愚かなわたしに、罰を与えてくださいませ (オリスケ)
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1話

『竹箒日記』FGO1部6章/zeroの拡張IF小説。

円卓の騎士が互いに殺し合い、獅子王のギフトを貰い聖地を奪還するまでの間に
数か月の猶予があったというIFに基づく物語です。











 王の招集の声を聴いた。

 

 

 

 それは、有り得るはずのない号令。遠き昔の夢でしか聞くはずのない声。

 ブリテンが滅び、王が命を終わらせてから、もう幾百年も経っているにも関わらず、その招集の号令は、英霊の座にて揺蕩う彼等の魂を目覚めさせた。

 王の命とあれば従わぬ道理はない。有り得ないはずだという疑問を抱きながらも、即座に号令に従う。

 そして彼等――円卓の騎士が召喚されたのは、キャメロットの崩壊から数百年後の世界。

 不死のまま時を生き続け、神霊へと昇華したアーサー王の御前であった。

 出で立ちも、身に纏う雰囲気も明らかに異質な、獅子王を名乗る王。召喚される際に与えられた知識では測りきれない、世界の異常。

 混乱が冷めやらない騎士達に向け、獅子王は畳みかけるように、更に衝撃的な事実を突きつけた。

 

 

 

 曰く――この世界は、あと少しで消滅するのだと。

 その破壊から逃れる術は一つだけ。聖地エルサレムに建立した聖槍以外に無いのだと。

 焼却に対抗する策として、無垢で善良な民()()を匿い、人理の途絶を防ぐのだと。

 そして、その使命の為に――選ばれなかった全ての民を、見捨てるのだと。

 

 

 

 お前たちの力が必要だと王は言った。それと同時に、選択する権利があるとも言った。

 僅かの人を救うべく残りを全て抹殺するか、それとも滅ぶに任せるか。

 その方法しかあるまいと納得するか、それとも馬鹿げた悪逆だと非難するか。

 王に従うか、それとも背くか。

 

 

 

 かくして円卓は真っ二つに離反した。

 王に従う者と、反旗を翻す者。

 そして、道を別った円卓の騎士は、どちらの派閥にとっても――最も大きく、最優先で排除するべき宿敵だった。

 彼等は真っ先に、当然のように争った。二度目の生における数奇な出会いを喜ぶ間もなく、親しき友に刃を向けた。

 説得は無意味だと全員が知っていた。進むにせよ戻るにせよ、この世界は地獄だったからだ。

 嘆く訳にはいかなかった。互いに負ける事だけは許されなかったからだ。

 心を自ら砕きながら、彼等は親しき戦友をいの一番に殺したのだ。

 

 

 

 円卓第七席、ガレスは最後まで悩んでいた。

 心優しい彼女は、王の覚悟に背を向ける勇気も、人々を手に欠ける覚悟も足りなかった。

 怯えながら、辛い現実に思わずすすり泣きながら、それでもガレスは決断を迫られる。

 迷い、選べず、どうすればいいか途方に暮れて……その心の内に残ったのは、かつての親愛と後悔だった。

 

 

 ガレスは、ランスロットを敬愛していた。かつて不義により王に背いた彼は、今度こそ王の信頼に報いたいと願うはずで、自分はそんな彼の心を讃えたかった。

 また、ガレスは長兄であるガウェインを誰よりも頼もしく思っていた。忠に厚く最も王に近い彼は、王の言葉を信じると言った。だから自分も王を信じようと思えた。

 そして……敬愛し、大好きな二人と共に、最後まで王に仕える事。それこそがガレスの願いでもあったから。

 

 

 だから、ガレスは人理を守る側に立った。

 それが何を意味するか、最後まで真に理解できぬまま。

 自分の行く先に待つのが、どれほど血に塗れた地獄かを想像しきれないまま。

 何の覚悟もできないままにガレスは王の傍に立ち――その未熟な心のままに、彼女の槍は兄であるガヘリスの命をいの一番に食い破ったのだった。

 

 

 

 

 

 

        ◇

 

 赤黒いものが、視界一杯に広がっている。

 ぼやけた視界に、むわっと焚き付けられる、ひどい臭い。

 ぐちゃぐちゃという水音が、暴力的に響く。

 

 両手が、酷く生ぬるい。

 勝手に動いて、生ぬるい何かに指を突き立てている。

 ぼやけた視界が次第に明瞭になり、一面に広がっていたものの正体を理解する。

 

 

 赤黒いそれは、ガヘリスだった。

 縦に割ったガヘリスの腹に両手を突っ込み、その中身を、必死に捏ね回しているのだった。

 兄はとうに死んでいた。見開いて白く濁る眼球に、蠅が卵を産み付けている。

 とうに腐り悪臭を放ち始めたガヘリス。

 兄の内蔵を、自分は掻き混ぜる。

 両手が赤く、黒く、汚れていく。穢れていく。

 ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃと。

 

 

 

 

 

「っは――!?」

 

 声にならない悲鳴と一緒に、毛布を跳ね除けて飛び起きる。

 早鐘のように鳴る心臓が痛い。血液が全身を激しく駆け巡り、身体が沸騰しそうな程に熱い。それなのにガレスの顔は青ざめ、ぐっしょりと寝間着を濡らす冷や汗で、細く小さな体は凍える程に冷え込んでいた。

 

「は、はっ……はぁ……っ!」

 

 浅く早い呼吸を止められないまま、体を折り畳み、痛む胸に手を当てる。

 ばく、ばく、という鼓動を聞く。生きている実感を得るように。それでいて、どうして生きているんだろうと自問するように。

 

「……起きましたか、ガレス」

 

 静かに開いたドアからかけられる、穏やかな声。

 寝室に踏み込んだガウェインは、持ち上げられたガレスの青い顔を見て、痛ましげに眉を下げる。

 

「また、夢を見たのですか」

「ごめんなさい、兄様……早く振り切るべきだとは、分かっているんです」

 

 力なく笑って、ガレスは自分の広げた両手を見つめる。

 白魚のような美しい手。一週間前、石鹸を使って何度も何度も、赤切れが起きるまで洗った手。

 

「血の匂いが、消えないんです。こうしている今も、ガヘリスお兄様の感触が、こびり付いている気がして……」

「……辛い経験でしたね。乗り越えるには、時間が掛かって当然です」

 

 ガウェインはガレスのベッドの傍に立ち、項垂れる彼女の、小麦のような金髪の髪を撫で、それから肩をポンポンと叩く。

 

「ですが、もう一週間になります。獅子王陛下も急がないとは仰て頂いたが、それでも待たせるべきではないでしょう」

「はい。そう……そう、ですよね」

「陛下の目的を為すには、私達が必要です。私達の力と、陛下より授かりしギフトが」

 

 ギフト。それは一週間前、王が静かに告げた言葉。王に離反した円卓の騎士を皆殺しにした絶望に暮れた彼等に、眉一つ動かさずに下した指令だった。

 

 

 ――お前達に、恩恵を授ける。

 聖杯の魔力を用いた、強力な魔術だ。大抵の願望であれば、叶う事ができる。

 望みを言え。

 向かう先の困難を打破するべく、一騎当千の力を求めるか。

 それとも待ち受ける絶望に狂わない為の、精神の支柱を求めるか。

 

 

 どう使うかは自由だと言われた。決断までに、しばらくの猶予はあるとも。

 人理焼却から民を守る聖槍は、然るべき場所に建立しなければ効果を発揮しない。そして適所である聖地は、リチャード一世なる怪物によって支配されている。

 最も厳しい戦いになるだろう。その為には十全な準備も必要とされた。

 だから彼等は、聖都近辺のイスラエルから西に後退し、そこで一つの城を占領した。

 伝説のアーサー王の来訪と、円卓の騎士達の圧倒的な力もあり、大した抵抗は起こらなかった。民は最初彼等を恐れたが、怪物リチャード一世を討つという目的を聞くと、一転して彼等を歓迎し、獅子王の威光を信奉した。

 兵士の中には獅子王に付き従うと名乗りを上げるものも少なくない。彼等はランスロットにより、後のキャメロット兵となるべく鍛錬を受けている。

 食糧を揃え、兵を鍛え、周到に準備を整え聖地を奪う。遠征が開始されるまでのおよそ数ヶ月が、ガレス達に許された時間的な猶予であった。

 ガレスは顔を上げ、赤く腫れた目で兄を見上げる。

 

「ねえ、お兄様。お兄様は決められましたか? いつギフトを授かるか。ギフトに何を望むか」

「いや、私もしばらくは保留するでしょう。もう少し状況を判断したいですし……何より兄として、落ち込む弟を放っては置けませんからね。貴方の心が決まるまでは、私も傍にいるつもりです」

 

 ガレスの不安を慰めるように、ガウェインは笑って見せる。時が許すまでだが、という付け加えられた呟きが、いやに不穏な響きになってガレスの鼓膜を震わせた。

 

「何を望むか、については……そうですね……私はきっと、力を求めるでしょう。獅子王陛下の威光を我が身に宿せるような、輝かんばかりの力を」

「そう……ですか」

「何か、不安があるのかい、ガレス?」

 

 いつもの慇懃な態度ではない、砕けた調子の声。自分と、自分が殺したガヘリス……弟達だけが知っている、彼の兄としての声。

 同胞の血を浴び、大きすぎる罪を背負って尚、彼は自分に優しくしてくれる。

 その温かさに甘えるように、ガレスは自分の膝を抱き、心の内の怯えを露わにする。

 

「お兄様……私は、怖いんです」

「獅子王陛下が、ですか?」

「はい。お兄様も覚えていますよね? 元々、陛下はどこか冷たい所のある人でした。大局を見て、私達の想像できない遠くを見つめていて。そのせいで時折、理解の追いつかない指示を出す事もあった……」

 

 そこでガレスは言葉を区切り、ふるふると体を震わせる。

 

「けれど、獅子王陛下は違う。もっとずっと、遥か彼方を認識して、それしか見ていない。あの目を向けられると、私達がただの風景に、道具になってしまったように感じるんです」

 

 例えば、そう。まるで歴史書をめくるような。

 戦争も、裏切りも、略奪も、書物には起こった事実だけが記され、流れた血の多さや、そこで生きた人の心を知る事はできない。

 世界の結末を見据える獅子王の眼は、今に生きているにも関わらず、記された文字を追うよう。

 澄み切った神秘を宿す翡翠の瞳は、とうに過ぎ去った過去を傍観するように、無感動に乾いて、凍える程に冷たくて。

 

「つい、思ってしまうのです。そんな王からギフトを賜って……果たして私は、私のままで居られるのかって」

 

 ガレスは両手の爪を立て、組んだ膝にぎゅっと食い込ませる。

 今も、血の匂いを錯覚する。

 兄を貫く槍の感触が、白くしなやかな手に染みついている。

 脳裏に焼き付いた最期の顔が眠る度に浮かび上がり、悲鳴を上げて飛び起きる。

 罪の重さは、押し潰され破裂しそうな途方もないものだ。しかしそれは、同時に背負うべき十字架でもある。

 どれだけ苦しくても、重たくても、忘れる訳にはいかない。背負いながら歩かなければいけない。

 しかし、あの神々しき獅子王は、人類の消滅を見据え、騎士一人の進退など見向きもしないだろう。

 果たしてこれから先の旅路に……この美しくも脆い心が、介在する余地はあるのだろうか。

 

 

 

 

「……ガレス」

 

 弟の怯える様子を痛ましく思い、ガウェインは慰める言葉をかけようとした。

 小刻みに震える肩に置こうとしていた手が、ふと止まる。

 顔を上げる。太陽の騎士は、空気に交じる異質な雰囲気を敏感に感じ取っていた。

 

「お兄様?」

「妙な気配がする……外ですね、行ってみましょう」

 

 気を引き締めたガウェインは、霊体化させていた鎧を纏い、混乱するガレスの手を引き、中庭へと足を運ぶ。

 近づく毎に不穏な気配は肌に張り付く程濃くなり、やがてガレスの耳も、中庭から聞こえるざわめきを捉える。

 中庭に出た二人が見たのは、押し込まれたようにひしめく大群衆だった。

 城下に住む人々だった。それも市民とは呼べない、位の低い階級の。皆一様に使い古しのボロ布を身に纏い、汗の匂いを立ち込めさせている。

 多くは奴隷。または物乞いや盗みで生計を立てる浮浪者だった。狭い場所に大勢押し込まれて、あちこちで怒号が響き、小競り合いが起きている。弱弱しい子供の泣き声と、それを守る母親の声も聞こえる。

 群衆の誰も、自分たちが集められた理由を解っていないようだった。困惑と、怒号と、恩赦を期待する浅ましい声。それらが交じり合い、中庭には薄暗い異様な雰囲気が充満していた。

 

「これは、一体何事ですか?」

「あ……お兄様、あそこに獅子王陛下が」

 

 ガレスが指差す方を見れば、王城の二階、中庭を見下ろすバルコニーに、獅子王が姿を現した所だった。傍らには、赤い髪を棚引かせたトリスタン卿の姿もある。

 獅子王が姿を見せた瞬間、中庭の空気は一変する。獅子王の存在感は、雨雲を切り裂き差し込む陽光のように強烈で神々しく、集まった人々の顔を持ち上げさせる。

 

「あれは……アーサー王だ」

「本当だ! 伝説の王、ブリテンの王だ!」

「あの怪物を倒し、我々を救って下さい、アーサー王陛下!」

 

 一人、また一人と頭上の獅子王の存在に気づき、謁見の光栄に表情を輝かせる。自らの国の王でこそないが、幻の国を治めた王の伝説は誰もが耳にする所。まして王の纏う人の域を超えた神秘は、相対したものに本能的に頭を垂れさせる、暴力的とも呼べる威圧を放っていた。

 

 

 

 にわかにざわめく貧民階級を、一言も発さず、涼しい顔で睥睨する獅子王。

 一体何が始まるのだと、ガウェインも、ガレスも、眉を潜める。

 その疑問は、至極当然の反応だった。

 これから始まる光景を想像できないのは、二人がまだ正気でいる証拠だった。

 

 

 

 冷ややかに群衆を睥睨していた獅子王は、やがて静かに目を閉じ、言う。

 

 

 

「やれ」

 

 

 

 放ったのは、たった一言。

 トリスタンもまた一切の躊躇を見せず、王の指令を遂行した。

 

 

 

「――痛哭の幻奏(フェイルノート)

 

 

 

 ポロン、と軽やかな音。

 弦が震え、音を発し、それが空気を切り裂く刃となる。

 瞬間、夥しい数の斬撃が雨のように降り注ぎ、中庭に集まった群衆を細切れにした。

 王に見惚れていた顔が二つに割れる。胸から腰に掛けてを斜めに絶たれて、胴が滑り落ちる。吹き飛んだ腕が次ぐ一撃で割かれ、挽肉になるまで分解される。

 斬撃の雨は反動で血肉を天高く巻き上げ……真っ赤な血と肉の雨が、ガレス達に降り注いだ。

 

「……え?」

 

 ガレスの喉から、ようよう絞り出すように、呆けた声が漏れる。

 自分が浴びる鉄臭い雨が何なのか、まだ理解が追い付かない。真っ赤に染まった中庭にびちゃびちゃと水っぽい音を立てて落ちる、瑞々しいピンクや白のそれを、正しく認識できない。

 肌にべっとりと張り付いたそれが何なのか、考える事を放棄する。

 現実味を失い遠ざかった聴覚が、泣き叫ぶ悲鳴を捉える。

 大半が何が起きたかも分からず絶命した中、生き延びた者もいた。

 悍ましい量の血だまりの中、千切れ飛んだ片腕を押さえ絶叫する男がいた。

 胴から上だけになって横たわり、血の海で溺れかかる男がいた。

 動かなくなった我が子の頭を抱いて発狂する母親がいた。

 血の雨に全身をびしょ濡れにしながら、悲痛に泣く子供の姿もあった。

 絶望の中、生き残ってしまったという幸運。それもまた、トリスタンの放った二撃目の雨で、形も残らず消え失せた。

 

