ダンジョンに英雄を求めるのは間違っているだろうか (空太郎)
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1話『村人E少年の語り』&2話『魔法使いE少年の語り』
ヘスティア・ファミリアはまだまだ弱ファミリアで、もしもランキング的なものがあれば末端に属していることだろう。
僕はその一ファミリアの団長としてこのオラリオに住んでいる。
田舎もんな僕は昔から都会からちょくちょくくる奴らの言動がわからない。
だから、僕以外の奴がもしヘスティア・ファミリアに入るとしたら、それは多分俺とそこそこ似通った田舎もんが来ることだろう。
初めて、オラリオを目の当たりにした時はこんなものかと達観した。
普通は逆であろうことに、僕は内心イヤイヤイヤ?これがオラリオだよ。どーみてもすげーだろオイ。と首を振ったが、もともと妄想癖のようなものがある僕は期待値が高かったせいか、半分以上残念感のある感想をオラリオ全てにこぼしてしまったのである。
最悪ではないが、最高ではないことには舌打ちをしてしまう。
もともと捻くれ者体質であるとお師匠様に指摘されたことがあるが、今更ながら理解できたような気がする。
神さまがいることはなんやかんや、お師匠様が僕がちっさな頃に教えてくれたからまあ知ってた。
けど、ほとんど見た目が同じなせいで、後は若干変な装いだなとしか思えなかった。
しかも神さまなんかよりも一番驚いたのは種族の多さだ。
森の奥でお師匠様と暮らしていれば他の奴らとの接触など起きずに世を去ることなんて容易かった。しかし、それでは自分の中の世界がどうも狭いような気がしてこんな遠いところまで出てきてしまった。
森を抜けて村に行くと僕と似通った姿形の種族がおり、そこでは結構長閑な生活が育まれていた。
魔物がちょいちょいおりてくること以外は平和そのものだった。
村にくる旅人がなんか時々頭に変なものをつけているのはただの毛むくじゃらな髪飾りなのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
獣人というものらしい。
僕はその中でも猫や犬を初めて見た。
エルフという種族もなんか耳が変てこりんだ。
それでも聞けば博識で、しかも僕のお師匠様と同じように魔法が得意なそうで、僕がお師匠様に送る尊敬の念の一部分のカケラ程度は尊敬はした。
僕はどこにでもいるズブだから得意と聞くと単純にすごいと思ってしまう。
ていうか今更だが神さまなんかよりもとかどれだけ夢みてたんだ僕は。
_______♢♢♢♢♢♢________
ヒーラーとは元来、清いものとしてどこかしこでも良い扱いを受けていたそうで、お師匠様は僕にヒーラーの資質があると知ると、あまり見せたことのないような表情で祝福の言葉を貰い受けた。
僕は
魔法を扱う職業の人のことを指す役職名で、僕はこの役職にとても憧れを抱いていた。
だから、13の頃…お師匠にやっと魔法使いとして認められた時は嬉しすぎていつもは手抜きをしていた自杖をそこそこの出来までにしたのを覚えている。
未だ一人前なのかは自分の中では納得の出来ていない状況ではあるが、それでも半人前以上なのはとても誇らしい。
だから、ヘスティア・ファミリアにもう1人仲間が増えて、その仲間から「魔法使いなんですか?!」と驚かれて、その驚愕が憧れだということに気づいたときは本当に誇らしくて誇らしくて偉そうに「まあね?」と言ったのは黒歴史ですらある。
今日もそんな初心な後輩であるベル・クラネル少年と一緒にオラリオ最大観光名所的な場所ですらあるダンジョンに赴いている。
理由は至極真っ当ではあるが、ダンジョン探索である。
ヘスティア・ファミリアは農業的なファミリアでも漁業的なファミリアのような生産系のファミリアでなく、冒険者を輩出するれっきとしたファミリアである。
弱小ではあるが。
僕は
そして年齢は同じといえど後輩である彼、ベル・クラネル少年は短剣をよく使う。
短距離と長距離でいい塩梅であろう。
そして2人して当たり前ではあるがLv.1でもある。
つまりズブ共同体だ。
僕はヘスティア・ファミリアの団長だ。
何があっても団員を見捨てないし、ていうかヘスティア・ファミリアの団員が2人だけなのに助け合いの1つもしないのはとてもアホらしい。
僕は、僕は、僕は……
僕はヘスティア・ファミリアの団長で、後輩であるベル・クラネル少年より先に入団した。
そして、もしもベル・クラネル少年に危機が訪れた時は必ず僕は囮にでもなるくらいの腹づもりでその危機の目の前に立つ。
でも一先ず……命ある限り逃げようと、僕は思う。
背後から脅威的な走りを見せる第三走者は第一走者に引っ張られている第二走者のもう一歩手前まで来ている。
あの闘牛のような二足歩行の牛を僕は知っている。
ベル・クラネル少年と共にアドバイザーとしてダンジョンや魔物の知識を与えてくれたエイナ・チュール女史にまだ行かないであろう今いる上層よりも幾ばくか下にある中層に位置する地域に生息している魔物。
その名もミノタウロス。
完全に厄日と化してしまった今日の日は、いつも通りの日常であったと思う。
それが崩れたのはいつからだっただろうか?
朝の神さまからの「いってらっしゃい」を言われた時から?
いや違う。
ベル・クラネル少年と話し合いながらダンジョン手前まで来た時から?
いや違う。
ならば、ダンジョンに潜って、そして幾ばくか時間が過ぎた頃に5層にいた時から?
そこら辺だろう。
そんなことを考えると、唐突に噎せる。
どうしよう。先程から息は上がっていたが、どんどん視界も暗くなっていく。
手を引いているベル・クラネル少年は後ろにいる魔物への恐怖心か手が震えているのが僕まで伝わってくる。
体力、もうちょっとつけとけばよかったな……
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3話『うまく笑うこと』
3話も結構ギリギリや。
「大丈夫っ…!大丈夫だからっ!もうちょっとだから!泣くなベル・クラネル少年っ!」
「っ…!は、はい!」
大丈夫なんていつから言うようになったか、お師匠様からは感受性を持ちなさい。と言われるくらいには人の気持ちなど理解が困難だった割に今はどうか、泣きたくなるほどではないにしろ恐ろしい事態に遭遇している。
追い詰められる自覚はある。
こんなことになるくらいならエイナ・チュール女史の言いつけを守って渋々提示してもらえた4層を探索していればよかったんだ。
それをベル・クラネル少年が僕たちなら大丈夫だと言うから自分の実力をその時だけ見誤った。
どうも自分は人からの褒め言葉で狂うらしい。
これは要課題だ。
でも、そんな課題すら達成できないかもしれないほどの今の事態に僕は柄にもなく弱音を吐きたくなった。
泣きたくもなった。
しかしそれは僕のちんけなプライドが許さない。
そして未だ上層部分で逃げ惑っていたことは最悪な方向に進むことになった。
行き止まりが目の前で僕のの視界すら妨げようとする。
蹴り飛ばしたいくらいにはイライラするような状況。
不安感はこれ以上ないほどベル・クラネル少年にも伝わってしまっていたことは遅い反応で気づいた。
ばかばかしい。
こんなところで死ねない。
いや、死なない。
そして、後輩は守る。
上下関係よりもどちらかというと友情の方が優ってはいるが、それでも大切な奴なのには変わりない。
僕のヒーラーは体力回復ができない。
傷の治癒と、切断部分を一部できる程度だ。
その程度なのにお師匠様は祝福してくてた。
それを未だに否定している自分がいる。
ヒーラーなんてザラなんですよ。お師匠様。
お師匠様の弟子だったとしても出来がすこぶる良いわけでもないんですよ。
『ブォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
獣の雄叫びだ。
身が縮こまりそうになる。
行き止まりだとわかっているので、どうしても脇を通らないといけない。
でも通った瞬間肉塊になりそうな気がしてならないぜ。
背後にベル・クラネル少年を配置し、目の前に対峙するは牛の魔物ミノタウロス。
エンカウント当初は見た目が牛ということで侮ってモーモーとか勝手にあだ名をつけていたことはとうの昔にガチで心の中で謝ったし、その他にも美味しくないですよーと自分は骨ばってるアピールもしたわしたが、効いてない気しかしない。
そして絶体絶命のその時______…!
