神喰妖影剣ー神機化した付喪神の旅ー (陰猫(改))
しおりを挟む

第一話【月の緑化計画】

 俺は八雲紫に呼ばれ、博麗神社へと続く階段を登っていた。

 

 ん?俺か?

 俺は妖刀ムラマサーーかの有名な妖刀村正の付喪神だ。

 つまりは妖怪って事になる。

 俺ーーいや、俺達の役目は博麗の巫女を影ながら幻想郷を守る事だ。

 例えば、博麗の巫女が異変解決などでいない時に人間の里などで能力を持つ外の世界の人間を沈黙化させたりとかだな。

 今回もそんな感じで馬鹿な奴が何か起こしたのだろうか?

「来たわね?」

 そんな事を考えながら神社の境内に着くと紫の道士服を着た八雲紫が待っていた。

 その足元には首のない人間の死体が転がっている。

 見た限り、刃物で切ったと言うより噛み千切ったって感じだな。

「来たぞ、八雲紫。今度の仕事はそいつについてか?」

「ええ。そうよ、ムラマサ。ただ、今回はいつもと違うわ」

「いつもと違う?」

「霊夢の勘では、この人間は外のーーいえ、別の世界の人間と言う事よ。

 そして、この人間の死体は忘れられて、この世界に流れ着いた」

「流れ着いたんじゃなくて、お前が持って来たんだろう?

 空にお前の境界を操る程度の能力で出来たスキマが見えるぞ?」

「まあ、面白い素材だと思って」

 そう告げると八雲紫は俺に死体に触れる様に指差す。

 俺は溜め息を吐き、指示通りに死体に触れる。

 脈は当然ない。だが、なんだ、こいつは?

 死んでいるのに体内の何かが蠢いてやがる。

「……なんだ、こいつは?」

「オラクル細胞よ。偏食因子とも言うらしいわね」

「オラクル細胞?偏食因子?」

「貴方の能力なら解るでしょ?

 血を浴びれば、浴びる程強くなる程度の能力を持つ貴方なら?」

 俺はその言葉に頷くと喰い千切られた首の傷口に触れ、血を採取する。

 その瞬間、意識が遠退くのを感じた。

 これはまさか、存在の変異か?

 

 俺は自我を保とうと意識を集中する。

 それから数秒か、あるいは数分ーー俺は何とか意識を保ち、変異した自分の身体を見る。

「……成る程な。これが偏食因子って奴か」

 俺はそう言うと軽く手を握って具合を確かめる。

「さて、此処からが本題よ。

 貴方にはこの死体のあった世界に行って欲しいの」

「理由は?」

「勿論、月に備えての為よ」

 俺の問いに八雲紫はさも当然の様にそう答えた。

 

 八雲紫の計画した月への進行は二度、阻まれている。

 三度目は流石にないだろうと思っていたが、八雲紫はまだ諦めてないらしい。

「そう言う事なら断る。俺の役目は幻想郷を影から守る事だ。

 月への侵略したいなら、他を当たりな」

「月の緑化って言うのがあるのだけれど、それも興味無い?」

 踵を返して帰ろうとする俺に八雲紫はそう問う。

 俺は立ち止まり、八雲紫に振り返った。

「月が緑色に見えるのか?」

「いいえ、月に木や花があるのよ」

 そう言うと八雲紫はゆっくりとした足取りで俺の背後に回る。

「もし、この事実が本当なら私達の手でも同じ事が可能でしょう?ーーそれこそ、月を第二の故郷にも出来るかも知れない」

「その調査を俺にしろと?」

「ええ。そうよ。これは貴方の能力だからこそ、出来る事ですもの」

 八雲紫はそう言うと俺に命(めい)を下す。

「幻想郷の賢者として命令するわ。

 ムラマサ、貴方はこの死体のーーゴッドイーターと呼ばれる人間の戦う別世界に行き、月の緑化を調べなさい」

 俺はその言葉にもう一度、溜め息を吐くと静かに頷く。

「相分かった。この妖刀ムラマサーー幻想郷の光に生き、闇に奉仕する者として命令をこなそう」

 そう言うと八雲紫も頷いて答え、スキマを作る。

 その間、俺は幻想郷を支える者の理を呟く。

「例え、世の人が科学を盲信しようと忘れるな。心せよ。そこに真実はない。

 例え、世の人が常識や道徳に縛られようとも忘れるな。心せよ。許されぬ事はない。

 我らは闇に生き、光に奉仕する者。

 我らは幻想郷の守護者なり」

 俺はそう呟き終わると八雲紫の作ったスキマから幻想郷を出て、ゴッドイーターとやらの住まう世界へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話【アインとの出会い】

 スキマを出るとそこはところどころ溶解した廃墟にある教会跡だった。

「おいおい。随分なところじゃねえか?」

 俺は独り呟くと教会から外に出て、辺りを見渡す。

 周囲にはこの世界の化け物らしい物が蔓延っている。

 

 ーーと、俺はバックステップで下がり、その化け物の一体の奇襲をなんなく避ける。

 化け物は二足歩行の白い化け物だった。

「なんだ、お前?」

 言葉は通じないと思わないが、とりあえず、問い掛けて見る。

「グガアアアァァァーー!!」

 返答は予想通り、獣のそれであり、執拗に俺を狙って来る。

 だが、多くの血を吸って強化して来た俺には止まって見える。

「遅いぜ」

 俺は静かにそう呟くと化け物が噛み付いて来ようとした瞬間に跳び上がり、分身体である刀で斬り裂く。

「ん?」

 その斬った感触に俺は違和感を覚える。

 俺は確かに斬った。だが、斬れてない。

 例えるなら、プリンをナイフで切る感触だ。手応えらしい物がない。

 

 そんな俺に化け物は尾を振って抵抗して来る。

 俺はそれを回避すると赤黒い飛ぶ斬擊を放つーーが、これも手応えがないらしい。

 

 ……参ったな。

 

 妖怪の俺に持久戦は然程、問題ない。

 疲れたりしないしな。

 攻撃も単調故に避けるのは容易い。

 だが、攻撃が与えられないのは問題だ。

「さて、どうしたもんかな?」

 俺は攻撃を避けながら、ポツリと呟いて考える。

 

 せめて、奴の血を摂取出来れば……。

 

 そう思っていると数人の人間の気配を感じ、俺はトンと跳んで教会の屋根に後退する。

 俺と言う獲物を逃した化け物は一声吠えると興味を無くしたかの様に俺から離れ、やって来た人間達と交戦し始めた。

 原理は解らないが、人間達は俺が傷を負わせられなかった化け物に手傷を負わせる事に成功しているらしい。

 やがて、化け物は沈黙し、人間達はその武器を変異させて化け物を喰らう。

 

 妖怪の俺に出来ない事が人間には可能なのか?

 

 俺は人間達の戦いを更に観察し続け、何が違うかを考える。

 どうやら、あの武器に理由がありそうだ。

 何せ、化け物を喰らう瞬間を見ても、生きている様だからな。

 

 俺は別の標的と人間達が戦っている最中、人間達が倒した化け物の亡骸に近付き、そこから漏れる血を刀で吸う。

 そこでまた、俺は意識が遠退くのを感じた。

 俺はそれに耐え、なんとか理解する。

 人間達の武器はこの化け物を食らっているのだ。

 こりゃあ、ただの武器の俺の攻撃が通用しない訳だ。

「こんなところで何をしているんだ?」

 その言葉に振り返ると褐色肌の男が佇んでいた。

 その手には馬鹿でかいノコギリの様な武器が握られている。

「腕輪もなしに灰域を活動出来るって事はヒト型アラガミか?ーーいや、違うな。お前、何者だ?」

 男はそう呟くと俺に武器を向けた。

 俺はそれに対して、分身体である刀を構える事で答える。

「それが返答か……後悔するなよ?」

 そう告げると男が間合いを詰めて来る。

 俺は分身体である刀で男が振るうノコギリの様な武器を受け流し、返し刃で男の胸を斬る。手応えはあった。

 男はバックステップで下がると自身の傷付いた胸を見る。

 その胸からは血はーー出ない。

「……お前、何者だ?」

 今度は俺が男に問うた。

 師である魂魄妖忌の"斬って知る"の要領で理解したが、こいつは人間ではない。

 どちらかと言えば、さっきの化け物に近い。

 そして、この今までに感じた事のない存在の変異の感じからして、こいつはこの世界でも特殊な存在なのだろう。

「どうやら、互いを知る必要がありそうだな?」

 男がそう告げると俺達は同時に構えを解く。

「俺の名はアインだ。お前は?」

「ムラマサ。妖刀の付喪神だ」

「……ふざけてる訳じゃなさそうだな?」

「この世界に来て、まだ間もないが、俺みたいなボロ着を着た刀を使う奴がいると?」

「いないだろうな。そんな旧式の武器でアラガミと戦おうとしている時点で、このくそったれの世界の奴じゃないと言われても頷ける」

 アインと名乗るその男はそう告げると空を見上げた。

 俺もそちらを見ると火山でも噴火したかの様な煙が広がっていた。

「灰嵐か……」

「灰嵐?」

「ひとまず、俺の灰域踏破船まで来い。訳もわからず、死ぬのは困るだろう?

 俺も何も知らない奴を見殺しにするのは後味が悪いからな?」

 アインはそう言うと武器を肩に背負って俺に背を向けて歩き出す。

 確かにアインの言う通り、此処で死ぬ訳にはいかん。

 それにあの灰嵐だったか……アレは俺でも解る位、危険な物だ。

 下手すりゃ、妖怪の俺でもタダじゃ済まないかもな。

 俺はそう判断すると先を歩くアインについて行く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話【神機への変異】

 アインの灰域走破船とか言うのに乗ると俺は救護室であれこれ調べられた。

 まあ、解っちゃいたが、人間の適性検査云々では妖怪の俺のサンプルなんざ取れる訳がない。

 ヒト型アラガミ用の器具とやらでも元が刀である俺の身体が受け付けないから、科学者らしい奴が頭を悩ませていた。

 そんな様子をアインは静かに観察する。

「成る程な。確かにお前はアラガミとも人間とも違うらしい」

「だから、俺は妖怪だって言ってんだろ?ーーまあ、信じられんのも無理ないがな?」

 俺はそう告げると心電図とやらの装置を外し、分身体を虚空から取り出して刃零れがないかを確認する。

「アラガミとも人間とも異なる存在か……非科学的だな」

「例え、世の人が科学を盲信しようと忘れるな。心せよ。そこに真実はない。

 例え、世の人が常識や道徳に縛られようとも忘れるな。心せよ。許されぬ事はない。

 俺のいた幻想郷って所の言葉だ」

「……深い言葉だな」

 アインはそう言うと組んでいた腕を解いて再び俺に背を向け、扉の前に立つ。

「ついて来い。その武器を整備出来る場所に連れて行ってやる」

 その言葉に従うと俺はアインと共に神機とか言う武器の保管場所にやって来る。

「ああ。アインさん、いらっしゃい」

「ああ」

 アインは軽く手を上げて答えると並べられた神機を見る。

 俺も改めて、神機って奴を観察する。

 剣と銃と盾が組み合わさった面白い武器だ。

 どう言う原理なんだろうな?

「いきなりで悪いが、こいつに見合う神機のコアを提供してやってくれ」

「は?」

 整備していた奴はアインの言葉に何を言われたのか解らないって顔をする。

 まあ、当然の反応だ。

「こいつは特殊な存在でな。偏食因子なんかの適正をすっ飛ばしてアラガミと旧世代の武器で戦っていた」

「旧世代の武器?」

「ああ。当然、アラガミには無力だったがな」

 その整備士はしばし、考え込むと首を縦に振る。

「解りました。アインさんの頼みなら、なんとかして見ましょう」

「ああ。頼む」

 アインはそう言うと整備士が持って来たコアとやらを俺に差し出す。

「こいつは元はアラガミのコアだ。

 俺達の神機はそれを使ってアラガミと戦えるようになっている」

「成る程な。毒を以て、毒を制すって奴か?」

「そんなところだ。それでそいつをどうする?」

「そうだな?」

 俺は神機のコアとやらを受け取るとしばし、考えてから胸に押し込む。

「えっ!?ちょっと、何をーー」

「言ったろう。こいつは特殊だってな」

 俺はそんなアインの声を聞きながら、身体が変異するのを感じた。

 完全に身体に馴染むと俺は自身の手足を見る。

 何やら、赤黒い装甲みたいなもんが装着されちまったが、問題はなさそうだ。

 鏡を見れば、俺の肉体は胴体と顔を除いて少し機械っぽくなった。

「成る程。これが神機って奴か?」

「いやいや!そんなの神機じゃないですよ!

 この人、なんなんですか!?

