パンドラズ・アクターの冒険 (kirishima13)
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第1話 黒歴史(パンドラズ・アクター)の降臨

「たのもーう!!!」

 

 エ・ランテル冒険者組合の頑丈な扉がバーンと大きく開けられる。

 受付嬢、テーブルで相談をしている冒険者たち、掲示板を睨めつけている者、カウンターで大声を出している者。その場にいた誰もが声を失い入口を見た。

 荒くれものが集う冒険者組合であるが、そこにはその荒々しさに相応しくない人物が立っていた。

 全身にフリルが付いたその衣装はメイド服。この辺りでは珍しい漆黒の艶やかな黒髪は長くポニーテールにしている。切れ長の目ときめ細かい色白の肌を持つその容姿は姫という言葉がふさわしいだけの美しさだ。

 年齢は10代後半から20代だろうか。非常にお淑やかそうな雰囲気を醸し出している。

 しかし、その中で一点だけ違和感がある部分があった。その違和感をその場の誰もが見つめている。

 

(何で軍帽!!!???)

 

 そう、その美しいメイドの頭には黒い軍帽が乗っているのだ。

 その人物はツカツカとカウンターまで歩み寄るとくるりと振り向き、帽子に片手をかけて首だけ受付嬢の方向を振り返る。軍帽の陰から見える美しい瞳が受付嬢を打ち抜いた。

 

「冒険者になりにきました。登録をお願いできますか、美しいお嬢さん?」

 

 そう言って帽子の陰からウインクを送る漆黒の美女。

 受付を任されるだけあって容姿には自信があるものの目の前の人物と比べれば月とすっぽんである。

 その人物が自分を美しいお嬢さんと呼んだ。「はぅぅ」と心を打ち抜かれた受付嬢とともにその場にいる誰もが同じことを思った。

 

(お前が言うなあああああああああああああ!!!)

 

 

 

 

 

 

 時はさかのぼりそこはナザリック地下大墳墓の宝物殿。

 パンドラズ・アクターは創造主であるモモンガに命じられた任務を行っていた。それは至高の存在の姿を模すというものだ。

 現在模しているのはタブラ・スマラグディナだ。脳喰い(ブレイン・イーター)と呼ばれるタコに似た軟体生物を思わせる異形であり、ボンテージのような衣装をまとっている。

 ソファーに座りながらパンドラズ・アクターはずっとその姿のまま微動だにしない。

 自身の創造主であるモモンガにそう命じられているからだ。そしてその喜びは計り知れない。

 周りに彩られた数々の素晴らしいマジックアイテムは至高の存在達が集めてきたものであり見るだけで感激をもたらす。

 そのような素晴らしい職場の中でさらに直接任務を与えられている喜び。じっとしているだけではあるがパンドラズ・アクターは幸せそのものであった。

 

 

 

 しかし、その幸せはある時突然に失われた。

 

「Oh!」

 

 突如ソファーが消失し、パンドラズ・アクターは地面に投げ出された。そして見上げて見えたのは真っ暗な夜空だ。それは満点の星空であった。

 思わずその美しさにパンドラズ・アクターは魅了される。ナザリック地下大墳墓の第六階層にも空があるがこれほどの美しさはない。まさに神が作り出したとも思えるその美しさに見惚れてしまう。

 

「美しい……キラキラしてまるで宝石箱みたいですね……」

 

 そんな感想を漏らしつつしばらく夜空を見上げていたのであるが、ふと気になり周りを見渡してみる。

 すると先ほどまで彼の周りに存在したナザリックの宝物達の一切が消え失せていた。

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

 あまりのショックに叫びだすパンドラズ・アクター。守るべき宝物たちが無くなっている。やっとその事態を把握する。

 

「ここはどこですか?モモンガ様!!?」

 

 自らの創造主の名前を呼ぶも返事はない。

 そのため即座に変身を解く。そこに現れたのは黄色い埴輪といった見た目の異形種だ。

顔はピンク色の卵のようにツルリと輝いており、毛は一本も生えていない。顔にはペンで丸く塗りつぶしたような黒い穴が3つあるだけだ。

 上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)。相手の外装のコピー能力を持つ異形種であり、モモンガが作った唯一のNPCでもある。

 ネオナチを彷彿とさせる黄色い軍服を身にまとい、頭には軍帽、背中にはサーコートを羽織り、胸には記章や勲章が飾られている。

 創造主であるモモンガの中二病による真心を一心に受けて生まれた黒歴史(パンドラズ・アクター)である。

 

「モモンガ様!?モモンガ様ああああああああああああああああ!」

 

 泣けど叫べど返事はない。

 

「《飛行(フライ)》!」

 

 状況把握のため《飛行》の魔法によりその場から飛び上がるパンドラズ・アクター。

 両手で軍帽を押さえ、片膝を曲げている。サーコートをバサバサと羽ばたかせながら周囲を見渡すその様子は様になっている。

 

「草原……と森ですか」

 

 上空から確認できるのはその二つのみ。生き物や集落などはどこにも見えない。

 

「ナザリック地下大墳墓はヘルヘイムのグレンデラ沼地にあったはずですが……私はどこにいるのでしょうか……」

 

 周囲の確認を終了し、華麗に地面へと降り立つ。そのキビキビとした動作は軍人そのものだ。

 

「《伝言(メッセージ)》!」

 

 通信を可能とする魔法により知りうる限りのナザリックのメンバーや創造主たちに《伝言》を飛ばしてみるが反応がない。

 

「さてどうしたものでしょうか……。モモンガ様にご命令をいただかなければお役に立てないではないですか……」

 

 顎に手をあてパンドラズ・アクターなりに困っていると森からガサガサと言う音がしたと思うと人間の群れが現れた。

 

「な、なんだこいつ!?バ、バケモノ!?」

「亜人……なのか!?お前は!?」

 

 そこに現れたのは鎧を着た騎士たちとローブを纏った魔法詠唱者の集団数十人だ。

 

「落ち着けお前たち。包囲しろ」

「はっ!!ニグン隊長!」

 

 彼らこそスレイン法国の誇る六色聖典の一つ、陽光聖典である。その指揮官であるニグンの命令ののもと、一糸乱れぬ動きで騎士と魔法詠唱者たちがパンドラズ・アクターの周囲を包囲する。

 

「やれっ!」

「《衝撃波(ショック・ウェーブ)》!」

「《火球(ファイアーボール)》」

「《魔法の矢(マジック・アロー)》」

「《電撃(ライトニング)》」

 

 魔法詠唱者たちにより数々の魔法がパンドラズ・アクターを襲う。

 しかしそれらは彼に届く前にすべてが打ち消されてしまった。

 

「なっ!?魔法無効化能力だと!?」

 

 陽光聖典が自分たちの魔法を全て無効化されたことに驚愕している。それを尻目にパンドラズ・アクターは周囲へ反撃とばかりに手のひらを向ける。

 

「《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》!」

 

 謎の異形により放たれた謎の魔法にニグンたちは身を構えるが何事も起こらない。しかし、パンドラズ・アクターの反応は顕著であった。

 

「ほぅ……!ほぅほぅほぅ!あなたたち!私の知らないマジックアイテムを持っていますね!」

 

 創造主であるモモンガにそうあれとマジックアイテムを愛する心を与えられているパンドラズ・アクターは見たこともないマジックアイテムの数々に心躍らせる。

 

「き、貴様何者だ!」

 

 謎の異形の思わぬ反応にニグンが叫ぶように尋ねる。

 

「私ですか!?知りたいんですか?知りたいんですね!?」

 

 パンドラズ・アクターは勿体ぶるようにサーコートをバサリと翻す。

 

「いいでしょうお教えしましょう!我が名はパンドラズ・アクター!至高なる御方の居城!ナザリック地下大墳墓における最重要領域『宝物殿』の領域守護者!偉大なる我が創造主!モモンガ様より唯一創造された存在!パンドラズ・アクターとは私のことです!以後お見知りおきを」

 

 オーバーに身振り手振りを行ったと思うと最後にまるで貴族がするように優雅な礼を行う。その様子を見てニグンたちはあっけにとられていた。

 

(ふふふっ、私のかっこいい名乗りに声も出ないようですね……)

 

「さて、あなた方は私に魔法を放ちましたが、これは決闘(PVP)の申し出と取ってよろしいですね?」

「はぁ?」

 

 ニグンにはもう相手が何者か訳が分からなくなっていた。

 

「私と対決をするということでよろしいですか?」

「当然だ!異形など生かしておけるか!」

「そうだそうだ!」

「この化物め!」

 

 スレイン法国の国是は亜人や異形の排斥。その中でも陽光聖典はその殲滅を目的として作られた部隊だ。異形などと相いれるはずがない。

 

「なるほど、分かりました。では決闘の誓約はなりました!」

 

 パンドラズ・アクターが大きく両腕を広げ天を仰ぎ、PVPを宣言する。

 それを攻撃の合図と見なしたのかニグンは慌てたように指令を飛ばす。

 

「ぜ、全員とつげ……」

「とーーーーう!!」

 

 パンドラズ・アクターの拳が一閃。ニグンの部隊すべてが天へと舞った。

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ……ほぉ……これはこれは……むふふふ、なるほどなるほど。《道具上位鑑定》。ふむふむ……」

 

 ニグンは頭の痛みに堪えながら目を覚ます。まだ目の前に星が飛び散っているのを幻視するが頭を振って意識をはっきりさせる。

 

「なっ……」

 

 ニグンは自分の恰好を見て絶句した。

 上半身は裸、下半身は下着のみ。周りを見ると自分の部隊の隊員たちもすべてが白ブリーフ1枚という姿である。

 月明かりに光る白いブリーフは陽光聖典ならぬ月光聖典ではないかなどと馬鹿な考えさえ浮かんでしまう。

 そしてそこにいる卵型の黄色い頭の生物。それが何をしているかと言うとニグンたちからはぎ取ったアイテムを鼻歌交じりにせっせと袋に詰めていた。

 自分たちにこれ以上危害を加えようとするようには見えない。思わず頭に浮かんだ疑問をぶつけていた。

 

「なぜ……なぜ殺さない!?」

 

 ニグンの言葉にパンドラズ・アクターが振り返る。

 

「は……?殺されたいのでしたらそうしますが?そうしてほしいんですか?」

 

 卵頭を傾げているので、ニグンは否定するように思わず頭をぶんぶんと振る。

 するとパンドラズ・アクターはアイテムの回収を再開した。

 それを見てニグンは確信する。その興味はマジックアイテムに向いており自分たち人間に対して興味を持たれていないと。

 

(この化物にとって人間は蟻に等しいということか……。わざわざ蟻がいるからと言って踏みつぶしにそこまでいくまでもないと……)

 

「ところであなた……モモンガ様を知らないでしょうか?」

「いや……なんのことだ?」

「そうですか……」

 

 パンドラズ・アクターは少しだけ意気消沈したようなしぐさを取るとアイテムを回収し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 白ブリーフ集団を解放した後パンドラズ・アクターは考えていた。

 彼らから得た情報によるとここはパンドラズ・アクターの知っている情報の外の地域である。ヘルヘイムであるかどうかさえ分からない。

 さらに周辺は人間による国家のみでありパンドラズ・アクターの容姿では即座に化物扱いされるということであった。

 情報収集をするためには人間に扮する必要が生じて来るだろう。

 

「ふむっ……人の見た目の外装を使う必要がありますね……」

 

 パンドラズ・アクターは二重の影(ドッペルゲンガー)と言う種族のスキルとして至高の存在をはじめあらゆる存在の外装をコピーすることが出来るのだ。

 

「どのような外装がいいでしょうか……」

 

 最初に頭に浮かぶのは至高なる41人の創造主たちだ。

 しかし、それは彼らはすべて異形の姿をしており人間社会に溶け込めるとは思えない。白銀の騎士のように見えるたっち・みーでさえその中身は昆虫の亜人だ。

 

「ふーむ……」

 

 パンドラズ・アクターはとりあえず自分の創造主モモンガの姿を取ってみる。黄色い卵頭の姿が蠢き、漆黒の豪奢なローブを着た骸骨の魔王が姿を現す。

 

「お……おおおお!モモンガ様何とかっこいい!こうですか!?いいえ、こうですか!?」

 

 パンドラズ・アクターは姿見をアイテムボックスより取り出すとそれに向けてポーズを決める。

 背を向けて振り向いたり、首を傾げたり手を突き上げたり、そのたびに創造主がいかにかっこいいのかを感じ大喜びだ。

 

「こういうポーズもいいですね!ああ、美しい!セクシーですよ!モモンガ様!いい!すごくいい!」

 

 はては口に親指を咥えてみたり腰をくねらせてみたりとやりたい放題だ。そして最後に両手の平を天に向け指を突き上げるいわゆる『支配者のポーズ』で満足する。

 

「ふははははは!我が名はモモンガ!死の支配者である!愚かなる人間どもよひれ伏すがいい!……いい!最高にいいですモモンガ様ああああああああ!」

 

 姿見の前で七転八倒していたパンドラズ・アクターであったが、ふと本来の目的を思い出す。

 

「いけません、つい夢中になってしまいましたね。人間の姿になるんでしたね……人間……人間……?」

 

 そこで頭に浮かんできたのはパンドラズ・アクターの同族であるドッペルゲンガーの少女だ。名はナーベラル・ガンマ。ナザリック地下大墳墓の第九階層を守る戦闘メイドプレアデスの一員である。

 パンドラズ・アクターの姿が骸骨の魔王から黒髪のメイド姿の美女へと変身する。

 

「ふむ……これでいいですか……うーん……何か……」

 

 パンドラズ・アクターは姿見を見ながら何か物足りなさを感じる。

 創造主であるモモンガはパンドラズ・アクターに『そうあれ』とかっこいいポースを取るセンスや服装、そしてこの姿を与えてくださった。

 それがこのナーベラル・ガンマの姿には足りない気がする。

 パンドラズ・アクターはアイテムボックスより自分の軍帽を取り出し、ホワイトプリムの代わりに頭に載せてみる。

 そしてそれを見たパンドラズ・アクターの背後には雷鳴が走った。

 

「いい……ですね!いい!やはり軍帽はかっこいいです!よし!」

 

 こうしてメイド服に軍帽と言う奇妙な恰好をした美女がエ・ランテルへと向かうことになるのであった。



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第2話 冒険者ナーベ登場

 エ・ランテル冒険者組合。その受付嬢を務めるイシュペンは困惑していた。

 なんとメイド服を着た美女が冒険者になりたいと言ってきたのだ。何を言っているのか分からないかもしれないがイシュペンにも何が起こっているのか分からない。

 冒険者とはモンスターと戦うことを生業とする非常に危険な仕事だ。依頼を受けたまま帰らぬ人となってしまう場合もある。

 そのため力のない人物から冒険者になりたいと言われた場合それを止めるのも受付嬢の仕事なのだ。目の前の可憐なメイドはその力のない人物にしか見えない。

 

(……って言うか言い間違いよね。冒険者になりたいじゃなくて冒険者に依頼したいと言ったんじゃないかしら?)

 

 イシュペンは改めて目の前のメイドさんに確認してみる。

 

「あの……冒険者組合にご依頼でしょうか?」

「いいえ、私が冒険者になりに来ました」

 

 聞き間違いではなかったらしい。

 

「あの……冒険者とは非常に危険な仕事なんですよ。モンスターと戦ったりして怪我をすることもありますし、死んでしまうこともあるんです」

「問題ありません。私は強いですから」

 

 自信満々に答える軍帽をかぶったメイド。

 どうやらイシュペンの説得に応じる気はないらしい。しかし、これほどの顔の整った美女がただの町娘であるはずがないと思い立つ。

 どこかの貴族の令嬢か、そこに仕えている貴族の関係者と言われても信じてしまいそうだ。そしてもしそれが本当だった場合責任問題にもなりかねない。

 

「えと……その……あのですね……」

 

 失礼のないようにどう断ったものかとイシュペンが困っていると後ろから肩を叩かれた。イシュペンの同僚の女子だ。

 今忙しいから勘弁してほしいと思いつつ後ろを振り向くと彼女が組合長に手ぶりをして呼んでくれていた。イシュペンは神と同僚に感謝する。この窮地は組合長に丸投げしてしまおう。

 

「こんにちは、お嬢さん。冒険者になりたいのですか?私は冒険者組合長のアインザックと申します」

 

 話を引き継いだのはエ・ランテル冒険者組合長のアインザックだ。イシュペンは頼れる上司の後ろに隠れるとその場の成り行きを見守る。

 

「あなたが組合長閣下ですか!私はナーベと申します!よろしくお願いいたします!」

 

 ナーベと名乗った美少女は靴をカッとそろえると片手を仰向けに帽子に当て、見事な敬礼のポーズをとる。

 

「か……閣下?ごほんっ!まぁいい。あなたは自分がお強いと言われますがそれを証明することが出来るのですか?あなたのような美しいお嬢さんを危険な冒険に出すのを良しとする者はおりますまい」

「ほぅ?私の実力が知りたいのですか。そうですね……魔法でいえば第3位階、剣の実力もそれに匹敵するくらいはありますよ?」

 

 これはニグンから得た情報だ。ナーベからすれば第3位階など底辺の魔法ではあるがこの地ではそこまで使えれば一流と言われるらしい。

 ナーベは有無を言わせず《飛行》の魔法を使用する。この魔法は第3位階だ。

 ふわりと浮かび上がったパンドラズ・アクターが天井近くまで上昇する。それを固唾をのんで見守る冒険者組合の一同。そして誰もがそこへ注目した。

 

(……白)

 

 メイド服のスカートの中からのぞく足の付け根の先には美女の下着が見え隠れしていたのだ。

 そして何より全員が注目するのはその肢体である。すらりと長いその透き通るような肌の脚線美は芸術そのものであり、イシュペンは女性でもありながらほぅと恍惚のため息を吐いてしまう。

 

「このように第3位階魔法も使用できます。問題ありません」

 

 床へと降りてきたナーベがアインザックを見つめる。

 

「……」

「組合長閣下?」

「はっ……そ、そうか……ならば問題ないな……うん」

 

 ナーベの肢体に見惚れて混乱していた組合長はついその場で認めてしまう。イシュペンも言われるがまま登録料を受け取り、冒険者登録を済ませてしまった。

 

「これが初心者冒険者の証、(カッパー)の冒険者プレートです」

「ほぅ……これが……かっこいいですね……《道具上位鑑定》!」

 

 プレートに何やら魔法をかけて嬉しそうにはしゃいでいる。可愛い。

 

「では早速依頼をいただきたいです。今ある依頼で一番難しいものをください!」

 

 自信満々に言ってくる黒髪の美女。しかし、イシュペンはそれを認めるわけにはいかない。冒険者の実力に応じて受けられる依頼の種類は変えているのだ。

 当然初心者冒険者に危険な依頼など渡すはずもない。

 しかし、イシュペンがそれを説明するもナーベは納得する様子はなかった。

 

「私にはそれを解決するだけの力があります!私は自分の実力に見合った仕事を求めています!」

「申し訳ありません……規則ですので……」

 

 可憐な彼女から真剣な瞳で見つめられて心苦しいが、受付嬢としてそれを受けるわけにはいかない。その時……。

 

「えーっとナーベちゃんだっけ?じゃあ俺らと一緒に仕事しない?」

 

 

 

 

 

 

 ナーベは受付嬢から最低ランクの仕事しかもらえないと聞き、これ以上揉めても致し方ないかとあきらめかけていた。しかし、そこへ後ろから金髪に茶色の瞳を持つチャラついた感じの若者が話しかけてきたのだ。チャラ男とでも呼ぶことにしようか。

 

「あの……あなたは?」

「あー、俺はルクルット!ナーベちゃん!よかったら俺らの仕事手伝わない?」

「はい?」

「いいからこっちこっち!」

 

 チャラ男改めルクルットに手を引かれていくとテーブルには仲間と思われる男たちが座っていた。皆困ったように頭を抱えている。

 

「ルクルット……お前なぁ……」

「いいじゃんか、ナーベちゃんも困ってたんだしさ、なっ?」

「はぁ……どうも突然すみません。私たちは冒険者チーム漆黒の剣、私がリーダーのペテル・モークです」

 

 リーダーと名乗る男、ペテルが頭を下げる。その胸には銀の冒険者プレートが下げられている。銅、鉄と来て次が銀級であるためナーベより2つ上のクラスだ。

 ルクルットとは違い常識を持ち合わせているようで非常に丁寧な対応だ。しかし、ナーベが気になったのはそこではない。

 

「こっちは森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー」

「よろしくなのである」

 

 口周りにボサボサとしたヒゲを生やしたがっしりとした体格の男だ。

 

「それからこっちがニニャ・ザ・術師(スペルキャスター)

「ちょっと、その二つ名はやめてくださいよ……」

 

 ニニャと紹介されたのは美形で中性的な美しい少年だ。声も高く女性と言われても通じるだろう。

 

「どうも、ナーベと申します。それで漆黒の剣……ですか?」

「ええ、我々のチームネームですが……それがどうかしましたか?」

「かっこいいチーム名ですね!」

 

 両手を目の前で握りしめて目を輝かせるナーベに一同は顔を見合わせる。そう、ナーベはそのチーム名を聞いて即それを気に入っていた。

 

「ははっ、そう言っていただけると嬉しいです」

「ええっ!漆黒と言う闇を漂わす気配、そして剣と言う凶器、それはまさに狂気を表す闇のチームと言うわけですね!だったらもういっそダークネス・ブレイドとかに改名するのはいかがでしょうか!?」

 

 パンドラズ・アクターはずいっと前のめりに机に顔を突き出し提案する。

 

「いいねっ!さすがナーベちゃん!じゃあ俺たちはこれからダークネス……」

「おい、ちょっとルクルットは黙っててくれ。すみません、ありがたいご提案ですが……」

 

 さすがにチーム名を変えるという提案は受け入れられないらしい。ナーベとしてはかっこいいのでどちらも捨てがたくはあったのだが。

 

「いえ、こちらこそ突然失礼いたしました。あまりにも心惹かれるチーム名だったのでつい……」

「それでナーベさんでしたね。私たちにご協力いただけますでしょうか」

「……その前に何をするのかお聞かせいただけますか」

「ああ、そうでしたね。内容も説明せずにうちの者が失礼しました。いえ、特定の依頼を受けるというわけではないのです。それは……」

 

 ペテルの提案してきたのは都市周辺の魔物の討伐だ。

 しかし、それは依頼と言うわけではなく討伐自体に対する報酬額が決められて、その報酬を目当てに魔物を狩ろうと言う誘いであった。

 ナーベとしても周辺の状況を確認したいと思っていたこともあり、良い提案だと判断し了承する。

 

「そうですか。それではよろしくお願いいたします」

「ほんとっ!?やったぜ!ナーベちゃんよろしく!」

 

 飛び上がって喜んでいるルクルットがナーベの手を握る。そしてそのしなやかで柔らかい手の感触に感激している。

 

「ああ……ナーベちゃんの手……柔らかい……」

「あの……あなたは私に気があるのでしょうか?」

 

 ルクルットのその態度にナーベは気になっていたことを尋ねる。直球で尋ねられたルクルットは困惑するも即座に返事を返していた。

 

「え?あ、もちろん!ナーベちゃん!俺とお付き合いしてください!」

 

 ルクルットが手を差し出し頭を下げてくる。

 

「えー……とそれは私の体が目当てなのでしょうか?まぁ、別に構いませんが……」

 

 パンドラズ・アクターはルクルットの手を取り自分の胸を触らせる。

 

「えっ!?」

 

 そのあまりにも突然の行動と柔らかく甘美な感触にルクルットの顔は驚きとも喜びとも取れない表情に変わり目を白黒させる。

 ナーベとしては別に体に触らせるくらい何の痛痒もないしより良い関係を築けるなら別に気にするほどでもない。

 

 しかし、周囲はまったくそうは思わなかったようだ。まずペテルからルクルットへの鉄拳が飛びルクルットが吹き飛ぶとともにニニャがナーベへと注意する。

 

「ナーベさん!だ、駄目ですよ!女の子がそんなことしたら!いつもそんなことしてるんですか!」

「いえ、人の男性に触られるなど初めてですけど……いけなかったのでしょうか?彼がそう求めているようでしたので……」

「駄目です!ルクルットはクズですから絶対に言うこと聞いちゃいけませんよ!」

「ニニャの言うとおりである。ルクルットはこちらで懲らしめておくので安心しておくのである!」

「はぁ……どこの世間知らずのお嬢様ですか……ナーベさん。冒険者には男女の関係は基本御法度です。チームワークが命ですからね。これはそのルールをやぶったルクルットが悪いですが今後は気を付けてくださいね」

「お、おめーらひっでぇなぁ。殴ることないだろ!?俺はナーベちゃんへの愛を言葉にしてだな……」

「いいや、お前が悪い自重しろ」

「あの、あまり怒らないで上げてください。よく分からなかった私が悪いんですよね?これからも分からないことは教えていただけると助かります」

「ナ、ナーベちゃん!」

 

 ルクルットが涙を浮かべて感謝している。

 漆黒の剣のメンバーはナーベをとても素直な性格で何でも信じてしまう世間知らずのお嬢様と認識していた。そのため保護欲を掻き立てられ、ルクルットから目を離すまいとお互いに目配せを行う。

 一方ナーベからすれば彼らはこれからいろいろと協力をしてもらうかもしれないチームだ。不和を招いても利益はないとナーベは場を取り持ったにすぎない。

 各々の思惑はあるものの5人はそれぞれの能力や狩りの予定などの打ち合わせを行う。

 その後、ナーベは文字が読めないので教えてほしいと申し出たり、ルクルットが二人きりで教えてあげると大喜びで名乗り出たり、周囲の反対により監視付きで認められるなど紆余曲折あったが、翌日組合に集合の上、出発するとしてナーベはその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒の姫君が去った冒険者組合にいた人々は一斉に騒ぎ出す。話の中心は当然、突然現れたメイドについてだ。

 

「なんだ今の!?すげえ綺麗だったな!どこの娘だ!?」

「第3位階魔法の使い手とか何者だよ!」

「あの漆黒の髪は南方の出身じゃないか?」

「っていうか漆黒の剣のやつらうまいことやりやがって!ちくしょう!」

「くっそ!俺たちも狙ってたのによ!おい!ルクルットてめぇ俺にも殴らせろ!」

「俺もだ!このやろう!」

「や、やめろ!男に用はねえ!!」

 

 周囲の男たちにルクルットがボコボコにされている中、その喧騒に加わらないグループも存在した。その中の一人が冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジだ。

 

「ちっ、面白くねぇな……」

 

 冒険者組合中を巻き込んだ大騒ぎの中、イグヴァルジの言葉は消えていくのだった。



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第3話 冒険準備

 ナーベは冒険者組合を出た後、必要な道具類の調達へと来ていた。

 創造主たちから得ている情報ではモンスターを狩った場合データクリスタルを始め、様々な素材をドロップするらしく、その採取に適した道具や入れ物が必要となるからだ。さらにモンスター以外の草木や動物からも剥ぎ取りを行う可能性もある。

 そのため現在来ているのは冒険者組合で場所を教えてもらった『バレアレ薬品店』だ。

 

「たのもーう!」

 

 ナーベが勢いよく扉を開くと店の中には老婆が座っていた。手足はしわくちゃであり、非常に高齢なのがうかがえる。着ている作業着は薬草や薬品のシミだらけであり、売り子ではなく職人ということが分かる。

 おそらく彼女こそ薬師の中でも最高の熟練と言われるリイジー・バレアレなのだろう。

「おや……?いらっしゃい。可愛いらしいお嬢さん」

「《道具上位鑑定》!」

 

 あいさつ代わりに周囲の道具を鑑定する。ポーションの類はナザリックの宝物殿にあったものより質の低いものばかりであるが、その効果や色等はパンドラズ・アクターの知らないものもあり興味がそそられる。

 

「なるほど……面白い……面白いですね」

「いきなり魔法で鑑定かい?礼儀を知らないお嬢さんだね」

「これは失礼いたしました。しかし、百聞は一見に如かず。魔法による鑑定ほど確かなものはないでしょう?」

 

 しれっと真理をついたことを言ってくる美女にリイジーは思わず吹き出す。リイジーとて己の目より魔法による鑑定を信じる者の一人だ。目利きなどと言っても平気でだましてくる輩はいくらでもいる。しかし、魔法を誤魔化すのは至難の業だ。

 

「ははははは、面白いお嬢さんだね。それで、何が入用だい?」

「そうですね……とりあえずここにある薬類をすべて1種類ずついただけますか。それから瓶やフラスコなどの精製の道具、それから採取用の道具類とその入れ物などをいただきたいです」

 

 リイジーはその注文に瞠目する。ポーションを1種類ずつすべて等と注文する人間など聞いたこともない。低位のポーションを買う人間は最上位のポーションなど買う金はないし、最上位のポーションを買う人間が低位のポーションを必要とすることもない。

 まるでコレクションのために買うとでもいうような感じだ。金額も相当なものになるだろう。

 一方、ナーベとしては陽光聖典から巻き上げた金貨がありお金を儲けることよりも探求心のほうが上回っている。

 

「おたくもしかして同業かい?」

「いいえ、冒険者です」

 

 ナーベの胸のあたりを見ると銅の冒険者プレートがかかっていた。最下級のプレートである。

 

「……お金はあるんだろうね」

「ええ、これで足りるでしょうか」

 

 ナーベはアイテムボックスから陽光聖典から奪った金貨の袋を机に置いた。それは家が一軒丸ごと買えるほどの金額だ。

 

「こ……これは……」

「足りないでしょうか」

「いや、十分だよ……ンフィーレア!ちょっと来ておくれ!」

 

 リイジーが大声を上げると二階から少年が下りてきた。少年の顔立ちは整っているのだが残念なことに金色の髪が顔の半分ほどを隠してしまっておりその整った顔はほとんど見えない。着ているものもボロボロの作業着であり、磨けば光る玉であるにも関わらずもったいない限りだ。

 

「おばあちゃん、呼んだ?」

「ああ、お得意さんだよ。商品を運ぶのを手伝っておあげ」

「うん、わかったよ」

 

 ンフィーレアが商品に手をかけようとしたその時……。

 

 

 

 店のドアが蹴り破るような勢いで大きな音を立てて開かれた。

 

「こんばんはーー!人攫いでーす!」

 

 突然入ってきたのは歪んだ笑顔を浮かべた女だ。見た目は20歳前後。金髪のボブカットをしており肌は白く非常に整った顔をしているがその浮かべている表情は残虐そのもの。ビキニアーマーのような鎧にプレートを張り付け、ジャラジャラという音を立てている。

 

「あ、あんた……突然なんじゃ……」

「あたし?あたしはクレマンティーヌ、ンフィーレアちゃんを攫いに来ました。んふふふふ、よろしくねぇー?」

 

 女は馬鹿にしたような笑いを浮かべている。そしてそこから発せられているのは殺気だ。そのあまりの恐怖にリイジーとンフィーレアが固まっている中、空気の読まない声が発せられた。

 

「あ、そこの籠も一緒にもらえますか?」

 

 侵入者を意にも介さずに買い物を続けようとしているナーベだった。

 

「おい、お前!客か!?何あたしを無視してんだ……ぶっ殺すぞ!」

「今買い物してるので後にしてもらえませんか?」

「はぁ!?」

 

 ナーベのあまりの態度にさすがのクレマンティーヌも困惑する。今から殺される人間の態度ではない。自分は関係ないから殺されないとでも思っているのだろうか。いままでこんな態度を取られたことはなかった。怒りより先に体が動く。

 

「ああ、そう?じゃああんたから死になよ!」

 

 クレマンティーヌは腰からスティレットを引き抜くと一気にナーベへと突きこむ。常人では反応さえできない早業だ。

 しかし、その切っ先は細く美しい指先二本でつままれていた。

 

「ほぅ?珍しい武器ですね。《道具上位鑑定》!なるほど魔法の追加効果発動可能と……レアですね……」

「な、なに!?」

「もしかして私に攻撃したのですか?決闘(PVP)をご所望ですか?」

「ご所望も何も最初からそう言ってるだろうが!」

 

 それを聞いてナーベはニコリと笑う。

 

「そうですか!ではPVPの誓約に則りこれより決闘を行いましょう!」

 

 突然ナーベは立ち上がると両手を大きく上空へ広げ、まるで俳優のように宣言する。その馬鹿にした態度。まるでクレマンティーヌを道化扱いだ。怒りに顔が朱に染まる。

 

「てめぇ!ふざけんな!《疾風走……》」

「とう!」

 

 ナーベの拳が一閃。武技の発動さえ許さずに天に振りぬかれた拳はクレマンティーヌを吹き飛ばし、天井どころか屋根まで突き破り夜の中天に舞うとそのままの勢いで床へと落下し床へと突き刺さった。

 

「さて、では誓約に従いドロップアイテムは回収します」

 

 ナーベはそう言うが早いかクレマンティーヌの靴を脱がし、靴下やズボン、ベルトや武器、上着まですべてを引きはがしては袋へ詰めていく。

 やがてクレマンティーヌは下着のみの姿へと変貌する。

 

「うわぁ……」

 

 それを顔を赤らめながら凝視するンフィーレア。

 

「ンフィーレア!駄目だよ!お前にはまだ早い!」

 

 咄嗟にリイジーがンフィーレアの目を塞ぐ。その時……。

 さらに入口から一人の男が入ってきた。痩せ細り目がくぼんだ顔色の悪い男だ。禿げ上がった頭に黒いローブを纏っている。

 

「おい、クレマンティーヌ。いつまで遊んでいるのだ。さっさと……何!?クレマンティーヌがやられただと!?誰だ!?こんなことをしたのは!?……おまえか!?喰らえ!《酸の投げ(アジッドジャベリ)……」

「とう!」

 

 クレマンティーヌを追ってきたものの名前も名乗れなかったこの男、カジットをナーベは仲間と見なし、問答無用で拳を振るう。

 クレマンティーヌと同様に天へと舞い、天井の穴を増やしたカジットは同じように床へと頭から突き刺さる。

 

「《道具上位鑑定》!ほほぅ!これは珍しいアイテムを持ってますね!モモンガ様がお喜びになるかもしれません!」

 

 大喜びでカジットも下着一枚へと変えていくナーベ。しかし、ふと天井を見上げたかと思うと頭を抱えた。失敗したという表情だ。

 

「ああ……すみません!家を壊してしまいました……。まさかこの程度で壊れるとは思いませんでしたので……弁償させてください」

 

 この程度も何もあの勢いで壊れない建物なんてあるものかと思う。さらに誘拐犯から助けてくれたと思ったら家を壊したことを謝罪しているこの状況。

 そのギャップに思わずリイジーは噴出した。

 

「はははははは、いいよいいよ。孫を救ってくれた恩人だ。弁償何てさせられないさ」

「なんと……ありがとうございます!」

 

 軍帽を取り、一礼をするナーベ。さらりとした黒髪が初めてあらわになり、その整った容姿の全貌に同性でありながらリイジーさえも魅了されてしまう。

 

 

 

 その後、買い物を続けるナーベであったが、これだけの物音や騒動があって周りが気づかないはずもなかった。

 しばらくすると衛兵がリイジーの店へと駆けつけてきた。

 

「何かあったのですか!?こ、これは……!?」

 

 そこには下着姿で気絶している二人の男女。天井には大きな穴が二つあり、周りにはその残骸が飛散している。そしてそこには袋に何やら詰め込んでいる黒髪の美女と、店主と店員と思われる老女と少年だ。

 衛兵は何が何やら分からない。

 

「その二人は強盗誘拐犯です。私がやっつけました」

 

 振り向きもせずナーベは答える。嘘はいっていない。

 

「そ、そうなの……か?この二人……何も武器は持っていないようだが強盗誘拐?これで……?すまないがこの二人が所持していたものを持っているなら提出してほしいのだが……」

 

 衛兵のその言葉を聞いた瞬間ナーベは目をそらす。

 せっかくPVPによって勝ち取った戦利品を提出するなんて悲しすぎる。それも創造主に喜んでもらえそうなレアアイテムさえ入っていそうなのだ。

 ナーベは視線を訴えかけるようにリイジーへと向けたが、リイジーは気づいていないようだ。

 

「ああ、そやつらはわしの孫を誘拐すると言っておっての、そやつらの持ち物は……」

 

 そこまで言ってリイジーがナーベの視線に気づく。その目には涙が浮かび顔をまるで拾ってきた子犬をかばう子供のようにフルフルと頭を振るわせている。その意味するところは一目瞭然だ。

 

「……そやつらは下着姿で……素手で襲ってきた……変態じゃった……よ……」

 

 リイジーはそう言って視線を逸らす。衛兵はさらに訳が分からなくなってしまった。しかし、上司への事件の報告書は上げないわけにはいかない。

 そして仕事熱心な衛兵により彼らは全員が連行されることになるのだった。



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第4話 初めての御泊り

 衛兵による事情聴取はバレアレ家の二人の説明により何とか納得してもらい、鹵獲したアイテムを失うことなくナーベは帰路についていた。

 ちなみにバレアレ薬品店を襲った賊はズーラーノーンという名の組織の幹部だったらしく、何のためにンフィーレアを誘拐しようとしたのかは謎のままだがそのまま逮捕された。

 

 今、ナーベが向かっているのはこの町で一番安いと紹介された宿屋だ。

 睡眠飲食不要の異形であるドッペルゲンガーに宿など必要ないのだがアンダーカバーとしての立場上は泊まらざるを得ない。しかし、そんなものに大金をかけるつもりもなかったため必然的にここになった。

 

 目的の場所へ着くとナーベは宿屋の扉を開く。安普請ながら荒くれ者が集うだけあって頑丈そうな扉だ。

 酒場も兼ねているようでテーブルには酒盛りをしている屈強な男たちが騒いでいた。しかし、彼らはナーベが入ってきた瞬間静まり返る。

 

「お、おい。本当にこの宿に来たぞ。どうすんだよ」

「例のアレ……やるのか?」

 

 こそこそと話している彼らの多くは冒険者組合での騒動の目撃者であり、例のアレとは新米冒険者の実力を試すと同時に度胸を付けてやる試練のことだ。

 ようは因縁をつけ喧嘩を吹っ掛ける悪戯なのだが、メイド服の美女にやるのは気が引ける。

 

「いいからやれ。これは昔からの決まりだからな」

「ま、マジかよ……」

 

 そんな周囲の動揺などなんのその。ナーベはつかつかとカウンターへと近づくと店主兼宿主のもとまで近づく。

 

「一晩宿を借りたいのですが」

 

 店主はナーベをじっと見つめる。どう見てもどこぞの姫かお嬢様という顔立ちだ。そしてその恰好はメイド服。頭の軍帽は何の冗談かと言いたくなるがどう考えてもトラブルになる未来しか予想できない。

 

「帰りな。ここはお嬢様が来るようなところじゃねえ」

「部屋が空いてないのですか?」

 

 返ってきたのは満室だから断るのかという質問。ここで嘘をつくのは簡単だが、それで明日も来られたらたまったものではない。店主はため息をつくと胸襟を開いて説明してやる。

 

「はぁ……見ての通りここは荒くれ者ばかりだ。あんたみたいなか弱いお嬢さんはここじゃどんな目に合わされるか分かったもんじゃねえ。悪いことは言わねえからもうちょっといい宿に泊まりなよ」

「いえ、大丈夫です。こう見えて冒険者ですから」

 

 「ふふん」と鼻をならして、まるで自慢するように銅の冒険者プレートを胸の間から取り出す。思わず胸をじっと見つめてしまった店主は咳ばらいをしてそれをごまかした。

 

「そ、それがどうしたんだ。嬉しそうにしやがって……」

「そうですか?私はこれを見たとき心躍りましたよ!これ……ドッグタグですよね!そう!危険な冒険の末、帰らぬ人となった代わりに持ち帰られるもの!」

 

 ナーベは宿の階段へと歩き出すとその踊り場でまるで歌劇の役者のように語りだした。

 

「ある者は莫大な富と栄光を手にし!あるものは二度と帰らない!」

 

 階段の手すりから身を乗り出すようにしてその場にいる誰もに語り掛けるように手を広げる。その様は一流の俳優(アクター)のようだ。

 

「友が!恋人が!冒険に旅立ちその行方が分からなくなる!しかし、それは終わりではない!そのためにこのドッグタグがあるのです!」

 

 そしてオーバーに体を翻しながら再びカウンターに戻ってきた。

 

「帰らぬ人は生きた証を持ち帰ったものに託すのです!いわばこれは我々の分身!戦場における我々の魂なのです!どうです?かっこいいと思いませんか?」

「お、おう……」

 

 要するに冒険者プレートがもらえて嬉しくてそれを自慢したかったらしい。その微笑ましい様子に宿屋の一同が破顔する。

 しかもその語ったところは冒険者としての矜持と言えるもので同じ冒険者として好感を抱く。それだけ理解してるならわざわざ嫌がらせの試練なんてやらなくていいのではないかとさえ多くの者が思ったほどだ。

 

「それは分かったが……本当に泊まるんだな?もし泊まるなら個室をお勧めするが……」

「一番安い部屋をお願いします」

「はぁ?一番安い部屋っていうと大部屋で他のやつらと一緒になるんだぞ?」

「構いません。おいくらですか?」

 

 主人はナーベの目を見て本気だと取ったのか、ため息を吐くと机の下から鍵を取り出しカウンターへ置く。

 

「一晩5銅貨、もちろん先払いだ。部屋は2階の角だ」

「はい、それではお願いします」

 

 ナーベはカウンターに銅貨を置くと鍵を受け取り颯爽と部屋へと向かおうとするが……。

 

 

 そこへ足が突き出された。周りには面白そうにそれを見つめているものもいるが、それよりも心配そうに見つめているもののほうが多いように感じる。

 しかしナーベは特に気にする素振りも見せずその足を払って前へと進むと足を絡ませた男が立ち上がる。

 

「おうおう!姉ちゃんいてえじゃねえか!あぁん?どこに目をつけてんだ!」

「何か?」

「なにかじゃねえよ!こりゃああんたに介抱してもらわなきゃいけねえなぁ!へへへっ、一晩たっぷりとなぁ!」

 

 ドスを効かせた声でナーベを睨みつける男。

 ナーベは顎に手を当て少し考え込むと合点がいったと言う感じにポンと手を打つ。

 

「ああ……あなたは発情してるのですか?」

「はぁ!?」

「いえ……あなたの話では一晩私の×××(ピー)にあなたの×××(ピー)×××(ピー)させて私に×××(ピー)×××(ピー)をしろと言うのですね?」

「いや、あの……それは……」

 

 ナーベの直接的な物言いに男は口ごもる。そして周りからは非難の目線、特に女性冒険者からは軽蔑の目線が男へと注がれる。

 

「その上で私を×××(ピー)せてあなたの×××(ピー)にしようと、そういうのですね?あなたは」

「うわ、あいつ最低だな」

「死ねばいいのに……」

「おい、その子がかわいそうだろう!」

「あんな綺麗な子になんてことしてんのあの男……きも……」

「ひっこめゲス野郎!!」

 

 新米冒険者への洗礼は暗黙の了解であったはずなのに周りの冒険者たちからは批難轟轟だ。男の仲間たちも視線をそらして助けてくれない。

 

「お、おい……おまえら待ってくれよ……おれは……」

「では私は脱げばいいのですね?」

 

 そう言って服を脱ごうとするナーベに向かって男は慌てて土下座を敢行する。

 

「違う!そんなつもりはない!待ってくれ!許して!許してください!」

 

 

 

 

 

 

「なるほど……新米冒険者の度胸試しですか、そのようなものがあるのですね。教えてくださってありがとうございます」

 

 泣きながら土下座した男がした説明にナーベは納得したようで逆に教えてくれたことに感謝している。

 

「私はナーベと言います。御覧の通り今日冒険者になったばかりの新人です。今後先輩たちを見本に頑張りたいと思いますのでいろいろ教えてくださるとうれしいです」

 

 そう言ってニコリと笑ったナーベに宿にいた全員が魅了されてしまう。

 

「お、おう!がんばれよ!」

「そこの男は俺がぶんなぐっておくから安心しろ!」

「ナーベちゃんいい子すぎるだろ!守ってあげたい!」

 

 ナーベの狙い通り冒険者たちへの受けは良かったようだ。これで今後余計なトラブルは少なくなるだろう。

 

「それでは皆さん失礼いたします」

 

 そう言って軍帽を取り、まるでカーテンコール時の俳優のように華麗に一礼をするとナーベは部屋へと消えていった。

 しかし、そのあと冒険者たちに困った問題が発生する。

 

「あのさ……俺らあの部屋の中で寝るわけ?あんな綺麗な世間知らずの娘さんと一緒に?」

「いやいやいや、無理だろ!絶対誰かやらかすぞ!」

「もしなんかやらかす野郎がいたら俺がぶっ殺すからな!」

「俺!部屋の前で見張りするよ!」

「俺もだぜ!誰もあの部屋にいれるもんか!ナーベちゃんは俺が守る!」

 

 そして。その日冒険者たちは大部屋の前に集まり、誰一人部屋へと立ち入ることはなかった。気分はまるで姫を守り抜くために集ったナイトである。

 しかし、宿の店主としては予想通りトラブルになったことに頭が痛くなる。

 その後頭を悩ませた末、店主は翌日以降仕方なく大部屋と同額で個室をナーベへと提供する羽目になるのだった。



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第5話 初めての冒険

 漆黒の剣の4人はナーベとともにトブの大森林に沿った街道を歩いていた。

 ナーベの恰好は相変わらずメイド服に軍帽、腰には申し訳程度に剣がぶら下がっており、街の外に出てみるとさらに違和感が増している。

 

「森の中で狩りをするわけではないんですね」

「ええ、森の中は対処できない危険なモンスターも多いですから。我々が狩るのはそこから人の領域に漏れ出てきたモンスターです。ゴブリンやオーガなどが多いですね」

「糊口を凌ぐ大切な仕事なのである」

 

 ペテルの言葉にダインが頷いている。

 

「おおっと、言ってる間に早速来たぜ」

 

 ルクルットが弓を構えた先を見ると豚のような顔の魔物と子供のような体格の亜人が森から出てくるところだった。オーガとゴブリンだ。オーガは巨大な棍棒を携え、ゴブリンは石器のような武器を構えている。

 

「オーガが4にゴブリンが6だな。リーダー指示を頼む」

 

 索敵担当であるレンジャーのルクルットの言葉にペテルが早速指示を飛ばす。

 

「ゴブリンは足が速いので魔法を使えるナーベさんは敵の斥候を仕留めてもらえますか。それが終わったらみんないつも通りに」

「おう!」

「わかったのである」

「はい!」

 

 息のあったチームワークである。ルクルットの言っている通りゴブリンは小柄で素早い。最初に近づいてくるだろう。

 

「敵の先兵を倒せばいいのですね。分かりました」 

 

 言うが早いかナーベは腰から剣を引き抜くと軍帽へ手をかけ、それを天空へと放り投げる。

 

「なっ!?」

 

 一同がその行動の意味を理解しかねていると、そこに疾風が吹きすさぶ。

 目にも止まらない速さでナーベがゴブリンの、そしてオーガたちの脇を走り去り光が一閃。

 パチンと音を立てて剣が鞘に収まると同時にナーベの頭へと軍帽がパサっと落ちてきた。

 

「ふっ……つまらないものを斬ってしまいましたね」

 

 至高の御方の言っていたセリフを真似つつ軍帽を目深に被ると同時にすべてのモンスターの首がコロリと落ち、そこから血しぶきが舞い上がる。

 

「さあ!先兵は掃除いたしました!本隊を迎え討ちましょう!」

 

 ナーベの言葉に漆黒の剣の4人の頭にクエスチョンマークが生える。

 

(帽子を投げた意味は……?)

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした。私一人でやってしまいまして」

 

 申し訳なさそうにお辞儀をしているのはナーベだ。

 

「い、いえ……そうですよね。あれが全部斥候と言う可能性もありますものね……ははっ……」

 

 若干引き気味にペテルが答えているが、実際見たナーベの実力は称賛に値するものである。

 

「驚いたのである……目にも止まらぬとはまさにこのことである」

「てっきり魔法を使うかと思っていました」

「ナーベちゃんはうっかりさんだなぁ……でもそこがいい!」

 

 漆黒の剣の面々がそれぞれの想いを口にする。ナーベの魔法により怯ませたあと順次片付けていく予定であったが、ナーベはあの程度の敵は斥候であり、後に大規模な増援が森から出てくると思い森の外の敵を一掃してしまったのだ。

 

「それで……みなさんは何をしているのですか」

 

 見ると漆黒の剣の4人は倒れたモンスターの耳の端などを切り落として袋に入れている。

 

「こうしてモンスターを討伐した証拠を持っていくのですよ。それと引き換えに報酬がもらえます」

「へぇ……データクリスタルはドロップしないのでしょうか」

「データクリスタル?なんでしょうそれは……」

「いえ……このあたりのモンスターが落とさないならいいです」

 

 ナーベが若干しょんぼりしている様子にニニャは何だか悪いことを言ったような気分になる。

 やがて指定の部位の回収が終わり、一同は次の場所へ移ろうとするがナーベがモンスターの亡骸を指さして問いかけてきた。

 

「あの……他の素材は持っていかないのですか?」

「他の素材ですか?」

 

 ペテルの魔物の亡骸を見つめる。組合の指定している部位に取り残しはない。残った魔物の亡骸をどうするというのだろうか。

 

「ええ、このまま放置していきますが……」

「皮や肉、それに残していった武器とか使えるのではないですか?」

「ああ、レザー装備の素材としてですか。ああいうのは動物の皮で作るんですよ。確かにゴブリンやオーガの皮でも出来るでしょうけどわざわざ集める人はいませんね……。たいしてお金にもなりませんし……」

「それは……もったいないですね。では私がもらってもよろしいですか?」

「は?それはいいですが……」

 

 ナーベは袋を取り出すとせっせとその袋の中へモンスターの亡骸を回収していく。袋の大きさに比べて明らかに入りきらないだろう大きさのものが吸い込まれるように中へと消えていくのはまるで魔法のようだ。

 

「ああ、これは収納用のマジックアイテムです。これで全部ですね……ありがとうございます」

 

 モンスターを丸々収納できるマジックアイテムの存在にも驚くが、モンスターの亡骸をもったいないからと回収する精神もぶっ飛んでいる。

 そんなナーベに若干引き気味ながら漆黒の剣は探索を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。キャンプを張りながら焚火の周りに漆黒の剣とナーベは集まっていた。野営の準備は終わり、焚火にくべられた鍋が煮えるのを待っている。

 

「いやぁ、それにしてもナーベちゃん強いね。可愛いし!やっぱ俺と付き合わね?」

「私の体をお望みですか?」

「やめろって!ルクルット!ナーベさんに変なこと吹き込むんじゃない!」

「いや、俺だって体だけとか思ってないよ?俺の求めるのはもっとなんていうか……ラヴだよ、ラヴ!」

「もうルクルットは無視してください。ナーベさん」

「そうですか?」

 

 ルクルット以外のメンバーはもはや世間知らずのお嬢様を教育している気分である。そして話題はナーベの強さに向かう。

 

「それにしてもナーベさん、すごかったですね」

「あの剣の腕はまさに王国戦士長に匹敵するのである」

「うん……それこそ冒険者じゃなくてももっとお金を稼ぐ方法があるんじゃないですか?なぜナーベさんは冒険者に?」

 

 剣の強さはナーベラルの取得している1レベルの戦士スキルを100レベルの肉体で扱っただけであるがそれを言う必要はないだろう。それよりも当初の目的を話したほうがいいかもしれない。ニニャの質問に少し考え込んだ後ナーベは答える。

 

「そういえば言っていませんでしたね。みなさん、モモンガ様をご存じないでしょうか?」

「モモンガ様?」

 

 ナーベの話した内容(カバーストーリー)はこうだ。

 ナザリックという場所にいたはずがいつの間にかここへ飛ばされており、自分の父ともいえるモモンガ様という人と離れ離れになってしまった。そのため、生き別れの父の情報を求めて情報の集う冒険者となって探しているという話だ。

 

「申し訳ありませんがモモンガさんと言う方にはお会いしたことがありませんね。ナザリックと言う土地も聞いたことがありません」

「そうですか……」

 

 期待していたのか落ち込んだ表情を浮かべるナーベに一同は悪いことをした気分になる。そして少しでも元気を出してもらおうと励ましの言葉をかける。

 

「元気出してください!きっと見つかりますよ!」

「我々も他の冒険者たちに聞いてみるのである」

「ありがとうございます。みなさんはとても良い方なのですね……。チームワークもとても良く思えましたし、何よりチーム名が抜群にかっこいいですよね」

「チーム名?そういえばナーベちゃんチーム名にこだわってたな。このチーム名はニニャが言い出しっぺでなぁ」

 

 ルクルットが面白そうにニニャを見つめる。

 

「ちょっと!やめてください!若気の至りです」

「そういうなって。ナーベちゃんは知ってるかな?だいたい200年くらい前に十三英雄って言うのがいたんだよ」

「十三英雄?41人ではなくて?」

「実際はもっと多かったって話だけど41は多すぎないか?とにかくそのうちの一人が暗黒騎士でな、四大暗黒剣と言うのを持っていたらしい」

「四大暗黒剣!!!」

 

 ナーベの目が一気に輝き出す。持ち前のレアアイテムを愛する心が刺激される言葉だ。

 

「邪剣・ヒューミリス、魔剣・キリネイラム、腐剣・コロクダバール、死剣スフィーズその4つを持って四大暗黒剣と言う。だったら全部俺たちで集めてしまおうぜってことで漆黒の剣って名前にしたのさ。なっ?ニニャ」

「それは素晴らしいですね!ぜひ私もお目にかかりたいものです!」

 

 興奮した様子ではしゃぐナーベ。

 その様子は、まるで英雄譚を聞いてはしゃいでる子供のようだ。その美しい容姿と相まって子供っぽいその反応は微笑ましく、漆黒の剣の4人はさらなる好感をナーベに抱く。

 

「でももしかしたらアダマンタイト級冒険者の誰かが持ってるかもしれないですけどね」

「ニニャそれを言うなって!」

 

 アダマンタイト級冒険者。それは冒険者のランクで最高に位置するものだ。そこまで成り上がれば手に入る情報も格段に上がるだろう。確かにレアなアイテムを持ってる可能性も高い。

 

「その……アダマンタイト級冒険者の方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか」

「あー、ナーベちゃんは冒険者になったばかりだから知らないよなぁ。よし!頼れるルクルットお兄さんが教えてあげちゃおう!まずは王国では蒼の薔薇と朱の雫っていう2つだな。バハルス帝国には銀糸鳥と漣八連。竜王国にはクリスタル・ティアだっけか。知ってるのはこれくらいだなぁ」

「王国にはたった二つですか……」

「それだけ達することが難しい頂なのである」

「だよなぁ……。だけど蒼の薔薇なんかは女だけのチームだっていうぜ?ナーベちゃんが入ったらさぞかし華になるんだろうなぁ」

「皆さんチーム名を決められてるんですね」

「チーム名だけじゃなくて二つ名持ちも多いぜ?ニニャの術師みたいにな」

「やめてくださいよルクルット……。でもナーベさんだったら何でしょうか。きっとそのうち付けられるんでしょうね」

「そりゃ美しい姫で美姫だろ!そしてアダマンタイト級冒険者になったら髪の色から言って黒かな?」

「なるほど……では私にはぜひダークネス・プリンセスと……」

 

 ナーベが自分で付けようとするのを聞き一同は残念そうな顔を浮かべる。この変わったメイドは見た目と強さはとてもいいのだが、ネーミングセンスが疑わしいというのがだんだんわかってきた。

 

「あの!ナーベさん!きっと二つ名はそのうち誰かがつけてくれますから!」

「そうそう!自分でつけるものじゃないし!」

「であるな!」

「そうですよ!きっとお似合いのがつきますって!」

「そうですか……」

 

 ナーベ本人は残念そうな顔をしているが、漆黒の剣の必死の説得によりおかしな名前がつくのは阻止される。

 

「しかし、もしその四大暗黒剣をアダマンタイト級冒険者が持っていたらどうするのですか?」

「どうするも何も諦めるしかないでしょう」

 

 ニニャの言葉に一同が頷く。銀級の自分たちにとってアダマンタイト級とは雲の上の存在にすぎない。

 

「そうですか?PVP(決闘)を挑んで奪い取ればいいじゃないですか?」

 

 ナーベは当たり前のように言うが、漆黒の剣の面々は顔を見合わすと笑い出す。

 

「あはは、相手は最高位のアダマンタイト級冒険者チームですよ」

「ナーベちゃんはやっぱ面白いなぁ」

 

 冗談だと思い大笑いする漆黒の剣の4人。

 しかし、笑われながらもナーベはもし冒険者チーム「蒼の薔薇」に会う機会があったらぜひ奪い取りコレクションに加えようと心にメモを残すのだった。



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第6話 ナーベとの別れ

「今日も順調でしたね!」

 

 ニニャが嬉しそうにはしゃいでいる。

 あれからナーベは漆黒の剣とともに様々な場所に赴きその場の危険な魔物たちを駆逐してきた。そのうち街道に魔物が出てこなくなってしまったので、ナーベのコネから薬師のンフィーレアも同行し薬草の採取も兼ねて時には危険な森の中にまで入り込みさらに上位の魔物も獲物にしている。

 今日もそんな探索からエ・ランテルまで戻り、冒険者組合へと報告に向かっているところだった。

 

「いやぁ、まさか悪霊犬(バーゲスト)が大量に出て来るとは思わなかったな」

「ルクルット、それに気づかないとかレンジャーとしてどうなんですか?」

「いいじゃねえか、何とかなったんだから」

「ナーベさんがいなかったら危なかったですけどね」

「いえ、みなさんのチームワークのたまものですよ」

 

 ナーベとしても冒険者としての知名度を上げるにはこの気のいいチームの中にいるのは調子がいい。チーム名が気に入っているというのもある。

 しかし、そんな漆黒の剣との冒険だがナーベには一つの問題が出てきていた。

 

(アイテムボックスがいっぱいになってきましたね……)

 

 狩る魔物すべてをアイテムボックスに突っ込んできた結果、容量が限界に近づいてきていた。しかし創造主の持つ「いらないものでもとりあえず持っておく症候群」を同様に引き継いでいるナーベとしてはそれを捨てるなどとんでもない。

 

(収容しているものが劣化しないのはアイテムボックスのいいところですが倉庫が欲しいところですね……それにアイテム整理もしたい……加工するのもいいですが……)

 

 至高の41人の中には生産職に特化したメンバーもいる。商業スキルを所持する音改(ねあらた)や鍛冶スキルに特化したあまのまひとつなどの外装にもパンドラズ・アクターは変身が可能だ。

 

(いったんパーティから抜けますか……)

 

「あの……」

 

 ナーベが別れを切り出そうとしたとき、後ろから無遠慮な声がかけられた。

 

「よぉ、おまえら最近景気良さそうじゃねえか」

 

 そこにいたのは立派な体躯を持ち力強さを感じさせる男、ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のイグヴァルジだった。その後ろには苦そうな顔をしたそのメンバーがそろっている。

 漆黒の剣にくらべて明らかに質のいい装備に身を固めており、その態度も自信にあふれている。銀級冒険者の漆黒の剣にとっては雲の上の存在である。

 

「イグヴァルジさんですか……」

 

 冒険者として格上のミスリル級冒険者の登場にリーダーのペテルが代表して話すことにする。

 

「何か御用でしょうか」

「何か御用ですか!?あぁ!?俺らの獲物奪っておいて何言ってんだコラ!」

 

 ドスを効かせて詰め寄ってきてペテルの胸をつくイグヴァルジ。

 

「獲物?」

「悪霊犬だよ!悪霊犬!ありゃ俺らがギルドで依頼を受けた討伐対象たっだんだ。それを横から奪うとか何考えてんだ?」

 

 イグヴァルジ曰く、漆黒の剣が討伐した悪霊犬にはミスリル級以上への依頼として依頼書が出されており、それを漆黒の剣が討伐してしまったため彼らは無駄足を踏まされたということだった。

 

「こんな横紙やぶりしやがってどう責任取るつもりんだ?あぁん?」

「それは申し訳ありませんでした。悪霊犬の報酬は受け取りませんので……」

「そんなこと言ってんじゃねえよ。おまえら銀級が最近調子に乗ってんじゃねえかって話なんだよ!っていうかおまえらのパーティバランス悪くねえか?お前らだけでそもそも悪霊犬なんて倒せるレベルだったか?誰かさんにおんぶに抱っこかよ?あ?」

「それは……」

 

 まくし立てるイグヴァルジの剣幕にペテルは目を逸らす。それはチームのリーダーとしても思っていたことだ。自分たちの実力以上の獲物をナーベに頼って倒している自覚はある。本来ナーベの実力としてはもっと上級のパーティに入っていて然るべきものなのだ。

 イグヴァルジのその言葉を聞いてナーベは考える。

 

(これはちょうどいいかもしれませんね……。アイテム整理のために一度離れたかったことですし……)

 

「だからよ……その女は……」

「どうもすべて私のせいのようですね」

 

 ナーベはイグヴァルジを見つめる。軍帽の下からのぞくその端正な顔立ちと眼差しに突然射貫かれ、イグヴァルジはたじろいだ。

 

「森の中まで探索に行こうと言ったのは私です。それにそのミスリル級への依頼も把握しておりました。ですが気づかないふりして狩ってしまえば報酬がもらえるだろうと思ったのも事実です」

「そんな!ナーベさんだけの責任じゃありませんよ!」

 

 ナーベとしては別に庇ってほしいとは思ってもいないのだが、ニニャが庇ってくれる。本当にいいメンバーだ。

 

「ありがとうございます。ですがやはり私の責任でしょう。ですので、私がチームを抜けることで責任を取らせていただきましょう。今後皆さま方にはご迷惑はお掛けしないと誓います」

 

 そう言って丁寧に謝罪をするナーベの潔さはまるで清廉潔白な聖女のようだ。その容姿に負けないその心の清らかさ、それに心を打たれ誰も一言も発せない。

 

「それでは失礼いたします」

 

 そう言って顔を上げたナーベの目に涙が溜まっていることを一同は気づく。頑張って見せないようにしているが内心はとても悔しく傷ついているだろうとその場の者はだれもが思う。

 

 ……が、数々の外装を使うパンドラズ・アクターにとってこの程度の御涙頂戴の演技などはお手の物だ。これでこれ以上漆黒の剣が責められることはないだろうし、ナーベへの印象も悪くないだろう。

 

「ちょっまっ……」

 

 さすがに罪悪感に耐えられなくなりイグヴァルジが声をかけようとするもナーベはそのまま彼らから走り去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 漆黒の剣はその後ナーベを探したがいくら探しても見つけられなかった。

 その後数日がたち諦めようとしたそのとき、エ・ランテルの中央広場でクラルグラのイグヴァルジとばったりと出会う。

 

「探したぜ……あのさ……この間は悪かったよ。言い過ぎた……」

 

 ボリボリと頭を掻きながら罰が悪そうに眼を逸らし、謝罪するイグヴァルジ。

 

「そういうことはナーベさんに言ってください。もうこの町からいなくなってしまったかもしれませんけど……」

「父親を捜すために冒険者になったと言っていたのに不憫なのである……」

「そ、そうか……本当に悪いことしちまったな……いや、俺も冒険者組合からちょっとルール破りを注意してほしいって言われた程度だったんだけどよ……。あんな綺麗な子と一緒に楽しそうにしてるお前らに嫉妬しちまって……本当に悪かったよ」

 

 上級冒険者が下級冒険者へと頭を下げる。その真摯な態度は根っからの悪人ではないだろうことがうかがえる。

 

「でも本当にどこにいっていまったんでしょうね……彼女は……。もう街を出て行ってしまったのでしょうか」

 

 ペテルはあたりを見渡す。

 今日は街の中央広場でバザーを開催しているようだ。

 仕入れてきた商品を並べる商人や不要になったマジックアイテムを並べている冒険者など様々な人間がシート上に店を出して賑わっている。

 

 そんな中に見慣れたものを見つけた……軍帽だ。

 

 そしてその軍帽をかぶっている売り子はメイド服を纏っている。下を向いているため顔は帽子に隠れて見ることが出来ない。

 

「あれは……ナーベさん!?」

 

 あんな帽子をかぶったメイドはナーベしかいないだろう。ペテルの言葉に一同もそれに気づき、売り子のもとへと駆け寄る。

 

「あの……ナーベさん?」

 

 恐る恐る売り子に話しかけると彼女はペテルたちを見上げ、帽子の下からその顔が現れた。

 褐色の肌に三つ編みの髪型をしている美女はそこにいる誰をもの目をくぎ付けにする。彼女はペテルたちに向けて天真爛漫と言う言葉が良く似合う最高の笑顔を向けた。

 

「お客様っすか!?ルプー魔道具店へようこそっす!」



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第7話 ルプー魔道具店

 パンドラズ・アクターはここ数日アイテムの作成に没頭していた。アイテムボックスが一杯になるほどの素材があり整理が追い付いていない。であればと、それを加工するとともにそれを商品として販売することにより商人としての名声を得ることにしたのだ。

 冒険者としての名声は冒険者ナーベとして得ればよい。そこに商人としての名声を得ればそこに集まる情報はさらに増えるだろう。

 そこで選んだ次の外装として採用したのはプレアデスの一人、次女のルプスレギナ・ベータだ。その種族は人狼(ワーフルフ)ではあるが耳を隠せば十分人間としての生活は可能だろうと判断する。

 商人としてのコネを手に入れれば創造主(モモンガ)についての情報を得る機会もあるだろう。そして作成した魔道具を売り出そうとバザーへと赴いていたというわけである。

 

「ルプー……魔道具店?」

 

 ナーベかと思い声をかけた相手がまったく知らない女性でありペテルが困惑している。

 

「そうっすよ?良かったら見ていってくださいっす」

 

 シートの上には所狭しと商品が並んでいる。しかし、それはどう見ても初級冒険者が扱うような見た目の汎用品の武具やアイテムにしか見えなかった。

 レザー製の防具、木を削って作ったと思われる木刀や弓、動物の骨や牙から作ったと思われるネックレスなどのアクセサリー類。どれもそのあたりの道具屋で安価で売っていそうなものばかりだ。実際値札の値も道具屋で売られてるそれらとそう変わらない。

