カズマと名乗るのは恐れ多いのでカズヤと名乗ることにした (美味しいパンをクレメンス)
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無印編
"向こう側"からの来訪者


シンフォギアが無料配信してたから一期から四期までマラソンした勢いで執筆。


天羽奏が死を覚悟して歌おうとしたその時、突然そいつは空から降ってきた。

大地を揺るがす衝撃と轟音。

舞い上がった土煙や瓦礫が落ち着くと、着地の際に地面に叩きつけていた右の拳を引き抜きながらゆっくりと立ち上がる。

こちらに背を向けて立つその姿を見て、何とも形容し難い気分になったのを今でも思い出す。

体の左側、及び下半身は後ろから見て一般の範疇に収まるだろう。何処にもおかしいところなどない青年、もしかしたら少年かもしれない、後ろ姿のそれだ。

しかし、右の上半身、特に右腕と右肩甲骨付近が異様だ。

まず右腕は肩から指先まで橙色を基調とした装甲に覆われており、何も装着していない左腕と比べかなり大きく、酷く不釣り合いに映る。

そして右肩甲骨から円形の機械的な装置のようなものと、そこから尾のように伸びる一本の金属片。

 

「...輝け」

 

不意に紡がれた言葉の意味に疑問を感じる前に答えが現れる。

まだ若い、少年と青年の中間と考えられる声音に合わせて、その右拳が淡い光を放つ。

虹色の輝き。

 

「もっとだ...もっと!」

 

声に応じるが如く光は瞬く間に強烈な光へと成長し、この目に焼きついた。

 

「もっと輝けえええええええ!!」

 

虹色の輝きは一瞬にして黄金に変わると、そいつの全身を包み込むだけに留まらず、まるで爆発したかのように閃光を振り撒く。まるで太陽が目の前に現れたようで瞼を閉じないようにするのが難しい。

 

「シェルブリットバースト...」

 

右肩甲骨の機械的な装置のようなものが回転し始めることにより、そこから生えた金属片も合わせてヘリコプターや扇風機の羽のように高速回転を起こす。

高速回転によって生み出された暴風に吹き飛ばされないように歯を食いしばって耐える。

 

「っ!」

 

次の瞬間、そいつは右拳を地面に叩きつけ、極僅かな時間で空高く跳躍。

否、飛翔したのだ。

そして、

 

「どぅおおおおおおおおおおりゃっ!!!」

 

飛んだと思ったら急降下。

ノイズの群れ、そのど真ん中に突撃し、右の拳を振り下ろし、大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

"向こう側"からの来訪者

 

 

 

 

 

自分にとって一番古い記憶を辿ってみても、『ついさっき』というもの以外は思い当たらない。

俺が生まれたての赤ん坊ならば納得できたが、今は"それなりの肉体年齢"を有している以上、それを認める訳にはいかないだろう。

ならば記憶喪失か、その線もありだと思うが正直微妙だ。

ただ、これだけははっきりしていることがある。

 

「なんで俺の格好、アニメ"スクライド"の"カズマ"と同じなんだ? おまけに"向こう側"っぽい場所で記憶喪失状態で漂ってるとか...記憶喪失になるのは劉鳳だろ」

 

今まで自分が何処の誰で何をしていたかなんてのは分からない。気がつけば、ここにいた。ただそれだけ。だが、大好きだった? ...と思われるアニメの内容は覚えていた。

視界に広がるのは何も無い。かと言って真っ暗な訳でもない。虹色の光が輝く無重力空間、とでも呼べばいいのか。そんな場所を俺はふわふわと浮いている。

アニメ"スクライド"。

アルター能力と呼ばれる力を駆使して登場キャラクターがバトルを繰り広げる作品。

で、俺の現在の姿は主人公のカズマになっている。

そして現在いる場所はアルター能力の源である"向こう側"の世界。劇中でカズマはライバルの"劉鳳"と戦闘したことによって空間が歪んで異世界への扉が開き、二人は決着がつかないまま"向こう側"に引きずり込まれてしまう、そんな場所だ。

 

「劉鳳よりも断然カズマ派だから、この姿に不満はねぇんだけど...」

 

何も説明がないのは困るし、記憶喪失なのはもっと困る。記憶は無いが知識は多少あるみたいなのが唯一の救いか。

スクライド以外に関する記憶が無いことと、現在地が"向こう側"なのは、遺憾ではあるが一旦置いておこう。

 

「カズマのアルター能力は、使えんのか?」

 

ふと疑問を口にして、とりあえず試してみることにした。

意識を集中し強くイメージするのは、シェルブリットの第二形態。劇中で一番好きなやつだ。

 

「おおっ!?」

 

すると、まるで呼吸するのと同じような感覚でそれができてしまうことに驚愕の声を出す。

甲高い音と虹色の閃光を伴って右腕が橙色の装甲に変化する。

顔の右半分を覆う装甲、右肩甲骨部分に現れる一本の回転翼も問題ない。

 

「...............となると、次はシェルブリットバーストが」

 

使えるかどうか、と呟こうとして視界の先に変化が訪れた。

空間に穴、と表現すればいいのか。何も存在しない虹色の無重力空間にポツンと生まれた黒い穴。それに体がどんどん引き寄せられるのを感じながら、俺は大いに焦った。

 

「ぶ、ぶっつけ本番は勘弁してくれ! せめて一発、本当に使えるかどうかだけ試させろぉっ!!」

 

叫びは虚しく響くだけで俺は黒い穴に吸い込まれた。

 

 

 

出迎えてくれたのは、見たこともない化け物である。

しかも何処か分からんが建物の中らしく、更に嬉しくないことに火災現場なのか、周囲は火の海。

「グルル...」

突然現れた俺に対して化け物は嬉しそうに唸る。下手な動きをすればそのままぱっくり食われてしまいそうだ。

主観的だろうが客観的だろうがどう見てもピンチな状況。

目の前の化け物で死ぬか、火災に巻き込まれて死ぬか、もしくは別の要因で死ぬか。

どれも御免被る。

死にたくないなら足掻くしかないが、目の前の化け物から逃げようにも、周囲が火の海で何処にどう逃げたらいいか分からない。というか少しでもいいから落ち着きたい。しかし落ち着こうにも目の前の化け物が許してくれそうもない。

どうする?

 

「...あの、あなたは...?」

 

背後からの声に肩越しに振り向けば小学生くらいの女の子が震えていた。

化け物を警戒していたため、すぐに前に向き直る。

(こりゃもう腹ぁ括ってやるしかねぇな)

何故だろう。カズマの姿をしているせいか、眼前の脅威に対して逃げるという選択肢を選ぶ気が急速に萎み、ぶっ倒すという闘争心が一気に沸き上がってきた。

(ぶっつけ本番だが、やってやるよ!!)

覚悟を決めてしまえば後は早かった。

 

 

 

セレナ・カデンツァヴナ・イヴは戸惑った。

暴走状態に陥ったネフィリムを鎮めるため、絶唱を用いようとした刹那、目の前に虹色の光と共に一人の男性が突然現れたのだ。

外見は明らかに年上だが、恐らく十も離れていないだろう。こちらの声に振り向いた時に見せた横顔は、橙色の装甲に半ば覆われていたが、東洋人系の顔立ちと肌の色から、なんとなく日本人かなと思う。

改めて前を、ネフィリムに向き直る男性は、装甲に覆われた右腕を自身の顔の高さまで掲げると、

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

気合いのこもった雄叫びを上げ、虹色の光を放ち始めた。

その光はあっという間に目を開けていられないほど強くなると男性の全身を覆い尽くす。

 

「グウウウ!」

 

光に反応したネフィリムが姿勢を低くする。飛びかかる直前の予備動作なのだと悟るが、男性は臆すどころか益々輝きを強くしていく。

ヒュン、ヒュンとまるでヘリコプターのローターのような音を立て男性の右肩甲骨付近に付いているものが高速回転を開始すると、男性はふわりと足を浮かせた。

そして、

 

「シェルブリットォォォバァァァストオオオッ!!!」

 

カタパルトから射出されたジェット機にも勝る勢いで、飛びかかってきたネフィリムに真っ直ぐ突っ込んでいき、その右腕で殴りつけた。

インパクトの瞬間に強烈な光と思わず耳を塞ぐ打撃音。

ネフィリムの肉体は腹の中に爆弾でも入っていたのかと勘違いするほど爆散し、辺り一面に粉微塵となった肉片を撒き散らした。

 

 

 

 

 

体が少しずつ、少しずつ虹色の光を放つ粒子となって消えていく。

それが何を示すのか、なんとなく理解する。

"向こう側"へと帰るのだ。

 

 

「アンタ、一体...?」

 

 

「あ、あなたは...?」

 

 

 

俺か? 俺は...何者なんだろうか?

スクライドのカズマと同じ姿と能力を持っていることが判明した。だが俺はカズマ本人じゃない。それだけは断言できる。誰だと尋ねられてカズマと答えるのは烏滸がましい。俺はカズマが大好きだが、カズマ本人になれるなんてこれっぽっちも思わない。

なら、なんて名乗ればいいのだろうか?

悲しいことに記憶が無いので名乗るべき名前を持っていない。

暫し考え、妙案が浮かぶ。

そうだ。カズマと名乗るのが恐れ多いのならば、

 

 

 

()()()

 シェルブリットの()()()だ」

と名乗ることにした。

 

 




やってしまった。
後悔しないようにしたい。


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繋ぎ留める手

 

「また、あの夢か」

 

目が覚めると一人言を呟き、先程まで見ていた夢に思いを馳せる。

 

「...今も何処かで、あの時みたいに戦ってんのかな」

 

これまでに何度となく繰り返し見た夢は、家族の死と同等か、ある意味でそれ以上の強さで自分の中に刻まれ、色褪せることなく息づいていた。

二年前。ライブ会場に現れたノイズの群れ、逃げ惑う観客、ノイズと戦う自分と相棒の翼、二人で奏でる歌、遠く聞こえる絶叫、悲鳴、怒号、爆音、瓦礫、塵と化し舞うかつて人だったもの、ボロボロのライブ会場、そして――

 

「...シェルブリットの、カズヤ」

 

焦がれるように吐き出された言葉。

シェルブリットのカズヤ。それはここ数年の間ノイズの脅威から人類を()()()救う存在として、ほんの一握りの人間に知られた名。

分かっていることは男性であること、シンフォギアとは異なる力でノイズを殲滅すること、そして唐突に現れノイズを倒すとすぐに消えること。

何処から来たのか、一体誰なのか、何が目的なのかも分からない。

加えて移動手段が極めて不可解だ。

発光と共に現れ、消える際は粒子のように分解されて霧散する。

記録によればロンドンで消えた数分後にワシントンに出現したという報告もある。

行動原理は一貫してノイズの殲滅。

しかしながらノイズ災害の際に必ず姿を現してくれる訳でもない。むしろ頻度としては本当に極稀で、数十件の中に一件あるかないか。

ノイズを倒してくれるなら毎回出てきて欲しいものだが、そういう訳でもないらしい。

 

「アタシはアンタに、いつになったらあの時の礼を言えるんだ」

 

思わず拗ねた声が出た。

一瞬で現れ、凄まじい早さでノイズを殲滅した後、十数秒の内に消え失せる。

おまけに出現頻度が低い。

その神出鬼没さから、ノイズと戦う使命を背負ったこの身でも、あれから二年も経過するというのに未だに再会を果たせない。

一応、話によると出現してから消えるまでの間に名前を尋ねれば律儀に返してくれることがこれまでに複数件確認されているので、時間に余裕があれば色々と答えてくれそうではある。

あるのだが――

 

「会いたい、な」

 

――会ってちゃんと礼を言いたい。もっと色々話したい。それだけじゃない。叶うなら、ノイズ殲滅という同じ目的を持つ者なら、仲間となって一緒に戦いたい。

最終的にはいつも同じ考えに至る思考を通信端末の電子音が止めに入る。

 

「あ、翼から電話だ」

 

今日のスケジュールを思い出しつつ、微睡んでいたべッドから出る覚悟を決めた。

天羽奏は、二年前に見た男の後ろ姿とその輝きを、今も追い続けていた。

 

 

 

 

 

【繋ぎ留める手】

 

 

 

 

 

最早何度目となるか分からない行為が続く。

"向こう側"の世界に黒い穴が開き、そこを潜ると何処か懐かしさを覚える人類の営みが繰り広げられる現実の世界。そんな場所に降り立ち、そこを我が物顔で蹂躙している化け物をぶっ倒すと"向こう側"の世界に戻ってくる。そしてまた少し経つと黒い穴を通って化け物を倒し"向こう側"に戻る。

 

「いつまで続くんだこれ?」

 

時間感覚が狂ってるせいで、一時間も経ってないような気がするし、数日間も経っている気もする。

 

「...ほんっとにこの状況、何なんだよ?」

 

考え事をする精神的な余裕が生まれたので、ずっと思考を巡らせているが答えは出ない。

そもそも情報が少なすぎる。

相も変わらず分からないことだらけである。何故アニメ"スクライド"のカズマと同じ姿なのか、何故カズマと同じ能力なのか、何故スクライドに関連すること以外の記憶が無いのか、何故"向こう側"に居続けることになるのか、何故現実世界に見たことも聞いたこともない異形の化け物が存在するのか、何故その化け物を倒すと"向こう側"に戻されるのか。

 

「...」

 

無言のまま、アルター能力を解除した右の手の平を睨む。

そのまま指貫グローブを外し、手の平を返して手の甲をじっと観察した。

 

「何もねぇな...」

 

おかしい。

アルター能力には複数の種類が存在する。

『融合装着型』『自立稼動型』『具現型』『アクセス型』などであり、カズマのアルター能力『シェルブリット』は第一形態から最終形態まで複数の形態を持つ『融合装着型』だ。

その名の通り体の一部に、鎧のように装着することで、筋力の増強や知覚の加速など、超人的身体能力が得られる。

しかし、体に直接触れる、もしくは肉体そのものをアルター化させている為、負担は大きい。

特に体への負担が顕著になるのが第二形態から。つまり、俺がこれまで使ってきたものだ。

カズマですら使用後は激しく消耗し、激痛に苛まれ、腕の感覚が無くなっていたり、能力を解除しても腕に傷痕のようなアルター痕が残ってしまっていた。

物語終盤、というかエンディングではアルター能力を使用し過ぎた代償として、右腕はアルターの浸食によりアルター痕でズタボロ。痕は顔面にまで到達しており、頭髪の一部も変色。そして能力を使用していないにも関わらずコンクリートを素手で殴って粉々にするといった人間離れなことができるようになってしまっていた。

しかしながら、俺にはその負荷がない。

確かにカズマは劇中で化け物染みた強さを見せてくれたが、アルター能力を使用していない時は、普通に負荷で苦しむ姿を見せつつ、激痛に耐えながら能力を駆使していた。

生物である以上、能力を使い続けたことによる負荷や浸食は免れない。

免れているのであれば、それは最早生物ではないと言われているのも同然だ。

 

「アルター結晶体、それと同じってことか...」

 

アルター能力を負荷やリスクを無しに無制限に使用可能、居場所は常に"向こう側"、現実世界に干渉できるのは僅かな時間だけ。まさにアルター結晶体と同じ存在ではないか。

 

もしかしたら記憶が無いのも、それに関係しているのかもしれない。失ったのではなく、生まれたばかりで最初から存在していないなら理解はできる。

 

「俺はずっとこのままなのか...?」

 

この何も無い"向こう側"の世界でふわふわと漂いながら、現実世界へ誘う黒い穴を待ち、化け物を殲滅して戻ってくる。

 

「さすがに飽きた、他のことがしてぇ」

 

カズマのアルター能力を使って戦う、これ自体は悪くない。むしろスカッとして気持ちいい。だが同じことの繰り返しはいくらなんでも退屈だ。もっと別の、戦闘から離れたこともしたい。

いつまでもこんな時間が続くと、肉体的な疲労はなくても精神的に参ってくる。

 

「ラーメン食いてぇ」

 

一言口に出してしまえば、欲求は堰を切ったように溢れ出てきてしまう。

美味いものを腹一杯食いたい、テレビゲームしたい、アニメや漫画を読み漁りたい、面白い映画とか見たい、音楽を堪能したい、車とかバイク運転して何処か観光したい、自然豊かな場所で癒されたいーー

 

「ああああああっ!! こっから出せええええええ...え?」

 

我慢の限界がきて思わず絶叫。それに合わせて都合よろしく黒い穴が目の前にこんにちわ。

 

「...ま、あっちで化け物倒しながら留まれる方法でも考えるか」

 

とりあえず今は化け物退治だ。急がないと化け物の餌食になる人が出る、もしくは増える可能性がある。

 

「じゃ、いっちょやりますかね。シェルブリットオオオオッ!!」

 

俺はシェルブリット第二形態を発動させ、黒い穴に喜び勇んで飛び込んだ。

 

 

 

 

「くたばれぇぇぇ!」

 

真っ直ぐ突っ込んでぶん殴る。直接殴られた化け物は勿論、周囲の化け物達も拳圧に巻き込まれて塵と化す。

 

「次ぃっ!」

 

アスファルトを右拳で叩きその勢いで跳躍、着地点にいた化け物達がこちらに顔を向ける前に右肩甲骨の回転翼が高速回転、回転翼の軸部分から噴射されるエネルギーを推進力に加え、急降下しつつ右腕を振り下ろす。

 

「おおお、らぁっ!!」

 

一際デカイ芋虫のような外見の化け物、その頭部に拳がめり込むと腹に響く爆音を伴い、拳に内包されたエネルギーと光が爆裂。

辺り一面の化け物が消し飛ばされると同時に着地。

視界の化け物達は残り僅か。

これで今回はおしまいらしい。

当初は現実世界に留まる方法を、化け物を倒しながら考えるという方針だったが、全くこれっぽっちも考えてない。

化け物を見た瞬間、沸き上がる闘争心に突き動かされて突っ込むことしかできない。

あれ? これなんかスクライドのカズマよりバカじゃない? 彼、劇中で敵味方問わずバカ呼ばわりされてるけどここまで酷くないぞ。

ヤバい、もう時間がない。でももう止まらん。

 

「これでラストだ」

 

右の拳に力を込める。収束されたエネルギーが眩い光をさらに強くする。

 

「シェルブリットォ、ブァワアアアストオオッ!!!」

 

 

 

 

 

「...凄い...」

 

目の前に広がる光景に対する既視感。それは間違いなく二年前の『ツヴァイウィング』のライブ会場での出来事。

発生したノイズ。

多勢に無勢で戦う二人の『ツヴァイウィング』。

私を庇うようにノイズの群れに立ちはだかる天羽奏さん。

そして、奏さんとノイズ達の間に割って入った男性の後ろ姿。

当時は怪我で意識が朦朧として、断片的なことしか覚えていないけど、あの後ろ姿と光の輝きは記憶に刻み込まれている。

 

「あの時と、同じ」

 

助けてくれた。命を救われた。

でも、お礼を言えなかった。私はそのまま気絶してしまったから。だから名前を聞くこともできなかった。

 

「今度こそちゃんと言わなきゃ」

 

自分の中で深く決意を固めると、隣で呆然としてる女の子が無事であることを確認し、ノイズを殲滅し終えた男の人に歩み寄る。

 

「あ、あ、あああのっ」

 

緊張で舌が上手く回らない。

 

「たす、助けてくれて、あり、ありがとうございます」

「ん? ああ、どういたしまして」

 

気さくな感じで応じる男の人を改めて近くで見て、

(私より少し年上のお兄さん、かな?)

ノイズと戦っていた時は苛烈な印象があったが、こうして相対してみると雰囲気は何処にでもいそうな男性だ。

 

「無事で何よりだが、その格好は何だ? 何かのコスプレか?」

 

こちらを下から上まで眺めてから疑問符を浮かべたので、私は自分の格好を思い出す。

 

「いや、その、これには深い訳がありまして...私にもなんでこうなってるのかよく分かってないんですけど...」

 

しどろもどろの受け答えに対し男の人はニッと笑う。

 

「ま、俺も人のこと言えねーか。二人でコスプレ大会してるみてーだな!」

 

楽しそうに言う男性の笑み。とても話し易い感じが好印象に映る。

そんな対応にこちらも自然と笑みを浮かべてしまう。

(優しい人なん、だ...!?)

と、その時息を呑む。

男の人の体が少しずつ虹色の粒子となって、存在感が薄くなっていくのに気がつく。

 

「あの、体が!」

「ちっ、時間切れか」

 

忌々しそうに舌打ち、こちらを安心させるような優しい声音で言う。

 

「あー、これは別に死ぬ訳じゃねーから。上手く言えねーけど元の場所に戻るっつーか」

 

何かを説明してくれてたようだが、私には聞こえていなかった。

理屈は分からないけど目の前の男の人が消えちゃう!

そう考えた瞬間、

 

「ダメっ!!」

 

踏み込んで男の人に手を伸ばす。装甲に覆われた右手を離すまいとギュッと握り締める。

いきなりの行動で驚かせてしまったけど、

 

「...止ま、った? いや、この世界に留まったのか?」

 

今にも消えそうだった男の人は、もう虹色の粒子を出すこともなければ、存在感が薄くなったりもしていない。

ただ呆然と、私の顔と繋がったお互いの手を交互に見比べる。

 

橙色の固そうな装甲に覆われた男の人の手と、

ゴツいグローブに包まれた私の手。

 

私、知り合って間もない男の人の手を握ってる!!!

 

この事実に顔が熱くなる。早く離さなければと思うも、ガチガチに緊張してきたせいで逆に変な力が入ってしまった。

 

「突然ごめんなさい、今手をはな、ひゃああああ!?」

「うおっしゃやったぜ! なんか知らんが"向こう側"に戻んなくて済んだヒャッハー!!」

 

手を離そうとしていたところ、逆に握り締められ腕を引き寄せられ、そのまま横抱き、つまりお姫様抱っこされると男の人は高笑いを上げながらくるくる回り出す。

これまた唐突な事態にパニックに陥った私は「お、おおお、おろ、おろろ、降ろし、降ろして、降ろしてくだしゃい!?」と喚くが、嬉しそうに笑っている男の人は聞いてない。

やがて満足したのか、ゆっくりと降ろしてくれた。

顔を真っ赤にして文句の一つでも言おうとしたら、男の人はぐっとこちらに近づくと、顔を覗き込んできた。

(ち、近いです...!)

かつてないほどの異性との近さに心臓がバクバクする。

 

「俺はカズヤ、シェルブリットのカズヤ。お前は?」

「私は、響、立花響、今年から私立リディアン音楽院の高等科に通うことになった十五歳です!」

「響か、分かった。よろしくな、響」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。カズヤさん」

 

装甲に覆われた右手が差し出されたので、グローブに包まれた手で握り返す。

装甲とグローブ越しなのになんだかとても温かい。それが無性に嬉しかった。

 




原作アニメにて響覚醒後、翼(今作品では奏が生存してるので彼女も含む)が現場に到着するより早くカズヤが現れ響と邂逅。
次回更新は来週以降になる予定です。


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特異災害対策機動部二課

今回は、長いというか説明がくどいというか、こじつけっぽいところがあって、書いててスゴイ疲れました。


特異災害対策機動部二課の本部はノイズ発生後のエネルギー反応──ガングニールのものに混乱が発生していた。

 

「どういうこと? アタシも、アタシのガングニールもここにあるのに」

 

ペンダントを片手に疑問を口にする奏の言葉は、ここにいる全員が同意するものである。

しかし、そんな疑問も次の瞬間には誰もが捨て置く破目になる。

 

「っ! 更に特殊な高エネルギー反応を確認、過去のデータから該当するものを検索します...これは!?」

 

《SHELL BULLET》

 

モニターに表示される文字に誰もが唖然とした。

その存在は二課にとって特別な意味を持つ。

特に奏にとっては。

 

「弦十郎のダンナ、アタシは行くよ」

 

そう告げると全速力で司令部を離れていく奏。それを慌てて追いかける。

背後で叔父様が何かこちらに言っているような気がしたが、よく聞き取れなかった。奏にはそれすら聞こえていないだろう。間違いなく頭の中はシェルブリットのカズヤのことで一杯なのだ。

奏を追いかけつつ後ろから声をかける。

 

「待って奏、本部から現場まで近い。なら、私のバイクに乗って」

「翼、いいの?」

 

一切スピードを緩めず走りながら首だけ振り返る奏に笑みを返す。

 

「奏があの人に会いたいって気持ち、そばにいた私が一番よく分かってる。それに私だって奏の命の恩人にお礼を言いたい。奏にとっての恩人は、私にとっての恩人でもあるから」

「...サンキュー翼、恩に着るよ」

「ふふ、どういたしまして」

 

嬉しそうに目を細める奏を先頭に、進路をバイクが置かれている場所に変更。

バイクまで到着するとすぐさまヘルメットを被りバイクに跨がり、キーを差して押しながら回しハンドルロックを外す。

 

「オーケー翼、行ける」

「分かった」

 

同じようにヘルメットを被った奏が後部シートに跨がったのを確認し、キーを『ON』まで軽く回し、メーターが全て点灯したのに合わせてイグニッションスイッチを押しエンジン始動。

重低音が響く中、スロットルを二回捻りエンジンの回転数と排気音を確かめ、サイドスタンドを左の踵で蹴り上げ、クラッチを握りシフトをニュートラルから一速に落とす。

 

「飛ばすよ奏、しっかり掴まってて」

 

告げると返事も待たずバイクを発進させ、一気に加速。

本部の敷地から公道に出ると更に加速。夜の街を爆走しながら突き進む。

 

「頼む翼、なんとか間に合わせてくれ」

「分かってる。もうこんなチャンス二度と来ない」

 

観測できたエネルギー反応が本部からこれほど近いのは初めてのこと。あの人はノイズ殲滅速度が早く、今までは現場に急行しても後の祭りだったが、今回のような近場であれば間に合う可能性は高い。

 

『聞こえるか二人共!』

 

と、通信越しに叔父様の声が鼓膜を叩く。

 

『もしシェルブリットのカズヤに接触することができたなら、彼には是非我々の協力者となって欲しい旨を伝えるんだ。その為ならできる限りのことをさせてもらうとも』

「そんなこと言われなくても分かってる!!」

「叔父様、まだ反応はありますか!?」

 

怒鳴る奏は無視して問いかけた。

 

『幸い今回は距離的に近いしまだ時間も経ってないからな、まだまだ反応は続いてる。そっちの方は肉眼で確認できないか?』

「こちらではまだ──」

 

返答しようとした瞬間、進行方向から天を貫かん勢いで伸びる虹色の閃光と爆音が確認できた。

光と音をほぼ同時に知覚できたこと、音の大きさから、かなり近づいていることが分かる。

 

「翼!!」

「今、肉眼で確認しました。どうやらまだ戦闘中のようです。まもなく接触できるかと」

『よし、頼んだぞ』

 

逸る気持ちを胸に現場へ急ぐ。

 

 

 

 

【特異災害対策機動部二課】

 

 

 

 

 

到着した時点で戦闘そのものは既に終わっていた。

ノイズの気配がない安全が確保された現場には三人の人物。

一人目は年が十に届いていないだろう小さな女の子。恐らくはノイズの襲来に巻き込まれ、後ろの二人に助けられたと考えられる。

二人目も女の子だが、年は私と同じか少し下、十代半ばといったところ。だが気になるのはその姿で、奏が普段纏うシンフォギアと若干細部は異なるがほぼ同じ格好だ。まず間違いなくこの少女がガングニールの反応の発生源だと断定。

そして──

 

「カズヤ...やっと会えた」

 

バイクを降り脱いだヘルメットを私に押し付け、奏が二年前の記憶と全く変化のない男性──シェルブリットのカズヤに歩み寄る。

 

「もしかしたらアンタはアタシのこと覚えてないかもしんないけど、アタシはアンタに命を救われたんだ」

 

瞳を潤ませ、感極まったように震えた声で彼の装甲に覆われた手を取り、自身の額に押し付けるように置く。

 

「あの時は本当にありがとう。アンタのお陰で、アタシは今もこうして生きることを諦めずに生きてられる」

 

「いやまぁ、その、そんな面と向かって言われると照れるな」

 

気恥ずかしそうに残った左手で頬をかく彼の隣で、

 

「はぁぁぁ~、『ツヴァイウィング』の二人が揃った状態で私の前にぃぃ~」

「テレビで見たことある歌のお姉ちゃん達だ!!」

 

と嬉しそうに騒いでる女の子二人がやけに平和に映った。

 

 

 

「あれって()()()の話だったのか!? マジかよ!」

 

その後、いかにも事後処理にやって来ましたと言わんばかりの方々が多種多様な業務に使用する車に乗ってやって来た。

その中で、黒塗りの高級車を運転していた緒川と名乗る黒スーツの兄ちゃん──カズマに声がそっくりでマジでビビった──から事情聴取を求められ、「飯が食えるなら」という条件で任意同行に頷いた。

この世界に留まることができた理由は不明だが、今は分からないことに頭を悩ませるよりも食欲のままに飯を食らいたい。

ちなみに緒川は、先程バイクに乗って現れた二人の女性『ツヴァイウィング』とかいう歌手のマネージャーで、車を運転しながら「僕からもお礼を言わせてください」ということで、()()()の話を持ち出し、俺を大いに驚かせた。

何か致命的な認識の齟齬を肌で感じつつ口を開こうとすると、隣で座る響が緒川に同意する。

 

「当時のことは朧気ですけど、私カズヤさんのこと覚えてますよ。私をノイズから庇ってくれた奏さんの目の前に空から降ってきて──」

 

響の言葉を心の中で反芻しながら考える。

どうやら"向こう側"とこちらでは時間の流れが異なるらしい。

俺の体感時間としては、カズマのアルター能力で化け物退治を始めてから数時間から一日前後といった感じだ。確かに"向こう側"にいた時は俺の時間感覚が狂っているという自覚症状があったが、さすがに年単位で狂っていた訳ではあるまい。

(こりゃ口で説明すんのがメンドくせぇぞ)

最早この時点で既に逃げ出したくなってきたが、この世界に留まる以上は衣食住が必要だ。しかし今の俺は"向こう側"からやってきたので戸籍無しの無一文、住所不定無職の不審人物、見る人によっては犯罪者予備軍だ。挙げ句の果てにはこの世界で人類の天敵とされる存在を単独で撃破可能な戦闘能力を持つ危険人物でもある。

今後の身の振り方としては特異災害対策機動部二課とかいう連中に大人しく従うのがベストだ。

 

 

 

車が到着したのは響が通う高校だった。学院の地下に二課の本部があるらしい。自分が毎日通う学舎にまさかそんなものがあるとは予想だにしなかった彼女はさっきから驚きっぱなしである。

 

「学校の地下に秘密の基地か、テンション上がるな」

 

かなりの速度で降下中のエレベーター内で呟くと、響と奏が興味深そうな表情を浮かべた。

 

「今の、なんだかいかにも男の子って顔でしたよ」

「そういうの好きだよね、男って」

 

二人は互いに顔を見合わせると「ねー♪」と声を上げる。

いつの間に仲良くなったのやら。どうやら響と奏は気が合うらしい。

 

「カズヤさんなら司令と意気投合できそうですね」

「ええ、期待しましょう」

 

緒川の少し安堵したように溜め息を吐き、翼が腕を組み頷く。

やがてエレベーターが停止し、ドアが開く。

案内されるまま着いていくと、よく分からん幾何学的な模様が走る広間のような空間やSF映画に出てきそうな廊下を進む。暫く歩くと緒川がとあるドアの前で立ち止まり、俺に開けるよう促したのでとりあえず開け放つ。

すると待っていたのはパーティー用クラッカーの炸裂音。

 

──特異災害対策機動部二課へようこそ!!

 

歓迎の声が唱和する。大勢の拍手の出迎えに呆けていると、集団の中心、赤いカッターシャツを着た背が高く格闘家のような男性が前に出た。筋肉質な肉体を持ちながらシルクハットを被りステッキを手にしている姿は致命的に似合ってない。

室内は制服やスーツ、研究者のような白衣の格好をした者達が大半で、テーブルの上には様々な料理の山とグラスと飲み物。

達磨や垂れ幕を用意しているあたり、なかなかの徹底ぶりだ。

 

「我々は君達を歓迎する、立花響くん...そして、シェルブリットのカズヤくん。俺は風鳴弦十郎、一応、ここの司令官、責任者という立場だ」

 

差し出された手を取る前にズボンで手を拭い、握手した。

 

「シェルブリットのカズヤだ」

 

分厚くて無骨な手と拳。明らかに格闘技経験者だ。

続いて響が弦十郎と握手。

 

「立花響です」

 

それから順に自己紹介が始まる。写真まで撮ろうとする者まで出てくると、翼を強引に引っ張ってきた奏も混ざりたがりミニ撮影会へと突入。

 

気の済むまでやらせると待ちに待った食事である。緒川との約束を果たさせてもらうつもりで一切遠慮せずに料理を胃袋に叩き込む。響も腹を空かしていたのか俺と共に猛烈な勢いで料理を食い荒らしていたのが印象的だった。

 

 

 

「食事も済んだことだし、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

 

弦十郎が告げると、俺は食後のコーヒーを飲み干しマグカップをテーブルの上に置き、ソファーに全体重を預けつつ足を組む。

 

「いいぜ。何から話すんだ?」

「私も教えて欲しいことがたくさんあります。さっき私に起こったことは一体何だったんでしょうか?」

 

隣に座っていた響が身を乗り出すように立ち上がるが、弦十郎は落ち着かせるように穏やかな口調で尋ねた。

 

「その前にいくつか約束して欲しいことがあるが、構わないだろうか? 一つ目は今回の件に関して誰にも口外しないこと。国の重要機密に関わることだからだ。二つ目はこの後君達にメディカルチェックを受けてもらうこと。特に響くんの疑問に関しては調べさせてもらい、分かり次第後日となってしまうので今は返答できかねてしまうのが心苦しいが。とりあえず以上の二点を約束してもらえるなら今この場で答えられる範囲で答えよう」

 

俺は隣の響を一瞥してから、

 

「俺はそれで構わねー」

「...私も構いません」

 

同意を示すと彼女もこちらをチラリと見てから同意した。

 

「無理を言って本当にすまない。二人共、ありがとう」

 

礼を述べて頭を下げる弦十郎を筆頭に、二課の一同も頭を下げる。奏と翼、緒川も同様だった。

見た目青二才の若造と女子高生相手に人ができた連中である。響は「あ、頭を上げてください」と泡を食ってたが、俺は彼らが頭を上げるのを待ってから静かに質問を投げる。

 

「俺と響をここに連れてきた理由は?」

「それは二人に協力者となってもらいたいからだ」

「...ノイズっつー化け物対策で?」

「その通り」

 

まあ、予想していた内容である。

感謝を述べてきた際の奏や響の態度、車内で緒川から聞かされた話。それらを総合するとノイズと呼ばれる人類の天敵は予想以上に厄介な存在のようだ。

 

「そもそもノイズってのは一体何なんだ?」

「え? カズヤさんノイズのこと知らずに戦ってたんですか?」

 

若干呆れた視線を向けてくる響。

 

「何も知らねー、名前ですら今さっき教えてもらって知ったばっかだ。とりあえずぶん殴れば倒せてたから気にしたことねーな」

 

これまでのことを振り返りながら告げると、周囲からは信じられないものを見る目に晒される。例外は実際に俺が戦う姿を直接見た響と奏と翼だけだ。

 

「ノイズについて知りたいと言うのなら、この私、櫻井了子が教えてあげるわ」

 

白衣を着たメガネのなんかキャラが濃い姉ちゃんの即席講義がはじまる。

ノイズ。曰く、全世界で人類の天敵と認定されている特異災害。

人間のみを襲い、接触した人間を炭素の塊に変換後自身も炭素の塊となって崩壊するか、一定時間経過で自壊する。

空間から滲み出るように突如発生する。

位相差障壁と呼ばれるものにより、自身の存在を別世界に()()()()()ことで一般的な物理エネルギーの干渉を減衰、無効化する為通常兵器の類いでは効果が薄くまともに戦うことすらできないこと。

唯一の対抗手段は、目の前の櫻井了子が提唱した理論に基づき運用される『シンフォギア・システム』。

存在を別世界に()()()()()()()ノイズを無理矢理こっちの世界に引きずり込んで攻撃が通用するようにすること。

炭素変換を無効化するバリアコーティングを発生させること。

この二点でノイズの攻撃と防御に対処するのだとか。

しかしながら、その特殊性によりシンフォギアを纏うことができる人間は非常に希少で、日本国内で確認されてるのは奏と翼、そして本日発見された響の三名のみ。

(なるほど、響は当然だし、ノイズを単独で倒せる俺の協力は是が非でも必要な訳だ)

銃や爆弾、ミサイルなどといったものが通用せず、他に有効な手段もないとなれば、二課の連中が──言い方が悪いが国家の重要機関がここまで下手に出てくるということは、それほどまでに追い込まれている現状と察した。

 

「だいたい分かった。じゃあ、今度はこっちが答える番だな」

 

ここまでの流れで聞くべきことはほとんど聞き終えたので、説明する側の交代をするべきだと考える。

何故なら、彼らにしてみれば自分達が持つ手段がノイズへの唯一の対抗策だった。そこへ突然──俺にとってはついさっきの話でも彼らにとっては二年前──ノイズをぶん殴って倒す人間が出てきたら放置はできないし、どうやってノイズを倒しているか知りたくなるだろう。

まー、アルター能力について上手く説明できたとしても真似できるようなもんじゃないから、戦闘要員として力は貸せても技術提供は一切できないことについて勘弁して欲しいのだが。

 

 

 

「アルター、能力?」

 

アタシが思わずオウム返しをするとカズヤは一つ頷いた。

 

「アルター能力、正式名称は精神感応性物質変換能力って呼ばれてる」

「せいしんかんのうせいぶっしつへんかんのうりょく?」

 

難しい顔をした響が頭の上にクエスチョンマークをたくさん飛ばしながらカズヤの言葉を呟く。

彼女だけではなく周りの皆もアタシを含めていまいちピンときてないのか、響と同じような表情だ。

 

「分かり易く言えば、能力者の意思で周囲の物を一度分解してから再構成する力のことだ。ま、百聞は一見にしかずってもんだ...そうだな、そこのテーブル使わせてくれ」

 

言うとカズヤはソファーから立ち上がり、片付けが終わり何も載せていないテーブルの前に立つと、全身から淡い虹色の光を発生させる。

次の瞬間、テーブルはカズヤと同じ光に覆われ、瞬きする間もなく──文字通り一瞬で粒子となって消え失せた。

 

「何っ!?」

 

弦十郎のダンナが皆を代表するように驚愕の声を出すが、目の前の光景はそれだけに留まらなかった。

カズヤの前髪が逆立ち、右腕が肩から消えたと思えば橙色の装甲に覆われた腕が現れ、顔の右半分も同様に橙色の装甲で覆われる。角度的に彼の背後は見えないが、右肩甲骨部分にもあの尾のような物体が現れているのだろう。

 

「物質の分解と再構成...つまり、今カズヤくんが身に纏っているものは、さっきまでテーブルだったもの、そういうことね」

「理解が早くて助かる。ちなみに分解するもんは基本的に生き物じゃなければなんでもいい」

 

納得したかのような了子さんの声にカズヤは肯定するが、了子の言葉はそこで止まらない。顎に手を当て、一人言のようにぶつぶつと話す。

 

「...人間を炭素に変換するノイズの能力とは真逆。しかも生物を変換の対象としないのならカズヤくんにノイズの炭素変換が通じないことに説明がつくわ」

「待て待て待て了子くん、一人で納得するな。つまりどういうことだ?」

「ノイズは人間を炭素に変換するけど、カズヤくんは生物以外の物質なら何でも己の意思で変換でき、その代わり生物は変換の対象とならない。重要なのはこの生物は変換の対象とならない点ね。両者の能力は相反していて、アルター能力の()()()()()()()()()()()()要素がノイズの炭素変換を阻害、もしくは中和しているとしたら?」

「なるほど! シンフォギアのバリアコーティングと似た効果を持つということか!!」

 

了子さんとおっちゃんが展開する問答に誰もが驚きを隠せなかった。

ノイズの炭素変換が効かない、これだけで驚愕に値する事実だ。つまりノイズに触れたり触れられたりしてもそこで死ぬことはまずあり得ない。おっちゃんの言う通りシンフォギアのバリアコーティングのメイン機能と同じ働きだ。

 

「カズヤくんに炭素変換が効かないのは分かった。ではノイズに攻撃が通る理由は何だ?」

「そのことについて何か心当たりはあるかしら?」

 

二人の問いにカズヤは顔を顰めた後、苦虫を噛み潰したように眉根を寄せる。

 

「今から話すのは眉唾みてーなもんだから説明になってねーと思うし、そもそもアルター能力を研究してた学者が言ってたらしい内容を、俺なりに解釈して話すからそれでもいいならで聞いてくれ」

 

 

"向こう側"の世界、という現実世界とは異なる世界がある。

そこはアルター能力の源であり、アルター使いは皆全て生まれる前から"向こう側"の世界を認識してきたことで、その世界とアクセスし、物質を分解・変換する方法を無意識に理解している。

"向こう側"へアクセスすることで能力を発動させるアルター使いだからこそ、ノイズの位相差障壁を無意識に理解している可能性が考えられること。

 

「...俺がノイズを倒せる理由で思いつくのはこの程度だ」

 

説明を終えると疲れたように溜め息を吐く。

そんな彼の説明を聞いて了子は面白いものを聞いたとばかりに口を開く。

 

「他の世界を無意識に認識しアクセスを行うカズヤくんは、同じようにノイズの位相差障壁を無意識に認識しアクセスすることで攻撃を通している、と。この点についてはシンフォギア・システムとは逆ね」

「そうだな。シンフォギアは攻撃の際、ノイズの存在をこちらの世界に強引に引きずり込むことで位相差障壁を無力化するものだ。てっきりカズヤくんも同じだと考えていたが、まさか逆だったとはな」

 

腕を組んだ弦十郎がふむふむと感心しているのを横目に、奏は気安くカズヤの肩に手を置くと皆に聞かせるように告げた。

 

「別に難しい理屈なんてこの際なんでもいいじゃない? 要するにカズヤがアタシ達と一緒に戦えることが証明されたってことでしょ? だったらアタシはそれでいいさ。な? 翼もそうだろ?」

「ふぇ!? そ、そうだね、カズヤがいてくれるならとても心強いね!」

 

いきなり振られた翼が慌てて応じる。

 

「しかしアルター能力か...カズヤくん以外にも同じ能力者が存在しているなら是非とも我々に協力して欲しいものだ」

「残念ながらそれは無理だな」

「やけにはっきり断言するけど、その理由は何かしら?」

 

首を傾げる了子の疑問は皆同じだ。アルター能力者が他にも存在するのならノイズによる被害をぐっと減らすことができるのに。

しかしカズヤは一切の希望を打ち消すように重苦しい声で宣告した。

 

「俺が、別の世界から"向こう側"を介してこの世界に来たからだ。アルター使いはこの世界に俺一人だし、"向こう側"を開けるだけの実力を持ってる奴なんてほとんどいねー。もしいたとしてもこの世界にやって来る確率なんてないに等しい。だってよ、世界があっちとこっちの二つだけ、なんてことはねーだろ?」

 

 

 

 

 

窓もドアを締め切り外部と完全に遮断した部屋の中で、その人物は気だるげに独りごちる。

 

「新たな装者と異世界からの来訪者、立花響とシェルブリットのカズヤか...研究対象としては興味深いが計画の邪魔だな。早い段階で消してしまいたいが、さてどうするか」

 

本日得た情報を振り返りながら思考を巡らす。

イレギュラーの存在は確かに悩みの種だが、カズヤのような生まれながらに厄介な能力を持っている存在が、これ以上増えないことは不幸中の幸いだ。

 

「しかし間抜けな話だ。力を使い過ぎた代償で"向こう側"とやらの扉を開き、記憶のほとんどを失った状態でこちらの世界に流れ着くとは」

 

高い実力を誇るアルター能力者同士が激しい戦闘を繰り広げると、"向こう側"へのアクセス過多で扉が開き、肉体を分解され取り込まれるらしい。それ以後は肉体の再構成と分解を繰り返しながら稀に空いた扉を通ってこちらの世界に来訪し、ノイズを倒してはまた"向こう側"に取り込まれて、という時間を過ごしていたとのこと。

 

何故奴が今回だけ"向こう側"に取り込まれずこちらの世界に留まれているのかは、もしかしたら立花響が現場に居合わせていたことが関係しているのかもしれない。

 

聞けば聞くほど興味が尽きないが、早々に排除することを優先しよう。

 

立花響は今日まで普通の女子高生として生きてきた為、対処は容易い。しかしカズヤの方は明らかに戦い慣れしているし、その実力も高い。策を練るならカズヤ用を先に講じておかなければ。

 

「そうだ。あの娘を使うか」

 

名案が浮かぶ。ノイズの群れを圧倒する戦闘力を持つなら、その戦闘力を使えない相手を用意してやればいい。

純粋なあの娘なら、記憶喪失の少年が二課に騙され利用されているとでも言えば率先して動くだろう。

そうと決まれば行動に移す。まずはあの娘に連絡だ。

 




響が手錠される描写ないやん!

それを見たカズヤが「何しやがる!」と気分を害するのを緒川さんが警戒した為。なので響は原作と違い手錠なし、やったなビッキー!
カズヤは嘘を言っているつもりはないけど、真実は語ってません。アルター能力については教えられるけどアニメ"スクライド"については口が裂けても言えません。だからテキトーにその辺は誤魔化してます。


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少女達の事情

昨日就寝前に実施されたメディカルチェックの結果は夕方頃に出るというので、響と翼の学校の放課後になるまで自由時間をもらえることになった。

 

「こちらはカズヤさんのIDカードと通信機です。常に携帯するようお願いします。建物内のセキュリティロックがかかったドアを開く際は壁の端末にカードを翳してください。通信機の方は公共交通機関や買い物などが限度額まで利用できますが無駄使いはしないでくださいね」

 

緒川からIDカードと通信機の説明を聞きつつそれらを受け取る。

 

「それとIDカードはカズヤさんの身分証明も兼ねています。絶対に紛失しないようにご注意を」

「分かった。気をつける」

「基本的に外出は自由ですがあまり遠くへは行かないでください。ノイズが出現した際の対処に支障をきたしますので」

「ああ。行動範囲は歩ける距離程度にしておく。まあ、いざとなったらシェルブリットで文字通り飛んでくから安心しろ」

「あまり目立つ行動は控えていただきたいのですが、ノイズが出現した場合はある程度仕方ないかもしれませんね」

 

乾いた笑みを浮かべる緒川の態度で色々と察する。裏方の仕事ってきっと想像を絶するほど大変なのだということを。

説明が終わり、自由時間を満喫する為に二課の本部を出る。長いエレベーターが少し煩わしいが文句を言ってもしょうがない。

 

本部の場所が響と翼が通う学院の地下なので、地上に出ると学院から響く歌声が鼓膜を叩く。音楽院と聞いていたので音楽の授業が盛んなのだろう。

とりあえず賑やかな商店街でも見つかればいいかなと、気の向くままテキトーに歩き始めた。

ちなみにだが、今日俺に特にやることがないなら街を散策したいと希望を述べたところ、あっさり許可が出たのは良かったが、それから少し一悶着あったのだ。

原因は奏。俺と街を散策したがっていたが、次に出すCDやらPVやらの打ち合わせ&それらに関する取材の類いで夕方までスケジュールがびっちり。イヤだカズヤと出かけたい今日は仕事キャンセルする緒川さんなんとかして、という風に緒川が俺に助けを求めるほどごねたのだ。

人気歌手のマネージャーって大変だ。しかも裏で二課の仕事をこなすとか、アイツいつか過労で倒れたりしないだろうか。

結局、後日奏と二人で出かけることを確約させられたが、その時の緒川の感謝の笑みが忘れられない。

 

「さて、なんか面白いもんでもねーかな」

 

そして美味い食い物屋さん。俺はまだ見ぬ街の姿に心踊らせながら軽やかな足取りで歩を進めた。

 

 

 

 

 

【少女達の事情】

 

 

 

 

 

「アイツが、シェルブリットのカズヤか...」

 

視線の先では、下町商店街の中をのんびり歩きながら店を物色している男の姿。

彼から少し離れた建物の上から斜め下に見下ろしているので、その頭頂部から後頭部までよく見える。

 

「力を使い過ぎた代償で異世界からこっちに来て、記憶喪失の独りぼっちっつってたな」

 

与えられた情報を反芻するが、彼が纏う空気はお気楽そのもので、とても強者とは思えないし、記憶を失っているという悲壮感もない。

 

「問題はどう接触するかだが...フィーネはあたしに任せるっつーけど、どうすりゃいいんだよ?」

 

切っ掛けが欲しい。しかし何も思い浮かばない。いきなり目の前に現れて、というのは違う気がする。

そんなこちらの心境など露とも知らず、カズヤはあっちをフラフラこっちをフラフラしている。なんだかそれが少し腹立たしい。

 

「...暫く様子見か」

 

 

「おばちゃん、たい焼き四個くれ」

「まいどありー」

「おっさん、たこ焼きくれ」

「今後ともご贔屓に!」

「ばあちゃん、タピオカミルクティーくれ」

「お姉さんと呼びな小僧」

「クソババア早くタピオカミルクティー寄越せ」

「殺されたいのかこの糞餓鬼!!」

 

カズヤという男は現在進行形で買い食いを満喫していた。

美味そうな店を見つけては何かしら買って、食って、他の店へとまるで誘蛾灯に引き寄せられる虫の如く、食欲のまま歩いていく。

そんな姿を見せつけられて段々イライラが募ってくる。

(いつまで食ってるつもりだアイツはああ!?)

尾行開始から既に三十分。カズヤは欲望の赴くまま食い続けているのに自分は何も口にしていないことに腹を立て、心の中で絶叫する。

やがて彼は買うのに食うのが追いつかなくなり、食べ物を両手で抱えた状態でキョロキョロと辺りを見渡してから、何かを見つけたのか小走りで走り出す。

彼の行き着く先は商店街から少し外れた公園だ。空いてるベンチを手早く確保し抱えていた食べ物を置く。

ふと、その時。何気なく振り返ったカズヤと目が合った。

 

「あ」

 

しまったっ! と思ったがもう遅い。カズヤはたい焼きが入った紙袋を手にし、たい焼きを一つ取り出して頭からかぶりつくと、モグモグしながら近づいてくる。

そして尻尾まで口に含むとこちらの目の前で立ち止まりごくんと飲み下してから口を開く。

 

「何物欲しそうに見てんだ」

「別に! お前なんて見てねぇよ!!」

 

咄嗟にそっぽ向いてそう突っぱねたがカズヤはニヤついた表情で指摘してきた。

 

「涎、垂れてんぞ」

「え? あっ、嘘!?」

「嘘」

 

慌てて口周りを拭ってしまうとニヤニヤ笑いに拍車がかかる。

 

「てめぇっ!! バカに──」

 

してんのか、という言葉はカズヤが紙袋から新たに取り出したたい焼きを口に突っ込まれて言えなくなってしまう。

さくっとした生地の歯応えの先は小豆の優しい甘味。

できたてから少し時間を置いているが、程よくじんわり感じる温かさが口の中で蕩ける餡子の旨味を引き立てる。

 

「~~っ!?」

 

美味しい!

声にならない声をあげてしまう。

悔しい。でも美味しくて食べるのをやめられない!!

やがてたい焼き一個を食い終わる。小さな満足感と食べ終わってしまったという寂しさが去来するものの、いきなりたい焼きを口に突っ込んできた目の前の人物に文句を言わないと気が済まない。

 

「いきなり何しやがる!」

「なかなかの食いっぷりだな」

「何なんだ、てめぇ一体何なんだ!?」

 

紙袋からもう一つたい焼きを取り出し半分に割ると、頭の方をこちらに渡しながら告げた。

 

「カズヤだ。お前は?」

「...あたしはクリス。雪音クリスだ、覚えとけ」

 

たい焼きを引ったくるように奪うと食らいつく。

噛みついたたい焼きは、先と同じようにあったかくて、甘かった。

切っ掛けは、経緯はどうあれ向こうからやってきたので良しとしておこう。

 

 

 

なんか面白い女の子に遭遇。

買い食いに一段落つけようとしてベンチに荷物を置いた時に目が合った。

ただ目が合うだけなら気にも留めないが、あからさまに動揺した表情をするので、ちょっとからかったら自爆したのでたい焼き攻撃をお見舞い。

すると猫にチュールを与えたように食べる食べる。それを見てとても楽しくなってきた。

ならばと買った食い物を分け与える。

クリスと名乗った少女は腹が減っていたのか、こっちの気持ちが良くなるくらいにパクパク食べる。

マジで猫に餌付けしてる気分になってきた。

 

「...ふう、ごっそさん。もう食えねぇ」

「満腹になったか? 丁度全部なくなったぞ」

 

隣には腹を膨らませて満足気に息を吐くクリス。

俺も一緒に食ってたので腹はそれなりに溜まった。後は夕飯まで我慢することにしよう。

近くのゴミ箱にゴミを投げ入れ、ベンチの背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。

青い空に暖かな陽気。間違いなく快晴だ。このまま昼寝に洒落混むのもいいかもしれない。

 

「...なぁカズヤ」

「あ?」

「なんであたしに食いもんくれたんだ?」

 

この質問にお前が面白そうだったと言えばぶん殴られるかもしれない、と考えつつどう答えようか悩むが、面倒になったのでそのまま言った。

 

「クリスのリアクションが面白かったから」

「てめぇ、今思ったことそのまま口にしただろ...まあ、いいや。腹一杯で動きたくねぇし」

 

こめかみをヒクヒクさせてから、呆れたのか諦めたのか溜め息を吐いて力を抜く。

 

「おいクリス」

「何だよ?」

「口周り食べカス付いてんぞ」

「はっ、その手にはもう乗らね──」

 

先の件で信じてくれそうになかったので、商店街で買い物中にもらったポケットティッシュを使って拭ってやると、どや顔から一転して──怒りか羞恥か不明だが──真っ赤になってプルプル震える。

やっぱこいつ面白い。

 

「なあクリス」

「今度は何だよ?」

「お前学校は?」

「......行ってねぇ」

 

返答までちょっと間があったことで俺は全てを理解した。

うら若き乙女がこんな午前中の小さな公園にいるという状況。

 

「すまねぇ。軽々しく聞いていいことじゃなかった」

「おい、なんで謝ってんだ? なんで可哀想な人見る目ぇしてんだ!?」

「だってお前その年で学校行ってねーならニート──」

「違う!!」

「じゃあ不登校」

「それも違う! っつーかお前も人のこと言えねぇだろが!?」

 

その言葉に俺は今朝緒川から渡されたIDカード兼身分証明を懐から取り出し見せる。

 

「悪いな、俺こう見えても公務員なんだぜ」

「...偽装じゃねぇだろうな」

「真っ先にそこ疑うのかよっ!?」

「まともな公務員がこんな時間にこんな場所で目的もなくフラフラしてる訳ねぇだろ!!」

 

正論にグゥの音も出ない。

 

「...この話題やめるか、お互いが傷つくのに誰も得しねー」

「おう...」

 

そのままベンチに二人で座ったまま何もせずぼーっとする。

やがて春の陽気に誘われた睡魔が徐々に肉体を侵食し始めてきた。

やべー、マジで眠くなってきた。

隣を見るとクリスもうとうとしてきているのを確認する。

腹一杯になった後に日当たりのいい場所にいたら眠くなるとは、本当に猫みたいな奴だ。

 

 

 

なんでだろう。こいつのそばにいると安心できる。

事前情報を聞いていた時に抱いた印象とは全く異なる態度。想像していたものとは違う眼差し、笑い声、表情。

独りぼっちのはずなのに、そんなことなど毛ほども感じさせない雰囲気。

恐らくは、というより間違いなくこいつは深く考えることをせず、その場の思いつきで行動しているのが節々で感じられる。要するに考えなしのバカなのだが、そのバカさ加減が実に似合っているというか、こいつらしいというか。

出会ったばかりだというのに、あたしは既にカズヤに気を許していた。

こいつのだらけた姿を見て、気が抜けるような、緊張が解れていくような、不思議な感覚。

 

「クリス、眠いのか」

「...眠く、ない」

「そうか。俺は眠い」

 

隣で大欠伸をかますカズヤに当てられて、こっちまで欠伸が出てくる。

暫くすると段々瞼が重くなってきて、一瞬意識が遠くなる。

傾いた体がカズヤに寄りかかってしまったので、体を起こして謝罪しようとすると、

 

「......」

 

隣の男は既に夢の中に旅立っていた。

......なんかこのバカを見てると眠気に抗ってる自分までバカみたいに思えてくる。

眠い。猛烈に眠い。満腹のところにお日様の暖かな日差し。容赦なく理性を溶かしていく。

そういえばまだパパとママが生きていた頃、こうして眠くなった時は、決まってどちらかが膝枕をしてくれたのを思い出す。

目の前には無防備な男の膝。

 

「膝借りるぞ」

 

一言断りを入れ、カズヤの膝に頭を置く。

 

──あったかい。

 

かつての幸せだった日々に思いを馳せながら、穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

 

「結果から言って、カズヤくんがこの世界の人間ではない、という可能性が存在することが証明されたわ」

 

了子の発言に弦十郎が唸る。

 

「可能性、というのは?」

「現存の人類とは一致しない遺伝子情報を確かに彼は持っている。けれど、それが異世界の人間の遺伝子情報かどうか証明できないからよ」

「何だそんなことか」

 

回りくどい言い方に弦十郎は溜め息を吐く。

他の者達も同意したのか苦笑する。

 

「それで、カズヤくんが異世界からの来訪者だとして、何か問題はあるか?」

「何一つないわ。危険な病原菌やウィルスの類いは発見できなかったし、遺伝子的にはこちらの世界の女性との間に子どもを作ることもできる」

「問題がないならそれでいい。なら今後は彼もノイズ対策に参加してもらう」

その宣言を聞きオペレーターを務める藤尭朔也と友里あおいの二人は安堵するように肩の力を抜いた。

 

「今まで装者二人でやってきましたからね。このタイミングでの増員は絶対プラスになりますよ」

「そうね。響ちゃんはまだ慣れてないことばかりで大変でしょうけど、カズヤくんは即戦力になるみたいだし」

 

皆の表情は一様に明るい。人が増えれば各々の負担は減る。戦いに身を投じている二人に無理を強いていたことに、大人達は負い目があった。自分達が代わりに戦うことができたらどんなに良かったか。そう思わずにはいられない。

二課本部での大人達の話題は新しく加わった二人のことで持ちきりだった。

 

 

 

 

俺の膝を勝手に枕にしていたクリスは、目を覚ますと飛び起き、無言のまま足早と何処かへ駆け出していく。

その小さな後ろ姿に「またな!」と声をかけると、一度立ち止まりコクリと頷いて今度こそ立ち去った。

 

「面白い奴だったな」

 

一人言を呟き、公園を後にする。

放課後までまだ若干あるなー、と時間を確認してからぼんやり歩いていると、後ろから車のクラクションを鳴らされた。

 

「カーズヤー!!」

 

何だろうと振り返れば、黒塗りの高級車の窓から奏が顔を出している。運転席には緒川がハンドルを握りながらこちらに会釈する。

俺は立ち止まり車がそばまで寄って来るのを待つ。

 

「これから本部に戻んの?」

「ああ、そんなとこだ。そっちも仕事上がりか?」

「そ。本部戻んなら乗ってきな」

 

お言葉に甘えて後部座席の奏の隣に座りシートベルトを締める。

 

「今日アンタ何してたの?」

 

何気なく質問してきた奏に俺は、

 

「公園で飯食いながら猫と戯れてた」

 

特に何も考えずにこれまたテキトーな返答を行う。

 

「へー、猫ねー」

「カズヤさんは動物好きなんですか?」

「それなりに。蛇とかは苦手だが」

 

緒川に話題を振られてそのまま車内で動物談義を三人で繰り広げていると、響と翼が通う学校の校舎に辿り着く。

 

「ねぇカズヤ、このまま二人で翼と響を迎えに行かない?」

「は? 迎えにって学校の中をか?」

「そうそう」

 

車外に出て奏がそんなことを提案してくるが、俺には無理な話だと思う。

 

「普通学校って部外者は立ち入り禁止だろ」

 

しかし俺の懸念など予め予測していたのか彼女は自身の胸をドンと叩いて胸を張る。

 

「アタシを誰だと思ってんだい? 歌えば泣く子も黙るトップアーティスト『ツヴァイウィング』の天羽奏さんだぞ。そのアタシがパートナーの翼に会いに来た、仕事関係でね。勿論学院側も翼の仕事に理解あるし問題なし」

「その理屈だと俺入れねーだろ」

「そこはほら、アンタはアタシと翼の仕事仲間ってことで。IDカード持ってんだろ? アタシの口添えとそれがあれば余裕余裕♪」

 

微妙に納得いかないので緒川の様子を窺う。

 

「学院長や理事長などの一部の教員は我々二課の存在を認知しています。来賓客として入館手続きを行っていただければ奏さんの言う通り問題ないかと。それに、カズヤさんは今後学院に通う二人との連絡や合流をお願いすることも考えられます。今の内に顔と名前を覚えてもらってください」

 

GOサインが出たなら最早躊躇う必要はない。

それに花の女子高に堂々と入れるって響きがテンションを上げていく。

 

「ほら行くよ、もうすぐ放課後になっちまう」

「分かった、分かったから少し落ち着け。転けんぞ」

 

奏が俺の手を取り走り出すのに合わせて足を動かす。

そして一度背後の車に振り返り、

 

「緒川、すまん!!」

「はい!?」

「無駄使いした! たぶんこれからもするからよろしくな!!」

「えぇ!!??」

 

謝罪と今後に向けて宣言すると緒川が悲鳴を上げた。

 

 

 

守衛室で入館手続きを済ませ、もらった腕章に腕を通し学院長への挨拶を手早く終わらせ、俺と奏は校内を歩く。

ここまでの過程が随分あっさりしてたのは、奏と緒川がさっき言っていた事情があるからだろう。

 

「じゃ、アタシは翼のクラス行ってくるよ。カズヤは響拾ったら連絡して」

 

たたたっ、と廊下を走っていく奏を見送り、一人廊下に取り残された俺はとりあえず教えられた響のクラスに足を向けた。

まだ帰りのホームルームが終わっていないので、廊下には俺以外誰もいない。自分の足音を聞きながら歩いていると、目的地に着くのに合わせてチャイムが鳴る。

続いて教室から溢れ出てくる女子高生達。わーきゃー騒ぐその様子のなんと姦しいこと。

 

「え? あれ? 男の人がいる...」

 

そして廊下で一人突っ立っている俺のことなんて誰もが気付く訳で。

こういう時はキャーキャー騒がれる前に自分が何者であるか、目的は何なのかをはっきりさせつつ、こっちのペースに巻き込んでしまうのが手っ取り早い。

『来賓客』と書かれた腕章を見せつつ問う。

 

「すまねぇな。俺は立花響の保護者みてーなもんなんだが、響いるか?」

「え? 立花さんですか? いますけど」

「もしかしてビッキーの彼氏!?」

「何ですとおっ!!」

「彼氏いない歴イコール年齢って嘘だったのか!」

「オンドゥルルラギッタンディスカー!」

「ウゾダドンドコドーン!」

「ゆ"る"さ"ん"!"!"」

 

...凄い喧しい上、勢いに圧倒された。

こっちのペースに巻き込んでしまうというのは一体何だったのか。

どうして女子というのは男を見ると誰それの彼氏という話に持っていきたがるのか。

 

「ビッキー貴様ぁぁぁ!!」

「ぎゃああああ何何!? 何なの!!」

「響ぃぃぃ!」

 

ドアの向こうではいきなり魔女裁判が始まり怒号と悲鳴が入り交じった混沌が蓋を開けていた。

訳も分からず吊るし上げられている響に助け船を出す為、教室に入らせてもらう。

 

「響、迎えに来たぞ」

 

その一言で教室内の女子が一斉に注目する。

 

「カズヤさん...どうしてここに?」

 

今度は魔女裁判の渦中にあった少女に視線が向かう。

 

「説明すんの面倒だから後で奏に聞け」

「奏さんに?」

「そう、奏にな」

 

後頭部をボリボリかきながら響に歩み寄ると、まるで響を庇うように立ちはだかる女子が一人。

 

「失礼ですが何処のどなたでしょうか? 私が知る限り、響にはあなたのような男性の知り合いはいなかったと思うのですが? そもそもここが何処かご存知ですか? 女子高ですよ? どうして男性がいるんですか?」

「未来、待って、お願い落ち着いて! あのね、カズヤさんは──」

「響は黙ってて!!」

「ヒィッ!」

 

少女の一喝に響は飼い主に叱られた子犬みたいに縮こまる。

なんか面倒なことになってきたなと思いつつ、IDカードを取り出し腕章と一緒に見せた。

 

「一応、怪しいもんじゃねー。正規の入館手続きは通したし学院長の許可もある」

「では響とはどのようなご関係で?」

 

警戒を込めた冷たい眼差し。

恐らく響と仲が良い友人なのだろう。彼女からしてみれば、俺なんて女子校の教室に乗り込んできたぽっと出の謎の男で、おまけに響の彼氏かもしれない──と周りの女子が騒いでる──存在だ。このくらいの年の子は何かと多感で異性に対する考え方や態度が極端になり易い。

俺はできる男の大人な対応を心掛けようとして、ふと思い出す。

二課の話って一般人にしたらダメだったんだよな?

つまり、ちゃんと説明することはできず上手く誤魔化す必要がある。

見せてしまったIDカード自体は、何も知らない一般人に見せても二課の存在を匂わせない。

だがどういう関係かと問われて適切な答えが出てくるはずもなく。

ということは?

 

「俺と響は、誰にも言えない特別な関係だ」

「ふぁっああうあうぁぁぁ!? カズヤさん言い方ぁぁぁっ!!」

 

無責任な発言に真っ赤になった響が廊下にまで轟く絶叫を上げる。

そして連鎖的に広がる『キャーッ!!』という女生徒の黄色い声。

 

「......そんな、響が、私の響が、変な男に盗られたあああああああっ!!!」

 

末期ガンを宣告された患者の方がまだマシと思えるような絶望的な表情で泣き叫ぶ目の前の少女。

 

「畜生! 相手の男の人にここまで言われちまったらクラスメートとして祝福しない訳にはいかないよ!」

 

それワッショイ、ワッショイと突然響を胴上げし始めるクラスメートの皆。

 

「違うの! これには深い訳があるの! カズヤさんとはそんなんじゃないの!! 誰か話を、せめて未来だけでもちゃんと聞いて!? っていうか皆胴上げやめてお願いだから!!」

 

胴上げされながら何か必死に言い募ろうとする響の言葉など誰も耳に入れてない。

 

「響が、私の太陽が、私が知らない間に何処の馬の骨とも知れない男のものになってるなんてぇぇぇ...」

 

四つん這いの状態で床を大粒の涙で濡らす少女のことなど誰も気にも留めない。

傍から見てると面白い光景だが、この状況の中響を連れ出すのは面倒だ。

通信機を取り出し奏を呼び出し、数コールで繋がる。

 

『もしもしカズヤ? 響は拾えた? そっちから連絡来ないからこっちは翼拾って響のクラス向かってるけど』

「響な、今クラスメートに胴上げされてて連れ出せねー」

『は?』

 

まあ、普通そういう反応するだろうな。

 

「こっちに向かってんなら急いでくれ。お前ら二人が来たらもっと状況がおも、おかしくなるだろうが、奏なら上手く収めんだろ」

『?? なんかよく分からないけど分かったよ』

 

通信が切れる。

未だに終わりそうにない響の胴上げと床を濡らす少女を見ながら、この中に人気歌手の二人を叩き込んだらどうなるのか少し楽しみに思うのだった。

 




書き終わって気付いた。
今回翼の出番全くない。


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繋いだ手が胸に秘めたもの

「来たよカズヤ。で、響が胴上げってどういう状況?」

 

翼を連れてやって来た奏に、無言のまま顎で教室の中心を見るよう促す。

視界の先では相変わらずワッショイ、ワッショイと響が胴上げされている。

数分前と違う点といえば、あれだけ抵抗していた響が完全に無抵抗かつ黙したままぐったりした様子で胴上げされていること。どうやら考えることをやめたらしい。

ついでに、四つん這いの少女が涙で濡らす床の面積が広がったくらいか。

 

「ああっ!? 『ツヴァイウィング』の天羽奏さんと風鳴翼さん!!」

 

胴上げしていた女生徒の一人が奏と翼に気づく。そして一人気づけば全員が気づくのは自然なこと。胴上げが終わり解放される響。

フラフラした足取りで俺の隣まで近づいてきた響がぼやく。

 

「...私、人生でこんなに胴上げされたの初めて...」

「良かったな響。貴重な経験ができて」

「カズヤさんは少しの間黙っててもらえます?」

 

よしよしと響の頭を撫でてあげたら恨みがましい視線が飛んできた。

 

「あ、でも暫くそのまま頭撫で続けてくれたら許してあげます」

 

が、一転してえへへと嬉しそうに微笑む姿が年相応で可愛らしい。しかもどうやら許してくれるとか。

 

「響が私の目の前で男とイチャついてる...やっぱり二人は付き合ってるんだ!!」

 

立ち上がりギリッと歯軋りしながら親の仇のように俺を睨む少女に慌てる響。

 

「違うの未来、今のは違うの!? 何もかも全部スキンシップし易い雰囲気を醸し出してるカズヤさんのせいなの!!」

「ついでに言うとカズヤと響は付き合ってないから安心しな」

 

全てを俺に擦り付けて弁明する響と、補足するようなことを言いながら俺の肩を組む奏に女生徒達は一瞬動きを止める。

その時、翼が額に手を当て頭痛を堪えるように呟いた。

 

「...奏。そんなことをしながらそれを言うと、まるで自分がカズヤと付き合ってると暗に示しているように見える」

 

そして再度教室には黄色い悲鳴が轟いた。

 

 

 

「ああ、緒川か。奏は戻ってきたんだな」

「はい司令。途中でカズヤさんを見つけたので一緒に」

「翼と響くんは?」

「奏さんとカズヤさんが二人の教室まで迎えに行きましたが、四人はまだこちらに到着していませんか?」

「いや、四人共まだ見ていない」

「えぇ...あれから結構時間が経ってると思うのですが」

「何をしているんだあの若者達は?」

「...き、きっと青春ですよ」

「青春か。なら仕方ないな、若い内は青春するものだ」

 

 

 

「つまり! カズヤさんは『ツヴァイウィング』のお二方の護衛兼雑用で、響はその助手だと?」

 

少女──小日向未来という名の響の幼馴染みらしい──は腰に手を当て、泣き腫らした目でこちらを最大限威嚇しながら言う。

 

「もうそれでいいや、そんな感じで頼む」

「カズヤさん返答がふわっとし過ぎです!」

 

今度は奏と俺が付き合ってるんじゃないかという話になって大騒ぎとなったが、響が俺と付き合ってないという事実に復活を果たした未来が、混沌の坩堝と化した教室をまとめ始めた。

それに便乗する形で翼が辿々しい口調で必死に嘘っぱちのカバーストーリーを語り出して今に至る。

 

「ねぇ響? いつからそんなバイト始めたの? 私初耳なんだけど?」

「俺と一緒に昨日から」

「私は響に聞いてるんです!!」

 

響の代わりにしれっと答えると未来が激昂した。怒髪天を突くとばかりに髪を振り乱す。

俺の背後では奏が「アンタちょっと黙ってな」と後頭部をチョップしてくる。

響は響で本当に申し訳なさそうに未来の手を取り頭を下げて謝った。

 

「ゴメンね未来。ちゃんとした説明ができれば良かったんだけど、なんか私のこと置いてけぼりで事態が進んじゃって、あれよあれよという間にこんなことになっちゃったんだ」

「いいの。響は何も悪くないの。なんとなくだけどそこのカズヤさんとかいう男の人が全部悪いってことだけは分かったから」

 

女の友情が完全に修復されたのを確認し、俺は待ってましたとばかりに口を開く。

 

「つーことで、度々こいつのことは俺が拐いに来るが、そういうもんだと思って諦めろ」

「キャーッ!? だからなんでカズヤさんはいちいち人のことをお姫様抱っこするんですかぁぁぁ!!」

 

未来から奪い取るように響を横抱きにすると、奏と翼に「行くぜお前ら!」と一声掛けて走り出し、教室を出て廊下をダッシュ。

 

「あー! 響ばっかズルい! 後でアタシも!」

 

トップアーティストでありながらトップアスリートもできそうな俊足で追いかけてくる奏。

 

「任せろ、次は奏だな!」

「あ、皆待って! お、お騒がせしました!」

 

一人取り残された翼が教室の女生徒達に深く頭を下げてから駆け出す。

少し出遅れたので一つ告げておく。

「早く来い翼、お前だけお姫様抱っこ無しにすんぞ!」

「どういう脅し!? べべべ別に私はお姫様抱っこなんて...そんな...」

 

なんかゴニョゴニョ言ってるが最後まで聞き取れん。

場を引っ掻き回せるだけ引っ掻き回したことに満足した俺は、響達を連れて教室を後にする。

ちなみに、翼は奏の後にちゃんとお姫様抱っこした。

 

 

 

「...やっぱりあのカズヤって人許せない...待ってて響。私がいつか絶対助けてあげるからね」

 

 

 

二課本部に向かう為のやたら長いエレベーターを降りている最中、響は納得いかんとばかりに質問してきた。

 

「カズヤさん、どうしてあんな態度取ったんですか? あれじゃカズヤさんが未来に嫌われちゃいます」

「だろうな。でもいいんだよそれで」

「?」

 

疑問符を浮かべる響の頭に手を置いてポンポンしながら教えてやる。

 

「響がシンフォギア装者としてノイズと戦う以上、今後急な呼び出しで友達と一緒にいられることも減るだろ?」

「それは、そうですけど」

「その際、二課の仕事だからちゃんとした説明もできねー。これだと人間関係に溝を作る結果になる」

「...」

「そこで『カズヤに無理矢理呼び出された』ってことにしとけば、悪いのは俺であってお前じゃない」

「でも、そんな、カズヤさんが悪者になっちゃいますよう」

 

悲しそうな表情をする響の頭をわしゃわしゃにしてやる。

 

「ぎゃああああ髪の毛ぐっしゃぐしゃあああっ!?」

「大して変わってねーから気にするな癖っ毛」

「...言い草が酷すぎる」

「アンタいくらなんでも言っていいことと悪いことあんでしょ...」

 

喚く響を優しく諭すと翼、奏の順に非難の視線と言葉が飛んでくるが無視。

 

「別にいいんだよ。ダチどころか知り合いもろくにいねー俺より、現役女子高生の響の方が色々な面で優先されるべきだ」

「...カズヤさん」

「っていうのを今思いついた」

「は?」

「ま、さっきはその場のノリと勢いで喋ってたけど結果オーライなんじゃねーの?」

 

響だけでなく奏と翼もなんか感動してたっぽいが、すぐに三人は顔を顰めて半眼になり、疲れたように溜め息を吐く。

 

「...私の感動返してください」

「右に同じく」

「アンタ、一言余計だって」

 

女性陣の冷たい視線は、二課の本部に着いても続いた。

 

 

 

 

 

【繋いだ手が胸に秘めたもの】

 

 

 

 

 

昨日のメディカルチェックの結果、俺については特筆すべきことはなかった。強いて挙げれば遺伝子情報に未知のもんがあったらしいが、それが何か問題を起こす訳でもなく。

問題は響だ。

彼女は二年前の事件で体内に奏のガングニールの破片が除去されずに残っていたことが、昨日シンフォギア装者として覚醒した原因らしい。二年前に響が大怪我した瞬間と、昨日の覚醒の瞬間を目にしてないので、俺としては何とも言えない微妙な気分になるくらいなのだが、二課の連中はそうでもないらしい。

特に当時実際にガングニールを振るっていた奏などは、響の覚醒に何か思うところがあったのか、響に謝罪した。

 

「あの時、ちゃんと守ってあげられなくてゴメンよ響。アタシがもっと強ければ響はこんなことになってなかった」

 

しかし響は微笑んで元気いっぱいに感謝を述べる。

 

「へいき、へっちゃらです。だって奏さんは私の命を助けてくれたんですよ。それに体内にその、聖遺物でしたっけ? それがあるお陰で昨日もなんとかなりましたし。あっ、昨日も含めれば実は二回も助けられてます。だから感謝はしてますけど恨んだりなんかしないので安心してください」

「...アンタって子は、なんて良い子なんだ!!」

 

奏がぎゅっと響を抱き締める光景に皆苦笑していた。

その後、シンフォギアについての詳細なメカニズムも説明されたが、俺には難しい話だった。まあ、俺が歌ってシンフォギアを纏う訳ではないので、半分聞き流していたのも原因だが。

響がシンフォギアの力を手にしたことについて、弦十郎のおっさんから他言無用と、改めてノイズ対策について協力のお願いをされたので、俺も響も首肯する。

 

「私の力が誰かの助けになるのなら、是非」

「衣食住を用意してもらってるんだ、その分は働くぜ」

 

言い終わるタイミングを計っていたかのように、耳障りな警報音が鳴り響く。

ノイズ発生のお知らせだった。

 

 

 

二課本部施設内の司令部に場所を移す。

ノイズの出現場所をオペレーターの二人が割り出すのを横目に、弦十郎はカズヤの顔を盗み見る。

飢えた獣のような獰猛さを秘めていながら、新しいオモチャを与えられるのを待つ子どものような期待をした表情。

 

「出現地特定、 座標出ます。リディアンより距離二百!」

 

その声を聞きカズヤがニヤリと唇を吊り上げる。

 

「さあ、おっ始めるか!!」

 

心の底から楽しそうに叫ぶと走り出す。

反応が遅れた奏と翼が一瞬呆然としてから二人で顔を見合せ、慌ててカズヤを追いかけた。

 

「お、置いてかないでくださいよ!? 皆ちょっと待って!!」

 

そして一人出遅れる響。

大人達が何か言い出す前に、四人は司令部を飛び出してしまった。

 

「...まるで戦うことを至上の喜びとしているような顔をしていたな、カズヤくんは」

 

弦十郎の言葉に了子が頷く。

 

「彼の世界のアルター能力者は、皆あんな感じなのかしら」

 

それは誰にも分からない。他の世界の話だし、カズヤ本人は記憶がないと言っていた。考えても答えの出ない話である。

 

「カズヤくんは、明らかに我々と毛色が違う。誰もが戦いを避けるような場面でも、彼は一切の躊躇なく、いや、むしろ喜び勇んで戦場に身を投じるだろう。まるでそれこそが自分の生き方だとでも言うように。たとえそこで死んでしまっても、きっと彼にとっては本望かもしれん。だが...」

「酷く歪よね、私達とは形が違うだけ。こういうのを類は友を呼ぶって言えばいいのかしら」

 

了子の発言に弦十郎は腕を組んで眼前のモニターを睨む。

 

「戦う彼の姿から一番影響を受けるのは、彼と共に戦う装者達のはず。しかしまた、彼に影響を与えるのも装者達だ。この互いへの影響が良きものであればいいのだが...」

 

厳かな口調で紡がれる言葉に司令部の誰もが無言で同意した。

 

 

 

私達の中でいの一番にノイズと戦闘を開始したのは、やはりカズヤさんだった。

走りながらアルター能力を発動させ、前髪が逆立つ。

一瞬だけ全身から淡い虹色を放つと、周囲のコンクリートやアスファルトが見えない何かに突然大きく抉られたような痕を残す。それは彼によって分解、変換された証だ。

分解、変換された物質は再構成され、カズヤさんのアルター能力『シェルブリット』として形成された。

右腕と顔の右半分が橙色の装甲で覆われ、右肩甲骨部分には回転翼。

私と奏さんと翼さん、三人がシンフォギアを纏うのを待つ気など皆無のようで、右の拳を地面に叩きつけ、その反動で大きく跳躍する。

そして右肩甲骨部分の回転翼が高速回転し、その軸部分から迸る銀色のエネルギーを推進力にプラスした状態でノイズの群れに突っ込んだ。

 

「おおおらあああっ!!」

 

光輝く右拳を一際大きな体をしたノイズにぶち込み、殴られたノイズのみならず、周囲一帯を吹き飛ばした。

 

「カズヤの奴、二年前から戦い方が何一つ変わってないね」

 

何処か懐かしむように目を細める奏さん。きっと二年前のあの時を思い出しているのだろう。

 

「響、あいつの戦い方は絶対参考にするんじゃないよ。あんな特攻かまして無事なのアイツだけなんだから」

「...し、しませんよ。あんな敵陣のど真ん中に考えなしに突っ込むなんて真似できっこないです」

 

こちらに話が振られたけれど、ド素人の私では絶対にできない。もしやったら囲まれてボコボコにされるのがオチだ。

 

「でもちょっと格好いいと思ってるだろ?」

「...ちょ、ちょっとだけ。奏さんは?」

「響と一緒だよ」

 

お互いに素直に答え、笑い合う。

雄叫びを上げながら敵に向かって真っ正面から突っ込んでやっつけちゃうカズヤさんの姿は、力強くて頼もしい。

確かに考えなしに突撃してるようにも見えるそれは、銃口から飛び出した弾丸のように真っ直ぐ敵に突き進む。

まさに『SHELL BULLET(弾丸)』。

だけどその姿は見ていて凄く気持ちいい。

 

「二人共、この際カズヤの戦い方云々は置いといて、カズヤが取り零したノイズを片付けよう」

 

翼さんの指摘に頷き、私は胸元に手を当て、溢れてくる想いをそのまま歌として声に出す。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

三人揃ってシンフォギアを纏うと奏さんが即座に指示を飛ばしてくる。

 

「翼はカズヤの進行方向とは逆側を頼む。響はカズヤを追うように残った奴を倒して、でもフォローはアタシがするから無理しないように」

「「了解」」

 

指示に従い、私は翼さんとは逆方向──カズヤさんを追うように駆け出した。

 

「響はまだアームドギアがないんだから、本当に無理だけはしないでよ」

「アームドギア?」

 

槍を振り回す奏さんの言葉に、近くにいたノイズにパンチを繰り出しながら聞き返す。

 

「アタシの槍とか翼の剣みたいな固有武器のこと! 詳しい理屈はアタシもよく分かってないけど、ノイズを倒すって気持ちが武器として具現化した感じ!!」

「分かり易い説明ありがとうございます!!」

 

続いてキック、飛びかかってパンチを振り下ろし、私は奏さんに後ろを守られながらノイズを少しずつだけど減らしていく。

 

と、そんな時だ。

 

「いいねぇ! かっちょいい曲を聞きながら戦うとかテンション上がるぜっ!!」

 

離れた場所で大暴れをしていたカズヤさんの声が戦場に響き渡る。

そして、

 

「シェェェルブリットオオオオォ!!」

 

言った通りテンションが上がっているのだろう。右拳を顔の高さまで掲げた構えの状態で、全身から黄金の光を放ち始めた。

 

──ドクンッ。

 

刹那、胸が高鳴る。

胸の奥底から沸き上がる昂揚感を抑えられない。

 

「あ、熱い...!」

 

体の奥が、拳が、頭が、聖遺物の破片が突き刺さったことで未だに残る胸の傷痕が、どうしようもなく熱くなってきた。

だけどこの熱さが不思議と心地好い。

昨日のシンフォギア覚醒の時とは決定的に違う。

まるでカズヤさんの高まりに同調するように、全身を熱が駆け回り、力が漲っていく。

なんで? どうして? そう疑問に思った瞬間に脳裏を過るのは、虹色の粒子となって消えそうになっていたカズヤさん──彼のシェルブリットに覆われた手を掴んだ光景。

 

「おい響! どうした!?」

 

様子のおかしい私を心配した奏さんが横で叫ぶがそれどころではない。申し訳ないが反応することすらできない。

 

「響!? もしかして胸の傷が...」

 

言われてなんとか視線を胸元に向けると、二年前の傷痕部分が纏ったシンフォギア越しに虹色に光輝いていた。

 

「カズ、ヤさ、んの、ア、ルター...?」

 

傷痕が一際熱くなる。

体内でバラバラに砕け散っていたガングニールの破片の一つ一つが、まるで一ヶ所に集まっていくのを感じる。

もしかして私の体内で手術では除去できなかった破片が、カズヤさんのアルター能力で分解されて、再構成されてる!?

じゃあ、破片は体内で何に再構成されるの?

 

「あああああああああっ!!!」

「おおおおおおおおおっ!!!」

 

不思議な胸の熱さに我慢できなくなり叫び出すと同時にカズヤさんの雄叫びが重なった。

遠くにいたカズヤさんと視線が交錯する。

私は自然とカズヤさんと同じように、右拳を顔の高さに掲げる構えを取ると、武骨なグローブと肘付近まで覆っていた装甲が変形を開始する。ガチャガチャと音を立ててパイルバンカーが付属したガントレットへと形を変えた。

すると、視線の先でカズヤさんがニッと笑う。

ただそれだけで彼と心が繋がっているというか、心が一つになっているかのような一体感を得て、堪らなく嬉しくなる。

 

「輝け」

「...輝け」

 

不意に聞こえたその声に私は続く。

そして、当たり前のように、私の全身をカズヤさんと同じ黄金の光が包み込む。

 

「「もっとだ...もっと!」」

 

今度は同時に声を張り上げる。

光がより強く輝きを増していく。膨大なエネルギーが私とカズヤさんを中心に渦巻いていく。

 

「「もっと輝けえええええええええ!!!」」

 

気持ちと熱さと輝きが最高潮に達した瞬間、私とカズヤさんは同時に真っ直ぐ突っ込んだ。

彼の右肩甲骨の回転翼が高速回転しながらエネルギーを噴出して推進力とするように、私の腰部分のスラスターも火を吹いた。

打ち合わせなどしていないのに最初から分かっていたかのように、高速で進む中一瞬でカズヤさんと擦れ違う。

狙うはそれぞれの背後にいたノイズの群れ。

最短で、最速で、真っ直ぐに、一直線に──

そして全身全霊で!

私の...違う! 私達の全てをぶつければいい!!

 

「「シェルブリット、バァァストッ!!!」」

 

それぞれの目の前まで迫ったノイズに対して、私とカズヤさんは右の拳でぶん殴った。

 

 

 

 

 

「...ノイズの反応、消失。じょ、状況終了...ノイズの殲滅、完了しました」

 

オペレーターのあおいがなんとか自身の職務を思い出し、静まり返った司令部に報告の声を上げるが聞いているものなど皆無であった。

無理もない。今しがたモニター越しに見た光景に皆が絶句している。

 

「今のは、一体何だったんだ?」

 

漸く、弦十郎が我に返ったように疑問符を上げた。

 

「詳しくは分からないわ。今の現象を説明するには情報が少なくてまともな判断すらできない」

 

応じる了子も理解の範疇を超えた物事に目を丸くするしかない。

 

「ただ一つ分かるとすれば、カズヤくんが金色に光り始めたら響ちゃんもそれに同調して、最終的に二人は全く同じように攻撃したから、彼のアルター能力には彼の知らない力が秘められている、ということね」

「それがもし、響くん以外の装者とも同調することが可能となれば──」

「カズヤくんはその単体での戦闘能力のみならず、装者達にとって最強の切り札となり得る。さしずめ、シンフォギアとアルターの融合、ユニゾンアタックといったところかしら」

 

ごくりと、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「アルター能力...精神感応性物質変換能力。カズヤくんは、一体どんな意思を以て、何を分解し、どんなものを再構成したんだ?」

 

 

 

 

暴れまくったせいで滅茶苦茶になった周囲を見回して、これの修復作業にどれだけの時間と金がかかるんだろ、一部壊したの俺だけどびた一文も払わねーぞ、と呑気なことを考えながらアルター能力を解除する。

三人娘も既にシンフォギアを解除しているが、一人呆然と自身の手の平を見つめる様子の響を確認したので、その額にデコピンした。

 

「あたーっ!?」

「何ボーッとしてんだ。終わったんならラーメン食いに行くぞ、ラーメン」

「え...?」

 

俺のラーメン発言に響だけでなく、奏と翼、車で迎えにきた緒川まで鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。

 

「動いたから腹ペコなんだよ。だから美味い豚骨ラーメンでも食いに行こうぜ、今日はお疲れ様ってことで五人で」

「ちなみにお代は?」

「緒川に決まってんだろ」

「えぇ...」

「経費で落とせやラーメン五人分くらい!」

 

何か言おうとする緒川を運転席に押し込み、俺は反対の助手席に座りシートベルトを締め、窓を開けて顔を出し、なかなか動こうとしない三人娘に文句を言う。

 

「早く車乗れ! それともラーメンよりイタリアンの方がいいのか!?」

 

すると奏がまず盛大に溜め息を吐き、

 

「さっきの力について色々聞きたいこととか考えることとかあったんだけど、なんかもう今はいっか。カズヤの頭の中ラーメンでいっぱいみたいだし。そんなカズヤ見て気が抜けちまった。ほら行くよ二人共」

 

諦めたようにそう言って、翼と響の背中を押し、後部座席に座らせる。

半ば強引だが奏グッジョブだ。

 

「おら飛ばせ緒川、この街で一番こってり濃厚な豚骨ラーメン屋に向かえ!!」

「...了解しました」

 

黒塗りの高級車はラーメン屋に向けて夜の街を発進した。

 

 

 

 

 

たらふくラーメンを食べて幸せな気分で寮に帰ってきた私を、未来が笑顔で迎えてくれた。

 

「お帰り響。夕飯は...要らないみたいだね。この匂い、豚骨だよね? ラーメンでも食べてきた? 一人で? 違うよね? カズヤさんとだよね?」

 

と思ったら、すぅーっと目を細めて冷たい雰囲気を纏う未来。

全身の汗腺からぶわっと汗が吹き出し、寒気が走る。ついさっきまでラーメン食べて幸せだった気分が何処かへ行ってしまった。

 

「ら、ラーメンは、カズヤさんとふ、ふた、二人っきりじゃないよ、奏さんと翼さんと、二人のマネージャーの緒川さんの五人で」

 

思わず震えた声で言い訳がましいことを口にするが、未来から溢れるプレッシャーは増すばかり。

 

「へー、みんなで楽しく食べてきたんだ...私は寂しくぼっち飯だったよ」

 

これはマズイ!

かつてないほどマズイ事態かもしれない!?

未来の全身から黒いオーラが立ち昇っていると錯覚するほど不機嫌でいらっしゃる!

何か、何か言ってなんとかしなければ...!!

しかし現実は非情であり、私は脳ミソを掻き毟りたくなるほど働かせてみても名案が浮かばず──

 

「...すいませんでした」

 

結局その場で土下座した。

そのままの態勢で一分ほどいると、未来は溜め息を吐いて告げた。

 

「もういいよ響、顔上げて」

「許してくれるの?」

「カズヤさんが言ってたでしょ。響のことは俺が拐いにくるから諦めろって。あの人の言葉に納得するのは癪だけど、響はあの人に振り回されてるだけで悪い訳じゃないし、許してあげる」

「ゴメンね未来、本当にゴメンね」

「もういいってば。それよりバイトでどんなことしてるのか話せる範囲で教えて」

 

やっといつもの──笑顔の未来に戻ってくれたのが嬉しくて、私はその日話せる範囲で教えてあげた。

といっても、奏さんと翼さんがどんな人達なのかがメインで、他のことは喋るとボロが出そうなのであえて避けた。

 

しかし、私はこの後調子に乗って今日あった出来事の中で一番言ってはいけないことを教えてしまうのだった!!

 

「響。バイトってなんとかなりそう? カズヤさんが無理に連れ出してる感じがして心配なんだけど」

「カズヤさんってああ見えて結構気遣いできる人だと思うよ...たぶん」

「本当に? なんかガサツでデリカシーなくて強引で、ゴーイングマイウェイな人って印象しかないからなぁ」

「確かにそういう一面あるけど、意外と優しいし──」

 

一緒に戦った瞬間が脳裏に浮かぶ。

あの時は間違いなく、私とカズヤさんの心は一つになっていた。

思い出すだけで胸が熱くなる。

 

 

「それに今日は心を一つにしたからね」

 

 

言った。

言ってしまった。

しかも自慢気に。

我に返ってから本当に『しまった!』と思った。

 

 

「.......................................は?」

 

 

未来の機嫌が一気に急降下する。

 

「どういうこと?」

 

ガシッと未来の両手が私の肩を掴まえて放さない。

黒い未来に逆戻りしてしまった!!

 

「響、まさかとは思うけど、あの男に純潔を捧げたの? シャワー浴びてもあの男の匂いが取れないから、それを誤魔化す為に豚骨ラーメンなんて匂いがキツイもの食べてきたの?」

「ちちち違います! わたわた私とカズヤさんはまだ清い関係で──」

 

真っ赤になって反論するも、

 

「"まだ"? "まだ"ならその辺り、詳しく聞かせて」

 

...これ完全に墓穴掘ったよ。

 

 

 

一時間は達するであろう未来の追及をどうにかこうにか凌ぎ、やっとこさシャワーを浴びようと風呂場に向かう。

今日も色々あって疲れたから、さっと汗を流してすぐに寝よう。

手早く服を脱ぎ捨て裸になって、浴室に入り姿見を見て、違和感を覚えた。

 

「かさぶた、かな?」

 

胸元に見覚えのない物体が付着しているので、とりあえず引っ掻いてみると、

 

「あっ」

 

ポロリと剥がれ落ちたそれは床に落ちて乾いた音を浴室に響かせた。

屈んで拾い上げたそれを観察してみるが、どういう物質か分析なんてできないし変な石くらいだなくらいしか思わない。

今日の戦闘前から戦闘後までの間に服に紛れ込んだりでもしたのかな?

そう考え、石を一旦何処か適当な場所に置いておこうとして、それに気づく。

 

「...なんで、消えてる?」

 

二年前の傷痕。

胸元にガングニールの破片が突き刺さり刻まれたはずのそこには、まるで傷痕など最初からなかったとばかりに消えていた。




一時的とはいえ、ランキング3位に入っててビビった。
皆さん、ありがとうございます!、


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渇望するもの

朝。目が覚めてまず映るのは二課本部内にある仮眠室の天井。俺が仮眠室に寝泊まりを始めてまだ今日で三日目だが、すっかり居心地が良くなってしまった。

布団から出て布団を畳み、手早く着替えて洗面所に行き顔を洗って歯を磨き、トイレで出すもん出したら準備完了。女と違って化粧などないので、こういう点は男って楽でいいなとつくづく思う。

食堂で朝飯でも摂ろうと足を向ける。

二課の食堂は朝の時間でもかなりの人がいる。何故なら二課の業務内容の関係上、二十四時間年中無休で稼働している為だ。といっても業務によって勤務時間はバラバラだ。三交代制で働いている人もいればそうでない人がいる。

まあ、ノイズが出現した時だけ働くのは二課で俺だけしかいないが。

サンドイッチとコーヒーをもらいお盆に載せ、何処かいい席ないかと探しつつフラフラしていると、あおいと朔也と了子の三人が固まって座っているのを発見。向こうもこっちに気づいて手を振るので近づいた。

 

「おはようさん。ここいいか?」

「おはよう。どうぞ」

 

返事をした朔也の隣に座りサンドイッチに食らいつく。

 

「カズヤくんはここの生活慣れた?」

 

向かいに座るあおいが質問してくるのでコーヒーを啜ってから答える。

 

「まだ三日目だがそれなりに。それにしても三人は朝早いな、朝起きるの何時なんだ?」

 

食堂内の壁掛け時計は午前七時半を差している。出社するにしてはかなり早いと感じる時間だ。

 

「起きるも何もあったものじゃないわ」

「私達三人はカズヤくんがこっちの世界に来てから泊まり込み」

「さすがに何度も休んではいるけど、帰宅はしてないよ」

 

俺の何気ない質問に了子、あおい、朔也の順にとんでもない返答がされてしまう。社畜なのか仕事大好きなのかそれほど切羽詰まった状況なのか判断しかねる。

なんとなくだが思い当たる節はあった。

 

「...俺と響が原因か?」

「ご明察。ノイズを倒せる力を持った謎の人物"シェルブリットのカズヤ"はシンフォギアと同様に機密扱い、加えて響ちゃんという新たな装者の出現、カズヤくん固有のアルター能力という特殊な力、二人のメディカルチェックの結果、更に加えて昨晩の戦闘内容の分析......ここまで言えば調べることと報告することが山積みなのは、察してもらえるかしら?」

「大変だなー」

 

了子の返答に対して二つ目のサンドイッチを口に放り込みながら、完全に他人事扱いな感想を棒読み口調で言う。あまり興味引かれる内容ではないので仕方ない。

憮然とする了子を放置してあおいが聞いてくる。

 

「カズヤくんは今日どうするつもり?」

「ん~、昨日と変わんねーと思う。テキトーに街フラついて、猫でも見つけたら戯れて、腹減ったらなんか食って、テキトーな時間に帰ってくる」

「絵に描いたような自堕落っぷりに羨ましくなる...!」

 

俺の発言に朔也がマジで羨ましそうに嘆く。三日も職場で泊まり込みしてるところに俺みたいなこと言う奴かいれば誰でもそう思うだろう。

 

「猫、ねぇ」

 

その時、了子が目を細めてこちらを探るように見てきた。何だろうか?

 

「何だ? 猫嫌いか? 昔彼氏寝取られてそれ以来猫関連嫌いになったか?」

「生憎、泥棒猫の被害に遭ったことはないわ」

「どうして猫の話してたのに泥棒猫の話に変わるのよ...っていうか朝から寝取られてとかそういう話やめなさいよ」

 

話の転換の仕方、及びデリカシーのなさにあおいが呆れた。

 

「暇なら少し協力して欲しいことがあるんだけど」

「ん? 面倒なことじゃなければ」

「簡単よ。血液サンプルをもう一度もらいたいのと、アルター能力で再構成された物質の解析がしてみたいから、シェルブリットの装甲部分の破片とかもらえないかしら」

「そんなことか、別にいいぜ」

 

自ら仕事を増やしていくスタイルの了子の協力要請に二つ返事で了承する。

その後、朝食を摂り終えた俺は了子に連れられ研究室に赴き、採血を実施。それからシュレッダーにかける予定だった大量の紙ゴミをこれ幸いと発見したのでアルター能力を発動、シェルブリットに変換した。

 

「よっ」

 

肘と手首の突起部分をバキッとへし折ってから能力を解除。腕は元に戻るがもぎ取った突起部分は物質として現存し続けるのを確認し、了子に渡す。

 

「こんくらいでいいだろ?」

「ええ、ありがとう。っていうか、折る時痛くなかったの?」

「痛くなさそうな部分折ったし」

「ああ、そう」

「んじゃ、俺はもう行くぜ。仕事頑張れや」

 

用は済んだとばかりに研究室を出て、そのまま二課本部を後にした。

街をフラついていると、俺と同じようにフラついているクリスと遭遇。

 

「よー暇人」

「うるせぇ暇人」

 

互いの心を抉りつつ、なんとなく二人並んで歩き出す。

まるでダメな男と女、暇人まだおの二人組の完成であった。

 

「どうする?」

「どうすんだよ?」

 

問いに対して問いが返ってくる。他力本願の表れに、俺とクリスは同時に吹き出した。

 

「テキトーにフラついて、腹減ったら美味い飯食えそうな店入るか?」

「金は?」

 

通信機を掲げて自慢気に告げた。

 

「とりあえず限度額まで使えるぜ! 俺の金じゃないがな!!」

「そういや昨日もそんな感じだったな」

「人の金で食う飯は美味いぞぅ」

 

遠くで緒川の悲鳴が聞こえた気がした。

清々しいレベルのクズ発言にクリスはニヤリとする。

 

「じゃあ、財布は任せた」

「おうよ任せとけ」

 

こうしてクリスと一緒に出掛けるのが、二日目にして早くも日課になりつつあると感じた。

 

 

 

 

 

【渇望するもの】

 

 

 

 

 

気の向くままに二人で街の中をフラついて暫くした頃。

 

「"ふらわー"? お好み焼き屋みたいだな。クリス、入ってみるか?」

 

一軒のお店を見つけて足を止める。"ふらわー"って店名なのに花全く関係ない商品を扱っていることに惹かれてしまったのだ。

これはあれか。お客さんには花のような笑顔になって欲しいという願いでも込められているのか。

隣に目を向ければ、目を瞑って鼻をスンスンされているクリス。

 

「良い匂いがする...入るか」

 

ソースの香りが胃を刺激するので二人で暖簾を潜る。

 

「いらっしゃい」

「二人」

「お好きな席にどうぞ」

 

快活なおばちゃん店員に二本指で人数を示し、カウンター席に腰掛けた。

メニューを拝見。写真に映るのは定番のお好み焼きやもんじゃ焼き。他は鉄板焼や飲み物、サイドメニューの類いなど。腹が減ってるのでどれも美味そうに見えて目移りしてしまう。

 

「あたし、お好み焼き食べるの初めてなんだ」

 

ポツリと呟いたクリスの言葉に俺はそうかと頷く。

クリスは見た目銀髪外国人だしフルネームがハーフっぽいからこういう食い物に縁がなかったのかもしれない。

 

「なら俺が教えてやるよ。基本的なお好み焼きっていうのはメニューの一番最初に載ってるやつだ。これをベースに、他のやつは中の具材が少し違ったり追加があったりで差別化してる。例えばこれ、海鮮お好み焼きってのは文字通り具材にイカとか貝とかエビとかのシーフードが入ってる。こっちのにんにく爆弾とかいうヤバそうなのは、基本のやつに追加のにんにくが大量に入ってるみたいだな」

 

俺の説明を聞きながらクリスはフンフンと相槌を打つ。

 

「要するに、食いたい具材が入ってるのを選べばいいのか」

「そういうこと」

 

やがて得心した彼女が選んだのは基本的なお好み焼きだった。理由を聞くと、まずは基本となる味を知っておきたいとのこと。

なので俺もなんとなく同じものを頼んだ。

注文後、お好み焼きのタネが焼かれる音をBGMに色々とレクチャーする。

 

「お好み焼きってのは、店によっては自分で焼くことになる食い物なんだぜ」

「金払ってんのに客に自分で作らせるのか?」

 

どういうことだと驚くクリスに俺は笑う。

 

「違う違う。言い方悪かった。自分で焼くのを楽しむ食い物ってことだ」

「??」

「テーブルに鉄板があってな、それを自由に使わせてもらえる訳だ。注文したお好み焼きのタネが来たら、後は全部自分でやる。自分なりに焼き方とかこだわってる人はそういう店に行くしな」

「よく分かんねぇ」

「実際やってみれば分かる。また今度連れてってやるよ」

「おう」

 

そんなこんなで話してる間にできあがったお好み焼きを手にしたおばちゃん店員が俺とクリスの前に皿を置く。

 

「美味そうだな。熱いから気をつけろよ、いただきまーす」

「...い、いただきます」

 

美味い。これぞお好み焼きといった味だ。やはり店の人に作ってもらうと生地のフワフワ感が違う。

ふと隣に座るクリスを見れば、幸せそうな笑みで火傷しないようにゆっくり味わっている。初めてのお好み焼きで満足させることができて何よりだ。

 

 

 

お好み焼きが食べ終わったタイミングで突然、クリスの表情が一転して冷たくなる。

彼女が睨んでいるのは店内の壁掛けテレビだ。

 

『内戦状態のバルベルデ共和国では連日のように銃撃戦が──』

 

政情不安定な国での内戦やテロに関する嫌なニュースが流れている。

しかし、遠く離れた日本にしてみれば自分達には関わりのない世界の話だ。

ついさっきまでご機嫌だったクリスがこのニュースを見て不機嫌になる理由が分からない。

知り合ってまだ二日だが、馬の合う相手ではある。下衆な勘繰りはあまりしたくないが、少し話を振るくらいはいいだろう。

 

「物騒な世の中だよな」

 

あえてクリスを見るのではなくテレビを向いて口を開く。

 

「...カズヤは、あの国についてどう思う?」

 

そう問いかけてくるクリスの顔は依然硬いままだ。まるで親の仇を見るような、視線に憎悪が込められているように感じる。

 

「ニュースを見た限りじゃあの国がどういう歴史を歩んで今に至ったのかイマイチ分かんねー。けど、一言で言うとしたら国民が可哀想、だな」

「国民が、可哀想?」

「民あっての国だろ? 内戦やテロが起きるなんて政府の連中が余程の無能かバカか私利私欲に溺れたクズばっかだからだ。政治に不満がなければ内戦やテロなんて起きねーんだよ......あ、これは俺個人の見解だから鵜呑みにすんなよ」

 

お冷やを飲んでクリスの反応を待つ。

暫しの間黙していたクリスは、今度は躊躇いがちに声を出す。

 

「ならカズヤは、戦争や紛争を世界からなくすにはどうするべきだと思う?」

「随分難しい問題だなおい」

 

しまった。こういう話の流れになるんだったらニュースの話題なんて振るんじゃなかった。かといって今更話を変える訳にはいかず。

そもそも人類の歴史は戦争の歴史だ。

本来、人間は争う生き物。平穏を維持しようとすると()()()が生じる、というのは"スクライド"の"ストレイト・クーガー"、兄貴の言葉だったか。

俺が本格的に悩む姿を見て、クリスは待ちきれなくなったのかこう言った。

 

「あたしは、戦う意思と力を持つ者がいなくなれば根絶できると考えてる」

「戦う意思と力を持つ者...?」

 

それはそうかもしれないが、かなり極端な思想である。

それに穴もあった。力が無いのなら手に入れようと欲するのが人間だ。

だがまあ、クリスが平和を望む優しい性格なのだというのはよく理解できた。

 

「ま、世界が平和になるに越したことはねーけど飯食いながらする話でもねーな」

「ああ、ワリィ」

「ニュース見て話振ったのは俺だ、気にすんな。それよりまだ入るだろ? 追加でもんじゃ焼きでも食おうぜ」

「もんじゃ焼き?」

「もんじゃ焼きだ。これはな──」

もんじゃ焼きについての説明をしながら追加の注文について相談しつつ、この手の話題をクリスに振るのは今後やめようと心に誓った。

こいつはさっきみたいな何かを憎むような目をしているより、美味いもん食って幸せそうに笑ってる方が良いし、その方が可愛い。

 

 

 

お好み焼き屋で腹を膨らませた後、また暫く街を二人でフラフラしてからなんとなく解散となる。

 

「じゃあまたな、クリス」

「またな...カズヤ」

 

別れる際、彼女の寂しそうな表情が印象的だった。

 

「今日のあいつはなんとなく変だったな」

 

ニュースで見た内戦状態の国、バルベルデ共和国か。

クリスの態度が豹変したのはその時だ。

何か嫌なことでもあったのだろうか。

あの国について少し調べてみようかと考えたが、やめておく。いつかあいつから話してくれるのを待つとしよう。俺はまだそこまで踏み込むべきではないと思う。

そのまま足を二課本部に向ける。

ミーティングによく使う場所に辿り着くと、ソファーに座り誰かが来るか呼び出されるまで待つ。

何も考えず天井を眺めながらボーッとしていると、暫くして響、翼、奏と緒川の順に集まってくる。

続くようにオペレーターの朔也とあおい、弦十郎と了子が現れミーティングが開始された。

 

 

 

「それじゃあ、昨日のカズヤくんと響ちゃんが起こした現象について現時点で分かっていることについて説明するわね」

 

了子さんの言葉を皮切りに始まったミーティング。

私は内心ドキドキしながら話を聞く。

昨日発揮したあの力は、明らかにカズヤさんの力だ。それがどういう理屈で行使できたのか分からない。分からないけど──

チラリと隣に座るカズヤさんの顔を覗き見る。

彼はソファーにふんぞり返るように座って腕と足を組んだ態勢で、何か考えている表情だ。

......あの時の胸の熱さを忘れられない。

生まれて初めて味わった昂揚感。

誰かと身も心も繋がったような一体感。

気がつけばもう一度あれを、と求めている自分がいた。

 

「昨日の戦闘時のフォニックゲインの上昇率と、カズヤくんがアルター能力を行使する際に発生する特殊なエネルギー、今後はアルター値と呼びましょう、この二つについて面白いことが分かったの」

 

モニターに映し出される二つのグラフに皆注目した。

 

「カズヤくんが金の光を発生させると同時にアルター値が上昇するのはなんとなく分かるでしょ。でもね、それに合わせてフォニックゲインが一時的にかなり減少しているの」

「減少? 同様に上昇ではなくてか?」

 

弦十郎さんが何故と疑問を上げる。確かにアルター値の上昇に合わせてフォニックゲインが上昇するなら分かるが、減少すると言われてもイマイチ分からない。

 

「説明はこれからよ、それに一時的と言ったわ。焦らず聞いて」

 

落ち着かせるような口調で窘めると了子さんは続けた。

 

「確かにアルター値の上昇と共にフォニックゲインが減少するけれど、これはあくまで一時的。次の瞬間、急上昇するのよ」

 

グラフの線がガクッと下がったと思ったら、元の値を飛び越すように急な角度で右肩上がりになる。

 

「更にフォニックゲインの急上昇に合わせてアルター値が少し減少する」

 

アルター値が、下がる?

 

「そしてまたフォニックゲイン減少とアルター値上昇、フォニックゲイン急上昇とアルター値減少を繰り返す。つまり二つのエネルギーは上がったり下がったりを経て初期値と比べて桁違いに高まることが分かったわ」

 

おおっ...!! と私とカズヤさん以外が唸るが、私には何がなんだかさっぱりだった。

カズヤさんはさっきから顔色一つ変えずに黙ったまま。

 

次に、金色に光輝くカズヤさんのアップ姿が動画で流される。

 

「これを見て。カズヤくんのシェルブリット、手首の金具が弾け飛ぶと、手の甲の部分から肘にかけて装甲のスリットが展開して、手の甲の中心に光が収束していくのが分かる」

「まさかフォニックゲインの一時的な減少は......!?」

「そう、カズヤくんのシェルブリットが大気中のフォニックゲインを吸収、収束しているのよ」

 

そこまで言われて私は確信した。

カズヤさんのアルター能力は物質を分解、変換し再構成すること。でもそれはアルター能力の()()()()()()だ。そればかりに皆注目していて、()()()()()()()()()()そのものを見落としていたのだ。

 

「結論から言うと、シェルブリットが大気中から吸収したフォニックゲインを膨大なアルター値に変換し、変換されたアルター値から一部をフォニックゲインに還元する。これを繰り返すことによって加速度的に両者のエネルギーを高めているの...恐ろしいほどのエネルギー変換率でね」

 

誰もが感嘆の吐息を零す中、カズヤさんが漸く口を開いた。

 

「...そうだったのか!? そこまで考えて戦ってなかったぜ!」

 

この発言に私を含めた全員が一斉にズゴーとズッコケた!!

嘘でしょ...という空気から一番最初に復活したのは奏さんだ。

 

「そうだったのか、ってアンタ今まで散々やってきたんでしょ!?」

「まあな。でもこんな科学的な方法で解説されたのは初めてだぜ? シェルブリットが大気中のエネルギーを収束してるのはなんとなく知ってたがな」

 

何やら感心しているカズヤさんの様子に皆呆れ気味だ。でもなんか安心した。カズヤさんの理解度が私に近くて。私、この話難しくてついてくので精一杯だし。

 

「しかし待て。二つのエネルギーとカズヤくんのシェルブリットについてはある程度理解した。だがこれが響くんとどう関わってくるんだ?」

 

ソファーに座り直した弦十郎さんが了子さんに問いかけると、皆が私に視線を集める。

了子さんは溜め息を吐きながら言う。

 

「それがまだ分からないのよね。どうして響ちゃんだけがカズヤくんと同調していたのか。あの場には奏ちゃんと翼ちゃんもいたのに...でも、響ちゃんの今の表情を見ると心当たりがありそうだけど?」

 

意味深な言葉に私が何か言う前に奏さんが気づいた。

 

「響、もしかしてあの時アンタの体内でガングニールの破片が...!?」

「はい。あの時、カズヤさんのアルターを感じました。私の中で、バラバラだった破片が分解されて一つに再構成されるのを」

 

言って私はスカートのポケットからハンカチを取り出し、ハンカチに包んでいたものを皆に見せる。

 

「これ、昨日寝る前に胸の傷があった場所から剥がれ落ちた石です。しかも胸の傷が消えてて...カズヤさんと同調、でしたっけ? あの時凄く胸が熱くて、でも、信じられないくらい力が沸いてきて、きっと、カズヤさんの力が流れてきてたんだと思います...なんていうか、上手く表現できないんですけど、カズヤさんと心と体が繋がってるように感じました」

 

あれ? 何だろう?

なんだか自分で言ってて恥ずかしい気がしてくるのは何故だろう?

よく見たら周りの人達の雰囲気がおかしい。

まるで家族でテレビを見てたらエッチなシーンが流れて気まずい空気になるような──

 

「最後の一文だけ聞くと大好きな彼氏と初体験迎えた後の彼女みたいな発言でエロいな」

 

.........それだああああああああ!!!

カズヤさんの言葉に納得すると同時に顔が羞恥で熱くなる。

私はなんてことを口走っているのか!? ていうかカズヤさんの喩えが具体的過ぎて酷い!! 確かに言う通りかもしれないけどいくらなんでもデリカシーなさすぎ!!

 

私を含めた女性陣が顔を赤くして明後日の方向を向き、男性陣は俯いて誰とも視線を合わせようとしない。

唯一の例外はカズヤさんのみ。一人で腹抱えて大爆笑してる。信じられないこの人! 羞恥心とかないの!?

 

「...うおっほん!! そうか! 体内で摘出できなかった聖遺物の破片がアルター能力の分解の対象となっていたのか」

 

すっっっごいわざとらしく弦十郎さんが咳払いをして話を無理やり戻す。

 

「...現代医学では完治不可能な融合症例が治療されてしまうなんて...分解される対象は生物を除く...凄まじいわね」

 

弦十郎さんに便乗する了子さん。

 

「なー、いくつか聞いていいか?」

 

やっと気まずい雰囲気がなんとかなったと思ったらカズヤさんが小さく手を挙げた。

とりあえずまた変なこと言ったら今度は一発どついておこうと心に誓う。

 

「そもそも俺は響の体内の破片なんて分解したつもりはねーぞ」

 

え? と誰もが思う中、私は思い出す。

全身が虹色の粒子となって、この世界から消えてしまいそうだったカズヤさんの姿を。

 

「それについては、私から説明します」

 

あれからずっと考えていたこと。

カズヤさんは"向こう側"の世界からの来訪者。

こちらの世界に来る時は肉体が再構成されて、分解されると"向こう側"に戻る。これを何度も繰り返していたと聞く。

なら、戦闘後に分解される際、肉体を得る為、もしくは維持する為のエネルギーを外部から供給することができれば?

私があの時シンフォギアを纏ったままシェルブリットの手を掴んだことで、フォニックゲインがカズヤさんに直接流れ込んで分解が止まったのではないか?

それにより私の中の聖遺物とカズヤさんの間で何らかの繋がりができているのだとしたら?

カズヤさんの肉体が分解されなかったのはもっと単純に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

分解されなかっただけかもしれないが。

 

「カズヤさんの肉体が分解されなかった理由については憶測の域を出ませんけど、昨日は私のガングニールとカズヤさんのシェルブリットとの間に確かな繋がりを感じました。きっと、それが同調できた理由だと思うんです」

「なるほどねぇ...」

 

説明を聞いていたカズヤさんは顎に手を当て納得したように言葉を紡ぐ。

他の皆も私の説明に概ね納得してくれたようではある。

その時、奏さんが一歩前に出て提案した。

 

「ねぇ、カズヤと同調ってアタシと翼もできないの?」

 

タイミングを計っていたかのような質問に了子さんが答える。

 

「奏ちゃんならそう言うと思って今検討中なの。響ちゃんのような融合症例を前提としたものではなく、ギアを改修する方向でね。その為のサンプルを今朝提供してもらったし」

「今朝? あー、あれか」

 

思い当たる節でもあったのかカズヤさんがポンッと左手の平に右拳を載せる。

 

「何ですか?」

「採血とシェルブリットの破片の提供。再構成された物質を解析したいって話だったからな。奏と翼の強化に使うとは思ってなかったが」

「そう、カズヤくんの血液とシェルブリットの破片。これを素材にしてギアを改修、響ちゃんのように同調することができれば──」

「アタシらもあの力が使えるってことか!」

 

大きくガッツポーズをする奏さん。その横で微笑んでいる翼さん。

二人共やる気に満ちてるな、と眺めていたら、

 

「響。あと一個だけ答えろ」

 

カズヤさんが声をかけてくる。

 

「はい?」

「お前さっき、自分のガングニールと俺のシェルブリットが繋がってるっつったが、お前の体内の破片は分解と再構成を経て、何処に行ったんだ?」

「それは、まだ体内にあるかと」

「じゃあ、お前もっかいメディカルチェック受けろ」

「え?」

 

意図が分からず首を傾げるとカズヤさんは苦笑した。

 

「位置と形を確認したら、今度こそ体内から除去できるかもしんねーだろ?」

 

 

 

 

 

後日。

再度実施したメディカルチェック結果、私の体内の破片は、アルター能力による分解と再構成を経て、待機状態のギア──ペンダントの形となっていた。

これはカズヤさんが聖遺物の説明を受けていた際、奏さんと翼さんのペンダントを見ていたことで、無意識的にこの形へと再構成されたものではないかと推測された。

なお、その位置は心臓と肺に挟まれるように埋まっており、しかも紐の部分は心臓と動脈数本にぐるぐる巻きとなっていて、位置関係と危険性から外科手術による除去は不可能。

結局カズヤさんのアルター能力でもう一度分解と再構成を行い、漸く除去できた。

 

「...色が奏と翼が持ってるのと違くね?」

 

私の体内から出てきたそれは、全体的に金色と橙色で、縁などの一部分が赤色である。

二人が持つペンダントみたいに上から下まで赤一色ではないのだ。

 

「これカズヤさんのシェルブリットのカラーリングじゃありません?」

「あ、確かに」

 

言われて初めて気づくということは、このカラーリングもカズヤさんの無意識が反映された結果なのだろう。

...まあ、これはこれでペンダントとしては格好いいから全然いいけど。

 

「とりあえず今まで通り使えるかテストしようぜ」

 

その後実施した起動テスト、カズヤさんとの同調テストは問題なく完了した。

安堵の息を吐いたところでその日はお開きになる。

帰り際、思い出したように質問された。

 

「そういやあの石ころって最終的にどうなった? 響の傷痕から沸いて出てきた結石みてーな...結石」

「事情知らない人が聞いたら私が尿結石患ってるように聞こえる言い方やめてくれません!? っていうかなんではっきり結石って言い直したんですか!!」

「尿結石よりヤバい代物だったんだから気にするな」

「うら若き乙女である以上気にするに決まってるじゃないですかっ!!」

 

相変わらずデリカシーのない発言に怒鳴り返す。

対してカズヤさんは何故か大笑いしているので拳を振るった。

 

「いて、やめろ、みぞおち叩くな(タチ)(ワリ)いぞ」

(タチ)悪いのはカズヤさんの言動ですー」

 

暫くじゃれ合った後、了子さんから告げられたことを伝える。

 

「融合症例だった私の体がカズヤさんと同調することで一時的に高エネルギーの塊と化した際に生成された未知の物質については、研究班で分析中だとのことです」

「響、お前自分で言ってて半分も理解できてねーだろ。そんなに結石呼びが...いてっ、だからみぞおち狙うな...つまりまだ何も分かってねーと」

「そういうことみたいです」

 

そんなこんなでその日はお別れとなり、寮に帰る。

 

 

 

 

 

数日後。

 

「響。そのペンダントは、何? こういうの持ってたっけ? もしかしなくてもカズヤさんからのプレゼント? 最近常に肌身離さず着けてるなんて随分大切にしてるんだね?」

 

あっ......!!

 

 



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都合

私がシンフォギア装者になってから一ヶ月が経過。

あの日以来、私の生活は一変し、学生生活を送る傍ら、ノイズと戦う日々が続いた。

学業と両立させるのは難しいけど、翼さんなんてそこに歌手としての活動が加わっているのだから私も頑張らないと。

それに、二年前のあの日に私の命を救ってくれた憧れの人達と一緒にいる、あの人達が私を助けてくれたように私の力が誰かの役に立っている、そう考えるだけでモチベーションが鰻登りだ。

目下最大の悩みが、未来に隠し事をしてるという心苦しい現実なのだけれど。

そんなある日。

 

「ねーねー、これから皆で駅前に新作スイーツ食べに行かない?」

 

放課後になり帰り仕度をしていると友人達の間でそんな話が持ち上がる。

提案したのは同じクラスの安藤創世さんだ。

 

「いいね! 行こ行こ!」

「ナイスな提案ですね」

 

板場弓美さん、寺島詩織さんも乗り気で同意を示す。

 

「ビッキーは? バイトで行けないかな?」

「今日はまだ呼び出しないから大丈夫だと思うよ。もしこれからあるとしても呼び出されるまでなら平気」

 

話を振られて、とりあえず今の時間は問題ない旨を伝えると、未来が微笑んだ。

 

「なら皆で新作スイーツ食べに行こ!」

 

教室を出て足早に進む。

時間は有限だ。またいつノイズが出現して呼び出されるか分からない。もし呼び出されるとしてもスイーツを堪能してからがいいので急ぎたい。

そんな私の時間を惜しむ心境を察してくれたのか皆も少し急いでくれたおかげで、スイーツのお店には思ったより早く着いたのだが──

 

「あれ? カズヤさん?」

 

お店の前で食品サンプルを吟味している青年の姿があった。

 

「響の彼氏だあああっ!!」

「「違います!!」」

 

突然板場さんが指差しながら叫ぶので私は思わず顔を赤くしながら否定する。何故か未来と声がハモったけど気にしないことにしよう。

 

「ん? 響とその友達か」

 

よっ、と軽く手を挙げて挨拶してくるカズヤさんに皆でこんにちわと挨拶を返す。

 

「カズヤさんはこんな所で何してるんですか?」

「いや、この近く歩いてたら良い匂いに釣られて」

 

どうやら私達と似たような目的だったらしい。

 

「なら私達と一緒に入りませんか? こういうお店って男性一人だと入りにくいと思いますし、もしよろしければ是非」

 

寺島さんがカズヤさんを誘う。

う~ん、カズヤさんはそんなことでお店に入るのを躊躇うようなタマじゃないと思う。きっと値段に対して量が少ないとかの理由で入るか入らないか悩んでいただけだと予想する。

 

「...せっかくの誘いだ。断る理由はねーな」

 

そのままカズヤさんを加えた六人でお店に入ることに。

 

 

 

「で、二人の出会いってどんな感じだったの?」

 

板場さんが席に着くなりそう質問してきたので、私はどのようにすっとぼけようか悩み、隣に座るカズヤさんに助けを求めるように視線を向ける。

 

「二年前のツヴァイウィングのライブの時」

「カズヤさん!?」

 

それ言っていいんですか!? と視線に込めながら声を上げるが、任せろと言わんばかりにウインクが返ってきた。

未来を除いた三人──恋バナを期待していた女の子達はあの惨劇を思い出し、ピタッと表情を固める。

 

「ノイズの騒ぎで怪我した響を抱えて逃げたのが出会いと言えば出会いだな」

 

なるほど。微妙に真実を織り混ぜた嘘。これなら信憑性もあるし、内容的に詮索されにくい。嘘つくの上手いですカズヤさん。

 

「そん時に奏と翼とも知り合った感じだな。響は意識が朦朧としてたみたいであんま覚えてないらしいが」

 

更に抜け目なく今の人間関係とバイト(ということになってる)を想像させ易くするとか、あなた詐欺師になれますよ。

 

「んで、響とはそれっきりだったが、以前翼が学校で響見つけて、最初は忘れてたみたいだったが思い出して、丁度人手が欲しい時期でもあったから、ならこれは何かの縁だからって感じだな」

 

凄い、完璧、パーフェクトですよカズヤさん! いつもの自分が面白ければなんでもいいや、って言動とは大違いです。できれば今後も常にそんな感じでお願いします。

 

「だから別に彼氏彼女の仲じゃねーんだ。命助けた助けられたに始まって、今は仕事仲間だ」

「そうそう! そういうことなの! やましいことなんて何一つないの!!」

 

ここで誤解を解いておかないと色々な面で今後不都合が出る。便乗するように言い募ると、少なくとも板場さん達三人は納得してくれたようだ。

よしっ! このまま話の流れを変える!

と思ったら先に板場さんが一言、感心したようにこう言った。

 

「それにしてもあの事件が切っ掛けになって関係が始まるなんてまるでアニメね!!」

 

そうだねー、と皆が板場さんの言葉に笑う中、カズヤさんの目が大きく見開く。

 

まるで何か見てはいけないものを見てしまったかのような、驚愕の表情。

 

「カズヤさん?」

「...え、ああ、いや、なんでもねー」

「??」

 

声をかけるとすぐに取り繕うように、誤魔化すように笑う。

 

この時は気にすることはないことだと思っていた。

特に大したことではなかったのだろう、と。

しかし、それは間違いだった。

 

 

この日以来、私は、カズヤさんと同調することができなくなった。

 

 

 

 

 

【都合】

 

 

 

 

 

「...まるでアニメみたい、ね...確かにそうだよ、そうだったよ」

 

響達と別れた後、俺は一人で小さな公園のベンチに座り、頭を抱えていた。

ノイズという化け物の存在。

唯一ノイズを倒すことができるシンフォギア装者。

まるで()()()()()()()()()()みたいだ。

 

「なんで緒川の声聞いて気がつかなかったんだろ...カズマと同じ声なのはきっと同じ声優だからだ...だってのにどいつもこいつも()()()()()()()()で済ましやがって」

 

緒川だけじゃない。響、奏、翼、未来、その他に何人もが以前に聞いたことがある気がする声だ。

しかし、誰一人として声優の名前を思い出せない。()()()()()()()()()()()とばかりに記憶そのものがないのだ。

どうして今まで当然のように疑問を抱かず受け入れていたのだろう?

もしこの世界が"スクライド"と同じ()()()の世界なら、俺という存在は完全に言い訳のしようがないほどに異物だ。

なのに──

 

「アルター能力、いや、アルター能力に似た別の何かがシンフォギアと()()()()()()()

 

何か作為的なものを感じる。

シェルブリットが吸収したフォニックゲインを別のエネルギーに変換してからフォニックゲインに還元する?

この解説をされたあの時、どうして違和感を覚えなかった?

そんな能力はシェルブリットにはない。あれはただひたすらに殴る為の力を生み出すものであって、誰かに力を分け与えるようなものでは断じてない。そんな都合が良い話がそうそうあって──

 

「...違う。俺の存在そのものが、この世界にとって、関わった人間にとって()()()()()存在でしかないんだ」

 

この世界に俺の存在は異物でしかない。それなのにこうも都合良くいくのは何故だ?

ただの偶然か?

それとも誰かが俺を利用しているのか?

俺が存在していなければ、本来の響達はどんな風になるんだ? 本当はいてもいなくても大して変わらないんじゃないか?

そもそも俺はこの世界にこのまま存在し続けていいのか?

何の為に何度も"向こう側"とこっちを行き来して化け物退治に明け暮れてたんだ?

俺は何の為に存在している?

そもそも異物である俺に、この世界で存在意義などあるのか?

 

「クソッ!」

 

浮かれてなかったと言えば嘘になる。

大好きなアニメ"スクライド"、その主人公"カズマ"の姿と力。それを自由に、しかも劇中の負荷をなしに使えること。

目の前に映る化け物をひたすら叩き潰す時間。

胸が踊った。楽しかった。爽快で最高の気分だった。

だが、スクライドが大好きという感情は()()()()()()()()

きっと俺は何処かの誰かの残滓。

この想いも、知識も、何もかもが()()()()()()()()()の劣化コピーよりも下らない搾りカスだ。

俺はカズマになれない。そんなことは分かっていた。

そもそも自分の名前すら分からない。

だからこそせめてカズマみたいになれたらと願って()()()と名乗ったのに。

所詮借り物の力と姿で、いい気になっていた。そんな自分自身が酷くちっぽけで薄っぺらく感じる。

でも縋るものがそれ以外に何も持っていなくて。

今更になって()()()()()存在だと思い知らされて、本当は世界にとっての異物だと理解させられて、このまま流されるように生きていていいのだろうか?

 

「...こんな時にノイズかよ」

 

通信機が耳障りな音を立てる。

苛立たしいのに口元が歪む。暴れられることに喜悦を覚えていた。

 

 

 

 

 

ノイズの殲滅を終え本部に戻り、私と奏さんと翼さんの三人は、シャワールームで熱いシャワーを浴びていた。

 

「最近、カズヤの様子がおかしい」

 

長い髪を洗いながら奏さんが告げる内容は、私や翼さんだけでなく、二課の皆も気づいてはいるがなるべく口にしないようにしていたことだ。

 

「奏の言う通り、ここ数日のカズヤは元気がない。それでいて、ノイズとの戦闘中は以前よりも苛烈だ。何か生き急いでいるようにも感じる」

 

同意を示す翼さんの言葉に私も髪を洗いながら口を開く。

 

「何か悩みでもあるんでしょうか?」

「聞いてみたけど気にするなってはぐらかされた。態度があからさまなのにさ」

 

少し憮然とした感じで返答されてしまう。

 

「っていうかアイツ、最近アタシらのこと避けてない?」

「それは...」

「私も思った。私達、最近彼とあまり話してない」

 

そう。避けられている。いつもは打てば響くような感覚でお喋りしていたのに、急に彼は無口になってしまった。

 

「カズヤさんが元気ないのって、私達と同調できなくなった日からですよね」

「今まではテストでも実戦でも問題なかったのに」

「響は何か知らない?」

「残念ながら...」

 

カズヤさんに何があったのだろう?

私は言い知れぬ不安が胸の中で渦巻くのを感じた。

 

 

 

二課本部施設内のミーティングルームにて弦十郎は苦々しく呻いた。

 

「ここ数日のカズヤくんについて何か知っている者はいないか?」

 

この質問に答えられる者はいない。

 

「...本当にどうしたのかしらね。スランプかしら?」

「スランプというより、何かに悩んでいる感じですけど」

 

了子の疑問の声にあおいが心配するように応じる。

 

「確か外出も控えているんでしたよね。寝泊まりしてる仮眠室からあまり出てこないとか」

「ええ。外出を控えている関係で通信機内のお金も全く使っていないようです。以前は商店街などの近所の飲食店でよく利用されていたみたいですけど」

 

コーヒーカップ片手に確認を取る朔也に、彼の行動をある程度把握している緒川が答えた。

 

「緒川。数日前の外出中の彼に何者かが接触してきた可能性は?」

「あり得ますが、カズヤさんにはご存じの通り監視をつけていないので何とも言えません。監視をつけたことで彼の不興を買う可能性を避けていたのが裏目にでましたかね」

「...そうか」

 

弦十郎はどうしたものかなと困った様子で頭を掻いた。

 

「彼は既に装者達にとって中心的存在だ。そんな彼があのような元気のない姿では、装者達のモチベーションに関わってくる」

「今までが凄く賑やかでしたからね。あんなに和気藹々としてたのに」

 

大人達の誰もが、自分には彼の相談に乗ることはできないと心の何処かで理解しているからこそ、歯痒かった。

 

「最近ではデュランダルが狙われてる可能性もあるのに」

「問題は山積みだな」

 

朔也の嘆きに弦十郎はうんざりした。

 

 

 

某所。

ここ数日、街に姿を現すことのないカズヤを心配していたクリスにフィーネからもたらされた情報は、彼女を激怒させるに十分値した。

 

「つまり"とっきぶつ"の連中のせいで、今あいつがこんな湿気た面してんだな!?」

 

彼女が手にした顔写真、映るカズヤの横顔は覇気のない酷く疲れた表情である。

 

「そうよクリス。どうやら体調も悪くて装者との同調もできなくなってね。今の彼はとても不安定な状態なの...そういう時こそ誰かが彼を支えてあげなくちゃいけないのだけど、そんな人間、あそこにはいないのよ」

 

ギリッとクリスは歯を食い縛り、睨むように目を細めた。

 

「クリス、あなたになら彼を支えてあげることができるでしょ? 本当の孤独を知っているあなたなら。異世界から記憶喪失の状態でやって来た独りぼっちの彼を」

「...」

「彼をこちらに引き込んだ後、彼をどう扱うかはあなたの好きにしなさい」

 

それはまさに甘い毒のような響きとなってクリスの鼓膜を叩く。

 

「...あいつを、あたしの好きにしていい...あいつを、あたしの、あたしだけのものに...」

 

 

 

 

 

「響」

「何? 未来」

「カズヤさんと喧嘩でもした?」

 

寮の部屋で寝巻きに着替えた後、唐突に問われた内容に跳び跳ねるほど大袈裟な反応を示してしまう響。

 

「っ!? し、してないけど!!」

「嘘。今のリアクションが何よりの証拠」

 

こう言われてしまえば幼馴染みを誤魔化すことを諦めるしない。

 

「...全く未来には敵わないなぁ」

「何年響と一緒にいると思ってるのよ」

 

カズヤと最近上手くいってないことを悟られてしまえばもう白状するしかない。

ポツポツと語り出す。

 

「本当に喧嘩した訳じゃないんだ。それは心配しないで。ただ、カズヤさん、最近何かに悩んでいるようで、元気がないの」

 

思い出すのは疲れた横顔だ。

 

「話しかけても生返事ばっかりで、心ここに在らずって感じで会話が続かなくて...少し前まではそんなんじゃなかったのに」

 

言ってる内に辛くなってきたのか響の声には嗚咽が混じってくる。

 

「何か悩んでるんですか、って聞いてもはぐらかされて、なんにも言ってくれない! 私だけならいいの、でも奏さんや翼さんに対してもそうなの! まるで私達を避けてるみたいな...」

 

ついに響は我慢できず未来に縋りついた。

 

「私、いつもカズヤさんに助けてもらってばっかりで、自分が頼りないダメダメだって分かってる。でも、愚痴すら聞かせてくれない......辛そうなカズヤさんを見てるだけは嫌なの! なのになんにもしてあげられない自分はもっと嫌なの!!」

 

大粒の涙を零し泣きじゃくる響を抱き締めるようにあやしながら、未来は思う。

悔しいという感情。親友を盗られたという嫉妬。よくも親友を泣かせたなという怒り。

しかしそれよりも──

 

「そっか...響、大好きなんだね、カズヤさんのこと」

 

──美しかった。

こんなにもひた向きに誰かを想う親友の姿は、とてつもなく美しかった。

幼い頃からそばで見ていた親友は、いつの間にか"少女"から"女"へと成長していたのだ。

響自身はきっと自覚していないだろう。だが以前の響ではあり得ないであろう艶を持っている。

要するに色っぽいのだ。ご飯&ご飯を公言し人の三倍は平らげる色気より食い気のあの響が、一人の男を想って涙で頬を濡らす。

こんなにも綺麗な響の姿を見たのは初めてだ。

最早悔しいが認めるしかない。これまで響が見せてこなかった一面を、あの男はたった一ヶ月で引き出した。

(...そもそも私って、本当は何に嫉妬してたのかな)

親友と仲の良い男に嫉妬を向けていたのか、男と関わる度に女性としてどんどん成長していく親友に嫉妬を向けていたのか、もう何がなんだか分からない。

とりあえず、今は泣き崩れる親友を落ち着かせるのが先決だった。

 

 

 

漸く泣き止んだ響に未来は問いかける。

 

「落ち着いた?」

「ありがと未来。思いっきり泣いたらなんかスッキリした」

「そ。なら良かった」

 

涙を含んだタオルを受け取り、困ったもんだと溜め息を吐く。

 

「流れ星一緒に見に行こうって話、響がこんな状態じゃダメそうね」

「ごめんね。たぶん私それどころじゃないだろうし」

 

前々から約束していたことだったが、これはもう諦めるしかない。

 

「もう謝らないで。それよりも今はカズヤさんのこと」

 

どうにかしなければならない。

親友の響を元気にするにはカズヤをどうにかする必要があるのだが、そもそも自分はカズヤの苗字すら知らない。

(というかあの人のこと、私本当に何も知らない)

カズヤに関しては響やツヴァイウィングの二人の方が詳しいだろう。しかしその三人ですら悩みを聞き出せていないとのこと。

周囲の大人達もお手上げな状況らしい。

(あれ? これもしかして相当難しいのでは?)

答えの出ない難題に未来は閉口した。

 

 

 

 

 

後日。

 

「ノイズの反応を確認! これはっ!? 何だこの量は!!」

 

市街にて大量に発生したノイズの存在に朔也が慌てるのを見て、今まで気怠げにソファーに座っていたカズヤが口元を歪め立ち上がる。

そのまま無言で現場に向かおうとする後ろ姿に弦十郎は待ったを掛けた。

 

「カズヤくん!」

「...ん?」

「俺達は一体何がカズヤくんをそこまで追い詰めているか分からない。だが、キミは一人じゃない」

「...」

「だから無理はするな」

「...ご心配どうも」

 

手短なやり取りを終え、今度こそ現場に向かう後ろ姿を見送り、オペレーターに指示を飛ばす。

 

「装者に緊急召集! 今回は数がいつもと比較にならん! 周辺住民の避難を急がせろ!」

 

司令部は一気に慌ただしくなる。

 

 

 

地下鉄内に蔓延っているノイズの殲滅を任せられた奏は、槍を振るいノイズを塵へ変えながらどんどん奥へと進む。

今夜のノイズ発生数はやたらと多い。範囲も広いというおまけ付きだ。装者三名とカズヤ、計四人で手分けして片付けているが、被害をどのくらい減らせるかは時間との勝負となっていた。

 

「全く、今夜は大盤振る舞いだね!!」

 

文句を言いながら槍を突き出し三体纏めて消し飛ばす。

続いて大きく踏み込み横に薙ぎ払い、斬り上げ、振り下ろした。

狭い地下鉄内での戦闘は、槍を得物とする奏としてはなるべく勘弁願いたいところ。戦い方としては未だに徒手空拳の響か拳をぶん回すカズヤが向いているだろう。

 

「...まあ、カズヤはやり過ぎて地下鉄そのものを吹っ飛ばしそうだけど」

 

仲間内で瞬間火力が最も高い男の姿を思い出し、内心で毒づいた。

(大丈夫かよ、アイツ)

ここ最近、元気がないのか覇気がないのか、戦う時以外は無気力に暮らすカズヤに若干腹を立てていた。

悩み、もしくは不満などがあれば言ってくれればいいのに。

たとえ彼が抱えた問題を解決できなかったとしても、愚痴ならいくらでも聞くのに。

少しは頼れ、バカ。

八つ当たり気味に槍で目の前のノイズを斬り裂く。

敵の数をガンガン減らしながら進み続けると、やがて一体のノイズ──まるで色も姿も熟れたブドウの房のような奴が現れる。

そいつは奏の接近に気づくとブドウの実としか見えない体の一部を大量に飛ばしてきた。

これまでの経験からなんとなく危険な攻撃だと察し、後方へ退くと、案の定ブドウの実をしたノイズの一部は一つ一つが爆弾だったようで、狭い地下鉄内で盛大に爆発した。

更にノイズは奏から逃げるように背を向けて走る。

 

「待てこの野郎! なんてことしやがる!」

 

怒号を上げて追う奏。

ノイズは一旦足を止めると今度は地下鉄の天井に大量の爆弾を投げ飛ばし、地上まで続く大きな風穴を開けてしまう。

そしてそのまま外──地上へと逃げてしまった。

 

「クッソ! これならここでカズヤが暴れた方がまだ被害が少ないじゃないか!?」

 

追いかける奏も地上に出る。

その際、高く跳び上がりノイズを見下ろせる空中で槍を構え、狙いを定めた。

 

「くたばれ!!」

 

渾身の力で手にした槍を逃げるノイズの背に向けぶん投げる。

威力と速度と勢いが十分に乗った槍は、射出された弾丸のような速度で真っ直ぐ飛び、ノイズに吸い込まれるように突き刺さり、貫き、穂先が地面を抉って止まった。

僅かに遅れて塵と化すノイズ。

それを確認し一息つくと、奏は周囲に他のノイズの気配がないか探る。

 

「ちっ、なんだよ、外れ引いちまった」

 

その時、声が聞こえた。

忌々しいと言わんばかりの口調、嘲りが込められた若い女の声。

声がした方に振り向くと、丁度月が雲から顔を出し月明かりに照らされ声の主の姿が露になる。

その姿を見た瞬間、奏は驚愕で目を見開く。

 

「...ネフシュタンの鎧...!!」

 

二年前、ツヴァイウィングのライブと並行して行われた聖遺物起動実験にて暴走を起こし、同時に出現した大量のノイズが起こした惨劇の裏で失われたそれを、目の前の人物が身に纏っていた。

バイザーを装着して目元は見えないように隠しているが、背格好は響と同程度、年もそのくらいかもしれない。

 

「お前、何者だ!?」

「てめぇの質問にあたしが素直に答えると思ってんのか?」

 

少女は奏を心底バカにしたように一蹴すると、逆に問い詰めてきた。

 

「カズヤは何処だ?」

「何!?」

「寝ぼけてんじゃねぇ。"シェルブリットのカズヤ"のことだ。今あたしが用があんのはあいつだけ。てめぇも含めた他の連中なんて最初(ハナ)っから眼中にねぇんだよ」

 

この言葉が奏の中で、点と点が線で結ばれていく。

最近様子がおかしいカズヤ。カズヤに用があると言うネフシュタンの鎧を纏った敵と思わしき存在。

 

「...そうか、お前が、カズヤを...」

 

槍を握る手に力が籠る。沸々と浮かぶ怒りが目の前の敵を叩き潰せと猛り狂う。

 

「お前がカズヤを惑わせてんだな!!」

「ああん!?」

 

これに対し少女は容易くブチ切れた。

 

「てめぇらこそ出来損ないの分際でカズヤの隣にいる資格はねぇんだよっ!!」

 

吐き捨てると、淡く紫に光る鎖状の鞭を一度しならせてから奏に向かって振り下ろす。

轟音と共に地面が大きく抉れるが、奏は既に横に跳んで避けていた。

お返しとばかりに少女に槍の穂先を向け、回転させる。槍から生み出された竜巻が少女を貫かんと迫るが、彼女は奏の頭上を跳び越し背後に回るように大きく移動しながら回避。

振り向き、槍を構え直す。

 

「こんな騒ぎを起こして、ノイズを操って、カズヤに用があるって一体何を企んでる!?」

 

家族がノイズに殺されたことから装者として戦うことを決めた奏にとって、目の前の存在を許容する訳にはいかない。ましてや、己にとって命の恩人であり大切な仲間を狙う敵を思うがままにのさばらせるつもりは毛頭ない。

 

「だからよぅ、答える気はねぇっつってんだよ! のぼせ上がるな人気者! 誰も彼もがてめぇらに構うと思ったら大間違いだ!!」

 

先の言う通り、答える気もなければ奏のことを眼中に入れるつもりもないようだ。

少しでも情報を引き出せればと思っていたが、こうなったなら最早問答は不要。

全力で叩き潰して鎧を剥ぎ取ってからゆっくり尋問にかければいい。

 

「そうかい。だったらもう容赦しない。アタシの仲間に手ぇ出すってことがどういうことか、その身に刻んでやる...!!」

「すっ込んでろよクソッタレ!! カズヤ以外は要らねぇっつってんだろが!!」

 

そして二人は激突した。

 

 



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奪え、全て、その手で

金属と金属が激しくぶつかり合うような甲高い音が夜空に木霊する。

シンフォギアを纏い槍型のアームドギアを手にした奏と、ネフシュタンの鎧を纏った少女との戦闘は、熾烈を極めた。

槍で突き、振り回し、時に投擲してくる奏の渾身の攻撃を、ネフシュタンの鎧の少女は嘲笑うように避け、肩部の鎖状の鞭でいなし、容易く防ぐ。

聖遺物の欠片から歌唱によって力を引き出すシンフォギアと、経年劣化や損傷がないに等しい完全聖遺物。両者の差が徐々に露となる結果として、奏の呼吸が少しずつ荒くなってきた。

(クソ、完全聖遺物ってのは伊達じゃないね!)

戦況は五分。しかし五分で勝ちはあり得ない。頭の冷静な部分が現実的な数字を叩き出す。

しかし感情がそれを納得しない。

何故なら、目の前の敵の先程の言葉。あれはカズヤの力を狙うものではない。カズヤ個人を欲する声だった。

だから──

(全部コイツのせいだ)

カズヤが最近様子がおかしいのは、全部この女のせいなんだ。

この女がカズヤに何か吹き込んだ。タイミング的にそうとしか思えない。

故に負ける訳にはいかない。こんな泥棒猫にカズヤを渡すなど断じて許さない。

何より()()()として負けられない。

胴を薙ぐように振るわれた鞭を跳躍で回避し、奏は空中から槍を投擲。

槍は少女に向かいながら数多の複製を生み出し、雨のように降り注ぐ。

対して少女は鞭を眼前で振り回すことで槍の雨を防御してみせる。

不発と終わるがこれこそが奏の狙い。着地と同時に前へ踏み出し少女の背後に回り込む。

手にした槍の穂先を高速回転させ、竜巻を発生させながら無防備な少女の後頭部に叩きつけるように振り下ろした。

(もらった!)

会心の一撃。少女は先の槍の雨を防いだ体勢のまま、こちらの動きに対応できていない。

しかし彼女は対応してみせた。

あり得ない、と思うほどの反応速度で振り向き、かつ両の手でピンと張った鞭で槍を受け止める。

そこで奏は悟る。誘われた、と。

少女の口がニヤリと歪み、奏の腹に蹴りが入り、吹っ飛ばされた。

 

「ごふっ!?」

 

呼吸が止まり、吐き気がせり上がってくるが無理矢理耐えた。

歯を食い縛り体勢を整え踏ん張り、地面を靴底で抉りながらブレーキをかけて踏み留まる。

顔を上げたそこへ、白く光るエネルギーの塊が飛来。

咄嗟に槍を盾にして防ぐが──

 

「持ってけダブルだっ!!」

 

振りかぶった鞭の先端から追加で飛ばされた白いエネルギーの球体。ダメ押しのもう一発が着弾し大爆発。

至近距離でエネルギーの炸裂に巻き込まれた奏は悲鳴も上げることすらできず、再度吹き飛んだ。

川に石を投げて水面を何度もバウンドさせる水切り遊びの石のように、奏の体は地面を三度四度と跳ね、生えていた樹木にめり込んで漸く止まった。

 

「奏さんっ!?」

 

ダメージで頭がグワングワンしている奏の耳に辛うじて響の声が聞こえる。どうやら戦っている間に響が任されていたエリアまで移動していたらしい。慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「...下がりな、響。コイツはヤバい...」

「え? 人? ノイズじゃ、ない...?」

 

奏をぶっ飛ばした張本人を目にし響が驚愕する。

戦うべき敵はノイズだと思っていた彼女にとっては衝撃的だろう。何せいきなり想定していない事態に遭遇したのだから。経験不足なら尚のこと。

 

「ちっ、また外れかよ。めんどくせぇな」

 

舌打ちし、腰の後ろに隠し持っていた銃のような武装を取り出し撃つ。

緑の光が発射され、着弾した場所から鳥の置物を連想させるノイズが数体現れる。

 

「お前! それでノイズを操ってるのか!?」

「の、ノイズを!!」

 

激昂しながらもダメージでなかなか動けない奏、狼狽える響は、いい的でしかなかった。

ノイズから飛散した粘液が二人に降りかかる。トリモチのように粘着性の高いそれは、瞬く間に粘液まみれになった二人を拘束し動けなくした。

 

「別に殺すつもりはねぇから安心しな。腐ってもカズヤの仲間なんだ。あいつの怒りを買うような真似はしたくねぇ。そこで大人しくしてれば許してやるよ」

 

勝ち誇る少女に響は戸惑うばかり。奏は歯軋りしながら反撃の糸口を探す。

そこへ──

 

「...俺が、何だって?」

 

闇の中から拳を振りかぶったカズヤが飛び出し、奏と響を拘束していたノイズに突っ込んでいき、たった一撃でノイズ数体を塵と化す。

 

 

 

「やっと会えたなカズヤ。何日ぶりだ? 不調だって聞いて心配してたが、とりあえず元気そうで何よりだ」

「...クリス。お前、いつからそんなコスプレみてーな格好するようになったんだよ」

「カズヤこそ、右側だけ妙にかっちょいいじゃねぇか」

 

彼の姿を見た瞬間、あからさまに機嫌が良くなる少女──クリスの態度に奏と響は目を見開いた。豹変、というのはこういうのを言うのだろう。それほどまでに態度が違う。

 

「で、何の真似だ。まさか飯食いに行く誘いか?」

「いいねぇ、悪くねぇ。これからお前と二人っきりでディナーと洒落込むのも吝かじゃないが、今のあたしの目的は一つだ」

 

カズヤに向かって手を差し伸べて、クリスは告げる。

 

「カズヤ、あたしと一緒に来い。お前の居場所はそこじゃない」

 

この言葉に誰よりも反応したのは響だった。震えながらそばにいる奏に問う。

 

「奏さん、あの子は、一体何を...?」

「あの女の狙いはカズヤさ。カズヤを誘き寄せる為にノイズを操ってこんな騒ぎを起こしたんだ」

「そんな...!?」

 

返答を聞いて、理解できないとばかりに嘆く響に、奏はそうだろうと彼女に同感する。

ノイズというのは人類にとって共通の天敵であり、認定特異災害。それがまさか誰かに操られているなど考えたくもないだろう。

こんな奴の提案なんてカズヤが受ける訳がないに決まってる。そう確信しながら奏は事態の推移を見守った。

 

「...クリス、お前が俺の立場だったら、いくら顔見知りとはいえノイズ操って騒ぎ起こしてる人間についていくか?」

「おっと、こりゃ盲点だったな。確かにいくらなんでもそりゃねぇわ」

「だろ?」

 

そこで二人は同時にくつくつと笑い合う。

(何だよ、何なんだよこの二人...顔見知りってどういうことだよ!?)

戦場でありながら場違いな空気とやり取り、そして聞き捨てならない台詞に奏は困惑した。カズヤとクリスの口調は親しい友人に向けられるそれだ。敵同士という雰囲気など感じない。

いや、これは本当に互いを敵だと認知していない。

 

「それに俺はこう見えても結構義理堅くてな。これまで寝床や飯を用意してくれた連中に対して筋を通さずに自分の都合で『はい、さよなら』なんてできねーんだ」

「お前の性格ならまあそうだろうな」

「だからよ、そこまでして俺のことが欲しいってんなら、分かるだろ?」

 

シェルブリット──右腕を前に突き出し拳を握る。

 

「力ずくで奪えってか...カズヤらしいな」

 

クリスも応じるように腰を落とし、鞭を手にした。

 

「じゃあカズヤ、こうしねぇか? 勝った方が相手を好きにできる。負けた方はそれに必ず従う」

「ああ、いいぜ。ごちゃごちゃ話し合うよりシンプルで分かり易いし、お互いから文句も出ねー」

「...あたしが勝ったら、お前はあたしのもんだ」

「勝てたら、な。もし勝てたらお前の下僕でも召し使いでもなんでもやってやるよ」

 

カズヤのこの言葉に、言質は取ったとばかりにニタリと喜悦の笑みを浮かべ、クリスは鞭を振りかぶる。

 

「実は前々からお前とやり合ってみたかったんだよ、カズヤァァァァァァッ!!」

 

鞭の先端から白球体のエネルギーを生み出し、カズヤに飛ばす。

 

「そいつは気づかなくて悪かったな、クリスゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

自分に向かって飛んでくる破壊の力に、カズヤは逃げも隠れもせず、真っ正面から殴りかかった。

 

 

 

 

 

【奪え、全て、その手で】

 

 

 

 

 

「奏達は、状況はどうなっていますかっ!?」

『ネフシュタンの鎧を装備した少女により、奏と響くんは戦闘不能。現在、カズヤくんが応戦中だ』

 

現在カズヤ達から最も離れた場所でノイズを殲滅していた翼に謎の敵が現れたという情報は、彼女の心から冷静さを失わさせるに十分だった。

二年前の惨劇。あんなものはもう二度と繰り返させないと誓って研鑽してきたのだ。

おまけに下手人かそれに近しい存在まで出張ってきた。ここであの時の落とし前を着けてやる。

 

『翼さんのエリア、ノイズ殲滅完了を確認。これで全戦闘エリアのノイズ、完全に殲滅しました。翼さんはこのままカズヤくんの援護に向かってください!』

 

あおいから報告と指示が飛ぶ。

 

『翼! カズヤくんと協力して必ずネフシュタンの鎧と謎の少女を確保するんだ!!』

「了解!」

 

弦十郎の声に応じつつ、バイクに跨がり急いで移動する。

敵の少女はノイズを操る術を持っているらしい。ほぼ間違いなく最近のリディアン周辺のノイズ出現には少女──ノイズを出現させ操る武装が原因だろう。

しかも司令部が聞き取れた音声によれば、少女の目的はカズヤの拉致。

("シェルブリットのカズヤ"の情報はシンフォギアと同様に国内で機密として秘匿されているはずなのに...何処かで情報が漏れたの? それとも考えたくないけど内通者が?)

案外、良からぬことを企む組織の人間がノイズとの戦闘を偶然目撃して、という線も大いにあり得た。市街地での戦闘はとにかく目立つ。装者は歌うしカズヤは輝くし、どちらも大技を使えばド派手な爆発や光、音などが嫌でも発生する。

(戦闘力においてカズヤは信頼できる。でも、今の彼は...)

一つ懸念事項があった。最近の彼は様子がおかしい。それについて敵の少女が関わっている可能性があるというのなら、今回の件については敵に分があるのではないか?

(すぐに私が向かう。それまでなんとか持ちこたえて)

彼には恩がある。返しきれない恩が。

二年前のあの時、彼が現れなかったら奏は確実に絶唱を歌うつもりだった。

(だからこそ今度は私が、私達がカズヤの力になる!)

 

 

 

飛来する白球体のエネルギーをぶん殴る。

 

「うおおおりゃああああっ!!」

 

数秒の拮抗の後、衝突した力と力が爆裂した。

 

「ちぃっ!」

 

舌打ちし後方に跳び下がり、右拳を地面に突き刺しブレーキをかけながらそれを軸に独楽のように二回転、慣性を殺しつつ止まる。

そこに振り下ろされるは上段からの鞭。

右のアッパーで鞭を弾き、前に踏み込む。真っ正面のクリスに向かって真っ直ぐに。

クリスは鞭を一旦引き寄せ、今度は右から左へ薙ぎ払う。

拳で地面を叩き跳躍しつつ鞭の薙ぎ払いを避け、彼女を斜め下に見下ろせる高さまで跳んだら、

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

右肩甲骨の回転翼が高速回転。軸から噴出した銀色のエネルギーと合わせた推進力に背中を押され、爆発的な突進力でクリス目掛けて急降下。

突っ込んでくるカズヤに対し、これは受け止めきれないと判断したクリスはすぐにカズヤの着弾地点──今自分が立つ場所から後ろに退く。

振り下ろされた拳が地面に着弾、そして閃光と衝撃と爆音を伴う大爆発。

できあがったクレーターの中心に立つカズヤを見ながら、クリスはひゅ~っと口笛を吹く。

 

「間近で見たの初めてだけどすげぇパワーだな。こりゃノイズの群れなんかけしかけても無駄か」

「これは俺とお前の一対一(サシ)の勝負だろ? そんな無粋なもん使うなよ」

「それもそうだ、な!!」

 

鞭を振るいクリスは白いエネルギーの塊を飛ばしてくる。

横に一度回転してギリギリ射線から体を外しつつ走り出す。

白球体とすれ違い、すぐ背後で爆発するが気にしない。

次に鞭が袈裟懸けに迫る。これは速度を緩めず姿勢を低くし、鞭を掻い潜る瞬間にタイミングを合わせて右拳を地面に突き刺し横に一回転。

すぐ隣の地面を鞭が叩き土埃が舞うが気にせず勢いを減衰せぬまま走りを再開。そのまま返す刀で地面から斜めに振り上げられた鞭はハードルを跳び越すように避ける。

着地の瞬間を狙って、二本ある内のもう片方の鞭──その先端が一直線に槍みたいに突き出された。狙いはこちらの胴体。これは躱すのは難しいので、回転翼を高速回転させ前へ飛行する為の推進力を得て、地面に足を着けないまま拳を突き出す。

 

「おらあっ!!」

 

鞭の先端を拳で迎撃。殴られた鞭は大きく弾かれクリスの背後に流れていく。

体勢は一度殴った動作を次の殴りに繋げる為に横に一回転させ、ここで一気に加速。クリスの目の前、拳の届く距離まで肉薄する。

そしてもう一度殴りかかった。

 

「ぐっ!」

 

引き戻した鞭を両手の間で張り拳を防ぐクリスから苦悶の声。

衝突した力が稲妻のような姿で迸り視界を明滅させる。

一瞬カズヤの拳とクリスの鞭がせめぎ合い、カズヤの拳に軍配が上がった。

後方に吹き飛ばされながらも、空中でくるりと猫のような身のこなしで体勢を整え綺麗に着地するクリスに今度はカズヤが感心したように口笛を吹く。今のは直撃しなくてもガードごと殴り倒すつもりだった。どうやら咄嗟の判断で自分から後ろに跳んで衝撃を緩和していたらしい。

間合いが離れ仕切り直しとなる中、唐突にクリスが声を押し殺して笑い出す。

 

「く、くくく」

「?? 何がおかしい? それとも遅効性の笑い茸でも食ったか?」

 

訝しむカズヤにクリスは嬉しそうに答えた。

 

「いやぁ、これでもあたしは結構お前のこと心配してたんだけどな、今のお前の顔見てちょいと安心したんだよ」

「何の話だ」

「カズヤ、お前今、楽しそうに笑ってるぞ」

 

指摘されてカズヤは左手で自身の顔をペタペタ触る。

 

「お前が街に出てこない時の顔は、そりゃぁ酷いもんだった。まるで死人だ。けど、今のお前はあたしとこうしてると本当に嬉しそうだ。まさに"生きてる"って表情でよ...」

「...」

「どんな形であれ、お前が笑顔でいてくれるのは嬉しくてな」

 

そう言ってバイザー越しに優しく微笑んだような空気を醸し出すクリスにカズヤは困ったように眉根を寄せて苦笑した。

 

「お前、これから殴るってのに殴りにくくなること言うなよ」

「なら負けを認めてあたしのものになるか?」

「ハッ! ダウンしてねーのに誰が降参するかよ! 確かにお前と戦ってると頭空っぽにできたが、それとこれとは別問題だ!!」

 

漸くであるが少しずつ調子が戻ってきた、という感じがあるのは否定できない。言った通り戦闘中は余計なことは何も考えなくなるので、随分と気が楽だ。

まさか敵対することになってしまったクリスから『元気出てきて良かった』というような内容の発言をもらってしまうとは、思ってもみなかった。

クリスに感謝の念を抱きつつ、左の手の平を前に突き出し右の拳を腰溜めに構える。

さぁて続きをしようか、と思っていたらバイクのエンジン音が響いてきた。

何だ? と疑問を頭に浮かべる前に藪の中からバイクに跨がった翼が飛び出し、歌い始めながらクリスに突撃していく。

しかもバイクには彼女のアームドギアの象徴たる剣や刃が触れたものを八つ裂きにしてやるとばかりにこれでもかと展開していた。あんなものに轢かれたらスーパーの鮮魚コーナーで販売してる鯵のタタキみたいになるとカズヤは本気で思った。

だがクリスは自身に迫る突撃兵器を前に臆するどころか回避することもせず、激昂しながら鞭を振り上げる。

 

「このアバズレがぁ! あたしとカズヤの間に割って入ってくんじゃねぇぇぇっ!!!」

 

鞭の先端からエネルギーの塊がバイクに向かって放射される。

回避できないと判断したのか回避させる気などないのか不明だが、翼はクリスの攻撃に直撃コースなのにそのまま突っ込ませながらバイクから跳躍、あっさりバイクを乗り捨て、空中で剣を上段に構えた。

哀れ、白いエネルギーの球体が正面から直撃し爆発四散するバイク。

 

「はああああっ!!」

 

そしてバイクのことなど一切気にしていない翼は剣を振り下ろし蒼い斬撃を放つ。

飛んできたそれに対し鞭でかき消すクリスは、着地した翼に接近戦を仕掛けた。

収まらぬ怒りをぶつけるように攻撃を繰り出すクリスと剣を振り回す翼の一進一退の激しい攻防。

乱入してきた翼により最早完全に蚊帳の外になってしまったカズヤは、どうしたもんだろと二人の攻防を見守っていると、一瞬の隙をついたクリスが翼の腹に蹴りを入れ、翼がカズヤの足元まで転がってきた。

 

「おい翼。今結構良いの入ったが大丈夫か?」

「この程度...」

 

歌うのを止められた彼女は剣を杖代わりにして立ち上がる。

 

「クソッ、カズヤ! 邪魔が入った以上、勝負はおあずけだ!」

 

苛立たしげにそんなことを一方的に告げると、クリスはこちらに背を向け飛び去ってしまった。

 

 

 

 

 

戦闘を終え二課本部に戻ってきた装者三人は、ミーティングルームにて押し黙ったまま誰一人口を開こうとしなかった。

原因はカズヤの拘束。敵と目されるクリスと呼んでいた少女と通じていた(と見られてしまう)ことから、情報漏洩及び内通者として嫌疑をかけられてしまったのだ。

勿論、弦十郎や緒川をはじめとしたオペレーター陣や装者達はカズヤのことを疑いもしないが、疑いがかけられてしまった以上、一度カズヤを拘束しておかないと、今後のカズヤのみならず二課そのものさえ危うくなってしまう。その辺りの大人の事情を理解していたカズヤは何一つ文句言わず抵抗もせず手錠を填められ、現在は弦十郎と緒川の二人と事情聴取中だ。

 

「私...なんにもできなかった」

 

ポツリと響が呟く。

 

「なんにも、なんにも...う、うう、うああ」

 

自身の無力に打ちひしがれ涙を流す響を奏は抱き締める。

 

「響は何も悪くない。あの場でアタシがあの女を倒しておけば、カズヤは拘束されることはなかったかもしれない。アタシが弱かったせいだよ」

「奏がそれを言い出したら私だって、私だってさっきは知らずにカズヤの邪魔をしてしまった! 私が割って入らなければカズヤが敵を倒して確保できていたはずだ! そうなっていたら今頃事情聴取を受けているのカズヤではなくあの少女だった!」

 

奏の言い分に責任があるのは自分だと翼が言う。

彼女達は自分を責めた。あの場でまともなことができなかったのは、弱い自分のせいだと。弱かったせいで、手助けするどころから余計な足を引っ張ってしまった。

 

「そこまでにしておけ」

 

三人はミーティングルームに入室してきた弦十郎の声に顔を上げ、詰め寄った。

 

「カズヤさんは!?」

「弦十郎の旦那、カズヤはどうなるんだい?」

「事情聴取は終わったのでしょうか?」

 

詰め寄る三人をとりあえず落ち着かせてソファーに座らせる。

弦十郎の後ろに控えていた緒川が一歩前に出て告げた。

 

「一応、簡易な事情聴取が終わったので皆さんにご報告を」

「それよりカズヤは!?」

 

事情聴取よりもこの場にカズヤがいないことを気にした奏に弦十郎が厳かな口調で返す。

 

「独房だ」

「独房だって!!」

「カズヤくんからの頼みでな、一時的な処置ではあるが、彼を外部から見た場合行動を著しく制限されているようにして欲しいとのことだ。アルター能力者の彼に物理的な拘束など本来無意味なんだが、大人の事情を加味した上でそれが二課にとって少しでも有利になるなら、と」

「...あの、バカ」

 

今度こそ奏はソファーに座り聞く姿勢になったので、弦十郎に促された緒川が喋り出す。

 

「結論から言って、カズヤさんはネフシュタンの鎧の少女、雪音クリスと顔見知りではありましたが、彼女の名前以外はあまり知らないようです。また、ここ最近の悩みについて雪音クリスは一切関わっていないとのことです」

 

どういうこと? と誰もが思う中、緒川は続ける。

 

「まずは時系列順に。彼女と知り合ったのは今から一ヶ月と少し前、正確にはカズヤさんがこの世界に来た翌日、街でたまたま出会ったのが始まりとのことです」

「この世界に来た翌日? もし雪音クリスがカズヤを"シェルブリットのカズヤ"と知った上で近づいたというのなら、その時点で情報漏洩、内通者の可能性が...」

 

事態の重さに翼が戦慄した。

 

「その日以来、カズヤさんはかなりの頻度で彼女と街で一緒に食事をしたり散策をしたりを繰り返していたそうです。しかし、彼女がノイズを操っていたことや我々二課に敵対する存在だとは思っておらず、暇人同士の暇潰しの付き合いでしかなかったと聞きました」

「暇人同士の暇潰しって、それ完全に逢い引きじゃないかっ!!」

 

口角泡を飛ばす奏。

 

「カズヤにそんな気がなくても相手が......ああ! あの女! だからあんなにカズヤに執着してたのか!!」

 

"シェルブリットのカズヤ"を引き込むつもりで近づいたというのに、何故一ヶ月も雪音クリスが逢い引き紛いことを続けていたのか、今回の騒ぎを起こしたのか、その理由に思い至り大声を上げた。

これはあくまで奏の勘だが、カズヤ個人に好意を抱いた雪音クリスは、具体的な動きをしなかったのではない。したくなかったのだ。カズヤとの逢い引きを楽しみながら、ずっとこのままでいられたらと思っていたのだろう。

しかし、理由は不明だが最近のカズヤは外出しなくなった。当然、カズヤに会えない彼女は不満が溜まる。彼に何かあったのではないかと心配もする。その不満と心配などの感情は最終的に何処に行く? そしてどうやったら"シェルブリットのカズヤ"を引きずり出せる?

 

『てめぇらこそ出来損ないの分際でカズヤの隣にいる資格はねぇんだよっ!!』

『すっ込んでろよクソッタレ!! カズヤ以外は要らねぇっつってんだろが!!』

『...あたしが勝ったら、お前はあたしのもんだ』

『どんな形であれ、お前が笑顔でいてくれるのは嬉しくてな』

『このアバズレがぁ! あたしとカズヤの間に割って入ってくんじゃねぇぇぇっ!!!』

 

敵でありながら、雪音クリスの言動の根底にあるものが何なのか、奏には理解できてしまった。ストンッと胸に落ちてきた。()()()だからこそ余計に。

きっと純粋にカズヤに会いたかったのだ。理由も分からず急に会えなくなって寂しかったのだ。カズヤと再会するまでの自分が彼を追い求めていたのと同じように。

 

それっきり黙り込んだ奏を置いて話は進む。

 

「ほぼ確実にカズヤさんはシロ。彼の拘束期間については暫く続くでしょうが、大事には至らないのでご安心ください。次に雪音クリスについてなのですが──」

 

カズヤに対し名乗っていた名前が本名であると仮定した場合、そこから芋づる式に様々なことが判明する。

彼女は二年前に行方不明となっていたこと。

過去に選抜されたギア装着候補の一人であったこと。

両親が既に故人となっており天涯孤独の身であることなど。

やがて情報共有が一段落し、弦十郎が疲れたように溜め息を吐く。

 

「とりあえず今日のところはこれまでだ。明日に備えて休むように」

 

そこへ響は待ったをかける。

 

「あの、カズヤさんには会えないんですか?」

「残念ですが、拘束期間が終了するまでは...」

「...一目見るだけでもダメなんですか?」

 

返答した緒川がそれ以上言わず、黙って首を振った。

 

「そんな! それではまるで犯罪者扱いではないですか!」

 

翼の抗議に弦十郎が渋面を作りつつも、有無を言わせぬ口調で叱りつける。

 

「俺達だって好きで彼を拘束し、お前達と会えないようにしている訳ではない。ここでお前達が無理にでも彼に会おうとすれば、立場が悪くなるのは彼の方なんだ。そもそもさっき言ったはずだ。彼は我々の為に全ての事情を理解した上で拘束されることをよしとしてくれた。そんな彼の想いを、裏切る訳にはいかないだろう」

 

ここまで言われてしまえばさすがに誰もが口を閉ざすしかなかった。

 

 

 

帰り際、響が奏と翼に言った。

 

「私、強くなりたいです」

 

彼女の瞳にはこれまで見たことない決意が宿っているのに二人は気づく。

 

「今のままじゃダメなんです。今のままじゃ、あの女の子に、クリスちゃんに勝てません。万が一勝てたとしても、カズヤさんには絶対敵いません」

 

二人は口を挟まず続きを促す。

 

「カズヤさん、あの時、欲しければ力ずくで奪えって感じでクリスちゃんと戦い始めました。だったら私も、カズヤさんに遠くに行って欲しくなければ、そばにいて欲しかったら、力ずくで奪わなければいけない、だから!!」

 

ここまで聞いて奏が皆まで言うなとばかりに響の肩に手を置く。

 

「気が合うね響。丁度アタシも同じことを考えてた」

 

うんうんと頷くと翼に振り返り、

 

「悪いね翼、暫くツヴァイウィングは活動休止だ」

 

そう謝るのであったが、翼はむしろ奏がそう言い出すのを予め分かっていたようで、嬉しそうに笑った。

 

「奏ならそう言うと思ってた。というか、奏が言わなければ私から言うつもりだった」

「ということは」

「後で緒川さんに謝っておかないと」

 

それから翼は二人に手を差し伸べる。

 

「今回の失態は私達三人の失態。だからこそ次こそは必ず汚名を雪ぐ。その為には、私達三人は今よりもっと強くならなければならない」

 

響と奏はそれぞれ伸ばされた手を繋ぐ。

 

「奏、立花。私と一緒に叔父様の下で修行しよう。叔父様なら、快く力を貸してくださるはずだから」

 

そして翌日。

三人は早朝から弦十郎宅を訪問し、その日から弟子入り及び猛特訓を開始するのであった。

全ては勝つ為に。

大切なものを守る為に。

そして何より、欲しいものを力ずくで奪う為に。




スクライドのOP曲が超好きです。


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クァッ!


毎日同じことの繰り返しで、独房に引きこもってから何日経過したか分からない。

決まった時間に朝食、昼食、夕食が与えられるが、独房の中は簡易ベッドと個室のトイレ以外何も存在していないので、外の様子について分かることなど皆無だ。

さすがにシャワーを浴びないのは不衛生という理由で、黒服の怖い兄ちゃん達に見張られながら汗を流したりはするが、飯食ってシャワー浴びて寝る以外にやることはない。

こうして何もせずにいると、どうしても考えることは独房に引きこもる前とそう変わらなかった。

これから俺はどうすればいいのか?

結局寝泊まりする場所が仮眠室から独房に変わっただけの事実に我ながら呆れてしまう。

自分でもウジウジといつまでも情けない話ではあるが、一度ドツボに嵌まるとなかなか抜け出せない問題なだけに厄介なものである。

と、そんな時だ。独房唯一の出入口である重厚な扉が外から開けられ、緒川が顔を出す。

 

「こんにちわ、カズヤさん。気分はどうですか?」

「特に変わりはねーな。やることもねーし、外部からの刺激もねーし」

「では、そんなカズヤさんに朗報です。拘束期間が明朝に解かれます。それと同時にお仕事再開です」

 

 

 

二課の後ろ盾のお偉いさんが何者かに暗殺されたらしい。

その辺りの政治的な話はよく分からんが、なんでも二課本部の地下に保管されてる聖遺物が狙われているらしいから明日の早朝に移送するのでその護衛につけとのこと。

 

「俺の他に響達もか?」

「ええ。装者三名、カズヤさんと共に移送任務に就いてもらいます」

「......あいつらは、俺が独房入りになってからどうしてる?」

「気になりますか?」

「そりゃ、な」

 

自分からあいつらのことを遠ざけるようなことをして身勝手だと自覚してるが。

 

「三人共、カズヤさんに会いたがっていますし、心配もしています。でも、それだけではありません」

 

拘束期間が明日までで終わるからか、俺に情報提供をしてもいいという許可も下りているのだろう。緒川はこれまでの出来事を懇切丁寧に話してくれる。

弦十郎のおっさんの下で三人が訓練していること、ツヴァイウィングがその為に活動休止していること、もし俺がクリスに奪われても力ずくで奪い返すと豪語していることなど。

 

「そうか。元気そうで何よりだ...三人はそれでいいとして、クリスの方は?」

「雪音クリスについてはまだ捜索中ですが、結果は芳しくありません。やはりそちらも気になりますか?」

「ま、少なくとも俺はダチだと思ってるしな」

「...友達、ですか。カズヤさんから彼女を説得するというのは──」

「無理だろ。クリスの奴、見た目可愛い癖してかなり頑固だからな。次会った時に俺が勝つまで殴って大人しくさせるしかねーよ」

 

でしょうねぇ、と緒川は苦笑い。

クリスを説得するなんて器用なこと、俺には不可能だ。そもそも、負けた方が勝った方の言うことを聞くという勝負を始めたにも関わらず、中途半端になってしまった以上、次こそは決着(ケリ)をつける必要がある。

 

「...クリスのことは一旦置いといて、とりあえず今は目の前のことに集中だな」

 

完全聖遺物『デュランダル』の移送及び護衛任務。

一筋縄ではいかないという予感だけが胸の中で渦巻いていた。

そこで俺はふと、目の前の緒川に少し気になることがあって尋ねる。

 

「なあ」

「はい?」

「なんでお前この仕事選んだんだ?」

 

この質問が意外だったのか緒川は目を丸くした後、ふっと肩の力を抜いてから教えてくれた。

 

「あまり詳しくは言えないのですが、僕の家系は古来より政府の特務機関に仕えていまして」

「へー、忍者の末裔とか?」

「鋭いですね! どうして分かったんですか!?」

「??? は? 忍者?」

「はい。忍者の末裔です」

「ふぁっ?? マジかよっ!? え、マジで!? マジもんの忍者なのお前!? っていうか今の日本に忍者って現存してんのかよ!!」

 

テキトーな感じに言った言葉が正確に真実を射抜いていたらしく二人揃って驚愕する。

たぶん俺はこの世界に来て一番驚いていただろう。聖遺物とかノイズとかより、忍者が現存してることに衝撃を受けているのも変な話だが、ちょっと感動してる自分がいたのは事実だ。

そこで俺は、ハッと気づく。

 

「おいまさか、弦十郎のおっさんとその姪の翼も実はってことないよな...?」

「カズヤさんには野生の勘でもあるんですか? 司令も、その血縁の翼さんも代々伝わる防人と呼ばれ護国の為に尽くしてきた一族なんですよ」

 

なんで分かったんですか? と首を傾げる緒川に俺は絶句した。

翼はまだギリギリ一般人な空気出してたから確信はなかったが、おっさんの方は明らかに纏う空気が他の連中と違っていたので、緒川が忍者ならおっさんは何なんだろ? というカマかけでもあったのだが、こうも斜め上な事実を知るとリアクションに困る。

 

「...普通そういうのって正直に答えず隠すもんじゃねーの?」

「いずれはバレることですし、我々はできるならカズヤさんとこれからも付き合っていきたい、そんな誠意の表れだと思ってください」

 

優男な忍者の末裔はイタズラっぽくウインクした後、真剣な表情に変え、真面目な口調になった。

 

「カズヤさんもご存知の通り、ノイズに対抗できるのはシンフォギアだけ。しかしシンフォギアを纏える装者は現在たったの三人。響さんがもし発見されなければ二人のまま、いえ、二年前のあの時にカズヤさんが現れなければ翼さんだけになっていたかもしれません。だからこそ、我々はカズヤさんの存在を重要視しています」

 

俺は黙って話を聞く。

 

「情けない話ですが、僕達ではノイズに立ち向かったところで炭になるだけです。未だにシンフォギア以外の有効な手段もありません。そんな時に現れたカズヤさんに、僕達はどれだけの希望を見たか」

 

...希望。

俺は心の中で緒川の言葉を反芻する。

 

「カズヤさん、あなたには力があります。僕達大人がずっと求めていながら手にすることができなかった力が、ノイズを倒せる力が、装者達と共に戦う力が」

 

視線を緒川から自身の右の手の平に移す。

 

「僕も司令も、家系が影響していないと言えば嘘になりますが、理不尽な惨劇から人々を守りたくてこの仕事を選びました」

 

彼の独白は続く。

 

「確かに死ぬような目に遭ったのは一度や二度ではありません。ですが、僕達が戦うことによって誰かに降りかかる不幸を払い除けることができているのなら、これ以上誇れるものはないんです」

 

だから、と彼は突然頭を下げた。

 

「お願いです。これからもカズヤさんの力をお貸しください。あなたは既に二課、そして装者達にとってなくてはならない存在です」

「俺からも改めてお願いする」

 

頭を下げた緒川の後ろ、独房のドアから弦十郎のおっさんが入室してくる。

 

「...おっさん」

 

すると緒川の隣に並び、同様に頭を下げた。

 

「本来異世界からやって来たカズヤくんに我々の事情に付き合う必要はない。我々が背負うべき責務をキミに押し付けているということは重々承知している。ただ戦う力を持つというだけの人間に無理な要請をしているのも分かっている。キミや装者達のような我々大人が守らなければならない若者達を戦場に出しているという不甲斐なさもある。だがその上でキミに頼む!!」

 

 

──俺達に、キミの力を貸してくれ!!!

 

 

その真摯に頭を下げる大人の姿が、とても格好良く見えた。

年取るならこんな格好良い大人になれたらいいなと、漠然と思う。

...俺の中で答えは未だ出ていない。

答えは出ていないが、前々からこの人達と一緒に働くのは悪くないと考えていたのは事実だ。

それに、ここまでされて応えないのは男が廃るというものだった。

 

 

 

早朝。

用意された護衛車、その数四台という少なさに驚きながらも駐車場で腕を組んで待機していると、

 

「カズヤさん!!」

 

背後からの喜色の声に振り向けば響が駆け寄ってきた。その後ろには奏と翼もいる。

 

「よっ、久しぶりだな」

「お久しぶりです! その、元気でしたか?」

「ま、ボチボチって感じかな」

「何だいそれ? そこは嘘でも元気だったくらい言いな」

 

俺の返答に奏が不満気に文句を垂れつつ、俺の肩をぐいぐいと強引に組む。半ばヘッドロックになっているが、緒川からは三人が俺のことをかなり心配していたと聞いていたので、これはその裏返しだなと甘んじて受けておく。

そんな奏の様子におろおろする響と安心したように微笑む翼。

三人の他に弦十郎のおっさんと了子、黒服の怖い兄ちゃん達がぞろぞろやってくると、移送任務についての指示が飛ぶ。

 

「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で、検問を配備。記憶の遺跡まで、一気に駆け抜ける。護衛車四台の内二台に奏とカズヤくんが一人ずつ乗ってもらう。デュランダルを積んだ了子くんの車を中央に、前方にカズヤくんが乗った車を、後方に奏が乗った車を、そして護衛車の後を翼がバイクで追従する。俺はヘリで上空から警戒に当たる」

「名付けて、天下の往来独り占め作戦!」

 

弦十郎の後に了子が作戦名を告げるのを横目に、隣の響に問う。

 

「お前はどれに乗んの?」

「私は了子さんが運転する車です」

 

了子の車にデュランダル積むんだもんな。人員の配置的にそりゃそうかと納得した。

それから割り振られた配置通り、俺は先頭を走ることになる黒塗りの高級車に乗り込む。

黒服の兄ちゃんがエンジンを点火。車が走り出した。

デュランダルを積んだ了子の車。それを前後左右から挟む形で並走する護衛車四台。更に少し遅れて翼のバイク。上空は弦十郎が搭乗するヘリ。これらは二課の敷地から順調に目的地まで進んでいたが、途中の橋──自動車専用道路のような長く大きな道路に差し掛かった所で嫌な予感がした。

橋の上って、逃げ場なくね?

俺が襲撃側だったらここで襲う。橋の途中で前後塞いで逃げられなくするな。

そんなこと考えていたら、それが即現実となり、前方のアスファルトにヒビが入り地面が割れて、

 

「あ」

 

一瞬の浮遊感の後、俺が乗った車は海に向かって落ちた。

数秒もせずに着水。どんどん沈んでいく車。窓の外は既に海の中。この車はもうダメだと判断しアルター能力を発動させ車一台丸々分解。

車が消えれば当然海水に全身を晒される。まだ季節的に初夏になる前だからか水温が低くかなり冷たい。

一緒に乗っていた黒服の兄ちゃん二人は、自分達が乗っていた車が突如消え失せたことに驚いたが、そばの俺のシェルブリットを見てすぐに落ち着きを取り戻す。

 

『カズヤさんが落ちたああああああっ!?』

 

響の絶叫が通信越しに届く。

 

「まだ死んでねーから心配するな!!」

 

それに対し俺は左耳に装着したインカムに自身の無事を知らせる声で応じる。

 

『カズヤくん、状況は!?』

「車はダメだが黒服の兄ちゃん共々無事だ」

 

言って、二人の黒服の兄ちゃんそれぞれの腕を掴み、右肩甲骨部分の回転翼を回転させ、海面から飛び上がった。

橋に戻るのは、さっき橋が崩されたから危険な気がするし、ノイズの出現も考えられる。一旦何処か安全な場所までこの二人を送り届けないと。

空中でホバリングしながら、本人達に直接聞いた方が早いと思い至る。

 

「おい黒服の兄ちゃん、何処か安全な場所あるか? 一旦そこまで飛んで送ってやる」

 

すると、俺の予想だにしない返答がきた。

 

「いや、我々に構う必要はない。足手まといは捨てて"シェルブリット"はすぐにデュランダルの護衛に戻ってくれ」

「捨てて、って海の上でか!? それともノイズがいるかもしんねー橋の上か!?」

「どちらでもいい、それより護衛に──」

「うるせぇっ! できるかそんなことっ!!」

 

はっきりと拒否し、俺は戻ることとなるが二課本部方面の陸地に向けて飛行を開始。

両手にガタイのいい黒服の兄ちゃんを二人ぶら下げて飛んでいる最中、俺は少し気になって二人に尋ねた。

 

「本来ノイズとの遭遇ってのは、都民が一生涯に通り魔事件に遭遇するよりも低い確率なんだろ? あんたらなんでその確率を上げるようなこの仕事してんだ?」

 

二人は俺がこんな質問をしてくるとは思っていなかったのか、お互いに顔を見合わせている。

 

「普通だったらもっと他の安全な職に就いたり、人口が密集してない地域に移ったりしないか?」

 

俺がこれまで抱いていた小さな疑問。

どうして二課に所属している者達は二課で働くことになったのか。

弦十郎のおっさんや緒川は家系に影響されたと言ってた。だが他の連中は? 皆が皆そうではないだろう。

だから俺は知りたくなった。どんな覚悟と想いがあってこの仕事を選んだのか。

黙って答えを待っていると、やがて片方が諦めたように呟く。

 

「それは消防士に火災現場は危険だから行くなと言っているようなものだぞ」

「確かにノイズは災害扱いされてるのは知ってるよ。だがそれが人為的に起こされたもんだってこの前分かっただろうが」

 

クリスが使っていたあの武装。ノイズを操る力が存在しているのなら、そもそもノイズは災害ではなく兵器として生み出された可能性がある。

 

「だがそれが全てとは限らないだろう。それこそノイズによる被害は世界各地で起きている。人為的なものの方が少ないさ」

 

これを言われると俺は黙るしかなかったが、もう片方の黒服の兄ちゃんが静かに告げた。

 

「...昔、ノイズに家族を殺された知人の話を聞いたことがあった」

「それで?」

「ノイズは人を炭に変える。つまり遺体が残らない。しかも風で飛ばされる前にその炭を回収しなければ、もしくは()()()()()()()()()()()()()()()()、かつて()()()()()()すら遺族に届かない」

「...」

「葬式の際、棺桶に入れるものは遺品と花だけ。酷い話だ、でもそんな話は日本だけでなく世界中で転がっている」

 

改めてノイズの恐ろしさを知らしめる話だ。この世界の人々は遥か昔からそんな脅威に怯えて暮らしていたのだ。

 

「出掛けた家族がノイズに殺された。しかも遺体の炭も回収できなかった。そんな知らせを受けて、空っぽの棺桶で葬儀を行い、手元に残ったのは喪失感だけ。その知人は家族が死んで十年以上経過しているのに家族の死を今でも受け入れられないでいる」

 

ぞくりと背筋が寒くなる。

ノイズ被害の遺族というのは、まさにこのことを示す。

 

「だから俺は危険を承知でこの仕事を選んだ。ノイズによる犠牲者を、知人のような悲しむ人を少しでも減らせれば、と」

「二課に所属してる連中は皆こんな感じさ」

「幸い俺達にはシンフォギア装者がいてくれる。彼女達に直接ノイズとの戦いを押し付けるのは大人として心苦しいが、それは彼女達にしかできない。だったら俺達は俺達にしかできないことを全うする。たとえ、それが自分の命と引き換えになったとしてもだ」

 

やがて陸地に辿り着き、二人を降ろす。

 

「あんたらは、死ぬのが怖くないのか?」

 

俺の問いに二人は当然だとばかりに答えた。

 

「怖いさ。怖いけど、自分より年下の女学生だけを戦わせて何もしないのは、そんなのは嫌なんだ。俺達は大人だからな」

「誰もが嫌がる仕事でも、誰かがこなさなきゃいけない。俺達の仕事というのはそういうものだ。感謝されても、されなくても」

 

...凄いなこの人達は。

俺は心の奥底から尊敬した。

 

「そんなことより行け、"シェルブリット"。お前にはお前にしかできないことがある。それは間違いなく俺達ができることよりも大きく、重いもののはずだ!!」

「頼むぜ"シェルブリット"。装者とお前は俺達にとってノイズという絶望を打ち砕く希望そのものなんだ。お前達が頑張ってくれればその分泣く人が減る、それだけで俺達は報われる」

 

希望。緒川も俺にそう言った。

嗚呼、そうか。だから緒川と弦十郎のおっさんはあんなに必死になって頭を下げたのか。

 

「...サンキューな、黒服の兄ちゃん達。目が覚めた気分だぜ」

 

感謝を述べるとくるりと反転し、響達が向かったであろう場所を目指す。

どうして二課に所属してる大人はこうも格好良いのだろうか。

先程の彼らの言葉を、緒川と弦十郎のおっさんの言葉を思い出し、胸が熱くなる。

そうだ。

この世界がどんなものなのかとか、

自分がどういう存在なのかとか、

そんなことはもうこの際どうでもいい!

俺も、あの人達みたいな格好良い大人になりたい。

たとえこの世界にとって俺という存在が異物だとしても、

俺が関わった人間にとって都合が良い存在だったとしても、

()()()()()()生きることになんの不都合がある?

俺は"スクライド"のカズマじゃない、カズマにはなれない。

()()()()()()()()()!!

今の俺の知識と人格が俺の元になった人物の搾りカスだとして、それが何だってんだ!?

こんな俺でも必要としてくれる人達がいる。

響が、奏が、翼が、クリスが、緒川が、弦十郎のおっさんが、他にもたくさんの人達が、誰も彼もが()()()()()()見てくれる。

これ以上に何を望む? どう考えても十分だろうが!

今ここにいるのは、この世界で生きているのは()だ。カズマや元になった人物じゃない。()()()だ!

俺はカズヤ。"シェルブリットのカズヤ"だ。

そしてこの世界で、カズヤ()にしかできないことがある。

だったらとことんやってやるさ。

カズヤの、カズヤだけの生き方を、

この世界に、俺に関わった全員に刻んでやる。

もう迷わない。迷う必要なんてない。

俺はただ道を真っ直ぐ進むだけでいい。もし障害物があったら真ん前から力ずくでぶち抜けばいい。

存在意義も、生きる意味も、戦う理由も、居場所も、ダチも仲間も、心の底から本当に欲しいもんは全部この手で奪い取る!

胸を張れ!

前を見ろ!!

握った拳に力を込めろ!!

 

「さあ、進むぜ! 俺が選んだ俺だけの道を! 行けるってんなら何処までもなっ!」

 

輝け!

もっとだ、もっと!!

もっと輝けぇぇぇぇぇっ!!!

 

「シェェェェルブリットォォォォォォォッ!!」

 

 

 

 

 

【道】

 

 

 

 

 

弦十郎の指示で薬品工場という危険地帯にあえて逃げ込み敵の攻め手を封じる。敵の目的がデュランダルの確保ならそれの損壊を恐れるはず。この読みは功を奏しノイズによる攻撃頻度は減った。

しかし、三人の装者の前に現れたのはネフシュタンの鎧を纏った雪音クリスの姿。

 

「残念ながら今はカズヤはいないよ。アイツ海に落っこちたからね、当分ここに来れないよ」

 

シンフォギアを身に纏い槍を構える奏。

 

「そりゃ都合が良い。今日の目的はカズヤじゃなくてデュランダルの確保だからなぁ!!」

「何!?」

 

てっきりカズヤが最優先目的でデュランダルは二の次だと思っていた響達は戸惑いながらも戦闘を開始した。

了子の眼前で行われる激しい戦闘は、三対一という数的に不利なクリスが押され気味であったが、痺れを切らした彼女は、ここが薬品工場だというのも忘れてノイズを大量に召喚させ、状況を覆そうとする。

対抗する響達もノイズの召喚に出し惜しみする気が失せたのか、揃いも揃って大技を繰り出しまくり、既に周囲は火の海。爆音や爆発が止むことはない戦場は地獄の釜へと変貌しつつあった。

そんな時に背後から電子音が響いてくる。デュランダルを入れていたケースだ。ランプが赤く点滅し始める。

 

「この反応...デュランダルが三人のフォニックゲインに反応している?」

 

歌いながら戦う装者の姿を注視すると、うっすらと金色の光を纏っているように見えなくもない。

...金色の、光?

それが何か思い出す前に、ケースをぶち破ってデュランダルがその姿を現し、空中で静止する。

 

「...確保!」

 

位置的に一番近くにいた翼がデュランダルに向かって跳躍するが、

 

「させるか!」

 

ネフシュタンの鎧の鞭が足に絡みつき、地面に叩きつけられる。

しかし翼にかまけていたことで奏の接近に反応が遅れたクリスは、真横から脇腹に飛び蹴りを食らって吹っ飛んでいく。

 

「響!」

「はい!」

 

奏の声に応じた響がデュランダルに手を伸ばし、ついにその柄を握る。

瞬間、この場にいる全員が強大な力の波動を肌で感じ、瞠目した。

デュランダルを手にしたまま着地した響の様子がおかしい。瞳孔が開き、歯を食い縛り、何かに耐えるように全身が震え出す。

そして響が握り締めるデュランダルは全体から黄金の輝きを放つと、直後に目を覆いたくなるほどの閃光を生み出し天を貫いた。

響は何かに操られるように剣を高く掲げる。

刀身から放たれる光が一際強くなると、全体が錆びた茶色のような色合いだったデュランダルはまるで生まれ変わったかのように磨かれた金属の光沢を宿す。

先端から光が迸り切っ先が再生したかのように伸びる。柄から切っ先まで黄金の剣。完全聖遺物としての真の姿。

誰もが予想していなかった完全聖遺物の起動。

 

「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴァァァァ!!」

「...こいつ、何しやがった!?」

 

何かにとり憑かれたように唸り声を上げる響にクリスが戦慄した。

その背後では了子が恍惚とした表情で響とデュランダルに熱い視線を注いでいる。

了子の様子に気づいたクリスにとって、そんな彼女の態度は酷く苛立ちを覚えた。舌打ちしてから響に向き直る。

 

「そんな力を見せびらかすなぁぁぁ!」

 

ノイズの召喚を行い響を襲わせようとしたその時、響がクリスに反応を示す。

理性のない、敵意と破壊衝動に支配された眼差しがこちらを射抜く。

怖気が全身を駆け巡る。恐怖が体を塗り潰す。このままでは殺されると理解した。この場から逃げなければと本能が叫ぶ。

響がクリスに向かってデュランダルを振り下ろそうとした刹那、

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

猛スピードで突っ込んでくる男がいた。

デュランダルを遥かに凌駕する黄金の光を全身から放ち、真夏の太陽にすら勝る輝きを迸らせながら、カズヤが響とクリスの間に割って入る。

振り下ろされるその前に、シェルブリットの手の平でデュランダルの刀身を受け止め、掴む。

残った左手で柄を握る響の手も握り締める。

 

「クリス! 死にたくなかったら早く逃げろ!」

 

肩越しに振り返り怒鳴ると、クリスが弾かれたように飛び去り逃げていく。

 

「奏! 翼! いつまでも呆けてんじゃねぇ! 響は俺がなんとかするからまだ残ってるノイズなんとかしろ!」

 

更に奏と翼を怒鳴りつける。二人が慌てて動くのを視界の隅で確認してから、響の顔を至近距離で正面から見据えた。

 

「響、お前にそんな形相は似合わねーよ」

 

カズヤから放たれる光がより強くなる。

その光は、デュランダルの光を押し退けるように、カズヤから響の腕を伝い、徐々に彼女の体を包み込む。

 

「お前は笑顔でいるのが一番魅力的だ」

 

右手に力を込め、響からデュランダルを奪い取り、背後に放り捨てた。

 

「だから帰ってこい。お前にこんなもんは必要ねぇ」

 

 

 

 

 

暗い闇の中、響の意識は懐かしい光を感じた。

その輝きは荒々しく、とても苛烈でありながら、優しくて暖かく、胸の奥を熱い想いで満たしてくれるのを知っている。

響はずっとその光に憧れていた。その光と一つになれた時はとてつもなく嬉しかったのを今でも鮮明に思い出す。

(...カズヤ、さん)

今、その光に呼ばれた気がした。

(カズヤさん!)

いや、確実に呼んでいる。光はどんどん強くなる。

既に闇の中ではない。溢れんばかりの輝きに包まれ、心が熱く滾るのを自覚した。

 

「カズヤさん!!」

 

求め伸ばした響の手を、光輝く力強い手が握り締める。

 

 

 

 

 

「お帰り、響」

 

目の前にほっとしたような表情のカズヤがいた。

それだけで何故か涙が出るほど嬉しくて、溢れ出る涙を抑えることも忘れて響はカズヤの胸に飛び込んだ。

 

「カズヤさんカズヤさんカズヤさぁぁぁんっ!」

 

泣き声を上げながら何度も何度も名前を呼ぶ。

彼の背中に手を回し、放すもんか、離れるもんかと強く強く抱き締める。

今目の前にいる彼は、何かに悩み苦しんでいたカズヤではないことを先程心で感じた。本来の彼、いや、むしろ以前よりも遥かに強固な意志を携えている気配すらあった。

 

「随分心配かけたみてーだな、すまなかった。けど、もう大丈夫だ。安心しろ。もう二度とあんなことにはならねぇ」

 

こちらを安心させる穏やかな声音でそう言いながらギュッと抱き締め返してくれる。

全身が包まれているような暖かさ。

彼と心が繋がっているという一体感と昂揚感。

不思議な心地良さを生み出す胸の熱が、全身を駆け巡り力が漲る感覚。

久しぶりに味わう同調の感覚に響は酔いしれる。

結局カズヤが何に悩んでいたのか分からなかった。でもそんなのはもうどうでもいい。

いつものカズヤが戻ってきた。それだけで響には十分だった。

 




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皆様、いつもありがとうございます。
感想も全て読ませていただいております。(諸事情により感想返しは控えさせていただいておりますので何卒ご容赦を)
評価や感想をいただくと、作品作りの際にとても励みになるので感謝してます。
今後とも頑張りますのでお付き合いいただけば幸いです。


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嵐の前の姦しさ

吹っ切れたカズヤはもう色々と自重しません。


最近、やたらと響の機嫌が良い。

話を聞くとどうやらカズヤが元気を取り戻したらしい。

結局彼が何に悩んでいたのかは分からず仕舞いだったが、響にとってはそんなことなど最早どうでもいいことなので、彼女はいつもニコニコしていた。

 

「ビッキーさ、カズヤさんとなんかあったでしょ」

「えっへへ、そんなことないよーん♪」

 

教室で友人から問われてもこんな感じだが、絶対に嘘だ。これは絶対にカズヤと何かあったに違いない。その場にいる全員が確信する。

安藤は未来に耳打ちした。

 

「ホントにビッキーに何があったの? ずっとあんな感じなんだけど」

「私も詳しくは教えてもらえてない。でもカズヤさん関連っていうのは間違いないんだよね」

「彼氏彼女の関係じゃないって言ってたけど、それは以前の話で今は違うのかな?」

「その可能性は無きにしも非ず...?」

 

未来はほわほわニコニコと上機嫌な親友の横顔を盗み見る。

 

「でもまあ、響が幸せそうなら私はそれでいいかな」

 

そう言いながら微笑む未来は、まるで娘の成長を喜ぶ母親のようであった。

その後の放課後。図書館に寄りたいという未来に響はお供として付き添うこととなる。

本棚を物色しながらも未来は響の様子を窺う。

 

「ふん♪ ふふん♪ ふふーん♪」

 

鼻歌を歌いながら上機嫌な響はとても可愛らしい。化粧なんてこれっぽっちもしてないのに艶やかで色っぽさがある。また女として磨きがかかったのではなかろうか。

正直、カズヤと何があったのか知りたい。しかし尋ねたところで、指でシーッという仕草と共に「それはいくら未来でもダメだよ」と思わずドキリとしてしまう色気溢れる笑顔で返されてしまって以降、聞くに聞けない。

...こうなったら強行手段。

響がダメならカズヤ、もしくは奏か翼などの他の人物に聞けばいい!

 

「響、この後"ふらわー"に行ってお好み焼きでも食べない?」

「え? "ふらわー"? うん、行く行く!」

 

色気ムンムンでも食べることが好きなところは全く変わってないのか、響はすぐに食いついた。

普通、女子は好きな男性ができると食事を抑えるようになるとよく聞くが、響はそれに該当しない。

まあ、バイト後にカズヤからの誘いで奏と翼を含めた皆で食事に行き、誰もが腹が膨れるまでしこたま食って帰ることから、カズヤは女子の食事量というものを一切気にしない男性のようだ。

最近ネットでは『いっぱい食べるキミが好き』という言葉が横行し、女子が幸せそうに食べているのを見るのが好きという男性も一定数存在している(らしい)ので、カズヤもそういうタイプなのかもしれない。

 

「それでね、私達だけじゃなくカズヤさん達も誘ってみない?」

「ホント? じゃあカズヤさん達も呼んじゃおーっと」

 

嬉しそうに携帯をスカートのポケットから取り出し電話する響。

さて、これで何処まで話が聞けるのか、少し楽しくなる未来だった。

 

 

 

 

 

【嵐の前の姦しさ】

 

 

 

 

 

「抹殺の、ラストブリットォォォッ!!」

 

右肩甲骨に発生していた三枚の赤い羽のような突起物──その最後の一枚が砕け散るとそこから翡翠色のエネルギーが噴出する。

同時にカズヤは右腕を振りかぶり、槍を構えた奏に突撃した。

対する奏は歌を歌いながら、槍の穂先を高速回転し竜巻を発生させ、迫るカズヤに槍を突き出す。

拳と槍がぶつかり合い凄まじい衝撃波と爆音が生まれ、

 

「うおっ!?」

「うあああ!」

 

二人揃って弾かれそれぞれ後方に吹き飛んだ。奏は槍を床に突き立てブレーキとして使い、カズヤは壁に叩きつけられそうになっていたので右腕を壁に突き刺し衝撃を緩和させる。

 

「...模擬戦はこれで終わらせるか」

「そうだね。さすがにこれ以上やって、いざって時に動けないのはいただけないし」

 

溜め息混じりのカズヤの言葉に奏も疲れたように返答後、それぞれアルター能力とシンフォギアを解除し、二人は場所を休憩室に移す。

予め用意していたタオルで汗を拭い、スポーツドリンクで喉の乾きを癒しソファーに並んで座る。

 

「それにしても、アンタのシェルブリットに複数の形態があるなんてね。今まで黙ってるなんて人が悪い」

「しょうがねーだろ。第一形態は第二形態と比べると技の使用回数に制限あるし、空飛べないしでノイズ相手だと使い勝手良くないんだよ」

 

少し拗ねたように言う奏にカズヤが勘弁してくれと肩を竦めた。

今日の模擬戦でカズヤが奏相手に行使したのは、シェルブリットの第一形態。普段はノイズ相手に第二形態を使っていたのだが、デュランダルの移送の一件からこれまでの間ノイズ出現やクリス襲来などが一切なくなってしまい、時間が余っていたので今まで一度も使ってこなかった第一形態を確認の意味で発動させ、奏に相手をしてもらっていたのだ。

 

「でも確かに、空飛べる飛べないの違いはでかいね。アタシら全員接近戦タイプだから敵が空飛んでると一気に手数減るし」

 

槍を投擲したり斬撃飛ばしたりはできるが、飛んで逃げていく敵や遠くの存在を狙撃するのが苦手というのは否めない。

だから、空中の敵まで一直線に飛んで接近可能な第二形態は非常に便利だった。第一形態だとこうはいかない。

 

「それに同調って第二じゃないとできないみたいだし、一緒に戦うんなら第二の方がアタシとしてはありがたいね」

「そうなんだよなー」

 

同調した時のメリットには、単純な出力アップや戦闘力の向上以外に、シンフォギアから装者への負荷を軽減するというのがあることも発覚した。

この事実は特に適合係数が低くLiNKERという投薬を必要とする奏にとっては喉から手が出るほど欲しかったものであり、シェルブリットの破片を用いたギアの改修には、同調による戦力アップと負荷軽減が目的とされている。その為、バージョンアップする度にカズヤは第二形態の破片を提供していたのである。

これについてカズヤはやはり『都合良過ぎる、シンフォギアと相性良過ぎる』と訝しんでいるのだが、装者三人が喜んでるしいいかと、もう以前のように深く考えるのはやめていた。

 

「で、今日アタシと第一で戦ってみて、雪音クリスとはどっちで戦うのよ?」

 

少し挑発的な物言いにカズヤはニヒルな笑みを浮かべた。

 

「第二だな。ネフシュタンの鎧には飛行能力あるし、鞭とエネルギー弾に対抗するには技に回数制限ある第一じゃ不利だ。始めっから第二でシェルブリットバーストぶち込んでやる」

 

というか、先程の模擬戦はあのまま続けていたらカズヤが負けていた可能性が高い。第一形態で最後まで戦い続ける場合『抹殺のラストブリット』で勝負を決められなければ正直後がないのだ。

そう考えると、"スクライド"の"カズマ"が第二形態を手に入れるまでの勝負強さとか、勝負所を見極める嗅覚とか、技が使えなくなってもそのままぶん殴る気概の強さとか、改めて尊敬する点は多い。さすが主人公、カズヤには真似をするのも難しい。

そんな風に思考を巡らせるカズヤに、奏はぐぐぐと近づき、至近距離からその顔を覗き込む。

互いの吐息が感じられる距離にさすがに戸惑いつつ、疑問の声を上げる。

 

「...急に近いが、何だよ?」

「アンタ、まだ力隠してるでしょ」

「!!」

「その反応、やっぱりね。アンタのシェルブリットが複数の形態を持ってるって聞いて、もしかしたらと思ったけど」

 

嵌められた、と言わんばかりに苦虫を噛み潰したような表情になるカズヤに奏はおねだりするように「ねーねー」と更に詰め寄った。

 

「ホラホラさっさと吐いちまいな。もし他の皆にばらされたくないってんなら、アタシとアンタだけの秘密にしてやるからさ」

 

休憩室には幸か不幸か奏と二人きりの状況。

暫しカズヤは自身の顎に手を当て、考えてから静かに語る。

 

「...シェルブリット、最終形態」

「最終形態...」

「第二形態でもアルター化させてるのは右腕までだが、最終形態は全身をアルター化させる」

「全身を、ねぇ」

 

イマイチどういうものなのかピンとこない奏。

 

「ま、最終形態はよっぽどのことがない限り使わないつもりだがな」

「なんで? それ使えば雪音クリスどころか誰が相手でも楽勝なんじゃないの?」

 

当然の疑問にカズヤは首を振る。

 

「強いことは強いが、加減できねーんだよ、あれ」

「そう言われても想像つかないね、具体例出してよ」

 

最終形態の普通のパンチは第二形態の最大火力と同レベルかそれ以上、と言ったら奏はどんな顔をするだろうか。若干沸き上がってくる悪戯心をぐっと押さえ、使いたくない理由をつらつら並べることにした。

 

「加減できねーだけじゃねー。ちゃんと制御できるか自信ねーのに使った後のことなんて怖くて考えたくねーの」

「...普段無茶苦茶なアンタがそんだけ言うってことは、相当ヤバい代物だってことで納得しとくよ」

 

酷い言われようだがこれ以上の追及は許して欲しかったので甘んじて受ける。

 

「でも、これだけは約束して」

 

奏は真剣な表情で小指を立てた右手をカズヤに差し出す。

 

「絶対に負けないって」

 

それに右手の小指を絡め、力強く頷いた。

 

「...あいよ」

 

こちらの返答に満足したのか、奏は柔らかい笑みを浮かべる。

と、その時である。カズヤの通信機から呼び出し音が鳴った。

対応しようとして、奏が指切りした状態の手を離してくれない。しかも彼女は不貞腐れた顔でそっぽを向いている。数秒前の笑顔は何だったんだと問い詰めたい。

仕方がないので自由な左手で通信機をズボンのポケットから取り出し受話ボタンを押す。

 

「カズヤだ」

『響です! いきなりですけどカズヤさん! お腹減ってません!?』

 

電話の相手は響だった。しかもこれは間違いなく食事の誘いだ。こういう前置きを抜きにした会話って話が早く進むのでカズヤは結構好きだったりする。

 

「それなりに減ってる」

『じゃあ行きましょう、お好み焼き食べに"ふらわー"行きましょう、奏さんと翼さんも誘って』

「だとさ。俺は行くつもりだが奏はどうする?」

「行く」

「奏も行くってよ」

 

通信機の音量が大きいのか響の声が大きいのか、隣の奏にもしっかり聞こえているのでそのまま尋ねて返事をもらい、二人共行く旨を伝えた。

 

『なら翼さんは私から連絡しておきます』

「頼むわ」

 

その後細かい合流場所を確認し、通話を切ろうとしたら悪どい顔をした奏に通信機を奪われる。

何だ? と思って事の成り行きを見守っていると──

 

「悪いんだけどね響、アタシとカズヤ二人共汗だくで臭いもきついからシャワー浴びてから行くんで、ちょっと遅れるよ」

『.........カズヤさんと奏さんが汗だくのドロドロのぐちゃぐちゃに酷く汚れてて臭いもきつい!?』

 

そこまでは言ってない。

 

『二人して何してたんですか! ナニしてたんですか!?』

「じゃ、また後でね」

『ちょっと待──』

 

問い詰めようとした響を無視して奏は通話を切ると、満足気に通信機をこちらに返却してくれた。

とりあえず今のやり取りで確信したことがあったので、カズヤはそれを口にした。

 

「響って絶対にムッツリスケベだよな」

「...どっちかって言うと、アンタっていう年が近くて親しい異性と出会ってそっちの方面に興味持つようになったんじゃない?」

 

この発言にジト目で睨んでくる奏にカズヤは一人納得したように頷く。

 

「響くらいの年齢の女子なら健全で良いことだな。健全な心と健全な体には健全なエロスが宿る...そういや最近の響から以前よりエロスを感じるのはそういうことなのか?」

「...エロス、ってアンタ...とりあえずアンタが一番のドスケベだってのが今分かったよ」

「響だけじゃねーよ、奏も翼も最近エロ──」

「言わんでいい!!」

 

顔を真っ赤にして叫びカズヤを黙らせ、一人足早にシャワールームに向かう。

先程響をからかうようなことをした手前、あまり人のことなど言えない奏であったが、カズヤの言動には彼女ですら最早呆れるしかない。

そして背後では一人腹を抱えて笑いを堪えるデリカシーのない男が取り残された。

 

 

 

カラスの行水並のレベルで手早くシャワーを浴び、地下と地上を繋ぐエレベーターの前で奏を待っていると、喪に服した弦十郎が現れた。

 

「...おっさん、その格好って...」

「ああ、先日殺害された広木防衛大臣の法要でな」

「確か二課の後ろ盾になってたお偉いさんか」

 

顔を知らない人物ではあるが、おっさん曰くかなり信頼できる人だったらしい。

 

「犯人については、相変わらず進展なしか?」

「残念だが...」

 

沈痛な面持ちで目を伏せるおっさんの表情に、俺は元気づけるつもりでおっさんの肩に手を置いた。

 

「ま、元気出せや。そのお偉いさんが置き土産として本部のグレードアップさせてくれたんだろ? だったら今はここの強化に努めようぜ」

「いや、違うぞカズヤくん。亡くなった広木防衛大臣は我々の後ろ盾ではあったが、二課への血税の大量投入には反対派の筆頭だ。今実施されている本部防衛システムの強化は、後任の副大臣の後押しによるものだ」

「...何?」

 

思っていたものと異なる事実に俺は眉間に皺を寄せる。

引きこもり&独房暮らしがそれなりに長かったので情報共有が正しく行われていないのかと考えたが、それにしても何か言い知れぬ違和感を覚えた。

 

「その後任ってのは?」

「協調路線を強く唱える親米派で、今後の日本の国防対策に米国政府の意向が通り易くなった訳だ。今回の広木防衛大臣殺害には米国政府によるものではないかという話も先程皆としていたんだが...どうしたカズヤくん? 随分険しい表情をしているが...」

 

俺の顔の変化におっさんが戸惑うのも無視して、胸の中に燻る疑念を告げる。

 

「広木防衛大臣ってのは、ここの防衛システム強化に邪魔だったから殺されたんじゃねーのか?」

 

この言葉におっさんの眼光が鋭くなり、胸の内に溜めていた感情を溜め息と共に吐き出すようにしてから「キミの考えを聞かせてくれ」と促す。

 

「あくまで俺の勘だから鵜呑みにすんなよ...クリスが早々に俺を認知してたことで、ここに内通者がいるのはほぼ確定してる。まずこの点はいいな?」

 

おっさんは首肯。

 

「次にお偉いさんの殺害。これはそのお偉いさんがいることで不都合があるから消された。つまりさっき言ったことが動機になってる可能性がある」

「...」

「次にデュランダルだ。あれの移送と護衛につくシンフォギア装者三人、強奪する為に現れたクリスとノイズ。戦闘は避けられないシチュエーション...完全聖遺物ってのは大量のフォニックゲインで起動するんだったよな?」

「雪音クリスの襲来は、デュランダルの強奪ではなく、戦闘によって発生したフォニックゲインによる起動が目的だった、と」

「もしくはどっちでもよかったか。で、結果として起動したデュランダルは今何処にあんだよ?」

 

足元に目を向ける俺とおっさん。

視線の先の更に下には"アビス"と呼ばれる領域があり、そこに現在デュランダルは安置されている。起動してしまったことで移送を断念し、再度二課本部で保管することになったからだ。

やがて顔を上げ、おっさんと視線を合わせる。

 

「最後に、デュランダルの件から今日までクリスやノイズが一切現れない。防衛システム強化が完了するまでその作業に集中させたい、と考えると」

「一連の出来事に辻褄が合う、ということだな。そこまでは俺も考えた」

 

そういやおっさんって元公安警察官だったっけ。

 

「クリスの後ろにいるのが二課の人間、もしくはここの施設とデュランダルを利用したい人間と仮定した場合の話だがな」

「...カズヤくん、率直に聞こう。誰を疑っている?」

 

この質問に俺は言葉を選ぶことはせず答える。

 

「櫻井了子、藤尭朔也、友里あおい、その他オペレーター陣を含む二課のシステムに精通してる全員だ」

「...やはりそうなるか」

 

心の何処かで俺と同じことを考えていたのだろう。情の厚いおっさんとしては仲間を疑うことなどしたくないはずだ。その顔は渋面を作っている。

 

「おっさん、せめて今からでも防衛システム強化を中止にできないか?」

「それは無理だ。既に多額の資金が投入され、施工もかなり進んでいる。今更中止するとなると、俺達全員が解雇された後に代わりがやってきてシステム強化が再開されるだけだ」

「敵にはクリスが使ってたノイズを操る武装がある。だから俺達全員がいなくなった後だろうが力ずくでどうとでもなる、か」

 

ちっ、と舌打ちし腕を組む。

 

「せめてシステム強化が完了する前にクリスとの決着つけられれば、あいつから情報の引き出しとノイズを操る武装の確保ができるってのに...」

 

クリスの捜索はほとんど緒川任せになってしまっているが、結果は芳しくない。俺もクリスと一緒に出歩いた場所や店で聞き込みをしたが彼女の目撃情報は今のところ皆無だ。

業腹だが今はクリスと敵の動きを待つしかない。

と、そこで俺は我に返った。

 

「ああ! すまねーおっさん、引き留めちまって。法要だったよな」

「っと、そうだった。つい話し込んでしまったな」

 

互いに笑い出すと、俺はエレベーターの呼び出しボタンを押した。

やがてエレベーターのドアが開き、おっさんが中に入る。

 

「カズヤくんは乗らないのか?」

「奏が来るまでここで待ってんだよ」

 

乗ろうとしない俺に質問がきたので返答するとおっさんは苦笑した。

 

「デートか?」

「奏と響と翼と響の友達、計四人の女の子と、な」

「...前々から思ってたんだが、キミ、いつか刺されるぞ」

 

ありがたい忠告を俺にくれるとおっさんは地上へ向かう。

奏がやって来たのはおっさんを見送ってから五分後だった。

 

 

 

「カズヤさん! 奏さんと汗だくでヌルヌルドロドロの臭いが取れなくなることってナニしてたんですか!?」

「ただの訓練」

「.........はい?」

 

俺の姿を見るなりトマトみたいに赤い顔で問い詰めてくる響に対し──そばに未来がいるので模擬戦とは言えないので──訓練とだけ言っておく。

 

「おいムッツリスケベの響くん。お前は一体どんなエロいことを考えてたのか言ってみ? ん? お兄さん興味あるなー」

「えと、その、あのぅ」

 

顔を両手で覆い小さくなり、しどろもどろになる響の頭の上に手を置いてぐりぐり撫でる。

 

「どうせそんなことだろうと思った」

 

そんな響を横目で見つつ「奏が立花のことをからかったんでしょ」と苦言を呈する翼。

 

「最近の響はカズヤさんのこととなるとすぐに過剰反応になるんだから」

「しょうがないよ、響もそういう年頃だし」

 

苦笑する未来の言葉を受け、奏が話を綺麗に纏めようとするが、この場の全員が「お前が言うな」と思いつつも口にはしなかった。

"ふらわー"に場所を移す。

 

「おばちゃん、五人ね」

「いらっしゃい、ってあんたこれまた可愛らしい女の子たくさん連れて、そんなんだから銀髪の彼女に愛想尽かされるんだよ」

 

店に入るなり俺の顔を見てとんでもないことを言い出すおばちゃん店員。

この店には以前クリスを連れてよく来ていたのだが、デュランダルの一件以降彼女は雲隠れしてしまったので、目撃情報を求め聞き込み調査をしたところ『俺がクリスに愛想尽かされ一方的に別れた』と勘違いされてしまったのだ。

そしておばちゃんのこの発言に女性陣が露骨に反応する訳で──

 

「へー。このお店、アンタと雪音クリスが逢い引きに使ってたお店なのかー、そーなのかー」

 

こめかみをひくひくさせる奏。

 

「...カズヤさんと二人でお出掛けご飯だなんて、クリスちゃんズルい...でも私もその内」

 

何やら対抗意識を燃やしている響。

 

「カズヤ、新月の夜は背後に気をつけなさい」

 

忠告なのか通り魔予告なのか分からん発言の翼。

 

「その銀髪の彼女について詳しく」

 

笑顔で恫喝する未来。

 

「おばちゃん、早く席案内してくんね? このままだと俺がお好み焼きの具材にされる」

「店内見りゃ分かんだろ、他の客いないんだから好きなとこ座りな色男」

 

両脇を響と奏にがっちり押さえられ、怖い黒服の兄ちゃんに引きずられる宇宙人のようにテーブル席の真ん中に座らせられる。両隣には響と奏。向かいには肘をついて手を組むという全く同じポーズの未来と翼。

 

「おばちゃん、俺お好み焼きの大盛で明太子と餅とチーズのトッピング付けて、飲み物はオレンジジュースな!」

「はいよー」

「この男、この状況下で全く動じていない、だとっ!?」

「神経図太いにもほどがあるでしょ」

 

翼が戦慄し奏が忌々しそうにしているが気にせず正論をぶつけてごり押しする。

 

「アホか。飯屋に来て飯食わねーとか飯屋冒涜してんのか? 食事処で生計立ててる人達に迷惑かけてんじゃねーよ。騒いだりごちゃごちゃ抜かすと店から叩き出して出禁にするぞ! 店には客を選ぶ権利があるし、売買契約上では客と店は対等なんだからな!」

「あれ? 私達なんでこんなに叱られてるの?」

「正論聞かされてるはずなのにこんなに理不尽な気分になるの初めて」

 

納得いかんと首を傾げる響と未来であったが、店とおばちゃんの迷惑になるのは避けたいのか大人しくメニュー表を眺めることにした。

暫くの間、女性陣はメニュー表と睨めっこしながらキャッキャしていたが、やがて食べたいものが決まると口々におばちゃんに注文する。

 

「で、銀髪の彼女、クリスって誰なんですか?」

 

注文を終えてお好み焼きが出来上がるのを待つばかりとなり、未来が口火を切った。

 

「俺のダチ」

「それだけじゃないですよね」

 

未来の追及は止まらない。

なので、翼と未来をじっと観察してから言った。

 

「特盛なダチ」

「おいカズヤ貴様っ! 何故今私と小日向をじっと見てから言った! それに特盛だと? まさか私と小日向は並盛以下だとでも言いたいのか!?」

「どういうつもりですかカズヤさん? キレそうなんですけど」

 

向かいに座る二人から黒いオーラと剣呑な空気が立ち上る。

 

「分かった、はっきり言ってやる。雪音クリス、お前らとほぼ同時期に知り合ったダチだ。名前からしてハーフ、銀髪が特徴的で、小柄なのにお前らと比べて胸が特盛で、女性らしい柔らかさと丸みのあるグラマラスな体型をした思わず抱き締めたくなる可愛い女の子だ。唯一の欠点は食べ方が汚い」

「『お前らと比べて胸が特盛』からは余計な情報だカズヤァァァァァッ!!」

「一度ならず二度までも堂々とセクハラ発言...張っ倒しますよ!!」

 

立ち上がった翼と未来の二人に襟首を絞められたので怒鳴り返す。

 

「うるせぇ並盛以下共! 発言したかったら大盛の響くらい魅力的になってからにしろ! 胸囲の格差社会を思い知れ!!」

「わ、私、カズヤさんにとって魅力的な大盛なんですか!?」

「自信持て響、お前は魅力的だ」

「どうしよう未来? 私男性にこんなに誉められたの生まれて初めてだよ!」

「フギギ...親友としては一緒に喜んであげたいけど女としては悔しいぃぃぃぃぃ!!」

「アタシは! アタシは!?」

「奏は超特盛で魅力的だぜ」

「よし!」

「私はカズヤさんにとって魅力的な大盛...えっへへ♪」

「無駄に大きい奏と明らかに小さい小日向はともかく、私と立花はそんなに変わらないだろう!?」

「あ!? 翼今なんつった? アタシの何処が無駄に大きいって!?」

「さりげなく私のこと小さいってディスりましたよね今!?」

「ち、違う、今のは言葉の綾で。決して胸の大きさで奏に嫉妬していたとか小日向より僅かに大きくて優越感に浸っていたとかではない、断じて!」

「本音と建前の使い方下手かよ。そもそも自分が響とそんなに変わらんとか、ハッ、ちゃんちゃらおかしいぜ」

「カズヤ貴様は黙っていろ!!」

「やかましいわよクソガキ共!! 騒いだりごちゃごちゃ抜かすと店から叩き出して出禁にするわよ! 店には客を選ぶ権利があるし、売買契約上では客と店は対等なんだからね! それが分かったら黙ってお好み焼きを食いな!!」

 

お好み焼きを手にしたおばちゃんが怒声を上げながら配膳してきたので、俺達は一瞬で黙り込み平謝りする。

すいませんでした...!!

