鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 (藤涙)
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text1:美女エージェントなんてものは基本的にやべーやつしかいないから気をつけろ

「知らん天井や」

 

男はそうぽつりと呟いた。

声はその場に響くことはなく、白い闇に呑まれるように消えていく。前、後ろ、横、全て白い。自分がここに何時間いるのかわからない。時間の感覚が無い。1分間しかいなかったような、まる1年間ほど過ごしたような、そんな奇妙な感覚だった。

 

「ここ、どこやねん」

 

自我を保つために声に出す。なにも無い白い空間に72時間いると正気を失うってガチな話しやったっけ? もしかしたらもう、俺正気とちゃうんちゃうか。

 

ここに来る前、自分なにしてたっけ。

 

確かいつもどーり朝起きて、

 

飼っとる猫に挨拶して、

 

餌やって、自分も飯食って、

 

出社して─────

 

「あれ……なにしたん、やっけ……」

 

脳の奥がピリつくように痛んだ。

思い出そうとすればするほど頭痛は強くなる。諦めて脱力する。立とうと思ったが平衡感覚が無い。ということで立つことも諦めた。傍から見れば大の字で寝転ぶ成人男性、怠惰の極み。

まあ仕事は割と多忙を極める職についていたので、夢の中の少しの休息と思えば気が楽───

 

「ところがどっこい! ざーーんねんですがイカした関西弁のオニーサン! そうは問屋が卸さない! 呼ばれてないけどジャジャジャジャーン!!

ごきげんよう! 天使で〜す♡」

 

「うぉああああお?! びっっっっっっっっくりしたあああ!! なんやあんた?!」

「あれあれ〜? 聞いてませんでしたか? 天使です!」

「いや知らんわそんなの、呼んでないわ、なんやお前。コスプレか? ハロウィンはまだ当分先やで」

「ひとしきりびっくりし終わったら怒涛のツッコミ! さすがは関西人、おつかれサマでーすっ♪」

 

甲高い女の声に────飛び起きた。飛び起きれた。文字通りに。

情けないが尻もちをついたような格好で女をしげしげと見つめる。

 

ニマニマと嫌な笑顔を浮かべる顔は、毎朝のニューステレビで見て「美人さんやなぁ」と思っていたアナウンサーに似ている気がした。黒髪ストレート、前髪はぱっつん。服装は白いセーラー服で、リボンは黒。セーラーの上は丈が短くへそが見えている。·····寒くないのだろうか。

スカートも極端に短い。脚は白いニーハイで覆われていて、程よい肉付きの太ももはいわゆる絶対領域。胸がキュンと鳴いた。

───断じて変態ではない。

 

微妙に顔が熱い。それをパタパタ扇ぎながら、むすりと眉根を寄せた。それくらいのプライドはある。

 

少女はにこりと可愛らしい笑顔を浮かべ直し、男と目を合わせるようにしゃがんだ。

 

「見たいんですか?」

「な、な、ななな…!! み、みみみみみ見たくないわッ! ほんッッッとうなんなんやお前ェ! 痴女か?!」

「“なにを”とは言ってないんですけどね。モウソウ力、逞しいんですね。ナニをかんがえたんですか? 健全なおとこのこで、いいと思いますよ。うふふ」

「うるさいわ!!!!!!!」

 

また意地の悪い顔に戻った少女に、男は唾を飛ばしながら言い返した。もう面目もプライドもくそもないが、叫ばずにはいられない。

必死になっちゃってまあ、可愛い。と笑う少女の髪がさらさらと揺れる。悲しいかな、その動作にもまた目を奪われてもううんともすんとも言えなくなっていた。

 

「さて、ひとしきりからかったので満足しました。

あらためまして、天使です! 今日は手違いで()()()()()()()()()()()今後を聞きに参った次第で!」

「はあ?! テンシてじょーだん…。

…………………………………は????」

 

あまりに明るい声で、なんてこともない声で言うものだから、反応が遅れた。

 

へ??? 死んだ??? 俺が???

 

「ええ、はい。記録によ、れ、ば………

2019年9月某日深夜、通り魔に背中からザクっとー♪

運、悪かったんですね〜。ご愁傷さまです」

「は……? 通り……へ……?」

 

相変わらず、ニコニコと美少女は人を食ったような笑みを浮かべている。

 

脳の奥が痛む。

背中から刺された、と言われて、背中の一部が燃えるように痛み出した。冷や汗が浮かぶ、息が浅くなる。目の前が真っ白に───

 

「あーーーもーーー。気絶しちゃダメですよ〜。と言っても、魂だけの存在なので気絶もなにもないですけどね。ちょっとーーー、起きてくださ〜〜い、私にも他の仕事あるんですから。あなただけに構ってる時間はそれほどないんですよ〜〜」

 

ぐに、と頬を引っ張られて、一瞬冷や汗が止まった。手足の痺れも緩和される。

 

「大丈夫ですよー。その様子じゃ死んだのも一瞬だったんでしょう〜? 痛みもなかったご様子。大丈夫、大丈夫、死んだだけです。意識はあるし記憶もあるじゃないですか〜。魂を縛っていた体が無くなっただけ、ほらほら、大丈夫って思えてきません?」

「え……あ、ああ……」

「まあ大丈夫じゃないんですけどね、それは置いておいて」

 

ぱちぱちとまたたきをして、手のひらを見る。指先が透けていて声にならない悲鳴をあげた。卒倒しそうだった。

この場にいる天使はこの地に足がつかないような不安感を煽るだけ。足が震える。体は無いそうだが、胃だか心臓だかがぎゅっと縮んでいる気がしてくる。

 

「あーーーー、聞こえてんのかなこれ。

まっいいや。とりあえず要件を言いますね〜〜? ちょっとした手違いで命を落としたあなたは、まあお詫びとして、いろいろな特権を持って次の世界にいけます。あなたがたの言葉でいうと輪廻転生〜っていうやつですネ!」

「…」

「特権というのは三つ。三つのお願いを言ってくだされば、私が転生先の世界へお手続きをする際にいいようにしますよー?」

「………………………………猫ッッッ!」

「うひゃあ、びっくりした。いきなり叫ばないでくださいよ」

 

もう一度がばりと跳ね起きた男は、弾かれるように天使を見る。その必死な形相と、興奮で震える手足、ギョロつき血走る目に正直に言って天使はヒいた。

 

「猫ッッッ!!」

「はいはいにゃーん、猫がどうしました?」

「なああんた、この際あんたが天使でも悪魔でもなんでもええわ! 猫、俺がマジで死んだって言うなら、猫ッ」

「猫…? あーはいはい、そういえば二匹飼ってらっしゃいましたね〜」

 

天使はペラペラと手元の紙を捲って確認する。

 

男────■■ ■■(これから消える名前を知っていたって意味が無いでしょう?)。■■歳。5年前に母親を亡くして以来天涯孤独。二匹の猫と暮らしているが、あまりに溺愛がすぎるため5か月前に出来た彼女と2ヶ月前に破局した。いや、この情報いらねえな…と天使は2本線を引いて消す。

 

「俺、死んだ…………のはええんや! 百歩譲って、まだ実感湧かんけど、別にええ。でも猫はあかん。俺の家族はあいつらだけや、あいつらの家族も、俺だけや。俺が死んだ後あいつらはどうなる??」

「あなたに家族はいらっしゃらないので、恐らくは保健所………」

「あ、か、ん!!」

「うるさいですよ叫ばないでください」

 

天使の肩を引っ付かみガタガタ揺する。

可愛らしい顔を歪め目がぐるぐる回っていても構わない。正直恨みしかない。

 

「ど、どないしよ〜〜〜〜!」

「………あなた意外と図太かったりします?

まああなたの運命はあなたの運命(手違いで殺してしまったけれど)、猫の運命は猫の運命です。生きるも死ぬも猫次第では?」

「あ、か、ん、わ! 引き取って家族になってもらった以上、俺は最期まで面倒みんとあかんかったんや…それなのに俺………」

「情緒不安定ですね〜〜〜」

 

ついにボロボロと泣き出す男に、天使は面倒くさくなって耳をかいた。正直あまり時間はないのでさっさとすませたいのだが……狼狽する男の表情を見て静かにため息を吐く。

………時間がかかりそうだ。

 

「せや、」

「あ、妥協点見つかりました?」

「せや、そやな、なあ天使、あんた…なんでもお願い聞いてくれるゆーたやんな?」

「はあ、まあ言いましたね…」

「なあ、なら、“飼い猫が素晴らしい次の飼い主を見つける”とか“幸せに大往生する”ゆー願いもいけるんか?」

 

さしもの天使もこれには黙った。

 

「あなたの来世を潤いあるものとするための三つの願いを、あなたは前世の飼い猫のために使うのですか? もう二度と会えない、どう生きていくかもわからない存在に?」

「当たり前やろ…!」

「…………………あっっっっきれた。あなた、お馬鹿さんって言われません?」

「なんとでも言えばいいわ! できるんやな…?」

 

天使は逡巡すると、少しためらったあと頷いた。瞳には呆れが見て取れる。

 

「ええ、ええ。できますけど、これであなたは二つの願いを消費することになりますよ?」

「かまへんかまへん。死んだっていうのに願いなんてぽんぽん思いつかんやろ」

「いえいえ、結構あるんですよ? “スマホやPCの検索履歴消してくれ”とか“自室のベットの下にあるアダルトビデオ(タカラモノ)消し去ってくれ”とか」

「あ〜〜〜そういうのは俺、ええわ。別に。見られて困るもんはないし」

「見る人も居ないですもんね」

「やめーや、哀しくなるやろ」

 

まじまじと天使を見る。次はまた、中学生の頃に一目惚れをして大破局した同級生の女のコに似ている気がした。

いや、ろくな記憶を思い出さないな…。

 

「さて、それでは最後の願いですね。さあ、どうします?」

「願いか〜〜、どないなの願えばええの?」

「願いは具体的なほうがいいですよ。例えば未来予知の力が欲しいのなら、安定とか自由に見る力が欲しいという風に。超解釈されて魔改造されるって可能性もありますし。カミサマってほら、適当ですからね。」

「あんたみたいにな。

………特殊能力みたいなもんでもええんか。転生っていうけど、どんな世界に行くん?」

 

状況適応能力が高いのか、落ち着いた様子でツッコミを返す男に舌を巻く。いや、これを素直に凄いと思える天使の感性もちょっとアレだ。

 

「“僕のヒーローアカデミア”、という世界ですね。ご存知です?」

「ジャンプのかな、名前は知っとるけど…有名なやつやんな。主題歌がSudathiの」

「それちょっと違いますね、OPは確かにそのミュージシャンでしたけど、確かに柑橘系の曲ありましたけど、全く違いますよ」

「あれ? ちゃうっけ? 胸に残り離れない苦いすだちの匂いという歌詞が頭に残っとるんやけどな·····まあええわ、ジャンプ系か〜〜〜○○の作品のキャラの能力ー! っていうもの可能なん?」

「男の子なら一度は憧れちゃうやつじゃないですかー! 可能ですよ、そういうのはわかりやすくて良きです」

 

なるほど、と頬に手を添える。

 

なにも思いつかないので“来世は途中で死にたくない”でもいいが、如何せん曖昧だ。超解釈魔改造は困る。そこそこ楽しみつつそこそこに生きていたい。

 

キャラの能力、キャラの能力…と考えて、ふと思いつく。思えば娯楽に疎い、寂しい人生だったが、数回だけ彼女に連れられて映画を見に行ったことがある。

「本当は全部、■■■■マンは三部作あるし、■■■■も三部作あるし、■べ■■■ーズシリーズも全部見てほしいけど、まあ■■ドゲームが上映されている間にあなたが全部見切れるとは到底思えないしとりあえず■■ドゲーム見ましょ(ここまでかなりの早口)」と見に行った映画はとても面白かった。登場人物は名前わからないしそこまでの過程がよくわからなかったけど、その映画の中の一人の男の生き様はとても素晴らしかったと思う。

 

なんだったっけ、名前。

 

「あの〜」

「はい? 決まりました?」

「あ〜〜〜これがええなあっていうか、これがあったら楽しそうやなあっていうのは見つかったんやけど、名前思い出せんくて」

「えっ、早く思い出してくださいよ〜。なんなんです? それ」

「えっと、なんやったっけな…なんかヒーローっぽいやつ。アメコミ? の。赤かったような青かったような黒かったような」

「情報曖昧すぎだろおい。アメコミぃ? D○ですか、M○RVELですか?」

「へ?? なんなん、そんな種類あるんか?」

「スー●ーマンとか、キ●プテンア●リカとかご存知ではありませんか? 有名どころですけど」

「名前言われてもわからへん…」

 

白い空間に眉を下げる男と割とイラついてる女が二人。カオスである。

 

「(なんやったっけ。きゃ、キャプテンなんとか…聞き覚えあるな。ブラックライオン的な…いや絶対違う。ざ、なんて読むんやろあれ…ザーみたいな名前のやつもおった気がする…)」

 

「あっ、時間やば」

「…えっ?!」

「ちょっと早く決めてください早く早くピンチなんです!」

「ええちょっと待ってやそんな急に言われても…!」

「飲み会に遅れるんで早く!!!」

「アホか!!!!!!」

 

ええっと、アイ、アン…

あっ近い、近い気がする。なんかこれな気がする!!!

 

急かされるまま焦りつつ男はその言葉を口に出した。

 

「ア、ア〜〜〜…マンの能力!!!!!」

 

「…………はい了解しました!! 承認です!!! それではおさらば素晴らしい来世にご招待!!!」

「雑すぎひん?!?!」

 

登場時と同じように、目の前が白くぼやけていく。

自称天使の彼女はひらひらとイイ笑顔で手を振っている。早く帰ってビール飲みてェ〜って顔だ。社畜の男にはわかる。

 

ブラックアウトならぬホワイトアウト。

これによりこの世界から■■■■は消失した。

 

「……終わった終わった♪ 飲み会行くぞー!」

 

天使が愉快そうに鼻歌を歌う。

手元のボードの備考枠には、“飼い猫2匹が素晴らしい飼い主を見つける”“飼い猫が幸せに大往生する”と…………

 

 

────“原子に近い小ささからビルのような巨大さま で! 体の大きさを自由自在に操れる個性に目覚め、蟻男(アントマン)としてヒーローになる”と書かれていた。



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text2:※物語の主人公の修行パートを見るような気持ちでご覧下さい(ここで柔らかなクラシックが流れる)

少年の約12年の人生は、その瞬間の喜びの前に弾け飛んだ。ついでに眉毛は真上30cmほど飛んだし、目玉は飛び出た上に顎は外れかけた。体に電撃を受けたような衝撃が身を包んだし、その衝撃のせいで前世の記憶が蘇った。訳が分からない。なんだあの小悪魔デビルちっく美少女天使(矛盾)は。

 

少年としての12年間を思い出す───。

正直味気ない12年間だった気がする。あれ、これ前世も思ったな。

世界人口の八割が“個性”という超能力を持つ世界に飛び出て、関西のどこかの家庭に生まれ、4歳で個性を授かった。

「右手で自分を含むものを小さくでき、左手で自分を含むものを大きくできる」というものだ。まあこれはどうでもいい。駄菓子屋で買った棒アイスを食べていたら当たりだったため、興奮したらうっかり小さくしてしまい爪楊枝になった。とかそんな苦い記憶などない(血涙)。

 

“ヒーロー”という言葉に心踊った幼少時代もあったが、如何せん派手ではないので8歳くらいからはもう達観していた。いやスレていた。ものを小さくしたりでかくしたりどうヒーローになると言うのかと同級生にからかわれたのも原因だろう。

あの学校帰りに寄った洋菓子店でテイクアウトしたショートケーキを、公園で左手でちょこっと触り(大きくし)、涙を流しながら食べたあの味を少年は忘れられない……!! 僕の個性だってこんなことができるんだと屈辱を知ったあの日を…!!

今思い返せばどちゃくそ食い意地張ってるだけである。なんやお前、あほちゃうか。

 

そんな苦い思いのせいか───少年はちょっとしたあることが癖になっていた。人の消しゴムをちょっと拝借して、そいつが無い無いと困っていたら「落ちてたで」と颯爽と渡す。つまりはスリまがいなことである。手癖が悪いとも言える。なかったものがあった、と人が浮かべる安堵の表情というのは格別で、自分でも人の役に立てたと心が震えるのだ───。

 

まあ、ともかく。生まれてから12年、個性が出てから6年、少年の人生はこんなものだった。早いうちに打ちひしがれ、自分の個性に見切りをつけ、暗い欲望を消費する。

 

それが全て吹き飛んだ。

 

「ほら、茶ノ丸(さのまる)。妹やで、お茶子言うんよ。可愛ええやろ」

 

ある日病院に入院していた母親が退院し、腕の中には小さな赤ん坊の姿があった。

一回りも歳が違う妹の姿は少年──麗日茶ノ丸からしたら本当に小さい。成長期が来て一気に伸びた背から見下ろせば赤ん坊のまあるい目がぱちぱちとまたたいて、大きくなった手のひらをおずおずと差し出すときゅっと人差し指を握ってくれた。

ぎょっと目玉が転げだしそうになるほど目をひんむき、眉毛は30センチほど上空に浮き、髪の毛を逆立てた息子を今世の母はどんな面持ちで見ていたのであろうか。

 

「(ちょっと遅い赤ちゃん返りかなあ……)」

 

ニコニコ微笑ましそうに見守る母の心を茶ノ丸は知らない。

 

握られた指はやがて弛緩した。未発達な喉を鳴らしていた赤ん坊はやがて眠りにつく。その姿をたっぷり30分は眺め──母の腕はぷるぷるしていた──茶ノ丸少年は震える声を絞り出した。

 

「なあ、お母さん。いや、オカン!」

「えっ、オカン?」

「ぼく、いや、俺…お茶子の為だけに生きる…!」

 

その宣言通りに───茶ノ丸はその日からお茶子のために息をしていた。学校から帰ってきた途端揺りかごの傍に寄り、寝顔を眺めた。ぐずり出したらミルクを与え、おしめを変えた。それでも泣き止まない時は揺りかごをそっと揺らした。お茶子が笑えば幸せだったし、お茶子が泣けば世界が滅びた心地だった。

 

お茶子が生まれて数ヶ月、テレビから偶然流れてきたピアノの音に反応し、ピアノが流れる度にきゃっきゃと笑うようになったので、茶ノ丸は母に相談した。

 

「オカン、俺、ピアノ習う…!」

「えっ、ええ?! ええけど…」

 

近所のピアノ教室に通って幾許か。週に三度ほど通いつめ、親戚が子供の頃ピアノをやっておりおさがりをもらえたため、毎日コツコツ練習し“星に願いを”を完璧に弾きこなしたあとお茶子が笑ってくれた顔を茶ノ丸は今起こったことのように思いだせる。

ピアノは今でも続けている。

 

茶ノ丸はそれから、お茶子のための良き兄でいようと努力し始めた。

お茶子が産まれる前に、放課後に巨大ショートケーキ買い食いをやらかしていたため体型はちょっとぽちゃっていたが、毎朝毎晩走って絞った。勉強は常に一位であろうとしたし、実質物理や数学はとても得意だった。今ではその教科担任を任せられるほどだ。

将来は小さなお茶子を守れるような強い男でないとならないため、体力の増加につとめたし、勝手に見切りをつけていた個性を鍛え始めた。鍛えてみれば面白い個性である。

 

お茶子が3歳になった茶ノ丸15歳の春、父から見事その権利を勝ち取り「おちゃこ、ちゃのにい(お茶子は茶ノ丸の名前を間違えて呼ぶがお茶子が読みがお揃いだと喜ぶのでそのままにしている)のおよめさんになる!」と言ってくれた。喜びのショックで3日間寝込んだ。もうこの生に悔いはない。

 

茶ノ丸15歳の秋、進路のことで迷っていたところ、お茶子がテレビの中のヒーロー達を見、「おちゃこ、ヒーロー好き。ちゃのにいはヒーローにならへんの?」という言葉に、

 

「オカン、ごめん」

「今度はなに?」

「俺、ヒーローになるわ…ごめん、家継いでほしかったやろ」

「…」

 

麗日家は建設会社を経営しており、茶ノ丸はなんとなく、小さな頃からこの会社を継ぐんだろうなとぼんやり思っていたし、きっと両親もそう期待していただろう。

俯きながらそう言うと、聞こえてきたのは溜息ではなく鼻から思わず漏れ出たような、優しく笑う声だった。

温かい手が頭に乗る。

 

「ええんよ、茶ノ丸。お母さんは、オカンは、あんたが自分の夢を叶えてくれたら一番嬉しい」

「…そか」

「お茶子のことだけじゃなくて、自分のことも考えて欲しいけどな?」

「それはできん、むり、お茶子かわいい」

 

その後しばらくして、ついにお茶子も個性を持った。“無重力(ゼログラビティ)”、触れたものの重さをゼロにして宙に浮かすことができるんだそうだ。なんとなく兄妹で個性が似てて面白くもあるし嬉しい。お茶子の手には小さな肉球がついて、ふにふにと触ると本当に柔らかい。普通に浮いた、楽しい。偶然発動してふわふわ浮いて天井に、偶然解除されてそのまま床に叩きつけられるというのをもう100回はしている。

保育園の帰り道、夕焼け小焼けの空の下、ふわふわと浮き始めるお茶子の手を引いて歩くのがどれだけ幸せだったか筆舌には尽くしがたい。放ってしまえば空の向こうへ行ってしまいそうな妹を繋ぎ止めるロープなのだ茶ノ丸は───自らのことながら妹のことになると頭が茹だる。

 

ここまで3000文字弱語り、おわかりかと思うが茶ノ丸は妹が大好きだ。もうシスコンとかそういう(レベル)の彼が、通う高校を東京と定めた際どれだけ苦渋の決断だったか予想は容易いだろう。

もう迷った、本当に迷った。できることなら地元の高校に通いお茶子の成長を毎日目と前頭葉に刻みつけたかった。そういえばこの頃からカメラを始めた。データのどこを漁ってもお茶子が出てくる。母が勝手に出したコンクールで最優秀賞を取ったこともある。さすがお茶子、世界一かわいい。

だが高校在学中にヒーロー免許を取得できるらしく、地元の高校とその東京の高校ととでかかる(お茶子に会えない)時間やコスト諸々を計算した結果、東京のヒーロー専門高校に通うほうがかなり早い、という結果に至っただけだ。

 

無事受験には受かり、11月から3月末までの数ヶ月を噛み締めるように過ごし、お茶子とは大阪駅で泣きながら別れた。つまりお茶子も泣いてくれたし、茶ノ丸はそれ以上に泣いた。完璧な兄を演じる手前、顔には出さないものの心は大洪水だった。死にたい。

 

高校三年間をそつなく──相変わらず手癖の悪さは少しだけ治らなかったものの──学級委員長をしたり、お茶子以外の写真を撮ってみたり、もはやお茶子のことでまるっきり忘れていた前世ではやってなかった読書や音楽鑑賞などをしたり、それなりに楽しく過ごしていた。

本当は毎週帰りたかったものの(さすがに金の問題もあるので)、長期休暇は毎回実家へ帰った。季節に一回ずつ帰り、お茶子が目に見えて成長するのを実感する。それが幸せだった。心が安らいだ。

……思えばこの時期が一番人生で充実していた時期だったかもしれない。

 

 

卒業し、関西に帰る前に、高校時代の先輩のサイドキックとして雇われて約10年。茶ノ丸は実家に帰れずにいる。

 

 

麗日茶ノ丸、27歳。

都内のとある一軒家。雄英高校からほど近いこの家の地下室。

レコードからはリズム良いジャズが陽気に流れ出している。壁には大きな本棚が三つ、どれもギチギチに本が詰め込まれ、それでも足りないのか上に乗せられたり溢れ出たりしている。ガラスケースの中には年代物のアンティーク時計。茶ノ丸が寝そべるソファの横にある机には未だ湯気のたつティーセットが置かれていた。

 

白手袋に覆われた手のひらが、光避けに顔を覆っていた革張りの古本を退かす。気だるげに体を起こした茶ノ丸の目には───何故か涙が浮かんでいる。

 

「お茶子…」

 

今年で彼女は15歳。来年には雄英に来ると母に聞いた。

懐かしいゆめをみた。夕焼けの茜の元、お茶子の手を引いて帰る夢だ。願わくばあの頃に戻りたい、切実に。

 

「先輩コノヤロー…」

 

茶ノ丸は茶髪の巻き毛をかきあげて、そっと毒づいた。通勤時間が迫っている。

まあやることと言っちゃ物理の授業と校内の見回り程度なのだが。

 

「てか前世と言えば、なんか違わん? これあの、あい、あ、ん? なんかあの人じゃなくね??」

 

 

多少の違和感を感じ、っかしーな…と首を傾げながら立ち上がる。

茶ノ丸の長い一週間が今日も、始まろうとしていた。



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主人公の設定

麗日 茶ノ丸 -Uraraka Sanomaru-

 

所属:雄英高校物理教科担任(現在)

個性:体のサイズの可変

誕生日:3月9日(27歳)

身長:178cm

好きなもの:妹、バイク、機械、家族

ヒーローネーム:アントマン

 

妹との出会いにより文字通り全てが吹き飛んだ転生者男性。お茶子といた毎日が重すぎてもう転生前の記憶は猫ぐらいしか覚えていない。元気かな、猫。

 

雄英高校に所属する教師であり、一応プロヒーローでもある。サイドキック先がそういう方針だったため、世間の認知度は低い。

雄英高校の卒業生である。

 

関西系の方弁で言葉こそ強く聞こえるが、基本的に朗らかでコミュニケーション能力が高い。他者と非常に打ち解けやすい楽天家。機転を効かせ窮地を脱する能力はあるものの、如何せん口も手癖も足も悪いので結構すぐに手が出る。戦闘と格上を出し抜くことにスリルを感じてしまう難儀な性格をしているため、方向性が行方不明な正義感をもって暴走することもしばしば。

 

戦闘中によく喋る。某蜘蛛男レベルでよく喋る。口数が多く戦闘中はほぼひっきりなしに軽口を叩いている。それゆえヴィランを怒らせることに事欠かなく、笑いながら捕縛する。先輩からのアイアンクローが絶えない。

 

戦闘能力は結構高め。頭はまあまあよく、スーツ改良は自分でしてる。

侵入とスリ(小声)のエキスパート。とある博士から蟻との簡単な意思疎通をはかれる超音波が出せる備え付け器具を作ってもらったことがあるため、強化改造された蟻との交流・使役も可能。体のサイズ変更、超小型化による物質のすり抜けと侵入。優れた格闘能力、蟻サイズになってもパワーは下がらずむしろ速度は弾丸並みになって正拳の威力が殺傷レベル。

小さくなるのが専門のためそれほど体に支障はきたさないが、大きくなることにはMt.レディのようにはいかない。ある程度時間が経つと体にも精神にも負担がかかり意識を失ってしまう。

 

そんな戦闘能力がありながらもなぜか全身機械のスーツに憧れているふしがあり、ロボット大好き。機械大好き。

補助AIとか欲しい、執事的な。

 

容姿はなかなか整っており、黙っていれば優男風。地が出ると猫のような笑い方をする。それなりのスペックなので女子にはモテるものの、女の子と付き合っている間話していることは妹のことばかりなので早くて3日で見切りをつけられる。

某氏曰く「永遠に憧れでいてほしかった」系男子。

 

重度のシスコンだが、妹とは10年間会えてない。おのれサイドキック相手…!




原稿の息抜きです


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text3:母の愛は凄まじい

便りがないのは、無事な証拠。というのは、母の口癖だった。

家族の写真が飾られている棚。特に幼いお茶子とその兄が撮られているそれを見ながら、母は微笑みを浮かべた表情で言う。

 

ただ、その時ばかりは違っていた。

 

12歳年上の兄はお茶子にものすごく甘かった。お茶子の個性が発現した3歳の時まで彼は家にいて、中学卒業とともに東京の学校に進学するために出ていった。母はそれを少し、寂しそうに見送っていたのをよく覚えている。

 

高校は三年間、季節に一回は帰ってきていた。会う度会う度に大きくなる兄は、小学校入学を控えて胸を張るお茶子を見て、「入学式、一緒に行けんくてごめんな」と寂しそうに笑ったあと撫でてくれた。

高校を卒業したあとは、とあるプロヒーローの“相棒(サイドキック)”として就職し、連絡が途絶えてしまった。

 

その時からだ。ずっと文通はしていたため、毎日ポストを見ては空っぽで肩を落とすお茶子に、これからずっと言い続けることになる言葉を母が口に出したのは。

 

お茶子は8歳の時まで来ていた手紙の束に触れる。兄からの便箋はとてもセンスがよかった。封筒の中には手紙の他に、彼が東京で撮ったらしい写真も1枚入っていた。母と父宛にも手紙は来ていたらしいが、お茶子はそれを読んだことはない。

兄が成人して、それを祝うために一度だけ帰省して、それっきり。お茶子が最後に兄の姿を見たのは、父とリビングで二人、何かしらを話しながら会話をしていた時だ。朝には兄は消えていた。

「男の子はせっかちやね」、とは母がその日に言った言葉。

 

母は毎日、夕食の時に写真を眺めている。少し寂しそうに微笑んで。もしかしたらそれは祈りのようなものだったのかもしれない。普通の子供より早いうちに、自立して行った息子に。遠く離れた土地で危険な仕事をする子供に。母ができる精一杯の祈りだったのかも。

 

そんな母が口癖を言わなくなったのは、それから6年後のこと。お茶子が14歳の秋だった。その日学校から帰ってきたら、母は既にいなかった。その後すぐに帰宅した父から、母は東京に行ったんだよと聞かされた。ぼんやりと白く霞む思考の中で、兄に何かあったんだ、と感じた。もうほとんど、写真の中の彼以外を、思い出せなくなった時期だけれど。

 

帰ってきた母は口癖の代わりに、写真を見つめてはきゅっと口を結ぶようになった。まるで写真の中の兄に文句を────怒っているようだった。

 

お茶子は覚えている。夕焼け小焼けの空の下、一緒に保育園からの道を歩いたことを。あの時の兄の顔が夕焼けに照らされていて、兄が猫みたいにくしゃくしゃな顔で笑って、二人で童謡を歌った帰り道を。

 

お茶子がヒーローを志したのは、災害現場で活躍するヒーロー達をテレビの中で見てからだ。もしかしたらあの中に兄もいるのかもしれない。そう考えると、嬉しさとともに寂しさも溢れかえる。

その話をすれば、母は迷うように眉を下げた。ヒーローになりたい、憧れのヒーローがいる雄英高校に通いたい、心が痛いほどにそう主張していた。

 

「兄妹って、似るもんなんやねえ…」

「え?」

 

そう言って、母はくしゃりと笑った。いつかの兄と姿が重なる、そんな笑顔だった。母は可笑しそうに声を上げて笑うと、引き出しの中から真新しい封筒を取り出した。飾り気のない、真っ白い便箋だった。

内容は簡素なもので、「教師免許取ったから雄英の先生やるわ」みたいなものだった。

 

「えっ、茶ノ丸兄、雄英におるん?!」

「そう、何年か前からいるみたいなんやけど、報告が来たのが最近で…!! 全く、連絡しないのも、形が違えど甘えなんやろうな。テキトーに扱ってもうちらは自分のこと嫌いにならないって思ってんのよ。きっと。これだから男は、これだから男の子は!」

「お、お母ちゃん…?」

 

日頃の鬱憤が堰を切るように溢れ出す母に、お茶子は困惑して父に視線を移す。父は新聞を顔の前に掲げて隠していた、わかりやすい反応である。

 

「こっちに帰ってこないんならこっちが会いに行くしかないわ! なぁ? お茶子。だって相手を変えるより自分を変える方がよっぽど簡単や、腹立たしいけど!」

「お、お母ちゃん??」

「ええよ、大丈夫。お茶子、雄英行き。茶ノ丸の頭引っぱたいてき」

「お、お母ちゃん?!」

「お父さんもお母さんも、お茶子と茶ノ丸が一番大事。あんたらが無事に、自分の夢叶えて大人になってくれるのが一番、嬉しいんやから」

 

そう言ってぽんぽんと頭を優しく叩いてくる母に、お茶子の目に訳もなく涙が溜まった。

 

その後ボロボロと泣いて、父と母が慌てて、必死に勉強した。そういえば記憶の中の兄はずっと机に向かっていたような気がする。

 

お茶子は思い出す。

冬の、透き通った空を見上げる。

白い息を吐く。あの高校の中に、10年ぶりの兄がいる!

 

麗日お茶子はその日、夢への第一歩を踏み出した。

 

 

 



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text4:鉄と蜘蛛と言うよりは盾と翼というイメージで

はあ、と聞こえないようにため息を吐くのは癖になっていた。気づかれないように目を逸らして窓の外、遠くを見つめるのも。

 

「せんぱーい、はよ行きません? そろそろ生徒たち揃っとると思うんですけど」

「…」

「や、例年通り入学式行かないんでしたっけ? なら別に急がんくてええか…知らんけど」

 

チャイムがなりそうなのは、まあ鳴ってはいないのでよし。

 

職員室のソファ(定位置)を奪われてむすりとご立腹なのは、雄英高校物理教科担任の麗日茶ノ丸だ。プロヒーローの資格を持ち、最小ヒーローアントマンとして活躍していた男である。

対して茶ノ丸の定位置を奪って眠っている男、ぼさぼさの黒髪と無精髭、全体的に黒い服装を見ていると年齢よりもくたびれた印象を受けるが、これでも今年で30。茶ノ丸より2年先輩にあたる、雄英高校の教師 兼 プロヒーロー相澤消太。アンダーグラウンド系故に世間の認知度は低いものの、ヒーロー界隈では割と有名な男である。これでも。

 

茶色の巻き毛を耳が隠れるまで伸ばし、丸めの瞳はどこか柔らかく幼げな印象を与える優男の茶ノ丸。無造作ヘアーとかそういうレベルじゃない長髪に無精髭、街で見かけたらちょっと通報されてしまう系の青年、相澤。この2人は10年来の付き合いで、後輩と先輩の関係にあたり、さらにはサイドキックとヒーローの関係にもあたる。界隈でも凹凸コンビとして有名な2人だった。

 

「そろそろA組行きましょ? 初日から遅刻だなんて、生徒に示しがつかんやろ」

「……時間通りに行けばいい」

「5分前行動って知ってます???」

 

もう職員室に教師はほとんどいない。生徒数が多い故に教員数も多い雄英高校だ。クラス担任以外の先生は入学式の準備だろうか。

()()()()()、クラス、というか、1年ヒーロー科副担任を襲名したが、何日持つのかなあとと予想する。

 

「……なんか失礼なことを考えてないか」

「えっ。いや? 別に。今日も相変わらず小汚ねぇなあとは思いましたけど。そんな失礼なことはって痛い痛い痛い痛い痛いッ…!!!」

 

やっと起き上がった相澤からのアイアンクローが炸裂する。ヴィランを締め上げる強力な握力から繰り出される鉤爪を侮ることなかれ! 茶ノ丸の意識は飛びそうだ。

 

ソファから起き上がったままの姿で。つまりは寝袋に収まったままぴょんぴょんと。廊下を移動し始めた相澤に茶ノ丸は頭痛を堪える。なにかな、これ。新手の訓練かな。違うだろうな………合理的を求めすぎて手段と目的が入れ替わった感じ、傍から見れば面白いが、残念ながら茶ノ丸の立ち位置は“傍”ではない。

というか小汚いの気にしてるんなら髪を切る───のは難しいから、結べばいいのに。なんていうやり取りはここ10年で10000回はしてる。このやり取り10年もやっていると飽きるのである。茶ノ丸はもっと刺激がほしい。

 

のろのろと相澤に合わせて──窓の外の小鳥二羽が仲睦まじく枝で休んでいるのを見て癒されていると、「アント先生、あ。あと、イレイザー先生も、おはようございます」という可憐な声が。

 

「おー、波動。おはよう。もうチャイム鳴るけど、教室入ってなくてええんか?」

「教室にいたんですけど、アント先生が見えたので出てきちゃいました! イレイザー先生は…行っちゃった」

「まあ、追いつけるからええわ。どしたん?」

 

波動ねじれ。今年3年生になった、水色の捻れた長髪の女子生徒。1年、2年ともに選択授業は物理を選択してくれており、クラスを預かることがない茶ノ丸が割と親しい域にいる生徒の1人。

 

「えと、今年も物理選択したんだよ! 今年もよろしくお願いしますっ」

「え。今年も?! 波動が今年も物理来るってことは、通形と天喰も一緒やろ…お前ら騒がしいねん…」

「ええ!! そんなこと言わないで…私達先生の授業大スキなのに!!」

「ウソウソ、ウソやって」

 

ガーン! と後ろにそういうテロップが見えるほどショックを受ける波動に、茶ノ丸は笑いながら掌を彼女のほうに向けた。

天喰はまあともかく、波動と通形は己の個性に物理基礎が応用できるから授業には熱心だ。期末テストもほぼ満点、良き自慢の生徒である。波動達が良き先生だと思ってくれているかはわからないが。

 

「お前らも今年で進学か就職か。早いなあ…波動はどうするん?」

「うーん、どうしよっかなーって思ってるよー」

「まあヒーローになる言うても、道はいろいろあるもんな。波動は成績もええし、進学してもええと思うで」

「先生はどうだったの? 高校生だったころ」

 

そう問いかけられて一瞬考え込む。波動の大きな髪色とおなじ瞳と目が合った。もちろん男女的な甘いそれなどでは全く無く、未知の生物同士が出会ったような目線と目線で、だ。

 

「うーん、そうやなあ…」

 

お互い人を観察する質なのだろう。じーっと見つめあっているとなんだか不思議な心地になってきて、自然に窓の外へ視線をうつした。もちろん男女的に甘く気恥ずかしくなったとかそういうものではまっっったくなく。森の中で熊と鉢合わせたから素知らぬふりをして目を逸らしながら後退る、みたいな感覚だ。

……生徒をなんだと思ってるんだろう。

 

「そうやな、どんなに寄り道しとっても、道は一つやったわ」

「…でしょー? 道は一つだよね」

「インターンシップ先は…あー、リューキュウんところやったっけ?」

「うんうん!! そうだよ!!」

 

えっっらい美人の、という言葉は飲み込んだ。相手が誰であれ女性を目の前にして他の女性を褒めるという行為自体が罪深いのだ。茶ノ丸はそれを知っている。しっかりと身をもって。

はしゃぐ波動を落ち着かせながら、そういえばと懐に入れてあった懐中時計を開く。

 

「あっ、新しい時計だ。また買ったのー?」

「あーおーオークションで落とした…………あっやべもうチャイム鳴る」

 

お前も早く教室入りや! という言葉に、波動は笑いながら頷いた。スカートを翻して教室を目指せば、背後から特徴的な音が響く。何度も聞いた、先生の個性発動の音だ。

何度かチャイムが鳴る。振り返ってみても先生はもういない。しゃがみこんで目を凝らしてみると、蟻が数匹、彼がいた場所で蠢いていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「5分前行動じゃなかったのか?」

「うるさい」

「どっから入ってきたんだ」

「網戸から…」

「チッ…閉めとけばよかった」

「酷ない…?!」

 

息を切らして、何もいなかった場所から急に現れた青年に、一同はぱちくりと瞬きを返した。担任であるという───相澤消太の登場(の仕方)のほうが衝撃的すぎてちょっとやそっとじゃ驚かなくなっている。

 

それよりも緑谷出久が気になったのはこの青年にどこか既視感を覚えたことだ。

耳を隠す茶色の巻き毛。白い肌。まあるい瞳でどこか幼げに見える顔立ち。少しやつれ気味の相澤に並ぶと彼は本当に若く見える。服装がビックシルエットのマウンテンパーカーの中に白いワイシャツ、黒スキニーに白いコンバースというのも、若く見える原因だろう。

髪が風に吹かれて揺れるたびに、耳がチラチラあらわになる。片耳にBluetoothイヤホンらしきもの、両耳にはインダストリアルピアス。

 

すごい、めちゃくちゃヤンキーみたい。というのが出久の感想だ。

 

ただ粗野な印象は抱かないのは、顔立ちは柔和そうなせいか。それともピアスのデザインが派手なものではなく、落ち着いたシックなものだったからかもしれない。

 

「えーーっと。ちょっと遅れてすんまっせん!!

