陽だまりをくれる人 外伝─Überlieferung─ (粗茶Returnees)
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1話

 二次創作の外伝って何なんでしょうね。我ながら思います。




 

 学年が上がって、1学期のちょっとしたドタバタも終わった私達は、夏休みに遊びに行ったりライブをしたりと充実した生活を送ってた。2学期に入って、まさかのこの時期の修学旅行があったんだけど、なんだかんだで楽しめた。友希那とリサと同じ班だったしね。

 今年に入ってから、リニューアルしたスタジオがあった。名前は『Galaxy』。リニューアルオープン記念に、ポピパ、アフロ、ハロハピ、Roseliaが出た。私たちAugenblickとパスパレは出なかった。さすがに事務所NG。私は個人で行ってみようかと雄弥に相談したんだけど、やめとくように言われた。雄弥にそう言われたのは意外で、その事を疾斗に話しても似た感じだった。

 

「うーん、なんとかならないかなー」

「結花何に悩んでるの?」

「雄弥を落とす方法」

「は?」

「冗談だから! 目が怖いよリサ!」

 

 わざと紛らわしい言い方にしたんだけど、リサ相手にこれはやめといた方がいいね。優しい瞳が一瞬で獲物を捉えた鋭い眼に変わったし、冷や汗が止まらないし。心臓に悪いったらありゃしない。

 私の席の前に座ったリサは、呆れたようにジト目を向けてくる。リサからしても今のは冗談のつもりらしい。冗談とは思えない怖さだった。

 

「それで、雄弥がどうかしたの?」

「うーん、雄弥がどうってわけでもないんだけどね。ほら、リサたちはGalaxyでライブしてるじゃん? 私たちもやってみたいな〜って」

「結花たちも? さすがにやめといた方がいいよ。結花たちの集客力で考えたら客席が狭すぎるもん。ネットで炎上するよ?」

「そんな彩のSNSじゃないんだから……。でもやっぱり狭いよね〜。シークレットでやるのも無理かー」

「いや、彩だってSNSで炎上なんてしてないからね?」

 

 リサのツッコミを聞き流して、私は椅子に持たれかかって天井を見上げる。文化祭の時は裏技で私も歌うことができた。さすがにAugenblickでは出られなかっけど、私と友希那のデュエットができたし、リサのベースと雄弥のギターがバックにあった。あくまで文化祭の範囲でできたことで、Galaxyでのライブとなればそれはもう私たちAugenblickのライブとなる。ネックとなるのは客席。

 愁なら何か手を考えてくれるかもしれない。そう思ったこともあったけど、手段はなくはないけどやめといた方がいいと言われた。大輝には聞いてない。やろうとしか言わないから。

 

「二人ともどうしたの?」

「あ、友希那〜。結花がね、Galaxyでライブしたいって言ってるんだけど、さすがに無理があるよね〜ってなってるんだ〜」

「Galaxyで? なぜあそこで?」

「友希那たちがライブしたから」

「はぁ。あなたね……もっと大きな会場でできるでしょ? それこそ私達が立てないような舞台に」

「それとこれは別というか……」

 

 分かってる。これは私の我儘なんだ。海外ライブだってやった私たちなら、もっともっと大きな会場でやることができる。それこそ武道館でのライブだって狙える。自惚れじゃなくて、それだけの人気があることを自覚してる。

 それはそれとして、Galaxyでやりたいんだ。箱でしか味わえない感覚を味わいたい。客席からしか知らないあの熱量を、舞台の上で、演奏者として味わいたいんだ。他の4人があまり乗り気じゃないのも難題なわけで。

 

「リサは雄弥から何か聞いてない? 私がGalaxyでライブしたがってることについて」

「ううん。何も聞いてないよ。それこそアタシが知ったのは今日が初めてだし」

「そっか〜。まぁ身内の問題ってわけだしなー」

「……リサ、本当に聞いてなかったの?」

「へ?」

 

 突破口になりそうなものが見当たらない。リサなら雄弥から何か聞いてるかもって思ったけど、そういうわけでもない。お手上げだなーって思ったんだけど、友希那が何か引っかかったみたい。私なら流してたところを。

 

「本当に雄弥から何も聞いていないのかしら(・・・・・・・・・・・・)?」

「え、うん……そうだけど、友希那は何か聞いてたの?」

「いえ、私も聞いていないわ。ただ、雄弥がリサにすら話していないという点が引っかかったのよ」

「アタシでも知らないことはあるよ?」

「音楽関連はそうではなかったはずよね?」

「……あ……」

 

 むぅ、私じゃついていけない話だ。雄弥の癖というか、二人がつけさせた習慣の話なんだろうけど、音楽関連は全部どっちかに話すようにしてる、とかなのかな。最近だとリサの方が知ってるとか?

 

「今回のは線引きが怪しいところだけど、音楽関連とも言える内容だわ」

「それでも雄弥はアタシにも友希那にも話してない……」

 

 ……隠し事ってほどじゃないけど、話さないものがあってもいいんじゃないかな。そう思う私がおかしいのだろうか。変に飛び火するのも嫌だし、ここは二人の流れに便乗しようかな。

 

「Galaxyに何かあるってこと?」

「そう考えるのが妥当ね。……と言っても、あそこは普通のスタジオなのだけど」

「Augenblickのみんながあからさまに避けてる、とかなら分かるけど、普通にアタシたちのライブ見に来てたしね〜。ポピパの主催ライブだって見に来たわけだし」

「うーん……今日にでも改めてGalaxy行ってこよっかな! 仕事とかないし!」

「同行したいところだけど、今日は練習があるのよ。ごめんなさいね結花」

 

 申し訳なさそうに謝る友希那に、別にいいよって首を振る。妹として引き取ってもらってるわけだけど、同い年なわけで私はもう18歳なのだから。これくらい一人でも問題ないんだよね。花音みたいに迷子になるわけでもないし。

 