 

「なんだ人違いかよ……。かわいい売り子だと思ったけどこりゃ俺みたいなミスリル級の冒険者には必要ねえな。銅のプレート持ちにでも声かけたほうがいいと思うぜ、姉ちゃん。じゃ、俺は帰るわ」

 

 そう言ってイグヴァルジは背を向けて帰っていった。それと同様に売り子の見た目にひかれて集まってきた客たちも商品を見ては帰って行く。

 ペテルたちも顔を見合わせると、これ以上いても仕方ないとその場を後にしようとするとルプーと名乗った美女は商品を手に近くに寄ってきた。

 

「まぁまぁお客さん。サービスしとくっすよー?」

 

 間近に迫る天真爛漫な笑顔についペテルは顔を赤らめてしまう。ナーベはどこか抜けているところはあるが清楚な美しさがあった。しかし、目の前の美女は情熱に溢れて、その見上げて来る悪戯っぽい目が逆に魅力的だ。さらにメイド服として胸の部分が強調されており目が奪われて仕方がない。

 

「ぷぷぷっ!サービスっていってもそっちのサービスじゃないっすよ。何考えてるんすかー、このスケベ」

「そ、そんなことは考えていないですよ!!」

 

 嘘である。本当はペテルは考えていた。それはもう人には言えないようなあんなことやこんなことをである。

 

「まぁいいっす。じゃあお試し期間ってことで商品は差し上げるっすから使ってみて宣伝してほしいっすよ」

 

 ルプーは言うが早いか商品を袋に詰めてペテルに無理やり渡してきた。

 

「いや、これは……」

「じゃ、よろしくっすー!」

 

 銀級冒険者たる者が反応どころか反論する間もない見事な押し付けっぷりである。その手際の良さに笑いつつペテルは受け取ることにする。

 

「では……いただいておきます」

「はい、またのお越しを待ってるっすよ」

 

 軍帽の下からウィンクを送ってくるお茶目なメイドにペテルはまたも顔を赤らめてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「うっわ……なんだよこれ」

 

 トブの大森林近郊の草原。そこでルクルットは驚きの声を上げていた。

 ルプー魔道具店でもらった商品。それを最近の戦闘続きであったため消耗していた今までの装備の代わりにと使ってはみたのだがその効果は絶大であった。

 

「矢がゴブリンを3体も貫通するとかどういうことだよ。っていうかなんかこの弓持ってると力が湧いてくるし……」

「この木刀もただの木刀じゃない。今までの剣よりよっぽど切れるぞ」

 

 ペテルの持っているのは木刀であるにも関わらずまるで刃でもあるように敵を切り裂いている。しかもルクルットが言っていたように持っているだけで力が湧いてくる感覚さえある。

 

「このレザーアーマーもすごいのである……刃物をはじくとは……」

 

 今までと違いナーベのいない戦闘。さらに今回は敵の数が多く、一部のゴブリンが前衛を突破してきた。そこで不覚を取り斬られたと思ったダインだが、ゴブリンの斬撃は鎧にはじき返される。さらに皮製にも関わらずその鎧には傷一つついていない。

 

「この杖も……それに何だか詠唱も早くなったような……」

 

 魔法詠唱者のニニャの攻撃に至っては明らかに魔法効果が上がり、詠唱時間まで短縮されていた。

 

 

 

 それもそのはずである。それらの装備は素材としてありふれたものを使用しているが、それを作ったのは100レベルの生産系プレイヤーである至高の41人の外装をコピーしたパンドラズ・アクターである。

 最低品質の素材でも最高の職人が加工し魔化を行ったことにより特殊効果が複数発現したのだ。

 弓については威力向上、命中精度向上、体力自動回復、俊敏性向上、敵感知力上昇、隠密行動付与等様々な効果が付与されている。言うなれば木の弓+10といったところだ。職人としてのレベルが高いほどその発現率とその発現効果は上がるため見た目の割にはとんでもない性能を有している。

 

「これは一度使ってみてくれって言われたのも分かるな……見た目に騙されたよ」

 

 ペテルは自信満々に武具を渡してきたルプーを思い出す。そしてその軍帽の下からウィンクした茶目っけたっぷりの笑顔も。

 

「こりゃ帰ったら他の冒険者に宣伝しておかなきゃ罰が当たるな……」

 

 エ・ランテルの街に現れた軍帽をかぶった売り子のメイド。その扱っている商品はありふれたもののように見えてその価値は漆黒の剣のメンバーが身をもって感じている通りだ。

 ペテルは脳裏にルプーの笑顔を思い浮かべつつ、魔物狩りに勤しむのだった。

 

 

 

 

 

 

───数週間後

 

「ルプーちゃん!これください!」

「毎度っす!レザーシールドっすね」

「このネックレスの効果はなんですか!?ルプーさん!」

「それは魔法防御力と炎や氷系の攻撃を防ぐ効果があるっすよ」

「ください!」

「まいどっすー」

 

 漆黒の剣による宣伝、さらに買っていった客からの口コミもありルプー魔道具店の商品は置いた先から売れていった。

 美人で愛想の良いメイドが売り子をしており、さらにその圧倒的な性能の割に値段が安いとくれば売れないほうがおかしい。

 ルプーとしては素材の仕入れはアイテムボックスの不要在庫からであり、原価はほぼ0。特に値段に対する不満はない。むしろコネクションを増やすには薄利多売のほうが望ましいだろう。

 作れば作っただけ売れるのでむしろ素材の有効活用できていると感じて楽しくさえあるくらいだ。

 

「いらっしゃいませー。ルプー魔道具店開店中っすよー」

 

 エ・ランテルの中央広場に笑顔と明るい声が響き渡る。今ではもはや名物となってきており彼女の笑顔を見るためだけにそこへ訪れるものさえいるくらいだ。

 そしてそんな彼女に近づく壮年の男が一人。冒険者が中心の客層の中でその整った立派な服装はどう考えても商品の購買層には見えない。

 

「失礼。私はロフーレ商会の代表、バルド・ロフーレと申しますが少しお話をよろしいですかな?」



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第8話 宝物殿(仮)

「《道具上位鑑定》!」

 

 ルプーはとりあえずあいさつ代わりに声をかけてきた商会長という男の身体検査を行っておく。身にまとっている物はマジックアイテムではなく装備としての価値は低い。だが仕立て自体は良く色や艶、デザインなどを見ると一目で高級品であることが分かる。

 

「商業組合の方っすか?ここの場所代はちゃんと払っているっすよ?」

 

 ルプーとしては場所代を払ってないのではないかと疑われたと思っていた。どこぞの商会の代表が話しかけて来る理由としてはそのくらいしか考えられないだろう。

 

(それとも客が多いから嫌がらせに来たとかでしょうか……?まぁどうとでもなりますが……)

 

 しかしルプーの扱っているのは見た目はたいしたことのない品物であり冒険者くらいしか目にすることのないものだ。食料に衣料品、貴金属に生活必需品など他にもいくらでも商品はあり、ほかの店と需要がそれほどかぶっているわけでもない。

 ルプーのその疑わしい目を受けてロフーレと名乗った男性は答える。

 

「そうですね……単刀直入に言います。我々の商会に入りませんか?」

「はい?」

「見たところどこの商会にも入っておられないご様子。ずっとここで売り子をされていることから冒険者と言うわけでもないのでしょう?もし我々の商会に入っていただければ様々な特典をお受けになることができますよ?」

「私が組合に入って何かメリットがあるっすか?」

 

 きょとんと首を傾げながら下から見つめて来る美女はそれだけで絵になる。思わず顔を赤らめるが頭を振ってロフーレは気を取り直す。

 商人は口が命だが目の前の可愛らしいメイドは見た目も売り物になる。ここで失敗するわけにはいかないとロフーレは気合を入れる。

 

「もちろんありますとも。多少の会費は払っていただきますが商会に入っていれば各町での支払いに商会の為替を使っての取引も可能になりますし、組合員同士のコネもありますから商品の材料なども他よりも安く手に入ります。ルプーさんはいい商品を扱っておいでだ。加入してもらえば組合員同士の繋がりを使うことによって、より大規模な取引が可能になります。それに店舗や倉庫の貸し出しも行っておりますので……」

「倉庫っすか!?」

 

 ルプーは倉庫と言う言葉に反応する。ロフーレとしてはまさかそこに反応するとは思わなかった。しかし、倉庫はルプーとして絶対に確保しておきたい現地拠点の一つ。その用途は計り知れない。

 

「え、ええ……この町にも大きな倉庫をいくつも所有しておりますよ。よろしければお貸ししますが……」

「加入するっす!!はい、シェイクハンド!」

 

 がしっとロフーレの手を取ると両手で握手してくる。うら若き乙女の柔らかい手の感触がロフーレの脳を溶かすがそこは商売人、その素振りも見せずに微笑み返す。

 

「では、ルプーさん。私についてきていただけますか?」

 

 まだ店じまいするには早い時間ではあったが、ルプーとしてはこれ以上に優先するものは他にない。テキパキと店じまいにすることにしたルプーはロフーレのあとをついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 ロフーレの後をルプーが頭の後ろに両手を組みながらテクテクとついてくる。

 誘ったロフーレが思うのもなんだが声を掛けられてすぐ付いてくるとは警戒心がなさすぎるのではないかと思ってしまう。よほどロフーレが信頼を勝ち得たのかそれとも世間知らずなだけか。おそらくは後者だろう。守ってやらねば……。そんな思いがロフーレの胸によぎる。

 やがて大きな酒場のような建物に到着するとその扉をくぐる。

 

「「「ひゃっはああああああああああああああ!ロフーレ商会へようこそー!!!」」」

「ちっくしょおおおおおおおおおおお!」

 

 中に入ると一斉に上がる歓喜の声。そしてそれとは対照的に酒場の一部からはこの世の終わりのような顔をした男たちが地面を見つめていた。

 

「ルプーさん歓迎しますよ!俺は皮製品扱ってます!」

「貴金属のことなら私に任せてね!どんな材料でもそろえて見せるわ!」

「商会長最高!!!まさか一発目で成功するなんてさすがです!!」

 

 口々に上がるルプーを歓迎する声と商会長を称える声。ルプーからすると訳が分からない。

 

「これは何っすか?」

「いえ、ちょっとした賭けをしていましてね。いったいどの組合があなたの心を射止めることができるのかと」

 

 話を聞くと複数の商会がルプーのことを狙っていたとのこと。しかし抜け駆けが出来ないようにロフーレが圧力をかけ、そして賭けをしたらしい。

 まず商会の規模によりルプーへ声をかける順番を決め、そして断られたら次の商会が声をかけるのに妨害も恨み言も一切なし。そういうルールを決めていたということだった。

 

「おい!ロフーレの旦那!ずりいぞ!何で一発で成功させてんだよ!」

「そうだそうだ!ルプーさん!うちの商会に来たほうがサービスさせてもらうよ!」

 

 ロフーレを責め立てているのは先ほどの地面を見つめて落ち込んでいた男たちだ。別の商会の代表たちなのだろう。悔し涙を浮かべて絶叫している。

 それに向けて勝ち誇ったような笑顔を向けてロフーレはルプーへ向き直る。

 

「さて、では商談に入りましょうか。ルプーさん」

 

 

 

 

 

 

「ふおおおっ!いいですね、いい感じになってきましたね」

 

 ルプーは口調がパンドラズ・アクターに戻ってしまうくらい興奮していた。

 倉庫を借り受けたのだ。そこにはパンドラズ・アクターが鍛冶スキルや合成スキルを活用して作り出した深紅のじゅうたんに黒檀の渋い色合いの収納棚、そしてそれ自体にかなりの価値があるのではないかと思われるほどに見事な装飾を施された赤い宝箱などが置かれている。

 

「この棚には何を置きましょうねぇ……。ポーションを効果順に……いや、色合い順のほうがいいですかね。ああ、ここにはこの死の宝珠なんて飾っておきましょうか。叡者の額冠はここかな?いえ、こっちのほうが見栄えがいいですね。ああ、良い!すごく良い!」

 

 ルプーは幸せに包まれていた。マジックアイテムに触れ合いその整理をすることに喜びを感じるようにとモモンガに創造されたのだ。幸せでないはずがない。かつての宝物殿ほどではないがまさに自分の城が出来たという感覚だ。

 

「ほぅ……これは……なんともすごいですね」

 

 そこへ様子を見に来たロフーレが現れる。質素な何の変哲もない倉庫であったはずがたった一日でまるで王宮の一室のような状態になってしまっている。

 商人の矜持としてポーカーフェイスを保つが内心は非常に驚いていた。

 

「これはこれは商会長閣下じゃないっすか!宝物殿(仮)へようこそっす!」

 

 慌てて口調を元に戻し、軍帽に手をかけ、カッと足を揃えて敬礼をするルプー。

 

「そういえば表に『宝物殿(仮)』と書いてありましたね……なるほど納得です」

 

 倉庫に宝物殿などと名付けるセンスにも脱帽するが、中を見てみればその名の通りここは宝物殿としか呼びようがない。ぱっと見たところ中に収められている商品にはそれほど価値があるようなものは見られない。

 おそらくそれはここを宝物殿と呼ばれるほどの品で満たして見せようというルプーの心意気だとロフーレは解釈した。そしてその後押しを少しでもできればと考える。

 

「ルプーさん。ここで商売するのもよろしいですが、もう少し広い世界で商売をして見ませんか?」

「はい?」

 

 ロフーレはエ・ランテルを中心に活動する商人である。この都市は帝国との戦争のための拠点であり、その際には国中から人、食料、物資と様々なものが集まる。それを一手に引き受ける最大手の商会がロフーレ商会であり、いずれ王都や帝国、そしてその他の国々においても勢力を伸ばしたいと考えていた。

 そして目の前の人物と話をしてその考え方を聞き、そしてその行動力を見た結果うってつけの人物だと考えたのだ。

 

「実は王都リ・エスティーゼへ店舗を増やす予定があるのですよ」



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第9話 戦士長ガゼフの敗北

 王都リ・エスティーゼ。

 王国の首都であり、国王ランポッサ三世の住まう王城のある大都市である。その王城に設けられた訓練場にて二人の戦士が剣を交えていた。

 

「ストロノーフ様、本当に稽古をつけていただいてよろしかったのですか?」

「ああ、ちょっと怪我を負ってな。そのリハビリにはクライム、お前くらいが丁度いい」

 

 一人は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。短く刈り揃えられた黒髪に黒の瞳をしている。王国の懐刀と呼ばれる周辺国最強の戦士だ。

 一方、その剣を必死に受けているのがクライムと呼ばれる少年だ。全身真っ白の鎧に身を包んみ、目は三白眼、金髪を短く切りそろえている。孤児出身であり、王国の第三王女直属の護衛でもある彼はいい意味でも悪い意味でも注目を集めている。

 

「しかし、そんな怪我を負われている身でもし私に一太刀でも浴びることがあればストロノーフ様のご迷惑になります」

 

 ガゼフも平民の出身でありながら国王直属の戦士団の長という地位についており、封建的な貴族社会である王国では微妙な立場に立たされている。しかし、ガゼフはそんな貴族のしがらみも剣の腕一本で黙らせてきた。

 

「何、気にすることはない。それにクライムが俺より強くなったなら代わりに王を守ってもらうさ。それともラナー様以外は嫌か?」

「な、なにをおっしゃっているのですか!?」

 

 クライムは顔を赤らめる。ラナーは孤児である自分を救ってくれた恩人であり、そのような感情を持っていい相手ではない。

 

「ははは、冗談だ。聞き流してくれ。そんなわけでリハビリに付き合ってもらうぞ。クライム」

「分かりました!しかし、ストロノーフ様ほどの方が怪我を負わされたのですか……。相手は余程の手練れだったのですね……」

「いや、あれを手練れと言うのは……まぁ手練れは手練れだったのだが……」

 

 ガゼフは何やら言いにくそうにしている。聞いてはいけない話題だったのかとクライムが後悔しながら剣を交えているとガゼフがポツリポツリと語りだした。

 

「王国辺境の村々が襲われてるという話は聞いたことがあるか?」

「ええ、焼き討ちにあって酷い様子だと聞きました。村が全滅したところもあるとか……」

「それで討伐を要請されてな。戦士団で辺境のカルネ村の周辺に行ったんだ……。行ったんだが……そこに白ブリーフの集団がいてな……」

「白……ブリーフですか……」

 

 クライムは聞き間違いではないかと耳を疑う。いや、聞き間違いに違いない。それでなければガゼフの頭のほうを疑わざるをえない。

 

「強敵だった……白ブリーフたちは天使を召喚する召喚魔法を使ってな……もしやつらが白ブリーフ以外の装備をしていたらどうなっていたことだか……」

 

 聞き間違いではなかったようだ。ガゼフは相手のことが強敵だと言っているが、クライムにとってガゼフの話していることは強敵ならぬ狂的だ。

 

「戦士団にも多数の負傷者が出た……。俺も無傷では済まなかった……。それに討伐することもできず逃がしてしまったが何とか白ブリーフ集団を撃退することができ、カルネ村については救うことができた。だが白ブリーフ集団の目的が分からなくてな……ただの変質者なのかそれとも……」

「そ、それは……すごいことです……ね」

 

 とりあえずガゼフの体面を保つためにそう答えておく。夢か何かでも見たのだろう。常識的に考えて辺境に下着姿の男の集団が現れるはずがない。

 そんなガゼフの妄想とも現実とも取れない話を聞いている間も二人は剣を交えっぱなしだ。

 しかし、クライムは違和感を感じていた。ガゼフの剣にキレがない。剣筋も簡単に予測できてしまっている。いつもであればとうにクライムは手が痺れ、注意力も散漫になり地に伏せてしまっているころだ。

 以前の稽古では手加減してもらってなおガゼフの剣筋は早すぎてほとんど対応が出来なかったのだが、よほど先の戦闘での負傷が影響しているのだろうか。

 

「クライム!上達したな!お前には才能がないかと思っていたがやるじゃないか!」

 

 ガゼフはフェイントを混ぜつつ変幻自在に斬撃を放ってくるが、クライムはそれらの斬撃をある時はあっさりと避け、ある時は剣で打ち返す。逆にガゼフの手に痺れが走るくらいだ。

 

「ぐっ、やるな……ならばこれならどうだ!」

 

 ガゼフは武技までは込めないものの、大上段に構え本気の一撃を放った。それほどまでに今日のクライムはガゼフにとって強敵であったのだ。

 さすがにクライムもその攻撃には恐怖を感じる。しかし……。

 

(今日なら……いける!)

 

「はああああああ!武技《斬撃》!」

 

 クライムはガゼフの剣を真っ向から受けるべく剣を跳ね上げる。そのまま行けば上段からの剣の重量とガゼフの腕力によりクライムの剣はあっさり折れてしまうだろう。

 しかし……その結果は逆だった。

 

「なに!?」

 

 折れたのはガゼフの剣だ。

 クライムの跳ね上げた斬撃がガゼフの剣を叩き折り、その首へと直撃するかと思われた。しかし、さすがそこは歴戦の戦士である。寸前でガゼフは体をひねるとそれをあっさり避けきる。

 

「はぁ……はぁ……すみません!ストロノーフ様!!大丈夫ですか!?」

「いや……見事だった。怪我を負っているとはいえここまで……」

「何だか今日は体の調子がよかったんですが……そのおかげでしょうか」

「謙遜することはない。お前の努力のたまものだろう……」

 

 ガゼフは素直にクライムを称える。

 ガゼフとしてはクライムは才能がないと思っていた。事実これまで剣士としての才能も魔法詠唱者としての才能もなにも見いだされてなかった。だが、それは勘違いだったようだ。人間愛する者のために弛まぬ努力を続ければいつかは実ることもあるのだろう。

 

「いえ……きっとまぐれです。でも、少し自信が付きました。ふぅ……」

 

 クライムは張りつめていた息を吐きだすと首に巻いていたタオルを取りだす。そして汗を拭おうとしたその時、首にかけていただろうネックレスが胸からこぼれでた。

 

「ん?なんだそれは……」

 

 クライムが首にかけていたもの。それは動物の爪か牙のようなもので出来た質素なネックレスだった。

 

「あ、これですか?昨日街でしつこい道具屋店員がいまして……無理やり買わされちゃったんですよ……」

「ほぅ……。お前が無駄遣いするとは珍しいな。だが……俺が言うのは何だがお前には似合わないんじゃないか?どんな店で買ったんだ?」

「えーっと……中央の噴水広場にあるルプー魔道具店という店でした」

 

 その店で何があったというのか。答えるクライムは何故か顔を赤らめているのだった。



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第10話 禁断の出会い

 クライムはガゼフとの訓練後、第三王女ラナーと話をしていたアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースから伝言を預かることになった。

 向かう先は蒼の薔薇の滞在している王都で最高級の宿屋だ。酒場も兼用となっている宿屋の一階へと入るとそこには4人の個性的な女性たちが座っていた。

 クライムが彼女たちに近づくと、大柄でまるで男のような体躯をした女があいさつをする。

 

「よう、童貞。あたしと寝に来たのか?」

 

 ハスキーな声でいつもそのセリフをあいさつ代わりにしてくるのは戦士ガガーランだ。短く刈り上げられた金髪に、肉食獣のような瞳をしている。

 クライムは最初はその挨拶をやめてほしいと言っていたが、そのうちからかわれるだけと悟り何も言わないように心掛けている。

 童貞好きを豪語する彼女に、下手に「はい」などと返事をしようものならその圧倒的な膂力により二階の寝室へと連れ込まれて奪われてしまうだろう。

 

「いいえ、結構です」

「だっから童貞なんだよおまえは!」

 

 そうは言われても相手がいないのだから仕方ない。気になる相手はいるのだが、彼女はそんなことを考えることさえ恐れ多い存在だ。

 

「そんなことだと憧れの姫様ともうまくいかねえぞ?」

「わ、私はラナー様とそのような関係になろうとは思っておりません!」

「別にラナー様だなんていってねえぞ?ははははは」

 

 思わず頭にあった人の名前を出してしまった。羞恥に顔が赤くなる。

 だが、彼女にはいつも剣を教えてもらっていることもあり頭が上がらない。そして訓練場のことを思い出し報告することにした。

 

「ガガーランさん。実は今日ストロノーフ様と手合わせを願える機会があったのですが一矢報いることが出来ました」

「へぇ!やるじゃねえか!あの教えた大上段からの一撃が決まったのか?」

「いえ、下段からの反撃でストロノーフ様の剣を折ることができました」

「「「「何!?」」」」

 

 何でもないように言ったクライムの言葉に話を聞いていたガガーランのみならず野菜スティックを夢中にかじっていた双子の女たちまで驚きの声を上げて振り返る。

 忍者のティアとティナである。

 二人ともスラリとした肢体をしており、身に着けているのは全身にぴったり密着するような服装、忍び装束だ。

 

「で、でもストロノーフ様は武技を使っておりませんでしたし、先の戦で怪我を負われていたようですので……」

「いや、それにしたって……さすがに嘘だろ……いや、ちょっと待てお前……何か強くなってねぇか?」

「え?」

 

 ガガーランは戦士としての相手の力量を計ることができる。それによるとクライムの強さは以前あった時より強いような感じがしていた。

 

「おい小僧、ちょっとこっちに来てみろ」

 

 仮面の魔法詠唱者がクライムを呼ぶ。蒼の薔薇の最後の一人、イビルアイだ。

 身長は小柄で胸部も平坦、見た目は子供にしか見えないが、かつては『国堕とし』とまで呼ばれた吸血鬼であり、蒼の薔薇の中では突出した強さを持っている。

 

 言われるがままクライムがイビルアイのもとへ行くと全身を舐めるように見つめてきた。

 

「な、なんですか……?」

「小僧……お前から何か魔力を感じる。何か持っているな?出してみろ」

「え……」

 

 そう言われて思い当たるのは噴水広場で買わされたアクセサリーだ。

 

「これのことですか?」

 

 出されたのは動物の牙などで作られた簡素なネックレス。

 

「なんだそりゃ?おい、イビルアイ。まさかそんなしょぼいのがクライムの強さの原因とか言わないよな?」

「まぁ見ていろ。《道具鑑定》」

 

 イビルアイの持つ杖からネックレスへと光が当たる。

 

「な、なんだこれは!?筋力上昇?敏捷性、魔法防御、物理防御……属性防御までついているのか!?しかもどれも上級の効果だ!こんな材料の道具に上級の魔化を施すとかどこの馬鹿だ!?」

 

 突然叫びだしたイビルアイに周りのメンバーが驚く。イビルアイは比類なき高みにある魔力系魔法詠唱者だ。そのイビルアイがここまで言うとはただ事ではない。

 

「おい、落ち着けよ。イビルアイ」

「これが落ち着いていられるか!?こんな馬鹿は見たことがない!これだけのものを作る能力があるならもっと希少で上級の素材を使ってアイテムを作ればいいじゃないか!これだけの才能をこんなゴミ素材に使うとか馬鹿としか思えん!何を考えているんだ!」

 

 同じ魔力を扱う魔法詠唱者としてそれは信じがたいことだったのだろう。イビルアイはひたすら憤っている。

 

「あ、あの……これはそんなにすごいものなんでしょうか」

 

 イビルアイのあまりの様子にクライムは戸惑っている。無理やり買わされたとは言えそれほど高くなかったのだ。それほどのものとは全く思わなかった。

 

「すごいなんてものではないぞ。お前がガゼフの剣を折ったのがその証拠だ。身体能力が上昇したのを気づいていなかったのか?」

「いえ、今日は体の調子がいいなぁっと思っていましたが……」

「おまえなぁ……まぁいい。それで、これはどこで買ったのだ?お前がこんなものを買うとは思えんが……」

 

 まずクライムではこのマジックアイテムの価値には気づかないだろう。さらにこのような見た目の悪いネックレスを買うようにな人間でもない。

 

「いえ、無理やり買わされてしまいまして……」

「無理やり?詳しく話してみろ」

「はい……それは……」

 

 クライムの話によるとこうだ。

 街の噴水広場を歩いていると道具屋のカウンターから声をかけられたそうだ。変わった軍帽をかぶったメイドで言葉巧みに言いくるめられ、いつの間にか買わされていたという。

 

「へぇー……?そのメイドは美人だったのか?」

 

 ガガーランのその言葉にクライムはその顔を赤らめる。それを見てガガーランは面白そうに笑う。

 

「おいおい、王女様が悲しむぞ。でもまぁお前も男だったんだな。よし、ベッドに行くか!」

「行きません!」

「クライム、そのメイドは軍帽を被っていたと言ったか?」

 

 イビルアイの言葉にクライムは頷く。

 

「最近軍帽を被った変わった冒険者が王都に現れたと聞いたことを思い出した。銀級でありながらこのあたりの魔物を狩りまくってると聞く。確か黒髪でとんでもなく美人だと聞いたが……もしかしてそいつか?」

「いえ、その方は赤い髪をしておりましたし冒険者プレートもしておりませんでした」

「別人か?そんな変わった格好が流行っているのか?」

「まぁ、いいじゃねえかイビルアイ。それよりクライム。お前なんでここに来たんだ?そんな話をしにきたわけじゃないんだろう?」

「あ!そうでした!アインドラ様が呼ばれてます。夕方に例の場所に集合だそうです」

「そういうことは早く言え!」

 

 クライムの伝言で蒼の薔薇はすべてを察する。王女の依頼だろう。クライムに礼をいうと4人は立ち上がり宿を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 ラキュースは他のメンバーとの集合場所へ移動するため街を歩いていた。その整った顔立ちと身に纏う装備は歩いているだけで絵になる。

 そんな彼女が噴水広場を通りかかりふと目に入るものがあった。

 

「あれは……?」

 

 それは道具屋だ。噴水広場の一番いい場所に店を構えている。しかし、ラキュースが注目したのは道具屋そのものでもその商品でもない。

 興味を持ったのはその店員だ。メイド服を着ているのは珍しいがただそれだけだ。しかし、その頭に乗っている物を見た瞬間、背後に雷鳴が走った。

 

「メイド服に軍帽だと……あのセンス……まさか……」

 

 

 

 一方、ルプーはロフーレのコネにより王都の噴水広場の一番いい場所に共同とは言え店舗を出させてもらっていた。カウンターに置かれているのは至高の存在謹製の商品に加えて他で仕入れてきた商品も加えている。

 暇を見つけては冒険者ナーベとしても活動しており、徐々にその名声は高まっているが未だに創造主の情報は得られていない。

 その日は商人として売り子をしていた。店は繁盛しつつも客足もだいぶ落ち着いてきた夕方時、噴水広場を見ていると一人の変わった格好をした女が通りかかる。

 それに思わずルプーは目を奪われると、背後に雷鳴が走った。

 

「両手の指すべてにアーマーリング……あのセンスは……」



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第11話 黒歴史の深淵

「ルプーさんは本当に商売が上手ですねぇ。何でお客さまが欲しがりそうなものを仕入れて置けるんですか?」

「いやぁ、ぼちぼちっすよ」

 

 話しかけてきたのは同じくロフーレ商会に加入している隣の店の女性店員だ。扱っているのは食料品が中心でルプーの店とは被っていない。いや、あえて被らないようにしている。

 彼女の言うようにルプーの店ではお客様が欲しいものが手に入ると評判となっている。これは倉庫を手に入れたのが大きかった。

 『お客さまが欲しがるもの』を置いているのではない。『何でも』置いているのだ。倉庫のおかげで空いたアイテムボックスのスペースを有効活用し、ありとあらゆるアイテムを保管しているため、商品の種類が豊富でこの店だけで何でもそろうくらいだ。

 さらにアイテムボックスに入れているアイテムは劣化しないと言うのが利益に拍車をかける。

 つまり使用期限切れによる廃棄を考えず、ありとあらゆる商品を扱えるのだ。その気になれば喫茶店で出来立てのコーヒーをアイテムボックスに入れて置き、1か月後に提供することさえ可能である。

 加えてこの商店に置いている商品はすべて平均以上の品質を保っている。パンドラズ・アクターとしての鑑定眼により質の悪いものはすべて廃除した結果、高品質のものが安定的に手に入ると評判を呼びリピーターが絶えない。

 しかし、中には見た目だけで中身を伴わない装飾品としての高級武具なども置いていた。貴族などによる需要があるからであるが、そんなものは本当のレアアイテムではなく物の価値を知らない愚か者としか思えない。

 だが商会長のロフーレ曰く、「本当にいいものを見る目のない客には高く吹っ掛けて勉強させてやるのも優しさである」と言うことでルプーとしても納得していた。

 

(さすが商会長閣下は違いますね……)

 

 ルプーとてマジックアイテムを愛する者。その価値が分からない愚か者には高い見た目だけのものを買わせることに躊躇いはない。

 そのため、銀ピカのミスリル製の鎧を着ていた金持ちと思われる少年を見つけたので呼び止めて高級品を買わせようとしてみたが断られ、安いルプー製の装備を買われるということもあった。

 それでも小物から高級品まで多種多様な商品を扱った結果、ルプー魔道具店はいつでもどんなものでも手に入り、しかも質がいいと有名になっていた。お隣さんにはぼちぼちなどと言ったがその利益は莫大である。

 ただ、目的としては様々なコネクションを作成しモモンガの情報を得ることなので、上は貴族から下は平民まで様々な人間に来てもらえる今の状況は望ましいものではあった。

 

 

 

 そしてその日、噴水広場で売り子をしていたルプーは、そこを通りかかった一人の女に目が奪われていた。その身に着けている装備もそうだが、その放つ雰囲気に何故か親近感を覚える。

 かつて創造主であったモモンガが放っていた雰囲気に近いかもしれない。さらにその腰に下げた禍々しい剣。確かめずにはいられない。

 

「両手の指すべてにアーマーリング……あのセンスは……ちょっと店番頼むっす!!」

「ええっ!?ルプーさん!?」

 

 同じくロフーレ商会に所属するお隣さんに声をかけてカウンターを飛び越えていく。

 

(……というか一人じゃやっぱ無理がありますねぇ……店員が欲しいところです)

 

 店員に店を任せ、支店などを増やせばさらに出来ることは格段に増え、得られる情報も多くなるだろう。しかし、今は目の前の獲物を吟味することが先決である。

 

「ちょーっと待つっすよ!そこのあなた!《道具上位鑑定》!」

 

 あいさつ代わりに相手の所持品をチェックする。指のアーマーリングは何の効果もなくおしゃれで付けているようだ。次々と鑑定し、そしてその腰の剣を鑑定したその時。

 

「ふふふふっ……ついに現れたっすね!魔剣キリネイラムの所有者!!」

 

 ビシっと指をさしてくる軍帽メイド服の赤毛の美女。それを見てラキュースは思う。来たるべき時がついに来たのだと。胸の奥から湧きあげて来るものある。

 

(あの態度……そしてあの軍帽……ついに……ついにこのときが……)

 

 ラキュースは暗黒剣と言われる魔剣キリネイラムの所有者である。暗黒剣と言うだけあって、それを持ってからというもの、ラキュースはその闇のパワーが自身の中から溢れ出すのではないかという心配……もとい期待を持っている。

 夜ごと妄想している己の中の闇のラキュースにしてもいつかそうなるだろう、そうなって欲しいなという欲望のたまものだ。そして今、目の前に現れた褐色の肌の美女。

 魔剣キリネイラムを見るあの目、あの恰好。待ちに待った()()()に違いない。

 

「あなた……なのね?」

 

 ラキュースはすべてを悟ったようにルプーへと不敵に笑いかける。

 ルプーは最初何を言っているのだろう……とは思ったが、ラキュースのその指のアーマーリングを見せびらかすように握りしめるそのしぐさを見て悟る。ここは合わせる場面であると。

 

「ええ……そう……わたしっすよ……」

「ふふふふっ……」

「ふふふふっ……」

 

 二人はお互いに笑いあう。ルプーはその時分かった。この相手は自分に匹敵する深淵を持つものだと。そしてもしかしたら創造主にさえ匹敵する可能性があることを。

 それを悟った瞬間、ルプーは腰に片手を当て、もう片手を顔に貼り付け指の間からラキュースを見つめると宣言を下す。

 

「我が名はルプー!ロフーレ商会の店員にして数多のレアアイテムを求める者!あなたにPVP(決闘)を申し込む!私に負けたらその魔剣を差し出すっす!」

 

 ルプーのそのポーズ、その話し方、その話している内容にラキュースの脳が震える。

 

(何……その名乗り!?そのポーズ!すごい……この何だかわからないけどすごいわ!!こんな公衆の面前で決闘宣言とか!?なにこの燃えるシチュエーション!)

 

 夢に見たようなシチュエーションにラキュースの内心ではそんな感じで叫びだしそうになっているが、そんなことはおくびにも出さずに落ち着いた様子でルプーへと向き直る。

 

「ついに来たのね……あなたこそ……闇よりの使者!」

 

 ビシッと指をさし返されたルプーは闇よりの使者と聞いて、ナザリック地下大墳墓を思い出す。自分の創造主は非公式魔王とも呼ばれるほどの支配者だ。その支配地はまさに闇の深淵。創造された自分はまさに闇よりの使者だろう。

 

「ふふふっ……よく分かったすね……さぁ、その闇を纏いし魔剣をかけて決闘っす!」

「ふふふっ……待ちなさい。こんな街中じゃ力が出し切れないでしょう?仲間と郊外で待ち合わせをしてるの。そこでやらない?」

 

 ラキュースは突如発生したこの一大イベント(黒歴史)に胸が張り裂けんばかりに興奮していた。そしてチラチラとルプーのその帽子を見てしまう。中心に描かれたサインも決まっているし、その形、被り方、そして位置を直すためのその指の動き等すべてがかっこいい。

 

(欲しいな……)

 

 期待に胸を膨らませつつ歩いてるうちに集合場所についていた。そこには蒼の薔薇のメンバーが集まっている。

 

「みんな集まっているわね」

「ラキュース遅かったな……って誰だそりゃ?」

 

 何故か見知らぬ美女を連れてきたリーダーにガガーランが問いかける。

 

「噴水広場で運命の出会いをしたの!みんなには私たちの決闘を見届けて欲しいわ!」

「なにいってんだおまえ!?」

 

 ラキュースの突然の迷言にガガーランが戸惑っている。

 

「そうっすよ。決闘で私が勝ったら魔剣をいただくっす」

「なんだそりゃ!?っていうかおまえ誰だよ!?」

「ふふふっ、我が名はルプー!ロフーレ商会の商人っす!」

「ロフーレってあの有名な!?っていうか商人が何でラキュースと決闘すんだよ!?」

「ガガーラン、いいの……いいのよ」

「よくねーよ!?っていうかこっちは魔剣をとられっぱなしかよ!?」

「まったくだ。おい、お前。我々を蒼の薔薇と知って言っているのか?」

 

 ガガーランの影から現れたのはイビルアイだ。苛立ったようにルプーを指さしている。

 

「知ってるっすよ?アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』っすよね。別に全員いっぺんに相手をしてもいいっすけど?」

「貴様!舐めるのもいい加減にしておけよ!」

 

 怒り出すイビルアイだがルプーは挑発するように笑っている。その自信を見てラキュースはさすが闇の使者だと感心する。

 

「待ってイビルアイ。連れてきたのは私なのだから私が話をするわ。ルプーさんでしたね。この魔剣が欲しい理由を聞きましょうか」

「そりゃ私の心にビンビンくるからっすよ!」

「ビンビン!?」

「ええ、まずその暗黒剣っていうところに来るものがあるっすよね!その深い闇を纏った感じの鞘や鍔!最高っす!心が刺激されるっす!その刀身は何色なんすか!?」

「……分かる!分かるわ!その気持ち!刀身はもちろん闇色よ!」

 

 ルプーの感想にラキュースは両手を重ねてぶんぶん振りながら同意している。ラキュースとてこの魔剣を手にしてからその闇のパワーを表現すべく、技名を考えたり、闇のラキュースという設定を作ったり色々して楽しんでいるのだ。しかし、ガガーランの言うように無償で勝負を受ける言われもない。

 深き闇を手に入れるにはそれに相応しい代償を必要とするのだ。

 

「それで……あなたが負けたら何を差し出すのですか?」

 

 ラキュースは相手が闇の使者なのだから闇のパワーや闇のマジックアイテム等が出て来るのではと期待してしまう。

 

「ん~そうっすね。私は商人っすからお金……でどうすっか?結構稼いだっすから……」

 

 ルプーはどこからともなく金貨の入った袋をドスンと地面に置く。どこに入っていたのか袋から零れ落ちるのは信じられないほどの量の白金貨だ。

 

「それともマジックアイテムがいいっすか?」

 

 さらに取り出したマジックアイテムはイビルアイ達の見覚えのあるものだった。そう、宿屋でクライムが持っていたマジックアイテムだ。

 

「そ、その武具は!?お前か!?お前があのアホみたいな魔化をして才能の無駄使いをしているやつなのか!?」

「なんのことっすか?」

 

 さすが闇の使者、イビルアイをも唸らせる闇のアイテムを持ってるらしいとラキュースは感心する。

 

「じゃあ、決闘よ……」

「おい、ラキュース!?これから例の組織を襲いにいくんだぞ!?そんなやつ放って逃げればいいだろう!?」

 

 イビルアイはリーダーの正気を疑う。蒼の薔薇はこれから王国の闇に潜む組織『八本指」の麻薬畑を消し去るという重要任務があるのだ。こんなアホなことをしている時間はない。

 

 しかし、それにやれやれと首を振るラキュースとルプー。そのまるで仲良く分かり合った様子にイビルアイはいらっとする。

 

「ああ、もう分かってないわね。イビルアイは……」

「本当っすね……分かってないっすね」

「あのね、昔から決まっているのよ」

「そうそう、決まってるっす」

 

 ラキュースとルプーはイビルアイの方向を向くと同時に言い切った。

 

「「魔王からは逃げられない!」」

 

 ふふっと笑いあう二人。

 

「おい、もう放っておけ。イビルアイ」

「いや、待て、ガガーラン。今の言語を理解できた奴がいたのか!?私にはさっぱり分からんぞ!?っていうかラキュース!たかが道具屋の店員にお前が本気を出したらとんでもないことになるぞ!?」

 

 どうやら本気でやりあうつもりらしいラキュースにイビルアイは混乱している。

 

「大丈夫よ。闇の使者が弱いはずがないもの。それより一つ私からも条件を出すわ」

「なんっすか?」

「私が勝ったらその被っている帽子も寄こしなさい!」

「おい、ラキュース何を言っている!?」

「どうしたんだラキュース?」

「リーダーが壊れた」

「ポンコツ」

 

 蒼の薔薇の面々がラキュースの正気を疑っている。しかし魂に闇を宿す者はいつの時代も誰にも理解されないものなのだ。

 

「いいえ、これは運命です!私も一目この方を見たときに分かりました!あなたこそが私の強敵と書いてライバルだと!」

「それは奇遇っすね!私も思ったっすよ!その腰で浮いている剣!指のすべてにはまったアーマーリング!そして魔剣キリネイラム!さあ、その剣の真価を見せてほしいっす!」

 

 ルプーは挑発するように両手をカモンとばかりにヒラヒラさせている。

 

「え……えっと、あなたは素手で?」

 

 さすがに丸腰の相手を見て心配したのか一瞬正気に戻るラキュース。

 

「大丈夫っすからお先にどうぞ?そしたらこの帽子も差し上げるっすよ」

「いいんですね?本当にいいんですね?やっちゃいますよ?」

「おい、誰かラキュースを止めろ」

「もう無理……」

 

 イビルアイは心配の声を上げるがティアたちは諦めたようだ。

 

「覚悟しなさい!神聖なる乙女の力と深淵なる暗黒の力をクロスさせ!この一撃を解き放つ!超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!!」

 

 ラキュースがそう叫んだ瞬間、その星が煌めくような刀身が膨れ上がり無属性の爆発エネルギーがルプーへと向かう。ちなみに特に詠唱も技名も腕をクロスするポーズも必要ないのですべてラキュースが考えたセリフである。

 

「素晴らしいっす!素晴らしい詠唱っす!」

 

 ラキュースのその卓越したセンスをルプーは絶賛しつつ避けようともしない。イビルアイたちは道具屋が粉みじんになってしまうと覚悟する。しかし……。

 衝撃波はルプーの体に当たることなく、あさっての方向へと飛んでいく。道具屋が片手でそのエネルギーを弾き飛ばしてしまったのだ。

 

「なっ!?」

「嘘だろ!?なんだよいまの!?」

 

 イビルアイとガガーランが驚きの声を上げる。しかし、ラキュースはライバルならばその程度はやるだろうと思っていた。

 そしてルプーも今の技名、そして詠唱を聞いて確信した。この人物はモモンガに気に入られる可能性が十分あると。人間なのが残念だが、それでもここで武器を奪ってしまうのは惜しいと。その武器よりもこの人間のほうがレアだと判断したのだ。

 そしてルプーは方針を変える。

 

「なかなかやるわね!」

「さて、次は私の番っすよ!ちょっと借りるっす!」

 

 言うが早いか魔剣キリネイラムはルプーの手に握られている。

 

「いつのまに!?」

「さあいくっすよ!我が邪眼に眠りし暗黒の力よ……」

「邪眼!?」

 

 邪眼と言うその設定を聞いたラキュースの胸がトゥクンと跳ねる。自分の闇の人格と同じくらい()()設定だ。

 

「さぁ!今こそ封じられしその邪悪なる力を解き放て……はあああ!絶技!邪眼暗黒刃超弩級(イービルアイダークネスメガ)究極衝撃波(アルティメイトインパクト)!!」

 

「絶技!?それに私の技名!!!!!」

 

 自分の考えた技名をパクられさらにかっこいい名前(ラキュース視点)にされた悔しさにラキュースは叫ぶ。だが、ルプーが放った衝撃波はラキュースに当たることなく夜空へと放たれ消えていった。

 

「うぷぷっー、私のほうが上っすねー!」

「待ちなさい!私はまだ本気を出していないわ!」

「ほぅー?じゃあやってみるっすよ」

 

 ルプーは魔剣キリネイラムをラキュースへと投げ渡す。

 

「見てなさい!いくわよ!さぁ……我が肉体の中の闇の人格よ……今こそ目覚めよ!」

「お、おい!まさか闇のラキュースを出しちまうのか!やめろ!」

 

 ガガーランが心配したように叫ぶ。夜ごと闇のラキュースがどうとか、己の中の呪われた力がどうとか、人格を奪ってやるとかいう妄言が現実になったかと思ったのだ。

 

「ふふふっ……我を解き放て……己の中の暗黒竜の力を……力が欲しいのならくれてやろう……はぁぁぁ!超絶奥義!暗黒竜刃超弩級(ダークネスドラゴンメガ)究極衝撃波改(アルティメイトインパクトダッシュ)!!」

 

 ラキュースの放った技が空へと消えていく。ちなみに最初に放った技と威力に違いはない。しかし、その場の黒歴史(パンドラズ・アクターとラキュース)にはそんなことは関係なかった。

 次々に現れる闇の人格に封じられた力、はたまた聖なる力やら、竜の血脈やらも飛び出し長々とした技名の応酬がいつまでも続く。そしてそのたびに深淵が深まっていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

「ふぁあ……いつまでやるんだよおまえら……」

 

 時はすでに夜明け前である。律儀に一部始終を見ていたガガーランはあくびをかみ殺す。ティアとティナはすでにお互いの背をベッド代わりに熟睡中だ。イビルアイは呆れて帰ってしまった。

 

「はぁ……はぁ……そうね……」

「そうっすね。終わりにするっすか……」

 

 ルプーは最後にキリネイラムをラキュースに渡すと手を差し出す。そして二人は固く握手を交すのだった。

 

「あなたの闇の力は本物っす。その剣は預けておくっすよ。もし死ぬことがあったらくださいっす」

「死なないわよ!こほんっ……まぁいいわ。私もあなたに出会えてよかった……。いつかまた闇の力について語り合いましょう」

 

 ガガーランには理解不能な世界だが二人の間では何か分かり合えることがあったらしい。

 

「私も楽しかったっすよ。貴方のこと気に入っちゃったっす。その剣はあなたが死ぬときまで預けておきます。あなたが闇の深淵に到達するのはその時なのですから……」

 

 そう、闇の深淵たるナザリックには死して異形と化すしか迎え入れるすべはないのだ。そしてラキュースならば創造主もさぞや気に入ることだろう。

 

「それは……どういう意味なの!?ルプー!?」

「ふっ……それでは。また会いましょう」

 

 ルプーは帽子を被りなおし、真面目な口調でそう言うと去って行った。残されたのはラキュースとガガーランだ。双子は寝ている。

 名残惜しそうにルプーを見送ったラキュースは興奮したようにガガーランへと振り返った。

 

「どういう意味なの!?」

「知らねーよ!!!!!!!!!!!!!」

 

 ガガーランの叫びとともに朝日が昇り、長く長く続いた闇が晴れるのだった。



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第12話 武具と情報(ギブアンドテイク)

 ルプーは今日も今日とて王都の噴水広場で売り子をしていた。

 商売そのものは順調である。商売人としての知名度は高まってきており、何よりロフーレ商会の影響力が増してきていた。実際、商会長のロフーレの影響力は下手な貴族よりも大きいくらいである。

 しかし一方、創造主に関する情報については皆無である。どこか国の上層部や権力者たちにコネでも欲しいところであるが今のところ接触はなかった。

 

 辛抱強く聞き込みなど情報を収集するルプーであったがそこに転機が訪れる。店の前に豪奢な馬車が止まると二人の人物が下りてきたのだ。

 

 一人は髭を綺麗に切り揃え、見事な体格をしている男性。その服装は一目で高級と分かる一級品であり上流階級の人間なのが分かる。

 もう一人は顔に多くの傷跡がある戦士のような風貌の男だ。こちらも服装は高級品で身を固めている。前者が王国第一皇子のバルブロであり、後者が王国の六大貴族と言われる大貴族の一人であるボウロロープ侯だ。

 

「殿下。ここです」

「ここが?こんなところでそんな良い買い物が出来るというのか?」

 

 見かけからして只物ではない二人の男が自分の店を見つめていることに気づきルプーはニコニコと手を振って見せる。

 

「ふんっ、店員の愛想は良いようだな」

「どうも相当な力を持つ魔道具を扱っているとの噂を聞きました。何でもその魔道具で戦士長の剣を折ったとか……」

 

 たまたま耳にした噂だった。貴族や王族の世界では表面上は上品に取り繕い、直接的な争いは少ないものの裏を返せば情報による権謀術数のるつぼである。

 六大貴族のボウロロープ侯爵もそこに蔓延る魑魅魍魎の一人だ。メイドや執事などに自分の関係者を潜り込ませ悪い噂を流させたり、逆に情報を聞き出したりは日常茶飯事だ。

 そんな中で面白い噂を聞いたのだ。戦士長が下級騎士に剣を折られたと。武功を誇るボウロロープ侯としては騎士が装備していた武具が気になり、娘婿であるバルブロと直接こうして来たというわけだった。

 

「いらっしゃいっすー!殿下ってことは王子様っすか?」

「耳ざといな……。ああ、我こそが王国第1皇子のバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフである」

 

 尊大に胸を張って自慢げにしているがルプーにとって態度は問題ではない。待ちに待った情報源だ。ここはうまくやらなければならない。

 

「王子様は何をご所望っすか!?サービスするっすよ?」

「ふん、言葉遣いは気に入らんがいい心がけだ。ボウロロープ侯、どれがその魔道具なのだ?」

「いえ、私も分かりませんが……この辺りは見た目も良いのではないですか?」

 

 ボウロロープ侯が金持ちのカモ用に置いている見た目のいい装飾品としての武具を手に取る。

 実際はもっと良い素材で見た目の良い装備を作ることもできるのだが、それらの素材はパンドラズ・アクターとしての趣味に使われているため、人間に売っている武具については最低限の素材で作ったもののみだ。

 しかし、せっかくのコネクション相手にそんなものを掴ませるわけにもいかないだろう。

 

「それよりもこれ使ってみて欲しいっす。特におすすめのやつっすよ」

 

 ボウロロープ侯は銀で作られた見た目だけ装飾用の武器を手に取っているが、ルプーはバルブロに動物の牙で作られた質素なネックレスを渡す。

 

「これを私に?貴様馬鹿にしてるのか?無礼な……」

「まぁまぁ、騙されたと思ってつけてみるっすよ」

 

 ルプーがネックレスをバルブロの首にかけようと近づくとその豊満な胸が目の前に揺れながら現れる。ごくりと喉を鳴らしている間に首にネックレスがかけられてしまっていた。

 

「ごほんっ!ま、まぁいい……。これがなんだと言うの……なんだ?体が軽いぞ?」

 

 ネックレスをつけられた瞬間、バルブロは全身にみなぎる力を感じる。羽でも生えたみたいだと思い思わず地面を蹴ってみた。すると信じられないことに店舗の屋根を飛び越えるほどの跳躍力で飛び上がっていた。

 

「何!?」

 

 驚いたのもつかの間、飛び上がった勢いそのままで地面に降り立つが体に支障はない。

 

「王子!大丈夫ですか!?」

「すごい!すごいぞ!なんだこの力は!?」

「どうっすか?どうっすか?気に入ったっすか?」

「確かにすごい……。これほどの力があれば……ボウロロープ侯!」

「はい!店主、この装備は量産は出来るか?」

「量産っすか?材料があればできるっすけど……」

「では4000人分の装備をお願いしたい。帝国との戦争が控えていてな……秋までには頼みたいのだが……」

「4000っすか……」

 

 ルプーは少し多すぎると考え、迷う。それだけ作っている時間があれば他の情報収集に時間を使ったほうがいいかもしれない。しかし、王国のトップに近い王子とのコネクションも捨てがたい。もし創造主の情報を知っているのであればそちらが最優先だ。

 

「ボウロロープ侯。なぜ4000なのだ?もっと作ってもらえばいいではないか……」

 

 ルプーのそんな気持ちを知ってか知らずか王子が余計なことを言っている。これ以上増えるなら断るしかないかもしれない。

 

「殿下。此度の戦争では殿下に我が精鋭4000を預けようと思っております。そして勲一等は殿下が得なければならない。他の者が武勲を得られるチャンスは潰しておくべきです。ですのでそれ以上の武具など必要ありますまい」

「なるほど!さすがボウロロープ侯だ。その慧眼称賛に値する」

「お褒めいただき恐悦至極でございます」

 

 バルブロはボウロロープ侯の親族を妻に迎えており、貴族派閥に属している。さらに王位継承問題もはらんでおり戦争での成果は今後の王位継承順位にも影響しかねない。そのため二人は戦力の増強を求めてルプーの店まで来ていたのだ。

 

「それでどうだ。店主。出来るか」

「ん~そうっすねー。殿下、一つ条件があるっす」

「条件だと?なんだ?」

「モモンガ様……またはナザリックって知ってるっすか?」

「モモンガ?ナザリック?」

「もしモモンガ様のことを知っていて教えてくれるなら作ってもいいっすよ」

 

 バルブロは考える。

 王族に条件を突きつけるなど無礼な女だ。さらにこのメイドは美しく妾にでも貰いたいほどの魅力的な容姿であるがどうも変わり者のようだ。頭の奇妙な帽子がそれを物語っている。

 しかし、今は自分が王位を継承するために武勲を上げるために動くことが最優先だ。モモンガなどと言う名は聞いたことがないが嘘も方便。装備を作らせた後で多めに褒美でもやれば納得するだろうとバルブロは結論付ける。

 

「ああ、モモンガ……な、聞いたことがあるな……」

「ほんとっすか!?」

 

 ガタッと音を立ててルプーがカウンターから乗り出してくる。掴みかからんばかりのその様子に思わずバルブロは一歩身を引く。

 

「あ、ああ……だが、教えるのは装備をすべて作ってそれが役に立ってからだ。先に条件を付けたのはお前だ。文句はないだろうな」

 

 ルプーは考える。

 偉大なる創造主の情報だ。その価値は計り知れない。どんなに金銭を積んでも惜しくはないし、それを得るためにはどんなことでもして見せる。売った武具がどんな使われ方をしようが知ったことではない。そしてその思いを口にする。

 

「もちろんっすよ。確かにそんな簡単に情報を得ようとは……不敬っすね。でももし役に立ったらおねがいするっすよ!」

 

 ルプーはバルブロの目の前で『不敬』と言った。そしてそれは創造主たるモモンガに対しての言葉であったのだが、バルブロはそれを自分への言葉と勘違いする。

 

(ほぅ、私に対して不敬な態度を取っていると言う自覚くらいはあるのか……。言葉遣いはともかく私への十分な忠誠はあるようだな。気に入った……)

 

 見た目も良く自分への忠誠があるのならば妾くらいにはしてやってもよいとさえ思ってしまう。

 

「ふははははっ、任せておけ。では期日までに頼むぞ」

「殿下は交渉がうまいですなぁ。では後で使いのものをこの店に送るので細かい調整はそちらで頼むぞ」

「あ、それは無理っす。私はこの店を任されてるっすけど、そういうことは会長のロフーレ閣下にしてくれないと」

 

 予想外の言葉にボウロロープはズッコケる。ルプーは店を任されているが何でも好きに出来るわけではない。商会の中でのそれぞれの役割を勝手に変えることは他の店の迷惑にもなりかねないのだ。そのための調整は会長が行っている。

 

「そ、そういうことは最初にだな……」

「まぁ私が良いって言ってたと伝えてもらえば断らないと思うっすよ」

「そ、そうか……まぁロフーレ殿なら私も知っている。頼むぞ!」

 

 ボウロロープ侯はそう言うとバルブロととも再び馬車へ乗るとその場を去っていった。

 

「ついに……ついに見つけたモモンガ様の情報……」

 

 ついに訪れたその機会。ルプーはその期待と喜びに震え続けるのだった。



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第13話 カッツェ平野の戦い

 時は秋。収穫を控えたその時期に王国中の兵力がカッツェ平野へと集まっていた。バハルス帝国からの宣戦布告を受け、国王のランポッサ三世が六大貴族を筆頭に王国の各貴族を招集したのだ。

 そこへ設けられた駐屯地の大テントの中の国王のランポッサ三世とともに第1皇子バルブロ、第2皇子ザナック。王派閥であるブルムラシュー侯爵、ペスペア侯、ウロヴァーナ辺境伯が近くで固まっており、少し離れたところに貴族派閥のレエブン侯爵、ボウロロープ侯爵、そしてリットン伯が集まっていた。

 

「皆よくぞ集まってくれた。帝国からの要求および宣戦布告については例年通りだ。エ・ランテルの割譲を求めている」

「はっ、またエ・ランテルは自分の領土などと戯言をいっているのですか」

 

 ブルムラシュー侯が帝国の書状を笑い飛ばす。

 

「兵力も例年と同じく4軍団しか来ていないですな」

「まったく帝国も暇なものです。毎年毎年勝てもしないのに挑んでくるとは」

「今年も楽勝でしょうなぁ。はっはっは」

 

 他の貴族たちがブルムラシュー侯の言葉に同調するように帝国を馬鹿にする。貴族の体面を保つために強がりを言っている彼らではあるがこれの認識は間違っている。

 確かに帝国はエ・ランテルを手に入れることは出来ていない。しかし、帝国は戦で勝つことを求めていないのだ。王国では民兵が中心であり、今このカッツェ平野に集っている20万に及ぶ軍勢もほとんどが農民である。

 そのため、収穫の時期を狙って攻め込み王国を疲弊させることを目的に嫌がらせのように毎年戦争を仕掛けているのだ。事実、徐々に王国の国力は衰えており、民兵たちの顔は暗い。

 しかし、そんなことはお構いなしに貴族たちの会議は続く。

 

「陛下!先陣はこのボウロロープにお任せください!帝国軍に目に物言わせて見せますぞ!」

 

 その言葉に周りの貴族たちが騒めく。特に六大貴族筆頭であるレエブン侯の動揺は目に見えて驚いているようにさえ見える。ボウロロープ侯は先陣などと言わず総指揮権でも求めて来ると思っていたのだ。

 それもそのはず帝国の兵士たちは職業兵であり、十分な時間と金をかけて訓練を積ませその装備も充実している。対して王国は農民が中心の民兵、10人で帝国兵1人さえ倒せないだろう。

 そのため王国では例年防御の陣形である槍衾で受けることで何とか凌いでいる状況なのだ。先陣を切るなど自殺行為と言える。

 

「良いのか?ボウロロープ侯よ」

「もちろんでございます」

「父上、私からもよろしいでしょうか」

「バルブロか。よろしい、申してみよ」

「ボウロロープ侯とともに私も先陣を駆けたいと思います」

「何!?」

 

 王の驚きの言葉に周囲の貴族も声を上げる。王位の継承権を持つものが先陣を駆ける。それは兵士たちの士気を高めるには素晴らしく勇気ある行動ともとれるが、危険も伴う。よほどの自信がなければ言えない言葉だろう。

 

「バルブロ王子が先陣ですか。これは兵たちは勇気づけられるでしょうな」

「これは頼もしい。王家の今後は安泰ですな」

「我々も負けてられませんな」

 

 口々に王子を称える声が上がるが人によりその内心に含むところは違う。貴族派閥としてはバルブロの活躍を期待してのものだろう。しかし、王派閥としてはこの機にバルブロには失脚してもらおうと炊きつけているのだ。

 

「陛下。バルブロ王子には我が精鋭4000を預けたいと思いますがいかがでしょうか」

 

 ランポッサは迷う。身内を危険に巻き込みたくないという親心が芽生えるが、ここまでの勇気を示した息子を無碍にすることは出来ない。

 なによりここで断ろうものなら身内のために他者に危険を押し付ける臆病者とののしられることだろう。

 

「よかろう。ボウロロープ侯。バルブロを任せるぞ」

「お任せください、陛下」

 

「ふふっ、本当に大丈夫ですか?兄上?兄上に何かあったらと私は心配するばかりですよ」

 

 そこへ第二王子のザナックから見せかけだけの心配の声をかけられる。内心で心配していないのは一目瞭然だ。あわよくば戦死してほしいとさえ思っているだろう。これが王位継承者二人の関係であり、ランポッサの悩みでもあった。

 

「やかましい!お前は後方で私の活躍を見ているがいい!陛下!ご期待ください!」

 

 会議の結果、ボウロロープ侯とともにバルブロが4000の精鋭兵士を指揮して先陣を務めることになった。そしてそこにいるほとんどの者が4000程度の兵士で先陣は無謀だと判断している。

 しかし、ボウロロープ侯とバルブロだけは分かっていたのだった。その4000の兵士たちは4万の軍勢にも匹敵するだろうことを……。

 

 

 

 

 

 

 一方、カッツェ平野に築かれたバハルス帝国の本陣にも将軍たちが集まっていた。

 今回の遠征での総大将は白髪で壮年のカーベイン将軍だ。個人の武勇は全く無いが、堅実な指揮能力を発揮し戦闘では決して負けない名将と謳われている。

 帝国に8つある軍団のうち、第2軍を預かっており、今回はそのうち半数の4つの軍を指揮することになっていた。

 

「閣下、兵の配置完了いたしました!」

 

 元気の良い伝令の言葉に満足そうに頷く。命令から報告までの速さからも帝国の兵士は練度の高さが窺える。

 

「それで、敵の陣形はどうだ?いつものような防御陣形なのか?」

「はっ!中央および左翼についてはそのとおりなのですが……右翼が突出しております!」

「なに?」

 

 民兵中心の王国の兵士たちが突出した陣形を築くなど自殺行為だ。一騎当千の帝国兵たちに殺してくださいとでも言っているのだろうか。

 

「罠……か?」

 

 カーベインは考える。しかし一度自分で見てみなければならない。本陣を出ると物見台へと向かう。

 そこから見たものに目を疑った。右翼にあったのは上翼突撃の陣、羽を広げたように兵士たちが隊列を組み、中央からの突破を仕掛ける完全な攻撃陣形だ。

 

「あの王国が突撃陣だと……何を考えている……」

「閣下!いかがいたしましょう!」

 

 士官が指示を求めている。カーベインの長年の勘が何かあると囁くが、長らく続く王国との戦争で王国側が何らかの策を弄してきたことなどない。

 

「陣形はこのまま……いや、右翼の一部を下がらせよ!遊軍として待機させろ!」

「はっ!」

 

 正面兵力は減るがやむを得ないと判断し、一部を下がらせ陣形を整える。双方の陣形は整う。

 

 

 

───そして、決戦の銅鑼が鳴り響いた

 

 

 

「くそっ!なんなんだこいつらは!?」

「刃が通らないぞ!ただの革製のアーマーだろう!?」

「ぎゃああああ!う、腕がああああ!」

「さ、下がれ!下がって態勢を立て直すのだ!」

 

 王国軍の右翼、バルブロ率いる兵団の攻撃を受けた帝国軍が悲鳴を上げる。幸いなのは王国軍すべてがそれだけの強さはないことだ。

 しかし。突撃陣形の中央に位置したそのバルブロ率いる兵団は4000余りという少人数にも関わらず戦場を縦横無尽に駆け回った。

 民兵とは違いボウロロープ侯自慢の私兵というだけあって元々の能力も帝国兵には及ばないもののそれなりの強さを有している。さらに装備による強化が加わったのだ。その差は歴然であった。

 帝国兵から放たれる矢や斬撃はその堅牢な防御力により受けても軽傷程度であり、その俊敏な動きにより当たりさえしないことも多い。一方バルブロ率いる軍団の攻撃力は凄まじく帝国兵が一刀両断にされることさえある。

 

「中央の兵を右翼へ回せ!遊軍は後方へ回り込め!!」

 

 そのあまりの進撃の速さにカーベインは舌を巻く。

 しかしそこは歴戦の将軍。中央の軍を下げ左右に兵を展開することにより包囲網を作り出し、圧倒的な力の差を戦術で押し返す。

 

「ボウロロープ侯……これは……囲まれていないか!?」

「さすが一筋縄ではいきませんな……ですが気にすることもないでしょう」

 

 さすがに周囲を囲まれては不味いと思うバルブロだが、戦場における経験を持つボウロロープ侯は一点の隙を見つけている。それはまだカーベインがこの軍団の戦力を侮っていたことによる隙だ。

 厚い精鋭たちにより守られているという安心感、そして包囲すれば引くしかないという自身の戦術への自信と思い込み。通常の兵であればそうせざるを得ないだろう。しかし現在の自分たちの装備している武具の真の力を知るボウロロープはいけると確信する。

 そして声高々に命令を下した。

 

「下がるな!中央だ!中央を是が非でも突破しろ!バルブロ王子!ご一緒に!」

 

 バルブロはまさかとは思うが、戦場ではボウロロープ侯の実績のほうが上だ。ルプー魔道具店の装備をしていることもあり、不安ながらもボウロロープ侯に続く。

 

「カーベイン将軍!突っ込んできます!」

「何!?」

 

 戦場におけるセオリーでは左右を囲まれたのであれば後方に下がるしか道はない。さらなる前進など自殺行為だ。しかし、目の前でそれが行われている。圧倒的な力による中央突破。そしてその狙いに気づいたときには遅かった。

 

「まさか!狙いは私か!?」

「将軍!お逃げください……ぎゃっ!?」

 

 まさに疾風怒濤。あっという間に前方の陣形が崩れたと思った瞬間、敵は目の前に迫っていた。 

 側近の士官の首が飛ぶ。それに続いて恐ろしい強さを持った王国の兵士たちとともに第一王子バルブロが戦場を駆け抜けてきた。

 

「バルブロ王子!今です!」

 

 カーベインは突撃してくる煌びやかな鎧を纏った男に剣を構える。負ける気はない。カーべインは剣の腕にそれほどの自信はないものの現場で叩き上げられた将軍だ。格下の王国の王子に背を見せるなど末代までの恥だ。そして……。

 

 

 

───二つの刃が交錯した

 

 

 

 次の瞬間、落ちていたのはカーベインの首であった。バルブロはその首を天へと掲げると雄たけびを上げる。

 

「バハルス帝国将軍!ナテル・イニエム・デイル・カーベインの首!バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフが討ち取った!!!」

 

 戦場で宣言されたその言葉の威力は圧倒的であった。総指揮官が討ち取られたことにより帝国軍は敗走することになる。

 そしてそれはバルブロへのリ・エスティーゼ王国次期王位継承が確実になった瞬間でもあった。



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第14話 信頼と裏切り

 ルプーは転移魔法を使い城塞都市エ・ランテルへと赴いていた。

 宝物殿(仮)には頻繁にアイテム制作と保管のために来ていたのだが、今回は冒険者組合に依頼を出すために来ている。

 宝物殿(仮)に保管しているマジックアイテムは当初はレア度の低いものばかりであったためロフーレ協会の雇っている倉庫の管理人に任せていたのだが、魔道具店の売り上げが上がるにつれて徐々に高価なものや希少なものが増えてきたため、正式に警備員を雇おうという話になったのだ。

 

「そ、それで私たちに倉庫警備の依頼ですか?」

 

 冒険者組合の会議室で指名依頼を受けているのは冒険者チーム『漆黒の剣』だ。ルプーから与えられた装備の効果もあり、今やその階級はシルバーからゴールドへと上がっていた。ルプーとしても彼らならば信頼もあり、また装備の効果により強盗程度であれば相手にもならないだろう。

 

「あっはっは、なーに驚いてるっすかー。ぜひ『漆黒の剣』にお願いしたいんすよ」

 

 コロコロと笑うその愛嬌のある顔はいつかエ・ランテルの広場で売り子をしていたころと全く変わらない。

 

「いえ、指名依頼など初めて受けましたので……。それにしても久しぶりですね。この装備のおかげで本当に助かってます」

「で、あるな。素晴らしい職人技なのである」

 

 ペテルの言葉に続き、ダインも礼を述べる。事実、この装備がなければゴールド級に上がるのはもっと時間がかかっていただろう。

 

「でもなんで俺らなの?ほとんど会ったことないのに」

「そうですよねぇ……。言ってはなんですが僕らはずっと倉庫の警備をしているわけにもいかないんですよ」

「ああ、ニニャには目的があるからな……」

 

 ニニャの言葉にルクルットが頷いている。ニニャは昔貴族にさらわれた姉を救うために冒険者になったのだ。この町にずっと留まるかどうかも分からない。

 

「別にいいっすよ。倉庫に《警報(アラーム)》の魔法をかけてるっすからそれが鳴ったら見に行ってほしいっす。町中が夜中でも目を覚ますくらいの音がなるっすから。何かあったらロフーレ商会に知らせてくれればいいっすよ」

「なるほど。それなら街にいる間は大丈夫ですね。それでいいんですか?」

「問題ないっす」

「それで……なぜ私たちなのでしょうか?」

「ん~何て言うか……お気に入りだからっすよ」

 

 ルプーとしてはナーベとして一緒に旅をした経験から彼らが職務を放棄するような性格でないことは分かっているし、依頼されたのであれば責任を持つだろう。

 

「お気に入り?」

「まぁナーちゃんのご推薦ということにしておくっす」

「ナーちゃんって……まさかナーベさんのことですか!?」

「そうっすよ?」

 

 ナーベと聞いてルクルットの顔色が変わる。同じような恰好をしていたのでまさかとは思っていたがすぐにこの町からいなくなってしまったので聞くに聞けなかったのだ。

 

「ナーベちゃんを知ってるの!?今どこにいんの!?会いに行っていい?俺のことなんか言ってた?」

「今は王都で活動してるっすよ。会いに行っていいかどうかはしらねっす」

「王都かぁ……くぅー!会いに行きたいけど仕方ねえ!ナーベちゃんの推薦だろ!?受けるさ!なっ、おまえら!」

「まぁナーベさんにはお世話になりましたからね……」

 

 意気込むルクルットに漆黒の剣の4人は納得する。

 

「それじゃ頼んだっすよ。毎月決められた金額は冒険者組合から受け取ってほしいっす」

 

 そう言ってヒラヒラと手を振りながら帰るルプーを見送りながら彼らはほっとしていた。かつて言いがかりをつけられたせいでパーティを抜けてしまったナーベをずっと心配していたのだ。ナーベからの推薦と聞き張り切る漆黒の剣のメンバーであった。

 

 

 

 

 

 

 王都へと戻ってきたルプーは高級住宅が並ぶ一角のある邸宅に招かれていた。

 バルブロから先日の武具作成に対する謝礼をしたいとのことで招待されたのだ。ルプーとしては創造主の情報が得られるかもしれない待ちに待った瞬間である。

 

「いらっしゃい。私は案内を任されたコッコドール。うふふっ、奥で殿下がお待ちよ?」

 

 玄関口で案内に現れたのはなよっとした線の細い男だ。女言葉で話しているということはオカマというやつだろうか。それに身につけているものは高級品ばかりだが品というものが感じられない。

 だが、そんなことはルプーには関係がない。案内されるのであれば言われるがまま部屋に入るのみだ。するとそこには嬉しそうに出迎えるバルブロがいた。

 

「おお、よく来てくれた。先日の装備の件で礼をぜひ言いたくてな」

「お役に立てたっすか?」

「ああ、もちろんだ!さぁ祝杯だ。君も一杯どうかね」

 

 ルプーの失礼な口調も気にすることなく上機嫌でグラスを差し出してくるが、ルプーはそれを手で遮る。

 

「結構っすよ。それより……」

「いや、あの装備には恐れ入った。聞くが良い!なんと敵の総大将をこの私が討つことが出来たのだ!あの後父にも称賛の言葉を与えられたが誰もが私を次期国王だと認めたに違いない!この国で私ほど力を持つものはもはやいまい!」

「そりゃよかったっすね……それよりもモモンガ様の……」

「これで私は最強の武力とともに権力も手に入れることになった。それにお前のロフーレ商会だったか?王国で手広く商売をやっているそうじゃないか。私を頼ってくれればこれから何も心配することはないぞ。これからは陛下と呼ばれるようになるのだからな。いや、これは少し早かったか。はっはっは!」

 

 ルプーに話す隙も与えないほど自慢を語り続けるパルブロ。ルプーからしてみれば何を言っているのかという話だ。早く創造主の情報が欲しいという思いしかない。

 

「それで君を呼んだのはだね……君にいい話があるのだ」

「そう、それっす!」

「私は君には本当に感謝しているのだよ。それに君は美しい。どうだね、私のものになるというのは?私には妻がいるが君にも寂しい思いはさせないぞ。そうすれば君の欲しいものは手に入るだろう」

「なるほど……さらに私の体が欲しいということっすか……」

「まぁそいうことになるかな……」

「そうすればあの御方の情報をくださると……。あの御方のためならばそれもやむを得ないっすね」

 

 それで創造主の情報が手に入るのであれば是非もない。ルプーはメイド服に手をかけるとそれを脱ぎ棄て、下着がパサリと落ちる。

 

「お……おお……」

 

 バルブロはその美しさに言葉も出ない。

 どこまでも透き通った傷一つない褐色の肌の上で、その胸の豊満な双丘は十分に主張しており頂のつぼみは初々しい桜色をしている。

 すらりとした胸から腰までかけてのボディーラインは神々しくさえあり、まさに芸術そのものだ。さらに頭にのったままの軍帽がまた妖艶なアクセントを醸し出していた。

 これが自分のものになる、そう考えるとバルブロの喉がごくりとなるとともにその剛直が硬くなる。

 

「私の体をご所望でしたら差し上げます。さぁ、モモンガ様の情報を……」

 

 妖艶に目前へと迫るルプーの言葉にバルブロの脳裏でクエスチョエンマークが灯る。

 

(モモンガ……?)

