のプログラムのアプリがないからプログラム設定を手書き(超膨大)と頭の中でやらなきゃダメだから実用不可。だからこっちのハジメも“集中”とかでプログラムの腕は良いんだけど“錬成”の魔法陣以外は省略不可能。使用は出来るけど、魔法陣が大きすぎで実用不可能ってされてる」
ハジメ「でも、“解析”とか“錬鉄”は僕使えますよ」
私「それは勇者の“剛力”とかと同じように魔法陣を介さない魔法技能になる。この辺りは魔力は使うけど、体内に魔法陣が予めあるから省略できる。変換も体内で完結するから外部の魔法陣に魔力を注ぎ込む為の詠唱も必要ない」
ハジメ「そういえば原作シアの“身体強化”は魔法陣はいるんですか? どっちなんですか?」
私「いらない。あれも体内の魔法陣使うから。でもまあ、そもそも“身体強化”の魔法は持ってる人しか持ってないけど、そのシステム自体は魔力持ってる奴なら常にやってる」
ハジメ「どういうことですか?」
私「普通の人は体内の魔力を活性化させることで身体能力を強化する。ただ技能としての“身体強化”はより効率が高いし体に負担もない形にプログラムされてる。“限界突破”は体にめちゃくちゃ負担をかけるぐらい魔力を活性化させてステータスを底上げする。“身体強化”と“限界突破”はそういう差別化になる」
ハジメ「つまり技能としての“身体強化”はデメリットのない自己バフ、一般的な魔力による身体強化はちょっと自分にダメージが入るバフ、“限界突破”は『一刀修羅』みたいな感じなんですね」
私「まあ、そんな感じ。で、最後に神代魔法ーーなんだけど、これは話したら更に長くなるからまた別の機会に。それではさようならー!」
ハジメ(またいずれかやるのか…)


『各最強一覧』
・人族最強…勇者、こんなに弱いとは情けない。それはともかく十九人目の嫁候補発見。
・兎人最強…私がハー○マン! ですぅ!
・吸血最強…私はモテないんじゃない! 世界が悪いんだぁ!(綺麗は綺麗だけど、鑑賞用が一番…的な感じで見られてる)
・龍人最強…妾、変態じゃないもん!(///)
・海人最強…チュートリアルが【暴食】からの撤退クエストでした。そんなことよりミュウどこ?
・魔人最強…(一人だけシリアス)(空気読めない)(きっと将来禿げる)(ラウス)
・神…やった! 新しいゲーム、神ゲーぽいぞ!

なお、エヒトの言う「イレギュラー」は割と大切な設定ダヨ!


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4、依頼、転じて災いと成す

え、遠藤の髪と鼻と口がある…だと!?(漫画最新話)
馬鹿な!? 遠藤はクトゥルフ的なアレじゃないのか!?
つーかモブ顔だな!!

あと来ますね、ありふれ最新刊!
今回の表紙はティオさんだそうで!
…で?(ハイライト消滅)
…で、香織さんはどこにやったってんだよ? ぉおん?
親友にさえも抜かれてしまった香織さんの表紙2回目はどこだって聞いたんだよぉおおおおおおおおおお!!!!???!?!?

と、いう怒りのまま筆を走らせた今回ですが、次の話から香織さんの存在は暫く消去します。
メインヒロインの座って何ぞや…?
つーか、一章自体香織さんの出番が…。


 ーーハジメside

 

「依頼ですか? しかも僕に?」

「ああ、その通りだ。小僧の名前をご丁寧に指定してきてやがる」

 

 工房に入ってから半年ほどが経った。【不屈】などの技能もあって、充実した鍛錬の日々を繰り返してきたハジメ。本気で鍛錬(自主練)→仕事→休憩(自主練)→仕事→鍛錬(工房)→飲み会(もとい“錬成”についての見解)→最初に戻る、を繰り返している。

 

 そんな正直に言って常識を無視したスタイルのハジメ。そう言った経緯から、ハジメ自身もある程度光明を見出しつつもあった。

 