───麗日茶ノ丸いいます。お茶の丸、って書いて“サノマル”ね。教科は物理を担当、皆の副担任になります。物理は選択授業なんで、ヒーロー科普通科サポート科経営科合わせての合同授業。週に2回、約30名での授業になります。選択するコはよろしゅうな〜」

 

癖のある関西弁で、青年はそうくしゃりと笑う。麗日茶ノ丸、相澤消太と同じくこちらも聞いたことがない名前だ。雄英の先生なのだからどちらもプロのヒーローなんだろうが…

 

でも…、と出久は右斜め後ろを見やる。

“麗日”、先程そう名乗ってくれた女生徒の方向だ。同じ場所でその紹介を受けた飯田も、気になるのかなんか変な顔をしている。

 

彼女は、麗日お茶子は、どこか眩しそうに茶ノ丸先生を見つめていた。

 

 

「お前本当自己紹介長い、合理的じゃない。そのよく回る舌、どうにかならないのか」

「は〜〜?? あんなん短いぐらいですぅ〜〜。そういうセンパイはなに言ったん」

「名前」

「…うっわ無愛想やわ〜」

 

表情は変えずにお互い口だけ動かして応酬し合う。

 

「というかさっきの、なんなん? 体操服着てグラウンドにでろ〜て。無愛想の極みやん、だから子供に泣かれるんやで。説明もせんでこんなとこまで連れてきて、嫌やわぁ」

「時間は有限、合理性を欠くような行動はしない…。そんなのお前が一番わかってるだろう、ここまでついてきてぶつくさ文句垂れる理由はなんだ? 気になるのか?」

 

場所は晴天のグラウンド。

A組の生徒達が立ち幅跳びに興じるのを2人は眺めている。

相澤が顎で微かにしゃくった先には、女子生徒数人が集まっている。何が言いたいかは深読みするのもあほらしいほどよくわかってるので、とりあえず体重を移動させるふりをして足を踏もうとした。避けられた、畜生。

 

「…別に、気になっとらんって言ったらちゃうけど…なんか、気まずいわ。10年って重い」

「そうだな、確かに10年は重い。だが生徒個人に深入りする理由にはならないぞ」

「ウワーーー、原因が結果になんか言ってる」

 

計測は機械がやってくれているので、正直茶ノ丸は見守ることぐらいしかやることはない。

 

大きく、なったなあと思う。面影はちゃんとある、当たり前。背が伸びて、髪も伸びて。きっと10年前のように高い高いでもしようとしたら、多分怒るんだろうなとも思う。瞳はキラキラと輝いている。

 

「…顔が気持ち悪い」

「うっさいわ」

 

今更悔いても仕方がないが。




波動さんのセリフ難しいな…?!


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text5:やりがいのあって、笑顔の絶えない職場です(はぁと)

退屈していることをおくびにも出さずに、茶ノ丸は生徒達を眺めている。子供達が砲丸投げをしているのを眺め、その記録に目を見張るとともにそっと息をついた。

入学試験もそうだが、相澤も意地が悪い。個性ありの体力テスト、最下位は除籍なんて、茶ノ丸でも焦る。こういう形式のテストと相性が悪いのは相澤も一緒だろうに……

 

「(見極めてるのは心の弱さかなぁ…毎年見てるに)」

 

それにしたって、まだ15歳の卵たちをこういった形ではかるのも酷な話だと思う。相澤には毎年“甘い”と言われるけれども。

しゃがみこんで頬杖をつく。一応、A組だけではなくヒーロー科一年全体の副担任故に、帰りのHRはB組に行かなくてはならない。生徒の如何(いかん)先生(おれたち)の自由、とは言え、去年の一年を半分に減らした男である。これ個性把握テストが終わる頃には何人残ってるんだろう…最下位除籍とは言え、この男がやることだ。5人くらいの首は飛ばすんじゃないか。

 

春の夢を見ているようにぼやけた空に、ふよふよとボール投げ用のソフトボールが飛んでいく。万有引力の法則に従うことなく遠く遠くへ緩やかに遠ざかっていくボールに目をやり、やがて聞こえてくる「∞?! すげぇ、∞が出たぞーー!!!」という声に思わず笑った。ちなみにそんな記録を叩き出した彼女は短距離で7:15だった。

 

 

 

 

………………………いや、こそこそとチラ見して思春期(ティーン)かよ。

いや、だめや。こんなんじゃだめ、生徒と先生なんだから別にやましいことなんてないし普通に眺めるべき。あ? そういう話でもないな。

 

微妙に混乱する頭の中で、もう一度空に視線を戻した。

はるうらら、いい天気である。

 

「(なんやあの子、1回も個性使っとらんやんけ…このままやと除籍になっちゃうぞー?)」

 

よっこらせっと立ち上がって、生徒の方に向かった。

鳥の巣のような緑の頭の彼は、俯いてブツブツと何やら呟いている。どんな個性か思い出そうとして、確か入学試験の際に0Pロボットを一撃でぶっ倒した子だ、と気づいた。例えば瞬間的にパワーを増強する個性なら、いくらでもやりようはありそうなものだが、ここまでの成績がぱっとしないのは何か理由でもあるんだろうか。

 

「調整…イメージ…卵が、爆発しない、イメージ…」

「なあなあ、精神統一中やったらほんまごめんって感じなんやけど。えーーっと、緑谷クン?」

 

俯いた顔と目が合う。

汗腺でもブチ切れてるのか顔は汗まみれだ。どうしたんやこの子。

 

少なくとも、自分の役割はこれだ。

相澤がムチなら、茶ノ丸がアメになるべきだ。物事はバランスなのである。保たれた天秤のように。

 

「飴ちゃん食べる? 今黒飴しかないんやけど!」

 

◆◆◆

 

そう言って青年はふにゃ〜、と擬音がつきそうなほど、緩んだ笑顔で笑った。

風───というか、春の嵐と言ってもいいほどの強い風は、相変わらずぴゅーぴゅーと吹きすさび、彼の小さな穴だらけの耳が顕になっている。

 

「……麗日、先生」

「“茶ノ丸先生”でええよ、よく呼ばれるのはアント先生やけど。好きなほうでな。()()()()()()()?」

 

躊躇いがちにそう呼ぶと、そんな声が返ってくる。

ややこしい、と彼はそう言った。

同じ苗字だから、ということだろうか? ちらりとお茶子を見ると、少し困ったように眉を下げている。

 

「ほらぁ、最近春でも秋でもけっこー暑いやん? 熱中症て夏だけ気をつけるんやなくて、春や秋こそ気をつけなあかんーって聞いてな。めっちゃ滝汗やし、緑谷くんが熱中症なってたら心配やなーって思ったんよ〜。円形タブレットもあるけど食べる? 梅味!」

「えっ、えっ、あ、あの…」

「これが自分めっっちゃ好きなんやって〜おにぎりの梅干しとか苦手なんやけどお菓子の梅は食べれるんよ。不思議やなあ…そいえば緑谷クンって黒飴好き? 好き苦手別れるよな、黒飴って。俺は好きなんやけど周りがジジくさいって言うんやで酷いと思わん?? 駄菓子好きなんやけど身内の前じゃ食えんわ〜笑われるし。駄菓子ではあの、なんやったっけ、ちっこいヨーグルトみたいなやつが好き…」

「あの!!!」

 

矢継ぎ早のマシンガントークに面食らっていた出久は、我に返って慌てて彼を止めた。茶ノ丸の後方にいる相澤の目がこわい。

茶ノ丸は怯えている出久を不思議そうに見て、その視線の先にいる相澤を振り返り、おー怖と短く呟いた。

内緒話をするように手を添えて出久の耳に囁く。悪戯っぽく笑う顔は大人のものとは思えない人懐っこさがあって、人好きのしそうなものだった。

 

「センパ…やなかった、相澤先生って怖いなあわかる。圧倒的にわかる。あ()人のアイアンクロー、めちゃくちゃ痛いから気をつけた方がええで〜頭蓋骨割れそになるもん」

「はあ…」

「あん人に見られると緊張するよな…緊張した時は、なにするんやったっけ。ちょっと待って、思い出せんわ…自分緊張したことないから…」

「ええ…」

 

頬に手を添えて考え込む茶ノ丸に、出久は困惑して───右手の指をゴキゴキと鳴らしながら近づいてくる相澤に畏怖する。これ幸い(?)なのか、茶ノ丸がそれに気づいた様子はない。

 

「うーん、なんやったっけなあ………ああ、せや!! 足に猫の字書いて飲み込────!!」

「それを言うなら手に人の文字を書くでは先生───!!!」

 

「いきなりしゃしゃり出てきて生徒の邪魔とはさすがだなあ茶ノ丸…!!!」

「あっ、やべっ!! ちょっと待ッその個性いつもずる……!! い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛…!!!?!?」

 

相澤の大きく開かれた掌が茶ノ丸を捉えた瞬間、茶ノ丸は素早く右手の白手袋を外して自分の体にタッチするも()()()()()()()アイアンクローの餌食にかかる。彼の頭蓋からはミシミシと軋む音がし、間近でそれを聞く出久はひぃ、と短く悲鳴をあげた。

 

「あ゛ーーーーー!!! 痛い、待って痛い?! ここ最近で一番痛い今年で一番痛い〜!!! ちょっ、勘弁して…!!!」

「俺がドライアイなの知ってるだろうが…勘弁して欲しかったらちょっとはそのよく回る舌を結んで大人しくしてろ」

「え、ムリ、それ哺乳類に息すんなって言ってるようなもんやでそれ……あ゛ぁあ関節ぅ!!!」

「ああ言えばこう言う……」

 

相澤の瞳がぼんやりと赤くなり、髪が逆立っている。頭部にアイアンクロー、それでも足りないのか首にかけていた布で関節を締め上げている。茶ノ丸の肩からだいぶ人の体から鳴っちゃいけない系の音がしたが大丈夫だろうか?

 

「虐待反対…」

「教育的指導」

「ひどい! 横暴や! 10年尽くしてきた相棒なのにひどい! 最低! 不潔男!」

「またくらいたいのか?」

「あ、もういいです。すいまっせん、今日はもういいです、はい!!」

 

教育的指導が外れた茶ノ丸の額にはしっかり指の跡が赤くなってついており、力の強さを物語る。涙目で恨めしそうに相澤を睨んでいた茶ノ丸は、もう一度指を鳴らされるとぱっと目を逸らした。

………それほど痛いらしい。

 

相澤は溜息を吐くと、気だるそうに口を開く。

 

「言いたいことがあるなら端的に話せ。お前の話長い、脱線しすぎ」

「逆にセンパイが話さんから俺が喋っとるんやろ!!! 逆に感謝して欲しいわ!!!」

「……」

「あ、なんでもないです!! もういいです!! だから指わきわきするの…ヤメテ…」

 

「“個性を消す個性”…そうか…! あのゴーグル、抹消ヒーローイレイザーヘッド!! そして彼の相棒っていうことは、茶ノ……じゃなくてアント先生は最小ヒーローのアントマンか!!」

 

「イレイザーヘッド…? アントマン…? 俺知らない」

「名前だけは見たことあるよ! アングラ系の二人組だよ! 二人とも変人って噂の」

 

イレイザーヘッド&アントマンの二人組は相当の凹凸コンビとして出久は記録していたが、それが間違いではないことを知る。人間性が真反対だ。

 

相澤と茶ノ丸は数瞬、アイコンタクトをするように目を合わせると、相澤が諦めるように目を瞑る。

そのことで満足そうに微笑んだ茶ノ丸は、至極楽しそうにこう言った。

 

「なあなあ緑谷くん、あれさ。すごかったなあ入学試験のときのあれ! 俺別会場におったけど、映像で見て痺れたわぁ」

「はあ…ありがとう、ございます」

 

相澤に指で「巻け」と指示されて笑顔が固まる。茶ノ丸はそのまま困ったように笑うと───その顔はやはり麗日に似ている───真面目な話は苦手なんやけどな、と独りごちた。

 

「なあ、なあ出久くん。あんたの“個性”、もしかしたらまだ制御できひんちゃうか? 映像で見たけどアレ、酷い怪我やったな。強いけど一発で退場、これまではよかったけど、これからはどうなる?」

「え…?」

「ヒーローとヴィランの戦い言うても、そこは戦場やで。プロはいつだって命懸け、ヴィランはあんたが倒れたとしても待ってはくれない。戦場じゃあんたが倒れたとしても顧みる余裕はない。命のやり取りの場所で木偶の坊になる? 足でまといが1番要らんやろ」

 

普段からヘラヘラしたやつの真面目な言葉が割と染みるのだ、と相澤は考える。普段からあの通りならいいのに…いや、あれはあれでアレだな…。

 

足でまといが1番要らない、つまりは足でまといにならないように考えろ、という意味である。

 

「じゃーあとの種目がんばりー」と相変わらずふにゃけた顔で茶ノ丸は言った。

 

「何点?」

「…60」

「おー5割超えとる。お気に添えたって考えてええの?」

「まあな。 ……相変わらず甘い」

「ええーーっ、けっこー真面目に言ったんやけどな」

 

お互い離れたところで表情すら変えずに小声で話し合う。

視線の先には緑谷出久、ぶつぶつと喋りながらボール投げの位置に向かっていた。

 

「実際どうなん? ……切るん?」

「さぁな。性懲りも無く玉砕覚悟の全力も、萎縮して最下位に収まるのも、どちらにしても見込みはない」

「ほーん、厳しねぇ…」

「……有精卵の選別も必要だろう」

 

少年が大きく振りかぶる。キラキラと腕が輝き始め、個性の発動を物語る。

 

少し残念に思って、目を瞑った。

 

一瞬遅れて轟音、隣から計測器の電子音。

 

土煙が晴れた先には───倒れる少年、ではなく。しっかりと土を踏み締め、こちらを見据える緑谷がいたことに茶ノ丸は驚いた。

 

「先生……! まだ動けます……!!」

 

「こいつ……!」

「へえ…」

 

よく見ると右手の人差し指が内出血で赤黒く変色している。個性を腕全体ではなく指先だけに集中させたのか…!! 記録は705.3。横から存外嬉しそうな声が聞こえて、茶ノ丸はちょっと笑う。

思ったほど鬼ではないよな、このセンパイ。と考えていたら足を踏まれた。ひどい。

 

その後一悶着──緑谷出久になぜか爆豪勝己が殴り掛かる──があったものの、テストはつつがなく終わった。

結果発表の場で、一部を除いて誰もが可哀想なほど緊張した面持ちでいる。

 

「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括表示する」

 

ここ近年稀に見る楽しそうな姿だ。底抜けに意地が悪い、もったいぶるのもひどい。可哀想にA組、担任からして受難の日々だ。いや、B組のブラド先生は先生で……相澤よりはマシか。

 

空気は痛いほど張り詰めている。思わず軽口を叩きそうになるが、アイアンクローではすまなさそうなので口に手を当てた。

この状況を楽しんでいるあたり茶ノ丸は茶ノ丸で意地が悪い。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

「「「…………………?!」」」

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

は、は、は……は────?!?!?! という声がグラウンドに響き渡る。

うんうん、気持ちはわかるんやけど、ここから一番近い体育館で入学式やっとるからね…時間的にそろそろ終わるやろうけど。

 

「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類があるから目ぇ通しとけ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」

「あ、緑谷クン保健室行っとき〜! ばあさんに治してもらいや!」

 

茶ノ丸がぶんぶんと手を振り、相澤が彼や生徒達を気にすることなく歩いていく。だいぶ離れて行ってしまった相澤に気づいた茶ノ丸が、「ちょっと待ってや〜!」と追いかけていく。

 

なんなんだ、あれ。と。

誰かが呟いたセリフに、みんなが頷いた。

 

 

「相澤くんのウソつき!」

 

「わー! オールマイトだこんにちはサインくださ…あ、やっぱいいです。今はいいです。ちょっ、待っ、痛い!!」

「オールマイトさん…見ていたんですね…暇なんですか?」

 

はしゃぐ後輩の足を踏みつけて捻ってから、相澤はその男に目を向けた。

存在そのものが生ける伝説。(ヴィラン)犯罪の抑止力。ナチュラルボーンヒーロー、平和の象徴とされる男、オールマイト。

 

「“合理的虚偽”て!! エイプリルフールは1週間前に終わってるぜ!!」

 

ピリつく空気に、茶ノ丸は「言ってやってくださいよオールマイトさん!!」とちゃちゃを入れたいのを必死に堪えている

 

「君は、君達は去年の1年生…1クラス全員除籍処分にしている!!」

「…」

「ちょっと待って?! 俺関係ないですよ!! 君“達”はやめてや一緒にされるの嫌やぁ…!!! ……もごもご」

 

我が先輩殿は無言と真顔のコンボで茶ノ丸の口を塞ぐのやめてほしい。普通に怖い。

 

「『見込みゼロ』と判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回っ! それってさ…

 

君も緑谷君に可能性を感じたからだろう?!」

()()? ……随分肩入れしてるんですね…? 先生としてどうなんですかそれは…」

 

捕縛布で縛られつつ──絶対わざとだろうけど鼻にもかかってるのでめちゃくちゃ息がしにくい──二人の会話をテニスの試合でも眺めるように聞いている。

この二人合わなさそうだ。大人だしどうにかするだろうけど。テンションというか価値観の差が…まあ大人だしなんとかするだろうけど。

 

「“ゼロ”ではなかった、それだけです。見込みがないものはいつでも切り捨てます。半端な夢を追わせることほど残酷なものはない」

「…ぶっはぁ!! さすが相澤センパイいい事言うー!!! …え、待って、このまま行くの? 首絞ま…締まって…!! えっ?! 絞めてる!! 絞めてるー!! コロサレルー!!」

 

捕縛布が首に引っ掛けられたまま引きずられて行く茶ノ丸と、問答無用で引きずっていく相澤。

凸凹コンビは教師になってすら健在である。

 



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text6:やりがいのあって、笑顔の絶えない職場です(2)

ここだけの話、関西弁のキャラクターって紳士なんですよ(大嘘)


その後、諸連絡もつつがなく終わり、B組の生徒への挨拶──麗日茶ノ丸でっす! アント先生って呼んでネ! 物理教科担任です! 君達の副担任になります! よろしくネ──という内容を約5分間喋り続け、微妙な顔をしたブラド先生に優しく、それはもう優しく頭を揺すられて止まった。

 

その後三年の物理履修生の波動通形天喰に捕まり、なぜか掛け持ちして顧問担当している軽音部と文芸部と写真部とダンス部の面々に捕まり、もろもろの仕事を終えて職員室に帰ってきたのは午後3時頃。

 

「あーー!! やっと帰ってきた〜!!」

「疲れた…なんで職員室に行くまでに2時間かかるん…?」

 

行く先々で生徒に捕まり、騒いだおかげで生徒が集まり、わちゃわちゃにもみくちゃにされた挙句になぜかバスケしていた。茶ノ丸も20代後半なのだから勘弁してほしい。

職員室には茶ノ丸のソファに、数人の先生が集まっている。イレイザーヘッドこと相澤消太、ミッドナイトこと香山睡、ブラドキングこと菅赤慈郎、スペースヒーローこと13号、プレゼント・マイクこと山田……おっとこれ以上言うと拗ねられるのでやめておこう。

 

茶ノ丸の3人がけソファの左側、肘掛けにもたれかかりながらミッドナイトがひらひらと手を振る。右側にいるのは相澤だ。

なんかテーブルを囲む全員、麩菓子をもぐもぐしている───

 

「ってそれ俺の〜!! ソファも全部俺の〜!!」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「減っとる! 現在進行形で減っとる!! 俺の駄菓子〜」

 

正直ヘトヘトなのでソファの背もたれにもたれかかる。二人が左右を陣取ってるので入れず、そのまま背もたれを乗り越えて座った。自分のソファなのになんでこんなに…!!!

 

「ほら、いい大人が鳴かない鳴かない。お茶は飲む?」

「あれ…漢字が…おかしい気が…? 飲みますけど…」

 

残った麩菓子をやけ食いしながら座り込む。

 

「さて、では揃ったところで始めましょうか!」

 

ミッドナイトが仮面で隠された顔でニコリと笑う。茶ノ丸は袋に残った麩菓子の最後の1本を食べきった。

 

「相澤くんと茶ノ丸くんが今日の時点で誰の首も飛ばしてないっていうことは、今年の1年は期待大ってところかしら」

「……オールマイトさんもそうやけど、俺とこの人一緒にせんでほしいわ。別に誰の首も飛ばした覚えないんやけどな」

「ほら、あなた達、根っこの部分で価値観が同じだから相棒やれてるんでしょう? 気が合うのよ、同じ穴の狢ってやつかしら」

「う、嬉しくない…!」

 

ミッドナイトの言葉に頭を抱える。

というか同じ穴の狢って悪い意味では? わざとか。わだとだな…。

 

「いやあ懐かしいぜー!! 二人の河原での熱い青春Endless&battle!!」

「やめろバカお前!!!」

「えっなにそれ詳しく!!」

「OK!! あれは10年前の二学期初めのこと───!!!」

 

駄菓子が入った缶の中から素早く綿菓子(ぱちぱちするやつ)を取り出し封を開けプレゼントマイクの口の中に突っ込んだ。食感が楽しい駄菓子だが一気に食べると結構痛いんだよなこれ。

案の定「いっってーー! でも甘ェーー!」と叫ぶプレゼントマイクに親指を下に向け、つまらなさそうに口をすぼめるミッドナイトにはべーっと舌を突き出した。

 

「それくらい話してくれてもいいのに、減るものじゃないでしょ?」

「減るの! 俺の! 心が! すり減る!」

 

短時間で叫びすぎて疲れた。相澤は助けてくれないので2対1で孤軍奮闘である。帰りたい。

このままだと埒が明かないので、話題を変えた。

 

「今年もするんですよね、レスキュー訓練。USJで、A組とB組は別ですか?」

「そうだな、そうなる。同行は頼めるか」

「ええ、もちろんですよー。B組、まだ話してない子ばっかなんで、楽しみですー」

「A組ともほとんど話してないだろ」

 

「え? A組に妹ちゃんいなかったっけ?」

 

なぜか一番避けたかった話題に着地して一瞬瞑目する。どこに行っても地雷原だ、逃げ場がない。

 

「麗日お茶子、だったかしら。ちょっと見に行ったけど、よく似てるわね顔」

「は?! 見に行ったん?! お茶子の教育に悪いので見に行かないでくださ…痛い痛い!!」

「…ああ、10年間会えてない妹か。聞いたな」

「待って、痛い! ブラド先生誰に聞いたん?!」

「プレゼントマイクからだ」

「てめぇ山田ァ!!!」

 

プレゼントマイクの服の襟をガクガク揺らしつつ、ミッドナイトに頬を抓られ、全力で叫ぶ茶ノ丸。座っているソファがギシギシと揺れて相澤は迷惑そうだ。

塞ぐべき口が三つくらいあるので本当に手が足りない。

 

「で、どうなんだ? 妹とは話せたのか?」

「……………………………………………」

「は? 嘘だろ?」

「目は、あったし………………」

「口下手過ぎませんか…?」

 

ソファに深く沈み込んで手で顔を覆う。茶ノ丸は雄英の教師の中では一番若く、雄英高校の教師は元々雄英高校出身者が多いのでまじで頭が上がらない。ぶっちゃけると一番立場がアレなのである。未だ日本で根強い年功序列、はんたーい…

 

「連絡先は?」

「交換してるわけないやん…!」

「家は? あんたこの近くに一軒家持ってたでしょう?」

「確か下宿や、住所は知っとるけど…」

「ええ、おま、ええ…」

「兄妹と言えどもいちおー教師と生徒やで!? 私情持ち込んで甘えさせるわけにもいかんやろ。なあセンパイ」

「…まあな」

 

必死の形相の茶ノ丸から目を逸らしながら、相澤はとりあえず頷いた。そもそも身内がいると気が緩むから、今年は茶ノ丸を副担任から外そうという話は出ていたのだ。結局こうなったが。

 

「ほら、やっぱりヒーロー科ですし、厳しい訓練も試練もありますわ。学校ではちゃんと教師と生徒しますよ」

「あら、わかんないわよ? あなた、甘いから」

「……」

「むくれないむくれない。とりあえず明日、連絡先ぐらいは聞いてみたら? “先生が生徒の連絡先を把握する”のは、別に間違ったことじゃないわ」

「……香山センパイが、そういうなら」

 

机に顎を乗せながらむくれる後輩に、ミッドナイトは声を上げて笑った。

 

「そんなんじゃ妹さんに彼氏でもできた日には大変じゃない?」

「……………………は? なんで。彼氏?」

「い、いつかの話よ? ほら、年頃だし」

 

その途端ばっと顔を跳ね上げて、信じられないような顔でミッドナイトを見つめる茶ノ丸。おっと、これは地雷か? とその場の全ての教師が遠くを見た。

 

「………いやいやいや、まだ早いやろ。15やで? 恋だの愛だのまだまだ早いし………」

「そう? …今日男の子と一緒に帰ってるの見たけどな」

「は? 誰。」

「怖いからその獲物を見つけた肉食獣みたいな顔で殺気を出すのやめましょうか」

 

カレシ、ソイツ、ユルサン、コロス。みたいな心の声が聞こえてきそうな茶ノ丸。瞳孔が開いていて姿勢が前のめりだ。

これまで静観していた13号が「過保護……じゃない、大事にしていらっしゃるんですね」とのほほんと言った。

 

「彼氏とかあかん。お茶子に近づく悪い虫はみーんな俺が殺虫剤で…!!! お茶子と付き合いたいなら俺を倒してからにしろー! いうやつや」

「自分もまだ話せてないのに偉そうに…」

「センパイひどい!! これから話すの!! なんとか!!」

 

職員室から賑やかな声が、誰もいなくなった学校でこだまのように響いている。

 

 

さて、時は少しばかり遡り────

 

「ああ、やはりお兄さんだったのか。顔がよく似ている」

「えへへ、ありがと…」

 

入学式を含んでいた雄英高校での学校生活の一日が終わり、生徒たちは帰宅の途に着いていた。

1年A組の麗日お茶子、飯田天哉、緑谷出久もそんな中の一人だ。

 

駅までの帰り道、話のネタは関西弁の陽気な副担任のことで。

飯田の言葉に少し照れくさそうに、だが少し眉を下げたお茶子に、出久は首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「え? えーと、あはは…」

 

そんな問いかけに笑って誤魔化そうとしたお茶子は2人の視線に観念したように話し始めた。

 

「そうか、茶ノ丸先生と麗日くんは10年間会えてなかったんだな…。その時間が災いして上手く接せられない、と…」

「うん…。私が3歳の時に雄英通うために出てって、高校卒業したらそれっきり。今日久しぶりに話せるかな、って思ってたんやけど…難しいね…」

 

イレイザーヘッド&アントマンのバディは、そのスタイルから表舞台には出てきていない。それだけ危険な任務や表には出せない仕事があったのでは……と出久は邪推するが、お茶子の前で言うことでもないと口を閉じる。

 

「なんというか、気まずいんだよね…目はちょこちょこあっとるような気もするんやけど、逸らされちゃうし。もしかしたら……」

 

嫌われとるんかな。その後の言葉はなんとなく察せられた。

飯田と出久は顔を見合わせる。あえて言うのなら彼らは若かった。しょんぼりと俯く少女に、気休めの優しい言葉をかけてあげられるほど大人ではなかったのだ。

 

「麗日くん、上手くは言えないのだが、そんなことを考える前に行動するべきだと思う。君のそれも想像だ、事実ではないのだから」

「…そっか、そうや、うん! ありがとう、二人とも!」

 

出久は赤べこのように首を縦に降っていただけだが、お茶子は泣き笑いのような顔で微笑んだ。

 

「うん、家族の絆って、そう簡単にはちぎれないと思うし。聞いた限りではお互いに少しだけ、10年の間に変わってしまったものがあるのかもって、踏み出せないでいるだけな気がする。僕も上手く言えないや…」

「ありがとうデクくん! うん、うん! まず最初は、連絡先聞くとこから始めんと…!」

 

えいえいおー! と帰り道に元気な声が響く。

 

春うららの陽気は、新入生達を柔らかく照らしていた。

 

 




アメコミってとても面白いのでオススメですよ(丸投げ)

それはともかく“アントマン”というヒーローはMARVELが出版するアメコミに出演するヒーローで、映画もやってます。これはもうオススメ、2作出てます。アベンジャーズシリーズだったら4作かなあ。ハリウッドで実写化された映画のアントマンは、2代目のスコット・ラングというちょっとダメなパパが主人公です。ミリの世界での戦闘の描写、ひたむきに娘を守ろうとする父親の情、作品の中にあるアメリカンなユーモア、どれをとっても好きです。いや、これは実際に見て笑ってほしいんですけどアントマンのサイドキック(?)のルイスくん、めちゃくちゃ面白くて可愛いので笑ってあげてください。
MCUの中では爆笑できる映画なんじゃないかな…あとはGOG。これオタク仲間に言うと結構な頻度で見てくれるんですけどGOGの主人公スターロードの声、山ちゃんなんですよ。おすすめですよ(二度目)




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text7:イタリア人だってかわい子ちゃんを見れば「天使」だって讃えるじゃん俺の感性間違ってない

 

 

入学式の次の日、茶ノ丸は今学期最初の物理の授業を行っていた。時間は4時間目、1年生相手の授業である。

選択授業は移動式、教科書貸出制なので、人数分の教科書を用意して物理用の教室に入る。

 

「(おお、意外と多い?)」

 

雄英高校では物理、化学、音楽、美術が選択科目だ。ただでさえレベルが高く、どれも専門学科で勉強量も多いのに、期末に試験のある物理と化学は不人気……のはずなのだが。

4人がけのテーブルが8個、つまり32席あるうちに30人きちっと座っている。

 

「(普通科の生徒が去年よりも多い、な? サポート科の子ォが多いのは例年通りとして、ヒーロー科が2番目に多いのか。経営科が1番少ない、うんここも例年通り)」

 

わかりやすく数えると普通科3名、経営科2名、サポート科13名、ヒーロー科12名。ちょうど定員30名である。

知ってる顔は多々。

 

ヒーロー科A組からは緑谷、飯田、八百万、耳郎、蛙吹、麗日。全体的に女子が多め。

 

ヒーロー科B組からは物間、庄田、淡雪、拳藤、小大、角取。こちらも女子が多い。

 

「(おーすご、なんか感動、1年がこんなにいるの感動した。なんでやろ…あ、去年センパイがヒーロー科1年の半分吹っ飛ばしたからや…)」

 

「先生?」

 

教室の引き戸を開けて、そのまま。遠くを見るように固まった茶ノ丸に、耐えかねて八百万が控えめに声をかけた。

心配そうに見てくれる一部生徒に「や、ごめん。なんでもないわ〜」と笑いつつ、茶ノ丸は教壇に立つ。

 

「いやいや、なんていうか、1年生こんなに物理来てくれたんやな〜ってびっくりしてもて。ええん? 大丈夫? 期末のテスト増えるんやで? ちょっと感動やわ〜、ほんまにええの?」

 

マシンガントークを始めた茶ノ丸に、生徒たちは戸惑いながら頷いている。

うーん、プレゼントマイクから聞いとったけどちょっと反応悪いかも? いや、ノせられない自分が悪いか。

 

「さァ、とりあえず自己紹介から始めましょか。

麗日茶ノ丸いいます。ヒーロー名はアントマン! 気軽にアント先生って呼んでな。個性は…」

 

そこで少し止めて、実演したほうがわかりやすいかと考え直す。両手に着けている白手袋を噛んで外し、一番前の席にいたB組の小大にシャープペンシルを貸してもらう。

 

「わかりやすく言うと、“右手で触れればものを小さく、左手で触れればものを大きく”する個性や。こんな風にな」

 

シャープペンシルを右手左手でポンポンと行き来させると、シャープペンシルは爪楊枝のような小ささから鉄パイプぐらいの大きさに変化する。

 

「これは生身の生物にも適応できる。もちろん自分にも」

 

右手で自分の体をタッチ。特徴的な音───金属を擦り合わせる様な音がして、茶ノ丸の姿が消えた。小大がびっくりして目をまんまるくしながらキョロキョロしているのに少し笑う。実質目の前にいるのだが、少し行儀が悪いが机の上に。蟻の大きさだからわからない子は多い。机を足でトントンと叩いて音を出す。

 

「まあ、こんなところや。やってた仕事は災害地に救助物資小さくして届けたり、災害現場で土砂崩れに巻き込まれた人探したり、まあいろいろ」

「あの、先生」

「なんや、小大」

 

瞳をキラキラさせた小大が手をまっすぐ上げる。大人しそうな女のコだ。というか美少女。黒髪のボブヘアで、周りの空気がシンと静まっているような独特な雰囲気を持っている。

 

「体を大きくする、のは、見せてくれないんですか?」

「見たいん?」

「ん」

 

表情は変わらないが、期待をするような目線に困ってしまう。

 

「大きくなるのはええんやけど、吐くけどええ?」

「いいで…」

 

「「「ダメです」」」

 

小大が返事を言い切る前に、他のB組の面々が遮った。入学二日目にして交わされるチームワークに驚きだ。すごい、彼らはいいチームになるのかもしれない。

 

「あっはは、いやぁ、大きくなれるのはなれるんやけど、なった後に内臓がちょっと…な。こればっかりはこの歳になってもダメやったんや…」

 

そう言って笑って、教室を見渡す。

まあぼかしたが体の負荷が半端ないのだ。Mt.レディめちゃ羨ましい。

 

「物理とは“()()()()()()”を識る学問です。なぜ林檎は大地に落ちるのか、石を水に投げた時になぜ波紋が広がるのか、なぜ相澤先生からアイアンクローを受けると頭蓋が軋むように痛むのか…そういうこと考えてくってちゅーやつやな!」

「あの、最後は違うのでは…?」

 

したり顔でそう言う茶ノ丸に、八百万が控えめに、それはそれは微妙な顔をして問いかける。

やっと反応(ツッコミ)を返してくれた生徒に心が浮つく。

 

「数学って、物理って、まあなんか数字がごちゃごちゃしとって小難しいって思ってたりするやろ? もしかしたら君らは、4教科の中で一番マシかも思て取ったのかもしれんけど…。

 

数学は“言葉”や。世界中の人とやり取りできる言語って実は、英語でも漢字でもないんやで。数字や。んでもって数学は宇宙人とも会話ができる。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

スライド式の黒板に一年間でやっていく方程式を書いていく。

最初は力学から。そして電磁気、波動、熱、原子へ。

 

一部は呆気に取られるように、一部はなにを当たり前のことをと不遜に、一部は瞳をキラキラと輝かせて。

 

「さて、この一年間。世界をさらに識れる授業にしてみせます! 期待しとってー!」

「は、はい!」「ケロ、期待してるわ」「してまーす!」

「はーい、いい返事ありがとー! ということで…残りの時間は物理で必要な初歩的な計算についてのテストするでー!」

「えっ」「この流れで?!」

「プリント配るで出来たら持っておいで。それでは開始ー!」

 

 

教室中に、カリカリとペンを動かす音が響く。茶ノ丸は頬杖をついた指で頬をトントンと叩くと薄く微笑んだ。

 

「(この音、結構好きやなぁ…いや、やっぱ教師って天職かもしれんわ。なってよかったー)」

 

難しい顔をしてうんうんと唸っている生徒を見て片眉を上げる。偏差値がかなり高い雄英に合格してきた子達だから、基本問題では生易しいかなと考えて8問目から10問目は中学の知識で解けるもののかなり難しい応用問題にしたのだが、思った通り悪戦苦闘してくれているようでなによりである。

レベル的には1問目から7問目が解けていれば上々なので、時間になったら回収しようと考えていると───

 

「できました」

 

「はえ?」

 

椅子を引いて立ち上がった八百万に、茶ノ丸はぱちくりと瞬きをした。八百万百(やおよろずもも)───出身は掘須磨大附属中学。雄英には推薦枠で入学した生徒だ。個性は創造。先日の体力テストでは一位だった。

 

「ん、もうできたん? 見せて見せて」

「ええ───この第8から第10問、少々悪質では? 下手をすれば大学レベルです」

「って言ってる割には全問正解やん?」

「ありがとうございます。常に下学上達。一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

「真面目やねぇ、もうちょい肩の力抜いてもええんちゃう?」

 

採点をして目を見張る。出来もそうだが、美しい文字だ。採点結果を書き出し、彼女へ返す。

黒髪に黒い瞳、纏めあげたポニーテール、模範的な大和撫子といった体の八百万の顔が少し怒っているように見えるのは問題を難しくしたという負い目があるからか。

 

その後三人くらい──どれもサポート科の子だった──が採点を求めに来たが、その他はチャイムが鳴ってタイムアップとなった。

集めたプリントを拝見すると大部分が8問目で止まっており、何名かは9問目まで到達できている。ふふ、と心の中でほくそ笑んだ。

 

疲れた顔をしている生徒たちが続々と教室から出て行ったのを見送り、茶ノ丸はきょとんと首を傾げた。

 

「んー、A組の皆、お昼ご飯行かんくてええの? 午後からオールマイト先生の授業やし、ちゃんと食べといた方がええんやない?」

「えーーっと」「あはは…」「ケロ」

 

なぜか残っている6人に、眉を上げる。A組の皆、なのでもちろんお茶子もいる。今日も可愛い、いや違うそういうのを考えたいわけじゃなく。

なんだろうこの感じ。緑谷と耳郎が困り顔でこちらを見ている、なんなんだコレ。

 

「あの、アント…先生?」

「うん? どうしたんお───麗日」

 

よくどもらなかった!!! 偉いぞ茶ノ丸!!!

 

えっかわいい───────!!! 可愛さがカンストしている。

178cm(俺)と、156cm(お茶子)、合計22cmの身長差のおかげで茶ノ丸の心臓がヤバい。潰されそう。いやもう潰れてる。死にそう。死ぬわ。

やめろお茶子、その上目遣いは俺に効く…!!!

すごい今俺は全てを投げ出して妹のためになんだって買ってあげたい。どんな借金でも背負ってやる。何を買おう……お城とか?? フェラーリ? なにがいい???