「雄弥は誘うのかしら? 今日は午後から空いてるって聞いてるけど」

「ううん。一人で行ってくるよ」

「友希那は心配性だなー」

「もしもの事があれば困るでしょう。結花はアイドルなのだから」

「そうだけどさー。あ、それなら、アタシたちの練習が終わったら一緒に帰る。っていうのはどうかな? アタシたちがGalaxyに行くのもよし、結花にこっちに来てもらうのもよし。明るい間なら心配いらないっしょ?」

「……そうね」

 

 私のことなのに私を抜きにして話が進んでいく。何なのだろうかこの光景は。別にいいんだけどね。一人でGalaxyに行くにしても、帰りにみんなでワイワイしてるのも楽しいし。そもそも、改めてGalaxyに行って何か収穫があるのかも分からないし。あ、店長さんが淹れてくれるコーヒーは収穫に入るか。

 

「結花もそれでいい?」

「いいよ〜。こっちから連絡入れるようにするね」

「オッケ〜」

 

 休憩時間が終わって、本日最後の授業が始まる。私はその授業の半分くらいしか脳に入って来なかった。Galaxyで得られる情報があるのか。たぶん、店長さんに聞くのが一番だよね。六花ちゃんは今年からこっちに来たばかりのバイトちゃんだし。

 放課後になるまでが長く感じた。救いだったのは授業の後のHRが短かったこと。私は途中まで友希那とリサ、そして待ち合わせたあこと一緒に歩いて、途中で別れた。紗夜と燐子は現地で合流するんだとか。Roseliaも、知ってから一年弱だけど、随分仲が深まったと思う。衝突という壁を乗り越えて、一段と演奏にも磨きがかかって。

 

 あれを目の当たりにして思う。私たちはどうなのだろうか、と。

 

 私たちは、本当にトップレベルの演奏で走り続けられているのだろうか。

 

 

 

 浮かんできた疑問を首を振って霧散させる。迷いは歌に影響する。心身を整えるのも、アーティストとして当然の仕事。それに、今は目の前のことを片付けないと。

 商店街でいろんな人と話して、お裾分けも貰っちゃったりしながらGalaxyに到達する。階段を降りていって、そこにある扉を開ける──つもりだったんだけど、私が扉に近づくと同時に中から扉が開けられた。

 

「うわっ!?」

「ん? あぁ、悪い」

「あ、キングだ〜。練習してたの?」

「そんなとこ。ってかその呼び方はやめてくれ」

「マスキングは長いじゃん」

「ならマスキでいいだろ」

「たしかに!」

 

 その考えを見落としてたや。誤魔化すように笑ってると、マスキが呆れてため息をつく。怖いイメージあったけど、なんだかんだで人情に厚いし、可愛いとこあるし、仲良くしたい人だよね〜。

 

「あんたは?」

「結花」

「は?」

「名前で呼んでよ、マスキ」

「……分かったよ」

 

 頭を掻いてぶっきらぼうに名前を呼んでくれる。ちょっと照れ臭そうにしてるのもポイント。勘違いされちゃったりするのが、随分と勿体ない気がする。

 

「結花はこれから…………っ……あー、今日入らないほうがいい」

「え、なんで?」

「なんでも」

「気になるんだけど、あれ? 音楽流れてないね? 今から違う曲にするのかな?」

 

 Galaxyのフロントはいつも音楽が流れてる。歌はなくて演奏だけ。ジャズとかクラシックとかロックとか、それこそいろいろ。いつもパソコンで曲を決めて、いろんなのが流れてくわけなんだけど、それが止まってる。好きな曲を聴くときはCDにしてるって言ってたし、今からそっちが流れるのだろうか。

 扉を閉めようとしたマスキを遮って、私は店長さんがどんな曲を流すのか聴いてみることにした。

 

 

 ──それが間違いだったと気づいたのは、曲を聴いてからだった

 

 

「……ぇ……これって……」

 

 聞こえてきたのはどこかのバンドの演奏。ううん、違う。どこかのバンドなんかじゃない。よく知ってるバンドだ。

 私がよく知るバンドで、私が所属してる(・・・・・)バンドだ。疾斗のギター。雄弥のベース。愁のキーボード。大輝のドラム。聞き間違えるわけがない。

 

 

 でも、私が知らない曲だった。

 

 

 

 そして──存在しないはずのボーカル(5人目)の歌声が聴こえた。

 

 



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2話

 

 ベッドの上で膝を抱える。部屋の電気はつけず、暗闇の中一人。帰ってくるまでのことが記憶にない。あの曲を聞いたところまでは覚えてるんだけど、どういう道順で帰ったんだっけな。友希那にちゃんと連絡したっけな。覚えてない、分からない。だけど、それを確認する気力もない。

 あの曲はいったいなんだったんだろう。あの歌声の主は誰だったんだろう。分かるのは男の子だってこと。同年代くらいのはず。Augenblickのメンバーの年齢は、ほとんど固まってるから。

 

(奪い取った……? 私が居場所を盗んだの……?)

 

 もしかしたらそう思われてるのかもしれない。何か事情があって加入が遅れて、その間に私が奪ったのかもしれない。そんな可能性が脳裏を過ぎる。否定したいけど、否定できる気がしない。そう言われても反論できないから。

 部屋が急に明るくなる。顔を上げたら、部屋の入り口に友希那が立ってた。制服じゃなくて部屋着。お風呂はもう済ませたのかな。

 

「電気くらい点けなさい」

「……そうだね」

「……何があったの?」

「…………」

 

 押し黙る私に友希那は何も言わない。静かにドアを閉めて、私の目の前に座る。私は腕を引っ張られて、友希那に頭を抱えられた。なんで何も言わないのに、こうやって優しくしてくれるんだろ。私は、友希那に張り合う資格すら持っていないのに。こうしてもらえるのもおかしいのに。

 

「話してくれないのかしら?」

「……」

「……佐藤さんに会ったわよ」

「っ! ……なら……知ってるんじゃん……」

「あなたの思いを聞けていないもの」

 

 友希那はズルい。リサみたいな外から埋める優しさじゃなくて、直線で距離感を調整して合わせてくれる。だからこそ、こういう時に心にぐっと来て、壁を突き崩される。

 

「……私以外にボーカルがいた……」

「Augenblickに、よね? 私でも知らなかったことなのだけど……。おそらくお父さんも知らないわよ」

「うん……でも、いたの……曲があったもん!」

「……そう」

 