「――」

 

 むせ返る程の生臭い雨に打たれながら、ガレスはブルブルと震える手で、頬に張り付いた物を摘まむ。

 痙攣した指に挟まったそれは、脛毛の生えた腿の皮膚だった。脂肪の黄色が混じった皮膚の裏側を目にし、誰とも知らないそれを取り落す。

 その軌道を目で追い、真紅に染まった草原を見下ろし。

 ころんと転がってきた幼児の片足に、ガレスの精神は限界を迎えた。

 

 

「っ――ぅ、げっ。げぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

 ガレスは膝を折り、人の破片に嘔吐した。酸っぱい胃酸が滝のように零れ落ち、ガレスの喉を焼く。胃袋が殴りつけられるように何度も収縮し、喉を締め付ける。

 胃袋の中身を全て吐き出しても、不快感は止まらない。ずたずたになった神経は立つ事すら拒否し、ガレスは膝を折り血しぶきを巻き上げる。

 

「えっ――げ、ぇ――か、かぁっ――」

「ガレス! しっかりしろ……ガレス!」

 

 兄が背中を抱いてくれなければ、そのまま止まないえずきに喉を詰まらせて窒息したかもしれない。けれどどれだけ兄が声をかけてくれても、折りたたまれた身体に力は入らない。胃酸も全て出し尽くした胃袋が引き絞られ、粘つく胆液がガレスの小さな口に糸を引く。

 強烈な不快感にえずき続けるガレス達。その前に、トリスタンが降り立った。棚引く赤い髪を更に真紅に染め上げ、一息に数百人を殺しながら一切崩れない涼しい顔で、二人を見下ろす。

 

「おや、ガウェイン卿にガレス卿。もう調子は戻られたのですか?」

「トリスタン卿……」

 

 蹲るガレスを抱きながら、ガウェインはギリと歯を食い縛り、唸る。トリスタンを見上げるその目には、勇士たる義憤がありありと燃えていた。

 

「何だ。貴方は今、一体何をしたのですか……!」

「……私は哀しい。貴方程の方が、そんな短絡的な怒りを覚える事に、少なからず落胆してしまう」

 

 トリスタンの言葉は平坦に流れる。太陽の騎士の憤慨を前にして尚、トリスタンの心は氷山の如く冷え切っていた。

 ポロン、と、血みどろの中庭には不釣り合いな美しい音を奏で、トリスタンは言葉を続ける。

 

「何をしたか……あの日此方側についた時から、こうなる事は承知でいた筈です、ガウェイン卿」

「獅子王陛下の、用命ですか」

「ええ――掃除です。人理崩壊を凌ぐ上で、無駄にしていい時間などありません」

 

 トリスタンが語るのは、この悲劇の始まり、召喚された円卓の騎士達に、獅子王が説明した事。

 聖地イェルサレムに建立した聖都に、選ばれし民を匿い焼却を逃れる、罪深く悍ましい最善策。

 

「正式な聖罰は、聖都を建立してから行われる。しかし、人は多い。余りに多い……救うに値しない下衆に限っても、それこそ掃いて捨てるほどに」

「だからと言って、これは……!」

()()()()()()()() ああ、ガウェイン卿。私は哀しい。獅子王に従う意を示し、仲間を手に掛けた。その穢れきった手と心で、今更何を躊躇うというのです」

 

 またポロンと琴を爪弾く。トリスタンの心は、奏でられる音色と同様に美しく澄み、それでいて余りにも残忍なものに変貌していた。

 言葉を失い、固まるガウェイン。その手を置かれたガレスが、また小さく身じろぎを始める。

 

「っく、ひ……ひぐっ、うぇ、えぇ……!」

 

 息も絶え絶えな、嗚咽。浴びた血を含ませた赤い涙が、血と胃酸の水たまりにぽたぽたと落ちる。

 打ちのめされた弟を見て、放っておける兄ではなかった。ガウェインは弱り切ったガレスの肩を抱き、中庭に背を向ける。

 

「覚悟は決まっている筈です、ガウェイン卿……後は、いつ剣を抜くかだけなのですよ」

 

 ポロンという琴の音と共に、背中に掛けられる声。

 振り返れば、バルコニーに立った獅子王が、ガウェイン達を見下ろしていた。

 目の前で起こった惨劇を全て目撃して尚、その目は一縷も曇りのない、畏れを抱かせる神々しさで、ガウェインの心の遥か最奥までを見透かしていた。

 

 

 

 

 

 獅子王の眼から逃げるように走り去り、人気のない城の裏手まで来ると、台所に繋がる小さな用水路の傍に、そっとガレスを降ろす。

 

「ガレス……ガレス。気をしっかり持ちなさい」

 

 ガウェインが顔を覗いた時、ガレスは既に心神喪失の状態にあった。肩を揺すり、昏い目に強引に光を戻すと、またその場に体を折り畳み、喉をしゃくり上げる。

 見ていられない、余りにも痛ましい弟の嗚咽は、何分も何分も、止むことなく続く。その間ずっと、ガウェインは彼女の背中をさする事しかできなかった。

 喉から何もでなくなって、ようやくガレスは喘ぐように呼吸を始め、それからぽたぽたと、雨のように涙を落とし始める。

 

「お兄様……私、あれ、あんなのって……そんな……!」

「思いつめるな、ガレス。貴方のせいではありません」

「母親も、子供も居ました。なのに皆、一瞬で……あんまりです。惨すぎます、あんなの……!」

「……」

 

 凍えるように体を抱き、蹲るガレス。

 ガウェインはかける言葉を探せなかった。

 酷いとも、許せないとも言えなかった。打ちのめされる弟を慰める事はできても、トリスタンの行いを非難する事は決してできなかった。

 人理を守るため、人類の大半を敵に回す。それが獅子王が示し、彼等が選んだ路だ。

 トリスタンの言葉は、揺るぎなく確信を突いていた。中庭で起きた出来事は、いずれどこかで、必ず起こるべき惨劇、それのほんの序章に過ぎない。

 その事を、ガウェイン自身が重々承知している。だから、ガレスに声を掛けられない。心配ないとは言えない。

 

 

 

 泣きじゃくるガレスの傍で、どうしたらいいか分からず途方に暮れる。

 その時、鎮痛な空気に割り込む、ガシャンと重たい鎧の音。

 それと同時に、新たに漂う、鼻が曲がる程の強烈な血の匂い。

 顔を上げた先には、真っ赤に染まった剣を肩に担ぐ、銀甲冑の夜叉が居た。

 

「モードレッド卿……」

「よお。奇遇だな、クソ兄貴」

 

 吐き捨てるような暴言は、いつもより遥かに獣じみている。

 

「テメエ等も仕事終わりか? ボーっと黄昏てるなら、先に沐浴させてもらうが」

 

 獰猛な、興奮を滲ませた声。それと同時に薫り立つ、強烈な匂い。

 モードレッドの全身は、ガウェイン達に勝るほど劣らない、悍ましい量の血を浴びていた。

 

「貴方……その血は、何をしてきたのです?」

「あァ? んなモン決まってる、獅子王陛下の勅命で、村を一つ滅ぼしてきたんだよ」

 

 懊悩に剣で肩を叩くと、乾いた血がパリパリと剥がれて灰のように散る。

 幾重にも積み重なり、グラデーションを見せる赤い色。

 乾いた血の上から更に血を浴び、それを何度も繰り返す事で産まれた色。

 それはモードレッドが行った凄惨極まる殺戮を、何よりも雄弁に物語っている。

 何百人を斬れば、それほどの返り血を浴びられるのか……戦慄するガウェインに、モードレッドは苛立たしげに唸る。

 

「何だその目。テメエ等も似たような恰好しておいて、まるで咎めるみたいじゃねえか……って」

 

 そこまで言ってモードレッドは、ガウェインが抱くガレスの存在に気付く。

 蹲り、雛鳥のように震えるガレスを見て、モードレッドはおおよその状況を察した。

 

 

 

 

「……へん」

 

 その上で彼女が放ったのは、嘲笑。

 次の瞬間、モードレッドは赤雷を吹き上げながら飛び掛かり、血染めの剣をガレスに向けて振り下ろした。

 ギィン! と目覚ましい金属音。瞬時に剣を抜いたガウェインが、モードレッドの鬼神の如き特攻を受け止める。

 触れあった鋼がチリチリと鳴り、火花が散る。

 本気の鍔迫り合いだった。殺す気の一撃だった。

 

「貴様……何のつもりだ、モードレッド卿!」

「そりゃこっちのセリフだ腰抜け共が! 獅子王の膝元で、メソメソと醜態を晒しやがって!」

 

 大上段に振り下ろした剣に更に力を籠めながら、モードレッドは真っ赤に濡れた兜を展開する。

 曝け出された顔に浮いていたのは、狂気。

 瞳孔は小さく窄み、唇を割ける程に吊り上げている。牙を見せびらかす笑みは、内から迸る怒りに完全に塗り潰されていた。

 

「血を浴びる覚悟もねえ奴は、居たって邪魔だ! べそ掻いて泣きじゃくるんなら、今この場でオレが殺して、テメエの分のギフトを貰って、更に暴れてやる! そうすりゃ獅子王だって、オレに眉の一つくらいは動かしてくれるだろうさぁ!」

「が――あぁ!」

 

 油断すれば、首筋を食い破られかねない。それほどの鬼気迫る様相で、モードレッドは吠える。

 ガウェインは体格差に物を言わせて、モードレッドを振り払った。

 着地したモードレッドは、赤雷を吹き出し獣のように唸りを上げたが、未だ蹲るガレスと、彼女を庇うように立つガウェインを見て、やがて炎のような闘志を吹き消した。

 

「……けっ」

 

 興醒めだ、と言外に語り、モードレッドは心底見下げ果てた、侮蔑を籠めた目でガレスを見下す。

 

「下らねえ。苛つくぜ。誰を殺めようと、今のテメエに泣く資格があると思ってんのか?」

「……」

「覚悟がねえんなら、今の内に死んどけ。テメエの為にも、世話焼きな兄貴の為にも、それが最善だ」

 

 容赦のない罵声を浴びせて、モードレッドは血濡れの体で王城へと入って行った。

 後にはただ、言いようのない重苦しい静寂だけが残る。

 抜いた剣を鞘に納める事さえ忘れて、ガウェインは茫然と立ち尽くす。

 空気に交じる濃密な血と死の香りが、彼等が踏み込んだ、後戻りできない悪逆非道の旅路が、いよいよ始まった事を静かに告げていた。

 



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2話

 

 

 無駄にしていい時間は一つとしてない。

 そう口にする事こそなかったが、獅子王の施政は極めて迅速で、同時に徹底的に慈悲を欠いていた。

 近隣の村を焼いては資源を簒奪する。鉄を奪い武具を作って兵力を蓄える。聖都建立に先んじて行われている聖罰では、日に数百人、時には千を超える民が集められ、血の雨を降らせていた。

 

 あらゆる場所で虐殺が起きた。兵に志願する者や、選定されるべき無垢な民を除き、誰も生かすなという命が降りた。

 その指令にどこまでも忠実に、円卓の騎士は己の足を動かし、剣を振った。

 無慈悲に、機械的に、心など要らぬと吐き捨てるように。

 止まる事は許されなかった。一切の躊躇なく、進み続ける他なかった。

 ただガレスだけが、刃を握る事を拒否し、一度も戦場に出る事をしていなかった。

 

 

 

 

 王城の裏手に位置する、厨房。

 数十人が一同に入る事ができる、とても広い空間だ。本来ならばそこは王家の腹を満たし来賓を歓待する為に、大勢の調理師や給仕が一同に介し、熱気や活気と共に美味な香りを運んでいる事だろう。

 そのあるべき筈の喧噪は、一つとして残っていない。

 浮浪者や下級市民の選定を終えた獅子王の眼は、とうとう城の勤め人や町人にも向けられた。罪のない民が躊躇いなく殺され、恐れ戦いた民は一人また一人と逃げ出した。この街の人口は、もう当初の半分を切ろうとしている。

 火も焚かれていない厨房は薄暗く、人っ子ひとり、鼠一匹の気配さえない、廃墟も同然の寂しさを湛えている。

 

「……」

 

 ガレスは一人、無言で皿洗いに勤しんでいた。

 銀の食器を桶に溜めたきめ細かな砂に浸け、食べ滓や油汚れを落とす。別の桶に張った水に浸けて砂を落とすと、曇りの残らないようシルクで磨く。それを延々、繰り返す。

 さざ波に似た零れる砂の音。シルクで磨く時のきゅっきゅという小気味いい音。だだっ広い厨房に、それらは泣きたくなるくらい寂しく響く。

 

「……」

 

 桶に溜めた砂に手を差し込むと、水のようにサラサラと波打ち、指の隙間をすり抜けていく。

 何も起こらない静寂。このままずっと続けばいいのにと、夢見心地に似た暗い気分で、砂を掻き、手を引き上げ。

 

 

 

 その手が、血で真っ赤に染まっていた。

 

「ひっ――!?」

 

 悲鳴を上げ、食器を取りこぼす。銀食器が床を叩き、耳に痛い激しい音を反響させる。

 喘ぎながら己の手を見れば、そこには真っ白な自分の手があるばかり。

 血の赤は、錯覚だ。

 当たり前だ。槍も握らず、こんな場所に引き籠っておきながら。

 

「汚れる訳がないじゃないか……馬鹿だなぁ、私」

 

 絞り出すような、力ない微笑。それが広い厨房に溶けて消えた頃に、石畳を打つ靴音。

 

「またここに居たのですか、ガレス」

「あ……お兄、様」

 

 入口に立った兄が、硬く張りつめた声で呼ぶ。

 ガレスは笑いかけようと顔を上げるも、彼の鎧に付着した血糊が目に入り、すぐに砂桶に視線を逃げさせた。

 弟の怯えた目の動きを見て、ガウェインは沈痛げな表情で話を切り出した。

 

「……ランスロット卿が、ギフトを受け取りましたよ」

「……そう、ですか」

「ギフトが無くとも、彼の覚悟が揺らぐ事はなかったでしょうが……良心の呵責があっては、王の期待に応えられないと判断したのでしょう」

「ランスロット卿は……今、何をなされて……?」

「王の命を、忠実に遂行していますよ……それ以上は、聞かない方がいい」

 

 俯いたガレスの顔に、更に暗い影が落ちる。

 ランスロットがギフトを受け取った。王に仕える覚悟を決めた。ガレスにとってそれがどれ程大きな影響を与える出来事か、兄であるガウェインは良く知っている。

 窒息しそうな程に、重苦しい沈黙。少しでもそれを紛らわそうと、ガレスの手が、積み重ねられた皿を手に取り、砂桶に漬ける。

 

「……昔の事を、思い出していました。お兄様を追いかけてキャメロットの門を叩いたのに、ケイ卿に厨房働きを命じられて、そんな綺麗な手で槍を持てるのか、なんて茶化されて」

 

 英霊として受けた二度目の生に於いても、昨日の事のように思い出せる。懐かしい、輝かしい思い出。

 

「こんな感じの厨房で、じゃぶじゃぶお皿を洗いながら……必ず騎士になってやるって思ってました。お兄様やランスロット様と共に戦える、立派な円卓の騎士になるんだって」

「……」

「お兄様と肩を並べたかった。ランスロット様の背中を追いかけたかった。共に、王のお役に立ちたかった……私は、最後まで、皆さんと一緒に居たかったんです」

 

 心から願っていた夢。叶う事の無かった願い。

 結局円卓は離反し、最愛の兄とランスロットは決定的に決別した。

 ランスロットはブリテンの明確な敵となり、ガレスもまた対立を余儀なくされた。

 けれど彼女は、選べなかった。王に背く事はできず、けれども敬愛するランスロットに刃を向ける事もできなかった。

 だからガレスは死んだ。

 武器も持たずに立ちはだかって。狂人と化したランスロットに無残に頭部を砕かれて。

 