 ゴッドイーターやAGEとも違うでしょう!」

「本人曰く、妖怪らしい。

 まあ、今のそいつは神機だ。コアを着けたんだから間違いなくな?」

 アインはそう告げると俺を見据える。

「肩慣らしにアラガミと戦ってみるか?」

「……ん?ああ」

 俺はアインに頷くと灰域とやらに向かう。

 

 しかし、妖刀ムラマサじゃなくなっちまったな。

 しばらくは妖刀神機ムラマサとでも名乗るか?

 

 ……長いな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話【月兎のゴッドイーター】

 俺はアインと共に踏破船から出ると水の流れる渓谷へと出る。

 アインの獲物は先程のノコギリみたいな白い大剣か。

「まずは小手調べだ。オウガテイルとでもやり合うか……」

 アインはそう告げると渓谷を移動する。

 俺もアインの歩調に合わせて軽く駆け出す。

「アイン。オウガテイルってのは何だ?」

「お前がさっき戦っていたアラガミだ。

 まあ、神機となった今、お前が苦戦するとは思えんがな」

「そうかい」

 俺はニヤリと笑うと分身体である刀を取り出し、赤い閃光となってアインの横を走り抜ける。

 オウガテイルって奴はすぐに確認出来た。

 

 ーー数は五匹。

 

 他にも卵に目ん玉のついた丸い天使みたいなのや、つくしみたいに生えた人面草みたいな奴がいる。

「ザイゴートにコクーンメイデンまでいるのか。

 小型のアラガミだが、数が多い。

 ムラマサ。一度、下がれ」

「必要ない。このまま、突っ込む」

 俺は制するアインにそう答えると空いている手にもう一本、刀を召喚し、卵みたいな天使の横をすり抜けながら斬り裂く。

 

 ーー斬って理解した。

 

 今の俺は刃物ってより生命体に近い。

 故に斬ると言う行動はアラガミの細胞を喰らうのに等しい。

 目玉の卵みたいな天使は黒い液体を流し、絶命する。

「一つ」

 俺はポツリと漏らすと着地と同時に刀を反転させて、人面草の背中を貫き、核となる部位から液体を吸収して、異変に気付いたアラガミ達を見据えた。

「二つ」

 俺は更に呟くと刀身からオーラを放ち、赤い渦となってアラガミ共を切り刻みながら斬擊の竜巻で弾き飛ばして行く。

「三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ……数えるのが馬鹿らしくなって来たぜ」

 俺は宙に舞わせたアラガミ達の屍へ跳ぶとその空中に舞い上がった死体を蹴りながら更に空高くへと舞う。

 そして、一刀に戻すと赤い飛ぶ斬擊を放ち、地面ごとアラガミ達を真っ二つにする。

「残り二つ!」

 俺は叫ぶと同時に分身体の妖刀を召喚するとその二匹へと文字通りに飛ばして地面に張り付けにして倒す。

 着地するとアラガミ達は塵となって消え、俺の戦い振りをアインが驚いた表情で眺め、苦笑して神機を肩に背負う。

「成る程な。妖怪のお前ならではの戦い方って奴か……予想外だ」

「まあ、昔の幻想郷に比べれば、生ぬるいがな」

「そうか。お前を少し過小評価していた様だ」

 アインはそう言って笑うとすぐに真剣な表情へと変え、耳元を押さえる。

「どうした?」

「この近くで戦闘をしている奴がいるらしい。

 この辺りとなると月の民だろうな」

「なに?」

 俺はその言葉に眉を潜めながら、召喚した刀を消す。

「詳しく、教えてくれないか?」

「月の民に興味があるのか?」

「ああ」

 その問いに俺が頷くとアインはしばし、俺を観察してから説明を始める。

「月の民ってのは月の緑化現象による終末捕食で月から脱出して来た者だと言っている奴らの事だ。

 月の民は独自の組織を持ち、更に独自で編み出した技術でアラガミに対抗しているそうだ。

 その対抗する為の技術ってのが、ゴッドイーターから灰域の発生に伴い、造り出された対抗適応型ゴッドイーター……AGEへと代が変わっても追い付けない程の技術を持っているんだとかって話だ。

 数世紀先を行っているとも言われているらしいが、どれはあくまでも全て噂だな」

 俺はそれを聞き、考え込む。

 月の民を名乗る数世紀先の技術を持つ奴らーーもしかすれば、幻想郷でも知られる月の民である可能性は高い。

「案内してくれ」

「出来かねる。奴らとの接触は死を意味するからな。

 声を掛ける間もなく、アラガミと一緒に殺されるのがオチだ」

「解った。なら、此処までで良い」

 俺はそう言うと集中し、気配を探る。

 俺がそちらに顔を向けるとアインが眉を潜めた。

「そうだったな。お前には俺達の常識が通用しないんだったな?」

「そう言う事だ。少しの間だが、世話になった」

 俺はアインにそう言って別れると戦闘している気配へと迫る。

 しばらくするとそこではデカイ犬みたいなアラガミって奴と数人のウサギ耳の少女が神機を手に戦っているのが、俺の眼でも見えた。

 ただ、その神機は簡略化され、元から銃剣の形をして銃底に盾がくっついていると言う特殊で簡易的な物だ。

 あれなら確かに斬って撃つーーそして、守るを人間達よりスムーズに行えるだろう。

 なんせ、肘を上げれば盾になり、構え直せば刺突型の銃剣になるのだから。

 そして、身なりは異なるが少女達の頭から生えた兎の耳とセーラー服からして、かつて幻想郷に逃げて来た月兎ーー鈴仙・優曇華院・イナバと同じ種族と見て間違いないだろう。

「マルドゥークが活性化する!

 総員!周囲のアラガミに注意せよ!」

 リーダーらしい青髪の月兎が叫び、周囲の月兎達も周囲を警戒する。

「隊長!大型のアラガミが複数来ます!

 更に近くで灰嵐が起こっているとの事です!」

「くっ!此処は私に任せて、貴女達は個別シェルターの準備をしなさい!」

「それでは隊長が!」

「貴女達を守るのも隊長の役目よ。例え、それが貴女達、新兵でもね?」

 そう言って隊長と呼ばれる月兎が笑って振り返った瞬間、空気の読めないマルドゥークと言うアラガミの右の前足が振り上げられる。

「チェストオオオォォーーッッ!!」

 そんなマルドゥークへ俺はオラクル細胞と妖気を活性化させて、閃光と化して疾走する。

 そして、今まさに振り下ろさんとするマルドゥークの右の前足を両断した。

 マルドゥークの足がゴロリと落ち、傷口から噴水の如く、黒い液体が噴出する。

 一瞬、何が起こったのか解らぬ月兎達とマルドゥーク。

 俺はそんなのを無視して四本の刀を召喚してマルドゥークの無事な前足へと発射する。

 我に返ったマルドゥークだが、反応の遅れ、その無事な前足のガントレットに俺の神機化した刀が突き刺さり、射出された刀の威力で転倒した。

 次に反応したのは月兎の隊長である。

「今の内にシェルターを展開!」

「は、はい!」

 他の月兎達が隊長の声に答えると人ひとり入れる位の大きさのカプセルを展開し、急いで中へと入る。

 それを確認してから隊長と呼ばれる月兎が神機を構えて俺の隣に立つ。

「助かりました。まずはお礼を」

「礼には及ばん。それよりもやれるか?」

「勿論です」

 月兎の隊長は頷くと盾のついた銃剣を銃剣と盾にばらして装着する。

 成る程な。人間達とは確かに文明が違う。

 こいつらは間違いなく、幻想郷でも知られる月の民の尖兵の月兎だ。

「私はレイセン。貴方は?」

「ムラマサ。妖刀の付喪神だ」

 俺達は短く言葉を交わすと互いに背中を預け、周囲を囲うアラガミ達と体制を立て直したマルドゥークを見渡す。

「俺は周囲のアラガミとやらをなんとかする。

 お前はマルドゥークって奴を頼む」

「不本意ですが、そうするのが正しいのでしょうね?」

「その不本意ってのは月の民として地上の存在に助けられる事か?」

「ええ。そうですよ。刀の妖怪さん」

 レイセンはそう言ってクスリと笑うと背中越しにジリジリと俺と共に反転し、手負いのマルドゥークへと向かい合う。

 そんなレイセンの背中を守る様に俺は刀を構え、獅子に似たアラガミ達へと身構える。

「行くぞ、レイセン!」

「了解です!交戦に入ります!」

 俺達は同時に地を蹴ると互いの戦うべき相手へと突っ込んで行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話【血を浴びれば、浴びる程強くなる程度の能力】

 俺は獅子のタイプのアラガミへと向かうとそのマントの様な皮を斬る。

 だが、先程倒したアラガミとは手応えが違い、何か硬い物を斬る様な手応えだった。

 

 ーーまあ、切断してやったがな。

 

 俺は刀に付着した液体を払うと他のアラガミの攻撃を避ける様に後方へ跳ぶ。

 その背後から何かを喰らい、俺は大きく仰け反る。

 振り返れば、オウガテイルって奴がいた。

 次の瞬間、獅子のアラガミとオウガテイルの群れが一斉に襲い掛かって来たので俺は刀を地面へと落としーー

 

 ーー無数の刃を地面から生やして迫って来たアラガミ達を串刺しにする。

 

 そうしながら、俺は獅子のアラガミの斬りやすい所と斬りにくい所を学習した。

「人間と同じだと思っていると死ぬぞ?」

 俺は無数のアラガミから黒い液体ーーアラガミの血とも言うべきオラクル細胞を吸収しながら、ニヤリと笑う。

 そんな俺に無事なアラガミ達が警戒した。

 だが、血を浴びれば、浴びる程強くなる程度の能力を持つ俺には最早、関係ない。

 

 俺は吸収したオラクル細胞を活性化させ、刀と瞳から赤い残光を残しながら周囲のアラガミを瞬殺する。

 先程まで硬かったマントも豆腐でも斬る様に容易く切断出来た。

 俺は身体をアラガミの血で黒く染めながら一匹残らず、斬り殺す。

 気が付くと俺の周囲はアラガミの屍の山になっていた。

「久々に堪能させて貰ったぜ?」

 俺はそう言うとレイセンの事を思い出して、そちらを見る。

 どうやら、レイセンもマルドゥークを既に倒してたらしいが、俺の戦い振りを見て、顔を真っ青にしていた。

「そちらは終わったか?」

「あのアラガミの群れをこの短時間で倒したの?」

「おいおい。質問を質問で返すなや。

 まあ、俺の能力がこの世界向きだったってだけさ」

 俺はレイセンにそう告げると刀を消す。

 レイセンは未だに警戒しているが、俺が妖怪だと知ったからか、銃口を向ける事はしなかった。

 まあ、実力差は明白だからな。

「それだけの実力があるなら……いや、でも……」

「今度は考え事か?

 そんな事よりも大事な事があるんじゃないか?」

 そう言って俺は顎でレイセンの部下が避難しているシェルターを示す。

 レイセンは思い出した様に「あっ」と呟くとシェルターに向かい、ブレスレットで通信する。

「周囲のアラガミを鎮圧。もう出てきて大丈夫よ」

 その通信に答える様に一人、また一人と月兎の新兵が出て来る。

「隊長!ご無事でしたか!」

「ええ。彼のお蔭でね?」

 レイセンがそう言うと月兎の新兵の一人が俺をジロジロと見る。

「こんなボロボロの着物着た人間がですか?」

「人間ではないわ。彼は付喪神と言う妖怪よ」

「妖怪!?この科学の進展し、アラガミだらけの世界でですか!?」

 新兵は目を輝かせて、興味津々と言わんばかりに俺を見詰めた。先程の態度が嘘の様だ。

「ムラマサ。貴方さえ良ければ、私達のアジトに来ない?ーーいえ、是非とも来て欲しいのよ」

「何か訳ありの様だな。理由を聞いても?」

 レイセンに懇願され、俺はその真意を問う。

 すると意外な言葉が返って来た。

「月の民で初めてアラガミに対抗する為にゴッドイーターになった月のリーダーである綿月依姫様の偏食因子の除去……成功すれば、無論、貴方の望む物が与えられるでしょう」

「偏食因子ーーオラクル細胞の除去か……可能なのか?」

「ええ。私達、月の民の技術力を持ってすれば、可能よ。

 問題は血清の為の素材が私達のエリア以外では入手出来ない事。

 私達は血清の為とは言え、地上の人間を迎え入れ、技術や情報を流す訳にはいかない」

「そこで俺か?」

 俺の問いにレイセンが頷く。

 これは貴重な情報が得られるチャンスだな。

 俺はそう判断すると二つ返事で返す。

「良いだろう。だが、その依姫とやらに会わせろ。直接、交渉がしたい」

「解ったわ。但し、粗相はしないでね?」

 

 ーーこうして、俺はレイセン達に連れられて月の民のアジトへと一緒に向かう事になったのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話【妖刀異変】

「ジャミングと光学迷彩で私達の基地は目撃される事がありません。

 飼い慣らしているアラガミも配置しているので、この一帯は人間で言う禁止区域になっています」

「アラガミを飼い慣らす?可能なのか?」

「はい。アラガミは元々、地球のテラフォーミングによる産物ですので、我々、月の民には本来なら無害な存在なのです」

「だが、先程はアラガミに囲まれて、襲われてなかったか?」

「それだけ、今の私達は地上の民と変わらない位に穢れてしまったのでしょう。

 いま現在の野生のアラガミを使役出来るのは穢れてしまう事を恐れた月の民の上層部くらいなものです」

 移動中、レイセンとそんな話をしながら、俺達はひたすら荒野を歩く。

「隊長」

 新兵の一人である月兎に呼ばれ、レイセンは頷くと見えない壁に手を触れ、これまた見えない扉を開いて中へと入る。

 成る程。人間には気付かれない訳だ。

 俺はそう思いながら、レイセンの後ろについて歩く。

 ーーと、最後尾の月兎の新兵が入ったと同時に扉が閉まり、密閉された空間で俺達は熱風やら温水やらを浴びせられて消毒、洗浄された。

「……こう言うのは先に言ってくれ。身体が錆びちまう」

「あ、すみません。言い忘れてました。

 こうやって、私達は少しでも地球の穢れを持ち込まない様にしているのです」

 レイセンがそう告げると今度は眼前の扉が開く。

 そこで最初に見たのは月兎達が疑似的に造り出したアラガミで演習を行う姿であった。

 その中でアインが腕に嵌めていたのと同じゴツい腕輪を嵌めた女が床に刀の先を着け、その柄頭に両手を置いて月兎達の戦いに目を光らせていた。

 さながら、その姿は教官か何かの様である。

「そんな腕では、新種のアラガミに対抗出来ないわよ!