零れ落ちそうなほど大きな丸い瞳は昔のままだ。りんごのような赤い頬は最高にキュート&ラブリーだし、小さな口はさくらんぼのようにチャーミングだ。えっかわいい。最高にかわいいのでは??? 世界から愛されてる。世界が嫉妬するレベルで可愛い。どんな神話の美神も彼女の可愛さの前では塵同然。いつか歌詞を聞いて笑った曲を思い出す。世界中が君のことを嫌っても僕だけは君の味方。茶ノ丸はそんな心地だ。いやお茶子のことを嫌う世界なんていらないけど……。

 

ここまでの思考、わずか2秒。顔は微笑を湛えたままだったので、恐ろしい男である。

 

「えっと、先生、あの、」

「…………うん? あ、ちょっと待って」

 

お茶子が続きを言おうとした瞬間、茶ノ丸のポケットから軽快な音楽が鳴り出す。スマホへの着信だ。人によって着信音を変えているので、この曲はミッドナイトだな……と内心舌打ちをかましながら、とりあえず出る。

 

「はい、アントです〜〜。なんです? 急に。今ちょっと………へ? 会議? 今から?」

「…」「…」「…」

「あ〜〜〜……はい。ダッシュで。はい。今から行きます」

 

電話を切った茶ノ丸は、申し訳なさそうにお茶子を見る。

 

「すまん、麗日。えっと、急ぎではない?」

「う、うん…大丈夫、また今度でも、大丈夫です」

「そかそか、なら……どうしようかな。放課後か、無理やったら明日で」

 

そのまま荷物を掻き集めて、茶ノ丸は教室から飛びだした。

教室に残されたのは、しょんぼりと眉を下げたお茶子と、微妙な顔をしたそのクラスメイトのみである。

 

 

 

 




わーいお気に入り50突破(激遅)

筆者ガチガチの文系なので理系を書くのは難しいな…。物理の知識は高校物理基礎のノート引っ張り出したり、わかりやすい高校物理の部屋(https://wakariyasui.sakura.ne.jp)さんを参考にさせていただいています。ちなみに私が物理履修してた頃のテストの採点は赤点ギリギリでした。

物理履修生の普通科の子に心操くんがいますし、サポート科の一人に発目ちゃんがいます。


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text8:尊死

 

 

 

生徒より少し遅れた食事をしていた茶ノ丸は、定位置のソファでじっとスマホを見つめている。

机にはカップ麺が食いかけ。ちなみにシーフード味だ。美味しい。

 

「まーたカップ麺食ってるのか。ミッドナイトあたりにドヤされるぞ」

「あれ、センパイ、授業は?」

「この時間はない。お前は?」

「俺もないんや〜、一緒に見る?」

 

その言葉に気だるげに眉を上げた相澤は茶ノ丸の隣に座り見ているスマホを覗き込む。スマホの中には、回線が悪いのか大分画面が荒い映像が───いや、これは爆炎と衝撃のせいだ。

 

「なんだこれ…もしかして…」

「せやでー? A組の子ら、今日の5、6時間目、オールマイト先生の授業やん? 見させてもらお思て♪」

「……許可取ってるのか?」

「取ってないけど、俺の()()()()()()は絶対バレへんよ」

 

相澤は溜息を吐く。こんなものがなくても最終的に報告書が上がってくるだろうに───とは思うものの相澤もちゃっかり画面に目を置いている。

この場合の小さなお友達、とは。アントマンが使役する遺伝子操作され超強化された蟻達のことだ。学校内に数百匹放たれており、その全てが茶ノ丸の目となり耳となる。彼らの頭には茶ノ丸が右手で小型化した高性能カメラが備え付けられており、学校内の監視システムのひとつになっていた。茶ノ丸が今無駄遣いしているのはこれだ。

 

「お前は全く…!」

「…あっ!! ほらー、緑谷クンやばいでピンチやで」

 

相澤の叱責混じりの声音を誤魔化すように茶ノ丸が声を上げる。確かに画面の奥ではヒーロー役とヴィラン役で別れた対戦、緑谷出久&麗日お茶子vs爆豪勝己&飯田天哉の戦いが行われている。

 

「いや〜〜すごいなぁ爆豪クン!! 卵とは思えへんでほんま。もしかしたら1年で一番センスあるんちゃう?」

「……」

 

ヴィランチームがその圧倒的火力を以てヒーローチームを追い詰める。爆豪勝己の個性───掌の汗線からニトロのようなものを分泌し爆発させる、だったか。派手だし強いが、本人の性格に難がありそうなのが少し残念だ。

 

全人類の約8割が“個性”という特殊な能力を持った世界。8割の中でも個性はマチマチで、彼のように自尊心の塊になってしまう子もいる。もちろん、その逆も。

 

茶ノ丸は茶色の巻き毛をくるくると弄ぶ。全部が全部右ならえ、出る杭は打たれるとばかりに個性(アイデンティティ)が押し潰される世界と、否応なく生まれた途端に自分と相手の差を思い知らされる世界って、どっちが辛いんかな、と考えながら。

 

「(どっちもどっちやろなあ…俺は成果主義ダイスキやけど)」

 

トントンと薄い頬を指で叩く。

画面の奥で爆豪が吠えた。それに応じるように出久も叫ぶ。確かこの二人、同じ中学で幼なじみだったか。

いや〜いいね、青春ダナーと眺めているが、明らかにそんな雰囲気ではない。

 

「これ止めた方がええんちゃうの?」

「オールマイト先生に任せる」

「まあ今ここから止めに行ったところで間に合わんしな」

 

蟻の視界が一気にブレたのか映像がまた荒くなる。横の相澤の顔を見るが、表情は変わらない。相変わらずこういう時に察しさせてくれない薄情な先輩である。

 

『麗日さん、行くぞ!!!』

『はい!!!』

 

「あ゛?」

「おい、キレるなキレるな」

 

おっといけないいけない。名前を呼んだだけ、しかもチームだし。当たり前だ。過剰反応し過ぎだ。ふーーっと息を吐いて落ち着かせる。

自分のことながらちょっと引く。横の相澤はさらに引いてる。泣いた。

 

第1カメラ(名前はマリア)には出久と爆豪、第2カメラ(名前はサンタ)にはお茶子と飯田が写っている。

出久が爆豪の爆炎を交えた右ストレートを左手で防御しつつ、個性を使った右手で真上にアッパー。天井をぶち抜いたその衝撃で、お茶子の目の前にたくさんの瓦礫が浮かぶ。

 

『飯田くん! ごめんね即興必殺…!

 

“彗星ホームラン”!!!』

『ホームランではなくないか─────?!』

 

個性で建物の支柱を軽くして持っているのだろう。お茶子が瓦礫の棒でフルスイング、石礫が飯田に殺到し彼は防御を余儀なくされる。その隙にお茶子は彼の上を飛び越え───勝利条件のひとつである核にタッチした。

 

「えっ…。可愛い…ねえ見たセンパイ、見た?」

「……」

「めちゃくちゃ可愛いんやけど…ええ…す、彗星ホームランて……なんて、かわいい、必殺…確かに必殺や、俺の心を殺しに来とる…あの技で死にたい…」

「なんでお前妹と話せないんだ??」

 

顔を覆ってソファの背にもたれかかる茶ノ丸に相澤は呆れ顔だ。そろそろ蟻達を通常業務に戻らせないといけないので、右耳についているBluetoothイヤホン型の通信機から「カイサン アリガトウ モウイイヨ」と蟻達に通信する。強化改造された蟻達なので、茶ノ丸の命令くらいは聞けるような知能はある…らしい。

カサカサと切り替わる視界。スマホの電源を切った茶ノ丸は、伸びきったカップ麺の残りを食べ始めた。

 

 

「あれ、緑谷くんはともかくして、爆豪くんは?」

「先に帰っちまった」

「そか…」

 

帰りのHRにて、二人足りない人数。困ったように首を傾げながら切島が言い、相澤はそこまで気にかけて──気にしてはいるだろうが──いない様子だったので曖昧に頷いた。

あまり大人側からとやかく言うより、自分で考えたほうがいいという判断だろう。さすがにまだ生徒と教師でそこまでの信頼関係は築けていない。この手のことは信頼感が命なのである。

 

「今日もつつがなく、だ。今日の対人訓練で、己の個性を相手に振るうということの危険さ。実戦の恐ろしさが充分に理解できたと思う。訓練という名のもとではあるが、現場の緊張感も。今日の授業をしっかり反芻し、今後に活かして来い。以上だ」

「勝てた子はおめでとやし、負けた子はどんまいやな。勝った経験も、もちろん負けた経験も大事やで。これからもがんばり〜!」

 

連絡事項はないので、それを言った相澤はさっさと教室を出ていってしまう。まあ近々のUSJでの訓練の打ち合わせがあるんだろう。

 

「解散! って言いたいとこやけど、ちょっと待ってな。えーっと、ここ最近マスコミが雄英に殺到しとるのは知っとる子も多いかな? あいつらしつこいから、相手せんでも大丈夫やで」

「「「はーい!」」」

「ということで解散!」

 

途端ガヤガヤと騒ぎ出すA組諸君。

その様子に変なトラウマになってそうな子はいないなと安心しつつ、教室を出ようとして───

 

「麗日」

「…!!! は、はい!!」

「ちょっと」

 

なぜだかそわそわしている妹に声をかけた。

 

 

最近よく考えるのは10年ってあまりにも長いことだ。365×10。3650日。お互いに10年で変わった、もしくは成長したものやことを知らない。

茶ノ丸はお茶子の10年間を知らないし、お茶子は茶ノ丸の10年間を知らない。なにを話せばいいのかわからないし、どんな話題を出せばいいのかわからない。いつの間にか築かれていた10年間の壁、それがこの気まずさの原因かな…と考える。

 

階段下のスペース、薄暗く人は来ない。空気はどこかひんやりとしていて、ぼんやりと遠くから放課後の生徒達の笑い声が聞こえてくる。

茶ノ丸は壁にもたれかかって、お茶子は俯いて目を泳がせている。最高に可愛いが最高に気まずい。

 

こういう場合、話さねばならないのは兄である茶ノ丸である。

 

「……オトンとオカン、元気?」

「えっ、あっ、うん。元気やで」

 

まず最初は、教師と生徒ではなく、兄として話しかけた。

その問いかけに顔をはね上げたお茶子は、続いて首を何度も振る。それがなんとも可愛くて笑ってしまう。

 

「たまには、帰ってこいって言ってたよ。お母さん…」

「あーーうん、ソノウチ…」

「頭引っぱたいて来いって」

「なんやそれ」

 

頭を引っぱたいて来い。うん、相当ご立腹だ。これ次帰れたら説教どころの話じゃない気がするな…と声を上げて笑う。

 

「お茶子が雄英来るーって聞いた時、びっくりしたわ。勉強頑張ったんやな、偉いな」

「ううん、えと、頑張ったんやけど、まだ現実味なくて…」

「ははっ、現実味なんて、これから嫌ってほどわかるよ」

 

頭を撫でようとして少し、気が引けて。首を振った時に乱れた髪を整えるだけに務めた。頬にかかった内巻きの茶髪を耳にかける。

 

「で、どうしたん? 物理のとき、なんか用あったんやろ?」

「あ、うん。連絡先教えてもらおかな、って思って。RINEとか、電話番号とか…」

「ええよー、電話番号は生徒分は全部登録してあるし鳴らすわ」

 

あいうえお順なのですぐ見つかる。スクロールした画面から指を離し、受話器のアイコンをタップした。

続いてお茶子の手の中にあるスマホが震え、彼女がそれを登録したのを見届け電話を切った。ちなみに登録名は「お兄」だった。死にそう。

RINEも登録し───お茶子が満足そうに微笑む。ほっとしたような顔、と言ってもいいかも。

 

「もう大丈夫? 他に聞きたいことない?」

「!! うん、大丈夫!! ありがとう、その…えっと、ちゃの兄…」

「…」

 

駆け足で照れた顔をしたお茶子が視界から消える。それを見届け───絶対にこちらが見えないところに行ったのを見届け───茶ノ丸は倒れた。

 

「えっ……………………………可愛い……………………………」

 

絞り出すような声でそう呟く。

茶ノ丸はそこでそのまま2時間ほど、床の冷たさを感じながら虚空を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次あたりにオリジナル普通科生徒とか出せればいいな…

お話できたじゃん! やったな茶ノ丸!


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text9:アイデンティティが全ての世界で

 

普段はバイク通勤なので所定地にバイクを停車し、通学路を歩く。「あ、アント先生だー! おはよう」と挨拶をしてくれる生徒達に挨拶を返しながら歩いていると───

 

「(マッジでしつこいやっちゃなあマスコミ)」

 

2年3年は比較的こういう出来事に慣れているので捌く技術も見事だが、1年生だとそうはいかない。茶ノ丸の目の前では緑谷出久がマスコミに囲まれてあたふたしてる。

茶ノ丸は溜息をつくと、テンションを切り替えた。

 

「オールマイトの授業はどんな感じですかー?」

「えっ!! えっと、保健室に行かないといけないので…」

 

「あーはいはい、ちょっとアナウンサーのおねーちゃん。困るわぁ、ほんと勘弁して」

 

緑谷とアナウンサーの間に割り込み、にこにこと笑いながら緑谷の背を押した。眉間に皺を寄せるアナウンサーを後目に、緑谷をぽんぽんと押す。意図が通じたのか緑谷が軽快に駆けていく。

 

「出ましたね!!! 雄英のよくわからない警備員的な人!!! またマスメディアの邪魔をするんですか!!!」

「教師や言うとるやろーが!!! 1年生は入学したてでまだ慣れてへんから、しつこく取材するのやめてー言うとるやろ」

 

ばしばしと背中を叩いてくるアナウンサーに、茶ノ丸は眉をしかめながらそう叫ぶ。オールマイトが雄英に着任した、というニュースは瞬く間に広がり、こうしてマスコミが朝っぱらから押し寄せる事態へと発展している。勘弁して欲しい。

 

「ならオールマイトに───!!!」

「オールマイト先生は今日非番です〜。残念でした〜。ほらほら、ここに居座っても何もないから。さっさと帰って他のネタでも探しとき」

 

いかにも若そうなアナウンサーを挑発することに少しゴメンナサイと思いながらも、一歩踏み出したアナウンサーににっと笑いかける。校門のセキュリティがピピッと鳴ったのを確認して素早く構内に入った。

 

「ちょっと!! その言い方は───!!!」

「あ、バカ」

 

「ばいばーい」

 

轟音をたてて閉じるセキュリティの門の向こうで驚愕するアナウンサーにひらひらと手を振った。

門の向こうから何やら聞こえるが茶ノ丸にはまっったく聞こえない。

 

「(今日は4時間目に三年の物理やな〜。それまでに書類整理と、あと宿題作成と、小テストの問題……終わるかこれ)」

 

今日も天気はいいが、なにか不穏な気配を感じ茶ノ丸は門を振りかえる。相変わらず騒がしいが……少しちりつくように痛んだ首をさすり、茶ノ丸は首を傾げる。

 

「…なんもないとええんやけど」

 

蟻達に門前の監視を強化。そう命じて、茶ノ丸は学校内に入った。

 

◆◆◆

 

「ねえねえー、先生、1年生どんな感じ? どんな子がいるの? 面白そうな子いる? ねえー」

「波動ちょ、待、多い!!!」

 

4時間目の授業───三年生20人弱の授業は無事に終わった。大半の子達はお昼を食べに食堂へ行ったが、教卓周りに集まって教師に絡む生徒が三名残っている。あとは……教室の後ろの端っこでちょこんと座っている女子生徒も一人。

 

「なんなんお前らさっさと食堂行けや、腹すいとるやろ?」

「アント先生今年も1年の副担任になって、お忙しくなったじゃないですか…。波動さんも寂しいんですよ…」

 

まとわりついてくる波動を相手しつつ、黒板に向かって何やら呟いている天喰をフォローし、通形とは会話をする。忙しくて目眩がする。いや、原因一人だな…。

 

「進路相談するにもお前らほとんど進路決まっとるやんけ!なんか言うなら担任にしろ担任にぃ!! もしくはミッドナイト」

「むぅ!! 嫌!!!」

「嫌やないわ!!!」

 

知ってる…? このやり取り、2年ちょい続けているのである。彼女、天然というかお子ちゃまというか…自我芽生えたての幼児のようなものなので振り回されるのが常だ。こういうのをなぜなに期というのだろう、子育ては大変だ。お茶子にもそういう時期はあったが、波動は幼児ではない。立派な17歳児だ、今年高校三年生の。

 

「はいはい話は纏めてどっかの機会に聞いてやるから。さっさと食堂行きなさい」

「むむぅ、そこで教師っぽくなるのずるい!」

「教師っぽく、じゃなくて教師やわ! 通形、天喰、ちゃんとこう、この子、なんとかして…」

 

波動の背を押して教室から追い出そうとする。足を踏ん張って抵抗しているが、子供の遊びのようなそれだ。顔がにやけている。

 

「え〜〜!!! なら、今年の体育祭は三年生見に来てくれる?? ね? ね? いいでしょ?」

「ええ…………と、途中からなら…………」

「やった〜!! ねぇ約束ね、指切りしよ? 4人で指切り!」

 

絡まれていたのもなんだかんだこれを約束させるためなのかもしれない。と、その考えが浮かんだ時には指切りは切られていた。日程は知っているが、自分がどう動いてどこに配置させられるのかはわからないので………まあちょっと抜け出すくらいなあまあ、というところだろう。

 

「じゃーねー! アント先生」

「また訓練してくださいよ!!」

 

騒がしい波動と通形をしっしっと見送り、二人に遅れてのっそりと動き出した天喰の肩を叩く。

自分と同じくらいの背のはずだが猫背のせいでほんの少し低く見える陰気な顔がこちらを見上げる。

 

「…なんですか? なにかあります…?」

「いや、そんな顔せんといてや…怖いで?」

「子供によく泣かれます…ああ、辛い…!!」

「うーん、とにかく通形見習ってみたらどうや? ほら、スマイルスマイル……うーん、無理そう」

 

相変わらずのテンションに茶ノ丸は思わず半目になった。三つ子の魂百までとかなんだのいうが、きっとこの子の場合生まれた時からこんな感じだったんだろうなあ、と感じる。

 

「いや、なに。あの二人の話ばーっか聞いて、天喰の話聞いとらんかったから。最近どうやー? ちゃんと食べてる?」

「はい…インターンは、少し辛いんですけど…」

「えっ、インターン辛い?! お前ファットガムんとこやろ?? あいつ同じ関西圏で、しかも同期なんやけど………」

 

天喰がファットガムの事務所行きますって言った時に、口には出さなかったものの「合わなさそうだな…大人だからなんとか…できないか」なんて思ったことは心の中にしまっておこう。

 

「まあいくらノm…じゃなくて、お前朴訥なやつやから、慣れへんこともあるやろうけど」

「…………」

「まあノミだかダニだか知らんけど、最小(おれ)から見ればまあまあデカい」

「それ褒めて…ます…?」

 

頭にはてなマークをたくさん浮かべる天喰に、茶ノ丸は歯の隙間から漏れ出すように笑った。やがて挨拶をして彼も出ていき、教室は静かになる。

 

声響(せいきょう)

「!!」

「もう宿題やっとるん? はやない?」

「…」

 

窓からの風にカーテンが膨らむ。

茶ノ丸が靴音を鳴らして近づくと、少女はプリントから顔を上げた。

そして夢を見るような表情で微笑む。

 

“遅い、待ってた”

 

トントンと、少女が広げていたルーズリーフを叩く。一行目には辛辣な言葉が書かれており、思わず茶ノ丸は目を逸らした。

 

◆◆◆

 

少女の名前は声響 あのね。六月の紫陽花のような優しい紫色の髪はふわふわで柔らかそう。肌は陶磁器のように真っ白で滑らか、お人形のような顔立ちの可愛らしい少女だ。長いまつ毛の奥にはそれはそれは大きな瞳があり、色は髪色と同じ。

瞳はどこか、夢を見るようにぽやんととろんとヴェールを被っているようだ。

 

雄英高校の普通科、三年の女の子である。

 

「今日はどしたん? なんか話したいことでもあるん?」

“あのね、”

 

彼女の向かいに座り、そう問いかける。声響の指がそれだけ書いて、止まった。

──彼女の喉からは声が出ない。

 

“そろそろ、進路相談をしたいな…って思って。みんな、やりたいこととか行きたい大学とか、聞いてると決まってて、焦ってる”

「そかそか」

“やりたいことは、なんとなくあるんだけど…”

「えっマジ?! 聞かせて聞かせて!!」

 

大きな瞳をこれでもかとキラキラと輝かせてこちらを見る教師に、声響は照れて顔を背けた。今ここで言ってしまうのも恥ずかしいので、話を逸らすことにする。

 

“1年生の副担任になったの? だから最近あんまり顔を見なかったんだね”

「せやで〜、1年生、初々しいよ」

“波動さんの真似じゃないけど、私も寂しい”

「ほーーん?? 今日はエラい素直やん??」

“うるさいからやっぱりもうしばらく来ないで”

「うぉい!! ちょぉ…!!」

 

いつもそうやって、余計なことを言うから!! と口を動かそうとして、思い出す。そうだ、私の声は出ないんだった。

4年前からずっと声は出ない。少し出そうとして喉が痛むだけだ。馬鹿みたい。あれだけ無くなってしまえと星に願った個性が、今になって惜しい。

 

「どうしたん?」

 

トントンと気を取り直すようにペンを机に叩く。

 

“そういえば、今日テンション高くない? そっちこそどうしたの?”

「あー? そんなに高く見える?」

“うん。普段より暑苦しい”

「声響は普段より手厳しいな…?!」

 

その後しぶしぶ語りだした彼によると、長年離れていて気まずい思いをしていた妹と昨日ついに連絡先を交換したらしい。

 

“連絡先を交換しただけ? まだRINE送ってないの?”

「えっ、いや、なに送ってええのかわからんくて…」

“ばっかみたい”

「ええ…」

 

ルーズリーフに書かれる言葉はどれも辛辣だ。その事に茶ノ丸は苦笑する。まあ、正直波動通形天喰や声響と同じように喋れるかって言ったら否だ。昨夜はRINEを送ろうと思って──何を送っていいのかわからなかった。あの言いようもない気まずさは相変わらずだ。

 

トントン、とペンが机を打つ。

 

“ひとは、誤解し合うから”

「うん?」

“その妹さんが思うほど貴方は完璧な人ではないし”

「ちょっと」

“貴方が思うほど、妹さんは子供じゃないわ”

 

最後の文字に素早く2重線が引かれる。

じっと睨みつけるように見上げられて、胸が詰まった。

 

“お互いに、お互いの姿が最後に会った時のまま止まってるんじゃない? だから昔のまま接しようとする”

「なるほど…」

“あと、貴方逃げているように見えるわ。妹さんのほうがよっぽど立派”

「うぐ…」

 

眉を顰めて窓の外に視線をうつす横顔を見ている。茶ノ丸先生と、ミッドナイト先生は、1年の時から気にかけてくれた先生だ。

この浅はかな夢も、身の程知らずな目標も、もしかしたら笑わずに聴いてくれるかもしれない。

 

“先生、”

「?」

“あのね…”

 

その時だ。ジリジリと耳障りな、避難訓練以外では聞いたことの無い警報が鳴り響いたのは。

即座に目の前の男の顔が、教師のものからヒーローのものへと変化する。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

 

「セキュリティ3…? 侵入者…!」

 

聞き慣れないけたたましい音と、無機質なアナウンスに若干パニックになる声響。涙目になりながらヒーローを見上げる。その視線に気づいたヒーローは、安心させるようにニッと口角をあげた。

 

「大丈夫、一緒に行こ。歩ける?」

 

その“大丈夫”に、一体今までどれだけの人が救われたのだろう。真っ暗闇の中に射し込むような月明かりのよう。迷い人達の道標。私のヒーロー!!

 

こぼれかけた涙を飲み込み、声響はこくこくと必死に首を振った。

 

荷物はそのままでいい。

ただでさえ体が小さい普通科の声響とヒーローである茶ノ丸の運動能力は違いすぎるので、茶ノ丸は迷うことなく声響の体を抱き上げた。

 

「ここからやと三年の教室近いな、弁当の子もおるやろうし、拾ってこっか」

 

「アント先生ー!」

 

そう言って廊下に出た途端、茶ノ丸を呼んだのは波動だ。彼女の後ろに通形と天喰、そして三年生ヒーロー科の生徒5名ほどがいる。

 

「教室にいた三年ヒーロー科生徒は俺達だけです!」

「おん、ちょうど行こうと思ってたわ。引率は俺がするから、途中途中生徒拾いつつグラウンド行こう」

 

校内は嫌な騒がしさだ。どこもかしこもパニックになっているに違いない。恐らくお昼時の混雑した食堂は───頬を噛む。ともかく、今この場にいる生徒達の無事は保証しなくては。

 

この警報が鳴ったことは、ここ三年間ない。雄英のセキュリティを破る“なにか”なんて───考えたくないな。

 

怯える少女を揺すりあげて、茶ノ丸は生徒達とともに走った。

 




声響 あのね -Anone seikyo-

所属:雄英高校普通科 三年生
個性:愛の言葉(エコーズ)
誕生日:6月20日
身長:145cm
好きなもの:勉強、本

紫陽花色の髪と瞳、お人形のような可愛らしい目鼻立ちのちんまりとした少女。
“声”にまつわる個性を持っているが、心因性ストレスによってもうここ4年ほど声は出ていない。
普段は筆談により会話。教室ではずっと本を読んでいるため基本的にぼっち。




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text10:虫の報せと書いてフラグと読む

 

 

その後数十人の生徒を拾いついたグラウンドで、ハウンドドッグ先生と合流した。怪我をしてない子がいないか確認。幸いにもここのグラウンドに集まった生徒の中には擦り傷以上の怪我を負った生徒はいなかった。その後に無線で雄英に侵入してきたのがマスコミだと知り、ほっとするとともに眉を顰める。

 

「マスコミぃ?? セキュリティゲートどう通ったって言うねん」

「ヴ〜〜〜〜……(嫌な気配がする…、臭うぞアント)」

「………」

 

ちりちりと首筋が痛む。無線の連絡で警察の到着とともにマスコミは撤退したと聞き、とりあえずは安心する。

かつてないことに怯えを見せる生徒達に大丈夫だよ、と微笑み、教室に戻すために移動させる。全ての引率はエクトプラズム先生がやってくれることになった。

 

「すんません、頼みます」

「イイ。オ前ハ、現場ニ急ゲ」

 

腕に抱えていた声響も降ろして、通形に「この子、クラス送ってって」と頼んだ。神妙に頷く通形と、未だ不安げな声響にそっと微笑みかけ頭を撫でる。

 

その場はエクトプラズム先生におまかせして、ハウンドドッグ先生と現場に急ぐ。

 

「ああ、アント先生。ハウンドドッグ先生も。生徒達をありがとう」

「グルル…(校長…)」

「いえ…」

 

なんと表現すればいいのだろう。そこには粉々に砕かれたコンクリート片がそこらじゅうに散らばっていた。雄英のセキュリティゲートだ。4枚の鉄筋コンクリートで閉ざされた守りの防壁。それがこの有様だ。

茶ノ丸が膝をついて破片に触れると、破片は崩れて粉状になり風に吹かれて消えていく。

 

「…今となっては、相手がただのマスコミでよかったっちゅーことやな」

「ちょっと、茶ノ丸くん…!」

「ちょっと大袈裟な避難訓練いうところやろ。改善点めっっちゃ見つかったな。やっぱ人間その場には弱いでほんま」

 

眉間に皺を寄せたまま、せせら笑うような口調でそう言う茶ノ丸にミッドナイトが窘めるように言った。

皮肉を叩きながら悔しそうに破片を握った茶ノ丸に、ミッドナイトはため息を吐く。

 

()()()()()()()がこんなことできる?」

「…()()()? んなわけないやん」

 

「こら、そろそろやめなさい二人とも。そそのかしたものがいるね…」

 

今いるこの場の人間全員が苛立っている。数にして500人弱、そしてこの学校に勤務するスタッフや教師達。彼ら彼女らの平穏が、一度に侵されたのだ。

ヒーローとして、大人として、教師として。憤らない人間などこの場にはいない。

 

「センセンフコク言うことやろ。“自分らはいつだってこの学校の人間ぶっ殺し放題です〜”言う。ふざけとるわ」

 

白手袋に皺が寄る。

血が滲むほど握りこんだその手を、ミッドナイトは強引に解かせた。

なにすんねん、と視線を向ければ、手は大事でしょうあなた、と返ってくる。ぐうの音も出なかった。

 

「…セメントス先生は急いで補強を、ハウンドドッグ先生とアント先生は警備システムの録画映像の確認。ほかの先生方は生徒達のケアを」

「「「はい」」」

 

警備室に向かいながら、茶ノ丸はチリチリと痛む首筋撫でる。

先程から警鐘のように痛むそれが鬱陶しかった。

 

◆◆◆

 

「大丈夫でした?」

「ああ。そっちは?」

「なんとか……。ああ、委員決めしてるんですね。(A組)もそうかな…」

 

やはりというか、お昼時だった故に食堂は相当な混乱だったらしい。セキュリティに厳しい雄英高校に侵入者、と聞くとほぼ確実にヴィランを連想する。混乱が混乱だけに怪我人も多かったよう。

 

今日のHRはB組のほうに来ている。クラス委員長は拳藤一佳。物理を選択してくれている生徒だ。見ている限り姉御肌で頼りがいがあり、からりとした性格なので上手くまとめてくれるだろう。

 

脇にどいたブラドと茶ノ丸は、それを眺めながら話し合う。

 

「監視カメラはどうだったんだ」

「あーーダメっした。ぜーーんぶ死角。俺の蟻から見てもなんか、黒い靄みたいなのが覆ってて見えなくて…」

「…計画的だな」

「警察の調査次第っすね。マスコミ共、こういう時ばかりは素直にゲロってほしいです」

 

気付かぬ間に眉間に皺が寄っていて、いけないいけないと揉みこんで解く。生徒の前でこんな顔をしていてはだめだ。生徒のほうが何倍も不安なのだから。

 

「ちょっと明日のUSJでの訓練が心配になります。あそこちょっと離れてるんで」

「何もないといいが…」

「ちょっとブラド先生、そういうのフラグ言うんですよ、フラグ」

「?」

 

せめてこの暗鬱とした思いを晴らしたくて、ふはっと笑ってみる。

HRが終わり、職員室に向けて歩いていると、ポッケに入れていたスマホが振動した。この感じはメールだろう。通知をタップしてメール画面を開くと、学生時代から懇意にしてくれていたとある博士からだった。

 

『今日、来れるか?』

 

内容はこれだけ。まあSNSに限らず、世俗に弱く人付き合いもほとんどない素っ気ない人なので茶ノ丸は気にしない。

 

『ちょっと今日難しいです〜、打ち合わせがあるんで』

 

と返して、メールアプリを閉じようとすれば再度震えるスマホ。返信はっっや…と思いながらこちらも返信する。

 

『なら明日は?』

『明日なら夜ならへーきですよ』

『じゃあ夜で』

 

そこでメールが止む。

なんの用だろう…実験かな…やだなあと思いつつ、スマホをポッケにしまい込んだ。

 




戦闘シーン書くのに何万文字かかるんだ…??


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text11:焙じ茶ラテは神の飲み物なのでコンビニとかにいつも置いておくべき

 

 

春先の電車は楽園(パラダイス)だ。

 

男はそう思う。朝方の通勤・通学ラッシュ、混雑した車内。目の前に制服姿の女の子が来る。この制服は恐らく────雄英高校のものだろう。この電車であと二駅で降りていくはずだ。

少女の首筋から香る匂いにクラクラする。柔軟剤かな、それとも部屋の匂いだろうか? 香ってくるのだから不可抗力だ。蕩けた顔で笑う。

 

自分の個性なら、絶対にバレない。

小さな音を立てて関節が外れる。男には腕の関節が5つある。それが個性だ───主要3つを残して2つを外す。これでも常人の2倍の腕の長さになる。

瞳の中にあるのは昏い欲望。目の前の少女何かを感じたのか身動ぎをした。

 

蜘蛛の糸のように狡猾に。

男が邪な手を伸ばそうとした刹那、

 

「あ、ごめ。足が滑ったァ」

 

飛んできたのは長い脚。

後頭部を思いっきり蹴られ、優先席という緑の文字を間近で見ることになった男は、当然ながら混乱する。

現在進行形で男の頭をスニーカーを履いた脚でグリグリと強化ガラスに押し付けている青年は意外そうに眉をあげた。

 

「お? 意外と抵抗するね?」

「な、何を言ってるんですか? 僕は何もしてないですよ…」

「ほーーん?? まあ、しらばっくれるよな。でも自分ヒーローやさかい、公的な場所での個性使用は取り締まらんとあかんねん。詳しいことは駅降りてから聞こな」

 

違う、だの、やってない、だの。

まだやってないの間違いやろ、と呆れる。

 

セットされた茶髪。柔和そうな顔に今日は黒縁メガネをかけている。紺色無地のセットアップ、具体的に言うと教師というより現代の若者らしくなった茶ノ丸だ。

 

「あっ、こっからはな? おにーさんの独り言なんやけど……春先って変な人多いやん? 特に電車はな〜生徒を狙う痴漢とかそういうの多いんやって〜」

「……」

「そういうのから生徒守るために、交代交代で電車乗ってたりするんよ〜。雄英のプロヒーロー」

 

ガラスがミシミシと音を立てて軋む。

メガネの奥にある目は緩やかな曲線を描いているが、明らかに笑っていない。

その言葉に抵抗をやめて大人しくなった男に、茶ノ丸は足を退かす。

 

「まあそういうことやでオジサン。大人しくついてきてな?」

 

そのまま最寄り駅で降りて、駅で待っていた警察に渡す。簡単な事情聴取を受けて、茶ノ丸は駅から出てぐっと手を伸ばた。

朝っぱらからクソ野郎の相手していて本当疲れる。少しは自重して欲しい。

 

普段はバイク通勤なので、風を感じたくてしょうがない。毎日のルーティンが崩されるとなんか調子乗らなくない? 乗る? ああそう。

バイク自体は小さくして持ってきてるので──こういう時はめちゃくちゃ便利だなと思う──ここからでもいいから乗ろうかな。

ポケットの中の懐中時計を開けば、まだかなり時間はある。

 

スマホがあるのになぜ懐中時計持ってるんだ、とか言われそうだが、単純に好きなのである。古いものには品がある、ということだ。家にある家具はほとんどアンティーク家具。前時代のスポーツカーとかめちゃくちゃ好き。1台持ってる。どちゃくそ高くて買うの迷ったけど。相澤にやっと買えたー!って報告したら機能性がなくて合理的じゃないと言われたので普通に喧嘩した。あれが二人でした喧嘩の中で1番くだらないものだったと記憶する。

 

「あ」

 

そんなことを思案しているうちに、近くの歩道に見慣れた紅白頭が歩いているのを見つける。ちょっと迷って、声をかけることにした。

 

「轟くん! おはよう〜、早いな?」

「…アント先生、おはようございます」

 

確か彼のお家、結構近かったはずなので電車通学ではなかった。恐らく徒歩通学。左右で白と紅に色の別れた特徴的な髪、顔立ちは整っているが、左目周りに痛々しい火傷跡がある。一年A組轟焦凍、推薦枠の生徒で、とあるプロヒーローの息子さん。

 

「普段からこんな早いん?」

「はあ、まあ…」

「俺はもうちょっと遅いわ、普段はバイクなんやけど、今日は電車やったから」

 

轟の隣について歩く。あらやだこの子かなり歩くの早い。しかも口数が少ないので喋るのはほぼ茶ノ丸。彼は頷くだけだ。別に苦じゃないのでいいけど。

そのまま歩いていると、右手にコンビニがあるのが見える。一度立ち止まる。あっ食べたいなって思うと止められない。

挙動が止まった茶ノ丸を、横で立ち止まって怪訝に見上げる轟。

 

「轟クン」

「?」

「アイス食べよ」

「は?」

「ダッツ」

 

頭にはてなマークが3つくらい浮かんでいる轟の制服の袖を引っ張り、強引に入店する。アルバイトのやる気のないいらっしゃーせーを聞き流し、そのまま真っ直ぐアイスコーナーに向かった。

 

「轟クンなにがええ? 俺ほうじ茶ラテ」

「……あずき」

「え? あずき? めっちゃ渋いね? ダッツにないから抹茶にしようや」

「はぁ…」

 

アイスコーナーではしゃぐ27歳児と困惑する15歳。お菓子コーナーではママの味がするミルキーな飴、会計の時にホットコーヒーを二つテイクアウトした。

 

「飲める? コーヒー」

「飲める」

「轟クン凄いなあ、俺最近になってやっと砂糖もミルクも入れずに飲めるよーなったわ」

 

外で待っててくれた轟にコーヒーを手渡す。春先といえどまだ月前半。羽織りが一枚ないと寒い時期だ。少し冷えていた指先にコーヒーの温かさが心地いい。

 

「あの。お金、」

「あン? あーええよ〜。轟くんええ子やな、俺が高一んときは体育祭で優勝したらダッツ奢って貰ってたんに」

「…それとこれとは違ぇだろ」

 

敬語が崩れたのを見てお? となる。少し行儀が悪いがコンビニの車侵入防止用のポールの上に腰掛けてコーヒーを啜る。

控えめな笑い方をする子だ。クツクツと小さな声で笑っている少年の横で、茶ノ丸は口の中に飴を転がした。ダッツ系のアイスは少し置いたほうが美味しい。

 

「なんか、すんません」

「え? なんで?」

「いや、敬語…仮にも教師に…」

「えーーええよ敬語とか。ほッッとんどの生徒は俺に対して敬語とか使わんし…」

「はァ…」

 

ほうじ茶ラテ味のダッツはめちゃくちゃ美味いのでぜひ食べてほしい。有り得んほどの美味さ、飲むほうのほうじ茶ラテも美味かったし。いや〜ミルクとほうじ茶って合わなさそうって思っていたが、紅茶とミルクが合う時点で神の采配の組み合わせなのだった。

 

「あれやって、俺さ。雄英の中じゃ1番若いから」

「何歳なんだ?」

「27歳!」

 

たぶん年齢がどうとかの問題ではなく、恐らくその気さくすぎる性格のせいでは。と轟は思ったものの、口には出さなかった。HR終わりの放課後、何かの部活の顧問でもやっているのか数人の先輩に引きずられて行くのをよく見かけるし、休み時間はだいたい周りに生徒がまとわりついている。気さくで朗らかで明るくてものすごく、喋る。自分とは真反対だ。

 

「もう学校には慣れたん?」

「はい、まあ。他の奴らと馴れ合うつもりは…ない、けど、です」

「ありゃー…」

 

なんだかこの一匹狼感に既視感を感じて遠く空を見る。

あれ、この感じ身に覚えがあるなァ───?

 

「まあ学生時代のコネクションがそのままプロになった時に役立つことってあるよ。えーっと、マニュアルとか、シンリンカムイとか、知っとる? あいつら同じ学年で同クラやったんやけど、今でも仲ええし、たまにチーム組むし、よく飲み行くわ」

「…あんたはなんというか、誰とでも仲良くやれそうだけどな」

「わからんよー? 俺あいつ苦手、最近めちゃくちゃ人気のホークス。たまに会うと煽りあいになるわ」

 

顔を思い出してしまってケッと眉を寄せる。

子供のような怒り方をする茶ノ丸に、轟は思わず笑った。

 

「まあ相澤先生…学校じゃないからええか。センパイとも最初から仲良かったわけじゃないし、まあゆっくりとな、それでええで」

「? 仲良さそうに見えるけどな…です」

「さっきからなんなんそれ?」

 

ふはは、と喉を晒すように笑う茶ノ丸は、横から見ると本当にどこにでもいそうな若者に見える。横髪からチラチラと覗く多くのピアスと、幼い顔立ちが妙にアンバランスだ。

 

「…そろそろ行こか、ちょうどええ時間やし」

「…おう」

 

コンビニのゴミ箱にアイスカップを捨てて、茶ノ丸は立ち上がる。

いつの間にか敬語は抜けていた。




次回! 四万字を超えてのやっと戦闘! デュエルスタンバイ!!!

ヴィジランテを読み始めたんですけど雰囲気はDCよりなのかな?? 師匠が凄い蝙蝠男


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text12:俺達の打ち合わせと残業の意味は…?