僕の目の前に星のかけらのようなものがキラキラと散った。
なんだこれ。
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4話『初恋のわななき』
お師匠様は知識が豊富で、俗に言う大魔法使いというもので、僕の最終形態的な夢の総体図ですらある。
こんなのよりももっといいのを見つければいいとかそんなことを言わないでほしい。
僕の憧れはあなた以外にはいない。
そんなお師匠様との出会いはとても快晴な嫌味なくらいの陽射しが強い日だったのを今でも瞼の裏にこびり付いている。
結構なチビ助だった気がするが、何故か記憶が鮮明で、それがすごく衝撃的だったのをよく覚えている。
捨て子なんてよくいるもので、田舎もんなプロフィールに付け足しでもう一つ単語が追加されただけのことだ。
森にぽつんと身なりはそこそこにいたらしくて、気まぐれであるお師匠様は自分が好きな花の花弁の色に酷似した髪とその花の希少種とまで謳われている種によく似過ぎた瞳の色で育てることを決めたそうな。
もしその色ではなかったら完全に森に放置して森の糧にすることに決まっていたそうで、弟子なんて人生の間に作る予定などなかったらしい。
もともと魔物に殺されかけていた立場ではあったけど、瞬殺で助けられて、それで恩を感じはしたけど、自分に何もないことは理解はしていたから何かを返すことができなかった。
自分の命以外。
どうせ死ぬ運命だったので、僕は「助けて」ではなく「連れてって」と頼んだ。
これ以上は助けられなくても自前で生きていけなくてはまたこんな危機に陥ってしまう。
そして気まぐれな魔法使いはそれを承諾し、僕は育ち、そして育てられた森からオラリオに着て、あの頃と似たような危機に陥った。
結局は僕は凡人だったのを今にして理解が及んだ。
それをまた助けられた。
お師匠様はここにはいない。
育った家から出る時、初めて貰ったお師匠様からのプレゼントを被り、それに合わせた装備を纏い、僕は半人前以上を傘に着たまま目の前の少年のような見た目の男に助けられた。
強い。そう一言で済ませれるほどに洗練された技。
血を頭からかぶって白かった装備は真っ赤っかになった。
これが染色かーとかいつものようなふざけた思考は未だ停止中。
何故なら、「大丈夫かい?」とこんな獣臭くなった僕に手を差し伸べてくれる目の前の人に目がいってしまって逸らさないから。
その手を取れないでいると、「もしかして怪我をしているのかな?」と気に掛けてくれている。
だけど心配はいりませんだとか、ありがとうございましたとかのお礼は口からこぼれもしない。
彼が一撃で倒す一歩前くらいのところで足元を崩してしまい尻餅をついてしまったせいで、反動でベル・クラネル少年も一緒に道連れにしてしまったことは申し訳ないことだと思っているる。
そんな頭がうまく回っていない僕に本格的に心配をし始めた見ず知らずの人は小さな身体をしゃがみ込ませてこちらを上目遣いで見てくる金髪少年。
一瞬ほど見上げて見つめて以降目線を落としていた僕はいきなりドアップに現れたキラキラの本体に息の仕方を忘れかけた。
そして一言。
「あ、ありゅ、ありがとうございましたぁ!」
本当は「助けてくださりありがとうございました」と言うつもりだったというのに、何がどうなってこんな噛み噛みな言葉になってしまったのか。
顔が熱い。
未だに手を繋いでいたベル・クラネル少年の手をまた引っ張って僕は走り出した。
先程まで体力の限界を感じていたというのにアホなくらいにスピードが加速する。
これが俗にいう火事場の馬鹿力というものなのかもしれない。
若干使い所がおかしい気もしなくもなくもないかもしれないが、今そんなことよりもどうしても腑に落ちない音が僕の中で燻っていることに対してのみ頭を働かせていた。
なにか、僕の中でコトンと音をたてて落ちた音がした。
駆け足で出たダンジョンの外はあの頃と同じくらいに嫌味なほどの快晴な空が広がっていた。
だけど、何故か嫌な気分には全然ならなかった。
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5話『女史の言うことは、絶対』
名前を知らない人だった。
ていうかもともとここオラリオの有名人すらもベル・クラネル少年よりも無知だったモグリな僕があの人を知っているはずがなかった。
この鼓動の速さは不整脈な気がしてならない。
それならば病にかかったと考えるのが妥当だろう。
しかし何故か腑に落ちない。
「ちょっエアくん!?は、速いよっ!??」
ぐいっ
握っていた手を引っ張られて強制的に立ち止まる。
っ!
そうだ、自分の状態異常のことよりもこの血を落とさなくてはいけない。ヤベーくらいに汚れている。
ベル・クラネル少年は僕よりかはまだいい方だけど、それでも僕が庇いきれていなかった右肩部分が血によって真っ赤に染まっている。
色も目立つ赤、それよりも匂いがきついせいでベル・クラネル少年が僕を意識から引き戻してくれたことによって不快感が襲いくる。
「……一先ず、ギルドに行く」
吐き出すように言う。
僕は不整脈かもしれないし、しかも頭が回らないくらいのポンコツに成り果ててしまったのか?
「う、うんっ」
歩くことを再開させる手前、ベル・クラネル少年の手の握る力が密かに強くなったような気がして、そんなことよりも周りにいるオラリオの住人からの視線が痛くて早歩きになる。
_______♢♢♢♢♢♢________
ギルドに着いて早々お怒り顔のエイナ・チュール女史が無言でシャワー浴びてこいと公共施設のシャワーのある方向を指差したことは予想通りというか予想をちゃんと超えてくる勢いで有無を言わずに指示に従った。
そして衣服も新しいのにしてさっぱりした僕たちは安定すぎるお説教が開催されることとなる。
自分が悪いのをきちんと突きつけられてしまうのは反感を持ってしまいそうになる。
全部自分のせいなのに。
捻くれ曲がって変な方向に曲がった性格のお出ましだ。
「で?あれはどういうことなのかな??」
笑顔だというのに目が笑っていない。
とても器用な人だと思う。
意識を逸らしてくだらないことを考えていたら心の中を見透かされたかのように「ちゃんと説明してもらうからね?」とこちらをきちんと見て言ってきた。
叱り慣れている人の説教が一番怖いのはわかる。
だって僕が折角半年近くかけて完成間近だった研究対象のものを台無しにした時ですらも、お師匠様はあれが素なのか天然なのか、「…こら」としか言わなかった。
それと引き換えれば比べようのない恐怖体験を味わっていることになる。
未だに口を開かない僕の代わりにベル・クラネル少年がお怒り状態のエイナ・チュール女史の様にあてられてタジタジになりながら何があったのかを説明していた。
申し訳ないとは思うが、楽なので放置する。
簡単に言えばありえない階層に牛の怪物、名称はミノタウロスが下の階層から上がってきて、運悪く出くわした僕たちが丁度出会ってしまって恐怖すぎる鬼ごっこをしたということになる。
今思い出すだけでも身震いをしてしまいそうだ。
まあ、表には出さないけど。
「…エイナ・チュール女史」
「ん?ていうかエアくんもうそろそろその呼び方やめない?」
「えっ?何故??」
「いや何故って……ちょっと、堅苦しいから?」
「今から考え直すの怠いのでやです」
「やですって…」
苦笑いでそう言われてもこれは敬意を評して呼んでいるのであって、他人行儀な感じで呼んでいるわけではない。
確かにベル・クラネル少年だとかエイナ・チュール女史だとかは呼ぶ尺が長い気はするが、そこ以外は何もおかしいところはないと僕は思っている。
「…うん。まあ、それはまた今度ということで…………でね?エアくん達、前も言ったと思うけど、君達はまだ弱いのに5階層は容易に行っちゃてるよね??怒るよ?」
「いやもう怒ってる…」
「ん?」
「……」
揚げ足はとってはいけないらしい。
「エアくん…」
無言状態になった僕に話しかけてきたベル・クラネル少年。
「どうした?」
「そういえばあの人誰だったんだろうね?」
「…ッ」
別に誰のことを表しているかなんてあやふやなのに心臓が強くはねたことは言わない。
真顔だったけどドクンッて心臓がヤバイくらいにはねたことなんて絶対に、言わない。
「誰、ダロウネ…」
「なんでカタコト?」
「助けてくれた人のこと?」
「…はい」
エイナ・チュール女史は察しが良いようで、詳細な特徴をポツポツと漏らしていくと、すぐにその人のことを割り出した。
名前はフィン・ディムナ。
なにそれいいな。
そして、なんとここオラリオで最大派閥の1つとして名の知れているロキ・ファミリアの団長なのだそうで、エイナ・チュール女史がもしかして…と疑心暗鬼気味に割り出した相手の名前を口にした時、僕は誰だかわからなくて首を傾げた。
そしたらベル・クラネル少年が「ええ〜!?」と驚いていて、結構すごい人なのかもしれないと思っていたら、その一部始終を見ていたエイナ・チュール女史が大丈夫かこいつ的な顔で僕のことを見てきていて思わず目と目があった。
頭の中で何故か「目と目が合う〜♪」というテロップとともに曲が流れる。
絶対今そんな感じのコミカルさじゃないよこれ。
常識を知らないアホに対して有り得ないものを見たときの顔だよ。
どんだけモグリなんだよ僕。興味なしかよ。
「ま、まあ、名前が知れて良かったです」
本当に良かった。
なんでこんなに自分がうれしがってんのかなんてわからんけど、それでも目の前でジト目になっているエイナ・チュール女史から目をなるべく逸らす。
そして未だにそんなにすごい人だったんだ…と驚きを引きずっているベル・クラネル少年に帰ろっか。とホームに帰るのを提案する。
「…うん、エアくん。明日から常識を勉強しようね」
「……はい」