 シーツを掴む力が強くなる。友希那の腕の力が少し強くなって、私はぎゅって抱きしめられる。友希那だって真相は知らない。でも、友希那は私を支えてくれる。それが嬉しくて、離したくなくて、友希那が離れたらって不安に襲われる。

 

「大丈夫よ結花。私は何があっても結花の味方だもの」

「友希那……」

「雄弥たちはたしかに仕事の関係で結成されたバンドにいる。だけど、彼らは口では仕事の関係と言いながら、仲間のことを大切にしている。それは結花がよく知っているでしょう?」

 

 知ってる。後から加入した私のことを大切にしてくれてることを、何度もいろんな場所で実感した。マスコミの意地悪な質問も、雄弥たちが庇ってくれた。私にたくさん教えてくれて、いろんな景色を見させてくれてる。疑いたくはない。でも、一度抱いた不安が拭えない。

 

「もし、仮に本当は誰かがボーカルだったのなら、結花はバンドに入れていない。その枠は必ず残し続けられていたはず。そうならなかったということは、何か事情があるのでしょう」

「何かって……なに?」

「それは私にも分からないわよ。雄弥たちに聞かないと……あの子は今日帰ってこないみたいだけど」

「え?」

 

 連絡があったらしい。雄弥は今日疾斗の家に泊まりに行くって。たぶんハロハピの活動に巻き込まれてるだろうけど。こころが何か計画してるらしかったし。

 

「明日帰って来るから、その時に聞いてみましょう。今日はちゃんとご飯を食べて、お風呂に入って、しっかり寝る。いいわね?」

「……うん」

「まずはご飯ね。お父さんたちも待っているし、さっそく下りましょう」

 

 え、みんな待ってたんだ。先に食べていたらよかったのに……って言うのは野暮だよね。ちゃんと謝って、待っててくれたことにお礼を言わなきゃ。

 先にベットから降りた友希那が、私に手を差し伸ばしてくる。私はその手を握ってベットから降りる。繋がっている手から友希那の優しさが伝わってくる。それは体温という形で伝わってきて、先を歩く友希那の背中が大きく見えた。

 

「下りてきてわね」

「ごめんなさい」

「いいのよ。さっ、食べましょうか」

 

 お母さんは何も聞かずにご飯をついでくれる。お父さんも何も言わないし、それが心地良くて、私はこの環境に甘えてしまう。今は、と弱い自分を曝け出してしまう。それが良いことなのか分からない。もしかしたら悪いのかもしれない。揺れてしまう私の心を、友希那の手が留めてくれる。

 ちらっと横を見たら、目を細めてる友希那と目が合う。繋いでいる手が一段と強く感じられる。何の根拠もないけど、友希那がいてくれたら大丈夫だと思えてしまう。私は、まだ頑張れる。

 

「見つめ合ってないで座ってちょうだい」

「あ……」

「ふふっ、席につきましょうか」

 

 友希那の隣に座って、用意してもらった晩御飯を食べる。温かい食事で、なんだか沈んでいた気持ちも浮上してくる。

 お風呂にゆっくり浸かって、友希那にリビングに呼ばれて行ってみたら髪を乾かしてくれた。友希那は家事が全然できないし、音楽以外がからっきしってイメージもあるんだけど、髪の手入れがびっくりするぐらい丁寧。私も気をつけていたんだけど、友希那の方が詳しい。ドライヤーも心地良くて、私は瞳を閉じて友希那にもたれかかりたくなる。

 

「はい、もういいわよ」

「ん〜、ありがとうー」

「寝るならちゃんと部屋で寝なさいよ?」

「友希那はー?」

「……はぁ、後から部屋に行くわ」

 

 片付けを終えた友希那は、私より先に2階に上がっていく。作詞もあるだろうし、たしか学校の課題もあったから、それを終わらせてから部屋に来てくれるのかな。

 

「あ、私も課題やらなきゃ!」

「結花、ちょっといいかな?」

「どうしたの?」

 

 バッとソファから起き上がったら、お父さんから声をかけられた。お父さんから声をかけてくるのは珍しくて、どんな用なのか全然予想もつけられない。

 

「もしかしたら、結花に謝らないといけないと思ってね」

「へ? 何かあったっけ? もしかして私のおやつ食べたとか?」

「いやそれはしてないよ。……バンドのことさ」

「っ!?」

「雄弥たちから説明するべきだろうし、こちらから話すこともできないのだが、父さんは事情を知っている。話す必要はないだろうと、そう判断したのだが、もしそれで結花が今傷ついているのなら──」

「あはは、お父さんってば背負い過ぎ。その気持ちだけで嬉しいよ」

 

 ──なんで話してくれなかったのか

 もし私が家に帰ってきてすぐにこれを知ったら、そう叫んでたと思う。当たり散らしてたかも。でも、時間が空いて自分でも少し落ち着くことができて、友希那が支えてくれるって分かった。それだけで十分だ。お父さんが取るような責任なんてどこにもない。私たちはまだ未成年だけど、社会人の端くれでもある。今回の案件的にも、親が責任を肩代わりする必要なんてないんだ。

 

「私は全部知らないといけないんだと思う。今までずっと甘えられてきたけど、それの区切りにするべきなんだよね。……真実次第じゃ私がどうなるか分かんない。怖いよ? でも、それでも私は受け入れてみせるから。結果も含めて」

「……そうか。去年とは見違えるほど成長したな」

「ちょっ、いきなりそんな事言われてもリアクション困るってー!」

「ふっ。全てを知り、自分の思いをぶつけなさい。Augenblickに足りないものを結花は知っているのだから」

「うん!」

 

 お父さんに背中を押されて、私は気合に満ちた笑顔を浮かべられたと思う。軽くなった足取りで階段を駆け上がって、一度自分の部屋に入ってから友希那の部屋に突入する。

 

「一緒に課題やろー!」

「ノックしてから入ってきなさい」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 今日は全体練習の日。メンバー全員が揃う日で、私が話を聞くのにもってこいな日だった。本当は貴重な時間を潰さないほうがいいんだけど、こういう時じゃないとたぶん話してくれない。全員に予定を空けてもらうより、全員の予定が一致してる日にしたほうが都合がいいんだ。