 もっとフォーメーションを意識しなさい!」

「は、はい!依姫様!」

 腕輪を嵌めた女の叫びに月兎の一人が返事をして自身の行動を改めながら演習を続ける。

「あの薄紫のポニテで腕輪を嵌めた女が依姫か、レイセンよ?」

「ええ。そうです」

 レイセンは俺の問いに頷くと依姫に近付き、敬礼した。

「依姫様!ただいま、戻りました!」

 依姫はレイセンへと顔を向けると顔を綻ばせた。

「レイセン!無事だったのね!

 感応種に遭遇したと聞いて心配したわ!」

「その割りには援軍も送って来た様子もなかったが、月の民も人手不足なのか?」

 俺がボソリと呟くと依姫は怪訝そうな顔で此方を見て来る。

「レイセン。彼は?」

「刀の付喪神のムラマサさんです」

「あら?妖怪は今の科学とアラガミの存在を否定して皆、幻想郷に引き籠ってしまったと思っていたけど、まだ骨のある輩がいたのね?それとも無知なだけかしら?」

 依姫は俺を挑発する様にそう言うと自己紹介をする。

「綿月依姫よ。生き残った月のリーダーをしているわ」

「ムラマサだ。レイセンの話にもあった様に妖刀の付喪神だ」

 俺は依姫に返答すると握手しようと手を差し出す。

 依姫はその手を見て、冷ややかに呟く。

「穢れ切っていますね。正直、貴方には触れたいとも思いません」

「ああ。そう言えば、月の住人にはそんなしょうもないプライドがあったんだったな?

 確か、地上の生物は不浄だって思想だったか?

 まあ、その穢れたその地上に逃げて来て、既にその穢れとやらにまみれているだろうなのに今更、拒む理由もないと思うが?

 それとも未だに月のお偉いさん方は自分たちを特別だと思っているのか?」

 依姫に挑発し返すと俺達は黙って互いの獲物を構える。

 そんな俺達を見て、月兎達が緊迫し、レイセンがオロオロと困惑した。

 まさに一触即発状態な俺達の間に割って入ったのは二人の月の人間を引き連れた長い髪の女だった。

 綿月依姫が迷彩柄のズボンにノースリーブなのに対して、この金髪の女は青いスカートに襟のある長袖と完全に私服である。

「二人共、それ位になさい。その気迫はアラガミにとって置きなさいな」

 そう言うとその金髪の女は俺を見る。

「ムラマサさんでしたわね?

 妹が粗相をした事は詫びます。

 どうか、矛をお納め下さい」

「妹?」

「ええ。私は綿月豊姫。温和派の月の民の代表にして最高責任者代理をしています」

 豊姫はそう言って笑うとレイセンを見る。

「レイセン。援軍を送れなくて、ご免なさい。

 まだ頭のお堅い過激派の連中との連携がままならなくて増援を拒まれてしまったの」

「豊姫様のせいではありません。まだ月の民である皆が納得するには時間が掛かるのでしょう。仕方のない事です」

 レイセンが敬礼しながら豊姫にそう言うと豊姫はおっとりとした様子で俺に視線を移し、頭を下げた。

「大切な部下を助けて頂き、ありがとうございます」

「ん?ああ」

 俺は毒気を抜かれた気分で、そう答えると豊姫の目の色が変わる。

 表情は変わらんが、目が笑っていない。

 俺が生物だったのなら、此処で困惑していただろう。

「それで最早、この世界では絶滅した筈の妖怪である貴方が何故、此処へ?」

「……喋ると思うか?」

「ええ。思います。何せ、貴方は此方の世界の人妖ではないのですから」

 豊姫のその言葉に俺は本能的に身構えた。

 その瞬間、俺に向かって豊姫の傍らにいた人間ーー月人や演習中だった月兎達が一斉に銃口を向けて来る。

 豊姫は片手を上げて撃つのを制すと俺を作り笑顔で見詰める。

「お答え頂けますか、別世界の妖刀さん?」

「その前に教えろ。何故、俺が別の世界の妖怪だと知っている?」

「月の科学力は未だ衰えず、と言う事ですよ。

 私達は貴方がこの世界にやって来た空間の揺らぎを観測しているのですから。

 それに科学とアラガミを拒絶したあの幻想郷が今更、手を出すとも思えません。

 ならば、別世界の存在が紛れ込んで来たと考えるのが道理でしょう?」

「成る程な。筋は通っている」

「まあ、もっと細かに言うとそれを確かめる為に新兵の教育も兼ねて斥候部隊を送ったのですけどね?」

「ん?新兵の教育?斥候部隊?」

 俺は豊姫のその言葉を聞いて他の連中と同様に銃口を向けながら申し訳なさそうな顔をするレイセンを見る。

 

 成る程な。レイセンは俺の監視が目的だったか……。

 

「さて、此方の手の内はお見せしました。

 今度は貴方がカードを見せる番ですよ」

 豊姫はそう告げると空いている手でレイセンを手招きする。

 レイセンは銃口を俺に向けたまま移動し、豊姫と耳打ちする。

 こう言う時に頭の上にある兎耳ってのは不便そうだな。

 

 そんな事を考えているとレイセンが弾層を変え、俺の額に向かって撃つ。

 無論、元が刀の妖怪で偏食因子まで持つ俺には通常の弾丸は通用しないーー筈だったが、俺は身体が重くなるのを感じて膝を着く。

「月の民が独自に開発したオラクル細胞の活性化を鈍らせる不活性薬入りのオラクル細胞の弾丸です。

 その効果はアラガミの細胞を取り入れた貴方にも良く解るでしょう?」

 豊姫の言葉を聞きながら、俺は声も発せずに倒れ込む。

 そして、人間体である事を維持出来ず、元の姿である一振りの刀へと戻ってしまった。

「あらあら、少し効果が強過ぎましたかね?

 これでは質問に答えて貰えませんね?」

 豊姫はそう言うと俺を拾い上げようとした月人を制する。

「妖刀と呼ばれる程ですから、迂闊に触れてはなりません。

 それにアラガミの細胞を取り入れているのですから、地上の人間が使う神機と変わらない筈です。あとは整備兵に任せなさい」

「かしこまりました、豊姫様」

 月人は豊姫の言葉に従うと近くの月兎に声を掛けて整備兵を呼びに行かせた。

 俺は物言わぬ刀となってカタカタと震える事しか出来なかった。

 そうこうしている間に豊姫は依姫に後を任せて去り、整備兵が俺に触れぬ様に慎重に神機の保管庫へと運ぶ。

 そんな俺をレイセンが心配げに見て、依姫に話し掛ける。

 何を話していたかは解らない。

 その前に俺は神機の保管庫へと入れられてしまったからな。

 俺を持つ整備兵は他の神機の様に飾る。

 そこで俺が人間体だったなら、こう言うだろう。

 

 馬鹿め、とーー。

 

 俺は他の神機と共鳴し、月の民が使うオラクル細胞の活性化で用いてる電力を吸収する。

 突然、飾ってある神機が振動し、部屋が停電した事で整備兵である月兎達が困惑する。

 そんな中、再び人間体へと変化した俺は開かなくなったドアを斬り壊して駆け付けた依姫と対峙した。

「よお。さっき振りだな?」

「やってくれたわね?

 この基地で使われているオラクル細胞による電力供給の電気を吸収して再度、活性化するなんて……」

「まあ、伊達に長生きはしてないんでな?」

 俺は依姫にそう言うと放電する刀を召喚する。

「安心しろ。この保管庫の電力のみを奪っただけだ。他の機能は生きている」

「そう。優しいのね?」

 依姫はそう言って笑うと俺に刀を向ける。

「神機解放」

 依姫がそう呟いた途端、依姫の持つ刀が変化して人間の使う神機へと変貌する。

「それがお前の能力か?」

「これも月の科学力の結晶よ。私の能力はもう使えない」

「使えない?」

「オラクル細胞を月の技術で解明する為に人間と接触してゴッドイーターと呼ばれる地上の人間と同じ偏食因子を埋め込まれ、その穢れのせいで使えなくなってしまったのよ」

「そうか。レイセンがあんたのオラクル細胞の除去を手伝うのを頼む訳だ」

「あの娘ったら、そんな事まで貴方に話してしまったの?」

「まあ、叱ってやるな。上司思いの良い部下じゃないか?」

 俺と依姫はそこで互いに笑みを浮かべると間合いを一気に詰め、お互いの獲物をぶつけ合う。

「同情はするが、敵対した以上は暴れさせて貰う」

「ええ。私が貴方でも、そうするでしょう。

 だからって好き勝手させる訳には行きません」

「なら、答えは一つだ」

 俺は依姫と鍔迫り合いをしながら保管庫から出て行き、演習場へと戻って来る。

「貴方は私が止めます」

「ああ。やって見ろ」

 俺達は同時に離れると互いに飛ぶ斬擊と弾丸の雨を交差させて繰り出す。

 依姫も俺も互いの攻撃を避けながら再度、接近戦に持ち込むと何度も神機と刀をぶつけ合った。

 

 月の民って奴は偉そうな奴ばかりだと思っていたが、実力も兼ね備えた奴もいるもんだな。

 

 俺はそんな事を思いながら笑みを強め、攻撃速度を加速させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話【決着と侵食と】

「くっ!」

 俺の剣撃が激しくなると依姫は耐え兼ねて剣で受け止めるのから盾を展開して防ぐ事に専念する。

「……この勝負、俺の勝ちだな」

 俺はポツリと呟くと両手に一本ずつ刀を持ち、依姫の盾に斬擊の嵐を繰り出す。

「……く……ううっ……」

 依姫はなんとか堪えようとするが、徐々に後ろにズルズルと押され、盾が徐々に削られて薄くなって行く。

 見かねた月兎が慌てて銃を構えようとすると依姫は叱咤する。

「手出しは無用よ!もし、此処で助太刀を貰ったら月の威厳に関わるわ!」

 そう叫んだ依姫に俺は敬意を持った。

 だが、それとこれとは別だ。

 いや、別ではないな。だからこそ、俺は依姫に呟く。

「俺に斬れない物は滅多にない。例え、それが月の科学力の結晶だとしてもな。

 負けを認めるなら、今の内だぜ?」

「ええ。そうね。この勝負は貴方の勝ちよ」

 薄っぺらくなった盾の後ろで依姫はそう呟くとバックステップで下がり、銃形態に神機を変形させて俺に銃弾を放って主導権を取り戻そうとする。

 降参したのだとばかり思った俺はそれを真っ向から受けてしまう。

「ーーただし、普通に戦ったらね?」

 そう言うと依姫は神機のガトリング砲形態にった銃弾の雨を放ちつつ、再び俺に近接戦を挑む。

「トリガー発動」

 依姫がそう呟いた途端、依姫の力が数倍増した。

「……痛っ!」

 分身体が刃こぼれをして俺は堪らず、しかめっ面をする。

「付喪神でも痛覚のはあるのですか?

