「おのれゴルゴム! お前たちの悪行は、この俺が許さん!」 無惨死す!? 鬼舞辻の最後!(タイトル詐欺は特撮の伝統) (葛城)
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鬼舞辻「どうすればこいつを倒せるの?(震え声)」

首を切ったら死ぬのが鬼、首をどうあがいても切れないのがBlack

太陽の光を浴びたら死ぬのが鬼、太陽の光でパワーアップするのがBLACK

夜になれば本領発揮するのが鬼、夜になっても昼間と変わらないのがBLACK

太陽を克服すれば無敵と思っているのが無惨、太陽が無くても復活するのがBLACK

タイムスリップして鬼になる薬を飲ませなかったら、すべてが解決する無惨

タイムスリップしても、過去から来襲してゴルゴムを倒すのがBLACK


どうやったら倒せるの、こいつ?


 

 

 ──時は大正時代。

 

 

 

 それは、欧州の一部にて発生した小さな小競り合いが瞬く間に大きく広がり、血で血を洗うどころか流血の大河が生まれるほどの戦いへと変貌し、死が蔓延った頃でもあった。

 

 後にそれは第一次世界大戦と称される、ヨーロッパの外にまで飛び散った戦火の始まりであった。

 

 と、同時にそれは、ごく一部の人々の思惑と情勢と状況と、限られた情報によって洗脳され扇動された国民たちによってもたらされた、文字通りの地獄でもあった。

 

 数多の人々が降り注ぐ砲弾に怯え、数多の人々が飢えと恐怖に苦しみ、数多の人々が大切な者と物を失い……その悲しみを何処かへぶつけようと躍起になっている……そんな頃。

 

 海と大陸を隔てた向こうで広がっていた戦いを他所に、かつては日の下と己を自負していた日本は、かつてない好景気に見舞われていた。

 

 

 ……悲しい事だが、戦争には二つの側面がある。

 

 

 一つは、戦争を行った国は例外なく、全体的に見れば疲弊するということ。弾丸一発でケリが付く戦いならまだしも、勝っても負けても大なり小なり疲弊してしまう。

 

 そして、二つ目は……極々一部ではあるが、巨万の富を得る少数が出現することである。

 

 戦争は、確かに全体を疲弊する。しかし、全体が万遍なく疲弊するわけではない。ごく一部ではあるが、戦争を利用して財産を築く者がいる。悲しいが、それもまた戦争の側面であった。

 

 

 ……が、しかし。この時の日本の場合は、少しばかり事情が異なっていた。

 

 

 海と大陸を隔てて、あまりに距離が有り過ぎたせいなのだろう。日本という国を巻き込むには、触れるモノ全てを引きずり込む地獄の坩堝から伸びる戦火の腕を持ってしても、遠すぎた。

 

 だが、戦いに巻き込むことは無理でも、単純な貿易相手としてなら……むしろ、日本という国は、欧州諸国からは好都合であった。

 

 戦争を行うには、兎にも角にも物資を必要とする。人、食料、燃料、弾薬、数え上げればキリがない。それらの一部を、欧州は戦火が及ばない日本に求め……いや、止そう。

 

 とにかく、様々な要因が重なったことで、見方を変えれば戦争の良い面だけを甘受することが出来た日本は、その歴史から考えても上位に入る程の莫大な好景気に身を浸していた。

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だが、しかし。

 

 

 

 光が有れば、影も有る。いや、正確には甘露を浴びる者もいれば、その甘露に触れることすら出来ない者もいる。

 

 全ての者に蜜が行き渡らないのが、現実で。

 

 それは何不自由なく幸せに生を与えられ、愛を与えられ、教育を与えられた者よりも、何もかもが与えられなかった者の方が顕著であるのもまた、現実で。

 

 

 ──農家の倅として生まれたらしい男にとっての、現実もまた同様であった。

 

 

 その男は……大正時代においては珍しく、また、農家というけして裕福ではない家の生まれにおいても珍しい、180センチ近い長身に恵まれた男であった。

 

 とはいえ、天が男に与えた祝福は、それだけであった。というのも、男の人生は客観的に見て……波乱万丈という他なかったからである。

 

 

 ──まず、男は……いや、『彼』は己の名前を知らなかった。

 

 

 それは彼が捨て子であったから……というわけではない。その男が幼い頃……土砂崩れに巻き込まれたショックで、記憶を失ってしまったからである。

 

 

 ……考えてもみてほしい。

 

 

 フッと目が覚めたら、身に覚えのない部屋で目が覚め、身に覚えのない衣服を着ていて、身に覚えのない己が身体に目を向ける……その、恐怖を。

 

 当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、当時の彼は酷く動揺した。

 

 自分の名前はおろか、今が何時で、そこが何処で、何故そうなっていたのか、何一つ思い出せない。自分を確立する全てを、失ってしまったのだ。

 

 

 己が農家の倅であったというのも、事実であるかは分からない。

 

 

 土砂滑りによって壊滅的被害を受けた農村より、少しばかり離れた山道の真ん中。泥だらけの彼が発見されたのは、そんな場所で。

 

 農家の家の者だと判断された理由も、着ていたみすぼらしい衣服から、おそらくはそうであろうと思われただけで……実際は、何も分からないまま。

 

 彼に、生きている家族なり何なりがいたなら、まだ良かったのだが……幸運が彼に訪れることはなく、医者の善意で回復するまで置いていてもらい。

 

 そうして、消耗した身体も回復し、村があった場所へと向かったのは……彼が発見されてから、おおよそ二週間も後の事で。

 

 その時にはもう、おそらくは彼の実家があったはずの村は、土砂と濁流でかき混ぜられて無くなってしまった。

 

 

 故に、彼はその瞬間……天涯孤独の身となってしまった。

 

 

 加えて、彼の悲劇はそこで終わらなかった。記憶を失い、家族を失い、帰る家を失った彼は……その時より、不思議な夢を見るようになった。

 

 その夢は、目覚める度に靄が掛かって上手く思い出せなくなってしまうのだが……それを差し引いても、その内容は、とにかく奇妙という他ないものであった。

 

 それは夢だけの問題ではなく……何というべきか、奇妙であった。

 

 

 ……例えば、列車よりも速く、馬よりも手軽に自由気ままに走らせることが出来る『車』を横目にしながら電車に乗り込み、会社へと向かう夢の中の自分。

 

 

 夢の中の自分は、その世界ではどこにでもいる平凡な男で……それら全てが当たり前であった。

 

 何もかもが見覚えどころか目にしたことすらないモノばかりだというのに、自分はそれらが何なのかを理解している。何故か、慣れ親しんだモノとして、受け入れられている。

 

 立ち並ぶビルも、点々と設置されている信号機も、コンビニより漏れ光る夜間の明かりも、それら全てがどういうものかを、夢の中の自分は理解していた。

 

 それはあまりに、不思議な話であった。何故なら、そのどれもが……彼にとって、何一つ想像した覚えのないものばかりであったからだ。

 

 最初の頃は……それらが、己の失われた過去ではないかと彼は考えていた。

 

 

 しかし、すぐにそうではないことに気付く。

 

 

 何故なら、夢の中に出てきたありとあらゆるモノ全てが、この世界には何一つ存在していないものであったからだ。

 

 療養する彼を診察し、彼の相談を受けた医師が、真っ先に空想だと断定した。彼の夢の中に出てきたそれらは、この世界には実在しないモノだと断定した。

 

 『車』はある。『電車』だってある。『ここらでは見掛けることはないだろうが、都市部に行けば見る事が出来る』と教えてくれた。

 

 しかし、彼の夢の中に出てきたような形はしていないとも教えてくれた。様々な思い出が混ざり合った空想だろうと結論付けた……けれども、だ。

 

 彼は、納得していなかった。表向きはそういうものなのだろうと医師の機嫌を損ねないように振る舞っていたが、内心では何一つ納得していなかった。

 

 

 

 ──妄想から作り出したにしては、あまりに全てが緻密過ぎた。

 

 

 

 夢の中とはいえ、その中にいる間は、そこが彼にとっての現実だった。

 

 現実だと見間違う程に、そこでの全てに現実感が有り過ぎた。

 

 しかも、奇妙な事には奇妙な事が重なるもので……何時の頃からかは分からないが、彼は夢を見る度に有ることが己に起こっていることに気付いていた。

 

 ──いったい、それは? 