 

 バルブロとしてはそれは装備を得るためにあの場限りで発した言葉である。庶民との約束など守るつもりもなく、王座へ就ける喜びと興奮のあまりそんな約束はすっかり忘れていた。しかし、それ以上の物を与えてやれば良いだけだと考え直す。

 

「そのモモンガと言うのは知らんが……安心しろ。お前を幸せにして見せる。欲しいものはどんなものでも手に入れてやろう。豪華な服、最高の食事、この世のものとも思えない贅沢をさせてやるぞ……だから……もうたまらん!」

 

 バルブロは素早くズボンを降ろすとルプーに向けて飛びかかろうとしたのだが……。

 

 

 そこにはメイド服を再び着たルプーがいた。先ほどまでの妖艶な様子など一切なく虫を見るような目で見つめて来る。

 

「モモンガ様のことを知らないのであれば用はないっす」

 

 そう言うなりバタンと扉を閉めて出て行ってしまった。バルブロは慌ててズボンを引きずり上げると情けない恰好のままそれを追いかける。

 

「お、おい。待て!どういうことだ!お前の体を差し出すのではなかったのか!」

 

 追いすがりながら問いかけるも返事は素気のないもの。

 

「モモンガ様の情報が条件だったはずっす」

「そ、それは……」

 

 スタスタと出口に向かうルプーの後をバルブロが情けない恰好でついてくる。それを見て驚いたようにコッコドールが近づいてきた。

 

「おい、コッコドール何とかしてくれ!」

 

 バルブロの叫びにコッコドールはすべてを察する。この馬鹿王子は何か失敗したのだろう。しかし、そのためにコッコドールはいたのだ。王子に貸しを作れる機会を得たことににやりと笑う。

 

「殿下。モモンガ様の情報でございますよね?それについては私どもでご用意すると申したはずですがお忘れでしょうか?」

 

 中の様子をコッソリ聞いていたコッコドールの言葉にルプーの足はピタリと止まる。

 

「そ、そうだ!私はモモンガのことは知らんと言っただけだ。こいつらが知っている人間を用意している。そう言おうとしたんだ!」

 

 見苦しい言い訳ではあるがルプーは考える。

 

(いかにも嘘っぽいですが……万が一という可能性もある……万が一……万が一にでもモモンガ様に出会える可能性があるのならば……)

 

 ルプーの考えはシンプルである。可能性がわずかでもあれば断ることなどありえない。だが、いつまでも付き合うのは時間の無駄だ。

 

「ではその方に会わせるっすよ。今すぐに!」

「え、ええ……いいわ。殿下、それでは後はお任せください!さぁ、この御方をご案内してあげて!サキュロント!」

 

 コッコドールのが手を打ち鳴らすと柱の影から一人の男が現れた。青白い肌をしている鋭い目つきの男だ。まるで猛禽類を思わせる風貌をしている。

 現れたサキュロントはコッコドールとこそこそと耳打ちをしたのち、ルプーの前に立つ。

 

「それでは私がご案内いたしますよ、お嬢さん」

「《道具上位鑑定》!なるほど……わかったっす」

 

 サキュロントと名乗る男の持つ武具に宿る魔法の輝きに気づいたルプーは素早く鑑定を行うと納得したように後をついて玄関から出ていった。

 残されたバルブロは不安そうにコッコドールへと問いかける。

 

「コッコドール。大丈夫なんだろうな」

「お任せください。バルブロ殿下……いえ、バルブロ陛下好みの淫靡で従順な女に調教して見せますわ。そのために我々をここにお呼びになったのでしょう?」

 

 腰をくねくねさせながら卑猥な女を演じるコッコドール。そう、バルブロはもしルプーから断られたとしてもその体を手に入れられるようにと八本指へと依頼をしていたのだ。

 

「傷つけたりするなよ。あれは私のものなのだからな」

「もちろんですよ、陛下。純潔のまま男を求める体にしてご覧に入れます。うふふふふ、楽しみね」

「そ、そうか……では私も楽しみに待っているとしよう。ふはははははは」

「うふふふふふ」

 

 この日、王国の地下で暗躍する犯罪組織『八本指』。その奴隷部門の長コッコドールの用意した館に二人がいたと知っている人物は誰もない。ましてそこで一人の商人が消えたからといってそれを黙らせるだけの権力も持っている。

 自称次期王者とそこから甘い汁を啜るハイエナは二人で笑いあうのだった。



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第15話 従業員募集(リクルート)

 ルプーはサキュロントに案内されるがままに怪しげな建物に入り、地下への階段を降りるとされるがままにそこにあった牢獄へと投獄された。そして鍵がかけられる。

 一切抵抗らしい抵抗もしないその様にサキュロントも戸惑う。

 

「おい……おまえさぁ……ちょっとは抵抗を……いや、まぁいいか……。ここで待っておけ」

「ここで待ってればモモンガ様の情報を持ってる人に会えるっすか?」

「……」

 

 サキュロントはここまでされてそれを信じているメイドの能天気さに頭がかゆくなる。

 

「ああ、そうそう。待ってればきっと来る来る。じゃあな、俺の役割はここまでだ」

 

 騙されて娼婦にされる女を不憫に思わないでもないが、こんなことは八本指の中では日常茶飯事だ。騙されるのが嫌なら騙す側になったほうがいい。サキュロントは背を向けるとその場所から立ち去った。

 

 

 

 その場に残ったルプーは周りを観察する。

 牢の中は広く、複数のベッドが置かれている。中には大勢の女たち。その誰もが不健康そうな顔色をしており、誰も一言も発しない。牢は頑丈に作られており囚われている女たちでは壊すことは不可能だろう。 

 ルプーなら壊すことなど造作もないが、万が一の可能性を信じて待つことにした。そしてそこにあったベッドに腰を掛けるとズルリと落ちるような音がする。

 

「ううっ……」

 

 倒れたのは青い瞳と金色の髪を持つ女だ。美しい外見をしていたのだろうが、今は人であるかどうかさえ判別の難しい状態だ。体中があざだらけであり顔は殴られたのかボールのように晴れ上がっている。

 ルプーとしては人間の女がどうなろうと知ったことではないが、その顔に既視感を覚える。

 

「ん~……?どっかであったっすか?」

「……すけ……て」

「なんっすか?もうもうちょっと大きな声で言ってほしいっす」

「たす……けて……」

 

 どうやら女は助けを求めているらしい。ルプーは顎に手を当てて考える。この女を助けるのにメリットがあれば助けるのもやぶさかではない。

 

「なんでこんなことになってるっすか?」

「……」

 

 女はもはや弱りはて唇がわずかに動くがそれ以上話せないほど衰弱しているようだった。ふと、他の女に目を向ける。

 

「ひぃ!な、なん……ですか!?」

 

 女たちはひどく怯えきっており部屋の隅で体を震わせる。

 

「ここどこっすか?ここで何をしてるっすか?モモンガ様のこと知ってるっすか?」

「こ、ここは……違法な娼館で……私たちは浚われて……奴隷みたいに……働かされて。……ううっ……」

「モモンガ様のことは?」

「知らない……何も……知らない……」

 

 誰に聞いても帰ってくる返事は同じ。彼女たちに聞いたところによると浚われて奴隷のように扱われているとのこと。皆身寄りもなく、誰の助けも期待できない。しかもそれは本来違法であり、ここはそんな違法娼館であるらしい。

 つまり彼女たちを誰のものでもなく、連れだしたところで誰も困らない人間たちということだ。

 

(うん……店員が欲しいと思っていたところですし……丁度いいですかね)

 

 ここで女たちを助け、感謝と言う鎖で縛ればさぞかしいい働き手になることだろう。ルプーは床で倒れている女を見る。やはりどこかで会ったような気がする。

 

「助けてあげてもいいっすけど、有料っすよ?いいっすか?」

 

 ルプーがじっと見つめていると倒れている女はわずかに頷いたように思えた。

 

「では契約成立っす。馬車馬のように働いて返すっすよ!《大治癒(ヒール)》!」

 

 ルプーの職業(クラス)はクレリック。治癒魔法などお手の物だ。発動した瞬間、床に倒れていた女の傷は一瞬のうちに治り、そして目を覚ます。驚いたように手足を触り痛みがなくなったのを不思議がっている。

 

「さて、私はルプー。貴方の名前は何ていうっすか?」

「……」

 

 動転しているのか、言葉を知らないのか女は何もしゃべらない。ルプーはもう一度大きい声で聞きなおす。

 

「なーまーえー!教えてほしいっす!」

「ツ……ツアレ……です」

「ツアレっすね。ではさらさらっと……」

 

 ルプーはアイテムボックスから紙を取り出すとそれに文字を書いていく。突然現れてそして傷を治してくれた。そしてどこからともなく紙を取り出す目の前のメイドにツアレは驚きを隠せない。

 

「あなた……女神さ……ですか……」

 

 ツアレにはそうとしか思えなかった。突然領主に浚われて慰み者にされ、そして娼館へと売られ散々ひどい目にあってきた。泣いても叫んでも誰も助けてくれない。そしてこのまま苦しみながら死んでいくと思っていた。

 しかし、最後の最後に女神さまが現れてくれたのだ。

 

「違うっすよ。神とは至高の41人の御方々のことっす。私にとってはモモンガ様のことっすよ」

「モモンガ様……です……か」

「知ってるっすか?」

 

 ツアレは首を振る。ツアレにはもはや神も仏も信じられない。しかし、目の前の女神にも等しい人物ならば信じることが出来る。

 

「そっすか、残念っすね。じゃ、ここにサインするっすよ」

「これ……は?」

「借用書っすよ?お値段は傷を治すのに必要なポーション相当っすから適正っすよ?もちろん返済の手段は用意してるっす。うちの商店で働かないっすか?」

「……」

 

 この女神様はきちんと契約をしてくれるらしい。ここでは借金どころか何もかも奪われるのみだった。それに比べて先に怪我を治すという奇跡を与えてくれる神の慈悲深さに感謝するしかない。命の恩人として永遠に恩返ししなければならないほど感謝しているというのにそれを借金という形のあるものにしてくれたのだ。

 何も与えずに搾取だけするこの館の人間たちと比べると涙が出て来る。

 

 

 そこに書かれた労働の条件はツアレが常識を疑うほど良いものだった。休日や福利厚生等、聞いたこともない制度があり、衣食住は保証され、給金も悪くない。

 しかし、そんなことよりも少しでもこの感謝の気持ちを返せればと言う気持ちでツアレそれにサインする。

 それは他の奴隷たちも同じであった。怪我を治され、それに対する正当な報酬を求められる。その当たり前のことが本当にありがたい。

 こうしてここにいる女たちもすべてを治療して借用書と契約書を徴収するとルプーはそれをアイテムボックスへとしまう。

 

「あっはっは、これでお店も賑やかになるっすねー。いっぱい働いてもらうっすよー」

 

 そう言って目の前の可憐なメイドは軍帽へと手のひらを掲げ敬礼をしてくる。そのお茶目な姿に彼女たちは今の状況も忘れてクスリと笑ってしまう。そしてその美しさと凛々しさに彼女たちの口から自然と言葉がこぼれる。

 

「女神様……」

「女神様だ……」

 

 彼女たちの顔に自然に笑顔が浮かぶなどいつぶりだろうか。少なくともこの娼館に来てから笑ったことなど一度もなかった。しかし、目の前の希望はそれを取り払ってくれた。

 彼女たちは本当の女神に出会ったかのようにまぶしそうにルプーを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 どれくらいの時がたったであろうか。しばらくしてコッコドールが牢屋の前へと現れる。

 

「あ~ら?大人しくしてるのね。それとも観念したのかしら?」

「モモンガ様の情報を知るまでは帰れないっすよ」

「うふふふふっ、まーだそんなこと言ってるのね。そんなの嘘に決まってるじゃない。ここに来るまでに暴れられたら面倒だからそういっただけよ。ほらこっちに来なさいな。気持ちよくなる薬あげるわよ~」

 

 コッコドールは懐に手を入れると黒い粉の入った袋を取り出す。この粉こそ王国の闇で取引されている違法薬物『黒粉』だ。使用することにより快楽を感じるが非常に中毒性が強く、廃人になるまでやめることが出来ないという悪魔の粉だ。

 

「嘘っすか……まぁそんなことだとは思ってたすっけどね……」

「あら?じゃあなぜ素直についてきたのかしら?」

「そんなことは決まっているじゃないっすか……もしも、万が一でもここでモモンガ様のことが聞けると思ったら……そのご尊顔をほんの一目でも見ることが出来る可能性がわずかでもあるのなら……そのお声がほんの一言でも聞くことが出来る機会があるのであれば……例え嘘だと思っていても来ないわけにはいかなかったっすよ!」

 

 ルプーの放つ雰囲気が変わる。今までの飄々とした様子は失せ、その怒気を含んだその表情にコッコドールは一歩後ずさった。

 

「あら、怖い……。やる気?でもやめておいたほうがいいわよ。ここにはこわーい用心棒がいるんだから。六腕って言ってね、八本指最強の部隊なのよ?」

「さっきのサキュロントって男もそうなんすか……?」

「ええ、でもよく分かったわね。でもそれがどうしたの?」

「彼は面白そうなマジックアイテム持ってましたからね……迷惑料代わりにもらうのも悪くないって思っただけ……。そうですね……ではあなたたち、八本指に決闘(PVP)を申し込むとしましょう!」

 

 ふざけた口調をやめ、先ほどとはうってかわり妖艶な顔でほほ笑むルプーにコッコドールは何故か寒気を感じる。柔らかそうな肌と細い腕のメイドにしか見えないのにこのプレッシャーは何なのだろうか。

 コッコドールがその不気味さに踵を返そうとしたその時、牢の蝶番が吹き飛んだ。

 

「なっ!?」

「覚悟をするのですね……。この建物にあるすべての人間……すべての家具……すべてのマジックアイテム……すべての素材……そのすべてをいただきます!」

 

 逃げようとしたコッコドールはその声の恐ろしさのあまり振り向いたことを後悔した。そこには薄暗い室内に輝く黄金の目を持った化物が口からギザギザの歯を見せながら笑っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 王都にある違法娼館。その1階の広間に八本指警備部門の部門長「闘鬼」ゼロを始め警備部門最強の六腕すべてが集まっていた。

 「幻魔」サキュロント 、「不死王」デイバーノック 、「踊る三日月刀」エドストレーム、「空間斬」ペシュリアン 、「千殺」マルムヴィストにゼロを加えた6人だ。

 

「ゼロ、何でここに来ている?俺を信用できなかったのか?」

 

 八本指奴隷部門の部門長、コッコドールの所有する娼館は多額の警備費用を見返りに六腕であるサキュロントを雇っていた。

 そしてコッコドールと言えども六腕すべてを雇うほどの金はないはずであり、ここにその全員がいる理由が見当たらない。

 

「面白い話を聞いて寄らせてもらってな。何でも次期国王に捧げる女がいるらしいじゃねえか?」

 

 サキュロントはゼロの耳の速さに苦笑いを零す。

 

「そのとおりだが……いくらゼロでもその女に手を出すのはヤバいんじゃないか?」

「誰がそんな真似するか!金のにおいがするから来たんだ。その女は金になる。何が何でも守らなきゃならねえだろうよ。逃げ出されたり、誰かに奪われたりしたらどれだけの損害があるか分かったもんじゃねえ。何しろ次期国王のお気に入りだからな」

「な、なるほど……で、何しに来たんだ?」

 

 ゼロはサキュロントの察しの悪さに舌打ちをする。

 

「分からねえか!?これはコッコドールからさらに搾り取るチャンスだ。慎重なやつのことだ。俺らの2,3人くらい追加で雇うくらいするだろう。それくらいのビッグチャンスだろうがこれは」

「た、確かに……」

 

 次期国王にあてがう女の護衛。これを成功すれば国のトップともコネが出来る。そして弱みを握った八本指はそこからいくらでも搾り取れるというわけだ。これに乗り遅れるわけにはいかない。

 

「よし!じゃあさっそくコッコドールに……」

 

 サキュロントが地下への階段へと向かおうしたその時、ドーンという大きな音が響き渡る。

 

「おい、今のはなんだ?地下から聞こえたぞ!?サキュロント?」

「あ、ああ。今地下にはコッコドールと女たちがいるが……」

「ああ!?コッコドールはそこの部屋にいるんじゃねえのか!?護衛のお前が離れて何やってんだ!!」

「いや、待ってくれ!ゼロ!地下には非力な女しかいねえんだ!だから何も問題はない!ないは……ず?」

 

 物音に振り向くと地下への隠し階段が跳ね上がり、そこから見たことのある顔が登ってくる。

 

「ん?ここは一階っすね。あ、みんなはちょっと下で待ってるっすよー?《道具上位鑑定》!お、レアアイテム発見っすー」

 

 呑気な掛け声をかけて登ってきたのは軍帽を被った惚けたメイドだ。サンタクロースのようにパンパンに中身が詰まった白い袋を担いでいる。何らかの魔法をゼロ達に放ったあと嬉しそうに破顔している。

 それを見てゼロがサキュロントを睨めつける。

 

「おい、あいつは何だ!?」

「あ、あいつが……次期国王のバルブロの気に入ってる女だ」

「なんで自由に歩き回っている!?コッコドールはどうした!?」

「わ、分からねぇ!」

 

 サキュロントには理解不能だった。コッコドールは女を解放するような甘いことをする男ではない。しかし、こんなか細い女が自力で逃げ出してきたとも思えない。地下には警備の男たちも複数いたのだ。

 混乱する六腕を嘲笑うようにルプーは指を曲げて挑発する。

 

「さぁ、決闘っすよ?とりあえず名前くらい聞いておくっすか?私はルプーっす」

「あ?聞いて驚け、俺の名は闘鬼ゼ……」

 

 一歩踏み出してきたゼロにルプーは拳を一振り。筋肉ダルマが天井に突き刺さった。

 

「何!?俺の名はペ……」

 

 ゼロがやられたことに動揺したペシュリアンが極細の斬糸剣を取り出そうとする間もなく横殴りに吹き飛ばされ壁に頭から突っ込む。

 

「お、俺はマ……」

 

 マルムヴィストは自慢のレイピアに手をかける間もなく顎を撃ち抜かれゼロの隣の天井へ仲良く突き刺さった。

 

「わしの名はデ……」

 

 不死王デイバーノックは幸か不幸か二つ名を知られることもなく頭を叩きつけられ床へと突き刺さる。

 

「あたしはエ……」

 

 三日月刀を操るエドストレームは相手を魅惑する舞踊を披露する間もなく殴りつけられた衝撃により天井、壁、床とボールのように跳ね回る舞踏を披露した後、白目を剥いて動かなくなった。

 

「お……」

 

 最後にサキュロントが一言も発することなく天井に突き刺さりすべてが終る。

 

「これで全員っすかね?さーてお仕事っすよみんな!」

 

 それを見ていたツアレは名乗れと言っておいてそれはどうなのと一瞬思ったが女神様がやることに間違いはないだろうと思いなおす。

 そしてルプーは債権者として新しく雇った従業員に仕事を与えた。この館のすべてを奪い去るのだ。地下から始まり、そして地上部へと虱潰しにすべてを奪っていく。

 倒れている八本指の者達からは衣服を剥いでは下着姿へと変えていき、集められたものはすべてアイテムボックスへと詰め込まれていく。

 それは衣服やマジックアイテムだけに限らない。椅子やテーブルどころか絨毯まで奪っていく様はまるで台風かイナゴの群れのようであった。

 

 

 

 

 

 

 蒼の薔薇は八本指の経営する違法娼館の前に立っていた。

 第三王女ラナーの依頼で八本指の拠点を一つずつ潰していた蒼の薔薇であるが、第1手として黒粉を栽培する拠点を潰し、そして現在は違法娼館の情報を得てそこを壊滅させるべく動いていたのだ。

 そこではあらゆる快楽が手に入ると喧伝し、誘拐した人間が死ぬまで娼婦として働かせ尊厳を奪い、暴力に恐怖を与え、最後には命までも快楽のために奪っていると聞く。さらに聞いたところでは軍帽をかぶったメイドがここへ連行されたという話さえ聞こえてきたのだ。

 

「まったく許せねえな……。行くぞ、ラキュース」

「ええ、こんなことはこれで終わりにしましょう」

「これで麻薬部門に続き、奴隷部門も終わりだな」

「終わらせる……」

「許さない……」

 

 蒼の薔薇は覚悟を決め、娼館のドアを蹴破ろうとしたのだが……。

 

 ドア自体がなかった。

 

 それどころか窓もなければ窓枠もなかった。何もない。あるのは天井と床と壁のみであった。

 

「はぁ!?なんだこりゃ!?逃げちまったのか!?」

 

 逃げるにしても扉まで持っていく馬鹿がいるだろうか。別の可能性を考えようとするもこんなことをする理由が蒼の薔薇には全く思い浮かばない。

 しかしそんな馬鹿がいたのだ。イナゴのように館を荒らしまわったルプー一行はその建物にある家具やマジックアイテムどころかドアや窓、はては牢屋の鉄格子まで素材としてはぎ取っていたのだ。

 戸惑いつつも蒼の薔薇の5人がドアさえない建物に入ろうとしたその時、中から複数の人間たちが出て来た。

 蒼の薔薇は一斉に身構えるが、現れたのはみすぼらしい服を着せられた女たち、そして軍帽を被った赤毛のメイドだった。

 

「「あーーー!!」」

 

 ラキュースとルプーがお互いを指差し合う。

 かつて一昼夜に渡り暗黒魔導の限りを尽くす戦いを脳内で繰り広げ、いずれ闇を継ぎ真なる邪眼を覚醒するだろうと今絶賛ラキュースの脳内で活躍中の人物であった。

 

「ルプーさん!?捕まってたんじゃないんですか!?」

「いやぁ、捕まってたっすけど逃げてきたっすよ。後何て言うか……従業員募集?」

「逃げて来たって……八本指の人たちは……?え?従業員募集って言いました今?」

 

 ふと床を見ると下着姿で転がっている人、人、人。その人相からカタギではないことが伺えるが、そんな人間がそこここにいることに気が付く。

 

「みんなおねんねっすね。ところで何しに来たっすか?ま、まさか!?娼館に私の初めてを買いに!?駄目っすよ!いやー、犯されるーっす!」

「ちょっ、何言ってるんですか!」

 

 ラキュースは慌ててルプーの口を押さえる。

 

「冗談っすよ。で、本当はなんなんすか?」

「八本指のアジトを潰しに来たんですよ。ここは違法娼館として人々をさらい酷いことをしているんです。だから……」

「いや、正直にいえよ。ラキュース。ルプーが攫われたと聞いて心配してきたってよ」

「ああ、そういえばそうだったな。メイドが連れ去られたと聞いて血相を変えて……」

 

 ガガーランとイビルアイの言葉にラキュースは慌てふためく。

 

「あーーー!違う!違うから!」

「ああ……そうなんすか。いやぁー貴方はお気に入りっすけどますます好きになっちゃったっすよ」

 

 妖艶な笑顔を向けるルプーに同性であるラキュースでさえ顔が赤くなる。

 

「違いますから!あなたは私のライバルなんですから簡単にやられてしまっては困りますから!だからきただけです!さぁ!ここで出会ったことは私たちに流れる暗黒の血の運命(さだめ)です!やりますか!?」

 

 ラキュースはかつての血沸き、肉躍る闇の決闘(デュエル)を思い出し魔剣を構える。

 

「いや、まだ昼間っすから……それは今度にしておくっすよ」

「それってもう助けに来たって認めちゃってるじゃねえか。ツンデレってやつか?」

「言ってやるなガガーラン……」

「!?」

 

 ガガーランとイビルアイに突っ込まれますますラキュースは顔を赤くする。

 

「ところで……ここのやつらはお前たちがやったのか?」

 

 そんなまさかとは思いつつイビルアイが尋ねる。ここにはアダマンタイト級冒険者に匹敵する強さを持つ六腕がいるとの情報さえあったのだ。さすがに一人で何とか出来るとは思えない。

 ルプーはイビルアイの問いに顎に手を当て天を仰いだと思うと何かを閃いたように悪戯っぽく笑った。 

 

「ああ……そのことっすけどね……お願いがあるっす」



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第16話 敬礼と自信

 ルプーが蒼の薔薇に頼んだのは元娼婦を含む自分たちのことは見なかったことにしてくれと言うものであっだ。

 もし、娼婦を含む自分たちがここから救出されたことが知られれば、ここを利用していた者達はかならず口封じのために彼女たちを亡き者にしようとするだろう。それではせっかく手に入れた従業員が台無しだし、面倒ごとに巻き込まれるだけである。

 またルプー自身のことも公になればバルブロが黙ってはいないだろう。そのため行方不明になったというのが一番いい落としどころだと考えたのだ。

 代わりに蒼の薔薇には娼館で回収したその犯罪の証拠資料を渡すことで手打ちにしようというものだ。

 

 

 

───そして現在

 

 

 

 ルプーは元娼婦たちとともに馬車に揺られてバハルス帝国へと向かっていた。

 元娼婦の中には精神に障害が出てしまっている者達もいたため、そのような者達は《記憶操作(コントロール・アムネジア)》の魔法を使用して辛い記憶を消させてもらっている。

 身だしなみを整え、体を洗い、髪も店員として好感を持たれる程度に切りそろえられていた。そして店員用へ採用した制服、それはメイド服だ。

 さらに頭には軍帽を被せさせてもらった。色はルプーのものと色違いで白い軍帽だ。

 

(ああ……白もいいですね。海で映えそうです。モモンガ様も私に色違いの軍服作ってくれませんかね……)

 

 モモンガ本人がいないので無理な願いなのだが、元娼婦たちの白い軍帽を羨ましそうに見てしまう。

 

(今は女性従業員だけですからこれでいいですけど、そのうち力仕事も出来る男性従業員も必要になりますね……。男性用の制服となる軍服も作っておきますか……)

 

 なお、ロフーレ商会の会長については、何を勘違いしたのかルプーの行動にいたく感動していた。借金をかたに店員として働かせようというのだが、それを行き先のない哀れな元娼婦たちを引き取ったと善意に解釈し、全面的に応援してくれている。

 もっともルプーの開拓した首都の客層と店をそのままロフーレ協会が引き取ることが出来るという商売人としての打算もあったのだろうとも予測されるが、何かあった場合に備えて《伝言》を使用可能とする指輪を預けてある。

 

(まぁ、王国にはモモンガ様の情報はありそうになかったですからね……)

 

 国のトップがあれではコネを作ったとしても期待薄だろう。そこで次は帝国と言うわけだ。王国と違いバハルス帝国はトップが優秀であるとの噂だ。

 さらに移動に際しては馬車に目いっぱい帝国で手に入れにくい商品を積んであるため一石二鳥と言うわけだ。

 御者を王都で雇い、馬車の中にはメイドたち、そして満載の荷物とともにメイドたちが使用する道具も置かれている。箒やモップなどの道具類だ。

 そんな彼女たちに馬車に揺れながらルプーは問いかける。

 

「さて、あなたたちには店員として働いてもらうっすけど、店員として一番大事なものは何だと思うっすか?」

 

 ルプーの問いかけにメイドたちは顔を見合わせる。そのうちで一番の年長と思われるメイドが恐る恐る声を上げた。

 

「えっと……計算能力とかでしょうか……」

「荷物を持ったりするし……力ですか?」

「お客さまと……会話する能力じゃないかしら……」

 

 まだ男たちから虐げられていた心的外傷の残滓があるのか自信がなさそうではあるが、いくつかの意見が出される。しかし、そのどれもがルプーの求める答えではなかった。

 

「んー、分かんないっすかねぇ……」

 

 メイドたちが自信を無くしたように目を伏せる。しかし、ルプーの一番そばに座り、それまで一言も発していなかったメイドがたどたどしい言葉遣いでルプーを見つめながら口ごもる。

 

「あ……あの……」

「ん?えーっと確かツアレだったっすか?何すか?言ってみるっすよ」

「あの……」

 

 ツアレはあの時のことを思い出していた。あの牢屋の中での彼女の誇り高いしぐさ、女神さまだと感じた瞬間のことを。

 

「それ……敬礼……です……か」

「正解っす!そう!敬礼が正しく美しい方法で出来ることに比べたら頭がいいとか仕事が早いとかなど大したことではないんす。私の店の店員になったからにはまず第1に正しい敬礼の仕方をしっかりと仕込むっすからね!我がルプー魔道具店の部隊のあいさつは敬礼が基本!じゃあ正解したツアレにはこれを与えるっすよ」

 

 ルプーは軍帽と同じサインの入った赤い腕章をツアレの腕へとつける。

 

「これ……何……ですか」

「ツアレにはメイド隊の隊長を任せるっす」

「隊……長……?」

 

 よく分からないが尊敬する女神様から褒められて認められたのであればもっと頑張るだけだ。ツアレは愛おしそうにその腕章を撫でる。

 しかし、そんな順調な旅がいつまでも続くわけではなかった。突如としてガタガタと揺れていた馬車がピタリと止まる。

 

「ん?どうしたっすか?御者さん」

「へっへっへっ、わりぃけど俺は御者じゃねえんだわ。こういうもんでな」

 

 御者をしていた品性も貫禄も無い嫌らしい男は口に手を当てピューと甲高い口笛をあたりに響き渡らせる。 

 それに合わせるように周りの茂みが動いたかと思うと、あっという間に馬車の周りが屈強な男たちに囲まれていた。

 彼らは『死を撒く剣団』という名の傭兵団だが、仕事のないときはこうして野盗行為に精を出しているのだ。

 

「へへへっ、まぁ女ばかりで旅をしてたことを恨むんだなお嬢さん方」

「よし、よくやったぞザック!」

「ありがとうございやす!団長!へへっ、俺が手配したんすから俺にも一人くらいわけてくださいよ」

「心配すんな、こんなにいるんだからよ。さぁ分かってると思うがこの馬車は俺たちがいただく。お前たちも一緒に来てもらうからな。抵抗したらこの死を撒く剣団の前に死体が転がることになるから覚悟をしておけ。なぁに、抵抗しなけりゃ命までは取らねぇからよ」

 

 団長と呼ばれる顎髭を生やした男の指示で男たちがルプーたちへと手を伸ばそうとするが、それに対して元娼婦の一人が騒ぎ出した。

 辛い記憶は消したが、それでも娼館で男たちから酷い目に合わされていたと言うことは分かっており精神の安定を振り切ったのだ。

 

「い、いやああああああああ!」

「おい、こら暴ばれんな!」

「いや!いや!いやあああああああああ!」

「てめぇ!この!」

 

 あまりの煩さに黙らせようと野盗の一人がメイドのみぞおちへと拳を放つ。その場の誰もが女の抵抗はそれで終わりだと思った。しかし……。

 

「いっでえええええええええええええ!」

 

 殴りつけたメイド服からは布が放つとは思えない『ガン』という音が鳴り、男は殴りつけた手を抱えて転げまわる。

 

「どうした!?」

「手……手があああああああ!」

「なっ……どういうことだ!?」

 

 団長を始め男たちは動揺して言る。それを嘲笑うようにルプーが声を上げる。

 

「馬鹿っすねぇー!さぁルプー魔道具店の店員たちよ!男など恐れるに足らずっすよ!」

 

 ルプーはちょうどいい機会だと内心歓喜する。元娼婦の女たちは今まで男に恐怖と言う恐怖を与えられ続けている。今でも男に強く出られれば恐怖が勝ってしまうかもしない。しかし、これはその失ってしまった恐怖に対抗する自信を取り戻す絶好の機会だ。

 

「あなたたちには戦う力があるっす!!さあ、私を信じてその手にそこの道具を取るっす!」

 

 

 女神と慕うルプーからそうまで言われては断れない。メイドたちは恐る恐る馬車に積まれていたモップや箒を手に取る。

 

「何やってやがんだ!女にやられてんじゃねえ!このやろう!」

 

 男の一人がメイドの一人を蹴りつけるがそれも金属音に阻まれる。そして反撃とばかりにメイドがモップを男の頭に叩きつけた。

 

「いぎゃっ!?」

 

 奇妙な叫びをあげ男は倒れる。それを見てメイドは驚いたように手元のモップを眺めている。

 

「わ……私が男を倒せた……?」

 

 店員のメイドたちが顔を見合わせる。それは今までの恐怖を払拭する出来事だった。男にいいように使われ虐げられてきた自分たちが男を屈服させた瞬間。

 それを目の当たりにした店員たちにルプーは叫ぶ。

 

「さぁ!やっちまうっすよ!店員ども!」

 

 そこからはメイドたちによる野盗の蹂躙と言うシュールな光景であった。あるものは箒で吹き飛ばされ、あるものはモップで叩きつけられる。

 なぜそのようなことが起きたのか。

 それはメイドたちの服や清掃道具などが至高の存在をコピーしたパンドラズ・アクター謹製の品だからだ。メイド服はミスリルの糸から作り出した金属製のものであるが、重量軽減効果がかかっており羽のように軽い。それでいてその防御力は今まで販売してきたものの比ではないほどのものに仕上げてある。

 手にしている物も掃除道具とは名ばかりの高性能の攻撃力を有しているアダマンタイト製のものだ。

 冒険者にもなれずに野盗に身を落としている程度の連中など一般人に毛が生えた程度の実力であるため、圧倒的に装備の差があるメイドたちに勝てるはずもない。

 

「さて、もう終わりっすかね?」

「おいおい、待てよ。遅れてきてみればなんだこりゃ?全滅?」

 

 森の中から一人の男が現れる。

 ほっそりとした体躯でありながら鋼鉄のように引き締った体。髪はボサボサで顎には無精髭がカビのように生えている。

 

「誰っすか?《道具上位鑑定》」

「俺の名はブレイン・アングラウ……」

 

 言い終わる前にルプーの拳がブレインの顎を打ち抜きその体が天空へと舞い上がる。

 

「装備的にうちの店員にはちょっと厳しそうっすからね」

「うっ……ぐぐっ……なんだと……俺がメイドに一撃!?」

 

 ブレインはガクガクと足を震わせながらも立ち上がろうともがいている。

 ブレインの使用できる武技<領域>、範囲内のすべての行動を把握する能力によりルプーの攻撃を一瞬だけ早く感知はできたものの、その速度に僅かに体をずらすのが精いっぱいだった。

 

「あちゃー……ちょっと手加減しすぎたっすか?でももう良さそうっすね。さぁみんなやってしまうっす!身ぐるみ剥がしてやるっすよー!」

「「「ヒャッハーーー!」」」

 

 震える足と揺れる視界の中でブレイン・アングラウスはメイドに掃除道具でボコボコにされていく。

 

「う……うそ……だろ?俺が……メイドに負ける……?」

 

 己の強さのみを求めて生きてきた。かつて王国の御前試合で負けた相手、ガゼフ・ストロノーフにいつか勝つために。対人戦闘技術を極めるため野盗の用心棒までやったというのに今は刀を奪われ、服をはぎ取られ、白ブリーフ1枚の姿へと変わっていく自分。

 培ってきた自信がポキポキと音を立てて折れてゆく。意識を失う寸前、絶望したようにブレインはつぶやいた。

 

「お……俺は……こんなに……弱いのか……」



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第17話 雨に佇む変質者

 ガゼフ・ストロノーフは久しぶりに我が家への帰り道を歩いていた。日常的に王の護衛として城に詰めているため家に帰ることはめったにないため久しぶりの帰宅だ。城を出た時から土砂降りであったためレインコートを羽織り家路を急いでいた。

 

 

(あの戦争が終わってから陛下はすっかり老け込んでしまったな……。張りつめたものが切れてしまったようだ……)

 

 第一皇子バルブロが活躍したことによるバハルス帝国との戦争の勝利以降、貴族派閥が力を増し王派閥の求心力は落ちてしまった。

 さらに正式にバルブロを後継者にとの声が高まりついに王もそれを認めてしまったのだ。バルブロ王子は貴族派閥の旗頭である。

 そのため貴族中心の政治をという声が強くなり、平民出身の戦士長ガゼフとしては現在さらに肩身が狭い思いをしていた。貴族たちからの嫌がらせや嫌味に耐えつつ、今後の進退を考えている。

 

(もし陛下が引退されるのであれば……私も辞めるか……)

 

 ガゼフが王家に仕えていたのも今のランボッサ三世が平民にも関わらず取り立てる度量の大きさとその民に向ける慈悲深さを慕ってのことだ。

 しかし、息子のバルブロは尊大で自尊心が強く、横柄で民のことなど虫けら程度にしか思っていない男だ。とても仕えたいと思わせるような魅力はない。

 沈んだ気持ちで家の見えるところまで来ると、そこに一人の男が立っていた。そしてその恰好には見覚えがある。

 

(白ブリーフ……だと!?)

 

 ガゼフの脳裏に一瞬、カルネ村近くで出会った白ブリーフ集団のことがよぎる。もしやその一味ではと思い身構えたとき雷鳴が走った。

 

(……あれは……ブレイン?)

 

 雷光で一瞬見えたその俯いた顔はかつて御前試合でしのぎを削ったブレイン・アングラウスに見えないこともない。

 ガゼフが近づくと気づいたようでその男が振り向く。

 

「……ガゼフ……ストロノーフ?」

 

 ガゼフは考える。確かに似ている。だが、こんな雨の日に白ブリーフ1枚で立っている男が剣の天才ブレイン・アングラウスだろうか。剣士たる者いついかなる時も剣を手放さない、剣を振ることが人生だと言っていた男だ。その男が手に剣を持っていない。

 

(……なんだ、ただの変質者か)

 

 ガゼフは男の傍を横切る。しかし近くで見た横顔があまりに見知った顔に思えて二度見してしまった……が、そのまま家のドアへと手をかけた。さっさと帰って寝よう。

 

「ふぅ……やれやれ……今日は疲れたな」

「ちょ、ちょっと待て!?今見たよな?俺のことを見たよな?ガゼフ・ストロノーフ!?」

 

 家に入ろうとしたガゼフに白ブリーフの変態が言い寄ってくる。

 

「あ、そういうのは間に合ってるので……」

「そういうのってなんだよ!俺だよ俺!ブレイン・アングラウスだよ!」

 

 目の前の変態はブレイン・アングラウスと言うらしい。同姓同名というやつなのだろうか、それとも親戚かなにかだろうか。

 

「ま、まあいい……。最後にお前に会って言いたいことがあったから来ただけだ……」

「言いたいこと……?ああ……なるほど……」

 

 ガゼフは雨の降りしきる空を見上げると相手の言いたいことを察する。そしてレインコートを脱いで男の肩から掛けてやった。

 

「雨じゃねえよ!?つーかこの状態でレインコートとかやばいだろ!?」

 

 レインコートを着た白ブリーフ男の変態度はますます上がったようだ。

 ブレインは気を取り直すと、暗く沈んだ様子で呟く。

 

「ストロノーフ……俺たちは弱い……俺たちの剣の腕などゴミ程度でしかない……剣の腕で世界一を目指すなんてやめておけ……絶望するだけだぞ……」

 

 ブレインはそれだけ言うと後ろを向いて肩を震わせている。そして最後に呟いた。

 

「……これで……死ねる……」

 

 そう言ってとぼとぼと離れていく男。その男にガゼフは思うところは特にはなかった。ブレイン・アングラウスに似ている以外ただの変質者であり、通報したほうがいいかと思う程度だ。

 しばらくその男が去って行くのを見ていたガゼフであるが、実際その男の足は前には進んでおらず牛歩戦術のごとく足を上下運動させているだけなのに気づく。

 もしかして何か言ってほしいのかとも思うが変質者にかける言葉などない。ガゼフは家のドアを開けると家へと入った。

 

「おい!ちょっと待てよ!止めろよ!俺が死ぬのを止めろよ!」

 

 ブレイン・アングラウスに似ている男はドアを開けて勝手に家に入ってきた。

 

「いや、勝手に家に入られるのは困るのだが……誰なんだあんたは……」

「ブレイン・アングラウスだって言ってるだろうが!!!!」

 

 ブレイン・アングラウスと名乗る男はガゼフの肩を掴むとゆさゆさと揺する。そしてその男の肩を掴む力にガゼフは気づく。振りほどこうとするがしっかりと肩を握られておりガゼフでさえ振りほどけない。体はよく見るとがっちりしており手のひらには分厚い剣ダコが出来ている。これほどの剣ダコは毎日欠かさず剣を振り続けないと出来ないだろう。

 

「本当に……アングラウスなのか?変質者じゃなくて?」

「誰が変質者だ!!」

 

 

 

 

 

 

 とりあえずブレインにタオルで濡れた体を拭かせ、着る物を貸してやる。他の男に濡れた白ブリーフの代わりに自分の下着を貸すと言う人生初の不快な思いを経験したガゼフだが、今はテーブルを挟んでブレインと対面していた。

 

「まぁ一杯やれ、アングラウス」

「あ、ああ。すまない」

 

 ブレインは遠慮なくつがれたワインを飲むと生き返るような思いがした。よほど衰弱していたらしい。

 

「それとブレインでいい。気楽にそう呼んでくれ」

「いや……何となくお前とはお近づきになりたくない。アングラウス」

「ひでえな!」

 

 何と言われようと白ブリーフ1枚で家の前で待っているような男にファーストネームで呼ばれたくないガゼフであった。

 

「アングラウス。ところでお前、辺境のカルネ村あたりで白ブリーフ1枚で森を駆けまわったりしてなかったか?」

「するわけないだろう!?なんだそりゃ!?そんなやついるわけねえだろ!?」

 

 身ぐるみを剥がれてこんな格好のブレインであるが、そんな真似をするはずがない。どこの妖精の話だ。

 

「いや、先日そんな集団に会ってな。お前もその一味かと思ったんだが……」

「違う!俺は身包み剥がされただけだ!」

「お前が……?何があったんだ?」

 

 今はこんなではあるがガゼフと互角に渡り合った剣士だ。それに勝てるものなど数えるほどしかいないだろう。ブレインは言いにくそうに額に皺を寄せると口を開く。

 

「メイドだ……メイドにやられた……」

「は?」

 

 メイドとはあの王宮などにいる女のお手伝いたちのことだろうか。やはりこの男はどうかしているかもしれない。

 

「メイドにボコボコにされたんだ……剣も服も奪われた……だが一般メイド程度であれば五体満足であったなら何とかなっただろう……」

 

 一般メイドとは何なのか。一般でないメイドでもいるとでもいうのだろうか。ガゼフは本気でブレインの正気を疑いだす。

 

「だが本当に怖いのは黒い軍帽を被ったメイドだ……あれこそが……戦闘メイド!」

「戦闘メイド……?」

「ストロノーフ……黒い軍帽の戦闘メイドには絶対に挑まないことだ……」

 

 ブレインは真剣な目でガゼフを見つめながらもう一度呟いた。

 

「戦闘メイドに気を付けろ……」



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第18話 亡国の王女

「なんということだ!? 我が帝国軍が……それもあのカーベインが敗北だと!? 王国の奴らめどんな手をつかったのだ!」

 

 バハルス帝国の帝城にある執務室に大声が響き渡っていた。叫んでいるのは金髪に濃い紫で切れ長の瞳の眉目秀麗な男、バハルス帝国皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。

 普段は沈着冷静な皇帝が取り乱しているということが今回の事態がいかに想定外かを表している。

 

「まぁまぁ、陛下。落ち着いてくださいよ」

 

 部屋の中には秘書官のロウネ・ヴァリミネン。そして現在皇帝をなだめている帝国四騎士の一人、バジウッドである。

 

「これが落ち着いていられるか! あの不敗のカーベインが負けるとは信じられん!」

 

 カーベイン将軍は古参の信頼厚い軍人であり、その指揮を誰よりもジルクニフは信頼していた。今回帝国が戦争に投入したのは8つある軍のうち半数に上る4軍であり、4万の兵士を預けたのだ。しかし戻ってきたのは3万程。戦力の四分の一を失ったことになる。

 しかもその失った1万の兵士たちは帝国騎士団として長い期間をかけて育ててきた精鋭たちだ。冒険者でいえば銀級に匹敵する。

 それだけの兵士たちを再び育て上げるには莫大な時間と費用が掛かることだろう。その損害は計り知れない。

 対する王国軍は数こそ20万と帝国の5倍もの兵力であるが、民兵が中心でありこれまでの歴史上帝国が敗北したことなどなかった。

 つまり、ジルクニフの名前は歴史上初めて敗北した皇帝として後世に伝えられることになるのだ。これほど不名誉なことはない。

 

「確かにカーベインの旦那が負けるなんてなぁ。王国はどんな魔法を使ったんですかね」

「分からん……だが魔法ではなかったらしいな……しかし、それに対抗する力がない限り次の戦争には勝てん」

 

 そうなれば長い時間をかけて疲弊させてきた肥沃な国土を持つ王国の経済が回復してしまう可能性もある。何としても次の年までには対策を練らなければならない。

 

「やはりスパイでも送り込むしかないか……金に汚いブルムラシュー侯あたりにでも……」

「その必要はございませんわ」

 

 突如聞こえた女の声に振り向くと、そこには白銀の鎧を来た騎士と黄金のように輝く髪を持った女が立っていた。

 

「……なぜこの女がこの部屋にいる!?」

 

 その女はジルクニフの嫌いな女ランキング1位の座を不動で維持している女、リ・エスティーゼ王国の第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフであった。

 

「どうも陛下、お久しぶりでございますね」

 

 ラナーはまるで何事もないようににこやかに笑いかけると優雅に一礼する。

 しかし、敵対国家の王女がこの場にいるなどありえない。いたとしてもするべきことは一つだ。ジルクニフは即座に周りへ指示を飛ばす。

 

「すぐにひっ捕らえよ!」

「いえ、陛下。すでに捕えております」

「なに!?」

 

 声を上げたのは帝国四騎士の一人ニンブルだ。ラナーの護衛の騎士クライムがその前に遮るように身を乗り出しているが、よく見ると武器は持っておらずラナーともども手首に縄をかけられていた。

 興奮のあまり部屋に入ってきたのも気づかなかったようだ。

 

「……いたのか、ニンブル。これはどういうことだ」

「はい。この二人がバハルス帝国への亡命を希望すると申してきましたので連行してきました。いかがいたしましょうか?」

「亡命……だと?」

「はい! 私は亡命を希望します!」

 

 まるでそれが楽しいことのようにニコニコと笑うラナーの笑顔は太陽のようだ。それを見た人間は誰しもが好感を持つことだろうが、ジルクニフは違う。この女は常人を超越した智謀を持つ化物ではないかと疑っており、この笑顔も演技に違いないと思っている。

 

「私はもはや行先のない亡国の哀れな姫君ですわ……陛下のご温情にすがりたいとこうして参ったのです」

「おまえの国は亡びてないだろうが! そもそもどうやってここまで来たのだ」

 

 これほど目立つ二人が誰にも見つからずに王国を出られるはずがないだろう。

 

「それは二人っきりで狭いところに隠れながら……ねっ、クライム」

「ラナー様……その話は……」

 

 クライムと呼ばれた男が顔を赤らめる。それを見た瞬間、どうやって来たのかなどどうでもよくなってしまった。これもこの女の狙い通りなのだろう。

 

「なぜ戦争に勝った国の王女が負けた我が国へと亡命する? 何を企んでいる?」

「何も企んではおりませんわ、ねぇクライム?」

「え? ラナー様私に言われましても……」

 

 ラナーに体を密着されクライムは戸惑った声しか出せない。

 

「嘘をつけ、私にはお前が信用ならない。生かしておけば災いにもなりかねん」

「なっ、ラナー様に何をするつもりだ!」

「まぁ、怖い。私を守ってクライム」

「もちろんです!」

 

 ますますクライムに密着するラナー。わざと自分を怒らせてそのような状況を作っていると分かるジルクニフは苛立ちを隠しきれない。

 

「うふふ、陛下。私はきっとお役に立ちますよ?」

「どうだかな……」

 

 ジルクニフはラナーが感情で動くとは思わない。必ず何事かの理由があるはずなのだ。その理由をはっきりさせないことには何をするのか心配でならない。

 

「確かに王国は戦争に勝ちました。しかしもう長くは持ちませんわ。バルブロお兄様はやりすぎてしまったんです。そしてこれからも変わらなければそれは決定したようなもの……」

「なんだと? 何を言って……いや、それがお前の未来予想ということか?」

「私はきっとお役に立ちますよ? 少なくとも殺してしまうよりは……」

「うむ……」

 

 この女は頭が回る、それは今までジルクニフも思っていたことだ。ラナーは時折驚くべき方策を考えつくものの王国では貴族たちの妨害により実施されていないものもある。それを帝国でも採用することもあるのだが、それは恐ろしいほど優れた方策であったのだ。

 だが、それがまるでこの女の手のひらの上で転がされているような錯覚を覚えるためジルクニフがラナーを嫌っている理由の一つでもある。

 

「何か知っているのか? 話してみるがいい」

「その前にお約束ください。ご協力いたしますので私とクライムの亡命を認めると……」

「ふむ……まぁいいだろう。王族の亡命者としての客人待遇を……」

「いえ、一般的な亡命者、いえ捕虜として扱っていただいて結構ですわ。ベッドが一つしかない狭い部屋で軟禁していただいて結構です」

「それはさすがに……」

 

 王族に対する扱いではない。亡命者に対する理不尽な扱いということで皇帝としての常識も疑われるかもしれない。しかし、それは王女として譲れないことらしくしつこく食い下がられた挙句、認めることになってしまった。

 本当に何を考えているのか分からない女だ。

 

「それで……何を知っている」

「ロフーレ商会」

「ロフーレ商会? なんだそれは?」

「いずれ世界はロフーレ商会の手の内に落ちますわ。その上で一つアドバイスいたしますと……陛下、軍帽を被ったメイドとは決して敵対しないことです」

「なに? いや……それが答えということか……ふむ……」

 

 化物であるラナーの言葉だ。調べれば何らかの答えが分かるだろう。それに自分自身が人質として捕えられているのだ。こちらの欲しい情報を絶妙のタイミングで持ってきたと捉えるのが自然だ。少なくとも今の情報は信じてもいい。

 だが知っていることをすべて話してしまえば用無しとなるのも分かっているからか思わせぶりに情報を小出しし自分の有用性を思い知らせようとしている。確かにこれでは殺せない。

 

(……やはりこの女は嫌いだ)

 

「さぁクライム参りましょう! 狭い部屋に二人きりね! ああ……怖いわ! 絶対に私の傍を離れちゃだめよ!」

「も、もちろんです。ラナー様」

「うふふ、着替えも一緒、ベッドも一緒ですから一緒に寝ましょうね」

「そ、それは……私は床で結構ですので……」

「だめよクライム。私一人では怖くて眠れないわ……」

 

 潤んだ目で見つめられてクライムは戸惑いながらも頷く。困りながらも忠義を全うしようとするその様子はまるで忠犬のようで、それを見たラナーは破顔する。

 

「わ、分かりました……私がお守りしますので……」

「さすが私のクライムね……あ、では陛下。私は大人しく軟禁されておりますのでお構いなく」

 

 ラナーはまるで欲しかったものを手にいれて喜ぶ子供のようにはしゃいで軟禁部屋へと連行されていった。

 残されたジルクニフは考える。あのラナーが意味のないことを言うはずがない。いや、言うこともあるだろうが、それをジルクニフでもある程度は判別できる。

 

「ロフーレ商会……そして軍帽のメイドか……」

 

 ジルクニフはラナーの助言を確かめるように反芻するのだった。



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第19話 BURGER(バーガー)ユリ

「おい、急げ!闘技場に遅れちまうぞ!」

 

 請負人(ワーカー)、冒険者にならずにフリーの仕事を請け負う人間たちをそう呼ぶ。

 冒険者組合に頼めないどんな汚い仕事でも請け負うことから世間からの目は厳しいものではあるが、何もすべてが汚い仕事というわけでもない。

 規制の厳しい冒険者では出来ない自由な冒険や人助けを目的としてワーカーとなっている者達もいる。

 バハルス帝国の帝都アーウィンタールにて闘技場へ向けて急いでいるワーカーチーム『フォーサイト』の4人もそんな珍しいチームの一つであった。

 先ほど仲間たちを急かす声を上げたのがリーダーのヘッケラン。金髪に碧眼の軽装二刀流の戦士だ。

 

「待ってよ。まだ時間があるでしょう」

 

 後ろから文句を言っているのはヘッケランの恋人でもあるイミーナ。半森妖精(ハーフエルフ)のレンジャーである。

 

「無理して出場しなくていい……。ここで棄権しても……」

「それは言わない約束ですよ。アルシェ」

 

 闘技場への出場を辞退しようとしているのはアルシェ。金髪の艶やかな髪を肩口あたりまで伸ばしているまだ少女とも呼べる年齢の魔法詠唱者だ。

 それをたしなめているのがロバーデイク。チームの回復役たる神官だ。その職業の割にはがっちりした体格をしており、顎髭が丁寧に手入れされている。

 

 彼らフォーサイトが出場しているのは闘技場におけるトーナメント戦である。その名も『武王挑戦者決定トーナメント』。その名のとおりこのトーナメントの優勝チームは闘技場のチャンピオンである武王への挑戦権を得ることが出来る。

 国中から注目が集まる大イベントでもあるため出場報酬だけでも大金であり、武王に勝利しようものなら一生安泰に暮らせるだろう賞金が用意されている。

 しかし、それだけの賞金が出ると言うことは危険も相当なもの。過去武王と戦った相手はことごとく試合中に殺されているし、挑戦者決定戦でも死者は多数だ。

 

「そうだぜ?アルシェ。次は決勝だ!あと1回勝てば武王に挑戦できる!それに武王に負けたって目標金額は達成できるんだぜ?」

 

 フォーサイトはお金を必要としていた。その原因はアルシェの両親である。アルシェの生家であるフルト家はこの国の皇帝に無能の烙印を押され貴族位をはく奪された。

 しかし、それでも両親は貴族としての生活を改めることなく贅沢三昧。やがて破滅するだろう両親ではあるが、実家にはアルシェの二人の妹が残っている。二人の妹を引き受けるためにアルシェはお金を必要としていたのだ。

 

「でも……私のせいでみんなが危険に……」

「なーに言ってんのよ!あたしにだってお金が手に入るんだしお互い様でしょ!」

「そうですよ、アルシェ。それよりも今日の試合のことを考えましょう」

「そうだぜ?とりあえず試合の前に何か腹に入れておこうぜ!」

 

 試合までまだ時間があるのにヘッケランが急いでいた理由はそれだ。帝都の中央広場では昼時ということもあって様々な屋台が出店しており人で賑わっている。

 

「って言うかどこも行列だらけじゃない……ヘッケランどうするの?」

 

 イミーナの言葉にヘッケランは顔を曇らせる。時間が若干あると言っても行列に並んでいるほどの時間はない。かと言って携帯食などで済ませるのも味気ない。戦闘でエネルギーを大量に使うのだ。

 少しでも腹に入れておきたいと思うヘッケランは広場の一角にまったく行列のできていない屋台があるのを発見する。

 

「おっ、あそこは並んでないじゃないか!あそこで何か買っていこうぜ!」

 

 フォーサイトはその店の前まで来ると売っている商品を見る。しかし、そこに並べられていた食べ物は今までに見たこともないような食べ物であった。

 一つはパンに肉や野菜チーズなどを挟んだような食べ物のようで中からはクリーム色や黒い液体がこぼれ出ている。

 さらに四角く黄色いスティック状のもの。油で揚げているのだろうか。少し光沢がありテラテラしているように見えた。

 そこまでならまだ未知の食べ物ということで許容できたかもしれない。しかし、最後に登場するのが瓶に入った真っ黒い液体だ。中から気泡がコポコポと出ているその粘性の液体は酸性のものだろうか。毒薬としか思えない。

 なるほど、誰一人この店に近づかなかったのはこのせいだったのかと気づいたときには遅かった。売り子がにこやかに話しかけて来る。

 

「いらっしゃいませ!BURGER(バーガー)ユリへようこそ!」

 

 出迎えたのはなんとメイド服の女だ。非常に整った顔立ちをしており、メガネを掛けた表情には、鋭さと怜悧さが浮かんでいる。そしてその豊満な胸には男なら誰でも目が行ってしまうだろう……が、その前にその頭の黒い軍帽に目が行ってしまった。

 

(……なぜ軍帽?)