 

 

 

"ふらわー"を後にして──

 

「帰ったら腹ごなしにまた訓練でもするかなー」

 

とぼやく俺の肩を翼が握り潰すくらいの強さで掴む。

 

「奇遇だな。私も今少し体を動かしたい気分だったんだ。付き合ってもらえるだろうか?」

 

全身から吹き出た怒気と殺気が肌をヒリつかせる。

 

「いいぜ。ただし、お好み焼き食った後にもんじゃ焼き作ることになっても後悔すんなよ」

「その言葉、そっくりそのまま返してくれる。先程受けた屈辱、忘れてないからな」

「意外に根に持つな。そんなんだからいつまで経っても片付けられない女なんだよ」

 

次の瞬間、翼は俺の肩から手を離し赤面しつつ距離を取った。怒気と殺気も嘘みたいに霧散。

 

「何故それを!?」

「俺が緒川とそれなりに仲良いの知ってるだろ」

「緒川さんの裏切り者め!!」

「あいつ愚痴ってたぞ。女子力ゼロのこのままじゃ嫁の貰い手がいなくて将来心配だって」

 

この話を聞いて響が隣で腕を組んでいる奏に質問していた。

 

「翼さんってなんでもそつなくこなしそうなイメージあったんですけど...」

「でも実際の翼はマジで女子力ゼロだよ。アタシとしては『人気歌手ツヴァイウィングの風鳴翼は女子力ゼロの汚部屋の主だった』ってタイトルでマスコミに報道される前に直して欲しいんだけどね」

「それはそれで撮れ高は凄く良さそうなのがまた...」

 

相棒として全くフォローしない奏に未来が必死に笑いを堪える。

そんな三人の反応に翼は餌を待つ金魚のように口をパクパクさせた後、俺の襟首を両手で掴んで締め上げつつがっくんがっくん揺さぶってくる。

 

「カズヤァァ、カズヤァァァ、カズヤァァァァァ!! もう全部お前のせいだあああああ!!」

「おい公衆の面前でやめろ。『人気歌手ツヴァイウィングの風鳴翼、痴情のもつれで知人男性相手に暴行事件を起こす』ってタイトルでニュースや新聞、SNSに晒されんぞ」

「そんなことになって生き恥を晒すくらいならお前を殺して私も死ぬ!」

「暴行事件が殺人事件になるだけで誰も幸せにならねーからやめろや!!」

 

そんな感じでギャーギャー騒ぎながらリディアンの寮に到着すると、未来と別れた。

俺達四人はそのまま二課本部に足を向ける。

 

「ああああああ! 話聞くの忘れたああああああ! これも全部カズヤさんのせいだあああああっ!!!」

 

背後から未来の絶叫が聞こえてきたが内容が内容なので俺達四人は揃って無視した。

 

 

 

 

 

それから暫くの間、クリスの襲撃もノイズの出現もない穏やかな日々が続く。

やはりおっさんと話した通り、敵は本部防衛システムの強化が完了するまで待つつもりのようだ。

念の為、もし何かあった場合は本部施設をデュランダル諸共破壊する旨はおっさんにだけ宣言しておいた。勿論、立場上おっさんは許可なんて出せないので、あくまでも俺の意志を伝えるだけに留まったが、いざという時は頼むとその目は語った。

ちなみに、二人で怪しいと疑っているオペレーター陣については、緒川を含めた黒服の兄ちゃん達に監視を命じたとのことだが、今のところ尻尾は出していない。元公安警察官だったおっさんが近くにいる以上、迂闊な動きをするつもりがないのか、それともこちらの動向を悟られたのか。あるいは本部防衛システムの強化が完了するまで動く必要がないのか。

何事もないまま、更に時間が経ち、そして──

 

「カズヤァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

本部防衛システムの強化が完了した翌日。

クリスが襲来した。

 




予告

かつて失った温もりを渇望する少女、
雪音クリス。
ただひたすら前に進むと決意した男、
カズヤ。
相反する想いを胸に秘めた二人は、
互いを尊ぶべき存在と知りながら、
互いの存在を懸けて真っ正面から対峙する。
二人の叫びが、力が、譲れない想いがぶつかり合う。
その戦いの行く末に、二人は何を見るのか。
次回
【雪音クリス】
花は、愛でられてこそ、美しい。


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雪音クリス

ズボンのポケットに収まっている通信機が鳴り響く。

最近定番となりつつあった放課後の"ふらわー"での皆との食事会は、リディアンの校舎を出て少し歩いた所で本日はなしになったことをカズヤは悟る。

通信機を取り出し受話ボタンを押し耳に当てた。

 

『カズヤくん!』

「分かってる、俺も捉えた」

 

弦十郎の声に短く応える。

先頭を歩いていたカズヤが急に足を止めたことを不審に思った皆が声をかけるその前に、

 

「カズヤァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

上空から絶叫と共に落ちてきた少女──雪音クリスが現れ、十メートル程度の距離を保ちカズヤの正面に着地、対峙する。

 

「そろそろ来る頃だと思ってたぜ、クリス。この日をどれだけ待ってたか」

「随分待たせちまって悪かったなぁカズヤ。だが待つのも待たせるのももう終わりだ。今日こそ決着(ケリ)をつけてやる!」

 

案の定、クリスはネフシュタンの鎧を纏っている。もう待ちきれない、これ以上我慢できないと既に手にした鞭をしならせ戦闘態勢になっていた。

 

身構える奏と翼を手で制し、せっかちな奴だなと苦笑しイヤホン型のインカムを取り出し、通信機は響に投げ渡しインカムは左耳に填める。インカムの電源を入れるのも忘れない。

 

「待ってくださいカズヤさん! 未来が、未来がいるんですよ!? 今この場でクリスちゃんと戦うつもりなんですか!?」

 

至極当然な響の意見だったが、カズヤはむしろこの場に未来がいた方が今後は都合が良いと考え、頷く。

 

「もう未来に隠し事はなしだ。響の一番のダチである以上、このまま隠し通すのは無理だ。だったら真実を見てもらって、後はどうするか本人に決めてもらう」

 

突然空から降ってきた少女、しかもそれが件の『雪音クリス』で、おまけに変な格好をしていて、挙げ句の果てにカズヤと戦おうとしている。未来にとっては訳が分からない事態だろう。事実、彼女の視線はクリスとカズヤと響の三人の間を忙しなく行ったり来たりさせていた。明らかに混乱しているのが丸分かりだ。

 

「ま、弦十郎のおっさんには俺のせいってことにしとけ。ただ、未来への説明はお前の口からちゃんとしてやってくれ」

 

言って、カズヤは拳を作った右腕を高く掲げた。

 

「シェルブリットォォォォォッ!!」

 

全身から淡い虹色の光が放たれ、足元の周囲の地面──レンガ造りの道路のそれが突如抉れ消え去る。

右腕が肩口から消失し、そこに虹色の粒子が集まり橙色の装甲に覆われた腕が現れた。

前髪が逆立ち、顔の右側──右目の周りを腕と同じ橙色の装甲が覆う。

右の肩甲骨には金色の回転翼が出現し、戦闘準備が完全に整う。

肩越しに振り返り、カズヤは未来に謝った。

 

「今まで黙ってて、いや、教えられなくて悪かった。機密やらなんやらがあって俺らも自由に口に出来なかったから嘘ついてたんだ。ただ、騙すつもりはなかった。特に響はお前を守る為に本当のことを教える訳にはいかなかった。今は何聞いても訳分かんねーだろーが、これだけは分かってくれ。もしそれでも納得いかないってんなら、そん時は俺のことでも恨んでてくれ」

 

戸惑う未来から視線をクリスに戻す。

 

「場所を変えるぜ。丁度あっちに人が少なそうな場所がある。そこでいいか?」

「ああ、邪魔が入らないんだったら何処でもいい」

 

クリスの返答に満足すると、右の拳を道路に叩きつけ、その反動で空高く跳躍し、人がいなさそうな場所に向かう。

後ろをクリスが追従してくる。

 

「カズヤ! 約束忘れんなよ!!」

「あいよ!!」

 

背後から聞こえてきた奏の声に大声で応じつつ移動を継続。

人がおらず、なるべく開けていてそこそこ障害物があるといい。

そして辿り着いたのは自然公園内の林の中と思わしき場所。

ここなら誰も邪魔しないだろう。

 

「さあ、始めるか」

「そうだな」

 

間合いにして約十五メートルの位置に降り立ったクリス。

 

「今日こそ、今日こそはお前をあたしのもんにする。覚悟しろ、カァァズゥゥヤァァッ!!」

「へっ、面白ぇ。やれるもんならやってみろ! クゥゥゥゥリィィィスゥゥゥゥッ!!」

 

クリスがカズヤに向かって鞭を振り回し、カズヤはクリスに向かって突撃した。

 

 

 

 

 

【雪音クリス】

 

 

 

 

 

カズヤの戦い方は相変わらず変わらない。近づいて殴る。その為に相手まで最短距離を突っ走る。それだけをバカの一つ覚えのようにひたすら繰り返す。

 

「おおおおおおおっ!」

 

だが、戦い始めて一分も経たずに気付く。以前戦った時と比べ動きの()()が明らかに違う。一挙手一投足が以前より確実に鋭い。

何より、パワーが格段に増している。

 

「おらぁっ!」

 

カズヤは自身に飛来するエネルギー弾を殴って迎撃した。それは以前と同じだ。しかし、野球のピッチャーが投げた球をバットで打ち返すが如く、()()()()()()()()()()()()()()()()

飛ばした攻撃が幾度となく跳ね返され、それを回避しながら最早この攻撃が有効ではないと悟る。

 

(これが、カズヤの本当の力か...!)

 

前回戦った時の彼が不調だったのは聞いていた。が、ここまで差があるとは思ってもみなかった。そう考えると前回途中で邪魔が入ったことが悔やまれる。

 

(それでもあたしは、負ける訳にはいかねぇっ!)

 

これ以上の失敗は許されない。失敗したら自分は捨てられる。そうしたらまた独りぼっちになってしまう。

そんなのはもう嫌だ!

 

「調子に乗るなよ、カズヤァァァァァッ!」

 

鞭を二本纏めて槍のように真っ直ぐ突き出す。鋭利な先端が彼の胴体を貫かんと迫る。

しかし、カズヤはむしろチャンス到来とばかりに獰猛な笑みを浮かべ唇を吊り上げた。

彼の右腕──シェルブリットの手首から拘束具のような金属が弾け飛び、それによって拳から肘まである装甲のスリットが展開し、手の甲に開いた穴に光が収束し、右腕全体から光が迸る。右肩甲骨の回転翼が高速回転し銀色のエネルギーを噴出させながら腕を振りかぶる。

 

「シェルブリット、ブワァストォォォォッ!」

 

鞭の先端が突き出した拳に触れるや否や()()()()。弾かれたとか跳ね返されたとかそんな生易しいものではない。莫大なエネルギーを前にネフシュタンの鎧の鞭が力負けして文字通り()()()()()()()

 

(なんてデタラメだ!?)

 

そのままカズヤは鞭を消滅させながら真っ直ぐこちらに突っ込んできた。勿論拳を真っ直ぐ突き出して。

避けられない。歯を食い縛って耐えるしかない。

 

「どおおおおおりゃっ!!」

 

腹に突き刺さるカズヤの拳。ネフシュタンの鎧は容易く打ち砕かれ、腹から背中まで貫通する大きな風穴が開けられたと勘違いするほどの衝撃が襲う。

 

(バカな、ネフシュタンの鎧が...!!)

 

殴られ"く"の字となった体が吹っ飛ばされる。

途中、木にぶつかるがその程度では止まらない。ぶつかる木など小枝のようにへし折りながらそれでも勢い止まらず、最終的に何処かの壁にぶち当たって体が埋まると漸く止まった。

 

「ぐっ...が...あぁ...」

 

猛烈な吐き気がする。腹が悶絶するほど痛くて苦しい。呼吸するのも難しい。いっそのこと意識など飛ばしてしまいたいのに、逆に痛すぎて意識がはっきりする。涎がだらしなく口から垂れて首元を濡らす。足腰に力が入らず立ち上がれない。

ミチミチと肉を浸食する音が鎧の砕けた部分から聞こえてくる。ネフシュタンの鎧の特性、無限の再生能力により破損箇所と使用者のダメージを回復させようとしているのだ。見る見るうちに破損箇所は時間が戻るように修復されていくが、同時に自身の体もネフシュタンの鎧と同化していく感覚がして怖気が走る。

 

「...クリス、降参するか?」

 

近くまで歩み寄ってきたカズヤが問いかけてきた。

 

(つ、強ぇ...)

 

分かっていたことだ。カズヤがあの三人のシンフォギア装者とは格が違うことなど、最初から分かっていたことだ。

ネフシュタンの鎧による鞭やエネルギー弾ではもう通用しない。

かといって接近戦はカズヤの独壇場。近づかれてしまえばどうなるかは今身を以て味わった。

このままでは勝ち目はない。あくまでこのままではの話だが。

 

「...お前が、もしあたしの立場だったら、諦めて降参すんのかよ?」

 

ダメージ回復を図りつつ、ゆっくりと四肢に力を込めて立ち上がる。

こちらの意図──ダメージがある程度回復するまで会話で時間を稼ごうとしているなどバレバレだろう。しかしカズヤなら付き合ってくれる。そんな確信があった。

 

「いや、しねーな。勝ちてーからな」

「だろ? あたしだって、負けたくねぇんだ。だったら、後は分かんだろ...」

「だが、俺はお前のことあんま殴りたくない」

「...戦場(いくさば)で何をバカなことを...」

 

鎧の力である程度は回復できた。

声も問題なく出せる。これなら歌える。まだ戦える。

本音を言えば勝つ為とはいえ歌うなど業腹だが、カズヤ相手にそんなことを言っている場合ではない。

 

「カズヤ、悪いがこっからはあたしのターンだ。だから──」

 

棒立ちだったカズヤが身構えるが気にせず実行する。

 

「吹っ飛べよ、アーマーパージだっ!!」

 

 

 

クリスの身に纏っていたネフシュタンの鎧が、彼女の声と共に弾け飛ぶ。小さな破片となって散弾銃のように破壊を振り撒くそれに対し、咄嗟に後ろに跳んで距離を取る。

 

「Killter Ichaival tron」

 

破壊によってもたらされた煙の向こうから、歌声が聞こえてきた。

 

「この歌、まさか響達と同じ...」

 

カズヤにとっては最早お馴染みの光が、煙の晴れた視線の先で映る。

 

「見せてやる、イチイバルの力だ」

 

閃光が弾け、クリスがその姿を現した。

 

「歌わせたな、あたしに歌を歌わせたな。教えてやる、あたしは歌が大っ嫌いだ! だからカズヤ、いくらお前でも許さねぇぞ!!」

 

赤と黒を基調とした装甲とボディスーツ。そして響き渡る激しい音楽。

間違いない。シンフォギアだ。その証拠に左耳に填めたインカムの向こうでは二課の本部の連中と響達が喧しい。

彼女がかつてギアの候補者だとは知っていたが、まさかシンフォギアまで保有しているとは予想外だった。しかもインカム越しに聞こえる翼の声には、イチイバルというものが十年前に二課で失われたものだということまで教えてくれる。

しかし、これで一つの疑念が確信に変わる。

 

「ハッ、やっぱそういうことかよ」

 

改めてクリスを睨む。彼女は腕の装甲からクロスボウのような武装──アームドギアを展開しこちらに狙いを定めて構えると、五本の赤い光の矢を扇状に広げ発射した。

 

「ちっ、遠距離攻撃主体のシンフォギアか!」

 

響達とは全く異なる戦闘スタイルに舌打ちしつつ回避に徹する。しかし、光の矢はある程度の追尾性を有しているのか避けにくい。

走る、とにかく走って射線上から逃げるが赤い光が追尾してくる。避け切れないのはシェルブリットを盾代わりにしてなんとか弾く。

と、クリスのアームドギアが変形しガトリング砲になる。しかも三連のガトリング砲が片腕に二門、両腕合わせて計四門。それが一斉に火を吹いた。

 

「マジかっ!?」

 

驚いている暇もない。これはさすがに厳しい。容赦なく注がれる弾丸の嵐に地面を無様に転がっているだけでは蜂の巣にされてしまう。

右の拳を地面に叩きつけその反動で跳躍。右肩甲骨の回転翼を高速回転させ──

 

「お見通しだああああああ!!」

 

大腿部の装甲を展開させるクリス。そこには大量の小型ミサイルが詰まっており、それら全てが同時に発射された。

数を数えるのもバカらしい小型ミサイルが飛来する。とてもじゃないがこの数は逃げれない。

だったらやれることは一つ。

 

「調子くれてんじゃああねぇぇぇぇっ!!」

 

回転翼が高速回転。右の拳に力を込めて、ミサイルの群れ目掛けて拳を打ち抜く。

拳から放たれる金色の衝撃波が飛来するミサイルの群れをカズヤに到達するその前に爆発させ、更にその先のクリスに襲いかかる。

 

「何だとっ!?」

 

今度はクリスが驚く番だ。

迫り来る衝撃波に彼女は横に跳んで躱すが、それが地面に着弾した瞬間、収束されていたエネルギーが一気に炸裂し発生した爆風に巻き込まれて転がっていく。

 

「これで終わりだ...食らいやがれぇぇぇぇっ!」

 

倒れたクリスに狙いを定め、カズヤが急降下。

全身から眩い金色の光を輝かせながら、拳を振りかぶる。

 

「シェルブリットォッ、バァァストォォッ!!」

 

これで決まった。そう確信したカズヤの目の前で、立ち上がろうとしていたクリスの全身からカズヤと同じ金色の光が迸った。

 

 

 

モニターには大爆発と共に発生した黄金の光が天を貫かんばかりに立ち昇る光景が映し出されている。

 

「...ど、どうなったんでしょうか...?」

「か、勝ったんじゃないかな...」

 

あおいと朔也が恐る恐るといった感じでそれぞれ声を出す。

 

「いや、まだだ」

 

しかし弦十郎は厳しい表情でモニターから視線を外さない。

それを証明するように甲高い電子音が鳴り響く。

 

「どうした!?」

「い、イチイバルより、異常なまでのアルター値の発生を確認、同様にフォニックゲインも上昇していきます!」

「これ、おかしいですよ!! なんでイチイバルから他の装者達と同じ反応が...?」

「まさか、イチイバルのシンフォギアが、他の装者達と同等かそれ以上のレベルでカズヤくんと同調している、だとっ!!」

 

光が収まったその中心で地面に拳を振り下ろした体勢のカズヤ。

その少し離れた場所に無傷で佇むクリス。

二人はまるで同じ力を行使しているかのように、同じ黄金の光を全身から漲らせている。

通常なら回避不可な一撃だった。だが直前に同調したことでギアの出力が急上昇し、回避に成功したのだろう。

この事実に弦十郎は歯噛みした。

最早疑いようもない。内通者の存在が誰なのか。

十年前に失われたイチイバル、及びそれを保有する雪音クリス。さらに彼女が纏うシンフォギアがカズヤの力に同調している目の前の光景。

そして何より、この場にその人物がいないこと。

 

「真の敵は...やはり了子くんだったか。当たって欲しくはなかったが」

 

かつて融合症例だった当時の響を除き、シンフォギア装者とカズヤが同調するには、シェルブリットの破片を用いたギアの改修が必要不可欠だからだ。

状況証拠ではあるが誰も擁護できず、反論の声は上がらない。

 

「...ですが司令、それでも一つ疑問が残ります。同調はカズヤくんのコンディションや精神状態に大きく左右されるものです。敵対していながらどうして同調できているんですか?」

 

このあおいの疑問に弦十郎を除いた司令部全員が内心で思っていたことだが、弦十郎にしてみれば愚問でしかなかった。

 

「そんなことは簡単だ。カズヤくんにとって、雪音クリスは敵じゃないからだ。むしろ彼としてはなんとしても力になってあげたい存在なんだ。たとえそれが今は敵対していたとしても、抑え切れない想いが無意識下で溢れ出ている...彼は、そういう男なんだ」

 

そう言いつつも弦十郎としては現状の不利は否めない。これから先はカズヤが力を引き出そうとすればするほど雪音クリスの戦闘能力が上昇していく。

 

(一体どうするつもりだ、カズヤくん!?)

 

 

 

「このバカ! 相手に同調させるな! その金ぴかな光を引っ込めろ! 力を使えば使うだけ不利になるのが分かんないのか!!」

『うるせぇぇぇぇっ! 黙って見てろ! 手ぇ出すんじゃねぇぞ! ......ぐおっ!?』

 

奏が通信機に向かって怒鳴るが、通信機越しに返ってくるのは一切こちらの話を聞こうとしないカズヤの声だ。

 

「あのバカ、バカだと分かってたけどホントにバカだ! もう勝手にしろ!!」

 

地団駄を踏む奏の隣で佇む翼もその顔は険しい。

 

「こんな状況でどうするつもりなの、カズヤ...?」

 

そう言う翼の手は指が白くなるほど強く握り締められている。

 

「...カズヤさん」

 

心配気な声音で呟く響。

戦況はクリス側に大きく傾いていた。

クリスのシンフォギアがカズヤの力に同調し、異常なまでの出力を発揮するようになってから、カズヤが押され始めている。

そもそも遠距離戦特化型と近距離戦特化型では、相性の問題など語るまでもない。

接近さえできればカズヤに分があるのは変わりないが、同調により戦闘能力が大幅に上昇したクリスがそれを許さない。

カズヤがクリスに接近しようとして弾幕を掻い潜り突撃をかますが吹っ飛ばされることを繰り返している。

 

「カズヤさん、どうしてですか! どうしてそんなに同調した状態で勝つことにこだわるんですか!? さっきまで同調してない状態でも勝ってたじゃないですか! どうしてそこまで──」

『決まってんだろ』

 

響の言葉を遮りカズヤが答える。

 

『普通に勝つよりこっちの方が面白そうだと思っちまったんだよ。だったらやるしかねぇだろが!』

 

響、奏、翼、二課の本部のメンバー、それどころかクリスですら絶句して動きを止める。

思わず未来が響から通信機を奪い取り、呆れたように口にした。

 

「バカなの?」

『そんなこたぁ先刻承知よぉぉぉぉっ!!』

 

クリスが動きを止めた一瞬の隙を突いて間合いを詰めたカズヤの右拳が彼女の顔にクリーンヒット。

錐揉み回転してぶっ飛んでいくクリスの姿にカズヤは両拳を高く掲げて大喜び。

 

『よっしゃ! やっと一発!! この調子でどんどん行くぜオラアッ!!!』

 

笑いながらクリスに飛びかかるカズヤの姿に、

 

「...超嬉しそう。そして超楽しそう...あの子のこと殴りたくないっていうのは何だったの? 真性のバカだよあの人」

 

頭痛を堪えるように片手で額を押さえ、通信機を響に返す未来。

 

「...」

「...」

「...」

 

最早何も言えない響達だった。

 

 

 

「...司令?」

「...」

 

 

 

殴られた左の頬が熱い。けどそれ以上に胸が熱い。

まるで血が沸騰したかのように体の隅々まで熱が広がっていく。

頭も冷静さを保てない。自分が信じられないくらい興奮しているのが分かる。

昂揚感が止まらない。漲る力が体内を渦巻き、体の疼きを抑えられない。

 

(やべぇ...何だよこれ...楽しい...超楽しい!)

 

カズヤと戦うのが、とてつもなく楽しい!!

そして自分と同じようにカズヤも楽しそうで嬉しい。

こんな気持ちで戦うのは、歌うのは生まれて初めてだ。

今までは破壊しか生み出さないと忌み嫌っていた力を、歌をこんな気持ちで振るうとは思ってもみなかった。

思わず絶叫が口から吐き出された。

 

「カァァァズゥゥゥゥヤァァァァァッ!!!」

「クゥゥゥリィィィィスゥゥゥゥゥッ!!!」

 

自身の声にカズヤが応えてくれる。それだけで胸がはち切れそうなほど嬉しくなる。

ガトリングを撃ちまくる。小型ミサイルを発射しまくる。

それでも弾幕を突き破って強引に殴りかかってくるカズヤは、頭部を切ったのか額から顎の下まで幾筋もの血で濡らしていた。

 

「おおおおっ、らああああ!!」

「ぐあっ...」

 

左の鎖骨部分にカズヤの拳がめり込む。ごきりと折れた音が聞こえた。

 

「もう一発!」

 

殴り飛ばされ、受け身も取れずに倒れ込んだところを追撃してくる。

転がって追撃を避け、地面に拳を突き刺した態勢のカズヤの顔面に蹴りを入れた。

 

「がっ!」

 

大きく仰け反りはしたが、すぐにこちらに向き直り、蹴り足の足首を右手で掴まれる。

 

「...温い(ぬるい)んだよぉ!」

 

カズヤは掴んだ足首を持ち上げそのまま素早く立ち上がると、ぐるぐる回転し始め、世界が五周回った時点でぶん投げられた。

悲鳴を上げることもできず何かの壁に叩きつけられる。

だがまだ動ける。体に、手足に力は入る。顔を上げ、拳を振りかぶり突っ込んでくる男の顔を睨みつけた。

 

「だったらこいつはどうだぁぁぁ!!」

 

アームドギアを電信柱よりも長大なミサイルに変え、二発ある内の一発を即発射。

 

「しゃらくせぇっ! シェルブリットバァァァストォォォォッ!」

 

ミサイルと拳が激突するが、カズヤはミサイルなどものともしない。その拳でミサイルを真っ二つに抉り割りながら突き進んでくる。

 

「ミサイルはもう一発あんのを忘れんなよ!」

 

残りの一発を最初のミサイルの尻に向けて発射。それが着弾する寸前にガトリング砲で撃ち抜く。

 

「何っ!?」

 

気づいたところでもう遅い。二発目のミサイルが大爆発を起こし、至近距離でカズヤがそれに巻き込まれた。

 

「...これで、少しは──」

「少しは何だってんだよぉクリスゥゥっ!!」

 

爆炎の中から血塗れになりながら、全身から血と黄金の光を噴き出しつつカズヤが飛び出してきた。

 

「シェルブリットブワァァストォォォッ!!!」

「があああああああああああああああああ!?」

 

胸の中心に光輝く拳が突き刺さる。拳に収束されたエネルギーが炸裂し、黄金の光が視界と意識を満たしていく。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

視線の先でうつ伏せになって倒れているクリスの姿に油断せず、呼吸を整える。

正直言ってもう限界だ。シェルブリットバーストを撃ちすぎた。撃ててあと一発。肉体がアルター結晶体と同じ(?)もので構成されているおかげで、カズマのような浸食の心配はないがスタミナの消耗と出血がヤバい。強引に突っ込んで被弾しまくったせいで余計なダメージを抱えすぎたのも要因だろう。

というか、そもそも一度シンフォギア装者と同調した後にそれを切る方法なんて知らない。

たぶん、さっき弦十郎のおっさんが言ってた小っ恥ずかしい内容が正解なんだろう。さすがにあれを全肯定するのは恥ずかしいので上手い感じに誤魔化したが。

それでも"こう"と決めたら迷わない。もう迷うつもりはない。

俺と同調したクリスがやたら強くなろうが俺が勝つ。

 

「どうしたよ? これで終わりか?」

 

声をかけると、クリスはピクリと反応を示し、やがて体を震わせながらゆっくりと立ち上がる。

 

「まだ、だ。まだ、あたしは、歌える、歌えるんだ!」

 

膝が笑っているが、その眼光は衰えていない。

彼女もこちらと同じように体の節々から流血していたが、壮絶な笑みを浮かべていた。

 

「聞けカズヤ! あたしの歌を、お前の為の全力の歌を!!」

「いいぜ、聞かせてみろよ。最後までお前のライブに付き合ってやる。その上で真ん前から打ち砕く!!」

 

クリスが歌う。これまでとは異なる曲調。激しかった今までとは大きく異なり、むしろ穏やかな印象のある歌だ。

 

『ヤバい! そいつ絶唱を歌うつもりだ!!』

『ただの絶唱ならまだしも、カズヤの同調で強化したものなんてどれほどの威力を秘めているか計り知れない! 逃げろカズヤ!!』

『カズヤさん逃げて!!』

『カズヤくん、さすがにそれを正面から受け止めるのはまずいぞ!!』

 

まだ奇跡的に壊れてなかったインカムから奏が、翼が、響が、弦十郎のおっさんが、俺を心配して逃げろと言ってくれる。

バカな俺にここまで心配してくれるのはとてもありがたい。

しかし今のこの局面では、非常に悪いが余計なお世話だった。

 

「うるせぇ」

 

内心で謝りつつこの一言で全員黙らせる。

そして追加のこの言葉でこれ以上喋らせない。

 

「意地があんだよ、男の子にはなああっ!!」

 

拳を顔の高さまで掲げて構える。

俺と関わり合った奴には悪いが腹ぁ括ってもらう。

一方的で本当に申し訳ないにもほどがあるが、俺のやり方に、俺の道に、俺の我が儘に。

何より俺の意地の通し方に!!

右の拳に力を込める。シェルブリットの装甲のスリットが展開し、手の甲の穴に光が収束していく。

 

「...輝け」

 

クリスの腰部分から展開した装甲の内側から、大量の宝石のようなものが飛び出し、彼女の周囲の空間に静止。

彼女が両手にした拳銃型のアームドギアからそれぞれ一つずつ、宝石に向かって光が発射され、宝石から宝石へと光を反射し続ける。繰り返される光の反射によって、彼女の周囲にばら撒かれた宝石達が、蝶が羽を広げたような輪郭を描く。それはまるでクリスに蝶の羽が生えたように見えて綺麗だった。

 

「もっとだ、もっと」

 

両手に持った拳銃型のアームドギアの銃口がこちらに向けられる。するとアームドギアは変形し、長大な銃身となり、さらに二本の銃身が合わさって一本の銃身という形を成す。

銃口に光が集まりチャージが開始される。

 

「もっと輝けえええええええええええっ!!」

 

右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、ヘリのローターが回るような音を聞きつつ足がふわりと浮き上がる。

 

「...シェルブリットバースト...」

 

回転翼から銀のエネルギーが放出する。生み出された推進力で前へと突っ込む。

全力でクリスに拳を振りかぶる。

 

「カズヤァァァァァァァァァッ!!!」

 

俺の名を叫びトリガーを引くクリス。

発射された光の塊が視界を埋め尽くす。

 

「クリスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

その光に対して拳を突き出す、全身全霊のシェルブリットバーストを叩き込む。

俺の拳とクリスの光が衝突した瞬間、乾いた音を立ててシェルブリット全体に罅が入る。

同時に背中側から押される力がガクッと落ちた。どうやら回転翼までイカれてきたらしい。

もう限界なのだと悟る。じりじりと押されて後ろに下がっていく。

 

「...確かに()()はもう限界だよ、だがなぁ!」

 

咄嗟に歯を食い縛り体の奥底に眠る力を無理矢理引き出す。

そして()()()()()をアルター化させた。

 

「まだ俺にはもう片方の腕と、足が残ってんだよおっ!!」

 

アルター化させた足で大地を踏ん張り、ズタボロの右腕を引っ込め左腕を突き出した。

そのままクリスの放つ光を打ち砕きながら踏み込み走り抜ける。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

アームドギアの銃口を殴りつける。粉々に粉砕しなからそれでも止まらない。前へ、前へと突き進む。

 

「カズヤっ!?」

「クリスッ! これで終わりだあああ!!!」

 

驚愕する彼女の顔に、左の拳でストレートをくれてやった。

 

 

 

仰向けに倒れたクリスの体が一瞬瞬き、シンフォギアが解除され赤いドレスのような服装へ変貌したのを確認して、俺はアルター能力を解除し彼女に歩み寄る。

 

「生きてるか、クリス?」

「...死ぬほど体がいてぇよ、バカ野郎」

「そんだけ減らず口が言えりゃ、命に別状はねーな」

 

両膝を突いて彼女の顔を上から覗き込む。

 

「俺の勝ちだな」

「ああ、あたしの負けだ」

 

クリスの顔は憑き物が落ちたかのようにスッキリとしていた。

 

「...生まれて初めてなんだ」

「あ?」

「あんなに爽快な気分で戦ったのも、負けたのにこんなに気分が良いのも」

「ほう、それは貴重な体験したな」

 

俺はそんなクリスの頭を優しく撫でてやる。

 

「カズヤ...負けたのにこんなこと言うのは虫がいいって分かってる、でもお願いだ」

「ん?」

「あたしを独りぼっちにしないでくれ」

「...」

「パパとママみたいに、あたしを独りぼっちにしないでくれ...お願いだ...お前のそばにいられるなら、あたしは、負けた以上、お前になら何でもするから」

 

涙を零しそんな懇願をしてくる少女。

弦十郎のおっさんからクリスの家族のこと、その他諸々の事情は聞いていた。だがきっとこの少女は俺の想像を絶するような惨い経験をしてきたはずだ。

とりあえず彼女の上体を丁寧に起こし、可能な限り優しく抱き締めた。

 

「俺はお前のご両親になるのは不可能だけどよ」

「...」

「こうやって泣くお前を慰めるくらいだったらいつでもいいぜ」

「カズヤ...」

「だいたい俺のそばにいるかどうかなんてお前の自由だろ? 俺達、そばにいるのに相手の許可が必要な、そんな風に互いを気遣う間柄だったか?」

「カズヤァ...」

「お前はお前の好きにしろ。それこそ誰かの許可なんて要らねーよ」

「カズヤァァ」

「それにお前は俺と出会った時点でもう独りぼっちなんかじゃねー。そうだろ?」

「カズヤァァァ、うわああああああん!!」

 

クリスは何処にこんな力が残っていたのかと思うくらいに強い力で俺の背中に手を回し、胸に顔を埋めて泣き叫ぶ。

まるでその姿には、迷子の幼子が漸く親に再会できたような...そんな微笑ましさと愛しさがあった。

 

 

あったかい。

心が、あったかいもので満たされていく。

涙が止まらない。

ずっと欲しかった。パパとママがいなくなって以来、失ってしまったものが、ずっと望んでいたものがあたしのそばにある。

保証も証拠もないのに確信だけがあった。

カズヤは絶対にあたしを裏切らない。

この人なら大丈夫。この人なら安心できる。

あたしはずっと、この人のそばにいる。

そう、心に誓う。

この人のそばで、この人の為に生きる、と。

 

 

 

勝敗は決した。その結末を目撃していた奏は、事前に知らされていなければ、隣の翼と響のような呆然とした表情になっていただろう。

 

「...最後の瞬間、カズヤさんのシェルブリットが左腕にも」

「いえ、それだけじゃないわ立花。両足も同様にアルター化させていた。押されていると思ったら土壇場であんな力を魅せてくるなんて、一体どれほどの引き出しを抱えているのかしら」

 

ここまで知られたなら言ってもいいような気がする。シェルブリットには複数の形態が存在することを。

 

(でもあいつはまだ、全身をアルター化させる最終形態とかいうのを使ってない。さっきのは両手足までだから、きっと最終形態の一つか二つ前なんだろうね)

 

そう考えるとあいつの力の底は何処にあるのか。

と、その時だ。二課本部の弦十郎から焦ったような声が通信機越しに届く。

 

『ノイズの反応をそちらのすぐそばで検知した! おまけにカズヤくんのインカムがさっきのでついに壊れたのか連絡が取れん! 周囲の警戒とカズヤくんのフォローに当たれ、彼はもうこれ以上戦えない!!』

「くそ、このタイミングでノイズ!? 翼は周囲の警戒を、響は未来のそばを離れないで、カズヤと雪音クリスはアタシがフォローする!!」

「「了解!!」」

 

三人揃ってシンフォギアを纏い、奏は一目散にカズヤの下まで駆け寄った。

 

「羨ましい感じでイチャついてるとこ悪いけど、ノイズが出た。注意しな!」

「空気読めねーのか櫻井了子のクソ(アマ)はよぉ」

 

忌々しそうに毒を吐き捨てながらクリスをお姫様抱っこし立ち上がるカズヤだったが、何処か弱々しい。その姿は彼も消耗が激しかったことを物語る。

 

「...フィーネ...」

 

複雑な表情でクリスが女性の名を呼ぶ。

まるでそれに応えるように空からノイズが降ってきた。

 



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暴走

ズキュウウゥン!


自分が勝ってクリスが敗北した場合のノイズ出現をなんとなく予想していたカズヤであったが、クリスとの戦いで自身がポンコツ寸前にまで消耗したのは予想外と言えば予想外だった。

 

(もうちょい踏ん張れると思ってたんだが、ダメだこりゃ...全然体に力が入らねー。クリス抱えて走って逃げるくらいしかできねーぞ)

 

たとえアルター能力が行使可能でシェルブリットバーストを撃つことができる状態だとしても、動けないクリスを抱えて逃げるくらいしか選択肢がない。敵の狙いは明らかにクリスの始末だからだ。

故に頼む。信頼できる仲間にこの場を託す。

 

「奏、ここは任せたぜ」

「任された!!」

 

カズヤの言葉を受け奏が気合いの籠った返答をしながら槍を頭上で振り回してから構える。

 

「...フィーネ...」

 

腕の中でクリスが弱々しく呟いてから数秒後、上空に飛行型のノイズが複数体現れ、その体を槍のように変形させるとこちらに向かって降り注いだ。

 

「二人には指一本触れさせないよ」

 

低い声で宣言し、槍でノイズを迎撃する。奏が槍を振るう度にノイズが塵となって消滅していく。

ノイズの対処は奏に任せ、クリスを横抱きしながらカズヤは周囲の様子を窺う。

離れた場所では未来を守るように戦う響と翼の姿と、おろおろしながら二人に守られている未来。

遠くからわらわらとやってくるノイズの群れ。

 

(この状況、埒が明かねーな)

 

多勢に無勢。しかも装者三人は二人の死にかけと一人の一般人を守りながらというかなり不利な状況。

奏達の体力もいつまで続くか分からない。このまま物量作戦でこられたら押し切られる。

 

(状況を打開する何かがあれば...)

 

思考を巡らせるが何も思い浮かばない。戦闘に参加できない以上、考えるしかできないが、それでも妙案が浮かばないのが歯痒い。

 

「命じたこともできないなんて、あなたは何処まで私を失望させるのかしら?」

 

そんな時、第三者の声が鼓膜を叩く。

声がした方角に向き直れば、自然公園において街を見渡せる高台とも言えるその場所に、鉄柵に体重を預けるように佇む女性が一人。

黒い帽子と黒い服、黒いサングラスといった全身黒ずくめの出で立ちである為、やたら金髪が映える女がいた。

その手にはクリスが以前使用していたノイズを召喚し操ることが可能な武装。

 

「フィーネ...」

 

先程口にした言葉、否、女の名を呼ぶクリス。

 

「それともその男に絆されたの? 随分とご執心だったものね、あなた。拾ってあげた私よりも男を選ぶなんて、全く酷い子だわ」

 

責めるというより嘲りが幾分か混じっている口調に、腕の中のクリスが怯えたように体を震わせる。

それに対してカズヤはクリスを抱く力を強くした。

 

「...カズヤ」

「気にするな。さっきのお前は間違いなく全力だった。それは相手した俺が保証する」

 

笑いかけると安心したように小さく頷くクリス。

 

「...本当に仲が良いようね。心の底から羨ましいわ。愛しい男の腕の中で、どんなに責められても庇ってもらえて......羨ましすぎて、二人共仲良く殺してあげたくなる」

 

女──声からして間違いなく櫻井了子と同一人物のフィーネと呼ばれた敵は、全身から殺気を隠そうともせず手にした武装を使う。

緑色の閃光が放たれ、着弾したそこからノイズが現れては襲いかかってくる。

 

「くそ!」

 

その光景にそばで槍を振るいカズヤとクリスを守っていた奏が焦燥感を露にした。

視線を響と翼に向ければ彼女達もノイズに囲まれながら必死に未来を守っている。その為二人の援護は期待できない。

 

「やめろフィーネ! 殺したければあたしだけ殺せばいいだろ! 他の連中を巻き込むな!」

「他の連中? 何を言ってるのクリス。この場にいる以上、無関係な訳がないでしょう。全員死んでもらうわ。大体、男に抱かれながらそんな台詞言っても滑稽なだけよ」

 

腕の中で訴えるクリスにフィーネが嘲笑する。

 

「もうあなたに、あなた達に用はないわ」

 

そしてうんざりしたように溜め息を吐き、手に青白い光を宿す。すると、同じ青白い粒子状のものが周囲のあちこちからその手に集まり、やがて消える。

 

(何だ? 今、何をした? 何を集めていた?)

 

疑問に思うカズヤを置いてフィーネは更にクリスに告げた。

 

「ああ、そうそう。あなたのやり方じゃあ争いを無くすことなんてできはしないわ...精々、一つ潰して新たな火種を二つ三つばら撒くことくらいかしら」

「あんたが言ったんじゃないか! 痛みもギアも、あんたがあたしにくれたものだけが──」

「私が与えたシンフォギアを纏いながらも、毛ほどの役にも立たないなんて...そろそろ幕を引きましょっか」

 

侮蔑の視線と勝ち誇る声音というフィーネの態度にここまで黙って聞いていたカズヤが口を開く。

 

「ふざけんな...ふざけんじゃねぇ」

「か、カズヤ?」

 

怒りに震えるカズヤを下から見上げるクリスは、確かに聞いた。

プツン、と何かが切れる音を。

 

「...てめぇ、勝手なことをほざいてんじゃあああねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

そして世界が激震した。

 

 

 

 

 

【暴走】

 

 

 

 

 

ノイズを相手に戦っていた装者達の前に現れた最初の異変は、目の前のノイズの群れが一斉に淡い虹色の光を発すると一瞬で消滅したことだった。

 

「ノイズが消えた!?」

「急にどうして?」

 

未来を間に挟んで背中合わせに戦っていた響と翼が次の変化に気づく。

ノイズだけではない。周囲の土や石などの地面、舗装の為のレンガやアスファルトなどの道路、戦闘で倒れた木やその木屑、草花、街灯、ベンチ、ゴミ箱などのありとあらゆるものが消えていく。

この現象はカズヤがアルター能力を発動させ、物質を分解し変換している時のものと同一だ。

しかし規模がおかしい。カズヤを中心にした周囲百数十メートルという範囲で同時に発生している。明らかに過剰で、異常事態だ。

次に確認した異常は地鳴り。続いて大地の小刻みな揺れ。それはやがて大きな地震となってその場にいた全員の体を大きく揺らす。

 

「きゃああああああ!」

「未来、しっかり!」

 

悲鳴を上げて倒れる未来を響が慌てて抱き留める。

 

「気をつけろ立花! 地割れが起きている!」

「嘘!?」

「それだけじゃないわ、陥没や隆起までこの周りで同時に──」

 

そこまで言って唐突に翼は止まる。何だと思って彼女の視線の先──カズヤの方を見ると、彼の背後で空間に裂け目ができていた。

水色の光を放ちながら、徐々に徐々に広がっていく空間の裂け目。その裂け目に向かって、虹色の粒子がまるで吸い込まれていくかのように集まっていく。

 

 

 

「異常なまでのアルター値の発生を確認、計測値を振り切りました、上昇値が予測できません!」

「カズヤくんの背後から位相変化を確認! 同時にこの空間からアルター値の異常発生を確認! これは!? こ、この世界とは異なる位相空間が拡大、いや違うぞ、こっちの世界を浸食しているのか!?」

 

とてつもない揺れと震動の中、あおいと朔也が内心の驚愕と焦りを外に出さないように努めながら情報を矢継ぎ早に報告するが、事態はどんどん深刻化していき対処が追いつかない。

 

「先日強化が完了した本部防衛システムに異常発生! 一部で致命的な破損が生じた模様です!」

「戦闘エリアの物質分解が止まりません! また戦闘エリア中心に半径千五百メートル圏内という超局所的範囲で発生した地震は推定震度6から7、収まるどころか強くなる一方で範囲も拡大中、現在マ、マグニチュード8.5!? 地盤が隆起したり沈下したりで理解不能な現象が立て続けに起きてます! このままでは本部も地上のリディアンも持ちません!」

「緊急避難命令を発令! 総員待避! 総員待避だ! 総員、緊急脱出経路を用いて二課本部より待避しろ!!」

 

地下に存在する二課本部がこのままでは危険だと分かると、弦十郎の決断は早かった。

手元のコンソールの端にある緊急スイッチを、透明なカバーごと叩き押す。カバーが砕けてスイッチが押されると、本部全体に警報と脱出するよう促すアナウンスが繰り返し響き渡る。

慌ただしくオペレーターの皆が脱出経路に向かう中、弦十郎は今一度、モニターを見つめる。

そこには、雪音クリスを横抱きしながら慟哭し続ける一人の青年。

 

(かつてカズヤくんは言っていたな。アルター能力は"向こう側"と呼ばれる現実とは異なる世界へアクセスし、行使されるものだと...)

 

そして、実力の高いアルター能力者複数人が同じ場所で同時に大きな力を引き出そうとアクセス過多を起こすことで、"向こう側"の扉が開くとも。

だとするならば──

 

(キミの背後にある空間の裂け目こそが、"向こう側"へ繋がる扉そのものなのか?)

 

心の中の疑問に答えを出せる者などいなかった。

 

 

 

突然起こった異常事態にフィーネは眉を顰め、毒を吐き捨て離脱を図る。

 

「一体何をした、化け物め...!!」

 

高く跳躍し、逃げ去るフィーネの後ろ姿がどんどん小さくなっていくのが視界の端に映ったが、クリスには最早フィーネのことなど眼中になかった。

 

「カズヤ! どうしちまったんだよ!? おい、聞いてんのかカズヤ!!」

「あああああああああああああああああ!!!」

 

怒りで完全に我を忘れ、こちらの声すら届いていない。

周囲の異常は増すばかり。大地が裂けたと思えばそこから大きく隆起、その直後虹色の粒子となって消滅し、その粒子が背後の空間の裂け目に呑み込まれていく。

そして虹色の粒子を吸い込む度に少しずつ大きくなっていく空間の裂け目。

あれをこれ以上大きくしてはいけない。何故か分からないが本能的に感じた。このままではいけない。カズヤを止めなければ、これからもっととんでもなく恐ろしいことが起きる気がした。

 

「くそ、誰かこいつを止めて──」

 

くれ、と続けることができない。カズヤの仲間達も彼を止める為に必死にこちらに向かおうとしていたが、既に辺り一帯は地割れと隆起と消滅を繰り返しており、迂闊に近寄れない。また、アルター能力が物質を分解する性質である以上、纏っているシンフォギアすら分解されてしまえばその後どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 

(あたしが、やるしかない。あたしがカズヤを止めなきゃいけないんだ!!)

 

自分の為に我を忘れるほど怒ってくれたこの男を。

しかしどうすればいいのか分からない。

試しに服の上から胸元を叩いたり服そのものを引っ張ったりしても効果なし。

声をかけるのはさっき何度もやってみたがダメ。

 

(外部からの刺激が弱いから反応しないのか?)

 

ならばもっと強い刺激をくれてやれということになるが、もうシンフォギアを改めて纏うほどの体力などないし、そもそもさっきの戦闘で鎖骨が折れているので痛くて体に力が入らない。

考えろ、何かあるはずだ、あるはずなんだ。

力を必要とせず、カズヤにお姫様抱っこされてる状態でも可能で刺激的なことが。

 

(...............!!)

 

一つ、あることを思いつく。

それを実行するには勇気が要る。恥ずかしさもある。何もこんな場面じゃなくてもという嘆きもある。

だが事態は一刻を争う。

だったらもう迷っている時間はない。

せめてもっとムードが欲しいとか、もっと相応しいシチュエーションがあったはずだという想いも捨て置く。

女は度胸! なんでも試してみるもんだ!!

痛む体に鞭打って、両腕を伸ばしカズヤの首の後ろに手を回し引き寄せつつ、自身も上体を持ち上げ顔を近づける。

 

「あ、あたしの初めてくれてやるんだ! 悪く思うんじゃねぇぞ、カズヤッ!!」

 

クリスは顔どころか耳まで真っ赤に染めながら、ヤケクソ気味にそう叫んで、カズヤの口を自身の口で無理やり塞ぎ、更に舌を奥まで強引に捩じ込み口腔内をかき回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が止まる。

物質の分解が止まる。

地震が収まり、大地の揺れが止まる。

そして、未完成のまま開き切ることのなかった"向こう側"への扉が、ゆっくりと小さくなり、煙のように消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは口と口の中の違和感。

まず唇が何か柔らかいもので塞がれている。

更に生温かいものが口の中で蠢き、それがこちらの舌に絡んできたり、歯や歯茎をなぞったりを繰り返していた。

意識がはっきりしてくると、視界は肌色で埋め尽くされている。

それが超至近距離の為ピンぼけした誰かの顔だと理解する頃には、粘性のある水音とくぐもった声までしっかりと聞こえた。

 

「んん、んく、んううう」

 

目のピントを合わせて視界をなんとかクリアにし、現状把握に努めるが頭は混乱したままだ。

クリスをお姫様抱っこしている手と密着した体の感覚、これは最後の記憶と相違ない。だからこれはいい。

しかし何故、クリスとディープキスしているのか分からない。

しかもクリスからめちゃくちゃ積極的かつ情熱的なものを。夢でも見ているのだろうか?

混乱した頭で暫くの間されるがままでいると、やがてクリスは名残惜しそうにしつつもゆっくりと唇を離す。

 

「...よう、目は覚めたかよ」

「お、お陰様で...何がどうなってんだかさっぱり分からんが」

 

頬を上気させ、してやったりと言わんばかりの輝かしい笑顔で見つめてくる彼女に辿々しい返事しかできない。

とりあえずお姫様抱っこしていた彼女を降ろし、自分の足で立たせるが、こちらの首の後ろに回された両手を放してくれない。

至近距離から、潤んだ瞳に上目遣いでこちらの様子を黙って窺っている。

そろそろ離れてもらってどういう経緯でこんなことになっていたのか聞こうとして──

 

「なあ、もう一回だ」

 

またしても口を口で塞がれる。

侵入してくる舌がこちらの舌に絡みつく感覚に思考が停止。

絶対離すつもりはないという意思表示なのか、首の後ろに回された手の力が強くなり、より唇と唇を押し付け合う形になる。

口腔内から骨震動で直接聴覚に届く卑猥な水音、それに混じるクリスの喘ぎ声。

戦闘による疲労とダメージ、どうやら窮地を脱したと思われることによる緊張感の途切れ、更には彼女からもたらされる快感に、カズヤは意識が蕩けていくのを自覚した。

そしてカズヤはその体勢のまま、クリスに全体重を預けるようにもたれかかると意識を手放した。

 

 

 

 

 

水の底に沈んでいたものがゆっくり浮上するように、徐々に意識が明確になっていく。

瞼を開く前にまず最初に聞こえたのは、妙に緊張して上ずった翼の声だった。

 

「これより、被告人、雪音クリスの裁判を行う。罪状は、被害者であるカズヤに対し、べ、べべ、ベロチューをしたことについて!!」

 

開こうとしていた瞼を閉じたままにしておき、視界を確保せぬまま、視覚以外のもので現状把握に努める。

まず仰向けの体勢で、柔らかいベッドのようなものに寝かされていたことを理解する。服装も肌の感覚からして入院着のようなものだろうか?

 

「なんであたしが被告人扱いされてんだ!」

 

心外だと怒声を上げるクリスの声。

 

「被告人、あなたの発言は認めていません。発言の際は挙手するように」

 

再び翼の声がする。

 

「では、改めて。検察側の奏と立花から提出されたこの書類によると、被告人雪音はカズヤの唇を奪っただけでなく、その口の中にし、しし舌を入れ、口腔内をじゅ、蹂躙し、舌の感触や歯並び、唾液などをむさ、貪るように味わったとのこと...なんて卑猥でいやらしい文言が踊っているんだこの文章は!! ......ふぅ......この事実に誤りはありませんか?」

 

躁鬱病を疑いたくなるほどテンションのアップダウンが激しい翼にクリスが反論。

 

「蹂躙とか卑猥とか人聞き悪いこと言ってんじゃねぇぞ! そもそも何を根拠に──」

「でも舌入れてたよな」

「クリスちゃん、口回りべちゃくちゃだったのを舌舐めずりで綺麗にしてたよね?」

 

研ぎ澄まされた刀よりも鋭い突っ込みを放つ奏と響。

 

「被告人クリスが舌を入れてたのは事実です。私見ましたので」

「お前あたしの弁護人じゃねぇのかよ!?」

「弁護人小日向の証言を認めます」

 

裁判官が翼、検察が奏と響、弁護人が未来で、被告人がクリスという裁判が開始されているらしいが、裁判は裁判でも聞く限りだと魔女裁判にも等しい理不尽さを感じて戦慄する。

 

「では次に...被告人、その、ど、どうでしたか?」

「あ?」

「どうだったのかと聞いているんだ! 感想や感触や味などの、こう、とにかくどうだったのか具体的に、具体的に答えなさい被告人!!」

 

急に裁判官が横暴になった。絶対こいつの目は今血走っているに違いない。

 

「どう、って...」

 

蚊の鳴くような小さな声でモゴモゴするクリスに他の連中も詰め寄る。

 

「勿体ぶるな!!」

「早く、クリスちゃん早く」

「レモン味?」

 

荒い口調だがそれより鼻息が荒そうな奏に、ただひたすら急かす響に、興味津々な様子を隠そうとしない未来の三人。

ついに黙秘が許されなくなったクリスが恥ずかしそうな小さな声で一言、

 

「.....................良かった...」

 

とだけ言った。

しかし裁判官がそれだけで満足することはない。

 

「具体的にと言っただろう! これはな雪音、じゅ、重要なことなんだ...決して私が私利私欲の為にカズヤの唇や舌の感触や唾液の味について事細かに聞き出そうとか後学の為に知りたいとかいう理由で無理を強いている訳ではないぞ? これはお前が情状酌量の余地があるかを確認する為の、そう! これは確認作業なんだ!!」

「裁判官翼さん」

「何だ弁護人小日向」

「被告人の顔がトマトみたいに赤くて今にも頭から血を噴きそうなので、これ以上の追及は無理かと」

「このくらいで勘弁してやりなよ翼」

「翼さん、もうそのくらいで...」

「何故私が空気読めてない感じの雰囲気になってるんだああああああ!!」

 

実際読めてないだろ、と突っ込みたかったが必死に堪えて様子見に徹する。目瞑ってるから見えてないけど。

 

「...ちっ、物足りないが次に進みます」

 

ついに舌打ちしやがったこの裁判官。どんだけディープキスに興味津々だったんだよこの女。

 

「では次に被告人の話を聞きましょう。何故、カズヤにべべ、ベロチューしたのでしょうか」

 

恥ずかしくてどもるくらいなら言い方変えればいいのに、翼はベロチューという表現に異様なこだわりを見せる。

 

「あの時は、カズヤの暴走を止めたくて」

「それは皆理解しています。では質問を変えましょう。べ、ベロチュー以外に選択肢はなかったのでしょうか」

 

俺の暴走? 覚えてないので何の話か皆目見当もつかないが、気になる内容なので耳をそばだてる。

 

「いや、だって体力的な問題でギア使えなかったし、もうお前ら知ってる通り鎖骨折れてたし、あの体勢だとろくに動けないし」

 

クリスの弁明は続く。

 

「服引っ張っても大声出しても反応してくんないし、他にやることっつったらあの体勢で力が必要なくて刺激的なことを、する、しかない、と思って...」

 

思い出して段々恥ずかしくなってきたのか、声が尻すぼみになっていく。

 

「なるほどなるほど、それで執拗なまでにべ、べベロチューに及んだと、分かりました」

「執拗なまでにってどういう意味だおい!?」

「今の被告人の話を聞いて検察側は何かありますか?」

 

裁判官から検察側に意見があるか確認すると、奏が挙手をしたらしく、「では検察奏」と翼が促す。

 

「百歩、いや千歩譲ってあの時その方法しかなかった、不可抗力だったとして...二回目は?」

 

しーんと静まり返る。

沈黙が痛い。

誰もが喋らず、クリスの返答を待つが彼女は答えない。

痺れを切らしたのか響が声をかけた。

 

「クリスちゃん、二回目はしたかったからもう一回したんだよね? 一回目が凄く()()()()から」

 

この言葉に、

 

「...うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ついにクリスがキレた。

 

「てめぇらいい加減しろ! こんなアホみてぇな裁判ごっこおっ始めやがって。どうせあれだろ、こん中でカズヤとキスしたことある奴なんていねぇんだろ!? 先を越されて羨ましくて悔しいからこんなことしてんだろ!! 残念だったな、カズヤの初めての女はてめえらの中の誰かじゃない、このあたし、雪音クリスだ!!」

 

怒濤の勢いで捲し立てるクリスに奏も激昂する。

 

「お前とうとう言いやがったなこの泥棒猫が! こそこそ隠れて逢い引きしてた癖に何当たり前のように開き直ってんだ!!」

「そうだよクリスちゃん! 私だってまだカズヤさんと二人で出掛けたりとかしたことないのに! 一人だけズルい!」

 

そして響も加わってドタバタと騒ぎ始める。どうやら物音からして取っ組み合いを始めたらしい。

 

「うるせぇバーカバーカ! そもそもあたしとの逢い引きを隠してたのはカズヤの方じゃねぇか! つまり、そういうことなんだよ!」

「残念だったな、アイツは逢い引きについて暇人同士の暇潰しっつってたんだよ!!」

「もしそうだとしても今回の件で嫌でもあたしのことを女として意識することになるから構うもんか!」

「友達として好感度を稼いだ後に女性として意識させる!? まさか今までの行動は全部クリスちゃんの計算だったの!? 何それ、いくらなんでもあざとすぎる! あざとい、あざといよクリスちゃん!!」

 

ギャーギャー騒ぐ横で翼と未来がとんでもないことを話している。

 

「小日向、大変なことになってしまった。どうすればいいと思う?」

「動画を撮ります」

「何故ここで動画!?」

「この光景を録画して保存します。そしたら後日何かに使えるかもしれないじゃないですか...強請りのネタとかに」

「おお、なんて恐ろしいことを思いつくんだ小日向は...では私は写真を」

 

ピロリン、カシャッカシャッ、という特有の音が携帯電話から響いてくる。こいつら取っ組み合いを止めるどころか嬉々として撮影し始めるとか頭沸いてるんじゃないんですかね?

このまま事態を放置したらどうなるんだろうか?

どんなボンクラだろうとヤバいと分かる状況なのに、この姦しさに巻き込まれたくなくて全く起き上がる気がしない。取っ組み合いをしてる女共を宥める気もない。俺がどのくらいの間意識を失ってたか知らないが、クリスは随分皆と打ち解けたんだなー、という暢気な考えしか浮かばない......俺も頭沸いてたわ、人のこと言えねー。

と、そんな時である。ガチャリとドアが開くような音が聞こえたと思えば、

 

「うるさいぞお前達! 患者が寝ている病室で騒ぐとは何事だ!! 全員出ていけ!!」

 

弦十郎のおっさんの怒鳴り声が空気を震わせた。

 

 

 

女五人がすごすご退室したのを見計らい、起き上がる。

 

「おはようさん」

「っ! おはよう、カズヤくん。もう起きていたんだな」

 

突然起き上がる俺におっさんは少し驚く。

 

「ついさっき目が覚めたんだが、いきなり魔女裁判の渦中にいたんでな。暫く寝た振りしてたんだ」

「魔女裁判?」

 

疑問符を浮かべるおっさんに気にするなと手をヒラヒラさせた。

おっさんの後ろには気配を感じさせない忍者、もとい緒川が控えている。視線を向けると笑顔で「意識が戻って良かったです」と言うので黙って頷く程度の挨拶に留めておく。

 

「おっさん、緒川、俺はどんくらい寝てたんだ?」

 

早速だがあの後どうなったのか情報の共有がしたかった。

どのくらい寝ていたのか?

寝ている間に何があったのか?

クリスがフィーネと呼んでいた櫻井了子の行方は?

今後のクリスの処遇はどうなるのか?

他にも色々あるが、とりあえず時系列順に教えてもらいたい。

二人は顔を見合わせると、おっさんが答えてくれる。

 

「キミが意識を失ってから今日で三日目だ。体に異常はないのになかなか目を覚まさないから皆心配したぞ」

「...三日、結構長いな」

 

さっきの女共の騒ぎが心配の裏返しだとしたら、寝た振りをしていたのは悪い気がしてくる。後日別の形で埋め合わせしておこうと思う。

 

「櫻井了子は?」

「未だ逃亡中だ。キミのお陰でクリスくんが全面的に協力してくれたので、拠点としていた場所などは判明したので突入を試みたが...」

 

そこまで言って首を横に振るおっさん。

 

「ただ、彼女が米国政府と繋がっていたと思われるものの発見は幾つかあった。米国の特殊部隊と考えられる者達の遺体というおまけ付きで、だ」

「米国の特殊部隊の遺体? もしかしてトカゲの尻尾切りしようとしたら返り討ちにされたとか?」

「確定ではないが、その可能性は高い。今は遺体の身元を洗っているところだ」

 

米国が今回の一件に絡んでるとしたら、政治的な問題が色々面倒なんだろうと考えるとうんざりしてくる。

次に一番気になることを尋ねた。

 

「クリスは、今後どうなる?」

 

利用されていたとはいえ、彼女は罪を犯した。その罪はそう簡単に贖えるものではないだろう。

どういう裁きが下されるのか、気にならないと言えば嘘になる。

 

「今後、クリスくんの身柄は二課で預かることになる。彼女はイチイバルのシンフォギア装者として極めて高い能力を持っているし、彼女も償いを望んでいると言っていた。その為、怪我が治り次第これから二課でバリバリ働いてもらう...もらうのだが」

「だが?」

「キミのそばにいられないなら生きる意味はない、この一点張りでな。暫くはキミが彼女の面倒を見ることになると思うので、そのつもりでいて欲しい」

 

拒否権なしの決定事項としておっさんは話しているが、奏や響には内密なんだろうかこれ。また後で取っ組み合いが勃発するだけじゃないのか?

 

「こちらからも幾つか質問がある。答えて欲しい」

「ああ、いいぜ」

「あの現象は何だ?」

「あの現象? 悪い、櫻井了子が出てきた辺りから記憶がねーんだ。何のことなのか説明してもらっていいか?」

 

俺が説明を求めると、緒川がタブレット端末を渡してきた。

 

「司令部でモニターしていた映像と、現場付近を僕が望遠レンズで録画した映像、それぞれを順に流します」

 

そこに映っていたのは──

 

「何だよ、これ!?」

 

虹色の粒子となって消滅するノイズ。いや、消滅していくのはそれだけじゃない。道路や土や岩、木や街灯などの、戦闘エリアとなったあの自然公園に存在していた物質がどんどんアルター化されていく。

 

「この時、物質分解の発生と同時に範囲は非常に狭いのですが震度7の地震が起きました。観測されたマグニチュードは最大8.9。自然公園とリディアン周辺には民家がほとんどなかったことと、短時間で収まった為、幸いなことに死者は出ていません。しかし地盤の隆起や沈下、地割れなどの発生したことにより、本部とリディアンは現在復旧作業に追われています」

 

緒川の言葉に耳を傾けながらも俺は映像に釘付けだ。

丁度映像の中の俺の背後には"向こう側"への扉が僅かに開きかけている。

周囲の物質の無作為なアルター化、地震や地割れ、地盤の隆起や沈下、そして水色の光を放つ空間の穴。

これはまるで、カズマと劉鳳が戦った際に発生した"向こう側"への扉とそれによってもたらされた大隆起現象に酷似していた。

異なる点を挙げるとすれば、俺がいつまで経っても"向こう側"に取り込まれないことと、開いた"向こう側"への扉がやたら小さいこと。

完全に開いた"向こう側"への扉は、宇宙空間に到達するほどの巨大な光の柱だ。しかし映像の中のものは精々、人一人入れるかどうかといったところだ。

 

「カズヤさんの背後のこれは、こちらの現実世界とは異なる位相空間だというのは判明しましたが、それが何なのかは結局分かりませんでした。カズヤさんにはこれが──」

「"向こう側"だ」

「何だと!?」

 

俺の発言におっさんが目を見開き、緒川も驚き呆然とする。

 

「これは確かに"向こう側"への扉だ。だが、扉としては小さすぎて未完成だ。開き切ってないのがその証拠だ」

「つまりあの時カズヤくんは、アルター能力の源、"向こう側"への扉を開きかけた、ということか?」

「覚えてないが、恐らくな...緒川、地震の規模と被害の状況を教えてくれ」

 

直ぐ様タブレット端末を操作してくれる緒川。

その内容を吟味した後、俺は安堵の溜め息を吐く。

 

「..."向こう側"への扉は開いてない。もし完全に開いちまったら、この程度の被害じゃ済まない。神奈川や東京くらいの小さな都道府県程度の範囲で、大地震と大隆起が起きる」

「...」

「...」

 

タブレット端末を操作し開きかけた"向こう側"への扉を映す。

 

「この扉は未完成だ。完全に開いた扉はもっとデカい。完全な扉は宇宙空間にまで届く巨大な光の柱なんだ」

「そんな大きなものなのか...」

「だから()()開くには足りない。足りてないんだが...」

 

刹那、脳裏に過るのは櫻井了子の言葉だった。

クリスを騙し、利用するだけ利用して消そうとしたあの女の身勝手な物言いを。

 

「...思い出した、思い出したぜ、あのクソ(アマ)!!」

 

あの時のことを思い出す。

あの時、櫻井了子がクリスに対して何を言ったのか。

それを聞き、怒りで我を忘れて"向こう側"への扉を開きかけたこと。

そして暴走した俺を止める為に、クリスが勇気を振り絞ってくれたのを。

 

「すぅー、はぁー」

 

怒りに震える気持ちと体を落ち着ける為に、一度大きく深呼吸すると、一つの妙案が浮かぶ。

 

「おっさん、今、二課本部は復旧作業中なんだよな?」

「ああ。地震などの発生していた時間が短かったこと、建設当時の耐震対策がしっかりしていたこと、そのお陰で本部施設の一部を除き致命的な被害が出ていなかったから、そこまで時間はかからないとの見通しだが」

 

え? 何それ凄くない? この世界の建築とか建設の技術どうなってんの? あんだけデカい地震とか起きたのに元に戻すのに『そこまで時間はかからない』とか。

あれで二課本部を破棄することなってたら、思いついたことがオジャンになるところだったから、それはそれで助かるから良かったけど。

 

「一つ、頼みたいことがある」

 




皆様お察しの通り、アニメ"スクライド"の戦闘シーンを彷彿とさせる戦闘描写を意識しております(いつまで続くか分からん)。
前回のVSクリス戦はスクライドの
VS立浪ジョージ戦におけるビッグ・マグナムや
VS劉鳳戦における絶影など
該当のシーンを視聴していると、思わずニヤリとできるようにしたつもりです。
ではまた次回!


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三人寄れば...

前回、最後のシーンでカズヤの病室から出ていく女性の人数に誤りがありました。四人ではなく、正確には五人です。感想でご指摘いただき気づきました。ありがとうございます。いつも誤字報告感謝しております。

そろそろタグって追加するべきなんでしょうか?
よく分かりませんが、こういうタグ付けろってあったら教えていただければ幸いです。



「腹減ったな...よし、話は済んだし飯でも食いに行くかな」

 

俺は弦十郎のおっさんと緒川との話を終え、ベッドから降りて立ち上がり、ぐぐぐと大きく伸びをする。

次に左腕に施されていた点滴の針を抜く。地味にこれ、さっきまで気づかなかったので、医者か看護師か不明だがやった人の腕の良さに驚いた。

 

「服と靴はこちらに」

 

緒川が言いながらベッドのそばの引き出しから俺の服と靴を取り出してくれる。

 

「サンキュー」

 

いつもの服と靴を受け取り、入院着を脱ぎ捨て手早く着替えた。

すると通信機と新しいインカムを緒川から差し出される。もう一度礼を言ってからズボンのポケットにそれらを捩じ込んだ。

 

「体に異常はねーんだろ? だったら意識が戻った以上、もう退院しても問題ねーよな?」

「それはそうなんだが、別の問題がある」

「?」

 

弦十郎のおっさんに質問すると意外な返答が返ってくる。退院すると発生する別の問題とは一体?

 

「キミの寝泊まりする場所だ。知っての通り本部は復旧作業中。当然、カズヤくんがこれまで寝泊まりに使用していた仮眠室は使えん」

「マジかよ」

「なので寝泊まりする場所を確保する必要がある」

「あー、仮眠室使えなくなるタイミングで入院したけど、退院したらそうなるのかー」

 

眉間に皺を寄せ、腕を組む。

これまで寝泊まりしていた場所なんて、思い返してみると二課本部の仮眠室と独房と今いる病院だけという、どう考えても()()()()()()()()()()()()であって住む場所ではない。

 

「前々からキミにはちゃんとした住居を用意するべきだと思っていたんだが、それよりも先にキミは完全に仮眠室の主として居座るようになってしまっていたからな」

「だって二課本部の設備って便利なんだよ。食堂行けば飯出てくるし、シャワールーム自由に使えるし、シャワールームのそばにただで使えるコインランドリーあるからシャワー浴びてる間に洗濯と乾燥同時にできるし」

「カズヤさん、皆からは二課に住んでる人って認識でしたからね」

 

半ば呆れたような弦十郎のおっさんに俺が言い訳染みたことを言えば、緒川が苦笑した。

 

「だがまあ、今後のことを考えるといい機会かもしれん。良さそうな物件をこちらで見繕っておこう」

「ではそれまでビジネスホテルで寝泊まりしてもらう、ということになりますか。予約でき次第、後程連絡しますね」

「何から何まで手間かけるな」

 

俺の寝床の話が済むと病室を出る。その間際、おっさんから「クリスくんの病室はこの右隣だ。皆そこにいるだろうから顔を見せてやってくれ」と言われたので「あいよ」と返事をし、教えられた通り右隣の病室のドアを開ける。

 

「おーす」

 

軽い感じで声を出しながら病室に踏み入ると、そこには普段着の奏、制服姿の響と未来と翼、入院着のクリスの五人が勢揃いしており、こちらを見て一斉に動きを止めた。

 

「「「カズヤ!?」」」

「「カズヤさん!!」」

「よっ」

 

右手を顔の高さまで上げて挨拶すると、まず最初に動いたのは一番近くに立っていた奏だ。

 

「このバカ心配させやがって!」

 

ラグビーのタックルを思わせる飛び込み、いや、これもうタックルだ。衝撃で変な声が出そうになったのを堪えつつ奏を受け留める。

皆の表情を見る限り、体に異常はなくても三日も昏睡してればかなり心配させてしまったのが分かった。

 

「すまねぇな」

「...目を覚ましてくれたからもういいよ、バカ」

 

罵りながらギューっと抱き締めてくる。ならばとこっちもギューっとやり返す。

すると奏の頬が徐々に上気してくるので、この後どうしてやろうかなと考えていると、

 

「次、私の番です」

 

奏の背後で、位置的に出遅れた響が今か今かと待っている。まるで大好物を前にして『待て』と命令された大型犬みたいだ。

名残惜し気に奏が離れると、

 

「うわあああん! カズヤさん心配したんですからねぇぇぇ!!」

 

飼い主の帰りを待っていた犬、と表現するのがこれほど適切だと感じたことはない。こちらに飛び込んでくると、腰をガッチリホールドしつつ胸に顔を埋めてぐりぐり額を押し付けてきた。

 

「よしよし、よーしよしよしよし」

「.........うぇへへ」

 

甘えてくる犬に対してやるようにわしゃわしゃ頭と背中を撫でてあげると、だらしなく嬉しそうな声を漏らす。本当に犬みたいだなと思ってたら、スカートから尻尾が生えててブンブン左右に振っている幻覚を見た。

やがて満足した響が離れると、俺は翼と未来に向き直る。

 

「お前らハグは?」

「し、しし、しません!! して欲しいんですか!?」

「なっ!? 私が奏達のようにすると思っていたのか!? べ、別に私はしなくてもいいけど、カズヤが仲間との親愛の証としてどうしてもと言うなら吝かでは──」

「じゃあ要らね」

 

恥ずかしそうに顔を赤くした未来と翼が、一瞬にして般若と化す。

 

「ちょっと待ってください、要らないって何ですか要らないって!?」

「カズヤ貴様...貴様という奴は!!」

「俺、基本的に来るもの拒まず去るもの追わずなんだよ。だからそういうメンドくせー態度取られたら放置に限る」

「「誰が面倒臭い女だって!!」」

「そういうとこだぞ」

 

怒りの唸り声と歯軋りをする未来と翼を捨て置き、ベッドの上で頭から布団を被っている物体に近づく。

確認するまでもなくクリスなのだが、布団を被る際に勢い余って頭隠して尻隠さずの状態になっていることに気づいていないらしい。

入院着のズボンを穿いた形の良い尻がこちらに向いてるので、なんとなくデコピンしてやった。

 

「ひゃああああああん!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げて飛び跳ねたところを、後ろから抱き締めて捕まえる。

 

「ほい、つっかまえた!」

「あうあうぅ」

 

なんかクリスの態度が知ってるものと比べてやけに大人しい。まるで借りてきた猫みたいだ。

いや、どちらかというと怯えている...か?

 

「どうしたよ?」

「...その、怒ってねぇか?」

「ん? 俺が? 何に?」

「あたしに...」

 

俺がクリスに怒る? なんで? 一体何に?

 

「無理矢理キスしたし」

 

ああ。俺が暴走したのを止める為にキスしたことを、他に方法がなかったのかと怒られると思ってるのか。

だから顔合わせづらくて布団被ってたとは。

まるで親に叱られるのを恐れている子どものような態度に、俺の中の父性本能的なものがふつふつと沸き上がっていく...ような気がする。

 

「バカだなお前、怒る訳ねーだろ。あれはお前が俺を止める為に勇気を振り絞ってくれたんだろ?」

 

こちらに背を向けて抱き締められているクリスは無言で小さく頷いたのが分かる。

 

「だったらいいんだよ、それで」

「本当に?」

 

恐る恐るこちらに向き直るクリスの頭に手を置き、安心させるようにポンポン叩く。

 

「サンキューな、クリス。恩に着る」

 

そしてクリスの耳元まで口を寄せ、彼女だけに聞こえるように囁く。

 

「それになかなか良かったぜ」

 

次の瞬間、茹で蛸のように顔を赤くさせ、へなへなと脱力してしまうのでちゃんとベッドに座らせてからパッと離れる。

よし、五人への挨拶はこんなもんだろ。

さてこれで飯にでも行こうか、と思って振り返り──

 

「無防備な女の子のお尻にデコピンとか、最っ低」

 

絶対零度の眼差しの未来と、

 

「このセクハラ男...見損なったぞカズヤ!」

 

怒髪天を突く翼がいた。

二人は口を揃えて男子最低! 男子最低! と非難の唱和を繰り返す。

しかもその横で奏と響が真剣な表情でコソコソ話し合っている。

 

「なるほど、つまりああいう仕草や態度、リアクションが男を()()()()()んだな」

「前にカズヤさんが言っていたという()()()()()()()ってやつですね」

「あれが計算か天然か知らないけど、雪音クリス...恐ろしい女だ」

「クリスちゃん、女の私達から見てもあざと可愛いですもんね」

 

未来と翼とはまた違ったベクトルで奏と響は意気投合してるようだ。

このままでは話が進まないので俺は「そんなことより、これから俺飯食いに行くんだが」とバッサリ話を切り替える。

 

「...飯食いに行くって、カズヤの格好、いつもの服ってことはもう退院するつもりなの?」

 

まだ少し心配してるのか、奏が気遣わしげな視線で見つめてくる。

対して俺は心配御無用とばかりに笑い飛ばした。

 

「体に異常はないって話だからな、いつまでも病室を占領する訳にはいかねーよ」

「...まあ、アンタがそう言うならいいけど」

 

納得する奏の隣で響が疑問の声を出す。

 

「あれ? でもそうなるとカズヤさん、今日から何処で寝るんですか? 二課の仮眠室、まだ使えないですよね?」

「それなんだがな、暫く泊まる場所ねーんだわ」

 

ええぇっ!? と一同驚く。

 

「つってもまー、おっさんには手頃な部屋探してもらってるし、緒川には部屋が見つかるまで金出すからビジネスホテルに泊まれって言われたし、そこまで切羽詰まった状況じゃ──」

 

詳細を伝えようとして、それを遮る形でポケットの中の通信機が鳴き喚く。

相手は緒川だ。どうやらビジネスホテルの部屋の予約が取れたらしい。

 

「もしもしカズヤだ」

『もしもし緒川です。カズヤさん、今話せますか?』

「おうよ、ビジホの部屋取れたか?」

『そうです。先程お話しましたビジネスホテルの件、駅前の──』

 

俺が聞き取れたのはここまで。

後の部分は横から奏に通信機をかっ浚われたので不明だ。

 

「キャンセル」

 

通信機の向こうで緒川が困惑しているのが手に取るように分かる。

 

「だから、キャンセル。部屋探しも必要ないから、カズヤは今日からアタシの部屋に住むから、弦十郎の旦那にもそう伝えといて」

 

一方的に告げて通信機を切ると、それをこちらに手渡しつつ一仕事やり遂げたようないい笑顔で、

 

「じゃ、そういうことだから」

 

と宣った。

 

「いや、そういうことって──」

「どういうことなんですか奏さん!!」

 

興奮しながら奏に詰め寄るのは頬を膨らませた響。

だが奏は何がおかしいのか分からないとばかりにすっとぼける。

 

「え? 何? どうかした?」

「ふざけんなてめぇ! カズヤのことどうするつもりだ!?」

 

響に続いて、へなへなしていた状態から復活を果たしたクリスも怒り心頭で奏に迫った。

 

「アタシは住居のない仲間に住む場所を提供しただけさ。ただ、そうだね、若い男女が一つ屋根の下で暮らすとなると、ナニか起こるかもしれないけど、アタシは全然困らないし」

「こいつ、いけしゃあしゃあと...!!」

「奏さん...一人暮らしの大人だからってその方法は卑怯じゃないですか?」

 

何処かで知ってるような展開──今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気の中、俺はあることを思い出す。

 

「そういや弦十郎のおっさん、俺にクリスの面倒見ろっつってたな。これって二課の仕事以外にも衣食住って入んのかな?」

 

なんとなく疑問に思って口にしたことであったが、それを聞いたクリスが天啓を得たとばかりにニヤリと笑い、奏に頭を下げた。

 

「カズヤ共々今日からよろしくお願いします、天羽せ・ん・ぱ・い」

「嘘だろおい!? っていうかお前怪我して入院してる身じゃないか!」

「カズヤが退院するならあたしも退院するに決まってんだろ!!」

「通るかそんな理屈! 大人しく骨折治るまで入院してろ!!」

 

ちなみに鎖骨を骨折して完治するまでの期間は軽度のものでも約一ヶ月から三ヶ月と言われている。

俺と同調していたことで回復力が上がっているとかなければ奏の言う通り大人しくしているべきなのだが、目の前で喚き散らすクリスは元気いっぱいで、へし折った張本人の俺ですらとても骨折しているようには見えない。

 

「嫌だ退院する、もう鎖骨治った!」

「治ってないだろ! カズヤと同棲できると思ったらコブ付きとかふざけんな!!」

 

ついに始まる奏とクリスの言い争い及び取っ組み合い。それを前にして響が踏み込んだ。

 

「じゃあついでに私も奏さん家お泊まりします。無期限で」

 

しかし響の肩を背後から未来が掴みかかり、必死の表情で訴える。

 

「ダメだよ響、響はまだ清い体でいないと! まだ高校生なんだよ!? カズヤさんと一つ屋根の下で暮らして妊娠したらどうするつもり? もしそうなったら私は響のご家族になんて説明すればいいの!? このろくでなしが響の身も心も奪って孕ませました、私は響を止めることができませんでした、でも響と生まれてくる赤ちゃんには罪はありませんって言えばいいの!?」

「に、妊娠!? い、いいいくらなんでも話飛躍させすぎだよ未来!!」

 

場が混沌としていく中、翼が顔を赤く染めつつ遠慮がちに質問してくる。

 

「カズヤは、その、女性から、ね、閨を共にと求められた場合、ど、どど、どうするの?」

「据え膳食わぬは男の恥。そもそも俺が女に迫られて尻込みすると思ってんのか? 嫌いな女じゃなければ拒否しねーよ。そして何より俺は女に恥をかかせるつもりはねー」

「...お、男らしい。やはりカズヤは昨今の草食系男子とは違うのだな。しかしカズヤ」

「あ?」

「その節操の無さはいつか刺されるわよ」

「それ弦十郎のおっさんにも言われた」

 

 

 

 

 

【三人寄れば...】

 

 

 

 

 

混沌の渦と化した病室が静かになったのは、当事者達が騒ぐだけ騒いで誰もが疲れてぐったりした後だった。

 

「じゃ、俺とクリスは今後奏の部屋で寝泊まりするってことでいいか?」

「...もうそれでいいです」

 

部屋の隅で大人しく待ってたカズヤの問いに、奏はげっそりした口調で返事する。

 

「響は週末に泊まりに来るのはいいが、基本的には今まで通り寮で暮らすこと、いいな?」

「...もうそれでいいです」

 

奏と同様、疲れ切った響が頷いた。

 

「クリスは──」

「もうそれでいいです」

「まだ何も言ってねーけどいいならいいや。未来──」

「もうそれでいいです」

「だからまだ何も言ってねーっつの」

 

大分お疲れのようである。止めずに放置して静かになるまで、味噌汁の具で至高の組み合わせは何なのかという雑談で最終的に大根と油揚げが至高と結論が出るまで我関せずな態度でいたのはカズヤと翼なのだが。

 

「よし、なら飯食いに行くぜ。"ふらわー"でお好み焼き食いに」

 

くたびれていた面子がガバッと復帰する。皆あの店のことが大好きのようだ。

 

「あ、着替えるからちょっと待っててくれ」

 

入院着のままのクリスが言うので、カズヤが「部屋の外で待ってる」と告げて退室すると、他の者達もぞろぞろそれに続く。

あまり待たせてはいけないと意気込み、クリスが現在所有している唯一の服──赤いドレスのような服に手早く着替えて部屋を出て、皆と合流を果たす。

 

「もしもし緒川? なんかクリスも俺と一緒に退院するって。んで、奏ん家に二人で厄介になるから。クリスの退院手続きとかその他諸々よろしく、じゃあな」

「...待たせた」

「よし、飯食いに行くぜ」

 

男一人に女子五人という騒がしい集団は病院を後にする。

"ふらわー"に到着後、店内にクリス、カズヤという順で入った瞬間におばちゃんが、

 

「あんた達、いつ()()を戻したの!?」

 

と驚いたのも束の間。

すぐ後に他の面子もぞろぞろ入店するのを見て、

 

「...この女の敵め!」

「この店よく来るからもういい加減メンド臭がらずに誤解を解くか...」

 

凄い形相でカズヤを睨むおばちゃん。彼女の中でカズヤがどんだけクソ野郎として認識されてるのか垣間見た瞬間だった。(最初にカズヤとクリスが付き合っていると勝手に勘違いしたのはおばちゃんで、否定するのが面倒で放ったらかしにしたカズヤが原因なのだが)

当たり前だが六人というそこそこの人数なのでテーブル席に案内される。

なお席は無用な争いを避ける為、奏とクリスと響の三人、翼とカズヤと未来の三人、という割り振りだ。

思い思いにそれぞれ食べたいものを注文し、さて後は待つのみとなった段階で、カズヤが非常に面倒そうに呟く。

 

「この後、歯ブラシとかの日用品買わなきゃいけねーんだよなー」

 

二課の仮眠室の主だった時は、泊まり込みで仕事をする職員の為、ホテルのアメニティのように無料で利用可能なものがかなりあったのだが、今後は奏の部屋に居候をさせてもらう上で最低限の日用品は購入する必要があった。

更には、クリスは着の身着のままだ。日用品以外にも替えの下着や寝間着を含めた服の類いは必須となる為、買い出しは大変そうである。

クリス自身は恐らく物にこだわらない考え方なので、自分と同じように必要最低限を揃えればいいと思っているはずだが、他の女性陣がそれを許さないだろう。女の子なんだからこれは必要、あれも必要と買わされるに違いない。

そして自分はきっと荷物持ちになるのだろう、そんな確信がカズヤにはあった。

お好み焼きで腹を満たした後、案の定、長時間に渡る買い物に付き合わされ荷物持ちをさせられたのだが、これも男として生まれてきた運命(さだめ)として諦めることにする。

 

 

 

案内された奏の部屋──というか住んでるマンションは金持ちが住んでそうな高層マンションだ。建物を見上げつつトップアーティストというのはやはりこういう場所に住んでるものなのかと感慨に耽っていると、

 

「アタシ個人としてはもっと庶民的で小さな家とかでも良かったんだけど、ある程度セキュリティがしっかりしてないと、ね...」

 

困ったように笑う奏の姿で察した。

なお家族と昔暮らしていた実家はまた別にあるとのこと。そっちは二課の装者や歌手として生活する上での利便性から、今はほとんど帰っておらず、たまに暇を見て掃除しに行く程度らしい。

 

 

「ああ、ドルオタって頭おかしい奴多いしな。ストーカーと変わらん迷惑行為してるのに自分は間違ってないって思ってる人間のクズとか」

「何一つ間違ってないけど、言い方」

 

両手にたくさんの買い物袋を手にしたカズヤの脇腹を肘で軽く小突いてから、自動ドアへと進む奏。その後ろに皆ついていく。

こういうマンションの内部は見慣れてないのか、響と未来とクリスがへーとかほーとか言いながらキョロキョロしている。

 

「凄い、エレベーターが低階層用と高階層用で別れてますよ!?」

 

エレベーターホールで響が興奮気味にはしゃぐ。

 

「そういやこの面子の中で誰かの部屋に行くのって奏ん家が初めてなのか」

「言われてみたらそうだけど、よくよく考えるとそういう機会がそもそもなかったね。学生三人は女子寮だからカズヤ入れないし、カズヤは二課の仮眠室住まいで"カズヤの部屋"って訳じゃなかったし、アタシだけ離れた場所でマンション暮らしだから」

「集まる場所っつったら二課のどっかだったしな」

 

高階層用のエレベーターに乗り込みそんなことを話していると目的の階に到着。

 

「じゃあ入って、と言いたいところだけど、カズヤだけは悪いけどここで暫く待ってて」

 

ついに奏の部屋に到着した、と思ったらこんなことを言われる始末。

 

「その、ちょっと散らかってるから、片付ける時間ちょうだい」

「なら翼も一緒に待つべきだろ。こいつ入れると余計散らかるぞ」

「...カズヤ、そろそろ私は泣いていい?」

「お前の汚部屋に泣かされてる緒川の涙を止めることができたら泣いていい」

「すみません緒川さん、私はまだ泣けないようです」

「そんなんだからツヴァイウィングの女子力ゼロの方って言われるんだよ」

「それ言ってるのカズヤでしょっ!?」

 

即席の漫才をカズヤと翼が繰り広げているのを尻目に、奏は玄関のドアを開け響と未来とクリスに入るように促し、三人が入ると即ドアを閉めた。

すると奏は両の手を合わせて三人に頭を下げる。

 

「ここ最近まともに家にいる時間なかったしカズヤを部屋に連れ込む機会なかったから全然片付いてないの助けてお願いします!!」

 

「「「ええぇぇ..」」」

 

緒川に対して通信機越しにあれだけの啖呵を切っておきながら、おきあがりこぼしのように何度も何度も必死にペコペコ頭を下げるトップアーティストの姿に三人は思わずドン引きする。しかも言い方からして部屋にカズヤを連れ込む機会を虎視眈々と狙っていたのも窺えた。

 

「時間がないから早く、ほら早く手伝って!」

 

背中を押され半ば強引に奥に通され、片付けを手伝わされる破目になったが、外でカズヤと翼を待たせるのは悪いと思い渋々片付けをすることに。

 

「アタシ、翼ほど酷くないけどカズヤに『プライベートでは結構だらしない女なんだな』って思われるのやなんだよ~」

「部屋に連れ込む気があった癖にいざ連れ込む段階で準備できてねぇとか、よくそんなんで偉そうにカズヤに住めとか言えたなおい!!」

 

脱ぎ捨てられていた服を集めながら言うクリスの辛辣かつ手厳しい意見に奏が「グーの音も出ない」と溜め息を吐く。

 

「未来、私達の部屋さ、常に綺麗でいられるように小まめに掃除しようね」

「響まさかカズヤさんを部屋に連れ込む気!? ダメだよ女子寮なんだから!」

「カズヤさんなら『大丈夫ですよ』って言って誘えば『そうか、大丈夫なのか』って感じで躊躇せずに来てくれるよ」

「そうじゃなくて私達の部屋は寮! 女子寮! 校則違反だしバレたら私達もカズヤさんも大変なことになるから本当にやめて!!」

 

カズヤの存在はクラスメートや教師陣に知られているが、それとこれとは別問題である。

もしバレた時の悲惨な結末を想像して未来が血相変えて響を説得した。女子校の学生寮に暮らす女生徒が男を連れ込んでお泊まりさせたなんてことが周囲にバレたら...

 

「それに根も歯もない変な噂立てられたら嫌でしょ? それについては響がよく分かってるはずだよ?」

「う...そうだね。なら諦めるよ」

 

未来の指摘に響は嫌なことを思い出したのか、あっさり折れた。

そんなこんなで急いで片付けを行うが、結局二十分ほどかかってしまう。

片付けを終えて奏が慌てて玄関を開けると、

 

「カズヤ、たくあんだ。これは譲れない」

「いやいや、たくあんも捨てがたいが梅干しだろ」

 

カズヤと翼がご飯の最高のお供は何か、白熱の議論を繰り広げていた。

 

 

 

通された奏の部屋の間取りは3LDKで、一人暮らしとしては持て余す広さがある。確かにこれだけ広くて部屋も余っていれば居候が二人増えたところで問題なさそうだった。

 

「疲れた~」

 

リビングに入るや否や、勝手にソファーに寝っ転がってテレビの電源を入れてくつろぎ始めるカズヤに奏が苦言を呈する。

 

「いや、ウチに住めとは言ったけど色々早くない?」

「適応なしに進化はあり得ねーよ」

「アンタの場合は遠慮がないだけでしょ」

「遠慮する俺って気持ち悪くねー?」

「...確かに。偽物じゃないかと疑う」

「ならいいだろ」

「...理解できるが納得いかん...初見の、しかも女の一人暮らしの部屋で、なんで秒で自分ん家みたいな態度なんだコイツ」

 

ソファーの上で勝ち誇るカズヤを放置して、ダイニングテーブルの上に買ってきたものを皆で広げる。

女性陣が買ってきたものを手に取りキャッキャッしている光景を一瞥し、興味が失せたのかテレビに視線を戻すカズヤ。

テレビに映し出されるニュースを見るともなしに見ていると、段々瞼が重くなってきたのでそのまま抵抗せずに目を瞑り、寝た。

 

 

 

暫くして、カズヤがグースカ寝ているのを目敏く見つけたのは未来だ。

 

「あっ...なんか静かだと思ったら熟睡してる。奏さん、毛布みたいなのありません? このままだと風邪引いちゃう」

「あるよ、取ってくるから待ってな」

 

駆け足でタタタとリビングから出ていく奏を見送り、他の皆はソファーの上で気持ち良さそうに眠るカズヤを囲むように集まる。

 

「眠ってる時は子どもみたいで可愛いのに」

「起きて口を開けばデリカシーのない発言やセクハラの連発、まるでスケベなガキ大将ね」

 

未来と翼が左右から人差し指でカズヤの頬をぐりぐりと突っつくが、全く起きる気配が見えない。睡眠は結構深い方らしい。

 

「はい毛布」

「どうも」

 

奏が持ってきてくれた毛布を受け取り、未来はカズヤにかけてあげる。

 

「まあ、なんか世話焼きたくなるよな、このバカ見てると」

「何々? 何の話?」

「カズヤさんが手のかかる子どもみたいって話です」

「ああ、確かに」

 

ポツリと独り言のように呟いたクリスの言葉に奏が質問すると、響がクスクス笑いながら教えてあげる。

 

「...でもさ、アタシはそんな子どもっぽいところもコイツの魅力だと思うよ。戦ってる姿の印象が強烈すぎて、ギャップ凄いし」

「俗に言うギャップ萌えというやつですね」

「ハハッ、そうかも」

 

未来の指摘に奏は快活に笑う。

目を細め、優しい視線でカズヤの寝顔を見つめながら響が語り出す。

 

「魅力って言えば、カズヤさんって何がなんでも自分の意地を貫き通そうとしますよね。戦ってる時も、そうじゃない時も。それってある意味凄い我が儘なんですけど、そういう生き様っていうんですか...なんか、羨ましく思うし、格好良いですよね。クリスちゃんと戦ってる時に『意地があんだよ、男の子にはな』って叫んで一歩も退かずに立ち向かっていったのを見て、嗚呼、カズヤさんって男の人なんだなぁって心の底から感じました」

 

──お父さんと違って。

 

そんな声なき声を聞いたのは、この場で響の家庭事情を知る未来だけだったが、彼女が響に何か声をかける前にクリスが笑い出した。

 

「あれな! 冷静に考えると強化された絶唱を真っ正面から受け止めようとするとか、マジでトチ狂ってるとしか思えねぇのに、今振り返ってみるとカズヤらしいなってなるから恐ろしいよな」

「カズヤに向かって絶唱歌ったお前もかなりトチ狂ってるだろ...」

 

呆れたように突っ込む奏をクリスは華麗にスルーし、

 

「カズヤの寝顔見てんのは飽きねぇけど、いつまでもこうしてる訳にもいかねぇだろ。とりあえず続きしねぇか」

 

そう言って皆を促すと、順々にソファーから離れた。

その際、未来は響の横顔をチラリと盗み見る。

彼女がカズヤに好意を抱くのは、蒸発した父への想いもまた影響していたのではないか。そう疑問に思いながら。

 

 

 

カズヤが目を覚まして起き上がると、部屋の中にいるのは奏とクリスの二人だけになっていることに気づく。

外もすっかり暗い。

 

「他の三人は?」

 

誰かが寝ている間にかけてくれた毛布を畳み、寝ぼけ眼を擦りつつで聞いてみると、既に飯食って帰ったとのこと。

 

「なんか食べる?」

 

クリスと共にテーブルで頬杖をつきながらテレビを見ていた奏の質問に「ご飯と味噌汁だけでいいや」と答えると、二人が立ち上がりクリスが炊飯器からご飯を茶碗に盛って電子レンジへ、奏がコンロの火を点け味噌汁を温め直してくれる。

ご飯のお供は梅干しとたくあん。味噌汁の具は大根と油揚げだ。

 

「サンキュー、いただきます」

 

食べ始めると、奏が「風呂用意するから食ったらカズヤ先に入って」と告げてリビングを出ていくので「あいよ」と答えて味噌汁を流し込む。

やがて食べ終えて茶碗やお椀をシンクまで運ぶと、クリスが「あたしがやっとくから風呂入れ」と言うのでお言葉に甘えることにした。

 

 

 

(風呂は意外と普通だったな)

 

風呂上がり、寝間着姿でリビングのソファーに座り、テレビを見ながら奏とクリスが風呂から出るまで待つ。

クリスは育った環境も影響しているのか不明だが、風呂に入っている時間はあまり長いと感じなかったが、奏がかなり長かった。

しかし寝る部屋の相談、使用する布団がどれかなどの話をしていないのに勝手に寝る訳にもいかない。

パジャマ姿で隣に座るクリスと共にテレビを見ながら待つこと一時間。

漸く出てきた奏の指示に従い、今夜はとりあえずカズヤはそのままリビングのソファーで毛布を使って寝ること、クリスは奏の寝室で翼が泊りに来た時に使っているらしい折り畳み式簡易ベッドを使うことになった。

 

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみ」

 

寝る前の挨拶をしてから思い出す。

 

「そういやこの三人って身寄りいねーんだよな」

 

ぼやくカズヤの言葉に奏とクリスがハッとする。

カズヤはほとんど記憶喪失の状態で異世界から来た。当然、身内と呼べる人間は存在しない(ということになっている)。

奏は幼い頃、ノイズに家族を殺され天涯孤独に。

クリスも幼い頃に地球の裏側で唯一の肉親である両親を殺され独りぼっちになった。

 

「奏、クリス。いつまでこの生活が続くか分からねーけど、改めてよろしく頼むわ。身寄りのない三人が集まっただけのただの家族ごっこになるかもしれんが、それならそれでごっこ遊びを楽しもうぜ」

 

それぞれに握手のつもりで手を差し伸べると、奏とクリスは示し合わせたかのように指と指を絡ませる手の繋ぎ方、だけに留まらず両手を使ってカズヤの手をぎゅっと握り締め応じる。

 

「ごっこ遊びで終わらずに、アタシはカズヤと本当の家族になれると嬉しいよ」

「あたしも、あたしもカズヤの家族になりたい。ずっと一緒にいられるように」

「おいおい初日から気合い入れすぎだ。二人共もうちょい肩の力抜けって。それに俺とじゃなくて、()()()、だ」

 

苦笑するカズヤの反応に二人は顔を見合わせてから笑みを浮かべて頷くと、寝室に向かった。

カズヤも電気を消してソファーに横になり、毛布を被って目を瞑る。

 

 

 

「雪音」

「何だよ天羽先輩」

「ごっこ遊びになるかどうかは置いといて、仮にも家族に苗字で先輩呼びはねぇだろ」

「そっちこそ」

「...」

「...」

「く、クリス」

「...奏」

「...」

「...」

「クリスはカズヤの妹な。で、アタシがカズヤのお嫁さん」

「いや違うだろ。奏が姑であたしがカズヤのお嫁さん」

「お前そこはせめて姉にしとけ、何だよ姑って!」

「思ったことを言ったまでだ」

「張っ倒すぞこのガキ!!」

「やんのかゴラァッ!!」

 

ドタン! バタン!

 

 

 

「...なんかうるせーな」

 




響。
人懐っこくて甘えん坊で寂しがり屋な大型犬。しかし餓狼の側面があり、ぐいぐい迫るタイプ。かつて蒸発した父との確執により、確かな絆を求める傾向があるので、もしカズヤと二人っきりで一つ屋根の下に暮らすことになったら確実に食べる側。

奏。
姉御肌で積極的だが、恋愛事には実は初心。ある程度お膳立てしとけば男の方から来てくれんでしょ、という風に一歩手前で自分から踏み出せない、男の方から来て欲しいと思ってるタイプ。

クリス。
奏同様、初心で何より恥ずかしがり屋。自分からはかなり難しい。あくまでもライバルの存在が彼女を奮い立たせているのであって、恋敵が皆無な場合は、今の関係を壊したくないからと踏み出せず、友達以上恋人未満が長く続き悶々とするタイプ。

未来&翼。
年の近い兄がいたらこんな感じなのだろうかと思っており、カズヤの歯に衣着せぬ物言い、下らないやり取りや喧嘩紛いの言い争いが結構楽しくてお気に入り。
なお、彼の据え膳発言について聞いていたのは翼のみなので、翼のみが彼と肉体関係を即結べる情報を持っていたりする。誘い方は「ムラムラするからしない?」という原始人みたいなナンパの仕方で十分。


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交錯するのは想いと力と思惑と──

前回の感想のほとんどが皆さんそれぞれにとっての最高のご飯のお供についてで草。


復旧作業中の二課本部内にて、カズヤは安全帽を被って右へ左へと忙しそうに駆け回っていた。

先日、意図したものではないがカズヤが引き起こしてしまった地震などによってもたらされた被害に対して、彼は少しでも罪滅ぼしができればと復旧作業の手伝いを買って出た。と言っても、専門の知識や技術などはないので、資材の移動や瓦礫の撤去、その他簡単な雑用などではあるが。

 

「...一度ぶっ壊れたもんを元通りに戻すってのは、ぶっ壊すよりも遥かに難しいってのが骨身に染みるな...分かっちゃいたんだが」

 

作業が一段落したのを見計らい溜め息を吐きつつ、安全帽を脱いで首に掛けていたタオルで汗を拭う。

 

「そう考えると、アルター能力ってのはつくづく業が深いトンデモ能力なんだよな」

 

自身のエゴを具現化する為に周囲の物質を原子レベルまで分解し再構成を行うそれは、分解対象となる物質が生命体でなければ問答無用で虹色の粒子に変えてしまう。ある意味、破壊と創造が表裏一体であることを象徴とする力だ。

そして──

 

(エゴの強さが能力の強さに直結してるってんなら...あいつらの為にも、俺は今よりもっともっとエゴイストになる必要があるってことか?)

 

チラリと視線を動かす。丁度そこには、復旧作業に従事している作業員の方々の為に、お盆におにぎりとお茶のペットボトルを満載した食器カートを押してくる奏とクリスの姿があった。

 

「はーい、おっちゃん達っ! 休憩だよ休憩!!」

「お茶は一人一本、おにぎりの種類は梅干し、おかか、鮭、明太子だ。好きなものを早い者勝ちで持ってけ!」

 

数日前に二人はカズヤが復旧作業を手伝うと聞くと、やることがないのでそれを手伝うと言ってくれたので、作業員の方々へのサポートをお願いしたのである。こういう肉体労働は汗をかいて脱水症状になりがちなので、水分や塩分補給、タオルの用意などを承ってくれた。

 

「わーい飯だー!」

「可愛い女の子が作ってくれたおにぎりだああ!」

「明太子だ、明太子を寄越せ!」

「鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭鮭!」

 

おにぎりとお茶を手に入れんと、作業員の方々が我先にと群がっていく。

 

「相変わらずスゲー人気」

 

実はこれ、数日前までは作業員の方々一人ひとりに普通に弁当が支給されていたのだが、奏とクリスが持ってきた手作りおにぎりを三人で食べていたのを見た作業員の一人が「俺も可愛い女の子の手作りおにぎりが食べたい! もしその願いが叶うなら作業三割増しで頑張れる!!」と叫んだのが切っ掛けなのだ。

まあ、作業員の方々の想いは無理もないのかもしれない。奏は言わずと知れた超美人の超人気トップアーティスト。クリスは有名人や芸能人ではないが、アイドル顔負けの超が付く美少女。男所帯の職場にとって、美人や可愛い女の子というのは心のオアシスそのもの。モチベーションも違ってくるのは事実。実際、作業効率も上昇し、当初の見通しよりも早めに終りそうだとのこと。

おにぎりとお茶をある程度配り終えると、二人はカズヤの分を手に近寄ってきた。

 

「ほい、お疲れさん」

「早く食おう。あたし腹減って何度か摘まみ食いしそうになっちまった」

「おう、そっちもお疲れ。休憩室行って食おうぜ」

 

三人は休憩室へと移動し、お昼御飯を開始する。

まず一口お茶を飲んで口の中を潤してからおにぎりを頬張る。ホカホカの白飯に多めの塩、パリパリの海苔が実に美味い。具が入ってなくてもこのまま三個くらいは平らげてしまう自信があった。

奏とクリスも黙々と、それでいて美味そうにパクパク食べている。クリスは相変わらず食べ方が下手なのか夢中になるほど美味しいのか不明だが、唇にご飯粒が付いているのでそれを取ってやった。その際、摘まんだご飯粒はそのまま食べる。最初の内は真っ赤になって恥ずかしがっていたクリスも段々慣れてきたのか、一言「ワリィ」と謝罪するだけになってきた。その様子をこれまで何度も見てきた奏は「アンタいい加減、もうちょい落ち着いて食いな。それとカズヤもクリスをあんま甘やかすんじゃないよ」とお母さんみたいなことを呆れつつ言うのも日常と化してきた。

ごちそうさまをした後、三人で雑談をしていると、緒川が現れる。

 

「カズヤさん、少しよろしいですか?」

「...ちょっと行ってくるわ。すまねぇが、ペットボトルとゴミ片しておいてくれ」

 

二人にそう声を掛け、緒川の後ろをついていく。

彼が休憩室を出て暫く歩いたところで、曲がり角から弦十郎が姿を現し、無言のままこちらについてくるが気にしない。

そのまま三人で男子トイレに入り、それぞれ便器の前に立ちズボンのチャックを開けたタイミングでカズヤが切り出した。

 

「どうなってる?」

「復旧については概ね計画通りだ」

「こちらは残念ながら進展なしですね」

 

三人並んでジョロロロロロ~というかなり下品な音をBGMに話し合う。

 

「復旧についてはなんとかなるにしても、足取りは未だ掴めずか。まさかもうとっくに国外逃亡とかしてねーよな?」

「海外か。そうなっていたらもうお手上げだな」

 

カズヤのぼやきに弦十郎は渋面で唸る。

 

「確かネフシュタンの鎧も見つかってねーんだろ? あれって俺が分解してないんだったら、確実にあん時回収されただろ? あの女が手に集めてた青い光」

「そうですね。既にネフシュタンは彼女の手にあると考えて問題ないかと」

 

出すもんだしたら身支度を整え手を洗う。

 

「せめてノイズを操る、ソロモンの杖だったか? あれだけでも回収できれば良かったんだがなー」

「クリスくん曰く、キミとの一対一の勝負にそんな無粋なものを持ち込みたくなかったので預けてしまったとのことだ」

「最初に無粋なもんって言い出したの俺だったわ畜生」

 

ハンドドライヤーに濡れた手を突っ込み乾かす。

 

「また以前みてーに敵のアクション待ちか...歯痒いな」

 

トイレの出入口で立ち止まり、後ろを振り返る。

弦十郎がハンドドライヤーを使って手を乾かす後ろで、緒川がハンカチで手を拭いていた。

 

「カズヤくん、彼女は来ると思うか?」

 

厳かな口調で質問してくる弦十郎に、カズヤは顎に手を当て少し考えてから答える。

 

「五分五分、ってところだな。奴は覚醒したデュランダルと二課の本部施設を使って何かを企てていた。これは確かだ。だからあの時、邪魔になりそうな俺と装者達を皆殺しにしようとした」

「しかしカズヤさんがアルター能力を暴走させ、撤退せざるを得なかった」

 

緒川の補足にカズヤは頷く。

 

「そして発生した地震などの影響で本部にダメージが出た為、その復旧が終わるまで待っている、と」

「ま、さっきも言ったがその線は五分五分だ。もしかしたらもうとっくに諦めてどっかに逃げてるかもしれねーしなー」

「それはそれで脅威が残ったままになるので恐ろしいですね」

 

トイレから三人揃って出ると、カズヤは歩きながら腕を組んで目を細めた。

 

「何にせよ、敵の目的は未だ不明。クリスも核心に迫る部分は何も知らされてなかった。ただ気になることがあるとすれば、クリスには『痛みが人を繋ぐ』、『人類は呪いから解き放たれる』みたいなことを言ってたってことだ。哲学的っつーか抽象的すぎて訳分からんが、その辺りが鍵になってるんじゃねーかな」

「...そう言えば以前、響くんに対して『人類は呪われている』ようなことを言っていたな」

「呪い、呪い、呪いねー。何のことやら」

 

思い出したように告げる弦十郎の言葉にカズヤは天井を仰ぎ眉に皺を寄せた。

いくらアルター能力者と元公安警察官と忍者が集まろうと、さすがに三人は呪術の類いとは無縁、完全に門外漢だ。

 

「残念ながら現状で後手に回るのはこの際仕方がありません。今はできることを確実にこなしましょう」

「...だな」

 

緒川に同意し、組んでいた腕を解き、右の手の平を眺めてから、人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順に指を曲げて握り込み、拳を作って力を込める。

 

「だが次で決着(ケリ)をつける...必ずだ」

 

 

 

 

 

【交錯するのは想いと力と思惑と──】

 

 

 

 

 

と、意気込んだのはいいものの、復旧作業が完了しても敵の襲撃どころかノイズ一体すら現れない。

 

「マジでどっかに逃げたかあのクソ(アマ)...?」

 

待ち人ならぬ待ち敵来ず。なかなか現れてくれない敵に業を煮やす日々がここ数日続く。

 

「それとも他に何かを待ってるのか...」

 

もしかしたら二課本部施設とデュランダルを用いて、何か企んでいたという考えがそもそも間違っていたのか不安になってくる。

頭を抱えて考えるが答えは出ない。やはり自分には頭脳労働など向いていない。頭が痛くなってきた。

 

「...ムニャムニャ...」

「くかー」

 

そんな風に悩むカズヤを差し置いて、奏とクリスがソファーの上で気持ち良さそうに昼寝をしている。座って眠る奏と、奏の膝を枕に横になって眠るクリス。その光景をダイニングテーブルの席に着いて見ているカズヤは、とりあえず当初よりも仲良くなったことに微笑みつつ近づくと、ついこの前に緒川におねだりして買ってもらったプライベート用の携帯電話で写真撮影をしておく。

そのまま響達に写真を送信した。

 

「これでよし」

 

ニヤリと一人悦に入るが、彼は知らない。自分が二人に無防備な姿を晒している際に全く同じことをされているのを。

 

『今週は週末まで今日のような天気の良い日が続く予報です。なお、本日は雲も出ない陽気なので夜はお月様が綺麗に見えそうです。しかも今晩は満月。是非意中の相手を誘って月見などいかがでしょう? 二人っきりで見る満月はとてもロマンチックですよ』

 

つけっぱなしのテレビからお天気キャスターがそう言って締め括ると画面が切り替わりCMが入る。

 

「満月ねぇ...」

 

なんとなくテレビで言ってたことが気になった。

視線をベランダに移す。

奏の家は高級マンションということもあって、部屋も広ければベランダも広い。建物自体も高く遮蔽物も少ないので月見するにはもってこいだ。

月見もなかなか良いものかもしれないなー、夏なら花火とか見れんのかなー、とぼんやり考えているとポケットの中の通信機が鳴った。

プライベート用の携帯電話ではなく通信機が鳴るということは、二課からの連絡だろう。

 

「もしもしカズヤだ」

『カズヤくん、ノイズが出たぞ! 通信機の位置的に三人共同じ場所にいるようだが、今キミは奏とクリスくんと一緒か!?』

「マジか待ってた! 今三人で奏のマンションにいる! 二人は昼寝中だが叩き起こすから安心しろ!」

 

通信越しの弦十郎の声に立ち上がりソファーで眠りこけている二人の肩を揺する。

 

「起きろ二人共! 起きろや! ノイズ! 敵が仕掛けてきたんだよ!!」

「...カズヤ、夜の十二時を過ぎたらあの子達に餌あげちゃダメだって言ったじゃないか...!」

「...カズヤが餌あげたせいで皆化け物になっちまった...モコモコしてて可愛かったのに」

「二人揃って昨日テレビで見た映画そのまま夢に見てんじゃねぇっ! っつーかなんで十二時過ぎて餌やったのが俺ってことになってんだ!!」

 

本当に寝ぼけたこと抜かす二人に突っ込みを入れつつ肩を揺する力を強くすると、漸く意識がはっきりしてきたのか二人の目の焦点が合ってきた。

 

「おっさんノイズの出た場所は?」

『ノイズは巨大な飛行型が複数体、それぞれが東京スカイタワーに向かって進行中のようだ』

「スカイタワー? おいおいここからだとちょっと遠いぞ」

『既にヘリを迎えに出している。マンションの屋上で待っていてくれ』

 

指示に従い、まだ少しぼんやりしている二人の手を引っ張りながらマンションの屋上に向かう。

その後迎えに来てくれたヘリに乗り、東京スカイタワーを目指す。

 

「飛行型のノイズがいるってんなら、クリスをメインアタッカーにして戦った方がいいな。頼りにしてるぜ、クリス」

 

カズヤも一応、飛べると言えば飛べるのだが、遠距離攻撃が乏しいので対処が遅れる。

その点、クリスのシンフォギア、イチイバルによる攻撃は遠距離攻撃と広域殲滅に特化している。ノイズの群れ相手にこの特性は心強いしありがたい。

 

「任せろカズヤ。ノイズがいくら来ようがあたしのイチイバルでちょちょいのちょいだ」

「カズヤに頼られるとすーぐ調子に乗るよねクリス」

「う、うっせぇ。それに奏だって人のこと言えねぇだろが」

「...」

 

ムフー、と大きな胸を更に強調するように胸を張り、やる気を漲らせるクリスに対し奏が半眼になって呟くと、クリスが言い返し奏はそっぽを向いて黙り込む。

仲良くなったなこいつら、と二人のやり取りを眺めていると、

 

「飛行型ノイズを目視で確認!」

 

ヘリのパイロットがノイズを目視できた旨を教えてくれる。

すると通信機の向こうで弦十郎の切羽詰まった声が轟く。

 

『聞こえるか皆! たった今入った情報によると巨大な飛行型のノイズは、他のノイズを大量に街へと降下させているようだ。どうやら輸送機としての側面を持っていると考えられる。被害が拡大する前に優先的に叩いて欲しい!』

 

ヘリのドアを開けて体を乗り出し進行方向の先にいるノイズを睨む。

まるでその姿は海中をゆったりと泳ぐマンタを連想させるが、その実態はそんな可愛いもんじゃない。大きさは飛行機並みで、腹部と思われる場所からはバラバラと小型──あくまで巨大なものと比べての話で人より大きい──のノイズを吐き出している。

このままヘリで進むと撃墜される危険性が高い。

自分達は平気だがパイロットに死ねとも言えない。

 

「ちっ」

 

忌々しそうに舌打ちして、カズヤはヘリから飛び降りた。その際に奏とクリスが驚いたように名を呼んだが気にしない。

予め用意していたシェルブリット──拳に力を込め、右肩甲骨の回転翼が高速で回り出す。推進力を得たことで自由落下していた体がノイズに向かって一直線に突き進むような軌道に変わる。

 

「食らいやがれぇぇぇっ!!」

 

右腕を振りかぶり、ノイズを吐き出す巨大な飛行型ノイズに向かってシェルブリットバーストを叩き込もうとして──

 

「っ!?」

 

横から別のノイズに邪魔される。タコのようなそのノイズは、その多脚を大きく広げてこちらを呑み込むような形で体当たりを仕掛けてくるので、そいつに向かってシェルブリットバーストを叩き込む。

邪魔してきたノイズは一撃で塵と化す。邪魔者は排除できたがカズヤの勢いが一瞬止まる。

そこに一斉に大量のノイズが群がってきた。

 

(あの大型はやらせねーってか)

 

纏わりついてくるノイズを片っ端から殴って迎撃するが、完全に動きが止められてしまう。

またしても舌打ちしそうになった時、クリスのガトリング砲がカズヤの周囲のノイズを蹴散らした。

 

「サンキュー、クリス!!」

「バカ野郎! 何一人でいきなり突撃してんだ!? あたしがメインアタッカーっつったのは何処のどいつだ!!」

 

プンスカ怒るクリスが怒鳴りつつ雑居ビルの屋上に着地。そのままガトリング砲を乱射しながら小型ミサイルを大量に発射、空を飛ぶノイズが面白いように落とされていくのを眺めながらすぐそばに降り立った。

 

「いや、その、あのデカイノイズ見たらついシェルブリットバーストをぶち込みたくなってだな」

「で、実際にぶち込めたか?」

 

攻撃を止めずにジト目で睨んでくるクリスにカズヤは困ったように、誤魔化すように笑って答えた。

 

「全然ダメだったわ」

「一人でやろうとするからだバカ!」

「シェルブリットの弾丸って意味は無鉄砲と同義かい?」

「確かに奏の言う通り、カズヤは考えなしの無鉄砲ね」

 

クリスに叱られていると、ある程度周囲のノイズを殲滅してきた奏と翼が集まってくる。

 

「響は?」

「叔父様の指示で、念の為リディアンの防衛に回ったわ」

 

この場にいない響の行方を翼から聞き出し、「そうか」と納得してから改めてノイズを見上げた。

 

「...ありゃダメだな。近づこうとすると雑魚が群がってきて近寄れねー。ヘリで頭上を取りたかったが撃墜されるのは確実だからそうもいかねーし」

「遠距離用のシェルブリットバーストは?」

 

苦虫を噛み潰した表情で呻くカズヤに奏が提案してくるので早速試してみた。

 

「...どぅおおおおおりゃっ!」

 

上空の大型に向けて拳を振り抜く。発生した金色の衝撃波が一直線に襲い掛かるが、間に大量の雑魚ノイズが割って入りその身を犠牲にしてシェルブリットバーストの威力を大幅に減衰させてしまう。威力が衰えたそれでは目標の大型に届く前に射線から逃げられてしまった。

 

「こっちもダメか。ここからじゃ距離があり過ぎて──」

「あのデカブツと空飛んでる奴は全部あたしとカズヤがぶっ潰す。だから他の雑魚は二人に任せた」

 

カズヤが言い終わる前に、攻撃を止めたクリスが一歩進み出る。

 

「イチイバルの特性は長射程広域攻撃、カズヤと同調した状態でぶっ放してやる」

「それなら威力も射程も申し分ないね。分かった、クリスとカズヤに任せるよ。そんでアタシ達がその他を受け持とうじゃないの」

 

聞いて勝手に納得した奏がニヤリと笑い、直ぐ様槍を振るって跳び去っていくと、

 

「託したぞ、二人共」

 

翼が一言声を掛けた後に奏に追従した。

二人の背中を見送って、カズヤはクリスの右肩に左手を置いて苦笑。

 

「やれやれ、責任重大だな、俺達」

「......でも悪くねぇよ、こういうの。それだけ頼りにされてるってことだし...なんてったってあたしとカズヤが組むんだ。できねぇことなんてねぇ、そうだろ?」

「ハッ、違いねぇ!」

 

二人で笑い飛ばし、上空を睨みつける。

 

「やるぞ! カズヤ!!」

「おお! やってやろうぜクリス!!」

 

目を瞑りクリスが歌い出す。カズヤとしては初めて聴く曲だった。鼓膜に優しく響く歌声に気分が高まるのを感じながら拳を高く掲げた。

クリスが歌えば歌うほど徐々にフォニックゲインが高まり、彼女の体から淡い光が放たれる。

シェルブリットの手首から金属の拘束具が弾け飛び、装甲のスリット部分が展開する。それにより手の甲に穴が開き、クリスから発生した光が収束していく。

するとカズヤの全身から黄金の光が迸り、それに同調したクリスも同じ色の光に覆われた。

掲げた拳を顔の高さまで下ろし、拳に、右腕全体に力を込める。

 

「「輝け」」

 

二人の声が重なった。

チラリと互いの顔を見合わせる。

どちらも似たような笑顔を浮かべているのに気づき、更に笑みを深めた。

 

「「もっとだ、もっと」」

 

体が熱い、胸の奥が熱い、心が昂ぶる。

胸の高鳴りを押さえられない。

 

「「もっと輝けえええええええっ!!!」」

 

二人の叫びに呼応するように輝きが増していく。

力が、想いが、心が一つになったかのような一体感。

細胞の一つひとつにまで余すところなくエネルギーで満ち溢れていく感覚。

力が、力が漲る...!!

 

「カズヤ!」

「クリス!」

 

互いの名を呼び相手に向かって手を伸ばす。事前に打ち合わせていたように二人は正面から抱き締め合うように密着し、カズヤは左腕でクリスの腰を抱き、クリスは右腕でカズヤの腰を抱き、互いを支えるような形になる。

クリスが左腕を上空のノイズに対して突き出し、拳銃型のアームドギアを展開。それは瞬く間に変形、巨大化し、奇しくも以前クリスが絶唱を用いてカズヤにその銃口を向けた時のような、長大な銃身を持つ砲となった。

銃のグリップをカズヤが右側からシェルブリットのまま優しく覆うように、二人で銃を支えて持つように重ね、人差し指を引き金にかける。

 

「「シェルブリットォォォォォ──」」

 

狙うは上空の大型ノイズ、空を我が物顔で飛行するノイズの群れ。

この一撃で全てを終わらせる。

 

「「──バァァァストォォォォッ!!!」」

 

二人で同時に引き金を引く。

発射されたのは金色に光輝くエネルギーの塊。

その光弾は猛スピードで一直線に大型ノイズに向かう。邪魔しようとする小型ノイズの群れを消滅させながら、その体を貫き、一撃で爆散させる。

一体目を仕留めた光弾は弧を描き二体目へ。二体目を爆散させると三体目、四体目という風に次々と連鎖的に大型ノイズを爆散させながらも止まらず、やがて計十二体の大型ノイズ全てを殲滅すると、今度は光弾自体が凄まじい閃光を伴って爆裂し、光の雨となって街に降り注ぐ。

光の雨は一つひとつがそれぞれノイズのみを正確に狙い、一体残らず、寸分違わず命中しその体を貫き塵と化す。

暫くして幾千もの光が降り終わると、全てのノイズが殲滅され、街に静寂が訪れていた。

 

 

 

「...やったのか?」

「みてーだ。クリスのお陰でな」

 

呆然としながら口にした疑問にカズヤが何処か誇らし気に答える。

 

「何だよ、今の? なんかとんでもねぇもんをぶっ放しちまった...」

 

一撃で終わらせるつもりで撃った。それは確かだ。

だが本当に一発の弾丸でノイズを一掃できるなんて、自分でしたことなのに正直信じられない。

役目を終えたアームドギアが手の装甲に戻るのを見つつ、先程までカズヤと同調していた時のことを振り返る。

以前に同調した状態でカズヤに銃を向けていた時とは明らかに違う。

ギアの出力上昇も、精神の昂揚も、胸や体の熱さも、あったかいもので満たされていくような幸福感も、解き放った力も、何もかもが段違いだ。

心の底から、カズヤと一緒ならできないことはない、そんな風に改めて思う。

少し首を動かせば彼の顔がすぐそばに。

抱き合うように密着し互いの腰に手を回している体勢だったのを思い出し......そのまま彼にもたれかかるように体重を預ける。

 

「おっと。疲れたか?」

「...ああ。少しだけ、こうさせてくれ」

 

真っ赤な大嘘だ。疲労は少ない。ただ単純にこのまま離れるのが勿体なかっただけ。

周囲からあざといと言われるようになってから、本当にあざとくなってきてしまったのだろうか。

同調は既に終わっており、その余韻に浸りながらカズヤに密着し彼の体温を感じる。

何だこれ...凄ぇ幸せ。

もうちょっと、もうちょっとだけこのまま、

 

「クリス、カズヤ!!」

 

と思ってたら無粋な呼び声が聞こえてきてしまう。

心の中で舌打ちしながら視線を向ければ、笑顔で駆け寄ってくる二人の姿。

 

「...ん? おいおい大丈夫かクリス? カズヤに良いとこ見せようとしてちょっと無理しすぎたんじゃないの?」

 

ぐったりしてるように見えてたのか、奏が心配したような声音で慌ててそばに寄ってきた。

とんでもないズルをしている気分になってきたところで、翼も心配気にこちらの顔を窺ってくる。

 

「無事か、雪音?」

「...問題ねぇよ、ちょっと疲れただけだって」

 

皆が純粋に心配してくれてるので、罪悪感が凄い。名残惜しいがカズヤから離れる。

と、カズヤは目を細め、とある方向に体ごと向き直り、静かに言葉を紡いだ。

 

「...よし、お前ら、このままリディアンに行くぜ。そろそろ響とおっさん達が心配だ」

 

そうだなと誰もが頷きかけた時、カズヤの通信機が鳴り響く。

不安が的中したのか彼は急いで通信に出た。

 

「もしもし!!」

『カズヤさん!? 学校が! リディアンがノイズに襲われてるの!! 響が頑張ってくれてるけど一人じゃ──』

 

聞き取れたのはここまで。どうやら通信が切れたらしい。あれだけでは未来や響、二課及びリディアンの状況は分からないが、分かったことが一つある。カズヤの心配が杞憂で終わらなかったってことだ。

 

「奏! 俺達が乗ってきたヘリはまだ撃墜されてねーよな!?」

「ああ、向こうのビルの屋上で待機してもらってる!」

「上出来! 急ぐぜ!!」

 

奏が指差した方向へ一目散に走り出すカズヤの背に誰もが黙したまま続く。

 

 

 

未来からカズヤに通信が入る少し前のこと。

私立リディアン音学院の敷地内、及び校舎などを含む建築物はノイズの集団により襲撃を受け、無惨な光景を晒していた。

あちこち火災が発生し、崩れて瓦礫と化した建物。見渡せばそこら中にノイズがおり、犠牲者を求めてうろうろと徘徊している。

銃撃がノイズに対して有効ではないと理解していながら、生徒達をシェルターに避難させる為に、身を呈してノイズの気を引く自衛官達。

必死に逃げ惑う女生徒達。

容赦なく炭素分解されてしまい、宙を舞う塵。

 

「ふっ! はぁっ! せやっ!!」

 

目を覆いたくなるような地獄絵図の中、響は孤軍奮闘していた。一人でも多く助けられるように。これ以上犠牲者を出さない為に。この場にはいないカズヤ達の分まで必死に戦っていた。

そんな響の戦いを無駄にしない為に、未来は懸命に避難誘導を行う。

不幸中の幸いか、ノイズによる犠牲者の数は響のお陰でそこまで出ることもなく、シェルターへ誘導することができた。

避難誘導が終わり、他に逃げ遅れた人がいないか未来が探しに行こうとした時、建物のガラスをぶち破って侵入してきた複数のノイズに襲われるが、間一髪のところを緒川に救われ、二課本部に繋がるエレベーターに逃げるように乗り込み事なきを得る。

しかし今度はノイズとは異なる存在──事件の黒幕、かつて櫻井了子だった者、フィーネが現れた。

 

「最低でも装者の二人か三人、もしくは"シェルブリットのカズヤ"をここに配置していると思っていたが、まさか立花響を除いた四人を街の方に向かわせていたとはな」

 

緒川の首を片手で締め上げ宙吊りにしながら嘲笑する女。

その身には予想されていた通り、ネフシュタンの鎧を纏っていた。

 

「まあ、街には五人揃っても足りないほどのノイズを放ってやった。たとえ"シェルブリットのカズヤ"が装者達の能力を跳ね上げることができたとしても、それを上回るだけの数を用意すればいい。ここには暫く来ないだろう。それでも地上の方は、立花響一人では手に余るようだがな」

 

己の思い通りに事が進んでいることに気分を良くしたのか、くつくつと笑い声を漏らし、緒川を壁に叩きつける。衝撃で壁に大きな罅が入り、気絶した彼の通信機を奪うと踵を返す。

 

「...何が目的なの?」

 

恐怖に震えながらも、未来が敵意を込めた目でフィーネを睨む。

 

「ノイズを操って、皆を騙して、裏切って、たくさんの人を殺したり不幸にして、あなたは一体何がしたいの!?」

「...麗しいな。少しでも時間を稼ぐつもりか? 奴らの救援が間に合うと信じているのか?」

「信じてますよ。響も、カズヤさんも、奏さんも翼さんもクリスも、私は皆を信じてる! 絶対、絶対助けにてくれるって!!」

「だから言っただろう。奴らでも対処できないほどの──」

「羨ましかった癖に」

 

呆れた口調でもう一度繰り返そうとしたフィーネを未来の挑発的な言葉が遮った。

 

「...今、何と言った?」

「あなたは羨ましかった。カズヤさんと、カズヤさんと心を一つにすることで光輝く響達を。私には分かる。あなたのその目に宿る感情は嫉妬。私も少し前まで同じ目をしてた」

「...っ!」

「あなたは響達が脅威になるから遠ざけたんじゃない。カズヤさんと強い絆で結ばれてる響達を見たくないから遠ざけた。何故なら、自分が誰かとあんな風に繋がれたことがなかったから」

「黙れっ!!」

 

激昂したフィーネが未来に掴みかかり、平手打ちを二回食らわせた。

硬い床に這いつくばりながらも未来は更に告げる。

 

「...あなたが、あの時クリスを殺そうとしたのはクリスが用済みになったから。でも本当はそれだけじゃない! あなたが手にできなかったものをクリスが手にしたから嫉妬して─」

「この小娘が! まだ言うかっ!!」

 

倒れた未来の腹に蹴りを入れて漸く黙らせることに成功したフィーネは、自身の呼吸が荒くなっているのに初めて気づく。

そのことに更に苛立ちを募らせ、未来の襟首を掴み持ち上げ高く掲げた。

 

「ぐ、うぅ」

 

苦し気に呻く未来にフィーネは怒鳴るように喋り出す。

 

「いいだろう、私にそこまで生意気な口を利いた褒美として教えてやる! 私の目的は、今宵の月を破壊することだ!!」

「つ、月...?」

「そう。月とはこの世界の人類にかけられている呪い、"バラルの呪詛"の発生源。人類の意志疎通と相互理解を阻むもの。私は月を破壊することで人類を呪いから解き放つのだ」

「何を、言って──」

「"バラルの呪詛"はこの世界の人類である以上逃れられない運命だ。しかし、唯一無二の例外が最近になって現れた...それが誰だか分かるか?」

 

フィーネの言う呪いが何なのか理解はできないが、唯一無二の例外には心当たりがある。

 

「まさか」

「そう。"シェルブリットのカズヤ"。奴はこの世界で生まれ育った人間ではない、異世界からの来訪者だ。この世界の人類にはないDNAを持ちながら、またその逆に人類なら共通して誰もが持つDNAを持っていない、正真正銘、別世界の住人」

 

フィーネの説明は続く。

カズヤは確かに人間、及び人類だが、正確には()()()()()()()()()()()()()())ではない。

だからこそ呪われていないのだ、と。

 

「奴の存在とその力には驚かされたし、"バラルの呪詛"に対しあの同調現象は何かの役に立つかと思ってはいたが...もう遅すぎた。奴が現れた時点で()()()()の計画は既に佳境に入っていた」

 

そう締め括ると、未来を放り捨て歩き出す。

 

「今度こそ私は呪いを解き、世界を一つに束ね...そして今度こそあの御方に──」

「待ちな、了子」

 

突如響いた声のすぐ後、轟音を伴い天井がぶち破られ、一人の男が姿を見せた。

舞い上がった粉塵が晴れたそこには、特異災害対策機動部二課の司令官、風鳴弦十郎が仁王立ちしている。

常人では到底不可能かつ派手な登場をした彼は、何かに耐えるように辛そうな表情で唇を噛み締めてから、覚悟を決めたように鋭い眼光でフィーネを睨む。

 

「私をまだ、その名で呼ぶか」

「...俺はカズヤくんのように割り切ることもできなければ、覚悟も足りていなかった...これは甘さの表れなのだろう」

 

両の拳を握り、フィーネに向けて構え、自嘲気味に笑った後、身に纏う空気が変わる。

 

「だがもう迷わん。お前をここでぶっ倒す」

「ほう? だがそれで私を止められるとでも? 装者やアルター能力のような力がないというのにか?」

「確かに俺には彼らのような力はない。しかし、俺はカズヤくんと同じものを持っている。いや、元々持っていたことを忘れていたが、彼が思い出させてくれたと言った方が正しいか」

「何?」

 

訝しむフィーネに、弦十郎は床を砕くようにして踏み込んだ。

十の間合いを一瞬にして零にするその爆発的な突進力──カズヤや装者達ですら対応に窮するほどの人間離れした動きに驚き、フィーネの反応が遅れたのを見逃さない。

 

「意地があるのさ!」

 

左ボディブローが腹にめり込み、

 

「俺達!!」

 

『く』の字に折れたところを右アッパーでかち上げ、

 

「男の子にはなっ!!!」

 

棒立ちにして無防備な状態の顔面に右ストレートを叩き込む。

 

「...ごっ、がはぁっ」

 

地面と平行な軌道でぶっ飛んだフィーネが壁に衝突し、大きく壁を凹ませた後、そのままゆっくりと崩れ落ちて大の字となり悶絶する。

 

「...何だその力は!? か、完全聖遺物を、りょ、凌駕する...だと!?」

 

信じられないものを見る目で睨む彼女に弦十郎は叫ぶように宣言した。

 

「立て了子! こんなものでは済まさん! 少なくともカズヤくんが殴る必要がなくなるまで、俺が徹底的にお前を叩きのめすっ!!」

 




もうすぐ一期終わりそう(白目)


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シェルブリット

こんなはずでは! フィーネの胸中を埋め尽くす思いはそれだった。

陽動として、ソロモンの杖を用いてノイズの群れを街に、地上のリディアンに放った。それによりこちらの狙い通り装者達と"シェルブリットのカズヤ"に相対することもなく、二課本部まで潜入することに成功。

あとはカ・ディンギルを起動させるだけ。

眼前に立ちはだかる風鳴弦十郎など所詮人の身に過ぎない。完全聖遺物と融合を果たしたこの身に障害になど成り得ない。

全ては思い通りにいっていた。今度こそ上手くいくはずだったのに。

 

「はあああっ!!」

 

気合いの籠った声と共に顔面に打ち込まれた拳により、大きく仰け反る。

次にきたのは腹部に衝撃。仰け反っていた上体が無理矢理折れて視界が動き、腹に踵が突き刺さっていたのが一瞬見えた後、吹き飛ばされた。

これで何度目だろうか。十を超えた辺りから数えるのを止めている。殴られたり蹴られたりは三桁を余裕で過ぎていた。

普通の人間ならとっくに何度も死んでいる攻撃を受けて無事なのは、身に纏ったネフシュタンの鎧の恩恵だろうが、そもそも弦十郎ならば普通の人間相手なら一撃で怪我をさせずに気絶させるくらい容易だったろう。

誤算だった。

まさか完全聖遺物を凌駕する力を持つ生身の人間が存在していたとは。

 

「...それでも私は、諦める訳にはいかない、いかんのだ!」

 

無様に転がっていた状態から立ち上がる。

人間相手ならノイズが最も有効だが、ソロモンの杖は使おうとした段階で、弦十郎が踏み込んだ際に砕けてできた床の破片を石礫のように蹴飛ばしてきたことにより手から弾き飛ばされ通路の天井に先端が刺さっている。

当然弦十郎はノイズを警戒し、ソロモンの杖を回収できないよう立ち回っていた。

 

「了子...いや、了子くん、一体何がキミをそこまでさせているんだ?」

 

何度叩きのめされても立ち上がってくるフィーネのただならぬ気迫と覚悟に、弦十郎は思わず問い掛ける。

 

「お前らの"男の意地"というものが女に理解できないように、女心というものが一生分からない男には理解できんだろうな」

 

問いに対し答えるのを拒否し、フィーネは弦十郎の接近を拒むように眼前に幾重もの障壁を展開した。

その障壁は通路を塞ぎ、何重にも張られたことで視界すら塞ぎ、一瞬だけ弦十郎からはフィーネの姿を捉えることができなくなる。

 

「今更こんなもの!」

 

一歩踏み込み、右の正拳突きを障壁に打ち込む。

障壁はさながらガラスのような音と共に粉々に砕け散り、

 

「きゃああああああああ!!」

 

突然()()()()未来の絹を裂くような悲鳴が鼓膜を叩く。

直ぐ様振り返れば、棘だらけの鎖のようなものが未来の体に絡み付いている。しかもその元を辿れば壁から生えており──

 

(やられた!)

 

視線をフィーネに戻せば、彼女が身に纏うネフシュタンの鎧、その武装である棘のついた鞭か鎖のどちらにも見えるようなそれが、二本ある内の片方が壁に突き刺さっていた。

弦十郎の視界を塞いだあの一瞬の隙に、壁の中を潜行させ、未来を拘束し人質としたのである。

 

「動くな。動けばその小娘の肉を削ぐ」

「そこまで堕ちたか、了子!」

「黙れっ! この小娘の命が惜しくば言う通りにしろ」

 

せめて緒川が気絶さえしていなければ、未来を安全な場所まで連れて行かせていたというのに!

歯噛みしながらも弦十郎は構えを解く。抵抗する意思がないことを示す。

それを見たフィーネは邪悪な笑みで顔を歪めると、もう片方の鞭を伸ばしてまずソロモンの杖を回収する。

そして、

 

「つくづく男とは女に甘い生き物だ」

 

ソロモンの杖を回収するのに使用したその鞭を一直線に伸ばし、弦十郎の右脇腹を貫いた。

 

 

 

「いやあああああああっ!」

 

気絶していた緒川が目を覚まして最初に聞いたのは未来の悲鳴。

最初に見たのは、ネフシュタンの鎧の武装によって体を貫かれた弦十郎の姿。

 

「司令っ!?」

 

口と右脇腹から血を吹き出しながらも、弦十郎は表情を一つ変えず、仁王立ちしたまま静かに言う。

 

「言われた通り、動いていないぞ。早く未来くんを解放しろ」

「...ふん」

 

言われたフィーネはつまらなそうに二本の鞭を手元に引き寄せる。その際、未来には傷つかないように優しく離し、弦十郎からは力ずくで強引に引き抜き苦悶の声を上げさせた。

 

「司令!」

「弦十郎さん!」

 

まだ痛む体に顔を顰めつつ慌てて駆け寄る。

未来は顔面を蒼白にしながら今にも泣きそうだ。

 

「小娘一人の命と引き換えに私を止められるというのに...その甘さには反吐が出る」

 

肝心な場面で気を失っていた自分が不甲斐なくて、気が狂いそうになるが、奥歯が砕けんばかりに噛み締めなんとか耐えると崩れ落ちそうになる弦十郎に肩を貸す。未来も黙って見るだけはせず、緒川の反対側に回る。

 

「殺しはしない。その甘さが招いた結末を、その死に体を引き摺りながら見ているがいい」

 

冷酷にそう告げると、興味が失せたのかフィーネはこちらに背を向け歩き出す。

 

 

 

その後、致命傷を負った弦十郎を未来と二人でなんとか司令部まで運ぶ。

 

「応急処置をお願いします!」

 

血塗れの弦十郎の姿に誰もが驚愕しつつ、あおいが素早く処置に取り掛かる。

 

「侵入者です。敵は、櫻井了子は、やはりデュランダルとここの施設を使って何かをするつもりのようです...」

 

まだ街にいるであろうカズヤ達に連絡できないかコンソールを弄りつつ、皆に伝える為に口を開けば、未来が補足するように教えてくれた。

 

「あの人、今宵の月を破壊する、って言ってました。それで人類にかけられた"バラルの呪詛"を解くとも」

「バラルの、呪詛?」

「はい。この世界の人類は皆その呪いをかけられていて、だから人間同士の意志疎通と相互理解が阻まれているのだ、と。唯一無二の例外は異世界からやって来たからこそ、この世界の人間と見なされていないカズヤさんだけだっていうのを聞きました」

 

呪いは意志疎通と相互理解を阻む?

しかしカズヤだけが、唯一無二の例外?

 

「...まさか、その呪いの有無がカズヤくんと装者達の同調現象に何か関係あるのか?」

 

朔也が考え込むように呟いている間に、外部との通信が確立したので未来に向き直る。

 

「カズヤさんに繋ぎます!」

『もしもし!!』

「カズヤさん!? 学校が! リディアンがノイズに襲われてるの!! 響が頑張ってくれてるけど一人じゃいくらなんでも──」

 

そこまで未来が叫んだところで無情にも通信が切れる。

同時に主電源が切れたのか、メインモニターには何も映らなくなり、司令部全体が闇に包まれる。

 

「クソッ、内部からシステムがハッキングされててこっちの操作を受け付けなくされてる! こんなことできるの了子さんくらいしか...」

 

焦った口調の朔也の言葉を聞き、二課本部内に安全な場所はないと判断し、皆に脱出を促す。

 

「全員脱出を! 最低でもシェルターまでは避難してください! あと誰か数名、男性で司令を運ぶのを手伝ってください!!」

 

緒川のこの言葉に異を唱える者などいなかった。

 

 

 

時刻は夕暮れ時。夕日で世界が朱に染まる景色の中、響は握った拳に力を込める。

 

「これでラストォォォッ!」

 

振りかぶった拳を打ち抜き、最後の一体となったノイズを塵へと変える。

念の為、他にノイズが見当たらないか周囲の様子を窺うが、見つけることはできなかった。

 

「...学校が...」

 

その際に目にしてしまったリディアンの惨状を改めて認識し、悔しさと悲しさが込み上げてきて涙が出そうになるのを必死に堪える。

夕日に照らされる廃墟。つい先程までは何の変哲もない日常の一部だった学舎が、僅か数時間で理不尽の猛威に曝された跡地。

 

「まだ戦いは終わってない、だからまだダメ。未来達の無事を確認して、カズヤさん達と合流して、それから──」

 

自分に言い聞かせるように口にした時、上空からヘリの音と強い風が吹き荒れ、

 

「響!!」

 

カズヤが名を呼びながら飛び降りてきた。

 

「...カズヤさん!!」

 

それだけで響は先程泣かないと決めていた決意があっさり折れてしまい、ポロポロ涙を溢れさせながら彼の着地点に走り寄る。

気が抜けたのか、シンフォギアも解除され制服姿となってしまう。

右拳──シェルブリットで地面に着地することで衝撃を緩和し、拳を地面から引き抜き立ち上がると、飛びついてきた響を受け止める。

 

「私、頑張ったんです、でも、でもリディアンが、ひぐっ、ごめんなさい、こんな──」

「俺達こそ遅れて悪かった。響一人に負担押し付けちまってすまねぇ」

 

頭に右手を、背中に左手を回し優しく撫でながら泣きべそをかく響を慰めていると、少し離れた場所に着地したヘリから普段着の奏とクリス、制服姿の翼が降りてきた。

 

「こいつは、酷いな」

「...フィーネの奴...!!」

「この惨状は、本当に櫻井女史が引き起こしたことなのか」

 

蹂躙されたリディアンの校舎を見て奏があからさまに顔を顰め、クリスが怒りに震え、翼が信じたくないとばかりに嘆く。

送迎してくれたヘリがここから飛び立ち離れていくのを感じながら、カズヤは響の両肩を掴んで確認する。

 

「未来はどうした?」

「私が戦ってる間に避難誘導してくれて、それに緒川さんが後からをついてったんですけど、それっきりで...通信が繋がらなくて」

「よし、緒川がついてるなら未来は一先ず安心だ。敵は、ノイズ以外は見てないのか?」

 

首を横に振る響に嫌な予感を覚えてしまうが表情には出さず、三人に向き直り二課のメンバーへ連絡、もしくは安否確認するのに何かいい手がないか意見を聞こうとして、

 

「っ!」

 

敵意と殺意を感じてそちらを睨み付けた。

カズヤの反応に皆が気づき、彼の視線の先を注視すれば、一人の女がいた。

ネフシュタンの鎧を身に纏った金髪金眼。

外見的特徴は異なるが、顔立ちは櫻井了子と同じ造形。

 

「櫻井了子...いや、フィーネだったか。ま、この際クソ(アマ)の名前なんてどうでもいいがな」

 

低い声音で殺気を振り撒くカズヤのことなど気にも留めず、フィーネは狂ったように哄笑した。

この態度がカズヤの癇に障る。今すぐぶん殴りたい衝動に駆られるがぐっと抑える。

 

「一体何が目的なんだよ、了子さん!!」

「答えてもらおうか、櫻井女史!!」

 

奏と翼が問い詰める。この中ではきっと一番長い付き合いで、色々と世話になったし信頼もしていたのだろう。心の何処かで彼女が敵だということを何かの間違いだと思いたかったのかもしれない。

 

「今宵の月を破壊する。それにより人類にかけられた呪いを、意志疎通と相互理解を阻む"バラルの呪詛"を解き、世界を一つに束ねる」

 

対してカズヤはフィーネのことを完全に頭おかしい人と捉えつつ、胡散臭い詐欺師を見る眼差しで見ながら鼻で笑う。

 

「ワリーけど何言ってっか分かんねーんだよ。だいたい月破壊してなくなったら珊瑚が産卵できなくなったり、狼男が変身できなくなったり、月に代わってお仕置きできなくなったりすんだろが」

「...アンタなんでそんな古いネタ知ってるの」

「暇な時にネットで面白いもんねーか探してたら予測で出た」

「あ、そ」

 

カズヤと奏の緊張感のないやり取りにフィーネは不快だと言わんばかりに眉を顰めたが、彼は全く気にせず続けた。

 

「もうだいたいそっちのネタは上がってんだよ。デュランダルと二課本部施設使ってロクでもねーこと企んでんのは予想してた。んで、月を破壊っつったか? 破壊ってことはこっからなんかミサイルとか飛ばすんじゃねーの? デュランダルのエネルギーでも使って、クリスがイチイバルでミサイル射つみたいな感じで」

「...ふっ、相変わらず舐めた態度だが勘だけは良いな、"シェルブリットのカズヤ"。だが残念ながらミサイルではない。荷電粒子砲"カ・ディンギル"。これで私は月を穿ち、破壊するのだ!!」

 

地鳴りと共に大地が大きく揺れる。地震に似ているが少し違う。地下深くで途方もなく大きなものが蠢き、地上に這い出ようとしているのを感じる。

やがて、既に瓦礫の山と化していたリディアン校舎を、下から突き上げ粉々に吹き飛ばしながら現れたのは巨大な塔。

 

「...なるほどね。リディアンと二課本部を繋ぐエレベーターシャフトそのものが砲台ってことか」

 

聳え立つ巨大な塔、否、超巨大な兵器を見上げてこれまで知り得なかった謎の一つに回答が出たことに納得したカズヤのすぐそばで、クリスがバカにするように笑う。

 

「こんなもんで月を破壊して、呪いを解いて、それでバラバラになった世界が一つになるって? 今のお前を見る限り信じられねぇなそんなこと!! それはお前が世界を支配するってことと何が違う!? 安い! 安さが爆発し過ぎてるっ!」

「どんなに安くてもそんな産業廃棄物要らねーよ。『ご自由にお持ち帰りください』ってあっても無視するわ」

「指定の曜日に行政か業者が回収してくれる資源ゴミの方がまだ役に立つね」

 

クリスに便乗するカズヤと奏の辛辣な物言いにフィーネのこめかみに青筋が発生する。

怒りに肩を震わせ、憎悪で濁った金の瞳がこちらを射抜く。

 

「...私の、私のあの御方への想いを、よりにもよって産業廃棄物? 資源ゴミ以下だと!? 何も知らんガキ共が、言いたい放題言ってくれる!!」

「こっちだってなぁ、テメーが今までやらかしてくれたことに腸煮えくり返ってんだよっ! 覚悟しろよこの年増の行き遅れっ! あの御方ってのが何処の誰だか知らねーが、そいつがテメーの顔見たら『遠慮させてください』って言うほどボコボコに殴ってやらぁ!!」

 

口汚く罵りながら右拳を地面に叩きつけ、その反動で跳躍。

右肩甲骨の回転翼が高速回転し銀のエネルギーを噴出させ、右腕を大きく振りかぶってフィーネに向かって突っ込む。

 

「シェルブリット、バァァァストッ!!」

 

咄嗟にフィーネは幾重もの障壁を張り攻撃を防ごうとするが、

 

「そんなのはなぁ、効かねぇんだよ!!」

 

障壁など最初からなかったとばかりに容易くぶち抜き、その顔面に拳を叩き込み、振り切る。

錐揉み回転しながら物凄い勢いで瓦礫の山へとぶっ飛んでいくフィーネに向かって言い放つ。

 

「立てこのクソッタレ! この程度で済むと思ったら大間違いだ! どうせネフシュタンの鎧の力ですぐ回復すんだろ? そいつを装備して俺の前に出たことを後悔させてやるよ!!」

 

瓦礫を弾き飛ばしながら姿を現すフィーネは、やはりネフシュタンの特性によりダメージをあり得ない速度で回復させながら、狂気を孕んだ笑みを見せた。

 

「...くくく、お前は似ているな、風鳴弦十郎に...性格は全く異なるのに、その本質はとてもよく似ている」

 

唐突な発言に訝しみながらも戦闘態勢を崩さず構え直すカズヤに対し、フィーネは何処からともなく爆弾の起爆スイッチのようなものを取り出す。

 

「似ているからこそ最大の弱点も共通している! これを前にしても私を殴れるかどうか見ものだな、"シェルブリットのカズヤ"!!」

 

カチッ、と押されたスイッチの音は、

 

「きゃっ!?」

「ギアが!」

「何!?」

「なん...だと...!」

 

背後で四人の装者達の悲鳴と戸惑いの声に変わる。

振り返れば、そこには、粉々になった待機状態のギア──ペンダントを前に呆然としている四人の姿があった。

 

「そしてここでノイズが出たら、いくらお前でも足手まといを四人も抱えて戦えまい?」

 

四人を囲むようにソロモンの杖から緑色の光が放たれ、ノイズが出現する。

 

「クソッ!」

「動くな、"シェルブリットのカズヤ"。動けば四人を殺す。アルター能力を駆使してギアを再構成しようとしても殺す。ノイズを分解しようとしても殺す。以前のように能力を暴走させ地震の類いを起こせば、カ・ディンギルが起動した後ではシェルターに避難した者達は全員生き埋めになるだろうな」

 

その言葉で四人に駆けつけようとしたカズヤの動きが止まる。

シンフォギアを使えなくなり、ノイズに対抗する力を失った四人の表情を見て、カズヤは止まってしまう。

恐怖に歪んでいる顔ではない。

自分達の無力に、カズヤの足手まといでしかなくなった自分達の不甲斐なさに泣きそうな顔だ。

 

「くくく、はははは、アーハッハッハッ!!」

 

薬物を使用したかのように高笑いを始めるフィーネ。

 

「お前も所詮は女に甘い男だったということだ」

 

夕暮れの太陽が沈み、夜の闇が訪れる。

そんな彼らを、妖しい光を放つ月が見下ろしていた。

 

 

 

脆く崩れそうなシェルターの壁を二課のメンバー全員が力ずくでぶち破ると、そこには怯え震える三人の少女──リディアンの生徒がいた。

 

「小日向さん!?」

「皆無事? 良かった!」

 

未来と響のクラスメートにして友人の安藤、板場、寺島の三人だ。未来は避難誘導の際に別れた三人の無事な姿に安堵する。

そんな少女達を置いて、二課の面子はぞろぞろ中に入ると、ここの電源は生きてるとか、モニターの再接続を試すとか、他を調べてくるとか勝手に動き出す。

 

「ヒナ、この人達は?」

「うん、あのね、この人達は...」

 

安藤の質問に未来は何処からどのように説明しようか困っていると、椅子に座らされた弦十郎が答えた。

 

「我々は特異災害対策機動部。一連の事態の終息に当たっている。未来くんは民間の協力者だ」

「それって政府の...っていうか未来が民間の協力者!?」

 

驚きの声を上げる板場と、開いた口が閉じない安藤と寺島に未来は「機密だから教えられなくてごめんね」と謝る。

 

「モニターの再接続完了、こちらから操作できそうです」

 

朔也が報告しながらテーブルの上の情報端末を操作すれば、モニターに外の様子が映し出された。

まず最初に映るのは超巨大な塔。

ノイズに囲まれた奏、翼、響、クリス。

無抵抗のまま鞭のようなもので何度も何度も繰り返し打ち倒され、それでも立ち上がるカズヤ。

そして鞭のようなものを操ってカズヤを痛めつけるフィーネだ。

 

「装者達は何故シンフォギアを纏っていない!? 何故あのカズヤくんが反撃どころかその場から動こうともしない!?」

 

これらの光景を目撃して、弦十郎が体の痛みも忘れて叫ぶ。

二課のメンバーと未来なら誰もが疑問に思い、朔也が原因を調べる為に端末を操作して顔を蒼くする。

 

「装者四人のシンフォギアが、破壊されています!!」

「何だと!?」

 

モニターがズームされ、装者の一人、響の首に下げたペンダントが砕かれているのが映り、続いて奏、翼、クリスの順にペンダントをズームして確認するが、四人共にギアが壊れてしまっていた。

 

「...ギアは全て了子くんの手によってメンテナンスを受けていた。全て彼女の手の平の上だったのか...!!」

「じゃあ響達は今、ノイズに攻撃されたら...」

「...炭素分解されてしまう。だからカズヤくんは無抵抗なのか...彼女達を人質に取られ、動かないのではなく動けないのか」

「そんな!」

 

カズヤを除き、知る限りで響達が唯一ノイズに対抗する力を持っていた。その力を失ったということは、ノイズに抵抗できず、ただの一般人と同じように触れただけで死んでしまう。

 

「音声、入れられるようになりました」

 

端末を操作し続けていた朔也の声に従い、外の音がシェルター内に響く。

 

『フハハハハッ! そんなに小娘達が大切か? そんなにシェルターに避難した者達を守りたいのか? 弱者の為、他者の為に戦うこと、ご立派な戦う理由だがな、それがお前の最大の弱点だ! "シェルブリットのカズヤ"!!』

 

完全に勝ち誇ったフィーネの嗜虐に満ちた声に誰もが不快な気分を味わう。

 

「...シェルブリットの、カズヤ?」

 

安藤がモニター内で嬲られるカズヤの姿をチラリと見てから、痛ましくて見てられないと視線の未来に移す。

これに答えたのは弦十郎だ。自然と視線が彼に集まる。

 

「カズヤくんの通称のようなものだ。彼は自身の右腕を、シェルブリットと呼んでいる」

「鎧の一部のような腕、ですね」

「どうして右腕だけ...」

 

寺島と安藤がそれぞれ口にする中、弦十郎の説明が続く。

 

「アルター能力、という一種の超能力のようなもので、細かい説明は省かせてもらうが、発動させることによりノイズを倒すことができるカズヤくんだけが持つ力だ」

「何よそれ!? まるでアニメじゃない!!」

 

板場が自身にとって非現実的な事実を前に驚愕するが誰も取り合わない。

 

「じゃあ、カズヤさんがいつもビッキーを連れ出したり、翼さんや奏さんと仕事仲間だっていうのは...」

「ノイズ対策の為、戦ってもらっていたんだ。カズヤくんは自身の超能力のようなものを用いて、響くんを含めた他の者達はシンフォギアという特殊な武装を用いてな」

「ヒナはこのこと、知ってたんだ」

「つい少し前にだけどね。カズヤさんの存在と響達の装備って国家機密だから、教えたくても教えられなくて」

「...しかし司令、現状ではギアを破壊され装者達は戦えません。唯一戦えるカズヤくんもこのままでは...」

 

モニター内で一方的に攻撃され続けているカズヤから視線を逸らさず、それでいて何もできない自分に憤りを覚えたように朔也が悔し気に呟く。

どうすればいい? 誰もが絶望的な状況を前にして打開策が浮かばない。

板場などは「...このままじゃカズヤさん死んじゃうよ...」と泣き出す始末。

そんな時だ。先程、他に何か使えるものや設備が残っていないか調べに行った緒川がいつの間に戻ってきたのか、言った。

 

「僕が時間を稼ぎます」

「緒川...何をするつもりだ!?」

「要は、カズヤさんが装者達のギアを再構成する時間があればいいんです。その為の時間稼ぎをするだけです」

「...死ぬ気か?」

 

弦十郎の問いに緒川はゆっくりと首を振る。

 

「死ぬ気はありませんが、死ぬかもしれません。でも、元々カズヤさんをこの戦いに巻き込んだのは僕達です。あなたは皆の希望だから戦ってくださいとお願いしたのも僕達です。だったら僕は、彼の為にできることをしたい」

 

そこには覚悟を決めた男の顔が。

 

「それに今更退けませんよ。カズヤさんの言葉を借りるなら、意地があるんですよ、僕達男の子には」

 

外からの音声には、フィーネの笑い声と、装者達四人の泣き叫ぶ声が聞こえていた。

 

 

 

 

 

【シェルブリット】

 

 

 

 

 

「お前のアルター能力、確か融合装着型だったか? 発動時に身体機能の上昇というのが肉体の頑強さにも現れるとは...アルター能力か、使うことができればさぞ便利なんだろうな」

 

俺の腹や胸を貫こうとして、何度試してもできないことについに諦めたのか、フィーネが呆れたように溜め息を吐く。

減らず口の一つでも叩いてやりたかったが、下手なことを言って装者達四人にノイズをけしかけられたら終わるので、黙ったまま奴の拷問染みた執拗な攻撃に歯を食い縛って耐えるしかない。

全身めちゃくちゃ痛いし、あっちこっち出血して血塗れだし、正直立ってるのも辛いので今すぐ意識を手放すことができたらどんなに楽かと思ってしまうが、そういう訳にもいかない。

こいつは絶対にぶっ飛ばす!

こいつのせいで無関係な人がたくさん死んだ。

ノイズを操って街の人達を恐怖のどん底に陥れた。

クリスを使い捨ての道具みたいに扱った。

響が破壊された校舎の前で泣いてた。

奏と翼、おっさんや緒川、他の二課の連中からの信頼を裏切り、騙していた。

そして何より、今、俺がいいようにされてるのを見て、自分達が足手まといとなってしまったことを嘆いて、もうやめてくれと泣き叫ぶ四人の姿があった。

 

「もうやめろ、やめてくれフィーネ! カズヤが死んじまう!!」

「畜生、畜生! アタシ達はなんて無力なんだ! ギアが無ければノイズ相手に何もできねぇ! アタシはカズヤに助けてもらったのに、アタシはカズヤを助けられねぇのかよ!!」

「嫌、嫌! もうカズヤさんをこれ以上傷つけないで!!」

「もう意地を張るなカズヤ! これ以上は本当に死んでしまう! 頼むからもう立たないでくれ!! カズヤにもしものことがあったら、私は...」

 

許さない。絶対に許さない。

胸の中で燻る怒りがマグマとなって噴き出しそうになるのを必死に抑えつつ、反撃の糸口を探す。

ネフシュタンの武装──鞭だか鎖だかどっちか分からん一撃が腹に来る。

 

「ぐはっ」

 

ハンマーで殴られたような衝撃の後、往復ビンタのように右に左にと鞭か鎖──もう鞭でいい──で引っ叩かれた。

脳が揺らされて膝が折れる。顔面から地面に倒れ込む。

口の中が血と砂利で混ざり合って最低に気持ち悪い。

 

「...ぺっ」

 

顔を上げ、血の塊と一緒に砂利を吐き捨て、ズタボロの体に気合いを入れて震えながらもなんとか立ち上がる。

 

「...まだ立つか? 異常なまでの頑強さだな。普通の人間なら十数回は死んでいるだろうに。アルター能力者というのは皆こうなのか?」

「さあな。ご存知の通り、俺はアルター能力以外のことは記憶がねーから、他の連中のタフさ云々について答えようがねーよ」

 

頭の片隅では、恐らく肉体が"向こう側"で生まれたアルター結晶体と同じか似たようなもので構成されたものだからじゃないかと考えているのだが、確証はないし調べようがないし、そもそもこいつにわざわざ教えてやるようなことでもない。

 

「まあいい。お前を嬲るのにも少し飽きと疲れが出てきたところだ。そろそろ私本来の目的に移らせてもらおう」

 

フィーネはカ・ディンギルに向き直ると、狂気が混じった恍惚な表情を浮かべて呪文を唱えるように言葉を紡ぐ。

 

「さあ、カ・ディンギルよ。デュランダルの力を用いて月を穿て。そしてあの忌々しい"バラルの呪詛"から人類を解き放ち、世界を一つに束ねよ! その暁に私は今一度統一言語を手にし、あの御方にこの胸の想いを伝えるのだ!!」

 

相変わらず何言ってんのかさっぱり分からん。

好きな人に好きと伝えたい、ということは辛うじて分かるのだが。

やがてカ・ディンギルがエネルギーをチャージ開始したのか、機械の駆動音に合わせて塔全体から白い稲光が発生。

月を破壊するほどの威力を持つ荷電粒子砲ならば、それに必要なエネルギーが相当なものだろう。

また、粒子砲自体には緻密に設計された背景があるはずだ。

ならば、あれは放置してていいかもしんないな。

とりあえず、ふぅ、と一息つく。

現に、チャージ開始から一分以上経つが、なかなかエネルギー充填が完了しない。

 

「.........?」

 

さすがに長いと思ったのか、フィーネが疑念を持ったようだ。

しかしできることがないので、もう暫く待って様子を見るらしい。

やがて、ボンッという小さな音が聞こえた。カ・ディンギルの真ん中部分から、まさかの火災の発生である。

 

「な、な、何が?」

 

動揺を隠せないフィーネの後ろ姿に口元が思わずにやついた。

ここで意趣返しも含めてネタばらしをしてやりたい気持ちになるが、我慢して口を閉ざす。

すいません、それ。俺が以前地震起こした時、強化した防衛システムに致命的な破損が出たんすよ。

で、それをおっさんと緒川に頼んで直した振り、要するに報告書とか二課本部のシステムデータを改竄して『修復完了』の扱いにしただけ。

つい数日前までやってたのはあくまで地震の類いが過ぎ去った後の復旧工事や今後の災害対策。強化した防衛システムなんてノータッチ、壊れたままだ。

いや、嘘だわ。そういえば防衛システム強化の際に増設されたスパコンみたいなのがいくつも並んでる部屋で、地震の後にそのスパコンの一つに、おっさんと緒川と俺だけの秘密としてこっそり一発ぶちかましたのも忘れてた。

眼前のカ・ディンギルは火災が発生してもエネルギーのチャージを止めようとしない。

もし撃てても精々一発、しかも本来の性能をろくに発揮できずに、一発撃てば爆発炎上しそうな雰囲気が出てきている。

 

「そんな、まさか、カ・ディンギルが...」

 

見る見る内に火災はあちこちへと広がり、その度に連鎖的に小さな爆発音が聞こえ、ついには塔全体から火を吹いた状態で、塔の先端から翡翠色のビームが放たれた。

次の瞬間には思った通り、大爆発して半ばから折れて、ただ無駄にでかいだけの巨大な松明へと化す。

ビーム自体はどうなったのかというと、月には命中したが、フィーネの目的である月の破壊には到底及ばず、一部が欠けたくらいだった。一部と言っても月全体と比べあまり大きく見えないが、実際は超巨大な質量を持つ岩の塊だろうが。

 

「...私の想いは、またも...」

 

カ・ディンギルだったもの──燃え盛る中折れ松明を前に打ちひしがれたように嘆くフィーネは、これまでで最大の隙を晒している。

そしてそう思っているのは俺だけではなかった。

突如響く銃声。同時にフィーネの手から弾け飛ぶソロモンの杖。

更に銃声は二発、三発と続き、フィーネの影に撃ち込まれた。それにより見えない拘束具を嵌められたかのように動きを止める。

この忍法を俺は知ってる。翼もよく使う。けど本当の使い手は──

 

「な、これは!?」

「長くは持ちません、カズヤさん早く!」

「ナイスだ緒川ぁぁぁぁっ!」

 

姿が見えない忍者に感謝を込めて叫びながら装者達に、装者達を囲むノイズに向かって駆け出す。

右の拳に力を込めて、

 

「おおおおおお、らぁぁぁぁぁっ!!!」

 

棒立ちのノイズに振り抜く。そのまま勢いを失わないように体を横回転させ、一番近い順に次々とノイズをぶん殴って塵にした。

だが、最後の一体を倒したところで、

 

「っ!?」

 

シェルブリット全体にピシリと罅が入り、次の瞬間には砕け散って虹の粒子となって空気に溶けていく。

アルター能力が、解除された!?

次に現れた異常は体に力が入らなくなったこと。足がもつれ、前のめりに倒れ、今日何度目になるか分からない地面にキスをする。

 

「カズヤさん!!」

「「「カズヤ!!」」」

 

四人が駆け寄ってきて俺をうつ伏せから仰向けに変え、立ち上がらせようとしてくれるが、足に力が入らない。

 

「クソッ、もうちょっとだってのによぉ...」

 

悪態を吐くが体が言うことを聞いてくれない。

出血し過ぎたのか少し寒い。

早く動け、このポンコツ! 根性見せろ! 今こそ意地の張り時だろうがぁぁぁ!!

 

「どうやらついにアルター能力を維持できないほど消耗したようだな?」

 

嫌味ったらしい笑みを浮かべ、緒川の忍法による拘束から抜け出たフィーネがこちらに向き直り、ネフシュタンの鞭を伸ばし、ソロモンの杖を回収した。

アルター能力を解除するよう要求しなかったのは、完全に使えなくなるのを確認する為か。

 

「...お前だろう、お前がカ・ディンギルに何か細工を施したんだろう!? そうでなければカ・ディンギルは完璧だったはずだ!」

 

笑みをすぐに憤怒に変え、般若のような形相となり問い詰めてくる狂人。

万事休す。

だが生憎と俺は諦めが悪い。

フィーネの言葉を無視して、俺は四人に要求する。

 

「ぶっ壊れててもいい、ギア寄越せ」

「でも──」

「いいから」

 

何か言おうとした響を遮り静かに告げた。すると四人はそれぞれ首からペンダントを外す。

右の手の平に置かれる四つのペンダント。どれもこれも真っ二つに砕けて酷い有り様だったが、俺は気にせず握り締める。

 

「今更何をするつもりだ。アルター能力を使えない状態で、壊れた玩具を手にして私を相手にするとでも?」

 

俺はひたすらフィーネを無視して、今度は四人に問い掛ける。

 

「...お前ら、歌えるか?」

 

この問いに四人は揃って戸惑う。それはそうだろう。歌ったとしてもギアは破壊されている。シンフォギアは纏えない。現状を打開することはできないからだ。

しかし、こんな絶望的な状況にも関わらず、俺は──本能的に──歌が聴きたかった。

 

「じゃあ、言い方変えるぜ。お前らは、俺の為に歌ってくれるか?」

 

息を呑む声がする。

 

「俺は、お前らの歌が好きなんだ。大好きなんだよ...だから歌ってくれ、頼む」

 

必死に懇願すると、響が涙を拭って意を決したように言ってくれた。

 

「私、歌います。カズヤさんの為に」

 

するとクリスが、

 

「カズヤが聴かせろって言うならあたしも歌う。カズヤの言うことなら何でも聞くって約束したしな」

 

続いて奏も、

 

「アンタに救ってもらった命だ。アンタの為に燃やし尽くしても構わないさ」

 

そして翼が、

 

「これが最期になるかもしれないなら、私もカズヤの為に喜んで歌う」

 

四人は俺の後ろで、立った状態で横一列になり、クリスは響と、響は奏と、奏は翼とそれぞれ手を繋ぎ、せーので歌い出す。

曲調と歌詞からして歌っているのは絶唱のものだ。

 

「本当に何のつもりだ?」

 

まだ他に何か手はあったのかと警戒し始めるフィーネに、俺は内心でほくそ笑む。

今になってやっと分かった。こんな追い詰められた状況下でやっと理解できたのだ。

この世界に俺が来た意味を。俺の存在意義を。

それだけじゃない。何故シェルブリットがフォニックゲインを吸収するのかも。

何故、装者達と同調なんていう現象が起きるのかも。

答えが分かると簡単な話だ。

そもそも、"向こう側"とこの世界を行き来してた俺の肉体が、シンフォギアを纏った響に手を握ってもらったことでこの世界に留まれるようになった理由は何だ?

それは、俺の肉体がフォニックゲインを求めていたからだ。

俺の能力が彼女達にとって都合が良いのも当然だ。

"スクライド"の"カズマ"の能力に似て非なるこの力は、この世界で振るう為のもの。

つまり()()()()()()()()()は、この世界に特化しているってことだ!

 

 

 

だから俺の力は、

麗しくて愛しいこの歌姫達を、

もっと美しく輝かせる為にあるんだっ!!

 

 

 

そう強く自覚すると、俺の中でカチッとスイッチが入る感覚がした。

まるで今までOFFだった電源がONになるかのように。

歌声が鼓膜を叩く度に力が漲る。

疲労やダメージが嘘みたいに吹っ飛んでいく。

直ぐ様立ち上がり、握り締めた四つの壊れたペンダントを上空に放り投げる。

 

「さあ、行こうぜお前らっ!!」

 

その瞬間、ペンダントが輝かしい虹色の光を放ち、分解されていく。

 

「何だ!?」

 

あまりに眩い輝きにフィーネが怯む。

俺はそれに構わず、ペンダントを放り投げた体勢のまま、右手の指を人差し指から中指、薬指、小指、最後に親指と順に折り曲げて拳を作り、力一杯握り締め、四人の歌声に耳を傾けながら叫ぶ。

 

「こいつは、この光は、

 俺とお前らの輝きだああああああああっ!!」

 

そして俺達五人の声が重なった。

 

 

 

シェルブリットォォォォォォォッ!!!

 

 

 

五本の光の柱が天に向かって伸びていく。

光の柱は徐々に太く大きくなっていき、やがて一本の大きな光となり、地球を飛び出し、宇宙空間にまで到達した。

 

 

モニターに映る光がシェルターの室内を眩い光で満たす。

 

「やりました! 二つのガングニール、天羽々斬、イチイバルそれぞれよりアウフヴァッヘン波形を確認! フォニックゲインとアルター値が急激に上昇していきます!!」

 

喜色満面の朔也が思わずガッツポーズをする。彼だけではなく、他の二課の面子も大興奮だ。

 

「やったな、カズヤくん」

 

弦十郎が万感の想いを込めて溜め息を吐いたその刹那、朔也が持ち運んできた情報端末から甲高い電子音が鳴る。

 

「何だこれ!?」

 

大喜びしていた彼が一転、その顔を驚愕に染めるので何が起こったのかと思うと、彼は慌てた様子で「これを見てください!」と端末の画面をこちらに向ける。

そこには本来であれば、

『GUNGNIR-01』

『GUNGNIR-02』

『AMENOHABAKIRI』

『ICHAIVAL』

『SHELL BULLET』

と表示されるべきものが、

『SHELL BULLET』

『SHELL BULLET』

『SHELL BULLET』

『SHELL BULLET』

『SHELL BULLET』

というように五つ全て同じ表示がされているという異常事態。

 

「これが、カズヤくんの真の能力なのか? シンフォギアを再構成するだけでなく、彼の力そのものがシンフォギアとなって装者達に纏わせることが...」

 

弦十郎は若者達が示した可能性に興奮で震えが止まらなかった。

 

「...綺麗」

 

寺島が光に魅せられ呟く。

 

「凄い! アニメみたい!」

 

板場が盛大にはしゃぐ。

 

「一体何が起きてるの?」

 

安藤が眩しさに目を細めながら問う。

 

「分からない...でも」

 

未来が優しく微笑んだ。

 

「でもきっと、素敵なことが起きてるよ」

 

 

 

「信じていましたよ、カズヤさん。あなたなら、皆さんを輝かせる希望の光になることを」

 

物陰から光の柱を見つめる緒川が、自分の目に狂いはなかったと満足気に頷く。

 

 

 

 

 

光の柱の中から、金の獅子と表現すべき姿の男──カズヤがゆっくり歩み出てきて、フィーネは知らず後ずさりする。

 

「これが俺の、いや、俺達の最終形態」

 

カズヤに続き、白を基調とした姿の歌姫達が姿を現す。

 

「この姿は、アタシ達の歌にカズヤが応えてくれた証」

 

奏が槍を構え、

 

「更に言えば、あたしらの歌がカズヤの力になる証」

 

クリスが両手にボウガンを持ち、

 

「カズヤがくれた、新しく生まれ変わった私達のシンフォギア」

 

翼が刀を抜き、

 

「シェルブリットだああああああああっ!!!」

 

響が天まで届けと空を仰ぎ大声で叫んだ。



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繋いだこの手は──

カズヤの右肩甲骨から発生している金属片は、先程まで回転翼だったものが今は尻尾のように足元まで垂れ下がった羽となっており、それが鞭のように大きく振りかぶられてしなると彼の背後の地面を叩く。それにより彼の肉体は発射された弾丸のような猛スピードで前方へと突撃した。

 

「どおおおおおおおりゃあああああっ!!」

 

右の拳が打ち抜かれる。

先程とは次元が違う速度にフィーネは反応できない。彼女が顔面を殴られたと認識したのは、瓦礫に埋もれた自身の体がネフシュタンの鎧によって修復されていくのを自覚した時だった。

何の前触れも見せずいきなりフィーネに殴りかかったカズヤの後ろ姿を見て、装者達四人は相変わらず手が出るの早いなぁと感慨に耽る。

なお、一連の動きを見て、カズヤから予めシェルブリットには複数の形態があることを聞いていた奏は一人言のように呟く。

 

「すげぇ...あれが最終形態の力か。加減と制御が難しいから使いたくないっつってたカズヤの気持ちが分かったよ。第二形態とは桁違いだ」

「おいちょっと待て奏。お前、カズヤの今の姿知ってたのかよ?」

 

クリスが初耳だとばかりに奏に問い詰めると、誤魔化すように笑う。

 

「アハハハ...元々シェルブリットには複数の形態があって、全身をアルター化させる最終形態が存在するってのは聞いてて...カズヤとアタシの秘密だったんだけどね」

「何だそりゃ!? カズヤに関してそういう隠し事はしないって一緒に暮らし始めてから約束しただろうが!」

「だってこの話聞かせてもらったの随分前なんだもん。仕方ねぇじゃん」

 

拗ねるクリスを宥める奏。二人を横目に見つつ、響と翼はそう言えばと思い出す。

 

「確かカズヤさんがクリスちゃんと戦った時に...」

「ええ。絶唱に対抗する為、最後の一瞬に見せたわね。あの時は両手足だったけど。そうか、なるほど、複数の形態というのはそういうことなのね」

 

ふむふむと納得する二人。

そんな感じでお気楽&最早勝った気になってる四人の歌姫に、カズヤは呆れたけど安心したような、俺達らしいからまあいいかと思ったところではあったが、小さく溜め息を吐き苦言を呈する。

 

「お喋りもそんくらいにしとけ。奴さん、まだやる気だぜ」

 

その言葉を証明するように、瓦礫の中から上空に向かって緑色の光が伸びていく。

やがてそれは幾千もの光となって街に雨のようになって降り注ぐ。そして大量のノイズとなって街を埋め尽くす。

ノイズは地上だけでなく、空にも飛行型が数え切れないほど配置された。

種類も多種多様で小さいものから大きいものまでノイズの見本市のようだ。超巨大なノイズなどは動くだけで建築物を破壊する様子が確認できる。

しかし、かつてないほどの規模のノイズ出現に、誰一人として臆することはない。

 

「おーおー、今日のライブは大盛況だな。お客さんが街に溢れ返ってるぜ」

「でも残念でした。これから始まるライブはたった一人の為に歌うことが決まってるから、チケットを持ってないお客様にはお帰り願おうかね」

 

軽口を叩くカズヤに、奏が似たような軽口で応える。

そんな二人の発言に翼が快活に笑い飛ばす。

 

「せっかく集まってもらって悪いけど、マナーの悪いファンはファンじゃないわ」

「私、歌いますよ! カズヤさんの為に、全力で!!」

 

響が満面の笑みでカズヤにそう言うと、クリスも頷いた。

 

「ま、あたしはあの時以来、カズヤの為だけに歌うって決めてたけどな」

 

彼女達の言うことにカズヤは胸が熱くなる。その胸の熱さに突き動かされるように、

 

「さあ、派手なライブを期待してるぜお前ら!!」

 

羽をしならせ地面を叩き、街に向かって飛んでいく。

飛び立つ彼に、四人は新しく生まれ変わったシンフォギアに備わっている光の翼を羽ばたかせ、歌いながら後に続いた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

歌声が響く街の中に野性味溢れる男の叫びが轟く。

拳を振るう。それだけで発生した衝撃波──拳圧が大量のノイズを一瞬で塵と化す。

第二形態のシェルブリットを遥かに上回るその圧倒的な破壊力に僅かに驚きつつも、響が前に出る。

 

(私もカズヤさんに続きます!)

 

声に出していない自身の声が皆に聞こえているのを気づくことなく、響も拳を振り抜けば、カズヤと同等の破壊力を以てノイズを打ち倒していく。

更に打つ、打ちまくる。両の拳を突き出せば突き出すだけノイズを纏めて蹴散らせることに興奮が止まらない。

 

(凄い! 攻撃の一発一発が、いつものカズヤさんと同調した時のシェルブリットバーストより全然強い!!)

(ていうか、さっきから響の心の声だだ漏れだよ)

(え? 奏さんの声!? どうなってんのこれ?)

(どうやらテレパシーか念話かどっちか知らないけど、喋らなくても意思疎通できるみたい。まあ、難しい理屈は置いといて、歌いながら意思疎通できるんなら便利ってことにしとこうか!!)

(はい、奏さん!)

 

何故、念話が突然できるようになったかなど、今となっては些細な問題だった。

彼女達にとって、戦う際に起きる現象など今更驚いていてもしょうがない。そういうもんだと受け入れるのが最も楽なのだ。

 

(へへ、とにかく、今のこの状態ならシェルブリットバースト撃ち放題ってことだろ? だったらぁ!!)

 

気合いと共にクリスのアームドギアが飛行と射撃に特化した一人乗り用の戦闘機のような姿に変形。飛行型ノイズに向けてレーザーをバラ撒くように発射し、あっという間に空中を支配していたノイズの群れを撃破。それだけに留まらず、クリスは華麗にバレルロールを決めながら残りのエネルギーや弾数を気にせず縦横無尽に暴れ回る。

 

(翼、こりゃアタシ達も負けてらんないな)

(ええ。私と奏、ツヴァイウィングの力を)

(刻み込んでやるとしますか!!)

 

奏が槍を、翼が剣を振るう。それだけで巨大な竜巻と斬撃が発生しノイズの群れを呑み込み、蹂躙していく。

他三人と同じように一撃では終わらない。より多くのノイズを屠る為に、飛び回りながら二撃、三撃と惜しむことなく技を繰り出す。

 

「おらああああああああああああっ!!」

 

そこは一人の男の雄叫びと、四人の歌姫の歌が響き合う戦場。

閃光と爆音と戦火が弾けて混ざり合う。

最早ノイズなど数が多いだけの的も同然。ただの木偶では五人を止めることなどできはしない。

カズヤと響の拳が、クリスの銃口が、奏の槍が、翼の剣が途方もないエネルギーと熱量を以て街を埋め尽くしていたノイズを瞬く間に消滅させた。

 

「どんだけ出ようが、今更ノイズ!」

 

アームドギアを一旦仕舞い、ファイティングポーズを構えるクリスの闘志は衰えるどころかますます強くなる。気持ちと力が充実してる証拠だ。

 

「あらかた片付いた?」

 

そのクリスの背後で、この中で一番の年長者らしく周囲の警戒を怠らない奏。

 

「そうね。残るは櫻井女史のみ」

 

奏に応じるように翼が言いつつリディアンの方角に向き直ると、瓦礫の上に立つフィーネがソロモンの杖を自身の腹に突き刺したところを目撃した。

するとフィーネは全身から緑色の光を放出。その光はさながら天に向かって打ち上げられる間欠泉のようだ。

 

「...次は先にあのクソ(アマ)からソロモンの杖取り上げてからな」

「...そうですね...」

 

うんざりした口調のカズヤに響もげんなりしながら同意を示す。

誰もが最初にそれをやれと思ったが、いの一番に街に飛び出して行ったのはカズヤで、それに疑問に思わずついて行ったのは四人である。全員に責任があるので誰かを責めるようなことはしないが、五人が五人共、誰か一人でもいいからさっき思いつけよと他力本願的に考えたのは確かだ。

緑色の光は先程とは異なり、街に降り注ぐことはなかった。その代わり、街ではなく光が発生した場所──フィーネに向かって収束し、泥が堆積していくようにその肉体の質量を爆発的に膨らませていく。

ソロモンの杖はノイズを召喚し操る力を持つ完全聖遺物。ならば使い方次第では、大量のノイズをその身に纏い、自身を強化する為に利用することも可能なのだろう。

 

「悪役の巨大化は負けフラグって知らねーのかあのクソ(アマ)...つーか、キモい蛇だな」

 

最終的にはカ・ディンギルに匹敵するだけの超巨大な赤黒い蛇のような気色の悪い姿になったフィーネに、カズヤが心底嫌そうに顔を顰め、四人もうんうんと頷いた。

蛇の頭部、その先端部がこちらを向き、深紅の光を放射する。

五人は散開して回避。

狙いが外れた光は背後の街──その中でもオフィスビル群に当たり、大爆発を起こしてその周囲一帯を更地に変えた。

 

「...今の力、どう考えてもネフシュタンの鎧とソロモンの杖だけじゃねーな。地下にあったデュランダルも取り込んでるだろ」

「だね。あの蛇が立ってる場所がそもそもアビスの真上だし」

 

鋭い観察眼を披露するカズヤの言葉に奏も補足する形で同意する。

 

「...完全聖遺物を三つも取り込んだ状態か...」

「何だよ、怖じ気づいたか? 震えてるぞ」

「いや、武者震いが止まらないだけだ。あれを前にしていながら、私達五人なら負ける気がしないとな」

「ハッ、ったりめぇだ!」

 

呻くように言う翼に対してクリスが茶化すように問うが、続いた言葉に二人は揃ってニヤリと笑う。

 

「やれますよ、私達なら! 絶対負ける訳にはいかないんですから!!」

 

響が全員の心の内を代弁しつつ、胸の前で拳と拳を打ち合わせた。

 

「ネフシュタンの鎧による無限の再生能力、ソロモンの杖でノイズを無限に召喚して再生能力を補強してるだろうな。んで、デュランダルの無尽蔵のエネルギー? この局面じゃ無尽蔵も無限と似たようなもんだな。それで火力は絶大、かつ、デュランダルが前の二つの力を底上げさせてる...無限だらけでゲシュタルト崩壊しそうだが、やることは決まってる」

 

唇の端をニヤリと吊り上げ、カズヤが両の拳を腰溜めに構える。拳と腕の装甲のスリットが展開し、甲高い音を立てつつ金の光が収束。大気中からフォニックゲインが集まり、凝縮していく。

やがてカズヤの全身が黄金に輝くと、それに呼応するように四人の体も光輝く。

 

「アタシと翼が道を開く」

「私達、両翼が空を翔る様をしっかり見てて」

 

奏と翼がアームドギアを振りかざし、光の尾を引いて飛び出した。

 

「じゃ、あたしも行ってくらぁ。トドメは任せた」

 

二人を追う形でクリスも光の翼を羽ばたかせる。

 

「カズヤさん...私達は...」

 

どうすれば、と視線で聞いてくる響に、カズヤは笑って左手を差し伸べた。

響はカズヤの左手を見てから、嬉しそうに笑顔を浮かべて自身の右手を伸ばし、指と指を絡めるように手を繋ぐ。

 

「響...今思えば、お前が俺をこの世界に繋ぎ留めてくれたんだ」

「...カズヤさん」

「感謝してる」

 

握る力を強くし、繋いだ手をギュッと握り締め、更に言葉を紡ぐ。

 

「俺はお前に手を握ってもらって、"向こう側"から抜け出すことができた。あの時の俺は、間違いなくお前に救われた」

 

だから──

 

「お前の手はきっと、俺だけじゃなく、これからも誰かを救うんだろうな」

 

言われてポカンとしていた響であったが、

 

「...はいっ!!!」

 

次の瞬間には太陽の如く輝かしい笑顔で元気に返事した。

 

 

 

真っ直ぐ超巨大蛇に向かって進む奏と翼は、近づけば近づくほど激しく密度の増す赤い閃光を回避しつつ、全身に漲る力を己のアームドギアに集約させる。

二人の槍と剣は金の光を纏い始め、やがてその光はそれぞれがビルよりも大きく成長し、フィーネの超巨大な蛇に匹敵するほど長大な"一対の翼"へと変化した。

遠くから見たそれは、まるで蛇の前で怯むことなく雄々しく翼を広げた一羽の鳥を連想させた。

 

「これが、カズヤがくれた力で放つ」

「私と奏のシェルブリットバースト」

 

二人目掛けて蛇の先端部が極太の閃光を撃ってきたが、構わず振り下ろす。

 

「「ツヴァイウィングだあああああっ!!」」

 

金に光輝く"一対の翼"と蛇が放った赤い閃光が拮抗したのは一瞬だけ。赤い閃光は容易く押し負け、消滅させられた。

"一対の翼"は鋭い刃となって蛇の巨体を縦に斬り裂き、三枚に下ろす。

斬り裂かれたその隙間にクリスが再生する前に飛び込む。本体のフィーネを狙い、拳を振りかぶる。

 

「クリスッ!」

「フィーネ! さっきはよくもカズヤのことをボコボコに痛めつけてくれたなあっ! それに関してはあたしが直接お前を殴らないと気が済まねぇんだよ!!」

 

超巨大蛇の中心部でデュランダルを右手に握ったフィーネがクリスの姿を見て瞠目する。

彼女の右腕が眩い光を放つと、一瞬にして()()()()()()()()()()()と同じ姿へと変化。

白を基調とし所々が赤いその右腕は、色こそ一部異なるが間違いなくカズヤのシェルブリット。そして右腕全体が凄まじい光を放ち輝いた。その事実にフィーネはクリスが何をしようとしているのか察し戦慄した。

 

「まさかっ!?」

「こいつを食らいやがれえええええっ!!」

 

手にしたデュランダルで迎撃しようとするが、クリスの突撃に比べて圧倒的に遅い。

 

「シェルブリットバァァァストォォォッ!!」

 

クリスの右の拳がフィーネの顔面に叩き込まれた刹那、拳に収束されていたエネルギーが炸裂し、金色の閃光を伴って大爆発を引き起こす。

その爆煙の中から放物線を描き、くるくると回転しながらデュランダルが飛来する。

 

「やっちまえ、カズヤ!! 響!!」

「勝利をその手で掴み取れ!!」

「お前らの番だ! 決めろよ二人共!!」

 

おあつらえ向きにこちらへ飛んできたデュランダルを、右手でその柄を掴み、即分解して虹の粒子に変え、内包されていた莫大なエネルギーを虹の粒子ごと取り込み、その半分を響に──繋いだ手を通して渡す。

二人の全身から太陽を錯覚させるほどの光が放たれ、世界を照らす。

 

「クソッ、クソッ、クソォォッ!! お前のような訳の分からん輩に、私の想いが踏み(にじ)られるなんてこと、認められるものかぁぁぁっ!!」

 

憎悪と怨嗟を孕んだフィーネの声に、カズヤはふっ、と鼻で笑うとその言葉に応じた。

 

「ああ、そうさ。

 俺も自分自身のことなのに訳分かんねーよ。

 ちゃんとした名前だって覚えてねー。

 記憶もろくに残ってねー。

 テメーみてーに絶対成し遂げたい目的もねー」

「...カズヤさん」

 

隣で手を繋いでいる響から、離れた場所から固唾を飲んで見守っている奏と翼とクリスの視線を感じながら告げる。

 

「それでもただ一つ、

 一つだけテメーに勝ってるもんがあるっ!!」

 

叫び、隣の響に顔を向けて笑いかけると、意図を察した響が笑顔で頷き返してくれた。

カズヤの左手と響の右手──互いが互いに握った手に力を込める。

 

「さあ、見せてやる。これが、これだけが!!」

 

カズヤの羽が大きくしなって背後の空間を叩き、前に突撃する為の推進力とする。

同時に響の腰部分のスラスターがカズヤの動きに合わせて火を吹いた。

 

「俺とっ!!」

「私のっ!!」

 

 

 

 

 

【繋いだこの手は──】

 

 

 

 

 

「「自慢の拳だああああああ!!!」」

 

全く同じタイミングでカズヤは左腕を、響は右腕を振りかぶり、蛇の頭に狙いを定めて突き出す。

そしてそれが蛇の頭頂部を穿つと、激しい閃光を生み出してから、一拍遅れて爆裂する。

巨体を誇る蛇の肉体が、再生することなく虹の粒子となって空気に溶け、消えていく。

 

「何故だ! 何故再生しない! 何故組織が崩壊していく!? いや、違う、これは分解されているのか!! おのれ、おのれ! おのれ"シェルブリットのカズヤァァァァァ"!!」

 

大量のノイズで肉体を構成されていた蛇の巨体全てが、虹の粒子となって消えると、それを待っていたかのように朝日が顔を出す。

月と闇夜の時間が終わり、朝焼けが世界を彩る。

 

 

 

 

 

「さて、キリキリ吐いてもらおうか。最初から最後まで、全部な」

「...そんなことの為だけに、私を助け出したというのか...」

「俺は別にテメーのことなんてこれっぽっちも興味ねーし、テメーがこの後どうなろうが知ったこっちゃねー。だが、俺以外の連中はそうじゃなかった、それだけだ」

 

精も根も尽き果て、十数年は老け込んだように見えるフィーネに、響と一緒に肩を貸していた状態から瓦礫の上に座らせると、俺はその場から少し離れた場所にある瓦礫の上に腰掛けた。

二課の面々も勢揃い。ついでに未来と安藤などを含めたリディアン生徒も数名いる。

響が代表として口を開く。

 

「了子さん、話してくれませんか?」

 

響の声にチラリとそちらに視線を向けてから、フィーネは訥々と、ゆっくり語り出した。

 

 

 

遥か昔。先史文明時代、この世界の人類(当時はルル・アメルと呼ばれていた)にとっての創造主──カストディアンという存在(種族名はアヌンナキというらしくややこしい)に仕えていた巫女、フィーネ(ルル・アメル)。

フィーネは創造主の一人、エンキという名の男性に恋をした。

創造物が創造主に恋慕する。それは本来なら許されない不遜なことだと考えながらも、フィーネはたとえどんな結末になろうと胸の想いを伝えたくて、想いを伝える為の塔を建てたが、想いを伝える前にその行為は創造主の怒りに触れ、塔は雷で砕かれ、バラルの呪詛が降りかかり──人類同士だけに留まらず創造主とも意志疎通と相互理解が可能で、誰とでも分け隔てなく語り合うことができた統一言語が、失われた。

それ以来フィーネは、バラルの呪詛を解呪する為、呪詛の発生源──月の破壊に心血を注ぐ。

しかしそれには時間が足りない。だから、自身の子孫がアウフヴァッヘン波形に触れた場合、記憶と人格と能力を持ったまま子孫の意識を乗っ取り転生するシステムを己の遺伝子に仕込んだ。

これまで何度も何度も子孫に転生を繰り返してきたフィーネ。その度にパラダイムシフトを起こし、歴史の裏で暗躍してきたとのこと。

なお櫻井了子は、十二年前に覚醒した今回の転生先だとか。

ちなみにノイズとは、バラルの呪詛により統一言語を失った人類が、人類同士で手を取り合うことではなく殺すことを選択した結果、環境を破壊せずに人類を殺す為に産み出された兵器。しかしノイズが仕舞われている"バビロニアの宝物庫"とかいう異空間は扉が開けっ放しになってるので、たまにそこから出てきたノイズが現在災害として扱われているようだ。

ついでに言えば、ソロモンの杖がなくても多少のノイズ召喚ならできるらしく、ノイズ出現のどさくさに紛れ悪どいことをしょっちゅうしていたことも判明。

全てはバラルの呪詛を解く為。それだけの為に永遠の刹那を繰り返してきたとフィーネは締め括る。

 

 

 

恋心もここまで来ると大迷惑を通り越して大災厄だ。

ある意味こいつの存在そのものが、人類にとってバラルの呪詛よりも遥かに呪詛らしい。

振られた癖して未練たらしく奪われた統一言語にいつまで縋るつもりだこの地雷女は。想いを伝える前にお断りされたんだから現実を見据えて諦めろボケ。

と、思わず口にしそうになったので必死に止めた。

くたばる寸前のババァにこれを言うのはさすがに気が引ける。

 

「だから私は、この道しか選べなかったのだ...」

 

フラフラと瓦礫から立ち上がり、こちらに背を向け、ネフシュタンの鎧の武装──鞭を握り締めるフィーネ。

ここまで話を聞いて、一つ違和感があった。

エンキという創造主は、フィーネを振って金輪際自分と関われないようにする為だけに、バラルの呪詛を発動させたのだろうか?

実はフィーネはエンキから蛇蝎の如く嫌われてた、っというのなら納得しよう。もしくはエンキには既に別の女(同じ創造主側の)がいて、その女が横恋慕してきたフィーネに腹を立てた、というのも話としてはまだ分かる。

まあ、振られたってのに数千年も盲執を抱えて目的の為なら手段を選ばず悪逆非道を繰り返してきた核地雷女だ。俺がエンキと同じ立場なら滅びよ人類、とかやってそうな自信がある。

しかし、もしエンキが、というか創造主達が何らかの事情でバラルの呪詛を発動せざるを得なかった場合は?

その事情をフィーネに伝えることができなかっただけであれば?

これはエンキという人物像について話を聞く必要があるなと考え立ち上がろうとすると──

 

「人が言葉よりも強く繋がれること、分からない私達じゃありません。少なくとも私は、私達は、カズヤさんと一緒に戦ってるとよくそれを感じます」

 

響が諭すような優しい口調で語りかけた。

だがフィーネはこちらに背を向けたまま、苛ついたように叫ぶ。

 

「同調のことを言っているなら、それは大きな間違いだ! その男は異世界人、創造主が生み出したこの世界の人類とは違う! この世界で唯一バラルの呪詛に囚われない人間だ! それを──」

「なら異世界から来たカズヤさんは、創造主が生み出した人類とは違うカズヤさんは、この世界に元々あった統一言語を使えるんですか?」

「っ!?」

 

一瞬、え? 誰? と思ってしまうくらいに鋭い指摘をする響。

絶句するフィーネを見て、響は笑みを深める。

 

「ほらっ! バラルの呪詛があってもなくても関係ないんですよ。私達は手を繋ぐことができる。異世界からやって来た人とできたんです。同じ世界で生まれた人達同士なら、きっといつか」

 

そう言って響は手を差し伸べながらフィーネに歩み寄った。

風が吹く音と、響の足音だけが静寂の中で木霊する。

ここはもう暫く響に任せてみよう。そう思って上げかけていた腰を下ろしたその時、

 

「......でりゃああああああ!!」

 

突如、フィーネがくるりと反転しながら踏み込み、握っていた鞭を響の頭部に投擲。

難なく避ける響は、フィーネの懐に飛び込み拳を振るうが、胸の中心で寸止め。

 

「了子さん、こんな無駄なことは──」

「私の勝ちだぁっ!!」

 

悪足掻きをするフィーネに響が何か言おうとするが、それは遮られる。

そして俺達は今もなお、ネフシュタンの鞭が伸び続けていることに今更気づく。

何処まで伸び続けるのか疑問に思い視線で追うと、月が視界の中央に映る。

まさかこいつ──

 

「あああああ、ああああああああっ!!!」

 

伸び続けていた鞭が止まると、フィーネは再び反転しこちらに背を向け、両足で地面をしっかり踏ん張り、鞭を背負うようにして渾身の力を込めて引く。

咄嗟に響がフィーネから離れるように後ろに退いた。

踏み締めていた大地が砕ける。身に纏っていたネフシュタンの鎧に罅が入って砕け散る。

同時に、フィーネの肉体も鎧と同様に砕け始め、組織の崩壊が始まった。

それでも彼女は止めない。残りの命の全てを懸けて鞭を引いた。

やがて手に持つ鞭すら砕けて千切れ、漸く動きを止めると何かを確信したのか、勝ち誇ったように、狂ったように笑う。

 

「月の欠片を落とす!!」

 

誰もが驚き息を呑む中、俺はやれやれと首を横に振りながら立ち上がる。

最後の最期になんかやらかすんじゃないかな~、とこれまでの執念を聞かされていたので嫌な予感がしていたのだが、当たって欲しくない予感だけよく当たるのはどうにかならんのか。

響も響で、寸止めじゃなく殴っちまえばいいのに。

 

「私の悲願を邪魔する禍根は、ここで纏めて叩いて砕く! この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからな!」

 

砕けて崩壊していくネフシュタンの鎧とフィーネの肉体。それが割れた大地にパラパラと落ちて乾いた音を立てた。

俺は皆が呆然としているのを横目にフィーネのそばまで歩み寄る。

 

「聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇る! 何処かの場所、いつかの時代! 今度こそ世界を束ねるために......アハハッ、ハハァ! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁぁっ!! ハハッ!」

 

手を伸ばせば届く距離、フィーネの目の前で足を止める。

 

「"シェルブリットのカズヤ"、今回はお前達に阻止されたとしても、私にはそもそも負けというものが存在しな──」

「テメーが惚れた男は、優しかったか?」

 

時間が止まったように固まるフィーネに構わず続けて問う。

 

「テメーが惚れた男は、どんな奴だったんだ?」

「...」

「テメーに笑いかけてくれたことがあったか?」

「...」

「理不尽な命令をするような主だったのか?」

「...」

「私利私欲の為に動くような人物だったのか?」

「...」

「テメーに対して常に冷たい態度を取っていたか?」

「...」

「テメーの想いを察することもできない、怒ると全人類に呪いをかけるような短絡思考だったのか?」

「...」

「おいこら答えろよ。そいつの何処にテメーが惚れたのか聞かせろよ! ただし、よく昔を思い出してから答えてもらうがなぁっ!!」

 

するとフィーネは、全身を震わせ、目に涙を溜めてゆっくり首を振った。

 

「...違う、違う違う! あの御方は、あの御方はいつも私に穏やかな笑みを見せてくれた、いつも私を気遣ってくれた、ルル・アメルの私を自分と対等に扱ってくれた...誰よりも慈悲深く、思慮深い方だった! そんな方だからこそ私は心から愛した!!」

 

零れた涙が頬を濡らす。

それを聞いて俺は肩を竦める。

 

「何だよ、理想のイケメンじゃねーか」

「そうだ! 素晴らしい方だった!」

「それに誰よりも思慮深いってんなら、バラルの呪詛を発動させるには何か特別な事情があったとしか思えねーぞ」

「...あ」

「もしかしたら連絡する暇もないくらい切羽詰まってたんじゃね? 惚れた男がどんな人間だったか忘れてないなら、このくらい想像つくだろ?」

「...だとするなら、全て私の勘違い...?」

「十中八九。さっきの響の指摘でもそうだが、頭良いのに結構抜けてんな、()()()()は」

「...あ、あ、あ、あああああ...」

 

力が抜けたように体勢を崩し、四つん這いになって赤子のように泣きじゃくる古代の巫女の姿は、酷く哀れに映る。

恋は盲目とはよくいったもんだが、いくらなんでもこれは星の巡りが悪過ぎるというか、不幸にもほどがあるというか。

 

「次はその事情が何なのかをまず探ってみろ。事情が分かれば、男の本当の返答がそこにあるかもしんねーんだからよ...男女関係なんてだいたいそれで解決できる。これ、男の俺から女のあんたへのアドバイスな」

 

涙を拭いながらもしっかり頷いたのを確認して、俺はすぐそばでやり取りを見守っていた響に、少し離れた場所にいる奏と翼とクリスに視線で促す。

すると四人はこれから何をするのか予め知っていたかのように笑ってくれる。

俺、こいつらのこと大好き。いや、超大好きだわ。

 

「アンコール、お願いしてもいいか?」

「えっへへ、カズヤさんのお願いなら何度でも」

「歌手冥利に尽きるね翼、アンコールだって」

「そうね。この際とことん付き合うわよ」

「カズヤが望むならあたしはいくらでも歌う」

 

嬉しくて自然と口元がにやける。しかもこれを言う為にわざわざ駆け寄ってくるとか超可愛いな。

フィーネに背を向けて、四人を引き連れ歩き出そうとした。

 

「待てお前達、まさか...」

 

立ち上がりこちらに手を伸ばしたフィーネに、足を止めて振り返り、言った。

 

()()周りに迷惑かけずもっと上手くやれ」

「...」

「んで、事情が分かって、男があんたを想ってたことが証明されるのを祈ってる」

「っ...!」

 

もう一度涙を零すと、フィーネは声を張り上げた。

 

「女の私から男のあなたにアドバイス!!」

「?」

「女の子はね、好きな人が自分のことをどう想ってくれてるのか常に不安なの、不安で不安で夜も眠れないの! だから態度と行動と言葉でちゃんと応えてあげて! じゃないと私みたいになっちゃうから」

 

そりゃ困る。

 

「俺、こいつらのこと超大好きなんだが。こいつらが歌う歌も。それこそ後ろからブスリとナイフで刺されても気にしないくらいには...うーん...じゃ、これが終わったらなんでも言うこと聞くとするぜ。キスでもハグでもデートでも、それ以外でも、なんでもだ」

「「「「っ!!!」」」」

 

歌姫達の目が野獣の眼光に変わった気がする。まるで俺の全身を舐めるような、ねっとりとした視線を感じた。

あ、誰か生唾飲み込む音がする。

 

「...男に二言はないなカズヤァァァッ!!」

 

と思ってたら翼が凄い勢いで食いついてきた。生唾飲み込む音出してたのお前か!

 

「...翼、がっつき過ぎ」

「翼さん、目が血走ってますよ」

「お前、カズヤに何させる、いや、何するつもりなんだよ」

 

奏と響とクリスがドン引きしてるが、お前ら人のこと言えないから。俺は今さっきの野獣の眼光を忘れてないからな。

 

「どうしてこういう話題になると、いつも私が空気読めてない感じの雰囲気になるんだあああああっ!!」

 

天を仰いで絶叫する翼の姿に、俺は思わず吹き出した。

腹を抱えて大笑いをしていると、つられて皆も笑い出す。

 

「...うふふ、ハハッ、アハハハハハッ!!」

 

次第にフィーネも笑い出した。

俺にはそれが、彼女にとって数千年ぶりに心の底から笑っているように見えた。

 

「おっかしい。これから先もきっと、あなた達はずっとそんな感じなんでしょうね」

「かもな」

「でも女の子達、気をつけておきなさい。この男、女性関係についてはどうしようもないドクズの最底辺よ」

 

年上の女として響達に注意するように言う。

改めて他人から指摘されると、なかなか心に来るものがある。今のスタンス直す気ないけど。

そして皆それをよく理解してるのか反論せずに苦笑して頷くのが、もうなんか地味に笑えた。

 

「でも、胸の想いを形にした歌には応えてくれるみたいね」

 

金色の瞳が、櫻井了子の元の色に戻るのを、その時俺は確かに見た。

 

「だから、この男に応えて欲しければ、胸の歌を信じて歌いなさい。()()()()()の光と輝きは、あなた達への想いがそのまま形となっているのだから」

 

最期に微笑むと、全身が灰色の塵となって崩れ去り、風に流され消えてしまう。

事件の黒幕、櫻井了子──フィーネは死んだ。

しかし彼女はまた、先程言っていたように何処かの場所で、いつかの時代に復活を果たすのだろう。

その際は、もう誰かを犠牲にして目的を果たす女ではなくなっていることを願うばかりだ。

 

 

 

「軌道計算、出ました...直撃は避けられません」

 

俺を除いた一部の面子が了子──フィーネの死に悼み、涙を目に溜めていたり、実際泣いたりして別れを済ませたのがある程度終わった頃。

朔也が手にしていた情報端末を用いた月の欠片の落下地点について計算が終わったらしい。

 

「さてと、あと一仕事終えてとっとと飯にしようぜ」

 

いつもの調子でそう言うと、四人の歌姫が待っていたかのように集まってくる。

 

「響! カズヤさん!」

 

突然、大きな声で名を呼びながら未来が俺達の前に駆け寄ってきた。

 

「未来...?」

「心配すんな。十分以内に戻ってくるから安心しろ。そもそも大気圏外までなら、今の俺ならジャンプ一回で到達できるしな」

「そうじゃない! そうじゃないんです! どうしてそんなにいつも通りでいられるんですか!? どうしてあなたはいつも──」

「いつも通り帰ってくるから、お前もいつも通り俺達のこと待ってろ」

「大丈夫だよ未来、私一人じゃないんだから...いってくるね」

「...」

 

二の句を継げられなくなった未来に笑みを向けてから、右の拳を高く掲げた。

それを合図に四人が絶唱の歌詞を口にする。

歌声に聴き惚れている内に、全身の血液が沸騰していくような錯覚を覚える。

熱い。胸の奥が、心が熱い。

まるで魂に火が点いたように。

 

「輝け」

 

呟くと同時に光が放たれる。

俺に呼応するように四人の歌姫も全身に光を纏う。

 

「もっとだ、もっと」

 

輝く光はますます強くなった。

未来や他の皆が眩しさにその目を細めるのが確認できたが、構いはしない。

 

「もっと輝けええええええええええええっ!!」

 

力が溢れる。活力で満たされていく。気持ちが最高に盛り上がる。

何より、四人の歌姫と強い繋がりを感じる!

 

「これが、天下無敵の力だああああああっ!!」

 

五人で同時に叫ぶ。

 

シェルブリットォォォォォォォッ!!!

 

 

 

 

 

私の目の前で、五人は雄叫びを上げると光となって飛び去っていく。

大気圏外までジャンプ一回で済む、というのは虚言でも強がりでもなく、事実として語った言葉であることをカズヤさんは証明してみせた。それはカズヤさんと同調した響達も同じなのだろう。

 

「見て!」

 

板場さんが指差す先には、こちらに落ちてくるであろう月の欠片。

それが一瞬、太陽すら霞むほどに強烈な光を放つ。

誰もが目を庇って瞼を閉じ、光が収まるのは待ってから目を開けば、

 

「...流れ星...」

 

粉々に粉砕された月の欠片が、朝焼けの中、流星群となって降り注ぐ幻想的な世界が広がっていた。

皆、その景色に見惚れている。

でも私は、どうしてか涙が溢れてきてまともに見ることができない。

どうか無事で、さっき言ったようにいつも通り帰ってきて。

目を瞑ってただひたすら祈る。

と、

 

「ん? ねぇ、あの流れ星、こっちに来てない? 来てる? 来てるよね? え! 嘘! ホントにこっちに来てるぅぅぅっ!?」

 

悲鳴を上げる板場さんの視線の先を捉える為に目を見開けば──

 

「...響、カズヤさん、皆...!!」

 

あの輝きを纏った五つの光が、轟音と共に私達の目の前に着弾した。

舞い上がる土煙が晴れたそこには、

 

「腹減ったぁぁ」

「私も、もうペコペコです~」

「そういやアタシら昨日の昼に食べて以来、何も口にしてないね」

「...あたしは"ふらわー"のお好み焼きが食いてぇけど、どうせ無理だよな、畜生...」

「雪音、今その話はやめて、私のお腹に効く...せめて被害が少なければいいのだけど」

 

自ら作ったクレーターの上に、制服姿の響と翼さん、普段着のカズヤさんと奏さんとクリスがお腹をぐーぐー言わせて大の字に倒れていた。

 

「...もう、本当に、いつも通りなんだから!!」

 

私は、いつも通り帰ってきてくれた五人に、いつも通り"お帰りなさい"と"お疲れ様"を言う為に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして後に世間では『ルナアタック』と呼称される一連の事件が終わった。

事件の爪痕はそこら中に残っているけど、私達は相変わらずだ。

奏さんと翼さんは休止していた『ツヴァイウィング』としての活動を再開。今回の事件で傷ついた人達を癒す為に積極的に動いている。

カズヤさんは緒川さんの助手兼雑用、という感じでよく二人でいる。ツヴァイウィングの活動にも同行することが多い。緒川さんから聞いた話によると、カズヤさんがいるといないとじゃ、奏さんと翼さんの気合いとノリに差が出るらしい。

クリスは復学。私達より一つ上の学年としてリディアンに編入。最初は嫌がってたけど、なんだかんだで普通の学校生活を満喫してる。

響と私も元の生活に戻ったけど、相変わらず響は勉強に苦しめられていた。

ノイズが出現する度に戦うことはあるけど、以前よりもかなり頻度が減ったらしく、出動よりも圧倒的に訓練が多いと響が言う。

それぞれが明日を見据えて今日を生きる日々。

こんな日がずっと続けばいいのに、誰もがそう思っていた。

しかし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私...私達はフィーネ。そう、終わりの名を持つ者だ。私達がまず日本政府に要求するのは、とある人物の身柄を引き渡してもらうこと。先のルナアタックから世界を救った真の英雄でありながら、日本政府の重要機密事項として秘匿されている人物、"シェルブリットのカズヤ"、彼の身柄を要求する! なお、彼がこの会場にいることは既に確認済み...さあ、私の声が聞こえているのなら、このステージに姿を現せ。"シェルブリットのカズヤ"!!」

 

世界を巻き込んだ波乱が、またしてもその産声を上げた。




G編に続く! ということで今回で無印編は完結となります。
ここまで読んでくれた方、感想や評価をくれた方、本当にありがとうございます。皆さんの反応こそが私の活力となっておりました。
でも相変わらず感想への返信は諸事情によりやってませんのであしからず。
ではここらで私がこの作品を書くことにした切っ掛けでも語ります。
私は元々、水樹奈々さんの曲が好きで、シンフォギアは水樹さんがいつもテーマ曲歌ってるなくらいの認識しかありませんでした。水樹さん個人のシングルCDやアルバムは集めてたので一部の曲は持ってましたが、シンフォギアに興味はなかったんです。
しかしシンフォギア五期放送を記念して一期から四期まで無料放送していたので試しに視聴してみたら面白くて、今まで自分はどんだけ損してたんだと後悔しました。
で、五期も含めてシリーズ全部見た数日後、スクライドを全話久しぶりに見る機会があってですね...
その時に思った訳ですよ。あれ? シンフォギアとスクライドのクロスオーバーって面白そう? 二次創作出てないのかな?
だが探してみるが全く見当たらない。
見当たらないなら自給自足しろ。
同人、二次創作界隈ではよく聞く言葉です。
こうして私はこの作品を生み出すに至りました。
まあ、スクライドのキャラをそのまま持ってくるのは私の実力的に難易度高過ぎなので、姿と能力だけのなんちゃってオリ主クロスオーバーものが出来上がったんですけどね。

はい! ということで、次回からは閑話を一つか二つ入れた後にG編に突入したいと思ってます。
ではまた次回!


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しないフォギア風な閑話

投稿したと思ったら二重投稿になってんのなんで!?
早々に指摘してくれた方、ありがとうございます!!


フィーネが企んだ月の破壊の事件から二週間後。

月の損壊、及びそれらに纏わる一連の処理や調整が済むまでは行方不明扱いにしていた方がいい、という弦十郎の判断によりカズヤと装者達四人は行動制限──軟禁されていた。

しかし、軟禁状態からついにカズヤが我慢できなくなり、騒ぎ始める。

 

「...ちょっと出掛けてくる」

 

え? と装者達が唐突に立ち上がった彼に視線を向けると、軟禁されている部屋で唯一の出入口のドアノブに手を掛けていた。

 

「出掛けるって何処に?」

 

ソファーに座って女性向け雑誌を片手に奏が呆れながら、とりあえずといった感じで問う。

 

「何処でもいい、此処じゃねー何処かへ。世界を縮める為に」

 

ちょっと格好いい台詞な気がするがよくよく考えると意味不明なことを口走る彼は、ただ単に退屈で外に出たいだけなので、誰もが半眼になりつつ思う。そろそろこうなるんじゃないかと。

元々じっとしているよりもアクティブに動くことを好む男だ。むしろ二週間よく持った方だと感心するくらいだ。

 

「シェルブリットのカズヤ、フリーダム求め、行きます!」

 

相当ストレスが限界値に近づいてるのか、とうとう普段の口調ですらない。

ドアを開けっ放しのまま楽しげにダダダと駆け出していくカズヤの背中を見送った四人は、顔を見合せ相談に入る。

 

「どうする? ついてってみる?」

 

奏の声に翼が首を横に振る。

 

「いや、ここは様子を見るべき。叔父様や緒川さんがカズヤ対策をしていないとは思えない」

「...なんであいつは味方から対策されることが前提になってんだよ」

「あははは...カズヤさんだし」

 

翼が至極真面目に言うとクリスがげんなりし、響が乾いた笑い声を上げる。

なお、ほぼ毎日お土産を手に未来が遊びに来てくれていたが、本日は既に帰宅済みだ。

と、外から当のカズヤの声と、弦十郎と緒川の声が響いてきた。

 

「緒川、おっさん、これは何のつもりだ!!」

「すまないカズヤくん、ここを通す訳にはいかない」

「残念ですが、まだ行動制限は解除されていませんよ」

「うるせぇ! 俺はこっから出て太陽の光を全身に浴びてーんだ。このままじゃストレスでハゲ散らかしそうなんだよ!!」

「さっき夕飯食べただろ。もう夜だぞ」

「今、午後九時前です」

「揚げ足取るな! ちょっとくらい外出たっていいだろうが!? 邪魔するってんなら力ずくでも押し通るぜ」

「ほう? シェルブリットの第一形態か? 普段ノイズ相手に使用している第二形態を使わないのは、生身の俺達二人への気遣いかな?」

「さすがに生身の人間相手にシェルブリットバーストは叩き込めねーからな」

「余裕ですねカズヤさん。でも、これならどうですか?」

「質量を持った残像だと!?」

「隙だらけだカズヤくん!!」

「ぐあああっ!」

 

ズドン、という腹に響く重低音の後、何かが爆発したような轟音。

外からの振動で部屋全体が揺れる。

 

「よし緒川、筋弛緩剤だ。これで少しは大人しく──」

「まだです司令!」

「衝撃の、ファーストブリットォォォォ!」

「何っ!?」

「司令!!」

「テメーも分身がいつまでも俺に通用すると思ってんじゃねぇ! 撃滅の──」

「くっ!」

「セカンド──」

「まだだ、まだ終わらんぞカズヤくん!!」

「がはっ!?」

「ご無事ですか、司令?」

「さっきのはなかなか効いたぞ、寸前でガードに成功した腕の痺れが取れんし、ガード越しでも膝が笑う威力だ」

「あれまともに受けて反撃してくるあんたホントに人間なのか!? 腹に穴空いてたんじゃねーのかよ!!」

「もう治ったぞ」

「そうかい! だったら、抹殺のぉぉぉぉ──」

「来るぞ、緒川!!」

「はい! あの術を使います!!」

「ラストブリットォォォォォォォォッ!!!」

 

なんか部屋の外が凄いことになってる。

翼の言う通り、様子を見る選択は正しかったらしい。

外から絶え間なく轟く怒声と雄叫び、爆音に破砕音、伝わってくる大きな振動。

やがて──

約二十分後。

早々に形振り構わなくなりシェルブリット第二形態まで発動して暴れたカズヤに、緒川が弦十郎と連携の末に見出だした隙に筋弛緩剤を打ち込んで辛くも勝利を果たした。

更にアルター能力を使えないように、追加で静脈にアルコールを適量直接打ち込み、酩酊状態にしておくという念の入りよう。

二人が指一本動かせないカズヤを引き摺りながら部屋へと入ってくる。

三人共、これ以上ないほどボッコボコのズッタボロな状態で。

 

「これ、じゃなかったカズヤさん、皆さんに差し上げます。退屈凌ぎにどうぞ...ご存知の通りやたらとタフで体力お化けなのでナニしても構いませんよ」

「暫くは動けないし、酩酊状態で頭がフワフワしてアルター能力も使えないはずだ...後はお前達の好きにしろ」

 

二人は若干怒っているのか、それとも激闘の興奮が冷めてないのか、カズヤの扱いがかなり雑、というかぞんざいだ。

カズヤという餌を与えておけば、装者達が不満の声を上げないと踏んでいるのかもしれない。

 

「この生活を始めていただく時にもお伝えしましたが、この部屋には監視カメラや盗聴機の類いなど設置してませんし、防音もしっかりしてるので外に音が漏れる心配もありません。皆さんのプライベートは最大限尊重しますし、保証します。何かこちらから皆さんへご用がある際は、必ず事前に備え付けの内線にご連絡するのを徹底します。逆に何か入り用になりましたら内線でご連絡ください」

「それではな.........また基礎から鍛え直すか」

 

カズヤを捨て置き、ドアをしっかり外から施錠して立ち去っていく大人二人。

残されたのは装者四人と、全く動けず床に這いつくばったままのカズヤ。

しかも彼は酩酊状態で理性と意識がガバガバだ。

 

「...」

「...」

「...」

「...」

 

...............ゴクリ。

当然だが、軟禁生活でストレスが溜まっているのは、カズヤだけではない。

 

 

 

それから一週後、行動制限は解除されることになるものの、カズヤが暴れて以来、不平不満の類いは一切出なかった。

むしろ装者達からはもう暫く軟禁生活が続いてもいいという意見が出たのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【しないフォギア風な閑話】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

case1 奏の場合

 

 

行動制限が解除されてから暫くした平日のある日。

 

「実家の掃除と墓参り、手伝ってよ。お願い、聞いてくれるんだろ?」

 

そう言って奏は、二課よりレンタルした車にカズヤを無理矢理押し込むと、走り出す。

ちなみにクリスは復学した学校に登校しているのでいない。

最近カズヤは緒川と行動を共にするようになってきたので、ツヴァイウィングの活動がないと奏の休みが被り易かったりした。

奏が運転する車に揺られ、高速道路を使って一時間ほど経過して到着したのは閑静な住宅街。

 

「ここが?」

「そ。アタシの実家...思ってたよりも普通でしょ?」

 

一般的な二階建ての一軒家。奏が亡くなった家族と共にかつて暮らしていた家とのこと。

 

「さあ、入った入った。前に帰ってきたのは結構前だから掃除大変だよ!」

「掃除終わった次は墓参りだろ?」

「そうそう。だからあんま時間はないの。テキパキやるよ」

 

促され、家に踏み入る。

家の中は少し埃っぽい。すぐに換気をする必要があると感じて、カズヤは奏に伺って許可をもらうと家の部屋の窓という窓を開け放つ。

そこから二時間はひたすら掃除だ。掃除機、ハタキ、雑巾などを駆使して数ヶ月放置されていた家を綺麗にする。

風呂は使ってないので浴室をやらなくていいのが唯一の救いか。

掃除が終わる頃にはヘロヘロになったカズヤを、奏は容赦なく車に叩き込む。

 

「はい次、墓参りに行くよ」

「...あの、奏さんや、少し休憩いただけませんでしょうか?」

「何敬語になってんの気持ち悪い。さっきコンビニで買った飲み物でも飲んでな。それにお寺着くまで休んでればいいでしょ」

 

提案を鼻で笑ってアクセルを踏み込む。

人使い荒いなー、と思いつつも文句を言う気にはなれず、言われたままコンビニ袋からペットボトルのお茶を取り出し中身を飲み下す。

 

「アタシにもちょうだい」

「ん」

 

蓋を閉めずペットボトルを手渡す。

ハンドル片手に受け取った奏は手早くお茶を胃に流し込むとペットボトルを返した。

 

「いつもはさ、一人でやってんだ」

 

実家の掃除と墓参りのことだろう。

 

「...翼も連れてきたことないのか?」

「墓参り自体には来てくれたことあるけど、翼がいるのに湿っぽい空気になるの、嫌でさ。基本的に一人だよ。誰か連れてこようと思ったのはアンタが初めて」

「そうか」

 

それ以上会話することはなく、二人はお寺に到着するまで黙ったままだった。

お寺に到着すると、奏がまず住職に挨拶し、線香を購入する。

その間にカズヤはバケツと柄杓を借りて水を汲んでおく。

天羽家の墓。至って普通の墓だ。

 

「前に来てからかなり時間開いちゃってごめんね、今綺麗にするから」

 

墓石にそう語りかけ、奏は雑巾を使って墓石を磨く。

丁寧にしっかりと。

やがて掃除が終わると、コンビニで買ってきた酒やお菓子──亡くなった家族が好きなもの──をお供え物とし、花屋で買った花も添えて線香を立てる。

そして数珠を取り出し手を合わせ、黙祷。カズヤも奏に倣い手を合わせ黙祷した。

 

「...仇は討った、って言ってもいいのか分からないけど、一つの区切りはついたよ」

 

奏は墓石に──亡くなった家族に報告する。

あの時のフィーネの語りにより、奏の家族の死──ノイズの出現はフィーネの差し金だというのが判明した。

 

「だから、安心して。これからはもう復讐なんて一切考える必要なんてないし、心強い仲間も増えたしさ」

 

チラリと流し目を送ってくるので、カズヤは笑い返す。

 

「アタシはこれからも歌い続けるよ」

 

そう言って、奏は一滴だけ涙を零した。

今、彼女がどんな想いを胸に秘めているのか、カズヤには分からない。察することも難しい。

ただ、静かに泣いた奏の姿が、酷く儚げに映って──

 

「...カズヤ?」

 

衝動的に彼女を優しく抱き締めた。

急な行動に戸惑う彼女の頭と背中に手を回す。

 

「なんとなくだ。なんとなく、こうした方が良いと思ったし、こうしたかった。それだけだ」

「......何だよそれ...でも、ありがとう。アタシも丁度、アンタにこうして欲しかった」

 

嬉しそうにそう言って、奏はカズヤの腰に手を回し胸に顔を埋めた。

 

 

 

「もう帰るのか?」

 

車の助手席に座りつつカズヤは問う。

久しぶりの実家なんだからもう少しゆっくりすればいいのに、というカズヤの意見に奏は首を横に振る。

 

「アタシの今の家はアンタとクリスと一緒に暮らしてるあのマンションだし、早めに帰らないと渋滞酷いしね」

 

それに、と付け加えた。

 

「あんまり遅くなるとクリスに何言われるか分かったもんじゃないし」

 

キーを捻って車のエンジンを始動させる奏。

 

「ハハッ、そうだな」

「三人で暮らし始めたせいで、誰もいない部屋ってのが寂しくてね。クリスなんて人一倍寂しがり屋だから早く帰って安心させてやんないと」

 

イタズラっぽい笑顔を浮かべた後、

 

「今日はありがとう。面倒なことに付き合わせたね」

 

礼を述べてくる奏にカズヤは肩を竦めて応じる。

 

「気にすんな。掃除は確かに大変だったが、また付き合ってやるって」

 

言ってシートベルトを締めると、車が滑るように走り出した。

 

「それじゃ、帰るとしますか」

「おう、安全運転で頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

case 2 クリスの場合

 

 

「...知らなかった。"とっきぶつ"のシンフォギア装者やってると、小遣いもらえるんだ」

 

自分の通帳の残高を見て目を丸くしてるクリスに、カズヤが笑いながら話掛ける。

 

「小遣いっつーか、給料な。一応、俺らの所属は政府の特務機関だし、命張ってる危険な仕事だ。高い報酬を払うのは当然だろ...ところで奏母ちゃん飯まだー?」

「母ちゃん言うな! 皿出すとか少しは手伝えアホンダラ!!」

 

場所は奏の部屋、というか最早三人の家。

ソファーに座りほえ~と感心しながら改めて通帳を眺めるクリスに、カズヤが後ろから通帳を覗き込みつつ奏に夕飯の催促をすると、キッチンでフライパンを振るいながら炒飯を作っているエプロン姿の奏が怒鳴る。

 

「ほいほい、皿出しゃいいんだろ」

 

キッチンに向かうカズヤが離れていくのを感じつつ、クリスはこのお金をどうしようか考える。

 

「あのバカはきっと...」

 

クリスの頭の中で響が「ご飯&ご飯...ウェヒヒ」と涎を垂らしていた。

 

「とか言って、食費に溶かしてそうだし」

 

次に浮かぶのは何台も同じようなバイクを前にして「常在戦場」と満足気に頷く翼。

 

「こっちはこっちで、乗り捨て用のバイクを何台も買い集めてそうなイメージがあるな...いや、勝手な想像だけれども」

 

夕食ができあがり、三人で食卓を囲んでいる時、クリスは二人に質問することにした。

 

「給料の使い道? アタシの場合、食費とか光熱費とかの生活費でしょ。あとは化粧品とか服かな。家賃は二課が出してくれてるし、あとは貯金だね。そんなに金使う趣味持ってないし」

 

トップアーティストで二課のシンフォギア装者という高給取りなのに、奏はお金を全く使わないことが判明。

まあ、彼女は金を使って遊びや趣味に興じるよりも、装者としてストイックに強くなりたいと訓練に励んでいたこれまでがあるから、あまり金を使う機会そのものがなかったのかもしれない。

 

「カズヤは?」

「俺? あんま使ってないからほとんど貯金行きだぜ」

「「嘘だろ!?」」

 

意外過ぎる返答に驚きハモる二人。

 

「だってお前、いつも買い食いばっかしてたじゃねぇか!!」

「あの時のあの金は厳密には俺の給料から出てるもんじゃなくて、通信機に入れてもらってた経費扱いの金だ。今でもそれだけで俺のやりたいこと欲しいものなんて、事足りるんだよ。さすがに服とか日用品や娯楽の類いは完全なる私物私用になるから給料から出すが、仕事中に出た飲食代とか交通機関の利用は全部経費扱いにしちまえばいいんだよ」

 

...あれ全部仕事中ってことで経費で落とさせてたのか。確かに当時そんなことを言ってたのは覚えているが。

平然と応答したカズヤが「塩もうちょい欲しいな」と卓上塩に手を伸ばし、炒飯に振りかけるのを見つつ、クリスは考える。

考えて考えた末に──

 

 

 

「ご両親の為に仏壇が欲しい、ね。良いんじゃねーの? クリスがそうしたいっつーならそうすれば。家主の奏からクリスの部屋に置くなら好きにしろって許可出たし」

 

休日。

クリスがカズヤの手を引っ張るように握ってやって来たのは、家の近くの仏具店だ。

 

「悪ぃな、付き合わせて」

「気にすんな。とりあえず入ってみようぜ」

 

店内に足を踏み入れると、スーツを着た店員から「こんな若いカップルがウチの店に何の用だ!?」という感じに驚愕の視線に晒されるが二人は気にせず物色する。

 

「多少高くてもいいから格好良いのが欲しいんだ」

「お前が気に入ったもんならご両親も満足すんだろ」

「っだよな! へへ!」

 

カズヤの返しが嬉しくて、思わずクリスは繋いでいた手を更に強く握り、そのまま彼の腕に抱きつく。

商品の仏壇を前にイチャつき始めた二人に、店員達は大困惑だ。いつからウチの店は、仏具店はデートスポットになったのか!?

しかもそのまま物色するだけ物色して帰ると思ってたら、暫くして気に入ったものを見つけたのか女の子が「この仏壇ください」と言い出して更に混乱に拍車が掛かる。

仏壇って安くても数十万から百万以上は軽くいくんですけど!?

 

「お、お支払方法は?」

 

店員が恐る恐る尋ねると、クリスは事も無げに「一括で」と返答。

仏壇を一括で購入できるこの銀髪の美少女は何者だ?

店員の混乱は収まるどころか酷くなる一方だ。

 

「今の時間帯なら当日配送とかできるんじゃねーの?」

「あ、それいいな。すいません、当日配送ってできますか?」

「は、はい! できますよ!」

 

狼狽えながらも笑顔で応じる店員。疑問なんて捨て置いて四の五の言わずに対応するしかない。商品を購入してくれるならこの際美少女でも若いカップルでもなんでもいい。

 

「ありがとうございました。後程、ご指定いただきました時間とご住所にお伺い致しますので、ご対応の程、よろしくお願い致します」

 

よく分からんカップルだったが、店で上から順に数えた方が早い金額の仏壇を本当に一括で購入して去っていく二人に、店員一同深々と頭を下げたのであった。

 

 

 

その後二人はレストランで昼食を摂ることに。

 

「そういやご両親の写真とか持ってんのか? 遺影はあった方がいいだろ」

「...」

「あ」

 

悲しそうな顔になるクリスを見てカズヤは自分が失敗したことを悟った。

幼少期に異国で両親を失い天涯孤独となった彼女が、両親の写真を持っていたらとっくに家の彼女の部屋に飾ってるに決まっていた。

 

「...ま、まあ、ご両親って有名な音楽家だったんだろ。だったらネットで画像検索してみれば良いのが見つかるんじゃねーの?」

 

この一言でパァーと花咲くように笑顔になるクリス。

 

「そうだよな! なんで今まで思いつかなかったんだよあたしは! ナイスアイディアだカズヤ!!」

 

喜色満面で早速スマホを弄り出すクリスに、カズヤは内心でホッとするのであった。

昼食後、家に帰る前にネットで見つけたご両親の画像をプリントアウトし、手頃な写真立ても購入しておく。

それから家で二人でのんびりしていたら、指定した時間通りに仏具店の店員がやって来るので対応する。

そしてクリスの部屋に、ついにご両親の為の仏壇が設置された。

 

「サンキューな、カズヤ。お前のお陰でパパとママの為に立派なもん揃えられた」

「俺はお前にくっついて出掛けただけだぜ。礼を言われるほどのことじゃねーよ」

「それでも礼を言いてぇんだよ、素直に受け取れ」

「それもそうだな」

 

クリスの頭の上に手を載せて撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。

その後仕事から帰宅した奏が購入した仏壇を見て、

 

「...これはまた、随分立派なの買ったんだねクリス」

 

おおーっ、と感嘆の声を上げる。

 

「まあな!」

 

えっへん! と胸を張るクリス。

互いに大切な家族を失った者同士。

そんな二人が今、本当の家族のように楽しそうにしているのを見て、カズヤは微笑ましいと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

case 3 響の場合

 

 

「...カズヤさん、その、デートしてください! 私と二人っきりで!! な、なんでも言うこと聞いてくれる約束ですよね!?」

 

響が顔を真っ赤にしながらそうお願いしてきたのは、まだ行動制限中の時である(カズヤが緒川と弦十郎相手に殴り合いをする前)。

これをカズヤは二つ返事で了承。

そして、とある休日。響にとって待ちに待った、生まれて初めて異性と二人っきりでのデートの日がやって来た。

待ち合わせ場所で、響は緊張した面持ちで自身の姿を繰り返しチェックする。

 

「変なところないよね? 未来も『可愛い』とか『自信持って』とか言ってくれたもんね?」

 

彼女の今の格好は、ピンクのロングスカートをメインにコーディネートした服装で非常に女の子らしいものだ。

これまでカズヤとはしょっちゅう同じ時間を共有していたが、こんな風に二人だけでデート、というのは意外ながら一度もない。そう考えると、彼と初対面でいきなり逢い引き紛いことをしていたクリスがいかに恐ろしい娘なのかを改めて思い知り、響は戦慄した。

 

「よっ、待たせたか?」

 

そんな感じで考え事をしていたら、いつの間にかすぐそばまで近づいていたカズヤの声に悲鳴を上げそうになりながら、慌てて取り繕う。

 

「お、おお、おはようございますカズヤさん、本日はお日柄も良く──」

「ハハッ、緊張しすぎだ響。もっと肩の力抜いて、気楽に行こうぜ」

 

やはり生まれて初めて異性とデートする、という事実に意識し過ぎてガチガチに緊張していた響の頭に手を載せ、落ち着かせるようにポンポンしながら笑う。

 

(あうぅ~、格好悪いところ見せちゃったよ~......それに分かってたけど、カズヤさんのこの女慣れしてる感じがちょっと悔しい)

 

「それにしても今日はかなり気合い入れてるな。普段制服以外で響のスカート姿なんてあんま見ないから新鮮だぜ。女の子らしさが出てて可愛いし...どれ、写真でも撮るか」

「え? ちょっ、何してるんですか!?」

 

おもむろにスマホをズボンのポケットから取り出し、カメラモードで撮影を開始するカズヤに仰天するが、カシャッ、カシャッという音は止まらない。

 

「はい、笑顔でこっち見て、いいね! その恥ずかしがってる表情も絵になる!」

「やめて止めてやめて止めてやめて止めてカズヤさぁぁぁぁん!! 消して! 撮ったデータ全部消してぇぇぇっ!! 怒りますよぉぉぉっ!!」

「ブハッ、アハハハハハハ!!」

 

写真を撮りながらついに吹き出すカズヤ。

必死にスマホを奪おうとするが、ひらりひらりと避けられる。

ある程度満足したのか、彼はスマホをズボンに仕舞うが、くつくつと楽しそうに笑い声を上げて腹を抱えていた。

 

「もう、もうっ!!」

 

頬を膨らませた響がカズヤをポカポカ叩く。

 

「くははっ、いて、やめろ、でも緊張解れただろ?」

「もっと他にやり方ないんですか!?」

「いや~、響が可愛くてついからかいたくなっちまんだ。悪かった、ごめんな、ワリィ、すまねぇ、許せ」

「そんなに謝るくらいなら最初からしないでください!!」

 

ふん! と響がそっぽを向くが、カズヤは気にせず響の手を取り駆け出した。

 

「ほら行こうぜ、響!」

「...もう、カズヤさんのバカ!!」

 

いきなり引っ張られて当然驚くが、そんな少し強引なところがカズヤらしくて、響は満面の笑顔で彼を罵り横に並んだ。

 

 

 

「砂糖吐きそう」

 

少し離れた場所から二人の様子を物陰から監視していた未来が、口元を押さえて思わず呻く。

 

「...ていうかあの二人、前より距離感近くありません? いや、前々から二人の距離感近かったですけど、それよりもって意味で...私が知らない内に何かあったんですか?」

 

未来の両隣には奏とクリス、奏の更に隣に翼の姿があったが、彼女達三人は未来の質問に答えず沈黙したままだ。

 

「...聞いてます?」

 

訝しげに左右に首を振って両隣に問うが返事がない。

......おかしい。明らかにおかしい。

翼はまだいいとして、独占欲が強い奏とクリスが、目の前でカズヤと響の二人がイチャついてるのを見て、何故黙って大人しくしている?