 

 簡潔に述べるのであれば、それは『夢での行いが現実に一部だけだが反映される』というものであった。

 

 反映されるのは、主に己の事に関してである。

 

 つまり、夢の世界で己が得た事。知識を始めとして、食事を取れば、現実世界では食事を取らなくても腹が空かなくなったのだ。

 

 もちろん、最初は思い込んでいるだけで腹は空くだろうと思っていた。

 

 しかし、二週間以上に渡って現実にて食事を取らない日々を送って……それでもなお、いや、むしろ血色が良くなっていることに気付いてからは、もう彼は夢を疑わなくなった。

 

 

 

 ──だからこそ、彼はそれらを夢の一言で納得することが出来なかった。

 

 

 

 あまりに現実感が有り過ぎて、夢から覚める度、はたしてどちらが夢なのか分からなくなるぐらいで……それが、彼の悲劇の始まりであった。

 

 

 ──いったい、どうして? 

 

 

 それは、その夢の中での生活が……あまりに快適過ぎたからだった。

 

 

 

 そう……あまりに、快適であった。この世が地獄かと錯覚するぐらいに、全てが快適であった。

 

 咽るほどに蒸し暑い熱気に苛まれれば、『エアコン』を点けて快適な夜を日中を過ごし。

 

 甘いものが食べたくなれば、子供のお駄賃程度のお金を持って24時間店が開いている『コンビニ』へと向かい。

 

 一食二食分のお金で、現実では御馳走に値する食事を取ることが出来るだけでなく、異国の料理も自由に楽しめて。

 

 朝から晩まで娯楽が流れている『インターネット』にて暇を潰し、退屈に日常を過ごすこともなく。

 

 毎日のように湯浴みを行い、蛇口を捻るだけで喉を潤し、冷たいのも温かいのも好きなように飲む事が出来る。

 

 

 

 そんな、夢の中の世界に比べたら……何もかもが不便極まりない現実に嫌気が差すのも、致し方ないことで。

 

 嫌気が不満となって、不満が苛立ちとなって、苛立ちが現実への……積もり積もってゆく憎悪に変わるまで、それ程の時は掛からなかった。

 

 

 そして、その憎悪が……彼を孤立に追いやる必然となってしまった。

 

 

 何せ、客観的に見れば、だ。一般的に考えれば『普通の事』でも、彼にとってみれば『不便な事』でしかない。

 

 一事が万事、全てがその調子。周囲からすれば、当時の彼はさぞ鼻持ちならない男でしかなかっただろう。

 

 故に、彼が孤立してゆくのも当然で……彼もまた、そうなって仕方ないと思っていた。

 

 

 ……とはいえ、親切にも、そんな彼を案じてくれる者だっていた。

 

 

 その内の一人である、彼の面倒を見てくれた医師は、村を出て行こうとする彼に……とある石を見せてくれた。

 

 

「……これは?」

 

 

 その石は卵大の、薄らと赤み掛かった石であった。太陽の光を浴びたそれは、ともすればうっすらと中身が透けて見えそうであった。

 

 

「『太陽の石』と呼ばれている、空から降ってきた石らしい。行商人から買った物だが、太陽の欠片だとか」

「太陽……やっぱり、珍しい物なんですか?」

「本物なら、二つとない大変貴重な物だろうね。しかし、真偽を確かめる術は、今の所何一つないがね」

「……なるほど」

「見つめるだけで、お天道様のご利益があるのだとか……まあ、どうせガラスの欠片か何かだろう。しかし、本当にご利益があるかもしれない……見て行ってくれたまえ」

 

 

 それは、彼が抱えている心の傷を憐れんでのことなのかもしれない。

 

 あるいは別の……何にせよ、元気づけようとしてくれる医師の言葉が、彼には嬉しかった。

 

 そうして……村を出た彼は、近くの山へと向かった。

 

 人々の暮らしから離れて、山の中へ独り……捨て置かれた小さな山小屋に住み着き、世捨て人のような暮らしをするようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………そうして、彼は徐々に夢の世界にのめり込むように……そうなるのもまた、仕方ない事であった。

 

 

 

 夢の世界で腹を満たすことが出来るから、餓死の心配はない。病気になっても、夢の世界にて格安で治療を受けることが出来た。

 

 孤独は、夢の世界の娯楽で満たされた。いや、満たされたと思い込もうとしていたのかもしれないが……何にせよ、彼は月日に比例して夢の世界の娯楽に身を浸していった。

 

 

 ……その中で、一つ。

 

 

 夢の世界には多種多様の娯楽があったけど、何よりも彼の興味を引き付け、のめり込ませ、孤独を忘れさせたのは……夢の世界では『特撮』と称されている、数ある娯楽の内の一つであった。

 

 その『特撮』は、何もかもが鬱屈として閉ざされていた彼にとって……正しく、『光』そのものだった。

 

 

 ──悪の前に立ちはだかり、正義を成す。

 

 ──望んで得た力ではないけれど、それでもなお、誰かの為に。

 

 ──己の、信念を持って。

 

 

 賛美が欲しいわけではない。ただ、守りたいと願った者を守る為に。守ると決めた者の為に、許してはならないという己の信念を貫き通す為に戦う、戦士たちの姿に。

 

 

 彼は、どうしようもなく魅せられた。

 

 

 娯楽と、分かっていた。夢の世界にも存在しない、夢の世界で作られた娯楽の一つだと分かっていた。

 

 それでも、彼は魅せられた。心の底から、彼らの……戦士たちの想いに涙が零れ出た。

 

 己よりもずっと苛酷な境遇に苛まれた者がいた。己よりもずっと残酷な現実が降りかかった者がいた。

 

 だが、誰も彼もが諦めなかった。逃げ出すことは、あった。時には弱音を吐いて、みっともなく八つ当たりすることもあった。

 

 

 けれども、誰も彼もが……挫けなかった。

 

 

 どんな逆境が立ち塞がっても、男たちは挫けなかった。最後の最後には気力を、勇気を、心を奮い立たせて立ち上がり……悪を討った。

 

 

 その姿があったからこそ。

 

 その背中があったからこそ。

 

 

 彼は……畜生にはならなかった。世捨て人同然の日々を送っていたが、それでもなお、彼は最後の一線を踏み越えるようなことはしなかった。

 

 山中にて取れた山菜やら動物の肉やらをふもとの村にて売りさばき、得たお金は、何時か困った誰かの為に使ってやろうと溜め続けた。

 

 