 

 4人がその疑問に固まっているとそのメイドは商品を売り込もうと紹介してくる。

 

「本日のメニューはA5和牛のハンバーガーセットでございます。付け合わせにはフライドポテトを。お飲み物はコーラをご用意いたしました」

 

 メイドの勧めてくる食べ物を見ながらヘッケランは迷う。周りの店で買おうにも闘技の開始時間に間に合わないのは必至だ。であるならば選択は一つしかない。

 

「じゃあ4つくれ」

「ちょっと!?ヘッケラン本気ですか!?」

 

 ロバーデイクがヘッケランの正気を疑うが、確かにそれ以外に選択肢はない。

 

「ありがとうございます。では、4銅貨になります」

 

 意外な安さにますます不安は募るが、ヘッケランは銅貨を4枚メイドへと渡す。

 

「それでは本日のメニューの効果について説明をいたしましょうか。制限時間は1時間で……」

「あー、悪い。急いでるんだ!早く作ってくれ!」

 

 メイドが何やら説明を始めたがそんなことを聞いている時間はない。ヘッケランが急かすとメイドはかしこまりましたと屋台の下へ手を伸ばすと紙袋を5つ渡してきた。

 

「それではA5和牛のハンバーガーセット4つでございます。お飲み物はこちらに別にしております。この度はお買い上げありがとうございました」

 

 理想的ともいえる丁寧な礼をするメイドだが、その商品の出て来る早さにヘッケランは驚く。作り置きでもしていたのだろうかと思うが、飲み物はキンキンに冷えており、食べ物のほうも出来立てのように紙袋から暖かさを感じる。

 

「……何か?」

 

 ヘッケランが固まっているのに疑問を感じたのかメイドが首をかしげている。美人は何をやっても絵になるなと思いつつ、時間が迫っているのを思い出す。

 

「いや、何でもない。ありがとさん!」

 

 ヘッケランは礼を言うと仲間とともに闘技場へと駆け出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 闘技場の控室。そこでフォーサイトの面々は試合への準備をしていた。その中でヘッケランは広場で買った食べ物をテーブルへと並べる。それにイミーナは早速手を出そうとした。

 

「イミーナ。本当に食べるのですか?それを……」

「ん?折角買ったんだし食べなきゃもったいないでしょ?」

「お腹壊さないといいけど……」

「大丈夫だって!売ってるものなんだから食べられるわよ」

 

 心配そうな声のロバーデイクとアルシェの言葉にイミーナはあっけらかんとハンバーガーの紙袋を手に取る。

 

「本当に……?」

「まぁ……このパンに挟まったやつとかイケそうじゃない?」

 

 イミーナは紙に包まれていたハンバーガーを取り出してみる。ふっくらとしたバンズの中には肉厚で肉汁たっぷりのハンバーグ、そして厚切りのジューシーなトマトにとろけるチーズとレタスが挟まっているのが見える。

 

「うん?意外と美味しそうじゃない」

「行くのか?イミーナ」

「行くわよ!せっかく買ったんでしょ!」

 

 イミーナはごくりと唾を飲み込むとハンバーガーへとかぶりついた。そしてその瞬間、得も言われぬ表情になる。

 柔らかいバンズをかみ切るとレタスのシャキシャキとした歯ごたえが堪らない。そしてその下からトマトのジューシーな果汁とトロトロのチーズが絡まった最高の組み合わせ、そして何より肉汁たっぷりのハンバーグは今まで食べたどんな肉よりも柔らかく旨味がたっぷり、そしてそれを引き立てているのが間に挟まったピクルスだ。ポリポリという触感ともに食欲をそそる酸味と肉汁の旨味はイミーナを桃源郷へと運んでいく。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 ヘッケランが心配そうに尋ねて来るが、そんなことよりも目の前のハンバーガーのことしか考えられない。バクバクと食べ進むとあっという間になくなってしまった。

 

「はぁ……すごい……」

 

 陶酔の中でイミーナの目はポテトへと向く。これほどの旨いものの付け合わせだ。さっそく手を伸ばして口へと運ぶ。

 それは芋を揚げたもののようだが、ホクホクの触感と絶妙の塩気、そして何より食材と油が最高なのだろう。全く重さを感じないさっぱりとした美味しさだ。

 

「うまっ……」

 

 もくもくと食べるイミーナを見つめる一同。しかしイミーナには周りの目など気にならなかった。ポテトと一緒についていた2種類のソースも最高であっという間に完食していた。

 

「あとは……これか……」

「お、おい……イミーナさすがにそれは……」

 

 それは瓶に入れられた毒々しい色の飲み物。しかし、イミーナは確信していた。これはいいものだと……。袋に一緒に入っていた道具で瓶のふたを開け、その液体を口に入れたその瞬間……。

 

「うっ……」

 

 口の中でそれが爆発した。いや、爆発したと思ったらすぐにそれはシュワシュワとはじけて消えていく。不思議な食感であるが癖になる。それに独特の香りと甘味のあるこの飲み物の味自体は最高で、シュワシュワにより後味がとてもさわやかである。

 ごくごくと飲み切ると小さくげっぷをしてイミーナはすべてを完食していた。

 

「おい、イミーナ。大丈夫か?感想教えろよ、旨いのか?不味いのか?」

 

 あまりに夢中になって貪るイミーナに仲間たちも興味津々のようである。

 

「めちゃくちゃ美味しいわよ!こんなの食べたことない!ヘッケラン、いらないなら私に寄こしなさいよ」

 

 イミーナがもう一つの袋へと手を伸ばそうとするので慌てて他の3人は袋を手元に引き寄せる。

 

「そんな旨そうに食われて渡せるか!よ、よし……俺も食うぞ……」

 

 ヘッケランもハンバーガーを一口頬張って顔をほころばせる。

 

「う、うめぇ……なんだこりゃ……」

「美味しそうにしちゃって……ああ、もう私の分ないじゃない……一口寄こしなさい!」

 

 横からイミーナがヘッケランの持っているハンバーガーへとかぶりつく。

 

「て、てめぇ!イミーナぶっ飛ばすぞ!」

 

 本気の怒りを仲間にぶつけながらヘッケランはすべてを完食した。そして全員が空になった紙袋を見つめながらゲップを一つ。

 

「あー、食った食った……こんなうめぇもんは初めてだぜ」

「ですね。そのせいか体がポカポカしてきましたよ」

「うん……なんだか力が出る」

「その調子よ!アルシェ!なんだか私もやる気が出て来たわ!」

「お前、俺の分を横から食いやがったのは許さないからな!」

「あー、もう。まだ言ってんの?小さい男ね……」

「なんだと!?」

 

 何だかんだでワイワイ言いながら緊張感をほぐしたフォーサイトはなぜか湧き上がるような力を感じながら試合へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「これはこれは……今日の相手はあなた方だったのですね。これは殺さないように手加減するのが大変だ」

 

 大歓声が鳴り響く中、フォーサイトは相手チームと対面していた。

 先ほどから挑発しているのはワーカーチーム『天武』のリーダーであるエルヤー・ウズルスである。

 見た目は眉目秀麗という言葉が似合う青年であるが、その性格は完全に自己肯定の塊であり歪んでいる。スレイン法国の出身で人間以外の種族を毛嫌いしているにも関わらずエルフの奴隷を3人仲間にしているのがその証拠である。

 エルフたちの耳は途中で切り取られて半分ほどしかなく、その見すぼらしい装備を見れば彼女たちへのエルヤーの扱いが分かると言うものだ。

 

「まぁお互い恨みなしにやりあおうや」

「ふふふっ、そうですね」

 

 エルヤーは手加減するなどと言っているが人を殺さないように手加減するような性格ではないことをヘッケランは知っている。警戒しながら双剣を腰から引き抜いた。

 合わせるようにエルヤーが腰から引き抜いたのは遥か南方でしか手に入らないと言われる高価な武器『刀』だ。その構えにも隙はなく、性格はともかく真の実力者であることが分かる。

 エルヤーは個人としてアダマンタイト級冒険者に匹敵するのではと言われるほどの剣士だ。一方フォーサイトは自分たちの実力はミスリル級程度ではと認識している。個人対個人では勝ち目はないだろう。

 

(……だが俺には仲間がいる!)

 

 エルヤーにあって自分たちにあるもの。それは仲間とのチームワークだ。それを駆使してこの戦いを生き延びるのだ。

 やがて大歓声とともに開始の合図が告げられる。負けられない戦いだ。

 

「行くぞ!!」

 

 ヘッケランは信頼する仲間へと声をかけエルヤーへと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

「武技!<双剣斬撃>!」

「ぐぅぅ!そ、そんな……こんなことがあるはずが……」

 

 試合は一方的であった。そう、フォーサイト優勢のまま一方的な展開。エルヤーはヘッケランの武技による交差される連続斬撃を刀で防ぎきれず腕を切り刻まれ苦痛に耐える。

 

「わりぃな、今日は何か調子いいんだ」

「ヘッケラン、油断しないでよ!」

「そうですよ。あと一人確実にやりましょう」

「逃げるなら私の魔法で仕留める……」

 

 仲間たちも非常に調子が良さそうだ。体が軽い。ロバーデイクがあと一人と言ったように、エルヤーの仲間のエルフたちはすでに無力化され倒れ伏していた。しかし、エルヤーは怒りに顔を歪ませながらも負けを認めるようなことはない。

 

「こんなことがあるはずがない!私は天才なんです!武技<能力向上><能力超向上>!」

 

 エルヤーは武技を発動し身体能力を高める。

 

「はぁぁ!武技!<縮地改>!」

 

 さらに発動した武技により足運びなしに平行移動しつつヘッケランへと迫りくる。しかし、その高速移動の接近をイミーナが見逃すことはない。

 

「ぐあああ!」

 

 イミーナはエルヤーのフェイントを全て見切ったうえで矢を放ち、エルヤーの右腕に突き刺さる。

 

「糞!この耳長が!人間様に何をする!」

 

 憎々しげにハーフエルフのイミーナを睨みつけるがそれが虚勢であることは一目瞭然であった。

 

「<双剣斬撃>!」

 

 追い打ちとばかりにヘッケランの連続斬撃を<縮地改>で避けようとするも避けきれず体がさらに傷だらけになる。

 

「ぐはぁ……はぁ……はぁ……」

「もう降参しろ、天武。認めてやるからよ」

 

 虫の息のエルヤーにヘッケランが降伏を薦める。このまま続ければチームメンバーのイミーナが我慢できずに殺してしまうかもしれない。

 エルヤーは目をキョロキョロさせて迷う素振りをした後、にやりとヘッケランへと笑いかけた。

 

「フォーサイト、この試合私に勝たせてくれませんか?」

「はぁ?何言ってんだおまえ。どう見てもお前の負けだろう」

「実はこの試合で私の勝ちに全財産を賭けているんですよ……。私が勝てばこの試合のファイトマネーの10倍はくだらない金額が入ってきます。貴方がたも金が目当て手でしょう?半分差し上げますから負けてくれませんか?」

 

 半笑いで条件を提示してくるエルヤー。この試合のファイトマネーはかなり高い。その10倍の半額だとしてもアルシェの借金を返し切ってもさらにおつりが来るだろう。しかも武王と戦わずに済むオマケつきだ。

 

「なるほどな……悪くない話だ」

「そ、そうですよね?だ、だから……」

「だがな!俺たちはそんな汚ねえ金なんぞ要らねえんだよお!!!!」

 

 ヘッケランはその太い足でエルヤーの股間を蹴り上げる。

 

「~~~~~!?」

 

 声にならない声を上げたかと思うとエルヤーは気を失った。そして勝者を告げるコールが会場に鳴り響き、大声援に手を振りながらフォーサイトは会場を後にした。

 

 

 

 

 ところは変わってフォーサイトは闘技場の控室へと戻ってきていた。

 

「悪かったな。金が手に入るチャンスだったのに」

「そんなことない!かっこよかったわよ!ヘッケラン!惚れ直しちゃった!」

「まったく……お熱いですね二人とも。そういうのは二人きりの時にやってくださいよ」

「ん~?なぁに?ロバーデイク。羨ましいの?」

「はぁ……私の愛は神に捧げておりますよ。でもまぁ、ヘッケランのセリフは悪くなかったですよ」

「うん、私も汚いお金で妹たちを助けたくない……」

「そりゃよかった。はぁ……しっかし疲れたなぁ……あ、ありゃ?」

 

 ヘッケランは先ほどまで漲っていた力が抜けていくような感覚に戸惑い、膝をつく。

 

「緊張感が切れちまったのか?はぁ……なんか力が抜けたぜ」

「奇遇ね……何か私も急に疲れて来たわ……」

「試合中は興奮していたから力が出ていたんでしょうか……」

 

 フォーサイトは控室につくなり突如訪れた脱力感に戸惑いつつも、勝利の余韻に浸るのだった。



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第20話 制限時間(タイムリミット)

 帝都に到着したパンドラズ・アクターが次に変身したのは戦闘メイド、プレアデスの長女ユリ・アルファであった。

 それには理由がある。アイテムボックス内の魔物の肉が有り余って容量を圧迫してきたのだ。王国で武具を作るために冒険者ナーベとして魔物を狩りまくった結果でもある。そのため1レベルではあるがコックの職業レベルを持っているという理由で選択した。

 ルプー魔道具店についてはツアレ達メイドに任せ、ロフーレ協会のコネを使い広場のいい場所に屋台を出したのはいいのだが……一向に売れる気配がなかった。

 

(なぜ売れないんでしょうか……至高の存在が作った料理だと言うのに……)

 

 この世界の料理に比べて負けているとは思えない。むしろこれほどの品質のものは見たことがないくらいだ。

 

(飲食による効果も問題ないと思うのですが……)

 

 このハンバーガーセットを飲食した場合の効果は最大HPアップや筋力増強等多くの効果を含んでおり問題なく作用するはずである。

 

(食材が問題だったんでしょうかね……)

 

 人間は魔物の肉など食べないと聞く。しかし、このハンバーガーは料理スキルにより作成したもの。材料がどうであれ出来上がるものは完全に同じはず。魔物の肉から作ろうが和牛ハンバーガーと言ったら和牛ハンバーガーなのだ。《道具上位鑑定》でも確認したので間違いない。

 

(おかしいですね……)

 

 魔物の肉が有り余っていたため大量に作成したハンバーガーセットはアイテムボックスに山ほど保管されている。

 しかし開店以来、来た客と言えば冒険者風の4人の男女くらいのもの。一応はリピーターになってくれたらしく本日も買っていってもらえたがそれ以外にはまったく売れる気配がない。

 まさかコーラのせいだとは思っていないため、ユリは考え方を変えることにする。

 

(そもそもこのハンバーガーセットは私にしか作れないわけですし、飲食店として知名度を上げるには他の従業員にも作れるものを用意したほうがいいのでは……もう少し質を落とし汎用的な品を……)

 

 もしかしたら現地の材料を使用して現地の料理人が作ったもののほうが売れるかもしれない。ユグドラシル由来のレシピには現地でも受けそうなものもあるため、それを現地の材料で作成して売り出すのも良いかもしれない。しかし、そこには問題があった。

 

(あとはこの地の食材の質が悪すぎることですか……)

 

 はっきり言って帝国で手に入れた食材は野菜は痩せ細っており、肉類もけして質が良いものではなかった。逆に王国で手に入れた食材は瑞々しいものが多かったように思える。

 これは各国が王国へ攻め入ろうとしている理由の一つでもあった。

 王国は肥沃な大地を持ち、その恩恵を十分に受け豊かな生活を出来る土壌を持っている。しかし、それ故にその恩恵に依存し政治は腐敗してしまったため国力を落としているが本来は豊かな土地を生かし人口も増え、近隣一の大国家になっていてもおかしくないほどなのだ。

 

(やはり……土が違うからでしょうね……であるなら……そこから始めなければいけませんか……)

 

 料理スキルを使えば粗末な素材からでも料理の作成は可能であるが、それでは商売としての手は広がらず知名度も上がらない。ひいては創造主たるモモンガの手がかりを手に入れる足掛かりを失うことにもなりかねない。

 

(まぁ、その前にこのハンバーガーセットの在庫をさばかないとですね……)

 

「売れないですね……」

 

 今日も寄り付いてこない街の住人達を見つめながらユリはため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 本日は大イベント、チャンピオンである武王と挑戦者の試合があるということで街は大いに賑わっていた。

 闘技場周辺には集まってくる客を目当てに出店が集まり、中に入れなかった客たちはせめて声だけでもと周囲にたむろしている。

 当然闘技場の中は満員御礼。貴賓席には有名な貴族たちに加えてこの国の皇帝まで観覧に来ていると言う話である。

 そんな闘技場の控室の一室でフォーサイトはハンバーガーに噛り付いていた。

 

「くぅー、うめぇー!最高だなこれは」

「また買ってきたのヘッケラン。最近こればっかじゃない」

 

 イミーナの言葉にヘッケランはニヤリと笑う。

 

「いいだろ。前回はうまいもんを食って元気が出たんだ。験担ぎだよ、験担ぎ」

「まぁいいけどさ。美味しいのは変わらないんだから」

 

 イミーナも幸せそうにパティから溢れ出す肉汁の旨味を噛みしめる。しかし、顔色が優れない人物が一人。

 

「みんな……今ならまだ間に合う。試合放棄をさせてもらうこともできる。だから……」

「あー、まだ言ってんのかね、この娘は。アルシェ、言っただろ。俺たちはこの試合に勝って生き残る!絶対だ!」

「そんなの……相手は武王。負けたらきっと殺される……」

 

 武王の試合を見たことはないが噂では聞いている。そもそも武王とは人間であるとは限らない。この闘技場のトップに立てば人間だろうと亜人だろうとそれこそ魔獣だろうと武王と呼ばれるのだ。

 そして現在の武王はトロールという亜人である。その肉体能力は人間を遥かに凌ぎ、何より恐ろしいのはその再生能力だ。多少の手傷を与えたところで何事もないように回復してしまう。今までフォーサイトが戦ってきた相手とは別次元の強さを持っているのは間違いない。

 

「アルシェ。今やめたら違約金でこれまで闘技場で稼いだお金がパーになるのよ?私たちを破産させる気?」

 

 イミーナは冗談のように笑ってアルシェを安心させる。

 

「でもこれは私の借金の……」

「それは関係ないと言ってるでしょう?大丈夫です。神はあなたの正しい行動を見ておられますよ」

 

 ロバーデイクの優しい言葉にアルシェは涙ぐむ。本当にいい仲間だ。この仲間たちならばきっと生き残ることもできるだろう。そうであってほしいと祈る。

 

「さぁ!美味いもんも食ったし!行くぜ!」

 

 リーダーのヘッケランの言葉にフォーサイトは気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 闘技場で観戦している観客たちは興奮の渦に飲まれていた。

 武王と挑戦者の決闘。その戦いは壮絶を極めていた。

 そしてその興奮の理由は挑戦者たちのその連携と武王を凌ぐともいえる強さだ。

 神官が仲間たちを強化魔法や回復魔法で補助しつつ、双剣の剣士が武王の棍棒による恐ろしい攻撃を巧みに捌きつつその体を切り刻んでいく。

 あわややられるかと言う攻撃もレンジャーの弓と魔法詠唱者の魔法による援護に阻まれ決定打にはなりえない。

 

「ふっ……ふはははは。強い!強いな!」

 

 興奮しているのは武王ゴ・ギンも同じである。初めて出会う自分を倒すかもしれないほどの強者たち。初めて見たときは自分に匹敵するとは思えなかったが戦ってみればその強さをひしひしと感じる。

 斬りつけられた傷が治る前にさらに深く斬りつけてくる斬撃は脅威であるし、援護してくる仲間たちとの連携も申し分がない。

 武王の攻撃も時には当たるのであるが、武技《要塞》などを駆使した防御により致命傷までには至らず信仰系魔法詠唱者により回復されてしまう。

 

「この俺が……負ける?いや、そんなわけはない!この俺こそ最強の武王だ!」

 

 武王は兜を含む鎧を投げ捨てると気合を入れる。手数の多いこの相手には鎧は重さとしてのハンデになる。

 一方、フォーサイトの面々も手ごたえを感じていた。

 

「行ける!行けるぞ!やつは鎧を脱いだ!一気に決めてやる!」

 

 ヘッケランは覚悟を決めると取っておきの武技を発動する。

 

「<限界突破>!<痛覚鈍化>!<剛腕剛撃>!<肉体向上>!」

 

 複数の武技の同時発動により肉体が悲鳴を上げる。特に<限界突破>の武技はその代償として攻撃後かなりのデメリットを生じるためここで決めなければ敗北する可能性が高い。しかし、自動回復能力を持つ武王を仕留めるにはここしかないということは歴戦の感が叫んでいる。

 

「《武器魔法化(マジック・ウェポン)》、《下級筋力増大(レッサー・ストレングス)》、《下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)》」

「サンキュー!ロバーデイク!」

 

 ロバーデイクが絶妙のタイミングで強化魔法をかけてくれる。本当にいいチームだ。チームメンバーに恵まれたことを感謝しつつヘッケランは棍棒を構える武王へと颯爽と駆ける。

 対する武王も武器を構えながら迎撃の態勢を整えている。そして先に仕掛けたのは武王であった。

 

「<流水加速><剛撃><神技一閃>!」

 

 武王の持つ棍棒の速度が格段に上がり、恐ろしい威力でヘッケランの体を襲う。しかし、持ち前の身軽さと現在の漲る肉体能力はそれを紙一重で避けることに成功した。

 そのまま相手の武器の内側へと身を乗り入れヘッケランは全力の斬撃を武王の首へと叩きこむ。

 

「おおおおおおおおお!<双剣斬撃>!!」

 

 一撃目、二撃目と刃が武王の首を深く深く切裂いていくのを感じる。三撃目、四撃目。武王の首が半分以上切裂かれ血を噴出している。

 

(……勝った!)

 

 このまま首を斬り飛ばさせる。そう思った刹那……。ヘッケランの体から急激に力が抜けてしまう。

 

(な……なんだ……)

 

 先ほどまで漲っていた力が失われていく。それでも何とか剣を振り続けるが武王の首はあと少しというところで斬り飛ばせない。

 そして武技の発動が終わった瞬間、ヘッケランは腹部に衝撃を感じたと思った刹那に吹き飛ばされていた。

 

「ぐっ……」

 

 そのあまりの威力に内臓をやられたらしく口から血を吐き出す。

 

「ヘッケラン!!」

 

 仲間たちが心配して声をかけてくる。しかし、ヘッケランはその声よりも目の前の光景に絶望してしまう。

 

「見事だ……見事な攻撃だった……お前たちは俺の前に立つに相応しい……お前たちと戦えたことに感謝しよう」

 

 目の前で斬り飛ばされる寸前であった武王の首の傷が見る見るうちに治っていく。

 

「なっ……力が……」

「これは……どういうことなの?」

 

 アルシェとイミーナも異変を感じていた。まるで体が一回り小さくなったように今までの力が出せない。

 

「さて……恐るべき挑戦者たちよ……次は俺の力を見せてやろう」

 

 まるで今までより一回り大きくなったように力を感じる圧倒的な強者。武王の前にフォーサイトはこの試合で決して引かなかった足を一歩引いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 闘技場の控室。そこにフォーサイトはいた。いや、フォーサイトだったものと言ったほうがいいだろう。その顔はどこが目なのか鼻なのか分からないほど腫れあがり、手足についてはもはや使い物にならないだろうほどグチャグチャになっている。

 そう、彼らは敗北したのだ。勝利まであと一歩までいったフォーサイトであったがその後に起こったのは強者による弱者の蹂躙でしかなかった。彼らを血塗れにした後、武王は殺すにも値しないとばかりに肩を怒らせ闘技場を後にした。

 

「イ……イミーナ……生きてる……か?」

「……」

 

 返事は出来ないようだがわずかに息をしているだろうことを感じる。もうしばらくすれば闘技場に詰めている信仰系魔法詠唱者が来てくれるはずだ。かなりの治療費を取られるだろうが仕方がない。命があっただけでも儲けものだ。

 しかしノックもなしに控室に入ってきたのは望んでいた人物ではなく黒い鎧を来た騎士であった。

 

「ここです」

「そうですか。ああ、これは酷い……。早く治癒魔法を……」

「はっ!」

 

 突然入ってきた闖入者は驚いたことに金を払ってもいないのに治癒魔法を行使する。

 この国では教会により治癒魔法の行使には代価を求めなければならないと厳しく取り締まられているはずというのにどういうことなのだろうか。

 不思議に思っている間に治癒は終わったようで全快とはいかないが何とか体が動かせるほどには回復した。

 

「何だか分からないが……金を払ったほうがいいのか?」

 

 まずは金の心配をするヘッケランの問いかけに目の前の騎士は笑い出す。

 

「ははっ、ワーカーらしい質問ですね。そんな必要はありませんよ」

「だけど金をとらなかったら教会が黙ってないだろう?」

「その程度どうとでもなります。それよりももし治癒が間に合わなくて死んでしまったりしていたら私が罰を受けてしまいますよ」

「はぁ?なんだそりゃ……」

 

 教会の権力を物ともせずに治癒魔法を行使する。そんなことが出来る人物がいるのだろうか。

 

「っていうかあんた誰だ?」

 

 よく見ると目の前の男はひとかどならぬ人物ではないかと思わせるものがある。

 金髪に深い海を思わせる青瞳という端正な容姿、唇は引き締まり強い意志を感じさせており、騎士はかくあるべしという凛々しい表情をしている。おそらくは貴族、それも相当の地位にいる人物だろう。

 

「ああ、これは申し遅れました。私はニンブル・アーク・デイル・アノック。帝国四騎士を務めさせていただいております。さて、実は皇帝陛下が皆さまをお呼びなのですがご同行いただけますでしょうか?」



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第21話 スカウト

 フォーサイトの4人は治癒魔法により傷が癒えたとはいえ、さすがに武王と戦った後で疲労困憊であり皇帝による呼び出しは翌日にしてもらうことにした。

 拒否されるかと思ったが帝国四騎士であるニンブルには「全快してたほうが丁度いいかも」との意味深な言葉とともにそれを許可される。

 宿屋に戻ると泥のように眠りしっかりと疲労の回復に努め、そして今、目の前にそびえる帝城の前へと出向いて来ていた。

 

「ここに俺らが入って……いいんだよな?」

「ま、まぁ呼ばれてるんだからいいんじゃない?」

 

 さすがに帝城に入ったことなどないし、入る機会など永遠にないと思っていたため緊張が走る。この国の皇帝は鮮血帝の異名を持ち、無能と判断する人物は容赦なく切り捨てるとの噂を耳にする。

 

「しかし何の用なんでしょうね……」

「もしかして……スカウト?」

 

 アルシェの言葉に4人は顔を見合わせる。あの武王と途中までとは言え互角以上の試合をしたのだ。騎士としてスカウトされる可能性は十分あるだろう。そうなれば安定した高収入が約束されるのであるが……。

 

「もしそうだったら残念だな」

 

 ヘッケランの言葉に3人は頷く。彼らが冒険者にもならずにワーカーという仕事をしているのは金のためというのもあるが、それよりも束縛されるのを嫌うからという理由のほうが強い。

 特に信仰系魔法詠唱者のロバーデイクは治癒魔法の使用が教会により制限されるのが嫌で自由なワーカーという仕事に就いている。

 帝国に仕えることになってしまえば自由に困っている人を癒すことは出来なくなってしまうからだ。

 そんな思いを内に秘めつつ4人は恐る恐る門番へ要件を告げると、しばらくしてニンブルが現れた。

 

「皆さんお待ちしていました。では、こちらへどうぞ」

 

 ニンブルに案内されるがまま城門をくぐる。武器を持ったままでいいのだろうかと門番を振り返るが何も言われる様子はなかった。

 そのままどこかの部屋に案内でもされると思っていたフォーサイトであるが、案内されたのは中庭に設けられた訓練場を思わせる広場であった。

 

「あの……ここは?」

「ああ、少々お待ちください。もう少しで来ますので……」

 

 ニンブルにそう言われて待っていると顎髭を生やした大柄の騎士が現れる。

 

「お、来たな?あんたらの試合の話は聞いたぜ。あの武王をあと一歩まで追い詰めたんだってな、俺も見たかったのになぁ……」

「あなたは別の任務があったでしょう。ああ、彼はバジウッド。彼も帝国四騎士の一人です」

「おめぇだって四騎士じゃねえか、ニンブル」

「あなたがやりたいって言うから私が案内役をしているんでしょう」

「ああ、そうだったな。はははは」

 

 何やら二人で話をしているが、ヘッケランには話が見えてこない。スカウトされるのでは思っていたのだがどうやら様子が違うようだ。

 

「あの……それで俺ら何で呼ばれたんです?」

「彼、バジウッドがぜひ君たちと戦ってみたいと言ってね。一手お手合わせ願えないだろうか。報酬は支払いますので」

 

 そう言って手渡された袋の中身を見ると武王との戦いで得た金に匹敵するほどの白金貨が入っている。

 

「ど、どういうことですか」

「ヘッケラン……これ不味いんじゃ……」

 

 よく見ると入ってきた入口には騎士が複数名立っており逃げ道が無くなっている。

 

「安心してください。あなた方の力が知りたいだけなんですよ。大怪我をさせたりはしませんから……たぶん」

「たぶん……?」

 

 大怪我する可能性もあると言うことなのだろう。嫌な予感がするが逃げ道はない。

 

「なんだかな……やるしかねえか!」

 

 ヘッケランが仲間たちを見ると頷いている。『嵌められた』、そう思ってはいるがここで逆らっても良いことはないだろう。

 ヘッケランが双剣を構えるのを見たバジウッドは嬉しそうに大剣を引き抜くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぐは!」

 

 ヘッケランはバジウッドの大剣を受けきれず吹き飛ばされていた。それを戸惑ったようにバジウッドは首をひねっている。

 

「おいおい、どうした?俺は本気を出してほしいんだが……」

「はぁ……はぁ……いや、本気だしてますって!」

「はぁ?んなわけないだろ。あの武王とやりあってた時はそんなもんじゃなかったと聞いたぞ」

「あの時はたまたま調子がよかったんだ!」

「たまたまで武王をそこまで追い込めるかよ」

 

 バジウッドはヘッケランの実力に戸惑いを隠せない。少なくとも自分を超える実力を持っていると思い本気で打ち込んでみたがどう見てもそれほどの実力には思えなかった。

 本来であれば武王をあと一歩まで追い詰めるほどの実力を示したのであれば即座に帝国がスカウトするつもりであった。しかし観戦していたジルクニフにまずは四騎士で実力を試してみろと言われてこうして訓練場にいるというわけである。

 

「ニンブル。闘技場に出ていたのは本当にこいつらだったのか?」

「それは間違いありませんが……おかしいですね……あの時はもっと素早かったですし斬撃も鋭かった気がします」

 

 ニンブルとしても信じられない。確かに強いことは強い。少なくとも帝国の一般騎士、いや上位の騎士たちよりも実力は上だろう。しかし、武王相手にあれほど力を示した勇者たちと思うと今は見る影もない。

 そこでジルクニフに言われたことを思い出す。

 

「そういえば武王に最後に向かっていったあとに……違和感があったと言ってましたね。何か心当たりはありませんか?」

「心当たり?」

 

 言われてヘッケランはその時のことを思い出す。確かに武王を追い詰めたあと一気に形勢が逆転してしまった。あの時の感覚は鮮明に覚えている。

 

「あの時は急に力が抜けていくように感じたが……」

「力が抜けていく?えーと……調べたところあなた方はミスリル級に匹敵する程度の実力かと伺っていましたが実力を隠していたとか?武王に勝つ自信はあったのですか?」

「いや……全くなかった……今思えば力が抜けたというより……」

 

 あの時は調子がいいと思っていたが、よく考えてみると実力以上のものを出していたような気もする。

 

「むしろ力が抜けた後のほうが普段の俺だったのかもしれない……」

「では戦う前に急に強くなったと?試合前に何をしていましたか?誰かに会ったとか何か強力なアイテムをもらったとかありませんか?」

「アイテムなんて貰ってないが……何かあったか?闘技場に入る前に験担ぎをしたくらいだよな……?」

「験担ぎ?何をしたんですか?」

「試合前に同じ店で買った飯を食べるって言うだけなんだが……」

 

 ニンブルはヘッケランの言葉に頭をひねる。それは本当にただの験担ぎにしかならないのではないか。食事をするだけで力が上がるとは思えない。

 それとも戦いの最中に食べた物のエネルギーを使い切ったとでもいうのだろうか。しかしヘッケランの次の言葉にニンブルは凍り付く。

 

「初めて食べる食べ物だったな。ハンバーガーセットって言ったか……。奇妙な料理で俺ら以外客はまったく寄り付いてなかった。そこで軍帽を被った変わったメイドから買った飯を食べることにしていたんだ……」

「今……何と?」

「いや、ハンバーガーセットって飯を……」

「いえ、そこではなく……そのメイドはどんな格好をしていたと……?帽子の色は?」

 

 ニンブルは皇帝から気を付けるように言われていたことを思い出していた。ラナー王女からけして敵に回してはいけないと忠告された人物の特徴を……。

 ヘッケランはあらためてその人物の特徴を告げる。

 

「だから……そのメイドは黒い軍帽を被っていたんだよ。店の名前は……BURGER(バーガー)ユリ。BURGER(バーガー)ユリだ」

 

 

 

 

 

 

 ニンブルはフォーサイトから聞いた情報をもとに帝都における中央広場に出向いていた。そこには多くの屋台が並び、人で賑わっている。

 しかし、その一角で明らかに客が入っていない店があった。BURGER(バーガー)ユリと書かれた看板の下には浮かない顔でメイドが佇んでいる。周りの店が行列が出来るほど繁盛している中でポツンと一つだけ客の一人もいない店舗。その様子はあまりにも惨めで寂しげであった。

 

(彼女か……確かに変わった軍帽を被っている……)

 

 黒髪の上に軍帽を被ったメイドは容姿だけで言えば非常に整った顔立ちをしており、眼鏡をした顔は優し気で親しみを与えるものである。しかし、残念ながらその売っている物は不気味としか言えない液体を含んでおり、誰も寄り付かないのも納得であった。

 

「あの……すみませんが……」

「はい!いらっしゃいませ!バーガー・ユリへようこそいらっしゃいました!お客さま!」

 

 ニンブルが売り子に話しかけると沈んでいた顔がパァっと明るく変わる。その様子がまるで美しい花が咲くようで魅入ってしまったニンブルであるが、気を取り直して話しかける。

 

「あの……この商品についてお聞きしたいのですが……」

「はい!メニューはA5和牛のハンバーガーセットでございます!」

「ハンバーガーですか」

「はい。パンに肉や野菜などを挟んだものとお考え下さい。付け合わせはフライドポテトでございます」

「フライドポテト?」

「ジャガイモを揚げたものでございます。二種類のソースでお召し上がりください」

「ほぅ……それで……この液体は?」

 

 ニンブルは最後に一番気になっていたものを指さす。あのフォーサイトは非常に美味だったと言っていたがこの泡を吹く液体は怪しすぎる。

 

「こちらはコーラでございます。炭酸を含んだ甘い水とお考え下さい」

「炭酸?」

「えー何といえばいいのでしょうか。シュワシュワします」

「シュワシュワ?」

 

 要領を得ないが何となく意味は分かったような気がする。

 

「それでは1ついただけますか?」

「ありがとうございます!1銅貨でございます」

 

 手ごろな金額だ。ニンブルはカウンターに銅貨を1枚置く。

 

「お買い上げありがとうございました。制限時間は1時間、効果は最大HPの上昇に筋力、俊敏性、物理防御、魔法防御の上昇効果になります。それでは制限時間にはお気を付けください」

 

 ニンブルは売り子から丁寧な礼を返されるが、今言われた内容に頭が追い付かない。

 

(今……なんて言いました?筋力が……上昇する?)

 

「あ、あの……今の説明をもう一度……」

「あ、はい」

 

 売り子にもう一度説明してもらうも聞き間違いではないようだ。嘘や冗談を言っている雰囲気はないが、言ってることが正しいとも言い切れない。

 

(これは持ち帰って陛下に報告するしかありませんね……)

 

 ニンブルは商品を受け取ると広場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「それでこれがその商品というわけか」

 

 帝城の訓練場に集まったジルクニフ達の前のテーブルにはニンブルが銅貨1枚で購入したと言う『A5和牛のハンバーガーセット』なるものが並べられていた。

 

「何と言うかまぁ……飲み物以外は食べられそうではあるな」

「そう……ですね……」

 

 返事をするニンブルの顔は青い。これまでの経験からジルクニフが何を言うか何となく予想がついている。すぐにでもこの場を離れたい欲求に駆られるがその前にジルクニフがその言葉を口にしていた。

 

「よし、ニンブル。せっかくだ。お前が食べて見ろ」

「はぁ!?こ、これをですか……」

「ははは、これはお前の金で買ったのだろう。お前が食べるのが当然ではないか」

 

 冗談のように言っているがジルクニフの性格からして断れるものではないだろうとニンブルは判断する。

 

「しかし、これで体力や筋力があがるねぇ……信じられねぇな」

 

 バジウッドがまじまじと食べ物を見つめている。気になるなら変わってくれと言いたいが、そうもできまいと覚悟を決めるとニンブルはハンバーガーを手に取りかぶりつく。

 

「むぐっ?こ、これは……」

 

 警戒していたが食べて見るとあまりのおいしさに手が止まらない。コーラという飲み物も売り子が言っていた通りシュワシュワしている。

 

(確かにこれはシュワシュワとしか言いようがありませんね……)

 

 慣れるとそのシュワシュワした感覚が癖になってくる。

 やがてすべてを食べきったニンブルは小さくげっぷをすると満足そうに息を吐いた。

 

「これは……いいものですね……」

「てめぇ……旨そうに食いやがって……」

「あなたも一度試してみるといいですよ、バジウッド」

「いや、その前にその効果が本物かどうか知りたい。ニンブル、バジウッド、当初の予定どおり試合をしてもらうぞ」

 

 ジルクニフの言葉に二人は頷き、剣を引き抜くと対面する。

 

「ニンブル、お前とこうしてやり合うなんてここで初めて会った時以来か?」

「そういえばそういうこともありましたね。しかしこれは……何だか負ける気がしませんね。力があふれてきます」

「本当か?隙だらけだぜ!!行くぞ!」

 

 バジウッドはその漲る力ゆえに警戒心の薄まったニンブルの隙をついていきなり斬りかかる。しかし、本当に警戒心がないのかニンブルは動かなかった。

 そのあまりの無防備さに本当にそのまま斬ってしまうかバジウッドが躊躇ったその時、ニンブルの姿は消えていた。

 

「バジウッド……何をしてるんですか?そんなゆっくり動いて……」

「なに!?」

 

 いつの間にかバジウッドはニンブルに背後を取られている。まるで動きが見えなかった。

 

「ど、どういうことだ!?いつの間に後ろに回り込んだ!?」

「その態度は……本当に気づかなかったんですか?私にはあなたがゆっくり動いているように見えるのですが……手を抜いてるのでは?」

「ああ!?ふざけんな!誰が手を抜いたりするかよ!おらぁ!」

 

 バジウッドは斬撃のフェイントを入れ、ニンブルのみぞおちに蹴りを入れるがそれをあっさりと体で受け止める。全く効いている様子がない。

 

「本気……のようですね……あまり効きませんよ……では次はこちらから!」

 

 逆にニンブルが鎧を蹴りつけるとハンマーででも殴られたように陥没してバジウッドは白の壁を突き破り突き刺さる。

 

「おい、ニンブルそこまでやれとは言ってないぞ?」

「いえ、陛下……私もここまでやるつもりは……バジウッド……?ねえ……ちょっと……返事してくださいよ……バジウッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 

 

 

 

 帝城の訓練場。そこで戦う四騎士たち。その場に呼ばれなかった一人の老人が窓からそれを覗いていた。真っ白な髪のその老人は長いひげを撫でながら呟く。

 

「あれほどの能力の向上……ポーションかの?それにしても凄まじい。どれほどの魔力を注げばあれほどの効果が出せる?第4位階?いや第6位階以上か?ふふふっ……魔法の深淵がまさかそこに……?ふはははははは、これはこれは見逃せませんなぁ……」



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第22話 自動発生(POP)モンスター

 バジウッドが神殿送りになった翌日、ユリの元へ帝国から招待状が届けられていた。

 

(帝国の上層部とコネクションが出来るのはうれしいですが……呼ばれた理由は……なんでしょうね)

 

 コネクション作りとして利用しない手はないとユリは招待に応じて現在城の一室で待機している。

 売れない商品の山に埋もれながら店を出し続けるのに飽き飽きしていたところであるため嬉しいことではあるが理由が思い浮かばない。

 呼ばれるとしたらルプー魔道具店のほうかと思っていた。あちらはメイドたちが非常に良く働いており店舗数も帝国内に増えて大繁盛中だ。毎日は見に行くことは出来ないが隊長たるツアレ指揮官の指導のもとうまくやっていることだろう。

 

(とするとやはりハンバーガーのことなのでしょうか……)

 

 控室でソファーに座りながら呼ばれた理由を予測していると開いたままになっていたドアの横からピョコリと顔が覗く。その顔はじっとユリを見つめていたかと思うとそのまま引っ込んだ。

 

(今のは……老人……?)

 

 ユリが訝しんでいると再びピョコリと顔を出したのは白髪の老人の顔だ。それを小さな子供がやっているのであれば可愛らしくもあるのだが、いい大人がやっているのを見ると不気味でしかない。

 

「《道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)》」

 

 再び顔を出した老人はキョロキョロと周りを見渡したのちユリへと魔法を放射する。ユリはいつもの自分の十八番を奪われた形になりイラっとする。

 

(くっ……この外装でなければお返しに《道具上位鑑定》をぶち込んでやるものを!)

 

 ユリは職業構成として魔法を1つも覚えていないストライカー。相手の所有する道具を鑑定することを出来ないことが悔やまれる。

 

「ほほぅ……素晴らしい……素晴らしいものをお持ちですな……」

 

 老人は周りに誰もいないことを確認するように左右を見回した後、部屋へと入ってきた。なお、フールーダは相手の使用できる位階魔法の上限を知る才能(タレント)を持っているが、現在ユリが使える魔法の数は0である。

 しかし、その身に纏った装備から放たれる魔法の輝きがフールーダの食指をそそらせる。 

 

「あなたは?」

「わしか?わしはフールーダ・パラダインという」

「そうですか。私はユリと申します」

「ふふふふふふ……ふはははははは!見つけた!見つけましたぞ!ユリ殿、その身に纏うマジックアイテム!そして先日みた能力向上のアイテムを扱っていることといい……!素晴らしい!これほどの魔化をどのようにして行ったのか!知りたい!知りたいですぞ!」

 

 フールーダと名乗ったその老人は突然笑い出したと思うとユリへとにじり寄ってくる。

 フールーダ・パラダイン。人間でありながら逸脱者と呼ばれる人智を超えた能力者の一人であり、その目的は魔法の深淵を覗くこと。帝国に数百年に渡り仕えているのもそれを目的としてのことである。

 その彼をして目の前のメイドの着ているものはその知識を超えた品であり、それを調べることによりさらなる高みに登れるのではという期待に興奮する。

 

「そ、それを見せてくれ!いや、見せるのだ!」

 

 フールーダは部屋に入ってきたかと思うとユリのスカートをまくり上げ奪おうとする。

 

「な、なにをなさるのですか!?」

「見せろ!その深淵を私は覗きたいのだ!」

 

 グイグイとスカートを脱がそうとしながら深淵を覗きたいと叫ぶ老人はまさに変質者そのもの。

 

(……なぜ帝城にこのような変質者が?警備がザルなんですか?)

 

 どうしてこのような闖入者を許しているのかよくは分からないがこれが城の関係者であるはずはなく排除してしまってもいいだろうと判断する。

 

「やめてくださいませんか?」

「断る!見せろ!覗かせるんじゃー!」

 

 断固としてスカートから手を離さない老人にユリはやむを得ず殺さない程度に手加減をして棘付きガントレットの鉄拳を振るう。

 

「ぐぅ!?《損傷移行(トランス ロケーション・ダメージ)》!」

「ん?意外に硬いですね」

 

 ストライカーたるユリの鉄拳に予想以上の威力を感じたフールーダは即座に体力ダメージを魔力ダメージへと変換させる魔法により耐え忍ぶ。しかし衝撃までは殺しきれず床に転がってしまう。

 

「意外とタフですね……それでは……」

 

 ユリはフールーダへと馬乗りになるとマウントポジションを取り鉄拳を振るう。

 

「ぐはっ、うぐっ……わ、わしは負けん!負けんぞおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 その争う音と大声に気付いたのかドアから入ってきたのはニンブルであった。

 そして目の前の光景に目を疑う。絶対に失礼のないようにと言われていたメイドが帝国最強の魔法詠唱者であるフールーダに馬乗りになって拳を振るっている。

 そしてニンブルに気が付いたのかユリは振るう拳を止め、ニンブルを見つめてきた。

 

 

 

 

 ……と思ったのもつかの間、殴る手を再開させる。

 

「ぐはぁ!」

「いや、ちょっと!?今、目があいましたよね!?」

 

 ユリは遠慮なくフールーダへのトドメの一撃を叩きこむとメイド服に付いた埃を叩いて立ち上がり丁寧な一礼を返した。

 

「この度はお招きいただきましてありがとうございます。私はユリと申します」

 

 先ほどまで蛮行を繰り広げていた人物でなければ非常に好感の持てる態度なのではある……が、帝国の主席宮廷魔術師を殴り倒した女である。皇帝からは絶対に怒らせるなと言われていなければ即座に捕らえるところだ。

 

(いや……これはもしや弱みを握るチャンスでは……)

 

 ユリの作るあのハンバーガーは帝国にとって非常に魅力的な商品だ。あれを独占することを考えればここで恩を売っておく必要もあるかもしれない。

 そう考えたニンブルはとりあえずは理由を確認することにする。

 

「あの……何があったかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「はい。変質者が闖入してきましたので退治させていただきました」

 

 変質者とは白目を剥いているフールーダのことだろう。この人物がそんなことをするとはにわかには信じられない。自らの正当性を主張するためにでたらめを言っているのだろう。そうであれば弱みを握れるかもしれない。

 

「少し本人に話を聞いてみてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ?」

 

 ニンブルは腰のホルダーからポーションを抜き取るとフールーダの体へかける。すると目を覚ましたフールーダはギロリと目を剥いた。

 そして目の前にメイドがいることに気が付くとニンブルが止める間もなくそのスカートへと頭を突っ込んだ。

 

「見せろ!見せるのだ!わしにその深淵を覗かせてくれー!」

 

 ニンブルはその光景に目を疑う。相手の弱みを握るどころではない。帝国の弱みそのものがここで暴れている。

 思慮深く誰からも尊敬の念を集める帝国の首席宮廷魔術師とは思えない。ユリの言う通りである。スカートに顔を突っ込み覗かせろと叫んでいる姿はまさしく変質者であった。

 ニンブルは腰から剣を引き抜くとその柄をフールーダの首の付け根に全力で叩きこむ。虚を突かれたフールーダは再びバタリと倒れた。

 

「ユリ様。本当に申し訳ございませんでした。これは紛れもないただの変態。我々とはまったく一切なんの関係もありません。まったくどこから侵入してきたのやら……。こちらで処罰を与えておきますのでどうかお許しください」

 

 ニンブルは床に倒れている変態を衛兵に引き渡しながらユリに謝罪するのだった。

 

 

 

 

 

 

「これはよく来てくれた。ユリ殿。私がバハルス帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

「本日はお招きいただきましてありがとうございます。ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下」

「長い名前だ。ジルクニフでかまわないよ。いや、君にはそう呼んでほしいな」

「さようですか?ではそうさせていただきます。ジルクニフ陛下」

 

 ジルクニフは目の前の人物を観察する。優しく魅力ある皇帝を演出したつもりであるが、それをさらりと受け流しにこやかに対応する目の前のメイドもさるものでその内心を読み取らせない。

 

(ふむ……ラナーが気をつけろというのも分かるな……)

 

 何故かわからないが、ジルクニフの勘が目の前の人物に得体のしれなさを感じさせる。

 

「それでどのようなご用件でしょうか」

「ああ、そのことなのだがね。ユリ殿の店舗ではハンバーガーセットなる食べ物を売っているそうだね」

「はい……」

 

 ユリの表情が曇る。報告では全く売れていないと聞くが、非常に美味でありそして制限時間が1時間と短いが肉体能力が大幅に上昇すると聞く。ジルクニフはごくりと唾を飲み込むと提案をユリに提示する。

 

「そのハンバーガーセットだが、大量注文は可能かい?」

「買っていただけるのですか!?」

 

 ユリの顔がぱっと輝く。思わず見惚れてしまいそうな笑顔であるがそこは政治の世界では百戦錬磨の皇帝、その素振りさえ見せずに微笑みかける。

 

「ああ、ぜひお願いしたいと思っている。そうだね、秋までに10000食ほどお願いしたいのだが……」

「10000ですか?」

 

 少し多いが全く売れないアイテムを処分出来てアイテムボックスが空くのは悪くない。そう考えたユリは即答する。

 

「かしこまりました。ではご指定の日にお持ちしましょう」

「それほどの数だと一度には無理ではないかい?少しずつ持ってきてもらえればこちらで《保存》の魔法をかけて……」

「いえ、ご指定の時間にご指定の数をご指定の場所にお持ちしますのでご安心ください」

 

 ありえない話にジルクニフは動揺を隠しきれなくなる。それほどの数を一度に運ぶ手段はどうするのだろう。しかし、あれほどの効果を持つ食事を作ることが出来るのであればそれも可能なのだろうか。それともラナーの言っていた言葉が頭をよぎる。

 

「ロフーレ商会にはそれも可能ということか……」

「はい、今後ともロフーレ商会をよろしくお願いいたします」

 

 そう言ってほほ笑むユリには自信が漲っているように見えた。口から出まかせを言っているようには見えない。

 

「そ、そうか……助かる。今後ともこちらとしても繋がりを持っておきたいものだよ……何か困ったことがあったら言ってくれたまえ」

「ではお願いしたいことが一つあるのですが……」

「ほぅ?私で良ければ力になるが?」

「モモンガ様という御方またはナザリックという土地をご存じないでしょうか」

 

 ジルクニフは記憶を探るが心当たりはない。しかしここで恩を売っておけば将来絶対に損はないとジルクニフの勘が告げる。

 

「ユリ殿たっての願いだ。心当たりはないが、調べては見よう。それでモモンガ様というのはどのような人物なんだい?」

「それはそれは神々しい神のような方です!」

「神……ね。どうだろう、どのような人物か描いてくれないかい?」

 

 ジルクニフに紙を差し出されたユリはサラサラと愛する創造主の姿を描く。決して手を抜いて実物より劣る外見にしては不敬だと気合を入れた結果、実物以上に仰々しいアンデッドの姿がそこに描かれた。

 

「こんな感じの方です」

 

 ジルクニフは差し出された絵を見て仰天する。どう見ても人間ではない。暗黒を背負った髑髏だ。眼窩に深い刻みが掘られ、胸には血のように真っ赤な宝玉、真っ黒な豪奢なローブとともに暗黒のオーラを放っている。

 まさに魔王であった。

 

「こ……これは見たことがないなぁ……ところでモモンガ様というのはアンデッドなのかい?」

「はい!神々しいでしょう!?」

 

(神々しい……?これが……?いや……そうでもないか)

 

 言われて見ればその圧倒的な迫力は神々しく見えなくもない。そこでジルクニフは何か引っかかりを感じる。

 

(圧倒的な力……?神……?)

 

「確かどこかでアンデッドの神のことについて聞いたような……」

「本当ですか!?」

「いや、待ってくれ……どこだったか……」

 

 ジルクニフが記憶を探っていると……。

 

「はい!ドーン!!」

 

 大声とともに両開きのドアが開かれる。そこにいたのはユリに失礼を働いたと言うことで連行されたはずの変態(フールーダ)であった。

 

「あれは……先ほど控室にいた変質者……?」

 

 どうやって逃げ出してきたのか。衛兵たちに絶対に逃がすなと言っていたにも関わらずこの場に現れたフールーダにジルクニフは頭が痛くなる。しかし、帝国とは無縁のものと一度言ったのだ。今更認めるわけにもいかないし、それを逃がしたともいうわけにもいかない。

 

「いや、違う!きっと別の人物だ!なぁ、そうだろう?ニンブル」

「は……はい。私は知りません……。ねぇ、レイナース」

「そうですわね。私も見たことはございません」

「そう……ですか……?」

 

 この人物はどう見ても控室でユリが会った人物に見えるのだが違うらしい。とすると個体情報が極めて近い別人ということだろうか。そこでユリの頭に一つの仮説が浮かぶ。

 

「ああ……もしかしてPOPしたんですか」

 

 ナザリックにおいても自動発生モンスターは存在しており、そこで発生するのは同じ個体だ。それと同じようにこの拠点では変質者が自動発生するというのであれば今の話も矛盾はなくなる。

 

「POP?何のことだか分からないが……じい……いや、ご老人。すまないが大事な話をしているので席を外してくれないか?」

 

 ジルクニフは何とか誤魔化し追い出そうとするがフールーダの興味は全く別のところにあった。

 

「今、アンデッドの神と言いましたな!それでしたら恐らく法国における闇の神のことでしょう!」

「闇の神?」

 

 バハルス帝国には火水土風の4つの神しか伝わっていない。ジルクニフの知らない情報をフールーダは大仰な身振り手振りで説明する。

 

「スレイン法国は4大神に加えて光と闇の神を信仰しております!その中の闇の神スルシャーナはアンデッドであると言う話を聞いたことがありますぞ!」

「本当ですか?」

 

 ユリとしてはそれは絶対に聞き逃せない情報だ。ぜひ真偽を確認したい。

 

「聞いたことは本当じゃが、それが事実かどうかはお答えしかねますな!ですが、お役に立てましたかな!?お役に立てましたな!」

「素晴らしい情報をありがとうございます。ご老人」

 

 この変態が必要な情報源とは盲点であったが唯一の手掛かりが得られたともいえるユリは歓喜に震える。

 

「おお!お喜びいただけたようで!では!私にあなたの深淵を覗かせてくださいませ!」

 

 言うが早いか老人とは思えない速さでカサカサとユリの元まで這いずるとそのスカートへと顔を突っ込み奪おうとする。

 賢者から変態への変貌に一瞬対応が遅れたジルクニフであるが、即座に指を打ち鳴らし適切な指示を送る。

 

「レイナース!」

「はっ!」

「な、なにをする重爆!わしは深淵を覗かねば……がっ……」

 

 四騎士の紅一点、最大の攻撃力を有する『重爆』レイナースはフールーダのローブを掴むと部屋の端まで引きずっていき、馬乗りになって拳を叩きこむ。

 

「何が深淵を覗きたいですか……この変態があああああああああああ!」

「ごふっ……いや、わしの言う深淵とは……がはっ……ちょっ……やめ……」

 

 ゴスッゴスッと繰り返される打撃音を聞かないように努め、ジルクニフはユリへと向き直る。

 

「失礼いたしました。アレはこちらで処分しておきますので……」

「さようですか……」

 

 ユリとしては貴重な情報を提供してくれた人物なので多少のことなら許そうと思っていたのだが、皇帝がいいのであれば別に構わないだろうと思いなおす。

 ジルクニフとしては目の前のメイドはその見た目にしてフールーダを無力化したほどの力の持ち主なのだ。フールーダには悪いが優先すべきは目の前の人物である。 

 

「その……先ほどのスレイン法国というところについて詳しく聞いてもよろしいですか?」

「スレイン法国について?」

「この!汚らわしい!女の敵め!」

「もしモモンガ様が闇の神というのであれば是非赴いてみたいのですが……」

「ぐはっ!わ、わしはまだ負けん……ぞ」

「ふーむ……」

「このエロジジイ!死ね!死んでしまいなさい!」

「うぐぐっ」

「レイナース……ちょっと静かにしてくれ……」

 

 レイナースが意外としぶとい変態に手こずっているようだが、これでは煩くてたまらない。

 

「はっ!失礼しました!」

 

 レイナースはフールーダの髪を掴むとバルコニーへと引きずっていき、そのままフールーダの頭を掴み飛び降りた。直後ゴキッという音が聞こえてきた気がするがジルクニフは聞こえなかった振りをする。

 

「それで……スレイン法国のことが聞きたいのだったかな?そうだな……あの国は非常に閉鎖的で宗教色が強い国だ。入国も簡単にはできないだろうし、国民は狂信的なまでに信心深い。情報を得るのは非常に困難だろう。神を裏切るくらいなら自らの命を捨てるほどだ。だがまったく国交がないわけでもない。調べるだけ調べてみようじゃないか」

「なるほど……力ずくでは難しいと……」

 

 ジルクニフにはユリが何を考えているのか分からないが、まずは帝国といい付き合いをしてもらわなければ困る。協力関係となるのが得策だ。

 

「ありがとうございます。非常にためになる情報でした」

「いや、構わないよ。それでは料理についての報酬は後程届けさせよう。もし期日に指定の数をいただければさらに何かお礼をしようではないか」

「よろしいのですか?」

「もちろんだとも。ユリ殿はいい取引相手になりそうだ。今のうちから繋がりを強くしておきたいと思ってね」

「それでしたらその際には何かお願いさせていただきます。この度はお買い上げありがとうございます」

「こちらこそだ。では商品の到着を待っているよ」

 

 ジルクニフは出来るだけ好印象を与えるように笑いかける。今のところ帝国としては銅貨10000枚程度の報酬しか払わないことになっている。それでは十分な恩を売ったとは言えないかもしれない。いずれさらなる恩を押し付ける必要があるだろう。

 

 こうしてお互いの思惑が交錯した交渉はここで幕を閉じるのであった。最後に絞められた鶏のようなPOPモンスターの断末魔の声が聞こえてきたのだが、きっと気のせいだとジルクニフは忘れることにした。



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第23話 バハルス帝国の逆襲

 季節は秋。実りの季節。

 かつてのカッツェ平野での大敗北から1年。バハルス帝国は今年もリ・エスティーゼ王国へと宣戦布告をし、陣地を築いていた。

 今回の戦闘指揮は昨年亡くなったカーベイン将軍に代わり皇帝直属の四騎士であるニンブルが務めている。率いるのは昨年と同じく帝国の騎士の半分に当たる4軍団4万である。

 

「しかしまさか本当に現地に1万食も持ってくるとは……」

 

 皇帝が契約したと言うバーガー・ユリの料理がいつの間にか運び込びこまれていたという知らせを受けてニンブルはその言葉を疑った。なぜならそれを運び込む商団接近の情報が全くなかったからである。

 1万食もの量を運び込むのであれば馬車が何台も必要であろうし、その数が近づいてきたのであれば報告が上がってくると思い待っていたのだが結局その知らせはなかった。本当に得体の知れない商人である。

 

「陛下が決して怒らせてはいけない相手と言ったのが分かりますね……」

「どうかいたしましたか?」

 

 運び込んできた黒髪のメイドは戦場に似つかわしくない恰好でニンブルの前でなんでもないように首をかしげている。その整った顔立ちと凛とした表情は得体の知れなささえなければニンブルでも魅了されていたかもしれないほどだ。

 

「いえ、ご苦労様でした。こちらが報酬になります」

「ありがとうございます。確かにいただきました」

 

 ニンブルはユリへと銅貨を渡す。もしユリの持ってきた料理があの時食べたものと同じなのであれば安すぎる報酬だ。しかし、ユリはそれを受け取るとそれ以上の物を求めることもなく頭を下げる。

 

「これらの品が役に立った暁には陛下から追加報酬をお支払いしたいということです」

「それはありがたい。もしその際は……そうですね。畑を耕す土地でもほしいものです」

「土地……ですか?」

「いえ、その話はいずれまた。それでは私はこれで失礼いたします。制限時間は1時間ですのでお気を付けください」

 

 そう言ってテントを出たユリはニンブルが外に出たときにはいなくなっていた。本当に奇妙な人物だが不思議と不快な感じはしない。

 その丁寧で洗練された態度としっかりと制限時間という注意を与える気配りのおかげだろう。

 

「さて……準備は整いましたね。では帝国の勝利のためにがんばりますか……。おい!」

「はっ!」

 

 ニンブルは気を引き締めると指揮官として兵たちへの命令を発する。

 

「これより作戦会議を始める!すべての士官を作戦本部まで集めろ!」

「了解いたしました!」

 

 騎士が急いで伝令へと走るのを見てニンブルは満足そうに相好を崩す。相変わらず帝国兵の練度は素晴らしい。これで昨年は敗れたのだからどれだけ王国の兵士たちの力が化物じみていたのか分かると言うものだ。

 

(今年も負けるようなことがあれば後はない……陛下の期待に応えねば……)

 

 しばらくすると各指揮官たちが司令部のテントへと集合する。その顔には帝国騎士としての誇りが見られるものの中には不安そうな顔も見られた。それもそうだろう。昨年敗北した戦場にいたものもここにはいるのだ。

 ニンブルはその不安を払しょくするためにも声を張り上げ気合を入れる。

 

「集まったな!」

「はっ!ニンブル将軍!」

「では、この度の作戦を説明する!ただいま食糧庫に1万食の食料が運び込まれた。今回の戦争における勝利のカギはその食料の使い方にある!」

 

 士官たちは顔を見合わせる。多くの士官が考えたのは長期戦により相手の疲弊を狙うというものだ。兵糧攻めというのは確かに疲弊した経済を持つ王国には有効かもしれない。しかし、昨年の戦場を知る者から疑問の声があがる。

 

「ニンブル将軍。確かに我らのほうが王国軍より人数が少なく、遅滞戦闘により相手を疲弊させるのは有効だと思いますが、それで本当に勝てますでしょうか……」

 

 意見を言ったのは昨年右翼が瞬く間に殲滅されたのを目撃した士官だ。あの時の帝国騎士の心に与えた衝撃は想像して余りある。しかし、それを即座にニンブルは否定する。

 

「勘違いしないでもらいたい。今回の作戦は速度こそが命だ!遅滞戦闘など絶対にしてはならない!食事は戦闘開始の直前に取り、1時間以内に勝負を決める!1時間で勝負が決まらないようであれば即時撤退だ!」

「ど、どういうことなんでしょうか!?あれほどの力を持っている王国軍に突撃すると!?」

「そのとおりだ!中央の1万は私が預かり先陣を切る!左翼右翼の軍はやつらが散らばらないように包囲せよ!」

「ニンブル将軍、それで勝てる根拠はあるのでしょうか……」

「私は勝てると確信している。そして陛下も同じ考えだ。帝国四騎士たる私が先陣を切る。ついてきてほしい!」

 

 ニンブルのその自信にあふれる姿に騎士たちは感銘を受けるが、ニンブルはすべてを説明するわけにはいかないことにやきもきする。

 ジルクニフからハンバーガーセットの効果については説明する必要はないと言われている。説明すれば今回の帝国の強さの理由が他国に広まり対策されるだろうことは容易に想像される。時間稼ぎの遅滞戦闘などをされると非常に困ることになるだろう。

 制限時間以内に勝負をつけようと心に決める。そのための段取りも整えた。ニンブルは帝国の勝利を信じ、昨年敗北を喫したカッツェ平野を見つめるのだった。 

 

 

 

 

 

 

 カッツェ平野、王国軍の本陣。そこにはリ・エスティーゼ王国の新国王となったバルブロを始め、多くの貴族たちが集まっていた。しかし、その数は昨年に比べて明らかに少なく顔ぶれも変わっている。

 

「おい……なぜレエブン侯は来ていない。他にも来ていないものがいるが……」

「どうせ臆病風にでも吹かれたのでしょう。彼は蝙蝠ですから……」

「ははは、まったくだ」

 

 貴族たちによる嘲笑が起こるが、バルブロとしては面白くない。まるで前国王ランポッサに比べて自分が劣っていると言われているようである。

 しかし、事実そのとおりであった。王国の闇組織である八本指が摘発された際、多くの貴族がその悪事に関わっていたという証拠が判明。その証拠を消しきれなかった貴族たちについては信頼を失って没落した。

 バルブロ自身も八本指と関わっていたため危なかったが、国王としての権力を使いまくり身辺を探る者達をすべて始末することで何とか失脚は免れている。

 しかし、人の口に戸は立てられない。国王としての威厳も信頼もないバルブロに本心からつこうとする貴族などいるはずもない。公明正大な貴族はそんなバルブロに失望し、レエブン侯を始め戦場には来ていない。いるのは日和見主義の信念のないものたちばかりである。

 兵の数にしても前年の半分となる10万程度の兵しか用意できていない。

 

「ふんっ、もしこの戦争が終わったら来なかった臆病者達には責任を取らせてやろう」

「それがよろしいかと……」

「国王に逆らおうなど不敬ですからな」

 

 貴族たちがここぞとばかりに今回参集しなかった貴族を貶める。

 その中で渋い顔をしている人物が一人。テントのけしていい場所とは言えない端にいるのは戦士長のガゼフだ。一度は戦士長の職を辞することも考えたが前国王のランポッサにより息子をどうか頼むと言われ断り切れなかったのだ。

 そしてガゼフの装備しているのは王国の兵士の平均的な兵装。その代わりバルブロがかつてガゼフが着ていた王国の5宝物。剃刀の刃(レイザーエッジ)等を見せつけるように装備している。まるで英雄気取りだ。

 

「まぁ、この私がいる限り戦に負けなどないのだがな」

 

 例え兵士の数が少なかろうとバルブロは勝利は揺るぎないと思っていた。あのルプー魔道具店から仕入れた武具は健在であり、あれさえあれば帝国軍を圧倒できる。昨年は油断して攻め急ぎすぎて包囲をされてしまったが、今回はそのような愚は犯すつもりはない。

 

「帝国軍め。じっくりじわじわと真綿で首を絞めるように殲滅してくれるわ!はっはっは」

「陛下、見てくださいよ。やつらもうすぐ開戦の時間だというのに飯を食ってますよ」

「なに?」

 

 もうすぐ開戦の火ぶたが切られそうだというのにはるか向こうで帝国の騎士たちが何かを食べているのが王国の陣地からも見える。

 

「わははは。やつら食事の時間も取れぬほど慌てていたのか?」

「まったく計画性のないやつらですな」

「さぁ、我々は準備万端です。やつらの首を一つでも多く落としてやりましょう」

 

 昨年の勝利の味を知った王国軍はそれが一夜限りの幻だったとはこのときには夢にも思っていない。しかし、その帝国騎士に交じって戦場に相応しくない恰好をした者をガゼフは見つけた。

 

「あれは……戦闘メイド?」

 

 それは軍帽を被った変わったメイドのように見えた。遠いために髪の色や顔などは分からない。ガゼフの脳裏に白ブリーフ1枚のブレインの顔が思い浮かぶ。

 

(軍帽を被ったメイドに気をつけろと言っていたが……まさか……な)

 

「どうしたガゼフ・ストロノーフ」

 

 ガゼフの呟きが聞こえたのかバルブロが訝しむ。

 

「いえ、敵の陣地にメイドがいたような気がしまして……」

「はっ、何を馬鹿な。戦場にメイドなどいるわけがないだろう!馬鹿なこと言ってないでお前は黙って私を守っていればいいのだ!行くぞ」

「はっ……」

 

 バルブロはガゼフの言葉を一蹴すると貴族たちとともに本陣を出発するのだった。

 

 

 

 

 

 

「陛下!中央突破をはかった部隊が止まりました!いえ、押されております!」

「なに!?」

 

 バルブロは双方の軍がぶつかり合った中央前方部を見つめる。

 中央を一気に突き崩し本陣までも蹂躙するかと信じていた部隊が立ち往生している。昨年は蟻を踏みつぶすように進んでいたと言うのにどうしたことかと周りを見渡すが、続いて報告される内容は信じられないものばかりだった。

 

「右翼突破されました!陛下!」

「左翼についても防ぎきれません!」

 

 次々と入る予想外の凶報。信じ切っていた部隊が突破されかけている。目に見えて情勢が悪くなっているのが分かる。このままでは本陣に敵が到達するのも時間の問題だろう。

 バルブロは昨年首を斬ったカーベイン将軍のことを思い出し顔を青くする。

 

(もし……ここまで来られたら……)

 

 一応本陣にも例の武具を装備させた手練れを用意しているし、自分は王国の秘宝を装備している。しかし多勢に無勢となれば勝利は怪しい。恐怖に駆られたバルブロは自分の安全を最優先させようと指示を出す。

 

「ほ、本陣の守りを固めよ!兵を中央に集めるのだ!」

「陛下!それをしては陣形が崩れます!槍衾が機能しません!」

 

 鬱陶しいことにガゼフが痛いところを突いてくる。戦場全体を見ればそれが正しいだろう。しかし、バルブロはそれよりも自身の恐怖を払拭することを優先させたいのだ。

 

(まったく……うるさいやつめ……)

 

 しかし、そう思っている間にも着実に帝国の兵士たちは王国の陣地を突破して近づいてくる。時間がない。

 

「ひっ……引くぞ!戦士長!おまえはここに残ってしんがりを務めろ!」

 

 言うが早いかバルブロは側近を引き連れ後方へと下がっていく。その様子をガゼフは呆れたように見つめていた。前王のランポッサから息子を頼むと任された故にここまで来たがそれは間違いであったのかもしれない。

 

「せ、戦士長!どうしましょうか!?」

「戦士長!?」

 

 周りの兵士たちが不安そうに見つめて来る。当然だ。総指揮官たる国王が早々に撤退してしまったのだ。残されたものはどうすればいいのか分からない。

 

「槍衾だ!急いでここに槍衾を設置するぞ!各陣営に伝えよ!遅滞戦闘に努めつつ後退だ!耐えろ!耐え抜くのだ!」

 

 圧倒的不利となった王国軍の陣地に戦士長の声がこだました。



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第24話 黒歴史の伝承

 ところは変わってバハルス帝国、ルプー魔道具店。

 ツアレは他の店員たちと充実した日々を送っていた。ルプーの仕入れて来る商品はもともと質が良いものを選んでいる事に加え、どんな離れたところからでも質が落ちる前に店舗に運び込まれるためリピーターは絶えなかった。

 それに伴いツアレたちメイドに対する給料やボーナスについても上がっており、今では一般の帝国民に比べてもかなり高い給金をもらっている。

 しかも住居併用のこの店舗ではそれ以外に衣食住すべて福利厚生として店側に出してもらっており、お金に困ることはまったくなかった。まさに夢のような職場である。

 

「ん~ツアレ隊長の作るじゃがいものシチューおいしー」

「ほんとねーじゃがいもゴロゴロシチュー」

「あはははは、ゴロゴロってなによ」

 

 今は昼食休憩中で店員仲間たちとも仲良くやっている。料理が出来るツアレは店の仕事以外では主に料理担当だ。

 

「そ、そんなこと……ないです」

「もー、謙遜しないの。今度ルプー様につくって差し上げたら?」

「は……はい……そう……ですね」

 

 ツアレたちを助けてくれた女神のような女性、ルプー。たまにしか店には顔を出さないが本当に良くしてもらっている。もっと恩返しができればと思うがなかなか出来ない現状がもどかしくもある。

 

「それと今度……あの事聞いてくれる?」

「私たちが言いにくいし……隊長お願い!」

「は……はい……」

 

 そんな幸せな日々にも一つだけ大きな不安があった。そのことを確かめたい確かめたいと思いつつ、誰も言い出せずにいた。しかし、今度こそは言い出さないとと心を決める。

 

「ちわーっす。元気にしてるっすかー?」

 

 そこへ突如、女神の声が響き渡る。入口を見ると件の女神ルプーがニコニコと店舗の扉を開けてツアレ達へと手を振っていた。

 ツアレを含め、そこにいた店員全ては席から立ちあがり軍帽の位置を直す。そしてツアレが前に進み出ると出来るだけ大きな声で周りに指示を出す。

 

「おかえりなさいませ!店長閣下!みんな!捧げ(つつ)!敬礼!」

「「「「はっ!!」」」」

 

 店員たちは足をカッとそろえると掃除をしていた者達は箒やモップを銃剣代わりに掲げ、手の空いてる者達は軍帽へ手を掲げて敬礼を行う。

 

「おつかれさまっす」

 

 ルプーも同じように見事な敬礼を返し、自分が教えたことを店員たちが完璧に守っていることに満足する。

 

「良い敬礼っすね!モモンガ様がご覧になってもさぞかし満足されることでしょう」

 

 お褒めの言葉をもらってツアレは頬を染めながらはにかむ。女神から指示されたこの作法は開店前に徹底的に仕込まれているがきちんとするととても喜んでもらえるため、店員たちも気合を入れている。

 

「これも勉強……してます……」

 

 ツアレが取り出したのはパンドラズ・アクター謹製のドイツ語問答集だ。モモンガより設定として与えられたありとあらゆるカッコイイセリフが記載してある。

 

「それは感心っすね!ところでお店のほうは問題はないっすか?」

「は……はい……お客様たくさん……です」

「それはよかったっす。その調子でがんばるっすよ」

「あ、あの……それで……」

「ん?」

「あの……借金の返済……ですが……」

「ああ……そういえばあったっすね……借金」

 

 もはや普通に店員として働いているためルプー自身あまり気にもしていなかったが、そもそも借金のかたに働かせていたのだった。

 

「もう返済終わり……そうなん……けど……」

「へぇー……」

 

 ツアレは不安そうにルプーを見つめて震えながら言葉を絞り出す。

 

「返し終わっても……ここ……いていいですか……?」

 

 周りを見ると従業員すべてが不安そうな目でルプーを見ていた。自分たちを癒してくれた見返りの借金は返して恩を返したい。しかし、今ではその借金がルプーとの絆のように思えてしまっていた。返してしまったらもうルプーとのつながりが無くなってしまうのではないかと借金が減っていくたびに不安に襲われていたのだ。

 しかし、それをルプーは笑い飛ばす。

 

「あっはっはー。そんなこと気にしてたんすか。せっかくみんな敬礼もしっかり出来たのに手放すわけないじゃないっすか。それとも辞めたいんすか?」

「い、いいえ!もっとお役に立ちたいです!」

「そりゃよかったっす」

「あ、あの……それで今日は何かありましたか?」

 

 ルプーは用がない限りあまり店に来ることはないため要件を聞く。

 

「ああ、そうそう。モモンガ様の情報が得られたんすよ」

「まぁ、モモンガ様の!?」

 

 モモンガ様とは女神であるルプーが神のように慕う存在。その情報が得られたと言うのはツアレは自分のことのように嬉しい。

 

「ただその情報を持ってるのが面倒な相手っぽいからまずは知名度を上げることにしたっす。知名度を上げて出てきたところを……一本釣りっすよ」

 

 ルプーはまるで本当に釣りをしているように手足を動かしてジェスチャーを行う。ややオーバーアクションのように見えるがまるで俳優のようにその動きには澱みがない。

 

「面倒な相手……ですか?」

「スレイン法国って国らしいっす」

「スレイン法国……」

 

 ツアレも噂では聞いたことがある。人類至上主義を謡い亜人を排除している宗教国家だ。

 

「モモンガ様……見つか……といいですね……」

 

 ツアレとしては尊敬する女神様の願いが叶うことを願っている。そしてそんなツアレの言葉にルプーは込み上げるものがあった。

 我慢しているが今すぐにでも創造主に会いたい。一目だけでも見たい、もしくは声だけでも聴きたい。そしてそれを願ってくれたツアレに素直に感謝する。

 

「ツアレは優しいっすね……」

「私も……ルプー様の気持ちわかります……生き別れになった妹と会いたいので……」

 

 ツアレの話によると昔貴族にさらわれてた時に、妹とは生き別れになってしまっているとのことであった。

 

(妹……?)