「召喚された時……私の願いが、叶うと思いました。お兄様も、ランスロット様も、陛下を裏切るような行いはしないと分かっていたから」

 

 最愛の二人と、肩を並べて戦える。愚かにもガレスがいの一番に思い浮かべた事は、そういう楽観的な希望だった。

 王の側に立ち、地獄の道を進む険しさを、ガレスは己の甘い考えでごまかした。兄を、民を殺す覚悟なんて、その実ちっともできていなかったのだ。

 

「ねえ、お兄様……陛下の行いは間違っていると……そう思う事は、罪でしょうか」

 

 震える声でそう言って、ガレスは兄を見つめる。その手で民を殺してきたばかりの兄を。

 揺れる瞳に見据えられたガウェインは鎮痛に顔を伏せ、乾いた血のこびり付いた拳を握る。

 

「……否定は、しませんよ。思いやりを向けられるのは、貴方の美徳でもあるし、何より我々の行いは、善行では決してない」

 

 言いながら歩み寄り、ガレスの隣に並ぶ。

 膝を落とし目線を低くして、弟の瞳を覗き込む。

 

「けれども、ガレス。貴方が抱くその心は、これから先、貴方に苦しみ以外をもたらす事はないでしょう。美しい輝きは、すぐに貴方自身を焼き焦がす熱になる」

「でも……でも、こんなのおかしいです。民を守る、何か他の方法があるのでは……」

「無いのですよ、ガレス。獅子王陛下は、幾百年もの間悩み続け、この答に辿り着いた。我々が思い描けるような淡い希望は、とうに陛下が思案し、破棄されているでしょう」

 

 言葉は優しくも、固い。聞き分けのない子供に言い聞かせるように、ガウェインはガレスの肩に手を置き、瞳を覗く。

 

「誰もが助かる都合のいい道なんて、ありはしない……そして、そんな方法が仮にあったとしても、もう手遅れなのです。陛下はもう行動を起こされた。我々は、陛下に従うと誓ったのですから」

「でも……でも……!」

「いけませんよ、ガレス……その心は、優しさは、陛下に対する裏切りに他ならない」

「っ……!」

 

 言い聞かされるそれは、感情や道徳よりも優先されるべき、王への忠誠と決断に対する責任。

 兄の大きな手で両肩を掴まれ、議論の余地のない正論をぶつけられ、ガレスはぎゅっと唇を噛んで項垂れる。

 溢れそうな感情を必死に堪え、涙が零れないようにするのが精いっぱいだった。

 

「分かってる……みっともない駄々だって、分かっているんです。けれど私は、できない。例え心をギフトで塗り潰したとしても、あんな行い……わたし、私、一体どうすれば……!」

「……ああ、ガレス」

 

 とうとう堰を切って流れ出した涙を、ガウェインは彼女を抱き締める事で覆い隠した。弱弱しく震える肩を叩き、耳元に静かに囁く。

 

「大丈夫ですよ、ガレス。私が居ます。ランスロット卿も付いています。陛下だって、貴方の忠義を讃えてくれる筈です」

「っう……うぅ……!」

「頑張りましょう、ガレス。私達が必ず、貴方を傍で支えますから」

 

 優しい言葉を囁いて、兄としてあらん限りの愛情をガレスに与える。

 

 

 

 ――けれど彼は、決してガレスを肯定しなかった。

 逃げていいとも、ガレスは正しいとも、一言も言わなかった。

 兄の決意はとうに鋼のように硬く、無機質な冷たいものに変貌していた。

 ガレスがどれだけ嘆いても、時は戻らない。彼女が選んだ決断は覆らない。

 槍を握らないという選択を、運命は決して許しはしなかった。

 



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3話

 

 

 草木の少ない痩せた平原を、三頭の馬が駆けていく。

 戦闘をひた走る馬に跨るは、紅蓮の装飾を誂えた銀鎧に身を包む、叛逆の騎士モードレッド。その身に授かった『暴走』のギフトを体現するように、一秒でも早く暴れさせろと言わんばかりに荒々しく馬を駆る。

 

「……」

 

 それに遅れを取らないよう必死に追い縋りながら、ガレスは内心で、今すぐに引き返したい衝動と必死に葛藤を繰り広げていた。

 

「大丈夫ですか、ガレス」

 

 隣に併走するガウェインが問う。

彼はモードレッドの後を追いながら、弟のガレスの動向を常に注視していた。恐らくは、逃げ出さないように。

 

「ええ。大丈夫、ですよ。お兄様」

「現界して初めての遠征だ、緊張するのも無理はない……でも、心配ありません、今日は私が援護についていますからね」

 

 心強い兄の鼓舞。胸の内の蟠りが彼女の心に起因するものだと知っていながら、ガウェインがそれに言及する事はない。

 そこに静かな隔絶を感じながら、ガレスは兄に曖昧な笑みを返す。

 ケッと吐き捨てるような嘲笑が、彼女達の前方からかけられた。

 

「兄妹仲睦まじくて結構なこった。友誼を引き摺って、オレの足を引っ張るんじゃねえぞ」

 

 先頭を走るモードレッドが獣のような眼孔で振り返り、それから手にした剣で、見えてきた目的地を指し示す。

 

「あの村の殲滅が、此度の王の命令だ。備蓄している食料の献上を、不遜にも拒否しやがった」

「皆殺しですか?」

 

 ガウェインの静かな問いに、モードレッドは「当然」と牙を見せ笑う。

 

「既に王は民を観察し、『残す価値なし』と判断なされた。ならやる事は一つ――収穫だ。備蓄を手に入れ、足元にたかる害虫を駆除する」

 

 目的の村が目前まで迫ると、モードレッドは兜を展開させて全身を覆い、一も二もなく馬を蹴って宙を跳ぶ。

 

「獅子王の威光は、オレが知らしめる! 腰抜け二人は、外でオレの食い滓でも啄んでな!」

 

 獰猛に吼え立ち、紅い魔力を纏った姿が村の中心に落ちていく。

 すぐに紅光が瞬き、炎と悲鳴が立ち上る。蚊の鳴くような小さな音でさえ、ガレスの胃をきゅっと鷲掴むようだ。

 

「全く、手綱のつけようがない暴走ぶりですね――外周を回り、村の囲いに火を放ちます。逃げ道を塞ぎますよ……いいですね、ガレス?」

「っ……は、い」

 

 淡々としたガウェインの指示に応えて、二人もまた速度を上げる。

 火を放つのはガウェインの役目だった。太陽の騎士たる力で以て、たちまち炎の輪で村を囲む。

 火を付けて回る間も、村のあちこちで輝く光と、つんざくような悲鳴が聞こえていた。男の絶叫も、女子供の金切声も、分け隔てなく。

 その大半が……否、全員が、本当は今日死ぬはずのない、無辜の民だ。それを知っていながら、ガウェインは逃げ道を塞ぐ火を放つ。ガレスはただ、その背中を眺めつづける。

 ガウェインの火は留まる所を知らず、モードレッドが打ち壊した家々に引火し、やがて村中を巻き込む大火になった。

 世界はたちまち橙色に染まり、吹き上がる熱風が、人々の悲鳴をかき消してしまう。

 炎の円が唯一途切れている、村の正門に当たる場所に二人が戻ると、ちょうど惨劇を生き延びた数人の村人が、血と炎に囲まれた道をひた走ってくる所だった。

 

「あ、あ、あぁぁ――助けてくれ! 助けてくれぇぇぇ!」

 

 先頭を走っていた男が、とうに理性を失った声を上げて、ガウェインの膝に縋り付いた。悍ましい恐怖を目撃した顔は、見るも無残に崩れている。

 

「悪魔が! 悪魔が現れて、村の皆を襲ってるんだ! 誰彼構わず、嗤いながら殺しまわってる!」

「……」

「なあ、あんたは騎士様だろ? お願いだ、皆を助けてくれ! 頼むよ!」

 

 一体その目で、どれだけの惨劇を目撃したのか。半狂乱状態で、藁にもすがる思いでガウェインの足に縋り付く男。

 だが、しかし。

 

「ああミスター、大変申し訳ありません……私も悪魔の一人なのです」

 

 ガウェインは静かに瞑目し、茫然とする男の首を跳ね飛ばした。

 凍り付かせた表情の生首が、燃え盛る炎の中に消える。ガウェインは無慈悲に足を払い、足首を掴んでいた死体も、頭の後を追って炎に蹴り入れる。

 ガウェインの姿に救いを求めていた数人も、瞬時に表情を凍り付かせ、悲鳴と共に逃げ出した。どこにも逃げ場が無い事には、愚かにもまだ気付けていない。

 

「少し前に出ます。後ろは任せましたよ、ガレス」

 

 恐怖の悲鳴を一身に浴びて、ガウェインは返事も待たずに飛び出していく。

 その剣の煌めきは、円卓の騎士を名乗るにふさわしい鮮やかさ。どんな強敵にも立ち向かい、困難を打破してきたその力が、何の力も持たない民に向けて振るわれる。

 その剣戟は、美しくさえあった。圧倒的な殺戮は、何か神話の一幕を目撃しているようでさえあった。

 ガレスが言葉を失う間にも、逃げ惑う悲鳴がどんどん大きくなっていく。炎に囲まれた住人達が、唯一の活路と見て、この通路に穴の開いた水槽のように押し寄せてきているのだ。

 

「モードレッドめ……敢えて打ち漏らして、私達に差し向けましたね」

 

 悪趣味な腹違いの弟に舌打ち一つ。ガウェインは血の滴る剣を再び構え、粛清の刃を奔らせる。

 辺りを炎に囲まれ、鬼が暴れまわり、唯一外に繋がる道には別の鬼。

 無慈悲で、徹底的な死の授与。

 

「あああ、うわああああああ! いやだいやだ、嫌だぁぁぁぁ!」

「死にたくない、死にたくない死にたくないぃぃぃぃ!」

 

 村人はたちまち狂乱し、溺れながら水面を目指してもがくように、ガウェインの立つ通路に、大挙して押し寄せてきた。

 無論、どれだけの人数が暴徒として襲い掛かろうが、太陽の騎士の前には塵も同然。ガウェインは少しも怯むことなく、迫る村人を斬り伏せていく。

 首を跳ね、腰を断ち、あるいは足を切って炎の中に放り込む。そのいずれも振るうは一太刀。

 武器も持たない無辜の市民を、それこそ埃でも払うかのように、淡々と。

 炎の爆ぜる音に、悲鳴と、命乞いと、断末魔が重なり合う。

 

「……」

 

 ガレスは、ただ、兄が人を殺していく様を眺めていた。

 やめろと言う事は許されず、かといって助太刀をする勇気もなく。

 ただ、血を滴らせる剣を握った、焔に照らされる背中に、言いようのない畏れを抱き、瞼を強張らせるばかり。

 ガウェインは剣に魔力を宿し、それを炎として、一斉に飛び掛かった十人ばかりを薙ぎ払った。生皮を炙られる音と激痛に、けたたましい悲鳴が重奏になって響く。

 

「ああ、うわぁぁぁぁぁ! くそ、くそぉ! 死んで堪るかぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 その地獄から、絶叫と共に一人の男が飛び出した。

 衣服と体のあちこちに炎を纏わせ、もんどりうつようにしながら、それでも死にもの狂いで逃げてくる。

 

「ガレス!」

 

 兄が自分に檄を飛ばす。逃げる男が自分を見つけ、絶望にさっと顔を青ざめさせる。

 その感覚が、やけに遠い。槍を手にした腕が、足が、石像のように動かない。

 固まるガレスの前で、男は絶望に染まっていた顔を、次第に憤怒に変えていく。

 

「ふ……ざ、けんな。ふざけんなぁぁぁぁ畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 絶望と怒りでぐしゃぐしゃになった顔で咆哮し、男は燃え立つ体でガレスに飛び掛かった。

 腰も入っていない、殆ど転がるような、みっともなく無様な姿勢。

 本来なら恐るるに足らないそれは、けれどもガレスにとって、悪夢が形を為して襲い掛かってきたような恐怖を覚えさせる。

 結局ガレスはあっけなく押し倒され、大地に強かに背中を打ちつける。

 

「っ――!」

「なんだ、何なんだよお前等は! いきなり現れて、俺たちの村を焼いて……ッ俺の兄も、妻も! 子供も! みんなみんな殺しやがって!」

 

 馬乗りになった男の顔から、煤混じりの涙が落ちる。胸倉を掴む手はガウェインの炎に焼かれ、殆ど炭化していた。

 

「ッ俺の子供はなぁ、やっと両足で立ったばっかりなんだぞ! それをアイツは……っあの悪魔は、頭から踏み潰しやがった! どうしてくれんだ! こっちはまだパパとも呼ばれてねえんだぞ!」

「っ……」

「なあ、何で殺した? 普通に生きてた俺たちを、どうして殺す必要があった? テメエ等に心はねえのか!? オイ何か答えろよふざけんなよ! 俺の幸せを返せ! 返せぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 炎に焼かれた腕で掴まれ、凄まじい力で揺さぶられる。悲痛な絶叫が鼓膜を震わせ、魂を揺さぶり、ガレスの心を千切れる程に引き絞る。

 金縛りにあったように身体が動けない。炎に塗れた男の、憤怒に満ち満ちた顔が、悪夢に見るガヘリスに重なる。

 呼吸が荒くなり、瞳孔が窄まり、このまま自分も火に焼かれ燃やされるのではと恐れを抱いた、その時。

 

 

 

 

 

「がぺっ」

 

 男の絶命の音は、ひき蛙の鳴き声に似ていた。

 吼え立つ男の喉が縦に割けて、血に濡れた切っ先が飛び出した。声にならない空気が裂け目から飛び出し、滝のような血がガレスの胸に落ちる。

 狂気の面を張りつかせたまま、男はぱたりと息絶えた。だらんと垂れた手が、喉を貫いた剣によって引き上げられる。

 

「ガレス、大丈……」

 

 男の死体を放り投げたガウェインは、弟の顔を確認し、息を詰まらせる。

 ガレスの窄まった瞳孔は、ガウェインが投げ捨てた男を追いかけていた。首筋からだくだくと血を零す男は、やがて身体に灯っていた火に全身を覆い尽くされ、黒焦げの炭へと変貌していく。

 呆然とそれを眺める表情には……限界まで張りつめた弦のような、今直ぐに喉を掻ききっても何らおかしくない危うさを感じさせた。

 

「――ガレス」

「ひっ……」

 

 再びの呼びかけでガレスが浮かべた表情は、怯え。

 以前トリスタンの非業に大して嘆いていたあの顔が、今自分に向けられている……それに気付いたガウェインは、差し出そうとしていた手を仕舞った。

 

「……もう大丈夫だ。後は、私に任せるといい」

 

 淡々と言って、ガウェインはガレスに背を向ける。

 血染めのマントが棚引く。剣が大地に滴を落とす。

 悲鳴はまだ、僅かながら響いている。

 死ぬはずの無かった、けれど決して今日を生き延びる事を許されない民を屠るため、ガウェインは立つ。

 その背は、死の炎の中でさえ、太陽のように気高く凛々しく。

 

 

 

 兄が悪魔と呼ばれる覚悟を固めた事を、ガレスは確かに理解した。

 



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4話

 

 ほどなくして、ガウェインは獅子王のギフトを授かった。謁見の間に座した彼は、獅子王に傅き、今まで待たせたことの非礼を詫びて、陛下からの託宣をその身に受けた。

 これにて獅子王に居並ぶ円卓の騎士は、不要と断じたアグラヴェインとガレスを除き、ギフトを賜った事になる。

 