 

「さて、じゃあまずは大輝がパシリになるとして」

「待て疾斗。その前提はおかしいぞ」

「ジャンケンしたところで大輝が負けるのは目に見えてるだろ」

「いつも負けてるみたいに言うなよ!」

「しゃあねぇな。愁も巻き込んでジャンケンだな」

「勝手に混ぜないでくれるかな?」

 

 部屋に入ったら早速よくわからない光景を見させられる。私は何が起きてるのかよく分からなくて、一人離れてベースをチューニングしてる雄弥に近づく。昨日帰ってこなかった雄弥。どこで何してたんだか。

 

「あれ何してるの?」

「いつもの光景。ジャン負けが買い出しだな」

「雄弥は免除なんだ?」

「俺は先に買ってきたからな」

 

 言われてから気づいた。雄弥の近くにあるテーブルに、ビニール袋が置かれてる。中には飲み物が入ってるみたいで、なぜか2本あった。どっちもスポーツ飲料なんだけど、2本飲むつもりなのかな。

 

「一本は結花のだ」

「そうなの? ありがとう」

 

 なるほどなるほど。私も分も雄弥が用意してるから、私もあのジャンケンに巻き込まれないでいいわけだ。別に混ざってもいいのだけど、雄弥がせっかく買ってくれたのだし、私は今日これを飲むとしよう。

 それに、みんなに話を聞くんだって固めた覚悟が薄れちゃうかもしれない。

 

「おっしゃ勝ったァァァ!!」

「なん……だと……」

「なぜ僕に勝てなかったのか、明日まで考えてみてください。そしたほがぁっ!?」

「それは腹立つ」

 

 ジャンケンに負けたのは、絶対の自信を持っていた疾斗みたい。ライブ終わりぐらいに飛び跳ねてる大輝はいいとして、煽ってきた愁には理不尽ビンタをしてる。あれ結構痛そうというか、最悪首の骨がやられるような。

 

「疾斗は加減を間違えないぞ」

 

 私の懸念を晴らしてくれたのは雄弥で、雄弥はチューニングを終えたベースを仕舞って……え、仕舞うの?

 

「さて、ジャンケンも終わったし、先に買うか後に買うか……」

「あ、疾斗ちょっといい?」

「どした?」

「疾斗だけじゃなくて、みんなに聞きたいことがあるんだけど」

 

 私がそう言うと、大輝や愁もこっちを見てくれる。雄弥は相変わらずだけど、リサから何か聞いてるのかな。

 

「……私が入る前に、誰かボーカルいたよね?」

「「っ!?」」

「……知っちゃったか」

 

 大輝と愁が驚いて、疾斗は困ったように苦笑いする。確信を持って言ってるから、誤魔化しなんて通用しない。それがみんなに伝わって、疾斗が楽器を片付けるように指示を出した。

 

「えっと……」

「中途半端にしか知らないんだろ? その話をするなら、ここから移動する必要がある」

「あいつの話をするために最適な場所があるんだよ」

「結花も行ったことあるけどね」

「それって」

「Galaxyだ。あそこで全部話してやるよ」

 

 ベースを背負った雄弥がそう言って先に部屋を出ていく。元から楽器を出してなかった疾斗が、肩をすくめながら雄弥に続いて、私も雄弥が買ってくれた飲み物を取って後を追いかけた。

 

 



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3話

 

 疾斗を先頭にして、私たちは練習場所から移動する。建物を出て、電車に乗る。数駅進んだらそこで降りて、改札を通って商店街へ。やまぶきベーカリーのパンや北沢精肉店のコロッケの匂いがして、いつもなら寄りたくなるけど今日はそうならない。

 マスキのお父さんに挨拶して、いざGalaxyへ。今日は誰も練習してないみたいで、ライブをしている様子もない。六花やマスキもいないし、ある意味好都合だね。普通ならそう考えるんだけど、このメンバー相手だと疑ってしまう。

 

「もしかして先に連絡したとか?」

「してない。たまたまだ」

「ふーん? 雄弥がそう言うならそうなんだろうね」

 

 雄弥は嘘をつかない。嘘をつくことに必要性を感じないから、だとか。隠し事はすることがあるみたいだけどね。必要が迫られたら話してるらしい。

 お店の奥まで進んでいって、受付カウンターに行くと、ここの店長の能々美子(よしこ)さんがいた。

 

「美子さん久しぶり」

「うわっ、疾斗くん久しぶりだね……って、みんな勢揃い!? 大きくなったね〜!」

「その台詞を言うと年寄り臭く感じますね!」

「ふふふ、大輝くんってば冗談のセンスがないね」

「いだだだだ! 頭が割れるぅぅ!!」

 

 大輝が美子さんに余計なこと言ってアイアンクローされてる。助けを求められるけど、誰も助けようとしない。私も女性だし、美子さんの怒りには同感だからもちろん助けない。

 みんな好き勝手に寛ぎ始めて、疾斗が人数分のコーヒーを入れる。それを愁が受け取って、テーブルに置いていく。私は雄弥に手を引かれて、真ん中の席に。その横に雄弥が座って、反対側に愁。向かい側三人は残りの人たちだね。

 

「みんなで来たってことは、あの子(・・・)の話をするってことでいいのかな?」

「あの子……っていうのは、私の前のボーカルの人ですよね?」

「そうなるね。……正確に言うと、ボーカルになるはず(・・)だった(・・・)だけどね」

「病気ですか?」

「そうだね。病気で亡くなったの」

「!?」

 

 病気っていう予想は当たった。だけど、まさか死んでるなんて思わなかった。その人のことを聞こうとしてるなんて、……私は無神経だ。

 

「気にしないで。私としては、こうして聞きに来てくれたことが嬉しいから。デビュー前のことだったし、みんなは隠すって決めてたみたいだったし?」

「うっ、それを言われると……」

「あいつとは共に立てなかったけど、あいつのおかげで俺達はここまで来れた。世間では知られてなくても、俺達と共にいる」

「ふふっ、こういう時の疾斗くんはカッコイイね」

「おっと? 普段は?」

 