 知ってます?相手が勝ち誇った時、その者は既に敗北していると言う言葉を?」

 依姫はそう言って俺と攻守を逆転させた。

 予想外の攻撃に怯んだ一瞬の隙を依姫は見逃さず、攻めて来た。

 俺はバックステップで避け、クールダウンしようと努める。

 少しでも間が出来れば、あとは観察するだけだ。

 俺は依姫の攻撃を最小限の動きで避け、すぐに自分のペースを取り戻す。

 そうして、依姫の動きを観察した。

 恐らく、オラクル細胞を人為的に活性化させ、数倍の力を引き上げたのだろう。

「この!ちょこまかと!」

 追い詰めているのは依姫の方だが、その表情には焦燥がある。

 剣先もブレ、腕輪から蒸気が出る。

 俺は回避しながら、動きの鈍る依姫を観察を続けた。

「……はあ……はあ」

 依姫は肩で息をしながら、手を止めたーー止めてしまった。

 無理矢理にオラクル細胞を活性化させて攻撃していたのだ。ガス欠して当たり前だろう。

「終わりだな」

 俺は神機を落として片膝を着いて頭(こうべ)を垂れる依姫にそう呟いて刀を振り上げる。

 依姫は一度だけ顔を上げると最期の瞬間に備えて瞼を閉じ、再び頭を下げた。

 そして、そのまま、俺達は硬直する。

「……本当に良い部下に恵まれたもんだ」

 そう呟くと後頭部に銃を押し付けられた俺は刀を消し、両手を肩まで上げた。

 割り込んで来たのはレイセンである。

「……レイ、セン」

「依姫様はやらせません」

「……手助けは……無用って……はあ……言った筈よ」

「ですが、あのままでは依姫様が……」

「解っているわ。けれど、月の威厳がーー」

「誇りに縛られる必要はないだろう。まずは生き抜く事から初めて見ろ」

「貴方は黙ってて!」

 レイセンは銃口を更に押し付けて俺を黙らせると自分を睨む依姫に言葉を紡ぐ。

「依姫様。貴女様は月に必要な方です。

 此処で終わって良い方ではありません」

「だから、私に生き恥を晒せ、と貴女は言うのね、レイセン?」

「生き恥だなんて、そんな事は……」

「面倒臭いな、月の誇りって奴も……」

 回答に困っているレイセンとキッとレイセンを睨む依姫を見て、俺は思わず、そんな感想を漏らしてしまう。

 そんな俺に依姫は寄り掛かり、震える手で俺の胸ぐらを掴む。

「貴方に何が解るの!?

 私は月の都のリーダーとして頑張って来た!ーーだと言うのに月は緑化し、私達の文明は潰えてしまった!

 それもこれも地上のーーゴホッ!ゴホッ!」

 依姫はそこまで言い掛けて苦しげに咳をし、そのまま倒れ込みそうになる。

 俺はそれを受け止めると依姫を静かに横へさせた。

「依姫様!」

 依姫の異変にレイセンは銃を落とし、彼女に触れようとする。

 俺はそれを制すると苦しげにする依姫を見詰めた。

「落ち着け、レイセン。過度の偏食因子の活性化でアラガミ化してるだけだ」

 俺はそう告げると腕輪の所から侵食する黒い細胞を観察した。

 俺はそれに触れると自身の体内のオラクル細胞を活性化させ、依姫と共鳴させる事で侵食を遅らせる。

「腕輪にガタが来てるのが原因だな。

 俺が抑えててやるから、さっさと取り替えろ、レイセン」

「で、でも、それは地上の人間が作った物で我々には……」

「無きゃあ、無いで作れ!でないと依姫がアラガミと化して暴走するぞ!」

 俺の叫びにレイセンはビクンと震えると落とした銃を拾ってしまい、月兎達に指示を出す。

 その間、俺は依姫とずっと付き添いな訳だがーーいかんな。

 依姫のアラガミ化が俺も侵食しようとしてやがる。

「……本当に穢れてますね?」

 そんな俺に依姫は未だに気丈に振る舞う。

「私に触れてると貴方も侵食されますよ?」

「ああ。そうだな」

 俺は依姫に頷き、あれこれと思案してから溜め息を吐く。

「……仕方ねえな、依姫よ」

「なんですか、地上の刀よ?」

「俺から手を放すなよ?」

 俺はそう呟くと刀に戻って依姫の手の中に納まると意識を集中し、依姫と同調する。

 作戦は至って簡単だ。

 依姫の精神に直接、俺が侵入し、アラガミ化する依姫の細胞と戦うってもんだ。

 

 まあ、俺も無事じゃ済まないだろうが、このまま、依姫ほどの実力者を見殺しにするのは後味が悪い。

 他の人妖みたいに好いた惚れたは俺にはない。あるのは使命感だ。

 

 ーーそれだけの筈だ。

 

 そうして、俺は依姫のアラガミ化を阻止する為にその因子を直接的に叩こうと依姫の精神世界へとダイブする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話【ムラマサと綿月依姫】

 俺は依姫の精神世界へとダイブする。

 依姫の精神世界は長年生きて来たからか、様々な記憶が俺の中にも浸透する。

 

『■■■■様!何故、汚れた地上へ降りるのです!』

『ご免なさい。私には姫を一人には出来ないの』

『だからって……なんで貴女様が……』

『ご免なさい、■■■■』

 

 ーー今のは最も鮮明な過去の記憶だ。

 

 恐らく幼少の時のーー

 

 ーーいや、無用な詮索は不要だ。

 

 俺は依姫の更に深い深層へと潜る。

 そうして、俺は次の依姫の記憶を見る。

 

『ああ……月が……』

『生きていれば、また戻れるわ。

 今はこの滅亡寸前の文明の栄えた地で生きる事を考えましょう』

『……姉さん』

『地上に逃げ延びた皆を呼んで。地上人に悟られる前に私達の居場所を作りましょう、依姫』

 

 これは月が緑化した時に地上へ脱出した時の記憶か……月の民も突発的過ぎて詳しくは解らんらしい。

 ただ、地球が終末捕食と呼ばれるテラフォーミング現象をなんらかの方法で月に押し付け、地上にいる生命はその朽ち果てるべき文明を辛うじて繋げ、生き残った様だ。

 お蔭で月の民は押し付けられた終末捕食で人口の八割が滅び、残りは散り散りに宇宙へと逃げた。

 そして、幻想郷との境界が消失もあり、月の生き残りはこの地にて人間とは違う独自の道を歩む事となる。

 だが、アラガミの脅威が地上の穢れに染まる月の生き残りを襲う事件が起こった。

 これを危惧し、月の生き残りは人間達と最低限ながらの情報を共有する事となる。

 そうして、生き残りから依姫をはじめとする月の民のゴッドイーターが生まれた。

 それと同時に今の人類が至るAGEの誕生にも繋がるらしい。

 

 勿論、これを知るのはフェンリル極東支部と呼ばれる場所のごく一部だったらしいがな。

 

 そこから先は依姫が先陣を切って戦った記憶だった。

 大型種に感応種、今の灰域種など、月の生き残りの為に戦いに戦った。

 だが、それにも限界がある。

 何より、月の民と地上の民では姿形は同じでも細胞の出来などが違う。

 依姫は偏食因子に呑まれ、アラガミ化する同胞を何人も殺めた。

 その度に何度も心を締め付けられた。

 

 皮肉な事に月の生き残りが解析を完了し、地上の民の様に体内に偏食因子を用いずにアラガミと対抗する術を身に付けたのは月の出身であるゴッドイーターが依姫一人となった時であった。

 

 俺は深層心理の一番奥へと辿り着くと膝を抱いて蹲る少女の姿の依姫を見る。

 その近くでは黒い靄が徐々に依姫に這い寄ってくる。

 俺はそんな依姫に近付いた。

『私の中を覗いたんでしょう?』

『ああ』

『なら、私を楽にさせてよ。もう疲れてしまったの。

 リーダーとして先陣を切る事も地上に穢れながら戦い続ける事も……』

『解った』

 本来なら此処で気の効いた台詞を言うんだろうが、付喪神の俺にはそんな台詞は浮かばない。だから、俺はこう呟く。

『古き世を捨て、新しい世界で生きよ』

 そうして、俺は少女の姿をした依姫に刀を振り上げる。

『……ありがとう』

 依姫は小さな声でそう呟くと涙を流して瞼を閉じた。

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「依姫様!」

 レイセンが来た時には全てが終わっていた。

 現実に戻った俺と安らかに眠る依姫を見て、レイセンは何かを悟ったらしい。

「……遅かったな」

 俺がそう呟くとレイセンが月の民が開発した腕輪を落として膝をつく。

 そんなレイセンの胸ぐらを掴み、俺は無理矢理立たせる。

「何を呆けてやがる。本当に手遅れになるぞ?」

「え?だって、貴方がーー」

「阿呆。よく見ろ。ちゃんと呼吸してんだろが」

 俺にそう言われてレイセンは慌てて駆け寄ると依姫の胸に耳を近付け、その鼓動を聞いてホッとすると月の民が作った腕輪を依姫に嵌めた。

 そんなレイセン達に背を向けると俺はその手に乗った小さなアラガミの出来損ないを見下ろしてグシャリと握り潰す。

 

 あの時、確かに俺は依姫に介錯をしようとした。その際に聞こえたのだ。

 依姫を慕うレイセン達の言葉を……。

 

 だから、俺は依姫に問うた。

 

『本当に良いのか?お前の帰りを待つ奴がいるのに?』と。

 それに対しての反応は迷いだった。

『そうか』

 俺は依姫ではなく、その影を刀で貫くとまだ形の作られてないアラガミを引き抜く。

『どうして?』

『お前は俺と同じだ。必要とされる存在。

 なら、そこに自由意思はない』

『……私は自らの死を望む事も許されないの?』

『お前を必要な奴がいる限りな。

 少なくとも、まだ迎えが来るには早い』

 

 ーーこれが依姫の中でやり取りした内容だ。

 

 俺は依姫から死の願望とアラガミを斬った。

 それだけだ。それに対して依姫から感謝される事はないだろう。

 それに月の民が月の緑化を知らぬ以上、此処に留まる理由はない。

 俺は目を覚まして起き上がる依姫に抱き着くレイセンを一瞥するとその場を去る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話【交渉と言う名の命令】

 俺が外へと出ようとすると入り口の前に豊姫が二人の護衛を連れて待っていた。

「あんた、妹が心配じゃないのか?」

「勿論、心配でしたよ。けれど、これもあの方の想定内の事。

 貴方が思われる程、心配はしておりません」

「……八意永琳」

 俺がそう呟くと豊姫が笑みを強める。

 そんな豊姫に俺は刀を向けた。

「依姫は知らなかったみたいだが、お前は何か知ってる様だな」

「ええ。勿論、知ってます。ですので、交渉と行きましょう」

「交渉?」

 おうむ返しをして問う俺の言葉に豊姫は頷き、軽く手を上げて護衛に部屋をロックさせる。

 ざっと見た感じだが、この部屋は対アラガミ装甲が使われているらしい。

 依姫の盾の時みたく、滅多斬りでもしない限り、抜け出すのは困難だろう。

 もっとも、そんな悠長な暇を豊姫達が与えてくれるとは思わないが……。

「私は妹と違って幻想郷ーーそう呼ばれていた場所への連絡が出来ます」

「……何故、妹にーー依姫に言わなかった?」

「それが私達の慕うあの方のーー貴方が八意永琳と呼ぶ方の計画だったから」

「どう言う事だ?」

「忘れられる存在が幻想郷と呼ばれる場所の境界へと入る。それはアラガミとて同じ事。

 幻想郷もまた地上の一部である以上、終末捕食は避けられなかった」

「だが、回避した、と。まさか、八意永琳が回避させたとでも?」

「まさか。今回の終末捕食の転移はあまりに突発的で偶発的な物ーーと、私もフェンリル極東支部と言う所のデータをハッキングするまでは思ってました」

 豊姫は言葉を紡ぎながら護衛二人から離れ、俺に近付く。

「終末捕食を起こすには一定以上の環境値と文明値のアンバランスに地球が耐えられなくなって起こる現象。

 例えるのなら、この惑星なりの治療方法なのです」

「だが、それが覆されたと?」

「そうです。全ては人間に感化され過ぎてしまった終末捕食の核であるヒト型アラガミが原因。

 当然、第二第三の終末捕食が行われ、結果的にこの星は緩やかながらテラフォーミングを開始してます」

 そこまで言うと豊姫は俺の耳元で静かに囁いた。

「貴方にはヨリヒメを殺して欲しいのです」

 俺はその言葉に眉を寄せる。

 当然だ。実の妹を殺せとか抜かすんだからな。

「俺が言うのもなんだが、あんた、正気か?

 依姫はお前のーー」

「あらあら。気が早いですわよ?