案の定長くなったので切った


朝から時間は経ち、午後。

ご飯を食べたあとだからか地味に眠い茶ノ丸は、その場で欠伸を噛み殺す。

今朝の格好は生徒達を守るための変装──今から原宿にでも行きそうな若者風(メガネは普通に伊達)──だったので、今はもう着替えている。“アントマン”としてのヒーロースーツだ。

 

赤と黒を基調とした革製のバイク用レーシングスーツみたいな…割とぴっちりしている。腰からはレッグバッグを下げ、脇には頭全体を覆う特徴的なヘルメット。

簡素なほうだが、相棒はさらにその上を行く簡素さなので言えない。

 

「今日のヒーロー基礎学だが…。俺とこのバ……茶ノ丸とオールマイト、そしてもう1人の四人体制で見ることになった」

「なあ、なあ。悪意ない? その言い方悪意ない? バ…って何? 何が言いたかったん?? なんでそこで切ったん??」

「うるさいぞバカ」

 

クラスの人数は20人きっかりなので、4人の先生で5人ずつ見れる。合理的、とは昨夜相澤が言っていたことだ。

マスコミに侵入されて昨日の今日だ。会場であるウソや災害の事故ルームは校舎からかなり離れており、なにかあったらまずい……とのことでプロヒーロー4人が付く。

 

ちなみに警察からの連絡によれば、事情聴取したマスコミの奴らは何も知らなかった。彼らも知らぬうちにセキュリティゲートが崩れ、これ幸いと殺到したらしい。マジで肝心な時に役に立たない奴らである。

 

「ハーイ! なにするんですか?」

「災害水難なんでもござれ!! 人命救助訓練だ」

「イエーイ! 俺の専門でーす!」

 

瀬呂が元気よく手を挙げて質問する。

 

これがいいな、と茶ノ丸はぼんやりと思う。これがいい、子供たちが気兼ねなく笑える世界がいい。いつだって子供たちが時代の指標だ。彼らが放課後、子供たちだけで歩ける時代がいい。彼女らがいつだって、微笑み慈しみ合う世界がいい。愛しいものと手を取り合える、幸せな世の中がいい。

誰だってそうだろうと。少なくとも16歳まではそう思っていた。

 

“人間を善悪で区分けするなど愚かなことだ。人間は魅力的か退屈かのどちらかである。”とはイギリス(現在のアイルランド)の作家、オスカーワイルドの言葉だが、自分を納得させる言葉を探していた茶ノ丸はとりあえずはそれで落ち着いた。

善も悪も人間が勝手に決めた枠決め。人間ひとりひとりを見たってどれもこれも違いすぎる。悪という概念があるから善という概念があるのだ。

 

人間が全員、きっぱりと善というわけではない。先のマスコミのように入ってはいけない場所に入った人間がいて、入らなかった人間もいる。

 

「茶ノ丸、」

「……んー?」

「行くぞ」

「はぁい」

 

この手のことを考えると頭がおかしくなりそうだ。グローブに覆われた右手を擦り合わせるように動かしたり、グッパと開いたり閉じたり、指を波のように動かしてみたり。

やはり首筋がチリチリする。むぅ、と口を真一文字に結んで、ため息を吐いた。

 

久しぶりに手癖の悪癖が出そうだった。

 

 

◆◆◆

 

 

バスの中、窓側に座った茶ノ丸をチラリと見ると嫌に静かだった。

常時笑顔を貼り付けている顔はそっと流れる景色を追っている。大きな瞳に森が写る。普段ならここで騒ぎ出し、生徒達と仲良くお喋りでもしてそうだが、その気配はない。

一層不気味だ。

 

10年間茶ノ丸を相棒としてやってきた相澤の勘が、嫌に騒ぐ。この手の人間が黙る時は、妙なことを考えているか、もしくは妙なことが起こる時である。

 

「…どうした、酔ったか」

「……は〜〜? 酔うわけないやん」

 

個性を使って1.5cmにもなる茶ノ丸は長年の個性使用によって三半規管が強い。ほぼ戦闘時はぴょんぴょん小型化して跳ね回っているので当たり前である。それを知らない相澤ではない。

 

「あ゛ーー…」

 

ガシガシと頭をかいて茶ノ丸が仰け反る。

素直ではない不器用な先輩と、素直ではない偏屈な後輩なのでコミュニケーションは上手くいったりいかなかったりだ。今回は上手くいったほう。

 

「キヲツケマス……」

「……」

 

目を極限に逸らしている茶ノ丸に、相澤もため息を吐く。空は相変わらず、ぼやけたような色を保っている。

 

 

「え、オールマイト先生おらんの? 昨日の俺達の打ち合わせと残業の意味は……?」

「13号に当たるなオールマイトに言え」

 

生徒達がはしゃぐ中、教師3人がコソコソと話し合う。話題はここにはいないナンバーワンヒーローのことで。

 

「すみません、通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで……仮眠室で休んでいます」

「不合理の極みだなオイ」

「うーーーん、人助けしたのを咎めるのもなあ……」

 

ちなみに茶ノ丸と13号は同じ歳の同期である。学生時代は隣クラの仲良しだった。いえーいぴーすぴーす。

まあ、念の為の警戒態勢だ。イレイザーヘッド、アントマン、13号と役割がバラけている三人一組なので、余程のことは無い限り大丈夫かな……とは思うけれど。

 

「(めっちゃ首チリチリするなんなんこれ)」

 

俗に言う嫌な予感とかそういうやつ。13号の生徒への小言を聞き流し、首筋を撫でながら素早く視線を走らせるも、周囲に異常はない。蟻からの危険信号もない。

 

「以上! ご清聴ありがとうございました!」

 

「ステキー!!」

「ブラボー!! ブラーボー!!」

 

お茶子が瞳を輝かせているのを見て心が安らぐ。確か人命救助志望だったか、メールで母から聞いている。

ヒーローになると聞いた時は、なんでこんな危険な道に! とかなんだの思い取り乱したが、目標に向けて頑張っている姿を見ていると応援したくなる。それが兄心というやつだ。もちろん怪我をしたり泣いてしまったりするなら、怪我させた相手泣かせた相手、絶殺(ぜっころ)するけど。

 

自らの個性的に人命救助には片足突っ込んでいるので、13号の説明が終わると共に準備をしようとした。

その時だ、背筋が凍るような感覚が走ったのは。

 

「それじゃあまずは───」

「なあ、イレイザー…! なんか…」

 

USJの中央、噴水のそば。ちょうど今相澤が指を指したあたりに、黒い靄のようなものが見えて茶ノ丸は軽く目を擦る。空間に開いた小さな黒い孔。

 

それはだんだん広がって───

 

「ひとかたまりになって動くな!!!」

 

ずるり、と。

人が。切られた手首のマスクを付けた青年が。這い出てくる。

人が約3人通れるほど広がったそれから、続々と後続の───

 

「13号、生徒を守れ!!」

 

相澤と目が合う。

すぐさまヘルメットを被った茶ノ丸は、近くにいた爆豪の襟首を軽く引っ張る。

 

「なんだアリャ?! また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

呑気な声をあげる切島に、相澤がゴーグルをかけながら叫んだ。

 

「動くなあれは───ヴィランだ!!!」

 

 

◆◆◆

 

 

「13号に…イレイザーヘッド、そしてアントマンですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

あの黒い靄───蟻に備え付けられていたカメラの映像で見た、と気づくと体の中から燃え上がるような怒りを感じる。落ち着け、冷静に、冷静に、思考はクールに。内頬の肉を噛む。

だが体は熱く、だ。

 

「なんだよ…せっかくこんなに大衆引き連れて来たのにさ…。オールマイト、平和の象徴、いないなんて…

 

 

 

子供を殺せば来るのかな……?

 

「マッジで真面目に考えたのアホらしいわ。やっぱクレイジーな輩の頭の中身考えても無駄やな」

「オイ離せ先公コラァ!!!」

「自分ほんと口悪いね? ごめんちょっと大人しくしとって」

 

身を乗り出そうとする生徒を手で制しながら後退する。出入口の扉までおよそ30m。背後に敵影なし。冷静に対処すれば生徒だけは無事に帰せる。

暴れる爆豪の襟首をしっかり掴み、思案する。いや、でもここから校舎に走らせるのは…。あと侵入者センサーが反応してない。現れたのは学校全体? それともここだけ? “オールマイト”という言葉から否だと判断する、恐らくここだけ。かなり計画的だ。

 

「ゆっくり全員、下がれ。扉に向かって後退」

 

右手で爆豪を掴み、左手で轟を掴む。

このクラスで出ていってしまうのはこの2人だ。出ていけてしまう個性と精神を持っている2人。ちょっと手綱持ってないと怖い。

 

スマホをちらりと見ると圏外。ヴィランにそういう個性がいる? だとすると厄介だ。増援しばらく見込めそうにないな……。プロヒーロー三人とも、正面切って戦うタイプじゃないだけに。

 

「アント、13号避難開始! 学校に連絡…!」

「ダメです先輩、スマホ圏外!」

「チッ…! 上鳴、お前も個性で試せ!!」

「…ッス!!」

 

ゆっくりと半歩ずつ、2人を引っ張りつつ下がっていく。それに倣うように他の18人も下がってくれた。13号とアイコンタクト。まあお互いマスク被ってるので目の位置なんてよくわからないんだけど。

 

「13号、あんたがこの子らについとって」

「でも…」

「誰か一人はついとらんと、な? 俺の方が戦闘向きやし、殿(しんがり)は任せろ」

 

轟から手を離して、とんと軽く胸を叩いた。相変わらず右手はめちゃくちゃ暴れている。コノヤロウ。

 

「アント、13号、頼む」

「畏まり!」「はい!」

 

その声とともに飛び出していったイレイザーヘッドに、アントマンと13号は短くそれだけを返した。イレイザーを心配してか足が止まる生徒達を引っ張りつつ、出入口に急ぐ。

 

ちらりと後ろを見れば、先輩が華麗に敵をしばき倒しているところで。

 

「凄い…! 多対一が先生の得意分野だったんだ…!」

「緑谷くん、感動するのもわかるんやけどさっさと行こな」

 

「させませんよ」

 

ぞわり、と13号の前に闇が広がる。

イレイザーの一瞬のまばたきの隙、生徒達と出入口の間に現れたそれにこちらも一瞬挙動が止まる。

 

「はじめまして、我々は敵連合(ヴィランれんごう)。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは───平和の象徴オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

思わず右手が緩む。

蟻は雄英の各地に散らしている。ここにも数十匹はいるはずだ。それに「オイデ」と命じて、敵を見据えた。

 

噴水広場からここまで。そして恐らく雄英の外からここまで。30〜50弱のヴィランを連れての大移動。予測できる個性はワープ系というところだろう。思わず舌打ちが出る。

 

「本来ならここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、なにか変更があったのでしょうか?」

「はン、なんや敵連合て。大層な名前やけど大したことないんやな。ガセネタ掴まれとるで、それ」

「まあ……それとは関係なく」

 

もちろんブラフである。反応を見たかったがそう簡単にはいかない。

頼むから、という意志を込めて爆豪を後ろに押した。しょうがない、だって右手は使う。正体の見えない不気味な敵に生徒が本能的に一歩下がった。

 

「私の役目はこれ……」

 

蠢き出した闇に警戒心を強めるなか、横をすり抜けていった金髪頭に思わず素で「は?」と声が出る。

爆発音と見事な蹴り。爆豪と切島だ……ここが敵地ではなかったら頭を抱えたい……!!

 

「爆豪切島!! あんたら要注意生徒入りやからな……!!!」

「ダメだ、戻りなさい2人とも!!!」

 

大きく広がる闇──生徒の半数が飲まれるほど──に飲み込まれる刹那、轟とたまたま近くにいた葉隠の腕を掴みながら叫ぶ。

 

「全員近くの子ォのなにか掴め!!!」

 

大きな目に涙の溜まっているお茶子と目が合う。

もう全員殺す……!!!

そのまま景色が一変した。

 

 

そのまま子供二人を抱えたまま落ちた先は土砂ゾーンだった。セントラルゾーンからは右斜め後ろ。黒靄のヴィランと相対する13号と残された生徒達がギリギリ視認できる位置だ。

 

「キャー!!! アント先生大丈夫??」

「ああ、うん。大丈夫やで葉隠さん。大人の身体っていうのはこういう時のためにあるんやで。ところで服って着てる?」

「着てない」

「そっかあ…」

 

地上から5mほど離れた場所から落っこちたので、せめて二人が怪我ないように受身を取っている。石ころ転がっている地面だったので背中めちゃくちゃ痛い。グリッとした。レゴブロック素足で踏んだ気分。

 

「うっへへへ……やっと獲物が来やがったぜえお前らァ!!! 三人ぽっちとは物足りねえが、さっさと殺して次の狩場に…!!!」

 

「怪我は?」

「大丈夫!」「ああ」

 

「聞けやてめぇ!!!」

 

二人を立ち上がらせて土を払ってやる。セントラルにいた以外にもヴィランがいたようで、この場には20人弱。口煩く喚いて目をギラつかせていた。

もしかして全体で100人余りくらいはいるのでは…? USJが広いだけに、生徒たちも散らされているようだ。単独になってしまっている子がいないか心配だった。

 

「足でまとい二人も抱えてんのにお喋りとは随分余裕だなぁアントマン…!! お前は俺の個性、邪王炎殺黒龍破で…!!!」

 

「お前話長い上におもろないねん。轟」

「…」

「後ろ、頼める?」

 

そのままレッグバッグに手を突っ込み、お目当てのものを取り出す。轟は小さく頷くと、そのままアントマンの後ろに立ってくれた。

なんかいいね、教師と生徒の共闘って感じで。

 

「そんな車の模型でなにが………………………ッッッ?!?!?!」

「まあ君ら丈夫やし、死なんとは思うけど、後始末大変やし頑張ってな♡」

 

取り出したのは手のひらに包み込めるサイズの車の模型のようなもの。具体的に言うと小さなタンクローリー。

左手で投げられたそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

唖然とした顔のヴィラン達に迫るのは、空中にて全長11m、重さ20t(+中身の重さ)の大型タンクローリーだ。アントマンの手からかけられた緩やかな回転を維持しながら、ヴィラン達に大きな影を映す。

 

「アレ、大丈夫なんですか?」

「中身多分水やし大丈夫なんちゃう?」

 

そのまま轟音を立てながら横向きに着地したタンクローリーを指差しながら、葉隠が震えた声で言う。

続いて特徴的なツンとした刺激臭と、それに伴う爆発音と爆風。

 

「あ、ごめん。水は水でも燃える水やったみたい……知らんけどって付け足してもらってもいい?」

「ええーーー!!! ざ、雑〜〜〜!!!」

「くそ雑魚相手に真面目に戦闘しとったら身が持たんわ。まあ適度に手は抜かんとな」

 

目の前で爆発炎上するタンクローリーを眺めながら狼狽する葉隠の頭(だと思われる場所)をぽんぽんと撫でた。

───20tタンクローリーが空から降ってきて、爆発炎上しようとも。ヴィランは体が丈夫なのでこれくらいでは死なない。

 

背後から冷気が伝わってくる。土砂ゾーン全体に氷が走り、炎諸共凍らせる。凄まじい火力である。氷だけど。

 

「おーー1人残してくれとるやん! 偉いな〜グリフィンドールに10点!」

「ぐり…?」

 

軽口を叩きながら次の準備をする。轟が一人残したということは、尋問することをわかっているということなので任せよう。

 

「……このままじゃあんたらじわじわと身体が壊死していくわけなんだが」

「…!」

 

ヴィランの体にさらに霜が走る。

パキパキと広がっていくそれは恐怖の象徴だ。すげえな推薦生…!! 明らかに怯えた顔のヴィラン。これはもう早速ゲロる。

 

「俺もヒーロー志望。そんな酷えことはなるべく避けたい。

───あのオールマイトを殺れるっつう根拠、策ってなんだ?」

 

 

 



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text13:ヴィランは無駄に頑丈なのでこれくらいでは死なない

「右隣りに倒壊ゾーンがあるからそこ通って──戦闘しとる生徒がおったらできるだけ助けてあげてほしい──13号先生のとこまで行って。わかった?」

「わかった。あんたは?」

「俺はこのまま山岳・火災・水難巡る。いいか? 必ず二人一組で、や。離れたり勝手な行動したらあかんで? お互いに気を配り」

「わかったー!」「…わかった」

 

今日電車通勤でよかった。

そのおかげでこの広いUSJを駆ける足を持っていたんだから。

 

ブラフ・シューペリア SS100。イギリスのオートバイ。バイク界のロールスロイスと名高いバイクだ。といってもこれが作られたのは個性が世界に広まる前のことなので、この美しさがわかるのはひと握りしかいないんだけど。世界で約383台、当時でもオークションで1000万の値がついたっていうんだから現代ではプレミアがついて───考えるのはやめよう。

ともかく、この時代で使うには少々難しいので、サポート科のパワーローダー先生にちょっとした調整を頼んで…………少なくとも見た目はそのままだった。どうしたかまでは詳しく聞いてない。怖くて。

馬力は数倍に上がっている。

 

そのままバイクを吹かして、片足をステップに乗せる。

 

「か〜〜〜〜っこいいバイク〜〜!!! え〜〜〜今度乗せてよ先生っっ!!!」

「…ええん? 俺の運転技術ワイスピ譲りやけど」

「あっ、やっぱいいです」

「ふは、よく言われるわ」

 

人差し指と中指を揃えて振って、ギアを上げてアクセルを捻った。

目指すのは山岳ゾーンである。

 

 

ヴィランというのは姑息な癖に頭が回る。土砂ゾーンから山岳ゾーンに移動する最中、数人のヴィランが襲ってこようとしたので遠慮なく轢いた。

真正面から吹っ飛ばし、後輪だけで走りつつ前輪でぶっ飛ばし、たまには車体ごと突っ込む。そうやって蹴散らしつつ───ヴィランは体が丈夫なのでこの程度じゃ死なない───山岳ゾーンについた時には全てが終わっていた。

 

「…先生っ!!」

「先生!! うわぁバイクカッコイイ…!!」

「ウェーーイ…」

 

「八百万、耳郎、上鳴、無事…!!! よく頑張ったな…」

 

少しボロボロながらも笑顔で駆け寄ってくる三人に、アントマンはほっとしてハンドルに数秒身を預けた。

これで5人、あと15人。13号の元にいた人影はヴィランを除いて6人。彼らは無事ではないが、どこにいるかはわかっている。あと9人…!

 

先程の命令を受けて集まっていた蟻達を左手でタッチ。10匹ほどの羽アリと、30匹ほどの働きアリ達がそのまま大型犬の大きさまで巨大化する。

 

「あら、なんというか…」

「キモイね!」「うぇーい…」

「酷ない女子? あとさっきから上鳴なんなん? あほ?

とりあえず働きアリ5匹お前らに付けるから、これの案内に従って出入口目指して。さっきまでおったところな。俺はこのまま火災ゾーン行く」

 

それぞれに了承の返事をした三人が───上鳴は最後まで変だった───蟻達に付き添われながら駆けていく。

それを見届けて、アントマンはおもむろに地面に手を置いた。ここかな、ここかな、と探るように触っている。

 

やがてなにか気になったのか、少しひび割れて盛り上がった岩の一部を数回叩き────にっこりと微笑み崩れた土くれの中からヴィランを引っ張り出した。

 

「……!」

「こーんにーちはっ」

 

襟首を掴まれて青ざめるヴィランと、にっこりと笑顔の仮面を貼り付けたアントマンが数瞬見つめ合う。まあマスクしてるのであちらからは見えないんだけど。

それは恐怖によるものか、それとも無謀な勇ましさによるものか。下半身はまだ埋まったまま右手を振りかぶるヴィランに、アントマンはパッと襟首を離し────そのまま腹に雑な蹴りを打ち込んだ。

 

気絶したヴィランを見下ろし一言。

 

「よし! 次ッッッ!!!」

 

 

「ミツケタ トウカイ ニ キンパツ(爆豪) アカガミ(切島)

「あの要注意生徒共同じ場所に飛ばされとったんか!! どんな感じ? ピンチ?」

「ヨユウ キュウエン イラナサソウ」

 

Bluetoothイヤホンから聞こえてくるリアルタイムの状況に歯噛みしてアクセルを捻って加速する。

 

「スイナン ニ ミドリ(緑谷) カエル(蛙吹) ブドウ(峰田) アリ ピンチ ナシ ダガ チカクニ シュカイ アリ」

 

「ボウフウ カラス(常闇) ドウブツ(口田) レーザー(青山)

 

「カサイ ニ シッポ(尾白) コグンフントウ」

 

働きアリ達が教えてくれた情報で、残り9人の居場所を把握。生きてはいる。良かった、本当に。心からほっとする。

暴風ゾーンにはそのまま羽アリ5匹を向かわせた。残り5匹は自分の横に付ける。

 

「ジュウサンゴウ フショウ ピンチ」

 

「イレイザーヘッド フショウ ピンチ」

 

盛大に舌打ちしながら───向かってくるヴィランを轢き倒す。射撃系の個性のヴィランが異形化した肩の発射台から狙うが、右手で体をタッチ。バイクごと体長1.5cmと小さくなったアントマンはそのまま直進して加速した。

 

個性を使って小さくなると、世界は全く別のものに見える。

 

時間が止まって見える。

()()()()()()()()()()()()()

 

虫から見る世界ってこんなものかと、少し面白いのだ。

 

今は笑っている場合じゃあないんだけど。

 

「なっ…!! どこに…?!」

「ここやで節穴ァ!!!」

 

火炎砲が着弾し土煙が舞うが、アントマンには効かない。空中に飛んでいたそのままの勢いで、左手で元の大きさに戻る。

正直時間が惜しい。ひとりひとり相手していられないので、倒し方が雑になるのは許してほしい。そのまま車体ごと体当たりだ。数百キロの車体+アントマン自身の重さ、破壊力は身に帰ってきているので沁みるようにわかっていた。

 

「なっ…!! 消えたり現れたり不気味な…!!! 黒霧さんと同じくワープ系の…?!」

「ワープ系ではないんやけど、あのクソ野郎の名前“黒霧”言うんやな。アリガトー」

「ぎゃあああ!!!? 何だこの蟻!!!?」

 

遠距離から攻撃しようとしていたヴィランに羽アリが襲いかかる。キシキシと顎を鳴らす大型犬大の蟻はそれだけで不気味だ。もんどり打って倒れるヴィラン達にその倍以上の蟻が群がった。

 

学生の頃、個性を扱い始め最初にやったことは己の個性がなにができるのか、どこまでできるのかを知ることだ。

 

自分の体では1.5cmから20mの大きさまでサイズ可変が可能。ただし体力を著しく消費する。20mの大きさは20秒ほど保てない挙句に内臓に負荷がかかるのでほとんど使えない。

タイムラグはほとんどないが、自分以外のものを縮小化・巨大化するには2秒〜3秒のタイムラグがある。

小さくなる 小さくする ことで体積が変わるため、見た目相応に軽くはなるが、自らが世界に及ぼす影響は変わらない。わかりやすく単純に言うと1()7()8()c()m()()()()()()()()()()()1().()5()c()m()()()()()()()()()()=()なのだ。

ここが一番理解できなかった。運動方程式に反している。ニュートンに謝れ。

 

ここら辺は個性による物理法則のバグだ。

そうやって納得した。……目を逸らしたと言える。

 

体のサイズが変わったとしても、力の大きさは変わらない。

ここで問題が生じる。

 

銃の構造と原理を考えてみよう。

銃の撃針が弾薬の雷管を叩くと、雷管内部の火薬が燃焼し、薬莢内の火薬に引火して激しく燃焼する。火薬が燃焼を始めると発生した燃焼ガスにより内部圧力が高まり───弾頭が押し出されて銃身の中で加速し発射される。その速度は亜音速の毎秒340 m。

 

物理学的に銃火器とは、標的に最大限の破壊的エネルギーを、射手に最小限のエネルギーを伝達する機構だ。

 

ここでアントマンの話に戻る。

1.5cmの大きさで、成人男性の瞬発力と運動能力で飛び回る個性。悲しいかな、()()()()()()()()()()()()最小状態なら亜音速が出てしまうアントマンは、通常の人間の肉くらいなら銃弾のように貫けるようになってしまった。

ニュートンはそろそろ泣いていい。

 

だから調整が必要だった。つまり最速が出ている状態では、他人の血肉を貫く前に大きくなる必要がある。

アントマンの中のニュートンはもう咽び泣いている。もう無理だこの超人社会。

 

シッポ(尾白) キュウシュツ リダツ」

 

カラス(常闇) ドウブツ(口田) レーザー(青山) キュウシュツ リダツ」

 

キンパツ(爆豪) アカガミ(切島) コウハク() アンド トウメイ(葉隠) ト ゴウリュウ」

 

「ならあとは緑谷と蛙吹と峰田やんな…イレイザーの様子は…?」

 

「ヨクハナイ イソグベシ」

 

粗方ヴィランを蹴散らしたアントマンは、その方向に向けてハンドルを切る。

彼の背後には倒れ伏したヴィランたち。数が多いだけに面倒だったが、所詮は数だけだ。烏合の衆というやつだろう。

 

「……13号のところにいる生徒の名前は?」

 

エンジン(飯田) タコ(障子) サン(芦戸) テープ(瀬呂) サトウ(砂藤) オチャ(麗日)

 

「お前らネーミングセンス雑じゃない??」

 

エンジン(飯田) ガ コノバカラ リダツ キュウエン ヨブモヨウ」

 

妹の名前と、その報告に身が引き締まる思いだった。

アクセルを捻る。急発進したバイクは、タイヤをすり減らしながら加速した。

 

 

こんな一方的な暴力があるものか。

 

こんな一方的な理不尽があるものか。

 

少なくとも大半の生徒がそんなものはないと思っていた。

とある少女は「まだ現実味がない」と笑っていたし、今日ほとんどが“本物の自分に向けられる悪意”を知ったはずだ。

 

“未知なる物を恐怖するからこそ、みんな夢や幻想や戦争や平和や愛や憎しみなどを追いかけて、右往左往するのさ”とは英国のミュージシャン、ジョン・レノンの言葉だけれど。

 

「あ…アント先生…!」

 

人は地を這う生き物だ。手を伸ばしたって届かない空を見上げて、みっともなく足掻いて、飛べたもののいれば墜ちたものもいる。ただそれだけの話。

 

「いきなり出てきて人を足蹴って…ヒーローの風上にもおけないなァ…」

「いやぁいきなり出てきて人の生徒襲い始めるのも人間としてどうかと思うで?」

 

蛙吹の顔に伸ばされた掌は、およそ数センチで止まっている。相変わらずニコニコと笑顔を絶やさない副担任は、ヴィランの肩を脚で押している。お互いの力が拮抗しているからか小刻みに震えていた。

 

「もう逃げるん? もう少し遊んでいこうや。俺まだピンピンしてるんやけど」

「終わりの見えたゲームはやらない主義だ。脚を退かせよ、蟻男(ありおとこ)…!」

「ええ、嫌や。もうちょっと! ヴィランくんの、ちょっといいとこ見てみたい! なーんちゃって…

 

まあおふざけはここまでにして、俺相当キてんねん。付き合ってやおにーちゃん」

 

羽アリが三人の生徒の襟首を噛み、引っ張って離脱していく。

これでもう気兼ねがない。しっかり、たっぷりと、雄英に喧嘩売った報いをその身に刻み込んでやるよ…!!! とどこか三下のような思考を持て余しながらアントマンは左手をレッグバッグに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 




映画を見直してよく分からなかった部分は個人解釈で穴埋め。多分ピム粒子がね…すごいんですよ…たぶん…

手近な武器があったら使うタイプなので普段からタンクローリーぶっとばしてる訳では無いです。災害時のための備品的な……レッグバッグにはその他にも大型バスとか食料品やら生理用品を積んだ車とかを小さくして入れてるんじゃないかな。

DCと言えば明日? 今日だったかな? ジョーカー公開ですね〜〜!!! その元カノハイパークレイジーガールハーレイ・クインも単独作おめでとうー!!! 2019年の前半はMARVELの年だったが後半はDCの年。



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text14:恋しさと切なさと心強さと

あれだけ大口叩いて本当に申し訳ないのだが、“脳無”とヴィランに呼ばれた黒衣の脳丸出しの巨躯の相手は難しいかもしれない。

 

あれ、なんかこれ、うん? なんか、強くない??(震え声)

 

さっきのブラフってことにしといてくれないかな。こう全力で嫌がらせ────足止めするからさ。元々そっちのほうが得意だし。

 

「(打撃は効かない)」

 

大ぶりのボディーを縮小化して避けながらそのままの勢いで脳天に回転かかと落とし。特に効いた様子はなく、そのまま脚を掴まれかけたので後退した。

 

「(人体の急所への攻撃、反応無し)」

 

顎、鳩尾、股間、弁慶の泣き所。

それぞれ蹴り叩き込んだがダメ。

動じている様子無し。

 

「(切り傷───血っぽいものは出るもののすぐ塞がってる…?)」

 

サバイバルナイフで腕の靭帯を深く傷つけてみる。赤黒い液体が出たが、サバイバルナイフのほうが負けた。刃の半ばでボッキリと折れたので、そのままの流れで掌仮面のヴィランに投げる。

黒靄のヴィラン───確か黒霧に止められたものの、悪意はたっぷり乗せている。

 

「(頚椎、ダメ。折れない)」

 

元のサイズに戻ったアントマンを握り潰そうと思ったのか伸ばされた腕に縮小化して乗る。そのまま黒い腕の上を駆けて元のサイズに戻り、脳剥き出しの頭を引っ掴んで首に膝蹴り。手応えナシ、自分の膝が痛いだけだ。

 

「(ただ速いだけ、技は大ぶり、避けれないわけじゃない…最小(おれ)なら絶対に避けられる)」

 

思考は冷静に、身体は熱く。

掌仮面と黒霧は呑気に観戦中だ。気を配ってないわけがないが、こちらに意識を割けれるっていうのはありがたい。舐められているということなんだろうが、アントマンは世間体を気にしないタイプだ。

 

「(うーん、なんやろ。なんの個性かな、切り傷治したとこみると治癒系とか…? でもこの丈夫さは…)」

 

ああ、やばい。

舌がムズムズする。

なにか話したくてたまらない。

 

「(あーーこれなんなんやろ。一切反応無いし人間とは思えないんやけど…センパイ、は今難しそうやしなあ…)」

 

自分じゃ膂力が足りない。

このまま時間稼ぎをすることはできるが、倒し切ることは不可能だ。マスクの中で眉をしかめる。考えながら肋骨の下、人体の中では柔らかめの部分に2本目のナイフを突き立てるが──お、ちょっと沈んだ───!!

 

「(つまり打撃には強いが切り傷には弱い…!! なんの個性だコイツ…!!!?)」

 

一撃離脱。先程負わせた傷がみるみるうちに回復しているのを見て、少し呆れた。人体の急所はそのまま。1.5cm大のアントマンのことはほとんど見えていない。いることはわかっているようだがその攻撃は闇雲だ。それでも注意が必要だが……

ならば─────

 

「(細い針かなんかを臓器周辺に突き刺して、そのまま大きくしたら死にはしなさそうだけど足止めにはなる…?)」

 

この治癒能力、幾分か雑そうだ。破れた衣服からチラチラ覗く皮膚が引き攣っている。貫かれた武器そのまま巻き込んで治癒してくれると動きが鈍るだろうし、大変ありがたいのだが。

 

イレイザーは蟻達が運び出してくれていた。

生きているのは、蟻達が心音から判断してくれていたので知っている。園内外の情報は逐一リアルタイムで耳に入ってきている。

 

「……よし!!」

 

未だ無傷だが度重なる個性使用によって体力はすり減り続けている。

 

元のサイズに戻って、ひとつ息を吸う。

 

「(めっっっちゃ嫌がらせしたろ!!!!)」

 

 

◆◆◆

 

 

レッグバッグからお目当てを手繰り寄せる。

元のサイズに戻ったアントマンに気づいた脳無が右大ぶりのボディー。当たったら肋骨折れるどころじゃすまないな……と冷や汗を垂らしながら一瞬だけ縮小化して避け、脳無の真横に着地する。

生身で武器もなにも持たないままヒグマの前に立ちはだかる気分だ。震えが止まらなくて、ひどく興奮する。アドレナリンはどばっどば。頭の中真っ白。死の危険が身に迫ると人は笑うんだ。今にも高笑いしそうなのを必死に堪える。

 

そのまま空いた脇に予備のインダストリアルピアスを突き刺して────左手で触った。

 

突き刺したのは脇の下。人間で言うと脾臓の位置。左脇腹にある造血とリンパの器官。ここから出血すると割とマジでやばいので良い子の皆さんはここを狙わないようにな! 普通のヴィランは死ぬ。

そのままピアスは長く太く、巨大化していく。恐らくあるだろう心臓に到達、肺を貫き、太い動脈が通っている脇を通過し上腕を突き破った。

 

「?!」

 

大きな目をギョロつかせる脳無。胴体と腕を貫かれれば上手く動かせない。これで右腕は封じた。

 

「ええピアスやろ? かっこいいわあ、もう一個開けたるさかい、おとなしゅうしとって」

 

ピアスって人体に付けるものだから結構丈夫だ。特にここ最近のはあらゆるニーズに対応しているため素晴らしい耐久性を誇っている。

 

抜こうと思っても無理だ。治癒力が邪魔をする。死にそうになったら一番心臓と脾臓(やばいところ)再生するだろうし、金属製の()()()()()()()()()()()して治癒されちゃったんだろうなあ。

 

なんてくすくす笑っていると、残っている左腕で叩き潰そうと単調な振り下ろし。

「おーこわ」と言っているものの、くるりと回って避けてみせる。

 

「ええ、オキャクサマ。痛かったですか? そりゃあ開け始めって痛い言いますし、そんなに怒らなくてもぉ…」

 

何故か今転生前のあのデビルチック天使の顔が浮かんだ。いやもう27.8年経っているので顔はもう朧気だが。なんでだろう、口調がそれっぽいからかな。ものすごくムカつく。

 

「やっぱり左右対称じゃないとちょーっとダサいいうか、気持ち悪いと思うんですわ。だから右脇腹もがんばりまひょ? めちゃくちゃ痛いと思うけど…どひゃあ!」

 

一方的なキャット&マウスゲームはもう終わり。これぞ窮鼠猫を噛むというやつだ。右腕が使えず胴に縫い付けられているので体重移動が覚束無い。自分の一振りで体が振り回されているのを見るのは滑稽だ。

────そして次第に焦りの見える掌ヴィランも。

 

「(これ自体に意思はないんだろうなあ…右脇腹を守る様子がない。筋肉だけの木偶人形…ってところやなぁ、リーダー(うえ)がこんなのじゃなきゃもっとやれたで脳無くん。あ、脳無しだから脳無なんか。めっちゃ脳あるけどな、あるって言うか見える…………)」

 

もう見境が無くなってきたのか、鉤爪のように開いた掌での薙ぎ払いがマスクスレスレに紙一重。当たったら首が飛んでいってグロいやつだ。遅れて来る風圧にゾクリと背骨が戦慄く。

 

ちらりと入口を見れば、生徒達がこちらを見ている。マスクがあってよかった。

瞳孔かっぴらいてるのでこの顔は見せられない。

 

「───あら、今になってお助け?」

「このまま黙って見ているわけにも行かないでしょう?」

「二対一はスポーツマンシップ的な意味でもあれじゃない?」

ヴィラン(わたし)にそれいいます?」

「あんたと気()合いそうやわ」

 

背後に闇が広がる。

正面からは迫ってくる脳無。

 

逃げ場がないな、どうしよう?

 

「(まあええわ、マスクは買い直そう)」

 

成人男性(センパイ)の腕を容易く折った掌が眼前に迫った時───できるだけ首を仰け反らせた。

鋭い音を立てて飛ぶヘルメットマスクの残骸、生徒の悲鳴、破片で傷ついた眉間から垂れる血───!!!

 

「なんという幸運…!!!」

「まあ安全装置で取れるようになってるわな、ということであらよっと!!!」

 

黒霧に向けてレザーバックから取り出したなにか───()()()()()()()()()…!!!───を左手で投げた。バランスボール大になって飛んでいく飴に怯んだ黒霧から抜け出し、脳無の前に躍り出る。

 

ただひとつ、頭に置いてはあったが体が対応できない───!!! 飴ちゃんとか投げているうちに脳無はもう二手目に移っていた。

着地点を予測されている。小さくなって時間を稼いでも無駄だ。黒霧が加勢に出てきているので、先程よりも不利な状態で戦うことになる。ここでやるしかない……!!!

 

巨大な手の掌底がアントマンに迫る。

痛いんだろうなあ、と。それだけを思って、左手にピアスを摘んだ。

 

「…………!!!!」

「ぃっづ…?!?!?! …………!!!」

 

無防備になった腹に指を立てられた掌底が打ち込まれる。

 

 

薄い皮膚と脂肪を突き破って───退かない。

 

 

太い指が腹筋をこじ開ける───退かない。

 

 

脳無の親指と人差し指が左右の肋骨を砕く───退くものか!!!

 

 

右手で脳無の左腕を掴んで自分の体を固定する。喉奥から血が溢れる───胃に……!!!

 

 

 

 

 

「─────お兄ちゃん…!!!!」

 

不思議だ。

今まで何も聞こえなかったのに。

 

 

その声だけは耳に届くんやなあ。

 

声だけでわかる。

泣かせてしまっている。

悔しさとか自分への怒りとか諸々の感情でこっちも泣き出しそうだ。

 

最後の気力を振り絞って、伸ばした手で人間でいう広背筋にピアスを突き刺した。広背筋を抜け、肝臓と胃に穴を開け、そのまま体外へ突き抜けて────アントマンへ向けて突き出された二の腕を貫いた。

生理的反応だろうか────脳無の左腕の指がビクリと震え握られる。体の中が掻き回される感覚にアントマンは声にならない悲鳴をあげようとして……、それすらも堪えた。

 

ダメだ、耐えろ、逃げるな、退くな…!!!

 

「ああ、やっぱさ、左右対称じゃないと、かっこ悪いで……暴れるから歪になっても、たやん…」

「……!! この…!!」

 

ピアスと筋肉が癒着する。

もう腕を振り回せないのを確認して、アントマンは脳無の体を蹴って離れる。貫いた指が外れた腹からはとめどなく血が流れているが、必死に立ち上がる。喉から血と胃液が混じった内容物がせり上がってきて吐き捨てた。

 

固定された脳無の姿はまるで磔だ。

我ながら可哀想。こんな死に方絶対ヤだ。

 

「どうや、まだやる? か〜〜っこいい盾さんもう使えんで? ゲーム感覚で攻め込んだみたいやけど、ここは現実やしコンテニューもできんのやって。いや〜〜最近の子供のゲーム脳って深刻なんやな〜〜〜…!!!」

「ペラペラ喋る割に今にも死にそうじゃんか…!!!」

「ええ? そう見える? マジ?

───まあそれでもお仲間いっぱいでイキってるクソガキ仕留めるのには充分やと思うで?」

 

や、こうは言ってるもののやばい。

正直フラッフラ。掌ヴィランの個性なんだろう。相性いいといいな……発動に限定があるものだといいんだけど。縮小化して避けられるから。黒霧とかイレイザーみたいに発動がノータイムだったり条件達成が容易かったりするとキツイよね。やばい痛い無理。

 

息をするのも辛い。痛みのショックで体が震えているがそれを隠すために鼻息が荒くなっている。

 

ボタボタと血が溢れては落ちていく。胃液の酸で喉が焼ける。

 

「“お兄ちゃん”、か。妹がいるのか?」

「見たら殺す。視線を向けるな。こっちをまっすぐ見て手は頭の上に。跪け、クソガキ。もう勝ち目はないってわかっとるやろ?」

「シスコンってやつかよ…怖いな…。でもお前は殺せる」

 

アントマンに影が覆う。

 

「脳無にはまだ足があるぜ?」

 

「────先生!!!!!!」

「やめてぇ!!!!!!」

 

死ぬ間際になると走馬灯が見えるって本当だったんだな、って場違いなことを思っていた。

巨大な脚がアントマンに迫る。もう指を動かす気力もない。スローモーションのようにゆっくりな世界で、ただ脳無の足の裏を眺めているだけだ。

あ、やだなあ。最期に見る景色がこれって嫌だ。まあ人生こんなものだ。お茶子が見たい、と思ったものの、妹に死にゆく兄と目があった経験はさせたくない。どうか、目を逸らしていてほしい。

 

前世は死ぬ瞬間っていうのを知らなかったし貴重な経験だ。もしかしてあのデビルチック天使にまた会うんだろうか? いや会いたくないわあ、二度と会いたくない。デビルチック天使と言えばちゃんと猫のことやってくれたんかな。好きなものは猫可愛がりしてしまうから(猫だけに)、ずっと、12歳の時から気にかけている。あの2匹、嫉妬深いから、今世では猫と縁がなかった。帰りがけに野良猫と遭遇しただけでへそを曲げる猫、可哀想、俺が。

 

平気だ、怖くない。大丈夫、もうすぐで他の教師が助けに──────

 

 

 

ゆっくり瞼を閉じようとしたその瞬間、脳無が真横に吹っ飛んで行って「……?」と頭にはてなマークが浮かぶ。

 

「もう大丈夫…!!!」

「…?? ? ……???」

「私が来た!!!!」

「……?????」

 

「「「オールマイトぉ!!!」」」

 

風圧でアントマンも尻もちを着く。

ぼんやりと働かない頭で、その姿を見上げた。

 

「あ、こんにちはオールマイトさん…随分と遅い登場で……もう授業終わるで……?」

「ナイスファイトだアントくん…!! ここからは私に任せたまえ…!!!」

「胃、胃が()たい…!!!」

「えっ寒…!!! 割と元気そうだね…?」

「無理です、死にます」

 

尻もちをついた衝撃で正直意識が飛びそうだった。いや飛ばしたい。死にそうだから飛ばしたい。しかもさっきから考えていた洒落寒いって言われて泣きそう。泣いていいかな。意識飛ばへんかなさっさと…

 

いや、せめて、迷惑が、かからない、ところに…

 

「どっけ邪魔だ!!!」

 

爆発音がする。

もう眼球を動かすほどの体力もないので予測だが、たぶん要注意生徒の片割れだろう。あ、もう一方の声がした。

何しとんねん。

 

お馬鹿な生徒やな、はよォ逃げればええのに。

 

キシキシと耳元で音がした。歩兵として放った働きアリだ。

脚が数本欠けている。触覚が半ばで切れていた。頑張ったんやな、と頭を撫でて、腕に力をかけて蟻の上に乗る。

 

「まァ、それも、ヒーローの資質かな……」

 

瞼が重い。

起きれる(いきとる)かなこれ、と。意識を投げ出した。

 

 



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text15:夢の中でも現実を見る

「腹と胃の穴はできるだけ塞いだ!!! このまま近くの集中治療室(ICU)へ!!! イレイザーヘッドは?!」

 

「腕の骨折と、頭蓋骨の骨折…!! 頭部からの出血が酷いです!!!」

 

「こっち持ってきな!!! 頭部だけ治してそのまま病院へ!!! 13号!!!」

 

「僕は大丈夫です…!! 先に先輩と茶ノ丸くんを…!!!」

 

「うるさいね黙って体を出す!!!」

 

飯田が引き連れてきた雄英の教師達が来てくれて、ヴィラン達が去って、数分後。

現場の騒々しさに生徒達は身が竦む。リカバリーガールが先生達に檄を飛ばす。囲まれているのは自分たちの担任と副担任だ。

 

───アントマン、出血が酷いです!!!