逃してはくれないようで、もしかしたら知らなくてはいけないこともたくさんあるようだ。
明日が楽しみすぎて空が青いのに対して疑問を感じてしまいそうだ。
「今日の晩御飯なんだろうね!」
無邪気にそう言ってくるベル・クラネル少年に「ジャガ丸くんじゃね」と現実を突きつけてしまう。
夢もなにもない回答に人生楽しそうなベル・クラネル少年は「そっか!楽しみだね!」とめちゃくちゃ眩しい笑顔で言ってくる。
どうしよう。うちの後輩が無茶くそかわよい。
そして僕の心が無茶くそ汚い気がする。
…考えんのやめよう。
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6話『ズレはいつでも生じてる』
ホームに帰れば神さまが「お帰り〜!エアくん!ベルくん!」と言って出迎えてくれて、勢いをつけすぎてしまったのか、反動で抱きつかれた。
「今日はなにもなかったかい?怪我は?」
「えーと、今日は危ないところもありましたけど、なんとか大丈夫です」
「本当かなぁ?エアくんはベルくんが来る前からよくそう言ってたからなー?」
信じられてない団長とか。
「あはは、大丈夫でしたよ。神様。確かに今日は命に関わりそうなくらいに危ないことはありましたけど、五体満足ですっ!」
笑い事じゃないよベル・クラネル少年。
「うん!ならばよし!」
結構同じこと言ってると思うんだけどどれだけ信じられてないんだ僕は。
「そうだ!今日はバイト先の人からジャガ丸くんを大量にもらったんだ!だから今日はジャガ丸くんパーティだっ!」
ドヤ顔でサムズアップする神さまに純粋ピュアピュアなベル・クラネル少年は「おお〜!」と喜んでいる。
しかしながら、ジャガ丸くんパーティは大体週二〜週三の周期でやっているような気がしなくもなくもない。
なのでそこまでテンションは上がらないが、食べれるだけマシだと思うタチな僕は甘んじて大量のジャガ丸くんに手をつけた。
ご飯を食べ終わった後はステイタス更新という日課が待っている。
上がってればいいけど…。
「よしっ!先にベルくんからにしよう!」
「宣言してるところ悪いですけどいつもベル・クラネル少年からですよ神さま」
「フッフッフ…ボクは楽しみはとっておきたいタチなんだよ!」
「へーそうなんですかー」
「興味なし!?」
早くやってあげてください。ベル・クラネル少年待ってますよ。目で訴えればすぐさま気づいた神さまはパッと切り替えて素早くベル・クラネル少年をベットに寝かせてまたがった。
側から見ればやばい図である。
方や少年、方や年齢不詳の幼女である。
何かが起こりそうで起こりえない目の前の状態を横目に次は自分の番なので厚着とまで言われた装備を一つ一つ脱いでいく。
「っ」
「どうしました?神さま」
「いや、なんでもないよ。少し手元が狂ったんだ」
「…そうですか」
顔が一瞬強張ったというか、驚愕に染まった風ように見えたのは錯覚だったのかもしれない。
なんてことなかったかのような顔で「はいおしまーい!」と神さまがベル・クラネル少年の背中をバシン!と叩いているのを見て苦笑いを漏らす。
「次はエアくんの番だね!」
手をワキワキさせるのをどうかやめてほしい。
内心そんなことを思いながら先ほどベル・クラネル少年がうつ伏せになっていたところに同じようにうつ伏せになる。
「いやーもうさーいつもは肌をなかなか見せない気になるあの子が珍しくなかなか見せない白い肌色を見られるとか、あまつさえ触れるとか役得だよねー」
「なに1人でブツブツ喋ってんですか」
「いやー一応君の『神さま』だというのに当たりが強いねードライってやつだね!」
独り言の多い主神の言葉を右から左に流す作業をしながら明日のことを考える。
本当は油断とかではないのだけど、ダンジョンではやはり一歩、二歩、いや三歩くらいまで先のことを見据え、危機感を持たなければいけない。
だから、僕はベル・クラネル少年とならもう少し下の階層を行けると思っていたし、エイナ・チュール女史のお説教を聴きながら心配しすぎだし、あんなイレギュラーはなかなか起こりえないと僕は"ちゃんと"油断している。
どちらこというと『余裕』なのだけど、ここは敢えて『油断』だ。
僕よりも理性的で、時たまに冷静を欠いてしまうベル・クラネル少年の方が幾分か団長に向いている。
僕はどちらかというと支える方が得意なのだ。
それに……______
「…ねぇ、エアくん聞いてるかい〜?」
「すみませんなんの話でしたっけ?」
「いやいや、あとで2人で話したいから外に行こっかって…」
「ついに手を出すか」
「待って?まだやらないからね?まだ」
まだとは。
度々怪しい行動というか危ない言動が多い神さまの言葉は、真剣な時以外は大抵聞き流すのが僕的主流だ。
ベルくんにはちょっと散歩してくるからって伝えといたから大丈夫だよ!とまたお馴染みのサムズアップを披露する神さまに真剣な話なのかもしれないと内心思った。
2人で話すってつまり、密会のようなものなのだろう。
そしてホームとして使っているオンボロ教会の外に出てすぐに神さまは口を開いた。
「ベルくんのこと……と、君、エアくんのステイタスについてだ」
「ステイタス……何か発現でもしましたか?」
「…ああ」
スキルか魔法かはわからないけど、2人同時で発現はなかなか珍しいだろう。
だけど珍しいだけならベル・クラネル少年にも伝えれるはず。
なのに伝えれないと判断して団長である僕にこうやって話ずらそうにしているのはもしかしたらヤバイものでも発現したのかもしれない。
それが良いもので悪いものであれ僕は団長たがら聞かなければいけない。
そして判断をしなければいけない。
「聞かせてください」
「…うん、じゃあまずエアくんのからかな。一先ずこれを見てもらいたいんだ」
ペラっ
先ほどの自分のステイタスを写した紙と似通った紙を渡される。
だけど記入欄が増えていて、スキルの欄が先程までなかったのだが、書かれていた。
僕の元々のステイタスは…
エア・ウィッチ
Lv.1
力:G 258
耐久:G 210
器用:F 347
敏捷:G 269
魔力:D 501
《魔法》
【
・付与魔法
・知識を増やし、習得すれば二倍の促進で成長する
・使えない魔法はないが使えない質は身の丈と同義として扱う
《スキル》
【】
だったかな。
【
最高がどのくらいなのかはわからないが、神さまがこれを初めて見た時はたいそう驚いていた。そして言葉の意味はよくわからなかったけど「チートかよ!?」と叫んでいたのを覚えている。
で、今神さまからもらった紙が…
エア・ウィッチ
Lv.1
力:G 255→258
耐久:G 209→210
器用:F 344→347
敏捷:G 242→269
魔力:D 493→501
《魔法》
【
・付与魔法
・知識を増やし、習得すれば二倍の促進で成長する
・使えない魔法はないが使えない質は身の丈と同義として扱う
《スキル》
【
・地肌に触れることによって魔力を供給できる
・与えることもできるが与える場合は並行して魔力も減る
・オンオフ関係なく微量ながら自然から供給できる
結構すごいものかもしれない。
神さまは未だ顔を強張らせていたのを唐突に懐柔させて僕を見つめている。
「これは…あまり外聞にしたらいけないですね……」
「うん、だからこれだけは言わせてもらうよ。次に見せるベルくんのステイタスも君と同じくらい。いや、もしかしたらそれ以上に規格外なものになっている。だから、ベルくんには教えることができない……」
そう言ってもう一枚同じ品質の紙を渡される。
ベル・クラネル少年のステイタスが書かれている紙だ。
ベル・クラネル
Lv.1
力:I 77→82
耐久:I 13
器用:I 93→96
敏捷:H 148→172
魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・懸想が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。
たしかに、これはダメだ。
とても有望なスキルなだけにベル・クラネル少年に伝えれない理由に足り得る。
「ベルくんは純粋すぎて嘘がつけない。つけたとしてもバレバレだし」
「ですね」
わかりやすい性格なだけに不都合もある。
その分を僕が補っているわけだけれども。
「一先ずこのスキルの情報は口外しませんし…ていうかできませんね。引き抜き大戦争とか勃発しそうですしね」
「あはは…よろしく頼むよ」
早々に想像ができてしまうのだから怖い。
後輩が両手でも足りない神々に追いかけ回されている図を脳裏に思い浮かばせるだけでなんとも言えなくなる。
まるで哀れなうさぎを一心不乱に狩ろうとする狩人の図である。
さて、今日はとても濃い1日だったな。
神さまとなんてことなかったかのようにケロっとした様子で教会の奥の部屋に行けばソファでソワソワとして待っていたベル・クラネル少年が待っていた。
神さまが事前に変えていたスキルの欄が空欄なステイタス表を持って笑顔でこちらに見せてくる後輩を守るのは先輩の役目であり、使命でもある。
「そろそろ寝よっか」
「だね」
「そうしよっかー」
ベル・クラネル少年とお喋りしていた僕がそう口火をきればベル・クラネル少年は頷いて寝る準備を整え始める。
神さまは読んでいた本をパタンと閉じていつものベットに潜り込む。
神1柱人2人が全員ベット使えるわけは元々備え付けられていた1つのベットプラスにお師匠様のところにいた時に何回も壊されたベットを直していた技術で新たにもう一つ作った。
費用の関係と部屋の広さでもう一つは無理だと判断して一応性別は女らしい神さまに二つのうちの一つのベットで、もう一つは僕とベル・クラネル少年がまだ未発達な体を活用してそこまで狭々しくなく寝ている。が、
今回はどうやらいつも通りの睡眠はできないようだ。