 引っかかったとこを問い詰める疾斗を、美子さんは笑いながら躱してく。気さくな空気にしてくれてるけど、私はそれでいいのかと疑問が残ってる。

 

「決めたことだろ」

 

 そっと手を重ねながら、雄弥が私の背を押す。

 

「結花は気にし過ぎだ。俺達は結花の選択を尊重してるし、能々さんだって話す気でいてくれてる。今さら躊躇うな。全部知って前に進め」

「雄弥……」

「雄弥くんの言うとおり。知っていてほしいっていうのも、私の本音だから」

「……分かりました。躊躇ってしまってごめんなさい」

「いいのいいの! それで、まずは名前からかな。あの子の名前は律無(おとなし)奏一(そういち)。本来ならボーカルで、リーダーを務めることになってたの」

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 芸能事務所で、新たなプロジェクトを始めようという動きが起きていた。音楽活動が活発になってきた現代の波に乗り、それなりの成果を出すには優秀な人材を発掘しなくてはいけない。その仕事を任されたのが、その後マネージャーを務めることになるゼファーだった。

 手っ取り早く、腕に自信があり、行動力も評価できるのがオーディションの良いところなのだが、中にはオーディションを受けることなく、埋もれた才能として世間に溶け込んでいる人材もいる。ゼファーは主に、そちらに目を向けたかった。それ故に、小さなライブハウスを回るようにした。埋もれた逸材を見つけるために。

 

 後に5人集めることができたわけだが、その最初の一人が、律無奏一だった。

 

「評判のいい子がいるようだが、はてさてどうだろうな」

 

 世界に通用するような人物を探すとなると、そうそうに集められたものではない。しかし、ゼファーが掴んだ情報では、ここにいる人物の評判は非常に高かった。その価値を見極めるために、こうして足を運んでいる。

 いくつかのバンドが演奏し、途中でソロで歌う人物が現れる。それがゼファーの目的の人物、律無奏一だった。

 奏一が現れた瞬間、会場の熱が本日最高潮に達する。その盛り上がり方だけでも、実力を秘めていることが伺える。イントロが流れ始め、歓声が収まってすぐに歌声が響き渡る。その瞬間確信した。彼は世界に通用する実力を秘めていると。

 

「ありがとうございました!」

 

 奏一の歌が終わると、ゼファーはスタッフに身分を明かして奏一とのコンタクトを図る。了承自体は得られたものの、ライブ自体はまだ終わっていない。ライブが終わって、客や他の出演者がいなくなってからということで、話をする約束を取り付けた。

 

「お待たせしてしまって申し訳ありません。後片付けもあったもので」

「いえいえ。歌、聴かせてもらいましたよ。あれだけの歌を聴けたのは久しぶりだ」

「ははっ、ありがとうございます」

「それで、そちらの方は?」

「能々美子さん。姉代わりみたいな人です」

「なるほど」

 

 改めて挨拶を交わし、ゼファーは奏一をスカウトしに来たことを明かす。これからやろうとしているプロジェクトの説明をし、そのメンバーになってほしいのだと。

 

「スカウト……」

「奏一はまだ中学生ですよ?」

「分かっています。保護者様にもご説明しますし、メンバーが不利益になるような契約は結びません。過密なスケジュールにならない事も契約書内に記入しておりますし、本人の意志を優先します」

「ですが……」

「俺は受けたいな」

「奏一?」

 

 使い潰しが無いのか心配する美子に、ゼファーは丁寧に説明をしていく。未成年との契約で最も懸念されるのは、社会を知らない子どもが、知らぬうちに不当な扱いを受けないかということだ。それをゼファーは、必ず起こさせないと明言し、実際に契約書を見せている。

 奏一はそれに目を通しつつ、スカウトを受けるという希望を口にした。

 

「企画内容からしても、他のメンバーだってトップレベルの人が集まる。そんな人たちと演奏できるチャンスを無駄にしたくない」

 

 次元が違うと呼ばれる者は、周りから浮いてしまうために孤立してしまう。奏一が一人で歌っていたのもそれが理由であり、ゼファーが持ってきた話は願ってもない内容だった。

 

「奏一がそう言うなら、おじさん達の説得も協力するけど……」

「あはは、ありがとう!」

「いいのよ。夢だもんね」

 

 張り合える仲間と切磋琢磨し、高みを目指していく。上り詰めた時に見る景色も、その過程も、どちらも奏一にとって夢なのだ。

 

「他のメンバーは決まってるんですか?」

「いや、君が最初だよ。ただ、一人決まればグループ像も固められる。これからすぐに集められるよ。2週間あればお釣りが来る」

「そんなに早く集まるものなんですか?」

「人脈広いからな。君と合いそうな子に心当たりあるし、あいつはその気になれば人を寄せ付けるからな」

「オカルトめいてますね」

 

 苦笑する奏一に、ゼファーも頷いた。自分で言っておいてなんだが、ゼファーだってそういうのはあまり信じたくない。だが、奏一に合うメンバーの第一候補は、そういう人物なのだ。人との繋がりに偏りもない。皆から親しまれるような人物から、嫌われるような人物まで、どんな相手でも引き寄せる引力を持っている。そんな少年なのだ。

 

「後日改めて保護者の方に話をしに行く。顔合わせなどの時期は、それ以降に連絡する」

 

 まだ保護者の説得は終わっていない。そもそも反対されるとも決まっていないが、芸能界は不安定な世界だ。生き残り続けられる人物などひと握り。慎重になる親のほうが多い。しかしゼファーは、了承を取れる前提で話を進めた。過信などではなく、そうできると確信を抱いて。

 その自信の強さが奏一と美子にも伝わり、そして奏一はそれに感じるものがあった。この人物なら間違いないと、共に進める人だと。

 

「よろしくお願いします」

 

 だから奏一は、自然と手を出して握手をした。

 

 