 あとは自己鍛錬の量を増やし、戦闘技能を磨くことを方針としていたのだが…ここに来て大規模な仕事の依頼である。そしてその内容もまたハジメにとって面倒だと思わざるを得ないものであった。

 

「湖畔の町ウル…その備品などの調整、および柵の改良ですか…。この程度の仕事、しかも今まで一切関わりのない地域での依頼でわざわざ僕を指名するってことは…」

「十中八九、嫌がらせ目的だろうな。仕事にケチを無理矢理付けて、小僧を貶めたいってところじゃねぇか? 面倒だってなら断っていいぞ。小僧は義理息子と娘(ウチのボンクラ共)と違って真面目にやってくれてるからな」

「あはははは…」

 

 ウォルペンには義理の子供が九人もいる。その理由は彼らの元々の身分に関係なく工房に入れるためのものだ。すなわち「盗賊だろうが奴隷だろうが他種族だろうが、俺の子供なら関係ねぇだろ? 工房入れてオッケェだろ? なんか文句あっか? あ?」といった超理論によるものである。

 

 そんな感じでウォルペンさんの工房に入った彼らは有能であれど、一癖も二癖もある。作業するには酒を入れるのが一番だ、とベロンベロンになって言い張る大罪人の息子、経費で合コンを行い出す元奴隷、飲み会の度に騒音被害を撒き散らす元盗賊、この前ガチで刺されたナンパな別種族のハーフ…etc。

 

 元々こんな感じの義理息子娘達を相手していたのに比べれば「公然的には大罪人だが、工房内ならただただ優秀な期待のルーキー」となるハジメはウォルペン的には「なんか一つぐらい迷惑起こしてもいいぞ」となる訳である。

 

 というか最近ガチでウォルペンが「義理息子にならねぇ?」と言い出すくらいには、それはもうハジメのことを気に入っていた。なおハジメの親はまだ生きている、という理由でお断りした。なんというか…鮫姉(ジャン○ダルク(アーチャー))とか全世界の姉(ナ○メア)とかと同じような感じがしたから…。

 

 それは兎も角、たしかにハジメにとってこの依頼はかなり面倒くさい。ただただ邪険にされる程度なら良い。しかし無駄に正義感が強いものがいれば、最悪ハジメに剣を向けてくるかもしれない。

 

 この世界は地球よりも倫理観がぶっ飛んでいる。殺しすらも神の名の元、正当化される。ならば突然ながら神の使徒を罠に嵌めながらも生きながらえているハジメはそうなりかねない。むしろ今の今までそうなっていないのが奇跡である。

 

 まぁ、その要因には鍛えに鍛えられたハジメ自身の『技能』も関係するのだが…。

 

「いえ、大丈夫です。その依頼、僕が受けさせていただきます」

「…大丈夫か? 最悪強硬手段に出るような奴も出てくるだろうが」

「心配無用です。今の僕ならある程度(・・・・)までは相手出来ますから」

 

 ハジメがそう言って微笑むと、多少ながら不安げになっていたウォルペンもならば気にしないとニカッと笑った。

 

「ふん、それなら良い。男に二言はないぞ。依頼を果たして、必ず帰って来い」

「了解です! 棟梁!」

 

 ーー南雲ハジメにとっての初のクエストが幕を上げる。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「ーーそんな訳でしばらくはこっちの方に戻れないと思うよ」

「ハジメくんご指名で依頼が来たんだ! すごいね! やったね!」

「ええい! カオリになれなれしく近づくなぁ!」

 

 とは言え、依頼の日まではまだ数日ある。そのため、たまたまホアルドからこちらに戻ってきていた香織や雫に依頼の内容を一応ではあるが伝えておく。

 

 純粋な香織はその内容を聞くとすぐに喜んだ。恐らくはハジメを貶そうぜ!といった依頼だと考えられる為、ハジメとしては「う、うん」と濁さざるを得ない。

 