未来の中にある二人の人物像なら、血涙を流してあの場に乱入しているはずだ。

 

「...皆、私に隠し事してない?」

 

ドキンッ!

僅かに三人がビクッとしたのを未来は見逃さなかった。

 

「あああ! カズヤと響が行っちまうよ!!」

「このまま二人を見失ったら大変よ小日向!!」

「確かに見失ったら大変だな! 二人がどんなデートするのか気になるもんな!!」

 

まるで予め打ち合せしていたかのように奏の叫びに続いて翼とクリスが応じるように叫ぶ。

なんでこんなに息合ってるの!? なんか一緒に戦う仲間だからとか、シンフォギア装者達だからとか抜きにして妙な連帯感を発揮して誤魔化そうとする三人に未来は疑念を深める。

何だろう。この、蚊帳の外感というか、秘密を共有されていない疎外感は...?

 

(...まあ、今は別にいいけど)

 

今はとにかく響とカズヤのことだ。

なお二人の行き先など既に把握済み。

まず最初に映画館で映画を見る。そもそも席のチケットを予約したのは未来なのだ。

ついでに二人を監視する為の席も別途予約済みよ!

 

 

 

「ポップコーンと飲み物買うか」

「たくさん買いましょう。私映画館で食べるポップコーン好きなんです」

「その気持ち分かる。こういう場所で食う物って美味いよな」

 

でかいカップに山盛りのポップコーンを一つ、Lサイズのコーラとメロンソーダを一つずつ。購入したそれらを手にして席に着く。

 

「この映画、おっさんのオススメだろ?」

「はい。師匠が好きなシリーズの最新作なんです」

「そいつは期待できそうだ」

 

人気アクションシリーズの最新作。弦十郎のオススメということもあって、ストーリーはよくある王道ものだがかなりド派手な演出やアクションシーンが盛りだくさんで、二人は当初の予想以上に楽しめたことに満足した。

上映後は場所を近くのレストランに移し、食事を摂りながら先程の映画について話す。

映画観賞の後に、それについて感想を言い合ったり批評したりするのは映画館を出た後の醍醐味だろう。

 

「確かに映画自体は面白かったが、俺は上映前の新作映画紹介にあった『カニボクサーVS忍ばないNinjaシャーク』ってのが気になってしょうがねぇよ!」

「もうタイトルだけで突っ込み所多過ぎて頭爆発しそうなB級映画ですよね!」

 

二人で大笑いしながら様々なことを話しつつ、腹を膨らませていく。

 

「今度はそれ見に行きます?」

「いや、見るんだったら見えてる地雷はやめて、今日みたいなもっとまともなもんにしとこうぜ。ああいうのは、レンタルで安く済ませるのが一番良いんだ。映画館で見たらそれこそ金と時間の無駄だ」

「アハハッ、酷い! 今気になるって言ったのに!」

「気にはなるが、そこまでじゃない」

「じゃあレンタル開始した時に覚えてたら一緒に見ましょう」

「でも二人共その頃には忘れてそうだな」

「あり得る!」

 

二人の楽しい時間は続く。

昼食を終えて、ゲーセンやカラオケ、ボーリングなどを梯子して一通り遊び倒した頃、時刻は夕方に差し掛かっていた。

 

「...あっつー間に夕飯の時間になっちまった」

「ご飯どうしましょう?」

「"ふらわー"行こうぜ。ルナアタック後も変わらず頑張って店開いてるし、売り上げに貢献だ」

「賛成!」

 

 

 

心の底からデートを楽しむ二人を少し離れた場所から監視しながら、未来はなんだか寂しい気持ちになってきたのを自覚する。

なんだか仲間外れにされている気分。

二人に混ざりたい。凄く混ざりたい!

これが響とカズヤの二人きりのデートではなく、自分を含めた三人で、もしくはそばにいる奏達を含めたいつもの六人ならこんな寂しい思いをすることもなかったのに...!!

何だろう? この嫌な感じは? 言葉で表せない不安が胸を過る。

まるでいつか、響とカズヤが自分を置いて遠くに行ってしまうような気がする。

 

(...そんなことない! そんなことないよ! だってあの時も二人はちゃんといつも通り帰ってきてくれたじゃない!)

 

首を左右に何度も振って嫌な考えを追い出し、視線の先の仲睦まじい二人を見つめる。

しかしながら、随分前に収まったはずのあの感情が再び沸き上がってきた。

ドロドロと黒いタールのようなそれは嫉妬だ。

カズヤに嫉妬しているのか、響に嫉妬しているのか、それとも自分に構ってくれない二人に──自分がいないのに楽しそうにしている二人に嫉妬しているのか分からない。

そんな時、横から暢気な声が届く。

 

「この鯛焼き堪んないね!」

「そういやカズヤに初めて会った時に最初にもらった食べ物って鯛焼きだった」

「ふふ、雪音にとって鯛焼きは思い出の味か」

 

視線を奏達に移す。

一人悶々としている自分とは対照的に、余裕綽々な態度で鯛焼きに食らいつきながら響とカズヤを観察する三人。

それにしても自分とこの人達の差は、一体何なのだろうか...?

 

 

 

響達が通うリディアン音楽院は、カ・ディンギルが起動したせいで瓦礫の山と化したので、政府が廃校となっていた学校施設を買い取り設備を改修することで生まれ変わった。

それにより校舎や寮などの学校施設は全て移転したので、今響達が暮らしている寮は、以前と住所が異なる。

男が女を送るまでがデート、というカズヤの持論により寮まで二人で手を繋いで歩いてきた。

なんとなく別れるのが惜しくて、響の足取りはゆっくりとしたもので、それにカズヤは何も言わず合わせていたが、寮は逃げないので普通に歩くよりも時間はかかるがやがて辿り着く。

こんな時にもしどちらか片方が一人暮らしだったら、お(ウチ)デートに移行できるのに。

そんな栓のないことを考えてから、寮の手前で響は立ち止まってカズヤに顔を向けた。

 

「今日はワガママ聞いてもらってありがとうございました」

「礼なんて要らねーよ。俺も楽しんだしな」

 

嗚呼、今日が終わってしまう。楽しかったデートが終わってしまう。

 

「...また、たまにワガママ聞いてもらっても、いいですか?」

 

さっきまで元気一杯だった少女が、今はしおらしい態度で、しかも上目遣いでそんなお願いをしてくる。

そんな響に、カズヤはこちらから是非にとお願いしたい気分になる。

 

「当たり前だろ......またな、響」

 

繋いでいた手を放し、放した手をそのまま響の頬に添えた。

次に何が起こるのか期待して、頬を赤く染めて瞳を潤ませた響がゆっくりと目を閉じた...その時──

 

「あれ? 響とカズヤさんじゃん! 何してんの?」

 

最高に空気読めてない板場の声が聞こえてきて、二人は固まった。

 

「ホントだ。やっほービッキー、カズヤさん!」

「こんばんわ、立花さん、カズヤさん」

 

安藤と寺島も現れる。どうやら三人で出掛けて丁度今帰ってきたらしい。

 

「...よ、よう」

 

いつも飄々として余裕の態度を崩さないカズヤも、流石にこのタイミングでは動揺を隠せない。

 

「さささ三人も、で、でか、出掛けて、たんだ」

 

響なんて羞恥で頭が爆発寸前だ。

声を掛けられるのがあと数秒ずれていたら、とんでもない場面を見られるところだったのだから無理もない。

そんな二人の態度に三人は顔を見合わせてから、

 

「...もしかして響とカズヤさん、デートしてた? 響の格好、超気合い入ってない!?」

「ホントだ! ビッキー超可愛いよそのスカート!」

「女の子らしさが全面に出ていてとてもナイスです、立花さん!」

 

こんなことを言ってくる三人に響は頭から湯気を発生させ、

 

「...ひゃああああああああああああ!!」

 

ついに耐えきれず、日々鍛えた足腰を用いて猛スピードで寮の中へと消えていった。

 

「...お前ら、あんま響のことからかうなよ」

 

響の周囲にいる人間の中で一番響をからかっているカズヤがやれやれと溜め息を吐くと、三人はこの人にだけは言われたくないと思いつつ、後で彼女に謝っておこうと反省する。

 

「またな、響...おやすみ」

 

そして、カズヤは誰にも聞こえないくらい小さな声で、一人言のように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

case 4 翼の場合

 

 

「なぁ、翼」

『何だカズヤ?』

 

インカム越しに聞こえる翼の声は非常にご機嫌だ。

 

「今何時だよ?」

『午前五時だが?』

 

それがどうした? と言わんばかりの返しにカズヤは半眼になるも、続いて問う。

 

「今ここ何処だよ?」

『神奈川県の西湘バイパスを使って静岡県方面に向かっている最中だ』

 

つまり神奈川県の端っこ、南西部地方。もうすぐ静岡県だ。

 

「ちなみに今日は何処まで行くつもりなんだ?」

『...そうだな...とりあえず往復でカズヤのバイクの慣らし運転が終わるまで、かな』

「...正気かお前? 俺のバイク、二日前に納車したばっかなんだが?」

『知ってる』

「...バイクの免許取って一週間も経ってない初心者なんだが」

『そんなことは知ってる。♪~♪~』

 

ついに翼はインカムの向こうで楽しそうに歌を歌い始めた。

 

「翼」

『♪~、っと、何だカズヤ?』

「排気量250ccのバイクの慣らし運転に必要な距離って何キロ?」

『メーカーや車種にもよるが、大抵は千キロだ』

「...千キロ...往復つったな? 片道五百キロあったら東京から何処まで行けるか教えてくれ」

『ルートにもよるが、だいたい大阪くらいまで行けるな』

 

大阪!? 大阪だと!!

東京から大阪まで、片道五百キロ!?

 

「お前、このペースで大阪まで何時間掛かるか分かってんのか!?」

『カズヤのバイクが慣らし運転中だから高速道路は使えない。エンジンの回転数は出せても精々五千から五千五百、250ccの場合それだと時速六十から七十前後、行きも帰りも下道となると、片道で半日くらい』

「それ、今日中に帰るの無理だろ?」

『当然大阪で一泊のつもりだが?』

 

何を今更、みたいな返事にカズヤは血相変えた。

 

「奏とクリスに今日外泊するなんて言ってねー、つーかあの二人まだ起きてすらいねーぞ!!」

『アッハッハ! 後で私が二人のスマホにメッセージでも入れておこう! 今日と明日の二日間、カズヤは私が独り占めするとな!!』

「...」

 

最早カズヤは絶句するしかない。

まだ暗い自動車専用道路(高速道路ではないが有料)を、翼と二人でそれぞれのバイクに跨がり疾走しながら、なんでこんな状況に置かれてるのか、一から記憶を探ってみることにした。

 

 

 

今思い返してみれば、全ての切っ掛けは緒川の一言から。

 

「カズヤさん。そろそろ車の免許を取ると便利ですよ。費用はこちらが全額負担しますので、いかがでしょう?」

 

これまでの移動手段といえば徒歩か公共交通機関。誰かが運転する車かヘリ。

いざとなったらシェルブリットで飛ぶことも可能だが、それはあくまで緊急の場合のみ。

公私問わず移動手段を複数用意しておくのは、確かに便利と言える。

 

「まあ、あって困るもんじゃねーし、ただなら」

「ではこれから免許取得まで教習所に通ってもらいますが、書類上の苗字はどうしましょう?」

「あー、流石に免許証の名前が『カズヤ』だけじゃ色々面倒だよな。テキトーでいいのか?」

「今後名乗る上で差し支えなければなんでもいいですよ」

「苗字...苗字ねぇ、なんか良いのねーかな」

「僕から候補を挙げるとすれば、『風鳴』『天羽』『立花』『雪音』なんてのがありますが」

「あいつらの間で殺し合い始まるからやめろ」

「なら他に何かあります?」

「...『君島』、『君島』で頼む」

「ちなみにこれにした理由は?」

「なんとなくだ。ちょっと呼んでみろ」

「君島さん」

「"さん"は要らねー」

「君島」

「もっと乱暴に、がなる感じで」

「君島っ!!」

「よし、満足!」

「?」

 

そんなこんなで教習所に通うことが決定したその日の夜。

もうそろそろ寝ようかと思っていたら翼から電話が掛かってきた。

 

「もしもし」

『カズヤァァァァァァァァッ!!!』

「...いきなりうるせぇよ! 何だってんだ!?」

『緒川さんから聞いたわよ、車の免許を取るって』

「あ? ああ、そうだが」

『バイクの免許も一緒に取るのはどう?』

「バイク?」

『そう、バイク』

 

少し考えてから尋ねてみる。

 

「バイクの免許、今の俺に要るか? 車なら分かるが──」

『要る! 絶対要る! ないと私とツーリング行けない!!』

 

めっちゃ食い気味な言葉に凄い必死な感じが伝わってきた。

とりあえずそのまま話を聞いてみると──

・曰く、翼はバイク好き、ツーリングが趣味だが、一緒にツーリングに行ってくれる仲間がいない『ボッチライダー』であるとのこと

・そもそもの問題として、トップアーティストとしての翼、及びシンフォギア装者としての翼の事情を理解しており、一緒にツーリングに行ってくれる仲の良いライダーなど皆無であること

・奏を含めた他の面子からは既にお断りされていること

・カズヤなら男性なので、女性よりもバイクを好きになってくれる可能性が高いこと

などなど。

要するに、同じ趣味を持つ仲間が欲しいのである。

 

『お願いだカズヤ! あの時何でも言うこと聞いてくれるって言っただろう!?』

「言ったは言ったが、お前のお願いだけ他の皆のと比べて異常に金と時間と労力使うんだが...」

 

主に俺が、と口にはしない。それは翼も承知しているはずだ。

車と違ってバイクを趣味にするというのは、それだけハードルが高いのだ。

社会人なら車の免許は誰でも持っている。これは最早常識だ。故に、車の運転はしないが身分証明として免許を更新し続ける人などかなり存在するだろう。

しかしバイクの免許というのは、バイクが好きな人しか取らない免許。

車と違って雨風防げないし、夏は暑いし冬は寒い、荷物はあまり積載できないし、何より事故った時の命のリスクは車と比べものにならない。

そういったマイナス要素を加味した上で、それでもバイクに乗りたいから、バイクが好きだから免許を取る、という覚悟を持った者だけが踏み入る世界なのだから(仕事でどうしても必要な人は除く)。

 

『お願いカズヤ! もうカズヤしかいないんだ! もういい加減ボッチライダーは卒業したい! ツーリング先でマスツーリングしてる人達を見て羨ましくなるのはもう嫌なんだ! お願い聞いてくれたら私がカズヤのお願いなんでも聞くから!!!』

「必死過ぎだろ」

 

ただまあ、移動手段を増やす為に車の免許を取ることになったのだ。

バイクもついでにあったとしても困ることはないだろう。

 

「いいぜ」

『...本当?』

「ああ」

『...やった...ありがとうカズヤ...じゃあ免許取ったら一緒にツーリング行ってくれるか?』

 

電話の越しの声が涙声に聞こえるのだが、まさか泣いてるのだろうか? そんなにツーリング仲間欲しかったのか。

 

「ツーリングくらい一緒に行ってやるから、今日は遅いからもう寝ろ」

『うん...おやすみなさい。手続きの方は私から緒川さんにお願いしておくから』

「はいはい、おやすみ」

 

後日。

カズヤは免許を取る為、一日のほとんどを教習所で過ごす日が始まる。

緒川がなるべく短期間で免許を取れるようにと、仕事の時間に融通を利かせてくれたので、学科や実技を可能な限り詰め込んでいるのだ...合宿免許じゃないのに。

その初日。

 

「...ただいま...」

「おかえり。お疲れみてぇだな、カズヤ」

「まあ、な」

 

くたびれたカズヤを、制服の上から赤いエプロンを身に付けたクリスが出迎えてくれる。

 

「飯にするか? 風呂にするか? それとも...」

「それとも?」

「客の相手するか」

「...客? 誰か来てんのか?」

「私よ、カズヤ」

 

奥から姿を現したのは制服姿の翼だった。

 

「今日はカズヤにこれを持ってきた」

 

差し出されたのは数冊の本や雑誌。

バイクの新車紹介、ツーリングや観光関連、ライディング講座などの、全てバイクに関係する本だ。

 

「カズヤには私と同じ沼に沈んでもらうから」

「...沼に沈んでもらうって、他に言い方ねぇのかよ」

 

クリスが隣でドン引きする。

翼は本気だった。そしてカズヤは彼女がバイクガチ勢だというのを改めて思い知った。

 

 

「カズヤカズヤ! この動画、動画見て! バイクにカメラ付けて撮影したものを動画化した車載動画だ! 凄く面白いから見て! 私この人のシリーズ大好きなんだ! ね? この動画の人みたいに録画して動画にするのって楽しそうだろう?」

 

 

「カズヤ! バイク何買うか決めた? バイク選びはスペックや排気量じゃなくて、自分の直感で『これだ!』っていうのが一番良いから!」

 

 

「カズヤ! 今日はバイク用品店に行ってみないか? あると便利なグッズとか、追加のオプションパーツ、プロテクター入りのライダージャケットとかブーツとか見ておいた方が良いと思う!」

 

 

「私、自慢じゃないがバイク弄りも得意だ。エンジンオイルの交換なんて朝飯前。お店でやってもらうとお金掛かるけど、私に任せればタダだ、タダ!」

 

 

「スマホをナビとして利用する場合、バッテリーからの給電は必須。あとドライブレコーダーは今のご時世、前後にカメラがあった方が良い。ETCもあると高速道路や有料道路を使う際に手間が省けるから付けましょう」

 

 

もうここまで来ると、楽しそうな翼を見ているのが楽しくなってきて、ノリノリで翼に付き合っていることに気づく。

で、毎日毎日教習所に通っていることが功を奏したのか、車もバイクも学科と実技はつつがなく進み、試験の類いも難なく終わり、カズヤはついに免許を取得した。

翼は自分のことのようにそれを喜んだ。

バイクは既に契約済み。免許取得に合わせて納車が完了するようにしたので、翌日に翼が運転するバイクの後ろに乗ってカズヤのバイクを受け取りに行く。

新車で購入したそれは、フルカウルのスポーツタイプ。扱い易さと乗り易さと燃費を重視した排気量250cc。

ETCやドライブレコーダー、スマホ給電、スマホホルダーの類いは契約してから納車までの間に追加で付けてもらうよう頼んでいたので、全てすぐにでも利用できるようにしてもらっている。

見た目の格好良さで選んだのだが、実際に乗ってみると教習所で乗っていたものより断然走り易いし、運転してて楽しい。

興奮冷めやらぬままガソリンスタンドに寄り初めての給油を終え、翼と別れて帰宅。

 

「明後日は翼と初めてのツーリングか」

 

正直ちょっと楽しみにしていたのだった。

だったのだが──

 

 

 

回想終了。

 

「いきなり午前三時にモーニングコールされるとは思ってなかった!」

『すまない。今日のツーリングが楽しみで、つい』

「その言い方卑怯だからやめろ。これ以上文句言えなくなる」

 

事前にしていた約束では、良い感じの時間になったらマンションまで翼が迎えに来る、というものだったので、ちゃんとした時間を決めようとしなかったカズヤにも非はあるのだが、まさか新聞配達よりも早く来るとは思ってなかった。

 

『カズヤ!』

「何だよ!?」

『楽しい?』

「楽しいよ!」

『そう...良かった』

 

ヘルメットの中で翼が微笑んだような気がした。

 

「楽しいけど、こっちはド素人なんだからもうちょいお手柔らかにしてくれると有難い」

『う...それについては、次回から』

「次回からって、マジでこのまま下道で大阪まで行くのか!? お前バカかよ!!」

『何言ってるのカズヤ、知らないの?』

 

翼は盛大に笑った。

 

『バイクは、バカにしか乗れない!!』

 

 

 

ツヴァイウィング公式サイト

新コーナー『風鳴翼のバイク日和動画』

※不定期更新

 

登場人物紹介

・風鳴翼

バイク好き、ツーリング好き。

最近ファンや関係各所から歌が上手いボケ芸人と呼ばれ始めているが、そこにバイクバカも追加すべきである。

後述のKさんをバイク沼に引きずり込むことに成功し、念願のツーリング仲間を手に入れる。

バイクの免許を取得して一週間も経たないKさんをいきなり片道五百キロ、往復千キロのロングツーリングに連れ出すド畜生。都内に住んでるのに距離ガバ勢。バイク乗るなら百キロ圏内は近所とか言い出すアホンダラ。

この動画内で使用するバイクは、ズスキのポン刀シリーズ排気量750cc。

 

・Kさん(ツヴァイウィングのマネージャー助手兼ボディーガード)

※顔出し声出しNGの為、動画内での台詞は編集の際にのんびりボイスに変換されています。

この動画における最大の被害者。

動画を作る為のカメラ撮影係でもある。

上記のバイクバカとある約束をしてしまったせいで沼に嵌まって抜け出せなくなった人。

ボディーガードなので喧嘩めっちゃ強い。動画内では割りとまともっぽいこと言うが、ツヴァイウィングのケータリング勝手に食ったり、素手のパンチでコンクリート粉砕したりする実際ヤバい人。

愛車はズスキのZSX-R250。

ちなみに後日車を購入した。車の愛称は『クーガー号』、バイクの愛称は『ラディカルグッドスピード』という風に、ネーミングセンスもヤバい。

 

・ツヴァイウィングのマネージャーO

動画編集担当。

全ての元凶。

ガワザギのNinjaを駆る忍者という噂があるが詳細不明。

 

 




奏についてはルナアタック終わったら一つ区切りがついてお墓参りするかなと思いました。
クリスはほぼアニメと同じ展開。その為少し物足りなかったかも。
響は、響みたいな彼女が欲しかった青春時代だったんや...おや、誰かフォースの暗黒面に導かれている気が。
問題の翼。半分ギャグのつもりで書いてたのに...途中から『ばくおん』ネタに走りました。すいません。
翼のバイクの元ネタはスズキの刀シリーズ。普段剣云々言ってるのでじゃあこの作品では実在する刀という名前のバイクに乗せてやろうということで。つまりこの作品の翼は鈴菌ならぬズス菌に感染してます。
なお奏は翼のガチツーリングには付き合いません。二人乗りで長時間シートに座ってると尻が痛くなるので。一回それで痛い目みたのでもう勘弁してくれと。ちょっと近所に遊びに行く、くらいは構わないのですが。
カズヤのバイクの元ネタはスズキのGSXシリーズ。見た目重視だが、メーカーについては翼に誘導された感がある...というイメージで。
あ、カワサキのNinjaというバイクも実在します。


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G編
OVERTURE


日間ランキング一位になってた!!
ファッ!? てなりました。皆様ありがとうございます。
XDのキャラソンアルバムCDバージョン2と水樹奈々さんの新作アルバム買いました。あと一緒に一期から順にキャラソンCD集め始めたので、今月計一万以上消えました。



カップ麺の『黒い豚野郎カレーラーメン』をカズヤが啜っていると、テレビからツヴァイウィングが来週行うライブの話題が出ていた。

自然と視線がテレビに向く。

今回のライブは、ツヴァイウィングにとってコラボレーションライブとして行われる。

コラボの相手はマリア・カデンツァヴナ・イヴという女性。

デビューから僅か二ヶ月で全米ヒットチャートの頂点に登り詰めた気鋭の歌姫。

テレビに映し出されるマリアの姿を見てから、カズヤは『黒い豚野郎カレーラーメン』のスープを一口飲むと、奏に尋ねる。

 

「そっちのうどん少しもらっていいか?」

 

すると奏は『赤い女狐うどん』を啜っていたのを一旦やめると、カップ麺の容器ごと渡してくれた。

 

「じゃ交換、カレーラーメンちょうだい」

「ん」

 

こちらも容器を渡し、受け取ったうどんを味わう。

それからカズヤはクリスともカップ麺を交換した。

クリスのは『緑の狸爺かき揚げそば』。後載せサクサクのかき揚げを一口もらい、そばを啜って一息つく。

 

「来週かー。コラボライブ」

 

カズヤがぼんやり呟くと、二人ものんびりと「そうだねー」と応じる。

夜食にカップ麺食べて満足したので、そろそろ歯を磨いて寝るか。と思ってるとテレビでは丁度マリアがインタビューを受けているシーンが映る。

 

『日本に来るのをとても楽しみにしていたのよ』

 

威風堂々かつ高飛車な態度で流暢な日本語を話す姿に、カズヤは日本語凄い上手いけど日本好きな外国人なのかな? と考えた。

 

「翼が侍ガールで緒川が忍者って知ったら喜びそうだな」

「外国人の日本のイメージってそれだよね~」

「そういやママが言ってたな。日本に初めて来て一番驚いたのは、侍と忍者はもういないこと、って」

 

テキトーな発言に奏が苦笑し、クリスは自身が小さい頃に亡き母が言っていたことを懐かしむように話す。

 

「でも実際はまだいるんだよなー。緒川の奴なんて普通に忍法使うし」

「もしママが生きてたら喜んだのに」

「クリスのお母さんだけじゃなく、外国人は皆喜ぶでしょうね」

 

暢気な会話が暫くの間続く。

この時、当日にとんでもないことになるとは、誰も予想していなかった。

 

 

 

ツヴァイウィングとマリア・カデンツァヴナ・イヴのコラボレーションライブ、『QUEENS of MUSIC』の当日。

奏と翼が衣装室に入ると、二人が着替え終わるまで会場では特にやることがないカズヤが暇を持て余し、関係者以外立ち入り禁止の区間を当てもなくフラフラしていると、通路の隅に熊の着ぐるみが置いてあるのを見つけた。

 

「確かこれって...」

 

北海道のご当地ゆるキャラ、『蝦夷野熊五郎』だ。鮭を咥えた熊の木彫りがモチーフになっていて、着ぐるみの方も口に鮭を咥えている。本物の熊みたいな、やたらとリアルな造形にこだわった外見が話題を呼び、テレビで何度か紹介されたのを見たから間違いない。

なんでこんな所に熊の着ぐるみが? そんなことを思いながらスマホでこの会場とゆるキャラ名で検索をかけてみると、どうやら数日前から一昨日までの間、この会場で大規模なご当地グルメやゆるキャラグランプリが開催されていたらしい。

だとすると、この熊の着ぐるみは哀れにも北海道の観光協会が持って帰るのを忘れてしまったのか。

 

「こういうのって、この会場を管理してる業者に連絡すればいいのか?」

 

というか、警備員なり会場スタッフなりがカズヤより先に気づいて対処すべき問題ではなかろうか。

 

「...」

 

なんかこのまま放置するのも気が引けるし、防災センターまで持ってってあげることにした。

が、しかし。

 

「...アンタ何してんの?」

「一瞬、カズヤが暇潰しに野生の熊を殺害して、その死骸を会場に持ってきたと勘違いしたぞ」

「翼の中の俺ってどんな野蛮人なんだ!? いくら暇でも暇潰しの為に野生動物殺したりしねーよ! ...熊鍋食ってみたいって思ったことはあるが」

 

熊の着ぐるみを背負ってえっちらおっちら防災センターへ向かう途中、ライブの衣装に着替え終わった奏と翼にバッタリ遭遇。

やはりというか、奏は橙色系、翼は青系の色を基調とした衣装で、デザインは左右対称となるのはお約束だ。

翼お前、後でお仕置きな。そう口にすると恥ずかしそうに両頬に手を添え赤くなる...違う、そうじゃない、まさか今の発言はそれが狙いかと突っ込みつつ、なし崩し的にツヴァイウィングの控え室に熊の着ぐるみを背負ったまま入室する。

 

「...今まで色々な方々が色々なものをツヴァイウィングのお二人に差し入れとして持ってきてくれましたけど、熊の着ぐるみを持ってきたのはきっとカズヤさんが最初で最後ですよ」

「違う。俺は北海道の観光協会から忘れられたこいつをさっき偶然発見し、防災センターに届ける最中だったんだが」

 

黒縁の眼鏡を装着しマネージャーモードの緒川が、この人頭おかしいという視線を向けてくるので弁明しておき、とりあえず熊の着ぐるみは控え室内の隅っこにでも置いておく。

 

(もういいや、防災センター持ってくのはライブ終わった後でにしよ)

 

パイプ椅子に座ってテーブルに突っ伏していると、スマホが震える。

確認してみると、別任務を言い渡されてライブ行けないと嘆いていた響からメッセージだった。

 

『任務は一応終わりましたけど、終わった瞬間にまたノイズが出て残業が発生したせいでライブ開始には間に合いそうもありません!

 うえーん(T0T)

 追伸:ノイズと戦ってる時にクリスちゃんが、カズヤさんと同調してシェルブリットバースト撃てれば一発で片が着くのにとぶつぶつ言ってました。私もそう思うので次は絶対一緒ですよ!』

 

どうやら響とクリスは無事に任務を終えたらしい。文面からして怪我などはしていないようだ。

 

『お疲れ。怪我とかしてないようで何よりだ。残業については災難だったなとしか言えねー。クリスについては後で本人から聞くとする。任務に誰が就くかはお前の師匠に文句言え』

 

簡単ではあるが響に返信しておくと、控え室のドアがノックされる。

 

「...ほいほい、今出ますよー」

 

建前上、カズヤはツヴァイウィングのマネージャー補佐兼ボディーガードということになっているので、誰かが訪ねてきた場合は率先して対応するようにしている。人気歌手がトチ狂ったファンに襲撃されるなんて古今東西よく聞く話だし、いきなりナイフや銃を向けられてもアルター能力で即分解し無力化が可能なので、誰よりも適任なのだ。

若干警戒しながらゆっくりドアを開けると、そこには今日のコラボ相手のマリア・カデンツァヴナ・イヴと、彼女とよく似た雰囲気を持つサングラスをかけた女性がいた。

 

 

 

緊張で震える手を深呼吸で落ち着けてからノックをする。と、それほど間を置かずに男性の応じる声が聞こえてきて、私とセレナはドキリとした。

今の声は...!

ドアがゆっくり開けられると、この六年間憧れ続けていた人物が顔を出す。

"シェルブリットのカズヤ"。右腕も髪型も記憶の中の彼とは異なるが、逆に言えばそれ以外は全て記憶のまま。間違いなくあの時セレナの命を救ってくれた人物がそこにいた。

六年前とは違う、手を伸ばせば届く距離。

今すぐにでも彼に抱きついてあの時のお礼を言いたい衝動を必死に堪える。

なんとか踏み留まることができたのは、そばに控えたセレナが震えていたのを察したから。妹が耐えているのだ。姉の私が耐えられないのは情けない。

 

「おっ」

「...」

 

彼は私の顔を見ると、一瞬きょとんとした後、背後に振り返り口を開く。

 

「奏、翼、今日のお相手がわざわざ挨拶に来てくれたみたいだぜ...こちらへどうぞ」

「...ご丁寧にどうも。邪魔するわよ」

 

カズヤに促され、入室する。

私の声は震えていないだろうか? そんな不安を押し隠しながら、髪をかき上げ傲岸不遜な態度の歌姫として振る舞ってみせる。

 

「今日はよろしく。ツヴァイウィングの天羽奏に風鳴翼。今日のライブ、精々私の足を引っ張らないように頑張ってちょうだい!」

 

するとこれを挑戦と受け取ったのか、日本を代表する二人の歌姫は不敵に笑う。

 

「そっちこそ、アタシと翼に付いてこれる?」

「私と奏、ツヴァイウィングの歌がどれほどのものか、しかとその耳で聴くことね」

 

...これが、真のトップアーティストとしてのオーラ!!

内心で気圧されているのを必死になって顔には出さないようにする。

ていうか、こっちは一人なのにそっちは二人っていうのが少しズルい気がした。やっぱり恥ずかしがって嫌がるセレナを無理矢理加えて姉妹二人でデビューすれば良かったかしら?

 

「そういや、そちらさんはどなた? マネージャーか?」

 

セレナの存在が気になったのか、カズヤが質問してきた。

するとセレナはサングラスを外し、カズヤに一礼してから名乗る。

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴと申します。マリア姉さんのパーソナルアシスタント、日本風に言えば付き人になります」

「マリア姉さん? ってことは妹?」

「はい。私達、姉妹です」

「へー、似てると思ったら姉妹か。姉が歌手で妹がその付き人ね。姉妹で頑張ってんだな」

 

満面の笑みを見せるセレナに対して、カズヤは感心したように腕を組む。

そこで会話が途切れるが、セレナはカズヤから熱い視線を外さない。じっと彼を見つめ続けている。

無理もない。六年前の命の恩人。そしてあの光と輝きをセレナは間近で目撃したのだ。

私も同じだ。あの時のあの光と輝きに惹かれている。美しく、それでいながら荒々しくも生命力に溢れたそれは、六年前に私達姉妹の魂に刻み込まれていた。

 

「...あなた、『Kさん』よね」

 

私の言葉にカズヤは目をぱちくりさせた後、何かを諦めたように溜め息を吐く。

 

「まさか海外の歌姫にあの残念な動画を見られてるとはな」

 

額に手を当て頭痛を堪えるような仕草のカズヤに翼が詰め寄った。

 

「残念って言うな、残念って! 私とカズヤの努力の結晶、クールでスタイリッシュな動画だろう!」

 

半眼になって胡散臭いものを見つめる眼差しとなるカズヤ。

 

「お前は視聴者から寄せられる動画へのコメントを見たことねーのか? 完全にコメディ扱いじゃねーか」

「そんな!? アルファベットの『w』や『草』がたくさんあるのは良いことだと皆言ってくれたのに!?」

 

翼の必死の訴えに彼はついに哀れなものを見る目で告げた。

 

「アルファベットの『w』は『笑い』を簡略化しただけだからな。で、『草』ってのは『w』がたくさんあると草がたくさん生えてるみたいだろ? つまりはそういうことだ」

「つまり私の動画は最初から最後まで笑われている、と...?」

「笑いが取れるコメディってことだよ」

「...」

 

ガーン、とショックを受けて項垂れる翼は、先程のトップアーティストとしての顔ではなく、年相応の少女のものだ。

へぇ...カズヤの前でならそういう顔をするのね。

少しからかいたい気分になってきたので、私は一歩カズヤに近づき手を差し伸べた。

 

「私、あなたのファンなのよ。動画、いつも楽しませてもらってるわ。のんびりボイスと言ったかしら? あの台詞、実際にあなたが喋った言葉を変換したものなんでしょ?」

「あの動画の主役は私のはずだが!?」

「歌が上手いバラエティー芸人はすっ込んでろ。ま、俺なんか顔も声も出してねー撮影係で、バイク運転中のそいつの話相手に過ぎねーから、あの動画については正直コメントに困るんだが、楽しんでもらえてるなら良かった」

 

こちらが差し伸べた手にカズヤが手を伸ばして握手してくれる。それだけで私はとてつもない感動に襲われた。

嗚呼、私は今、"シェルブリットのカズヤ"の手を握っている。

この手が、六年前に大切な妹──セレナを守ってくれた。

この手が、私達が求めて止まない光と輝きを生んでいるのだ。

三ヶ月前に『ルナアタック』から世界を救った真の英雄。

男性らしく大きくて、ゴツゴツしていて少し硬い。

でもとても温かい。その温かさは人を安心させる優しさを感じる。

 

「...」

「...」

「...」

「.........?」

 

なかなか手を離そうとしない私にカズヤが不思議そうな表情を浮かべる。

それが不覚にも可愛く映ってしまい、ドクンッと心臓が跳ねる。

ヤダ、そんな顔を見せられてしまうとますますこの手を離したくない気持ちが強くなる。

私の中で勝手に妄想していた人物像──英雄像を良い意味でことごとく裏切ってくれる。六年前は年上のお兄さんかと思っていたのに、今は私の方が年上っぽくなっていて、さっきから子どものようにコロコロと表情を変化させる姿がとても可愛らしい。

 

「Kさんのお名前、教えてくれる?」

「カズヤ、君島カズヤだ」

 

本当は知ってるけど尋ねると快く教えてくれる。

 

「カズヤね。覚えたわ、カズヤ。私はマリアよ、よろしくね、カズヤ」

「ああ、よろしくマリア」

 

きゃああああああ!? 私、カズヤにファーストネームで呼ばれてる!!

心臓が、車のエンジンみたいにバックンバックン激しく動いているのを感じる。

気づけば口から勝手にこんなことがポロッと出てきた。

 

「今日のライブ、私の歌をあなたに捧げるわ」

 

周囲が驚いているようだが体が勝手に動く。

半歩踏み込み、左手でカズヤの頬に手を添え、至近距離で彼の瞳を覗き込む。

 

「だから、ライブが終わった後、ディナーに誘ってもいいかしら? 素敵な夜にすると誓うわ」

 

自分で言ってて完全にナンパだ、と理解するがもう遅い。時間は戻らないし、吐いた言葉はなかったことにできない。

 

「.........マリア姉さん......!!」

 

背後でセレナが慌てていることに今更気づき、名残惜しいがカズヤから手を離し、退室する為ドアの前まで歩いてから反転、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしているツヴァイウィングとそのマネージャー、そしてカズヤの顔を眺めてから、カズヤにだけ向けてウィンクをし、控え室を出た。

 

「マリア姉さん...どうしてあんなことを...!?」

 

カツカツとヒールで足音を立てつつ足早に歩く私をセレナが怒ったように疑問を投げ掛けながらついてくる。

カズヤを前にし、握手をしてもらい完全に舞い上がっていたことをセレナにそのまま伝えるのは、なんかちょっと嫌だったので話題をすり替えた。

 

「マムとウェルに作戦変更できないか打診してみるわ」

「それは...!」

「セレナ、分かってるでしょ。隠しているつもりのようだけど、ウェルはカズヤのことを敵視してる。英雄願望と自己顕示欲の塊が白衣を着てるような男が、真の英雄であるカズヤに嫉妬するなんて烏滸がましいにもほどがあるけど、事実は事実」

 

今言ったことはセレナも思い当たる節があるのか、反論してこない。

 

「私ね、はっきり言ってウェルを信用してないの」

 

 

 

マリアとセレナが去った後、奏は鋭い目付きで呟いた。

 

「...似てる」

 

何のことだ? と問う前に奏は続けた。

 

「あのマリアとセレナっていう二人、似てる」

「誰に?」

 

翼の質問にはっきり告げる。

 

「カズヤに再会するまでのアタシと、初めて会った時のクリスに」

「それってつまり...」

 

視線がカズヤに集まる。奏、翼、緒川の三人に見つめられたカズヤは顎に手を当て、先程の二人を何処かで見たことないか記憶を探るが、該当するものはない。

 

「俺は知らねー」

「たぶんアンタが覚えてないだけだと思う」

「私もそう思う」

「僕も同意見です」

 

そんなこと言われても知らないものは知らないのだ。一体どうしろと?

 

「...厄介なことになんなきゃいいんだがな...」

 

嫌な予感がする。

もしかしなくてもあのマリアという女。バイク動画のKさんのことではなく、"シェルブリットのカズヤ"のファンと言ったんだろう、と。

カズヤが一抹の不安を抱えたまま、定刻がやってきてライブが始まり、嫌な予感は的中した。

 

 

 

『私...私達はフィーネ。そう、終わりの名を持つ者だ。私達がまず日本政府に要求するのは、とある人物の身柄を引き渡してもらうこと。先のルナアタックから世界を救った真の英雄でありながら、日本政府の重要機密事項として秘匿されている人物、"シェルブリットのカズヤ"、彼の身柄を要求する! なお、彼がこの会場にいることは既に確認済み...さあ、私の声が聞こえているのなら、このステージに姿を現せ。"シェルブリットのカズヤ"!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【OVERTURE】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブが始まり三人が歌った後にトークに入ったと思ったら、突如としてノイズが発生。

しかしノイズは無差別に来場の観客を襲うことはせず、まるで制御されているかのように出現したその場で微動だにしない。

ノイズの出現に恐慌しそうになった観客達に「狼狽えるな!!」と一喝したマリアは、世界中で生放送中のこの状況下で、各国政府に要求することがある旨を告げる。

次の瞬間、彼女はカズヤ達にとって馴染み深い歌を歌い、その身にシンフォギアを纏ってみせた。

そして、まず最初に日本政府に対してカズヤの身柄を要求──カズヤにステージの上に来いと要求したのだ。

一連の流れをヘリの中で、モニター越しに見ていた響とクリスは画面に噛みつく勢いで怒声を上げる。

 

「カズヤさんを要求するってどういうこと!? 何なんですかあの人!!」

「ふざけんなこのマリアとかいう女、蜂の巣にしてやる!!」

 

地獄の鬼も裸足で逃げ出す二人の剣幕に、隣にいたあおいが「ヒエッ」と怯えた。しかしこのままだと二人がモニターを叩き割りかねないので、ビクビクしながら落ち着くように声を掛ける。

 

「ふ、ふた、二人共落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか!?」

「自分の男盗られそうになってあんたは落ち着いてられんのか!?」

 

ぐるるるる! シャーッ! とまるで野獣が威嚇するように矛先がこっち向いた。藪蛇だった。装者達は普段なら何処に出しても恥ずかしくない、とても器量良し揃いの乙女達だが、一度カズヤのことになると冷静さを失いすぐ感情的になるのを忘れていた。

 

「ノイズを操ってカズヤを要求するようなクソッタレ、どうせろくでもねぇこと考えてるに違いねぇ、現場着いたら生かしちゃおかねぇかんな!!」

「クリスちゃん特大ブーメランぶっ刺さってる!」

「うるせぇっ! あたしは事前にカズヤの好感度稼いどいたし、ろくでもねぇこと考えてた訳じゃねぇ! ただ、もしカズヤに勝ったらあたしのものになれって言うつもりだったけどな!!」

 

響の鋭い指摘にクリスは自身を棚の最上段に上げる発言をし、モニターに向き直る。

 

「それにしてもあのノイズ、どう見ても制御されてるよな。人を襲おうとしねぇ」

「やっぱり米軍基地で消えたソロモンの杖と関係あるよね?」

「関係ない、っとは言い切れねぇな。むしろ関係ありありだろ、この状況」

 

二人にそもそも言い渡された任務は、三ヶ月前の『ルナアタック』が終息した際に回収された完全聖遺物『ソロモンの杖』を山口県の岩国の米軍基地まで護送すること。

この任務自体はノイズの襲撃もあり犠牲者も多数出たが、任務は完了。届けるもん届けたし、さて帰ろうと思った矢先、米軍基地にノイズが大量発生。慌ててノイズを殲滅するも、ソロモンの杖は行方知れずとなっていた。

ついでに言えば、ソロモンの杖と一緒に護送していた科学者、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、通称ウェル博士(本名が長くて誰も覚えられない)も米軍基地でのノイズ襲来で行方不明だ。

 

「...カズヤさん、どうするかな?」

 

響が不安そうに尋ねてくるので、クリスは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

 

「あいつのことだ。真っ先に飛び出してってノイズに向かって突っ込むだろ」

「そうならないように緒川さんが必死に止めようとするだろうけど、カズヤさん絶対振り切るよね。『急がねーと観客に被害が出んだろが!』って」

「...目に浮かぶ」

 

二人は揃って頭を抱えた。

カズヤにとってノイズなど敵ではない。しかし問題はそこじゃない。マリアの狙いが彼であること、そして何より彼は人質を取られると動けなくなる可能性が高いこと、ついでに言えば彼は存在そのものが秘匿されているのにライブ会場は全世界に生放送配信中であること。

不確定要素と不安の種が多過ぎる。

 

(カズヤさん、観客に被害が出ないようにしたいのは分かります。未来や奏さん、翼さんや皆を守りたい気持ちも分かります...けど、どうか早まらないでください)

(せめてあたしらがそっちに着くまでこれ以上事態が悪化すんじゃねぇぞ...カズヤ、お前はいつも放っておくと一人で突っ走っちまうんだからよ)

 

響とクリスの二人は祈るしかなかった。

 

 

 

黒いガングニールのシンフォギアを身に纏ったマリアを、奏と翼は最大限に警戒しながら睨み付ける。

 

「カズヤを、どうするつもりだ...!?」

「マリア...やはり貴様は、カズヤのことを知っていたんだな」

 

二人の視線を受けて顔をそちらに向けると、マリアは口を開く。

 

「六年前、カズヤは私達の目の前に突然現れた」

「六年前だと!?」

「そんなに前に!?」

 

奏と翼はさすがに驚く。カズヤがまだ"向こう側"に囚われていた頃は、時間の流れがこちらの世界と異なると聞いていた。実際、奏と翼がカズヤと再会するまでに二年間も要したが、カズヤにとっては数時間から一日程度の時間だったらしい。

 

「そして現れたカズヤは、その腕と拳を光り輝かせ、私の大切な妹、セレナの命を救い、虹の粒子となって消えた」

「...アタシの時と同じ...!」

 

そこまで言うとマリアは口元にマイクを寄せる。

 

『次に、日本政府以外の各国政府に対して要求するのは、差し当たって国土の割譲だ。もしも二十四時間以内にこちらの要求が果たされない場合は、各国の首都機能がノイズによって不全となるだろう』

 

どう考えても無茶苦茶な要求に奏と翼は眉を顰める。こんな要求、何処の国だろうと呑める訳がない。

 

「本当に、何が目的なんだ?」

「何処までが本気なのか...」

「世界を救った真の英雄、"シェルブリットのカズヤ"、彼を王とし、私達が住まう為の楽土だ。素晴らしいと思わないか!」

 

勝手な言い分が頭に来たのか、奏がついに怒鳴る。

 

「ふざけんな! カズヤのことをろくに知らない癖に、勝手なこと抜かすな!! あいつが、そんなことを望む訳ないだろうが!!」

「そうだ! むしろカズヤは、王という立場など面倒臭がって嫌がるに決まっている!!」

 

奏に便乗するように翼も叫ぶ。彼の性格をよく熟知している二人からしてみれば、マリアの発言はナンセンスも甚だしい。

 

「行くよ、翼!」

「分かってる、奏!」

 

二人が首に下げたペンダントを手に取り、シンフォギアを起動させる為の聖詠を歌おうとした時、二人のインカムに緒川の声が届く。

 

『待ってください! 今お二人が動けば、ツヴァイウィングがシンフォギア装者だということが全世界に知られてしまいます!』

「そんなことを言ってる場合じゃないだろ!」

「そうです、このままでは──」

『だから僕とカズヤさんがなんとかします! 間もなくステージにカズヤさんが到着するはずです!!』

 

緒川の言葉の意味を理解し、二人は瞠目した。

マリアの狙いはカズヤだ。そのカズヤを投入するだと!? しかもよりにもよって全世界に中継しているステージの上に!!

何を考えているんだ緒川とカズヤは!? と二人が頭を抱えたくなったその時、舞台裏から一つの影がのそりと現れた。

 

「..................え?」

 

そんな戸惑いの声を上げたのは誰だったのか。

自分だったかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。

それほどまでに、舞台裏から姿を現したその存在が突拍子もなかったのだ。

奏と翼、マリアもそれを見て同じようなリアクション。開いた口が塞がらない。

観客達も、中継を見守っていた世界中の人々も、それを見て動きを固める。

ライブ会場どころか全世界の時間が止まった。

そんな中、いち早く再起動した奏が蚊の鳴くような小さな声を絞り出す。

 

「..................く、熊」

 

全身が黒い毛皮で覆われ、口に鮭を咥えたその存在は、知らない人が見たら本物の熊と勘違いするほどのクオリティとインパクトがある。しかし熊は熊でも本物の熊ではない。

熊の着ぐるみだ。

北海道とその観光協会が代表するゆるキャラ、つい数日前のゆるキャラグランプリでは全国十五位に食い込んだそこそこの人気を誇る『蝦夷野熊五郎』がそこにいた。

熊の着ぐるみは、舞台裏からノソノソと二足歩行でステージの中央まで歩いてくる。

唖然とする奏と翼の横を通り過ぎ、ポカンとしてるマリアの前まで来て観客側に体ごと向き直ると、何かを探すようにキョロキョロし始めた。

まるで観客達全体を見渡し観察するように。

 

「...ちょ、ちょっとあなた、何なのよ! 今のこの状況が分かってるの!!」

 

謎の着ぐるみが現れたことに我を忘れていたマリアが正気に戻り、熊五郎の背後からその右肩を掴もうとして不用意に近づき──

 

ドスッ!!!

 

マリアが手にしていたマイクに入ってしまうほど大きな音──それもとびっきり鈍くて重い音が会場中に、世界中に響く。

 

「がふっ!?」

 

苦悶と驚愕に顔を歪めるマリアの腹には、熊五郎の右肘が突き刺さっている。

手にしていたマイクが床に落ちて、キーンと耳を劈くハウリング音が轟いた。

誰もが思わず耳を塞ぐ中、ステージの上で熊が美女の腹に肘打ちしているという、なんともシュールな光景が広がっているが、それだけでは終わらない。

続いて熊五郎は肘打ちしていた腕、もっと具体的には右の拳を左肩まで移動させると、遠心力に腰の捻りを加えて背後のマリアに向かって振り回す。

情けや容赦など一切なしの、右の裏拳だ。

 

「がぁっ!!」

 

顔面に綺麗に決まる裏拳。悲鳴を上げて転がりステージの床に倒れるマリア。

熊五郎は倒れたマリアを一瞥すると、すぐに観客側に向き直り、右腕を高く掲げた。

次の瞬間、観客席の通路を塞ぐように配置されていた全てのノイズが、淡い光を放つ虹の粒子となって消滅。

更に虹の粒子は吸い込まれるように熊五郎の右腕全体を覆うように集まっていく。

それにより熊五郎の右腕は肩から虹色に包まれ、次第に淡い光は眩いほどに強くなる。

 

「この光は、カズヤの...」

「...シェルブリット」

 

奏と翼が眩い光から目を腕で庇いながら答えを口にする。

やがて熊五郎の右腕は黒い毛皮に覆われていたものから変化していた。

肩口と手首から指先までが赤く、それ以外は全体的に橙色でカラーリングされた鎧のような腕へと。

腕の変化に合わせて現れたのは、熊五郎の右目の周りを覆うような橙色の装甲と、右肩甲骨部分に金属片のような一本の羽で構成された金色の回転翼。

カズヤのアルター能力、シェルブリットの第二形態が発動した姿だ。

かつて"向こう側"の世界に囚われていた時から響に出会うまで、カズヤはノイズとの戦闘に世界各地で明け暮れていた。名前を尋ねられれば律儀に"シェルブリットのカズヤ"と答えていた。だから、カズヤを知ってる人間は世界規模で見れば極僅かだが、存在している。

その知ってる人達が、全世界に向けてライブ配信されているこれを見ていたら、どうなる?

口を揃えて言うはずだ。自分達をノイズから救ってくれた人物と同じだ、あの右腕は、あの光は間違いない、と。

この時点でもう既に"シェルブリットのカズヤ"という存在を誤魔化すことも秘匿することも不可能。

世界的にカズヤの存在が認知された瞬間だ。

それについてはもう、覚悟の上だった。

 

 

 

(...なんとか、上手くいったか。集中力と神経使ってスゲー疲れたけど)

 

着ぐるみの中でカズヤは荒い呼吸を繰り返しながら安堵した。

ステージの上から視界に映る観客席側のノイズを一度に全て分解する。この提案を緒川から受けた時、無茶言うなと本気で思ったが、緒川はカズヤなら絶対にできると頑として譲らなかった。

できないのならステージの上には絶対に行かせない、と言われてしまえばカズヤもヤケクソ気味に首を縦に振るしかない。

そもそも、人質となった観客達に被害が出る前に飛び出そうとしたカズヤに、緒川はまず最初に全力で反対した。

怒鳴り合いの口論となって、最終的に力ずくでも向かおうとするカズヤに、緒川がいくつか条件を出す形で折れたのである。緒川としては苦肉の策にして、かなり譲歩した方だった。

一度こうと決めたら止まらない、まるで弾丸のような男を止めるのは不可能。ならば最低限こちらが提示する条件を呑ませた上でやらせた方がいい、と。

また、これは賭けに近いものであったが、彼は忘れていなかったのだ。カズヤがかつてアルター能力を暴走させた際に、半径百メートル以上離れた場所にあるものすら分解した時のことを。

能力を暴走させた時に及んだ範囲がカズヤのポテンシャルの一端だとしたら、それを自身の意思で制御できるようになってもおかしくないはず。

だから、もしカズヤの意識がしっかりした状態で、本人の強靭な精神力と集中力、何より『できる』という自信があれば、たとえ百メートルだろうが三百メートルだろうが離れていても視線という指向性を以て分解可能な範囲を伸ばし、観客席のノイズを物質分解だけで一掃できるはずだ。

緒川は信じた。この若者はどんな時でも期待に応えてくれた。いや、期待以上の奇跡としか思えないことを何度も起こしてみせた。彼ならできると心の底から信じ、本人にもそう伝えた。やるのなら、最初から最後まで完璧なまでにやってみせないと許さない、と。

 

 

そこまで言われて、できねーなんて言えるか!

いいぜ緒川、お前の口車に乗ってやる!!

 

 

『やりましたね、カズヤさん。本当に、あなたという人は...』

「...全く、お前の注文は、難易度、高いっての」

 

賭けには勝った。しかし、その代償は──

 

「やべっ、慣れねー力の使い方したせいか、立ち眩みがしやがる」

 

緒川の耳に届く通信機越しに聞こえるカズヤの呼吸が異常に荒い。

一瞬、カズヤは体がフラつきそうになるのをなんとか堪える。

こんな力の使い方、"スクライド"の"カズマ"だってしたことないし見たことなかった。自身のシェルブリットがカズマのシェルブリットと異なり、この世界に特化しているのは理解していたが、やはり無理をした反動というのは大きい。

 

『カズヤさん!?』

「心配すんな。シェルブリットバースト一発くらいならまだ撃てる。それよりそっちはそっちでやることやれ」

 

撃ったらたぶん気絶するだろうが、とまでは口には出さず、振り返り立ち上がったマリアを睨む。

 

「...まさかそんな格好でステージの上に立つとは予想外だったけど、ここまでは計画通りね」

「何が、目的だ?」

 

疲労していることを悟られてはいけない。

またノイズを召喚されたらさっきのようにはいかない。何度やっても無駄だという風に思い込ませる必要がある。

 

「あなたをディナーに誘う。そう言ったはずだけど」

「普通の誘い方はできねーのかよ」

「こんな形での誘い方は私としても本当に不本意なんだけど......やっぱりお気に召さないわよね?」

「こんな誘い方で喜ぶ男がいたら、そいつはただのアホだ!!」

 

マリア目掛けて走り、跳躍。右の拳を振り下ろす。

だが、マリアの纏うシンフォギア──黒いガングニールの一部であろうマントが盾のように広がり防がれる。

力と力が衝突し、それにより稲光のように激しく明滅するエネルギーの奔流。

押し切ることができず、カズヤは弾かれるようにその場を離れた。

 

(クソッ! 同じガングニールだってのに、奏とも響とも違う戦闘スタイルかよ!? しかも二人より防御面に特化してんのか!!)

 

万全な状態ならものともしないはずだが、今の疲弊した状態では正直厳しい。

それに懸念は他にある。

ノイズが消えたのに観客達は何故逃げ出さない?

目の前の相手から視線を逸らさないまま、考えること数秒、最悪な予測をしてしまう。

 

(まさか、ここまでのことが全部ライブの演出だと思われてたら?)

 

人的、物的被害がここまで出ていない。ノイズの出現と消滅、マリアのシンフォギアも熊の着ぐるみも、それらは派手でやり過ぎな演出と捉えられていたら?

顔を隠す為に熊の着ぐるみで出てきたのが、観客の危険意識を阻害する結果になっているとしたら?

 

「奏、翼! マイクで観客に逃げるように言え!!」

 

視線をマリアから外さず二人に叫ぶ。

 

『っ! 皆さん、ノイズの脅威は去りました。今なら会場の外に逃げられるはずです! 安全な場所に避難してください!』

『今すぐ逃げてください! 間もなくここは戦場となります、命の保障はできません、どうか一刻も早く安全な場所へ!!』

 

歌姫二人の必死の訴えに、会場全体からざわざわと騒ぐ音が聞こえてくる。

観客達も戸惑っているのだ。これまでのことが過剰演出なのか、本物のテロリストによるテロ行為なのか。観客達の中で唯一判別がつくのは未来を含めた響の友人達だけだろう。

この後どう動くべきか悩んでいると、マリアが歩き出す。その先にはさっき落としたマイクがあった。

 

「させるか!」

 

これ以上余計なことはさせまいと駆け出した瞬間、右の手首に白銀色の何かが絡み付き、動きを止められる。

咄嗟にそちらを見やれば、いくつもの刃が数珠繋ぎとなったもの──アニメやゲームでよく見る蛇腹剣が伸びており、元を視線で辿れば、剣と同様に白銀の姿をしバイザーで口から上を隠した女性がいた。

顔を隠しているが、背格好と雰囲気、髪の色からマリアの妹、セレナで間違いない。

 

(姉妹揃ってシンフォギアだと!?)

 

足留めされたことでマリアに悠々とマイクを拾われてしまう。

 

『会場のオーディエンス諸君、そして世界中の人々よ! 今のノイズを消滅させる力、そしてその光と輝きを見ただろう! 彼こそが"シェルブリットのカズヤ"! その存在を日本政府により秘匿、独占されながらも、人知れずノイズの脅威に立ち向かい、陰ながら人々の平和を守り、先のルナアタックでは世界すら救った真の英雄だ!!』

 

ステージセットの巨大モニターに『蝦夷野熊五郎』がアップで映される。

 

 

 

六年前。突如現れた謎の男──"シェルブリットのカズヤ"の手により、暴走していた完全聖遺物ネフィリムは粉々となり、その心臓は仮死にも似た休眠状態へと陥った。

それを再起動させる為に今回のQUEENS of MUSICを利用し、かつてフィーネがネフシュタンの鎧を起動させた事例に倣い、高レベルのフォニックゲインを獲得することでネフィリムを再起動させようと試みるが、残念ながらこれはフォニックゲインが不足しており上手くいかなかった。

ならば、日本政府が秘匿するもの──"シェルブリットのカズヤ"の存在そのもの、もしくはツヴァイウィングがシンフォギア装者であること──を世界に知らしめ、この後に語る新たな世界の危機──月の落下の真実性を高める。

 

「これに関しては、マリアの思惑通りと言っていいのかしら」

 

ナスターシャはライブ会場のステージ上の映像を見ながら溜め息を吐く。

 

「しかし、本当にノイズですら分解するとは...フィーネからもたらされた情報を見た時は眉唾だと思いましたが...アルター能力、生物以外の存在を分解し自身の力として再構成させる。なるほど、人類の天敵であるノイズにとっての天敵、それが"シェルブリットのカズヤ"ですか」

 

手元の端末を操作し、これまで何度も繰り返し読み込んだカズヤの情報を今一度眺めた。

 

「そして特筆すべきはやはり装者との同調現象。彼がアルター能力を用いて再構成した物質をギアに組み込むことで、ギアの出力上昇や負荷の軽減をもたらすだけに留まらず、繰り返し同調することで適合係数すら徐々に上げていく、か......マリアやセレナでなくともこだわりたくなるのは分かりますね」

 

これほどまでにシンフォギアと相性が抜群な存在などいないだろう。

ましてや、セレナは彼に命を救われ、マリアは妹を救ってくれた彼に憧れを抱いている。あの姉妹のカズヤへのこだわりは、育った環境のせいか異常を通り越しているが、それは仕方のないことかもしれない。

 

「...本当なら、こんな形ではなく、一人の女性として彼に近づきたかったでしょうに」

 

一度瞼を閉じ、心の中で懺悔の言葉を紡ぐと、モニターに向き直る。

さあ、ここからが正念場だ。

世界を救う為の計画は、まだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

『さて、彼の紹介が終わったところで、本題に入らせてもらう』

 

マリアはそう言って一度言葉を切ると、マイクを少し離し静かに深呼吸をした。

ここからだ。ここから話す内容はとても大切だ。だから気合いを入れ直す。

失敗する訳にはいかない。世界を救うと決めたのだから。

 

『民衆に対して国家が秘匿、隠蔽しようとしているのは彼だけではない。また、先のルナアタックのような──』

「......おおおおおおおおおおおお!!」

『未曾有の大災害や脅威は遠くない未来に──』

「おおおおおおおおおおおおおおお!!」

『起こり得る、ってさっきから何!?』

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

マイクには入っていないので観客達には聞こえていないが、カズヤが何か叫んでいるので集中できずそちらに顔を向けて、目を見開く。

カズヤの全身から眩い虹色の光が放たれ、その光がやがて虹色から金色に変わる。

ヒュンヒュンヒュンとヘリコプターのローターが高速回転する音に合わせてカズヤの足が地面からふわりと浮く。

次の瞬間、カズヤが消えた。と思ったらセレナがステージセットの巨大モニターに叩きつけられていた。

液晶が途方もない衝撃を受けて粉々に砕け散り、盛大な破砕音を立てる。

今までセレナが立っていた場所にはカズヤが拳を振り抜いたポーズでいた。

セレナがカズヤに殴られた。それだけは分かったが、頭の整理が追いつかない。

 

『え?』

 

思わず間抜けな声が漏れる。

右の手首をセレナのアームドギアで拘束されていたカズヤであったが、彼女を殴って自由を取り戻すと、元々手首に付属していた金属の拘束具を弾け飛ばし、手の甲から肘まである装甲のスリットを展開する。

装甲のスリットが展開したことで手の甲に開いた穴に、凄まじいエネルギーが収束していく。

着ぐるみ越しにカズヤの鋭い視線がこちらを射抜いたと感じて、腰が抜けそうになる。尻餅をつかなかったのは奇跡としか言いようがない。

 

『ま、待って、ここから大切なことを、話すの。だからお願い、話を聞いて』

 

そんなマリアの懇願など当然聞く訳がない。

カズヤの頭の中にあるのは、観客達を逃がすこと、観客達が自発的に逃げたくなる状況を作ること、マリアにはもうこれ以上何も喋らせてはいけないこと、気絶してもいいからとにかくシェルブリットバーストを全身全霊で叩き込むこと。

そして、このテロリスト共をぶっ倒すこと。

拳をステージの床に叩きつけ、その反動でカズヤは空高く舞い上がる。

ちなみに、奏と翼の二人はカズヤが叫び始めた辺りから、ヒールを脱いで文字通り裸足で恥も外聞もなくステージから全力疾走で逃げ出していた。彼が何をするのかいち早く察したからだ。

 

『人の話を聞かないのあなたはぁぁぁぁっ!?』

 

上空にいるカズヤからの返答は、

 

「輝け!」

 

聞いてないのである訳がない。

彼の声に応じて輝く光がより強くなる。

 

「もっとだ、もっと!!」

 

直視していると視力を失ってしまうのではないかと錯覚するほどの光。

 

「もっと輝けええええええええええっ!!」

 

叫びながら、光輝きながら、拳を振りかぶったカズヤがマリア目掛けて、猛スピードで急降下してきた。

 

「シェルブリット、ブワァストォォォ!!!」

 

当たったら死ぬ。

本能的に感じて咄嗟に後ろに跳んで回避。ギリギリ避けることに成功するが、拳がステージの床に着弾すると視界が金色に染め上げられ、その一瞬後にはステージが大爆発を起こした。

爆風でステージ付近のあらゆるものが吹き飛ばされる。

ライブ会場全体を揺るがす強い振動。

地面や柱や階段などのあちこちに生まれる大量の罅割れ。

電気系統が漏電やショートを起こしたのか、発生する火災。

それによりライブ会場は大混乱になり、観客達は蜘蛛の子散らすように逃げ惑う。

そしてこの段階になって、漸く生放送配信が中断された。

 




なお、未来はカズヤがノイズを消滅させた時点で友達連れてライブ会場からとっとと逃げ出しました。有能!


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進化を促す光

Q:マリアさんの最善の選択肢は何だったの?
A:普通にライブを終わらせて、普通にカズヤをディナーに誘って、といったテロ行為の類いを一切せずに仲良くなったり信頼を得る為のイベントを複数こなし、時間をかけてからちゃんと話を聞いてもらうこと。
前回、クリスちゃんが言ってましたが、カズヤの好感度稼ぎしないと無理ということですね。つまり本能的かつ無意識に好感度稼ぎしてたクリスちゃんはなんて恐ろしい子!!
「話はベッドで聞いてもらうわ!!」
でもオーケーだが、マリアさんの初期ステータス値ではガッツが足りないのでフラグが立たない。

感想にあった質問に返答のコーナー
(質問は私の独断と偏見で選択してますのであしからず)
Q:一期の最後でシェルブリットモードを経た響達のギアは、G編でどんな外見、性能なの?
A:基本的に私の脳内でイメージし易いように原作アニメ(G編)と外見の変化はあまりない、けどスペックは通常時の場合出力の面が大幅に高くなっている、とだけ今はお伝えしておきます(つまりカズヤと同調すると?)。唯一奏のみ、響と色違いとする感じです(響はマフラーありの黄色系、奏はマフラーなしの橙色系)。

あ、そういえば今日は性夜の、聖夜の夜でしたね。
ということで、念の為にR-15のタグ付けときます。


観客達の悲鳴や怒号の類いはもうほとんど聞こえない。既にあらかた逃げたのだろう。遠くで火災報知器が鳴っている音だけがやけに耳に響く。

カズヤにより爆砕され舞い上がった瓦礫──かつてステージの一部だったものに埋もれていた状態から抜け出すと、セレナが弱々しい足取りでそばまで寄ってきた。

先程まで顔を隠す為に装着していたバイザーは、紛失したのか壊れたのか装着していない。

 

「...セレナ、無事?」

「死ぬかと思いましたけど、なんとか。マリア姉さんは?」

「私も死ぬかと思ったわ」

 

直撃は免れたし咄嗟にマントを盾にしたものの、シェルブリットバーストの爆発には至近距離で巻き込まれたせいで吹き飛ばされ、暫く体が動かなかった。

周囲は惨憺たる有り様だ。まるで空爆か爆弾テロがあったかのようで、先程まで観客が満員だった人気歌手のライブ会場とはとても思えない。

観客は人っ子一人残っておらず、ステージだった場所は粉々に粉砕され瓦礫で溢れ返り、会場全体はあちこちに痛々しい罅が入って脆く見えて今にも崩れそうだ。電気系統の類いは配線が途中で断線したことで火花を散らし、それがそこら中で火災の原因となっていた。

この惨状がたった一撃の、しかも拳によって引き起こされたものだというのだから笑えない。

 

「...っ! そういえばカズヤは?」

「分かりません。あの光の後、カズヤさんがどうなったのか...」

 

ハッとなって問うが、セレナはゆっくり首を横に振るだけだ。

逃げたとは思えないし、あり得ない。力の差は歴然だ。状況的にも戦力的にもカズヤの方が圧倒的に有利。なのに自分達は未だに捕まっていないどころか、追撃すら受けていない。

 

「一体何処に──」

 

消えたのか、と口にしようとした時だ。マリアには槍が、セレナには蒼い斬撃が飛来。

咄嗟にマリアは黒いマントで、セレナは蛇腹剣で弾くように防ぐ。

攻撃が飛んできた方に目を向ければ、それぞれシンフォギアを纏った奏と翼がアームドギアを手に歩み寄ってくる。

 

「いきなりじゃない」

 

不敵な態度を装うマリアの言葉に、二人は目を刃物のように鋭く細め、アームドギアを構える。

 

「今日のライブはさ、アタシも翼も結構楽しみにしてたんだ」

 

マリアとセレナを睨んだまま、奏は一人言のように呟く。

 

「何より、皆楽しみにしてた。コラボってあんましないし、きっといつもとは違ったものになるって期待してたし、期待もされてたのに......こんな形でぶち壊されるとは思ってもみなかったよ」

 

奏の声が一気にドスの利いた低い声となる。

 

「しかも、カズヤの身柄を要求だぁ? ふざけるのも大概にしろよ。誰がお前らみたいな連中に渡すか!」

「過去にカズヤとどんな経緯があったか知らないが、カズヤについては諦めてもらう!」

 

翼が宣告すると同時に二人は踏み込んだ。

 

「マリアはアタシが潰す」

「奏ならそう言うと思ったから、セレナは私が相手する」

 

迎撃の為に、舌打ちしてからマリアはアームドギアを顕現させる。それは奏が手にしている槍と色が異なるだけで、それ以外は寸分違わぬものだった。

振り下ろされた槍と槍がぶつかり合う。

金属と金属が衝突する甲高い音が響く。

鍔迫り合いの状態で奏とマリアが睨み合う。

 

「どうやらお前のガングニールは偽物じゃないようだね」

「ガングニールの使い手にお墨付きをもらえたようで何よりだわ」

「ふん。けど、本物ってだけでそれだけさ」

「何?」

 

マリアを鼻で笑う奏。

意図が分からず疑問を浮かべた刹那、鍔迫り合いの拮抗が崩れ、マリアは後方に弾き飛ばされた。

踵で地面を擦りながらブレーキをかけてなんとか踏み留まる。

 

(...パワーが、いきなり上昇した! どういうこと!?)

 

更なる疑問が浮上すると同時に、セレナがすぐそばに吹っ飛んできた。

 

「セレナッ!」

「...大丈夫、です。まだ...」

 

翼によって吹き飛ばされたセレナが立ち上がり構えるが、その表情に余裕がない。

また、マリアと同じものを感じたのか、一度チラリと隣の姉に横目で視線を向け、互いに頷き合う。それから確認の意味も込めて声を上げた。

 

「あなた達のギアに僅かな違和感があります。私達と同じはずなのに、何か違う...折角ですから教えてもらえませんか?」

 

この質問に奏と翼は誇るように、そしてまるで持たざる者に自慢するが如く答える。

 

「アタシ達のギアはルナアタックの時に一度完全にぶっ壊れた」

「だが、私達の歌に応えてくれたカズヤが、新しく生まれ変わったものを与えてくれた」

「カズヤのこと狙ってたんだ。カズヤの能力がどういうもんか、それが何を意味するのか分かるだろ?」

 

アルター能力の基本は物質の分解と再構成。

それを思い出したマリアとセレナが驚愕する。

まさかそのギアは!!

 

「そうさ! アタシ達のギアは、聖遺物の欠片から作られたシンフォギアであると同時にカズヤのシェルブリットでもある! これはアタシ達の歌とカズヤの想いが一つに融け合って形となったもの! だからアタシと響のガングニールは、お前が持つ()()()()()()()()()とは格が違うんだよ!!」

 

言い終わるや否や、爆発的な速度で奏がマリア目掛けて突撃してくる。

奏のガングニールによる刺突を、マリアは己のガングニールの刃の腹で受け止めようと試みるが、あまりの重さに踏ん張っても足が地面を抉るだけで、体が後ろに押されてしまうのを止められない。体勢を崩さないだけで精一杯だ。

 

「吹っ飛べ」

 

紡がれた言葉に呼応して奏のガングニールの穂先がドリルのように高速回転し、風を生み出す。

 

「しまっ──」

「オオオオラアアアアッ!!」

 

発生した竜巻に宣言通り吹き飛ばされるマリア。

 

「マリア姉さん!」

「人の心配をしている余裕があるのか?」

 

マリアの身を案じたセレナの前に翼が迫る。

刀の形状をした翼のアームドギアが振るわれる。下段から掬い上げるかのような二連撃、×の字を下から描くような逆袈裟二連斬に、セレナはアームドギアを手放すことはなかったが、両の手を頭上に掲げるような隙だらけの体勢になった。

そこに翼の左手が伸び、セレナの首を掴むと無理矢理引き寄せ、

 

「フンッ!」

 

気合いの声と共に頭突き。頭が割れそうな痛みに怯んだところで、腹にヤクザキックが決まる。

 

「先程カズヤが遮る前に何か言い掛けていたようだが、話はベッドで聞かせてもらう!!」

 

そして刀を構えると再度斬りかかってくる。

マリアとセレナの姉妹は早々に窮地に陥っていた。

 

 

 

 

 

【進化を促す光】

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

「やっべぇ! 何デスあれ!? 熊が、熊がこっちに走ってくるデスよ調!」

「何言ってるの切ちゃん、熊がこんな所にいる訳............いた」

 

慌てふためく相棒の暁切歌の反応を見て、月読調が何をバカなと思い物陰に隠れた状態から関係者以外立ち入り禁止のスタッフ用通路の奥を覗き込むと、二本の足でドスドス足音を立てながら人間離れした速度で疾走してくる鮭を咥えた熊の姿を目撃し、動きが固まる。

見つかったら何されるか分からない謎の恐怖に支配され、二人は揃って身を隠す。

幸い、熊は二人に気づかず通り過ぎていく。

更に熊の後を、黒いスーツ姿の男性が追いかけていったのを追加で目にし、切歌は呆然としながら呟く。

 

「...日本ってやっべぇ国デス...」

「うん。ヤバいね」

 

調もとりあえず同意しておく。

それから暫しの間、手元の情報端末で会場の様子を窺いつつ切歌と調はスタッフ用通路にて待機していると、ステージの上に今さっき見た熊が現れて二人は固まった。

 

「え? 何これ? この...何?」

「やっべぇ熊がマリアのすぐそばに...マリアがやっべぇデス」

「あ! マリア、ダメ! その熊なんかヤバい──」

 

不用意に熊に近づくマリアに、通信機を使わずモニター越しで言っても聞こえないというのを忘れて調が叫ぶが、言い切る前にエルボーと裏拳を熊から食らってマリアが倒れる。

次に観客席側のノイズが消滅し、熊の右腕が鎧のような装甲を纏ったものに変化したのを見て、切歌が驚愕の声を上げた。

 

「なんと! シェルブリットの()()()って熊のことだったデスか!?」

「違うよ切ちゃん、カズマじゃなくて、()()()だよ」

「間違えたデス!」

 

調の指摘に悪びれる様子のない切歌。

 

「それに熊が"シェルブリットのカズヤ"だったんじゃなくて、熊の中に"シェルブリットのカズヤ"が入ってたんだよ」

「およよ? そうなんデスか?」

「切ちゃん、前にカズヤの資料見たでしょ。写真見た時に『筋肉モリモリマッチョマンの変態を想像してたけど思ってたより全然普通デス!!』って、言ってマリアとセレナにお説教されたの忘れたの?」

「い、いや~、あの時は二人が本気で怒った恐怖で記憶がないデスよ......あは、あははは」

「もう」

 

乾いた笑い声を絞り出す切歌に調はしょうがないなぁと溜め息を吐く。

その時だ。

 

『人の話を聞かないのあなたはぁぁぁぁっ!?』

 

マリアの絶叫が響き、何事かと思い手元の情報端末に視線を戻すと、金色に光輝く熊が空からマリアに向かって飛びかかる瞬間だった。

 

「「マリアッ!?」」

 

そしてモニター内が金色に染まり、そのままブラックアウトする。

 

「た、たたた大変デス調! マリアが熊に襲われたデス!」

「熊じゃなくて"シェルブリットのカズヤ"だよ、切ちゃん」

「そんなのこの際カズヤでもカズマでも熊でもどれでもいいデスよ!!」

 

確かに切歌の言うように呼び方など気にしている暇はない。

 

『調、切歌、聞こえて?』

 

そんな時、通信機越しにナスターシャの声が二人の鼓膜を叩く。

 

『"シェルブリットのカズヤ"がやってくれたお陰で計画に支障が出ました。これ以上この場に留まるのは得策ではないと判断します。マリアとセレナを回収し、撤退準備を』

「了解、マム」

「了解デス、すぐにトンズラするデス!」

 

与えられた指示に返事をし、走り出そうとしたところで調は頭を抱えて蹲る。

 

「調! 大丈夫デスか!?」

「...大丈夫だよ、切ちゃん。ただの頭痛だから」

「頭痛って...最近の調、ずっとそんな感じデス。ちゃんと診てもらった方が...」

 

心配する切歌の意見に対して首を横に振って拒否を示す。

 

「私のことより、今はマリアとセレナのこと。だから、行こ」

 

心の中で切歌にごめんねと謝りながら促し、再度走り出そうとして、また蹲ってしまう。

 

「調!」

「大丈夫、大丈夫だから」

「でも、やっぱり無理しない方がいいデスよ。マムにはあたしから言っておくデス」

「本当に大丈夫、心配しないで」

 

歯を食い縛り今度こそ走り出す。

こんな場面で切歌に余計な心配をかけてしまうのが不甲斐ない。

だが、本当のことを言う訳にはいかない。

何故なら、もっと心配させてしまうし、頭痛と偽っているだけなのだから。

本当は頭痛ではなく幻聴。遠くから『声』が聞こえてくるのだ。

その幻聴を振り払うように首を左右に振るが、残念ながら効果はない。

 

(一体何なの、この『声』...?)

 

数日前から急に始まった幻聴は、調の行動を阻害するように頭に響く。

 

 

知らない女性の声が──"シェルブリットのカズヤ"には、彼には決して手を出すな、と言う声が。

 

 

調と切歌の二人がどうにかこうにか現場に辿り着くと、地面に倒れ伏すセレナと、槍を支えに片膝を突くマリアの姿を目にし、頭がカッとなって考える前に聖詠を唱えシンフォギアを纏う。

 

「マリア、セレナ、今助けるデス!!」

 

切歌が手にした鎌の形状をしたアームドギアを振りかぶる。鎌の刃が分裂し、分裂したそれが切歌の動きに合わせて射出。それぞれが弧を描き奏と翼に向かう。

調もツインテールがそのままアームドギアとなったものを展開し、丸鋸を大量に飛ばし弾幕とする。

 

「新手か!」

「装者が、四人!?」

 

新たな闖入者に奏と翼は驚くが、後ろに跳んでその場を離れ回避した。

その間に調と切歌はマリアとセレナのそばに急行し、二人を守るように奏と翼の前に立ち塞がる。

 

「遅れてごめんなさい」

「ギリギリだったデスよ~。大丈夫デスか?」

 

声を掛けると顔を上げたマリアとセレナが痛む体に鞭を打って立ち上がった。

 

「二人共...マムの指示?」

 

マリアの問いに調と切歌は頷く。

 

「そう...手間を掛けさせたわ」

「マムは何て?」

「二人を回収して撤退」

「カズマ、じゃなかった熊、これも違った、カズヤがとんでもをやらかしたからトンズラするデスよ!」

 

悔しそうに歯噛みするマリア、追加の質問をするセレナ、簡潔に返答する調、相変わらずカズヤと言えない切歌。

四人の装者を前にし、奏と翼の二人は油断なくアームドギアを構え直す。

 

「ちっ、二人倒したと思ったらまた二人追加かよ。これじゃあカズヤ探すのがどんどん遅くなるっての」

「いえ、数的不利はもうないみたいよ、奏」

 

翼が顔を上げたそこには、ヘリからシンフォギアを纏い飛び降りてくる響とクリスの姿があった。

 

「土砂降りの、十億連発!!」

 

アームドギアをガトリング砲に変化させたクリスがマリア達四人に弾丸の雨をお見舞いする。

調と切歌はその場から離れる回避を選択。マリアはマントを展開し盾として防ぎ、セレナもマリアと同様にアームドギアで白いガラスのようなエネルギーで形成された壁を張って防ぐ。

響は地面に着地すると、マリア達など眼中にないとばかりに捨て置き、通信機を片手にある一点に向かって走り出す。

 

「位置情報だとここらへんに...」

 

通信機の反応を頼りに進み、当たりをつけると足を止め、通信機を仕舞い足元の瓦礫を両手で掘り返す。

数秒後、瓦礫に埋もれていた『蝦夷野熊五郎』を発見。

 

「...シェルブリットが解除されてる! 緒川さんが言ってた通り、やっぱり気を失ってるんだ」

 

上体を起こし、着ぐるみの頭の部分を上に向かって引っ張ると、ワインのコルク抜きのような感覚で熊の頭部が胴体からすっぽ抜け、カズヤが顔を出すが、意識がないのかその目は開かれない。

だが呼吸はしっかりしているし、顔色も悪くない。普段よく見る彼の寝姿と変わらないことに響は安堵した。気を失ってるというより、眠っている状態に近い。

一度ギュッとカズヤの頭を胸に抱えて涙を零す。

 

「もう、心配させないでくださいよ、バカァ...緒川さんから、無理な力の使い方をさせてしまったせいで気を失ってるかもって聞いて、凄く心配したんですからぁ」

 

そして仲間にカズヤが無事であることを知らせる為大声を上げた。

 

「カズヤさん、無事に確保ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

響の声を聞いた瞬間、奏と翼とクリスの三人はマリア達への攻撃を一斉にやめると、三人揃って響とカズヤのそばまで最速で駆け寄る。

 

「「「カズヤ!!」」」

「大丈夫です。疲れて眠ってるだけみたいだから」

 

しかし三人の声にカズヤは応えない。ただ手短に響からカズヤの状態を聞いて、やはり響と同じように安心したように肩の力を抜く。

 

「...っ、そっか。良かった、カズヤが無事で...」

 

クリスが嗚咽を漏らしそうになって、必死に堪える。四人の中で彼女が一番『カズヤが盗られる』と心配していただけに、敵に奪われず怪我もしておらず無事確保できたことにその喜びも一入だった。

それから彼女は一瞬にして鬼のような表情になると、怒りに全身を震わせながらマリア達に向き直り、その銃口を向け火を吹かせる。

 

「てめぇぇぇぇぇらぁぁぁぁぁっ!!」

 

ガトリング砲を撃ちまくりながら、

 

「よくも、よくも、あたしのカズヤに!!」

 

小型ミサイルを大量にバラ撒き、

 

「薄汚ぇ手で触ろうとしてくれたなぁっ!!!」

 

電柱よりも大きなミサイルを計十二発を顕現させ、一斉に発射。

弾幕と爆撃の嵐が吹き荒れ、ライブ会場の外まで爆音が響き渡った。

 

「後悔しやがれクソッタレ共がぁぁぁっ!!!」

 

ガトリング砲で釘付けし防御に専念させつつその防御を削り、もしそれが避けられても蛇のように執拗に追尾してくる大量の小型ミサイルで捕まえて、大型ミサイルで防御ごと粉砕する。

クリスの怒濤の攻撃にマリア達は抵抗虚しく呑み込まれていく。

それでもクリスの怒りは収まらない。まるでガソリンに火が点いたかのように、次々と絶え間なく繰り出される攻撃は激しさをどんどん増していく。

既に煙と爆炎でマリア達の姿は目視できなくなっているのにクリスは攻撃をやめない。明らかに過剰な火力を投入しているというのに止める気配がない。

銃声と砲火、爆発、爆炎、爆風、爆音が支配するライブ会場は、先程カズヤがシェルブリットバーストを叩き込んだ時とは比べ物にならないほど破壊尽くされていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

やがて気が済んだのか、それとも疲れたのか、その両方か不明だがクリスは荒い呼吸のまま漸く攻撃の手を止めてアームドギアを仕舞うと、その肩に奏が手を置いた。

 

「なんかアンタに全部持ってかれた気がするけど、凄くスッキリしたからいいや。ナイス、フルオープンアタック!」

「...そっちはさっきまで暴れてただろうが、ったく」

 

奏に苦笑で返すと、煙が次第に晴れていき、最早戦闘が始まる前の様子など見る影もない惨状が広がっている。

 

「あーあ、こりゃ一回更地にして建て直した方がいいね、ここ」

「するか? 更地に。あいつら纏めてペンペン草も生えねぇくらいにしてやるよ」

「雪音、これ以上は流石に...」

 

クリスの肩に置いていた手で後頭部をかきながら奏が呆れたように言えば、一度仕舞ったアームドギアを再び用意しようとするクリスに、翼が倒れ伏したマリア達を眺めつつ止める。

腕の中で未だ眠るカズヤの顔を眺めながら響は疑問を口にした。

 

「カズヤさんを狙った理由って、やっぱり私達と同じシンフォギア装者だからかな?」

「それもあるだろうけど、少なくともマリアと、その妹のセレナってのはアタシと一緒みたいだよ」

「へ?」

「マリア曰く、カズヤは六年前の命の恩人なんだとさ」

 

奏の言葉に響とクリスはなるほどと納得しかけて、あれ? と首を傾げる。

 

「なんでテロ行為の際に、政府に恩人の身柄を要求するんですか?」

「そもそも恩があったらこんなことするか?」

「アタシが知るかっての。ま、話なら後でゆっくり聞こうじゃないの」

 

肩を竦めてから奏が翼に目で合図を送り、頷いた翼が通信機で二課本部に連絡を入れた。

 

「こちら翼です。ライブ会場は酷い有様ですが、フィーネと名乗る武装組織の構成員、及び装者四名の無力化に成功しました。無理をしたカズヤの意識はまだ戻りませんが、私達装者四名を含め全員無事です。これより敵装者の拘束に移ります」

 

 

 

意識を取り戻すと、自分が横向きに倒れていることに気づく。

身体中が痛い。全身に痛くない箇所などないくらいで、指一本でも動かそうとするだけで激痛が走る。

銀髪の装者──確かイチイバルの雪音クリスだったか──の攻撃を防ぎ切れず爆発に巻き込まれたところで記憶が途切れていた。

 

「おい。カズヤの着ぐるみ脱がしてやるから前押さえててくれ」

 

クリスの声に反応して、視界の奥を注視する。

90度横になった視界では、彼女はカズヤの背後に回るとジッパーを開き、着ぐるみの内側に両腕を無理矢理突っ込んでカズヤを引っ張り出し、彼を後ろから抱き締めたまま座り込む。

 

「ああ、やっぱカズヤはあったかいなぁ...カズヤァ...」

 

その声は男に甘える女の声。先程まで怒号を上げて攻撃してきた者と同一人物とは思えない見事な豹変ぶりだ。

まるで猫が飼い主に甘えるように、自分のものだと主張するように、自分の匂いを擦り付けるように、愛しげに頬擦りするクリス。

惨めな敗北感とドス黒い嫉妬が胸を占めていく。

ふと、こちらの視線に気づいたのか、クリスと目が合う。

 

「...ふっ」

 

明らかにこちらに向かって勝ち誇った笑みを見せると、クリスはカズヤが気を失っているのをいいことに、その頬に唇を寄せた。

思わずギリッ、と歯を食い縛る。すぐそばで同じような音がしたので、姉のマリアも今の光景を目撃していたらしい。

悔しい。

悔しい悔しい悔しい!

次に沸き上がるのはどうしてという疑問。

どうして彼を抱き締めているのが自分ではないのか?

どうして彼のそばにいるのが自分達ではないのか?

どうしてあの子達に手も足も出ないのか?

どうして自分はあの時、消えゆく彼に手を伸ばせなかったのか?

もしあの時この手を伸ばしていれば、彼の手を掴んでいれば、彼は自分の隣にいてくれたはずなのに!!

 

 

 

「ああ! クリスちゃんズルいよ! カズヤさん返して!」

「お前は今まで抱っこしてただろうが」

「だから、返して?」

「ふざけんな!」

「ふざけているのは二人共だ立花と雪音! まだ仕事は残っている! そういうことは家でやれ!」

「はい翼さん! 迅速にあの子達を拘束します! ということで奏さん、終わったら今晩お(ウチ)泊めてください」

「......あ、奏、その、私も」

「分かったから、泊めてやるからアンタ達は全員仕事しろ! コイツら拘束するまでカズヤに触るの禁止!! アタシだって我慢してんだかんね!?」

 

 

 

四人の装者が、敗北し地に這いつくばる敵装者四人を拘束しようと動き出す。

が、四人と四人の間に割って入るように緑色の光が迸り、巨大なノイズが現れる。

 

「わああ!? 何あのでっかいイボイボ!?」

 

驚きの声を上げる響の言う通り、イボがいくつも積み重なったような醜悪な外見のノイズは、ゆっくり鼓動を打つ心臓のような動きを繰り返しながら徐々にその巨体を大きくしていく。

そのノイズの巨体を隠れ蓑にし、マリアがよろよろと立ち上がり、伸縮自在の黒いマントを伸ばすとセレナ、調、切歌の三人を絡め取り、弱々しい足取りで歩くよりは速い程度の速度で走り出した。

 

「「「逃がすか!!」」」

 

今更逃がすつもりはない。進行方向及び射線上を邪魔するノイズに向かって、奏が槍を投擲し、翼が蒼い斬撃を飛ばし、クリスが小型ミサイルをバラ撒く。

三人の攻撃をまともに受けたノイズは、パンパンに膨らんだ水風船が破裂するように肉片を撒き散らす。

 

「炭素化しない!?」

 

どういうことだと訝しむ奏の目の前で、肉片の一部がうねうねと蠢き、少しずつ大きくなる様を見て戦慄した。

 

「このノイズ、分裂と増殖を際限なくするのか!」

「...だとすると迂闊な攻撃では、悪戯に増殖と分裂を促進させるだけ」

「はあっ!? どうすりゃいいんだよ!? こんなの放っておいてもその内ここから溢れ出すぞ!!」

 

ノイズの特性を一目で見抜いた奏、厳しい表情になる翼、焦りと苛立ちを隠せないクリス。

その時、緒川の声が通信機越しに聞こえた。

 

『皆さん聞こえますか! 会場のすぐ外には、避難したばかりの観客達がいます。そのノイズをここから外に出す訳には...』

「観客!? 皆が!!」

 

響の脳裏に未来とクラスの友人達の顔が浮かぶ。

 

『それに、そこには意識のないカズヤさんがいます! アルター能力を使ってない今、もし彼がノイズに触れたらどうなるか!!』

 

それを聞いて四人は心臓を鷲掴みされた気分を味わう。

アルター能力によるノイズへの攻撃と防御は、シンフォギアシステムとは逆理論だ。

例えば、位相差障壁に対しては、複数の世界に存在を跨がせているノイズを、こちらの世界に無理矢理引きずり込んで攻撃を通すのがシンフォギア。アルター能力は完全に逆で、能力者が現実とは異なる世界"向こう側"を無意識に理解しているが故に、ノイズの存在する位相の異なる世界を無意識に理解し攻撃を通している。

防御も、シンフォギアはノイズの炭素変換率をゼロにする『音のバリア』、バリアコーティングを身に纏っているのに対し、アルター能力は『生物は物質分解の対象にはならない』という能力の基礎的な部分がノイズの炭素分解を阻害しているのだ。

だが、今のカズヤは眠っている。

アルター能力の正式名称は精神感応性物質変換能力。文字通り能力者の精神力が発動させる為の鍵となっており、カズヤが眠っている状態で能力を発動させたことは、響達が知る限り一度としてない。

どんな手段を使っても守らなければ。

四人は顔を見合せ覚悟を決める。

口に出さなくても全員の気持ちと決断は全く同じだ。

絶唱を歌うと。

背後で眠るカズヤを守るように横一列に並び、響と奏を中央にする形で二人が手を繋ぐ。

反対側の手で響はクリスと、奏は翼と手を繋ぎ、四人は瞼を閉じると絶唱を歌い始めた。

四人の歌声が、観客が存在せず、破壊の限りを尽くされたライブ会場に響き渡る。

とても穏やかで、静かな曲調。

やがてそれが歌い終わると、次の瞬間、絶唱の四重奏による凄まじいエネルギーと光が四人の装者から迸り、四人の近くに存在していたノイズの肉片やその塊が消し飛ばされる。

四人はカッと目を見開き、

 

「スパーブソング!」

 

翼が、

 

「コンビネーションアーツ!」

 

クリスが、

 

「セット、ハーモニクスッ!」

 

響が、

 

「S2CA・クアッド・バースト、行くよ!!」

 

奏が叫ぶ。

その胸の想いをさらけ出すように、秘めた力を解放する為に。

体に掛かる負荷など今はどうでもいい。

ただ今だけは、大切なものを守る為の力が、力が欲しい!

これは、もし今のようなカズヤが戦闘に参加できない状況を想定して編み出したコンビネーションアタック。

カズヤとこれまで繰り返し同調してきたことで上昇した適合係数を利用し、肉体が耐えられるギリギリのラインで負荷を抑えつつ絶大な破壊力を生み出す技。

たとえカズヤと同調していなくても、四人でハーモニーを奏でることで擬似的に同調状態のシェルブリットバーストに匹敵するだけの威力を発揮する為の切り札。

 

「「「「あああああああああ!!!」」」」

 

絶叫なのか雄叫びなのか自分達でも分からない声を上げ、四人が意識を集中させていると、

 

「シェルブリットォォォォォォォォッ!!!」

 

背後で、眠っていたはずの男が目を覚ましたことに気づく。

 

 

 

「カズヤさん!」

「「「カズヤ!!」」」

 

四人が振り向くと、拳を高々と掲げて雄叫びを上げるカズヤを目にする。

彼の右腕が肩から一瞬なくなると思えば、虹色の光と共にシェルブリット第二形態として再構成された。

拳を頭上から顔の高さまで下ろすと、手首の拘束具が勝手に外れ、手首から肘までのスリットが展開し、それによって手の甲に穴が開き光が収束していく。

カズヤの全身から虹色の光が放たれ、すぐにその光が金色に変わると、呼応するように四人の全身からも金色の光が溢れ出す。

すると絶唱による負荷が四人の肉体から一気に激減した。

 

「良かった、目が覚めたんですね!!」

 

喜色満面の響。

 

「全く、心配させるんじゃないよ!!」

 

嬉しそうに怒鳴る奏。

 

「少しは考えて行動し、以後は慎むように!!」

 

安心しつつも説教臭いことを言う翼。

 

「一人で突っ走るなっていつも言ってんだろ!!」

 

本気で怒っていながら喜びを隠せないクリス。

 

「お前ら、喜ぶか怒るか説教するかのどれかにしろってんだ!!」

 

四人の反応にニヤリと不敵に唇を吊り上げ、

 

「寝てたせいで心配掛けてたみてーだが、寝てる場合じゃねーよなぁ? 折角お前らが歌ってんのに、それを聴き逃すなんてあり得ねーからよ!!」

「「「「っ!!」」」」

 

どうしてこの男は、いつもいつも不意打ちでこちらが喜ぶ言葉を恥ずかしげもなく言えるのか。

拳で地面を叩いて軽く跳躍し、四人の前に降り立つと、カズヤは背を向けたままいつもの言葉を紡ぐ。

 

「輝け」

 

五人から放たれる光が強くなり始める。

カズヤの言葉に奏が続く。

 

「もっとだ!」

 

これではまだ足りないとばかりに翼も叫ぶ。

 

「もっと!」

 

体の芯から熱くなる。全身が燃えるように熱い。

それでも足りない、もっと熱くなれるとクリスが口を開く。

 

「もっと!!」

 

力が漲る。フォニックゲインが爆発的に上昇していく。

心と体が一つになるかのような一体感と昂揚感を味わいながら、まだまだこんなもんじゃない、もっと行けるはずだと響は声を出す。

 

「もっと!!!」

 

魂に火を点けろとばかりに五人は同時に雄叫びを上げた。

 

もっと輝けえええええええええっ!!!

 

最早、夜でありながらライブ会場は昼間よりも明るい。それどころか太陽にも勝る光と輝きに満たされ、会場の外どころではなく周囲一帯の街全域すら巻き込んで光輝いた。

 

「奏、響!」

 

カズヤが合図を送ると、それぞれ繋いでいた手を離し、奏はアームドギアの槍を顕現し、響は拳を構え腰を落とす。

右肩甲骨の回転翼がヘリのローターのような音を立てて高速回転し始める。

それに合わせて二人の腰部分のスラスターが光の粒子となって消えると、両の肩甲骨に金色に光るエネルギーで構成された一対の翼が現れた。

三人の体がふわりと宙に浮く。

先程まで醜い肉片や肉塊を分裂させ、ぶくぶくと増殖していたノイズは、莫大な量の力と光に晒されたことにより肉そのものが全て削ぎ落とされ、人の脊髄だけをそのまま取り出したかのようなおぞましい本体を見せていた。

 

「今だ!」

「ぶちかませ!」

 

翼とクリスがチャンスを逃すなと訴えて、三人はそのノイズに狙いを定め、三つの光輝く弾丸となって飛翔しながら突撃する。

 

「これがアタシ達の絶唱!!」

「そしてこれが俺達の!!」

「シェルブリットバーストだああああ!!」

 

奏が穂先をドリル状に高速回転させた槍の先端を、カズヤと響が握った拳を振りかぶり、全力でノイズに叩き込む。

 

「「「どおおおおおおおおおりゃっ!!!」」」

 

収束していたエネルギーが一際強い光を伴って爆裂する。

膨大なエネルギーを内包した光の渦が黄金の輝きを世界に知らしめながら天を貫く。

そして、とてつもない爆風が周囲一帯に吹き荒れた。

 

 

 

「何デスかあのとんでもは!? あれが、()()()の力デスか!!」

()()()だよ、切ちゃん...それにしても相変わらず綺麗」

 

ボロ雑巾のようなシンフォギアを身に纏い、這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げてきたマリア達は、ライブ会場から少し離れた場所にて、今しがた放出された力を目にしそれぞれが異なる表情を見せていた。

 

「......」

 

無言のまま唇を噛み締め、一筋の血を垂らすセレナの肩をマリアが抱く。

 

「カズヤの引き込みには失敗した。けれど、"シェルブリットのカズヤ"という英雄の存在を世界に知らしめることには成功した...これで世界はもう、カズヤという英雄の存在に見て見ぬ振りをすることはできない」

 

先程の明るさが嘘のように、すっかり夜の暗さを取り戻した街を眺めつつマリアは一人言のように呟く。

 

「...これで、世界を敵に回した悪と世界を救う英雄が舞台に揃ったのね」

 

 

 

ノイズを完全に殲滅したことを確認してから、改めて会場全体の惨状を目の当たりにして、カズヤは眉を顰めた。

 

「...これ、全部俺一人がやったことになるのか?」

 

まるで戦争でも勃発して戦禍に晒されたみたいな有り様だ。

被害総額を想像して、やめる。また意識が飛ぶかもしれない。

 

「お前らズラかるぞ! 後のことは全部緒川と弦十郎のおっさんと黒服の兄ちゃん達に任せて逃げるぜ!!」

 

言って、カズヤは熊の着ぐるみ『蝦夷野熊五郎』を拾うと走り出す。

 

「アンタそれ持って帰るの!?」

「借りたもんはちゃんと返すべきだろ」

「...いや、そうだけどさぁ」

 

追いかけながらの奏の質問にカズヤは即答するが、それカズヤ本人がここで持って帰らなくてもよくない? と四人は思いつつ、何故か口にするのは憚れた。

 

「車の駐車場は地下三階だから、俺の『クーガー号』はきっと無事のはず、だと信じたい!」

 

祈りが通じたのか、車は無事だったので五人はとっとと乗り込むと、アクセル全開で脱兎の如き慌てようで家路を急ぐ。

幸いなことに、スピード違反で捕まることはなかった。

 

 

 

翌日。

昼前になって一人目を覚ましたカズヤは、とりあえず頭と体をすっきりさせたくてシャワーを浴びる。

その後。いつもの服を着て誰もいないリビングでソファーに座り、恐る恐るテレビの電源を入れ、手にしたスマホでネットニュースを漁って、

 

「うげぇ」

 

踏み潰されたヒキガエルの断末魔みたいな声を出す。

何処のテレビ局も、どのサイトのネットニュースも、昨日のことについてしかやってない。

SNSもカズヤにとっては酷い様だった。しかもトレンド入りしている単語やタグ、閲覧回数の高いコメントを見てみれば、

 

『熊五郎がいればテロなんて怖くない(白目)』

『テロリストより熊の方がヤバい、ヤバくない?』

『シェルブリットの熊』

『シェルブリットのカズヤ(熊)』

『カズヤ(熊)』

『熊(カズヤ)』

『これもう分かんねぇな』

『英雄』

『蝦夷野熊五郎』

『→さんを付けろよデコ助野郎!』

『ルナアタックを解決した英雄の正体』

『→まさか熊だったとは...』

『QUEENS of MUSIC』

『ツヴァイウィング』

『...ゆる...キャラ?』

『→いいえ、戦士です』

『熊ってノイズ倒すのか(困惑)』

『試される大地の熊やべぇ』

『北海道貫攻強壊(かんこうきょうかい)

『北海道の熊は怒ると光って爆発する』

『地球防衛軍蝦夷本部』

『テロ』

『今後のノイズ対策は熊を飼えばいいのか』

『→その熊怒ると周囲吹っ飛ばすけどええのか?』

『→強い(粉みかん)』

『テロリスト』

『何の光ぃ!?』

『テロを許さない熊、ライブ会場で大暴れ』

『→なおライブ会場はステージごと消し飛んだ模様』

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

『熊五郎が帰ってこない 北海道観光協会(公式)』

『→昨日ライブ会場でテロリスト相手に戦ってたぞ、帰ってきたら鮭差し上げて労って、どうぞ』

『で、真面目な話、熊五郎の中の人って誰なん? シェルブリットのカズヤってマジで誰?』

『→残念ながら誰も知らない、本当に』

『→誰も知らない...あっ(察し)』

『→マジレスすると国家が秘匿してた人物らしいから消される可能性あり』

『ヒエッ』

 

などという心踊り過ぎて心臓がバクバクする文言が飛び交っていた。

そしてちょっと面白いコメントが散見してて若干腹立つ。

背後でガチャリとドアが開く音を耳にし振り返れば、シャワーを浴びたすぐ後なのか、バスタオルを一枚体に巻いただけの翼が、濡れた髪をもう一枚のタオルで拭きながら入室してくる。

 

「いないと思ったら、もう起きてたの」

「おはようさん。三人は?」

「おはようカズヤ、奏達はまだぐっすり寝てるわ」

 

挨拶と返答を済ませ、翼はカズヤにしなだれかかるように隣に座った。

 

「どう? 一晩明けた世間の反応は?」

「いかに緒川とおっさん達の情報規制が重要なのかよく分かった」

「でしょうね」

 

クスクスと無邪気に翼が笑うと、通信機が鳴り響く。二課からの連絡だ。

 

「もしもし熊五郎です」

『カズヤくん、いきなり突っ込み待ちはやめてくれ。反応に困る』

 

出てみれば相手は弦十郎からだった。

 

「昨日の件か?」

『まあ、そうだな』

「俺ってもしかしてお偉いさんに呼び出し食らって説教でもされんのか?」

『ハハッ、何を言う! ノイズを使って会場全体を人質に取った連中相手に、死者を一人も出さずに観客達を逃がしたんだぞキミは。そんな人物相手に偉そうに説教できる人間などいないさ』

 

通信機の向こうで弦十郎は豪快に笑い飛ばす。

 

「そう言ってもらえると助かる。ネットとテレビ見て笑いが止まらねーからな、今」

『今や時の人だな、"シェルブリットのカズヤ"』

「熊だがな!」

 

二人で一頻り笑うと、弦十郎が話を切り替えた。

 

『昨日の件も含めて今後のことを話し合いたい。今日の夕方頃で構わないから本部に来てもらえないか?』

「いいぜ、女性陣にも伝えとく」

『ああ、頼む。ではまた後でな』

 

通信が切れると、翼がこちらの顔を覗き込みながら問う。

 

「叔父様は何て?」

「夕方頃に本部に召集だとよ」

「そう。なら、それまで時間はあるわね」

 

壁掛け時計で現在時刻を確認すると、翼が妖艶に微笑み、カズヤを押し倒す。

続いて仰向けのカズヤに跨がると、体に巻いていたバスタオルを剥ぎ取り放り捨て、一糸纏わぬ姿になるとそのまま覆い被さってきた。

 

「おいおい、お互いさっきシャワー浴びてさっぱりしたばっかじゃねーか」

「どうせこの後誰かが起きてきても、本部召集まで時間があるから結局汚れるわよ」

 

互いの吐息がかかる至近距離まで迫り、舌舐めずりの後に濡れた髪をかき上げる仕草が、男の劣情を誘う。

ついさっきまで無邪気に笑っていた少女はもういない。男を知り、その味を占めた女がいた。

 

「悪い子だな、翼。数時間前に散々やったってのに、もう欲しいのか?」

「周りを振り回して好き勝手する誰かさんの影響でね。真面目でいるのは歌手として歌う時、装者として防人として戦う時、学生として勉強する時。それ以外は肩の力を抜いてやりたいことをする。そんなメリハリをつけるだけで毎日がもっと充実するって気づいたのよ」

「初耳だそれ。なら今は肩の力を抜いてる時か」

「そういうこと。そもそもカズヤが何でもかんでも受け入れるから私達があなたに依存するの。知ってる? 女性って自分の全てを嫌な顔一つせず受け入れる男に依存すると、もう抜け出せないんだから......装者という特殊な立場が影響していないとは言わないけど」

 

翼はすぅーと目を細めるとこちらの首筋を一舐めしてから耳を甘噛みし、体内で疼き滾る熱を吐き出すように耳元で囁いた。

 

「しましょう、カズヤ。あなたと()()()()でする機会なんて滅多にないのよ」

 




翼さん、普段はバラエティー芸人だったり防人ってるけど、カズヤと二人きりだと急に女になるよ! ということで口調の変化もそのせい。
響は奏ん家泊まる時は未来に皆で本部に泊まるって嘘ついてるよ! 口裏合わせし易いからね、しょうがないね!
奏とクリスは一緒に暮らしてるから、言わなくても分かるよね!


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WANTED

年内中に投稿するの無理だったので今年初投稿となりました。
皆さん、新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


あの騒ぎから一週間が経過。

騒ぎが起きてからこれまでの間、行方知れずとなったマリア達がまたノイズを使って騒ぎを起こしたり、なんてことはなく、何処かの国や組織に対して示威行為や交渉の類いを行ったという情報もなく、今も彼女達の目的は不明のままだ。

カズヤ個人としては何もない平穏な一週間だったな、くらいの認識なのだが、他の様々な場所では蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていたりしていた。

例えば北海道の観光協会。カズヤが『蝦夷野熊五郎』の着ぐるみを用いて暴れたことで、連日問い合わせが凄いとのこと。ちなみにまだ着ぐるみは返していない。カズヤと奏とクリスの三人が暮らす部屋のリビングの一角を占領している。いつかちゃんと返したいが、タイミング的なものがあるので、弦十郎からは少し待ってくれと言われている。

次に日本政府。各国政府から"シェルブリットのカズヤ"について情報開示を求められるが、これをのらりくらりとかわしているらしい。答えは全て櫻井理論の中にある、という感じでアルター能力については一切答える気がないようだ。

というか、今は亡き櫻井了子を含めた二課の面々は、アルター能力の詳細についてお偉いさんに報告していない為、政府としても答えようがないのが実情だ。

理由としては、カズヤが異世界からやって来たことなどを含めた"向こう側"については下手に話すと混乱させるか信じてもらえないかのどちらかである為。故にシンフォギア・システムを生み出す過程で生まれた副産物を、試験的に運用したら偶発的に上手くいったが再現性が皆無な唯一無二の能力、というのがカズヤが二課に加わった頃に報告した内容らしい。これについてはカズヤを含め、装者達も初耳だった。

なお、シェルブリットがアルター能力の中でも身に纏うタイプの『融合装着型』であり、第二形態が右腕までしかアルター化させないからこそ、シンフォギア・システムの副産物という扱いにできたらしい。発動の際に周囲の物質を分解するのは、他のシンフォギアと異なりシステムが不完全の為、質量保存の法則から脱することができないので、周囲から分解した物質を取り込む必要があるとかなんとか。

こんな言い訳染みた言葉で各国政府が納得する訳もないが、日本政府はこれで押し通すとのこと。

ネットやテレビ、一般人が利用するSNSなどでは相変わらず熊五郎とカズヤの話題について持ちきりだ。

一つ変化があるとすれば、やはりかつてカズヤが助けた人々が世界各地におり、その人々があの時と同じ人物だと主張していること。

東洋人、名前からして日本人、男性、やや細身、身長は170半ば、などなどの主に外見に関するパーソナルデータも拡散されている。

流石にノイズに襲われている時に写真や動画を撮っていた猛者はいなかったようで、画像や動画の類いはない。

六年前、五年前、四年前、三年前、二年前、一年前、半年前、時期はそれぞれ異なるが、言っていることは皆一緒だ。

ノイズに襲われたところを助けてもらった。

命を救われた。

今でも感謝しています。

できるなら直接会ってお礼を言いたい。

確かにあの時、彼に名を尋ねると"シェルブリットのカズヤ"と名乗っていた、と。

 

(...どういたしましてとでも言えばいいのか)

 

こそばゆい気分になってきたので、ブラウザアプリを閉じ、スマホを仕舞う。

 

「お待たせしましたカズヤさん。では、行きましょうか」

 

その時だ。カズヤの耳に緒川の声が届く。

視線をそちらに向ければ、上の階に繋がる階段から降りてくる緒川の姿がある。その手には書類の束が入っていると思える茶封筒を持っていた。

緒川を筆頭にした黒服の兄ちゃん達の活躍により、マリア達の行方とまではいかないが、手がかりになるかもしれない何かを掴んだらしく、数時間前に反社会的な方々にカチコミしに行きませんかと誘われたので、物見遊山気分でついてきたのだ。

 

「どうだった?」

 

何人も倒れて積み重なってできあがった木っ端ヤクザの山──主にカズヤが素手で殴り倒した──椅子代わりに座っていたものから立ち上がり、カズヤが問えば、先程まで上階で兄貴ヤクザや親分ヤクザを叩きのめした後に家捜ししていた緒川はにこやかな笑みを見せた。

 

「なかなか興味深いものがありましたよ」

「そいつは良い。ヤクザの事務所一つ潰してなんにも出てこなかったら、何しにこんなゴミ溜めに来たのか分かんねーからな」

 

二人でヤクザの事務所を後にする。

 

「それにしてもマリアの、フィーネって名乗った連中の目的は一体何だったんだ?」

「自分達とカズヤさんの存在を世界に知らしめるのが目的、だけではなさそうなのは確かなんですがね」

 

近くの有料駐車場に向かいながらカズヤが疑問を声にし、緒川が考え込むが答えは出ない。

 

「奏と翼がマリアから直接聞いた話じゃ、俺は六年前にセレナの命を助けたらしいが、心当たりが多過ぎてどれがどれだか分かんねーよ」

 

今思えば、精神的に切羽詰まっていたので話もろくに聞かずにシェルブリットバーストをぶち込んだのは、早計だったかもしれない。今更ではあるのだが。

 

「命の恩人であるカズヤさんの身柄を要求した意図は不明。現れた四人のシンフォギア装者、ノイズを操る力、まだこれだけでは情報が足りません。焦るつもりはありませんが、諜報部でもなるべく情報収集と捜索は急ぎます」

「そうしてくれ。どうにも俺は戦闘以外の頭脳労働とかは向いてねーわ」

 

駐車していた車に乗り込むと、本部に向けて発進した。

 

 

 

完全聖遺物ネフィリム。六年前、起動に成功したものの制御不能な暴走状態に陥り、最終的に粉々にされた代物。

しかし、その心臓は無事、とは言い難い仮死状態になってしまったが、先週の一件で発生した莫大なフォニックゲインを吸収し、復活を果たす。

それだけに留まらずネフィリムは極僅かな餌──以前日本から送られてきたシェルブリットの破片──を与えただけで成長をし続け、最初は中型犬程度の大きさが、現在は熊よりも大きな体躯を誇っていた。

そのネフィリムは今、眠るように、何かを待つようにじっと動かず静かにその身を横たえ大人しくしている。

 

「くく、くくくく...かつて"シェルブリットのカズヤ"の手によって粉砕されてしまったネフィリムが、彼から放たれた力を吸収してここまで成長を果たすとは、実に皮肉な運命だとは思いませんか?」

 

モニターで監視しているネフィリムの姿を見ながら、上機嫌に笑う白衣の男──ドクター・ウェルが眼鏡越しに見せる怪しい目の光に、マリアは内心の不快な気分を押さえ込みつつ言う。

 

「けれど、これで私達はカズヤと、特異災害対策機動部と敵対してしまったわ。やっぱりノイズを使ったテロリストの真似事なんてするべきではなかったと思うのだけど」

 

この発言に、そばにいたナスターシャが何か言おうとして、やめる。マリアの気持ちを汲んでやりたかったのはやまやまだが、自分達が目的を果たす為には手段を選んでいる場合ではないからだ。

 

「またその話ですか? ソロモンの杖も手に入り、結果的にネフィリムも起動できた。あなたの要望である"シェルブリットのカズヤ"を名実共に英雄にすることもできた。これ以上何を望むのです? いくらなんでも高望みが過ぎますよ」

 

若干呆れた口調のウェルにマリアは語気を荒げた。

 

「カズヤの力はとっくの昔に見たでしょう!? 彼は単体の戦闘力ですら暴走状態のネフィリムを一撃で粉砕するほどとてつもないのに、ギア装者の能力を倍増させることもできるのよ! 敵対することになったら戦力で劣る私達が圧倒的に不利なのが分からないの!!」

「だからこそ、こうしてコソコソと隠れているのでしょう」

「だから、あんなことをせずに最初からこちらの事情を説明して協力を仰げば、敵対することもこんな風にコソコソ隠れる必要もなかったと言っているのよ!!」

 

ついに怒鳴り出したマリアを、ナスターシャがすっと出した手で制する。

 

「マムッ...!」

「少し落ち着きなさい」

 

言われて、内に溜まっていたものを吐き出すように溜め息をついてから謝罪するマリア。

 

「...ごめんなさい」

「マリア、あなたの言いたいことも分かります。しかし、彼は特異災害対策機動部に所属しており、更に言えばその組織は日本政府の特務機関。彼個人が協力的だとしても、彼の組織が、ひいては日本政府がそれを許しはしないでしょう。政治家や特権階級の人間がいかに自分達の利権や身の安全のことしか考えていないか、知らないあなたではないでしょう?」

「そもそも彼はあの時、あなたの話を、我々だけではなく世界にとって重要な話を聞こうとしましたか? いきなり殴りかかってきたではないですか。つまりは、そういうことなんです。たとえ世界を救った英雄だとしても、所詮彼も組織人。権力者の犬でしかないのですよ」

「...」

 

ナスターシャの嗜める言葉とウェルの追撃に、マリアは歯噛みし黙り込む。

本当は、あんなことなどしたくなかったのに。

できることならライブを終わらせた後、予め宣言したようにディナーに誘って、その時に六年前のお礼を言って、彼と色々な話がしたかった。

 

(...カズヤ...)

 

控え室で相対した気さくな青年の顔を思い出す。

子どものようにコロコロと表情を変える、とても可愛らしい男性。

 

(やっと、あなたに会えたのに...)

 

あんな暴露するような形で彼を英雄として世界に知らしめたかったんじゃない。

協力してもらって、一緒に世界を救って、その上で世界中の人々から称賛されるような英雄として凱旋して欲しかった。

自分の憧れの男性はこんなにも素敵な人なのだと、世界に自慢したかった。

何故なら彼は──

 

(六年前のあの時から...あなたは私の英雄なんだもの...)

 

 

 

熱いシャワーを浴びながら、セレナは一週間前の光景を思い出す。

眠る彼に寄り添う、四人の装者。

後ろから彼を抱き締め、その頬に口づけした雪音クリスの勝ち誇った忌々しい笑み。

腹立たしい。

来日する前、事前に調べた情報から彼が装者達から好意を寄せられているらしいことは分かっていたが、いざ目の当たりにすると、これまで覚えたことのない激しい怒りと嫉妬が沸き上がる。

どうすればいい?

どうすれば彼を奪える?

思考がどんどん好戦的かつ攻撃的になっていく。

普段のセレナであれば、争いを好まない優しい性格の為、こんなことなど考えることさえ嫌がるだろう。

しかし、育った環境が特殊だったことによる弊害と、これまで姉と共に『いつかカズヤと再会できること』を夢見て、心の支えとして生きてきたセレナにとって、カズヤの存在はそれだけ大きく膨れ上がっていたのだ。

 

「セレナ、いつまでシャワー浴びてるデスか?」

 

ふと気づけば、切歌が心配気に顔を覗き込んでいる。

隣には調もいた。

 

「...切歌さん? 調さん?」

「さっきシャワー浴びるって言ってから、その後に私と調がシャワー浴びに来て終わるまで、結構時間経ってるデスよ」

「あ...ごめんなさい」

 

どうやらかなり長い時間、シャワーを浴び続けていたらしい。手の平を見ればふやけていた。

シャワーを止めてタオルを手に取りシャワールームを出る。

それに二人は無言でついてきた。

濡れた髪や体をタオルで拭いていると、

 

「うっ!」

「調!?」

 

調が突然頭を抱えて蹲る。

 

「調さん!?」

 

切歌に両肩を掴まれた調は、ゆっくりと首を横に振ると「心配しないで、大丈夫だから」とまるで自分に言い聞かせるように呟く。

これで心配するなというのは無理な話だが、調は頑なに自分は平気だと主張した。

 

 

 

 

 

ほら、だから言ったじゃない。カズヤくんに回りくどいこと仕掛けると痛い目見るどころか全部叩き潰されて、完膚なきまで滅茶苦茶にされた上に吹っ飛ばされるって。

 

(そこまでは聞いてない)

 

あらそうだった? でもこれで分かったでしょ。彼と敵対するということがどういうことか。

 

(...あなたは、彼とどんな関係だったの?)

 

そうね...一応、仲間だった。

 

(だった?)

 

ええ。私は裏切り者。たくさんの人々を裏切り、騙し、そしてカズヤくんと、皆と敵対し...最終的にどうなったと思う?

 

(どうなったの?)

 

これ以上ないほどボッコボコにされたわ。シェルブリットバーストなんて何発食らったか分からないくらい。

 

(あれを...何発も...)

 

でも私はあれで良かったわ。彼にぶん殴られて、大切なことに気づくことができた。

 

(...)

 

だからあなた達も今ならまだ遅くないわ。全員、額が割れるくらいの勢いで地面をめり込ませる土下座をすれば、一人につきシェルブリットバースト三発程度で許してくれる......といいわね。

 

(え? 許してくれないの?)

 

...たぶん、『おう、考えてやるよ』って感じで、殴ってくるわよ。

 

(...酷過ぎる)

 

でもきっと大丈夫よ。クリスも以前彼にコテンパンにされたけど、元気にしてたし、相変わらずカズヤくんにベッタベタみたいだし。

 

(クリス? イチイバルの、ギア装者...そういえば凄い怒ってた)

 

見事な怒りっぷりだったわね。でもあれ、少し心配よ。あの子、どれだけカズヤくんに依存してるのかしら。もし彼に何かあれば後追い自殺でもするんじゃない?

 

(恋人関係、なの? カズヤとイチイバルの装者は?)

 

...............えっと...............。

 

(?)

 

......恋人関係というより、きっと彼は装者全員と爛れた関係なんじゃないかしら?

 

(はあ...)

 

わ、私も詳しくは知らないの。だから先に言っておくけど、これは鵜呑みにしないでね?

 

(???)

 

彼女達、パッと見た感じ...私が最期に見た時より妙に艶っぽいというか、綺麗になってたというか、雰囲気が大人の女、って感じだったのよ。分かり易い言い方をすれば、男を知った女の顔、って言えばいいのか......あの時、カズヤくんが装者達になんでもするとか言ってたけど、本当になんでもしたとしか思えないわ。

 

(よく分からない)

 

え? あ、そそそそうよね! あなたにはまだ早過ぎたわねこの話! ということで今のなし! 聞かなかったことにしてちょうだい!!

 

(なんでそんなに慌ててるの?)

 

あー! 時間がない! 時間がないわー! ということで、名残惜しいけどまた今度ねー!

 

(あ、ちょっと...)

 

 

 

 

 

目が覚めると、ベッドで寝ていることに気づく。

調は仰向けの状態から起き上がる。

 

「また、あの人...」

 

顔も名前も分からない女性との会話。

すぐ隣で切歌が寝ていることに気づき、咄嗟に声の大きさを抑えた。

 

「...カズヤと仲間だったけど、裏切って、最終的にシェルブリットバーストを何発も食らって、ボッコボコにされた...」

 

数日前にナスターシャが閲覧していた映像が脳裏に浮かぶ。

 

『これがアタシ達の絶唱!!』

『そしてこれが俺達の!!』

『シェルブリットバーストだああああ!!』

『『『どおおおおおおおおおりゃっ!!!』』』

 

ヒッ、と喉の奥から小さな悲鳴が漏れる。

 

「あんなのを、最低でも三発...」

 

その夜、調はそれ以降眠ることができず、朝まで膝を抱えていた。

 

 

 

 

 

【WANTED】

 

 

 

 

 

夜の戸張がすっかり降りて真っ暗となった時間帯。

閉鎖されてから結構な時間が経過した廃病院を前にして、カズヤが天を仰いで喚く。

 

「うぅぅぅそぉぉぉだぁぁぁろぉぉぉ!?」

 

頭を抱えて蹲ると、イヤイヤと首を横に振る。

 

「昨日の夜に病院を舞台にしたホラー映画見たばっかだぞ俺はぁぁぁぁ!!」

 

情けないことを嘆くカズヤのすぐ後ろで、同じ映画を見たクリスが青い顔をしていた。

 

「そんな俺とクリスに廃病院の中に突入しろとか鬼かアンタら!!」

『...知らんよ...』

 

通信機越しの弦十郎がすげなく返答する。

 

「カズヤさんってお化けとかダメだったんですね」

「本人曰く、もし出たら殴ってもすり抜けて倒せないから、だって。だからゾンビ映画とかのスプラッタ系とか洋画のホラーは平気みたい。和風なホラーがてんでダメ、というか物理的に殴れないのがダメなの」

「なんとまあ、カズヤらしい」

 

カズヤの意外な弱点に響が良いことを知ったとばかりに唸り、奏が惜しくもないとばかりに暴露し、理由を聞いて納得する翼。

ちなみにお化け屋敷は物理的に殴れるので怖くないと豪語するが、奏としてはカズヤがお化け役の人や機械をぶん殴る方がある意味怖いので、絶対にコイツをお化け屋敷に連れて行ってはいけないと誓っている。

 

「後ろで固まってるクリスちゃんは...」

「クリスもクリスで、怖いのにホラーもの見たがるんだよね~。一人だと絶対見ないのに、アタシかカズヤがいると、ね」

「まさか雪音もか」

「でも、ホラーものをあの二人と一緒に見ると楽しいよ。いつもテレビの前でソファーに座って見るんだけど、二人共寒さに震える子犬みたいにぶるぶる震えてさ、全く同じタイミングで叫びながら抱きついてくんの! 右から左から抱きつかれて、なかなか幸せだよアタシは!!」

 

いーっひっひっひ、と奏が腹を抱えて大笑いする横で、彼女の態度に怒る余裕すらないカズヤとクリスが絶望的な表情をしている。

 

『翼、二人を連れて突入しろ。奏と響くんは正面玄関と裏口でそれぞれ待機』

「了解。ほら行くぞ、カズヤ、雪音、二人共いい加減腹を括れ!」

 

後ろから二人の腕を取り、無理矢理歩き出す翼に引き摺られ、カズヤとクリスは青い顔のまま廃病院に突入した。

経緯としては、廃病院となって久しいこの場所に、二ヶ月前から不審な物資の搬入が行われているという情報を、緒川率いる諜報部が掴んだ。

怪しいのなら突入するのみ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。

ということで突入メンバーに選抜されたのが、高い突破力と爆発力を持ち、接近戦に優れ、装者と同調し他のメンバーの出力を底上げできるカズヤ。

カズヤ同様接近戦に優れ、高い機動力と汎用性を誇る翼。

二人(というより全員)と異なり遠距離攻撃に特化しているクリス。

というバランスを考えた三名。

奏と響は三人が中で暴れて何か出てきたら、ドスっとやる待ち伏せだ。

要するに五人で突入させるのではなく、折角五人もいるんだから突入と待ち伏せで分けた采配だ。突入前にして先のようにカズヤが散々駄々を捏ねたが。

 

 

 

「二人共...そんな風にくっ付かれると歩きにくいのだが」

 

少し困ったように告げる翼の両腕を、カズヤが右から、クリスが左からピッタリ抱きつくようにしていた。

 

「そんな悲しいこと言うな! 今俺は、翼の手を離したら、俺の魂ごと離しちまう気がするんだ!!」

 

指と指を絡めて繋いだ手に、ぎゅっと力が篭る。

震えているので、演技ではなく、本当にビビっているのが分かった。

 

(常に余裕の態度で飄々としているカズヤが...かつてないほど私を頼りにしている、だと!?)

 

任務中だというのに、翼はカズヤの意外過ぎる姿に母性本能を刺激され胸がときめく。このまるでダメな男は私が守ってやらなくては! という謎の使命感が生まれていた。

 

「カズヤ! こんな場面で『魂』とかいう単語を使うんじゃねぇ! もし沸いてきたらどうすんだ!?」

 

こちらもこちらで、クリスは怯えた小動物が必死に威嚇するように訴える姿が、可愛らしい。こんなに後輩に頼られるのは先輩の冥利に尽きるというもの。

 

(しかし気の強い雪音すらもこの有り様なのか)

 

昨夜見た病院を舞台にしたホラー映画というのが、余程怖かったらしい。

普段は気が強いというか、我の強い二人。それが今、必死に翼の手を離すまいとしている様子に、翼は思わず唇を喜悦に歪めた。

沸々と胸に込み上げてくるこの愉悦は一体何なのか!?

 

(ズルいぞ奏。家でホラー映画を見る時は常にこの幸せサンドイッチを味わっているのか! 今度ホラー映画を大量にレンタルして皆で鑑賞会だ!)

 

聞く人が聞けば鬼畜と罵られるような所業を考えながら、翼は繋いだ両の手をしっかり握り締め、廃病院の奥へと進む。

 

「な、なんにも出ねーな」

 

暫く廃病院内を歩き続けてみるが、ネズミ一匹出てこない。

相変わらずおっかなびっくりしているカズヤの呟きに翼は同意する。

 

「ああ。もしかしたら我々の接近に気づき、この場所を根城にしていた輩は既に逃走した可能性もある」

「まさかこんな目に遭ってんのに無駄足か?」

 

隣のクリスが少し不満気だが、何か出たら出たで彼女が一番悲鳴を上げそうだった。

 

「まだ何が潜んでいるか分からない。注意しつつ、隈無く探索しよう」

 

勇ましい翼の発言に、カズヤとクリスは揃ってカクカクと首を縦に振って頷く。

 

 

 

それから一時間半後。

緊張と恐怖から解放されたカズヤとクリスが、廃病院の外の壁際に憔悴し切った様子で寄り添うように力なく座っている。

結局、何も出なかったのだ。

しかし、カズヤ達にはよく分からない設備や機器といったものが綺麗な状態で捨て置かれていたり、人が過ごしていたと思われる痕跡を見つけたのだ。閉鎖されてかなりの時間が経つ廃病院であるにも関わらず、である。

また、緒川達が別口で調べた結果、電気の供給が行われていた痕跡を発見。

実際はもぬけの殻。翼が言う通り、既に逃走された後らしいのが残念だが。

カズヤと装者四名は、後のことは緒川率いる諜報部の者達──黒服の怖い兄ちゃん達──に任せ、帰宅するよう指示される。

帰宅の際、奏が運転する車の中で、助手席に座るカズヤが力ない声で懇願した。

 

「...誰か楽しい話してくれ」

 

これに元気に応じたのは響。

 

「そういえばウチの学院、もうすぐ秋桜祭です! カズヤさんと奏さん、是非来てくださいね!」

「文化祭みたいなもんか?」

「はい、そうです!」

 

それから秋桜祭で隣のクラスがメイド喫茶をやるとか、優勝すれば生徒会権限の及ぶ範囲で願いが叶う歌の勝ち抜きステージがあるとかの話が上がり、段々車内のテンションが高まる。

 

「雪音、そういえばクラスメートから学校行事に参加して欲しいと言われてなかったか?」

「「ほう?」」

「ちょ、バカ何バラしてんだ!」

「何? 何々? 何の話? クリスちゃん、秋桜祭でなんかやるの!?」

 

翼の何気ない一言にカズヤと奏が揃ってニヤリと笑い、クリスが赤面して慌てると、響も食いつく。

詳しい話を聞けば、クリスはクラスメートから先程話した勝ち抜きステージに出場して欲しいと頼まれているとのこと。

 

「へー、いいじゃねーか。クリスが出るなら俺絶対見に行くぜ」

「面白そうだからアタシも。クリス、楽しみにしてるよ」

 

案の定、カズヤと奏は秋桜祭に行く旨を告げると、クリスは赤い顔のまま縮こまる。

 

「それにな、クリスにとっては恥ずかしいかもしんねーけど、学生の時にしかできねーことは可能な限りやっとけ。後で『あん時やっとけばよかった』って悔いても花の女子高生活は戻らねー。学生の今しか、学校での生活は楽しめねーからな」

 

何処か悟ったような口調で諭すカズヤの言葉に、クリスは小さく素直に「うん」と頷いた。

 

「...カズヤ、今良い話したって感じの雰囲気だけど、アンタは学校通う気ゼロだったよね」

「当たり前だ。学校なんて今更行くかよ面倒くせー」

「学生の時にしかできないことをやっとけというのは一体何だったのか」

「まあ、カズヤさん学校通うイメージ皆無だから、そこがらしいと言えばらしいですけど」

 

半眼で奏が突っ込むがカズヤは鼻で笑い、翼と響はしょうがないなコイツ、と呆れた。

 

 

 

二課が突入する数時間前の時点で、アジトにしていた廃病院から必要な物資をエアキャリアに積み、既に移動していたマリア達は、一先ず今夜落ち着ける場所に停泊していた。

その際、ウェルが他の者達にあることを告げる。

 

「ネフィリムが、餌を食べない?」

 

告げられた事実にナスターシャは首を傾げる。

暴食と共食いの伝承を持ち、無限に食らい続けるはずの堕ちた巨人が、餌である聖遺物の欠片に全く反応を示さないという。

 

「正確には、シェルブリットの破片以外は餌として認識しないようです。それ以外は何を与えても無反応。これは少々、厄介なことになりましたよ」

 

そう言ってウェルは肩を竦める。

聞かされた内容にマリアとセレナが顔を顰めた。

 

「どうしてそんな事態になっているか説明してもらえる?」

 

目を細め詰問するマリアにウェルは「これはあくまで推論ですが」と切り出した。

 

「六年前、ネフィリムは"シェルブリットのカズヤ"から強大な力を受けて破壊されました。しかし、一週間前に彼の力によって復活。その後シェルブリットの破片を与えたところ、今の大きさまで順調に成長を果たしています。しかしそれ以降他の餌を摂らないということは、ネフィリムは復活してから、ずっと彼の力を求めていると考えられます」

「つまりネフィリムがこれ以上成長するには、カズヤの、アルター能力で生成された物質が必要ということね」

「ええ。恐らくですが」

 

マリアの言葉に満足気に首肯するウェルとは対照的に、ナスターシャは渋い表情で呻く。

 

「困りましたね。以前日本から送られてきたシェルブリットの破片は半分以上をギアの改修に回してしまいました。今日までネフィリムに与えていたのはその余り。その余りも残り僅かです。他の聖遺物を餌として認識しない場合、このままでは与える餌が無くなってしまいます」

「シェルブリットの欠片自体は、ギアも含めればもう少しありますがね」

 

マリア、セレナ、切歌、調が咄嗟にウェルの視線を遮るようにそれぞれ首から下げたペンダントを握り締めた。

その反応に彼は「冗談です」と苦笑。

兎にも角にも、餌がないとネフィリムはこれ以上成長しない。しかし餌はある意味で聖遺物よりも手に入りにくい代物。

現状、カズヤがこちらに協力するのはあり得ない。

ならば、無理矢理協力させるか、餌と代わるものを奪うかの二択。

 

「マリア姉さん、覚えてる? 二課の装者のギアを」

 

セレナの声にマリアは先の敗北を思い出し、苦い顔になる。

 

「...そういえば自慢してたわね。私達のギアはお前達のものとは格が違う、一度壊れたギアをカズヤが再構成して新しく生まれ変わらせてくれた、シンフォギアでありながらシェルブリットでもある、って」

 

切歌と調がそれを聞いて顔を見合わせた。

 

「だったらそれを奪ってしまえばいいのデス!」

「そうすればネフィリムの餌に関する問題は解決」

「更に連中の戦力も減らせるデスよ!」

「ペンダントを四つ奪えば残るは"シェルブリットのカズヤ"のみ」

 

名案デス! と切歌が唱え調が同意するが、そんなリスキーな役目を誰が担うかという話になる。

 

「私がやります」

 

一歩前に進み出て言うのはセレナだ。

だが、ナスターシャは彼女の瞳の奥に宿り燃える黒い炎に危険を感じ、咄嗟に反対していた。

 

「いけません」

「どうして!?」

「セレナにはマリアや私達の護衛に就いてもらいます」

「...」

「なら私と調がやるデス!」

「任せて」

 

反論できず黙るセレナに代わり切歌と調が言う。

そんな二人にマリアは何か悩むように瞼を閉じて暫し考え込んでから、ゆっくり口と瞼を開く。

 

「...切歌、調、二人共気をつけて。カズヤは当然だけど、装者の方も一筋縄ではいかないわ。だから、無理だけはしないで。危険を感じたらすぐに逃げるのよ」

「分かってるデスよマリア。あいつらが全員やべぇのは百も承知デス」

「身を以て思い知った」

 

鬼と化したクリスの姿を思い出し、調は予測する。

爛れた関係というのが具体的どういうことを示すのか分からないが、他の装者もカズヤに何かあればクリスのように情け容赦なく、一切の手加減もなしに攻撃してくるのだろう。

そうなる前に、ペンダントを奪う必要がある。

何か、いい方法はないだろうか?

 

 

 

秋桜祭の当日。

一般公開されたリディアン音学院は、学院に在籍する生徒を除けば老若男女の区別なく、多くの人々が来場していた。

そんな多くの人々に混じってカズヤと奏は学院に踏み入り、皆と合流して一緒に見て回ろうと思いスマホでメッセージを送信。

程なくしていつもの面子に未来を加えた計六人となったところで校内を練り歩く。

やはりというかなんというか、カズヤと響が率先して飲食物を取り扱う出店やクラスの出し物に、まるで誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように足をそちらに向けるので、他の四人は予想通りだと笑うしかなかった。

そんな中、奏の視界に一つ気になるものが映る。

 

「手相? 女子高の文化祭でタロット占いとかなら分かるけど、手相見るのを出し物にしてるクラスなんてあるんだ」

 

手相を見るとは、占いの類いの中ではなかなか渋い選択をする生徒がいるもんだと唸り、ちょっと面白そうだから行ってみない? という奏の提案はあっさり受け入れられ、六人でぞろぞろ並ぶ。

そして──

 

「ブハッ、ワハハハハッ! あなた、これヤバいですよ! とんでもない女難の相が出てますっ!!」

 

カズヤの手を取り虫眼鏡で相を見ていた女生徒が、何がそんなにおかしいのかゲラゲラ笑いながら告げた。

 

「スゲー、よく分かるな...何者だよ」

「でも一番ヤバいのはそんなことなどちっとも気にしないあなたの性格ですね! あなた、よく周りを振り回して好き勝手やる男って他の人達から認知されてるでしょう?」

「まあな」

「原因はそれです」

「は?」

「あなたが傍若無人に振る舞えば振る舞うほど、あなたの言動に巻き込まれた周囲があなたに感化されていくんですよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんです。あなたが普段から全く自重しないから、本来なら自重するべき場面で周囲の人間が突然自重しなくなる。いえ、我慢しなくなると言った方が正しいかもしれません。特に、あなたに近ければ近い女性ほど、その傾向が強いですよ」

「...」

「でもね、私はそれでいいと思います。自分の思うがままに生きることが、最もあなたらしくて魅力的なんです。だからあなたは、これまで通り傍若無人でいてください」

「...キミ、ホントに女子高生かよ?」

「当然です。見れば分かるでしょ」

 

将来絶対大物の手相占い師になるぞこの子、と内心で確信しながら手相占いを出し物にしていたクラスの教室から出る。

 

「よう、どうだったよ? 俺は今まで通りでいい、って言われたんだが...」

 

最後に出てきたカズヤが待っていた女性陣に尋ねると、皆口を揃えて「男に苦労させられるって」とジト目で宣った。

 

「.........そういや、そろそろクリスが出場する勝ち抜きステージの時間じゃねーの?」

 

コイツ都合が悪くなって話無理矢理変えやがったな、という目線が女性陣から突き刺さるが断固たる決意で無視すると、やがてクリスが溜め息を吐いてから踵を返す。

 

「...じゃ、行ってくる。あんま期待すんなよ」

 

そう言って立ち去ろうとするので、カズヤは後ろから彼女を抱き締めるように捕まえると、耳元で囁く。

 

「楽しめ、クリス。俺はお前が歌うこと好きなの知ってるし、それを恥ずかしがることなんてねーって。心のままに歌えばいい...それに俺はお前の歌も、楽しそうに歌ってるお前も、超大好きだぜ」

「...っ! バカ野郎...こういうことは、こんな所じゃなくて、家でしろっての...!!」

 

頬を赤く染めながら文句を言うと、クリスはたたたと廊下を走り去った。

 

 

 

舞台裏で出番を待ちながら、あたしは緊張を解すように大きく深呼吸をする。

切っ掛けは、あたしを何かと理由をつけて学校行事に参加させようとするクラスメート達。

最初は関わることさえ怖かった。あたしと違って、普通に育って普通に暮らしてきた普通の女の子達。あたしと関わったら、何かの拍子に傷つけてしまうのではと思っていた。

けど──

 

『クリス、友達できたか?』

『学校で何か楽しいことあったら、アタシとカズヤに聞かせてよ』

 

家に帰れば、毎日のように学校生活について聞きたがる家族が二人。

カズヤと奏のお陰で、あたしは自分の気持ちに以前より素直になれたと思う。

たくさんの人達の前で歌うという事実に恥ずかしさはあるものの、あいつがあたしの歌を聞きたがっているんだ。だったら言われた通り、心のままに歌おう。

 

『さて、次なる挑戦者の登場です!』

 

ついに出番がやってきた。

 

「雪音さん、頑張って!」

 

クラスメート、否、友達に背中を押され、舞台裏からステージの中央まで出る。

ステージからはカズヤ達が何処に座っているのか分からない。でも、見守ってくれているのだけは感じ取れた。

音楽が流れる。それにリズムを合わせて体を揺らす。

あたしは歌う。大好きな人の為に、大切な家族の為に、こんなあたしを仲間だと、友達だと言ってくれる人達の為に、胸の想いを歌に乗せて全力で歌う。

歌い始めて改めて思う。

楽しい!!

あの時、カズヤが気づかせてくれた。忘れていた大切なことを思い出させてくれた。

歌を歌うのは楽しくて、それを聴いてくれる人がいることが嬉しくて、そして何より、あたしは歌うことが大好きなんだってことを。

ありがとうという感謝の気持ちが歌に乗る。胸に込み上げてくる熱い想いがそのまま歌となる。

歌いながら、今更ながらにやっと自信を持つことができた。

ここは、あたしがいていい、あたしが帰る場所なのだということを。

 

 

 

『勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生!!』

 

暗闇の中、ステージに立つクリスにスポットライトが当たる。

 

『さあ、次なる挑戦者は!? 飛び入りも大歓迎ですよー!!』

 

びっくりしている当の本人であるクリスを置いて、歓声と拍手が巻き起こる中、司会者が次なる挑戦者を募った。

 

「やるデス!」

 

その時観客席の中から、元気な女の子の声と手が上がる。

そして二人の少女が立ち上がり、その二人を見てクリスが思わず身構えた。

 

「あいつらっ!!」

 

片方は月読調。もう片方は暁切歌。

 

「チャンピオンに」

「挑戦デス!」

 

 




カズヤの同調があるせいでAnti_LiNKERが効きにくい、というかろくに効かないこと、そもそも戦闘要員の数で負けており戦力差が開いていることにより、マリアさん達は戦闘せずにとっとと逃げました。
というか、書いてて思いましたがカズヤ達とマリアさん達との温度差よ...


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獅子身中の虫

何度アニメのG編見直しても、切歌の一人称って「私」なのか「あたし」なのか分からない時がある。私の耳腐ってんのかな?


勝ち抜きステージに挑戦者として名乗り出た二人を指差して、カズヤは両隣に座る響と奏に低い声で質問する。

 

「あの二人が敵の装者で間違いねーのか?」

 

彼の横顔はつい先程までクリスの歌を聴いていた時の穏やかなものではない。敵を睨む際に見せる、鋭い眼光を放っていた。

そばにいる装者三名のリアクションから切歌と調を敵と認識したらしい。

マリアとセレナの姉妹は直接見たが、他の二人を実際に目にしたのはこれが初めてだったのだ。

右手の指を人差し指から中指、薬指、小指、最後に親指と順に折り曲げ拳を作り、グググと強く握り締める。

今にもアルター能力を発動させかねない空気を纏うカズヤに、咄嗟に右隣の奏が両手で彼の右拳を握り、続いて左隣の響が横から彼の頭を自身の胸に埋めさせるように抱える。

 

「落ち着けこの無鉄砲の鉄砲玉! カズヤはここを戦場にするつもりか!?」

「カズヤさんお願い抑えて、抑えてください!」

「フガフガ」

 

響の腕の中及び胸の中でカズヤが呼吸困難に陥っている間に、司会者に促されステージに二人の少女が登壇し、マイクを手にしていた。

 

『それでは歌っていただきましょう! えーと──』

『月読調と』

『暁切歌デス!』

 

名乗りを上げる敵装者二人。

 

『オーケー! 二人が歌う"ORBITAL BEAT"、勿論"ツヴァイウィング"のナンバーだぁ!』

 

ミュージックスタート。

リズムを取る二人から視線を外さず、カズヤの頭をギュウギュウ抱き締めながら響が声を漏らす。

 

「この歌...!!」

「奏さんと翼さんの...」

「何のつもりの当て擦り? 挑発のつもりか」

 

未来が奏と翼に視線を移し、翼の語気が少し荒くなる。

 

「へぇ、アタシらに戦いだけじゃなく歌でも喧嘩売るっての? 面白い」

 

獰猛な笑みを見せる奏。

 

「...フガフガ、フガ...」

 

ステージの上で歌う二人に注目した為、カズヤが必死に自由な左手で響の肩を弱々しくタップしていることに誰も気づかなかった。

 

 

 

同時刻。

マリア達が潜伏している閉鎖工場に、米国から派遣された特殊部隊が襲来していた。

聖遺物に関する技術を独占したマリア達の目的が、米国がひた隠しにしている事実を公開することと判断し、抹殺しに来たのだ。

ナスターシャより特殊部隊を排撃するよう命令を受けたセレナは、シンフォギアを纏い、自身の内側に燻る苛立ちをぶつけるようにアームドギアを振るう。

殺すつもりは当然ないが、邪魔立てする以上は少し痛い目に遭ってもらうつもりだ。

銃声が響き渡り鉛弾が降り注ぐ。

しかしそんなものなどシンフォギアには一切通用しない。むしろ銃による攻撃はセレナに雪音クリスを思い出させて逆効果だった。殺さない程度に攻撃が苛烈となり、特殊部隊の面々は白銀の蛇腹剣の一撃を食らい吹き飛ぶ。

程なくして特殊部隊の無力化が完了すると、倒れ伏し苦し気に呻く男達を見下ろしながら、セレナは解消されない苛立ちをそのまま口にする。

 

「...こんなことがしたい訳じゃ、ないのに...!」

 

血塗れの蛇腹剣は鈍く光るだけで、何も応えてくれない。

 

 

 

切歌と調が歌い終わる。同時に歓声と拍手が起きる中、響の力が緩んだことでカズヤがその拘束から抜け出した。

 

「...プハッ、柔らかな幸せの中で、ち、窒息するかと思った」

 

一人ゼーハーゼーハーしている彼に一度視線を向けてから、奏と翼と響の三人は顔を見合わせて頷き合うと席を立つ。

 

「響...」

 

未来が心配気な表情で名を呼ぶ。

 

「大丈夫、心配しないで未来。一応、話し合うつもりで接触してみる」

 

けど、と表情を引き締めた。

 

「あの二人の出方次第では最悪、戦闘になるかもしれない」

 

告げると、息も絶え絶えなカズヤを引き摺り起こし、その首根っこを脇に抱えて歩いていく。

 

「...ぐえあ...まだ続くのか、この苦しい幸せは...!」

「幸せなら文句言わないでください」

「くっ! 抜け出せねー、これも男の悲しい(さが)か!」

 

丁度ステージでは、採点結果が発表される寸前で、切歌と調が慌てた様子でステージから逃げ出すように走り去るところだった。

 

 

 

切歌と調の二人にはすぐに追いついた。建物の外だが学院の敷地内、出店が並ぶ道路にて二人の前方から奏と翼が回り込み、後方からカズヤと響とクリスが迫り挟み撃ちの形となる。

カズヤが一歩前に出て、腰を落とし、二人に向かって真っ直ぐ右腕を伸ばしてから、拳を握り締めた。

 

「さあ、どうする? 数じゃこっちの方が分があるし、俺が考えなしのバカ野郎ってのは先刻承知だろ? それとも前みてーにノイズ使って人質でも取るか? やるんだったら好きにしろよ...その代わり、テメーらにしこたまシェルブリットバーストぶちかますから覚悟しやがれ」

 

最早どちらが悪人なのか分からない雰囲気で恫喝しているとしか思えないカズヤの発言に、切歌と調が怯む。

しかし切歌は勇気を振り絞り、調を自身の背後に庇うように前に出てから「大丈夫、調を守るのが私の役目デス」と微笑んでからカズヤを睨み返す。

 

()()()!」

()()()だ!!」

 

名を間違えて呼ぶ切歌にカズヤは反射的に訂正する。

 

「そっちがその気なら私が相手になってやるデス!!」

 

目の前のカズヤに人差し指を突きつけ勇ましく啖呵を切る彼女の背後で、調がスカートのポケットからおもむろにハンカチと小さな小瓶を取り出し、蓋を開けて中の液体をハンカチに染み込ませると、小瓶に蓋をしてポケットに仕舞い、背後から抱きつくように切歌の口と鼻をハンカチで覆う。

 

「っ...!?」

 

自身に何が起こったのか理解もできないまま、切歌は意識を失い力なく崩れ落ちる。

そんな彼女を優しく抱き留め支えながら、調はこう言った。

 

「流石よ()()()くん。思った通り、あなたを前にして調()が心に隙を見せてくれたわ...全く、寝ている時かこうでもしないとこの子の魂を塗り潰さずに体の主導権を奪えないんだから、不便なものね」

 

明らかに纏う空気と口調が豹変した調の様子に誰もが驚き戸惑うが、カズヤ達は同時に懐かしさを覚える。

 

「あんた、まさか...!?」

 

カズヤが呆然としながら口を開く。

それに調は、否、調の姿をした別の何かが応答した。

 

「久しぶりね、カズヤくん、クリス、奏ちゃん、翼ちゃん、響ちゃん。そうよ! 私はあなた達にとってできる女、櫻井了子こと永遠の刹那を生きる巫女、フィーネよ!!」

 

そう言って、バチンッ、と調の体を使って可愛らしくウィンクした。

 

 

 

 

 

【獅子身中の虫】

 

 

 

 

 

「とりあえずカズヤくん、切歌のことよろしく。調の体って見ての通り細くて筋力ないからこの体勢辛いのよ。あと学生三人組、近くにベンチみたいな休める場所はない? 切歌をそこに運んで欲しいの。時間がないから急いで!」

 

調、ではなく櫻井了子もといフィーネは矢継ぎ早に指示を出す。

戸惑いながらも言われたままに切歌を横抱きするカズヤ。

ベンチまでの先導を響に任せつつ、歩きながらカズヤが尋ねる。

 

「どういうことか説明してもらってもいいか?」

「時間がないから要点だけ話すわ。櫻井了子の次の転生先がこの月読調だったの。この子は現在、武装組織フィーネの構成員にしてシュルシャガナの装者。ちなみにマリアとセレナと切歌と調は、昔私が切っ掛けで設立された米国連邦聖遺物研究機関"F.I.S"における私の転生先候補として世界中から集められた"レセプターチルドレン"という存在なのよ」

 

いきなりもたらされる大量の情報にカズヤ達は混乱するが、フィーネは構わず続ける。

 

「武装組織フィーネの構成員は全員で六名。知っての通り、マリア、セレナ、切歌、調の装者四名。加えて聖遺物研究専門の技術者、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。マリア達からはマムと呼ばれ慕われている老齢の女性で、マリア達にとっては育ての親のような存在ね。最後に生化学の研究者、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称ウェル博士。いい年こいて英雄願望拗らせてるいけ好かない眼鏡のマッドな小僧で、こいつが今ソロモンの杖を所持してるわ。六人共、元F.I.S所属で今は米国から粛清の対象とされているみたい」

 

中庭のような場所に到着し、カズヤが横抱きにしていた切歌をベンチに横にする。

それから五人はフィーネを囲むようにして彼女の話を聞く。

周囲は秋桜祭の喧騒から少し離れており、話をする場所としてはおあつらえ向きだった。

 

「マリア達がF.I.Sを離反しテロリストとして武装蜂起を起こした理由は、ルナアタックの影響で月の公転軌道に微妙なズレが生じ、遠くない将来、月が地球に落ちてくるからそれを防ぐ為。つまり、米国が月の落下について発表した内容は全部嘘っぱち。政治家や特権階級の権力者が自分達だけ助かろうとコソコソしていたところ、彼女達は隠された真実を知り、それを公表しようとしてた。米国に粛清の対象として狙われてる理由はこれ。で、この前のライブを利用して真実を全世界に向けて公表しようとしたんだけど...カズヤくんがシェルブリットバーストで全部台無しにしたのよね」

 

カズヤくんが、からのくだりを聞いてカズヤが心外だとばかりに叫んだ。

 

「おいこら待てっ! いくらなんでもあん時は仕方ねーだろ!! つーか、何か? マリア達は本当はテロリストじゃなくて、世界を救う為に、世間的にテロ行為としか思えねーことをしてたってことか!?」

「そういうこと。そもそもノイズを使ったテロ行為自体にマリアとセレナは反対してたの。あの二人は最初からカズヤくんに全ての事情を話した上で協力を要請するつもりだったんだけど、それをウェルの馬鹿がね...ナスターシャも研究一筋だったせいで、あの年で人生経験足りてないとか致命的だし。あの若造の知識と技術が必要とはいえ、何から何まで杜撰なのよ、ナスターシャの人類救済の計画は...余命残り少ないから焦ってるっていうのもあるんでしょうけど」

 

頭が痛いわ、とばかりにフィーネは額に手を当てる。

 

 

 

「F.I.Sの装者に了子くんがいるだと!?」

 

翼からもたらされた情報は、弦十郎は当然として、二課のメンバーに与えた衝撃はとてつもなかった。

リインカーネイション。

フィーネが自身の遺伝子に組み込んだ転生システム。彼女の子孫がアウフヴァッヘン波形に触れた際に、その子孫がフィーネとして復活する輪廻転生。かつて二課の一人であった櫻井了子の次が、月読調だという。

しかも彼女は、今回の一連の事件について全ての情報を提供してくれた。

 

「それで翼、彼女は...了子くんは我々に協力を求めているということでいいのか?」

『はい。彼女が宿主の、月読調の魂を塗り潰さずに動くのは厳しいらしく、主に私達がF.I.Sの動きに合わせて動く必要があるとのことです。場合によっては私達が芝居をすることになるかも、と』

 

顎に手を当て、弦十郎は唸る。

 

「世界を相手に演技をしたマリア達に対し、今度は我々が芝居を打つというのか」

 

フロンティア計画。マリア達の目的の全貌。それに対し二課はマリア達と敵対しながら計画遂行を手助けすることになった。

 

 

 

フィーネが全てを話し終えると、カズヤは納得したように頷く。

 

「とにかく、そのウェルって奴を最終的にぶん殴ればいいってことだな」

「...カズヤくん、お願いだからタイミングだけは間違えないでよ? ナスターシャの容態を診ることができるのは現状あの眼鏡だけ。ナスターシャが実質的に人質として取られてる以上、マリア達はあのクソ眼鏡に従うことになる。しかも最悪なことに、カズヤくんを踏み台にして自分が英雄になる為なら、どれだけ犠牲が出ようと"必要な犠牲"として割り切ることができる狂人よ...あなた達としては業腹でしょうけど、眼鏡の機嫌を取るような立ち回りをお願いね。眼鏡を叩き割るのは用済みになってからよ」

 

先程から、特にカズヤに対して何度も繰り返し念を押すフィーネが不安そうな表情を浮かべた。

 

「レセプターチルドレンの四名は、はっきり言って覚悟が足りてないし、特殊な環境下で育ったから経験も乏しい。だからウェルの口車に簡単に乗せられてしまうし、時間がないナスターシャの指示も受け入れてしまう...でも、本当はただの優しい女の子達なのよ」

 

だからこそ、あの四人をお願いしたいとカズヤ達に頼み込む。

 

「...本来なら、あんなことを仕出かした私が頼める立場じゃないのは分かってる。でも、あなた達にしか、"シェルブリットのカズヤ"とその仲間達にしか頼めないの...この子達を、どうかお願い。そして月の落下を必ず阻止して...もう私は、あの御方の意思に反するようなことはできないし、見過ごせないの」

 

小さな調の体を折り曲げて真摯に頭を下げるフィーネ。

カズヤ達五人は互いに顔を見合わせてから、誰もが笑顔を浮かべると、カズヤが代表するように短く言った。

 

「任せろ。こいつらと一緒ならどんな無理難題もなんとかしてみせるぜ、了子さん」

「ありがとう...相変わらず頼もしいわね、カズヤくんは」

 

顔を上げたフィーネが安心したように笑う。

 

「っと、そろそろ時間だわ。名残惜しいけどこれでお別れね」

 

寝ている切歌に膝枕をしてあげるようにベンチに座る。

 

「...ところで女の子達は、カズヤくんに抱かれてる時はちゃんと避妊してるの?」

 

刹那、装者四人がピシリと固まり動きを止めた後、それぞれが明後日の方向に視線を反らすのを見て、怒声を上げた。

 

「その反応、やっぱり爛れてたわねあなた達! どうせ四人が無理矢理カズヤくんに肉体関係迫ったんでしょ!? で、快楽に溺れて抜け出せなくなってズルズル関係が続いてるんでしょ!! 白状しなさい!!」

 

有無を言わせぬ口調でいきなり始まる詰問。

渋る女性陣だが、誤魔化しは許さない眼光に不承不承といった感じで溜め息を吐く。

そして女性陣からポツポツと赤裸々に語られる性事情、及び爛れたヤりまくり性活。

最初は官能小説の内容を聞かされてるのかと勘違いしたが、違った。

語り部たる装者達の口調も、たどたどしかったのは最初だけで、途中から興が乗ってきたのか自慢気なものへと変わり、四人分の惚気話を聞かされている気分になってきて永遠の万年処女な巫女のフィーネとしては、羨ましいやら幸せそうやらで腹が立ってきてしょうがない。

 

「女の子達ののめり込み具合が想像の三倍以上でお姉さんドン引きよ! 精神的にも肉体的にもカズヤくんに依存しまくりじゃないの!!」

 

フィーネは段々頭が痛くなってきた。

かつて純粋だった少女達が、軟禁生活の末に欲望とストレスを抑え切れず男を襲い、それ以来肉欲を満たすことに味を占めずっと関係を続けており、今更以前のような『ただの仲間』には戻れない、死んでも嫌だと頑なに主張するとは!!

正直知りたくなかったが、無理矢理聞き出したのはこちらなので聞かなかったことにはできない。

 

(でも、仕方がないと思えてしまうのは何故かしらね...)

 

シンフォギア装者達は皆うら若き乙女だ。その華奢な体が背負っているものの重さと大きさは、きっと当人達でしか理解できないだろう。

しかし、自分と同じような立場で、自分のことを間違えることなく理解してくれて、力強く支えてくれて、寄りかかっても問題なくて、それでいて年相応の女の子扱いしてくれて、ありのままの自分を受け入れてくれる存在が、年の近い異性としてすぐそばにいたら。

ましてや、クリスと奏の家族はそれぞれが幼少の頃に既に他界しており、響の父親はかつて身元を調べた際に一家が迫害を受けていた時期に蒸発していることを確認している。

翼は極めて特殊な家庭で育った。

彼女達が無条件で甘えられる相手に、無条件で自分に味方をしてくれる人間に、無条件で注がれる愛情に飢えてない訳がないのだ。

加えて、同調現象。あれが装者にもたらすのは単純な力や負荷の軽減ではない。

あくまで聞いた話だが、まるで心と体が一つになるような一体感と昂揚感。全身が燃え上がるような心地の良い熱さ。溢れる力による万能感、足りないものが満たされていくような多幸感などを感じるとのこと。

それは一種の麻薬のような快楽ではないのか。

そしてトドメに肉体関係。

こんなので依存しない方がどうかしてると思えてきたが、少なくともこれだけは言っておかなくてはならない。

 

「ああもう! だったらいいわよ、あなた達は好きなだけ爛れてなさい! でもね、この子達をあなた達の乱れた性に巻き込むんじゃないわよ!」

 

そりゃ勿論、と頷く五人だがフィーネの不安と心配は拭えない。

切歌と調はともかく、マリアとセレナの姉妹は六年前からカズヤに対して好意を抱いているし、クリスのような敵対していたからこそより燃え上がるパターンもある。

そもそもレセプターチルドレンという境遇を考えれば、響達よりもマリア達の方が依存する可能性があった。

 

(...なんかもう、フロンティア計画のことより、事件が終わった後の人間関係の方が心配だわ)

 

内心でそう呟くと、フィーネは調に肉体の主導権を明け渡した。

 

 

 

「...あれ?」

 

気がつくと、調はベンチに座って横になっている切歌に膝枕をしていた。

今まで何してたんだっけ?

 

「...あれぇ?」

 

切歌も目を覚ますと、頭の上に疑問符を浮かべて起き上がる。

 

「なんで私、寝てたデスか?」

「分からない...なんで私も寝てたんだろう?」

 

二人で暫くの間不思議な状態に首を傾げていたが、ナスターシャから合流の指示が出ていたのを思い出し、足早にリディアンを後にするのであった。

 

 

 

「ノイズの発生パターンを検知!」

「位置特定...ここは!?」

 

二課本部にて、あおいと朔也の二人のオペレーターがノイズの発生に素早く仕事にとりかかるものの、朔也の驚くような反応に弦十郎が疑問を口にする。

 

「どうした?」

「...東京番外地、特別指定封鎖区域」

「カ・ディンギル跡地だと!?」

 

人の立ち入りが禁止されている場所で確認されたノイズの反応。

かつてのフィーネとの決戦場。移転する前のリディアン音楽院と二課本部が存在した場所だ。

空いていたオペレーター席にだらしなく座っていたカズヤは、大きく全身で伸びをしてから立ち上がると、首を右に左に傾けゴキゴキと音を鳴らす。

 

「さて、行くか」

 

呟き、左の手の平に右の拳を打ちつけ、パンッ、と甲高い音を立てて気合いを入れる彼の姿に装者四人が不安気な表情で歩み寄る。

 

「本当にやるのかい?」

 

奏が問う。

 

「まあ、やるしかねーだろ」

 

平然と答えるカズヤとは対照的に四人の顔は沈痛そのものだ。

 

「でも! カズヤさんが痛い思いをすることになるじゃないですか!」

「こいつの言う通りだ! よくよく考えてみれば、どうしてカズヤが連中の為に右腕をくれてやる必要があるんだ!!」

 

響とクリスは今にも泣きそうになりながらカズヤの右腕を二人で抱え込む。まるで親が仕事に出る際に玄関で行かないでと我が儘を言う子どものようである。

 

「もうやめろ二人共。気持ちは分からんでもないが、当の本人のカズヤが覚悟を決めている。これ以上は余計な口出しだ」

 

翼の防人らしい発言に響とクリスがキッとそちらを睨み付けるが、二人はカズヤに自由な左手でそれぞれ頭をポンポン叩かれて大人しくなる。

 

「大丈夫だって。元々俺の右腕は、シェルブリットを発動する度に分解と再構成がされてるんだ。たとえ肘から先がもげたとしても、再々構成しちまえば元通りだから、そんな心配すんな」

 

これまで何度も繰り返し説明したことを改めて行う。

響とクリスの二人は、これからカズヤの身に起こることについて理解はしているが感情的な部分が納得するのを拒んでいるのだろう。奏と翼は二人よりも割り切れてはいるが、やはり複雑そうではある。

底抜けに優しいなこいつらは、と内心で思いながら安心させる為に笑いかけた。

 

「この程度、へいき、へっちゃらだ。な?」

「ズルいですよぉ、こんな時に私の口癖使うなんて...」

 

左手で響とクリスの頭を順に撫でてあげると、二人は諦めたように右腕を離してくれる。

 

「じゃ、ちょっくら行ってくらぁ」

 

軽い調子でそう言って、カズヤは装者四名を引き連れ司令部を後にした。

 

 

 

月と星々が夜空を照らす中、カズヤは一人、旧リディアン音楽院敷地内──カ・ディンギル跡地に向かって徒歩で進む。

といっても、実際はヘリで近くまで送ってもらったので、ノイズの発生場所まではそんなに時間は掛からない。

響達は乗ってきたヘリの付近で待機。もしもの時の為に控えてもらっている。

 

(あれから三ヶ月経つってのに、マジで雑草すら生えてねーのか)

 

かつての戦闘によって発生した高エネルギー同士の衝突。

聞いた話によると、土地に残留したエネルギーが土壌汚染のような影響を周辺地域にもたらし草木の生育を著しく妨害しているらしい。

なかなか自然環境に優しくできないな俺達は、と苦笑しながら、ペンペン草も生えない荒れ地となってしまった丘をいくつも登ったり降りたりして、やがてノイズの群れが待ち構えている場所に辿り着く。

 

「これはこれは、ルナアタックの英雄"シェルブリットのカズヤ"。ご足労いただき誠に恐悦至極」

 

ソロモンの杖を手にノイズを従え、芝居がかった仕草と口調で丘の上からこちらを見下ろすのは、白髪と眼鏡と白衣が特徴的な白人男性。

 

「あんたがウェル博士か」

「うふふふ、英雄に名前を覚えてもらえているとは光栄ですね」

 

いちいち言動が癇に障る鬱陶しい男。それが最初にカズヤがウェルに抱いた印象。

許されるなら、とりあえず一発殴って必要最低限喋らせたくない。そう、思わせた。

 

「別に、俺は英雄なんてもんじゃねーよ」

 

ピクリと眉を動かすウェル。

 

「面白いことを言いますねぇ。あなたは三ヶ月前のルナアタックを、あれだけの大事件を解決した。それだけで英雄と呼ばれるに足る存在だと思いますが?」

「あれは俺一人で解決した訳じゃねー。英雄って呼ぶなら俺だけじゃなく、俺と一緒に戦った仲間達も、事件解決の為に色んな形で尽力してくれたたくさんの人達も英雄って呼ぶべきだ」

「それはそれは、随分と謙虚な考え方で」

 

ソロモンの杖を手にしていないもう片方の手で眼鏡の位置をクイッと直し、ウェルは意外そうに言った。

 

「正直に言えば、僕はあなたのことをもっと粗野で傲慢な人間だと思っていました」

「へっ、その認識は間違っちゃいねーさ...ただまあ、他人からどう思われてるかなんて気にしたことねーからどうでもいいんだがな」

 

鼻で笑い、アルター能力を発動させる。

 

「シェルブリットォォォォッ!!」

 

カズヤの全身から淡い虹色の光が放たれ、周囲の地面が一瞬にして大きく抉れるように消滅した。

前髪が逆立つ。

高く掲げた右腕が肩から消失した後、そこに虹色の粒子が集まり橙色の装甲に覆われた鎧のような腕へと再構成される。

右目の周りを覆う橙色の装甲、右肩甲骨部分の金色の回転翼も、腕と同様に虹色の粒子が集まりそれが物質として形を成すことで現れたもの。

シェルブリット第二形態。

戦闘態勢が整ったカズヤを目の前にしながら、ウェルは怯むどころか待っていたとばかりに唇を嫌らしく歪める。

 

(どうやらネフィリムってのを成長させる為の餌にシェルブリットが必要っつーのは本当らしいな)

 

ウェルの反応を目にし、調の肉体に宿るフィーネからもたらされた情報に誤りがないことを確認し、安堵した。

 

(全く、面倒な話だぜ)

 

現時点でマリア達を捕縛しても、意味はない。

また、マリアとセレナが最初に望んでいたように、最初からカズヤ及び二課と協力体制になっても、米国の横槍を受けずに計画を進めるのは難しい。二課が日本政府の特務機関である以上、必ず何かしらの干渉を受けるからだ。

鍵となるのは、月にある遺跡にアクセスし月の公転軌道を正常に戻すことを可能とする"フロンティア"。

しかしフロンティアは封印されているので、その封印解除に必要な"神獣鏡"という聖遺物とその力。

そして封印解除後のフロンティアを起動させる為のネフィリムの覚醒心臓。

全ての条件が揃って、やっと準備が整う。

ならばこのままマリア達は独自に動いてもらい、フロンティアを起動して世界を救ってもらえばいい。

彼女達を直接手助けするのは難しいかもしれないが、できる限りのことはさせてもらう。

二課で出した行動指針はこのように決まった。後は役者達がそれぞれ舞台の上で如何に上手く踊るかだ。

 

「そういえば、そちらの装者はどうしたのですか? いつもあなたは誰かしら侍らせているはずですが?」

「それに俺がバカ正直に答えると思うか?」

 

ウェルの純粋な質問に質問で返答すれば「それもそうですね」と納得したように頷く。

 

「そっちこそ装者はどうしたよ? ソロモンの杖さえあれば俺一人が相手でもなんとかなるって思ってんなら、随分舐められたもんだな、おい」

「彼女達は謹慎中ですよ。これから行うことを邪魔されない為の、ね!」

 

ソロモンの杖から緑色の光が放たれ、カズヤを包囲するように大量のノイズが出現した。

 

(さてさて、演技経験のない大根役者の三文芝居が何処まで通用するやら)

 

心の中でこっそり溜め息を吐いて、一番近くにいたノイズに向かって走り、ぶん殴って塵へと化してやる。

 

 

 

マリア達四人の頭の中で、数時間前にウェルが提案したことが、いつまでもリフレインしていた。

ネフィリムを成長、進化させる為に、カズヤの右腕そのものを食わせる。

当然、マリアとセレナは大反対した。切歌と調もほぼほぼ同意見だ。

だが、ウェルは澄ました顔でこう言う。

 

『このまま世界が救われなければ、いずれたくさんの人達が死にますよ』

 

病に冒され血反吐を吐く頻度が増えてきたナスターシャも、覚悟を決めるように告げた。

 

『血で穢れるのを恐れないで......それとも、ここで全てを諦めますか』

 

そんなことを言われても、はいそうですかと納得できる訳がない。

どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい?

最早何が最善でどうすればいいのか分からない。

ウェルやナスターシャは世界を救う為に必要だと言う。

それは分かる。ネフィリムの力はフロンティアの起動に必要だ。

けれど、これから彼の右腕が失われる光景を目にしてしまえば、本当に自分達は正しいことをしているのか分からなくなってしまう。

モニターにカズヤがシェルブリットを発動させる姿が映る。

それを見て、マリアとセレナは半ば反射的に体が動く。

 

「待ちなさい二人共!」

 

ナスターシャがピシャリと叱りつけるように叫ぶが、既に聞こえなかった。

 

「調」

「切ちゃん」

 

切歌と調がマリアとセレナの背中を見送った後、互いに名を呼び、顔を見合わせ、同時に頷くと二人を追いかける。

 

「切歌と調まで!?」

 

ナスターシャが驚愕の声を上げるが二人は聞こえない振りをした。

そして一人残されたナスターシャは、懺悔するように言葉を紡ぐ。

 

「...そう、ですね...こんなことを優しいあの子達が見過ごせる訳がない...人として間違っているのは、きっと私達」

 

 

 

殴っても殴ってもノイズがなかなか減らない。減っても次々と補充されてしまう。

ウェルは未だにネフィリムをけしかけてこない。

こちらがシェルブリットバーストを使うのを待っているのだろうか。

 

(右腕なんてくれてやっから出るなら早く出てこいよ。こっちは下手クソな演技がいつバレるかビクビクしてるってのに)

 

元々気が短い方なので、ノイズを淡々と倒すだけの作業に面倒臭くなってきた。

とりあえずこれから使うポーズだけでも見せておこう。

拳を顔の高さまで掲げ、右腕全体に力を込める。

手首の拘束具が弾け飛ぶ。それにより肘から手首までの装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開き、穴に光とエネルギーが収束していく。

ニヤニヤしていたウェルの顔が喜悦で更に歪む。

 

(おっと、そろそろか...姿が見えねーから、地中からか?)

 

なんとなくそんな気がしてバックステップを踏む。

すると、立っていた場所を下から周囲数メートルを纏めて吹き飛ばすような勢いで、熊より大きな化け物が現れた。

ノイズとは異なる姿形をした存在。

 

「こいつは...!?」

 

瞬間、脳裏に映る光景。それは初めて"向こう側"からこの世界に来て、初めてシェルブリットバーストを撃った時に相対した化け物の姿と、自身の背後で戸惑った様子を見せる幼い少女。

奏から聞いたマリアとセレナの姉妹の話を思い出す。

六年前にカズヤがセレナの命を救ったという事実。

 

「じゃあ、セレナはあん時の...!?」

 

目の前の化け物が記憶の中の化け物と重なる。

同時に、あの時の幼い少女が、控え室で微笑んでいたセレナに重なった。

化け物──否、ネフィリムが姿勢を低くして口を大きく開く。

 

「ちっ!」

 

セレナとネフィリムのことを思い出そうが忘れてようが、どちらにせよ計画に変更はない。

この右腕をくれてやる。

こちらを狙うネフィリムの動きをよく観察しつつ、右腕を食われる演出をする──

 

「「駄目えええええええええええっ!!!」」

 

その時だ。突如響き渡る悲痛な女の声。しかも二人。

そしてカズヤとネフィリムの間を割って入るように現れる、白い三角形の形をしたガラスのような障壁。

既に突進を開始していたネフィリムは、突然目の前を障壁に阻まれ、頭からぶつかり、ひっくり返った。

 

「は?」

 

何が起きたのか分からず、呆けた声が漏れる。

そんなカズヤの目の前に、二人の人物の後ろ姿が上空から降り立つ。

まるでネフィリムからカズヤを庇うように。

 

「この人は、カズヤさんだけは何があっても傷つけさせない!!」

「セレナの言う通りよ! 自分の気持ちを偽るのはもう終わりにするわ! これ以上、受けた恩を仇で返すなんて真似、できるもんですか!!」

 

白銀と漆黒のシンフォギア。

蛇腹剣を手にしたセレナと、槍を両手に握るマリア。

二人は起き上がるネフィリムの前に立ちはだかると、アームドギアを構えた。

 

「...な、な、な、なぁぁぁぁんのつもりだ二人共ぉぉぉぉっ!!」

 

先程まで余裕の態度でノイズを操っていたウェルが狂ったように絶叫し、二人を非難する。

 

「人を束ね、組織を編み、国を立てて命を守護する、ネフィリムはその為の力! そしてネフィリムはこれからの新世界に欠かせない存在だ! だからこそ、その力を育む為にその男の右腕が必要なんだ! そんなことは二人だってよく分かっているだろう!? 何故邪魔をする!? 人類を救済するんじゃなかったのか!?」

 

事態が把握できていないカズヤとしてもそれは知りたかった。フィーネの話では、ネフィリムにシェルブリットの欠片を与えたことで、本来の餌である聖遺物の欠片に反応を示さなくなり、響達のペンダントを狙って切歌と調がリディアンに現れた。

また、今回の作戦もカズヤが一人でやってきたのは、ネフィリムにシェルブリットそのものを食わせて一気に成長させた後、その覚醒心臓を抉り出す為だ。

そこで思い出す。フィーネが言っていたではないか。マリア達は覚悟が足りていない、ただの優しい女の子達なのだと。

本当はノイズを用いたテロの真似事にも反対だったと。

 

(...俺のことを助けにきたのか)

 

右腕を差し出す為にここまで来た身としては、作戦を潰されて複雑な気分だったが、マリアとセレナが本当は善良な人間だと知ることができて良かったとしよう。

 

「デェェェェス!!」

 

声と共に降ってきたのは緑色のシンフォギアを身に纏った切歌と、桃色のシンフォギアを身に纏った調の二人。

二人はやはりマリアとセレナと同様に、カズヤをネフィリムから守るように立ちはだかる。

 

「切歌、調?」

「二人共、どうして!?」

 

マリアとセレナの疑問の声に二人は即答した。

 

「私はマリアとセレナのことが大好きデス! そんな二人がマムの命令を無視してでもやりたいことがあるなら、私は二人を支持するデス!」

「だって二人には笑顔でいて欲しいから。カズヤが傷ついて二人が泣く姿なんて、見たくない」

 

この言葉にマリアとセレナがそれぞれ礼を述べる。

 

「バカね...でも、ありがとう」

「二人共、感謝します」

 

そして、自分の思い通りにことが運ばず、頭を掻き毟りながら奇声を上げているウェルと、動きを止めているネフィリムに向き直る。

 

「ドクター、こんなやり方はやめましょう。誰かを傷つけるこんな方法は、自分達だけが助かろうとしている権力者達と何も変わりません」

「セレナに同感デス!」

「そもそも私とセレナが、いくら世界を救う為とはいえ、カズヤのシェルブリットを、セレナの命を助けてくれた恩人の腕を奪うようなこと、許せる訳ないでしょう!!」

「マリアの言う通り」

 

四人がウェルを責め立てるが、彼も彼で黙っていない。口から汚ならしい泡を飛ばしつつ反論した。

 

「だったらどうすると言うんです!? 世界を救う為には、フロンティアを起動させるにはネフィリムが必要だ! しかもネフィリムはネフィリムでも、完全に成長したネフィリムが、だ! なのにネフィリムは今のままではこれ以上成長しない、聖遺物の欠片を餌と認識せず、シェルブリットの欠片しか食べないからだ! その欠片ももう残っていない! それとも何ですか!? その男が今更我々に協力するとでも? そんなはずないでしょう? 人の話も聞かずいきなり殴りかかるような英雄様が、私達テロリストの話を聞いてくれる上に協力してくれるとかいう都合のいい話がある訳──」

「あるぜ」

「ないでしょ......は?」

 

耳障りなウェルの声をカズヤが一言で黙らせる。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、当事者放置して盛り上がってんじゃねーか。しかも世界を救うとかどーたら、なかなか面白そうな話してんじゃねーかよ」

 

もうこうなったら作戦を変更するしかない。

ネフィリムにシェルブリットを腕一本丸ごと食わせて成長させ、マリア達に独自に動いてもらう作戦は、現時点で不可能だと判断した。

次に、心の中で響達や二課の面々に土下座して謝りまくる。

二課の人間として動くのではなく、個人としてマリア達に協力してやることを許して欲しい、と。

まあ、皆事情は全部知ってるので問題ないとは思うのだが。

 

「話してみろよ、お前らの目的を。内容によっちゃ、協力してやってもいいぜ。当然、"とっきぶつ"の君島カズヤとしてじゃなく、"シェルブリットのカズヤ"としてな」

 

この言葉に、マリアとセレナの表情が花咲くように明るくなり、とても嬉しそうな笑顔になったのが印象的だった。




フィーネ「は? F.I.Sルート突入!? もしかしてこれって私のせい!? だってまさかマリア達があのタイミングで出てくるなんて思わないもの!! ていうか、このままじゃ私がクリス達にボコボコにされちゃう!!」


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Attention, please!

後書きで設定面におけるネタバレが若干ありますので、ご注意ください。


()()()...ねぇ()()()ってば! 起きるデェス! 朝ご飯一緒に食べるデスよぉっ!!」

「...()()()だぁっ!!」

 

仰向けで寝ていたカズヤの腹の上に跨がり、楽しそうに彼の肩を揺すって起こしてくる切歌。

それに訂正の叫びを上げて目を覚ましたカズヤ。

 

「えっへへ! 間違えたデース」

 

全く悪びれない彼女は、何が楽しいのかニコニコしながら腹の上から下りると、今度は彼の腕をグイグイ引っ張ってきた。

 

「早く顔洗って朝ご飯食べるデス!」

「わーった、分かったから引っ張るなって」

 

たった五日で随分懐かれたものである。

彼女はまるで散歩が待ち遠しい飼い犬のように、輝やかしい笑顔でカズヤが寝袋から這い出てくるのを待っていた。

マリア達の話を聞き──内容そのものはフィーネから聞いたものと同じ──協力するようになって今日で五日目。

やったことと言えば、神社の賽銭箱に投げ銭するようにシェルブリットの破片をほんの少しネフィリムにくれてやることが一つ目。

二つ目は、マリア達の食生活があまりにも侘しいものだったので、スーパーで食料品を自腹で買いまくって食料事情を改善させたこと(通信機とスマホはカ・ディンギル跡地に置いてきたので、ATMで現金下ろしての現金払い)。

これに関してマリアとセレナが感涙しながら何度もお礼を言ってきたが、数百円のカップ麺をご馳走だとか宣う切歌と調を見て泣きたくなったのはカズヤの方であった。

で、食料事情が改善してから、切歌と調が懐いてきた。特に切歌がちょこちょこと足に纏わりつく子犬のように、何かとカズヤに構いたがるのだ。

 

(レセプターチルドレンは特殊な環境下で育った、か)

 

フィーネの言葉を思い出す。

切歌の場合は単純に食い意地張ってるだけの可能性もあるが。

だとしても、マリア達のカズヤに向ける態度の親しさはちょっと度が過ぎる気がする。少し優しくしてやってこれとは。

逆にこちらを騙そうとしているとか籠絡しようとしているとかの方が、まだ納得できる。

 

「なあ、つい数日前まで敵対してた俺とこうして仲良くしてることに、なんか思うところとかねーの?」

「ふぇっ? 特にないデスよ」

 

質問に首を傾げてから即答する。

 

「マジかよ」

「うーん...強いて言えば、カズヤがこっち来てくれたお陰でマリアとセレナがいつも嬉しそうに笑顔でいることに感謝してる、くらいデスかねぇ」

「二人が?」

「デスデス! 二人共、ずっと前から言ってたデス。恩人のカズヤにいつか会ってお礼を言うのが夢なんだ、って」

「...」

「ライブの後から、二人共ずっと元気なかったデス。カズヤと敵対することになって、お礼もできなくなって...でも、今はカズヤが味方になってくれたデス! だから二人共ずっと嬉しそうデス! だから私はカズヤに感謝してるデスよ!」

 

屈託なく笑う切歌に何も言えなくなってしまう。こちらを騙そうとか、体よく利用してやろうとか、そういう悪意の類いは一切感じない。

いや、切歌だけじゃない。マリアもセレナも調も彼女と同じだ。自分に対して感謝が滲み出ていた。

 

(ただの優しい女の子達、ね。了子さんの言う通りだな)

 

少しでも疑ったことに罪悪感が生まれたので、それを誤魔化すように切歌の頭を撫でる。

 

「えへへ。くすぐったいデスよー♪」

 

言いながらも上機嫌でされるがままの彼女は、やはり年相応の女の子だ。

 

(それにしても、俺のことを()()()って毎回呼ぶのはなんとかならねーのかこいつ。指摘すると暫くは直る分、クーガーの兄貴よりは遥かにマシだが......いやまあ、兄貴がカズマのことを()()()ってわざと間違えて呼んでたのが俺の名前の由来なんだけどさぁ...)

 

何故だ? と一人悩むカズヤであった。

 

 

 

 

 

【Attention, please!】

 

 

 

 

 

カズヤがF.I.S側についたとしても、二課の面々は装者を除き予めそうなる可能性を考慮していたので、作戦司令部や諜報部などの実働部隊には特に影響が出ることはなかった。あくまでも今後の作戦に修正が入る程度で、最終的な目的は変わらないからだ。

むしろ一部の面々からは『シェルブリットのことだ。あいつまた絶対女引っ掛けて帰ってくるぞ』と言われ始めており、それが結局『じゃあ賭けるか? 俺はF.I.Sの装者全員お持ち帰りに今月の給料全額賭ける!』『俺も』『私も』『俺も俺も!』という風に賭けになりそうでならない光景が本部内で散見し、オッズが偏り過ぎてトトカルチョが始まる前に賭けとして成立せず終わる始末。

ちなみに二課本部内でのカズヤの渾名は『装者キラー』『女っ誑しのカズヤ』『女の敵』『ドクズ』『カスヤ』『クズヤ』『蝦夷野熊五郎』など割りと散々なものばかりである。

そんな本部にて、弦十郎が厳かな声で緒川に命じた。

 

「昨日のカズヤくんからの報告を聞こうか」

「今のところ、ネフィリムが象よりも大きくなるとエアキャリアでの輸送は困難となる為、ネフィリムへの餌やりは必要最低限に留めるとのことです。それ以上の成長は封印されているフロンティアを浮上させてからだと」

 

報告する緒川の肩には一羽の猛禽。鷹が止まっていた。

F.I.S側につく際に置いてかれた通信機とスマホの代わりの連絡手段として、伝書鳩ならぬ伝書鷹だ。

カズヤの靴には、本人了承の上で底部分に位置情報を特定する為の機器が仕込まれている。それで常に現在位置を特定し、彼が一人になった時に指笛を吹くと伝書鷹が手紙のやり取りをするという方法。

なかなか古典的だが、こういう局面で思わぬ効果を発揮してくれた。

 

「了子くんと情報交換はできているのか?」

「それが、月読調さんは常に暁切歌さんと一緒にいることと、もし二人きりになれても宿主の意識がはっきりしていると了子さんは表に出てこれないみたいです」

「なるほど」

「ただ、()()()()()()らしいですよ」

「ふむ」

 

弦十郎は顎に手を当て少し考え込む。

その後、二人は今後について一段落するまで話し合い、それが済むと弦十郎が渋面を作りつつ意を決したように切り出す。

 

「...それで、装者達の様子は?」

「ウチの、二課の装者達ですよね?」

「ああ」

 

できれば聞きたくないが、司令という立場である以上聞かなくてはならない。

 

「ご存知の通り、皆さん表面上はいつも通りを振る舞おうと必死です...しかし」

「しかし?」

「禁煙中のヘビースモーカーよりも苛立っていますね。見た目以上にピリピリしてます」

「まだカズヤくんがいなくなって五日目だぞ...もしこれが一週間や二週間と続いたら、禁断症状を起こした麻薬中毒者みたいになるんじゃないか」

「司令、洒落にならないことを言わないでください。本当にそうなりそうで笑えません」

「...すまん」

 

真顔で訴える緒川に弦十郎は素直に謝罪。

 

「それでですね、その苛立ちをぶつけるように暇を見つけては、狂ったようにひたすらマラソンをしているのは今日も変わりません」

「相変わらずか」

「相変わらずです」

 

緒川は実際に本人達から聞かせてもらった話をする。

 

「曰く、体力作りだそうです」

「体力...カズヤくん関連と考えるとろくでもないことが目的だと思うのは気のせいか?」

「奇遇ですね、僕も同じことを考えていましたよ」

「...」

「...」

 

二人は暫し黙り込む。

 

「...緒川」

「何でしょう? 司令」

「今朝、未来くんから電話があった」

「僕もですよ」

「響くん達の様子が最近おかしい、本人達に問い詰めても機密だからと答えてくれない、しかもカズヤくんに連絡がつかない、何が起きている? と」

「内容も同じです」

「まあ俺も機密で答えられないと断ったが、完全に悟られているな」

「未来さんなら当然気づきますよ」

 

二人はゲンナリした気分になり、同時に溜め息を吐く。

立場上仕方がないとはいえ、友人を心配するいたいけな少女に嘘をついたり、真実を教えないのはなかなか心苦しい。

 

「...とりあえず緒川は引き続きカズヤくんとの連絡係を頼む。彼の位置情報がフロンティアが沈んでいる海へと移動したその時が、恐らく正念場となるだろう」

「了解しました」

 

 

 

ジャージ姿のクリスが大の字になって倒れる。

 

「もう、ダメ、無理、走れ、ない」

 

汗だくで、ヒーヒーゼーゼーと荒い呼吸をしているクリスのそばで、彼女と同じジャージ姿で、立った状態の奏と翼と響が各々首にかけていたタオルで汗を拭い、スポーツドリンクを飲んでいた。

 

「体力ないぞークリス」

「まだまだだな、雪音」

「クリスちゃん、水分補給しなきゃ」

 

まだ余裕がある三人を睨み付け、プルプル震えながら上体を起こし、差し出されたペットボトルを受け取り中身をガブ飲みする。

 

「...プハッ。ちきしょう、体力バカ共め」

 

クリスは悔しげに呟く。

 

「アタシらなんかまだまださ。カズヤとか弦十郎の旦那なんて体力お化けだよ」

 

奏が笑って二人の男の名前を出すと、クリスがあからさまに不機嫌になって文句を言う。

 

「つーかよ、なんであたしらもカズヤにくっ付いて行っちゃダメなんだよ? あの状況なら別に違和感ねぇだろ?」

「またその話か雪音。何度も議論したはずだ...カズヤならともかく、マリア達が現時点で私達を信用する訳ないだろう?」

「ああああああああああっ! あたしも付いてけば良かったああああああ!! おっさんの命令なんて無視してあん時に即介入すべきだったんだあああああ!!! お前が隣にいてくれないと寂しいよぅカズヤァァァァァァッ!!!」

「聞けええええええええ!!」

 

諭す翼を無視し、再び地面に大の字になってジタバタと駄々っ子のように喚くクリスに、翼は襟首を掴んで無理矢理引き起こし、ガックンガックン揺さぶった。

 

「泣き言を言うな! だいたい何が寂しいだ! 雪音には一緒に暮らす奏がいるだろう!? 寮で一人部屋の私の方が一人寝で寂しいわ!!」

「知るかよ。そういう時こそ趣味のバイクに跨がって九州辺りにでも行って気を紛らせればいいんじゃねぇの?」

「今はバイクよりもカズヤに跨がりたいんだ私は!!」

「あんたずっとそればっかだな!!」

「雪音も人のこと言えないだろう! 昼寝しているカズヤに跨がってそのまま一緒に昼寝するのが趣味の癖して!!」

「人のささやかな幸せの時間にケチつけてんじゃねぇぞ!!」

「何処がささやかだ!?」

 

恥も外聞も捨てた言い合いの末、ついにギャーギャーと騒ぎながら取っ組み合いを始める翼とクリス。

そんな二人を見て、奏と響はまた始まったと呆れた。

最早何度目となるか不明なやり取りに、むしろ、よく飽きないなと感心すら覚える。

まあ、これがカズヤがいなくなったことに対する寂しさの裏返し、代償行為だとしたらかなり切ない話だ。

ただ、マラソンの後では体力面で劣るクリスが翼と取っ組み合いを始めると──

 

「あっ、ちょ、アルゼンチンバックブリーカーはやめ──」

「ふんっ!!」

「があああああああああ!?」

 

当然こうなる訳で。

その後地面に押さえ込まれスリーカウントを取られてぐったりしているクリスと、その横で両腕を掲げて「コロンビア!!」とガッツポーズをする翼を眺めながら、響が奏に問う。

 

「あの、奏さん。奏さんは、大丈夫ですか?」

「何が?」

「その、見た目は大丈夫そうに見えますけど」

「腹に抱えてるもんは、ってかい? 全然、全然大丈夫じゃないよ!!」

 

にこやかな笑みで空になったペットボトルを両手でペシャンコする奏の姿に、響は苦笑いを浮かべる。

 

「響は?」

 

問い返されて響は即答。

 

「かなりヤバいですね。ストレスでドカ食いしちゃってますし」

 

普段のあれはドカ食いじゃなかったのか、と思いつつも奏は大人なので「そっか」と流した。

 

「しかしカズヤがいないとアタシ達ガタガタだね...寂しいやら切ないやら...イライラするわストレス溜まるわ欲求不満になるわ」

「仕方がないですよ。カズヤさん、ずっと私達の中心だったじゃないですか」

「いつも一緒だったからさ、アイツがいざこうやっていなくなると、どんだけアイツに依存してたのか嫌ってほど思い知ったよ」

 

奏はペシャンコにしたペットボトルを近くにあった自販機のゴミ箱に放り捨てると、自嘲するように呟く。

 

「そりゃ了子さんも怒るし呆れるわな」

「...だってカズヤさん、全く嫌がる素振りとか、文句言ったりとかしないんだもん。むしろバッチ来いって感じで全力で構ってくれるし」

 

言い訳っぽく響が言葉を紡ぐ。

 

「甘え易いし、甘えさせてくれるんだよね、カズヤって...よくよく思い返してみるとさ、誰かに甘えるのって家族が死んで以来カズヤが初めてだったんだよ、アタシの場合は」

 

それはきっとクリスも同じだろうけど、と追加する。

 

「おらぁっ! 悪質タックル!!」

「ぐっ! 背後から不意打ちとは卑怯なり雪音!」

 

第二ラウンドを始める翼とクリスをひたすら無視し、響は奏の言葉を自分に当てはめて考えてみて──

 

(...お父さんなんかより、カズヤさんの方が!!)

 

一番そばにいて欲しい時に自分を含めた家族を捨て、一人で逃げた男──仕事に向かうと言ってそのまま消えた父の後ろ姿が脳裏を過る。

慌てて頭を横に振ってから父の後ろ姿を追い出し、カズヤの後ろ姿を思い描く。

妄想の中のカズヤは、こちらに背を向け、シェルブリット第二形態を発動させた状態で、肩越しに振り返り、こう言った。

 

『あいよ』

 

たったそれだけでこちらの不安を払拭し、とてつもない安心感を与えてくれる男性を、()()()と比べるなどカズヤに失礼だ。

 

(まだたった五日なのに......会いたいなぁ、カズヤさん)

 

 

 

マリアとセレナの姉妹は内心でどぎまぎしながら、カズヤを挟んで道を歩く。

いつも食料品を買い出しする際は、切歌と調の二人に頼んでいたのだが、

 

「いつも私と調ばっかり楽しんでるのは二人に悪いデスよー」

「マリアとセレナ、二人共、たまにはカズヤと一緒に出掛けるのを強くオススメする。カズヤは、美味しいものたくさん知ってる」

 

と言われて出掛けることになったのだ。

 

(狼狽えるな、狼狽えるな私! これは買い出し、そう、これはただの買い出しなのだから!)

(マリア姉さんも一緒だから、カズヤさんと二人きりじゃないけど、これは実質デートと言っても差し支えないのでは!?)

 

いつもの猫耳のような髪型ではなく、ポニーテールにキャップ帽を被り、デニムのジャケットにジーパンというラフな格好にサングラスをしたマリア。

全世界に向けてテロ行為をライブ配信した以上、出歩く場合素顔はなるべく晒さないようにした措置だ。

また、マリアと同じ服装だがキャップ帽とサングラスはしていないセレナ。

ちなみに二人の服は、切歌がスーパーの婦人服コーナーで安売りしていたものをカズヤにせがんで購入してもらったものだ(胸が二人共かなり大きめなのでサイズ選びが大変だったのは余談で、調が何故か二人のスリーサイズを知っていたのは更なる余談)。

 

「なんか食いたいもんあるか?」

 

カズヤが何気なく二人に尋ねる。

 

「へ? あっ、そ、そうね! でもあまりこういうことに詳しくないからカズヤに任せていいかしら?」

「私もよく知らなかったりするので、カズヤさんにお任せしてもいいですか?」

 

明らかに浮き足だっている二人に、カズヤはこういうの慣れてないんだろうなぁ、と一人納得して頷く。

 

「ならテキトーに行こうぜ。色々見て、食べてみたい、って思うもんがあったら言えばいい。だが、その前に...」

 

右手でマリアの右肩を、左手でセレナの左肩を軽く叩く。

 

「「っ!!」」

 

ビクッ、と姉妹揃って同じように一瞬震える二人。

 

「二人共、緊張し過ぎだ。もうちょい肩の力抜けって」

 

じゃねーと疲れちまう、と付け足す。

 

「ほら、深呼吸しろ。少し緊張解れっから」

 

言われた通りゆっくり吸って、吐いてを二度三度繰り返した後、マリアが言った。

 

「ありがとう、カズヤ。少し気を張り過ぎていたみたいね」

「分かりゃいいんだよ」

 

ある意味あなたのせいでもあるんだけど、とは口が裂けても言えない。

セレナも漸く落ち着くことができたのか、肩の力が抜けてかなりリラックスした様子だ。

そんなこんなで三人は大型スーパーへと足を踏み入れる。

ショッピングカートに籠を二つ載せ、カズヤがそれを押す。

それをマリアとセレナが追従。

 

「欲しいと思ったもんはとりあえず入れとけ」

「そう言ってくれるのはありがたいんだけど、本当にお金は大丈夫なの? あなたがこちらに来てくれてから、金銭面でずっと頼りきりなんだけど」

「気にすんな。切歌くらい、とは言わねーが、調くらいなら我が儘言っても困んねーよ。こう見えて俺は高給取りだからな」

「...あの子達ったら、道理でカズヤと出掛けたがる訳だわ...」

 

申し訳なさそうにするマリアにカズヤはヒラヒラと片手を振る。

 

「何から何まで、本当にカズヤさんには頭が上がりません」

 

セレナが隣で恐縮する。

三人はお惣菜コーナーへとやって来て足を止めた。

 

「うわぁ、どれも美味しそうです!」

「ええ、目移りしてしまうわ」

 

マリア達が移動手段及び拠点としているエアキャリアにはキッチンが備わっていないし、調理道具もないので、料理をすることができない。精々、お湯を沸かすくらいだ。

なので、基本的に食料品と言えば出来合い品や非常食のような調理作業が不要なものを買う必要があった。

それさえもカズヤが食事を改善しようとATMから現金を引き落とすまでは、カップ麺がご馳走扱いされていた訳だが。

 

「あ、これ昨日食べましたね」

「竜田揚げか。そういや切歌に今日も買ってきてっつわれたな」

「またあの子は...お肉ばっかり食べたがるんだから」

 

セレナが指差した竜田揚げをカズヤが籠に入れると、マリアが額に手を当て唸った。

次にマリアが天ぷらに興味を示す。

 

「...あ、これ、ちょっと食べてみたいかも」

 

「天ぷらか? そういやそれはまだ買って帰ったことなかったな。じゃ、買うか」

 

『天ぷら各種七点盛り合わせ』とシールが貼られたものを手に取り籠に投入。

そんな風にして三人は今日明日の食料、及び非常食などを買い込むと、少し休憩する為にフードコートに立ち寄った。

 

「小腹減ったからなんか食おうぜ」

「あの、じゃあ一つお願いしてもよろしいですか?」

「ん?」

「あれが、食べてみたいです」

 

おずおず言いながらもセレナがじーっと見つめるそこには、パフェやケーキなどのスイーツを専門に取り扱うお店。

女の子ってのは古今東西問わず甘いもの好きだよなぁ、と思いながらマリアにも確認を取る。

 

「分かった、セレナはあの店な。マリアは?」

「私もセレナと同じで大丈夫よ」

「オーケー、なら先に席確保して荷物置くか」

 

適当なテーブル席を確保し、荷物を置くと財布をマリアに渡す。

 

「俺はここで荷物見てるから、好きなの買ってこい」

「カズヤは?」

「二人の後でいい」

 

そう言って送り出すカズヤ。

二人は一言彼に礼を言うと、お店まで小走りしていく。

そして店のメニューを眺めながら楽しそうにあれこれ言い合う姉妹の後ろ姿を見て、カズヤは溜め息を吐いた。

 

(...本当に、ただの女の子か...きっとあれが素なんだろうな)

 

なお、マリアとセレナの二人は、切歌と調の前では年上として振る舞おうとしているが、カズヤの前だけは取り繕う必要がないと先程気づき、今はもう実年齢より幼く見えていた。

施設での生活は辛かった、というのを切歌と調から聞いた。レセプターチルドレンは半ば実験動物扱いだったらしい。

そんな辛い日々の中でも、マリアとセレナの姉妹は切歌と調に優しく接していたとのこと。

だから切歌と調はマリアとセレナの力になりたい、その為にもカズヤには力を貸して欲しいと訴えられて、心が動かされないカズヤではない。

 

(世界を救う、ね...どうして俺の回りの女の子達は、あんなに細い両肩にそんな重てーもんを背負わされてるのか)

 

やがて思考はマリア達から響達へと移る。

 

(あいつらは今どうしてる? 喧嘩とかしてねーよな)

 

緒川との定期連絡では、カズヤがいなくなったことで相当不機嫌になっているらしい。

何の相談もなしにマリア達側についたことに関しては、流石に悪いと思っていたので、いつかちゃんと謝るなり話し合うなりしたいとは考えている。

 

(...またあいつらのご機嫌取りに奔走する破目になるんだろうが、それが楽しくてしょうがねーから離れられねー)

 

今度会った時にはどんな我が儘を聞かされるか楽しみにしていると、マリアとセレナがスイーツを手に戻ってきた。

 

「はい、お財布」

「おう、美味そうなの買ってきたな」

「お陰様で」

 

マリアから財布を受け取り立ち上がる。

 

「たこ焼きでも食うかな。先食っててくれ」

 

一言そう告げてたこ焼き屋に向けて足を進めた。

たこ焼き屋は並んでいなかった上、丁度タイミング良く出来立てをもらえたのですぐに買うことができた。席を立ってから数分も経たず戻ると、

 

「あれ? まだ食ってねーの?」

「その、カズヤと一緒に食べようと思って」

「待ってました」

 

なんだか飼い主を健気に待つ忠犬みたいだなー、と思いつつ席に着く。

マリアが買ってきたのはチョコレートケーキにコーヒーのブラック、セレナはプリン・ア・ラ・モードにカフェラテだ。

 

「じゃ、いっただきまーす」

「い、いただきます」

「...いただきます」

 

熱々のたこ焼きで口の中を火傷しないように食べながらカズヤは二人の様子を窺う。

 

「んぅ~♪」

「ああ、美味しいです」

 

それぞれケーキとプリンを口に入れ、悶える二人。

どうやら口に合ったようで何よりだ。

 

「折角だしこっちも食ってみるか?」

 

たこ焼きを一つ、マリアに向かって差し出せば、彼女はキョトンとした後、

 

「そうね、折角だからいただくわ」

 

と頷く。

 

「じゃあはい、あーん」

「え?」

 

一瞬、カズヤに何を言われたのか、目の前に迫ったたこ焼きにどうすればいいのか戸惑い、やがてこのまま食べさせてもらえると気づいたマリアは、その顔を見る見る内に赤くした。

 

(ま、ま、ま、まま、まるで恋人同士みたいじゃないの!?)

 

だが、カズヤはさも当然といった顔でたこ焼きを差し出してくるので、これが日本では当たり前なのかと無理矢理納得し、恐る恐る口を開く。

 

「熱いから火傷すんなよ」

 

口の中に入れられるたこ焼き。

 

「あ、熱っ!」

「熱いっつったろ」

 

熱いのでハフハフしているマリアの横で、カズヤは笑いながらセレナにも、

 

「はい、お前も」

 

とたこ焼きを差し出しており、セレナも赤くなりながらおっかなびっくり口を開き、熱々のたこ焼きを入れられ、姉妹揃ってハフハフすることになる。

 

「熱いけど、美味いだろ?」

「ええ、とっても」

 

マリアが同意の言葉を紡ぎ、セレナが無言のままコクコクと首を縦に振るのを見て、カズヤは満足気にニヤリと笑う。

彼のいかにもイタズラが上手くいった、みたいな表情に少し仕返ししたくなり、マリアはフォークでチョコレートケーキを一部切り崩し、それをフォークに載せて差し出す。

 

「はい、お返し」

「おっ、サンキュー」

「「っ!!」」

 

一切躊躇せずカズヤはケーキに、マリアが使用していたフォークにパクつく。

 

「チョコレートケーキも美味いなー」

 

暢気に感想を述べているが、マリアとしてはそれどころではない。顔を真っ赤にして震える手で自身が握るフォークを睨み付ける。

 

(そそ、そういえば、今更だけど、た、たこ焼きもらった時から、か、か、カズヤと、間接、キスよね、これ!!)

 

「セレナもプリンくれよ」

「ふぁっ!? ど、どどど、どうぞ!!」

 

隣でセレナもスプーンで掬ったプリンを差し出し、やはり躊躇しないカズヤがスプーンを口に入れて「美味い」と言っており、言われたセレナはトマトみたいに赤くなって俯いてしまう。が、マリアと同様にスプーンを震える手で握りじっと見ていた。

 

(...セレナ)

(...マリア姉さん)

 

二人はチラリとお互いの様子を盗み見て、覚悟を決めたように同時に頷くと、手にした食器を皿の上のスイーツではなく、自身の口に入れる。

その瞬間、ゾクゾクと背中をかけ上がってくる甘美な背徳感が二人を襲う。

 

((なんだか凄くいけないことをしている気分...!!))

 

その後のスイーツの味なんてもう分からなくなってしまった。

 

 

 

各々食べ終わる頃になると、カズヤが「トイレ行ってくるから荷物見ててくれ」と言い残し席を立つ。

 

「セレナ...私はもうダメだわ」

「マリア姉さん、私もです」

 

二人きりになると、カズヤが戻ってくる前に本音で話し合いたかった。

 

「私達は世界を救わなければならない...こんな時に不謹慎なのは重々承知してる...! だけど、カズヤのことを知れば知るほど、カズヤに触れ合えば触れ合うほど、私、どんどんカズヤのことが好きになっていく...この生活が続けばいい、ずっとこうしていたい、って思ってしまうの...! こんな浮わついた気持ちじゃダメだって頭では分かっているのに、気持ちを押さえられない...!!」

 

人目があるので声量は抑えているが、マリアの本音と苦悩がセレナに正しく伝わる。

セレナはマリアの両手を両手で握ると、安心させるように微笑む。

 

「私もマリア姉さんと一緒です。カズヤさんのことが好きで好きで胸がとても苦しいです」

「...セレナ」

「だからこそ私達はこの想いを歌にして、世界を救いましょう...カズヤさんと一緒に」

 

この言葉にマリアは大きく目を見開いた。

 

「カズヤさんと一緒なら、私達、きっと世界を救えます」

「...そうね、そうだったわ。私達にはカズヤが、"シェルブリットのカズヤ"が一緒なんだわ...彼と一緒なら──」

 

世界の一つや二つ、必ず救ってみせる!!

 

 

 

大型スーパーの屋上というのは、イベント会場か駐車場のどちらかになっているのが大抵で、この店の場合は駐車場だった。

カズヤは屋上に踏み入ると、一度全体を見渡し人目がないことを確認し、そのまま念の為屋上の角──隅っこまで足早に向かう。

そして、右手の人差し指と親指を咥えて思いっ切り吹く。

 

ピーッ!!

 

甲高い指笛の音が鳴り響くと、彼の足下の影からズルリと闇色の何かが這い出てきた。

その闇色の何かは、やがて一羽の鷹として形を成す。

鷹はその鋭い嘴に一通の封筒を咥えており、それを早く受け取とれと言わんばかりに差し出してきた。

 

「...鷹なんだからいい加減飛んで来いよ! なんで無駄に忍法使いたがるんだお前は!? 俺がわざわざ屋上にまで来た意味考えたことねーのか!?」

 

カズヤの影から現れたのは、緒川の実家から派遣されてきた伝書鳩ならぬ伝書鷹だ。この鷹を利用してカズヤは二課と連絡のやり取りをしているのだが、この鷹、鷹なのになかなか飛ばない。登場と退場に必ず忍法を使うという、よく分からない鳥だ。

飛べないのかと思って尋ねれば、首を横に振った後にこちらの肩に()()()乗るので、飛べない鳥ではないらしい。

もしかして、おちょくってんのか? と邪推してしまうが、気にするだけ無駄なような気がして考えるのを止めた。

とにかく封筒を受け取り中身を改める。

入っているのは一枚の紙とボールペン。

紙は表面に二課からの情報が記載されており、それを確認したら裏面にこちらから報告することを書き記し、封筒に仕舞って鷹に渡す。

 

「じゃ、よろしく頼むわ」

「グギ、グゲ、ゲゲ」

「...ホントに鷹なのかお前のその鳴き声...」

「ピィーッ!?」

「今更取り繕ってもおせーよ」

 

カズヤから封筒を受け取り、右の翼で敬礼のポーズを取り、ドロンッ、という効果音と共に白い煙を発生させ、煙のように消え失せる鷹。

それを見送った後、次は絶対飛んで来いよと思いつつ、カズヤは一人呟いた。

 

「...そろそろ事態が動く気がするな」

 

 

 

 

 

「ヒナ...カズヤさんが行方不明って本当なの?」

「うん。皆、機密だから、って教えてくれないの。絶対に何かあったはずなのに心配する必要はないの一点張りで取りつく島もないんだ」

「でも私昨日カズヤさん見たわよ!」

「板場さんそれ本当なの!?」

「ナイスな目撃情報です!」

「スーパーで普通に買い物してたよ。なんか見たことない美人の女の人連れて。しかも二人!」

「は?」

「その美人二人がいたから私声掛けられなくってさー、一人はキャップ帽にサングラスしてたから顔はよく見えなかったんだけど、長くて綺麗な髪でさ、スタイル超良いの! 胸なんて奏さん並みでバインバイン! なんかもう顔見えないのに『THE 美人』ってオーラ出しててさ! もう一人は顔隠してなかったから見れたけど外国人さんで、こっちもモデルか女優並みに美人でスタイル良いし胸もクリス先輩くらいでさ、三人で仲良くフードコートでなんか食べてて。あれってデートなのかな? 買い物袋いくつか持ってたけど」

「...詳しく」

「ヒナ?」

「小日向さん?」

「未来?」

「詳しく!!!」




Q:なんでこれまで誰も妊娠してないの?
これに関しては設定面でほんの少しネタバレとなります。
なので、一向に構わんという方だけお願いします。










A:遺伝子レベルで問題があります。
シンフォギア世界の人類(カストディアンより創造されたルル・アメル)と"向こう側"で生まれたアルター結晶体?のような存在のカズヤは、『人間』という姿形を取る為の共通の遺伝子は保有しているが、互いに持っていない遺伝子もあります。
この点は無印編で了子さんもといフィーネさんが言及してました。無印編で彼女は『この世界の女性と子どもを作ることはできる』という発言をしてますが妊娠率や出生率自体は当時それ以上調べようとしていないので知りません。
で、カズヤ以外は『人と人』だと思ってますが、実は『人(ルル・アメル)と未確認知的生命体(アルター結晶体?)』、つまり異種間交配、別の生命体同士の交わりな訳です。
遺伝子的には問題ないように見えていたのでフィーネさんは問題ないと言いましたが、厳密には『カズヤはシンフォギア世界の女性との間に子どもを残せるが、そもそも妊娠させる確率自体が極めて低い』というのが正解です。
あんだけやってんのにできない原因はこれ。
響達との関係が異種間交配であること、それ故の妊娠の難しさをカズヤだけが自覚しており、『妊娠云々気にする必要ないじゃんラッキー』ではなく、もっと悲観的に『自分を好いてくれる女性との間に子どもを残せなかったらどうしよう』と考えているので、『もし奇跡に奇跡が重なって子どもが生まれてくれたら何がなんでも責任を取らせて欲しい』と思っています。
カズヤは決して口には出しませんし、考えまでは響達には読めてないけど、彼が子どもを欲しがってることを彼女達はなんとなく察しています。


Q:女性陣がドはまりしてる理由は?
A:これは響達がルル・アメルであることが原因。
そもそも生殖行為とは子孫の多様性を求め、自分が持っていない遺伝子を持つ異性に強く惹かれ、互いの遺伝子を交換することに重きを置いています。
現状、子孫を残す為の伴侶として魅力的なんだけど、そもそも別の生命体同士なので少し厳しい。ならば生命体として遺伝子レベルで互いに今よりもっと近づけば、妊娠率が僅かでも上げられる、というお話。
頭では理解していないけど肉体が求めている、自分が持ってる遺伝子を相手が持ってないなら持ってけ泥棒! そして寄越せ、ってな感じ。
これは、カストディアンという神から創造され、バラルの呪詛から解放された場合は神の力を宿す器に成り得るルル・アメルだからこそ、自身をより上位の存在へと押し上げようとしている過程の段階。
全ての切っ掛けは同調現象。
同調を繰り返す度に適合係数が少しずつ上昇するのは生命体として進化している証。
粘膜接触でカズヤの遺伝子情報を取り込むことは進化を促進させる一環。
それでも『極めて低い』が『低い』になるまで数年単位必要。
無意識的、意識的、肉体的、本能的、そして感情的かつ快楽目的などの諸々の理由により響達は避妊自体をしたがりません。
本人達には全く自覚がありませんが、響達は徐々にルル・アメルから逸脱した存在になりつつあるし、カズヤも純粋なアルター結晶体?とは異なる存在になりつつあります。


Q:実は女性陣よりカズヤの方が妊娠について重く考えてる?
A:そうです。
女性陣は内心ドキドキしながら、もしできたら『歌手やめる』『風鳴の姓を捨てる』『復学したばっかだけど主婦になる』『未来と実家のお母さんとお婆ちゃんをなんとか説き伏せる』くらいは考えてますが、カズヤは『このまま何年経っても誰一人としてできなかったらどうしよう』なので。

Q:R-18版を書く予定は?
A:(今はまだ)ないです。


ちなみに上記の設定、本編では一部を除きあまり活かされることはありません(強いて言えば四期、五期から)。
避妊しない爛れた関係なのに誰も妊娠しないのは、一応設定上の理由がありますってことを開示しただけ。


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愛憎という想いは重いが故に圧し掛かる

「今日は何を食べるんデスか?」

 

楽しみで堪らん、とばかりに切歌が質問してくる。

隣の調もその瞳を期待でキラキラさせていた。

 

「お前らお好み焼きって知ってるか?」

 

質問に質問で返すカズヤに二人は首を横に振る。

レセプターチルドレンで施設育ち、ということで日本の食文化に詳しくないのは分かっていたが、念の為確認してみると、悲しいことにやはり知らなかったようだ。

 

「じゃ、楽しみにしとけ。どんなもんかは見てからのお楽しみ。味は保証する、とだけは言っとく」

「気になる」

「気になるけど楽しみデスよー」

 

期待に胸を膨らませる二人を引き連れて、お好み焼き屋"ふらわー"の暖簾を潜った。

 

「あら? いらっしゃい、女の敵。またあんた新しい子に手ぇ出したの?」

「開口一番に人聞き悪いのやめてくんない?」

 

相変わらずカズヤに対してのみ、やたらと手厳しい接客をするおばちゃん店員に、苦笑しながら勝手にテーブルに座る。

切歌と調は興味深そうに店内を見渡してから、おばちゃんに促されカズヤの対面に座った。

 

「カズヤ、気にすることないよ。私達、カズヤが女っ誑しって知ってるから」

「そうデ~ス。確か『装者キラー』って言われてること、日本に来る前に聞いたデス」

「マリアはこのことについて『古今東西、英雄色を好むって言うし、仕方ないわよ...奪えばいいんだし』って言ってた」

「セレナもそれを聞いて納得してたデス!」

「実際、マリアとセレナの二人を誑し込んでる」

「二人共カズヤにメロメロデース!」

「そんなことよりお好み焼き! お好み焼き食おうぜ! いや~、腹減ったわー、俺大盛にしちゃおう! お前らも大盛にするよな!? この店、スゲー美味いからいくらでも食えるんだぜ!!」

 

二人がとんでもないことを言い始め、厨房にいたおばちゃんが「またかこのクズ野郎が」とばかりに殺人光線を飛ばしてきたので、カズヤは慌ててメニュー表で視線を遮り大きな声で話を無理矢理変える。

この試みは容易く成功し、切歌と調も一つのメニュー表を二人で仲良く話し合いながら眺めることになった。

 

(命拾いしたな、小僧)

 

包丁片手にこちらを睨んでくるおばちゃんに心底恐怖しながらそれをひたすら無視しつつ、カズヤはメニュー表を注視する。

なお、お好み焼きは二人から大好評で、マリア達へのお土産としていくつかテイクアウト用に追加で作ってもらうことに。

店を去り際、おばちゃんは会計を終えたカズヤにだけ聞こえるような声で、

 

「今度はそのマリアとセレナって子達も連れてきな」

 

と告げてくる。

謎の圧力に負け、カズヤは小さな声で「あ、ハイ」と返答するのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

【愛憎という想いは重いが故に圧し掛かる】

 

 

 

 

 

「おばちゃん! 女の敵がここに来ませんでしたか!?」

 

店の暖簾を潜って開口一番、未来はおばちゃんに問い詰めた。

走ってきたのか、呼吸が荒く肩を大きく上下させている。

 

「さっきまでいたよ、初めて見る可愛い女の子二人も連れて。あっちの方に行ったけど、走ればまだ間に合うと思うよ」

「っ!! ありがとうございます!!」

 

微笑みを浮かべてあっさり答えるおばちゃんに礼を述べて、未来は脇目も振らず、元陸上部の足の速さを活かして走り出す。

やがて、見覚えのあるシルエットを目視して思わず叫ぶ。

 

「見つけたぁぁぁぁぁっ!!!」

「ん? ......っ!?」

 

声に反応したカズヤが振り返り、こちらを見てあからさまに、しまった、という顔をしたがもう遅い。

既にすぐそばまで迫った未来から彼は逃げることができなかった。

 

「捕まえたっ!!」

「ぐえあっ!」

 

逃げられたら元の木阿弥なので、鳩尾に頭突きをかますようにして飛び込み腰をガッチリとホールド。その際、変な悲鳴が聞こえたが気にしない。

しかし流石と言うべきか、未来を受け止める時に一歩後ろに退いたものの、カズヤが倒れることはなかった。

切歌と調が「デデデス!?」「誰この人!?」と驚く。

 

「み、未来、お前、どうしてこんな──」

「どうしてはこっちですよカズヤさん!!」

 

ガバッと顔を上げた未来が互いの吐息が届く至近距離から問い詰める。

 

「あなた何やってるんですか!? 連絡はつかないし、響達の様子はおかしいし、機密だから誰も何も教えてくれないし!! なのにこんなに可愛い子達連れてるし、昨日も板場さんが美人の女性二人連れ回してるの見てるんですからね!! このクズ、変態、スケベ、女っ誑し、ドクズ、女の子なら見境なしですかこの節操なし!!!」

 

マシンガンのような怒涛の勢いに、迫力負けして思わず一歩退くが、襟首を掴まれ引き寄せられて距離が離せない。

 

「黙ってたら分かりませんよっ!? 何とか言ったらどうなんですか!?」

「クズとドクズはどっちか片方だけでよくね?」

「そういう突っ込みを待ってた訳じゃありませんからね!!」

 

フガーッ!! と怒髪天を突く未来を見て、切歌と調が横で、

 

「これは、修羅場デスよ調」

「そうだね、修羅場だよ切ちゃん」

「なんだか分からないけどワクワクしてきたデース」

「これが日本で有名な"ドロドロのヒルドラ展開"」

「痴情のもつれってやつデスねー」

「これが女っ誑しの末路」

 

他人事だと思って勝手なことを言い出す二人。

引っ叩いてやろうかこいつら、とカズヤが微妙にイラッとしたところで未来が落ち着く訳ではないので、襟首を掴む彼女の手を握り、ゆっくり襟首から外す。

 

「とりあえず落ち着け、な?」

「じゃあ事情を説明してください。この子達は誰ですか? 昨日一緒に買い物していた二人は誰ですか? どうして今まで連絡がつかなかったんですか? 響達の様子がおかしいのはどうして? 機密って一体何なんですか? 今あなたは何をしているんですか?」

「おいおい待て待て、一気に聞いてくんなって。こっちにもお前に説明できるもんとできねーもんがある」

 

一気に捲し立てる未来にカズヤが降参とばかりに両手を上げる。

その時、カズヤ達を挟むように道路の前後でほぼ同じタイミングで、車のタイヤがアスファルトを擦る耳障りな音が鳴り響く。

黒い二台の車。まるで道を塞ぐようにして現れたそれは、ご丁寧にナンバープレートが外されている。

中からブラックスーツにサングラスをかけた男が数名、手に拳銃を持った状態で出てくると、こちらに銃口を向けてきた。

体格や肌の色からして白人と黒人だと気づき、カズヤはこの者達が二課や日本政府の関係者ではないことを悟る。

そして一人が代表として流暢な日本語で言う。

 

「"シェルブリットのカズヤ"だな。我々に同行願おうか」

 

カズヤは咄嗟に左腕で未来を抱き締め、右腕で切歌と調を背後に庇う。

 

「どちらさんで?」

「答える必要はない。大人しく従え。さもないと死人が出るぞ」

「ちっ」

 

銃で脅してくる連中に質問しても答える訳がないと分かっていても舌打ちが出てしまった。

旧リディアン近辺の市街地はルナアタック時の被害が特に酷く、復旧はあまり進んでいないし、引っ越しや移転をした住民や店舗などが多いので、時間帯によっては人通りがかなり少ない。そこを狙われたのだ。

 

「...カズヤさん」

 

腕の中で未来が怯え震えている。背後の切歌と調も同様だ。

当然だ。いきなり銃を向けられ、悪意と敵意と殺意に晒されて恐怖を感じないほど、彼女達は精神的に強くない。たとえそれがシンフォギア装者であったとしても。

 

(こいつらはただの女の子なんだぞ...それを!)

 

密着しているカズヤから、ブチリッ、と何かが切れる音を、未来は確かに聞いた。

次の瞬間、カズヤから淡い虹色の光が瞬き、黒服の男達が手にしていた銃が、サングラスが、上半身に身に付けていた服が、道を塞いでいた二台の車が、それら全て同時に一瞬で虹の粒子となって消滅する。

上半身裸になって戸惑う男達が目にしたのは、虹色の光を放ちシェルブリット第二形態を発動させたカズヤの姿。

 

「...これが、アルター能力...」

「クソ、この化け物め!!」

 

戦慄し勝手なことをほざく男達を、カズヤは酷く冷めた眼差しで睨む。

 

「女子ども相手に平然と銃を向ける畜生共に言われたかねーんだよ...切歌、調、ギアを纏って未来を守れ」

 

低く静かでありながら有無を言わせぬ口調でカズヤが指示を出し、二人は即座に言われた通りに聖詠を歌う。

 

「Zeios igalima raizen tron」

「Various shul shagana tron」

 

各々が緑、桃色の光を放出しシンフォギアを纏うのを確認し、左腕で抱き締めていた未来を二人に預けると、カズヤはアスファルトを蹴って男達に無言のまま殴りかかる。

半裸で武器を持たない丸腰の男達に対して、容赦なくシェルブリットを叩きつけた。

頬骨が砕けて顔が変形しようが、あばら骨が砕けてそれが内臓に突き刺さろうが、拳を防ごうとした腕がぐしゃぐしゃに折れ曲がろうが一切気にしない。

殴る。殴りまくる。あくまで死なない程度に。死なないならどうなろうと知ったことではない。

一人残らず逃がさない。逃げようとしたら、拳をアスファルトに叩きつけた反動で跳躍し回り込んでぶん殴る。

一分も経たずに男達を無力化し終えると、先程代表として日本語を喋っていた男を──仰向けになっているので上から見下ろしつつ問う。

 

「何処のどいつの差し金だ? 大人しく従って答えな。さもないと死人が出るぜ」

 

今しがた言われたことを言い返す。

 

「誰が──」

「あっそ」

 

屈んで、男の右腕の肘関節をシェルブリットで殴り砕く。

ゴギャッ、と耳を塞ぎたくなる音がした。

 

「おごおおおおお!!」

「あと三回あるから我慢しろ。次は左腕、その次は膝な」

「言う! 言うから助けてくれ! 我々は米国のエージェントだ! 与えられた任務は"シェルブリットのカズヤ"の拘束とマリア・カデンツァヴナ・イヴなどの元F.I.Sメンバーの抹殺、それに伴う異端技術の回収だ!!」

 

涙と鼻水を垂らし、プライドをあっさり投げ捨て情報を吐く男。

必要最低限のことが聞ければ男にもう用はない。立ち上がってから男の頭に蹴りを入れて気絶させ、シェルブリットや服に付着した返り血を分解して綺麗にしてから未来と切歌と調に向き直る。

 

「怪我はしてねーな?」

 

三人が揃って首肯した。

 

「ならいい。急いで移動するぜ」

 

言って、カズヤは呆然としている未来に近づき、そのまま横抱き──お姫様抱っこする。

 

「ひゃっ!?」

「今は時間がねーから文句は後でな」

 

突然のことに驚愕する未来に一言告げると、右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、そのまま浮き上がった。

 

「切歌、調、マリア達へのお土産拾ったら足に掴まれ、飛ぶぞ」

「りょ、了解デス!」

「...人間ヘリコプター」

 

素直にこちらに従う二人に内心で感謝しつつ、カズヤは飛翔した。

 

「振り落とされねーようにしっかり掴まってろよ二人共、飛ばすぜ!!」

 

 

 

警報が鳴り響き、朔也がその原因を確認して目を見開く。

 

「高レベルのアルター値を検知! 続いてアウフヴァッヘン波形も検知、イガリマとシュルシャガナです!!」

 

報告を聞いて弦十郎が顎に手を当て何があったのか考えながら問う。

 

「場所は!?」

「旧リディアン近辺の市街地です! 三つの反応は現在高速で移動中、三つ共固まったように同じ方角に向かっています!」

 

朔也の言葉に続き、メインモニターにマップが表示され、三つの点が纏まった状態で移動しているのを確認できた。

 

「一応、装者を急行させますか?」

「いや、カズヤくんのことだ。反応の動きからして何か考えがあるに違いない。ここは緒川に──」

 

連絡を、と続けようとしてあおいが遮る。

 

「司令、未来ちゃんから緊急入電です!」

「このタイミングで未来くんから!? 無関係とは思えん、繋げ」

 

通信が繋がると、数日ぶりの声が司令本部に響く。

 

『おっさんか緒川はいるか!?』

「「「カズヤくん!?」」」

 

弦十郎、朔也、あおいの三人の声が見事にハモる。

 

『今、未来を抱っこした状態で飛んでるから手短に言うぜ。米国のエージェントとかいう連中に襲撃された。奴らの目的は俺の拘束、マリア達の抹殺、そんでマリア達から異端技術を強奪することだとよ!』

 

もたらされた情報に更に驚く司令部だが、弦十郎が状況把握の為にいち早く驚愕から復活し口を開く。

 

「未来くんは無事か?」

『幸い怪我一つねーが、俺といるところを連中に見られた。今後の未来の安全を考えると、このまま俺が預かることにする。これに関しちゃ完全に俺のミスだ、すまねぇ。響にも謝っといてくれ』

「分かった。俺から響くんに言っておこう」

『助かる。あと、連中は市街地でも構わず銃で脅してきやがった。制服姿の未来を見られたし、響達もリディアンの生徒である以上、リディアンの周辺は警戒しといた方がいい。無関係な生徒が巻き込まれるなんざご免だ!』

「そちらも手配しておく。他は?」

『う~ん、今のところはこんなもんか? あ、忘れてた。叩き潰した連中、このまま治療しないと死ぬから早く拾ってやって。治療費は全額米国請求でな』

 

そこまで言うと通信が向こうから切られてしまった。

すると弦十郎は矢継ぎ早に部下達に指示を出す。

 

「皆、カズヤくんから状況は聞いたな。事態が動いたぞ。これより装者を緊急召集、緒川と一課に情報共有、リディアンの校舎と寮及び通学路などの周辺地域を警戒しろ、警察にも協力を仰げ。諜報部に米国のエージェントの回収、緊急手術室の手配、外務省に連絡し斯波田事務次官にコンタクトを取れ!」

 

司令の命令にオペレーター陣は一斉に了解と唱和した。

 

 

 

カズヤの腕の中で、彼の耳元に寄せていた携帯電話を離し、ボタンを押して通話を切る。

彼は未来をお姫様抱っこしており両腕が塞がっているので、手が使えない。なので彼女が通話する為に文字通り手を貸していたのだ。

 

「すまねぇな未来、巻き込んじまって。怖かったろ...もっとよく考えればこうなる可能性があるって分かるはずだったのに、俺が迂闊だった」

 

謝罪の言葉に首を横に振る。

 

「私の方こそ、ごめんなさい...カズヤさんに迷惑かけて」

 

未来としては自身の軽率さが恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分だった。今は、カズヤに抱かれて空を飛んでいるので物理的に不可能だが。

未だにカズヤは詳しい話をしてくれない。しかし、米国からその身柄を狙われたという事実を目の当たりにし、かなり危ない綱渡りをしていたこと、未来が預かり知らぬ場所で戦っていることを思い知らされ、自分は何様のつもりだったのかと責めた。

 

(最悪...私、何してるんだろ)

 

彼は、"シェルブリットのカズヤ"なのだ。その存在は自分のような一般人が思っているよりも遥かに大きく、今は世界中で重要視されている。

もし響がシンフォギア装者になっていなかったとしたら、決して知り合うこともなく、雲の上の存在のままだったはず。

 

(私、本当に子どもで、本当にバカみたい)

 

自分はあくまでも一般人で、二課にとっては民間の協力者で、それだけだ。緒川や弦十郎、シンフォギア装者である響達が危険な任務に就いているカズヤの現状を、未来に教える訳がないのだ。

響達の様子がおかしいのは、カズヤが心配なのと、そばにいてくれないことに寂しさを覚えているからだと何故分からなかった?