「そんなわけなんだが、どうだ? 疾斗」

『んー、面白そうな話ではあるな〜。けど俺、楽器は素人だぜ?』

「お前ならすぐに上達するだろ」

『変に期待持たれてもなぁ。まぁいいや、乗ってやるよ』

「そうか。じゃあついでにドラムを引ける奴連れて来い。お前の知り合いに一人くらいいるだろ」

『おけ〜』

 

 電話を切り、帰路につく。適当に言ってみたが、まさか本当にドラムを演奏できる人間に心当たりがあるとは、ゼファーも思っていなかった。しかし、いるとなれば話は早い。ドラムが決まったと仮定すると、残りはギターとベースとキーボードだ。キーボードにはゼファーの方に心当たりがある。となれば、どちらかを弾ける人材があと一人必要だ。

 

「掘り出し物探しは忙しいな」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 ゼファーというマネージャーが家に来て、父さんと母さんと話をした。契約内容を全て話し、父さんと母さんの疑問にも全て丁寧に答えていた。俺の意志もしっかり伝え、両親からの了承を得ることができた。

 その翌週末、メンバー達との顔合わせの日が来た。まさか本当にこの短期間で集められるとは思ってなかった。実力者を集めたとは言われたけど、基準は人それぞれ。どれほどの実力なのかは、この日に音合わせをすることで確かめることになってる。

 

「おはようございます」

「おはおはー!」

「ぐぉぉぉ! 疾斗お前上からどきやがれぇぇ!」

「…………??」

 

 一度扉を閉める。深呼吸してからもう一度開ける。やっぱり誰かを組み伏せて遊んでる人がいる。どうやら夢じゃないらしい。部屋も間違っていない、ということは──

 

「これがメンバー……」

「諦めるといいよ。この二人これでも実力あるみたいだし。上に乗ってる方は楽器経験が最近までなかったって聞いてるけど」

「はい!? って、毛利愁!?」

「あはは、リアクションいいね。キーボード担当で呼ばれてるんだ。よろしくね」

 

 いつの間にか横にいた毛利に驚いて飛び上がる。まさかバリバリ知られてる芸能人を呼んでくるとは。ゼファーさんは芸能界の人間だし、人脈を駆使したらそれも可能なのか。いろんな才能があるって言われてるけど、まさかキーボードもできるとは恐れ入った。

 

「おっ、ゼファーが言ってたボーカルだな。俺は秋宮疾斗。ゼファーの奴がうちの爺ちゃんと知り合いでな、その伝手で呼ばれた。俺の下でもがいてるのが梶大輝。うるさいバカだけど、ドラムの腕は間違いないぜ!」

「今騒いでるのはお前のせいだよ! 早く上からどけ!」

「メンバーも揃ってきたし、仕方ないからどいてやるよ。しゃーなしな!」

 

 無茶苦茶な自由人。そんな印象を抱かされた。なんて奴を呼んだんだと混乱したけど、佇まいとか雰囲気が異質だ。毛利のような芸能人オーラとは違うけど、何かを持っている気がした。

 

「さっき楽器経験がないって聞いたけど」

「ないぞ? ゼファーが言うには、ベース担当を見つけたから、ギターを弾けって話だったな。んなわけで、俺がギター担当」

「弾けるの?」

「3日前に練習始めたし、なんとかなるさ」

「舐めてるとしか思えない発言なんですけど!?」

 

 なんでこんなのを呼んだんだ。しかも、聞いた話じゃこいつが頼んだんじゃなくて、ゼファーさんの方から頼んだって話だし。すごい人ぽかったのに、期待外れということになるのだろうか。

 

「お、すでに仲良くやってるな」

「よっ、ゼファー。ベースの奴以外揃ってるぜ〜」

「呼び捨ては失礼だろ」

「気にするな。敬語とか俺が慣れてないからタメ口OKなんだよ」

「それでよく社会人やってますね」

「あっはっは! 辛辣だな奏一!」

 

 何が面白いのか、高笑いを始めるゼファーさん。そのゼファーさんを後ろから容赦なく蹴った人物がいた。きっと彼が残りの一人。ベース担当の子。

 

「お前も容赦ないな。雄弥」

「? 適当に扱っていいという話だったからな」

「そこまでは言ってないぞ!?」

 

 わけが分からない人物だ。そいつからは何も読み取れない。熱意とか一切ないように見える。というか、そもそも人間味がほとんど感じられない。無表情で、感情を持っていないんじゃないかと思わされるほどだ。

 

「なんにせよ、揃ったな。んじゃ、自己紹介か? その後に音合わせするか。課題曲は伝えてあるし、演奏できるだろ?」

「早くやろう。晩飯呼ばれてるから早く帰る必要がある」

「お前はある意味マイペースだよな雄弥!」

「自己紹介は大事だろ〜」

 

 ゼファーさんと秋宮に止められて、雄弥と呼ばれた少年が淡々と自己紹介する。というか、名前を言っただけだった。湊雄弥。それがこの少年の名前らしい。

 そんなに早く帰りたいのか。いや、湊はそういう考えもないだろう。さっき言ったことが全て。呼ばれているから、そこに行かないといけない。だから早く済ませたい。それだけなんだ。

 

「協調性ないな〜。ま、取り敢えず音合わせするか」

 

 改めてゼファーさんが支持をだして、それぞれが準備を始める。秋宮は本当に初心者のようで、セッティングをゼファーさんに教えてもらってた。他のメンバーは問題なかったけど、なんか一気に不安になる。やる気が削がれてしまいそうだ。

 

「カウント始めるぞ」

 

 ドラム担当の梶がカウントを取り始める。最初に歌はない。楽器隊のお手並み拝見といこうか。

 そんな風に考えていた自分が馬鹿らしかった。梶のドラムは少し走り気味になるも、湊のベースが一切崩れないおかげでリズムが崩れることはない。すぐにドラムもベースと合わさり、ペースの崩れないリズムが作り上げられる。しかも、湊はあわな様子だったのに、演奏が始まれば別だ。僅かに変わるだけとはいえ、その音に熱を感じられる。梶にいたってはそれ以上だ。

 そこにキーボードとギターが加わる。キーボードも想像以上の旋律が奏でられているけど、一番驚いたのはギターだ。3日前に始めたとは思えない。本当は3年ほどやってたんじゃないかと疑いたくなる。

 

──文句なしだ

 

 知らぬ間に俺も気分が上げられてた。歌声がいつも以上のものを出せる。激しい高揚感。それを加えつつ、歌のクオリティを保つ。こんなに楽しく歌えるなんていつぶりだろうか。なんでもいいか。これから、これだけ楽しい演奏ができるんだ。そして、いずれは最高の舞台で!