「それにしても南雲くん。その依頼は一人で行くのかしら? そうだとしたらかなり無計画のように感じるのだけれど…」

「移動手段については馬を一頭貸してくれるみたいだからそれを使うつもりだよ? あとは…食費と荷物かな。鞄とかリュックサックに入れるとなると明らかに量が足りないから…どうせだし馬車でも作るか…」

「えぇ…」

「ええい、余を無視するなぁ!」

 

 なおハジメはこの半年で単なる“錬成”のみならず、手作業でものを作ることにも非常に慣れつつあった。また木材売りのおっちゃんとは親交がまあまあ深くなりつつあるので、安く売ってもらえる。案外この半年で顔が広くなっているのだ。

 

「問題は魔物かなぁ。今なら一応倒せなくもないけど、村に着くのが遅くなりかねないしね」

「非戦闘職の【錬成師】で魔物を追い払えるって断言できる時点で私には埒外に聞こえるのだけれど…」

「余の声が聞こえとらんのかぁ!!」

 

 さらに言うならばハジメの戦闘スタイルはまだ模索(・・)段階にある。だからこそ「倒す」ことまでは普通に可能だが、「圧勝」は無理なのが現状だ。それこそ仕事の前から疲労を溜めておくような真似はあまりしたくない。

 

「うーん、冒険者雇うべきかなぁ…。それぐらいなら経費で落ちるだろうし…でも僕の悪名ってかなり広く伝わってるしなぁ」

「改めて思うけれど、南雲くんはかなり不自由ね。…本当に申し訳ないわ」

「雫ちゃんが謝ることないよ! 悪いのはこの噂を真に受けてるみんなだよ!」

「八重樫さん、僕も白崎さんと同じ思いだよ。だからそんなに自分を責めないでよ」

「香織…南雲くん…」

「…カオリぃ、シズクぅ。聞こえとらんのか…なぁ?」

 

 改めて自身の面倒な境遇に呆れるハジメ。とはいえ嘆くのも束の間。すぐに移動方法を探していく。

 

 …そう、考えていきたいところだが。

 

「えーっと、ところで白崎さん、八重樫さん。そこの泣いてる子…誰か知ってるかな?」

「っ!?」

 

 そろそろハジメは泣いているこの子がかわいそうで仕方がなかった。最初の方は「いつものクレーマーかぁ…」と無視していた。この半年間でハジメのスルースキルはかなり上がったと言ってもいい。そんな無駄に鍛え上げられたスルースキルをご丁寧に全開にしていた。

 

 …していたが、恐らくその子と知り合いであろう香織と雫がガチで気がつく気配がしない。最初の方は強気であった男の子だが…今はとても弱々しい。その結果、ハジメは流石に居た堪れなくなったのだ。

 

 なので、なるべくさり気無く二人にその子の方へと向かせることにした。小さな男の子は先ほどまでの敵意が驚愕と共に霧散。救世主を見るかのような目に移行した。

 

 そして香織と雫は共にハジメの向ける視線の先…すなわち小さな男の子へと振り向き…。

 

「ほえ? ーーってランデル殿下!? どうされたんですか!?」

「ぐふっ!?」

「…南雲くん、いつからランデル殿下がいたか…分かる?」

「かハッ!?」

「…うわぁ」

 

 それは見事な…そうものの見事な精神攻撃(ハートブレイクアタック)を披露した。香織はいつもの天然であるが、雫もガチで気がついていなかったらしかった。

 

 そしてプライドの高い男の子、ランデル殿下。つい先程まで怒涛の勢いでハジメを責めていたその元気さえも見られない。もはや某燃え尽きたポーズを見せるランデル殿下にハジメは同情せざるを得なかった。

 

「ぅうう…なんだお主ら。余は王族だぞぉ…。偉いんだぞぉ…」

(あっ、王族だったのか…そう言えばいたような…)

 

※ハジメくんは最近の人生経験が濃密すぎる為、極一部の人間の名前しか覚えておりません。だって、相手が人間扱いしてこないんだもの。紳士的に接するのは…人間として扱われてからだよなぁ?