ずっと思い違いしていたことを、今更になって自覚する。

親しい男友達として友人付き合いをしてきたけど、それはあくまで彼のプライベートでの話。

彼の仕事は戦うこと、そして仕事場は戦場。常に命の危険があるそこに、一般人でしかない自分が飛び込めば迷惑をかけるのは──自分の命もカズヤの命も危険に晒すことになると少し考えれば分かるはずなのに。

 

「ぐ、うう、うっ」

 

己の不甲斐なさに涙が出てきて、それは一度溢れてくると抑えることができなかった。

 

「うああ、あああ、ああああああ!!」

 

大声で泣き出す未来に、カズヤは緊張の糸が切れたかなと勝手に勘違いし、少し考えてから飛行する高度と速度を落とし、適当な雑居ビルの屋上に向かう。

屋上にカズヤが降り立つ前に、彼の足にしがみついていた切歌と調が離れる。

シェルブリットを解除して屋上に着地し、横抱きにしていた未来を自分の足で立たせた後、ギュッと抱き締めた。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから...俺が未来を守るから」

 

幼い子どもをあやすように、安心させるように頭を撫で、一定のリズムで背中を優しく叩く。

 

「ごめ、んなさ、い、ごめん、なさい」

「いいんだ。未来は何も悪くねー、未来が謝る必要はねーって」

 

嗚咽混じりの謝罪を気にするまでもなく、ただ優しく抱き締める。

そんな彼の胸に顔を埋め、彼の優しさと暖かさに甘え、泣くことしかできない自分自身が、未来は許せなかった。

面と向かって迷惑だとか、邪魔するなと言われた方が、どれだけマシか。

 

「カズヤ、さんは、優し、過ぎますよぉ」

「そうか?」

「だって、私が、私が悪いのに!」

「それについてはもう言うな。起きちまったことはどうしようもねーさ」

 

微妙に会話が噛み合ってないことにカズヤは気づかないまま、未来の泣き顔を覗き込む。

 

「さ、そろそろ泣き止んでくれ。折角可愛い顔してんのにいつまでも泣いてたら美人が台無しだぜ?」

 

ズボンのポケットからハンカチを取り出し、涙を拭う。

彼の気遣いといつもの軽口が嬉しくて、漸く未来は泣き止むことができた。

それを確認すると、カズヤがニッと笑う。

皆と一緒の時によく見せる彼の、いつもの笑顔。

至近距離に、それがある。

これまで何度も見ていたはずなのに。

普段の精神状態でなら絶対に考えないと自信を持って言えることを考えてしまう。

魔が差した、と言っても過言ではない。

思う存分泣いた後だからだろうか。

それとも仕事の邪魔をし迷惑をかけたのに、こんな不甲斐ないバカな自分の身を最優先にしてくれて、普段通り接してくれるからだろうか。

俺が未来を守るから、なんて言われたからだろうか。

響が、皆が大好きなこの笑顔を、この男を独占したいと思ってしまった。

 

──ドクンッ。

 

心臓が、一際大きく跳ねる。

 

(...あっ!)

 

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッと早鐘が鳴るかのように心臓が脈打つ。

 

(ウソ!? ちょっと待って! こんな...!)

 

胸が苦しい、顔が熱い、心臓がうるさい、それでも目の前のカズヤの顔から視線を外せない。

胸の奥から沸き上がる想いが止まらない。

 

「未来? どうした? 急に顔赤くして。空飛んで気分悪くしたのか? もしかして酔ったか?」

 

こちらを訝しむカズヤが見当違いな心配をしてくれる。

今この瞬間、カズヤが自分だけを見てくれる、彼を独占していると思うと、言葉では言い表せない歓喜が溢れてくる。

響は、響達は、カズヤを前にするといつもこんな気持ちなのだろうか。

だとしたらズルい。

自分ももっと味わいたい。彼に触れたい、彼を感じたい、彼に甘えたい。

既に先程の、彼の優しさに甘える自分自身が許せなかったことなど忘れた。

だいたい響達だって彼に散々甘えていたではないか。自分だけダメという道理はない。

そもそも響達は、あの四人は嘘つきだ。通信機の互いの位置情報を確認する為のツールを使えば何処で何をしているかなどバレるのに。

こちらが知らない振りをし続けていれば、いつまでも調子に乗って。

 

「...カズヤさん」

 

熱に浮かされたような声を漏らし、彼に抱きついた。

 

「本当に、大丈夫か?」

 

すると、やはりカズヤはギュッと抱き締め返してくれる。

暖かくて、心地良い。こうしていると何故か安心した。

鼻腔をくすぐる彼の匂いが、こちらの理性を少しずつ溶かしていくような錯覚を覚える。

何よりも、親友達の好きな男を奪っているかのようなこの行為に、全身に甘い痺れにも似た背徳感が駆け巡っていく。

 

「...歩けないです。抱っこしてくれませんか?」

「分かった。こっからはタクシーでも捕まえて移動するつもりだから、それまで我慢してくれ」

 

我ながら甘ったれたことを試しに抜かしてみれば、カズヤは何一つ疑うことはせず、先と同様にお姫様抱っこをしてくれた。

 

(心配してくれてるんだろうけど...)

 

甘えれば甘えた分だけ甘えさせてくれる男だこの人、と未来は妙に納得する。

響達がこぞって甘えたがる訳だ、と。

 

「二人共、ギアを解除しろ。こっからの移動は車だ」

「...なんか凄いのを見てしまった気がするデース」

「これが、カズヤの本気」

「聞いてんのか!? ギア解除してとっととタクシー捕まえてこい!!」

 

怒鳴り声に我に返り、慌ててギアを解除し普段着となり屋上から駆け出す二人。

それをカズヤは未来を横抱きにしたまま歩いて追う。

タクシーに乗るまでの時間、未来はカズヤの腕の中を堪能しつつ、思考を巡らせる。

最初に嘘をついて、自分を仲間外れにしたのは響達だ。

いくら幼馴染みの親友でも、どんなに仲が良い友人達だろうと、こればっかりは見過ごせないし、やられっぱなしは気が済まない。

だったら、どうやって響達にお仕置きを、仕返しをしてあげられるか?

女を甘やかすカズヤの性格上、彼はその嘘に付き合わされているだけだろう。

そこで一つの名案が浮かぶ。

まずは響達と同じ立場になる必要がある。

その為にも──

 

(私も...シンフォギア装者になる)

 

カズヤの温もりを感じながら、未来は仄暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

二課本部に集合した装者四名は、先の一件を弦十郎から聞かされ大いに驚く。

カズヤが米国に狙われ、未来がそれに巻き込まれた。彼女は無事だが、この件が片付くまでは彼の保護下で元F.I.Sメンバーと共に行動することになってしまった。

 

「制服姿の未来くんを目撃されたという事実は、同じ学院に通う三人、及び我々と懇意であることが米国に悟られた可能性がある以上、彼女を今のタイミングで日常に戻すのは危険とカズヤくんが判断した。元F.I.Sメンバーと行動を共にすること自体が危険かもしれないという意見もあるかもしれないが、そこはカズヤくんを信じよう」

 

厳かな口調でそう言う弦十郎の言葉に、装者達は頷き納得する。

 

「弦十郎の旦那、米国がカズヤを狙った理由は何なのか分かったのかい?」

 

奏が軽く挙手をして質問。

 

「だいたいの予想はつくが、まだ尋問すらできていないから不明だ」

 

口を割らないならまだしも、未だに尋問すらできていないのはどういうことか? と四人の顔に出ていたのだろう。弦十郎が呆れたように続けた。

 

「考えてもみろ。カズヤくんを狙って、返り討ちにされたんだぞ連中は。そして彼が敵と定めた相手に容赦などすると思うか?」

 

あっ、と四人は察する。

 

「ほぼ全員、緊急手術が必要な重体だ。現場で高レベルのアルター値が確認されたことから、間違いなく彼は連中相手にシェルブリットを使った。状況が状況なだけに、それを咎めようとは思わん。しかし、だからこそ尋問は連中が回復してからだ」

 

誰もがそれを聞いて「うわぁ...」と呻く。生身の人間でシェルブリットの攻撃を食らって無事だったのは、知る限りで目の前の弦十郎だけ(緒川は右腕では殴られていないらしい)。規格外かつ超人的な身体能力を持つ弦十郎ですら当時はボコボコにされていた(カズヤも同じくらい弦十郎からボコボコにされたが)。米国のエージェントに同情は決してしないが、酷い目に遭ったということだけは容易に想像できた。

 

「とにかく、連中に関して今後は諜報部に一任する。また、斯波田事務次官にも話は通してある。米国政府への対応はそちらに任せ、カズヤくんの位置情報が洋上へ向かい次第、仮設本部で追跡する。我々はそれまで、いつでも動けるように待機だ」

「「「「了解」」」」

 

 

 

「小日向未来と申します」

 

名乗り終えると丁寧にお辞儀する少女に、マリアとセレナは唖然とした後、説明を求めるようにカズヤと切歌と調へ視線を向けた。

ちなみにカズヤがマリア達側につく経緯などは、既に未来へ説明済みである。

 

「...話すと長くなる」

 

疲れた表情でそう告げるカズヤの背後で、切歌と調がコソコソと話し合う。

 

「これはまたしても修羅場の予感デスよ、調」

「本日二度目、今日の放送はスペシャル版だね」

「帰ってきた男を出迎えたらそこには知らない女が」

「女同士の譲れない戦いが、今、火蓋を切る」

「楽しそうだなお前ら!!」

 

カズヤが背後に向かって怒鳴ると、二人はワーキャー楽しそうに叫びながら何処かへ行ってしまった。

 

「で、これは一体どういうこと? カズヤ」

「説明してください」

 

言い逃れは許さんと言外に言っているマリアとセレナの態度に、カズヤは頭を抱えたくなるのを必死に堪えながらどう説明しようか悩んだ。

 

 

 

何度も説明するのは嫌なので、ナスターシャとウェルを加えた四人が揃った状態で、どうにかこうにか説明を終える。

 

「そうですか、再び本国から...」

 

そう呟いてナスターシャは黙考し、ウェルは「やれやれ、これだから権力者は」と肩を竦めてみせた。

 

「事情は分かったわ。でも一つ教えて。あなた、未来だったかしら...カズヤとはどういう関係なの?」

「愛人です」

「「「は?」」」

 

マリアの質問に対する突拍子もない未来の返答に、カズヤとマリアとセレナが同時に声を上げ、ナスターシャが「まあ」と僅かに驚き、ウェルがくつくつと声を抑えて笑う。

そしていつの間にか戻ってきていた切歌と調がワクワクと期待を込めた眼差しでこちらを観察していた。

 

「おま、お前何言ってんだオイィィィッ!?」

「間違えました。愛人候補です」

「さらっと嘘をつき続けてんじゃねぇ!!」

 

怒号を上げるカズヤに未来はしれっとした態度で応じる。

 

「このくらいの牽制は必要かな、と」

「何の為の牽制だ!?」

「当然、響達の為ですよ」

「...」

 

二の句を継げられなくなるカズヤに未来は笑みを深めた。

 

(まあ、私の為でもあるけど)

 

そんなことを考えながら、未来は続ける。

 

「けど、カズヤさんは女性関係にだらしないので、今こんなことを言っても意味はないと思いますが」

「......そう、ね。英雄色を好むと言うし、カズヤも年頃の男の子だし、しょうがないわよね」

 

こめかみをピクピクさせつつ、マリアは無理矢理自分を納得させるように口に出す。

 

「そう言えば、さっき抱き締めてもらった時、カズヤさんから凄く良い匂いがしたんです。知ってますか? 異性の体臭が良い匂いだと感じた場合、その相手との相性バッチリらしいですよ」

「んなこと俺が知るか!?」

「あ、でもそれ分かる。カズヤって良い匂いするわ。そうよね、セレナ」

「...はい。服を洗濯した時、その...」

 

促されたセレナが俯き頬を染めながらゴニョゴニョと何か言うが聞き取れない。

後ろから「確かにカズヤは良い匂いするデース」「美味しそうな匂い」と聞こえてくるが、それはさっき食ったお好み焼きのソースの匂い、だと思いたい。

 

「分かった! この話はやめよう。ハイ! やめやめ」

「確かに良い匂いがする異性というのは、自分が持つ遺伝子とは遠い遺伝子情報を持つ為、遠ければ遠いほど優秀な子孫を残せると証明されていますね」

「その辺りは僕の分野でも当然とされています。本能に従いパートナーを選ぶことこそが、人にとって最も正しい愛の形なのだと」

「やめろっつってんだろが! 婆さんも眼鏡もしゃしゃり出てくんな! もうこの話は終わったんだよ!!」

 

エアキャリアの中でカズヤの怒号が轟いた。

 

 

 

モニターに映り出されたのは、檻の中で静かに横たわるネフィリム。

 

「本題に入りましょう」

 

映像を差し示しウェルが切り出す。

 

「十分な餌を与えたネフィリムは、漸く本来の出力を発揮できるようになりました」

 

現在のネフィリムは象と同程度の体躯にまで成長している。

これ以上の成長はエアキャリアの移動に支障をきたす為、現時点ではまだできないとされていた。

 

「このネフィリムとあなたが五年前に入手した...」

「っ」

 

上機嫌なウェルがマリアを指差し、それに彼女は少し戸惑うような仕草を見せた。

 

「お忘れなのですか。フィーネであるあなたが、皆神山の発掘チームより強奪した神獣鏡のことですよ」

「...ええ、そうだったわね」

 

ウェルから視線を反らすマリア。

 

「カズヤさん、それってもしかして奏さんの──」

「しっ」

 

隣から小さく声を掛けてくる未来に、カズヤは彼女を黙らせるように人差し指で優しく未来の唇を押さえる。

 

(そういうことを平気でするからっ...もう!!)

 

未来は唇に触れた指の感触に赤くなり、それ以来黙りを決め込んだ。

セレナがそんな二人のやり取りに気づきジトっとした目線になるが誰も気づかない。

 

「マリアはまだ記憶の再生が完了していないのです。いずれにせよ聖遺物の扱いは私の担当。話はこちらにお願いします」

「これは失礼」

 

ナスターシャがマリアの態度にフォローするように述べると、ウェルは軽く頭を下げた。

 

「話を戻すと、フロンティアの封印を解く神獣鏡と、起動させる為の成長したネフィリムが漸く揃った訳です」

「そしてフロンティアが封印されたポイントも先だって確認済み」

 

補足するナスターシャの声に、パンパンパン、とウェルは拍手。

 

「そうです、既にデタラメなパーティーの開催準備は整っているのですよ。あとは、私達の奏でる狂想曲にて、全人類が踊り狂うだけ...ウェヘヘハハハ、ハーッハッハッハ!!」

 

怪しい笑い声をケタケタ上げつつ変な躍りをし始めるウェルを、その場の全員が胡散臭いものを見る目で見つめた。

 

「近く、計画を最終段階に進めましょう...ですが今は少し休ませていただきますよ」

 

痩せた老婆は疲れたように言うと、手元で車椅子を操作し退室した。

マリアが操縦席に着き、エアキャリアが発進する。

エアキャリアに搭載された神獣鏡の力の特性により、機体が発見される心配はない。この世で恐らく最高のステルス機能を保有した乗り物だろう。

いよいよ、世界を救うとかいう壮大な計画の最終段階に入る訳だが、何故かカズヤは内心でそう上手くいくのだろうかという疑問と、漠然とした不安があった。

 

(何だ、この、モヤモヤした感じ...?)

 

カズヤの為に用意してもらった部屋で一人、簡易ベッドに仰向けになり、頭の後ろに組んだ手を枕代わりにして天井をぼんやり見つめる。

 

(せめて了子さんと少し話せればいいんだがなー)

 

その為には調と二人きりとなり、更に調の意識がない状態を作らなければならないが、そんな状況、なかなか作れない。

どうすっかな、と考え込んでいると、ドアがコンコンと二回ノックされた。

 

「はーい」

「未来です、入っていいですか?」

「ああ」

 

返事をしてきた未来は入室してくると、簡易ベッドまで近寄り仰向けに横になっているカズヤを見下ろす。

 

「どうした? 切歌と調と話してたんじゃんねーのか?」

「二人は話疲れて部屋に戻りました」

「そうか」

 

頷き、脳内でこのエアキャリアに乗っている人物達が何をやっているか思い描く。

マリアはエアキャリアの操縦、セレナはその補助及び居眠り運転を防ぐ為の話し相手を兼ねているはず。

ナスターシャと切歌と調は休む為に部屋に戻った。

ウェルは基本的に、研究室みたいなよく分からない機器や設備がある部屋か、ネフィリムのそばだ。

 

「未来は休まなくていいのか?」

「休みますよ、この後に」

 

言い草からして何か話でもあるのだろうか? そう疑問に思った刹那、妖しい笑みと潤んだ眼差しの未来が突然カズヤに跨がった。

 

「へ?」

 

予想だにしない彼女の行動に間抜けな声が漏れる。

こちらの両肩を両手で押さえられ、驚いてろくに抵抗もできぬまま、覆い被さってきた未来の唇が強引にこちらの唇を塞ぐ。

暫しの沈黙。

やがて唇同士が離れると、彼女は恍惚とした表情で妖艶に笑う。

 

「アハッ、最高! 頭おかしくなりそう! カズヤさんの唇、私奪っちゃった!」

「...お前、何のつもりで──」

「次は舌を入れますよ、あの時のクリスみたいに」

 

宣告し、本当に次は舌を入れるディープキスをしてきた。

 

「んっ、んん、んぅ...」

「んんんんんん!?」

 

くぐもった声とぴちゃぴちゃと濡れた音が部屋に響く。

カズヤの口を舌で無理矢理こじ開け、舌で舌を絡み取り、舌で歯茎をなぞり、舌で口腔内を蹂躙するようにぐりぐり掻き回す。舌を吸い、唾液を吸い、唇を吸い、味わい飲み下す。

 

「...はぁ、はぁ、はぁ」

 

唇と唇が離れると、上体を起こした未来が、酸素不足ではなく性的興奮から荒い呼吸を繰り返す。

二人を繋ぐ糸が名残惜し気に伸びるのを見て、未来は喜悦に唇を吊り上げ目を細めた。

 

「お前、どうして...?」

「どうしてこんなことをしたのか、ですか? そんなの、したくなったからでいいじゃないですか。響達だってカズヤさんとしたくなったらするんでしょ? 奏さん家とか、ラブホテルとかで...皆の通信機の位置情報、私でも確認できるの忘れてました?」

「っ!?」

 

バレてる! とカズヤは顔に出さないようにすることができない。

 

「なら、私としてくれてもいいじゃないですか」

 

そんなことより続きをしましょうよ、と囁く未来の声は、完全に情欲に染まった雌のものだ。

再度、未来の顔がカズヤの顔に迫る。

しかし──

 

「ここでいかがわしい真似はやめてください」

 

開け放たれたドアの前で、絶対零度でそう言い放つセレナの声が鼓膜を叩く。




それぞれの聖遺物とシェルブリットバーストとの相性について。

・ガングニール
相性度:★★★★★
槍の『突く』という特性上、相性抜群。突進力と破壊力はトップクラス。
その代わり攻撃範囲は狭く、直線的。

・天羽々斬
相性度:★★
斬撃武器としての側面が『殴打』という属性のシェルブリットと相性が良くない。
しかし『刺突』との相性は悪くない。

・イチイバル
相性度:★★★★★★
『撃つ』『射撃』という特性がシェルブリット(弾丸)と相性が良い。
様々な銃火器を扱うクリスに応じて多種多様に変化しありとあらゆる状況に対応可能。その柔軟性は他の追随を許さない。

・イガリマ、シュルシャガナ
相性度:★
天羽々斬同様、斬撃武器の為相性は良くない。

・アガートラーム
相性度:???
斬撃武器の為相性は良くないはずだが、射撃武器として利用することも可能であり、絶唱特性が『エネルギーベクトルを操作』であるので、装者の能力次第で大きく変化する。










・神獣鏡
相性度:★★★★★★★★★
『鏡』が持つ特性は、カズヤが放つ『光と輝き』──『"向こう側"の力』との相性がこれ以上存在しないほど良い。
その力は未知数。


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OVER DRIVE

「ちっ」

 

突然の闖入者に未来は不快気な顔で舌打ちした。

 

「何のつもりですか? 邪魔しないでください」

「言葉が分かりませんか? ここで、いかがわしい真似を、しないでください、と言ってるんです」

 

語気を強め、一つ一つ区切りながらセレナが未来を般若のような形相で睨み付ける。

そんなセレナに未来はいかにも面倒臭いとばかりに溜め息を吐き、カズヤから跨がった状態から立ち上がり、正面から睨み合う。

背はセレナの方が若干高い為、未来は彼女を見上げるような構図になるが、怯む気配は見受けられない。

向かい合う二人を見て、豊満な胸と尻、腰回りのラインと太ももの脚線美はセレナの方が魅惑的で圧勝だな、とかそんなスケベかつ失礼極まりないことを考えてしまうが、軽口を叩ける雰囲気ではないことくらい分かるので、カズヤは傍観に徹する。

 

「どうしていかがわしい真似をしてはいけないんですか?」

「あなたはここが何処だか分かっているのですか。ここは、私達武装組織フィーネが保有するエアキャリア。本来ならあなたのような人物など乗せる訳がありません。あくまでもカズヤさんのお願いだから乗せてあげている、それだけです」

「だから、そのカズヤさんに夜のご奉仕をしてあげようと思ったんですよ」

「ご奉仕? ハッ、笑わせないでください。随分と一方的だったじゃないですか。あれをご奉仕というならこの世の性犯罪が全て合法レイプに早変わりです」

 

二人は今にも相手に掴みかからん勢いで言い争いを始めた。

 

「日本では女が男に迫るのが常識なんです!」

「私が日本人じゃないからって見え見えの嘘言わないでください! バカにしてるんですか!?」

「そんなつもりはありませんが、どのように受け取ろうとそちらの自由です」

「...っ! いくらカズヤさんのご友人だからって、あまり調子に乗らないで欲しいですね」

「さっき私が言ったこと覚えてないんですか? 愛人ですよ、愛人」

「それはさっきカズヤさんご本人が否定したじゃないですか!!」

「ええ、今まさに候補から本当の愛人になろうとしてたところに思わぬ邪魔が入っていい迷惑です」

「口の減らない...!!」

 

竜虎相搏つ、とはこのことか。

凄まじい怒気と圧力を放ち相対する二人は、まさに竜と虎。

視線と視線がぶつかり合い火花が弾け、二人の背景には燃え上がる炎と降り注ぐ雷が見える。

しかし──

 

「大きな声出してどうしたの? 喧嘩してるの?」

 

新たな闖入者の存在のことは誰も予想しておらず、二人は揃ってそちらに顔を向けた。

そこには眠たそうに目を擦る調。

 

「いえ、これは...」

「...その」

 

バツの悪そうな表情で言い淀むセレナと未来の様子に、調はハッ、となって大きく頷いた。

 

「分かった。カズヤを取り合ってる修羅場の最中だったんだ! どうぞ続けて、でもすぐには終わらないで、今、切ちゃん起こしてくるから!」

「「待って待って待って!!」」

 

駆け出そうとする調をセレナと未来が血相変えて引き留める。

流石に見世物になるのは嫌なのか、互いに矛を納めた。

 

「調さん違います、これは、違うんです...とにかく、違うの!」

 

何がどう違うのかはっきり言わないセレナ。

 

「調ちゃん、わざわざ切歌ちゃんを呼ぶ必要ないよ。これは夢だから。調ちゃんはまだ夢の中、夢を見てるの。いーい?」

 

あくまで調が見たものを夢だと言って強引に押し切ろうとする未来。

 

「はいはい調ちゃん、ちゃんとしたベッドでちゃんと寝ようねー」

「そうですよ調さん、寝ましょう寝ましょう」

 

二人は調を挟み、左右からそれぞれ手を取り退室していく。

一人部屋に残されたカズヤは──

 

「......久々だったから、ちょっと期待しちまったんだが」

 

と、クズの中のドクズ発言をしていた。

 

 

十五分後。

 

「余計なお世話だったかしら」

 

先程二人に連れていかれた調が戻ってきたが、身に纏う雰囲気も違えば口調も違う。

調の中に宿るフィーネだ。ついさっきの態度は二人を欺く為、フィーネが調の真似をしていたのだ。

 

「いや、了子さんが来てくれて良かったと思うぜ」

「ちなみに私が来なかったらどうするつもりだったの?」

「さてね。ご想像にお任せする」

 

いかにも十代の女の子が魅力を感じてしまいそうな、"悪い男"のニヤリとした笑みを浮かべるカズヤを見て、フィーネが眉根を寄せる。

どうせ二人纏めて抱くつもりだったんだろ、と言いそうになって口を噤む。

この節操なしに言ってやりたいことは山程あるが、今はそんなことを言いにきた訳ではない。

 

「んなことより、話があんだろ。時間ねーから早速話そうぜ」

 

ベッドの上に胡座をかいて促せば、フィーネは部屋のドアを閉じてから壁に寄りかかり、腕を組む。

 

「どうもね、ウェルの動きが大人しくて逆に気味が悪いの」

「そっちか。俺としては、後はフロンティアの封印を解除して起動すればいい、って段階まできて上手くいくか不安になってきた」

「その根拠は?」

「根拠なんてねーさ。ただの勘」

「やめて。あなたの野性の勘ってやたら鋭いんだから」

 

渋面になるフィーネにカズヤは真剣な表情で続ける。

 

「漠然とした不安はそれだけじゃねーんだ。未来のこともある」

「未来ちゃん? 確か響ちゃんの幼馴染みよね? そういえば()()()()はほとんど面識ないんだったわ。勇ましく啖呵切ってきた子だとは思ってたけど、普段からあんなに積極的な子なの?」

「いや。そもそも未来からあんな風に迫られたのは初めてだ。あいつ、そういうことに関してはかなり潔癖なところあったし、俺のことを恋愛とか性欲の対象として見てなかったはずなんだが...」

 

ゆっくり首を振った後、唸りながら傾げる。

 

「ただ、響達との肉体関係がとっくにバレてた、ってことをさっき本人から聞いた。だから、私ともしてくれって」

「...原因、それじゃない?」

「だとしたら、なんで急にこのタイミングで? っていう疑問が浮上するし、いつ俺をそういう対象として見るようになったのかも分からねー」

 

口を閉ざし考え込むカズヤに、フィーネは呆れたように言う。

 

「...前々から思ってたけど、カズヤくんって自分がこういう風に動いたら周囲がこうなる、って予測立てて動いたことないでしょ」

「ある訳ねーだろそんなん」

「でしょうね」

 

フィーネは額に手を当て天井を仰ぐ。この朴念仁、唐変木、すっとこどっこい、と罵りたくなって必死に堪えたのだ。

あなたのその無自覚な行動で、一体何人のうら若き乙女が毒牙にかかっているのか、と。

たとえ実際に襲われているのがカズヤだったとしても、だ。

 

「で、未来ちゃんに関してはそれだけじゃないんでしょ?」

「ああ。あいつ、普段と違ってなんか危うい」

「なんかって何よ」

「言葉で言い表せないなんか」

「まあ、言いたいことはなんとなく分かるわ」

 

未来のことは、とりあえず今はお互いに可能な限り注意しておこう、という具合に締め括った。

その後、情報共有やお互いの認識に齟齬がないかなどを確認し、解散となる。

 

「それじゃ、おやすみなさい」

「おう、調の為にも早く寝てやってくれ。切歌と比べて発育悪いから、栄養足りてねーのかって心配なんだ」

「道理で出先でたくさん食べさせると思った。けどそれ、本人も気にしてるから絶対に言っちゃダメよ」

「あいよ」

 

 

 

 

 

【OVER DRIVE】

 

 

 

 

 

フロンティアが封印されているポイントにまでエアキャリアが到着した。

ナスターシャの指示により、マリアが操縦席に座ったまま何か操作すれば、機体からシャトルマーカーと呼ばれる機器が飛び出す。

ヘリのプロペラのようなものが付いており、それは空中でホバリングを開始。

よく見れば鏡のような部分があるその物体は、神獣鏡の力──光を屈折させるらしく、機体から発射された光を正確に海底へと着弾させる為のものらしい。

フロンティアの封印解除の為神獣鏡の力をこれから使用する。故に、機体に施しているステルス機能にリソースを割く余裕はないらしく、ステルス機能が切られた。それによりエアキャリアが現代科学でも発見可能な状態になる。

ナスターシャがカズヤと未来に説明してくれてるのか、一人言か知らないが語り出す。

 

「長野県、皆神山より出土した神獣鏡とは、鏡の聖遺物。その特性は、光を屈折させて周囲の景色に溶け込む鏡面迷彩と、古来より伝えられる魔を祓う力」

 

カズヤは思わず目を細めた。奏から、彼女の両親が神獣鏡の発掘チームで、フィーネの手により両親と妹がノイズに殺害された話を思い出したからだ。

これについては未来も知っているので、だからこそ先程声を掛けてきたのだが、マリアがウェルとの会話でフィーネの演技にボロが出ていた為、未来が喋った内容で更なるボロが出ないように、あの時はあえて彼女の口を塞いだのだ。

 

「聖遺物由来のエネルギーを中和する神獣鏡の力を以てして、フロンティアに施された封印を解除します」

 

隣にいる未来が指でカズヤの肩をつんつん突ついてくる。

 

「どうした?」

「ちょっとドキドキしますね。フロンティアってどんなものなんでしょう?」

「きっとラヒ○ュタみてーなやつだろ」

「でも、それだと滅びの呪文的なの唱えたらなくなっちゃいますよ」

「あれよくよく考えると、呪文一つで崩壊するとか欠陥建築にも程があるよな」

「うふ、確かに」

 

クスクス笑う未来との距離感が、以前よりずっと近い。肩と肩が触れるか触れないかの距離だが、これが悪くないと感じるのは事実だ。

という感じで二人で話してたら、ナスターシャが操縦桿のようなものを握ってスイッチを押す。

紫色の光──神獣鏡の力がエアキャリアから発射される。

光はシャトルマーカーの鏡部分に命中し、目論見通り屈折して海面に向かう。

 

「これで、フロンティアに施された封印が解けるぅ~解~け~るぅ~」

 

興奮したウェルがうるさい。

海面が沸騰したように激しく泡立ち、海水が空高く打ち上げられ飛沫となって飛散した。

海底から一体どんなものが浮上してくるのか、フロンティアとはどんな存在なのか固唾を飲んで見守っていると──

 

「...解け...ない...?」

 

呆然としながら呟くウェルの言う通り、待てど暮らせど何も浮き上がって来ない。

やがて海面の泡立ちも打ち上げられた海水もすっかり止んで、静かになってしまった。

 

「どういうことだ?」

 

腕を組んだカズヤが疑問符を頭の上に浮かべて口にする。

 

「出力不足です」

「はあ!?」

 

やけに冷静に答えたナスターシャの言葉が信じられず、つい大きな声が出てしまう。

これにナスターシャを除いた全員がビクッと驚き体を強張らせるが、気にする余裕がない。

 

「いかな神獣鏡の力といえど、機械的に増幅した程度では、フロンティアに施された封印を解くまでには至らないということ」

「だったら出力をもっと上げりゃあいいだろが」

「これが最大です」

「嘘だろ!? 話が違うぞ!!」

 

フロンティアの封印を解除して月の軌道を修正できないなら、何の為にこんな場所まで来たのか...!!

嫌な予感が的中したことにうんざりしつつ、カズヤは拳を握って叫び、踵を返す。

 

「納得いくかこんなん! 俺が合図したら今のもっかいやれ!」

「待ってカズヤ! どうするつもりなの!?」

 

マリアが慌てたように問い詰めれば、彼は鼻息荒く返答した。

 

「神獣鏡の力に合わせてシェルブリットバーストを叩き込んでやる! もしかしたら何かの間違いで封印が解けるかもしんねぇだろ!!」

 

 

 

二課の仮設本部として稼働している次世代型潜水艦は、丁度カズヤ達が乗るエアキャリアの真下よりやや後方に位置する海底スレスレに、息を潜めるように存在していた。

海面に浮かばせた小さなカメラが潜望鏡の役割をしており、艦内の司令部から外の様子を確認できる。

今しがた、エアキャリアから放たれた神獣鏡の力でフロンティアに施された封印を解かれるのを待っていたのだが、フロンティアが浮上する気配がない。

誰もが頭の上に「?」と浮かべて首を傾げる中、突然警報が鳴り響いて全員が驚く。

 

「高レベルのアルター値を検知!!」

 

そして、朔也の報告を聞き、誰もが「知ってた」と内心で呟いたり、実際に口にする。

 

「この海域から全速離脱する!」

「「了解」」

 

弦十郎の指示に朔也とあおいが落ち着いた声で応答。

外では、エアキャリアから放たれた紫色の光が海面を叩いたと同時に、金色に輝く一筋の光が海中に飛び込んだ。

そして、海底から眩い光が生まれ、それが巨大な金色の光の柱となって天を貫き、海が割れる。

 

「モーゼかアイツは!?」

「こんな力ずくのモーゼの十戒があってたまるか!!」

 

外の様子を見て奏、次いでクリスが叫ぶ。

海水が吹き飛んで海底が見える光景。海が左右に割れて、海水が壁となって聳え立ち滝のように流れつつ、海底部分が一本の道のようになって百メートル以上続いているなど現実的な光景ではない。非常識と非科学的なものを足して二で割った何かだ。

それから潜水艦を襲う激しい海流の変化に、艦内が立ってられないくらい揺れた。

 

「重力が仕事してねぇぞ!? なんだあれ!?」

「雪音、カズヤがやることにいちいち突っ込んでいたらキリがないぞ!!」

「物理法則無視してんだから突っ込みたくなるっての!!」

 

クリスと翼が手すりに掴まり体をさ支えつつ言い合う。

 

「違うよ! クリスちゃんはカズヤさんがやることならなんでも気になって夜も眠れないんだよ!!」

「うるせぇぇぇぇぇっ! わざわざ口に出すなこのバカ!!」

 

余計なことを口走る響に、クリスが真っ赤になりつつ怒鳴る。

 

「アハハハハハッ! 無茶苦茶だあの野郎!!」

 

奏が嬉しそうに大笑い。

 

「でも少し安心してしまうのは何故?」

「バカみたいな行動でバカみたいな事態を引き起こすのがカズヤらしいからだろ」

 

笑みを浮かべる翼の疑問に、同じような笑みを浮かべたクリスが答える。

 

「でも本当に凄いっ! 海がテレビでしか見たことない海外の秘境のジャングルにある滝みたいになってるのって凄くないですか!? まさにこれが大瀑布なんだ、って感じで旅行に来た気分!!」

 

モニターに映る光景に大興奮する響。

次第に海が正常な状態へと戻る。

 

「それで、フロンティアは!?」

 

弦十郎の問いに朔也が首を振る。

 

「反応ありません。やはり物理的な力では封印解除は無理かと考えられます」

「いくらカズヤくんのシェルブリットバーストでも、装者を介さなければ聖遺物が持つ力を増幅することはできないか」

 

ままならんな、と唸る弦十郎に奏が言う。

 

「弦十郎の旦那、たぶんカズヤはそこまで考えてないよ。神獣鏡の力単体じゃ封印解除できなかったから、自分の力も加えて『開けゴマァッ!!』って感じだと思う」

「バカだなあいつ」

「ああ、バカだ」

「でも私、こういうのってカズヤさんらしさが出てて凄く好き」

「「「分かる!」」」

 

奏の言にクリスと翼がうんうんと頷き、続く響の発言に三人は納得し、四人で仲良くイエーイ! イエーイ! イエーイ! とハイタッチを決めてそのまま手を繋ぎ、輪になって回り出す。

 

「...しかし、これではフロンティアの封印が解けないままだ。他に何か方法はあるのか?」

 

自身の顎に手を当て考え込む弦十郎の声に、装者四人はピタリと動きを止め、黙り込んだ。

 

 

 

濡れネズミになってエアキャリアに戻ってきたカズヤは、盛大にくしゃみをした。

 

「...クソ、思ったより海水冷たかったってのに」

 

結局シェルブリットバーストは無駄撃ちの無駄骨で終わった。

封印を解くには物理的なエネルギーではなく、神獣鏡のような特殊な──"魔を祓う力"が必要なのは間違いない。

しかし肝心要の神獣鏡の力は生憎と出力不足。

どうすりゃいいんだ? と苦手な頭脳労働に辟易しつつ、タオルを求めてエアキャリア内をノロノロとした足取りで歩いていると、

 

「デース!!」

 

いきなり背後からタオルを広げた切歌がタオルで攻撃してきた。

タオルが欲しかったので、振り向き甘んじてタオル攻撃を受ける。

身長差があるので、切歌はそのまま爪先立ちでカズヤの頭をわしわし拭って水分をタオルに吸収させていく。

 

「いきなり海に飛び降りてくから驚いたデス。しかも海を殴って割るとか理解の範疇超えてて頭爆発するデスよー」

「なかなか見れないもん見れたろ」

「デスねー」

「とりあえず着替えてくる」

「いってらっしゃいデス!」

 

用意してもらっている部屋に行き、手早く着替えてからコックピットに向かう。

すると、皆カズヤが戻ってくるのを待ち構えていた。

 

「夜の海水浴はいかがでしたか?」

「頭を冷やすには丁度良い温度だったぜ」

 

小馬鹿にするようなウェルに、カズヤはまだ微妙に濡れた髪をかき上げながらニヒルな笑みで応えておく。

 

「そんなことより朗報です。神獣鏡なのですが、なんとかなるかもしれませんよ」

「ああん?」

 

ウェルの勿体つけた言い草にイラっとして語気が荒くなる。

 

「要するに、機械的に増幅させた神獣鏡の力ではフロンティアに施された封印は解けない。ならば、人のフォニックゲインを、あなたのシェルブリットと同調させることで増幅させればいい。簡単でしょ?」

「...具体的には?」

「彼女ですよ」

「っ!?」

 

指し示された存在にカズヤは己の目を疑う。

 

「是非協力させて欲しいとのことです」

 

目の前に、手を伸ばせば届く距離まで進み出た未来の姿に釘付けになってしまう。

彼女の首には、赤いペンダント──待機状態のシンフォギアが掛かっている。

 

「彼女が持っているのは神獣鏡のシンフォギア。それを彼女が纏い、あなたと同調する。これで問題は解決です!」

 

得意気なウェルが言い終わるや否や、カズヤは思わずウェルの襟首を掴んで壁に叩きつけていた。

冷えていたはずの頭が一瞬で沸騰し、グツグツと煮え滾るマグマとなって噴き出しそうになるのを必死に堪えながら叫ぶ。

 

「てめぇぇぇぇ! 俺のダチに何勝手なことしてやがる!! ぶっ飛ばすぞ!!!」

「ぐはっ、があ!?」

 

急に暴力を振るうカズヤに周囲が驚きの声を上げるが、知ったことではない。

 

「こいつは、未来は一般人だ、何処にでもいる普通の女の子なんだよ! 俺やてめぇらの事情に巻き込むことは許されねぇんだ!! それを──」

「カズヤさん」

 

静かな呼び声にカズヤが動きを止め、ゆっくり振り返る。

 

「...未来」

「私なら大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」

 

掴んでいたウェルを放り捨て、今度は未来に詰め寄り彼女の両肩に手を置く。

 

「お前、装者になるってことがどういう意味を持つか本当に分かってんのか?」

「はい」

「これっきりのつもりだとしても、一度装者としてシンフォギアを纏った事実は、何があっても絶対に消せねー。一生、付き纏うことになるんだぜ?」

「分かってます」

「俺や響達みてーに、いざとなったら戦うことになる。相手はノイズだけじゃねー、場合によっちゃ人間相手に力を振るうことになる」

「百も承知です」

「この前の俺みてーに、日常生活の中で突然身柄や命を狙われることもあるんだぞ!?」

「その時はカズヤさんが守ってくれるんですよね? だって言ってくれたじゃないですか。『俺が未来を守るから』って」

「...っ!!」

 

その言葉はカズヤから反論の余地を奪う最強の一手だった。

黙りこくり固まった彼を嘲笑うように、ウェルが立ち上がり白衣の襟元を直しながら告げる。

 

「女の子に守ると約束した言った以上、責任を取らなければいけませんね」

 

ギロリと睨まれてもウェルは何処吹く風。

 

「...適合係数の問題はどうするつもりだ?」

「愚問ですね。最低限彼女用に調整したLiNKERの投与は必要だとしても、そこから先はあなた次第ですよ。あなたと同調した際の装者の適合係数の上昇、戦闘力や単純な出力の向上、フォニックゲインの増幅、そして肉体への負荷の軽減は僕よりもあなたの方が詳しいのでは?」

 

搾り出すような声で問うカズヤをウェルは軽くあしらう。

ことごとく、ありとあらゆるものがカズヤから『未来を装者にしない為の理由』を奪っていく。

聖遺物の欠片から作られたシンフォギアは、歌で起動し、運用する。それは誰でもいいものではない。聖遺物に応じた適性を持っている者だけが可能とするのだ。

そしてカズヤのシェルブリットの欠片を組み込んだシンフォギアは、カズヤと同調現象を起こす。

これは、カズヤが引き出し収束した『"向こう側"の力』を、シェルブリットの欠片や再構成した物質を媒介に相手と共有する行為だ。

故に、同調している状態の装者は、同調していない状態と比べ強大かつ爆発的な力を運用できる。

ノーリスク、ハイリターンだからこそ細かいことを考えずにバンバン使ってきたのだが──

 

(だが、それで未来を装者にするのは......)

 

これは個人的な感傷だ。神獣鏡の力が出力不足でフロンティアの封印解除ができないなら、ウェルの言う通り、未来を装者にし彼女と同調して増幅させた力を放てばいい。そんなことは頭では分かっている。

しかし、カズヤにとって未来は、平和な日常の象徴なのだ。そう思っているのは彼だけではない。響達装者にとって、彼女の存在こそが『日常に帰ってきた』と思わせると言っても過言ではないのだから。

そもそも、未来が本当に装者となってしまったら、響にどの面下げて説明すればいい? それを考えるだけで足下が崩れて奈落の底に落ちていく気分だ。

 

「...少し考えさせろ」

「考えるのは構いませんが、あまり時間はありませんよ。今、このエアキャリアは神獣鏡がもたらすステルス機能がない、丸裸の状態です。しかもあなたが盛大な花火を打ち上げたお陰で、捕捉される可能性が高まっています。彼女用に調整したLiNKERを用意するにも多少の時間がかかりますからね」

 

神経を逆撫でするウェルの言い方に腹を立てつつ、今一度未来に向き直る。

 

「本当に、覚悟はできてんのか?」

 

この問いに未来は迷わず頷く。

 

(...これじゃあ、俺が覚悟できてねーみてーじゃねーかよ)

 

大きく溜め息を吐く。

最早腹を括るしかない。

だがその前に、ウェルよりも信頼できて、シンフォギアについて詳しい人物に確認を取りたい。

チラリと調の様子を窺う。

すると彼女は一度瞼を閉じてから開く。すると金の瞳──フィーネの目の色に変化してから小さく頷いた。

 

(...分かった)

 

フィーネから確認が取れてカズヤは少し安堵すると、未来のその華奢な両肩に手を置いたまま告げた。

 

「お前が覚悟を決めてるってんなら、もう何も言わねー。ただ、無茶はするなよ」

「はい」

 

こくりと未来は笑顔で頷く。

だが彼は、彼女の笑顔の真意に気づかない。

 

 

 

適当な場所で停泊し、一晩明けた翌朝。

コックピットでは耳障りな警報の音が響いていた。

 

「米国の哨戒艦艇デス!?」

 

モニターに映る光景に切歌が大きな声を出す。

昨晩にシェルブリットバーストを撃ってから半日も経過していないが、むしろ遅いくらいだ。よくぞこれまで時間を稼げたとカズヤは感心する。

どうやら以前米国のエージェントに襲撃された件を、いつも蕎麦食ってる外務省の偉いおっさん──斯波田事務次官のことだが名前をちゃんと覚えてない──が上手い具合に利用してくれたのだろうと勝手に想像した。

 

「俺が無力化してくる。お前らは絶対に出てくるな...余計な手出しはすんじゃねぇぞ」

 

マリア達に──特に最後の言葉はソロモンの杖を持つウェルに一方的に告げ、返事も待たずエアキャリアから飛び降りる。

自由落下に身を任せ、風を全身で感じつつ眼下に映る艦艇へ落ちていく。

もう少しで甲板に激突する、というタイミングでアルターを発動。

視界の中の甲板が抉れ、虹の粒子と化したそれがシェルブリット第二形態として再構成される。

次の瞬間には右の拳を甲板に叩きつけ、衝撃を緩和させ、無事着地。

顔を上げたそこには、突然空から降ってきたカズヤに驚き、銃を向けてくる乗組員の姿が。

 

「仕事とはいえ、俺の相手をさせられるのは同情するぜ」

 

一言、一人言を呟くと、視界に映る全ての銃器を粒子化してから、甲板をそれなりの力で殴った。

轟音と共に衝撃で揺れる船。大穴が空く甲板。

 

「んー? 力加減が分かんねー。艦橋ん中の船操作してる機械殴ればいいのか? あとは確か、こういう軍用の船ってバイタルパートがあんだよな? 気をつけねーと」

 

怪我人も死者も出したくないので探り探り船を攻撃する。

駆逐艦なのかイージス艦なのか空母なのか、艦種は不明だが、とりあえずヘリや戦闘機の類いが使えないように見つけ次第殴って爆発させ、船底や横っ腹は殴ると浸水して沈む可能性が出てきてしまうので、殴らないように注意し、それ以外の大丈夫そうな場所はそこら中に穴を空ける。

加えて、艦橋の中に飛び込み機器類を粒子に変え、対空砲やミサイル迎撃装置などの武装の類いを片っ端から破壊する、という一連の行動をしてみると、やがて船が全く抵抗できない状態になることに気づく。

コツを掴めば後は簡単だ。作業感覚で一隻一隻丁寧に無力化させていき、少し時間はかかったが全ての艦艇をただの水の上に浮く巨大な鉄屑へ変え終えた。

 

「手加減って難しい...」

 

甲板の上で疲れたように呻いたその時、近くの海面から飛沫を舞い上げ水柱と共にミサイルのようなものが飛び出す。

それは空中で縦に割れると、内部に収まっていた存在を露にする。

 

「そろそろ来る頃だと思ってた」

 

待ち焦がれていたと言わんばかりにカズヤは嬉しそうに笑う。

姿を現したのは歌姫にして戦乙女。四人のシンフォギア装者。それぞれがギアを纏い、カズヤの前に降り立った。

 

「よっ、久しぶり」

 

軽い感じでいつものように挨拶をすれば、

 

「会いたかったよ。カズヤ」

 

まず奏が微笑み、

 

「お久しぶりです、カズヤさん!」

 

続いて響が元気に手を振ってきて、

 

「カズヤァァァ、カズヤァァァァァッ!!」

「カズヤ! 私はもう我慢の限界だっ!!」

 

最後に、理性があるか怪しいクリスと翼が素手の状態でいきなり襲い掛かってくる。

 

「がっつき過ぎだぜ二人共!!」

 

不用意に飛び込んできた二人に向かって右の拳を振り抜く。

拳から発生した金色の衝撃波に吹き飛ばされながらも、二人はしっかり防いで受け身を取って体勢を整えた。

 

「...ワリィワリィ、カズヤを目の前にして、つい」

「その、今のは見なかったことにして欲しい」

 

恥ずかしそうに頬を染め、瞳を潤ませ、熱い眼差しでそんなことを言ってくるクリスと翼。

可愛いくて魅力的だ。とてつもなく惹かれてしまう。純粋にそう思った。

 

「...おいおい、我慢できねーのは分かるが、こういうのは『よーいドン!』で始めるのが礼儀だぜ?」

 

今さっきまでカズヤが叩き潰していた、米国所属の哨戒艦艇から応援の要請があって来たのであろう四人に、カズヤは腰を落とし拳を構える。

それに応じるように、響も腰を落とし拳を構え、他の三人はそれぞれのアームドギアを展開した。

 

「へへっ」

 

カズヤが堪え切れないとばかりに声を漏らし、飢えた獣のような獰猛な笑みを見せると、四人も同じような表情を浮かべる。

顔の高さまで掲げたシェルブリットの手首に付いている拘束具が弾け飛ぶ。それによって装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開き、その穴を中心に金色の光が集まり、収束していく。

右肩甲骨の回転翼が大きな音を立てて高速回転し始め、カズヤの体がふわりと宙に浮くと、応じるように四人の背中にエネルギー状の翼が発生した。

カズヤの全身から虹色の光が放たれ、それがすぐに金色の光に変化すれば、四人も呼応して全身に金色の光を身に纏う。

 

「会いたかったよ、お前らに。たった数日離れてただけなのに、いざ再会してみるとこんなに嬉しくて楽しい気分になるなんて思ってもみなかった...そう思うだろ? お前らも」

「ああ、そうさ。それはアタシ達も一緒さ」

 

皆を代表して奏が応えた。

この場の五人の気持ちは同じだ。

目の前の相手に胸の高鳴りを抑えられない。

魂に火が点いたかのように心と体が滾って疼く。

この胸の衝動に突き動かされるままに、自分の全てを相手にぶつけたい。ぶつかり合いたい。

どうしてこんな気持ちになるか自分でも分からない。

恐らく、本能なのだろう。積もりに積もった欲求不満やストレスもそれに拍車を掛ける。

 

 

彼女達のことが──

この男のことが──

大好きだからこそ──

 

 

「さあ、喧嘩だ喧嘩ぁ! とことんやんぞっ!! 四人纏めてかかってきやがれっ!!!」

「おっしゃ行くぞ、アタシが一番槍だ! ゴリゴリ押しまくってやるよ!!」

「私の歌と想いとこの拳、そして全力を受け止めてくださぁぁぁい!!」

「ヒャッハァー! あたしの、あたしのカズヤァァァァァッ!!」

「この瞬間を私はずっと待っていた、覚悟しろカズヤ!!」

 

特にこれといった考えもなければ主張もない、そして掲げるべき大義もない。

あるとしたら、カズヤは二課を離反し元F.I.S側についた(ということになっている)ので、体のいい口実。それがマリア達を欺く為のパフォーマンスでしかないとしても、それだけで戦う為の辻褄合わせには十分なのだ。

ただそうしたかった、という理由の、赤の他人からしてみればバカげているとしか言い様のない、だからこそ本人達にとっては最も重要な意味のない戦いが始まる。




現場猫「いつもの殴り愛だな。ヨシッ!」

この作品のセレナは奏と同い年なので普通に大人の女性。しかもあのマリアの妹なので、スタイル抜群です。なお私の脳内では胸はクリスと同等で他はマリア並み。

海を割るシーン。構図は異なりますがアニメ"スクライド"にてカズマが実際やるシーンでもあります。カズマに惚れている女性が病弱な弟の命を救う為にカズマに戦いを挑む、という作中で五指に入る切ないシーンでもあり、かなりぐっとくる場面をこの作品でコメディ調に使っていいのかと少し悩んだり...。

・カズヤ
響達と離ればなれになって、自覚ないけどなんだかんだで欲求不満やストレス溜まってた人。
とにかくなんでもいいから頭空っぽにして暴れたい。

・奏、響、クリス、翼
最早ただの飢えた野獣。肉眼でカズヤを確認してもう我慢できない。人目があろうがなかろうが関係なく色んな意味で彼を滅茶苦茶にしたいし、されたい。

・フィーネ
「...あわわわわわ...!!」

・未来
「今こそ響達にお仕置き&仕返しのチャンス!!」


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Anemone

一番槍という宣告通り、最初に突っ込んできたのは奏である。

手にした槍の穂先を真っ直ぐ突き出してくるのに対し、カズヤも同様に突っ込んで拳を振るう。

 

「「おおおおおおらあああああっ!!」」

 

拳と槍の穂先が激突する。力と力のぶつかり合いにより、迸るエネルギーが余波となって稲妻のような現象を生む。

均衡が崩れたのは、第三者の介入。

奏の槍の下から、低い姿勢で響がカズヤの懐に爆発的な踏み込みで一気に潜り込む。

 

「はあっ!」

 

踏み込んだ左足を軸に腰を捻り、下半身の力を集約させた左拳を無防備な腹──肝臓に叩き込んだ。

 

「がはっ」

 

ボディブローの中でも最も効くと言われる肝臓を打ち抜かれ"く"の字に体が折れてカズヤの頭が下がる。

 

「まだまだぁ!」

 

更に響は腰を深く落としつつ大きく一歩、軸足の左足をカズヤの股下まで踏み込んだ。今度は右の拳を握り締め、腕の角度を九十度に保ったまま、沈み込ませた体を一気に浮き上がらせるように、かち上げるようにアッパーを繰り出す。

拳がカズヤの顎にめり込み、"く"の字に折れていた体は無理矢理起こされ棒立ちの状態となってしまう。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

隙だらけになったそこへ、響が追撃をする為の準備を行う。上体を左右に、振り子のように高速かつ激しく振って反動を思いっ切りつけて。

 

「右っ! 左っ! 右っ! 左っ! 右っ! 左っ! 右っ! 左っ! 右っ! 左っ! 右っ! 左っ!」

 

嵐のようなフックの連打。

カズヤの体が響に殴られる度にピンボールのように弾かれる。

このまま反撃の余地も許さず圧倒するかと思われたが──

 

「ぐっ、が、クソがぁっ!」

 

カズヤは自身の顔と響の拳の間にシェルブリットを割り込ませ、殴られつつもなんとかガードし彼女の左拳を掴んで攻撃を強引に止めると、そのまま引き寄せ頭突きをかます。

 

「あだぁっ!」

「シェルブリットバァァァストォォッ!!」

 

怯んだ瞬間に、今までのお返しとばかりに響の顔面に右拳をぶち込む。収束されたエネルギーが爆裂し彼女を吹き飛ばす。

だが拳を振り抜いたその体勢に小型ミサイルの雨が降り注ぐ。

 

「あたしがいんのを忘れんなよ!」

 

爆炎から転がり出てきたカズヤにガトリング砲を撃ちまくりながらクリスが笑う。

 

「この...!」

 

弾幕に飛び込み被弾しながら一直線にクリスに接近するものの、いきなり左右から奏と翼が迫っていた。

 

「流石に四人相手に右腕一本じゃ足りねぇか!」

 

そう判断すると左腕もアルター化させて迎撃体勢に入る。右腕で槍を、左腕で刀を防ぐ。

金属と金属がぶつかり合う音が響き、

 

「ヒャッハー!!」

 

二人にかまけた隙に、どてっ腹に巨大ミサイルが突き刺さり、

 

「ばぁーん☆」

 

次いで、クリスの声と共に放たれた弾丸がミサイルに着弾し大爆発を起こす。

 

「おいおいカズヤ、ちょいとスロースターターなんじゃねぇか? こっちは四人なんだからよ......出せよ、次のをよ! 勿体ぶってちゃ日が暮れちまうだろ!?」

 

ニヤニヤと笑いながらクリスが黒煙の中に向かって、もっと本気を出せと催促すると、

 

「そうだよな...こんなんじゃ俺もお前らも終われねー、終われねぇよな!」

 

金色の輝きが黒煙を消し飛ばし、両腕に留まらず両足をアルター化させたカズヤが姿を現した。

 

「こっから先はクリス以外初めてだろ!!」

 

右肩甲骨の回転翼が、既にブレード状の尾のように長い羽へと変化しており、それが大きく振りかぶられて踏み込みと同時に地面を叩けば、一瞬でカズヤは奏と翼の横を通り抜けクリスの目の前まで肉迫する。

 

「速──」

「らぁっ!」

 

クリスは嘘みたいな速さに最後まで言えず、飛び膝蹴りを腹に食らい、後方に転がった。

彼の背後から奏と翼がアームドギアを振り下ろすが、右肩甲骨の羽が鞭のように横薙ぎに払われ、槍と刀を弾く。

振り向き様に踏み込みながら姿勢を極端に低くして、水面蹴りを放つ。

足を刈られて体を浮かせた奏と翼が「あっ」と声を出したその時、二人の首を同時に掴み、高く掲げてから楽器のシンバルを打ち鳴らすようにそれぞれの側頭部と側頭部をぶつけた。

 

「やあああああああああっ!!」

 

復活した響が横合いから飛び蹴りを仕掛けてきたので翼を盾にして防ぎ、

 

「がぁっ!?」

「ごめんなさいぃぃぃ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

響もそれに巻き込まれ、そのまま揉みくちゃになった三人にシェルブリットバーストを──金に光輝く衝撃波をくれてやった。

三人纏めてすっ飛んでいき海に大きな水柱が生まれる。

 

「カズヤァァァァァァァァァッ!!」

 

小型ミサイルとガトリング砲が濁流の如く襲い掛かるのを、アルター化させた両足に力を込めて地面を蹴り、狙いを定められないように右に左にとジグザグに高速で動き間合いを詰める。

 

「ちっ」

 

舌打ちしたクリスは、手にしたアームドギアをガトリング砲から中折れ式の二連装散弾銃に変形させ、迎え撃つ。

狙いを定められないほど速いのなら、狙いを正確に定める必要のない武器を使えばいい。

一気に間合いを詰めてきたカズヤに対し多少射線がずれても構わずトリガーを引く。

咄嗟にカズヤは両腕を盾のように構えて上半身を覆う。

腹に響く轟音。

ガードに用いた両腕が跳ね上がり、上半身ごと仰け反って勢いが止まったところにもう一発、散弾銃が撃ち込まれる。

もんどり打って仰向けに倒れるカズヤ。

 

「...何だそのショットガン...範囲と威力がおかしいだろ」

「へへ、対カズヤ用の広範囲、高威力のショットガンだ。これならお前との接近戦も後れを取らねぇ」

 

得意気に語るクリスを見上げながらゆっくり立ち上がるカズヤを囲む形で、海から奏と翼と響の三人が戻ってくる。

三人共シェルブリットバーストをまともに受けてもまだピンピンしており、やる気が漲っていた。特に響は、二発も食らってるはずだというのに。

 

「...タフだなお前ら...」

「いや、アンタもでしょうが。ねー皆?」

「はい! まさかあの必殺コンボを抜けられるとは思ってませんでしたよ。あれ、とあるボクサーの必勝パターンなのに」

「でも確かに、私達はカズヤと同調するようになってからかなり強くなった気がする。ギアの出力も耐久力も、同調していなくても以前より段違い」

「つまり、あたしらとカズヤは一緒にいるべきで、離ればなれになる必要はない関係ってことだろ」

 

五人は楽しそうに笑う。いや、実際に楽しくて仕方ない。

こんな風に五人揃うこと自体が久しぶりな気がするので──実際は一週間ちょいくらいなのだが──いつものやり取りができるのが嬉しい。

 

「で、まだ続けるよな?」

「当然!!」

「やっと体が温まってきたところです!!」

「今更分かりきったことを聞くな、カズヤ!!」

「あったりめぇだろうが!!」

 

愚問だと言わんばかりの四人の反応にカズヤも応じた。

 

「そうだよな! そうこなくっちゃなぁっ!!」

 

まるで遊びに夢中になる子どものように、戦いが再開される。

 

 

 

「...何デスか、あのとんでもな強さは!?」

「スピードとパワーだけじゃない、頑丈さも尋常じゃないほど上昇してる。あんな攻撃、私達が受けたら一撃で倒される」

「あれが、カズヤさんと同調することで手に入る力...」

 

眼下の戦い──特に二課の四名がライブ会場で相対した時とは比較にならない強さを目にし、切歌が驚愕の声を上げ、調が戦慄し、セレナが目を細めた。

だが何よりも印象的なのはその表情。

誰もが心の底から楽しそうだ。まるで仲の良い友人グループが遊んでいるようにも見える。自分達と戦っていた時の、使命感を持ちながらも怒りに支配されていた顔とは明らかに違う。

マリアは操縦桿を握りながら胸中で呟く。

 

(まるで互いを求めて喰らい合う獣...)

 

ごくりと知らず息を呑む。

自分達もカズヤと同調すると、あのような規格外な強さが手に入るのだろうか。

それは一体どんな気分になるのだろうか。

激しくぶつかり合う姿がとてつもなく楽しそうで、これ以上ないほど嬉しそうで、カズヤと彼女達がたとえ敵対していても(そういうことになってる)特別な関係だと見せつけられているようで、嫉妬してしまう。

あのように頭を空にして戦うなどしたことがない、というよりそんなことはまずあり得ないとすら考えていた。

 

「どうやら状況は五分五分みたいですね。それでは釣り合った天秤をそろそろこちら側に傾けましょうか」

 

眼鏡をくいっと押し上げたウェルが嫌らしく笑った。

 

「出番ですよ、小日向未来さん」

「待ってました...ずっと、この時を」

 

深く静かな声がウェルに応じる。

 

 

 

 

 

【Anemone】

 

 

 

 

 

「Rei shen shou jing rei zizzl」

 

突如戦場に響いた歌声に、五人は動きを止めて声の発生源──空を仰ぎ見た。

紫色の眩い光が迸り、視界を照らす。

そしてどういうことなのかいち早く察知したカズヤが、血相変えて思わず口走る。

 

「なんでこのタイミングで未来が!? まだもうちょい先のはずだったろが!!」

 

未来の名を聞き、今までカズヤと足を止めたガチンコの殴り合いをしていた響が弾かれたように反応し、彼の胸ぐらを掴み掛かった。

 

「今未来って、未来って言いましたよねカズヤさん!? どういうことですか!?」

 

奏と翼とクリスも事態の把握の為に走り寄ってくる。

カズヤは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔になり、それから謝罪するように告げた。

 

「未来が、神獣鏡の装者になった」

「未来が、装者に!? どうして!?」

「俺だって知りてぇよ! あいつが急にやりたいっつって、反対したけど俺の意見押し切って...」

「そんな...未来が、自分から...!?」

 

響が信じられない、という顔をする。他の三人も同じだ。何故彼女が、しかも自らの意思でシンフォギアを纏おうと思ったのかその理由が分からない。

そんな五人の眼前に、紫と白を基調とした神獣鏡のシンフォギアを身に纏い、更にカズヤと同調して金色に光輝く未来が降り立った。

 

「...うふふふ、あははははは、はーっはっはっはっはっは!!!」

 

腹を抱えて悶絶するように笑い始めたと思ったら、大きく仰け反って大声で笑い出す未来。

 

「凄い、凄いよこれ! 力が溢れてくる! 爪先から髪の毛まで一本残らず、細胞の一つ一つ隅々まで、全身でカズヤさんを感じる! あはっ! 癖になりそう!」

 

まるで快楽に身悶えるかのように震える自身の体を抱き締め、頬を上気させ妖しい目付きで五人を見つめた。

 

「ズルいなぁ、ズルいよ響達は。ずっとこの感覚を知ってたんだ、ずっとこの感覚を味わってたんだ」

 

様子がおかしいにもほどがある。

本当に未来本人なのか、別人ではないのか、それとも自分達は幻覚でも見ているのか、そんな現実逃避をしてしまうほど、目の前の彼女が普段の彼女と差があり過ぎた。

同調して、こんなに豹変するなど今まで誰もいなかったのだから。

そんな戸惑いの中、響が狼狽えながらも未来に疑問を投げ掛ける。

 

「未来、どうしてシンフォギアを...?」

「簡単だよ。装者じゃないと仲間外れにされるから」

「仲間外れ? 未来を? 私達が? それは確かに装者には秘匿義務とかあるから未来に言えないこととかあるけど──」

「嘘つき」

 

響の声を遮り非難する未来の声は、背筋が凍るくらいに冷たいものだった。

 

「う、嘘?」

(とぼ)けるんだ。何度も何度も嘘をついたのに」

 

これは止めなければいけない。そう決意して前に出ようとしたカズヤの機先を制するように未来が言う。

 

「カズヤさんはまたそうやって嘘つきの響を庇うんですか...あなたはいつもそう。気に入った相手にはとことん甘い。その甘さが、響達をつけ上がらせてるんですよ」

 

予想だにしていなかった説教に固まってしまう。

 

「ねぇ響。ううん、響だけじゃない。奏さんも翼さんもクリスも、私に隠してることあるでしょ」

 

放たれる圧力に誰もがたじろいだその時、ついに未来が口にする。

 

「本部に行くとか泊まるとか言ってたけど、バレないとでも思ったの? 嘘つくんならもう少しまともな嘘つきなよ。通信機の位置情報調べれば皆が何処で何やってるかなんて分かるんだよ」

 

嘘や隠し事がバレた時は誰もが似たような表情やリアクションをする。響達四人は揃って大きく目を見開き、何かを言おうとして何も言えない口は餌を求める鯉のようにパクパクさせた。

 

「でもね、そんな嘘、もうつく必要ないよ」

 

だって──

 

「もう皆は装者じゃなくなるんだから」

 

突然の閃光がカズヤ達五人の視界を埋め尽くす。

 

 

 

四つの聖遺物の欠片──シンフォギアから発せられるアウフヴァッヘン波形が消失した。

 

「...二つのガングニール、天羽々斬、イチイバルの反応、完全に途絶しました」

 

報告する朔也の声は震えている。

 

「聖遺物由来の力を打ち消す神獣鏡の"魔を祓う力"によるものと思われます」

 

モニターに映る装者四人とカズヤは倒れ伏している。その内、学生三人はリディアンの制服姿、奏は私服になってしまっていた。

唯一カズヤのみ、ダメージを受けただけなのか外見に変化はない。

いきなり装者四人が同時に無力化されてしまった。しかもその原因は前代未聞かつ最低最悪なものときた。

 

「どうしてこんなことに...」

 

あおいの言葉に応答可能な者はいない。

未来が神獣鏡の装者となることも、ギアを纏って響達を攻撃して無力化させてくるなどいくらなんでも想定外だ。

そもそも未来にはカズヤと了子がそばにいたのに、この様なのだから。

 

「...洗脳、されているんでしょうか?」

 

緒川の声に弦十郎は腕を組んだまま瞼を閉じ、首を縦に振る。

 

「あり得るな。だとしたら犯人はドクターウェルか」

 

そう応えながらも頭の片隅では別の思考をしていた。

 

(たとえ未来くんが洗脳されていたとしても、あれは恐らく彼女の本音だろうな...ならば一体仲違いの原因は何だ? 前後の会話から察せるのは装者ではないから仲間外れになったこと、響くんが彼女に嘘をついたこと、他の者達も彼女に対し隠し事をしていたこと、そしてカズヤくんが嘘や隠し事をした四人を庇おうとしていたこと、か)

 

カズヤと装者達の関係、つまり男と女の関係を鑑みるに痴情のもつれとしか考えられないのだが...

 

「...ん? そういえばカズヤくんのシェルブリットは解除されていないのか?」

「え? あ! そういえば!!」

 

今更気がついたことを弦十郎が声にすれば、あおいがモニターを注視する。

言った通り、アルター能力は解除されていない。

朔也が少し考えてから独り言のようにぶつぶつ仮説を述べ始めた。

 

「アルター能力によって再構成されたものは神獣鏡の力の影響を受けない? 異世界の、"向こう側"の力の産物だから? それとも単純に出力が足りてない? でもカズヤくんと同調している状態で出力不足とは考えにくい。そもそも出力不足なら他の装者のシンフォギアを分解できないはず...カズヤくんと同調しているから彼のシェルブリットだけは対象外......いや、違う! アルター能力の正式名称は精神感応性物質変換能力、能力者の精神力の強さが能力の強さに直結してる! 単純に、"魔を祓う力"そのものがカズヤくんの意思を屈服させるほど強くないんだ!!」

 

納得のいく結論が出たのか、朔也は何か操作するとモニターには響の胸元がアップで映る。

 

「やっぱり...!」

 

そこには待機状態のペンダントが傷一つない状態で存在していた。

 

「司令、装者達のギアは破壊も分解もされていません。ただ、ギアが機能不全に陥っているだけなんです」

「そうか! 皆のギアはかつて一度完全に破壊され、カズヤくんが再構成した。その時からシンフォギアであると同時にシェルブリットでもある。だから神獣鏡の"魔を祓う力"によりシンフォギアとしての機能は停止させられたが、カズヤくんと同調状態だった為にシェルブリットとして存在を維持し続け、分解されるのは免れたのか」

 

確証はないが、恐らく正解だろう。

しかし、それでもまだ問題が残る。

失われたシンフォギアとしての機能は、いつ回復する?

 

 

 

シンフォギアを解除させられた四人を一瞥してから未来を睨む。

 

「俺はこんなことをさせる為に、お前がギア装者になることを認めた訳じゃねーぞ」

 

未来は反応しない。ただ薄く笑い、響達を眺めている。

 

「み、未来...」

 

立ち上がった響が震える声で未来の名を呼ぶ。

 

「どう響? 何の力も持たないただの女の子に戻った気分は」

「未来、お前、何のつもりで──」

「待ってくださいカズヤさん! 待って、ください...お願い、します...」

 

未来に掴み掛かろうとしたカズヤの腕に響がすがり付く。

 

「ちゃんと話さなきゃいけないんです、ちゃんと謝らなきゃいけないんです。ずっと嘘をつき続けたのは本当だし、皆とも口裏合わせして隠し事してたし、悪いのは全部私なんですよぉ...」

 

今にも泣き出しそうな響の顔を見て胸が痛くなる。

本人が言う通り、ちゃんと謝って話し合うというのは賛成だ。

しかし──

 

(今の未来が話し合いに応じるのか?)

 

明らかに普段と異なる雰囲気と気配、態度、目つき。

 

「...その前に一つ聞かせろ。未来、神獣鏡の力で響達のギアを使えなくして、何が目的だ」

「私の目的? 昨日私に馬乗りの状態で唇奪われたのにまだ気づきませんか?」

「「「「っ!?」」」」

 

四人が驚いているがそれどころではない。

カズヤは確信した。

 

(こいつ...!!)

「私の目的は響達からカズヤさんを奪うことですよ。それが、響達にとって今最も効果が高い仕返しになりますからね」

「それはまた、随分と(タチ)が悪い仕返しだな」

「でも安心してください。カズヤさんを独占したいっていう気持ちは本物ですから」

「安心ね...そういう問題じゃねぇだろが!!」

 

響を振り切り未来に向かって殴りかかる。

対する彼女は、まるで予め分かっていたかのように、スッと横に体をスライドさせて拳を躱し、カズヤと響達四人を大きく飛び越すような跳躍を見せ、くるりと前方宙返りを決めてから着地、振り返る。

 

「場所を移しましょう。ここだと響達を巻き込みます。足手まといがいたら、私と戦いにくいでしょ?」

 

言って、足の装甲を展開させホバーのように浮き上がると猛スピードで今いる艦艇から海面に降り立ち、どんどん離れていく。

 

「あの野郎、本気か!?」

「カズヤさん!!」

「分かってる! 一発殴ってギア引っぺがしてから無理矢理話ができるようにするっつの!!」

 

悲痛な声の響に叫び返し、未来を追う。

 

「...クソが...全部俺のせいだ...!!」

 

カズヤが来るのを待つ未来の姿を正面に捉えながら、血を吐くようにそう言った。

 

 

 

ウェルは平静を装いつつ笑いを必死に堪える。

 

(まさかまさか、こんなに簡単に二課の装者共を一掃できるとは...おまけに"シェルブリットのカズヤ"ともこれから潰し合いをしてくれる!! 展開が上手くいきすぎてて笑いが止まりませんね!!)

 

人の心を惑わす神獣鏡の力によりその心の在り方を歪められ、脳へのダイレクトフィードバックで身に着けたバトルパターンにより素人でも驚異的な戦闘能力を保有し、更には敵対するカズヤと同調することで出力の倍増と負荷の激減が両立し、最初から最後まで全開で戦うことができる。

 

(後は戦いの最中に放出されたエネルギーをフロンティアに照射すればいいだけ)

 

いくらか軌道修正を必要としたが全てが計画通り。

 

「マリア、シャトルマーカーの準備を」

 

眼鏡を押し上げつつ指示を出せば、何かを言いたそうな顔でウェルを一瞥してから従うマリア。

 

「これはあなたの差し金ですか?」

 

ナスターシャの鋭い視線にウェルは心外だとばかりに首を振る。

 

「やですねぇ。神獣鏡のシンフォギアを欲したのは彼女ですよ。こちらから提案する前に自ら協力させてくれと言ってきたではないですか」

 

事実だ。だからこそ誰も反論できない。

 

「きっと彼女はずっと嫉妬していたのですよ、"シェルブリットのカズヤ"の隣に立つ親友達を。だから願ったのですよ、隣に立つ為の権利を。そして念願叶ってライバル達を蹴落とした、それだけじゃないですか」

「だからって、それがどうしてカズヤさんと戦うことに繋がるんですか!?」

 

セレナの疑問にウェルは肩を竦めて首を横に振った。

 

「さあ? 僕が知る訳ないでしょう? もしかしたら彼に認めてもらう為の通過儀礼なのかもしれませんよ。彼は女っ誑しと噂されていましたが、実はある程度の力を示さないと『彼の女』にはなれないのでは? だからこそ『装者キラー』と呼ばれていたのでは?」

「そんな訳が...」

 

言おうとして、セレナは止める。さっきまでの戦いで楽しそうにしていた五人の姿が目に焼き付いていたからだ。

黙るセレナや文句を言ってこない他の面々を見て満足すると、ウェルは大仰に腕を広げる。

 

「何にせよ、僕達の使命は変わりません。フロンティアの封印が解けるのを待つとしようじゃないですか!!」

 

 

 

「未来」

「はい?」

 

海面の上で、五メートルほど離れた間合いで対峙し、名を呼ばれた未来が首を傾げた。

 

「何処までが本気だ?」

「全部ですよ」

 

即答する彼女にカズヤは眉を顰める。

 

「装者になることも、カズヤさんを響達から奪うことも、全部──」

「そうじゃねぇ!!」

 

未来の言葉を怒鳴り声で遮り、響達が乗った艦艇を指差して言う。

 

「響に、あいつらに、あんな泣きそうな顔をさせたかったのかっつってんだ!!」

 

彼の言葉は続く。

 

「確かに俺とあいつらの関係は端から見たら褒められたもんじゃねぇし、お前にとっては大好きな親友盗られて気に入らねぇって思うのも当然だ! だがな、だったら最初(ハナ)っから俺に、俺が気に入らねぇってそう言え!! あんな意趣返しみてぇなことすんじゃねぇ!!」

 

一気に言い切った彼に未来は分かってないなとばかりに溜め息を吐く。

 

「私がカズヤさんのことを気に入らないと思ってたのは最初の頃だけですよ。それにあなたは装者として機密を守らなければならない響の為に、私にわざと嫌われるような言動をしてたじゃないですか。そんな優しくて気遣いのできる人、嫌いになれませんよ」

「...」

「確かに最初の頃は嫉妬しましたよ。響はいつもあなたと一緒だった。あなたと出会って響はどんどん綺麗になって、可愛くなって、響がまるで私のそばを離れて他人に染め上げられていくようで、悔しかった」

 

カズヤは黙って話を聞く。今この時を逃したら、きっと彼女の本音を聞き出すことはできないと予感したからだ。

 

「でも、ある日思ったんです。何年も一緒にいた私でも知らなかった響の魅力をあなたは引き出した。女の子って恋をするとこんなに変わるんだ、カズヤさんって凄いな、って」

「...」

「響があなたに夢中になって寂しかったけど、だからこそ私は響と一緒にカズヤさんも見るようになりました」

「響と一緒に、俺も?」

「あなたは、カズヤさんは不思議な人です。ガサツでデリカシーがない面倒臭がり屋なのに、いつもあなたの周りには人が集まってくる。あなたは、いつの間にかするりと人の心の中に入ってくる...カズヤさんと一緒だと楽しいんですよ。下らないことを話したり、些細なことで喧嘩したり、一緒にご飯食べたり...なんでもないことなのに、とても楽しくて幸せな気持ちになれる...皆に好かれる理由、分かるんです」

 

このタイミングでそんなことを言われても、未来から想像以上に好評価をもらっても、喜んでいいのか分からない。

 

「意外と思われるかもしれませんが、私、響が幸せなら、そう思ってたんです。本当に、そう思ってた......そう思ってたのに!!」

 

突如感情を昂らせ、声を張り上げた。

 

「数ヶ月前から響の雰囲気がまた少し変わって、以前より大人っぽくなって、前より自信が増した感じで、その時はカズヤさんと何か嬉しいことでもあったのかな、くらいにしか思ってなかった。けど同時に、なんとなく隠し事してる感じがあったし、泊まりで出掛ける頻度が増えた。それでも私は気にしないようにしてた。だって装者として機密を守る義務があるんだろうな、そう考えて自分を納得させてたけど...」

 

彼女は一筋の涙を零す。

やがて涙は次から次へと溢れ出てきた。

 

「嘘、ついてたんですよ、響は。しかも皆もグルになって。気づいたのは最近で、今まで一度もしようと思わなかったのに、その日はなんとなく位置情報を確認してみたら...言ってたことと全然違ってて...」

 

未来の声に嗚咽が混じり始めた。

それでも彼女は震える声で言う。

 

「響は、何も、言ってくれない...皆も、誰も教えてくれない...個人の、プライベートのことだって言えば、それまでだけど、一人だけ仲間外れにされてるみたいで...前に、カズヤさんが、私のこと『面倒臭い女』って言ってたから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って皆に思われてるのかと考えたら、凄く悲しくて!!」

 

ハンマーで頭蓋骨を叩き割られたような衝撃だ。

彼女がこんな想いを誰にも悟られずに何日も過ごしていたというのか。

いつも見せる笑顔の裏で泣いていたと知り、胸を掻き毟りたくなるほどの罪悪感が生まれた。

 

「未来...」

「私が我慢すればいいんだ、我慢さえすればいつも通りなんだ、って何度も何度も自分に言い聞かせてた...でも!!」

 

ここから先を聞くのが少し怖かったが、聞かない選択肢などない。

唾を飲み込み、覚悟を決めて彼女に集中する。

 

「この前、泣き出した私をカズヤさんが抱き締めてくれて、慰めてくれて、あなたの優しさと温もりを感じて、あなたのことが堪らなく欲しくなった。カズヤさんに甘えると信じられないほど幸せな気持ちになれることを知った、知ってしまった! だから同時に響達のことが許せなくなった。響達にはいつもこの人がそばにいてくれる。私は一人でこんな辛い想いを抱えてるのに、響達は辛いことや苦しいことがあればすぐにでもカズヤさんに思う存分甘えることができる。でも、私はそうじゃない! いつも私のそばにいてくれた響は、もうカズヤさんのことしか眼中にない...だったら、私だってカズヤさんに甘えてもいいじゃないですか!! カズヤさんが装者のそばにしかいないなら、私が装者になればいいって考えて、何が悪いんですか!?」

「......だから、俺を奪う、か」

「そうですよ、もう響達にはあなたに指一本触れさせません。あなたは、私の、私だけの人になるんです。あなたに甘えていいのは私だけ、誰にもあなたのことは渡さない。たとえ力ずくでも!!」

 

次の瞬間、未来の全身を包む光が一際強くなり、その光を浴びた刹那、カズヤの体にとてつもない衝撃が襲い、大きく後方へ吹き飛ばされた。

水切り遊びとして使われる石のように、二度、三度と海面をバウンドしてから漸く勢いが止まる。

 

「ぐっ...さっき食らったのはこれか」

 

予備動作なしの、全方位に向けた光の放射。しかもさっき五人同時にダメージを与えてきたことから有効範囲も相当広い。事前に察知することも避けることも無理に等しかった。

 

「あの時のクリスと同じです。さあ、勝負ですよカズヤさん!! 私が勝ったら、あなたは私の、私だけのものです!!!」

 

ガシャンと音を立て、顔の上下に存在していたギミックが獣の顎のように閉じるとバイザーとなり彼女の目元を隠す。

腕部の装甲から扇子のようなアームドギアを取り出し、その先端をこちらに向ける。

発射される紫の光。

咄嗟に横に避けた。

しかし追撃は止まない。続いて彼女は自身の周囲に人の顔くらいの大きさの鏡を十個ほど顕現させ、その鏡から先と同様の紫の光が次々とつるべ撃ちのように発射された。

 

(多いが、これなら!)

 

右肩甲骨の羽が大きくしなって背後の空間を叩く。

水上を高速で滑るように弧を描きつつ未来へと迫る。

多少の被弾は厭わない。致命打になりそうなものだけ両腕で防ぎ、間合いを詰めて、

 

「おらああっ!!」

 

右の拳を振り抜いたその時、彼女の周囲を浮遊し光を放っていた十個の鏡が瞬時に一つとなり、一枚の大きな鏡となって盾と化す。

構わずぶち抜こうとするが、拳を叩きつけた感触がおかしい。平面を叩いたはずなのに、まるで拳と拳を打ち合わせたような感触と衝撃が手応えとして返ってくる。

 

「鏡が映すのは現実の虚像」

 

鏡の向こうで未来が小さく呟く。

目の前の鏡に映るカズヤの姿。左右対象の左拳を突き出したその鏡像と今、右の拳を打ち合わせている状態。

 

(何だ!?)

 

鏡像が現実の自分と同じ攻撃をして、それが現実に干渉してきている!?

ただの鏡なら破壊できる。ただの防御壁や盾なら粉砕してやる自信がある。

だが相対しているのは『鏡』のシンフォギア。

しかし神獣鏡にこんな力があるなんて聞いていない。

最悪の想像が脳裏を駆け巡る。

まさかこれは、カズヤと同調することによって新たに目覚めた能力だとしたら?

 

「隙だらけですよ」

 

すぐ右横に、バットのようにアームドギアを振りかぶった未来がいた。

拳を突き出した体勢では避けれない、拳を引いて防ごうとしても間に合わない。

振るわれたアームドギアが右脇腹に、さっきまで散々響に殴られた肝臓を打つ。

体内で骨が軋む音が聞こえた気がする。

 

「ぐああああああっ!?」

 

体内を何かで抉られるような激痛。

バットで打たれた白球のように吹き飛ばされた。

そして海中にダイブ。

 

「ごほっ、げはっ!」

 

水の中から慌てて水面に顔を出す。

海水を飲んでしまったので咳き込みながら吐き出す。その度に脇腹に激痛が走る。

 

「この!!」

 

痛みを怒りに変えて未来へと向き直り、苦し紛れに右拳を突き出した。

発生した金色の衝撃波が未来に当たる直前で、またしても鏡が阻む。

更に金色の衝撃波は跳ね返されて戻ってきた。

 

反射(リフレクト)だとっ!?」

 

自身で放ったシェルブリットバーストをまともに受け、爆裂したエネルギーの奔流に曝され、また吹き飛ばされた後に再度海中に沈む。

 

(こっちは第四形態で、しかも一対一(サシ)で戦ってんのに、なんでこんなに押されてんだ!!)

 

海面に飛び出し、一旦間合いを保ったまま未来を見据える。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

いつの間にか自身の呼吸が荒い。対する未来は余裕だ。

戦闘中だというのに、唐突に未来がバイザーを開き、目元を露にする。

 

「不思議ですか? どうして私に攻撃が効かないのか?」

「ただで教えてくれんなら、一応聞いとく」

 

未来は嬉しそうに唇を吊り上げて質問してくるので、素直に聞かせてもらうことにする。

 

「簡単です。相性ですよ」

「相性?」

「カズヤさんのシェルブリットは特殊なエネルギーを内包した『光』を生む力。対する私の神獣鏡は『鏡』のシンフォギア。『鏡』が"魔を祓う"という伝承を持つのは、古来より『鏡』が『光』を取り込み闇を照らす存在だったから。更に『鏡』は『光』を反射、屈折することもできる」

「つまり、その理屈なら俺はお前に勝てねーってか?」

「そうですね。カズヤさんが私に敵対するなら相性最悪です。でも、一緒に戦うなら私達は最高の相性になります」

 

未来の説明は事実だろう。実際、ここまでやって手も足も出ていない。

また、最高の相性、というのも確かにそんな気がしなくもない。

 

「更に言えば私とカズヤさんの相性もあります」

「どういうことだ?」

「しらばっくれないでください。私との同調、初めてなのに響達よりも深く繋がってるのを感じませんか?」

「...」

「沈黙は肯定と捉えます...私は、全身であなたを感じますよ。あなたから流れ込んでくる力が、血液が沸騰したように熱くて、その熱が体のありとあらゆる箇所に余す所なく行き渡っていくのが分かります。あの時のように強く抱き締められてるみたいで、頭も心も蕩けてしまいそう...私達、きっと体の相性も最高なんですよ」

 

上気させた頬を両手で押さえ、とろんっ、とした眼差しでこちらを見てくる。

そんな彼女にカズヤは忌々しげに睨むしかできない。

同調している状態でこれだけ戦局が不利なら、同調現象が発生しない第一形態で戦った方がまだマシだ。

そうすれば未来の戦闘能力は激減する。

しかしそれはできない。同調を切るということは、同調によるメリットを全て捨てるということ。それは装者の肉体に掛かる負荷の軽減も捨てることになる。

未来は正規適合者ではない。だから、同調を切ってどれほどの負荷が肉体を蝕むか知らないが、その選択だけはあり得ない。

 

「降参しますか?」

「する訳ねーだろ」

「カズヤさんならそうですよね...なら、屈服させます」

 

彼女はバイザーで再び目元を隠した。

 

「ハッ、やってみろってんだ!!」

 

未来に向かって突っ込む。

飛来する紫の光を最低限躱し、躱せないのは腕でガードして弾く。

間合いに入ったら拳を振りかぶる。

 

「何度やっても無駄です」

 

またしても一枚の大きな鏡が盾となり前を立ち塞がり、

 

「それはこっちのセリフだ」

 

虹の粒子となって分解され、消え失せた。

 

「っ!?」

「いっただきぃぃぃ!!!」

 

驚いた様子の彼女の顔に右ストレートがクリーンヒット。バイザーが砕け散るのに構わずそのまま振り抜く。

吹き飛び、水柱を上げて海に沈む未来に追撃は行わず、彼女が海面まで戻ってくるのを待つ。

やがて、バイザーを失い素顔を露にし、濡れネズミとなった彼女が戻ってきたのに合わせて口を開く。

 

「相性が何だってんだ」

「...」

「未来。お前は俺を誰だと思ってやがる」

 

黙したままの彼女に向かって腹から声を出して言ってやる。

 

「俺はアルター使い、"シェルブリットのカズヤ"だ! 相性が良いとか悪いとか、その程度のことで俺に勝った気になって、見下してんじゃねぇぇぇぇっ!!」

 

彼女は、唇を切ったのか口の端から垂れる血を左手の親指で拭うと、恍惚の表情を見せた。

 

「...素敵...」

 

ペロリと舌舐めずりしてから言葉を紡ぐ。

 

「ますますカズヤさんのことが欲しくなってきちゃった......私、もうあなたのこと以外考えられない」

 

そして、二人は激しくぶつかり合うことを再開した。

互いを求めて喰らい合う獣のように。




この作品における未来のオリジナル技

・全方位に光を放射
予備動作なし、範囲は未来を中心にして円球体状に十数メートル。
イメージとしてはゴジラの体内放射や、格闘ゲーム"ギルティギア"シリーズの『サイクバースト』みたいな感じ。要するに自分の周囲に衝撃波を放って相手をぶっ飛ばす技。

・ビットとしていた小さな鏡を一つの大きな鏡とする
鏡に相手を映し、相手の接近攻撃を鏡像が相手と同じ接近攻撃をして防ぐ。
飛び道具はそのまま反射、跳ね返す。

上記二点は遠距離攻撃の種類が乏しく接近戦に活路を見出だすカズヤには非常に有効(なお鏡は分解されるのでもう通用しない模様)。


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両の拳に想いを込めて──

未来がこれまで抱えていたものを知って、その彼女がカズヤと激闘を繰り広げている光景を目の当たりにして、響は力なく崩れ落ち、艦艇の甲板に両膝を突いて泣き出した。

 

「...私のせいだ...私が、私が未来にカズヤさんとのことを打ち明ける勇気がなかったから...」

 

ごめんね未来、ごめんね、ごめんね、と泣きじゃくりながら謝罪の言葉を繰り返す響に奏が隣に屈んでその肩に手を置く。

 

「それを言うならアタシ達も同罪で共犯さ。秘密を守ることを最優先にして、未来のことを考えようともしなかった」

 

言って、奏は唇を噛み締める。

全部未来の言う通りだ。

誰もがカズヤに甘えていた。だが彼は四人の全てを受け入れた。それが四人にとって堪らなく嬉しかった。だから四人はどんどん彼にのめり込んでいった。

その結果が、これだ。

 

「ちきしょう...なんでアタシ達の不始末のツケを、カズヤが背負うことになってんだよ」

 

響の肩に置いていないもう片方の手を痛いくらいに握り締める。

彼女達は先程の未来の攻撃により、シンフォギアを強制的に解除させられている。神獣鏡の"魔を祓う力"が原因だ。

聖遺物に対して特化した攻撃はギアを機能不全に陥らせ、それにより聖詠が浮かばず、ギアを纏えない無力な存在へと成り下がった。

何もできない。

歯痒さと不甲斐なさと申し訳なさが、負の感情が胸に渦巻くのを自覚しつつ、戦いを見守る。

終始、カズヤが押されていた。一対一の戦いで彼があそこまで劣勢を強いられるなど初めてだろう。

 

「クソッタレ、クソッタレがぁぁぁぁっ!!」

 

すぐ後ろで突然クリスが目に涙を溜めながら絶叫する。

 

「何だよ、何なんだよこれは!? あたしらはどうすりゃよかったんだよ!? 最初から最後まで全部包み隠さず話せばよかったってのか!? そんなの無理に決まってんだろ!! だってあたしらは、あたしらはカズヤと毎日のように──」

「雪音、落ち着け...!!」

 

背後から翼がクリスを羽交い締めにして落ち着かせようとして、一瞬クリスの動きが止まるものの、またしても叫ぶのを再開する。

 

「そりゃ確かに秘密にしてたし、仲間外れにしてたのは事実だ! 内心で悪いなって謝ってた! だからってこんなやり方あるかよ! カズヤを奪うって、そんなふざけた真似許せる訳ねぇだろ!! あいつはあたしの大切な家族で、やっと手に入れたあったかい人なんだよぉっ!!」

 

ついに大粒の涙を零し大声を上げて泣き出し、膝から崩れ落ちるクリス。

 

「謝るから、いくらでも謝るからカズヤを盗らないでくれ!! あたしはカズヤがそばにいてくれないと生きてけねぇんだぁっ!!」

 

そんな彼女の姿につられたのか、クリスを背後から抱き締めながら翼も静かに涙を零す。

 

「これが友を傷つけた報いだというのか...」

 

仲間達の惨状を見て、奏も啜り泣くことしかできなかった。

 

「...くそ...アタシ達、カズヤがいないと本当にガタガタだ...」

 

 

 

 

神獣鏡の光を受けたシャトルマーカーが、また一つ破壊される。

既に撃墜された数は全体の八割。残りのシャトルマーカーもこの様子では期待できない。

 

「何故だ!? 何故だぁぁぁぁっ!?」

 

信じられない、信じたくないと頭を掻き毟りながらウェルが叫ぶ。さっきからずっとこの調子だ。

 

「何故神獣鏡の光を反射できない!? シャトルマーカーの耐久性は十分のはず!! なのに何故破壊されてしまうんだぁぁぁぁっ!?」

「ドクターウェル、あなたも分かっているでしょう。出力過多です。シェルブリットと神獣鏡の相性が我々の予想以上に良過ぎました。光に込められた莫大なエネルギーがシャトルマーカーの耐久力を大きく上回り、反射する前に破壊されてしまうのです」

「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

ナスターシャの諭すような声に、嫌だと首を横に何度も振り狂ったように自身の髪を引っ張りぶちぶちと毛を抜いていくウェル。

マリアとセレナと切歌と調は気持ち悪いものを見てしまったという表情となり、思わず揃って顔を背けた。

 

「マム...シャトルマーカーが使えないなら、どうすればいいの?」

 

気を取り直したマリアが問うが、ナスターシャは首を横に振るだけ。

 

「彼女の攻撃をフロンティアが封印されているポイントに誘導する、というのはあの二人を見る限り無理でしょうね」

 

最早あの二人はフロンティアのことなどすっかり忘れている。覚えていたとしても、どうでもいいことだと考えているはずだ。

あの二人は、もう目の前の相手のことしか見ていない。

ハイレベル過ぎて一般人では目で追うことすら難しい激しい戦いを見守ることしかできないのが、歯痒い。

さっきからカズヤはずっと押されっぱなしで──

 

「...ん?」

 

そこでふと、マリアは違和感を覚えた。

戦いを注視する。

 

「カズヤ...?」

 

少しずつだが、戦局に変化が現れ始めていた。

徐々に、徐々にだが、カズヤが押し返し始めている?

彼から放たれる光が、その輝きが強くなっていくのを感じた。

 

 

 

『みぃぃぃぃぃぃくぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!』

『カァァァズゥゥヤァァさぁぁぁぁんっ!!!』

 

モニター内に映る二つの光。金の光と、金の光を纏った紫の光。

高速で飛び交う二つの光は、時にぶつかり合い、離れ、絡み合うように螺旋や弧を描いて青い空に尾を引いていく。

カズヤはひたすら未来を追いかける。

なんとか距離を離したい未来は、突撃してくるカズヤに紫の光を発射するが、彼は怯まない。被弾しながら雄叫びを上げ、未来の名を呼びながら、バカの一つ覚えのように拳を振るう。

 

『どおおおおおりゃあああああああっ!!!』

『ぐっ......!!』

 

しかも戦局は、先程まで圧倒されていたはずのカズヤが、未来を押し返し始めていた。

まるで時間が経てば経つほど気迫と勢いが増していくカズヤに、未来が押されていくように。

 

『この、調子に乗らないで!!』

 

未来の全身から全方位に向けて光が迸り、接近していたカズヤが吹き飛ばされるが、彼は直ぐ様体勢を立て直すと何度目になるか分からない突撃を再開。

 

『こんなんで行く道退いてられっかあああ!!』

 

既に多少のダメージなどには一切怯まない。被弾を全く恐れず、まさに弾丸のように突き進む。

そんな二人の戦いを見ながら弦十郎が指示を出す。

 

「今の内に装者の回収を行う」

「「了解!」」

 

潜水艦が浮上し、その船体を海面から露にした。そのまま四人が乗った米国艦艇へと近づく。

緒川が装者四名を回収する為に司令部から走り出す。

 

「司令、未来ちゃんのことは...」

「今はカズヤくんに任せるしかあるまい」

 

心配気なあおいの言葉に弦十郎は鷹揚に応答する。

 

「原因がなんであれ、今のあの二人の間に割って入ることなど誰にもできない。そしてこれは彼と彼女達の問題だ。俺達大人がいくら口出ししようと、聞く耳持たんさ」

 

ただ、と彼は続けた。

 

「カズヤくんのことは、大人として、男として後で一発ぶん殴る必要があるがな」

 

まるで冗談を言って周囲の者達を笑わせるように弦十郎は豪快に笑い飛ばし、それにオペレーター陣は苦笑を浮かべる。

彼の声には、カズヤが必ず未来を連れ戻して帰ってくる、ということを信じて疑わない想いが込められていたのを誰もが理解していた。

 

 

 

何度跳ね返しても、何度突き放しても、何度吹き飛ばしても目の前の男は諦めない。

絶対に折れない強靭な意志を胸に、燃えるような熱い想いを拳に秘めて、真っ直ぐこちらだけを見据えて進んでくる。

しつこい、いい加減諦めろ、そう思いながらも心の何処かで、彼は絶対に自分に屈することはないという根拠のない確信があった。

当然だ。

彼は、"シェルブリットのカズヤ"。

自分にとって"太陽"というべき存在が──大好きな親友が心惹かれた男。

未来が確信を持つ理由など、それで十分だった。

 

「だとしても!!」

 

そんなことで簡単に勝ちを譲る訳にはいかない。

神獣鏡の力を──紫の光を放つ。細いものから人を容易く呑み込む極太のものや、面制圧の為の広範囲の光を。

時に直線的に、時にカーブを描き、時に避けられない壁となってカズヤを襲う。

当たるものもあれば、躱されるものもある。両腕や両拳で防がれたり弾かれたりするものもある。

だが男は止まらない。止められない。この程度でこの男を止められる訳がない。

ただひたすら未来に向かって最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、そして真ん前から打ち砕くとばかりに迫ってくるのだ。

 

「おおおおおらああああああああっ!!」

「っ!!」

 

左拳を顔に叩き込まれる。悲鳴すら上げられず殴り飛ばされた。

気のせいか先程よりも速い。少しずつ速くなっている。おまけに速度だけではなく、拳の()()と重さがどんどん増している。

 

(何なのこの人!? さっきより全然強い!! 今までは優勢だったのに、いつの間にか引っ繰り返されてるのはどうして!?)

「まだ終わりじゃねぇぞ!!」

 

いつの間にか目の前にカズヤがいる。自分で殴り飛ばした相手に追いついて更に殴り掛かってくるという、頭が悪くなりそうな追撃が彼らしいと納得する前に右の拳が腹に突き刺さった。

 

「ぐっ、げぇ!」

 

意識が飛ぶほど痛くて、今すぐ吐きそうなくらい気分が悪いのに体が勝手に動く。とにかく距離を取らなくてはと全身から光を放とうとした刹那、カズヤが両腕を交差して防御体勢に入るのが映る。

予備動作なしで広範囲故に回避不可能な光が放たれるが、彼は少し仰け反っただけで吹っ飛ぶことはなかった。

 

(こっちの攻撃を見切り始めてる...!?)

 

交差した両腕の奥に、ギラついた眼差しがこちらを射抜き、

 

「食らえ!!」

 

頭上に掲げ握った右拳を左手で包んだ後、それがそのまま上から下へと振り下ろされた。

頭部にとてつもない衝撃を受けて、その勢いのまま海面に叩きつけられ海の中に沈んでいく。

海中からカズヤを狙い光を放射するが、拳で容易く弾かれた。

 

「プハッ...ハア、ハア、ハア、ハア」

 

海面から飛び出し酸素を肺に取り入れる。

気がつけば、完全に立場が逆転していた。

 

「さっきまでの勢いはどうしたよ?」

 

一旦攻撃の手を止め、鋭い視線でこちらの様子を窺うカズヤ。

 

「...っ」

 

体は先程よりも熱い。明らかに彼から流れてくる力の量が多くなっているのは確かだ。彼が力を引き出せば引き出すほどこちらも強くなっているのは間違いない。なのに押し負けてしまう。

まさか彼の自己強化に消費されるエネルギーは、こちらに供給される量を遥かに上回っているのか。

 

「そろそろ終わりにしようぜ、未来」

 

腰溜めに構えた両腕の装甲部分──手首から肘まであるスリットが展開し、それによって手の甲に穴が開き、エネルギーが光となって穴に収束していく。

 

「使えよ、絶唱を...先手は譲ってやる。お前の全部を俺にぶつけてこい」

「...言いましたね。後悔しないでくださいよ」

「後悔なら、もうとっくにした」

「そうですか」

 

短いやり取りを終え、未来は絶唱の歌詞を口にする。

静かな歌声が青い海と空に響いていく。

何のつもりか知らないが、絶唱を使ってこいというのなら使ってやる。

右膝部分の装甲と左膝部分の装甲から、それぞれ鏡のようなパーツが大きく円を描くように連なって現れ、未来の頭上で左右から現れたパーツの端と端が連結した。

未来の正面の空間に、周囲から光が集まり収束し、莫大なエネルギーの塊となって尚その存在を膨らませていく。

カズヤは動かない。ただじっとこちらの攻撃を待っていた。

歌い終わり、エネルギーの充填が完了。最大出力で光を解き放てる段階になっても彼は動こうとしない。

 

「...未来...」

 

ただ一言、

 

「すまねぇ...全部俺のせいなんだ...」

 

心からの謝罪をした瞬間、強大かつ膨大な光の渦が彼を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来が言った。響達は俺に甘えていると。

確かにそうだろう。あの四人の俺に対する依存度は、それはもう笑ってしまうくらい酷いもんだ。

しかし、甘えているのは俺も同じだ。

甘えられるのが嬉しかった。期待されると応えたくなった。

あんな風に求められ、必要とされることに喜びを覚えない訳がない。

だから俺はあいつらの為ならなんでもしてやりたいと思っている。

皆が俺を好いてくれるから力になりたいんじゃない。

俺が皆のことを好きだから力になりたいんだ。

結論を言えば、俺も響達に依存している。

けど、それで結局皆に悲しい思いをさせてしまったことが心苦しい。

誰かが泣くのは見たくないし、見るのなら皆の笑顔が良い。

俺のせいで人間関係拗れてしっちゃかめっちゃかな感じになっちまって、本当に申し訳ないと思う。

確かに俺はダメ人間だ。そこにクズとウスノロと女っ誑しを足していい。

自分が戦い以外はどうしようもない奴だというのは俺が一番理解してるし、そのせいで周りの連中に迷惑かけてんのも重々承知してる。

 

(...重てぇ!!)

 

真っ正面から未来の絶唱を、神獣鏡から放たれた光を受け止める。

受け止めた両腕にかかる力は半端ではない。俺と同調し強化された絶唱。しかも相性が最も良いと推察される未来の力は、こっちが第四形態だというのに、もう既に逃げ出したいくらい強い。

でも逃げられない。逃げたら意味はない。逃げることは許されない。

たとえどんな形であれ、俺は彼女の全てを受け止めなければならない。

ピキピキと乾いた音を立てて両腕の装甲に罅が入っていく。

そうだ...甘えてたのは俺の方なんだ。

あいつらが嬉しそうにしてくれると俺も嬉しくて。

喜んでくれたり、幸せそうな顔をしてくれると俺も幸せな気持ちになれて。

そんな風にしていたら、いつの間にか歯止めが利かなくなってしまっていた。

そして俺達は一番そばにいた未来のことを何一つ考えてなくて、泣かせてしまった。

あんな泣き顔を見たかったんじゃない!

決して寂しい思いをさせたかったんじゃない!

シンフォギアを自ら纏うほどに追い詰めるつもりなど毛頭なかったのに!!

どう謝ればいいのか分からない。許してくれなんて口が裂けても言えない。

ましてや、彼女の決断や激情を非難する気など全くない。

 

それでも──

 

...俺は、未来にそんなもの(シンフォギア)を纏っていて欲しくない。

かつて響が言っていた。「未来は私の陽だまりだ」と。

まさにその通りだと思う。

当たり前の日常──帰るべき場所の中にある暖かな存在。

彼女は響にとっても、俺にとってもそういう存在だと認識していた。

だから、これは俺の我が儘なんだ。

 

「...輝け」

 

紫の光が視界を埋め尽くし、押し潰されそうになりながらも抗う。

"向こう側の世界"から強引に力を引き出す。

罅が入っていた両腕の装甲が光に覆われ修復されていく。

 

「もっとだ、もっと!!」

 

全身から金の光が迸る。

それでも足りない。まだまだ足りない。この程度じゃ未来の全てを受け止めるには至らない。

 

「もっと輝けええええええええええっ!!」

 

手の甲の穴に光が集まり、吸い込まれていく。

いつもの彼女に戻って欲しい。

響達と仲良く笑う、いつもの未来に。

俺の、俺達の帰るべき場所として──

 

「シェェェェルブリットォォォォォォッ!!!」

 

ただそれだけを願って、魂の奥底から叫んだ。

 

 

 

 

「どういう、こと?」

 

絶唱を用いた攻撃を放った未来は、眼前の光景に疑問の声を上げる。

カズヤを呑み込んだ光は、彼を中心とした空間に滞留したまま消えることなく揺蕩うという状態が続いていた。

 

「一体何が...」

 

何が起きているのか分からない。

あれだけの大規模なエネルギーをぶつけたのだから、それ相応の爆発でも発生するかと思っていたがそんなことは起こらず、放った光がまるでカズヤを包む繭となってその場に留まっている。

と、その時だ。カズヤから流れてくる力が爆発的に上昇した。

次いで、神獣鏡の力が、紫の光が何かに吸収されていくかのように萎んでいき、その代わりに眩い金の光が世界を塗り潰す。

その中心に浮かぶ存在を未来は見た。

獅子の鬣を連想させる赤い頭部装甲と、橙色の全身装甲。

全体的に細身なフォルムでありながら、殴ることに特化した拳はこれまでより大きく、腕は太くなっている姿。

 

「シェルブリット...最終形態」

 

かつて一度だけ目にしたその姿を目の前にし、思わず口にする。

 

「なあ未来。お前が勝ったら俺は自分のもんとか言ってたが、俺が勝ったらお前は俺のもんになるのか?」

 

質問しながら彼は両の拳を腰溜めに構える。装甲のスリットが展開し、手の甲の穴から()()()を放ち、拳を燃え上がらせた。

 

「...嘘...私の、神獣鏡の力を取り込んだの?」

 

これまで民間協力者でしかなかった彼女はシェルブリットの詳細を知らない。

シェルブリットにはフォニックゲインを吸収する能力があることを。

そして彼女は自分で言ったことなのに失念していたことがあった。

神獣鏡とシェルブリットの相性が良いことを。

更には、『光』を取り込む能力は神獣鏡の専売特許ではないことを、今、初めて思い知る。

 

「なかなか苦労したが、お前の全部は受け止めたぜ」

 

右肩甲骨の羽が高く大きく振りかぶられ、彼の背後の空間を叩く。

 

「行くぜ未来、今度はお前が俺を受け止める番だ」

 

上空に飛び上がったカズヤが更に強く輝いた。

シェルブリットの金の光を全身に、神獣鏡の紫の光を両拳に纏わせて。

 

「そんでもって今日からお前は俺の女だ。誰にも文句は言わせねぇ!!」

 

右の手と左の手を合わせ、一つの拳とし、突っ込んできた。

 

「受け取れ未来! これが、これこそが!!」

 

 

 

 

 

【両の拳に想いを込めて──】

 

 

 

 

 

「俺の、自慢の拳(全部)だああああああああっ!!!」

 

真っ直ぐ飛び込んでくるカズヤが放つ光から目を反らすことができないまま、呆然としながら未来は小さく呟いた。

 

「...綺麗...」

 

そして次の瞬間、未来の胸の中心をカズヤの両拳が打ち抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金と紫の光が瞬き、二つの光が混ざり合うと、二人を中心に巨大な水色の光の柱が発生。

光の柱は天を貫き、海を貫き、その存在を世界へ知らしめる。

完全なる"向こう側の世界"への扉。

それが今、開いた瞬間だった。

そしてその中心にいた二人は、秒も経たずに虹の粒子となって"向こう側"へと取り込まれていく。

やがて"扉"に引き摺り出されるようにして、封印が解除された『フロンティア』が海面に浮上しその姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発生した現象に目を奪われて、エアキャリアに搭乗していた誰もが気づくことはなかった。

セレナの胸元にあるペンダント──待機状態のアガートラームが"扉"に反応し、僅かに瞬いていたことを。

 

 

 

 

 

艦内司令部に警戒アラートが鳴り響く。

朔也とあおいが血相変えて順に叫ぶ。

 

「光の柱全体から空間の位相変化を確認! い、以前カズヤくんが暴走した時とは規模が比べ物になりません!! 光の柱が大気圏を突き抜けて宇宙空間に到達しています! 恐らく"向こう側の世界"への扉が開いたと考えられます! ですが、地震や地殻変動などの類いはまだ発生していません!」

「アルター値の上昇率、計測不能! 同時にカズヤくんと未来ちゃんをロスト、シェルブリットと神獣鏡の反応が途絶しました!!」

 

反応を見失った。これだけで二人の身に何が起きてしまったのかを理解してしまい、弦十郎が思わず呻く。

 

「...まさか、"向こう側"に取り込まれてしまったのか?」

 

その一言に空気が凍りつき、皆は息を呑んで押し黙る。

"向こう側の世界"。それはアルター能力の源。カズヤがそこからやって来て、全てが始まった。

任意に"扉"を開く方法は、複数の強力なアルター能力者が能力を酷使し、"向こう側の世界"に対して過剰アクセスを行うこと。

響達と未来との二連戦、シェルブリットと神獣鏡の相性の良さ、最終形態を用いたことでアクセス過多により"扉"が開いたのだ。

そして"向こう側"に取り込まれた者の末路は──

 

「う、嘘だよな? カズヤも未来も、この世界からいなくなっちまったのかよ?」

 

奏が唇を震わせて泣きそうな声で言うが、答えられる者はいない。

一時的に取り込まれただけなら時間がかかるが帰ってきてくれる可能性は僅かでも存在する。たとえそれが数年単位の時間を必要だったとしても。

しかし、カズヤは元々何処から来た?

彼は別の世界からやって来た来訪者。

"向こう側"を抜けた先がこちらの世界とは限らない。

 

「なあ藤尭さん、あおいさん、もっとちゃんと探してくれよ。もしかしたら何かの間違いかもしれないだろ」

 

言われた二人は沈痛そうな表情になりながらも奏に従う。

 

「ふざけんな、ふざけんなよ...こんな別れ、アタシは認めないぞ」

 

二人が懸命にコンソールを叩くのを睨みながら奏が呟く後ろで、翼が両手で自身の顔を覆い隠し膝を突いて啜り泣きを始めた。

 

「...カズヤ...小日向...」

 

続いて、

 

「クリスさん!?」

 

クリスがショックのあまり気絶して、ふらりと倒れるのを緒川が咄嗟に抱き留めた。

更に、その隣では響が四つん這いになり、丸まって絶叫する。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

二課本部はこれまでにないほど、暗雲が立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来、未来、おい起きろ!」

 

名を呼ばれて肩が揺すられ、意識が戻ると、吐息がかかりそうなすぐそばにカズヤの顔がある。

 

「カズヤ、さん?」

 

頭がはっきりしないのでぼんやりした声を返せば、彼は大袈裟なくらいに安心したような顔になって深く溜め息を吐き、全身から力を抜いた。

アルター能力が解除された、普段の姿のカズヤだ。

 

「良かった...無事か」

 

そう呟き、こちらを愛しいとばかりにギュッと抱き締めてきた。

 

(...暖かい...)

 

まだ完全に意識が覚醒していない状態でそんなことをされたので、あまりの心地良さに幸せな気分を味わいながら抱き締め返す。

やがて少しずつ頭がはっきりしてくると、視界に映るものに初めて気づいた。

 

「カズヤさん...ここ、何処?」

 

自分とカズヤ以外は何も存在しない、虹色で埋め尽くされた極彩色の空間。

無重力状態なのか、体に重さを感じない。まるでテレビで見たスペースシャトル内の宇宙飛行士のように、体がふわふわと浮いているのだ。だから上も下も分からない。

異様なまでの静けさ。自分達以外は何も存在せず、風の音もしない。聞こえるのは目の前のカズヤの息遣いのみ。

 

「ここは、"向こう側の世界"だ」

 

密着状態を一旦やめて、両肩に手を置いて話す為の距離を僅かに開けてからカズヤが答えた。

 

「"向こう側の世界"?」

「そう。俺の、アルター能力の力の源。能力者は皆、生まれる前からこの世界を認識してきたことで、この世界に無意識にアクセスする方法を覚える。能力を行使する時はこの世界にアクセスして、物質を分解、変換して己のエゴを具現化、要するに再構成しているんだ」

 

鸚鵡返しすれば丁寧な説明をしてくれる。

改めて虹色に染められた極彩色の世界を見渡す。

本当に、何もない空間が何処までも広がっていくだけの光景。

音を出すものも、自分達以外の生命体も、重力すらない。

完全なる無重力で、天地がないので上も下も分からないのが不安を煽る。

呼吸はできているようなので大気はあるようだが、風が発生することもない。

怖気が走った。

もし、こんな場所に一人で放り込まれたら、三日も経たずに発狂するだろう。

そばにカズヤがいてくれることに内心感謝し、彼にしがみつく力をより強くする。

 

「お前、そもそも意識が飛ぶ前の、最後の記憶は何だったか覚えてるか?」

「えっと...」

 

問いに対して記憶を探って出てくるのは、

『俺の、自慢の拳(全部)だああああああああっ!!!』

神獣鏡の力を吸収したカズヤが光輝きながら両拳を突き出し迫ってきた時のこと。

 

「私、負けちゃったんですね」

「ああ。俺の勝ちだ」

「まさか神獣鏡の力を吸収するなんて思ってなかったですよ」

「俺もあの土壇場であんなことができるとは思ってなかった」

「...って、あれ? 神獣鏡は!?」

 

今更自身の姿に気づく。シンフォギアを纏っていない。リディアンの制服姿だ。

待機状態のペンダントになってるのかと考えたが、ペンダントすらない。

何処に行ったのかと視線で問えば、カズヤはバツの悪そうな顔で頬をかいた。

 

「あれな、消えた」

「消えた?」

「最後に殴った時、消えちまったよ。たぶん、神獣鏡の"魔を祓う力"じゃねーの? お前が持ってたシンフォギアは、俺の力で再構成した響達のと違って、シンフォギアにシェルブリットの破片を強化パーツとして組み込んだだけだろ? だから...」

 

言いたいことが分かってきた。

やっと手に入れたと思った力だったのだが、失ってみると何故だか少しも惜しくない。

なんだか憑き物が落ちたみたいで、随分スッキリした気分だ。

今まで胸の中を占めていた負の感情の類いもすっかり消えていて、実に晴れ晴れとしている。

 

「でもまあ、お前には必要ない力だ。折角手にしたもんだったとしても、俺はお前にシンフォギアを纏っていて欲しくない」

 

言って、カズヤは再び抱き締めてきた。

こんなことを言われて、こんな風に抱き締められると、なんだかとても大切にされているようで凄く嬉しい。

確かにあの力は、今にしてみれば自分には分不相応だったと思う。

彼の胸に顔を埋めながら、未来は謝罪の言葉を述べる。

 

「ごめんなさい」

「謝るのは俺と、響達の方だ」

「それでも、ちゃんと謝りたいんです。私は...」

 

皆が誰かを助ける為に使っている力を、自分の為だけに、しかも大切な人達を傷つける為に使ってしまった。

 

「謝りたいと思うなら、俺じゃなくて響達に頼む......それと、できればあいつらを許してやってくれ...全部俺が悪い、ってことにしてもらえると助かる」

 

穏やかな声でそんなことを告げてくる。

 

「...少し前から疑問だったんですけど、カズヤさんはどうしてそこまで自分を悪者にしてまで私達の仲を守ろうとしてくれるんですか?」

「ん? そんなの決まってんだろ」

 

疑問を投げ掛ければ、彼は当たり前のように深く考えず即答した。

 

「女の子同士が仲良くしてるのって微笑ましいだろ。それが俺のせいで泣き顔に変わるなんざ死んでもご免だからな。それだけだ」

 

あまりにもあっけらかんと言うので、数秒の間耳を疑ったが、どうやら本当らしい。

単純明快と褒めればいいのか、実にカズヤらしいと呆れたらいいのか分からない。

でも、今の一言で分かった気がする。

どうして響がこの人に惹かれたのか。

どうしてこの人の周りに色々な人が集まるのか。

どうして響達と同じように自分もこの人のことが欲しくなったのか。

 

「もう、バカ」

 

一言罵ってから顔を上げ、至近距離からカズヤの顔を覗き込む。

 

「条件があります」

「条件?」

「私が響達を許す為の条件です」

「お手柔らかに頼むわ」

「簡単ですよ」

 

彼の耳元に口を寄せ、囁く。

 

 

──私を、響達と同じように愛してください。

 

 

ポカンとしているカズヤに微笑んでから、その唇を唇で優しく塞ぐ。

たっぷり十秒ほど彼の唇の感触を楽しんだ後、ゆっくり離れた。

 

「言ったじゃないですか。今日からお前は俺の女だ、って」

「あ...覚えてたのか、あれ」

「忘れられませんよ。私の全部を受け止めて、私に全部をぶつけてくれたんですよ、カズヤさんは」

「あれは、その、なんていうか響達と仲直りして欲しくて思わず──」

「無意識下で私を響達みたいに自分のものにしたいと思ってたってことですよね。いいですよ! 勝負に勝ったのはカズヤさんですから、今日から私はカズヤさんのものです! はい、決定!!」

 

矢継ぎ早に言って反論の余地を許さない。

やがて観念したのか、彼はこちらの額にコツンと額を当て、瞼を閉じて言う。

 

「...これからよろしく頼む」

「はい、是非! あ、でも私って嫉妬深いんで、ちゃんと構ってくれないと後が怖いですからね」

「身を以て思い知ったから既に肝に命じてるって」

「うふ、いい心掛けです」

 

一旦離れて、見つめ合う。

 

「カズヤさん」

「ん?」

「響達のことは許します。謝ってもらって、私も謝って、私のことも許してもらいます...だけど」

「だけど?」

 

 

「私は死んでもあなたを許しません(離しません)

 

 

宣言し、彼の首の後ろに腕を回して引き寄せ、キスをする。

彼はこちらの後頭部に手を置いて、背中に回した腕で強く抱いてくれた。

嗚呼...暖かくて、気持ち良くて、幸せだ。おまけに良い匂いまでする。

いつまでもこうしていたかったが、気掛かりなことがあったので名残惜しいがキスを止めて体を離す。

 

「それで、これからどうやって帰ります?」

「それなんだが、実は──」

 

カズヤが何か言い掛けた時、視界の奥の端の方に、唐突に黒い穴が発生するのを目にした。

 

「カズヤさんあれ! もしかして出口じゃないですか!?」

 

指差し訴えれば彼はそちらを振り向き、じーっと観察してからゆっくり首を振る。

 

「...ありゃたぶんダメだ。帰れたとしても俺達が"向こう側"に来てから数年後、とかいうタイミングになる気がする」

「ええ!?」

「奏達とかマリア達から聞いてるだろ。俺と再会するのに奏達は二年、マリア達は六年待ったって。俺の経験則だと、"向こう側の世界"は元の世界とは時間の流れが違うから、下手な穴に飛び込むと何年後になってるか分かんねーぞ」

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

 

彼は、ふむ、と少し考えてから妙案が思いついたのか大きく頷いた。

 

「要は、帰るべきあっちの場所と時間が分かればいいんだ」

「と言うと?」

「あっちから位置と時間を教えてもらうってこと......ああ、そうだ! もう俺は、響に出会うまでの独りぼっちだった俺じゃねぇってことだ!!」

 

ニッと笑い虹色の光を放ってシェルブリット第二形態を発動させると、装甲に覆われた右手を差し出してくる。

 

「未来も」

「はい」

 

意図を察して、彼の右手に指を絡めるようにして左手で手を繋げば、未来の左腕も橙色の装甲に覆われた。

カズヤの右腕のシェルブリットと、未来の左腕のシェルブリット。二つのシェルブリットが手を繋いだ状態だ。

 

「...なんだかペアルックみたい」

「こんなゴツいペアルックはこれっきりだから安心しろ」

「ちぇっ、残念」

「ええぇ...要らねーだろこんなの」

 

興味津々といった感じで装甲に覆われた自身の左腕を眺める未来に、カズヤは呆れるような声音で言うと目を細めた。

 

「じゃ、帰るか。響達の所に」

「はい!」

 

二人は顔を見合わせて互いに微笑みかけると、前を向いて声を重ねる。

 

「「輝け」」

 

二つのシェルブリットから、それぞれの手首の拘束具が外れ、肘から手首までの装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開く。

その穴に周囲から虹色の光が集まり収束する。

するとカズヤ全身から金の光が発生し、それが繋いだ手を伝って未来の全身を覆い尽くす。同時に体が熱くなるのを感じた。

 

「「もっとだ、もっと!!」」

 

光は強くなる。繋いだ手からカズヤの力が流れ込んでくる。

手を繋いでいるのに、強く抱き締められていると錯覚してしまうくらいに暖かくて、幸せな気持ちになってくる。

 

「「もっと輝けええええええええええ!!」」

 

響達のシンフォギアは、カズヤによって再構成されたシェルブリットでもある。

だから、シェルブリットを介したこちらの呼び掛けに、彼女達なら必ず歌で応えてくれるはず。

そう、信じて──

 

「「シェルブリットォォォォォォォッ!!!」」

 

 

 

 

 

"向こう側の世界"への扉は、発生してから五分も経たずに消滅した。

その後、フロンティアに仮設本部が接近したら、フロンティアから月に向かってアンカーが打ち込まれてフロンティアが宙に浮いたとか、そのせいで真下から浮き上がってきたフロンティアの一部に本部が乗っかったとか、月の落下が早まったとかで司令部内は非常に慌ただしかったが、装者四人にとっては最早どうでもいいことだった。

未来が、カズヤがこの世界から消えてしまった。

大切な友達を、愛しい男を同時に失った四人の目に光はない。

司令部の隅で四人で固まって座り、俯くだけで何もしない。たまに思い出したように啜り泣くだけ。

そもそもシンフォギアがろくに起動できない状況では、何の役にも立たない。

四人の姿が痛ましくて見ていられないが、放って置くこともできず、邪魔だと司令部から放り出す訳にもいかず、弦十郎は目の届く場所に四人を留めているのであった。

四人が使い物にならない以上、緒川と自分の二人が出撃するしかない、という風に弦十郎が思考していた時である。

突然、アラートが鳴り響く。

 

「何事だっ!?」

 

声を上げた弦十郎にオペレーター陣が返答するその前に、

 

 

『SHELL BULLET』

 

 

モニターに表示された文字に誰もが瞠目した。

 

「なっ、シェルブリットだとぉっ!?」

「司令! 高レベルのアルター値を検知!!」

「検知された場所は、ここです!!」

「何ぃっ!?」

 

更に背後から眩い金の光が生まれたのに気がつき振り返れば、装者四人の胸元のペンダント──待機状態のギアが輝いていた。

四人は己の胸元のペンダントが光っているのを見て、さっきまでまるで生きた屍みたいだったのに、一瞬にして復活し歓喜の表情に変わる。

 

「...呼んでる」

「ああ、呼んでいる」

「カズヤが、あたし達を呼んでる!」

「歌わなきゃ! カズヤさんが呼んでるなら歌わなきゃ!!」

 

奏が嬉し涙を零し、翼が涙を拭い、クリスがペンダントを握り締め、響が立ち上がる。

すると、ギアが一際強い光を放った瞬間、聖詠を唱えていないのにギアが勝手に起動し、四人はシンフォギアを()()()()()

 

「ははっ、早く歌えってよ」

「...全く、せっかちな男だ」

「そんなに聴きてぇなら聴かせてやる!」

「私達の、歌を!!」

 

四人は手を繋ぎ横一列になると、絶唱を歌い始めた。

司令部内での突然の出来事に皆が動きを止めて固まる中、再びアラートが鳴り響き、朔也とあおいがコンソールに向き直る。

 

「空間の位相変化を確認! 場所は──」

「場所は、やはりここです! この司令部内に"向こう側"と同じ反応が出ています!!」

「何だと!? まさか装者の歌を目印にして"向こう側"からカズヤくんが──」

 

驚愕する弦十郎の言葉は、司令部内に突如水色に輝く穴──"扉"が出現したことで遮られ、

 

「よっしゃ大成功ぉっ! やったぜ未来!!」

「あはっ、やった、やりましたよカズヤさん!」

 

元気に大笑いしながら、その"扉"から金の光を全身に纏わせたカズヤと未来が飛び出てきた。

"扉"は二人を吐き出すと役目を終えたとばかりに消え失せる。

そんなことなど気にも留めず、二人は人目も憚らずひしっと抱き合う。

 

「どうよ俺の作戦は! ぶっつけ本番で本当に上手くいくかどうか実は超不安だったけどな!」

「結果オーライ、結果オーライってことにしておきましょうよ!!」

「そうだな、結果オーライだ!!」

 

そして二人は一頻り笑い合い、響達に向き直る。

と、

 

「うあああ未来ぅぅぅ! カズヤさぁぁん!!」

 

泣きじゃくる響を筆頭に装者達四人が突撃してきて、押し倒されて揉みくちゃになるのであった。

 

 

 

「ごめんね、ごめんね未来。嘘ついてて本当にごめんね」

「もう謝らないで響。大丈夫、ちゃんと許してあげるから...それに私だって響達のこと不意打ちで攻撃したし、心配もいっぱいかけたし、私の方こそごめんね。許してね? だから、これでおあいこにしよ?」

 

何度も何度も泣きながら謝罪を繰り返す響に未来は苦笑する。

未来はその後、奏と翼とクリスの謝罪も受け入れ、それから自分も謝罪し、お互いに許し合うことで今までのことは水に流すことにした。

 

「でも、今後は秘密とか隠し事は絶対になしにしてね? 約束だよ」

 

笑顔で告げながら握った左拳を顔の高さまで掲げた未来の言葉に四人は頷きつつ、彼女の左腕全体に注目する。

なんで未だにカズヤから与えられたシェルブリットが解除されないままなんだろう? と。

もしかしてあれか? 今後もし約束破ったらシェルブリットバースト叩き込むぞ、っていう意思表示だろうか?

 

「カズヤくんは、無事なのか?」

 

少し離れた場所でこちらの様子を満足気に眺めていたカズヤに弦十郎が問い掛ければ、彼は装甲に覆われた右手をヒラヒラ振って応答する。

 

「見ての通り。体の丈夫さが取り柄の一つなんでね」

「そうか。なら、一発くらい殴られても問題ないな」

「おっさんならそう言って俺のこと殴ってくれると思ってたぜ」

 

弦十郎に体ごと向き直り、いつでもこいとばかりに棒立ちとなるカズヤに対して、弦十郎は拳を構えた。

 

「キミは相変わらず話が早くて助かるな」

「今回のゴタゴタの原因は、元を正せば俺だ。そんなつもりねーのに何人もの女を泣かせちまったからな。ここらで一発殴られておくと帳尻合うんだよ」

「その潔さ、さすがカズヤくんだ! 歯を食い縛れ!!」

 

大きく一歩踏み込み、右の正拳突きが繰り出される。

が、

 

「弦十郎さん? 私の、私達の旦那様に何をするつもりですか?」

 

凄まじい威力が込められた弦十郎の拳は、カズヤの顔面に叩きつけられる直前に、横合いから伸びた未来の左の手の平──シェルブリットによっていとも簡単に受け止められていた。

 

「未来くん...」

「聞こえませんでしたか? ならもう一度言いますね。弦十郎さんは、私達の旦那様に、何をするつもりですか?」

 

ゾクリ、と。この場にいる全員の背中に氷柱を突き立てられたかのような寒気と恐怖が走る。

冷や汗をかきつつ咄嗟に拳を引き、弦十郎がバックステップを踏む。

それを見届けた未来の左腕が、装甲のスリットを展開させ光を収束し始めたのでカズヤが慌てて彼女を後ろから羽交い締めにした。

 

「バカよせ、なんでシェルブリットバーストの準備してんだ!? 本部沈めるつもりかお前は!?」

「バカなのはカズヤさんです! なんでいっつも自分を悪者にして話纏めようとしてるんですか!! 今回の件は全部全部ぜーんぶ響達が悪いんです!! あなたの名誉と沽券を守る為ならこんな潜水艦一個くらい安いもんですよ!!」

「安くねぇよ! 次世代潜水艦が何百億すると思ってんの!? ただでさえルナアタックで復興に金かけてんのにこれ以上国民から搾り取られる血税増やしてどうすんだ!?」

 

鼻息を荒くして暴れる未来をカズヤが必死になって取り押さえるという、今までにない光景に唖然としつつ、誰もがこう誓った。

今後一切、未来を怒らせないようにしよう、と。

 

 

 

あおいが何かに気づいて皆に向かって声を上げた。

 

「皆、これを見て!」

 

コンソールを操作し、モニターに表示されたのはマリアの姿だった。

 

『私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。月の落下がもたらす災厄を最小限に抑える為、フィーネの名を騙った者だ』

 

それを見たカズヤが首を傾げる。

 

「何やってんだマリアの奴?」

「フロンティアから発信されている映像情報です。世界各地に中継されています」

「え? 全世界に向けて? なんで?」

「もう、カズヤさんったら...フロンティアの封印が解除されたからじゃないですか」

 

未来の指摘に、ああ、そういえば、と納得した。

 

『──米国、国家安全保障局、並びにパヴァリアの光明結社によって隠蔽されてきた。事態の真相は、政界、財界の一角を占有する彼ら特権階級にとって極めて不都合であり、不利益を──』

 

皆、黙ってマリアの中継に視線を注ぐが、途中で未来がカズヤの腕を引っ張り顔を自分の方に向けさせる。

 

「どうした?」

「...今、きっとマリアさん達は助けを求めています。"シェルブリットのカズヤ"の助けを」

 

いきなりこんなことを言い出す彼女に目を丸くする彼に対して、未来は何かを予感しているように続けた。

 

「私はここで()()()()()あなたと響達の帰りを待ちます。だから、私に構わず行ってください。そして、あなたが思うがままに暴れてきてください」

「...分かった。そうさせてもらう」

「あと、今更あなたのそばにあなたのことを好きな女性が三人も四人も増えようが私は気にしませんから」

「ちゃんとお前に構えば、だろ?」

「はい。それにマリアさん達は六年もあなたのことを一途に想い続けていたんです。マリアさん達もきっと私達と一緒です。あなたが放つ(シェルブリット)にハートを撃ち抜かれた女の子は、あなた無しでは生きられなくなるんですから、一人の男性としてではなく"シェルブリットのカズヤ"としてちゃんと責任取るように」

 

そう笑いかけると、未来は皆の目の前だというのにカズヤに口付けをした。

仰天する皆には気にせず彼女はイタズラが成功したとばかりに可愛らしくウインクする。

 

「あと、この件が終わって帰ったら、いの一番に私のことを可愛がってくださいね」

「約束する...じゃ、いってくる!」

「いってらっしゃい」

 

走り出すカズヤの背中を未来は見送る。

その後ろ姿に、響達が続く。アタシもキスしたいとか、小日向の後でいいから私も可愛がってくれとか、ふざけんなあたしが次だとか、いや私が次だよとか、ギャーギャー騒ぎながら司令部を後にした。

 

「全く、相変わらず騒がしい連中だ...俺達も出るぞ、緒川!!」

「了解です」

 

すぐその後を弦十郎と緒川が追い、司令部はオペレーター陣と未来を残すのみとなる。

 

「あなたが皆と一緒に、無事に帰ってくるのを信じて待ってます......私のシェルブリット(希望の光)

 

通常の右手と装甲に覆われた左手を合わせ、祈るように未来は呟いた。




次回はたやマのターン!!


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かつて交わした約束と、これからへの誓い

今回は、文字数がいつもの二倍弱ほどあります。
長いけど、分割もしたくなかったし、カットもしたくなかったので、全部ぶちこみました。


カズヤと未来の存在をロストし、シェルブリットと神獣鏡の反応が途絶したことがもたらした混乱は、マリア達にとって大きな衝撃となっていた。

 

「カズヤは!? カズヤはどうなったの!!」

 

半ば錯乱したように叫ぶマリアの隣で、ナスターシャは手元の機器を操作し何か見落としがないか、二度三度と確認を行うが、結果は無情なものであることに体を震わせた。

 

「...二人の反応が、ありません。フロンティアの封印が解除されたと同時に、二人の存在が消えてしまいました...一体何が起こったのかすら、分かりません」

「そんな!?」

「...カズヤさんと未来さんが...」

 

目に涙を溜めて言われたことを認めたくないマリア、ショックで膝を突きそのまま座り込んでしまうセレナ。

その二人の後ろで、切歌の目から涙が零れる。

 

「嘘デスよ...カズヤと未来さんが...いなくなっちゃったっていうんデスか? そんな、嘘デスよね!? ねぇ!!」

「...切ちゃん」

 

悲し気な表情で切歌を横から窺う調。

そして調に宿ったフィーネは、カズヤと未来が消滅した現象に心当たりがあり、舌打ちしたい気分だった。

 

『あの光の柱、たぶん、彼が二課に初めて来た時に聞かせてくれた"向こう側の世界"、その扉でしょうね。クリスと一騎打ちした後にもその片鱗は見せたけど、完全な扉の存在がこれほどまでに凄まじいとは......未来ちゃんを止める為とはいえ、力の使い過ぎで扉開いて二人纏めて取り込まれるなんて、間抜けにもほどがあるわよカズヤくん!?』

 

あの男がこの程度で本当にくたばるとは微塵も考えられないし、彼の性格上、何が何でも戻ってくるだろうが、今この場からいなくなってしまったのは事実で、かなりの痛恨だった。

しかも二課の装者は神獣鏡の力で無力化されている。

 

『もう二課に残ってるまともな戦力なんて弦十郎くんくらいじゃない! それでもノイズには歯が立たないし!』

 

ウェルは今も尚、ソロモンの杖を所有している。いくら弦十郎が強くても、ノイズの位相差障壁と炭素分解を無効化できない以上、アドバンテージは揺るがない。

 

『かといって私は表立って動けない...どうする?』

 

調の魂を塗り潰すことは絶対にしたくない。

だがこの場で調から肉体の主導権を奪うのは難しい。

......いや、この際だ。逆の発想でいこう。あえて表立って動けるようにすればいい。

調を介してフィーネとして、あえて堂々と行動できるようにするのだ。

その為にも──

 

『調にちゃんと説明して、協力してもらえるようにしておかないと』

 

できる限りのことはしておこう。そう思考し、フィーネは調に声を掛けた。

 

 

 

『調、調、私の声が聞こえてるんでしょう!?』

 

また声が聞こえてくる。知らない女性の声。

いや、本当は誰なのかとっくに分かっている。ただ、その事実を認めてしまえば、自分が自分でなくなってしまうのを容認してしまうようで、怖くて知らない振りをしていただけ。

 

『もう色々と段階すっ飛ばしてはっきり言うわ! 私はフィーネ、私の魂はマリアではなくあなたの肉体に宿っているのよ!』

「嫌ぁぁぁ!!」

 

突然頭を抱えて蹲り叫ぶ調に周囲の視線を集めるが、調はそれどころではないし、フィーネも気にしなかった。

 

『落ち着いて聞きなさい! 確かに私の魂はあなたの肉体に宿っているけど、あなたの魂を塗り潰すつもりもなければ肉体を乗っ取るつもりもないから安心しなさい!』

 

叱るように言いつけてから矢継ぎ早に続ける。

 

『今の状況を私が分かる範囲で説明するわ。まずさっきの光の柱は"向こう側の世界"への扉。カズヤくんのアルター能力の源であり、この世界とは違う異世界へと繋がっているの。カズヤくんと未来ちゃんの二人はその世界に取り込まれただけで、死んではいないわ』

「本当!? カズヤと未来さんは、生きてるの!?」

 

思わず叫ぶ調の声は更なる驚きを振り撒くが、そんな周囲の反応など知ったことかと二人の会話は続く。

 

『ええ、たぶんね。ただ、"向こう側"に取り込まれたことは事実だから、帰ってくるのを待っていたら何年経ってるか分からないけど』

「どういうこと?」

『こちらの世界と"向こう側"とでは時間の流れが違うらしいのよ。ネフィリムの暴走がマリア達にとっては六年前の出来事でも、今年の四月まで"向こう側"にいたカズヤくんにとっては数ヶ月前の出来事だったってこと。つまり、あの二人に再会できるのは早くても数年後になる』

「そんな!!」

 

蹲って頭を抱えていた状態から急に立ち上がり、何とかならないのかと声を上げた。

 

「マリアとセレナは六年も待ったんだよ! やっと会えたのに、さよならも言えないこんな別れ方で、また何年も待たなきゃいけないの!?」

『生きてるんだからまだマシ、と考えるしかないわ。それよりも、あなた達にはまだやるべきことがあるでしょ』

 

言われて初めてハッとなる。

 

『そもそもあなた達は何の為にここまで来たの? 世界を救うんじゃなかったの? カズヤくんがいなくなって、それで心が折れる程度の覚悟で世界を救おうとしていたなんて、笑わせないで!』

「そうだ...私達は世界を...」

『ネフィリムの成長、フロンティアの封印解除、ここまでお膳立てしてもらいながら、もし世界が救われてなかったら、数年後に彼が戻ってきた時にどうすると思う? とりあえずあなた達にシェルブリットバーストをぶち込むわよ』

 

獣の咆哮に似た雄叫びを上げ、光輝きながらこちらに向かって拳を振り抜こうとするカズヤを想像し、調は冗談抜きで危うく気絶しそうになったが気合いで耐え、強い意志を瞳に宿す。

 

「私達がやらなきゃ。フロンティアの力で世界を救う...戻ってきたカズヤに怒られない為にも」

 

そこで調は気づく。今、自分が周りからどのような目で見られていたのかを。

 

「し、調?」

 

切歌が得体の知れないものを見るような目で見つめる。

 

「...調...あなた」

「調、さん...?」

 

マリアとセレナも戸惑っていた。

ナスターシャとウェルも訝しむような表情だ。

 

『調。体を貸して』

 

困った彼女は、不意に聞こえたフィーネの声に体を委ねた。

 

 

 

「私はフィーネ。今までマリアに私の魂が宿っていたとしたけれど、それは偽り。本当はこの調の肉体に宿っているの」

 

この発言に誰もが唖然とする中、先程調に説明した内容にいくつか追加する形で伝える。

 

「カズヤくんと未来ちゃんはアルター能力の源、"向こう側の世界"という異世界に取り込まれたわ。暴走した未来ちゃんを止める為、カズヤくんは全身の肉体をアルター化させるシェルブリットの最終形態を使った。けど、力を使い過ぎてしまったことで"向こう側の世界"にアクセス過多を起こし、扉を開いてしまった」

 

金の瞳で周囲を睥睨した。

 

「二人は死んでいないけど、暫くは帰ってこれない。残念だけど、ここから先は私達だけで計画を進めるしかないわ。ということで、マリア」

「な、何...?」

 

呼ばれてビクリと肩を震わせたマリアにそのまま指示を出す。

 

「あの光の柱が消えたらエアキャリアをフロンティアに着陸させなさい。着陸地点は私の言う通りにお願いね」

 

無言で頷く彼女に満足気な笑みを浮かべてからウェルに視線を向ける。

 

「ドクターはネフィリムの準備を」

「...言われなくてもそうするつもりですが、話が違いませんか? 私はマリアにフィーネの魂が宿ったと聞いてこの作戦に参加したのですが」

 

やはり非難するように食いついてきた彼に舌打ちしそうになって、なんとか目を細めるだけに抑えてから努めて平然と言い放つ。

 

「あれはブラフよ。本物の私に目がいかないようにする為の。敵を騙すにはまず味方から、っていう諺を知らないかしら?」

「ブラフ、ですか」

「そもそも私がこの中の誰に宿ろうとあなたに何か問題がある? こうして私は復活を遂げた、それで十分じゃない」

「まあ、そういうことにしておきましょうか」

 

眼鏡の位置をクイッと直し、ウェルはネフィリムの準備をする為に退室した。

なんとか上手く切り抜けたことに安堵の溜め息を吐いたタイミングで切歌が涙を零しつつ問う。

 

「フィーネの魂がマリアに宿っていたのが嘘で、本当は調に宿っていたなら、調は、私の大切な調はどうなってしまったデスか!?」

 

切歌の号泣を見て慌ててフォローに入る。

 

「安心して。あくまでも私は調の体を間借りさせてもらってるだけ。この子の魂を塗り潰すつもりも、体を乗っ取るつもりもない。これからのことについて口出しはするけど...だから、調、後はよろしく」

 

何度も同じ説明を行う疲労から、泣いている切歌の相手まで受け持つのは面倒臭くなり、体の主導権を調に返してフィーネが引っ込む。

 

「切ちゃん、私は大丈夫だから泣き止んで、ね?」

「調!? 調デスか! 調ぇぇぇぇ!!」

 

抱きついてきた切歌を抱き締め返し、調は彼女を安心させるように背中を優しく叩いてあげた。

 

 

 

暫くして、エアキャリアはフィーネの指示に従い、フロンティアに着陸する。

フィーネを宿した調を先頭に、ウェル、車椅子のナスターシャ、マリア、セレナ、切歌、そして象よりも大きな体躯を誇るネフィリムという順番で一行は進む。

懐中電灯を片手に、暗い洞窟の中のような回廊を無言で進む一行を包む空気は重い。

消えてしまったカズヤと未来について、つい先程質問されたことに正直に答えてしまったのは、迂闊だったかとフィーネは悩む。

下手に希望を持たせてしまうと後で絶望することになる、と判断し「いつ二人が戻ってくるのか?」というセレナの質問に「早くて数ヶ月後、遅くて数年後」と伝えたのだが、フィーネの予想を大きく上回るイヴ姉妹の打ちひしがれた姿は見ていられたものではない。

 

(想いを伝えることもできぬままの別離...痛いほど分かるわ)

 

だからか、フィーネはさっきからマリアとセレナのことが気になって仕方がなかったが、どうすることもできず歯痒い気持ちだ。

それぞれの足音とネフィリムのズシンズシンという重い足音をBGMにし、やがて一行はフロンティアにおけるジェネレータールームに相当する場所へと到着した。

 

「ネフィリム」

 

静かな声でウェルが声を掛ければ、部屋の中央に鎮座する巨大な球体状の物体にネフィリムが取り付く。

すると象よりも大きな体躯は見る見る内に球体状の物体に吸い込まれていくようにその体積を減らしていき、ついには完全に溶け込んでその姿を消してしまう。

 

「ネフィリムは今、フロンティアと一つになったのですよ...ふくくくくく」

 

下卑た笑みを浮かべてウェルがそう言うと、これまで沈黙を守っていた巨大な球体状の物体が脈打ち、光輝き始め、エネルギーを放出した。

変化はそれだけ留まらない。ネフィリムがフロンティアと一つになったことにより、フロンティアが起動したことの証として様々な場所で照明が点く。何の為に置いてあるのか分からない石板に記載された古代文字が光を放つ。

内部からでは分からないが、外壁部などに自生していた草木なども青々と新芽を実らせ、通常ではあり得ない速度の成長を見せていた。

 

「これでフロンティアは起動した。後は月の軌道を元に戻すだけね...ナスターシャ、制御室をお願いしてもいいかしら?」

「...分かりました」

 

少し肩の荷が下りたという感じで疲労したように言うフィーネに、ナスターシャは首肯する。

 

「さて、では僕はブリッジに向かうとしましょうかね」

「待ちなさい」

 

こちらに背を向け歩き出すウェルにフィーネが待ったを掛けた。

 

「何か?」

「これで月軌道を元に戻すことができれば、あなたは間違いなく歴史に英雄として名を残すことでしょう」

「...」

「だから、余計なことは考えず、世界を救うことだけに集中して」

「安心してくださいよ。人類救済こそが我々の崇高な目的ですから」

 

これはウェルに対する釘刺しだ。

ルナアタック以降、ウェルは表に出さないようにしていたがカズヤのことを異様なまでに敵視していた。

だからこそ、異常を通り越した英雄願望を持つこの男の扱いは、現段階で細心の注意を払わなくてはならない。

個人的には心配や不安の種など今すぐこの場で消してしまいたいが、調の体を借りている状態で、そんな血生臭いことはできない。

 

(本来ならカズヤくんがこの男を見張ってくれることになってたのに)

 

あの暴力装置のような男の前ならウェルも迂闊なことができまい、と考えていたことだった。

今更無い物ねだりなどみっともないが、無い物は無いので代わりを用意するしかない。

 

「マリア...ドクターに付いてあげて」

「私!?」

 

驚くマリアに構わずフィーネは歩きながら口を開く。

 

「大したことじゃないわ。一応のお目付け役よ...私達はフロンティアに邪魔者が侵入した場合の迎撃に出るわ。セレナ、切歌、ついてきて」

 

フィーネとしては危険性を孕んでいるウェルを、年長者であるマリアに任せておきたい、という思考から出た指示であった。また、早い段階で弦十郎達二課の面々と合流して、順に元F.I.Sのメンバーを二課に寝返らせたかったのである。

なので、制御室をナスターシャに任せ、ブリッジに行きたがるウェルに釘を刺した上でマリアを同行させ、自分はセレナと切歌を連れてこちらに向かっているであろう弦十郎達と合流を果たす。

しかし、ここで彼女は大きな勘違いをしていたことに気がつかない。

それは、ウェルが抱え持つ英雄願望と承認欲求と自己顕示欲の強さが、彼女が思うより遥かに常軌を逸していたこと。

カズヤがいなくなったことが、ウェルにとって目の上のたんこぶが消えたことと同義であったこと。

ルナアタック以降英雄扱いをされているカズヤへの嫉妬と敵対心が、ウェルの中で燻り続けたことで強大な力への渇望を生んでいたこと。

そして、

 

(...カズヤ...)

 

カズヤがいなくなったことで、マリアから活力や覇気などの類い、及び使命感などがごっそりと削られていたことを。

フィーネがこの時できた最善は、ウェルの殺害しかなかった。

 

 

 

「セレナ、切歌、調。まず最初に謝っておくわ。私ね、実は切歌と調がリディアンの秋桜祭にやって来た日からカズヤくん達の協力者として動いてたの」

「「っ!?」」

『!?』

 

外の景色を一望できる外壁部まで辿り着いて、後ろに振り返り告げると、ついてきた二人が驚愕で固まり、体を貸してくれている調が緊張するのが分かる。

 

「でもね、これはあなた達を捕まえる為じゃない。悪を貫いてでも世界を救済する、というあなた達の決意に賛同する形で、っていう注釈がつくんだけどね」

 

誤解を生まぬよう、歩きながら真摯に説明を続けた。

 

「あの日、あなた達の本当の目的を私から聞かされたカズヤくんは、マリアとセレナと切歌と調が本来は善良な人間であると見極めた上で、こちら側についてくれたのよ。だから、四人が彼をネフィリムから庇ったあの時点で、彼はもう全部知ってたの。知った上で、知らない振りをしてたのよ。今後のあなた達の行動が円滑にいくようにね」

「カズヤさんが...」

「だから二課の面々は私達の味方よ。これから合流するだろうから、攻撃しちゃダメよ」

 

そう言ってイタズラっぽく笑った瞬間、三人の背後で──フロンティアの尖塔部分から凄まじいエネルギーが光となって上空へ放出された。

 

「へ...」

「な、何が!?」

 

切歌とセレナが呆然として見つめる中、光の束は巨大な手の形となって月まで伸びると、そのまま月を掴み、眩い光を撒き散らしながら炸裂する。

すると大きな振動がフロンティア全体を襲う。

 

「あのクソ眼鏡、一体何をしたの!? っていうかマリアは何をしていたの!!」

 

先程の光がアンカーの役目を果たし、月にアンカーを打ち込んだことでフロンティアが浮き上がっている、ということに流石のフィーネでもすぐには気づけない。

何が起きているのか分からない。分からないがウェルが何かしたのだけは確実だ。

止めないと、そう思いつつも揺れが酷い。なので揺れが収るのを待ってから走り出そうとして、遠くから砲撃音が微かに聞こえてきた。

 

「......砲撃音? 砲撃音!?」

 

砲撃音がした方向に体ごと向き直る。

 

「まさか、米国の第二陣による攻撃?」

 

カズヤが死者を出さないように潰した米国の哨戒艦艇が第一陣だったとしたら、今フロンティアに向けて攻撃しているのは第二陣で間違いないだろう。フロンティア封印解除まで、彼が装者達との戦闘に時間を掛け過ぎたのだ。

 

「セレナ、切歌、ブリッジに向かうわよ! あのクソ眼鏡の眼鏡を叩き割って──」

 

フィーネの怒声を轟音が遮る。

その音は地面から──もっと正確にはフロンティアの真下から聞こえたような気がした。

 

「今度は何が...」

 

急がなくてはいけない。どう考えてもウェルがフロンティアの力を好き勝手しているとしか思えない。

やはりウェルは信用ならない人間だった。最早奴は殺すべきだ。これ以上何かする前に。

改めて走り出そうとしたその時、視界に醜い肉塊が映る。

その肉塊が蠢きグネグネと音を立てて形を変え、やがて──

 

「ネフィ、リム...?」

 

大型の肉食獣を超える体躯を持ったネフィリムとなった。

一体だけではない。そこら中から、地面からボコボコと生まれてくる。

気がつけばネフィリムの大群に囲まれていた。

次いで、それらが咆哮を上げ一斉に襲いかかってくる。

 

「ちっ!」

 

咄嗟にドーム状に桃色の障壁を張り、セレナと切歌、そして宿主である調の体をネフィリム達の突進から守った。

 

「どうしてネフィリムが!」

「しかもこんな大量デス!?」

「あのクソ眼鏡の仕業に決まってんでしょ二人共! あいつは私達を皆殺しにするつもりよ! だから早くシンフォギア纏って! 調も今から体の主導権を渡すから聖詠の準備を! 私は出来る限りバリアでサポートするわ!! 相手は聖遺物を食らう化け物、手加減抜きで戦わないと食い殺されるわよ!!」

 

言って、障壁を解除するタイミングを見計らいながらフィーネは調に宣言通り体の主導権を渡す。

 

『ええい! とんだ貧乏くじ引いたわ! これも全部カズヤくんがいなくなったせいなんだからね!!』

 

誰にも聞こえない声でこの場にいない男に文句を吐きながら、フィーネは調の中から現状を忌々しく思うのだった。

 

 

 

少し時間は遡る。

お目付け役としてついてきたマリアの存在を若干鬱陶しく思いながらも、昇降機でブリッジに到着したウェルは興奮と歓喜で頭がどうにかなりそうだった。

まさか、まさかまさかあの男が、"シェルブリットのカズヤ"がフロンティアの封印解除と同時に消えてしまうという思わぬラッキー。宝くじで一等が当たるよりも遥かに価値がある幸運だ。

調に宿っていたフィーネの存在は想定外だが、どちらにせよシンフォギア装者という存在は、これからの自分の為の新世界には不要なので宿主ごと消してしまえばいい。

ブリッジ中央部に、フロンティアを操作する為の装置と思わしきものまで歩み寄り、懐からある物を取り出す。

 

「それは?」

「LiNKERですよ。聖遺物を取り込むネフィリムの細胞サンプルから生成したLiNKERです」

 

マリアの疑問に答えつつ、自身の左腕の袖を捲り、一切の躊躇なくLiNKERを打ち込み、体内に緑色の液体を注入。

変化はすぐに現れ、痩せた成人男性の腕が数秒で浅黒い異形の腕へと変異する。

声を押さえつつ低い声で笑いながら、異形と化した左手でフロンティアの装置に触れた。

左手に呼応して装置に罅状の赤い光が走り、その光が消えると装置全体が、ブリッジ全体がウェルの操作を待つかのように起動し、明滅し始める。

 

「ふへへへへ、早く動かしたいなぁ。ちょっとくらい動かしてもいいと思いませんかぁ? ねぇ、マリア」

「...」

 

答えない彼女を放置し、光る古代文字が記載された石板の表面に外の映像を映す。

米国の軍艦が多数、フロンティアに接近している光景が確認できた。

 

『これは...』

「どうやら、のっぴきならない状況のようですよ」

 

制御室にいるナスターシャも外の映像を確認して声を上げている。

 

「一つと繋がることで、フロンティアのエネルギー状況が伝わってくる」

 

ウェルの口元が喜悦に嫌らしく歪み、狂気を含んだ目が爛々と輝く。

 

「これだけあれば、十分にいきり立つ...!」

『早過ぎます、ドクター!!』

 

ナスターシャの制止の声など最早耳に入らない。

 

「さあ、イケ!!」

 

己の意思に従ってフロンティアが動く。

フロンティアの尖塔部分にエネルギーが集まり、それが月に向かって発射された。

光は瞬く間に月に到達すると、巨大な手の形となり月を掴む。

 

「どっっっこいしょおおおおおおお!!!」

 

狂喜の雄叫びを上げるウェル。

月を掴んだ巨大な光の手は炸裂して消滅すると、フロンティア全体が大きく振動しながら宙へと浮き上がる。

これまで海面の上に浮いていただけの島だったのが、重力を無視してどんどん高度を上げていき、ヘリや飛行機といった空を飛べなければ絶対に届かない高度まで上昇して、漸く止まった。

米国の軍艦から艦砲射撃がフロンティアの底部分に着弾するが、その程度ではビクともしない。 

 

「愉し過ぎて眼鏡がズリ落ちてしまいそうだ」

 

自分達が一体どれほど強大な存在に立ち向かっているか理解していない哀れな生け贄共を血祭りに上げる為、フロンティアの力を試す為、手にした力を世界に知らしめる為、ウェルはフロンティアに命令を下す。

フロンティアの底部分に設置されているリング状の物体と、その中心にある柱のようなものから光が迸る。

次に起きたのは米国の軍艦全てが、見えない巨大な手に掴まれたかのように宙に浮き上がり、そのまま握り潰されたかのようにぺしゃんこになってから爆発四散したことだ。

 

「制御できる重力はこのくらいが限度のようですね...んふふふ、ふははははは、あはははははははは!!」

 

今、行使した力を目の当たりにして、ウェルは狂ったように──否、既に狂っていた──哄笑する。

 

(果たしてこれが、人類を救済する力なのか...)

 

その隣では、マリアが力に酔うウェルの姿に戦慄していた。

 

「手に入れたぞ、蹂躙する力を...これで僕も英雄になれる! あいつを、"シェルブリットのカズヤ"を遥かに超える英雄に!! でぇへへへへ、この星のラストアクションヒーローだぁぁ! やったぁぁぁっ!!!」

 

眼鏡を外し、ウェルは天を仰ぐように笑い続けた。

 

 

 

「行き掛けの駄賃に、月を引き寄せちゃいましたよ」

「月を!? 落下を早めたのか!? 救済の準備は何もできていない! これでは、本当に人類は絶滅してしまう!!」

 

先程の操作が一体何だったのかを得意気に語るウェルを押し退け、マリアは装置に手を翳すが何の反応もなければ操作を受け付けない。

 

「どうして!? どうして私の操作を受け付けないの!?」

 

嘲笑いながらウェルが答える。

 

「LiNKERが作用している限り制御権は僕にあるのです」

 

彼はマリアに向き、言う。

 

「人類は絶滅なんてしませんよ。僕が生きている限りはね」

 

両手を広げ、これまでひた隠しにしていた野望の片鱗を──化けの皮を剥がして見せた。

 

「これが僕が提唱する、一番確実な人類の救済方法です」

「そんなことの為に、私は悪を背負ってきた訳ではない! そんなことの為に、カズヤはその身を犠牲にしてまでフロンティアの封印解除に力を尽くしてくれた訳じゃない!!」

 

激昂したマリアがシンフォギアを纏わずウェルに掴みかかろうとしたが、

 

「ハンッ!!」

 

逆に裏拳を食らって倒れ伏す。

 

「ここで僕に手を掛けても、地球の余命があと僅かなのは変わらない事実だろ? ダメな女だなぁ!」

 

倒れた彼女を見下ろし、指差し笑いながらウェルは続けた。

 

「フィーネを気取ってた頃を思い出して、そこで恥ずかしさに悶えてな」

 

悔しさと悲しみ、そして今まで我慢していたカズヤがいなくなってしまったという喪失感から、ついにマリアは声を上げて泣き出した。

 

「...カズヤ...カズヤァ、どうして、どうしてあの時のように、私達を、置いていなくなってしまったの...やっと、やっと会えたのに...あなたに伝えたいことが、あったのに...」

 

そんな彼女から踵を返し、ウェルは何処かへと歩き出す。

 

(そこで気が済むまで泣いてなさい......僕はその間に、さっきこっそり放った可愛いネフィリム達を応援してきますからね)

 

勿論、その様子を誰にも見られないようフロンティアを操作しながら、ソロモンの杖を右手に握って。

 

 

 

『マリア。今、あなた一人ですね』

 

突如聞こえた声に、マリアは横になっていた状態から上体を起こして涙を袖で拭う。

 

「...マム?」

『フロンティアの情報を解析して、月の落下を止められるかもしれない手立てを見つけました』

「え...!」

『最後に残された希望...それにはあなたの歌が必要です』

「私の、歌で?」

 

言われたことがよく理解できず呆然とするマリアに、ナスターシャは説明を開始する。

 

『月は、地球人類より相互理解を剥奪する為、カストディアンが設置した監視装置。ルナアタックで一部不全となった月機能を再起動できれば、公転軌道上に修正可能です...うっ、がはっ!』

 

説明の最中、間違いなく血を吐いたのだろう。激しく咳き込んでいる声が響く。

 

「マム!? マム!!」

『あなたの歌で、世界を救いなさい...きっとそれは、彼も、カズヤも望んでいることでしょう』

「っ!」

 

他者からカズヤの名前を出され、マリアは自分がどれだけ無様に泣き喚いていたのかを自覚して、息を呑む。

 

『何の為に彼がこちらに協力してくれたのか、忘れたのですか? 全ては世界を救う為。私達は彼に託されたのです。託された以上、成し遂げなくてはなりません。それとも、マリアのカズヤに対する想いは、その程度だったのですか!? 今のあなたを見て、彼がどう思うか考えてみなさい!!』

 

この叱咤激励を受けて、マリアは漸く立ち上がってみせた。

 

 

 

「デェェェェス!!」

 

切歌が気合いと共に鎌を振り回し、迫り来るネフィリムを三体同時に斬り裂き、両断する。

 

「はああ!!」

 

調が回転する鋸を飛びかかってくるネフィリムに押し当て、真っ二つにした。

 

「二人共、前に出過ぎないで!!」

 

時に蛇腹剣を振るい、時に召喚した短剣の群れを射出してネフィリムの群れとの距離を保ちながらセレナが叫ぶ。

量産された大量のネフィリムは、一体一体の強さは大したことがなかったし、何も考えず飛びかかってくるだけなので倒すこと自体は問題ではなかったが、その数が異常だ。

倒しても倒しても地面から、建物の壁から生まれてくる。

また、倒した残骸を食らって分裂して増えたり、もしくは分裂せずにより強く大きくなる、という成長機能までをも有しており、時間が経てば経つほど不利になっていく。

数の暴力に押され、三人はどんどん疲労を重ねてしまう。

最早視界はネフィリムの醜悪な姿で埋め尽くされており、逃げることもできない。

 

(どうしたらいいの!? このままだと...)

 

頬に流れる汗を拭う余裕もないセレナの思考は焦る。

そこへ、更なる絶望が──追い打ちとしてノイズの群れが現れた。

 

「あのキテレツゥゥゥ!!」

 

ノイズがウェルの手によるものといち早く気づいた切歌が激怒し、これまで以上に鎌を振り回すが、ネフィリムに混ざったノイズのせいで、わらわらとこちらに集まる敵の数は減るどころか増える一方だ。

三人は、自分達に死神が歩み寄っていることを強く自覚した。

 

 

 

全世界に向けたライブ中継。

マリアは、これまで隠蔽されていたことを──特権階級の者達にとって不都合な事実を白日の下に晒し終えた。

 

「全てを偽ってきた私の言葉、どれほど届くか自信はない。だが、歌が力になるという事実だけは信じて欲しい」

 

目を瞑り、聖詠を歌う。

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

待機状態のペンダントが瞬き、漆黒のシンフォギア──ガングニールを纏い、世界に向けて訴える。

 

「私一人の力では、落下する月を受け止め切れない。だから貸して欲しい、皆の歌を届けて欲しい!!」

 

そして彼女は全世界の注目が集まる中、一人で歌い始めた。

 

 

 

セレナにとって死を覚悟するのは久しぶりだ。

六年前のあの時以来だろう。

自身の後ろでボロボロな状態なのにまだ戦おうとする、家族同然の妹分の二人を肩越しに振り返り、彼女は二人に微笑んだ。

 

「二人は私が守ります」

 

セレナの覚悟を感じ取り、二人の脳裏にまさかと嫌な予感が浮かぶ。

 

「絶唱を歌うつもりデスか!?」

「ダメだよセレナ! そんな状態で歌ったらセレナの体が!!」

 

調の悲痛な声の通り、戦いの中、二人を何度も繰り返し庇ったセレナはボロ雑巾の方がマシという有り様だった。

装甲は砕け落ち、インナーは血塗れ、手にしたアームドギアも刃が半ばから喪失しているのだ。

 

「それで二人を守れるなら、本望です」

「やめなさいセレナ! この数を相手に絶唱を使っても焼け石に水よ!!」

 

調の声だけを使ったフィーネの制止もあえて無視。

目の前に、大量のネフィリムの残骸とノイズの群れを食らってその体を肥大化させた、とてつもなく巨大なネフィリムがいる。

 

(まるであの時みたい)

 

六年前もそうだった。

ネフィリムが目の前に迫っていて、皆を守る為にシンフォギアを纏って、絶唱を使おうとして──

 

(でもあの時とは違う...カズヤさんには、もう会えない)

 

力強くて頼もしい後ろ姿。

光輝く拳と腕。

耳にいつまでも残る雄叫び。

目を瞑れば、まるで昨日のように思い出せる光景。

恋焦がれていた男性は、いざ再会してみれば自身の拙い想像よりもずっと素敵な男性で、姉と一緒になって更に惹かれてしまった。

 

(いいの...だって、短い間だけど、一緒に同じ時間を過ごすことができた)

 

彼に再会できたという事実があれば、自分にはもう思い残すことはない。

だから、この命が灰になるまで燃やすことに、躊躇いはない。

だから──

 

 

「シェルブリットバァァァストォォォォッ!!」

 

 

突然だった。

声と共に後方から飛んできた金色に光る弾丸が、爆発的な突進力で突撃し、眩い光を爆裂させながらネフィリムを一瞬で粉微塵にして消し飛ばす。

弾丸──否、金色の光を全身から放つ男は、そのままこちらに背を向けたまま、スタッと着地した。

 

「あ、ああ...」

 

まるで六年前の再現だ。

橙色の装甲に覆われた右腕。

大きな背中と、右肩甲骨の回転翼。

肩越しに振り向いた際に見える、右目の周りを覆うような橙色の装甲。

あの時と違うとするなら、自分は彼の名前を知っていること。

故に叫ぶ。溢れる嬉し涙を抑えることも忘れ、あらん限りの声で、心の底から求めている男の名を。

 

「カズヤさん...カズヤさん、カズヤさん、カズヤさん、カズヤさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

そして男はニッと笑い応えた。

 

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

【かつて交わした約束と、これからへの誓い】

 

 

 

 

 

右の拳を地面に叩きつけ、その反動で高く跳躍する。

跳んだカズヤに反応したネフィリム達とノイズ達が、彼を狙って動き、集まってきた。

眼下に集まる大量の敵に怯むことなく、握る拳に力を込める。

右肩甲骨の回転翼が高速回転し、軸部分から銀色のエネルギーを噴出させ、凄まじい推進力を得たカズヤが敵の群れに急降下を敢行。

 

「派手に決めるぜ!!」

 

拳を振り下ろし、閃光を伴う大爆発が発生。

たった一撃でネフィリムの群れもノイズの群れも、文字通り塵と化す。

 

『あの男、今更ノコノコと...っていうか、どうやって"向こう側"から戻ってきたのよ!? すぐ戻ってこれるならもっと早く帰ってきなさいよ!!』

 

フィーネが声にならない文句を言いつつ、彼が来た方角を確認し、窮地は脱したと安心する。

こちらに向かって飛来する四つのミサイル。更にそれぞれのミサイルの上に一人ずつ乗っているシンフォギア装者。

四人の装者がミサイルから飛び降り、セレナと切歌と調を守るような配置で着地した。

なお、乗り捨てられた四つのミサイルはそのまま敵の群れに突っ込んで爆発。一気にその数を減らす。

 

「セレナ、切歌、調、無事か!?」

 

ある程度敵を殲滅し、一旦こちらに戻ってきたカズヤがセレナのそばまで降り立つ。

セレナは堪らず抱きついた。

 

「余計な心配かけちまったな。すまねぇ」

 

右手を背中に回し、左手を頭の上に載せ、抱き締め返しながらセレナに優しく謝罪する。

彼女は溢れる涙をそのままに、カズヤの胸に顔を埋め、ただ声を押し殺して静かに泣く。

 

「た、助かったデ~ス」

「...もうダメかと思った...」

 

そのすぐそばで気が抜けた切歌と調がヘナヘナとへたり込んだ。

 

「おいおい、休憩にはまだ早いっつの。まだマリアと合流できてねーんだから」

 

この言葉にセレナは顔を上げるとカズヤに懇願する。

 

「お願いですカズヤさん! マリア姉さんを──」

「分かってる。あいつのことは俺に任せろ」

 

短い応答だが、込められた想いの熱さは筆舌し難いのを感じる。それに胸を打たれつつ、セレナはカズヤから離れた。

 

「ここは任せていいか?」

「モチのロンさ!!」

「防人の務め、果たしてみせる。だから行け、カズヤ」

「三人のことは私達が必ず守ります」

「早く行ってやれって。お姫様がヒーローをお待ちかねだ」

 

問いに対して奏が槍を、翼が刀を、響が拳を、クリスがボウガンをそれぞれ構え、微笑む。

 

「サンキュー」

 

一言礼を述べ、カズヤは踵を返し拳で地面を殴って跳躍、そのまま飛翔していく。

 

 

 

遠くを見る為に持ってきた双眼鏡でカズヤの姿を発見した瞬間、彼は逃げ出していた。双眼鏡を放り捨て、全力疾走でブリッジへ急ぐウェルの頭の中にあるのは、なんで? という疑問。

 

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでだぁぁぁぁぁぁ!! なんであいつがいるんだぁぁぁあ!? あいつはさっき消えたじゃないか!! どうやって戻ってきたんだぁっ!? しかも神獣鏡で無力化されたはずのシンフォギア装者を四人も引き連れて!!」

 

理由は不明。聞いた話と全く違う。まさかフィーネが騙したのか。

とにもかくにもブリッジに急がなくては。

ブリッジにさえ着けばフロンティアの力でなんとかなる、なるはずなんだ。

 

「僕は英雄なんだから、あんな奴らには負けないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

全力で歌い終わったマリアは、肩で大きく呼吸をしながら疲労で倒れまいとなんとか踏ん張るものの、立っているのが精一杯だった。

ブリッジの様子は、歌う前と変化は見られない。

 

『月の遺跡は依然沈黙...』

 

残念そうな声色のナスターシャの声を聞き、心が折れたマリアは膝を突いて四つん這いになってしまう。

 

「私の歌は、誰の命も救えないの? ごめんなさい、ごめんなさいカズヤァ...」

 

再び涙が込み上げてきて頬を濡らす。

 

「...カズヤァ...カズヤァ...」

 

体を震わせ、親とはぐれた幼子が親を呼ぶように、何度も何度も泣きながらカズヤの名を呼んだ。

 

『マリア、もう一度月遺跡の再起動を』

「無理よ! 私の歌で救うなんて!」

『...マリア...』

 

ナスターシャの再挑戦を促す声に強い拒絶を示す。

 

『月の落下を食い止める、最後のチャンスなのですよ。頑張りなさい、彼の為に!』

 

再度促され、マリアがふらふらと弱々しく立ち上がったところに、昇降機を使って下の階層からウェルが姿を現す。

ウェルはそのまま走ってくると、

 

「このヴァカチンが!!」

 

立ち上がったばかりのマリアを邪魔だとばかりに左の裏拳で殴り、地面に転がした。

 

「あうっ!」

 

悲鳴を上げて倒れるマリア。

 

「月が落ちなきゃ、好き勝手できないだろうが!!」

 

ウェルが装置に手を翳して操作しようとして、

 

『マリア!』

 

ナスターシャが彼女の名を呼んだ瞬間、ウェルの顔が不快気に歪む。

 

「ああん!? やっぱりオバハンか...」

『お聞きなさい、ドクターウェル! フロンティアの機能を使って、収束したフォニックゲインを月へと照射し、バラルの呪詛を司る遺跡を再起動できれば、月を元の軌道に戻せるのです!』

「そんなに遺跡を動かしたいのなら、あんたが月に行ってくればいいだろ!!」

 

怒鳴り声と共にウェルは装置に左手を叩きつける。

その際に送られた命令にフロンティアが従い、ナスターシャがいる制御室を含んだ区画が丸ごと切り離されてしまい、月に向かって打ち上げられた。

 

「マム!!」

 

うつ伏せの状態から顔を上げ、打ち上げられてしまった区画の映像を見てマリアが叫ぶ。

 

「有史以来、数多の英雄が人類支配を成し得なかったのは、人の数がその手に余るからだ! だったら支配可能なまでに減らせばいい。僕だからこそ気づいた必勝法。英雄に憧れる僕が英雄を超えてみせる! フヘヘヘヘヘヘ!!」

 

高笑いするウェルを、殺意と憎悪で濁った視線で睨み、マリアが立ち上がる。

 

「よくもマムを...!!」

 

アームドギアである槍を顕現し、構えた。

 

「手に掛けるのか? この僕を殺すことは、全人類を殺すことだぞ!?」

「殺すっ!!」

 

挑発するような物言いに即答したマリアが踏み込み、槍でウェルの肉体を貫かんと迫る。

 

「ええええええええええええ!?」

 

いざ殺されそうになると、いかにも小物臭が漂う見事な小物っぷりを晒すウェルの胴体に、槍の穂先が突き刺さろうとしたその瞬間、金属と金属が衝突するような甲高い音がブリッジに響き渡った。

 

「やめとけ。こんな汚ぇゴミの血で、お前が穢れる必要はねーよ」

 

それは、シェルブリット──右手で槍の穂先を掴み、マリアの攻撃からウェルを守るカズヤの姿。

 

「か、カズヤ...?」

 

眼前のカズヤの存在が信じられず動きを止めたマリアを見て、カズヤは槍の穂先を離すとウェルに向き直り、その腹に喧嘩キックをかましてぶっ飛ばす。

 

「ぶべらぁっ!?」

 

聞くに耐えない汚い悲鳴を上げて転がるウェルを無視して、カズヤは未だに呆然としてるマリアをギュッと抱き締めた。

 

「すまねぇ。遅くなっちまった」

「あ、あ、ああ...カズヤ、カズヤァァァ!!」

 

槍を足下に落とし、彼の腰に腕を回して恥も外聞もなく泣き叫んだ。

 

「何処に、行って、たのよ、あなたが、急に、いなくなって、私、私、また会えなく、なると、思って、凄く怖くて、悲しくて、辛かったんだからぁぁ...もう絶対に、私の、前から、勝手に、いなく、ならないでぇぇぇ...」

「悪かった、俺が悪かったよ。だから泣き止めって」

 

嗚咽を上げながらつっかえつっかえ訴えるマリアの頭を優しく撫でつつ、カズヤは今日で何度目になるか分からない謝罪を行う。

 

「マリア、すまねぇ。続きはまた今度にしようぜ」

 

彼女の両肩を掴んで体を離す。

背後では今更になってやっと立ち上がり、ソロモンの杖を構えたウェルがいた。

ゆっくりと余裕を持って振り返ってから睨む。

 

「おい。いい年こいて幼稚園児みてーな英雄ごっこ遊び拗らせてる自称英雄(笑)(かっこわらい)

「ごっこ遊びの(笑)(かっこわらい)だとぉっ!?」

「とりあえずソロモンの杖を寄越せ」

「これは僕のものだ! 真の英雄である僕が持つに相応しいんだ! 誰がお前なんかに渡すもんか!!」

 

案の定、カズヤの言うことに聞く耳持たないウェルがノイズを召喚し、カズヤとマリアを襲わせようとするが、

 

「つまんねぇ野郎だ」

 

召喚された瞬間、ノイズは虹の粒子となって消滅する。

 

「うぇっ!?」

「ノイズなんざ、俺には効かねーんだよ。とっくに知ってんだろ、バーカ」

「だったら、これならどうだぁぁぁっ!!」

 

続いて左手で床を叩けば、そこからぬるりとネフィリムが一体、象よりも大きな個体が現れた。

 

「ネフィリムはこのフロンティアと一つになっている! 故にエネルギーがある限り、僕は何度でも何体でも無尽蔵にネフィリムを──」

「輝け」

「っ!?」

 

遮るように紡がれた言葉とカズヤの動きにウェルは固まった。

全身から虹の光を放ち始めたカズヤが、顔の高さに右の拳を掲げ、手首の拘束具を弾き飛ばし、手首から肘にかけて装甲のスリットを展開したからだ。

 

「もっとだ、もっと!」

 

装甲のスリットが展開したことで開いた手の甲の穴に、光が収束する。

右肩甲骨の回転翼が高速回転し、カズヤの体が浮く。

その頃には、彼から放出される虹の光は金の光へと変化し、真夏の太陽にすら勝る眩しさと力強さを得ていた。

 

「もっと輝けええええええええええ!!」

「殺せ、ネフィリム、こいつを殺せ!!」

 

命令に従いネフィリムが飛びかかったと同時にカズヤも真っ直ぐ突っ込んだ。

 

「シェルブリットバァァストォォォ!!!」

 

鈍重な巨体を圧倒する速度で接近したカズヤが、ネフィリムの懐に容易く潜り込み腹部をぶん殴る。

ブリッジ内を金の輝きが支配し、収束していた膨大なエネルギーが爆裂し、粉々に爆散するネフィリム。

 

「ひぃぃぃ!!」

 

余波に巻き込まれ吹き飛ばされたウェルの手からソロモンの杖が落ちる。

それを左手で拾い上げ、尻餅の体勢で見上げてくるウェルに歩み寄り、心底軽蔑した眼差しで見据えた。

 

「そんなに英雄ごっこがしてーなら、幼稚園児からやり直せ」

 

その時だ。弦十郎と緒川がブリッジ内に進入してくる。

丁度良いタイミングだ。そう思ったカズヤがチラリと二人に視線を向けた隙に、ウェルは床に着けていた左手からフロンティアに命令を下し、自身の真下に落とし穴を開けて落ちていく。

 

「あ」

 

落とし穴は一瞬で元の床に戻ってしまい、あっさりと逃げられてしまった。

 

「ちっ、やっちまった。とっととぶん殴って気絶させとけゃよかったな...あのクソ野郎の確保、悪ぃがおっさん達に任せていいか?」

 

舌打ちし、装甲に覆われた右手で額を押さえてから、弦十郎と緒川に振り返り問えば、彼らは迷うことなく頷く。

と、フロンティア全体がまたしても振動し始めた。

カズヤの左耳に装着したインカム越しに、朔也とあおいの声が届く。

 

『重力場の異常を計測』

『フロンティア、上昇しつつ移動していきます』

「あのキチガイ、往生際悪ぃな」

 

一人毒を吐くカズヤ。

 

「...今のウェルは、左手をフロンティアと繋げることで、意のままに制御できる」

 

ポツリとマリアが教えてくれる。

 

「フロンティアの動力は、フロンティアと一つになったネフィリムそのもの。さっきカズヤが倒したのは恐らくコピー、覚醒心臓を持つ本体を倒せれば、ウェルの暴挙は止められる」

「分かった。ならばそちらはカズヤくん達に任せよう。俺達はウェル博士の確保に向かう」

 

言って、弦十郎は床に拳を叩きつけて、轟音を生み下の階層へと続く大穴を開けた。

 

「行くぞ、緒川」

「はい」

 

二人が穴にその身を投げ出すのを見送って、カズヤはマリアに歩み寄り、足下にソロモンの杖を放り捨て、彼女の両肩を掴み、至近距離から見つめた。

 

「...歌わないのか?」

「へ?」

 

一瞬、何を言われたのか分からず、呆けた声を出す彼女の反応にカズヤが苦笑する。

 

「難しい理屈とかはよく分かんねーけど、お前の歌なら世界を救えるんだろ? だったら、歌うしかないんじゃねーの?」

「無理よ、私じゃ無理なのよ!」

 

自分の歌を否定する意味も込めて彼女は左右に首を振った。

 

「所詮私には、世界を救うなんて大それたこと、無理だったのよ!」

「今更ここまで来て何言ってんだ!?」

 

完全にネガティブな方向に思考が偏ってしまったマリアにカズヤが怒鳴る。

 

「だって!」

「だってじゃねぇ! 全部諦めんのか!? 月の落下で発生する天変地異を止めたくて、犠牲を少しでも減らしたくて、世界中からテロリスト扱いされてでも成し遂げようとしたんだろ!? 回りくどいやり方で俺のこと引き入れようとしてぶん殴られたり、米国の特殊部隊やらエージェントやらから殺されそうになったり、トラブル続きだったけどなんとかここまで漕ぎ着けたんだろうが!! ここでお前が世界を救わなきゃ、全部水の泡なんだよ!!」

「いいの! もういいの! もう世界なんてどうでもいいの!!」

「どうでもいい訳ねぇだろがぁ!!」

「だって私は、初めから世界を救うつもりでこの計画に乗ったんじゃないの! あなたに会いたくて、本当はあなたに会う為だけにこの計画に乗ったの!! だから、そんな私が世界を救うなんて烏滸がましくて、できる訳ないのぉ...」

 

両膝を突いて、またしても泣き出す。

カズヤもそれに合わせて片膝を突く。

 

「ずっと、ずっとあなたに会いたかったの...六年前の、恩人のあなたに、直接会って、お礼が言いたくて、ただそれだけの為に、マムに言われるがままに従ってたの...だから、私じゃダメなの...私は、カズヤみたいに強くなれなかった...あなたに憧れて、あなたみたいに強くなろうとしてたけど、全くダメで...こんな私には、もう、期待しないで...」

「...そうか、分かった。じゃあもういい」

 

大きく溜め息を吐くと、カズヤはマリアの両の手首を掴み、無理矢理引っ張るように掲げて、かなり強引に立ち上がらせると、その背に両腕を回して強く強く抱き締める。

 

「か、カズヤ?」

 

彼の意図が分からず戸惑うマリアの耳元に、優しく囁く。

 

「ライブ前の控え室でのこと、覚えてるか?」

「ライブ前の、控え室?」

「お前が奏と翼に挨拶しに来た時だ。そん時お前言ったろ。俺に歌を捧げる、って」

「あ...」

 

確かに言った。彼との再会に感激していたあの時、思わず言っていたのを思い出す。

 

「あの言葉が嘘じゃなくて、お前の本心から出たものなら、世界を救う為に歌えとはもう言わねー。ただ、俺の為に歌ってくれ」

「世界の為じゃなく、あなたの為に?」

「そう。人気の歌姫として客やファンの為じゃなく、武装組織フィーネのマリアとして世界を救う為でもない。ただのマリア・カデンツァヴナ・イヴっていう一人の女として、俺の為に歌ってくれねーか?」

 

それは、これまでに積もり積もった精神的負荷で限界だったマリアにとって、自身をあらゆる負荷から解放し、尚かつ女としての自分をカズヤから求められたという意味を内包した殺し文句──少なくとも彼女はそう捉えた──であった。

 

 

──ドクンッ!!

 

 

まるで魂に火が点いたような、胸の奥に突然沸き上がった熱に震えながら、か細い声でマリアは問う。

 

「カズヤは、私の歌、聴きたい...?」

「聴きたい」

「本当に? 嘘じゃない?」

「本当だ。嘘じゃねーって」

「あなたの名に誓って?」

「誓って欲しいならいくらでも誓ってやる。このシェルブリットに誓って、俺はマリアの歌が聴きたいってな」

 

はっきりとした口調で即答し、カズヤは右手をマリアの視界に映るように顔のそばまで掲げた。

 

「...嬉しい...!!」

 

彼女は一筋の涙で頬を濡らしながら、覚悟を決めたように表情を引き締め、カズヤの顔を互いの息がかかる至近距離で見つめる。

やがて、胸の奥から沸き上がる熱と衝動に突き動かされ、想いのままに宣言した。

 

「私も誓うわ。改めて、これからあなたに歌を捧げることを。ううん、歌だけじゃない! 身も心も、魂さえも、マリア・カデンツァヴナ・イヴという女の全てをあなたに、"シェルブリットのカズヤ"に捧げることを、誓うわ!!!」

 

溢れ出る想いと言葉が止まらない。

 

「私はあなたのもの。あなたの意思が私の意思。私はあなたと共に生き、あなたと共に死ぬ!! あなたに何処までもついて行く!!!」

 

更に言葉だけでは足らないとばかりに、カズヤの首の後ろに腕を回して強く引き寄せ、誓いの証として口を口で塞ぐ。

 

「.........だから、聴いてカズヤ...私の歌を」

 

口付けを終えて、顔を真っ赤にしたマリアが潤んだ瞳でお願いし、

 

「ああ、是非聴かせてくれ。マリアの歌を」

 

カズヤがほんの少し照れくさそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリアが歌った曲は『Apple』という。

幼い頃に彼女の祖母から聴いた、マリアとセレナの故郷に伝わる童歌。

彼女はカズヤに抱きつき──抱き締められた状態で目を瞑って歌い、世界中にその優しい旋律が響き渡っていく。

その光景を見て、彼女の歌を聴いて、何故か世界中の誰もが歌詞も知らない『Apple』を同時に口ずさみ始めた。

そんな不思議な現象など知らぬまま、マリアは心のままに歌い続ける。

やがて世界中からフォニックゲインが発生し、マリアとカズヤに届けられた。

そして、マリアの背中に回していたカズヤの右腕──シェルブリットが彼の意思に関係なく勝手に動く。

装甲のスリットを展開させ、開いた手の甲の穴に光が──フォニックゲインが集まり収束し、それに呼応するかの如く金の光がカズヤとマリアの全身から放たれる。

次第に光はブリッジを満たし、二人の姿が誰にも確認できなくなった時、マリアのシンフォギアに変化が現れた。

虹色の粒子となって一度完全に分解された後、再構成される。

その色は純白。

漆黒のガングニールは、純白のガングニールへと生まれ変わっていた。足下に転がっていた槍も全体的に白を基調とした色に変化している。

尚、そのデザインは、先程のマリアの誓いと想いが反映されたのか、誰がどう見ても、何処からどう見てもウェディングドレスにしか見えない。

所々にシンフォギアとしての装甲らしきものが存在するものの、見た目は完全に、ドレスの中でもプリンセスラインとタイプ分けされているもの。ウェディングドレスの王道とまで言われているそれは、ウェディングドレスと聞いて誰もが一番最初にイメージするもの。ふわっと広がったロングスカートが特徴的だ。

ご丁寧に腰まで届く長い髪はアップスタイルで纏められ、それでも余った先端部分がポニーテールのように垂れているのが可愛らしさを強調していて魅力的だ。

両耳付近から伸びる角のような突起物はそのままだが、おまけとして宝石のようなものが散りばめられたカチューシャとベールまでついている。

ベールは上げられており、その素顔は隠していない。髪型とベールが顔と首から下を隠していないので、色っぽいうなじが露出し、ドレスもストラップレスなので両肩も隠す布地がないのでセクシーさを増す。

一見では白手袋なのかギアインナーなのか判別がつかないそれは、肘と肩の間という長さが絶妙で、マリアの華奢な両腕と肩回りの美しさを際立たせる。

光が収まり、『Apple』を歌い終えて自身のギア及び外見の変化に気づいたマリアがカズヤから少し離れ、まじまじと己の姿を観察した。

 

「そういう格好、美人がすると映えるな。綺麗だし、似合ってるぜ」

「...っ!!」

 

面と向かってそんな風に褒められて嬉しくない訳がないが、恥ずかしくて嬉しくて顔から火が出そうだ。実際、顔どころか首筋までトマトのように赤く染まっている。

 

「ほら見てみろって」

 

おもむろにカズヤは、光る古代文字を映し出す石板を殴って砕き、手の平サイズのものをこちらに向けると、劣化しておらずよく磨かれた石板の表面が鏡面反射を起こして自身の姿を映し出す。

そこには美しい花嫁衣装に身を包んだ自分がいた。

 

『綺麗ですよ、マリア...まさかあなたのそんな姿を見れる日が来るとは思っていませんでした』

「...マム!?」

 

通信越しの感激したようなナスターシャの声にマリアがブリッジ中央の装置に走り寄る。

 

『...マリア。あなたの歌に、世界が共鳴しています。これだけフォニックゲインが高まれば、月の遺跡を稼働させるには十分です。月は私が責任を持って止めます...!!』

 

老婆の声には並々ならぬ決意が込められていた。

 

「マム!!」

『もう何もあなたを縛るものはありません』

 

優しげな声でナスターシャは言葉を紡ぐ。

 

『行きなさい、マリア。行って私に、あなたの歌を聴かせなさい』

「マム...」

 

告げられた内容にマリアは何度目になるか分からない涙を零す。

 

『そして、"シェルブリットのカズヤ"...あなたに、老い先短い年寄りの、最期の身勝手な我が儘を聞いてもらいたいのです。よろしいですか?』

「だいたいどんな内容か察してるが、言ってみろよ。婆さん」

『マリアを、セレナを、切歌を、調を、私の大切な娘達を、どうかよろしくお願いします』

「ああ。任された」

『...ありがとう...』

 

万感の想いが込められた礼が述べられる。

床に転がったままの槍とソロモンの杖をカズヤは拾うと、槍をマリアに手渡す。

 

「マリア」

 

受け取った槍を右手で力強く握り締め、決意を新たにしたマリアが宣言する。

 

「オーケー、マム! カズヤ!! 世界最高のステージの幕を開けましょう!!」

 

次に差し出された右手──装甲に覆われたシェルブリットに対し、白手袋のようなギアインナーに覆われた左手を重ね、握る。

勿論、指と指を絡めるように。

 

「行くぜ! マリアっ!!」

「ええっ! あなたとっ!! カズヤと一緒なら、何処へでもっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後の歴史にてマリア・カデンツァヴナ・イヴはこのように語られる。

愛で世界を救った歌姫、と。

 




マリアを除くヒロイン一同
「は? なんで一人だけ決戦仕様がアプリ版っぽくなってるの!? しかもウェディングドレスとかズルくない!?」

→私がこの作品を書くと決めた段階で既に決定していたから。
マリアさん、原作アニメだとガングニールが響に強奪されちゃうからガングニールのエクスドライブモードがない。(アプリ版? そっちは全くやってないので知らん!!)
ならオリジナルでやってやる!

→物語の展開的に、この流れで決戦仕様になるならウェディングドレスしかねーわ。

→ヨシッ!(現場猫感)


ついに"シェルブリットのカズヤ"の正体が判明、及びカズヤ全世界に身バレ。会話内容からツヴァイウィングのマネージャー補佐兼ボディーガードのKさんであることも判明。後に芸能関係者からの垂れ込みで確定情報として拡散されたり、カズヤに命を救われた人々から間違いないとしてやっぱり拡散される。
マリアさんは全世界に向けた全裸生放送配信を回避。その代償としてラブシーン&キスシーンを配信。ウェディングドレスも披露するというおまけ付き。

マリア「大逆転完全勝利!!!」

尚、ウェディングドレス姿は決戦仕様のみ。普段はいつもの黒いガングニールなんで、そこんとこよろしく。

マリア「なん...だと...!?」


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Coming Home

「倒しても倒してもうじゃうじゃと、全くキリがない」

 

槍を振り払い、飛び掛かってきたネフィリムを斬り捨てつつ奏がうんざりしながら言う。

 

「でも、ノイズの殲滅は終了したわ。おまけにノイズが追加される気配もない。カズヤが上手くやったんじゃないかしら?」

 

同じように刀で斬り払い、翼がニヤリと、まるで獣染みた笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、後はこの無限沸きする雑魚の根っ子をカズヤがどうにかするまで持ち堪えればいいってことだろ!」

 

ガトリング砲で敵の群れを蹴散らしながらクリスが高笑い。

 

「って、あれ? ネフィリム達の様子が...?」

 

これまでは無策でこちらに飛び掛かってくるか、倒された残骸を食らうだけだったネフィリムの群れが、唐突に一ヶ所に集まり始めたことに響が疑問の声を出す。

集まったネフィリムはその体を泥や粘土のように変化させ、互いに溶け合い、一つになる。そしてその体積をどんどん増やして大きくなっていく。

カズヤの介入によりソロモンの杖を失ったウェルが、逃走しながら出した命令によるものだ。相手の消耗を待つ長期戦から、最大戦力で一気に叩く短期決戦への変更。急いで装者達を始末しないと自分に追っ手が迫ってくる。それを悟り勝負に出てきたのであった。

 

「ハッ! 雑魚がワラワラ寄ってくるよりもやり易くなったね!」

 

槍を肩に担いだ奏が不敵に笑う。

現れたのは、黒い体表を持つ一体の巨大なネフィリム。二足歩行の状態で、こちらに向けて咆哮を上げる。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 

「確か悪役の巨大化は負けフラグ、って話だったよなぁ?」

「そうだよクリスちゃん。ルナアタックの時も確かこんな感じだったね!」

「そういえばそんなこともあったか」

「数ヶ月前のことなのに随分懐かしく感じるねぇ...」

「「「「じー」」」」

 

クリスがぼやけば響が頷き、翼と奏が思い出に浸るように目を細め、四人揃って背後の調──の中に宿るフィーネを見つめた。

 

「わ、私の過去のやらかしたことなんて今はどうでもいいでしょ!? そんなことよりも前見なさいよ、前!!」

 

調の声だけを借りたフィーネの怒鳴り声に、改めて四人は前を向き直る。

大きく口を開いたネフィリムが、今まさにエネルギーを溜めて火炎球を生み出し、それをこちらに向けて吐き出そうとしていた。

 

「させるかっての!」

「閉じてろ!」

「貴様の声は耳障りだ!」

 

声と共にクリスが小型ミサイルを大量に発射し、奏が槍を投擲し、翼が蒼い斬撃を放つ。

三人の攻撃は撃ち出される前の火炎球に命中し、ネフィリムの口の中で大爆発を起こしてその巨体をよろけさせる。

 

「どおおおおおおおおりゃあああああああ!!」

 

隙を晒したところを響が飛び掛かる。右の拳に力を込めて、思いっ切りその横っ面をぶん殴った。

その巨体が地面に叩きつけられ、轟音と振動を発生させつつ仰向けにして倒れるネフィリム。

 

「何だ。でかくなっただけかい」

「大したことねぇな」

 

つまらなそうに呟く奏とクリスであったが、背後からフィーネが警戒するよう叫ぶ。

 

「油断しないで! 忘れたの? ネフィリムはカズヤくんのシェルブリットを取り込んでるのよ! だからこの程度で──」

 

彼女が言い終わる前に、ネフィリムの両腕から光が放たれ、その部分だけ橙色の装甲に覆われた。

流石にこのネフィリムの変化に、この場の全員が戦慄する。

立ち上がった巨体の両腕が、よく見覚えのあるものに変化していることに、嫌な予感を覚えない者はいない。

 

「まさか、ネフィリムがカズヤさんのアルターを!?」

「違うわ響ちゃん、ネフィリムは今まで自身が取り込んだエネルギーを最も戦闘に特化した形態に変化させているだけ! 彼のアルター能力をそっくりそのまま再現してる訳じゃないわ!」

「つっても、自分の肉体でシェルブリットを再現してることには変わりねぇだろ!!」

「おい待て、シェルブリットを再現してるってことは、次のあのデカブツの攻撃は...」

「...シェルブリットバースト...」

 

響の考えをフィーネが否定するが、クリスが何の慰めにもならないと吠え、奏が狼狽えて翼が最悪の予感の答えを口にする。

次の瞬間、ネフィリムは高く跳躍すると、右の拳に膨大なエネルギーを込めて振りかぶった。

 

「やっべ全員散開! 逃げねぇと死ぬ!!」

 

慌てながらも奏が指示を出し、四人は脱兎の如く、それぞれ別方向に逃げ惑う。

四人がいた場所にネフィリムの拳が叩きつけられたのはその一瞬後だった。

強烈な閃光と爆音を伴うエネルギーの爆裂。

悲鳴を上げながら爆風に吹き飛ばされる装者達。

アームドギアを地面に突き立て転がる体になんとかブレーキを掛け、体勢を整えたセレナが呟く。

 

「...きっとネフィリムは今になって理解したんだと思います。六年前のあの時から、自分の肉体を何度も粉砕したカズヤさんの戦闘スタイルこそが、自分にとって最も優れた戦い方だということを」

「カズヤの能力そのものは再現できなくても、拳にエネルギーを込めて殴る、というのはいくらでも真似ができる」

「それ最悪デェェェス!!」

 

セレナの言葉に調が静かに理解を示し、切歌が頭を抱えた。

 

「そんなパチモンが何だってんだぁぁぁ!!」

 

叫び、クリスがネフィリムの側面からガトリング砲、大量の小型ミサイル、大型ミサイル十二発を一斉に放つ。

全弾命中する寸前、ネフィリムは両腕で──シェルブリットを真似た装甲でガードを行う。

 

「何!?」

 

結果、クリスの攻撃は固い装甲に阻まれ大したダメージを与えることができなかった。

 

「翼!」

「ええ! 腕の装甲以外なら!」

 

奏と翼がそれぞれのアームドギアを振るい、ネフィリムの後方から襲い掛かる。

 

「どんなにでかい化け物でも!!」

「二足歩行である以上、足を払えば立っていられまい!!」

 

足首を斬り飛ばす勢いで薙ぎ払う。

しかし──

 

「バカな!?」

「なん...だと...!?」

 

響いたのは肉を断ち切る鈍い音ではなく、二つの金属音。

槍と刀の斬撃を防いだのは、両腕と同じような装甲として硬質化した橙色の皮膚。

 

「この強度...!!」

「カズヤのシェルブリットと全く同じ...」

「だから言ったでしょ! ネフィリムはカズヤくんのシェルブリットの破片を餌にしていたのよ!!」

 

冷や汗を垂らす二人にフィーネの声が飛ぶ。

 

「だったら頭ならあああああああ!!」

 

丁度ネフィリムの真上から響が、重力にプラスして腰のスラスターから火を噴き加速しつつ脳天目掛けて拳を振り下ろす。

だがこれも先と同様に硬質化した皮膚が響の拳を弾く。

 

「この感触、シェルブリットだ! 全然効いてない!!」

 

ネフィリムが暴れるように手足を振り回す。

装者達は反撃を躱しつつ、ネフィリムから一旦間合いを離し、集まる。

ネフィリムの肉体は、両腕、両足、頭部のみならず、既に全身を橙色の装甲で覆うかの如く、皮膚全体を硬質化させていた。

 

「厄介だね、こりゃ...!」

「シェルブリット最終形態を発動させたカズヤのような姿になるとは」

「クリスちゃん、絶唱ならシェルブリットの装甲に罅入れられたよね?」

「でもあん時のあたしはカズヤと同調してたからな。ん? ってことはS2CAしかねぇか? けど、あのデカブツをぶっ倒すのに絶唱四人分で足りるか怪しいぞ。そもそもこっちの準備が整うまで待ってくれねぇだろうし」

 

歯噛みする奏、ネフィリムの姿を見て忌々しげに唸る翼、かつてのカズヤとクリスの戦いを思い出し問う響、響の提案に一定の理解をしつつも難色を示すクリス。

 

「絶唱が四人分で足りないなら、私達も協力させてください!!」

「セレナはダメ。絶唱が必要なら、私と切ちゃんの二人で」

「そうデース! ボロボロのセレナは休んでて欲しいデス!!」

「でも!!」

 

言い争いを繰り広げながら三人が駆け寄ってきた。

 

「その気持ちは嬉しいけど、見た感じアンタら三人共限界寸前じゃんか。そんなんでアンタらに絶唱なんて歌わせたら、アタシ達はここを任せてくれたカズヤにどの面下げて会えばいいんだい? 悪いけどすっ込んでな!」

 

厳しい声音でピシャリと言い切る奏にフィーネも同意の声を上げる。

 

「奏ちゃんの言う通り。ここは彼女達に任せるべきよ」

「そんな!?」

「そうですよセレナさん。ここは私達に──」

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

任せて、と言おうとした響の言葉を遮る獣の咆哮。

ネフィリムが両拳にエネルギーを溜め始めた。

 

「どうやら議論する時間はくれないようね」

「ちっ、どうする!?」

 

覚悟を決めたように刀を構え直した翼が一歩前に出て、舌打ちしてガトリング砲の銃口をネフィリムの胸に向けるクリスの額から汗が垂れた。

こちらの攻撃が通りにくい。カズヤのシェルブリットは攻撃面に注目されがちだか、あれはアームドギアによる攻撃を容易く弾く硬度を誇る。むしろ、あの防御力に支えられているからこそ、シェルブリットバーストのような高エネルギーを拳から放出させることが可能なのだが、つまりそれは今のネフィリムの防御力とイコールになってしまう。

あの装甲を粉砕するなら先程響とクリスが話したように、S2CAを用いる必要がある。

だが、リスクが大きい。絶唱を使用するS2CAには準備が必要で、カズヤと同調できない現状では肉体に掛かる負荷を軽減できない。また、それで確実に倒せる保証がないし、ネフィリムがこれで最後の一体という保証もない。

装者達は選択を迫られる。

誰もが何をどうすればいいのか迷ったその時だ。

 

 

「「シェルブリットォォォォォ──」」

 

 

ネフィリムの巨体すら小さく見えてしまうほどに超巨大な光の槍が、

 

 

「「──バァァァストォォォォ!!!」」

 

 

斜め後方の上空から飛来し、硬質化しているはずのネフィリムの肉体をあっさり貫き、串刺しにして地面に縫い付けた。

 

 

 

 

 

【Coming Home】

 

 

 

 

 

純白のガングニールを身に纏ったマリアと、シェルブリット最終形態を発動させた姿のカズヤが皆の前に降り立つ。

 

「マリア姉さん!!」

「「マリア!!」」

 

するとセレナ、切歌、調が嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「三人共、ごめんなさい。私がしっかりしていなかったせいで、こんなにボロボロになって...」

 

マリアは謝りながら三人を順番に抱き締めるが、誰もが首を横に振る。

 

「いいんです。マリア姉さんが無事で、本当に良かった」

「悪いのは全部ドクター」

「あのキテレツが悪いのであって、マリアは全く責任なしデスよ」

「...ありがとう、三人共」

 

互いの無事を確かめ合う四人を見て、自然と微笑んでいたカズヤに、横からクリスが近づく。

 

「それにしても派手な登場だな、ヒーロー。あたしらが手こずってた奴を一撃かよ。相変わらずお前は無茶苦茶だ」

 

ニヤニヤ笑いつつ肘で脇腹を突ついてくるクリスにカズヤが笑い掛ける。

 

「何言ってんだ。お前も似たようなこと、ルナアタックでしてたろ。つーか、ネフィリムが俺のシェルブリットを取り込んでたとしても、それは()()()()()()()()()()()()だ。最終形態の敵じゃねー」

 

彼の言い分に、二課所属の四人とフィーネは得心がいく。シェルブリットは形態が一段階上がるごとに、文字通り段違いに強くなる。第二形態の装甲の強度では最終形態の攻撃を耐えられないのも、言われてみれば当然だ。

 

「それにネフィリムは装甲を纏ってるだけで"向こう側"の力を引き出してる訳じゃねーから、慣れればお前らでも倒せただろ」

 

そう締め括ると、彼は手にしていたソロモンの杖をクリスに渡す。

 

「あとほら、クリスが欲しがってたもん」

「...サンキュー、カズヤ」

 

差し出されたソロモンの杖を受け取り、クリスは様々な想いが胸の中に去来するのを感じつつ礼を述べた。

かつて自分がフィーネに命じられるがままに起動させてしまった完全聖遺物。ノイズを召喚し、操る危険な代物。

そして自分が背負わなければいけない十字架。

 

「ま、あんま深く考えたり、一人で抱え込もうとすんな。お前はもう、独りじゃねーんだからよ」

 

手にした杖をじっと見つめていたクリスの頭を、ポンポンと軽く優しく叩き、ニッと笑う。

 

「......っ!!」

 

今すぐ彼に抱きついてキスしたい衝動に駆られるクリスであったが、ここが戦場であることを思い出し、下唇を噛んで必死に衝動に耐えつつ自分自身を抑える。

 

(あ、危ねぇ...自宅だったら間違いなくカズヤのこと押し倒してた...)

 

この時クリス以外は、いつもの笑みを浮かべる彼の姿に誰もが頼もしいと思いつつ、どうしても気になることがあって視線がそちらに引き寄せられていた。

 

「まあ、その辺りの話はいいとして...マリアの格好は何?」

 

ついに我慢できなくなった奏が問う。他の者達も口には出さないが同じように疑問に思っていたのか、じっと彼女の純白のギアに視線を注ぐ。

何故なら彼女の姿は花嫁衣装──ウェディングドレスなのだから。ギアとしての面影は多少の装甲のみ。シンフォギアを纏った装者と言うより、花嫁が結婚式をすっぽかして戦場に殴り込みをかけてきたと言われた方がまだ説得力がある格好だった。

 

「...これは──」

「そんなことより、今は目の前の敵に集中するべきよ。まだ、終わってない」

 

答えに窮したカズヤに代わり、打って変わって凛とした表情のマリアが応じる。

 

「細かいことは悪いけど後にして。ネフィリムがフロンティアと一つになり、それをウェルが意のままに操っている以上、説明している時間はないわ」

 

言って、彼女は手を二課の装者に──最も近くにいた奏に差し出した。

 

「こんな土壇場になって、今更協力して欲しいなんて虫が良過ぎるのは分かってる。でも、あなた達の力を貸して欲しい。私と一緒に、歌って欲しい」

「わ、私からもお願いします!」

「私もお願いするデス!」

「私も」

 

マリアに倣ってセレナ、切歌、調が手を伸ばす。

奏と翼と響とクリスは、それぞれ顔を見合わせてから頷き合う。

 

「...アンタには個人的に言いたいことが山ほどあるけど、緊急時だから大目に見てやるさ」

 

ふぅーっ、と溜め息を吐き、奏がマリアの手を、

 

「乗り掛かった船だしな、最後まで付き合うか」

 

ソロモンの杖を腰の装甲に嵌め込み固定してから、肩を竦めてクリスがセレナの手を、

 

「共に誰かの為に歌うのに、理由なんて要らない」

 

一度チラリとカズヤを見てから翼が調の手を、

 

「一緒に歌おう、胸の歌を信じて!!」

 

満面の笑みで響が切歌の手を取った。

そして、八人は横一列になるように立ち位置を変える。

マリアと手を繋いだ奏がセレナと、

セレナと手を繋いだクリスが調と、

調と手を繋いた翼が切歌と繋ぎ、

マリアから響まで繋がるのを見て、何故かカズヤは無性に嬉しくなってきた。

 

「ハハッ、ハハハハッ!!」

 

突然カズヤが笑い出し、全身から金色の光を放つ。

それに呼応するように八人の装者達を光が包む。

 

「暖かい...これが、カズヤさんの...」

「凄い...どうしてか分からないけど、疲れが吹き飛んでく」

「それどころか、力が漲ってくるデス!!」

 

初めての感覚と心地良さにセレナが瞼を閉じ、己の肉体に表れた変化に調と切歌が目を輝かせる。

カズヤは八人の装者を背に、ネフィリムに向き直った。

もがいても暴れても自身の胸を貫き、地面に縫い付けている槍が抜けないのに業を煮やしたのか、一度肉体を泥状に分解し、槍の拘束を抜けてから肉体の再構成を行い、立ち上がってこちらに威嚇するように咆哮する。

 

「さあ、準備はいいかお前ら!?」

 

右の拳を高く掲げ、カズヤは叫ぶ。

 

「派手なライブを期待してるぜ!!」

 

掲げた拳を振り下ろし、地面を殴り付けた。

カズヤを中心に巨大な光の柱が生まれ、八人もそれに呑み込まれる。

光が満たされた空間の中で、八人は瞼を閉じて絶唱を歌う。

やがてマリアを除いた装者全員のギアが虹の粒子となって分解されて、次の瞬間には再構成が始まった。

ネフィリムが隙だらけのこちらに向けて走り出し、拳に膨大なエネルギーを込めて振りかぶり襲い来るが、

 

「やらせる訳ねぇだろが!!!」

 

右肩甲骨から尻尾のように発生しているブレード状の羽が、大きくしなって地面を叩き、発射された弾丸のような速度で突撃。

顔を殴られ、ネフィリムは天を仰ぐような体勢で動きを止められ、棒立ちの状態となる。

光の柱が収まり、カズヤによって再構成されたギアを身に纏った装者がその姿を現す。

漆黒から純白へと反転したマリアのガングニールを除き、皆の姿は白を基調としていながら、それぞれのギアが持つ元々のイメージカラーを色濃く残していた。

それらは、アルター能力によって一度分解されてから再構成を経て生まれ変わった、シンフォギアにしてシェルブリット。

肩越しに振り返り、カズヤがヒュ~♪、と口笛を吹く。

 

「良いね、まさにラストステージって感じだ!」

 

改めて前を向き直り、右の拳を構えた。

その動きに歌姫達が倣う。それぞれの拳を握った利き腕が、光と共にカズヤのシェルブリットに変化する。

 

「輝け」

 

カズヤが呟き、全員が金の光を纏う。

 

「「「「もっとだ!」」」」

 

続いて奏と翼と響とクリスが声を張り上げ、輝きが強くなる。

 

「「「「もっと!!」」」」

 

更にマリアとセレナと切歌と調が叫び、益々強烈になっていく光はフロンティア全体を覆うほどにまで膨れ上がり、世界を金色に染め上げた。

 

 

もっと輝けえええええええええっ!!!

 

 

胸の奥から沸き上がり全身を満たす熱に突き動かされ、全員で雄叫びを上げる。

まず先にカズヤの羽が大きくしなって地面を叩き高く飛び上がると、八人の背に光で形成された翼が羽ばたき、彼に追従する。

握った拳に力を込める。

自らの肉体を一発の弾丸と化した九つの光が、弧を描く軌道の後、ネフィリムの巨体に狙いを定めて急降下。

 

「これが私達と!!」

「七十億の絶唱!!」

「そしてこれが俺達の!!」

 

この威を示せと、マリアが、響が、カズヤが順に吠えてから、全員で収束された力を解き放つ。

 

 

シェェルブリットォォォォォ──

 

 

光輝く九つの拳が同時に、前へと突き出され、

 

 

──バァァァァストォォォォォ!!!

 

 

ネフィリムの肉体に九つの大きな穴が穿たれた刹那、莫大なエネルギーと光が迸り、大爆発を伴ってその巨体を欠片残さず消し去った。

 

 

 

 

 

フロンティアのジェネレータールーム内。

 

「なん...だと...!? そんな、そんなバカな! あいつのシェルブリットすら取り込んだネフィリムを、これほど容易く...!!」

 

ネフィリムは塵すら残さず消滅した。その光景を目の当たりにし、敗北という事実を認められず、膝を突き、抱えた頭をイヤイヤと子どものように左右に振るウェル。

 

「ウェル博士! お前の手に世界は大き過ぎたようだな」

 

そこへ緒川を引き連れた弦十郎が姿を現す。

 

「...!」

 

ウェルが咄嗟に異形と化した腕を動かそうとした瞬間、緒川が拳銃の引き金を引く。

銃弾は本来あり得ない放物線を描き、ウェルの足下──影に着弾、その動きを拘束した。

相手の動きを縛る緒川の忍法、影縫いだ。

腕が突然固まったように動かなくなり、顔を歪めて無理矢理動かそうとするが、空間に固定されたように動かない。

 

「あなたの好きにはさせません」

 

鋭い眼差しで睨む忍者。

 

「......奇跡が一所懸命の報酬なら、僕にこそぉぉぉぉっ!!」

 

顔や腕の血管から血を吹き出しながらも、ウェルは最後の足掻きと全霊を込めて腕を動かした。

操作盤である台座に置かれるウェルの異形の腕。

次の瞬間、部屋中央部に設置されたフロンティアのジェネレーターに相当する、巨大な球体状の物体が怪しい光を放つ。

 

「何をした!?」

「ただ一言、ネフィリムに『全てを食らえ』と命じただけ」

 

弦十郎の声にウェルは唇を吊り上げる。

 

「僕の制御から離れたネフィリムは、フロンティア全体を食い尽くし、糧として暴走を開始する! そこから放たれるエネルギーは、一兆度だぁっ!! ふへぇはははは!!」

「...」

 

哄笑するウェルに弦十郎が黙したまま歩み寄った。

 

「僕が英雄になれない世界なんて、蒸発してしまえばいいんぶぼぉっ!?」

 

喋っている最中に弦十郎の右拳を顔面にぶち込まれ、その勢いのまま錐揉み回転しながら壁まですっ飛びめり込んだ。

 

「ハッ! しまった、つい...今この場にカズヤくんがいたら確実にウェル博士を殴るだろうなと思っていたら、気がつけば俺が殴っていたとは...」

「司令も装者の皆さんも、カズヤさんに影響され過ぎです。まあ、司令が殴ってなかったら僕が殴っていたので、人のこと言えないんですけどね」

 

二人は顔を見合わせてフッと笑ってから、弦十郎はウェルが最後に触れた台座を殴って破壊し、緒川は壁にめり込んだウェルがまだ息があるのを確認した。

緒川はウェルの足首を掴んで引き摺りつつ、弦十郎の視線の先を観察する。

ウェルが最後に命じた『全てを食らえ』という指示。それがキャンセルされる様子はない。

『制御を離れた』というのは本当なのだろう。

長年の経験から培った勘が、この場は危険だと訴えていた。

 

 

 

 

 

「分かりました。臨界に達する前に、対処します」

 

弦十郎と緒川から指示を受け、翼が了解の意を示す。

九人が宙に浮遊した状態で見つめるフロンティアは、不穏な雰囲気を放っている。

ウェルによって高度を上昇させ続けていたフロンティアは、間もなく大気圏を飛び出しそうな勢いだったが、その勢いも衰えていた。

 

「これは、あれだ。自爆スイッチが押された悪の組織の秘密基地を前にしてる気分、ってやつだな」

「ある意味、間違ってないね」

「自爆だけで済んでくりゃあ、こっちも逃げるだけだから楽だってのに」

 

カズヤの軽口に奏が頷き、クリスがうんざりとした表情になる。

やがてフロンティアの尖塔部分から紫電が迸り、程なくして爆発が起き、大きなキノコ雲が立ち昇る。

その爆炎の中心に、蠢く存在がいた。

赤熱化したように、赤く明滅するネフィリム。

周囲のありとあらゆる物質やエネルギーを取り込み、どんどん質量を増やしていくその姿は、まさに暴食の成れの果て。

二課の仮設本部である次世代潜水艦が、ネフィリムに取り込まれる前にフロンティアの外壁部を破壊し、落ちていく──逃げていくのを視界の端で確認して、安堵の溜め息を吐いてからカズヤは気合いを入れ直した。

 

「あれが、覚醒心臓を持ってるネフィリムの本体か」

 

一人言のようにカズヤが小さく呟く。

フロンティアを取り込んだことで、それと同等の大きな体躯を見せつける赤熱化した人形(ヒトガタ)

ネフィリムが地球を背にした状態で対峙することになった。

 

「...」

「...」

 

調と切歌が何を思ったのか、いきなりネフィリムに向かって飛び出す。

 

「あっ、おい!」

 

いの一番に突っ込むのは自分だと思っていたカズヤとしては、二人の動きは驚きだ。

自身の手足とツインテールを覆う装甲を前へと射出し、それを空中で変形、合体させてロボットを生み出しその頭部に乗っかる調。

巨大な鎌を顕現し、それを回転させながらネフィリムへ突貫する切歌。

 

「「はああああああああああああ!!」」

 

二人の一撃がネフィリムを斬り裂いた刹那、

 

「う、あああっ!?」

「うあああああああっ!?」

 

苦しみ始めた二人から光が放出され、ネフィリムに吸収されてしまう。

 

「聖遺物どころか、そのエネルギーまでも食らっているの!?」

「そんなんじゃ手出しができねぇよ! どうすんだ!?」

 

戦慄するようなマリアの声に、奏が焦る。

 

「臨界に達したら、地上は...」

「蒸発しちゃう!」

 

流石に狼狽する翼と響の間を、クリスがソロモンの杖を手に前へと飛び出し、杖を起動させた。

 

「バビロニアァァ、フルオープンだああああああ!!」

 

杖から放たれた緑の光により、ネフィリムの背後に異空間への"扉"が穿たれる。

 

「そうか! バビロニアの宝物庫にあのデカブツを閉じ込めちまえば!」

「地上に被害は出ませんね!」

 

クリスの閃きにカズヤとセレナが勝機を見出だす。

 

「人を殺すだけじゃないって、やってみせろよ!! ソロモォォォォン!!!」

 

今彼女が出し得る最大出力で、クリスは杖を操る。

徐々に"扉"は大きくなり、あと少しでネフィリムの巨体が通過可能なまでに広がるが、それをさせまいとネフィリムの高層ビルよりも巨大な腕がクリスに向かって振るわれた。

 

「クリス!!」

 

咄嗟にカズヤが名を呼びながらネフィリムの腕を迎撃。拳で殴り付けてなんとか押さえ込む。

 

「...カズヤ!!」

「俺のことはいい! 早く"扉"を開け切っちまえ!!」

「皆、クリスとカズヤの援護だ!!」

 

奏の指示が飛び、皆が一斉に動く。

調と切歌がクリスに近寄り、ソロモンの杖を掴み、力を送り込む。

響とセレナがカズヤのそばでネフィリムの腕を殴り、奏と翼とマリアが反対側から迫るもう片方の腕をアームドギアで突き刺し押さえ込む。皆、エネルギーを吸収されることも厭わず、苦痛に顔を歪めながら歯を食い縛る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

クリスが雄叫びを上げ、ついに"扉"が完成した。

 

「よし、皆ネフィリムから離れろ!!」

 

それを横目で確認した奏の合図に合わせて皆が退避していく。

だが──

 

「っ!? 響! セレナ!」

 

退避しながら肩越しに振り返った時に、カズヤは見てしまう。二人に伸びる赤い紐状のもの──ネフィリムの腕から発生した触手を。

だから慌てて反転し、二人の間を抜け、二人に絡み付こうとしていた触手をあえて全て受け止める。

彼が何をしたのか、どうなったのかを目の当たりにして、

 

「「カズヤさん!?」」

「「「「カズヤァァァァ!!」」」」

「「っ!?」」

 

息を呑んだ切歌と調を除いた全員の絶叫が響く。

 

「ちっ、クソがっ!!」

 

強引に引き千切ろうとしてもトリモチのように貼り付いて外れない。

あっという間に四肢を拘束され、触手で簀巻き状態にされてしまう。

 

「こんのぉぉ、舐めてんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

怒鳴り声を上げ、カズヤは逃げようとするのはやめて、逆にネフィリムの胸に向かって飛び込み頭突きをかます。

そのままの勢いで"扉"の中へネフィリムを押し込んでいく。

つまりそれは、彼もネフィリムと共に"扉"の中に入ってしまうのと同義だった。

そんな光景を目撃し、いとも簡単に彼女達は()()()

 

「ふざけんなこのデカブツが! カズヤを返せぇぇぇぇ!!」

「そうだ! その男は私達に必要不可欠だ! 必ず返してもらう!!」

「絶対にカズヤさんは渡さない!!」

「やっと手にしたあたしのあったかい人を、失ってたまるかぁぁぁ!!」

 

奏、翼、響、クリスの四人は怒りの声を上げて一切の躊躇なく"扉"に飛び込む。

それにマリアとセレナも何ら怯むことなく続く。

 

「絶対にあの誓いを嘘にはしない!!」

「あなたと離ればなれになるのは、もう嫌です!!」

 

そして切歌と調にも迷いはなかった。

 

「カズヤがマリアとセレナを笑顔にしてくれたお礼、まだ全然できてないデス!!」

「それにカズヤがいないと皆が笑えない!!」

 

全員がバビロニアの宝物庫に進入を果たすと、"扉"は閉じられた。

 

 

 

 

 

バビロニアの宝物庫にカズヤ達がネフィリムと共に閉じ込められた光景を見ても、未来は決して狼狽えることもなく、泣き喚いたりもしなかった。

彼女はただひらすら祈り、信じるだけ。

大切な人達が自分の元に帰ってくることを。

その想いに呼応して、カズヤから与えられたシェルブリットの装甲が展開。

手の甲の穴から()()()が迸る。

 

 

 

 

 

何処を見渡してもノイズだらけの空間で、ネフィリムの触手による拘束が、突如、内側から爆発するように弾け飛び消滅した。

何が何だか分からないが、これ幸いと抜け出しネフィリムから距離を取り、そこで気づく。

 

「...未来...」

 

左の拳に宿っているのは、先程使い切ったはずの神獣鏡の"魔を祓う力"。

彼女の左腕のシェルブリットを介して、彼女の想いと力が流れ込んでくる。

 

「帰ったら、目一杯可愛いがってやる...!!」

 

改めて両拳を握り直したその時、装者八名がノイズの大群を蹴散らしながらそばまで寄ってきた。

 

「カズヤさん、その光は未来の...?」

 

響の驚いた声に首肯。

 

「ああ。戦ってるのは、俺達だけじゃねー」

 

だから──

 

「一人も欠けることなく帰るぜ...ついてこい」

 

両腕の装甲のスリットを展開。眩い紫の光を──未来からもらった力を輝かせ、装者達と共有する。

 

「シェルブリットォォォォォォォッ!!!」

 

カズヤ達全員の体に神獣鏡の光が纏う。"魔を祓う力"を宿し、前へと進む。

 

「まずは寄ってくるノイズが邪魔だ!!」

 

拳を振るって突撃するカズヤに、ガングニールの三人が続く。

なお、響の右拳のガントレットは腕そのものが槍になったかのように鋭く伸びた刃に覆われていた。

 

「おおおおおらあああああああああああ!!」

「「「いっけええええええええええ!!」」」

 

高速で通り抜けた四人の後に、連鎖的な爆発が発生しノイズが次々と塵と化す。

 

「雪音は出口の確保を! 援護は私達が受け持つ!」

「言われなくても!!」

 

翼の声に応えたクリスがソロモンの杖を振りかざす。

外側からバビロニアの宝物庫に繋がる"扉"を開けることが可能なら、その逆の内側から開けることもまた可能なはず。何故ならソロモンの杖は宝物庫の"鍵"なのだから。

クリスが再度"扉"を開ける為に力を尽くす。

そちらにリソースを割くことでノイズを操ることができなくなるが、翼とセレナと切歌と調が近寄ってくるノイズを、神獣鏡の力が込められたアームドギアで片っ端から斬り捨てた。

 

「帰るんだ、皆で...あったかい場所に、あたし達の帰るべき場所にぃぃぃ!!」

 

万感の想いが込められたクリスの声に伴い、ソロモンの杖から放たれた緑の光が空間を穿ち、元の世界へ繋がる"扉"が開く。

 

「っ! ナイスだクリス! お前ら飛び込め!」

 

"扉"が開いたことに気づき、カズヤが方向転換し、皆も揃って"扉"へ急ぎ向かう。

だというのに、ネフィリムがその巨体を活かした速度で九人を追い抜き、大きく腕を広げて進むべき道を塞ぐ。

 

「迂回路はなさそうだ」

「ならば、行く道は一つ」

「決まってるよなぁ?」

 

ネフィリムを睨みクリスが覚悟を決めたように呟き、それがどうしたと翼が剛然と言い放ち、奏が皆に確認を取るように微笑む。

 

「手を繋ぎましょう、カズヤさん!!」

「ああ」

 

笑顔の響に促され、カズヤは左手を響に差し伸べ、しっかり握り締めた。

 

「マリアも」

「ええ!」

 

響とは反対側にいる右手も同様に、絶対に離さないように握る。

カズヤを中央に、左側は響、奏、翼、クリスという風に繋がり、右側はマリア、セレナ、切歌、調と繋がって横一列となった。

 

「「最速で最短で真っ直ぐに、一直線に!!」」

 

両隣の響とマリアが同時に叫び、カズヤがそれに応じる。

 

「真ん前から打ち砕くっ!!」

 

左の拳に未来からもらった神獣鏡の力を、

右の拳に"向こう側"から引き出した力を、

 

「俺とっ!!」

「「私達の!!」」

 

二つの力を──紫と金の光を一つにし、全身全霊で、両の拳を皆と共に前へと突き出す。

 

 

自慢の拳でえええええええええっ!!!