「ぼ、僕はソファで寝るね!」
「え?なんで?」
いつもはそんなことを言わず愚痴すら零さないベル・クラネル少年が唐突にソファで寝ると言い出した。
「やっぱり狭かった?僕がソファで寝るよ」
「い、いやいや!今日はソファで寝たい気分なだけだから!大丈夫!」
なぜか挙動不審だけど特別嘘というわけでもなさそうだから「そっか」と未だに疑問に思いつつも納得することにした。
少し広くなったベットに寝そべった。
そうして眠りについた。
エアくんのステイタス若干変わりました
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7話『約束の取り付け方講座』
まあベルくんも大好きなんだけどね
朝4時に目が覚めたせいでなんか頭の中が晴れ渡っているような気がする。
先に身支度を済ませようと起き上がると同時にベル・クラネル少年の方から「ん…」と小さな呻き声が聞こえた。
でもどうやら起きたわけではないようだ。
身支度を整えて部屋から出る。
あまり音をたてないように出てきたが、こうやって早起きできた日とか、ダンジョン探索が終わった後は神さまやベル・クラネル少年にバレないように秒合わせの練習をしている。
魔法使いというジョブではあるが、もとはヒーラー。
白魔道士とも呼ばれる役職だったせいで、怪我をした人たち、体力が尽きそうな人たち、毒を受けてしまった人たちのためにこれは欠かせない。
ベル・クラネル少年がいるなかで極力バレないように練習していることすらある。
みんなに無理はしてほしくないが、その分僕はその無理をする分だったものを受け持つことになる。
そのせいで自己防衛が苦手分野だったりもする。
1時間ほどよく使う『ヒール』や『メディック』や『ヘイスト』、『プロテク』を主に円滑にやれるようにずっと練習していた。
そのあと5時半に起きるであろうベル・クラネル少年といつも通りの時間にダンジョンに潜りにいくので、休憩することにした。
30分くらいだったらこのくらいならすぐ体力が戻るから。
まだほんの少し暗いせいか白い装備な僕は若干目立っているような気がする。
昨日あったことをメモ用紙にまとめながら時間になるのを待つ。
「あっいた!エアくんやっぱり早起きだね!」
今日はどうやら少し早く起きたベル・クラネル少年が外でメモ用紙片手にボーとしていた僕に話しかけにきた。
「今日はね」
「僕は準備したけど、もう行く?エアくん」
「んーそうだね。じゃあ行こっか」
そう言うとともにベル・クラネル少年はパァッ!と花が咲いたような笑顔を見せて、ダンジョンが楽しみなのか僕を急かしてくる。
_______♢♢♢♢♢♢________
駆け足気味で走ってダンジョンを目指していると、「あのっ!」と声を掛けられた。
女性の声だったのだけど、どこから声を掛けられたのかわからなくてキョロキョロしていると背後から「これ、冒険者さまのですよね?」と魔石を差し出してきた少女がいた。
気配がなくて最初ビックリしたが、そんなことよりも魔石を入れている袋が破けたのかと焦った。
だけど別に破けているような部分はないし、だからといって他に僕たちのような朝早い冒険者は周りにいないから、必然的に僕たちのものになる。
「ありがとうございます」
「いえいえ!」
魔石集めはベル・クラネル少年と共同で行うが、魔石を入れている袋は僕が責任を持って預かっている。
「冒険者さまはこんな朝はやくからダンジョンに行っているのですか?」
「ええ、まあ…」
はいありがとうございましたで終わるかと思っていたら、どうやら違ったようで、話は続行のようだ。
「頑張っているんですね!」
とても元気な人だ。
しかもエプロンのようなものをつけていることから今話している街路の丁度この女性の後ろに大きくそびえ立つ建物…多分酒場か食堂かそれともどちらともな飲食店の従業員なのだろう。
「あはは」
なんか笑ってごまかしてるみたいだ。
でも別に人と話すのは得意な方ではないので、会話がよく途切れる。
だけど目の前の女性はコミュ力おばけなのか、なかなか会話が途切れない。なにこれすごい。
そうしているうちにグウ〜と誰かのお腹の鳴る音が会話を遮った。
先程から僕たちの会話に入れていなかったベル・クラネル少年のお腹の音のようだ。
「あれ?朝ごはん食べないできちゃったの??」
もう食べてきたものだと思っていた僕は驚いた声で聞くと、ベル・クラネル少年はバツが悪いような顔で「ごめんなさい…」と謝ってきた。
「いや、謝る必要はないよ?ないけどいつもはちゃんと食べてるのに珍しいなって思ってさ」
「エアくんと早くダンジョンに行きたかったからつい…」
そんなことを言われれば嬉しくなるのは必然で、緩みそうになった頰を誤魔化すように掻く。
「…まあ、僕も今日は食べてこなかったから何も言えないかな」
「えっ!?ご、ごめん!急かしたせいだよね!?」
「んー」
どっちとも言えないような声で対応していると、ベル・クラネル少年と会話していた時に気配がだんだん感じられなくなったあの女性がいつのまにかバスケットのようなものを持ってそこに佇んでいた。
「これ、どうぞ!」
「えっ…」
「えーと…これってあなたのなんじゃ…」
小さなバスケットから少し見えるお弁当はどう見てもお客様用ではない。
「いえ、私は大丈夫ですよ!あっあと自己紹介がまだでしたね。私はシル・フローヴァと言います!」
「あっ僕はエア・ウィッチです」
「ぼ、僕はベル・クラネルです。よろしくお願いしますっ!」
終始笑顔で若干つかみどころのない雰囲気だけど悪い感じがしないのは多分人柄なのだろう。
ついつい名前を言ってしまった。
まあ、別にいいんだけどね。
「あーでも、そのお弁当は私のお昼用なんですよねー…もしかしたらお腹が空いてしまうかもしれませんねー。どこかに私の働いている酒場に来てくださるお客様がいれば空かないかもしれませんねー」
「えっ」
「ええっ!?」
まさかの商業テクニックでビックリだわ。
「ですから冒険者さま方…」
「…はい。来ます」
「あはは…」
断れない約束を取り付けられてしまったけど、この女性…シル・フローヴァさんはどうやら商売のやり手っぽいな。
ダンジョンに向かいながら先程あったことを思い返して苦笑いをこぼす。
「? どうしたの?」
「んーなんでもないよー」
さて、今日は何階までおりようか…
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8話『照れて隠す帽子の中』
ダンジョンの中に入って早々に魔物と遭遇していつも通りベル・クラネル少年とともに倒していく。
ゴブリンやそのほかにもたくさんの魔物がおり、最初は昨日あまりやれていなかったから肩慣らしも込みで結構上の階層で魔物を狩っていく。
醜悪極まれりとはこのことなのか、まるで痴漢常習犯のような見ていて気持ちの良いものではない見た目をしている魔物を見るたびにやはり人間も見目に惑わされるのだと思い知る。
完全に話を逸らすようなことを考えながらヘイト管理や秒数管理を怠らずに魔法名を連ねて言っていく。
前は他人と合わせたことがなかったためにヘイトが何回かこちらに向いて、色々とポカをやらかしてしまったが、今ではそんなやらかしは早々しない。
ベル・クラネル少年と合わすのに慣れてしまったのが一つの要因ではあるけど、もともとお師匠様から器用だと褒められたことがあったくらいにはすぐに人に合わせられるようになった。
しかもベル・クラネル少年も最初はタジタジになっていたりだとか、へっぴり腰とまではいかないけど、堂々とはあまりしていない戦い方から僕にも合わせられるようになるくらいまですこぶる快調に成長していったおかげで余裕もある。
そのせいで昨日は痛い目にあったわけなのだけど。
今日の分のダンジョン探索はつつがなく終わり、途中小休止を入れてシル・フローヴァさんにもらったお弁当をベル・クラネル少年と食べた。
もともと一人分のお弁当だったせいか物足りなさはあったけど、迷宮探索はそこまで支障のない動きで気になるほどのことはなかった。
支援は欠かさずしなければいけない。
幼少期、お師匠様に知識を授かり初めて間もない頃にはそうやって支援回復特化型の魔法使いに対しての認識をした。
紛れもなく元から組んでいたパーティであった場合、それを崩しかねないのが第一に僕のようなヒーラーや支援系魔法使いだったからだ。
攻撃系魔法使いも確かに強力で後衛なため前衛型アタッカーとして前線で戦う剣士やそれに準ずるジョブとともにセットでいると扱いやすいが、それでどちらかが足元を奪われても重傷じゃなければまだ崩れない。
逃げることが可能だ。
しかし回復や支援を主にする魔法使いは違う。
崩れる原因として使えなくなったらお荷物もいいくらいのポンコツに成り下がる。
もともとパーティに1人いればうまく回りやすかったのが一変、地獄を見る羽目になる。
だから僕は気を緩めないし、索敵なんて柄じゃないし鈍感だとお師匠様に言われるくらいには気配を察知する能力がお粗末だからやっていても意味はほとんどない。
やるとしたらベル・クラネル少年の方が断然うまいだろう。
「きょ、今日はなんだか調子がいいなぁ…」
ボソリと呟きながら歴代最高魔石数を叩き出してビックリしているベル・クラネル少年に目を向ける。
「すごいじゃん。昨日のミノタウロスのおかげかな?」
「か、からかわないでよ〜!」
「フフッ」
情けない声を上げているベル・クラネル少年に思わず笑い声が漏れると、先程までからかわれて顔を少し赤らめていたベル・クラネル少年は先ほどの比じゃないくらいに顔を真っ赤にしてこちらを見ていていた。
「どした?」
「いや…あのエアくんが笑ったところ初めて見たから……」
「……」
えっ僕もしかしてベル・クラネル少年と出会った時期から今の今まで笑って…なかった?