 

「なのにお主らは三人で何か桃色な空気を出しとるし…無視するし…ぐぬぅ…」

「えーっと、ランデル殿下? 大丈夫ですか?」

 

 本気で泣く寸前たるランデル殿下。これは不味いと察したハジメ。すぐにハジメは女の子座りにまでなってしまったランデル殿下へと手を差し伸べた。

 

 だがランデル殿下、プライドはまだある! ハジメの手をパシィッと叩くと俊足で立ち上がる! そしてハジメの方へとピシィッと人差し指を向けた!

 

 そしてーー

 

「お主には負けんぞぉ! 覚えておけ、我がライバル! 最後に勝つのは…余だ! …こんちくしょうがぁああああああああ!!!!!」

「「「殿下ぁあああ!!!??」」」

 

 ーー吠えた! なんだか最後の方がヤケに負け犬臭があるが…ランデル殿下は見事に吠えた!

 

 そしてその衝動のままランデル殿下は廊下へと逃げた! まだお子様たるランデル殿下、やっぱり無視され、気づかれなかったのはショックだったらしい! 最後に目の縁がやけにキラキラとしていたが、それは汗だ! 汗なんだ、心の!

 

 そして取り残された三人と言えば…。

 

「ランデル殿下…大丈夫かな?」

「香織…いえ、今回は私も悪いのだろうけれど…桃色なのはこの二人だけなのだけれど…」

(今度、何か玩具作ってあげようかなぁ)

 

 廊下の果てへと消えていったランデル殿下へと思いを馳せるのであった。

 

 なおハジメが後日作った人形はウォルペン伝てにランデル殿下の元に届いたそうな。さらに言えば割と高性能で可変する騎士人形だったため、ランデル殿下は大層気に入ったそうな。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 さて、そんな一幕もあったわけだがまだ解決に至っていない問題がハジメには残っている。香織や雫とも話していたが、護衛問題である。

 

 この時点でハジメが取れる手段は多く分けて四つ。

 

 ・ギルドへの依頼

 ・王宮からの援助(神殿騎士)

 ・クラスメイトのボランティア(神の使徒)

 ・現実は非常である(単独突破)

 

 ーーとなる。だがしかし、どの選択肢を取っても問題だらけである。

 

 まず前半三つに関しては本当に協力が見込めるかも分からない点だ。前述の通りハジメの負の知名度が邪魔をする。特にハジメと接する機会の無いギルドならばまず無理と言わざるを得ないだろう。つまりまず「ギルドへの依頼」は削除である。

 

 次に王宮とクラスメイト、これは多少ならば見込みがある。神殿騎士ならメルドやその関係者、クラスメイトならば香織や雫、龍太郎。彼等ならばまず護衛の実力としては満点だろう。しかも少なくともハジメとの間では問題は起こらない。

 

 ただしそうは問屋が卸さない。すなわち周りによる「罪人の癖に生意気だ」問題が間違いなく発生する。

 

 言うまでもなくメルドや香織達とハジメの格はかなり違う。メルドは国の騎士団の団長であるし、香織や雫は迷宮の完全攻略を期待される人材である。追加すれば香織は【聖女】という稀に見る天職であり、王国が切れるジョーカーの一つと言っても過言ではない。

 

 そんな王国カーストトップクラスの彼等ががもし、ワーストクラスの男の護衛として付けばどうなるか? しかも頼んだのは浅ましいことに男の方であるとする。

 

 答えは明白、ハジメが死ぬ。恐らく何人か暴走する。最近、国の侍女辺りの人間や庭師、あとは工房の人間とは友好な関係を築きつつあるハジメ。

 

 しかしそれでもその他は依然として変わらない。むしろ悪化を辿っている。特に怖いのは光輝やら檜山辺り。たとえ彼方から申し出てくれたとしてもハジメに刃が向けられかねない。そして光輝達と戦うことになれば間違いなく、ハジメは死ぬ。それだけは避けねばならない。