 

 ルプーの記憶に何かが引っかかるが今一つ思い出せない。そのため気休めの言葉のみになってしまう。

 

「会えるといいっすね」

「ありがと……ます」

 

 ツアレとしては今の境遇だけでも満足している。それ以上望むなど贅沢だ。自分のことよりもルプーの役に立つことのほうを優先したいと思っていた。

 

「話を戻すっすけど、より知名度を上げるために飲食業に手を広げようと思ってたんすけど……その前に良い食材を作ることにしたっすよ。それで料理を……ん?これは……?」

 

 説明を続けるルプーにテーブルの上の料理が目に入る。じゃがいもを使ったシチューのようであり、質素な料理ではあるが丁寧に作られているようで見た目は申し分ない。

 

「あ、それはツアレ隊長の作られた料理ですよ!」

「とっても美味しいんです!ルプー様もいかがですか!?」

 

 他の店員たちがそういうのであれば料理のスキルとしてはそれなりのものを持ってるのだろうとルプーは判断する。

 

「ん~ツアレは料理ができるんすね?」

「はい……簡単なものだけです……けど……」

 

 ルプーが次にやろうと考えていること。それは誰でも作れる料理で今まで以上のおいしさを提供することだ。

 武具や肉体能力向上のアイテムは使う人間が限られている上に必要とされる時期しか売れない。

 しかし、食料品において汎用性の高い材料を安価で質が良く大量に生産することに成功すればこの国だけでなく他の国へもロフーレ商会の名は広まるだろう。

 

「決めたっす!ツアレ隊長はこれより食料班の創設を命じるっす!」

「食料班です……か?」

「実はこれから畑を作ろうと思ってるっすよ。そこでとれる食材の味とか質を見て欲しいっす。それを使って料理をしてみて欲しいっすよ」

 

 ルプーはドッペルゲンガーであり飲食不要。人間の好む味と言うのがさっぱり分からないため味見役は必要だ。これは現地の人間たちに判断してもらうしかない。

 

「それではツアレ隊長!頼んだっすよ!」

「う゛ぇ……Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

 ルプーの期待に満ちた目に見つめられて、ツアレはたどたどしくも神の作られた玉言を間違わずに宣言する。それを聞いてルプーは満面の笑みを浮かべるのであった。



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第25話 森の三大魔獣

 トブの大森林南部、そこにある深い洞窟の奥にそれはいた。数百年の時を生き、白銀の毛皮と蛇の尻尾を持つ四足獣、森の中では南の大魔獣と恐れられるこの地の支配者だ。

 その地を訪れた物はすべて食い殺されると魔物たちからも恐れられており、この地に住まうものは野生動物を除いてはほとんどいない。

 しかし、そんな魔獣の住処へ歩み寄るものたちがいた。

 

「むむっ?侵入者でござるか?」

 

 足音に気づいた南の大魔獣が目を覚ます。そして暗闇の中に4つの目を見つけた。

 

「そこで止まるでござる。侵入者は殺してしまうでござるよ」

 

 毛を逆立て臨戦態勢に入る南の大魔獣。しかし、しわがれた声がそれに待ったをかける。

 

「待て!待つのじゃ南の大魔獣!」

 

 手を広げて停戦を呼び掛けた者も人間ではない。巨大な体躯をもつ蛇だ。蛇と言っても腰から上は人間の体であり、老人の頭を持っている。トブの大森林において西の魔蛇といわれるナーガ、西部一体の支配者だ。

 

「何を待つでござるか?さっさと命の奪い合いをするでござるよ」

「ふん!だから俺は言ったんだ。こんなやつと手を組むのはごめんだってな!」

 

 南の大魔獣の宣戦布告に答えたのは緑色の体に巨大な大剣を持った化物だ。トロールと呼ばれる種族であり東の地を統べる東の巨人と呼ばれている。

 

「待てグよ、まずは話を聞くのじゃ」

「うるさい!弱き名前を持つものの話などこれ以上聞いてられるか!」

 

 東の巨人、その名はグと言う。長き名前を弱いものと見なすトロールの特性により西の魔蛇、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンを馬鹿にしているのだ。

 

「とにかく聞け。わしの名はリュラリュース、こいつはグだ。西の魔蛇、東の巨人と言えばわかるかの?」

「西の?東の?何でござるかそれは」

 

 二人の俗称を聞いてもハムスケはきょとんとしている。本当に知らないらしく、森で縄張り争いをしていたつもりの二人はあっけにとられお互いの顔を見つめる。

 

「この森の西側と東側を縄張りとしている者じゃ」

「そうだったんでござるか。某はこの辺りから外には出ないから興味ないでござるよ」

 

 興味がないと言われ下に見られたのかとグは頭に血を登らせ顔を真っ赤にするがリュラリュースは気にせず話を進める。

 

「わしらを本当に知らんということはそういう事なんじゃろうな……。とにかくお主も名を名乗るが良い」

「某でござるか?某に名前なんてないでござるよ」

「なんじゃと!?」

 

 リュラリュースは南の大魔獣に名前がないと言うことに驚くが、それより驚いているのはトロールのグだった。

 

「名前が……ないだと!?お、俺の名前よりも短い?ふざけるな!お前がそんなに強いものか!」

 

 グは自分こそ最強と思い、1文字である今の名を誇りに思っている。しかし名前自体がない、つまり0文字の相手がいるとは思いもしなかった。

 

「名前がないのであれば南の大魔獣とでも呼ぼうか」

「ふん!こんなやつは獣で十分だ!」

「何とでも呼べばいいでござる。そう言えば昔人間が森の賢者とか呼んでいたでござるなぁ……」

 

 南の大魔獣は懐かしそうに目を細めている。しかし、その余裕の透けて見える態度がますますグを苛立たせる。

 

「おい!獣!お前は何も知らないのか!この地の東がどうなっているのか本当に知らんのか!」

「東側でござるか?全く興味ないでござるなぁ……」

 

 南の大魔獣が大切なのは自分の縄張りのみであり、そのほかの地がどうなろうと知ったことではない。つがいが見つかればいいなぁと思っている程度だ。

 そのあくまでマイペースの南の大魔獣にグの顔はさらに真っ赤になる。

 

「グよ、お主はちょっと黙っておれ。ここで争っても良いことはないぞ?南の大魔獣、お主この森の異変に気づいておらんのか」

「異変でござるか?」

「ああ、最近森の虫たちの様子がおかしい。突然騒ぎ出したと思ったら最近ではまったく鳴き声さえ聞こえなくなっておる」

 

 言われて見るとこの辺りも夜の今の時間あたりではうるさいほど虫が鳴いていたはずであるのに物音一つしない。確かに異常事態だ。

 

「なるほど、気づかなかったでござるなぁ」

「それでわしらで調べたところ、ここより東の地の森が次第に消失していっておったのじゃ」

「森が……消失でござるか?」

 

 もしそうであれば由々しき事態だ。南の大魔獣とてこの森の恵みにより生きている者。自分の住まう森まで消し去るなどされた日にはたまらない。

 

「森が無くなったら困るでござるなぁ……」

「そうじゃろう?じゃからわしらが力を合わせてその者を倒すのじゃ」

「誰かが森を焼いているのでござるか?」

 

 森が消えるとすれば火を放たれたのだろうと予想する。たまに自然に発火することもあるが、その時は森がごっそりと焼け野原になるのだ。しかし、リュラリュースはそれを否定する。

 

「火など放っておらんと……思う。いつの間にか……まっさらな土だけの土地になっているのじゃ……」

「くそ!くそくそくそ!俺の!俺の森を!許さん!絶対絶対絶対許さん!」

 

 一番の被害を被った東の地を支配するグが怒りのあまり大剣を振り回しながら地団駄を踏んでいる。

 

「もしこのまま放置しておれば我々で残った土地を巡って殺し合いじゃ。まぁ我らはそもそも仲間でもなんでもない。その時がくれば殺し合いをするのもいいじゃろう。じゃが今はこの森を消し去る不埒ものを殺すのが先決じゃ」

「ぐふふふふ、そいつを殺したら次はお前らの番だ」

「ふむぅ……別に殺し合いは構わないでござるが森が消えるのは困るでござるなぁ。いいでござるよ、まずそいつを殺すでござる」

 

 それぞれが森の支配者であるということもあり、決して慣れ合うことなく森を消し去る存在を殺すと言うことだけを了承する。

 

「よし、話は決まったな。ではわしの知っている情報を教えよう。まず、そやつはいつも夜に活動しているようじゃ、昼間に行っても姿は見えん。一度だけ遠くから見たが、非常に小さい体の者が何かをしておった」

「小さい?ゴブリンでござるか?」

「分からんがそのくらいの大きさじゃ。しかし、偵察に放ったわしの部下たちは……」

「殺されたでござるか?」

「ああ……いや、殺されてはおらんが……いや、殺されたと言っておったが生きて戻ってきたと言うか……」

「何を言っているでござるか?」

 

 南の魔獣はリュラリュースが何を言っているのか分からないが、本人もどう説明していいか分からないようだった。

 

「とにかく生きて戻ってきたのじゃが何度も殺されたと言っておった。そして恐ろしく衰弱しておったのぅ……」

「俺の部下も同じだ!弱くなって逃げ帰ってきたから食ってやったわ!」

 

 リュラリュースもグも部下たちを向かわせて帰ってきた者達は衰弱していたということである。南の大魔獣はとにかくその小さい者に会うと恐ろしい目に合うということは分かった。しかし、自分よりも強いとは思わない。それだけの自信はある。

 

「ふふんっ、相手にとって不足はないでござるよ!」

「がははっ!獣にしては勇気のあることだが俺はお前たちよりも強い!やってやる!やってやるぞ!」

「やる気があるようで何よりじゃ。それでは東の地のあの小さき者を殺すぞ!」

 

 こうしてトブの大森林を三分する強大な力を持つ支配者たち、森の三大魔獣が集った。そして人知れず東の地、トブの大森林においてバハルス帝国が接するその地を目指して出発するのだった。



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第26話 エントマ農園

 1年越しのバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の戦争。その結果はバハルス帝国の大勝となった。

 王国は10万の兵の半数を失いエ・ランテルへと撤退。帝国も目的である王国経済の疲弊を達成したため深追いはせずに撤収した。

 総指揮を執ったニンブルの予想としては王国軍の壊滅も視野に入れていたが、途中から遅滞戦闘に移られたことによりユリより購入したハンバーガーセットの効果1時間の制限時間を過ぎてしまったということもある。

 

 そして戦争の勝利によりユリへと追加報酬が支払われることとなった。そこでユリの求めたものは農場である。食を制することにより他国まで知名度を広げる、そのための土地を求めたのだ。

 ジルクニフとしてもその報酬を渡すのにはやぶさかではなかったが、帝国の農場は当然それぞれに所有者がおり、様々な利権も絡んでいる。また、各貴族から土地を取りあげるにもそれなりの理由を作らなければならない。 

 それ故にある程度の時間が欲しいと伝えるとユリから返ってきたのは急いで土地が欲しいという要望。そしてその代替案として提案されたのが未開の地を開拓してそこを農地とするものだった。

 そこで開拓地として選択されたのがトブの大森林。言われたジルクニフは本気でトブの大森林を開拓しようなど軽い冗談だと思っていた。その地は王国、帝国、法国それぞれが領有を主張しているが、実際は人外魔境たる魔物たちの住処なのだ。

 漏れ出る魔物を狩ることはあっても中に入って何かしようと思う者はいなかった、そう今までは。

 

 

 

───そして現在

 

 

 

「ん~じゃあ早速やりますかぁー」

 

 パンドラズ・アクターが新たに選んだ外装。それはエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。プレアデスの一人であり、人間に擬態してはいるが蜘蛛人(アラクノイド)という種族である。森を開拓し、農地を作るのに虫の能力は使えると思い選択されたのだ。

 

「<眷属召喚>」

 

 エントマのスキルによりワラワラと地面から虫たちが現れる。そしてブロードソードにも似た虫、剣刀蟲を呼び出し右手へと装着した。それをブンと振った瞬間、1本の木が切り倒される。

 

「いいですねぇー。結界も問題ないですぅー」

 

 現在は深夜、この森に人が入り込むことなどないとは思ってはいるが、念のために周りにはフジュツシとしての能力を使い、音や気配が洩れないようにしていた。

 そしてボコボコと地面の中を進んでいるのはジャイアントワーム、つまり巨大なミミズだ。バキバキと音を立てて切り株を丸のみにしていく。さらに巨大な昆虫たちが木を運び、土の中の石を取り除いて更地を作っていった。

 さらには蟲使いとして能力を駆使し害虫を排除するとともに受粉と蜜の採取のために蜜蜂などを呼び寄せておく。

 

「さぁて、この森を好きに開拓していいって言われたんですからぁー。丸裸にしてやりましょおー」

 

 パンドラズ・アクターはエントマの口調を模倣しながら剣刀蟲を振るい木々をバサバサと切り倒しながら森を平らにしていくのだった。

 

 

 

───そして数日後

 

 

 

 すでに巨大な森の1割程度が更地と化していた。開拓をしていく中でたまに珍しい魔物が出て来るので素材を剥ぎ取ったり追い払ったりしていたが、その日は特に珍しい魔物が森から現れたことでエントマは目を輝かせる。

 

「あれは……見たことがない魔物ですねぇー。いい皮が取れそうですぅー」

 

 エントマへ向けて突進してくるのはハムスターにも似た巨大な魔獣、ナーガと思われる巨大な蛇、そしてさらに巨体を持つトロルの変異種だ。どれもこの辺りでは見たことがなく非常にレアと思われ動かない虫の仮面の顔の奥でほくそえんでしまう。

 

(レアアイテムの素材になるかもしれませんねぇ……)

 

 向かってきた3匹は間髪入れずにエントマへと殺到した。

 蛇はその体で一気にエントマを締め上げようとし、ハムスターがその長い尻尾を体に打ち付け、トロルがその手に持った巨剣で首をはねようとする。なかなかの連携だ。例え英雄級の人間がいたとしてもこの3匹の同時攻撃を受ければひとたまりもなかっただろう。

 しかし、圧倒的な強者の前にはそんなものは避けるにも値しなかった。無慈悲に剣刀蟲を一振り、それだけで3体の魔物たちの首が落ちる。

 魔獣たちの力も、覚悟も、連携もアイテムコレクターには無力であった。

 

「うふふふふっ……さぁて、剥ぎ取りますかー……」

 

 こうして倒された魔物たちは装備()をはぎ取られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 南の大魔獣は目を覚ました。そして周りを見渡す。そこはいつもの洞窟の中ではない。そこは森の外。平らな何もない台地。そこには自分とともに小さき者に挑んだ蛇と巨人がいた。

 そして少し離れたところで何か作業をしている小さい影。白い奇妙な服と黒い帽子をしたその人物は嬉しそうな声で作業をしている。

 

「いい皮ですねぇ……何を作りましょうか。スクロール?防具?」

 

 その人物が何をしているのかと目を凝らすとそこにはどこかで見たようなものがあった。いつも見ていたもののような気がする。しかし、なぜかそれが何かを思い出すのは躊躇ってしまう。

 

(なんでござるか?うーん……)

 

 やがて南の大魔獣は思い出す。自分はこの蛇と巨人とこの目の前の人物を殺しに来たのだ。森をこんな更地にする敵である。そして先ほど一瞬首に衝撃があって……。

 

(それで……それで……?)

 

 南の大魔獣の背筋に冷たいものが走る。目の前の人物が手にしているもの。それが自分の体の一部のような気がしたのだ。ふと自分の腹や背を見てみる。白銀の毛並みはいつも手入れをしているだけあって美しい。そして目の前の人物がなめしているそれはとても美しい……。

 

「あ、蘇生から気が付きましたかぁ?じゃあもう一セット行きますかぁー」

「うわああああああああああああああああ!」

 

 目の前の人物がなめしていたのは自分の皮だった。そう、殺された自分の体の一部が目の前にある。しかし、自分の体も傷一つなくここにあるという矛盾。

 しかし、疑問よりも恐ろしさが勝った南の大魔獣は本能に従って逃げようとする……が体が動かなかった。そして額に札が張ってあることに気が付く。

 

「大丈夫ですよぉー。痛くなくしてあげますし、灰になる前に剥ぎ取るのはやめてあげますからぁ……。レアモンスターですからねぇ……キャッチアンドリリースですぅー」

 

 小さい者が何かを言っているが南の大魔獣には何でこんなことをするのか理解が出来ない。

 しかしエントマにはそれをする理由があった。

 それは冒険者ナーベとして魔物の素材を集めているときのこと。珍しい魔物を見つけたため蘇生魔法を使うことで何度も素材が剥ぎ取れないかと試したことがあったのだ。

 その結果、ただはぎ取っただけでは蘇生した瞬間それらは消え失せてしまうことが分かった。しかし、素材としてなめしたり加工したりした後は素材は無くならないのだ。そのため何度も剥ぎ取ることが出来る。

 

「た、助けてほしいでござるぅー降参するでござるよぉー」

「なんと恐ろしい……わしらを素材としか思っておらんのか……?こ、降伏する、いや、なんでもするから助けてくれ!」

 

 南の大魔獣が腹を見せて命乞いをするのに続いて、気がついたリュラリュースも頭を下げて命乞いをする。

 

「あれぇ……しゃべれるんですかぁ……でもぉー森の外に出てきて農家を襲われても面倒ですしぃ……それにレア素材は欲しいですしぃ……じゅるり……おっと」

 

 レア素材を前についつい出てしまったよだれを袖で拭くエントマ。それを見た瞬間、2匹の恐怖は最高潮へと達する。

 

「ま、待ってくれ!誰も襲ったりしない!本当じゃ!お主に仕えて役に立つ!約束しますぞ!なぁ、南の大魔獣!」

「そうでござるよ!主としてお仕えするでござるぅ!」

 

 小さい者の圧倒的な力と自分たちを見つめるその目に完全に降伏する2匹。しかし、それに納得しない者が一匹。

 

「ふ、ふざけるな!この顔に貼った変なものを取れ小さいやつ!お前を殺して食ってやる!」

「ん~、仲間はこういってますよぉー?困りましたねぇーやっぱり……」

 

 それはグだ。先ほど殺されたにも関わらずそれだけ言える度量を褒めるべきか、事態を飲み込めないその頭を憐れむべきか。リュラリュースはそれを見て即座にグを切り捨てる。

 

「ま、待て!こいつはわしらが何とかする!なぁ南の大魔獣!二人がかりなら何とでもなるぞ」

「分かったでござる!何とかするでござるよ!」

「ぐぐっ……貴様ら……」

 

 怒りに呻くグであるが、エントマに加え、同程度の強さの2匹を相手にするのは不味いという思いはあるらしく大人しくなった。

 

「じゃあ言うこと聞くんですねぇ?」

「その前に教えてくれ。お主は何をする気なんじゃ。この森をどうするつもりか教えてくれんか」

 

 南の大魔獣はリュラリュースの言ってることはもっともだと思う。森をどうするかによっては死を覚悟しても立ち向かわなければならないかもしれない。

 

「森はですねぇ……なくして全部畑にしちゃいますぅー」

「なっ!?」

 

 さすがに森が無くなってしまっては生きてはいけない。そのため命をかけるつもりでリュラリュースは反論する。

 

「待ってほしい!森が無くなれば我らは生きていけない!すべて更地にするなど勘弁してくれぬか……お願いじゃ……」

 

 リュラリュースが頭を下げるのを見てエントマは悩む。これだけの知恵がある魔物であれば利用することもできるかもしれない。

 

「なるほどぉ……レアモンスターが絶滅するのも困りますしぃー……じゃあ更地にするのは半分にしておきますぅ」

「は、半分!?」

 

 半分あれば生きてはいけるだろうか、それとも厳しい生活を余儀なくされるだろうか。リュラリュースは部下たちや周りに住まう者達を思い浮かべてそれは難しいと結論を出す。食料がどうしても不足する可能性が出てくるように思われた。

 

「そ、それでは食べるものに困る可能性が……」

「食べる物がないのは困るでござるなぁ……」

「うーん……じゃあうちで雇われますかぁ?」

「「はっ……?」」

 

 エントマからの提案。それは森から魔物が外へ出ないように仕事をしろというものであった。その報酬として食料を提供すると言うのだ。

 リュラリュースとしては圧倒的な強者であるにも関わらず対等に交渉しようと言うのは信じられないが、他に選択はない。

 

「わ、分かった……お主のために仕事をしよう」

「某もがんばるでござるよ」

「じゃあ、従業員のしるしを渡してきますぅー」

 

 エントマはどこからともなく軍帽を取り出すと二人の頭に乗せる。マジックアイテムであるそれは相手の体格によりその大きさを変える。そしてここに軍帽を被ったナーガと巨大ハムスターという奇妙な光景が出来上がるのだった。

 

 そのまま明言通りトブの大森林の半分を更地にしたエントマ。途中で巨大な木が襲ってきたが珍しそうなので灰になる直前まで弱らせて植えておいたりといろいろあったが、続いて必要なことはこの大地に養分を行きわたらせるということだ。

 肥沃とは言い切れないこの土地に作物を植えても帝国で取れる程度の作物しか取れないだろう。

 そのためエントマは至高の存在の外装へと変身する。そして更地とした大地へ何日もかけて大地の力を回復させる魔法を行使し続けることにより肥沃な大地を作り上げていった。

 

「さて、いよいよ試してみますかぁ……」

 

 エントマがアイテムボックスより取り出したのは林檎の苗木だ。それを耕した大地へと植えると合成した成長促進のポーションを取り出してそれに注いでいく。

 圧倒的な魔力の込められたポーションの効果により一気に大地の栄養分を吸い上げて林檎の木が成木となると真っ赤でたわわな果実を身につけた。

 

「あとは……水ですかねぇ……井戸でも掘りますかぁ。いえ、いっそ……」

 

 エントマは可愛らしく頭を傾け悩んだのち結論を出した。

 

「川……引きますかぁ」



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第27話 経済と把握

「なに……これ……」

 

 ツアレは驚きに固まっていた。開いた口がふさがらないとはまさにこのことだ。ともにその地を訪れた料理の出来る店員たちも同じような表情をしている。

 そこはかつて大森林が広がっていた土地のはずだ。それがいつの間にか何もなくなっている。いや、代わりに綺麗に整地されたそこは大農園へと変貌していた。見通せないほど先まで農地が続いており、そこには数々の野菜や果樹が植えられている。

 

「あ、来ましたねぇ……初めましてぇ」

 

 ツアレの前に現れたのは和服風のメイド服を着た小柄なメイドだ。髪はお団子を両サイドに二つ作ったシニョンと呼ばれるものでとても可愛らしい。その頭にはルプーと同じ黒い軍帽がちょこんと乗っており、それに服の裾を掲げて敬礼をしている。

 

「は……初めまして。エントマ……さんでよろしかったでしょうか。今回派遣された食料班の隊長ツアレです」

 

 ツアレたちも敬礼を返しながらエントマを見つめる。店長のルプーによると彼女の妹であるということだがあまり似てはいない。

 

「皆さんにはぁ……この場所で作物の味見とぉ……料理の研究とぉ……農地の整備をお願いしたいですぅ。あとは牛や豚、鶏の飼育もしますからよろしくお願いしますぅー」

 

 舌足らずな言葉で指示された内容。それはツアレの予想を超えた物であった。料理の研究はまだしも農地の整備などどこかの領主などがやるような大事業ではないか。自分たちには荷が重い旨を伝えるとエントマは安心させるようにツアレの肩を叩く。

 

「大丈夫ですぅ。資金もありますし、人も雇いますからぁ。基本は指示するだけでいいですよぉ。作業のための家を建てる木材も森から手配してますし、経営が安定したら代わりの人を用意しますからお店に戻ってきてくださいぃ」

「そ、それでも私には……」

「ツアレなら大丈夫ですよぉ……とりあえずこれの味の感想を教えてくださいー」

 

 そう言ってエントマが取り出したのは林檎だ。しかしそれは帝国で見たどんな林檎よりも大きく、艶があり、そして何よりずっしりと重い。そして仄かに香る甘い香り。

 興味を引かれたツアレは言われるままに林檎に噛り付いた。そして目を見開く。

 

「ん~~~~~あまーい!それに蜜がすごい……です」

 

 かじった場所からじわじわと果汁が溢れ出しており瑞々しさを証明している。そして果芯の周囲には黄色い蜜がたっぷり含まっており、これに比べれば帝国の林檎など砂でも食べていたのはないかと思えてしまうほどだ。

 

「それはよかったですぅー。これ売れそうですかぁ?」

「売れます!これは絶対売れますよ!」

「おいしーーー!!こんなの初めて!」

「これを食べちゃったらもう他の林檎なんて食べられないんじゃないですか!」

 

 他の店員たちからもあがる評価にエントマは安堵する。どうやら土壌改良により上質な作物を作り上げるという狙いは正解だったようだ。さらに他の果物や野菜なども食べさせてみたがどれも評価は上々である。

 

「ではここで働く従業員や小屋なんかを建てる職人その他は手配しておきますからよろしくおねがいしますぅ」

 

 エントマはツアレたちにテキパキと必要な指示をすると帰って行く。

 

 そしてその言葉通り、様々な人間たちがこの地に集まってきた。建物も一つ、また一つと増えてゆく。作物を収穫する者、そこで使う道具を売るものなど、人が住み、店が出来、農園がどんどん出来上がっていく。その様子はまるで女神の奇跡のようにツアレには思えた。

 そう、そこで始められているのは人の国の起源そのものであったのだ。

 

 

 

 

 

 

 王国との再度の戦争、そしてその勝利を収めてから数か月の時が流れていた。

 そして今、ジルクニフは側近の秘書官ロウネ、四騎士の一人ニンブルとともにトブの大森林を訪れている。いや、トブの大森林だったものと言ったほうがいいかもしれない。

 ユリから頼まれていた農地の手配について話がまとまり、伝えようと店舗を訪れたところここを紹介されたのだ。

 

「おい、ニンブル。ここは本当にトブの大森林で間違いないのか?」

「ええ……しかしこれは……驚きましたね……」

 

 そこにあったのは遥か彼方まで続く大農園。そこには数々の果樹や野菜などが整然と育てられており、遠くを見ると牛などの家畜も大量に育てられているようだ。

 そしてそこには作業のための小屋のみならず、そこで働く人間たちのための家々、そしてそれらの人々のものを売るための店舗、そして宿屋などまで出来上がっている。

 

「農園を作りたいとは言っていたが……なんだこれは……町が一つ……いや、一つどころではないな……まさかこれは……」

 

 そこにあるのは明らかな経済の循環。物を作って売る。そしてそのお金で人を雇い、さらに仕事を通して経済を回していく国そのものだ。

 

「で……だ。あれは何だ……」

 

 ジルクニフが指さした先、ありえないものだらけ光景の中でも絶対にありえないものがそこにはあった。

 

「川……じゃないですか?」

 

 そう、そこにあったのは幅がゆうに50mはあろうかという河川だった。さらにそこから水が農園の中に通されており灌漑設備まで充実している。

 

「あんな川はここにはなかったはずだ!橋までいつの間にか架かっているぞ!?」

「これが……ロフーレ商会の力……なのでしょうね」

 

 ジルクニフの脳裏にラナーから言われた言葉が過る。「いずれ世界はロフーレ商会が制する」と。これはまさにそれを象徴しているように思えた。

 

「道理で最近の直轄領での税収がすごいことになっていたわけですね……」

 

 税収について納得した声をだしたのは秘書官のロウネだ。経済についての知識に右に出る者はいない彼がいうのであればそれは間違いないのだろう。

 

「どういうことだ?」

「この地で大量に雇われた労働者、そして収穫された作物や肉類の販売利益。それらは恐ろしいほどの金額です。しかし、彼らはそれを貯めこまない。それらを使いさらに人を雇って勢力を拡大しています」

「……」

 

 金を貯めこむだけでなく使う。それは経済を活性化させることであり帝国としても非常に望ましいことだ。だからこそ税収が上がっているのだろう。

 しかも、経済の活性化は力や権力だけでどうにかなるものではない。皇帝であるジルクニフでさえ難しい問題だ。だが、彼らは圧倒的な商品の質というものを武器にそれを可能にしていた。

 

「それほどここの野菜に価値が?」

「そりゃもう!一度食べたら忘れられませんね。あーおいしかったですねぇ。じゃがいもゴロゴロシチュー……」

 

 

 ニンブルは何かを思い出すように目を細めてうっとりしている。

 

「おい……」

「ええ、ええ。ほんと美味しかったですね。前菜からデザートに至るまで私あんな美味しい物初めてたべましたよ。もう最近はあの店ばっかです」

 

 ロウネはニンブルに同調するように腕を組んで頷いている。

 

「おい……」

「どうしましたか?陛下?」

「おまえたち……ここの事知っていたのか……」

「はい、名前だけは。ここの野菜はロフーレ協会の直営レストラン以外にはほとんど出回らないらしいですよ。いやぁ、ニンブル殿に紹介してもらって感謝してます」

「リストランテ・ユリのことですね。ハンバーガー屋は流行らないからって庶民向けのレストランにしたらしいんですよ。あの店はいつも満員ですからねぇ」

 

 まるで当たり前のことを言うように話をする二人にジルクニフは爆発する。

 

「なぜ……なぜ私も誘わなかったのだ!?」

 

 ロウネとニンブルは顔を見合わせる。情報を隠匿するような二人ではないはずだ。その二人が自分をよそに美味しいものを食べていたと言うところに腹が立つ。

 

「いえ、だって王族である陛下が行くような店じゃないですよ。庶民向けレストランというか家庭料理が中心ですから」

「ですよねー」

「でもそこがいいというか……メイドの店員さんもかわいい子ばかりですからね」

「あ、でも陛下、みなさん庶民みたいですから王族の陛下が行かれるようなお店ではないかとおもいますよ」

「おまえらも貴族だろうが!」

 

 再び顔を見合わせる二人。そしてロウネは言いにくそうに本音を漏らす。

 

「……っというかこれ以上客が増えたら予約が取れなくなるかもしれないので……いえ、何でもありません」

 

 ジルクニフが睨みつけるとロウネは黙り込んだ。どうやら二人で黙ってここで取れた食材を使った旨いものを楽しんでいたらしい。ならば……。

 

「そんなに庶民料理が好きならおまえたちの給料も庶民並みにしてやろうか……」

「ちょっ!?陛下そんなご無体な!」

「今度予約を取っておきますので!ぜひお供させてください!」

 

 本当にそうするかどうかは置いておき、態度を改めたことに溜飲を下げるとジルクニフは話を元に戻す。 

 

「つまり……それほどの価値がここの食材にあるということだな?」

「ええ、目からうろこが落ちる思いでした。今まで私が食べていたものは何だったのか……と」

「それほどか……」

「はい。ここの食材を一度でも食べた者はほかの物では満足できますまい。値段も市販の野菜と変わりませんし、大量に生産しております。他で作物を作っている農家はつぶれるか、ロフーレ商会の傘下に入るか……です。まぁほとんどが後者ですが」

 

 ロウネ曰く、直轄領のみならず貴族領の農家でさえロフーレ商会に農業を預けるところが増えているとのことだ。この調子ではいずれ帝国中の農業がロフーレ商会の傘下に入るのかもしれない。

 そして数か月で森を農場へ変えるような連中だ。武力でどうにかというのも難しいだろう。

 

(だが……それで困ることがあるか?)

 

 ジルクニフとして為政者として悔しくはあるがこれは決して悪いことではないと判断する。税収が増え、国が潤うのであれば敵対する理由などない。いや、むしろもっと取り入れていくべきだろうと判断する。まさに打つ手なしだ。

 

「なるほどな……いやまったくたいしたものだよ……まったくな……」

 

 ジルクニフは呆れたように肩をすくめると称賛の言葉を吐露するのだった。



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第28話 聖騎士団襲来

 リ・エスティーゼ王国。

 かつてはバハルス帝国に勝利し、勝利の美酒に浮かれていたのも今は昔の話だ。今や敗軍の王として怒りを振りまいているのはリ・エスティーゼ王国、国王バルブロであった。酒を飲んでいるのかその顔は赤い。

 

「くそ!どうなっている!?なぜ我々が負けるのだ!」

 

 1年前の戦争では圧勝を誇ったボウロロープ侯の私兵団。その攻撃は見事に防がれ、逆に押し返されてしまったのだ。勝利を確信していただけにその屈辱は計り知れない。

 

「おまえのせいだぞ!ガゼフ・ストロノーフ!」

 

 不動の姿勢でそれを聞いていたガゼフの顔にバルブロは手にしたコップを投げつける。しかし、投げつけられてもガゼフは表情一つ変えず不動のままだ。言い訳一つしないその態度がさらにバルブロを苛立たせる。

 

「おい!何とか言ったらどうなんだ!」

「申し訳ございません。出来る限りのことはしたつもりですが力が足りませんでした」

 

 実際はガゼフが不利になった戦争を引き継ぎ、遅滞戦闘に移行させたからこそ帝国軍の進軍を抑えきれたとも言える。しかし、戦術などと言うものを持ち合わせていないバルブロはそんなことは夢にも思わない。すべての責任をガゼフに押し付ける形で周りへ吹聴していた。

 

「しかしあの武具が役に立たないとは……いや、待て……あれを買ったのはロフーレ商会……ルプー魔道具店?」

 

 バルブロはガゼフが戦場で言ったことを思い出す。そう、ガゼフはあの場でなぜかメイドの話をしだしたのだ。馬鹿馬鹿しいと一笑に付していたが今思うとあれが敗北の前兆であったような気がする。

 

「ガゼフ・ストロノーフ。そういえばおまえは戦場でメイドを見たと言っていなかったか?」

「はぁ……いえ、遠くでしたので見間違いであったのかも……」

「それでもいいから答えろ。どんな格好をしていた?」

「どんなと言われても……白と黒を基調としたメイド服に見えたような……」

「それ以外の特徴だ。髪の色は?頭に何か被ってなかったか?」

「ああ……そういえば頭に軍帽のようなものを……髪の色までは見えませんでしたが……」

「軍帽の……メイドだと!?」

 

 バルブロは苦い過去を思い出す。勝利に浮かれ、ロフーレ商会の美人メイドを自分のものにしようした時のことだ。娘を八本指に預けたはいいが、そのまま行方不明になってしまった。誰かに奪われたのか、それとも逃げだしたのかは分からないが腹立たしい思いをしたものだった。

 先の戦争で使用した武具はその店員ルプーから購入したものだったのだ。そして今回は相手方に軍帽のメイド。そしてこの敗北。偶然とは思えない。そこからバルブロは一つの答えを導き出す。

 

「あの……あの女ああああああああああ!いや!諸悪の根源はロフーレ商会か!くそ!くそ!くそ!許さん!絶対許さんぞ!死の商人どもが!」

「死の商人ですと……?」

「そうだ!あの商人ども!武具を売りつけて戦争させ、負けたほうにさらに良い武具を売り渡すことで利益をむさぼっていたのだろう!戦争を商売にしてる死の商人に違いない!」

 

 バルブロは自分の出した結論が間違いないと確信した。もし自分がすぐれた知性のない人間であったならこのような結論はだせなかっただろう。だが、自分は知性に溢れた一流の人間だ。そんな商人どもに操られるような愚か者ではない。

 

「王都のロフーレ商会のものどもをひっ捕らえよ!そして尋問を行うのだ!」

「なっ!?何を根拠に!?」

「やかましい!おまえのような愚か者に説明する必要はない!黙っていろ!そうだな……まずは商会長のロフーレを捕らえよ!そして店員も全てだ!」

 

 怒り心頭となったバルブロを止められるものはもはやいない。そしてその命令どおり王都のロフーレ商会の人間たちはすべて捕らえることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「一番いいのを頼む!」

 

 バハルス帝国のルプー魔道具店本店。そこに現れた奇妙な客は開口一番そんなことを言った。言われたツアレは戸惑うばかりである。

 現れたのはどう見ても騎士、それも聖紋が武具に刻まれているのを見る限り『聖騎士』と呼ばれる神聖魔法まで使用できる騎士の一団と思われた。

 先ほどの発言をしたのは鋭い眼光をした茶髪の若い女性だ。銀色の全身鎧とサーコートを身に着けている。

 

「あの……いらっしゃいませ。ルプー魔道具店へようこそ」

 

 ツアレは営業スマイルとともに敬礼をする。するとなぜか目の前の女性もそれに倣って敬礼をして名乗りを上げる。

 

「いきなり失礼した。挨拶が先であったな。私はローブル聖王……」

「ちょっ!?いきなり何を言ってるんですか!カストディオさん待ってください!」

 

 後ろから男が現れその女性の口を塞ぐ。前髪を短く切りそろえた男で苦労しているのかその顔には疲労の色が濃い。

 

「何をする!グスターボ!私を呼ぶときは団長と呼べ団長と!」

「だからちょっと黙ってください!交渉は私がすると言ったでしょう!?」

「だが、自己紹介くらいはいいだろう。私は聖騎士団……」

「だーーー!!ほんとやめてください!あの、この人はレメディオス・カストディオといいます。私はグスターボ・モンタニェス。よろしくお願いします」

 

 大声で無理やりレメディオスを黙らせたグスターボは話を戻す。

 

「それで……我々はこの店で一番いい装備を売って欲しいのです」

「剣がいいな!剣が!」

 

 横からレメディオスが横やりを入れて来る。やめてくれと思いつつもお腹の胃のあたりを押さえグスターボは辛抱強く耐える。

 

「さようですか。それでしたらこちらなどはいかがでしょうか」

 

 ツアレが奥から持ってきたのはアダマンタイト製の剣であり、今この店に置いてあるもので一番高い商品だ。

 

「これは……抜いてみても?」

「はい、どうぞ」

 

 グスターボが抜いたその剣は最高の金属とされるアダマンタイト製のものだ。仄かに魔法の輝きを放っており、その刃渡りを見ても一級品であることが分かる。

 

「おい、頼む」

「はっ、《道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)》」

 

 グスターボは後ろにいた魔法詠唱者に声をかけ、鑑定の魔法を唱えさせる。

 

「どうだ?」

「確かにいい剣です……が、我々で手に入らないほどのものではありません」 

 

 仲間の言葉にグスターボは言いにくそうにツアレを振り返り告げる。

 

「この剣が本当にこの店で一番いいものなのですか?」

「はい……今この店にあるものではたぶん一番ですが……」

 

 ツアレのその言葉に我慢できなくなったのかレメディオスがグスターボを押しのけて前に出る。

 

「そんなわけがないだろう!聞いているぞ!ルプー魔道具店の商品で王国と帝国の決戦の勝者がきまったと!その際、強大な力を持った武具を売ったと!なぜそれを出さない!」

「だんちょ……いや、カストディオさん!こっちはお願いしてる立場ですから!」

「何がお願いだ!これは人類が生きるか死ぬか!正義の心が守られるかどうかの話なのだぞ!協力して当然ではないか!」

「ああもう!本当にお願いしますから黙って……」

 

 

 

───胃をキリキリと痛めながら土下座でもしようかとグスターボが思ったその時

 

 

 

「何してるっすか?」

 

 場違いな声がその場に全く気配もなしに現れた。そしてその声を聴いたとたん店員は弾かれたように立ち上がる。

 

「ルプー支店長閣下!おかえりなさいませ!」

 

 カッと足をそろえるとツアレは見事な敬礼をルプーへと送る。そしてルプーも同じように敬礼を返していた。そして何故かレメディオスまで敬礼をしている。

 

「だ……カストディオさん、何をしてるのですか」

「ん?ああ、見事な敬礼であったのでついな……」

 

 自由気ままなレメディオスにグスターボは頭が痛くなる。

 しかし、まるでそれが当たり前の事であるように敬礼を返したレメディオスに何を思ったのか、ルプーは笑いかけた。

 

「私がこの店の店長っす。良ければ中で話をきくっすよ?」

「望むところだ!」

 

 何が望むところなのかグスターボには分からなかったが、ルプーによって開けられたドアからレメディオスが勇んで入り、そのあとを頭を抱えながら他のメンバーが入る。

 

 案内されたのは立派な応接室だ。そしてそのソファーに座ったとたん一同は驚きに目を丸くする。

 まるで雲に乗っているように柔らかく肌触り良く、しっかりと体を支える絶妙の座り心地。最高級のものに間違いはない。

 そして天井から部屋を照らすのは魔法の輝きの証明。その部屋にある棚や装飾品の数々を見てもどれも質が良くセンスも素晴らしい。

 

「あ……あの……お茶をご用意しました」

 

 カウンターで対応してくれたツアレがテキパキとお茶とお菓子を用意していた。

 旅の疲れから甘い物に飢えていた聖王国の面々は感謝とともにそれに口をつけた。その瞬間、得も言われぬ香りが口の中から鼻へと抜けていく。

 

「こ、この紅茶は……美味しいですね……」

「何という風味……この香りは林檎ですか?」

「はいっ、お疲れのようでしたのでアップルティーをご用意させていただきました」

 

 その香りと絶妙の入れ加減はまるでグスターボの痛めた胃を癒してくれるようであり、レメディオスに与えられたストレスが和らいでいく。

 

「これは……もぐもぐ……旨いな、もぐもぐ……」

 

 そしてグスターボの胃を痛めている元凶は早速菓子に手を付けていた。まるで遠慮のない団長を恥ずかしく思う。しかし物を食べている間は黙っているだろうと安心し、グスターボも興味をそそられ菓子を口にする。

 

「こ、これは……」

 

 口にした瞬間、幸せが口の中いっぱいに広がる。林檎の甘味とパイ生地のカリカリとした感触が絶妙に組み合わさってたそれはアップルパイだ。しかしただのアップルパイではない。これはそれまでのグスターボの常識を破壊するものだった。

 

「これが……アップルパイ……?もしかして最高級のものでしょうか?どこのお店で売っているのでしょう」

 

 あまりのおいしさに今回の目的とは別に買って帰りたいと本気で思ってしまう。

 

「これはツアレ……うちの店員の作ったものっす。いかがっすか?」

「こ……これが……素人料理?」

「素人と言っても食材にあったレシピを作ってもらったり色々してもらったっすからね。今じゃプロといってもいいんじゃないっすか?ねぇ、ツアレ」

「そ、そんな……恐れ多いです……」

 

 店長に褒められてツアレと呼ばれた店員は頬に手を当てて照れている。しかし、プロ以上と言われても納得してしまう味であった。

 事実、ツアレとともにトブの大森林で食材から料理の研究をした店員たちは今までに数々のレシピを新たに完成させていた。それはこの世界の料理に農園での食材を使ったものだけでなく、ユグドラシル由来のレシピを改良したもの等も含まれていた。そしてそれらは新たな人気料理としてロフーレ商会傘下のレストランのみで提供されている。

 

「というわけで普通の店には売ってないっす。ロフーレ商会傘下のレストランなんかでは出したりしてるっすよ」

「ロフーレ商会……」

 

 その名前は聖王国まで響き渡っている。最近ではとんでもなく質のいい食材の生産をしており、聖王国にもそれに魅了された貴族たちがいるとか。もっともほとんど輸出されることはないので聖王国内では相当の高値で取引されていると聞く。

 

「なんだ?グスターボもう食わないのか?」

 

 レメディオスはグスターボがあっけに取られているのを見て、もう食べないと判断したのかグスターボの分まで取り上げて食べ、それをアップルティーで流し込むと真剣な顔に戻りルプーへと向き直った。

 

「さて、馳走になった。それで本題なのだが、武具を売って欲しいのだ。剣がいいな、剣が……」

「ほー……武具っすか?《道具上位鑑定》!」

「なんだ……?」

 

 ルプーの鑑定魔法にレメディオスは怪訝な顔をするが特に何も起きることはない。

 

「ほぅー!良い武器を持ってるっすね!悪に対して効果を発揮する剣っすか!」

 

 ルプーは一言でレメディオスの持っている聖剣の効果を言い当てる。そう、レメディオスの所持する剣こそ四大暗黒剣と対となる四大聖剣の一つ、聖剣サファルリシアと呼ばれるものだ。

 しかし、当の本人はその効果を言い当てられた驚きよりそれに対する誇りのほうが上を行ったようで嬉しそうに剣を掲げて見せる。

 

「ほぅ!いい目をしているな!そう!これこそ聖王国の宝!女王カルカ様より授かりし聖剣サファルリシア!正義の象徴であり悪を斬りさく素晴らしい剣だ。聖騎士団長たる私に対するカルカ様の信頼の証でもある!」

「だあああ!団長おおおおおおおおお!」

 

 言わなくても良いことまでペラペラとしゃべるレメディオスにグスターボが叫ぶがもはや後の祭であった。

 そして対するルプーはと言うと物欲しそうに聖剣を見つめている。

 

「いいっすね!いいっすね!それ……売ってくれないっすか?」

「断る!」

 

 レメディオスは我が子を守る母親のように剣を抱き寄せた。けして手放したりはしないという断固たる意志がそこには見える。

 

「私は剣を売りに来たわけではない。買いに来たのだ。カッツェ平野の戦いで使われたような強い剣を売ってくれ!」

 

 それを聞いて聖王国の面々は顔を伏せ、ルプーは大声で噴き出した。

 

「あっはっはー。何言ってるっすか?他国の、それも軍関係の方に強力な武器を売るわけないじゃないっすか?この店は帝国の店っすよ?輸出してそれを手に侵略でもしてくるかもしれない他国にそんなものを売れると思うっすか?売ったとしても検問で捕まるだけっすよ?馬鹿なんすか?」

 

(馬鹿なんです……)

 

 グスターボは頭を抱えながら心の中でそう返事をする。他国の人間であることを隠して武具を手に入れ、そのまま隠れて国まで戻ろうという計画を散々話をして聞かせたはずであるがレメディオスは耳に入った瞬間反対側の耳から抜けていたらしい。

 

「おい、グスターボ。何か言われているぞ」

 

(あんただよ!)

 

 そう思いつつもグスターボは頭を働かせる。他国の人間と分かってしまったのであれば正直に言うしかない。情に訴えるのが得策と方針を変更する。

 

「実は……」

 

 ローブル聖王国。リ・エスティーゼ王国の南西に位置する半島にある国であり、万里の長城のような大きく長い城壁で国土を囲っている。それは東側にある多数の亜人の紛争地帯であるアベリオン丘陵を警戒してのものだ。

 現在でも散発的に亜人による襲撃を受けており、数年前に亜人連合による大侵攻があった時などは国家総動員が発令されたほどである。危機感を募らせた彼らは対抗する戦力を得るために噂のルプー魔道具店を訪れたのだ。

 

「お願いいたします!力を貸してくださらないでしょうか」

 

 しかしグスターボの必死の懇願もルプーの心を動かすことはなかった。

 

「でも店に何のメリットもないっすからねー。っていうかこっちも捕まるっすよ」

「なんだと!貴様それでも正義を愛する人間か!亜人が人間を襲っているのだ!我々人類が一致団結しないでどうする!我が国が倒れたらこの国にも亜人は襲い掛かるかもしれんのだぞ!」

「人間のためっすかー……?そうっすねー、じゃあその剣をくれるなら……」

「断る!」

 

 ルプーが言い切る前にレメディオスが拒絶する。話にならない。ならば力づくでもとルプーは提案する。

 

「じゃあ私と決闘(PVP)でもするっすか?私に勝ったら手を貸してもいいっすよ。その代わり……」

「いいだろう!相手になろう!」

 

 レメディオスは話を最後まで聞く前に返事をして剣を引き抜いた。

 

「その代わり私が勝ったらその剣をいただくっす」

「なんだと!?約束が違うぞ!」

「団長、最後まで話を聞いてください……」

「おい、グスターボ!こいつは勝負に勝ったら手を貸すといったな!?」

「団長……もう黙ってくださいませんか……」

 

 国の恥を晒しているようで顔を赤らめながらグスターボはレメディオスを席へとつかせる。

 

「団長、この際剣の1本で済むのであれば渡すのも手ではないでしょうか?」

「馬鹿を言うな!聖騎士にとって剣は己の誇りそのものだぞ!それもカルカ様直々に賜った聖剣を渡せるわけがないだろう!」

 

 ここにカルカでもいればレメディオスを説得出来たろうがこの団長は絶対に譲ることはないだろう。そう見たルプーは代案を出す。

 

「じゃあ交換ってことでどうっすか?そうすれば手を貸してもいいっすよ」

 

 そしてルプーがどこからともなく出したのは漆黒の剣だった。その刀身からは漆黒の炎のようなオーラが漂って竜の姿を形作ったと思うと消えてゆく。

 

「ある好敵手との再会の際自慢……じゃなく、真剣勝負をしようと作った魔剣キリネイラム改っす」

 

 これこそはルプーが趣味で作成した剣の一振り。放たれているオーラにはまったく何の効果もなく、データクリスタルもないため特殊効果も付いていない見せかけだけの剣だ。しかしその切れ味はレメディオスの聖剣を遥かに超えるものであり、何よりカッコよさを第一に考えて作っている。もしかしたら欲しがってオリジナルと交換できないかと考えて。

 

「こ、これは……おい」

「はっ」

 

 グスターボに言われて鑑定した仲間の魔法詠唱者は言葉を失う。その剣の能力は聖剣のを超えた計り知れないものだ。しかし聖剣より上とはとても口には出せない。

 

「その……団長の剣に匹敵しますね……」

「では交換……」

「断る!」

 

 ルプーが言い終わる前にレメディオスは拒絶する。聞く耳を持たないとはまさにこのことだろう。そして万策尽きたグスターボは頭を下げるしかなくなってしまう。

 

「なんとか、そこをなんとかご協力いただけないでしょうか」

「そうっすねぇ……じゃあ……情報はないっすか?モモンガ様の情報があれば考えないでもないっす」

「モモンガ様?人でしょうか?聞いたことがありませんが……」

 

 創造主についての情報も持っていない。ジルクニフのようにその姿まで突っ込んで聞いてこないということは彼らは探す気もないとルプーは判断する。

 

「じゃあスレイン法国の上層部とのコネ等があれば口利きしてほしいことがあるんすけど無理っすか?」

「それも……それほど国交があるわけでもないので……」

 

 欲しい情報もコネクションも持っていない。ここで断るのは容易い。しかしあの聖剣は気になった。カルマ値が悪に傾いているほど威力を発揮する効果など初めて見るレアアイテムであり、しかも持つ者によってはカルマ値『極悪』の創造主を斬ることさえ可能なマジックアイテムである。是が否にでも手に入れておきたい。そのためにもルプーは話題を変える。

 

「ところでなんで剣なんすか?防衛のためなら飛び道具のほうがいいんじゃないっすか?」

「それは我ら聖騎士は剣を誇りにしているからだ!」

「それはさっき聞いたっすよ。聖騎士様は何人くらいいるんすか?」

「何人だ?グスターボ」

「自分のところの団員の数くらい覚えて下さい……見習いを除けば正規の聖騎士は500人程度です」

「たったそれだけで亜人の軍団を倒す気っすか?剣術の覚えのない大勢の人間たちが持てる力を求めるべきじゃないっすか?」

「なんだと!?貴様我々聖騎士を馬鹿にしているのか!?」

 

 ルプーの挑発にレメディオスは面白いように乗ってきた。これはうまく誘導できそうだとルプーはさらに挑発をする。

 

「例えば魔法や遠距離攻撃をされたらどうするんすか?」

「そんなものはまっすぐ行ってぶった斬る!」

「罠なんかが仕掛けられていたら?」

「まっすぐ行ってぶった斬る!」

「……」

 

 どうやらこの団長は脳まで筋肉で出来ているらしい。ルプーは話を別の人間に振ろうと考える。そこで目についたのが聖騎士団の中で一人だけ聖騎士には見えない小柄で金髪の人間だ。非常に目つきが悪く先ほどから睨みつけてきているのが気になっていた。

 

「へい!そこの彼女!」

「へっ?」

「あなたも聖騎士なんすか?」

「あ……あの……」

 

 急にオーバーリアクションで指を指されるとは思っていなかったのか戸惑っているその女の子の代わりにグスターボが答える。

 

「彼女は聖騎士見習いのネイアと言います。レンジャーの素質がありここまでの道中の索敵係として連れて来たものです」

「ほぅ……レンジャーっすか。じゃあ丁度いいっすね。これを持ってみるっす」

 

 ルプーがどこからともなく取り出したのはL字型をした鉄の塊だ。それをネイアに持たせるとその中に空いた穴に人差し指を通させる。

 

「ここを持って……ここが撃鉄っす。これを親指で引いて」

「は、はい?」

 

 ネイアは言われるがままに撃鉄と呼ばれる部品を引っ張りカチリという音が鳴る。

 

「では両手でグリップを握って……」

「はい……」

「標的は……この鋼製の盾でいいっすか。これに向けて引き金を引くっす」

 

 ネイアは言われた通り引き金を引く。すると手に痛いほどの衝撃が走ったと思うと爆音が発生して耳にキーンという耳鳴りが残った。

 

「な、なんですかこれは?」

「武器っすよ。それも聖王国を救う武器っす」

 

 ルプーが見せつけるように鋼の盾を掲げるとその中心に穴が開いていた。鋼の盾を穿つほどの威力。これは剣をもってしても出来るものはそうはいないだろう。

 

「こ、これは……この武器がやったのですか?」

 

 手のひらに収まりそうなくらいの何でもない鉄の塊。それがこれほどの威力を発揮したことにグスターボは仰天する。しかも戦士としての力量が不足している見習い騎士がだ。

 

「これは力のない人間でも扱うことができるマジックアイテムっす。多数を相手にするのならこのほうがいいんじゃないっすか?」

「こ、これを売ってもらえるのですか!?」

「さすがにここで売ることはできないっすね。それに私には使えない武器っすから……。もし許可をもらえるなら聖王国に新しい店を作ってもいいっすよ。もちろん指導する人間も用意するっす」

 

 目の前で二つ返事で了承するグスターボ。そして大切そうに剣を抱きかかえて憮然としているレメディオス。二人を見ながらルプーはほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 飛び道具など邪道だと主張するレメディオスをお腹を押さえながら何とかなだめたグスターボとともに聖騎士団の面々は店から帰っていった。

 

「ルプー様……。よく分かりませんが……凄そうな武器でしたけど……よろしかったんですか?あまり凄い武器は売らないって……言ってませんでした……?」

「いいんすよ。いずれ他国に支店を広げたいとは思っていたっすし……まぁ銃器っていうのは利点と欠点があるっすからね。そこはここの使いようっすよ」

 

 ルプーは頭を指さして笑っている。それを見てきっと女神様には何か素晴らしい考えがあるのだろうとツアレは納得した。きっとあの人たちにも素晴らしい未来が待っているのだろうと。

 

「それで……誰にその聖王国のお店を任せるんですか?」

「それは銃器に詳しい妹がいるっすからそれにね……ふふふっ、楽しくなりそうっすねー」



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第29話 聖王国の銃器事情

 ローブル聖王国、首都であるホバンスにロフーレ商会初の店舗が出店されていた。看板には『ガンショップ・シズ』と書かれている。

 しかし店の中には誰もが見たことのない奇妙なものばかり。鉄や木などで作られた銃火器というものが主な商品らしいのだが、そのほかにもまるで小さいパイナップルのような奇妙な鉄の塊や使い方の分からない奇妙な器具の数々が置かれている。

 当然、それを見ても買う者はなく聖騎士団長は一度見に来ただけで鼻を鳴らして帰って行った。そしてそこには一人の可愛らしいメイドが椅子に座っている。1円と書かれたシールを張られた迷彩柄の変わったメイド服にはその頭に乗せた黒い軍帽が非常に映えていた。

 赤金色のストレートの髪にエメラルドの瞳の片方にはアイパッチをしており幼さを残しつつも非常に整った顔立ちは見る者の保護欲を刺激している。

 

 パンドラズ・アクターの変身したプレアデスの一人、シズ・デルタ外装である。人間のように見えるがその種族は自動人形(オートマトン)という。ユグドラシル時代は後半のパッチによりガンナーやスナイパーなどのユグドラシルとしては珍しい職業(クラス)とともに追加された種族であり、銃器のエキスパートである。

 

「…………全員。開始する。」

「「「「はい!」」」

 

 そして今、店舗に併設された射撃場で狙撃の練習をしているのはネイア以下、聖騎士見習いの中でもレンジャーやハンターの才能がある者達であった。

 

「…………目標をセンターに入れる。」

「スイッチ!」

 

 シズの指導のもと、聖騎士見習いたちは着実に重火器の扱いと命中精度を上げている。彼女たちは誰もが最初は驚いていた。引き金を絞るだけで遥かに離れた対象を攻撃できる。しかも弓と違ってほぼ一直線に飛び狙いも付けやすく腕力を必要としないなどまるで魔法のようだ。

 

「…………じゃあ次。投てき訓練開始。」

「はっ!」

 

 聖騎士見習いは一斉に敬礼をシズに返す。軍人でもないシズがなぜ敬礼を求めるのか分からなかったが、これをやるとシズは凄く機嫌がよくなり可愛いので誰も怠ろうとはしない。

 今、練習をしているのは手りゅう弾やスタングレネードなる変わった投てき武器だ。その威力についてもまさに魔法そのもので驚きを隠せない。相手を爆破させたり、気絶させたりする広範囲魔法にしか見えなかったのだ。しかし、これは魔法ではないという。

 しかし、見習いたちには魔法の才能も剣の才能も乏しい者達が多いと言うこともあって、これらの武器の存在は魔法を使えない自分たちでも戦闘で役に立てるのではという希望になりつつあった。

 ネイアたちはシズの指示のもと、仲間たちとともにトラップ作成技術や戦術なども学んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

「これは……美味しいわね」

 

 聖王国の王城、その一室でテーブル席に3人の女性が座っていた。一人は聖王国の女王カルカ・ベサーレス。聖王女とも聖女とも呼ばれ、愛らしさと凛々しさを備えた花のような美しい顔は「ローブルの至宝」とも評されている。

 もう一人の茶色の長髪の女性はケラルト・カストディオ。レメディオスの妹であり、第5位階魔法まで行使する信仰系魔法詠唱者である。そしてレメディオスとともにカルカの昔からの友人でもあった。

 

「ルプー魔道具店という店でもらったお菓子とお茶だ。美味しいだろう?」

 

 自慢げにしているのはそれらをルプー魔道具店から持って帰ってきたレメディオスだ。正確にはレメディオスが店を後にしたあとグスターボが色々と交渉をして手に入れたアップルティーとツアレ謹製のクッキーであったがグスターボから取り上げて今この女子会の場で提供されていた。

 

「これは材料がいいんですね」

「カルカ様、それだけじゃなく作った方が非常に丁寧な仕事をされていますね」

「そうだろう、そうだろう。なんとか農園というところで取れたものをなんとかと言う店員が作ったそうだ」

 

 もはや説明にもなっていないがまるで自分が作ったように自慢げにレメディオスが語っているがこれも二人にとってはいつものことだった。優しく見つめるだけだ。

 

「それでバハルス帝国から来られたロフーレ商会の方のことなのですけど……」

「もぐもぐ……グスターボが何やらやってたな……もぐもぐ」

「亜人に対する武器を開発したと言ってましたけど本当なのですか?」

「さぁ……もぐもぐ……グスターボがそう言ってたからそうなんじゃないか?」

「ちょっと姉さん食べすぎです!」

 

 みるみるクッキーを平らげていくレメディオスを見かねたケラルトが皿を引き寄せる。

 

「ああ!何をする!」

「姉さん、カルカ様の話を聞いてください」

「話を聞くのはグスターボの役目だ!」

 