マジか。
「えっと…それはごめん」
申し訳なくなって頭をすっぽりと隠すほど大きいとんがり帽子のつばを少し下げる。
「いやいやいや!?全然大丈夫だよ!?エアくんあまり笑わないけど優しいって知ってるから!」
「って何言ってだ僕ぅ!?」と頭を抱えているベル・クラネル少年に笑みが溢れる。
素直で信頼できる後輩はもしかしたら人のことをよく見ているのかもしれない。
ヒーラーとしてあまり甘くない指示をベル・クラネル少年に対して出すことも少なくはないはずなのに、それでも信頼してますって顔全体に書いてるような照れた笑顔でこちらにいまだに言い訳のようなものを言っているベル・クラネル少年に嬉しさがこみ上げる。
「…さて、帰ろっか」
「…!うん!」
ニヤけて口の端がピクピクとしているのを隠すように早歩きでダンジョンの出入口を目指す。
「えっあ、ちょっとエアくん歩くの早いよ!?」
聞こえなーい。
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9話『ウラヤマってどこ?』
あのやり手の酒場の従業員さん、名前は確かシル・フローヴァさんとの約束を果たすため今夜ということでとても盛り上がっていて外まで笑い声や武勇伝を語る声が轟いている。
そのBGMを右から左に流しながら先程喧嘩別れしてしまった神さまのことを思い返す。
いつも通りダンジョンから帰っていつも通りベル・クラネル少年からステイタス更新を行い、多分ステイタスの上がり具合がすこぶる良かったのだろう。
一瞬息を飲んだ神さまはゆっくりとベル・クラネル少年に気付かれないように僕の方に視線をよこして【
わかってはいたが、どのくらい上がったのかまだわからない分頷くことしかできなかった僕は神さまにスキルの欄が隠されているステイタス表が記された紙を見て目を丸くしてわかりやすく驚いていた。
ベル・クラネル少年から笑顔で紙を顔面に受けながらちゃんと見てみたら確かにこの上がり具合やばいなってぐらいになっていて、冷や汗を流しながら考え混んでいる神さまにベル・クラネル少年は何回か核心をつくようなことを言っていて、危なっかしい神さまはそれでもちゃんと神さまなようでなんとか誤魔化していた。
問題はここからだ。
「さーてお次はお楽しみのエアくんだねー?」
誤魔化しついでに変態チックに手をウニョウニョと動かしてこちらににじり寄る神さまに若干引きながら、いつも通りベットにうつ伏せになる。
「じゃあいくねー」
「はい」
そして数十秒経って、いつもならこのくらいに神さまははい終わったよ!と元気に終了の宣言をしてくれるはずなのだが、珍しく無言状態が続く。
「……」
「神さま…?」
うつ伏せになっているせいで神さまが今どんな状況かわかっていないが、それよりもいつもいつも騒がしいったらない神さまが沈黙しているのが一番恐ろしい。
そして数分経って、この異様な状況に未だ気づいていない希代の鈍感な後輩ベル・クラネル少年からの援助もないまま神さまは静かに復活した。
「…………エアくん」
「えっ?あ、はい」
「ちょっと裏山行こうか?」
「…ないですよそんな山」
こんな都会のしかもオラリオのどこに山があるっていうんだ。
神さまの頭はいつも通りのようで、残念極まる。
その後からだろうか?目に見えて神さまが不機嫌になり始めて、理由がわからないまま神さまは僕にステイタス表を渡さずにバイト先の打ち上げに行ってくるから2人で仲良く羽を伸ばして寂しく豪華な食事でもしてくればいいさっ的なことを言って出て行ってしまった。
なんか言葉矛盾してない?
仲良くと寂しいって普通言葉として両立させるかな?…まあ、いっか。
そして今、あれよあれよとやり手の酒場従業員であらせられるシル・フローヴァさんから大食漢の烙印を押されている僕たちは誤解を解く気もなければ、当事者ですらある性格魔女なシル・フローヴァさんに色々と抗議していた。
抗議と言ってもボケとツッコミの応酬という可愛らしいものだけど。
ベル・クラネル少年は本気ととっているだろう焦ったようにシル・フローヴァさんにそんなにお金ありませんっ!と何回も言っていたが、ああいう笑い方をする人に限ってこういう少し困るような悪戯をするのだ。
あれは多分常習犯の犯行だろう。
なんとか落ち着きを取り戻して、それでも目の前に出された量の多めなパスタに僕は静かに目頭を押さえた。
「楽しんでいますか?」
「…圧倒されています」
ベル・クラネル少年が皮肉を垂れるくらいには成長を遂げた頃にはパスタは半分近く減っていて、これからが問題だと再度フォークをギュッと握った。
それにしてもここ『豊穣の女主人』には名前通りなのかなんなのか女性の従業員しかいない。
奥でせっせと料理が作られている厨房の方も、お客さんが注文を言いそれを聞き取り厨房の方に注文の商品を報告しにいくウエイトレス。
そのどれも女性だ。
よく見ればエルフの人もいる。
多種族が混在しているんだなぁと感慨に耽っても現状は変わらないし、ベル・クラネル少年はなんとか食べきっていたパスタの皿を見てホッとしていた。
どうしよう。まだ三分の2くらいしか食べれてない。
限界も近いし大丈夫か心配すぎる。
と、シル・フローヴァさんに仕事どうしたと言いたくなるほど笑顔でずっとこちらに応援されているのを横に一口お冷を口に含んでフォークをまたギュッと握った。
そしてパスタと改めて対面したのと同時に、目の端にそれはうつった。
黄金色の髪に少年のような小さな体躯、そして意志の強そうな碧眼。
目が合ったわけではない。
でも確かに、自分の身体が一気に沸騰したように熱くなって、鼓動が早くなって、意味も分からずすぐに邪魔になるからと横に置いといていた愛用のとんがり帽子を被りたくなった。
なにこれ、また…?
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10話『僕じゃダメ、なのかな』
シルさんはとても意地悪な人だ。
嵌めるとは意味合いが違うかもしれないけど、とても強かな性格をしてると思う。
商売上手なんだと思う。
そしてそれにまんまとハマった僕たちは『豊穣の女主人』という酒場のあまり目立たない奥のカウンター席に座った。
隣には言わずもがなエアくんがいる。
エアくんはお金の心配をしつつ多分…大丈夫だと思う。と目を逸らしながら言っていたから、ここはいつもお世話になっているお礼として僕が出そう!と意気込んでいると……ヤバイもんが運ばれてきた。
ちょっとどころじゃない多さのパスタが出てきて、そこでやっと大食漢という誤解があることに気づいて、思わず口をポカンッ…と開けて固まってしまった。
隣にいるエアくんを見てみると、早くもフォークを持ってまるで死地に行くような雰囲気でそこにいた。
思わずそれに対して目を離さないでいるとこの誤解の当事者である魔女…じゃなかったシルさんがニコニコと「どうですか?」と聞いてきた。
エアさんは知らんぷりをしているのか、それとも集中していて聞こえていないのか返事がない。
でも僕は物申したくて、なんだかそれもどうかと思って「…圧倒されています」と皮肉を込めて返すだけに留めた。
それから黙々と食べながら今の時間帯は仕事があまりないのだと言って、この酒場の店主だという女将さんのミアさんに了解をとって僕に話しかけてくるシルさん。
シルさんは特にエアくんに話しかけていたけど、もともとあまり離さない人、これってクール?って言うんだっけ?そう神様がよく言っていたはずだけど、そんな憧れる一面のあるエアくんは頷いたり短く返事をする程度でシルさんはムーと不満顔だった。
僕はそれを見て僕とだけ溶けない無表情が少しだけ綻んでいるのがひどく優越的で内心ドキドキしていた。
でも、シルさんの話を聞いている限りここの酒場の話とか、従業員のとか冒険者がよくきてその人たちを観察することが、知らない人たちと触れ合うのがちょっと趣味になってきているのだと聞くと、なんだ結構すごいことを言っているように聞こえる。
そんな風にシルさんのジョークも交えてエアさんも入れて話し合っていると、ふと、僕の位置のちょうど対角線上の、ぽっかりと席の空いた一角が見えた。
あそこってどうしたんですか?とシルさんに聞こうとしたら、突如どっと十数人規模の団体が酒場に入店してきた。
店員が予約客のファミリア名を声高に言って予約客である【ロキ・ファミリア】を案内している。
そう、あのかの有名な【ロキ・ファミリア】だ。
しかも昨日ちょうどそのファミリアの団長に助けられた。
ここはお礼を再度言い直した方がいいのか。それとも迷惑になってしまうのでは??と思案していると隣に少し違和感を覚えた。
いつもの悠々とした雰囲気でそこに立っているだけで目を奪われる日の光を溶かしたような金眼がこれでもかっていうほど見開いていて、しかも少し顔が赤いようにも見える。
もしかして…と思ってエアくんが見つめる先にある人を睨むように探す。
と、エアくんの目線の先に目をやっていたら、バチっと目が合った。
''女の人"だ。
線の細い金髪が店内の照明に照らされていてキラキラと輝いているような、そんな美少女だった。
で、ここではたと気づいた。
エアくんの視線の先を見やって目が合ったということは、つまりはエアくんが未だに目をそらさないで見つめる先にいたのはあの女の人。
つまり、つまり、つまり…_________
なんだこの感情?
まるであの時の自分とひどく酷似しているようだと僕は思ったのか…………?