 

 というわけで二つ目と三つ目も削除となる。というか他人に頼った時点でゲームオーバーな感じがしなくもない。そうとなると必然で的に選ぶのは…

 

「やっぱり…四つ目しかないか…」

 

 しかし村には確実に遅れるだろう。もしかしたら断っておけばよかったかもしれない、と後悔するハジメ。

 

「まあ。僕が引き受けたんだし仕方がないか。…とりあえず村の方には遅れるとだけ手紙を…」

 

 送っておこうかな、と独り言を呟きながら自分の部屋の棚から便箋を探していると…。

 

「聞きましたよ、南雲くん!!」

「すわっ!?」

 

 部屋の扉が派手な音を響かせ、開かれた。基本的に個室には誰も来ないため、間抜けな声を出すハジメ。

 

 ハジメは反射的に“解析”の範囲を拡大。そして現れた者の正体を悟った。

 

「愛子先生!?」

「はい。先生ですよ、南雲くん」

 

 そう、そこにいたのは神の使徒の中で唯一の大人である畑山愛子であった。しかし一見すれば鈴並に幼く見える愛子先生であった。ついでに言えば草食の小動物っぽく感じれる愛子先生であった。

 

 今もぴょこぴょこと小刻みにジャンプして、片手を上げることで己の存在をより見せようとしている。恐らくクラスメイトがいたならば和んでいた事だろう。

 

 このように一見小動物である愛子だが、クラスメイトの大半が潰れずに戦えている理由として彼女の存在はその背丈に反して中々に大きい。生徒全員の精神的なケアをこまめに行い、時には叱りつける。また王国と生徒の橋渡し的な存在でもあり、天職故に王国での地位もかなり高い。

 

 光輝、香織のカリスマ、雫の気配り、そしてメンタルケアの愛子。この三人によって使徒の現状は保たれていると言っても過言ではない。

 

 現に味方がじわじわと増えているとはいえやはり少ないハジメにとっても、頼りになる人間として区分されている。なお、雑草を食べてばかりの食習慣に関しては、それはもう静かに説教された。結論としてはハジメの毎食が黒パンと牛乳に変わったとだけ言っておく。

 

 そんな風に見た目に寄らず頼りになる愛子先生ではあるが、何故だろうか。ハジメの直感が警鐘を鳴らしている。話を聞かずに回れ右しろと叫んでいる。

 

 だがお構いなし。愛子先生は元気にハジメへと迫る。

 

「先生は聞きましたよ! 工房の方で南雲くんに依頼が来たそうではないですか! しかもご指名だとか!」

「ええ…はい」

「喜ばしいことです! 南雲くんは真面目な生徒ですからね。いつか報われる日が来ると思っていました! 今回の依頼に関しても無事成功して欲しいものです」

「えーっと…はい、ありがとうございます」

 

 怒涛の流れでハジメを褒めちぎる愛子。警鐘が鳴るのでてっきり厄介事か!?と身構えていたので、心の中で少し詫びた。

 

 だが何故だろうか。ハジメの内の警鐘は鳴り止む所か勢いを増すばかりである。意味もないが“解析”全集中! 愛子の一挙一動を把握する!

 

 こんな風にハジメが無駄に身構えていることも露知らず。愛子はホワホワとした空気感を纏いながら、口を開く。

 

「ところで南雲くんが向かうのはウルの町だそうですね? しかも護衛が足りないのだとか。白崎さんから伺いましたよ」

「はい…でも護衛を雇うとなると面倒事が増えそうなので自分一人で行こうと思います」

「それはダメですよ南雲くん! 南雲くんの仕事はウルに着いてからが本番です。それまではきちんと休んでおかなければなりません」

「ですがーー」

「心配ありませんよ、南雲くん」

 

 愛子先生の言うことは最もではあるが、生憎殆どの人間からの好感度がマイナスぶっちしているハジメに頼る術はない。そう言おうとしたのだが、愛子に遮られる。

 