 

───胃に穴二つ、腹に穴五つ…! 第10肋骨、粉砕骨折……!!!

 

───意識レベル低下…!!! 聞こえる茶ノ丸くん!! 聞こえるなら手を握って…!!

 

ただそんな声が遠く、遠く、お茶子の耳にも届いていた。

体が震える。冷や汗が垂れる。指先が冷えている。たくさんの大人に囲まれた中、脱力した足だけが見えた。

小刻みに、先程まで、心臓マッサージを受けていた彼はAEDでのショックで……とにかく、峠は越えたらしいことを聞いた。

 

心臓マッサージをした。AEDを使った。つまり、それは、数秒の間心臓が止まっていたということだ。呼吸が浅くなる。自分の心臓部分に手を当てて握り込む。遠くからサイレンが聞こえた。嫌な音だ。はやく、はやくきて。こうやって命は取りこぼされていくのだ、と感じる。たった数分、たった数秒の違いで命の灯火が消える。これが現場だ。これが現実だ。日本では、救急車の到着まで平均約8.6分。

 

「────麗日お茶子、さん?」

「………ッ!!」

 

突然声をかけられて、お茶子はなかば悲鳴のように声を上げた。

へたりと座り込んだままだったので見上げると、黒髪の女性の先生が微笑んでいる。

 

「こんにちは、私はミッドナイト。落ち着いて聞ける?」

「…」

 

彼女の右手の指先には、赤い血がこべりついている。どうしてもその色に拭いきれぬ“死”というイメージがせり上がってきて、ふるふると小刻みに首を振った。確か、この先生は、先程まで茶ノ丸の横で声をかけ続けていた先生だ。

綺麗な左手が、温かい白い指が、お茶子の髪や頬を安心させるように撫でた。優しい声で「大丈夫、大丈夫」と言い続けてくれる。

 

「もうすぐ救急車が来るわ。近くの大学病院に搬送される。今は心臓も動いてるし呼吸もしてるけど、いつ容態が急変するかわからない」

「いや、いやや、おにい…!!」

「うん、だから一緒に救急車に乗って同行しましょう。私と一緒に」

 

そのまま抱きしめられるような形になり、お茶子はミッドナイトの肩に目元を埋めた。ぽんぽんと片腕だが、彼女の手が背を優しく叩いてくれる。

少しだけ、落ち着いた。

 

「お、おい。ミッドナイト…さすがに…!」

「うるさいわねマイク。(この子)が呼びかければ茶ノ丸くんはたとえ三途の川の向こうまで行っちゃってたとしても爆速で泳いで帰ってくるわ」

「な、なるほど…?」

 

そんな会話をしているうちに、救急車が到着。

ミッドナイトに付き添われて救急車に乗ると、呼吸器を付けられた兄がそこで眠っていた。救急隊員が何やら作業をしている。

 

「手、握ってあげて」

「…」

 

顔は血の気を失っていた。瞼は固く閉じている。応急処置を終えたものの、割かれた赤黒いヒーロースーツは、負傷の跡をひしひしと伝えていた。ぴっ、ぴっ、と心音を刻むモニターだけが、彼が生きていることを教えてくれる。

 

そっと冷たい手を握る。いつも覆っている白手袋がないため、晒された手は意外も無骨だ。ピアノをやっていたから、兄が家にいた頃は────手が綺麗だったように記憶している。大きな手は細かなものから大きなものまで、傷だらけで固い。この手でどれだけの人を守ってきたんだろう……と思うと、胸がいっぱいになって思わず額に押し当てた。守ってくれた、私達を。

 

ただ、あの時。「────お兄ちゃん!!!」と叫んだあの時、腹を脳無に鷲掴みにされて、唇の端を血で濡らしながらも、その呼び掛けに応えてくれた。一瞬だけこちらに目を向けて笑ってくれた兄の姿が目に焼き付いている。

 

じわじわと感情が溢れてきて、涙となってこぼれた。やっと心が体に追いついたんだろう。大粒のそれは、兄が眠るストレッチャーの布を濡らしていった。

 

「おにい…ッ、ちゃのにい…!! う…うぇ…ッ、うう…う゛〜〜…」

「……」

 

イレイザーヘッドも13号も、そしてアントマンも。あの場で紛うことなきヒーローだった。眩しいほどに、鮮烈に。その輝かしさの裏に、これがある。

 

救急車はサイレンを鳴らしながら、動き出した。

 

 

◆◆◆

 

 

「さ………る、さの────茶ノ丸!!!」

「……………………はえ?」

 

がくり、と身を横たえた衝撃で目が覚めた。

起きてみるとそこは、、、“実家”だった。L字型のソファに横になる茶ノ丸を誰かが揺り起こしている。

ぼんやりと霞む視界でよく見てみると、母だ。

 

「なに寝とるん……もう夕ご飯やで? お休みやから〜って寝すぎとちゃう?」

「あ〜〜…? うん? あれ? おおう?」

「寝ぼけとるな…はよ手を洗ってきなさい」

 

ズキンと、首が痛んだ。

確かヴィランに────脳無にヘルメットマスクを吹っ飛ばされて、少なからず衝撃を受けていたのだろう。当時はアドレナリンがドバドバで痛みはなかったのかも。

 

それより────

 

ソファから起きあがると、母はキッチンに向かっていた。ダイニングテーブルにはたくさんの魚介と酢飯と海苔、手巻き寿司だ。大好き。椅子には父が座っている。

大型のテレビからは関西のローカルテレビ、芸人がトリオ漫才で湧かせていた。リビングは温かみのある光で溢れていた。

 

あ、これ、()()

新聞を眺めている父の姿を眺めて、そう痛感する。息が浅く、遠く、痛いほど───

 

「おにい?」

「…!!」

 

そう声をかけられて、びくりと身を震わせた。視線を向けると、今よりも少し幼いお茶子がきょとんと首を傾げている。可愛い。違うわ。自分はこの時期のお茶子は知らない。だいたい、14〜くらいだろうか? 身長が少し低い。可愛いな…。

 

夢だと気づいた瞬間に、緩やかに世界は止まっていった。鮮やかな幸せの色は消え去り、灰色に塗りつぶされる。

そんな夢の名残りがやはり惜しくて、消える前にお茶子に触れようとして───やめた。

 

「───やはり、お前の夢は面白みがない。そんなに普遍的な幸せが嫌いか?」

「全体的に作りが雑なんですわ。なんで親が老けてないのにお茶子は成長しとんねん」

「ふむ、なるほど。そこか。次からは善処しよう」

 

母と父、そしてお茶子が蜃気楼のように消えていって、残ったのは茶ノ丸と───長身の女性だけだ。

 

パステル系の紫色の影の女性だ。

朧気な姿で煙が人型を保っているよう。

 

学生時代から懇意にしてくれている博士がいると、この前言ったと思う。メールの返信がめちゃくちゃ早い人、それが彼女だ。

人呼んで“()()()()()()”。

 

「人の記憶引っ張りだして勝手に夢作らんといてくださいよ…心臓に悪い…」

「いいじゃないか、幸せだろう?」

「いくら幸せな夢だろうと、それが偽物やって気づいた瞬間に虚しくなるやろ」

「だがこれはお前の記憶にあるものから作ったものだ。偽物ではない」

 

微かに見える形の良い唇から耳聞こえのいい言葉ばかりが吐き出されて、少し苛立った。そういうことじゃない、過去にあった()()()()()()()()()()()を見せられることこそどれだけ残酷なことなのか彼女にはわからない。

 

ズキン、と痛み始めた腹に眉をしかめる。

 

「俺死んだ?」

「死んでいない。今ICUのようだがな…だから入れなかった」

「だから夢に…って強引過ぎひん? ICUか…なんやろ、心肺停止でもしたかな…」

 

痛み続ける腹と首をさする。

自分の勘では胃に穴が空いた気がする。いや比喩ではなく。それのせいかなあなんて思っていると、盛大な溜め息が響く。

 

「お前はここぞという時にダメなタイプの無茶をするな…」

「なんやダメなタイプの無茶て。無茶せんとこういう仕事はやってけんやろ」

「……」

 

紫色の影がこころなしか呆れているように見える。

呆れるのはこっちのほうだと、舌を突き出した。

 

「で、なんの用ですか?」

「お前、今日の夜来れるって言ったのに来なかったろう」

「あ、すいまっせん。ちなみにどんな理由で…?」

「新しい蟻だ。新種を作ったからな。あと装備品の開発と……」

「自由行動できるようなったら見に行きます」

「よろしい」

 

ふう、と息を吐いた。

パステル色の煙が吐き出される。くすくすと笑った彼女は、ひらひらと手を振った。

 

「さて、では待っている。夢は醒めるものだ、さっさと目覚めて回復しろ」

「はいはーい、覚めます。起きます〜」

 

パステルヴァイオレットにもやがかる。

茶ノ丸はいつものように目を閉じた。

 

 

「………………いっっってぇ〜」

 

ズキンと腹が痛んで、それで目を覚ました。

最悪。右手で布団と服を捲って、患部を確認した。やべえ、めちゃくちゃ縫ってある。

部屋は個室のようだ。ベッドサイドのモニターがピッピッと静かな部屋に細かな電子音が鳴る。窓の外からは朝焼けの薄明かりが微かに差していた。

 

「今何時…?」

「そうねだいたいね〜」

「………古」

 

痛む腹に耐えて、そっと起きあがる。

左手が何かに掴まれていて動かせない。目を向けると───お茶子だった。彼女が茶ノ丸の手を握って眠っている。モニターが著しく反応した。

 

「今五時よ茶ノ丸くん」

「香山先輩…次の日ですか?」

「そうね、今日は臨時休校」

「でしょーねー…」

 

あ、なら休んでればいいや。と再度枕に頭を乗せた。

ベット脇の椅子に座っていたミッドナイトにあの後のことを聞けば、無事生徒達は教師に保護。掌ヴィランと黒霧以外のヴィランは捕縛。生徒達は両足骨折の緑谷以外は軽傷が多数だった。

───ともかく、安心した。

 

「先輩と13号は?」

「13号さんは背中から上腕にかけての裂傷が酷いけど、命に別状はなし。相澤くんは───両腕粉砕骨折、顔面骨折。幸い脳へのダメージはないみたい……でも、眼窩底骨が粉々で……目に何かしらの後遺症が残るかもって」

「そう…」

 

どうにもやりきれない気持ちを抱いて、右手をぎゅっと握った。

よりにもよって目を……!!

 

「それで麗日茶ノ丸」

「…はい?」

「第10肋骨粉砕骨折、第9肋骨にヒビ。胃体部に穴二つ。腹に穴五つ! 一時心肺停止で本当…! 本当…! あなたは!!!」

「輸血した?」

「したわよ、当たり前でしょう」

「えーーもう献血行けへんやん」

「馬鹿野郎!!!」

 

早朝五時の病室とは思えないほど賑やかな会話である。未だ倦怠感の残る身体で身動ぎする。この感覚は覚えがあるので、おそらくリカバリーガールがどこかを治してくれたんだろう。復帰したらお礼言わないと…と頭を掻いた。

 

「…妹の前で瀕死になるんじゃないわよ」

「うん」

「泣いてたわよ?」

「知ってる」

 

繋がれている手はほのかに温かくて、指の腹で妹の手を撫でる。なるほど。土手っ腹に穴が五つ、そのうち二つが胃に穴を開け、肋骨が粉砕。まあ最悪それプラス背骨もイってるかなって予想してたので、安心した。死にそうにはなったが死んではないので大丈夫である。

 

「…他に体の違和感は?」

「香山先輩なんだかお母さんみたい」

「体の違和感は?」

「…首が痛い」

「蟻達の記録映像で見たわ。マスク吹っ飛ばされたときね? まったく…無茶しかしないんだから…時間が来たら検査をしてもらいましょう」

「お母さんありがとうっ!!」

 

頬に手を添えてにっこりと笑ってみせると、なんとも言えない表情を浮かべるミッドナイト。しばらく睨み合ったあと、彼女は盛大な溜め息を吐いた。

あれ、デジャブ。

 

「検査時間まで眠る?」

「うん、そうやね、寝とこかな…とは言っても痛みで寝れなさそ────あっなるほどちょっと待ってまだ心の準備とかが…!!!」

 

ミッドナイトの指が茶ノ丸の鼻の下を撫でる。ふわりと薔薇のような香りがして、茶ノ丸の意識は遠のいた。

個性:『眠り香』。瞬殺である。

 




DCではダイアナちゃんとフラッシュくんがすき。
いやそもそも女性ヒーローが好き。ブラックウィドウもスカーレット・ウィッチもペッパーもキャプテンマーベルもドミノちゃんもミスティークもシュリちゃんもマンティスもオコエもガモーラもネビュラもエンシェントワンもネガソニックもヴァルキュリー(ブリュンヒルデ)ちゃんもみんなみんなかっこよくて好きです。

ダイアナちゃんはね〜、もうね〜、大好き(語彙力)
映画の単独作がありましてですね、おすすめなんですよ…「ワンダーウーマン」是非に。女性ヒーローの単独作ってどうしてもまだ少ないので…「キャプテンマーベル」もいい映画でした…! 2人とも激強お姉様なので…!
あとスティーブという名前の男はいつだってそういうことをする…!!!!

フラッシュくんは早く単独作出ないかなあ。加速系の能力っていいですよね〜…クイックシルバー(×2)とかも…飯田くんを上手く描写したい。

オリキャラの貴婦人さんを出しちゃいましたが、普通科ヒーロー科含めてあと6人くらい? のオリジナル生徒さん出そうかな…ってなってます。
貴婦人さんの容姿含めたプロフィールはまた今度


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text16:お見舞いの花は鉢ではなく切り花でオレンジや黄色の色が好ましいぞ花言葉も調べような!

翌朝目覚めたらミッドナイトは消えていた。恐らくは先日の事件の後処理だろう。当事者なのに参加できなくて誠に申し訳、とメールを送ると、さっさと治しなさい。とだけ返ってきた。まったくもってその通り。

 

首をCTで調べてみると、幸い筋肉の筋を痛めただけだった。強い回転がかかった負荷がかかるとすぐ外れるようになっていたマスクのため、痛むだけで済み首が撥ね飛ばなくて済んだ…と。医者からは幸運だと呆れられたのか褒められたのかよくわからない。ちなみに作者はパワーローダー先生だ。パワーローダーセンパイ様っ様だな…?! 今度何かしら奢りたい。

 

肋骨は正しくは第10肋骨粉砕骨折、第9肋骨にヒビ、あと第6〜第10を繋げている肋骨弓というところがことごとく犠牲になったと説明を受けた。泣きたい。

バストバンドを付けることになった。

胃はリカバリーガールが最優先で塞いでくれたおかげで元通りだが、機能的にはぶち開けられた穴のダメージが残っており、未だ弱っているので数日は点滴生活。そのあとは流動食ののちに元通りの食生活に戻れるとのこと。

 

さすがに茶ノ丸自身の体力的に、リカバリーガールは腹の傷を治すのは断念したようで、直されていたのは胃とズタズタになった腹筋。あとは病院で五つの穴を抜い合わせ、失った血液があまりに多かったため輸血。USJにいる時は一時心肺停止に陥り、本当に危なかったらしい。

───生徒達には悪いことをした。きっと怖かっただろうに。

 

「……」

「……」

 

一通り、医師から説明を受けて茶ノ丸は息を吸って吐こうとし───それすらも骨に響いて瞼を閉じた。痛い、めちゃくちゃ痛い、痛み止め増えないかな、と無言でついてくれている看護士さんを見るも、無言で首を振られた。辛い。

 

ちなみに車椅子に乗っている。リカバリーガールの治療のリターンも抜けないし、肋骨は痛いし腹も痛いし首も痛いので地獄。普通に歩けなかったのでこの処置だ。ちなみに押してくれているのはお茶子だ。まさに天国…!!!

ミッドナイトに眠らされたあと、起きたのはその4時間後。午前9時だ。目覚めて初めに見たのはお茶子の顔だったし、お茶子はずっと手を握ってくれていたらしい。目元は腫れていたし、目の下に隈ができていた。もしかしたら気絶するように寝たのかも───ベッド脇に座りうつ伏せになって寝ていたことからその可能性が高い。体調面とメンタル面が心配だった。

 

「……」

「……」

 

その後連絡で13号が回復。相澤が退院…………退院?!?!?!

えっっっっっっ、早くない?!?!?!

となり、メールを送ってみれば、リカバリーガールに頭の傷と眼窩底骨を治してもらったあと茶ノ丸とは別の病院に搬送、一通りの処置が午前中で終わったので退院したと相澤自身から返信が来た。あの人両腕粉砕骨折してたのではなかったか、どうやってメール文打ってるんだろう…と不思議に思っていれば、マイクから写真だけのメールが。相澤パイセン、全身包帯ぐるぐるでミイラ男みたい。ハロウィンはまだまだ先やで……? と送った。たぶん復帰したらアイアンクローである。

 

昨日眠っている間に知り合いのプロヒーロー達からお見舞い品が届いていたらしく、看護士さんに手渡された。

シンリンカムイ、マニュアル、ファットガム等の学生時代の同期から、仕事を数度共にしたことのあるインゲニウム、ミルコ、リューキュウ等。そして人生の大先輩達、ベストジーニスト先輩様やサーナイトアイ先輩様。 あと何故か……!! エンデヴァー先輩様から…!!! ど、どうして…?!

そして例のヘラヘラした速すぎる男とかなんとか言うやつからも来た、博多明太子だった。何故。

 

だいたい花や果物の詰め合わせが多い。お花はだいたい女性から。アレンジメントされた花を眺めながらスンスンと嗅いだ。オレンジや黄色の花々は白い病室をパッと明るくする。果物は男性からだ。しばらく食べられないから、日持ちのしないものはお茶子や相澤やミッドナイトにあげてしまおう。人生の先輩御三方の盛り合わせやばい、メロンとか入ってる。シャインマスカット大好き。しかも種無し、ひゃっほう! フルーツジュースやゼリーの詰め合わせもあったし、これは日持ちする。お礼を言って回るのは大変だが、こういうのは素直に嬉しい。エンデヴァー先輩は謎だが!!

 

「(まあエンデヴァー事務所名義になっとるし、あれかな。サイドキックの誰かが気を利かせてくれたんかな。嬉しいわあ、メロン)」

 

箱を開けてメロンの表皮を嗅げば、そこまで甘い匂いはしない。食べ頃はまだ先だ。よし、手元に残せるぞ…!!!

 

「………」

「………」

 

───うん、気まずいナーー。

 

諸々の連絡や確認を終え、手持ち無沙汰になって忙しなく指を動かした。現在午後。そろそろ事情聴取のため塚内警部と、3つの残りの怪我のうちひとつを治すためにリカバリーガールが来る予定だ。

看護士さんがいなくなったので、病室はとても静かだ。お茶子と茶ノ丸の間には嫌な沈黙が横たわっている。

4月ももう後半で、関東であるここの桜はもう散り始めている。関西だと見頃なのかな…と思いながら窓の外を眺めた。いや、現実逃避をするな茶ノ丸…!! なにか、なにか話せ…!!!

 

「……帰らなくてええの?」

「え?」

 

馬鹿野郎─────!!!

これだと“帰ってほしい”みたいな言い方じゃねえか!!! 言ってしまった言葉は取り戻せないので笑顔のまま固まる茶ノ丸、言葉の裏をしっかり読んでしまって困惑するお茶子。

 

「えっあっちゃう、ちゃうちゃう。帰ってほしいとかそういうんやなくて、えと。麗日サンも疲れとるやろし、さ…」

「……」

 

アホタレ────!!!

なんでここに誰もいないのに生徒扱いしてしまうんだろう。ニコニコと笑顔の体裁は保っているが、背中は冷や汗ダラダラである。助けてヒーロー!!! 主にコミュ力がある人!!!

 

「えと、や。その……」

「……」

 

わたわたと言いよどみながら身振り手振りをしていた茶ノ丸は、次第に手を布団の上に置いた。俯いてしまったお茶子と、ただひたすら冷や汗を流し続ける茶ノ丸に再度沈黙が訪れた。───先程よりも数倍気まずい。

 

「……アント先生」

「はい!!!」

 

そう呼ばれて、思わず返事をする。はの発音は限りなくひゃに近いものであったが、自分自身の名誉のために腹筋に力を入れた。あ、痛い。

 

「USJで、守ってくれてありがとうございました。みんなも、ありがとうって、言ってます」

「そ、そ、そ、そか〜」

「確か警察の人来るんですよね、お邪魔になりそうやし、私はここで…」

 

泣きそうな顔でにこりと笑って立ち上がろうとしたお茶子の腕を咄嗟に掴む。心臓をぎゅうと掴まれたような心地だ。急に動いたおかげて腹がめちゃくちゃ痛い。その痛みに眉を下げながら耐える(戦闘中ではないので情けない顔だがオッケー)。

 

「……もう行っちゃうん?」

「う、うん…だって邪魔になるかなって。警察の人来るんやろ?」

「邪魔にならへんならへん。お、お───お茶子も事情聴取受けてないんやろ? ここで受けれて一石二鳥やん。いときいとき」

 

落ち着け。どもるな。俺は完璧な兄、俺は完璧な兄……とニコニコ笑っていると、同じく眉を下げたお茶子からこんな言葉が。

 

「あとお母ちゃんに電話しないと…! おにいのことも言っておこうか?」

「……」

「…?」

 

───咄嗟に、お茶子の手の中にあったスマホを奪った。

いつの間にか奪われたスマホと、無表情になった兄の顔を交互に見ながら、お茶子は困惑する。見たことがない表情だ。あらゆる感情が抜け落ちたような、あらゆる仮面が剥ぎ取られたようなそれ。見たことがないと言っても、お茶子はそんなに茶ノ丸のことを知っているわけではないのだが。

 

「えと……おにい?」

「……オトンとオカンには俺から連絡しとくよ」

「えっでも、心配してる…」

「うん、そやね。でもさらに心配させたくない」

 

お茶子はスマホを取り返そうとするが、腕のリーチが違いすぎて届かない。

 

「俺から連絡したほうが心配もさせにくいし…な?」

「……うん」

 

ふんにゃりと笑ってみせる茶ノ丸に、お茶子は困惑しつつも頷いた。

病室のドアをノックする音が聞こえてきて、茶ノ丸はスマホを返した。返されたスマホを見ながら、お茶子は思い詰めた表情でそれを見下ろしている。




ガチで死にかけ茶ノ丸くん。

献血ってピアス開けて数ヶ月は行けないんですね…初めて知りました…!
シンリンカムイとマニュアルが確か28歳で、ファットガムが29歳だったはずなのですが、ファットガム28歳ということになってます…! 茶ノ丸くんとは同学年にしたい…!


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text17:夢見の貴婦人

 

 

「ええ…!! もう退院するんですか?!」

「ええ…だってもう歩けるし…」

「歩けるしって…あなた心臓止まったのでは…?!」

「ついでに呼吸も止まったらしいで?」

 

痛む腹は鎮痛剤で抑えている。

とりあえずお茶子はフルーツを持てるだけ持たせて帰している。塚内警部が来たタイミングだったので、警察の覆面パトカーに乗せてもらったそうだ。帰りを心配していたのでありがたい。

 

リカバリーガールにボッキボキになった肋骨弓を治していただき、彼女は来てそうそう帰った。痛みはかなり引いている。

 

「まあ、ともかく胃以外は元気やし。あと腹」

「はあ…なるほど」

「センパイが退院して復帰しとるのに後輩(おれ)が寝とる訳にもいかんやろ〜。もうすぐ体育祭やし、受け持ちの生徒達心配やし、明日から先生やるわ」

 

まあ起きれない程ではないし、歩けない程ではない。ヒーローとしての見栄、というやつだ。退院を渋る担当の医師を説き伏せ、首に包帯を巻き直し、数週間分の鎮痛剤を処方してもらった。

とりあえずフルーツや花は持ちきれないので輸送で送った。食べれるのが楽しみである。

 

「───さすがだなあ、雄英ヒーロー。あなた達のおかげで犠牲者も出なかった。ありがとうございます」

「いやいや、俺はただドンパチ殴ってただけやで」

「……タンクローリーぶっぱなすのは、少しやりすぎですよ」

「ふは、バレてら」

 

そういえばあのタンクローリー、パワーローダー先生が直してくれたらしい。だいぶ派手に落として燃やしていたが…。13号からはさっさと持って帰れとメールが来た。B組もレスキュー訓練をするが、そのための修繕作業をしたいのに邪魔らしい。「吸い込んでいい?」とメールが来たので、「それ俺の給料数ヶ月分」と返しておいた。数ヶ月分が消えるのはちょっと…。

パワーローダー先生からも「バイクで人に突っ込んだならさっさと持ってこい。」という趣旨の連絡が来たので、今日雄英に寄る予定。ちなみにバイクは脳無との戦いの前に縮めておいたので無事だ。

 

「警察側の捜査の内容は明日報告予定なのですが────」

「その話を病院(ここ)でするにもな。ええよ、気になるけど議事録見るわ」

「はい、では」

「じゃあなー塚内警部。送ってくれておおきに」

 

ハンドサインをして車を閉める。

茶ノ丸はさすがに今の状態ではバイクにも車にも乗れないため、塚内警部に送ってもらった。優しい。さすが市民の味方。

 

家の前で降ろされたものの、まだ家には帰らない。塚内の車を見送ったあと、茶ノ丸は道のりを歩き始める。

目的地は電車を乗り継いで、都内ではあるものの森や畑、田んぼが目立つ、いわゆる牧歌的な風景になっていた。そこからさらに郊外、タクシーに乗り辿り着いた森の入口で、タクシーの運転手は「本当にここでいいの?」という視線を茶ノ丸に向ける。いいんだよここで、こういうとこに住む人に会いに来たんだ。

 

森の中を道なりに進んで約3キロ。肋骨折っている人間に歩かせる道じゃねえ…! と恨めしくその屋敷を見上げた。

雑草などは一切生えていない、整えられた薔薇の庭。茨が屋敷の壁を伝い、近づくと吐き気を催しそうなほど濃い薔薇の香りがした。それほど茂っている。屋根にも伝う薔薇は、屋敷全体を覆い隠しまるで────眠り姫のお城のよう。

まあそれも、言い得て妙だ。ここいら近くの子供達には心霊スポットとして、「魔女の屋敷」とも呼ばれているらしい。こちらも言い得て妙。

 

一応形式としてノックする。ドアの鍵はいつでも空いているし、ノックしたって出ないんだから無駄なのでは? とはいつも思うものの、そういう()()()を大事にする人なのだ。面倒くさいけど。

 

ノックを3回、沈黙が10秒、よし入ろう。

ドアを開けたそこには、茶ノ丸にとってはいつもの、初めて入る人間には全く異質の光景が広がっていた。

 

()()()()()()()()()()()()

靴箱、観葉植物、来客用のスリッパ、時計、家族の写真等、玄関に置かれるだろうもの、その全てがない。全部ベッド。

正しくは玄関と隣接された円形のホールの中にそれまた行儀よく並べられた8つのベッドが鎮座している。

 

迷路のように曲がりくねったベッド(絶対要らねえ)、ジッパー付きのベッド(窒息しないのか)、宙に浮いたベッド(不安定そう)、固定型ベッド(寝返りできないのでは)、折りたたみ屋根付きベッド(これは欲しい)、ボートベッド(可愛い)、馬車の形を模したベッド(子供が好きそう)、宙に浮いたネストレスト(うん…)。

 

正直見慣れた光景なので、茶ノ丸はそのことごとくを無視した。ベッドメイキングはされている。白いシーツにはシワひとつないが、この屋敷の主人は果たしてこのベッド達で寝たことあるのか…。

あの出不精な人がこの屋敷を維持できるとは到底思えないし、その出不精からメイドが数人いるとは聞いていた。とは言っても会ったことはない。ここ12年ずっと通っているものの、気配すら知らない。

 

階段から2階に上がり、多くの部屋を通り過ぎたが(中にあるのは当然ベッドだ)、茶ノ丸は慣れた様子で屋敷の1番奥。ヴィクトリアン調の屋敷の中で一際立派な両開き扉を開け、一歩踏み出して────沈んだ。

 

何しろこの部屋、部屋全体がベッドなのである。床全体がベッド、低反発のトゥルースリープ。足を取られて転びかけながら、数多のクッションを掻き分け進む。この部屋には眠たくなりそうなクラシック音楽が流れ、漂う香りはリラクゼーションアロマだ。この部屋にいると瞼が重い。

もう数えることも億劫なほど散乱したクッションとタオルケット、動物の人形や毛布を超えて辿り着いたのはこれまたクッションの山。

人一人分の高さはあろうかという山の中から、白い脚が一本突き出ているのを確認し、茶ノ丸は盛大に舌打ちした。

 

───マジで四六時中寝とんの、なんとかならんのか。

 

「ミーーセーースーー、ミセス!! 起きぃ、おい、こら、バク!!!」

「……むにゃむにゃ、今いいところ〜〜」

「いいところやない!! どーせガキの頭の中入り込んで夢喰っとるんやろ、さっさと起きぃ。俺も忙しい!!!」

 

ほっそい足の足首を握り引っ張り出す。亀を甲羅から出すみたいだ。

ネグリジェ姿の女性が、まるで産まれたばかりの赤ん坊のように顔を顰める。温かく柔らかなクッションの胎内(なか)から、明るく寒い(部屋の温度は快適で適切な温度だ)室内(そと)に出たからだろう。ふざけるな起きろ。

 

夜の闇のような黒髪は長く美しい。踝にも届こうかというところなのに、軋みも枝毛もない。むしろさらさらでツヤツヤ、天使の輪が見える。白い肌は透き通るようで、肌荒れやシミひとつない。

顔は───年齢を感じさせないミステリアスな美しさとも言っておこうか。12年前から変わらない、貴婦人の微笑みを浮かべている。

 

まあ髪自体は日常生活に支障を来すレベルで伸びているがしっかり整えられているし、いつも見ても前髪は眉にかかるところで切りそろえられている。爪も伸びっぱなしではないので、誰かがやっているのだろう。誰かが。

 

「────おや、来たのか茶ノ丸。随分早いな…もう少しあとだと思っていたのだが」

「こんにちは、夢見の貴婦人(ミセス)。この後雄英戻らないといけないんで、さっさと…! さっさと終わらせましょうさあ早く! お運びします?」

「いや、いい。まったく、いきなり来ては人を叩き起すなんぞ失礼なやつめ…」

 

ずりずりと欠伸をしながら起き上がった貴婦人は、ネグリジェという格好のままだらだらと歩き出した。ベッドの部屋から出て、屋敷の地下へ。

ヴィクトリアンスタイルの屋敷からは想像もつかないほど、最先端の機材が置かれた空間がそこには広がっていた。それに複数のガラスケージには蟻塚が1個ずつ形成されている。大画面のモニターは何かしらの記録を刻んでいたし、ロボットアームが掃除をしていた。

 

「うん、たしか、ああ…蟻だな。新しい。遺伝子組み換えでちょっとカプリアビダス・メタリダランスという細菌とやってみてな。これが面白いんだ…毒性のある鉱物を食べ、分解し小さな金の糞をするんだ。面白いだろう?」

「はあ、まあ」

「うんうん、そうだろうそうだろう。それで、やってみた結果がコレだ」

 

夢見の貴婦人の本名は知らない。

12年前から、というか具代的に言うと茶ノ丸が雄英の体育祭で優勝した時から。お世話になっているが、彼女の素性はほとんど知らないのだ。

知ってるのはすっっげー頭のいい学者ということと、個性が「夢喰い」だということ、そして口癖が「眠い」ということだけだ。

 

彼女の細い指がコツコツとガラスケージを叩く。ガラスの奥の蟻塚の中には、鈍色の蟻達がうぞうぞと蠢いていた。

 

「つまり、金属を食べる蟻っていうことですか?」

「まあそれもあるが、本質は違う。今までの蟻は耐久性に欠けていたが───」

「あー金属を食うことで体が金属に…?」

Excellent(素晴らしい)!!」

 

キシキシと小さな鳴き声が聴こえる。ガチガチと鳴っているのは顎だ。体つきも立派で重そう。

 

「これ…」

「重そう、だろう? まあ機動力はないが耐久力はある。金兵というところだな」

「ふーん…」

 

蟻塚の中には凡そ50匹程。到底群れとは言えない数だが、遺伝子操作された蟻なので充分だ。10匹ほど試験管にとってレッグバッグに突っ込む。

 

「で、スーツはどうする、前のままで直すか?」

「変に装備付けると機動力落ちるんやろ?」

「そうだな。今のスーツが黄金律だ」

 

ズダボロになったスーツを掲げる。

原子物理学、量子物理学をおさめ、サポートアイテムの開発許可証(ライセンス)も持っている彼女だ。こういうのもちょちょいと直せる。

 

「まあだが、多少装備を足すくらいなら許容範囲だ。お前が努力すればいい話だし」

「えーーならビーム出し…」

「却下」

「全身ロボスーツ」

「多少って聞いてたか?」

 

そんなことを言いながらも、ビーム、ビームねえ…と設計図を書いてくれている。ぶつぶつと呟き始めて、茶ノ丸は手持ち無沙汰になって椅子に座った。机に散乱しているレポートを読む。

一応物理の先生なので、大学で習う範囲内なら物理学は理解出来る。でもまあ、こういうタイプの人が考えることって基本理解と納得は別だったりする。

 

「…こんなの研究して、“無駄”だって言われへんの?」

「うん? どうしてそう思う」

「物理なんて、“個性”が出てきて一番ダメージ食らった学問やん」

 

ペラペラと紙を振ると、穏やかな視線が放られて来た。

 

「───世界のルールは変わらないさ。こんな時代になっても変わらず林檎は地面に落ちるし、太陽の周りを巡る星々は美しい距離を保っている。ただそこに少しだけ、バグが増えただけ。お前のようにな」

「…夢喰い(バク)だけに?」

「ふふ」

 

設計図に書いたものをモニターに投写してロボットアーム達に作らせる。掌全体と腕半ばまで覆うアーマーのようなものだ。

前世で見た例のアレ───もう記憶も朧気なのだが───鉄のスーツの男が着ていたものに似ている気がする。掌の中央に「ここからなにか発射します」と言うようにあからさまな別素材が使われており、今から完成が楽しみだ。

今となっては、この“個性”でよかった。と思っているが。

───最小だからやれることって多いのだ。それが善いことでも、悪いことでも。

 

「…ミリの壁はまだ超える気にならないか?」

「…」

 

ああ、やはり呼ばれた理由はそれか。

黒と銀に塗装されていく篭手を見ながら、口を噤む。

───12年、彼女がやってきた研究だ。茶ノ丸がおっ死ぬ前に一度でも多くやりたいのだろう。自分の体を()()()()縮める個性を見つけるのには、また骨が折れる話だから。

 

キリキリと痛み出した胃を抑えて眉を顰める。ケガとは全然関係なさそうな痛みだった。

 

「…まだちょっと、怖いっす」

「そうか、ゆっくりでいい。ただ、うん……。いや、なんでもない」

 

ロボットアームから投げ渡されたスーツと篭手を持って、茶ノ丸はその場を後にする。

薔薇の庭は夕日に染まって殊更見事だ。

 

あ、篭手の説明聞くの忘れてた……と真顔になりつつ、茶ノ丸は行きと同じ道を歩くのだった。しんどい。

 

 

──────────────────────

 

夢見の貴婦人(ミセス)

もしくは夢喰い獏

 

所属:???

個性:夢喰い

誕生日:???(???)

身長:172cm

好きなもの:睡眠

 

伸びすぎているが整えられている見事な黒髪。伏せ目がちの黒目のミステリアス美女。年齢不詳。ただ外見は12年前から何も変わってない。

物理学者であり、いろいろといじくるのが好き。例えば遺伝子とか、装備品とか。

 

一日の大半(18~20時間)を睡眠に費やしている。世俗に疎く出不精、ダメな大人の典型。起きている時間はほとんど研究に費やすので、本当に人間的な生活ができていない。

個性は「夢喰い」。夢を作ったり食べたり閲覧したりする。子供の夢が大好物、氏いわく想像力が違うとか。どこかで悪夢を見ている子供がいたら(少し楽しんで)食べてあげたりしている愉快犯。

 




あと3話ぐらいしたら体育祭に移れるかな…?
先生側はやることいっぱいでたいへんだあ…!(書く側もおめ目ぐるぐる)

なんかこう、そういうやつに(名前が出てこない)、色がついたみたいで…! ありがとうございます! 感想などもしっかり読ませていただいてます! 誤字報告も本当にありがたいです…! 圧倒的…感謝…!