 

 

突撃する九人を、紫の光で構成された巨大な左腕と、金の光で構成された巨大な右腕が、全員を守るように、覆うように包み込む。

巨大な手と手は合わさり繋がって、一つの拳となって、行く道を邪魔しようとするネフィリムの触手を消滅させながら真っ直ぐ進み、止まることはない。

 

 

おおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 

 

九人の雄叫びが轟き、拳がネフィリムの胸に突き刺さり、貫き──覚醒心臓を打ち砕き、その体躯を背中まで突き抜けた。

その勢いに任せて"扉"に進入を果たし、何処かも分からない砂浜に全身を叩き付けられる。

力を使い切り、精も根も尽きた九人から少し離れた場所に、ソロモンの杖が突き立っていた。

誰かが一刻も早く、"扉"を閉めてネフィリムを閉じ込めなければならない。

しかしながら誰も動けない。

だからカズヤは、こちらに向かってくるであろう存在に対し、アルター能力が解除された姿で、砂浜の上に大の字の状態で、あらん限りの声を上げて呼んだ。

 

「やっちまえ!! 未来っ!!!」

「はい!!」

 

装甲に覆われた左腕──シェルブリットの拳で地面を殴り、その反動で高く跳躍した未来が、ソロモンの杖まで降り立つ。

杖を掴み、"扉"に狙いを定めて振りかぶる。

 

 

「シェルブリットォォォォ──」

 

 

既に展開していた装甲により開いた手の甲の穴に、紫の光を収束させ、全身から目映い光を放ちながら杖を投擲した。

 

 

「──バァァァァストォォォォォォォ!!!」

 

 

投擲された杖は、紫の光を迸らせ、弾丸のような速度と真っ直ぐな軌道で"扉"を潜り抜け、内部で閃光を弾かせると瞬く間に"扉"を閉じた。

 

 

 

砂浜に静寂が訪れる。

気の抜けた未来が砂浜にぺたんと座り込むと、左腕のシェルブリットが虹色の粒子となって消滅し、元の彼女の腕へと戻った。

 

「あ、消えちゃった」

「これっきり、そう言ったはずだぜ」

 

よろよろと足腰が悪い老人のような弱々しい足取りで、カズヤが未来のそばまで歩み寄り、その隣に胡座をかく。

 

「...助かった...サンキューな」

「どういたしまして」

 

礼を述べたカズヤに未来は微笑む。

 

「それから」

「はい?」

 

首を傾げる未来に、カズヤは子どものように無邪気な笑顔で言った。

 

「ただいま」

「お帰りなさい」

 

すると、完全に気が緩んだのか、未来に寄りかかるように体を横にし、そのまま寝てしまう。

未来はカズヤの頭を自身の膝の上に載せて、膝枕をしてあげると、とても優しい眼差しで寝顔を眺めつつ嬉しそうに呟く。

 

「お疲れ様です、カズヤさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

「あれは私の誓いの証」

 

慈愛に満ちた聖母か女神のような表情でマリアが微笑む。

 

「私はカズヤに、私の全てを捧げることを誓った。歌も、力も、身も、心も、意思も、魂も...その誓いにガングニールとカズヤが応えてくれた。あれは私の新しいシンフォギアであり、シェルブリットでもあるの」

 

あの後、二課に投降したマリア達は、ギアを没収され手錠を填められ、日本に向けて帰還する船内で行動を制限されることとなったが、本人達は特に気にした様子はなかった。

行動制限といっても監視役の緒川が近くにいるだけで、実質ほぼ意味はないのだが。

 

「全てを捧げる誓い、ね...なるほど、だからウェディングドレスみたいな姿のギアだったのか......しかも全世界に生放送配信......誓ってキスして歌ってウェディングドレスとか、結婚式かよ畜生! 完全に先越されたぁぁぁ!!」

 

納得したように頷いてから、頭を抱えるリアクションを取る奏。

場所は船内のレストルーム。

形だけの拘束を施されたマリア達から事情聴取という名の雑談をしているところだ。

ちなみにカズヤは、さっきからずっと未来に膝枕してもらいながらグースカ寝ており、起きる気配がない。

未来は響達から「足痺れない? 替わるよ」と言われれば「寝言は寝てからだよ?」と凄みのある笑顔で黙らせていた。

 

「...ウェディングもいいが、私個人としては白無垢も捨てがたい...カズヤ的にはどうなのだろうか」

 

顎に手を当て、真顔で翼がうんうん唸る。

なお、残念ながらこの場にナスターシャはいない。

彼女とはいまでも連絡が取れないまま。

だが、月軌道はルナアタックより以前の正常なものへと徐々に戻っているらしい。

つまり彼女は見事に使命を果たした。

病に冒され余命幾許もなかったナスターシャとの別れを、マリア達は心の何処かで覚悟していたようだが、実際には一時間近く泣いていた。

ただ、思いっ切り泣いて気持ちの整理がついたのか、今は四人共努めて明るく振る舞おうとしている。

そして現在、雑談の話題は先程のマリアの姿で持ちきりだ。

 

「確かにウェディングもいいけど白無垢も憧れますよね! やっぱりこういうのって男性側の意見も聞きたいですから。ちなみに私は断然ウェディング派。クリスちゃんは?」

「あ、あたしもウェディングかなぁ...でもカズヤが白無垢の方がいいって言うならそっちにする」

 

やたら楽しそうな響と、カズヤの寝顔をチラチラ窺うクリス。

 

「ズルい! ズルいですよマリア姉さん! どうして一人で勝手にそんな誓いを立ててるんですか!? カズヤさんに関しては抜け駆けしないって約束したじゃないですか!!」

 

涙を溜めて頬をリスのように膨らませて怒り、マリアに詰め寄るセレナの姿に、マリアは優しくセレナの頭を撫でながら告げる。

 

「それに関しては謝るわ、セレナ。本当にごめんなさい。だけど、カズヤならいつか必ず私達に本物の花嫁衣装を着させてくれるわ。その時は姉妹揃って、改めてカズヤに全てを捧げると誓いましょう」

 

妹を宥める姉の図ではあったが、セレナはすっかり拗ねてしまい、ぷいっとそっぽを向く。

 

「マリア姉さんなんて嫌い!!」

「そんな!? セレナァ!! 抜け駆けは確かに悪いと思うけど、あの状況なら誰だってそうするでしょ!? だから見逃して、お願い!!」

 

絶望的な表情になるマリアに「うるせぇ」という冷たい声と視線が奏とクリスから飛ぶ。

 

「...セレナの不機嫌は長引きそうデース」

「唯一この場でご機嫌取りができるカズヤは、さっきから未来さんが独占してるから仕方ないよ、切ちゃん」

 

他人事だからと高見の見物を決め込む切歌と調。

そして未来は、

 

「カズヤさん♪ カズヤさん♪ 私達の旦那様♪ 花嫁衣装はいつ着せてくれるのかしら?」

 

ニコニコと上機嫌な笑顔で、眠るカズヤの頭を撫で続けていた。




戦闘シーン、皆カズヤにつられて叫びまくるから『!』を使いまくることになる...
ということで、G編は恐らく次回で完結となります。


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Curtain Call

これにてG編完結!


『いやー、まさかあの"シェルブリットのカズヤ"が実は顔見知りとはね。彼とはあんまり話したことないんだけどさ、何度か会ったことはあるんだよ。ツヴァイウィングのマネージャーの助手を兼ねたボディーガードだからさ、テレビ番組で二人と共演する時に、収録前に二人の控え室に挨拶に行った時が彼との初邂逅だったかな? 番組の収録中はマネージャーさんと一緒に他のスタッフに紛れてスタジオ入りしてるしね。だから彼のこと知ってる人って、テレビとか音楽業界だと結構たくさんいると思うよ? ツヴァイウィングがいる所にはいたからね。あとほら、風鳴さんがネットで公開してるバイクの動画。あの動画の撮影係でマネージャー補佐兼ボディーガードのKさんって、どう考えても彼でしょ? だとしたらネット上でも彼って有名人なんじゃないの?』

 

テレビのリモコンを操作してチャンネルを変える。

 

『私はあなたのもの。あなたの意思が私の意思。私はあなたと共に生き、あなたと共に死ぬ!! あなたに何処までもついて行く!!!』

 

慌ててテレビのリモコンを操作して電源を切り、手元のスマホを弄る。

テキトーな単語を入力してネット検索してみた。

 

 

謎の人物『シェルブリットのカズヤ』について語るスレ改め、翼ちゃんのバイク沼の犠牲者兼世界を救った英雄のKさんについて語るスレ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

新しいスレ立て乙

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

乙、つーかスレ名www

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

乙乙、ていうか世界を救ってもバイク沼からは抜けられないのかwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

えぇ......

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

バイク沼からは逃げられない!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

俺はマリアさんとチューしたこと絶対に許さん、絶対にだ!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

それは世界を二回ほど救ってから言おう

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マリアさんからチューしたんだよなぁ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

現在Kさんについて分かってること

・約六年ほど前から人知れずノイズと戦い、世界中でたくさんの人の命を救っていた

・マリアさんは救われたその内の一人

・奏ちゃん翼ちゃんのマネージャー補佐兼ボディーガードをしていることから、二年前のライブのノイズ事件にも関係していたらしい

・マリアさん曰く、ルナアタックの際、世界を救ったらしい

・QUEENS of MUSICにてノイズを用いたテロ?に対し、ノイズを一瞬で殲滅し観客に一人の死者も出さず避難させる

・マリアさんとチューする→落下する月軌道修正して世界を救う(NEW)

 

らしいばっかですまぬ

漏れがあったらすまぬ

 

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

こうして並べると壮絶だな

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

まずノイズ倒せる時点でスゲー

ノイズって今の兵器の類いが効かないのに

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

昨日の放送とQUEENS of MUSICの動画何度見てもよく分からんのだが、どういう理屈で飛んでるの?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

背中にプロペラみたいに回るの付いてただろ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

プロペラみたいに回ることは回るけど、あの金属片回すだけでどうして飛べるんだよ、そもそもヘリのプロペラだってちゃんとした形で地面に平行な状態で回って揚力得てんだぞ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

きっと謎の技術...回るやつから銀色のなんか、ロケットブースターみたいなものも噴射してたし

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

たぶん国家機密レベルの技術なんだろうな

ノイズ倒せるし

Kさんもマリアさんが暴露するまで存在そのものが秘匿されてたしな

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

しかも何故か光る

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

Kさんご本人が仰ってただろ! 輝けって!! 光輝くと月の欠片すら粉砕できるパンチ打てるようになるんだよ!! きっと!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

ライブ会場も光輝きながらパンチで吹っ飛ばしたな

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

あれの被害総額億いったみたいよ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

人の命よりは安い...ヤスイ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

熊五郎パンチ!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

シェルブリットバーストだ! 二度と間違えるな!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

右腕をシェルブリットって呼んでて、必殺技のパンチがシェルブリットバーストで、だから通称が"シェルブリットのカズヤ"か...厨二病ここに極まれり、って感じだが嫌いじゃないわ!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

今海外のスレとかSNSとか日本と同じでお祭り騒ぎだぞww

『SHELL BULLET BURST!!』とか『KAZUYA』がトレンド入りしてるしwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

私は一向に構わん!! Kさん、もっと輝いていいのよ!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

だからどうやって輝いてんのよKさんは

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

テンション上がると輝くんだよ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

謎の技術何処行ったww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

埴輪陰陽陣!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

誰だ今の?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

何だ今の?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

自分達だけ逃げようとしてた政治家とか特権階級の連中、死ねばいいのに

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

Kさんとマリアさんの発言から察するに、マリアさんが世界中からテロリスト扱いを受けてでも実行したそもそもの原因って、正規のやり方、つまり特権階級の金持ちとか国家や政府(特に米国)とかから協力を得られない、むしろ命を狙われる状況だったみたいね

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

やっぱ特権階級の人間は信用ならねー、自分達のことしか考えてねーじゃん

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

あのライブの後、マリアさんはどうやってKさんの協力を得られたんだ? 確か殴られてただろ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

肘打ちと裏拳食らってたw

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

あの絵面シュールだったわwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

詳しくは知らんけどテロリストだとか敵だとか認識されてたのが、なんやかんやあってチューする仲になったんだよ! 言わせんな恥ずかしい!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マリアさんも本当はKさんに会う為だけに世界を救う計画に乗ったって言ってたし

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

六年前から恋焦がれてたとかマリアさん乙女やな

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

あんなん俺でも掘れるわ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

おい、それは誤字か、それともホモか

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

悪いがのんけ以外は帰ってくれないか

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

愛で世界を救った女

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

冗談でもなんでもなくマジなんだよな、愛で世界を救ったって

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

まるで映画みたいだったけど、現実は映画を遥かに超えてるっていう

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

二人がチューしてるの見て感動したの俺だけ?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

安心して、私泣いてた

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

僕も

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

自分も

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

拙者も

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

わいも

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

某も

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

わしも

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

わたくしも

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

朕も

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

やっぱ皆そうだよなー

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

鼻から水が止まらなかった

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

それただの花粉症

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

もしかしたら俺だけかもしれんが、マリアさんが歌ってる時、不思議な感じがしたんだが、あの感覚は一体何だったんだろう?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

まさかお前もか? 俺も不思議な気分だった

歌詞知らないのに歌ってたし

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

そうそう! 歌詞知らないのに歌ってたんだよな!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

俺も歌ってたぞ!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

え、まさかあれって皆も? うちの家族だけかと思ってた

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

渋谷のスクランブル交差点にいたけど、あん時皆歌ってたぞ!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マジかよ!?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マリアさんのKさんに捧げる愛の歌スゲー!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

そういえばマリアさんが歌ってる最中Kさんめっちゃ光ってたな、光強過ぎて二人共見えなくなるし

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

光が消えるとそこにはウェディングドレス姿のマリアさんがいて訳分かんなくなったぞ...

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

あれホント意味不明

でも花嫁衣装のマリアさんが綺麗だったので許す

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

俺も許す

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

あの二人ならもうなんでも許せるぞおい!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

ん?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

ん?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

今、なんでもって言ったよね?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

許せるっ!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

イチャコラしてる二人を見てあまりの尊さに死んだんだが

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

仰げば尊死ニキは成仏してクレメンス

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

クレメンス

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マリアさんの恥ずかしそうにしつつもKさんに誉められて嬉しそうに笑うの見て俺も死んだぞ、どうしてくれる

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

だから早く成仏しろください

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

まさにお似合いカップル

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

早く結婚して末長く爆発しろ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

いや、あれもう結婚したも同然だろ

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マリアさんとKさんのツーショットわい好き...好きじゃない?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

しゅき

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

そんなKさんが、一ヶ月前の車載動画で翼ちゃんとツーリング中に大雨降ってきて雨宿りするしないで揉めてんのホント草

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

やめたれwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

なぜこのタイミングでその話をするwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

唐突にギャグぶっこむのやめれww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

翼「雨のツーリングも悪くない! このまま目的地までノンストップで行くわよ!」

K「今アホみたいに雨も風も強いから勘弁しろ!」

翼「目的地に着けば凌げるから、大丈夫!」

K「...違う...そうじゃない...俺は今、凌ぎたい...」

翼「♪~♪~♪(ご機嫌な感じで歌い始める)」

K「...どうして...どうして...」

 

なお二十分後に雨宿りした瞬間に晴れる天気

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

相変わらずの犠牲者っぷりww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

Kさんの声だけのんびりボイスだから、そこがまた哀愁を誘って笑える

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

都内から佐世保まで片道千二百キロ超えの丸一日ぶっ続けで走りっぱのツーリングも笑えたな

K「尻が痛い」

翼「バイクと一体となれば痛くない!」

K「は?」

翼「つまりバイクと合体するの!」

K「できねぇよ! できてたまるかボケ!!」

翼「なんでできないの!?」

K「なんでできると思ってんだ!? 言え!!」

翼「♪~♪~♪(唐突に歌い出す)」

K「歌って誤魔化すんじゃねぇ!!」

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

草しか生えない

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

こ れ は 酷 い

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

草草の草で最早森

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

そんなんだから歌の上手いボケ芸人って言われるんだよ翼ちゃん......

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

マリアさんと比べた時のこの落差よww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

どうして同じ人気歌手なのに、マリアさんといる時と翼ちゃんといる時とでこんなにキャラと扱い変わるんだよKさんはwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

そらプライベートと緊急時やし...

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

ギャップ凄すぎwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

世界を救った英雄をフリーダムにバイクで振り回す翼ちゃん...あれ? そういえばこの二人付き合ってないの?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

付き合ってないはず...あれ? ホントに付き合ってないのか?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

動画内の会話の気安さからして、明らかに仲良いよな

翼ちゃんも明らかに声のトーンとテンションがテレビに出てる時とかライブ中とかと違うし

仲良く夫婦漫才みたいなことしてるし

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

でもマリアさんとチューしてたやん!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

ってことは自分のボディーガード連れ回してるだけっぽい...

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

まさかのNTR?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

それだと翼ちゃんが可哀想

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

翼ちゃんしくしく

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

なんだかんだ文句言いつつ自分の趣味に付き合ってくれるぐう聖なボディーガード盗られる翼ちゃん可哀想しくしく...

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

ん? これもしかしてマリアさんのお陰でKさんバイク沼から抜け出せるんじゃね?

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

お前は天才か! スレ名変えなきゃ!!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

むしろ新しいの立て直せ!

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

【悲報】Kさんバイク沼から卒業

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

少なくとも悲報じゃねーよwww

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

翼ちゃんにとっては悲報

 

:名無しの蝦夷野熊五郎

 

 

「...あーあ、すっかり有名人になっちまった...鬱陶しいことこの上ねー」

「それは心中察するけど、どうして私が可哀想な女扱いされてるの?」

 

ソファーに座りゲンナリしているカズヤの後ろから、彼の肩の上に顎を載せ、手元のスマホを覗き込むやたらと肌艶の良い翼が唇を尖らせた。

 

「ネットで不特定多数が勝手に言ってるだけだろ」

「分かってるけど、納得いかない...」

 

スマホをテーブルに置き、手を伸ばし彼女の頭を撫でると、猫のように目を細めて機嫌が直る。

 

「ネットもテレビも昨日のカズヤとマリアのことしかやってねぇ...しかも、世界を救った云々よりも、二人がカップルみたいな関係になったってことが圧倒的に多いな」

 

カズヤの膝を枕にし、仰向けの体勢でスマホを弄りながらソファーに寝っ転がるやたらと肌艶の良いクリスは、苦笑しながらカズヤの顔を窺う。

その時、キッチンからやたらと肌艶の良い響がひょこっと現れた。

 

「ご飯できたよー!」

「「「はーい」」」

 

三人揃って返事をし、ダイニングテーブルに向かい皿や箸の準備を行う為に動き出す。

 

「冷蔵庫にあるものを適当に炒めただけだから、あんまり期待しないで欲しいんだけど」

「いやー、簡単で申し訳ない」

 

おかずを山盛りに載せた皿を手にしたやたらと肌艶の良い未来と、お椀を人数分載せたお盆を手にしたやたらと肌艶の良い奏がダイニングテーブルにそれらを置く。

 

「仕方ねーよ、昨日の今日だし、贅沢言わねー。とりあえず食おうぜ。いただきます」

 

箸を手にしたカズヤが言えば、他の面子も唱和した。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

炊いたご飯に味噌汁、野菜と豚肉の炒め物にたくあん。朝飯というより、既に昼近い時刻なのでブランチだったがあまり気にはならない。

食べながら、先程カズヤが消したテレビを奏が点ける。

映し出されたのはカズヤとマリアのキスしている場面。

チャンネルを変える。

ウェディングドレス姿のマリアが映った。

再度チャンネルを変える。

ネフィリムがカズヤからシェルブリットバーストを食らって粉微塵になるシーン。

またしてもチャンネルを変える。

カズヤがマリアを抱き締めながら歌うように促すシーン。

チャンネルを変える。

ニュースキャスターの質問に対し、芸能関係者やツヴァイウィングと共演したことのある芸能人がカズヤについて答えている。

チャンネルを変える。

専門家か有識者か不明だが、月軌道について何やら難しい内容を説明している番組が映った。

それから何度か繰り返しチャンネルを変えるが、どの局も昨日のことしか放送していない。

 

「何処も同じだねぇ」

 

肩を竦めて奏はテレビの電源を切る。

 

「カズヤ、そういえばこの後出掛けるんだっけ?」

「ああ。弦十郎のおっさんからの呼び出し。日本政府とか国連のお偉いさんが俺に会いたいんだとよ」

「会う、つってもお前もお偉いさんに用があんだろ? お前の望みを叶えられる権力者によ」

 

味噌汁を啜りながら奏が問えば、炒め物を口の中に放り込みながらカズヤが答えて、クリスが口の中でたくあんをポリポリ音を立てつつニヤリと笑う。

 

「でも凄いこと考えるよね、カズヤさん」

「そう? 私は、自身のエゴを具現化するアルター使い、"シェルブリットのカズヤ"らしくて良いと思うけど」

「ある意味、やられたら必ずやり返すカズヤの性分を表したとも言える」

 

響が炒め物を自分の小皿に盛りながら隣の未来に視線を送れば、未来はお茶を一口飲んでから当然とばかりに返し、翼が炒め物をご飯の上に載せて不敵に笑う。

 

 

 

 

 

【Curtain Call】

 

 

 

 

 

マリア達が拘束されてから二週間後。

本日マリアとの面会に来訪したのは、ほぼ毎日のように訪れてくれたカズヤ達ではなく、日本政府と国連の人間という組み合わせだった。

 

「...ご用件は何かしら?」

 

警戒するように硬い表情となるマリアに、面会者達は苦笑を浮かべ、単刀直入に告げる。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ、それからキミの妹のセレナ・カデンツァヴナ・イヴ、仲間の暁切歌、月読調の四名は、明日からここを出てとある人物の特別保護観察下に置かれる」

「とある人物の、特別保護観察下? 一体誰の? 明日から? いきなり?」

 

随分と急な話だと戸惑うマリアに、国連の人間が突然大笑いし始める。

 

「な、何よ」

「いや、すまない、他意はないんだ。ただ、彼のことを思い出してしまって...」

「...?」

「"シェルブリットのカズヤ"だ」

 

首を傾げたマリアの疑問に日本政府の人間が答えて、その返答に彼女の目が大きく見開く。

 

「キミ達は明日から半年間、"シェルブリットのカズヤ"の特別保護観察下に置かれる。これは日本政府と国連にて決定されたことだ。覆ることはない」

「どういう、こと!?」

「簡単な話だ。彼が、"シェルブリットのカズヤ"がキミ達の身柄を要求したんだよ」

「...」

 

彫像のように固まったマリアに政府の人間は更に言い募る。

 

「『世界を救う為にマリア達が世界を敵に回したなら、俺はマリア達を救う為に世界を敵に回す覚悟がある』」

「まさか!?」

「彼が我々日本政府と国連に対して言った言葉だ」

「まあ、流石に無罪放免とまではいかない。ならば、特別保護観察下という体で彼にキミ達を預けることとなった。世界を救い国際世論を味方にした彼は今、この世界で最も発言力のある人物だよ」

 

呆然としていたマリアは、やがて目に涙を溜めて、一筋の雫を零す。

 

「カズヤが...カズヤが...!!」

 

詳しい事情はこうだ。

まず今回の事件について、米国の裏事情を知っていたフィーネからの情報、カズヤを捕らえようとして返り討ちに遭った米国エージェントから吐き出させた情報を得た二課及び日本政府は、米国を激しく糾弾。

また、生放送配信された内容──月落下に関する情報隠蔽やその為の動き、何よりカズヤの『米国の特殊部隊やらエージェントやらから殺されそうになったり』という発言により、米国政府は国内外問わず全世界から激しい糾弾を受けることとなる。

これには、世界各地に点在しているかつてカズヤに命を救われた人々──中には政治家や財政界に大きな影響力を持つ者達がおり、彼らがこぞって声を上げたことが少なくない影響を与えていた。

更に言えば、生放送配信されたカズヤとマリアの仲睦まじい姿は、この二人を英雄、救世主として讃えるべきだという風潮が全世界で流れており、追い風となった。

世界正義を標榜していた米国の権威は失墜。米国政府は各国政府から槍玉に上げられ、四面楚歌の中、情報開示と捜査介入を許す破目になり、後ろ暗い真実が明るみになりマリア達への干渉が一切できなくなった。

そして日本政府と国連に突き付けられたカズヤの要求。これが意外にもあっさり通った。要求したカズヤ本人が困惑するほどに。

 

 

 

 

 

だが、これには誰も知り得ることのない事実が隠されている。

マリアがカズヤの為に、カズヤへの想いを込めて歌った『Apple』。

それが世界中の人々を繋ぎ、心を一つにし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして人々は──ルル・アメル達はその状態で見てしまう。いや、魅せられてしまったのだ。カズヤの光と輝き──"向こう側の世界"の力を。

故に、一部の自我が強い者達や特殊な力を持つ者達を除き、カズヤに対して否定的かつ悪感情を抱く存在が()()()()現れにくくなったのだ。

 

 

 

 

 

お好み焼き屋、"ふらわー"。

出入り口の扉には『本日貸し切り』と書かれた張り紙がされていた。

店内では、オレンジジュースが入ったグラスを片手にカズヤが立ち上がり、乾杯の音頭を取ろうとしている。

 

「えーっと、長ったらしい挨拶すんのも面倒なんで、とりあえず乾杯!」

 

かんぱーい!! と皆の明るい声が重なった。

グラスとグラスを合わせる音が次々店内に響く。

フロンティア事変と呼称された一連の事件のゴタゴタがある程度片付き、マリア達も無事豚箱から出ることができたので、お疲れ様会及び新たに仲間となる四人の為に親睦会をしようという響の提案により、"ふらわー"を貸し切らせてもらったのだ。

勿論面子はカズヤ、奏、翼、響、クリス、未来のいつもの六人にマリア、セレナ、切歌、調の四人を加えた十名。流石に人数が多いのでいきなり店に行くと迷惑が掛かると思い、前々から電話で貸し切りの予約をした上で。

 

「まさかあんたみたいな女っ誑しの女の敵が、世界を救った英雄様とはね」

「おばちゃん、今まで通り女っ誑しでも女の敵でもいいから英雄呼びだけはやめてくれ。俺はそんなもんになりたくて戦った訳じゃねーし、何より嫌な野郎の面思い出す」

「英雄様、お好み焼きのお代わりいかが?」

「お好み焼きのお代わりはいただくけど精神攻撃は絶対にNO!」

「女っ誑しの女の敵、何食べる?」

「海鮮お好み焼きにトッピングのチーズとお餅でお願いします!」

「はいよー英雄様」

「だからやめてくれその呼び方ぁっ!!」

 

そんなやり取りをカズヤとおばちゃんが繰り広げると、皆がお好み焼きを食べる手を一旦止め、声に出して笑う。

まさにそれは、カズヤが心の底から求めていた皆の笑顔だった。

その光景にカズヤは唇を吊り上げ、笑みを浮かべつつ感慨に耽る。

この瞬間の為に、自分は戦ってきたのだと。

 

 

 

ちなみに、おばちゃんからの英雄呼びという地味な精神攻撃は数ヶ月続いた。

あと、未来との関係が変わったことについてバレた時は、包丁片手に怒鳴られて、カズヤはその時本気で殺されると死を覚悟したのはまた別の話。

 

 

 

 

 

日本政府と国連、マスメディアや世界中の人々などの、様々な思惑を経て救世の英雄として有名になってしまったカズヤであったが、普段の生活に何か特別変化がある訳ではなかった。

精々、外出する時は服装を変え、特注で作ってもらったストレイト・クーガー仕様のワンレンズタイプのサングラス──ピンク色は逆に悪目立ちするので色は黒──を掛ける程度だ。

有名になるのも、英雄と呼ばれるのも何一つ嬉しくない。富も名声も興味がない。カズヤは根が小市民なのだから。自分が知らない人間に自分のことを一方的に知られているというのは、気持ちのいいものではない。歌手やってる三人への尊敬度がここ最近で爆上がりだ。

やることもあまり変わらない。相変わらず緒川と共に行動している。

懸念していたパパラッチの類いは、国から圧力を掛けているのに加えて、諜報部の黒服を着た怖いお兄さん達が頑張ってくれているらしいので、未だに被害に遭っていない。

ただ、ツヴァイウィングのボディーガードとして行動する際に、話し掛けられる頻度が増えた。テレビ局のプロデューサーやディレクターなどからだ。彼らはどうしてもカズヤ本人を出演させた特番を組みたいらしい。

最初は丁寧に断っていたが、あまりの頻度の多さに辟易し、ムカついたので──

 

『うぜーからテレビ局に行くのもうやめるわ』

 

これにツヴァイウィングの二人が腹を立て、テレビへの露出をやめてしまう。そもそもカズヤについて根掘り葉掘り質問されることは、二人にとっても悩みの種だったとか。

更にこの腹いせに緒川がツヴァイウィングの公式サイトでことの経緯を拡散(ファンや視聴者に対しテレビ出演をしなくなった事情説明を兼ねた謝罪と本人は言い張る)すると、テレビ局に苦情が殺到。

苦情はスポンサーに飛び火し、スポンサー契約を打ち切られてテレビ局は青息吐息という事態にまで発展。

自分の行為一つが、ここまで大事になるとは流石に思っていなかったカズヤであったが、どいつもこいつもそんな子ども染みた怒り方すんなよと思いつつ、でもやっぱどうでもいいやとすぐに忘れた。

ツヴァイウィングが所属する事務所の小滝興産株式会社(当然二課が用意した実在しない企業)にマリアが移籍することになったのだ。

切っ掛けはカズヤが一言「そういや歌手続けないのか? 俺、マリアの歌好きなんだけど」と何気なく口にしたら、マリアが「歌手続ける!!」と叫んで即復帰が決まった。

 

 

 

二ヶ月後。

マリアの復帰ライブを兼ねた、ツヴァイウィングとマリアのコラボライブのやり直しが開催。

なお、以前のライブを潰してしまったことへのお詫びとしてのチャリティーライブという側面もある。

そのライブ開始前のマリアの控え室にて。

 

「カ~ズ~ヤ~♪ カ~ズ~ヤ~♪」

 

カズヤに膝枕をしてもらいつつ頭を撫られながら、マリアが上機嫌に猫なで声を上げて甘えていた。

 

「...マリア姉さん、そろそろ準備してください!」

 

セレナがこめかみに青筋を立てて苦言を呈するが、マリアは聞く耳持たない。

 

「あ~と~ご~ふ~ん~」

「五分前と十分前に同じこと言ったじゃないですか! ほら、お客さん満員なんですから早く準備してください!!」

「やーだー! もうちょっとカズヤにくっついてたーいー!!」

「何我が儘言ってるんですか! カズヤさんもマリア姉さんを甘やかさないでください!!」

 

セレナが怒声を上げてマリアに掴み掛かり、カズヤから引き剥がそうとするが、マリアは駄々っ子のようにカズヤの腰にしがみついて離れようとしない。

その時、控え室のドアが外から乱暴に開け放たれた。

 

「いつまでちんたらしてんだ! 早く準備しろや!」

 

ライブ用の衣装姿で奏と翼が乱入。奏が怒りで顔を真っ赤にしながらセレナを手伝い、マリアを引き剥がす。

 

「やーだー! カズヤから離れたくなーいー!! たくさんの人の前で歌うとか緊張するのー!! カズヤがもっと撫で撫でしてくれないと緊張解れないー!!」

 

奏とセレナに取り押さえられたマリアが、幼児退行しつつジタバタもがいている隙に、翼がカズヤの隣に座ると勝手に膝枕してもらう。

随分前から膝枕兼頭撫で撫でマスィ~ンと化していたカズヤは、無言のまま膝の上の翼の頭を撫でる。

 

「分かってたけど、これ、良いよね...今にも寝れそう」

「...いや、寝るなよ。もうすぐ出番だろ」

 

瞼を閉じて本当に寝ようとする翼に、呆れたようにやっと口を開いたカズヤの声に視線が集まった。

翼を起こし、立ち上がる。

 

「ほら、お前らそろそろ気合い入れろ。そんでバシッと決めてこい。ライブ楽しみにしてんのは客だけじゃなく俺もなんだからよ」

 

この言葉にあからさまな反応を見せる三人を控え室に置いて、カズヤは自分の為に用意されたVIP席へと足を向け歩き出す。

背後から気合いの入った「えいえいおー!!」という掛け声が響いてきて、これでライブは大成功間違いなしだなと確信したカズヤだった。

 

 

 

「カズヤ、どうしてマリアに歌手活動を再開するように促したデスか?」

 

もう間もなく始まるというタイミングで席に着くと、既に右隣に座っていた切歌が尋ねてきた。

 

「前のライブん時、少なくとも俺には、歌ってる時のマリアが楽しそうに見えた。だったら、楽しむべきだと思ったんだよ。歌手引退なんて、それこそいつでもできるしな」

「...カズヤ、もしかして前のライブで、マリアのこと凄い見てた?」

 

左隣の調が首を傾げるので、カズヤは以前のことを思い出すように言う。

 

「そこは観察してたって言って欲しいぜ。控え室で歌を捧げるだ、終わったらディナーに誘うだとか言われたし、マリアが"シェルブリットのカズヤ"のことを知ってた可能性があったし...それに、ライブそのものは結構楽しみにしてたからな」

 

彼の言い分に切歌と調は互いに顔を見合わせてから、顔を綻ばせた。

音楽が流れ、曲が始まり、会場全体は歓声に包まれる。

ステージの上に三人の歌姫が登場し、歌い出す。

それに誰もが耳を傾ける。

心の底から楽しそうに歌う三人を見て、カズヤも心の底からライブを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから季節は移ろい──

場所はロンドン。時刻は夜。

 

吸収(アブソープション)、起動」

 

そんな言葉と共に人の形をしたそれは、()()()()()()()()()()()を掲げた。

カズヤの全身から放たれていた金の光が、奏と翼とマリアを包んでいた輝きが、中身が空な砂時計に吸われていく。

 

「...吸収(アブソープション)だと!? まさかテメー!? 俺の、"向こう側"の力を...」

「向こう側の力? あなたの力の名称でしょうか? それはよいことを聞きました」

 

砂時計はカズヤ達から奪った光で中身が満たされ、それを見た敵は「おおっ...!!」と感嘆の声を漏らす。

 

「まさかマスターに用意してもらったこれが、たった一度の起動で満たされるなんて...これなら今後は想い出を集める必要もなさそうですね」

 

全身から力が抜けてしまい、思わず片膝を突きそうになって、咄嗟に右拳を路面に突き立てて体を支える。

そんなカズヤを見下ろしながら、敵は懐に砂時計を仕舞い、剣を構えた。

 

「..."シェルブリットのカズヤ"...あなたはやはりマスターが仰る通り危険な存在です。マスターの為にも、ここで死んでもらいます」

 

言うや否や、人間離れした速度で踏み込み剣を振り下ろしてきた。

 

「「「カズヤッ!!」」」

 

背後で三人の悲鳴が上がる。

ロンドンの夜に、剣閃が鈍く瞬く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

──北海道観光協会公式アカウントのSNSより。

 

『帰ってきた熊五郎!』

 

QUEENS of MUSIC以来行方不明になっていた我らがマスコット、蝦夷野熊五郎が北海道に帰ってきました!

しかもしかも、世界を救った英雄として皆さんご存知"シェルブリットのカズヤ"さんこと君島カズヤさん、その相棒のマリア・カデンツァヴナ・イヴさん、日本が誇る歌姫ツヴァイウィングの天羽奏さんと風鳴翼さん、という超豪華有名人の四名を引き連れて!!

その際、カズヤさんより以下のメッセージをいただきました。

『熊五郎にはホントにお世話になりました。勝手に借りて、おまけになかなか返すことができず本当に申し訳ない。でもいざ返すとなると、部屋の一角を占領してた熊五郎が家からいなくなるのはちょっと寂しい...北海道には、いずれプライベートで熊五郎に会いに来たいと思います。あと、ついでだけど来週末にマリアとツヴァイウィングのコラボライブをやり直しするんで、暇な人は是非どうぞ』

 

アップされた写真には、シェルブリット第二形態を発動させて熊五郎と肩を組み右手でピースサインをするカズヤと、その手前で中腰で同じようにピースサインをする奏と翼とマリアの三人が映っていた。

 




これまで読んでくれた方、ありがとうございました。
今回のお話でG編は終了とさせていただきます。
また、ヒロイン達がG編で漸く全員出揃ったことに、謎の安堵をしておりますw
いやー、G編は実は難産でした。ここをこうしたらああなる、けどこちらをこうしなければこうならない、という感じでどんな形に話を持っていこうか日々悩んでおりました。
今回のお話も、はっきり言って悩みました。どんなエピローグにしようかと。
で、主人公はついに全世界に身バレをしてしまうので、ならばあえて一般の人達の反応とかを主に書こうと思ってましたが、蓋を開けてみれば某匿名掲示板みたいなのをつらつら書いてるだけという...自分の未熟さ加減が嫌になりましたね。

皆様からいただく感想や評価も大変励みになりました。
ただまあ、投稿すればするほどこの作品の平均評価が下がり続けた時は心臓に悪かったですねwww
何が悪かったんだろ? やっぱりハーレムものは嫌われやすいのか? 話の大筋が原作アニメとあんま変わらないのはやっぱりつまらないのかな? 主人公を活躍&マンセーし過ぎか? 描写くどいのはカットすれば良かったか? と一時期はモチベーションに関わるくらい悩んだりもしました(ノミの心臓かよwww)。
でも今は大丈夫です。書きたいもんを書くのが二次創作、自己満足できたやつが勝ちなんです。他人の評価なんて気にしたらダメなんですよ......いつも気にしてるけど。

次は閑話をいくつか挟もうと思っております。
ヒロインが一気に増えたから書くのが大変だなぁ(白眼)


最後に、GX編で無常さんが出てくる訳じゃないんで、予告で期待した人ごめんなさいね(汗)


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しないフォギア風な閑話G1

前回の後書きでちょっとだけ愚痴というか泣き言っぽいこと書いたら、皆さんから暖かい声援をもらえて涙ちょちょ切れた作者です。
ありがてぇありがてぇ...


【密約】

 

 

「カズヤくん、来週末の夜に時間をもらえないか? キミと会って話をしたいという者がいる」

 

日課の訓練を終えてシャワーを浴び、服を着てコーヒー牛乳を飲んでいると、弦十郎がやってきてこんなことを尋ねてきた。

 

「俺に会いたいって、誰?」

 

飲み終わった空き瓶を自販機横にある回収ボックスに入れ、質問に質問で返す。

 

「風鳴八紘。俺の兄貴で、翼の父親だ」

「ああ、翼の腹違いの兄貴の」

 

あっけらかんと応じるカズヤに弦十郎は大きく目を見開き、大声を上げてしまう。

 

「知っていたのか!?」

「顔は知らねーが、翼本人から聞いたぜ...あれは確かルナアタックの後の、俺がバイクの免許取って初めてのツーリングで翼と二人で外泊した時だから、もう随分前だな」

 

指折りしつつ思い出しながら語るカズヤの姿に、弦十郎は何処か安心したように溜め息を吐く。

 

「...翼は、もうそこまでキミに話しているんだな」

「穢れた血とか呪われた一族とかなんとか聞いたが、知ったこっちゃねーよ。翼は翼で、おっさんはおっさんだろ。俺は特に気にしねーって」

 

ニッと笑い、ズボンのポケットからスマホを取り出し、

 

「来週末だったよな? 少し待ってくれ。スケジュール確認するから」

 

誰かに電話をし始めた。

 

(スケジュールの確認に電話? 一体誰に?)

 

弦十郎の疑問は数秒も経たず氷解する。

 

「未来、俺だ。俺の来週末って空いてたっけ? ......それが弦十郎のおっさんから時間欲しいって言われて......土曜の夜はダメだけど日曜の夜なら平気? 分かった、サンキュー...来週末、日曜の夜ならいいってさ」

「......それはありがたいが、どうして未来くんがカズヤくんのスケジュールを管理しているんだ?」

 

電話を終えて都合がつく旨を伝えてくるカズヤに、どういう顔をしたらいいのか分からないといった感じ困惑している弦十郎。

 

「つってもプライベートの予定だけだぜ」

「プライベートだから不思議なんだが...」

 

事も無げに応じる彼の態度に、逆に自分が間違っているのかと不思議な気持ちを味わう。

 

「カズヤくん」

「ん?」

「もしかして尻に敷かれてないか? 未来くんに」

「そう見えるなら、そうかもしれねーな」

 

楽しげにタハハと笑うカズヤだったが、一緒に笑っていいか悩み所だ。弦十郎は引きつった笑みしか返せない。

...内心、頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。

目の前の青年は、これまでの功績も、胸の内に秘めた熱い信念も、誰かの為に力を尽くせる人格も、何一つ問題がない。

唯一の欠点、いや、むしろ汚点というべき女性関係を除いて。

八名もいる装者の内、六名はカズヤの女を自称して憚らないし、先程の電話相手である未来ともそういう関係だ。

おまけに翼もカズヤの女を自称する者の一人だ。

このまま、自身の兄にして翼の父親(血縁上は兄だが)に当たる八紘に会わせていいものだろうか。

世界を救った英雄というこれ以上ない評判の裏で、彼はとんでもない爆弾を抱えていた。もしこれが世間に露見すれば大炎上待ったなしである。

本部内での不名誉な渾名も相変わらず、というか悪くなる一方だ。ちなみに最新の渾名は『殴り倒した女を自分のものにするクズの王様』。大いに語弊がある言われようだが、悲しいことに間違ってない、というより事実なので余計に(タチ)が悪い。まず間違いなくそれらの悪名は兄の耳に入っているだろう。

これからのことを思うと胃が痛くなる弦十郎だった。

 

 

 

 

 

で、当日。

緒川が運転する黒塗りの高級車に弦十郎と共に乗せられて向かったのは、いかにも高級そうで老舗っぽい料亭。

和服を着た女性店員の案内で、いかにも政治家とか金持ちとかが密談に使ってそうな個室に通される。

到着が早かったのか誰もいないので、勝手に座って胡座をかきながらスマホを弄りつつ待つ。

カズヤの隣に緒川が正座し、緒川の向かいに弦十郎が胡座をかく。

 

「...」

「...」

「...」

 

誰も一言も喋らない。

カズヤと八紘が対面してどのような会話がなされるのか、弦十郎と緒川は僅かに緊張していた。

やがて──

 

「待たせてすまない」

 

静寂を破る渋い声が待ち人の到来を告げる。

仕立ての良さそうなスーツに身を包んだ、冷徹なイメージのある眼鏡をかけた男性。

 

「カズヤくん、紹介しよう。俺の兄貴で翼の父親、風鳴八紘だ」

 

弦十郎が立ち上がり紹介するので、カズヤも立ち上がる。

 

「風鳴八紘だ。君島カズヤくん、いや、"シェルブリットのカズヤ"と呼んだ方がいいかな?」

「そっちは長いから君島でもカズヤでも呼び易い方で呼んでくれ...つーか、あんた確か俺がマリア達の身柄要求した時、政府の連中ん中にいたな」

 

差し出された手に応じて握手する。

 

「どうやら顔を覚えてもらっていたようだな」

「翼の親父さんならあん時声掛けてくれりゃぁいいのに...なるほど、俺の話がやけにスムーズにいくと思ったら、そういうことかよ。おっさんも人が悪いぜ」

 

肩を竦めてカズヤが弦十郎に視線を向けると、彼はバツの悪そうな顔をして「すまん」と一言謝った。

 

「ところでカズヤくん、キミは酒はイケるクチかね?」

「そこそこイケるぜ」

 

八紘の質問に即答する。

 

 

 

一時間後。

 

「カズヤくん、見てくれ。これが翼の七五三の時の写真だ。当時はまだ五歳でな...可愛らしいだろう」

「おお、可愛いな。翼にもこんな時期があったのか。こんな可愛い女の子が、今じゃすっかりバイクバカの歌が上手いボケ芸人だからな。時間の流れを感じる...」

 

酒を飲み、料理を食べながら、八紘のスマホが映し出す写真を見ながら笑い合う二人。

肴にしているのは主に翼の話なのだが、それで問題なく会話が弾み意気投合しているところを見るに、カズヤと八紘の相性は悪くないのかもしれない。

 

「なんか、杞憂でしたね」

「ああ。兄貴のことだから、複数の女性と付き合うカズヤくんのことを、不誠実な男として気に入らないと思っていたのだが...」

 

コソコソ話し合う緒川と弦十郎。

蓋を開けてみればすっかり仲良くなってしまった二人である。自由奔放が服を着て歩いているようなカズヤと、お堅い真面目な政府の要人である八紘。水と油みたいな関係なのではと考えていただけに、これは意外な結果だった。

 

「...そんで、俺を呼び出した本当の目的ってやつをそろそろ教えてくんねーか? 何も翼の話で盛り上がろうってだけじゃねーんだろ?」

 

お猪口に注がれた日本酒を飲み干し、目を細めカズヤが切り出せば、八紘は居住まいを正し、真剣な表情となって告げた。

 

「単刀直入に言おう。私は風鳴訃堂の命により、キミを翼の婿として風鳴家に迎え入れる為に来た」

 

突然の内容にカズヤはポカンとしていたが、やがて納得したように「あーはいはい、理解した」と何度も頷く。

弦十郎と緒川の二人も初耳の話ではあるが、風鳴訃堂ならば言いそうだと苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「翼と結婚しろって? 風鳴訃堂が? 翼の意思も確認せず?」

「そうだ。この話はまだ翼も知らない」

「へー」

 

酷く冷めた雰囲気を纏い、獲物に狙いを定めた猛禽類のような鋭い眼差しをするカズヤ。

段々空気が不穏になってきた。

 

「...風鳴訃堂、ね。どうせ俺のアルター能力が目的で、俺の血を風鳴家に入れておきたいんだろ...自分の思い通りにする為なら、身内だろうと道具扱い。話に聞いてた通り、相当イカれてやがるな」

 

表向きは翼の祖父で、実の父親。

風鳴家の忌まわしい出来事云々は翼から聞かされていたが、自分にもついにその手が回ってきたかと思うと、なんというかこう、純粋に面倒臭いという感想が出てくる。

 

「確かにこんな胸糞悪い話、酒飲んでねーとやってらんねーな」

 

皮肉気に鼻を鳴らし、顎に手を当て少し考え込んでから、ふと何か思い付いたのかカズヤは邪悪な笑みを浮かべて口を開く。

 

「もし俺が風鳴家に婿入りするとしても、そっちからお願いしてきてわざわざ婿入りしてやるんだから、風鳴家は俺のもんだよな?」

 

有無を言わさぬ口調で無茶苦茶なことを言い始めた。

 

「そしたら風鳴訃堂なんて老いぼれ要らねーから、叩き出すか。それに逆らう奴も、俺に従わねー連中や刃向かう奴も、俺が気に入らねーと思った奴ら全員纏めて」

「「っ!?」」

 

とても婿入りする人間の発言とは思えない。お家騒動を起こすという宣言に対して、弦十郎と緒川は驚愕と戦慄を覚えて声なき声を上げる。

酒が入っているので飲みの席の戯言と流せるが、カズヤなら本気でやりかねないと思ってしまう。

そして、八紘はカズヤの言葉に唇を吊り上げてニヤリと笑う。まるでその台詞をずっと待ち望んでいたとばかりに。

 

「...キミなら、そう言ってくれると思っていた。やはり私の目に狂いはなかったな」

 

 

 

「...兄貴...何処までが本気なんだ?」

「愚問だな、弦。全てだ」

 

緒川が運転する車に酔ったカズヤが乗り込み、家路に着くのを見送り、弦十郎が兄に問えば即答された。

 

「彼が元F.I.Sメンバー四人の身柄を要求した時、私は彼を初めて直接見たが、確信したよ。この男は大切なものの為なら躊躇なく全てを敵にし、自身の命を賭して必ず敵を排除する類いの人種だと」

 

酒による昂揚だけではない上機嫌な様子の八紘の姿は、弦十郎でもここ数年見たことがない。

 

「だから彼を翼の婿として風鳴家に取り込めと命令された時、天啓が下りた。彼は間違いなく、風鳴訃堂を敵と見なすはずだ、と。お前からも彼の人柄は聞いていたしな」

 

弦十郎は兄の話を黙って聞く。

 

「何より都合が良かったのは、既に翼が彼の女となっていたことと、風鳴家の闇を知っていたこと。ならば、婿入りの話があってもなくても、遅かれ早かれこうなっていただろう」

「最初からカズヤくんを風鳴家の事情に巻き込み、利用するつもりだったのか!?」

「理解が遅いな。彼が"シェルブリットのカズヤ"であり、翼と愛し合っている以上、最初から私の預かり知らぬ時点で巻き込まれていた。今日は彼の立ち位置と現状を教えただけだ...それにカズヤくんは私に協力すると言ってくれた」

 

人差し指で眼鏡の位置を直しながら、静かに、それでいて興奮を抑えられぬと呟く八紘。

眼光は鋭く、表情を厳しくした弦十郎は続けて問う。

 

「それで、今後彼を使って具体的にどうするつもりだ? 彼にシェルブリットバーストを撃たせて風鳴家そのものを物理的に消し飛ばすのか?」

「それはそれで実に面白そうだ。風鳴訃堂諸共屋敷とその周囲一帯が地上から消滅してくれたらさぞ痛快だな」

「......彼はその気になったら本当にやる男だぞ」

 

冗談なのか本気なのか判別できない八紘の態度に、弦十郎は眉を顰めた。

 

「まあ、今は特に何もさせはしないさ。風鳴訃堂の動き次第だ」

 

くつくつと笑い声を上げながら、八紘は言葉を紡ぐ。

 

「翼の幸せの為にも、『風鳴家』という存在には消えてもらう。そして風鳴訃堂が何かやらかし、それによってカズヤくんが自ら動いた時が、穢れた風鳴家の歴史に終止符が打たれる時だ...今はただ座して待てばいい」

 

焦る必要はない。

叛逆の為の最凶のカード(切り札)が手に入ったのだから。

 

 

 

 

 

もうすぐ日付が変わる、という時間になってスマホに着信があり、既に布団の中にいた翼は睡眠を邪魔され不機嫌な気分になりながらスマホを手に取る。

 

「もう、誰? こんな時間、に...!?」

 

電話を掛けてきたのは八紘。自身がお父様と呼ぶ存在だ。

不機嫌な気分も眠気も吹き飛び、慌てて出た。

思わずベッドの上で正座してしまう。

 

『すまないな翼。こんな時間に。もう休んでいたか?』

「い、いいえお父様! これから寝ようと思っていたところです! 問題ありません!」

『ふふ、そうか。なら良かった』

 

電話の向こうで八紘が笑っている。

ここで翼は疑問に思う。深夜に突然電話してきて、おまけに上機嫌な声。久しく見たことも聞いたこともない父の様子。

一体お父様に何があったのか? 何の用なのか?

 

『時間も時間なので手短に伝えておく。カズヤくんがお前の婚約者になった』

「.........は?」

『"シェルブリットのカズヤ"だ。他に誰がいる?』

「え、ちょ、ま、ままま待ってください!? いきなりどうしてそんな話が──」

『カズヤくんにも話は通してある。翼のことは任せて欲しいとも言ってくれた』

「なぁっ!!!」

 

急過ぎる話の展開に頭がついていかない。

 

『しかし翼もまだまだ歌手活動を続けたいだろうから、翼が満足するまで待ってくれるとのことだ。ただ、もし妊娠したら、私としては歌手活動は休止してもらうつもりではいる』

「ににににに妊娠!? お父様! まさか私とカズヤの関係を──」

『ではな翼、体には気を付けろ』

「お、お父様待って! 待ってください! まだ切らないでください! まだ話は終わって──」

 

ツー、ツー、ツー。

言うだけ言って、一方的に切られてしまった。

残されたのは、茹で蛸のように顔を真っ赤にし、スマホ片手にベッドの上で正座している翼。

 

「...お父様が...カズヤを私の婚約者に...カズヤもそれを了承している...」

 

親公認。その事実に彼女は歓喜で身震いした。

そのまま呆然としていると、またしてもスマホが着信を告げる。

相手は件のカズヤから。

 

「...もしもし」

 

震えた声で応対すると、心強い仲間であり友であり愛しい男の声が鼓膜を叩く。

 

『よっ、俺だ。すまねーな、いきなりこんな時間に電話して...あのよ、いきなりこんなこと聞かされて驚くと思うんだけど──』

「婚約の話か?」

 

普段と比べてあからさまに歯切れが悪いカズヤの声を強引に遮る。

 

『そうそう婚約。ってあれぇ!? なんでもう知ってんだ!?』

「今しがた、お父様から電話があった」

『...早いな親父さん』

「私も急な話で戸惑っている」

『ですよねー』

 

仲間内で無茶苦茶な奴と評される彼でも、今回の件については思うところがあるようだ。

 

「そのことについて話がしたい。今から会えないかしら?」

『今から!? お前明日学校だろ?』

「明日はサボる」

『サボるってお前...この不良娘』

「堅物で真面目過ぎるとポッキリ折れるって以前から奏に言われてたし、たまにはいいでしょう?」

『ま、そうだな...緒川、一旦車停めてくれ』

 

真面目を絵に描いたような翼が、仕事でもないのに学院をサボるという発言に驚きを隠せないカズヤであったが、今回は事が事なだけにあっさり了承した。

 

『何処で落ち合う?』

「いつものホテル」

『うおい!? ちゃんと話する気ありますかね翼さん!?』

「話はベッドで聞かせてもらう!」

 

翼が何を求めているのか悟り、カズヤは呆れたように溜め息を吐く。

 

『...了解』

「カズヤ」

『あ?』

「今夜は寝れないと思ってね」

『覚悟しとく』

 

最後にそう言って電話が切れる。

それから翼は火照り始めた体に突き動かされるように、手早く外出の為に着替え、変装用の帽子と眼鏡を装着し、玄関から飛び出しリディアンの学生寮から出る。

いやっほーい!! と叫び出したくなる衝動を抑えながら、深夜の街を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

八紘「いつか必ず風鳴訃堂にギャフンと言わせたい」

カズヤ「よし、手伝ってやる」

翼「親公認の婚約者という立場ゲット!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【散髪】

 

 

髪は女の命。この言葉の意味をカズヤは嫌というほど味わったことがある。

例えば、同居人にして家主の奏。彼女は髪の毛の量が非常に多いので、彼女より先に風呂に入らないと、自分の番が回ってくるまで一時間から二時間ほど待つ破目になったりした。

自身の周囲の見目麗しい乙女達は、やはり年相応にお洒落が好きだったりするので、シャンプーはこれでリンスはあれでトリートメントはそれでといった感じで髪に気を遣う場面を目にしたり、ドラッグストアで化粧品を前にうんうん唸っているのを知っている。

ではカズヤはどうなのかというと、やはり男なのでそこらへんは割りとどうでもいいという考え方をしており、女性のように気を遣うようなことはしない。

しかし、時が経てば草木が伸びるように、髪の毛というのは放って置くとどんどん伸びてくるもの。

なので──

それはある日のことだ。

たまたまセレナと二人きりで本部にいた時に話題が出た。

 

「カズヤさん、髪、随分伸びてきましたね」

「ん? ああ、そうだな。そろそろ切るか」

 

指摘されて、前髪を弄り長さを確認してぼやく。

そういえば、目元まで垂れてくる前髪が鬱陶しくて、髪をかき上げる仕草が最近増えたなと思う。

 

「いつも髪を切る時はどうされてるんですか?」

「駅前の千円カット。美容院なんて柄じゃねーし、髪切るだけならなるべく安いとこで済ますようにしてる」

 

大して重要視していない事柄にはなるべく金を掛けたくない男、それがカズヤだ。

 

「それに、今更髪型を変える気はしねーんだ。だってアルター発動させれば嫌でも髪型変わるしな」

「うふふ、そうですね」

 

屈託なく笑う彼につられてセレナも微笑む。

普段下ろされている髪は、アルターを発動させればヤマアラシのように逆立つ。

その変化を実は楽しんでいるらしいことをセレナは感じ取った。

その時、彼女はあることを思い付く。

 

「もしカズヤさんがよろしければ、私が髪を切りましょうか?」

「セレナが?」

 

 

 

レセプターチルドレンとして施設で暮らしていた頃は、美容院なんて行ける訳もないし、それより前の難民生活時代はなおのことだ。

その為、髪を切ったりする時はマリアがやってくれたり、自分がマリア達にやってあげていたとのこと。

 

「だから少し自信があるんです」

 

そう語りながらテキパキと椅子を姿見の前へと移動させ、床屋さんでよく見る道具──散髪ケープや鋏、ヘアブラシなどを準備するセレナ。

道具一式はほとんど近所の百円ショップなどで揃えたと言う。曰く「日本の商店街って色んなものがたくさん揃っていて凄いですね!」と。

時は話をしてから数日後。場所はマリアとセレナと切歌と調が四人で住む部屋。ちなみにカズヤと奏とクリスが暮らすマンションと同じで、同じ階数の部屋だったりする。

これは四人が名目上、カズヤの特別保護観察下に置かれていることにより、住む場所はなるべく彼の近くで、というのが反映された結果だったりした。

 

「ではどうぞお客様。こちらにお座りください」

「お、おう」

 

テンションが高い彼女に促されるまま、カズヤは姿見の前に座った。

服の上から散髪ケープを掛けられる。

 

「全体的に短めにすればよろしいでしょうか?」

「そんな感じで頼む」

 

楽しくなってきたのかセレナが鼻歌を歌い出す。

それに耳を傾けながらカズヤは目を瞑った。

霧吹きで僅かに髪を湿らせ、ヘアブラシで髪全体を梳かし、長さを確認してから鋏でチョキチョキ音を立てながら髪を切る。

意外にも迷わず大胆に鋏を動かすセレナに、自信があるのは本当なんだなと少し安堵した。

実は変な風に失敗したら、丸坊主にでもしようと悲壮な覚悟を抱いていただけあって、自信満々な鋏捌きはとてつもない安心感を与えてくれた。

 

(あ、やべー、なんか眠くなってきた...)

 

安心したら睡魔が襲ってくる。

セレナの鼻歌と鋏の音が心地良くて、カズヤはそのまま眠ってしまった。

 

 

 

「できましたよカズヤさん! どうでしょう? 以前よりちょっと短めですけど私的には百点満点で凄く格好良い......」

 

いつの間にかカズヤが寝ていることに気づき、口を閉じる。

自分の熱中具合に少し恥ずかしさや呆れを感じながらも、起こさないように静かに散髪ケープを外し、小さな箒で服に付いた髪などを落とし、床を掃除して使用した道具の後片付けを行う。

それらが終わる頃になって、僅かに身じろぎしてからカズヤが目を覚ました。

 

「......おお、短くなってる」

 

姿見で確認した自身のすっきりした髪型に満足している様子の彼に、背後から近づき鏡の中の顔を覗き込む。

 

「いかがですか?」

「良いね。これからは駅前の千円カットじゃなくてセレナに頼んでもいいか?」

「え!? いいんですか?」

「ああ。正直いつも行くとこより上手いと思うぜ。セレナが面倒じゃなけりゃ、今後はお前にお願いしたい」

 

予想だにしていなかった高評価を受け、セレナは両手で自身の頬を挟み、喜びでニヤけそうになる顔を必死に隠す。

 

「カズヤさんがそこまで仰るなら、喜んで」

 

こうしてセレナは、カズヤの髪を定期的にカットすることになった。

 

「ところで髪切ってくれたお礼になんかお返しできればと思うんだが、俺にやって欲しいこととかあるか?」

「...そうですね、じゃあ、鋏などの道具を買った時に美味しそうなランチをやってるお店を見つけたので、これから二人で行きませんか?」

 

お礼がしたいと言われて、彼女は少し前から気になっていたお店で一緒にランチをしたいと要望。

彼の答えは当然決まっている。

 

「分かった、ランチだな? 折角だし奢るぜ」

「でもそれだと千円カットよりお金掛かっちゃいますよ?」

「いいっていいって。気にすんな」

 

髪を切る程度のことにはあまり金を掛けたくないが、善意で自分の為に何かしてくれる大切な者には湯水のように金を使うことに躊躇しない。

二人はその後、とても楽しく充実した時間を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

セレナ「肉欲に溺れた翼さんとは違うんです、翼さんとは」

翼「ほう、言ってくれる...ではその後そういうことは一切なかったと断言できるな?」

セレナ「♪~♪~(唐突に『Apple』を歌い出す)」

翼「歌って誤魔化すな!!」

セレナ「人のこと言えない癖に!!」

翼「その台詞、そっくりそのままお返しする!!」

 

 



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しないフォギア風な閑話G2-1

【熊五郎を返却しに北海道に行こう】

 

 

着ぐるみのクリーニングを専門に取り扱う業者があるとネットで見つけ、愛車『クーガー号』の助手席に未だ返却できていない蝦夷野熊五郎を乗せ、その業者の住所へと向かう。

到着後、事前に電話予約をしていた君島ですと名乗り、受付を終える。

業者の方々は、熊五郎とカズヤの顔を何度も交互に見て、目を白黒させながら「え? マジ? 本物? シェルブリットのカズヤ?」と非常に驚いた様子だったので、曖昧に肩を竦めて「さあ? どっちでしょ?」とテキトーに応対して帰宅した。

それから二週間後。

預けていた熊五郎が借りた時よりもピカピカになったことにご満悦になったカズヤは、早速弦十郎と緒川に北海道観光協会に返却したいと打診。

 

「フロンティア事変からそれなりの時間が経過したし、今週末にでも返却する旨を先方に連絡しておこう」

 

あっさり了承されるが、ここでカズヤは待ったを掛けた。

 

「こういうのはよ、借りた本人が直接出向いて返却するのが筋ってもんじゃねーのか」

「それはカズヤくんが個人的に北海道に行きたいだけだろう?」

「美味しいものがたくさんありますからね、北海道」

 

魂胆もろバレだ。

 

「分かってんなら行かせてくれ! お土産たくさん買ってくっから!!」

 

懇願するカズヤの姿を見て、弦十郎は緒川と顔を見合せ腕を組んで思案に耽る。

フロンティア事変以降、ノイズの出現は皆無。幸い、カズヤの力を必要とするような大きな事件や事故の類いは現在起きていない。

 

「分かった。ただ、行って帰ってくるだけでは折角の北海道なのに味気ないだろう。いっそ旅行を兼ねて行ってくるといい」

「いいのか!? やった北海道だぁぁぁ!!」

 

弦十郎の許可を受け、思わず叫んでガッツポーズ。

持つべきものは話の分かる上司。

そこへ──

 

「聞いたデスか調。()()()が北海道に行くみたいデス。しかも一人で美味しいものたらふく食べてくるつもりデスよ、あの顔」

()()()だよ切ちゃん。北海道、魅惑の美味が待つ大地。一人でそんな美味しい思いをしようなんて、甘いよね、考えが」

 

一日に一度は必ず()()()()()()と言い間違える少女、切歌。

その相棒にして古代の巫女フィーネの魂を宿す少女、調。

カズヤは厄介な連中に見つかったと言わんばかりに顔を顰めた。

 

「お土産買ってくるから大人しく勉強して待っとけ。来年度からリディアンに通うんだろお前ら。だいたい、仕事で北海道行くんだからな、俺は」

「嘘デス! 今旅行を兼ねてって言ってたデスよ!! というか、カズヤにだけは勉強に関してとやかく言われたくないデス!!」

「北海道に行けるってガッツポーズしてた。それに勉強については、学校に行く気ゼロで学歴もゼロのちゃらんぽらんに言われたくない」

 

どうやら言い逃れは無理らしい。というか調が地味に毒舌だ。言葉の刃が心に刺さる。

 

「北海道、楽しみデスねー調!」

「うん、後で美味しいものをチェックしなきゃ」

 

顔を見合せ笑い合う二人。どうやらついてくる気満々だ。

 

「早速未来さんに連絡するデス」

「カズヤのスケジュール調整してもらわなくちゃ」

「...もしもし未来さん! 今度のお休みにカズヤが皆を北海道につれてってくれるみたいデス!!」

 

おもむろにスマホを取り出し未来に連絡をする切歌に、最早反論の余地を失ったカズヤは「ま、いっか」と小さく呟いた。

 

 

 

快晴に恵まれ、不運にも飛行機がハイジャックされることもなければ爆破テロに巻き込まれて墜落することもなく、無事に一行は北海道の大地に足を踏み締めた。

 

「着いたぜ、北海道! 北海道は──」

「「でっかいどう!!」」

 

空港から出てすぐに両腕を広げて声を上げるカズヤと、それに続く響と切歌のテンションが高い。

 

「食いしん坊トリオは元気だねぇ。うー、寒い」

 

都内との寒暖差を味わい、寒さに震えながら奏が呻き、荷物の中からマフラーを取り出す。

 

「...微笑ましくて良いじゃない」

「...元気なのは良いことです」

「あいつら寒くねぇのか?」

 

寒さで体をガタガタさせながらマリアが呟き、同じく体をガタガタさせたセレナがそれに同意し、クリスが不思議な生き物を見る目で三人を眺めていた。

 

「寒い...スッゴい寒い」

「予報では今日から数日は晴れが続くらしい」

「天気に恵まれて本当に良かったですよ」

 

怯えた子犬のように身を縮こまらせる調、雲一つない青空を見上げる翼、どうやら自分達の中に雨女や雨男がいないことに安堵する未来。

 

「で、これからどうするデスか?」

「まずは熊五郎の返却だな。予め到着時間伝えておいたら、迎え寄越してくれるってさ。しかも人数伝えたらわざわざマイクロバス出してくれるんだと。つーことで、響隊員と切歌隊員はそれっぽいマイクロバスが何処かで待機してないか探してくれ」

「「了解であります、カズヤ隊長!!」」

 

切歌の質問に返答すると、ビシッ、と敬礼してから元気に二人が走り出す。それを横目に、そばに置かれた物体に目を向ける。

青い包みに覆われた大きな荷物のそれは、かつてカズヤが無断拝借した蝦夷野熊五郎の着ぐるみが中に入っているのだ。

 

「お前ともこれでお別れか」

 

これまでのことを振り返りながら感慨に耽る。ライブ会場で忘れられたこいつを見つけ、顔バレを防ぐ為に使わせてもらい、その後暫く家のインテリアとなっていた熊五郎。

熊五郎のお陰で顔バレを防げたのに、結局全世界に向けて"シェルブリットのカズヤ"を世界に知らしめてしまった。

...本当なら、もっと早く返しに来るべきだったのだろう。

短い間だったが、愛着があった。

 

「サンキューな」

 

誰にも聞き取れない声で礼を述べた頃、響と切歌が迎えの北海道観光協会の方を見つけたのか戻ってきた。

 

 

 

マイクロバスで出迎えてくれたのは、二十代半ばのおっとりとした女性で、なんと熊五郎の真の中の人だった。

話を聞けば、彼女も、彼女の職場の人々もあのライブを見るまで熊五郎の存在を忘れていたらしく、当時はとても混乱したのだとか。

ライブの次の日は次の日で、事務所に問い合わせの電話やメールが殺到。数週間はてんてこ舞いな日々が続いたようだ。

だが、お陰で観光客は増えたとか、熊五郎のグッズがアホみたいに売れるわで嬉しい悲鳴が止まらなかったとのこと。

だから謝る必要はないですよー、と北海道観光協会の方々は、熊五郎を返却する際に頭を下げたカズヤにのほほんとした感じでそう告げてくれた。

むしろ写真を撮らせてください、サインください、ライブの時の熊五郎(シェルブリット発動している姿)のグッズ展開を考えているので許可ください、お土産いっぱい持って帰ってください、これ食べてコメントください、いっそ観光大使になってください、と怒濤の勢いで迫ってきた。

 

「...こ、こんなに歓迎されるなんて正直思ってなかったぜ」

 

凄まじい歓迎っぷりにどう対応していいか困ってしまうカズヤだったが、冷静に考えてみれば、世界を救った英雄だなんだと世間で騒がれた存在が目の前にいれば誰でもテンション上がるか、と無理矢理自分を納得させる。

とりあえず写真撮影については、カズヤと奏と翼とマリアの四名はネットにアップをオーケーとした。サインについては歌手の三人のみ(自分は有名人であっても芸能人の類いではないので丁重にお断り)。グッズ展開は申し訳ないが恥ずかしいのでNG。お土産は緒川に指示を仰いで指定された住所に郵送するようお願いし、出された食べ物を食べてコメントして、観光大使の件はサインと同様の理由で断った。

 

 

 

その後、海の幸が山盛りとなった昼食をご馳走になり、腹が膨れて一休みしてからお土産屋さんを物色したところで、少し早いがマイクロバスに揺られて本日の宿へと向かう。

明日は早朝から朝市に赴くつもりなのだ。その為、早寝早起きが必要不可欠なのだから。

人数が多いので、予約している部屋は三つ。カズヤがお一人様用を一部屋、残り二部屋を女性陣で四人、五人で分かれて使う。

女性陣が『グッとパーでわかれましょ』をやっている横で、宿自慢の天然温泉に関する看板を眺めつつ、既に夕飯に何が待っているのか楽しみで仕方がないカズヤであった。

 

 

 

「かぁぁ~! このお酒お刺身と合うわ~!!」

 

浴衣姿で頬に朱が差したマリアが上機嫌に言う。

彼女と同様に顔を赤くした浴衣姿の奏が頷きながら杯を傾ける。

 

「いやー、ホント酒が進むわこれ」

「どうして日本のお酒ってこんなにご飯が進むんでしょう?」

 

やはり赤ら顔で浴衣姿のセレナがご満悦で刺身を頬張った。

ゆっくりと温泉を堪能し、宿内の遊戯コーナーやお土産屋さんを見て回ったり、部屋に戻ってグダグダしたり、マッサージを受けたりとそれぞれが思い思いにのんびりしていたら夕飯の時間となったので食事を開始。

 

「あんま飲み過ぎんなよ」

 

ジト目で注意するよう促すカズヤであったが、奏とマリアとセレナの三人は「ダイジョブダイジョブ!」と繰り返すのみで全く信用できない。

最近では、年長者のマリアが日本の法律に則り酒を堂々と購入できる年齢をいいことに、「一人酒は寂しいから晩酌付き合って♪」と週に一度か二度は必ず押し掛けてきていた。

最初はただ単純に、マリアが酒の力を借りてカズヤとイチャコラしたい、あわよくば酔った勢いで彼とそのまましっぽりする為だったのだが、フロンティア事変を経て様々な枷や束縛から解き放たれた彼女は、酒を飲むとやたら上機嫌かつ陽気な笑い上戸になり、皆で楽しく飲むお酒というのが気に入ってしまう。

なので、定期的に奏の部屋で開催される飲み会により、マリアの家ではないのにマリアの酒瓶がキッチンの収納を一部占領していた。

日本でいうお酒は二十歳になってから、とかそんなことを今更守る真面目くんではないのでカズヤは勿論飲むし、奏は夏に誕生日を迎え大人の仲間入りを果たし、セレナも同様にフロンティア事変後に二十歳になったので当然の如く飲む。

飲まない、及び飲ませないのは、まだ学生以下の年齢の面子だ。

故に、酒を飲む面子というのは現段階では四人。

しかし、まだ若いからか飲み慣れてないのか、たまにはしゃぎ過ぎてしまうのでしっかり見ておかなくてはならない。

 

「深酒で朝起きれねーとかなったら、容赦なく置いてくからな」

 

朝市を誰よりも楽しみにしているので飲む量抑えめなカズヤとしては、このくらいが落とし所だと考え釘を刺して置く。

流石に置いてかれるのは嫌なのか、目に見えて飲むペースが落ち、舐めるようにちびちび飲む三人。

分かり易い連中だなー、と苦笑しつつ他の者達の様子を窺う。

 

「...」

 

皆、幸せそうな顔で黙したまま一心不乱に食べていた。普段都内ではそう易々食べることができない豪華で新鮮な海の幸を前に、感嘆の声を上げていたのは最初だけで、それ以降は喋る間も惜しいとばかりに。

酒が入ると年長組がやかましくて、それ以外の者は美味いものを前にすると静かになる。なんか不思議な光景だなと思い、おもむろに立ち上がりスマホを取り出し撮影しておく。

 

「デース!」

 

いち早く切歌が、両手に蟹の鋏を持ちそれでピースしてくるので撮る。

 

「ほら、調もやるデス」

「うん」

 

切歌に促され調が蟹の鋏を手にした。

 

「北海道に蟹食べに来た記念デス!」

「蟹記念!」

「お前ら甲殻類アレルギーなくてよかったな」

 

パシャッと笑顔の二人を撮影。

それから、皆で写真を撮ったり撮られたりを繰り返して、楽しい食事は終わった。

 

 

 

明日は早いから早く寝ろ、起きれなかったらマジで置き去りにするから、カズヤのこのお告げにより皆はとっとと部屋に戻って布団の中に潜る。

ちなみに女性陣の部屋割りは、『グッとパーでわかれましょ』の結果、奏、マリア、セレナの酒を飲んでいた三人に切歌を加えた四人。残りの五人という組分けだ。

大人三人プラス切歌の部屋は、酒を飲んでいたので三人が早々に夢の中へと突入し、切歌も腹いっぱい食ってたのですぐに眠くなり即寝た。

しかし、五人部屋では──

 

「響、私は今日気づいたの。カズヤさんってスーツみたいなカッチリした服は全くこれっぽっちも似合わないけど、和服、しかも少し着崩した感じのって似合うと思わない?」

「未来も? 実は私もそう思ってたんだ。元々ラフな格好似合う人だし...浴衣姿のカズヤさん、本人はそんなつもりないんだろうけど、ちょっと肌蹴てて誘ってる感じしたよね」

 

電気を消した暗闇の中、布団の中で仰向けになり、至極真面目な口調で未来が問えば、まるで打てば響く鐘のように響が返答した。

 

「...あたしはチラチラ見える鎖骨に釘付けになっちまった。浴衣姿のカズヤ、初めて見たけど良いよなぁ」

「私は僅かな隙間から垣間見えた胸元だ。浴衣とは、時に裸よりも魅力的に見えてしまうのか...奥が深い」

「...先輩、たぶんそれ業が深いの間違いだぞ」

「何? そうなのか?」

 

少し恥ずかしそうに語るクリスと、剛然と言い放つ翼のやり取り。

 

「...」

 

そしてフェチについて熱弁を振るう四人に呆れて何も言えない調であるが、話が気にならないと言えば嘘になるので余計なことは言わずに黙って聞いておく。

 

「カズヤさんって、和服とかプレゼントしたら着るかな?」

「微妙だなぁ。あいつ、服とか靴とかは基本的に機能性と運動性重視だから、動きにくいもん好きじゃねぇし」

 

未来の質問に同居人のクリスが唸る。

 

「だとすれば部屋着用、か」

「夏なら甚平とか着てくれそう」

「立花、お前は天才か!」

 

響の何気ない一言に翼が何か閃いたのか、喜色の声が上がった。

調が発言しないので寝ていると思われているのか、段々ヒートアップしていく四人。

それから暫くの間、あれを着て欲しいだとか、いやいやこういう服も捨てがたいとか、無駄な肉が一切ない体は目に毒だとか、無自覚なのに誘ってるとしか思えないだとか、もういっそ今からあいつの部屋に突撃するかとか、そもそも普段見慣れた裸より浴衣姿の方がエロく見えてしまうのは何なのとか、頭ピンクな四人が延々と話し合う室内で、調は完全に寝るタイミングを逸してしまった。

目を瞑って寝ようとすると、耳に入ってくる言葉が頭を巡る。

調だって年頃の女の子なのだ。異性という存在に全然興味がない訳ではない。

だが、聞こえてくる話は調にとっては刺激が強い、強過ぎる。

頭の中でグルグル駆け巡る刺激的な単語の羅列に圧倒され、脳のキャパシティオーバーを迎えそうになったその時、

 

(調、替わりなさい...!!)

 

滅茶苦茶怒っているフィーネの声が聞こえて体の主導権を明け渡す。

フィーネは布団から這い出して立ち上がり、部屋の電灯を何の予告もせず点けた。

 

「うおっ、眩し!?」

「目が、目がぁぁぁぉ!!」

「キエエエエエエエエ!?」

「イイッタイメガァァァ!!」

 

暗闇に慣れていたクリス、翼、響、未来の四人は、突然の光に目を潰されて悶絶する。

 

「うるっさいのよあなた達! 早く寝ろって言われたでしょうが!! 童貞の男子高校生みたいにいつまで下品な話をしてるの!?」

「し、失礼なことを言わないでもらいたい櫻井女史! 私達は既に貫通済み! そこらの未経験な童貞や処女と同じと思われるのは甚だ遺憾だ!!」

「その発言が既に下品だって自覚ないの翼ちゃん!?」

 

怒鳴るフィーネに、頓珍漢な返しをする翼。

 

「...ちっ、うっせぇな。惚れた男に処女捧げられずにそのまま腐らせた奴が、あたしらに偉そうに説教垂れてんじゃねぇ...処女膜から声出てんだよ」

 

舌打ちし、鬱陶しそうにボソリと辛辣な言葉を吐くクリスに、フィーネの中の何かがブチりと切れた。

あっ、これはヤバい、あかんやつですわ、と他の三人は察したが、どうすることもできない。

 

「...言ったわねクリス。言ってはならない台詞を、ついに...」

「それがどうした? 事実を言ったまでだ」

 

鋭く睨むが、挑発するように見下すクリスの態度に、フィーネが飛び掛かる。

取っ組み合いが始まった。

 

「人が黙って聞いてれば、調子に乗ってこのクソガキ! 操を立てるって言葉知らないの!? 私はあなたをこんな下品でドスケベに育てたつもりはないわよ!!」

「僻んでんじゃねぇ! ガキはあんただろうがこの腐れ万年処女! そもそもテーブルマナーすらろくに教えてくれなかったクソッタレが育てた云々とか烏滸がましいにも程があんだよ!! 箸の使い方みたいな日常生活に必要なことを手取り足取り懇切丁寧に教えてくれたのはカズヤと奏であって、あんたが言えた義理じゃねぇっつの!!」

 

ドタンバタンッ! と大きな音を立て、二人は布団の上を揉みくちゃになりながらゴロゴロ転がる。

 

「最早完全にただの喧嘩だな」

 

翼が呆れたように肩を竦めて、邪魔にならないように部屋の端に寄り、体育座りした。喧嘩を止める気はなく、好きにやらせるつもりらしい。

 

「今のはいくらなんでもクリスちゃんの言い方が悪いよ」

「流石に擁護できないよね」

 

響と未来も翼に倣う。

 

「だいたいあなた達性欲持て余し過ぎなのよ! 旅行中くらい自重できないの!? 常日頃から発情期の雌猫じゃないの、みっともない!!!」

「うるせぇ! こちとら若いんだよ!! それに普段と違うシチュエーションだから滾るんだろうが!! あっ、こういう感覚、そういやフィーネは知る由もなかったな! 今のは失言だった、すまねぇな!!」

「きいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

涙目になった調──の体を使っているフィーネが枕を手にしてクリスに殴り掛かり、クリスもそれに応戦。枕を使った殴り合いに移行した。

長引きそうな二人を放置し、未来が隣の響越しに翼に声を掛ける。

 

「ところで翼さん、話が変わるんですけど」

「どうした? 小日向」

「カズヤさんと翼さんの婚約の件です」

 

ああ、と何の話か理解し一つ頷く。

 

「具体的にいつになるかは分からないが、お父様は本気のようだ。カズヤを私の婿として風鳴家に迎え入れた暁には、風鳴家はカズヤのものだ、と」

「それだと、風鳴家と言うより君島家になるんじゃ...」

 

首を傾げる響に翼は「そうだ」と肯定。

 

「...お父様の狙いは、恐らくそれだろう。風鳴家という家系を終わらせること...風鳴家そのものを嫌っている、いや、憎んでいる人だからな」

「...翼さんのお父さん、もしかしてカズヤさんみたいな人が現れるのをずっと待ってたのかな?」

「良い意味でも悪い意味でも、しっちゃかめっちゃかに引っ掻き回すからね、カズヤさん」

 

電灯を見つめ考え込む仕草をする未来に、響が苦笑いを浮かべた。

 

「婚約の件、どう転んでも裏があるとしか思えないけど、私達の旦那様にはきっと関係ないんだろうな...いざとなったらご自慢の拳でなんとかするつもりなんでしょ」

「小日向はその辺りがやはり心配か?」

「そりゃ、心配してないって言えば嘘になります。けど、私は、前だけを見て進むあの人のそばにいるって決めましたから。意見は言いますけど、カズヤさんが下した最終的な決定には従います」

 

目を細めて優しげに微笑む未来に翼は小さく「ありがとう」と礼を言う。

 

 

「あ痛っ、痛、いたた、やめろこの変態裸族!!」

「私だって、私だって本当はあなた達みたいに、あの御方とイチャイチャしたかったわよ! 押し倒して跨がって好き勝手に腰振りたかったわよ! そんな私の目の前で、いつもいつも見せつけるようにカズヤくんとイチャイチャしてぇぇ、羨ましいのよあなた達ぃぃぃ!! うああ、あああああ、うわあああああああああああん!!!」

 

うつ伏せに倒されたクリスの上に跨がり、彼女の後頭部を枕でバコバコバコバコ殴りまくるフィーネの泣き声がやかましい。

 

「さて、そろそろ寝るとしよう。このままだと明日は本当に置いてかれてしまう」

 

既に無抵抗となったクリスを泣き叫びながらひたすら枕で殴るフィーネを止めるべく、翼が立ち上がった。

こうして夜が更けていく。

 



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しないフォギア風な閑話G2-2

前回、二話連続投稿とかやってみたけど疲れたからもうやらん


【続 熊五郎を返却しに北海道に行こう】

 

 

北海道、二日目。

日も昇らない早朝に起床すると、一行は直ぐ様準備を終えて朝市に向けて出発。

 

「私は何も悪くないのに...どうして...」

 

一人まだ寝足りないのか、調が恨みがましい視線で同部屋だった者達を睨んでいた。

 

「おお、活気があるな」

 

現地に到着し、カズヤは第一声に感嘆の声を思わず出す。

早朝にも関わらず朝市はたくさんの人々で溢れ返っていた。

実は、朝市自体は翼にバイクツーリングの際に何度か連れられて来たことはあるのだが、北海道の朝市は当然初めて。朝市と聞いただけで興奮するのに、北海道の朝市となれば美味しいものへの期待で食欲が抑えられなくなる。

 

「いやー、こういう場所って見てるだけでも楽しいが、やっぱ朝市来たからには海鮮丼とか刺身とか食いたいよな」

「早起きして朝ご飯抜いてきた甲斐がありましたね!」

「あっちであら汁が売ってるデスよ! ご飯ものとセットでいただくデス!!」

 

キョロキョロしながらカズヤが呟けば、腹の虫をグーグー言わせた響と切歌が早く早くと彼を急かす。

 

「よしっ、行くか」

 

まず最初に足を向けたのは丼もの屋さん。炊きたての熱々ご飯に獲れたて新鮮なネタを載せるだけという、実にシンプルな海鮮丼を売りにしているお店。

カズヤは店の前のメニュー表で一分程度悩んだ末、イクラ丼を選択。響はサーモンとウニ丼、切歌は牡蠣丼だ。

 

「うお! こんなにイクラ載っけてくれんの!?」

 

店員から受け取った器には、溢れんばかりのイクラの山。都内ではまずあり得ないであろうネタの量に感動で泣きたくなる。

 

「サーモンとウニもこんなに、凄い山盛りだ!!」

「こんなにネタたくさん載っけてもらって、これでお店は採算取れてるんデスか!?」

 

カズヤ同様にネタの量に目をキラキラさせた響と切歌が歩み寄ってきた。

 

「そういや他の連中は?」

「奏さんとマリアさんとセレナさんは寒いからってあら汁もらいに行きましたよ」

 

視線でホラあっち、と示された方には響が今言った三人が大きな鍋の前に並んでいる。

 

「他は調が豚汁見つけてそっちが良いってあっち並んだデス」

 

続いて切歌が箸で別方向を差せば、残りの四人がいた。

 

「ま、女ってのは冷え症が多いからな。先に体を暖めたいんだろ」

 

言って、その場でイクラ丼を食べ始める。

それに倣い二人も自分の丼に箸を伸ばす。

 

「...美味いなー。どうよ?」

「とっても美味しいです」

「ネタもいっぱいで食べ応え十分デス」

 

ふにゃ~と表情を蕩けさせた二人を見て、自分も似たような顔してんだろなと思いつつ、イクラ丼を響に差し出す。

意図を察した響が躊躇うことなく丼を交換してくれる。

 

「サーモンとウニも美味いな」

「イクラもですよ~」

「カズヤ私も、私の牡蠣丼ちょっとあげるからイクラ丼食べさせて欲しいデス」

「おう、食え食え」

 

それぞれの丼を三人で回し食いしていると、汁物を手にした他の面子が近づいてきた。

その中で、奏が少し警戒したように耳打ちしてくる。

 

「ヤバいよカズヤ、何処の局か知らないけどテレビの撮影来てる」

「マジかよ。こんな時に面倒だな」

 

言われて視界を巡らせれば、カメラなどの撮影機材を持った連中と、何処かで見覚えのある出演者らしき人物達を簡単に発見できた。

左手で丼を持ち、箸を咥えて右手でポケットからワンレンズタイプのサングラス──ストレイト・クーガー仕様の色違い(黒)──を取り出し装着。

奏、翼、マリアの人気歌手三人もそれぞれサングラスを取り出し掛ける。

すると何を思ったのか、セレナ、響、クリス、未来、切歌、調までもが自前のサングラスを取り出し装着した。

 

「いや、お前らまでサングラスする必要ねーだろ。つーか、なんで持ってんだよ」

 

十人全員がサングラス姿という異様な集団と化した自分達に、おかしさが込み上げてきて笑いそうになりながら突っ込む。

 

「私は元々マリア姉さんのパーソナルアシスタントとしてサングラスを常備してますので」

 

セレナの言い分に頷く。確かにあのライブで再会した時の彼女は、最初からサングラスをしていた。

 

「カズヤさん達と一緒にいると役に立つかもと思って、前々から用意しておきました」

 

クイッ、と右手の中指でサングラスの位置を直しながら未来が答えて、響とクリスが一泊遅れてクイッ、と同時に同じ動作をする。

 

「切ちゃんがカズヤのサングラス見て格好良いって言ったから、ノリで買った」

「特に何も考えないでノリでグラサン買ったデース!!」

 

正直に答える調と切歌。

 

「...とにかく、テレビ局の連中と出くわしたのは単なる偶然だろうし、俺と歌手三人がバレなきゃ騒ぎにならねぇと思うから、場所移そうぜ」

 

溜め息を吐いて提案するカズヤに皆黙って従う。

移動先で手にした丼やら汁物やらを食べて、少し周囲を注意しながら朝市を見て回る。

幸い、それ以後はテレビ局の撮影班と遭遇することはなかったし、皆で朝市を楽しむこともできた。

少しヒヤッとしたが、よくよく考えてみれば北海道は観光地。今後こういう場面に出くわす可能性は捨て切れない。むしろ今までが運が良かったのだろう。ちょっと認識を改めようと思うカズヤであった。

 

 

 

その後。

腹ごなしに牧場見学して美味しいソフトクリームを食べたり、牧場で飼育されていた羊を見てジンギスカンを食べたくなり専門店に突撃したり、札幌ラーメン食いたいとなってラーメン屋を探したり、という感じで食欲に支配されるまま食い倒れ道中を楽しんでいたが──

 

 

 

北海道で過ごす最後の夜。

風呂上がりに、何気なく体重計に載って、表示された数値を見てマリアが凍りつく。

 

「...っ!?!?!?」

 

声にならない絶叫。

今まで温泉に浸かっていたというのに顔を蒼くし、絶望的な表情をする姉を不審に思い、セレナが近づく。

 

「マリア姉さん?」

「...」

 

マリアは言葉では応じない。無言のまま体重計から降りて、顎でセレナにも載るよう示す。

嫌な予感を感じつつ、セレナは体重計に載る。

そして、これまであえて無視していた現実と向き合わされたのだ。

 

「ひぃぃっ!?!?」

 

脱衣場に響くセレナの悲鳴。

他の者達が何だ何だと寄ってきて、体重計に載ったセレナを見て、全てを察してマリアとセレナ同様に青褪める。

 

「......私達、仲間よね?」

 

低い声で、マリアが言葉を紡ぐ。

 

「喜びも苦しみも、希望も絶望も分かち合うべきだと思うの...皆で」

 

ここ数日、高カロリーなもんを食ってばっかでまともな運動を全くしていなかった反動が、無慈悲な数値となって表れたことを全員が目の当たりにする。

 

 

 

「お前ら箸の進みおせーな。なんかあったか?」

 

夕飯にて。元気がないどころか生気がなく、それでいて親の仇を睨むような、憎しみが込められた眼光を夕飯に注ぐ女性陣の様子に、カズヤが訝しむ。

 

「...」

 

しかし誰からも応答はない。

つい先程まで、最後の夕飯は何が出るのかな? とウキウキしていた姿は何処へやら。

...まあ、だいたい予想はつくのだが。

 

「体重増えてたんだろ」

 

これっぽっちもデリカシーのない発言に、ドッキーン! とあからさまに全身をビクつかせる女性陣にカズヤは「図星かよ」と半眼になる。

 

「動いてねーのにあんだけ食えば増えるし太るに決まってんだろ」

「やめて! 聞きたくない!」

「増えるとか太るとか言うな!!」

 

マリアと奏が耳を塞ぐ。

 

「そもそも女ってのは、体質的に男よりも脂肪がつき易くてな」

「許してくださいカズヤさん!!」

「やめてくれ!!」

 

セレナと翼が涙目で訴える。

 

「新鮮な魚介類をメインにしてたが、この時期の生き物は越冬の為に脂肪分をたくさん蓄えてて」

「...脂肪...」

「...たくさん...」

「...蓄えて...」

 

クリス、響、未来が背もたれに体重を預け天を仰ぎ白目を剥く。

 

「美味いもんが基本的に高カロリーなのは、脂肪分と糖分の塊だからなんだよ」

「...脂肪分と糖分の...」

「...塊...」

 

切歌と調が頭を抱えた。

 

「ま、俺は全然体重変わってねーけど」

 

この裏切り者め!!!

 

女性陣の心が今、一つになり絶叫する。

九人の乙女達から凄まじい眼光が飛んでくるが、カズヤは怯むどころかうんざりしたように溜め息を吐くだけ。

 

「お前らは根本的に勘違いをしてる」

 

勘違い? と首を傾げる九人をよそに、カズヤはスマホを操作し、とある画像を見せつけた。

覗き込めば、画面に映っているのは一枚の写真。被写体は水着姿の二人の女性。

これが? と視線で皆が問えば、彼は得意気になって言う。

 

「お前ら全員、右の女性の方が痩せててスタイル良いって思ったろ?」

 

誰もが彼の言う通りだったのか、首を縦に振る。

 

「じゃあ聞くが、男だったらどっちが好みだと思う?」

「右の女性じゃないんですか?」

「全員響と同意見か?」

 

確認を取れば否定の意見が出ない。

 

「なら答え合わせだ。先に言っちまえば、世の男の大半は右じゃなく左が好みなんだよ」

 

うええええっ!? と叫ぶ乙女達。

 

「これは男女間での認識の違いだ。女はこの写真を見て、右が痩せてて左がほんの少し太ってると思うが、男の場合、右が痩せ過ぎで左が普通、という風に左の方が魅力を感じるんだよ」

 

証拠としてこの写真が掲載されているSNSのコメントを見れば、ほとんどの男性が左を支持していた。

 

「女なんだから、太りたくないとか痩せて綺麗になりたいとかあるのは別に構わねーが、試合前のボクサーじゃねーのに無理な節制はやめとけ。それ以前に俺からしてみればお前ら全員痩せてる方だ。だからもうちょい肉つけろ、肉。つーか、旅行中に食事量抑えるなんてつまんねー真似してんじゃねーよ」

 

話は終わったと食事を再開するカズヤ。

皆は少し考えるように沈黙し、右に左にと顔を見合せ、一つ頷いてから漸く()()()()()()食べ始める。

その様子を見て、カズヤはやれやれとばかりに苦笑した。

 

 

 

あとはもう寝るだけ、という段階になって奏は同室のマリアとセレナに問い掛けた。

 

「東京帰ったらダイエットしなきゃな、って思ってたけど、このままでいいのかね?」

 

ちなみに切歌は、食後に調とカズヤの三人で遊戯コーナーに行ったっきりまだ戻らない。

 

「どうでしょう? カズヤさん的には、むしろしないでくれって感じでしたけど」

「私はてっきり痩せろって言われると思ってたわ」

 

正座し湯気を上げている湯呑みを両手に持つセレナと、明日の為に荷物整理をしているマリアが、布団の上でスマホを弄る奏に視線を向ける。

 

「...ネット調べるとさ、痩せ過ぎとかガリガリの女は抱き心地が良くないって出るんだよね」

「しかも男性と女性の『痩せてる』って全然違うんですよね」

「あれ、さっきカズヤに指摘されるまで全く知らなかったわ...まさに目から鱗よ」

 

唸る三人。

 

「アタシらのこと痩せてる、つってたな」

「言ってましたね」

「ということはもう少しその、ふと...増量した方がいいのかしら」

 

増量するならあとどのくらい?

奏はスマホでとあるサイトを見つけた。

 

「何々...女性の理想体重は、身長とスリーサイズで大きく変わります。また、健康を重視する理想体重、プロのモデルの理想体重、女性が美しいと思う理想体重はそれぞれが大きく異なるのも同様です。まずはあなたが目指す理想体重が何なのかを知りましょう。なお、痩せ過ぎというのは病気になりやすかったり、不妊になったりと危険性を秘めていますので、美しさを求め過ぎたダイエットのやり過ぎにはご注意を...だとさ。身長入力するとそれぞれの理想体重が分かるのか。ちょっとやってみよ」

 

興味を引かれてスマホに自身の数値を入れる。

マリアとセレナも気になるのか寄ってきた。

 

「え~と、アタシの理想の健康体重は...今より随分重いね」

「これ、男性の体重なんじゃないの?」

「入力間違えました?」

「いや、間違えてないし、女性の理想の健康体重ってあるよ...身長あるからかな?」

 

それにしても重過ぎない? と女性視点で思いつつモデルの理想の体重を確認してみる。

 

「そうそう、身長に対して旅行前の体重がだいたいこれぐらい......えっと、モデルの理想体重は、スタイルを売りに仕事をしている人の理想の体重です。普通の人にとっては痩せ過ぎなので、健康に注意しましょう...」

「私と奏の身長がほぼ一緒だから、これって私も当てはまるのよね...?」

「つまりマリア姉さんと奏さんは、カズヤさんが言う通りもう少し増量した方がいい、ということですね」

 

セレナの言葉に奏とマリアは思わず顔を見合せ、お互いを指差しつつ、

 

「「これで痩せ過ぎなの!?」」

 

とかなり大きな声を上げて唖然としてしまう。

その隙にセレナが奏の手からスマホを奪い、更に読み進める。

 

「...なお、バストが大きい女性の方は、表記された体重にプラス二、三キロを目安としてください、とあります」

「え? 嘘だろ? プ、プラスで二、三キロ?」

「そんなに増量していいの!?」

 

信じられんとセレナの手元を覗き込む奏とマリアに、画面が見易いようにセレナが角度を変えた。

 

「...ホントだ...別にアタシ節制してるつもりないんだけど」

「私も」

 

なんで? と首を傾げる二人。

セレナは更に読み進めた。

 

「えーっと、これらの表記はあくまで目安です。参考程度にしていただくようお願いします。過度な増量や減量は体の毒となりますので、やり過ぎにはご注意ください。当然、体質的に太りやすい太りにくい、痩せやすい痩せにくいは人それぞれです。あっ、ここからまとめですね...健康に勝る美しさなどありません。しかしながら、女性として生まれてきた以上、体重の問題は切っても切り離せないもの。特に好きな男性やパートナーがいる方は気になるのも仕方がありません。その場合は、誰目線で見た時に美しいと思える体を目指すのかをよく考えましょう。万人が美しいと称賛しても愛する男性が美しいと思ってくれなくては何の意味もありません。そして、意外に思うかもしれませんが、一般女性皆様が想像しているよりも、男性は女性の体重問題に対しておおらかです。大抵の男性は『無駄な贅肉がなければいい』『くびれがあって欲しい』『健康的に見える』程度のものを望んでいて、実際の数値をあまり気にしません。どうか、あなたにとって最適な理想体重を手にしてください...とのことです」

「...」

「...」

 

音読が終わり、セレナが奏にスマホを返却。

暫く黙って思考に耽る三人であったが、これまでのやり取りとで答えを得たのか、おずおずと奏が口を開く。

 

「...要するに、痩せ過ぎず、健康的であれば良いってことかい?」

「そうね。私達は装者である以上、体が資本なんだし」

「結局は、カズヤさんがどう思ってくれるかですから」

 

マリアが首肯し、セレナが結論を述べた。

 

「...そろそろ寝ましょうか」

 

それからセレナが促し、三人は布団の中に潜る。

電灯は消さない。まだ切歌が戻ってきていないからだ。

 

「...」

「...」

「...」

 

沈黙が部屋を支配する。

防音がしっかりしているのか、隣の部屋から声が聞こえてくることもなく、エアコンが作動する音だけが静かに響く。

 

「...切歌さんにもう寝るように言ってきますね」

 

その時、一度布団の中に潜ったセレナが立ち上がるが──

 

「「させるかっ!!」」

 

今まさに横切ろうとしたセレナの足首を、布団の中から奏とマリアが手を伸ばし左右から一本ずつガッシリ掴み、

 

「ぶっ!?」

 

ビターン、とセレナは畳に体の前面を叩きつけられた。

 

「な、何するんですか!!」

 

涙目になって抗議するセレナが上体だけ振り返り見たものは、般若のような顔をした奏とマリア。

 

「...セレナ、あなた今、『切歌に寝るように言ってくる』って言ったわよね?」

「それの何が──」

「どうして、『連れ戻してくる』じゃないんだい?」

「....................................それは」

「「それは?」」

「切歌さんと調さんに寝るように言った後、もしかしたら、か、カズヤさんからお部屋にお呼ばれするかもしれないじゃないですか」

 

それを聞いた二人は何の打ち合わせもしていないのに、セレナの足首を同時に引っ張り畳一畳分引き摺ると、うつ伏せの彼女の上に圧し掛かる。

 

「重っ!? 重いです!! さっき食べたものとか内臓とか出ちゃいます!!」

「どさくさ紛れに、何一人でカズヤとしっぽりしようとしてるのよ!? いくらセレナでも抜け駆けなんて許さないわよ!!」

「そうさ! こういうのはまず先に先輩のアタシから許可を取ってからにしな!!」

 

腰に奏が、太ももにマリアが跨がり、二人分の体重受けて拘束されてしまう。ジタバタもがくが、全く動けない。

 

「だいたい何が『お呼ばれ』だ! アンタがいつもいつもカズヤを誘惑してんのは分かってんだかんね、このド淫乱!!」

「全く、姉として嘆かわしいわ! いつからこんな風に皆を出し抜くようなことができる子になっちゃったのかしら!」

「だってカズヤさんって割りと隙だらけ──」

「誰が口答えをしていいと言った!?」

「奏、先輩としてセレナの教育をお願い。この子にはみっちりと礼儀というものを叩き込んでおいてちょうだい......私は切歌と調にもう寝るように言ってくるから」

「ああ、任せときな...とでも言えば満足かこの淫乱ピンク!!」

 

セレナの上からどいて横を通り過ぎようとしたマリアの足を奏が掴み、そのまま引き倒す。

 

「ぐっへ!?」

「姉妹揃って考えること一緒かアンタら!」

「...私はセレナほど露骨じゃないわ」

「はあああ!? マリア姉さんだってカズヤさんのこと常に露骨に誘惑してるじゃないですか!! セクハラ染みたボディタッチ凄く多いし、晩酌だって最初は『酔った勢い』を利用する為に始めた癖に!!」

「いいじゃない別に! 何が悪いのよ!?」

「悪いとは言わんが調子に乗るな! アンタら二人共だ! カズヤが何でもかんでも受け入れてくれるからって甘え過ぎだ! いい加減にしとけよ!!」

「奏に言われるとは心外ね」

「本当ですよ。クリスさんと二人で毎晩のように甘えてる癖に。一つ屋根の下ってズル過ぎません?」

「......そこまで言うならこうしようじゃないか」

 

こめかみに青筋を立てた奏が立ち上がり、自分のキャリーバッグから一升瓶──今日の昼にお土産として買った日本酒を取り出す。

 

「...飲み比べ勝負って訳ね?」

「負けたらここで朝まで潰れてる。勝ったらカズヤの部屋に行ける。シンプルだろ?」

「受けて立ちます」

 

一升瓶の蓋を開け、グラスを三つ用意し酒を注ぐ。

終わりそうだった夜は、なかなか終わりそうになかった。

 

 

 

一方その頃。

 

「クタバレ切歌! フルバァァァストだ!!」

「あああ! 私のグァンドァムが爆発四散させられたデス!?」

「大丈夫、切ちゃん。仇は取る......自爆!」

「ぐおおおおお!? 調お前、さっきから自爆特攻ばっかじゃねぇか!! 自爆してドロー狙いやめろっつの!!」

「ロボットの自爆はロマン。死ぬ時は皆一緒」

 

遊戯コーナーで三人が興じているのは、『輸送戦機グァンドァム』という人気ロボットアニメのアクション系のアーケードゲームだ。

なかなか楽しく遊んでいるのだが、調は自身の操る機体の耐久値が残り僅かになると、必ず近くの誰かを巻き込んで自爆するという(タチ)が悪いことをやり始めていた。

試合形式はバトルロイヤルなので、最後まで立っていたら勝ちなのだが、調が自爆特攻しまくるので誰一人として生き残れない、戦争に勝者などいないと風刺するような不毛な戦いが続いている。

実はこのゲーム、プレイヤーからは自爆ゲーと言われており、困ったらとりあえず自爆しとけば勝てないけど負けないと言われるくらいに自爆が非常に強力に設定されていた。故に自爆特攻が推奨されるという狂ったゲームバランスなのだが、それを調が気づいた訳ではないし、予め知っていた訳でもない。

単に切歌とカズヤを巻き込んで自爆するのが楽しいのだ。

 

「もう一回やるデス!」

 

切歌の声に伴い画面が切り替わり、機体選択画面になった。

機体を選択すると、対戦画面に切り替わり『Ready』と表示される。

 

「調、もう自爆すんなよ?」

 

『Action!!』

 

「了解、自爆する」

「「あああああああああ!?」」

 

画面の中では、開幕二秒で三体のロボットが木っ端微塵になった。

ちなみにこのゲーム、自爆が強く設定されてる時点でお察しかと思うがクソゲーの類いである。

 

 

 

「開ーけーてー」

 

宿で過ごす最後の夜を猥談で盛り上がっていたところ、奏の声がドア越しに届き、やや乱暴にノックがされる。

ドアに最も近かった響が鍵を開けて応対すると、そこには顔を赤くし目が据わった奏がいた。その背後には奏同様に顔が赤くて目が据わったマリアとセレナも一緒だ。

しかもなんか酒臭い。

 

「飲み比べ勝負してたんだけどさー」

「は? はあ...」

「なんかイマイチ盛り上がんなくて、来ちゃった」

「え? あ、ちょっと奏さん!?」

 

酔っ払い三人は響を押し退けズカズカ入室してくると、勝手にドカリと畳の上に胡座をかき、手にした一升瓶からグラスに酒を注ぐ。

 

「奏、どうして飲み比べ勝負など...」

 

酔った姿は何度も見たが、ここまで酔った相棒の姿を見るのは初めてだった翼が戸惑いがちに問う。

 

「うんとね、えーっとね、体重の話でアタシらはもっと肥えた方がいいってなって、確か勝った奴が今晩カズヤを一人占めするって話だったんだけど、全然こいつら負けを認めなくて、だからこっち来たの」

「...話の前後が訳分かんねぇぞ」

 

何言ってんだこいつ、とクリスが思わずぼやく。

 

「で、アンタらは、何してたの? どうせ猥談でもしてたんてしょ? ん? お姉さんに言ってみな?」

「アハハハハッ、猥談! 猥談だって! 聞いたセレナ!? アハハハハハハハ!!」

「エッチな話なら聞かせてくださいよ~! 今後のプレイの参考にしますぅぅぅ」

 

酔っ払ってる癖に妙に勘のいい奏の言葉に、マリアが唐突に笑い出し、セレナが話をせがむ。

面倒臭いやつだこれ! と、響、翼、クリス、未来の四人は悟るが、一度部屋に入れてしまった以上、この酔っ払い三人を無理矢理追い出すこともできない。

どうやって対処すればいいか黙して考える四人に、奏は素面だと話しにくいのかもしれないと勝手に見当違いを起こし、セレナが抱えていた果実酒の瓶を奪い取ると、響に渡した。

 

「美味しいよ? 飲み易いし、甘口だし、ジュースの延長みたいな味で初心者にオススメ~」

「えっ」

「しかも酔った勢いでカズヤとにゃんにゃんできるぞ! アタシが許す!! 飲んだら一番槍は譲ってやる!」

「でも...」

 

躊躇う響だが、奏は不敵に笑う。

 

「おいおいどうした響? ルナアタックの後の行動制限中に、アタシらの中でカズヤのシェルブリットに一番槍したのに酒はやれねぇの?」

 

酔っ払いの安い挑発だ。しかし、こう言われてみると確かに飲酒なんて、カズヤとのアレと比べたら大したことないように思えてくるから不思議である。

それに、飲酒して楽しそうにしている面子を見て、実は前々から興味があった。

 

「ガングニール、立花響! 一番槍、いきます!!」

 

手にした酒瓶を高々と掲げ、らっぱ飲みを開始。

ここからが宴の幕開けとなる。

 

 

 

切歌が「眠くなってきたデ~ス」と口にしたので部屋に戻ることにした。

とりあえず切歌と調の二人を部屋の前まで送り、ここまで来たから皆に一言声を掛けてから部屋に戻るか、と思ってドアをノックしようとして──

 

「...」

「カズヤ?」

「どうしたんデスか?」

 

なかなかノックをしようとしないカズヤに二人が訝しみ、彼は悩ましげに呟く。

 

「なんか、嫌な予感がする」

「嫌な...」

「予感デスか?」

 

顎に手を当て、少し考えてから二人に向き直る。

 

「鍵持ってるか?」

 

フルフルと首を横に振る二人。

 

「仕方ねー。フロントでマスターキー借りるぜ。同室の者が寝ちゃって入れないとでも言えば貸してくれんだろ」

 

一度三人でフロントに赴き、ここ数日ですっかり顔馴染みになった従業員に事情を説明すると、快くマスターキーを貸してくれた。戻ってくると、まずは切歌側の部屋を慎重に、それこそ泥棒のように音をなるべく立てないように細心の注意を払いつつ開ける。

 

「誰もいないな」

 

部屋は無人。もぬけの殻だ。布団が四人分敷いてあるが、それだけ。部屋にいるはずの奏とマリアとセレナの三人は一体何処へ?

カズヤが先程感じた嫌な予感が強くなる。

続いて調側の部屋を慎重に開ける。ゆっくりと鍵を差し込み、ゆっくりと回す。小さな音も立てないように気をつけながら解錠し、静かにドアノブに手を掛けて捻り、僅かな隙間が開けば、大音量の音楽と歌声が響いてくる。

 

「この曲、ツヴァイウィング」

「歌ってるのは、クリス先輩と未来さんデス?」

 

戸惑う二人を背に覗き込む。

そこで繰り広げられていたのは──

 

(何だこれ...?)

 

部屋の中だというのにシンフォギアを纏ったクリスと、浴衣姿の未来が、二人で肩を組み、空になった酒瓶をマイクに見立てて熱唱していた。

よく見ればシンフォギアを纏っているのはクリスだけじゃない。隣の部屋にいなかった奏達もいて、未来以外の全員が揃いも揃ってギアを起動し、楽しそうに合いの手と手拍子を入れていた。

 

(シンフォギア使ってカラオケ大会してんのかこいつら!?)

 

畳の上に転がるいくつもの酒瓶と空き缶。それらは全部アルコール飲料で、全員が熟れたトマトみたいに顔が赤い。

完全に出来上がってる!!

幸い、宿の防音設備が完璧だからこそ音が外に漏れておらず他の客からクレームがなかったらしい。カラオケ大会をしても平気な建物及び部屋、そして名も知らぬ建築会社と大工さん達にカズヤは心から感謝した。

カズヤの脇の下に潜り込み、ドアの隙間から垣間見える室内の光景に、切歌と調も唖然としている。

どういう経緯で成人の三人が未成年の四人に酒を飲ませてカラオケ大会となったのか皆目見当もつかないが、関わり合わない方が賢明なのは確かだ。

.....................とりあえずドアをそっと閉じた。

 

「...」

「...」

「...」

 

三人で顔を見合わせる。

やがてカズヤが重々しく口を開く。

 

「切歌、調、お前ら二人はこっちの部屋で寝ろ......あいつらは、酒が入ってるみてーだし、そっとしておこう、な?」

 

コクコク頷く二人に満足し、カラオケ大会の会場となった部屋を外から施錠してから「フロントにマスターキー返却してくる」と言って踵を返す。

触らぬ神に祟りなし。戦略的撤退。逃げるが勝ち。

酔っ払い七人の相手などやってられんとばかりにカズヤは溜め息を吐いた。

 

 

 

翌日。

案の定、二日酔いを起こして苦しむ七人の姿があった。

犠牲者を求めて徘徊するゾンビのような足取りと唸り声を上げるアンポンタン共が、この状態でバスと飛行機を乗り継いで帰れるとはとても思えない。

なので、切歌と調に近くのコンビニで液キャベを人数分買ってこさせると、フォアグラの材料となるガチョウに無理矢理餌を食べさせるように、強制的に情け容赦なく手加減抜きで、顔を上に向かせて口を開かせ瓶を咥えさせて液キャベを流し込んでやる。

そして暫く禁酒命令を出した。

 

 

 

 

 

後日。

カズヤは七人から連名で浴衣をプレゼントされた。

二日酔いで迷惑を掛けたお詫びだという。

まだ冬なので使う機会はないが、夏などにありがたく部屋着として使うことにすると決めた。

ジュルリ、という音は聞かなかったことにしておく。

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

『輸送戦機グァンドァム』

宇宙暦114514年。主人公の星井総次郎は非合法の輸送業務を生業とする運び屋として生計を立てていたが、07月21日に請け負った仕事で地球から火星へ向かう途中、海賊の襲撃に遭う。やたらと装備が充実しており正規軍よりも精強な海賊共を一人残らず宇宙の塵にする為の武器を求めて勝手に荷物を開けたところ、荷物の中身は地球連邦軍で生み出された最新の人型超兵器『グァンドァム』だった。

『グァンドァム』を勝手に使って海賊を殲滅するものの、今度は地球連邦軍からはテロリスト扱いを受け、本物のテロリストや反地球連邦の者達からは『グァンドァム』を狙われ追い回されることとなる。

四面楚歌の中、とにもかくにも『グァンドァム』を駆り、寄ってくる迷惑な連中を、躊躇なく片っ端から返り討ちにしつつ逃亡生活を送る総次郎。

しかしそれは、地球、月、火星、宇宙コロニーなどといった人類圏の全てを巻き込む戦争の火種の始まりでしかなかった。



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しないフォギア風な閑話G3

アンケートの結果、GX編や閑話よりもR-18版が求められているという事実が発覚し、シャチョサン、アンタモスキネ、と思いつつ執筆しておきましたので、暇があったら読んでみてください。この作品の小説情報にリンク貼っておきましたが、R-18版のリンクを貼っていいか分からんので運営さんに怒られたらリンクは削除します。
その場合はR-18と原作のカテゴリーを合わせて検索するか私(作者)の投稿一覧から飛んでください。


【休日】

 

 

街中で、本屋の雑誌コーナーの前で、二人は珍しくばったりと出くわした。

 

「あれ? 朔也じゃねーか、何してんの?」

「え? あ、カズヤくんこそ」

 

仕事の関係上、ほぼ毎日のように顔を合わせる二人であったが、プライベートでの付き合いが皆無だった為、休日に会うことなど今まで一度たりともなかったのだ。

 

「俺? 俺は見ての通り、テキトーにそこら辺ブラブラしてただけだ」

 

片や装者達と共に危険が隣り合わせの戦場や事故現場の最前線で暴れ回る戦闘要員、一時は世間を賑わせた男、"シェルブリットのカズヤ"ことカズヤは、ワンレンズタイプのサングラス──ストレイト・クーガー仕様の色違い(黒)──を外して何でもないことのように答える。

 

「一人で? カズヤくんが一人でいるなんて珍しいね」

 

片やカズヤ達の後方支援を務めるオペレーターの朔也は、カズヤが一人で街中をテキトーにブラブラしていることそのものを珍しいと、思ったことをそのまま言う。

 

「え? 俺が一人でいることってそんな珍しいか? 結構こんな感じで出歩いてると思うんだが」

 

首を捻るカズヤに朔也は苦笑。

 

「だってカズヤくん、いつも誰かしら一緒じゃないか」

「あ~、そうだな。考えてみれば、いや、考えなくてもそう見えるわな」

 

基本的には仕事中は緒川か、装者の誰かと共にいるので、カズヤ一人で行動しているというのはなかなか無い。

 

「で、何してんの? 今日非番だっけか?」

「お察しの通り、こっちもテキトーに街をブラブラしてただけさ」

「お互い暇人な訳だ」

 

ニシシッ、とカズヤが人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「他の皆はどうしてるの?」

「ん? 他の皆って? 響達のことか?」

「そうそう」

「あー、響と未来は二人で遊びに行ったみたいで、クリスは学校の友達と遊びに行って、セレナは切歌と調を連れて買い物、奏と翼とマリアは次の新曲の構想について話し合ってるから部屋で缶詰め状態、って感じ。見事に俺だけ暇なんだな、これが」

「へー。珍しいもんだね」

「そうか?」

 

カズヤは気づいていないようだが、朔也はなんとなく察した。彼女達は、あえて彼が一人になれる時間を作っているのではないか、と。

弦十郎から聞いた話によると、カズヤのプライベートの時間というのは、未来が管理しているらしい。その時点で色々と突っ込みどころがあるのだが、これは一旦横に置いておく。

元来、カズヤという人物は自由奔放な男だ。彼がまだ二課に加わった頃は、暇を持て余せばいつの間にかフラッといなくなっていたり、あっちこっちほっつき歩いてたりと、なかなか一ヶ所に留まっていなかった。

アクティブに動きたがる、というのは、逆を言えば何かに縛り付けられたりするのを酷く嫌うのと同義。

先に述べた通り、カズヤは一人で行動していることがあまりない。仕事中は勿論、家でも同居人が二人いる。

恐らく、彼の性格を熟慮した未来が、あえて彼が一人になれる時間というのをたまに作り、適度にガス抜きをさせているのだろう、と。

ちなみにここまでの朔也の考えは、概ね合っていた。

 

「もしカズヤくんがよければ、一緒に昼でもどう?」

「ん? 俺は見ての通り暇してるから全然構わねーが、いいのか? オペレーターの連中って俺らより休み取れてないだろ。貴重な休日を野郎との飯に費やすなんて、物好きだな」

 

そんな彼が暇そうにしているのでランチを誘ってみたら、案の定、あっさりと了承してくれる。

 

「いや、そうでもないよ。カズヤくんとプライベートで、しかも二人で食事するの初めてだし、色々と話してみたいことあるし」

「緒川とはたまに二人で飯食うことあるけど、そういや朔也とはなかったな...オーケー、じゃあ今日は野郎二人で腹割って話そうぜ」

 

 

 

休日のランチタイムということで、二人が入店したファミリーレストランはそれなりの混み具合を見せていたが、タイミングが良かったのか待つこともなく案内される。

手短にメニューから食べたいものを選び注文を済ませると、先に口を開いたのはカズヤだった。

 

「そういや朔也って彼女とかいねーの?」

「ぶふっ!?」

 

お冷やを飲んでいたところへ、いきなりこんな質問がきて朔也は盛大にむせる。

 

「い、いきなり何!?」

「いや、そんな驚くような質問か? 枯れたジジイじゃねーんだし、お前さん見た目イケメンだし、いるのかな? って思って」

 

逆にカズヤの方が目を白黒させて驚いていた。

 

「残念ながらいないなぁ」

「やっぱ機密を取り扱う職業柄、できにくいんかね...あおいもこの前合コン失敗して、連敗記録更新したって聞いたし」

 

思わぬ情報──面白そうな話を耳にしてつい、少し身を乗り出してしまう。

 

「何それ? ちょっと詳しく聞かせて」

「おい、急に生き生きしてきたな。まあ、いいけど」

 

少し前に合コンが失敗し、凹んでいたあおいから愚痴を聞かされた装者達から聞かされた話によると、機密の問題から本当の職業を言うことができず、怪しまれて逃げられた。簡単に纏めるとこんな感じだった。

 

「前にテレビで見たが、米国のエージェントとかも家族にすら話せないから離婚率高いとかあったし、国家機密に関わってる連中の恋愛事情なんて何処も一緒なんかね」

 

つい数ヶ月前、今引き合いに出した米国のエージェント達を、キミは完膚なきまでにボコボコにしたけどね、とは言わない。

 

「そう考えると、ウチで浮いた話ってカズヤくん達だけ?」

「......俺達は浮いたっつーか爛れた...やめようぜこの話」

 

苦虫を噛み潰したように眉を顰め、カズヤは話題を変えようと試みる。

 

「ええー、聞きたい。腹を割って話すんじゃなかったの?」

「断る。ただでさえドクズだ女っ誑しだって陰口叩かれてんだ。これ以上ネタ提供してたまるか」

 

そうすげなく告げてカズヤがお冷やを飲むので、とりあえずジャブを打っておく。

 

「でも翼さんと婚約したんでしょ?」

「ゴハッ!?」

 

思いっ切りむせて何度も咳き込む彼をニヤニヤしつつ見ていると、ギラリと睨まれる。

 

「誰から聞いた!?」

「緒川さんから」

「あの忍んでない忍者め...!!」

 

彼の拳が固く握られ、ギシギシと明らかにヤバそうな音が発生していたが、唐突に彼は全身の力をふっと抜くと、疲れたように溜め息を吐く。

 

「緒川が喋ったんなら、弦十郎のおっさんから許可は出たんだろうな」

「みたいだよ。でも俺以外に知ってるのはあと一人で──」

「あおいだけ、か?」

「そういうこと。他の人達には言うなと口止めもされてる」

 

安堵の溜め息をもう一度吐くと、有無を言わさぬ口調とドスの利いた声で彼は言う。

 

「とにかくこの話題やめろ」

「......はい」

 

半ギレしてる、ということを悟り朔也は、調子に乗り過ぎたかと反省し大人しく従った。

それから朔也は、休日の過ごし方についてとか、趣味とか、最近はまっているものとかについて食事しながら話す。

カズヤはカズヤで、同性の友人が少ないからか、朔也の話を興味深そうに耳を傾けていた。

とにもかくにも和やかに話が進む中で、朔也は「あっ」と思い出したように口にする。

 

「そういえばカズヤくん、今日飲み会あるんだけど、来る?」

「飲み会? 何の?」

「飲み会って呼ぶほど人数多くないけど、俺と司令と緒川さんの三人で月一くらいの頻度でやるんだ。カズヤくんも来れば?」

「何だその楽しそうな男子会? 初耳だぜ。なんで今まで誘ってくれなかった!?」

「いや、だってカズヤくんの周りいつも女の子ばっかで誘いにくくて...俺も司令も緒川さんも、カズヤくん誘って後で装者の誰かに睨まれるの嫌だったから」

「...いくらあいつらでも流石にそれはねーって。場所がキャバクラとかじゃなけりゃな。どうせ普通の居酒屋だろ? それなら大丈夫だ。それに俺、あいつらに束縛されてるとか感じたことないしな」

 

彼がそう言うならば、これまで変に気を遣い過ぎただけだったのかと勿体ない気分になる。

 

「なら、参加ってことでいい?」

「問題なし!」

 

ならばと朔也は緒川に連絡を取り、今夜カズヤが参加する旨を伝え、カズヤもスマホを取り出し飲み会に参加するので帰りは遅くなる旨を伝えた。

 

 

 

「未来、カズヤさんから何だったの?」

「今日は藤尭さんの誘いで男子会に参加するからすまんが夕飯は俺抜きでやってくれ、だって」

「男子会...師匠達と?」

「うん。参加するのはカズヤさんと弦十郎さんと緒川さんと藤尭さんの四人だって」

「何だか楽しそうだね。参加してみたいけど、男子会じゃ無理か。ちょっと残念」

「だったら私達は、珍しくカズヤさんがいないから皆で女子会だよ」

「そういえばカズヤさん抜きで皆でご飯って実は初めて?」

「あ、そうかも。響は夕飯、何食べたい?」

「お肉!!」

「切歌ちゃんみたいな返ししないの、もう」

 

 

 

 

それから、飲み会が始まるまでテキトーに時間を潰そうということになり──

 

「バッティングセンター......カズヤくんはよくこういう所に来るの?」

「それなりに、なっ!!」

 

貸し出しされている野球用ヘルメットを被ったカズヤがバットをフルスイングし、快音と共に白球が打ち上げられ『ホームラン』と書かれた札に命中する。

 

「お見事」

「チョロいぜ」

 

彼が立つバッターボックスは、時速百六十キロと表示されており、素人では飛んでくる白球にバットを当てるどころか、かすらせることすら難しいのだが、先程から軽々とホームランをかっ飛ばしていた。

アルター能力がなくても、その長身痩躯が保有する動体視力や反射神経、筋力や素早さやその他諸々は、自他共に一般人と認める朔也からしたら、やはりカズヤも弦十郎や緒川と同じ、様々な意味で規格外な人間だ。

 

「朔也はやらないのか?」

「いや、運動不足だからさ...」

「んなこと言ってると、いつまで経っても運動不足なんざ解消できねーぞ。ただでさえ仕事でデスクに齧りついてんだろ」

 

手にしたバットを渡され、半ば強引に野球用ヘルメットを被せられ、時速八十キロのバッターボックスに押し込まれた。

仕方がない。折角バッティングセンターまで来たのだから、一回くらいはバットをフルスイングしておくか。

バッターボックスに立ち、白球が発射されるのを待ち、飛来してきた白球に狙いを定めて、全力でバットを振るい──

 

 

──ゴキリッ!

 

 

「...ぐあ、あ...腰、腰が...脇腹が!?」

「...ええぇ」

 

 

 

痛めた体を引き摺りバッターボックスから休憩スペースへと場所を変えて、ベンチに座ってぐったりしていると、缶コーヒーを二本手にしたカズヤが片方投げて寄越してきた。

 

「平気か?」

「もう大丈夫」

「なら良かった。これで仕事できなくなったら、俺が弦十郎のおっさんに怒られるからな」

 

苦笑しながら隣に座り、カズヤは缶のプルタブを開け中身を飲み始める。

朔也も同様に缶コーヒーを飲む。

一息ついてから朔也は自嘲するように笑う。

 

「いや~、情けないところを見られちゃったな」

「これを機に、暇があったら少し運動することを推奨するぜ」

「善処します」

 

他の客がバットで快音を鳴らすのをBGMに、手元の缶コーヒーを飲み干す。

隣のカズヤも飲み終わったのか、空き缶を片手で紙屑のように握り潰し、自販機のそばにあるゴミ箱へ投げ入れる。

空き缶はカンッ、と甲高い音を立てゴミ箱に収まった。

 

「平和だな~」

 

大きな欠伸をかきながらぼんやりとした口調で呟くカズヤ。

 

「そうだね。最近、カズヤくんと装者達の出動、あんまりないし」

 

フロンティア事変以降、ノイズの出現はない。ソロモンの杖によりバビロニアの宝物庫が閉じられた為だ。

 

「このまま平和な日々が続いたら、俺はお役御免かね」

「それは...」

 

突然の発言に、朔也は何か言おうとして、何を言えばいいのか分からず何も言えなくなってしまう。

 

「もしリストラされたら、どうしようかな...養ってくれ、って泣きついたらあいつら喜んで養ってくれそうだけど、それじゃあ完全にヒモのニートのクズだしな。アルターで建物の解体作業を専門に請け負う個人事業主でもやるか」

 

カズヤが何気なく口にした未来予想図が簡単に想像できる。

 

 

『はいカズヤ、今日のお小遣い。五万で足りる?』

『サンキュー、マリア、愛してるぜ。俺はお前みたいな美人でスタイル良くて悪いこと以外なら何でもできる嫁に養ってもらえて幸せだ!』

『えへへー♪ 私もカズヤと一緒にいられて幸せー! カズヤもっと誉めてー♪ 私が一生あなたを養うのー!!』

 

※特別出演 まダ夫に尽くすまダ嫁役:マリア

 

 

『シェルブリットバァァァストォォォ!!』

『カズヤさん、次は隣町の老朽化した雑居ビルをぺしゃんこにするお仕事が入ってます』

『それアタシがやっていいか?』

『いいぞやれやれ...残った瓦礫はそのまま分解すればいいし、天職だなこれ』

『ヒャッハー! ぶっ壊しまくるぞー!』

 

※特別出演 従業員A役:響 従業員B役:クリス

 

 

「ぶふぉっ!!」

「急にどうした!?」

 

妄想して吹き出す朔也にカズヤが仰天する。

 

「...いや、その、風鳴家に婿入りするんだったら、必然的に将来安泰だからその心配はないと思うけど?」

「......まあ、そっちはそっちで色々と問題あるからな、そんなにすんなりいくとは思ってねーんだ」

 

笑いを誤魔化すように先程話題に出た話を挙げれば、彼は難しそうな顔で唸った。

そんな彼の表情を見て、朔也はまさかと思い、妄想する。

 

 

『未来、俺が本当に愛してるのは翼じゃなくお前なんだ!!』

『いけません旦那様! こんなところを奥様に見つかったら──』

『既に手遅れだ』

『ゲェェ翼!?』

『奥様!?』

『小日向、貴様...就職難で困っていたから昔のよしみで風鳴家に女中として雇ってやったというのに、我が夫カズヤを誑かすとは...たかが下女如きが調子に乗って...身の程を知れ!!』

『翼、刀を仕舞え! つーか下女とか今時言わねーよ』

『奥様お許しください、私のお腹にはこの人の子が...』

『誰が許すか泥棒猫が! 本当に孕んでいるかどうか今すぐその腹をかっ捌いて確認してやる! どうせ貴様の想像妊娠で、中には誰もいないに決まっているんだからな!!』

 

※特別出演 不倫相手の女中:未来 奥様:翼

 

 

「...く、くく、くうぅぅぅ」

「今度は何だよ? 腹でも下したのか? 同じ店で食ったけど俺の腹は大丈夫か...?」

 

腹を抱えて必死に笑いを堪える朔也の態度に、カズヤが自身の腹をさすりながら心配気な声を出した。

 

 

 

バッティングセンターも飽きてきたので場所を移し、ダーツやビリヤードで遊んでいたら夕方になり、弦十郎と緒川の二人と合流する為、居酒屋へと向かう。

 

「お疲れ様です、司令、緒川さん」

「お疲れー」

 

程なくしてスーツ姿の弦十郎と緒川が現れる。ぺこっと頭を下げる朔也と手をヒラヒラさせるカズヤに、二人は軽く手を上げて挨拶した。

 

「お疲れ様だ。今日はカズヤくんも参加とは珍しいな」

「今度からは俺もハブらず誘ってくれ。あんたらが思ってるほど、俺はあいつらに束縛されてねーから」

「お疲れ様です。カズヤさんとはどういう経緯でご一緒だったんですか?」

「本屋で偶然会ったので、そのまま流れで昼食一緒にしたんですよ」

 

挨拶もそこそこに店へと入る。

雑多でガヤガヤとやかましい店内を想像していたら、個室のみの静かな居酒屋だった。酔って変なことを言っても聞かれないような店を選んだとのことで、そりゃそうかと納得しながら個室に案内され、席に着く。

とりあえず生ビールを中ジョッキで四つ、と先に頼んで温かい布巾で手を拭き、お通しをつつきながらメニューと睨めっこ。

酒の肴をある程度選び終わると、ビールがやってきたのでその際料理を注文してから乾杯。

喉をアルコールで潤し口の滑りが良くなってきたのを頃合いに、カズヤが切り出す。

 

「なんでおっさん、今日はスーツなんだ? 何かあったん?」

 

普段は赤いカッターシャツをラフな感じで着ていたのに、今の装いはかっちりしたスーツだ。

すると弦十郎はネクタイを外してポケットに仕舞い、ワイシャツのボタンを上から三つまで外すと、ビールを飲み干してから、少し周囲を窺い、声を潜めつつ答えた。

 

「...今後、我々二課は国連直轄下にて、 超常災害対策機動部タスクフォースとして再編成される予定だ」

「今日はその新組織の発足に向けた会議があったんですよ」

 

緒川が補足する。

 

「国連直轄ってことは、日本の特務機関じゃなくなるのか...」

 

弦十郎に倣い声のボリュームを抑えたカズヤの言葉に皆が頷く。

新組織の名称は『Squad of Nexus Guardians』。略称は『S.O.N.G』。

国連直轄下となったことで、安保理が定めた規約に従い日本国外での活動も可能になったとのこと。

だが、当然これには裏がある。

ルナアタック、フロンティア事変などといった聖遺物を発端とした未曾有の大惨事に対し、広範囲で即応する為に発足されたという扱いだが、 その実態は、 日本政府が保有する異端技術を可能な限り監視下に置きたいという、 各国政府の思惑も絡んでいる...と弦十郎は説明してくれた。

 

「なんか面倒臭そうだが、今までとやること大して変わんねーんだろ? だったらいいさ。それに国外でも動けるようになるってことは仕事も増えるってことで。なら、もしリストラされたらヒモになるか建物の解体作業やるかで頭悩ませる必要もなさそうだ」

「え? カズヤさんをリストラ? あり得ませんよ」

「リストラ後がどうしてその二択になったのか非常に気になるところだが、今のところ残念ながらキミをリストラする予定はない」

 

困惑する緒川が追加のビールを店員に注文し、弦十郎は難しい表情でカズヤを見据えた。

 

「実はカズヤくん、最近平和で暇だからリストラされると思ってたらしくて。もしリストラされたらどうしようって話してたんですよ」

「それでヒモか建物の解体作業なのか。極端だなキミは!」

 

朔也が先程の話をすると弦十郎が豪快に笑い飛ばす。

 

「ヒモはともかく、建物の解体作業はカズヤさんの能力ならコストをほぼゼロにして儲けることができますね」

「だろ? どんな建物でも格安ですぐに更地にします、って売り文句で建物の解体作業を専門に請け負う個人事業主、やってけそうじゃね?」

「シェルブリットバーストで建物そのものを粉々にして、瓦礫は綺麗に分解する。なるほど、理に適っているな」

「てもそれだと市場価格も一緒に解体されそう」

「何言ってやがんだ朔也。この場合、俺が市場価格を分解して、再構成してるんだよ!!」

 

四人はそこでどっと笑い出す。

空きっ腹にアルコールを叩き込んだので、存外酔いが回るのは早かった。

 

 

 

「僕はですね、一つカズヤさんに不満があるんですよ」

 

熱々の揚げ出し豆腐を食べていると、緒川がこんなことを告げてくる。

 

「んだよ緒川? 改まって」

「そう! それです!」

「?」

 

ビシッ、と指差されるが何のことだか思い当たらず疑問符を浮かべた。

 

「カズヤさんは皆さんのことを下の名前で呼ぶのに、僕だけ『緒川』って苗字呼びじゃないですか!?」

「あー、そんなことか」

「そんなこととは何ですか、そんなこととは!?」

 

急に大声で叫ぶ緒川。顔に出てないだけで実は相当酔っている。

 

「だって『緒川』って呼び易いんだもん」

「『慎次』って呼んでくださいよ!!」

「わぁーったようっせぇな、今後は『慎次』のこと『緒川』って呼びゃいいんだろ」

「逆! 早速呼べてませんよ!!」

「ぎゃはははははは!!」

 

 

 

「そういえばカズヤくん。次の出勤の時に話そうと思っていたことだが、北海道観光協会ととあるアニメ制作会社からキミ宛てに連絡があったぞ」

 

鳥串を頬張りながら弦十郎がこんなことを言ってくる。

 

「なんかスゲー嫌な予感するから聞きたくねーけど、一応聞いとく」

 

ニンニク醤油に馬刺しを沈めながら耳を傾けた。

 

「つい最近、月刊少女漫画誌で連載を開始した『快傑☆うたずきん!』という作品があってだな」

「それの誕生秘話知ってるからやっぱ聞きたくねー! 北海道観光協会とアニメ制作会社から俺に連絡が来たってことは、俺に似せたキャラ出したいから許可取りたいってことだろ? 絶対にダメに決まってんだろ」

「甘いな! 許可だけではない。現在コミック連載と共に進行中のアニメ化計画におけるアニメ版オリジナルキャラ『シェルブリットの熊五郎』として是非、出演して欲しいとのことだ」

「やる訳ねぇだろ! 似せるどころかまんま俺本人じゃねぇかっ!? 北海道の人達、まだグッズ展開諦めてなかったのか!!」

「翼の動画でも地声で出るようになっただろう。それとあまり変わらんと思うのだが...」

「あれはフロンティア事変で身バレしたから、編集でのんびりボイスに変換してたのをやめただけだ!」

「...まさかカズヤさんが声優デビュー...いいかもしれませんね」

「面白そうだね、やってみなよ」

 

緒川と朔也が他人事だからと勝手なことをほざく。

 

「ふざけんな! 演技経験ゼロの俺がプロの声優さんに混じって本人役を演じろって!? 恥ずかしくてやってられっか!!」

「え? カズヤくんに羞恥心ってあったの?」

 

余計なことを言い出す朔也にヘッドロックをかます。

 

「ぐえあ」

「百歩譲って許可は出してやってもいいけどな、その代わり慎次、お前が出演しろ」

「なんで僕が!?」

 

こうなったら道連れだ。

 

「お前、俺と声そっくりだろ。忍法声真似とかもできんだろ? だったら俺の真似程度、余裕余裕...芸名は小川忍(おがわしのぶ)でいこう」

「分かった。先方にはそう伝えておく」

「えええええっ!? 司令待ってください! なんで僕が声優デビューをする破目に!?」

「うるせぇ黙れ、口答えするな。忍んでない忍者の癖しやがって!!」

「なんでキレてるんですか!?」

 

 

 

「朔也が運動不足なんだ。さっきバッティングセンターでバットフルスイングしたら腰から変な音して動けなくなってよ」

「なんでカズヤくんは司令と緒川さんがいる時にその話するの!? 話のオチが見えてるからやめて!!」

「運動不足なら、運動して解消するしかないな」

「よろしければお手伝いしますよ」

「さあ選べよ朔也。筋肉ムキムキの格闘家になる為の修行をするか、忍法使える忍者になる為の修行をするか」

「選択肢が圧倒的に少なぁぁぁい! ていうか今運動じゃなくて修行って言った! どっちも嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

............

.........

......

...

 

「ただいまー」

 

飲み会自体が早めに始まったお陰で、それほど遅くならなかった。

鍵を解錠してドアを開ければ、玄関にはたくさんの靴。見たところ、まだ誰も帰ってないらしい。

 

「お土産にケーキ買ってきたから食う人ぉぉぉぉぉ!!」

 

帰宅に気づかせる為に大声で叫び、手にしたお土産を掲げて待つと、ドタドタ、バタバタと慌てて走ってくる足音が複数。

 

「カズヤさんお帰りなさい! ところでケーキって今言いましたか!?」

「お帰りケーキ、ケーキデス!!」

「ただいま、ほれ」

 

食いしん坊筆頭、響と切歌が現れたのでそれぞれにケーキが入った袋を手渡す。

 

「わわっ! このロゴ、最近人気が出て有名になり始めたケーキ屋さんのやつじゃないですか!? このお店、他のお店よりちょっと値段高めなのに...」

「閉店前の売れ残りだから半額にしてくれたぜ」

「半額ケーキ早く食べるデース!!」

 

スイーツへの期待で目をキラキラさせた二人はカズヤに礼を言うと袋を大切そうに抱えてリビングへ向かう。

二人に僅かに遅れてリビングに顔を出すと、丁度夕飯の後片付けが終わり、皆でお茶を飲んで一息ついていたようだ。

ただいま、お帰りなさい、というやり取りを皆としてから、早速話題はカズヤがお土産に買ってきたケーキに移る。

 

「カズヤ、ケーキを買ってきてくれるのは嬉しいが、私が夜九時以降の食事を控えているのは知っているだろう」

「喜べ切歌。翼の分食っていいって」

「デェェェス!!」

「待て待て待て待て待ってくれ! 分かった、ここは私が折れよう! カズヤが折角買ってきてくれたのだからありがたくいただくとしよう!」

「ちっ!!」

「...切ちゃんが本気で舌打ちしてる」

 

翼がなんか言ってきたので彼女の分を切歌に与える発言をするとあっさり手の平を返し、そのことに切歌が心底悔しそうにした。調がそれを指摘したので、あの舌打ちは本心から出たものだと判別できる。

 

「とりあえず開けましょう」

「はい、開けまーす」

 

期待で頬が緩むのを隠せていないマリアとセレナが、ウキウキしながらそれぞれ袋からケーキが入った箱を取り出し、開封。

その時、女性陣からおおおおっ、と感嘆の声が漏れる。

片方はベリー系の果物をこれでもかと使用したケーキ、もう片方はチョコケーキ。二つ共、かなりの大きさのホールタイプだ。

 

「うわぁ、美味しそう!」

 

両手の指先を口元に当てて、嬉しそうに叫ぶ未来に誰もが頷く。

 

「それ、店員さんからは賞味期限が今日までって言われてたから、残さず食っちゃってくれ」

「任せなよ、カズヤ」

「へへっ、たとえホールケーキ二つだろうがこの人数なら余裕だって」

 

大きな胸を更に強調するように張る奏とクリスに苦笑し、カズヤはうがいと手洗いの為に洗面所へと向かう。

背後では、ワーキャー騒ぎながらケーキの切り分けが始まった。

 

 

 

あっという間にケーキを平らげた女性陣に、「流石は腹ペッコリーナ」と口を滑らせたら全員から容赦なくド突かれまくった。

フローリングの上でうつ伏せに倒れるカズヤを文字通り尻に敷いた状態で、響と未来が「帰るの面倒臭い」「そうだね」と呟き、結局二人はそのまま泊まることになる。明日も休日なので、特に誰も咎めない。

響さんと未来さんが帰らないなら皆で一緒に寝るデス! と切歌が我が儘を言って、雑魚寝でいいならと奏が許可を出し、あれよあれよという間に全員でお泊まり会となる(切歌と調がいるのでエロいことは当然禁止だ)。

風呂はいくらなんでも一つでは時間が掛かり過ぎるので、マリア達は一度自分達の部屋に戻り風呂に入ってから、寝間着姿で枕と毛布を抱えて再登場。

日付が変わる頃になって漸く就寝、ということで皆で雑魚寝。流石に人数が人数なので、はっきり言って狭いが、何故だかそれが非常に楽しい。

 

「まるで南極のペンギンが、ブリザードに耐える為に押しくらまんじゅうしてる状態だなこれ」

 

カズヤがぼやき、皆が納得したように笑い、今度の休みに水族館行きたいとか、ペンギン可愛いとか話している内に意識が遠くなり、気がつけば誰もが夢の中へと旅立った。

そんな、平和な一日。

 

 

 

 

 

なお、何故か全員揃って、愛らしいペンギンの群れに囲まれて袋叩きにされるというご褒美なのか拷問なのか判断に苦しむ悪夢を見てしまい、今後、狭い部屋でぎゅうぎゅう詰めの雑魚寝はやめようという話になるのであった。




ということで、ほのぼの日常回、メインは朔也とOTONA達との絡みでした。
次回は未来さんメインの話にしたいと思ってます。
本編とR-18版の同時投稿、は流石に無理かと思うので、更新については気長にお待ちいただけると幸いです。
閑話もあと二つか三つ書いたらGX編に移行しようかなと考え中。


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しないフォギア風な閑話G4

もう何度目だろうか? この夢を見るのは。

夢を夢だと認識して見ることを、明晰夢と呼ぶ。

一般的に夢を見ている間は、それが夢か現実か区別がつかない場合が多い。たとえそれがどんなに非現実的な内容だとしても。

しかし、今私は、これが夢だと認識していながら、もしかしたら現実なのではないかという漠然とした不安があった。

夢と現実の区別がつかない。

ここは──

 

「......"向こう側の世界"...」

 

虚空に溶けていく私の声。

フロンティア事変の際、神獣鏡のシンフォギアを纏って暴走した私を、全身全霊で止めようとしたカズヤさんと共に取り込まれた異世界。

彼が操るアルター能力の、力の源。

視界は虹色に輝く極彩色のみ。それ以外に存在するものはない。自分以外の生き物も、石や土や植物も存在しない。ただ何もない空間が広がっているだけ。

宇宙空間のように無重力である為、上下も分からない。

 

「...カズヤさん」

 

私が知る限り最もこの空間について詳しく、頼りになる愛しい男の名を呼ぶ。

だが、いくら待っても応える者は現れない。

故に、胸の内に燻っていた不安が急激に膨れ上がる。

これは夢ではなく現実で、私は知らぬ間に"向こう側"にやって来てしまったのではないか。

もう皆の所には帰れないのではないか。

そんなネガティブな方向に思考が偏っていくのをダメだと理解していながら止められない。

 

「...嫌だ、嫌だよ! 響、カズヤさん、皆!!」

 

あらん限りの声で叫んだその時、目の前に光を伴って虹色の粒子が集まり何かが再構成された。

それは人の頭くらいの大きさの、円形の鏡。

思わず手を伸ばし覗き込む。

鏡の中には、当然私がいた。

 

「えっ!?」

 

映っているのは間違いなく私だ。今にも泣きそうで情けない顔をしている。泣きそうな気分だったからそれはいい。でも、どうしても解せない点がある。

それは──

 

「神獣鏡の、シンフォギア...?」

 

鏡に映る私は神獣鏡のシンフォギアを纏っていた。

視線を鏡から我が身に移す。

確かにシンフォギアだ。あの時、カズヤさんに殴られて消えたはずだったのに。

どうして?

もう一度鏡を見れば、そこに映る私はついさっきとは打って変わって自分とは思えないほど真剣な表情で口を開き、

 

「─────」

(聞こえない?)

 

何かを訴えようとしているのは分かる。だが聞こえない。

 

「─────」

「何を言っているの?」

 

残念ながら読唇術などは使えない。緒川さんなら理解できるのだろうか?

 

「───────────」

 

最後に聞こえない言葉を紡いだところで、私の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

目を覚ませばいつもの布団の中。リディアンの学生寮、響と同室で、二段ベッドの上段を響と二人で寝ている状態。

 

「...ウェヒヒ...未来、カズヤ、さん...大好きぃ」

 

隣では響が幸せそうに寝言を言う。

彼女の頭を一度優しく撫でてから先程見た夢に思いを馳せ、呟く。

 

「...もういい加減、夢についてはカズヤさんに相談した方がいいよね」

 

あの夢を見るのはもう何度目か。フロンティア事変以降、月に一度あるかないか程度の頻度であるが、このまま誰にも相談しない訳にもいかない。"向こう側"関連ならばなおのこと。

それに、夢を見た後は、何故だか無性に彼に会いたくなる。

そう考えると丁度良かったかもしれない。今日は彼と二人で出掛ける予定なのだから。

 

 

 

 

 

【胎動】

 

 

 

 

 

待ち合わせ場所は寮から歩いて数分のコンビニ。

少し早めに到着するように寮を出たのだが、コンビニの駐車場には彼の愛車『クーガー号』が既に鎮座しており、店外から店内を覗けば雑誌コーナーで立ち読みしている彼の姿が確認できた。

自動ドアを潜り、こっそりとそばまで近寄り手元の雑誌を後ろから覗くと、それは音楽雑誌。ツヴァイウィングとマリアさんのインタビューのページだった。

この三人、マリアさんが活動再開してからいつも一緒に活動している。最近では、こいつらいっつもコラボしてんな、いっそ三人で新しいユニットを組めとファンから言われていたり。

と、パタンと雑誌が閉じられ棚に戻される。

 

「おはようさん」

「おはようございます」

 

こちらに笑顔を向けカズヤさんが朝の挨拶してくるので返す。

 

「何か飲み物でも買ってくか」

「奢りですか?」

「自腹でも奢りでも好きな方を選んでいいぜ」

 

本棚から冷蔵庫前へと移動し中身を漁り、カズヤさんは500mlのミルクティーを手に取り、こちらに寄越してきた。

 

「じゃあ奢りで」

「へへっ、お嬢様の仰せのままに」

 

 

 

今回のデートは水族館だ。ペンギンが見たい、ということでとある水族館へ向けて車を走らせる。

一般道から高速道路に切り替わり、カズヤさんはアクセルを一気に踏み込み、それに応じてスピードがぐんと上がっていく。

 

「どのくらいで着きます?」

「ナビ通りなら一時間半くらいじゃねーかな」

 

一時間半、か。思ったよりも時間が掛かるかな。

 

「何か流していいですか?」

「どうぞ」

 

こちらを一瞥することなくカズヤさんが返答するので、勝手にカーナビとスマホを無線接続し、スマホ内に保存された音楽を流す。

車内のスピーカーから流れてくるのは、ツヴァイウィングとマリアさんのコラボの新曲だ。

 

「おいおい、こんなテンション上がる曲流されたら、クーガー号のリミッターが外れちまうぜ?」

「安全運転でお願いしまーす」

 

隣でイタズラを思いついた悪ガキみたいな顔をするので釘を刺しておく。

 

「そういえば、クーガー号とかラディカルグッド・スピードとか車とバイクに変な名前つけてますけど、何か由来でもあるんですか?」

 

それはふと思いついた、何気ない会話のつもりで振った話であった。

しかし彼は数秒きょとんとした後、サングラス越しに何かを懐かしむように目を細め、肩の力を抜いて一息ついてから微笑んだ。

 

「変な名前とはひでーなー」

「あ、その、ごめんなさい」

 

てっきりプンスカ怒るかと思っていたが、予想していたリアクションとは異なる態度に戸惑いつつも謝れば、彼は苦笑してから告げた。

 

「実はな、こっから先は響達にも話したことはねーんだがな」

「え?」

「クーガー号もラディカルグッド・スピードも、それどころかシェルブリットも、名付け親は俺じゃねー」

「...!!」

「全部もらいもんなんだ......兄貴からの、最速最強のアルター能力者、ストレイト・クーガーからの、な」

 

私は突然の告白に驚きを隠せなかった。

カズヤさんが響達にも話したことがない話を私にしてくれるということもそうだが、彼に兄がいたこと、彼の口から『最速最強』と謳われる人物が存在すること、そして何より、"向こう側"からやって来たが故に記憶の大半を失っている彼から過去話を聞かせてもらえることを。

ドクンッと、知らず、鼓動が高鳴った。

いや、アルター能力に関することは記憶を失っていないからこそ、その人物についてはしっかりと覚えていたのかもしれないと思い直す。

 

「兄貴は、俺の能力『シェルブリット』の名付け親だ。シェルブリット第一形態時の技、『衝撃のファーストブリット』は元々兄貴の技で。この車、クーガー号は兄貴の愛車から、バイクのラディカル・グッドスピードは兄貴のアルター能力からそれぞれ名前をもらった。ついでに言えば、俺がフロンティア事変以降に使ってるこのサングラスも、兄貴が常に使ってたもんを真似て作ってもらったんだ。色違いではあるがな」

 

右手の人差し指でトントンとサングラスのブリッジをつつく。

まさに衝撃の事実。カズヤさんの能力や日常の一部に関することが、彼の兄──ストレイト・クーガーという人物が関わっていたのだ。

 

「ま、兄貴っつっても血の繋がりはねーし、俺が勝手に兄貴って呼んでるだけなんだがな」

 

饒舌に語る彼の横顔は楽しそうだ。

兄と呼ぶその人物のことを心から尊敬し、慕っているのがよく分かる。

 

「どんな人だったんですか?」

「...とにかくキャラが濃い。飯を食う時以外は、何事にもひたすら速さを追求する人だった。アルター能力も、生き方も。速さこそが力、速さこそが文化の基本法則ってのが口癖で、読書が趣味で文化を愛し、誰よりも何よりも最速で駆け抜ける、そんな人だったな」

「...速さにこだわりがある人なんですね」

「能力は何でも速くできること。アルター能力者としては珍しく具現化型と融合装着型の二種類の使い手で、具現化型として車に使えば車を超高速走行が可能なスポーツカーに。融合装着型として俺みたいに自分の肉体に使えば音速を超える速度で移動できる。はっきり言って超強かったぜ。走るだけでソニックブームが発生しやがるし、シェルブリットバースト撃とうとしてもその前に衝撃のファーストブリットで潰されちまう...誰も兄貴には追いつけねーよ」

 

......カズヤさんにここまで言わせるなんて相当だ。『最速最強』の名は伊達ではないらしい。

 

「強くて速くて頼れる人格者な兄貴分だったが、気に入った相手の名前を故意に間違えて呼んでからかう、っていう悪癖があってな。切歌に初めて会った時に、『()()()』って呼ばれて咄嗟に『()()()だ』って返したが、兄貴のこと思い出して内心ドキッとしたぜ」

 

くくくくっ、と笑いを堪えるカズヤさん。

私はそんな風に熱く語る彼の横顔にドキドキしっぱなしだ。

普段は飄々としている彼が、夢中になって話している。

この人は本当にコロコロと子どものように表情が変わるし、その時々によって別人かと思うほどギャップも凄い。

果敢に戦う姿は格好良くて、黙って立っていれば凛々しくて、喋り出したり笑顔や寝顔を晒せば子どものように可愛らしくて。

どうしてこの人はこうも女心をくすぐるのか、母性本能を刺激するのか。

きっと私だけじゃなく、響達もこれにやられたんだろうなぁ、と頭の片隅で考える。

それから暫くの間、兄と慕う人物について上機嫌に語る彼の横顔に、私は胸を焦がされるのであった。

 

 

 

水族館に到着し、車を駐車場に停めて受付でチケットを購入し入場する。

土日ということもあって人は多い。私達のようなカップル、子ども連れの家族が大半だ。

はぐれないようにと手を繋いできたカズヤさんの手は、温かい。

 

「薄暗いからグラサン外しても大丈夫だよな?」

 

おっかなびっくりそう言って、カズヤさんは繋いでいない方の手でサングラスのつるを上げて館内を見回す。

 

「何処から見てく?」

「クラゲと深海コーナーから見に行きませんか? パンフの紹介曰く、とっても幻想的で綺麗だとか」

「いいぜ。ならその後はペンギン見てからイルカとアシカのショーだな」

 

館内をどのように巡るか相談し、ゆっくりと歩き出した。

水槽の中で泳ぐ海の生き物達。それらに視線を奪われ興味深そうにキョロキョロとしている彼の様子が微笑ましくて、隣を見ているだけでもなんだか楽しい。

 

「カズヤさんって、結構動物好きですよね」

「ああ、なんか興味を引かれるんだよな。モフモフしてるやつとかは特に」

「だからキツネ村でいつもよりテンション高かったんですね」

「...ちょいと未来さんや、恥ずかしいからその話やめてくれよ」

 

翼さんと共同で制作しているツーリング動画において、キツネ村と呼ばれる施設に赴いた時のことである。普段は撮影係に徹しているカズヤさんなのだが、この時は可愛いキツネ達とじゃれ合っている姿を翼さんに撮影されており、それがネットにアップされることはなかったが、その日の内に私達の間でデータ共有され、毛だらけになって喜んでいる姿を皆にしっかり見られていたのだ。

 

「あれ、本当に迂闊だった」

「今日は私がカズヤさんの迂闊な姿を見てあげますよ」

「見てもいいけど撮るなよ」

「え~、どうしようかな~?」

「勘弁してくれ」

 

数十分後。

 

「未来、未来、見てみろよ! ペンギンがすっげー集まってきたぞ!!」

「はいはい見てますよー」

 

ペンギンの水槽の前に張り付いて無邪気にはしゃぐカズヤさんを、横からスマホのカメラを向けて撮影しておく。

小さい子ども達に混じって喜ぶこの男が、世界を二度も救った英雄だということを、"シェルブリットのカズヤ"だということをこの場にいる他の客達は一体何人気づくだろうか。

周囲を見渡してみるが、それらしい素振りを見せるものはいない。

幸いなことに誰にも気づかれていないようだ。

もし気づかれたらきっと、

『世界を救った英雄、フンボルトペンギンに釘付け』とか、

『"シェルブリットのカズヤ"が水族館で大興奮』とか、

『【速報】Kさんペンギンがお気に入り』とかネットで言われるんだろうなと想像した。

それはそれでちょっと面白いと思うのだが、本人は自分が赤の他人から一方的に知られるのは気持ち悪い、と断言しているので、その辺りの感覚は一般人的なものなのだろうと推察する。

私は響の家のことをよく知る人間として、不特定多数の人間から個人情報を知られることに関する怖さは理解しているつもりなので、悪ノリするつもりは一切ないが。

あっ、でも動物好きなことはもう知れ渡っているっけ。翼さんのツーリング動画に声だけ出てるから。

 

「カズヤさん、ペンギンが可愛いのは分かりましたけど、そろそろイルカとアシカのショーが始まりますよ」

「何!? もうそんな時間か!」

 

迂闊だったと叫ぶカズヤさん。こういう手間が掛かるところとか、ちょっと抜けてるところとか、何事にも全力で楽しもうとする姿勢は響に似てるなぁ。

館内は混んでいるので走れない。だから人の群れをかき分けながらの急ぎ足。

急げ急げと逸る気持ちを抑えてイルカとアシカのショーを行う会場に辿り着けば、そこは人の山、山、山。

 

「見えるか? 俺は背伸びすればギリギリ見えるが」

「無理です」

 

見えるのはイルカやアシカではなく人々の後頭部と背中だ。

完全に出遅れた。カズヤさんがペンギンに夢中になってるから! と文句を言っても仕方がないので溜め息を吐くと、

 

「よし、ならあそこの壁際で肩車するか」

「は!?」

 

妙なことを思いついたのか、手を引っ張られて壁際まで着くと、彼は私の後ろに回り込んで屈み、何の断りもなく股下に頭を突っ込ませそのまま立ち上がる。その際、こちらの脛をしっかり掴むのを忘れない。

体のバランスが不安定になって、咄嗟に彼の頭に両手を載せ、太ももで思いっきり挟んでしまう。

いきなりの行動に、つい慌てて抗議の声を上げた私は悪くない。

 

「きょ、今日はその、結構タイトな、ミニスカートなんですけど!?」

「いいねミニスカート、大好きだ。魅力三割増しだぜ」

「バカ! 見られちゃうかもじゃないですか!?」

「大丈夫だって。俺の頭あるし、何の為に後ろの壁際に来たんだっつの。それに皆ショーに釘付けでこっちなんて見てねーよ。ほら、前見てみろって」

 

一気に高くなった視点から見下ろすショーは、丁度今、イルカが水中から大きなジャンプをし、空中で回転しながら飼育員さんが投げたボールを尾ひれでキックした瞬間だった。

歓声と拍手が沸き上がる。

 

「...わぁ」

 

思わず感嘆の声が漏れた。

太ももの間からは口笛が聞こえてくるので、とりあえずコツンと拳骨を落としておく。

 

「いてー」

「この程度じゃ済みません。後で美味しいランチご馳走してもらいますから! 肩車されるのって、結構恥ずかしいんですよ!?」

「そうか? 前に訓練の休憩中に皆にやったらスゲー喜ばれたぜ。響とか切歌とかは特に」

「訓練の休憩中に肩車するとか、それ遊んでるだけですよね!?」

「...」

「...何黙ってるんですか」

「いや、何度も膝枕とかしてもらったけど、やっぱ元陸上部だからか、弾力あって柔らかい感触が心地良いなと改めて思ってていってぇぇぇ!?」

「.........スケベ......そういうのは、後でにしてください......後で、いくらでもやってあげますから」

 

頬が熱くなるのを感じながら、追加で二回ほど拳骨を落とした。

...もう、本当にバカ。

................................................って、ああああああああああああああああああああああ!!!???

この男、訓練の休憩中に皆に肩車をしたって言った!?

ギアを纏った、あの格好の皆に!?

 

「...皆に肩車した話、後で詳しく聞かせてもらいますからね...!!」

「え? なんで怒ってんの?」

 

むしろなんで誰も教えてくれなかったのかが知りたい!

...............こうなったら私も負けてられない! 帰ったら学校指定のあの競泳っぽい水着で代用するしか...!!!

 

 

 

 

館内レストランはとてつもなく混んでいたので、一度水族館を出る。チケットの半券があれば当日は再入場可能というので大助かりだ。

ネットで調べると、水族館から数キロ離れた場所に美味しくて空いてるレストランがあるとのことで、多少手間だが混んでるよりはマシ、と車に乗って移動。

到着したのは、個人経営の小さなレストラン。いかにも地元の人が愛する『町の洋食屋さん』という感じで、暖かい雰囲気が漂うお店だ。

ランチタイムだからか、そこそこな混みようだったけど、待ち時間はないに等しく、店員さんの対応も丁寧で、メニューも豊富。

私はカズヤさんとメニューを見ながら、これ食べてみたい、これ美味しそう、ケーキセットは絶対食べましょう、これ大盛にできんのかな? と話し合う。

やがて何を食べるのか決まり、店員さんを呼んで注文を終えて待つのみとなった。

雑談をしながら料理を待ちつつ、私はどのタイミングで夢の話をしようか考える。

......やはり真面目にならざるを得ない内容かもしれないので、食後の方がいいだろう。そう結論付けて、夢の話は一旦頭の隅に追いやった。

今はカズヤさんとのランチに集中して、楽しもう。そう判断して。

 

 

 

「カズヤさん」

「ん?」

「実は、相談したいことがあります」

「相談?」

 

食後のデザートが食べ終わり、コーヒーを飲みつつまったりしていたタイミングで、私は勇気を振り絞って全てを話す。

最初は驚いた表情を見せていたカズヤさんだったが、その後すぐに真剣な顔で耳を傾けてくれた。

 

「...私は、アルター能力に目覚めたんでしょうか?」

「...」

 

声を震わせた私の問いに、カズヤさんは即答しない。腕を組み、背もたれに体重を預け、瞼を閉じて思案するように眉を顰めた後、ゆっくりと目を開く。

 

「その可能性は、否定できねー」

 

静かに、厳かに紡がれた言葉に私は否応なく恐怖を覚えた。

 

「アルター能力を後天的に手にする方法は、ほぼないと言っていい。生まれる前から"向こう側"を認識していたからこそ、"向こう側"へのアクセス方法を無意識に理解しているのが能力者だ。重要なのは『無意識』にアクセス方法を理解していること。これは理屈じゃねーし、説明できるもんでもねー...だがな」

 

一度そこで区切り、カズヤさんは目を細めた。

 

「あの時に未来が"向こう側"に行ったことで、あの世界を認識し、無意識にアクセス方法を理解したのなら、可能性は存在する」

「...そう、ですか」

「それともう一つ、神獣鏡だ」

「...」

「あの時、神獣鏡は消滅したんじゃなくて、分解された後に"向こう側"で未来の一部として再構成、つまり、アルター能力として未来の中に存在しているのなら、夢の中で神獣鏡を纏っていたことにも説明がつく」

「私の中に、神獣鏡がシンフォギアとしてではなく、アルター能力として存在してる......?」

 

あの力が?

私の中に?

響を、カズヤさんを、皆を傷つけた強大な力が?

そんなものが、まだ私の中に存在しているの!?

もしそれが本当だとしたら、私は──

 

「大丈夫」

 

優しく、安心させるような声と共に、テーブルの上に置かれた私の両手をカズヤさんの温かな両手が包み込む。

それだけで、私の感情はダムが決壊したように吹き出す。

 

「カ、カズヤさん...私、怖いんです...あの時私は、大好きな親友を攻撃することに躊躇しなかった...頭の中はあなたを力ずくでも屈服させて皆から奪うことしかなかった...こんな私が、またあんな力を手にしたら、前みたいなことになるんじゃないかって思うと、凄く怖くて...」

 

涙が溢れて頬を伝い、視界が滲んでカズヤさんの顔がまともに見えなくなってしまう。

 

「大丈夫」

 

それでも彼は繰り返しそう言うと、不意に腰を上げてこちらに身を乗り出し、唇と唇が触れる程度のキスをしてくれた。

現金なもので、たった一度の口付けで私の涙はあっさり止まり、胸の中に蟠っていた恐怖は容易く霧散する。

ズボンのポケットから取り出したハンカチで顔を丁寧に拭われて...すっきりとした視界には、腰を落ち着けてニッと笑う彼の姿があった。

 

「アルター能力によって再構成されたものは、能力者のエゴを具現化したもの。これは前に言ったよな?」

 

唐突に再開されるアルター能力の話に、彼の意図が分からないまま頷く。

 

「じゃあ、そもそもエゴって何だ?」

 

続く質問に考えてみる。

エゴとは自我、自尊心などを意味する言葉。そしてエゴイストであればあるほど、アルター能力者として高い能力を持つと聞いた。

 

「俺は、アルター能力におけるエゴってのは、もっと広い意味があると思う。能力者の理想や願いそのもの、もしくはそれらを実現する為の手段、そして能力者の魂が形になったもう一人の自分自身、ってな」

「...理想や願いそのもの、それらを実現する為の手段、魂が形になったもう一人の自分自身...」

 

彼の言葉を反芻する。

 

「さっき兄貴、ストレイト・クーガーのこと話したろ。速さを信条としたあの人は、誰よりも何よりも速いことを望んだ。だから手にした能力はラディカルグッド・スピード、最速になる為の力だ」

 

...カズヤさんの言いたいことが少しずつ分かってきた気がする。

 

「アルター能力は確かに強力だ。だが、戦闘に特化したものだけじゃねー。千里眼みてーな知覚能力だったり、対象のアルター能力を増大したり、触れたものを水に変えたり、何かと組み合わせたり使い方によっちゃぁ絶大な力を発揮するかもだが、それ単体じゃ直接的な戦闘力にはならないもんもあった」

「...」

「だいたい、力を持ってるからって必ず誰かを傷つけることにはなんねーだろ。こんなもん、包丁と一緒だ、包丁と。美味い料理を作る為の調理器具も使う人間次第で人を殺す凶器になり得る。この辺りに関しては、シンフォギアもアルターと大して変わんねーよ。困ってる誰かを助ける為の力は、一つ間違えれば破滅を生む兵器になる。規模がでかいか小さいか、違うのはそれだけだ」

 

ここまで言われて、ハッと気づく。

 

「カズヤさんは、私がアルター能力に目覚めていたとしても、気にしないんですか?」

 

彼の言い方だと、アルター能力を手にしようが気にするなと言外に言われてるような気分になる。

私がシンフォギアを纏うことをあれほど嫌がってたのに。

 

「もし未来がアルターに目覚めたとしても、俺にはそれを止めることも、否定も拒絶もできねーよ。ただ、先輩として間違えないように道を示してやる程度だ...あの時の、シンフォギア装者になろうとしてた時とは違う」

「どうして...あっ!」

 

何故という疑問は、既に答えが出ていたことに気づいて消え去った。

アルター能力は、能力者の理想や願いそのもの、もしくはそれらを実現する為の手段。そして能力者の魂が形になったもう一人の自分自身だと、カズヤさんは言ってくれたじゃないか。

私はやっと理解する。

シンフォギアとアルター能力の決定的な違いはこれだ。

装者の心象が歌となるシンフォギアと、能力者の心をそのまま顕現するアルター。文字にすると似ているように感じるが、全く違う。

あくまでも物理的な『道具』でしかないシンフォギアと異なり、アルターは能力者の精神を具現化した存在。アルター能力を否定することは、その能力者の理想を、願いを、手段を、魂を否定することに直結する。

装者になることとアルター能力者になることは全くの別物。

だからカズヤさんは、私がシンフォギア装者になるって言い出した時とは態度が違うんだ。

 

「アルター能力者は、決して自分のアルターを自分で否定しちゃダメだ。それは自分自身を否定することになる」

 

カズヤさんの手が私の手を握る力を少し強めた。

 

「だから未来。もしお前が本当にアルター能力に目覚めたなら、お前は自分自身がなりたいと思う自分を思い描くんだ」

「私がなりたい自分を...」

「そう。そうすればきっと、いざって時にお前のアルターはお前の助けになる...必ずだ...!!」

 

心の何処かで欲しかった言葉を、言ってもらえたような気がする。

力を持つこと、それ自体は悪いことではない。

力を以て何を為すのか。

そして、自分がどんな自分になりたいのか。

答えは、私の中にある。

何だ...こんなに簡単なことだったんだ。

力に怯えることや、誰かを傷つけることを恐れる前に、自分自身としっかり向き合う。

そして、私は私の中にあるものを認めるだけで良かったんだ。

 

「...カズヤさん、ありがとうございます。やっぱりあなたに相談して、良かった。こんなことならもっと早く相談してればって、若干後悔してます」

「どういたしまして」

 

礼を述べる私に、彼は気にするなと言わんばかりに手をヒラヒラさせる。

 

「それから、相談ついでにお願いなんですけど」

「何だ?」

「この話、私とカズヤさんの、二人だけの秘密にしませんか?」

「どうして?」

「だって...あれは実はただの夢で、私にアルターなんて本当はなかったら恥ずかしいじゃないですか...」

 

顔を赤くしながら蚊の鳴くような小さな声で告げると、カズヤさんは盛大に笑った。

 

 

 

お会計の際に、店員さんから「熱々なのね」と言われ、キスされたのを見られていたことが発覚し、返答に困った私はカズヤさんの背を押して慌てて店を出る。

その後、再び車に乗って水族館へ戻り再入場を果たし、午前中に回れなかった場所を巡り、最後にお土産コーナーに行き着く。

カズヤさんは自分用のお土産として、大きなサメのクッションぬいぐるみとペンギンのクッションぬいぐるみを前に、十分程度どっちにしようか悩んだ末、ペンギンを購入していたのが印象深い。

 

「サメも好きなんですね」

「ああ...苦渋の決断の末、昼寝のお供はこいつにするぜ」

 

ペンギンのクッションぬいぐるみを抱き締めてご満悦の彼の横顔が微笑ましい。

 

「あ、未来にもなんか買ってやるよ。何がいい? サメか? サメだろ? サメにしようぜ」

「なんでサメ一択なんですか。それ、カズヤさんが欲しいだけでしょ」

「ゲセヌ、ゲセヌ(裏声)」

「ちょ、やめ、やめなさい! サメの鼻を人のほっぺに押し付けるのをやめなさい! 子どもじゃないんだから!! まったくもう...」

 

ということで、私の顔にサメをグイグイ押し付けながら勧めてきたので全力で拒否しつつ、小さい子に叱るようなことをさせられてから、同じペンギンを選択し購入してもらう。二人でお揃いのクッションぬいぐるみを抱えて水族館を後にした。

行きとは異なり帰りは後部座席に二匹のペンギンを座らせ(大きいのでシートベルト装着済み)、家路に着く。

 

「夕飯どうする?」

「ふらわーでお好み焼きにしましょう」

「...まーたおばちゃんに嫌味言われるー」

「いつものことじゃないですか」

「いつものことだけどさー」

 

ぶーたれながらも嫌とは言わないので、今日の夕飯はふらわーに決定した。

高速道路を滑るように進む車内で、お気に入りの曲を聞きながら、ふと、聞き忘れていたことがあったのを思い出す。

 

「そういえば」

「ん?」

「カズヤさんのシェルブリットは、どんなエゴが形になったものなんですか?」

「何を今更。分かってんだろ」

「それでも聞いてみたいんです!」

 

私だけじゃなく、皆もなんとなく分かっているだろうけど、やはり彼の口から直接聞きたかった。

すると彼は諦めたように肩を竦めて溜め息を吐くと、チラリとこちらに視線を合わせてから前へと向き直る。

 

「俺のエゴは、ひたすら前に進むこと。俺が選んだ、俺だけの道を、行けるとこまでとことん突き進む。そんでもって邪魔なもんは全部ぶっ倒す。シェルブリットはその為の、前に進む為の力だ」

 

断固たる決意を感じさせる眼差しで前を見据え、そう告げた男を目の当たりして、心臓がエンジンのようにドクドクと激しく脈打ち、体が勝手に熱くなっていく。

 

 

...やっぱりあなたは眩しくて、素敵です。

あの日から、私はあなたが放つ光から、

その輝きから目を離すことができません。

 

 

この男の放つ光と輝きをすぐそばでずっと見ていたい、そんな想いが膨れ上がる。

だから──

 

「...はい。何処までもお供します」

 

私は気づけばそんなことを口走っていた。

まるで己の魂に刻むように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、夢を見る。"向こう側の世界"にいる夢を。

だけど私の中には既に不安もなければ恐怖もない。

やがて目の前に虹の粒子が集まり、光を放ちながら円形の鏡が現れた。

覗き込めば私がいる。神獣鏡のシンフォギア──のようなものを纏った私が。

以前と違う点を挙げれば、鏡の中の私は──自画自賛するつもりはないが──我ながら花が咲いたような可憐な、満面の笑みを浮かべている。

 

「私はあなた」

 

鏡の中の私が告げる。

これまで聞こえなかったはずの声が今度はちゃんと聞こえた。

 

「あなたは私」

 

続けて紡がれた言葉に私は大きく頷く。

そして、次に言われた内容に、私は心の底から納得した。

 

 

 

「私はあなたの(エゴ)そのもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

訓練の休憩中、唐突に切歌が言い始めたことが切っ掛けとなる。

 

「カズヤ、肩車やって欲しいデス」

「は? 肩車?」

「ということでやるデス!」

 

彼女はカズヤの後ろに回り込むと、了承を得る前に勝手に跳びついて乗っかった。

 

「今度は何の影響だよ? マンガか? アニメか? ゲームか? それともおっさんのオススメ映画か!?」

「変形合体! イガリマ・オン・ザ・シェルブリットデース!!」

「...聞いてねー」

 

ジャキーンッ、と頭上でアームドギアの鎌を構える切歌。

切歌が何かに影響されて脈絡もなく突飛なことをし出すのはいつものことだ。それに付き合わされるのもいつものことで、カズヤも深く追及はしない。

満足したら勝手に降りるだろ、そう思っていたが、今回はいつもと若干違った。

 

「おい、あんま鎌振り回すな。目の前で刃が行き交って地味にこえー」

「肩車の状態で飛べないデスか?」

「回転翼がお前に当たって無理だと思うぜ」

「...本当デース。位置的にこれでプロペラ回ったらお尻が血塗れになるかもデース...」

 

カズヤの背後を確認し、切歌は残念と唸る。

 

「でも、普段より高い視点はなんか新鮮で楽しいデス! マリア達のつむじがこの位置なら丸見えデスよ!!」

 

いつも見下ろされている立場が見下ろす側になり、上機嫌にフフフと笑う。

 

「切ちゃん、次私」

 

切歌がやるなら私もやりたい、そんな調が小さくピョンピョンしながらせがんでくる。

で、そんな風にしてると続いてやってくるのは、大抵響だ。

 

「カズヤさん! 私も肩車してもらっていいですか!?」

 

そして、こうなってしまうと、こいつがやるならあたしも、アタシも、私も、といった感じでいつの間にか肩車してもらう為の列ができていたりする。

最初に切歌にやってあげた以上──半ば強制だったが──ダメとは言えない雰囲気だった。

 

「カズヤ」

「何スか調さん」

「つむじが自爆スイッチになってたりしない?」

 

グリッ!

 

「いっっってぇぇぇぇつむじ潰れるからやめろアホ!? 自爆スイッチなんてある訳ねぇだろ! あってたまるかそんなもん!! もし俺がロボットで自爆機能があったとしても誰がお前に教えるかバカ野郎!!」

「何だ、つまんない」

「お前実は俺のこと嫌いだろ!?」

「フィーネから、年増の行き遅れって言われた仕返ししてくれって頼まれたから」

「何ヵ月前の話だよ、あのことまだ根に持ってたのか了子さん...」

 

次に調に肩車をしたらこれである。

しかし、その後は一人ずつ普通に肩車をしてあげるだけで終わった。

なお、小さい頃に父親にやってもらったことを思い出して懐かしくて楽しい、とコメントしたのは響、奏、クリス、マリア、セレナで、それを聞いて涙がちょちょ切れそうになってしまう。

意外にも翼は切歌と同じようなリアクション。つまり肩車をやってもらったことがない、もしくは覚えてる範囲ではないということで、それはそれで涙を誘う。

肩車くらいならいくらでもやってあげよう、そう思うカズヤだった。

別に下心があった訳ではない...断じて!

 

 

 

 

 

オマケその二

 

 

水族館のお土産に買って帰ったクッションぬいぐるみのペンギンを抱きかかえ、これからカズヤは昼寝をしようとしていた。

 

「春眠、暁を覚えずってやつだぜ」

 

ソファーに寝っ転がり、瞼を閉じる。

やってくる睡魔に身を任せつつ、ペンギンをギュッと抱き締めて寝た。

 

 

 

目を覚ますと、

 

「...あれ?」

 

腕の中にはペンギンではなく、スヤスヤと安らかに眠るクリスがいる。

 

「は? なんでクリスが? ペンギンは?」

 

ペンギンは視界の端──フローリングの上で寂しげに鎮座していた。

 

 

 

別の日。

 

「やっぱ昼飯食った後の昼寝は最高だぜ」

 

ペンギンを抱えてソファーに横になり、瞼を閉じて寝た。

 

 

 

目を覚ますと、腕の中にはスヤスヤと安らかに眠る奏がいた。

 

「は? なんで奏が? ペンギンは?」

 

ペンギンは視界の端──フローリングの上で悲しげに鎮座していた。

 

 

 

また別の日。

 

「...」

 

昼寝から目を覚ますと腕の中にはペンギンではなく響がいた。

 

 

 

またまた別の日。

 

「...」

 

──ペンギンではなく翼が。

 

 

 

またしても別の日。

 

「...」

 

──ペンギンではなく未来が。

 

 

 

またもや別の日。

 

「...」

 

──ペンギンではなくマリアが。

 

 

 

まーた別の日。

 

「...」

 

──ペンギンではなくセレナが。

 

 

 

そしてついに、

 

「...奪われた」

 

目を覚ませばカズヤはフローリングの上で横たわっていて、ソファーに座るペンギンを挟んで寄りかかって眠る切歌と調がいる。

ペンギンは、なんとなく嬉しそうに見えた。

 

 




この前、ニコニコ動画で凄く格好良いスクライドのMADを見つけました。使用曲は『涼宮ハルヒの憂鬱』で有名な『god knows』を遠藤正明が歌っているもので、映像と歌詞がとてつもなく合っていて即マイリスト入りに。投稿されたのはかなり昔なので、既にご存知の方も多いかもしれません。知らなくて興味がある方は是非、グーグル先生で、
スクライド god knows
と検索してみてください。


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しないフォギア風な閑話G5

二話連続投稿はもうしないと以前言ったな。
あれは嘘だ!

いや、すいません!
GX編の第二話執筆中に思い付いたので書きました。
GX編の第二話も同時更新したので勘弁してください。


普段起きる時間よりも三十分程度早く目覚めたマリアは、直ぐ様ベッドから飛び出て立ち上がり、全身を思いっ切り伸ばしてから脱力する。

 

「少し早いけど、準備しましょう」

 

それから彼女はテキパキと動き始めた。本日は平日なので、同居人にして妹分である切歌と調は学院だ。朝食の準備をするのは勿論だが、自分達が出掛ける前にやっておきたいことはそれなりに多い。

キッチンでエプロンを身に付けたところで、セレナが顔を出す。

 

「マリア姉さん、おはようございます。今日はいつもより早いですね」

「おはようセレナ。早く目が覚めたのはお互い様じゃない?」

「そうですね...うふふ」

 

朗らかにセレナが笑い、テレビの電源を入れ適当なニュース番組を映すと、マリアの手伝いを開始。

 

「今晩は私達いないし、切歌と調は奏とクリスが面倒見てくれるから、朝ご飯とお弁当で日保ちしない食材は全部使い切ってしまいましょう」

「了解しました」

 

二人で冷蔵庫を覗き込んでから方針を決めると、早速調理。

マリアがトントンとリズミカルな音を立てつつ包丁で食材を細かく刻む横で、セレナが皿やお弁当箱やこれから使用する調理器具を戸棚から取り出す。

そうして二人で朝食とお弁当を準備していると、瞬く間に時間が過ぎていき、やがて眠気眼を擦りながら切歌と調が起きてきた。

 

「おはようデ~ス」

「...おはよう」

 

大欠伸をする二人に苦笑してから挨拶を返す。

 

「おはよう。顔を洗ってらっしゃいな」

「おはようございます。朝ご飯、もうできてますよ」

 

ノロノロと洗面所に向かう二人を見送ると、テーブルに朝食を配膳していく。

本日の朝食は和定食。炊きたての白飯に、豆腐と油揚げと大根の味噌汁、鮭の塩焼き、甘い卵焼き、梅干しやキュウリと白菜とナスの漬物類。

日本人が理想とする朝食を前に、四人は席に着くと手を合わせ、マリアが言った。

 

「はい、いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 

 

「切歌、調、はいこれ、お弁当」

 

リディアン音楽院の制服に着替えた二人にマリアが二つのお弁当を手渡す。

 

「いいんデスか!? お弁当感謝デス!」

「ありがとう」

 

普段はトップアーティストとしてそれなりに忙しいマリアと、その付き人のセレナが手間を惜しみ、切歌と調は昼食に学食を利用するのだが、本日はいつもと違う。マリアとセレナが自分達用に作ったもののついでに二人の分も用意していたのだ。

おっべんと♪ おっべんと♪ うっれしいデース♪ と切歌がウキウキした様子で歌いつつ鞄にお弁当を仕舞い、その隣でちょっと感動したような面持ちで調も鞄に仕舞った。こんなに喜んでくれるなら毎日作ってあげたいのが本音だが、忙しいのでそうもいかない。

その時、ピンポーンとインターホンが鳴る。

セレナが対応に出ている間に、マリアは二人に忘れ物をしていないか、ハンカチとちり紙をちゃんと持っているかチェックした。

 

「迎えにきたぞ後輩共」

 

玄関からクリスの声が聞こえてきたので三人はそちらに足を向ける。

切歌と調の二人と同じリディアンの制服姿のクリスに朝の挨拶を交わすと、そのまま学生三人にいってらっしゃいをして見送った。

 

「こいつらの今晩の飯はあたしと奏に任せとけ。そっちはそっちで精々楽しむんだな!」

 

最後に一度こちらに振り返って告げたクリスの言葉に苦笑し、ドアを閉めるとマリアとセレナは一度互いの顔を見合せてから気合いを入れ直し、洗濯機を回してその間にキッチンの後片付けと部屋の掃除。それらが終わる頃に洗濯物を干す。本当は外に干したいが、これから出掛けるので部屋干しになるのは致し方ない。

続いて二人はそれぞれの部屋に戻ると、出掛ける為の準備としてまず着替え、その後は化粧をし始める。

たっぷり時間を掛けて着替えと化粧を終わらせると、姉妹は互いに相手の服装や化粧に変な所がないか確認する。

 

「どう?」

「とっても良いと思います。私はどうですか?」

「問題なし、バッチリよ」

 

二人共、タートルネックにロングスカートという派手さの少ないお揃いの服装。色もベージュなどの地味めなものだ。マリアは有名人だし、二人共に美人の外国人なので可能な限り目立たないようにしたチョイスである。それでも美人の放つオーラというものが醸し出されていて、本人達は地味な格好をしていると思っていても街中を歩けば注目をされてしまうのだが。

それから手荷物の最終チェックを行い、完璧に出掛ける準備が整い、後は時間まで待つのみとなった時にインターホンが鳴った。

 

「いつもより早起きした甲斐があったわね」

「はい、早起きしてなかったら待たせてしまうところでした」

 

マリアの呟きにセレナが頷く。

バッグを手にして玄関を開ければ、予想していた人物が立っている。

 

「おはようさん」

「おはよう、カズヤ」

「おはようございます、カズヤさん」

「二人共準備万端みてーだな。なら行こうぜ」

 

挨拶を交わして二人は家を出る。その際、戸締まりをしっかりするのも忘れない。

そのまま三人はエレベーターを用いてマンションの駐車場に向かう。

 

「今日は車の運転二人に任せていいのか?」

「ええ。カズヤは助手席で寛いでて」

「運転は私とマリア姉さんにお任せください」

「じゃ、お言葉に甘えるとしますかね」

 

イヴ姉妹共用の車の前まで到着し、そんなやり取りを経て乗り込む。

運転席にマリア、助手席にカズヤ、後部座席にセレナが座り、マリアが車のエンジンをかけカーナビをセットしアクセルを踏む。

目的地は箱根。仕事ではなく完全なるプライベートで、一泊二日の小旅行。

以前テレビで箱根特集的なものを見たセレナが行きたいと言い出したのが切っ掛け。家族会議にて切歌と調が普段忙しい姉妹二人でリフレッシュの為に行ってきたらということになり、ついでにカズヤも誘おうという流れで決まったのだ。

 

 

 

高速道路を用いた道中はなかなかに快適で、特に渋滞に巻き込まれることなく箱根へと近づいていた。

 

「懐かしい...ここら辺、初めてのバイクツーリングで翼に連れ回されたなー」

 

高速道路ではないが有料の自動車専用道路の西湘バイパスを抜け、そのまま有料の山岳道路及び自動車専用道路の箱根ターンパイクに入る。

海岸線沿いから山岳道路へと切り替わる為、景色が青い海から緑の山の中へと一変した。

 

「実は箱根に行くならこのルートが楽しいって翼に勧められたのよ」

「...バイク乗る前だったら分からなかったが、今なら分かってしまう」

「でもこの道路もさっきの道路も運転してて本当に楽しいです! スピード出し過ぎないように気を付けなきゃ!」

 

今の運転手はセレナ。彼女はハンドルを握るとテンションが上がるタイプなのか、はしゃいでいるように見えた。

大観山スカイラウンジという休憩施設に到着するまでの間、いくつかの展望台があるので車を停めて写真を撮ったり景色を楽しむ。

 

「...綺麗ね」

「でもほんのちょっと肌寒いです」

「山だしな。夏だとスッゲー快適な涼しさなんだが、春はまだ上着があった方がいいぜ」

 

と、この時カズヤの腹が鳴り響く。

 

「ご飯にする?」

「する。弁当、期待していいんだろ?」

「き、期待し過ぎないでくださいね」

 

展望台のベンチに三人で腰掛け、弁当を広げる。

 

「おっ、鮭に卵焼き、唐揚げ入りの海苔弁か。良いね」

「カズヤはサンドウィッチよりも、こういうご飯ものが好きでしょ」

「ああ。パンよりご飯派なんでな。ん? 海苔とご飯の間に鰹節が...しかもこの鰹節、醤油で味付けされてる。良い仕事するなー」

「カズヤさんが好きそうなの、勉強しました...!!」

「美味い美味い、こういうの好き」

「「良かった」」

 

ガツガツ食べるカズヤを、左右から目を細めて嬉しそうに見つめる姉妹。

やはり料理を作った側としては、食べる人には喜んでもらいたい。そう考えるとカズヤ、響、切歌のような分かり易い反応を示す食いしん坊は、その食いっぷりがありがたかったりする。

お弁当を食べ終わり、休憩施設に到着すれば、富士山や芦ノ湖を見渡せる景色が待っていた。

ここでもまた写真を撮ったり撮られたりをしていると、眼下に広がる湖には遊覧船が浮かんでいたのを発見し、後であれに乗ってみようかという話になった。

再び車に乗り込み芦ノ湖へと向かう。

 

「芦ノ湖の船、今ネットで調べたら二種類あんぞ。普通の遊覧船と海賊船。料金も違うし回るコースも違うみてーだな。どっちに乗りたい?」

「「海賊船!!」」

 

カズヤがスマホを弄りながらした質問に、姉妹は実に楽しそうな声で答えた。

 

「しかも桃源台港のすぐそばにロープウェイ乗り場があるから、船乗った後にロープウェイにも乗れるぜ。そっちも行くか?」

「折角なんだしそっちも行きましょう」

「楽しみです」

 

山道を車で登ったり降ったりを繰り返し、箱根海賊船の発着場に到着し、有料駐車場に車を停めて切符売り場へ。

ロープウェイも利用するので、『海賊船・ロープウェイ1日きっぷ』を三人分購入し、タイミング良く出港時間まで間近だったので早速乗船。

平日の為か観光客などが予想より少ないので船の広さを満喫できる。

船の甲板から柵に寄り掛かるようにして三人で周囲の景色を楽しんでいると、ふいにマリアがこう切り出した。

 

「カズヤ...ありがとう」

「いきなりどうした? 藪から棒に」

 

右隣に顔を向ければ、穏やかな表情で視線を景色に注ぐマリアの横顔がある。

 

「...本当に、あなたには感謝してもし足りないの。ネフィリムが暴走した時にセレナを救ってくれたことから始まって、フロンティア事変の最初から最後まで、そしてその後の私達の処遇、今に至る全ては、あなたが尽力してくれた結果...私が一生を捧げても受けた恩を返せる自信がないわ」

「今更何を。恩を返すとかどうとか、そこまで気にする必要ねーよ。俺はいつだって俺がやりたいことを好き勝手にやって、結果的にそうなった。ただそれだけだ」

「だからこそ、ですよ。カズヤさんがやりたいことをやり抜いたからこそ今があるんです」

 

左隣でセレナが微笑む。

 

「......そうか...じゃあ、そういうことにしとく」

 

視線を前方に戻し、豊かな自然の湖や山々を見つめた。

 

「カズヤ」

「ん?」

「私達姉妹を、あなたのそばにいさせて」

「できることなら、このままずっと」

 

左右からマリアとセレナが肩に頭を置くようにもたれ掛かってくるので、カズヤは二人の体温を感じながら少しぶっきらぼうに──僅かに照れ隠し気味に言う。

 

「...好きにしろよ」

 

 

 

往復で一時間程度船の上を楽しんでから、そのままロープウェイに乗る。

 

「高いです」

「高いわねぇ」

 

実はロープウェイに乗るのが初めてのイヴ姉妹。景色よりも、山と山の間をするすると登っていくロープウェイそのものに関心があるようだ。

 

「この先が大涌谷だ。温泉池で作った黒たまご、まあ茹で卵なんだが、一個食えば七年寿命が伸びるって謳い文句で有名だな」

「温泉...確か箱根火山って活火山なのよね」

「そういえば少し臭くなってきました」

「火山活動中だからこそ、そこに温泉が湧く訳だ。あと、向こうに着いたらもっと臭いひでーから覚悟しとけ。卵が腐ったような硫黄臭にな」

 

山のあちこちから噴き出す噴煙には硫化水素を含む為、ロープウェイから見える景色は徐々に緑が少なくなり、赤茶けた山肌が増えていく。

 

「服に臭いが付くのは嫌だわ」

「後で旅館に着いたら消臭しましょう」

 

大涌谷に到着し、ロープウェイを降りればまず鼻に突く硫黄臭。うえぇっ、と顔を顰める姉妹に苦笑しつつ、「すぐに慣れる」と言って先を促す。

臭いに慣れるまでは黒たまごは無理、もしくは買って後で食うかな? 考えながら順路を進む。

 

「知識としては知っていたけど、実際に活動中の火山に来てこういうの見ると、いかに自分達が狭い世界で育ったか実感できるわね」

「F.I.Sの研究所にレセプターチルドレンとして引き取られるまでは難民暮らしで、そっから去年まではずっと施設暮らしだろ? 仕方ねーさ。それに、だったらその分これから色んなもんを見に行けばいい。もうお前らを縛るもんはねーんだからよ」

 

グツグツと煮え滾る温泉池、硫黄臭と共に周囲に立ち込める白い噴煙、観光客相手にお土産を勧める地元の人々の様子を眺めて自嘲するようにマリアが言うので、カズヤが陽気に言い放つ。

 

「それじゃあ、その時はカズヤさんも一緒ですよ」

 

横からセレナが腕を抱き締めてくると、それに対抗するように反対側からマリアも抱きついてくる。

 

「勿論付いてきてくれるんでしょう?」

「...ま、気が向いたらな」

 

素っ気なく返していながら優しい笑みを浮かべるカズヤに、マリアとセレナは思わず見惚れ、暫くの間呆けていた。

 

 

 

硫黄臭に苛まれながらもなんだかんだで大涌谷を楽しんで、黒たまごを後で食べようと購入してからロープウェイに乗り車を停めた桃源台港に戻る。

 

「硫黄の臭いで食欲がなかったけど、今なら食べれるわ」

「これ、殻が名前の通り真っ黒ですけど、中身も真っ黒なんですかね?」

「...」

 

先程買った黒たまごに興味津々の姉妹には悪いと思ったが、カズヤは黙って笑いを堪えるのに必死だった。

ペリペリ、パキパキと二人は殻を剥く。

 

「あら? 白身は普通に白いのね」

「本当ですね。あくまでも黒いのは殻だけなんでしょうか?」

「...」

 

塩を振りかけて二人は茹で卵にかぶりつき、

 

「..........................................味、普通の茹で卵」

「..........................................しかも黄身も普通の茹で卵ですね」

「ぶふぉっ!!!」

 

一口食べて微妙な顔をした二人に耐えられず、カズヤはついに吹き出した。

そんなカズヤのリアクションに、マリアとセレナは暫し呆気に取られていたが、我に返ると非難するように叫ぶ。

 

「カズヤ! あなた黒たまごの味が普通の茹で卵と変わらないこと知ってたわね!!」

「私達がわくわくしながら殻を剥く横でほくそ笑んでたなんて酷いです!!」

「くくっ、だって、お前ら、当たり前だろが、ぶはは! 黒たまごは確かに黒いが、作り方は、温泉に浸ける以外に普通の茹で卵と、そこまで変わらねぇ、まさかラーメン屋の味玉みてぇな、味がすると思ってたのかよ!!」

 

腹を抱えて過呼吸になりそうな勢いでひーひー笑うカズヤに、二人は頬を膨らませた。

 

「期待して何が悪いのよ!?」

「一個食べれば寿命が七年延びるって謳い文句だから、美味しいと思ってたんですよ!?」

 

左右からポカポカ叩かれる。二人のそんな抗議は、カズヤが笑い止むまで続いた。

 

 

 

その後、ちょっと拗ねた感じの表情でいながらカズヤの顔をチラチラ窺うマリアとセレナを引き連れ、本日お世話になる旅館へと車を走らせる。

旅館に着いた頃には既に夕方近くになっていて、一っ風呂浴びれば夕飯の時間に丁度良い。

 

「素敵な旅館ね」

「お部屋も外の景色も綺麗です」

 

部屋に案内されてすっかり上機嫌となる姉妹に、現金な奴らだなと思いつつ、用意されていた浴衣を手に取り、いそいそと風呂の準備を始めるとそれに二人も倣う。

大浴場の前で「また後でな」と別れを告げて男湯へ。

カラスの行水、と自他共に認めるほど風呂に入っている時間が短いカズヤであったが、流石に温泉となればそこそこ長くなる。サウナやジャグジーなどの設備があればそれに応じて時間も延びた。

が、やはり女性よりは時間が短いのは男性特有なのか。

浴衣姿で休憩所までやって来て、自販機にてフルーツ牛乳を購入し飲み干すと、マッサージチェアを利用しつつ二人を待つ......つもりだったのだがそのまま寝てしまう。

 

 

 

「あぁ~、良い湯だった」

「本当ですねぇ」

 

マリアとセレナが温泉の感想を言い合いながら、浴衣姿で休憩所に踏み入り、そこでマッサージチェアに身を委ねて寝ているカズヤを発見する。

幸か不幸か他の利用客はいない。平日故か夕飯の直前の時間帯だからか不明だが、マッサージチェアを独占していることと、財布やスマホを盗まれてしまうかもしれない無防備な寝姿に、マリアは大きく溜め息を吐く。

 

「本当に、こういう時は子どもみたいなんだから」

 

仕方ないなと思いつつ近寄って肩を揺する。

 

「カズヤ、起きて、こんな所で寝たらダメじゃない」

「起きないとキスしちゃいますよ、カズヤさん♪」

「...セレナ、あなたね...」

 

じろりと睨めば可愛くペロッと舌を出しウィンクするセレナに呆れながらも、この場には自分達しかいないのだし、ちょっとくらいならいいのではという思考が過った。

一度周囲をキョロキョロ見渡してから、

 

「......キス、しちゃおうかしら? 無防備なカズヤが悪いんだし」

 

おもむろに顔をカズヤに近づける。

 

「は!? 言い出しっぺは私ですよ! キスしていいなら私がします!」

 

しかしセレナがそれを許さない。背後から両肩を掴まれ引っ張られてしまう。

お目覚めのキスを巡り醜い姉妹喧嘩が始まる。

 

「ちょっとセレナ! 邪魔しないで!!」

「何が邪魔ですか!? マリア姉さんに譲るくらいなら私がします! 引っ込んでてください!!」

「姉に向かって引っ込んでてとは何よ!? 妹なんだからもっと姉を敬いなさい!」

「マリア姉さんこそ姉の威厳があると自覚するなら私に譲ってくださいよ!」

「姉は妹よりも常に一歩先にいるものなのよ!!」

「そんなのただの抜け駆けって言うんですよ!!」

 

何としてでもカズヤにキスしようと強引に体を前に進ませようとするマリアと、それを意地でもさせんと取り押さえるセレナ。

暫くの間、ギャーギャー言い争いながらそうやっていたら──

 

「ゼー、ゼー、ゼー」

「ヒー、ヒー、ヒー」

 

折角温泉に入ったのに二人共汗だくになり、青息吐息で動きを止め、揃ってその場でへたり込んでいた。

たかがキスの一つや二つで、どうしてこんなことになったのか? 二人は疑問に思ったが、すぐにどうでも良くなる。

 

「私達バカみたい、今更キスなんかで」

「そうですね。カズヤさんが聞いたらきっと呆れるか爆笑しますよ」

 

顔を見合わせ、姉妹は示し合わせたように笑い出す。大声で、実に楽しそうに。腹を抱えて心の底から笑った。

 

「.........んあ?」

 

その幸せそうな笑い声により、カズヤが漸く目を覚ます。

 

 

 

夕飯は山の幸やら地元の農家から取り寄せたあれやこれやを、これでもかと使ったしゃぶしゃぶ鍋。

美味しい料理はお酒が進むので、三人で調子こいて飲み食いしていたら、カズヤより酔いが回り易いマリアとセレナが完全に出来上がった酔っ払いになってしまった。

 

「ほらマリア、セレナ、しっかりしろっての。部屋に戻るぜ」

「カ~ズ~ヤ~抱っこ~」

「じゃあわたしはおんぶ~してほしいで~す」

 

多少は酔ったが二人ほどではないカズヤは、へべれけになった二人に肩を貸し、腰を抱いて引き摺るように部屋に戻る。

 

「ほら、水飲め水」

「カズヤが口移してくれるなら飲む~」

「飲む~」

「あぁ、もう...」

 

部屋に二人を連れてきた後、廊下に出て自販機で購入したミネラルウォーターを差し出すが、二人はふるふると横に首を振った。

 

「口移し~」

「口移ししてくださ~い」

 

どうやら何がなんでも口移し以外では水を飲むつもりはないようだ。

催促されて溜め息を吐く。

 

「魂胆丸見えだが、乗ってやるよ」

 

言って、ペットボトルに口を付けた彼を見て、姉妹は唇を吊り上げ淫靡な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

二日目。

一泊二日の予定なので本日で帰るが、箱根という場所の為、高速道路を使えば都内まですぐだ。だから夕方くらいまでゆっくり見て回ろうということで、朝食を終えてから温泉に今一度浸かり、旅館を出る。

そしてやってきたのは箱根ガラスの森美術館。

ここに来ることを熱望したのはセレナで、この小旅行の目的でもあったとか。テレビで放送されたのを見て来たがるとは、なかなか微笑ましいものである。

 

「...わぁ、綺麗」

「日本の職人さんの技術は世界最高峰ってよく聞くけど、こういうの見ると納得せざるを得ないわね」

「はい!」

 

館内に踏み込み展示品を見て感嘆の声を上げる姉妹だが、

 

「...いや、なんか勘違いしてんぞ。ここは日本初のヴェネチアン・グラス専門の美術館ってだけだかんな」

「「...」」

 

間違った知識を訂正するようにカズヤがパンフレットを読みながら冷静に指摘し、二人は水を差されたように黙り込む。

 

「そもそも展示物の造形からして明らかに日本製じゃねーだろ。そんくらい言われなくても気づけ、つーかパンフにデカデカと書いてあるし...しっかりしてるようで意外にポンコツ姉妹だよな、お前ら」

「...世間知らずのポンコツで悪かったわね...!!」

「...どうせ学もなければ学歴もないウクライナ出身の田舎娘ですよ...!!」

 

ポンコツ発言が余程ショックだったのか、プリプリ怒り機嫌を損ねてしまった。カズヤに背を向けて歩き出す姉妹に、大爆笑しながら二人の間に入るように背後から肩を抱き、楽しそうに宣う。

 

「アハハハッ! 怒るなって! 俺だって学歴ゼロのプー太郎なんだし気にすんなよ」

「その言い方だと私達もプー太郎ってことじゃない!!」

「何の慰めになってませんよ!!」

「マジかよ、俺達プー太郎三人組とか、うける...!!」

「...何がそんなに楽しいのよ」

「...たまにカズヤさんの笑いのツボが分からなくなります」

 

くつくつと必死に笑いを堪えるカズヤに、怒りを通り越して呆れる二人。

マリアとセレナの学歴については仕方ない部分が多々ある。生まれ故郷のウクライナにて戦乱に巻き込まれ難民となり、その後はF.I.Sに引き取られたがほぼ研究対象扱い。平和な国で普通に生まれていれば、本来の年齢的には大学生としてキャンパスライフを楽しんでいたとしても何らおかしいことではない。

 

「いやー、実は俺達ん中で学歴ゼロなのが俺だけだったから肩身が狭かったんだが、仲間ができて嬉しくてな」

「嘘よ。あなたルナアタックの後、クリスと一緒に復学するよう風鳴司令に薦められて、面倒臭いからって理由で断ったらしいじゃない」

「しかもその当時、自分は死んでも復学しないの一点張りなのに、クリスさんには絶対にリディアンに通えってうるさかったって聞きましたよ」

 

左右からジト目で睨まれるが、これっぽっちも堪えた様子のないカズヤである。

 

「当然だろ? 今更学校なんてやってられっかよ、面倒くせー。それに、クリスがリディアンに通えばクリスの制服姿がいつでも見れるしな」

「つまり、クリスの制服姿が見たいが為に復学しろってうるさかったの? 自分は面倒で学校行かないのに?」

「そんな下心があったんですか」

 

ますます呆れる二人。

実は、もしリディアンが共学だったら学校に行くことに検討の余地がない訳ではなかったが。

 

「あ、でもそう考えるとマリアとセレナはちょっと勿体ねーよな...二人のリディアンの制服姿、見てーなー。きっと似合うんだろうなー」

「......流石に私達の年で高校の制服は...」

「...似合う似合わないの問題じゃないですし、ね」

 

ニヤニヤ笑うカズヤの発言に二人はそっぽを向いて頬を赤くする。

年齢的には遅いが、憧れがなかった訳ではない。実際、リディアンに通うことになった切歌と調が羨ましくなかったと言えば嘘になってしまう。

 

「騙されたと思って今度着てみろって。お前らなら絶対に似合うから、俺が保証するし、制服も用意してやるって」

「保証はともかく、どうやってカズヤが女子高の制服を用意するつもりよ?」

「そこはほら、テキトーにでっち上げればいいんだよ。例えば、今度の新曲のPVにリディアンを舞台にして撮りたいから三人分用意してくれって慎次あたりに言えば余裕だろ。翼は自前のあるだろうし」

「具体的かつ微妙に実行可能な内容に、カズヤさんの執念が垣間見えます...」

 

この男はどれほど自分達の制服姿が見たいのだろうか。呆れてこれ以上何も言えないが、裏を返せばそれほど期待されてるということで...まあ、その、悪い気はしない。

 

「......か、考えてあげる」

「......そうですね、検討するくらいなら」

「マジで!? やったぜ!!」

 

喉の奥から搾り出した返答を聞き、子どもみたいにはしゃぐ彼の横顔が愛しくて、二人は胸中で嘆く。

 

(...カズヤって私をダメにする天才ね。しかも、あなたにダメにされるのも悪くないと思ってしまうから余計(タチ)が悪いんだから)

(そんなに喜ばれると何でもしてあげたくなっちゃいます...ズルいなぁ、カズヤさんって)

 

惚れた弱みというか、惚れた方が負けという言葉を噛み締めつつ、二人は間にカズヤを挟んだまま美術館内を練り歩いた。

 

 

 

美術館にはガラス工房の体験会という催しもあり、お土産用のグラスなどを自分で作ることも可能なので、折角だからやらせてもらう(勿論有料)。

その後、腹が減ったので美術館内のレストランにて腹ごしらえを済ませると、皆の為に他にもお土産を買いたいと姉妹が言うのでお土産屋さん巡りへと車を奔走させる。

 

「木刀とか買うか?」

「切歌が喜びそうだけど、要らないわよ」

「翼も喜びそうだぜ?」

「翼さんは既に持ってそうですけど」

「...それもそうだな」

 

あっちこっちのお土産屋さんを梯子して、あーでもないこーでもないと言い合う。

 

「これは、アニメとのコラボ? カズヤ、あなた知ってる?」

「ああ。このアニメ、俺は見たことねーけど箱根が舞台になってんだよ。一時期は社会現象になったくらいに人気だったらしいぜ」

「日本のアニメは面白いですから...切歌さんと調さんもよく見てますし」

 

お土産屋さんを出て大量のお土産を車のトランクに押し込む。

 

「そろそろ帰るか?」

「そうね」

「切歌さんと調さんも待ってるでしょうし」

 

帰りはマリアの運転で、車内で三人でカラオケ染みたことをやりながら高速道路を高速でぶっ飛ばしながら帰宅する。

 

「お帰りデス三人共! お土産! 木刀買ってきたデスか!?」

「ただいま、木刀なんてある訳ないでしょあんなもの、何に使うのよ」

「ガガガガーン! デス!! ...木刀、欲しかったデース...」

 

元気に出迎えた切歌にマリアが呆れながら返答すると、膝から崩れ落ちて蹲り、土下座するような体勢でしくしく泣き始めた。

 

「ほら、欲しがってただろ?」

「だから、要らないって言ってるでしょ」

「...お母さんみてーなこと言いやがって」

「私がお母さんなら、カズヤは娘に甘いお父さんでしょ!」

「まー、確かに。俺にもし娘とかいたらめっちゃ甘やかすな」

 

泣き続ける切歌の横を通り過ぎ、マリアは調に手にしていた袋を渡す。

 

「調、お土産に冷蔵庫に入れなきゃいけないものあるから、これ」

「冷蔵庫に入れる...食べ物...やった!」

「切歌さん、お土産に美味しいものをたくさん買ってきたので元気出してください」

「...セレナ、私はお肉が食べたいデース...」

「馬肉の燻製あんぞ」

「馬肉!!」

「復活早いなー」

 

バタバタ騒ぎながら皆でリビングに向かう。

 

「今度は私達も一緒に箱根行くデース」

「そういうことで、よろしく」

「そうね、そうしましょう。いつか皆で、ね」

「その時は切歌さんと調さんに大涌谷の黒たまごを食べさせてあげます。一個食べると七年寿命が延びると謳い文句の、真っ黒な茹で卵です」

「セレナ、実は昨日のこと、まだ微妙に根に持ってるだろ」

「はい? 何のことですかカズヤさん?」

 

こうして、トラブルもなければアクシデントもない、楽しい小旅行は終わりを告げ、平穏な日常へと戻っていく。




次はR-18版の更新だぁ(白目)


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GX編
栄光の影に蠢くもの


あれ? マリアとセレナが主役の閑話は?
......また、今度な(R-18版も合わせて)。


ということでGX編突入だぜ!!


とある任務を終えたスペースシャトルが、帰還時に発生したシステムトラブルにより、制御不能へと陥り今まさに墜落事故を起こす寸前にまで追い詰められていた。

シャトルの船体からは火が吹き、何度システムチェックを繰り返しても制御を受け付けず、悪化の一途を辿る絶望的な状況。

船内に爆音が響き、船体からまたしても新たな火が吹く。

それでもなんとか人口密集地にだけは墜落しないように足掻く操縦士に、追い打ちをかけるような情報がアラート音と共にもたらされる。

 

「ミサイル!? 俺達を撃墜する為に!?」

「......致し方なしか」

 

手元のモニターに映し出されるのは、こちらに狙いを定めて飛来する一発のミサイル。

戦慄し、死を覚悟する二人の操縦士。

その時だ。カメラが捉えたミサイルが突如として黄金の光を放ち、モニターを輝かせる。

 

「...あっ!」

「この光は!」

 

かつて、世界中の誰もが一度は目にした光。それを今この瞬間に目の当たりにして、二人の操縦士は瞠目した。

 

『輝け』

 

通信越しに聞こえてくる男の声。それに呼応するようにミサイルが放つ光が更に強くなる。

二人の操縦士の胸に、まさか、という思いと助かるかもしれないという希望が去来した。

 

『もっとだ、もっと!!』

 

力強い男の声が操縦席に響き渡る。それはまるで絶望的な気分だった二人の操縦士の魂を鼓舞するかのように。

 

『もっと輝けえええええええええええ!!!』

 

叫び声と共にミサイルを包む黄金の光が爆裂し、五つの金に光る何かが飛び出し、シャトルの船体に取り付いた。

 

「......"シェルブリットの、カズヤ"...!!」

 

操縦士の一人が思わず呟く。

そして、燃え尽きそうな空に歌が聴こえてくる。

 

 

 

 

 

【栄光の影に蠢くもの】

 

 

 

 

 

シャトルの先端に取り付いたカズヤは、シャトルを真っ正面から殴りつけるように右腕一本で受け止めた体勢になると、右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、銀色のエネルギーを軸部分から噴射させる。

また、シャトルの側面に取り付いた奏、翼、響、クリスの四人は歌いながら、それぞれのアームドギアを用いて己の体を船体に固定させた。

更に装者の四人は、背から発生しているエネルギーで形成された翼ではばたき、各々のアームドギアからカズヤの回転翼と同じようにエネルギーを噴射し、墜落するシャトルの減速に努める。

それにより、空気抵抗による摩擦熱でシャトル全体が赤く覆われていたのが止む。

 

『装者達が取り付きました。減速を確認』

『墜落地点を再計測...依然、カラコルム山系の激突コースにあります』

 

左の耳に填めているイヤホンタイプのインカムから聞こえてくる通信──本部からのあおいと朔也の声にカズヤが問い詰めた。

 

「激突まであとどんくらいだ!?」

『五キロを切った!』

「ちょっとハードだな、おい!」

 

朔也の返答にカズヤは獰猛な笑みを浮かべる。

 

『シャトルの減速間に合いません、カラコルム山系を回避することは不可能です!!』

『なんとか船内に飛び込んで、操縦士だけでも!』

 

通信機越しに、あおいや朔也とは別のオペレーターが焦ったように叫び、緒川が人命を優先した提案をしてくるが、

 

『それじゃあマムが...』

『...帰れないじゃないデスか』

 

続いて本部で待機中の調と切歌の悲しげな声が聞こえてきてしまったので、五人は腹を括った。

口火を切ったのは、やはりカズヤだ。

 

「ハッ、冗談だろ? 勝手に決め付けてんじゃねーよ」

「ああ。そいつぁ聞けない相談だ」

 

笑い飛ばす彼に次いでクリスも応じるように不敵に笑う。

 

「人命と等しく、人の尊厳は守らなければならないもの」

 

翼が毅然と言い放つ。

 

「ナスターシャ教授が世界を守ってくれたんですよ。なのに、帰ってこれないなんておかしいです!」

 

決意を固めた響に、奏が大きく頷く。

 

「それに皆忘れてない? アタシ達の諦めの悪さってやつをさ。もし忘れてんなら改めて刻んでやるよ。なあ、カズヤ!!」

「あっったりめぇだろうが! ここまで来といて今更誰が!!」

 

五人で揃って獣のように、あらん限りの声で咆哮した。

 

 

誰が諦めるかああああああ!!!

シェェェルブリッットォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

 

五人から放たれる金の光が爆発的に膨れ上がり、眩い輝きは真夏の太陽すら霞むほど更に強烈なものとなって、シャトル全体を覆い尽くすどころか、青い空を一瞬にして金に染め上げる。

 

『...そうね、あなた達の諦めの悪さは世界一だったわね』

『皆さん、どうかマムをお願いします』

 

切歌と調と同じく、本部で待機中のマリアとセレナが涙ぐむ。

 

『フォニックゲイン、アルター値共に急上昇! ギアの出力も適合係数も同様です!!』

『シャトルが一気に減速していきます! 墜落地点を再計測......このまま行けば山の中腹に不時着可能です!!』

 

観測中のあおいと朔也の声に歓喜が混ざる。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

四人の装者の歌声が空を駆ける中、カズヤが雄叫びを上げた。

 

『カズヤくん、K2にはシャトルを安全に不時着させられるだけの平坦な場所はない。このままでは激突と変わらん! だから──』

「分かってるよ、なければ作る! この拳で!!」

 

弦十郎が何を言うつもりか察したカズヤが食い気味に返す。

十分な減速を果たしたシャトルの先端を足場にするように乗り移り、握った右の拳に力を込め、振りかぶり──

 

「シェルブリットォォォォォ──」

 

進行方向、真っ正面に迫った山の中腹目掛けて右の拳を振り抜いた。

 

「──ブワァァァストォォォォォッ!!!」

 

拳から放たれた黄金の衝撃波が、常軌を逸した貫通力を以て山の中腹を抉り、貫き、反対側までぶち抜き、酷く乱暴な方法でシャトルが余裕を以て通り抜けられるだけの大きさを持つ、即席のトンネルを作り出す。

その出来上がったばかりのトンネルにシャトルが突っ込む。

 

『シャトル、不時着を強行します』

 

不時着と同時に衝撃、次に激しい振動がシャトルを襲うが、装者四人の減速行為によりそれもすぐに止んだ。

そしてついに、トンネルの入り口から約三百メートル程度進んだ地点でシャトルが完全停止。

 

「任務完了...お疲れさん」

 

この時になってやっと肩の荷が下りた気分になり、ふう、とカズヤは安堵の溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

スペースシャトル墜落の救助を境に、特異災害対策機動部二課は、 正式に国連直轄下にて、 超常災害対策機動部タスクフォースとして再編成された。

新組織の名称は以前カズヤが弦十郎から聞いた通りの『Squad of Nexus Guardians』。略称は『S.O.N.G』。

その職員のメンバーは旧二課から揃えられており、当然、カズヤと装者八名も所属することになる。

以後は、主な任務を災害救助とし、多方面で目覚ましい活躍を見せることとなり、いつの間にか月日は三ヶ月が経過していた。

 

 

 

 

 

1:名無しのシェルブリットさん

このスレは文字通り光輝き何かと話題が絶えない男『シェルブリットのカズヤ』さんことKさんについて語る総合スレです。

 

次スレは>>980を踏んだ人が立てて下さい。

 

ということで、輝け!!(挨拶)

先日のニュース見たんだけどさぁ...皆はもう国連の発表見た?

 

2:名無しのシェルブリットさん

新しいスレ立て乙。またKさんが輝いておられるぞ!

 

3:名無しのシェルブリットさん

スレ立て乙 もっと輝け!(挨拶)

あの人光輝くからマジで目立つな

特定もすぐできるし

 

4:名無しのシェルブリットさん

国連が公式発表する前に誰が何やってんのか世界中が分かってて草

 

5:名無しのシェルブリットさん

国連「あれは"シェルブリットのカズヤ"が救助活動中の様子です」

世界中「見りゃ分かる」

これホント笑うwww

 

6:名無しのシェルブリットさん

国連もKさんが関わると下手な隠蔽できないって分かってるから、開き直って公表してんだろうなwww

 

7:名無しのシェルブリットさん

まあ、プロパガンタとして凄い効果あるだろうし

 

8:名無しのシェルブリットさん

本人は至って真面目に救助活動してるだけなのに、あの光のせいで勝手に広告塔になってて草

 

9:名無しのシェルブリットさん

スペースシャトルを不時着させる為に山ぶん殴ってぶち抜くとか、崩落する建物を丸ごと消し飛ばすとか、地盤とか岩盤引っ繰り返したり粉砕したりとか、やってること滅茶苦茶でスケールでか過ぎ!って思ったけど、よく思い出してみればあの人って落ちてくる月の欠片殴って粉砕してるから普通だなと思い直した

 

10:名無しのシェルブリットさん

俺達完全に感覚が麻痺してて草

Kさんがぶち抜いたK2のトンネルとか、もう既に登山家の観光名所になってるしwww

 

11:名無しのシェルブリットさん

流石Kさん

 

12:名無しのシェルブリットさん

略して、さすK

 

13:名無しのシェルブリットさん

サスケェ...

 

14:名無しのシェルブリットさん

忍んでない忍者は忍びの里へ帰って、どうぞ

 

15:名無しのシェルブリットさん

最近の↑の流れすこ

 

16:名無しのシェルブリットさん

でもこんだけ活躍してんのに相変わらずメディアへの露出一切しないよね

 

17:名無しのシェルブリットさん

そういうの苦手みたいよ

唯一出演してるのが翼ちゃんの動画。それ以外は奏ちゃん翼ちゃんマリアさんのSNSにちょろっと話題が出る程度。動画見る限り面白い人なんだけどなー

ネットラジオみたいな感じで、歌手三人に混ざって雑談とかでもいいからやらないのかな? 絶対視聴するのに

 

18:名無しのシェルブリットさん

ツヴァイウィングの公式サイトのブログも忘れてるぞ。あれ最早マネージャーさんのKさんに対する観察日記と愚痴になってるけどwwww

 

19:名無しのシェルブリットさん

愚痴はともかく観察日記っていう表現には草

アニメうたずきんの出演オファーきて、プロ声優さんに混じって演技なんて恥ずかしくてできるか! からのマネージャーさんに代役押し付ける流れに大草原ですわ

 

20:名無しのシェルブリットさん

でもマネージャーさん、Kさん本人かって思うくらい声そっくりで演技も上手いんだよな

 

21:名無しのシェルブリットさん

なお、恥ずかしいけどアテレコ収録には欠かさずマネージャーさんについてって見学している模様

 

22:名無しのシェルブリットさん

確かKさんって主演声優さんのファンなんだっけ?

 

23:名無しのシェルブリットさん

それもブログにあったなwww

声優さんもKさんのファンだから、いざ対面したらお互いに緊張でガチガチになって二人でおろおろしてたとか

 

24:名無しのシェルブリットさん

その様子想像して笑ったwww

代役立てるのはある意味正解だったのかwww

 

25:名無しのシェルブリットさん

うたずきんの公式も出演してる声優さん達も皆SNSで同じこと言ってたよ

 

26:名無しのシェルブリットさん

ところで最近の翼ちゃんの動画にさ、バイク停めて道の駅とか観光名所とか撮影してるタイミングで、マリアさんと奏ちゃんが背景に映る一般人みたいな感じで出てくるけど、あれ何なん?

 

27:名無しのシェルブリットさん

一般通過マリアさんと一般通過奏ちゃんな。マジレスすると車か何かで同伴してるんだろ

動画内では背景のみの登場なのに存在感あり過ぎてやたら目立つけどwww

 

28:名無しのシェルブリットさん

トップアーティスト二人が背景扱いで草

 

29:名無しのシェルブリットさん

仲が良いようでホッコリする

 

30:名無しのシェルブリットさん

そういや、マリアさんが最後にソロ活動したのっていつだ?

 

31:名無しのシェルブリットさん

フロンティア事変より前じゃね?

 

32:名無しのシェルブリットさん

歌手として復帰してからはマリアさん単独ライブねーよ

 

33:名無しのシェルブリットさん

ソロでCDも出さなくなったな

 

34:名無しのシェルブリットさん

いつもツヴァイウィングとコラボしてる

 

35:名無しのシェルブリットさん

むしろコラボしてない時がないぞ...これは一体どういうことだってばよ!?

 

36:名無しのシェルブリットさん

ライブも新作CDも最近はあの三人としてでしかやんないね

 

37:名無しのシェルブリットさん

もういっそ三人で新しくユニット組めばええのに

 

38:名無しのシェルブリットさん

それは俺も思った

 

39:名無しのシェルブリットさん

長いねん『ツヴァイウィング&マリア』って

今後この三人で活動する時は別名にしてくれ

 

40:名無しのシェルブリットさん

そもそもなんでマリアさんソロ活動しないん?

なんでツヴァイウィングといつも一緒なん?

 

41:名無しのシェルブリットさん

そりゃあ、恋人のKさんがツヴァイウィングのボディーガードだからだろうな

 

42:名無しのシェルブリットさん

翼ちゃんとも仲良いし

 

43:名無しのシェルブリットさん

それは確かに女としては見過ごせんか

 

44:名無しのシェルブリットさん

ん? ちょっと待ってくれ

Kさんがマリアさんと恋人で、翼ちゃんと二人でツーリング行くくらい仲良いのは分かってるが、じゃあ奏ちゃんとはどーなんだ? すっごい今更なんだけど

 

45:名無しのシェルブリットさん

そういやKさんと奏ちゃんの絡みってあんま見ないな

 

46:名無しのシェルブリットさん

でも翼ちゃんの動画で奏ちゃんのことよく話題になるじゃろ

 

47:名無しのシェルブリットさん

仲はきっと良いだろ

 

48:名無しのシェルブリットさん

ホントに~?

 

49:名無しのシェルブリットさん

少なくともボディーガードとしてそばに置くくらいは気を許してるんじゃない?

奏ちゃんって気に入らなければそういうの「要らねぇ!」って言いそうだし(勝手なイメージ)

 

50:名無しのシェルブリットさん

これは、調べる必要がありますねぇ(ねっとり)

 

 

 

 

 

リディアン音楽院の屋内プールを利用した体育の授業──水泳の時間。

学校指定の黒を基調とした水着に身を包んだ響達は、プールサイドに座って足を水に浸しながら、目前まで迫った三者面談や進路相談に関して話し合っていた。

 

「進路についての三者面談、もうすぐですわねぇ」

「憂鬱。成績についてのあれこれは、ママよりもパパに聞いてもらいたいよぉ...」

「ビッキーのところは、誰が来るの?」

 

寺島の呟きに板場がうんざりしたように項垂れ、安藤が響に話を振る。

 

「...う~ん。ウチは、お婆ちゃんかな? お父さんいないし、お母さん日曜日も働いてるし」

「そういうの、よくあるみたいだよ。何処も忙しいって」

 

僅かに顔を伏せて答えた響。その心境を察した未来が補足を入れた。

家庭のことを詳しく聞かれるのは、響にとってあまり気分の良いものではない。実はまだカズヤにも話せていないことがあり──いつか話せるようになりたいと思うが──今のところ唯一詳細を知っているのは未来のみだ。

 

「...そっか」

「優しいお婆様なのかしら」

「じゃないと、ビッキーの成績じゃ...」

 

幸い、三人は深く踏み込まない。板場は短く納得の声を上げ、寺島と安藤が響の成績が酷いことを思い出し、彼女の祖母の人柄を想像する。

 

「...成績悪くても、お嫁さんにはなれるもん」

 

少し拗ねたように口走る響に友人達の視線が集まった。

 

「確かに素敵な殿方がいれば、進学や就職ではなく結婚という選択肢もあり得ますね」

「そうね。で、何処にいんのよ? その素敵な殿方って。女子高の私達にはそもそも出会いすらないじゃん」

 

響の発言に、寺島が夢見るように瞼を閉じて頷き、その横の板場が不貞腐れたように溜め息を吐く。

しかし安藤には思い当たる節があったのか「あっ」と小さく声を漏らす。

 

「...ビッキー、もしかしなくてもそれカズヤさんのこと言ってるの?」

 

安藤の問いにぷいっとそっぽを向く響の耳が赤い。

そんなバレッバレな態度に恋バナ大好きな現役女子高生の三人が目を光らせるが、そこでハッと気づく。

 

「でも確かカズヤさんってマリアさんの恋人なんじゃ...」

「今思い出してもあの誓いとキスシーンはドキドキしますよね」

「きゃあああ! もしかして修羅場? 修羅場なの!? 三角関係なの!? アニメじゃないんだからぁぁ!!」

 

現実を見据えた安藤がぼやき、全世界生放送されたあの時のことを脳裏に描いた寺島がうっとりし、板場がやたら興奮した様子で嬉しそうに叫ぶ。

 

「べ、別に修羅場とかじゃないけど、私の方が絶対──」

「響」

 

三人に向き直った響が何か言おうとするが、未来に呼ばれて遮られる。

振り返れば未来の視線が響に注意を促していた。

これ以上、この話を続けるのはいけない。この話を続ければ、必ずボロが出る。それは絶対にダメだ、と。

 

「何よ響? 『私の方が絶対』の続きは? 『私の方が絶対マリアさんよりカズヤさんのこと好きなんだから!』って言いたいの?」

 

茶化すようなことを言ってくる板場の隣で、寺島が首を傾げて疑問を口にする。

 

「そういえば以前、立花さんとカズヤさんのお二人、デートしてましたよね?」

 

響と未来は思わず血相を変えた。話がヤバい方向に向かって突っ走っている気がする。なんとか軌道修正を図りたいが切っ掛けが思いつかない。

寺島に視線を向けた板場と安藤が同様に首を傾げて考え込む。

 

「確かにあの時デートしてた!! ......ん? でもマリアさんと恋人なんでしょ? あれ? 響の今までの態度見た感じカズヤさんに振られたって訳でもなさそうだし...え? これってまさか!!」

「もしかして、二股!? ビッキー二股かけられてるの!?」

 

当たってるけど数が足りてないから大正解にはならないが、ほぼ正解なので響と未来は頬を引きつらせ冷や汗をかく。

そんな二人のリアクションに三人は確信を得たのか、表情が険しくなった。

 

「これが本当だとしたら、私はカズヤさんを見損ないました」

「いくら世界を救った英雄だからって、ハーレムアニメの主人公じゃないんだから!!」

「私、結構カズヤさんのこと憧れてたんだけどなぁ...ビッキーに二股かけてるとか知っちゃうと幻滅しちゃうよ」

 

二股どころか七股なのだが、そんな事実は告げたところで火にガソリンをぶち撒けて大炎上させるだけなので告げる訳にもいかないし、一般的な女性として至極当然な反応や言い分に反論するのも難しい。

 

「ちょっと響! これを機にカズヤさんにガツンと言いなさいよ!!」

「そうです立花さん! マリアさんではなく自分を愛して欲しいと言うべきです!!」

「私達がビッキーの為にできることなんて少ないかもしれないけど、可能な限り力になるよ!!」

 

どんどんヒートアップしていく三人にどうしたものかと頭を抱えたい響と未来。

いつかはどんな形であれ、こういうことになるのではないか。と、未来は心の中で危惧していたことが現実になり溜め息を吐きたい気分になる。

世間の認識では、カズヤとマリアは恋人同士。そして世界を愛で救った二人の英雄と見なされていた。それは間違っていないが、あくまでもマリアは七人いるカズヤの女の一人でしかない。

しかし、真実を知る者は身内の人間だけなので、今回のような場面に出くわすと非常に面倒臭いことになる。

本当のことを伝える訳にもいかないし、上手く誤魔化せるとは思えない。かといって未来個人としては、カズヤが女誑しと罵倒や中傷されるのは許しがたい。そもそも彼は自分からは決して手を出さない、来る者拒まずな考え方なので、彼を女誑しと罵っていいのは自分達だけだと思っている。

 

(未来、どうしよう!?)

(全く...)

 

以心伝心。どう返すか困ってしまった響からのヘルプを受け、未来はしょうがないなと口を開く。

 

「まあ、響のことは置いておくとして、私は進学かな。ピアノの勉強がしたくてこの学院選んだ訳だし」

 

かなり強引で会話の流れとしては少し不自然だが、話を変える。

三人の視線が響から未来へと向いて、目論見は上手くいったと内心で安堵。

 

「ヒナはビッキーみたいに成績悪くないし、心配ないね」

「三者面談も進路相談も小日向さんは問題なさそうでナイスです!」

「成績良くて将来やりたいことがあって、未来は響とは大違いね」

 

三人の言葉を受け、ふと思う。

将来、学院を卒業後、自分はどうなるのだろうか?