 前日に、ガウェインはガレスにギフトの授与を告げた。ガレスはただ「そうですか」と呟いて、兄の決断を尊重した。

 それ以上に語る言葉も、資格も、ガレスは有していなかった。

 気高く、凛々しく、鬼になる覚悟を決めた兄。その足をこれ以上引っ張るのは憚られたのだ。たとえ胸が張り裂ける程に、寂しかったとしても。

 ガウェインが授かったギフトは『不夜』。常に獅子王を照らし、自らを常に陛下の御身を守る最強の刃とせんが為の祝福。

 これにて獅子王の居城は不夜城となり、聖都建立までの仮の居住地でありながらも、精霊王の住まいと呼ぶに相応しい神性を有すに至った。

 それと同時に、聖罰の作業も、聖都建立を前に本格化する事になる。王城周辺をあらかた『見繕い終えた』獅子王の眼は、更に外部の周辺諸国にまで及んだ。

 アーサー王の顕現、遠征軍の募集、豊かな城下の暮らし……そんな文句を周辺に流布し、民を集め始めた。

 

 王城の門戸は、選定の為に改造された。前後を堅牢な門で固め、高い塀で囲んだ野外回廊……それは集まった全ての民を見定め、同時に一人も逃がさない為の構造だった。

 集められた人々を、不夜の陽光が燦々と照らし、獅子王の威光が降り注ぐ。そして選定を終えれば、ほどなくして光が死を告げる極光に変わる。

 ギフトを授かり、選定の場を受け持ったガウェインは、出遅れを取り戻すように精力的に役割をこなし、今や円卓の騎士の中でも最も多く、淡々と、無辜の民を殺している。

 本格的な選定が始まり、およそ一週間。聖都に攻め入り、獅子王の計略も万全の準備が整うまで、もう数ヶ月かと差し迫った頃。

 

 

 

「……」

 

 ガレスはその日も、門前の警備にあたっていた。

 身に纏うのは、霊基として持ってきた戦装束ではない、ありふれた鎧と槍。

 ガレスは自ら進んで、一兵卒の仕事を引き受けていた。それ以上の責任を伴う仕事から、意図的に避けていたと言う方が正しいが。

 ガウェインと行動を共にしたあの時以来、数度の遠征の機会があったが、ガレスは全てを拒否していた。

 兄ガヘリスを殺して以来、ガレスは一度も、己の手を血で汚せずにいる。

 そんな心境で、ギフトに何を願うかなど、考えられる訳がない。

 未だ落ち込むガレスに、アグラヴェインは眉間に皺を寄せながら、早く心を決めるよう理路整然と説いてきた。モードレッドはいよいよ自分を「腰抜け」としか呼ばなくなり、すれ違う度にドブ鼠を見るような目で睨みつけてくる。

 それでも、ガレスは何もできなかった。

 

「……」

 

 覚悟は決められず、かといって嫌だと言う事もできず。

 そうしてガレスは、一兵卒として門の前に立っている。王城に流れていく民の行列を眺めている。

 

「楽しみだな、なんせあの伝説のアーサー王をお目にかかれるとは、予想だにしなかった幸運だ!」

「聖抜だか何だか……何やら祝福を授けてくれるというそうじゃないか。子供達の腹も膨らむ祝福だったらいいねぇ」

「ぱぱー、おーさまみれるのー?」

「そうだよ。多分、世界でいちばん偉い王様だぞ」

 

 誰も彼も、浮かべるのは笑顔。皆一様に、伝説のアーサー王を見られる事を楽しみに、行儀よく列をなして門を潜っていく。

 一人として、疑おうとはしない。王がもはや人を人と見ていない事にも、門を潜れば、死の運命が待ち受けている事にも。

 そうして最後の一人が押し込められると、重厚な門が固く閉ざされる。

 ざわめきたつ、浮足立った空気。

 王の睥睨に、ざわと息を飲む気配。

 夜を忘れた陽光が、更に眩く光り輝く。

 

 

 ――後は、絶叫。

 

 

 空に響き渡るのは、何百人もの断末魔をかき混ぜた、濁流のような音。死にたくないという声も、誰かを呼ぶ声も、理性を失った狂声もごちゃ混ぜに、神々しい光の中に轟く。

 聖罰。生き残るべき無垢なる民を選定し、それ以外の民を『慈悲により』処断する、残酷で無慈悲な一斉掃討。

 分厚く重たい門はびくともしない。それでも死にたくない人々が一斉に叩くので、小さく低いくぐもった音が此方側まで響いてくる。

 ドンドンドンと響く振動は、さながら地獄の釜を覗くかのようで。

 

「……」

 

 ぎゅっと槍を握り締め、ガレスは佇む。瞬き一つもできず、釘づけにされる。

 

「っ……」

 

 涙を流す資格さえ、ない。

 ただじっと、金縛りにあいながら、本心を檻に閉じ込め、務めを果たす。

 その責め苦は、まるで弱火でジリジリと、心を炙られていくようで。

 

(ああ……お兄様)

 

 地面に立てた槍に縋るようにして、ガレスはギフトを授かったガウェインの事を思う。

 

 

 

(お兄様は、本当に、悪魔になられてしまわれたのですか?)

(一体どのような思いで、民の前に立たれるのですか。どのような心を持てば、守るべき筈の民を手に掛けられるのですか)

(それとも……心なんて、本当に不要ですか?)

(お兄様は、もう……心をなくして仕舞われたのですか?)

 

 

 

「……お兄様……」

 

 弱弱しく、そう呟く。

 記憶の中の、優しい兄の姿を必死に思い出す。

 いつも気にかけてくれたお兄様。武勲を上げれば、自分の事のように誇らしそうにしてくれたお兄様。哀しい事があった日には、落ち着くまで傍にいて、頭を撫でてくれたお兄様。

 あの優しい彼は、もうどこにもいないのだろうか。

 それとも……優しさを保ったまま、この城に騎士として立っているのであれば。

 果たしてそれは……一体、どれほどの……。

 

「っ……やっぱり、おかしい……こんなこと、間違ってますよ……お兄様……」

 

 誰にも聞こえないくらいの小さな声で、一人静かにすすり泣く。

 最後の悲鳴がなくなって、やがて門が再び開かれる。獅子王の権能とガウェインの能力、近衛兵の働きによって、広間に虐殺の痕跡はほとんどなく、大地はまっさらに清掃されている。

 燦々と陽光が降り注ぐ神秘的な広間。そこに時間を置いて、また新たな集団が流れ込んでいく。

 その様子はさながら、全てを飲みこみ捕食する、巨大な魔物のようで。

 ガレスはもう、顔を上げられない。見ていられない。

 振るう意味を見いだせない槍を握り締め、寒さに震える孤児のように身を寄せる。

 

 

 

 そんな風に、目の前の地獄からも、己からも目を背け、塞ぎ込もうとしていた時。

 完全に閉ざそうとしていた心の扉を、小さく叩く音がした。

 

 

 

「……おねえさん」

 

 最初、それが自分を呼ぶ声だとは認識できなかった。

 恐る恐るといった様子のか細い声。

 服をきゅっと摘ままれてようやく意識を戻せば、ガレスの足に、二人の少女が縋り付いていた。

 年端もいかない、姉妹のようだった。一人は散々泣いて疲れ切ったのか、真っ赤に腫らした目で下を向き、ぐすぐすと鼻をすすっている。ガレスの服を摘まんだのはその子の姉らしかったが、こちらもぎゅっとこわばらせた目や唇が、不安にフルフルと揺れていた。

 

「あ……ど、どうしたの? 何かありましたか?」

 

 いたいけな少女の泣き顔に我に返ったガレスは、すぐに膝を着いて目線を合わせ、姉に笑顔を向ける。

 

「もう大丈夫ですよ、お姉さんがお話を聞いてあげますから……どうして泣いてるの? お母さんはどこ?」

「……いない」

「一緒に来たのに、はぐれちゃったの?」

 

 優しい声で尋ねると、こくんと頷く。ぎゅっと引き結んだ顔に、ぼろりと玉のような涙が伝う。

 

「おーさま、一緒に見に行こうって言って……手を繋いでなさいって言われて、でも、ぎゅーって押されて……おかあさん、いなくなってて……」

「でもあなたは、妹ちゃんの手は放さなかったんですね」

「っ……おねえちゃん、だもん……」

「うんうん、偉いですよ。よく頑張りましたね」

 

 頬に落ちる涙を拭い、そう伝えてあげる。

 妹を不安にさせまいと、必死に堪えていたのだろう。回りは大きな大人たちばかりで、とても怖かったに違いない。緊張が解けて、姉はボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

 

「うう……うぇぇん……」

「一緒に、おかあさんを探しましょう。どこにいるか分かりますか?」

「ぐす……わかん、ない……おかあさん、どんどん前に行って……待ってってお願いしたのに、聞こえなくて……」

 

 涙を拭いながら、大行列が流れていく門の中を指し示す。

 ただでさえ大人数の行列の中、既に半数以上が門を潜り、窮屈な中、獅子王の謁見を心待ちにしている。この状況で母親を探すのは、非常に難しいだろう。

 

(いや、そもそも……)

 

 探す理由さえ、もうない。

 後数分もすれば、最後の人が潜り終え、門は固く閉じられる。

 聖罰が始まってしまえば、もう迷子だろうと関係ない。

 選ばれなければ、死ぬだけだ。この姉妹も、母親も、皆一様に。

 

「……」

「ぐすっ……おかあさん、どこぉ……?」

 

 少女の悲痛な呼び声。

 自分を縛っていた枷が、砕かれる音がした。

 気づけば体は勝手に動いていた。ガレスは後ろで俯いていた妹を優しく抱きかかえると、姉の手を取り走り出した。

 

「こっち!」

「え……?」

 

 既に行列は最後の方に差し掛かり、兵士は門を閉める作業に移っている。その警戒の隙間を縫うようにして、ガレスは城門の脇、兵士用の通用口を開けて、姉妹と一緒に飛び込んだ。

 

「落ち着ける場所まで行きましょう。お姉さんが案内するから、離れないようにね!」

「……おかあさん、は?」

「っ……大丈夫! 後で二人を、迎えに来てもらいますからっ」

 

 背後で、ゴォン――と重たい音が響く。

 門は閉じられた。もうあの場所で、王に選ばれた人間以外は生を許されない。

 二人はもう、二度と母親に会う事はないだろう。

 

「おかあさん、おかあさぁん……!」

「っ大丈夫、こわくありませんよ」

 

 訳も分からず怯える妹をぎゅぅっと抱き締め、ガレスは走る。一刻も早く、あの悍ましい処刑場から遠ざかるために。

 果たして自分が何をしているのか、正しく認識できない。本能が激しく警鐘を鳴らしている。ささくれだった神経はまるで火に炙られているかのようだ。

 見つかったら殺されるかもしれない。それでもガレスは走る。背後に張り付いた恐怖から、必死に逃れるように。

 

「お、お姉さん……手、ぎゅってしすぎ。痛っ……」

「ほんの少しの、辛抱です……! お姉さんが、二人を……っ二人だけでも、守って見せますから!」

 

 即席の王城ゆえに、警備は手薄だ。このまま通用口を辿 悲鳴はもう聞こえない。正面に見えていた城は、今は真横。兵の姿は、まだ見えない。

 逃げられる。助けられる。この地獄から、たった二人だけでも。

 

「お願い……あと、もう少し……!」

「――止まるんだ、ガレス」

 

 淡い希望を打ち砕く声は、裏口の門をやっと視界に収めた時。

 道程を塞ぐようにして立ちふさがったのは、今ガレスが最も見たくなかった姿。

 神々しい真白の鎧。気品を感じさせる紫の髪と瞳。凛々しく澄んだ美貌は、己の行く先を知らぬ姉妹に、ほぅと羨望の吐息を漏らさせる。

 

「っ……ランスロット、様」

「顔を合わせるのは久しぶりだな。貴方の様子を聞くに、会うべきでないと思っていたが……かといって、こんな形でも会いたくは無かった」

 

 苦々しくそう呟くと、ランスロットは現出させた剣を、大地に突き立てた。

 聖剣アロンダイト。その神々しい輝きを目の当たりにし、否応なしにガレスの身体が強張る。

 

「その娘たちを離して、ゆっくりこちらに来い、ガレス」

「っ……」

「大丈夫だ。陛下もガウェイン卿も、今は執務中だ。私以外に君を見つけた者はいない……今ならまだ引き返せるぞ、さあ」

 

 片手を剣の塚に添え、ランスロットがもう片方の手を差し出す。

 彼の紫の目は、確かにガレスの身を案じていた。彼女が素直に応じれば、この件は二人だけの間で、内密にしてくれるだろう。

 だが……高潔な彼は、決して王の背信に手を貸すような真似はしない。

 彼の優しさは、今も怯える二人の姉妹には、決して差し伸べられない。

 

「……手、引っ張っちゃってごめんなさい」

 

 振り返ったガレスは、戸惑う姉に柔らかく微笑むと、抱いていた妹を降ろして、その手を繋がせた。

 

「寂しくないように、ぎゅって手を繋いで、私の背中から離れないで……お姉ちゃんなら、できるよね?」

「……うん」

「いい返事です。本当に、偉いですよ」

 

 頷く姉の頭を撫でて、ガレスは立ち上がる。

 振り返った彼女の顔に、もう笑みはない。

 ランスロットの顔を真正面から睨み返し、ガレスはその手に、巨大な槍を顕現させた。

 ランスロットの眉目が、痛ましげに潜められる。

 

「ガレス……」

「そこを退いてください、ランスロット様」

 

 説得は無意味と、手にした槍を翳す。

 今まで振う場所を探せなかった彼女の槍は、今、最も敬愛する同胞に向けられている。

 

「分かっているのか、ガレス。君のそれは、王の道行に真っ向から反するものだ」

「ええ、分かっています。それでも私は、正しい行いをしたいんです」

「正しい行い……か」

 

 切先を向けられ、同胞から敵意を浴びせられ……ランスロットが放ったのは、深々とした溜息。

 次いで向けられた瞳は、まるでガレスを憐れむかのようで。

 

「っ……なん、ですか。その目は」

「ガレス……既に承知の筈だ。我々がこれから歩む路において、その正しさこそ最も不要な感情だということに」

 

 ランスロットもまた、ガウェインと同じだった。獅子王に仕える事を心に決め、その手を血で濡らす覚悟を括っていた。

 

「あの時、君もまた獅子王に仕える事を選んだ筈だ。陛下に示した誓いは、嘘だったのか?」

「ち、違います! 私は、ただ、正しき行いを……!」

「ガレス。君に人理焼却という未来が描けるか? 人類史にとっては、陛下の行いこそが唯一の正義だと分からないか? 最早この地に立つ以上、目先の感情だけで動くのは愚行だぞ」

 

 ランスロットが鋭い剣幕で詰問する。魂の籠もった固い言葉の一つ一つが、ガレスの心に殴りつけられるように響く。

 

「でも……でもおかしいです! こんな酷い事、私は」

「ッ――まだ甘えた事を言うのか!」

 

 

 突然の怒号に、吐き出しかけた言い訳が掻き消えた。

 ランスロットは声を荒げて、ガレスを糾弾する。その目には怒りと、今のガレスに対する確かな侮蔑に満ちていた。

 

「民の一人さえ見捨てられず、陛下の行いを糾弾するのなら――あの時君は、ガヘリスと共に討たれるべきだっただろう!」

「っ……!?」

「兄を殺めたその手で、今更倫理を問うのか!? 余りにみっともない! いつまで臆病でいるつもりだ! 塞ぎ込まずに覚悟を決めろ、ガレス!!」

 

 ビリビリと肌が痺れる程の発破。

 罪を自覚してはいたが、敬愛するランスロットから告げられた「臆病」の烙印は、ガレスの心を叩きのめすには、十分すぎる破壊力を持っていた。

 後に続く言葉は出てこない。当然だ、例え決して正義でなくとも、正しいのは圧倒的にランスロットなのだから。

 卑怯者。臆病者。

 暗雲のように立ち込めていた罪悪感が形を持ち、雷を落としたみたいだった。

 俯くガレスに、ランスロットはもう一度深く嘆息。

 そうして彼は、アロンダイトを鞘に収め敵意を沈めると、その手を静かにガレスに差し出した。

 