 ……記憶を失った彼の面倒を見てくれただけでなく、夢の事で苦しむ彼を最後まで案じてくれた、あの親切な医師と同じように。

 

 

 何時か、かつての己のように全てに絶望した者が前に現れたならば、溜めたお金を渡して……こう言ってやろうと考えていた。

 

 

 ──生きてさえいれば、やり直せる。

 

 ──何もかもが初めから無い、己と違って。

 

 

 彼が魅せられた男たちがそうしていたように、他の誰かの為に……そう思い、彼は日常を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だが、しかし。孤独ではありつつも平穏な彼の日常は……悲劇はまだ、終わっていなかった。

 

 

 彼の記憶が失われたのが突然ならば、その日常が失われるのもまた突然で。

 

 その日は……雲一つない夜空に満月が浮かぶ、美しい夜であった。

 

 季節は、梅雨の時期。その年の梅雨は例年よりも弱弱しいものではあったが、一日を通して霧雨が降り続け、日照りの時間が少ない……そんな年であった。

 

 

 彼は……いや、違う。

 

 

 何時までも名無しでは不便だと思った彼が、『太郎』と己が名を自称し、山に住み始めてから……早、3年。背丈ばかりが高いだけの彼……太郎も、それに見合う体つきになっていた。

 

 他の者たちとは違い、夢の世界でたっぷり食事を取れるからだろう。ボディビルダーとまでは到底いかないが、毎日のように山中を歩き回っているから……話を戻そう。

 

 

 その日、太郎は何時ものように山中に仕掛けた罠の様子を見に行っていた。

 

 

 裾が解れて糸が飛び出ている、継ぎ接ぎだらけの着物を無造作に着込み、肩に掛けた鞘に納められた分厚い刃。腰にぐるりと巻かれた風呂敷布とが擦れて、ぽふぽふと鞘を跳ね返している。

 

 

 ……今年は、朝から晩まで霧雨が降り続けているからだろうか。

 

 

 日中の温度は汗が噴き出る程に暑く、夜になっても蒸し暑さが残る梅雨の時期だというのに、山の中は……肌寒さを覚えるほどに気温が下がっていた。

 

 町中に住まう者なら、肌寒さに身体を震わせているところだが……まあ、さすがに人並み以上に鍛えられた今の太郎の前では、問題にはならない。

 

 

 ──さて、だ。

 

 

 太郎が向かっているのは、山小屋より少しばかり離れた……山を登った先にある、大木の傍に設置した罠の下にである。

 

 

 ……まあ、山道と言っても、だ。

 

 

 太郎が使用している山道は、果たして山道と称して良いモノか……仮に第三者がここにいたなら、首を傾げたことだろう。

 

 立ち並ぶ木々の隙間を縫うようにして伸びる、その道。それは山道というには獣道にしか見えない秘密の通路であり、太郎が勝手に名付けた道である。

 

 その道を、太郎は不用意に音を立てないよう気を付けながら進む。最初は上手くいかなかったが、3年も山の中で過ごせば感覚的に分かってくる。

 

 いわゆる、環境に適応した、というやつなのだろう。明らかに、3年前よりも夜目が利き、視界の端にて動く物体を感知する能力が向上している。そのおかげで、彼は今日まで無事に生きぬくことが出来ていた。

 

 

 ……野生の獣は総じて警戒心が強く、人間の探知能力を凌駕している。

 

 

 基本的に逃げの一択を取るのだが、とはいえ、全てがそうなるわけではない。中には縄張りを奪いに来たと判断し、襲い掛かってくるものもいる。

 

 それが我を忘れた野兎やイタチぐらいだったならよいのだが、野犬や蛇なら危険だ。これが熊だったら……死を覚悟しなければならない。

 

 いくら山暮らしに慣れたとはいえ、だ。野生の獣……それも、野犬や熊を相手に戦うのは絶対に御免被る……というのが、正直なところで……ん? 

 

 

「…………?」

 

 

 不意に、太郎が直感という名の異変に気づいたのは……3年掛けて培った、探知能力のおかげであったのかもしれない。

 

 足を止めた太郎は、辺りを振り返る。霧雨で濡れた木々は、まるで漆を塗られたかのように月明かりを帯びていた。

 

 夜の闇に慣れた瞳に映る視界に、不自然な点は見当たらない。頭上を見やれば、枝葉の向こうにて煌々と輝く……満月が見えた。

 

 

 ……気のせい、だろうか。

 

 

 何かが付いて来ているわけでもないし、獣がこちらを見ている……というわけでもない。昨日と同じく、見慣れた景色がそこにあるだけだ。

 

 

 だが……どうしてだろうか。

 

 

 嫌な予感を覚えた太郎は、何度も辺りを見回し、少しばかり歩いてはまた足を止めて辺りを見回す……という行為を繰り返す。

 

 異変といっても、それは目に見えた変化ではない。いや、むしろ変化らしい変化はなく、太郎自身も気のせいかと幾度となく思ったぐらいのモノだ。

 

 だが……それでも、どうしても嫌な感覚が脳裏から外れてくれない。

 

 連日続く霧雨によって、山の中の臭いはほとんど消えてしまっている。例年とは異なる山の雰囲気に、今更ながら怖気づいた……いや、違うか。

 

 

(……止めよう。こういう時に無理はしない方がいい)

 

 

 何にせよ、こんな気持ちで狩りを続行するのは危険だ。

 

 そう判断した太郎は踵をひるがえし、今しがたまで登って来た山道を下ろうと──した、その瞬間。

 

 

 ──かちり、と。

 

 

 怖気にも似た予感が脳裏を走った──反射的に、太郎はその場から飛び退いた。直後、頭上から落ちてきた何かが、ずどんと、今しがた太郎がいた場所を砕いた。

 

 

 まさか──猿か? 

 

 

 そう思った太郎だが──直後に、違うことに気づいた。いや、正確には、気付かされたという方が正しかった。

 

 何故か──それは、すぐさま体勢を立て直してこちらを見やったその姿が人間で──いや、それも違う! 

 

 衣服を着ていたりして、その姿は人間に似ているが、何処か違う。歪に変形した手足、大きく飛び出した牙、垂れ落ちる涎。

 

 怪物……そう、怪物だ。人の形を真似た、人に非ざる異形の怪物……そうとしか思えない、ナニカであった。

 

 

「お前──何なんだ!?」

 

 

 声が震えなかったのは、ただ事態を呑み込めていないからであった。

 

 

「人間、俺の肉だ、肉だ肉だ肉だっ!」

「な、何なんだ……!」

「十二鬼月のやつめ……全部独り占めしやがって……俺の獲物だぞ、俺の肉だぞ、チクショウ……くそ、くそ、くそ……!」

 

 

 どすん、どすん、どすん。

 

 

 よほど苛立つ何かがあったのだろうか。垂らした涎を拭おうともせず、怪物は地団太を踏む。所作は人間のそれだが、踏み砕かれる地面を見る限り……力は、人間のそれではない。

 

 

(じゅうに……なんだ、いったい。こんなやつ……俺は、夢を見ているのか?)

 

 

 まるで、あの世界で見た『特撮』に出てくる『怪人』のような……いや、まさか……そんなはずは……あっ! 