なんだそれ。
じゃあ僕はこの瞬間に失恋でもしたとでもいうのかよ。
頭の中で葛藤のような思考の渦に呑まれながらも初めて見たエアくんの横顔から目が離せない。
「そうだ、フィン!お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「ん?あの話?」
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、そん時いたトマト野郎の!」
そして、金髪の女の人の席が2つほど離れたはす向かいにいる獣人の男性の酔った勢いとでもいうような話し声からも、なんだか耳が離せなくなってしまった。
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11話『帽子を忘れた白魔道士』
からのにらめっこ。
フィン・ディムナ団長に対して視線が逸らせないでいると、話し声が聞こえてきた。
「そうだ、フィン!お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「ん?あの話?」
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、そん時いたトマト野郎の!」
あ、僕たちのことか。
瞬時に察して、頭の中がスッと一気に冷静になってきて、食べかけのパスタのことを思い出す。
そして当たり前のようにそこにあるパスタに口の端を引攣らせる。
うん、ボーとしている場合じゃなかった。
これをどうにかしなきゃいけないんだった。
「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」
話し声をバックに黙々とパスタを口に突っ込みなるべく味わいつつ飲み込む。
「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」
確かにそれはお疲れ様とでも言おうか。
だかしかし、あれお前らのかよ。と内心溜息をつきたくなった。
別に声を出さなかったら溜息ぐらいつくのはいいだろうが、それすらも億劫になるくらいには呆れていた。
ならあの時のあの僕の感情返せよってぐらいにはさっきの自分が嘘だったかのような気分になってくる。
ダンジョンは行くも帰りも全部自分の足だから、辛さはわかるけどさ、だからといって死にたいわけじゃないからもっと早くにやっちゃってもらってれば、もしかしたら僕らはあのフルマラソンみたいなことをしなくて済んだかもしれないというのに……
イライラしてきてまだ半分ほどあるお冷を一気に飲む。
シル・フローヴァさんがすぐに気づいてからになったグラスにはまたお冷が入った。
シル・フローヴァさんに短くお礼を言った後に後もう少しで片付くパスタをさあ食べようとして、
はたと男性の話し声に引き止められるようにフォークを止める。
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ
…うん、僕たちだね。
「抱腹もんだぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引きつらせてやんの!」
顔は引きつらせていた記憶はあるけど、なんだそんな時から見てたのかよ。…いやおい助けろよ。お前らの獲物だろうが。
こんにゃろうと思いつつもまだフォークは動かない。
「ふむぅ?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」
「フィンが間一髪ってところでミノタウロスを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
「はぁ…」
溜息を吐くあの人。
首を動かさなくてもわかるほど心底呆れたっていうような溜息に一瞬息を詰める。
見つめる先はフォークの先端。まだパスタは手付かずのままだ。
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹いてえぇ……!」
「うわぁ……」
確かにあれは結構匂いがキツかったなぁ。
話し声の男性は獣人だし鼻は多分いいだろう。
そのまま鼻もげて仕舞えばよかったのに…とフォークを見つめる。
「フィン、狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」
「そんなことないよ?」
耳に心地いい声が左から右へ行く。立ち止まったりなんかしない。
「それにだぜ?そのトマト野郎に守られてた方、叫びながらどっか行っちまってっ……ぷくくっ!うちの団長さま、助けた相手に逃げられてなんのおっ!」
「……くっ」
「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてもうたんかフィン!!」
「ふ、ふふ……す、すみません団長っ、でも流石に我慢できなくて……!」
「……」
「ああぁん、アイズほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」
どっと笑い声が立ち込める店内になんだか居場所を見つけられずにいると、ベル・クラネル少年から違和感を感じてフォークを置いた。
これが僕たちのことをネタにしていることに気づきながらも何も言わずにいた時に気づいていればよかった。
ベル・クラネル少年。と呼びかけるが、反応がない。
騒がしい笑い声で聞こえなかったのかもしれないともう一回呼びかけようとして、
「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに泣くわ泣くわ」
遮られた。
泣いてたっけ?僕。
もしかして、ベル・クラネル少年は泣いてた?
「……あらぁ〜」
もしかして僕、気づいてなかった……?
「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁフィン?」
「ベート、君もしかして酔ってる?」
なんだそれ団長失格だろ。
「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
…冒険者に品位ってあったんだ。
おっと話が逸れた。
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで」
なんか手前勝手なことを言われてるけど、そんなことよりベル・クラネル少年なんだよ。
話が逸れるのはほんと僕の悪い癖だ。
目に見えて涙目になっているベル・クラネル少年を見てまた話を逸らせれるほど精神は図太くないのでベル・クラネル少年の肩をポンポンと叩いて名前を呼ぶ。
「これ、やめえ。ベートもリヴァリアも。酒が不味くなるわ」
「アイズはどう思うよ?お前もあの時あそこにいただろ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」
「あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
ベル・クラネル少年の反応がないまま話し声が一向に止む気配のない一帯が若干鬱陶しく感じてきた。
「…ベートそろそろ酔い覚ましに水でも飲んだ方がいいよ?」
「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」
「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」
「無様だな」
「黙れババァ。……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」
「……っ」
ていうか待って?気づかないうちになんか話ややこしくなってない?
俺がベル・クラネル少年を心配している間に何があったねん。
ややこしくすんなよ狼この野郎。
「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前に隣に立つ資格なんてありはしなえ。他ならないお前がそれを認めねえ」
あっまた話逸れた。はあ……
と、内心溜息を吐いた瞬間、一瞬たけベル・クラネル少年が下げていた顔を浮上させてこちらを見て目と目が合った。
またあの「目と目が合う〜♪」というテロップが頭の中で流れそうになった。
三歩歩かなくても忘れる資質でもあるのか、安定の悪癖が永遠と続いていると、隣がガタッと音を立てた。
あいつら何言ったんだ?
僕よりも足の速いベル・クラネル少年がカウンター席の椅子を蹴飛ばすような勢いで小さな声で張り詰めたように「…ごめっ……!」とだけ言って出て行ってしまった。
思わず手を伸ばしたもののそれは空を切り、話し声の主達は怖いもん知らずとかなんとか言ってるが、はっきり言ってタイミング悪くあんな会話してるからだよ。
完っ全に思い詰めた顔してた。何であそこまでと楽観視するタイプの僕は自分の考えを改めた。
そんなことよりも追いかけないと。
ちゃんと僕がフォローしとけばこんなことにならなかったんだから、ちゃんと後始末をしなければいけない。
しかも昨日のダンジョンから出る時、ベル・クラネル少年は泣いていたそうで、それが嘘であれ真実であれ、僕の足はもう止まらない。
残ってたもう冷たくなってしまっていたパスタを口の中に一気に流し込んで噎せないようにお冷も一気に呷る。
「ご馳走さまっ、美味しかったです。お会計はここにおいときます。お釣りは結構ですっ!」
自分の宝物すら頭にないくらいに急いで走って追いかけようとした。
「エアさん!?」
シル・フローヴァさんの驚いたような声が背後から聞こえる。
そういえばあの人はずっと心配して声をかけ続けてくれてたな。最後に背後を振り返って目を合わせて目礼する。
途中、あの人の隣を通ったことなど微塵も思考になく鈍足な駆け足で店を出た。
およそ2名の視線を背中に刺しながら。
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12話『すれ違いのすえ』
「そうだ、フィン!お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「ん?あの話?」
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、そん時いたトマト野郎の!」
僕が耳が離せなくなってしまった横で復活したかのように先ほどのことがまるで嘘だったみたいにエアくんはまたパスタと対面していた。
パスタを見た瞬間ちょっとだけ眉を寄せてフォークを握っているエアくんに思わず苦笑いが漏れる。
おおいんだなぁと思って手伝おうか?と言おうとしたのと同時に獣人の男の人、種族は
「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐに集団で逃げ出していった?」
「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」
自分達のことだとわかっているせいか内心恥ずかしい。
だけどここにその張本人がいるとかバレればさらに厄介なことになるとわかっているからモヤモヤを胸の中に押し込んだ。
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ
隣のエアくんは未だにパスタに手をつけずにフォークを弄っている。
「抱腹もんだぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引きつらせてやんの!」
「ふむぅ?それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」
「フィンが間一髪ってところでミノタウロスを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
「はぁ…」
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹いてえぇ……!」
「うわぁ……」
ダンダン前向きに考えていた思考が下を俯き始める。
「フィン、狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」
「そんなことないよ?」