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text18:人が倒れていたらまず声掛けしような

『───まったく、呼吸が止まったって聞いてびっくりしたんだからな…』

「あ、ちなみに心臓も止まったで」

『そう…心臓も…………はあ?!』

 

電話口から聞こえてくる驚愕の声に、茶ノ丸は半笑いでうるさくなったそれを遠ざけた。電話の相手はインゲニウムだ。東京都内に事務所を構えるターボヒーローで───名前は飯田天晴。A組の委員長、飯田天哉くんのお兄ちゃん。茶ノ丸とは2歳違いの先輩で───あ、相澤&マイクと同じ歳だ。見えない。あの二人が老けてるのか天晴が若々しすぎるのかどっちだ───歳と離れた弟妹をもつことで気の合う友達だ。

 

「グレープジュースありがとー。美味しそやったわ。まだ飲んでないけど」

『産地直送だからな。胃に穴が空いた…ということは刺激物はまだ駄目なのか』

「んん? まあ、飲めんこともないと思うで。たぶん」

『…適当だなあ相変わらず』

 

インゲニウムとはよく仕事をした。特に4年ほど前に。やーーあの時は若かったなあ、茶ノ丸24歳だったし、相澤達は26歳だった。若い、相澤の小汚さは相変わらずだったけれど。

 

「なあなあ、それよりさ、体育祭のあと辺りに遊ぼーや。俺ん家で、マリカやろマリカ。水島(マニュアル)とか西谷(シンリンカムイ)とか呼んでさ〜〜なあなあ」

『マリカ? いいけど…そのメンバーだったら俺が勝つよ』

「ふざけんな俺のドラテク舐めんな」

『君クラッシュするじゃん』

 

砕かれた噴水の瓦礫を広い集める。自分が戦っていた場所には血の一滴のあともなかった。自分からこぼれたものの後処理を誰かに任せているのはしのびない。

 

『…天哉の様子は?』

「ええ子やで。あの子のおかげで助かったようなもんや。さすが飯田家、速いな」

『そうか…。うん、これからもよろしく。先生』

「おうよ!」

 

そう言い合って、電話を切る。

インゲニウムでお礼電話は最後だ。先輩方の事務所に緊張しまくりながらかけた最初のことを思うと涙が出てきてしまうな。出ないけど。

 

「アント、バイクの修理終わったぞ」

「あっはーい!! ありがとうございますパワーローダー先生」

「だいぶ歪んでたぞお前本当…いい加減にしろよ…」

「ウィッス」

 

 

物理教室に入って、一番窓側の机に座って落ちた陽の残り火を眺めた。青い、深い青、紫色の空。

街は騒がしさを失い、次第に家々の光が灯されていく。

 

───落ち着け、震えるな、大丈夫。

 

机に突っ伏して指先を見つめた。

白手袋を外して、小刻みに震える指を強く、強く握り込む。

ここ2年ずっとそうだ。自分がどこにいるのかわからなくなる。誰もいないたった一人きりの世界に落ちてきたよう。迷子になった気分だ。

 

「まあそれも、言い得て妙やなあ…」

 

少なくとも茶ノ丸には、自分の全ての常識や信じていた物事をことごとく吹っ飛ばされた経験が3回ある。転生前のあの天使と、お茶子と出会って前世の記憶が蘇ったとき、そして───二年前、少し無茶をしたときだ。

 

指先を見る。人間の体は原子で出来ている。手に持っているスマホ、今身を預けている机、眼下にある家。この世のありとあらゆるものは原子という小さな構成単位。哲学的に言うと世界の構成要素となる、単一不可分の微細なもの。

 

頭がおかしくなりそうな時は、こういうことをぐるぐる考えるようにしている。物事の仕組みを考える時は心は静かだ。瞬きごとに変わる不可思議な世界も、行き着いた果てのことも、頭から放り出せる。

 

「………shit(クソが)!!」

「口が悪いな」

 

そんなことを口走れば、そんな声が聞こえてくる。首をドアの方向に向けようとして───そういえば痛めていたんだったと悶えた。

気を取り直して体ごとそちらの方向に向けると、全身包帯だらけのミイラ男。こと、相澤が普段より怖い顔で茶ノ丸を見ていた。

 

「こんなトコで何してる……というか死にかけたくせに退院が早いな…」

「お互い様やろセンパイ。何しとったん?」

「諸連絡だよ…。明日の放課後、職員会議だそうだ。体育祭のことだな時期的に…」

「ウワーーー胃と腕がやばい二人組だからあんまキツイとこじゃないとええな…」

「いや、実況だの解説だのに振られたらそれはそれで悪夢だ」

 

鎮痛剤が切れたのがじくじくと痛み出した腹を抑えて笑った。4月もあともうわずか、体育祭まで2週間というところ。

毎年準備が大変である。

 

腕が大変そうなので、手をかそうかと善意と悪意ハーフハーフの手を差し伸べると、足を踏まれた。

満身創痍なのに酷い人である。お互い様だが。

 

 

「えーーーっと…ここからどうすんだ??」

「……………」

「知らないノコ、とりあえず心臓マッサージしとけノコ!」

「………そうすっか!!!」

 

「そうすっか!!! …じゃないわ!!! ちょ、おぉッ?!?! 待ッ、苦し……ッ、ミッドナイトぉ…!!」

 

「………はいはい負傷者役はちゃんと寝てなさいな、アント。

───鉄哲くんと小森さん、最初から心臓マッサージするって習ったかしら?」

 

臨時休校明けの次の日。

点滴スタンドをよろよろと引きずりながらB組のHRに参加。褒められたのか引かれたのかよくわからない反応を貰い、午後のヒーロー基礎学。

 

初っ端から鉄哲徹鐵の全力の心臓マッサージをお見舞いされた茶ノ丸は、胃ではなく胸を抑えて仰け反った。苦しい、辛い、ヒーロー基礎学ってこんなに教師が痛めつけられるほどキツイ科目だったか。

 

「鉄哲クン…!! 心臓マッサージは…!! せやな…!! 肋骨折れるくらいの力でやらんと意味ないのは正解やで…!! でもな鉄哲クン…!! 心臓動いとるんや俺…心臓動いとる人間に心臓マッサージすると…逆に心臓止まることもあるから…ちゃんと…確認…がくっ…」

「せ、先生ーーー!!!」「teacher(先生)!!!」

 

「茶番はいいから」

 

下の肋骨が折れたと思ったら、上の肋骨も折れそうになるの、だいぶ面白いらしく13号が笑っている。同学年のお友達だったから、茶ノ丸にはわかる。あれ絶対笑ってる。授業終わったらなんとかしよう。

 

B組のレスキュー訓練は、A組の時より教師は多い。オールマイト、ブラドキング、13号、ミッドナイト、外で待機しているスナイプとエクトプラズム、そしてアントマンだ。正直茶ノ丸はあまり役にたたないので、こうやってガチ負傷者が負傷者役やっているのだが…

 

「確か…周囲の確認?」

「そして?」

「…声掛け! ノコ!」

「正解〜!」

 

前途多難だ。

俺、授業終わる頃にはどれだけボロボロになっとるんやろ…と若干虚無の表情を浮かべつつ、茶ノ丸は諦めて目を閉じるのだった。




ミッドナイト先生「どんな怪我を負ってそう? 所見を述べて」

拳藤「胃を抑えているので胃が…」
塩崎「胃の…」
庄田「胃…」

アントマン先生「(死)」


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text19:猫だと思って飼ってた動物が成長したら虎になったような気持ち

 

 

その先生に初めて会ったのは、2年生2学期初めのこと。

いつも高いテンションをさらに跳ね上げた波動ねじれは、はしゃぎつつ通形ミリオと天喰環の手を引っ張った。目指すのは職員室。お目当ての教師がいるところ。前の時間と次の時間どの学年にも授業は入っていないはずなので、必ずいつもの定位置にいるはずだ。

 

「ちょっ、波動さん…!! そんないきなり行っても…!!」

「そうだよ、こういうのはちゃんとアポをとってだね…!!」

「いーのいーの!! いちいち怒る先生じゃないからっ!!」

 

そういうことじゃない…!! と今にも死にそうな顔で呟いたのは天喰だ。波動から「わ、すごーい。メンタルがノミみたい」と言い切られたダメージがまだ残っている。小心者、いや、朴訥な彼にとっては、波動にこうして引き摺られているこの状況も、いきなり初対面の教師に引き合わされるという今後も受け入れ難い。

よく言うと天真爛漫で好奇心旺盛、悪くいうと天然で移り気。そんな彼女が天喰の意見を聞くわけがなかった。女性に手荒なことはできず、連れられるがままの通形と天喰を──通形は春先の体育祭で起こしたある出来事のおかげで名前と顔が有名なので少し違うかもしれないが──3年の先輩や1年の後輩達が見て笑っている。

 

波動が職員室のドアを開けて「失礼しまーす」と伸び伸びと言った。何人かの教師が顔を上げて、波動の両手が引っ掴んでいる男ふたりを見て怪訝そうに眉をひそめる。

ずんずんと迷いなく、その場所に進んだ波動はこれまた元気よく叫んだ。

 

「アント先生ーー! おはよう〜〜! 起きて、ねえ起きて、朝だよ。お昼だよ。起きてよ、ねえねえねえ」

「………」

「ねえねえ、前言った子達。連れてきたよ? 起きてよ、ねえねえ」

 

波動がソファに寝転ぶ、というか寝ている先生を勢いよく揺する。寝心地が良さそうな柔らかい3人がけのソファに胎児のように身体を丸めて眠っていたその先生は、若干の呻き声を上げながら薄目を開けた。

 

猫っ毛というか、巻き毛というのか。癖のついた茶髪は寝癖も相まってクシャクシャになっている。耳にはたくさんのピアス。顔立ちは若い、20代半ばというところだろう。

教師には見えない、街中にいるイマドキの若者といった体の青年は、波動と目を合わせて3秒。堪忍して…と関西弁で抗議しながら、寝返りを打って枕に顔を押し付けた。

 

「ええ〜〜先生、起きてよ。ねえ、ねえ、」

「ねむい…」

「ちょっとーー!!」

 

───確か麗日茶ノ丸、先生。

物理教科の先生だ。1年生の入学式で、そう挨拶されていたのを覚えていた。通形も天喰も、1年次も2年前半も物理は選択していなかったのでその人となりは知らない。それでも印象に残っていたのは───廊下ですれ違うたび、彼の周りにはいつも笑顔で溢れていたからに他ならない。

 

枕で頭を防御し完全に寝に入る姿勢を見せる茶ノ丸先生に、波動はむぅ…と眉を寄せ、

 

「ちょっ!! 波動さん?!」

 

「ぐええ何……………なんなん波動やめぇーや…」

 

先生の上に馬乗りになって声をかけ始めた。これには通形と天喰もびっくり。職員室にいた他の教師もぎょっと目を剥いている。茶ノ丸先生は馬乗りなられながらも「終わった」「社会的死」「捕まる…」と寝起きのテンションの低さながらしっかり涙目になっていた。なかなかのカオスである。

 

ついに自分の髪の捻れた部分で茶ノ丸先生を攻撃し始めた波動に見かねたのか、ミッドナイト先生が彼女の脇に手を差し込んで抱き上げる。

 

「こら、波動さん? 何をやっているのかしら…?」

「アント先生起こしてました!」

「うん。ありがとう〜でもそういう事じゃないわ」

 

仰向けになり──もう目は覚めているようだ──涙目になる茶ノ丸先生にも「教師が生徒に鳴かされるんじゃないわよ」と若干ニュアンスがおかしい叱責をしながら、ミッドナイト先生は自分の席に戻って行った。

茶ノ丸先生はLEDの照明を眩しそうに見上げると、やっと身を起こす。細身で男性にしては華奢だが、しっかりと筋肉はついている。と通形はいつものクセで分析してしまうことに苦笑した。

整っている顔立ちを歪めて、一瞬窓の外に目を向け、最後に口をへの時にしながら波動を見やった。時にして3秒程。寝ているところを叩き起された茶ノ丸先生と、いつも通りの可愛らしい笑みで先生を見上げる波動。両者の見つめ合いは、波動に軍配があがったようだ。はァ、と茶ノ丸先生の口から痛切なため息が漏れる。同級生が申し訳ない。

 

「…なに? 波動」

「うふふ、あのね。一学期末の授業で、面白い子達いるって言ったよね? ほら、この子達! 連れてきたの、全裸とノミくん!!」

「ノミ………」「あ、天喰ーー!!」

 

一切の邪気は無い、100パーセントイノセンスな笑顔でそう言いきった波動に、思わぬ流れ弾を食らった天喰は丸まるようにしゃがみこんで地面にのの字を描き始めた。彼もさすがに言葉の刃は喰えない。

茶ノ丸先生は気だるげに頬杖をつきながら、白手袋に包まれた指で頬をとんとんと叩く。通形と天喰の顔を交互に見て、「ああ、体育祭の」と短く呟いた。

 

「そう! 全国生放送でポロリしちゃった子! 先生1年生担当だったのによく知ってるね?」

「いや、あれ普通に放送事故やから。あかんやつやから。教師は把握しとるで、うん」

 

そう波動と会話しながら、茶ノ丸先生は通形をじっと見ている。見つめられてわかるのは、この人波動と同じタイプの目で通形を見る人ということ。新種の生物を観察するような目だ。目の前の人物の全てを、解き明かそうとする目。

 

「で、 なんの用で来たん?」

「あ、そう! この子達、次の授業から物理に出られないかな〜って」

「えっ!!!」「えっっっ!!!」

 

波動の言葉に──節々から感じられる絶望度は違えど──驚愕の声を出した通形と天喰に、茶ノ丸先生は片眉を上げた。

ほーん、と、気の抜けた声も口から出ている。本気にはしていないようで天喰は内心ほっとした。今でも選択授業は慣れないのに、今から変わるとなると死んでしまう。

 

「生徒の如何は先生の自由なんでしょ先生。雄英は自由な校風がウリじゃん…ダメ?」

「いやダメ言うか…お前この子ら無理矢理連れてきとるじゃん。そういうのはさ、もっとさ、お互いに意見をすり合わせて…」

 

身を乗り出してくる波動をどうどうと手で抑えながら茶ノ丸先生はそう言った。むぅ、と眉をしかめた波動は無言で通形と天喰を突っついた。天喰はもう死にそうである、いやもう死んでるかも。

 

「はいはい、いじめるのやめーや波動。で、この2人のどっちが面白くて連れてきたん?」

「えーっとね、こちら通形ミリオさん! 天喰さんは反応が面白くて連れてきた!!」

「ナルホドー」

 

天喰が死んだ。

 

茶ノ丸先生は哀れさが滲む目線を2人に向けると、溜息をひとつついて自分の机を漁った。2年生ヒーロー科と書かれているファイルと、数枚の紙、そしてペンを持って戻ってくる。

 

「通形、個性は? 透過?」

「は、はい」

「どんなものでもすり抜けるん? …へえ、ウケる。すり抜けた先が地中とか水中だったらどうなんの?」

「弾かれます、なぜか」

「なぜか」

「はい」

「ほ〜〜ん…」

 

ウケる、とは口にするものの顔は一切笑っていない。多分口癖のようなものなんだろう。

 

「すり抜けた先にある何かしらと重なる個性じゃないんや。まあそうなると重なった部分はどこいった? ってなるもんな……これもバグやな、面白い」

「はあ…」

「速度は? 透過して地中に落ちたときの速度。体感でいいわ、重力加速度と一緒?」

 

丸い瞳がぱちくりと瞬きをする。通形は少し思い返して───頷いた。

ふーん、と鼻から声を出した茶ノ丸先生は白紙にペンで計算式を書き始めた。

 

「例えば……ボールを投げるとするやん。ニュートン力学では“いつ、なにが、どこに”あるかを知ることができればその時点を現在として、物体の未来を見事に言い当てることが出来るんやけど…

野球ボールを地面から45°の角度で投げたとき、投げたボールがどのような軌道を描くかはボールが手を離れた瞬間にはすべて決まってるんやで」

 

コイントスとか、確率的なものでもこれは応用できるよ。と茶ノ丸先生はコーヒーで唇を濡らして言った。

静かな目がこちらを見やる。思わず姿勢を正した。

 

「投げられたコインが表と裏、どちらに落ちるかは、いつから決まっていると思う?」

「? さっき言いましたよね? 投げられた時…」

「もっと前からやったら? そうやな、例えばコインを手に取った時。そこからもう未来は決まっているのかも」

 

その言葉に3人とも首を傾げる。総スカンだ。茶ノ丸先生は愉快そうに眉を上げて、「決定論やで」と言った。

 

「このように俺達の身の回りで起きる全ての出来事が過去、もしくは現在の出来事のみによって決定しているとする立場を決定論っていうんや。わかる?」

「えっと、それが、俺とどんな関係が?」

「これはお前の個性にも言えるやろ」

 

白手袋に包まれた細い指がとんとんと通形の胸を叩く。その言葉でさらに───頭から煙が出そうなほど混乱した通形は折れそうなほど首を傾げている。

 

「“手順”の個性ではなく、“法則”の個性。うん、ウケる。おもろいわ。弾かれる、ええなあ。ふふ、予測はしやすいがされやすいのも難点やけど…モノにできれば強くなるな…」

「???」

 

独り言のようにぶつぶつと呟く茶ノ丸先生に、通形の首は限界の悲鳴をあげていた。そろそろ鳴ってはいけない音が出そう。

目の前に座る生徒たちのそんな様子にやっと気づいたのか、茶ノ丸先生は気を取り直すように咳をひとつした。

 

「通形くんさあ、透過して解除して飛び出した時に、たまに失敗してふっとぶことあるでしょ」

「!! あります…!!! なんでわかったんですか?!」

「俺は身体やモノのサイズを変える個性。だいたい限度は今のところ1.5cmから20mまで。移動しながら178cmから1.5cmになり、また178cmに戻るっていう時に速度や重力、そういう要素がバグを起こしてクラッシュする…っていうのを学生時代俺もやったし」

 

まあ、お前の個性は中学物理で計算できるけどな。と式を書き上げて、しげしげと眺めて紙はそのまま通形に渡してきた。

 

「どうー? 通形面白いでしょっ!!!」

「うん、個性がゲームみたいで面白い。想像したらウケる」

 

アンニョイな表情のまま、茶ノ丸先生は前髪をかきあげた。重めの前髪から現れた目は榛摺を思わせる茶。理性の目だ、と通形は思う。樫の木のようにどっしりと。ゆっくりと成長できない代わりに、幹は硬く強くなる、そんな人だ。

 

「お前の個性、面白いなあ…“手順”で発動じゃなくて、“法則”で発動する。難しいし、怖かったやろ。でも使い方次第でメチャ強やん? 物理無効はヤバい」

「あ、いつもの感じになってきた」

 

ぱっと表情が急に華やかになる。今までかなり眠かったらしい。茶ノ丸先生の隣に座っていた波動が、ケラケラと笑った。

 

「まあ、どんな個性も使い方次第やし、使えば使うほど強力になっていくのはどんな個性でも一緒や。お前のその予測ができないデメリット、中学物理で無くせるで。コントロールはできとるっぽいし」

「えっっっ!!! 物理行きます!!!」

「やったーー!!!」「えっ……!!!」

 

天喰は死に体に蹴り入れられた心地だ。

喜ぶ波動と意気込みを顕にする通形の間に挟まれて2人の顔を交互に見つめる。ここから静かに逃げ出すことは可能だろうか、否。波動が逃がさない。

 

「あ、ついでにこの人も物理に移動で」

「波動さん…!!!?」

 

雄英はそこらへんも寛容だ。

まさに校風は自由。2年の2学期から選択を変えても許される。天喰に逃げ場はなかった。

 

「まあ、そこら辺は担任の先生に言うて。まあ今年2年は定員割れしてないし、多分OKやとは思うけど」

「ヤッター!!!」

 

沈んだ天喰、ガッツポーズを浮かべる波動、紙の計算式を見ながら面白い表情をしている通形…と三者三様の反応を見つつ、茶ノ丸は額を指でかいた。

 

その後無事物理に移り、ヒーロー仮免試験に受かった3人は、インターン先の事務所のことで茶ノ丸の胃を痛めることになるのだが、それはまた別のお話だ。

 

 

行動も、個性も、呼吸の間合いさえ知られていた。

肉薄する拳は避けられ、実体化した身に軽く触れられた───心臓の位置、これが実戦なら死んでいる。

 

「本気で打って、くださいよッ!!」

「ええ、だって俺怪我人やし。お前二週間後に体育祭やし、治るいうても怪我させるわけにはいかんやろ…」

 

自然な体重移動で仰け反り、顔面に向けられた拳を避ける。いや酷い、我が生徒ながら酷い。人の顔面に向けて拳を放つなんて───人の頭上にタンクローリー投げたり故意でバイクを突っ込ませている人間が決して言っていい言葉ではない気がするが。

 

「で、どうなん進捗は。サー・ナイトアイ先輩ンとこで煮詰めてきた?」

「先生とサーから計算と予測という概念をいただいて、自信はあります!!!」

 

右脇腹に向けられた鋭い蹴りを膝で受ける。明らかに腹の怪我狙いのそれに思わず笑って、左手に触れた蟻数匹を巨大化してけしかける。

───弱点をつくのはとてもいいことだ。こんな性根の男ならなおさらのこと。

 

蟻達は茶ノ丸の命令に従順だ。キシキシと見事なチームワークで中央、左右から攻め立てる噛み付き攻撃は当然ながら透過で避けられる。ぶつかるべきターゲットがいなくなった彼らは、混乱する思考の中お互いの体にぶつかって転がっていった。

 

地中に沈んで数秒。これから導き出される浮上予測地点と速度は───

 

「……!!! ぃだぁ?!」

「あいっかわらずカウンターには弱いやんな…天喰あたりはここらへん突っ込んでくるやろうし気をつけねや…」

 

浮上した通形の顔に、バランスボール大の硬い何かしらが直撃する。脳を揺らす衝撃に堪らず通形はノックダウン。鼻頭の痛みにのたうちまわる。

 

「今の…なに…」

「ミルキーはママの味〜〜」

「嘘でしょ…」

 

包装紙に包んだままだったので中身は無事である。右手で元に戻して寝転ぶ通形の口の中に放り込んだ。

 

「…どうしたん? なんか焦ってる?」

 

通形とは2年次2学期から、つまりは半年の付き合いだが、1ヶ月に1回の頻度でこういう試合、組手のようなものをしている。

茶ノ丸とばかりそういうことをすると変な癖がつくよ、とは毎回言っているのだが、「トリッキーな動きをするヴィランにも対応できるように」とは通形の談だ。

 

「…今年で最後、と思うとどうしても。今年こそは優勝して、サーの期待に応えたいので…」

「逸るのもわかるけど、通形は一番冷静でいないとあかんやつやろ。クールに、クールに、相澤先生レベルに〜〜…いや、あの人が増えると嫌やな…」

 

サー・ナイトアイが増えても嫌だが。心の中でも小声で言う。

半身を起こした通形に、水の入ったペットボトルを差し出した。

 

自分もペットボトルの蓋を開けながら───ビックスリーが決まるの、そういえばこの時期か…と思い浮かべる。

 

毎年3年の体育祭で上位に入った3人は、その年の“ビックスリー”と呼ばれる。一種の勲章のようなものだ。

だから3年の体育祭は盛り上がる。

 

「お前はいつも通りでいいよ。だって───」

「?」

 

その先の言葉は言わずに、笑いながら通形の頭を撫でた。

そろそろ生徒は学校から去る時間だ。さっさと帰さなければミッドナイトに怒られる……と青ざめつつ、茶ノ丸は通形を伴いロッカールームに戻るのだった。




蟻達「コノヤロー!」「クッテヤルー!」「ガオー!」
通形「(透過)」
蟻達「アーーレーー?!」「ドウシテー!!」「ブツカルー!!」
「「「ウワーーー!!!((ゴロゴロゴロ」」」


茶ノ丸くん「次回予告!!

やめて! ミッドナイトの鶴の一声で体育祭の実況解説になんて回されたら、両腕の怪我で他の仕事ができない相澤の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで相澤!あんたが今ここで倒れたら、茶ノ丸やマイクとの約束はどーーなっちゃうのーー? 逃げ道はまだ残ってる。ここを耐えれば、解説なんてやらずにすむんだから!

次回、「相澤、解説」。デュエルスタンb」
相澤センパイ「…」
茶ノ丸くん「あ(死)」


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text20:全部ヴィランが悪い

 

「じゃあ、3年担当はアントくん、13号さん、スナイプ先生、パワーローダー先生、ハウンドドッグ先生で」

 

ニコニコとそれはそれは美しい微笑みを浮かべるミッドナイトに、各々は頷いた。横の席で頭を抱える先輩もいるけれど、茶ノ丸はニコニコと無視をした。とばっちりが怖い。

相澤と茶ノ丸は普通に怪我人、会場見回りをさせるにしても審判を任すにしても、少し不安がある。ということで、相澤がマイクとともに1年生の実況解説。茶ノ丸がハウンドドッグ先生と3年生の実況解説と相成った。

 

喋るのは得意だしサボれ……ではない、腹の傷はまだ痛いので、ゆっくり座ってられるのは上々だ。とにかく相澤が解説なのが愉快でニコニコしている。記録映像はしっかり見よう。

 

「楽しみにしてますネ!! センパイっ!!」

「……」

「へっへーん手が使えないからアイアンクローできないやろ……痛っ!? 痛いッ!! ちょッ足ふまんといてや!!!」

 

だんだんだんと割と強めな足への攻撃に茶ノ丸は涙目になりながらも逃げ出した。悪意70パーセントの応援とはいえ大人気なくない…?

ちなみに茶ノ丸のもう一方の横の椅子には13号が座っており、これまた微笑ましそうにニコニコしていた。

 

役割的には茶ノ丸&ハウンド・ドッグ先生が実況解説、13号が審判、パワーローダー先生が舞台の修復と作成、スナイプ先生が警備責任者だ。ここに前年よりも5倍に増やされたプロヒーローが警備と見回りに参加してくれる。

 

ヴィランに侵入されて約2日。ここで雄英高校が体育祭開催に踏み切ったのはちゃんと理由がある。逆に開催することで雄英の危機管理体制が磐石だと示すらしい。それに対しての批判ももちろんあるが、批判があるということは注目度がそれだけ高いということ。巣立ちを控える3年生、実力を高めている2年生、そして受精卵たち1年生と、この機会を逃す訳にはいかない。

 

(クソ)共ごときで中止していい催しではない、が教師達の総意。まあ各ステージに教師はバラけているとは言え、強化された警備雇われヒーローの他にも、観戦目的で来ているプロヒーロー達もいる。その中で仕掛けてくる阿呆はいないだろう。

 

日本に於いてかつてのオリンピックに代わるとされるのが雄英高校体育祭。テレビ局が放送権を争い、日本国民が熱狂する祭典だ。

 

まあ茶ノ丸は個性を使わない競技、大好きだが。やるならバスケが好きで、観るならサッカーが好き。

 

「茶ノ丸くん」

「はいー?」

「これ、当日のプログラム予定。第2種目についてはパワーローダー先生と相談して、あなたの思うがままにしていいわ」

「えっ、ええの? やるよ? やるで?」

 

ミッドナイトの言葉に、パワーローダー先生と顔を見合わせながら眉を上げる。

 

「3年生の競技はもちろん、1年や2年よりも難易度高くなくちゃ。文字通りの()()で振い落しなさいな、できるでしょう?」

「まあ、パワーローダー先生おったらな。できるやろうけど…」

「くけけ、任せろ茶ノ丸。お前の嫌がらせ、思いついたまま言ってみろ。全部再現してやる」

「わーー頼もし」

 

なんなんだ地獄だの、嫌がらせだの。

人がいつもそういうことやってるみたいに!

 

まあそれはともかく、だいたいの打ち合わせは終わった。続々と退出していく教師達のなか、ミッドナイトと茶ノ丸だけ残る。

 

「…あの子、どうするのかしら」

「声響?」

「ええ…」

 

長机に頬杖をついて、ミッドナイトが息をつく。溜息というか、案じるような吐息だ。机の上で手を組んでいた茶ノ丸は指を動かす。

 

「一昨年も去年も、障害物競走時点で棄権してたんやっけ?」

「そうね。というか、学校行事に関しては基本そう。やっぱり4年前のことがあって、“人と関わること”を避けてる」

 

紫陽花色の少女のことを思う。夕焼け空の光の中で、髪の1本1本がその光を受けて輝いている。夢という繭に守られた、誰よりも美しくも残酷な声を持つ少女のことを。

 

「最後だし、楽しんでほしいという思いはあるわ。でも無理はしてほしくない。…矛盾かしら?」

「いいや、矛盾ではないやろ。無理をしない程度に楽しんでほしいわけやから」

 

声響あのねは───4年前、つまりは中学3年生の頃に起こした事件から身体も精神も、個性さえ不安定として雄英預かりになった生徒だ。たとえどんな事があっても教師のほぼ全員が元・現プロヒーローという環境なら、止めることができるだろうと。

 

「4年前だって、あの子が悪いわけじゃないわ。そうでしょう? 明確な影響があったんだって、決まったわけじゃ……」

「でも声響がどう感じるかはわかるやろ。あの子は優しい、他人を慮ってる。自分の個性が他人にどう影響を与えるかなんて、苦しいほどわかってる。時間やカウンセリングでゆっくり…って思っとったけど、難しいなあ…」

 

人間の数だけ苦しみがあって、個性の数だけ悩みがある。声響のような悩みや苦しみを持つ人間だってきっとこの世に何人もいるのだ。

 

「そうね、でも、うん。今年は楽しんでみたら? って言ってみるわ。私から」

「おン。よろしく」

 

ミッドナイトの指がツ…と机の上を撫でた。まるで赤ん坊の頬に触れるかのような優しい手つきで。

短く息を漏らしたミッドナイトも、会議室から出ていく。

 

さて、明日は数学の中間テスト出題問題のお手伝いと───そろそろ受け持ち部活の子達見に行くか、と遠目になる。

選択科目担当なのに忙しすぎでは?? もうちょっと分担してもらいたい。




今日はずっと家に籠って映画見たり本を読んだり音楽聴いたりして過ごしています。風が強くて音が怖い…! 皆様お気をつけを…!

今回は職員会議なので短め、次の話は学校ぽく部活動の話です。原作では部活動あるのかな? なさそう。
ビックスリーが雄英体育祭3年の上位3名から、というのはオリジナルです。原作でそういう描写はなかったはず…! あったらごめんなさい()
相澤先生のセリフ的に毎年3人ずついるっぽいので、おそらく体育祭かな…って書いてます。明確な実力の上位が出てくるのは体育祭だし…

通形くんは力学、波動ちゃんはそのまま波動、この二人はものすごく物理。通形くんの「予測しやすいがされやすい」というのは、彼の個性的に「落下時間や諸々の計算をすれば、浮上速度と浮上地点が計算によって割り出される(されてしまう)のでは?」というものです。インテリ系に弱い、それを鑑みると彼のインターン先がサー・ナイトアイって凄いな…堀越先生すごい…ってなります。

そういう物理学的なお話をして、しっかり計算して考えて使う個性だと、耳郎ちゃんすごく強そう。


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text21:口の悪さが洋画級

「ふははははッ!!! 打倒軽音部!!! 今年、今年こそはあの猛獣共に一泡噴かせてみせるわ!!! ハッハッハッハ…めェ〜〜〜〜!!!」

「文化祭まであと5ヶ月…!!! 半年を切ったわ…!!! 踵の蹄であの減らず口を蹴りあげてみせる…!!! めぇ〜〜〜っ!!!」

 

「…………や、とりあえず、体育祭に目を向けーや。お前ら」

 

音が体育館中に振動するほど大きい音楽が流れていて、茶ノ丸はスピーカーを眺めて溜息を吐く。目を離すとろくなことにならないタイプの生徒達のため、定期的に見に行くことにしている。顧問だし。

ダンス部、軽音部、文芸部、写真部が顧問として受け持っている部活動だ。いや、多いな…。軽音部がヒーロー科2年の生徒達、ダンス部が普通科2年の生徒達、写真部が経営科の生徒達、文芸部が全科の生徒がいる魔境。ちなみに部活動、という名目も彼らが勝手に名乗っているだけだ。そもそも雄英高校に部活動の枠はない。

 

「……めェ、いいんですよ。体育祭なんて、僕らはヒーローの世界一になるんじゃなくて、ダンスで世界一になるんですよ!!」

「そうよ、よく言ったわダーリン。こんなちっぽけな高坊のお祭りより、私たちは世界に名を馳せるの!」

「ああ、ハニー。僕の可愛いシープちゃん…! 僕は君のためなら狼にだって噛み付いてみせるよ…!」

「ああ、ダーリン。それはやめて、私の可愛いひと…! あなたのお髭があの野蛮なクソビ……じゃなかった聞かなかったことにして? あの野蛮な───クソ狼に食べられちゃうなんて嫌よ」

 

「おーい、これ俺いる? あとクソなんとかなんて汚い言葉使うのやめーや」

 

雄英高校2年普通科、崖下剛斗。個性:ヤギの男の子。くすんだ白髪から立派な鋭い角が生えている。口癖は「めェ」。純情で優しい。

雄英高校2年普通科、羊毛マトン。個性:ヒツジの女の子。ふわふわの白髪から立派なラセン角が生えている。口癖は「めぇ」。かなり口が悪い上に性格も……………。

 

それは置いておいて、2人はダンス部の部長と副部長だ。ダンスは小さな頃からやっていたらしく───日本国内の高校生のダンス大会で優勝できるレベルには上手い、らしい。ダンス部は10余名ほどいるが、振り付けもこの2人がしている。

茶ノ丸はクラブとかでしか踊ったことがないのでこういうのはどうも……部の皆には顧問でいてくれるだけでいいと言われるので、まあそんなものかと担当している。EDMってイイヨネ!

 

「やっぱり一番近くにいるヒーロー候補が、あのビッ……………5人ってことが問題だと思うんですよ。めぇ」

「……ああ、うん」

「私、日本のヒーローよりもアメリカのヒーローの方が好きです。カウレディとか、草食動物系にとっては憧れです…! 素敵…」

「………ほ〜〜ん?」

「………聞いてます? アント先生」

「羊毛って草食動物って言うよりは肉食っぽいけどな。あ、知っとる? 4000万頭の人喰い羊が襲ってくるホラー映画があってやな、名前が────」

 

ぶらっく すりーぷ と声に出そうとした瞬間、羊毛の横長の瞳孔が妙に据わっているように見えて茶ノ丸は口を閉じた。怖い。顔が笑っているのに目が笑ってない。てめぇそれ以上言うと角で突き刺すぞという無言の圧力を感じる。

 

羊毛マトンの台詞の節々から感じるだろうが、ダンス部と軽音部はクソほど仲が悪い。あ、クソって言っちゃった…。

 

雄英高校ヒーロー科2年の仲良し5人組で構成されるバンド「CANNIBAL ANIMAL」。そのこうもうちょっとなんとかしてくれと思うネーミングの通り、5人全員動物系、もちろん肉食獣の個性を持つ娘達だ。ハイイロオオカミ(vocal)、サーバルキャット(guitar)、カラフトフクロウ(guitar)、ホッキョクグマ(Drum)、アナコンダ(base)からなる。

対してダンス部はほぼ草食動物系の個性持ち。部長がヤギで、副部長がヒツジだ。

 

茶ノ丸にはよくわからないが、ライバル心というものがあるらしい。廊下で出会えば煽りあい、もう文字では書けないほど汚い言葉飛び交いまくり。もう17歳になるんだからそろそろ落ち着いてほしいな…。止めるのも一苦労である。

まあそんな生徒達でも可愛いのが教師心というものだ。たぶん。

 

まあ仲が悪いと言っても手を出している様子は見受けられないし、表立って罵り合うものの、少し心配になってお互いに話を聞けば悪い印象は抱いていないみたいなので、ダンスとか音楽とかそういうのを抜きにすれば仲良くなれるのかもしれない。無理そうだが。

 

「私たちね、先生」

「うん?」

「本当はヒーローになりたくて雄英に入ったけど落ちちゃって、普通科入ってね。すっごく悔しくて、すっごく妬んで、cannibal sheepになりそうだった時もあるよ…でもね、」

「あ、自覚はあったんやね。あっごめ続けて睨まんといて…」

 

雄英高校の普通科にはそういう子が多い。ヒーロー科に受験したものの諦めきれなくて、他の科を受けて入ってくる。一応他の科からヒーロー科に編入する制度はあるものの───数はかなり少ない。

 

羊毛はモコモコとする自身の髪を耳にかけて、横にいた崖下の手を握る。目を合わせて微笑み合う。頬に残る恋の色を冷まして、羊毛は顔を上げた。

 

「私、ダンスが好き。剛斗くんも好き。その気持ちは誰にも負けないわ。だからヒーローの副業でダンスをする人間にはどうしても負けたくないの」

「…うん」

「私、本気でダンスをしない人間は嫌い。遊びが一番嫌い。羊だって黙って狼に食べられちゃうわけじゃないわ、蛇の丸呑みだってへっちゃらよ。だからダンスで世界一になる。お金も名声もいらない、ただこのメンバーで踊っていたい。輝かしいステージの上で、幾千ものスポットライトに照らされて、観客達の歓声の中、踊っていたいの」

 

空を睨むようだった。可愛い見た目からは予想もつかないほど強い瞳。そういえば羊って突進がすごい。

 

「…これって進路相談?」

「そうよ、どうか笑わないで聞いてちょうだい。

───私留学したい。アメリカに、本場で。もっと自分を高めたい。もうパパやママには言ってあるの、応援してくれるって言ってくれた…“なにをしたってマトンのことを応援する”って」

「うん」

 

笑わないよ、笑うわけがない。

この飽和するヒーロー社会、どうしようもない挫折という泥の中から彼女は飛び立てたのだ。

ぎゅっと手と手を握り合う2人に、茶ノ丸は目を細める。

 

「崖下は? ついてくん?」

「……ええ、僕、彼女がいないとダメなので」

「そかそか。留学は長期? それとも短期? 在学中に行こうと思ってる?」

「今からでも行きたいわ。できるだけ長く、たくさんのことを吸収したいの」

「調べとくわ」

 

ダンス留学、校長あたりに相談してみるか…と思案する。とんとんと指で頬を叩く。先程から同じ曲をループしていたが、このタイミングで止まった。

 

一通り練習を終えたらしい。

確かこの曲は───母親に向けた曲だ。夢に向かう子供達が、母に心配しないでと願う曲。

 

「…この曲好き」

「踊ってみせようか? 先生、もう完璧だよ」

「本当? どうなんかなあ、俺目は肥えてるんやで。目は」

「へへ、先生がクラブで体を揺らしたことしかないってこと。僕ら知ってるんですから」

 

悪戯っぽく笑った顔に観念して手を挙げた。2人が楽しそうに駆け出していく。

軽快な前奏が流れ始めて、ダンス部の面々は踊り始めた。相変わらずキレッキレでメリハリがいい。まるで群体のような動きで、見応えがある。曲自体は知っていて、もう口ずさめるほどだったので、小声で歌いながら眺めた。

 

「ある日目が覚めて、“もっとできたのに”って思いたくないんだ」

 

「生き急ぎたい 振り返りたくない

だから僕らはここにいる」

 

煌めく汗と、楽しそうな表情に目を奪われて、茶ノ丸も無意識に体を揺らした。曲はサビに入り、ダンスの盛り上がりも最高潮だ。

 

「「「Mama,Mama,Mama.Yeah!!!」」」

 

歌詞に合わせて生徒達の口も動く。

跳ねて、飛んで、回って、歌う。心底楽しそうで、どうにもそれがとても美しく見えて、とても眩しくて。なんだか涙が出てきそうになる。歳かな…と上を見上げた。涙がこぼれないように、というやつだ。

 

「………」

 

胸が痛いな、と感じて胸を抑える。

曲とダンスが終わり、ダンス部の面々がこちらに駆け寄ってくる。それを笑顔で迎えながら、茶ノ丸は手を振った。

 

───太陽が昇る頃に、帰れそうもなかった。

 

 

 

 





ダメそうだったら書き直します…!

今回出てきた生徒ちゃんたち、私が生徒を描写する時に書き分けが苦手でモブに名前をつけてしまえ! と言った感じで書いてるのでそれほど出ないです。
バンドの子達のバンド名は「肉食動物」という意味もありますがどちらかと言うと「人喰い動物」という尖った意味。10年後あたりに死にたくなるやつですね。

(2019/10/13 01:08:06)
ダメそう!!!




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text22:Say Amen

紳士淑女の皆様、(Ladies and gents,) お待ちかねのお時間です(this is the moment you've waited for)!!!」

 

空は快晴、雲はナシ、風は微風、絶好の体育祭日和である。茶ノ丸はスタジアムの実況解説席でそう口上を述べながら腕を広げた。

スタジアムの客入りは───満杯だ。立ち見ももちろんいるが、今年は1年のほうもパンパンらしいというのを無線で聞いた。やはり先のUSJが影響しているんだろう。

 

未だ生徒入場用の扉は閉められている。茶ノ丸の合図によって開場されるそれを、少しドキドキしながら眺めて、茶ノ丸はマイクに向けて口を開いた。

 

「さあ、今年も始まるでー!!! 雄英高校体育祭、盛り上がる準備はできたー? トイレは行った? 神様にお祈りは? スタジアムの隅でガタガタ震えて熱狂する準備はOK?!」

 

「「「YEAH!!!!!!!!!」」」

 

「イイね!!! 観客達!!! そう、それだよ!!! ここは3年生会場やからな!!!

と、言うことで───実況は謎の物理の先生(おにーさん)こと俺と」

「グルル…(よろしく)」

「解説は生活指導担当のハウンドドッグ先生ー!!! お茶の間の皆さんもあんじょーよろしゅー!!!」

 

カメラに向かってキメ顔ウインク。割れんばかりの拍手と歓声に酔いしれそうになる。あ、これマイクの気持ちがちょっとわかるな…。

ある程度のコールアンドレスポンスや、会場内の諸注意なのが終わり、階下にいた先生達と目が合う。

3年生達の入場だ。

 

「さあまずは経営科から入っていくでー!!! 2年ちょっとを雄英で過ごして学んだその手腕、存分に奮ってほしい!!!

 

お次はサポート科!!! ご存知の通り、サポート科は自分が作ったサポート器具なら持ち込みOKやし、こっちの子も目を離せんわ〜!!!

バチバチと下克上を狙う普通科(※全てがそういう生徒とは限りません)!!! 普通科だからこそ知っている情報や戦術を駆使して戦ってネ!!!

 

最後に────ヒーロー科!!! ヒーローインターンだとかでお疲れでしょうが頑張ってね〜!!!

 

以上4科、総勢158名がシノギを削る年に一度の大バトル!!! 特に3年生は───雄英のトップ、ビックスリーがここで決まるでー!!! そこにも注目ヨロシク!!!」

 

「…ヒーロー科だけ労いでは? グルル」

「思いつかなかったんや…」

 

3年生が並び終わったのを確認し、見知った生徒達を見つけて口の端だけで微笑んだ。実況に偏りを見せる気はさらさらないが、慣れないことをしているので意外と緊張している。すごい、足に猫の字を書いて飲み込もうか?