 カルカとケラルトは顔を見合わせる。カルカにとって友人であり、ケラルトにとって姉であるレメディオスはこと戦闘のことであれば非常に頼りになるのであるが、その成長過程で考えると言うこと放棄してしまったところがあり中々話が通じないのが悩みの種なのだ。

 

「その銃……という武器はどのようなものなのですか?」

「盾に穴が開いていたな」

「は?」

「あと大きな音がした……」

「……」

「カルカ様……これは直接その効果を検証したほうがよろしいのではないでしょうか」

「そうね……まだそれが亜人に対して有効なのかも分からないことだし力を確かめる必要はあるでしょう」

「いきなり実戦使用は不安ですね。やはり実際使ってみてもらうのが一番です。模擬戦などで効果を確かめられたらどうですか?」

「それがいいわね。レメディオス、あなたにも協力してもらうわよ」

「それは分かったが……」

 

 二人の話を聞いているのかいないのかレメディオスは遠ざけられたクッキーの皿を名残惜しそうに見つめるている。

 穏やかな昼下がり。今のレメディオスは普段の騎士としての彼女ではなく甘いものを物欲しそうにねだる一人の女の子のようだった。それを見てカルカとケラルトは顔を見合わせると普段の騎士としての彼女とのギャップに笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

「我々に実力を見せるだと?」

「…………んっ。戦闘準備は整った。」

 

 聖王国軍の演習場、そこに聖騎士見習いを率いるシズと聖騎士団を率いるレメディオスが対峙していた。グスターボを通して依頼されていた聖騎士見習いに銃火器の技術伝承の成果を示すと言ってきたのだ。

 なお、聖騎士見習いへ支給している銃火器についてはレンタル扱いであり、その成果が認められれば買い取られることになっているため、商店としては商品アピールの場である。

 

「そのような貧弱な飛び道具などが聖騎士の剣を凌ぐと本気で言っているのか?」

「…………んっ。」

 

 無い胸を張って下から見上げて来るシズの自信に満ちた目を見てレメディオスは眉間にしわを寄せる。聖騎士の誇りを馬鹿にされたように思ったのだ。

 

「いいだろう!では10対10の模擬戦だ!」

「…………んっ、場所はこちらで()()()()()()

 

 演習場には数々の岩が置かれており、実際の亜人との戦闘で使われるアベリオン丘陵を模して配置されていた。実戦を想定したものだと言うことだろう、準備の良いことだ。

 

「こちらはペイント弾、そちらは木刀を使う。一撃喰らったら戦線離脱」

 

 実弾や真剣を使うのはさすがに危険であるためそれぞれ模擬武器を使用することとしていた。これは騎士見習い側から提示された条件である。

 

「そちらの攻撃を盾や剣で防ぐのは当然いいんだろうな?」

「…………んっ。」

「よし!聖騎士とはどういうものかその目に焼き付けておくがいい!」

 

 レメディオスがその鋭い眼光で聖騎士見習いたちを睨めつけ、開始の合図を告げた。

 

 

───そして数十分後。

 

 

 演習場でレメディオスは悔しさに歯を食いしばっていた。ともに出撃した聖騎士たちは早々に遥か遠距離からスナイパーライフルで狙いをつけられ、近接ではアサルトライフルによる弾幕で避ける間もなく体中にペイント弾を食らって戦線を離脱させられていた。

 残りの人数は当初の半数もいない。レメディオスはさすがと言うか天性の勘でそれを避けつつ、死角となる岩陰に隠れている。

 

「団長、私が右へ敵を引きつけます!」

 

 聖騎士の一人が自分がおとりとなろうと岩陰から走りだそうとしたその時、足元からペイントが噴出する。

 

「なっ!?」

 

 全身をペイントまみれにされた聖騎士は戦闘不能を宣言される。戦闘前に演習場に仕掛けておいた対人地雷だ。

 

「罠……だと!?卑怯な!」

「…………戦争に卑怯もなにもない。」

「まぁそれはそのとおりですね……」

 

 そう。戦闘前に戦場を確認しなかった相手が悪いのだ。勝敗は戦う前から決まっている。入念に事前に準備をし、相手のことを調べ上げ、勝つべくして勝つ。至高の存在たちはそうして勝利をおさめていた。 

 そして審判役として今回の戦闘に参加していないガンショップ・シズの店主は悠々と演習場を見下ろして講評を行っていた。それに同じく審判役のグスターボが納得しているのに腹が立つ。

 

「団長!ここは相手が焦れて出てくるまで待ちましょう!」

 

 罠があるのであれば相手が来るのを待てばいい。そう言った矢先、その聖騎士の足元にはコロコロと金属の筒が投げ込まれていた。そしてそれが発光とともに爆音を鳴らす。スタングレネードである。

 音と光による衝撃で聖騎士は気絶し戦闘不能を宣言されて運ばれていく。残るはレメディオス一人だけだ

 

「おのれ……なんだそれは!ずるい!ずるいぞ!」

「ずるいって……」

「まぁ兵は詭道なりっていいますからね……」

「…………ん。」

 

 またしても審判席ではグスターボは相手の味方をしていた。それを聞いてあとで覚えていろよとレメディオスは心に決める。グスターボの苦労は絶えない。

 

「だが……私は負けん!絶対に負けんぞ!」

 

 レメディオスは立ち上がると敵陣めがけて一気に走り出す。武技を含めたその速度に見習い陣は狙いがなかなか定められない。

 それでもアサルトライフルによる連射により何発かはレメディオスの体へと向かう……がそれを全てレメディオスは剣で弾き飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 まさか銃弾を剣で防がれるとは思わなかった見習いたちは焦ってさらに照準がぶれる。その隙にレメディオスは見習いの陣へと突き進む。

 足元で地雷が爆破するがレメディオスはそのペイントを被る前に察知し空中へと身をひるがえしてそのすべてを避けて、さらに駆けていく。一直線に向かっていくその姿はまさに一振りの剣そのものだった。

 それでも見習いたちには戦力が残っている。最奥にてスナイパーライフルを構えているネイアがいた。木刀を打ち付けられ前衛の見習いたちがやられていくがそれでも落ち着きを失わない。

 これは幼いころ父に教えてもらったレンジャーの心得の賜物だ。獲物を倒すにはまずは落ち着くことこそが大切、その教えの元に心を静めレメディオスの眉間に狙いを定める。

 もしレメディオスが発砲音に反応して避けようとしたとしてもこのライフルの弾速は音速を超える。聞こえたと思った時には弾が額に当たっているだろう。

 ネイアは必中を願い……そして引き金を引いた。

 

「甘い!」

 

 しかし、レメディオスは音速さえも超越した。ライフル弾をも聖剣で一刀両断すると、無防備になったネイアのいる本陣へと突っ込み……。

 

 

 

───そして

 

 

 

 その姿が消えた。いや、消えたように見えたに過ぎない。上から見下ろしているグスターボ達には良く見えていた。レメディオスはあと一歩と言うところで地面の下へ下へと落下してゆくのが。

 

「落とし穴……ですか!?シズ殿」

「…………んっ、作戦通り」

「ひ、卑怯だぞおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 深い穴にはまり逃げ場のなくなったレメディオスはネイア達により放り込まれた手榴弾とアサルトライフルによる追撃により全身をペイント弾で染め上げられるのだった。



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第30話 聖剣奪取作戦

 聖王国の王城の一室。そこに集まっていたのはカルカ、ケラルト、レメディオス。いつもの3人がお茶を飲んでいた。ただしレメディオスの顔にはいまだに落ち切っていないペイントの跡が付いている。

 

「ふふっ、レメディオスその顔」

「ぷっ……」

「ちょっと!カルカ様!ケラルトも!笑うことないだろう!」

「ごめんごめん。でもおかしくって……ふふっ」

 

 笑っているカルカに悪気はないのが分かっているのでそれ以上は怒れないレメディオスであったが、先日の敗北は悔しくて仕方がなかった。

 

「それにしてもこのお菓子この間のとは違うけど美味しいわね」

「ええ、カルカ様、塩加減が絶妙ですね。じゃがいもをスライスして揚げたものでしょうか?しかしこんな大きなものみたことないですね」

 

 パリパリと音を鳴らしながら食べられているそれはレメディオスが審判役の副官であるグスターボに文句を言いに行ったときに持っていた菓子だ。どうやらグスターボはクッキーの他にもいろいろとルプー魔道具店で購入していたらしくそれを腹いせに奪ってきて今日の御茶会でも提供されていた。

 

「そんなことよりあんな卑怯な手を使うなんて汚い!騎士たる者正々堂々と戦うべきだ!私は負けていない!」

 

 若干涙目で悔しがるレメディオス。カルカとケラルトの二人は困ったように目を見合わせる。

 

「あのね、レメディオス。今回の模擬戦は勝った負けたはどうでもいいのですよ。あの銃なる武器が対人戦でどれほどの力を発揮するのか見たかったわけですから」

「え……?」

 

 カルカの言葉が理解できていないのかレメディオスはきょとんとしている。それを見たカルカは肩をすくめるとケラルトへと引き継いだ。

 

「ケラルト。説明してあげて」

「はい、カルカ様。……姉さん、今回の聖騎士見習いたちの戦い方を見ましたか?それにあの後見せてもらった実弾によるその威力を。あの武器の使い方を。銃という武器の射程距離と命中精度、威力。その他の武器も大量に襲い来る亜人の集団に対しては非常に有効だと思いますよ」

「しかし騎士は剣で戦ってこそ……」

「騎士同士の誇りを賭けた一対一の決闘でしたらそうでしょうね。でも相手は亜人の集団です。それもこちらを一方的に殺そうとしてくる相手です。それに対して身を守るために罠を掛けることはいけませんか?壁を作りそこから攻撃することは卑怯ですか?」

「でも……」

 

 余程悔しかったのか、それとも話を理解してないのか。レメディオスはまだ納得していないようである。それを見て仕方なしにカルカは語り掛ける。

 

「ケラルト、もういいわ。ねぇ、レメディオス。貴方の剣の腕は素晴らしいわ。聖騎士の中では最強でしょう。ですからあなたには大将としての戦いを期待しているの」

「た、大将!?」

 

 レメディオスは先ほどまでの不満顔から一転、目を輝かせる。

 

「あなたには弱い敵の集団の殲滅なんかよりよほど大切な仕事があるでしょう。それは相手の強者、亜人の王を撃つことよ。小手先の攻撃では倒せないほどの強者、それを最後に相手にするのがあなたなの。だから小物はあの子たちに任せてあげて。ね?」

 

 カルカの天使のような微笑みにレメディオスは魅了される。

 

「はっ!このレメディオス・カストディオ!必ずやカルカ様のご期待に添えて見せます!」

 

 

 

 

 

 聖王国東側、アベリオン丘陵に向けた城壁の前にレメディオスは仁王立ちしていた。後ろには聖騎士団500名が勢ぞろいしている。

 聖騎士見習いとの模擬戦から数か月、ついに亜人襲来の知らせが届いたのだ。まだ本土まで侵攻されてはいないが周囲を警戒していた哨戒からの知らせによると本日中にも最接近すると言うことであった。

 

「くぅ……カルカ様にお許しさえいただければこちらから攻め込んでやるものを……」

 

 レメディオスは唇を噛みしめる。

 聖騎士見習いたちとの模擬戦。それによりガンショップ・シズの商品の有用性が証明され、それを聖王国は買い取ることとなった。そして剣に比べ自身の身体能力によらず威力を発揮する兵器は聖騎士以外の兵たちへと行きわたっている。

 さらにカルカの命により今回の亜人襲撃への対応は新兵器をメインに行うこととされていた。

 

「まぁいい……。あのラインを越えて来たら我らの出番だ。油断するなよ」

「はっ」

 

 前方の防衛線と名付けられた目印が岩に示してある。その距離より先には絶対に行かないようにとの命令であった。しかし、反面そこを突破された時は近接戦闘員たる聖騎士団の出番だ。

 

「敵影捕捉!来ました!数……およそ1万!」

 

 敵襲の接近を知らせる鐘が鳴り響く。そしてその数に聖騎士たちの顔は青くなる。かつての大戦争ほどではないにしても驚異的であり数の暴力そのものである。

 

「恐れるな!我らは命をカルカ様に捧げた聖騎士!聖騎士は恐れない!」

 

 レメディオスは胸の聖印を握りしめてそう叫んだ瞬間、爆音が響き渡った。

 

「団長!てっ……敵が……」

 

 見ると近づいてくる亜人の足元が爆発し、周囲を巻き込んでその体を散らばらせている。

 

「あれはあの時の……」

 

 聖騎士たちの脳裏に見習いたちとの演習での苦い思い出が頭をよぎる。それは地雷原だ。敵に先んじてあたり一帯には地雷が埋められておりそれを踏んだ亜人たちが吹き飛んでいるのだ。そしてそれにより敵の歩みは遅くなる。

 

「観測弾てーっ!」

 

 城壁の上から見習いの代表たるネイアの声が響き渡ると亜人の集団へ向け迫撃砲の弾着位置観測用の弾が放たれる。そして目のいいネイアは特訓したとおりにその位置から弾道を計算する。

 

「右へ24、後方へ35修正!迫撃砲用意!」

「迫撃砲用意!」

「てーっ!」

 

 ネイアの叫びとともに一斉に迫撃砲が亜人の集団へと放たれる。そしてそこで巻き起こっているのは蹂躙だ。圧倒的な火力により着弾した砲弾がさく裂し数十匹単位で亜人が掃討されていく。

 

「だ、団長……これは……我々は何をすれば……?」

「まだだ!我らの出番は必ず来る!待て!」

 

 カルカ様は必ず聖騎士が必要となる時がくると言っていた。ならばその時まで力を温存するのだ。

 見ると迫撃砲に集団でやられるのを恐れた亜人の集団はバラバラと周囲へ散らばろうとしている。しかし、それは弾幕で遮られ逃げ道を塞がれていた。

 

「あ、あれは……?」

 

 それを阻んだのは城壁の上に複数設けられた重機関銃だ。7.62×51mm弾を毎分1000発を超える速度で発射するそれは亜人の退路を断ちながらその体をミンチにしてゆく。

 さらにそれを逃れた亜人たちの頭を撃ち抜いているのがスナイパー部隊だ。シズの特訓により長距離射撃が可能となったスナイパーライフルにより一匹また一匹と敵が倒れていった。

 

「むっ!?団長!耐えているやつがいます!」

「あれは!豪王バザーか!?」

 

 亜人の中で銃弾による攻撃を硬い肌で弾き、向かってくるものがいる。山羊人(バフォルク)というヤギの頭を持つ亜人の王バザーだ。

 

「うおおおお!武技!《武器破壊》!」

 

 豪王バザー。山羊人の王である彼の得意技は相手の武器を破壊すると言うもの。それにより体に弾着した弾を無効化しているようだ。

 そしてそのままの勢いで防衛線の手前まで進むとその鋭い爪をレメディオスに向けて突き付けた。

 

「よくもやってくれたな!人間どもが!俺は豪王バザー!誇り高き山羊人の長としてこのまま引き下がるわけにはいかん!勝負しろ!」

 

「ほほぅ?」

 

 レメディオスはバザーが聖騎士団の中で一番自分が強いと判断して一騎打ちを望んでいるのだと理解する。そして挑まれて臆するようなレメディオスではなかった。

 

「よかろう!我が名はレメディオス・カストディオ!豪王バザーよ!己が誇りをかけて挑んでくるがいい!」

 

 レメディオスは聖剣を引き抜くと正面へ向け構える。そしてそれを見てバザーは不敵に笑った。レメディオスは、これこそがカルカ様の言っていた自分の出番だと理解し、それを予期していたことに感謝する。

 

「いくぞ!おらあああああああああ!!」

 

 バザーが決死の覚悟で突進を開始し、防衛戦を突破しようとした。

 

 

 

───その時

 

 

 

 その姿が消えた。いや、それを見たレメディオスは気づく。それはかつての自分の姿だ。模擬戦で卑怯にも計られたアレである。

 

「あれは……あれは私にやった……」

「ひ、卑怯だぞぉぉぉぉぉ」

 

 自分がはまった罠にまんまと敵がはまっている。穴の中からのくぐもった声はかつての自分が叫んでいたもの。

 

「スイッチオン!」

「ちょっ……やめっ……」

 

 レメディオスが止める間もなく、起爆スイッチが押されそこには大爆発による火柱が遥か上空まで噴き上がった。

 

「C4爆薬による爆破トラップ。これで終わり」

 

 声の出所を見ると壁の上にはあの銃火器を売りつけたメイドであるシズがいた。

 そして振り返り視線を目の前に戻すと亜人の姿はすでに一匹もいない。聖騎士が誰一人として戦うことなく戦いは終わってしまったのだ。そう、敵の王との一騎打ちと言う出番さえ奪われて。

 そこに一つの絶叫が響き渡った。

 

「こ、こんなもの認めるかああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

「この度はご協力いただきありがとうございました」

「見事なものですね。この銃と言う魔道具は……」

 

 シズは聖王国の女王カルカに招かれ、王城へと赴いていた。感謝とともに女王であるカルカと側近ケラルトが称賛を送る。

 

「んっ」

 

 シズは自信満々に頷く。その様子は小さな子供が背伸びをしているようで微笑ましく、カルカとケラルトはつい笑顔になってしまうのだが、一人そうでない人物がいた。

 

「うぐぐ……しかし、カルカ様。よろしいのですか!あのような卑怯な戦い方!聖騎士の名が廃ります!」

 

 レメディオスである。

 

「あなたの言うことも分かるわ。でもこの国の国民を守るためにはやれることは何でもやらないと。それにもしあの攻撃でも敵が倒れなかったらその時こそあなたの出番だったのですよ?」

「ですがカルカ様……」

 

 言い争う二人をよそにシズはカツカツとその周囲を回るように歩く。そしてカルカを見つめた。

 

「さて……私の商品の力は見てもらった……次は商談」

「商談……ですか?」

 

 カルカは訝しむ。すでに商品である武器は買い取っている。これ以上何を買うと言うのだろうか。

 

 シズはくるりと背を向けると振り向きざまにレメディオスを指さして帽子の影から睨みつける。

 

「私か?っていうか何で今わざわざ背を向けた?」

 

 オーバーリアクションを訝しむレメディオスであるが、その指さしている者が自分ではなく、持っている聖剣であることに気づく。

 

「聖剣サファルリシアをいただきます」

「断る!」

 

 レメディオスはかつてルプー魔道具店で返事をしたのと同じように拒絶する。そして少しだけ知恵を働かせる。そう、今とあの時では状況が違うのだ。

 

「ふふん!馬鹿め!お前の扱う商品はもう我が国が買い取っていると聞いているぞ!お前はもうこの剣と交換するようなものはない!」

 

 勝ち誇ったようにレメディオスがドヤ顔をするが、シズは淡々とカツカツと音を鳴らしながらその周囲を歩き続ける。

 

「あの魔道具は弾薬なしには使えない。だから弾薬を買う必要がある」

「何……?」

 

 そう、シズの売った商品はすべてそれ単体では使えない道具ばかりなのだ。今回の戦闘で弾薬はほぼ使い切っており補給が絶対に必要である。そしてそのための弾薬を買えるのはシズの店だけなのだ。

 

「お代は……その聖剣で……」

「断る!」

「だったら弾薬は卸さない」

「ぐぅ……」

 

 これがシズが最初から抱いていたシナリオだ。ガンナー等の職業は非常にコストパフォーマンスが悪いのだ。剣や槍などを持つ他の職業と比べて消耗品を多量に使う金食い虫なのである。その代わり自身のステータスを遥かに超える威力を発揮することもできるというメリットがある。

 力の弱い聖王国の人間たちにはうってつけの商品であるが、弾薬がなければそれらはただの鉄くずに過ぎなくなってしまう。他に入手手段がない以上、彼女たちはガンショップ・シズを利用する以外選択はないのだ。

 

「はぁ……私たちの負けね。レメディオス、ここは剣を渡して……」

 

 シズの言っていることが理解できたカルカは諦めたように息を吐く。ケラルトも納得したように頷いているが、認めない人間がこの場にただ一人。

 

「いけませんカルカ様!この聖剣を渡すなど……そ、そうだ!あの時ルプーとかいう商人が言っていたな!決闘だ!この聖剣が欲しくば私に勝って見せるがいい!」

 

 記憶の片隅に残っていた勝負の申し出を思い出しレメディオスは剣を抜いて構える。絶対に渡す気はないという意志とともに。

 

「分かった……。じゃああなたたち3人が相手ということで」

「望むところだ!ケラルト、支援魔法をくれ!」

「え!?いや私はともかくカルカ様も!?っていうか巻き込まないでよ!!」

「え!?え!?私も!?」

「ふふふっ……いい(マジックアイテム)をお持ちで」

 

 それまで無表情だったシズが歩みを止めて、軍帽の位置を直すとニコリと笑う。

 

「ご安心ください、カルカ様!この間合い!罠もないこの状況で我々が負けるはずが……」

 

 そしてレメディオスは言い切る前に足元に何かが転がっているのに気が付く。あの演習の時に放たれたもの、いやシズが使用したそれはそれ以上の効果のものだ。

 鳴り響く爆音と閃光、それを浴びてレメディオス、ケラルト、カルカの3人は昏倒する。

 

「任務完了。それではお代をいただきます」

 

 そしてシズは長期にわたった任務の完了を宣言するのだった。

 

 

 

 

 

 

───数時間後

 

 謁見の間へ案内したシズのみが戻ってきてから他の誰も出てこないことを心配したグスターボは扉の前に立っていた。

 

「カルカ様?レメディオス団長?」

 

 ノックをして声をかけても返事がない。非常に嫌な予感がして扉の中へと足を踏み入れる。そして周りを見渡すとテーブルの影から投げ出されている素足があり、慌てて駆け寄るとそこには下着姿の3人の女性たちが折り重なって倒れていた。

 まさか自らの仕える王と団長たちとは信じられないグスターボ。しかしそこには3人が重なるように寝転がっており、体を触れ合わせたまま寝息を立てている。

 

(な、なにをしていたらこのようなことに……)

 

「んんっ……」

 

 カルカの口から声が漏れ、思わずその艶やかな唇、そしてその下で顕わになっている肢体を見つめてしまう。それも3人分。

 

 グスターボはごくりと喉を鳴らす。これは声をかけるべきなのか、見て見ぬふりをするべきなのか。己の中の常識と葛藤しながらも忠誠心により安全を確かめるのが優先と判断し、3人の体に触れ声をかけた。

 

「陛下!団長!ケラルト様!大丈夫ですか!?」

 

 ゆさゆさと揺らすと3人のその豊満な肉体も揺れてグスターボの煩悩を刺激するが唇をかんで耐え忍ぶ。そして、しばらくすると3人が目を覚ました。

 

「よかった、無事なんですね。いったい何があったのですか?」

 

 3人はグスターボを、そして自分たちの姿を見つめる。そしてしばらくすると事態を把握したのか顔を真っ赤にし、涙を目に溜めるとグスターボに平手打ちを叩きこみ、王城の天守閣に黄色い悲鳴が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

「っというわけでこの聖剣サファルリシアは手に入ったっすよ」

「へー」

 

 バハルス帝国ルプー魔道具店。そこでルプーは自慢げに右手に持った聖剣をツアレに見せつけている。実際は剣以外にもカルカ、レメディオス、ケラルトの3人からすべて奪い取ったのだがPKギルドたるアインズ・ウール・ゴウンの守護者にPVPを申し込んだのだから自業自得だ。同情の余地はない。

 左手にはカルカから奪った王冠をくるくると回していた。これは最終聖戦(ラスト・ホーリーウォー)という魔法を発動するマジックアイテムということでレアであり思わぬ収穫であった。

 

(ルプー様が楽しそう。よかったなぁ……)

 

 よっぽど嬉しいのか今朝からずっとこの調子だ。話を聞くに聖王国を襲う亜人の討伐はルプーの妹の活躍により問題なく処理できているようで安心した。お店のほうは現地で雇った従業員に任せてきたようである。

 やはり女神様だとツアレは思う。その女神様が必要とした聖剣であればきっと聖王国にあるより女神様の手にあったほうがよほど世の役に立つのだろう。

 

 そうして久しぶりのルプーとのおしゃべりと楽しんでいると店先に小さなお客さまが現れた。背伸びをしてカウンターから顔を出しているのは可愛らしい女の子だ。年齢は9歳から10歳くらいだろうか。非常に可愛らしい顔立ちをしており、潤んだ目でツアレを見つめて来る。

 その後ろに立っている壮年の男性は保護者だろうか。そしてその可愛らしい幼女はツアレに向かってどこかで聞いたようなセリフを放った。

 

「一番いいのを頼むのだ」

 

 幼女とは思えない大人ぶった言い回しにツアレとルプーは顔を見合わせる。

 

「語尾ぃ!」

 

 叫び声とともにスパーンという音がした。

 慌てて振り向いたが、そこにいたのは涙目で頭を押さえて後ろを見上げている幼女。そしてなぜか先ほどのセリフを言いなおすのだった。

 

「おねえちゃん、一番いいのが欲しいのですぅ……」



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第31話 竜王国よりの使者

「一番いいのが欲しいらしいっすよ。ツアレ?」

「あ、はい。えっと……お嬢ちゃんおつかいかなー?偉いねー。はい!これをどうぞっ」

 

 そう言ってツアレが差し出したのはパイ生地でクリームを包んだ菓子、シュークリームだ。エントマ牧場で作られた極上の小麦や卵、牛乳により作られた、ルプー監督のもと料理スキルを向上させたツアレによりナザリック製には劣るもののこの世界基準で言えば極上たる一品となっている。

 一方それを受け取った幼女はツアレとシュークリームへと視線を交互に動かすと、その甘い香りに耐え切れなくなったのか口を運んだ。

 

「んっ!?んんっ!これは!甘あああい!これは良い!これを肴に酒でも飲み……」

 

 またもや幼女とは思えないことを口に出そうしたことにルプーとツアレが再度、顔を見合わせ視線を外した瞬間───またもや炸裂音がこだまする。

 

「……」

 

 シュークリームを咥えたまま涙目で後ろを見上げる幼女。そして後ろの男性の手にはスリッパが握られていた。しかし、ツアレがそれに目を向けた途端、サッとそれは背に隠されている。

 

「あ、あの……そちらの男性はお父さんかなぁ?」

「何をす……もぐもぐ……何をする……もぐもぐ」

 

 頭を押さえつつもシュークリームを飲み下し、幼女は後ろの男性に詰め寄る。

 

「ちょっとこっちへ来い」

 

 幼女は男性に小声で素早く言うとその場を離れていってしまった。残されたツアレには訳が分からない。変わった二人組である。

 

 

 

 一方、男性を建物の影まで引っ張っていった幼女は怒りもあらわに食って掛かっていた。

 

「おい!一国の国王を宰相がぶったな!二度もぶったな!どういうつもりだ!」

「どういうつもりだはこっちですよ陛下!これ以上ふざけているならもう一発喰らわせますよ!」

 

 幼女陛下と呼びつつも、男性の幼女に対する敬意はまったくないようである。臣下が国王に対するものではない。しかし、それもそのはず。

 

「約束したでしょう、陛下!あなたはその姿で竜王国の現状を憂い、悲嘆にくれる幼子として涙目で相手の同情を誘う。そういう作戦だったでしょう。何を菓子に夢中になってるんですか!竜王国の女王、ドラウディロン・オーリウクルスともあろう方が!」

「結局その作戦もあのジルクニフには通じなかったではないか!作戦通り涙目で見つめたら……鼻で笑われたのだぞ!鼻で!しかも帰り際小声であいつロリババアって言った!ぐぬぬ……あの若造め……」

「まぁ、それはあってるんですけど……あれはきっと陛下の本当の年齢知ってますね……」

 

 そう、今は幼女の姿ではあるものの彼女こそ竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスであった。傍に控える男性はその補佐をしている竜王国の宰相である。

 竜王国。それはバハルス帝国の南東、スレイン法国の東に位置する国である。年がら年中ビーストマンの侵攻を受けており、今や滅亡寸前。そのあまりの窮状に支援を求めて国王自らバハルス帝国へと赴いていたのだ。

 そんな状況で言い争いをする彼らに思わぬところから声がかかる。

 

「へぇ……一目見て人間じゃないとは思ってたっすけど……じゃあ実際は何歳なんすか?」

「「え……」」

 

 ドラウと宰相が振り返るとそこには軍帽を被った赤毛のメイドが立っていた。建物の影の暗がりでもその目は猛禽類のように爛々と輝いている。そんな彼女が足音も気配もなく突然現れたことに二人は固まってしまう。

 

「はっはっは。驚いたっすか? いやぁー人を驚かすのは楽しいっすね。まぁ、こんなところで喧嘩していないで、隠し事をしないって言うんなら店の中で話を聞くっすよ?」

 

 顔を見合せたままコクコクと頷く二人を見てルプーはニコリと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 店に戻ったルプーは竜王国の二人を応接室へと案内する。主人が二人を客だと判断したのであればツアレ達メイドの仕事は決まっている。精一杯の接待をするため、お茶とお菓子を用意する。

 テーブルに飲み物と菓子が出され、案内された椅子に座った二人は、ポツリポツリとた竜王国の現状を話し始めるのだった。

 

「人が食べられてるんですか……それで支援を求めて帝国へ……。それにこんな小さな子供まで連れて……。お可哀そうに……」

 

 ドラウの見た目にすっかり騙されているツアレは、なぜか膝の上に乗せたドラウの頭を優しくなでるながら同情している。ツアレはビーストマンという存在は知らないものの、食料として襲われる人々と、道具として扱われていた自分を重ねて心を痛めているのだ。

 

「ですので、世界に名高いロフーレ商会の支援をいただけないかとお願いに参った次第です。なにとぞお力添えを!」

 

 宰相は机に頭を突っ伏し、ちらりとドラウを見るとウィンクで合図を送る。ドラウはその合図に頷くと目を潤ませてルプーを見つめるのだった。その仕草にルプーは眉を顰める。

 

「支援ねぇ……。食料とか道具を売ってほしいってことっすか?」

「いえ、それも必要ですが今まさに必要としているのはビーストマンを撃退するだけの力。強力な兵力を必要としています」

「兵力?お二人は何を勘違いしてるか知らないっすけどここは魔道具店っすよ?ロフーレ商会としては色々ものを売ってるっすけど兵士は扱ってないっす」

「そのとおりです!ルプー様はそんなこといたしません!」

「ツアレの言う通りっすよ。そもそも一介の商会が勝手に武力を持てるわけないじゃないっすか。兵士を貸してほしいなら皇帝陛下に頼むべきっすよね」

 

 ルプーの言葉に宰相は眉を顰め、肩を落とす。

 

「当然各国へ支援をもとめました。しかし兵を出してくれる国はなく、バハルス帝国の皇帝にも断られてしましました……」

「まぁ、そりゃそうっすね。見返りもなく他国を助けるわけないっすからね」

 

 ルプーの言葉にツアレも頷く。ツアレ達自身、その心のうちは別としてルプーとは相互に利益を与え合う契約で結ばれた関係だ。もちろんツアレとしては契約が無くなろうがルプーに恩を返すのをやめるつもりはないのだが……。

 

「そのとおりです。金銭や領土の割譲等も提案させていただきましたがとても割に合うものではなかったようで……いい返事はもらえませんでした。そこで思い出したのがロフーレ商会の名なのです」

「ほぅ……?」

「今やロフーレ商会の名は我が国にも轟いております。武具や魔法道具を用いて戦争を勝利に導いたとの話も聞きました。そして食料においては味や品質、そして生産量とも他の追随を許さないほどだとか……」

 

 宰相の言う通り、この数年でロフーレ商会は規模はさらなる拡大を続けていた。その原因としては特にトブの大森林を開拓したことが大きい。

 エントマ牧場では至高の存在の力によりその大地は栄養素の詰まった豊饒な大地へと変貌し、そこで育つ野菜、それらを食べて育った家畜の品質は他の追随を許さない。生産量でさえ大陸の食糧庫たるリ・エスティーゼ王国を超えるほどであった。

 それらをロフーレ商会は安価で販売することにより、他の商会や貴族に大打撃を与えていた。しかしそこは飴と鞭である。

 他の商会や貴族へロフーレ商会への加入を促すことも忘れない。敵対するのであれば徹底的に潰し、敵対しないのであればロフーレ商会へと取り込む。最後の最後まで抵抗する貴族などもいたが、質の悪い高値の食料がいつまでも売れるわけもなく、経営が傾き結局はロフーレの名のもとに下ることとなった。

 その版図はすでに国家の垣根を超え、あらゆる国へと広がっている。

 

「今やロフーレの名を知らない国はありません。そこで我々が求めるものはただ一つ。世界をまたにかけ商売を行うロフーレ商会でしたらお持ちではないでしょうか。聖遺物を譲っていただきたい」

「聖遺物……?兵力ではなくてっすか?」

「ええ。ビーストマンを撃退するだけの兵力が必要なのは変わりません。もうお隠しししていても仕方ないでしょう。今まで竜王国ではスレイン法国の陽光聖典の方々に依頼し、ビーストマンを撃退していただいていたのです」

「ほぅ……?」

 

 スレイン法国と聞いてルプーの目が細くなる。

 

「スレイン法国の特殊部隊、陽光聖典は亜人討伐に特化した部隊です。人類の守り手を名乗るだけはあり、スレイン法国は報酬こそ必要になるものの我が国の危機にもにも力を貸してくださっていました。しかし……ある時を境に依頼に対して返事が重くなり……ここ数年一切手を貸してくださらなくなったのです」

 

 宰相は顔を手で覆うと表情暗くする。ルプーがふとドラウ見ると相変わらずこちらを涙目で見つめていた。ルプーの眉間の皺が増える。

 

「噂では陽光聖典がトブの大森林に潜む白ブリーフ軍団なるものにやられたとか聞きますが……本当かどうかは定かではありません。ですが、スレイン法国が動いてくれなくなったのも事実です」

「あー……そういえば……」

 

 ルプーはこの世界に飛ばされたばかりの事を思い出す。トブの大森林で夜空を駆けた男たちのことを。しかし沈黙は金とばかりに黙っておく。

 

「そこで聖遺物です。法国は人類の守護のため様々な魔法道具を集めていると聞きます。神の遺産たる聖遺物の収集には特に力を入れているでしょう。それを差し出すと言えば支援を断ることはないでしょう」

「ほぅ……?」

 

 これはルプーにとって渡りに船であった。スレイン法国については行ってみたかったが収集が不足しているため後回しになっていたのだ。ジルクニフとフールーダからの情報ではスルシャーナなるアンデッドの神がいたという話もある。

 しかし、ルプー魔道具店として何の見返りもなく話に食いついては怪しまれるだろう。

 

「聖遺物かどうかはともかく、それに匹敵するものはロフーレ商会の力であれば用意できるっす。でもその見返りにあなた方は何を支払うっすか?」

「そ、それは……ビーストマンが撃退した折には国を挙げて謝礼をお渡しいたします……後払いとなることに疑問もあるでしょうが……お頼み申す!なにとぞ慈悲を!」

「ルプーお姉ちゃん……おねがいですぅ~」

 

 頭を下げる宰相に合わせるように手を胸の前で組んだドラウが祈るように潤ませた目をルプーに向け続けている。そしてそこがルプーの我慢の限界であった。

 ルプーは右手の指でVの字を作るとそれをドラウの両目に突き立てた。

 

「ギャアアアアアアアアアア!!目が!目がああああああああああああ!」

「《大治癒》!ああ!鬱陶しい!何すかそれは!その下手な演技を今すぐやめるっすよ!見てられないっす!」

 

 即座に治癒魔法でドラウの目を癒しつつルプーは悪態をつく。至高なる存在よりアクターの名を賜り、あらゆる存在への変化を可能とし、至高の存在すべてにさえ模倣し演ずることを許された身として、ドラウのあまりにも稚拙な変身と演技に我慢の限界を迎えたのだ。

 

「ああ、もう腹立たしい!!可愛らしい幼女を演ずるならもっと勉強するっすよ!憐れみを乞いたいならもっと悲壮で可憐さをアピールするっすよ!そんな投げやりな演技で誰の心を打てるって言うんすか!そんなので騙されるのはバカなロリコンくらいっすよ!」

「た、確かに……」

 

 ルプーの指摘に宰相が頷く。竜王国のアダマンタイト級冒険者である変態を思い出したのだ。

 

「ああっ!お助けくださいませ!竜王国は今危機に瀕しておりますっ!私のこの身であればどうなってもかまいません!私のすべてを捧げます!どうかっ!どうかお慈悲をいただけないでしょうかっ!」

 

 ルプーはその美貌をそのままに悲壮感を醸し出す。汚れるのも構わず床に跪き、宰相を見上げる目は本気そのもの。まさに亡国の姫君であった。その姿に演技と分かっている宰相でさえ心を打たれる。至高の存在の頂点たる創造主にそうあれとして作られた演者(アクター)の面目躍如である。

 

「っとまぁ、このくらいやってほしいっすね、まったく。ロリババア、次その下手な演技をしたら両目を潰すっすよ」

「もう潰したではないか!……って。あ、あれ、治っておる……?」

 

 ドラウはペタペタと不思議そうに両目を触りながら不思議がっている。あまりの事態にロリババアと呼ばれたことには気づかなかったようだ。

 

「あの……陛下が失礼いたしました。それで……謝礼は後払いでは駄目……でしょうか……」

「そうっすね……」

 

 恐る恐る尋ねる宰相はそれが無理を言っていると分かっているのだろう。滅びに瀕しようという国が脅威が去ったからと言ってすぐに謝礼ができるはずもない。

 これはルプーとしても困った問題である。無料で引き受けることもできるがその噂が広がるのはよろしくない。商売とは信用が第一なのだ。初対面の信用も置けない人間に掛払いをしたなどと知られれば現金で支払おうと言う者はいなくなるだろう。

 しかし、意外なところから助け船が出される。

 

「なんだ金か?金ならあるぞ。ほれっ」

 

 眼を潰された混乱から戻ってきたドラウがテーブルに革袋をドンと置く。その縁から白金貨が零れ落ちていた。

 

「はぁ!?へ、陛下!?これはどこから出したので……?」

「ふふふっ、こんなこともあろうかと国庫から持ってきたのだ。どうだ、私を尊敬し、崇め奉り、今までの無礼を謝罪するが良い!」

 

 自身を大きく見せるためだろうか。ドラウはツアレに抱かれたまま腰に手をやりない胸を精一杯に張る。

 

「そ、それで陛下。財務の人間はそのお金の支出を認めたのでしょうか?」

「ははは、馬鹿を言うな。おかしな奴め。言ったら止められるに決まっておるだろう。黙って持ってきたの痛い痛い痛い頬が千切れるうううううう」

 

 宰相は財務の人間が今ごろ右往左往している状況を想像して、ドラウがすべてを白状する前にその頬っぺたを思いきりつねり上げていた。

 

「ほ、放っておけばどうせ我々はビーストマンの食料なのだ。飢えて助けを待つか食料になって死ぬかしか選択肢がないのであればこうするしかないだろう!」

 

 ドラウの言葉に宰相はしぶしぶその手を放す。確かにそのとおりなのだ。国が滅びてしまえば金銭など持っていようと意味はない。今を生きることを求められている。それほどまでに竜王国は追い詰められているのだ。

 

「話はまとまったっすね。まぁ依頼料はこれでいいとするっす。ただし……アイテムの代金としては少なすぎるから条件を出すっすよ?」

「じょ、条件ですと?」

聖遺物(レリック)級のアイテムは用意するっす。ただし……引き渡しは竜王国で。そしてオークションとしてロフーレ商会が売りに出すと公表してほしいっす。もしスレイン法国がそれを求めるならば竜王国が口をきくと。さらに交渉相手はスレイン法国の代表を指名するっす」

 

 竜王国の二人があまりの条件に絶句する中、ルプーはその桜色の唇を歪に歪めて笑うと、小声でつぶやくのだった。

 

(ふふふふっ……欲しくてたまらなかった外装が手に入りそうですね……)



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第32話 領域守護者(仮)

───エ・ランテル倉庫街

 

「おお!至高の御方々!このパンドラズ・アクターただいま御身の元へ参上いたしました!」

 

 軍服姿で外装も上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)の姿へと戻ったパンドラズ・アクターは()()()の前に跪いていた。

 そこはロフーレ商会により借用された倉庫の一角。その規模はかつてのロフーレ商会のものに比べ数十倍に増えており、その景気の良さが伺える。

 そしてパンドラズ・アクターが対峙しているのはルプー魔道具店の倉庫に設置された41の石像たちだ。

 

「ここを我が守護領域とし、お守りしたいところですが……お許しください!また……重ね重ね申し訳ございませんが、この度は御身のための武具をお借りしたく存じます!」

 

 石像は返事をしない。それもそのはずこれらの石像はパンドラズ・アクターがアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーをただ模して作成したものであり、意思も持たず返事もできないのだから。

 しかしそんなことは関係ない。その至高なる存在の姿をされているのであればそれは崇拝の対象であり、その身のすべてを捧げるべき相手なのだ。現にパンドラズ・アクターの声に澱みはなく、そこには確かな忠義があった。

 

「スレイン法国の求める聖遺物級の魔法道具……どれがよろしいでしょうか……」

 

 パンドラズ・アクターは周囲を見回した。そこにはこの世界に来て以降集めた金貨が無造作に山となっていた。さらにはその山の中には様々な財宝が埋もれている。そう、まるでかつてのナザリックの宝物殿のような有様である。

 壁沿いに並べられた石像にはそれぞれその異形の姿に武具が備え付けられていた。それらの武具はこの世界で発見したものでもこの世界の材料により作成したものでもない。それらはパンドラズ・アクターのアイテムボックスに残っていたユグドラシルのアイテム、その貴重な素材やデータクリスタルをもとに作成したものだった。

 『至高の存在には至高のものを捧げるべきである』。その考えの元。ギルドメンバーの鍛冶師『あまのまひとつ』の外装に変身して作成したものである。

 

「二つ必要になりますね。……ということは、やはりこれがよろしいでしょうか……。弐式炎雷様!失礼いたします!」

 

 パンドラズ・アクターが手に取ったのは忍び装束を着せた石像の持つ二振りの短刀。ギルド最古参の一人、弐式炎雷のメイン武装である《天照》と《月読》のレプリカである。

 オリジナルに比べるとデータクリスタルの効果も弱小であり、100レベルの戦闘で使うことを考えると心もとないと言えるがこの世界においては比類なき聖遺物と言えるものである。

 さらにスレイン法国の好みそうなカルマ値が悪の存在を打ち払う聖属性の武器であり見た目もこの世界のものとして問題もない。……というよりそれ以外の武装はおよそ人間が装備できるような形態なものは少なく、モモンガの武装であるスタッフ・オブ・アインズウールゴウンのレプリカにいたっては邪教集団の教祖にでも似合いそうな禍々しさである。到底スレイン法国が欲しているとは思えない。

 

「しかし……ここにもアイテムが増えましたね……」

 

 パンドラズ・アクターは懐かしさを噛みしめるように周りを見渡す。ルプー魔道具店として借りている倉庫も今や3つまで増えていた。しかし、その中身はロフーレ商会の他の倉庫とは完全に隔絶していた。多くがこの世界における伝説級の魔法道具(マジックアイテム)であり、それらが金貨の山に埋もれているのだ。

 しばらく考え込みパンドラズ・アクターは首を傾げるとポツリと呟いた。このままでいいのか、と。

 

「価値のあるものが増えましたね……私が守護できればいいのですがそういうわけにもいかない……」

 

 現在パンドラズ・アクターはプレアデスの外装を使い世界を股にかけて至高の存在を捜索中である。これほどの魔法道具であれば本来は自分で守護すべきものであろうが、ナザリックのようにはいかない。

 であれば、それでも任せられる者達を選定する必要があるのだが……。

 

「今はあの冒険者たちに任せてたっすね……確か銀級。やっぱり金級以上にするべきっすかね」

 

 パンドラズ・アクターは脳裏にかつてこの町で冒険者として共に行動し、ルプーに好意的な気持ちを持っている人間の顔を思い浮かべる。彼らは銀級の冒険者であり、今の宝物殿を守護を任せることができるのか。それが問題であった。

 

 

 

 

 

 

───エ・ランテル冒険者組合

 

「えっと、ご依頼はルプー魔道具店の倉庫の警備を見直したいということでよろしいでしょうか?」

「はいっす!魔術師組合にも手配して追加の《警報(アラーム)》の魔法を頼みたいっす。それで金等級以上の冒険者に頼みたいんすけど……」

「魔術師組合への仲介に金等級以上の冒険者の警護ですか……期間は1年単位で継続と……。相当な金額になりますが大丈夫ですか?」

「もちろんっすよ。それから……」

 

 エ・ランテルの冒険者組合に珍しい客は受付で楽しそうに依頼内容を話し続けていた。いつか街の広場で露店を広げていたルプーである。その可愛らしい顔立ちと燃え上がるような赤毛、そして軍帽にメイド服と言う妙に似合う格好で注目を集めている。

 

「なぁ、ペテル。あれルプーちゃんじゃね?」

 

 冒険を終え、組合へと報告に来た冒険者チーム『漆黒の剣』のルクルットは目ざとく騒動の中心人物を見つける。それはかつて彼らに宣伝代わりにと無償で武具を提供した人物であり、そのおかげで現在の彼らがいるともいえる恩人であった。

 

「ああ……」

 

 対するペテルは突然の再会に見惚れているのか気のない返事だ。

 

「ああ、じゃねえよリーダー。意中のあの娘が現れたってのに放っておくのか?」

「はっ!?な、なにを言っているんだルクルット」

 

 我に返ったペテルはルクルットの言葉に狼狽えるが、その態度を見ればバレバレであった。長い付き合いなのだ。言わずとも漆黒の剣でそのことを知らない人間はいない。

 

「何を言ってるってのはこっちだっつーの。ルプーちゃんがいなくなってからボーっと空を見つめたり、ルプーちゃんは今どこにいるのか気にしてたり、もらった武具を必要以上に撫でまわしてたり、俺らが気づかないとでも思ってたのか?」

「そうですよ。これを逃したらまたルプーさんどこか行っちゃうかもしれませんよ?」

「うむ、ニニャの言うとおりなのである。ペテルの男の見せ時であるな」

 

 ニニャに続いてダインも忠告する。しかしその顔を見れば興味半分、応援半分といったところだろう。見ればいい見世物だと他の冒険者たちも笑いながら見つめている。

 

「あー、もう!俺もここにナーベちゃんがいたら速攻告白しちゃうのになー!」

 

 もうすでに告白して撃墜しているにも関わらずいまだに諦めていないルクルットについては言わずもがなだ。

 

「そ、そんなんじゃない!でも武具のお礼は言っておかなきゃな……うん」

 

 ペテルはガチガチになりつつも受付へと進んでいく。そしてそこでルプーが倉庫の警護役を探しているという話を耳にする。それは自分たちが受けていた依頼であるはずなのだが、それを見直そうと言うのだろう。慌ててペテルは声をかける。

 

「あ、あのルプーさん!」

「ん?なんすか?」

 

 振り向いたルプーのその黄金色の瞳がペテルに突き刺さる。最初に広場で見た時と変わらず人懐つっこそうな輝くような笑顔を向けられ緊張が走る。

 

「あの!あの時はありがとうございました!あなたに頂いた武具のおかげで私たちも金等級まで上がることが出来たんです!そ、それで……倉庫の警備をするというのならまた私たちに任せていただけないでしょうか?」

 

 顔を赤らめてつつも勇気を出したペテルに向けて、冷やかしと称賛の口笛がどこからか飛んでくる。ペテルを見つめていたルプーであったが、やがてルプーから笑顔が消え、その口調まで変貌する。

 そこにいるのは人懐っこく愛嬌のあるメイドではなく、瞳に知性の光を宿す才女のようであった。

 

「簡単に任せてほしいとおっしゃいますが……あの倉庫は私にとって至高なる御方々のためのもの。この命に代えても守らなければならない『領域』です。それをあなたが守り通せる覚悟があると……?」

「そ、それは……」

 

 倉庫にはよほど高貴な人物が必要とする商品が保管されているのだろうとペテルは理解する。そしてそれを守るだけの覚悟があるのか問うているのだと。

 いつもニコニコと猫のように笑っていたとは思えない真剣な顔で見つめられ、ペテルは言葉に詰まる。しかし、それを救ってくれたのは仲間たちだ。

 

「もちろんだぜ!なあ!リーダー!」

「そうですよ!僕たちに任せて下さいルプーさん!」

「神は言っているのである。ここが男の見せどころだと」

 

 ペテルが振り返るとそこにはルクルット、ニニャ、ダイン、3人の仲間たちがいた。命を預けられるだけの信頼できる仲間たち。お互いに励まし、支え合い、駆けあがってきた仲間たち。そんな仲間たちはこんな時でも助けてくれるらしい。ペテルは覚悟を決める。

 

「ルプーさん!あなたのご依頼、この漆黒の剣に引き受けさせてください!」

 

 ペテルの言葉に周りの冒険者たちからやっかみと冷やかしの声が上がるがペテルは気にも留めない。目の前に一転、満面の笑みを浮かべたルプーの顔があったからだ。

 

「にしししっ、じゃ、彼らへの指名依頼にするっすよ。依頼料は置いていくっす!じゃ、私はちょっと遠出してくるっすから頼んだっすよー」

 

 手をヒラヒラと振りながら出口に向かうルプー。あまりにもあっけなく何でもないように了承されてしまった。まるでそうするのが最初から分かっていたような態度にルプーをペテルはつい引き留めてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!あ、あの……また……会えますか!?」

「ん~、まぁこの町に倉庫を借りてるっすからたまに来てるっすよ。また会えるかどうかは……まぁ領域守護者としての覚悟次第っすね。あっはっはー」

 

 大仰な身振りで陽気に冒険者組合から出ていくルプー。その後ろ姿を見つめながらルプーの言った領域守護者という意味を考える。額面通り取るのであれば領域を守護する者という意味であろう。つまり守護者(ガーディアン)。姫を守る騎士(ナイト)のようなものだろう。そう脳内変換を終えたペテルはその瞳に炎を宿すのだった。



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第33話 キャバクラ『ソリュシャン』

 スレイン法国の最奥。その神聖不可侵領域に入ることを許されている者は少ない。スレイン法国の最高位たる最高神官長。そして6大神神殿信仰の神官長達と各機関の長たちのみである。

 そのスレイン法国の中枢で今まさに議論が繰り広げられていた。

 

 

「さて……竜王国が聖遺物を手に入れたとのことだがどう思う?さらにそれを差し出すからビーストマンへの救援に聖典の出動をしてほしいとのことだが……」

 

 最高神官長の言葉に神官長達は怪訝な表情で返す。

 

「命欲しさに我らを謀っている……と言う可能性は低いやもしれぬが0ではあるまい。または聖遺物だと思い込んでいるだけでただの魔法武具という可能性もある」

「ですが、もし神々の残した遺産であれば手に入れないわけにはいかないでしょう。神々の残せし遺産は神々の眠るこの地で守るのが我らが使命です」

「そもそも陽光聖典さえあのような事態にならなければ……」

 

 ジロリ見られたのは陽光聖典の所属する光の神殿の神官長イヴォンである。

 「あのような事態」とは数年前王国の戦士長を抹殺するために派遣したニグン率いる陽光聖典の末路のことであった。異形に襲われ最秘宝を含む装備品を全て奪われ白ブリーフ一枚で逃げ帰り、一時はそのショックから立ち直ることもままならなかったのだが……。

 

「もう陽光聖典は立ち直っておる!命じればいつでも亜人討伐にでもなんでも行ける状態だ!」

「無理をするでないイヴォン。あ、あのような姿にされ……心の傷は癒えて……おるまい、ぷくくっ……」

「ぷっ……。まぁまぁ、そう揶揄うのはやめましょう。イヴォン殿も心を痛めているでしょう。結論は竜王国の言葉の真偽を確かめてからということでよろしいのではないですか?」

 

 他の神官長が笑いをこらえて顔を赤くする様にイヴォンは羞恥で顔を赤くする。正体こそ知られていないものの他国ではトブの大森林の走る白ブリーフ集団という噂まで流れている。

 だからこそトブの大森林の亜人が何故か森から出てこなくなった現状で人類の敵たるビーストマンを討つことは陽光聖典にとって汚名返上の絶好の機会であった。またスレイン法国としても竜王国を滅ばされることは人類の生存圏がさらに少なくなることであり憂慮する事態である。

 それでもスレイン法国が全面的に竜王国を支援しない理由。それはエルフ国との戦線を築いている現状で戦線を2つに割くことを回避しているという点ともう一つ。竜王国の国王たるドラウが純粋な人間でないからだ。

 竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルス、真なる竜王である七彩の竜王と人間の間に生まれ、一説には人の魂の力を触媒とした原初の大魔法を使用できるという話もスレイン法国ではつかんでいる。そのため、追い詰められれば手の内をみせるのではという思いもあり様子を見ていたのだが……。

 

「もはや竜王国は滅亡寸前。そのような切り札はなかったとみるべきか……」

「まずはその聖遺物を見てからでも遅くはあるまい。しかし……ロフーレ商会か……」

 

 竜王国は聖遺物をスレイン法国に引き渡すにあたって条件を加えていた。それがロフーレ商会の仲介である。それも聖遺物の取り扱いから譲渡まで一任するという破格の待遇であった。さらに法国が取引に応じなければロフーレ商会によるオークションで聖遺物は売り払うというのだからスレイン法国にとって脅しにも近い話である。

 

「聖遺物をオークションなどと言う俗なもので売りさばこうとは……守銭奴どもめ。神々への信仰はこれほどまでに失われていたのか……。嘆かわしいものだ」

「ロフーレ商会……彼らについて皆どう思う?」

 

 相手は今や世界のロフーレ商会と呼ばれるほどの大商会である。食料から物資から輸送までありとあらゆるものを扱っており、スレイン法国こそ商会の設置はされていないものの様々な物資の取引が行われている。

 そのロフーレ商会への神官長達の反応は千差万別であった。

 

「今や世界の流通の半数を担っているとの話もある。特にここ数年の成長は目をみはるばかりだ」

「王国と帝国の戦争では死の商人として介入したとの噂も聞くが……。危険ではないか?」

「広大なトブの大森林を開拓し農業を始めたとか言う話も聞きます……そんなことが常人にできるのでしょうか?」

「あれは恐らく帝国の逸脱者フールーダ・バラダインによるものだろう。よもやあれほどの力を有していたとは……やはり彼をこちらに引き込むことを真剣に考えた方が良い」

「いや、悪いことばかりではあるまい。かの地で作られた作物は非常に安価で上質。人類を飢えからも救うためにも大規模農場を作った商会は人類に必要なものだろう。どこかの王国と違ってな……」

「確かに彼らの扱う食料は非常に美味であるが……。まぁ、そのおかげでリ・エスィーゼ王国は自国の食糧輸出が上手くいかず疲弊しているようだな」

「それもいいでしょう。あの国の腐れ具合は目を覆うばかりでした。王が替わってからさらに酷いと聞きます。バハルス帝国に早く併合してもらいたいものです」

「やはりあの時ガゼフ・ストロノーフを殺せなかったのが痛いな……」

 

 神官長達の顔にあるのは王国への怒りだ。

 リ・エスティーゼ王国は他国に比べ広大で肥沃な大地を持ち、その大地の恵みにより多くの民が生まれ、英雄が育ち、人類の希望となるべき国であった。少なくともスレイン法国はかつてそう思っていた。

 しかし、実際はその肥沃な大地から得られる利益は貴族たちが独占し、民を虐げ、違法な薬物を裏で売りさばき、一部の支配者層が享楽に興じる腐れ切った国になってしまったのだ。前王のランポッサは善人ではあったが、その状況をどうにかするだけの力はなかった。

 人類の守り手として王国に期待していた分だけ、スレイン法国の失望は大きい。

 

「話を戻そう。聖遺物は確認せねばならん。竜王国は交渉に神官長以上の人間を指名してきておる。でだ……誰が行く?」

 

 スレイン法国では役職が上になるほど給金は下がり、激務になっていくという方針である。これは信仰心なき者に重要な任務は任せられないというものであり、またそれだけ国に必要な人物であるという証明でもある。うかつに動かせるものでもない。

 

「ならば私が行こう!」

 

 難航するかと思われた選定であるが、そこで立ち上がったのは光の神官長のイヴォンである。

 

「私が陽光聖典とともに竜王国に赴き、ビーストマンを討伐してこようではないか」

 

 汚名返上の機会だとイヴォンは顔を紅潮させる。他の神官長達は顔を見合わせるが異存はない。トブの大森林での失敗以来彼らが研鑽していたことを知っているからだ。

 

「異議は……ないようだな。ではイヴォン殿と陽光聖典に任せることにしよう。我らの神の祝福があらんことを」

「「「「「我らの神の祝福があらんことを」」」」」

 

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。スレイン法国のみなさま」

 

 竜王国でスレイン法国の一同を出迎えたのは見たこともない美貌を持つメイドたちであった。彼女たちの頭にはホワイトプリムの代わりに何故か白い軍帽が乗せられている。

 さらに一同の目を釘付けしたのはその中央で頭を下げている一人だけ黒い軍帽を被ったメイドだ。

 

「お、おぉ……なんと美しい……」

 

 清貧を是とするイヴォンでさえ思わずため息を吐いてしまう。それもそのはず黒い軍帽のメイドは天使もかくやと言える美貌である。しかもそのメイド服とは名ばかりの衣装の煽情的なことと言ったらどうだろう。胸元を大きく開き、そのたわわな実りが零れんばかりに揺れている。スカートもギリギリ見えるか見えないかといったほどまでに短く目のやり場に困るほどである。

 

「みなさまを歓迎いたしますわ。私は今回ロフーレ商会から派遣されましたオークションや交渉を担当いたしますソリュシャンと申します」

 

 見事な敬礼をしつつ金色のロールヘアを揺らしてほほ笑むその美貌にスレイン法国の神官たちの多くが目を奪われてしまっていた。軍帽の下から覗くその被虐心を刺激する瞳とその卑猥ともいえる衣装はある種の性癖を持つ者には耐えがたいものだろう。

 

「ごほんっ!歓迎感謝する。私はスレイン法国の光の神官長を務めているイヴォンと申す。それで……竜王国の代表殿はどちらに?」

 

 イヴォンは気を取り直し本題に入ろうとするが、メイドたちはそんな彼らに近づくとその手を取った。

 

「そんなお急ぎになられずに。長旅でお疲れでしょう。陛下でしたら後程参りますわ。それより、さぁ……こちらでお寛ぎいただき旅の疲れを癒してください」

 

 メイドに手を引かれ案内された部屋。そこは彼らが見たこともない煌びやかな部屋であった。天井からは光を照り返す光沢をもつ光球がくるくると回り七色の光を部屋に反射している。

 さらに漆黒のソファーとテーブルが並べられ酒や料理が用意されていた。それを見てイヴォンは眉を顰める。

 

(酒と女で篭絡させるつもりか……?愚かなことを……)

 

 イヴォンは内心の嫌悪感を隠しつつ、ソファで待つことにする。しかしその時、連れてきていた陽光聖典隊長であるニグンの様子がおかしいことに気づく。

 

「そ、その帽子は……その帽子は……」

 

 ニグンとその部下たちはソリュシャンと名乗ったメイドの軍帽を指さしブルブルと震えていた。

 

「この帽子がどうかなさいましたかしら?どこにでもある帽子なのですが……」

「お前たちは……まさかあの化物の……?いや……人間なのか?」

 

 そんなはずはという思いとまさかという思いが交錯する。か弱く美しく見えるメイドたちがあの異形と関係あるとは思えない……しかしニグン問いたださずにはいられなかった。

 一方疑われたメイド、ソリュシャンは妖艶な笑みを浮かべるとその豊満な肉体を差し出す。

 

「うふふふっ。何をおっしゃってるかは分かりませんが身体検査でもされたいでしょうか?お確かめになりますか?この体の隅から隅まで……」

 

 上目遣いで寄ってきたソリュシャンに豊満な肉体をさらされてニグンは思わず後ずさる。さすがにその服の中に手を入れてまで確かめようとは言えなかった。

 

「ちょっ!?この女……娼婦の類か!?」

「まぁ娼婦なんて酷いことを……。これは至高の存在たる神々が愛したという『きゃばくら』なる歓迎の儀でございます。この場ではお触り禁止がるーるであるとのことでございましたわ」

 

 ソリュシャンは脳裏に宝物殿で『キャバクラ行きてー』とギルドメンバーと話していた至高の存在の事を思い出す。

 

(あれはるし☆ふぁー様でしたかね……)

 

「きゃばくら?」

 

 神々の残した儀式と聞いてニグンも耳を傾ける。スレイン法国でも失伝した神々の伝承は数多く、埋もれた伝承を持ち帰ることも敬虔な信徒としての務めである。

 仕方なしにニグンたちが席に着くと彼らの隣にメイドたちが寄り添うように座った。お触り禁止といいつつ体が密着するような近さだ。彼女たちも各々違った美貌を持った美少女であり、敬虔な信徒であろうが神官たちも男だ。鼻の下が伸びる。

 しかし、実際のところ彼女たちはルプー魔道具店の店員でもロフーレ商会の店員でもない。ソリュシャンが()()()()()()()()者達である。

 

「さあ、ロフーレ商会で用意した心ばかりの歓迎の宴ですわ。どうぞご賞味あれ」

「い、いや私は酒は……」

 

 イヴォンの隣に座ったソリュシャンはその豊満な肉体を摺り寄せながらグラスへと並々と酒を注ぐ。

 

「あら、お酒は苦手でございますか。では、お料理はいかがですか。はい、あーん……」

 

 酒を嗜まないと分かるとソリュシャンは目の前の唐揚げのような料理をフォークで突き刺し口へと運んできた。

 

「ちょっ、自分で……ぐむっ」

 

 言っているうちに口の中へ入れられてしまう。そして口に入った以上は咀嚼するしかない。苦笑しながらそれを噛みしめると肉汁と得も言われぬ旨味が口の中いっぱいに広がる。まさに至高の瞬間(とき)である。

 まさか料理などで魂は遥か天へと突き抜け涅槃(ねはん)へと至るとは思いもよらなかった。

 

「うまっ!」

 

 つまりそう思わずそう叫んでしまうほどの美味であったということだ。今まで食べたこともない上質な旨味を持った肉。さらにそれにかけられたソースが絶品であった。恐らく数種類の果物や貴重な香辛料も使われているのだろう。

 

(ロフーレ商会ならばこれほどのものを作り出せるというアピールか?確かにこれはすごいが……)

 

 周りを見ると陽光聖典の者達も礼儀を忘れたように料理に舌鼓を打っている。そして、さすがに女性に言い寄られても手を出すような者達はいないことにイヴォンは安堵する。イヴォンでさえ耐え忍んでいる状態であるが、そんなことをすれば国の品位は地に落ちるだろう。

 

「いかがでしたか?」

 

 料理の感想を聞くソリュシャンの豊満な胸が腕に当たりイヴォンの煩悩を刺激する。

 

「あ、ああ。素晴らしい料理だ。こんな美味しいものは食べたことがないほどな……」

 

 それは本心であるが、心配でもあった。これほどの料理の味を知ってしまった自分たちはこれから国で質素な料理に耐えることが出来るのか、という心配だ。快楽を知ってしまえばちょっとやそっとでは満足できない、それが人間というものだ。神官であろうとそれは例外ではない。

 そんな思いを知ってか知らずかソリュシャンは嬉しそうにほほ笑むと話題を変える。

 

「それはありがとうございます。あの高名な光の神官長様にご満足いただけて光栄ですわ。私も大いなる神のしもべたる存在ですので……」

「ほぅ……?」

 

 思わぬ言葉にイヴォンが目を細める。この場の儀式も神々の関係するものと言っていた。神学に精通しているのか、それともそれを修めることを目指しているのか。

 

「実は私六大信仰の教義をより深く知りたいと思っておりますの。ねぇ、イヴォン様……ご教授いただけませんかしら?」

 

 この歓待はそれが目的であったのだろうかとイヴォンは首を傾げる。しかし、信仰している神々について布教することは神官たる者の務めであり、義務でもある。

 乞うように教義を求めて上目遣いで見つめて来るソリュシャンにイヴォンは法国の教義や神話についてついつい話し出していた、もちろん秘匿すべき闇の部分を除いてであるが……。

 絶品の料理や飲み物に舌が回ったのか、ついつい家族の事や街の様子なども交え支障のない範囲で話していたイヴォンであるが、やがて話題を本題へと戻す。

 

「私の話はもういいだろう。それより今回君たちロフーレ商会が用意した聖遺物について教えてくれないかね?」

「まぁ、私としたことが質問ばかりで申し訳ございませんでした。イヴォン様のお話が面白くてつい夢中になってしまいましたわ。もちろんご用意しております。皆様方のお眼鏡に適わなければオークションに出品する予定ではございますが……ご覧になられますか?」

「ああ、ぜひ見せてもらいたい」

 

 竜王国の代表はまだ来ないが構いはしないだろうとイヴォンは判断する。もし、それが偽物であればそれまでである。聖遺物を確認することこそが第一の目的であるのだから。

 

「では今回の商品をお持ちしなさい」

 

 ソリュシャンが指を鳴らすとメイドの一人が奥から台を押し、そこへ武具を並べ始める。それらを見てイヴォンや他の神官たちは息を飲む。そして大仰な身振りで商品を紹介するソリュシャンの揺れる双丘に神官たちの目が奪われたのは言うまでもない。

 

「ご覧くださいませ。これらが今回のオークションへ出品される商品です。そして、この一品こそ聖遺物である神々の遺産。神刀『天照(あまてらす)』!!」

 

 並べられた武具はそれ一つ一つを取ってもすべてに魔法の輝きがあり超一級品であることが分かる。しかし、聖遺物として紹介されたソレはまさに別次元。見ただけで分かる聖なる光の力は目もくらむばかりである。

 

「か、鑑定してみてもいいかね?」

「もちろん。ご随意に」

 

 そのあまりの神気に緊張した面持ちで尋ねるイヴォンにソリュシャンは自信に満ちた笑みで応える。それもそうだろう。これほどの商品を扱えるということは商人としても誉れであろうとイヴォンは納得する。

 

「《道具鑑定》!」

 