勿論、今告げた進学するという内容に嘘はない。ないが、

 

 

『...成績悪くても、お嫁さんにはなれるもん』

 

 

先程響が言ったことが脳裏を過る。

今自分達が将来のことを考えているように、カズヤも将来のことを考えたりするのであろうか。

......いや、たぶん、あの男のことだから何も考えていないだろう。

でも、今と変わらず自分達のそばにいてくれるはず、という確信はある。

 

(お嫁さん...か)

 

もし進学しない場合は、そっち方面に舵取りしても良いかもしれない。

カズヤや響達が、外で誰かを助ける為に懸命に働いている間、帰りを待ちながら家を守る。

いってきます、いってらっしゃい。

ただいま、お帰りなさい、お疲れ様です。

そんな他愛のない、けれど何よりも尊いやり取りが毎日繰り返される平穏な日々。

 

(響の言う通り、このまま進学しないのもありなんだよね)

 

このまま翼の父──八紘の計画通りに風鳴家をカズヤが乗っ取り、大きな屋敷や土地、財力や権力を手にしたとしても、未来は自分の両親を説得させられるだけの自信がなかった。

その場合、最悪両親と大喧嘩の末に勘当されることを、既に覚悟している。

面倒だなとは思うが、日本の法律では一夫多妻を認めていないので、一名を除き他は内縁の妻となるしかない。

だが、それでもいいと思う。皆と幸せに暮らせるのなら、書類上及び戸籍上の関係など紙屑同然。

だって彼も、そういう細かいことを気にするような(タチ)ではないのだから。

それに──

 

(...............いつ赤ちゃんができるか分からないし)

 

未来は気がつけば右手で自身の下腹部を撫でていた。

ルナアタックの際に聞いた話を思い出す。この世界の人類──ルル・アメルはカストディアンという神に創造された存在だ。対してカズヤは別の世界からやってきた人類。両者の遺伝子構造が異なる事実をフィーネから直接聞いた未来は、カズヤとの間に子どもを授かるのは難しいという現実をこれまでのことから実感していた。

それでも希望はある。去年の春にカズヤが響と共に二課に所属する際に行われたメディカルチェックの結果、ルル・アメルと彼の間に子を残せる可能性がある旨を弦十郎がフィーネから聞いていたらしい。

たとえそれが宝くじで一等を当てるレベルの奇跡が必要だったとして、未来は諦めるつもりはない。

 

 

 

 

 

『LIVE GenesiX』。それはノイズをはじめとする超常脅威による犠牲者の鎮魂と遺族の救済を目的に企画されたチャリティライブイベント。

世界各国からアーティストが参加しており、海外進出を果たしたツヴァイウィングとマリアも本日参加する予定だ。

ロンドンで開催される為、日本にいる響達はテレビ放送での視聴をすることになっていた。

そして時刻は夜。

場所はマリア達が暮らすマンションのリビング。そこには、部屋の住人であるセレナ、切歌、調に加えて、同じマンションの別の部屋に住むクリス、響と未来、安藤と寺島と板場が集まっている。

皆でソファーや椅子に座り、早めに集まったが故にライブが始まるのを今か今かと待ちわびている状況だ。

 

「で、セレナはなんでここにいるんだよ? お前、マリアの付き人だったんじゃねぇのか」

「今回はお休みしました」

 

本来ならマリアのそばにいるはずのセレナがこの場にいることに、クリスがポテチを頬張りながら不思議そうに問えば、セレナが疲れ切った声で即答。

 

「休んだって、なんで?」

 

パチクリと何度も瞬きを繰り返すクリス。

他の者達も彼女の返答が意外だったのか、黙って続きを待つ。

 

「面倒臭くなったんです。マリア姉さんの相手が」

「......面倒臭いって、具体的には?」

 

クリスに促されたセレナが遠い目をして語り出す。

元来、マリアという女性は引っ込み思案で上がり症だった。なので、対策として豪華なケータリングをたくさん食べてテンションを上げ、アイドルとしての自分を文字通り演じさせることでなんとかボロを出さずに問題なく活動してこれた。

だが、マリアはカズヤという思う存分甘えてもいい相手を手にしたことにより、今まで年長者として振る舞っていた重圧から解放され、彼の前でなら何かを演じる必要もなく、ありのままの自分を晒け出せるようになり、面倒を見る側から見てもらう側へとなる...なってしまったのだ。

それが特に顕著となるのはライブ前の控え室。

 

「毎回毎回小さな子どもみたいに『たくさんの人の前で歌うの緊張する!』、『ステージに上がるの怖い!』、『だからお願いカズヤ、緊張解す為に膝枕と頭撫で撫でして!』とかなんとか、本番前の控え室で我が儘言い出すんですよ!? 今まで一度もそんなことなかったのに、何カズヤさんの前でだけ幼児退行してるんですか!?」

 

形の良い眉を顰めたセレナがこれまでのストレスを吐き出すように突然叫ぶ。

 

「カズヤさんもカズヤさんですよ! マリア姉さんのこと散々甘やかして、これっぽっちも注意しようとしないですし!!」

「...まあ、あいつは女を甘やかすのが趣味みてぇなとこあるからな...」

 

彼にどっぷり甘える人物の中で筆頭の立場にいるクリスは、マリアの気持ちが分からないでもない。例えば、彼から「もう俺に甘えんな」とか言われ更にスキンシップまで禁止にされたら、冗談抜きでストレスで死ねる。

 

「ということで、今回はお休みしたんです、もう疲れました。本番前に幼児退行して駄々をこねるマリア姉さんをカズヤさんから引き剥がす役目は奏さんに引き継ぎました」

「押し付けたの間違いだろ」

 

冷静なクリスの突っ込みを華麗にスルーし、セレナは手元に用意していたジュースを飲み干す。

マリアがこれまでに築き上げてきた威厳やらイメージやらをあっさり瓦解させる話を聞き、安藤、板場、寺島の三人は予想の斜め上の事実に驚きで呆然としていた。

クリス、響、未来は、その辺りをなんとなく察していたというか、マリアの気持ちが分かるのであまり驚いた様子はない。

 

「...ということはデスよ」

「...今まさに...」

 

カズヤが関わると途端にポンコツになるというか、色々な意味でまるでダメな女になる姿を何度も目にしてきた切歌と調は、呆れたようにライブ中継のテレビに視線を注ぐ。

今回もツヴァイウィングとマリアはコラボしているので、出番は一緒。で、その出番まではまだ少し時間があるということは?

 

「確実に今、控え室でカズヤさんにしがみついてるマリア姉さんを奏さんが引き剥がそうとしてますね」

 

平然と言い放つセレナの言葉に、奏は損な役回りを押し付けられたものだと誰もが同情した。

 

 

 

「お前毎度毎度いい加減にしろよ!!」

「あとちょっとぉぉ! あと三分、いえ、五分でいいからぁ! カズヤの膝枕の温もりと頭撫で撫でがもうちょっとだけ欲しいのぉぉぉ!!」

 

 

 

「ところでカズヤさんが立花さんとマリアさんの二人に二股かけているというのは本当ですか?」

「「「「ぶっ!?」」」」

 

唐突な寺島の疑問に当の本人の響、未来、クリス、セレナが吹き出した。

それぞれが偶然お菓子やジュースを口に含んでいた状態だったので、激しく咳き込んで喋ることができない間に、誰よりも空気を読むつもりのない切歌が楽しそうに笑い出す。

 

「カズヤは女っ誑しだから二股じゃ済まないデース!」

「「「っ!?」」」

 

寺島、安藤、板場の三人が目を剥き、そこに調の要らんフォローが入る。

 

「今のところ七股。ご存知マリアと響さん、それにセレナ、未来さん、クリス先輩、翼さん、奏さん...世間には広まってないけど、S.O.N.Gでこの事実を知らない人はいない。ちなみにS.O.N.Gでのカズヤの渾名は『ドクズ』、『女の敵』、『女っ誑し』などなど」

 

最早寺島達三人は唖然とするしかない。まさか世間で英雄と持て囃される知り合いの男性が、実はとんだクソ野郎だという真実を聞かされ、ショックで凍りつく。

 

「......この、余計なこと言いやがって!!」

 

いち早く復活したクリスが来客用スリッパを脱いで手にし、それで切歌と調の頭を全力で引っ叩く。

バコンッ! バコンッ! と決してスリッパから出てはいけない音がリビングに響き、二人が頭を押さえて涙目になるが、この面子の中で最も短気な性格のクリスの怒りは収まらない。

更に二人に掴みかかろうとしたところを、咄嗟に背後から響が羽交い締めにし、未来とセレナが左右から腕を取り押さえる。

当然暴れるクリス。

 

「離せこらぁっ!! この調子に乗ったガキ共に自重って言葉を教えてやるんだよあたしはぁぁ!! ここがS.O.N.Gの本部でもねぇのに事情も知らねぇ部外者にいつものノリで喋りやがってぇぇっ!!!」

「落ち着いてクリスちゃん! 気持ちは分かるけどお願い落ち着いて!!」

「クリス、ストップ! ストップだってば!!」

「クリスさん私が後で厳しく言って聞かせます! だから今は堪えてください!!」

「うがああああああああ! せめてコブラツイストかアームロックさせろぉぉぉっ!! 体に教えてやるぅぅぅっ!!!」

 

気炎を吐いてジタバタもがくクリスに、本気で怯えて抱き合う切歌と調は思い出す。彼女がカズヤのことに関してキレると、一切容赦がなくなることを。それで一度、元F.I.Sの四人は、ミサイルと弾丸の嵐をこれでもかとぶち込まれて殺されかけたのをすっかり忘れていた。

 

 

 

「カズヤさんがアルター能力っていう特殊な力を持ってて、それがシンフォギアと抜群に相性が良いのはルナアタックの時から知ってたでしょ。それで、カズヤさんと私達の間に、その、もし子どもが生まれた場合、アルター能力を持った子や、シンフォギア装者としての適性を持った子、もしかしたら両者の力と適性をかけ合わせた子が生まれるかもしれないって期待されてるの」

 

なんとかクリスを落ち着かせた後、未来は必死に頭を高速回転させつつ、三人を騙す為の嘘っぱちなカバーストーリーをペラペラと喋っていた。完全にでっち上げのでまかせなのだが、半分は本当だと思う。実際、風鳴家への婿入りの話はカズヤの血を欲しがられた結果だからだ。

 

「私達はカズヤさんのお嫁さん候補、ていうかお嫁さんなんだ。このことについては皆ちゃんと納得してるし、べ、別に、カズヤさんとの間に愛情がない訳じゃないし...カズヤさん、私達のこと凄く、た、大切にしてくれるし」

 

言ってて顔が熱くなる。友人とはいえ、完全なる部外者に彼との関係を話すのはやはり恥ずかしい。横目でチラリと響とクリスとセレナを窺えば、三人共揃って両手で赤い顔を覆っている。

 

「だから、確かにS.O.N.Gの本部では今切歌ちゃんと調ちゃんが言ったような酷い言われ方されてるけど、実際にカズヤさんから手を出してきたことは一度もないし、私達は自分の意思でお嫁さんに立候補したの。皆には、ここを勘違いしないで欲しいな」

 

そう締め括り、説明を一旦終わらせると、どっと疲労が押し寄せてくる。

今後も似たような事態が発生した時に同じような説明をしなければいけないのかと考えると、気が遠くなってきた。

続いて未来の言葉を引き継ぐ形でクリスが述べる。

 

「以前あいつの存在が国家機密として秘匿されてたのは知ってんだろ? この件はそれより更にデリケートな話だからな...もし口外したら、たとえお前らが事情を知ってても関係なく黒いスーツ姿の怖い兄ちゃん達に連れてかれるから気をつけろよ」

 

完全に脅しのかけ方が悪の組織の女幹部然としているが、三人は事がどれだけ重大なのかを勝手に想像してくれたらしく、何度も無言のままコクコクと頷く。

 

「ということで、切歌さんと調さんは今後軽々しくカズヤさんのことを、特に女性関係について面白おかしく話さないように...私達にとっては何気ないことでも、それで一般の方々を巻き込まないとは限りません」

「...ごめんなさいデス」

「ごめんなさい」

「謝る相手は私ではないですよね?」

「「すいませんでした」」

 

腰に両手を当てて立ち上がったセレナが諭すように叱ると、その前で正座させられた切歌と調が実に素直な態度で謝罪する。

謝られた三人──特に寺島は、そんなことはない、二人は悪くない、こちらこそ変なことを言って申し訳ないと謝り返す。

嘘が嘘を呼び、こちらの都合と見事な連携で自分達の関係を勝手に機密扱いにしてしまい、話が大きくなった気がするが、釘を刺しておくという意味ではこのくらいで丁度いいのかもしれない。

 

「それにしてもお嫁さん候補七人って...」

「ちょっと想像できないですよね」

「アニメじゃないんだからぁ...」

 

馬鹿げた事実に呻く三人。

と、ここでテレビから一際大きな歓声が聞こえてきて、皆の注目を集めた。

 

「いよいよ始まるデス!」

「やっとマリア達の出番が回ってきたみたい」

 

興奮してあからさまにテンションを上げた切歌と調の言葉通り、画面には筆記体の煌びやかな文字で『Zwei Wing & Maria』と表記され、続いて曲名が表記されたと同時に音楽が流れスポットライトが輝き、三人の歌姫が映し出される。

ステージ用の衣装を身に纏い、光の中で歌う三人に、誰もが固唾を呑み、視線が釘付けになり、その歌声に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん」

 

カズヤは、出番を終えステージから退場した三人に対し、軽く拍手しながら労いの言葉を掛ける。

 

「カズヤ、カズヤ、カァァズゥゥヤッ!!」

 

すると、誰よりも早く喜色満面の笑みを浮かべたマリアが何度も繰り返し名を呼びながら走り出し、そのままの勢いで跳躍しカズヤに抱きついた。

彼女を抱き留めながらその場でくるりと横に一回転して勢いを殺すと、彼女の浮いていた足を床に着ける。

 

「ねぇねぇ、どうだった?」

「今日もバッチリ決まってたぜ」

「でしょ! えへへ、カズヤのお陰よ」

 

照れつつも嬉しそうに笑うマリアの顔が至近距離にあって、少しどぎまぎした。

 

「何がカズヤのお陰だ。お前のせいでギリギリだったじゃんか!」

「ぐわっ!?」

 

そこへ、マリアの後頭部に僅かな怒りと多大な呆れと若干の嫉妬を込めたチョップを繰り出す奏。

 

「痛いわよ奏! 目玉が飛び出るかと思ったわ!」

「いい加減なんとかならない? 緊張解す為に本番始まる時間ギリギリまでカズヤにくっ付いてんの。毎回冷や冷やもんさ」

「というか、これに関してはカズヤもマリアを甘やかさないようにするべきよ」

 

涙目で文句を言いつつカズヤから離れようとしないマリアに、奏がうんざりしながら苦言を呈し、加えて翼からも便乗して注意を促され、流石にカズヤもバツが悪そうな顔をした。

 

「...あー、すまねぇ...」

「アンタがアタシ達にだだ甘なのは今に始まったことじゃないけど、そこはちゃんとメリハリつけてさ.........つーか、アタシだって我慢してんだからね! アタシだってできるんなら本番前に色々して欲しいっつの!!」

「カズヤから本番前に色々......胸が熱くなるな」

「悪かったよ。埋め合わせはちゃんとするって」

「「ヨシッ!!」」

 

なんか上手い感じに嵌められた気がするが、とりあえずマリアに告げる。

 

「ということでマリア、今後はもうちょい自重しような」

「...カズヤが言うなら仕方ないわね、善処するわ」

 

この中で最年長者でありながら、親に窘められる幼い子どものような──カズヤからは可愛いと思われ、逆に女性からはあざといと感じる──態度で不承不承返事をするマリアに、奏と翼は揃って信用できんと思ったが口にはしない。

 

「あと、そろそろ離れてそこ譲りな」

「はいはい」

 

奏に催促されたマリアがカズヤからパッと離れる。と、奏が周囲を見渡し、誰か見ていたり監視カメラが見当たらないか確認してからカズヤにギュッと抱きつく。

 

「いやぁ、思いっ切り歌った後のハグは良いね。癒されるよ」

「お疲れさん」

「そうさ、奏さんはお疲れさんなんだよ。だからもっと労って」

「わぁーってる」

 

背中と頭に手を置き撫でれば、「うっへへ」と笑い声を漏らしつつ、奏が抱き締める力を強くした。

 

「次は私ね」

 

奏が離れ、続いて翼が抱きついてくる。それはもう、ギュウギュウ力強く。

 

「......このまま押し倒したい」

「それはもうちょい我慢しろ」

 

 

 

三人の歌姫を引き連れて、カズヤを先頭にマネキンがズラリと並ぶスタッフ専用通路を歩く。

 

「それにしてもこの通路は気味ワリーよな」

 

少し薄暗いと感じる照明の中、左右をマネキン達に挟まれた長い一本道。ホラーをよく見る癖にホラーが苦手なカズヤは若干落ち着かない様子で話を振る。

 

「ちょっと不気味だよね、ここ、なんか出そうで。こう突然、ヴアアアアア!! って」

「むしろマネキンが動き出して襲い掛かってきそう。生きている人間を妬んでるのよ、その肉体を寄越せ!! っていう感じに」

「そういえば昔マリオネットというタイトルのホラー映画が──」

「おいやめろ! 俺は共感を得たいだけであって、恐怖を煽れとは言ってねぇ! 物理攻撃が効くなら対処できるが、全くこれっぽっちもビビらねー訳でも怖くねー訳でもねーからな!!」

 

奏がうんうん頷いたと思ったら絶叫し、マリアがからかうように言ってから同じように絶叫、翼が映画の話を出してきて、カズヤは自分の迂闊さを呪った。

三人が背後でクスクス笑う。

そちらに恨みがましいの視線を飛ばしてから前に向き直り、ふと違和感を覚えて立ち止まる。

 

「カズヤ?」

「...」

 

首を傾げるマリアに応えず手で制した。

突如緊張感を纏い、腰を落とし身構えた彼にただ事ではないと咄嗟に判断した三人にも緊張が走る。

 

「っ!」

 

次の瞬間、短い呼気と共に淡い虹の光を全身から放ち、周囲のマネキン達を纏めて虹の粒子に分解し、シェルブリット第二形態を発動させたカズヤが見たのは、分解されたマネキン達に紛れていた緑色の服を着た一人の女だった。

そいつに向けて迷わず跳躍し拳を振るえば、女は緑を基調とした服とグレーのロングスカートをひらりと翻し、ダンスでも踊るようにくるくると回転をしながら拳を躱し、間合いを離した。

 

「突然殴りかかるとは不躾な輩ね」

「不意打ちしようとしてた奴が何言ってやがる」

 

謎の女は薄い笑みを浮かべてこちらを値踏みするような視線を向けてくる。

無機質な白い肌にガラスのような目。まるで人形のようで、カズヤ達は先程までホラー系の話をしていただけあって、目の前の存在が余計薄気味悪く感じてしまう。

 

「何者だ!?」

「オートスコアラー。名はファラと申します、以後お見知りおきを」

 

翼の警戒を含んだ質問に素直に答え、カッ、カン! とフラメンコを踊るような動作でハイヒールで床を叩き、ロングスカートの裾を摘まんで優雅に一礼。

 

(オートスコアラー? 自動、採点者? 何を意味するんだ? それとも何かの暗喩か?)

 

名乗った言葉に疑問を抱く間に相手が口を開く。

 

「"シェルブリットのカズヤ"...気配も殺気もない私にどうやって気づいたのですか?」

「ただの勘だ」

「勘......なるほど」

「次はこっちだ。俺に、いや、俺達に何の用だ?」

 

拳を構え油断なくカズヤが睨む。

 

「強いて言えば」

「「「「っ!?」」」」

 

ファラと名乗った女はまるで手品のように、何処からともなく一振りの剣を突然出現させ、握ったそれの切っ先をこちらに向けて告げる。

 

「邪魔者の排除」

「そうかい」

 

まともに話をしても無駄と悟り、カズヤが踏み込む。

剣を装備しているが分解してしまえば無力化は容易い、そう考えたが──

 

(分解できねー!? どういうことだ!!)

 

本来なら生物以外の無機物を問答無用で分解、粒子化できるはずなのに、剣は未だに形を保っていた。

 

「ちっ」

 

舌打ちし、こちらを迎撃する為に振るわれた剣を、手の甲で下から斜め上に裏拳するように弾き、跳ね上げて、

 

「オオラァッ!!」

 

上体を反らすように体勢を崩し、隙を晒したそこへ、右ストレートを顔面に叩き込む。数秒間水平にぶっ飛んだ後、何度もバウンドしながら転がり離れていく。

 

「うわっ、容赦ねぇ」

「殺ったか?」

「いやいや待て待て待ちなさい! いくらなんでもやり過ぎでしょ!! 今ので死んでたらどうするのよ!?」

 

倒れ伏した女を見据えて奏が呟き、カズヤに手応えを確認する翼、そして顔を蒼くするマリア。

 

「マリアは心配症だな......死体や証拠品など残すものか」

「......ほら、生きてないなら死体も無機物扱いらしいから、跡形もなく分解できるし」

「...あなた達発想が怖いわよ...!? ギャングやマフィアじゃないんだから...」

 

ボケているのか本気なのかイマイチ分からない翼と奏の言葉にマリアが狼狽える。

 

「...一応加減はしたが、殺ってねーよ...つーか、そもそも殴った感触が人間じゃねー。なのに、いくら分解しようとしても分解できねーし、おまけにあの剣すら分解できねーぞ......何だこいつ、一体どうなってんだ?」

 

戦慄の声を出すカズヤの横顔を見てから、倒れ伏した女に視線を戻す三人。

視線の先でファラが立ち上がる。まるでそれは糸で操られたマリオネット──倒れた状態から宙吊りにして無理矢理立たせるような、人間では不自然かつ到底不可能な動きで。

気持ち悪い、四人は純粋にそう感じた。

その翠の眼球を何度も何度も、スロットのように下から上、下から上へと動かして、気持ち悪さは更に強くなる。

やがて眼球の動きが止まり、翠色の目がカズヤを射抜く。

 

「"シェルブリットのカズヤ"。警戒すべきはその戦闘力のみならず、どんな物質でも瞬時に分解し、己の力へと再構成する能力を持つ、ノイズとは相反する力......本来ならばその力の前で為す術もなく私は倒されていたでしょう。しかし、対策を立てておけば問題ありません」

「その口ぶり。テメー、人間どころか生き物ですらねーな」

「はい。私はオートスコアラー、ただの人形に過ぎません。だからこそ不思議でしょう? 生き物ですらない私を何故分解できないのか?」

 

正解を言い当てればあっさりそれを認め、逆に煽るような口調で質問を投げてくるので、

 

「ワリーが、お人形遊びには興味ねーからどうでもいいぜ!!」

 

踏み込んで拳を振りかぶり、殴り掛かった。

カズヤの拳と人形が持つ剣が衝突する。




冒頭のシャトル救助にて元F.I.S四人が待機している理由は、保護観察期間が終わって少し経過したけどS.O.N.Gが正式に発足する前という微妙な時期なので、今後のことや大人の事情を考えると作戦に参加させるのは微妙だったから。

原作アニメ『スクライド』でもカズマがシェルブリット第二形態の状態で衛星軌道上にある衛星兵器を破壊しに大気圏突破してるから、実はカズヤも第二形態以上なら平気。
空気? そんなもんは"向こう側"の力でなんとかしてるに違いない。

K2、トンネルは空いたけど標高世界三位に下方修正されるのを回避。
なお、開通したトンネルは観光名所というよりはインスタ映えするような場所だが、場所が場所なんでガチの登山家しか来ない、つーか来れない。

響と未来、将来について考える。そして響は嘘がつけないので態度に出る、そのせいで厄介事を持ち込む。
ちなみにカズヤは本当に何も考えてないので、その分を未来が考えることになる。

テレビでライブ見てる場所が元F.I.S四人の部屋である理由。
クリスちゃんは原作と違って一人暮らしをしておらず、奏とカズヤと三人暮らしだけど、『カズヤと同棲』がバレるともうヤバいので、元F.I.S四人の部屋でええやんってことになる。

セレナ、マリアの付き人休業中。
理由は本人が述べた通り。
なお休業中は、普段より多めかつ濃厚にカズヤとイチャイチャするチャンスを虎視眈々と狙っている。
この姉にしてこの妹であった。

マリアさん、カズヤの前だと精神年齢低下。特にライブの直前。
今まで年長者として振る舞ってきた反動。プラス、今はそんなことをする必要がなく思う存分甘えられる相手がいて、そいつが甘えた分だけ甘やかすから......仕方ないね。
しかし、恋人同士と世間からは認識されてるのをいいことに、これ幸いとイチャついている節もある。
つまり、セレナと似た者姉妹。

切歌と調、口が軽い。
でも今回の件で反省し、結構堅くなる。
ちなみにスリッパで叩かれた時は頭蓋骨に罅が入ったと本気で思ったとのこと。

奏と翼、相変わらず。
奏は皆の前だとちゃんと我慢するけど、プライベートだと凄い! 我慢? 知らないねぇ! ってなる。
翼はカズヤを押し倒して跨がれれば満足。

クリスちゃん、学校でも装者としても後輩ができて当初は張り切るが、自分の周囲の面子を見渡して「...バカばっかりじゃねぇか...」と一人嘆き、ほどほどにしておこうと思い直す。
なお、ヒロイン達の中で最もカズヤに甘えている人物なので、下手なことを言うと今日のおまいうスレはここですか状態になり、取っ組み合いが始まる。



これまでの実戦や訓練で繰り返しカズヤと同調した結果、LiNKERを必要としていた奏はフロンティア事変後に、マリア、切歌、調は最近になって適合係数が正規適合者並みに上昇し、現在装者全員がシンフォギアの運用にLiNKERを必要としなくなっている。

適合係数の高さの順位
一位 クリス
同着二位 翼、響
四位 セレナ
五位 奏
六位 マリア
同着七位 切歌と調


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拳を握るその理由

二話連続投稿、二話目はGX編の第二話となります。
もう片方は閑話G5ですので、よろしければそちらもどうぞ。

最近知ったんですが、なんとdアニメでスクライドのTV放送版が配信されました。(残念ながら劇場版の総集編は今のところ無し)
dアニメはシンフォギアも5期まで全話見れますので、今のコロナの自粛で暇な時間、スクライドとシンフォギアをdアニメでマラソンするのはいかが?(ダイマ乙)


『第七区域に大規模な火災発生。消防活動が困難な為、応援要請だ』

 

ツヴァイウィング&マリアの出番が終わったタイミングで、装者五人の通信機に弦十郎から連絡が入る。

 

「はい、すぐに向かいます」

 

響がソファーから直ぐ様立ち上がり、続いてクリス、セレナも立ち上がった。

 

「響...」

「大丈夫。人助けだから」

 

未来が心配気に見上げれば、ニッコリとした笑顔で響が返答する。

 

「私達も」

「手伝うデス!」

 

調、切歌も順番に立ち上がると、クリスが手に顎を当てて考える仕草を見せてから呟く。

 

「...そういや二人の適合係数はもうLiNKER要らねぇんだったな? だったら出動に問題ねぇだろ」

 

この判断に切歌と調が顔を綻ばせた。

 

「では急ぎましょう。被害が広がる前に」

 

決意を固めたような表情でセレナが言い放ち、装者五名は部屋を足早に出ると、迎えのヘリを待つ為にマンションの屋上へと向かう。

程なくしてやってきたヘリに乗り込み、モニター越しに弦十郎から火災の詳細を聞かされる。

 

『付近一帯の避難は、ほぼ完了。だが、このマンションに多数の生体反応を確認している』

「まさか人が...」

 

顔を曇らせる響の心情を肯定するように、モニターの向こうで弦十郎は厳かに頷く。

 

『防火壁の向こうに閉じ込められているようだ。更に気になるのは、被害状況が依然四時の方向に拡大していることだ』

「赤猫が暴れていやがるのか?」

 

クリスが眉を顰める。ちなみに赤猫とは、あまり馴染みは薄いが放火魔の俗語だ。

 

『響くんとセレナくんは救助活動を、クリスくんと切歌くんと調くんは被害状況の確認に当たってもらう。皆、分かっていると思うが、カズヤくんがいない以上、同調によるブーストと負荷軽減はできん。無茶はするな』

「了解です」

 

指示と注意を受け、響がいの一番に返答し、ヘリが降下ポイントに到達したのでドアが大きく開かれた。

眼下に広がるはまさに火の海。大きな高層かつ高級マンションの群れから赤い炎と黒い煙が発生し、今なおその存在を大きくし建物を呑み込もうとしている。

 

「任せたぞ」

「任された!」

「クリスさん、切歌さんと調さんをお願いします!」

「ああ。こっちはこっちで任せとけって」

 

飛び降りようと身構えた響、セレナの二人に対しクリスが声を掛ければ、響が待機中のギアペンダントを掲げて笑みを浮かべ、セレナもクリスに二人の妹分を頼み、クリスも力強く頷き返す。

そして二人は意を決したように飛び降りて、

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron」

「Seilien coffin Airget-lamh tron」

 

聖詠が夜空に響き、眩い光を伴ってシンフォギアを纏う。

片や黄色を基調としたガングニール、片や白銀を基調としたアガートラーム。

響が歌いながら、重力を利用した蹴りを放ちマンションの屋上をぶち抜き、内部に進入を果たす。

セレナが響に続く。

 

『これより二手に別れて生存者の救助に当たってもらいます』

 

本部からのあおいの声に二人は頷き、響は拳で、セレナは剣で壁や床を破壊しながらそれぞれ誘導された生体反応に向けて走り出す。

 

「避難経路はこっちです!」

 

壁を拳で粉砕し、要救助者が取り残されていた場所に辿り着いた響が叫ぶ。

響は要救助者達を引き連れつつ、壁をぶち抜きながら安全な所まで一直線に突き進む。

一方セレナは、意識のない状態の子どもを一人、小脇に抱えてアームドギアを振るい、文字通り道を切り開きながらマンションより脱出を果たす。

ギアを解除したセレナが子どもを救急車の前まで抱えていくと、救急車の前で偶然その子どもを探していた母親に遭遇し、これ幸いと渡す。

一応、無事に子どもを救助できたことに安堵すると、他の救助者達を安全な場所に避難させた響が駆け寄ってきた。

 

「セレナさん、こっちはなんとか終わりました」

「はい、こちらも今しがた」

 

二人で微笑み合う。とりあえず救助活動が上手くいったことに安心していると、響が何かに気づいたのか「あっ」と小さく声を漏らす。

つられて響の視線をセレナも追い、見た。

普通なら人が登らないような場所と考えられる高架付近に、人影が存在していたのを。

 

 

 

 

 

【拳を握るその理由】

 

 

 

 

 

袈裟懸けに振り下ろされた剣を右手の甲──シェルブリットで受け、

 

「おらあああっ!!」

 

左の拳をファラと名乗る人形の顔に叩き込む。

人間ではないからか、それとも単純にシェルブリットではない攻撃だからか不明だが、倒れることはなかった。殴られたファラは数メートル程度吹き飛ぶものの、空中ですぐに体勢を整え両足で着地し、ヒールで床を擦りつつブレーキをかけ勢いを殺し、停止すると同時に剣を構え直す。

 

「...」

 

無言のままカズヤはファラを観察する。

人形というだけあって痛覚などないのか、表情からは攻撃が効いたかどうかイマイチ分からない。

カズヤはアルター能力を使わずとも生身の状態でコンクリートを粉砕するパンチを放つ。シェルブリットを発動させれば身体能力は更に跳ね上がる。肉体の頑強さも同様だ。流石にシェルブリットそのものとは比較できないが、今食らわせた左拳も威力は相当である。

だが、敵は毛ほども効いていないのか、剣を振りかざしてこちらに踏み込んだ。先にシェルブリットで一発殴って立ち上がってきた以上、かなり頑丈なのは分かっていたが、その頑丈さには何か言葉に表しにくい引っ掛かりのような、違和感があった。

しかし──

 

「ちっ、もう面倒だ」

 

生け捕り──人形なので生き物ではないが──は無理と判断。何故アルター能力の物質分解が無効化されるのか知りたかったが、やはりチマチマやるのは性に合わない。

粉々に粉砕して、後は他の連中に任せよう。今は敵の排除を優先する。

刺突を繰り出そうとする人形の間合いに入る前に、シェルブリットを真っ直ぐ振り抜く。

その瞬間、凄まじい拳圧が衝撃波となりファラを襲う。

無色透明故に視認が難しいそれが命中する寸前、人形は急停止。更に人形を中心とするように小さな竜巻が生まれ、衝撃波を受け止める。

 

「翠色の...」

「風!?」

「カズヤの拳圧を、防いだ!?」

 

翼と奏が背後で訝しむように呟き、マリアが驚く。

 

「...お前ら、下がれ」

 

人形が流暢に喋り、フラメンコを踊るようにしながら手にした剣を振るい、シェルブリットの一撃を食らっても平然としており、未知の力を用いて拳圧を防ぐほどの風を発生させた。

ここにきてカズヤはファラに対する警戒心をぐっと高める。

 

(本当に何なんだこいつは...聖遺物由来の異端技術か? それとも俺みてーな何かの能力者によるものか? それとも別の何かか? どれか分かんねーが、ヤバい感じがするのは間違いねーな...)

 

改めて相対している敵を睨む。

と、ファラはこれまで能面のように、それこそ人形然として無表情を貫いていたが、突然唇を歪め嘲るような視線と共に吐き捨てた。

 

「纏うべきシンフォギアを持ちながら、ただ静観するのみ...騎士(ナイト)に守られるのを当然とする、何もできないお姫様(プリンセス)気取りかしら?」

 

目の前のカズヤにではなく、その背後の三人に向けた侮蔑の言葉と視線。

カズヤに一太刀も返せていない状況にも関わらず、あからさまな挑発であったが、カチンとくるのは事実。

 

「...ああ?」

 

案の定、顔を険しくした奏が目を怒りで見開き、ドスが利いた低い声で唸る。もしこれを彼女のファンが見聞きしたらまず泣き出すだろう。

 

「お望みだってんなら、四対一でタコ殴りにしてやってもいいんだよ...!」

 

首元から歌姫としての衣装の下に隠していたギアペンダントを取り出す。

奏ほどではないが、翼とマリアも頭にきていた。翼にも防人としての矜持があるし、マリアもカズヤのパートナー(自称)としてのプライドを持っている。何もできないお姫様ではない。断じて違うとその血の通わぬ体に刻んでやりたい。

二人も奏同様ギアペンダントを取り出し、三人揃って今まさに聖詠を歌おうとしたその時、

 

「一つ訂正してやる。こいつらは何もできない、なんてことはねー」

 

声に遅れて、思わず耳を塞ぎたくなる打撃音が廊下に響く。

それはカズヤが右の拳を床に叩きつけた音だ。殴りつけた反動で跳躍し、十メートル届くか届かないか程度の高さの天井スレスレまでくると、

 

「歌って戦う」

 

今度は天井に右の肘を打ち付けて、その反動を利用しファラへと突っ込む。

 

(速いっ!)

 

ファラが戦慄し、咄嗟に剣を眼前に構え防御の姿勢を取りつつ、更に翠色に光る障壁のようなものを浮かび上がらせた。

 

「俺の可愛いお姫様だっ!!」

 

右の拳が振り下ろされ、翠の障壁と衝突する。

高エネルギー同士がぶつかり合うことで稲光のようなものが発生し、廊下が二人を中心に激しく明滅した。

その光景を眺めつつ、どうしてこの男は戦闘中にそんな恥ずかしいことを平気で言えるのだろうか? と若干頬を赤く染める三人。

 

「ぐっ...!」

 

あまりの威力に苦悶の声を漏らし、歯噛みするファラに対し、カズヤは拳を突き出したままニヤリと笑い、

 

「シェルブリットォォォォ──」

 

右肩甲骨の回転翼が高速回転し始め、軸部分から銀の光が噴き出す。

 

「まさか!?」

 

手首の拘束具が勝手に外れ、腕の装甲が展開し、右腕全体が金の光を放ち輝く。

 

「──ブワァァァストォォォォォ!!!」

 

翠の障壁を打ち砕き、光輝く拳が剣の腹に激突し、そのまま剣の腹越しにファラの額をぶん殴る。

次の瞬間、眩い光を伴って拳に内包されていたエネルギーが爆裂した。

爆風が奏達三人の髪を弄び、衣装がはためく。思わず三人は両腕で閃光と爆風から顔を庇う。

光と風が収まり、前方を確認すれば、床に空いた大穴を前に佇むカズヤの後ろ姿がある。

 

「...倒した?」

「いや、逃げられた。ほぼ溜めなしのシェルブリットバーストだったから、威力がまるで足りてねー。精々、少しダメージを与えた程度だ」

 

慎重な口調で問う奏に、カズヤは振り返ることなく大穴を覗きながら即答。

彼の視線の先には、夜故に暗闇と一体化した海面が大穴の向こうに広がっている。ライブ会場となったこの施設は海上に設立されており、カズヤ達の現在位置であるスタッフ用の通路は、施設の最下層に当たり海面のすぐ真上なのだ。

 

「とにかく追いかけて、トドメを差す」

 

本能的にあれをこのまま放置するのは危険と判断し、次いで意を決したような声でそう告げると、彼は穴にその身を踊らせた。

 

「あ、待てこのバカ!」

「一人で深追いは危険だ!」

「待ってカズヤ!」

 

三人が慌てて走り寄り穴を覗きながら叫ぶ。

 

「お前らは別ルートから追跡頼む!!」

 

海面に体が叩きつけられる直前に回転翼を回して揚力を得ると、銀色のエネルギーの尾を引いて何処かへ飛び去ってしまう。

 

「ああもう! いつも『ついてこれる奴だけついてこい』って感じなんだから!」

「全くだ。たまには追いかけるこっちの身にもなって欲しい」

 

マリアの嘆きに翼が同意を示す。

 

「相変わらず弾丸みたいに一人で真っ先に突っ込んでく癖は直らないね...翼、マリア、敵の狙いがカズヤかアタシら装者か分からないけど、とにかく今はカズヤを追うよ」

 

奏の提案に翼とマリアは無言で頷く。

三人は衣装の格好をそのままにして、ライブ会場を出た。

その際、ブラックスーツの国連エージェント達が三人を見て泡を食ったように狼狽え、さっきの爆発音は何だと事情説明を求めたが「"シェルブリットのカズヤ"が動いている! 私達はその援護に向かう故、邪魔をしないでいただきたい!!」と翼が吠えれば、それで察してくれたのか大人しく引き下がってくれた。

 

「悪いが車両を借り受ける」

「ごめんねオッチャン!」

 

たまたま会場出入口の付近で客待ちしていた中年のタクシードライバーから強引に車を奪うマリアと奏。

呆然としているタクシードライバーを捨て置き、運転席にマリア、助手席に奏、後部座席に翼が乗り込むと、ロンドンの交通ルールなど知ったことかと言わんばかりに車が猛スピードで発進。

 

「奏! カズヤはどっちに進んでるの!?」

「位置情報によると、このまま真っ直ぐ!」

「オーケー、ぶっ飛ばすわよ!!」

 

通信機の互いの位置情報を確認可能なツールを用いて彼の位置を特定した奏の声に、マリアがアクセルを更に踏み込む。

 

『一体何が起きているんですか!?』

 

高速で流れるロンドンの夜の街並みを横目に、慌てたような様子の緒川から通信が入ったので、三人を代表して翼が応答。

 

「緒川さん、敵襲です。敵の数は現時点で判明しているのは一名。オートスコアラー、ファラと名乗る成人女性の姿をした人形、生き物ではありません。現在カズヤが先行して追跡中、私達も車でカズヤを追っています」

『敵襲? じゃあさっきの爆発音は──』

「お察しの通り、カズヤのシェルブリットバーストです。スタッフ用通路に大穴を空けました。敵の狙いは未だに不明ですが、私達に対し邪魔者の排除と言っていたので、ほぼ間違いなくカズヤか装者、もしくは両者が狙いだと思われます」

『...分かりました。僕は僕でこのことを司令に報告次第、独自に動きます。お気をつけて』

「了解しました」

 

緒川との通信を終えると、車は大きな橋に差し掛かり、

 

「いた、カズヤだ! マリア車止めろ!!」

 

道路のど真ん中でこちらに背を向ける彼を視認し、奏の指示にマリアが従い、大きくカーブを描きつつタイヤ痕を残しながら横付けするように車が急停止。

三人は直ぐ様車から飛び出し、聖詠を歌う。

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

「Granzizel bilfen Gungnir zizzl」

「Imyuteus Amenohabakiri tron」

 

二振りのガングニールと天羽々斬、それぞれがその力をシンフォギアという形となって顕現され、アームドギアを手に三人はカズヤの横に並び立つ。

 

「それでは、漸く揃ったところで始めさせていただきます」

 

四対一という数的不利を背負いながらも追い詰められた様子のないファラの額には、Y字を逆さにしたような罅が頬にかけて入っている。

だが、やはり痛覚などないらしく、何ら痛痒した様子も見せず、剣を握らない左の手の平に載せていたものをばら蒔く。

それはいくつもの石ころだった。内部に赤く禍々しく光りを宿す、黒い石だ。

不吉な予感に身構えた四人の眼前で、黒い石が路面に触れると、赤い光と共に──

 

「ノイズ!?」

「馬鹿な!!」

「そんな、どうしてっ!?」

 

無数のノイズが姿を現す。

驚愕の事実に動揺し、奏と翼とマリアは信じられないとばかりに叫ぶ。

 

「......バビロニアの宝物庫は未来があの時閉じたはずだってのに」

 

目を細め、眼光を鋭くさせたカズヤが一人言のように呟く。

やはりこの敵には何かある。得体の知れない、何かが。そう確信した。

 

 

 

 

 

『火災マンションの救助活動は、響ちゃんとセレナさんのお陰で順調よ』

 

自分達をここまで運んできたヘリが飛び去るのを見上げるクリス、切歌、調の耳にあおいの声が通信越しに届く。

 

「へっ、あいつらばっかにいいカッコさせるかよ」

「そうデース! 私達で放火魔をとっ捕まえてから市中引き回しの上打ち首獄門にしてやるデスよ!」

「馬はいないから翼さんかカズヤのバイクで、斬首は斬撃系シンフォギアから選ばせてあげよう」

「......お前ら何の時代劇見たんだよ」

 

過激というか物騒な発言をする後輩二人に嫌そうな顔をするクリス。

その時だ。三人の耳に小さな音が聞こえた。コイントスをしたような、コインを指で弾く音だ。

次に聞こえたのは、金属同士がぶつかり合う甲高い音が二、三度。

続いて爆音。

さっきまで自分達が乗っていたヘリが爆発炎上し、墜落した。

背後で炎と黒煙が巻き上がり、周囲が赤く染まる。

ヘリが墜落した場所を呆然と見つめてから、三人はヘリを墜落させた存在がいるであろう場所を直感的に睨み付ける。

そこには一人の人物がいた。

気取ったポーズでこちらを見下ろす女性。

 

「何者デスか!?」

「この仕業はお前か!?」

「なんてことを...」

 

切歌がいの一番に問い詰め、クリスが続くが相手は答えない。ただ高架上にて人形のような無機質な眼差しを注いでくるのみ。

暫し無言での睨み合いが続き、やがて相手が動く。

手にした金貨を指で弾き、三人の足元に着弾する。

その内の一発、否、一枚の金貨がクリスの左耳付近の髪を掠めた。

夜の闇の中でも美しく光を反射していた銀髪が数本、宙を舞う。

 

「「あっ」」

 

思わず、切歌と調が声を漏らす。

二人は知っていたのだ。クリスが自身の銀髪を、亡き母親譲りのそれを随分前にカズヤから「綺麗だよな」と褒められて以来、常に気を使い丁寧に手入れしている話を。

 

「こちらの準備はできている」

 

指と指の間に金貨を挟み、やはり気取った構えを取る謎の襲撃者。

 

「...」

 

クリスは無言で足元の着弾痕を観察し、そこらの銃器よりも遥かに威力が高い攻撃であり、これならヘリを墜落させることも可能と分析した。

そして、愛する男が褒めてくれた自慢の髪を傷つけられた事実を、ゆっくりと咀嚼するように噛み締める。

 

「抜いたな...!!」

 

地獄の底から響いてくるような、聞いただけで背筋が底冷えするような声音に合わせて、ブチリ、と何かが切れるような音が鼓膜を叩き、切歌と調は本気で怯えた。

普段は頼りにしている先輩のクリスであるが、カズヤに関することで一度キレると手がつけられなくなるのだ。

 

「だったら容赦しねぇ。ママがあたしにくれた、カズヤが綺麗だって褒めてくれた自慢の髪を傷つけたこと、必ず後悔させてやる...後で吠え面かくんじゃねぇぞ!!」

 

魔獣の咆哮を連想させる怒号。次いで首に掛けていたペンダントを取り出し掲げ、聖詠を歌う。

 

「Killter Ichaival tron」

 

真紅の閃光を放ちイチイバルのシンフォギアを纏ったクリスは、アームドギアをボウガンとして顕現し、敵に向けて赤い光の矢を発射しまくる。

 

「お前ら下がってろ、巻き込まれたくなかったらなぁ!!」

 

言われるまでもない。後輩二人は脱兎の如くその場を離れていく。

対する敵は、とても人間とは思えないアクロバティックな動き、速度及び跳躍力を以てクリスが発射した矢の群れを躱す。

 

(この動き、人間離れしてるどころじゃねぇ! 人外そのもの...つまり、粉々に粉砕しても問題ねぇってことだよなぁ!!)

 

小手調べに放った矢の中で直撃しそうだった二本を素手で掴み取り、握り潰す様を目にし、クリスは獰猛に笑う。

 

 

 

この場には、イチイバルの装者──雪音クリスが戦う姿を影から見守る第三者の存在がいた。

 

「装者屈指の戦闘力とフォニックゲイン...それでも彼と同調していない状態ではレイアには通じない...たとえ同調できたとしても、キャロルはむしろ彼と同調した瞬間を狙っている...やはり、"ドヴェルグ=ダインの遺産"を届けないと」

 

その人物は小脇に抱えた長方形の箱を、一度チラリと見下ろしてから戦いに視線を戻す。

クリスと戦っている女──オートスコアラーのレイア・ダラーヒムは金貨をあり得ない速度で弾き飛ばし、迫り来る赤い矢の群れを撃ち落とす。

二人の間で、赤い光と金の光が弾け飛び、互いを相殺し合う。

弾幕の張り合いでは埒が開かないと瞬時に頭を切り替え、クリスは横方向に走り出し、それにレイアも倣うように同方向へと駆ける。

ほぼ同時に相手に向かって跳躍、一瞬の交差の末、火花が生まれ位置を入れ換えた。

ボウガンをガトリング砲に変形させ、レイアに撃ちまくるクリス。

対して高速でビルの壁面を走る──壁走りを披露しながらクリスの砲撃を回避しつつ、彼女に接近を試みるレイア。

ある程度の間合いを詰めたレイアが跳躍し、上空から強襲しようとしたところで、クリスは腰部装甲を展開し大量の小型ミサイルを一斉射。

狙いは寸分違わずミサイルの群れがレイアに着弾。

 

「直撃っ!?」

 

爆煙が空間を満たし、レイアの姿が見えなくなるが、クリスの追撃は終わらなかった。

アームドギアを仕舞い、着弾した空中に向けて高架上から跳躍する。

右の拳を握り締めると、右腕全体が赤い光を瞬かせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと形を変えた。

 

「こいつを食らいやがれぇぇぇぇっ!!」

 

右腕全体が赤く光輝き、エネルギーを収束させ、爆煙の中を突撃していく。

大きく振りかぶり、真っ直ぐ突き出された右の拳が、爆煙の奥でレイアが展開させていた金に光る障壁に突き刺さり、

 

「シェルブリット、バァァストォォォッ!!!」

 

障壁は罅が入った瞬間に砕け散り、人形でありながら人間のように表情を驚愕に染めたレイアの顔面に、赤く光輝く拳が激突した。

視界が、夜の闇が瞬時に赤い光に満たされ、一拍遅れて大爆発を起こす。

その光景を目撃し、第三者──エルフナインは知らず息を呑む。

 

「......オリジナルの、シェルブリットバースト...彼と同調もしていないのに、どうして...!?」

 

そう疑問に思ったのはエルフナインだけではなかった。

 

「く、くく、クリス先輩! いつの間にそんな、単独でカズヤのシェルブリットバーストが使えるようになったデスか!?」

「凄いビックリした。今のって、最終形態のカズヤと同調してないとできなかったはずなのに」

 

隠れていた物陰から飛び出し駆け寄ってきた切歌と調に、クリスは疲れたように微笑むと、彼女の右腕が一瞬光った後に元の腕へと戻る。

 

「...なんか、敵のクソッタレをぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇって思ってたら、体が勝手に動い、て...」

 

最後まで言い切ることができず、体をフラつかせて倒れそうになったクリスを切歌が咄嗟に支えた。

 

「大丈夫デスか!?」

「す、すまねぇ。体に力が入らねぇんだ」

「無理もないです。考えてみたら、同調なしでシェルブリットバーストを撃ったんだから、疲れて当然です。あれって数値に表すととてつもないエネルギー量なんですから」

 

調が心配する声にクリスは相槌を打つ。

 

「ああ、一発しか撃ってねぇし、威力もカズヤのと比べたら程遠いってのに体力がごっそり持ってかれちまった。同調してねぇとこれが限界だな」

 

言いながら元に戻った右の手の平を見つめ、ゆっくり閉じたり開いたりを繰り返した後、ギュッと握り締めた。

 

(でも、どうして急に? 同調すらしてねぇってのに...今のはほとんど無意識だった。絶対にぶっ飛ばしてやるって気持ちがそのまま形になった感じだ。もしかしてこれまでカズヤと同調し続けてきたお陰か? 現状、全てのギアがカズヤのアルターで再構成されたシェルブリットである以上、これがあたしだけ、ってことはねぇだろうし...)

 

次から次へと沸いてくる疑問は一旦置いて顔を上げる。

 

「で、敵はどうなった?」

 

すぐに思考を切り替え問うが、二人は横に首を振るのみ。手応えはあったものの、あの爆発の後に敵がどうなったのかまでは分からない。

その時、あおいから通信が入る。

 

『何が起こってるのクリスちゃん!?』

「敵だ、敵の襲撃だ。こっちはなんとか迎撃したが、シェルブリットバーストでぶっ飛ばしたせいで見失っちまった、倒せたかは分かんねぇ。そっちはどうなってる!?」

「危ない!!」

 

返答した瞬間、聞き覚えのない第三者による危険を知らせる声が辺りに響く。

三人が声に反応し、頭上を仰げばいくつものクルーザーが空から降ってきた。

 

「何の冗談だぁ!?」

 

車より大きなクルーザーが宙を舞う、という事実に開いた口が塞がらないクリスを庇うように、切歌と調が前に出て跳ぶ。

 

「Zeios Igalima raizen tron」

「Various Shul Shagana tron」

 

それぞれが翠色と桃色の光と共にシンフォギアを纏い、鎌と鋸を素早く振り回し、クルーザーを細かく刻み、あっという間にバラバラにしてみせた。

かつてクルーザーだったものの残骸が周囲に転がるのを見て、クリスがホッと一息つく。

 

「......すまねぇ、助かった」

「クリス先輩は一戦終えた後だから、むしろ任せて欲しいデスよ」

「カズヤのシェルブリットバーストまで使ったんだから、疲れて動けないのは当然です」

「...頼もしい後輩だ。それなら、少し楽させてもらうが、その前に」

 

笑顔で応じる二人に柔らかな笑みを返してから、声がした方に体ごと向き直った。

 

「そこにいるのは誰だ? 姿を見せてもらうぞ」

 

危険を知らせてくれたので、敵ではないと思うが警戒しつつ質問。

すると、

 

「僕の名前はエルフナイン。キャロルの錬金術から世界を守る為、皆さんを探していました。イチイバル、イガリマ、シュルシャガナのシンフォギア装者、雪音クリスさんと暁切歌さんと月読調さんですよね」

 

調よりも背の低い少女が姿を見せた。

 

「錬金術...だと...!?」

「デデデデース!?」

 

聞き慣れない単語と、エルフナインと名乗った少女の痴女みたいな格好──極端な言い方をすれば裸マントのような姿にクリスと切歌が頬を赤く染めて驚く横で、

 

『...やっぱりあれは錬金術だったのね...だとしたら厄介よ...!!』

「フィーネ? どうしたの?」

 

自身に宿るフィーネが厳しい口調で告げた言葉に首を傾げる調がいた。

 

 

 

 

「そんな所にいると危ないよ!」

 

高架付近に佇む人物に声を掛ける響の隣で、セレナは違和感を拭い切れないでいた。

かなり大規模な火災現場を目の前にして、何故あんな危険な場所に立っていて、その場を離れようとしない?

格好も普通とは言えない。全身をローブに包み、頭にはトンガリ帽子。端的に言って魔女のコスプレのような服装だ。いくら日本がそういうアニメやゲームなどの文化が浸透している国でも、ここはイベント会場ではない。

単に火事を見に来た野次馬だったとしても、余程奇特な人物でなければコスプレ姿で現れないし、そもそも今の季節は真夏。高温多湿の日本での厚着は地獄の苦しみだ。

考えられる可能性としては──

 

「パパとママとはぐれちゃったのかな? そこは危ないから、お姉ちゃん達が行くまで待っ──」

「黙れ」

 

──火災を起こした張本人!

 

「響さん下がって!」

 

響を庇うように前に出て聖詠を歌い、アガートラームを纏い短剣を左腕の装甲から引き出す。

魔女のコスプレをした人物──少女の声は、子どもとしか思えないほど若い、いや、幼かった。実際、こちらに振り向いた顔は幼い。しかし声音は冷たく、敵意を感じる。

少女は指で虚空に大きく円を描くと、翠の光が軌跡となって輝き、刹那、獲物を狙う蛇を連想させる竜巻が生まれ、こちらに襲いかかってきた。

目の前に展開した三角形の白い障壁に竜巻が衝突するが、問題なく防ぐことに成功。

 

(この力、まるで切歌さんと調さんが好きなアニメやゲームに出てくる魔法...まさか私達が知らない異端技術!? それとも、カズヤさんのような特殊能力者!?)

 

内心で今見たものに戦慄しながらも、表情には一切出さず、セレナは毅然とした態度で少女を見上げた。

 

「あなたがこの火災を引き起こした張本人で間違いないですね」

「そうだ。オレの手の者がやった」

「...え...」

 

平然と肯定する少女に、響はセレナの隣で呆然とするのみ。

眉を歪めて少女を睨み付けるセレナの耳にクリスから通信が入る。

 

『敵だ、敵の襲撃だ。こっちはなんとか迎撃したが、シェルブリットバーストでぶっ飛ばしたせいで見失っちまった、倒せたかは分かんねぇ。そっちはどうなってる!?』

 

どうやら向こうもこちらと似たような状況だったらしい。

 

「......イチイバルの装者、雪音クリスがレイアを撃退したか。シンフォギアも存外やるな...」

「「っ!?」」

 

シンフォギア装者を知っている!?

僅かに感心したように言う少女に向けて、セレナは逆手に持った短剣型のアームドギアを油断なく構えながら問う。

 

「何者ですか?」

「錬金術師、キャロル・マールス・ディーンハイム」

「錬金、術師...」

 

淡々と名乗る少女──キャロルの肩書きに響が戸惑ったように反芻する。

 

「こんなことを仕出かした目的は、何ですか?」

「世界を壊し、万象黙示録を完成させること」

「...世界を、壊す?」

「一体何を言っているのか、理解に苦しみます」

 

当然のように疑問符を頭の上に浮かべる二人に向けて手を翳すキャロル。

すると彼女の眼前に現れたのは、四つの魔法陣と表現すべき翠色に光る紋様と図形。

 

「オレが奇跡を殺すと言っている」

 

もう片方の手の平の上に、同色の元素記号にも似た文字を生み出し、魔法陣に放り入れ、四つの魔法陣が重なり合い一つになると、計七本の竜巻がミサイルのように発射された。

 

「「っ!!」」

 

 

 

自身が放った暴風に二人が呑み込まれ、その際に舞い上がった煙で視界が悪くなった光景を、キャロルは冷たく見下ろす。

 

「出てこい。この程度でやられるはずがないだろう」

 

そう声を掛けた時、視界を塞いでいた煙を貫き、引き裂いて現れたのは白いレーザービームのような光。

回避することなく、障壁を展開し防御を選択するが、

 

「何?」

 

障壁に白い光が触れると、ピシリと音を立てて罅が入る。

この時点で防御を諦め、舌打ちを一つして回避に移行。

射線から身を横にずらせば、数秒も経たずに障壁が貫かれた。

横目でそれを一瞥してから、煙が晴れた先を見据える。

 

「今のを容易く防ぎ、反撃してくるか...思ったよりもやるな、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。シェルブリットがそばにいなくても、それなりに戦えるようだ」

 

左腕の装甲そのものを砲身としたセレナが、キャロルに改めて狙いを定めて告げた。

 

「大人しく投降してください。あまり手荒な真似はしたくありません」

「せ、セレナさん...」

 

最悪の場合は実力行使──キャロルと戦うことを辞さないセレナに、響が恐る恐るセレナの名を呼ぶ。

普段の元気溌剌とした面影がなく、別人のような弱々しい態度の響と、普段の穏やかで優しげな雰囲気など一切ない厳しい態度のセレナ。

相反する二人がそこにいた。

セレナはあえて冷たい口調を響に使う。

 

「響さん、敵の見た目に騙されないでください。あれを野放しにすれば、またいつ何処で今回のような惨劇が起こるか分かりません。今回は偶然、私達の救助が間に合って死者が出ませんでしたが、次もそうだとは限りません」

「...」

「それとも後悔でもするつもりですか? 『あの時捕まえておけば、こんなにたくさんの人が死ぬことはなかったのに』って」

「それは...!」

「通信を聞いていたでしょう! クリスさん達に襲撃があったんですよ!? あのキャロルという女の子の仲間が、私達の仲間を襲ったんですよ! ここで戦うことを躊躇して誰かが殺されても、自分はあの時戦いたくなかったと甘えた言い訳を言うつもりですか!!」

 

隣で響が息を呑むのを感じながら、セレナは視線をキャロルから外さない。

彼女も本当は、響と同じように自分だってできるだけ戦いたくないという思いがある。シンフォギア装者となって何年も経った今でも、ギアの力を戦いに用いることに抵抗がない訳でもない。

きっと響は怖いし、嫌なのだろう。誰かを助ける為の力を傷つける為に振るうのが。その気持ちが、セレナには痛いほど分かる。

だが、何度も目にし、そして救われたのだ。

敵を完膚なきまでに粉砕する圧倒的な力と、戦いを是とする男の後ろ姿を。

生きることは戦いだと、その生き様で示してくれた男の後ろ姿が、脳裏に焼き付いて離れない。

どんなに嫌でも、戦いを避けられない時がある。力がなければ、戦う意志と覚悟がなければ、大切なものどころか自分のことさえも守れない。

そう教えてくれた男に想いを馳せながら、セレナは厳しい態度から一転、優しい口調に変えて続ける。

 

「思い出してください。カズヤさんは、誰かを救う為の戦いに、一度でも躊躇したことがありましたか?」

「...ない、です。クリスちゃんの時も、未来の時も、カズヤさんは迷わなかった...全力で、真っ正面から戦ってました」

「はい...そして私達には力があります。困っている誰かを助ける力が、悲劇を食い止める力が。違いますか?」

 

その時、響の脳裏にかつてカズヤから言われたことが過った。

 

 

──お前の手はきっと、俺だけじゃなく、

  これからも誰かを救うんだろうな。

 

 

「違いません!!」

 

気づけば響は叫び、聖詠を歌った。

閃光を放ちガングニールのシンフォギアを纏う。

 

(そうだ...いつもいつも、カズヤさんは迷わなかった、躊躇わなかった...いつだって、自分の意地を貫き通していたのを、ずっとそばで見てきたはずなのに!!)

 

握った拳に力を込め、弦十郎直伝の拳法の構えを取る。

 

(クリスちゃんの時は、お互いに譲れないものがあったから。未来の時は、お互いに渡せないものがあったから)

 

その為には、戦わなければならないと、教えてくれたじゃないか。

 

(ごめんなさい、カズヤさん。私、この半年間で人助けばかりしてたから、すっかり忘れてました)

 

戦わなければならない時に、戦う大切さを。

自分の意地を貫く為に、迷ったり躊躇ったりしてはいけないことを。

誰かを救う為に、握った拳を振り抜く必要があることを。

 

「すみません、セレナさん...ありがとうございます」

「ふふっ、どういたしまして」

 

謝罪と礼を述べれば、セレナは優しい笑顔になる。

 

「そうだ、シンフォギア共...オレと戦え。オレはお前達の敵だ。オレを止めたければ力ずくでやってみせろ」

 

キャロルから威圧感が増し、ローブがはためき、掲げた両手にいくつもの魔法陣が浮かび上がった。

 

「敵とかそんなの、どうでもいいよ! ただ、世界を壊す目的とその理由、その辺りの事情とかその他諸々をちゃんと聞かせてもらうから! キャロルちゃんをぶん殴った後で!! だって、カズヤさんならきっとそうするから!!」

 

そして響はセレナと共に、躊躇を捨て、迷うことなくキャロルに飛び掛かった。




クリスちゃん、原作と違ってカズヤと奏と三人暮らしで、甘えたい時に思う存分甘えられる相手がいて、フロンティア事変の後すぐに切歌と調の面倒見てたから精神的に結構余裕がありますし、後輩に頼る時はしっかり頼る良い先輩です(カズヤへの依存は既に取り返しがつかないレベルだが)。

セレナ、実はこの作品において最も精神面でカズヤの影響を受けた人物。ネフィリム暴走事故の際にカズヤに助けられたことで『避けられない戦いから逃げてはいけない』というパラダイムシフトを起こしています。だから、戦いを好まない穏やかで優しい性格は変わりませんが、いざという時は覚悟を決めるのが誰よりも早い。

ビッキー、フロンティア事変以降は原作通り人助けばっかしてたからキャロルに対して戦うのを躊躇してしまうが、セレナに発破をかけられ、カズヤのことを思い出して覚悟完了。とりあえず殴ってから話し合う、というより、殴り合えば分かり合えるはず! を地で行くことになる。

ちなみに前回の適合係数の順位についてですが。
『元々の適合係数』+『同調した合計時間』+『遺伝子情報取得量』を総合した結果になります。
なので、正規適合者は元々の数値が高いので当然上位にきます。(響も一応正規適合者扱い)


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天敵

召喚された人型ノイズの群れを前にして、確かに動揺したことは認めるが、対処には慣れたものだ。

視界内のノイズを睨み付け、一瞬で虹の粒子へと分解し、右手の甲──シェルブリットの穴に取り込む。

どうやらノイズはこれまでと同じように問題なく物質分解が通用するらしい。そのことにカズヤは内心で安堵の溜め息を吐く。これが通用しないとノイズの対処が面倒なのだから。

ただ気になることがあるとすれば、ノイズの召喚方法がソロモンの杖とかなり違うことだ。

またしても新たな謎が生まれるが、それほど優先度が高くないと判断し、今は置いておく。

 

「折角ノイズを出した矢先で悪いが、こいつで終わりだ」

 

次にカズヤの全身から虹色の光が放たれるのを見て、ファラが目を見開く。

やがて虹の光は黄金の光に変わり、眩い輝きで夜のロンドンを照らす。

 

「奏、翼、マリア、一気に決めるぜ」

「よしきた!」

「ああ、いつでも準備はできている」

「オーケー、カズヤ。任せて」

 

三人が応える。翼は刀状のアームドギアを大剣に変形させ刀身を水平に構え、切っ先をファラへ向けた。奏とマリアは槍の刀身を高速回転させて突撃の体勢に移行。

得体の知れない敵である為、何か妙なことをされる前に最大火力で叩きのめす。

 

「輝け」

 

右の拳を顔の高さに掲げ、カズヤが唱える。手首から肘まである装甲のスリットが展開し、手の甲の穴に光が収束していく。

ヒュンヒュンヒュンと音を立て、右肩甲骨の回転翼が高速回転し、カズヤの体がふわりと浮く。

 

「「「もっとだ! もっと!!」」」

 

呼応するように三人が叫び、黄金の光をその身に纏う。三人の背にはエネルギー状の翼が発生し、カズヤ同様浮力を得て体を浮き上がらせた。

 

もっと輝けえええええええっ!!

 

全身が燃え上がるような熱、魂に火が点いたように高まる鼓動、溢れ出てくる衝動に突き動かされ、四人が同時に叫ぶ。

光が更に強くなり、夜空を黄金の輝きが切り裂く。

 

「...シェルブリットバースト...!!」

 

四人から迸る金の光がここにきて最も強くなるが、それは当然と言えた。最大までチャージした、渾身にして全身全霊を込めたシェルブリットバーストをカズヤは撃つつもりなのだから。

 

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 

カズヤが雄叫びを上げ、ファラに目掛けて一直線に、真っ先に突っ込み、三人がそれに続く。

しかし──

猛スピードで突撃してくる四人を前にして、ファラは唇を吊り上げ笑う。

 

「それを待ち焦がれていました」

 

そして懐から()()()()()()()()()()()()()()を取り出し掲げ、言葉を紡ぐ。

 

吸収(アブソープション)、起動」

 

 

 

 

 

【天敵】

 

 

 

 

 

カズヤの全身から放たれていた金の光が、奏と翼とマリアを包んでいた輝きが、ファラが手にした砂時計に吸われていく。

 

「っ!?」

 

右肩甲骨の回転翼が、まるで電源をオフにした扇風機のように力を失い、回転がゆっくりとなり、止まる。

突然推進力を失ったカズヤは、つんのめるようになってしまうが咄嗟に体勢を整え、なんとか倒れることなく地面に着地する。

背後では三人の背中に発生していた光の翼も消失しており、それにより三人も慌てたように動きを止めた。

 

「...吸収(アブソープション)だと!? まさかテメー!? 俺の、"向こう側"の力を...」

 

嘘だろ!? そう叫び出したい気分だ。聞き覚えのある単語に、"向こう側"から引き出した力を奪われたという事実に、本気で焦り狼狽えてしまう。

 

「向こう側の力? あなたの力の名称でしょうか? それはよいことを聞きました」

 

砂時計はカズヤ達から奪った光で中身が満たされ、それを見たファラは「おおっ...!!」と感嘆の声を漏らす。

 

「まさかマスターに用意してもらったこれが、たった一度の起動で満たされるなんて...これなら今後は想い出を集める必要もなさそうですね」

 

全身から力が抜けてしまい、思わず片膝を突きそうになって、咄嗟に右拳を路面に突き立てて体を支える。

そんなカズヤを見下ろしながら、人形は懐に砂時計を仕舞い、剣を構えた。

 

「..."シェルブリットのカズヤ"...あなたはやはりマスターが仰る通り危険な存在です。マスターの為にも、ここで死んでもらいます」

 

言うや否や、人間離れした速度で踏み込み剣を振り下ろしてくる。

 

「「「カズヤッ!!」」」

 

背後では三人の悲鳴。

カズヤは動けない。体が動かない。動く為の力を、根こそぎ奪われてしまった。このままではファラの剣に反応できない。無慈悲に振り下ろされた鋼の一撃が迫りくるのを見ていることしかできない。

街灯を反射した剣閃が鈍く瞬き、

 

「伏せて!!」

 

背後からのマリアの声に従い、体を支えていた右腕の肘を咄嗟に曲げて姿勢を崩し、前のめりに倒れる。

次の瞬間、カズヤの頭上を通り過ぎた光が、ファラを呑み込み吹っ飛ばす。

地面に這いつくばったみっともない姿で後ろを振り返れば、肩を大きく上下させ、呼吸を荒くし額に汗を浮かべるマリア。彼女の手には穂先が二つに割れ、そこから煙を上げるガングニールがあった。

それを見て、ガングニール装者で唯一、マリアだけがアームドギアからレーザービームのような飛び道具を発射することを思い出す。

 

「奏! 翼!」

 

疲労を滲ませながらもマリアが叫び、

 

「任せとけ!」

「マリアはカズヤを!」

 

応じた奏と翼が即座に駆け出し跳躍、カズヤを飛び越し体勢を整えたファラへと斬りかかる。

剣戟の音が鳴り響き、二対一の構図となるが、二人の動きに普段の精彩さが欠けていると感じた。まるでマリア同様、酷く疲弊しているように見えてしまう。

 

「カズヤ、立てる!?」

「...すまねぇ、肩貸してくれ」

 

すぐそばまで駆け寄ってきたマリアが路面に槍を突き立て、両腕を使ってカズヤを引き起こそうとしてくれるので、肩を借りてなんとか立ち上がる。

 

「クソッ、あの野郎、何しやがった!?」

「分からないわ。けど、さっきの砂時計にカズヤの"向こう側"の力が吸われた......私達の体力と一緒に」

「あの馬鹿デカイ、ネフィリムみてーな、エネルギーを吸収する系の道具かよ...!」

 

歯噛みするカズヤに、マリアは何かを確信したように苦し気に頷く。

視線の先では、数では有利なのに体力的に不利な奏と翼がファラに押されていた。攻めていたのは最初だけで、今は既に防戦一方だ。

 

(つるぎ)(つるぎ)でも私の(つるぎ)(つるぎ)殺し、ソードブレイカー」

 

赤い稲妻のような光が走るファラの剣の刀身。

それとぶつかり合った時、奏の槍と翼の大剣が砕け散り、二人は後方に弾き飛ばされる。

 

「何の手品だいこりゃ!!」

「この力は、一体!?」

 

二人が信じられないと睨む先で、ファラが再度、手の平の上にノイズを召喚する為の黒い石をいくつも載せていた。

放り投げられた石は改めてノイズを出現させる。

 

「...(つるぎ)殺しのソードブレイカーっつったな今。ってことは刃物を壊す能力か、厄介なもん振り回しやがって」

 

忌々しげにカズヤが呟く。

この場の装者は、三人共に斬撃系。刃物を無効化されるとするなら、こちらの攻撃力は半減どころの話ではない。

しかし、マリアのみ、ガングニールでありながら別の攻撃手段がある。

 

「マリア、俺のことはもういい。その代わり、お前があの人形の相手してくれ」

「...オーケー、カズヤ」

 

意図を察したマリアがカズヤから離れ、突き立てていた槍を手にして前に出て、背中に黒いマントを顕現した。

 

「行くわよ!」

 

声と同時にマントが蠢き、その面積を大きく広げ、まるで巨大な獣の尻尾のように振るわれ、ファラの前に立ち塞がるノイズの群れを薙ぎ払う。

マントを操りながら、二つに割れた槍の穂先を向け、光を放つ。

手にした武器による接近戦を避けた、徹底した遠距離戦、これがカズヤがマリアに指示した戦い方だった。

その隙に奏と翼の二人は一旦下がり、改めてアームドギアを顕現させて構え直し、マリアの加勢に入る。

再度召喚されたノイズ達は、三人の手によって見る見ると減っていく。

だが、カズヤの顔は渋いままだ。

 

「...赤い、塵? どういうことだ? ノイズって、炭素化したら黒い塵になるはずだろ......何だこの赤い塵は...?」

 

三人に倒されたノイズが、これまで見てきたノイズとは全く異なる色の塵へと変わる様に戸惑う。

まるで何かの血のようで、見てて気分が悪くなってきた。

路面に赤い塵が大量に撒き散らされると、やがてファラが不気味に微笑む。

 

「確かにいくらソードブレイカーでも、そのマントは破壊できません......ですが、その戦法は悪手でしたよ? "シェルブリットのカズヤ"」

 

それは、タイミングとしては人形が言い終わるのとほぼ同時だった。

奏は槍で、翼は刀で、マリアはマントで人型ノイズの攻撃を防いだ刹那、ノイズの攻撃器官に触れている部分が赤い光と共に粒子となって霧散する。

 

「なん、だとっ!?」

「...(つるぎ)が!?」

「どういうこと!! バリアコーティングが効いてないの!?」

 

三人の戸惑う声が響く。

そしてカズヤの目の前で、三人がノイズから無慈悲な一撃を食らう。

 

「お前らぁっ!!!」

 

身に纏っていたシンフォギアが、赤く瞬き、徐々に粒子になって分解されていく。

まるでカズヤがアルターを行使する際の物質分解を、スローで見ているような光景だ。

それを見ていることしかできない...できなかった。

やがて完全にシンフォギアが分解され、その衝撃で三人は倒れるのに合わせて裸になってしまった。

ギアを解除させられたのではない。文字通り破壊されたのだ。

 

──ドクンッ。

 

倒れ伏した三人に、ノイズ──に似た何かが一歩近付いた。

 

──ドクンッ!

 

このままでは三人が殺される。

奏が、翼が、マリアが、カズヤにとって大事な友が、いつも一緒だった仲間が、自分の命よりも大切な存在が。

 

──ドクンッ!!

 

視界に映る全てのものがスローモーションのようにゆっくり動く。

 

──ドクンッ!!!

 

嫌だ。絶対に嫌だ!

こんなことで、こんな所で、奏を、翼を、マリアを失ってたまるか!!

...させるか。

たとえ自分の命と引き換えにしても、こいつらは......!!

こいつらに、こいつらに!!

 

「俺の女に触るんじゃねぇぇぇぇぇっ!!!」

 

怒りの咆哮と共に、ノイズ擬きの群れを全て一瞬にして分解、虹の粒子となってカズヤの右腕に集まる。

右目の周囲を覆う橙色の装甲が分解され、消滅した。

右肩甲骨の回転翼も分解され消滅するが、その代わりに三枚の赤い突起物のような羽根が現れる。

橙色を基調とした右腕の装甲は一度元に戻ると、右手──人差し指と中指の間、薬指と小指の間の二ヶ所──から肩口付近まで()()()()()()()()()()()()()()()()()。更に三つに裂けた腕を纏めるように金色の紐が腕全体を縛り付け、その上から虹の粒子が集まって金色の装甲となり覆われる。

"向こう側"の力を膨大に引き出し消費するシェルブリット第二形態と比較して、あまりそれを使用せず、かつ体力の消耗が少ない第一形態への移行、及び再々構成。

 

「...吸い尽くしたと思ったら、まだそんな力を残していましたか」

 

驚いた様子のファラに向かって全速力で駆け出す。

幸いなことにガス欠状態にも関わらず、体はイメージ通り動いてくれた。

いや、三人が時間を稼いでくれたお陰で、少しだけ体力が回復したと思うことにする。

 

「...衝撃のファーストブリット...!!」

 

右腕の装甲が前腕部から肘部分にかけて左右に展開し、それによって左右共に鋭い棘が突き出た。

右肩甲骨に発生している三枚の羽根、その内の上から三枚目が先端から砕け散り、根元まで到達して消滅すると、そこから翡翠色のエネルギーが噴射された。

推進力となったエネルギーがカズヤの背中を押し、靴底で地面を滑りながら高速で突き進む。

右拳を振りかぶり、反時計回りに一回転して遠心力をプラスして殴りかかる。

切っ先を地面に向け、剣の腹で拳を受けるファラ。

耳を劈く衝突音。

構わず力任せに拳を振り抜く。

 

「おおおおおおおおらああああああっ!!」

「っ!?」

 

勢いを止められず、受け流すこともできず、押し切られるようにヒールで地面を抉りながらファラが後方に十メートルほど下がる。

 

(目的は既に達成。これ以上のダメージは今後の計画に支障をきたす......頃合いと見て撤退を)

 

崩れそうになる体勢を整えようとしつつ思考していた人形に向けて、間髪入れずに再度カズヤが突っ込む。二枚目の羽根を消費し、翡翠色のエネルギーに背を押されて。

 

「撃滅の、セカンドブリットォォォォォッ!!」

 

思考していた為に僅かに反応が遅れ、顔面に右拳が突き刺さり、顔の罅が一気に増える。

 

「もう一丁ぉぉっ!!」

 

殴り飛ばされ転がっていくファラに更なる追撃をしようと、カズヤが迫った。

しかし、ここでファラは転がりつつも懐から何かを取り出し、素早く立ち上がると手にしたそれを自身の足下に投げつけた。

すると桃色の光が発生し、それを警戒したカズヤの足が思わず止まる。

 

「私の役目は果たされましたが、今回は痛み分けということにしておきましょう」

 

罅だらけで今にも粉々になりそうな顔面を左手で覆いながら、人形は指の隙間からガラスのような瞳で真っ直ぐ見据えてくる。

 

「それではまたいずれ。"シェルブリットのカズヤ"」

 

そう言い残し、ファラは姿を消した。

沈黙が下りてきてその場を支配する。

暫しの間、周囲を警戒するカズヤであったが、やがて完全に敵は去ったと確信すると、シェルブリット第一形態を解除し、未だに裸で倒れている三人に向き直り、そばまで駆け寄った。

まず位置的に最も近いマリアの下へ。

仰向けになった彼女の上体を起こし名を呼ぶ。

 

「マリア、しっかりしろ!」

「...カズヤ、敵は?」

「逃げた。とりあえずもう大丈夫だ」

「そう......カズヤが無事で、良かった」

「っ! バカ野郎、お前らが無事じゃねぇだろ...!」

 

弱々しい声で、それでいて安心したように微笑んでから眠るように意識を失うマリアの顔を見て、カズヤは思わず泣きそうになってしまう。

とにかくこのまま全裸で放置はできないので、マリアをお姫様抱っこし、三人が乗ってきたタクシーの助手席に座らせる。

続いてタクシーから近い翼。

 

「翼!」

「...情けないところを、見られてしまったな...この身は(つるぎ)と鍛えてきたのに、この有り様とは...!!」

「情けなくてもいいだろ! なんとか生き残ったじゃねぇか! お前らが生きてるなら、俺はそれでいい!!」

「すまないカズヤ......ありがとう」

 

悔しさと不甲斐なさで涙ぐみ、か細い声を漏らす翼を抱えてタクシーの後部座席に座らせ、最後に奏を抱き起こす。

 

「奏、大丈夫か?」

「これが、大丈夫に見える?」

「見えねーな。でも生きてる...酷くやられたが、まだ生きてるぜ、俺達」

「......ちきしょう、あのファラとかいう人形、絶対に許さねぇ...よりにもよってアンタの前でこんな恥かかされるなんて」

「死んだら生き恥すら晒せねーよ...本当に良かった、お前らが生きてて」

「......うん。ごめんねカズヤ、手間掛けさせて」

「気にすんなよ」

 

怒りと屈辱に震える奏を一度強く抱き締めてから、翼の隣に座らせた。

裸の三人をタクシーに乗せた後、次は服をなんとかしなければならないという新たな問題にぶち当たる。

カズヤとしては三人の美しい裸体は見慣れたものであるが、だからこそ自分以外の誰かに見られるのは許容できない。

 

「ギアが壊されて元の服に戻らねーってんなら、直せば戻る、か?」

 

頭の上に疑問符を浮かべながら、疲れた体に鞭打って、ペンダントの状態で道路に転がっていた三つのギアを拾い集めた。

それぞれに小さな傷が入っている程度で、見た目だけはそこまで壊れたという印象を与えないが、シンフォギアはカズヤにしてみれば、了子がよく分からんものを材料によく分からん技術で生み出した代物だ。きっと内部のシステムに異常か破損があるのだろう。

 

「頼むぜ」

 

祈るような気持ちで三つのペンダントを分解し、再構成を行う。

傷がなくなり、真新しい輝きを放つそれらを三人のそばまで持っていけば、裸だった三人は光に包まれ元のステージ衣装へと戻ってくれた。

ついさっき意識を失ったマリアに続くように、奏と翼もいつの間にか眠ってしまっていた。"向こう側"の力と一緒に体力も奪われたという話だからか、眠る三人の表情は疲労の色が濃い。

それでも生き残った。誰一人として欠けていない。安堵の溜め息を思わず吐く。

 

「......とりあえずこれで、俺が歌姫三人を襲った性犯罪者って冤罪をかけられることはなくなったな」

 

安心したことで軽口も叩けるくらいの余裕も自然と出てくると、緊張の糸が切れたのかどっと疲れが押し寄せてきて、タクシーの助手席のドアに背を預けてそのまま地面に座り込む。

もう、暫くは何もしたくない。

その時だ。左耳に装着しているインカムから通信が入った。

 

『カズヤくん! そっちはどうなっている!?』

 

相手は本部の弦十郎だ。

 

「弦十郎のおっさんか。全員手酷くやられて疲労困憊だが、命に別状はねーから安心してくれ。敵はすまねーが逃がした......四人も雁首揃えてんのに、見事に負けちまったよ」

『負けた!? カズヤくんがいながらか!?』

「面目ねー、ホントに」

 

通信越しに驚愕する弦十郎に素直に謝罪する。

 

『いや、責めている訳ではない...とりあえずそっちは全員無事なんだな』

「ああ......ん? 『そっちは』? まさか襲撃があったのはこっちだけじゃねぇのか!?」

 

弦十郎の言葉から何かを察したカズヤが問い詰めれば、彼は通信の向こうで渋面を浮かべているだろうと容易く予想できる声で語った。

 

『それが──』

 

 

 

 

 

それは、カズヤがファラによって"向こう側"の力を奪われる前の時間まで遡る。

響とセレナは、錬金術師を名乗るキャロルという少女と激闘を繰り広げていた。

錬金術師と名乗った以上、行使される未知の力と技術は錬金術なのだろうが、響とセレナから見ればそれはアニメやゲームによく登場する魔法だ。

竜巻が荒れ狂い、灼熱の炎が渦となって二人を滅ぼさんと放たれる。

それらを掻い潜り、拳を強く握り締め、距離を詰めたら拳を振るい蹴りを放つ響。

激しい攻撃を回避しつつ、短剣の群れを自身の周囲に召喚、空中に配置し、一斉射するセレナ。

その場から動かず、竜巻を発生させ、火炎を放射し、装者二人の攻撃に障壁を張って凌ぐキャロル。

両者の攻防は一進一退。目まぐるしく替わる攻守交代劇。その均衡が崩れたのは、キャロルが顔全体に疲労の汗を浮かべ、呼吸を荒くし始めたところだ。

ここが好機と見たセレナが左腕をキャロルに真っ直ぐ向け、腕の装甲を砲口に変形させ、白い閃光を放つ。

 

「ちっ」

 

舌打ちしながら障壁は張って防ぐキャロルだが、あまりの威力に障壁にはすぐに罅が入る。先程と同様にこのままでは押し切られると判断し、障壁が打ち破られる前に射線上から体を移動させようとして、

 

「どおおおおりゃあああっ!!」

 

右側面から響が右ストレートを打ち込んできた。

咄嗟に右手を差し伸べ障壁を張り拳を受け止めるが、そちらに気を取られた瞬間にセレナの光が障壁を貫通し、キャロルの小さな体を呑み込む。

悲鳴すら上げられず、吹き飛ばされて高架から地面に叩きつけられたキャロルに二人は用心しながら近寄る。

 

「...シンフォギア共め...!」

「キャロルちゃん。世界を壊すその理由、聞かせてもらってもいい?」

「ふっ、理由を聞けば受け入れるのか...?」

 

うつ伏せの状態で顔を上げて二人を睨み、鼻で笑う。

 

「私は、なるべくなら戦いたくない。戦わないで、話し合いで終わりにできるなら、それが一番良いと思うから」

 

至極真面目に響が告げ、その隣のセレナも静かに頷く。

 

「お前達と違い、戦ってでも欲しい真実が、オレにはある!!」

「戦ってでも欲しい真実?」

 

キャロルの言葉に響は首を傾げた。

 

「そうだ。お前達にだってあるだろう。だからその歌で月の破壊を食い止めてみせた。その歌で、シンフォギアで、あの男、"シェルブリットのカズヤ"と共に戦ってみせた!!」

「...少なくても私は違うよ。そうするしかなかっただけで、そうしたかった訳じゃない。私は、戦いたかったんじゃない。シンフォギアで、守りたかったんだ」

 

優しく諭すような口調の響に、セレナが同意を示す。

 

「シンフォギアの力は望んで手に入れたものではありません。だけど、手にしたからには必ず意味がある、いつかその力を使わなければならない時が来る、だから必要に応じて戦ってきた...それだけなんですよ」

 

セレナのこの言葉に今度は響が頷いた。

 

「教えてキャロルちゃん。どうしてそこまで世界を...」

「父親に託された命題だ。お前達にだってあるはずだ」

「え...お父さん...?」

 

父。その単語は、響とセレナの心に大きな波紋を生んだ。

幼少の頃に紛争に巻き込まれ、故郷と共に両親を失ったセレナにとって、父とは朧気に覚えている程度の存在だった。優しくて、大きくて、自分と姉のマリアを守ってくれる存在。両親が健在だった当時は、幸せな日々を送っていたこと、その事実だけは覚えている。

 

(嗚呼、だから私とマリア姉さんは、七年前にカズヤさんの後ろ姿を見て、どうしようもなく惹かれたんだ)

 

ネフィリムを打ち倒した時──彼の強大な力、光と輝きに惹かれたのは確かだが、その後ろ姿が生前の父の背中に全くと言っていいほど重ならなかった、と言えば当然嘘になる。当時の自分達姉妹が、父性を求めていなかった訳ではないのだから。

確かに両親──及び父と死に別れたのは悲しいことだが、その辺りについてはとうの昔に割り切り、感情の整理がセレナにはついている。

 

「...託された...私には、お父さんからもらったものなんて、何も...」

 

在りし日を思い出し懐かしい気持ちになるセレナとは対照的に、響の中では悲しくて苦い想いが渦巻いていた。

響にとって父とは、裏切り者だ。

皆で乗り越えなくてはいけない辛い時期に、家族を捨て一人で逃げた男。

そばにいて欲しかったのに、いてくれなかった。

守るべき家族という存在を背負いながら、責任を放棄した者。

そんな男が自分に託してくれたものなんて、思い当たる節などないし、どういう類いのものか見当すらつかない。そんなものがあるのかすら怪しい。

 

(...お父さんは、私に何も残してくれなかった...カズヤさんとは違って)

 

あんなに大好きだった父が持っていなかったものを、カズヤはたくさん見せつけてくれた。

それは男の意地であり、いざという時の男らしさ。どんなものが前に立ちはだかっても一歩も退かず、全てを抱えて前へと進む気概と根性。

カズヤと出会って、そばで彼を見続けて、彼が記憶の中の父と重なる度、響の胸の奥でヘドロのように沈殿していた父への想いは荒んだものへと変化していった。

カズヤさんはお父さんとは違う、カズヤさんをお父さんと重ねるなんて、比べるなんて、カズヤさんに失礼だ、と。

自分でも知らない内に俯き、唇を強く噛み締めて出血していたことに、口の中に広がる鉄の味で気づく。

 

「響さんっ!!」

「え?」

 

突然、切羽詰まったセレナに呼ばれたと同時に体に衝撃。

横合いから彼女にタックルを食らい、地面に倒れるまでに響が見たものは、

 

「ぐ、ああああああああああ!!」

 

響を庇ったことで、地面と平行に飛ぶ槍のような氷の柱をまともに受け、苦痛に悲鳴を上げて吹き飛ぶセレナだった。

 

「セレナさんっ!?」

 

慌てて立ち上がり、氷の柱が飛んできた場所──キャロルの背後のその更に向こうを睨む。

 

「危ないところでしたね、マスター? ガリィがいなかったらどうするつもりだったんですか~?」

 

そこに現れたのは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた嫌味ったらしい口調の一人の少女。見た目も声も表情も普通の少女らしさがあるのに、酷い違和感を覚えた。その白い肌は陶磁器のように無機質で、その瞳はガラスのようで冷たい印象がある。

まるで人間の真似をしている人形。

 

「...不意打ちか、性根の腐ったガリィらしい...」

 

立ち上がりながらキャロルはそう口にした。

 

「やめてくださいよ、そんな風にしたのはマスターじゃないですか。それにレイアちゃんなんて即やられて撤退しちゃいましたし、ファラちゃんは交戦中で連絡も下手にできませんし、だからこうしてガリィがマスターのフォローに来たんですよ~」

 

会話している二人を警戒しながらチラリとセレナに視線を送れば、仰向け倒れた彼女のシンフォギアが粒子となって分解されていく光景だ。

 

「シンフォギアが!? どうして!!」

 

過去に目にした、カズヤのアルター能力によってギアが分解、再構成されるものに似ているが、決定的に異なるのは分解されるだけで再構成がされないこと。

セレナが身に纏っていたシンフォギアは解除、分解されてしまうと、意識を失い全裸となった彼女を残したまま消滅した。

 

──私の、せいだ。

 

自分自身を責める声が頭の中に聞こえてくる。

 

──私を庇ってあんなことになった。

 

力無く横たわるセレナを見て、普段の穏やかで優しい笑みを浮かべる彼女の姿が脳裏に過る。

 

「あ、あああ、ああああああ...」

 

先程腑抜けた態度の自分を厳しく叱ってくれた、年上の女性としての横顔が頭の中で蘇った。

 

──私がもっとしっかりしてれば!

 

全身が自己嫌悪と罪悪感で震える。

 

──セレナさんはあんなことにならなかった!!

 

自分のあまりの情けなさに涙を零しながら、倒れたセレナに駆け寄った。

 

「ああああああああああああっ!! セレナさん、セレナさんっ! しっかりしてください! セレナさん!!」

 

上体を起こして名を呼ぶが、彼女は応えない。ただぐったりとしたままだ。

幸い外傷はないし呼吸も問題ない。だが医療の専門家ではない響としては一刻も早く彼女を医者に診てもらいたい。

 

「形勢逆転、ってやつですかね~」

 

セレナを気絶させたガリィと呼ばれた人物がケタケタ笑い、こちらに向けて歩み出す。

歯を食い縛り、何としてもセレナを守らなければと決意し、起こしていた彼女の上体を丁寧に横たえて立ち上がり、拳を構えた。

そこへ──

 

「デスデス、デェェェェェス!!」

「はああああああああああっ!!」

 

緑の刃と桃色の丸鋸の大群が背後から飛来し、響のすぐそばを通り抜け、キャロルとガリィに襲いかかる。

 

「ちっ、クッソうぜぇ」

「レイアを撃退した連中か」

 

悪態をつくガリィと、冷静なキャロルはそれぞれ障壁を張って迫る刃の嵐を防ぐが、その二人の足下に、握り拳大程度の缶のようなものが転がり、ボンッという音と共に爆発すれば一瞬で白い煙が周囲を埋め尽くす。

 

「煙幕? こんな小細工、うっ、へ、へっくしょん! ひっくしょん! 何だこれは!? 涙と、くしゅん! くしゃみが、ぶえっくしょん! 止まらない!?」

「マスター、急にどうしたんですか!?」

 

煙の中心でくしゃみを繰り返すキャロルと、その反応に戸惑うガリィ。

 

「撤退するぞ! セレナ抱えてこっち来いバカ、急げ!!」

 

クリスの声が耳に届いて、弾かれたように響はセレナを横抱きし、声がした方へ走り出した。

 

「響さんこっちこっちデス!」

「早く速く!」

「よし、二人共無事だな? このまま尻尾巻いてトンズラすっぞ」

 

手を大きく振って出迎えた切歌と調の二人、そしてクリスと合流を果たす。

 

「クリスちゃん、さっきの──」

「あたし様特製、煙幕弾兼催涙弾だ。人形には通用しなくても、あのキャロルってのには効くみてぇだ」

 

一時期アホみたいにカズヤとFPSゲームやってて良かったぁ、と一人言を呟きながら逃走を開始するクリスに、セレナを横抱きした響、切歌と調が続く。

 

「人形って?」

「詳しい話は後だ。今は逃げることだけ考えろ。この襲撃はあたし達だけじゃなく、カズヤ達の方にまであったみてぇだ。しかも敵は錬金術師とかいう連中で、フィーネとさっき救助した252の話だと、相当厄介な連中らしいぞ」

「カズヤさん達の方まで...」

「向こうはカズヤがいるからなんとかなるとは信じてるが、錬金術師って連中に対してあたし達は知らないことが多過ぎる」

 

これで話は一旦終わり、という感じで話を区切り走るのに集中するクリス。

遠く離れた場所で戦う仲間達に想いを馳せるその横顔を眺めてから、響は腕の中で眠るセレナの寝顔を見下ろし、己の甘さと覚悟が足りてない事実を痛感し、またしても唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

「そうか、そんなことがそっちで...」

『ああ。幸い、セレナくんの命に別状はない。他の装者達にも怪我はない。そこは安心してくれ』

「それが一番聞きたかった。あいつらが無事ならそれでいい」

『詳しい話は皆が本部に戻った時にしよう、ではな』

 

本日で何度目になるか不明な溜め息を吐き、カズヤは通信を終える。

 

「錬金術師に、それをマスターと呼ぶ人形達。シンフォギアの防御を貫くノイズ擬きを従え、俺の物質分解を無効化し、"向こう側"の力を奪う異端技術。目的は世界を壊すこと、か......随分と厄介な連中に目ぇつけられちまったな、俺達」

 

疲労を吐き出すように言葉を紡ぐと、このタイミングで車に乗った緒川がやっと現れた。

暗い夜空を見上げ、誰にも聞こえない声で小さく吐き捨てる。

 

──今回の借りは万倍にして返す......必ずだ...!!

 

胸の内には、煮え滾るマグマのような感情が燻っていた。

 

 

 

 

 

「くぅ...まだ目がシパシパして鼻がムズムズする...くそっ、シンフォギア共め...」

「地味に辛そうだな、マスター」

「とんでもない最後っ屁もらっちゃいましたね、あはははっ」

 

ファラが帰還してまず視界に捉えたのは、目と鼻を赤くして玉座に座る主のキャロルと、そんな主を気遣うレイアと笑うガリィの姿。

 

「ただいま戻りました」

 

挨拶を述べるファラに視線が集まり、三人は顔を顰める。

 

「手酷くやられたようだな、ファラ。だがお前が戻ってきたということは、加護と結界は有効だと証明できたか」

「はい。加護がなければ今頃私は粉微塵に粉砕されていたでしょうし、結界がなければ砂の粒よりも小さく分解されていたでしょう」

 

主から事前に持たされていたのは、守りの加護と結界を所有者に与える宝石。それがファラを含めたオートスコアラー全ての体内に搭載されている。そして、これが無ければ自分は帰らぬ者となっていたに違いない。

ファラは主の用心深さに改めて感謝した。

これを用意したのがパヴァリア光明結社、というのが少し気に入らないが。

 

「顔に罅は私も入れられたが、そっちは私よりもやられ具合が派手だ」

「うわ~、顔面が粉々になってる~。ガリィ、担当がそっちじゃなくて良かった~」

 

レイアとガリィの反応に微笑みながら、罅だらけで今にも崩れ落ちそうな顔を左手で押さえつつ、ファラは懐から砂時計を取り出す。

 

「ですが、それに見合う結果は出せました。こちらをお納めください」

 

キャロルの前まで歩み寄り、黄金の輝きで満たされた砂時計を差し出した。

受け取り、手にしたそれをしげしげと眺めてから、呟く。

 

「......凄まじいな。まさかこれほどのものとは」

 

内包されたエネルギー量に、手の中で砂時計越しに感じる溢れんばかりの生命力の息吹にキャロルは目を細めた。

 

「はい。ミカを起動させてもなお、有り余ります。今後は想い出を集める必要もなくなるでしょう」

「これが、"シェルブリットのカズヤ"の力。パヴァリアのヒトデナシ共がご執心の輝きか」

「彼は自身の力を、『向こう側の力』と呼んでいました」

「『向こう側の力』? まるでこの世のものではないとでも言いたげな名前だな。向こう側というのがどういう意味を持つのか知らんが、もし本当にこの世のものとは異なる類いのものであれば、研究対象として実に興味をそそられる」

 

手の平の上で砂時計を転がし、中の輝きに視線を注いでいると、突如玉座の肘掛けにアンティークなデザインの電話機が出現し、リリリリリリッと鳴り響く。

それに驚くことはないが、非常に面倒臭そうな顔になると、キャロルはうんざりしながら受話器を手に取った。

 

「何の用だ?」

『随分な口振りじゃないか、何の用だとは。上手くいったんだろ? 彼の力を奪うのに。こちらが提供したものを使って』

 

予想通りの相手から予想通りの言葉を聞いて、キャロルは鬱陶しくて受話器を電話機ごと破壊したくなる衝動を覚えたが、必死に耐える。

 

「どうせお前の部下が監視でもしていたんだろう。既に分かっていることをわざわざ聞いてくるな。オレはお前の暇潰しに付き合うほど暇じゃない」

『酷いな、暇潰しなんて。確かに監視はしていたさ、サンジェルマンが。彼女はご執心だからね、彼に』

「お前達パヴァリアがあの男を"神の腕"だと罵ろうが、"神に反逆し力を簒奪した悪魔"だと信仰しようが、オレの知ったことではない」

『けど、協力はしてあげたじゃないか、色々と。知らないとは言わせないよ、どれほどの時間と貴重な素材を使ったか、あれらを作るのに』

 

まるで自分の手柄だと言わんばかりの態度にカチンときた。

 

「確かに提供されたものの性能は申し分なかったが、素材を集めたのも作ったのもお前ではないだろ」

『その通り。サンジェルマン達さ、全てを用意したのは。しかし、同時に僕の部下なのさ、彼女達は。なら、彼女達の功績はパヴァリアのもの、そうだろう?』

「...結局何の用で連絡してきた」

 

何か気の利いた皮肉でも返せたら良かったのだが、もう早く終わらせたくてとにかく先を促す。

 

『忠告だよ』

「忠告?」

『ああ。どうなろうと構わないさ、シンフォギア装者なんて。だが困るのさ、彼に何かあるのは。貴重なモルモットにしてサンプルだからね。あれが有効だったんだ、なら僕達も是非とも手に入れたい、彼の力を』

「奴だけは殺すな、と?」

『好きにしてくれていいよ、死なない程度であれば』

「...どっちだ...」

『度が過ぎれば介入する、サンジェルマンが。そういうことさ、つまりは』

 

男装の麗人である一人の女錬金術師を脳裏に思い浮かべ、溜め息を吐く。

 

「あの女は"シェルブリットのカズヤ"を随分お気に召したようだな」

『あらゆる物質を分解し再構成する力、それを破壊と創造に置き換えて"神の腕"と呼ぶ者。"神に反逆し力を簒奪した悪魔"と呼ぶ者、意見が割れているんだ、僕達の間でも。ちなみに後者を支持する方なのだよ、彼女は。神を騙る悪魔の為せる業だと言って憚らないからね、世界的にルル・アメルから彼に批判的な意見が出ないのは』

 

そうなると人類のほとんどが悪魔に魅入られたことになるが、あながち間違いではないだろう。

視線を手にした砂時計に移す。

砂時計の中から放たれる光。これと比べたらダイヤモンドの輝きすら霞んで見える。

人を惹き寄せるそれは、神々しく感じると同時に魔性を秘めていた。

そして、神か悪魔かという呼び方そのものなど、キャロルにとっては都合のいい方便だとしか思わない。結局、パヴァリア光明結社の錬金術師達にとっては、神だろうが悪魔だろうが本質的にどちらでもいいのだろう。最終的には"シェルブリットのカズヤ"が持つ『向こう側の力』、というものが欲しいことに変わりがない。

 

(ふん、あの女の考えになぞるなら、神の支配から人類を解き放つ可能性を持つ悪魔、それに魅入られた世界...差し詰め、シンフォギア装者は悪魔と契約し魂を捧げた魔女、ということか)

 

不意に、忌まわしい記憶がフラッシュバックする。

人々の為に尽力した父が、よりにもよって救った者達から悪魔と罵られ、疑われ、嫌悪され、挙げ句の果てには無惨にも火刑に処された光景。

何故父が謂れのない弾圧で殺されたのに、奴だけが世界中から称賛される?

奴が救世主だ英雄だと持て囃されるなら、父だってそうだったはずだ!!

 

「ちっ」

『ん?』

「いや、気にするな」

 

燻る激情を胸に仕舞い込んだまま、キャロルは頭を切り替えた。

 

「一つ、教えておいてやる」

『何かな?』

「奴は自身の力を、向こう側の力、と呼んでいたらしい」

『...ほう。まるで()()()()()()()()みたいだね、それは』

 

相手のトーンが下がる。どうやらこの名称には琴線に触れるものがあったようだ。

それっきり黙り込んだ相手に、これで最後だと思い質問した。

 

「で、お前は奴のことをどう思う? 破壊と創造を司る神か? それとも反逆の悪魔か?」

 

この問いに対して返ってきた答えは、

 

『...どちらでもないさ。獣だよ、彼は。神に似た何か、もしくはそれに準ずる力を使って好き放題に暴れる、ね』

 

まるで吐き捨てるような言葉だった。

受話器を置くと電話機そのものが煙のように消え失せる。

会話で溜まった疲労を溜め息と共に吐き出すと、キャロルは人形達に指示を出す。

 

「ファラとレイアは修復に入れ。ガリィはこれを使ってミカを起動させろ」

 

命令を受諾した人形達は恭しく頭を下げた。




ヒトデナシの口調がとても難しい。倒置法って意図してやろうとすると大変と痛感。なんか違和感あったり、おかしいと感じたら修正しますので、気軽にどうぞ。

ですが、感想への返信は作者と読者様との間でトラブル回避の為、相変わらずしておりませんので、その点は本当に申し訳ございません。


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黄昏時

今回のお話、切りどころが分からなくて凄く長くなってしまいました。

あと、先に明示しておきますけど、私は水樹奈々さんの画力をバカにしているつもりは毛頭ありませんので、そのことについてご理解いただくようお願いします!!


ロンドンから日本へ帰国する飛行機内、そのファーストクラスの座席には、何とも表現し難い微妙な空気が流れることで、沈黙が場を支配していた。

原因は窓際の座席に座り、黙したまま外を眺めているカズヤだ。

日本からロンドンへ訪れる際の道中では、ファーストクラスであることを利用して豪華な機内食を楽しんでいたのに、現在は一言も喋らずじっとしている。そのギャップの原因が昨晩の襲撃であることは明らかで、彼の態度と纏う空気を一変させていた。

ムードメーカーである彼が口を開こうとしない為に、奏達もなんとなく気が引けて喋ることができない。

どうにかこの空気をなんとかできないか。というか、誰かなんとかしてくれお願いします! 千円あげるから! と奏達が内心で懇願していると、

 

──ぐぅぅぅぅ!!

 

誰かの腹の虫が盛大になった。

奏は自分ではないので隣の翼を見て、翼は私じゃないと横に首を振る。カズヤかと思って正面に向かい合って座る彼に視線を注ぐが、彼は視線を窓の外からこちらの顔に変え表情を窺ってくるので違うらしい。緒川は本部に連絡を取る為に席を外している。

 

「.........私」

 

カズヤの隣、及び翼の向かいに座るマリアが、左手で赤くした顔を覆いつつ右手を小さく挙げる。

恥ずかしそうにしているが、無理もない。誰もが音の発生源を探したくなる衝動に駆られるほどに凄い音だったのだから。これが自分達のみのファーストクラスではなくエコノミークラスだったら、機内の注目間違いなしだ。

 

「......ぷっ、くく、あははは! 飯にするか? マリア」

 

これまで沈黙を守っていたカズヤが笑い出し、屈託ない子どものような笑顔で問い掛ける。

空気が突然軽く、明るくなったのをチャンスと見て奏は便乗した。

 

「いいね、アタシも腹減ってきたよ。マリアの腹の音で」

「私も奏と同じだ。マリアのお陰で食欲が刺激されてしまった」

「......恥ずかしいからそれ以上やめて」

 

翼も乗っかってきたので、皆で食事を摂ろうということになる。

 

((ナイス、マリア!))

(放っといて!)

 

彼女のファインプレーに奏と翼は心の中で賛辞の声を送るが、当の本人は羞恥で小さくなっていた。

運ばれてきた豪華な機内食を楽しみつつ、奏は意を決してカズヤに質問。

 

「で、結局カズヤは何を考え込んでたの?」

「ん? ああ。下手な考え休むに似たり、って感じなんだが、どうも気になることがあってな」

 

そう返しつつ彼は語り出す。

 

「錬金術師、キャロルの目的が何か分かんねーんだよ。今朝あった報告によると、響とセレナは敵から『世界を壊す』とか『奇跡を殺す』って聞いたらしいが、まずこれの意味が分からん。表現が抽象的過ぎだ」

 

確かに、と三人は首肯する。

 

「次、昨夜の襲撃だ。あの人形、ファラは何が目的で俺達を襲撃した?」

 

痛み分けにしとくと捨て台詞を残し去ったファラだったが、カズヤとしてはボロ負けしたと言っても過言ではない。

 

「あいつの目的って、カズヤから"向こう側"の力を奪うことだったんじゃないの?」

「私も奏の言う通りだと思う。あれは莫大なエネルギーの塊だ。それを他の何かに利用するつもりなのでは?」

「つまり、その他の何かが気になる、ということね。錬金術という異端技術の使い手が"向こう側"の力を何かに利用するのが明らかなら、今後の対策の為にも考える必要があるわね」

 

奏が肩を竦めて言葉を紡ぎ、それに翼が頷き新たな疑問を投げ、マリアが顎に手を当て考え込む。

 

「連中に関してはそんなところだ。で、こっからは俺達側の問題」

 

三人は黙ったまま目で続きを促すので、カズヤは腕を組んで悩ましげに口にする。

 

「まずセレナ。昨日、オートスコアラーのガリィって奴にやられたことについて、純粋に心配だ」

「カズヤ、セレナのことを心配してくれるのは嬉しいけど、それはもう平気よ。ていうか、あなた今朝本人に電話して元気な声を聞いたじゃない」

 

心配性なんだから、とマリアが苦笑した。

 

「次にクリス。あいつ、俺と同調してもねーのに、俺のシェルブリットバースト撃ったらしい...体が心配だ」

「セレナと同じで、そのことについて電話して根掘り歯堀り聞いてたじゃん。腕に痛みとか傷とか痺れとかないかって。本人が大丈夫っつってんだから大丈夫だって」

 

心配し過ぎ、と奏が半眼になる。

 

「最後に響だ。これについてはまだ本人から話聞けてねーけど、セレナ曰く、キャロルが世界を壊す理由は父から託された命題だ、っつってから異様なまでに動揺してたらしい。んで、自分にはそんなのない、的なことをセレナがはっきり耳にしてる......今まで響の家庭環境についてこれっぽっちも知らなかったが、あいつもしかしたら結構重いもん抱えてんのかもしんねーって思ってな」

「......家族の問題、か」

 

翼の表情に陰が差す。彼女は極めて特殊な家庭環境で育った為、『家族』というものが持つ意味合いは一般人のそれよりも酷く重い。

 

「そう考えると、アタシ達でまともな家族関係を継続できてるのっていないね」

「そう、ね...悲しいことにね」

 

沈んだように声のトーンを落とす奏とマリア。

 

「だからよ、響のメンタルケアをどうしようかなって考えてて。あいつのことだから、セレナがやられたのは自分のせいって思ってるだろうし...なんか良い方法ってあるか?」

 

この問い掛けに三人はう~んと考え込んでから、至極真面目な顔でこう告げた。

 

「アンタがベットの上で響を元気付ける」

「そうだな。たまには自発的に立花をホテルに誘え」

「いっそセレナも含めて三人ですればいいじゃない」

「......(シモ)いこと以外にまず思いつくことないんですかねぇ......」

 

自分で考えよう、カズヤはそう決意した。

 

 

 

 

 

【黄昏時】

 

 

 

 

 

日本に到着し、キャリーバッグをガラガラ言わせて空港内を歩くカズヤ達を出迎えてくれたのは、日本に残った装者五人だった。

セレナを除いた四人は、放課後にそのまま迎えに来てくれたのでリディアンの学生服(夏服)。セレナは彼女のイメージによく合う白いワンピースだ。

カズヤ達の姿を確認して駆け寄ってきた五人は、それぞれがお帰りなさいと声を掛けてくれるので、ただいまと返す。

 

「セレナ、無事か?」

「体の方は大丈夫なの?」

「はい! この通り元気です! カズヤさんもマリア姉さんも心配し過ぎですよ、もう」

 

いの一番に心配するカズヤとマリアに、セレナは自身の元気をアピールする為、右腕を掲げて力こぶを作って見せる。

白い無地のワンピース姿でそんなことをすると、華奢な腕が強調される。それを見てカズヤは自然と微笑んだ。

 

「...でもアガートラームが壊されちゃいました」

 

明るい笑顔から一転して暗い顔でポケットからギアを取り出す。

やはり昨日の三人のギア同様に、傷があった。それを受け取り、カズヤは力強く頷く。

 

「大丈夫だ、後で再構成しておく。すぐ元通りにしてやるから安心しろ」

「はい、よろしくお願いします」

 

セレナからギアを預かると、今度はクリスに向き直り、彼女の右手を取る。

 

「クリスお前、本当に腕大丈夫か? 嘘ついてたら承知しねーからな」

 

クリスの手の平や甲をしげしげ観察しつつ、指先から手首、前腕、肘までを優しく撫でる。

 

「だから大丈夫だっつってんだろ。その、あんま心配すんなよ」

 

と言いつつも、カズヤに心配される事実にクリスの顔は実に嬉しそうで、彼にされるがままだった。

対するカズヤは、戦闘中かと思うほど真剣な表情。

 

(とりあえずアルター痕は見当たらねーな。話じゃ撃った後はかなり疲弊した状態だったみたいだが、負荷自体はそれほどでもなかったのか?)

 

そう考えるとカズヤとしてはありがたく、嬉しい誤算であり、一安心できる事実だ。

本来のシェルブリットは第二形態以降、負荷が増大する。発生する激痛、体力の消耗による昏倒、感覚の喪失、そして能力を使用する度に手や腕に走るアルターの浸食痕。強力であるが故に代償として後遺症やリスクが酷いものであるはずだった。

だが幸いにして、カズヤの肉体は"スクライド"のカズマと違い、能力行使による肉体への負荷はないに等しい。これはカズヤの肉体が"向こう側"で生まれたアルター結晶体である可能性が高い為。

それ故に代償や後遺症を気にせず使ってこれたのだが、今回は前提条件がこれまでと異なった。

クリスが、カズヤと同調もせずに、単独でシェルブリットバーストを使用したのだ。

最終形態時に同調した状態で使用したことは何度かあったが、同調しないで使用したのは今回が初めて。同調状態なら負荷を軽減できていたので心配することもなかったが、今回はそうもいかない。カズヤとしてはクリスがカズマのように激痛に苛まれたり、浸食痕で腕がボロボロになるのは何としても避けたかったのだから。

 

「本当に痛みとかないんだな? 違和感とかも?」

「ねぇって。あたしはそんな柔じゃねぇから安心しろよ」

「なら、いいんだ」

 

漸く満足したのかカズヤは彼女の手を離し、続いて響に近寄った。

 

「おい響。お前へこんでねーか?」

「ふぇぇぇぇ!?」

 

いきなり彼女の両頬を左右から引っ張り伸ばす。

 

「おーおー、柔らかくてよく伸びる」

ふぃふぁいれふ(痛いです)! ふぁなふぃれ(離して)!」

 

本当に痛いのか涙目で必死に抵抗する響からセレナに視線を向け、こう尋ねてみる。

 

「セレナ、どうする? 響のこと許してやっていいか?」

「許す許さない以前に、私は全く気にしてないのでその手を早く離してください、さもないと引っ叩きますよ」

「...あ、すいません」

 

凄みのあるセレナの声音にビビって思わず響を解放した。

 

「大丈夫か、響」

「自分でやっといて何をいけしゃあしゃあと...痛かった...頬っぺたが引き千切られるかと思いましたよ」

 

しくしく泣く響。

 

「でもまあ、お仕置きとしては効果覿面だろ? どうせ響のことだから、昨日セレナがやられたのは自分のせいって自分を責めてんだろ。だったらこういうのは周りが気にするなって優しく声掛けてやるより、罰なりお仕置きなりくれてやって無理矢理区切りつけてやった方がズルズル引き摺らねーんだよ。あの時のことを挽回しなくちゃ、とか後で余計に気負わないようにな」

 

ポカンとする響の頭を今度は優しく撫でてから、空港内という衆人環視の中にも関わらず、躊躇なくその細い体をギュッと抱き締めた。

 

「俺は幼馴染みの未来と違って、響の家庭環境を知らねー。だから、お前が父親ってもんにどんな感情を持ってるのか想像すらできねー。だが、愚痴とか弱音とかあんだったらいくらでも聞いてやるし、付き合うから一人で抱え込むな。前にも言ったが、響は笑顔でいるのが一番魅力的だ。だから、俺は響が笑顔になる為だったら何でもするからな」

 

すると響は、カズヤの背中に両腕を回し、胸板に顔を埋めつつ、くぐもった声を出す。

 

「...カズヤさんは凄いなぁ...私のこと、そうやってすぐに元気にしてくれるんだからぁ...」

 

腕の中でもたらされる優しさと温もり。気遣いと多大な愛情。それらを心と体に受けて、心に刺さった不安のトゲが抜けて安心感で傷が癒されるのを実感した。

 

(カズヤさんはいつも私がへこたれてる時に励ましてくれて、抱き締めて欲しい時に抱き締めてくれる......こんなの反則だよ...)

 

こうして私はこの男性に、今までよりも深く強く依存していくんだ、と内心でそう自覚を持ちながらも響はこの幸せから抜け出す気は更々ない。

 

(カズヤさんがそばにいてくれて、未来と、皆と仲良くずっと一緒にいられるなら、私はこれ以上何も要らないや)

 

当のカズヤとしては、腕の中で彼女がリラックスしていくのを気配で察し、上手く元気付けることができたと少し安心する。

そんなカズヤを見て、相変わらず女に甘いなー、という感じの視線が他の面子から飛んでくるが、誰も何も言わない。何故ならカズヤが装者を甘やかすのは最早常識で、自分達も散々甘えてきたのだから。

と、横合いから切歌と調が指で肩を突ついてきたので何だと思って顔を向けると、

 

「ところで、ロンドンのお土産はないデスか?」

「お土産、ないとは言わせない」

「うるせー黙れ、邪魔するな。俺は今響とイチャコラすんのに忙しいんだよ」

 

茶々を入れてきたので本気で睨み付けた。

 

 

 

場所をS.O.N.Gの本部──次世代潜水艦内の司令部へと移す。

 

「よし、皆揃ったな」

 

弦十郎が腕を組みつつ口を開き、厳かに言った。

 

「破壊されたギアは、カズヤくんのお陰で既に全て元通りということだが...」

「おう、全部バッチリ再構成済みだ。運用に支障はねーと思う......思うが、あのノイズ擬きとやり合うのはオススメできねー。現状のシンフォギアじゃ、またすぐぶっ壊されるのがオチだしな」

「だろうな。それと、あれはアルカ・ノイズという。クリスくん達が救助した252、エルフナインくんが教えてくれた名称だ」

「アルカ・ノイズ、ね。やっぱノイズと似て非なるもんか」

 

正式名称を聞き、カズヤの目が獲物に狙いを定めた猛禽のように鋭くなる。

 

「そういやぁ、そのエルフナインって奴から聞きてぇこととか確認してーことがあんだよ。面ぁ借りてもいいか?」

 

急に不穏な空気を醸し出したカズヤ──まるで戦闘前のような彼に、弦十郎は眉を顰めて問う。

 

「何をするつもりなんだ?」

「決まってんだろ! そいつがスパイかどうか確かめるんだよ!」

「っ!?」

 

弦十郎のみならず、皆もこの発言に驚くがカズヤは構いやしない。

右腕を前に真っ直ぐ突き出し、人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順に折り曲げて拳を握り締め、ギシギシと音を鳴らす。

 

「ここにいる連中のほとんどが人を疑うことを知らねーお人好しの集団、ってのは十分理解してるが、そろそろ学習ぐらいしようぜ? 了子さんにウェルのクソ野郎、アンタらは何回裏切り者に痛い目遭わされりゃ疑うことを覚えるんだ?」

 

手厳しい言い方ではあるが、誰も反論できない。

かつての二課は了子に、武装組織フィーネはウェルに裏切られた過去がある。どちらも裏切り方は異なるが、どちらの組織にも短い間とは言え身を置いたカズヤだからこそ、内部に潜む敵の存在を看過できない。

 

「トレーニングルームにエルフナインを連れてこい。そいつが敵かどうか、俺が確かめる」

 

有無を言わせぬその口調が、皆を心の底から案じているものだと分かるからこそ、誰からも反対意見は出なかった。

 

 

 

手枷を外され、理由も聞けずにエルフナインが連れてこられた部屋は、潜水艦内に存在する装者用のトレーニングルームだ。

白を基調としており、埋め込み式の照明以外は何も存在しない、ただ広いだけの部屋。勿論、装者用のトレーニングルームだけあって頑丈な作りにはなっているが──

 

(それにしては壁や床、天井に傷一つ存在しない。まるで新品か未使用...本当にトレーニングルームなのかな?)

 

違和感を覚えてキョロキョロ室内を見渡すエルフナイン。

そんな彼女の視界の隅で、トレーニングルームの出入口のドアが開き、カズヤが現れる。

 

「おいテメー、エルフナインとかいう名前らしいな。テメーに俺の自己紹介は必要か?」

「......いえ、必要ありません。"シェルブリットのカズヤ"、さん」

 

明確な敵意を向けられ、一歩後退り怯みながらもエルフナインはなんとか返答した。

 

「だったら前置きは要らねーな。単刀直入に言うぜ、俺はテメーが敵のスパイじゃねーかと疑ってる」

「...」

「理由一つ目。S.O.N.Gの前身である二課も、武装組織フィーネも最終的な敵は裏切り者だった。だから、俺は裏切る可能性がある奴はとりあえず疑うようにしてる」

 

鋭い目付きは、まるで刃物か飢えた肉食獣のようだ。

 

「理由二つ目。クリスが撃退したオートスコアラー、レイアってのがテメーを追い回してたって話だが、それがどうもキナ臭い。報告に目を通す限り、クリスとある程度やり合える力量を持つ存在が獲物を簡単に逃がすか? 故意に逃がしたか、テメーらが演技してるとしか思えねーんだよ」

 

言われてみれば、自身の追っ手として襲ってきたレイアであれば、非力な己を捕らえることなど造作もないはず。彼が疑いたくなるのは当然だった。

 

「...確かにそう見えるかもしれません! 僕の存在をあなた達が疑うのは当然だと理解しています! でも信じてください、このままではキャロルは、キャロルの錬金術はこの世界を分解することになります! でも僕ではキャロルを止められない...だから僕は"ドヴェルグ=ダインの遺産"、聖遺物"ダインスレイフ"の欠片をお持ちしました! あなた達に協力する為にも、あなた達の力を貸してもらう為にも、どうか僕を信じてください、お願いします!!」

 

必死に訴え、頭を下げる。エルフナインは悟ったのだ。この男の信用を得ない限り、道はないのだと。

だが──

 

「ご託は要らねぇんだよ、化けの皮を剥いでやる! シェルブリットォォォォォッ!!」

「っ!?」

 

淡い虹色の光を全身から放ち、声と共に掲げたカズヤの右腕が肩から消滅する。

同時に彼の足下の床が、見えない何かで抉られたように突如陥没。

失われた右腕の部分に虹色の粒子が集まり、橙色の装甲に覆われた腕が現れた。

彼の髪が逆立ち、その右目の周囲を右腕と同じ色の装甲が覆う。

 

「...物質の分解と再構成、これが、シェルブリット...」

 

ごくりと生唾を飲み込み、再度後退るが目だけは離せない。放たれた光と輝き、その眩しさと凄まじいエネルギー、強大な力の存在に圧倒されてしまう。

 

「シェルブリットバースト...!!」

 

高く掲げていた拳を顔の前に下ろし、手首の拘束具が独りでに外れ、腕の装甲が展開。開いた手の甲の穴に光が収束していく。

ヘリのローターが回るような音に合わせてカズヤが浮き上がり、全身から金の光を迸らせ、突っ込んできた。

 

「どおおおおおおりゃああああああ!!!」

 

確信する。こんなものをまともに食らえば自分の体など容易く血煙になる。しかし、抵抗する力もなければ逃げることすらできない。

できることと言えば、自身に迫る黄金に光輝く拳から目を反らさずに、棒立ちの状態で立ち尽くすだけ。

だからせめて、目を反らさないでいよう。そう思った。錬金術師達の間で、神とも悪魔とも謳われる力の持ち主が放つ輝きを死ぬその瞬間まで見続けよう、と。

 

 

 

 

 

「勘づかれたか......あのヒトデナシは奴を獣と称したが、どうやら野生の獣よりも鼻が利くようだ。やはり奴は危険な存在だな」

 

玉座に座りそう呟くキャロルの声は荒い。全身には大量の冷や汗をかいていた。

まさかいきなり、シェルブリットバーストを放たれるという体験を擬似的とはいえ味わうとは...!

 

「.........だが甘い」

 

しかし、やがてニヤリと唇を吊り上げる。

 

 

 

 

 

鼻先数センチ手前で止まったカズヤの拳が、ゆっくりと離れていくのをエルフナインは呆然と見つめていた。

拳は寸止めだった。発生した風圧は髪型がオールバックになるほど強烈なものだったが、それだけだ。

 

「どうし、て?」

 

拳を引いた理由を掠れた声で尋ねれば、今までとは打って変わって気楽な感じでカズヤは答える。

 

「もう十分だ。ギリギリの瞬間まで逃げる素振りも、抵抗らしい抵抗も見せなかったんだ。俺ん中の疑いが晴れるにゃ、十分過ぎる」

 

そう言って彼は能力を解除すると、右腕が元に戻り、右目の周囲の装甲も消え失せ、逆立っていた髪も下ろされた。

ついでに言えば、先ほど能力行使の際に抉られたように陥没した床も元通りになる。

あ、だからこの部屋、新品か未使用みたいだったんだ、とエルフナインは妙な納得をし、次の瞬間には全身から力が抜けてへたり込む。

どうやら腰が抜けてしまったらしい。

 

「悪かったな、疑って」

「いえ...あなたの立場を考えれば、当然のことだと思います」

 

差し伸ばされた手を掴み、なんとか立ち上がらせてもらう。

 

「俺はカズヤ。アルター使い、"シェルブリットのカズヤ"だ。便宜上、君島カズヤって名乗ってる。呼び方は好きにしてくれ。よろしくな、エルフナイン」

「はい、僕の名前はエルフナイン。錬金術師です。よろしくお願いします、カズヤさん」

 

朗らかな笑顔の好青年、という印象を与える目の前の男性が、本当に今さっき自分に向かって拳を振るった者と同一人物なのかと疑ってしまうくらいに、ギャップが激しかった。

 

(これが、"シェルブリットのカズヤ"...)

 

なんという二面性を持つ人物なのだろうか。錬金術師達の間で神だ悪魔だと噂されているのも、ある意味で間違いではないのかもしれない。エルフナインはそう考えた。

 

 

 

 

 

カズヤを筆頭とする装者達と、弦十郎と朔也とあおいのオペレーター陣、裏方の緒川、そしてエルフナインを加えた十四名は、場所を会議室へと移し、上座にエルフナインを座らせる。

改めて彼女から提供された情報を加えて、情報の整理や擦り合わせを行う為だ。

 

 

元々、エルフナインはキャロルの錬金術によって生み出されたホムンクルスで、命じられるがままに巨大装置の建造に携わっていたところ、ある日その装置が世界をバラバラに分解するものだと知ってしまう。

キャロルの目的が世界を文字通り分解するという事実を前に、それを阻止する為に逃げ出し協力者を求めていた。

アルカ・ノイズの万物を分解する力は、人間を炭素分解するノイズの能力を基にし、更にカズヤのありとあらゆる物質を分解する能力を参考に作られたとのこと。

そして、アルカ・ノイズの万物を分解する力を世界規模に拡大するのが巨大建造装置"チフォージュ・シャトー"。それは既に完成間近らしい。

エルフナインには限定的な知識しか与えられていなかったので、計画の詳細は不明だが、キャロルを止める為に力を貸して欲しいと言う。

それ故に、アルカ・ノイズやキャロルの錬金術に対抗し得る"ドヴェルグ=ダインの遺産"、聖遺物"魔剣ダインスレイフ"の欠片を持ってきた、と。

 

 

「エルフナイン、聞いていいか?」

「何でしょう? カズヤさん」

 

カズヤはどうしても気になっていたことを尋ねる。

 

「連中に俺の物質分解が通用しないのと、"向こう側"の力を奪うことができたのはなんでだ?」

「向こう側の力?」

「カズヤが金ぴかに光るやつデース!」

 

切歌の簡潔な補足にエルフナインは納得したように頷き、語り出す。

 

「現在、カズヤさんは錬金術師達の間でかつてないほど注目されています。物質の分解と再構成を破壊と創造に置き換え、黄金の光を放ち絶大な力を振るう姿に"神の腕"。もしくは"神に反逆し力を簒奪した悪魔"、と呼ばれています」

「神の腕に?」

「悪魔だってぇ?」

 

奏とクリスが素っ頓狂な声を出す。

だがこれに最も大きく反応したのは調──ではなく彼女の中に住まうフィーネの魂だ。

 

「まさかカズヤくんの力を、カストディアンと同一視してるの!?」

「うわぁっ! いきなりビックリするデース!!」

 

突然血相変えて叫び出す調、というかフィーネに、隣にいた切歌が悲鳴を上げた。

 

「はい。錬金術師達の中にはこの世界の人類、ルル・アメルにとっての神であるカストディアンとカズヤさんを同一視する者もいれば、カストディアンに反逆する悪魔と見る者がいます。神と見なす理由は先ほど言った通りです。悪魔と見なす理由は、シンフォギア装者との同調を見て、『"バラルの呪詛"に対抗し得る手段』だと考えられるのが根拠です」

 

バラルの呪詛、という単語を聞いて去年のことが脳裏を過る。

 

「......なんか聞いたことあると思ったら了子さんと同じ勘違いしてね? 確か同調とバラルの呪詛って因果関係ねーよな」

「ないですよ」

「ないね」

「ないはずだ」

「全く関係ねぇよ、フィーネの勝手な勘違いだ」

 

カズヤの発言に響、奏、翼が順に同意を示し、クリスがきっぱり言い切って、調(フィーネ)がテーブルに突っ伏した。

 

「...過去にやらかした、ただの勘違いにどうしてここまで心が抉られるのかしら...」

「あんたのやらかしたこと全部の発端が勘違いから始まったからじゃね?」

「カズヤくん私に辛辣ぅ~......ぐすっ」

 

そのままテーブルにめり込むのではないかと思うくらい沈む調(フィーネ)を放置し、エルフナインに続きを促す。

 

「それでですね、神でも悪魔でもどちらにせよ、カズヤさんは既に研究対象なんです。誰もがカズヤさんの力に興味を抱いています。そして、その力をなんとかして手に入れることができないか、と研究に最も心血を注いでいるのがパヴァリア光明結社という錬金術師の組織、その幹部達です」

「パヴァリア光明結社ですって!?」

「フィーネいい加減にして欲しいデース!!」

「ご、ごめんなさい切歌」

 

ガバッと復活し、またしても大声で叫ぶ調(フィーネ)に隣の切歌が文句を言い、調(フィーネ)が慌てて謝罪する。

 

「了子さん、いちいち話の腰折んのやめてもらえる?」

「「...了子さぁん...」」

「櫻井女史、少しは自重というものを...」

「少し黙ってろよフィーネ」

「なんか今日の皆の私に対する扱い雑じゃない!?」

 

カズヤに睨まれ、響と奏が呆れ、翼が苦言を呈し、クリスが冷たく言い放ち、調(フィーネ)は喚く。

 

「マリア姉さん、パヴァリア光明結社って...」

「...ええ。かつての武装組織フィーネを支援していた組織よ。交渉関係は全てウェルに任せていたから詳細は知らないけれど、まさかカズヤに手を伸ばそうとしていたなんて...」

 

セレナの声にマリアが歯噛みする。黒い噂の絶えない胡散臭い連中が想い人に目をつけていたことに、姉妹は揃って眉を顰める。

そんな光景をとりあえずスルーしてエルフナインは告げた。

 

「そこでキャロルがパヴァリア光明結社に依頼をしたんです。カズヤさんの力を無効化し、更に力を奪う方法を確立して欲しいと。その依頼によって完成したのが防御力を増幅させる加護と、分解を無効化する結界。そして光を、力を奪うアイテム"吸収(アブソープション)"です」

「...なるほど、ね」

 

謎が一つ解けたことは嬉しいが、相変わらず敵側が厄介であることに変わりはない。

更に言えば、錬金術師に目をつけられたこの状況は、まるで"スクライド"においてカズマと劉鳳が『本土側』から"向こう側"の力を狙われ執拗に追われた状況に酷似している。

どうすっかな、と悩むカズヤのしかめっ面を、誰もが心配そうに見つめていた。

 

 

 

ある程度情報の整理が済めば、次は今後の行動方針を定める為の会議に移行。

しかしその前に一旦休憩を挟もう、ということであおいが人数分のあったかいものとお茶請けを用意してくれる。

なお、ついでとばかりにエルフナインには、フィーネが調に宿っていることを伝えておく。やはりというか「先史文明時代の巫女が!? さっきから調さんの様子が常軌を逸していたのはそういうことだったんですね!」と彼女は大いに驚いた。

そのまま雑談する形でフィーネとパヴァリア光明結社との因縁を聞かされる。

特に組織の創始者と幹部連中とは、過去に何度も派手にドンパチを繰り広げていたとか。

最終的に、「やっぱあんたろくでもない女だな」、というカズヤの感想に装者全員が同意見を述べ、大人達は黙秘しつつ苦笑いを浮かべるのを見て、フィーネがべっこり凹んで調の中に引きこもったところでブレイクタイムは終わった。

 

 

 

「まず最初に我々がしなければならないことは、シンフォギアの強化改修だ。アルカ・ノイズに対抗する為には必須事項である以上、これについて皆異論はないな」

 

休憩を終え、開口一番に弦十郎が言う。この言葉に誰もが頷いたのを見計らい、エルフナインが挙手しながら発言する。

 

「キャロルがまず初めにカズヤさんの"向こう側"の力を奪ったのは、オートスコアラーを全機起動する為です。本来キャロルが行使する錬金術やオートスコアラー達の稼働には、想い出というパワーソースが必要になります。想い出とは、自身が見聞して蓄えた記憶。それを変換錬成し、戦闘力や錬金術を行使する為のエネルギーとして利用するのですが...」

「想い出の代わりとして俺の"向こう側"の力が利用されるってことか」

「はい」

 

既に予想はできていたことだが、これはかなり厳しい事態だと誰もが悟る。

今まで散々頼りにしてきたものが使えなくなるどころか、こちらに牙を剥くのだ。どう考えても不利だ。しかも圧倒的に。

 

「カズヤくんがシェルブリット第二形態を使って同調しようとすると、力が奪われる。それを防ぐ為に第一形態で戦う場合、こちらの戦力激減は否めんな。同調できないのであれば、装者達の出力アップと負荷軽減ができん。そして、必然的にシェルブリットバーストも使えない、か」

「ちっ、やっぱそうなるか、ちきしょう」

「クソッタレがぁ...」

 

顎に手を当て渋面を見せる弦十郎の発言に、奏とクリスが口汚く毒づいた。

 

「うう、カズヤさんと同調せずに戦うなんて」

「不安は仕方ないが、やるしかない。これも防人の務め...」

 

あからさまに不安そうな表情になる響に、翼が覚悟を決めたように唇を引き結ぶ。

 

「...私達はこれまであの力に頼っていた、いえ、甘えていたんだわ。だって、いざ使えなくなるのが分かると、本当に戦えるのか不安で仕方ないもの」

「どんなにピンチでもカズヤさんと同調すれば何とかなる、っていうのがありましたからね」

 

自嘲するように呟くマリアと、表情が曇るセレナ。

 

「こっちは同調が使えないのに、敵側は"向こう側"の力を使ってくるデスよね? やっぱり凄く強くなってるデスか?」

「うん、たぶん。厳しい戦いになると思う」

 

切歌の不安げな声に、フィーネと人格交代した調が伏し目がちになる。

そんな装者達の様子に、大人達も辛そうだ。

 

「カズヤくんとの同調は、適合係数やギアの出力上昇、負荷軽減に留まらず、精神昂揚の効果もありました。けど、それが一気になくなることを考えると......」

 

朔也が手にした端末を操作し、会議室のモニターに様々な情報が表示される。それは装者の通常時と同調している状態を比較したものだ。

やはり誰の目から見ても、落差が激しい。スペック差は歴然だった。

あおいが表示された数値を見て眉根を寄せる。

 

「この数値差を誰よりも理解してるのは装者達自身......不安になるなとは簡単に言えません」

「ええ。戦場で敵と直接戦うのは、装者の皆さんですから」

「...うむ」

 

緒川があおいに同意するように呻き、弦十郎が重々しく頷く。

会議室にどんよりとした空気が漂い、皆の肩に漠然とした不安が重く圧し掛かった時だ。

バキッ、と何かが砕ける音がした。

誰もが音の発生源に目を向けると、カズヤがお茶請けの堅いせんべいを噛み砕いた音だと判明する。

そのままは彼はバキボキと軽快な音を立ててせんべいを食い終わると、手元のマグカップを取って中身のコーヒーを飲み干してカップソーサーに置き、口を開く。

 

「負けると決まった訳じゃねーのに、辛気臭ぇ空気振り撒くんじゃねーよ。何の為にエルフナインが聖遺物の欠片を持ってきたんだ? それでギアを強化できれば、敵が"向こう側"の力を使ってきても勝算はあんだろ?」

 

皆の注目がエルフナインに移され、彼女は力強く宣言した。

 

「約束します。必ず、皆さんのシンフォギアをキャロルの錬金術に対抗できるようにしてみせます!」

 

 

 

 

 

その後、エルフナインはシンフォギアの強化改修計画の為、オペレーター陣と本格的な話をするということで、カズヤと装者達は「今日はもう帰りなさい」的なことを弦十郎から言い渡されたが、シンフォギアの生みの親であるフィーネを宿す調はエルフナインに強制連行されたので、調を待つという形で休憩室に移動し雑談することに。

 

「こいつが、ロンドンで三人のギアを壊したアルカ・ノイズ...」

「ああ、我ながら上手く描けたと思う」

 

真剣な表情なのに、心なしかドヤ顔を感じさせる雰囲気で宣う翼から手渡される紙を受け取り、クリスは彼女が描いたノイズのイラストを眺める。

 

「...アバンギャルドが過ぎるだろ! 現代美術の方面でも世界進出するつもりか!?」

 

()()()()()()()()()に仰天しながらクリスがイラストを他の者に回す。

描かれていたそれは、強いて言うなら幼い子どもが描いた侍、という表現がピッタリではなかろうか。

 

「うわぁ」

「すまん翼、流石にアタシもこれは擁護できない」

「コメントに困るわ」

「あの、本当にノイズを描くつもりだったんですか?」

「...デ、デース...」

 

響が言外にこれは酷いと呻き、奏が諦めたように首を横に振り、マリアがコメントを差し控え、セレナが純粋に疑問を口にし、切歌が鳴く。

最後にカズヤが、

 

「草」

 

と言って鼻で笑うと、翼がカズヤの襟首を掴んで引き寄せ、大声で喚く。

 

「よりにもよって『草』とは何だ『草』とはぁぁ! 動画に付けられるコメントみたいなことじゃなく、もっと気の利いたことを言えないのかお前は!?」

「だって翼ちゃん、歌が上手いバラエティー芸人だから」

「だからその動画のコメントをやめろ!」

「他に何言えってんだこのぶきっちょ! 絵で笑いを取るランキングアーティスト部門殿堂入りだろこんなの!!」

「酷い! そこまで言うならカズヤが描いてみろ!」

「やってやろうじゃねぇか! 俺の描いた絵心溢れる絵を見て後で吠え面かくなよ!!」

 

ギャーギャー騒いだ結果、翼に続いてカズヤが筆を取ることに。

数分後。

 

「一筆入魂!」

「どれ、見せてみろ」

 

描き上げたものを翼が受け取り、皆が翼の後ろから覗き込む。

 

「上手いけど...」

「ああ、上手いっちゃあ上手いが」

「なんか違うデス」

「なんか違うというより」

「何もかもが違いますね」

「っていうかこれ、完全にあれだよね」

 

絵を見て響、クリス、切歌、マリア、セレナ、奏が戸惑う。

そして、

 

「誰が鳥獣人物戯画を描けと言ったぁっ!!」

 

兎と蛙が向かい合ってわいわいしている絵が描かれた紙を放り捨て、翼がカズヤに食ってかかり、口角泡を飛ばす。

 

「何だこれは! 誰が兎と蛙の絵を描けと言った!? まさかお前の目にはこう見えているのか!?」

「我ながら上手く描けたと思う」

「絵そのものは確かに上手いが違うだろうが! そして私の真似をやめろ、腹が立つ! というか、刀や槍を持っているのが蛙で、それに相対してるのが兎というのが納得いかん! せめて逆だろう!?」

「ほら、ロンドンから日本へ帰るをかけてな」

「なるほど、だから蛙...これで座布団がもらえると思ったら大間違いだ馬鹿者! 立花、カズヤの座布団を全部没収しろ!!」

「...最早何処をどう突っ込めばいいのやら...」

 

意味不明なやり取りに巻き込まれた響が困り顔になった。

 

 

 

「そういやさぁ」

 

奏が缶コーヒーを啜りながら切り出す。

 

「クリスって同調しなくてもカズヤのシェルブリットバースト撃てるようになったんでしょ? アタシ達のギアってシンフォギアでありシェルブリットでもあるから、アタシ達もいずれできるようになるのかね?」

 

何気ない言葉に皆がクリスを見る。

 

「そう言われてもなぁ...あん時はホント無意識だったんだよ。あのレイアって奴を絶対にぶっ飛ばしてやる、って思ったら体が勝手に動いた感じで、なんで撃てたのか自分でもよく分かってねぇんだ。あれもっかいやれって言われても再現できる自信がねぇし」

「あの時のクリス先輩、ガチギレしてたデスよ」

 

後頭部をポリポリかきながら話すクリスに、切歌がボソッと付け加えた。

 

「ガチギレねぇ」

「感情が昂ったことにより無意識にシェルブリットを発動させていた、ということかしら?」

 

切歌の発言に奏が腕を組んで唸り、マリアが仮説を立てる。

 

「案外、難しい理屈なんてなくて、マリア姉さんの言う通りかもしれませんよ? クリスさんとカズヤさん、性格的に似ているところありますし」

「意地っ張りで直情的だったり、喧嘩っ早くてカッとなると周りが見えなくなったりするもんね、二人共」

 

セレナが指摘し、響が感情面で似通っている部分を挙げ、当の本人であるクリスを含めた誰もが「あー、そうかも」と納得する中、カズヤの頭の中には、カズマのシェルブリットが第一形態から第二形態に進化した時の光景が浮かんでいた。

 

『背骨もらったぁ! だっはっはぁぁっ!!』

 

アルター結晶体の胸部に渾身の一撃──抹殺のラストブリットを叩き込み、そのままの勢いで背中までぶち抜き、高笑いをしながら背骨を掴んで力任せに引き抜いた──その後。

文字通り奪い取り、手にしていた背骨の一部が突如発光し、虹色の粒子となって右腕に取り込まれ、シェルブリットは第二形態へと進化を遂げたのだ。

 

(つまり、アルター結晶体の肉体の一部を取り込むことで進化した、ってことだよな。そういや無常矜侍も"向こう側の世界"で結晶体見つけてパワーアップしてたっけ)

 

そこでハッとした。

今、自分が思ったことを反芻する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(...肉体の一部を、取り込む...)

 

もし本当に自分の肉体がアルター結晶体と同質、もしくはそれ由来のものであるならば──

 

「あああああああああああああああああっ!!」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

何の脈絡もなく突然叫び出すカズヤに、誰もが驚き体をビクッとさせるが、そんなことに構っている余裕はない。

もし()()とかが肉体の一部という扱いを受けるなら、クリスは恐らく装者で一番多く取り込んでいる。二番目は奏だ。

だが、クリスと奏の違いは元々の適合係数。正規適合者だったクリスと異なり、フロンティア事変が終息するまでLiNKERを必要とする第二種適合者だった奏の適合係数は、現在順位的に言えば丁度真ん中より下くらい。対してクリスの適合係数はぶっちぎりの第一位。

思わずクリスを見る。

 

「...どうした?」

 

見られたクリスはきょとんとした様子で、可愛らしく首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべた。

同調なしでシェルブリットバーストを撃ち、負荷は疲弊した程度で後遺症らしいものがないのは、彼女の肉体が自分に近づいているからではないだろうか?

 

「いや、なんでもねー」

 

取り繕うように返すが、その態度がなおのこと皆の気を引いてしまうことに気づかぬまま、思考を続ける。

 

『まだです! まだまだです! まだ終わってないのです!!』

 

シェルブリット最終形態へ進化を果たしたカズマにぶん殴られ、"向こう側の世界"に叩き込まれた無常矜侍が、異形の化け物という姿になって戻ってきたのを思い出す。

"向こう側"の力がもたらす影響は、アルター能力に対してのみならず、人体へ直接作用するのをすっかり忘れていた。

考えれば考えるほどに辻褄が合う。

クリスは、いや、クリスだけじゃない。皆、"向こう側"の力の影響を受け、その体に何かが起きている。

いつから? そんなのは決まっている。最初からだ。

アルター。Alter。それは、変化や進化を意味するAlterationから生まれた造語である。

そしてその意味の通り、装者全員の肉体に変化や進化が起きているとするなら──

 

(全部の責任は俺が持つ...そうだ、今更何をごちゃごちゃ考えてんだ)

 

体のことでもし、万が一、恨まれたり憎まれたりしても、全て受け入れる。彼女達に殺されるなら、むしろ本望だ。

今はそれでいい。決意と覚悟を決めておけば、いざという時に迷ったりせずに済む。

 

「怪しいデース。カズヤ、絶対何か隠してるデスよ、この態度!」

 

カズヤの正面に移動した切歌がビシッ、と手を伸ばして指を差す。

 

「まあ、突然叫んで『なんでもない』はないわな」

「クリスがシェルブリットを発動させたことに何か心当たりでもあるんでしょ」

 

ジト目の奏と、その隣で肩を竦めるマリアの視線に僅かに怯む。

 

「カズヤさん、何か心当たりがあるなら教えてください。今は少しでも次に繋がるものが欲しいんです」

「セレナさんの言う通りですよ。もし私達もクリスちゃんみたいにできれば、もうあんなことはさせません」

 

真剣な眼差しで懇願してくるセレナと響が、正面の切歌を挟むように左右から詰め寄ってきた。

 

「そうだな。今は少しでもやれることを増やしたい。あれを皆が使えるようになれば戦い方の幅が増える」

 

切歌の後ろから翼も、聞かせてもらって当然という顔だ。

 

「カズヤ、あたしからも頼む。何か知ってるなら教えてくれ。あたしは、お前がくれた力をもっと上手く使いこなして、皆を守りたい...!!」

 

最後にクリスが自身の決意を口にする。

嘘や誤魔化しは雰囲気的に無理そうだが、流石に切歌がいる前で言う訳にもいくまい。

なので、話を逸らすことにした。

 

「いや、その、"吸収(アブソープション)"と似たようなもん思い出して」

「似たようなもん?」

 

オウム返しするクリスに頷き、無常矜侍について軽く説明する。

それは"吸収(アブソープション)"と同名のアルター能力を持っていた男の話。

他者のアルター能力を分解、吸収するという能力者殺しの能力であったこと。

そいつと比べれば、錬金術師が用意した道具は、アルターで再構成したものまで分解吸収されない分、まだマシな部類であることなどを簡潔に伝えた。

すると奏が質問してくる。

 

「それで、そいつはどうやって倒したの?」

「結局ゴリ押しだ。吸収できなくなるまで吸収させてから殴り倒した」

 

俺じゃなくてカズマが、と心の中で付け加えておく。

返答を聞き、彼女はくつくつと腹を抱えて笑いを堪えつつ言う。

 

「らしいっちゃらしいけど、脳筋過ぎるでしょ...!」

「まさかカズヤは、その戦法が通じるかどうか試す気なの? 錬金術師が"吸収(アブソープション)"をいくつ用意してるか分からない状況で?」

 

心配するような声音のマリアに「ああ」と答えれば、セレナが首を横に振る。

 

「それを試すのは流石にやめた方がいいと思います。マリア姉さんの言う通り"吸収(アブソープション)"がいくつ用意されているか分かりませんし、何よりカズヤさんの体が持ちません」

 

皆も同意見なのかセレナの言にうんうんと首を縦に振るのみ。

確かに、"吸収(アブソープション)"を山ほど用意されていた場合、吸収可能な量を超える前にこちらがぶっ倒れるかもしれない。

カズマの無常対策はやはり無理か。だが、よくよく考えてみれば、あれは土壇場でカズマの力が無常を上回ったからできたゴリ押しなのだ。

こちらの力を吸収するアイテムをいくつも用意している可能性がある錬金術師とでは、前提条件が異なる。

無常は自身の能力、錬金術師は道具。そして錬金術師がこちらの対策を念入りにしていた以上、"吸収(アブソープション)"も複数用意しているに違いない。

カズヤとしてはやる価値ありと見ているのだが、この調子では弦十郎やオペレーター陣も首を横に振るだろう。

ちっ、と舌打ちする破目になったが、話を逸らすことそのものには成功し、つい先程の話については有耶無耶になったのか話題に出なかった。

 

 

 

 

 

数日後。

 

「それで調ちゃんはその次の日からずっと泊まり込みなんだ」

「うん。調ちゃんの中の了子さんがエルフナインちゃんのお手伝いしてるから、学院は暫くお休みすることになったんだ」

 

放課後の下校途中、隣を歩く未来の声に響は応じる。

 

「ちなみに進捗はどんな感じなの?」

 

未来の純粋な質問に、響は浮かない表情だ。

 

「カズヤさんの再構成のお陰で、奏さん達のギアの修理は必要ないから強化改修にはすぐに移れたんだ。でも、その代わり致命的な問題が一つ発生して...」

「致命的な問題?」

「うん。ギアとの相性」

「え?」

 

シンフォギアに組み込むのに、何故今更になって相性問題が出てくるのか分からない、という顔をする未来に響は一から説明する。

 

「私達のシンフォギアはさ、カズヤさんが再構成したものでしょ」

「うんうん」

「それに対してエルフナインちゃんが持ってきた聖遺物の欠片、"魔剣ダインスレイフ"は一度抜くと犠牲者の血を啜るまでは鞘に収まらない、っていう伝承があるものなんだ」

「いかにも魔剣って感じの物騒な伝承だね」

「そう。了子さんとエルフナインちゃんが言うには、それが問題だって。未来が前に自分で言ってたでしょ? カズヤさんのシェルブリットは光を生む力って。私達のギアはシンフォギアであると同時にシェルブリットでもある。シェルブリットが光だとしたら、魔剣が持つ力は闇とか呪いの類いなんだって。だから...」

 

ここまで言われて未来にも理解が及ぶ。

創作物によくある魔法とかの設定と同じだ。火属性が水属性と相性が悪いように、光は闇と相反する属性。どんな媒体の作品でも、その二つは相性最悪であることには変わらない。

響曰く、エルフナインにとってもこれは予想外の問題だったらしく、了子(外見は白衣姿の調)と一緒に頭を抱えて四苦八苦しているらしい。

何せ、互いが反発し合うのだ。改修の段階でこれでは実戦投入がいつになるか分からないとか。

 

「相性って、やっぱり重要なんだね」

「カズヤさんも二人から初めて話聞いた時は唖然としてたよ。まさに開いた口が塞がらないって感じだった」

「カズヤさんが再構成したものは、シェルブリットと同じ属性になり、魔剣の力と相性最悪、か」

 

確かに言われてみればそうだ。普段から散々『輝け!』と雄叫びを上げ、目映い黄金の光を所構わず振り撒く男の力が、闇とか呪いの類いと相性が良い訳がない。むしろ、そういう類いの代物を打ち砕く力だと、シェルブリットは希望の光だと未来は感じている。

そこで一旦会話が途切れて、二人は黙したまま道を歩く。

数メートル離れた前方ではクラスメートの板場、安藤、寺島の三人が、楽しそうに最近ブームが来ているスイーツについて話している。たまに笑い声が聞こえてきた。

隣の響の様子を未来はチラリと窺う。

それはこれからの戦いに不安を抱えた表情だ。

相手は錬金術師という未知の存在。ほぼ完璧に近いカズヤ対策を立て、シンフォギアを圧倒する敵。おまけに奪い取った"向こう側"の力を利用してくることが考えられる。なのにこちらの戦力は激減したままで、頼みの対抗策は使えるようになる目処が立たない。不安になるのは当然で、これは響だけが抱えている不安ではない、皆も同じだろうと未来は察した。

なんとか力になってあげたいが、ド素人の未来では残念ながら何も思いつかない。

目下、解決しなければならないのは、魔剣との相性問題だ。それさえクリアできれば次の段階に進めるだろう。

 

(相性、相性かぁ...)

 

かつてのフロンティア事変で身に纏った神獣鏡のように、シェルブリットと相性がこれ以上ないほど良ければ問題ないのに。

そう思った未来に、電流が走ったかのようにあることが閃く。

 

「あっ!」

「どうしたの? 未来」

「あるよ! 相性問題を解決する方法!!」

 

大きな声で叫ぶ未来に、前を歩いていた三人が何事かと振り返る。

 

「ホントに!?」

「うん! カズヤさんが再構成したものがシェルブリットと同じ属性になるなら、その聖遺物の欠片も一度カズヤさんに再構成させればいいんだよ!」

「あっ...」

 

響の目が大きく見開く。盲点だった。相性が悪い、それをどう組み込むかという目先のものに囚われて、誰もが視野を狭くしていたことに気づく。

 

「そうだよ未来! なんで今まで誰も気づかなかったんだろ! お手柄、天才、大好き!!」

「ちょっと響!?」

 

満面の笑みで響が学生鞄を放り捨て抱きついてきたので、未来はよろけながらも受け止める。

 

「何道端でイチャついてんのよ」

「ビッキーもヒナもこんなに暑いのによくやるね~」

「仲が良いのはとてもナイスなことだと思いますが、ここは公共の場ですよ」

 

板場、安藤、寺島が呆れたように笑う。

と、唐突に表情を引き締めた響が未来から離れ、視線を右に左にさ迷わせ、何かを探し始めた。

 

「響?」

 

急に様子が変わった響を不審に思って名を呼ぶが、彼女は応えない。

そして、響の視線があるものを捉えて、その目が敵意で鋭く細くなる。

視線の先を追えば──

 

「聖杯に想い出と光は満たされて、生け贄の少女が現れる」

 

街路樹に背を預けるように佇む人物がいた。

 

「......キャロルちゃんの仲間、だよね」

「そしてあなたの戦うべき敵」

「...」

 

ガラスのような目で響を見つめながら、その人物──ガリィはこちらに向き直り、告げる。

無言で歯を食い縛り、響は拳を強く握り締めた。

数秒程度、互いに無言の睨み合いが続き、先に口火を切ったのはガリィの方だ。

 

「何事も実験やテストを行う、っていうのは錬金術以外のことでもとても重要でしょ?」

「実験、テスト...? まさか!!」

 

ガリィの言いたいことを察した響が戦慄する。

 

「そう、その通りだよ! お前達装者が頼りにしてる男の力、この光と輝きがどんなもんか、試しに来たんだよ、アハハハハハハッ!!」

 

乱雑な口調へと変わり高笑いするガリィの全身から、見慣れた光が溢れ出す。

 

「ガリィだけじゃないゾ、ミカもいることを忘れないで欲しいゾ」

 

街路樹に登っていたらしい──新たなオートスコアラーがガリィの隣に降り立ち、同様に金の光を全身から迸らせた。

赤い髪に、指一本一本が鋭利な刃のような鉤爪の手を持つ人形。

一対二、という数的な不利ではなく、オートスコアラーが纏う"向こう側"の力に響は怯み、息を呑む。

何という強大な力だ。なんて圧倒的な存在感だ。視覚が勝手に錯覚を起こしたのか、二体の人形が大きく見えてしまう。

全身の汗腺から汗が吹き出る。それは冷や汗だ。

喉が緊張で渇く。それはガリィとミカから発せられる威圧感に気圧された為だ。

カズヤの"向こう側"の力を目の当たりにして、初めて味わう感覚。

敵に回るとこれほど恐ろしいものだったのか!!

 

「ひ、響...」

 

すぐそばの未来が怯え、蚊の鳴くような弱々しい声で悲鳴を上げた。

未来だけではなく、板場達三人も恐怖でガクガクと震えている。

そのことに気づいて、響は己を叱咤した。

今、この場で戦えるのは自分だけ。自分が戦わなければ大切なものを守れない。

 

(私が、私が皆を守るんだ...!!)

 

聖詠を歌う。光が瞬き、ガングニールのシンフォギアを身に纏い、拳を構えた。

そんな響を見て、ガリィは嫌らしい笑みを、ミカは無邪気に期待に満ちた笑みを見せた。

 

「さあ、あんたの歌を聴かせなさいよ」

「それに合わせてミカとガリィが踊ってやるゾ」

 

挑発的な物言いの人形達に向かって、

 

「負けるもんかぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

あらん限りの声を上げ、拳を強く握り締め、響は前へと踏み込んだ。




※以下、ネタバレ次回予告















鏡、それは己を映すもの。
鏡、それは己の魂の形。
鏡、それは己の(エゴ)そのもの。
響が絶体絶命の危機に陥ったその時、
未来の魂が咆哮し、
彼女の(エゴ)がこの世界に顕現する。
哀れな人形共よ、
思い知れ、この(エゴ)の重さを。
そして跪け、(エゴ)の強さの前に。

次回
『覚醒 (エゴ)を映す鏡』


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覚醒 (エゴ)を映す鏡

前回の飛行機内でのシーンで、描写がおかしい部分があったので修正しました。
ご指摘いただき、ありがとうございます!


その時、誰よりもその反応にいち早く察知したのは、やはりカズヤだ。

 

「っ!? 奴らが動いた...!」

 

すぐそばでカズヤと共に本部で待機していた奏達が顔色を変える。

次の瞬間、司令部にてアラートが鳴り響く。

 

「高レベルのアルター値を検知! ほぼ同時にアウフヴァッヘン波形を確認、ガングニールです!」

「アルター値の数は二つ、恐らくオートスコアラーと思われます!」

「位置特定急げ、付近の監視カメラの映像を回せ! 近隣住民の避難誘導準備も怠るな!」

 

急に司令部は慌ただしくなり、朔也とあおいが矢継ぎ早に報告し、弦十郎が大声で指示を出す。

 

「位置特定完了!」

「映像、出ます!」

 

メインモニターに映し出されたのは、下校中の響と未来、クラスメートの安藤、板場、寺島。そして彼女達の前に立ち塞がる二体の人形。

更に二体の人形からは、金色の光──"向こう側"の力が迸っている。

その光景を見た瞬間、カズヤは何も言わず一目散に駆け出し司令部から出ていく。

 

「カズヤ、アタシ達も行くよ!」

 

奏がカズヤに続いて走り出し、それに翼、マリア、セレナがついていく。

指示を出す前に勝手に動いたことを誰も咎めることはせず、弦十郎は厳しい表情でモニター内の戦闘を見つめる。

 

「"向こう側"の力を手に入れて、すぐに戦闘特化のミカを投入してくるなんて...」

 

そこへ白衣姿のエルフナインと、同じ白衣姿の調──の肉体を借りているフィーネが現れた。

 

「響ちゃん、無理しないでって言っても誰かを守る為にしちゃうのよね......だから急ぎなさいよ、カズヤくん」

『...響さん...』

 

フィーネが一人言のように呟き、調が声なき声で名を呼び仲間達の無事を祈る。

 

 

 

 

 

右ストレートの一撃を、細長く赤い水晶のようなもので容易く受け止められ、響は瞠目する。

 

「お前のパンチ、強くないゾ。それともミカ達が強くなり過ぎたか?」

 

首を傾げる人形のリアクションに構わず一度拳を引き、今度は左拳を繰り出す。

またしても防がれるが、単発では終わらない。攻撃力が足りないのなら手数。拳に加えて蹴りも混ぜ合わせた連撃、嵐のようなラッシュを叩きつける。

 

「よっ、ほっ、それ」

 

軽い口調と余裕の態度で捌くミカだったが、響から見れば武術の師匠である弦十郎と比べ、その防御はおざなりだ。だからこそ、一瞬の隙を突くようにして顎に右アッパーをぶち込んだ。

浮き上がったミカへと追撃する為に跳躍。そのまま前方宙返りをする勢いで踵落としをお見舞いする。

頭頂部に踵を食らい、レンガ造りの路面にクレーターを作りながらうつ伏せの状態で叩きつけられるミカ。

 

「おおおおおりゃあああああ!!」

 

重力、全体重、腰部分のスラスターからの噴射、そして渾身の力を込めて、ゴツいガントレットを更にゴツく変形させミカの背中に右の拳を振り下ろす。

腹まで響く重低音と共に、衝撃で周囲の路面のレンガが粉々に粉砕され、舞い上がり、地面にクモの巣状の罅が入って大きく陥没した。

これまでと比べ遥かに高い威力に、流石のミカも一時的に動かなくなる。

 

「ちっ、やっぱそれなりに戦い慣れてるな」

 

舌打ちし、忌々しいと言わんばかりの視線を送りつつ、そんな評価を下すガリィを次の標的とし、ミカをそのままに響は走り出す。

ガリィは両手に水を纏わせ、そこから銃弾のように小さな水球を飛ばすが、響には当たらない。高速でジグザグに動き的を絞らせないようにしながら、確実に間合いを詰める。

 

「この、調子に乗んな!」

 

一気に手が届く距離まで迫った響を迎撃しようと、右手に纏わせていた水を鋭い氷の刃に変え、その喉元目掛けて刺突を繰り出してきた。

対する響は、踏み込みながら前傾姿勢になって刺突を掻い潜って回避しつつ、ガリィの右腕に左拳をかぶせるように振り回す。

一瞬、ガリィの右腕と響の左腕が十字に交差する。

プロボクサーや格闘技に詳しい者が見たら、誰もが惚れ惚れしてしまうほどに美しい、クロスカウンターが綺麗に決まり、ガリィが吹き飛んだ。

 

「アハハ、ガリィみっともないゾ」

「......うるっせぇ! 人のこと言えねぇだろが!!」

 

しかし、人形達は痛みがないのか、平然と立ち上がってきて、響は歯噛みした。

 

(やっぱり普段私達が同調する時みたいに、異様にタフになってる?)

 

たぶん痛みがないだけで、多少は効いてると思いたい。

額に流れる汗を拭う余裕もない。響にとって先の攻防はギリギリだった。敵の一挙手一投足に全神経を注ぎ、隙を見つけて、叩き込んでやった攻撃なのに。

 

「今度はミカの番だゾ」

「お返ししてやるよ」

 

ミカとガリィが同時に動く。

 

(速いっ!)

 

爆発的な速度で突っ込んでくる二体の動きに神経を研ぎ澄ます。

先程のタフさ、この速度からして、攻撃力もかなり高くなっていると予想されるので、攻撃は受けたり防ぐのではなく、全て躱すことを心掛ける。

弦十郎との訓練を思い出しながら響は回避に徹する。体捌きは風のように、流れる水のように、それを強く意識した。

振り回される氷の刃を屈んで躱す、薙ぎ払われる赤い水晶の間合いから僅かに距離を置く、突き出された鉤爪を半身になって避ける。

柔よく剛を制す。その言葉を体現した動きで、二体のオートスコアラーから生まれる暴力の渦を紙一重でひらすらやり過ごす。

 

「全然当たらないのはつまらないゾ!」

「チョコマカと!」

 

苛立ったような声の後に、二体同時に大振りかつ雑な攻撃──上段からの振り下ろしが来たのでバク転で躱し、両足が地に着いた瞬間前へと踏み込み、

 

「せいっ!!」

 

裂帛の気合と共に両の拳をそれぞれの胸部に突き出した。

 

「...っ!?」

 

だが、拳に返ってきたのは先程とは異なる感触。硬い壁を殴ったような感覚に戸惑う前に見たのは、拳は障壁に阻まれ胸部に達していない事実。

 

「ったく、手間の掛かる」

「やっと捕まえたゾ」

 

左腕をガリィが両手で、右腕をミカが右手で掴まれる。

 

(しまっ──)

「そーれっ!」

 

ミカが響の腕を掴んだまま、もう片方の手で握った赤い水晶を無造作に振るい、それが右脇腹に打ち込まれ、

 

「がぁっ!」

 

苦痛の声を上げ、響の体はバットで打たれたボールのように吹き飛び、街路樹にぶち当たり、そのまま街路樹をへし折って近くの建物──近所のマンションの外壁に激突し、穴を空けて姿が見えなくなる。

 

「響ぃぃぃぃ!!」

 

未来が叫びながら、壁をぶち抜かれたマンションに駆けつけ、穴を潜り抜けマンションのエントランスに進入した。

 

「響、大丈夫!? しっかりして!」

「...へ、へいき、へっちゃら」

 

瓦礫に埋もれていた響がよろよろと立ち上がる。

 

「響逃げよう! 一人じゃいくらなんでも無理だよ! "向こう側"の力に気づいてきっとカズヤさん達が応援に来てくれるはずだから、それまで逃げ──」

「ダメ」

 

泣きそうな顔と声で訴える未来を遮り、彼女ははっきり告げた。

 

「オートスコアラーは、あと二体いる。もし別の場所で既に戦ってたら、応援は期待できない」

「そんな...!?」

「だから私が戦ってる間に、未来は皆を連れて逃げて」

 

愕然とする未来をやんわり押し退け、響はダメージを受けた右脇腹に顔を顰めながら、穴を潜り抜け外に出る。

 

「...響...」

 

震える声で名前を呼ぶが、彼女は振り返らない。

 

「待って、行っちゃダメ、ダメだよ響ぃ...」

 

追いかけるが、オートスコアラーに向かって走り出した彼女に追いつける訳がなく、それが己の無力を示しているようで、途中で立ち止まってしまう。

力の差は素人目にも明らかだ。

響がどんなに奮戦しても、疲労するしダメージも溜まる。なのにオートスコアラーには疲労どころか痛覚すらない可能性が高い。そんな相手に──しかも"向こう側"の力で強化されているのに──彼女一人でいつまでも持つ訳がない。

更に相手の攻撃は強力だ。たった一撃が致命的なものだというのは、今ので証明されてしまった。

これでは勝負にならない。しかし敗色濃厚なのに、彼女は決して逃げようとしない。

何故なら彼女には負けられない理由があるから。

自分がいくら傷ついても、守りたいものがあるから。

だから響は止まらない。退かない、諦めない。

 

「響...」

 

視界の奥にて、響はオートスコアラーとの戦いを再開した。だが、先のダメージのせいか、彼女の動きが鈍い。そして鈍った彼女に容赦するほど、敵は甘くなければ慈悲深くもなかった。

 

「アハッ、アハハハハハ! さっきの勢いはどうしたよ!?」

「キャハハハハハハ! その程度だとすぐに壊れちゃうゾ! まだ試したいことがあるから簡単に壊れないで欲しいゾ!!」

 

耳障りな人形達の嗤い声が鼓膜を叩き、人形達が嗤い声を上げる度に響が傷ついていく。

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

未来が絶叫を上げても人形達は聞こえないのか、無視しているのか、響への攻撃は止まるどころか激しくなる。

 

 

やめて。

誰か響を助けて。

私の大切な親友を傷つけないで。

 

 

涙が溢れて頬を濡らし、視界を滲んで歪む。

刹那──

 

 

「やめさせたいなら、自分でやめさせればいい」

 

何処からか声が聞こえてくる。

 

「助けたいなら、自分で助ければいい」

 

視界はいつの間にか、虹色の極彩色の世界へと変わっていた。

 

「私の大切な親友を傷つけられたくなければ──」

 

目の前に突然、光を伴い大きな鏡が現れ、そこに映る自分が言う。

 

「「私が響を守る為に戦えばいい」」

 

二人の未来の声が重なる。

続けて未来は口を開く。

 

「力が欲しい」

 

響を助ける為の、響が守りたいものを守る為の、力が欲しい。

鏡の中の未来は応える。

 

(あなた)は既に力を持ってるよ」

 

かつてカズヤが言ってくれた言葉を思い出す。

 

 

『お前は自分自身がなりたいと思う自分を思い描くんだ』

 

 

教えてくれた通り、自分がなりたい自分を思い描く。

 

 

『そう。そうすればきっと、いざって時にお前のアルターはお前の助けになる...必ずだ...!!』

 

 

(あなた)はどんな(あなた)になりたいの?」

 

鏡の向こうから投げ掛けられた質問に、未来は即答した。

 

「私は、私は!」

 

思うがままに、胸の奥で膨れ上がる熱い衝動のままに、魂が望むがままに咆哮する。

 

「私は響を、カズヤさんを、皆を守りたい! 私が愛する人達全てを、その人達が守ろうとしているもの全てを、全部、全部守れるようになりたい!!!」

「だったらなろう。理想の(あなた)に」

 

目覚めた力が全身を駆け巡っていく。

歌おう。この胸に宿る熱い想いを歌にして。

そしてこの世界に私の(エゴ)を具現化しよう。

 

 

 

 

 

「Rei Shen shou jing rei zizzl」

 

 

 

 

 

本部にて再びアラートが鳴る。

 

「新たに高レベルのアルター値を検知!」

「何だと!? カズヤくん達はまだ到着していないのにか!? まさか新手のオートスコアラーか!?」

 

朔也の報告を受け、弦十郎がどういうことだと疑問を声にした時、更にけたたましいアラートが重なった。

 

「今度は何だ!!」

「空間の位相変化を確認、かなり小規模ですが、"向こう側の世界"への扉が開いています!」

「何故"向こう側"への扉がここで開く!?」

 

戸惑うあおいの声に司令部は混乱に陥った次の瞬間──

 

「アウフヴァッヘン波形を確認...これは、嘘だろ!?」

「どうした!?」

「神獣鏡です!!」

「何!?」

「神獣鏡のアウフヴァッヘン波形なんですよ!!」

「神獣鏡...だと...?」

 

信じられない、何故失われたシンフォギアが、と誰もが狼狽えた。

そして、モニターから発せられた目映い虹色の光が司令部を満たす。

 

 

 

 

 

翼がかなり乱暴にバイクの車体を傾けつつ、耳を劈く甲高い音を立て急停止する。

車を運転するマリアも翼同様、車のタイヤに悲鳴を上げさせアスファルトにタイヤ痕を残し、強引に停めた。

 

「あの光は...」

 

翼が運転するバイクの後ろにノーヘルで乗っていたカズヤは、バイクから降りると固まってしまう。

隣でバイクから降りた翼も同じように固まる。

車からも皆降りてきて、やはり固まった。

皆で呆然と見つめるのは、光の柱だ。

響が戦っているであろう場所から、天を貫かんばかりに虹色の光が柱となって昇っていく。

 

「...未来」

 

全てを察して名を呟くカズヤの右腕全体に、電撃を食らったかのような痺れが走る。

 

「これが、"向こう側"を見た未来の力か」

 

それは、あの場所──光の柱から発せられる力に共鳴するような、まるで同胞の誕生を歓喜するかのような、甘い痺れだった。

 

 

 

 

 

【覚醒 (エゴ)を映す鏡】

 

 

 

 

 

「がっ...あ、あっ...!」

 

ガリィに片手で首を絞められ、宙吊りにされた状態で藻掻き苦しんでいた響の視界の端で、目を灼くほどの閃光が生まれる。

何事かと思い、ガリィが視線をチラリとそちらへ向けたその時、紫の光が響とガリィの間を通過した。

 

「は?」

 

間抜けな声を漏らすガリィの右腕──響の首を絞め上げていたそれの肘関節部が破壊され、弾けて、吹き飛ぶ。

 

「な、な、何が...」

「ゴホッ、ゲホ、ゲホッ」

 

乾いた音を立て、己の右腕が路面に転がる光景を視界に捉え、肘から先がなくなって呆然とするガリィ。

首を絞められ宙吊り状態だった響が解放され、地面に崩れ落ち四つん這いになって激しく咳き込む。

 

「お前がそんな力を持ってるなんて、聞いてないゾ」

 

ガリィの近くにいたミカがやや警戒するように低い声を出す。

咳き込みながらも響が顔を上げたそこには、未来が立っていた。

しかしその姿は、先程までの学院指定の夏服ではない。

その姿はシンフォギアだった。

神獣鏡のシンフォギアにしか見えなかった。

かつてフロンティア事変の時に見た、神獣鏡のシンフォギアを纏った姿と全く同じ。以前と唯一異なるのはバイザーが存在しておらず、その素顔が晒されている程度。

 

「シンフォギア...?」

「違うよ響」

 

小さく首を横に振ると、真っ直ぐ伸ばした右腕──ガリィの腕を破壊した光を放ったと思われる右手の人差し指──を下ろし、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「カズヤさんと一緒だよ。これはアルター。"向こう側"を見た私自身の力。響を、カズヤさんを、皆を守る為の力」

「...あ、アルター?」

 

こくりと頷くと、未来の全身から淡い虹色の光が放たれ、足下の路面の一部が消滅し虹の粒子となる。更に虹の粒子は集まると、未来の周囲に円形の鏡として形成され浮遊した。その数は十枚。

虹の粒子は右手にも集まり、アームドギアのような扇子となる。

 

「アルター能力...ホントに、カズヤさんと同じだ...」

 

驚愕で目を見開きポツリと言葉を紡ぐ響から、視線をオートスコアラーに移し、射殺すように鋭く睨む。

響に向けていた笑顔が、秒で敵意に満ちた表情へと変わった。

未来から放たれるプレッシャーに気圧され、ガリィとミカは思わず怯み、後退る。

 

「許さないから」

 

無機質、無感情な声でそう告げると、周囲に浮かんでいた十枚の鏡から紫色の閃光が放射された。

咄嗟に二体は障壁を張り光を防ぐが、

 

「無駄だよ、そんなもの」

 

熱したナイフをバターに突き刺すように、光は障壁を容易く貫き、人形の体を貫通し、風穴を開ける。

たとえ響の拳を難なく防ぐ錬金術由来の防壁であったとしても、神獣鏡の"魔を祓う力"の前では無力。そこらのコンクリートの壁の方がまだマシというレベルだった。

 

「ガリィ、ヤバいゾこいつ。超強いゾ」

「クソッ、こんな化け物がいるなんて聞いてねぇ!」

「化け物はそっちでしょ」

 

ホバークラフトのように浮き上がってから、一瞬で間合いを詰めた未来は、体を時計回りに一回転させつつ扇子を畳んだ状態で横薙ぎに振り払う。

あまりの速度に反応できないミカの右脇腹──響が最初にミカから食らった場所──に扇子がめり込んで、吹き飛んだミカがガリィを巻き込み、二体纏めて無様にレンガ造りの路面に転がっていく。

その様を一瞥してから、未来は座り込んだまま呆然としている響に向き直ると、視線の高さを合わせる為に屈み愛しげに抱き締めた。

 

「ごめんね響。こんなにボロボロになるまで待たせちゃって。でも、もう大丈夫。これからは私も戦うから、響やカズヤさんが私達を守る為に戦うように、私も皆を守る為に戦うから。痛いのも、苦しいのも、悲しいのも、傷つくのも、もう絶対に響達だけに背負わせない」

「未来...」

 

吐息のかかる至近距離で見つめ合う二人の幼馴染み。

 

「誰が何と言おうと私は戦うよ。だって私は、この世界に己のエゴを具現化するアルター使い、神獣鏡を持つ小日向未来なんだから」

 

その真剣な表情と、言葉に込められた決意、そして覚悟を決めた眼差しに、響は何も言えなくなってしまう。

だけど、彼女の燃えるような熱い想いはしっかりと胸の奥まで響いてきて、響は妙に納得する。

 

「その言い回し、なんだかちょっとカズヤさんみたい」

「当然でしょ。どれだけ影響されてると思ってるの? ていうか、そんなこと言ったら響だってカズヤさんみたいな時があるんだからね」

「アハッ、そうだね」

「そうだよ、ふふ」

 

未来はコツンと響の額に自分の額を当てた。

どちらともなく笑い出す無防備な二人に向かって、いくつもの氷の槍と赤い結晶が飛来する。

 

「未来!」

「平気」

 

焦る響に短く応える未来の周囲に浮遊していた十の鏡達が、光を発しながら融合し一つの大きな鏡になると、飛来する攻撃を全て受け止め、

 

「返すよ」

 

反射──宣言通り跳ね返す。自らが発射した攻撃に打ちのめされ、二体の人形は再び転倒した。

 

「クソッ!」

 

残された左腕を使い起き上がると、アルカ・ノイズが封じ込められた黒い宝石をガリィが大量にばら撒く。

赤い光と共にアルカ・ノイズの群れが召喚され、響と未来に殺到するが、

 

「それも無駄」

 

響から離れガリィ達に向き直った未来は、指一本も動かすことなく、全てのアルカ・ノイズを睨み付けただけで虹の粒子と化し霧散させる。

 

「なぁっ!?」

「聞いてなかった? 私はカズヤさんと同じアルター使い。ノイズなんて効かないよ」

「く、撤退だ!!」

「マスターにこいつのこと報告だゾ」

 

オートスコアラー達が状況不利と判断した時、

 

「誰が逃がすか! 衝撃の、ファーストブリットォォォォッ!!」

 

突如上空から突撃することしか知らない(バカ)が降ってきて、ミカを叩き潰し、巨大なクレーターを作った。

 

 

 

 

「ミカッ!?」

「次はテメェだギザッ()ァ! 仲良く潰してやるからそこを動くんじゃねぇぞ!!」

 

クレーターの中心でうつ伏せに倒れたミカを踏み越え、助走をつけてから拳を地面に打ち付け、その反動で跳躍。

右肩甲骨に発生している赤い羽根。残り二枚の内一枚が砕け散る。

 

「撃滅のセカンドブリット!!」

 

翡翠色のエネルギーが噴射し、それを推進力に利用してガリィ目掛けて一直線に突っ込む。

 

「おおおおおらあああああ!!!」

 

空中で反時計回りに一回転し、遠心力を加えた拳を振り回す。

しかし──

 

「させません。"シェルブリットのカズヤ"」

 

そこへ立ちはだかるのは剣を構え防御の姿勢を取るファラ。ガリィを庇うように障壁を展開し、拳を受け止める。

以前粉々にしてやった顔面はすっかり元通りだった。

 

「テメェも纏めて粉々にしてやらぁっ!!」

 

何故か"向こう側"の力で強化されていない為、障壁に少しずつ罅が入り、やがて砕け散るが、今度は剣の腹で拳を受け止められてしまう。

そしてファラは、あえて拳の威力に逆らわず、レンガ造りの路面をヒールで抉りながら後ろに下がることで凌ぐ。

 

「レイア!」

 

続いてファラが姿を見せないレイアに合図を送れば、ファラ、ガリィ、ミカのそばに何かが投げつけられ、それが地面にぶつかると光を発して三人が消えた。

 

「...ちっ、空間転移か...」

 

逃がした、という事実にカズヤは眉を顰めたが、今はそんなことよりも大切なことがあると思い直し、響と未来の二人に振り返れば、シンフォギアを纏った奏達が二人に駆け寄ってきたところだった。

 

「響、未来、大丈夫かい?」

「未来が助けてくれたのでへいき、へっちゃらです!」

「と、響は言ってますが、念の為後でお医者さんに診せてください」

 

先頭の奏がまず問い掛け、二人の無事を確認し、元気な姿に安堵の溜め息を吐く。

翼、マリア、セレナも安心したのか、緊張感が解れて誰もがアームドギアを仕舞う。

なお、奏達がカズヤより到着が若干遅れたのは、安藤、板場、寺島の三人や他の一般人を避難誘導をしていた為だ。

皆の所へカズヤが歩み寄り、まず響のそばで片膝を着き、彼女の頭に右手を載せた。

 

「大丈夫か?」

「はい、私、元気です!」

「そんなボロボロの姿(ナリ)で何言ってやがる、ったく」

 

呆れた口調ではあるが、響の無事を喜ぶカズヤはそのまま彼女を頭を撫でる。

シェルブリットの硬い装甲に覆われた手でありながら、それはとても温かくて心地良くて、響は目を細めた。

やがてカズヤは響の頭から手を離し立ち上がると、隣に立つ未来に目を向ける。

 

「...それが未来の理想を実現する為の姿か」

「はい。どうですか?」

「なかなか似合ってるぜ...良いと思う」

 

ニヤリと唇を吊り上げ返答すれば、彼女は少し照れ臭そうに頬を染めつつ、花が咲くような笑みを見せて......不覚にもカズヤは見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

その後、現場の事後処理を緒川の部下達に任せ、皆を引き連れ本部に移動し、早々に響を医療班に押し付けた。

ちなみに安藤、板場、寺島の三人は()()()()()()()()()()()に関して誓約書等を書かされることになり、緒川が付きっきりで対応することに。

オートスコアラーの撃退に成功したのか、それとも逃がしてしまったのか、どちらとも言えない結果で終わった戦闘で得たものといえば、ガリィの右腕だけ。とりあえず解析する為に専門の部署に回されるらしい。

医療班から響が解放されるまでの間、カズヤと未来の二人は、合流を果たしたクリスと切歌を含めた装者達と、弦十郎率いるオペレーター陣、フィーネとエルフナインから質問攻めに遭いそうになったが、響が戻ってくるまで待ってくれとお願いし、時間をもらうことにした。

やがて入院着の格好をした響がやって来て、大事には至らないと判明し胸を撫で下ろすと、未来が皆に語り出す。

 

 

 

「皆さんもご存知の通り、私はフロンティア事変の時にカズヤさんと"向こう側の世界"に行きました。もうお察しか思いますが、それがアルター能力に目覚めた原因です」

 

静かな口調で切り出す未来から目配せされる。補足があったら口出ししてくれということだろう。

 

「実はフロンティア事変以降に前兆はありました。たまに、"向こう側の世界"を垣間見る夢を見て、最初はあまり気にしてなかったけど、何度も何度も同じ夢を見るから、不安になってカズヤさんに相談して......ごめんなさい、今まで皆さんに秘密にしてました」

 

真摯に謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。

 

「秘密っつっても、能力を発動させたのは今日が初だ。秘密にしてた理由も、本当にアルターに目覚めたか確証がなかったからなんだ。ホントは能力なんてなくて、単に夢を見てたって可能性が捨て切れなかったし、もしそうだとしたらただの赤っ恥だ。だから秘密にしてたんだよ」

 

付け加えると、未来は凄い勢いで首を縦に振る。

そんな彼女の様子を見て、腕を組んで話を聞いていた弦十郎は豪快に笑い飛ばした。

 

「なるほど! 未来くんの事情はよく分かった。確かに、あるのかないのか分からない状態で安易にあるとは言えんしな......しかし」

 

一旦区切ると、口調が厳かなものへと変わる。

 

「今日の襲撃で未来くんにはアルターがあると判明した。しかも、装者やカズヤくんに匹敵するほど強力な能力だということも。このことについて、今後はどうするつもりかな?」

「私も皆と一緒に戦います」

 

迷うことなく未来は即答した。

 

「響にも言いましたけど、私は誰が何と言おうと戦います。私が大切だと思う人達を守る為に。私のアルターは、その為に存在するんですから」

「...」

 

誰にも文句を言わせるつもりはない、とばかりに強い口調で断言する未来。

強靭な意志を宿した眼差しを正面から見据え、弦十郎は数秒ほど黙考した後、優しく微笑んでから鷹揚に頷いた。

 

「どうやら決意は固いようだ。分かった、ならば本日付けで、未来くんは民間協力者からS.O.N.Gの正式なメンバーだ。扱いは装者やカズヤくんと同等とする。新しい仲間として歓迎しよう!!」

「ありがとうございます!」

 

ペコリと頭を下げた未来に拍手の雨が降り注ぐ。

改めてこれからよろしく、と皆が声を掛け、未来がよろしくと返す。

心強い仲間が加わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

「じゃあ、早速未来さんの二つ名を考えるデース!」

 

急に何言ってんだこいつ? という訝しむ視線が切歌に集まったが、彼女はフッフッフッ、不敵に笑うとこう続けた。

 

「カズヤにはアルター使いとしての二つ名、"シェルブリットのカズヤ"というのがあるデス! だから未来さんにもそんな感じのカッチョいいのを皆で考えるデスよ! 折角アルター使えるようになったのに何にもないのは寂しいデスからね!」

 

いかにも『私凄いこと言ったデス! 名案デス!』とふんぞり返る切歌の態度に、当の本人である未来は「は? は?」と困惑しているだけ。

 

「はいはい! ならさっき未来が自分で『神獣鏡を持つ小日向未来』って言ってました!!」

「響っ!?」

 

テンション高めの響が元気良く挙手しながら告げれば、自分の発言を思い出し羞恥で顔を赤くした未来が悲鳴を上げる。

 

「なんと!? 既に自分で考えてたデスか! 流石未来さんデス!」

「やめたれ」

 

侮れないデースとぶつぶつ言ってる切歌にクリスが注意するが、半笑いの彼女には説得力が全くない。

こうなると皆が悪ノリし始めるのは、最早いつものことだった。

誰もがニヤニヤしながら勝手なことを言い出す。

 

「二つ名としてはちょっとそれ長い気がするね」

「フルネームではなく、苗字か名前だけにすればいいのでは?」

 

奏の意見に翼が頷きつつ短くするよう提案。

 

「"を持つ"ではなく、カズヤみたいに"の"にしたら?」

「接続詞を変えるのもいいかもしれませんね」

 

至極真っ当なことを言ってるようだが、顔が笑ってるマリアとセレナ。

 

「ちなみにアルター使いに二つ名って多いの?」

 

純粋に疑問に思った調。

 

「二つ名っつーより、名乗りだな。"エタニティ・エイトの橘あすか"とか、"絶影を持つ劉鳳"とか、自分から名乗るやつには、基本的にアルター名プラス能力者の名前、『何々の誰それ』が多かった。その方が分かり易いし覚え易い。勿論例外はあるぜ。"崖っぷちのマクスフェル"とか、"常夏の真実『バーニングサマー』"とか」

「カズヤさん、そこら辺で止まってもらっていいですか?」

 

トマトみたいになった未来がプルプル震えながら懇願したが、カズヤはイタズラが思いついた悪ガキのような笑みを浮かべて無視。

 

「俺としては"神獣鏡を持つ未来"に一票──」

「黙ってください!!」

 

思わず未来は自分の学生鞄をカズヤの顔に向かってぶん投げる。

なお、二つ名についてはこの後に本人が激しい抵抗を見せたことで有耶無耶となったが、弦十郎や緒川、朔也などの男性陣からは「心踊るな」「わくわくします」「二つ名とかってやっぱ格好良いよね」という風に二つ名を付けること自体は概ね好感触だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ その2

 

翌日。

放課後、本部のトレーニングルームにて、カズヤは神獣鏡を発動させた未来を上から下まで、しげしげと観察してから言った。

 

「しかし、いきなり融合装着型と具現化型の複合型とは思ってなかった」

「? どうしてですか? シンフォギアをアルターで再現するなら、身に纏うインナーとプロテクターが融合装着型、アームドギアが具現化型に相当すると思うんですけど」

 

首を傾げる未来に、彼はそうじゃなくて、と説明する。

 

「もうちょい段階踏むと思ってたんだよ。第一形態は具現化型でアームドギアだけ。融合装着型はその次の形態、って感じで」

「ああ、そういう意味ですか」

「だが、考えてみればそもそもシンフォギアの見た目が融合装着型の最終形態とあんま変わらんから、それが第一形態で間違ってないのか」

「う~ん、でもたぶん使い分けできますよ? 全身をアルター化させなくても扇子と鏡出せそうな気がしますし」

「マジか? やってみ」

 

一度完全に能力を解除してから、扇子と鏡──アームドギアに相当する部分のみ発動できるかやらせてみせると、

 

「......意外と簡単にできますね」

 

制服姿で扇子を片手に、周囲に鏡を浮遊させる未来。

 

「その状態が本来なら第一形態に当たるのか?」

「たぶん、そうだと思います。だって全身をアルター化させるより楽ですよ、これ」

「やっぱりな」

 

自身の考えが当たらずとも遠からず、という結果に満足気なカズヤに、未来はおずおずと尋ねる。

 

「ところで、今日は主に私の力を計る、ってさっき言ってましたけど、何するんですか?」

「模擬戦」

「模擬戦、ですか。私と誰が?」

「暫く見学しかできない響以外なら誰とでもいいぜ」

 

カズヤが指で差し示すそこでは、響を除いたシンフォギア装者全員が、既にギアを纏いアームドギアを携えて闘志を漲らせていた。

響は昨日の今日なので見学。部屋の外から窓越しに手を振っている。

 

「ちなみにこん中で一番強いのはカズヤ第二形態を抜きにすりゃぁ、あたし様だ。最近のリーグ戦じゃ、カズヤ以外には負けなしだからな!」

 

自慢気に胸を張るクリス。その際、ぶるんっ! と大きな胸が揺れたのを見て、未来は少しイラッとする。

だが、イラッとしたのは彼女だけではなかった。

 

「調子に乗るなよ雪音! 結果は確かにそうだが、あれは辛勝、紙一重だったではないか!」

 

翼がクリスに噛みつく。よほど悔しかったのか、目付きがヤバいくらいに鋭い。今にも再戦を申し込みそうだ。

 

「負け惜しみ言うなよ。結果が全てだって、先輩」

「ならばもう一度私と勝負しろ......今こそ前回の雪辱を果たす」

「連敗して泣く前にやめといた方がいいって」

「何だ? 勝ち逃げか? 勝った相手に次は負けるのがそんなに怖いか?」

「っんだと!?」

 

互いに頭突きするかのように額を擦り付けて睨み合うクリスと翼に、未来を除いた誰もが『また始まった』と呆れる。

 

「あいつらいつもあんな感じなんだよ」

「なんでですか?」

「さあ? 張り合いがあるんじゃね?」

 

ちなみに他の組み合わせとして、奏とマリア、奏と翼、奏とクリス、翼とマリア、マリアとクリス、マリアとセレナ、というのがよくあったりする。割りと皆負けず嫌いだ。

肩を竦めてみせてから、カズヤは首に垂らしていたホイッスルを咥えて吹く。

ピィィィィィッ、という音が響き渡り、クリスと翼がカズヤの方に向く。

 

「今日の主役を忘れるなって。戦うのも選ぶのも未来だ。お前ら二人はやりたいんだったら後にしろ」

「...命拾いしたな、雪音」

「その言葉、弾丸に熨斗付けて送り返してやる」

「...」

「...」

 

同時にバッと離れて、ジャキッとアームドギアを構え切っ先と銃口を向け合う二人。

 

「人の話聞いてんのか!?」

 

誰よりも人の話を聞かない奴に言われてしまった二人は渋々アームドギアを下ろす。

 

「で、どうする? 誰とやる?」

「じゃあ私、クリスと戦います」

 

カズヤが振り返り質問すると、未来は淡々と答えた。

 

「よく言った小日向。私と月読の怨み、そして自分の分も含めて晴らすがいい」

「...」

「なんでそこで私の名前も......あ! まさか翼さん、ちょっと!」

 

去り際、ジト目になりながら改めて全身をアルター化させた未来の肩に手を置き、調の追及をスルーして翼はトレーニングルームを出ていった。

 

「じゃ、やるか」

「お手柔らかに」

 

向かい合うクリスと未来の二人は、僅かに腰を落とし、臨戦態勢に。

 

「制限時間は十五分。基本的にルールは特になしだが、絶唱は禁止。あ、未来だけは"魔を祓う力"もなしだから。降参する、気絶する、もしくは審判の俺が勝負ありと判断したら即試合終了な。ホイッスル吹いたら試合開始だ。ということで、レディー」

 

ピィィィィィ!!

 

 

 

 

 

五分後。

 

ピィィィィィ!!

 

「......手も足も出ねぇ」

 

そこには、仰向けに大の字で倒れた状態で、天狗の鼻っ柱をへし折られたクリスの姿が。

 

「まー、イチイバルは神獣鏡に対して相性最悪だろ。飛び道具全部跳ね返されりゃ、な」

 

クリスの主な攻撃手段である銃火器──拳銃、散弾銃、ガトリング砲、ミサイルの類いなどは、一切通用しなかった。全部鏡に反射(リフレクト)されてしまうのだ。

対して、未来はビームなのかレーザーなのか知らないがバンバン撃ってきて、攻撃を跳ね返されてしまうクリスは見事完封負け。

 

「反則だろ...」

「その意見には同意する」

 

ガックリと肩を落としてすごすご退室するクリス。

入れ替わるように嬉しそうな翼がやって来た。

 

「ここで私が小日向に勝てば、雪音を超えたということになるな!」

「...」

 

即フラグを立てる翼にカズヤは何も言うことができない。声には出さないが、内心『天然の芸人気質だな』と思った。

部屋の外から「相性が悪いだけだ! じゃんけんで負けてるだけだあたしはぁぁぁぁ!!」という叫びが聞こえてくる。

 

「次、翼さんですか?」

「翼がやる気になってるんだが、少し休憩挟むか?」

「いえ、大丈夫です」

「知っての通り、遠距離戦に特化した雪音と違い、私は近距離戦に特化している。先のような飛び道具を反射する攻防一体の鏡は通じないと思ってもらおうか」

 

刀を構える翼と、構えずに自然体で佇む未来。二人の準備が整っていることを確認して、ホイッスルを吹いた。

 

 

 

 

 

七分後。

 

「ぐはっ!!」

 

背中から壁に叩きつけられた翼が、そのまま前のめりに倒れ、ピィィィィィ!! というホイッスルが鳴り響く。

 

「フラグ回収お疲れ」

「...やかましい...」

 

うつ伏せのまま恨みがましい低い声が返ってきた。

 

「ま、クリスよりはマシ、って感じだったな」

「接近したと思ったら、予備動作なしで小日向を中心に円形状の光が広範囲に......あんなもの、どう対処すればいいんだ」

「ダメージ覚悟で構わず突っ込む」

「吹き飛ばされずにそれができるのはお前だけだ」

 

遠距離攻撃が効かないどころか仇となる、ならば接近戦。翼の選択は間違ってないが、未来は間合いを詰められると、自身の周囲に光を広範囲に放射して相手を吹き飛ばす技を持っていた。カズヤも過去に散々苦しめられたものである。翼は何度もトライしたが、結局これの攻略ができず、最終的には極太ビームを食らって敗北を喫することになったのだ。

うつ伏せから正座となり一旦姿勢を正すと、翼はそのまま未来に頭を下げた。

 

「御見逸れしました」

「翼さんの動き速いから、何度か危なかったです」

 

疲れたように未来は溜め息を吐く。高い機動力を利用し、接近戦における俊敏さと小回りの良さを持つ翼の相手はそれなりに疲れるらしい。ここで一旦彼女を休憩に入らせる。

その後、奏とマリアが勝手にガチの勝負を始めたり、くじ引きで誰と誰が戦うか決めたり、そんなこんなでその日の訓練を終えた。

 

 

 

「とりあえず今日一日使って、未来が響を除いた全員と軽く模擬戦した結果がこれだ」

 

手渡されたA4サイズの紙を受け取り、記載された内容に弦十郎は驚き目を細めた。

 

 

未来 ○ ─ × クリス

未来 ○ ─ × 翼

未来 ○ ─ × セレナ

未来 ○ ─ × 切歌&調

未来 ○ ─ × 奏

未来 ○ ─ × マリア

未来 ○ ─ × カズヤ

 

 

誰 も 勝 て て な い !

 

 

「カズヤくん、これは──」

「言いたいことは分かる。だから皆まで言うな。俺達全員、ぽっと出の新人に先輩風吹かせてやろうとしたら見事に返り討ち、フルボッコだ。笑えるだろ?」

 

先輩の面目丸潰れである。

まあ装者で一、二を争う戦闘力のクリスと翼が負けた時点で結果は見えていたのだが。

 

「未来くんの力はそれほどか」

「正面から正攻法で勝つのはかなりムズいな。そもそも遠距離攻撃が効かねー、それどころか跳ね返してくる、接近戦仕掛けると吹き飛ばす技を使ってくる、この時点でだいたい察せるだろ?」

「...うむ」

 

遠距離攻撃が効かない、跳ね返してくるというのは確かに驚異だが、実は跳ね返されないようにする方法があったりするのをカズヤは気づいていた。しかもそれを実行できる可能性が高いのは、相性最悪と思われるクリスだったりするのだが、彼女が自分で気づくまで黙っていようと思っている。

 

「俺達の中で未来にあっさり勝てるとしたら、慎二だな。気配消して一瞬で間合い詰めて背後から気づかれる前に...完全に暗殺者のやり方だけど」

 

何故ここで緒川の名前が挙がるのか? と司令部で話を聞く誰もが疑問に思わない辺り、S.O.N.Gも大概な組織である。

 

「それに模擬戦は実戦とは別もんだ。あくまで訓練の域を出ねーし、俺も皆も本気ではやってるが全力じゃねー」

「それでも、やはりアルター能力者として未来くんの能力は高い、か?」

「当然だろ。アルターの強さは能力者の精神の強さ、もっと厳密に言えば抱えてるエゴの強さに直結してる。それだけあいつのエゴは、太くて硬くて暴れっぱなし、間違えた、強くてデカくて重いんだよ」

「エゴか...とても未来くんがそんなエゴイストには見えんのだがな」

「人は見掛けによらないってやつさ」

 

手をヒラヒラさせながら、報告はこれで終わりだとカズヤは踵を返す。

 

「ま、今回は未来さん大勝利で終わったが、次はこうはいかねーと思う。あいつら負けず嫌いだし、今日の模擬戦で未来の戦い方分かっただろうし......今頃リベンジマッチに向けて燃えてんだろ」

 

振り向き様に楽しそうに言って笑うと、カズヤは司令部を後にした。

 

 

 

 

 

なお、響と未来が聖遺物"魔剣ダインスレイフ"をアルター能力で分解、再構成すればギアに組み込めるんじゃないか? ということを思い出すのは模擬戦の二日後だったりする。




未来さんが放つフリーザ様のデスビーム的な攻撃でガリィの腕が!


アルター『神獣鏡』

・未来とカズヤが"向こう側"に取り込まれる寸前に分解された『神獣鏡のシンフォギア』が、粒子状になった未来と共に"向こう側"に取り込まれ、"向こう側"で未来の肉体が再構成される際に彼女の一部として内在したことで目覚めた力。もし、"向こう側"に取り込まれた際の状況が違えば、彼女は全く別のアルター能力に目覚めていたかもしれない。
・精神力の強さ、及びエゴ(未来の愛)の強さが能力の強さに直結している為、非常に強い。
・"向こう側の世界"を垣間見た為、そもそも能力者として非常に強力になっている。
・シンフォギアとしての機能を有しているので、歌唱によるバトルポテンシャルの向上が可能。映画を見ることでも強化や変化が可能。
・響とのユニゾンが可能(切歌と調のザババコンビのようなことが可能)。
・カズヤの"向こう側"の力と共鳴する。
・能力使用による代償は、本来なら使えば使うほど浸食に蝕まれアルター痕が全身に発生するものだが、定期的にカズヤの肉体の一部を取り込み進化し続けてきたことで、肉体そのものが"向こう側の世界"に適応し、浸食を問題としないレベルに達している。しかし、この段階で彼女はもう既にルル・アメルではなくなりつつある。





現時点での模擬戦ランキング

一位 未来
二位 カズヤ
三位 クリス
四位 翼
同着五位 響、奏
同着七位 マリア、セレナ
同着九位 切歌、調


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呪いの魔剣に希望を見出だして

ちょっと前にブチギレ案件発生したから更新遅くなったよ! 既に解決済みだからもう気にしてねーけど。(何のことか気になる方がもしいたら私の活動報告見てね)

ん? この話更新する前にR-18版(クリスちゃんメイン)の更新したじゃないかって?

き、聞こえんなぁ(震え)


「皆は、シンフォギアシステムにはいくつか決戦機能があることを知ってる?」

 

ブリーフィングルームにて白衣姿に伊達眼鏡をかけた調──ではなくその体を借りたフィーネが皆に質問を投げ掛ける。

 

「はい、カズヤくん! 答えてみて」

「知らねー」

「......あなた、本当に装者と一緒に戦ってるの?」

 

ビシッ、と教鞭の先端を向けられたカズヤが首を傾げて即答すれば、フィーネは頭を抱えて項垂れた。

 

「はいはい了子さん!!」

 

響が元気良く立ち上がりながら、ピーンと真っ直ぐ腕を伸ばし挙手。

 

「はい、響ちゃん」

「これは簡単ですよ、カズヤさんとの同調です」

「はいブー! 響ちゃん、お手付き一回、装者本人なのに間違えたからマイナス百点ね」

「この会議って減点方式なの!?」

「響さん、今はシンフォギア独自の決戦機能についての話をしています。カズヤさんとの同調については切り離して考えてください」

 

調と同じ白衣姿のエルフナインが苦笑して告げれば、響はうーん? と腕を組んで首を傾げつつ席に着く。

 

「私も響さんと同じ装者なのに全然分からないデスよ!!」

「自らアホを晒け出していくスタイル」

「...」

 

何故か自慢気に立ち上がって胸を張る切歌に、カズヤが鼻で笑えば、彼女は無言で彼に飛び掛かり取っ組み合いを始めた。

 

「うお!? 痛ってぇ、やめろ! 噛みつくな!!」

 

ガシャンッ! とけたたましい音を立ててカズヤが座っていた椅子が倒れ、そのまま切歌にマウントポジションを奪われた。

カズヤの両隣をキープし座っていた響とクリスは、顔色一つ変えずに取っ組み合う二人から忍者のような動きでさっと距離を取る。

 

「バカ一号と三号は放置して話を進めるわよ」

 

目の前で暴れる二人をなるべく視界に入れないようにしつつ、フィーネが話を進めていく。

隣でエルフナインが若干引き気味に「...どうして誰も止めないんですか?」と至極当然のことを言い出すが黙殺。

 

「シンフォギアの決戦機能についてだけど、分かる人は何人いるかしら?」

 

学校の先生が生徒達に「この問題分かる人?」と問うように挙手を求めれば、響と取っ組み合いをしてる二人を除いて、この場にいる全員の手が上がる。

 

「じゃあ、はい。奏ちゃん」

「絶唱のことでしょ」

「はーい、大正解。花丸あげるわー」

「ああ、なるほど! 絶唱かぁ」

 

当たり前のことを当たり前のように答えた奏の言葉に、響はやっと納得してうんうん頷く。

 

「バカ一号と二号と三号はこれを機にしっかり覚えておいてね」

「いや、この場合は了子さんの決戦機能って言い方が悪いんだよ。切り札とかだったら一発正解してたはずだっての!」

「そうですよ、切り札だったら間違えません!」

「二人の言う通りデス! 問題の出し方に問題があったと断固抗議デス!」

 

頬に引っ掻き傷と首筋に歯形を付けられたカズヤが吐き捨てるように言って、バンッとデスクを両手で叩いて立ち上がった響がカズヤに同意を示し、カズヤの襟首を掴んで暴行していた切歌が動きを止めて叫ぶ。

 

「...口の減らないバカ共め...」

『フィーネ。カズヤが揚げ足取りに走って、二人がそれに便乗したら相手にしない方がいい。この三人、手を組むと凄い厄介』

 

喚き出す三人にフィーネは調の顔で眉間に皺を寄せ、調がフィーネにだけ聞こえる声でアドバイスを送る。

 

「おい、やべーよ。このままだと新参のエルフナインにすらその内バカ呼ばわりされるぜ」

「だったら私達は本当はやればできる子っていうのをアピールしましょう!」

「ちなみに言い出しっぺの響さんは何かプランがあるデスか?」

「.........バカなので何も浮かびません」

「ちなみに私も『ねぇよそんなもん』と言わせてもらうデス!」

「このバカ野郎共め! でも可愛いから許す」

「...私やっぱりこのままバカでいいや」

「もうバカでいいので話終了デース!」

「なんで急に機嫌良くなってんだ!? 諦めんの早ぇよ!」

 

三人が顔を寄せ合いコソコソと何か相談し始めたが、文殊の知恵には至らず。不毛なやり取りが一瞬にして終わった。

 

「ですが、シンフォギアには絶唱以外にも決戦機能が存在します。それはご存知でしょうか?」

 

三バカを全力でスルーし、フィーネに代わって話を進行させるエルフナインの問いに、今度は皆が揃って頭の上に疑問符を浮かべると、ブリーフィングルームのメインモニターにとある画像が映し出される。

 

「エクスドライブモード、限定解除形態のことです。皆さんはこれまでに何度か、カズヤさんとの同調を経てこの形態を稼働させています」

 

映し出されたのは、フロンティア事変にてネフィリムとの最終決戦で装者達が見せた姿だった。

 

「あれ? これってさっき言ってた『カズヤさんとの同調』に含まれる内容じゃないんですか?」

 

さっきこのこと言ったら不正解にされたのに、と納得いかないのか唇を尖らせる響。

すると、フィーネは肩を竦めてみせて、エルフナインは顎に手を当て考える仕草をする。

 

「まあ、実はさっきの響ちゃんの答えって当たらずとも遠からずなのよ」

「皆さんのシンフォギアはカズヤさんと同調することで、シェルブリットの形態に引きずられるようになっていることが考えられるんです」

「どういうことかバカでも分かるように解説してくれ」

 

未だに切歌にマウントポジションを取られているカズヤが仰向けのまま声を出す。

二人の解説を要約すると、こんな感じだ。

シンフォギアの限定解除形態、エクスドライブモードは、本来であれば通常ではあり得ない高レベルのフォニックゲインを獲得することでロックされていた機能が開放された姿とのこと。

その為、それを発動すること自体が奇跡を起こすことと同義なのだが、皆のシンフォギアはカズヤによって分解、再構成されたシェルブリットでもある。

故に、カズヤがシェルブリット最終形態を発動させ、その上で同調することで、最終形態に引きずられるようにしてエクスドライブモードが発動されているのではないか。もしくは最終形態を発動させたことで膨大に引き出される"向こう側"の力が、同調によりフォニックゲインの代わりになっているのではないか、という仮説だった。

 

「検証するにはサンプルデータが少ないから断言できないけど、エクスドライブモードを発動させる方法は恐らく二つ。一つ目は本来の方法である高レベルのフォニックゲインを獲得すること。これはフロンティア事変の時にマリアが世界中からフォニックゲインを集めてやって見せたわね。二つ目はカズヤくんが最終形態を発動させて同調すること。こっちはルナアタックでやって見せたでしょ?」

 

フィーネの言葉に従い、画像がパラパラと切り替わっていく。ウェディングドレスのような純白のギアを纏い顔を赤くして微笑むマリアから、ルナアタックでフィーネと最後に戦った時の五人の姿の画像へ。

 

「その仮説でいくと、条件を満たすことさえできれば、今後はもう俺がギアを分解、再構成しなくてもエクスドライブモードは発動するってことか?」

「その可能性は高いわ。けど......」

「けど?」

「皆のこの姿が、本当はエクスドライブモードとは異なる別の何かで、カズヤくんの分解と再構成という工程が必須だとしたら話は別よ」

「あー、どっちにしろサンプルデータが不足してて検証はできてない、仮説の域を出ない話ってことか」

「そういうことよん」

 

フィーネは「話を戻すわ」と呟き仕切り直すように一度顔の前でパンッと手を叩く。

 

「でね、シンフォギアシステムにはもう一つ......搭載されたシステムじゃないんだけど、こういうのがあってね」

 

次に映し出されたのは、デュランダルを手にした響の姿だった。

 

「これは、何?」

 

当時のことを知らないマリアが疑問を口にし、セレナと切歌も同様なのか不思議そうな表情となる。

 

「これは、聖遺物によってもたらされるシンフォギアシステムの暴走」

「暴走?」

「そう。当時、完全聖遺物デュランダルに接触したことで暴走状態に陥った響ちゃんは、破壊衝動に支配され、手にしたデュランダルで目に映るもの全てを破壊しようとした」

 

画像内の響の表情は憎悪と殺意に塗れており、とても普段の彼女とは似ても似つかない。むしろ面影すらないと言っても過言ではない。

 

「で、Project IGNITE(プロジェクトイグナイト)は、この暴走状態をダインスレイフで人為的に起こし、その上で制御することで暴走時のパワーを我が物にするシステムを組み込むことよ」

「おいフィーネ! お前まさかトンチキなこと考えてないだろうな!!」

 

立ち上がったクリスがフィーネに詰め寄り襟首を掴む。

 

「暴走を制御することで、純粋な戦闘力へ錬成変換し、キャロルへの対抗手段とする、これがProject IGNITE(プロジェクトイグナイト)の目指すところです」

 

そのすぐそばで冷静な声を響かせるエルフナインに皆の視線が集中した。

 

「モジュールのコアとなるダインスレイフは、伝承にある殺戮の魔剣。その呪いは、誰もが心の奥に眠らせる闇を増幅し、人為的に暴走状態を引き起こします」

「それでも、人の心と英知が、破壊衝動を捩じ伏せることができれば......」

 

ここで初めて、黙していた弦十郎が厳かに発言し、

 

「カズヤさんとの同調に頼らずとも、シンフォギアはキャロルの錬金術に打ち勝てます」

 

はっきりとエルフナインが断言する。

誰もが考え込むように黙り、ブリーフィングルームを沈黙が支配した。

クリスは鼻息荒くフンッ、と掴んでいたフィーネの襟首を離し、自分の席に着く。切歌とカズヤも示し合わせたように立ち上がって倒れた椅子を直し座る。

 

「......暴走を制御、ね」

 

デュランダルを握る響の画像を見つめるカズヤの声は、不安と心配が滲んでいた。

 

 

こんなやり取りがあった数日後に、未来がアルター能力に覚醒したのである。

 

 

 

 

 

【呪いの魔剣に希望を見出だして】

 

 

 

 

 

「んで、肝心要のダインスレイフをギアに組み込む件については、俺が聖遺物を分解、再構成すればいいんだっけ?」

 

本当にそれで大丈夫なのか? と懐疑的なカズヤにフィーネとエルフナインは力なく溜め息を吐く。

場所はいつものS.O.N.G本部内、ブリーフィングルーム。錬金術師キャロル一派の襲撃が始まって何度目になるかカズヤには分からない、いつもの会議である。

今回はS.O.N.Gに正式加入した未来も参加しており、響の隣に座っていた。

 

「未来ちゃん発案のやつね。現状、他に試せることってもうそれしか残ってないのよ」

「以前にもお伝えしましたが、ダインスレイフの欠片をギアにそのまま組み込むと、通常のギアを纏うことすらできません。調さんに起動実験を試していただきましたが、何を試してもギア側から必ず拒絶反応が出てしまいます」

「拒絶反応...シンフォギアが、いや、シェルブリットが呪いを受け入れないってことか」

 

唸るカズヤに二人は解説をする。

 

「そう、シェルブリットは光の力。ダインスレイフの呪いとは対極にあるようなものよ」

「もしかしたら属性の問題ではなく、シェルブリットが装者の皆さんを呪いから守ろうとしている可能性もあります。再構成された物質がカズヤさんの意思を反映していないとは考えられません」

「だからこそ、一度ダインスレイフの欠片をカズヤくんが分解と再構成を行うことで、ギアとの親和性を高めて拒絶反応を出ないようにする。未来ちゃんの案は実に理に適っているわ」

「同じように再構成された物質同士であれば恐らく拒絶反応は出ない、はずですので」

 

そう言いながら差し出されたのは、膿盆──外科手術の際に摘出したものを載せたりするソラマメ型の皿──であり、その上にはダインスレイフの欠片がいくつもある。

膿盆を受け取り、目を細め、じっと見つめてからカズヤは意識を集中させた。

淡い虹色の光が彼の全身から放たれ、その様子を皆が固唾を飲んで見守る。

ダインスレイフの欠片が一度虹の粒子となって分解されてから、その粒子が集まって欠片を形成──再構成が行われ、元通りになった。

 

「ほい、一丁あがり」

「エルフナインちゃん急ぐわよ!」

「分かってます!」

 

すかさずフィーネが膿盆をカズヤから奪い取り、意気揚々とエルフナインを伴って駆け出し、ブリーフィングルームを出ていく。きっとあの勢いのまま研究室で作業に入るのだろうと容易に想像できる。

立ち去る二人の背中を見送って、弦十郎が皆に告げた。

 

「では、今回のProject IGNITE(プロジェクトイグナイト)についての会議は一旦終了とする。装者達のこの後は本部にて待機、他の者達は業務に戻れ」

 

オペレーター陣や緒川らが指示に従い、弦十郎と共にブリーフィングルームを退室していく。

それに倣い装者達も退室しようと席から立ち上がって、そこで気づいた。

カズヤが席を立とうとしない。

 

「...カズヤさん?」

 

響が訝しみ名を呼び、他の者達もどうしたのかと思いつつ足を止めて振り返る。

調を除いた装者八名と、未来と、カズヤだけが残ったブリーフィングルーム。

と、背もたれに体重を預けたカズヤが天井を仰ぎながら、抑揚のない少し低い声で言葉を紡いだ。

 

「......もしかして俺は、無意識に呪いの力を拒絶してるのかもしんねぇな」

 

え? と誰もが疑問に思った。

 

「さっきエルフナインが言ってたろ」

「でもそれは、呪いから私達を守ろうとしてるって──」

「本当にそれだけとは限らねーだろ」

 

先程のエルフナインの言葉をそのまま繰り返す響を、カズヤはきっぱりと遮り、ゆっくりと立ち上がり響達に向き直る。

 

「俺は心の何処かで、お前らが強くなる方法は俺の力だけでいい、呪いの魔剣なんてもん本当は使って欲しくない、そんなつまんねー意地...いや、この場合は嫉妬か。そういう類いのもんがあるかもと思ってよ」

 

思わずハッとなる響達。

エルフナインは言っていた。再構成された物質がカズヤの意思を反映していないとは考えられない、と。

暫しの間、誰もが口を噤む。

沈黙が降りてきた室内で、彼はバツが悪そうな表情で俯き皆から視線を外すと、右手でボリボリと自身の後頭部を掻く。

 

「......あー、ただの愚痴だ。お前らはあんま気にすんな」

 

そう言って力が抜けたように笑うカズヤに耐えられず、響は口を開く。

 

「正直言って私は、呪いの魔剣なんかに頼りたくありません」

「響...」

「だって、凄く怖い伝承がある聖遺物じゃないですか。そんなのより、いつものカズヤさんとの同調の方が絶対に良いに決まってます」

 

この言葉に誰もが同意見だと口々に言い出す。

 

「このバカの言う通りだ。あたしだって呪いの力に頼る必要がなけりゃ、カズヤとの同調を選ぶって」

「防人として手段を選んでいる場合ではない、ただそれだけであって、私はいつだってカズヤと同調することを望んでいる。それを忘れるな」

「アタシも。そもそも同調がなけりゃ、未だにLiNKER頼りだったし、アンタがアタシ達をずっと支えてくれてた。それをいきなり別のに乗り換えろって言われて、はいそうですかってすぐには切り替えられないし、頭では理解してても、気持ちはまだ納得いってないんだよ」

 

クリスが、翼が、奏が優しく諭すように言ってくれる。

 

「皆同じです。だからこそカズヤさんの気持ち、分かります」

「そうよカズヤ。あなた、自分だけだと思った? 私だって強くなるなら、呪いなんかじゃなくあなたの力に包まれながらが良いわ」

「カズヤとの同調、とってもあったかいから私は好きデース! 実は調も気に入ってて、密かにカズヤとの同調訓練楽しみにしてるんデスよー」

 

セレナが、マリアが、切歌が朗らかに笑う。

それから未来が引き継ぐように静かに訴えた。

 

「自信を持ってください、カズヤさん。いつも前しか見てないあなたのことが、いつだって光輝くあなたの力が、私達は大好きなんです。あなたの存在そのものが、あなたがもたらす全てが、私達には必要です。それは魔剣なんかにすぐ取って代わられるようなものじゃない。だから安心してください」

 

皆の本音を聞いて、カズヤは救われたような気持ちになる。

純粋に嬉しかった。普段から皆に頼られ、求められていると実感できて。

 

「それに私、信じてるんです」

 

未来に次いで更に響が付け加えた。

 

「もし私達が魔剣の呪いに負けそうになって、心の闇に呑まれそうになっても、シェルブリットがあの時みたいに守ってくれるって」

「あの時?」

「私がデュランダルを手にした時ですよ」

 

かつてのことを思い出すように、懐かしむように彼女は目を細める。

 

「あの時、私は真っ暗な闇の中にいました。破壊衝動に突き動かされて、何もかも滅茶苦茶にしてやろうとしました。けど...」

 

そこで一旦区切り、続けた。

 

「けど、闇の中で光を感じたんです、カズヤさんの光を。それを掴んだら闇が吹っ飛んでったんです」

 

響はカズヤに近寄ると、両手でカズヤの右手を取り握る。

 

「カズヤさんは以前私に言ってくれました。私の手は誰かを救う手だって。だったらカズヤさんの手は、皆を導き照らす希望の光です」

 

呆然とするカズヤに響が言い募った。

 

「たとえ闇の中にいても、そこには光があるはずです、カズヤさんの輝きが。だってシンフォギアも、ダインスレイフの欠片も、全部カズヤさんが再構成してくれたものなんですよ! だからきっと大丈夫、へいき、へっちゃら!」

 

そして太陽のように輝かんばかりの笑みを浮かべる響こそが、希望そのものだと感じてしまうくらいに眩しくて。

 

「......サンキュー、な。そこまで言われたら、俺はもう覚悟を決めてお前らのことを信じることしかできねー」

 

漸くいつもの、人懐っこい笑みを見せたカズヤの変化に、皆は微笑みで返す。

 

 

 

それから数時間後、シンフォギアにダインスレイフの欠片を組み込み、拒絶反応が出ないことが確認された。

 

 

 

 

 

キャロル達にとって計画の要である巨大装置にして、居城であるチフォージュ・シャトー。そこの主であるキャロルは苛立ちを隠せぬまま、玉座に座り来客の対応をしていた。

来客といっても、招かれざる客だが。

 

「何の用だ?」

 

眼前に佇むは三人の錬金術師。

中央に立つは男装の麗人、サンジェルマン。

胸元が大きく開き丈の短いスカートという大胆な装いのカリオストロ。

小柄な背丈に眼鏡とゴスロリファッション姿のプレラーティ。

パヴァリア光明結社の幹部三人が揃い踏み。アポも取らずに土足でズカズカと入ってきた連中に、キャロルのこめかみがヒクヒクと震えている。

その玉座の両隣では、最大限に三人を警戒し、いつでも戦闘できるように構えたファラとレイアが控えていた。

ガリィとミカはこの前の戦闘で手酷くやられた為、現在修復中であり、玉座の間にはいない。

 

「単刀直入に言う。数日前の戦闘についてだ。小日向未来が"シェルブリットのカズヤ"と同じ力を行使したことについて、知っていることを聞かせてもらおう」

 

拒否や虚言は許さない、サンジェルマンの恫喝めいた口調にキャロルは苛立ちを更に募らせ、目を細めて三人を睨み付ける。

ここで教えないと色々と面倒なことになりそうだ。最悪、今にもこの三人と戦うことになるかもしれない。それを考慮して、リスクとデメリットの計算をしてから口を開く。

 

「見返りは何だ?」

「損傷したオートスコアラーの修復をあーし達がお手伝い、っていうのはどうかしら?」

「先の戦闘で穴だらけになって使い物にならない人形共を、我々が診てやるワケダ」

 

カリオストロが聞き分けのない小さい子どもを諭すように、プレラーティが陰気な笑みを浮かべて告げる。

 

「どうだ? 悪い交換条件ではないと思うが」

 

僅かに首を傾げて問うサンジェルマン。

顎に手を当て数秒間黙考。ガリィとミカの損傷具合はかなり酷かった。逆に言えば、それだけ小日向未来の力が強大だったということ。全くノーマークだった存在が、完全に予想だにしなかったイレギュラー。それ故に、二体のオートスコアラーが動かせなくなってしまった現状は、非常に厳しい。このままでは計画に大きな支障をきたす。

確かに悪くないと考えキャロルは応じることにした。

 

「いいだろう。二体の修復が終わるまで、お前達の手を借りてやる」

「では...」

「交渉成立だ」

 

それからキャロルは、自覚のない内通者としてS.O.N.Gに協力しているエルフナインが見聞きした情報をくれてやった。

アルター能力。正式名称、精神感応性物質変換能力。

"向こう側の世界"と呼ばれる異世界にアクセスすることで行使される力であること。

そして、小日向未来が能力に覚醒したのは、フロンティア事変の際に彼女がカズヤと共にその世界への"扉"を開き、赴いたのが原因だということ。

能力者の精神的な強さが能力の強さに直結していること。

能力者によって一度分解、再構成された物質は能力者の力と同質の属性を得るらしく、現存のシンフォギアは全てシェルブリットの『光』を帯びていると考えられること。

なお、小日向未来の能力が『神獣鏡のシンフォギア』と全く同じ理由は不明。しかしながら『鏡』であるが故にシェルブリットの『光』とは相性がとてつもなく良いとされることなど。

 

「...なるほど、"向こう側の世界"、それ故の"向こう側の"力、か...つまり、"向こう側の世界"に行くことさえできれば、あの力が手に入る...その為には"向こう側"への扉を開く...ならばやはりあの男を...」

 

話を聞き、研究者の顔になってぶつぶつ一人言を呟きながら思案に耽るサンジェルマンを、キャロルは冷めた目で見つめる。

ちなみに、月読調の肉体にパヴァリア光明結社にとっての宿敵、フィーネの魂が宿っていることに関しては聞かれなかったので、あえて話さなかった。

 

「そっちの欲しい情報はくれてやった。働いてもらうぞ。ファラ、案内してやれ」

「...では皆様、こちらへ」

 

満足気にしているサンジェルマン達をファラが引き連れ、玉座の間を出ていく。

それを見送って、キャロルは疲労を吐き出すように溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

オートスコアラーが下校中の響を襲撃し、その際に未来がアルター能力者として覚醒してから、一週間と数日が経過。

その間、キャロル陣営はアクションらしいアクションを起こしていない。

S.O.N.Gの本部である次世代潜水艦は、各動力部のメンテナンスの為、ドック入りとなっている。

Project IGNITE(プロジェクトイグナイト)の現在の進捗率は八十七パーセント前後。破壊されてしまったギアの修復はカズヤのお陰で即終わったが、ギア側からの拒絶反応の問題で計画が発足と同時に一時停滞していたので、当初の予定よりもかなり遅れているらしい。

今もなお、エルフナインと調の肉体を借りたフィーネが急ピッチで作業に当たっている。

 

「それにしても、シンフォギアの改修となれば機密の中枢に触れるということなのに、随分あっさりと許可が出ましたよね...まあ、完全に事後承諾でしたけど」

 

司令部にて慎次が口にすれば、弦十郎が腕を組みつつ応じた。

 

「状況が状況だからな。それに、八紘兄貴の口利きもあった」

「ああ、それ。たぶん俺が前に親父さんにメッセージ送ったからだと思う」

「え...それ本当ですか、カズヤさん?」

 

椅子に四肢を投げ出すようにだらしなく座るカズヤが、ポケットからスマホを取り出しヒラヒラさせるのを見て、慎次がぎょっとする。

 

「そうか。そう言えば八紘兄貴とは頻繁に連絡のやり取りをしているらしいな、カズヤくんは」

「頻繁ってほどじゃねーけど、現場の声を直接聞きたいから、困ったことがあればなんとかするので些細なことでもすぐに教えてくれ、って連絡先交換して以来それなりに、な。つっても、普段はそんなお堅い内容なんてないに等しいし、今じゃもう半分メル友みてーな感じだぜ。都内の隠れた名店のラーメン屋教えてもらったり、翼とツーリング行った時の動画を来週アップするから見てねとか、基本的にそんなやり取りばっかだ」

「...何それ、私そんなの知らない...お父様、いつの間にカズヤとメル友に...」

 

すぐそばにいた翼が何故かショックを受けたような表情で呻く。

それを放置してカズヤは続けた。

 

「シンフォギアについても、そもそもあれは俺が何度か分解と再構成してる時点で、改修なんて今更だとか言ってたから、許可なんてすぐに出せたと思う」

「確かにその点については今更だよなー。事後承諾で問題ないってのもそういうことか」

「国家機密の代物を何度も原子レベルで分解してるもんな」

 

奏とクリスが納得したように言いながら、カズヤに視線を注ぐ。

当のカズヤは、丁度翼に詰め寄られ「ジャンプしてみ」とカツアゲされるが如くスマホを奪われ、メッセージのやり取りを勝手に見られており「仲良さそう...羨ましい」と恨みがましい視線で睨まれていた。

 

「そう言えば、私達の身柄をカズヤに引き渡してくれたのも、S.O.N.G所属を後押ししてくれたのもその人物だったわね」

「やけに話がスムーズに行くかと思ったら、翼さんのお父さんで、カズヤさんのメル友だったんですね」

 

マリアとセレナも合点がいったと頷く。

実際、メル友になったのは翼とカズヤの婚約云々の話の後なので、イヴ姉妹の言うことには時系列的な差異があるのだが、八紘が予めカズヤと個人的にパイプを持ちたいと考えて動いていたことは十分あり得る。

 

「そしてカズヤさんと翼さんの二人を婚約させた人です」

「響、それはちょっと違うよ。八紘さんは風鳴家を君島家にした上で全部私達にくれる人だよ」

 

羨ましそうに言う響を、未来が不敵な笑みで訂正した。

うふふふ、と声を押し殺して笑う未来の横顔を目撃し、弦十郎や慎次、オペレーターのあおいと朔也の大人達は末恐ろしいと内心で戦慄する。

 

(アルター能力に目覚めてから、未来くんから放たれる凄味が一段と増したな)

(アルター能力者はエゴイスト...なるほど、未来さん、所々カズヤさんに似てきましたね)

(...カズヤくん、このままだと未来ちゃんにどんどん尻に敷かれるわよ...もう手遅れっぽいけど)

(前々から思ってたけど、どう考えてもカズヤくん達のヒエラルキーって未来ちゃんが頂点だよね)

 

 

 

「ふぅ......エルフナインちゃん、少し休憩にしましょうか」

「はい、分かりました」

 

肩の力を抜いて溜め息を吐きフィーネが提案すれば、エルフナインが同意し大きく伸びをする。

 

「くかー」

 

研究室の隅では、椅子に座り涎を垂らして居眠りしている切歌。

フィーネは苦笑を浮かべると、肉体を本来の持ち主である調に返却。

調は装着していた伊達眼鏡を外し眠る切歌に歩み寄り、肩を揺すった。

 

「切ちゃん起きて。休憩行こ」

「......んあ? 調? おはようデース」

「おはよう、切ちゃん。おやつ食べに行こ」

「オヤツ!!」

 

寝ぼけ眼だった切歌はおやつという単語に過剰反応し、バネ仕掛けのように立ち上がる。

 

「食堂行くデース♪」

 

楽しげに宣言し、右に調、左にエルフナイン、それぞれの手を取り元気良く駆け出す切歌に、二人は笑顔でついていく。

辿り着いた食堂でケーキセットを注文し、席に着くと三人は我先にとケーキに食らい付いた。

 

「フィーネが頭使うから糖分の摂取は最優先事項」

「はい、頭脳労働に適度な糖分摂取は欠かせません」

「今日のケーキセットも美味しいデス!」

 

頬袋に餌をたくさん詰め込んだハムスターみたいになりながら、三人はケーキを食べた。

やがて食べ終わり、セットの紅茶を飲みながら切歌が二人に尋ねる。

 

「それで、進み具合はどんなもんデスか?」

「やっと残りは全体の十パーセントを切った、ってところかな?」

「当初の予定より遅れてますが、順調に完成へと近づいています。ただ、ギア八つ分となるとまだ時間は掛かりますね。場合によっては一つずつ順番に集中的に改修を行うこともできますが」

 

確認するような声の調にエルフナインが相槌を打つ。

質問をしておいてなんだが、それを聞いても「ほえー」と感嘆の声を出すことしか切歌にはできない。

作業を見学して思ったことは、何をどうしているのか分からない、だ。

調の体を借りたフィーネはひたすらキーボードを高速で叩き何かを入力していて、エルフナインはギアに謎の粉を振りかけたり、ハンダゴテのような器具だか工具だかでギアをジージーバチバチと火花を散らせているだけ。

エルフナインが錬金術を応用して改修するというので、大きな鍋をぐつぐつさせて呪文を唱える怪しい儀式をするのでは? と勝手な妄想を膨らませていたので、実際の作業内容は思ってたのよりずっと地味デス、と内心で呟いていたのは内緒だった。

地味で退屈だから見ている内に居眠りしていたのだが。

 

「とりあえずもうすぐ完成、完成したらアルカ・ノイズも怖くない、ってことでいいデスか!?」

「うん、そうだね。切ちゃんはそれでいいよ」

「? 調、それはどういう意味デスか?」

「切ちゃんは難しいことを考えずに、カズヤとか響さんみたいに前だけ見て突っ込めばいいってこと」

「立ち止まるな、振り返るな、考えるな、一歩も退かず突撃しろ! ってことデスね!!」

「......あ、うん、そんな感じ......傍から見ると完全に猪突猛進の脳筋おバカトリオだ......」

 

人の話をろくに聞かないし考える前にパンチが出る男、師匠が考えるな感じろ系で勉強が死ぬほど苦手な少女、そして最近はその二人から悪い影響を受けまくってる自称常識人の相棒。

字面にするとなんて恐ろしいことか。この三人、ある意味最強だ。何があっても絶対に力任せのごり押ししかしないだろう。

 

『せめてもう少し知力上げなさいよ三人共』

 

呆れた感じのフィーネの声が調だけに聞こえてくる。その意見には全面的に同意だ。

 

『とりあえず攻撃力、攻撃力さえあればいい。攻撃力さえあれば後は全部プレイヤースキルでなんとかすればいいんだよ!』

『カズヤさんがそう言うなら私もステータス全部攻撃力に振ろっと』

『当たらなければどうということはないデスが、こっちが当てても効かなかったら意味ないデスからね!!』

 

徹底した殺られる前に殺れ、という思考。

以前、皆で集まってゲームをしていた時、キャラメイクの際にしていた会話を思い出し、改めてフィーネが言いたくなる気持ちに共感して、調は頭痛がしてきた。

なお、攻撃力全振りのステータスで、ある程度までは詰まることなく進めてしまう実力があるのが、あの三バカの恐ろしい点なのだが。

閑話休題。

休憩も十分に取れたし、そろそろ作業に戻ろう、そう思った矢先、食堂に耳を劈くアラートが鳴り響く。

 

「何事デス!?」

 

大声で叫び、切歌が椅子を蹴倒し立ち上がる。

 

「まさかキャロルが...!? あと少しでギアの改修が完了するのに...!」

 

深刻そうに表情を歪めるエルフナイン。

食堂内のモニターには、赤い文字で『Alca-NOISE』と表示されていた。

 

『調! とにかく司令部に向かうわよ!』

 

フィーネの提案に調は無言で頷き、一目散に走り出す。

その後ろを二人が急いでついてくる。

やがて転がるように司令部に駆け込むと、既にカズヤと未来の姿がない。

 

「カズヤと未来さんは!?」

「...二人なら今出てった」

 

自分が共に出撃できないことに歯痒さを感じているのか、ぶっきらぼうな口調で簡潔にクリスが答えたので、視線をメインモニターに移す。

画面内では多種多様なアルカ・ノイズが暴れ回り、この潜水艦が停泊しているドック周囲の人工物を片っ端から分解していく。

 

「フィーネ、エルフナイン、ギアの改修はあとどのくらい掛かるの?」

「後は最終調整を残すのみです。だけど、ギア八つ分はもう少し時間がないと...」

 

少し焦った様子で問うマリアにエルフナインが応答するが、途中で言葉を詰まらせた。

装者全員分は時間が掛かり過ぎるのだ。

カズヤと未来、この二人の能力ならアルカ・ノイズの群れなんて一睨みするだけで消滅させられる。しかし、敵はそれだけではない。現在確認できているのだけで錬金術師のキャロルに、オートスコアラーのガリィ、レイア、ファラ、ミカの計一人と四体。

だが懸念すべき点はそれだけではない。パヴァリア光明結社がキャロルの支援をしていたことを考慮すると、最悪何処かのタイミングで介入される可能性もある。

できる限りこちらの戦力は整えておきたかったが、時間が許さないし敵は待ってくれなかった。だから──

マリアは一度強く唇を噛み締めてから弦十郎に向き直る。

 

「風鳴司令、今は強化型シンフォギアの完成が最優先。ならばフィーネとエルフナインには、私達の中で戦闘力が最も高い順に、クリスと翼のギアの完成を急がせるべきだと思います」

「「マリア!?」」

 

名指しされた二人が戸惑ったように声を重ねた。

 

「マリアくん、それは──」

「今前線に立つべきは強者! 未来という強力な仲間が加わっても、彼女はアルター能力者になってまだ日が浅いし戦闘経験も少ない! 万が一がないとは言い切れません! カズヤも"吸収(アブソープション)"のせいで第一形態までしか使えない! ならば最悪を想定して動くべきです!」

 

唇の端から一筋の血を流し訴えるマリア。自分自身も前線に立ちたいがそれを許されない現実に、悔しいという感情を押し殺し必死に訴えるているのだ。

 

「...了子くん、エルフナインくん!」

「分かってるわ! 行くわよ、エルフナインちゃん!」

「はい!」

 

彼女の意図に理解を示した弦十郎の声に、弾かれるように二人が動き出し、研究室に向かう。

それに何故か、意を決した表情の切歌もついていく。

 

「...マリア姉さん...」

 

ポケットティッシュを手渡し気遣うように姉を呼ぶセレナに、マリアは一言「ありがとう」と小さく感謝を述べて口回りを拭う。

使い終わり血で汚れたティッシュをギュッと強く握り締め、マリアはモニターを注視する。

他の装者達も、そんな彼女と同じ思いだ。戦場に赴いた二人と共に戦いたい。けど、それができない。

肝心な時に動けない事実に痛いほど拳を握り、歯を食い縛り、それでも俯かず顔を上げモニターを見つめ、ただカズヤと未来の無事を祈り、一刻も早く強化型シンフォギアが完成するのを願った。

 

 

 

 

 

自分達が放ったアルカ・ノイズの群れが眼下で暴れ回る光景を眺めつつ、レイアが口にする。

 

「そろそろ来る頃か?」

「ええ.........ほら」

 

応じたファラに示し合わせたように、アルカ・ノイズの群れが全て虹の粒子となって消滅。

煙幕にでもなったかのような大量の虹の粒子は、まるで吸い込まれるかの如く渦を描きながら一ヶ所へと集まっていく。

 

「出やがったな、化け物夫婦が!!」

 

忌々しげに毒づくガリィの視界の奥、その中心に佇み集まった虹の粒子を身に纏う二人の人物がいた。

 

「ふむ...派手な登場だ。おまけにアルカ・ノイズが時間稼ぎにもならんとは、こうして実際に目にすると凄まじいな」

「アルター能力者はシンフォギア装者とは一線を画す存在です。物質を分解し己の力へと再構成する、それの前ではアルカ・ノイズなど彼らにとって、己の力を具現化する為のただの材料でしかありません」

「破壊と創造、そして"向こう側"の力か......確かにこれだけ派手なら、パヴァリアの連中が騒ぐのも分かる。まあ、マスターも目をつけていたのは同じだが」

 

レイアとファラの会話を横で聞き流しながら、ガリィが不機嫌を隠そうともせずギザギザの歯並びで歯軋りする。

 

「マスターの命令とはいえあの化け物二人の相手とか、ガリィちゃん玉砕される予感がビンビンするんですけどぉ?」

「心配するなガリィ。何もマスターは奴らを倒せ、派手に散ってこいと言った訳じゃない。ただ、あの二人を適度に消耗させたら撤退しろとのことだ......業腹だが、パヴァリアの連中のお陰で、我々も地味に強化された。必要以上に悲観するな」

「しかし、神獣鏡は錬金術の天敵。警戒し過ぎて損はしないでしょう。付かず離れずを維持して戦い、疲れさせたらさっさとテレポートジェムで逃げますよ」

「シェルブリットが突っ込んできたら?」

「それこそ問題ないでしょう。第一形態は第二形態と比較して脅威度は高くありません。もし殴られても数発程度なら耐えられますし、顔面が粉々になるだけで済みます」

「それはそれで嫌なんだけど...」

 

会話を終えると三体の人形はその場から飛び降り、二人のアルター能力者と相対した。

 

 

 

 

 

こちらと対峙している三体のオートスコアラー、ガリィ、レイア、ファラを前に身構えたカズヤに、神獣鏡をその身に纏った未来が穏やかな口調で問う。

 

「第一形態で大丈夫なんですか?」

 

横目でチラリと窺えば、こちらを真剣な表情でじっと見てくる未来の顔がある。

 

「本音を言えば少し不安だ。けど、これでやるしかねーさ」

 

正直に答えて油断なく前を見据えていたら、未来は一つ頷いてから「分かりました」と納得し、左手を差し出してきた。

 

「?」

「右手、出してください。手を繋ぎましょう」

 

敵を目の前にして何を悠長なことを、と一瞬口に出そうとして、その眼差しに込められた熱意に動かされ、無言のまま言われた通り、金の装甲に覆われた右手を──シェルブリット第一形態の手を彼女の左手に重ねる。

互いの指を絡めて手を握り、未来にどういうつもりか視線で疑問を投げると、彼女は目を瞑った。

 

「一度私にカズヤさんがしてくれたから、コツは知ってます」

 

言って、彼女は全身から淡い虹色の光を放つ。

周囲の瓦礫と化したコンクリートやアスファルトが、一斉に分解され虹の粒子となり、カズヤの右腕全体に集まり、纏い、覆い隠す。

そして──

 

「こいつは...!」

 

刹那、右腕全体が()()()に包まれ、光が消えると右腕に変化が現れていた。

金の装甲が()()()()へと色が変わっている。

赤かった五本の指は全て白に。

色が変わっているのは指や腕だけではない。右肩甲骨から発生している突起物のような三枚の羽も、赤から紫になっているではないか。

 

「上手くいったみたいです。これに名前をつけるなら、シェルブリット第一形態、神獣鏡モードでしょうか?」

 

まるでドッキリが成功したとばかりに、無邪気に可愛らしく笑う未来に、暫し呆然としていたカズヤだが、彼女の意図を察して唇を吊り上げニヤリと笑う。

 

「こんなこといつ思いついたんだよ?」

「思いついたのは最近ですけど、そもそも似たようなことは先にカズヤさんがフロンティア事変で私の絶唱取り込んでやってたじゃないですか。私達って相性良いですし、お互いの"向こう側"の力同士が共鳴してるから、きっとあの時みたいなことができるだろうな、って」

 

事も無げに告げる未来の頼もしさに、カズヤは更に笑みを深めると前へと向き直り、彼女と繋いでいた手を離して拳を構えた。

 

「サンキュー、なんか不安がぶっ飛んだぜ」

「どういたしまして」

 

微笑んだ未来が応じる否や、カズヤは一歩踏み込んでから右拳を地面に叩きつけ、その反動で跳躍。

これまで呆けたように固まって二人のやり取りを黙って見ていた三体の人形が、泡を食ったようにそれぞれ動く。

 

「未来! 背中は預けた!!」

「任せてください! カズヤさん!!」

 

上から襲い掛かるカズヤに合わせるように、未来が自身の周囲に展開していた十枚の鏡から閃光を撃ち出す。

それが狼煙となり、戦いの火蓋が切って落とされた。




ガリィ&レイア&ファラ
「そんなの聞いてない!!!」

ミカ
「ヤバイ......ヤバイ(語彙力喪失)」

キャロル
「」

クリス
「これあたしらに出番回ってくるのか?」


「...私が知りたい」

マリア
「...もう全部あの二人でいいんじゃないかしら?(白目)」

S.O.N.Gの皆
「おい!?」





次回のネタバレ予告(嘘)

弦十郎
「カズヤくん、第二形態は使うなよ!!」

カズヤ
「オッケー、シェルブリットォォォォッ!!」

S.O.N.Gの皆
「人の話を聞けええええええええええええ!?」

サンジェルマン
「素晴らしい...! そうだ、もっと見せろ! お前の輝きを!!」

カリオストロ
「...あー、サンジェルマン?」

プレラーティ
「......聞いてないワケダ」

サンジェルマン
「もっとだ、もっと、もっと輝けええええええええええええ!!」


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犠牲

いつも閲覧、感想、評価、お気に入り登録などしていただき誠にありがとうございます。
前回、愚痴を綴った活動報告について書いたら予想以上にご心配させてしまったり応援の声をいただき、ありがたく思います。

活動報告に書いたこととは完全に別件で、私事で忙しくなりつつあり、更新ペースが落ち気味で楽しみにしていただいてる皆様には本当に申し訳ないのですが、気長に待っていただければ幸いです。


戦場となったそこには、歌声が響き渡り、獣の咆哮に似た雄叫びが轟く。

それは思わず聴き惚れてしまうほどに美しく透明な歌声であり、それは聞いた者の魂を熱く鼓舞するような雄叫びだった。

各々が歌い、叫び、戦う二人の姿はさながら(つがい)。比翼連理の如く。

 

「おおおおおらぁぁぁっ!!」

 

カズヤが右拳を振り抜き、金の光を身に纏ったファラが突き出す剣の刺突と正面からぶつかり合う。

拳と剣の切っ先から稲妻のような閃光が迸り、周囲を明滅させた。

だが次の瞬間、均衡が崩れる。剣の切っ先に小さな罅が入り、乾いた音を立て切っ先が僅かに砕け、欠けてしまったのだ。

 

「っ!?」

 

シェルブリット第二形態の攻撃を受け止めても刃こぼれすらしなかったソードブレイカーが、第一形態のただのパンチに砕かれるという驚愕の事実。明らかに単純な攻撃力の問題ではなく、腕に宿った神獣鏡の力によるものだった。

瞠目している暇などファラにはなく、慌てて後ろに退くが、それは目の前にいる男を調子付かせるだけでしかない。

 

「テメェの面もそろそろ見飽きたぜ!!」

 

力強く踏み込み、一気に間合いを詰めて振るわれた拳がファラの顔面に叩き込まれる。

そのまま吹き飛び転がっていくファラに追撃を掛けようとすると、金の光を全身から放つレイアが横からファラを庇うように立ち塞がりカズヤの行方を妨げるが──

 

「邪魔しないの!」

 

声に出しつつ、レイアの側頭部目掛けて横から未来がドロップキックをかます。

視界を横切るその光景に気にも留めず通り過ぎれば、焦ったような表情のガリィが、やはり金の光を身に纏いつつファラを庇いながらこちらに手の平を向けた。

眼前の地面が突如罅割れ、幾本もの水柱が立つ。

水柱は全て鎌首をもたげた蛇のようにカズヤに襲い掛かるが、構わず突っ込む。

横合いから、薙ぎ払うかのような紫の光が一閃。

それは鋭利な刃となって、今まさにカズヤに食らいつこうとした水の蛇達を両断し、ただの何の力も持たない水と化す。

内心で未来のフォローに感謝しつつ前へ。

大量のバケツを引っ繰り返したようにバシャバシャと音を立て地に落ちる水を踏み越え、カズヤは右拳を腰溜めに構えた。

装甲の前腕から肘までが左右に展開し、幅広くなった前腕部の両端から鋭い棘が突き出す。

 

「衝撃の──」

 

脳裏に過るはセレナと響。目の前のガリィによって傷つけられた大切な存在。

彼女達がこいつにやられた分を、まずは返す!