 

 

「肉っ、肉っ肉っ肉っにくにくにくにく、にくう──っ!!!」

「──っ、だあっ!」

 

 

 動揺している間に、怪物が飛び掛かってきた。日頃から、野生の動物相手に格闘していたからか……突然の攻撃を前に、太郎は反撃した。

 

 向かって来る腕を、潜り込むようにして掻い潜り……刃を、怪物の身体に向かって立てる──それだけの事だが、十分であった。

 

 勢いのついた怪物の身体に沿って食い込んだ刃は、まるで魚を下ろすかのような勢いで肌を切り裂いてゆき……夥しい出血と共に、数メートル先を転がった。

 

 

 ……見なくても分かる。今のが、致命傷になったということに。

 

 

 太郎が所持している刃は、斧と鉈の合間のような分厚いモノだ。固い枝葉を切り分け、時には仕留めた獲物の解体に使用するためで……まともに刃が食い込めば、まず助からない。

 

 

 ……一拍置いて、太郎は……その場に膝を突いて、大きく息を吐いた。

 

 

 胸に手を当てれば、はっきりと鼓動が伝わって来る。眩暈がしそうなぐらいに息が切れて、ともすれば刃が手から零れ落ちそうだったが……何とか耐えた太郎は、振り返って怪物を見やって──絶句した。

 

 

 ──怪物は、立ち上がっていた。

 

 

 刃が逸れていた……いや、違う。刃は、確かに食い込んでいた。相応の出血も起こった。だが、しかし……それが致命に至る前に、治ったのだ。

 

 文字通り、内側から盛り上がった肉が一瞬にして傷口を塞いでしまった。まるで、粘土を捏ねて平らにしたかのように、あっさりと……っ! 

 

 再び、怪物が向かって来た。今度は、体勢を崩していたのが悪かった。

 

 仰け反るようにして怪物を受け流し、偶発的にも首を切りつける形になったのは良かったが……怪物の鋭い爪が、太郎の肌をスパッと切り裂いた。

 

 

「──ぐっ!」

 

 

 痛みと熱気が、腹部から傷口から噴き出す感覚。生暖かいそれが、ぬるりと衣服に浸み込んで……くそっ! 

 

 刃は、間違いなく頸動脈を断ち切った。なのに、怪物は死んでいない。のたうちつつも、また立ち上がろうとしているのを見て……それよりも早く、太郎は振り被った刃を──一息に、振り下ろした。

 

 

 ──ずぶり、と。

 

 

 手首から肩に、肩から身体へと……肉を切り裂いた刃が、骨に食い込んだ感触が伝わってきた。

 

 なのに、死なない。涎混じりの血反吐を零しながらも、「くそっ! くそっ! くそっ!」怪物は息絶える気配がまるで見られない。

 

 だから……何度も、太郎は刃を振り下ろした。

 

 斧とは違い、断つのではなく切る為のモノだが、それでも回数を重ねれば結果は同じ。回数にして11回目で……首と胴が、ぶつりと断ち切れた。

 

 

「──がああ、チクショウ! くそっ! くそっ! 餌の癖に! 餌の癖に!」

 

 

 なのに……ああ、なのに……これはどういうことだろうか。

 

 

「てめえ、絶対に許さねえぞ! 腸引き裂いて貪り食ってやるからなあ!」

 

 

 首を落とされたというのに、怪物は死ななかった。さすがに、胴体から切り離されれば相当なダメージになるのか、身体の方は痙攣するばかりであった。

 

 

 ──これでは、殺せない。

 

 

 辺りを見回した太郎の視線が、傍の樹木の根元辺りに転がっている石に目を向ける。それは大玉スイカなみに大きく……それを、太郎は喚き散らす怪物の頭に落とした。

 

 

 ……が、結果は同じだった。

 

 

 頭を完全に潰しても、瞬く間に治ってしまう。二度、三度と潰せばさすがに大人しくはなったが、それでも致命傷には至っていないようであった。

 

 

 ──やはり、殺せない。これでは、駄目なんだ。

 

 

 眼前の光景に自ずと事実を察した太郎は、血で濡れた身体に喝を入れて立ち上がり……ふと、その視線が山の麓……恩師たちが住まう村がある方向へと向けられた。

 

 

(伝えなくては……こんな怪物が2体、3体いたなら……大勢の犠牲者が出てしまう)

 

 

 とりあえず、この怪物はしばらく動けない。仕留めるのは後回しにして、まずは麓の村に住まう恩人たちに、この事態を伝える必要がある。

 

 そう判断した太郎は、ジクジクと痛み続ける傷に顔をしかめながらも、下山しようと怪物に背を向け──ふと、足を止めた。

 

 

(そういえば、こいつ……最初、何を呟いていた?)

 

 

 それは、予感であった。あるいは、憶測という方が正しいのかもしれない。

 

 

(じゅうに……いや、そっちじゃない。こいつ、独り占めがどうとか……待てよ、独り占めって何の事だ? 何を独り占めされて、ここに来たんだ?)

 

 

 何にせよ、その二つは瞬く間に不安の二文字へと形を変え……そして。

 

 

(……まさか、こいつは……こいつらは……!?)

 

 

 直後に、それは焦燥へと変わり……思い至った瞬間、気付けば太郎は走っていた。脇目も振らず、全速力で麓の村へと駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………街灯なんて便利なものが存在しない山中は、日も暮れれば何もかもが真っ暗になる。月明かりなんて頼りない光では、慣れていないとまともに歩くことすら叶わないだろう。

 

 

 その山道を、太郎は全力で駆け下りている。その様は、数十分前とは酷いものとなっていた。

 

 幾度となく足を滑らせて転んだせいだ。手足は擦り傷だらけで、転んだ時に出来た新たな傷が、至る所に見られる。

 

 元々の負傷もあって、本来なら立っていることすら辛いはずだ。全身泥だらけのその身体は、満身創痍の一言だろう。

 

 

 けれども、それでも、太郎は走ることを止めなかった。

 

 

 泥水に冷やされた手足の感覚が失せようとも、痛みを通り越して吐き気を催し始めた傷口の痛みも、今にも破けそうなほどに高鳴っている胸の痛みも……一切合財を、無視して。

 

 

 ──先生、どうか無事でいてくれ! 

 

 

 人気がしない夜の村を、駆け抜ける。夜だから……それを確かめる余裕なんて、無くて。横目で見る事すらせず、目的地へと向かう。

 

 そうして、ただひたすら、走り続け……そして、恩師である医師の住宅へと到着し……開かれっぱなしの正門から中を覗いた、その瞬間。

 

 

 疲労とは別の理由で……太郎は、ぎくりと足を止めた。

 

 

 何故か……それは、視線の先。本邸へと続く石畳の真中にて横たわる人の姿があったからで。付け加えるなら、うつ伏せになった身体の下から……赤黒い液体が浸みだしているのが見えたからだった。

 

 

「──先生!」

 

 

 猶予はない。

 

 そう判断した太郎は、怪物の血で濡れた刃を構えて本邸へと走る。怪物が飛び出して来てもすぐさま反撃出来るように身構えながらも、静かな屋敷の奥へと進む。

 

 不思議な事に、これだけ物音を立てているのに、起き出して来る者が一人もいない。「先生! 先生、どこですか!?」こうして、大声を出しているのに。

 

 そりゃあ、夜も更けている。深く寝入っていても不思議ではないが、それでも一人が死んでいるこの状況で、誰一人……誰も? 