 そして途端に冷や汗がブワッと吹き出す。まるでそれは愛子がこれから話す言葉に恐怖しているかの如くーー

 

先生と一緒に行きましょう(・・・・・・・・・・・・)。ちょうど先生もウルに用事があります。馬車も手配してもらえますので、南雲くんに負担はかかりませんよ?」

「ーーーーーーパードゥン?」

「先生と一緒にウルにいきましょう! 心配はいりません! 確かに先生は弱いですが…生徒の何人かや騎士の方々(・・・・・・・・・・・・)が護衛として付いてきてくれます。なのでハジメくんもしっかりと休めるかと思いますよ?」

「ーーーー」

 

 一見すればかなりの好条件。あくまでも乗り合わせるだけであり、それに掛かる代価は無し。先生の地位は高く生徒想いなのは知れ渡っているため、外野が口出しもし難い。しかも神の使徒や騎士といった屈強な護衛までついて来ると来た。

 

 だがハジメの心境は異なる。何故ならばーーー

 

 

 

 

「そういえば南雲くんには紹介していませんでしたね。こちら神殿騎士のデビッドさんです。その後方にいられるのは同様に神殿騎士のチェイスさん、クリスさん、ジェイドさんです。優しい方々ですよ」

「…騎士、デビッドだ」

「…同じく、チェイスです」

「…クリスと言います」

「…ジェイドだ」

 

 出発当日、ハジメの前に立ち塞がるように立つ神殿騎士四名。彼らは愛子が言う「優しい人」とは全く無縁の鋭い視線をハジメにザクザクっとな。目が明らかに「変な動きしたら斬ったらァ!!」と語っている。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

 そしてもう既に馬車の中にいるのは「愛ちゃん先生護衛隊」と名乗るクラスメイト達。園部優花の他、菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史、清水幸利の総勢七名。

 

 彼らはデビッド達程顕著に威圧はしない。変わりにあるのは見定めの姿勢。そして警戒心である。

 

 今はひたすら愛子先生が恨めしい。今回の行動が懇意からなるものであることは分かっている…しかしそれでもやはり恨めしい。

 

 何故ならば…日頃の十倍増しで環境が針の筵であるからだ。

 

(し、視線が痛い…)

 

 確かに肉体的な疲労はない旅路になるだろう。しかし…恐らく心労はこれまでないほどまで凄まじいものになるだろうとも思えた。

 

 兎に角、愛子先生のみが笑顔のままウルへの旅路は始まった。

 

 

 

 

 

「今回こそ…アイツに借りを返さないとね…」

 

 同時にこれは南雲ハジメにとっても、神の使徒にとっても大きな変革をもたらす旅路。

 

 

 

 

「俺が…そうだ。俺が『主人公』に…」

 

 そして…一つの大きな分岐点である。




なお、ハジメがビビった理由は愛子の神殿騎士の噂が耳に入ってたからです。
デビッド達は優秀な神殿騎士だよ、いい加減にしろ!
ただしクセが強いし、宗教ガチ勢だからハジメに対しては真っ最初から敵対的なだけだよ!

個人的にランデル殿下は気に入ってる。
年齢の割にプライドが高いけれど、ハジメとかいう位だけなら明らか格下を「ライバル」と言い張るからね。
勇者はまず対等にすら見てないからね。
これが生まれながらの王族と急拵えの勇者の差か?

あとひとつだけ情報開示しましょう。
アーティファクト『ヴィーゲン・リート』による頭痛は一定期間もすると治ります。
半月はムリですが、半年も経てば頭痛に慣れるので今回の「愛ちゃん先生護衛隊」のように活動が可能となります。
ですが不思議ですね?
前回の時系列は『ヴィーゲン・リート』初使用からそこまで時間が経っておりません。
なのに頭痛持ちであったはずの鈴は何故、帝国に行ける程度には活動できているのでしょうか?
不思議なこともあったものですねぇ?


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