 イヴォンの鑑定魔法が『天照』へと飛ぶ。

 その瞬間───イヴォンの表情は驚愕に彩られた。

 

「こ、これはなんだ!?まさか……本当に!?もしや彼女の武具より上……!?これはどこで発掘されたのだ!?どのような伝承が残されておる!?」

 

 そのあまりの性能に詰め寄るように身を乗り出すイヴォン。それもそのはずである。この短刀はスレイン法国の所持する最高の武具に勝るとも劣らない性能を持っていたのだから……。

 

「神官長様のお眼鏡にかなったようで嬉しゅうございますわ。もうすぐ竜王国の代表たちもいらっしゃいます。私のお話がお聞きになりたい?うふふふっ、そうですか。では何時間でも何日でも……そう……じっくり時間をかけて話をしましょうか」

 

 武具に感嘆のため息を零す法国の神官たちを見ながらソリュシャンは口が裂けるように笑みを浮かべるのであった。



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第34話 変態する者達

「これが竜王国から譲り受けた聖遺物《月読(つくよみ)》だ」

「ほぅ……」

 

 光の神官長イヴォンが取り出した短刀に最高神官長はもとより他の神官長たちも息を飲む。月の光を凝集させたようなその輝きは見ただけでその者の魂までも刈り取られそうな恐ろしさを感じさせる。

 各々が魔法による鑑定を行いその力を確認するとともにその恐れが現実のものとなる。その力は本物だ。

 

「私はこれが聖遺物だと判断した。契約通り竜王国には陽光聖典をそのまま残しビーストマン討伐を指示したが……異議は?」

 

 他の神官長は黙認によりその回答とする。これほどのものを見せられて何が言えようというのか。

 

「うむ、みな異存はないな。しかし、これほどの品が今まで噂にもならなかったとは信じられん……もしやどこか未知の遺跡でも発見されたのではないか?」

 

 最高神官長は今もなお短刀に目をくぎ付けにされながらもイヴォンに問いただす。

 

「そのあたりは竜王国でかの商会から情報を得ている。神々の住まう地より発掘されたと……」

「何!?それはまことか!?」

 

 伝承では六大神は八欲王との戦いにより弑さてしまったと伝わっている。だが、そのような地があり、それが人の手に入るのであれば人類の救いになるのではと最高神官長たちは考えた。

 一方、動揺する神官長達と比べ、イヴォンは落ち着きはらっている。

 

「この場で話すのもよいが……。このような話はまず()()御方に話すべきではと愚考するのだが……?」

 

 あの御方。この国、この場所であの御方と言えば一人しかいない。イヴォンは両手の指を組み最高神官長へと視線を向ける。その目は敬虔な信徒のそれであった。その目を見て最高神官長はその話はよほどのことなのだろうと判断する。

 

「それが良かろう……。闇の神殿地下へと赴き、かの御方にご報告するとしよう」

「ほぅ……闇の神殿……?」

 

 最高神官長の決定にイヴォンが繰り返すようにつぶやく。

 

「それとこの聖遺物も安全な場所に保管しなければなりませぬな……」

 

 その言葉に最高神官長はなんとも言えない違和感を感じる。しかしイヴォンの眼差しに変化はなく、敬虔なる神の使途のものであったためその違和感を口にすることはできなかった。

 

「ああ……どうせ同じ場所だ。そこで漆黒聖典番外席次に預けるがいい」

「なるほど……そこに魔法道具を保管していると……」

「イ、イヴォン……?」

 

 イヴォンの眼差しが怪しく光る。その輝きは敬虔なる神の使途どころではない。狂信者もかくやというものだ。最高神官長の違和感が膨れ上がる。

 

「お主も知っておるそのようことをなぜわざわざ口に出す。どうしたというのだ?」

「ああ……これは分かりきったことだったのですか……これは失礼。数日ともにしましたが……重要なことは教えていただけなかったので……。ですがその口調、知り合い、家族、しぐさ、癖、それらのおかげでブラフに正直に答えていただけて感謝します。必要な情報は得られましたね」

 

 話し方をガラリと変えたイヴォンはどこからか軍帽を取り出すとその頭に被る。額に知らないサインの入った黒い軍帽だ。

 

「イヴォン!?お、おまえは……誰だ!?いや、もしや操られているのか!?」

「最高神官長!お下がりを!」

 

 元漆黒聖典である土の神官長レイモンが剣を抜き放つと机の上に躍りだす。そして笛を吹き鳴らすと四方のドアからスレイン法国最強の特殊部隊『漆黒聖典』が飛び込んできた。

 

「レイモン様!お呼びですか!?」

 

 万が一を考え漆黒聖典を詰めさせていたことにレイモンは安堵する。そして躊躇することなく敵の正体を看破するための命令を下した。

 

「占星千里!やつの正体を見破れるか!?」

「はっ!お任せを!」

 

 言われて動いたのは頭にリボンを巻いた若い女性である。現実(リアル)での女子高生のような装備であるが、一見無防備に見えるそれらは魔法の輝きを放っており、戦闘能力には劣る者の感知系の能力に特化していた。

 占星千里は手に印を結びそれをイヴォンへと向ける。しかし、その術は発動を待たずに無駄に終わることとなった。

 

「おっと、お待ちを。そんなことをせずとも姿を現しましょう」

 

 言うが早いかイヴォンの顔が粘度をこねるように崩れ落ち、そこから現れたのは黄色い卵のような頭である。目や口の部分には黒い空洞のみが存在してた。

 そして正体を現した途端に感じる圧力(プレッシャー)

 

「こ、こいつ……強い!?」

「レイモン様!いかがいたしましょうか!?」

 

 異形から感じる圧力に漆黒聖典が動揺する中、落ち着いて指示を仰ぐ漆黒聖典隊長。長い黒髪をたなびかせ、漆黒聖典のトップであるにもかかわらずみすぼらしい槍を構えている。

 

「ここは情報収集を優先する!カイレ!構わん!やれ!」

「はっ!」

 

 次に飛び出したのはチャイナ服を着た老婆であった。真っ白いそれには目もくらむばかりの金色の竜の刺繍が施されている。老婆はその枯れた手に印を結ぶとその服から光が飛び出した。

 

「なっ、なに!?」

 

 目の前の異形に襲い掛かったソレは不可避の光の竜だ。目の前の異形は回避する間も反撃する間もなく沈黙した。

 

「イヴォン様。支配を完了いたしました」

「よし!ではその魔物から情報を……」

 

 レイモンが術の成功に安堵し、まずは目の前の異形から情報収集を命じようとした……

 

 

 

───その時

 

 

 

「《魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)》《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》」

 

 その魔法はあらぬところ……天井の照明の影から部屋中へと飛び散った。正体不明の魔法にその場の全員が標的とされたことに言葉を失う神官長と漆黒聖典。反対に現れたらしき人物は上機嫌である。

 

「ほほぅ!!ワールドアイテムが……2つも!それに私の知らない魔法道具も多数ありますね!すばらしい!」

 

 何もない空間がゆらりと揺れ天井に異形が姿を現す。

 

「ワールドアイテムがあるということは本気を出さないといけないようですね。もう隠れている必要もないでしょう」

 

 それは何もかもが異常であった。その人物は天井に足を向け逆さまの姿勢でも蝙蝠のように張り付いていた。黒い軍帽の位置をその長い指先で直しながらコツコツと天井を歩く顔には闇を思わせる3つの空洞。パンドラズ・アクターである。

 

「ぐぅ……うううっ……」

 

 一方、カイレの攻撃を受けた異形は頭を押さえて呻いていた。それを見てパンドラズ・アクターはやれやれと両手を上げて首を振る。

 

「ほぅ!私の召喚した眷属である二重の影(ドッペルゲンガー)のコントロールが効きませんね……。精神のつながりも切れています」

 

 コツコツと異形の軍靴は天井から壁へと向かっていた。体が向きが垂直から水平となるが変わらず歩き続けている。

 

「傾城傾国……女性限定装備。効果はあらゆる効果や耐性を無視して相手を洗脳する。ただし対象は一人であり連続使用はできない。すばらしい!まさに世界を変える恐るべき世界級(ワールド)アイテム!」

 

 演説するように右手を広げながらもパンドラズ・アクターは歩きつづけ、ついには議場の柱の下へと降り立ち、腕を一振りする。

 その途端イヴォンに化けていた異形は消え去った。

 

「眷属の召喚は解除させていただきました。いかがでしたか?光の神官長に張り付き、外装や仕草を盗んだだけあってなかなかの名演技だったでしょう?」

 

 パンドラズ・アクターは演出家が自身の劇の演出を自慢するように大仰に両手を広げる。そして周りを見渡し拍手喝さいをもらえなかったことに肩を落とすとカツカツと音を鳴らしながら柱の影へと身をひそめた。

 

「隊長!」

 

 異形の姿が見えなくなったことで気を取り直した漆黒聖典から声が飛ぶ。

 

「敵は強い!だがやつは1体だ!勝てないことはないと判断する!全員で行くぞ!出し惜しみは……なっ!?」

 

 漆黒聖典隊長の声は途中で途切れる。柱の反対側から別の異形が現れたのだ。南方で忍者と呼ばれるものが纏う漆黒の衣装を着用していた。だが、それが同じ人間だとは思えない。恐ろしいほどに気配が希薄であり、目の前にいるというのに見失いそうになるほどである。

 そしてその手には先ほど鑑定された聖遺物である《月読》を握っていた。

 

「敵は複数なのか!?散らばれ!」

 

 驚愕しつつ漆黒聖典の隊員が神官長を守るように広がる。しかし、すぐにその行為が無駄であったと悟る。なんと忍び装束の異形が自身の影の中へと身を沈めたのだ。

 

「ど、どこだ!?どこへ行った!?」

 

 隊長が槍を構えて周りを探るが高レベルの忍者の気配を察知するなど専門職か対抗魔法を使わなければ不可能なこと。

 そしてその隙を見逃すパンドラズ・アクターではなかった。スキル《闇渡り》により隊長の影から飛び出すと背後(ハイド)を取ってその首筋に月読を叩きつけた。

 

「がっ……」

 

 100レベルを誇る忍者に短刀の柄で首をしたたか撃ちつけられた隊長の意識は一瞬で刈り取られる。

 

「弐式炎雷様を前に背後(ハイド)への警戒を怠るとは愚か!バックアタックからの致命攻撃こそ忍びの真骨頂であるとおっしゃっておりましたよ!」

 

 パンドラズ・アクターは隊長から槍と装備品を奪い取り、下着1枚へと変えるとそれらをアイテムボックスへと収納する。そして踊りだしそうなほど歓喜する。

 

「おおっ!これこそ世界級アイテム《聖者殺しの槍(ロンギヌス)》。確かにいただきました。こんなもので至高の御方々を消されでもしたら堪りませんからね」

 

 最初に放った《道具上位鑑定》で判明した2つ目の世界級アイテム《聖者殺しの槍(ロンギヌス)》。

 ユグドラシルでは自身のキャラデータとともに相手のキャラデータも消去するという極悪非道ともいえるアイテムである。このアイテムを使われ運営に文句を言った人間は数知れず。しかし、それでも運営がデータを復活させるような処置をするようなことはなかったのだが……。

 

「隊長がやられたぞ!?」

「どうやってあそこまで移動を!?それに……あの柱の向こうにも敵がいるのだろう!?どっちからやる!?」

 

 敵の数もその攻撃方法も分からず隊長を失った漆黒聖典の隊員たちが動揺するのも無理もない状況であった。

 しかし、さすがはその取りまとめ役を担うだけはある。レイモンは動揺を抑えて指示を繰り出した。

 

「落ち着け!まずはあの黒づくめからだ!囲め!やつは素早いぞ!」

 

 レイモンが迅速に指示をだすが、それよりもパンドラズ・アクターのほうが素早い。疾風の速さで移動するとまたもや柱に身を隠す。

 

 そして次に柱の影から現れたのはさらなる異形の存在、スーツにシルクハットという可笑しな恰好をした山羊の頭を持つ悪魔である。眼帯で片眼を隠し、その顔は邪悪な笑みに歪んでいる。

 

「あ、悪魔だと!?それも上位悪魔(アークデーモン)級……いや、まさか魔将(イビルロード)級か!?」

「ああっ!ウルベルト様!その偉大なるお力お借りいたします!《魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)》《深遠の下位軍勢の召喚(サモン・アビサル・レッサーアーミー)》」

 

 悪魔はあろうことか天に祈るような姿を見せると、空中に漆黒の渦が現れる。そこから現れたのはライトフィンガード・デーモンという最低位の悪魔だ。その名の通り手癖の悪い悪魔(ライトフィンガード・デーモン)は相手のアイテムを盗む技能を持っている。

 ユグドラシルでは当初ワールドアイテムでさえ盗めるというガバガバ設定であり、そのあまりにも凶悪な効果にパッチが当てられたという過去を持つ悪魔だ。

 

「こ、こら服をひっぱるな!」

「ちょっ!?ちょっと!なにこいつら!?」

「ギャギャギャギャギャ!」

 

 《魔法位階上昇》によりその能力を引き上げられた手癖の悪い悪魔たちは議場を笑い声を上げながら駆け回る。ある者は衣類を剥ぎ取られある者は懐を探られ金銭を奪い取られる。

 カイレも腕力では悪魔に敵わないらしく《傾城傾国》を奪われるとその醜い老体を晒していた。

 

「く、くそ!なんだこいつら!このやろうが!俺に任せろ!」

 

 体中にタトゥーを刻みこんだ男が体に巻き付けた鎖を蛇のように投げつける。漆黒聖典第九席次、《神領縛鎖》である。

 

「ギャギャ!?」

 

 すると暴れまわっていた悪魔の一匹が鎖にからめとられた。鎖を引きちぎろうと必死になるが抜け出せないようで足をジタバタと暴れさせる。

 

「くっ……暴れんじゃない。だが、いけるぞ。こいつら自体は抑え込めないことはないない!」

「おっと、いくら能力上昇したところで手癖の悪い悪魔程度では相手になりませんか。しかたありません。悪魔たちよ、お戻りなさい」

「ギャギャギャ」

 

 パンドラズ・アクターがパチンと指を鳴らした途端、手癖の悪い悪魔は黒い渦へと飛び込む。そして奪ったアイテムがアイテムボックスへと移動したことを確認すると満足そうに頷いた。

 

「さて、これでワールドアイテムの回収は終了ですね。次はどうされますか?」

「悪魔なら光の魔法に弱いはず!聖属性魔法で行くわよ!」

「よし!ならばわしも協力しよう!」

 

 次に飛び出したのは天使の羽の生えた帽子を被った金髪の美女と歪な形の杖を持った老人だ。漆黒聖典の魔法詠唱者のトップ2である第四席次と第三席次だ。

 

「《太陽光(サンライト)》!! 」

「《神聖光(ホーリーライト)》!!」

 

 放たれた2つの神聖魔法。しかし、目の前に目標となる悪魔は既に存在しなかった。瞬きをしたほどの一瞬にその姿は別の異形の姿へと変わっている。それは壊れた機械人形のような天使の姿だ。

 

「ああっ!さすがは堕天使たる《るし★ふぁー》様!神聖魔法への完全耐性!すばらしい!」

 

 称えるようにその身を抱きしめて震えるパンドラズ・アクター。即座に敵の攻撃に合わせた外装への変化させる。それこそ二重の影(ドッペルゲンガー)としての真骨頂である。

 

「な……堕天使だと!?」

「魔法が効かないなら俺に任せろ!うりゃああああああああああ!」

 

 声を上げたのは巨大な斧を持った白髪白胸毛の半裸男、第十席次だ。しかし、その斧が届く前に相手はまた別の異形へと変化していた。

 それは桃色の粘体である。かつてはギルドメンバーから『ピンクの肉棒』の異名で知られたその体にぶつかった斧はガンと金属を殴ったような音とともに弾き飛ばされる。

 

「ふふふふっ!そのような斧で至高の存在最硬たる《ぶくぶく茶釜》様の防核をぬけるはずもないではないですか!」

「直接攻撃が効かないだと!?ならばこれでどうだ!!」

 

 第二席次が持つレイピアが淡い光を放つとそれを異形に向かって解き放つ。強力な刺突属性と神聖を属性を持つ衝撃波はどんな相手だろうと風穴を開けてきた。

 しかし、そこには既に粘体の姿はなかった。代わりにあったのは鳥の顔と翼を持つ異形の存在だ。第二席には第二射、第三射と放つがそれが当たる気配はない。

 

「そんな攻撃で大空の支配者たる爆撃王!ペロロンチーノ様の体に触れることができるとでも!?エロゲーイズマイライフ!!」

 

 空中で腕を組みながら訳の分からないことを叫びつつ、鳥人間が胸を反り返らせている。

 

「な、なんなんだよおおお、こいつはああああああああああ」

 

 戦闘をつぶさに観察していた第十二席次が頭を抱えて訳が分からないと叫んでいた。それもそうだろう。強大な力を持つ亜人相手にも引けを取らないスレイン法国最強の漆黒聖典が手玉に取られているのだから。

 

「一つ言っておきますが……。こちらにはこれ以上争うつもりはありませんよ?アイテムをすべて差し出すのであればあなた方を傷つけるつもりもありません。私は闇の神殿の地下とやらにいってそこにいらっしゃる御方にお会いしたいだけです」

「貴様などを従属神様のところへ行かせられるかああああ!」

 

 その言葉に漆黒聖典はますますいきり立ち、攻撃を激しくする。それを捌きつつパンドラズ・アクターは考える。選択肢は与えた、ならばこれが相手の運命なのだろうと。

 

「仕方ありません!ではPVPといきましょうか!次はこちらから行きますよ!」

 

 パンドラズ・アクターはさらに別の外装へと変化する。鳥人の姿から再び粘体へ。しかし色は闇を思わせる漆黒であった。小さく粘つくただの粘体のようであるが、その肉体こそスライム種の最高位たる古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)《ヘロヘロ》である。

 

「《ヘロヘロ》様。この偉大なるお体お借りいたします!」

 

 ズルズルとパンドラズ・アクターは這いずるように床を進む姿に漆黒聖典は嫌な予感がする。しかしすべては遅かった。その粘体が目の前の女へと襲い掛かったのだ。

 

「きゃあああああああああああ!」

 

 襲い掛かられたのは第七席次である《占星千里》である。

 

───その瞬間

 

 その女子高生のような衣服の紐がプツンプツンと溶けて千切れていく。さらに布自体も溶け出し見る見るあられもない恰好へと変貌していったのだ。

 至高の存在である《ヘロヘロ》の得意とする装備破壊であり、相手を無力化するのに使えると考えたのだが……。

 

「いやあああああああ!」

「おっと失礼」

 

 《占星千里》の衣服が溶けきってしまったことに気づいたパンドラズ・アクターが素早く飛びのく。ここまでの能力と思っていなかったパンドラズ・アクターも迂闊であった。

 

「ああ……レアなアイテムかもしれないのに防具破壊してしまうとは……失態でしたね。やはり私ではヘロヘロ様に及びませんね……」

 

 しょんぼりとパンドラズ・アクターは落ち込んだ後、最後の外装を変化する。それはパンドラズ・アクターにとって特別な外装。本来の目的では使用しない外装。なぜならばその外装を持つ人物はパンドラズ・アクターの変身を見る側であって、自身の外装へ変化させる必要のないアインズ・ウール・ゴウンに残った最後の一人であったからである。

 

「なっ……こ、これは……」

「ば、化物が……」

 

 そこに現れたのは死というものを具現化したような姿の異形だ。白磁のような骨の体の上に眼窩がひび割れた狂相の髑髏。漆黒のローブを纏ったその姿はまさに死の支配者。パンドラズ・アクターの創造主にしてギルド・アインズ・ウール・ゴウンの頂点。モモンガの外装である。

 

「ああっ!すばらしい!何という美しいフォーム。このカッコイイ腕!足!体!どこを取っても最高に輝いていらっしゃる!ああ、早くお会いしとうございます!」

 

 骸骨の体をくねくねとさせながら喜ぶ異形に漆黒聖典は恐ろしい何かを感じる。それは抗いようのない死という運命なのだろうか。しかし、この後に起こることを考えたらこの場で死んでいた方が彼らは幸せだったかもしれない。

 

「さて、それではみなさん。これで終わりにしましょうか!ごきげんよう!《絶望のオーラ!レベルⅣ(狂気)!》」

 

 まるで黒い風が吹き抜けるようにパンドラズ・アクターの体から漆黒のオーラが照射された。そしてそれを受けた彼らの反応は顕著である。頭を狂気に支配された彼らはある者は叫びだし、ある者は狂ったように走り出す。阿鼻叫喚の空間が出来上がった。

 

「やはりモモンガ様の能力は万能ですね。ふふふふっ、さぁお待ちかねのアイテム回収の時間です!」

 

 

 

───そしてスレイン法国の大会議場に狂気が訪れた

 

 

 

 誰も出てこないことを訝しく思い、大会議場を訪れた下級神官は後にこう証言したという。下着姿の神官長と漆黒聖典の面々がそれはそれは口にするのも憚ることをしていたと。

 そして下級神官はその場を見て叫び声をあげた。

 

「へ……へ……へ……へん……」

 

 下級神官のその叫び声が響き渡り、スレイン法国はある呼ばれ方をするようになる。それはその場で変身を繰り返した異形のことであったのか、それとも半裸で狂気を演じていた彼らの事だったのか。

 それを語るのは後世の歴史家たちに任せることになる。



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第35話 従属神

 パンドラズ・アクターは闇の神殿の地下へ延びる階段を1段また1段と静かに下りてゆく。後ろには入口を守護していた番外席次なるハーフエルフがいたが今はすでに装備を剥かれ下着1枚で地へ伏していた。

 

「ああ、いよいよですね……モモンガ様……」

 

 すでに番外席次の守っていた宝物庫の中身も回収済みであり、残るはこの最下層に眠る神との対面を待つばかりである。それが自らの創造主であれば……、きっと。……、もしかしたら……。パンドラズ・アクターの中に期待と不安が渦巻く。

 やがて階段が終わりその先に豪奢な部屋が見えて来た。その部屋は大理石でできているのかまるで祭壇のように凝った作りと装飾が施されていた。

 

「神の住居……というところですか」

 

 毎日磨き上げられているのだろう。顔が映りそうなほどに輝く扉に手をかけると重厚な音を立てながらそれは開いた。

 

「これは……」

 

 パンドラズ・アクターは息を飲む。

 

───失望。

 

 

 そこにあったのはただのミイラのように見えた。それも相当の年代物であろう。体の一部においては床や壁と一体化しているほどだ。あの美の結晶たる創造主とは比べるべくもない。

 

「《魔力の精髄(マナエッセンス)》!《生命の精髄(ライフエッセンス)》!」

 

 しかしただのミイラがこんなところに保管されているはずもない。パンドラズ・アクターは慎重に魔法を唱えるとそこから感じるのは確かな負の生命力と魔力だ。そしてその量はこの国で出会ったどの人間よりも膨大である。つまりこのミイラが高レベルのアンデッドであることの証明だ。

 

「モモンガ様ではありませんね……しかもこの感覚……ナザリックの者でもないですね?」

 

 アンデッドは答えない。

 

「ナザリックのしもべ同士で感じる感覚がありません。しかし、その体力や魔力の量から察するに私に匹敵する力があるのではないですか?」

 

 アンデッドは答えない。

 

「私の名はパンドラズ・アクターと申します。あの偉大なるナザリックの頂点にして至高の存在のまとめ役、ギルドマスターたるモモンガ様のしもべです。あなたはモモンガ様のことご存じでしょうか?」

 

 アンデッドは答えない。

 

「ご存じない?ではあなたがここで何をしているのか尋ねてもよろしいですか?見たところプレイヤーではなさそうですね……。彼らが従属神と呼んでいたということから察するに私と同じNPC(神のしもべ)といったところでしょうか?」

 

 アンデッドは答えない。

 

「六大神と言いましたか。それがあなたが仕えるプレイヤーの方だったのですか?それは今どこに?弑されたという話も聞きました。ならば蘇生魔法やアイテムで蘇らせればいいのでは?」

 

 アンデッドは答えない。しかし、六大神の話を出したあたりからパンドラズ・アクターは自分を見つめる視線のようなものを感じ始じはじめていた。その視線に宿る感情は怒りだろうか、悲しみだろうか。

 

「もしかして……データを消失した(死んだ)のですか?」

 

 ユグドラシルにおいて復活に際してはペナルティーとしてレベルが失われる。そしてレベル1で死亡した場合……失われるレベルが存在しないためキャラクターデータが失われるのだ。それはそのキャラクターの完全な死を意味する。二度とそのキャラクターが復活することはない。

 

「そう……だ」

 

 ひび割れた声が……何百年も閉ざしていただろうアンデッドの口から漏れ出る。その声は絶望に沈んでいるのか酷く小さい。

 

「スルシャーナ様は……もう存在しない……」

「なるほど……あなたの神のご冥福をお祈りします。ではあなたはここで何をしているのですか?」

「何も……何もない。スルシャーナ様がいないこの世界には何もない……私の生きる意味もないのだ……」

 

 だからここで何もせず石像のように座っているという、まるで朽ちるのを待つように。

 

「おまえは……どうなのだ……。仕える神も見つからず世を彷徨っているのではないのか」

 

 アンデッドは問いかける。なぜおまえは絶望しないのかと。なぜ平然としていられるのかと。しかしパンドラズ・アクターは動じない。

 

「私?私ですか?ははははははっ!そんなものは決まっています!どんなに時間がかかろうと!どんなに遠くに居ようと!この世界にいないのであれば別の世界へ!この時代にいないのであれば別の時代へ!どこまでもモモンガ様を探し出すのみ!なぜなら私はモモンガ様のパンドラズ・アクター(最後の希望)なのですから!」

 

 開けると封じられた災厄が世界に溢れるという箱。その箱に残された最後の希望。ユグドラシルの終末期、一人きりで残られた創造主はかつての仲間たちとの想い出を記録するため自分を作られた。いつか帰ってくるという希望を信じて。

 そんなパンドラズ・アクターにアンデッドは自分にはとうに失われた感情を見る。それは創造主に望まれて生まれてきた喜び、創造主への感謝、そして信頼。嫉妬と羨望を感じながら……。

 

「もうすでに消滅してるかもしれないのだぞ……」

「あなたこそなぜ消滅しただけで諦めるのですか?この世界にもワールドアイテムという存在がありました。そのすべての情報を私は知るわけではありませんがその中には消滅した存在さえ蘇らせるアイテムがあるかもしれない。またはそんな魔法を使える存在がいるかもしれない。ならばそれが見つかるまで探すだけです」

「……」

 

 アンデッドは絶句する。この目の前の異形は諦めないというのだ。この世界にただ一人残されても抗い続けると言うのだ。それを眩しそうに見つめる。

 

「さて、ここで得られる情報もこのくらいですかね。まぁレアアイテムがたくさん手に入りましたし、これでよしとしますか。では商会での情報収集に戻りますか……」

 

 もはやこの場には用はなしとくるりと背を向け、部屋を出ていこうとするパンドラズ・アクターに思わずアンデッドは声をかけた。

 

「待て……。上で物音がしていたようだが……?殺したのか?」

「まさかそんなもったいないことはいたしませんよ。ただ……PVPで敗れればすべてを奪われる……当然では?」

 

 悪びれもせずに言うパンドラズ・アクターにアンデッドは僅かな笑みを浮かべる。アンデッドの主たるプレイヤーは人類の守護者たろうとしていたが、そこはプレイヤーである。PVPの楽しさを語って聞かせてくれた。勝った負けたと創造主たちは楽しそうにしていた。もう忘れていたその光景が目の前に浮かんでは消え、アンデッドに仮初の安らぎを与えた。そのお礼とでもいうのだろうか……。

 

「……もし彼らが騒ぎ立てるようであれば私が口添えしておこう」

「そうですか」

 

 面倒は引き受けようと言うアンデッドにパンドラズ・アクターは気のない返事だ。あの程度の人間たちであればどうとでも手は打てると考えて。それも戦いという手段以外でだ。

 

「もう一つ……。この世界は100年周期の波の中に漂う船のようなもの……。お前が現れたのもその100年の揺り返しによるものだろう……。もし……神に出会えるとしたらその時だ……」

 

 アンデッドからの助言、いや期待だろうか。すでに諦めたNPCから希望を持つNPCのせめてもの手向けだろうか。それをパンドラズ・アクターはありがたく受け取ることにする。

 

「これはこれは舞台から退場した先輩からの思わぬ餞別痛み入ります。ですが……カーテンコールにはまだ早い。私は舞台に戻りますのでこれにて失礼!」

 

 大仰に役者のように胸の前に手当てて一礼をするとパンドラズ・アクターは部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「くそ!何もかもうまくいかん!どうなっておるのだ!」

 

 リ・エスティーゼ王国の王城。現国王であるバルブロは憤っていた。帝国との戦争で敗走して以来、王国の財政は右肩下がりである。さりとてバルブロにはそれを立て直すだけの知恵もなく、あっさりと彼を見限った有力な貴族たちからも見放されも国内においてほぼ孤立無援といった状態であった。

 

「それもこれもあのロフーレ商会のせいだ!薄汚い守銭奴どもめ!」

「まったく!まったくそのそのとおりでございますね、陛下!」

 

 卑屈な笑みを浮かべながら頷いている男はチエネイコ男爵。有力な貴族にすり寄ってごまをするだけの小人であるが、今はバルブロの腰ぎんちゃくと化している。

 逆に事あるごとに小言を言ってくるガゼフはそばに置くこともなく王宮の外で働かせている始末であった。

 

「帝国は好景気で賑わっていると言うのに我が国の惨状は何だ。あの商会のせいで王国はめちゃくちゃだ」

「まったく!全く陛下のおっしゃるとおりです!市場を独占し暴利をむさぼり金銭を集めるなど盗人も同然でございます」

 

 二人が言っていることは暴論であった。ロフーレ商会は王国においてだけでなく、世界中でなくてはならない存在と化している。

 そして彼らの言うように暴利をむさぼっているかというと実情は真逆である。安価で薄利多売を基本としており、その信用と品質により市場を勝ち取り利益を上げているのである。むしろロフーレ商会の関係者を捕らえてしまったせいで今の状態になっているのだが、それを理解するだけの頭はバルブロにはなかった。

 

「それで、ルプーという女は見つかったのか!?」

「それは……どうもこの国にはいないようで……」

 

 バルブロにとって八本指の手からルプーを逃したことがすべての始まりであった。もしあそこで捕らえていれば、自分の女にしていれば、その商品を独占していれば、たらればが脳裏に溢れる。

 その気持ちは今でも変わっていない。ルプー魔道具店さえ手に入れれば一発逆転を狙えるのだ。

 

「くそ!あの武具さえあれば帝国に勝てるというのに……ロフーレの者どもは口を割らぬし……」

 

 王都にあるロフーレ商会の関係者はすべて捕らえたが、知らぬ存ぜぬを通していた。それがまた腹立たしい。しかし、それを聞いたチエネイコが思わず口を挟む。

 

「あの……陛下?ロフーレ商会の者達を尋問されただけなのですか?」

「む?」

 

 バルブロが不快そうにチエネイコを睨む。慌てて卑屈な笑みを浮かべて誤魔化すが、チエネイコは考える。ルプー魔道具店はただの店舗であるが、その店が王都にだけあるとは限らない。むしろ利益を上げ成功した店舗は支店を増やしているだろう。

 

「陛下、そのルプーという女はどこから来たのでしょう?王都に最初からいたのでしょうか?それともスカウトされてきたのでしょうか?」

「そんなことは知らん」

 

 にべもなく言われチエネイコは頭を痛ませる。そんなことも調べていなかったらしい。ならば商会の記録なども調べてないのではないだろうか。

 

「陛下、ロフーレ商会にはルプー魔道具店も加入していたのでしょう」

「だろうな、それがどうした?」

「陛下もお気づきではないでしょうか。でしたら帳簿があるはずで……」

「帳簿?記録か?ああ、そうだな……そうだ。商会の取りまとめをしているなら会費や倉庫などの管理もしていたかもしれん!」

 

 バルブロの灰色の脳みそに光が差し、やはり自分は冴えていると頷く。一方、チエネイコはそれを見てほっと胸を撫でおろした。

 

「さすがは陛下!そこにお気づきとは!陛下の慧眼にこのチエネイコ脱帽でございます」

「ふん、当然だ。よし!ロフーレを呼べ!場所はやつの商会の本店だ!!行くぞ!」

 

 バルブロは自分の閃きに我ながら恐ろしくなる。やはり自分こそが王の中の王だ。きっとあのルプーという女も自分のものになるに違いない。バルブロは玉座から立ち上がると嫌らしい笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ロフーレ商会、リ・エスティーゼ王国本部。

 会長のロフーレは牢から出され、かつての自分の書斎に連れてこられていた。そして部屋が荒らされている様子がなく、思わず息を吐く。それは今のところ王都の自分たちだけの被害で済んでいるだろう証明だ。

 ロフーレは今までの人生の軌跡を思い出す。裸一貫から商売人を始めてこの年まで色々とあったが、ロフーレ商会を立ち上げてから順調に勢力を増やしてきた。いや、順調すぎたといってもいいだろう。特にルプー魔道具店などが所属するバハルス帝国の店舗たちは別格だ。魔道具だけでなく、食料、燃料、資材、運送、娯楽など様々な分野でありえないほどの成績を示している。

 自分の人を見る目は確かだったという自負と同じ商売人としての嫉妬が混じる複雑な心境であるが、商会長としては喜ぶべきことだろう。

 各国での市場もほぼロフーレ商会に掌握されており、この王都においてもそれは同様であった。純利益的に考えれば王国における実入りは少ない。ただ利を求めるだけの商売人であれば王国など離れて他の国に行っていることだろう。

 だが、ロフーレの考えは違った。自分たちロフーレ商会が撤退した後、この国がどうなるのかが分かるからだ。そしてその煽りを最初に喰らうのは弱者だろう。

 ロフーレ自身は生粋の商売人と言うこともあり損をする商売は絶対にしない。しかし、逆もまたしかりなのだ。客に損をさせるような商売もしないことを心掛けている。金持ちにはその虚栄心を満足させる高級品を、貧しい物には安価な商品を需要と供給を。商売とは一方通行ではいけないのだ。だからこそ王国に残り、商売人としての矜持を守っていた。そして妬み嫉みを買うことはあっても恨みを買うようなことはなかったのだが……。

 

「久しぶりだな。ロフーレ」

 

 乱暴に開けられた扉から現れたのはチェレンコフ男爵と現国王のバルブロだ。その顔にはいささかの敬意もなければ遠慮もない。

 

(これがこの国の王……まるで猿が衣服を着ているようですね……)

 

 ロフーレはバルブロを見てそう感じる。豪奢な衣装を着ているが、その中身を伴っていないことが顔つきや態度でありありと分かる。

 かつて遠目に見た威厳と知性に満ちたバハルス帝国の皇帝とはまさに月とすっぽんである。知性や矜持がまるで感じられない。

 しかしそこは商売人のロフーレ。そのような気持ちは一切顔には出さない。柔らかな微笑みを浮かべると席を立ち、その場に跪いた。

 

「これはこれは陛下。どのようなご用件でしょうか?」

「ふん。ではあらためて聞こうか。ルプーと言う女の居場所は思い出したか?」

「申し訳ありませんが陛下。何度聞かれても知らないものは答えようがありません」

 

 目の前にいる思慮に欠けた男。その噂は聞いている。国民を虐げ、いい女とみれば誘拐同然に浚い、法外な関税や通行税をかけ、私利私欲を肥やしている噂をよく耳にする。後ろ盾となっていたボウロロープ公がいなくなってからはそれを諫めるものもなく、まさに衆愚の王といった様相だ。

 そのような男にあの可憐なルプー嬢の居所を話したらどうなるか言わずとも分かるというものだ。

 

「それに、商会に加盟している店舗は多いですのでそのようなものがいたかどうか……」

「使えないやつめ……まあいい。おい、探せ」

「はっ!」

 

 バルブロの命にチエネイコとその手勢が会長室の棚の書類へ手を伸ばす。乱暴に書棚を引っ掻き回される様子にさすがのロフーレも声を上げる。

 

「な、なにをなされる!?おやめください!!」

「言わないのであれば勝手に調べさせてもらおう。ロフーレ!貴様には独占禁止法違反の疑いがある。また、違法な商品を取り扱っているとの話もな」

「なっ!?」

 

 まさに言いがかりであった。違法な薬物を扱っていたのはかつてバルブロと付き合っていた八本指であり、バルブロ自身それに関わっていたというのにその顔は勝ち誇っている。それを見てロフーレは偽証や証人を用意しているのであろうと察する。そこまでされては一国の王に一介の商人が逆らえるはずがない。

 チエネイコは時間をかけて念入りに書類に目を通すとそのうちの1枚をバルブロに差し出した。

 

「陛下!これを!」

「ほぅ!?」

 

 チエネイコが取り出したのは商会の出納簿だ。その中には各支部での売り上げや現在の在庫、そしてその管理する倉庫の場所などが書かれている。

 

「ほほぅ?エ・ランテルにルプー魔道具店の倉庫があるようだが……?それを会長の貴様が知らなかったと?それになんだこの売り上げは……」

 

 それは王国の国家予算を優に超える売り上げの数々。この王国だけでなくバハルス帝国、聖王国、竜王国、はてはスレイン法国とまで取引がなされている。そして当然それに応じた金額が商会本部に流れていた。

 

「悪どく儲けていたようだな!ロフーレ!国家反逆罪の罪も加えて捕らえよ!ロフーレ商会の倉庫も証拠として差し押さえるぞ!」

「はっ!」

「何を言われる!我々はまっとうに商売をしているに過ぎません!」

「まともな商売でこれだけの売り上げがあげられるわけがないだろう」

 

 出納簿をバシバシとロフーレの顔に叩きつけながらバルブロが凄む。

 しかし、これも完全な言いがかりである。政府の無策により王国の食料や産業はもはや壊滅的であるのだ。それを補ってきたのがロフーレ商会であり、王国に貢献をこそすれ被害をもたらしているようなことは一切していない。

 そんなことを露ほども思わぬバルブロは一喝する。

 

「王都の倉庫を押さえたら次はエ・ランテルだ。兵を集めろ。はははは、あのルプー魔道具店の倉庫だ。期待させてもらおう!」

 

 バルブロの胸が期待に膨らむ。帝国を打ち負かした武具を販売していたルプー魔道具店。その管理する倉庫だ。そこには見たこともない恐るべき魔道具の数々が並んでいることは間違いない。バルブロはそれらの武具を纏い、ついに帝国までも征服する自身の晴れ姿を脳裏に浮かべる。

 

「良い……!良いぞ!さすがは俺だ!がははははは!見ていろジルクニフめ!次にはねられるのは貴様の首だ!」

 

 品のある調度品の並べられた会長室にバルブロの下品な笑い声が響き渡る。それを聞きながらロフーレは天を仰ぎ、あの可憐でコロコロと笑う変わり者店員が無事であることを祈るしかなかった。




 


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第36話 宝物殿襲撃

 エ・ランテル倉庫街。

 普段は行き交う荷馬車や商人たちで賑わうその場所もその日は物々しい雰囲気に包まれていた。バルブロが王国から選りすぐった手勢の兵たちとともに集っていたのだ。

 すでに王都のロフーレ商会の資産は差し押さられており、その莫大な財貨に笑いの止まらないバルブロであるが、目の前の倉庫には苦笑いしてしまう。

 

「ここが……ルプー魔道具店の倉庫か……」

 

 そこには御大層にも『宝物殿(仮)』などと記されていたのだ。冗談なのか本気なのか。自分の倉庫にそのような名をつけるなどよほどの変わり者だろう。しかし、バルブロはあの愛嬌のある赤毛のネコを思わせる美女であればかくやと思えてしまう。

 

「可愛らしいものじゃないか、宝物殿……宝物殿か。はははははっ!ならば本当の宝物殿に移してやろうではないか!よりふさわしい持ち主の元にな。おい!やれ!」

「はっ!」

 

 斧を手にした兵が蝶番にそれを振り下ろし力づくで破壊する……鍵を手に入れることが出来なかったからだ。鍵を渡さなかったロフーレ商会の者達はすでに捕えられているが、自分の思い通りにならない人間の多さにバルブロは辟易としてくる。

 

「まったく身の程知らずが多くて嫌になるな……」

 

 そう呟いた次の瞬間、ロフーレ商会だけでなく、この町の住人もバルブロを馬鹿にしているらしいということが判明する。蝶番を壊した途端、あたりに大音量が鳴り響いたのだ。

 

「つっ!?な、なんだこれは!?」

「陛下、《警報(アラーム)》の魔法と思われます」

 

 多少なりとも魔法についての知識を持っている兵士が説明するが、つんざくような音量にバルブロは耳を抑える。

 

「ええい、うっとうしい!こんなものただ音がうるさいだけだ!いいから扉を開けろ!」

 

 耳を抑えながら叫ぶバルブロの命に兵士は倉庫の壊した扉を押し開く。少しずつ開いていく扉から……徐々に光が洩れ出てくる。そして全開になったそこには……別世界が広がっていた。

 

「「「お、おおおっ……」」」

 

 目の前にあるのは眩くばかりの金銀財宝だ。バルブロだけでなくその場にいたものすべての目が釘付けになり思わずため息を漏らす。白金貨が山になっているところなど王族であるバルブロでさえ見たことがない。その中に無造作に魔法の輝きを放つ武具が埋もれてさえいるのだから。

 

「素晴らしい!お前たち、武具を集めろ!一つ残らずだぞ!それから……ん?なんだこれは……」

 

 宝物殿の壁沿い、バルブロはそこに並ぶ奇妙な石像に気づく。異形な姿をしたそれらが纏う装備はおよそ人間が装備するものとは思えない。調度品の類だろうか。そこから放たれる異様な雰囲気に背筋がゾクリとする。

 

「まあ良い……。それらもすべて運び出せ!確か他にも2つ倉庫があったはずだな、そちらも調べろ。ぐふふふふ、いいぞ。これで……これで帝国に勝てる!そして帝国の次は法国!そして周辺国家を支配し、この我こそが世界を……!」

「おい!あんたたち何をしているんだ!」

 

 バルブロは良い気分で高らかに世界の覇者としての宣言をしようとしていたのだが、良いところを邪魔され眉を顰めた。振り向くと見るからにみすぼらしい革製の装備を着た4人の男たちが身構えている。

 

「なんだ……?お前たちは?」

「我々はここの警備を任されている冒険者だ!《警報》を聞いて来てみれば……それらのアイテムはルプーさんのものだ!すぐに倉庫に戻せ!」

 

 現れたのは漆黒の剣の4人である。リーダーのペテルが剣を引き抜きそれをバルブロへ突きつける。そこにはいささかの迷いもない。とても世界の覇者へとなる者に向ける態度ではなかった。

 バルブロの顔が怒りに歪む。一介の冒険者風情が王族たる自分に剣を抜いたのだ。許せるはずがない。即座に首を飛ばされても文句は言えない大罪である。

 

「私はこの国の国王、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフである!控えろ下民どもが!」

「お、王様!?」

 

 ペテルの顔に動揺が走る。豪華な恰好をしているためどこぞの貴族崩れかと思っていたのだ。王国では不景気の煽りを受け、貧しい貴族が領地の経営に行き詰まり野盗と化している者までいる始末なのだ。そう言った輩は一見良い身なりをしているため、その類かと思っていたのだが……まさかこの国の王とは思いもしなかった。

 

「お、王様がなぜこのようなことを!?ここは確かにルプーさんの倉庫です!我々はその警備を任されています!」

「そのルプーなる女の属するロフーレ商会が国家転覆をはかった。ゆえにロフーレに属する者達の財産は徴収させてもらう。それだけだ!分かったか!ああ、もう面倒だな……。見逃してやるからさっさと失せろ!」

 

 相手をする価値もないと背を向けるバルブロの言葉にペテルたちは顔を見合わせる。ロフーレ商会が国家転覆を計るなど聞いたこともない。自分たちの恩人であるルプーの人柄はよく知っている。愛想が良く、明るく美しく不思議な魅力をもっている。商人としても信頼できる人物である。

 そんな彼女への侮辱。例え王と言えども許せるはずがなかった。そして心に宿るのは冒険者としての矜持。一度受けた依頼を、任せてくれた信頼を無碍にすることなど考えられない。

 

「陛下、もう一度言います。我々は冒険者組合としてこの倉庫を警護を任されています。それらの品を倉庫に戻してください!話は冒険者組合で聞きましょう!」

「なっ、なんだと貴様!?国にたてつくというのか!」

「陛下こそお忘れですか、冒険者に国境はありません!冒険者とは国に縛られず人々を守る者!!王族だろうと略奪行為は見逃せません!」

「き、貴様!!くぅ……いいだろう、見逃してやろうと思ったが気が変わった……。試し斬りに丁度いい。おい、お前たちその武具を身につけろ!」

「は、はい!」

 

 バルブロに言われ兵士たちが略奪したばかりの倉庫の武具を身につけ始める。するとどうだろう、兵士たちの体にありないほどの力が漲ってくるではないか。バルブロもそれらの魔法道具の一振りを手に取ると、剣を引き抜いた。

 

「むっ……これは……」

 

 それは見覚えのある剣。漆黒の刀身にはまるで星のような光が輝いている。城にいたときであろうか、妹であるラナーの友人である『蒼の薔薇』のリーダーを見かけたときに見たものだとバルブロは思い出した。

 

「確か名前は……暗黒剣……キリネイラム……だったか?ほぅ……これはすごいな」

 

 妹から聞いた名前をうろ覚えながら思い出しながら、それをブンと一振りする。そこかから感じる力、高揚感。それは今まで手にした魔法道具の比ではない。

 ただし、それは実際はキリネイラムではなかった。バンドラズ・アクターの作成したレプリカ(オリジナルより強い)である。

 しかし、それを聞いた漆黒の剣の4人が耳を疑う。彼らの冒険者チーム名、『漆黒の剣』。それは4大暗黒剣をすべて手に入れようと誓ったことで名付けられた名前だ。一時は1本が蒼の薔薇が所持していると聞いて諦めていた。それがなぜルプーの倉庫にあるのか、それも疑問であるが、ペテルたちは目の前の下劣な男がその剣を持っていることが許せなかった。まるで自分たちの絆を踏みつけにされているような気分にされる。

 

「おい、リーダー。俺ちょーっと頭に来てんだけどさぁ……」

「奇遇ですねルクルット。僕もですよ……っていうかもう逃げられそうにはありません。《鎧強化(リーインフォース・アーマー)》!《下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)》!《下級筋力増大(レッサー・ストレングス)》!」

 

 じりじりといつの間にか兵士たちに背後も固められている。逃げるにも彼らを倒さなければ無理だろう。それを見てニニャは素早く仲間を魔法で強化していく。

 

「もとより逃げるわけにはいかないのである。王様、今すぐその汚い手を離すのである」

「離すつもりは……なさそう……だな……仕方ない!行くぞみんな!」

 

 ペテルの言葉にルクルットが、ニニャが、ダインがニヤリと笑って頷く。頼りになる、そしてかけがえのない仲間たちである。4人は背を預け合って四方に身構える。

 

「馬鹿馬鹿しい。我々に勝てる気でいるのか?はははははっ!」

 

 その覚悟を、信頼を、誇りを馬鹿にするように笑いながらバルブロの足が漆黒の剣のもとへと歩みだす。その周りを固める兵士たちの身に着けている武具も魔法の輝きを放っている。

 それらは兵士一人一人を一騎当千へと変えるほどの魔法道具である。全身からあふれる力に酔いしれながらバルブロは剣を掲げると『漆黒の剣』へと向けた。

 

「喰らうがいい!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)!!」

 

 ここにバルブロ率いる王国軍と『漆黒の剣』の戦いの幕が切って落とされたのだった。



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第37話 人間の価値

「あっ!」

 

 リ・エスティーゼ王国、王都冒険者組合。かつては賑わっていた王国最大の都市の冒険者組合も今は閑散としていた。それもそのはずである。王国を覆う不況の波は依頼の減少という形で冒険者組合をも巻き込んでいた。

 依頼料を払えない民衆が多くなり、代わりに郊外でのモンスター等の被害は拡大する悪循環である。そんな冒険者組合の一室でアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のラキュースが突如声を上げていた。

 

「どうした、ラキュース?」

「いえ、何か背筋に寒気が……。どこかで私の大事なものを汚されたような……そんな気がするわ」

「なんだそりゃ……神官としての神託でもおりたのか?」

 

 神官戦士であるラキュースであるが、そのような能力があるとは聞いたことがない。わけが分からないと肩をすくめるガガーラン。その横ではイビルアイが呆れたように首を振っていた。

 

「あのな、ラキュース。何と言うか……我々の大事なものを汚しているのはお前だと思うのだが……?」

 

 イビルアイがラキュースの頭の上を指さす。そこには神官戦士とは思えない奇妙なものが置かれていた。かつてラキュースと死闘?を繰り広げたルプーが被っていた黒い軍帽に似た帽子である。

 

「イビルアイ、何を言ってるの!?私はあのライバルを超えるためにもっともっと自分を磨かないといけないの!そのために相手を知ることから始めることにしたのよ!」

「鬼リーダーが狂った」

「むしろいつもどおり」

 

 ティア、ティナの双子忍者も揶揄うラキュースの頭の上のもの、それは特注で仕立て上げさせた軍帽である。気に入っているのか頭の上で位置を直しながらチラチラとイビルアイを見つめて来て苛立たせる。

 

「……どう?」

「どうと言われてもな……それは意味があるのか?」

 

 聞いてくるラキュースのドヤ顔にイビルアイの仮面の下の顔が引きつる。両手の指すべての指に嵌められたアーマーリングは闇の人格を抑えるのに必要だと聞いたことがあるがその帽子はどう見ても魔法的な効果はなさそうに見えるし、防御力的な意味でも心もとない。

 

「これをしてからね!なんて言うか!自分が強くなったって言うか!軍服とかサーコートっていうのも良いかと思ったんだけど装備的に無理じゃない?だからせめて軍帽にしたんだけどきっとルプーもそういう理由でメイド服に帽子だけなんだと思うの。だって軍服や軍帽って強いじゃない。あの子もそう言ってたし!だから私も強くなれるって言うか。ねっ?ガガーラン」

「お、おう……」

 

 急に話を振られたガガーランはそれしか言えない。ラキュースがたまにルプーと会ったりしていたことは最近知ったが、何となくそれで悪影響を受けているのではないだろうか。

 

「それにこんな帽子を被ってるのは私だけじゃないわよ。町でもちらほら見るし、お店の店員の人が多いわね」

「確かに似た帽子をした店員が増えているな……。ロフーレ商会だったか?他国でも見た」

「このセンスの良さが分かる人が増えてるってことね。うん、それは良いことじゃないかしら?」

「まぁ……店員の制服(ユニフォーム)というのであれば違和感は……ないのか?ああ、もうそんなことはどうでもいい。今日はこれからのチームの方針を話し合うのではなかったのか」

 

 ルプーや自分の仲間が増えていることに嬉しそうなラキュースを見かねたイビルアイは話題を変える。そもそも仕事が減っている現状で、自分たちの河岸を変えるべきかどうかを話し合う予定だったのだ。

 

「うーん……そうね……。私は出来れば王国で仕事を続けていきたいんだけど……」

「さすがに無理だろうな。なにより仕事がない。仕事がなければ生きていけない」

「だよなぁ……。やっぱ他の国に行くべきじゃねーか?ラキュース」

「それはそうだけど……」

 

 ラキュースが即断できないのも無理はない。ラキュースは王家とも親交のある由緒ある貴族の出身であり、勘当同然に家を飛び出して冒険者をしているとはいえ両親は王国内で領地を経営している。その国を飛び出すのに戸惑いがあるのだろう。

 そしてもう一つ、親しい友人を置いて自分だけ出ていくのに罪悪感があったのだが、その懸念はもう解消されていた。

 

「あの王女はもうこの国にいないのだろう。確かバハルス帝国に亡命したのだったか……。久しぶりに会いに行くのもいいんじゃないか」

 

 そう、友人にしてこの国の第三王女であるラナーはすでにこの国にはいないのだ。お気に入りのクライムと一緒にバハルス帝国に渡ったと聞いていた。相談もなく亡命してしまった友人に言いたいことはあるが、今のこの国の現状を見るに英断だったと言えるだろう。

 

「そうね……でもそんなに簡単に決められる話じゃないわね……」

「ああ、そういえばバハルス帝国にはラキュースのライバルの……えっと何だったか、そうルプーの店の本店があると聞いたな」

「決まりね!みんな!次のホームタウンはバハルス帝国よ!」

 

 イビルアイが、ガガーランが、ティアが、ティナが顔を見合わせる。王都から出ていく冒険者たちは蒼の薔薇だけではない。いや、仕事を求めて他国に移動しなければ食べていけない者がほとんどだろう。

 そのため、どうやってラキュースを説得しようと頭を悩ませていた仲間たちであるが、予想の斜め上の方向で乗り気になってしまった。

 

「はぁ……じゃあ、決定ということでいいな。あとその帽子は脱げ。我々が恥ずかしい」

「それは絶対に嫌!!」

 

 イビルアイの最後の願いは却下され今日何度目か分からないため息を吐く。長らく世話になった王都の冒険者組合であるがそれも今日が最後だろう。

 こうして蒼の薔薇のホームタウンは変わることとなり、荷物をまとめると新天地へと旅立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

 バハルス帝国、ルプー魔道具店。

 カップの割れる音。ツアレがアップルティーを注ぐ際に突如カップが割れてしまったのだ。嫌な予感がするツアレであるが、それよりも主人の体が心配であった。

 

「すみません!ルプー様、火傷をされてはいないですか!?」

「別にカップくらいいいっすよ。でも最近情報が途切れちゃったから暇っすねー……」

 

 100℃もない程度の熱湯でルプーが火傷をするはずもない。そして割れたのはどう見ても高級そうなカップなのであるが魔力の宿ってないそれらはルプーにとってそれほど価値があるものではなかった。 

 そんなことよりも考えるのは別の事、スレイン法国での情報だ。モモンガに関する情報はなかった。しかし100年周期にユグドラシルの者達がこの世界に来る可能性があるということが分かっただけでも僥倖であろう。異業種たるパンドラズ・アクターには寿命という概念がなく、時間など無限と言えるほどあるのだから。

 

「あの……最近は……ルプー様がお店にいてくれて嬉しいです」

「そうですよ、いつもルプー様は忙しくされているのですからたまにはゆっくりしていってくださいよ」

 

 ツアレをはじめとするメイドたちが嬉しそうにルプーの周りに集まっている。周辺国の情報の収集は進めているものの自ら出かけることも少なくなり、ルプーとして店にいることが多くなっていた。メイドたちとしては憧れのルプーがいてくれるのだ。大はしゃぎである。

 

「そうっすね……。まぁ、ロフーレ商会も大きくなったっすから情報収集は人に任せてもいいかもすね……」

 

 実際、大きくなったどころかあらゆる国の商会がロフーレ商会の影響下に入りつつあり、国内において皇帝ジルクニフでさえ下手に手を出せなくなっていた。しかし、水が高きから低きに流れるようにそれは当然のことであり、ルプーは気にする素振りもない。出来ることをやっていくだけである。

 

「じゃあ……また新しい料理でも考えるっすか!」

「はいっ!私がんばっちゃいますよ!」

「もーっ!ツアレさんばかりずるい!私も料理を考えてみたんです!ルプー様がおっしゃっていたカレーライスなる料理のレシピを作ったんです!」

「ルプー様、私も次は私も呼んでほしいです!」

 

 メイドたちのルプーへの忠誠は本物である。それを見てかつてのナザリックを思い出しルプーは微笑む。敬礼などの仕草の教育も礼儀作法も完璧。彼女たちであればナザリックの立派なしもべになることもできるかもしれない。

 そんな美しいメイドたちの幸せな午後であるが、それも長くは続かなかった。乱暴に店舗のドアが開かれ、そこから大声が響き渡ったのだ。

 

「ル、ルプーさん!ルプーさんはいらっしゃいますか!」

 

 入口から入ってきたのは常連の出入商人だ。確か王国方面との取引を担当していたはずである。その顔は蒼白でありただ事ではないことを伺わせる。

 

「……何かあったっすか?」

「そ、それが……こ、これをお読みください!エ・ランテルの支部から早馬で届いた手紙です!」

 

 ルプーは手紙を受け取るとすばやく目を走らせる。読み進むうちにその目は次第に鋭くなり、立ち上がると手紙を握りつぶした。

 

「ちょっとエ・ランテルまで行ってくるっす……」

 

 その顔にはいつもの笑顔はない。かと言って真面目モードの妖艶な顔でもなく、唇は噛みしめられ目には怒りの炎が宿っている。付き合いの長いツアレ達でさえこんなルプーを見たことはない。猫のように気まぐれでいつもからかうように笑っている彼女がそんな顔をするほどの事態ということだろう。

 

「ル、ルプー様!何があったのですか!?」

「エ・ランテルの宝物殿……倉庫が略奪にあったらしいっす。リ・エスティーゼ王国のロフーレ商会の会長や会員も皆投獄されたらしいっすね。手紙によると犯人はリ・エスィーゼ王国国王バルブロ……」

「そ、そんな!」

「馬鹿だ馬鹿だとは思ったっすけど……ここまでだとは……店は任せたっす」

 

 そしてルプーは手紙を握りしめ、大気を震わせるほどの怒りを振りまきながら店を飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国、城塞都市エ・ランテル倉庫街。

 《上位転移(グレーター・テレポーテーション)》により転移したパンドラズ・アクターはルプーの姿へと身を変える。

 目の前には無残にも扉をこじ開けられ、中身が失われた3つの倉庫があった。中にはこれまでルプーがモモンガのために集めに集めた数々のレアアイテムが整理保管されていたはずだが……今やそれは何一つ残されていない。そして……。

 

 

───パンドラズ・アクターの中で何かが切れる音がした

 

 

「くぅ……くずがああああああああああああ!取るに足らない人間風情があああああああああ!わ、我が守護領域に土足で上がり込みいいいいいいいい!」

 

 あまりの激しい怒りに抑えきれずに言葉に詰まる。そして深呼吸をするように肩を動かし、激しく言葉を続ける。

 

「さらにわぁあ! 私のもっ、最も大切なあの至高なる御方のために集めたアイテムを奪い去るなど……糞がぁああ!!何たる失態!何たる屈辱!許さん!絶対に許さんぞ人間どもがああああああああ!」

 

 ルプーというキャラ設定も忘れパンドラズ・アクターは気がふれたように絶叫する。

 パンドラズ・アクターにとって人間など最初から取るに足りない存在である。いてもいなくてもどうでもいい存在。だが、中には役に立つ者もいる。いつか役に立つかもしれない者がいる。その程度で生かしておいた存在だ。しかし……。

 

「はぁ……はぁ……私が甘かったということですか……人間など……人間など滅ぼしてくれる!至高の御方の財を奪う卑劣漢ども……」

 

 落ち着きを取り戻したのか、噛みしめるようにつぶやくパンドラズ・アクター。その脳裏に浮かぶのはかつてナザリックに攻め込んできたプレイヤーたちの姿だ。人間種たちによるナザリック襲撃。それは至高なる41人の存在により撃退された。

 それを誇り高く思うとともに、ナザリックにおいて人間種に対する忌避感は強い。それはやはり正しかったのだろうか。パンドラズ・アクターは倉庫の警備を任せた『漆黒の剣』たちのことを思い出す。

 

「人間などに警備を任せたのが間違いでしたね……おのれぃ……いっそあの有象無象どももまとめて人間など……」

 

 『殺す』、そう言いかけたときパンドラズ・アクターの目が倉庫脇の草むらへと止まる。そこから複数の足が飛び出していたからだ。その体に装備されている武具には見覚えがあった。そう、あの漆黒の剣の面々に渡した武具である。

 草むらを掻き分けて見ると4人の冒険者が倒れていた。ペテル、ルクルット、ニニャ、ダイン。その身には争った跡があり必死に戦ったのだろう剣は砕け、皮鎧は引き裂かれていた。体にはいくつもの刺突の跡があり、そこから流れ出た血は地面を血の海へと変えている。パンドラズ・アクターが殺すまでもなく4人とも死んでいたのである。

 

「守護領域を任されて何も出来ないとは……所詮は人間……えっ……?」

 

 僅かなりとも信頼した人間の価値がこれほどまでにないと諦めかけたその時……漆黒の剣の四人が寄り添うように抱えているあるものに気づく。

 それは禍々しい装飾を施された異形の杖である。6匹の蛇が巻き付くような装飾の蛇の口にはそれぞれ宝玉が咥えさせられている。

 黄金に輝くその杖こそ───パンドラズ・アクターがその創造主モモンガのために作ったギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのレプリカであった。

 

「まさか……彼らが……?」

 

 争いつつも何とか草むらまで行きつき、そこに隠したのだろう。よく見るとそこはもともと草むらではなかったと思われた。恐らく森司祭(ドルイド)であるダインの《植物の絡みつき(トワイン・プランツ)》により一つでもアイテムを隠そうとしたのだろう。

 自分たちの命を投げうってまで託されたものを守る。その守れたものはたった一つ、それだけであるがその姿にパンドラズ・アクターはかつての自身の姿を重ねる。至高なる存在からナザリックの最重要領域である宝物殿を任された自分は当然命を投げうってでもそれらを守り抜くだろう。

 

「なるほど……人間にもこれほどの価値がある者達がいるということですか……あなた方の決意に敬意を表します!」

 

 ルプーは足を揃え、漆黒の剣へと向けて敬礼を送る。彼らの決意にはそれをするだけの価値があるだろう。黙とうとも思える長い敬礼を終えるとパンドラズ・アクターはその手を彼らに掲げた。

 

「《真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)》!」

 

 最高位の蘇生魔法の光が漆黒の剣を包む。そして彼らへの敬意とともに、もう一つ。どす黒い感情がルプーの心にくすぶる。

 

「さて、価値のある人間がいることは分かりました。しかし……リ・エスティーゼ王国、国王バルブロ……お前がレアでもコモンでさえなく……何の価値もない人間であることを……教えてやろう!!」

 

 生命の息吹に息を吹き返し始めた漆黒の剣たち。そんな彼らを見つつパンドラズ・アクターは王都へ向け指を指し高らかに宣戦布告するのだった。



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第38話 嵐の前

 長い長いまどろみの中にいた。そして───そこに現れた優しく暖かな光、柔らかな手、その手にひかれるように手を伸ばして……。

 

 

 ペテルは目を覚ました。窓に掛けらた純白のカーテンから日が指しておりその眩しさに目を瞬かせる。

 

「ここは……?」

 

 見上げた天井は知らない模様を描いている。そこからは微かな魔法の光が室内を照らしていた。ペテルが自身の体を見るとそこはベッドの上である。体に気だるさを感じつつその身を起こすがベッドは何の軋み音も発しなかった。それでいて柔らかでしっかりと体を支えるマットはいつもの貧乏宿のものとは物が違う。いつまでもそのベッドと布団の感触を味わっていたかったがそういうわけにもいかないだろう。

 ペテルは立ち上がるとあらためて自分の姿を見下ろす。いつの間にか清潔な寝間着に着かえさせられており、大切にしていた武具がないことに慌てて周りを見渡す。

 

「あった……」

 

 そこにはペテルの装備品が丁寧に置かれていた。そしてその向こう側のベッドには仲間の姿もある。まだ眠っているのかベッドに横たわったままであるが寝息とともに胸が上下しているのを見てほっと胸を撫でおろす。

 

「私たちは死んだのでは……」

 

 ペテルの最後の記憶は王国の兵士たちから剣や槍を突き刺され意識を失ったところまでだ。そしてその傷は致命傷としか思えない深さであったはずである。

 

「どこも……怪我をしていない?」

 

 体中がボロボロになり血もたくさん出た。その体をペタペタと触ってみるがどこもかしこも痛み一つない。よく見ると昔あった古傷までなくなっていた。

 

「どういうことだ……ここはどこなんだ?」

 

 ふと窓に寄ってカーテンを開けると外の様子を伺う。それはどこかの街の商店街のようであった。窓から噴水のある広場が見える。見たことのない場所だ。少なくともエ・ランテルではない。

 カーテンを開け放たれたことで差し込んできた日の光に反応したのか寝ている仲間の一人が声を上げる。

 

「むにゃむにゃ……ナーベちゃん。そんな大胆な……むにゃむにゃ」

 

 声のした場所を見るとルクルットが幸せそうに眠っている。ただの寝言のようだ。

 

「ナーベちゅわあん。俺も好きだよー。んーっ」

 

 どうやら夢の中で意中のナーベとイチャイチャしているらしい。枕に抱きついてキスをしているルクルットにペテルは悩んでいるのが馬鹿らしくなった。そしていい夢を見ているところを悪いが現実に戻してやるためペテルの鼻をつまんでやる。

 

「むぐっ……そ、そんな……ナーベちゃんそんなプレイを……はっ!?」

 

 あまりの息苦しさにルクルットが目を覚ます。そして目の前のペテルの顔を見るとこの世の終わりでも見たように頭を抱えた。

 

「ああー!もう!なんてことしてくれてんだリーダー!もうちょっとで俺とナーベちゃんが結ばれるところだったのに!……って……ここどこ?」

「ちょっと、ルクルット静かにしてくださいよ」

「ううん……」

 

 ルクルットの大声にニニャとダインも目を覚ましたようだ。二人もペテルと同じように周りを見渡して驚いている。

 

「ここは……どこです?」

 

 ニニャが周りをきょろきょろと見回していた。しかしペテルにしてもそれに答えられるだけの情報は持っていなかった。しかしパタパタとペテルたちの部屋に近づいてくる足音を聞いてその情報を持っていそうな人物が現れることを予想する。

 思わず身構える4人であるが……。

 

「入ってもよろしいでしょうか?」

 

 コンコンと鳴ったノックの音。そしてその声は若く優し気な女性のものであった。

 漆黒の剣の4人は顔を見合わせるとその視線をペテルに向ける。リーダーに任せるということなのだろう。ペテルはゴクリと唾を飲み込むと扉の向こうの人物に返事をした。

 

「はい、どうぞ」

 