 

 

 ……まさか、そんな。

 

 

 嫌な予感が、確信へと変わり始めた……その時。片っ端から部屋を除いていた太郎は、「先生、御無事ですか!」家の奥……おそらくは恩師の寝室であろう部屋へと飛び込んだ。

 

 

 ──その瞬間、太郎は全てが遅すぎたことを理解した。

 

 

 部屋の中は……言ってしまえば、地獄であった。

 

 部屋の隅に置かれた明かりに淡く照らされた室内にて散乱する、大小様々な肉片。見覚えがない者もいれば、見覚えがある者もいて、そこに老若男女の区別はない。

 

 霧雨では到底隠しきれない、濃厚な血の臭い。常人が一息嗅いだだけで吐き気を催すであろう、むせ返るほどの鉄臭さの中で……それは、二人いた。

 

 

 1人は、シルクハットにコートというモダンな出で立ちの男であった。

 

 

 散乱する臓腑の中であっても、顔色一つ変えていない。太郎よりも少しばかり背の低い男は、今が夜であることを差し引いても分かるぐらいに青白い肌をしていた。

 

 そして、もう1人は……額に大きな目が見開かれた異形の男が、『散らばっている肉片』の傍で何かをしていた。

 

 

 ──いや、何かじゃない。太郎は、理解させられてしまった。

 

 

 額に目を持つ男は、食事をしているのだ。食べ物は、散らばっている肉片。いったい何の肉なのか……部屋の隅にて並べられている頭部の数々が、物語っていた。

 

 

 ……声が、出なかった。悲鳴すら、出せなかった。

 

 

 人間を解体して食べている異形の男と、それを平然と眺めている男に恐怖して、一刻も早くここから逃げるべきなのか。

 

 それとも、片隅に並べられた……見知った顔ぶれ。その中にある、恐怖に歪んだ恩師の首を前に……怒りを露わにするべきなのか。

 

 どうすれば良いのか、太郎には分からなかった。不思議と、頭の一部が凍り付いてゆくような感覚を覚えた。

 

 一見する限りだと二人とも、山中にて戦った怪物よりもずっと、人間らしい見た目をしている。

 

 だが。分かる……嫌でも、分かってしまう。こいつは……こいつらは、さっきのやつとは別格であることが。

 

 

 ──だが、それが。

 

 

 それでも──眼前の二体の怪物は、どう足掻いても己が勝てる相手ではないと分かっていても。

 

 

 ──いったいどうしたと、言うのだ。

 

 

 気付けば、太郎は駆け出していた。出血と疲労で今にも気絶しそうになりながらも……それでもなお、刃を振り被って──。

 

 

「──なに、お前?」

 

 

 ──下ろせなかった。

 

 

 油断はしていなかった。一瞬たりとも、視線は逸らさなかった。しかし、それでも反応出来なかった。人間を食べていた異形が、何かをしたのだけは見えた。

 

 

 ──瞬間、太郎は、腹部が爆発したかのような激しい痛みを覚えた。

 

 

 と、同時に認識するのは、遠ざかってゆく二体と、叩き付けられるような背中からの衝撃……何が何だか、理解が追い付かない。

 

 殴られた……蹴られた……いや、何をされた……背中のは、庭先の樹木か……どうやって、何をして、こんなことが──ぐっ!? 

 

 

 ──げはっ!? 

 

 

 蹲ることすら、出来なかった。危険な事態だと理解すると同時に、鉄臭さがせり上がり……げぽっ、と胃液混じりの鮮血が口内から溢れ出た。

 

 傷口が開いた──いや、違う。

 

 ぬるり、と。激痛を訴える腹部に手を当てたら、掌全部に生暖かい液体が……何だ、何なんだこれは? 

 

 

「……何だ、こいつは?」

 

 

 もはや立ち上がることすら出来ない満身創痍を前にして、悠然と……それでいて今にも殺処分される肉を見るかのような目で見下ろす、モダンの男と……太郎の目が合った。

 

 

「この男は、この屋敷のものなのか? それにしては、ずいぶんとみすぼらしい恰好をしているようだが……」

「──ああ、こいつは気が触れているのですよ。記憶を失くしているとかで、一時期は気が触れた言動ばかりで……世捨て人みたいなやつです」

「それがどうして、ここにいるのだ」

「この男、どうもこの爺に恩を感じているみたいで……時折、捌いた獣なんかを売りに山を下りていたみたいで……ああ、ちょうどいい。おいお前、これを見ろ」

 

 

 恩師たちを食べていた異形の男が、横たわる太郎の眼前に何かを見せた。霞む視界の中で、無意識に焦点を合わせたソレは……以前、恩師が見せてくれた『太陽の石』であった。

 

 

「お前、これが何か分かるか?」

 

 ……? 

 

「『太陽の石』というやつらしいが……おい、お前、聞いているのか、おい」

 

 

 考えようにも、答えようにも、もはや太郎は何も出来なかった。辛うじて、即死だけは免れた……そんな状態であったからだ。

 

 

「──もうよい。見た所、ガラスか何かだ……無駄足だった」

「この石は、どうしますか?」

「その世捨て人の腹にでも埋めてしまえばいい。『太陽の石』……忌々しい、世捨て人の腸に塗れるが最後……お似合いだ」

「分かりました──っと」

 

 

 いったいこいつらは何を話し合っているのか……そう思っていると、ぐわっ、と。腹の傷口から体内に、何かを押し込められた。

 

 もはや、痛みは感じなかった。だが、今ので生命を維持するに当たっての致命的なダメージを負ってしまったことだけは……分かった。

 

 

「私が求めているモノに近づける手掛かりにはなり得なかった……ただ、それだけだったな」

 

 

 故に、モダンの男は早々に時間の無駄だと見切りを付けたようだ。「後始末をしておけ」それだけを異形の男に言い残すと、さっさとその場を離れていく。

 

 

 ──待て! 

 

 

 そう、言いたかった。だが、無理だった。

 

 もはや声一つ発せない喉は、ひゅうひゅうと掠れた息を漏らすばかりで……傍の異形の男にすら、それを声だと認識出来ない有様であった。

 

 異形の男も、もはや太郎に対して興味を失ってしまったようだ。

 

 放っておいても死ぬ獲物より、解体して食べやすくした獲物……というわけだ。

 

 その証拠に、もはや異形の男は太郎に目もくれることもなく、さっさと屋敷へと戻って行く。

 

 後に残されたのは……5分と持たずに息絶えるであろう、物言えぬ有様となった太郎だけであった。

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………だが、しかし。

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………音は聞こえなくなった。声も、出せない。指先一つ、動かせない。

 

 

 そんな様になってもまだ……太郎は、諦めていなかった。命が己から流れ出て行くのを感じながらも、挫けてはいなかった。

 

 

(……まだだ、まだ、死ねない)

 

 

 薄れゆく意識の中で、まだ太郎は足掻いていた。迫り来る死に、心だけでも抗っていた。

 

 走馬灯のように、太郎の心を過っていたのは……これまでに出会ってきた人々の顔……そして、恩師たちの顔であった。

 

 

 ──己は、胸を張って死ねる生き方をしてこなかった。

 

 ──だが、後ろめたい生き方もしてこなかった。

 

 

 何も無い、全て失くしてしまった己に対し、根気よく付き合ってくれた恩師たちの……一から常識を教えてくれた彼ら彼女らの姿が、次々に浮かんでは消えてゆく。

 

 

 ──死ぬ……死んでしまう。

 

 

 しかし、それでも。

 

 

 ──このままでは、死んでしまう。

 

 

 気力だけで死を免れるのであれば、この世は不死身で溢れかえっている。

 

 心だけではどうにもならないのが、『死』だということを……太郎は、身を持って思い知らされていた。

 