 誰も妹を殺せなんて言ってませんわ?」

 俺のその言葉に豊姫はクスクスと楽しげに笑う。

 こいつ、思ったよりも食えん奴だ。

 月の民の中核になっているだけあって、何を考えているのか読み難い。

 俺は頭を掻くと溜め息を吐いた。

「詳しく聞かせろ。交渉なんだろ?」

「そうですね。貴方には人間達がヨリヒメと名付けたアラガミを討伐して欲しいのです。

 このアラガミは人間達が妹から産み出したクローンの成れの果て。

 個体は私達が確認した以上は一体のみ、他はハバキリと呼ばれる地上のアラガミと化して劣化しました。

 勿論、ただでやれとは言いません。

 貴方には妹にも教えてない私だけの幻想郷回線を開きましょう」

「断れば?」

 俺がそう返すと護衛の二人が変化する。

 その姿は兵士の姿をしたアラガミである。

 俺は身構えるが、眼前の豊姫は臆する事もなく、ただ笑う。

「神機兵と言うのが、過去に地上で作られてましたので私達の叡知を持って、完成させました。

 彼らは私の従順な僕。私が止めるまで貴方と戦うでしょう」

「お前を人質にするって手もあるぞ?」

「いいえ。貴方はしないでしょう。

 妹に心を赦してしまった貴方には」

 その言葉に俺は先の依姫の姿を思い出して頭を振る。

「付喪神とは言え、貴方も心を持つ以上は感応現象に呼応した筈。そんな状態で私を斬れますか?」

「……本当に食えん奴だ」

 俺はそう言うと刀をしまい、構えを解く。

 それに合わせて、神機兵が通常に戻る。

 

 ーーその刹那、俺は無数の刀を飛ばして護衛の神機兵を壁に張り付けた。

 

「確かにあんたは殺せない。だが、それ以外の方法もあるぞ?」

「そうですね。これは予想外です」

 そう言いつつも笑みを崩さぬ豊姫はいつの間にか手にしていた扇子を扇ぐ。

 その風で俺は壁まで吹き飛ばされ、かなりのダメージを受けてしまう。

「くっ!痛っ!」

「私の持つ分子レベルに破壊するこの扇子で原型を留めますか。

 流石はあの方の見込んだ人妖ですわ」

 豊姫はそう告げると膝をつく俺の額に反対の手に持っていた拳銃を突き付ける。

「もう一度、刀に戻って貰います。

 今度は手出しが出来ぬ様に厳重に保管させて頂きますわ」

「……やっぱり、交渉じゃないだろ、これ?」

「貴方が私の僕を倒した時点で交渉は決裂ですよ。貴方には私達の為に戦って貰います。

 全ては月の民の復興の為に……」

 豊姫はそう呟くと俺に突き付けた銃の引き金を引き、放たれたオラクルの弾丸が俺の頭部にぶつかる。

 そうして、俺は意識を失った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話【再刃と画策】

 意識を取り戻した時には神機の倉庫とは違う暗く冷たい場所にいた。

 刀に戻って動けないし、さて、どうしたもんか?

 刀の状態でカタカタと動き、反響で何か得られないか試したが、手応えは鈍く、何かしら低反発な感触が伝わって来るばかりである。

 

 ーーと上から光が差し、レイセンの顔が間近に迫る。

「意識を取り戻しましたか、ムラマサさん?」

 俺はその言葉にカタカタと震える。

 今の俺はアタッシュケースの様な物に入れられていた。

 そんな俺にレイセンが囁く。

「待ってて下さい。今、外に出して上げますから」

 そう言ってレイセンが俺を手にする。

 今の俺はかなり損傷が酷く、今にも折れそうになっている。

 豊姫の奴、まさか、俺にこの状態で戦えってんじゃないだろうな?

 強度もオラクル細胞もボロボロだぞ?

 

 人間に変化出来ない位に衰弱しているらしい。

 

「豊姫様から聞いてます。依姫様を救う為に貴方が尽力を尽くし、こんなにボロボロになったと」

 いや、俺をこんな姿にしたのは豊姫のせいなんだがな。

 まあ、喋れない俺にはそれを伝える方法はないが……。

 

「そこで貴方を元にーーいえ、それ以上に強くする方法を我々は思い付きました」

 その言葉に俺は嫌な予感を感じた。

 周囲に気を配れば、何かの製造工場らしい場所の様だ。

「それじゃあ、エンジニアの皆さん、宜しくお願いします」

 そう言ってレイセンはエンジニアなる月兎に俺を渡すと機械で俺を再刃する。

 

 ーー再刃。

 

 ボロボロになった刀を再度、溶かして刀に戻す方法だ。

 

 再刃された刀は以前と別の刀となって生まれ変わる。

 付喪神の俺にとっては苦行だ。

 おまけに何やら素材まで追加して加工するもんだから、付喪神の存在を否定されて拷問されてる様なもんだ。

 俺は意識を保ち、なんとか存在を消失せぬ様に踏ん張る。

 

 再刃の終わった俺は人間の姿になるとレイセンを睨む。

「調子はどうですか、ムラマサさん?」

「良い訳ねえだろ」

 俺はぶっきらぼうにそう言うと自身の手足がまた変わっている事に気付く。

 今度は純白の装甲になっていた。

「鏡はあるか?」

「はい。此処に」

 レイセンはそう言うと手鏡を俺に向ける。

 髪や着物まで白くなり、美形になっているな。最早、完全に別人だ。

「格好良いですよ、ムラマサさん」

「見てくれが良くても中身が伴わないなら、意味はあるまい」

 俺はそう告げると分身体である刀を召喚し、軽く振るう。

 成る程。これが月の技術か……。

 

 確かに月独特の力を感じる。

 そんな風に観察しているとレイセンが惚けた顔で刀の刃先に触れようとして来た。

 俺が刀を消すとレイセンは我に返り、手を引っ込める。

「何故、刃先を触ろうとしてんだ、お前は?」

「す、すみません。見ていたら、あんまりにも綺麗だったので」

 どうやら、再刃した俺は相手を魅了する能力を得たらしい。

 そんな事をやっていると豊姫が自動で開く扉を開けてやって来る。

「覚醒した様ですね、ムラマサさん。いえ、月読村正」

「つくよみのむらまさ?」

 俺は新たな名を呟くと豊姫が微笑む。

「そうです。貴方は月の使者ーーもう地上人の道具ではないのです」

「何を言っている。俺はーー」

 そこまで言い掛け、俺の頭の中でノイズが走る。

 

 なんだ、今のは?

 

 何か重要な事を言おうとした筈だがーー

 

「貴方は……なんですか?」

「……俺は……守護者だ」

「ええ。そうです。貴方は月の守護者、月読村正。

 それ以上でも、それ以下でもありません」

「……月の……守護者」

 次の瞬間、俺は戦いの記憶を呼び覚ます。

 そうだ。俺は確かに月の守護者だ。

 

 ーーだが、何故だ?

 

 それを否定する自分がいる。

 そんな俺を見て、豊姫がいつもの様に笑う。

「再刃して記憶が混濁しているのでしょう。

 地上の穢れも取り込んでしまいましたからね?」

 そう言うと豊姫は月兎ーー玉兎達に俺の寝床を案内させる。

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「こんな方法、間違ってる」

 隣の部屋で一部始終を見ていた私はポツリと漏らして席を立とうとする。

 だけど、それを姉さんの僕である神機兵に阻まれた。

「私は豊姫の妹、依姫よ。貴方達が気安く触って良いと思って?」

 威圧して見るも神機兵はうんともすんとも言わない。

 ただ、プログラムに忠実で私を部屋から出る事はおろか、椅子から立ち上がる事もさせようとしない。

 そうこうしていると姉さんが戻って来る。

「姉さん」

「なにかしら、依姫?」

 姉さんは相変わらず、笑みを崩さずに私に顔を向けた。

 だが、その瞳は笑っていない。

 姉さんは月の生き残りの為に自らを犠牲にした。

 

 それこそ、感情も妹も……。

 

 いつしか、姉さんの心は壊れてしまった。

 

 そんな姉さんを見て、私は何も言えない。

「……なんでもないわ」

「そう」

 姉さんはそう言うと私を優しく抱き締める。

「もう少し辛抱してね?……きっと、また昔の様に笑い合えるから」

「……姉さん」

「その為にもムラマサのーーいえ、月読村正には働いて貰わないと」

 優しかったのは一瞬でそこから先はまた感情を殺した指導者の物となる。

 

 ーー姉さん。

 

 姉さんは一体、何を隠しているの?

 何故、妹の私にも相談してくれないの?

 

「貴女には村正の相方として振る舞って貰うわ。良いわね?」

「……」

「頼むわよ。全ては月の民の為に」

「……解ったわ」

 そんな姉さんに私は何も言えず、ただ頷くしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話【記憶の欠片】

 俺は設けられた部屋のベッドに座り、ゆっくりと手を握ったり開いたりして具合を確かめる。

 身体に違和感があるのは仕方ない。

 

 ーーだが、精神はどうだ?

 

 確かに俺は依姫と共に生きた記憶がある。

 しかし、何故かそれを違うと言う俺の本能が告げている。

「……くっ!」

 俺はノイズの酷くなる頭を押さえた。

 人間みたく頭痛がする。吐き気もだ。

「……刀の付喪神である筈のこの俺が気分が悪いだと?……笑えない冗談だ」

 俺は自嘲気味に呟くと横になる。

 そして、瞼を閉じて眠りに落ちる。

 これもまたおかしな話だ。

 本当に俺の身体はどうなってしまったんだ?

 

『……さん……ム……サの……ん』

 

 俺はノイズとフラッシュバックに紛れて夢に映る女が誰かを探ろうとする。

 だが、そこから先は何かに阻まれて越えられない。

 それどころか、どんどんと俺からその女を引き離そうとする。

 ……待て。俺はあっちに行かなければ、ならないんだ。

 そう。腐れ縁で後輩になった楽器の付喪神であるあいつの傍に。

 俺はそいつに手を伸ばす。

 

 その手を別の誰かが掴む。

 

 そこで目を覚ますと依姫の顔があった。

「……依姫か」

「随分とうなされていた様だけど、大丈夫なの、村正?」

「……解らん。だが、今は落ち着いている」

 そう言うと依姫が俺の手を握っている事に気付く。

 こうしていると落ち着き、現状を拒む俺が小さくなる。

 そんな俺の頬を依姫がタオルで撫でた。

「……すまないな」

「え?」

「再刃して気分が悪くなるなぞ、付喪神失格だ。月の守護者として情けない」

 俺がそう告げると依姫が微笑む。

「仕方ないわ。今回、貴方を再刃した時、人型アラガミのコアを用いたの」

「ああ。この感情はそのせいでもあるのか……」

 俺は納得するとグーと腹が鳴る。

 付喪神らしからぬ身体だ。

「腹が減ったな」

「欲しい物はある?」

 その言葉に俺はしばし、考えてから、こう呟く。

 

 「アラガミ」とーー。

 

 数十分後、俺と依姫は車を降り、大型アラガミーーハンニバルと対峙する。

「やれる、村正?」

「灰域種じゃないんだ。問題ないだろう」

 俺は依姫にそう告げると分身体である刀を手にする。

 その瞬間、違和感と共にまたフラッシュバックと謎の記憶が過る。

『…………せ……闇に…………』

「くっ!黙れ!」

 俺は不快感を感じて叫ぶと再び現実へと戻る。

「村正!前!」

 依姫のその言葉に反応する前に俺の身体は突進して来たハンニバルと諸に衝突した。

「村正!?」

「大丈夫だ!」

 俺は踏ん張って吹き飛ぶの堪えるとハンニバルの腕甲のついた左腕に召喚した二本の刀を叩き込む。

「付喪神を舐めるなよ!」

 俺は吠えると送り足で反転しながらハンニバルの背後に回り込み、ハンニバルの逆鱗を斬り裂く。

 次の瞬間、ハンニバルが炎を吐いて活性化する。

 どうやら、人型アラガミとなったせいで思考まで鈍ったらしい。

 こいつは逆鱗を破壊すると常時活性化するんだったな。

 

 だが、逆に好都合だ。

 

「俺の中のわだかまりを全部吐き出させて貰うぞ!」

 俺は嬉々として笑うとハンニバルが振るう灼熱のブレードを宙を舞う事で回避し、その死角である後頭部から捕食形態でガリガリと削る。

 その瞬間、俺の飢えが少し満たされ、身体がマグマの如く熱くなる。

 ゴッドイーターで言う所のバースト化だ。

「覚えたぜ?」

 俺は獰猛な笑みを浮かべると怒れるハンニバルに突っ込む。

『…………を……二……』

 その瞬間、また頭の中で誰かが呟く。

「悪いな!今は聞いててやれねえよ!」

 俺はその誰かに叫ぶとハンニバルの腕甲をつばめ返しの要領で斬り上げて破壊する。

 

 そのハンニバルが腕甲を押さえて転倒すると俺は刀を軽く振るってオラクル細胞を振り払うと、そのハンニバルの頭部に向かって刀を振り上げた。

 