「冷静になって、自分の使命をもう一度思い出すんだ」

「……」

「陛下の道程は、まだこれからだ。やり直そう、ガレス」

 

 指に力が入らず、槍が今にも取り落としそうに震えている。

 敬愛するランスロットの手が、自分に差し出される。

 力を失った手が、震えながら彼に向けて差し出され。

 

 

 

 ――きゅっと、それを遮る些細な感触。

 反対方向に引っ張る、か弱い力。

 振り向けば、少女二人が、ガレスの服の裾を抓んでいる。

 

「……」

「……おねえ、さん……?」

 

 怯え、怖がり、助けを求めている。

 その目は――いや、その目こそが。

 自分が本来、護るべきもので。

 どくん、と心が拍動する。

 失っていた力が蘇り、槍を強く握りしめさせる。

 

「この件は黙っておく。だから君は早く自分の任務に――」

「……ごめんなさい、ランスロット様」

 

 さながら悪夢を振り払うかのように、ガレスは手にした槍を、ランスロットに叩き付けた。

 思い切り振り抜く、竜巻のような横薙ぎの一閃。ゴウと重たい音が鳴り、ランスロットが王城の石壁を突き抜け、視界から姿を消す。

 

「今です、逃げましょう!」

 

 姉妹の手を取り、遠くに空いた裏門に向けて、一目散に走り出す。

 

「絶対に、助けます! 見殺しにしていい命なんて、決してありません!」

 

 殆ど自分に言い聞かせるように、ガレスは叫ぶ。

 それは彼女の心の悲鳴。

 現実に押し潰され続けた良心の、精一杯の叫び。

 

「私の誇りにかけて、あなた達だけでも生かします! 例え陛下に背く事になっても、私は――」

 

 

 

 ――その心の叫びは、直ぐに悲鳴に変わる。

 

 

 

 ポロン、と、空気が鳴った。

 それはこの場において余りに場違いな、美しく澄んだ音。

 

 

 

 がくんっと身体のバランスが崩れる。

 振り返った目にまず映ったのは、飛び散った赤い水球。

 遠ざかった少女が、ぱちくりと目を丸くして、ガレスを見つめている。

 その、伸ばされた手の、肘から先が無い。

 真っ赤な断面を残して切り取られた、その先の少女の腕は、ガレスが握っていた。

 先ほどまで繋がっていた少女の腕と腕に、鮮血のアーチが掛かっている。

 なにこれ? と、少女が素朴な疑問を目に浮かべて、ガレスを見つめていた。

 

「あ――」

痛哭の幻奏(フェイルノート)

 

 その顔が、瞳が、美しい音色によって刈り取られた。

 斬撃が雨のように降り注ぎ、二人の身体を細切れにする。円らな瞳が、ぽかんと開いた口が、妹が寂しくないように繋がれた手が、斬撃の雨に塗り潰される。

 必ず助けると誓った少女は、ガレスの目の前で、物言わぬ肉塊に変貌した。

 

「ぁ、ぁ、ぁぁぁああああああああ!! うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 呆然と駆け寄り、血の水たまりに膝を折る。少女の腕と指を絡ませたまま、ばしゃばしゃと挽肉に手を叩き付ける。

 

「そんな! そんなそんな嘘だ嘘だ嘘だ! 嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」

 

 どれだけ肉を掻き混ぜても、そこにもう少女達はいない。叩き付けた指の隙間から、グズグズになった血みどろの肉が押し出てくる。吹き付けられる生臭い死臭が、嗚咽に鳴って喉を突く。

 

「――狼藉の現場を見つけたからいいものの……このままでは大事になりましたよ、ランスロット卿」

「……すまない、トリスタン卿……手間を、かけたな」

 

 王城の城壁の上に立っていたトリスタン卿が、赤髪を棚引かせながら華麗に降り立つ。併せて、騒ぎを聞きつけてやってきた近衛兵が、彼等の周りを囲む。

 瓦礫の粉を払いながら、ランスロットが苦々しく礼を言うと、トリスタンはポロンと弓琴を弾き、

 

「私は哀しい――ランスロット卿も、まだ慈悲を残されているのですね。王への謀反を企てる者など、首を跳ねれば済む話でしょうに」

「……ガレスもまた、陛下に仕える我々の仲間だ。そうだろう?」

「はてさて……このように脆い者を仲間と呼んでは、陛下の名に傷が付くのではありませんか?」

 

 鼻で笑い、トリスタンは琴をつま弾く。

 その顔は……幼い姉妹を殺して尚冷ややかで崩れない表情は……まさしく悪魔そのもので。

 

「貴様――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ガレスは激昂し、手にした槍を真っ直ぐ、トリスタンに向けて突き出した。

 怒りに塗り潰した、全身全霊の殺す気の一撃は、けれども傍らに控えていたランスロットによって弾かれ、槍が天高く舞う。

 その硬直の間に、近衛兵がガレスに飛びかかった。腕に、足に、鎧越しの太い手が掴みかかる。

 身体の自由を奪われて尚、ガレスは狼のように牙を剥き、赤毛の弓騎士を睨み付ける。

 

「殺したな! 罪の無い子供を、よくも!」

「私は哀しい――そんな当たり前の事を、高らかに言われても、片腹痛いだけですよ」

「許しておけません! 戦いなさい、この悪魔! 悪魔めぇぇぇぇぇ! うぅっ、うわああぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 発狂したガレスは、三人がかりで組み伏せる近衛兵を引き摺りながら、トリスタンに詰め寄る。円卓の騎士たる凄まじい力が、ただ目の前の同胞を屠る為に動こうとする。

 しかしその拳が届くよりも先に、更に駆け付けた近衛兵がガレスを取り囲み、物量でもって強引に拘束した。

 組み伏せられ、完全に動きを封じられて尚、ガレスは狂犬のように唸りを上げ、ガレスを睨みつける。見開いた眼には、途方もない悲哀を示す滂沱の涙が零れている。

 ガレスは怒りながら泣いていた。怒る資格が無いことを承知で、それでも暴れる感情を制御できずに、心を狂わせていた。

 泣きじゃくりながら、割れんばかりに歯を食いしばる様は――騎士の誉れや矜持など、欠片も存在せず。

 

「っぐ……ひぐっ、う、ぅぅぅぅぅ……!」

「まるで、子供の駄々ですね……見苦しい」

 

 トリスタンは吐き捨てるように呟くと、赤髪を翻し、ガレスに背を向けた。

 ガレスは、トリスタンの背中が消えるまで、怒りを保つこともできなかった。洪水のように押し寄せる絶望が、感情の全てを飲み込み、真っ黒に塗りつぶしてしまった。

 近衛兵に拘束されたまま、項垂れて嗚咽を漏らし始めるガレス。

 ランスロットはしばらく、彼女のいたたまれない姿を見つめていたが、やがて沈痛に瞳を伏せ、近衛兵を動かした。

 

「……連れていけ」

 

 ランスロットの指示の通りに、もはや亡者のように呻くばかりのガレスが、場内へと引きずられていく。

 この場においても、ランスロットは凛々しき円卓の騎士であった。王に忠誠を誓った湖の騎士は、愚かな反逆者に対して、決して慈悲を見せることをしなかった。

 



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5話

 

 鬱屈とした空気に、血の染みた苔の匂いが混ざっている。

 城と地続きになっている地下坑道は、平坦な一本道でありながら、奈落の底に落ちていくような、重苦しい雰囲気を醸していた。掘り返しただけのむき出しの土は湿り、充満するひやりとした空気が背筋を竦ませる。

 そこは日の光を浴びる事を許されない罪人たちを収容する監獄であった。ごつごつとした壁面に入れ込むように、重厚な鉄格子が等間隔に並んでいる。

 点々と灯る松明により薄く橙に照らされる道を、ガウェインは進んでいた。『不夜』のギフトは届かずとも、鎧に身を包み毅然と歩く出で立ちには、まばゆいばかりの高貴を感じさせる。

「……待っていたぞ」

 固く厳めしい声がすると、ガウェインの目前の仄暗い闇から、漆黒の鎧に身を包んだ騎士が現れる。

 アグラヴェイン。円卓の騎士の中で最も王の傍に控える参謀で、ガウェイン達を動かし実際の実務を行う騎士だ。

 松明の光の中に歩み出た彼は、闇を飲み込んだような暗い瞳をガウェインに向ける。

 

「執務で忙しい中、足を運んでくれて感謝する」

「礼を言われるような事ではありませんよ……それで?」

「ああ、この奥だ。付いてこい」

 

 言葉少なに挨拶を交わすと、アグラヴェインは顎をしゃくり、ガウェインを地下洞窟の奥へと誘う。

 カツカツという靴音が地下洞窟に響く。

 沈黙に滑り込ませるように、アグラヴェインが口を開いた。

 

「……できれば。先陣を切って動いてくれている卿の手を、煩わせたくはなかったのだが」

「構いませんよ。今の執務とて、手が足りない訳ではありません」

「そうか……いや、そうだな。聖都を建立してからが本番だ。それまでの執務は、事前の肩慣らしのようなものには違いないだろう」

 

 先導しながら、アグラヴェインは苦々しくため息を吐き出した。元々厳格で規律の緩みなど許さないタイプの男ではあったが、獅子王に召喚されて以降、その目はますます鋭く、昏い光を宿すようになっている。

 

「遠征の用意も間もなく完了する。陛下の計画はつつがなく進行している……が、全てではない」

 

 そう言葉を切るのと、同時。

 洞穴の奥から、悲鳴が木霊した。

 ちぎれるような絶叫は、長く深い洞窟にわんと反響し、ガウェインの鼓膜を震わせる。

 

 

 くぐもったその声は、けれども間違えようはない。

 聞き慣れた声が振り絞る、聞いたことのない絶叫。

 それに表情一つ動かさず、ガウェインは問う。

 

「いつからですか?」

「今日で四日目になる」

「食事や、睡眠は?」

「不要だ。獅子王のサーヴァントたる我々にとって、空腹や睡魔は、生命の危機ではなく純粋な責め苦になる……だからこそ、こうも折れないのは想定外だよ。普段は我等など歯牙にもかけぬ獅子王も、些か倦ねておいでだ」

 

 はぁ、とまた重たい溜息。それを塗り潰すように、再びつんざくような絶叫が響く。

 これから先に待つ光景を既に知り、実際に指揮も取っていたのだろう。アグラヴェインは眉間を摘まみ、目元に浮いた隈を擦る。

 

「ガウェイン卿……一応聞くが、大丈夫か?」

「何がです?」

 

 ふと振り返り顔色を伺ってきたアグラヴェインは、居住まいを正すように咳払いを一つ。

 

「ん……いや。お前に任せて大丈夫かと……苦しくはないかと、邪推しただけだ。無理を強いるようであれば、もう数日ほど私が――」

「大丈夫ですよ、アグラヴェイン卿」

 

 ガウェインが返したのは、一言。

 また、洞窟内に悲鳴が響く。

 その反響に満ちた中、ガウェインは笑みを浮かべて見せた。

 

「私に任せてください。不貞の弟を、これ以上は放っておけません」

 

 それは青天の下と何ら変わらない、凜々しき笑み。

 目も眩むほど眩く――眩すぎて、全く中身を窺い知れない、清廉な笑顔。

 そこに得も言えない気迫を感じ、アグラヴェインは一瞬表情を強ばらせる。

 

「……そう、か。ならいい。奴も、お前の言葉なら届くだろう」

「ええ。陛下のお気を煩わせる訳にはいきませんからね」

 

 ほんのりはにかんで応える口調もまた、いつも通り。

 歩く度に、絶叫はますます大きく、強烈に鼓膜を震わせる。

 悲鳴の合間に聞こえるのが鞭の音だと言う事にも、とっくに気付いているはずだ。

 なのに、持ち上げた唇は全く動じない。

 アグラヴェインは一人静かに背筋を寒くさせながら、やがて辿り着いた最奥の鉄門扉を指し示し「頼むぞ」と短く呟いた。 

 鉄門扉の前には、顔を黒い布で覆った酷吏がいた。近づいてくるガウェインに向け、統制の取れた動きで敬礼する。

 彼の手には、茨のような棘の付いた鞭が握られていた。一打ちで肉を削ぎ、最大限の痛みを与える為に特化した得物だ。

 

「……私が指を鳴らしたら打ちなさい。いいですね?」

 

 そう指示をし、ガウェインは重たい鉄門扉を押し開ける。

 途端に、濃密な血の臭いが鼻を埋めた。

 とても狭い牢獄だった。縦横ほんの五メートル程度。充満した闇は質量を伴う程深い。

 まるで怪物の腹の中に飲み込まれたようだ。じっとしていると、闇に身体を這われ溶かされるような気さえする。常人であれば三日閉じ込めるだけで泣いて許しを乞い始めるだろう。

 牢獄に掲げられた松明は一つきり。頼りない明かりは闇を取り払う事はできず、空間の殆どが重苦しい闇に覆われている。

 壁には杭が打ち付けられ、小刀から麻縄、鋏などがかけられている。用途を想像させるだけで震え上がるような、禍々しい存在感を放っている。

 その道具のほとんどに、真新しい血が付着していた。

 わずかな明かりにも関わらず、床一面に飛び散った血の赤黒い染みを、はっきりと視認することができた。

 重たく湿った洞窟の空気は、飛び散った血や垂れ流された排泄物により、吐き気を催す悪臭で覆われている。

 

 

 

 地獄とはこんな場所に違いない。そう思わせる程に悲惨で、恐ろしい場所。

 その中央に、ガレスはいた。裸に剥かれた全身に、土と血の汚れと、酷い打撲の跡を滲ませて。

 牢獄の中央に両手を縛られ、宙吊りにされたガレス。その体は、傷ついていない箇所を見つけられないほどに、手酷く痛めつけられていた。

 すらりとした腹には無数の青痣。ブラブラと揺れる足の爪は半分が剥がされ、太ももの薄皮の一部が切り取られている。人体でも特に敏感な胸から脇下にかけての皮膚には、ナイフを当てた跡の蚯蚓腫れが皺のように走っていた。

 他にも、数え上げたらキリがない。常人であれば一日目で絶命するか、痛みで脳を壊していたに違いない拷問の跡。

 虫の羽音のようにか細い、声に鳴らないすすり泣き。キィ、キィと耳障りな音を立てながら鎖が揺れ、足先から滴る血が床を濡らす。

 三日三晩縛り上げられた手はとうに鬱血してソーセージのように膨れ、紫色に腐食している。鎖には血と擦り切れた皮膚が付着しており、度重なる拷問に対する、彼女の必死の抵抗を物語っていた。

 

「……あまり強情だと、槍を持つ手がなくなりますよ、ガレス」

「っ……にい、さま……?」

 

 ガウェインの声に反応し、ガレスはようよう顔を持ち上げる。

 その顔に、かつての天真爛漫な面影は微塵も残っていない。眼窩は涙で真っ赤に腫れ、睡眠も食事も許されずやつれた相貌には、明らかな死相が滲んでいた。ガウェインは吊り上げられて同じ目線になったガレスの、疲弊しきって淀んだ眼を正面から見つめる。

 

「もうすぐ遠征の手筈が整う。聖地を奪還する大きな戦いが、すぐそこまで迫っています。なのに貴方は、なぜこのような場所で、陛下の気を患わせるのですか」

 

 詰問に、ぐっとガレスは喉を詰まらせた。全身を蝕む痛みに呼吸さえ苦しみながら、ようよう声を絞り出す。

 

「……聖地を、奪還して……その後は、どうなるのですか?」

「聖都を建立し、人理を守る。貴方も聞かされた通りでしょう」

「その、使命の中で……陛下は、一体、どれだけの人を、殺めるつもりなのですか? お兄様は、どれほどの……」

 