 

「ふぅー。いやー楽しいなこれ!」

「お前3日前に始めたとか嘘だろ」

「いやいや、花音に頼んで練習に付き合ってもらったんだぜ? まずは楽譜を読むところから!」

「その花音ちゃんって子が不憫に思えるな!」

 

 梶と秋宮が騒がしくなるけど、その表情は楽しげだった。どうやら、今の演奏で感じたものは、みんなも同じだったらしい。

 

「どうだ? 面白いメンバーを集められただろう?」

「予想とは違いましたけど、これはこれで良さそうですね」

「好反応で何より。って雄弥くん!? 片付け始めるの早くない!?」

「? 音合わせは終わった。このメンバーでやっていくってのも確定した。なら、今日の予定は終わっただろ?」

「そうなんだが……協調性……!」

 

 頭を抱えるゼファーさんに代わり、ベースを仕舞ってしまった湊に近づく。できればもう一曲くらいやりたかったけど、湊にその気はないらしい。咎める気もない。これから一緒にやっていくんだ。今はそれで十分。

 手を差し出す。湊が首を傾げたんだが、これでは通じないらしい。なんだかおかしな奴だ。

 

「俺は律無奏一。これからよろしくな、湊」

「ああ、そういう……。雄弥でいい」

 

 湊改め雄弥と握手を交わしたら、俺たち二人まとめて秋宮に飛びつかれる。気づけば梶と毛利も近くにいた。

 

「俺は秋宮疾斗。俺も疾斗でいいぜ!」

「梶大輝だ。下の名前で呼んでくれ」

「毛利愁。僕も愁で呼んでほしいな」

「わかった」

 

 一度演奏しただけ。それだけなのに、俺達は一気に距離が縮まった気がした。音楽活動をしていくのだし、仲違いはしたくないものだ。

 

「写真撮ろうぜ!」

「俺は帰る」

「1枚だけでいいからさ! そんくらいの時間はあるだろ?」

「あるな」

「うっし、じゃあゼファーよろしく!」

「俺は入れないのか……」

 

 残念そうにするゼファーさん。今度全員揃った時にでも、他のスタッフさんにでも頼むしかなさそう。

 

「あ、そうだ。リーダーは奏一な」

「え!?」

「だって、奏一が一番音楽に真剣だし。雄弥と愁は仕事感覚。疾斗は楽しんでるし、大輝はバカだ。奏一しかいねぇだろ」

「そんなわけだ。よろしくなリーダー!」

 

 こうなる事が分かってたんだろう。疾斗は愉快そうに笑いながら言ってくるし、愁と大輝は目をそらす。雄弥は無反応。たぶん早く帰りたいとか思ってるんじゃね。なるほど、たしかに俺がやるしかなさそうだ。そう腹を括り、こいつらを音楽漬けにしてやろうと思いながら笑って承諾した。

 そうして撮った1枚は、部屋の写真立てに入れることにした。この日の事を、初心を忘れないようにするために。

 

 デビュー日が決まった。俺達のことはシークレットにして、事務所の新たなプロジェクトを行うということだけを世間に発表してる。その披露日が、デビュー日だ。その日に向けて、何度も練習を重ねた。とある番組内で一曲だけ披露させてもらえる。そのために作られたオリジナル曲。それが今練習してる曲。

 

 その練習中だった──

 

「ガハッ!?」

「ぇ……」

「奏一!?」

「雄弥はゼファーに連絡しろ! 愁は救急車を! 大輝は誰かスタッフ呼んでこい!」

 

 俺が吐血して倒れた。疾斗が素早く指示を出し、それぞれすぐに動いてくれる。それはありがたかったけど、お礼を言うことができなかった。

 

「はや……とっ……ぐふっ!」

「喋るな。できるだけ楽にしてろ」

 

 疾斗に上体を起こしてもらい、何かが口に逆流してくる嫌悪感が薄れる。喋る気力も出てこなくなった。呼吸は薄れ、小さな穴を風が抜けるような、か細い呼吸音になる。やがてスタッフの人が駆けつけ、一旦医務室に運ばれる。この事務所、そんな場所もあるとか知らなかったな。

 救急車が到着したら、病院に運ばれた。病院に着いた頃には俺の意識が曖昧で、記憶に残ってない。気がついた時には、病院のベッドに横たわっていた。

 

 先生に告げられた事実は残酷だった。俺は生き残ることができたが、それ自体が奇跡らしい。全力を出すことに、体が耐えられない。つまり、俺は歌を本気で歌うことができない。デビュー目前なのに……掴みかけた夢を、掴めないのだと告げられた。

 

 神様は残酷だ。気まぐれでターゲットを決めて、願いを、夢を抱く人間に絶望を与えてくる。

 最高の仲間に出会えたというのに。

 夢の舞台に登れるはずだったのに。

 どうして俺からそれを奪うのか。

 

「奏一起きてるみたいだよ」

「寝てても起こした」

「やめてやれ!?」

「みんな……」 

 

 賑やかに病室に入ってきたのは、一緒にデビューするはずだったバンドメンバー。一番後ろで黙っている雄弥が、看護師さんに注意されてた。さすがにあれは可哀想。雄弥だから気にしてないだろうけども。

 

「話は……知ってるのかな?」

「……ああ聞いた」

「そっか……なら……」

任せろ(・・・)

 

 言わなくても汲み取ってくれる。疾斗の長所だ。その察しの良さは異常なほどに良くて、時たま怖くもなるんだけど、今はそれがありがたかった。

 4人(・・)のデビューは、病室にあるテレビで見ることにした。その時は美子も隣にいて、2人であいつらのを見届けることになる。俺が掴めなかったものを。

 4人は、俺の予想外のやり方でデビューした。まず、オリジナル曲を演奏せずに、カバー曲を演奏したこと。そして、担当の紹介時に誰もボーカルを名乗らなかったこと。疾斗がギターボーカルするか、雄弥がベースボーカルをするかの、どちらかだと思っていた。それなのに、誰もボーカルを名乗らなかった。あまつさえ、