 

「さーて審判は可愛い彼女!!! スペースヒーロー13号!!! 3年生は聞き飽きたかもしれへんけど、体育祭においての注意、しっかり聞くんやでー!!!」

 

会場の一部が13号に向けてラブコールを送っている。まあ彼女、災害救助活動で活躍しているヒーローで、コスチュームも可愛いので女性ファンも多い。それに律儀に振り返しているので黄色い歓声はさらに大きくなった。

 

「ええっと…では皆さんは聞き飽きていると思うので手短に……注意をひとつ、ふたつ、…みっつ」

「(増えた)」「(13号先生可愛い)」「(やっぱり増えた)」

 

諸注意を終え、選手宣誓───ちなみに天喰。遠目から見ても震えてて今にも死にそうで可哀想だった。彼の宣誓を聞こうと静かになったスタジアムの中で、茶ノ丸とは別の関西弁の笑い声が響く。

うん、そりゃ来とるわな。死にそう、あ、死んでる…南無…。

 

「それでは第1種目を始めましょう───とは言っても、第1種目は全学年共通なんですけどね。“障害物競走”です!!!」

 

◆◆◆

 

「(ど、ど、どうしよう〜…)」

 

声響あのねは、同級生達の後ろでビクリと体を震わせた。去年や一昨年だったら、この時点で棄権していたのだ。今年はミッドナイト先生が「楽しんでみたら?」と言っていたので、震える足ながら3年生の最後方にいる。つまり一番後ろでぼっち。

 

棄権していたため、全学年共通という種目もわからない。同じクラスの子の話を盗み聞いたところ、難易度が違うらしい。初めての参加で最高難易度とかなんて無理ゲー。インドア派なので太陽の光に不慣れだ。皐月の爽やかな陽の光でさえ眩しくて仕方がない。

 

どうしよう、どうしようか。

ぐるぐるとそれしか考えられない頭だ。実況席から聞き慣れた声が聴こえるのに安心する、ムカつきもするが。

 

同級生達はとても楽しそうで───いいなあ、と感じる。足を震わせる自分が情けない。自分の個性が恐ろしい。自分の個性を滞りなく使える、彼らが羨ましい。

ぎゅっと体操服を握った。思えばこれも、そんなに着たことがないのだ。体育とかはずっと保健室にいたから。

 

臆病な自分が嫌いだった。

 

嫌な個性だと私をなじる、みんなが嫌いだった。

 

自分の声が嫌いだった。

 

そんな全てがみんなみんな、嫌い。

 

「(後悔したくない…!)」

 

「(もう眩しい光を見て、惨めな気持ちになりたくない…!)」

 

「(私も誰かを照らす温かい光になりたい…)」

 

あの、月明かり(ヒーロー)のような。

 

太陽の光は眩しすぎてどうにも好きになれない。月明かりは好きよ。だって夜の闇を優しく照らしてくれるから。

 

13号先生がこちらを心配そうに(まあマスクを被っているのでよくわからないのだが)こちらを見てくれている。

大丈夫、楽しむの。やりたいことをやろう。やれることをやるの。走ろう、進もう。もう泣いて、悔やんで、蹲るのは、できるだけやめようって決めたじゃないか。

 

ぐっと空を睨みつけるように見上げる。ギラギラと鬱陶しい太陽め。

 

───月明かりと太陽の光は、元は同じ光なんやで。ととあるヒーローが言っていた。昼間を眩しく照らしていた光は、夜になると月明かりとなって夜の闇を照らすのだと。

世界はすごい。ものすごいバランスで保たれている。世界は原子が手と手を取り合ってできている。

 

淡い紫陽花の花弁の色をした瞳の色彩が、太陽の光によって煌めいた。スタジアムの観客席には多くの人々、テレビで見たことのあるようなプロヒーローもいる。

本当に、空は抜けるように青い。あの向こうに宇宙があって、夜に見るような星があるだなんて信じられない。

 

世界はキラキラしている。太陽の光でチカチカ、瞬いている。息を吸う、息を吐く。どんなに奇妙な世界でも、林檎は変わらず大地に落ちる───。

 

ピストルが鋭く音を立てた。

ざわざわと狭い通路から、同級生達が競いあって飛び出していく。

 

1歩踏み出そうとして────固まる。

やはりどうしても体は震えた。精神に体がついて行かない。

同級生達は全員先に進んでいて、声響の前に誰にもいない。まるで取り残されたよう。

 

本当に、情けない。

体が震える。喉が渇く。涙が出てくる。

 

競技開始を声高々に告げた教師が、戸惑うように口を閉じた。

その時────

 

「どうしたんだい?」

「…?!」

 

いつの間にか横に────ヒーロー科の男の子が立っていた。金髪で、筋骨隆々と逞しい。なのに顔はベビーフェイスで可愛らしいので、なんだか妙な感じだ。

確かこの人…、

 

「確か君、前のマスコミ騒ぎの時に俺が送ってった子だよね! 声響さん、だったっけ」

「……」

 

この人、ヒーロー科だ。体育祭では頑張らなければいけない人だ。なのにここでもたもたしていて大丈夫なんだろうか…? 先の方を走っている人の背はもう遠いのに。

 

喉から声は出ない。ルーズリーフもペンも手元にない。自分の意思を伝える手段がないので、声響は怪訝に首を傾げた。

 

未だスタートラインにいるヒーロー科の彼と、普通科の声響に観客達が気づいたのかざわめいた。一気に視線が突き刺さる感覚にぞわりと背筋が泡立つ。

 

青ざめて俯いた目の前の少女に、ヒーロー科の青年は───通形ミリオは、にっこりと微笑んで手を差し伸べた。

 

「一緒に行こうよ! 声響さん!」

「……?!?!」

 

 

「(ええええええええええええあわわわわわ?!?! 怖い速い辛い無理ッッッ!!! 降ろして置いていってお願い…………!!!)」

「いや〜〜半分くらいは抜いたかな?」

 

「おおっと〜〜?! ここでヒーロー科通形ミリオ!!! 普通科声響あのねを背負って爆走……!!! 一気に戦列に復帰〜〜〜!!!

こういうの許されるんですかハウンドドッグ先生!!!!!!!!!」

「許される、これも 戦術」

「許されま〜〜〜すッッ!!!」

 

マイクに向かってそう叫びながら、茶ノ丸は笑いだしたいのを必死に堪えた。

 

スタートラインで何かしらあったのだろう。一歩踏み出せずに怖気付いていた声響を心配した…のかはよくわからないが、ともかく共に行動することに決めたらしい。少女を抱えて背負った青年は、見るものを驚かせる俊足っぷりで他生徒達を追い上げていく。

スタートラインで行われたボーイミーツガールに───本人たちにその気は全くないだろうが───会場は微笑ましそうな雰囲気だ。

 

やめてさしあげろ観客達。声響はそれどころでは無い。

 

そもそも運動が得意ではないというか、する気がないというか。ここ2年体育にも参加していなかったらしいので、その虚弱っぷりはわかると思う。かなりのもやしちゃんだ。そういうタイプの娘が、ガッツリ体育会系。筋骨隆々の青年に抱えられるというショックはお察しである。背の上で揺すられる声響の顔がヤバイ。

 

「さあ全長400m走オツカレサマ雛ちゃん達!!! だいたいお察しかと思うけど次は───懐かしいなあ入試ン時の0Pロボ!!! それにちょーっとパワーローダー先生が魔改造……ンん!! ちょこーっと細工をしたもんや!! しっかり乗り越えて来ィ!!!」

「パワーローダーが改造したものがちょこっとで済むものなのだろうか…」

 

入試の時よりも少し小型化している。人間の外見に近いそのロボット群は、圧倒的数を以て3年生達になだれ込んだ。

フレアを搭載したロボット、投網で生徒を引きずり倒すロボット、水圧の強い水鉄砲で生徒を押し流すロボット………とちょっとした阿鼻叫喚だ。パワーローダー先生がダブルピースしている様が浮かぶ。

一体一体ずつ機能が微妙に違うロボット達が生徒に攻め込む様はちょっとしたホラーだ。これこそまさにエイジ・オブ・ウルトロン…!!! いやターミネーター? どっちかというとアイボーグか。

 

「むぅ…!! 邪魔…!!」

「数が多い…前に進めない…!!!」

 

生徒の5倍の数がいるロボットだ。波動は己の個性でロボットを歪め、天喰は己の手にアサリを再現して殴りつける。どちらもオイルを垂らして倒れ込んだが、次々とロボットは襲いかかってくるので焼け石に水だ。

 

「…ねえねえ天喰くん、ここは協力しない?」

「うん、そうだね波動さん。それは今考えて…いたところッ!!!」

 

ちょうど同じ場所にいた波動と天喰は、お互いの背を守り合うように攻撃をし始めた。

世界に影響を与える波のようなエネルギー衝撃波がその方向のロボット達を歪め捩じ切る、たこ足に変化した腕でロボット達を薙ぎ払う。

 

辺り一帯のロボットを屠り終わった2人は少し顔を見合わせて微笑み合うと、そのまま駆け出した。

 

「…ヒーローの基礎だな。咄嗟のチームアップができなければ、倒すものも倒せない」

「たまには基礎の反復もせんとあかんやろ。さてさて、速いコはもう突破したぞ〜? 後方はどうかな?」

 

ニヤニヤと頬杖をつきながら茶ノ丸は眼下を見やる。もちろん見ているのは普通科の少女とヒーロー科の青年の2人組。

ルミリオンくんが人一人抱えた状態でどうここを突破するのか楽しみだった。

 

 

 

 

 

────ジェットコースターに乗っているような気分だ。びゅんびゅんと景色がトんでいる。400m走っているはずなのにまったく息が切れていないこの通形ミリオ、どれだけ体力おばけなんだろう。

かなり飛んだり跳ねたりしているので揺れがひどい。気持ち悪い。目の前がクラクラしている。やばい。

 

「おおっと、もう始まっちゃってる。どうしようか!」

「(……………………………………………)」

 

なぜか声の出ない悲鳴しか出てないのに喉が痛い。声響から向けられる恨めしい視線には気づいていないのか能天気そうな明るい声で、通形はそう言う。

 

よろよろと視線をそちらに向ければ、開けた場所で人間VSロボットの戦争が───見間違いだ、うん。生徒1人に対してロボット5体の勢いで追いかけ回している。

追いかけ回されているのは普通科の生徒達が多数で、もうヒーロー科の方々はほとんど突破しているらしいことを知ると、声響は少し心配になって通形を見下ろす。

 

この人、さっさと私を置いて行けばいいのに。ここからでも棄権したい。

 

少しスピードを落として、思案するように黙り込んだ通形は、何かしら思いついたのか「よし」と声に出す。なんだか嫌な予感がする。

 

「ちょっと手荒になっちゃうけど……ごめんね。必ず助けるから」

「…………………?」

 

────────え?

 

通形は声響を横抱きに抱え直して爆走した。当然ロボット達は2人に気づき襲おうと群がってくる───ロボットの攻撃が2人の体を捉えようとしたその瞬間、通形は声響を上に放り投げた。

 

「………………………………?!?!?!?!?!」

 

「おおっと、通形?!?! ちょっとこれはレディの扱いについて補講やお前ーーーーー!!!」

 

関西弁の教師が焦る声が耳に遠く聴こえた。

 

声響の体重は軽い。身長も低い故、いつも小学生に間違えられる。通形にとっては投げやすいだろう。

 

一気に地上7mに放り出された声響は、斜方投射よろしく最到達点でつかの間の無重力感を味わったのちに物理法則に則り落ち始めた。

林檎は変わらず大地に落ちる。

 

「(────う)」

 

スローモーションになる世界で見たのは、落下地点で自分を待ち構えるロボットと、個性を扱いながら辺りのロボットを倒していく通形だ。

 

「───────う」

 

「うおわちょっと声響だいじょぶかお前──!!! あれ…?」

 

髪が後ろへ飛ぶ。

淡い紫色の髪が太陽の光に透けてキラキラ光っている。

 

太陽は嫌いだ。

喉が熱い。突っかかりを覚えるような感覚が邪魔で、鬱陶しくて、ぎゅっと目を瞑って叫ぶ。

 

「……うわああああああああああああぁぁぁ?!」

 

 

 

 

 



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text23:Fighting girl

「死んじゃえ」

 

なんて、本心じゃなかった。

当たり前だ。子供心に凝り固まった何かが、少し表に出ただけ。

 

中学校の帰り道、夕焼け小焼けの夏のこと。

些細な喧嘩だ。理由も思い出せないほど、本当に些細な。

少年は少し眉を寄せて、駆け出した。

 

まばたきのたびに、世界はゆっくりになっていくようだった。

信号がちかちかと点滅する。下を向いて必死に走る少年は、それに気づいていないようだった。

 

ダメだ、と叫ぶその前に、フロントガラスが割れる音と、車か急停止する鋭い音が響いた。

真夏のアスファルトに広がる赤い何かは鮮烈に、ガラスが落ちて割れる音は耳を突き刺すように。周囲の人間のざわめきと、遠くから響くサイレンの音。

 

ずっとずっとずっとずっと、それが耳から離れなくて───

 

「本心じゃ、ない………」

 

絞り出すようにして最後に言った言葉は、蝉の鳴き声に掻き消されて、真夏の空に消えていった。

 

◆◆◆

 

「う、わ、あ、あ、あ……!!!」

 

喉奥に詰まっていた何かが吹き飛んだようだった。ロボットまで凡そ3m、ガチガチと腕にハサミを付け加えられたロボットがこちらを見て笑っている。

 

何か話せ────いや、ダメ。

私の個性は無機物には効かない…!!!

 

「た、た、た、()()()()…」

 

4年ぶりのその声は情けないほど小さい。だがその声に伴う個性は正しく働いたようで、声響の声が届いた範囲内の生徒達が援護に来てくれる───いや、ちょっと待って。現在進行形で空中をくるくるしている自分を助けてほしかったのだが…!!!

 

「ごめんちょっと遅れた…!!!」

 

地面に叩きつけられる寸前だった声響を、通形がギリギリのところで助けてくれた……投げ飛ばした本人なので“助けてくれた”という表現はおかしいかもしれない。

 

「なんて───ひどい───私───!!!」

「ん? ああ、声初めて聞いた気がする。素敵な声だね」

「(…!!!)」

 

この人太陽タイプのヒーローだ。

鬱陶しいくらいに眩しい。キラキラと輝いていて、穢れってものを知らなさそう。あまりにも強い光なものだから、周りの影も霞むのだろう。

声響が苦手なタイプだ。何度も言うようだが声響が好きなのは月明かり。たとえそれが同じ光の反射でも、柔らかさが違う。

 

「さて、例年通りだと次は綱渡りなんだけど…アント先生とパワーローダー先生のタッグだからかかなり凶悪だ。どうなってるかなあ!!!」

「(待って!! これ難易度どれくらいなの…?!)」

「うん? うーーん…1年の頃がEASYで、2年の頃がNORMALだとして───今年はHARDを飛び越えてVERYHARDってとこかな!」

 

棄権する────!!! という声にならない言葉は、加速による強風でかき消された。

 

 

「〜〜〜!!! 〜〜〜ッッ!!!」

「大丈夫かアント……腹が、腹が痛いのか……?」

「そ、それもあるけど…ふふ、ふはッ、ダメ。無理、おもろすぎてダメ。なるほど……ここで出るのか声響〜〜〜今ミッドナイト先生に電話したら怒るかな?」

「確実に怒ると思うぞ…香山(ミッドナイト)は今1年の審判だろう」

 

笑うと腹の傷に響くからダメだ。2週間経つがまだ完治してない。笑いすぎて震える腹筋を抑えて仰け反る。ツラい、お腹痛い、でも笑いたい。

 

ゆっくりと心の傷は癒すべきだ、というのがミッドナイトととの意見だったが、多少の荒療治でもよかったらしい。目を細めて少女を見る。口は半開き、瞳には涙、手足は小動物のように縮こまっている。やっと少しだけ、出せるようになった声で何を言っているのかは大体わかる。

「ぁゎゎゎゎゎゎ!!!」、言葉になってないのでこの場合は叫ぶか。

 

「うん、うん、うん────ええことや、ちょっと個性使うてる。ええやん、使えるもんはなんでも使えばええよ。それがたとえ…!!! 仲間でも…!!!」

「……お前が受け持ってる生徒、容赦がなくて恐ろしい。“死なないからOK”みたいな思考は絶対教えるんじゃないぞグルルルル」

「お、怒らんといてやハウンドドッグ先生ぇ…! 別に俺はそないなの教えてないです」

「……お前が生徒の前でそんな戦い方をすると、生徒が見習ってしまうという話だ。現に通形ミリオの戦闘スタイルはお前と酷似───」

 

「あーーーーッッ!!! そろそろ先頭集団が綱渡りゾーンにーーーッッ!!!」

 

痛いところを突かれまくったので、慌ててマイクのスイッチを入れて叫んだ。横からじろりと鋭い視線が突き刺さるが、ある程度の無礼は許してくれる仲なので無視をする。

 

「はぁーい先頭集団の雛ちゃんたち〜! 言い忘れとったけど、この会場。()()()()()()で〜〜!!」

 

「「「………?!」」」

 

第2関門───谷と島にかけられた綱を渡るザ・フォール。それの攻略に取り掛かっていたなかの一部の生徒は、語尾にハートがつきそうな茶ノ丸の警告に顔を青くしてバッと顔を上げた。

 

「それ早く言って欲しかったなあアント先生…!!」

「嘘でしょさっさと行かないとつまり───!!!」

 

「HAHA!!」

 

根津校長、アウト。

それ以上はいけない。

 

ラスボス───とは言ってもまだ第2ゾーンだが───が出てくる前にさっさと突破してしまおうとする生徒たちの耳に届く、無情な笑い声。そんな恐怖の象徴に、全員の体が震えた。

 

ザ・フォールのすぐ側、なぜか放置された重機群。そのクレーンの中に我が雄英高校の校長。ネズミなのか、クマなのか、犬なのか。初見ではちょっと自分の頭と目を疑う見た目の────根津校長が紅茶の入ったカップを片手に高笑いしながら重機のレバーを引っ張れば、釣り上げられていた鉄製の工事用の枠組みが島に激突する。

腹の底に響くような音が轟き、島は途中から折れて谷の底に沈んでいく。もちろんロープも切れて落ちていき───これから足場にしようとしていた場所がどう蹂躙されていくかを知り、さらに血の気が引く生徒達。

 

「ふはっはっはっはっはっはっ!!! 俺が学生だったら今年の体育祭絶対ヤダーーー!!!」

 

折れた島が倒れる際に隣の島に激突。重みに耐えきれなかったその島も歪み、倒れかけ不安定な状態になる。

グラつく足場に少したじろいだ生徒達。

 

───その逡巡が命取りだ。

 

「さて、どんどん足場は無くなっていくぞ雛共。第2ゾーン如き(こんなところ)で立ち止まるな」

「スピードが命ってとこやね。さっさと行かんと足場は少なくなるし、危険な場所で増えていく」

 

「まあ生徒達の成長のためなら、こんな役目も悪くないのさ! HAHAHAHA! さて、次はどこを壊そうかな!!!」

 

スタジアムの副審席にパワーローダー先生が座っていた。彼はスタジアムの補修担当だが、1年のセメントスと同じく副審も担当している。

彼ははァ、と溜息を吐くと遠くを見るように青空を見た。

 

「……これ直すの俺なんだけどなァ」

「だ、大丈夫ですよパワーローダー先生…! 僕も手伝いますので…!」

 

それを必死に慰めるのは主審担当の13号だ。第2競技にかなりのテコ入れをしないとならないため、修復にも建設にも時間がかかりそう。2人の苦労が伺い知れる。

 

「タチが悪ーーーい!!!」

 

そう言いながらも、足から波動を出し危なげなくザ・フォールを通過していくのは波動ねじれ。ぷくりとその可愛らしい頬を膨れさせ、さぞやご立腹なのだろう。器用に個性を扱い土煙や飛んでくる土砂を避けていく。

────彼女が1年生の頃。自分の個性の扱い方を悩んでいたときに、一緒に計算をして試していった日々を思い出すと、

 

「涙が出てくる………!!!」

「顔が笑ってるぞアント」

 

ニヤニヤ笑いながらそんな言葉を吐くと、キッと波動からヴィランも小便ちびる程のきつーい睨みが飛んできた。残念ながら茶ノ丸はヴィランではないのでそんな睨みなんてそよ風程度のものだけれど。

 

「さて、一番手に躍り出たのはヒーロー科波動───!!! 二番手は名前だとか個性だとかが性格に噛み合ってないヒーロー科天喰───!!! 個性により腕を蛸足にしてロープを渡る───!!!」

 

「ヴッ…!!!」

 

「あれ、落ちた」

「お前のせいだ…!!!」

 

実況中に急に胸を抑えて谷底に落ちていく天喰に、会場内に悲鳴が響き渡る。そろそろふざけているとハウンドドッグ先生が怒りそうなので大人しくしよう。

────もちろん無理だが!!!

 

谷底に消えた天喰の変わりに、蟹の足が。いや、あれは腕の下、脇腹部分に蟹の足を再現した天喰だ。6本の甲殻類の足で踏ん張り、自分の体を持ち上げる。

 

「おおっと天喰!!! 今日の朝食は蟹か〜〜??」

 

「……蟹フレーク!!!」

 

「ナルホドー!!!」

「今日の朝食について話すんじゃない…! グルル…!」

 

掴む場所が少ない岩場で、蟹足も滑る。ほぼ垂直の壁を登りきった天喰は、ボタボタと垂れる汗を拭い、こちらをキッと睨み───駆けていった。

 

「ええやん坊や、俺を睨む気概ができたんなら上々やんけ」

「……そういうのをマイクを通して言ってやったらどうなんだ?」

「え〜やだ〜、そういうのを偏向報道言うんですよ〜ハウンドドッグ先生ぇ〜」

「今更だろう…!!!」

 

そろそろマジで怒られそう。

雄英高校の先生には13号とセメントス以外、本当に頭が上がらないが───ハウンドドッグ先生あたりは雄英のOBとしてかなりお世話になった故、頭は地中に埋没出来るほどだ。ある程度はふざけて甘えるけども。

 

「さて、通形&声響は…ど、う、か、な、…っと」

 

声響をおんぶしながら、通形が走ってくる。それを眺めて頬を指で叩いた。

 

「(ご機嫌だなコイツ…)」

 

頬杖をついて、指で頬を叩く癖。

茶ノ丸がだいぶ機嫌がいい時の癖だ。本当に楽しんでいる時はこの癖が出る。

だからこそタチが悪い。今ここでその癖が出るのは、それってつまり───

 

「(学生時代にこの性根、叩き直しておけばよかった)」

 

ハウンドドッグは喉を鳴らす。

こちらはご機嫌と言うよりは不機嫌な様子。今からでも遅くないか…なんて、ギラりと目を光らせた。

 

 

 

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理…………!!!」

「すごい早口だね…!!!」

 

小声で言い放ち続けられている言葉はまるで呪文のようだ。首がぎゅうぎゅうと絞められていて、か弱い少女の腕力ながら凄まじい締めつけである。

 

倒壊していく島と、落ちていく土塊を見て声響は怯えている。

通形は彼女の事情は知らない。ただ半年、週に2回、物理の授業で見かけるだけの少女である。ただ教室を出る際に───茶ノ丸と筆談で会話しているのを見たことがある、ただそれだけ。

 

喋れるんだね、だの。

 

なんの個性なの? だの。

 

そんな野暮なことを聞くほど、通形ミリオは野暮な人間ではなかった。

人の心に寄り添えるヒーローになろう。ただ鮮烈なまでに眩しいだけではない。暗闇の中で迷い泣いている、そんな誰かを照らしてくれる、月明かり(ヒーロー)になろう。

 

サーや、茶ノ丸が、そうだったように。

 

走りたいと思うなら手を引こう。

進みたいと願うなら背を押そう。

 

「必要なのは────!!!」

 

「……()()だけ?」

 

くすり、と背で少女が笑う。

被せられたセリフに振り向きながら、通形はぱちくりと瞬きする。なぜだか“勇気”という言葉で、心が高揚する。いや、大変アガる言葉なのは間違いないんだけど、それとは別の何か───これは一体………!!!

 

「“飛べるんだって、俺達は信じて飛ぶしかないんや”…だっけ? たまに気障っぽいこと言うよね。あのひと…」

「…?」

 

小さな声だ。掠れるような声で、声響は囁くように言う。

なんでだろう、妙に“説得力”のようなものがある。声に乗る力、ある種のカリスマ性。音は波となって周囲に反響し、その個性を如何なく発揮する───!!!

 

「さあ、()()()()()()()()()()。私を第3関門へ。私、ちょっと高いところは苦手」

「………うん!」

 

「おーーーっとここで普通科声響の個性がヒーロー科通形に牙を剥くーーー!!!」

 

「…………(人聞きが悪い)」

「あはは…」

 

もちろん茶ノ丸は声響の個性について知っているので、ものすごくニヤニヤしている。ものっすごくニヤニヤしている。横目でチラリと見ながら眉を寄せる。

───未だ妹とまともに話せないくせに偉そうに。

 

「うぐッ…!!!」

「ヴヴヴ…?(どうしたんだアント…?)」

「や、なんか急に心臓が…痛くて…」

 

そんな実況席の様子に満足して、通形にしがみついた。

びゅんびゅんと加速する世界に、目を輝かせる。

 

“世界にはまだ知らないことがたくさんあるよ”

 

その通り!!!

 

通形は少女を背負ったまま駆け出した。倒壊しかけた島までひとっ飛び。崩れた勢いのまま飛び出して、その次の島に着地。その島も崩れて勢いによって……を繰り返して突破した。

 

「通形と声響、第2ゾーン突破────!!!」

 

実況によると通形と声響で30名ほど。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない、と無理やり解いて通形の背から降りる。怪訝そうにこちらを見る通形に、声響は精一杯微笑んだ。

 

「ここからは自分で走る」

「でも、」

「いい、ありがとうヒーローさん───自分でも走れるんだって、飛べるんだって、証明したいから」

 

すっと澄んだ目で見上げる。

今まで夢を見ていた瞳は、真っ直ぐ未来を見据えている。

 

じゃあね、と手を振った。

 

言った言葉は取り返せない───知っている。

 

この個性は一生ついてくる───知っている。

 

「通形が単独独走ーー! さぁて声響はどうする?」

 

上から降ってくる軽快な声にムッとして、走り始めた。

第3ゾーンは地雷原。威力はないがノックバックや煙、音のある地雷が大量に埋められてある。隣を走っていた同級生が地雷に当たり吹っ飛んで行く様にビクリと怯えたが───しっかりと地面を見つめた。

 

よく見れば地雷を埋めた跡。掘り返された跡があり、微妙に地面の色が違う。吹っ飛ばされる生徒達を横目に、慎重に進んでいく。

 

足は棒のようで、肺は限界を訴えている。喉奥から血の匂いがした。

漏れ出る声に咽び泣きながら走る。

 

人間は空に向かって手を伸ばし続ける生き物だ。泥にまみれて、のたうち回りながら。

人類の先祖は鳥だったのだ、という学者が昔いたらしい。もしそうなら人類はどうしようも無い馬鹿だ。自分で飛べる手段を捨ててしまったのだから。

 

「(私だって飛びたい…!!!)」

 

神話ではカラスは元々白かったのだとか。嘘をついたことがバレて、太陽の神様にその身を焼かれてしまったから、カラス達は黒くなったのだと。

 

総距離4キロ、彼女自身が走ったのはほんの1キロちょっと。ボロボロと涙を流しながら最終コーナーに入った少女を、スタジアムの観客は温かく迎え入れる。

 

「…子供の成長はすごいな」

「おめでと、声響」

 

マイクのスイッチを入れて、その言葉を声高々と叫んだ。

 

「競技終了〜〜〜〜!!! 普通科声響の通過でちょうど42人!!! 次ステージ、第2競技に進みます!!! まだちょーっと舞台の建設にかかるから、15分休憩ッ。お疲れ様〜!!!」




声響 あのね
個性:愛の言葉
“声”自体が彼女自身の個性。常時発動型。
言葉に説得力を乗せることができる。嘘を真にする個性。彼女が言葉を発すると声が届く範囲にいる人間の思考をある程度誘導することが出来る。

(例)普通だと
あのねちゃん「このツボめっちゃ幸運になれるよ…!」
さのまるくん「嘘つけ霊感商法としてしょっぴくぞ」

(例2)個性ありきだと
あのねちゃん「このツボめっちゃ幸運になれるよ…!」
さのまるくん「…………なんかそんな気がしてきた。どないしよ。めっちゃ幸運…めっちゃ幸運…? 俺めっちゃ幸運…?」

使いようによってはどのような立場でも有用な個性だが、本人にある程度の話術と語彙力が必要のため、現在進行形でコミュ障ぼっちの彼女には荷が重すぎる個性。
中学生の頃、この個性のせいとは限らないが、同級生との些細な口論の後にその同級生が車に轢かれ、そのまま────。その出来事が原因となって個性ごと声を飲み込んでいた少女。



攻略方法については八百万ちゃんに引っ付いてた峰田君の件があるしこれで大丈夫かなって。
こういう個性、心操くんとか相澤先生とか、他人がいる事で発動する個性持ちの人達って4歳あたりの時にどうやって個性の目覚めを知ったのかな…。爆豪くんみたいに「手の平バクハツした!」とか、お茶子ちゃんみたいに「なんか浮いた!」みたいなわかりやすいものがないわけだから、病院に行って「あー個性発現してますね〜」とか診断受けたのかも? って考えると面白い…
緑谷くん以外のキャラの4歳の頃、どんなんだったのかなあ


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text24:Plus ultra!!とか言っとけば大抵の事はなんとかなるんやで

 

 

 

「…………………」

「おーほっほっほっほ!!! 普通科のお嬢さん、運がよろしかったのね!! ただでさえ難易度の高い3年の競技でギリギリ…!! 運良く…!! 最下位通過できるなんて…!!!」

「ねえねえ、美々美ちゃん。怖がってるよー?」

「気安く呼ばないでちょうだい波動ねじれ!!!」

 

ひえ〜〜〜、と言いたいのをとりあえず堪えた。目の前ではものすごく派手な女性と、水色の綺麗な髪をした女の子が(一方的に)言い争っている。

声を出そうと思って、やはりつっかえる。もしかしたら先程みたいな思いきりがいいところじゃないと出ないのかも。そう思うと残念だったが、出るとわかっただけでも進歩だ。

 

「ねえねえ、名前はなんていうの? 普通科の子なんだよね? 声出ないの? フシギ! ───じゃあお絵描きしてお話しよ!」

「こらこら波動さん…」

 

派手な女性はサポート科の絢爛崎美々美さん。水色の髪の女の子はヒーロー科の波動ねじれさんと言うらしい。これまでだったら自己紹介されても少し視線をさ迷わせて、ちょっとだけ頭を下げるだけですませていたのだが、これからの声響は違う。ホワイトボードに「声響あのね」と書いて、深々と頭を下げた。よろしくね、と口パクで言ってみたりしている。

 

ここは生徒の待機部屋だ。

第1競技を勝ち抜いた42人の生徒達が一同に集められている。やはりというか、当然ヒーロー科がほとんどで、サポート科や普通科の生徒は絢爛崎と声響のみ。

過ごし方はいろいろで、今集まっている通形、波動、天喰、絢爛崎、声響のように談笑してリラックスしている人もいれば、目を瞑って瞑想している人もいる。

 

「次はなんの競技なのかな。波動さんは何か噂でも聞いた?」

「うーん、3年生担当の先生が、13号先生にパワーローダー先生、スナイプ先生とハウンドドッグ先生……あとアント先生でしょー? このメンバーでやりそうなこと…」

「……?」

通形の問いに波動が眉根を寄せて考え込む。意味がわからず呆ける声響に、絢爛崎が「そんなことも知らないんですの?」と呆れながら教えてくれた。

 

「毎年、第1競技と第3競技は変わりませんの。第1競技は年毎に難易度の違う障害物競走。第3競技は16名のガチバトルトーナメント。毎年第2競技だけは───その年の担当教師達がお決めになられますわ」

「……」

 

なるほど、とよくわかっていないながらも頷く。

つまり─────どういうことなんだろう。

 

少しだけ首を傾げた声響に気づいたのか、こちらに目を一切向けない男の子───天喰環が口を開いた。

 

「例えば俺達は───期末試験とか、授業の度に各先生達と模擬戦をして、ある程度はその先生が何ができて何ができないのかを把握している。今言われた先生の中には地形そのものを変えてしまえる個性や、大軍を操る手段を持っていることも知ってる。次の競技までに15分かかるのは、それだけフィールドを変えるのに手間取る競技ってこと…つまり───」

「ある程度競技の予測ができるってことだね!」

 

白い壁に向かい合いながらボソボソと説明してくれる天喰に、元気よく通形が言葉を被せた。天喰の考察に、本当の意味でなるほど…と頷く。

 

確かにパワーローダー先生がフィールドを準備し、13号先生や他の先生達が細工をするなら、それはそれは大変なことになるだろう。

言うなれば凝る人間が多いのだ。サポート科担当パワーローダー先生しかり、USJをひとりで管理する13号先生しかり、そして────

 

「しかも今年はアント先生がいるもんねぇ」

「ああ、嵌め殺しされる…」

「噂通りの先生ですの?」

「まあ、ある程度は…」

「あれ? 美々美ちゃんって物理履修してたじゃん。1年生の頃」

「だから気安く呼ぶなと…!! ───まあ、先生として見せる顔と、ヒーローとして見せる顔。彼、違うタイプでしょう? 私は先生としての顔しか知りませんわ」

 

絢爛崎の言葉に、ヒーロー科の3人は「あ〜」と納得したような表情で頷いた。

どうやら話題は関西弁の物理教師のことらしく、全員微妙そうな顔で悩ましそうに唸った。

 

「どうなのかな…なんていうか、性格が悪い?」

「いや、性格は悪くない。悪いのは意地」

「理詰めで追い込んでこない? やっぱり頭が回るっていうか、それでいて思い切りがよくて…」

 

「???」

 

ヒーロー科の3人は、アントマンの恐ろしさを知っている。

どんな競技に魔改造されているんだろう───。と、3人揃って溜息を吐くのだった。

 

◆◆◆

 

「───さあ皆、お待ちかねー! お待たせ致しました第2競技はっじまっるでー!」

「…」

 

きっかり15分後。

第1競技を勝ち抜いた生徒達をフィールド内に出し、茶ノ丸はテンション高く叫んだ。

 

パワーローダー先生と13号先生がなぜか息を荒らげて四つん這いになっているが、フィールドに不可解な様子はない。砂色の土埃が風に吹かれて舞うばかり。

生徒達は意外そうに眉をあげていたり、逆に怪しむものもいる。

 

「第2競技は───13号がなんか死んどるから俺から説明するなー!!───名付けて“迷路の中を行け! チキチキ赤ちゃんおんぶレース” !!! 高性能赤ちゃん人形を抱えて泣かさないように走り抜けろーってやつやな!!」

 

「待って迷路って何」「迷路……?」

「迷路なんてどこに…」「チキチキ?」「古…」

 

スタッフが抱えてきた人数分の人形と抱っこひもを受け取り、生徒達は頭にはてなマークを飛ばす。

赤ちゃん人形はとてもリアルだ。重さは3キロほどで身長も同じくらい。瞼も開くタイプのものらしく、今はすやすやと眠っている。

 

「そ、それでは───ッ!!

ルール説明は……、僕から……ゲホッ」

 

「「「(なぜかものすごく疲れている…)」」」

 

荒い息を吐きつつ立ち上がる13号。フィールド建設で何があったというのだろう。

 

「……ふぅ。この第2競技は赤ちゃん人形を抱えながら迷路を突破する、という内容になっています。赤ちゃんにはご機嫌・ぐずり・大泣きモードがあり、揺れや衝撃に反応します───大泣きモードになってしまったらその時点で失格。赤ちゃんの機嫌を保ち、そして守りながら、脱出目指して駆け上がる勝ち抜き戦です」

 

生徒達はその説明を聞いて、抱っこ紐で赤ちゃんをおんぶしたり抱えたりして固定する。なるほど、お玉レースの赤ちゃんバージョンだ。

 

赤ちゃんを抱えながら、通形は眉を上げた。パワーローダー先生は掘削ヒーローで、13号先生の個性は「ブラックホール」。この2人が疲れ果てるほど、一体何掘って何を吸い込んだというのか。

砂埃が舞い、通形の目に入る。

 

「あの、13号先生。それで、迷路というのは一体───?」

「ああそれは、」

 

質問した生徒は、3年B組の男子生徒だ。通形は片手で目を擦りながら彼を凝視する。なぜだかだんだん、彼の背が縮んでいってるような───?!

 

13号先生は宇宙服の中でニコリと微笑む。

解説席で茶ノ丸がニヤリと悪役顔負けで口の端を上げた。

 

「───自分で確かめてみたらいいかと」

 

「「「……………?!」」」

 

砂埃が舞う。

いや違う、縮んでいってるのではない。()()()()()()()()。このフィールドの土壌は砂だ。サラサラと細かく乾いたそれに、生徒達はもう既に足首まで沈んでいる。

 

悲鳴をあげる暇無く、42人の生徒達は砂の中に引きずり込まれた。

 

後に残されたのは、ざわめく観客と風に舞う砂埃のみ、である。

 

 

「────きゃぁ!!!」

「────ッ!!!」

 

砂の中の幾多の通り道。たまたま横にいたからか手と手を取り合い、同じ場所を滑り抜けてきた少女達はドスンと大きな声をたてて止まった。

砂埃が舞う。ゲホゲホと吸い込んだ砂を吐き出し、砂が目が入って涙が出る。

 

「だ、大丈夫? あのねちゃん…」

「(……!!!)」

 

波動の問いかけに必死で声響は頷いた。だいぶおしりが痛いが、あうあうとぐずりモードになった赤ちゃん人形をあやさなければならない。

 

落ちた先は洞窟、のようだった。壁は粘土質の土でできており、床は柔らかな森にあるようなそれ。ふかふかで柔らかい。

 

クラス1個分はありそうな土の部屋、道は落ちてきた真上のものと、左右にひとつずつ。

 

「わぁ〜〜、素敵! これが“迷路”かぁ」

 

立ち上がってくるくると見渡しながら、波動が歌うように言う。湿ったような土の臭いも、地中の暗がりもまるで気にならないようだった。

その余裕そうな様子に、声響は少し安心する。

 

迷路ということは、とりあえず脱出すればいいのだ。声響は立ち上がる。

ここが何を意味するのかはわからないが───フィールドの地下ということは間違いない。上を目指せばいい。

 

「さて、突然落ちた先は真っ暗闇の土の中。3年生の皆ーーー??? 生きてるーーー???」

 

地中を貫いて関西弁の物理教師の声。

面白がっているようなそんな声に、波動の眉が寄る。

 

「さーて、ここは3年生専用の()()()。イージーモードなんて許さんで? ────ということで帰り道封鎖!」

 

盛り上がるように落ちてきた穴が埋まっていく。茶ノ丸の口上とともにどこからかキシキシと鳴き声のようなものが聞こえてきて、声響は思わず短く悲鳴を出す。

 

「…あ、声、出る…!」

「よかった! あのねちゃんってさ、個性どんなの? 精神操作系かなって、さっきの見て思ったんだけど!」

「え…? えと、声に説得力を乗せれる…。自分の言葉を相手に信じ込ませることができる…かな…?」

 

「───ここは地下の迷宮。5種の蟻が争う()()()()

 

キシキシキシ、と鳴き声は近くなる。

次の瞬間、遠い場所でつんざくような悲鳴が聞こえてきて、2人は体を強ばらせた。

 

「ねえねえ、あのねちゃん。この個性、アレにも効く……?」

「……??」

 

「さあ矮小(ちい)さな人間達? 地下50mから生存競争に打ち勝ってみせろ───Plus ultra!!」

 

黒い穴の向こう。キシキシキシと鳴き声とともに、黒光りする巨大な頭と触覚が見えた。大きい、と波動が頬を噛む。特別サイズだ、しかも全員雌。遺伝子強化された、複数で群れを作る“女王蟻”。

 

全長はひと1人分。それが5匹這ってきて───目が合う。

 

《─────ッ!!!》

 

「走るよあのねちゃん!!!」

「う、う、う、う………うわあああああ!!!」

 

日本語でクロオオアリ、もしくは大工アリ。

英語ではCamponotus pennsylvanicus(カンポノータス・ペンシルバニカス)。大きな翅をもつその蟻の群れが、踵を返して走る2人を追いかけんと羽を広げて飛び立った─────!!!

 




180cm〜200cm(翅の全長は除く)に巨大化されたクロオオアリ、かなりホラー。しかもそれが5匹単位で群れを為している、怖い。キシキシ。

パワーローダー先生「地下50mまで…掘ったぞ…はあ…無理…」
13号先生「掘り出された土…吸い込みました…ふぅ…辛い…」
アントマン先生「5種類の遺伝子操作された蟻、てきとーに巨大化させて放り込んでみました! いえーい!」



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text25:Marching on!! Marching, Marching on!!!