 

「──ファーストブリットォォ......!!」

 

右肩甲骨に発生している三枚の羽根──普段であれば赤いそれらは、未来の力によって紫色に染まっていた──その内の上から三番目が先端から砕け散り、完全に消えると同時に凄まじいエネルギーがそこから噴出する。

エネルギーの色はやはり普段の翡翠色ではなく、神獣鏡の力と同じ紫の光。その光は推進力として噴出されるだけに留まらず、まるでカズヤの全身を守るかのように"魔を祓う力"で覆い尽くす。

この段階で彼は走るのではなく、推進力を得たことで滑るようにしながら靴底で地を擦りつつ、ガリィに迫った。

対するガリィは両手に水の塊を纏わせ、そこから高圧の水を射出することで弾幕を張るが、機関銃の一斉掃射染みたそれは虚しくもカズヤに触れる前に紫の光に阻まれ無効化される。

 

「どぅおおおおおおおおりゃっ!!」

 

猛スピードで突っ込みながら反時計回りに体を横に一回転させ、遠心力も追加した右の拳でガリィの顔面を全力で殴りつけた。

 

「ぐっ!」

 

くぐもった悲鳴を上げ、錐揉み回転しながら吹き飛んだガリィは、立ち上がったばかりのファラのすぐそばを通り過ぎ、コンクリートの壁に叩きつけられ、壁を粉砕しながらめり込み、そのまま動かなくなる。

ガリィから迸っていた金の光──"向こう側の力"が止む。

 

「「ガリィ!!」」

 

ファラとレイアが案じるようにその名を呼ぶが、ガリィは応えない。一時的な機能停止状態に陥っていた。

 

「まずは一体!」

 

よし! と右腕でガッツポーズを取るカズヤに、未来が寄り添う。ぴったり背中合わせの状態で半身となり、二人は残る二体を睨み付ける。

 

「......派手に強い」

「こちらも"向こう側"の力を使っているというのに、こうも一方的とは......!」

 

歯噛みする二体であるが、それぞれ構え直すだけで撤退する素振りは見せない。動かなくなったガリィを見捨てられないのだろうか。

 

「この調子でゴリゴリ押しまくってやるから覚悟しやがれ」

「私達に喧嘩を売ったこと、後悔しながら粉々になってね」

 

さながら長年連れ添った夫婦のように、二人揃って似たような表情──獲物を前にした肉食獣の獰猛な笑み──を浮かべ、戦いは再開された。

 

 

 

 

 

【犠牲】

 

 

 

 

 

「シェルブリット、神獣鏡、オートスコアラーを圧倒しています」

 

モニターを見れば、朔也の報告など聞かなくても状況は分かる。

 

「つ、強ぇ」

「カズヤと小日向のコンビネーションが、これほど強力だったとは......」

 

息を呑む奏と、感嘆の溜め息を吐く翼。

ひたすら突撃するカズヤと、それを援護する未来の動きは絶妙で、ついこの前から共に戦い始めたとは思えないほど息が合っていた。

 

「やっちゃえやっちゃえ!」

「そこだカズヤ、ぶん殴れ!!」

 

モニターを前に響がピョンピョン飛び跳ねて、クリスが拳を振りかざす。二人共、かなり興奮気味だった。まるで大好きなスポーツの試合に熱狂するサポーターのようである。

その隣では冷静な眼差しで見ていたマリアとセレナが、少し安心したように呟く。

 

「最初はどうなるかと思ったけど、杞憂だったみたいね」

「ですね。前衛のカズヤさんに後衛の未来さん、お互いの性格と戦い方が見事に噛み合ってます」

 

それぞれの反応を見せる装者達を置いといて、弦十郎は二人のオペレーターに質問を投げ掛けた。

 

「周囲に何か反応はあるか?」

「今のところ、それらしい反応はありません」

「熱反応、エネルギー反応、動体反応、共に周囲からは検出されません」

 

あおい、朔也が順に応答。

 

「そうか。だが、相手は錬金術師だ。何処から何をしてくるのか分からん、警戒は怠るな」

「「了解」」

 

司令の油断のない指示にオペレーターが頷く。

 

『うおおおおおおおおおおお!!』

 

戦闘が始まってから何度目になるか分からない雄叫びが司令部に響き、モニター内のカズヤがレイアに向かって突進していく。

レイアは近づかれまいと錬金術にて生成したコインを銃弾の如く指で弾き飛ばすが、カズヤの周囲に浮かんでいるいくつもの鏡が盾となり、足止めにならない。

ついに己の間合いに踏み込んだカズヤがレイアに向かって右拳を振るい、咄嗟に張られた障壁を容易く打ち砕きレイアの顔を殴り飛ばす光景が映し出される。

映像内のカズヤは止まらない。吹き飛び転がり仰向けに倒れたレイアに追いつき、襟首を左手で掴み無理矢理引き起こし、顔に一発、二発、三発と右拳を連続でぶち込む。

殴られる度にレイアの顔面に罅が入り、皮膚が砕け、破片が飛散する。

そして、トドメとばかりに思いっ切り振りかぶったアッパーを顎に打ち込んで上空に舞い上げた。

大きな放物線を描いてから、ドシャッ、という音を立て受け身すら取れず地面に落ち力なく倒れ伏すレイア。その全身を覆っていた"向こう側"の力が失われていく。

指一本動かさなくなったレイアを捨て置き、カズヤはファラを追い詰めている未来の元へと急ぐ。

 

「よし! よしよし!」

「残り一体!」

「あと一息です!」

 

クリスと奏、響は大喜び。

他の装者も声には出さないが、無傷の勝利が近いことに喜んでいるのが表情から察することができた。

 

「それにしても凄いですね」

「ああ。聞いてはいたが、未来くんの力がこれほどとは......」

 

少し興奮した口調の緒川の声に、弦十郎が唸る。

シェルブリットに宿った神獣鏡の力による攻撃力及びその他身体能力の向上、錬金術の無効化、そしてカズヤへの攻撃を全て防ぐ完璧なフォロー。今の攻勢は、未来の力があって初めて成せるものであった。

性格的に、彼女は誰かのフォローやサポートに入ることそのものが上手いのだろう。能力もそういう面に向いている。

先ほどセレナも口にしたが、何より互いの能力と性格、戦い方がこれ以上ないほどに噛み合っていた。フロンティア事変で彼女が自身は誰よりもカズヤと相性が良い、と言っていたのは紛れもない事実だと証明された瞬間である。

残るファラが二人に倒されるのは最早時間の問題、と誰もが思ったその時、アラートが鳴り響いてあおいが血相を変えた。

 

「沖合いからこちらに向かって高速で接近する巨大な動体反応を検知しました!」

「何だこの大きさは!? 下手なビルより大きいぞ!!」

 

驚愕の声を上げる朔也の言葉に誰もが驚き、動揺する。

 

「新手か」

「そのようです」

 

弦十郎が鋭く目を細め渋面を作り、緒川が眉を顰めて頷く。

 

 

 

幾筋もの紫の光が魔力を孕んだ翡翠色の竜巻を穿ち、ただのそよ風へと変える。

攻守の要であった風の力を無力化されたファラに向かって、カズヤが飛び込む。

迎撃の為、それに合わせて袈裟斬りにファラが剣を振るうが、

 

「おっと」

「な!?」

 

拳を振りかぶっていたカズヤは、剣の間合いのギリギリ手前で何故か急停止。

そして既にガリィとレイアが倒されてしまった焦燥感に駆られていたファラには、それに反応できない。振るわれた剣は空振りし、虚しく空を斬るだけに終わった。

 

(この男がまさかのフェイント!?)

「二対一だぜ、こっちは」

 

カズヤの後ろから頭上を飛び越すように現れた鏡が、隙を晒したファラを狙って光を放つ。

光に体を貫かれ、怯んだところを、

 

「くたばれぇぇ!!」

「がはっ!」

 

待ってましたとばかりに右ストレートが打ち込まれる。

顔面をボロボロにされたファラが倒れ、先の二体同様に機能停止状態となり、その体から"向こう側"の力が溢れ出ていたのが止まった。

動かなくなった三体の人形を見下ろし、他の敵が現れないか警戒していると、通信越しに弦十郎の声が鼓膜を叩く。

 

『まだだ二人共! 海中に巨大な何かがいる!』

「何かって何だよ!?」

『分からんが気をつけろ!』

「カズヤさん! あれ!!」

 

未来に促され海の方を見れば、とてつもなく大きな水柱が海面に立つ。弦十郎が言っていた『何か』が今まさに海中から現れようとしていた。

やがて水飛沫を上げてその姿を見せたのは、文字通り大きな人の形。

あまりにも巨大で、海上には上半身のみ露出している状態だ。

髪型はなんとなくそこで倒れてるレイアを連想させるが、その巨大な体躯は普通の人間サイズのオートスコアラー達と比較するのもバカらしい。

顔と腕が包帯でぐるぐる巻きにされており(下半身は海の中なので確認できない)、隠された部分がどうなっているのか不明だが、包帯の隙間から覗く一対の爛々と光る目には敵意が満ちている。

対峙するカズヤと未来、S.O.N.Gの者達は知る由もないが、目の前の巨大な存在はレイアの妹だ。ただ、同じ人形でもオートスコアラーではない為、個体識別の名称を与えられておらず、キャロルやガリィ達は単に『レイアの妹』と称している。と言っても、二人にとってはそんなことなど知ったことでもなければ関係もない。

敵か、そうでないか、ただそれだけ。

大波を立てて目の前まで迫った巨大人形に視線を注ぎつつ、未来が首を傾げた。

 

「これも、オートスコアラーなんですか?」

「さあ? でも、そうじゃなかったら何なんだろうな?」

「とりあえず敵ってことでいいですよね?」

「この状況で出てきたってことは、敵ってことでいいだろ」

「じゃあやっちゃいましょう!」

「そうだな、やっちゃうか!」

 

緊張感など欠片もない軽快な会話が終わるのとほぼ同時に、巨大な人形の腕が二人に振り下ろされる。

二人は素早く左右に別れて回避。

巨腕から繰り出された手刀が、腹に響く破砕音を立てて路面を粉砕し、震動を起こしつつクレーターを生み出す。

 

「こっちだウスノロ」

 

右手の人差し指をちょいちょいと手招きするように動かして挑発するカズヤ。

その行為に怒ったのか、巨大な人形は再度その両腕を振り上げてからカズヤに向けて振り下ろした。

しかし彼は笑いながら余裕綽々で躱す。

 

「ウスノロがぁぁっ!!」

 

自分よりも遥かに小さい存在を叩き潰せないことに業を煮やしたのか、巨大な人形は両腕を滅茶苦茶に振り回し始めたが、当たらない。掠りもしない。いくら威力があっても単調な攻撃では、素早く動き回るカズヤを捉えられない。

 

「何だ、見た目通りの木偶の坊かよ」

 

彼が人形の気を引いている間に、未来は少し離れた場所から大技を使う為の準備に入っていた。

彼女の周囲に浮かぶ十枚の鏡が円状に展開し、その中央、未来の正面に眩い光が集まっていく。

扇子の形状をしたアームドギアを両手で構え、先端を前に突き出す。

 

「......!?」

 

凄まじいエネルギーの収束に目を見開く巨大人形。

 

「へっ、今更気がついても遅ぇんだよ」

 

地面を殴りその反動で高く跳び上がったカズヤは、巨大人形を上空から見下ろす。

 

「...穿て!!」

 

ついに、未来から極太のレーザービームのような光が放射される。

着弾の寸前で巨大人形は身をよじって躱そうとするが、紫の光は右の肩口を容赦なく貫き、右腕を吹き飛ばしてその巨体の体勢を大きく崩す。

更にそこへ──

 

「撃滅の──」

 

二枚目の羽根が砕け散り、紫の光を全身から放出しながら急降下を敢行。

 

「──セカンドブリットォォォォォッ!!」

 

振り下ろされた拳は、咄嗟に残った左腕で防がれるものの、ガードに用いた腕を粉々にしながらぶち抜き、その包帯に覆われた顔を殴りつけた。

盛大に水飛沫を上げて倒れた巨大人形は、海中へと沈んでいく。

 

「あ」

 

手応えあり、とニヤついた表情になるのは一瞬。その直後に間抜けな声が漏れる。

眼下に迫る海面。引力に従う己の体。残念ながら第一形態は第二形態のような飛行能力はない。

このままでは海に沈む、と思ったが、海面スレスレのところで後ろから未来に抱きかかえられ、濡れネズミになることを避けられた。

 

「サンキュー、助かった」

「後でご褒美、期待してますね」

「...ちゃっかりしてんのな」

 

ホバーのように海面を疾走する未来により、元のコンクリートの地面へと無事に下ろされる。

いくら未来の力でシェルブリットが強化されていても、所詮第一形態である以上、地面を殴ってその反動で跳躍するのが関の山。もしまた海に落ちたら自力で泳ぐか、今みたいに助けてもらう必要があった。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

「未来、疲れたか?」

「......少し」

「無理はすんなよ」

「いえ、まだ行けます」

 

若干呼吸が荒く、額に汗を浮かべ、額や頬に張り付いた髪を手で払いながらも彼女は気丈に振る舞う。

......無理もない。まだ慣れない実戦に加え、土壇場でいきなり神獣鏡の力を貸し与えつつ、カズヤのサポートだ。おまけにさっきは大技を使った。消耗していない方がおかしい。

そもそも、神獣鏡はシェルブリット第一形態と違い、消耗が激しい。基本的な攻撃は打撃のみで、技を使う場合であっても再構成済みの羽根を消費する第一形態と異なり、神獣鏡は攻撃すればするほど──光を放てば放つほどエネルギーを失っていく。

恐らく未来は、光の放出を繰り返す戦い方の関係上、長期戦に向いていない。終始全力で突撃するカズヤのペースに合わせて戦うなら、スタミナが持たないのはなおのことだ。

純粋な戦闘力と継戦能力は全くの別物。

アルターが目覚めてから訓練は積んでいるが、それでもまだ二週間も経ってない。むしろたったそれだけで、ここまで戦える彼女の異様に高いポテンシャルに驚嘆してしまう。

しかし、今のペースで戦い続ければ、いずれオーバーシュート──能力使用不可状態となりアルターの強制解除──を起こすのは間違いない。

フロンティア事変で神獣鏡のシンフォギアを纏っていた際の、カズヤとの同調で"向こう側"の力の供給があった当時とは違うのだから。

 

「なあ未来、お前は──」

 

一旦退け、そう言おうとする前に察知した殺気に体が勝手に反応する。

考える前に未来に飛びつき、左腕でその華奢な体を抱き締め、押し倒すようにしながら右の拳で地面を殴って跳ぶ。

次の瞬間、今まで彼女が立っていた場所に赤い結晶がいくつも突き刺さり、一拍置いて爆発した。

 

「何が!?」

 

腕の中で驚く未来に構わず、空中で向きを変え攻撃が飛んできた方角を確認し、そして見つけた。

 

「ちぃっ、直前までこちらの存在を隠蔽していたのに今のを躱すだと!? 野生の獣より勘が鋭いなあの男は!!」

「一息入れて気が緩んだところを狙ったのに躱されるなんて信じられないゾ。マスター、やっぱりあいつら、ガリィが言う通り人間とは思えないゾ」

 

舌打ちしながら憤慨するキャロルと、両の手の平をこちらに向けたミカだ。

 

「野郎...!」

 

着地したカズヤは未来を優しく下ろすと怒りを露にする。

今のは、明らかに彼女だけを狙っていた。それだけ未来の力が、神獣鏡が恐ろしいのだろう。

最大の障害を排除する為には不意討ちも辞さない。なかなか見上げた覚悟だが、彼としては大切な存在の命が狙われたということで、怒り心頭だった。

今すぐにでもその綺麗な顔をタコ殴りにしてやりたいが、未来の体力を少しでも回復させたいので、少しでも時間を稼ぐことに決め、問答無用で飛び掛かりたい衝動をぐっと堪える。

 

「テメーがキャロルとかいう、世界を壊そうと企む頭のイカれたクソガキ錬金術師か?」

 

いきなりの罵倒にキャロルのこめかみに青筋が立つ。ミカも不機嫌を隠そうとしない。隣の未来なんて唖然としながら「い、言い過ぎなんじゃ...」と小声で唸っていた。

 

「..."シェルブリットのカズヤ"、エルフナインから聞いているはずだ。オレが世界を壊すのは父から託された命題を──」

「ああ、父親の遺言を自分の都合のいいように曲解して、まさに親の心子知らずを体現してる勘違い野郎ってのは聞いてるぜ」

 

嘲笑しながら言葉を遮ったカズヤに、キャロルは激怒。

 

「黙れ! 貴様にパパの何が分かる!!」

 

当然の如く激昂する彼女にカズヤは叫び返す。

 

「エルフナインに複写されたテメェの記憶が偽物じゃねーってんなら、こんなこと誰でも分かるってんだよ! ただテメェは、父親の命題ってやつを口実に、世界に復讐してぇだけだろが! 常に誰かの為に錬金術を駆使して人々を救った父親を否定し、拒絶した世界を壊したい! そうだろ!?」

 

キャロルの世界を壊す動機を知る為にエルフナインから聞かせてもらった話。キャロルの父親、イザークという人物のこと。

それを聞かされた時、なんて聖人君子なのだろうかと思った。

と同時にこうも思った。簡単に迫害を受け入れ、あっさり己の死を受け入れ、降りかかる火の粉を払おうともせず、生き延びる為に逃げることも戦うこともせず、娘を一人残して勝手に満足して逝ってしまったクソ親父だ、とも。

カズヤからしてみれば、キャロルが親の心子知らずだとしたら、イザークは子の心親知らずのまま死んだ間抜けだ。

自分の聖人君子ぶりを娘にも期待するな、と言ってやりたい気分になったのが印象深い。

 

「奇跡の殺戮者とか名乗ったらしいが、ハッ、そんなの真っ赤な大嘘だ。テメェはただの復讐者、父親の仇を討つのに、わざわざ父親から託された命題を言い訳に使ってんじゃねーよ。だからクソガキっつったんだ」

 

きっぱり言い切って右の拳を真っ直ぐ前に突き出すと、キャロルは俯き、肩を震わせる。

 

「くっ、くく...オレが、パパの命題を、くく、くはは」

 

次いでキャロルは天を仰ぎ大きな声で狂ったように笑い出す。

 

「はは! ははははは! あはははははははははは!! そこまではっきりとオレに指摘したのは、これまで何百年も生きてきてお前が初めてだ! "シェルブリットのカズヤ"!!」

 

左腕を真横に掲げて魔法陣──否、錬金術を行使する為の錬成陣を展開し、そこから何かを取り出した。

それは一見すると楽器だ。まるで竪琴のような物でありながら、内包された力を肌で感じたカズヤと未来の顔が警戒で歪む。

 

「くくくく、そうだ、お前の言う通りだ。『世界を識れ』と言ったパパの命題はただの切っ掛けで、口実に過ぎん。オレは復讐したいんだ! パパを否定し、拒絶した世界に! 万象黙示録を完成させ、オレの怒りと悲しみ、憎しみを叩きつけて世界をバラバラに分解、解剖する! それがオレの目的だ!!」

 

竪琴は手にして弦を弾き音を奏でつつ、キャロルは血を吐くように宣言する。

 

「"シェルブリットのカズヤ"、やはりお前はオレが手ずから殺す! オレの復讐を邪魔するお前の存在は、世界を照らすお前の光と輝きは、酷く不愉快で目障りだ!!」

 

鬼のような形相で全身から放出される金の光──カズヤから奪った"向こう側"の力。

 

「刮目せよ...!」

 

竪琴が変形し、そこから弦が飛び出し光に包まれたキャロルの肉体を縛り付ける。

すると見る見る内に彼女の肉体が幼い子どもから成熟した大人の女性へと変化し、身に纏う服装は濃い紫を基調とした服装へと変貌した。

 

「...大人になった。しかもあの力、シンフォギアに似てる」

「さっきの竪琴みてーのと一体化したところから、システムもシンフォギアと大して違ってないだろうな」

 

戸惑ったように口にする未来の声に、視線をキャロルから外さないまま応答すれば、キャロル本人が首肯してみせた。

 

「そうだ。これはダウルダブラのファウストローブ。聖遺物の欠片から錬金術によって生み出した、シンフォギアと似て非なるもの、つまり──」

 

腕を大きく振り回し、指の先から伸びた弦が地面を切り裂き、そのままカズヤと未来に迫る。

 

「業腹にも、お前の"向こう側"の力がよく馴染む!!」

 

 

 

 

 

モニター内でキャロルとミカに応戦するカズヤと未来。

ファウストローブを身に纏い、"向こう側"の力を利用して攻めるキャロルの攻撃は激しいの一言。

金属など触れただけで一瞬で溶解させる炎の渦。どんなに頑強な建造物でも薙ぎ倒す水流。八つ裂きにせんと吹き荒れる竜巻。着弾すると大爆発を起こす金の閃光。広範囲かつ縦横無尽に振り回される弦。それらを惜しみなく行使し、二人に攻撃を繰り返す。

だが、

 

『させない!』

 

十枚の鏡を融合させ、一枚の大きな鏡とし、未来は暴虐の嵐を悉く反射(リフレクト)していく。

攻撃を跳ね返した刹那、盾にしていた鏡の後ろからカズヤが飛び出し、キャロルに狙いを定めて拳を振るう。

 

『マスターはやらせないゾ』

『邪魔だガラクタがぁっ!!』

 

キャロルを守るミカが全身から金の光を迸らせ、カズヤを阻み、ミカの刃物のような形状をした指による手刀とカズヤの拳が正面衝突し、僅かな間の拮抗の後、互いが弾かれるように後方へと退く。

 

『光よ!!』

『死ねぇっ!!』

 

そこへすかさずそれぞれの後衛から援護射撃が入る。

紫の光と紅蓮の炎が激突し、前者が後者を押し潰す。

 

『クソッ、神獣鏡め!!』

『カズヤさん、今!!』

『おおおおおおおおおおっ!!』

『お前の相手はミカだゾ!!』

 

力負けしたキャロルが忌々しいとばかりに毒づいて下がり、未来の合図でカズヤが突っ込み、ミカがカズヤの進路を塞ぐように前に出る。

一進一退の攻防が続く光景に、本部の誰もが手に汗を握り、血沸き肉踊っていた。

 

「これは、行けるんじゃないかしら...?」

「行けますよ、絶対!」

「あの二人なら行けるに決まってんだろ!」

「このまま押し切っちまえば倒せるさ!」

 

昂揚と期待を覚えながら握り拳を作るマリアの呟きに、響、クリス、奏が当たり前だと言わんばかりに応じる。

 

「だが敵もなかなか手強い。小日向の神獣鏡のお陰で有利に立ち回っているが、あと一手、僅かに足らない」

「はい。それはきっと戦場に立つ誰もが実感しているはずです」

 

厳しい表情でモニターを睨む翼に、セレナがコクコクと頷きながら同意を示し、緒川と弦十郎が厳かに言う。

 

「局面を一気に変える、いえ、盤面を引っ繰り返すくらいの何かが必要、ですか」

「だとしたら、やはりそれはカズヤくんの残された一撃だな」

 

抹殺のラストブリット。

文字通り、第一形態における最後の一発。

本来は第二形態のシェルブリットバーストに劣るが、今の神獣鏡の力を宿した状態なら、あるいは......!!

しかし懸念がある。それを使ってしまったら、後がない。外す訳にはいかないので使い時は慎重にならざる得ないものの、出し惜しみしている局面ではない。

一体いつ使うのか? 固唾を飲んで見守る皆が疑問に思った瞬間を計ったように、カズヤが地面を殴って高く跳ぶ。

舞い上がったカズヤを竜巻が狙い、その竜巻を紫の光が蹂躙して無力化し、ミカがロール髪の先端からバーニアを吹かせカズヤ目掛けて飛んでいく。

 

『テメェのガラクタ人形ごと砕いてやる!!』

『バラバラになるのはお前の方だゾ!!』

 

ミカの全身が燃え上がる。比喩ではない。蓄積された想い出と"向こう側"の力を今この瞬間全て燃やし尽くしたのだ。ロール髪が全て下ろされ、身に付けていた服が蒸発するように燃えてなくなり、煌々と光を放ちながらミサイルのように突進した。

それは『バーニングハート・メカニクス』と呼ばれ、四分間戦闘能力を増大させる、オートスコアラー内で戦闘特化型のミカが唯一持つ決戦機能を発動させた姿。

己の全てを引き換えに、相手の命を断ちにきたのだ。

いくら神獣鏡の力を宿したシェルブリットでも、生半可な打撃では逆にこちらが潰されると本能で悟る。

ならば──

 

『しゃらくせぇぇっ! 抹殺の──』

 

右肩甲骨の三枚の羽根、残り最後の一枚が先端から砕け散る。

紫色のエネルギーが噴出し、推進力となってカズヤの背を押し、更に全身を守るバリアのように光を纏い、突撃する為の力とした。

 

『──ラストブリットォォォォォォッ!!!』

 

猛スピードでカズヤは斜め上から、ミカは斜め下から、それぞれの角度で急降下と急上昇を行い、真っ正面からカズヤの右拳とミカの手刀が激突。

目を灼く閃光が視界を埋め尽くし、耳を劈き腹に響く轟音が轟き、大気を震わせる。

 

『何事をも砕く!!』

『お前は絶対バラバラにしてやるゾ!!』

 

拳と手刀が相手を破壊せんとせめぎ合う。

そんな光景に、

 

「行けカズヤ!!」

 

奏が、

 

「ここで決めろっ!!」

 

翼が、

 

「ぶち抜け!!」

 

クリスが、

 

「打ち砕くのよ!!」

 

マリアが、

 

「カズヤさん!!」

 

響が、

 

「負けないで!!」

 

セレナが、あらん限りの声で叫ぶ。

そして、まるで彼女達の声援に応えるかのように、

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

雄叫びを上げたカズヤの拳が、ミカの手刀──指と手を粉砕し、手首を粉砕し、前腕を粉砕し、肘を粉砕し、二の腕を粉砕しながら前へと進み、

 

『そんなっ!?』

 

悲痛に歪むミカの顔をぶん殴り、拳を振り切り、ぶっ飛ばす。

 

『ミカァッ!!』

 

進路を邪魔したミカを吹き飛ばした勢いをそのまま殺さないように、彼は前方宙返り──体を縦に一回転させ、再度拳を振りかぶり、人形の名を叫ぶキャロルに迫る。

 

『次はテメェだぁぁぁ!!』

『そうはいくかぁぁぁ!!』

 

迫るカズヤに両の手の平を向け、四つの錬成陣──四大元素の力を顕現し、一つと束ねて放出した。

視界を覆い尽くす極光。それは突撃しているカズヤにとって、避けることもできなければ防ぐこともできない代物だ。

だが、そんなことなど関係ない!

構わず突っ込めと拳を突き出し、拳と極光が激突。

雷鳴のような爆音と共に周囲に衝撃波を生む。

紫色に輝く"魔を祓う力"を宿した拳と、異端技術において最高峰レベルの錬金術によって錬成された光が、互いを滅殺し合う。

 

『ク、ソ、ガ、キ、がぁぁぁぁ!!』

『舐ぁぁめぇぇるぅぅなぁぁぁ!!』

 

力と力のぶつかり合いは、なんと属性的に有利であるはずのカズヤ側が徐々に押し戻されていく。ここに来て、ミカに削られた分のエネルギー消費が響いていた。

 

『私がいるのを忘れないで!』

 

そこに未来が咆哮を上げ、カズヤの背後にピタリと張り付き、その大きな背中に両手を当てると、

 

『渾身の、神獣鏡でぇぇぇぇぇ!!!』

 

全身全霊の力を彼の背に叩き込む。

すると、カズヤの全身を覆っていた紫の光が輝きを増し、勢いが倍増し、拳がキャロルの極光を一方的に食い破り始めた。

 

『何だとっ!?』

『食らいやがれ...!!』

 

紫の光を放つ拳が、錬金術の光を押し潰す。

 

『うおおおおらあああああああ!!!』

『ぎっ!?』

 

ついにキャロルの左頬をカズヤの右拳が捉え、力任せに振り抜いた。

この瞬間、司令部は喝采で沸く。

 

 

 

 

 

着地すると同時に膝から崩れ落ち、四つん這いの体勢になるとアルターが──神獣鏡が虹の粒子となって解除され、リディアンの夏用の学生服に戻るのを気にする余裕もないまま、未来は肩で大きく呼吸を繰り返す。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

 

全身の汗腺から汗が吹き出し、極度の疲労により意識が朦朧とした。まるで全力ダッシュを何十回も繰り返し酸欠になっているようで、体に思うように力が入らない。

体力の限界。肉体的にも精神的にもこれ以上は戦えない。もうアルター能力は使えない。未来は完全にオーバーシュートを引き起こしていた。

 

「でも......勝った......!」

 

重たい体に鞭打って、なんとか立ち上がり顔を上げる。

数メートル離れた視線の先には、カズヤの後ろ姿が見えた。その右腕は神獣鏡の力を使い尽くしたことで、紫から元の金の装甲へと戻っているが、それだけだ。

振り返った彼の何処か安堵したような表情を見て、自然と頬が緩むのを自覚し、駆け寄ろうとすれば、

 

「...?」

 

彼は一瞬にして必死の形相になると、突然こちらに向けて走り出す。

まさかと思い背後を振り返れば──

 

「う...そ...」

 

幽鬼のような佇まいで切っ先が欠けた剣を掲げ、今にも振り下ろそうとしているガラクタ寸前の人形がいた。

鈍く光を反射する白刃を見て思考が止まる。

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!」

 

走るだけでは間に合わないと判断したカズヤが走りながら路面に転がっていた瓦礫を拾い、ファラを狙って投擲した。

常軌を逸した威力で弾丸のように飛ぶコンクリートの塊は、見事にファラの額に命中し、よろめかせることに成功。

その間にカズヤは未来を後ろに庇える位置まで到達する。それでも振り下ろされた剣をなんとか右の手首で受け止めた。

インパクトの刹那、甲高い音が鳴って、ファラの剣は刀身の半ばまで砕け散り、バラバラになる。

だが、

 

「うぐぁっ!?」

 

砕けて散った剣の欠片、その中でも小指の爪ほどもない大きさのものが、不幸にもカズヤの右目に──

 

「カズヤさん!!」

 

仰け反り右目を庇うように顔を右手で覆いながら、大きくよろめき後ろに下がるカズヤを、未来が後ろから抱き締めるように支えた。

 

「テメェ、まだ生きてやがったのか...!」

「再...起動に、時間は、掛かり、ま、し、たが...」

 

左目で睨むカズヤの声に、ファラがつっかえつっかえ応じる。

 

「私、達は、元々、あなた方を、あ、る、程度、消耗させ、てか、ら一時、撤退し、マ、スター、と、ミ、カ相手に戦った、後に、不意、を突く、つ、もり、で、した」

 

まだ体を上手く動かせないのか、ギクシャクとした動きで折れた剣を構え直す。

視界の端ではレイアがゆっくりと立ち上がり、おぼつない足取りで壁にめり込んでいるガリィを起こそうとしていた。

 

「ガリィ、地味に、辛いだろう、が、起き、ろ。残っ、て、る"向こう側"、の、ちか、らをくれ...そう、すれば、派手、に、う、ごけ、る」

 

仲間の訴えに反応するかのように、瞼を閉じていたガリィが目を見開き、再起動を果たす。

そして、全身から再び金の光を放出すると、そのままレイアにキスをする。

 

「......馳走になった。ファラにも頼む」

「はいは~い」

 

キスで想い出と"向こう側"の力の受け渡しをしているらしく、レイアが急にハキハキと喋り出す。動きもさっきとは比べものにならないくらいしっかりしている。

ガリィは氷上を優雅に滑るフィギュアスケーターのような動作でファラに近寄りキス。

レイアは、意識を失い元の幼い姿に戻りファウストローブが解除された姿のキャロルに向かって駆け出すと、肩を優しく揺すり起こそうとした。

 

「未来、お前だけでも今すぐ逃げろ。俺が殿になる」

「片目が見えない状態で何言ってるんですか!?」

 

じりじり後退りながらそう言ったカズヤに、未来が泣きそうな声で反論。

カズヤの右目は、咄嗟に瞼を閉じたが、瞼ごと眼球を貫くように剣の欠片が刺さっている。出血自体は大したことないが、右目の瞼から流れる血と溢れる涙が混ざり合った雫が、頬を濡らす様が痛々しい。

 

「アルターが使えなくなったお前に何ができる。いいから行けっての」

「だからってあなたを置いて私だけ逃げるなんて死んでも嫌! 絶対、絶対に嫌!!」

 

横から右腕に未来はすがりつく。

 

「......ハァ~、ま、お前ならそう言うだろうな。なら、俺のそばにいろ」

「え?」

 

これ見よがしに大きな溜め息を吐いてあっさりと意見を覆す発言に呆然としたら、彼は前を向いたまま顔をこちらに向けることなく優しく微笑んだ。

 

「なんとかしてみせる」

「......はい、信じてます...!」

 

力強く言い切るカズヤの邪魔にならないよう、未来は瞳を潤ませながら名残惜しげに離れた。

やがてレイアに支えられたキャロルがガリィとファラのそばに辿り着く。

 

「予想外のこともあったが、概ね計画通りか。タイミングとしてはギリギリだったようだが」

「はい。小日向未来は疲労困憊で能力使用不可能です」

「こちらも派手にやられましたが、形成は逆転。ですが......」

「ミカちゃんを再起動させるだけの"向こう側"の力はもう残ってません、スッカラカンですよ~。今後はまた想い出の集め直しですかね」

 

キャロルの声にオートスコアラーの三体がそれぞれ応じる。

カズヤ達も、キャロル達も、互いに限界が近い。しかしキャロル側の方がまだ余力を残していた。

 

「獲物の前で舌舐めずり、三流のやることだなぁ!」

 

左目だけで睨みながらカズヤが叫ぶ。

 

「未来が戦えなくなって、もう勝った気分か? 俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」

「そんな状態でよく吠える。今のお前に何ができる? 羽根を使い尽くし、"向こう側"の力も"吸収(アブソープション)"がある為使えない、小日向未来が戦力外になり、右目も失った、なのにまだ戦えると思っているのか?」

 

心折れない彼に苛ついた様子のキャロルをカズヤは鼻で笑う。

 

「へっ、分かってねーな」

 

一歩、二歩と前に進み、不敵な笑みを浮かべて彼は続けた。

 

「こっちはな、この程度で退いてらんねーんだ。戦えると思ってるのかだって? アホかテメー、そんなの当然のパー璧よ」

 

右手の指を人差し指、中指、薬指、小指、親指と順に折り曲げて拳を作る。

 

「俺が諦めることは許されねー。もし俺が諦めちまったら、傷ついちまうんだよ」

 

下ろしていた右腕をゆっくりと持ち上げ、

 

「俺の命よりも大切な()()()()()()()()()()に傷がついちまう。それだけは、死んでも許されねぇ!!」

 

そして右腕を高く掲げた。

 

「だから見せてやる! 俺が進むこの道を! 俺の決意を!!」

 

全身から淡い虹色の光が放たれる。

 

「俺が"シェルブリットのカズヤ"であり続ける為の、覚悟ってやつを!!!」

 

周囲の地面や瓦礫が虹の粒子となって消滅していく。

右目から流れていた血と涙も、刺さっていた剣の欠片も、虹の粒子に分解された。

やがて虹の粒子は右目に集束し、その閉じられていた瞼がカッと見開き、瞳から金色の光を放ち輝いた。

 

「瞼と眼球そのものを、再構成した......!?」

 

キャロルが何か言っていたがカズヤには聞こえない。

 

「輝け!」

 

右腕が肩から先が消失し、橙色の装甲に覆われた腕へと再構成され、言葉の通り腕全体が虹色の光を放ち輝き出す。

 

「もっとだ! もっと!!」

 

右目の周囲に腕と同色の装甲が現れる。

腕全体から放たれていた光は、大きく膨れ上がり全身を覆い尽くした。

 

「もっと!! もっと!!」

 

右肩甲骨に金色の回転翼も現れ、シェルブリット第二形態の発動が完了する。

放たれる光はその輝きを虹色から金色へと変えていく。

 

「もっと輝けええええええええええ!!!」

 

目の前に太陽が生まれたと勘違いするほどに、輝きが強くなる。

頭上に高々と掲げていた拳を顔の高さまで下ろす。

 

「シェルブリットォォォォォォォォォ!!!」

 

手首の拘束具が外れ、装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開き、そこに光が収束した。

 

「バカが、学習能力がないのか」

 

懐から"吸収(アブソープション)"をキャロルが取り出せば、オートスコアラー達もそれに倣う。

 

「"吸収(アブソープション)"が、五つも!」

「ちなみにガリィちゃんが二つ持ってるのはミカちゃんの分も含まれてるの」

 

絶望的な表情で嘆く未来に、ガリィがケタケタと嫌らしく笑いながら応える。

 

「その力、吸い尽くしてやる! "吸収(アブソープション)"、起動!!」

「「「起動!!」」」

 

カズヤから放たれる金の光が、"向こう側"の力が五つの()()()()()()()()に吸い込まれ、その中身を満たしていくが、

 

「面白れぇ、吸い尽くせるもんなら吸い尽くしてみやがれぇ!!」

 

負けてたまるかと咆哮するカズヤは、放つ光をますます強くし、更に輝きを大きくした。

 

「バカな!?」

 

あっという間に五つの"吸収(アブソープション)"は中身が九割以上満たされた状態になっているというのに、金色の光は衰えること知らない。

むしろ吸えば吸うだけ強くなる。

 

「これは、派手過ぎる...!」

「底が知れない...私の時は一体何だったと言うの!?」

「...化け物だ...」

 

オートスコアラー達が戦慄したその時、

 

「もうこれ以上は吸い切れない! "吸収(アブソープション)"強制停止!!」

 

堪らずキャロルが"吸収(アブソープション)"を停止させたが、僅かに遅かった。

 

──ピシリッ!

 

ほぼ同じタイミングで五つの"吸収(アブソープション)"全てに罅が入ったのを、未来はその目でしっかりと見た。

容量オーバーで器が耐え切れなくなった証だ。

"向こう側"の力を吸われなくなったことで、この時点になってやっと、ヒュンヒュンとヘリコプターのローターのような音を立てて回転翼が高速で回り始める。

ふわりとカズヤの体が浮き上がり、足が地面から離れた。

 

「くっ、お前達はミカを回収して撤退しろ!」

「「「マスター!?」」」

「計画の遂行が最優先だ! つべこべ言わずに行け!!」

 

有無を言わせぬ口調の命令に従い、オートスコアラー達は沈黙して倒れ伏す隻腕のミカまで急ぎ駆け寄り、テレポートジェムを用いて空間転移でこの場から即座にいなくなる。

 

「つくづく忌々しい男だ、お前は」

 

再度、ダウルダブラのファウストローブを身に纏い、その肉体を幼いものから大人のものへと変貌させ、手にしていた"吸収(アブソープション)"──罅割れたそれを握り潰した。

ガラスが砕ける音と共に、内包されていた"向こう側"の力を取り込む。

 

「お前を見ているとイライラする!」

 

何故かは分からない。初めて見た時から気に食わなかった。

世界中から英雄と持て囃されているから?

それに比べて大好きな父は、救った人々に謂われなき迫害を受けた末に殺されたから?

ただ一つ分かるのは、この男の存在そのものが、大好きな父を否定しているような気がして、許せなかった。

簡単に言えば目障りだ。

まるで高く聳え立つ壁として進むべき道を塞いでいるように思えて、とてつもなく邪魔で、排除しなければならないと感じた。

 

──だからこの男は、なんとしてもこの手で!

 

弦が幾重にも右腕に絡み付き、円錐形の馬上槍(ランス)のような形状を成す。

 

「...シェルブリットバースト...!!」

 

低く唸る肉食獣を連想させる声が響くと、カズヤが一直線に突撃してくる。

応じるようにキャロルもカズヤに向かって突っ込んだ。

 

「"シェルブリットのカズヤ"!! オレの前に立ちはだかるなぁぁぁっ!!!」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

二人同時に右腕を相手に向かって突き出す。

黄金に光輝く拳と、絃を束ねて作られた馬上槍(ランス)がぶつかり合う。

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「はああああああああああああああ!!!」

 

魂を剥き出しにしたかのように雄叫びを上げる両者を中心に、眩い光を伴って大爆発が発生し、世界は金の輝きを溢れさせた。




"向こう側の世界の扉"くん
「あ、そろそろ自分、出番っスか?」

サンジェルマン
「ウェルカム!」

全員
「すっ込んでろ!!」





ということで、今回のお話からカズヤはアニメ『スクライド』の『カズマ』と同じように、右目の瞳が金色のオッドアイとなります。
なお、カズマとの違いは、シェルブリット第二形態以上を使用しなくても右目の瞼の開閉が通常通り可能なこと。
これは、カズマが戦いの負傷が原因で瞼が閉じたままになってしまった──視力は失ってなくて、第二形態を発動させると瞼が開く──のに対し、カズヤは完全に視力を失ってから眼球と瞼そのものを再構成したからです。
アルター結晶体? のような存在だからできる芸当。なお、"向こう側"の影響を受けているので、瞳の色は二度と戻りません。





Q:フィーネさんや、強化型ギアの完成はまだかのう~?

A:「うるっさいわね! 今のシンフォギアって私が作ったものと全く別物なのよ! 暴れ馬よ暴れ馬! カズヤくんがモニターの向こうで何かする度にチカチカチカチカ点滅して、鬱陶しいのよ! 集中できないし目に優しくないの!!」


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闇の中でさえ、きっとあなたは輝いて

普段全くやらんから歌詞コードの入力忘れてたぁぁ!
ご指摘どうもです!!


直視すれば視力を失ってしまいそうな閃光が周囲一帯を覆い尽くし、その中心で収束されていた莫大なエネルギーが一気に炸裂、大爆発を引き起こす。

衝撃波が生まれ、有象無象の区別なく範囲内に存在するものを吹き飛ばした。

爆発の直前に危険を察知した未来は、これまでの戦闘で出来上がったクレーターに身を潜め、地面に這いつくばるように体勢を低くし、なんとか凌ぐ。

 

「ぐおおおおおおおおおっ!?」

 

その頭上にて、カズヤの悲鳴が通り過ぎていくのを耳にした。少し遅れて、ドゴンッ! という硬いものに何かがぶつかり壊れるような破砕音。

未来は爆発が収まったのを確認してから、疲労困憊の体を引き摺るようにして動かし、彼の元へと急ぐ。

 

「カズヤさん!」

 

最早元が何だったのか分からない瓦礫の山の中から、彼の右腕だけが出ていた。まるで助けを求めるかのようにこちらへ伸ばされたそれが、力なく揺れている。

橙色の装甲に覆われていたその右腕は、未来がそばに辿り着く頃には虹色の粒子となって霧散し、元の腕へと戻った。

敵を倒したかどうか分からない状況で、カズヤが能力を解除するとは思えない。恐らく、未来同様にオーバーシュートを起こしているのだ。

一度周囲を見回し、誰も襲い掛かってこないか確認する。辺りはシーンと静まり返っており、動くものは見当たらない。

カズヤが飛んできた方向とは逆方向を警戒するも、キャロルの姿は見えない。カズヤ同様に吹き飛ばされて瓦礫に埋もれているのだろう。できればそのまま気を失っていて欲しいものである。

二人が激突した中心は巨大なすり鉢状に地面が陥没しており、爆発の破壊力を物語っていた。

とにかく瓦礫を踏み越えて右腕の手首を両手で掴み、「えい!」と気合いを入れて引っこ抜く。

ガラガラと音を立て、意外にもあっさりとカズヤの体を引っ張り出すことに成功。

 

「ぷはっ!」

 

ボロボロな姿のカズヤが新鮮な空気を求めて大きく呼吸を繰り返す。

 

「...未来、無事か?」

「私のことより自分のこと心配しましょうよ」

「んなの後回しだ。奴は?」

「彼女なら──」

 

たぶんカズヤさんと同じように瓦礫の中、と言おうとしたら背後で爆音がした。

慌てて振り返れば、視界の奥で仁王立ちのキャロルが鬼気迫る表情でこちらを睨んでいる。

 

「...今のは流石に死ぬかと思ったぞ」

 

やはり瓦礫に埋もれていたらしい。爆音の正体は脱出の為に錬金術で瓦礫を内部から吹き飛ばしたものだろう。

彼女もカズヤと同じでボロボロだ。特に右腕なんて骨折したのかダラリと垂れ下がり、節々から流血している。だが痛みやダメージなど一切気にせず、爛々と光る目が言外に言っていた。次こそお前らを潰す、と。

 

「だが、これで終わりだ! "シェルブリットのカズヤ"!!」

 

右腕の傷を癒すこともせず、余計な会話など不要とばかりに残った左手を二人に向け、自身の周囲に錬成陣を展開させるキャロル。

 

「足下、気をつけろよ」

 

絶対絶命のピンチにありながら、カズヤは未来に肩を貸してもらいながら余裕の態度で不敵に笑う。

その態度が気に掛かり、キャロルは咄嗟に言われた通りに自分の足下に視線を向けてしまい、

 

「嘘だよバーカ」

「っ!!」

 

続いて聞こえた声に堪忍袋の緒が切れた。

今度こそトドメの一撃をくれてやる! と顔を上げたそこへ──

 

「推して参る!!」

「ぶっ潰れろ!!」

 

上空から、巨大な剣──しかも左右にミサイルを付属させたとんでもない代物が降ってきて、その大質量でキャロルを押し潰し爆発した。

 

 

 

 

 

自分達を守るべく前に立つ翼とクリスの後ろ姿。

 

「約束通り、なんとかしてみせただろ?」

「はい」

 

それに得意気になるカズヤに未来は微笑む。

 

「選手交代! こっからはあたしらに任せとけ!」

「強化型シンフォギアの力、とくと見よ!」

 

アームドギアを構え、肩越しに振り返り笑うクリスと翼。窮地に陥っていただけに、とてつもなく頼もしいと感じる。

 

「おう、後は任せたぜ」

「二人共、気をつけて」

 

声掛けに力強く頷き、装者の二人は前へと向き直る。

そしてカズヤと未来の背後に、緒川が音もなく、まるで瞬間移動でもしてきたかのように突然現れ、安堵の溜め息を吐いてから言う。

 

「カズヤさんはいつも無茶し過ぎです。今のだってタイミングがギリギリだったじゃないですか」

 

緒川は未来の反対側に回りカズヤに肩を貸して、「ここは翼さんとクリスさんに任せて離脱しますよ」と告げた。

 

「細けーことは気にするな!」

「「お願いだから気にしてください」」

 

呆れた口調の未来と緒川が見事に声を重ねつつ、カズヤを引き摺り戦線離脱を図る。

 

「くそっ、シンフォギア共め......! このままおめおめと逃がすか!」

 

先の攻撃をなんとか防いでいたキャロルが忌々しいとばかりにアルカ・ノイズを大量に召喚。

 

「させるかってんだ!!」

「二人には指一本触れさせん!!」

 

しかし、それを装者の二人が看過することもなければ許すこともない。

歌いながらアームドギアが振るわれる。クリスが放つ赤い光の矢と弾丸の嵐が、アルカ・ノイズを穿ち、穴だらけにして塵と化す。風のように疾走し突撃する翼が次々とアルカ・ノイズを斬り捨てる。

瞬く間に殲滅され数を減らすアルカ・ノイズに、キャロルの苛々は更に募っていくばかり。

 

「ちっ、シェルブリットと神獣鏡はここで死ね!!」

 

ついにキャロルが右腕に治癒を施し、撤退する三人に向けて突貫するが、まずそれをクリスの弾幕が妨げ、動きを止めた刹那に翼が大剣で斬りかかる。

 

「......邪魔をするな、シンフォギアァ!!」

 

完全に進路を阻まれ、激昂するキャロルに翼は怒濤の勢いで斬撃を繰り出していく。

翼の攻撃の合間を縫って、クリスの正確無比な銃撃が急所を狙う。

 

「言ったはずだ! 二人には指一本触れさせんと!!」

「往生しやがれ! クソッタレの錬金術師が!!」

 

障壁を展開し攻撃を防ぎつつ歯噛みするキャロルは、ここにきてある決断を下す。

既に"向こう側"の力を使い尽くした以上、想い出の焼却に手を出すしかないという、決断を。

 

(...シェルブリットと神獣鏡をここで始末できなかったのは痛いが、シンフォギアが出てきたなら次のプランに移行するまで)

 

努めて冷静になるよう気を落ち着けながらキャロルは思考する。

いくら強化型シンフォギアとはいえ、自身が消耗しているとしてもカズヤと同調していなければ恐るるに足りん。

故に彼女達は呪われた魔剣の力を使うはずだ。

そうでなくては困る。呪われた旋律を歌ってもらわなければ、カズヤと未来を排除できなかった以上、今回の襲撃が無意味と化してしまうのだから。

 

 

 

 

 

「...なんとか、間に合ったみたいね」

 

目が充血し、やつれた表情の調──ではなく、彼女の肉体を借りているフィーネがモニターを見つめながら疲れたように呟く。

一時はどうなるかと思ったが、翼とクリス、二人分の強化型シンフォギアが完成し、前線に投入することができた。

だが安心はしていられない。"向こう側"の力を使えなくなったからには、次は想い出を焼却し死に物狂いで戦いに臨むであろう。そんなキャロルに対抗するには魔剣の力を用いる必要がある。

運用テストすらしていないシステムをいきなり実戦投入することに、思うことがない訳ではないが、敵は待ってくれない。

 

「急ぎましょう。次は奏さんと響さんのガングニールです」

「ええ。先に完成させた二つのデータのお陰で、作業の最適化が見えてきたわ! 二つのデータをベースに最速最短でガングニールを組み上げるわよ!!」

 

疲労が色濃いエルフナインに促され、一時的に止めていた手を動かしフィーネは気合いを入れ直す。

カズヤによって何度も分解と再構成を経て、"向こう側"の力の影響を受けまくったシンフォギアは、フィーネが作成した頃と異なり、様々なステータス面でじゃじゃ馬のような存在──唐突に意味不明なエラーを吐いたり、おかしい所はないのに訳の分からないエラーが出たり──であったが、漸く扱いに慣れてきたところだ。

これなら奏と響のガングニールもすぐに完成させ、前線に送り出せる。

 

「切歌、出来上がったらさっきみたいにすぐに二人にギアを届けて!」

「了解デス!!」

 

最早機器を破壊しようとしているのではないかという勢いでタイピングするフィーネの言葉に、切歌がビシリッと敬礼した。

 

「調整用の基礎データが出来上がってノウハウさえあれば後はこっちのものよ! これならさっきの五倍、いえ、十倍の速度で完成させられる! よくも今まで散々手こずらせてくれたわねカズヤくん! でもね、できる女こと櫻井了子兼フィーネの私ならざっとこんなものよ!! アハ、ハハハ、アハハハハハハハ!!」

 

目を血走らせ、酷く疲労していながら、集中力を極限まで高めて作業を行うフィーネの狂気を滲ませた不気味な笑い声が研究室に響く。

 

 

 

 

 

クリスと翼の二人が戦い始めてから、十分という時間が経過している。

"向こう側"の力をその体に纏っていないにも関わらず、依然として高い火力を維持して激しい攻撃を仕掛けてくるキャロルに対し、二人は攻めあぐねていた。

 

「うるぅあああああああああ!!」

 

自身に迫る金の光をクリスは跳躍して回避し、空中で弩に変形させたアームドギアから赤い矢を二本、両手で合わせて四本をキャロルに向けて射出。

矢はそれぞれがクラスター弾となっているので、途中で小さくバラバラに砕け散り、豪雨のような弾幕となって降り注ぐ。

だがキャロルはそれを難なく防ぐ。手の平を前にかざし、その手前で円を描く動きで弦を高速回転させ、一発残らず弾いてみせる。

 

「はあああああああああ!!」

 

防御の態勢を取ったキャロルの側面から、翼が大剣を横薙ぎに振るう。

が、寸前で発生した障壁が阻み、甲高い音が鳴る。

 

(なんて堅牢な防壁だ!)

 

障壁ごと斬り裂くことは無理だと悟り、大人しく下がる。

次の瞬間、二人目掛けて竜巻が広範囲に吹き荒れたので、クリスと翼は更に距離を取り、仕切り直す。

 

(クソッタレがぁっ、なんつー火力だよ! "向こう側"の力を使ってねぇのに勢いが全然衰えてねぇ!)

(これがエルフナインが言っていた、想い出の焼却によって得られる力か......なるほど、確かに代償に値するだけの出力を有している!)

 

二人は互いに目配せする。このままではジリ貧だ。なんとか戦えているが、敵の高火力、及び広範囲攻撃に手を焼いていた。このままではいずれ強引に押し切られてしまう。

ここは勝負に出るべきか? チラリと脳裏に過るのは、シンフォギアに新たに搭載された決戦機能。

イグナイトモジュール。

説明を受けて、使いこなすことさえできればカズヤと同調しなくても絶大な力を得られることは理解できた。

だが、いざ使おうと思うと、どうしても二の足を踏んでしまうのだ。

呪われた魔剣の力。それは今まで散々頼ってきたカズヤの力──あの温かな光と輝きとは対極に位置するもの。

 

(情けねぇ...カズヤが後を任せてくれたってのに、あたしも先輩もビビってやがる)

(覚悟は決めたはずなのに躊躇ってしまう...もし制御に失敗したら、そんな考えが頭から離れない)

 

はっきり言えば怖かった。

デュランダルを手にして暴走状態に陥ったかつての響の姿を目の当たりにし、更にその暴走状態を止めたのもカズヤであっただけに、もし制御に失敗し暴走したら、今の状況で一体誰が自分を止めてくれるのか? という考えが頭を埋め尽くし、恐怖が心を縛る。

胸に抱えていた不安がネガティブな思考となり、その思考が躊躇を生み、躊躇は迷いに変わり、迷いが決心を鈍らせていく。

そして最終的に、カズヤとの同調だったらこんなに悩む必要などないのに、むしろ喜んで使うのに、という言い訳染みた思いを形成していく。

そんな後ろ向きな思いが、猛攻を凌ぎながら戦う二人の姿から徐々に精彩さを奪っていた。

 

「その程度の歌でオレを満たせるなどとっ!!」

 

キャロルが腕を振るい、絃が走りコンクリートを切り裂きながら二人を襲う。

左右に別れて回避するが、クリスには火炎が、翼には水流が追撃として飛来した。

それもギリギリで躱して反撃に移るものの、敵の防御は鉄壁だ。障壁を前に銃撃も斬撃も容易く弾かれる。

 

「最初の威勢は何処に行った? 玉を隠しているなら見せてみろ。オレはお前らの全ての希望をぶち砕いてやる」

 

一旦攻撃の手を止めて挑発するような口調で言ってくるキャロル。こちらの葛藤を見透かしたその視線には嘲りが含まれていた。

 

「...ちっ、付き合ってくれるよな? 先輩!」

「......無論、一人で行かせるものか」

 

舌打ちし、ついに覚悟を決めた、というよりは破れかぶれな感じの雰囲気なクリスに、数秒黙考してから翼が頷き、二人の手が己の首元に伸びる。

その時だ。

 

「ちょっと待ってぇぇぇぇ!!」

「よし、間に合った!」

 

遥か後方から、ミサイルに乗ってやって来た響と奏が二人のそばに降り立つ。

当然、ガングニールのシンフォギアをその身に纏って。

 

「イグナイトモジュール、まだ使わないで!」

 

駆け寄ってきて必死に二人を止める響にクリスと翼は戸惑った。

こんな時にイグナイトを使うなとはどういう了見だ? と。

響の言にキャロルも訝しんだのか、目を細めて成り行きを見極めようとした。

奏も響と同様に翼とクリスのそばまで近寄り口を開く。

 

「カズヤから二人に、ていうかアタシ達全員に伝えたいことがあるって」

「はい。ただ一言、『お前らが信じる胸の歌を俺に聞かせろ』って言ってました!」

「「っ!!」」

 

彼らしいそのシンプルな言葉は、二人の弱気になっていた心に活を入れる。

そうだ。どうして自分達はあんなに恐れていたのか。

Project IGNITE(プロジェクトイグナイト)の説明を受けた時、誰よりも不安を抱え装者達を心配してくれていた彼が最後には、覚悟を決めて信じると言ってくれたのを、今の今まで忘れてしまったのか!?

カズヤが全幅の信頼を以て信じると言ってくれたならば、一体何を恐れることがある!!

 

「ありがとう。奏、立花」

「今ので凄ぇ気合い入った」

 

明らかに纏う空気が変わった二人に、奏と響は顔を見合わせて笑い合うと、四人は揃って自身の首元に手を伸ばす。

 

「信じよう、胸の歌を! 

 カズヤさんが信じてくれる私達自身を! 

 カズヤさんがくれたシンフォギアを!!」

 

響の明るい声と同時に四人は首元のペンダントを外した。

 

イグナイトモジュール、抜剣!!

 

《Dainsleif》

 

四人が叫ぶのに一拍遅れてそれぞれのペンダントから電子音声が響く。

放り投げられたそれぞれのペンダントが空中で静止後、光の剣を形成し、胸の中心に突き刺さる。

 

 

 

 

 

【闇の中でさえ、きっとあなたは輝いて】

 

 

 

 

 

それは想像を絶する不快感と嫌悪感をもたらしてくれた。

まるで臓物を抉り取られるような感覚と、全身の肌に大量のムカデが這い回っているかのような感覚が同時に襲う。

事実、己の肉体は内側も外側も漆黒の闇──呪いに塗り潰されており、魂すらも汚染されているようだ。

カズヤとの同調が天に昇るような極上の気分になるものだとしたら、これは地獄の責め苦、まさに拷問だった。

 

「ぐ、がぁっ!」

「ああああああ、ああああ!!!」

「ぎ、ぐぅぅ!!」

「うううう、うああああ!!」

 

誰かが苦し気に呻いているのが聞こえる。それが自分の口から漏れたものなのか、隣の誰かのものなのか、それすら分からないし気にしている余裕もない。

気持ち悪い、吐き気がする。視界が闇色に染まっていく。許されるなら今すぐにでもこの状況から逃げ出したい。

底なし沼に沈むように、爪先から頭頂部まで暗黒に覆われる。

 

──殺せ。

 

耳に、頭に、心に刻み込もうと轟き蠢く殺戮衝動。

 

──壊せ。

 

敵を、目に映るもの全てを、何もかもを滅茶苦茶にしてやれと促す破壊衝動。

 

──憎め。

 

過去に経験した嫌な思い出が甦り、急激に負の感情が膨れ上がっていく。

なんで自分がこんな目に?

どうしてこんなに辛い思いをしなければならない?

自分のせいじゃないのに、何も悪いことなどしていないのに、何故こんな理不尽を叩きつけられなくてはならないのか?

誰もが少なくとも一度は抱く感情。

脳裏に映るは過去の心の傷(トラウマ)

深淵に封じ込めていた闇が晒け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛く苦しいリハビリを終えて退院した自分を待っていたのは、常軌を逸した壮絶なイジメだった。

いや、それはもう迫害と言っても過言ではない。

学校では無視されることから始まった。持ち物が紛失したり捨てられたりするのは序の口で、『死ね』『人殺し』『税金ドロボー』などと落書きされたり、トイレに入っていたら外から水をぶっかけられたり、突然罵詈雑言を浴びせられたり。ありとあらゆる嫌がらせを受ける日々。

家に帰っても地獄は続く。

石が投げられ窓が割れる。家に落書きや貼り紙がされる。深夜から朝まで家の前で不良のような連中が集まって騒いでいたり。

母も祖母も毎日辛そうな顔をしていて、笑顔を浮かべることがなくなった。

そして何より、大好きな父がいなくなってしまった。

あんなにリハビリを頑張ったのに、大変だったのに、元気な姿を見せれば皆喜んでくれると思ったのに!

あのライブの惨劇で自分が生き残ったせいで、家族が壊れた。

 

「うあ、あああ、あああああああああああ!!」

 

 

 

歌で世界を平和にする。そんな夢を携えた両親に連れられて訪れた国で、真の孤独を味わう。

爆弾によって物言わぬ肉の塊と化した大好きな父と母。

血溜まりに沈む二人の体が、目に焼き付いて離れない。

両親を失い悲しみに暮れる間もなく、捕虜として人権を剥奪され物として扱われる地獄の日々が始まる。

痛かった、辛かった、悔しかった、怖かった、何より寂しかった。

だけど、助けて欲しいのに誰も助けてくれない。

だから憎んだ。憎んで憎んで憎み抜いた。自分を辛い目に遭わせる大人達を、人の命を容易く奪う兵器を、戦争を、政治家を、テロリストを、戦う力を持つ者達を、そして自分を独りぼっちにした大好きな両親を。

この世はクソッタレで、大人は皆クズで、信じられるものなんて存在しない。

目に映るもの全てが嘘っぱちで、反吐が出る。

どうせ失ってしまうなら、独りぼっちの方がマシだ。

己にそう言い聞かせて、何もかもを拒否、拒絶、否定を繰り返す。

でも、本当は独りぼっちが嫌だった。

手にいれたものを失うのが怖かった。

暗闇の中で、独り膝を抱えて泣きじゃくる。

独りは悲しい、辛い、寂しい、苦しい、とても寒い。

かつて幸せに暮らしていたあったかい場所が、両親のように自分を愛してくれるあったかい人が、心の底から欲しかった。

 

「嫌だ、独りぼっちはもう嫌だあああああ!!」

 

 

 

当たり前だと思っていた日常は、実は奇跡が積み重なって生まれた尊い存在で、そして理不尽にも一瞬で瓦解するものだということを思い知る。

妹と一緒に両親の仕事を見せてもらう機会があった。

その時、ノイズが現れ、家族は自分だけを残して皆塵となって消えた。

目の前で、ボロボロと崩れ落ちる家族の肉体。その様は、まさに当たり前の日常が砂上の楼閣と同じであることを示していたと感じる。

ノイズによる被害なんて、遠い世界の不幸な出来事だと思ってたのに。

その瞬間まで、自分には関係ないとずっと思い込んでいた。

許せなかった。

憎かった。

家族を殺した存在が。

この世の不条理が。

自分にとっての当たり前の日常を奪った理不尽が。

けれど一番許せなかったのは、最も憎んだのは、あの時何もできずに見ているだけだった自分自身だ。

だからこそ望んだ。仇を討つ為の力を。奴らを皆殺しにできる力を。

そして、一人生き延びてしまった自らを地獄に落とすことを。

奴らを皆殺せるのなら自分には幸せなんて要らない。

奴らを消し去れるなら自分のことなどどうなってもいい。

奴らを蹂躙できるなら、かつての当たり前の日常なんて戻ってこなくていい。

憎しみを糧に敵を呪い、己を呪った。呪い続けた。

 

「殺す、皆殺しにしてやるぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 

衝撃の事実を聞かされたのは、まだ幼い頃で、当時のことは今もはっきりと覚えている。

自分を最も愛してくれると思っていた父が、実は腹違いの兄であり、その人が望んで自分が生まれた訳ではないことを。

愛されていたのではなく、疎まれていた。憎まれていた。忌々しいと思われていた。

所詮、風鳴の道具。穢れた血族の末裔。護国の為の剣でしかない。

そう冷たく宣告された瞬間、信じていた現実が崩れていく。

それでも愛されたくて、認められたくて、健気に言い付けを守り、真面目に努力を重ね続けた。

頑張れば、いつか自分を愛してくれる。認めてくれる。褒めてくれる。そう信じて。

ただそれだけの為に、ひたすら自分に言い聞かせた。この身は剣なのだ、自分は防人なのだ、と。

しかし、どんなに頑張っても、どれだけ時間が経とうとも、面と向かって褒められたこともなければ認めてくれたことなどない。

自分が何か悪いことをした訳ではないのに、生まれのせいで、誰もが当たり前のように享受しているものを受け取ることができない。

ただ、一人の娘として愛されたかった。認めて欲しかった。よく頑張ったと褒めて欲しかっただけなのに!

どうしてそんなに冷たい態度なのか。どうして自分を見てくれないのか。どうしてそんなに自分に対して厳しいのか。

どうして? どうして? どうして?

自分の存在そのものが、そんなに悪いのか?

普通でいられないのなら、当たり前のように愛してくれないのなら、こんな家になど生まれてきたくなかった。

 

「あああ......お父様ああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令部内にけたたましいアラートが鳴り響く。

モニターの向こうでは、その身を暗黒に染め、理性の宿らぬ瞳で、思わず耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げ続ける装者四人の姿があった。

 

「システムから逆流する負荷に、四人の精神が耐えられません...!」

「このままでは装者達が!」

「...暴走」

 

切羽詰まった声音で朔也とあおいが報告を飛ばし、それを聞いた弦十郎は渋面を作る。

 

「やはり、ぶっつけ本番では......」

「そんな!!」

「なんとかならないんデスか!?」

 

緒川が俯き、顔面を蒼白にするセレナと切歌が訴えるが、誰も応えない。

 

「......そうだ! 了子さんとエルフナインちゃんに何か聞ければ......」

 

ハッとしたように朔也が藁にすがる思いで二人に連絡を取ろうとするが、研究室からの返事はない。

不安になって慌てて研究室の監視カメラを確認すると、

 

「嘘だろ! 二人共気絶してるのか!?」

 

嘆いた通り、これまでの無理とラストスパートが祟ったのか、白衣姿の二人は研究室の床に倒れて意識を失っていた。

 

「よりにもよってこんな時に!!」

 

マリアが頭を抱えてヒステリックに喚く。

 

「すぐに二人を医務室に搬送します!」

 

血相を変えた緒川が司令部を後にする。

 

「カズヤさん......響達、が...............え?」

 

不安げに瞳を揺らす未来が隣のカズヤに視線を向けて、あり得ないものを見てしまったとばかりに固まった。

 

「どうして、笑ってるんですか?」

 

彼は唇をニヤリと吊り上げ、嬉しそうに笑っていた。

しかもだ。先の戦闘で負傷した為に再構成で修復した右目──金色になってしまった瞳が妖しく輝き、更に右目から血涙が流れ頬を濡らしている。

明らかに様子がおかしいカズヤを、誰もがギョッとしたように見つめる中、彼はくつくつと一頻り笑いを堪えた後、漸く口を開く。

 

「右目を完全にアルター化させちまったせいか、シェルブリットを発動させなくても今のあいつらと繋がってる感覚があるんだよ」

 

......それは、言いたいことはなんとなく分かる。シンフォギアは今までに何度かカズヤによって、分解と再構成が行われている。右の眼球もつい先程同様に分解と再構成を経た。再構成されたもの同士が共鳴するのはおかしくない。右目の血涙、淡い金の光を放つ右の瞳は、現在のギアの状態から何らかの影響を受けているのだろう。

 

「んで、繋がってるせいか右目に見えちまうし、感情とかもダイレクトに伝わってくるんだわ。あいつらの心の闇ってやつが」

「心の、闇」

「ま、それがどんなもんかってのを言うのは憚れるから流石に言わねーけどな」

 

反芻する未来に肩を竦めてみせてから彼は続ける。

 

「......あいつらの心の闇を見て、知って、感じて、俺はこう思う訳だ。もし俺が同じ立場だったら、あいつらみたいに笑えるか? って。響みたいにいつも元気いっぱいでいられるか? クリスみたいに他人を思いやれるか? 奏みたいに前を向けるか? 翼みたいに真面目でいられるか?」

 

そこで一旦区切りを入れて溜め息を吐く。

 

「俺には無理だ。きっと何処かでひねくれる」

 

はっきりと断言した声は、声量は大きくないものの司令部にやけに響いた。

 

「あいつらは、とんでもねーほど辛い経験してるのに、俺の前で笑う時はそんなこと微塵も感じさせねーんだ。マジでスゲーよ、心の底から本気で尊敬する」

 

あなたの前では笑顔になれるから、あなたが私達を幸せな気持ちにしてくれるんですよ、そう喉から出かかった言葉を未来は口を噤むことで止めた。今言うべきことではないと考えたからだ。

 

「だからかな。あいつらのこと、これ以上ないほど好きなのに、ますます好きになっちまった。こんな時に不謹慎だけどよ、なんだかそれが妙に嬉しくて、つい笑っちまったんだ」

 

つぅ、とまたしても一滴の血涙が右目から零れ落ちる。

頬を伝わった赤い雫が顎に到り、滴ったそれが床を濡らす。

それから彼はおもむろに朔也のそばまで歩み寄ると、落ち着いた穏やかな声でこう言った。

 

「通信の音量を最大まで上げてくれ。俺の声があいつらに大音量で聞こえるように頼むわ」

「カズヤくん、な、何をするつもりだ?」

 

戸惑う弦十郎が皆を代表するように問えば、彼は悪戯小僧のような人懐っこい笑みで答えた。

 

「決まってんだろ。伝えるんだよ、俺の今の気持ちを」

 

次いで、すぅぅぅぅ!! と大きく息を吸う彼の姿を見て、インカムを装着していた者達は誰もが咄嗟に耳から外す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響、クリス、奏、翼、おい聞こえてるか!? 聞こえてんならそのまま聞け! 聞こえてなくても聞きやがれ!! 前にも言ったけどな、俺はお前らの歌も、お前ら自身のことも大好きだっ!! けどな、今は前よりももっと好きだぞっ! ったくお前らは、どんだけ俺を魅了すれば気が済むんだっつの! とっくに俺は落ちてるってのに、これ以上俺をどうしたいんだよ!? もうこうなったら許さねぇからな、俺はお前らを絶対に死んでも離さねぇ! だから、だから、俺に歌を聴かせてくれ! お前らの嘆きも、怒りも、悲しみも、苦しみも、憎しみも、寂しさも、不安も、不満も、辛い思い全部引っくるめて俺が呑み込んでみせるから、お前らの全部を、俺にくれっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の存在さえも見ることができない闇の中で、確かに眩い光を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名前を呼ばれ、瞬時に悪夢から覚める。混濁していた意識が何事もなかったかのように、すぐにはっきりとした。

聞こえてる声に、言葉に、知らず息を止めて聞き入る。

 

「.........声がデケェよ、バカ野郎......あと、そういうことは二人っきりの時に言えっての」

「ああ、バカだ......通信越しに鼓膜を破裂させるつもりか、あいつは......まあ、気持ちは十二分に伝わったが」

 

込み上げてくるものに耐えられず、涙声で罵るクリスに翼が嗚咽を堪えながら同意した。

 

「でも、お陰で目が覚めたよ。カズヤのバカさ加減に感謝しなきゃ......ていうか、なんであいつっていつもシラフであんな恥ずかしいセリフ言えんの? そりゃ、すっごく嬉しいんだけどさ」

「そうですよ! 大好きとか、死んでも離さないとか、全部くれとか、その、いつもド直球なんですよ、カズヤさんって!!」

 

これまでの苦しむ様が嘘のように、凛とした表情でいながら若干恥ずかしそうに頬を染めた奏の声に、響が同様に顔を赤くしながら元気良く応じる。

示し合わせたように顔を見合せ、笑い合う。

不思議と四人は笑顔を浮かべるほどの余裕が生まれていた。

彼女達はこの時点で悟ったのだ。今まで自分達を苦しめていた心の闇は、呪いは、見せられていた悪夢は、あくまでも過去の自分自身を映した鏡でしかないということを。

忘れてしまいたい記憶。封印していた忌まわしい過去。二度としたくない思い。魔剣によって掘じくり返され増幅された各々の負の感情は、確かにかつての自分達で間違いない。それは認めざるを得ない。

だが、それがどうした!!

所詮過去は過去だ。今更泣いても喚いても変えることはできない。

なかったことにするなど不可能だ。

ましてや、自分自身から逃げることも、目を背けることも許されない。そんなことになど意味はない。

だけど、過去に縛られるつもりは毛頭ない。過去に囚われていても前には進めない。過去を乗り越えてこその今があり、そして未来に向かって歩んでいくことができるのだ。

 

 

──だって、今はあの時とは違うのだから。

 

 

だから俯かない。顔を上げてしっかりと前を見つめた。

今の自分には苦楽を共にする友が、一緒に戦う仲間がいる。

何よりもこんな自分達を受け入れ、あんなにも情熱的に求めてくれる男がいる。

ただそれだけの事実に胸が高鳴り、ドクンッ、と魂に火が点く。

すると同時に、全身を襲っていた不快感、嫌悪感、気持ち悪さ、吐き気などの一切合財がなくなっていく。

むしろどんどん力が漲ってくる。

精神を蝕んでいた破壊衝動も、意識を浸食していた殺戮衝動も、気づけばいつの間にか消えていた。

代わりにあるのは、胸の奥底から沸き上がる熱い想いだ。

心臓がエンジンのようにバクバクと脈打ち、血が沸騰したかのような錯覚を覚える。

全身が、心が、魂が激しい炎の如く燃え滾るのを感じた。

 

「「「「輝け」」」」

 

まるで事前に打ち合わせをしていたかのように、四人は揃って口を開き言葉を紡ぐ。

すると靄のように全身に纏わりついていた闇が、呪いの力が、()()()()()()()()

その光と輝きは、さながら凄腕の宝石職人によって丹念に、美しく磨かれたブラックダイヤモンドのようだ。

 

「「「「もっとだ! もっと!!」」」」

 

声に合わせて黒い宝石の光はより輝きを増す。大きく膨れ上がり、溢れ、周囲を満たし、埋め尽くす。

 

 

もっと輝けえええええええええええええええええええええっ!!!

 

 

そして漆黒に光輝く力を、その身に纏う。

 

 

 

 

 

「モジュール稼働、セーフティダウンまでのカウント、開始します!」

 

朔也の声に合わせてモニターの一部にカウントダウンが表記される。

 

「...黒く輝く、黒いギア...」

 

呆然とマリアが呟いた通り、歌い始めた装者四人が纏うシンフォギアは、全体的に鋭く刺々しいデザインであり、インナーやプロテクター、手にしたアームドギアなどの全てが黒を基調としているのに加えて、妖しさと禍々しさを孕んだ黒い光を放っていた。

 

「呪いの力なのに、眩しいくらいに光ってるデスよ!」

「闇という存在でありながら光輝く...この矛盾を内包した姿が、カズヤさんのシェルブリットと魔剣が融合した強化型シンフォギア、イグナイトモジュール...」

 

切歌が仰天しながらモニターを指差し、セレナが姉同様に呆然としながら訥々と語る。

 

「カズヤさん!」

「ああ」

 

未来が満面の笑みで隣に顔を向ければ、カズヤは当然の結果だと言わんばかりに頷く。

彼の右目からは既に血涙が止まっており、モニター越しに装者四人を見つめる右の瞳は、淡い金の光を優しく放っていた。

それから彼は勝利を確信して叫ぶ。

 

「やっちまえ!!」

 

 

 

キャロルはまず様子見なのか、アルカ・ノイズを大量に召喚する。

 

『検知されたアルカ・ノイズの反応、約七千!』

 

その数、総勢七千。通信越しにあおいが切迫した声を聞いている間に、アルカ・ノイズの群れは周囲一帯をあっという間に埋め尽くし、殺到してくる。

だがそんな多勢に無勢な状況を前にしながら、装者四人は全く怯むことなく前に出た。

 

「たかだが七千!」

「慣らし運転にはむしろ足りないくらいだ!」

 

まず先に響と奏のガングニール組が爆発的な速度で踏み込んで突撃。

響のガントレットが変形し、装甲がより厚くより大きく、より無骨で強固なフォルムとなり、凄まじい打撃力を正面に叩きつける。拳を突き出されたアルカ・ノイズは勿論、直線上にいたもの達も貫通力の高い衝撃波を食らい一瞬で塵と化す。

奏はアームドギアである槍を二振り──二刀流ならぬ二槍流で振り回す。穂先を高速回転させ、二振りの槍からそれぞれ黒い風が生まれ、それは瞬く間に巨大な竜巻となって敵の群れを呑み込み、高く舞い上げ磨り潰す。

 

「二人に続くぞ、雪音!」

「当たり前だ! 派手に暴れてやるよ!!」

 

刀状のアームドギアを上段に構え、渾身の力で振り下ろす翼に、大量のミサイルを大小問わず発射する砲台へとアームドギアを変形させたクリスが応じる。

放たれた斬撃は高層ビルさえ両断する規模の巨大な黒いエネルギーの塊となってノイズ達を蹂躙。

発射されたミサイル群は一度高く上昇してから、狙いを定めて雨霰と振り注ぎ、我が物顔で制空権を侵していたもの、地上に蔓延っていたものを纏めて広範囲に殲滅していく。

四人のギアの出力はカズヤとの同調時と遜色なく、繰り出される技は一つひとつが同調時のシェルブリットバーストに匹敵するほど。

エルフナインとフィーネは、見事なまでにProject IGNITE(プロジェクトイグナイト)を成功させたのだ。

 

「臍下辺りがむず痒い......!」

 

召喚した先から処理されるアルカ・ノイズの様子に、やがて笑みを浮かべたキャロルが動く。

アルカ・ノイズごと巻き込むように、弦を響と奏に向けて飛ばす。

難なく回避したところに火炎と水流が迫るが、響は火炎を右拳でぶん殴ってあっさり消滅させ、奏は二振りの槍をクロスするように振り下ろし容易に斬り裂く。

 

「っ......!!」

 

あまりにも簡単に凌がれたことに眉を顰めたキャロルに、二方向から黒い斬撃と黒いエネルギー弾が飛来。翼とクリスからの攻撃だ。

一目見て障壁など張るだけ無駄と判断し、後方へ大きく跳躍して下がり躱すキャロルの姿に、奏が咆哮を上げる。

 

「逃がさない!!」

 

二振りの槍を合体させ、一振り長大な槍──牙が並ぶ肉食獣の顎の骨にも似た形状──にすると、その先端から暗黒のエネルギーが迸った。

これは躱せない、と察した彼女は自身を食らい尽くさんと迫る闇の力に、錬金術の極光を発射して全力で対抗するが、

 

 

「シェルブリットォォォォォォ──」

 

 

そこに更に襲いかかってきたのは響だ。奏の攻撃に対抗している隙を、完全に無防備となった側面から、弾丸のような速度で飛び掛かってくる。

その右腕をカズヤのシェルブリット──当然色は黒い──へと変じさせ、暗黒に染まった拳を振りかぶっていた。

手首の拘束具が弾け飛んで、それにより手首から肘まである装甲のスリットが展開し、手の甲に開いた穴に凄まじいエネルギーが──黒く光輝く呪いの力が収束していく。

 

 

「──バァァァァストォォォォォッ!!」

 

 

全身全霊の右ストレートが、キャロルの頬をぶん殴る。

瞬間、先ほどのカズヤとは真逆の、世界全体を闇に沈めるかのような暗黒が弾け、爆裂した。

 

 

 

 

 

仰向けに倒れたキャロルのそばまでゆっくりと歩み寄ってから、彼女の顔を覗き込めるように響は両膝を突く。

ファウストローブが解除され、幼い姿へと戻り、仰向けに倒れているキャロルの姿は、これ以上ないほど酷かった。

服はボロ雑巾みたいで、血と埃塗れの小さな少女。

こんな風になるまで戦うことをやめなかった彼女にとって、父──イザークという人物はそれほど大切だったのだ。

 

「キャロルちゃん、もうやめよう......世界を壊しても、きっとキャロルちゃんのお父さんは喜んでくれないよ」

「......もう父の顔すら思い出せん。想い出を焼却、戦う力に変えた時に」

 

この一言に響は息を呑む。

響の表情が歪んだのを見て、キャロルはせせら笑う。

 

「ふっ......その呪われた旋律で、誰かを救えるなどと思い上がるな」

 

そう言い残すと、キャロルの肉体は瞬く間に翡翠色の炎に包まれていく。

 

「キャロルちゃん!? ああ、ああ、あああ、ああああああああああああ!!」

 

自決。そんな光景を目の前にした響の慟哭が戦場跡に虚しく響いた。

やがて炎が収まり、黒い煙を上げる消し炭だけが残された光景を眺め、彼女は一人かぶりを振る。

 

「呪われた旋律、誰も救えない......そんなことない、そんな風にはしないよ、キャロルちゃん。呪われていようが呪われてなかろうが関係ないんだよ......だって私の手は、誰かを救う手だってカズヤさんが言ってくれた。だから私は、躊躇うことなくいつまでもこの手を差し伸べ続けるんだ」

 

だからいつまでも後味の悪い勝利に俯いてなどいられない。

そう考えて顔を上げた響は、キャロルだったものから立ち昇る黒煙が消えてなくなるまで空を見つめていた。




私が今回のお話を書いてる時に、アプリゲームのシンフォギアの方では、イベントにて奏、セレナ、未来の三人にイグナイトモジュールが実装されました。
この作品でもイグナイトがそろそろお披露目になるというタイミングで、なんてタイムリーなことなんだと思ってしまったり(笑)。
ということで、今回の奏(と今後のセレナ)のイグナイトはアプリ版のイラストを見てイメージしてくださいね!
ぶっちゃけ今回イグナイト使用時の奏については、アプリ版を見てから描写してますので、まんまじゃねーかと思います。
......でも、槍を二振り装備した奏を見て、岸田メル先生のダブルソードを連想した私は頭おかしいかもしんない......


次回は水着回だ!!


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夏! 海! そして──

私の夏休みは、ないです(泣)


チフォージュ・シャトーに再び訪れた招かれざる客、パヴァリア光明結社の三幹部──サンジェルマンとカリオストロとプレラーティ──に対応せねばならない事態に、ミカを除いたオートスコアラーの三体は頭を抱えたい気持ちを必死に堪えていた。

 

「...ご用件は?」

 

主不在のこの状況下で、下手な対応をすれば全てがご破算になると思考を巡らせながら、ファラが慎重に問う。

こちらはついさっきまでS.O.N.Gの連中とやり合っていたのだ。それをサンジェルマン達が知らないはずがないだろう。むしろ高みの見物を決め込んでいたはずだ。

だとするなら、三人の目的は自ずと分かる。

 

「"吸収(アブソープション)"を回収させてもらう」

 

やはりそう来たか!

淡々とした口調のサンジェルマンの言葉に、ファラとレイアはなんとか無表情を貫いたが、ガリィはあからさまに顔を顰めてみせた。

 

「安心しろ。別にただで全て寄越せとは言わない。回収するのは残り四つの内の一つで構わない。それに見合うだけの労働力も提供する」

 

思わず顔を見合せてしまうファラ達三体。

サンジェルマン達がその気になれば、キャロル不在の今、ファラ達三体を力ずくで倒し、強引に"吸収(アブソープション)"を全て回収することなど造作もない。

何故、そうしない? 

不審に思いながらもファラは口を開く。

 

「労働力とは?」

「前回とあまり変わりはない。お前達オートスコアラーの修復や、破損していなければ行われていたであろう仕事の肩代わりなどだ」

「その報酬として、"吸収(アブソープション)"を一つ回収させろと......」

「言っておくが、回収するのはあくまでも"向こう側"の力が溜め込まれている"吸収(アブソープション)"だ。中身が空では意味がない」

「変なトンチ利かせてお茶を濁そうとしたら、ただじゃおかないわよ」

「その時は相応の覚悟をしてもらうワケダ」

 

鋭い目付きで釘を刺してくるサンジェルマンに続き、カリオストロとプレラーティが冷笑を浮かべて警告してくる。

悪くない条件、いや、むしろこれは破格だと思われた。

ファラ達としては、サンジェルマン達がこの場に現れた時点で全てが終わってしまったと考えていただけに、彼女達の気が変わる前にこの契約を結びたい気持ちでいっぱいだ。

何せ、問答無用で襲われることを想定していたのだから。

 

「これ、もしかしてかなり良いんじゃないの!?」

「地味に好条件。マスターが不在でミカが動けない現状、"吸収(アブソープション)"一つで納得してくれるなら逃す手はない」

 

ガリィとレイアの意見はもっともだ。ファラも反対理由が見当たらない。

勝手に決めてしまってキャロルには申し訳ないが、これを蹴ったら実力行使に出られるかもしれないので、相手の提示する条件を呑まない訳にはいかない。

 

「...分かりました。ですが、報酬を渡すのは仕事が終わってからで構いませんね?」

「ああ、勿論だ」

 

漸くファラが頷くと、サンジェルマンが満足気に微笑む。

そんなサンジェルマンの横顔を左右から見ながら、内心ウキウキで堪らないんだろうな、と思うカリオストロとプレラーティであった。

 

 

 

 

 

【夏! 海! そして──】

 

 

 

 

 

眩しく輝く太陽、夏らしい入道雲と青が広がる快晴、潮の匂いを含んだ風、太陽に照らされて熱くなった砂浜、水が綺麗で今すぐ飛び込みたくなる海。

それらを前に、カズヤは自然と笑みを作り、海に向かって一人言を呟く。

 

「台風一過とはよく言ったもんだな。昨日の台風が嘘みてーだ」

 

上は白い薄手のパーカーだけ、下は膝が隠れない程度の丈の長さを持つ、迷彩柄のサーフパンツの水着。鼻の上にはストレイト・クーガー仕様の色違いの黒いサングラスを引っ掛け、足にはビーチサンダル。

そんな出で立ちのカズヤは、装者達と共に政府保有のプライベートビーチへとやって来ていたのだ。

こういう経緯となったのは数日前のこと。

司令である弦十郎が言った。

 

『新たな力の投入に伴い、ここらで一つ特訓だな』

 

特訓? と各々が様々な表情を浮かべる中、一人本気で嫌そうにしていたクリスが印象深い。

弦十郎曰く、

 

『オートスコアラーとの再戦に向け、強化型シンフォギアとイグナイトモジュールを使いこなすことは急務である。近く、筑波の異端技術研究局にて調査結果の受領に向かう。諸君らはそこで、心身の鍛練に励むといいだろう』

 

とのこと。

それを聞いて張り切り出したのは響で。

 

『特訓と言えばこの私! 任せてください!!』

 

という訳で響主催の特訓が課せられたのであったが。

 

「完全に持ち物が海水浴しに来ただけって感じなんだよなー」

 

男故か誰よりも早く着替え終わったカズヤは、ぶつぶつ言いながら、砂浜のテキトーな場所にパラソルを幾つもおっ立てて、そのすぐそばに折り畳み式のプールサイドチェアを設置する。

 

「ま、ここ最近は戦ってばっかだったし、あいつらには良いリラックスになるかね」

 

自分としては戦ってばっかでも全く支障はないのだが、年頃の乙女達である他の面子はそういう訳にもいかない。

浮き輪やビーチボールの類いを膨らませる作業が終わると、後は女性陣がやって来るのを待つだけとなる。

設営、と呼ぶには簡単過ぎる仕事を成し遂げ、パラソルの下で椅子に寝っ転がってると、

 

「カズヤさぁぁぁん!」

 

大きな声で元気に名を呼びながら駆け寄ってくるのは、黄色いビキニ姿の響。

 

「よっ。お前が一番乗りか」

 

椅子から立ち上がり、サングラスを外してその姿を上から下までしげしげ眺める。

年頃の少女らしさの中に、上から下まで程良く肉が付いた健康的なセクシーさと色気が含まれていて、とても可愛らしくて綺麗だ。

 

「はい! その、早く水着姿を見て欲しくて......あの、どうですか?」

 

目の前で立ち止まるや否や、急にしおらしい態度になり、モジモジしながら頬を朱に染め、上目遣いで尋ねてきたので、率直に感想を伝えることに。

 

「良いな、スゲー似合ってる。響らしくて可愛いし、綺麗だ」

「えへへ...ありがとうございます......それじゃあ、行きましょうか」

 

花咲くような笑みを浮かべ、響はカズヤの手を取るとグイグイとかなり強い力で引っ張ってきた。

 

「行くって、何処に?」

「あっちの岩影の方です。あそこならここから死角になってて見つからないでしょうし」

「? 皆のこと待たなくていいのか?」

「むしろ待ってたらダメなんです! 皆が来る前に早く二人っきりで逃げぐふぅぅぅっ!?」

 

響は最後まで言い切ることができず、悲鳴を上げながら砂浜にズザザーッとぶっ倒れた。というか、ぶっ倒された。

背後から飛び蹴りをかましてきた水着姿のクリスによって。

その後ろには未来もいた。

全力ダッシュでもしてきたのか、二人は肩で大きく息をしている。

 

「ほら、私の言った通りだったでしょ。一人だけやたら急いで着替えてると思ったら、やっぱりこれなんだから」

 

白と紫のシンプルなデザインのワンピースという水着姿の未来が呆れたように吐き捨てた。

露出を抑えた水着、かと思えば背中はえぐいくらいに開き丸出しで、それが妙に色っぽい。

 

「全く、油断も隙もねぇなお前は!!」

 

フリフリの赤いビキニに加えて腰回りに短めのフリルスカートが付属した水着のクリスが怒鳴った。

小柄かつ華奢な体躯でありながら、その胸元ははち切れんばかりで、太ももなんて実にむっちりしており、腰もキュッとしていて魅惑的だ。

 

「ううぅ、間に合わなかった......私の『皆に内緒で二人っきりのちょっとエッチなイチャラブ大特訓』がぁぁぁ~」

「一体何の特訓するつもりなの!? っていうか、響の場合『ちょっと』で済まないでしょ!!」

「お前、最初からこのつもりだったのか! ああ!?」

 

砂浜にうつ伏せに倒れてシクシク泣き出す響に、未来とクリスは怒髪天となる。

響の奴、一昔前の企画ものAVのタイトルみたいなこと考えてたのか、と思ったがカズヤは黙っておくことにした......なんでそんなこと知ってるんですか? と詰問されたら色々と困るので。

 

「こいつ埋めちまおう」

「じゃあ、アルター使って」

 

クリスの提案に未来が即頷く。

淡い虹色の光を全身から放ち、未来がアルターの分解能力で響の真下の砂を深く大きな穴を開けるように粒子化させ、響が落ちると同時に粒子化させていた砂を元に戻す。

それだけで、僅か二秒で首から下が砂に埋まった生首響の出来上がりだった。

 

「え! あ、ちょっ、何これ!? アルター能力ってこんな使い方できるの!? っていうかこれ全然動けないんだけど!!」

「響の体積が加わったから、その分砂の中の圧力が強くなってるんだよ」

「へへへっ、いい気味だな」

「抜け駆けしようとしたことは謝るからここから出してよ未来、クリスちゃん!!」

「クリス、何か聞こえた?」

「何も聞こえねぇな」

「嘘つきぃぃぃぃ!!」

 

無慈悲な対応の未来とクリスにそろそろ声を掛けようとカズヤは二人に近寄る。

 

「二人共、似合ってるな」

「そうですか!?」

「ホントか!?」

 

生首響を捨て置き、がばっと凄い勢いで振り返る二人に首肯。

 

「ああ、良いと思う。色もデザインもそれぞれのイメージに合ってて、可愛いぜ」

 

思ったことをそのまま伝えると二人は恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「...............ところで、日差しが強いんであっちの岩影の方で休みませんか? ね? 先っぽ、じゃなかった『ちょっと』だけ、『ちょっと』だけだから」

「そうだな! ほら、このままだと日焼けしちまうから、な? いいだろ? ついでにそこで特訓もしよう、そうしよう!」

 

次いで未来とクリスはそれぞれカズヤの左右に回り、その腕を掴むと全力で何処かに連れて行こうとする。

しかし──

 

「「チェスト!!」」

 

いきなり背後から、同時に飛び蹴りを食らって、二人は砂の上にすっ転ぶ。

 

「何が、日差しが~だ! 魂胆見え見えなんだよ!」

「小日向も雪音も、勿論立花も少しは自重しろ!」

 

鼻息荒い奏と翼が仁王立ちで、砂の上に倒れた二人と、砂の中から首だけ出ている響を睥睨した。

今のやり取り、既視感が凄い。

 

「着替え終わって早々何やってるのよ」

「皆さん、サンオイルはもう塗りました?」

「生首デース!!」

「響さんはともかく、未来さんとクリス先輩さんまでもが既に砂塗れになってる」

「もう遊んでるんですか!? 早いですね!」

 

呆れた様子のマリアを筆頭に、苦笑するセレナ、はしゃぐ切歌、微妙に響をどういう目で見てるか窺える調、驚嘆したエルフナインが水着姿で集まってくる。

その中で、最も幼い外見のエルフナインがタタタと走り寄りペコリと頭を下げた。

 

「すみません、水着というものを着るのは初めてなので、お待たせしてしまいました」

 

完全に見た目が小学生低学年な感じのエルフナイン。上と下がそれぞれ別れたデザインの水着の為、臍出しルックとなっている。それを見て、ホムンクルスで性別はないのに臍はあるのか、だとしたらSF映画などでよくある人工子宮器的なものが胎児だったエルフナインを育んだのか、つまり錬金術は高度な科学技術とあまり変わらんのでは? とカズヤは場違いなことを考えてしまう。

 

「女に待たされるなんざ慣れっこだから気にするな」

 

頭に浮かんだしょうもないことを追い出し、手をヒラヒラさせて気にしてないアピールをしてから、奏達に目を向け、ヒュー♪ と口笛を吹く。

モデルやグラビアアイドルとしても通じそうな奏の姿は、その抜群のプロポーションを惜しげもなく晒すような黒とオレンジで彩られたビキニスタイル。

まるでアスリートのように鍛え上げられ無駄な肉付きが少ない、スレンダーかつ流麗な翼が身に纏うのは、青いビキニ。

奏同様に女性なら誰もが羨むスタイルの持ち主であるマリアは、胸元の布面積がかなり挑発的なデザインの黒と赤の水着を身に付け、プラスしてロングのパレオを腰に巻いてその美脚を隠している。

姉と同様に豊満な肢体のセレナは、姉とは対称的に肌を可能な限り隠すような白一色のワンピース。だが体のラインはしっかり出ているので、むしろよりセクシーさを浮き彫りにさせた。

切歌は黒と緑を基調とするビキニで、幼さやあどけなさを残しながらも、出ている所はしっかり出ていて引っ込む所は引っ込んでいて、そこはかとなく色気を醸し出している。

桃色のワンピースにその細い体を包んだ調は、痩せているせいか、どうしても肉付きが乏しいと言わざる得ないが、本人が纏う空気もあってか、そのなだらかな肢体からはなんとも表現し難い危険な香りを漂わせていた。

 

「何か言うことあるでしょ」

「これほど自分の語彙力のなさを実感したこたぁねーな。真夏の女神達にはビューティホーと言わざるを得ない。お前ら皆似合ってて、可愛さ百点満点だ」

 

期待の眼差しの奏に促され、先日の戦い以来、金の瞳となり二度と元に戻らない右目でウィンクしながら、おどけたようにカズヤは肩を竦める。

そんな彼の言い回しと態度が嬉しいやらおかしいやらで、皆は一斉に笑い出す。

 

「さて、全員揃ったところでまずは記念撮影でもしようぜ。それと未来、そろそろ響掘り出してやれって」

 

言って、いそいそとS.O.N.Gの備品庫から拝借した三脚とカメラを準備し始めるのであった。

 

 

 

 

 

「日本の夏ってジメジメしててホント暑いわね~」

 

海岸を一望できる喫茶店のテラス席に座り、ハート型のレンズのサングラスをかけ、アイスコーヒーをストローで啜りつつカリオストロがうんざりした口調で言う。

 

「エジプト人やインド人ですら日本の夏には耐えられんという噂は、事実だったワケダ」

 

応じるのは、カリオストロの隣に座り、麦わら帽子を頭に載せメロン味のかき氷に舌鼓を打つプレラーティ。

 

「この湿気がどうにかなれば、もっと過ごし易いのだが」

 

そして、そんな二人と同席するのは、この暑さでも男装を貫く麗人、サンジェルマン。

パヴァリア光明結社の幹部という立場にある三人の錬金術師でも──欧州育ちというのもあってか──流石に日本の高温多湿には辟易しており、錬金術を用いて体感温度の調整をしなければ日中に外出する気にはならないほどであった。

 

「それにしても昨日は大変だったワケダ」

「台風に乗じてオートスコアラー達が破壊予定だった施設各所をあーし達がそれとな~く破壊する......仕事自体は台風のお陰で楽勝だったけど、あの雨と風の中での作業には結構辛いものがあったわね~。数もそれなりに多かったし」

 

プレラーティの述懐にカリオストロがうんうん頷く。

 

「お人形さん達の修復も昨日の夜にサンジェルマンが終わらせてくれたから、残りはこの後S.O.N.Gの施設に盗みに入って」

「盗んだものを人形共に渡して見事に仕事は完遂、"向こう側"の力を溜め込んだ"吸収(アブソープション)"が報酬として支払われる、というワケダ」

 

楽な仕事だ、と二人はほくそ笑んでから、隣のサンジェルマンを見る。

 

「......何?」

「いや、こんなに期待に胸を膨らませたサンジェルマンを見るのは久しぶりな気がして」

「楽しみで堪らない、そう顔が言ってるワケダ」

「そ、そうかしら?」

 

戸惑うサンジェルマンに二人はニヤニヤと笑みを浮かべ、二人は生温かい視線を送った。

その視線が自分をからかっているような気がして、眉を顰める。

 

「カリオストロもプレラーティも"向こう側"の力には興味があるでしょう?」

 

質問を投げれば、そりゃ勿論と言わんばかりに二人は頷き、それからカリオストロが頬杖を突いてから口を開いた。

 

「でも、回収する"吸収(アブソープション)"は本当に一つでよかったの? ぶっちゃけ勿体なくない? キャロルがいない隙にお人形さん達から簡単に強奪できたでしょ? どうしてしなかったの?」

「それに関してはカリオストロと同じことを思ってたワケダ。それに、あの男がキャロルに殺されそうになったら介入するとサンジェルマンは言っていたが、先日はそんな素振りすら見せなかった。この辺りの真意もよければ聞きたいワケダ」

「......」

 

責めている訳ではなく、純粋に疑問に思ったことを口にする二人の同士に、サンジェルマンは少し困ったような笑みを見せてから語り出す。

 

「"吸収(アブソープション)"に関しては、筋が通らないと思ったから」

 

二人は黙って耳を傾ける。

 

「我々の立場はあくまでキャロルを支援している外部協力者。私欲に走って支援先を裏切るなど、いくら"向こう側"の力を手に入れる為とはいえ、そんな唾棄すべきことはできない」

「まあ、サンジェルマンならそうよね~」

「相変わらず生真面目なワケダ」

 

納得する二人を置いて続けた。

 

「......プレラーティの疑問に関しては......その、忘れていたんだ」

「「は?」」

 

予想だにしない発言に二人はポカンとする。

 

「なんというか、追い詰められた彼を見て助けなければとは思わず、むしろ楽しみになった。あの状況をどうやって覆すのか期待してしまった。必ずあの光を見せてくれると信じていた。そして期待通り、いや、期待以上の輝きを見せてもらった......このような心境だったのだけれど、おかしい?」

 

最後の方で、おずおずといった感じで問い掛けてくるサンジェルマンの姿に、二人は盛大に笑い出す。

 

「なっ......!?」

「ぷ、ぷはっ、くははははは!」

「ちょっ、ちょっとサンジェルマン、アハハ、もう、笑わせないでよぉっ!!」

 

二人のリアクションを前に瞠目するサンジェルマン、腹を抱えて大爆笑し続ける二人。

喫茶店のテラス席に笑い声が響き、店員さんが店内からチラリとこちらを一瞥してから微笑ましそうな笑顔となって元の作業に戻っていくのが視界の端に映る。

 

「そんなに笑うことないでしょう...」

「メンゴメンゴ! でもその気持ち分かるわぁ~。あの子見てるとこう、血沸き肉踊るというか、つい手に力が入っちゃうのよねぇ~」

「というか、サンジェルマンは自分で気づいてないワケダ! 今まで『あの男』か『"シェルブリットのカズヤ"』だったのが、いつの間にか呼び方が『彼』になっているワケダが!?」

「え............あ!?」

 

プレラーティの指摘にハッとなるサンジェルマンを見て、更に二人は大声で笑った。

明確に呼び方が変わったのは、キャロルとの戦闘の際、シェルブリット第二形態を発動させた姿を見てからだというのを思い出す。

 

「もうすっかりお気に入りね...ぷくく」

「茶化すなカリオストロ」

「だが気持ちも分かるワケダ。ああいう意地の張り方をする男というのは、元男から見ても好ましく映るワケダ」

「プレラーティ?」

「そうそう。サンジェルマンに出会うまで悪逆非道を繰り返してきたあーし達からしたら特にね。考えなしの小細工なし、おまけに正面から全力で前へ進む男って、バカで不器用だけど、そういう真っ直ぐな生き方は羨ましいと思うの」

「興味深い研究対象としか見てなかったのが、気がつけば奴の観察が楽しくなってきたのはサンジェルマンと同じなワケダ」

「...二人共...」

 

笑うのをやめ、遠い過去を思い出すかのように目を細めるカリオストロとプレラーティに、サンジェルマンは何を言えばいいか分からず口を閉ざしてしまう。

二人の眼差しには、僅かだが疑いようのない羨望があった。元男として、これまでのカズヤの言動に思うところがあるのだろう。むしろ男性としての視点を持ったことのないサンジェルマンよりもカズヤの気質を深く理解している節がある。

 

「あ~あ、ホント勿体ないわ~。なんでS.O.N.Gになんかにいるのかしら」

「何処の組織にも所属してなければ、すぐにでもスカウトしたいワケダ。勿論、幹部待遇として」

「......」

 

冗談めかした口調で言いながら再び笑い合う二人の言葉に、サンジェルマンは暫く黙ったままだった。

 

 

 

 

 

波の音をBGMに、楽しげに笑い合ういくつもの声がプライベートビーチに響く。

波打ち際で海水をかけ合ったり、浮き輪に乗ってのんびりと波に身を任せたり、砂で城を作ったり、誰が速く泳げるか勝負をしたり、パラソルの下で寝っ転がったり、という感じでカズヤ達は思い思いに夏の海を満喫していた。

完全に海に遊びに来た若者達という様相。

特訓とは一体何だったのか。ということすら最早誰も気にしていないし、突っ込む者もいない。

やがて、それぞれが好き勝手やっていたところに、カズヤがビーチボールでリフティングを始めたことを発端に、皆でビーチバレーをしようという話になった。

 

『そちらの特訓は進んでいますか?』

「残念だが特訓らしいことは何一つやってねーから期待するな」

『ええぇ......』

「だって今ビーチバレーしてるし」

 

通信機越しに戸惑う緒川の声に、カズヤはきっぱりと言い切る。

現在彼は審判という役目を担っていた為、その視線はコート内を行ったり来たりするビーチボールを追っていた。

ついでに、飛んだり跳ねたりすることで艶かしく揺れる女性陣の魅力的なボールや太ももなども必死になって見つめていたし、チャンスとあらば写真も撮る。真顔で。

 

『遊んでるだけじゃないですか、それ』

 

通信機の向こうで緒川の苦笑している姿が手に取るように分かる。

 

「俺はともかく、他の連中にはこういう時間が多目にあった方がいいから構いやしねーだろ?」

『まあ、その意見には全面的に同意します。何かあればいの一番に出動しなければならないのは、皆さんですから』

「つっても、本当に何もしない訳にもいかねーから、後で軽く模擬戦でもするさ」

『.........ビーチを地図から消し飛ばさない程度でお願いしますね。カズヤさんは特にそうですが、装者の皆さんもヒートアップするとすぐに大技使うんですから』

「悪いがそいつは保証できねー。響以外、以前未来にボロッカスにされたこと根に持ってるからな。密かにリベンジマッチに燃えてるぜ?」

『燃えるのはいいですけど、そのプライベートビーチを燃やし尽くすのはダメですからね!』

「ハハハッ! 善処する」

『その言葉、この世で一番信用しちゃいけないやつですよ!!』

 

切実な声を返す緒川に、カズヤはもう一度大笑いしてから通信を切った。

丁度その時、マリア&エルフナインのチームがサーブ権を得る。ビーチボールを高く投げ上げて、サーブを打とうと跳躍したエルフナインが見事に空振ってしまう。

サーブの打ち方を知っているのに、何故上手くいかないのか不思議そうにしているエルフナインに、マリアが優しくレクチャー。実際にやって見せている。

 

「背伸びをして誰かの真似をしなくても大丈夫。下からこう、こんな感じに...」

「はうぅ~、ずみ゛ま゛ぜん゛」

「弱く打っても大丈夫。大事なのは、自分らしく打つことだから」

「はい! 頑張ります!」

 

エルフナインの返答にマリアは微笑むが、

 

「さっきカズヤさんがサーブもスパイクもオーバーヘッドキックで格好良く打っていたので、せめて僕もバレー選手みたいに打てればと思ったのですが...」

「......あれはダメよエルフナイン。カズヤは、カズヤという人種の人類なの! 常に私達の認識や一般常識の斜め上をすっ飛んでくの! 参考なんかにしたら大怪我するわよ、気をつけて、命に関わるから!!」

 

その微笑みを凍りつかせ、ガッとエルフナインの小さな両肩を掴んで力強く諭す。

まるで我が子に対して「不良のあの子とは遊んじゃいけません!」と言い聞かせようとする教育ママみたいな言い草だ。

迫力に気圧され、とりあえずコクコク頷くしかないエルフナイン。

 

「奏母ちゃん、ママリアが微妙に俺のことディスるんだが」

「マリアの言う通りだよ、エルフナイン。こいつの真似なんてしてたらいつか頭プリンになるから気をつけな」

「お前もか奏ぇぇぇっ!! つーか頭プリンって何だおい!? お前、俺の脳みそがプリンみてぇに蕩けて甘いって言いてぇのかゴルァァッ!? こん中で一、二を争うプリンプリンな体してる癖しやがって!!」

「ちょ、何す、あああああああああ!?」

 

ぷんすか怒ったカズヤがセクハラ発言と思えるような台詞と共に、全身から淡い虹色の光を放ち、先ほど未来が響にしたのと同じようにアルターを用いて奏の首から下を砂に埋める。

 

「さっきの響はこれかぁぁっ!! 今全ての謎が解けたけど、謎のままでよかったぞこの状況!!」

「よしっ、今から粋のいいナマコを捕まえてくるから覚悟しやがれ!」

「ナマコって、何するつもりだい!?」

「知ってるか? ナマコって生命の危機を感じると、身を守る為に自分の内臓を吐き出すんだぜ?」

「おい、まさか......」

「"ツヴァイウィング"の天羽奏、ビーチで生首、ナマコの内臓塗れってハッシュタグでネットに写真を匿名投稿してやる!!」

「なんて恐ろしいこと思い付くんだ! そういうところが頭プリンだっつうの!!」

「カズヤ! 私もナマコ捕まえるの手伝うデス!」

「切ちゃんがナマコなら私はヒトデを......」

「おいぃぃぃ! 要らん手伝いすんな! やめろ、待って、冗談だろっ!? ホントにナマコとヒトデを探しに行くなぁぁ! 戻ってこいバァァァロォォォ!!!」

「ねぇねぇ未来、こうして見ると、翼さんがボケ芸人なら奏さんはリアクション芸人だよね」

「確かに響の言う通り、ツヴァイウィングって二人揃ってバラエティー向きだね」

「「ねー」」

「『ねー』、じゃないよ、助けてくれよぉ......アタシ、このままだと愛する男の手で頭にナマコ載せられた後に、そのナマコが内臓吐き出して内臓塗れにされた姿をネットにアップされるとか、どんな羞恥プレイだよ、酷過ぎる......」

「炎上商法ってやつだな、ぶふー」

「クリス! 後で覚えときな!!」

「......奏、その写真、今度の動画のネタに使っていい? アイキャッチとかに」

「よりにもよってそんな絵面をアイキャッチに使おうとすんな! もしやったらツヴァイウィングは解散だからね翼っ!!」

「流石にこれはちょっと可哀想です、皆さん悪乗りし過ぎですよ」

「セレナ? 助けて!! あの頭プリン三人が戻ってくるまでにアタシを掘り出してくれ!!」

「そうしてあげたいのは山々ですが、残念ながら無理なんです」

「うぇ!? なんで?」

「既に私はマリア姉さんと共にカズヤさんに全て捧げた身、カズヤさんの意思には逆らえません......ぷークスクス」

「ああああああどいつもこいつも、頭プリンじゃねぇぇぇかぁぁぁぁぁ!!!」

 

ギャーギャー騒ぐ様子を極力無視し、マリア&エルフナインは翼&クリスチームから飛んでくるサーブをひたすら待った。

 

 

 

ちなみにナマコは、カズヤと切歌が捕まえた時点で内臓を吐き出してしまった。なので、運良く奏はナマコの内臓塗れは回避できた。

その代わり、調が「ヘアッ!!」と鳴くヒトデをたくさん見つけたので、ヒトデ塗れにはなったが。

 

 

 

更に言えばその後、カズヤはガングニールを纏いイグナイトまで発動させた奏にこれでもかというほどド突き回され、なし崩し的にそのまま模擬戦へと移行し、互いがボコボコになるまで殴り合うことに。

そして結果的に、ビーチには大小様々なクレーターが大量に生まれてしまった。

後にこのことについて「シェルブリットバーストは使ってない」と言い訳染みたことを宣うが、緒川からはしっかり文句を言われた。

 

 

 

全力で遊んでいたせいか──二名ガチで殴り合っていたが──流石に誰もが疲れを感じ、体をパラソルの下で休め始めた頃。

 

「晴れて良かったですねぇ...」

 

視界の端に映るたくさんのクレーターから視線を反らし、青空を見上げながらエルフナインが感慨深げに呟く。

 

「日頃の行いデース」

 

それに切歌がドヤ顔で応じる。

 

「でも昨日の台風、凄かったよね。都内のほとんどで停電だって」

 

未来が昨日の台風について言及すると、翼が引き継ぐように喋り出す。

 

「今朝のニュースでやっていたあれか。台風の影響で都内に電気を供給していた発電所のいくつかが、深夜の内に破損したという。復旧には早くとも数日かかると聞いたな」

「この暑さでエアコン使えねぇとか、都民は熱中症で倒れるぞ」

「そう考えると、アタシら全員、いざって時の為に本部で待機、そのままこっちに来たから助かったね」

 

ぐったりといった感じでうつ伏せになっているクリスがうんざりしたように言えば、鼻にティッシュを詰めた奏──カズヤとの模擬戦で鼻血が吹き出たので──が椅子から上体を起こして苦笑。

 

「でも、台風の被害による出動要請は結局なかったんですよね?」

「風鳴司令曰く、私達が出張るほどのものはなかったみたいよ」

 

心配そうにしているセレナに、マリアが大丈夫だから心配するなとばかりに告げる。

 

「ところで皆さん、お腹が空きませんか?」

 

響が皆に目配せしながら問う。

 

「確かに、はしゃぎまくったから腹減ったな。なんか買ってくるか」

 

誰よりも早くそう口にしたカズヤが立ち上がり、パーカーを羽織り、自身の財布やスマホなどが入ったワンショルダーのバッグを手に取る。

 

「買い出し行くけど、なんか欲しいのあるかー?」

「あ、私、さっきの会話のせいでプリン食べたくなりました」

「いくら響のお願いでも俺の脳ミソはやらんぞ!」

「食べませんよそんなもの! っていうか、カズヤさん自分が頭プリンの自覚あるじゃないですかぁ...」

「頭プリン一人で買い出し行かせると何買ってくるか分かったもんじゃないので、ジャンケンでもして買い出し班を決めましょうか」

「「「「「「「「「賛成」」」」」」」」」

「......信用ねー」

 

未来の鶴の一声と、誰からも異論がないことにカズヤは正直凹んだ。

が、密かに大量のプリンでも買ってきて困らせてやろうかと企んでいただけに、未来の判断は何一つ間違っていなかったのである。

 

 

 

ジャンケンの結果。

まず翼が変なチョキ(本人曰く格好良いチョキ)を出し、これが『全ての手に勝てる無敵の手』に見えるというカズヤの独断と偏見で強引に反則負け扱いに。

続いて、翼を抜いて何度かジャンケンが行われ、未来、奏、切歌、調が敗者となり買い出し班に決定。

出発間際、マリアからちゃんと塩分と水分を補給できるものを購入すること、カズヤと翼と奏は有名人なんだからちゃんとサングラスをかけることを念押しされる。

 

「母親の顔になっているぞ、マリア」

 

マリアの手でサングラスをかけさせられた翼がポツリと零す。

 

「何言ってんだ翼、実際マリアはママリアだろ。な? 奏母ちゃん」

「アンタはいつまで経っても手の掛かる子どもだけどね」

「本当にね」

 

意気投合する奏とマリアの返答にグーの音も出ないでいると、背後から近づいてきた未来が耳元で囁く。

 

「さあ、行きますよ()()()()()。好きなもの買ってあげますからねぇ」

 

その凄まじく艶かしい声は、背後からというのもありカズヤにとっては不意打ちに等しく、正直ゾクゾクした。

 

 

 

五人で炎天下の中、コンビニを目指し海岸線沿いを歩く。

 

「景色良いな...こういう道をバイクで走ったら気持ち良さそうだなー」

「では、今度のツーリングは海沿いだな!」

 

何気なく零した言葉に翼が嬉しそうに反応を返す。

そんなバイクバカな二人に奏が呆れた。

 

「うへぇ...こんな暑いのによくバイクに乗ろうなんて思えるね」

「しかもフル装備なんですよね。私はちょっと無理かなぁ」

「ふっ、私とカズヤはバイクガチ勢だから!」

 

眉を顰める奏と未来に対して翼がフンスと胸を張る。

隣を歩く調が「でも」と会話に入ってきた。

 

「私はバイク、少し興味あります。何かの機械に乗ったり操縦するの、楽しそうだから」

「およ? 調、もしかしてバイクデビューデスか!? そう言えば調もアームドギアで似たようなことしてたデスね!」

「あー、あの殺意増し増し轢殺アタック」

「非常Σ式・禁月輪...カズヤのその言い方、なんか嫌」

「月読、一緒にバカになるか? 沼に浸かるのは楽しいぞ!」

「翼さん、他に言い方ないんですか? あ、もしかしてバイク乗りって皆こんな風になるの? それはちょっとヤダなぁ......」

 

そんなこんなでコンビニに到着。

 

「スイカ! スイカ売ってるデス! スイカ割りしたいデス!」

「目隠しして、ゴシャッと砕けて飛び散る果汁と果肉、楽しそうだし美味しそう」

 

店内に入って暫く、スイカの前で騒ぐ切歌と調。

 

「カズヤか未来さんが再構成すれば何度でもスイカ割りできるデス」

「無限スイカ割り、つまり何度でも叩き潰せる」

「いや、一回割ったらスイカ食わせろよ。なんで能力使ってまでやり直すんだよ。それともスイカをそんなに何度も叩き割りたいのか? スイカにカツアゲでもされたのか?」

 

妙なことを言い出す二人に妙な突っ込みをしつつ、スイカを買い物カゴに入れる。

スイカとアルター能力と言えば瓜核だよなー、と懐かしむカズヤが持つ買い物カゴに、切歌がドカドカと自分が好きなものを詰め込んでいく。それを見て調が「切ちゃん、自分の好きなものばっかり」と苦言を呈するが、「これは役得と言うのデス! 財布はカズヤ持ちデスしねー!」と全く悪びれない。

 

「結局飲み物だけでもいっぱい買っちゃいましたね」

「人数多いし運動もしたからいいんじゃない」

 

両手に買い物袋を下げた未来に、同じく買い物袋を両手に下げた奏が頷く。

結局、麦茶やらジュースやらスポーツドリンクやら、お弁当やらお菓子やら、スイカやらプリンやらを買い込んだら大荷物になってしまった。

なお、途中で溶けてしまうのでアイスはダメ、と奏に告げられた時の切歌の絶望顔は面白かったので暫くは忘れられそうもない。

買い物袋をぶら下げて、五人でえっちらおっちら歩いていると──

 

「昨日の台風かなー?」

「お社も壊れたってさ」

 

聞こえた声に視線を向ければ、人だかりができた場所がある。

十中八九地元に住む人々や学生達で、神社の入り口──正確には崩壊した鳥居の前に集まっていた。

 

「何だあの神社、鳥居が滅茶苦茶じゃねーか。昨日の台風で倒壊したのか?」

「昨日の台風の被害がこんな所にまで...」

「うわ、酷いね。災害保険入ってるのかな」

 

目を細めるカズヤ、沈痛そうな表情になる翼、気の毒にと呻く奏。

と、そんな時である。

 

「ぐっ!」

 

何の脈絡もなく、突然カズヤが手にしていた買い物袋をその場に落とし、両手で右目を覆う。

 

「カズヤさん!?」

「「「「カズヤ!!」」」」

「......心配すんな。なんか知らんか響とクリスがギア使ってるみてーだ。それに右目が反応して、突然だったから少し驚いただけだ」

 

覆っていた手をどければ、彼の右の瞳はサングラス越しに淡い金の光を放っている。

待ってるだけでは退屈で、模擬戦でも始めたのだろう、と誰もがホッと溜め息を吐いた刹那、ビーチがある方角の上空で、爆音を伴って紅蓮の花が大量に咲き誇った。

 

「あれは!?」

「模擬戦じゃない! 戦闘だ!!」

 

翼、奏がサングラスを外しながら、それぞれ見聞きしたものに対して叫ぶ。

 

「アルカ・ノイズ...っということは!」

「もしかして、もしかするデスか!?」

「行かなきゃ!」

 

未来、切歌、調の表情が一瞬で引き締まる。

 

「ちっ、そういうことかよ、折角の夏の海だってのに!」

 

忌々しいとばかりに舌打ちしてカズヤもサングラスを外す。

 

「敵の狙いは分からないけど人数いるから手分けして行くよ! アタシと翼とカズヤは響達の援護! 未来は港に停泊してる本部の護衛! 切歌と調は緒川さん達がいる研究局の護衛!」

 

迅速に指示を出す奏に誰もが黙って頷く。

未来と切歌と調がそれぞれの方向へ走り出すのを尻目に、翼は呆然としている一般人の中で適当な男性に駆け寄り、避難誘導を促す。

 

「ここは危険です! 子ども達を誘導して、安全な所にまで!」

「っ!? 冗談じゃない、どうして俺がそんなことを!!」

「「「!?」」」

 

そう吐き捨てて我先にと逃げ出す男性の態度に、奏と翼とカズヤの三人は呆気に取られる。が、すぐに立ち直った奏が苦虫を噛み潰したような表情になり怒鳴った。

 

「クソッ、なんて野郎だ! 避難誘導はアタシと翼がやる! カズヤは先に行って!!」

「任せろ!!」

「大丈夫、慌てなければ危険はない!」

 

子ども達に声を掛ける翼と奏に背を向け、カズヤは右の拳を強く握り締め、高く掲げた。

 

「シェルブリットォォォォォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花洸は、背後から聞こえた大声と共に眩い光が背中に当たるのを感じて、思わず必死に動かしていた足を止め、振り返る。

そこには、太陽があった。

否、正確には太陽のように光輝く一人の青年がいた。

 

「あれは......」

 

かつて"フロンティア事変"という大事件が世界中を賑わせ、連日のようにテレビや新聞、ネットで報道されていたから知っている。

"シェルブリットのカズヤ"。

世界を救った英雄。ノイズに唯一対抗できる存在。世間に露見するまではその存在を日本政府に秘匿されていたが、現在は国連の下で、日夜世界中の人々の為に働いていると聞く。

そんな雲の上の人物が、今、目の前にいる。

数秒の間、その光の力強さと眩しさに圧倒され呆けていたが、彼が飛び去ると同時に我に返り、踵を返して再び足を動かした。

 

(俺には関係ない...!)

 

英雄様がいるんなら、むしろ逃げるのに好都合だ。彼に任せて自分は逃げる、それが最善で問題ない。

ただただ逃げた。巻き込まれるのはごめんだ、と。危険なものには関わらないのが一番だ、と。

仕事を失い、家族を捨て、自分一人逃げ出し、うだつの上がらない生活を何年も繰り返す一般人の自分が、英雄様やノイズに関わっていいことなんて一つもない。

もし一度でも関わってしまえば何かのケチが付きそうだ。むしろそれが怖くて、一刻も早くこの場を離れたくて仕方ない。

そう。これでいい、これが正解だ、俺は間違ってない、自分に言い聞かせながら洸は走り続けた。

しかし、運命の歯車は既に回っており、因果という鎖はまだ断ち切れておらず、彼に絡み付いたままだということに、現時点で当事者達は誰も気づかない。

それが意外な形で叩きつけられるのは、もう間もなくのことである。




調
「ヒトデ、たくさん見つけた」

ヒトデ?「ヘアッ!」

切歌
「おお! でかしたデス調! 私の知ってるヒトデとはなんか違うデスけど、凄くカッチョイイフォルムしてるデスよ! 手裏剣みたいデス!」

カズヤ
「これヒトデ、か? 宇宙人じゃなくて? そもそもヒトデって、鳴くっけ?」

ヒトデ?「ヘアッ!」

カズヤ
「しかもどっかで見たことあるよーな、ないよーな、変な気分にさせられるな、うーん...思い出せねー」

ヒトデ?「ヘアッ!」

調
「...可愛い」

ヒトデ?「ヘアッ!」









響パパと未来さん、原作アニメよりも早く遭遇してますが、まだ互いに気づいてません。間が悪かったし、そんな余裕ないです。


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輝きに魅入られた者達

強くなりたい。ずっとそう思っていた。

あのネフィリム暴走事故で初めてカズヤのことを目にして以来、ずっと。

彼のように強く。大切な存在を守れるようになる為に力が欲しい。

彼のようになりたい。ただそれだけを想ってひたすら力を、強さを求めた。

あの時に見た光と輝きをずっと追い求めていた。

カズヤは私とセレナにとって強さと力の象徴であり、憧れそのもの。

でも皮肉なことに、彼と再会を果たしたフロンティア事変にて、私も、セレナも、彼のようにはなれないと、彼のように輝けないという事実を思い知らされる。

結局、私達姉妹はカズヤとは違う。そんなこと、少し考えれば子どもでも分かることなのに。

けど同時に、それでいい、それが当たり前だということにも気づかされたのだ。

だってカズヤは、ありのままの私を、ただの一人の女として求めてくれた。私自身の本当の願いを、夢にまで見た望みを、彼はいとも容易く現実のものにした。

......嗚呼、きっと私とセレナは、一生この人には敵わない。

私もセレナも、本当に求めていたのは、カズヤみたいな強さや圧倒的な力なんかじゃない。

この人が、カズヤという男性そのものが欲しかったのだ。

厳密には、私達姉妹はカズヤのものになりたかったという真実を、彼の女になって初めて自覚する。

 

──あなたの為なら何でもする。

──そばにいさせて欲しい。

──私達姉妹の全てを捧げると誓う。

 

そんな私達の想いに彼は快く応じてくれる。

なんて幸せなのだろうか。幸せ過ぎて、たまにまるで夢でも見ているかのような錯覚を覚えてしまう。

彼を想い、想われ、愛し、愛され、それだけで世界が輝いて見える。

人生とはなんて素晴らしいものなのか。

この幸せを守る為ならば、私達は世界の全てを敵に回しても構わない。

この決意と覚悟は、フィーネを騙った時に胸に抱いていたものとは決定的に違う。

私達はカズヤのもの。

彼の意思が私達の意思。

彼と共に生き、彼と共に死ぬ。

カズヤの敵は私達の敵。

"シェルブリットのカズヤ"の女として、彼が進むべき道を邪魔する者は、たとえ相手が誰であろうと情けや躊躇などを捨て、一切の容赦なく叩き潰す!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パラソルの下で寝っ転がり、買い出し班が戻ってくるのを今か今かと待つ五人。

ぐぅぅぅ!

誰もが音がした方を見つめれば、注目を集めた響が恥ずかしそうに頬を掻いて誤魔化すように笑う。

 

「いやー、買ったその場で食べられるのを考えると、私も行けば良かったかなー、なんて...」

 

タハハと笑う響にクリスが呆れる。

 

「ったく、もうすぐだから待ってろっつの」

「響さんは食いしん坊ですね」

「本当にね。切歌もそうだけど、あなたいつもお腹空かせてない?」

 

続いてセレナとマリアが苦笑すれば、響は「育ち盛りですから」と何故か胸を張った。

 

「あの、皆さん。特訓はしなくて平気なんですか?」

 

エルフナインがおずおずと装者四名に問う。

 

「真面目だなぁ、エルフナインちゃんは」

「特訓というか、模擬戦ならさっきカズヤと奏が盛大にやったがな」

「そのせいで砂浜が酷いことになってますよ」

「いくら政府保有のビーチでも、こんな所での模擬戦なんて本当はダメなんじゃないかしら」

 

大丈夫でしょとばかりに手をヒラヒラさせる響、クレーターだらけになった砂浜を半眼で睨むクリスとセレナとマリアの三人。

三人の視線につられるように砂浜を眺めてから、エルフナインは更に言い募った。

 

「......暴走のメカニズムを応用したイグナイトモジュールは、三段階のセーフティにて制御される、危険な機能でもあります。だから模擬戦ではなく、自我を保つ特訓を──」

 

するべきだ、と続けようとした彼女の言葉を遮るように、突然海面から水柱が立つ。

水飛沫を飛ばし現れたのは、オートスコアラーのガリィだ。

相変わらず嫌らしい笑みを浮かべながら、水柱の上から五人を見下ろす。

 

「ガリィ!?」

「夏の思い出作りは十分かしら?」

 

驚き目を見開くエルフナインの前に、すぐそばにいたクリスが咄嗟に立ち上がり彼女を後ろに庇う。

 

「んな訳ねぇだろ!!」

 

咆哮してからクリスが聖詠を歌いギアを纏う。

それに続いて響もギアを纏い、マリアとセレナに目配せし、二人はその意図を察して直ぐ様頷く。

 

「エルフナインは私達に任せて!」

「カズヤさん達と合流します!」

 

オートスコアラーは全機で四体。ガリィだけが現れたとは考えられない。ならばこの場は響とクリスに任せ、非戦闘員のエルフナインの安全を確保しつつカズヤ達と合流するのが得策だ。

踵を返し、エルフナインを連れて走り去るのを確認してから響はガリィに向き直り、拳を構えた。

 

「キャロルちゃんからの命令もなく動いてるの?」

「さぁね」

 

質問に対し曖昧な返答をしながらガリィは黒い石──アルカ・ノイズが封じ込めている──をバラ撒く。

次々と召喚され数を増やし、こちらを囲むアルカ・ノイズの群れを前にクリスが鼻で笑う。

 

「今更アルカ・ノイズ? "向こう側"の力はどうしたよ?」

「使って欲しけりゃ歌ってみせなよ!」

 

更に黒い石をバラ撒くガリィ。追加で召喚されるアルカ・ノイズに響が突撃し、クリスのガトリング砲が火を吹く。

 

「数が多いだけの雑魚はあたしに任せろ!」

「了解!」

 

小型ミサイルを大量に発射しながら叫ぶクリスに応え、響はガリィに狙いを定めて踏み込む。

 

「来なよ」

「やあああああああ!!」

 

爆発的な速度で間合いを詰め、余裕な態度を崩さないガリィの顔面目掛けて正拳突きをくれてやった瞬間、バシャッ、という音と共にガリィがただの水と化し、砂浜を濡らす。

 

「え? 偽物!?」

 

戸惑い首を巡らしながらガリィを探す響が次に見たのは、クリスの背後に突如出現した水柱。

 

「クリスちゃん後ろ!」

「っ!?」

 

警告の声は間に合わず、背後から突き飛ばされるようにクリスはつんのめるが、

 

「クソがぁっ!!」

 

砂の上を転がりながらも体勢を整え、アームドギアを二連装の中折れ式のショットガンに変形させ、振り向き様に引き金を引く。

腹にまで響く銃声。銃口からマズルフラッシュと散弾が飛び出す。

しかし、またしてもガリィはただの水と化し、散弾は水の塊を吹き飛ばすだけに終わった。

 

「あらあら、何処を見ているのかしら?」

「ガリィちゃんはここよ」

「こっちこっち!」

「クハハハハ!!」

「さあ、どれが本物でしょう?」

 

見る見る内にガリィの姿が一体、二体、三体、四体という風にどんどん増えていく。

いつの間にか、周囲を取り囲む敵の比率は、アルカ・ノイズとガリィが同等となっていた。

 

「緒川さんみたいな分身の術!? どれが本物なの!?」

「ちっ!」

 

泡を食う響と舌打ちするクリスが即座に背中合わせになり、互いを庇い合えるように位置取った。

 

「どれが本物かとか知ったことかよ! 全部纏めてぶっ飛ばすに決まってんだろが!!」

 

アームドギアを弩に変形させ、クリスは自分達の真上に向かって槍のように長大な矢を射出。

高く撃ち上げられた矢は空中で細かくバラバラに分解され、赤い雨となって降り注ぎ、ろくな抵抗も許さずガリィの分身体達をただの水の塊に、アルカ・ノイズを塵に変える。

 

「見た限り分身は大して強くねぇ、とっとと殲滅するぞ!!」

「うん!!」

 

クリスに促された響も攻撃を再開したその時、アルカ・ノイズが一斉に虹色の粒子となって霧散した。

今の現象はアルター能力による物質分解だ。ということは、

 

「響、クリス!」

「カズヤさん!」

「カズヤ!」

 

案の定、上空から猛スピードでカズヤが降り立つ。

 

「マリア達はどうした?」

「え!? こっち来る途中で見ませんでしたか? そっちに合流しようとしてたんですけど......」

「げ、行き違いかよ。第二形態で空飛んできたから分かんなかった」

 

やっちまった、と表情を歪めるカズヤにクリスが問う。

 

「つーか、他の連中は?」

「奏と翼は一般人の避難誘導、切歌と調は研究局に、未来は本部にそれぞれ向かった。人形共が何体来て何が目的なのか分かんねーから戻ってこれたのは俺だけだ、ぜ!!」

 

答えながら、飛びかかってきたガリィ達に向けて拳を突き出す。

拳から発生した黄金に光輝く衝撃波が何体ものガリィを纏めて打ち砕き、水の塊に変える。

 

「水でできた分身とか厄介だな......慎次の真似事しやがって!」

「私もそれ思いました」

「だったら本体も纏めて全部消し飛ばすだけだ!」

「あたしもそう考えてた」

 

アルカ・ノイズがカズヤの活躍で殲滅された今、浜辺に残るは大量のガリィのみ。

本体と分身の見た目が全く同じで見分けがつかないが、分身がただの水で構成されているなら物質分解が効く可能性が大いにあり得る。そして、結界に守られ分解されないのが本体だ。

なので──

 

「消え失せろ!」

 

全身から淡い虹色の光を放ち、視界に映るガリィ達の分解を試みれば、

 

「ええええ!? 皆消えちゃいましたよ!!」

 

響の言葉通り、ガリィ達は全て虹の粒子となって消え失せた。

驚愕に染まる響の顔を横目に見ながら、本体は分身を放った時点で既にこの場にいなかった可能性が頭を過り、カズヤとクリスは歯噛みした。

さざ波が立てる穏やかな音が鼓膜を叩く。静かで平穏な砂浜が戻ってきたのに、焦燥感だけが募る。

 

「おいクリス、まさかこいつは......」

「ああ。こっちは囮、いや、ただの時間稼ぎだったのかもしれねぇ」

「......こっちでの騒ぎが陽動の類いだとしたら本体は何処に行った? 何が狙いだ?」

「......」

 

自問自答するように呟くカズヤにクリスは答えず、黙したまま考える。

元々S.O.N.Gの面々は、この筑波の異端技術研究局に調査結果の受領をする為に来訪した。

普通に考えれば、その調査結果の受領の邪魔、研究局への襲撃だろう。だが、今のところ研究局にいるであろう緒川や朔也、そちらに向かった切歌と調からそれらの類いの連絡はない。本部に向かった未来、本部にいる弦十郎からも同様だ。

 

「......もしかして、エルフナインか?」

「可能性としちゃ十分あり得る。とにかく急いでマリア達と合流しようぜ!」

 

カズヤの提案に反論することなく二人は頷き、三人でマリア達が向かった方角へ走り出す。

 

 

 

時間を少し遡る。

エルフナインを前後で挟むようにマリアが前を、セレナが後ろに陣取り、林道のような場所を走り抜けていた。

先ほど、上空を一直線に飛ぶカズヤと思わしき飛行体が確認できたので、彼とは行き違いになってしまったが、彼が響とクリスに合流するなら浜辺での戦いに心配は要らないだろう。

そう考えた矢先、三人の進行方向には、ここにはいないはずのガリィがまるで待っていたかのように佇んでいた。

 

「「「っ!?」」」

「ご機嫌よう」

 

咄嗟に足を止める三人を見て、ガリィは唇を吊り上げる。

 

「一曲聴かせてもらえるかしら?」

 

手の平の上に載せた黒い石をバラ撒き、アルカ・ノイズを召喚。

 

「セレナ」

「はい、マリア姉さん」

 

姉の言葉に妹が応え、姉妹は聖詠を歌い、漆黒のガングニールと純白のアガートラームを身に纏う。

背後のエルフナインを庇いつつ、アルカ・ノイズに槍を突き刺し、剣を振るう二人の姿に笑みを深めたガリィは、その体から金色の光を発生させ、猛烈な速度で二人に突っ込んだ。

 

「さあ、あんたら二人が"向こう側"の力に何処まで戦えるか見せてもらうわ!」

「ぐっ!」

 

手首から先に氷を纏わせ剣のように突き出すガリィの攻撃を、マリアは辛うじて槍の刀身で受けるが、あまりの威力に後方へと弾き飛ばされた。

 

「マリアさん!」

「マリア姉さん!」

「大丈夫、問題ないわ」

 

なんとか体勢を整えつつ心配してくる二人に返事するが、マリアの心に一抹の不安が生まれる。

たった一合、そのやり取りだけで実力差をはっきりと理解した。

一撃がとてつもなく重い。それに動きが速い。"向こう側"の力で強化されている相手と戦うことがどういうことなのか、身を以て味わう。

たが、負ける訳にはいかない。だからどうしたと自分に言い聞かせる。他者から何かを奪って我が物顔で調子に乗っている連中に、思い知らせてやる。不安を噛み砕くように歯を食い縛った。

 

(セレナ)

(はい、マリア姉さん)

 

同時にアイコンタンクト。互いの意思を確認し、マリアがガリィに向かって踏み込み、セレナが自身の周囲の空間にいくつもの短剣を配置し、マリアを援護するように射出した。

ガリィ目掛けて一直線にマリアは突き進み、アルカ・ノイズと擦れ違い様に槍を振るい塵に変える。彼女の間合いの外にいるアルカ・ノイズはセレナが短剣の群れで穿つ。

瞬く間にガリィとの距離を詰めたマリアが全力で槍を突き出す。

だが、ガングニールの穂先は淡く水色に光る障壁に阻まれガリィの体を捉えることは叶わない。

 

「硬い...!」

 

敵の防御を貫けない。それが分かるとマリアは反撃を警戒し即座にその場を離れる。

マリアと入れ替わるようにセレナの蛇腹剣がガリィの足下を狙うが、ガリィは自身の周囲に氷柱を生み出し、銀の刃を弾いてみせた。

 

「「だったら!!」」

 

後ろ下がったマリアと前に踏み出したセレナが横に並び、マリアは槍の穂先を左右に展開させ、セレナは左腕の装甲を砲口に変形させ、それぞれがガリィに狙いを定めてエネルギーを放出。

二条の光が融合し一つとなり、射線上の人形を破壊せんと襲う。

 

「頭冷やせや~」

 

嘲笑しながらガリィが両手を前に翳し、自身に迫る光に対抗するように、錬成陣から冷気を伴う水流をレーザーのように高圧で放つ。

イヴ姉妹の光とガリィの水流が激突し、拮抗したのは僅か数秒。

 

「ぐあっ!」

「ううぅ!」

 

力比べで押し負けたのは姉妹の方だった。極太の冷気が二人を呑み込み、一瞬にして氷像にされてしまう。

 

「マリアさん! セレナさん!」

「てんで弱過ぎる。"向こう側"の力についてはそっちの方が詳しいはずだろ? その程度で対抗できるとか舐めてんのか?」

 

エルフナインの悲鳴を聞き流しながら、ガリィは心底侮蔑するように吐き捨てた。

ピシピシと音を立て氷が砕け散り、二人は氷漬けの状態から抜け出すものの、ダメージで足をふらつかせ、

 

「倒れません......!!」

「倒れるとしても前のめりよ、そうでしょカズヤ!!」

 

今にも倒れる、というタイミングでそれぞれがアームドギアを大地に突き立て支えとし、断固としてダウンを拒否。

 

「......確かに私達は弱いです」

「カズヤと比べたらそれこそ大人と子どもね」

 

肩で大きく呼吸しながら顔を上げ、萎えることのない闘志を瞳に宿らせ、姉妹は言葉を紡ぐ。

 

「でも、私もセレナも、生憎と諦めの悪さは彼譲りよ」

「こんなことで膝を折ってたら、カズヤさんのそばにいる資格なんて、ありませんからね!」

 

 

結局、自分達姉妹は英雄(カズヤ)になることなどできなかった。

そもそも器ではなかったし、力も強さもまるで足りていなかった。

何より、彼のような何がなんでも己の信念を、意地を貫き通す強靭な意思も持っていなかった。

きっと根本的な部分は、あの時から何一つ変わっていない。

体が成長して大人になっても、多少なりとも強くなったとしても、だ。

だけど、あの時とは違うものがある。

彼の為を思えば、たとえ自分達がどんなに弱かろうと、相手が誰であろうと一歩も退かずに戦える。

熱く燃え滾り胸を焦がすこの想いは、違えることのない真実であり、姉妹にとって生きる原動力であり、願いそのものなのだから。

 

 

故に、姉妹は揃って首元のペンダントに手を伸ばす。

 

「見せてあげます......私とマリア姉さんの!!」

「あの日、彼に全てを捧げると誓った覚悟と決意を!!」

 

二つのペンダントが宙を舞い、光の剣を形成しつつ空中に浮遊し、

 

「「イグナイトモジュール、抜剣っ!!!」」

 

胸の中心にペンダントの剣が突き刺さり、暗黒の靄のようなものが二人の全身から吹き出した。

 

 

 

 

 

たらりっ、とカズヤの右目から血涙が流れるのに合わせて、視界の奥で闇色の柱が天に昇っていく。

 

「マリア、セレナ......急ぐぜ!」

 

思わず止めてしまった足を再び動かしながら両隣の響とクリスを促し全速力で駆け抜ける。

やがて三人の視線の先に映ったのは、黒真珠やブラックダイヤモンドを彷彿とさせる美しさを内包した黒い輝きを放ち、荒々しさと禍々しさと妖しさを感じさせる漆黒のギアを纏ったイヴ姉妹の後ろ姿だ。

 

「イグナイトモジュール、成功です!」

 

カズヤ達に気づいたエルフナインが振り向き様に満面の笑みを浮かべて言う。

 

「見ていて、カズヤ」

「私とマリア姉さんの戦いを」

 

肩越しに振り返り、慈愛に満ちた聖母のような笑みで告げてから、姉妹は前に向き直り、表情をキッと引き締めアームドギアを構えて歌い出す。

 

 

 

 

 

【輝きに魅入られた者達】

 

 

 

 

 

再度、ガリィがアルカ・ノイズを召喚し、それに伴う赤い光が周囲を照らした刹那、黒い豪雨が辺り一面に降り注ぐ。

それは一つひとつが黒い短剣だった。セレナが射出した大量の短剣が文字通り嵐となってアルカ・ノイズを瞬く間に一掃する。

 

「アルカ・ノイズなんて無駄です......マリア姉さん」

「ええ。小細工なんてしない、真っ直ぐに行くわ」

 

妹の促しに応じ、槍の穂先をガリィに向けたマリアが踏み込みで大地を砕きながら突撃。

一瞬で、間合いが詰まる。

 

「っ!?」

 

その速度に瞠目したガリィが咄嗟に展開した障壁に、槍の穂先が激突し、

 

「はあああああああああああっ!!」

 

容易く砕き、貫いた。

そのまま槍はガリィの服を貫き、胴体を貫き、背中まで突き出し串刺しにすると、一度高く掲げられてから乱暴に振り回される。

遠心力で槍からすっぽ抜けたガリィは、近くの樹に背中から叩きつけられ、樹を粉砕しながら更に地面に転がった。

しかし相手は人形。ダメージはあっても痛覚はない。すぐに立ち上がり、両腕に氷の刃を纏わせ、距離的に近かったセレナに斬りかかる。

対するセレナは両の手に逆手に握った黒い短剣で応戦。

常人では捉えることが不可能な超高速で振るわれる氷の双刃と黒い双刃がぶつかり合う。

攻めるガリィと防御に徹するセレナ。二人の間で何度も何度も剣閃が煌めき明滅し、剣戟の音が響き渡り、その攻防の激しさを物語るが、セレナは眉一つ動かさず冷静な眼差しでガリィの一挙手一投足を見つめていた。

 

「私が、私が一番乗りなんだからぁぁ!!」

「何のこと言ってるのか分かるように喋ったらどうですかぁぁぁっ!!」

 

狂喜の笑みで意味不明なことを叫ぶガリィにセレナが叫び返し、攻撃と攻撃の間に見出だした僅かな隙に短剣を握ったまま左拳を顔面にぶち込む。

またしても吹き飛んでいくガリィを見据えながら、姉妹は横に並ぶと、マリアが槍の穂先を真っ直ぐガリィに向け、セレナが短剣を蛇腹剣に変形させつつ槍全体に巻き付かせる。

すると二つのアームドギアが──ガングニールの槍とアガートラームの刃が一つとなり、超巨大な槍を形成。

更にセレナの左腕が闇に包まれると、カズヤのシェルブリット──当然色は黒い──へと姿を変え、()()()()()()()()()()()()()マリアの右腕も同じように変化した。

二つのシェルブリットから手首の拘束具が外れ、装甲のスリットが展開し、手の甲に穴が開く。

 

「これで決める!」

「はい、マリア姉さん!」

 

二人の全身から、アームドギアから暗黒の光が発生し、膨大なエネルギーが台風のように渦巻き、収束していく。

 

 

「「シェルブリットォォォォ──」」

 

 

それを見てガリィは狂ったように笑いながら、残り全ての"向こう側"の力を、金の光を迸らせ二人に突っ込んできた。

 

「アハ、アハハハハハハ! 私が一番乗り、一番乗りなんだからぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突貫してくるガリィに二人も応じるように前へと飛び出す。

 

 

「「──バァァァストォォォォォッ!!!」」

 

 

金の光に包まれたガリィと、漆黒の闇を漲らせた姉妹が正面衝突。

次の瞬間、目を灼く閃光が周囲を満たし、すぐにそれを塗り潰す暗黒が世界を埋め尽くし、耳を劈く爆音と共に真っ黒い大爆発が起きた。

 

 

 

 

 

「私達二人の勝利なのに、なんだか二人だけの力で勝った気がしないわ」

「マリア姉さんもですか? 私も同じですよ」

 

ギアを解除し、水着姿に戻った二人はそう言って互いに微笑んだ。

勝利の余韻に浸りながら瞼を閉じれば、様々な顔が浮かび上がってくる。イグナイトの完成に尽力したエルフナインとフィーネは勿論、影で支えてくれたオペレーター陣、共に訓練を積んだ装者の仲間達。

そして何より──

 

「ハハッ! やったな二人共、お手柄じゃねぇか!!」

 

そんな二人にカズヤ達が駆け寄ってくる。

目の前に来るや否や、カズヤは両腕を大きく広げ、二人纏めてギューーッと抱き締めてきた。

 

「ちょ、ちょっとカズヤ、テンション高過ぎない!?」

「......そんなに強く抱き締められたら、私、変な気分になっちゃいますよぉ......」

 

不意打ちのような突然のハグに顔を赤くするマリア、既に思考が蕩け始めるセレナ。

 

「何言ってんだお前ら! 二人が初のオートスコアラー完全撃破だぜ!? お前らこそもっと喜べっての!!」

「そういやそうだな。確かにお手柄だ」

「マリアさん、セレナさん、凄いですよ!」

「やりましたね、お二人共」

 

カズヤ、クリス、響、エルフナインの賞賛の声に二人はハッとなる。

確かにこれまで撃退はできていたが、今回のような撃破は彼の言う通り初だ。快挙と言っても過言ではないかもしれない。

 

「......カズヤのお陰よ」

「そうですね。カズヤさんがいてくれたから、勝てたんです」

「? なんでここで俺が? お前らの実力なのは明らかじゃねーか」

 

疑問符を頭上に浮かべるカズヤの様子に、姉妹は揃って苦笑する。

 

「まあ、あまり気にしなくてもいいわ。そんなもんなんだ、くらいに思っておいて」

「要するに、カズヤさんがそばにいてくれるだけで私達は頑張れる、ということですよ」

「よく分かんねーけど、分かった。とりあえずそれで納得しておく」

 

深く考えることをやめた彼は腕の力をより強くし、密着度が更に上がった。

その様子を響とクリスは微笑ましそうに、それでいて若干羨ましそうに見つめている。

姉妹は思う。

きっと自分達だけでは弱いままだけど、皆から力をもらうことで強くなれる。

ありがとう、と。心の中で感謝を述べた。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、ガリィ」

 

遠くからガリィにトドメを差した暗黒の爆裂を眺めていたファラは、使命を果たした同胞を労う。

と、その背後から悠然とした足取りで近づいてくる複数の存在に気づき、振り返る。

 

「これで仕事は終わりだ。約束のものを渡してもらおうか」

 

こちらに向かって投げ渡されたSDカードを受け取ってから、スカートのポケットに仕舞っていた砂時計を投げ渡す。

それは罅が入った"吸収(アブソープション)"。一部破損しておりエネルギーの吸収行為は最早できないが、満たされている中身は未使用。ガラスのような透明な容器越しに、見る者全てを魅了する金の光を放っていた。

 

「......ついに......!!」

 

砂時計を手にし歓喜に震えるサンジェルマンを一瞥してから、ファラはテレポートジェムを取り出し自身の足下に叩きつけた。

 

「それでは失礼します」

 

転移する際に挨拶を述べるものの、既に彼女の意識は砂時計に注がれており、こちらに見向きもしない。

その様子を冷めた眼差しで眺めつつ、この場からファラは消えた。

残されたのはサンジェルマンと、彼女に付き従うカリオストロとプレラーティ。

 

「...ふふ、ふふふ、ふははははは! 手に入れた、ついに手に入れたわカリオストロ、プレラーティ! 彼の、カズヤの力を、神に反逆する悪魔の力を、"向こう側"の力を!!」

 

暫くの間、サンジェルマンの高笑いが辺りに響いた。

 

 

 

 

 

「さっきのトンデモは邪神でも降臨したのかと思ったデース」

 

そう朗らかに笑いながら、切歌は放物線を描いて自身に飛来するビーチボールを優しくトスする。

 

「凄い力を感じる黒い光の爆発。研究局からでもビリビリ感じた」

 

切歌から飛んできたボールを、調は未来に向かってレシーブ。

それをトスで受けると同時に奏へ飛ばす未来。

 

「私も感じました。さっきのあれ、二人分のシェルブリットバーストだったんですね」

「同調なしで同調ありと同レベルの出力が出るなんて凄いと思うけど、ちょっと怖いよ、アタシは」

 

奏はボールをレシーブで高く上げ、少し疲れたように溜め息を吐く。

 

「私も奏と同じ。イグナイトは、過信しない方がいいかもしれない!!」

 

翼が落ちてくるボールにタイミングを合わせて跳躍し、全力でスパイクを打つ。

豪速球と化したビーチボールは、真っ正面にいたカズヤが顔を顰めつつレシーブする。

高く高く舞い上がるボールに皆が注視した。

 

「おい翼、これ、試合じゃねーから。どんだけトスとレシーブで長く続けられるかっていう主旨の遊びだから」

「知ってるよ」

「じゃあなんでさっきから俺にだけ全力スパイクなんだよ!?」

「なんでかな? カズヤは分かる?」

「知るかぁっ! 自分の行動に責任持てぇぇ!」

「嘘。実はわざとカズヤにだけスパイク打ってるの。カズヤのリアクションが楽しくて、つい」

「次俺にボール飛んできたらネ◯・タイガーショットお見舞いしてやる!!」

 

翼といつもの漫才みたいなやり取りするカズヤの横で、響がクリスに向かってトス。

 

「でも、私もイグナイトが少し怖い気持ち、分かります。マリアさんとセレナさん、あの後疲れて寝ちゃったじゃないですか。私も前に使った時、凄く疲れました」

「疲労の原因はシェルブリットバーストを使ったことだろうな。同調ありってのはつまりカズヤから"向こう側"の力が供給されてるってことで、それがないなら相応の体力を使うってことだ。あたしもそうだった」

 

響からのトスを、クリスもトスでエルフナインにボールを渡す。

 

「あうぅぅ~。改良の余地ありということですね、すみません」

 

ぎこちない動きでレシーブしながら、エルフナインは申し訳なさそうに謝罪した。

 

「いや、なんでエルフナインが謝るんだよ、お前と了子さんはよくやってくれてるって...ネ◯・タイガーショットだおらああああああ!!」

「ぐふぉっ!?」

「翼さん吹っ飛ばされたぁぁっ!」

 

カズヤの怒号と共に放たれたシュートが、響の叫び声の通り翼をぶっ飛ばし、そのまま海面にどっぱぁぁぁん、と盛大な水飛沫が立つ。

マジでやりやがったぞこの男、と皆が若干引く中、カズヤは水没した翼の心配など微塵もせず、イヴ姉妹のことを心配する。

二人は現在、疲労の為研究局で休んでいる。というか寝ている。先ほどの戦闘の後、水分補給の為に買ってきた麦茶をガブ飲みした瞬間に電池が切れたオモチャのように寝てしまったので、ついさっき研究局の涼しい部屋まで運んであげたのだ。

やはり、同調なしの状態でシェルブリットバーストを撃つのはかなり体力の消耗が激しいらしい。ここぞ、という時以外の使用は控えた方が賢明だ。イグナイトを発動しているなら、それはなおのこと。

イヴ姉妹が起きたら皆に改めて言い含めよう、というカズヤの思考を遮るように、

 

「Imyuteus Amenohabakiri tron」

 

濡れた長い髪で顔を覆い隠した翼が、まるで夜の海に出没する亡霊のように海面から頭だけを出した状態で聖詠を歌う。

ホラー映画のワンシーンみたいなその光景は、今は昼だから全く怖くない──というか間抜けに見えるが、もし夜に見たらトラウマ必至だ。

そして、この時点でカズヤ以外の全員がその場から我先にと逃げ出す。

シンフォギアを纏い、海面から飛び出した翼は、アームドギアである刀をカズヤに向かって投擲。

斜め上空から真っ直ぐに飛来するそれは、途中で巨大な剣へと姿を変えると、翼はその柄を踵で蹴り押しながら更に加速して突っ込む。

 

「防人シュート!!」

「シュートがしてぇならせめてボールを使えや!!」

 

シェルブリット第二形態を発動させ、カズヤは迫る剣の切っ先に右拳を突き出した。

剣と拳が激突し、轟音を生む。同時に発生した衝撃波の余波が砂地を滅茶苦茶に蹂躙する。エネルギーのぶつかり合いは白い稲妻のようなものを生み、二人を中心に激しく明滅する。

そのまま剣と拳は互いに力任せに押し合う。

 

「いきなりおっ始めるな!!」

 

遠くからクリスが文句を言うが、二人は全く聞いてない。

 

「さっきから変なちょっかい掛けてくると思ったら、翼お前、構って欲しいなら最初(ハナ)っからそう言えっ!」

「そこは男の子なんだからカズヤが察して! 婚約者の、私の夫となるべき人の役目でしょ!」

「無茶言うなアンポンタン! お前のアピールはたまに消える魔球なんだよ、せめて響並みの火の玉ストレート投げてこいってんだ!」

「立花はカズヤに遠慮がないだけじゃない!」

「今日のおまいうスレはここですかぁっ!?」

 

やがて均衡が崩れ、巨大な剣の切っ先から徐々に罅が入り、全体にまで及ぶと砕け散る。

砂の上に着地した翼が刀を一振り手にしてカズヤに斬りかかり、それにカズヤが応じるように右肩甲骨の回転翼を高速回転させ前に出た。

 

「カァァァズゥゥゥヤァァァッ!!」

「つぅぅぅばぁぁぁさぁぁぁっ!!」

 

ドッカンバッカンとぶつかり合う二人を遠くから眺めつつ、エルフナインはハイライトが消えた目で何かを悟ったように呟く。

 

「皆さんは、定期的にカズヤさんと殴り合わないと禁断症状が出るようですね」

「......否定しようと思ったけど、否定できる要素が一つもねぇ」

 

額に手を当て俯き、クリスが苦悩するように嘆いた。

 

「いやー、カズヤとの模擬戦って頭空っぽにして暴れられるから、つい楽しくて。ま、じゃれ合いみたいなもんだよ。あいつ一発殴るとすぐに殴り返してくるから誘い易いし...ね!!」

「ええ、まあ」

 

カラカラと笑う奏から同意を求められ、未来が困ったような笑みで首肯する。

なんて血の気が多くてバイオレンスな信頼と絆とコミュニケーションなんだ、とエルフナインが白目になる。

そのそばで響が、あ! と何か思い付いたのか口を開いた。

 

「マリアさんとセレナさんがオートスコアラーを倒したから、翼さんきっと次は自分も、って気合い入っちゃってじっとしてられないのかも」

 

あ~、それはあり得るな~、とエルフナイン以外の誰もが納得する中、切歌がビシッと挙手し、注目を集める。

 

「あの、イグナイトを使いこなすコツがあるなら今の内に聞いておきたいデス!!」

「マリアとセレナが発動に成功した現状、残っているのは私と切ちゃんだけ。ここは先輩方の意見を聞かせてください」

 

調も続けてそう言うので、未来とエルフナインは真剣に考え込む奏と響とクリスの顔を覗き込む。

 

「おらあああああっ!!」

「せいやああああっ!!」

 

遠くから聞こえてくる雄叫びが非常に喧しい。

 

「アタシから言えることってそんな多くないんだけどさ」

 

楽しそうに衝突している二人にチラリと視線を送ってから、切歌と調に向き直り奏は語る。

 

「やっぱ、大切な人達のことを考える、だね」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「最初は心の闇が増幅されるから、嫌なこととか辛いこととか色々思い出すんだけど」

「はあああああああああああああっ!!」

「そういうのを否定せず──」

「どおおおおおおおおりゃっ!!」

「過去の自分や負の感情を受け──」

「くっ、イグナイトモジュール、抜剣っ!!」

「入れて、その上で大切な──」

「そうだよ、そう来なくっちゃなぁ!!」

「行くわよ、カズヤァァァァァッ!!」

「おっしゃ来い!!」

「人達と一緒に前へ進もうと──」

「「おおおおおおおっ!!!」」

「...って、喧しいぃぃぃぃ! 今アタシ良いこと言ってんの! 大事なところでうるっさいよさっきから! もっと向こうでやれアホンダラ!!」

 

が、奏の語りは最後まで言い終わることができず、途中で遮ることとなってしまった。怒髪天になり地団駄を踏む彼女は、こめかみに青筋を立てて戦っている二人に怒鳴りまくる。

なお、ついさっき彼女が模擬戦していた時は今の翼と全く同じ感じだったが、当の本人はすっかり忘れているのであった。

 

「あっ、もういいです。言いたいことはだいたい分かったので。ありがとうございます」

「奏さん、ありがとデス」

「......今ので本当に伝わったの? 変な気遣いされてる感じがするんだけど」

 

とても申し訳なさそうに礼を述べる調と切歌に、奏は微妙な表情になって呻く。

 

「締まらねぇなぁ」

 

思わず出てきたクリスの一人言は、遠くから轟く雄叫びにかき消された。

 

 

 

 

 

目を覚ましたイヴ姉妹が、通信機越しに腹減ったと宣うので、合流して食事を摂る。

その後、遊んだり模擬戦したり遊んだり模擬戦したりを繰り返していたら、いつの間にか夕方となった。

楽しい時間とはあっという間に過ぎてしまうもの。

なので、シャワーで汗を流し着替え終わると夕飯──緒川がバーベキューを用意して待っていた──に移行。

 

「実は俺が頼んどいた」

「夕飯は美味しいものを、と頼まれてましたので。食事が終わったら、花火もありますよ」

 

やったぁ! バーベキューと花火だぁ! とはしゃぐ女性陣を前にカズヤが緒川に礼を述べれば、浜辺での模擬戦で砂浜が見るも無惨な状態になってしまったことについて文句を言われ、たじたじになりながら「シェルブリットバーストは使ってない、厳密に言えば地面に向かって撃ってない」と震え声で苦しい言い訳をしたら、「でも地面殴ってジャンプしてますよね」と返されて二の句を継げることができなくなり、素直に謝罪した。緒川も緒川で文句が言いたかっただけなのでそれ以上は追及しない。

で。

一応、任務中という扱いなのでアルコールの類いはなしだが、ノンアルコールでもバカ騒ぎができるのは良いことなのか悪いことなのか。

誰もが満足するまで腹を膨らませた後、先の告知の通り花火が始まった。

 

「海で遊んでバーベキュー食って花火、いかにも夏って感じだなー」

 

誰もがそれぞれ手にした花火に夢中になる光景。鮮やかな光が暗闇を彩る様子に目を細め、カズヤは感慨深げに呟き腕を組む。

敵の襲来はあったものの、問題なく迎撃できた。

なんだかんだあったが、皆が楽しめたなら良かった。

そう考えるカズヤを、響と未来が呼ぶ。

 

「カズヤさん、線香花火で誰が一番長持ちするか勝負しましょう!」

「敗者には勿論罰ゲームで。どうです?」

 

その提案に彼はニヤリと唇を吊り上げ笑う。

 

「なら全員でやろうぜ! そんでもって俺の選んだ線香花火が誰よりも長持ちするってとこを見せてやるよ!」

 

なお、勝負しようと言い出したり、罰ゲームを提案したり、勝負事で啖呵を切る奴に限って最初に脱落する模様。

 

 

 

 

 

罰ゲームの内容は、一番線香花火が長持ちした切歌から「途中で溶けるからという理由で昼間は買えなかったアイスを買ってくるのデス、勿論全員分!!」というものだった。

ついでに他の面子からも、あれもこれも買ってきてくれと頼まれてしまう。

カズヤ、響、未来の三人はほぼ同じタイミングで最初に線香花火の火球が落ちてしまい、見事に負け犬になったので、ルールに従い大人しくコンビニまで歩いていく。

 

「......こうなったらコンビニの前の自販機で売ってた地域限定キノコのジュースを、アイス食い終わった後にあいつら全員に飲ませてやる」

「カズヤさん、地味に恐ろしい計画を立てないでください」

「何々!? キノコのジュース!? そんなの見つけたんですか! 面白そう!!」

「ほらー、響が興味持っちゃった」

「しかもな、更にネギ塩納豆味とかいう訳分かんねーのもあったぞ」

「凄い、全然美味しくなさそう! クリスちゃんあたりに飲ませたら『ターゲット層が分かんねぇよ!』ってキレそう!」

「二人共、買うんだったら自分の分だけにしなさいね。皆の分は要らないから」

「「えー」」

「罰ゲームやらされてるからって新たな罰ゲーム考える必要ないでしょ、返事は!」

「「はーい」」

「全くもう...面白そうなの見つけるとすぐこれなんだから」

 

やいのやいの騒ぎながら三人で夜道を歩いていると、やがて視界の端にコンビニの灯りが見えてきた。

コンビニの自動ドアの前まで三人はやって来たが、カズヤと響が店内に入らず、真っ先に店の前の自販機に張り付き、早速ジュースを購入して笑い合う。

 

「未来、カズヤさんが買ったよキノコのジュース! 見て見て!」

「で、どっち先飲む?」

「じゃあ、その、カズヤさんから...」

「お前、後でやっぱ飲まねーとか言ったら無理矢理口移ししてでも飲ませるからな」

「口移しされるならもっとロマンチックなシチュエーションが欲しいです」

「ロマンチックなシチュエーションでも中身キノコのジュースだぞ」

「アハハ! いくらカズヤさんからの口移しでも吐いちゃうかも!」

「...どうして飲んだら吐くかもしれない代物を嬉々として買うのこの二人...」

 

完全に呆れ果てた未来が、バカなことをしようとしているバカ二人を半眼で睨んでいたら、目の前の自動ドアが店外に出ようとしている他の客に反応し、開く。

 

「あれ......? キミは、確か未来ちゃん、じゃなかったっけ?」

「?」

 

コンビニから出てきた客──突然知らない男性に話しかけられ、しかも下の名前を呼ばれ、頭の上に疑問符を浮かべる未来に、男性は更に言い募る。

 

「ほら、昔ウチの子と遊んでくれていた......」

「ねぇ未来見てよカズヤさんの顔! ジュース口に含んだ瞬間凄い顔芸になって──」

 

そして、二人はついに再会した......してしまった。

 

 

 

「......響......!?」

「お父、さん......!!」

 

 

 

大きく目を見開き、信じられないとばかりに驚愕する二人。

そこにいた男性は、間違いなくかつて蒸発した響の実の父親──洸だった。

予想だにしていなかった再会に三人の時間が止まり、コンビニの出入り口にて固まったその時、

 

「ぶううっふぇ! がはっ、ごほっ、げはっ!」

 

カズヤが盛大にキノコのジュースを吹き出し、激しく咳き込みながら前屈みになる。

 

 

 

 

 

未来がコンビニから出てきた男性に話しかけられたのを見て、まず最初にカズヤが思ったことは、何だあの男? ナンパか? 俺の未来に手ぇ出したら大気圏外までぶっ飛ばすぞ! である。

しかし、様子を見ているとどうやら違うらしい。まるで古い知人に偶然出くわしたかのような反応や態度、雰囲気、言葉に知り合いの可能性に思い至った。

それにしてもこの男性、なんか見覚えあるな、と記憶を探れば男性の服装──ガソリンスタンドの従業員の制服を見て思い出す。

ああ、昼間に子ども達の避難誘導を翼が要請したら、子ども達や他の人々を置いて真っ先に自分一人で逃げ出したクソ野郎じゃねーか、と。

 

(んん? でも今日とは別に最近見た気がするのはなんでだ?)

 

男性に対して妙な錯覚を覚えて観察していると、響の「お父さん」発言を耳にしてフラッシュバックを起こす。

イグナイトモジュールを初めて発動させた時に、シンフォギアと繋がった右目で垣間見てしまった響の過去と心の闇。

その際に登場した響の父親が目の前の人物と重なる。

昼間は切迫した状況だったので、気づけなかった。

どういうことだ? どうして蒸発した響の父親がこんな所に? というより口の中のキノコのジュースが不味くはないが美味くもないのに、ネチャネチャした触感がクッソ気持ち悪い。

 

(あ)

 

飲み下そうとしたら、突然の出来事に動揺したせいかジュースが気管に入った。

よって、カズヤは無様にジュースを吹き出し咳き込むという醜態を晒す。

 

「カズヤさん!?」

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

 

固まっていた響と未来の時間が動き出す。咳を何度も繰り返すカズヤに対して、二人は弾かれたように反応し、直ぐ様そばに寄り、背中を擦ってあげる。

 

「未来、ポケットティッシュとか持ってる?」

「ちょっと待って......はいこれ」

「ありがと。口回り拭きますからちょっとじっとしててくださいね」

「もう、いきなり吹き出すなんて一体どうしたんですか?」

 

甲斐甲斐しく世話を焼く二人の少女と、世話を焼かれる一人の男。

 

「キミは、昼間の!!」

 

ここで漸くカズヤが誰なのか洸が気がつき、更に驚く。

洸にとって見れば、眼前の光景は奇妙なものでしかなかった。

実の娘とその友達がこの筑波の地にいることは横に置いておくとして、その二人が()()英雄である"シェルブリットのカズヤ"と親しげにしている姿に酷い違和感を覚える。

事情を知らない為、洸がそう感じるのは仕方がないことだ。彼の中での娘とその友達はあくまで一般人。世界を救った英雄と一緒に、しかも親しげにしている今の様子は現実感を伴わないものだった。

 

「......気管にジュースが入っちまっただけだから、大丈夫だ。サンキューな、響、未来」

「もう、気をつけてくださいよぉ」

「大丈夫ならいいんですけど、ネタに走って変なもの試そうとするからそんなことになるんですよ」

 

未来によって手にしていた缶──キノコのジュースを取り上げられる。

とりあえずなんとか体裁を整えて前を向き直り、カズヤは洸と相対した。

 

「......」

「......」

 

互いに何と声を掛けていいのか分からず、見つめ合う。

それは未来も同様なのか、困惑したような表情で響と洸の間で視線を行ったり来たりさせている。

響は父の視界から逃げるようにカズヤの背後に回り、背中にしがみついて顔を俯かせた。

何を言えばいいのか分からないままだが、最低限の挨拶はしておこうと、カズヤは若干緊張した面持ちで口を開く。

 

「えっと、響の親父さんでいいんだよな。あー、えー、初めまして、君島カズヤです」

「あ、ああ。立花洸です、響の...父親です」

 

僅かな間があったのは、返答内容への躊躇だろうか。

ぎこちないながらも一応の自己紹介を互いに終えて、次に何を話すのか模索していると、洸の方から質問が飛ぶ。

 

「...キミは、昼間に神社の前にいた、"シェルブリットのカズヤ"だよね? 何度か報道されてたのを見たことあるよ。キミみたいな有名人が、どうして響や未来ちゃんと一緒に? 娘とは一体どんな関係なんだい?」

 

腐っても父親であり、放棄したとはいえかつて保護者という立場だった者。捨てたとはいえ、娘のそばにいる男という存在はどうしても気になるのだろう。そうでなくとも誰もが至極当然に抱くであろう疑問。簡単に予想できる代物であったが、この時のカズヤは響の態度が気掛かりで返答に窮した。

助け船が欲しくて未来に視線を送る。

 

(ここは普通に友達と答えるべきか?)

(色々突っ込まれそうですけど、それが一番無難かと)

(了解!)

 

アイコンタクト後に答えようとした瞬間、

 

 

「お父さんには関係ないよ」

 

 

これまで一度も聞いたことがない、背筋が凍るほどに冷たい響の声が、その場を支配した。




この作品のイヴ姉妹は、旧二課組と比べて心の闇はそこまで深くない、と思っています。
そもそもセレナ生存してますし、難民生活経験やレセプターチルドレン時代などの辛い過去があっても、死別した家族やナスターシャ教授から愛されていたという自覚がありますし、劇中でもありますがカズヤに全てを捧げるという誓いを立てていることで覚悟ガン決まりですから。

前にも似たようなこと書きましたが、翼さん、カズヤに甘える時は口調が女の子になります。だけど、カズヤはそれになかなか気づきません。

ちなみに、ダインスレイフの欠片って失われた後で判明したように、様々な面でサポート機能が付いてましたので、当然この作品のものも色々とプラス補正が入るアイテムとなっています。
例えば、今回のお話で元々適合係数が高いセレナがシェルブリットを発動させることで、それにつられる形で適合係数の低かったマリアがシェルブリットを発動させたように、とかね。

ついでですが、地味にサンジェルマン達のラピス超強化フラグが立ちました。

そして、問題の響パパン登場。もう少し書いてから投稿しようと思いましたが、切りがいいので続きはまた次回に!


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残響

今月は響と切ちゃんの中の人(茅野さん)の誕生日がある月!
おめでとうございます!
そしてこの作品を投稿して一周年、という月でもあります。
ここまで継続できたのは間違いなく感想や評価をしてくれた読者の皆さんのお陰です!

ところでXDの運営さんはグレ響に何か恨みでもあるんですかねぇ......そんなことしてると反動でこの作品の響がイチャラブ幸せお姫様まっしぐらになるやんけ!!


「お父さんには関係ないよ」

 

この声が響の口から放たれたことをカズヤは信じられず、まず自身の耳を疑った。

疑ったのは内容に関してではない。響の父、洸は家族を捨てて蒸発した男である以上、関係ないという言葉は彼女からしてみれば至極当然だ。

しかし、その声音が絶対零度のような冷たさと覆しようがない拒絶の意思が内包していたことに戸惑う。

響は、これほどまでに他者を拒絶する冷たい声を出せる女の子だったであろうか? と。

カズヤは知らない。彼女から負の感情を向けられたことがない故に知りようがない。彼にとって響とは、出会った頃から今の今まで、明るく元気で優しくて、笑顔が素敵で魅力的な年頃の女の子なのだ。怒ったり悲しんだり泣いたり落ち込んだりした姿は何度か見てきたが、彼女のこんな背筋が凍るような声を聞いたことなどなかった。

未来もカズヤと同じなのか、響の態度に仰天している。

だが、二人よりも驚き戸惑っているのは間違いなく洸。やはり、その理由は二人と同様に響の冷たい声だ。

動揺して反応を示さない三人をそのままに、響の言葉は続く。

 

「今更お父さんに何の関係があるの?」

「......」

「関係、ないでしょ。だって自分で私との関係を断ち切ったんだから」

 

冷たい口調に、これまでの行いに対して責めるようなものが含まれる。

 

「私が何処で誰とどう付き合おうが、私の勝手だよ。口出ししないで」

 

これ以上の干渉は許さない。そう言外に込められた言葉を吐き捨て、響はカズヤと未来の手を取り踵を返す。

 

「未来、カズヤさん、もう行こ」

 

抵抗できる訳もなく、二人は響に引っ張られるがままに足を動かすことにした。

少しずつ、少しずつ洸との距離が離れていく。

後ろ髪を引かれる思いでカズヤと未来は肩越しに背後を振り返る。

視線の先では、なんとも情けない表情をしてこちらに手を伸ばす洸の姿があった。

 

「......ま、待て、待ってくれひび──」

「うるさい!!」

 

何か言おうとした洸を響の怒声が遮る。

響の本気の怒鳴り声──先と同じで初めて聞いたそれにカズヤは勿論、未来も洸も本当に驚いて体を震わせた。

二人から手を離し、くるりと反転して響は父親に向き直ると、涙目になりながら怒りと悲しみと嫌悪が入り混じった視線で睨み付け、叫ぶ。

 

「そんなに知りたいなら教えてあげるよ! この人は、カズヤさんは私にとって世界で一番大切な男の人! お父さんなんかよりも全然強くて、格好良くて、優しくて、何より男らしいの! お父さんと違ってどんなことからも逃げないし、絶対に諦めないし、どんな時でも誰が相手でも退かないし負けない、男の意地を最後まで貫ける人! どんなにボロボロになっても私達のことを命懸けで守ろうとしてくれる、ピンチの時は必ず駆けつけてくれる、物語から飛び出てきたヒーローみたいな人! お父さんみたいに私を裏切ったりしない、心から信頼できる人! 私が落ち込んでたら励ましてくれて、泣いてたら抱き締めてくれる、そんなカズヤさんが私は大好きなの! 結婚して子どもを生みたいくらい好きな人なの! でもお父さんにはそんなこと一切関係ないんだから!! 分かった!? 分かったならもう私達のことは放っておいて!! そばにいて欲しかった時に勝手にいなくなった癖に、今更現れて偉そうに父親面しないで!!!」

 

一気にそう捲し立てると、響は今度こそ父親に背を向けて歩き出し、それがすぐに全力疾走へと変わる。

 

「...おい待て響! ああもう! 待てってば!!」

 

どんどん小さくなる彼女の後ろ姿をカズヤが慌てて追う。

 

「......」

「......」

 

その場に取り残された未来と洸の間に、どんよりとした沈黙が下りてきた。

コンビニの前は、空気が重く、非常に気まずくて居心地が悪い空間と化しており、カズヤと一緒に響を追えばよかった、と未来は若干後悔したが時既に遅し。

洸に何と声を掛ければいいだろう、と考えを巡らせていたら、洸が疲れたように乾いた笑い声を上げる。

 

「今更父親面しないで、か...ハハ、そうだよな。そう言われて当然のことを、俺はしたんだよな...ハハハハ」

「......そう、ですね。それについては誰も擁護できません」

 

額に手を当て俯く洸に、未来は厳然たる事実として告げた。

同情はしない。もし、あの時洸が響を、家族を見捨てることなく今まで生きてきたならば、立花家の状況は確実に今よりも良くなっているはずなのだから。

一家の大黒柱を失ってどれだけ大変だったかを、未来は幼馴染みとしてすぐそばで見ていたのだ。

 

「それにしても、響に好きな男の子ができたのか。それが有名人なのは一旦置いておくとして、響が女の子として成長してることが嬉しいけど、やっぱり少し寂しいもんだな」

「申し訳ないですけど、そう感じる資格そのものが今のおじさんにはありませんからね。私の前だからいいですけど、たぶん、響とカズヤさんの前で同じことを言ったら二人からぶん殴られますよ」

「......手厳しいなぁ、未来ちゃん」

「事実ですから」

 

しれっと応じる未来に洸は質問した。

 

「未来ちゃんの目から見て、彼はどんな人?」

「だいたいさっき響が言った通りの人ですけど、付け加えるなら...」

 

一度区切って少し考えてから未来は答える。

 

「私にとっては、響とは違った意味で放っておけない人です。ガサツでデリカシーがない面倒臭がり屋で、響に勝るとも劣らない食い意地張ってて、前しか見てないバカ、大バカ野郎です。でも、子どもみたいにコロコロ表情を変える可愛い人でもあります。雄叫びを上げて戦う姿は凄く凛々しくて雄々しいのに、ご飯を食べてる時は小さな子どもみたいにニコニコ幸せそうに笑うんですよ。別人みたいなそのギャップが堪らなくて!! 普段の日常生活は割りとチャランポランですけど、意外にも家事は一通りできます。根が庶民なのかケチなのか、高額料金のものを全般的に好みません。高級なお料理よりも手軽かつ安価なB級グルメが好きで、お給料もほとんど貯金に回してるって言ってました。とにかく曲がったことが大っ嫌いだから、筋が通らないことには頑として譲らない性格で、その不器用だけど真っ直ぐな生き様には周りの皆にかなり影響を与えてますね。それと動物好きなんで、動物園や水族館に行くと小さな子どもに混じってはしゃぐ姿が微笑ましくて──」

「あ、うん、分かった。未来ちゃんも彼が大好きだということが今のでよーく分かったよ」

 

やや早口で夢中になって語っているところを、呆れ半分戸惑い半分な様子の洸に遮られ、我に返った未来は顔を真っ赤にした。

 

「わ、分かっちゃいます?」

「今ので分からない人はいないと思うよ」

「ですよねー、はうぅ」

 

羞恥に耐えられず洸からそっぽを向き自身の両頬を押さえる。

 

「......そっか。二人がそんなに言うくらい惚れ込んでるなら、報道されてた内容は全部事実で、彼は本当に凄い男なんだろうな。以前テレビとかで取り上げられてた時、いくら誇張でもやり過ぎじゃないか、世間は何を大騒ぎしてるのかって思ってたけど、そりゃそうだよな、世界を救ってるんだから......凄いのも、世間が騒ぐのも当たり前なのか............それに比べて俺は......響が俺のこと毛嫌いするのは当然だな。娘からして見れば好きな人には絶対に会わせたくない、情けないクソ親父だよ」

「......」

 

項垂れて自嘲する親友の父の言葉を否定も肯定もせず、横目で窺うのみに留めておく。赤の他人が何を言っても慰め以外にはならないだろうし、そんなものを今更求めている訳ではないだろう。

やがて、なんとか持ち直したのか洸はゆっくりと顔を上げた。

 

「しかし、未来ちゃんもライバルだと響は大変だな」

「ライバル?」

 

一瞬、何を言われたのか理解ができず、オウム返し。

ライバルって何のことだろう? と。この時未来は心の底から疑問に思った。

 

「だってほら、彼って確か人気歌手の、マリア・カデンホウとかいう女性の恋人、じゃなかったっけ?」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴです。そんな荷電粒子砲ビームみたいな名前じゃありません」

 

荷電粒子砲ビームみたいなものならぶっ放す時あるけど、というのは内心で呟くのみとする。

 

「そうそう、そんな名前だったっけ。とにかくライバルが多いみたいだし、響が恋を成就させるのは難しいんじゃないかな、ってさ」

「え?」

「え?」

「...っ!」

 

迂闊なことを言いそうになって、咄嗟に口を閉じた。

実は私達、随分前からライバルとかそういうんじゃなく仲の良い竿姉妹なんです、なんて口が裂けても言えない。言える訳がない。

 

「......ソ、ソーデスネー、ライバル、ウン、ミンナ、手強イ、ライバルデス、ハイ、イクラ響デモ、ワタシ、負ケマセン......」

 

何十年も油を差さなかった昭和時代のブリキのオモチャみたいな、いかにもギギギッ、と擬音が出そうな動きで洸に向き直り、口をカクカク動かしながら片言で返すのが未来の精一杯だった。

 

(私達にとっては当たり前だから忘れたけど、よく考えなくても私達の関係って他の人から見たら爛れてるんだった!!)

 

誰か一人が独占する為に、戦闘力にものを言わせた本気の奪い合い──当人込みで──をするくらいなら、彼を共有財産として扱い、その上で仲良くやっていこう。というのがフロンティア事変におけるガチバトルを経て出た結論である。

しかし、人間関係の発端が常軌を逸していれば、その過程も結果も常軌を逸しているのは最早当然の帰結であり、おかしいのが当たり前になっていたのを忘れていた。

一人の男を巡って女同士が日夜火花を散らし、争っている段階の方がまだ健全なのだろうが、自分達の場合はそんな段階、初期の初期でとっくに終わっていたのだ。

そこまで考えが至らないあたり、未来も相当毒されていた。

急にぎこちない感じで喋る未来を少し訝しむ洸であったが、あまり気にしていないようにも見える。

これ以上ボロを出す前に退散しよう、響のことも気になるし、と思考を切り替え、洸に別れを告げようとした時だ。

 

「......未来ちゃん、お願いがあるんだけど、いいかな?」

 

洸が懇願するようにそう言ってきた。

 

 

 

 

 

全力疾走していた響が漸く立ち止まり、その背に追い付く。

 

「響」

 

震えるその背中から視線を外さずに名を呼べば、彼女は直ぐ様反転すると、こちらの胸に飛び込んできた。

野生の猪をも凌ぐ凄まじい勢いであったが、なんとか一歩後退するだけで踏み留まり、抱き止める。

 

「......響」

「私、私、お父さんに酷いこと言っちゃった!」

 

顔を上げた響は大粒の涙をポロポロ零し、嗚咽を漏らしながら懺悔するように、胸を詰まらせる感情を吐き出すように泣き喚く。

 

「お父さんとカズヤさんを、比べるようなこと、言っちゃった! お父さんなんかとか、お父さんと違ってとか、男の人が一番嫌がる言い方して、貶すようなこと、何度も、繰り返して!!」

「......」

「お父さんが、カズヤさんと違うのは当たり、前なのに、比べるなんて、いけないなんて本当は分かっ、てるのに、お父さんの顔見たら、今までのこと、思い出して、頭の中、グチャグチャで、気が、ついたら、あんな、こと、口走ってて、うううぅ、ああああ、ああああああああん!!」

 

ついに大声を上げて泣く響。

こちらの胸に顔を埋める彼女をギュッと抱き締め、カズヤは絞り出すように声を掛けた。

 

「大丈夫だ。響のこれまでを考えたら、むしろあそこで一発殴らなかっただけスゲーことだぞ。俺がお前の立場だったら間違いなくマウント取ってタコ殴りにしてる。だから今は、思わず手が出なかったことに安心しようぜ?」

「でも、他に言い方、あったはずなんですよぉ...あんな傷つけるような言い方、したくなかったのに!」

「もう言うな。吐いちまった以上、言葉ってのはもう戻せねー。だからっていつまでも自分を責めるな」

 

頭を、背中を優しく撫でて落ち着かせるようと試みるが、やはりすぐに泣き止むことはない。

だったらこの際泣きたいだけ泣かせてあげよう、そう考える。

結局、響は未来が追い付いてくるまでカズヤの腕の中で泣き続けた。

 

 

 

 

 

【残響】

 

 

 

 

 

切歌が待ち切れないとばかりに憤慨した。

 

「遅いデス! 遅過ぎデス! アイスはいつになったら届くんデスか!?」

 

頬を膨らませプリプリ怒る切歌に、調も半眼になってコンビニがある方角を睨む。

 

「何してるんだろう、あの三人。アイス買って戻ってくるだけのはずなのに」

「随分時間が掛かってますね」

 

調とエルフナインの発言に、他の装者五名がピクリと反応する。

何してるんだろう、あの三人。こんなに時間を掛けて。

時間を掛けてナニしてるんだろう?

ほわんほわんほわんほわわわわ~ん、と妄想が掻き立てられる。

暗くて人通りがほぼないと言っても過言ではない田舎の夜道。

周囲から聞こえてくるのは虫の鳴き声と、静かな波の音のみ。

隣には無防備なカズヤ。

ナニも起きないはずがなく......!!

彼を暗がりに連れ込んで、一夏のアバンチュール(いつものお愉しみタイム)を──

 

「あいつらぁっ!!」

 

突然クリスが怒号を上げて、それに切歌と調、エルフナインが驚きビクッとする。

 

「クソッ、やられた! 何が罰ゲームだ! 全部未来の仕込みだったんだ!」

「ということは立花もグルか、おのれ小日向! 何処まで計算高いんだ!?」

 

続いて奏が頭を抱えて仰け反り、隣の翼が血が出るんじゃないかと思うくらいに強く拳を握り締めた。

 

「ふざけないで! 今日、初めてオートスコアラーを撃破したのは私なのに、どうして未来と響が愉しんでいるの!? 本来なら本日のMVPである私が愉しめるはずで、ぐっは!?」

「マリア姉さん、さりげなく自分一人の手柄にしないでください!!」

 

ここにはいない二人に非難の声を上げるマリアを、セレナが容赦なく背後からド突いた。

怒りを露にする五人に一瞬呆気に取られるものの、切歌と調とエルフナインはすぐに『アイスをあの三人だけで楽しんでいることを許せないようだ』という勘違いを起こし、文句の声を上げる。

 

「自分達だけ(アイスを)楽しむのは許せないデース!」

「私達だって(アイスを)食べたいのに!」

「甘いものの摂取は頭脳労働に必要です!」

「そうだよな、あたしらに一言も告げずに自分達だけ(カズヤとのにゃんにゃんを)愉しむのは許せねぇ......せめてあたしも混ぜろっての」

 

拳を掲げて煽る三人にクリスが真っ先に同意を示す。

 

「とにかく、三人を探しに行くよ! 裏切り者(響と未来)を血祭りに上げるのはその後だ!!」

「「「「おお!!」」」」

「......皆そんなにアイス食べたかったデスか」

「流石にたかがアイスで血祭りは酷いんじゃ......」

「やっぱり皆さんはそういう発想になるんですね」

 

話が噛み合ってるようで致命的に噛み合ってない。血走った目で物騒なことを言い出す奏と、彼女と同じような鋭い眼光を放つ翼、クリス、マリア、セレナ達の姿に、切歌と調とエルフナインの三人はドン引きだ。

 

「ワリー、待たせた」

 

と、このタイミングでカズヤの声が鼓膜を叩く。

あらぬ方向へ盛り上がっていく奏達の所へ、話題の渦中にいる三人が戻ってきた。

 

「遅い! 今までナニして.........なんかあったの?」

 

さっきまでの勢いは何処へやら、奏は毒気を抜かれたように呆けてしまう。

他の皆も同様に口を開いてポカンとした。予想だにしなかった光景に思考が停止する。

何故なら、響がカズヤにおんぶされた状態で、しかも目元を赤く腫らし、ぐったりしたように眠っていたのだから。

 

 

 

 

 

その後、落ち着いて話をできる場所に、ということで本部に移動し、いつも雑談や暇潰しをする際に使用するレストルームに辿り着く。

目を覚ました響は、気がつけば本部内だということに少し驚いてから、今までおんぶしてくれたカズヤに礼と謝罪を述べるので、気にするなと返す。

 

「で、何があったの?」

 

真剣な面持ちで問う奏。

他の者達も口には出さないが気になってしょうがない様子だ。

カズヤは未来と顔を見合わせてから、同時に響に視線を注ぐ。

どうする? という意味を込めたそれを受け、響は意を決したように口を開く。

 

「皆には、知ってもらった方がいいかもしれないから......実はね、さっきコンビニの前で、お父さんに会ったんだ」

 

それから訥々と響は語った。

まず最初に語られたのは、全ての原因である三年前のライブ会場の惨劇。

その後立花家を襲う、世間から被害者への謂れのない誹謗中傷。

中学校にて些細なことから始まる響への壮絶なイジメ。

学校における響のように、会社内で父も同様に理不尽な扱いを受け、結果的に職を失い、それから間もなく蒸発したこと。

父がいなくなってからリディアンに入学するまで、母と祖母と三人で暮らしてきたこと。

そして、つい先ほど、蒸発した父と思わぬ再会を果たし、カズヤと父を比べるようなことや今更父親面するなと暴言を吐いたことなど。

語り終える頃には啜り泣きを始める響を、隣に座るカズヤが沈痛そうな表情で肩を抱き寄せ、反対側の未来が響にティッシュを手渡した。

もらい泣きをしたのか、いつの間にかカズヤを除く装者全員が涙を零している。

特に奏と翼は、当時の自分達の力不足が不甲斐なくて、悔しさもプラスされていた。

誰もが当時の響の境遇に悲しみ、怒り、拳を握り締める。

そして、

 

「......了子さん、出てこいよ」

 

今にも怒りが爆発しそうなカズヤの低い声がレストルームに響く。

ご指名を受けた調──ではなく調の肉体に宿るフィーネの魂は、宿主の了解を得て体の主導権を握り、ソファーから立ち上がって響の正面に回ると、それはもう見事な土下座をした。

 

「響ちゃん、謝って許される問題じゃないし今更感が凄いけど、本当にごめんなさい!!」

「マジであんたろくでもねぇ女だな!!」

 

カズヤの怒号がフィーネに降り注ぐ。

 

「了子さん、アンタどんだけ余罪あんのよ? アタシの家族だけじゃなく響まで......」

「櫻井女史、私も奏同様、あの惨劇は今でもたまに夢に見る」

「ごめんなさいごめんなさい!!」

 

奏と翼は白い目で調の後頭部を見下ろした。

 

「響が辛い目に遭ってるのにそばにいることしかできなかった私の気持ち、分かります?」

「ひぃぃぃ!? ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

絶対零度の眼差しと静かな声で紡がれた未来の言葉に、フィーネは本気で恐れ慄いた。

 

「......もう謝らないでいいですよ、了子さん。いくら謝ってもらっても、一度壊れたものは二度と元には戻りませんから」

「響ちゃんごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

切なげな口調の響にただひたすら謝り続けるフィーネ。

 

「皆さん、ここぞとばかりに言いますよね」

 

エルフナインが誰にも聞こえない声で呟く。

何も言わないが、クリス、マリア、セレナ、切歌もゴミを見る目でフィーネを見下ろしていた。

ついに、ひっくひっくとフィーネが泣き出す。その姿が鬱陶しいし、ある程度溜飲が下がってきたので、調に交替させる。

 

「......あー、私の体を使って謝っていいとは言ったけど、フィーネがたくさん泣いたから涙と鼻水で顔がグチャグチャ。顔洗ってくる」

 

了子さん出てくる前から調の顔グチャグチャだったけどな、と思ったがカズヤは何も言わず、鼻を啜りながら退室する彼女を見送れば、私も私もと皆揃って洗面所に行ってしまった。

一人レストルームに残されたカズヤは、疲労を吐き出すように一度大きく溜め息を吐く。

 

「あいつらが戻ってくる前に、麦茶のお代わりでも用意しとくか」

 

 

 

 

 

顔を洗い、すっきりした皆が戻ってきてソファーに座るのを見計らい、響に声を掛ける。

 

「で、響はどうしたい? 今後の親父さんとの関係」

「...今後の、お父さんとの関係...」

「そう。今日のことはなかったことにして忘れるか、それとも関係修復したいか」

「......」

 

黙り込んでしまう響を急かすことなく答えを待つが、

 

「分からない、です......どうすればいいのか、どうしたいのか」

 

俯いて小さな声で返答する彼女。そりゃすぐに答えは出ないよな、どうしたもんかな、とカズヤは顎に手を当て考え込む。

横から奏とクリスが口を挟んだ。

 

「関係修復って、どうするつもりなの? っていうかカズヤは話を聞いて響のお父さんのこと、どう思ってるの?」

「いつものお前だったら間違いなく一発殴ってから『二度と近づくなこのクソ野郎!』とか言いそうなんだが」

「確かに響の親父さんには良い印象ねーよ。むしろ悪い印象しかねー。もしあの人が俺の親父だったらクリスの言う通りぶん殴ってた。けど、あの人は俺の親父じゃなくて、響の親父さんだ。殴るかどうか、今後の関係をどうするのかは響が決めることだろ。赤の他人でしかない俺の感情は、本来そこに介入するべきじゃねー。これは家族の問題なんだからな。つーか、諸悪の根源を怒鳴りつけたからある程度気が済んだのもある......まあ、これ以上響を泣かせたら自分で自分を抑える自信がねー、ってだけ言っとくが」

 

娘を捨てた父親、という存在はやはり誰もが悪い印象を持つもので、響と洸が和解することに納得いっていないらしい。

なお、正直に告白すれば、あの時は響の父親への冷たい対応に心底ビビって見ていることしかできなかった、というのが正しい。

 

(そうだよな。自分の父親が最期まで立派だったからこそ、家族を捨てた響の親父さんを認めたくないんだよな)

 

奏の父親は、ノイズから奏を庇って死んだ。

クリスの父親は、亡くなるその日まで政情不安定な国で平和を願って懸命に音楽活動をしていた。

それに比べて響の親父は、となってしまうのは女性陣からすれば当然なのかもしれない。

 

(口には出さねーけど、表情からして他の面子も奏やクリスと似たような感情持ってるみたいだし)

 

イヴ姉妹は、故郷が戦禍に巻き込まれ難民生活を余儀なくされるまでは、ごく普通の家庭で育ったらしいし、心情的には響を捨てた親が許せないという色が強い。

そもそも自身の親に関して記憶がない切歌と調は、響を泣かせたということで、洸に憤りを覚えたようだ。

未来は響の味方という立場が顕著なので、響の意見を尊重するようだが、内心では洸を許しているとは思えない。

唯一の例外は翼だろう。彼女は極めて特殊な環境で育ったが故に、この件については迂闊なことを言うつもりはないようで、固く口を閉ざしている。ただ、やはり同じ『娘』という立場である為、響を見る目は同情的だ。

エルフナインは判断に迷う出生なのだが、彼女は彼女なりに洸の父親という立場を放棄するような行為に眉を顰めていた。

 

「分かってると思うが、俺達の中で親が健在なのってほとんどいねーだろ」

 

カズヤの声に誰もが息を呑む。

奏、クリス、マリアとセレナは既に死別。切歌と調は親に関する記憶がない。翼はいるにはいるがまともな家族関係ではない。カズヤは記憶がない上に、そもそも『親』という存在がいたのかすら疑わしい。エルフナインはややこしい生まれなので申し訳ないが考えない。

 

「月を破壊しようとするアホがいたり、月が落ちてきそうになったり、世界を分解しようとしてるバカが出てきたりで、今のこのご時世、平和かどうかって言われたら微妙だろ? 響がこれからどういう選択をするにしても、後悔だけはして欲しくねーからな」

 

響の頭の上に手を載せて、そのまま撫でながら続ける。

 

「...カズヤさん」

「皆お前の味方だ。困ってたら相談に乗るし、愚痴聞いて欲しけりゃいくらでも聞く、力が貸して欲しけりゃ好きなだけ貸してやる。そういうもんだろ、俺達の関係って」

 

響が視線をカズヤから皆に移せば、誰もが力強く頷いている。

 

「そうだよ響、遠慮せずにアタシ達に何でも言いな」

「役に立てるかどうか分からないが、私達は何事においても全力を尽くすぞ、立花」

 

立てた親指で自身を差す奏と、その隣で腕を組みつつ諭すように言う翼。

 

「お前がそんなにしょぼくれてると、こっちの調子まで狂うんだよ。早くいつものうるせぇくらいに元気になりやがれ」

 

口調はぶっきらぼうだが優しさが滲み出ているクリス。

 

「クリス先輩の言う通りデース! 響さんは笑顔でいるからこその響さんですよ!」

「響さんが元気ないと皆悲しみます。だから、響さんが元気になる為なら私達は協力を惜しみません」

 

人を明るくさせるような快活な笑みを浮かべる切歌に、静かでいながら気合いの籠った声を出す調。

 

「あなたは独りじゃないんだから、抱え込まないようにね」

「いつだって私達がそばにいます」

 

年上の女性としての包容力を見せつけるように、優しく告げるマリアとセレナ。

 

「僕はこの件に関して助力できることはないかもしれませんが、お話くらいなら聞かせてください」

 

微笑むエルフナイン。

 

「響、私は何があっても響の味方だよ」

 

そして満面の笑みで響の手を握る未来。

 

「...あ、ありがとう、皆...ありがとう」

 

蚊の鳴くような小さな、震えた声で礼を述べて、響はもう一度だけ涙を零した。

 

 

 

 

 

「一応ではあるんですけれど、おじさんと連絡先の交換したんですよ」

「マジか。明日にでも俺一人でガソスタ回りでもしようかと思ってたけど、手間が省けたな。ナイスだ未来!」

「もっと褒めてもいいんですよ」

「よーしよしよしよしよし!!」

「犬みたいな扱い......でも嬉しいからいいや」

 

言葉の通り、人懐っこい犬を撫で回すように未来の頭を撫でまくると、彼女は髪をグッシャグシャにされつつニヘラと表情が弛む。

 

「じゃ、俺にも教えてくれ」

「はいはい」

 

洸の連絡先を自身の携帯電話に登録すると、

 

「じゃ、早速かけまーす」

 

カズヤは躊躇なく、とても軽い感じでいきなり電話をかけた。しかもスピーカーモードにして。

 

「ちょっとカズヤ!?」

「何考えてんのアンタ!!」

「いきなりかよおい!!」

「待てカズヤ、本気かお前は!?」

 

携帯電話から流れるコール音が室内に響く中、突然の行為に驚愕するマリアと奏とクリスと翼を順番に、静かにしろと声に出さずに睨み付ける。

 

「...この行動力、流石カズヤさんだなって思っちゃう」

「デスデス」

「絶対に何も考えてないだけだと思う」

 

小声で妙に感心する響と切歌に未来が冷静に突っ込む。

 

「な、なんだか緊張してきちゃいます...!」

「なんでセレナが......」

「手の平に『人』という漢字を三回書いて舐めると緊張か解れると聞きましたよ」

「本当ですか? やってみます」

 

何故か身震いするセレナに、その隣で調が呆れ、エルフナインがいつ何処で仕入れたのか迷信を教えた。

やがて──

 

『はい、もしもし』

 

数コール後に洸が出た。カズヤ以外の全員が口を閉ざす。

何故か切歌だけ両手で自身の鼻と口を覆って息を止め始めたので、慌てて調が止めさせていた。

 

「あー、もしもし、俺だけど、俺俺、俺だよ、分かる?」

 

世間を騒がせた詐欺の手口みたいな切り込み方に誰もが、詐欺師かよ!? まずは名を名乗れぇ! と思ったが喋れない。

 

『......もしかして、カズヤくん、かな?』

「あ、バレました?」

『声聞けば分かるよ』

「ちっ、存外冷静な対応されたな、つまんねぇ」

 

おいバカ舌打ちするな! と必死に奏と翼、クリスとマリアが目で訴えてくるが無視した。

未来とセレナ、切歌と調は目に見えてそわそわしている。

エルフナインは目をパチパチしながらカズヤの携帯電話を見つめ、響は父の声が聞こえた時点で俯いて、膝の上に置いた両の拳を固く握った。

 

「なんで俺があんたに電話かけたか、分かるか?」

 

若干怒ったような口調をわざと出しつつカズヤが問えば、洸は電話の向こうで僅かに怯んだのか少し間を置いてから答える。

 

『......響のこと、じゃないのかい? その口ぶりからして、響からはもう聞いてるんだろう、俺のことを』

「まあな。今更未来と連絡先交換して何のつもりか、あんたの真意を聞いておきたくてな」

『......』

 

沈黙したところを畳み掛けるように言う。

 

「で、今更何のつもりなんスかね?」

『......』

「早く答えろよ。黙ってたら分かんねーだろが」

 

いかにも苛々してるような声で洸を急かすようなことを言うのだが、カズヤの顔はまるでとっておきのイタズラが成功した悪ガキみたいな顔で、おまけにペロッと舌を出して皆にウインクする。

演技派だ、役者めー、嘘吐くの得意だからなこいつ、これだけ演技ができて何故アニメの出演オファーを断ったんだ? とそれぞれが思う中で、急かされた洸の声が絞り出すように聞こえてきた。

 

『俺は......』

「はよ言え」

『俺は、響と、話がしたい』

「話だぁ? 何も言わずに消えた奴がか? あんたそれ本気で言ってんの?」

『うっ......』

 

またしても電話の向こうで洸が怯む。

あまり責め過ぎると話が拗れるから、程々にしておかなくてはと思い直し、カズヤは口調とは裏腹に内心は結構ドギマギしており、探り探りで続けた。

 

「響があんたと話すことを望んでいるとは思えねーな」

『......分かってるさ』

「つーかさ、さっき散々言われただろ。あれでまともな会話が成立するとでも?」

『だとしても、だ』

 

決して強くはないが覚悟を感じる声に、おっ、と思わず感嘆の声が出そうになって咄嗟に口を噤む。

響以外の皆も同じようで、スマホに向かって一斉に身を乗り出す。

俯いていた響が顔を上げる。

カズヤは未来に目を向け視線で問う。

 

(あの後なんかあった?)

(いえ、特には)

 

首を横に振る彼女の反応に首を傾げた。

電話の向こうからは、先程響に一方的に言われていた時とは違う何かを感じたのだ。

それが何か明確には不明だが、これは期待できるかもしれない。

だがまだ足りない。もう少しだけ、彼の父親としての覚悟が見たい。その為にも、響と洸を会わせる前にもうワンクッション挟みたい、と考えながら喋る。

 

「だったら、響と話す前に、まず俺とサシで話してもらえる?」

『それが終われば響に会わせてもらえるかな?』

「それはあんた次第だ、考えてやってもいいぜ。ただ、これだけは覚えておけ。俺は響を泣かせる奴は許さねー。たとえ相手が誰だろうとぶん殴る」

『......分かった。じゃあ明日の──』

 

それから待ち合わせの場所と時間を決め、通話を切った。

 

「取っ掛かりとしちゃあ、まずまずかね」

 

ふう、と一息ついたカズヤは、唇を吊り上げニヤリに笑い、スマホをズボンのポケットに仕舞う。

 

「とりあえず、お前の親父さんが明日どういう風に出るのか、見せてもらおうぜ。んで、響がどう思うかで今後を決めればいい」

 

響の頭の上に手を載せてポンポンと軽く叩けば、彼女は小さく頷いて、

 

「ありがとうございます、カズヤさん」

 

やっと、皆が待ち望んでいた柔らかい笑みを見せてくれた。

 

 

 

 

 

そろそろ寝よう、ということで各々が本部内に用意された部屋に向かい寝る準備していた時、響は廊下からこちらを覗き込むマリアとセレナから手招きされた。

何の用だろう? と疑問に思いながら二人が待つ廊下にホイホイ出てみれば、

 

「本来なら今晩は私とセレナがご褒美をもらえるかと思ってたけど、譲ってあげるから貸し一つよ、響」

「え......?」

「カズヤさんが本部の外で待ってます」

「それって──」

「たくさん甘えてきなさい。朝までは二人っきりにしてあげるから」

「他の皆さんも既に納得済みです。あ、私達のことは気にしないでください。カズヤさんには埋め合わせの約束もしてもらってますし」

 

さあさあホラホラ行きなさい、とお節介を利かせた二人に背を押され、響は潜水艦から追い出される。

 

「私、もう寝間着に着替えちゃったんですけど!」

「こんな時間のこんなド田舎、誰も見てないわよ」

「カズヤさんだけしか響さんを見てませんから安心してくださいね」

 

そういう問題じゃない! と抗議の声を上げるが二人は全く聞き耳持たず。タンクトップにショートパンツという寝る直前の、非常に夏らしい部屋着というラフな格好のまま、カズヤの前までやって来てしまう。

 

「それじゃあ、行こうぜ」

「あうぅ...」

「「ごゆっくり~」」

 

腰に回されたカズヤの腕がやや強く抱き締めてきて、密着した彼の体温を感じて、最早部屋に戻って寝るという選択肢が失せる。むしろこれからのことに期待がむくむくと成長、あっという間に膨れ上がっていく。

 

(...現金だなぁ、私って)

 

背後でにこやかな笑みを浮かべ手を振るイヴ姉妹に見送られ、響はカズヤに連れられその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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当サイトではあらゆる単語について可能な限り正確に、分かりやすく、面白おかしくをモットーに解説しております。

 

 

下記項目は編集が完了していません。

また、存命人物の検証可能な情報源が不足しています。信頼できる情報源の提供に協力をお願いします。存命人物に関する出典不明、もしくは誤った情報に基づいた論争の材料、特に誹謗中傷や名誉毀損等有害となるものはただちに消去いたします。

 

 

シェルブリットのカズヤ

 

本名:君島カズヤ

性別:男性

国籍:日本

生年月日:不明

出身地:不明

職業:日本政府機関特異災害対策機動部→国連直轄下 Squad of Nexus Guardians(超常災害対策機動部タスクフォース、略称はS.O.N.G)

副業:ツヴァイウィングのボディーガード

 

・概要

シェルブリットのカズヤとは、ルナアタックやフロンティア事変等の未曾有の大災害から世界を救った英雄、及び彼を意味する二つ名である。※上記二点の出来事についてはリンク先を参照。

二つ名の由来は、彼が自身の右腕をシェルブリットと呼んでいることからだと思われる。

 

・来歴

詳細不明。しかしながら、目撃情報などから少なくともルナアタックから遡り六年ほど前からノイズの殲滅を主な活動としていたと推測される。

QUEENS of MUSICにてマリア・カデンツァヴナ・イヴ(以下マリア)によりその存在を露見された時点で、既に特異災害対策機動部に所属しており、日本政府側から秘匿扱いを受けていたことが判明している。

現在はS.O.N.Gに所属していることが国連より公式情報として発表された。

 

・人物像

世間に初めて認知された当初は謎の人物であったが、実はフロンティア事変より以前からアーティスト『ツヴァイウィング』のメンバーである『風鳴翼』が配信しているツーリング動画に第一回目から撮影係を担当、登場しており、日常生活における彼の一面が垣間見える。※フロンティア事変以前は声のみの出演、しかもその声はのんびりボイスに変換されたもの。現在は地声、顔出しもしている。詳細はリンク先の動画を参照。

非常にノリが良く、鋭く突っ込むこともあればボケもこなす気さくな青年、という印象が強い。が、動画内では基本的に風鳴翼がボケ倒す関係で突っ込みが多い。動画ファンからの愛称はKさん。動画内の風鳴翼の言動に振り回されていることから、犠牲者とも呼ばれている。

有事の際は熱血漢のようで、フロンティア事変にて泣き崩れるマリアを叱咤激励、奮い立たせる姿を見せた。※詳細はリンク先の動画を参照。

大の動物好きで、動画において可愛い動物が登場するシーンになると異常にテンションが上がり、子供のようにはしゃぐ。

 

・能力、及び活躍

理論は不明だが、現行兵器では殲滅が困難なノイズを倒すことが可能。

「輝け」という声と共に金色の光を全身から放ち、鎧のような右腕『シェルブリット』でパンチを繰り出す『シェルブリットバースト』が主な攻撃方法。ノイズを殴って殲滅している光景が世界中で目撃された。ノイズが保有する位相差障壁と炭素分解を無効化することが可能。また、こちらも原理は不明だがノイズを遠距離から分解、粒子化することも可能。

ルナアタックの際、落下する月の欠片が粉砕される直前に同色の金の光が発生していたことが観測された為、パンチの威力は月の欠片すら砕くことが判明。※リンク先の動画を参照。

フロンティア事変においてマリアと共に落下する月の軌道修正を行い、世界を危機から救う。なお、当時の様子が全世界に生放送されたことから、以後彼女とは世界公認のカップルとなっている。

所属がS.O.N.Gになって以降、災害救助の為に世界中へ派遣されている。その際、放出する金の光が目立って隠しようがないのか、日本政府も国連も最早開き直って「彼が救助中の様子です」と報道するのが常になりつつある。

 

・人間関係

◇マリア・カデンツァヴナ・イヴ

当初はテロリストとして動く彼女と敵対関係にあったが、後に和解、協力関係となった末、恋人に。なお、彼女は最初から世界を救う為ではなく、恩人の彼と再会する為だけに動いていたと公言。だからこそ世界を救えたのではないか、というのが彼女のファンの専らの見解。

フロンティア事変で見せたウェディングドレスのような姿は必見の価値あり。

 

◇風鳴翼

ツーリング仲間にして副業であるボディーガードの護衛対象。

ファンからは沼に引き摺り込んだ女、歌が上手いバラエティー芸人、バイクバカ、距離ガバ勢、ボケ芸人、可哀想な女と散々な呼ばれ方をされている。

上記の通り、歌手としてではなく一人のライダー(ズス菌感染者)としての姿を動画で視聴可能。

 

◇天羽奏

風鳴翼同様に護衛対象。

風鳴翼の動画にてよく話題が上がる。会話の内容からして関係は良好らしく、動画内における背景としてたまに映ることから、ツーリングに同行する時がある模様。

 

◇北海道観光協会

ゆるキャラ『蝦夷野熊五郎』関連。詳細はリンク先を参照。

 

・余談

ツヴァイウィングのボディーガードもしている関係で、公式サイトのブログはマネージャーから彼に対する愚痴や観察記録になっている。

アニメ『快傑☆うたずきん!』に登場するアニメ版オリジナルキャラクター『シェルブリットの熊五郎』は彼と北海道のゆるキャラ『蝦夷野熊五郎』をモデルとしている。※詳細についてはフロンティア事変及び上記のリンク先を参照。なお、担当声優のオファーは恥ずかしいという理由で断った。ちなみに、ツヴァイウィングのマネージャーが代役として抜擢され小川忍という芸名で熊五郎の声を担当している。ついでに言えば声は本人かと聞き間違えるほどそっくりである。

 

 

 

 

 

SNSニュース! 最新のトレンドを紹介!

 

#筑波の田舎町でノイズ発生!?

#何の光ィ!?

#シェルブリットのカズヤ

#また輝いていらっしゃる

#いつもの

#何処で誰が何してんのか分かる光

#写真撮ってたらツヴァイウィングに早く逃げろって怒られた

 

本日お昼頃、○○市にてノイズの発生があったことが国連から正式に発表されました。なお、既にノイズは殲滅済みということなので、付近の住民の皆さんはご安心ください。しかし、万が一ノイズを見掛けた場合は──

 

 

 

 

 

未来と別れてから、洸は家に帰ると着替えもせずスマホを用いてカズヤに関する情報を素人なりに集められるだけ集めた。

ネットで検索し、出てきた結果を片っ端からひたすらタップする。色々な記事やページを読み漁り、多数の動画を視聴し、匿名掲示板なども閲覧。

知れば知るほど、見れば見るほど不思議と彼に興味を惹かれていくのを自覚した。

そして同時に、自分自身に怒りを覚える。

 

「俺は......今まで一体何をしていたんだ......!」

 

さっき響が言った通り、きっとカズヤは自分にはないものをたくさん持っているのだろう。それに響が惹かれたのは当然と言えば当然だった。

 

 

『ネフィリムはこのフロンティアと一つになっている! 故にエネルギーがある限り、僕は何度でも何体でも無尽蔵にネフィリムを──』

『輝け』

『っ!?』

『もっとだ、もっと! もっと輝けええええええええええ!!』

『殺せ、ネフィリム、こいつを殺せ!!』

『シェルブリットバァァストォォォ!!!』

 

 

もう何度目になるか分からない動画のループ再生。

眩い光を迸らせ、巨大な肉体を誇る化け物に臆することなく、決して退かずに突っ込むカズヤの姿が繰り返し映し出される。

見る者に勇気を与える輝きと戦いぶりに、洸は知らずに拳を強く握り締めた。

胸が熱くなるのを感じる。

あの時家族と一緒に捨ててしまったものが、甦ってくるかのようだ。

嗚呼......今更になって漸く気づく。

誰にも告げることなく突然家を出て、家族を捨て、責任を放棄し、全てから逃げ出し、それらを今の今まで引き摺りながら地べたを這いずる虫のようにうだつの上がらない生活を送ってきたからこそ、彼が放つ光と輝きは当時の自分にはあまりにも眩し過ぎたのだ。

だから目を背けていたんだ。どうして世間が当時大騒ぎをしていたのか、本当は知りたくなかった。知ろうとすることを拒絶し、報道内容は誇張だと勝手に決めつけ、斜に構えたような見方をしていた。

だけど、今なら分かる。

どうして彼がこんなにも世界中で絶大な人気を誇るのか。

どうして響が、未来があれほど惚れ込んでいるのか。

 

 

──それは彼の姿が人の心を熱くさせるからだ。

 

 

そうとしか考えられない。そうでなければ、かつて失ってしまったこの胸の熱が突然甦った説明がつかない。

 

 

『お父さんと違ってどんなことからも逃げないし、絶対に諦めないし、どんな時でも誰が相手でも退かないし負けない、男の意地を最後まで貫ける人!』

 

 

響に言われたことが脳裏を過る。

 

「......逃げない、諦めない、退かない、負けない、男の意地を最後まで貫く、か......」

 

そんな風に振る舞えていた時期が、かつての自分にあっただろうか。

もしかしたらあったかもしれないが、少なくとも今の自分にはあり得ないと断言できてしまう。

それが堪らなく悔しい。

だが、同時に悔しいと思えることが嬉しい。

まだ自分自身を諦めていないということに、気づくことができたのだから。

 

「......響、カズヤくん、俺は──」

 

思わず口から声を漏らしたその瞬間、知らない番号から着信がきたのであった。




次回、カズヤと響パパ、お話する。

実はアプリ版のXDU、この前の三周年記念を機に始めました。(今更のご報告に遅過ぎィィって言われちゃう)
石が高過ぎて課金する気が全く沸きませんが、なかなか楽しくやってます。(石一個一円計算なら月額三千円課金するのに)
何故今更こんなことを後書きでお伝えするのかと言いますと、私、プレイヤー名を『シェルブリット』にしているのですが、ついこの前バトルアリーナをやっていたらプレイヤー名『カズマ』という方と当たりまして、対戦時に

シェルブリット カズマ

と並んだのを見てなんか、運命、感じちゃいまして......ビクンビクン!!


はい、ただの偶然です。

とりあえずグレ響の新しいやつ、あと四枚欲しいけど全然石足りないので、大人しく石集めの作業に戻ります.........仕事の合間にな!!


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バカと親父とOTONAとNINJA

更新する速さが足りない!