 

『このバンドにボーカルはいません』

 

 疾斗がはっきりとそう言ったのだ。

 この番組は生放送で、それが終わったらすぐにこっちに来るという話だった。そして4人は、本当にすぐに来た。ゼファーが車を手配していたらしい。だから、俺は部屋に入ってきた疾斗に掴みかかった。

 

「どういうつもりだ! ボーカルはいないって、同情のつもりか!? ゲホッ…!」

「ちょっ、奏一! 大声を出しちゃ駄目でしょ!」

 

 咳き込む俺を咎めながら、美子が背中を擦ってくれる。少しは気が紛れるも、俺は目の前にいる疾斗を睨みつけたままだった。

 

「同情なんかしてないし、俺達はお前を抜くとは言ってない」

「なんだと?」

「俺達のボーカルはお前だ、奏一」

「4人の演奏じゃ物足りなくてな―。ドラム叩いてても熱が足りなかった」

「僕も同感だよ。このバンドには奏一が必要だ。ね? 雄弥」

「俺はどっちでもいい」

 

 沈黙が流れる。この流れでまさかの発言だ。俺ですらドン引きだわ。その静寂を破ったのは、静寂を作った張本人だった。

 

「ただ、奏一がいるときの方が、他のメンバーが良い演奏した。だから早く復帰しろ」

「雄弥は言葉がヒデェな〜。まっ、とにかく俺たちは奏一を待つからよ。お前は早く治せ」

「治せって、……分かってるんだろ?」

「治らないとは聞いてないな!」

「っ!! はは、はははっ、たしかに、そうとは言われなかったな」

 

 あぁ、どこまでもポジティブな疾斗が羨ましい。きっとこいつは、立場が逆でも同じことが言えるんだ。それだけの強さを持ってる。よく口にする、花音って子が関係するのかな。

 

「バンド名は、Augenblickにした。ドイツ語で一瞬って意味だ」

「奏一が戻ってくるまでに、一瞬で音楽界を登り続ける」

「戻ってきた時には武道館ライブをプレゼントしてやるよ!」

「お前ら……ははっ、俺がいなくてそう上手くいくかよ! 一瞬で治して、俺がお前らを武道館に連れてってやるさ! そん時に披露しようぜ、俺達の曲をよ!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

「──闘病生活の末、奏一は命を落とした。武道館ライブが決まった日にな」

「…………そう、なんだ……」

 

 すごい話を聞いた。Augenblickというバンドが生まれた経緯、その名前の由来。話の流れからして、本当は違う名前になるはずだったバンド。それがこのバンドなんだ。

 

「涙拭け」

「うん……ありがとう、雄弥」

 

 ハンカチを渡されて、それで涙を拭かせてもらう。ところでこれ、リサのハンカチだよね。さらっと惚気られたんだけど。速攻で涙が引っ込みましたよ!

 

「美子さん」

「何かな」

「私は奏一くんのことを知りません。だけど、音楽がすっごい好きで、真剣だったってことは分かりました。……私がこう言うのは、烏滸がましいと思うんですけど、私、奏一くんの想いも背負って歌います! 先輩ボーカルの想いを背負って!」

「結花ちゃん……ありがとう……」

 

 その後は、奏一くんの話をいろいろ聞いた。顔合わせの時に撮ったという写真も見させてもらった。真ん中で強い眼差しを持っていて、それでいて笑顔な人。リーダーになるはずだった人。きっと、デビューできてたら、このバンドはもっと高みにいたんだろうな。

 私がそう思ってると、雄弥の手が私の頭に乗せられた。そっちを見ると、ちょっと呆れた視線を向けられてた。

 

「俺は、お前のポテンシャルが奏一に負けてるとは思わない」

「え……いやいや、それはさすがにお世辞……」

 

 お世辞を雄弥が言うわけがない。つまり、雄弥は本当にそう思ってるということで……。やば、胸が熱くなってくる。

 

「奏一は友希那より高みにいた奴だ。だから、結花も友希那より上にいける」

「……うぅ、ありがとう! 雄弥のバカ!」

「なんでだよ」

「あはは、雄弥くんは鈍感ね〜」

 

 話もだいたい終わって、時間も遅くなる前に解散ということになった。私は帰る前に、ふと思い出して聞いてみた。前にここで聞いた曲のことを。あれが、奏一くんが歌った唯一のオリジナル曲。そのタイトルを私は知らない。

 

「あーあの曲ね。身内にだけ配られた特別品なんだけど、曲名は結花ちゃんも知ってるわよ」

「え? いや、だってここで聞いたのが初めてですし」

「大ヒントだけ言ってあげる。ここのお店の名前は、あの曲から貰ったのよ」

「ぁ……」

 

 自ずと答えは出た。私は美子さんにお礼をして、雄弥と一緒に帰路に着いた。聞きたいことは聞けた。受け取るものもあった。目標もできた。私はまだまだ高みに行ける。

 

「過去に学び、今を生きて、未来へ繋げ」

「いきなりどうした」

「ううん、お兄ちゃんが言ってたことが、ちょっと分かったな〜って!」

「それ、玲音さんが発祥なのか」

「え、うん。そうだけど、知ってたの?」

「ああ。奏一のやつも言ってたからな。……あの人、どこで繋がりを持ったんだか」

「さぁ、お兄ちゃんだし。分かんないよ」

 

 今もどこで何してるのか分かんないし。連絡は来るから、安心できてるけども。

 私は、次のライブの時に、歌いたい曲を歌わせてもらった。このバンドが、本来名乗るはずだったバンド名で、本来最初の曲として演奏されるはずだった曲。

 ──『Galaxy』

 

 そして、奏一くんが途中まで書いて、それを私達で完成させた新曲。たしかに受け取ったバトン。

 

 『Überlieferung』

 

 

 



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