 

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 なんの予兆もなく、ガウェインが指を打ち鳴らす。

 瞬間、目が覚める音が鳴り響き、茨のような鞭がガレスの背中の肉を真一文字にちぎり取った。

 

「ッぎゃあああああああああああああああ!?」

「告解は簡潔にしなさい。今の貴方が、罪人であることを忘れてはいけない」

「あああぁぁ! 間違えてる! 獅子王の行いは間違っています!!」

 

 背中を抉られる悲痛な絶叫のままに、ガレスは胸の内を強制的に吐き出させられた。身悶えする事で両手を縛る鎖がガシャガシャと鳴り、手首の皮膚を擦る。

 

「陛下の行いを許せません! 罪の無い人が殺されていくのを、これ以上見てはいられないのです!!」

 

 ぜいぜいと息を喘がせ、激痛にブルブルと体を震えさせながら、ガレスは叫ぶ。

 それは、激痛に身を苛まれながら叫び続けた、ガレスの魂の絶叫だった。三日三晩の拷問でも曲げられなかった、彼女の善性だった。

 その声を聞いても、ガウェインは眉一つ動かさない。まるで読み上げるように、心ない声で事実を告げる。

 

「あの日、王の側に付いた以上、貴方もまた必要な戦力の一つ。自分の任を放棄するのは、重い非礼ですよ」

「っ……ひ、く……!」

「ギフトを授かりなさい、ガレス。獅子王の力は、必ず貴方を苦悩から解放してくださるでしょう」

 

 ガウェインは、常に最強として獅子王を支えるために『不夜』を願った。

 トリスタンは、心を捨て悪鬼となるべく『反転』を願った。

 聖杯によるギフトは不可能を可能にし、霊核に深く刻まれた在り様すらも変性させる。

 使命を果たせないなら、己を捨てるべきだ。獅子王はそれを成せるだけの力を持っている。

 

「っ……!」

 

 しかし、ガレスはそれを由としなかった。割れんばかりに歯を食いしばり、闇雲に首を横に振る。

 また指が鳴り、鞭が唸る。ガレスの背中が抉れ、噛み締めた歯の隙間から絶叫が迸る。

 

「ッづう゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! 嫌です! 例え心を穢されても、私の槍は、民を守る為に――!」

「その忠義は通りませんよ。貴方の槍は、既に同胞の血で染まっているではありませんか」

「それでも! それでもです! 守るべきものを忘れてはいけない! 私は、王の乱心を正さなければいけないのです!」

 

 泣きじゃくりながら、痛みに心を狂わせながら、折れない確かな志を叫ぶ。

 王の乱心を唱えた事が、背後の酷吏の怒りの琴線を弾いた。ガウェインの指示を無視して、鞭が振り上げられる。

 しかしその腕は、ガウェインの途方もない殺気によって、空中でビタリと静止した。太陽の騎士の氷のような瞳に射られ、酷吏の大柄な身体が戦慄する。

 勝手をするなと言外に脅し、ガウェインはガレスの顔を見つめる。

 

「っ……ひ、ぅ……えぐっ、うぅ……!」

 

 ガレスは泣いていた。泣き腫らした目に更に大粒の涙を溜めて、子供のように。

 精一杯の虚勢を張っていても、アグラヴェインが主導する拷問は、確実に彼女を蝕んでいた。

 とうに限界なんて超えていたのだ。虫の息だったガレスの心は、最愛の兄を前に、威勢を保つ事はできなかった。

 

「どうして? ねえ、どうしてなのですか、お兄様?」

「……」

「本当は、分かっているはず。我々の剣は、民を護る為にこそある。国の繁栄と、民の安らぎの為にこそ振るわれるべきだと……それこそが騎士道であると教えてくれたのは、お兄様ではないですか……」

 

 すすり泣く度に鎖が軋み、真新しい血が足から滴る。真っ赤な目から落ちる涙が、頬に付着した血を滲ませて赤く染まる。

 

「こんなの、おかしいです……お願いします。目を覚まして。私の大好きな貴方に戻ってください……お兄様、お兄様……!」

 

 子供のようにすすり泣きながら、ガレスは必死に、最愛の兄に懇願する。

 その痛ましい様子を、ガウェインは静かに、冷ややかに見つめていた。今すぐにも挫けそうな弟を見つめながら、眉をひそめる事さえもしなかった。

 

 

 

「ガレス――貴方は前に、此方側に付いた理由を、私に語ってくれましたね」

 

 疲弊し、弱々しいすすり泣きが小さくなった時。ガウェインは出し抜けにガレスに語る。

 

「かつて貴方は、惨い死を経験しましたね……私を狂わせるに十分な程の、余りに酷い死を」

 

 ガウェインが語るのは、彼等の一度目の生の記憶。

 華々しいブリテン王国が音を立てて崩壊を始めた、その運命の分岐点の一つ。

 湖の騎士ランスロットと、王妃グネヴィアの、許されざる不貞。それを罰するべく、モードレッド、アグラヴェインが主体となって、ランスロットの密会の現場を押さえるべく強襲を図った。

 結果、ランスロットはその魂を狂気に堕とし、アグラヴェインやガレスの兄を含めた多くの騎士が殺された。騎士の多くがランスロットに憤怒を抱き、斯くして円卓は真っ二つに離反した。

 

 その敵意の最中で、ガレスは苦悩していた。

 家族を奪われた哀しみに苦悩するガウェインの傍に、ガレスはいつも寄り添っていた。

 そして同時に、ガレスは敬愛するランスロットを信じていた。何かの間違いで、いつかきっと戻ってきてくれると信じていた。

 

 だからガレスは、決められなかった。

 最愛の兄も、敬愛する騎士も、どちらも大好きだったから。

 家族を失った哀しみが重く心にのし掛かり。けれどもランスロットへの忠誠は捨てきれず。板挟みの心では怒る事も嘆く事も出来ず。

 騎士達の間で募っていく怒りに焦がされながら、けれども一人だけ矛先を向ける先を持てず、苦悩し続けた。

 ランスロットに振るう刃を、探せなかった。

 だからこそガレスは、何の武器も持たずにランスロットと対面し、狂気に落ちた湖の騎士によって、無惨に殴殺されたのだ。

 

「食事も喉を通らず、日に日に窶れていく貴方の姿は、英霊となった今でも脳裏に焼き付いています。その姿を見ていたからこそ、私は貴方を殺したランスロット卿を許してはおけなかった……私は、その過去を悔やんだりはしません。ですが、正すべき認識が一つありました」

 

 

 

 瞬間、空気が一気に凍り付く。

 ガウェインの研ぎ澄まされた瞳が、ガレスの心に致命の刃をあてがった。

 

 

 

「ガレス――貴方は、単なる臆病者だったのですね」

「っ……え……?」

「忠義に厚い訳ではなかった。貴方は失う覚悟を、最後まで固められなかっただけです。自らの芯を持たないために、振り子のように状況に振り回され、何もできずに死んだ……貴方の死は、その軟弱な精神ゆえに起こった必然だったのですね」

「ッ違います! 私は――」

 

 ガレスの反論は、ガウェインの指鳴りによって遮られた。鞭が背中を抉り、言葉が絶叫に塗り潰される。

 

「ぎぃ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「貴方の心は未熟だ。綺麗事を尊び、現実を直視しない。陛下はさぞかし、失望される事でしょう」

「違う! 綺麗事なんかじゃない! 私の槍は、民を護る為に――」

「ならば英霊として召還されたあの時、なぜ王に刃向かわなかったのです? 私やランスロット卿が、いつか騎士道という絵空事に靡くと、夢想していたのではありませんか?」

「っく、ひ……!」

「あの場において、貴方は何の覚悟もしなかった。私やランスロット卿と共に戦える、自分の夢が叶えられるという、甘えた理想に浸って。馬鹿馬鹿しい空想を抱えたまま、本来は手を取るべき側の同胞を殺めた。貴方のそれは――包み隠さず言いましょう。卑怯者の下衆の所行ですよ」

 

 

 

 言葉が、心を砕いていく。最愛の兄に魂を粉微塵にされていく。

 食い縛った歯の隙間から漏れるのは、声にならない悲鳴ばかり。痛みに見開いた目を、ガウェインの氷のような視線が突き刺してくる。

 

 

 

 何の反論も出なかった。

 正しいか正しくないかなど、もう関係ない。

 正義はガウェインの方だった。

 自分の掲げる正義は、全て虚構の理想論で。

 自分はずっと、ずっと、ずっと。

 子供みたいな駄々で、現実逃避をしていただけなのだ。

 

 

 

 砕けた心を踏みにじるように、また指が鳴り、鞭が唸った。ビヂィ! と痛烈な音がガレスを罰し、鮮血が壁まで飛び散る。

 

「ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! わあ゛ああああぁぁぁぁ! お願いします! 殺して! 殺してください! 今すぐガヘリス兄様の後を追わせてください! 私の首を撥ねてください兄様ぁぁぁぁぁ!」

「ああ、いけませんよガレス。貴方は死ねないのです。王から賜った使命がある以上、死ぬ訳にはいかないのです」

「嫌です! 殺したくない! こんな兄様見たくない! 嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ガシャガシャと鎖ががなり立て、手首を擦り切らせる。血を吐くほどの絶叫は、この洞窟から抜け出せない。

 ガレスには何もできない。逆らう事も、逃げる事もできない。みっともなく叫び、血塗れの身体を芋虫のように蠢かせるだけ。

 全て自分が選んだのだ。同胞を殺めたその手は、もう二度と清らかな白を取り戻す事はできないのだ。

 狂気に落ち、ガシャガシャと鎖を鳴らすガレスを、ガウェインは冷ややかに眺め、深々と溜息を吐き出した。

 

「ああ、憐れなガレス……まだ、現実を見れないのですね」

 

 そうして、ガウェインは一歩踏み出した。

 叫び続けるガレスに身を寄せ、頬に手を添える。

 

「仕方がありませんね……では私は、兄として、あなたの甘い夢を叶えて差し上げましょう」

 

 

 それは決して、優しさなどではない。

 とうに砕けた心を徹底的に踏み躙る、トドメの鉄槌だった。

 ガレスの目が、恐怖に見開かれる。

 頬に手を添え、彼女の顔を覗き込み――ガウェインは微笑んでいた。

 優しく凜々しい、太陽の騎士の名に相応しい、眩しい笑顔。

 大好きな、兄の顔。

 ぞっ――と、ガレスの顔が、死よりも深い恐怖に青ざめる。

 

 

「いや……やめて、やめてください、兄様」

「心配いりませんよ、ガレス」

「そんな顔で見ないで! 見ないでぇぇぇぇぇぇぇ!」

「私は必ず、貴方を見捨てませんから」

 

 次の瞬間、鞭が唸りを上げて、ガレスの背中を真一文字に切り裂いた。

 兄の微笑に、弟の絶叫が吹き付けられる。

 

「ぎゃああああああああああああ!」

「私が傍にいます。果たせなかった夢を叶えるべく、共に王に仕えましょう」

「う゛あぁぁぁぁぁ! やめて、やめてぇぇぇぇ!」

 

 再び鞭が唸る。肉が削がれ、振り絞る絶叫が洞窟を埋める。

 兄はずっと笑っている。微笑みを讃えたまま、ガレスの背中に鞭を浴びせ続ける。

 見たかった優しい言葉が、声が、途方もない暴力になって心を責め立てる。

 

「ランスロット卿も心配しています。貴方は沢山の人に案じられているのですよ」

「こんなのおかしい! 間違ってます! 目を覚まして兄様! 兄様ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「共に王の傍に居ましょう。我々の忠義を共に果たすのです」

「いやだ、いやだいやだいやだ嫌だ! もう許して! 誰か助けて! 助けていやだもう嫌ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 鞭が唸る。兄が笑う。

 甘えた理想が、激痛と共に叩き付けられる。

 鞭が唸る。

 兄が笑う。

 心が、潰れていく。

 鞭が唸る。

 兄が笑う。

 鞭が唸る。

 兄が笑う。

 

 

 

「共に頑張りましょう、ガレス。貴方もまた、立派な円卓の騎士なのですから」

「う゛わああああああああああ! あああぁぁぁ! あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「大丈夫ですよ――私が必ず、傍にいますからね」

 

 

 

 洞窟を覆う叫び声が潰え、ガレスの心が形も残らず砕け散るまで、ガウェインは延々と、彼女が思い描いていた虚構の笑みで、思い描いていた通りの虚構を囁き続けていた。

 



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6話

 

 

 コツ、コツという澄んだ靴音。

 徐々に近づくその音だけで、洞穴の陰鬱な空気が、熱風を当てられたように吹き飛んでいく。充満していた血の匂いが、遙かに強烈な神性によって清められていく。

 やがて牢獄に現れた獅子王を、ガウェインは恭しい一礼でもって出迎えた。

 

「獅子王陛下。このような場所までご足労を――」

「世辞はいい。貴殿の働きにより、事前の聖罰も滞りなく行われている。貴様の頼みであれば、どんな事でも徒労にはなり得まい」

 

 刃のように研ぎ澄まされた声が、陰気と絶望に満ちた拷問室でさえ凜と響く。

 獅子王が現れた瞬間、彼女の存在に空気が塗り潰された。

 血に濡れた拷問器具でさえひっそりと息を潜め、獅子王の言葉を聞き入るようだった。

 人も、物も、洞穴にこびり付いた苔の一片でさえも。

 あらゆる物が、獅子王に対しての畏怖を覚えていた。常理を逸脱した途方もない威圧に、押し潰されんばかりだった。

 

 

 獅子王は、輝く翡翠の瞳で空間をツウと眺めて、そうして部屋の中央を睥睨する。

 宙吊りから解放されたガレスが、死にかけの子犬のように地に蹲っていた。余すところなく傷つけられた裸体を掻き抱き、団子虫のように小さく身を丸めている。

 獅子王の威圧に晒され、顔を上げる事は愚か、指の一つを動かす事さえできない。ただ怯え、ブルブルと身体を振るわせている。

 惨めな傷だらけの身体のどこにも、誇りなどない。ガレスは人間の尊厳すらも失っていた。

 

「――ガレス」

「っ――!?」

 

 ガウェインの一声で、ガレスの全身に、電撃のように恐怖が走る。

 考えるより先に、身体が動いていた。

 ガレスは飛び起き、激痛に悶えながら身体を折り畳んで獅子王に土下座した。

 縛られて紫に膨れた指を揃えて、額を擦りつける。

 露わになった背中は、形容すらできないほどに、ずたずただった。何重にも切り裂かれた皮膚は捲れ上がり、ほつれた毛糸のように絡まって隆起している。剥き出しになった生肉に更に鞭を打たれ、一部は骨さえ覗いている。

 己の血と排泄物の染み込んだ床を舐めるように顔を押しつけ、ガレスはようよう言葉を絞り出した。

 

「っも……申し訳、ありませんっ……わが、王……!」 

 

 延々と鞭を打たれ、摺り下ろされた背中を露わに、生まれたての子鹿のように震えて、ガレスは謝罪する。

 

「わたしが、間違っておりました……不覚悟により、王の意向を、損ねました……! 度重なる不忠、恥ずべき愚行で、ありました……!」

 

 喉から振り絞る言葉が、果たして本心かどうか、もう自分でも分からない。

 己なんてもう残っていない。

 背中が焼けるように熱い。『痛い』が体のぜんぶを覆っている。

 

 

 心は――さっき、兄に砕かれた。

 

 

「お許し、ください……! もう逆らいません。もう抗いません。だから、どうか、どうか……!」

 

 

 痛くて。嫌で。

 苦しくて。虚しくて。

 嫌で。嫌で。もう嫌で嫌で嫌で。

 

 

「どうか――これ以上、わたしを壊さないでください……!」

 

 