 

 ……悔しい。

 

 

 徐々に、手足が冷たくなってゆくのが分かる……その最中。ふと、太郎の脳裏に過ったのは……理不尽に対する、強い怒りであった。

 

 

 

 ……先生が殺されたのもそうだが……それだけじゃない。

 

 ……あいつらは、手慣れていた。人を殺すことに、躊躇がなかった。

 

 ……それが、あいつらにとって日常なのだ。

 

 ……食い殺す為に、食べる為に……きっと、ずっと前から。

 

 

 

 『死』が、末端から中心へと登ってくる感覚……つられて、次々に脳裏を過る……これまでの思い出。

 

 

 

 ……駄目だ、ここで死んでは駄目だ。まだ、まだ死ねないのだ。

 

 ……俺はまだ、何も成していない。与えられた情けを、誰にも返せていない。

 

 ……俺には、何も無かった。有ったかもしれないけど、何も無くなっていた。

 

 ……けれども、それでも、大切な人が出来た。恩を返したいと思える相手がいた。

 

 ……なのに、何も出来なかった。俺は、何も出来ないまま終わってしまう。

 

 

 

 それは、何がキッカケだったのか……どくん、と。何かが、己の中で脈動するのを太郎は感じ取った。

 

 

 

 ……きっと、俺だけじゃない。今の俺みたいに、あいつらに食い殺された者たちがいる。

 

 ……大切な者を食い殺され、何も出来ないまま餌として終わる者たちが……これまでも、これからも。

 

 ……守らなくては、ならない。かつての恩師が俺にしたみたいに、俺も……他の誰かの為に。

 

 

 

 脈動は熱気へと変わる。何かが……腹の中で、圧倒的な何かが……形に成ろうとしている。

 

 

 

 ……夢の……あの世界の、俺が憧れ、魅せられた者たちみたいに……俺も、守るのだ。

 

 ……この身が異形に成り果てようとも。己が決めた信念の為に……愛する者たちの為に、立ち上がるのだ。

 

 ……そうだ、俺は死ねない。まだ、死ねない。あいつらの犠牲者を、これ以上……出してはならないのだ! 

 

 

 

 そう、太郎が強く、何よりも、己の最後の命を燃やしてでも込めた思いが……胸中にて木霊した、その時。

 

 

 

 

 

 

 ──不思議なことが、太郎の身に起こった。

 

 

 

 

 

 

 熱気が、別の物へと変わる。それが何なのか、太郎には分からなかったが……ソレは、瞬時に傷を癒し、太郎を立ち上がらせた──だけではなかった。

 

 

「な──何だ!?」

 

 

 異変に気づいた異形の男が、屋敷から飛び出して来た──が、遅い。時間にすれば瞬きよりも短い刹那の一瞬で──太郎は、太郎もまた、異形へと姿形を変えていた。

 

 

 一言でいえば、その姿は人型の昆虫……バッタ人間であった。

 

 

 大きく膨らんだ複眼、飛び出した触角、遠目にも強靭さが伺える外皮はプロテクターのように手足を覆い、なのに、全身は薄らと輝きすら見て取れる程に滑らかで……美しさすら、そこにはあった。

 

 ……驚愕の眼差しが、太郎……否、バッタ人間と化した存在へと向けられる。この場で唯一、それをしている異形の男は……立ち尽くす他なかった。

 

 

 何故ならば、異形である男にとっても……眼前の光景が現実のものであると、受け入れ難かったからだ。

 

 

 異形の男は、人間を食う。何の躊躇もなく、何の呵責もなく、善悪の区別のつかない幼子だろうが、夢を求める青年であろうが、見境なく食う。

 

 それが、当然の事であったからだ。人も、それは同じ。

 

 腹が減ったら米や魚や野菜を食うように、異形の男は人間を食らう。対象が、人か、それ以外かの違いでしかない……男にとって、それが全てであった。

 

 

 これまで何年生きて、何人食って来ただろうか。もはや、男は数えてすらいない。

 

 

 その中で、突拍子のない行動を取った獲物はいた。思い返せば、そんなやつがいた。自らが食われることを悟って、発狂したからだろう。

 

 自らの胸を揉み、股を開いて許しを乞うた妙齢の女。お前の下僕になると喚いた男。血を分けた子供を差し出して生き延びようとした男女……色々なやつがいた。

 

 

 だが……違う。こいつは違うと、異形の男は思った。

 

 

 怯えているわけでもなければ、自棄になって襲い掛かってくるわけでもない。逃げるわけでもなければ、勇敢に構えるわけでもない。

 

 実は己と同じであった……いや、そんなわけがない。

 

 本当にそうだとしたら、あの方にあのような態度は取れなかったはずだ。間違っても、どんな状態に陥ろうとも、あの方を前にして、そのような……では、では、では……こいつは、何だ? 

 

 

「お前……鬼だったのか!? いや、だったら何故人を食わぬ……何だ、お前はいったい何なんだ!?」

 

 

 怒鳴りつけてはいたが、その声色は、はた目にも震えているのが見て取れた。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、バッタ人間……否、同じく異形の存在に成り果てた太郎は、答えなかった。

 

 それは、太郎の自我が消失した……というわけではない。むしろ、逆だった。

 

 太郎は……己の身に起こったことを冷静に受け止めていた。いや、完全に冷静とは言い難いが、それでも状況を呑み込もうとしていた。

 

 

(これは……まさか、この両腕は、身体は、足は……顔は……!?)

 

 

 ──まさか、そんなはずは。

 

 

 そう、太郎は幾度となく思った。

 

 だが、暗闇の中でも昼間と同じくはっきりと視認出来る身体は、今しがたの己のソレではなくて……太郎が憧れた、『彼ら』に似ていた。

 

 いや──これは、似ているどころではない。現実逃避の為に一時期のめり込んでいたからこそ、太郎には分かる。

 

 これは、この姿は……太郎が夢の世界で憧れた、『特撮』という嘘の世界にて登場する、あの者たちが変身した姿。

 

 その中でもコレは、太郎が最も魅せられた……哀しき戦士。名を、『仮面ライダー』。腰のライダーベルトが、その証だ。

 

 鏡が無いと顔を見る事は出来ないが、手足や胴体の造形、ライダーベルト、顔に触れた感触から……すぐに太郎は見分けることが出来た。

 

 

 ──いったい、どうして? 

 

 

 疑念が、太郎の脳裏を過る。次いで、ハッと何かに思い至った太郎の視線が、『太陽の石』が埋め込まれた腹部へと目をやり……静かに、首を横に振った。

 

 悩む必要など、無い。悩んだ所で、意味など無い。元々、太郎には何も無かった。空っぽの器に、空っぽになってしまった器に……定めが注がれた。ただ、それだけのことなのだ。

 

 

 ──そうだ。理由など、今は必要ない。

 

 

 ぎりぎり、と。握り締めた拳から、熱気が零れる。『太陽の石』……またの名を、『キングストーン』。神秘の力を秘めたその石から供給される膨大なパワーが、四肢の関節から蒸気のように噴き出した。

 

 

 ──必要なのは……邪悪を打ち破る、守るための力だ! 