 ペテルの言葉に入ってきたのは美しい金色の髪を持つのメイドであった。可愛らしい顔立ちが一向に安心感を与える。その安心感に既視感を感じつつも、一行の目が注目したのはその頭に乗っている帽子だ。色は違うものの漆黒の剣はその帽子を知っている。

 

「「「「ルプーさんの軍帽!?」」」」

「あ、はい。こちらはルプー魔道具店のバハルス帝国本店です。皆さまのことは大切なお客さまだとお聞きしています。どうぞおくつろぎください。簡単ですがお食事を用意させていただきました」

 

 ニコリと笑ったメイドは部屋のテーブルに料理を並べていく。パンにバター、スープ、サラダと簡素なものだが、スープから香る甘い香りが一同の食欲をそそる。それを見て……。

 

 グーッ。

 

 ふいに聞こえた何かの鳴る音。その発生源を見るとニニャが顔を赤らめて頬をかいていた。空腹のところに美味しそうな料理を並べられて体が反応したらしい。

 

「ニニャー……」

 

 普段はやりこめられているルクルットが面白おかしくニニャを揶揄おうとしたそのとき……。

 

「「はい」」

 

 二つの声が重なった。一人は漆黒の剣のニニャ、もう一人は食事を運んできたメイドだ。二人の声はよく似ており、よくよく見ると顔立ちもそっくりである。それもそのはず、ニニャとはツアレの本名の愛称であり、ニニャが姉を探すにあたって使っていた偽名だったのだから。

 

「は……?え……?なんでメイドさんが返事するの?」

 

 ルクルットは首を傾げながら顎に手を当てているが、ニニャとメイドはお互いの顔を凝視したまま動かない。そしてその瞳には見る見るうちに涙が溜まっていった。感極まったのかニニャがメイドの胸に飛び込む。

 

「姉さん!!!」

 

 ニニャは両手で力いっぱい抱きしめる。そして確認する。これは姉だ。あの頃に比べ髪も伸び、年月が経ってしまっているが忘れるはずがない。懐かしい姉のぬくもりと香り。貴族に攫われ、生き別れになり、冒険者となって探し続けていた姉が目の前にいる。その奇跡をニニャは神に感謝をする。

 

「本当に姉さんだよね!?どうしてここに!?いつから!?体は平気なの!?ルプーさんと関係があるの!?ずっと……ずっと探していたんだよ!会いたかったよぉ」

 

 まるで子供のころに戻ったように泣きながら姉を質問責めにするにニニャにメイド……ツアレは目に涙を溜めながらその髪を優しくなでる。

 

「私も会いたかった……ああ、ルプー様は本当に約束を守ってくださった……。全部……全部ルプー様のおかげです……ありがとうございます女神様……」

 

 ツアレもこの場にいない女神に感謝しながら泣いていた。妹を探してくれるという約束を守ってくれるとは思っていた。だがしかし、まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。

 そんな二人を温かく見守る漆黒の剣。やがて二人は泣き止み、照れながらその体を離した。落ち着くのを待っていたペテルが我慢していた質問をぶつける。

 

「あの……どうして我々がここにいるのでしょう?それからあなたとニニャのことも教えていただきたいのですが……」

 

 ペテルの言葉にツアレは漆黒の剣の4人に椅子にかけるようにすすめると事情を話し始めた。

 ツアレが王国で貴族に攫われた後、飽きられ娼婦として売られたこと。その後、娼館で酷い扱いを受けていたこと。組織からルプーに助け出されたこと。店員として雇ってもらえることになりバハルス帝国まで来たこと。そして敬礼や軍服のすばらしさをたっぷりと時間をかけて語り、ツアレがルプーを女神のように崇めていることで自分の話を締めた。

 その後、話は漆黒の剣の話に移る。エ・ランテルの倉庫が襲われたルプーはすぐに倉庫へ向かったというのだ。そしてその前で倒れていた漆黒の剣を助け、帝国まで連れてきてくれたらしい。

 

「でもさー、ここからエ・ランテルまでどれだけ距離があんの?俺らをここまで運んでくるなんてどれだけ時間かかるんだ?」

 

 ツアレの話を聞いたルクルットの疑問は当然である。いったいどうやってここまで運んできたというのか。それに八本指の娼館から娼婦たちを救い出すなど一介の商人が出来ることではない。

 

「それもルプー様のお力です。よく分かりませんが魔法じゃないでしょうか、たぶんですけど……」

 

 魔法をあまり知らないツアレは簡単に言うが、このような長距離を移動する魔法など聞いたこともない。近距離での転移でさえ第三位階以上の魔法を必要とするのだ。それらを考えるにルプーは魔道具を作る技術や商才だけでなく、それに匹敵する実力を兼ね備えているということになる。

 

「ルプー様はお怒りになられていました。エ・ランテルの倉庫のことで……。あと皆さまには感謝していましたよ。すべてが済んだら必ずお礼をするとおっしゃっていました。しばらく留守にするのでこの部屋は自由に使っていただいていいとも……」

 

 ペテルたちの背に滝のような汗が流れる。もちろんルプーを裏切るつもりなど毛頭なかったが、それほどの人物の期待を裏切らなくてよかったと本気で神に感謝する。もし裏切っていたらどうなっていたかなど容易に想像できる。そしてそんな人物の怒りが向いた相手の末路も……。

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国、王城執務室。

 筆頭秘書官であるロウネからの報告にジルクニフがため息を吐き出す。

 

「帝国の税収が昨年の3倍になったか……」

「はい、陛下。あの……どうかなされましたか?これは喜ぶべきことではないでしょうか。民もこの好景気に喜んでおりますし、陛下の治世を称えております」

「そう思うか……?」

 

 税収の詳細を記した書類を見てジルクニフは眉間にしわを寄せる。増えた税収のほとんどすべてにロフーレ商会の影を見たからだ。

 現在、帝国では未曽有の好景気が続いている。世に仕事があふれておりどんな貧民であろうと仕事と給金にありつける。お金が手に入ればそれを使うのが人というものだ。そしてそれに伴い物が飛ぶように売れる。

 このように帝国において経済は回り続けており税金が入ってくるのだ。しかし、この経済の循環を行っているのがロフーレ商会であるというのが問題であった。経済の循環、それは人間で言えば血液の循環であり止まれば国家は死んでしまう。

 

「ロフーレ商会……もはや止めることは叶わぬか……」

 

 ジルクニフは帝国政府としてこれまで1つの巨大な商会が立ち上がるようなことがないように努めていた。心臓が一つしかなければそれが止まることは死を意味するからだ。だからこそリスクを分散するべく多様な商会の立ち上げを推奨していた。

 しかし、どうだろう。バハルス帝国中の商会がロフーレ商会との競争に負け、吸収されてしまった。それどころか世界を股にかける大商会が誕生してしまったのだ。これは非常に危険な事態である。

 

「ですが国は豊かになり、多くの民がその恩恵にあずかっております。もしロフーレ商会に圧力をかけるようなことをしては……陛下もお困りになるのではないですか?ユリ殿のお店などがなくなっては……」

「それは……困る。あそこの料理は絶品だ」

 

 もはやジルクニフの行きつけになっているユリのレストラン。店主のいることは少ないため、メイドたち店員が料理をしていることが多いがそれでも他の店と比べ物にならない質の高さを誇っていた。

 しかも常に料理の研究をしているらしくジルクニフの見たことも聞いたこともない料理で毎回違った楽しみを提供してくれる。予約することさえ困難なほどの人気の料理を出す店がなくなるとなったらジルクニフでさえ悲嘆にくれるだろう。

 

「これはあれだな、男を掴みたければその胃袋を掴めというやつか……。だからこそ危険なのだがな……聖王国を見て見ろ。あそこはもはや完全にロフーレ商会に支配されているといっていい」

「ええ……あそこは兵の武装をロフーレ商会に完全に依存していますからね……」

 

 聖王国はもはやロフーレ商会に逆らうことなどできないだろう。もし自分たちの力を過信しその兵器を彼らに向けた日には、兵器の供給を絶たれ亜人に蹂躙される未来が想像に難くない。

 

「竜王国はスレイン法国の支援でビーストマンを撃退したようですが……」

「あれにもロフーレ商会が絡んでいるらしい。あのロリババアどういう手を使ったんだか……」

 

 竜王国はビーストマンの脅威から救われ、今は復興の最中であるらしい。今後は侵攻を防ぐための防壁をロフーレ商会と協力し築造中とのことだ。しかし、それより問題はスレイン法国だ。

 

「スレイン法国のあの噂……本当なんでしょうか……」

「言うな……聞きたくない、耳が汚れる」

 

 スレイン法国では国の首脳陣が下着1枚で口にするのも憚られる破廉恥な行いをしていたという噂が流れていた。それは宗教国家として致命的な醜聞であり、信徒の数は減り、寄進による収入の減小に苦しんでいるということだ。

 そしてそれを見越していたようにスレイン法国へのロフーレ商会からの資金提供が行われた。スレイン法国が商業主義国家となるのは遠くない未来だろう。

 

「しかしまぁ、どの国もロフーレ商会頼りになってきましたね……。でもよくそんな巨大な組織を運営していけますね」

 

 そうなのだ。普通一つの巨大な組織が利益を独占するようなことがあれば、熟れた果実が腐れ落ちるように内部から腐敗するのが世の常なのだ。しかし、かの商会にその兆しはない。帝国として当然監察官なども送っているがその会計は清廉潔白で実直そのものであり、まるで金銭欲などないと言わんばかりである。

 

 

 

───そんな商会を敵に回すなんて……バルブロお兄様は愚かなことをしましたわね

 

 

 

 突然聞こえた女性の声に振り向くと……盗み聞きでもしていたのか扉から入ってきたのは元王国の第三王女ラナーであった。その肌はツヤツヤと輝いており、王国から亡命してきた時より美しくなっている気がする。

 

「おま……ラナー王女か。今日は部屋から出て来ているのか……。いい加減あの従者に休みでもやったらどうだ」

「うふふっ、ごきげんよう皇帝陛下。私はもう王女ではありませんので呼び捨てでかまいませんよ。それとクライムのことですけど、ふふふっ、彼も喜んでくれてますのでお気遣いなく……」

 

 ラナーの従者であるクライムは帝国に来て以来、日に日にやつれてきているのは帝城にいるもの達には周知の事実だ。そしてクライムの衰弱に反比例するようにラナーが美しくなっていることも……。理由は推して知るべしだろう。

 

「そんなことよりラナー王女。王国がロフーレ商会を敵に回したと……どこでそれを知った……?いや、まぁいい……」

 

 化物の耳の速さの理由を聞いてもこちらが動けなくなるだけだ、ジルクニフは思考を切り替える。それよりその化物の考えを聞いておいた方が得策だろう。本心はさっさと始末をした方があと腐れがなくていいと思っているのだが、こうして機を見て役に立つ情報を提供するため、嫌いな女NO.1であるにも拘わらず殺すに殺せない。

 

「バルブロお兄様があの御方の倉庫を襲ったそうですね」

「ああ、おそらくルプー魔道具店の倉庫だ。中には強大な魔法道具が多数あったことだろう。もしそれを持って帝国に攻めてこられたら厄介だろうなぁ。おお、怖い怖い」

 

 ジルクニフは涼しい顔で恐ろしいことを口にするが、ロウネはそれを聞いて顔を青くした。()()ルプー魔道具店なのである。帝国を勝利に導くハンバーガー(チートアイテム)を製造した。その効果は身をもって知っている。

 

「あら……?その割にまったく困ってないように見えますわ」

「当たり前だ。その彼女から助言をもらったからな」

「えっ……?」

 

 さすがにそれはラナーにも予想外だったらしい。この化物でも知らないことはあるのかとジルクニフは溜飲を下げる。そしてもったいぶったように間を取るとラナーに告げた。

 

「要するに王国には手を出すな、とのことだ。まぁどちらにしろ自滅するのを待つつもりだったがな」

「なるほど……あの御方が自ら手を下すと……すると……」

 

 ラナーはまるで人が変わったように沈黙を続けた。その顔は先ほどまでの黄金の姫君とはまったく別種、いや……もはや別の種族と言っていいような異様なものである。その人間離れした頭脳を回転させているのだろう。ジルクニフは心の中で『化物め』とつぶやく。

 

「亡命してくる方が多数来られるのでしょうね」

「もうすでに多くの者が亡命してきているがな……。だがそれは当然の話ではないか?我々が攻め込むまでもなくあの国にいては食べていけないのだから。まぁこちらも人手不足だったからありがたい。ああ、そうそう、『蒼の薔薇』も帝国の冒険者組合に来たそうだぞ。顔見知りだろう、会ってきたらどうだ?」

「お気遣い痛み入りますわ。でも陛下、そんなにのんびりしていていいのかしら?」

「なんだと……?」

「だって今回の亡命はきっと陛下の予想を上回りますわ。たぶん下のお兄様も来るかもしれませんし……。でもお父様が亡命してきたら……殺してしまったほうがよろしいですね、きっと邪魔になります、例えば八本指の関係者に操られたりして……。そんな犯罪者が紛れ込んでたりしたら……。今回あの御方の倉庫を襲ったのは上のお兄様でしたからいいですが、もし帝国でそんなことでも起きれば……」

 

 さらりと恐ろしいことを言ってのけるラナー。その予想を聞いてジルクニフはしばし考えた後、顔が真っ青になる。

 

(ありえる……いや、なぜそのことを今まで考えなかったのだ……思考誘導されていた?まさかな……)

 

 八本指が壊滅したという話は聞いていない。であれば亡命のどさくさに帝国に入り込む可能性は十分にあり、それでロフーレ商会に手を出されたりしたらあの女は……そしてロフーレ商会は帝国に反旗を翻すかもしれない。その経済的な打撃は計り知れず、武力で押さえようにも恐らくは不可能だろう。

 

「ロウネ・ヴァリミネン!」

「はっ!ただちに法改正について法務省のものと詰めさせていただきます!さらに警備の強化について予算を……」

「金は惜しまん!アリの子一匹逃さない警備網を整えろ!特に国境を越えて来る者は徹底的にな!」

 

 利益を上げる者がいればそれに嫉妬し奪おうとするものはどこにでも現れる。王国の二の舞になることは絶対に避けなければならない。

 もはやロフーレ商会については処置なしだ。世界を支配するのも時間の問題だろう。ならば帝国の未来を思えば最大限の便宜を図るしかない。きっとラナーは分かっていながら今まで話すタイミングを計っていたのだろう。

 

(ああ、まったく……お手上げだ……。大したものだ、まったくな……)

 

 ジルクニフは憎々しげに化物(ラナー)を睨みつつロウネに指示を出すのだった。



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第39話 バルブロの価値

「へ、陛下!またも王都周辺に雷雲が……」

「なんだと!?くそ!これで何度目だ!」

 

 リ・エスティーゼ王国、王城。内政官からの報告を聞きながらバルブロは怒りに震えていた。

 ロフーレ商会の資産を徴収し、そこで得た資金を各貴族に融通することで国王派閥は大幅に拡大した。あとはバハルス帝国へ宣戦布告し戦争を開始するのみ。

 

 

───そのはずが……

 

 

 王都の兵を率いてエ・ランテルへと向かおうとするたびに、どういうことなのか王都を囲むように大嵐が発生していた。雷を伴う尋常でない風雨により軍は王都を出発することが出来ず、いまだに戦争を開始するどころか戦場まで進むこともできていなかった。

 

「これで10度目かと……」

「なぜだ!なぜ嵐が起こる!こんなことおかしいだろう!」

「あの……恐れながら陛下。これはもしや魔法なのではないしょうか……」

「魔法だと!?あのような手品の類でこんなことが出来るはずがなかろう!」

 

 王国では魔法に関する研究が周辺国とくらべ極端に遅れており、バルブロの認識はこの国としては間違っていない。また、バルブロは冒険者についての知識も不足していた。魔法使いなどちょっと火や水が出せる程度の手品師と変わらない程度の認識なのだ。

 

「ですが帝国の大魔法詠唱者フールーダ・バラダインは各国が恐れるほどの魔法を操り、その力は万の兵士に匹敵するのではとの噂も聞きますので……」

「ぐぬぬ……ならばこちらも魔法使いを用意すればよかろう!魔術師組合を動員してこの嵐を晴らして見せろ!」

「そ、それが……すでに王都の魔術師組合は解散し……亡命したようで……あの……その……」

「なん……だと……またか!?またなのか!?」

 

 ここ数か月で王国から亡命する者が急速に増えていた。まず最初に国を捨てたのは冒険者組合の関係者たちだ。

 それもそのはずである。冒険者組合として正式に依頼され警備していた倉庫が国王により略奪され、金等級の冒険者たちが殺されたのだ。国に縛られない冒険者たちがそのような国に住み着くわけもない。

 そしてモンスターを狩っていた冒険者たちがいなくなれば、その代わりを兵士たちが務めなければならないのだが、バルブロはそのために資金を捻出することはなかった。結果的に危険なモンスターは増え、国を捨てる者は増えつつあったのである。

 

「どいつもこいつも!では次だ!ロフーレ商会のものたちは見つかったのか!」

「捜索は続けておりますが依然……その……見つかりませんで……」

「おのれ……あいつらぁ!どうやって逃げおったのだ!」

 

 牢へ捕らえていたロフーレ商会の関係者もいつの間にか姿を消していた。協力者がいたとしか思えないが、まるで煙のように消え去っており牢の番をしていた衛兵を問い詰めても答えはでなかった。

 

「それよりも陛下……食糧問題をなんとかしませんと……」

「ああ、分かっている!城の食糧庫の事だろう!」

 

 ロフーレ商会を排除したことにより物流のほとんどが絶たれてしまったのだ。残った商人たちに運送や買い付けを行わせているが、金はあれども国外とのパイプまで元通りとはいかず城の食糧庫にまで食料が不足する始末である。

 

「仕方ない……金はあるのだ。周辺の村々からかき集めろ」

「陛下!!それをしては飢え死にする者が……何より冬を越せません!」

「ならば王たる我に飢えよとでも言うのか!民は王を支えてこその民だろう!なに。帝国に勝てば腹いっぱい食わせてやる!それまでの辛抱なのだ!いいからやれ!」

「は……はい……ではそのように……ですがその……逆らう者もでるかと……」

 

 内政官の顔は青い。バルブロが即位する前でさえ重税に村々が苦しんでいたのだ。そして戦争による敗北で働き手を失い、流通は断たれ、飢えて死んでいくものでさらに人手が減る最悪の循環。この国の末路が予想できようものだ。

 

「反乱か……なるほどな……。愚かな平民どものことだ、先も見据えずそのようなことを考える輩もいるやもしれん。よし、では逆らうものがいれば戦士長にその首をはねさせるのだ。いいな」

「はっ……はい……」

 

 事あるごとに忠言を言ってくる戦士長への意趣返しなのだろう。自分の手を汚さず、戦士長に手を汚させる。もはや何を言っても無駄だと内政官は顔を伏せる。だが、この時点でさえこの国は幸運であった……まだリ・エスティーゼ王国と国の体をなしていたのだから……。

 

 

 

 

 

 

 1年……2年……。リ・エスティーゼ王国の国民にとって辛い年月が過ぎていった。いまだ帝国への宣戦は布告されていない。もう何十度と兵を集め、王都を発とうとしたことか。しかし、その度に大嵐が発生し兵士の行く手を阻んだ。

 度重なる徴兵、そしてそれにともなう大不況。悪循環の中で飢える国民をよそにバルブロは今までと変わらぬ生活を続けていた。国民への税もさらに増加し、贅沢なものを食べ、豪華な衣装を纏う。まるでそれが王の矜持であるとでも言うように……。

 しかし、そのような状態にもかかわらず民衆の反乱は起きていなかった。戦士長が民衆を抑えていたというのではない。食料や物資は不足している。値段も天井知らずに上昇し続けている。だが供給が尽きることがなかったのだ。そう、まるでどこからか何者かが流しているように……。

 

「どういうことだ……?これはいったいどうなっている……」

 

 さすがのバルブロも異常に思いその灰色の脳みそを必死に動かすがその答えは出てこない。なぜ民衆は食料を手に入れることが出来るのか。それなのになぜ食糧庫は尽きかけているのか。

 

「陛下……もはや国庫が……」

「言うな!分かっておる!」

 

 急速なインフレによりもはやロフーレ商会から徴収した資金も尽き国庫も限界であった。民衆からの税をいくら増やそうともまるでそれに比例するように物価が上昇してしまう。むしろ税率を上げれば上げるだけ収入が減っている状態なのである。

 

「やはり民衆が亡命するのが問題なのではないでしょうか……。ここは税を下げ、民衆の不安を払拭することが……」

「馬鹿を言うな!この俺に民衆に頭を下げろとでもいうのか!それも有象無象の愚民どものために!?そんなことができるか!!」

 

 バルブロは手に持っていたグラスを内務官に投げつける。中の液体が飛び散った瞬間、あたりに酒の匂いが漂った。こんな状況だと言うのに昼間から酒とは内政官は怒りよりも憐れみを感じてしまう。

 税収が減っている理由は一目瞭然なのだ。亡命により国民の数が減っているからである。しかし亡命の方法は謎に包まれていた。王都はたびたび嵐に包まれている。そして冒険者や商人さえ出入りしていないというのにどうやって国民は国外に脱出しているというのだろうか。

 

「……」

「くそ……本当にどうなっておるのだ……」

 

 もはや何も言わなくなった内政官。それに対し怒る気力もなくなったのか、バルブロは情けなく肩を落とし呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の首都リ・エスティーゼ。

 かつては人々の賑わいと憩いの場であった中央広場に面した商店街であるが、今は閑散としていた。王国の商人は他国との取引もできず、さりとて国内の生産は乏しく売れる物がない。そのためほぼすべての店舗が閉店していた。

 しかし、その中で一軒だけ開いている店がある。看板には奇妙な絵柄のマークを掲げ、ガラス張りのカウンターの奥には長身の人物が座っていた。黒い軍帽に黄色い軍服、そして背中にはサーコート。胸にはいくつもの勲章をぶら下げた人物。しかし、その顔は帽子の影になり見ることはできない。

 

「あ、あの……小麦を売っていただきたいのですが……」

「いらっしゃいませ、お客様。現在、小麦一袋で金貨20枚となっています」

 

 それは小麦の値段としてはあり得ないほどの金額。しかしそれでも金はあるところにはあるもの、他にまともな食料が売っていない以上それでも買うしかない。

 男は身なりのしっかりした人物であり、貴族の使用人か何かなのだろう。文句を言うこともなく金貨をカウンターの接客窓から差し入れると、店員はどこからともなく袋を取り出し、脇の棚へと入れる。防犯対策なのだろう。外から客が取り出せるようになっている。

 

「もう少し値段を上げてもいいかもしれませんね……物の価値というものは相対的なものなのですから……」

 

 早足に去って行く男の後ろ姿を見ながらボソリとつぶやいた声は恐ろしいほど冷たいものであった。

 そこへ次はみすぼらしい恰好をした少女が訪れる。とても先ほどのような金額を払えるとは思えない人間である。

 

「あ、あの……」

「はい、なんでしょうか?お嬢さん(マドモアゼル)?」

 

 両手を広げた奇妙なポーズを取りつつ少女に接客する店員。そのリアクションに戸惑いながらも少女は声を絞り出す。

 

「あ、あの……ここで……冒険者さんに依頼が出来るときいたのですが……」

 

 おどおどと上目遣いで見つめて来る少女に男は静かに頷く。

 

「はい、こちらでは冒険者ナーベへの依頼の仲介をさせていただいております。お客さま、どのようなご用件でしょうか?」

「は、はい!私たちを……私たちをバハルス帝国に亡命させてください!」

 

 少女の必死な叫び。それは国を捨て他国へ逃げるというもの。不安はある。亡命先で仕事があるとは限らない。それでもこの国にいるよりはましだと思えるのだ。王は重税を課し、他国との関係は険悪。郊外には野盗やモンスターが溢れている。

 そんな絶望的な状況の中で聞いた噂がこの店のことだ。いつからそこにあったのか誰も分からない。いつの間にか店が出来ていたとしか言えなかった。一夜のうちに完成したとの噂もある。

 しかし何より興味を引かれたのが帝国にできた農場の噂だ。トブの大森林を開拓し、広大な面積を有する農場ができた。そしてそのあまりの大きさに人手が圧倒的に不足しているという話だ。帝国が大々的に労働者を求めていると、そのための窓口がこの店だと。

 

「よろしいでしょう。ではこちらの契約書にサインを。お代は帝国についてからいただきます」

 

 当然これも慈善事業ではない。すべてはギブアンドテイク。男は仕事を斡旋する。相手は対価として労働力を提供する。どちらにとっても悪い話ではない。そう、この国の政府にとって以外は……。

 その日、王国からさらに数百人の人間が姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 さらに年月は過ぎていく。国王バルブロはさすがにことの異常さに気づいていた。経済封鎖にも等しい他国との断交───敵対関係のバハルス帝国はもとより、ローブル聖王国、竜王国、スレイン法国までリ・エスティーゼ王国との国交を閉ざした。

 そして刻一刻と数を減らしていく王国の国民。しかしバルブロはついに決定的な情報を手に入れた。

  

「……間違いないのだな?」

「はっ!命令通り……その……町の人間を拷問して……吐かせました……」

 

 兵士の顔色はよくない。罪なき人間を拷問にかけた罪悪感に苛まれているのだろう。しかしバルブロはそんな兵士の気持ちには目もくれない。

 

「とうとう尻尾をつかんだな。首都で堂々と亡命の手引きなどと……その店を襲わせ……いや、協力者がいるのだったな……。まずは先にそっちを片付けろ!店の周辺を張っておけ!接触した者どもが国を出ようとしたならば……そうだな、ガゼフを呼べ!相手も手練れを用意しているかもしれん!5宝物の着用も許可してやろう!やつにやらせろ!」

「そ、それでガゼフ戦士長殿にどのようなご命令をされるのでしょうか……?」

「亡命者及びその首謀者……おそらく冒険者だろうが……やつらを皆殺しにしてその首を城下へ並べてやれ!見せしめだ!」

 

 バルブロを敬うことを知らない愚かな民衆たちであるが、そのような愚か者の末路を目にすれば心を入れ替えるだろう。きっと大嵐を引き起こしているのも、他国に王国の悪評を流しているのもその首謀者なのだろう。

 それはあながち間違いとは言えないバルブロにしては的を射た考えであった。そしてバルブロの考え通りその首謀者さえ討ち取れば問題は解決するのである。ただし、その首謀者が世界の経済も人の心も支配する神代の力の持ち主であり、討ち取ることなど不可能という点に目をつぶれば……であるが。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、王都の空は珍しく澄み渡っていた。月明かりの下、数百人の民衆が王都から街道へと秘密裏に移動していた。その先頭を歩いているのは冒険者ナーベであった。月明かりでその漆黒の髪が艶やかに映え幻想的なまでの美しさを誇っている。

 その後ろを恐る恐る馬車に荷物を積んだ人々が続いていた。その数は数千人に及ぶだろうか。

 

「あ、あの……大丈夫でしょうか。あそこに検問が見えるのですが……」

 

 その美しさに見惚れていた人々であるが一人が心配そうにナーベへと問いかけた。

 

「問題ありません。彼らはすでに眠らせておきました」

 

 確かにこの距離であれば検問からこちらはすでに見えているだろう。しかし誰も出てこようとはせず、門は開けっ放しになっている。

 

「ほ、本当ですか?」

 

 人々は恐る恐る歩みを進め、ついには門を通り過ぎるがそれでも兵士が現れることはなかった。事実、魔法で眠らされた兵士たちがそこにいたのであるが気づいた者はいない。

 

「では行きましょう」

 

 ナーベは人々へ冷たく言い放つと歩みを進める。王都を出たものの先は長い。歩みを止めればいつ追っ手が来るか分からないのだ。民衆は必死にその足に追いすがる。

 

 どれだけ歩いただろうか。人々の顔に疲れが見えだし休憩が必要と思われたそのとき───前方に一人の人物が仁王立ちをしていた。

 

「あ、あの方は……」

「ガゼフ戦士長殿……?」

 

 ざわざわと人々が騒ぎ始める。かつて王国にこの人ありと謡われた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。ランポッサ王の懐刀として周辺国へ睨みを利かせ、民からの信頼も厚かったのも今は昔。

 バルブロに仕えだしてからの戦士長は変わった。バルブロの命令に従い、傾きかけた王国を支え続けている。

 

「お前たち止まれ!ここから先に通すわけにはいかない!王都へ戻るがいい!それでも行くと言うのであれば実力で排除する!」

 

 ガゼフは大声で自身が守るべき人々へと叫ぶ。その表情は決然としており、交渉の余地がないことは一目瞭然であった。それでもかつての戦士長を知っている人々は一縷の望みにかけ、口々に懇願の言葉を放つ。

 

「ガ、ガゼフ戦士長!なぜですか!なぜあなたがここへ!我々を行かせてください!このままでは王国は……王国は亡びます!」

「そうです!ガゼフ様!お願いです!」

「子供が……子供が飢えているのです!もうこの冬は越せません!」

 

 老人が、父親が、母親が、子供が、かつて戦士長に期待を寄せていた民衆がガゼフに懇願する。しかし、ガゼフは微動だにしなかった。

 

「なぜかだと?それは私が王国の剣であるからだ!王国の民は王国で生き、そして王国で死ぬものだ!これは王家の定めた国法である!」

 

 ガゼフの心が揺れることはない。その心にあるのはただ一つ、ランポッサへの忠義である。剣しか取り柄のない平民である自分を取り立ててくれた、信頼してくれた、自身のすべてをかけてもいいと思わせてくれた王。その王がバルブロを支えろといったのだ。子を思う父親のわがままだとてガゼフには断るべくもない。当然殺すつもりなど毛頭ないが、国を捨てるような真似をさせるわけにはいかない。

 しかし、それを嘲笑うように漆黒のナーベが舞うように踊り出る。風にバサバサとマントを揺らしながら無造作にガゼフへと近づいてゆく。隙だらけに見えるが、ガゼフの獣じみた勘が告げる。今仕掛ければ負ける……と。それほどの相手だ。

 

「愚か!王、王足らざれば臣、臣足らず。もしこの国を憂うのであれば貴方の役割はその剣で王の首をはねることではないのですか!王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ!?」

「……ご高説痛み入る。貴殿は冒険者漆黒のナーベ殿とお見受けするが?」

「さぁ……?愚王に仕える愚臣に名乗る名などないわ」

 

 取りつく島もないナーベの言葉にガゼフはつい笑みを零してしまう。まさに正論。言い返すすべもない。国と忠義を天秤にかけ、忠義を取ったガゼフにここまで言える存在がどこにいようか。心のどこかで自分を非難してくれる人間を求めていたのだとガゼフはこの時初めて分かった。だが、それでどうなるものでもない。

 

「分かった。では名も無き冒険者殿。そこをどかぬと言うのであればこの剣で斬るしかないのだが?」

「《道具上位鑑定》!」

 

 ガゼフが腰から剣を引き抜いた瞬間、ナーベの放った魔法がその剣を包む。一瞬攻撃魔法かと身構えたガゼフであるが、痛みも何もないため何かを探られたのだと悟った。

 

「なるほど、剃刀の刃(レイザーエッジ)ですか……。危険な剣ですね……」

「鑑定魔法とは慎重なことだな。そのとおりだ。この剣は例え鉄だろうとバターのように切裂く鋭さを宿している」

「……何も知らないようですね。それはその剣の能力の一端にすぎませんよ?さて次はその装備を……」

「……面倒な手間ははぶかないか?教えてやろう。この小手は活力の小手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)といって………」

 

 ニヤリと笑ったガゼフは懇切丁寧に自身の武具について説明する。その心境は装備の能力を知られてもいいという自信か、それとも諦めか。その達観した表情を見れば恐らくは後者なのだろう。

 

「さて……満足したか?名も無き冒険者殿?」

「なるほど、なかなか面白い人物ですね」

「そうか。では気に入ってもらったところで悪いがここで倒させてもらう」

「私と決闘(PVP)をお望みですか?」

「無論!」

 

 その言葉にナーベは無言で顎をしゃくる。どこからでもかかってこいと言う不遜なものだ。しかし高名な冒険者……それも絶世の美女にされるとさもありなんと思ってしまう。

 そこでガゼフはブレインに忠告されたことを思い出した。戦闘メイドに気を付けろ。目の前の冒険者はメイド服ではないが、その頭の帽子にはその時聞いた特徴に一致する。ブレイン・アングラウスでも一撃で何もできずにやられるような相手であればガゼフをしても勝利は絶望的であろう。

 ガゼフは不敵に笑う。例えここで倒れることになろうと逃げかえるわけにはいかない。そんなことになればランポッサの信頼を裏切るだけでなく、この国の滅亡も早まるだろう。例えそうなろうとも信じた主に尽くすのみだ。

 ガゼフは覚悟を決めると意識を集中させ力の限り叫ぶ。

 

「我こそは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ!王国に仇な……」

 

 言い終わるより前……一瞬でナーベがガゼフの眼前で身を沈めたかと思った

 

───瞬間

 

 その身は中空へと投げ出されていた。殴られた瞬間の記憶さえなく月に重なるようにガゼフが空中を飛んで行く。意識は刈り取られ、その身に纏っていた装備はいつの間にかひとつ残らず剥がされていた。そして月明かりの下、白いブリーフがそれはそれは綺麗に輝いていたという。

 

 

 

 

 

 

 ───さらに時は経ち

 

 

 

 王国は人口が激減していた。そしてそれにともない、税収が減り、食事することすらままならなくなっている。

 バルブロの食事からも肉が消え、副菜が消え、主菜も消え、パンが消え今や小麦粉の薄めたスープが出てくる始末である。

 

「おい!なんだこれは!もっとまともな料理はないのか!私を誰だと思っている!」

「それは……その……」

 

 料理長が言いよどむ。ありませんとそのまま答えても詮無き事。バルブロの叱責が飛んでくるだけである。

 

「どうした!?」

「あの店がまた値上げをしたようで……」

 

 ここで言うあの店とは王都に今やただ一つ残った店舗のことだ。黄色い軍服を着た店員が営む奇妙な店。おそらく亡命の手引きをしていると思われるため、人に探らせたがその者が帰ってくることはなかった。肝心のガゼフもその捜索の最中に姿を消している。

 力づくで何とかしようとしたこともあるがその店にはどこにも入口はなく、その窓や壁を叩こうが焼こうがビクともしなかったのだ。

 さらに奇妙なことにはそんなことをしたバルブロに対しても売買は続けているとのことだ。

 

「またか……どのくらい値上げしたのだ……?」

「それが……昨日までの3倍に……」

「さ……くぅ……足元を見おって……」

 

 かと言って他に店はない。そもそも王都にはほとんど人も残っていなかった。あまりの圧政にほとんどが亡命し、どれだけの人が王都に残っているのかバルブロでさえ分からない。

 

「もはやあの武具を売るしかないのでは……」

「そんなことが出来るか!あれは……あれは……帝国に勝つための切り札だ!」

 

 そこまで言ってバルブロの口が止まる。帝国に勝ちさえすれば何とでもなる、そう言い続けて、そう思おうとしてきた。しかし、さすがに分かっている。強力な武具はあれどももはや国民がいない。この王城にさえもはやほとんど人が残っていない。それでどうやって戦争をするというのだ。

 

「良いからさっさとそのない頭を使って何か考えろ無能が!」

 

 バルブロは水の入ったグラスを内政官に投げつける。そしてその内政官さえ数日後に居なくなるのだった。

 

 

 

───そして

 

 

 

 それからしばらくの時が流れた冬の朝。バルブロは寒さに震えながらベッドから起き上がる。薄い布を体に巻き付けながらバルブロは体温が上がるのを待った。

 

「おーい」

 

 バルブロは叫ぶ。それは日課だ。しかし帰ってくる返事はない。

 

「おーい!誰かいないのかー!」

 

 王城の中にむなしくその声だけが響き渡る。バルブロの背にいつもの嫌な汗が流れる。王城の廊下を歩く。そこにはかつて深紅の絨毯が布かれていたがそれも昔の話。それはすでに売られてしまっていた。豪華なシャンデリアも魔法の照明も高価なソファーやテーブルも、もはやバルブロの持っているものはほとんどない。

 

「……」

 

 バルブロは無言で城の中を歩く。そしてありとあらゆる扉を開けていった。使用人の部屋。大臣の部屋。弟や妹、父親の部屋。どこにも誰もいなかった。

 最後にバルブロは宝物殿へと駆け込む。そこで少しだけ安堵する。あのルプー魔道具店から奪った魔法道具がまだ1つだけ残っているからだ。それを手にするとバルブロは門から街へと降り立つ。

 

「おーい!」

 

 街で叫ぶも何の反応もなく耳が痛くなるほど静まり返っていた。それは無人を意味するもの。そう、この町には誰一人として人がいないことの証明であった。

 

「おーい!誰かいないのか!」

 

 大声で叫ぶが返事はない。町の店はすべて締まっており、民家の入り口には板が打ちつけてある。

 バルブロは思う、どうしてこうなってしまったのかと。自分は間違ったことなど何一つしていない。世界を制する力を手にし、あとはそれを振るうだけだったはずなのだ。

 バルブロは街を彷徨う。どこをどう歩いたのか、気が付くと一軒の店舗の前に行きついていた。それは奇妙な模様のマークを掲げた店。ガラス張りのカウンターの奥には黄色い軍服を着た長身の男が座っている。

 

「ああ……いらっしゃいませ。お客さまですか?」

「あ、ああ!」

 

 久しぶりに人の声を聴いた嬉しさからかつい、自分は声が弾んでしまう。前にここにきたのはいつのことだったか。街の住人がいなくなり、城にいた内政官や側近たちも既にいなくなっていた。そのため、城にあるものをここで売り、代わりに食料を買っていたのだ。

 

「食料があったら売ってくれるか……」

 

 バルブロの声にかつての傲慢さはない。ここがなくなったら路頭にまようしかないのだからだ。しかし、返ってきたのは冷たい声だった。

 

「……では小麦を一袋で白金貨1000枚というところですね」

「小麦……?すまないが私は料理ができない。パンはないのか……」

「今日はこれだけです」

 

 無慈悲な言葉に表情を暗くしたバルブロは自身の懐を探る。それはかつての豪奢な衣服ではなくすでに麻で出来たみすぼらしい服だ。そして袋を取り出すと中の白金貨を並べていく。しかし、2枚ほど足りない枚数であった。

 

「すまないがまからないだろうか……」

「お支払いいただけないのであればお引き取りを」

 

 店員は小麦の袋を片付けようと背を向ける。それを見て慌ててバルブロは手にした魔法道具……キリネイラムのレプリカを取り出す。

 

「ま、待ってくれ!こ、これを売る!その代わり毛布を……毛布をくれないか……このままでは凍えてしまう!」

 

 そんなバルブロに背を向けながら店員の体が揺れている。笑っているのだろうか。

 

「白金貨2枚……といったところですね。小麦代にはなりますがどうされますか……?」

 

 その無慈悲な言葉にバルブロは一瞬思考が停止しポカンとするが、次の瞬間頭に血が上る。

 

「お……お……おまえ!よ……よくも……よくもそんなことが言えるな!こ、この私が頭を下げて頼んでいるというのに!」

「ですが、商売ですので……」

「ふざけるな!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレイドメガインパクト)!!」

 

 怒りのあまりキリネイラムから漆黒のエネルギーを解き放つが……それは目の前のガラスに当たると霧散して消えてしまった。

 

「では取引不成立ということで……」

 

 その言葉にバルブロは我に返る。ここで食料を手に入れなければ今日食べる物さえ失う。そして手元に残った武具を見つめる。これがあろうと腹は膨れない。ならば今を生きていくためにそれを引き渡すしかない。

 バルブロは悔しそうに俯くと、それをカウンターに置いた。

 

「毎度ありがとうございます。それではこちらをどうぞ」

 

 代わりに渡されたのは僅かばかりの小麦の入った袋。それを受け取りとぼとぼと帰ろうとするバルブロであったが、後ろから聞こえてきた言葉に足が止まる。

 

「さて……これですべて回収できましたね……ではこの店も閉店するとしましょうか。長らくご愛顧いただきましてありがとうございました」

 

 まるで演劇のカーテンコールのように膝を曲げ深々と礼をする店員。一瞬なにを言っているか分からなかった。しかしそれに気づくと慌てて店員に駆け寄った。

 

「ま、待ってくれ!この店を閉める!?ではこれから私はどうすれば……」

「さぁ?ですがもう売るものがないのでしょう?」

 

 そのとおりだった。城にあるものは机から椅子からカーテンの一つに至るまですべて売ってしまっていた。残っているのはその身に纏っているみすぼらしい服とベッドに布団代わりの薄布くらいのものだ。

 

「そ、そうだが……そうだ!私を雇わないか!そうすればいい!私にはそれだけの価値があるぞ!」

 

 かつてのバルブロを知る者がいたら驚くことだろう。この男が自ら雇われると言っているのだから。誇りをすて一縷の望みを抱いて見つめるバルブロであるが、返ってきたのは辛らつな言葉であった。

 

「はぁ!?あなたには何が出来ると言うのですか?」

「そ、それは……そうだ!いつかおまえを大臣にしてやる!国の重鎮に取り立ててやるぞ!」

「国?国などどこにあるのですか?」

「ここに……ある……だろう……」

 

 バルブロの言葉は徐々に小さくなっていく。周りを見渡すとそこには誇るべき白亜の城が建つ王都。そして見せつけるように豪華な意匠を凝らした柱、高層建造物、バルブロ自慢の街並みであるが……そこには誰もいなかった。

 

「民もなく、臣もなく、無人の廃墟の中の哀れな男が一人、私にはそう見えますが?」

「な……ん……だ……と」

「それにあなたに価値がある?何が出来るのか聞きましたが、あなたは自分自身の力で何が出来るとは言わなかった。貴方には飢えを癒すためのパンを焼くことができますか?火を起こすことができますか?作物を作ることができますか?寒さを凌ぐための毛布を作ることができますか?」

 

 確信があるように言う店員の言葉にバルブロは息が詰まる。無価値と断定されているというのに反論できる言葉が見つからない。

 

「さて、最後の商売も終わりました。店じまいさせていただきますね」

 

 男はくるりと背を向けると、どうやったのかその指をパチンとならす。すると目の前にあった店が掻き消え、軍服姿の男は暗がりの中へと消えていく。

 

「ま、待て!この店がなくなれば私はどうすればいいというのだ!?」

 

 それを聞いて暗がりから一瞥をくれると(パンドラズ・アクター)はバルブロに向かい冷たく言い放つのだった。

 

「レア度0、無価値。それがあなたと言うことをせいぜい噛みしめればいいのではないですか?」

 

 最後にそれだけ言うと店員(パンドラズ・アクター)は軍靴をカツカツと鳴らしながら暗がりへ消えていくのだった。

 

 

 

 ……そして何も言えずに見送ったバルブロはぶるりと身を震わせる。

 冬が近づいていた。そして手の中にはわずかな小麦。しかし、バルブロにはパンを作る技術も知識もない。そして何より怖かったのはそこに()()()()()ということだった。

 

「おーーーーーい!!!誰かーーーー!!」

 

 バルブロは居てもたってもいられず走り出す。これまではまだ先ほどの店があった。話をする相手がいた。しかし、そこにはもう誰もいない。

 

「誰かいないかー!」

 

 扉を開いて一軒の家の中に入る。そこにはもはや何もなかった。食料も衣類も金銭も……価値のあるものは何もなく、その家の持ち主さえいない。

 

「誰か……誰でもいい……誰でもいいから返事をしてくれーーーー!!」

 

 かつて繁栄を極めたリ・エスティーゼ王国の王都に王が一人。その叫びがいつまでもいつまでも続いていたが、やがて王都には何の声も聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

───そして

 

 

 

 パンドラズ・アクターがこの世界に転移してきて100年の月日が流れようとしていた。



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第40話 パンドラの箱【完】

 ナザリック地下大墳墓。その最奥に位置する玉座の間でモモンガは混乱の最中にいた。

 DMMORPGユグドラシル。そのサービス終了時間になったにも関わらずゲームが続いていた……そのことはいい。いや、よくはないが……。しかしその後が問題であった。ログアウトはできず、さらにはNPCたちが自我を持ったように話をしてきたのだ。

 

「セバス、周囲の状況は?」

「はっ!以前ナザリックがございました沼地とは異なり、辺りは平原になっているようです」

 

 周囲の状況を確認し、目の前でモモンガに報告しているのはナザリック地下大墳墓における執事という設定を与えたセバス・チャンだ。見た目こそ白髪の老紳士ではあるが、その実は竜人という異形種であり、100レベルという階層守護者に匹敵する力を持っている。

 さらにその周りには守護者筆頭のアルベドを始め、各階層守護者が集まっていた。

 

「それで……周りに生物はいたのか?」

「はい……それがまるで我々がそこに現れるのを待っていたかのように探っていた者達がおりまして……」

「なんだと!?……む……なんだ?」

 

 ナザリックを探っている者がいる。セバスのその報告は非常に警戒すべきものだ。すぐに次の対応へ移ろうとモモンガが声を上げたところ……頭の中にやけにテンションの高い声が響いた。

 

「これは……《伝言(メッセージ)》!?」

『モモンガ様……、モモンガ様でいらっしゃいますか!?』

 

 聞こえてきたのは男性の声。聞き覚えのない声だ。しかし《伝言》がつながったこと、そして自分をモモンガと呼んでいること。それらを考えるに自分かギルドメンバーの関係者だと思われた。

 

『……誰だ?』

 

 モモンガは慎重に名乗ることなく聞き返す。こちらの情報を考えもなく垂れ流すなど愚か者のすることだ。戦闘において情報を何より大切にするモモンガらしい発想である。

 

『おお!そのお声はまさにモモンガ様!お待ちしておりました!私です!あなたの忠実なるしもべ!パンドラズ・アクターでございますぅ!』

 

 感極まったように高かったテンションのボルテージがさらにあがったような声。まるで演劇の役者のようなそれは聞いているだけで相手の姿が想像できた。そしてモモンガは存在しない眉間をしかめる。

 

 

 

───パンドラズ・アクター

 

 

 

 それはモモンガが作成したナザリックのNPCであり、宝物殿の守護者として配置していたキャラクターだ。種族は上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)。その特殊スキルによりギルドメンバー全員の外装に変身が可能である。そしてその服装も性格設定もすべてモモンガが作成したものであるのだが……。

 

「モモンガ様、いかがいたしましたか?」

 

 目の前に控えるセバスや守護者達が心配そうにモモンガを見つめている。一瞬自我を持ったばかりの彼らを信頼していいのだろうかという心配が過るが背に腹は代えられない。

 

「《伝言》が来た。相手はパンドラズ・アクターを名乗っている」

「パンドラズ・アクター……。確か宝物殿の領域守護者……ですね?」

「パンドラ?誰でありんす?それは……」

 

 守護者筆頭であるアルベドは名前だけは知っていたようだが、シャルティア達階層守護者はその存在を知らなかったようだ。確かにユグドラシルで守護者を宝物殿に連れて行ったことはない。

 モモンガは守護者達の反応を見つつやるべきことを整理する。この《伝言》の相手が本物かどうか、それを確かめるのが先決だ。

 

「宝物殿にパンドラズ・アクターがいるか確認してくる。通常であれば奴はそこから出られないはずだからな」

 

 宝物殿はナザリックにおいて隔離された空間にあり、ギルドの指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンなしでは入ることも出ることもできない。そして宝物殿に指輪を置いてない以上、パンドラズ・アクターが外に出ていることなどありえないはずなのだ。

 

「モモンガ様、お一人では危険です!私もお供を!」

 

 モモンガを心配するアルベドの言葉にモモンガは頷く。アルベドは100レベルのタンク職であり、魔法詠唱者であるモモンガの盾役としては申し分ない。ナザリックが転移したというこの瞬間にパンドラズ・アクターを名乗る者からの《伝言》。警戒する意味では必要な対応だろう。

 

「そうだな、ではお前もこれを持つがいい」

 

 モモンガはアイテムボックスからギルドの指輪を取り出すとアルベドへと差し出す。差し出された指輪をアルベドは震える手で受け取った。

 

「宝物殿はこれによる転移でないと飛べないからな」

「はぅぁ……こ、これを……私に……」

 

 頬を紅潮させながら震える手で指輪を左手の薬指へとつけるアルベド。迷いもせずにその指に装備する様子にモモンガはアルベドの設定を変更したことを思い出し天を仰ぐ。アルベドの「ビッチである」設定を「モモンガを愛している」設定に書き換えた影響に違いない。

 

「ずるいでありんす!護衛ならわらわのほうがふさわしいでありんす!」

 

 護衛を任され指輪を与えられたアルベドに地団駄を踏んで悔しがるシャルティア。

 

(羨ましいって何が!?なんでそんなに俺の護衛をしたがるの!?何この忠誠心!?)

 

 いまだに理解できないがNPC達はモモンガに絶対の忠誠を誓っているように思える。命までも投げうつその覚悟のほどは現代人であるモモンガからすれば理解の範囲外であり、正直言ってドン引きである。

 

「モモンガ様、そのような偽乳ウナギなど放っておいて急ぎましょう」

「だ、誰が偽乳でありんすか!」

「偽乳……?ああ……」

 

 思わずシャルティアの胸元を見ると黒いゴスロリ衣装が不自然なほどに膨れている。それがパットであったことをモモンガは知っていた。

 

(シャルティアを作成したペロロンチーノの趣味だったなぁ……。俺はどっちかというと大きい方が好きなんだけど……)

 

 豊満な胸を強調しながら勝ち誇ったアルベドについつい目が行ってしまった。

 誤魔化すように咳ばらいをするとモモンガは宝物殿へと飛ぶ。行きついた先は眼も眩むばかりの宝物の山であった。アルベドが感心したようにため息を漏らしているが、それらはギルドにとって大した価値のあるアイテムではない。本当に大事なものは最奥の棚に整理されているからだ。

 そしてそこにはパンドラズ・アクターはいなかった。

 

「いない……な……しかし指輪がなければ出ることも叶わないここからどうやって……」

 

 モモンガが顎に手をやり考え込んでいると、さらなる《伝言》が届いた。突然頭に響くテンションの高い声に体がビクリと震える。

 

『モモンガ様!あなた様のパンドラズ・アクターでございます!ただいまナザリックの入り口におります!』

『え!?』

 

 いつの間に。そんな感想がモモンガの心に響く。この地に転移してまだ24時間もたっていない。最初にパンドラズ・アクターと名乗る者からの《伝言》を受け取ってからはまだ数時間だ。その間にどうやってここを見つけ、そして移動してきたと言うのだろうか。

 モモンガの脳裏に子供のころ聞いた怪談が思い出される。携帯電話から亡霊の声が聞こえてくるというものだ。その声がだんだんと近づいてきて、最後にはこういうのだ。『わたしあなたの後ろにいるの』。

 

「モモンガ様!?」

「ひぃあああ!?」

 

 後ろに立つアルベドから声を掛けれらモモンガは思わず悲鳴を上げる。

 

「ひぃああ??」

「い、いや。ヒアと言ったのだ。近くに寄れという意味のな……うん……」

「まぁまぁまぁ!モモンガ様にそんなことを言っていただけるなんて!喜んでお傍に侍らせていただきます!」

 

 苦し紛れの言い訳であったがアルベドは満面の笑みを浮かべてモモンガの広い背中に抱きついた。正直歩きにくいと思うが一度口から出た言葉は戻せない。

 

「ナザリックの入口までパンドラズ・アクターが来たらしい。行くぞ!」

「はいっ」

 

 威厳に満ちた声を意識してモモンガは言うがアルベドはモモンガにしがみついたままだ。離れる気はないらしい。モモンガはため息をつき、各種の防御系魔法をかけてから入口へと転移する。転移した直後を狙い撃ちするのはユグドラシルでは常套手段であったからだ。

 

「こいつは……」

 

 墳墓の入り口まで転移したモモンガの目に飛び込んできたのは軍服をきた卵頭の異形。見間違えるはずもない。モモンガが外装を作成し、設定を記し、かっこいいと思ってその服を着せたのだから。正真正銘のモモンガの黒歴史、パンドラズ・アクターその人であった。

 

「おおおおっ!我が至高なる君。お会いできる日をどれだけお待ちしたことが……モモンガ様……モモンガさまああああ!」

 

 跪いていたパンドラズ・アクターは感極まり耐えきれなくなったのかモモンガの胸に向けて飛びこんできた。長身の軍服男が飛び込んでくるのだからその迫力は推して知るべしだ。咄嗟に避けようと体を捻るが背中に抱きついたアルベドがそれを許さない。

 

「ぐほぁ!!」

 

 100レベルのタンクに背中を固定された状態でのみぞおちへのタックルはダメージこそないものの精神的にくるものがあり、モモンガはあるはずもない肺から息を吐き出した。

 

「モモンガ様、モモンガ様、モモンガ様あああああ。100年……100年もお待ちしたのです!」

「おい、まて、ちょっと止まれ!あとアルベド。こいつは間違いなくパンドラズ・アクターだ。そんなに睨むな!っていうかおまえらさっさと離れろおおおおお!」

 

 まるで奪い合うようにモモンガを抱きしめるアルベドとパンドラズ・アクター。ナザリックの上に広がる晴天の青空にモモンガの絶叫が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……というわけでございまして。ぜひモモンガ様にこの世界を案内したく思っております!」

 

 一同はナザリックの玉座の間へと戻ってきていた。モモンガの前にはパンドラズ・アクターが報告のため跪いている。その周りには各階層守護者達に加え、セバスとプレアデスの6人も加わっていた。階層守護者のアルベドはモモンガの脇に控えている。

 

 パンドラズ・アクターの話によると自身だけ100年前のこの世界に飛ばされていたということだ。その原因については不明であるが100年周期でそのような現象が発生しているらしい。

 

「モモンガ様にぜひお渡ししたいものがあるのです!」

 

 パンドラズ・アクターは渡したいものが何なのかは分からないが余程自信があるのだろう。モモンガを見上げるその黒い空洞……否、瞳はまるで何かを成し遂げて褒めてもらいたい犬のようであった。尻尾があればブンブンと振っていることだろう。

 

「渡したいもの……?なんだ?」

「ふふふっ、それは見てのお楽しみと言うことで」

 

 ニヤリと笑うパンドラズ・アクターにモモンガの脳裏に嫌な予感が過る。パンドラズ・アクターの一挙手一投足を見るたびにかつての自分がカッコイイと思っていたものがいかに痛々しいものだったのかと思い知らされるのだ。

 

「では私も護衛としてついてゆかねばなりませんね。くふふふふっ」

 

 すでにアルベドは背中に抱きついてはいないものの、モモンガのマントの端を掴んで離そうとしない。それを聞いた階層守護者達が不平を漏らす。

 

「わらわも!今度はわらわも行くでありんす!」

「デハ私モオ供シヨウ」

「はいはーい!あたしも見たいです!モモンガ様への贈り物!」

「ぼ、僕もよろしいでしょうか?」

 

 シャルティア、コキュートスにアウラとマーレも手を上げる。しかし、それにデミウルゴスが待ったをかけた。

 

「待ちたまえ君たち。ナザリックの守護はどうするのかね」

 

 当然の心配であった。そもそも階層守護者は各階層を守るために存在する者達であり、本来は守護領域に詰めているべきものなのだ。しかし至高の存在を守るためとあらばその限りではない。誰かが残らないとならないのであれば自分こそが至高の存在の護衛に相応しいと守護者達がにらみ合う。

 

「ご安心ください!この辺りに敵対するものなどおりませぬゆえ!」

 

 緊迫した雰囲気をパンドラズ・アクターが霧散させる。言葉とともに自信満々に手を広げ、サーコートを翻して手のひらを額に当てた空を仰ぐポーズを取っている。

 

(おまえ、それやらないと喋れないの……?)

 

 モモンガの心の声もむなしく、パンドラズ・アクターは様々なポーズをとりながら説明を続け、デミウルゴスはそれに納得したようであった。

 

「ふむ。まぁナザリック有数の智者である君がいうのであれば信用しようか。あとでより詳しく説明してくれたまえ」

「もちろんですとも。デミウルゴス殿」

「お待ちください、ちょっとよろしいでしょうか」

 

 そこに声を上げたのはプレアデスのリーダーのユリ・アルファであった。

 

「何かございましたか?麗しいお嬢さん」

 

 パンドラズ・アクターにお嬢さんと呼ばれたことにムッとした表情を浮かべるが、ユリは言葉を続ける。

 

「僭越ながらナザリックの外においでになるのであればお世話をするメイドが必要かと思います。ぜひ我々プレアデスをお連れください」

 

 メイドからお世話と聞いてモモンガは頭が痛くなる。元の世界でサラリーマンたるモモンガにはそんなことを言われても何を世話されるのかさえ分からない。どこの御大臣だという話だ。どう答えたものか逡巡しているうちにデミウルゴスが答えていた。

 

「確かにモモンガ様をお世話する者は必要だろうね。一般メイドでは戦闘力として不安であるし、プレアデスなら安心できるでしょう。よろしいですか?モモンガ様」

 

(え……?連れて行くの……!?)

 

 モモンガの理解が追い付く前にどうやらすでに行くことに決定してしまっているらしい。そしてプレアデスたちの期待に満ちたキラキラした目を見てそれを断るだけの勇気はモモンガにはなかった。

 

「そ、そうだな……案内してくれるか」

「おまかせくださいっ!私の創造主たるモモンガ様にご満足いただけると思います!」

 

 何とか言葉を発するモモンガであるがパンドラズ・アクターの贈り物というだけで警戒心が最高潮だ。特にその自信満々の態度に嫌な予感がする。

 パンドラ。それは決して開けてはいけない禁断の箱を開けてしまった女性の名前だ。その箱の中にはこの世の災厄がすべて詰まっていたという。しかし、その箱の底には最後は希望が残されていたと言うが……。

 モモンガは目の前のパンドラズ・アクター(パンドラの箱)を見つめる。そこから飛び出すのが希望なのか災厄なのか。その答えが出る時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

(なんじゃこりゃああああああああああああ!!)

 

 モモンガが心のうちに絶叫したのは無理もない。そこは巨大な城に併設された舞台であった。いや、遥か下方(100mはあろうか)に広大な広場があることを考えるに演説台なのだろうか。

 まず、モモンガの目が釘付けになったのはその真正面、広場の入り口付近に建てられている像だ。300mはあろうかと言う巨大な像であり、現実でそんなものを作ろうものなら日照権を求める苦情が殺到するであろう代物だ。

 

「お、おい……パンドラズ・アクター。聞くまでもないかもしれないがあれは……」

「はいっ!モモンガ様!モモンガ様の素晴らしさを知らしめるために作った150/1スケールのモモンガ様像でございます!細部(ディティール)にはこだわりまして、ローブの内部までしっかり作りこまれております!」

「あ……そうなんだ……へー……」

 

 余りの事に精神の鎮静化が発生しそれしか言えなかった。しかしモモンガと違い守護者達から上がるのは絶賛の声だ。

 

「まぁ素晴らしい!あれほどの大きさならモモンガ様の威光が有象無象に知れ渡ること間違いなしね!」

「さすがはモモンガ様の創造されたパンドラズ・アクターです。このデミウルゴス、建造に関われなかったのが口惜しい想いでございます」

「ああ、そそり立つ巨大なモモンガ様……濡れてしまいんす……」

「お、おねえちゃん。すごいね……すごいね!」

「うん!モモンガ様の偉大さが分かるよ!」

「マルデ後光ガサシテイルヨウデアルナ」

 

 次々と上がる称賛の声に、モモンガは穴があったら入りたい気分に襲われる。何が悲しくて自分の巨大像を晒されなければならないのか。

 

(偉大さとか威光ってなに!?俺にそんなものないよ!?っていうかあそこの人たちはなんなの!?)

 

 モモンガの混乱に拍車をかけているのは広場に集まっている人々である。男は軍服を着こみ、女はメイド服を着ている。そしてそのどちらも何故かアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインを入れた軍帽を被っているのだ。

 ちらりと脇を見るとパンドラズ・アクターと同じ、つまりモモンガのデザインしたものをその場に集まった数万人はいるであろう人々が着ているのである。

 その中には人間以外の種族も混ざっているようで、巨大なハムスターやトロルやナーガと思われる種族もいたのだが……それらさえ巨大な軍帽を被っているのだから頭が痛くなる。

 

「あの……モモンガ様。何故か視線を感じるのですが……」

 

 後ろに控えていたユリが困惑したように声を上げる。確かにその場の人々からプレアデスの名前を叫んでいる声が聞こえる。それは親しみを込めた好意的なものであるが、プレアデスには不快でしかなかったらしい。

 

「なぜ羽虫が私たちの名前を叫んでいるのでしょう。不快ですね……殺してもよろしいでしょうか」

「何か変な視線を感じるっすねー。殺すっすか?殺すっすか?」

「食べ物がいっぱい……美味しそう……」

「シズちゃんとか呼んでる……馴れ馴れしい……」

「私にはなぜか嘗め回すような視線を感じますわね……殺しましょう」

 

 何故か人々から名前を呼ばれ不快感のあまり殺そうと言い出すプレアデス。モモンガとしても訳が分からない。

 

「はははははっ、お嬢様方!殺すのはもったいないですよ。みなさんはこの世界の人気者でございますから!」

「ま、まぁ……殺す殺さないは最後まで話を聞いてからにしようか」

 

 モモンガはいまだに混乱の最中であるがプレアデスを窘める。こんなところで殺戮パーティーを開かれてもたまらない。

 

「それでパンドラズ・アクター。これはどういう……」

「なるほど……そういうことですか」

 

 モモンガがパンドラズ・アクターに問いただそうとしたその一瞬をついてデミウルゴスが納得したように顎に手を当てる。

 

(何がそういうことなんですかー!?)

 

 勝手に納得したように話に割り込んできたデミウルゴスにモモンガにはもう何度目か分からない鎮静化が発動していた。そのおかげで強制的に冷静さを取り戻させられ、錯乱することさえ許されない。まるで拷問である。

 

「う、うむ……デミウルゴスも気づいたかね」

「はっ!もちろんでござます!モモンガ様!」

「で、ではパンドラズ・アクターよ……皆にも分かるように分かりやすーく丁寧に説明してあげたまえ。優しくだぞ、優しく」

「はっ!了解いたしました!我が至高の君!」

 

 パンドラズ・アクターは元気いっぱいに敬礼をするとこれまでの経緯を話し出す。プレアデスとして人間社会に入り込み。ロフーレ商会の中で世界中を経済で支配したこと。やがて人間以外も取り込み、あらゆる種族がロフーレ商会の元に集ったこと。

 その中心となったのはバハルス帝国である。ジルクニフが徹底的にロフーレ商会を守るために制定した法律をもとに盗みや詐欺などは徹底的に取り締まられるようになり、ロフーレ商会に反逆する者には容赦のない罰則が加えられた。

 また、ツアレを中心としたプレアデスを信仰する者達によりさらに上位の神たるモモンガの名は至高神として世界中で崇められる宗教となり、その威光の下平和を享受している。

 ロフーレ商会の絶大なる信頼を得た漆黒の剣については、莫大な財を手に入れ、やがて4大暗黒剣を揃えることにより名声を手に入れたという。彼らの冒険者としての心得は今もなお、冒険者たちに伝わっていた。

 さらにアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースについてはその後、ライバルであるルプーとの親交をさらに深め、この世界に数々の必殺技やポーズなどを伝えたという。

 そしてやがてパンドラズ・アクターは正体を明かし、世界をアインズ・ウール・ゴウンの名のもとに統一する。そして100年目のその日を迎えるに際して世界各地に諜報員を送り、ナザリックの出現を待っていたということだ。セバスが見つけたのはその諜報員なのだろう。

 

 淡々と語られるのはナザリック有数の頭脳の持ち主による世界征服の軌跡だ。それを聞いた守護者達はさも当然と言った顔をしている。至高なる存在が世界を支配するなど水が高きから低きに流れるがごとく当然のことだからだ。

 しかし、モモンガは守護者の態度や語られる内容より、広場に集まった人々の恰好やそのしぐさや態度に目が行ってしまっていた。

 

(まさか……まさかな……)

 

 そう思いつつもモモンガの中の危険感知センサーが最大限に警告を発している。

 

「……というわけでモモンガ様への貢ぎ物として世界をご用意いたしました!さて、では世界のすべての者達へ宣誓といきましょうか!」

「えっ、ちょっ、まっ……」

 

 モモンガが止める間もなくパンドラズ・アクターはひらりと演説台の前に立ち、マイクのようなものに向かって声を張り上げる。その声は広場のそこここから拡声され聞こえるところを見るに音声を飛ばし拡声する魔道具なのだろう。

 

紳士淑女の諸君(レディース&ジェントルメン)!お待たせいたしました!本当に!本当にお待たせいたしました!百年の時を経て我らが神が降臨なされたのです!」

 

(え……神!?何言ってんのこいつ!?)

 

「思えば長く待ち遠しい日々でした!しかし!しかし我らが神は帰ってきてくださったのです!今この世界にある理はすべてモモンガ様の作ったもの!!」

 

(こ、理ってなに!?え……それって……まさか……)

 

「この世界の頂点!至高の御方々のまとめ役!死の支配者!超越者(オーバーロード)に栄光あれ!!至高の存在に忠誠を!!モモンガ様にいいいいい!捧げえええええ筒!」

 

 パンドラズ・アクターの言葉に、バッバッと広場のそこここでアインズ・ウール・ゴウンの旗が上がり、銃剣が捧げられ、軍ラッパの音が奏でられる。

 

(や、やめ……)

 

「敬礼いいいいいいい!」

 

 広場にいたすべての男が、女が、子供が、老人が、亜人が、異形が、すべての者達が一切の乱れなく靴をカッとそろえると軍帽へと手のひらを掲げてモモンガを見つめる。その仕草のすべてがモモンガが設定としてパンドラズ・アクターに与えたもの。つまりこの世界の理である。

 そして、人々は狂信者のような目をモモンガに向けたまま、あらん限りの声で高らかに叫ぶのだった。

 

 

 

───Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!!

 

 

 

 

 

 

 

~パンドラズ・アクターの冒険 完~




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最後まで見ていただいた方いましたらありがとうございました。

それでは! ( ̄^ ̄)ゞ


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