 ハンニバルを斬って覚えた。

 どうやら、俺の能力はアラガミを喰えば、喰う程強くなる程度の能力だ。

 まあ、アラガミになったんだから、当然と言えば、当然だろう。

 そこで俺は動きを止めた。

「……斬って……覚える?」

 どこか懐かしいその言葉を俺がそう呟いた瞬間、再びフラッシュバックが襲う。

 今度ははっきりとした声で聞こえた。

『魂魄家の剣は斬って覚える事だ』

「……斬って……覚える……それが魂魄家の……魂魄妖忌から教わった剣術の一つ」

「村正!」

 俺がぶつぶつと呟いているといつの間にか復帰したハンニバルに依姫がガトリングを叩き込んでいる姿が映る。

 俺は我に返ると依姫と共にハンニバルを討伐する為に地を駆ける。

 俺は刀にオラクル細胞と気を送ると飛ぶ斬擊を放つ。

 それを受けたハンニバルは頭部を縦に真っ二つに切断され、ドサリと倒れ込む。

 ハンニバルが倒れ込むと俺は奴に近付き、捕食形態で二つの核を同時に摘出し、バリバリと噛み砕く。

 

 そうして、俺の腹が満たされ、また力が解放される。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話【真実と異物】

 空腹が満たされると俺はゆっくりと塵になって消えるハンニバルに背を向け、刀を軽く振るう。

 そして、緊張の解け、徐々に痛みを増す頭を押さえて膝をつく。

「村正!?」

 俺は駆け寄って来る依姫に顔を上げる。

 

 ーーその瞬間、再びノイズと共に赤い髪の女のビジョンが見え、依姫とダブって見えた。

 

「……依姫」

「なに?」

「俺は本当に月で産まれた付喪神なのか?」

 俺の問いに依姫は答えない。

 その代わりに手を差し出して来た。

 俺はその手に触れると依姫の思いが伝わって来る。そして、依姫の記憶も。

 これは俗に言うエンゲージリンクと呼ばれる感応現象の一つだ。

 その中には俺がどうして記憶がこんなにも曖昧なのかの答えが秘められていた。

 

「……そうか。俺は再刃した時にお前の愛刀を素材として取り込んだのか。

 それで月の記憶を持っていると言う訳なんだな?」

「ええ。そうよ。月読村正ーーいえ、妖刀ムラマサ」

「月読村正で良い。最早、俺は元の幻想郷へは戻れないからな」

 俺がそう告げると妖刀ムラマサとしての記憶がプツンと消える。

 正確には自分で消したと言うべきだな。

 今の俺は地上の穢れにまみれた月の刀の付喪神に過ぎない。

 いや、付喪神と言うよりは人型の神機だ。

 

 ーーその俺の目から何かが零れる。

 

「……そうか。これが悲しいって感情か」

「……村正」

 依姫が俺に何か言おうとした瞬間、その耳に嵌めたインカムに手を当てる。

『依姫様!注意して下さ……』

「どうしたの?」

 その言葉を聞き、俺は涙を拭い、依姫を見詰め、自身のインカムに耳を澄ます。

『空間……歪み……距離…………です……この…………は……幻想郷……』

 肝心な所は聞こえないが、幻想郷からの来訪者なのだろう。

「依姫」

「ええ」

 俺達は互いに背中を預け、周囲に気を配る。

 

 ーーそして、そいつは現れる。

 

 一頭身の白い翼を生やしたそいつはまばゆい光を放ちながら降り立つ。

「貴方の知り合い?」

「……いや。こんな奴、俺の知る幻想郷にはいない」

 依姫の言葉に俺が否定するとそいつは仮面の奥にある瞳を輝かせ、右手のランスを振るう。

 

 その瞬間、灰嵐が消し飛ぶ程の風圧が周囲を襲った。

 

 このプレッシャーはヤバい。

 

『依姫様!応答して下さい!』

 灰域濃度が下がり、周囲に青空が広がるとクリアになった無線からレイセンの声が響く。

「レイセン。こいつはなんなの?」

『遥か昔にその強力過ぎた力故に恐れられ、封印された銀河最強の戦士よ』

 依姫の問いに答えたのはレイセンではなく、豊姫だった。

『恐らく、ムラマサがやって来た余波に惹かれたのね』

「姉さん?」

『エンゲージの反応は此方でも観測しているわ。

 今更、彼に隠しだてしても仕方ないでしょう』

「……ごめんなさい」

「お前が謝る必要はない」

 俺は豊姫に謝る依姫にそう告げると無線越しに豊姫と話す。

「お前の計画なんぞは知らん。

 だが、今の俺は依姫の刀だ」

 俺は豊姫にそう言って依姫の前に出る。

「依姫。お前の相棒として聞く。

 この後はどうする?」

「……村正」

 俺の言葉に依姫はしばし、沈黙するとゆっくりと俺の横に来る。

「目標の沈黙よ。手段は問わないわ」

「了解だ」

 俺は依姫に頷くと目標を見る。

『二人とも、今回はイレギュラーな事態よ。無事に帰ってらっしゃい』

『目標ーーギャラクティックナイト来ます!』

 豊姫とレイセンの言葉を聞きながら、俺達は此方を敵と見なしたギャラクティックナイトと呼ばれるそいつへと向かって依姫と共に駆け出す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話【銀河最強の片鱗】

 ギャラクティックナイトに俺が迫ると依姫が神機は銃形態に変えて援護する。

 それに対してギャラクティックナイトは盾で依姫の攻撃を防ぎ、俺の刀をランスで反らす。

「……おいおい。なんで、お前さんがアラガミに対する免疫持ってんだよ?」

 ギャラクティックナイトは答える代わりに俺を弾き飛ばし、四本の光る剣を此方に向かって射出して来る。

 俺はそれを分身体である刀を同じ様に飛ばして防ぐ。

「……痛っ!」

 分身体と本体が共有されてる分、俺の方はダメージを負ってしまったが、ギャラクティックナイトの背後を依姫が捉えた。

 だが、ギャラクティックナイトの奴は上昇する事で回避し、逆に飛び掛かって来た依姫にランスを向けて突っ込んで行く。

「依姫!」

 空中での飛行が出来るのなら、回避もまた出来るーー俺もそんなに慌てたりはしないだろう。

 だが、偏食因子を取り込んだ今の依姫にその能力の使用は封じられている。

「ーーっ!」

 依姫は猛スピードで急降下して来るギャラクティックナイトに対して盾を展開する事でなんとか致命傷を防ぐ。

 だが、ギャラクティックナイトの奴を相手にただでは済まない。

 ギャラクティックナイトは盾で防いだ依姫ごと地面にダイブしやがった。

「かはっ!」

 地面に猛スピードで叩き付けられた依姫と共に衝撃波が周囲に走る。

 ギャラクティックナイトは背中から叩き付けられて悶絶する依姫から神機を弾くと今度は俺に視線を向ける。

 正直、まだ光る剣を弾き飛ばした時のダメージが残っててバイタルが低下している。

 付喪神だった頃には感じない疲労感が俺を襲う。

 

 ーーさて、この状況でどうするか?

 

 あいつ、一頭身で俺の胴まで位しか身長がないのに馬鹿みたく戦い慣れしてやがる。

 これがかつて、銀河最強と言われた戦士か……。

 

 俺がそう思っているとギャラクティックナイトが明後日の方に飛んで行く。

 

 見逃してくれたのか?

 

 そう思った瞬間、ギャラクティックナイトが横一文字に次元を切り裂く。

 

 刹那、背筋がゾクリと凍る思いを感じた。

 そして、察した。察してしまった。

 

 あれはマズい!ーーと。

 

 俺はそれに備えてありったけの力を刀身に宿し、斬擊を飛ばす。

 

 次の瞬間、ギャラクティックナイトの切り裂いた次元から光が放たれ、周囲のアラガミやらを消し飛ばしながら、此方に向かって極太のレーザーが迫って来る。

 当然の如く、俺が飛ばした斬擊など、簡単に消されてしまった。

 

 万事休す、か……。

 

 俺は依姫に駆け出すとその身体を抱き締めてると身体を縮めて庇う。

「ーーーーーっ!!!!」

 そんな俺に猛烈な熱と光、そして、激痛が襲い、俺は声にならぬ絶叫を上げた。

 光が収まる頃には俺は黒く焦げ、辛うじて無事な依姫を抱いたまま、動く事すら出来ないでいた。

 そんな俺の前にギャラクティックナイトが舞い降りる。

 意識が遠退く中、ギャラクティックナイトがランスを地面に突き刺すと俺に手を差し出して来た。

 

 意図は解らない。

 

 だが、俺はその手を取らねばない気がした。

 俺はその手を黒く焦げて動かす度に出血する手でなんとか触れる。

 その瞬間、ギャラクティックナイトの思いが伝わって来た。

 ギャラクティックナイトの思いはただ一つ。

 

 "銀河を救う事"のみである。

 

 逆に俺の思いも伝わったのか、ギャラクティックナイトはランスを手にすると此方に背を向けて何処かに去って行った。

 

 恐らく、この世界を救う為に抗う者ーーつまり、人間を葬りに行ったんだろう。

 アラガミが星の抗体ならば、星にとってウィルスは人間と言う解釈なのだろうな。

 なんとかしてやりたいが、此処がヒト型アラガミになった俺の限界らしい。

 俺は依姫を抱いたまま、瞼を閉じるとそのまま、意識を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話【死して尚、戦場へ】

 気が付くと私は真っ黒な何かに抱かれていた。

「村正、なの?」

 

 返事はない。

 ただ、私は徐々に先程まで何があったのかを思い出し、彼が命懸けで私を守ってくれたのだと知って平静を装ってはいられなくなった。

 彼のアラガミ化して本来、聴こえる筈の鼓動も聞こえない。

「村正!村正!」

 私は不安になって彼に抱かれたまま、必死になって叫ぶ。

 だが、村正からの返って来る言葉はない。

 

「死んじゃ駄目!お願い!生きて!」

 それでも私は必死に彼に呼び掛けた。

 そんな私の目から涙が零れた。

 

 彼は穢れにまみれている。

 それでも、今は月の守護者として役目を果たそうとしてくれた。

 なら、彼は仲間に違いない。

 いや、理屈がどうのではない。

 

 村正は私の大切なーー

 

「姉さん!村正が!」

『無事だったのね、依姫?……貴女が無事で良かったわ』

「私の事よりも村正をお願い!」

『村正のバイタルは停止している。

 つまり、彼は既に死んでいるわ』

 

 無情にも姉さんの言う言葉に私は何も言えず、村正の胸で泣いた。

「ごめんなさい、村正。本当に……ごめんなさい」

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

《どうやら、俺は死んだらしいな?》

 

 魂だけの存在となった俺は三途の川の前に立ち、幻想郷の死神である小野塚小町に声を掛ける。

 

「そうだよ、あんたは死んだ。

 でも、正確にはあんた自身は死んじゃいない」

 

《意味が解らんぞ、小野塚小町?》

 

《俺は死んだのだろう?》

 

「アラガミとしてのあんたはね?

 でも、あんたは元は付喪神だ。

 つまり、本体は刀の方だろう?」

 

《なら、何故、俺は三途の川に来ているんだ?》

 

「それはちょっと複雑でね。あんたのヒト型アラガミとしての魂を向こうへ渡す為さ。

 あんたは刀としては死んじゃいないけど、アラガミとしては死んだからね?

 あんたからすれば、形的なもんさ」

 そう告げると小野塚小町は俺の魂を乗せて小舟を漕ぐ。

 こうして、俺はアラガミとしての死を迎え、黄泉の国へと旅立つ。

 

 小野塚小町の言う様に形的にはと言う意味で……。

 

 気が付くと俺は木造の天井を見上げていた。

 そんな俺の顔を月の頭脳と言われる八意永琳が見て、微笑む。

 どうやら、此処は幻想郷の永遠亭らしい。

「お目覚めは如何かしら、月読村正?