 

 

 淡く……けれども、力強く。赤い二つの複眼と、ライダーベルトの奥に納められた神秘の力……『キングストーン』の放光が、辺りを照らし出す。

 

 

「──まさか、お前たちが実在しているとはな」

 

 

 そして、致命傷を負っていたとはとても思えない、力強い足取りで……歩き出す。

 

 

「俺のようなやつがいるんだ。実際に、お前たちがこちらに来ても何ら不思議ではない、ということなのだろう……!」

 

 

 行き先は、狼狽えるばかりな異形の……いや、違う! 

 

 

「だが、この俺が──仮面ライダーがいるかぎり、お前たちゴルゴムの好きにはさせん!」

 

 

 ゴルゴム──それは、世界を裏で操る暗黒結社。夢の世界においての娯楽の一つとして作り出された、架空の組織……のはずだった。

 

 

「ご──な、なんだ、ゴルゴムって!?」

 

 

 誤魔化しなのか、困惑なのか。異形の男は堪らず後ずさった──が、逃さない。

 

 

「誤魔化しても無駄だ。お前たちゴルゴムの企みは……これまでだ!」

 

 

 その言葉と共に、太郎は──否、仮面ライダーとなった太郎は、全身からエナジーを蒸気のように溢れさせ──叫んだ。

 

 

「仮面ライダー……そう、仮面ライダ──―BLACK。俺の名は、仮面ライダーBLACKだ!」

「ぶ、ぶらっくだあ?」

「来い、ゴルゴムの怪人め! この俺、仮面ライダーBLACKがいる限り、お前たちの企みはここまでだ!」

「──何言っているか分からねえけど、食らえ! 血鬼術『鬼気怪怪』!」

 

 

 己が名を叫んだBLACKを前に、異形の男は両手を向ける。直後、両手の指から放たれた、血液のマシンガンがBLACKへと殺到した。

 

 その威力は、常人ならば一発で肉体を貫通し、こぶし大の穴を開ける威力を持つ。実際、これまで幾人もの人間を屠ってきた、異形の男の必殺技でもあった。

 

 

 ……だが、しかし。

 

 

 分厚い木の板どころか岩すら砕く必殺の一撃が、BLACKには通じなかった。何時もなら相手を肉片に変えるはずのそれが、逆にBLACKの漆黒の外皮に弾かれ、粉々になってしまった。

 

 

 ──嘘、だろ!? 

 

 

 驚愕に目を見開いた男の注意が……その瞬間、途切れた。いわゆる、呆気に取られたというやつなのだが──それを見逃すBLACKではなかった。

 

 

「──バイタルチャージ!」

 

 

 両手の拳を突き合わせるようにして、鳩尾の前にて組む。それは、半永久的にエナジーを生み出す『キングストーン』の力を、一点に凝縮する技である。

 

 赤き閃光となって漏れ出た膨大な力が、BLACKの右腕に集中する。次いで、BLACKは己が右の拳を握り締め……ぎりぎりと軋むまで溜め込んだ力を、異形の男へと繰り出した! 

 

 

「ライダーパンチ!」

「──ぐあっ!?」

 

 

 それは、正しく必殺の一撃であった。

 

 

 人間をはるかに凌駕する異形の反射神経を持ってしても、捉えきれぬ速度の接近。攻撃されると認識した時にはもう、BLACKのパンチが男の腹を貫通していた。

 

 しかし、男のダメージはそこで終わらなかった。

 

 BLACKの放った一撃が、強力過ぎたのだ。勢いを抑えきれなかった異形の身体は、衝撃に押し流されるがまま後方へと飛ばされ……屋敷の中へと戻されてしまった。

 

 ……それが、異形の男の最後であった。

 

 腹に風穴を空けられても、何ら堪えた様子もなく身体を起こした異形の男は──直後、顔色を変えた。「な、こ、これは!?」慌てた様子で傷口を見やった男は──瞬間、悲鳴を上げた。

 

 

「た、太陽だ! お、お前、これは太陽のひか──」

 

 

 そして、それが男の遺言となった。

 

 

 腹部の風穴から瞬く間に全身へと広がる亀裂。そこから、まるで日の光を思わせる輝きが零れたかと思った直後、男の身体は燃え尽きた灰のようにボロボロと崩れ始める。

 

 逃げる間など、無かった。

 

 異形の男は悲鳴一つ上げられないまま、BLACKの拳に込められた太陽が如き膨大な力をまともに受けた結果……飽和した力は熱気に変わり──爆散した。

 

 

「──しまった、屋敷が!」

 

 

 それを見て、BLACKは己の失敗を悟った。

 

 爆散した熱は炎となって周囲に飛び散り、室内の壁を打ち破って周囲に広がる。当然、幾つもの大きな松明を放り投げたに等しいそれらは……止める間もなく大火となって、屋敷全体へと広がり始めた。

 

 これではもう、火を消すことは叶わない。

 

 夢の世界にあった消火設備があれば話は別だが、ここにはない。BLACKの能力ならば火を消すことは出来るだろうが、その場合は火が消せても、屋敷そのものを瓦礫に変えてしまう。

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………いや、止めよう。

 

 

 しばし考えていたBLACK(太郎)は、内心にて静かに首を横に振った。次いで、勢いを増して行く炎を前に……おもむろに両手を合わせ、鎮魂を祈った。

 

 

 ──ここで火を消したにしても、恩師たちが死んだ事実は変わらない。

 

 

 いや、むしろ、全身をバラバラにされて食われてしまったのだと知らせてしまうよりも、火事によって死んだと思って貰った方が……まだ、マシなのかもしれない。

 

 

 それに……夜空へと立ち昇る轟炎を前に、BLACKはおもむろに振り返って……地を蹴って塀の上に立ち、拳を握りしめた。

 

 

 BLACKの優れたセンシティブイヤー(500メートル先の囁き声をも聞き取る能力)と、マルチアイ(望遠・広視界・暗視)によって……既に、元凶の位置を捉えていた。

 

 

「──あのモダンの男こそが、全ての元凶か!」

 

 

 証拠は無い。だが、確信はあった。あれこそが黒幕だと、直感した。おそらくは、仮面ライダーBLACKが持つ、未知の超能力の一つなのだろう。

 

 

 ──マルチアイによって捉えたモダンの男は、ここより数百メートル先の辺りで、こちらを見ている。

 

 

 ただの偶然ではない。BLACKと同じく、望遠が出来るのだろう。その顔には驚愕と困惑とが混ざり合い、立ち止まって様子を伺っているのがBLACKには見えた。

 

 ……何の目的があって『太陽の石』を狙ってきたのか、それは分からない。

 

 ゴルゴムの作り出した怪人ならばまだしも、あの雰囲気からして……幹部の怪人か、三神官(別名、三大怪人。ゴルゴムの活動を決め、実践する大役を担う)と思って、間違いない。

 

 

(それならば、『キングストーン』を放置するはずが……いや、考えるのは後だ。とにかく、怪人を逃がせば第二、第三の惨劇が生まれてしまう!)

 

 

 ひとまず、そうして思考を切り上げたBLACKは……己の内より湧き出る直感染みた感覚に促されるがまま、虚空へとその名を呼んだ。

 

 

「『バトルホッパー』!」

 

 

 それは、BLACKの愛機である、オフロードバイク型生体メカの名であった。あらゆる悪路であろうと構わず突き進むだけでなく、バイクそのものにも能力が秘められている移動用兵器である。

 

 しかし、だ。『バトルホッパー』は、この世界には存在していない。この場でその名を呼んだところで、何の意味が──あった。

 

 

 ──その時、不思議な事が起こった。

 

 

 BLACKの腰に装着されたベルトの深奥より放たれた、キングストーンの輝き。通称、『キングストーン・フラッシュ』が虚空を照らしたかと思えば……その向こうから、バトルホッパーが現れたのだ! 