加減して書いていますが、虫の描写が多いのでお気をつけください。


 

 

 

真後ろから小刻みに震える羽の音が大音量で聞こえる。5匹の蟻が、彼らが同時に通るには狭い通路を無理に通ろうと土砂が削れる音がする。キシキシキシと耳障りな鳴き声を発する頭部の大顎がガチガチと追い立てるような音を立てた。

 

波動は己の頬を伝う汗を自覚して焦る。

 

「これは───ッ、心理的にも…やばいかなぁ…!!!」

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ来ないで来ないで来ないで…!!!」

 

走り始めて3分。出鱈目に、闇雲に────暗がりを進んでいくが、同じようなところを回っているような気がする。ぐずる赤ちゃん人形。後ろから追ってくる蟻の鳴き声が不快なのか両手で耳を塞いでしまっている声響。最悪だ、最悪の競技だ。

赤ちゃん人形がいることで迂闊な攻撃や行動が出来ない。アント先生はここを「5種類の蟻が争う巨大蟻塚」だと言った。つまり───敵の数は未知数。

地下50m。どこまで広いのかはよくわからないが、3分間走り続けて他生徒と会わないのはさすがにおかしい。かなり広いと見ていいだろう。遠くから悲鳴が聞こえるものの、それは“人がいる”と安心感を与えるものではなかった。暗闇、地下、巨大蟻、響く悲鳴、全ての要素が生徒を極限まで追い詰める。

 

波動はぐずる赤ちゃん人形を気にかけながら───どのレベルの衝撃で大泣きモードになってしまうのかがわからないため、本当に迂闊な行動ができない───後ろに向けて個性の攻撃を放った。

スピードは出ないものの、自身の活力を糧にして放たれた衝撃波は捻れつつ蟻の手前に着弾する。土煙で足留めした蟻を後目に、波動は声響の腕を引き物陰に身を潜めた。

 

5匹のクロオオアリは自身の身にかかった土塊を身震いすることでふるい落とした。手加減はされていたが、波動の衝撃波をまともに食らったのにダメージを負った気配はない。鮮明になった視界で、蟻達は2人を探している。

 

しばらくうろちょろとした蟻達は────金属を擦り合わせるような不快な音でひと鳴きする。まるでそれは獣の咆哮のよう。獲物を追い詰め、威嚇するような声だった。

 

「(……!!)」

「(ダメダメ、抑えて。悲鳴を上げないで。大丈夫、あの種類の蟻なら隠れた私達を認識する手段はないハズ…!!)」

 

6本の脚で行軍する5匹の蟻達は名残惜しそうに顎を鳴らしたあと、そのままドタドタと迷路の暗闇に消えていった。

 

ひとまず───目先の恐怖が消えたことで、波動と声響はほっと息を吐いた。

 

「…不思議、なんで土の中なのにちょっと明るいの? あとちゃんと息ができるし…変なの」

「ほ、本当だ…」

 

迷路の中は前方数mがぼんやり見える程度には明るい。こんな地中だが酸素が薄いということもない。ただ人間の本能故か、息が詰まるという感覚がある。視界が不透明なせいか漠然な不安と、地中の閉塞感。閉所恐怖症だったら発狂してしまいそうだ。

 

「蟻の種類で…そういうの、わかるの?」

「ああ!! うん、そうだよー。あれ、アナウンスであった通り、アント先生のクロオオアリなら機動力に特化させた遺伝子操作をしててね…熱感知とか、鼻がいいとか、そういうのはないって聞いたことある!」

 

つまりは熱感知や嗅覚の鋭さに特化した蟻がほかの種類にいるということか? と声響は不安になる。今回出会ったのがクロオオアリだからよかったものの、これから遭遇する別種の蟻には、隠れるという手段は通用しないのでは。

 

息を整える2人を、小さな(レンズ)が見つめている。通常サイズ、0.8mmのクロオオアリは頭部に付けられたカメラで映像は全て送られていた。

そして場面(カメラ)は切り替わる────

 

 

 

 

「「ぎゃあああああああああああぁぁぁ!!!」」

 

今更だが、雄英高校の体育祭の会場は敷地内にある専用の施設“体育祭会場”だ。最大収容可能人数は約12万人。延べ床面積160,000m²。こんなものが3学年分3つもぽんぽん建っているのだから、雄英高校の敷地面積の広さが伺える。

 

今回3年生の第2競技で、13号によって第1競技の残骸が片付けられ、パワーローダーが無作為に地下50mまで掘られた穴は、アントマンの蟻達によって会場の地下全域に広がる蟻の巣になっていた。

────もう一度言おう。会場地下全域、160 ,000 m²の面積に広がる蟻の巣の迷路、である。

 

日本の一般的な蟻、つまりはクロオオアリのことだが、自分の体重の40倍の重さのものを持ち上げると言われている。海外のトゲアリの一種は自分の体重の400倍以上の物を持ち上げ、1700倍以上の物を引っ張る力があるらしい。まあトゲアリはともかく、この蟻達は遺伝子操作されたアントマンの蟻だ。しかも彼の手によって巨大化された。

たった15分で放たれた数百匹の蟻が、160,000

m²という広い面積で巣を構築した。恐ろしい蟻達である。

 

「……ちょっと環!!! これなんとかできない?!」

「無理だ蛸でなんとかしようとしたけど…この数は対処する前に埋もれる!!! そっちは?!」

「俺は透過して逃げられるけど赤ちゃん人形が…!! しかもこの蟻、俺じゃなくてこの人形狙ってる…!!」

 

敷地面積を考えたら、波動&声響に近いと言える場所。ある程度開けた一本道に、切羽詰まった男ふたりの声が響く。赤ちゃん人形はずっとぐずっているが仕方がない、なりふり構っていられない。大泣きモードに移行する衝撃や揺れとやらが、多少強くても良いことを期待している。

 

彼らを追い立てる大軍。凡そ小型犬程の大きさの───ヒアリ。赤黒い体の、放たれた5種の中では割と小さめな部類の蟻だ。小型だが毒針を持ち、通常種では繁殖力が高いので世界の侵略的外来種ワースト100選定種で、特定外来生物にも指定されている。

毒針の毒は微弱。人間が刺されて死ぬことは稀で、軽度なら痒みや痛みが出る程度。恐ろしいのはアレルギー反応が出た場合。アナフィラキシーショックで死亡した例もあり、そのことから“殺人アリ”とも呼ばれる。

 

それが、2人の後ろ、凡そ100匹。地響きを鳴らしながら2人を追いかけている。

 

「いや本当シャレにならない本当にシャレにならない…!!!」

「これどこまで追いかけられるんだ…?!」

 

迷路に落ちて5分、2人が合流して2分。上に上がったり下がったり、撒く為に全力で走っているが、諦めてくれる様子はない。たまに数匹が2人に追いついてズボンや上着に噛み付いて来るので、蹴り飛ばしたり腕を振り回したりして応戦する。蹴り飛ばされた蟻は壁に叩きつけられるが、すぐに戦列に復帰していた。タフネスが素晴らしい。

 

「…!! ミリオ、前方10m先に崖…!!!」

「飛び越えたら撒けるかも…?」

「やるしかない…!!」

 

波のような赤い蟻に追い立てられ、足音にかき消されないように大声で叫ぶように会話する2人は、開けた上下合わせて10mの広さがある空洞の部屋に飛び入った。

距離にして6m程の崖を───天喰が右腕を蛸に変え通形に巻き付け大ジャンプ。脆い岩が砕け落ちたものの、2人はなんとか崖の上に体を持ち上げた。

このヒアリに翅はない。いくらなんでも6mの崖を超えることはできないだろう。2人はそう考え恐る恐る後ろを振り返る───世間一般でこういうのを所謂フラグという。

 

蟻という生き物は“協力する”生き物だ。働き蟻から女王蟻まで、決定的なまでの役割を持って集団生活を行う。見つけたエサは消化吸収をせずエサの持ち運び用として使う体内組織貯め、いったん巣に持ち帰り仲間に分け与える。

南米原産、日本では外来種として忌み嫌われるヒアリには───ほかの蟻にはないある特殊な行動があった。南米にはハリケーンが多く、巣はよく水に飲まれて沈んでしまう。そういう自然災害から身を守るため、仲間が生き延びるため、彼らは“いかだ”を作って水に浮かぶのだ。

 

蟻の外骨格はもともと水をはじくが、それでも蟻が1匹の場合は、水に落ちれば溺れてしまう。ところがヒアリのコロニーは、洪水で巣から押し流されると群れ全体でいかだの形になり、そのまま水の流れに何週間も浮かび続けることができる。

とある学者は、ヒアリのことを「素材」だと言った。蟻は互いに繋がりあう特性を持つのだと。

 

「…………マジかよアント先生」

「………………………………………ッ!!!」

「ちょっと環意識飛ばさないで、走るよ!!」

 

崖の向こうで尻込みをしていたヒアリ達が互いに協力しあい、繋がりあい、盛り上がっていく。他のヒアリを足場として橋を構築し、そのまま向こう岸────つまりは天喰と通形の方へと橋をかけた。そのままこちら側へとなだれ込んで来るヒアリ達、固まる2人が3秒程見つめ合う。

 

《キシャーーーーッ!!!》

 

「「……………ぎゃああああああああああああぁぁぁ!!!!!」」

 

鬼ごっこはもうしばらく続きそうだ。

 

◆◆◆

 

「おいアント!!! 地下でやられちゃ見えへんやんけェ!!! どうせいつものアリンコ共にカメラ付けとるんやろ!!! さっさと見せェ!!!」

 

「うるッッッさいわさっきからファットぉ!!! 今やっとるし黙って見てろ!!!」

 

時折くぐもった悲鳴が聞こえるだけの3年生会場で、関西弁の怒鳴り声にこれまた関西弁の怒鳴り声が返される。客席の方の関西弁の隣に座っているリューキュウは割と迷惑そうだ。

 

「……さぁ、準備オッケー!! 俺の可愛い蟻ちゃん達!!! 映像投影開始ー!」

 

ブォン、と言う気の抜けた音とともに、スタジアムに多数の画面が投影される。その数凡そ30。

 

「さて、地下の様子はどうかな〜?」

「阿鼻叫喚だと思う」

 

そんな軽口を叩き合いながら画面を確認する。今現在カメラを持たせている小さな蟻達には「生徒を追え」という単純な命令しか下していない。

それでも映像を見る限りしっかり役目を果たしているようだ。お父さん(パパ)は嬉しい。

 

「さーて、No.32からNo.62のクロオオアリ(カメラ付き)に追わせている生徒達。あれ? いや、No.33からNo.63だったっけ? どっちだ」

「ヴヴヴ…(どうでもいい!!)」

「や、大丈夫。No.32からであってるはず。たぶん。確か」

 

映像の中で生徒達は────逃げている。もうそりゃあ逃げている。鬼気迫る顔で逃げている。競技開始から脱落者はゼロ。だが皆最下層から出られていない。

 

「さて、迷路製作者のひとりとして説明しよう! よーく聞くんやで?

───舞台はこのスタジアムの地下、深さは50m。広さは160,000m²。5種の蟻が蠢く3階層での鬼ごっこ!!! 最下層には2種、中層にも2種、1番上ゴール間近には1種類のかわい子ちゃんがおるでー!」

 

ハウンドドッグは小型犬大のヒアリに追いかけ回されている生徒達や、約200cm程のクロオオアリに襲われている生徒達を見ながら冷や汗を垂らす。

「うわ、キッッツ」とは、会場全員の心の中の言葉である。

 

「最下層にいる蟻は、こちら!! クロオオアリとヒアリ。

クロオオアリは元々女王蟻と雄しか翅は持たないんやけど───遺伝子操作により全個体()は女王蟻。機動力が良く素早い。高度4,600mまで耐えられる飛行能力、速さは結構速いで??? こんな狭いとこじゃなけりゃ、ヘリぐらいの速度なら出せるんやない?」

「適当だな…」

「測ったことないんやもん」

 

クロオオアリの全体図を投影すると会場に悲鳴が上がった。失礼な、可愛いだろう。黒光りする体躯とか、つぶらな瞳とか。あと触覚も可愛い。

 

「ヒアリは───あ、この子達に繁殖能力はないししっかり競技終わったら回収するんで許してください環境省のお偉いさん───圧倒的数任せ。100匹単位の群れのチームワークでどんな所でも移動できるとこがウリ!!」

 

現在進行形で通形と天喰を追いかけ回している画面を見ながら、ニコニコしている茶ノ丸。小型犬程の大きさなので、さらに可愛く見えてしまうな。なつきもよく仕草が可愛い。

敵の本拠地に潜入するときとかによく協力してもらっている。可愛い。

 

「さて、最下層にいるのはこの二種類。広い代わりに上層に上がれる道は多いから、しっかり探索して探してネ!!!」

「面白がってるだろうお前…」

 

数多の悲鳴が響き渡る。

その声を聞きながら────「コレ、クリアできるのかなあ」と、心配になる教師達だった……約1名を除く。

 

 




トムハのヴェノムちゃんとトムホのスパイディクロスオーバーで胸が踊ってしまう。デップーちゃんはえむしーゆー合流か? と言われてるの、これまで何度も報道されてきたけどいつもちょっと期待してる。
デップーちゃんはもうR指定路線でいいよ(大喜び)


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text26:Rising hope

 

「あった!!! 上へ登れる…!!! 行くぞ!!!」

「…!! これが中層か?!」「知るか!! とにかく先へ!」

 

ヒーロー科の3人の男子生徒が、上へと繋がる上り坂を目の前にして喜色満面───とはいかないものの、表情は一気に明るくなった。

下層にいた蟻達は3人の中の1人、電気系の個性持ちが対処した。さすがのクロオオアリとヒアリも通電には弱かったようで、しばらく動けずに痺れたままだ。

 

中層に登る道はわかりやすく、「ここから先、中層(ニコちゃんマーク)」と立て看板がある。ふざけてるのか、いやいつもふざけてる感じの先生が考案してたわ、と眉根を寄せた。

 

「おい、もうちょっと慎重に進んだほうが良くないか…?!」

「そうだよ、中層は下層とはまた違った種類の蟻がいるんだろ」

「…!! いや、モタモタしてると他の奴らにも追いつかれちまう。中層もさっさと駆け抜けちまえば…!!」

 

ちらりと覗いた中層は、巨大な空間だった。地中の虚、というか。迷路とは言い難いただの空間。上にあるスタジアムを支えるためかたくさんの柱がたっている。蟻は疎らに放たれており 、確かに───駆け抜けてしまえば、上層に行けそうだった。

 

「……行こう!!! こんなところで立ち止まるわけにはいかない!!!」

「……うん!!!」

 

3人は意を決して、中層に飛び出した。

下層は湿り気のある土の茶色の空間だったが、中層は硬い岩の灰色の空間。比較的走りやすく有難い───もちろん先生達がこの程度で終わらせるとは思っていないけど。

 

慎重に、でも素早く。ぼんやりと薄明かりの奥に見える「ここから先、上層(ニコちゃんマーク)」と書かれている看板を目指す。

その時────、

 

《キシャ?》

 

「「「?!」」」

 

下層で嫌という程聞いた鳴き声がした事で3人は思わず足を止めた。視線の先ではうさぎ大、飴色の美しい色をした蟻が1匹、首を傾げるようにしてこちらを見上げている。

 

「ど、どうする?」

「どうするってお前…やるしかねえだろ…」

「いやそうなんだけどさ、下の階層のがめちゃくちゃ怖かったせいで、なんか、めちゃくちゃ可愛く見えるって言うか…」

「目を覚ませバカお前」

 

キシャキシャ? と触覚を震わせる蟻に、目が据わっている生徒が手を伸ばす。その手を叩いたリーダー格の電気系の個性持ちは、その身に青いプラズマを走らせた。

 

「何もしてきてねえのに悪いけど、先に進むためにやらせてもらう。ほら、人形持って離れてろ」

「う、うん」「そんなぁ〜」

「うるさい!」

 

手のひらの上で雷を転がす。指の合間に流れる電流が近くの小石を砕き、その威力を物語った。確かにキシャキシャと鳴く蟻は可愛く見えるが、背に腹はかえられない。せめてスタンガンより少し強い程度の電圧にしよう───と、飴色の蟻に手を伸ばした。

 

青いプラズマが、蟻の目に写る。

 

「─────なぁッ?!」

「!!」「へ?」

 

青い電気は蟻の体を通過し、そのまま他2人の生徒へと───つまり3体の赤ちゃん人形へと襲いかかる。

バチバチと音と眩い光を放ったスパークで、2人は気絶。そしてもちろん…………

 

「「「おぎゃあああぁぁぁ!!!」」」

 

「なん、で……」

 

いつの間にか周りを取り囲んでいた飴色の蟻に埋もれながら、雷の個性を持つ生徒は気が遠くなっていくのを感じた。

 

《キシャキシャ!》

 

 

 

 

 

 

「────ヒゲナガアメイロアリ」

 

別名クレイジーアント。「家畜から電気機器にいたるまで何でも好む」と言われる蟻だ。住宅や変圧器だけでなく、ノートパソコンやスマートホンの中にまで侵入できる。足が長く素早い。

彼ら最大の特徴は、電気を好むということだ。遺伝子操作により強化されたのは「耐電性」と「通電性」。電気を好み配線を食いちぎる彼らにはもちろん、電子機器を破壊する方向に活躍してもらっている。

 

「おっとー!! 中層に到達した3人が早々に脱落してったな……残り38人」

「……この競技で必要なのは、“冷静な判断能力”。そして、“手に抱いた命を、確実に守り抜く”ことだ。冷静に迷路の道を進み、守るべき命を守り抜け、雛共」

 

第3競技には16人必要なので、あと22人は落とさねばならない。落とさねばならないのだが………

 

「(16人残るのだろうか、これは)」

 

実況席の椅子の背もたれに寄りかかって脚を組む茶ノ丸に、ハウンドドッグは呆れ目を送った。頬杖を付きながらニヤつくその様はまさにヴィランのよう───ろくなことを考えていなさそうだ。

 

そんな時に、彼の手元にあったスマホが震えた。着信画面を見るつもりはなかったが、ハウンドドッグの恵まれた動体視力がそれを追ってしまう。「母」からだ。茶ノ丸は一瞬ちらりとそれを見るも、それだけ。

 

「……いいのか?」

「ええよ。たぶん、お茶子のことやろ。今仕事中やし、終わったらかけ直す」

 

ひとしきり鳴り終わったスマホが、再度震えた。これはたぶんメール。なんなんだ一体…と眉を寄せた。

チカチカと瞬くように通知を鳴らすスマホがやけに気になったものの、今は仕事中だ。後ろ髪を引っ張られるような気分になりながら、ポケットに突っ込んだ茶ノ丸だった。

 

◆◆◆

 

地鳴りのような音がする。

視界も嗅覚も当てにならないのなら、残るのは聴覚だ。地面は震えている。遠くから、何やら叫び声が聞こえ、それがだんだん近づいてくるというのだから、さっさと中層に上がってしまおうというのが2人の意見だった。

 

「…でも、2人じゃ心許ないよ? 自分でも言うのもなんだけど、私、まったく役にたたないし」

「うーーん…」

 

声響の言葉に、波動は考え込む。先程の実況で中層に上がった生徒が早々に脱落した、というのを聞いたばかりだ。確かに、身体や素養、精神力共に声響は波動と比べものにならないくらい脆いのだろう。蟻を見てか、それともこの環境のせいか、最初の方の走りでは脳のリミッターが外れたのかもしれない。少し時間が経過した今では、足が震えている。

でも────彼女の個性は違う。

 

蟻に見つからないよう、息を潜めて移動していた最中、2人はお互いの個性についての情報交換を行っていた。

 

波動ねじれの個性は“波動”。自身の活力をエネルギーにして衝撃波を放つ。デメリットして何故かねじ曲がる為速度が出ない。チャージして溜めたエネルギーを放出すれば、相応の威力にはなる。

 

声響あのねの個性は“愛の言葉”。言葉に説得力を持たせることができる、常時発動型の声の個性。無機物には効かない。やろうと思ってやっているわけではないため、相手にどの程度効いているのかわからない。動物に効くのかも不明。

「そりゃあ説得力を持たせるだけっぽいんだから、犬に“お手”って言ってお手したからと言って私の個性が効いたのか、それともその犬自身がお手を知っていたからお手したのか。わからなくない?」とは声響談だ。

 

「(つまりは“思考誘導”の個性ってこと? どうだろう、蟻さんに効くのかな…?)」

 

常時発動型、というのなら、これまで波動は声響に思考誘導されていたことになる……自覚はない。いや、()()()()()()()()()、恐ろしいのか??

波動はむぅ、と眉を寄せる。

 

思えば声響はこれまで何かを断定するような言葉を放っていない。先程のように相手の思考に影響があるかないかギリギリのラインで───曖昧な言葉で応えてくれる。

気を使わせてしまったのかもしれない。そう思うと申し訳ないと思う。“声”の個性を持つ彼女が、今まで声を出せなかったのだ。どれだけ察しが悪くても、何かあるんだろうなというのはなんとなくわかった。

 

「ねえねえ、つまりあのねちゃんの個性は、ある程度相手に知性があれば効くんだよね?」

「私からは確かめようがないけど、たぶんそう。あくまで“説得力を持たせる”だけなの。相手がそれに従うかは相手次第。

 

例えば回転して飛んでいくボールがあるとして、私は少し指で触れてそのボールが飛んでいく軌道を逸らすだけ。ボールがどこに着地するかはわからないの」

 

お互い自覚症状がほぼ無い思考誘導の個性。恐ろしいものだ。

 

「……あのねちゃんって、ヒーローになるつもりはないの? その個性、すごく役に立つよ!」

「えっ?! え、うん、ヒーローはいいかな。見るくらいがちょうどいいって言うか……あっヒーローを馬鹿にしたつもりはなくて、私はベストジーニストが好き…!! あれ、なんか違う…」

「あははっ、そっか!! それはしょうがないなあ」

 

小さな声で噴き出すように笑って、真剣な顔に戻る。

 

「……その個性、蟻さんにも効くかな?」

「……さっきは“来ないで”って言ったのに来たよ」

「もしかしたら発動条件があるのかも。あのねちゃんもわかってないこと、多いんだよね? たとえば、理由付けが必要なのかも! 来ないで、ってだけじゃなくて、最もらしい理由が。説得力を持たせるために!」

 

戸惑うように視線を彷徨わせる声響に、波動は畳み掛ける。やってみないとわからないのなら、やってみる価値はある。

 

「蟻さんの知能は犬くらいはあるって、アント先生が言ってた」

「でも確か、普段命令を出すのにBluetoothイヤホンからやってるんじゃなかったっけ?」

「うん、EMP通信デバイスっていうんだって。蟻さんの、嗅覚中枢を刺激して指示を出しているんだとか」

 

物理の授業で2人とも、彼が蟻を操るところを見たことがある。机にあったのは温かい紅茶が入ったカップと、角砂糖が2個。それに3匹の蟻。茶ノ丸はとんとんとイヤホンを叩くと、蟻達は角砂糖を担いで動き出す。ソーサーを越え、縁にまで担ぎ上げ、ぽいと落とす。蟻達のその動きには感動したものの、その後「飲む?」と差し出されたのはいただけない。少しは女心を察して欲しい。

 

「……やってみようあのねちゃん!」

「う、うん…! やってみるよ、ねじれちゃん!」

 

少女ふたり、友情は美しきかな。

手と手を取り合い、決意を新たにしていると───

 

「うわああああああぁぁぁ??!! ちょっとちょっと、早くどいて!!! そこ!!! ふたり!!!」

「……ッ、!!! 波動さん?!? あと、えーっと声響さん!!! 逃げろ!!!」

 

「えっ、えっ、よく聞こえない。なになに??? 通形と天喰くんだ……」

「…? なんだろう………………え??」

 

地響きは強くなってきた。

気になれた声と、何か太鼓を叩くような複数の音が響いて、ふたりは首を傾げた。

死に物狂いで走ってくる彼らの後ろ、何か赤色の波のようなものが見えて、思わず目を凝らす。

 

「「…………………………きゃああああああああああああぁぁぁ!!!」」

「早く!!!!!」「赤ちゃん全員ぐずってるよ!!!」

「大丈夫まだ泣いてないまだ泣いてない…!!!」

 

波動と声響は天喰と通形と───ヒアリの群れに追われて再度駆け出していく。どれほど長い間追われていたのだろうか、天喰と通形は汗でべっとりだ。

 

「な、な、な、なんでー?!」

「う、ウソでしょ通形!! なんで連れてきちゃったの?!」

「わからないッ!!!」

「サムズアップをするなミリオ……!!」

 

荒い息遣いと蟻の足音と悲鳴だけが響き渡る。

合流した4人の生徒は、第三階層で未だ鬼ごっこ。

 

競技開始から15分。

ヒアリの行軍はまだまだ続く。

 

 

 

 

 




たぶんこの競技が1番イージーモードなのはミッドナイトあたりじゃないだろうか。
心操くんはどうかなあ…蟻による。ホークスも機動力と手数の多さで単独撃破は可能。

【追記】ここから不定期更新になりますー!
半月ぐらいかな、で10万字強なのですげー書いてるーって感じしますね(語彙)
体育祭編はちょっと長いのでお付き合いいただければ。戦闘シーン書きてえなって思うんですけど、教師サイドで書くと書く時限られるなって気づいたのが最近……



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text27:もんすたーぱにっく

 

ヒアリの群れはまるで波のようだ。統率が取れていて乱れる様子はない。赤い波、なんかそういう映画とかなかったっけ? と波動は考え込む。

 

「───あ、キャリーかな。ということはコンセプトはホラー系?」

「こんな時に何を言ってるのかな波動さん?!」

「…これ連れてきたのミリオだったんじゃなかったっけ?」

「はっはっは!!! ごめんね!!!」

 

暗い迷路に場違いなほど明るい声が響いた。そんな声を聞いていると気が抜けてくる───これも一種の才能だ。絶望しそうな中笑える通形も、それにつられてしまう波動達も、まだ諦めたわけではない。

諦めてたまるものか。

 

「───いや、ホラー系言うよりはモンスターパニックかな〜」

「いきなりどうした?」

「B級映画もたまにはええよね!」

 

アント先生にはこちらの細やかな会話まで聞こえているらしい。波動はむすりと眉を寄せる。なるほどよくできた蟻地獄。正直巨大蟻だけでお腹いっぱいだが、彼らが作るコロニーはとても複雑で広い。ここにヴィランが放り込まれたら泣き喚いて許しを乞い絶望するだろう。でも波動達はヒーローだ。逆にあの余裕ぶっこいてニヤニヤしながらこちらを見ている物理教師の顔に波動だの拳だのたこ足だのを叩き込んでやらねば気が済まない。獅子の子落としにもほどがある。誰が難攻不落の蟻地獄に叩き落とせと言ったんだろう。

 

「まあでも…!! この程度のことを乗り越えないと、ヒーローにはなれないんじゃないかな…!!!」

「…ひ、ひーろーって、しきいがたかくない…?!」

「いや、そうだ。アント先生は俺達がこの蟻地獄を突破できると踏んで仕掛けて来たのでは…?!」

「せ、せんせいにたいするきたいがおもい…?!」

 

対する声響は息も絶え絶えで呂律が回っていない。走り続けていても多少息が切れている程度のヒーロー科3名が恐ろしい。ヒーロー科は魔境だ、行く気はさらさらなかったが行かなくてよかった。と回らない頭で声響は思う。

 

「あのねちゃん…!! いける?!」

「わからない…!!」

「え、なに、何か作戦があるの?」

 

ヒアリを見るまではあった自信が無くなっているのを声響は感じている。すごく大きいが5匹のクロオオアリと、まだ小さいが100匹単位の群れで動くヒアリ。どちらがいいかと言えば圧倒的にクロオオアリだ。アント先生は集団恐怖症とかご存知だろうか? 頭に叩き込んでやりたい。

 

自分以外の誰かに影響を及ぼす個性は、自分の心持ちが必要なのよ。とは、ミッドナイトの言葉だ。ましてや自分は己の一節一言で相手を変えてしまえる個性。投げられているボールをなぞってその軌道を変えるように、雪解け水がじわじわと大地を削って川になるように。

自分が放った言葉が辿るだろう結末を、常に考えていかねばならない。

 

()()()()()()()? どうしたら蟻達は私の言うことを()()()()()()?」

「うん────うん? うーん、わからない!」

「わからないならなぜ答えたミリオ…!」

「……」

 

“信じる”にはある程度の理由が必要だ。

それを抜きにする以上どうしても相手の思考にも違和感が残る。1小節では足りない、やはり理由付けが必要なのだ、と波動は考える。“思考誘導”、言い変えよう。“説得”の個性だ。

 

もしくはまだ個性を出したてで不安定であるかだ。どちらにしても、素敵な個性。波動は場に似合わずくすりと笑みを零した。

 

「…どうしたんだ君も、波動さん。───お、俺の知らないところで会話するのをやめてくれ…!」

「…心臓がノミ」

「ウッ」

 

転びかけた天喰を波動と通形は両脇から引っ張りあげて走らせる。いつだってどれだけ転ぼうが引っ張りあげてあげるが、今はやめてほしい。例え転んで蟻に飲まれても助け出すけど。絶対に。

 

「うん! あのねちゃん、とりあえず口撃してみよう! 実践あるのみ!」

「てきとーーーではーーー?!」

 

3秒ほど、にっこにこ笑っている波動と泣きそうなほど眉を下げた声響が見つめあう。程なく声響は半ば悲鳴のような深呼吸をした。

大丈夫、行ける、行くの、できる、頑張れ、等。自分を励ます言葉をぶつぶつ呟いた彼女は、意を決して振り向いた。

 

「────あ、あ、あ…()()()行って!!」

 

………キシキシと鳴くヒアリ達は、変わらない様子で行軍を続けている。

 

引き攣った笑顔で波動を見上げる声響。

相変わらずにこにこの笑顔でそれを見つめ返す波動。

 

「うえええん…!!! ───()()()()()()!」

 

───脇にいた数匹が怪訝そうに数秒だけ足を止めたのを、ヒーロー科の3人は見逃さなかった。

 

「よし! 行ける! 行けるよ声響さん…!」

「頑張ってあのねちゃん!」

「よく分からないが効いてるぞ…!」

 

「うわぁああん()()()()よう!!! ()()()て!!!」

 

一斉に口を噤む3人。途端に耳に入る蟻の足音に、声響は泣き喚きたい気持ちでいっぱいだ。「やっぱり喋って!」と沈黙と騒音に耐えきれなくなった声響は精一杯叫ぶ。

 

「ねえねえ、やっぱり“説得力”ってことは、何かを命令するとき『やってほしいこと』と、『その理由』が必要なんじゃないかなあ…!!」

()()()()()()()()()()()()ーー!!!」

「…あーーー、たぶん、今の感じで大丈夫、だと思うぞ。なんというか、さっきよりは、できてる…………。なんで喋ってるんだ俺は…?」

「今日はよく喋るね?」

「何故だろう…」

 

会話に一貫性がなくなってきている。声響の個性により、影響を受けた天喰と通形は自覚がないのか不思議そうな顔で首を捻っている。

 

「とりあえず、落ち着いて、集中しよう。込めたい言葉に個性を集中させるんだ。君ならできるよ!!」

「教師とヒーローはすぐそうやって無責任なことを言うーーー!!!」

 

もはややけくそである。

走って、走って、走って、足はもう本当に辛い。恐怖感だけで突き動かされている。

 

曲がって、進んで、走って、上がる。

 

「ていうかそろそろ中層への入口あってもいいんじゃないかな!!!」

「闇雲に走りまくっているから見つからないんじゃないか…!!!」

「ねぇ、早く撒いて落ち着こう!!!」

「それが普通科の私頼みって嘘でしょうッ!!!?」

 

闇雲に走って───入った部屋は行き止まりだと気づいた時には遅かった。

赤ちゃんの声が大きくなる。脱出先を探して振り向くとヒアリがキシキシとこちらを見上げて顎を鳴らしている。

足に噛み付こうとした1匹を通形は放るように蹴り上げて撃退する。自然と壁際に後退した。ヒアリは盛り上がるように体を重ね、こちらに雪崩こもうと───

 

「お願いだから、()()()()()()!!! ()()()()()()()()()()!!! 嫌だから!!! アント先生のばーーーか!!! どこかに他の人いるから!!!」

 

その声が響いた瞬間、ヒアリが挙動を止めた。首を傾げて、仲間と話すようにキシキシシューシュー鳴き声を発する。数秒後、彼らは戸惑うように回れ右をして去っていく。

声響は自分の言葉とともに───ヒアリと共にどこかへ行こうとしたヒーロー科3人の服を引っ張って座らせた。

 

「せ、せいこうした?」

「───う、うん…! ありがとうあのねちゃん」

「のーーぷろぶれむ……きゅう……」

 

◆◆◆

 

「お、あの4人、中層行けそう? もう半分くらいは中層行けたんやない?」

「…中層には何を仕込んだんだ?」

「えーー特に? 下層も中層も2種類ずつ放り込んでオシマイやで?」

 

クロオオアリとヒアリには「赤ちゃんを取り戻せ」と「生徒を見つけ次第追い回せ」ぐらいしか命令していない。

 

中層の子達は───まあ自由にやらせている。具体的に害する命令を出してるのは上層の1種だけだ。

茶ノ丸は己の太ももについているレッグバッグを見やる。1本の試験官の中にはもう、何もいない。

 

「(うーん、どれだけやれるんだか)」

 

各々攻略法を導き出した生徒たちが続々と中層に突入する。

上層の蟻を思いながら、茶ノ丸は頬を指で緩く叩いた。

 

 

──────────────────────

 

波動:閉鎖空間では個性を使いにくい

通形:赤ちゃん人形

天喰:物量には対処しにくいのでは

声響:1人じゃ無理

 

あのねちゃんの個性は光の職業だとアナウンサーとか向いてそう。ヴィラン側だったら騙したりだとか。

強く説得力を付与させたい場合はもっとたくさんお話ししなきゃいけない話でした!

 

しばらく週1で更新できればいいな…

 

 

 

 

 



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text28:海月

「は、はッ、疲れた。無理だ。しんどい。うう…」

「頑張れ環…!!! ここからが中層だよ…!!!」

「きゅう………」

「あのねちゃんダメっぽい…身体的にも精神的にも限界だったのかな…」

「ははは…ここからは俺が背負うよ。波動さん」

 

中層へと続く通路の直前。「ここから先、中層(ニコちゃんマーク)」と描かれた看板の元で、4人の生徒がへたりこんでいる。ヒーロー科通形、天喰、波動と、普通科声響の4人1組。

巨大クロオオアリと巨大ヒアリに追われた下層から逃げ延び、やっとここまで。

 

ぐるぐると目を回しながらうわ言を呟いている声響を通形が背負う。波動から彼女の個性の概要を聞いた今でも、影響を受けていたことが信じられない。

人質の交渉とかにものすごく活躍しそうだ。あとは避難のアナウンスとか。

 

「ねえねえ、通形! 次の階層、最初はどうする? 下層は逃げてばっっかだったからね、中層では暴れてみる?」

「うーん、そうだな。アント先生のことだからそういう思考も絡めて蟻の配置をしているのかも。下層と同じ手は通じないぞ…みたいな」

「あ、ありえる……でもミリオ、それだとまた後手に回らないか?」

 

逃げ回るだけだった下層のことを思い出す。自分たちはヒーローだ、誰かを照らす月明かり。敵が現れたのなら立ち向かおう、迷子になって泣いている子供がいるなら手を伸べよう。だけれど────

 

「これは守るべきものを守る競技。赤ちゃんが泣かないように、できるだけ戦闘を避けて上層へ向かおう」

「うん───うん、わかった。俺はお前に従う」

「よーし! 頑張っていこう!」「お〜……」

 

力なく声響が呟いたのに、みんなで笑った。

競技開始から約20分。舞台は岩場の中層へと続くのだった。

 

◆◆◆

 

「ちゃのにいは、ヒーローならへんの?」

 

そう問うたのは、大阪の水族館の深海ゾーンでのこと。小さなクラゲたちがライトアップされた水槽の中ゆうゆうと揺蕩うのを眺めながら、兄は自分の体を揺すりあげた。

 

兄はぱちくりと私とおそろいの大きな瞳を瞬かせると、うーんと困ったように微笑む。深海ゾーンはとても静かで、闇に浮かび上がるようなクラゲが不気味で、効きすぎた冷房が肌寒くて、抱っこをせがんで困らせたからもうそんな顔させたくなかったのに。

 

「…お茶子は俺にヒーローなってほしいん?」

「うん! だって、かっこえーやん!」

「そうかなあ…」

 

暗闇の中、寒さの中、それでも平気なのは兄が抱いてくれていたからだ。兄はすごい、どんなに怖い見た目のクラゲや魚を見ても怖がらないのだから。いちいちビクつき兄の服に皺を作る私を、ケラケラと笑って「平気だよ」とくすぐってくれる。

 

「ヒーローってぷりき⚫あ? 俺男の子やし、大きいしなあ…ぷ⚫きゅあは難しいかもしれん…」

「ちゃうよー。おーるまいと、とか。そういうの!」

「そういうのかあ…」

 

そういえばオールマイト何某の特集、テレビでやってたね。と兄はクラゲを眺めながら、また困ったようにくしゃりと笑った。彼が見ているクラゲはタコクラゲだ。その名の通り小さなタコのような見た目で、笠にある水玉模様がなんとも可愛らしい。少し興味を惹かれて水槽に手を当てる。笠を細かく動かしながら移動する彼らは、目の前に現れた巨大な手を気にすることはない。

 

「…クラゲってなー、分類的にはプランクトンなんやで。プランクトンってわかる? ほら、さっき見たクラリネとかも」

「ぶんるいてき?」

「“仲間”ってことやよ」

 

少年らしさが残る兄の眼差しは穏やかだ。

瞼がゆっくり落ちて、大きな目を隠してしまう。男性にしては長めの睫毛。筋の通った鼻に、いつも口角が上がっている唇。彼の頬はいつも固い。肉がついていないというか、よく笑っているから筋肉がついているのだろう。

 

「プランクトンの定義は水の中を漂っている生物、らしいで。自分で泳ぐ能力がない生き物」

「でも、この子ら泳いでるよ?」

「ああ、うん。水槽のなかならな。海の中には水流っていう大きな力があって、クラゲはその流れに逆らえないんや。いちおー泳ぐ能力はあるんやけど弱すぎるから、水流の流れに沿って漂ってんの」

 

兄の指が水槽をくすぐるように動く。

 

私はその話を聞いて一層まじまじとクラゲを観察した。

 

「じゃあ、なんでこの子らのかさは動くの? すいりゅうをただようだけなら、うごかなくてもええよね?」

「うーんと、確か、体液を循環させるためやなかったっけ。それに限らずだいたいの生き物って動かないと死んじゃうんやけど。お茶子だって、眠ったら寝返りうつやん?」

「???」

 

兄はすごい、なんだって知っていた。

私が知らないことはなんだって。

 

私にとって“兄”とは憧れであり、理想であり、そして“ヒーロー”そのものだった。なんだってできてしまう、無敵のヒーロー。

 

兄は体を揺らしながら、暗がりをのらりくらりと歩いていく。

 

「くらげってさあ、“海の月”って書くんやって。なんでかなあ」

 

ただその時、なんでも知っている兄がこぼした問いに、彼がどこかに行ってしまいそうな気がして思わず指の力を強めた。

 

そうだ、そうだった。兄はなんだって知っていた。

───15歳という歳に似合わず。

 

「次、何見る。ペンギン? イルカ?」

「いるかさんのショー見たい!」

 

その数ヶ月後、兄が「雄英高校のヒーロー科」に進学すると聞いたのだ。

当時は無邪気に喜んだものの、彼と同じ歳になって、私はそのことに後ろめたさを感じていた。

 

───「ええよ、お茶子。俺はお茶子のためのヒーローになる。お茶子が“助けてー”言うたら、いっちばん最初に駆けつけてみせるよ」

 




短めでした(駆け足)。

先日某年末の大イベントの当落発表されましたね。無事スペースをいただけたので新刊落とさないようにそっちに集中します…! 息抜きですよ息抜き。やばかったら(締切)12月中旬まで、やばかったら(精神面)11月中もちょくちょく更新できるかな…?

プランクトンの定義って幅広いなあ…


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