 いえ、妖刀ムラマサと呼ぶべきかしら?」

「……良い訳がないだろう、八意永琳」

 俺はそう告げると頭を振って、上体を起こす。

 そこで気付いたが、俺の身体はあの世界に来る前の姿に戻っていた。

 体内を流れるオラクル細胞の感覚はない。

 つまり、俺は元の状態に戻ったらしい。

「身体に違和感はあるかしら?」

「問題ない。だが、オラクル細胞が消失した気がするが?」

「当然よ。貴方はただの付喪神に戻ったのだから」

 八意永琳はそう告げると後ろのベッドへ顔を向ける。

 そこには黒焦げの遺体が寝かされていた。

「……俺か」

「ええ。正確には貴方が媒体として構築したヒト型アラガミよ」

 八意永琳はそう言って笑うともう一度、此方を見る。

 

 そこで俺はある事を悟った。

 

「月の緑化の情報はお前の差し金か?」

「そうよ。その目的は大体、察しているんじゃなくて?」

「……ヒト型アラガミのサンプルの入手」

 その言葉に八意永琳は満足そうに頷く。

 

 成る程。理解した。

 八雲紫は八意永琳の手のひらで踊らされていただけだらしい。

 八意永琳の目的はヒト型アラガミのサンプルの入手の様だ。

 恐らく、この幻想郷にはアラガミすら隔離する境界が張られているのだろう。

 故に八意永琳はアラガミのサンプルを欲した。

 全ては月の緑化現象で地上に降りた弟子の為だろう。

 

 だが、月の民と対立関係にある幻想郷は手を貸さないと決めた様だ。

 

 そこで考えられたのが、刀の付喪神である俺を八雲紫に派遣させる事だろう。

 そして、俺の行動は豊姫から伝達され、元は幻想郷の住人である俺はアラガミとして死した後にこの世界の幻想郷の境界を越えた訳か……。

 

「大体、察している様ね?」

「あくまでも推測だがな」

 俺はそう言うとベッドから起き上がると八意永琳を見詰める。

「それで俺はどうすれば良い?」

「必要な素材は手に入った。けれど、問題が残っている。

 ヨリヒメと呼ばれるアラガミとあのギャラクティックナイトの事よ。

 貴方にはその二つを解決して欲しい」

「その前に答えろ。ギャラクティックナイトもお前の差し金か?」

 その俺の問いに八意永琳は首を左右に振る。

「ギャラクティックナイトの存在はあくまでもイレギュラーよ。

 本来の予定では月読村正として貴方を迎え入れるつもりだった。

 だけど、月読村正である貴方は死亡した。結果として、それだけよ」

 そう告げると八意永琳は診察台の上に転がっていた刀を俺に差し出す。

「月読村正と言うヒト型アラガミだった貴方を媒体に制作された対アラガミ用の神機よ」

 俺はそれを受け取ると赤黒い着物を翻して診察室から出て行こうとする。

 

「あの子達をお願いね、ムラマサ」

「あんたや豊姫の企ては知らん。

 だが、依姫には義理がある。

 それを返すだけだ」

 俺はそう言うと永遠亭を後にした。

 

 永遠亭を出るとそこで待っていたのは八雲紫だった。

 その顔は裏を掛かれて悔しげな物であった。

「まんまとやられたわ。流石は月の頭脳ね」

「先に報告して置くぞ、八雲紫。

 月の緑化現象は幻想郷には何も得がない。それどころか、アラガミの脅威を持ち込む事になる」

 俺はそれだけ八雲紫に伝えると八雲紫のスキマを通り、再びあの戦場へと赴く。

 

 想定通り、ギャラクティックナイトは派手に暴れているらしい。

 俺は妖気を解放してギャラクティックナイトの元へと向かう。

 

 オラクル細胞と言う制限のなくなった妖怪の俺は先程までとは違う。

 戦場に立つ高揚感も死に対する恐怖もない。

 アラガミを喰らいたいと言う空腹感すらも消失している。

 俺は此方の世界を糧に生まれた自身の分身体を振るい、邪魔なアラガミ達を斬って捨てながら、ギャラクティックナイトへと迫る。

 

 そのギャラクティックナイトは依姫と戦っていた。

 

 依姫の奴、俺の弔い合戦のつもりだろうか?

 

 遠目からでも依姫がギャラクティックナイトに押されているのが解る。

 俺は刀のオラクル細胞と自身の妖気を混ぜ合わせた飛翔する斬擊を放ち、トドメを刺そうとするギャラクティックナイトとなんとか立ち上がる依姫とレイセンの間に割って入る。

「え?妖怪?」

 レイセンが困惑しながら呟き、依姫が真っ直ぐ俺を見ているのを感じながら、俺はギャラクティックナイトと再び相間見える事となる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話【朽ちた刀の思い】

 ギャラクティックナイトと剣を交えつつ、俺達は互いに空中へと飛翔する。

 幻想郷での基礎的な能力を取り戻した俺は先にも話した通り、違う。

 

 ーーとは言え、ギャラクティックナイトを相手するのは至難の技だ。

 

 俺達は互いに鍔迫り合いをして離れると同時に剣と刀を飛ばした。

 無論、前回の様に飛ばせば、俺にもダメージがある。

 

 だが、今回は人型アラガミだった頃の俺を媒体に作られ、強化された専用の神機がある。

 俺に出来る事をこの神機が出来ない筈はない。

 

 ギャラクティックナイトと俺の飛び道具は互いにぶつかり合って相殺される。

 相殺される度に俺の手の中にある神機が痛みを堪えるかの様にカタカタと震えた。

 

 ーーああ。解っている。

 

 神機だった頃の俺は依姫に救われた。

 ならば、返す義理はあるんだろう?

 

 例え、神機であるその身が朽ちようとも……。

 

 俺は後方まで下がると依姫の前まで来る。

 

「依姫」

「……村正、なの?」

「今は妖刀ムラマサだ。

 そんな事よりもいつまでボーッとしているつもりだ?」

 

 俺はそう言うと神機を正眼に構える。

 

 俺の師であり、共に幻想郷を支えた魂魄妖忌から教わった剣術だ。

 

 そう。俺は思い出した。

 

 幻想郷の守護者として影から支えて来た事も後輩にあたる付喪神の堀川雷鼓の事も全て……。

 

「お前の知る月読村正はもういない」

「それでも、私は……」

「お前がどう思おうと勝手だが、付喪神に戻った俺にそう言った感情は不要だ」

 

 そう告げると神機である俺がカタカタと震える。

 恐らく、否定したかったのだろう。

 

 だが、すまんな。

 

 ただの神機になったお前の代わりは俺には出来ん。

 俺は幻想郷の守護者なんだからな。

 

「解ったら撤退するなり、応戦するなりするんだな」

「……」

 

 依姫はゆっくりと立ち上がると俺の前へと来る。

 

「貴方は穢れ切っていますね?」

「お前達の嫌う地上の存在だからな?」

 

 そう告げると俺は依姫と共に駆け出す。

 

 この周辺に人の気配は存在しない。

 恐らく、ギャラクティックナイトが全て駆逐したのだろう。

 

 つまり、お互いに気にせず、本気が出せるってもんだ。

 

 ギャラクティックナイトも本気らしく目にも止まらぬ速さで迫って来る。

 

「……トリガー……起動」

 

 依姫も本気らしく、アクセルトリガーとか言うバースト化とは異なるオラクル細胞を活性化で俊敏になり、前回の仕返しと言わんばかりに神機を振るう。

 

 次の瞬間、依姫の神機とギャラクティックナイトのランスが砕け散る。

 恐らく、依姫の渾身の一撃だったのだろう。

 

 ギャラクティックナイトは砕けたランスを手に飛翔すると依姫と同時に飛び掛かった俺の攻撃を回避する。

 

『ギャラクティックナイトの損傷を確認!今です!』

「依姫」

 

 俺は依姫の名前を呼びながら神機を放る。

 

「俺の神機を使え」

「え?貴方、何をーー」

「神機のコアは適合者が決まっているってのは解っている。

 だが、そいつはーー月読村正だった俺はお前に使って貰いたいらしい」

 

 俺がそう告げると依姫はしばし考えた後に頷き、そして、俺の神機を手に取る。

 その瞬間、月読村正と綿月依姫の中でエンゲージされたらしい。

 

「……村正。本当に貴方なのね?」

 

 依姫は俺ではなく、俺だった神機を手に涙すると此方を見下ろすギャラクティックナイトを見据える。

 

「……解ったわ。貴方の意思を言葉でなく、心で理解した」

 

 依姫独り、呟くとゆっくりと刀を振り上げ、純白の飛翔する斬擊を放つ。

 ギャラクティックナイトはそれを何故か避ける事も防ぐ事もせずにまともに喰らい、閃光となって空へと消える。

 

 倒したーー訳ではないな?

 

 恐らく、神機となった俺と依姫のエンゲージして思いを込めた一撃がギャラクティックナイトを説得したのだろう。

 俺はギャラクティックナイトの去った空を見上げ、依姫は腰を下ろして項垂れ、嗚咽を洩らしながら神機となった俺を抱えて泣いた。

 

 こうして、ギャラクティックナイトの脅威は去り、残された問題はあと一つとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話【一匹妖怪】

「正直、銀河最強の戦士に勝つとは思ってせんでした。流石は月読村正ーーいえ、妖刀ムラマサでしょうか?」

「今回は依姫の手柄だ。俺はほとんど何もしていない」

 

 月の民の拠点に戻った俺は待っていた豊姫にそう言うと周囲を見渡す。

 どうやら、月兎達は俺を警戒しているようだ。

 

 まあ、この現状で敵だったり、味方だったりとコロコロ変わっていたからな。

 警戒されるのも仕方のないところだろう。

 

 依姫も疲れきった顔で自室へと戻っていったし、俺を擁護する人妖もいない以上、ここは敵地も同然だろう。

 もっとも、妖怪に戻った今の俺にはどうでも良い事ではあるが・・・。

 

「あとはヨリヒメを倒せば問題ないな?」

「ええ。それから先は貴方のお好きにどうぞ」

 

 豊姫はそう言うとヨリヒメまでの進路を画面に映す。

 その動きから大まかな経路が解った。

 成る程な。大体把握した。

 

 しかし、この動きはまるでなんらかの意図があるように感じるのだがな。

 

「おい。こいつの周囲はどうなっているんだ?」

「今更、貴方に隠し事しても無意味でしょう。■■■■■さまにもお会いしたんですし・・・」

 

 発音は理解出来なかったが、恐らく、八意永琳の事だろう。

 豊姫は俺に紙の資料を見せる。

 

 どうやら、なんらかの研究所を徘徊しているようだ。

 そして、顔は依姫のそれだった。

 成る程。これは確かに依姫には言えない訳だ。

 まさか、自身のアラガミが存在しているとは口が裂けても言えないだろうな。

 

 俺は懐に資料を入れると踵を返して拠点を後にしようとする。

 

「・・・少し話をしても?」

 

 豊姫の言葉に俺は立ち止まると背を向けたまま、豊姫の言葉に耳を傾ける。

 

「私は今でも妹を愛している。だから、このアラガミ化したヨリヒメさえも愛しい」

「だから、今まで手を出さなかった。

 だが、そうもいかなくなったってところか?」

「ええ。新たなゴッドイーターの登場でヨリヒメが知られてしまった。

 あの子を解析されると言う事は月の民の事を再び知られると云う事」

「だから、始末せざる終えなくなった、と?」

 

 俺の問いに豊姫は何を言うでもなく、キィーと音を立てて椅子に身を預ける音を響かせる。

 

「私はわがままでしょうか?」

「俺に聞くな。今更だろう?」

 

 俺はそれだけ言うとそのまま、扉から出る。

 

 そして、拠点を後にして目的の場所へと向かった。

 

 その途中、黒いアラガミと遭遇する。

 確か、アヌビスとか云うアラガミだったか?

 

 なんらかの死体を喰らうアヌビスは俺に気付くとゆっくりと此方に顔を向け、俺と対峙する。

 よく見れば、アヌビスが喰らっていたのは人のようだった。

 

 まあ、なんだろうと丁度良い。

 

 俺の能力は血を浴びれば、浴びる程、強くなる程度の能力であるように月読村正もアラガミを食らえば、食らう程、強くなる。

 

 ならば、戦闘を回避するよりも戦った方が後々の為と云うものだ。

 

 俺はゆっくりと正眼に月読村正を構えるとアヌビスと戦闘を開始する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話【ヴェルナーとの出会い】

 アヌビスへ突っ込むと奴も俺を敵と見なしたのか、突進して来る。

 俺はそんなアヌビスの頭上を飛翔するとその頭部から背中に掛けて一閃した。

 

 アヌビスの背中から黒い液体が飛び散り、月読村正が貪欲に吸収する。

 俺の手の中で月読村正はカタカタと震え、強度を増していく。

 そんな、かつての自分だった刀を見ながら俺は後方から迫るアヌビスに振り返る事なく、月読村正でアヌビスが振るう腕を弾いた。

 

「悪いが、俺は人間じゃないんでな?」

 

 そう告げると俺はゆっくりと振り返り、返し刃でアヌビスの太い腕を切断する。

 想定以上の一撃でアヌビスは苦しげに腕を押さえて暴れまわる。

 

「待っていろ。今、引導を渡してやるからな」

 

 俺がそう呟いてアヌビスへと刀を振り下ろそうとした瞬間、そいつらは現れた。

 

「止まれ!」

 

 そいつらは此方に銃を向けて威嚇して来る。

 こんな荒廃した区域にまだ人間がいるとはな?

 

 例のゴッドイーターとか云う人間達だろうか?