 

 ……お前、ちょっとそれ反則……と、思う人がいるかもしれないが、細かい事はいい。

 

 

「──行くぞ、ゴルゴム!」

 

 

 当たり前のように時空と時間を飛び越えて現れたバトルホッパーへと飛び乗ったBLACKは、エンジンを吹かす。

 

 これまた当然の事ながら、バトルホッパーはただのバイクではない。

 

 モトクリスタルという動力源によって稼働するこのバイクは、この世界における車が泣いて許しを請うような速度で加速し……わずか十数秒という時間で、モダンの男へと迫ったのである。

 

 

「──キサマ!」

 

 

 あっという間に眼前へと迫り来るBLACKに恐れを成したのか、それとも逆上したのか。瞳孔が狭まり、爬虫類を思わせる眼光となったその男は……BLACKへとカマイタチのような斬撃を放った。

 

 

 ──が、しかし。無駄に終わった。

 

 

 何故なら、BLACKの全身を覆っているのは『強化外骨格状皮膚・リプラスフォーム』。ミサイルの直撃にも耐えられる、黒いボディなのである! 

 

 しかし、それは男の放った斬撃が弱いのではない。本気を出してはいなかったのだろうが、それよりもBLACKが、あまりに頑強過ぎたのだ。

 

 直撃したBLACKこそ無傷だが、余波を受けた周囲の木々はずたずたに引き裂かれ、根元から崩れ落ちる。「──なっ!?」驚きに硬直したモダン男の身に……ノンブレーキのバトルホッパーが衝突した。

 

 

 ──当たり前といえば当たり前だが、バトルホッパーの耐久性は鋼鉄の比ではない。

 

 

 最高時速500kmにまで達したその威力は、大人の身体なんぞ小石のように跳ね飛ばす。「ぐはぁ!?」これまた当然、ぶっ飛ばされたモダンの男は……強かに、傍の樹木へと背中から叩き付けられた。

 

 

 ごはぁ、と。男の口から、血反吐が飛び出した。

 

 

 人の胴体よりも太い幹に、亀裂が入る。と、同時に、衝撃を流しきれなかった男の身体が裂けて、血飛沫が衣服から浸み出した……だが、しかし、男は死んではいなかった。

 

 それほどの衝撃を受けてもなお、モダンの男は堪えた様子もなくBLACKを睨みつけると、再びBLACKへと腕を振るった──瞬間、再び現れたカマイタチが、BLACKの身体を切りつけた。

 

 

 ──くっ!? 

 

 

 今度は、本気というやつなのだろう。さしもののBLACKも、その威力を察知して、バトルホッパーを反転させて回避する。

 

 しかし、男の攻撃は執拗で──二度、三度、四度と連続して放たれる斬撃を前に、「──とう!」BLACKはバイクを乗り捨てて着地した。

 

 そこに放たれる、五度目の刃。大地を切り裂き、途中の小岩をも切り裂き、体勢を整えていないBLACKの外皮をも──傷つけた。

 

 

 瞬間、BLACKの傷口から噴き出したのは鮮血ではなく、火花であった。

 

 

 それは、外部からの衝撃と体内にて飽和したエネルギーが反発し合ったせいだ。「──トゥあ!」それでもなお、BLACKは男へと接近し、回し蹴りを放った。

 

 強化筋肉フィルブローンは、常人の30倍のパワーを発揮する。瞬きする猶予すら与えない一撃が、ガードした腕ごと肩と肋骨を砕いた──が、それでもなお。

 

 

「──き、さま! 人間如きが!」

 

 

 モダンの男は、止まらなかった。再生能力が、桁違いに優れているのだろう。砕かれた身体を瞬時に感知した男は、すぐさま反撃の一手を──否、遅い! 

 

 BLACKの反射能力は、モダンの男を軽く凌駕していた。

 

 男が反撃をするよりも速く、BLACKのパンチが男の腕を砕いた。「な──んだと!?」驚愕に目を見開く男を他所に、完全に立て直したBLACKの……ラッシュが始まった。

 

 

 右、左、右、左、右、左、右、左。言葉にすれば単純なそれは、凄まじい破壊力となって男の反撃を許さなかった。

 

 

 振り上げた腕は砕かれ、踏ん張ろうとした足は蹴り折られる。先ほどの斬撃を出す猶予を、一切与えない。

 

 繰り出されるパンチのラッシュを前に、男の身体は瞬く間に粉々に砕かれ、肉片へと変えられてゆく。

 

 だが、それでも、そうなってもなお──男は死なない、殺せなかった。

 

 どれだけダメージを与えても、どれだけ身体を砕いて切り裂いても、瞬く間に再生してしまう。これでは、埒が明かない。

 

 

(──やはり、ゴルゴムの怪人だ。ただの攻撃では、あっという間に再生してしまうのか!)

 

 

 山中で出会ったあの異形……いや、怪人も、そうだった。おそらく、普通の攻撃では死なないのだ……ならば、手段はただ一つ。

 

 

「バイタルチャージ!」

 

 

 再生能力が追い付かない程の、ダメージを与えれば良い。

 

 そう判断したBLACKは、先ほどの怪人を屠り去った時と同じく、力を一点に凝縮させた。

 

 

「ライダー……!」

 

 

 ──だが、それは悪手であった。

 

 

「パン──なっ!?」

 

 

 振り被った腕が、男へと届く前に。べべん、と異音が何処からともなくしたかと思えば、次の瞬間にはもう、モダンの男はその場から消えていた。

 

 前触れもなく、突然であった。今しがたのは……琵琶の音なのだろうか。おそらく、この現象はソレが関係していると思って間違いないが……くっ。

 

 

(マルチアイにも、センシティブイヤーにも探知されない……一筋縄ではいかないということか)

 

 

 辺りを見回したBLACKは、完全に気配が途絶えているのを確認し……静かに、変身を解く。放たれる眩い光の後に残されたのは、傷一つ負っていない……太郎であった。

 

 

 太郎は、無言のままに己が腹を摩った。

 

 

 傷痕一つないそこは、一見するばかりでは分からないが……太郎には分かる。皮膚の向こうより伝わる、神秘の石『キングストーン』の力を。

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 …………何とも、奇妙な気分であった。

 

 

 良い悪いという話ではない。言葉には言い表し難い、奇妙としか判別出来ない感覚に……太郎は、一つ頷いた。

 

 

 ──己がこうなった理由は、定かではない。

 

 

 夢の世界は、本当に夢だったのか。もしかしたら、こちらが夢ではないのか。

 

 どうして、夢の世界でも空想の産物として扱われていたコレらが、ここにあるのか。

 

 己は、『特撮』の住人ではない。己が憧れた、空想のあの者たちのような改造手術なんてものを受けた覚えもない。

 

 

(……何にせよ、俺がやることは……ただ一つ)

 

 

 気になる点は多々あったが……太郎は、それ以上考えるのは止めることにした。些か強引だが、己を無理やり納得させる。

 

 例え、これから死ぬまで考えたところで、だ。納得の出来る答えなど……出ることはないだろうと、思ったからで。

 

 

「……見ていてください、先生。みんなの仇は、俺が取ります」

 

 

 今はただ……そう。

 

 

「先生たちのような犠牲を、これ以上出さない為にも」

 

 

 己に刻みつける他、出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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