あの時、エアくんよりも足が速かった僕がもし前を走っていたらもっと何かが変わっていたのかもしれない。とあの日から何回も考えてしまうから……だから、思わず下唇を噛んであの時の情景をまた頭の中で再生する。
「それにだぜ?そのトマト野郎に守られてた方、叫びながらどっか行っちまってっ……ぷくくっ!うちの団長さま、助けた相手に逃げられてなんのおっ!」
「……くっ」
「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてもうたんかフィン!!」
「ふ、ふふ……す、すみません団長っ、でも流石に我慢できなくて……!」
「……」
「ああぁん、アイズほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」
しかも前を向いて見れば罵倒され、まるで僕を庇ってミノタウロスの血をほとんど被ってくれたエアくんが笑い者のような扱いを受けていることに絶望する。
僕のせいだ。
しかも、エアくんが慕っているかもしれないあの人にすらあんな顔をさせて、こんな結果を望んでいたわけではないのに……なのに、僕は静かに愕然とするだけしか出来なかった。
僕の…せいだッ
「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに泣くわ泣くわ」
「……あらぁ〜」
「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁフィン?」
ほんとだ、こんな自分がとても情けない。
「ベート、君もしかして酔ってる?」
「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
あの時助けられるべきなのは僕じゃなかった。
五体満足でよかったねで終わることじゃなかった。
だって……
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
そんなのおかしいだろ?本当はあの時最善の選択を出来なかった僕だけを責めればいいだけなのになんでエアくんが……
「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで」
自分が涙目になっていることに気付かず。
自分が隣にいる尊敬を抱いている人から呼びかけられていることにも気付かず。
「これ、やめえ。ベートもリヴァリアも。酒が不味くなるわ」
__ガリガリガリ。
「アイズはどう思うよ?お前もあの時あそこにいただろ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」
「あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
__ガリガリガリ、ガリガリガリ。
「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
「…ベートそろそろ酔い覚ましに水でも飲んだ方がいいよ?」
「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」
__ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」
「無様だな」
「黙れババァ。……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」
「……っ」
__ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前に隣に立つ資格なんてありはしなえ。他ならないお前がそれを認めねえ」
何かが削られていく________……
その瞬間僕は椅子を飛ばして、立ち上がった。
近くにあった椅子を蹴飛ばすような勢いで無我夢中で外に飛び出した。
道行く人々を追い抜いて、周囲の風景を置き去りにして、自分を呼ぶ声も背後に押しやって。
僕は、夜の街へ駆け抜けた。
何も考えたくないくらいに頭の中がグチャグチャで、でも、それでもエアくんの口元を綻ばせただけの笑顔が何故か頭から離れなくてさらに速度を上げる。
何回も何回も転びそうになりながらも前に進む。
それが正解じゃないことに、心の隅で気付いているのに僕は、息を乱しながらダンジョンを目に写した。
僕は_________________……
…強くなりたい。
ルビのこと完全に忘れてて深夜に編集パラダイスよ!イェア
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13話『軟弱ヒーラーが通ります』
ベル・クラネル少年を追いかけてみたはいいが、どこにいったのかわからずに路上で棒立ちして雲がない澄み渡った夜空を仰ぐ。
ん〜ダンジョンかな?…ダンジョンだな。
一人で自問自答をして即さまにダンジョンと決めつけてからは行動が速かった。
ダンジョンの階層を1、2、3…と増やして行くごとに不安が募る。
安否が気になってしょうがない。
何故ベル・クラネル少年があんな焦ったような、どこか思い詰めたような表情で駆けて行ったのか。
その時の情景を思い浮かべて速度が一段階速まる。
4、5と階層をさらに重ねるがベル・クラネル少年らしき気配が一切しないのが怖い。
これ以上僕が下にいくのは危険すぎる。
だがしかし、ベル・クラネル少年がわざわざ階層の奥深くにいるとは考えにくい。
なら、やはり5階層より下、6階層にいると考えるのが妥当。
だからといっておいそれと戦闘力がバカみたいにないヒーラーの自分がいって運良くベルをすぐに見つけれて、運良く危なげなくダンジョンから離脱できるとかそんな強運は持ち合わせるわけない。
でも見捨てれないのが内情だ。
自分勝手で、周りを見ない行動だからといって見捨てる理由にはなり得ない。
純粋無垢で人懐っこいというかあの真っ直ぐにこちらを見るルベライトが自分的にはお気に入りだった。
あんなよくできた後輩ができて内心しめしめと思っていたし、神さまとだって「これからどんどん盛り上げていこうっ!」と冗談も交えてよく話していた。
______…行こう。6階層へ
決心してすぐさま行動に移すのは長所だと思っている。
何もできないで立ち止まっているよかいい。
6階層に下りてゴクリと唾を飲み込む。
ここからはエイナ・チュール女史との勉強会でしか知り得ない領域なせいか緊張感が増して肩の力がなかなか抜けない。
何が起こっても全責任を背負う責任があってやっと冒険者と名乗れるとはよく言うたんもんだ。
それが今の僕の立場だと言うんだから恐ろしい。
もともと保身家で自分の周りがそこそこ平和ならまあいいやと思うタチだったというのに、何故にこんな危険なことに……
まあいいか、探そう。
と、キョロキョロとなるべくモンスターから見つからないように音を立てないように辺りを見渡してから恐る恐る目を瞑る。
本当はいつでもどこでもかっぴらいで危険を察知していたところではあるが、音に集中したいのだ。
エルフやその他の種族と違って
聴覚もその一つである。
でも、幼い頃からお師匠様から鍛え上げられた雑多な音が多い森の中から一つの音を探るよりかはこのダンジョンは"わかりやすい"。
そうすると音がかすかに聞こえてきた。
誰かがモンスターと戦う音。
ベル・クラネル少年…かな。
声的にそうだ。
なんというか心配しているわりには冷静に物事を判断できているような気がする。
聴覚もいつも以上に研ぎ澄まされているし、もしここでモンスターが現れたとしても真っ向から戦える自信も腹づもりもある。
連戦は厳しいけど、ベル・クラネル少年がすぐそばにいる。
いつもいつも頼ってばかりで申し訳ないとは思うけど、でも僕はそうしなくてはいけない。
僕の真髄はヒーラーとして、仲間へ回復をいち早くすること。
だから、見つけた奥の方で大量のモンスターと戦っているベル・クラネル少年の生傷を見てもいつも通り口からは癒しの言葉が端的に紡がれる。
「ハイヒール」
ベル・クラネル少年が生きていたことにひどく安心する一方、このモンスターが蔓延るダンジョンからなるべくモンスターとエンカウントせずに出ることができるかを素早く考える。
「ベル・クラネル少年!他に痛むところはない?少しでも違和感があったら言って。すぐ癒すから」
自分から見える範囲では癒したが、それでも見えない部分で怪我をしていたら僕には判断がつかない。
ということでベル・クラネル少年に聞いてみるが反応がない。
「ゼェ…ハァ…」
癒しはしたがヒールやハイヒールでは傷を癒す効果だけで疲れは取れない。
疲れは自然に治るのを待つか最近では練習でしか使っていなかったとある魔法。
「メディック」
「…!」
状態異常を治す効果がある。
どのくらいの効果までかは毒や麻痺を受けたことがないからわからないが、結構万能だと思う。
「どう?目が覚めた?ベル・クラネル少年」
「…エア、くん?」
「うんエアくんだよ。ベル・クラネル少年、地上に出よう。今の僕たちでは装備も心もとないしここは早い」
「…ッ。そ、そうだねっ!僕のせいでこんなところまで本当にごめんエアくん。後でちゃんと謝る。…それじゃあ危険だからすぐに戻ろうっエアくん!」
笑顔がわざとらしいというなんというか。
なんだか辛そうに見える。
「エアくん?は、早く戻ろうよ。ね?」
ジーと見つめていたら返事のない僕に不安になりながら急かしてくるベル・クラネル少年。
そんな彼に向かって口を開く。
「ベル・クラネル少年。何か、思うことがあったからここに…ダンジョンに来たんだろう?あの酒場での一件でベル・クラネル少年をそこまで掻き立てるようなことがあったのか、僕には分からなかった。そのせいでベル・クラネル少年の異変にも気付くのが遅れた」
「…ッ」
「ごめんね」
宝石のような紅みをおびた瞳が一瞬揺れる。
ここは6階層。
僕たちがこんな会話を余裕かましてできる場所ではない。
ベル・クラネル少年は人に頼らなさすぎる。
それは長所でもあるけど、短所でもある。
なんというか…世渡り下手そうだなって思うよ。
「別にエアくんが悪いわけじゃあ…!」
「なら話してよ。どう思ったのか」
ワケが知りたい。
「いやっ、でもそれは…っ!」
駄々っ子か。はよ言え。
「ッ……僕、は…っ」
「うん」
「僕はっ悔しかった!」
「…うん、そうだね」
僕もあのまるで僕たちのことを酒の肴にしていたような話され方されたらそりゃ腹にくるだろう。僕も表面は取り繕っていたけど内心は悪態つきまくりだったよ。
「エアくんが…バカにされてるみたいでっ……!それを言い返せないくらい弱い自分が!情けなくて、惨めで、滑稽で…!」
あっ、僕なのね。
「…そっか。なら、ベル・クラネル少年はどうしたい?」
僕は【ヘスティア・ファミリア】の団長。
「…強く……強くなりたいです」
そして彼、ベル・クラネル少年はそんな僕の後輩【ヘスティア・ファミリア】の団員。
こんなにも真摯に、尚且つ真っ直ぐに見つめて僕にどうしたいかを包み隠さず曝け出した彼の手助けを、いや力になるのが団長の務めだと僕は思っている。
「強くなってエアくんと肩を並べられるくらい強くなって英雄になりたい!!」
いやもう強さなら余裕に追い越してるよ。
僕を踏み台においきベル・クラネル少年って感じだよ。
ていうかベル・クラネル少年英雄になりたかったのか……なんか、いいな。
「僕も君と一緒に強くなりたいから、よろしく頼むよ。ベル・クラネル少年」
そう言って不敵に笑ってみせた。
「ッッ!!!!…ぜ、絶対!絶対に強くなるよエアくん!」
気持ちが高ぶって興奮でもしたのか、ベル・クラネル少年はボボボボと顔を真っ赤にさせて明後日の方向を見ながら宣言した。
どこ向いてんだよ。折角いい感じのところだったのに。
何故か慌てた兎のようになっているベル・クラネル少年がどうも可笑しくて思わず笑うのを抑えた。
そのせいで若干プルプルと体が震えているが、バレていないみたいだ。
で、現実問題に戻る。
さて、はよ離脱せねば。
モンスターの気配が辺りにちらほらと無視できないレベルで拡大してきていることに若干肝を冷やしながらベル・クラネル少年に「帰るか〜」と呑気に言って駆ける。
神さま、僕たちの帰りが遅いって起こりそうだな。
ホームに帰った時に怒り顔で「心配したんだからなぁ〜!?」と出迎えてくれるであろう神さまを思い浮かべて口元が緩んだのを隠そうとして帽子のつばを下げ…………ようとして頭にないことに今更気がついた。
結構編集致しました!