 

「ほう。この中で尚、活発に動けるとは興味深いな」

 

 俺は未だ悶えるアヌビスから、その先頭に現れた人物を見る。

 そいつは顔に十字傷のある男だった。

 

「この区域に単身で乗り込むとは、余程の命知らずか・・・いや、そもそも、人ではないな?君はアラガミか?」

「俺か?・・・俺は妖怪だ」

 

 俺がそう告げると十字傷の男が神機を手に此方へと駆け出す。

 そして、俺の横を通過し、満身創痍のアヌビスに総攻撃を仕掛ける。

 

 よくは解らんが、此方と敵対する気はなさそうだな。

 

 なら、俺も早々にこの場から去るとするかーーと思ったが、周囲の連中がそれを阻んでいる。

 

 そんな事をしている間に腕を再生したアヌビスが近くの人間を補食する。

 

 その瞬間、アヌビスから強烈なプレッシャーを感じ、俺もそちらへと振り返る。

 

「くそっ!バースト化したぞ!」

 

 周囲の奴等が騒ぐ中、俺は四つ足から二足歩行になったアヌビスを見上げる。

 アヌビスの瞳は迫り来るゴッドイーターではなく、俺を睨んでいる。

 

 どうやら、俺が腕を切り落としたのを根に持っているらしいな。

 

 まあ、当たり前っちゃあ、当たり前の反応か・・・。

 

 俺は天高く飛翔すると急降下しながら、月読村正に妖気を流す。

 

「チェストオオオオオォォォッッ!!」

 

 アヌビスは縦一文字に切断され、左右に別れてドスンと倒れ込む。

 

「冥界の王を一撃か・・・それにその身体能力・・・」

 

 周囲が呆気に取られる中、十字傷の男はただ、冷静に分析する。

 俺は刀を軽く振るうと峰を肩に当て、十字傷の男に視線を向けた。

 

「んで?あんたらもやるかい?」

 

 俺が挑発すると十字傷の男は苦笑して首を左右に振る。

 

「・・・やめておこう。我々、AGEはーー朱の女王は平穏を望む」

 

 AGE?朱の女王?

 

 よくは解らんが、こいつらは他のゴッドイーターとは違うらしい。

 まあ、それならそれで問題ない。

 

「名を聞こう」

「・・・ムラマサだ」

「私は朱の女王の首領・ヴェルナーと云う」

 

 互いにそう告げると十字傷の男ーーヴェルナーと名乗る男は此方をジッと見詰める。

 

「良ければ、君の目的を聞いても構わないか?」

「知る必要のない事だ・・・いや、ちょっと待て」

 

 俺はヴェルナーに待ったを掛けるとしばし、考え込む。

 

「教える代わりに一つ条件がある」

「此方に出来る限りであれば、なんでも言いたまえ」

「なに、簡単な事だ。俺と出会った事を忘れろ。それだけで良い」

 

 俺がそう告げるとヴェルナーはフッと笑う。

 

「この出会いをなかった事にしろと?」

「出来ないのなら好きにしろ。俺は俺のすべき事をする事には変わらん」

 

 ヴェルナーにそう告げると俺はゆっくりと刀を下げる。

 その行為にヴェルナーの配下が身構えるが、当のヴェルナーは涼しい顔で片手を上げて周囲を制す。

 

「・・・いいだろう。人間でないと云うのなら、我々が敵対する理由もない。

 寧ろ、君の能力は新たな火種になりかねん」

 

 ヴェルナーはそう告げると周囲の連中に顔を向け、退くように命令する。

 周囲から人の気配がなくなると俺は刀を鞘に納め、ヴェルナーに話をした。

 

 幻想郷からやって来た事、自分が何故、そこから来たのか、目的はなんなのかを。

 無論、月の民の生き残りの事などは伏せたが、ヴェルナーという男は俺の見立てではなかなか、思慮深い人間だろうと思う。

 これで外れていたのなら、俺の目が雲っていただけだ。

 

「なかなか、興味深いが、にわかには信じられんな」

「言っただろう、好きにしろとな?」

「だが、君の言葉には信憑性がある。なにより、ヨリヒメと呼ばれるアラガミには少々、心当たりがある」

 

 俺の言葉にヴェルナーはそう答えると「きたまえ」とだけ、告げて歩き出す。

 

 俺は自分でも解らぬ何かしらの確信を感じつつ、ヴェルナーのあとについていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話【ヨリヒメ】

 俺はヴェルナーに連れられ、かつて、なんらかの施設があった痕跡のある場所を訪れる。

 

「ここに君の望むアラガミがいるだろう。

 危害を此方から加えない限り、我々を攻撃するでもなく、ある特定のアラガミのみを狩っている。

 その姿は多種多様で様々な目撃はされているが、その生態までは解っていない」

 

 ヴェルナーはそう告げると月読村正を手にその先に向かう俺とすれ違う。

 そんなヴェルナーは臨戦態勢で歩いていく俺に問う。

 

「君とあのアラガミの因縁までは聞かないが、確実に強いぞ。それでも行くのかね?」

「まあ、それが約束だからな。それに此方としても野放しって訳にもいかなくてな」

「・・・そうか」

 

 俺はヴェルナーに片手を上げて別れを告げるとヴェルナーは「健闘を祈る」とだけ言って、その場を去る。

 俺はそんなヴェルナーが去るのを気配で察知しながら施設跡へと歩いていく。

 

 そして、そいつは現れた。

 

「よう。初めましてか?それとも久し振りか?」

 

 俺は上半身裸で両腕から異形な刃を持つ依姫にそっくりのアラガミを見詰めた。

 

「オオオオオオオォォォッッ!!」

 

 ヨリヒメは歌うように叫ぶと下半身のブースターを噴出させて此方に突進して来る。

 俺はそれを回避しながらヨリヒメの脇腹を斬ろうとした。

 

 だが、ヨリヒメはバリアーでも張っているのか、月読村正の刃を弾く。

 

 ちと、バリアーは少々厄介だが、まあ、やれない事はないだろう。

 そんな事を思っているとヨリヒメは宙を舞い、そのまま、両腕のブレードを展開して近くのアラガミを補食してバースト化して姿を変える。

 今度はブースターが出力を上げ、フワフワと漂う女神みたいな姿となった。

 

 なら、此方も対応するとしますかね?

 

 俺は月読村正の力を解放し、宙を舞うヨリヒメと刃をぶつけ合う。

 ヨリヒメがブレードで弾幕を張れば、俺がそれを叩き斬り、俺が斬擊を飛ばせば、ヨリヒメがバリアーで弾いたり、ヒラヒラと避けながら凌ぐ。

 

 お互いに決めてになる一撃を与えられないまま、数刻が過ぎたが、お互いに人間ではないのでスタミナによる消耗戦は意味をなさない。

 ただ、俺は俺でパターンを覚えた。

 加えて、ヨリヒメの弱点も発見出来た。

 

「貰ったぞ」

 

 均衡極まる死闘に俺はそう告げるとヨリヒメの唯一、シールドが張られていないブースターを狙い、その部位を破壊する。

 宙を漂うヨリヒメは落下するとそのまま倒れ込む。

 

 ーーいや、倒れ込んだと思った瞬間、ヨリヒメのブースターが分離し、人間みたいな白い素足になって素早い動きで俺を翻弄する。

 

 俺はそんなヨリヒメの攻撃を月読村正で防ぎながらじっと観察する。

 

 斬って解った事がある。こいつには明確な意思があり、思考する能力がある。

 言ってしまえば、こいつは依姫の姿をした人型アラガミだ。

 恐らく、豊姫も想定していなかっただろう。

 

 ヨリヒメは更に両腕の刃を分離する。

 その姿は凛とした依姫のそれだった。

 

 そして、分離した刀身とブースターが合体し、2メートルほどの刀となってヨリヒメの手に収まる。

 ヨリヒメはそれを振るうと俺と同様ーーいや、それ以上の斬擊を飛ばし、周囲を薙ぎ払う。

 

 今のは飛翔して回避してなければ、俺でも危うかったろう。

 そんな俺にヨリヒメが同じく宙を舞い、追撃に出る。

 

 だが、俺はそれをオラクルで出来た分身体の刀を飛ばしつつ、俺自身の分身体を飛ばして本体を切り替えてヨリヒメの背後を取る。

 

 分身体を媒介に本体を切り替え、転移する。俺の奥の手だ。

 

 そうして、俺はヨリヒメの背中を月読村正で斬り捨てる。

 ヨリヒメは地面に落ち、背中を押さえて苦痛に悶えている。

 

 そんなヨリヒメに俺はトドメを刺す為に月読村正を逆手に落下した。

 

 しかし、ヨリヒメもまた刀を手に俺に振り返る。

 

 そんなヨリヒメに俺はポツリと呟いた。

 

「古き世を捨て、新しい世界を生きよ」

 

 その言葉にヨリヒメは一瞬、動きを止め、俺の刀に核を貫かれ、そのまま、虚空を見上げて消滅する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話【解放されし者と去る者】

 ーー数日後。

 

 俺は依姫達ーー月の生き残りのアジトで依姫と豊姫の元を訪れた。

 無論、俺の任務が終わった事を知らせる為だ。

 

 今更、隠す必要もないと判断したのか、豊姫は妹の前でヨリヒメの話をする。

 事の真相を知った依姫は相当ショックだったのか、終始無言であった。

 

「それでこれから、貴方はどうするのですか?」

「どうもしない。本来の情報がデマであった以上、ここに留まる理由もない。ただ、全てが元に戻るだけだ」

 

 俺は当然の如く、そう言うと俯く依姫に視線を移す。

 

「依姫」

 

 俺の言葉に依姫が顔を上げると俺は鞘に納めた月読村正を差し出す。

 その意図が解らないようだったので俺は依姫に溜め息を吐いて、説明してやる。

 

「もう、俺には不必要だ。こいつはお前の好きにしろ」

「・・・ムラマサ」

「あとな。こいつは月読村正だった俺の意思だ。

 短い間だったが、お前と組めてよかったとな。

 そして、お前さえ、良ければ、また共に戦いたいとな」

 

 俺の言葉に依姫は大きく目を見開くと俺から月読村正を受け取る。

 そして、大粒の涙を流して、かつての俺だった刀を抱き締めた。

 

「・・・こんな私にまだ付き合ってくれるの?」

「俺達は所詮、道具だ。使われ続けるのなら、それに越した事はない」

 

 そう俺が依姫に答えた瞬間、カランと何かが落ちる。それは依姫の腕輪だった。

 それに対して、豊姫が腰を浮かせた、依姫が自身の手を見る。

 

 そんな二人を見ながら、俺だけが理解をしていた。

 これは月読村正とヨリヒメの意思だろう。

 

 古き世を捨てて、新しき世界を生きる為に妖怪とアラガミが道を開いたのだ。

 

 それを見届けてから、俺は踵を返して、その場をあとにした。

 

 玉兎達も俺よりも依姫の異常ーーいや、正常に戻ったのに戸惑い、去り行く俺に気付きもしない。

 唯一、レイセンだけが俺と目が合い、一礼したが、俺はそれに対して、なにも答えず、月の生き残り達のアジトから出ていく。

 

 外に出ると八意永琳と八雲紫が待っていた。

 

「あの子を解放してくれて、ありがとう、幻想郷の守護者さん」

「俺は何もしていない。まあ、もしも、礼を尽くすのなら、二度と偽の情報を流すな」

 

 俺はクスクスと笑う八意永琳にそう告げると、ふと、ある事に気付く。

 

「何故、幻想郷から出ている、八意永琳?

 最初からお前が出ていれば、この異変は解決しただろう?」

「勘違いがあるようね。私は貴方と言う媒体を取り入れる事で今、ここに立っているだけに過ぎないわ」

「つまり、この世界への適応がついさっき、完成したって事よ、ムラマサ」

 

 聞いてもいないのに八意永琳の言葉に八雲紫が補足する。

 これだから、こいつらは信用ならん。

 

「それで今後、月の生き残り達はどうするんだ?」

「彼女達は彼女達で新たな道を歩み始めた。

 私達、幻想郷に住まう者が手を出す事はないわ」

「・・・そうか」

 

 結局、幻想郷の連中は月の民を切り捨てたか・・・。

 

 まあ、依姫達が依姫達なりにこの荒廃した世界で戦い、生き抜くと言うのなら、俺から言う事は何もない。

 せいぜい、健闘を祈るくらいだろうか。

 

「あの子達なら心配はいらないわ」

「心配なんぞしとらんさ。それにこれはあいつらの戦いだからな」

 

 俺はそう呟くと八雲紫の開いたスキマに入って行く。

 

 ここでの戦いは終わったが、月読村正と依姫の戦いはこれからだろう。

 それとは別に俺は俺で再び、幻想郷を影から支える役目に徹しなくてはならない。

 

 ーーただ、それだけだ。

 

 そこに未練などを残すほど、俺はこの世界に馴染んでないし、妖怪の特性上、気にもならん。

 だが、まあ、これからのあいつらは大丈夫だろう。

 

 それだけは確信を持って言える事である。

 

 そうして、俺はこの世界を後にするのだった。




最後の最後まで妖怪としてドライな付喪神・妖刀ムラマサの神機化でした。
旅としては短いですが、綿月依姫と月読村正の戦いは今後も続きます。

いつか、月に帰る為に。

そう言う話でこの話は終わりです。
またの機会にお会いしましょう( ・ω・)ノシ

見てくれる人がいるのも大事だけど、完走するのも大事。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。