 逆らう気力は微塵も残っていなかった。靴を舐めろと言われれば舐めたし、痛くされないなら純血だって捧げた。

 プライドも人間としての尊厳も何もいらない。

 自分の甘えた騎士道なんて、ゴミの価値さえ在りはしない。

 受けるべくして受けた罰だった。壊れるべくして踏みにじられた心だった。兄がそれを、完膚無きまでに知らしめた。

 

 

 土下座をするガレスに、冷ややかな目が注がれる。

 あの時ガレスは確かに、ガヘリスを殺し、この超常を讃えた翡翠の眼を選んだのだ。

 もう、逃げられないのだ。

 頭を垂れて許しを請う以外にないのだ。

 運命の茨が、自分を捉えて放さない。

 冷ややかに睥睨していた王が、冷たい声でガレスに言う。

 

「――貴殿に、ギフトを授けよう」

「っ……!」

「聖杯の恩寵だ。我等を祝福し路を斬り開く聖なる器に、我が剣として何を望む、ガレス卿」

 

 傷だらけの身体も、無様な土下座も、ずたずたのプライドも、全てを無視して王は語る。

 畏怖に、全身が震える。鬱血した指で大地を引っ掻き、ガレスは声を絞り出した。

 

「……何でも、します。貴方に、忠誠を……誓います……!」

 

 ただただ怖くて。逆らう気力が起きなくて。

 血塗れの背中を晒し、額を擦って哀願する。

 

「っ……これ以上、穢れたくありません。どうかわたしのみじめな心を、これから先の罪から護ってください……!」

「――心得た」

 

 プライドも何もない願いにも、王は一切の反応を見せなかった。

 ふわり、と空気が脈打つと、王の手に煌々と光を放つ聖杯が握られる。

 

「これより貴殿を、正式に聖都の騎士に任命する。清濁の区別なく刃を振るい、人理を護る刃たれ、サー・ガレス」

 

 凜とした声が降り注ぐ。

 最後までガレスは顔を上げられなかった。

 寄る辺を失い打ち拉がれたまま、聖なる光がガレスを包み、後戻りのできない地獄へと彼女を引き摺り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ガウェイン卿」

 

 地下深い牢獄を抜け、外に出て直ぐの広間。

 実に数時間ぶりの日光を浴びるガウェインを、ランスロットが呼び止めた。湖の騎士は、ガウェインの鎧に付着した血を見てそっと表情を曇らせる。

 

「その、ガレスは……」

「委細問題ありませんよ。これで彼も、己の行いを恥じ入り、王に仕えることでしょう」

 

 言葉を詰まらせるランスロットに、笑顔で返すガウェイン。日差しを受けて、ガレスと同じ小麦のような髪が輝いて見える。

 

「貴殿にも迷惑をかけましたね。不肖の弟が、無礼をいたしました」

「……無礼では、無かったよ。ガレスの志は、我々が持つべき騎士道ではあった」

「ええ、そうでしょう。ですが我々は最早、世に誇るべき騎士ではない。ガレスはそれを受け入れられなかったのでしょう」

「……」

「純朴で、真っ直ぐな子ですからね。昔から、曲がった事が大嫌いでしたから……貴方も覚えておいででしょう、ランスロット卿。意固地になったガレスを説得する事は、試合であなたに勝利するほどに難しい」

 

 世間話のように、ガウェインは語る。

 昔を思い出すその微笑は、少なくとも弟の血を付着させながら作る笑みではない。

 拭いきれない異質に、ランスロットの表情が強ばる。僅かな戦慄を見抜き、ガウェインは更に微笑みを深くした。

 

「貴方がよければ、しばらく弟の傍にいてあげてください。慕われている貴方であれば、心を乱す事もないでしょうし」

 

 そう言い残し、ガウェインは血を落とすために広場を去って行く。

 その凜と立つ背中を見送りながら、ランスロットは問いかけた。緊張で、無意識に剣の柄に手を添えながら。

 

 

 

「ガウェイン……卿は、正気か?」

 

 背中が、ピタリと歩みを止める。

 燦々と照る『不夜』のギフトが、痛いほどの眩しさで二人を包む。

 触れれば切れそうな静寂を打ち破って、ガウェインは小さく吹き出した。

 

「ふふ。まさか、よりにもよって貴方に狂気を疑われるとは」

 

 そうして半身を傾け、ランスロットを見つめる。

 凜々しく澄んだ眼。毅然とした笑み。

 崇高なる王に仕える、太陽の騎士として。

 

「もちろん、正気ですとも」

「……」

「私は、決して狂いませんよ。それこそが、同胞を殺めて修羅の路を歩む我々に、たった一つ許された贖い(あがない)なのですから」

 

 

 一縷の迷いもなくそう告げる。

 ランスロットは、返す言葉を探せなかった。押し黙る彼に礼をし、ガウェインは今度こそ背を向けて去って行く。

 彼が彼のままであることは、何を言わずとも、その背中で理解できる。

 

 

 

 正気をもう一度問いただすのは、最大の無礼だった。

 彼は兄として、ガレスを壊したのだ。

 最愛の弟を穢した罪の大きさを真に理解しながら、それでも彼は太陽の下、王の威光を受け止める最強の騎士として君臨し続けているのだった。

 



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7話

 神聖ローマより聖都イェルサレムまでに広がる、地中海を挟んだ大規模な平原。

 長く長く轢かれた荷馬車の渡るあぜ道の周囲には、かつて鮮やかな色合いの草花が萌え、悠々と草を食む家畜の姿も所々に見られていた。

 国と国とを繋ぐ公益路であり、友好と世界の豊かさの具現であったそこは、今はもう見る影もなく滅び去っている。

 草花の全ては死に絶え、ひび割れた荒野と化している。すっかり炭化した地表の一部では、今も収まりきらない炎が、たき火のようにちらちらと揺れている。

 まるで、炎が津波になって大地を飲み込んだかのよう。

 あらゆるものが死に絶え、向こう千年までの命の可能性すら摘み取る、圧倒的な滅却。蹂躙。

 

 

 それが、リチャード一世なる怪物の遠征の結果であった。

 姿を見て生きた者はいない以上、それが果たしてどのような怪物なのか、一体何をすればこれほどに土地を殺せるのか、推し量る術はない。

 しかし事実として、リチャード一世の進軍により、ヨーロッパの大半が死地と化していた。

 生き残った民は、ほんの一握り。幸運にも災禍を免れた土地に身を寄せ、少ない食糧を分け合いながら細々と生き長らえていた。

 聖都に居る巨悪に怯え、草も生えない土地を嘆き、けれどどこかに逃げる程の力を持たない、死にゆく民。

 抗う術さえ失った彼等は、今日もかんかんと照る太陽の下に這い出し、骨ばった両手を重ねて、祈りを捧げていた。

 

「ああ、神よ……恵みの雨を降らせてください。この焼け朽ちた土地を潤してください」

 

 雨はもう三週間も降っていない。リチャード一世は、空の雲さえ焼き尽くしてしまったのだろうか。乾いた風には、灰の味が混じっている。

 先日、男の子が熱にやられて死んだ。その先日には彼の母親が干涸らびて死んだ。そうやって一人、一人、耐えきれずに死んでいく。

 死体を埋葬する最後の理性さえ、そろそろ食欲に負けそうだ。

 その想像が、途方もなく恐ろしい。

 

「神様……どうか我等をお救いください……どうか……」

 

 ふるふると手を合わせ祈る。

 その足下の礫が、カタカタと小さく震えだした。

 振動に気づき顔を上げれば、視界に広がる荒野の一点に、徐々に近づいてくる影が一つ。

 それは陽炎にぼやけながら徐々に姿を大きくしていくと、やがて沢山の馬の群れになって、小さな村に雪崩れ込んできた。

 

 

 その行軍の先頭に立つのは、煌びやかな鎧に身を包んだ少女騎士であった。

 彼女は小麦のような黄金色の髪を揺らして、それ以上に眩しく晴れやかに、両手を広げて笑う。

 

 

「お喜びください! 我等がアーサー王が、この地に救いの手を差し伸べてくださいましたよ!」

 

 

 そうしてガレスは、村の住人全てに届くように、鈴のように美しい声を張った。

 突然現れた天真爛漫な少女騎士は、死を眼前にした村人達にとって、比喩でなく救いの女神のように映った頃だろう。

 彼等がほうと感嘆の吐息を漏らすうちに、ガレスの後ろに控えていた騎士達が、幌馬車から沢山の積み荷を担ぎ出す。

 

「十字軍の非業に遭われた貴方がたを、陛下は決して見捨てません! どうかその無辜なる命を、我々に救わせてください!」

 

 ガレスの太陽のような笑顔と一緒に、村人の前に置かれたのは、山のような食糧と、なみなみと満ちた水瓶。

 わっ――と、住民が殺到した。数週間ぶりに目の前に置かれた食事と水は、比喩ではなく命そのものだった。消えかけてい魂が、希望に強く繋ぎとめられる。

 彼等は水で喉を潤しながら感謝に咽び泣いた。咽せるほど食糧をかっ込みながら、王への賛歌を高らかに歌い上げた。

 死から生へと帰還した宴の中、ガレスは変わらぬ笑顔で、全員に告げる。

 

「これより我等がアーサー王は、かの怪物リチャード一世を討つべく動きます! ここに食糧と水を溜め、遠征の中継地とさせて頂きます。ご安心ください、皆様は馬車に乗せ、より安全な場所へとご案内いたします」

 

 ガレスの演説に、またも喝采が響き渡る。

 伝説のアーサー王が、諸悪の根元たる怪物を打ち倒してくれる。国の民でさえない自分たちを見捨てず護ってくれる。まさに神が使わした救いの手だった。

 涙を流しながら喜ぶ村人達に向け、ガレスは舞台に立つ演者のように、幌馬車を指し示す。

 

 

「お腹を満たし、準備ができた方から中へ! これより皆様を――王が御座します城へとご案内いたします!」

 

 

 まるで牧羊場の羊のように、村人が続々と幌馬車に乗り込んでいく。あるものは狂喜乱舞し、あるものはもう一度両手を合わせて祈りをささげ、あるものは笑顔で泣きながら、命を繋いだ我が子を抱き締める。

 疑う事など、どうしてできようものか。

 誰も知らない。その馬車が王の聖罰の間へと直行する事も、ほとんどの人にとって、先ほどの食事が最後の晩餐になる事も。

 知っているのは、ガレス達だけだ。

 

「行ってらっしゃい! 皆様に、王の祝福があらんことを!」

 

 知っていながら、ガレスは笑う。天真爛漫に頬を染め、処刑場を目指し走り去る馬車に手を振る。

 

 

 その笑顔こそが、獅子王が与えたギフトであり、彼女が命じられた役割であった。

 

 

 遠征の拠点を築く事。各地に王の誉れを流布し、民を集める事。リチャード一世を排し建立した聖都に、民が自ら望んで赴くように、情報を拡散させる事。ガレスの愛嬌と、無垢で正直な魂は、それを実行するのに最適だった。

 彼女は沢山の食糧と民を運ぶ幌馬車を連れ、荒野を走り回った。

 死を待つばかりだった村人に食糧を分け与え、幌馬車に乗せて城へと向かわせる。

 一部の村には人を残した。沢山の食糧と水を持たせ、近隣の村も救うよう助言した。「王が聖都を建立するまでの辛抱です」と、笑顔で言いながら。

 

 

 それはさながら宣教師のような行いだった。民を救い、王を讃えさせ、希望を植え付ける。

 しかしてその実体は、死の商人に他ならない。

 ガレスの命じたままに、民は王を讃えるだろう。他の村の民にも食糧を分け与え、王のお陰だと語るだろう。

 そうして彼等は、いずれ聖都へ自ら赴くのだ。

 救いを信じて。自ら聖罰を受けに。

 

「アーサー王は、民を決して見捨てません。必ずや聖都を、民のための豊穣と平穏の楽園にしてみせるでしょう!」

 

 ガレスに与えられたギフトは『不浄』。

 穢れ無き魂、穢れ無き笑顔を実現させる、聖杯の奇跡。

 ガレスは笑顔で民の前に立ち、舞台のように大仰に声を張る。

 

「もう少しの辛抱です。悪しき十字軍は、必ずや我々円卓の騎士が打倒します!」

 

 多くの民の目を輝かせ、救いの女神の如く振る舞う。

 死の運命を、植え付け続ける。

 

「邪悪が去れば聖都へ! 陛下は遍く全ての民を受け入れます! アーサー王の総べる聖都で、平穏を取り戻しましょう!」

 

 ガレスは笑う。

 笑いながら荒野を駆ける。

 死の種を振りまき続ける。

 笑いながら。

 穢れない笑顔で。

 

 

 

 

 けれど。

 けれど誰も、気付かなかった。

 あるいは獅子王だけは、全てを見据えていたのかも知れない。

 

 

 

 

 ――ああ。

 

 『もうこれ以上、穢れたくない』

 そう言ってガレスは、『不浄』のギフトを授かった。

 その願いの通り、ギフトは、彼女に輝かしい笑みを取り戻させた。

 民に希望を与える愛嬌をもたらした。

 しかし。

 ガレスの願いは、本当に、言葉の通りに叶えられた。

 

 

 ――ああ、あ。

 

 

 『不浄』のギフトは、ガレスの心をこれ以上汚す事はしなかった。

 しかし。

 しかし――。

 

 

 

 ――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

 

 

 

 

 汚れた心を修復する力を、ギフトは一切有していなかった。

 

 

 

 

 

 聖杯の能力は、逆にガレスの心を封じ込めた。壊れきった彼女の善性を、不要なものとして排除した。

 穢れ無き笑顔を塗り固め、内側の絶望を覆い隠した。

 

 

 それはさながら、血みどろの肉を詰めた、陶磁器の壷のよう。

 美しく艶やかでありながら、中身は醜悪で壊れきったまま。

 ガレスの心は、魂は、何も変わっていなかった。

 殺したくない。壊したくない。民を手にかけたくない。

 そんな善性が、一切取り除かれないまま『不浄』のギフトに閉じ込められた。

 

 

「王を讃えましょう! 我等がアーサー王の救いの手を喜びましょう!」

 

 

 『不浄』のギフトは、王の使命を忠実に遂行する。

 ガレスがどれだけ叫んでも、笑顔は皺の一つすら歪まない。

 舌をかみ切りたいと願っても、口は詳らかに王を讃える言葉を紡ぐ。

 民を死に向かわせ続ける。

 

 

 ――ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!

 

 

 ガレスは笑顔の中で壊れ続けた。

 あれだけ嫌だと言ったのに。

 それだけはやめてと懇願したのに。

 その心を残したまま。閉じ込められたまま。

 抗う術さえ失って、ガレスは地を走る。笑顔で語る。

 

 

 ――ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!