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14『貪欲に…』
自分がどれだけ馬鹿か今更ながら思い知った。
青年の放った全ての言葉が胸を抉る。
惰弱、貧弱、虚弱、軟弱、怯弱、小弱、暗弱、柔弱、劣弱、脆弱。
自分がどれだけ彼に迷惑をかけたのかをまざまざと見せつけられたかのように、歯をくいしばる強さが比例する。
惨めな自分が恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしくて、笑い種に使われ侮辱され失笑され挙げ句の果てには庇われるこんな自分を、初めて消し去ってしまいたいと思った。
こんなに自分に殺意を覚えたのは初めてだ。
こんなに歯をくいしばったのも初めてだ。
こんなに自分をただ罵倒したくなったのは……初めてだ。
(悔しい、悔しい、悔しいっっ!!)
青年の言葉を肯定してしまう弱い自分が悔しい。
何も言い返すことのできない無力な自分が悔しい。
エアくんの、隣に立つことがこんなにも遠いいと感じてしまうことが、堪らなく悔しい。
「……ッッ!」
迷宮の上に築き上げられた摩天楼施設。
その地下は口を開けてベルを待っていた。
ベルが目指すはダンジョン。
目指すは…_____________高み。
_______♢♢♢♢♢♢_______
どのくらい……ダンジョンに篭っているだろうか。
未だに納得しきれていない
もうわかっているはずの
本当はもう、こんな軽装で来てしまって、早くに帰ってしまった方がいいのはわかっているのに、踏ん切りがどうしてもつけれなくなってしまっていることくらい……わかっている。
あの酒場で思わず飛び出してしまって、さらにエアくんに迷惑をかけてしまったことも、…わかっている。
自分を殴り飛ばしたくてしょうがない。
でも、今はそんなことよりも、早く、…早くっ…、早くっ…!エアくんの隣に並べるくらいに強くなりたいとナイフを持つ手が強まる。
ギュッと音がするとともにタイミングよくダンジョンからモンスターが産みおとされる。
そして____…駆ける。
別に速さが売りというわけではない。
だけど、エアくんからもよく言われるけど、先手必勝の方が危険が少ないから敏捷を活かした戦闘スタイルで戦うことが多い。
遠くで何回も聞いたことのある魔法の言葉が聞こえたような気がした。
でも彼がこんなところにいるはずながないとすぐに思考の外に追いやった。
ここは5、いや6階層。
彼は冷静沈着で物事を判断することに至っては妥協をすることだってやぶさかではない信頼のできる人だ。
そんな人が、Lv.1という一般人に毛が生えた程度の実力で、しかも一人でここまでくるはずがないんだ。
それに、エアくんは自分がヒーラーだから戦闘が得意でないことをよく僕に言っていた。
だから後衛として支援や援助をよくしてくれて、そのため僕は何不自由なくモンスターを倒すことだけを考えれる。
彼の支援が己の身に余るほどこんなにもやりやすいのは彼が優秀だからで、自分は優秀ではない。
ああ、また振り出しに戻った。
どうしても悔しさが抜けきらない。
あの時我慢していればとか、こうしていればとか色々と考えているくせに今をどうするかとは考えていない。
護身用の短刀は見ただけで幾多のモンスターの血に濡れている。
装備もぱっと見ただけでわかるくらいにはボロボロだ。
自分の体が傷だらけで、それを他人事のように感じる。
僕は足を止めずに少しの間、目を瞑る。
走って、走って、走って、走った。
酒場から飛び出し街の中を突っ切り、ダンジョンに飛び込んだ。
ただひたすらにモンスターを追い求め、迷宮内を走り続けた。
(……ここ、どこだろう)
そうして、今。
(5階層……いや、
「はっ、は……」
口から漏れる息が浅く乱れている。
疲労は思ったより蓄積されているのか。
ダンジョンに潜って既にどのくらいの時間が経過しているのかもわからない。
(ここは……)
歩みを重ねてしばらく。僕は部屋状の広い空間に辿り着いた。
「ハイヒール」
知った声が聞こえた。
今回のはどうも幻聴じみてない。
「ベル・クラネル少年!他に痛むところはない?少しでも違和感があったら言って。すぐ癒すから」
心地いい声が僕に向けて何かを発しているのはわかるが、それが何かはわからない。
どこか耳が遠くなっているように感じる。
麻痺しかけていた体の痛みが一気に引いたような感覚に内心小首を傾げる。
「ゼェ…ハァ…」
現状を理解できていない僕は息を盛大に乱しながらエアくんと思わしき声の方向に顔を向けようとゆっくりと顔を動かす。
「メディック」
「…!」
息切れ、眩暈、そして若干の吐き気が一気に解消されたような、そんな爽快な気分になる。
さっきまでの淀んだ気分が嘘のように頭の中が澄み渡っている。
「どう?目が覚めたか。ベル・クラネル少年」
「…エア、くん?」
「うんエアくんだよ。ベル・クラネル少年、地上に出よう。今の僕たちでは装備も心もとないしここは早い」
珍しく戯けたような声色でそれでもいつも通りの真剣で冷静なことを言うエアくん。
何をしているんだ、僕は。
改めてどれだけ迷惑をかけたのをかを再確認させられたように、息が一瞬詰まった。
「…ッ。そ、そうだねっ!僕のせいでこんなところまで本当にごめんエアくん。後でちゃんと謝る。…それじゃあ危険だからすぐに戻ろうっエアくん!」
「…………」
表情を崩さず僕のことを真っ直ぐ見つめる
まるで発光しているようにも見えるその蜜が入ったような金色の瞳に、思わず吸い込まれそうになる。
「エアくん?は、早く戻ろうよ。ね?」
周りにモンスターがいないかを内心ビクビクしながら警戒する。
それでもどうしてもエアくんの瞳から目が逸らせない。
そしてエアくんは、ゆったりとまるで神様のように落ち着かせるように喋り出した。
「ベル・クラネル少年。何か、思うことがあったからここに…ダンジョンに来たんだろう?あの酒場での一件でベル・クラネル少年をそこまで掻き立てるようなことがあったのか、僕には分からなかった。そのせいでベル・クラネル少年の異変にも気付くのが遅れた」
「…ッ」
「ごめんね」
謝る必要なんかない。
今回は全部僕のせいだ。
あの酒場で勝手に飛び出したことも、なんの報告もなしに勝手にダンジョンに潜って、しかもまだ危険だと、危ないからいっちゃダメだとエイナさんに言われていた6階層まで来てまでしたことは迷惑をかけて迎えに来てもらったこと。
まだある。
今日だけじゃない。
エアくんにはあのミノタウロスの時に手を引いてもらって、完全に腰が引けていた僕のことを絶対に見捨てないで一緒に逃げてくれた恩がある。
比例して自分が何もしていなことがわかってしまう。
「別にエアくんが悪いわけじゃあ…!」
「なら話してよ。どう思ったのか」
「いやっ、でもそれは…っ!」
どうあがいても、自分がどうしようもないことに変わりはない。
「ッ……僕、は…っ」
「うん」
だけど、あの時確かに……僕のちっぽけな
「僕はっ悔しかった!」
「…うん、そうだね」
エアくんは真っ直ぐにこちらを見て僕に続きを促す。
「エアくんが…バカにされてるみたいでっ……!それを言い返せないくらい弱い自分が!情けなくて、惨めで、滑稽で…!」
あの時……「そうじゃない!!」「ちがうんだ!!」「エアくんはそんな奴じゃない!!!」そうなことすら言えなかった小心な僕がどれほど情けなかったことか。
涙が出そうになるのを堪える。
「…そっか。なら、ベル・クラネル少年はどうしたい?」
下に俯いて歯を食いしばって僕はその言葉に思いっきり顔を上げる。
未だに、真っ直ぐにこちらを見つめているエアくんがそこにいた。
どう……、したい?
____そんなの決まってる。
「…強く……強くなりたいです」
僕が昔憧れた、いや今も憧れている
「強くなってエアくんと肩を並べられるくらい強くなって英雄になりたい!!」
あなたに頼られるくらいに頼もしい
そんな子供じみた恥ずかしい夢物語。
それでもエアくんは嘲笑などしなかった。
「僕も君と一緒に強くなりたいから、よろしく頼むよ。ベル・クラネル少年」
元から溶けていたような瞳を細めて緩く微笑んだエアくん。
強気、いや、側から見れば高慢でどこにでもいるような口だけ達者な者のように言葉はシンプルでありきたりだ。
それでもそれがさも当たり前のことのように語るその様は、どう見ても、どうあがいても、どう目を凝らしても、僕の憧れてやまない英雄そのものに見えた。
思わず眩しいものを見たかのように目を逸らしてしまった。
しかもさっきのレアすぎるエアくんの笑顔をその時に限って思い出して一気に顔をが熱くなる。
「ッッ!!!!…ぜ、絶対!絶対に強くなるよエアくん!」
それでも言い切った。
そしてやっと噛み砕くように自分がエアくんに向ける感情を今きちんと理解した。
僕は、エアくんのことが好きなのだろう。
…でも、エアくんにも気になる相手がいるってことは知ってる。
だから、それでも僕は絶対に諦めない。
鼓動がさっきのような死に体な息乱れの時よりも高鳴っていることに口角を上げる。
___…これからが楽しみでしょうがない。
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