 

 

 一体何千人が、ガレスの声を聞くだろう。

 ガレスがいなければ、何万人が殺されずに済むのだろう。

 私を止めてくれと願う。

 今すぐ逃げてくれと願う。

 何なら今ここで殺してくれと願う。

 その穢れを、『不浄』のギフトは許さない。

 ガレスは笑う。笑い続ける。

 心を壊しながら。

 不浄の牢獄の中で、腐り果てていく。

 

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

 

 

 

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          たすけて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまさしく、罰だった。

 自分の愚かさがもたらした災禍だった。

 あの時、自分の正義を貫けていれば。ガヘリスと共に槍を手にしていれば。

 獅子王を止める事はできずとも、せめて正しき騎士のままで在れたのに。

 まっすぐな心で、王に、ガウェインお兄様に、正義を問いただす事ができたのに。

 今ではもう、涙すら流せない。

 獅子王にとって、ガレスの心は穢らわしいから。

 絶望し腐りきった魂は、見るだけ邪魔なものだから。

 きれいな自分が、きたない本当の自分を閉じ込める。

 どこにも逃げられない。

 何もできない。

 謝りながら、発狂しながら、笑顔で死を振りまき続ける。

 

 

 

 アグラヴェインからは、あの日の拷問の事を詫びられた。笑って許した。自らの罪で壊れた心には、何の癒しにもならなかった。

 トリスタンはガレスを見て、どこか満足げに琴を鳴らした。同じ穴の狢となったことを、歓迎するようだった。

 ある日モードレッドに殴られた。「気持ち悪い奴だ」と言われて。欠けた歯を見せて笑ったら、顔をしかめて背を向けられた。以来殴られもしないし、目も向けられない。

 最も多く声をかけてくれたのはランスロットだった。何か世間話を振られる度に、ガレスは殊更元気に応じた。ランスロットはそれに微笑みを返す。全てを分かった笑みだった。どうにもならない事を思い知らされるような、寂しい笑みだった。

 ガウェインには、一度も会っていない。幾ら聖杯のギフトがあれど、もし兄の微笑みをもう一度見れば、喉を掻き切らない自信がなかった。合わせる顔が無いと、向こうも思っているのだろう。彼とはすれ違う事さえ無い。

 

 

 それぞれが獅子王の命を受け、馬を駆け、剣を振るう。

 日に何百人と死に、「やがて聖都に」という謳い文句で、何百という死の種を蒔く。

 人類を護るべく、己の非業な役割を果たす。

 絶望に暮れた時が、流れていく。

 



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8話

 そうして、とうとうその瞬間が訪れる。

 

 

 聖都イェルサレムの奪還作戦。怪物リチャード一世の打破。

 十字軍の幾度とない戦いを制し、長く困難な道のりを経て、とうとう円卓の騎士は、リチャード一世の前に立つ。

 いざ目の前にしたリチャード一世は、『怪物』という題字の通りの、凄まじい存在であった。

 最早ソレは英霊ではあるまい。人よりももっと悍ましい魔性の獣、魔神。

 

 

 対峙した瞬間、円卓の騎士達に戦慄が走った。聖杯のギフトを授かっていながら己の死を悟らせる程に、リチャード一世は人の常理を外れていた。

 唯一怯まずにいたのは、二人。

 

(二人……いや、三人、犠牲になるか)

 

 『不夜』により太陽の加護を得ていたガウェインは、ただ一人、心底の畏怖を黙殺できた。彼は魔神の力と、竦む騎士達を素早く観察し、冷徹にそう勘定をとる。

 その視線の脇で、不意に動く影が一つ。

 

 

 ほとんど倒れ込むようにして、ガレスが前に足を踏み出していた。

 ――誰も、何も、反応できなかった。

 ガウェインは呆然と、飛びだす弟を見ているしかできなかった。

 意味が分からなかった。到底現実とは思えなかった。

 

 

 

 

 

 その時の心境は、彼女自身にしか分かりはしないだろう。

 悍ましい怪物を前にして。

 途方もない威圧を向けられて。

 

 

「――」

 

 

 ここだ、と思った。

 ここしかないと思った。

 魔神の気迫に押されて、『不浄』のギフトに、ほんの僅かに亀裂が走った気がした。

 瞬間、その亀裂から、悲鳴が吹き出した。

 

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 声にならない絶叫を上げて、魔神の前に飛び込む。

 身体が勝手に動いていた。後ろからかけられる驚きの声も聞こえなかった。

 脳を埋め尽くしたのは、たった一言。

 

 

 

 

 

 ここでしか死ねない。

 

 

 

 

 

「わあああああ! わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」

 

 そうするべき、ではない。そうしたかった。

 槍を突き出し、魔神に突貫する。

 踏み込む足が、最後に使った勇気だった。

 喉から振り絞った悲鳴が、壊れきってぐずぐずに腐った心に、それでも残った善性だった。

 

 そうして、魔神の刃が、ガレスに突き刺さる。

 鎧を紙細工のように砕き割り、腹の中心を容易く貫く。

 ぱぁん、と。自分の中から、何かが吹き出した気がした。

 風船のように弾ける。穴の開いた水槽のように溢れる。

 『不浄』の檻に押し込まれていた、腐りきったどす黒い絶望が、噴水のように吹き出して、ガレスの世界を真っ黒に染め上げる。

 

「ああ、ああああああああ! ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 胴体を貫かれ、口から血を迸らせながら、ガレスは泣いた。誰にでもなく、世界の全てに向けて謝り続ける。

 ようやく混乱から解放されたモードレッドが、驚愕の声を張り上げる。

 

「ガレス!? テメエ、一体何をやってんだ!」

「今です! 私が食い止めている間に、殺してください!」

「ッんなもん、テメエが犠牲にならなくたって当たり前――」

「この怪物と共に、私を葬り去ってください! 私を共に殺してください! どうか、どうか!」

「っ……!?」

 

 血と涙を吐き出しながら、必死に懇願するガレス。

 モードレッドは、目の前で豹変したガレスの発狂に、ともすれば先のリチャード一世以上の戦慄を覚えた。

 潮時だと、ランスロットとアグラヴェインは静かに判じた。身を挺した覚悟を無碍にはさせないとも。しかしランスロットは友誼から、アグラヴェインは魔神に近づく畏れから、僅かに一歩を躊躇した。

 

 

 その一瞬の間に、踏み込む影。

 ガウェインは、既に剣を抜き、弟の下へ馳せていた。

 頭上の太陽が更に煌々と輝き、彼の背を照らす。

 涙に顔を歪めながら、ガレスは見る。

 剣に煌々たる光を宿しながら突貫する、凜々しきままの、兄の顔。

 そしてそこに深々と刻まれた――鋼よりも尚固い、決意。

 

 

天輪する(エクスカリバー)――勝利の剣(ガラディーン)

 

 

 光が、解き放たれる。

 全力で放たれた宝具は怪物を焼き払い、聖都に煌々と輝く光の柱を産み出した。

 余りの熱波に、円卓の騎士達は顔を覆い、ただただ圧倒される。

 天を貫き地を焼いた、円卓最強の騎士が放った一撃。

 それはまさしく太陽の輝き。

 あらゆる不浄を滅する聖なる焔の前には、魔神さえ姿を保つ事は能わなかった。

 

 

 

 ようやく光が収まり、視界が戻った時、そこにもう、リチャード一世の姿は無かった。一片も残さず焼け朽ち、跡形もなく塵に消えている。

 黒焦げになりあちこちに炎を灯す大地に、蹲る彼女の姿があった。

 

 

 

 驚いた事に――否――不幸にも。ガレスは生きていた。

 体内の聖杯の力が、円卓の騎士の魔力に対して耐性を有させたのかもしれない。彼女は爆心地の中心で足も手も擲ち、身体をか細く痙攣させている。

 ガレスの腹には、巨大な風穴が開け放たれ、そこを潜った熱波が断面を炭化させている。全身を覆った鎧はガウェインの焔によって赤熱し、ジュウウと痛ましい音を立てて、内側の皮膚を焼いている。

 焼け焦げる肉の、苦い香りがした。

 無事な所など、一つもない。

 ガレスは、死んでいないだけだった。聖杯のギフトは、ガレスの死さえも撥ね除け、現世に魂を縫い付けようとしていた。

 

『……』

 

 誰も、かける言葉を探せない。取るべき行動を考えられない。

 水を打った静寂の最中、ガウェインが静かに一歩を踏み出した。ガラディーンを抜いたまま、ガレスの目の前に立つ。

 

「……ごめんなさい」

 

 小さくか細い、迷子の幼子のような声で、ガレスは言う。

 瀕死の身体が痙攣し、炭化した指が擦れてカサリと黒い砂になって風に溶ける。

 

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。わたしは、こちらを選んだのに」

 

 

 

 俯き隠れた顔から、雫が落ちる。

 『不浄』のギフトから解放された心から、押し込まれ続け腐敗した悲哀が、どろどろと流れ落ちてくる。

 今まで振りまいてきた死の種が、途方もない罪悪感になって胸を締め付ける。

 見捨てた沢山の命と、これから奪う事になる沢山の命が、針のように魂に突き立てられる。

 積み上げ続けた罪で、心はもうぺしゃんこだった。

 

 

 

「もう耐えられません。もう戦えません。どうか、どうか」

 

 

 

 この時を逃せば、『不浄』はまた自分の心を閉じ込める。

 正気を保ったまま、死神として手を血で染める事になる。

 地獄だ。無限に続く拷問だ。

 抜け出す事はできない。己を壊す事さえ許されない。

 救いの手は、召還されて真っ先に、自分の手で殺した。

 全て、自分の愚昧が招いた結果だった。

 獅子王より、これから起こる惨劇を告げられて尚、何の覚悟もしなかった。

 愛する騎士が共に居る事を子供みたいに喜んで、馬鹿みたいにはしゃいで。

 本当に護るべきものが何なのかを、見誤って。

 短絡的に、考え無しに、決断して。

 何もかもが手遅れになって、ようやく気付いて。

 子供みたいに駄々を捏ねて。嫌だ嫌だとぐずって。

 捨てるべきだった無価値な宝物を、意固地にも持ち続けて。

 濁りきった騎士道を、無様にも誇示して。

 

 

 

 現実を見やしない。在るべき姿さえ思い描けない。

 馬鹿だから。餓鬼だから。救いようのない屑だから。

 過ちを覆すだけの力もない。

 非道を為すだけの心もない。

 罪を償うだけの善性もない。

 王への忠誠さえも誓えない。

 ただ、ただ、耐えられない。

 これ以上罪を重ねられない。

 許しを願う事さえできない。

 

 

 

 だから。

 せめて。

 どうか、どうか――

 

 

 

 

 

「愚かなわたしに、罰を与えてくださいませ」

 

 

 

 

 同胞を殺した責任からも、王への忠誠からも、自らの正義からも背を向け。

 歩み続ける事からも、生涯罪を背負い続ける事からも逃げて。

 終わりを願う。

 最も卑怯な結末を請う。

 

 

 

 

「……」

 

 その愚かな願いを、最愛の兄は叶えてくれた。

 ガラディーンが持ち上がり、ガレスの肩に乗せられる。

 聖なる焔を宿す、太陽の聖剣。

 あらゆる邪悪を浄化する焔が、自分の醜い胸の内を煌々と照らす。

 ガレスは顔を上げ、兄を見る。

 燦々と照る太陽を背に、ガウェインは弟の無様な姿を静かに見下ろしていた。

 

 

 

 揺るがない、凜々しき顔。

 一縷の曇りもなく王への忠誠を誓う、自分には決して作れぬ覚悟。

 愚かで卑怯な自分とは何もかもが違う、本物の王への忠誠。

 無理だ、と悟った。

 何もかも未熟な自分では、決して届かないと思い知る。

 兄の輝きと、自分の醜さ。その圧倒的な隔絶が、何より彼女の決断を尊重していた。

 ガレスは静かに眼を閉じ、炭化した指で、ガラディーンの刃を掴む。

 首筋に、刃がつぷと埋没する。鋭い痛み。焼け焦げた肌に、温かい血が伝う。

 

「……」

 

 ああ、私はどうしようもないグズだった。

 残された騎士達は、私を軟弱者だと罵るだろう。

 先に逝ったガヘリスは、私を卑怯者だと誹るだろう。

 騎士道も護らない。王の使命も果たせない。

 中途半端に、何も為さないまま、ただ愚昧を晒して。多くの人を殺して。

 地獄の業火でさえ、この罪は拭いきれない。

 地上にも、死後にも、私の居場所はない。

 

 

 

 本当に、どこまでもどこまでも、私は愚かだった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

 

 

 

「お兄様……本当に、ごめ――」

 

 

 

 ざん、と振り抜かれた一閃が、惨めな謝罪を途中で断ち切った。

 宙を舞ったガレスの首がたん、たんと転がり、やがて吹き上がったガラディーンの焔に包まれる。

 首を失った身体がぶらりと揺れて、地面に倒れた。ぱたた、と、飛び散った血がガウェインの鎧を叩く。

 どろりと粘ついた黒い血が地面に広がってガウェインの足を濡らし、それもまた、浄化の焔によって焼却されていく。

 

 

 

 

 

 騎士達は息を飲み、ガウェインの背中を静かに見つめている。

 

「……王に報告しましょう。我等の勝利と――一人の騎士の殉職を」

 

 鉛のように重たい空気を振り切って、ガウェインは振り向かずに告げた。

 

「我々は聖地の奪還に成功。ガレス卿の尊き犠牲が、獅子王の盤石たる治世の、最後の旗印を立てました」

 

 誰も、何も言わない。

 モードレッドは歯を食い縛り、忌々しげに地を蹴って、真っ先に背を向けた。

 アグラヴェインは短く嘆息し、欠けた穴の埋め方に思索を巡らせながら、モードレッドの後を追った。

 ランスロットはしばらくガウェインの後ろ姿を見つめていたが、とうとうかける言葉を探せないまま、沈痛に顔を伏せてその場を後にした。

 兄はずっとその場に佇み、弟の遺体が焼け朽ちていくのを眺めていた。

 火の粉と共に最後の塵が風に溶けていくのを見送って、ガウェインは静かに彼女の名前を呼んだ。

 

「……ガレス」

 

 たった一度、袖で顔を拭う。

 そうしてガウェインは焼け焦げた大地に背を向け、それから一度も、振り返る事をしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、リチャード一世を下したその場所に、獅子王は聖槍を突き立てる。

 盤石の防壁と豊かな国土を誇る、聖都が建立される。

 彼女が役割のままに蒔いた種が芽を出し、民が救いを求めて聖都を訪れる。

 

 

 そうして、始まる。

 人理を護るための、大虐殺。

 僅かな民を尊び、それ以外を敵に回す最悪の非道。

 唯一絶対の獅子王による、聖罰。

 

 

 円卓の騎士達は、最後まで王に忠実に仕え続ける。

 王の使命を実直に果たし、あらゆる悪逆を粛々と為す。

 鋼のような心で、王の剣で在り続ける。

 

 

 

 

 ――そして。

 永劫の繁栄と安寧を約束された白壁の城、その象徴。

 頭上に燦々と輝く太陽の担い手たる騎士は、常にその陽光に恥じぬ立ち振る舞いで正門に立ち、民を罰し続ける。

 彼は常に、人を超越した獅子王の、最優の剣で在り続けた。

 

 

 

 やがて人理の守り手が現れて。

 獅子王の願いが突き崩されて。

 歴史の中に葬られるその時まで。

 

 

 

 決して誰にも涙を見せず、彼は重すぎるものを背負ったまま、己の宿業を見事に果たしきるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
ガレスちゃんが実装された時、誰もが脳内に想い描き悶絶した彼女の最期を、妄想拡張&ブラッシュアップしてストーリー仕立てに仕上げてみました。
やっぱりガレスちゃんはかわいそうかわいくて最高だね! 
外道神那須きのこ氏に改めて敬意を表させて頂きます。

感想、評価、何でも大変喜びます。飛び上がって喜びます。
読者様の「面白かった」「心に残った」という言葉が原動力になります。
何卒よろしくお願いいたします。




本作は10月6日(日)に開催されるCOMIC☆1にて文庫本として発刊・頒布いたします。


文庫版には、エピローグとして、本作の後味の悪さを払拭する清涼剤ストーリー『カルデアの一日』を収録しております。
グロ・鬱全て/zeroのわちゃわちゃコメディです。


また、前作『もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活』に引き続き、もず様に表紙・挿絵イラストを描いて頂けることになりました! 
ありがとうございます! エグい話でごめんなさい! ありがとうございます! 
モードレッドとのイチャラブの権威であるもず様に、頑張ってガレスちゃんの可憐かつ悲壮な、心をドリルで抉り抜く、かわいそうかわいいなイラストを描いて頂いております! 是非Twitter等で続報をお待ちください!







次は『もう二度と剣を持てないモードレッドとの優しい隠匿生活』後編、いよいよ完結です。
今後ともブリテン姉妹をよろしくお願いいたします。


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