「いらっしゃいませ~」

 

純度百%の営業スマイルを顔に貼り付かせ、ガソリンスタンドに入ってきた黒塗りの高級車に近寄り、運転席を覗き込む。

パワーウインドウが開かれれば、黒いスーツに身を包んだ若い男性がにこやかな笑みを浮かべて、物腰の柔らかい態度でこう言った。

 

「お迎えに上がりました。守崎洸さん、いえ、戸籍上はまだ立花洸さんとお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「っ!」

 

男性の言葉の内容よりも、その声がカズヤの声にそっくりであることに驚いて固まっていると、こちらの反応に気にした様子もなく男性は続ける。

 

「"シェルブリットのカズヤ"の使いの者です。S.O.N.G所属、緒川慎次と申します。そろそろ約束のお時間かと思われますが、よろしいですか?」

 

いよいよか。

洸は緊張を生唾と共に飲み下すようにごくりと喉を動かしてから、ゆっくりと頷いた。

休憩中は店を離れる旨は予め伝えておいた。なので、他のスタッフに休憩出ますと告げれば、男性はどうぞとわざわざ運転席から降りて後部座席のドアを開けてくれる。

自分には生涯縁がないと思っていた高級車に乗り込むことに違和感を覚えながら、本革製のシートに身を沈め、シートベルトをした。

窓越しに他のスタッフ達がこちらを見て目を点にしているのを目撃し、洸は逆の立場だったら自分も同じような顔をしてるだろうなと苦笑する。

 

「では行きます」

 

静かに、滑るように高級車が発進。

 

「......何処に向かっているんですか?」

「埠頭です。そこでカズヤさんが待ってます」

 

男性は簡潔に答えると、それっきり黙り込んだ。

窓の外を流れていく景色をぼんやり見つめながら、洸は響のことを考える。

昨晩偶然的に再会し、久しぶりに目にした娘は以前よりも背が伸びていた。幼さは僅かに残していたものの、顔つきも最後に見た時と比べてかなり大人びていて、成長したなと思う。

別れたのは響が中学生だった頃。そして今の彼女は高校生。年齢的にも成長期の真っ只中。その間ずっと会っていなかったのだ。娘の成長度合いに驚くのも、当然と言えば当然か。

その響が、カズヤに女として好意を抱いていたという事実に、なんとも言えない不安を抱いてしまうのは、娘を持つ父親特有のものなのだろうか。

 

「......響は、カズヤくんとどうやって知り合ったんだ......?」

「気になりますか?」

 

思わず零れた一人言を拾われてドキリとしたが、ここで誤魔化しても意味はないと考え、男性──緒川の言葉を肯定する。

 

「ええ。腐っても父親ですし、娘がどうして彼のような有名人と一緒にいたのか、気にならないとは言えません」

「まあ、それが普通の反応ですよね」

 

バックミラーに映る緒川は楽しげに笑う。

 

「カズヤさん曰く、響さんは恩人だそうです」

「恩人?」

 

思いもよらぬ単語に首を傾げた。

 

「随分前に飲みの席で、実際にカズヤさんが聞かせてくれたんですよ。『響があの時、咄嗟に俺の手を握ってくれたから、今の俺がここにいる。あいつが独りぼっちだった俺をこの世界に繋ぎ留めてくれた』って」

「......響が、彼を」

「実は逆もまた然り、みたいなんです。響さんにとってもカズヤさんは恩人で、憧れだったようです」

「そう、ですか」

 

どういう出会いや経緯があったのか想像もつかないが、今の緒川の発言や昨晩の響の心からの叫び、そして電話越しのカズヤの態度から察するに、二人が深く固い絆で結ばれていることだけは十分に理解できた。

 

「響は、S.O.N.Gに所属しているんですか? もしかしたら未来ちゃんも」

 

なんとなく気になって口にした質問に、緒川は少し驚いたように一瞬こちらを振り返り、直ぐ様前方に向き直る。

 

「何故そう思われました?」

「簡単ですよ。カズヤくんがS.O.N.Gに所属していることは、ネットで調べれば誰でも分かります。そのカズヤくんと響は一緒にいた。未来ちゃんもです。普通ならプライベートで旅行、っていうのが真っ先に考えつきますが、彼の使いとして迎えに来たあなたもS.O.N.G所属で、響と彼の関係を当たり前のように知っていた。だったら、響も未来ちゃんもS.O.N.Gに所属してて、カズヤくんとの関係はS.O.N.G内では周知の事実なのでは、そう思ったんです」

「...ご明察です。こんな言い方は失礼ですが、意外にも冷静でいらっしゃいますね、これからカズヤさんと一対一で対面するというのに。緊張はされてないのですか? 常人なら機嫌を損ねたカズヤさんの前にいるだけで卒倒ものですよ」

 

冗談めかして微笑む緒川とは対照的に、洸は自嘲気味に返した。

 

「腹を括っただけです。カズヤくんに昨晩電話で、響を泣かせる奴はぶん殴るって言われて、思い出したんですよ。俺もそう考えてた時期があった。確かにあったのに、俺は何もかも捨てて逃げてしまった。よりにもよって俺が響を泣かせていたんです。だから俺は、響からは当然として、響を大切に思ってくれてる彼から殴られるべきなんです」

「なるほど、既に覚悟はおあり、と......到着です」

 

納得したように緒川が相槌を打ち、車が停止する。

エアコンが効いていて涼しい車内から車外に出ると、容赦ない日差しと熱気が襲いかかり、洸は眉を顰めた。

 

「こちらへ」

 

促され、前を歩く緒川に追従。

言われた通り、場所は洸が働くガソリンスタンドからそれほど離れていない埠頭だ。漁港ではない為漁船の類いは見当たらず、その代わり物資の運搬を主な目的とする船が多く、積み重なったコンテナやそれらを動かす大きなクレーン、コンテナ車が散見していた。

黙々と案内されるがまま黒いスーツの背中についていく。

やがて──

 

「着きました」

 

積み重なったコンテナとコンテナに挟まれた袋小路。それにより日陰となり、海から風が吹いて意外にも涼しくて過ごし易い場所に、彼はいた。

アスファルトの上に直接座り込み、コンテナに背を預け、だらしなく四肢を投げ出しうたた寝をしている。

 

「カズヤさん、起きてください。お願いされた通り、響さんのお父上を連れてきましたよ」

「......うう、やめろ翼、俺の部屋で勝手に生放送配信するな、俺の部屋が可愛いぬいぐるみで溢れてることが世間に知られちまう」

「カズヤさんが可愛いもの好きで、部屋がぬいぐるみだらけなこと、動画見てるファンの皆さんはとっくに知ってますからね」

 

呆れた様子の緒川に肩を揺すられ、漸くカズヤが目を覚ます。

 

「......ハッ! 何だ夢か」

「いえ、近い内に現実になるかと」

「何!? ツヴァイウィングとマリアが『快傑☆うたずきん!』とコラボカフェやって、俺がゲスト出演すんのマジなのか!?」

「あ、そっちじゃないですけど、一考の価値ありですねそれ。企画としてはなかなか面白そうです」

「やめてくれ、今トチ狂った夢見ただけなんだ! んなもん没だ没! 夢で終わらせろ、実現させるな!」

 

必死の形相ですがり付くカズヤに対し、緒川は肩越しに振り返ることで洸の存在を示した。

洸に気づいたカズヤが半眼になって緒川を睨む。

 

「バカ野郎、早く言え」

「今の今まで寝ボケてたのは何処の誰ですか」

「仕方ねーだろ、こっちは徹夜明けだぜ」

 

少し疲れたように溜め息を吐くカズヤに、緒川は肩を竦めてから告げる。

 

「それでは失礼します。パシリの代価は今度カズヤさんの奢りの飲み会で構いません。立花さんは、お話が終わりましたら車までいらしてください、ガソリンスタンドまで送りますので」

 

と言い残してスタスタと歩き去った。車で待機するつもりなのだろう。

そして、この場に洸とカズヤが残され、二人きりで相対することとなった。

 

「......わざわざすんませんね。無理言って付き合わせて」

「いや、それはいいんだ。このくらい」

 

口火を切ったのはカズヤだ。落ち着いた声音での謝罪に、対する洸はいきなり謝られるとは思ってなくて若干戸惑いながら首を左右に振る。

 

「眠そうだね。徹夜明けだって? 若いからって無理しちゃダメだよ」

 

本題に入る前に少し世間話でもしよう、そう考えて話を振ってみたところ、

 

 

「いやー、響が朝まで離してくれなくてな。おまけに響が満足したと思ったら未来が途中参戦してくるし。全然休めなかったんだよ」

 

 

聞き捨てならない爆弾発言を耳にし、頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

【バカと親父とOTONAとNINJA】

 

 

 

 

 

「..........................................は?」

 

ちょっと待って欲しい。彼の言ったことがまだ理解できない。

今、彼は何と言った?

響が朝まで離してくれなかった?

響が満足したと思ったら未来が途中参戦した?

この若者は、一体何のことを言っているのだろう?

 

「ま、待ってくれ、どういうことだい?」

 

おかしい。あり得ない、否、あってはならない。

そんなこと、認める訳にはいかない。

 

「......キミは、マリア・カデンツァヴナ・イヴっていう歌手と、恋人じゃなかったっけ?」

「ん? そうだけど」

 

口を大きく開き、大欠伸をかましながら事も無げに答える彼の態度が、非常に苛つく。

 

「なら、キミは響と未来ちゃんの二人とは、どういう関係なんだい?」

 

頼む、共にS.O.N.Gに所属する仲間だ、そう言ってくれ、大切な仲間で友人だと答えてくれ、内心でそう懇願する洸の期待をカズヤはあっさり打ち砕く。

 

「あの二人もマリアと同じで俺の女だけど、それが?」

 

当たり前のことを当たり前のように答えるカズヤからは、嘘を言っているようには見えない。

 

「そ、そんな、冗談──」

「響のことで、響の実の父親に冗談なんて言わねーよ」

 

何処か呆れたように吐き捨てた彼の姿は、世間で英雄と持て囃されている雄姿と大きく乖離した──酷い言い方をすればゴロツキやチンピラのような印象を受けた。

 

「そんなことより、響についてだが──」

「そんなことって何だよ!!」

 

突然怒鳴る洸に、カズヤは不思議そうな表情で目をパチクリさせる。

その顔は、何故洸が怒っているのか分からないと言わんばかりだ。

 

「キミは、マリア・カデンツァヴナ・イヴと付き合っているのに、響と未来ちゃんともそういう関係だって言うのか!?」

 

娘の好きな男性が女遊びをするとんだクソ野郎だった、という父親としては絶対に認めたくない事実に、洸は己の立場も忘れてカズヤに詰め寄っていく。

 

「さっきからそう言ってるだろ。あいつらは、全員俺の女だ」

 

間髪入れず返答され、洸のボルテージは更に上がる。

 

「ふざけるな! そんなこと、許されると思ってるのか!! 誰がそんなことを認めるんだ!!」

「当の女共がそれで満足、納得して、問題なく仲良くしてるからいいんじゃねーの? 俺を巡ってなぐ、喧嘩するより、平等に愛してもらって皆で幸せになろうってのがあいつらの考えだからな」

「そんなバカな!!」

「あんたが信じようが信じまいが事実だ。ついでに言っておくと、俺の女は三人だけじゃねー。マリアの妹に、ツヴァイウィングの天羽奏と風鳴翼、それから響や未来と同じようにリディアンに通いながらS.O.N.Gに所属してるのが一人、合計で七人いる。ちなみに、風鳴翼とは風鳴家公認の婚約者だったりするんだぜ」

「っ!?」

 

思わず絶句した。

娘とその親友や、有名な歌手などの複数の乙女達を弄んでいると思ったら、同じ立場の女性が響達以外に更に四人もいて、彼女らは何もかも納得済みだと目の前の男は宣う。

 

「ま、そのせいでS.O.N.G内じゃ俺はクズとか女の敵とか女っ誑し呼ばわりだ。ヒデー話だよ。今の関係になる以前の俺は、自分からあいつらに手ェ出したことなんて一度もねーのに」

 

肩を竦めて彼は語る。

 

「たぶん原因は、据え膳食わぬは男の恥とか、女に恥をかかせるつもりはないとか、随分前に雑談してた時に翼に言っちまったことだろうな。それ以降のあいつらの目付き、虎視眈々と獲物を狙う肉食獣みてーでヤバかったからな」

 

当時のことが懐かしくなったのかカズヤは目を細め、腹を抱えてくつくつと笑いを堪えていた。

 

「特に響は、普段は人懐っこい大型犬みてーなのに、いきなり餓えた狼になるからな、あん時はマジで驚いたぜ」

「......やめろ」

「あんたの娘、可愛い顔してスゲー肉食系──」

「やめろ!!」

 

洸の絶叫が積み重なったコンテナとコンテナの間で木霊する。

いつの間にか荒くなっていた呼吸を整えつつ冷静になろうと努めるが、上手くいかない。

 

「幻滅したか? これが世間で英雄って呼ばれてる"シェルブリットのカズヤ"の実態だ。俺は戦うこと以外はどうしようもねーダメ人間、クズの女っ誑しなんだよ」

 

まるで何も知らない世間を嘲笑するように、悪人面となるカズヤ。

 

「......知りたくなかったよ、こんな事実......」

 

俯き、歯を食い縛り、痛いほど拳を握り締め、洸は全身を怒りで震わせる。

まさかこんな事実を聞かされるなんて思ってなかった。

 

「あっ、このこと、マスコミに垂れ込みたいなら好きにしてくれてもいいぜ? 俺は何一つ困らねー。歌手の三人も、俺のそばにいられなくなるくらいなら歌手辞めるっつってるし。学生三人も何かあれば今の学校退学する覚悟があるみてーだし。あいつらの中で特に身の振り方を気にする必要がないのはセレナ、マリアの妹だけか」

「...こんなこと、誰にも言える訳ないだろ...!!」

 

自分の娘が"シェルブリットのカズヤ"の女だというのが事実なら、屍肉に群がるハイエナのように響や未来の親類縁者にマスコミが殺到するのは目に見えていた。

ノイズ被害の生存者家族として世間や職場から謂れのない迫害を受けた過去が、脳裏を過る。トラウマを刺激された。不特定多数の人間に色眼鏡で見られることの恐ろしさを身に染みていた洸にとって、娘が関わっている爆弾をマスコミに垂れ込みなどできる訳がない。

 

「カズヤくん、キミは最低だよ」

 

せめてもの抵抗として目の前の若者を罵ることが精一杯。

だが、カズヤは何ら痛痒を覚えた風もなく、不敵に笑うのみ。

 

「そうだ。俺は最低のクズ、家族を捨てたあんたと同じだ。けど、同じ最低のクズでもあんたとは決定的に違う点があるぜ」

「何?」

 

カズヤはおもむろに洸に近寄ると、力任せに襟首を掴み引き寄せ、額と額がぶつかるほどの至近距離で睨んでくる。

 

「俺はあんたと違って、責任を放棄する気もなければ、あいつらを捨てるつもりもねぇってことだよ」

 

急に声の圧が強くなり、凄味が増し、カズヤからとてつもないプレッシャーが放たれた。

 

「以前未来に言われたことだ。一人の男としてじゃなく、"シェルブリットのカズヤ"として責任を取れ、ってな」

 

この時点で洸はカズヤに完全に気圧され、何も言えなくなってしまう。

強い力が秘められたオッドアイ──左の橙色に近い明るい茶色い瞳と、右の金の瞳から目を離せない。

 

「俺がそばにいないと生きてる意味がないって言った女がいる。俺に救われた命だから、俺の為に燃やし尽くしても構わないって言った女がいる。俺に身も心も捧げるって誓った女がいる。他にも、あいつらは色んなことを言ってくれた、こんな俺が必要だと、心から求めてくれた! 俺には、そんな女達に命を懸けて応える責任と義務がある!!」

「...責任と、義務...」

 

反芻した単語が、ズキリと胸を疼かせた。

 

「ああ、そうさ。あいつらが俺を好いてくれるから、迫られたから、求められたから背負うんじゃない。俺もあいつらのことが大好きで、あいつらの全てを受け入れると自分の意思で選んだ。誰かに押し付けられたものでもなければ勝手に圧し掛かってきたもんでもない、俺が望んで得た、俺だけの、俺の為の責任と義務」

 

いつだって、自分の意思で選択し行動してきたと彼は訴える。

 

「俺はな、何の証も立てられないまま朽ち果てるなんざ、死んでもご免だ。だから女を抱くなら孕ませるつもりで抱く! もし奇跡的に孕んでくれたら、その子が一人立ちするまで俺が命に代えても守る! たとえ世間や世界を敵に回そうと、誰が相手だろうと関係ねぇ!! 邪魔する奴は片っ端から叩き潰す!! 俺がこの世界に確かに存在したという証を、必ず残す!!!」

 

根拠などないが、それが彼の心からの願いなのだということが、何故か洸には理解できた。

 

「あいつら全員を必ず幸せにする、誰一人として後悔させねぇ! 命を、魂を、俺を俺として構成する全てをあいつらのこれからの人生に使う! それが、俺の考える『家族』になるってことだ! ただの男が、夫になって、父親になるってことだ!! 自分のことなんて二の次で、最優先は愛する家族、これに文句あるか!? ああ!?」

 

そこまで一気に言い切ると、カズヤは一度大きく仰け反ってから、呆然とする洸の額に頭突きをかます。

 

「ぐあっ!!」

 

悲鳴を上げ尻餅を着いてから仰向けに倒れ、大の字になる洸を見下ろしながら、彼は告げた。

 

「あんたが捨てちまったもんを、俺は絶対に、死んでも離さねぇ......たとえどんなに重くて、背負って進むのが辛くても、それが俺の存在理由である以上、手離してたまるか!!!」

 

最後に全力で叫ぶと、カズヤは洸の脇を通り抜け、足早に立ち去っていく。

 

 

 

 

 

洸と響に関して話をするつもりが、いつの間にか一方的に自分の覚悟を語っていたのは何故だろうか。

 

「......違う、そうじゃねーだろ......そうじゃねぇだろ俺のバカ!!」

 

自身を罵り駆け出すと、大きく跳躍し安全柵を飛び越え海へとダイブ。

数秒間、海水に全身を浸けてから、天を仰ぐようにして浮き上がる。

 

「あー、何やってんだろ、俺......」

 

海水に浸かりながら、彼にしては本当に珍しく自己嫌悪に陥っていた。

照りつける太陽の眩しさに目を細め、もう一度海中に沈もうかと思考したタイミングで、

 

「この埠頭での釣りは市から許可が出ているが、遊泳は禁止されているぞ、カズヤくん」

 

豪快に笑い飛ばしながらこちらを見下ろす弦十郎の姿が見えた。

いつの間に、一瞬そう考えたがすぐにどうでもいいことだと切り捨てる。

 

「いつものことだが、なかなか盛大に啖呵を切ったな。シラフだというのに」

「我ながら感情的になると何口走るか分かんねーのが恐ろしい」

 

差し伸ばされた手を取り、カズヤは陸に上がることに。

洸との会話は、カズヤの通信機を介して響には勿論、他の装者達やオペレーター陣などにも丸聞こえだった。そういう仕込みだったのである。

 

「響の親父さんのやる気スイッチ押す為に呼び出したのに、ホント、何をしてんだか俺は......響に謝んねーと」

 

濡れネズミの状態でその場に蹲り、頭を抱えるカズヤに対し、弦十郎は意外そうに口を開く。

 

「自分の覚悟を語って、彼に覚悟を促す作戦ではなかったのか?」

「......そんなことよりさ、ただ一言、『響に謝りたい』とか『謝らせて欲しい』ってのが聞きたかったんだ」

 

立ち上がって踵を返し、弦十郎に背を向ける形で青い海に向き直る。

真夏の太陽に照らされた青い海は、目を細めたくなるほどに眩しい。

 

「響の親父さん、状況を考えれば同情の余地はあると思う。元々婿養子っつー家の中で微妙な立ち位置でさ、世間から白い目で見られるようになってからは職場でも家でも心休まる時がなくて、逃げ出したくなる気持ち、分からんでもねー」

「......」

「でも、それは響も同じはずだったんだ。しかもあの人は夫で父親だった。だから、どんなに辛くて苦しくても耐えなきゃいけなかった、家族のそばを離れるべきじゃなかったんだ。それだけは間違いねー」

 

弦十郎は厳かに頷き同意を示すが、その表情は沈痛そのもの。全ての悲劇の発端が旧二課の失態、及び櫻井了子の手による策謀を未然に防げなかったことによるからだ。

 

「だからこそ、どうやって響に謝るのか、そもそも謝る気があるのか聞きたかったんだけど、な」

「会話の始めに彼を煽るようなことを言ったのが、裏目に出たか」

「響との関係を仄めかして、親父さんの父親面を引き出そうとしたけど、俺の中であの人を許せない、って感情があったのか、気がつけば必要以上に煽ってて、そんで売り言葉に買い言葉になって......ガキかよ」

 

父親面をするならまず最初に響に謝らせる、そういう風に会話の流れに持っていくつもりだったのに。

落胆もあった。再構成の果てにギアと繋がった右目で見てしまった響の暗い過去。その一端を担っていたのが洸という事実に、正直言ってガッカリしたのだ。

イグナイトを発動させるあの瞬間まで、これまでずっと漠然と思い込んでいたのだから。いつも笑顔を絶やさない響の親なら、彼女を育てたというのなら、きっと良い親なんだろうな、と。

 

「しかし、あの啖呵は好評だったぞ。キミの想いと覚悟を聞いて、装者達の頬が弛みっぱなしだったからな」

「素直に喜べねーって」

 

後ろを振り返らず、手をヒラヒラさせて嘆息。

なお、相変わらずオブラートに包まない過激かつストレートな表現のせいで、まだまだ初心な切歌や調、あおいなどの女性オペレーターは顔を赤くし、弦十郎や緒川、朔也を含む男性陣は逆に清々しくて笑いを堪えるのに必死だったとか。

 

「結局俺がやったことって、お節介の余計なお世話だったのかね」

「どうだろうな。今後、どのような結果になるかは、響くんと彼次第だ。俺としては誰もが笑顔になる結果を望むが、万が一のことがあれば、響くんのことはカズヤくんや未来くんに任せる、というのが最適なのだろうな......だから、いつまでもそんな時化た面をするな! "シェルブリットのカズヤ"は迷わない、ただひたすら前だけを見て突き進む、やりたいことをやりたいようにやる、そうだろ!?」

「......ああ、分かってるさ」

 

背後から大きく力強い手で肩をバシバシ叩かれて、カズヤは漸く沈んでいた気分が持ち直すのを感じた。

 

 

 

 

 

ずぶ濡れのまま本部へと歩き出すその後ろ姿を眺めながら、弦十郎は疑問に思う。

 

(キミはその背中に、どれだけ背負うつもりなんだ?)

 

確かにカズヤのお陰で、自分達大人が装者達に押し付けていた重荷は減った。その代わり、装者達の分まで彼が無理に背負っているように見える。

たまに心配になる時があるのだ。この若者が背負ったものの重さに耐えられず、潰れてしまうのではないか、と。

 

(欺瞞だな......俺達が頭を下げて頼み込んだのを忘れたのか)

 

瞼を閉じて(かぶり)を振る。カズヤの存在を、力を誰よりも期待していたのは他ならぬ弦十郎自身だった。

あの時、緒川の思惑に薄々感づきながらも黙認した。デメリットとメリットを計算して、大人の都合を取ったのだから。

改めて彼の背中を見つめる。

頼もしく、大きい背中だ。彼と同年代で彼のように振る舞えるような存在を知らないし、今のご時世いないに等しいだろう。何がなんでも背負ったものを捨てようとしない、覚悟を決めた男の背中がそこにはある。

彼については同じ男だからこそ共感できる部分が多々あるし、理解もできることも少なくない。

しかし、彼が装者達に向ける愛情は、はっきり言ってしまえば度を越している、いや、常軌を逸していると言っても過言ではない。とても二十歳になる前の青年が持ち得る心の在り方としては何処か歪つで、抱ける覚悟でもないはずだ。

アルター能力者はエゴイスト。己のエゴを具現化するが故に、エゴイストであればあるほど高い能力を持つと聞く。なので、カズヤだからこそ、と思えることではあるが、本当にそれだけで済まされる話なのだろうか。

 

(装者達が己の存在理由......キミがそれでいいと言うのなら、俺からは何も言えん)

 

自分はただ黙して彼を見守ろう。もし彼に何かあれば、直ぐ様手を貸すことを心に誓って。

 

 

 

 

 

「こちらをどうぞ」

 

車まで戻れば、待ち構えていた緒川から氷嚢を手渡され額に当てる。

熱を持ったように痛む額に氷嚢の冷たさが心地良い。

 

「用意がいいですね」

「ええ。カズヤさんが立花さんを殴るだろうと予想はしていましたので。実際は頭突きでしたが」

 

まるで一部始終その様子を眺めていたかのような対応に返す言葉も思い浮かばず、洸はノロノロと車に乗り込み、後部座席に座ってシートベルトを掛ける。

 

「ではガソリンスタンドに戻ります」

 

静かなエンジン音を響かせ車が発進した。

 

(結局、響のことをろくに話せなかったな)

 

彼との会話で得たものは、響と未来が彼の女ということと、彼は彼なりに響を含めた『自分の女達』を何よりも大切に想い、真摯に向き合っているということか。

 

(だからと言って、はいそうですかと認める訳にはなぁ......)

 

父親面をするなと怒りを買いそうだが、父親じゃなかったとして眉を顰める彼の女性関係に、頭突きを食らった痛みとは別の頭痛がしてきた。

 

「凄かったですね、カズヤさん」

 

不意にこれまで沈黙を守っていた緒川がテンション高めに声を掛けてくる。

 

「...そう、ですね。まさか彼が複数の女性と付き合ってて、しかも遊びじゃなく全員と真剣に、って言うんですから」

「ええ、期待以上ですよ。まさかあれほどの覚悟を決めていただいているとは、まさに嬉しい誤算です」

「......?」

 

妙な言い回しに違和感を覚えて洸は首を傾げる。

期待以上? 嬉しい誤算? 今、そう言ったのか?

何故?

今の発言はまるで、カズヤと響達が()()()()()()()()()()()()()()()()()ようではないか!?

 

「どういう、ことですか? 意味がよく分からないんですけど」

「え? そのままの意味ですけど」

「その意味を答えろと言ってるんです!」

 

震えた声で洸は緒川に問えば、はぐらかすような応対をされて、つい語気を荒げた。

すると、「ああ、僕としたことが説明を省いてしまいました」とバックミラー越しに朗らかな笑みを見せる。

何を言うつもりなのか予測がつかず、洸はただ黙って耳を傾けた。

 

「今のカズヤさんなら、たとえどんなことがあっても響さん達のそばを離れることはない、そう思うと安心してしまって」

「その『響達のそば』というのは、S.O.N.Gのことですか?」

「......ええ。一般の方でもなんとなく想像がつくと思いますが、カズヤさんという人材を求める組織や団体は、それこそ星の数ほどあります。合法、非合法を問わず」

 

それはそうだろう。ノイズに対抗できる、というだけで引く手数多に違いない。

 

「僕達は本当に運が良かった。一番最初に彼に組織として接触し、協力を取り付けられました。最初は純粋なギブアンドテイク、それから少しずつ信頼関係を築き、仲間として共に働くようになったのです」

「......」

「でも、彼は義理堅い性格でありながら、同時にとても自由奔放、かなり悪い言い方をすれば自分勝手です。本来は組織に属するような気質ではなく、何より己の信念のみに従う方です。筋が通らないこと、気に食わないことには頑として首を縦に振りません。当初カズヤさんが僕達の上司の命令をすんなり聞いていたのは、そもそも僕達と利害が一致していたのと、単純に上司と馬が合った、というだけなんですよ。そうでなければ、カズヤさんはとっくに僕達の前から姿を消していたでしょう」

 

車が赤信号により停止し、首を巡らし、そう思わないですか? と言わんばかりの目配せを受け、洸は首肯。

 

「自由奔放で、己の信念のみに従い、富も名声も興味がない。そんな人物を一つの組織に縛り付ける、そんな方法があるとしたら、何だと思いますか?」

 

青信号になり、車が発進する。

前へ向き直った緒川の顔は、数秒前に朗らかな笑顔を浮かべていた人物とは思えないほど、冷たく能面のような感情を一切出さない表情をしていた。

 

「まさか!」

「お察しの通り、女ですよ。富や名声に興味はなくてもカズヤさんは健全な男性であり、女性に一定の興味をお持ちでした。しかしながらただの女性ではダメです。彼に愛情をこれでもかと注ぐことができるとびっきりの女性、そして何よりも彼が心から守りたいと思った女性でなければなりません」

 

底冷えするかのようなトーンの低い声に怯みながらも、洸は必死に口を開く。

 

「そんなことの為に、響と未来ちゃんは──」

「親御様の立場からしたら当然抱くお怒りでしょう。ですが、予めお伝えしておきますが、その為に彼女達を彼に宛がった訳ではありません。彼女達が自らの意思でカズヤさんの女になることを望み、カズヤさんがそれに応えた。そこを勘違いしないでいただきたい」

 

怒声を上げようとしたところを冷徹な声が遮る。

 

「僕達が何もしなくてもカズヤさんと響さん達は()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、僕達としては都合が良かったという訳ですよ......」

 

若者達を放置してたらそうなった、と言われてしまえば洸としてはそれ以上何か言うこともできず、苦々しく睨むことしかできない。

洸も緒川もそれっきり口を閉ざしたので会話が途切れる。

やがてガソリンスタンドに到着し、洸は車から降りた。

時間的には丁度休憩が終わるタイミングとなり、昼食を摂っていないことを除けば時間的な問題は何一つないが、そもそも今日は緊張であまり食欲がなかったので暫くは持つだろうと高を括った。

 

「本日はお忙しい中お時間いただき、誠にありがとうございました」

「周りから変な目で見られてるから頭を上げてください!」

 

運転席から降りて深々と頭を下げる緒川に慌ててやめさせると、彼は優しげな笑みで「では失礼します」と再度頭を下げてから車に乗り込み走り去っていく。

 

「やれやれ......」

 

洸はこの休憩時間中に得た情報を脳内で整理しながら、興味津々で何があったのか聞きたそうにしている職場の方々にどう言い訳しようか考え、しかし良い案が全く思い浮かばず大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

本部に向かう車の中で、緒川は自嘲気味に一人言を呟く。

 

「何が、気がついたら結果的にそうなっていた、だ......そういう風に仕組んだのは、紛れもなく僕なのに......臆病者の僕なのに」

 

緒川にとってカズヤという存在は、まさに新星の如く現れた希望の光であり、理想の体現者だった。

シンフォギア装者にばかり負担を掛けてしまうという、大人達にとって歯痒く厳しい現実を、横合いから思いっ切り殴り付けてぶっ飛ばしてくれたのだ。

装者を真に理解し、隣に立つことができる人物がついに現れてくれたと、当時の緒川はカズヤのことをそう捉えた。

しかもカズヤは本能的に戦いを求める気質であり、喜び勇んで戦う姿を見て、これで装者の負担も減らせると期待した。

更に、同調現象によりシンフォギアからのバックファイアが激減する事実に、その思いに拍車が掛かる。

 

──どんな手段を使ってでも彼を手放してはならない。

 

カズヤが装者にとっては勿論、当時の二課にとってもなくてはならない存在になるのは自然の流れだった。

だからこそ、緒川は万が一カズヤが離反することを何よりも、誰よりも恐れた。

もしそんなことが起きてしまえば、精神的支柱として依存し始めていた装者達は瓦解し、二課はまともに機能しなくなる。

故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少なくとも彼が己の意思で離反するようなことはなくなるはず。

その為に、カズヤの責任感と装者達の気持ちを利用した。

ルナアタック解決後の三週間の軟禁生活。五人を一つの部屋に押し込んだのは緒川の提案である。

年若い男女を一つの屋根の下で過ごさせるのは如何なものか、と女性オペレーターのあおいが当然進言したが、そもそもカズヤは奏とクリスと三人暮らし、そこに翼と響が加わって今更何になるのか、もしそれぞれに個室を用意してもどうせ皆カズヤの部屋に集まってくるだけ、と反論すればあおいはそれもそうですねと納得し容易く引き下がってくれた。

個室を用意するなど以ての外だ。各々に個室を用意してしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは困る。限界ギリギリまで溜め込んでから爆発してもらいたかったのだから。

そして、窮屈で退屈な日々に飽きて脱走を図るカズヤを取り押さえる、その名目で筋弛緩剤とアルコール注射を行い、装者の前に放り捨てた。

カズヤの性格と能力を考慮すればやり過ぎにはならず、弦十郎も緒川の思惑を知ってか知らずか、何も言わない。

どう転ぶかは装者次第。もしかしたら牽制合戦になって何も起こらない可能性もある。そうなったらこれ以上自分ができることは最早何もない。悪巧みはこれで最初で最後にしよう、そう思考して外から部屋の施錠を行いその場を後にした。

結果は語るべくもなく、怖いくらいに思惑通りになった。なってしまったのである。

一つ誤算だったのは、フロンティア事変における未来の存在だったが、それすらカズヤは遺恨を残さないように解決してくれた。

 

「......カズヤさん、僕は卑怯者です......装者の皆さんの為にも、当時の二課の為にも、あなたを失う訳にはいかなかった...何かに縛られるのを極端に嫌うあなたが、いつの日か僕達の前からフラッといなくなってしまうことが怖かったんです......でも、きっとあなたは僕がしたことも『俺が選んだことだから』と言って、責めようとはしないのでしょうね......」

 

彼は、緒川慎次は、シンフォギア装者とは異なる形でカズヤの輝きに魅入られた人間の一人であり、一度手にした光を失うものかと足掻く者でもあった。

 




・緒川慎次
装者とは異なる視点、立場からカズヤを自分達の組織に縛り付けたかった人物その1。
カズヤの責任感や覚悟、装者達への想い、装者の気持ちを利用するような形になってしまったことに罪悪感を覚えている。
また、装者としてではなく、翼を一人の女性として風鳴家の呪縛から解き放ってくれるはずと多大な期待を寄せている。

・風鳴弦十郎
カズヤを自分達の組織に縛り付けたかった人物その2。
緒川とほぼ同じ考えだった為に、彼の思惑を黙認。
大人の勝手な都合に付き合わせたことに申し訳なさがある。
なお、フロンティア事変における未来については、彼女を泣かせたことについて一発殴ろうとしたが、当の本人に防がれてしまった。
やはり翼に関しては緒川同様、風鳴家の呪縛から解き放ってくれることを期待している。

・藤尭朔也
自分もあんな風にモテたいと思ったことあるけど、やっぱいいです。無理です、子どもとかまだいいです、そんな覚悟ないです、独身貴族最高!!

・友里あおい
カズヤは残念ながらタイプではない。好みじゃない。好ましい人物だとは思ってるし、実際凄く良い奴。でも趣味じゃないので恋愛感情を抱けないし恋愛対象にならない。
しかしながら、あの一度思ったら一直線な所は合コン先の男共に分けて欲しい。

・フィーネ
私もあの御方に「子どもを生んでくれ」発言して欲しかったわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 羨Cィィィィィィィ!!!

・響、未来、奏、翼、クリス、マリア、セレナ
ぐへへ...!!

・調
体に宿ったフィーネがうるさい。でもなんとなく気持ちは分かる。
とりあえずだらしない顔してるマリア達を何故か一回引っ叩きたい。

・切歌
もしかして今まで妹ポジだったのがお姉ちゃんになるデスか!?
でも幸せそうなマリア達が少し羨ましい、というか、何故かほんのちょっとだけ腹立つ。


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布石

ロリマリアと大人セレナ、めっちゃ良いけど石ないねん(憤怒)

そして私個人のプライベートの時間がなかなか取れず、休日も忙しくて執筆あんまできず、更新ペースがどんどん落ちるのを許してクレメンス。

原作アニメで響と切歌と調の学生組三人が地下構へ突入する時、クリスちゃんは本部で待機してますけど、あれってなんで学生組のクリスちゃんが制服着て本部で待機してたんですかね?
制服着てたってことは学校行ってた? 放課後は即本部に向かった? でも作戦中は『本部は現地に向かって航行中』ってことは海の中らしいしそんな時間あったん? 早退でもしたんだろうか?
つーことで、この作品では計十人と原作より四名多いので『学生組は学校行ってて、放課後に呼び出しを受け地下構に突入した』、『それ以外はカズヤを除き本部で待機していた』、『カズヤは一人で街をほっつき歩いてた』って感じになりました。
なのでクリスちゃんも原作アニメと違って地下構突入組です。

ちなみに響パパは前回カズヤから頭突き食らったので暫く出番なし。


「共同構にアルカ・ノイズの反応?」

 

通信越しに知らされた内容に疑問を覚え、カズヤは眉間に皺を作る。

筑波から東京に戻ってきて数日後。時刻としては学業を終えた学生が喜び勇んで部活や遊びに精を出す放課後。

彼は一人、駅前付近の繁華街で通信機を片手に歩道の端に寄って立ち止まり、耳に意識を集中させた。

 

「なんでんなとこに?」

『分からん。だが、アルカ・ノイズが出た以上、こちらが出張らない理由はない』

「それもそうだな」

 

弦十郎の厳かな声を聞き、カズヤは口元を歪め獰猛な笑みを浮かべると、サングラスを外す。

 

『本部は現場に向かって航行中』

『先んじて立花、小日向、雪音、暁、月読を向かわせている』

 

現在本部にいるマリアと翼が、それぞれ本部の状況と振られた采配を教えてくれる。

見事なまでに突入グループは学生組&カズヤとなり、本部に待機していた年長組が留守番という形になる。時間帯的に放課後になったばかりなので当然と言えば当然なのだが。

 

『いいかいカズヤ。緊急事態だけど、皆と合流してからの突入だからね』

『いつもみたいに一人で真っ先に突っ込まないでください』

 

奏、セレナからしつこいくらいに釘を刺されて渋面になるのを自覚しながら質問する。

 

「場所は地下の共同構なんだろ? 頭数がそれなりにあんなら合流してから突っ込むより、一旦地下に降りてから動いた方が効率良くね?」

『......一理あるが、地下は広くて迷路のように入り組んでいる為、単独で各々が動くより纏まって動いた方が危険は少ないと判断した。合流ポイントのデータをこれから送る。既に切歌くんと調くん、クリスくんが現地に到着済みだ。距離的には響くんと未来くんよりカズヤくんの方が僅かに近い。六人揃い次第突入するように』

「了解」

 

暫し間を置いてからの弦十郎の返答に納得し、通信端末で合流ポイントを確認してから走り出す。

ほどなくして合流ポイントに辿り着けば、制服姿のクリスと切歌と調の三人が地下への入り口前で待ち構えていた。

駆け寄りながら片手を上げて「よっ」と挨拶する。

と、切歌がクンクン鼻を鳴らしながらカズヤに近づき、

 

「ソースとあんこの美味しそうな匂いがするデス......カズヤ! 『ふらわー』寄った後に鯛焼き食べたデスね!?」

 

ズビシッ、と擬音が聞こえそうな勢いで顔を指差してきた。

 

「犬かよ」

「犬だな」

「名犬切ちゃん」

 

カズヤとクリスが半眼になり、調がパチパチと拍手。

 

「で、どうなんデスか?」

「大正解だ。ったく、変な特技身に付けやがってこの食いしん坊め」

「デヘヘヘェ~」

 

切歌の頭に手を載せそのままグリグリ撫でてやれば、両手を腰に当てて胸を張り、得意気になる自称常識人。

尻尾があればブンブン振ってるのではなかろうか。

 

「ごめんなさい、遅れました~」

 

響の声が聞こえた方を向けば、制服姿の響と未来が駆け寄ってきた。

これで突入メンバー全員集合だ。

 

「...あれ? ソースとあんこの匂いがカズヤさんからする。もしかして『ふらわー』でお好み焼き食べてからデザートに鯛焼き食べました!?」

 

鼻をスンスンしながら響がカズヤに近づき聞いてくる。

 

「犬がもう一匹いたぞ」

「いたな」

「名犬響さん」

「響さんも仲間デス!」

 

知ってた、と言わんばかりの表情になるカズヤとクリス、やはりパチパチと拍手をする調、何故か大喜びする切歌の反応に、響と未来は何のことか分からず揃って首を傾げて頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。

 

 

 

 

 

「犬ってそういうことだったんだ。確かに響と切歌ちゃんって、犬っぽいかも」

「そうかなー?」

「私と響さんってそんなに犬っぽいデスか?」

 

未来の発言に響と切歌が笑って応じる。

アルター能力者はアルターを発動させ、シンフォギア装者はシンフォギアを纏い、地下構へ突入を開始。

地下は最低限の明かりのみで薄暗いが、アルターとシンフォギアにより身体能力と知覚能力が上昇している六人には何ら問題なく行動できる環境だ。

なお、カズヤはシェルブリットの第一形態。その理由として、地下という限定空間でシェルブリットバーストをぶちかましたら何が起こるか分からないのと、地下共同構は都市のライフライン等が張り巡らされた場所である為、下手に暴れたせいで思わぬ事態を招いてしまう、ということを嫌ったから。ちなみに同じ理由でクリスもミサイル系の爆発物は厳禁としている。

 

「逆に未来とクリスと調は猫っぽいよな」

「言われてみれば」

「そうデスねー」

 

先頭を小走りで進むカズヤに犬属性の二人が同意。

談笑しながらも周囲の警戒は怠らない。口調は軽いが目付きは鋭く。軽いやり取りも緊張し過ぎない為のもの。突然の襲撃にも対応できるように用心しながら進む。

 

「あたしは猫か」

「確かにクリスちゃん、猫だよね。初めて会った当初は奏さんがクリスちゃんのこと、『あの泥棒猫!』って怒ってたし」

「そういう意味での猫じゃねぇだろこのバカ!」

 

微妙にトンチンカンなことを言って過去を蒸し返す響にクリスが憤慨。

 

「切ちゃん、私って猫?」

「可愛い猫ちゃんデース!」

「ふふ。そっか」

 

元気な返答に調が微笑んだ。

 

「カズヤさん、私のどんな所が猫っぽいですか?」

「......あー、まあ、色々と」

「色々?」

「色々だ」

 

背後からの未来の声にカズヤははぐらかすように応対するに留めた。

フロンティア事変以降、今まで比較的性格が大人しく控えめな(と皆が思っていた)未来が、まるで発情期を迎えたメス猫のようにこれでもかと甘えてきたり求めてきたりするとは思っていなかった、とは口が裂けても言えない。言ったら最後、ぶん殴られてノされた後にホテルに引きずり込まれるのが目に見えている。

普段の日常では何かと未来に頭が上がらず、模擬戦だと未だに負け越しているカズヤであった。

 

「じゃあ奏さん達は犬と猫ならどっちですか?」

「奏とマリアは猫、翼とセレナが犬だな」

 

響の質問にカズヤが即答し、皆もそうだよそうだねと笑い合う。

奏は自由気ままな性格が、マリアは髪型や人前での高飛車な振るまいが猫のようだ。

逆に翼とセレナの二人は前者の後ろをちょこちょこ付いていく感じが実に犬っぽくある。

 

「でもカズヤは犬とか猫って感じしねぇよな。動物でどれかっつわれたら、ライオン? しかも群れのボス的な」

「最早野獣猛獣の類いデス!」

「言い得て妙なことを言いますね、クリス先輩」

「だろ?」

「クリスちゃんに座布団一枚!」

 

クリスの言葉に納得する面々。

シェルブリット最終形態はまさに獅子といった感じなので、むしろそれは『っぽい』ではないとカズヤは思う。

 

「ライオンさんなカズヤさん、何か一言」

 

背後から皆を代表するように未来が声を掛けてきたので、一瞬振り返ってから、

 

「ワリー、気の利いた一言が言えればよかったんだが、どうやら本格的に仕事の時間だぜ」

 

低い声で呟くと前に向き直り、立ち止まって拳を構えた。

皆もつられて急停止し、響も拳を、他の皆はアームドギアを構え迎撃体勢に入った。

視界の先で、赤い光と共にアルカ・ノイズがその姿を現す。

 

 

 

 

 

【布石】

 

 

 

 

 

こちらの周囲をぐるりと囲むように召還、配置されたアルカ・ノイズ。

これらが出現したならば、それを使役する者が付近にいるはず。

前側をカズヤが、後ろ側を未来が睨み付け、二人は同じタイミングで全身から淡い虹色の光を放ち、アルカ・ノイズの群れを瞬時に分解、粒子化させて殲滅する。

 

「ゲェェェ!? 化け物夫婦!!」

 

大量の虹色の粒子が空気に溶けて霧散していく視界の奥で、慌てた様子のミカを発見。

以前、腕一本粉々にした上で再起不能にしたのだが、それを全く感じさせない姿。どうやら綺麗さっぱり修復したらしい。

 

「ハッ、ガラクタ人形が。今後こそ後腐れなく粉々にしてから不燃ゴミとして処理してやっから覚悟しやがれ」

「オシドリ夫婦だなんて......そ、そんなに褒めても見逃してあげないんだから......」

「オシドリなんて何処から出てきた!?」

 

今にもミカに飛び掛かりそうになったカズヤの後方で、未来が自身の頬に手を当てて嬉しそうに口元を弛ませながら身を捩らせていたので、思わず振り返って突っ込んでしまう。

 

「お前ら化け物夫婦にミカは付き合ってらんないゾ!」

 

その間にミカは背を見せると、脇目も振らずにすたこらさっさと逃げ出した。

 

「ああ! オートスコアラーが逃げたデス!」

「迷いなく逃げた、判断が早いし逃げ足も速い」

 

切歌と調の声に急いで反転すると、ミカが地下の闇に消えていく。

 

「くっ、私とカズヤさんの隙を突くなんて......追わなきゃ!」

「誰のせいだ、誰の!!」

 

今度は悔しげに唇を噛む未来にカズヤが突っ込まずにはいられない。

 

「どう聞いたら化け物をオシドリに聞き間違えるの未来!?」

「何が『くっ』だよ!? 耳に悪魔の補聴器でも填まってんのか!!」

 

非難するように響とクリスが詰め寄り叫ぶ。若干、カズヤと未来が敵サイドから『夫婦』呼ばわりされていた事実に嫉妬がない訳ではないのだ。むしろ自分も呼ばれたい。この際『化け物』が付いてても構わないのであった。

ついでに言えば、『化け物』を『オシドリ』に脳内変換し、いかに自分とカズヤが仲睦まじいかをアピールしようとする様にちょっと腹が立っている。

 

「戦闘中にやめて響、クリス、私とカズヤさんがオシドリ夫婦だからって嫉妬しないで!」

「「「だからオシドリ何処から飛んで来た!?」」」

「オシドリでも雄鶏でも七面鳥でもいいから早く追うデスよ!!」

 

珍しくまともなことを言う切歌に急かされ一同は漸く走り出し、ミカを追う。

 

「......アルター能力者って基本的に話を聞かない人種なんじゃないかと最近私は思うの」

『ああ、アルター能力者はエゴイストってそういう......』

 

調が呆れたように口にすれば、彼女の体に宿るフィーネが妙に納得したように呻く。

 

「クソッ、待て! 待ちやがれ!! ぶっ壊してやる!!」

「そんなこと言われて待つバカいないゾ!」

 

全力疾走しながらカズヤが怒声を上げ、ミカは逃げながらアルカ・ノイズを召還する為の黒い石を大量にバラ撒く。

 

「ああもう、鬱陶しいぜ!」

 

虹色の光を放ち、召還された瞬間にアルカ・ノイズを分解。粒子状の光が煙幕のように視界を遮るが構わず走り抜けるものの、ミカとの距離は縮まない。

 

「クリス、狙撃できねぇか!?」

「あっちもこっちも走ってるから命中率クソだが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるで!!」

 

並走するクリスが直ぐ様アームドギアをアサルトライフルに変形させ、走りながら腰溜めに構えて間髪入れずに撃ちまくる。

地下構内をマズルフラッシュが明滅し、マシンガン特有の銃声が響き渡るが、前方のミカは地面を蹴って跳躍し、そのまま壁や天井を足場にして、三次元かつアクロバティックな動きで上下左右に跳び回り、的を絞らせない。

 

「ちっ、ちょこまかと......!」

 

クリスが舌打ちする。場所が場所だけに高出力の技は厳禁。ここが地下でなければいつもみたいに小型ミサイルで面制圧できるのに、と思うが口にはせず。

 

「クリス、私と切歌ちゃんと調ちゃん、四人で一緒に!」

「合点デス!」

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、第二弾です」

「分かった、皆で一緒に!」

 

ホバークラフトのように地面から僅かに浮いて進む未来が、自身の周囲に鏡を展開させて先頭に出る。

 

「「「「せーっの!!」」」」

 

声に合わせて切歌と調がジャンプし、

 

「「「「クタバレェ!!!」」」」

 

空中からそれぞれが鎌の碧刃と鋸の紅刃が射出。鏡から紫の閃光が放たれ、アサルトライフルが火を吹く。

 

「お前ら殺意高過ぎだゾ!?」

 

悲鳴を上げながら、先程の動きに加え、ミカは自身の括られた髪の先端からバーニアを吹き更に加速しながら螺旋を描くように壁を走り天井を走り、必死に殺意増し増しの攻撃を躱す。

壁や地面、天井などを紫の閃光が灼き、碧の刃と桃色の鋸が突き刺さり、弾丸が穿つが、オートスコアラー内で最も高い戦闘能力を回避と逃走に全力を出すミカには当たらない。

 

「何だあいつのあの動き!? 慎次ほどじゃねーが敵ながらスゲーなおい!」

 

カズヤの感嘆の声に頷いている余裕はない。このままでは逃げられる可能性が高い。なんとか急いでミカの動きを止めなくては、空間転移をする余裕を与えてしまう。

 

「カズヤさん、私が突っ込むからサポートお願いします!!」

「オッケー任せろ! 衝撃の──」

 

叫びつつ響がカズヤの前に出た。

続いてカズヤの右腕──シェルブリット第一形態における上腕部から肘にかけての装甲が左右に展開し、両端に鋭い刺が突き出ると、右肩甲骨に発生している赤い三枚の羽根の内上から三枚目が先端から砕け散る。

 

「──ファーストブリットォォォォッ!!」

 

雄叫びに合わせて響は小さく跳び、空中で両足の踵を揃えて膝を曲げて身を屈めて縮こまった。その際、丁度踵がカズヤの正面になるような体勢になるのを忘れない。

一方カズヤは、彼女の踵を殴るのではなく拳を合わせるだけに留めた上で、右肩甲骨から翡翠色のエネルギーを噴射させ推進力とした。

靴底を地面に滑らせながら猛スピードで前進するカズヤと、空中で彼の拳に載るような形で押される響。

 

「「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」」

「うげっ!?」

 

カタパルトから射出される戦闘機の如く、急接近してくる二人に気づいたミカが肩越しに振り返り、その表情を驚愕に染めた。

 

「行け響ぃぃぃっ!!」

 

拳を振り切りカズヤが響の踵を全力で押し出し、響がそれに合わせて足場にしていたカズヤの拳を蹴る。

 

「......どおおおおおりゃああああああ!!」

 

さながら戦闘機から発射されたミサイルのように飛ぶ彼女は、空中で腰のバーニアを吹かし更に加速。拳を振りかぶってミカに向け気合いを籠めて突貫。

一気に間合いが詰まる。

対してミカは速度を落とさぬまま、人間では絶対にあり得ない動き──人形らしく()()()()()()()()()()()させこちらを向き、両腕を交差させて防御体勢に入った。

構わず右の拳を打ち抜く。

耳を塞ぎたくなるような大音量の打撃音を伴い、ミカが物凄い勢いで吹き飛ぶ。

ついに捉えた! 誰もがそう思った刹那、

 

「これがミカの逃走経路だゾ!!」

 

かかった、と言わんばかりに唇を三日月の形にしたミカが笑い、空間転移をする為の石──テレポートジェムを取り出し、握り潰す。

 

「っ! 撃滅のセカンドブリット!!」

 

殴り飛ばされた際の運動エネルギーをも利用して距離を取る、そして十分に離れてから安全に空間転移をする、それらのミカの考えに気づいたカズヤが二枚目の羽根を消費し、翡翠色の光を尾に引きながら猛然と飛び出し響のそばを通り抜けミカへと迫るが既に遅い。

 

「これでバイバイだゾ~」

「待ちやがれッ!」

 

赤い光に包まれてから消えるミカ。それに一瞬遅れてカズヤの拳が空を切る。

勢い余ってその場を二十メートルほど通り過ぎ、やがて翡翠色のエネルギーの噴出が終わるのに合わせて百八十度回転してから止まり、ミカが立っていた位置を睨む。

 

「......クッソ!」

 

まんまと逃げられてしまい、カズヤは忌々しいとばかりに口汚く吐き捨てた。

 

 

 

 

 

場所を地下構から本部に移し──

 

「言い訳はしねぇ、面目ねぇ」

 

そこにはミカを逃がしてしまったことに俯くカズヤの姿が弦十郎の前にあった。

最近彼が凹んでる様子をよく見るなぁ、と内心で思いながらも口には出さず、とりあえず形式的にだけで構わないのでお叱りの言葉をくれてやる。

 

「今回については、緊張感が欠けていたのは否めないな」

「ああ」

「......すみません」

 

相槌を打つカズヤの隣には、『私は最近調子乗ってました、反省してます』と書かれた札を首から下げた未来が深々と頭を垂れていた。

ちなみに札は奏が用意したもので、「今日一日それを身に着けて過ごすように!」と叱られた結果でもある。

 

「......ま、あたしらも同罪みてぇなもんだ」

「すいませんでした!」

 

未来に倣うようにクリスと響も頭を下げるので、切歌と調がつられて頭を下げようとしたのをマリアが肩を掴んでやんわり止めた。

そんな光景に弦十郎はこれ見よがしに大きな溜め息を吐き、後頭部を軽く掻いてから告げる。

 

「以後、私情を現場に持ち込まないように。一つ間違えれば自分や仲間が怪我をしたり、最悪命を落とす戦場にいることを忘れるな。今回の失態を教訓にすること、いいな?」

「「おう」」

「「はい」」

 

カズヤとクリス、響と未来がそれぞれが素直に返事をし、反省会及びお説教が終わった。

 

「...そんで、結局オートスコアラーが地下構にいた理由とか目的とかって何だったの?」

 

話題転換を図る奏の疑問に、今回突入した六人は首を横に振るのみではあったが、ここで弦十郎が自身の顎に手を当てて呟く。

 

「その辺りについては、緒川に独自に動いてもらっている。どうも気になるものを見つけたらしい」

「気になるもの?」

 

オウム返しする奏。

カズヤが「そういや慎次が戻ってきてねーなー」と小さく漏らす。

 

「カズヤくん達がオートスコアラーと遭遇した場所には、地下構のメンテナンス用の機器や端末が配置されている場所でもあったんだ。それ自体は地下構内に一定間隔でいくつもあるんだが、緒川曰く一部使用された後があったとのことだ」

「使用された後って、オートスコアラーが?」

 

ますます分からないと顔を歪める奏に誰もが全面的に同意するように、眉を顰めて難しい顔になる。

 

「ああ。業者に確認をしたが、本日は誰も使用していないはずなのに不審な使用履歴があったことも確認されている。しかも時間はカズヤくん達が遭遇する直前までのもの。何を企んでいるのか不明だからこそ、それを明らかにする為、今緒川に調査してもらっている」

 

肩を竦めてみせる弦十郎も、後手に回りっぱなしとなっている現状に、いかにも「やれやれ」といった感じだ。

 

「......つーかさ、キャロルの最終的な目的ってのは世界を壊すことなんだろ? だったら、そもそもなんであのガキは俺らに喧嘩売ってきたんだ?」

 

近くのソファーにドカリと体重を預けて座りながら腕と足を組んで天井を仰ぐカズヤに皆が注目する。

 

「影でコソコソ何か企むんだったら、それこそ最初から俺達に認知されないようにするべきだ」

「エルフナインが聖遺物を持って脱走したからじゃないの?」

 

マリアの指摘にカズヤは首を横に振った。

 

「なら、逆にあんな大火事になるような騒ぎなんて起こすべきじゃねーだろ。街中で派手に錬金術を使いまくるのは絶対に避けるべきだし、オートスコアラーの身体能力なら人知れずエルフナインを抱えて連れ帰るなんて余裕だろうしな」

 

言われて誰もが、あっ、と気づく。

 

「それに、ロンドンで俺と歌手三人を襲撃する必要もねーし」

「ファラの襲撃は"向こう側"の力を狙ったものだったのではないか?」

「だとしてもリスキーじゃねーか? よく考えてみろよ。S.O.N.Gに目ぇつけられんだぜ? どう転んでも今後の邪魔になるとしか思えねーって」

「む......確かに」

 

質問した翼は返答を聞いて唸った。

 

「ちょくちょくちょっかい出してくんのもそうだ。目的が分からねぇ襲撃が多くねーか? 未来がアルターに覚醒した時は"向こう側"の力のテストだったらしいが、わざわざ襲撃しなくてもテストなんていくらでもできる。筑波でのガリィなんて特にだ。あいつは結局何がしたかったんだ?」

 

う~んと誰もが考え込むものの、なかなか答えは出ない。

 

「んで、今まで派手に暴れてたのが、ここにきて地下でコソコソだ。しかも戦おうともせずに逃げの一手。これまでとギャップがあり過ぎて違和感が拭えねーよ」

 

悔しいが判断材料となる情報が少ない。だが何かを企んでいるのは間違いない。残念ながら敵の動きは読めないが、それだけは確信を持って言えた。

セレナが小さく挙手をし、問う。

 

「違和感、ですか?」

「ああ。地下の一件と比べて今までのはどう考えても()()()()()。何しに来たのか不明で、戦闘を仕掛ける必要がないとしか思えねー場面がいくつもあった......だがもし」

 

そこで一旦区切ってから低いトーンに変わる。

 

「俺達から見て()()()()()()()()()()()()()が、連中にとっては必須であり明確な目的があって実施されたもんなら、まんまと掌の上で踊らされてることになるな」

 

司令部がシーンと静まり返り空気が少し重くなったのを感じて、カズヤはそれを嫌って立ち上がると、

 

「つっても、俺達肉体労働組が今ゴチャゴチャ考えてもしょうがねーか! こういう時は何も考えず体動かすに限る! まだまだ暴れ足りねーから模擬戦でもしよーぜ!」

 

一転してシリアスな雰囲気を吹き飛ばすように人懐っこい笑みを見せ、装者達を促すのであった。

 

 

 

 

 

私はカズヤから強烈な一撃を防ぎ切ることができず、吹っ飛ばされたと同時にアームドギアの鎌を手放してしまい、もんどり打って倒れてしまったデス。

続いて全身を覆っていた金の光──"向こう側"の力が消失すれば、昂揚感や一体感、漲っていた力が嘘みたいに抜けていき、身も心も熱くさせていたものが失われて、代わりに体の節々やら殴られた箇所やらがジンジン痛みを訴えてきました。

......いや、痛み自体はダメージを受けた時からずっと変わらずあったデスが、同調してると痛覚があまり気にならないくらい『ハイ』になってるんデスよね。

で、同調が切れると感覚が全部元に戻るから、地味に辛い。

仰向けで、大の字になって見上げるトレーニングルームの天井の照明が眩しい。

眩しさに目を細めれば影が差し、視界にはこちらを気遣うような表情で覗き込んでくるカズヤが。

 

「大丈夫か切歌?」

「......全然平気、へのカッパ、デス」

 

痩せ我慢を口にしながら差し出された手を取り、立ち上がるのを手伝ってもらいます。

次にカズヤは、背中から壁に叩きつけられてそのままめり込み前衛芸術みたいになってる調を引っこ抜く。

 

「俺と切歌と調、ちょっと休憩するわ」

 

マリア達にそう告げるカズヤの後を、調と一緒にフラフラと覚束ない足取りで追い、トレーニングルームを出ます。

私達と入れ替わるようにマリア達がトレーニングルームに入ると、七人でどういう組み合わせで模擬戦をするか話し始めました。

強化ガラス越しにその光景をぼんやり眺めながらギアを解除し、訓練用のジャージに戻ると、カズヤが真っ先に近くのソファーに座ってスポーツドリンクを飲み出すので、調と二人でカズヤを挟むように座ります。

次の瞬間、強化ガラス越しに爆音が響いてきて、空気が震える。

七人で乱戦でも始めたのか、手当たり次第に攻撃し出したマリア達。

 

「あいつら、いっつもバトルロイヤルしてんな」

 

のんびりしたカズヤの声とは対照的に、視線の先では激しい戦いが繰り広げられています。

でも、なんかやけに未来さんに攻撃が集中してる気がするのは気のせいなんデスかね?

 

「......こんのぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

あ、やっぱり未来さんもそう思ってたみたいで、怒りの声を上げて全方位に目掛けて反撃開始。トレーニングルーム内が光で満たされ、一拍置いてから大爆発が起きたデス。

それにしてもトレーニングルームの壁と床と天井と強化ガラスは相変わらず頑丈デスね。中であれだけ暴れても外には全然被害が出ません。

その理由は、実は内装を一度カズヤが分解、再構成したから。とてつもなく頑丈にできているので、ちょっとやそっとじゃビクともしない造りになってます。

まあ、絶唱とかS2CAとかだと流石に無傷とはいかないデスけど、それでも罅一つ入れるのにかなり苦労するようになってるとか。

 

「がっ!!」

 

と思ってたら、奏さんに吹っ飛ばされたセレナが目の前の強化ガラスに叩きつけられて、クモの巣状に大きな罅が入りました。

 

「......よくもやりましたね、お返しです! イグナイトモジュール、抜剣!!」

 

ダメージなんて気にした風もないセレナがそのまま奏さんに飛び掛かっていくデス。

......訂正。罅、結構簡単に入るみたいデス。私と調以外は、という注釈付きになりますが。

というか、思い出してみると、私も調も揃って壁ビターンした時、壁が粉砕してましたね。

でも、やられてそうなったことはあっても、自分でやったことは一度もないのがちょっと、いや、かなり悔しい。

私は今しがたできた強化ガラスの罅を見ていると、前々から燻っていたモヤモヤが胸の中で渦巻くのを感じながら、隣のカズヤに質問しました。

 

「カズヤ......私は、皆の役に立ってるデスか?」

 

唐突な問いに目をパチクリさせきょとんとしている顔を見ながら、私は更に言ったデス。

 

「私だけ、あんまり役に立ってない気がするデス。適合係数も模擬戦もいっつも調と一緒でビリッけつ。大した活躍もできてなくて。だけど調にはフィーネの魂が宿ってるから、他のことで皆の役に立ってます。でも、私にはないデス、他に何にもないデス......」

「......切ちゃん」

「切歌、お前──」

「私は、もっと皆の役に立ちたいデス......もっと強くなりたいデス......だから、たまに未来さんに嫉妬してしまうデスよ。アルター能力に目覚めたらノイズもアルカ・ノイズも一瞬で殲滅できるようになって、誰よりも強くなった未来さんに......私にもアルター能力があれば、そう思ってしまう時があるデス」

 

今まで調にすら話すこともできず、ずっと思っていたことを吐露すれば、カズヤは困ったような表情になってしまいました。

その隣に座る調は、聞かされた内容に少なからずショックを受けたような顔になっちゃったデス。

......二人を困らせるつもりは、なかったのに。

バカで迂闊な自分にうんざりしながら、私は無理に笑顔を作って誤魔化すように口を開く。

 

「アハハハハ、無い物ねだりなんて情けないデスね! 私らしくなかったデスよ!」

「......」

「......」

「ただの愚痴、愚痴デスよ! ちょっと甘えたかっただけデス、だからそんな深刻そうな顔しないで欲しいデス!」

 

私がそう言うと、

 

「フィーネのことを抜けば、私も切ちゃんと同じ。だって私はフィーネに体を貸してるだけだよ? 私自身は何もしてないし、できない。それに戦いでも全く役に立ててない。だから切ちゃんの気持ち、私も分かる」

 

カズヤ越しに調が訴えてきました。

 

「調......」

「お前もかよ」

「私だってもっと強くなりたい。皆に頼られたい。守られてるだけなんて嫌だよ。役に立たないお子様なんて卒業したい」

 

間にカズヤが座っているのに構わず、カズヤの胸の前で私と調は思わず互いに向かって両手を伸ばす。

指と指を絡ませるように手を繋ぐ。

 

「......ちょ、お前ら──」

「切ちゃんと私は一緒。だから一人で悩まないで。愚痴くらい、いくらでも聞くから」

「黙ってて、ごめんなさい、デス。そうデスね、調にだけは伝えておくべきでしたね。でも、調も何かあるなら言って欲しかったデスよ」

「ならこれでお相子にしよ」

「そうするデス!」

 

作り笑いが漸く本物に変わったところで、

 

「俺邪魔だからどっか消えるわ」

 

と、カズヤが空気読めてないことを言いました。

 

「カズヤはここにいて!」

「カズヤにも聞いて欲しいデス!」

「なんでだぁぁぁぁ!?」

 

二人して肩を掴んで逃がさないようにすると、カズヤが喚き出したデス。

 

「お前ら今なんか完結してたじゃん? 一人で悩まないで二人で愚痴言ったり聞いたりしようって話だったじゃん? 俺要る?」

「根本的な解決になってないでしょ」

「今のやり取りは前振りデス! 本番はこっからデス!」

「前振りって自分で言うなや!」

 

大きな声で叫んでから、カズヤは脱力したように体重をソファーに預けてだらしなく四肢を投げ出す。

 

「俺にどーしろって? 最初に言っておくがアルター能力が欲しいとかなら無理だかんな。"向こう側の世界"への扉を開くのってアホみてーに大変だし、そもそも未来みてーに"向こう側"を垣間見たとしてもアルターに目覚める保証なんてねーし、よしんば"向こう側"を見てアルターを手にしてもこっちに無事帰ってこれる保証なんてねーし、帰ってこれても手にしたアルターが戦闘向きだっつー保証もねー」

 

投げ槍な口調ではっきりと宣言するカズヤ。

そんな態度に私と調は、ヒマワリの種をたくさん頬袋に詰めたハムスターみたいに頬を膨らませ、腕を掴んで左右から全力で引っ張ります。

 

「なんとかして!」

「そうデス! それにもっと真剣に考えて欲しいデスよ!!」

「いつも訓練付き合ってんだろ!? それに同調訓練はいつもお前ら優先的にやってんだろが!」

「パパッと強くなりたい!」

「そうデス、パパッと強くなる方法はないんデスか!?」

「無い物ねだりしないってのは何処行ったんだよ!!」

 

暫く三人でギャーギャー騒ぎますが解決の糸口は見えません。

私と調はとりあえずカズヤの腕を放し、不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

「要するに、お前ら二人は明確な功績なり実績なりが欲しいんだろ? マリアとセレナみてーな、オートスコアラー撃破とか」

 

観念したように紡がれた言葉に、明後日の方向から改めてカズヤに向き直り、我が意を得たりといった感じで調と一緒にコクコクと頷く。

すると、カズヤは盛大に溜め息を吐いてから、勢い良く立ち上がってくるりと半回転し、私と調の頭の上にポンッと手を置きます。

 

「だったら、次にあの人形共が出たら二人でスクラップにしてみせろ」

「二人で、デスか?」

「ああ」

「やれるかな......?」

 

不安を内包した調をカズヤは叱咤激励。

 

「やれるかどうかじゃねぇ、やるんだよ! それともこのままでいいのか? 諦める方向に行くのか? それじゃあちっとも前に進まねぇぞ! そんなの嫌だろ!?」

「このままなんて嫌デス!!」

「前に進むのを諦めたくない!!」

 

咄嗟に二人で叫ぶように返事をすれば、にぃぃ、とカズヤはとてつもなく悪いことを思いついた極悪人のように唇を三日月の形に歪め、更にこう述べたデス。

 

「切歌も調も役立たずでもなければ足手まといなんかじゃねー、っていくら俺や他の連中が言っても納得できねーのは目を見れゃ分かる。誰かの口じゃなく、自分自身の力でそれを証明したいって顔に書いてある......ならやってみせろよ」

 

それから悪人面を引っ込めて、いつもの無邪気な子どものような──マリア達が大好きな笑顔を浮かべると、

 

「世の中にはなぁ、『しょうがねー』、『運が悪かった』、『自分にはできない』、『明日やればいい』、そんなことを言ってる連中がごまんといるが、お前らは違うだろ? お前らは違うって俺は信じてる。だから証明してみせろ。『自分は違う、絶対違ってやる!』ってな。その為のお膳立てなら俺ができる限りやってやる......ま、ないとは思うが、もし尻拭いが必要になっちまったらケツは俺が持ってやるから安心しろ」

 

自信満々に、はっきりとそう言ってくれました。

次に真剣な表情と眼差しになって低い声を出します。

 

「いいか? 目の前に突破しなきゃならねー分厚い壁があるとする」

「突破しなきゃいけない......」

「......壁、デスか」

「俺なら迷わず力ずくで突破する、迷わずにな。だからお前らも『こう』と決めたら迷うなよ。迷ったらその迷いが他者に伝染する。迷わずに、どんな手段を使ってでも前に進め。壁はぶん殴って壊してもいいし、登って乗り越えてもいい、自分なりの方法でやれ。だけど諦める方向へは行くな。一度諦めちまったら、二度と前に進めないと思え......俺から言えるのはここまでだ」

 

言われた内容を噛み締めるようにして頷くと、カズヤは嬉しそうに微笑む。

......思い返してみれば、マリアやセレナ、他の皆から子ども扱いされることはあっても、カズヤから子ども扱いを受けたことは一度もない気がします。

常に一人の人間として対等に扱ってくれる。

今回のことだってマリア達だったら、きっとこんな風に背中を押してくれない。優しく窘めるか諭そうとするはず。二人だけじゃ危ないから、心配させないで、無茶しないで、って。

でもカズヤは──

 

「つーことで、ちょっくら弦十郎のおっさんに話つけてくらぁっ」

 

そう言い残すと、ゆっくりとした足取りで立ち去っていく。

ドアが閉まって完全に姿が見えなくなるまで、私と調は無言のまま、その大きくて頼もしい背中をじっと見つめていました。

 

「......」

「......」

 

なんだか凄いやる気が出てきたデス。

こう、胸の中で不完全燃焼って感じで燻ってたものに、まるでガソリンを大量に投下してメラメラと激しく燃え上がらせたかのようで、とってもとっても熱い気持ちになれました。

体は疲れてるはずなのに、今すぐにでも暴れたい気分。

 

「......切ちゃん」

「調......」

 

どちらかともなく名前を呼んで向かい合うと、

 

「二人で頑張ろう。壁を突破しよう」

「二人でならどんな壁でも斬り開いてやるデス!」

 

互いに気合いを入れて握った拳を突き出し、コツンと打ち合わせたのデス。

刹那、まるでタイミングを見計らったかのようにトレーニングルーム内で大爆発が発生して、私と調はビックリ仰天して体を震わせました。

 

「なんだか最後は漁夫の利っぽかったけど、勝ったからヨシッ! 今日は私が一番よ!!」

 

最早罅だらけで触れれば砕け散りそうな強化ガラスの中を覗けば、死屍累々の中心でアームドギアの槍──刀身が半ばから消失している──を高く掲げて勝鬨を上げるマリアの姿があるデス。

 

「お、終わったみたいだね」

「マリア以外皆目を回してるデスよ」

 

誰も彼もがプロテクターはズタボロ、インナーはあっちこっち裂けてて、おまけに全体的に煤だらけで、体の所々から黒い煙を上げて燻ってる様子は戦闘の激しさを物語っていて。

倒れ伏している他の皆を捨て置いてトレーニングルームから出てくると、ボロボロのシンフォギアを纏った姿なのにマリアは上機嫌なニコニコ笑顔で「あら? カズヤは~?」と聞いてきます。

近寄られるとかなり焦げ臭いんデスけど。

 

「カズヤなら司令の所」

「少し相談したいことができたって言ってたデス」

「相談したいこと? 何かしら?」

「「さあ?」」

 

本当は知ってる、というか私達のことだけどすっとぼけました。マリアにもし知られたら反対されたり止められるのが火を見るよりも明らかなのデス。

 

「ところでマリアに教えて欲しいことがあるの」

「何かしら? 調」

 

ここで調がさりげなく話を変えようします。

 

「前から思ってたんだけど、マリアの適合係数、私と切ちゃんより伸び率が良いのはどうして?」

「あ、それ私も疑問だったデス! 私達の方が優先的に同調訓練してるのにマリアの方が伸びてます! 何か特別なことでもしてるんデスか?」

 

考えてみればおかしな話デス。以前までの──フロンティア事変前のマリアの適合係数は私達とそんなに変わりませんでした。それがカズヤと同調訓練をするようになってからは、三人共LiNKERが要らなくなるくらい伸びたデス。でも、マリアの伸び率は私達と比べてずっと高くて、LiNKERが要らなくなるまでの期間は一人だけ短かったデスから。

この問いを受け、マリアは一瞬だけピタリと固まってから、すぐに慈愛に満ちた笑みでこう答えました。

 

「愛よ」

「何故ここで愛!?」

「デス!?」

「私からカズヤへの愛、カズヤから私への愛、この二つが揃ったことで私の肉体は奇跡的なアレとかそういうなんやかんやがあって適合係数が二人よりも上がり易くなっているのよ!!」

 

早口で力説する割にはなんか凄くテキトーなこと言ってる気がするのはなんでデスかね?

調もそう感じたのか、マリアを見る目が胡散臭い人や詐欺師を見る目になってます。

 

「本当に?」

「本当よ。特別なことなんてしてないわ」

「切ちゃん、どう思う?」

「う~ん、嘘ついてるようには見えないデスねー」

「嘘なんてつかないわよ!」

 

真面目に答えたのに心外ね、と急にプリプリ怒り出したマリアはギアを解除して訓練用のジャージ姿になると、こちらに背を向け「シャワー浴びてくるから!」と告げて出ていきました。

 

「......本当にカズヤとマリアが互いに想い合ってるだけで適合係数が上がるのかな?」

「けど、本当にマリアが特別なことをしていないなら、そうなるんじゃないデスか? 実際、マリアの伸び率、私達より全然高いデス!」

「そうなんだよね......何か特別なことがあれば知りたかったんだけど」

「......デース」

 

私と調はマリアの秘密を解明することができず、ガックリと肩を落としました。

 

 

 

 

 

(あ、あ、危なかったわ......心当たりなら一つあるけど、カズヤとの、その、アレなことしかないじゃない......)

 

上手く誤魔化すことに成功したマリアは、廊下で一人胸を撫で下ろす。

 

(それにしても適合係数の伸び率を気にするなんて......って当たり前か。今まで同じくらいだったのが、私だけ伸び方が違えば何かあるんじゃないかと疑うのは当然ね。むしろ今まで口に出さなかったことに驚きよ)

 

同調によってカズヤの"向こう側"の力を宿すことは、適合係数の上昇に繋がっているのは最初から分かっていた。

しかし、彼とそういう関係ではない二人と自身を比べた結果、如実に差が出るとは当時思っていなかった。

それ故に変な勘繰りをされないように、皆がいる前では二人に優先的に同調訓練をさせていたのだが。

 

(でもまだ二人共少し怪しいと思った程度で、確信や動かぬ証拠を掴んだ訳ではなさそう......良かった)

 

シャワールームに向かいながら先程のやり取りを反芻する。

 

(それに私は別に嘘は言ってないわ。愛し合う男女ならああいう行為は当たり前のことであって、特別なことじゃないし......)

 

言い訳染みた思考、及び予防線を張っておくという言動に若干の後ろめたさを覚え、ほんのちょっとだけ自己嫌悪に陥りつつ、シャワールームに辿り着く。

 

(まあ、ルナアタック後の奏の適合係数の伸び率と私のを比較されたら、全く同じだから誤魔化し切れないんでしょうけど、それについては知らないみたいだから......とりあえず当分は大丈夫よね?)

 

安堵の溜め息をついて、マリアはジャージを脱ぎ捨てシャワーを浴びることに。

そんなことよりさっきの模擬戦の結果だ。

 

(ふふ、ふふふふ)

 

自然と口元がニヤついてしまうのを止められない。

恒例のバトルロイヤルで最後まで立っていた勝者。揉みくちゃになっている響と翼と未来をレーザービームで纏めてぶっ飛ばすという、完全に漁夫の利みたいな勝ち方だが勝ちは勝ち。

つまり久々に二人っきりの時間を過ごせる。誰にも邪魔をされずカズヤと──

 

(嗚呼! どうしよう!? この前はドライブに行ったから、今度は映画? でもカズヤの笑顔をたくさん見るなら食べ歩きとかでも良いし、動物園や水族館も捨てがたい。今から考えるだけで楽しみ!!)

 

切歌と調の疑問については既に頭の片隅に追いやり、代わりに思考をお花畑満開にさせ、ただの乙女なマリアと化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調。

 

「何? フィーネ」

 

調は、その......。

 

「? なんだか歯切れが悪いけど、どうしたの?」

 

......カズヤくんのこと、ぶっちゃけどうなの?

 

「?」

 

彼のこと、どう思ってるの?

 

「お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな、って思ってる。きっと切ちゃんも」

 

......兄、か。

 

「カズヤと一緒だと、あたたかいんだ。だって、カズヤがいてくれるだけで皆が笑顔で、楽しくて、幸せな気持ちになれる」

 

そう、ね。不思議よね。何千年も人の世を見てきたけど、なかなかいないわよ、ああいうのって。

 

「今日だって、私と切ちゃんを励ましてくれた。お陰で、今の私と切ちゃんなら誰が相手でも負ける気がしない。絶対にオートスコアラーを斬り刻んでやる......!」

 

でも、さっきのあれ、私としてはあんまり誉められたものじゃないと思うんだけど、それも含めて彼らしいのよね。

 

「まあ、カズヤは今のままで全然問題ないんだけど」

 

......待って。私としては、カズヤくんは存在そのものというか言動とかその他諸々が問題だらけで、『問題ない』って躊躇わずはっきり言い切る調のことが急に心配になってきたわ。

 

「最近、マリア達が調子乗ってるな、って感じてきて」

 

んんんん?

 

「皆、カズヤに甘え過ぎ。そう思わない?」

 

え? 今更?

 

「黙って聞いて」

 

......あ、ハイ。

 

「今日の失敗でやっと気がついた。皆カズヤに甘え過ぎだよ。調子にも乗ってる。それにもっと私と切ちゃんの為にもカズヤを融通するべき」

 

ハイ。

 

「適合係数を上げる為にも、もっと強くなる為にも、皆の役に立つ為にも、私達にはカズヤの協力が必要」

 

ハイ。

 

「だから、マリア達は自分の都合ばっかりカズヤに押し付けてないで、少しは自重して、その分私達に回すべきだと思う」

 

あの、調、いいかしら?

 

「何?」

 

......自覚ある?

 

「何の?」

 

んん? これどっちなの? 分からないわ。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない......流石の私でも判断が難しい......!!

 

「ごちゃごちゃと訳の分からないこと言ってないで聞いて!!」

 

ごめ、ごめんなさい!

 

 

 

それからフィーネは、調と二人きりの精神世界の中で、体感で一時間程度、くどくどくどくど、マリア達への不平不満や文句に付き合わされた。




カズヤの悪影響で、ヒロイン達がついに「クタバレ」とか戦闘中に言い出しました。クリスちゃんは元から口悪いからあんま変わらんけど。

猫やライオンのオスには発情期というのが基本的にないらしいです。
定期的な発情期が存在するのはメスだけで、発情期に入ったメスがそばにいることでオスの発情期が促されるとか。
つまり発情したメスがオスを発情させている......ライオンって強いオスをボスにした群れという名のハーレム作るしね。
ちなみに仲睦まじい夫婦をオシドリ夫婦って言うけど、オシドリは実は一夫多妻制みたいで、オスがメスを取っ替え引っ替えするとかなんとか。んで、オシドリ夫婦って言葉の由来である『オスとメスが離れようとしない』その実態は、オスが他のオスにメスを盗られないようにする為らしいです。
※上記についてもし違ってたらスマン。

響達もカズヤもやっぱり獣じゃないか!(確信)


・バトルロイヤルについて
勝者には、誰にも邪魔されずにカズヤを一日好きにできるという権利が賞品として無条件で手に入る女の戦い。
ルールらしいルールは特になし。自分以外は全員敵だけど、共闘ヨシッ! 裏切り上等ッ! 漁夫の利推奨! と何でもあり。とにかく最後の一人になるまで立ってればオーケー。勝てばよかろうなのだぁぁぁ! という殺伐とした空気の中でのガチンコファイトである為、回を重ねるごとに響達はどんどん腹黒く、狡猾になっていく。
なお賞品扱いである当の本人は、皆が裏でこういうルールでやってることを知らない。
また、直近でカズヤとイチャコラしてた奴が集中狙いされ真っ先に潰される模様。

・響
爆発力と突進力ならトップ。近距離パワー型。相手の懐に入り込む──超接近戦だと手がつけられない。一発一発はカズヤに劣るが、それを補う高速連打で相手を圧倒する。
ボディブローが当たる至近距離=響の間合い=ボディブロー、アッパーカット、フックの連打=相手の負けが確定。
弱点は遠距離攻撃や飛び道具が乏しく、誰かを殴ってたらそいつ諸共ぶっ飛ばされて脱落する可能性がちょっと高いこと。
でもアホみたいに調子良いと稀に秒殺で六人抜きとかやっちゃうので侮れない子。

「懐にさえ潜り込めれば誰が相手でもぶっ倒せる!」


・翼
近距離武器による技量トップ。近距離スピード型。
動きが速く、ヒット&アウェイ戦法が得意。
普通に強いのに、影縫いで相手の隙を突いて動きを止めて背後からドスッ、と通り魔及び辻斬りみたいなことをしまくったせいで地味に皆から警戒されがち。

「我が夫との逢瀬を邪魔するなら、問答無用で斬り捨てる!」


・クリス
攻撃範囲と殲滅力トップ。遠距離パワー型。
とりあえずテキトーにバラ撒いておけば誰か一人には当たるだろと撃ちまくる。
遠距離は強いが接近戦は不得意。間合いを詰められると一気に窮地に陥ってしまう。
また、飛び道具を全て反射する未来が大の苦手。なので、未来を誰かに倒させてからそいつをぶっ飛ばすという絵に描いたような共闘、裏切り、漁夫の利が基本戦法。

あの子(未来)さえ落ちればお前らはもう用済みなんだよ! 寝んねしな!」


・奏
安定した戦闘力と対応力を持つ近距離バランス型。
誰が相手でもそれなりに戦える、苦手な相手というのがあまりいないので勝ち残り易い。
ただしマリアの万能マント、お前は絶対許さん。絶対にだ!!(実力は奏が僅かに上で一対一(サシ)ならギリギリ勝ち越してるが、バトルロイヤルの勝ち星はマリアが上の為)

「蹴散らしてやるから掛かって来な!!」


・マリア
万能マントが万能過ぎる防御寄りの近距離バランス型。
槍じゃなくてマントがアームドギア、攻防一体のマントが本体と皆からは皮肉られている。
実際マリアを攻略するにあたりマントを何とかしないと話にならない。
そしてマリアが勝ち残った時で、マントに頼らなかった時はない。
故に、最近ではマントの防御力をぶち抜く高火力を皆が一斉にぶっぱしてきて押し潰されること多々あり。

「姉より勝る妹などいない!!」


・セレナ
遠、中、近距離全てに対応可能な防御寄りのオールラウンダー。
得意の防御で攻撃を凌いで耐え抜き、周囲が潰し合ってくれるのを待ってると勝ってた、ということが多い。
そのせいで考え方が一番狡猾になってしまった。
なお、マリアに対して異常に対抗意識が強いので、その点の煽り耐性がないに等しい。

「皆さん、あまり粘らずさっさと倒れてください。あとマリア姉さんは調子に乗らないでください(半ギレ)」


・未来
なんで皆私ばっかり集中狙いするの!? とばかりに狙われる最凶の人。
その強さ、模擬戦ならカズヤより上という時点で語る必要なし。凶悪な強さだけどさりげなく遠距離バランス型。
でも実は、カズヤより攻撃力が低い代わりに手数が圧倒的に多く、至近距離を高速で動き回る響と翼が苦手。
その実力故に集中狙いされることが多いので、あんまり勝率は良くない......悪くもないけど。

「皆纏めて返り討ちにしてあげる!!」





なおデートは朝帰りが仕様。


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壁を突破する為に

やっと、やっと投稿できた......!


時刻は夕暮れ時。頑張り過ぎなくらいに熱と光を地表に向けて注いでいた太陽が、漸くお休みに入る時間帯。

しかしながら都会というのは何処もかしくもアスファルトとコンクリートで舗装されている為、夕方になって日差しが若干弱くなっても、夏は常にヒートアイランド現象が発生し、昼間のうだるような蒸し暑さはなかなか収まらない。

そんな中を、学生服の切歌と調は暑さにひいひい言いながらえっちらおっちら歩く。

 

「暑い」

「暑いデ~ス」

 

調がハンカチで額を拭いながら呟き、切歌がヘロヘロになりながら反応を示す。

 

「調、コンビニ、コンビニ寄るデスよ」

「そうだね、切ちゃん」

 

提案に反対する理由もない。二人はやや駆け足で近くのコンビニへ飛び込み、クーラーという文明の利器の恩恵に感謝しつつ飲み物を求めて店内を回る。

 

「水分と塩分を補給しないと」

「小腹も空いたデース」

「そういえば、麦茶と梅干しを摂れば脱水症状は防げるってテレビで言ってたっけ?」

「じゃあ麦茶と一緒に梅干しのおにぎり買うデスよ」

 

麦茶には体を冷やす効果があると同時に、ミネラルと水分補給ができる。梅干しは塩分補給だ。

目的の物をそれぞれ手に取りレジへ。

手早く会計を済ませてイートインコーナーを使わせてもらう。

暫し無言で喉を潤し小腹を満たす。

やがて十分な補給を終え、一息をついてから調がポツリと零す。

 

「......オートスコアラー、出てこないね」

「昨日の今日デスからねー......」

 

椅子の背もたれに体重を預けて調は脱力し、切歌はテーブルに突っ伏した。

昨日、カズヤから発破を掛けられ意気込んだはいいが、肝心のオートスコアラーが現れない。

放課後になり学院を飛び出し、本部にも行かず制服姿のままこれまで数時間、闇雲に街を練り歩いたが、成果は全くと言っていいほど芳しくない。

街の地下で何か怪しい動きをしていたのだから、恐らく次も街の何処かで傍迷惑なことをやらかすはず。ならば海中や港付近に停泊することになる潜水艦のS.O.N.G本部にいるよりも、街中ですぐに急行できるように待ち構える。そして誰よりも早くオートスコアラーを捕捉し撃破。そう考えていたのだが、当てが外れたのだろうか。

 

「そういえば他の皆はどうしてるデスか?」

「昨日と一緒でカズヤと学生組以外は本部待機のはずだよ」

「じゃあカズヤと響さん達は?」

「聞いてみようか」

 

調は通信機を取り出し、まずカズヤにコール。

 

『調か? どうした?』

 

のんびりとした口調でカズヤが応対した。

 

「今、何処で何してるの? 私と切ちゃんはコンビニで休んでるんだけど」

『俺か? 駅から歩いて十分くらいのとこにある、最近できたスイーツの店にいる。ちなみに響達三人も一緒だ。ついでに言えばスイーツ食べ放題を開始してからもうすぐ二時間経つ』

「......何それズルい」

「スイーツ食べ放題デスか!? あたし達はついさっきまで街の中を歩き回って探索してたのに、コンビニで麦茶と梅干し味のおにぎりなのに、そっちはスイーツ食べ放題!? しかも二時間近くも!? 何なんデスかこの格差は!!」

 

返答を聞いて柳眉を逆立てる調と、通信機に噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る切歌。

 

『何だ? お前らこのクソ暑い中人形求めてさ迷ってたのか? バカだなー』

『ご苦労なこったな』

『元気だねー』

『大丈夫? 熱中症には気をつけてね』

 

呆れたようなカズヤとクリスの声、暢気な響の声、若干気遣う感じの未来の声が通信越しに聞こえてくる。

はっきり言ってこんなに怒りが沸いたのは初めてかもしれない。

炎天下の中、涼しい店内でスイーツ食べ放題に舌鼓を打ちつつ待機する。賢い、なんて賢いんだあの四人は!!

しかしだからこそ解せない。何故、自分達を誘わなかったのか、と。

乙女にとってスイーツとは切っても切り離せない関係だというのに!!

 

「切ちゃん、今なら模擬戦でこの四人相手でも勝てる気がする」

「あたしも同感デース......!!」

 

不穏な雰囲気を纏い始めた二人。そこにカズヤの笑い声が鼓膜を叩く。

 

『ま、そっちはそっちで好きに動いとけ。とりあえず俺は三人を共犯者に仕立てあげたからよ』

 

共犯者という内容から察するに、響達三人はカズヤの話に乗ったようだ。もしかしたら、スイーツ食べ放題がその代価なのかもしれない。

調の体に宿るフィーネの魂が溜め息混じりに言う。

 

『普段はテキトーがモットーで面倒臭がりなチャランポランの癖に、そういう根回しはしっかりするのよね、彼って......カ・ディンギルをパーにされた時もそうだったみたいだし』

 

フィーネの述懐については、後で詳しく聞いておこうと調は心のメモに書き留める。

 

「あたし達もスイーツ食べ放題行きたいデース!」

『人形共を倒したら、スイーツでも回らない寿司でも、いくらでも奢ってやるって』

「言ったねカズヤ、約束だから」

「嘘ついたらイガリマの刃を呑ませるデス!」

「シュルシャガナの鋸も追加で」

『ハハッ、お前らの活躍に期待してる』

 

こうして通信が切れると、二人はおもむろに立ち上がりコンビニ内のスイーツコーナーに足を向け、

 

「とにかく糖分、甘いものを摂取して英気を養うのデス!!」

「絶対に負けられない戦いが、私達を待ってる!!」

 

両手いっぱいにプリンやケーキを抱えてレジへと急いだ。

 

 

 

 

 

【壁を突破する為に】

 

 

 

 

 

「共犯者ねぇ......」

 

意味深な流し目を隣の席のカズヤに送りつつニヤニヤと笑うクリスに、彼はアイスコーヒーを飲み干してから問う。

 

「何だよ?」

「いや~、なかなかお前らしいことを考えるなと思って」

 

甘いものを奢ってもらったことを除いても上機嫌なクリス。

 

「話聞いて、なんかお前と一対一(サシ)でやり合った時のこと思い出してよ」

 

懐かしそうに目を細め、

 

「当時はカズヤをあたしのもんにする、ってのを抜きにしても、フィーネに捨てられたくない、自分の価値を証明したい、あたしはフィーネの役に立つんだ、って思って戦ってた。だから、皆の為に強くなりたいっていうあいつらの気持ち、分からんでもねぇんだ」

 

柔らかい笑みを浮かべ、隣に座るカズヤにもたれかかった。

クリスの向かいで両手を頬に当て、頬杖を突く未来が同意するようにウンウン頷く。

 

「分かるなぁ。私は今まで皆の帰りを待つばっかりだったから、待つこと以外にも何かできることはないかなとか、私にも力があれば隣で一緒に戦えるのに、って考えたことは一度や二度じゃないし。二人の気持ちは凄い分かるよ」

「......未来」

 

実感の込められたその言葉に、響は隣の未来を見つめてから切なげに名を呼ぶ。

それから響は首から下げた待機中のギア──ペンダントを優しく握り、瞼を閉じる。

 

「この力は、困ってる誰かを助ける為の力。だけど、その力が足りなかったら、強くなりたいって思うのは当然で......だから私はあの時師匠に弟子入りして、戦い方を教えてもらって、少しでもカズヤさんの力になりたかった」

 

瞼をゆっくり開き、照れ臭そうに微笑んだ。

 

「...お前ら...」

 

そんな三人の言葉を耳にして、ふっ、と全身から力を抜き、カズヤは口にした。

 

「シリアスな空気醸し出してるつもりなんだろうが、テーブルの上の大量の皿が全部台無しにしてんだよ!!」

 

カズヤの叫びは、幸いなことに店内が騒がしいので特に誰も気に留めない。店内は響達と同年代の女子高生や大学生、近所の奥様方などがほとんどを占め、誰もがワーキャーと楽しそうにスイーツとお喋りに興じていた。

男性客はカズヤ一人という状況。女性専用のスイーツ店ではないのだが、男性であれば二の足を踏むような空気や客層の店であることには違いない。

で、指摘した通り、四人の眼前のテーブルにはチョモランマの如く聳え立つ、幾十にも重なった皿の山が存在している。

全て女子三人があれも食べたいこれも食べたいと片っ端から集めてきて、猛烈な勢いで平らげた跡だった。

なお、大食漢のカズヤは意外と思われるかもしれないがケーキなどを数個食べた程度でギブアップだ。流石にいくら甘いものが好きな男性でも、女子のように際限なく食べられる訳ではない。これ以上甘いものを食べたら胸焼けしそうな予感がある。

 

「おかしいぜ、何だこれ? 毎度のことだがスイーツならお前らは普段の響よりも食えるのか? それとも俺の奢りだからか? 食べ放題だからか? 向かいの席の未来と響の顔、俺からは全く見えてねぇんだけど!」

「夢中で食べてたらお皿なんて下げる暇ありませんよ。ていうか、私と響もお皿があるせいでカズヤさんの顔が見えないのは嫌なので早く下げてください」

「いやいやいやいや、食ったら下げろや自分の皿くらい!!」

 

なんて言い草だこの女......!

皿のチョモランマの向こうから聞こえる未来の自分勝手な物言いにカズヤは思わず声を荒げた。

その時、

 

「アップルパイ、焼き上がりました~」

 

店内にマイクを用いた店員さんのアナウンスが響いた瞬間、ガバッと立ち上がる響と未来とクリスの三人に、カズヤはまたかと呆れる。

 

「この瞬間を待っていたんだ! 未来、クリスちゃん、行こ!」

「ヒャッハー、アップルパイだぁぁ!」

「楽しみ~」

 

そう言い残すと、三人はウッキウキとスキップしながらアップルパイを求めて席を離れていく。

 

「......畜生、分かってたけど甘いもんの大食いで勝てた試しがねーな。ラーメンとかなら響より俺の方がたくさん食えるのに......クソ、アップルパイ食ってる様子を撮りまくって暫くスマホの壁紙にしてやる!」

 

悔しい......!! でも、響達が幸せそうに甘いものを頬張ってる姿を見るのが好きだから、なんでも奢っちゃうし体が勝手に皿の後片付けもしちゃう!!

謎の敗北感に打ちひしがれながら、よく分からない負け惜しみ染みたことを吐き捨てつつ、彼は楽しそうにテーブルの上の皿の山を片付け始めた。

 

 

 

 

 

英気を養い、体力的にも精神的にも充実した状態で切歌と調はコンビニを出る。

蒸し暑さは相変わらずだが、日差しはかなり弱まったというか、もうすぐ完全に日が沈むようだ。

 

「大分暗くなってきたデース」

「うん。今日はもう帰ろうか?」

 

街灯が点き始めた道を歩きつつ切歌が空を見上げれば、調がスマホの時間を確認してから問い掛けた。

 

「くっ、このままオートスコアラーが出なかったら何の為にさっきコンビニで散財したデスか!?」

「お小遣い、たくさん使っちゃった」

 

ガッデム! と拳を握って嘆く切歌と、少なくなった電子マネーの残高に眉根を寄せる調。

ちなみに二人はお小遣い制。S.O.N.Gのシンフォギア装者として、そんじょそこらのサラリーマンなど束になっても太刀打ちできない額の給料を振り込まれているが、大金を手にしたことで金銭感覚がぶっ壊れるのを恐れた保護者──当然ながらマリアとセレナの二人──が必要最低限の金額しか使えないようにしているのだ。

 

「うぅ~、響さん達ズルいデスよ。スイーツ食べ放題ぃ~」

「カズヤに奢ってもらってばっかりだとマリアとセレナが怒るから、私達はあんまり頼れないのに......」

 

ぶつぶつ文句を垂らしながらちんたら歩き、神社のそばを通り過ぎたところで、

 

 

「きゃあああああああ!?」

 

 

絹を裂くような女性の悲鳴と共に、爆音が轟いた。

何事かと振り返れば、神社にて紅蓮の炎が荒れ狂っているのが映る。

空から降り注ぐ赤い水晶のようなものが、地面や境内の木に着弾し、閃光を伴う爆発が生まれ、辺り一面を火の海に変えていく。

たまたま運悪くこの場に居合わせていた一般人達が蜘蛛の子散らすように逃げ惑うその様子を、爆炎と黒煙に蹂躙された境内の鳥居の上で、人の形をした人ならざるものが嘲笑い、佇んでいた。

オートスコアラーのミカ。

 

「切ちゃん、カモネギ」

「飛び入る火を自ら用意するとは殊勝な虫デス!」

 

まるで戦う直前のカズヤの如く、唇を吊り上げ漸く獲物を見つけた獣のような獰猛な笑みを見せながら、二人はギアペンダントを手にして聖詠を歌う。

 

「Zeios Igalima raizen tron」

「Various Shul Shagana tron」

 

それぞれ翠と桃の光を放ち、シンフォギアを纏いアームドギアを振りかざし、戦闘態勢に移行。

まず調が大量の丸鋸を射出するが、対するミカは鳥居の上から動かず、手にした赤く長大な水晶を手首ごと高速回転させ全て弾き飛ばす。

続いて切歌が飛び掛かり真っ二つにせんと鎌を振り下ろす。

 

「斬り裂いてやるデスよ!!」

「たったこれっぽっちで生意気だゾ!!」

 

迫りくる鎌を見据え、ミカは野球のバッターのように構えて両手で握った水晶をぶん回した。

翠刃の鎌と赤い棒状の水晶がぶつかり合い、甲高い音を響かせて、

 

「うああああああっ!!」

 

力負けした切歌が吹き飛ばされる。地面に叩き落とされるものの、顎を引いて受け身を取り、一度背中でバウンドしてから勢いを利用して後方宙返りするように体勢を整え、ズザザザーッと踵でブレーキを掛けしっかり二本の足で立つ。

 

「平気? 切ちゃん」

 

ギラギラした眼光を放ちながら視線をミカから離さず、調がヨーヨーの形をしたアームドギアを構えて切歌の隣に並ぶ。

 

「まだまだデス」

 

頭上で高く掲げた鎌を数回ほど回転させてから改めて構え直し、刃よりも鋭い目でミカを睨む切歌が調に応える。

 

「昨日は任務があったけど、今日のミカはやる気満々だゾ!」

 

叫ぶや否や、ミカは全身から金の光を迸らせた。"向こう側"の力を使うつもりだ。

 

「上等デス...!」

「今、私達の前には絶対に突破しなきゃいけない壁がある...!」

 

二人は最大限警戒しながら覚悟を決める。

このオートスコアラーを二人だけで倒す。

証明してやるのだ。

自分達は足手まといのお子様ではないということを。

皆の役に立つということを。

皆と一緒に、隣で戦うに値する力があるということを。

必ず!!

 

「やるデスよ、調!!」

「うん、やろう切ちゃん!!」

 

そして二人は同時にミカへと飛び掛かった。

 

 

 

 

 

『敵襲ぅぅぅぅぅぅぅっ!!』

 

突然、本部の面々の鼓膜をぶち破らんばかりの大声が轟く。

カズヤから緊急回線を用いた通信だ。

その際、タイミング悪くあおいが「冷たいもの、どうぞ」とアイスコーヒーを皆に振る舞っており、たまたまそれをゴクゴクと飲んでいた奏、翼、マリア、セレナ、弦十郎、朔也といった面々は、通信越しのカズヤの大声を突然耳にして盛大に吹き出した。

 

『人形共が"向こう側"の力を使ってやがる! 残り三体のどれだか知らねぇが、とりあえず感じ取れたのは一体分! そいつ相手に切歌と調が戦闘中だ!!』

 

続いて、本部内のアラートがけたたましく鳴り響き、オペレーターのあおいと朔也が、眉を顰めながら己の仕事を全うするべく素早く動く。

 

「カズヤくんの言う通り高レベルのアルター値とアウフヴァッヘン波形を、イガリマとシュルシャガナを検知しました!」

「位置特定します......反応は三つ共に同じポイントです!」

 

敵側が利用している"向こう側"の力は、元々カズヤから奪い取ったもの。そして現存のギアは全て彼の右目と繋がっている。"向こう側"の力とアウフヴァッヘン波形に関しては生きた感知機と化しているカズヤの感覚は、本部の機器よりも精度が高いようだ。

やがて街に設置された監視カメラに接続され、メインモニターに戦闘中の切歌と調の姿が映し出される。

 

「切歌、調!」

「っ!」

 

マリアが思わず悲鳴染みた声を上げ、セレナが身を乗り出す。

激しく攻め立てる二人と、それを余裕であしらうミカ。

 

「カズヤ、すぐに二人の所へ!」

『悪いがすぐってのは無理だな。こっちはアルカ・ノイズ......だけじゃねぇ、ファラとレイアまで出やがった。こっちも戦闘開始だ!』

「何ですって!?」

 

切羽詰まった表情のマリアに対し事態は甘くなかった。

彼の言葉を裏付けするように、再度アラートが鳴る。アルカ・ノイズの反応を捉えた証だ。

 

「なら私達が!」

「行きましょう、マリア姉さ──」

 

 

ドンッ!!

 

 

弦十郎の指示を待たず駆け出そうとする姉妹を阻害するように、潜水艦を襲う衝撃。

本部は大きく揺れて、誰もが咄嗟に近くのものにしがみつく。

 

「......一体何が、ってあれは!?」

「海底に巨大な人影、だと......!」

「あの巨大人形は、カズヤと小日向が倒したのではなかったのか?」

 

顔を上げた奏がモニターを目にして瞠目し、弦十郎が渋面を作り、翼が歯噛みする。

両腕を失った巨大な人形。それが潜水艦に体当たりをしてきたのだ。

再び潜水艦に衝撃が走る。

更にアラートが鳴り、朔也が血相を変えた。

 

「装者用ミサイルの射出口に故障発生! 浸水しています!」

「ダメージコントロールだ、急げ! それからこの場を緊急離脱! 死ぬ気で振り切れ!」

 

いくら弦十郎や装者でも海中では分が悪いどころか戦いにすらならない。敵の巨大人形から逃げる、せめて迎撃が可能となる海上まで振り切る必要があった。

 

「風鳴司令、二人への応援は!?」

「お願いします、行かせてください!」

「マリアくんとセレナくんの気持ちは分かるが今は無理だ!」

「「そんな!!」」

 

焦りに焦って絶叫するイヴ姉妹。

奏と翼も姉妹同様に今すぐ皆の下に駆けつけたいが、現状がそれを許さないことを冷静に理解している為、ただただ悔しそうな顔で黙するのみ。

そこへ──

 

『落ち着けよ......マリア、セレナ』

 

聞こえてくるのはカズヤの声だ。声自体はそれほど大きくないのに、やけに響いて耳に残る。そんな印象を与える静かな声だった。

 

『こっちを片付けたら俺が行く。それまであの二人なら余裕で持つさ。もしかしたら、俺が着く頃には人形を倒してるかもしんねー』

 

何を根拠に? 悠長なことを! そう考えてしまうが、それを口にする前に彼がこう言った。

 

『あいつらは、お前らから見たらまだまだ子どもだよ。可愛い妹分で、何かと心配でしょうがねー、ってのは分かるさ。けどな、あいつらにはあいつらなりの意地ってのがあって、現実をちゃんと真っ正面から受け止めながら前に進んでる。だから、あいつらの力を信じてやろうぜ』

 

そこで一旦区切り、

 

『それにな、確かにあいつらは大人じゃねーけど、俺達が思ってるほど子どもでもねーぞ』

 

そう告げた彼の口調には、絶大なる信頼が込められていた。

 

 

 

 

 

二対一、という数的な有利を得ていても、両者の間に圧倒的な差が存在していたら、そんな有利など有利にはなり得ない。

鎌と鋸の刃は赤い水晶にことごとく弾かれてしまう。

力任せに叩きつけても押し切れず、逆に力負けして吹き飛ばされた。

連携を駆使して隙を見つけ、そこを狙っても容易く防がれる。

火炎放射が吹き荒れ、赤い水晶が雨霰と降り注ごうと怯むことなく前に出た。

そして反撃を食らい、何度も倒される。倒される度に立ち上がった。

もし仮に敵が"向こう側"の力を使っていなかったとしたら、もっと善戦できていたのだろうか。

そんな if が頭を過るのは一瞬だけ。今は意味のない『もしも』に縋りつくのをやめ、勝つことだけを考える。

ひたすらに敵を斬り刻むことだけを考え、突っ込む。

しかし、現時点では力の差が埋まることもなければ覆ることもない。

 

「あう!」

「切ちゃん!」

 

赤い水晶で横薙ぎに殴り飛ばされた切歌の体を、調がなんとか受け止めて、鳥居に叩きつけられるのを阻止。

二人は既にボロボロで、肩で大きく息をしていた。

 

「二人掛かりでこれっぽっち? ジャリん子共には失望したゾ」

 

肩に赤い水晶を担ぎ、心底うんざりしたかのようなミカの態度。

 

「だってさ、切ちゃん」

「まー、そうデスよね」

 

対する二人はその態度に怒ることもなければ悔しがる素振りもない。何処か余裕を漂わせる雰囲気を纏い、不敵に笑うのみ。

 

「ン~?」

 

訝しむミカを捨て置いて、二人は諦めたように溜め息を吐く。

 

「流石に無理だったね。()()()()()()()()()

「二人のユニゾンならワンチャン、って考えがやっぱり甘かったデス。勝ったら後でマリア達にドヤ顔してやろうと思ってたのに......」

 

この発言にミカは顔を歪め、怒りを滲ませる。

 

「まさか、オートスコアラー最強のミカに、"向こう側"の力で強化されたミカに、イグナイトを使わずに勝つつもりだったとか、舐め過ぎにもほどがあるゾ!!」

「だから、ここからは私達の全てを懸ける」

「刮目して見るがいいのデス!」

 

調が差し伸べた右手を切歌が左手で握る。

 

「怖くないデスか? 調」

「切ちゃんがいてくれるから大丈夫」

「あたしもデス。むしろ燃えてきたデスよ!」

「ふふ、私も」

 

互いに顔を見合わせて微笑んでから前へと向き直り、繋いでいない手で己の首元──ペンダントを掴み取り、イグナイトを起動させた。

 

「「イグナイトモジュール、抜剣(デス)!」」

 

《Dainsleif》

 

電子音声と同時に空中へ放り投げられたペンダントが光の剣を形成し、それぞれが二人の胸の中心に突き刺さる。

一瞬、苦悶の表情を浮かべる二人ではあるが、すぐに歯を食い縛り、自分達を鼓舞するように言葉を紡ぐ。

 

「......カズヤが私達ならできるって、自信を持って言ってくれた」

「だから、できるはずなんデス!」

 

全身を覆い尽くす闇──魔剣の呪いが体だけに留まらず心を蝕んでいく。

筆舌し難い不快感が襲ってくる。あらゆる負の感情が増幅され、胸の中で爆発した。

未熟な自分達への自己嫌悪、自分達よりも実力が上である他の装者への嫉妬、子ども扱いされてしまうことへの悔しさと無力感。

しかしそれに負けるものかと、負の感情も自分の一部だから受け入れるんだと腹に力を込める。奏がビーチで言ってくれたことを思い出す。

大切な人達を、大好きな人達の顔を思い出せ。

家族同然のマリアとセレナ、カズヤ、響、未来、奏、翼、クリス、S.O.N.Gの皆......そして、ナスターシャ。

 

 

──ドクンッ。

 

 

心臓が跳ねる。

鼓動が高鳴り、体が熱くなる。胸の奥から言葉では表せない衝動が沸き上がった。

その衝動に突き動かされるままに、二人は歌う。

 

 

「「Gatrandis babel ziggurat edenal」」

 

 

イグナイトモジュールが未だに完全稼働していない段階で、二人は何ら躊躇うことなく絶唱を口にする。

二人がやり始めたことは前代未聞だ。制御できなければ暴走の危険を孕んでいるイグナイト。それを制御下に置く前段階で絶唱を歌うなど正気の沙汰ではない。

 

 

「「Emustolronzen fine el baral zizzl」」

 

 

だが二人は成功すると信じて疑わなかった。

今自分達が身に纏っている力は、シンフォギアにしてカズヤのシェルブリット。

"魔剣ダインスレイフ"の欠片すら、彼が分解と再構成を経た代物。

全て、自分達に対して思う存分やってみろと言ってくれた男の力の一部。

だったら思う存分やってやる!!

彼の、この力は、必ず自分達の期待に応えてくれるはず。

心からそう信じている。

 

 

「「Gatrandis babel ziggurat edenal」」

 

 

(......マムが命を懸けて救った世界を......)

(絶対に、絶対に守ってみせるデス......!!)

 

皆の役に立ちたい。その為にも強くなりたい。その想いの根源は、『世界を壊す』と宣言したキャロルの望みを必ず阻止すること。

いなくなってしまった(ナスターシャ)の想いを無駄にしない為にも......!!

 

 

「「Emustolronzen fine el zizzl」」

 

 

(だからお願いデス!!)

(力を貸して!!)

 

 

「「シェルブリットォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」」

 

 

 

 

 

現れたファラとレイアは、こちらと戦う素振りを見せたかと思えば二手に別れて遁走を開始。

しかも逃げながらアルカ・ノイズをバラ撒くという傍迷惑かつ(タチ)の悪い逃げ方だった。

それだけではない。二体が召喚するアルカ・ノイズとは別に、街の様々な場所でアルカ・ノイズが発生しているらしく、さっきから余裕のない朔也とあおいの声が通信機から聞こえてくる。

故に街は大混乱であり、逃げ惑う人々が阿鼻叫喚となる地獄絵図と化す。

カズヤ達四人はアルカ・ノイズの対処の為、それぞれがバラバラに動かざるを得ない。

とにかくアルカ・ノイズをバラ撒き続ける人形二体を早急に叩くべく、ファラをカズヤが、レイアを未来が追いかけながら召喚された瞬間にアルカ・ノイズを殲滅し、クリスと響が他の場所での殲滅を担当とした。

 

『ったく、帰宅ラッシュの街中でなんてことしやがる!!』

 

クリスが咆哮を上げ手にしたボウガン型のアームドギアから赤い矢を次々と放ち、アルカ・ノイズを片っ端から穿ち塵へと変えていく。

 

『明らかに陽動ですよこれ! 私達を切歌ちゃんと調ちゃんの所に行かせない為の!』

『未来の言う通りだと思うけど、アルカ・ノイズを放っておけないよ!』

 

レイアを追いかける未来と、クリスとは反対側で戦う響の声には不安が滲んでいた。

 

「あいつらなら大丈夫だ。だから今は目の前の敵に集中しろ!」

 

だがカズヤは焦らない。ギアと繋がった右目から二人は健在であるということが分かる。

人形は、ファラは相変わらず逃げながらアルカ・ノイズをバラ撒くだけ。最早陽動であることを隠そうともしない。ただただカズヤ達を足止めしておきたいだけ、戦うつもりなど毛頭ないというのが態度から見て取れた。

いい加減イライラしてきたカズヤはアスファルトを殴って高く跳び上がり、ファラ目掛けて上空から急降下を敢行。

右肩甲骨の回転翼が高速回転し、軸部分から銀色のエネルギーを噴出させ、凄まじい速度と勢いで突っ込む。

手首の拘束具が甲高い音と共に外れ、右腕の装甲が展開、手の甲に開いた穴に光が収束し、全身から金色の光を迸らせて拳を振りかぶる。

最後に狙いを定めたその周囲にファラ以外の存在がタイミングよくいないことを確認して、

 

「シェルブリット、ブワァァストォォォッ!!」

「っ!」

 

粉々に砕け散れ! そんな念が込められた拳は惜しくも寸前で躱されてしまうが、地面に拳が着弾した際、収束していた莫大なエネルギーが爆裂し、発生した衝撃波が至近距離のファラを巻き込み吹き飛ばす。

大きめの街路樹に激突するファラ。激突された街路樹は勢いに耐えられずへし折れて倒れ、ファラはそのまま何度もバウンドしながらアスファルトの上を転がり、一時停止していたバスに正面からぶつかって止まった。

音と衝撃に車内で運転手や乗客が何事かと騒ぎ始める。

 

(クソ、場所と時間帯のせいで車が多いし人も多い! こんな状況じゃこれ以上シェルブリットバーストは使えねぇ!)

「ぐっ......流石にもう限界ですね」

 

一般人を巻き込まないように追撃を加えようとカズヤが駆け出そうとして、

 

「う!」

 

その右目から、たらりと血涙が零れ、頬を伝って滴り落ちた。切歌と調がイグナイトを発動させたようだ。

カズヤが一瞬動きを止めた隙にファラは急いで立ち上がり、テレポートジェムを手にする。

このままではまた逃げられる。そう悟ったカズヤはそれでも諦めず、意識を集中していつでも殴りかかれるように拳を握り直す。

 

「......テメェら、マジで何が目的だ」

「私達はシンフォギア装者の歌を聴きたいだけです。その為だけにマスターによって作られたのですから」

「何?」

 

意外な返答、というか意味が分からない内容に驚く。

 

「ですから、私達オートスコアラーはアルター能力者に用はないのです。最初に言いましたよね? 目的は邪魔者の排除、と」

「ハッ! 散々俺の"向こう側"の力を使っておいて、よく言うぜ!」

「こちらとしては"吸収(アブソープション)"であなたを無力化できればそれでよかったのですが、色々と想定外なことになったのは否めません」

 

言って、ファラは背後をチラリと見やる。そこには一般人を乗せたバス。人質を取られたようで迂闊に手が出せない。

 

「イガリマとシュルシャガナにミカは敗北するでしょう。ですが、私達はマスターの命令に従い計画を遂行するのみ」

 

手の中のテレポートジェムを足下に叩きつけ、空間転移が始まる。

 

「待ちやがれ!」

「それでは失礼します。次は私が歌を聴かせてもらうと、あなたの愛しい歌女達にお伝えください」

 

そんな捨て台詞を残し、ファラは消えた。

ちっ、とカズヤは舌打ちしてから踵を返し地面を殴って跳び上がり、他のフォローに回るべく──特に切歌と調が気掛かりだ──移動を開始した。

 

 

 

 

 

まず変化が現れたのは二人で手を繋いでいた腕そのもの。

切歌の左腕は翠色の光を、調の右腕は桃色の光をそれぞれ放ち、カラーリングは異なるがカズヤのシェルブリットへと姿を変える。

続いて二つのシェルブリットは、同時に手首の拘束具が勝手に外れ、装甲が展開し、手の甲に穴が開く。

そして、全身を覆い尽くしていた闇──魔剣の呪いが手の甲の穴に吸収されていく。

やがて全ての暗黒を吸い尽くすと、シェルブリットはその装甲を漆黒へと染め上げ、()()()()()()()()()()()

腕全体を包んでいた黒い光は瞬く間に全身を侵食し、更に腕以外の部位──インナーやプロテクターを同じ黒へと彩る。

次はギアに変化が現れた。より刺々しく、より禍々しいデザインへの変貌。

仕上げとばかりに体から放たれる黒い光は大きくなり、それに比例するかの如く全身に力が漲ってきた。

 

「成功デス......!」

「うん!」

 

花咲くような切歌の笑顔に調は同様の笑みで頷き返す。

 

「ぶっつけ本番だけど、上手くいったね」

「調は時々ぶっ飛んだこと言い出すから最初はビックリしたデスよ」

 

Project IGNITE(プロジェクトイグナイト)発足当初、"ダインスレイフの欠片"をギアに組み込むと、通常のギアさえ纏えない事態について、調は魔剣とシェルブリットの相性を抜きにしてもカズヤの意思が働いていることを早々に理解していた。

呪いを拒絶し、装者を守ろうとしているのをその身に感じ取れたのは、装者で唯一Project IGNITE(プロジェクトイグナイト)に直接携わった調のみ。

また、クリスが単独でシェルブリットを発動させたことから、装者の感情に呼応している節があることは分かっていた。

更には、イグナイトを発動させた際に、発生したフォニックゲインを用いて響やセレナ、マリアが黒いシェルブリットを発動させたことから、フォニックゲインとも密接な関係があることも知っている。

恐らく鍵となるのは装者の爆発的な感情、及びイグナイトを制御下に置く強靭な意思と、高密度のフォニックゲイン。

クリスはカズヤに似て感情的な性格で、適合係数もトップ。単体のフォニックゲインの発生量も一、二を争う。彼女が仲間内で最も早くシェルブリットを発動させたのは、今になって分析してみれば当然の帰結と言えた。

そして調は考えた。仲間達と肩を並べるには、イグナイトを制御下に置いた上でシェルブリットを発動できるようになるべきだ、と。

その為の感情や意思についてはカズヤに発破をかけられたことでやる気に満ちているが、フォニックゲインは足りない可能性があった。

ならばどうするか?

二人でユニゾンしながら戦い、フォニックゲインを高めてから更に絶唱を歌えば行けるに違いない。少なくとも二人で絶唱を使えばあの時のクリスよりはフォニックゲインを獲得できるはずだと目論んだ。

では、絶唱のバックファイアをどうするかという問題が浮上してくる。

そこで有効活用できないかと閃いたのが、シェルブリットに宿ったカズヤの、装者を守らんとする意思。

呪いを拒絶していたが故に当初はギアさえ纏えなかったのが、呪いを受け入れた現状で絶唱のバックファイアという負荷が装者に降りかかった場合、どうなるのか?

そもそもバックファイアとは、ギアから解放されたエネルギーが装者の肉体を蝕むこと。フォニックゲイン由来のエネルギーであることには変わらない。ならば、同調による装者への負荷軽減は、バックファイアそのものをフォニックゲインと共にシェルブリットが吸収しているから、と考えられた。

自分達の揺るがない想いを胸にユニゾンして歌い、不足分を絶唱で補い、それらにより発生した多量のフォニックゲインを用いてシェルブリットを発動させバックファイアを吸収、同時にイグナイトを成功させる。

この思いつきには、シンフォギアの生みの親でありProject IGNITE(プロジェクトイグナイト)の技術者でもあるフィーネは当たり前の権利のように大反対。

そんなリスクが高くて危険極まりない博打みたいなことさせられる訳ないでしょ! と。

しかし調は強引に押し切った。

先ほどコンビニを出る直前、二人きりの精神世界の中で、互いに精神体という同じ条件下でボディーブローを叩き込んで気絶させるという、どういう理屈なのかよく分からない上に酷く乱暴かつ強引な方法で。

 

『......おのれ"シェルブリットのカズヤ"......とうとう調まで物事を拳で解決するようになってきたじゃない......ぐふっ』

 

最後にカズヤに対して恨み言を呪詛のように唱えながら、ちーん、という仏壇のお鈴の音が聞こえてきそうな感じでフィーネの魂は休眠状態へと移行した。

その後の顛末は知っての通りだ。

 

「イグナイトとシェルブリットの同時発動には成功したけど、エネルギーの消費が激しいこの状態はきっと一分も持たない。だから切ちゃん!」

「百も承知デスよ調! 三十秒で決着(ケリ)をつけてやるデス!!」

 

繋いでいた手を離し、二人でユニゾンしながらそれぞれ漆黒のアームドギアを構えてミカへと突貫。

 

「......いいゾ、期待以上だゾ! ミカも全てを懸けてお前達の歌を聴かせてもらうゾ!!」

 

対するミカは歓喜の笑みと共に全身を燃え上がらせ、決戦機能であるバーニングハート・メカニクスを発動。衣服が焼失し、金に輝く"向こう側"の力を纏い前へと踏み込む。

調より放たれた人よりも大きなヨーヨー。鋸が高速回転するそれをミカが正面から両腕で受け止めようとした。

しかし、

 

「お? おおお? おおおおお!?」

 

あまりの威力に押されていく。踏ん張って堪えるが受け止め切れない。巨大なヨーヨーを抱きかかえたような状態で背中から神社の賽銭箱に突っ込んで粉砕し、そのまま御社殿の中に叩き込まれ、本殿の仏様も纏めて打ち砕き、外までぶち抜いてから弾き飛ばされた。

御社殿の裏に仰向けの状態で空中に投げ出されたミカの真上から、死神の鎌が迫る。

鎌を大きく振りかぶり急降下してくる切歌に掌を向け、掌の穴から火炎を放射。

 

「っ! しゃらくせぇ、デス!!」

 

視界を埋め尽くしこちらを呑み込もうとする紅蓮の炎に怯まず咆哮し、振り下ろそうとしていた鎌を引っ込めて、代わりにシェルブリットの左腕を突き出す。

拳から発生した黒く輝く衝撃波が、天を焦がさんと昇る炎と激突。

大音量の破裂音と共に爆風が生まれ、黒い衝撃波と紅蓮の炎は互いを相殺し合う。

爆風を利用し切歌はその身を舞い上がらせ、綺麗に後方宙返りを決めて御社殿の屋根の上に危なげなく着地。

ミカは猫のような身のこなしでくるりと体勢を整え、地面に降り立つ。

先ほどとは比べ物にならない出力を見せた二人に、ミカが更に笑みを深めた瞬間、調が一気に間合いを詰めてきた。

脚部のローラーを用いてスケートのように疾走してくる。その状態で腰を低くし右の拳を構えた姿は何処となくカズヤを彷彿させた。

右の拳を使ったシェルブリットバーストが来る、そう確信して身構えるミカ。

しかし、調は右の拳を振り抜くことはなく、ある程度距離を詰めるや否や、左手に持っていたヨーヨー型のアームドギアを投擲した。

 

「なっ!?」

 

一瞬にして掌サイズのヨーヨーが巨大化し、完全に虚を突かれた形となったミカにぶち当たり殴り倒す。

右腕のシェルブリットを警戒していたことで、それ以外のことに注意が疎かになったのだ。

境内の地面を転がるミカに、上空からイガリマの鎌が振り下ろされるものの、そう簡単にやられて堪るかと自ら転がり続けて必死に回避。

切歌の追撃を凌ぎ跳ねるように立ち上がり、顔を上げたそこへ、今後こそ調の右の拳が待っていた。

咄嗟に防御の障壁を展開。

構わず振り抜かれた右の拳が障壁に叩きつけられる。

 

「......壁を、突破する!!」

 

調の右腕全体が一際強く光輝けば、威力が激増して障壁が粉砕され、ミカの顔面に拳がめり込み、一拍遅れて拳に収束していたエネルギーが爆裂した。

黒い光を伴う爆発。

またしても吹き飛ばされたミカに、続いて切歌が鎌を肩に担ぐように構えて踏み込む。

ミカは右掌の穴から火炎弾を、左の掌の穴から赤い水晶を連続で発射して切歌の接近を阻もうとするが、彼女の進撃の速度はまるで緩まない。

黒い光を纏わせた死神の鎌を振り回し、火炎弾だろうが赤い水晶だろうが関係ないとばかりに真っ二つに斬り裂きながら突っ込んでくる。

ついに鎌を振るえば届く距離まで近づかれ、手にした赤い水晶で鎌に対抗しようとしたが、

 

「とお!」

 

赤い水晶ごと袈裟懸けに左の肩から右の脇腹まで斬り裂かれ、

 

「ついでにこいつも食らいやがれデス!!」

 

更に無防備となった胸部の中心に、黒い光を宿した左の拳が真っ直ぐ突き刺さり、爆裂。

吹き飛び、御神木に衝突して木っ端微塵にしてから漸く動きが止まったミカを見据えたまま、切歌と調は横に並ぶと、

 

「これで!」

「トドメ!」

 

大きく振りかぶり体ごと横に一回転させながらアームドギアである鎌を、ヨーヨーをそれぞれが全力で投げつける。

鎌とヨーヨーは回転しながら空中で目映い光を放ち、一つに溶け合い、融合を果たし形を変えていく。

そして顕となるのはまさに獣の顎だった。上顎は鎌のような牙、下顎はチェーンソーのような牙。それらを備えた獰猛かつ巨大な肉食獣が、ミカという獲物に喰らいつこうと大きく顎を開き、猛烈な速度で肉薄する。

 

「......アハッ!!」

 

何故か嬉しそうに笑ったミカを、巨大な獣の顎が噛み砕いたと同時に、

 

 

「「シェルブリットバースト」」

 

 

静かに紡がれた言葉に合わせて獸の顎は閃光を生み、大爆発が引き起こされ、暗黒の光が夜空を穿つ。

 

 

 

 

 

とてつもない虚脱感と疲労に襲われ、立っていることができず調はその場でペタンと座り込み、隣で切歌がドサリと尻餅を着く。

二人のシェルブリットが僅かに瞬き元の腕に戻り、それからすぐにギアまで解除された。

 

「か、勝ったよね?」

「......勝った! 勝ったデスよ調! 文句なしにあたし達の勝利デス! オートスコアラーを二人で撃破したんデスよ!」

 

制服姿で顔を見合わせてから、地べたに座り込んだままどちらともなく抱き締め合う。

嬉しい、という感情が胸の内に膨れ上がる。壁を突破できたのだと、力を示せたのだという実感が沸いてきて涙が溢れてきた。

 

「......う゛、ぐす、や゛っだよ゛ぎり゛ぢゃん゛~」

「や゛っだデズよ゛じら゛べ~」

 

感極まって涙だけでなく鼻水まで出てきた。顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしつつ嗚咽を漏らし鼻を啜る。

そんな二人から五メートルほど離れた場所に、シェルブリット第二形態で飛んできたカズヤが降り立つ。

 

「二人共、無事か?」

「「ガズヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」」

「うおああああ!?」

 

二人は疲労など忘れて直ぐ様立ち上がり、アルターを解除したカズヤの胸に飛び込み、彼は彼で抱きついてきた二人の泣き顔があんまりにも汚くて酷かったのでビビって情けない悲鳴を上げた。

 

「お前らなんで泣いてんだ!? そんなにヤバかったのか!?」

「違うよ!」

「だったらなんで泣いてんだよ?」

「これは嬉し泣きデス!」

「カズヤのお陰で勝てたのが、凄く嬉しいんだ!」

「だからさっきから涙が止まらないんデス!」

「......そうか」

 

顔を上げて訴えてくる二人の声に納得し、彼は安堵の溜め息を零して微笑むと、

 

「よくやったな、切歌、調......上出来だぜ。これでもう、誰もお前らのことを子ども扱いできねーな」

 

両手をそれぞれの頭の上に置くようにして抱き締めた。

すると二人は幼子のように更に大声で泣き喚く。

褒められたことが、認めてくれる発言がただただ嬉しくて、胸に顔を埋めて感情のままに泣き続ける。

カズヤはそんな二人を父性溢れる笑みで見下ろしながらよしよしと落ち着くまで撫でることに。

 

「あ、でもこの状態で鼻かむなよ」

「「ヂーン゛」」

「言ったそばから......」

 

それでも今は怒る気にはなれず、何もかも諦めたように天を仰ぐカズヤの耳に、遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてきた。

どうやらS.O.N.G本部からの迎えが来たらしい。

 

「おい、そろそろ離れてハンカチで顔拭け......あ」

 

声を掛けてから気づく。二人は疲れて眠ってしまったのか、既に意識がなく、ぐったりと脱力し全体重をこちらに預けてきたのだ。

 

「今は休め......今日はよく頑張った」

 

そう告げる彼の顔と声は、優しくて慈愛に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カズヤ、今からヘリをあなたがいる場所に着陸させるわ。誘導してもらえる?』

「ヘリ操縦してんのマリアか。オーケー、場所は位置情報そのままで、神社の境内に......つっても鳥居とか御神木とか御社殿とか軒並みぶっ飛ばされてるから更地とあんま変わんねーけど」

『切歌さんと調さんは無事ですか?』

「セレナも一緒か? 二人なら無事だ。疲れて寝ちまったけど、問題はねーよ。ただまあ、この様子だと明日の朝になっても目を覚まさないかもな」

『そう、なら一先ず安心ね............セレナ、いいわよね?』

『そうですね。カズヤさんには後で私とマリア姉さんとの三人でじっっっくり、それはもうじーーーーっっっっくりと話したいことがあるので覚悟してくださいね』

「......あー、えー、その、二人共、怒ってる?」

『『怒ってないとでも?』』

「......ふっ、どうやら次は俺が二人以上に頑張らなきゃいけねーらしいな」

 

その夜、イヴ姉妹にこってりじっくり朝まで()られた。




カズヤは戦闘以外はかなりテキトーなダメ人間なので、基本的に戦ってたり訓練してたりする時以外はヒロイン達の尻に敷かれてます。というか、尻に敷かれることをヨシとしてる、むしろ尻に敷かれることを望んでる節が見え隠れしてます。

ま、カズマもカナミの尻に敷かれてたしね、仕方ないね!

次回投稿はいつになるのか分かりません。
もっとたくさん執筆時間を取って早め早めに投稿したいのですが、それがなかなか許されないのが私の現状です。

スマヌ、スマヌ......!


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防人という家

更新が遅れてしまいました!
なんで遅れたのか気になる方は活動報告見て「ふーん」とでも思ってください。
予告しておきますが次回も更新が遅れそう、つーか目処が立ってません。
許して、許して......!


「......ハッ、関係ねーだろそんなの。俺にとって翼は翼だ。風鳴家がどうとか、知ったこっちゃねーよ」

 

私が覚悟を決めて告げたことに対し、カズヤは軽く笑い飛ばすと、こちらを抱く腕の力をやや強くした。

この男ならそう言ってくれると信じていたが、やはり不安はそれなりにあったので、カズヤの胸板に顔を埋めたまま私は安堵の溜め息を零す。

時はルナアタック後に彼がバイクの免許を取り、初めて一緒にツーリングに出掛けた日。

場所は大阪府にあるそれなりに高級なホテルの一室。

互いに生まれたままの姿で、ベッドの上で仰向けに横になるカズヤの上に私がうつ伏せになった状態。

初のツーリングで疲れ果てたカズヤを本日の宿に連れ込み、たらふく食事を摂らせてから順にシャワーを浴びて、あれ以来すっかり病みつきになってしまった情事をこれでもかと堪能した後、互いに抱き締め合いながら私は私の出生や風鳴家について洗いざらい打ち明けた。

カズヤには知っていて欲しかった。その上で先の言葉を待ち望んでいた。だからこそ期待通りの言葉に安堵と嬉しさが胸に去来する。カズヤなら拒絶や拒否をすることなく、私の全てを受け入れてくれるに違いないという信頼はあっても、実際に声に出して聞かせてもらうまではなかなか安心できないものだ。

 

「翼、お前はもう俺の女だ」

「うん」

「それに俺はお前の生まれのこととか家のこととかでとやかく言うつもりはねー」

「うん、知ってた」

「......俺達は、ずっと一緒だ」

「うん......!」

 

顔を上げれば、優しい眼差しのカズヤがこちらの顔を覗き込んできて、視線が交わるとどちらかともなく笑い合う。

 

「ま、ピロートークにしちゃなかなかヘヴィな内容だったが」

「あう......すまない」

「じゃあさ、もっとピロートークらしいピロートークしようぜ」

「と言うと?」

「翼は俺の何処が好きになったのか、とかさ」

 

そう言って彼はこちらの頭に手を置き撫でてくれて、その心地良さに私は目を細めた。

 

「私がどうしてカズヤを好きになったのか、か」

「ああ。聞かせてくれるか?」

「上手く説明できるか分からないが......頑張る」

「ちなみに俺は、何事にも真面目に取り組もうとする翼のその姿勢が好きだぜ。融通利かねーとことかも可愛いしな」

「......カズヤはそうやってすぐ『好き』とか『可愛い』とか言うんだから」

 

面と向かって『好き』と『可愛い』を言われた嬉しさを隠せないまま、私は訥々と語り出す。

 

 

 

当時の私にとってカズヤという人間がどういう存在かと言えば、奏の命の恩人であると同時に、強さへの憧憬と羨望、そして嫉妬の対象だった。

あのライブ会場での惨劇以降、奏は暇があればカズヤのことばかり考え遠い目をしていたので、まるで奏を盗られたようで悔しい思いをしたものだ。

まあ奏がそうなるのは無理もない。あの時カズヤが見せた力は、光は、輝きはまさに圧倒的だった。私ですらあの瞬間はシェルブリットバーストを放つカズヤの姿に見惚れて、思わず呆けていたのだから。

しかし、嫉妬していたのは確かであるものの、人を守護する防人として彼を、彼の力と強さに敬意を抱いていたのは事実。彼が現れる先々でノイズを殲滅し人々を守る為に戦っていたことで、その思いに拍車が掛かった。

だから奏ほどではないけれど、私もカズヤとの再会を望んでいた。

やがて二年の月日が経過し、漸く再会を果たしたカズヤは、何というかこれまでの私の周りにはいなかったタイプの青年で、かなり驚いたし僅かに戸惑ったものである。強いて言えば豪放磊落な叔父様と少し似た空気を纏っていた、とでも言えばいいのか。

良い意味でも悪い意味でもカズヤは自由奔放で型破りにして破天荒。当初はその自分勝手で遠慮のない言動に振り回されっぱなしであったが、慣れるとそばにいるだけでとても楽しくて、いつの間にか彼と共にいることが当たり前になっていたことに気づく。

もし私に年の近い兄や弟がいたら、もし私に異性の幼馴染みがいたら、こんな感じなのだろうか。そう思わせてくれる彼の態度と距離感が心地良かった。

カズヤは本当に不思議だ。知らない内に人の心の中に土足でズカズカ踏み込んできて、勝手に居場所を作ってそのまま居座ってしまうのだ。心の中を彼で占められて、厄介なことこの上ない。しかも本人は無自覚なのだから非常に質が悪い。なのにそれが全く不快じゃない。

けれど、私が私の気持ちを自覚するのは、奏達よりもずっと遅かった。

ルナアタックの最終局面にて、ギアを破壊されて戦う力を失った私達を守る為に、無抵抗のまま痛めつけられながらも一歩も退かず、何度倒れても折れることなく立ち上がったその後ろ姿に、私は真の防人とは何かを見た気がした。

彼の男の意地と信念をまざまざと見せつけられて、初めて気づく。嗚呼、そういうことだったのかと。

彼の強さに憧れ、羨望と嫉妬を抱いたのは彼のようになりたかったから。

彼の何物にも縛られない自由な性格に惹かれたのは、心の何処かで『風鳴家』という存在から自由になりたいと思っていたから。

そう。カズヤは、私にとって『もし私が男として生まれていたら』、『もし風鳴家とは全く関係のない家に生まれていたら』といういくつもの『もしも』を詰め込んだ理想の存在だったのだ。

私にとってあり得ない『もしも』を体現した、理想像。

あんな風に己の思うがままに振る舞えたら。

誰にも気兼ねすることなく、誰かに言われた訳でもなく、ただひたすらに自分が信じた道を真っ直ぐ突き進むカズヤの後ろ姿を見て、猛烈に焦がれた。

 

 

何よりも、防人として生きる私を、常に誰かを守る為に剣となり戦わなければならない私を守ってくれる。

本当はそんな存在を欲していたから。

 

 

その隣を共に歩いて行きたい(生きたい)

カズヤに守られ、そして私もカズヤを守れるようになりたい。

一度自覚してしまえば、私は自身を抑えることができなくなってしまった。

 

 

 

語り終えれば、カズヤは照れ臭くなったのか上擦った声で呟く。

 

「なんか、その、そんな風に想われてるって知ると恥ずいな......」

「私も自分で言ってて恥ずかしくなってきた」

 

私の視線から逃れるように横を向く様が、なんだか可愛らしくて愛しい。

この男は卑怯にもほどがあると思う。

戦かっている時は雄々しいのに、日常生活では子どもっぽい顔や仕草、態度を取る。そのギャップが妙に魅力的に映ってしまう。

 

「次はカズヤの番だよ。カズヤは私の、何処が好きなの?」

「よし......立場逆転してやるから覚悟しやがれ」

 

こちらに向き直り、ニヤリと唇を吊り上げるように笑みを浮かべてつらつらと語るカズヤ。

耳を傾けている内に私の体は熱く滾ってしまったので、結局途中で語り部たる彼の口を文字通り物理的に塞ぎ、朝まで激しく求めることとなってしまった。

 

 

 

 

 

【防人という家】

 

 

 

 

 

奏が肩を揺すりながら声を掛けてきたので、私の意識は夢から現実へと引き戻された。

 

「翼、起きなって。翼の実家に着いたってば。カズヤと緒川さんが先に行っちゃうよ」

「......すまない、ついうたた寝をしてしまって」

 

頭を二度三度と横に振って眠気を飛ばし、意識をはっきりさせて現状把握に努める。

場所は眠ってしまう前と同じ車の中。隣には奏。彼女の発言通り既に目的地に到着しており、助手席に座っていたカズヤと運転席に座っていた緒川さんは車外に出ているのが窓越しに確認できた。

 

「夢でも見てた?」

「うん」

「やっぱりね。だらしない顔で涎垂らしながら何度も寝言言ってたよ。『カズヤ、カズヤァァ』って。どうせスケベな夢でも見てたんでしょ」

「心外な。そういう決めつけはよくないと思う」

「だったら夢の内容を教えて」

「......ノーコメントで」

「図星じゃないか」

 

俯く私の反応に奏はカラカラと意地悪く笑う。

まさか任務とはいえ、十年ぶりに実家に帰省する破目になり、道中で居眠りしてカズヤに風鳴家について打ち明けた当時を夢で追体験するとは予想だにしていなかった。

私は奏にこれ以上からかわれまいと逃げるように車外に出る。

 

「デケーなー。こっから全部私有地だろ? 固定資産税っていくら払ってんの?」

「風鳴家を前にして固定資産税をまず最初に気にするのはカズヤさんだけですよ、きっと」

「いや、だっていつか俺のもんになるらしいし?」

「僕はもっと気にすることがあると思うんですけど」

 

風鳴家の敷地を前にして、暢気なカズヤの物言いに緒川さんが苦笑している。

その緒川さんの調査により、敵は霊的防衛機能の支えを担っていた竜脈──レイラインの要所となる神社や祠といったものを片っ端から潰していると考えられた。

今回の任務は風鳴家の敷地内にある要石の防衛。

チーム編成はカズヤと私と奏の三名(プラスアルファで緒川さん)。要石の防衛と聞いたお父様がカズヤを指名し、私は実家ということで立候補し、私が行くならアタシもと奏がついてきて、叔父様が許可を出したのだ。

 

「......クリスさん達も、まもなく深淵の竜宮に到着するそうです」

 

緒川さんが通信機を片手に述べる。

雪音達は、こことは別にオートスコアラーが狙うと予測される深淵の竜宮と呼ばれる場所へと向かった。海底に建造された異端技術に関連する危険物や未解析品を収める管理特区である為、敵がそれらを求めて襲撃してくる可能性は大きい。要石の防衛同様、重要な任務だ。

私は大きな扉を前にして気合いを入れる。

 

「こちらも伏魔殿に呑まれないように気をつけたいものだ」

「お前ん家、伏魔殿だったのかよ。実家が伏魔殿で片付けできなくて部屋が汚くて歌が上手いボケるバラエティー芸人とか属性盛り過ぎだぜ、翼」

「それらの属性は全部カズヤが盛ってるんでしょうが!!」

 

大きくて年季の入った門の前で、私は余計な茶々を入れてくる隣を怒鳴り付ける。

カズヤは一度こちらにニシシとガキ大将のような笑みを見せてから門に向き直り両手を翳す。

 

Open(オープン) sesame(セサミ)

「なんでそんな無駄に声がセクシーで発音良いの」

 

ゆっくり門を押し開けるカズヤに奏が突っ込む。

門を潜った瞬間、懐かしい空気に触れた気がする。

帰ってきたんだ、十年振りに。

そんな感慨に耽っていると、視界の先から姿を現したのは落ち着いた色合いの和服に身を包んだお父様──風鳴八紘だ。

 

「わざわざ呼びつけてすまなかった、カズヤくん。慎次もご苦労だったな」

「ちわっス」

 

片手を挙げて軽く挨拶するカズヤと、黙したまま会釈する緒川さん。

続いてお父様は奏に顔を向けた。

 

「君には娘がいつも世話になっている」

「え? こ、こちらこそ!」

 

自分に挨拶されるとは思ってなかった奏が、不意を突かれた形となり慌てて頭を下げる。

それからお父様は挨拶は終わったとばかりに踵を返し、背を向けて歩き出すので思わず口を開く。

 

「お父様!」

 

咄嗟に呼び止めたが、何も考えていなかったので何も言えないまま固まってしまう。

足は止めたもののお父様は振り向かない。無言の背中が『用があるなら早くしろ』と言われているようで、焦りながらもなんとか絞るように言葉を紡いだ。

 

「......沙汰もなく、申し訳ありませんでした」

 

すると、お父様は肩越しに振り返り、

 

「お前のことはカズヤくんや弦から聞いている......務めを果たせているならそれでいい」

 

ややぶっきらぼうな口調で返し、前を向いて歩き去る。

私にはただそれだけが無性に嬉しくて、目頭が熱くなっていく。

と、カズヤが私の頭にポンと手を置いた。

 

「親父さん、普段はあんな感じの鉄面皮だけど、酒の席ではいつも翼の話ばっかなんだよ」

「え?」

 

呆けた声を出す私の目の前で、お父様はピタリと動きを止めてから素早い動きで振り返り、こちらにツカツカ歩み寄ると、カズヤの襟首を乱暴に掴み、敷地内に鎮座している締め縄を巻かれた巨岩──今回の防衛対象たる要石のそばまで引き摺っていく。

 

「余計なことを言うんじゃない......!」

「いいじゃないスか。翼だって嬉しそうにしてるし」

「カズヤくん、君には分からんだろうが私達は──」

「もうちょい素直に、自分の気持ちに正直になりましょうって」

「誰も彼もが君のように振る舞えるなら苦労はしない!」

「俺は自分自身に嘘をつくのだけは死んでも嫌なだけっスよ?」

「それが他者からどれほど羨ましがられるか、少しは自覚を持った方がいい」

「ハァ~、親子揃って生き方ぶきっちょっスね」

「怒るぞ」

 

何やら小声で言い合う二人。

呆然とする私に、横から緒川さんが教えてくれた。

 

「カズヤさんとの邂逅は、お父上にも良い影響があったようです。誰が相手でもズケズケ言うのってカズヤさんだけですから」

「だね。翼のお父さん、話に聞いてたよりもずっと話し易そうじゃないか」

「そう......みたい」

 

奏の相槌に私は同意する。

ついにお父様は襟首を掴んでいた手を片手から両手にし、カズヤの頭を前後にガックンガックン激しく揺すり始めた。

 

「相変わらず君は人の話を聞かないな!」

「聞く必要がある言葉だけしか届かない耳をしてるんで」

「聞きたい言葉しか聞かない耳の間違いだろう......!」

「へへっ」

「得意気になるんじゃない! 少しは悪びれてもいいと思うんだが?」

「無理っス。全く、これっぽっちも悪いと思ってないんで」

「この......!」

 

お父様とカズヤが何処かで見たことがあるような光景を展開していたその刹那、

 

「「っ!」」

 

カズヤと緒川さんが何かに気づいたのか、同じタイミングで突然表情を引き締める。

次いで緒川さんが早撃ちのような速度で懐から拳銃を抜き、庭園の池の前に狙いを定めて引き金を引き、カズヤがお父様の両手を振り払いシェルブリット第二形態を発動。

何もないはずの虚空にて唐突に火花が散り、まるで金属に弾丸が着弾したかのような甲高い音が立つ。

 

「おおおおらああああっ!!」

 

緒川さんが銃撃した場所にカズヤが突撃する。

振り抜かれた拳は突如出現した翡翠色の障壁に叩きつけられ、閃光を生む。

秒も経たずに障壁は砕け散り、それに合わせて姿を現したのは体勢を崩され後方に吹き飛ばされるファラだった。

 

「オートスコアラー!?」

「うげ!? 全然気がつかなかった! 緒川さんとカズヤがいてくれて良かったぁ......」

 

泡を食ったように驚く私と奏を置いて、カズヤの右手首から拘束具が外れ、腕の装甲が展開し、開いた手の甲の穴に光が収束していき、右肩甲骨の回転翼を高速回転させつつエネルギーのチャージに入る。

 

「忍者の察知能力と獣並みの勘......侮っていたつもりはないのですが、流石にこの距離では気取られてしまいましたか」

「シェルブリットバーストォォッ......!!」

「聞く耳持たず、問答無用でいきなりの最大出力。実にあなたらしいですね、"シェルブリットのカズヤ"」

 

ファラの声など全く耳に入れない彼の全身から金色の光が迸り、ふわりと足が宙に浮き上がる。

 

「レイラインの解放、やらせてもらおうと思っていましたが、これでは無理ですね」

 

嘆息するように呟くと、オートスコアラーは高く跳躍しその身に風を纏うと凄まじいスピードで何処かへと飛び去っていく。

潔いくらいにあっさりとした撤退に、誰もが唖然となった。

 

「......この、逃げてんじゃねぇぇぇぇっ!!」

 

僅かに遅れてカズヤが怒号と共に金色の衝撃波を拳から撃ち出すが、逃げるファラを撃墜することは叶わず。易々と回避した後に空間転移で消えてしまう。渾身の一撃は遠くの射線上に存在していた巨大な入道雲を消し飛ばしただけで終わった。

やがて静寂が訪れて、彼は無言のまま能力を解除する。

カズヤがいることで要石の防衛は上手くいったが、逆を言えばカズヤがいることでオートスコアラーは逃げの一手に徹するつもりのようだ。これでは撃破が難しい。

それは本人が一番理解しているようで、苛ついた表情の彼が握る拳は、その内心を表すように固く握られワナワナと震えていた。

 

 

 

その後、要石については元々緒川さんの実家からお父様の護衛として配属された方々──その中で特に気配察知に鋭い手練れを数名──を一時的に配置し警戒にあたってもらい、私達はお父様の執務室に通された。

シンフォギアの開発にも関わりの深い独国政府の研究機関『アーネンエルベ』からもたらされた調査結果を聞かされる。

アルカ・ノイズによって分解された後に残る赤い塵のような物質は『プリマ・マテリア』と呼ばれ、万能の溶媒『アルカ・ヘスト』によって分解還元された物質の根源要素らしいとのこと。

 

「物質の根源?」

 

報告書を読み上げるお父様の言葉を聞き、頭の上に?を浮かべる奏。

 

「錬金術とは、分解と解析、そこからの構築によって成り立つ異端技術の理論体系とありますが......」

 

緒川さんがそこまで言ってから、この場にいる全員がカズヤに視線を注ぐ。

似ていたのだ。かつてカズヤが二課に加わった際に聞かされた話に。

つまり錬金術は、アルター能力と似て非なる力。アルター能力が個人の生まれつき持ち得る純然たる才能ならば、錬金術は理論体系化によって生み出された歴とした技術。

 

「なるほどな。アルカ・ノイズの分解能力に、プリマ・マテリアっつー分解後の赤い塵。アルターの物質分解とアルター粒子にそれぞれ置き換えて考えることができる。前にエルフナインがキャロルは俺の能力を参考にしたとか言ってたが、そもそも錬金術とアルター能力は根本的な部分が似てるんだ」

 

顎に手を当てて考える仕草と共に呟く彼に皆が頷く。

 

「大きく違うのは分解した後の話。アルターは能力者のエゴを具現化することと分解したものを元に戻すくらいのことしかできねーし、何より生物を分解対象にはできねー、つーかムズい。そいつに比べて錬金術ってのはかなり汎用性が高そうだな。無機物有機物問わず分解して、火やら水やら操ったり、便利アイテム作成したり、まるで創作物の魔法だ」

 

皮肉げでありながら軽口のような口調に私達は苦笑するしかない。

 

「だけどよ、分かんねーのはそっからだ。あのクソガキ、世界を分解するのが目的みてーだが、その後はどうするつもりなんだ?」

 

この問い掛けに答えられる者はこの場に存在する訳がなく、結局話し合いはこれでお開きとなり一旦私の部屋で待機することとなった。

 

 

 

「クッソきっっったねぇ部屋だな!!」

「言われるとは分かっていたがあえてこう返す、喧しい!!」

 

奏とカズヤをかつての私の部屋に案内したところ、開口一番でカズヤが案の定なセリフを吐くので、私は彼に飛び掛かった。

 

「少しはオブラートに包め! 一応これでも十年前の、まだ幼い少女だった頃の私の部屋だぞ!!」

「控えめに言って掃き溜めだな」

「その発言の何処に控えめの要素がある!?」

「片付け苦手とかそういうレベルじゃねぇもん! これ病気だよ病気、お前きっとなんか患ってんだよ」

「人を勝手に病人扱いするな!!」

 

そのまま廊下で押し倒して取っ組み合いとなり、上になったり下になったりでマウントポジションを奪い合い、寝技や関節技やプロレス技をかけたりかけられたりする破目に。

実家に帰ってきて一体何をやっているのだろう、という思いが頭を一瞬過るが、実家に連れてきた愛する男とじゃれ合っているだけ、と考えれば悪くない気がしてくるのが不思議だ。

 

「......やれやれ」

 

その横をすり抜けて奏が部屋に入り、仕方がないとばかりに片付けを開始。

横目でそれを見てしまったら、流石にいつまでもカズヤと取っ組み合いをしている場合ではない。

 

「ごめん奏、私も片付け──」

「奏母ちゃんに任せてお前はすっ込んでろ。片付くもんも片付かなくなるから、余計な真似すんな」

 

しかしカズヤが失礼にもほどがあることをまだ言うので、結局私は彼の首筋に思いっ切り、血が出るまで噛み付いた。

 

 

 

奏のお陰で部屋が綺麗に片付くや否や、カズヤが「わーい! 畳の部屋だあー!」と子どものようにはしゃいで勝手に部屋のど真ん中に大の字の仰向けになり、ぐーぐーと寝息を立てる。

 

「何処かで見た光景......」

「アタシの部屋に初めて来た時だね。そういやコイツ、リビングに入った瞬間勝手にソファーに寝っ転がってたっけ」

 

カズヤが遠慮も自重も緊張もしないのは、奏の部屋でも私の実家でも同じらしい。

 

「まあいいさ。アタシもカズヤに倣って......」

 

いそいそと奏は眠るカズヤに寄り添うように横になり、彼の左腕を枕にすると、

 

「ほら翼も。反対側空いてるから」

「う、うん」

 

促してくる。なので私は奏の反対側に回りカズヤの右腕を枕にした。

 

「......あー、ヤバい。こうしてると眠くなってきちゃった」

「私も」

 

三人仲良く川の字になっていると、任務中だというのに眠気が襲ってきて私と奏は揃って欠伸を噛み殺す。

そのままウトウトしていたら、躊躇いがちに奏から質問される。

 

「......翼はさ、実家のこと、まだ嫌いなの?」

 

私はそれにどう答えようか迷う。

確かに私は十年前にこの家を飛び出した。

しがらみだらけで自由が許されない風鳴家。

何もかもが一般的とは異なる特殊なこの家が嫌で、叔父様を頼る形で出て行った。

しかし、結局私は今も風鳴家に囚われたまま。

心底嫌なら防人など辞めてしまえばいい。剣であることを捨てればいい。そう思いつつも握った刀を手放せないのは、出て行った身でありながら未練があるからか。

いつまでも答えない私の態度に奏は仕方ないと溜め息を吐く。

 

「さっきのカズヤと翼のお父さんさ、まるでいつもの翼とカズヤのやり取りみたいだったね」

「うん......」

 

それは私も思った。傍から見ても仲が良さそうで、私はカズヤに少し嫉妬した。彼はいつだって、誰が相手でもそうだ。本気で、本音でぶつかり合える。そういうことを自然とできる男なのだ。

故に嫉妬してしまう。私もお父様相手にあれだけ言い合うことができれば、本音で話し合うことができれば、と。

 

「......きっとお父様は、本当は私のような鬼子ではなく、血の繋がった男児が、カズヤのような男児が実の息子として欲しかったんだと思う」

「っ!? 翼! それ本気で言ってるの!」

 

ガバッと飛び起きた奏が驚き半分、怒り半分でこちらを見下ろしてくる。

 

「だって、私ではお父様とあんな風なやり取りはできない」

 

奏と視線を合わせるのが気まずくて、私は逃げるように枕にしているカズヤの腕に顔を埋める。

 

「したいならすればいいじゃないか。何を遠慮してんだか。さっきカズヤが言ってたでしょ。翼のお父さん、カズヤとお酒飲んでる時は翼の話ばっかするって」

 

呆れた、と言わんばかりの声が降ってくる。

 

「それにこの部屋、片付いてはなかったけど塵も埃もなかった。十年前に出てった状態をそのまま保ってるってことは、『いつでも帰ってきて構わない』っていうメッセージだと思うけど?」

「......」

「確かにカズヤは翼のお父さんに気に入られてるよ。もしかしたら翼の言う通り、カズヤみたいな男の子が実の息子として欲しかったのかもしれない。でもさ、あの人の第一優先は間違いなく翼だって」

 

優しい口調で告げられた言葉は、いくら奏のものであっても未だに半信半疑だった。

 

「翼。これはアタシの勘だけど、翼のお父さんはきっとカズヤと逆の人間だよ」

「逆? どういう意味で?」

 

顔を上げて問えば、奏は眠るカズヤの頭を撫でながら告げる。

 

「カズヤは自分にとって大切なものを身近に置く、というか絶対に手放さないタイプ。翼のお父さんはその逆で、大切なものを遠くに置く、自分から遠ざけるタイプ。この二つの違いは、カズヤタイプは対象への言動がもろに出るからどう思ってるか分かり易いけど、翼のお父さんタイプは遠ざけてしまうから対象にはその真意が伝わらない」

「大切なものを身近に置くタイプと、遠くに置くタイプ......」

 

反芻した言葉と共に、カズヤとお父様の顔をそれぞれ思い浮かべた。

 

「遠くに置くっていうのは、自分から離れてる方がその人の為になるって考えてるから」

 

心に染み入るように奏の言葉が胸に響いてくる。

半信半疑だった思いが、頑なに閉ざしていた心が徐々に開いていく。

 

「思い返してみなって。翼が実家を十年前に出てって以来、跡取りだからって無理矢理連れ戻されたことが一度でもあったかい? きっとあの人はあの人なりに翼のことを考えて、あえて自分から、風鳴家から遠ざけてたんじゃないの?」

「あっ......」

「ルナアタックの時、カズヤが了子さんに言ってたこと覚えてる? 男に特別な事情ある場合、その事情を理解できれば男の答えがある、みたいなこと言ってたでしょ。たぶん男って生き物は、いざって時は女には何も言わずに行動する生き物なんだよ。相手からどう思われようと関係なく、相手のことを想って勝手にさ」

 

カズヤの頭を撫でていた手を私の頭の上にポンッと載せ、奏は朗らかに微笑んだ。

 

「だから翼もカズヤを見習って、お父さん相手にもっと遠慮せずに言いたいことははっきり言いな。そんで向こうからも言ってもらうんだよ......アタシみたいに、もう二度と会えなくなってからじゃ遅いんだからさ」

 

そう言った奏の笑顔は普段の元気溌剌としたものとは対照的に、見ているこちらが切なくなるほど儚かった。

 

 

 

 

 

三人で川の字になって微睡んでいたら、目を覚ましたカズヤがむくりと起き上がり、

 

「......なんか嫌な予感がする」

 

口を開いたかと思えば不穏なことを言い放ち、慌てたように私の部屋を飛び出していく。

 

「......奏!」

「ああ、カズヤの勘は未来予知かってくらいによく当たる!」

 

一瞬呆けていた私と奏は、顔を見合わせてからすぐに弾かれたように飛び起きて彼の後を追う。

靴を履いて玄関を潜れば、ドロンという音と白い煙と共に緒川さんが現れ、焦った様子でカズヤに向かって叫ぶ。

 

「大変です! 近隣の繁華街にアルカ・ノイズが!!」

「またかあのクソ人形がああああああ!!」

 

敷地内に響き渡るほど大きな怒りの声と共に、カズヤは握った拳を高く掲げてアルターを発動。

 

「シェルブリットォォォォォッ!!!」

 

激情を表すかのように全身から金の光を迸らせ周囲を眩く照らすと同時に、背後からお父様が駆け足で近寄ってきた。

 

「これまでのことを鑑みるに明らかに陽動だが、行くのか、カズヤくん?」

「当然だろ。アルカ・ノイズの殲滅ならこん中で俺が一番向いてるし、そもそも陽動だろうがそうでなかろうがノイズの類いを野放しにできるか! 要石は二人に任せたぜ! 慎次、どっちの方向だ!?」

「十時の方向です!」

 

お父様の言う通りだがカズヤは敵の挑発に当然の如く乗るつもりだ。

ヒュンヒュンと右肩甲骨の回転翼を高速回転させ、地面を殴った反動で高く跳躍し、こちらを見下ろしながら告げる。

 

「奏、翼。俺がいなくなったすぐ後にファラが来るはずだ。気をつけろよ」

「分かってるって」

「この場は任せて」

 

二人で頷く。

続いてカズヤはホバリングの状態でお父様を見た。

 

「それと親父さん!」

「何だ?」

「いい加減あの話、翼にしてやれ!」

「っ!?」

 

この一言であからさまにお父様の顔色が変わる。酷く動揺したような表情。

あの話とは、一体何のことなのだろうか? お父様がまた酒の席で私について何か語ったのだろうか? とても気になる内容だ。

 

「それは......」

「いつか俺から伝えてもよかったが、折角だ。今の内に全部ゲロッとけよ。これは受け売りだがな、女ってのは自分が相手からどう思われてるか気になってしょうがなくて、言葉や態度で示してもらいたい生き物なんだとよ」

 

かつて櫻井女史が彼に教えたことをそのまま言うと、回転翼の軸部分から銀色のエネルギーを噴出させて飛び去っていく。

小さくなっていくカズヤからお父様へ視線を注げば、

 

「......っ!」

 

苦虫を大量に噛み潰したような渋面の後に、プイッと明後日の方へそっぽを向いてしまった。

その子どものような態度に少なからず驚いていると、

 

「......とりあえずギア纏って敵の襲撃に備えよう、翼」

「へ? あ、うん」

 

奏の声に我に返る。それから二人でギアを纏い周囲を警戒する。

 

「......」

「......」

「......」

「......」

 

要石のそばでアームドギアを構える私と奏。瞼を閉じて意識を集中させ、顔の前で印を結び周囲の気配を探る緒川さん。そして母屋のそばで佇むお父様。

誰も口を開かずファラの襲撃を待つのみ。額に滲む汗を拭うことすらしない。

皆が緊張感を帯びる中、徐々に日が陰ってきた。視界が茜色に染まり、遠くでうるさいくらいに鳴いていた蝉の声が少しずつ聞こえなくなる。

逢魔が時。

沈黙が耳に痛い。

やがて太陽が完全に没し、辺りが一気に暗くなった瞬間、緒川さんがこれまで閉ざしていた瞼をカッと見開いた。

 

「そこです!」

「でええええりゃあああああ!!」

「はああああああ!!」

 

ファラの気配を捉えた緒川さんの銃撃を合図とし、奏は槍の穂先を高速回転させ竜巻を生み、私は刀を全力で振り下ろす。

銃弾、一拍遅れて竜巻と蒼ノ一閃が狙ったそこに、剣を構えながら錬金術特有の防御壁でこちらの攻撃を凌ぐオートスコアラーが現れた。

 

「ふふ。やはり"シェルブリットのカズヤ"はアルカ・ノイズの殲滅に動き、残されたのは歌女のみとなりましたね」

 

人形でありながら、自身の作戦通りに事態が動いていることに対し機嫌良さげに微笑むファラ。

 

「カズヤがいないからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。お前なんかアタシと翼で十分だっての......!」

「これ以上、貴様の思い通りにはさせん!」

 

油断なくアームドギアの切っ先をファラに向け、いつでも迎撃できるように身構える。

カカッ、とフラメンコを踊るような動作で踵を地面に打ち付けてから、ファラがこちらに踏み込んできた。

 

「レイラインの解放、今度こそやらせていただきます。しかしながら、個人的にはお二人の必死の抵抗を期待していますわ!!」

 

"向こう側"の力──金の光を全身に纏わせ、こちらに突っ込んでくる敵に対し、

 

「ロンドンでの借り、マリアの分も含めてこの場で返してやるよ! 翼ぁっ!!」

「分かってる! あの時の雪辱を果たす! 勝負だ、オートスコアラー!!」

 

私と奏は応じるように駆け出し、戦いの火蓋を切る。

 

 

 

 

繁華街を蹂躙していたアルカ・ノイズの群れは、現場に到着したと同時に一体残らず分解した。

念の為周囲を警戒し、人気がなくなった繁華街をぐるりと見回す。

一ヶ所に纏めて召喚された上でバラバラに分散しなかったのか、他にそれらしい影は見当たらない。

先んじて緒川の同郷や諜報部の者達が動いてくれたお陰で、民間人への被害は最少限に抑えられたらしい。

 

「よし、これで──」

 

一安心、と思ったのも束の間、カズヤを囲むようにした赤い光が──アルカ・ノイズ召喚に伴う錬成陣が浮かび上がり、お代わりですとばかりにアルカ・ノイズが現れた。

 

「ちっ!」

 

舌打ち一つしてから直ぐ様分解、虹の粒子に変えてやるが、またしても赤い光が発生。瞬く間にアルカ・ノイズの数が元通りになった。

 

「どういうこった? どうやって沸いてきやがる? これまでとは召喚方法が違うのか!?」

 

疑問を口にしても答えは出ないし考える時間もない。とにかくアルカ・ノイズを放って置くことなどできはしない。

敵側が在庫切れになるまで分解し続けるしか他にない。

そう決意したその時だ。

 

 

「手を貸そう、"シェルブリットのカズヤ"」

 

 

背後から大量の光弾が機関銃の如き勢いで飛来し、カズヤを取り囲んでいたアルカ・ノイズのみを穿ち、赤い塵へと返す。

思わず振り返ったそこに、三人の人物がいた。

三人共に女性で、明らかに日本人ではなく欧州系の血を引いていると考えられる彫りの深い顔立ち。

その内の一人、この暑さの中にも関わらずきっかりとした男装を身に付けた、銀髪碧眼の女性が更に言い募る。

 

「基点となる術式を破壊しない限り、このアルカ・ノイズの召喚は止まらない」

「何だと?」

 

突然の第三者の介入に驚く間もなく告げられた言葉に、苛立ちつつも眉を顰めてしまうが、男装の女性は構わず続けた。

 

「この場に召喚されるアルカ・ノイズは私の友が引き受ける。だから"シェルブリットのカズヤ"は私についてこい。あなたと私で召喚術式を見つけ出し、破壊する」

 

一方的にそう告げて踵を返し、友とやら二人を置いて走り出す男装の麗人。

いきなり出てきて勝手なことを抜かすが、協力的である内容と敵意が感じられないことから、とりあえず敵ではないと判断。

 

「早く彼女についていくワケダ」

「ここはあーし達に任せて」

 

気怠げに睨んでくる女性とウインクを飛ばしてくる女性に促され、カズヤは考えるのは後にして男装の麗人の背を追う。

現状を打破するのに一人では限界を感じていただけに、ぶっちゃけ藁にすがる思いだった。よく分からないが、協力してくれるならその手を無理にはね除ける必要はない。

女性に追いつき、並走しながら横顔を窺いつつ質問。

 

「アンタら、一体何者だ?」

 

対して彼女はこちらを真剣な眼差しで見つめつつ答えた。

 

「私はサン......友とたまたま日本に観光に来ていた、しがない錬金術師だ」




ファラ
「うふふふ。この仕掛けなら"シェルブリットのカズヤ"に邪魔されないでしょう。歌女達の歌をしっかり聴かせてもらいますわ!」

サンジェルマン
「協力関係は既に切れたので、少しキャロルの邪魔に入ろうと思う。そもそも奴の計画が成就したら私達も困る」

プレラーティ
「ついでにあの男に恩を売れるワケダ」

カリオストロ
「でもマッチポンプ感が凄い、っていう突っ込みはしちゃいけないわよね」


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しないフォギア風な閑話GX1

遅いよ、そう思ったあなたは正解です。
なんで本編じゃなくて閑話書いてんだよという疑問を持った方は何も間違っていません。
しかも今回のお話って二万文字超えですからね。
......何やってんだ私......


時系列的にはGX編第一話のシャトル救出作戦後、エルフナインがキャロルから離反及びシャトーから脱走する一週間程度前って感じです。


繁華街において、一人の男が困り果てた様子でノロノロと歩いている。

男の名は緒川捨犬。都内のとあるホストクラブに勤めるホストであった。

 

「どうしよう......明日だけでもいいから、誰か手伝ってくれる人を見つけないと」

 

彼が困っているその理由は、自身が勤めるホストクラブにおいて、共に働く仲間達に欠員が出てしまったことだ。

一人は夏風邪、一人は食中毒、一人は身内に不幸が、という感じで店に立て続けに連絡が入り、今後数日の人手不足は否めない状況に陥ってしまう。

幸い、本日は定休日なので問題ないのだが、問題は明日。明後日はたぶん急遽休むことになった仲間がある程度は戻ってきてくれるはずなのでなんとかなるにしても、明日はどうしても人手が足りない。

いっそ明日は店を開かなければいい、という考えが一瞬脳裏を過るが、予約客が数件入っているのでそういう訳にもいかない。

勿論、休んだ仲間の中には予約客から指名されていた者もいたので、先程こちらから謝罪の電話を入れたが、それでも構わず来店してくれるという、非常にありがたいお言葉をいただいた。

 

「マジでヤバい......どうすれば......」

 

当然知り合いや友人には片っ端から助けを求めたが、そもそも急な話ではあるし、ホストという職業柄である為か「ハードルが高い」やら「俺そんなイケメンじゃないし」とかを理由に断られてしまっていた。

こうなったら街を歩いて一日ホストとして働いてくれそうな男性を見繕うしかない、そう思って練り歩いていたのだが、どうにもこうにも上手くいかない。

というか、ビビっとくるような、ピンとくるような男性を見掛けない。

妥協点を見つけてそれなりの見た目の男性に声を掛ければいいのだが、捨犬はそれがどうしても嫌だった。

来店してくれる女性には、笑顔で帰って欲しい。ホストという職業に真摯に向き合っているからこそ、たとえ短い間であっても共に働く仲間の水準は一定以上にしておきたい。

そんな思いのせいで、結果が出る前に体の水分が汗となって出ていき脱水症状になりそうだが。

もう夏の本番前。燦々と輝く太陽の下、彼の頭の上でのみ暗雲が立ち込めてきたその時、すぐそばのコンビニから一人の男性が出てきた。

店内の冷気に自然と体と意識が誘われ、少しコンビニで冷たいものでも買って一旦頭をリフレッシュしよう、そう考えた刹那、つい今しがたコンビニから出てきたサングラスを掛けた男性とたまたま目が合った、気がする。

次の瞬間、捨犬に電流が走る。

 

 

 

 

 

「そこのキミ、ホストに興味はないかな?」

「は?」

 

コンビニでアイスを買って店を出たら、歌舞伎町あたりでホストでもやってそうなチャラついた格好の男がいきなりそんなことを言ってきた。

面倒くせーなー、と内心で呟きながら応じる。

 

「......あんた誰だよ」

「キミから滲み出るそのオーラ、俺には分かる! キミはこれまで何人もの女性を誑し込んできた天性の女っ誑しだ!」

「初対面でいきなり失礼だなおい!! つーか誰なんだよあんた!?」

 

なんで分かるんだよ!? という疑問はぐっと堪える。シカトすれば良かったと後悔。

 

「あ、すいません。申し遅れました。自分、こういう者です」

 

差し出された名刺を思わず受け取ってしまい、視線を走らせ読み上げる。

 

「......ホストクラブ絶対隷奴(アブソリュートゼロ)、 No.4、亜蘭......一介のホストの兄ちゃんが俺に何の用だよ」

 

俺のことを"シェルブリットのカズヤ"と気づいた上で声を掛けてきた訳ではない様子(グラサン掛けてるし)だが、先の言葉と名刺の内容から面倒臭いことに巻き込まれそうだと悟り、心底うんざりした。

 

「実はね、ウチのお店、明日一日人手が足りないんだ。でさ、キミみたいにイケてる男性に手伝ってもらえればなと思って」

 

とりあえず名刺をズボンのポケットに突っ込み、コンビニの袋の中からスイカバーを取り出し開封して一口食らいつき、言ってやる。

 

「ホストになんぞ興味ねー」

「明日一日だけ、一日だけでいいんだ。日雇いのバイトだと思って、お給料弾むから!」

 

S.O.N.Gで実働部隊として働く俺の預金通帳がどんなもんか見て同じことを言えるかどうか気になるところだが、余計なことを言わずに突っぱねた。

 

「残念ながら金には困ってねーよ」

「ただでお酒飲めるよ、ドンペリとかお客様が頼んでくれたら飲み放題も同然だから!」

「っ」

 

......自他共に認めることだが、俺は根っこが小市民というか庶民派なので財布の紐は固い。上等な舌をしてる訳でもなければそこまで舌が肥えてる訳でもないので、基本的には安くて量が多いものを好む。飲み食いする物は美味いに越したことはないが、高いものを率先して購入することは滅多にない。

当たり前だが、高い酒なんてもんを買うことは俺にとって無駄遣いでしかない。だからドンペリなんてものには私生活で縁がないものだと思っていた。

 

「ドン、ペリ......」

「そうだよ、ドンペリ」

「......」

 

いかん。一瞬心が揺らいでしまった。

しかし、俺は鉄の意思を以て首を横に振る。

 

「悪いが明日は無理だ、諦めろ。こっちにも予定ってもんがあるんでな」

 

そう。明日は飲み会、もとい男子会がある。いつものメンバーで、テキトーな大衆食堂や居酒屋で語り合う、男同士の大切な約束があるのだ。それをすっぽかす訳にはいかない。

俺の意思が固いことを察したのか、ホストの兄ちゃんは肩をガックリ落として俯き、これ見よがしに大きな溜め息を吐く。

 

「......それなら仕方ないね。その、無理に引き留めちゃって本当に申し訳ない」

 

なんだが雨の日の捨てられた犬みたいな、悲しげな雰囲気を纏い始めたが、正直知ったことではない。

 

「ま、ホストなら他当たってくれ。人を待たせてるんでな。俺はもう行くぜ」

 

踵を返して男性に背を向け歩き出そうとしたら、目の前に慎次がいたので「うおっ!?」と間抜けな声を出して咄嗟に出そうになった拳(スイカバー持ったまま)を慌てて引っ込める。

 

「気配消して背後に立つなよ、ビビって殴るところだったろが。いつからいたんだよ」

「丁度今来たところです。というか、ちょっとコンビニに行ってくるとか言ってそのまま何分待たせるつもりなんですか。またコンビニで雑誌の立ち読みでもしてたんですか?」

「ちっげーよ! 変なホストに絡まれてたんだよ! 一日だけでいいからホストやらないかってスカウトされてたんだって」

「ホスト?」

 

若干呆れている慎次に待たせてしまった理由を述べていると、俺の背後にまだいたホストの兄ちゃんを認識した慎次が驚いたように目を見開く。

 

「すてくん?」

「あ、兄者!?」

「え゛え゛え゛え゛!?」

 

二人のやり取りのせいで口から変な声が出た。

 

 

 

場所を近くの喫茶店に移して。

 

「弟です」

「改めまして。緒川慎次の弟、緒川捨犬です」

「......"シェルブリットのカズヤ"だ。一応、便宜上では君島カズヤって名乗ってる」

 

慎次が表向きはツヴァイウィングのマネージャーを務めていること、及び裏ではエージェントとして活動しているは知っているので、捨犬は兄と俺の関係を当然のように知っていた。

つーか、ツヴァイウィングのマネージャーが"シェルブリットのカズヤ"と仕事仲間というのは、周知の事実だし。

むしろ、たまたま声を掛けたのが"シェルブリットのカズヤ"だった偶然に驚いたとのこと。

対面に座る二人をしげしげ見つめてから、クーガー兄貴仕様の黒いワンレンズタイプのサングラスを外し唸る。

 

「確かに顔立ちが似てる。慎次、お前弟いたのかよ」

「言ってませんでしたっけ?」

「聞いてねーし、しかもホストやってるなんて思ってもねーよ」

 

それにしても捨犬なんて名前、あまりにも酷いと思うのだが。

慎次が次男で捨犬が三男で、二人は正真正銘血の繋がった兄弟だと言う。

話を聞くと、なんでも緒川家に三男は不要という考えが古くからあり、三男以降は一族の忍として生きる必要がない代わりに、遺産を含む一切の奥義継承を行わない、というのがあるとかなんとか。

ついでとなるが二人の兄貴──長男は緒川家の当主だとさ。

 

「じゃ、あんたは忍者じゃねーのか」

「うん。俺は一族の血は引いてるけど、兄者達みたいな術は使えないんだ。三男には修行を受ける権利はないから」

 

忍の世界にも色々な決まり事や掟があるらしい。

あっけらかんと、一族から蔑ろにされてるっぽいのに気にした風もなく答える捨犬。忍としては育てられなかったが、家族としては普通に育てられたようだ。その証拠に、性根がねじ曲がった印象や卑屈な感じが一切ない。

 

「ところで、すてくんはカズヤさんをホストにしようとしてたんですか?」

「そう、そうなんだよ兄者! 兄者も助けてよ! 明日一日だけでいいんだ!」

 

弟が兄にすがり付く。それから語られる捨犬の話に慎次は困ったように苦笑。

 

「確かにカズヤさんは希代の女誑しですが......」

 

おい。

 

「だからといってホストクラブで働かせるというのはどうかと......ほぼ確実に皆さんが爆発しますよね?」

「ソーダネー」

 

アイスコーヒーのストローを咥えてちびちび吸いながら感情の篭らない声で返す。

 

「え? 誰が爆発するの?」

「すてくんが見抜いた通り、カズヤさんは女誑しです。なので、カズヤさんの女を自称する女性は片手では数えられないくらいに存在します」

「あっ......」

 

どうやら何かを察したらしい。

 

「そもそも俺にホストなんて無理なんだよ。細かい気遣いとかできねーし。だいたいホストクラブに来る女ってのは、そんだけ色々なストレスやら問題やらを抱えて日々を生きてんだろ? そんな人種をどうやって癒せってんだ」

「......」

 

おい慎次、無言で「何を仰る、ご謙遜を」みたいな目でこっちを見るのはやめろ。

確かにあいつらが俺に癒しを求めてるならいくらでも応えるつもりだが、見ず知らずの赤の他人にまでは流石に無理だぞ。

 

「慎次の弟だからなるべくなら力になってあげてーけど、今回は協力できねーよ」

 

何より、ホストクラブで働いた後にどんな目に遭わされるか想像するだけで怖い。

それに逆の立場から考えてみれば許可など出せる訳がない。もしあいつらから「知り合いに頼まれたから一日キャバクラで働くね」とか言われたら、俺は全力でどんな手段を駆使しても阻止する。あまり自覚はなかったが、俺はかなり独占欲が強いらしい。あいつらが何処の馬の骨か分からん連中相手に、愛想笑いを浮かべてお酌してる光景を想像するだけでショックで泣きそうだ。

 

「つーかさっき言ったろ。明日は用事があんだよ」

「そういえばさっきもそんなことを......」

「毎月恒例、男限定の飲み会、男子会です。カズヤさんと僕と、仕事の仲間との。カズヤさん、毎回楽しみにしてくれてるんですよ」

 

慎次の微笑みを見て何故か照れ臭くなり、誤魔化すようにアイスコーヒーを飲み干す。

 

「......うーん。つまりこういうこと? カズヤくんはその女の子達が怒るだろうからホストクラブで働けないし、飲み会もあるから行けない、兄者も飲み会に参加するから行けない、と」

「そういうこった」

 

返しながら頷く。

 

「ならさ、その飲み会、ウチの店でやらない? カズヤくんの女の子達も呼んでさ」

 

まだ諦め切れないのか、捨犬が妙な提案をしてきた。

 

「はあ?」

「すてくん、説明を」

「ぶっちゃけさ、兄者が一人協力してくれたらなんとかなりそうなんだよね。兄者、影分身の術使えるし」

 

いきなり話があらぬ方向にぶっ飛んだ!

こいつ、兄貴に忍法使わせてでもホストクラブ手伝わせようとしてやがる!!

 

「すてくん、それは──」

「大丈夫だって、客も従業員も皆お酒飲むんだから。最初の自己紹介で忍者です、忙しくなると分身しますとか言っとけば」

「っ!」

 

吹き出しそうになって必死に堪える。

俺の頬がヒクヒクしているのを見て慎次がジト目になって睨んでくるが、捨犬は気にしない。

 

「で、カズヤくんはホストとしてその女の子達をもてなす。ホストとしては働くけど、相手をするのはその子達だけでいいからさ」

 

聞かされた内容に腕を組みながら首を傾げて考え込む。

確かにこれならあいつらから不満が出ない可能性が高く、捨犬(店側)も助かる。

しかし問題は──

 

「弦十郎のおっさんと朔也がどう言うかだよなー」

「どっちにしろ飲み会がなくなるのは同じじゃないですか」

「しかも場所が場所だしな。女共の中には未成年がいて、おっさんは元公安警察、朔也はイケメンだけどインドア派の草食系。全員がGOサイン出すかね?」

「まあ、話すだけ話してみてよ。最悪、兄者だけ借りられればそれでいいから」

「僕が働くのは確定なんですか」

 

眉を顰める慎次と顔を見合せた後、それぞれのスマホを取り出し電話をすることにした。

 

 

 

『ふむ、緒川の弟くんが助けを。しかしホストクラブか。キャバクラなら公安時代に捜査の一環だったり、お偉いさんとの接待で行ったことならあるんだが、ホストクラブは初だな。しかも働く側とは......まあ、緒川の弟くんが働く店なら健全な店なんだろう。分かった、何事も経験だ。何処まで役に立てるか分からんが、俺も一肌脱ごうじゃないか』

 

弦十郎のおっさんは意外にもノリノリで了承してくれた!

 

『ええ? ホストとして働け? ちょっとハードル高くない? うーん、でも女の子と知り合えるチャンスでもあるんだよね?』

 

難色を示すかと思ってた朔也だったが、予想外にも食いついてきた......って、そりゃそうだよな。機密に触れる機会の多いS.O.N.Gで働いてる人って出会いが少ない、つーか、折角知り合っても仕事に関して詳しく言えないから不審に思われてその後上手くいかないらしい。何度やっても合コンで上手くいった試しがないあおいとか見てるとよくそれを痛感するし。

......朔也はその辺りを忘れてないのだろうか。

ま、常に女達に囲まれてる俺こそがS.O.N.Gにおいて異常である訳で。そりゃクズだの女っ誑しだの罵倒されるよな。

 

 

 

 

 

「つーことで、ホストとして一日働くことになったんだが、どう思う?」

 

帰宅後、いつものように奏の部屋でたむろってる女性陣に声を掛ける。

ここで誰か一人でもダメと言うなら潔く諦めよう、捨犬にもすまんと謝ろう、と覚悟していれば「ちょっといい?」と片手を軽く挙げた奏が質問してきた。

 

「アタシ達、半分以上未成年なんだけど、そこんとこ大丈夫なの?」

「さあ?」

「......さあ? じゃないだろこのおバカ」

「ぐえあ」

 

首を傾げる俺の返答に奏が呆れ、彼女はおもむろに俺に近づき、容赦なくヘッドロックをしてくる。

首が苦しいが、奏の大きくて柔らかい胸が頬に当たって幸せなので俺は全く抵抗しない。

 

「全くアンタは! 毎週恒例、緒川さんの声優の仕事に見学しに行ったと思ったら、ホストクラブで働くから客として来てねとか、帰ってきて早々訳分からないことを言うんだから!」

「それ俺じゃなくて慎次の弟の、捨犬に言ってくれ。俺だって訳分からん。頼み込んできたのが慎次の弟じゃなかったら捨て置くぜこんなこと。つーか、慎次が影分身の術使うならあいつ一人で十分だし。けど、あいつ一人に全部押し付けんのも気が引ける。かと言って俺がホストとして初対面の女相手に愛想振り撒くなんてなんかヤダから、俺を助けると思ってご来店よろしくお願いいたします!」

「なんで最後は懇願になってるのさ」

 

苦笑してから俺を解放する奏。

 

「でも、カズヤがホストかー。アンタって死ぬほどスーツ似合わないんだよねー。ぷくく」

 

言うな。俺の外見の元であるカズマもスーツ着てた時あったけど、着られてる感が半端ないの知ってるから。誰よりもそういう服が似合わねーこと知ってるから。だから腹抱えてまで笑うんじゃねー。奏につられて皆も笑い出してんじゃんかよ。

 

「カズヤさんがホストらしい格好が似合うかどうかはともかく、私達に包み隠さず話してくれたことが私は個人的に嬉しいので、今回のはありだと思います。しかもカズヤさんは私達だけしか相手にしないのなら、ノットギルティに一票です。皆さんはいかがですか?」

 

セレナが可憐で優しげな笑みを見せ、人差し指をピンと立てる。

あの、セレナさん? ノットギルティって何スか? これ逆にギルティに票入れられたらどうなんの?

恐ろしいお仕置きでも食らうんだろうか?

 

「そうね。私もセレナ同様、特に反対はしないわ。むしろ今から期待しちゃうもの」

「アタシもー」

 

冗談めかしたように言うマリアと、奏が軽い感じで同意を示す。

 

「カズヤさんがホスト......『お帰りなさいませお嬢様!』とか言いながら迎えてくれるんですか!? なら私的にはあり! 全然あり! ありだよ未来!」

「響、気持ちは分かるけど鼻息荒いから」

 

興奮気味の響が突然立ち上がり、隣の未来が「どうどう」と落ち着かせようとしていた。

 

「つまり一時的とはいえ、カズヤは私にありとあらゆる奉仕をしてくれると」

「いや、近いけど違うと思う......けどまあ、それも悪かねぇなぁ」

 

目を細めてこっちを舐め回すような視線を向けてくる翼に、冷静に突っ込みを入れつつも期待の眼差しを飛ばしてくるクリス。

なんかこの二人、全く別のもの期待してませんかね?

 

「ホストクラブって大人な感じする」

「これは社会勉強のチャンスデス!」

 

背伸びをしたいお年頃の調と切歌は興味津々な様子。

概ね好感触な反応に、俺は明日の予定が決まったと確信。

問題があるとしたら、客として来店予定の面子の半分以上が未成年ということだが、まあ、それはなんとかなるだろ。他の客の目につかないようにVIPルームに連れてけばいいし。

弦十郎のおっさんもそこまで堅苦しいこと言わないし。

こうして俺は明日一日限定ホスト(もてなす相手はこいつらのみ)として働くことになった。

慎次一人で十分なら俺達何しに行くんだろ? と思わなくもないが。

 

 

 

 

 

翌日。

歌舞伎町に店を構えるとあるホストクラブ、絶対隷奴(アブソリュートゼロ)に俺と慎次と弦十郎のおっさんと朔也はいた。

勿論、全員がスーツ姿である。

時刻は開店の三十分前。

で。

 

「カズヤくん、相変わらずスーツ似合わないね」

「どう見ても着られているな」

「最初から分かってましたけどね」

「うるせぇよ!」

 

朔也、おっさん、慎次が好き勝手言ってゲラゲラ笑うので怒鳴っておく。

そこで捨犬が俺の真正面に立ち、上から下までじっくり観察してから一つ頷く。

 

「素材は悪くないのにこれほどスーツが似合わないのは初めてだけど、なんとかできるよ」

「マジか?」

「うん。方向性を変えればいいんだよ。きっかりしっかりした感じじゃなくて、ワイルドな感じに......ちょっと失礼」

 

言いながら彼は俺のシャツのボタンを第三まで外し、ネクタイを外し胸を少し肌蹴させ、シャツの襟を立て、何処からともなく取り出したワックスで髪を全体的に逆立ててくれた。

 

「これでどう? ワイルドじゃない?」

 

最後に手鏡でどんな姿になったのか見せてくる。

そこに映るは、言われた通りワイルドな男が。

 

「おお......!」

「カズヤくんは髪型と表情で凄く印象が変わるんだよ。下ろしてニコニコしてれば『可愛い』って感じがして、逆に逆立てて唇を吊り上げてれば『ちょっとアウトローなイケメン』って感じでさ。よく女の子からギャップが激しいとか言われない?」

 

確かに何度が似たようなことを言われたことがあったな。

鏡を見ながら満足気にコクコク頷く俺に、捨犬も満足気に笑う。

俺はすっかり捨犬のことを感心してしまった。

人のことをよく見ているというか、気配りや気遣いが上手いというか。これがホストクラブでNo.4の実力なのか彼自身の性格なのか不明だが、こいつ気に入ったぞ。

 

「弦十郎さんもカズヤくんと同じようにワイルドさをアピールしましょう。その方が絶対に似合うので」

「う、うむ」

 

続いて捨犬は弦十郎のおっさんに目を向け、同じようにしていく。確かにおっさんは既に見た目が野性味溢れるので、そっち方面に魅力を振った方が一部の女性からの受けは良さそうだ。

 

「これでよし! さっき伝えたけど改めて。当店に来店されるお嬢様方は癒しを求めています。また、自分に共感してくれる男性も。単純に遊びに来たという人もいるけど、基本的には皆話を聞いて欲しいんだ。だから、慣れない内は話を聞いて相槌を打つだけでも十分。そう難しく考えず、話してくれたことをちゃんと聞き、共感することを心掛けて。もし困ったことがあったらヘルプしてくれていいので」

 

捨犬のこの言葉を皮切りに開店前の緊張感が店内を包む。

さて、どうなることやらと半ば達観したようにスタッフルームの壁掛け時計──やたらお洒落な造りで高そう──を見つめていると、横で慎次が影分身の術を使って八人に増えると散っていく。

 

「本当に忍法使った!」

「亜蘭さんのお兄さん、マジもんの忍者だったんだ!」

「すげええ!!」

「これで人手不足も解消だ!」

「助かるぅ~」

 

......捨犬以外の従業員が信じられないものを見る目をした後に大興奮して騒いでいたが、俺達は今更驚かねーぞ。

つーか、何だこのホスト共のノリ。もう既に酔ってんじゃねーの?

そしてその光景に何故かドヤ顔になる捨犬。

慎次、捨犬、お前ら緒川家ってそんなんでいいのか。秘伝の術をホストクラブの人手不足解消に使って。

やがて開店まであと五分となった時。

 

「カズヤさん、カズヤさんをご指名のお嬢様方がご来店です」

 

店の札を『close』から『open』に変えに行った慎次(分身)がスタッフルームに戻ってきて教えてくれる。

 

「早ぇよあいつら。まさか店の前でスタンバってたのかよ」

「いえ、タクシー三台が丁度今店の前に横付けされたのを見まして」

「流石に装者達全員が店の前でスタンバってたら目立ってしょうがないだろう」

「皆美人美少女ですからね」

 

しかも場所が歌舞伎町だしな。

店の出入り口付近に設置された防犯用監視カメラの映像を眺めつつぼやけば、慎次(分身)が目撃した内容を述べて、おっさんが苦笑し、朔也が感慨深げに呟く。

映像内ではOL風な姿をした響が今まさに、緊張した様子でおっかなびっくりドアノブに手を掛け、店内に入ろうとしていた。

 

「さてと、じゃあ行きますかね」

 

先程散々捨犬に叩き込まれたホストとしての接客、というものを思い出しつつ俺は響達を迎えに行く。

 

 

 

視界に映るはお揃いのスーツに身を包んだ女性陣。黒いレディースジャケットに、魅惑的な脚線美を惜し気もなく晒すミニのタイトスカート、セクシーさを際立たせるハイヒールといった感じでいかにも『仕事上がりのOL』な出で立ち。普段からあまり化粧っ気のない女性陣だが、今はこの為になのか皆が皆結構気合いを入れて化粧を施したというのが一目で分かる。しかもそれが行き過ぎた感じがしないので、純粋にいつもよりも綺麗に見えた。

なんだかこれだけでも得した気分だ。

しかしながら、いかんせん現役女子高生である響、未来、クリス、切歌、調の五人はスーツ姿から滲み出る初々しさを隠せていない。逆に大人の仲間入りを果たした残りの奏、翼、マリア、セレナが既に『できる女』の風格を纏わせているのは、シンフォギア装者とは別に社会人として働いたことのある経験の差だろうか。

 

「お待ちしておりましたお嬢様方。今宵、皆様を癒す大役を務めさせていただく『K』と申します。まだ経験の浅い新参ですが、皆様が心から楽しめるよう精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」

 

彼女達の前まで歩み寄り、主に忠誠を誓う騎士のように片膝を突いて頭を垂れてから、我ながら恥ずかしいと思いつつも『ホスト』として全力の演技をしながら口上を述べ、最後に顔を上げた。

ちなみに源氏名は俺が『K』、弦十郎のおっさんが『ゲンさん』、朔也が『タカ』、慎次が声優としての芸名の小川忍から取って『シノブ』とした。もっと捻ろと言われそうだが一夜限りだし面倒だからテキトーに俺が決めたのだ。

とりあえずどんな反応が返ってくるだろ? と様子を窺えば、まず最初に切歌と調がそれぞれのショルダーバッグからケータイを取り出す。

カシャッというシャッター音と、ピロリンという録画開始の音が鳴る。

 

「おお~、カッチョいいじゃないデスかカズヤ。スーツが死ぬほど似合わないって話は何処行ったデスか?」

「シェルブリットを発動させた時の髪型での少し着崩したスーツ、思ってたよりも似合う」

「お褒めいただきありがとうございます。切歌お嬢様も調お嬢様もそのお姿、普段よりも大人びていてとても素敵で、よく似合っております」

 

素直に褒めてくれたスーツ姿の二人に、俺は顔が自然と笑みになるのを止められないまま言い返せば、二人は照れ臭そうに笑う。

 

「......良い」

「はい......凄く、良いです」

 

その隣で熱に浮かされたような表情にぼんやりとした口調で感想を零すマリアとセレナ。

 

「ああクソ、スーツ似合わないって思い込んでたから油断してた。そっち方面で攻めてくんのかよ」

「正直不意を突かれたわ......反則」

 

頬を赤くし奏は片手で自身の口元を、同じように赤い頬の翼はショルダーバッグで目より下を隠すようにしながら、二人共潤んだ眼差しで見つめてくる。

 

「......なんだよカズヤ、スーツもちゃんと着こなせるじゃねぇか。もっと早く言えっての」

「ヤダ、私興奮してきた......!」

 

瞳を潤ませその顔を朱に染めたクリスと未来の反応には苦笑するしかない。

捨犬のお陰でスーツが似合わない男、ということから脱却できたことに俺は満足した。

そうだよ、よく考えてみればカズマって普通にイケメンなんだよ。ただ、男前ってのが目立つせいで忘れがちなんだよな。あとアウトローなイメージが強いからスーツみたいな服装が彼に合ってないっていう印象がある。そして実際に着てみたシーンでは、それに着慣れてないのが丸分かりで。

だがしかし、女性陣の態度でそんなことは些細な問題だというのが証明された。

成し遂げたぜ!

俺が内心でガッツポーズをしていて、ふと気づく。響が彫像のように固まって動かないことに。

こういう時はいの一番に反応を示してくれるはずの彼女が、全く動かない。まるで彼女の時間だけ止まっているかのように。

まさか響的にはこの格好、あんまり良くなかったのだろうか?

 

「響お嬢様?」

 

一抹の不安を抱えて声を掛けると、漸く彼女は唇を震わせ、絞り出すように声を出す。

 

「......わ......」

「わ?」

 

誰もが訝しんで首を傾げた瞬間、

 

 

「私の王子様ぁぁぁぁ!!!」

 

 

いきなり響が咄嗟に耳を塞ぎたくなるほどの大きな声を上げて飛びかかってきた!!

突然の出来事に加え、跪いていたので俺はろくに抵抗もできないまま押し倒される。

 

「どわっ!?」

「ああもう格好良い! 格好良過ぎですよ! もうこの姿のカズヤさんが見れただけで私満足です! だからもう帰りましょ!? それかすぐそこに休憩できる場所があるから休んでいきましょうよ! ねえカズヤさぁぁぁん!!」

「ああ困ります響お嬢様! 困ります困ります! 当店ではこのようなサービスを提供しておりません!」

 

全然違った。響的にはこの格好、どストライク過ぎて色々とぶっ飛んだ結果になってしまった。

つーか、力超強ぇぇぇぇ!!

素の状態なら俺の方が筋力強いはずなのになんで引き剥がせねぇんだ!? こっちに跨がって覆い被さるように密着しようとする彼女の両肩に手を置いて、全力で押し返しているがむしろ押し負けるぅぅぅ! 勝てる気しねぇぇぇ!!

これはあれか? 理性の箍が外れかけたことで脳が筋肉に掛けてるリミッターも一緒に外れたのか? 完全にトランス状態じゃねぇか!?

このままだとダメだ。せめて第一形態でもいいからアルターを使わないと対抗できない!

家の中とかで押し倒されるなら大歓迎だが、ここは外で今は就業中で、時と場所が悪いっての。

興奮した響の顔が吐息のかかる距離まで接近。普段の人懐っこい大型犬を連想させる笑顔ではなく、餓えた狼のような獲物に襲い掛かる肉食獣の顔だ。

化粧と服装で普段よりも四割増しで綺麗かつ魅力的なのに、なんで狼に食い殺されるウサギの気分になってんだ俺!?

 

「「何してんだゴルァッ!!」」

 

だが、響の蛮行をこのまま見過ごす他の面子ではなかった。

まず奏とクリスが怒髪天になり怒号と共に響の後ろから掴み掛かる。

 

「ズルいぞ立花、抜け駆けなど!!」

「響あなたこんな所で何考えてるのよ!?」

「皆カズヤさんのこと押し倒したいのを我慢してるんですよ!!」

 

非難の声を上げながら翼、マリア、セレナが先の二人に加勢。

いくら響が怪力を発揮しても五人がかりでは流石に引き剥がされる。

 

「フー、フー、フー!!」

 

しかし未だに響の理性は戻らない。やたら呼吸が荒く、野生化したまま本能に従い拘束から抜けようと暴れもがく。

それを怒りの表情で必死に押さえ込む五人。

ここで未来が待ってましたとばかりに拘束されている響の正面に回り込み、肩にかけていたショルダーバッグを高く掲げるように大きく振りかぶり、思いっ切り響の頭をぶっ叩く。

バコンッ!! と盛大な音。

 

「......ハッ! 私は一体何を?」

 

殴られて漸く正気に戻るアホの子。

続いて未来は響の襟首を両手で締め上げ、底冷えするほど低い声音で恫喝するように問い質す。

 

「ねえ響、何やってるの? 何一人で理性飛ばしてるの? どうしてそんなに響の理性はガバガバなの? ここ、奏さん家でもなければ寮でもないんだよ? 分かってる?」

「ひいっ! ごごごごごめんなさい!!」

「謝るなら私じゃなくてカズヤさんにだよね?」

「カズヤさんごめんなさぁぁぁい!」

「いや、まあ、俺は気にしてねーから気にすんな」

 

般若、じゃなくて未来から放たれるプレッシャーに怯え、涙目になって謝る彼女に俺は立ち上がって手をヒラヒラさせた。思わず素に戻っちまったけど、まあいいか。

だが他の面子は次々と言いたい放題言い出す。

 

「カズヤ、アンタ甘いよ。そんなんだからいつも響に所構わず押し倒されるんだよ」

「そうだそうだ! たまには調子に乗ったこいつを叱るとかしたらどうだ!」

 

家だとほぼ毎日俺を押し倒してくる奏とクリスが、自分達を棚の最上段に上げつつブーメランを全力で投げつけて見事に自分にぶっ刺していた。

 

「ところで、いくら払えばそういうサービスを受けられるの!?」

「カードがあるから言い値を出せるわ!」

「一応、現金もあります。六百万ほど銀行で下ろしてきました」

 

翼とマリアがズビシッと、まるで某アニメの決闘者が『俺のターン、ドロー! マジックカード発動!』をするような芝居がかった&無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで魔法のカード──しかもブラックなマジックカードだ!──を取り出し構えて、その横でセレナがショルダーバッグの中に仕舞われていた大量の札束を見せつけてくるが、そもそもここそういう店じゃねぇから! そんなサービス提供してねぇっつったろ! さっき響に言った話聞いてた!?

いつもの調子で突っ込みたいのをぐっと堪える。今日は俺がもてなす側でこいつらはお客様なのだ。ここで突っ込んだらいつもと変わらん。

 

「いい響? 忘れちゃダメだよ? 響は私の次、響は私の次、響は私の次、はい、リピートアフターミー」

「私は未来の次、私は未来の次、私は未来の次、私は未来の次、私は未来の次、私は未来の次、私は未来の次......」

 

悪質な洗脳を施す未来に、ぐるぐるお目目で壊れたプレイヤーのように同じことを繰り返す響。

そんないつもの光景と言えばいつもの光景に、決意が挫けて全身から力が抜けていく。

ここ、歌舞伎町にあるホストクラブなんだけどなー。なんで家とかS.O.N.Gの本部内みたいなノリと空気、やり取りになってんだろ。

小さく溜め息を吐けば、今まで黙って大人しくしていた切歌と調の二人と目が合って、

 

「大丈夫、ちゃんと撮ってるデス!」

「いつでも何処でもブレないのが、カズヤと私達」

 

ケータイ片手に何故か良い笑顔で同時にサムズアップ。

最早「そうだな」としか返答できない俺だった。

 

 

 

 

 

「......兄者、カズヤくんとその周囲っていつもこんな感じなの?」

「だいたいこんな感じですよ」

「いつも通りだな」

「ドタバタ騒ぎしてない時の方が珍しいよ」

 

出入り口からそれなりに距離がある廊下の奥にて、カズヤの様子を窺っていた捨犬の質問に、緒川と弦十郎と朔也は平然と答えるので、捨犬は自身の予想以上にカズヤが逸材であったことに戦慄した。

 

 

 

 

 

いつまでも出入り口の廊下にいる訳にはいかないので、ぞろぞろと女性陣を連れて店内の奥へと進む。

 

「ホントにツヴァイウィングが来たぞ!」

「マリアさんもいる!?」

「それだけじゃねぇ、他の女の子達もレベル高ぇぇ!」

「これがKさんの、"シェルブリットのカズヤ"としての実力と人脈......!」

「流石Kさん」

「略して」

「さすKェ」

「忍んでない忍者は里に帰って、どうぞ」

 

おい、最後の奴の発言は今この店で分身してまでせっせこ働いてる慎次にクリティカルヒットだからやめろ。

某掲示板で見た気がするやり取りをして騒ぐ妙にテンション高めのホスト達をひたすら無視して捨犬に声を掛ける。

 

「VIPルーム借りるぜ」

「どうぞ~」

 

了承を得て更に店内奥へと女性陣を案内。

これまたホストクラブらしく金掛けてそうな豪華な内装、及び高価な家具や調度品を揃えた部屋に女性陣を招き入れた。

誰もが室内を見回しながら「おー!」とか「ふぁ...」とか「すっげ」とか「いくらするのこのソファー?」とか「綺麗なシャンデリアデス!」とか口々に漏らす。

 

「......あ、後で莫大な請求されたりしませんよね? チャージ料みたいなので云百万って」

 

高級ソファーに恐る恐る座る震え声のセレナの言葉を聞いて、ピシリと誰もが固まった。

それから縋るような視線が俺に集中したので、安心しろと首を横に振る。

いやいや、いつの時代のぼったくりバーだよ。

さっき現金で六百万以上持ってきていることを見せた癖に、今更ながらに冷静になったというかビビり始めたらしい。

皆こういう贅の限りを尽くした場所に来るのが──トップアーティストの三人はともかく──初めてなんだろうな。俺もこの店で捨犬に「この部屋使っていいよ」って許可されるまではそうだった。

 

「料金に関しては飲食代のみです。また、その飲食代も今回は特別に一割引きとなります」

 

捨犬曰く、男子会を潰してしまったお詫びのつもりらしい。

なお、こいつらの飲食代は後で俺のポケットマネーから全額出すつもりだ。

普段はケチな俺だが、こいつらの為なら湯水のように金を使うことを厭わない。

まあ、それを最初から告げると全力で断られたり気を遣わせてしまうので、お会計時にパパっと払っちまうつもりだが。

ホストを改めて演じる俺の説明に皆がホッと一息つけば、お盆に人数分のお冷やを載せた慎次(本体)が入室してきた。

彼はお冷やをテーブルの上に載せ終えると、真顔で告げる。

 

「お冷や一杯二百万円になります」

「「「「「「「「「え゛?」」」」」」」」」

「冗談です」

 

タイミング悪い冗談やめろ。一部がこの世の終わりみたいな絶望的な顔になっただろうが。

 

「お料理や飲み物はこちらのメニューからどうぞ」

 

クスクス笑いながらそそくさと退室していく慎次の背中に女性陣の恨みがましい視線が刺さる。

......一見華やかな夜の世界だが恐ろしい側面もあると教えたつもりだったのだろうか?

 

「とりあえず慎次の冗談は受け流して遠慮などせずお飲み物をお選びください。お付き合いする以上、多少は私が奢ります」

「じゃあとりあえずこの店で一番高いドンペリ」

「ドン・ペリニヨンを所望するデス!」

「一番高いのは勘弁してください、ここにいる全員の財布が死にます。一番安いやつなら価格は他のお酒より少し高い程度で、お手頃です」

 

多少は奢る、つった瞬間に調と切歌が躊躇なく、容赦なくドンペリ頼みやがった。この二人、いつも遠慮とかしねーのな。お小遣い制だから仕方がないんだが。

それに未成年だから飲むな、とは今更言えない。戸籍上まだ二十歳になってない俺がそもそも普段から飲んでるし、お祝い事があるとどんちゃん騒ぎした時になんだかんだで皆飲むし。やってないのって喫煙くらいか。

よくよく考えるとつくづく不良なんだよな俺達。真面目な性格の翼とか、保護者の立場のマリアとセレナすら止めなくなっちまった。絶対俺の悪影響だわこれ。だって俺と出会う前だったら必ず止めに入るはずだし。そこらへんの倫理観、全部俺のせいで割と皆パッパラパーになりつつある。

マジで今更だけど。

ついでに言えば調に宿る了子さんの魂も何も言わない。きっと「こいつらには何を言っても無駄だ」と思われてるに違いない。

 

「よし、ならアタシもドンペリー! 飲んだことないから前から気になってたんだよねー」

 

にししと笑う奏が続けば、私も私もと残りの面子が挙手をする。結局俺を含めて全員がドンペリを希望。

後は酒の肴になるようなチーズやポテト、サラダや一品料理を注文することに。

 

「テレビでよく見るシャンパンタワーってできないんですか?」

「後で高額な請求をされることになりますが、それでよろしければ」

「......聞かなかったことにしてください」

「ホストクラブってだけで金が掛かるのに、更に金が掛かりそうなもんを頼もうとすんな!」

「ふぇ~ん、だって気になったんだも~ん」

 

ワクワクした感じで響が聞いてきたので即答すれば、すごすごと引き下がり、そんな彼女の頭を横からクリスが引っ叩く。

響に限らず、実は折角一日ホスト体験できるんだから俺もやってみたかったんだが、捨犬にこの店の値段設定を聞いて即諦めた。普段の客でも、余程の金持ちじゃないとあまりやらないとか。

 

「全体的に高いわね」

「高いですねぇ」

 

我らがママリアはメニュー表であるタブレット端末と睨めっこしながらブツブツ言って、隣のセレナが眉根を寄せて同意する。俺と同じで大金を手にしても庶民派から抜け出せないので、ややお高めな料金設定に不満があるらしい。

 

「さっきの言い値で払うという強気な発言は一体何だったのでしょうか」

「カズヤを買うならいいのよ、お金に糸目はつけないわ」

「同じく」

 

小さくぼやけば当然の如くマリアと翼が応じた。飲食代に金を使うのは嫌だが俺を買うならいくらでもいいらしい。

つーか、言い方からしてホストを遊女か何かと勘違いしてないか? 今夜限りの俺に身請けとかねーから。もし分かっててやってるとしたら後でお仕置き......はダメだ、ただの御褒美になる......もうそっとしておこう。

その後もメニュー表を見ながらあーだこーだ言い合う女性陣の相手をしていたら、またしても慎次(分身)が現れグラスを配膳しボトルを開栓し、待ちに待ったドンペリをそれぞれのグラスに注いでいく。

 

「はい! では最初で最後のホストクラブとドンペリに乾杯しましょう!」

 

全員の準備が整ったところで立ち上がり、グラスを掲げる。

かんぱーい! と皆で唱和し揃って杯を乾かし、宴が始まった。

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

「キャー♪ ゲンさんの上腕二頭筋とっても素敵!」

「やっぱり男性はこのくらい逞しくないとねー」

「ありがとう。楽しんでくれたなら、俺も嬉しい」

 

弦十郎は筋肉フェチのお姉様方に大人気で、囲まれて無遠慮に筋肉を触られたりしていたが笑顔で応じていた。

 

「私飲み過ぎたのかしら? シノブさんが分身してるように見えるの」

「「「分身してるんですよ」」」

 

慎次は甘いマスクと柔らかい物腰、そして分身の術で客を色んな意味で幻惑していた。

 

ちなみに朔也は──

 

「なんでいるの?」

「私がいたら何かマズイの?」

「......いえ」

 

仕事が終わった後に来店した為、響達よりも僅かに遅れてやって来たあおいに管を巻かれていた。

 

「はあ......どうして私に彼氏ができないの?」

「機密に関わる仕事に就いてて、それに関して何も教えられないから、そのせいで不審に思われるからじゃない?」

「世の中の男って見る目ない奴ばっかりよ」

「ソウデスネ」

「なんでS.O.N.Gっていい男が少ないの? おかしくない?」

「ソウデスネ」

「なんで私の周りの男は私より女子力高いの!? 緒川さんもあなたも料理凄い上手だし、司令なんて中華料理色々作れるし、カズヤくんでさえ家事全般は人並みにできるって話じゃない!」

「たぶん緒川さんと司令は修行の一環で身につけて、カズヤくんはなんとなくこなせるタイプで、俺は料理が半分趣味......」

「私にも寄越しなさいよその女子力!」

「捨犬さーん! ヘルプお願いしまーす!!」

 

あおいの相手を開始して十分も持たずに早々に音を上げる朔也であった。

 

 

 

 

やがて──

 

良い感じに酔いが回ってきたらしい未来が顔を赤くし据わった目で唐突に宣言した。

 

「では当初の予定通り王様ゲームをします」

 

当初の予定通りって何!? なんとなく嫌な予感がしたので全力で拒否したかったが、俺以外の全員が待ってましたとばかりに『イエーイ!!』と叫ぶので拒否権なんてある訳ない。

 

「王様の命令は、絶対です。絶対に絶対なんです。いいですねカズヤさん!?」

「未来お嬢様、なんで俺だけそんなに念押しするんでしょうか?」

「はい、王様ゲームを始めまーす! クジ引いてくださーい!」

 

聞いちゃいねー。

予め用意していたのか、ショルダーバッグから取り出したクジ──割り箸でできたもの──を一人一人に引けと未来が迫った。

 

「あの、場所が場所なんでセクハラの類いは勘弁して欲しいんですけど」

「しませんよ、そのくらい弁えてますよ。さっきの響じゃないんですから」

「ちょっとぉ!!」

 

前科もんから抗議の声が飛んだが未来はスルー。そして誰もがその声に聞く耳持たなかった。

王様だーれだ!? ということで始まる王様ゲーム。

 

「ひゃっほぉぉ! アタシが王様デス!」

 

一番手は切歌。元気良く『王様』と書かれたクジを高く掲げて立ち上がる。

あれ? とここで疑問に思う。引いた外れクジには何も書いてない。普通、王様ゲームのクジって『王様』以外は番号が振られてなかったっけ? そんで、例えば王様が『二番が四番の物真似しろ』とかいう感じで命令を下すゲームじゃなかったっけ?

 

「......う~ん、かと言ってすぐに浮かばないデスね」

 

誰に何をやらせるのか少し考えるように視線を皆に順番に巡らせてから、俺と目が合うと、

 

「よし決めた! 特等席デス! カズヤはアタシの椅子になるのデス!」

 

一瞬、そこに四つん這いになって椅子になれよ豚が、と言われるかと思ったが違った。彼女は内心ビクついてた俺に構わず、有無を言わさない素早さでそのまま俺の膝の上に勝手に座る。

 

「「「「「「「ちっ」」」」」」」

 

その際、いくつもの舌打ちが聞こえたけど聞かなかったことにしよう。

 

「いいな~切ちゃん、カズヤのお膝の上。座り心地良いんだよね」

「ふっふーん、王様は特別な椅子に座るもんデスから」

 

つまみのカマンベールチーズを皿から取りつつ調が口にし、切歌が俺に背と体重を預けながら自慢気に足を組む。

皆の妹ポジション的なこの二人は、響達とはまた別の意味でスキンシップが好きだ。暇な時は肩車を、眠い時は膝枕、疲れた時はおんぶやらお姫様抱っこしろ、褒めるべき時は頭撫でろ、何でもいいからとりあえず構えよと要求してくる。父親や兄弟の存在を知らずに育ったので、そういうのを俺に求めているのは理解していた。おまけに年の近い異性の知人友人が俺以外に皆無。だから可能な限り応えようとは思うのだが、響達の反応を見て面白がっている節がある。

スキンシップ自体は構わんが、これ見よがしにして他の女性陣の反応を楽しむとか、とんだ小悪魔になってきたな。

そして確信する。この王様ゲーム、外れクジに番号が振られてないのは仕様で、完全に王様が名指しで命令するやつなんだ、と。

 

「......次、行こうか」

 

ジロリと、あからさまな嫉妬と羨望が込められた目で切歌を睨んでから奏が静かな声で促す。

二回目。結果はセレナが王様となった。

 

「やった! やりました! 完全勝利!!」

「うるせぇ」

「早く命令しろ」

「セクハラの類いは禁止よ、セレナ」

「響さんじゃないんですからしませんよ!」

「だーかーらー!!」

 

興奮して立ち上がりガッツポーズを取るセレナに、クリスと奏が物凄く不貞腐れたように言い放ち、マリアが注意を促し、それに真っ赤になって憤慨するセレナに対して響が喚く。

 

「ゴホンッ、ではカズヤさんに命令します」

「知ってた」

「簡単なことです。この紙に名前を書いてください」

「?」

 

ショルダーバッグから四つ折りにされた一枚の紙とボールペンを受け取る。

セレナ以外の全員が揃って頭の上に疑問符を浮かべる中、とりあえず広げられた紙に名前を書けばいいのかと酔いが回り始めた頭でぼんやり考えた。

 

「ここです。ここの欄に名前を書いてください」

 

彼女の白魚のような細く綺麗な指が指し示すそこには、『夫になる人』という記載が。その欄の隣には『妻になる人』という記載。更にそこには既に『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』と書かれていた。

ん? これって──

 

「セェェェェレェェェェナァァァァ!!!」

 

まず最初にブチギレて絶叫したのはマリアだ。

 

「あなたどういうつもりよこれぇぇっ!!」

「ただの王様ゲームですよ」

 

姉の詰問に悪びれることなくしれっと答える妹。

そんな彼女の態度に他の面子もこめかみに青筋を立てて怒鳴り散らす。ブーイングの嵐だ。

 

「お前ふざけんなよ!!」

「なんで婚姻届なんて持ってんだ!!」

「何いきなりカズヤさんと結婚しようとしてるんですか!?」

「しかもよく見たら『夫になる人』が書く場所以外全部埋めてある!!」

 

奏、クリス、響、未来が次々と叫び出すが、セレナは何の痛痒も受けていないかの如く表情一つ変えない。

 

「あれ? 王様の命令は絶対じゃありませんでしたか?」

「「「「「っ......!!」」」」」

 

喚いていた連中がこの一言で黙り、フギギギィッ! と歯軋り。

だが小声で「なんとか、なんとかせねば!」やら「酒飲んでるから今のカズヤだとマジで何も考えずにサインするぞ!」やら「こんな古典的な方法でぇ......!!」やら「おのれセレナァァァ」やら呪詛のようなものが鼓膜を叩く。

それに機嫌を良くしたセレナは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、「さあカズヤさん名前を書いてください、早く書いて今書いてすぐに書いて名実共に夫婦となりましょう!」とこちらを急かす。

 

バキャッ!

 

と、その時だった。ガラスが砕けるような音がVIPルームに響き渡り、何事かと音の発生源を探せば、これまで口を閉ざしていた翼の手の中でグラスが握り潰されていた。

中身がまだ入った状態でグラスが握り潰された為、酒が散乱するが彼女は毛ほども意に介さず言葉を紡ぐ。

 

「......カズヤは私の婚約者だ......」

 

低い、唸るような声音にして、怒りが滲んだものだった。

 

「婚約者の私を差し置いて、カズヤと結婚するだと? 認めん、認めんぞこんなもの!!」

 

咆哮する翼がセレナに食ってかかる。

たぶん、この場で今一番キレてんのが彼女というのがなんとなく理解できた。

 

「いいかセレナ、私とカズヤは親公認の正式なものなんだ! なのに酒を飲ませて正常な判断ができなくなったところで書類にサインさせるなど、こんなやり方、詐欺と変わらん!」

 

翼の言い分に「そうだそうだ!」「もっと言ってやれ翼!」「こんなの横暴だよ!」と賛同の声が飛ぶ。

しかし負けじとセレナも言い返す。

 

「はあ!? 筋弛緩剤とアルコールを静脈注射されて全く抵抗できないカズヤさんと半ば強引に関係を持った方々と比べたらまだ人道的ですよ!!」

「「「「っ」」」」

 

旧二課の四名が一斉に硬直し、その隙にセレナは畳み掛ける。

 

「そもそも親公認というならこちらだって公認です~。マムの遺言で私達はカズヤさんに託されました。つまり、そういうことなんですよ!」

 

明らかに自分にとって都合のいい解釈にしか聞こえない、屁理屈と言っても過言ではない発言だったが、切歌と調が互いに酒で赤くした顔を見合わせて暢気に「そうだったんデスかー」「気がつかなかったねー」「でもそれなら納得デスー」「納得だねー」と他人事のように笑い合う。

一人マリアだけ、当然と言わんばかりな顔で足を組み替えグラスを傾け杯を乾かす。

 

「と、通るかそんな屁理屈!」

「屁理屈だろうと何だろうとカズヤさんが名前を書いてくれたら後はこちらのものです!」

「っ! そうはさせん! 要はカズヤの直筆サインがなければいいんだな!? ええい! こんなもの!!」

 

横合いから翼が手を伸ばしてきてボールペンと婚姻届が奪われた。

続いて彼女は『夫になる人』の欄に何を思ったのか『醤油』と書く。

 

「ほあああああああっ!? ちょ、ちょっと何するんですかぁぁぁ!! 醤油? よりによって醤油!? 醤油って何ですか醤油って!? 人どころか生物ですらない調味料と結婚しろって言うんですか!!」

「ぶふぅ! 醤油と結婚とか、セレナあなた、マムじゃないんだから! あははははっ、はははははつ、はははははははっ!!」

 

ムンクの叫びみたいになるセレナを見て、マリアが故人に対してとんでもなく失礼なことを言いながら爆笑している。これは相当酔ってきた証拠だ。

 

「確かにマムは醤油と結婚したのかってくらい何にでも醤油かけてたデース......!!」

「ぷ、ぷぷ、醤油と結婚、ごめんなさいマム、私は無理......」

 

姉貴分のマリアの発言を咎めるどころか必死になって笑いを堪える切歌と調。

どうやらナスターシャの婆さんは娘達から『醤油と結婚した女』と認識されていたらしい。だが確かに、短い間とはいえ共に生活した俺からも言わせてもらえば、あの婆さんの醤油の摂取量は異常だった。しかも肉類しか食わねー。食事の度に醤油のかけ過ぎに眉を顰めるイヴ姉妹の視線を、いつものことだとばかりに受け流していたような。

ん? ってことはあの婆さんの病気の原因ってただの不摂生だったんじゃ?

そう考えると、誰も婆さんのことをフォローをしないのも納得だ。

 

「今日からセレナを醤油女と呼んでやる」

「絶対に嫌ですよそんなの! 私はマムみたいに醤油に溺れて禁断症状起こしてる訳じゃないんですから!」

 

せせら笑う翼にセレナがプンスカ怒る。やはり彼女も婆さんの醤油への異様な執着には思うところがあったようだ。完全に言い分が麻薬中毒患者に対するものと同等だし。

 

「......あぅぅ......折角暇な平日にお役所行ってもらってきた婚姻届が、皆さんを出し抜くアドバンテージが、私の幸せ家族計画が......」

「何が折角だ。大した労力じゃねぇじゃん、クソッタレ」

「セレナって事ある毎に抜け駆けしようとするよな」

「というか、翼さんを蹴落とそうとしてたことに普通にドン引きです」

「何気に腹黒いですよね、セレナさん」

「この馬鹿者が」

 

クリスが吐き捨て、奏が冷たい視線になり、響が自身の口元を手で隠しながら呻き、未来が冷笑し、最後に翼が罵る。

 

「まだ二回しかしてないのに早速波乱の展開デース」

「実は私、乱闘が始まるのを今か今かと期待してるんだ」

 

膝の上でほくそ笑む切歌と、物騒なことを楽しみにしている調。こいつらはこいつらで大分できあがっていた。

 

「ところでカズヤは結婚についてどう考えてるデス?」

 

と、ここでぐりんと顔を巡らせて至近距離からこちらの顔を見上げるように窺ってくる切歌。その問いに暫し「うーん」と考えてから、俺は素に戻りゆっくりと答える。

 

「正直な話、一喜一憂しているお前らには悪いが、俺個人としては書類上の関係をそこまで重要視してねーんだよなぁ。そもそも俺の存在自体がこの世界にしてみれば冗談みたいなもんで、戸籍も免許取る時に適当な感じのをでっち上げたもんだ。『君島』っつー姓も愛着はあるがあくまでも日本人として生活する上で必要だから名乗ってるだけだし」

 

そこで一旦区切ってグラスを傾け喉を潤す。

 

「逆に聞くが、仮に俺がこん中の誰かと籍入れたとして何か変わるのか? 今の生活と関係が変わるのか? 残念ながら俺にはそうは思えねーんだ。結局俺にとって何が一番大切かっつーと、お前らと一緒にいられること。ただそれだけ、それだけなんだ。それさえ叶うなら、もう他に何も要らねーよ」

 

いつの間にか誰もが黙って耳を傾け、真剣な表情になっていたことに気づき、なんだか照れ臭くなってきてそれを誤魔化すように笑う。

酔いのせいか、口を滑らせ過ぎたかもしれない。

 

「まあ、求婚自体は純粋に嬉しいし、欲しいもんは力ずくでも奪うっつー攻めの姿勢は嫌いじゃないぜ」

「その最後の一言がさっきのセレナみたいなのを生むんだよなー」

「クリス、他人事みたいに言ってるけど自分のこと忘れてるよ。私達の中で一番最初にカズヤさんをぶっ倒して自分のものにするって言って実行しようとしたの、クリスでしょ」

「そう言う未来も人のこと言えないよ」

「すぐ野生化する響は黙ってな」

「立花は少し自制というものを覚えてだな」

「そういう奏と翼だって家の中だとすぐに野獣になるじゃない」

「マリア姉さんもですね」

「自分だけは違うと言わんばかりの態度はやめなさい、セレナ。あなたが一番えげつないんだから」

 

んだよ? 何? 喧嘩売ってます? あ゛? 何ですって? はあ? やんのかこら! 聞き捨てならん! という感じに、まさに調が期待した通りこれから乱闘が始まりそうな険悪な空気になってきた。

 

「酒が美味いデース」

「ドンペリおかわりー」

 

そんな一触即発な連中を止めるどころか酒の肴にして愉悦に浸る切歌と調の二人は、それぞれのグラスにドンペリをお酌し合い、グラスとグラスを軽くぶつけ合って乾杯。

キャットファイトを眺めながら飲む酒も確かに美味いが、それじゃいつものどんちゃん騒ぎとあまり変わらん気がする。

ここはホストクラブで今の俺はこいつらをもてなすホスト、源氏名は『K』。ならばここでしかできないことをして、少しでもこいつらが楽しめるようにするべきだ。

......仕方がない。値は張るが、さっき響が興味あるみたいなこと言ってたし、折角なんだから金なんてパーッと使っちまうか。

 

「慎次ぃー、慎次ぃー、カムヒアー」

 

1㎞先に落ちた針の音も聞き逃さない忍者を呼ぶ。

 

 

 

分身と本体で合わせて三人の慎次が、シャンパンタワー設立を完了させる。

グラスの段数は五段。あんまり段数を高くすると飲み切れない、酒が勿体ない、という非常にシビアで現実的な全会一致の意見により段数は低めにされた(この場にいる全員が贅沢をよしとしない倹約家だったとも言う)。だが、グラスそのものがそれなりの大きさなのでタワーは相応に高い。

後は天辺のグラスからシャンパンを注ぐだけ、という段階で皆の顔を窺う。

テレビとかでしか見たことないことをこれから行うことに、個人差はあれど期待を膨らませているようだ。

俺は手にしたボトルを軽く掲げて問う。

 

「誰かやりたい人いる?」

「はいはい! 私やりたいです!」

 

元気良くテンション高くピンと腕を高々と掲げてアピールする響に、開栓したばかりのボトルを手渡す。

彼女はボトルを受け取ると靴──黒いハイヒールを脱いでソファーの上に立つ。

 

「それじゃあ、行きますよ~」

 

チョロチョロと注がれるシャンパン。

それを見てクリスがこれじゃないとばかりに呻く。

 

「なんかショボいな」

 

ま、チョロチョロとゆっくり注いでるからな。たぶん、響は金額面を気にしてシャンパンが無駄に零れないようにしてるんだろう。

 

「響、もっとこう勢いよくドワーっとやれ、ドワーっと!」

「えええ!?」

 

しかし、見かねた奏が両手にボトルを持ちハイヒールを脱ぎ、響同様ソファーに立つと、ドボドボジョバジョバ豪快に、一気に注ぐ。

溢れて零れまくるシャンパン。でもそのお陰でなんかそれらしくなってきた。

 

「注げ注げ!」

「どんどん注ぐデス!」

 

調と切歌が手にしたグラスを振り回しながら囃し立てる。いや、囃し立てるのはいいがグラスは下ろせ。事故が起きるだろ!

グラスを振り回す二人からグラスを取り上げ、注ぐ係となった二人から空のボトルを受け取り、新しいのを手渡すというのを何度か繰り返す。

何本ものボトルを消費して、やがて完成するシャンパンタワー。

 

「うむ。なかなか荘厳だな」

「でもやっぱりちょっとお酒が勿体ないですよね」

「その分綺麗ですよ......値段については、今は考えないようにしましょう」

「写真撮りましょ、写真。タワーを背景にして皆で」

 

タワーを前にして翼が満足気に腕を組み、未来がこの場の誰もが思ってることを改めて口にして苦笑いし、セレナがやや現実から目を背け、マリアがケータイ片手に皆を促す。

 

 

 

「......結局いつものどんちゃん騒ぎと何一つ変わらなかったな」

 

それから、VIPルームに備え付けのカラオケを使って騒いでいたら、暫くして電池が切れたオモチャのように切歌と調がコテンと倒れて夢の中に突入。

ならこれでお開きにしようということになり、俺は眠ってしまった二人を脇に抱えてVIPルームを後にした。

その後を残りの面子がほろ酔いと泥酔の中間みたいな状態でついてくる。

そんな俺の前に捨犬がにこやかな笑みで歩み寄ってきた。

 

「捨犬、俺達帰るわ」

「了解。楽しんでもらえた?」

「皆さん楽しめましたか? 楽しめた人は手ぇ挙げて!」

「「「「「「「はーい!!」」」」」」」

 

背後を振り返り促せば、上機嫌な七人の酔っ払いはそれぞれがアホみたいに元気な声を出し手を高々と掲げてブンブン腕を振る。

まるで小学生みたいなノリに、嫌な顔一つせず、むしろノリノリで応えてくれる。何だこいつら、超可愛いし超愛しいんですけど。

......やっぱこいつら以外の女に愛想振り撒くなんて俺には無理だな。

 

「だそうだ」

「それは良かった。タクシー呼ぶから少しだけ待ってて」

「おう。三台頼むわ」

 

深夜料金高いんだよなー。人数は多いが目的地は一ヶ所なのが唯一の救いか。

タクシーを待ってる間にお会計を済ませておこう。脇に抱えた切歌を響に、調を未来に預けた。

 

「慎次、いくら?」

「お会計はこちらになります」

「......ゼロ一個多くね?」

「そんな訳ありませんよ」

「いやだってこれ、ちょっと安いバイク新車で買えるやん」

「皆さんがドンペリ何十本頼んだのか忘れました? シャンパンタワーも建てたでしょう。これでも飲食代のみで更に一割引きなんですよ」

「......」

 

金額を見て目ん玉が飛び出そうになったが、レジを打つ慎次は「こんなの余裕で払えるくらい貰ってるじゃないですか」と笑う。

クソッ、もう二度と歌舞伎町には来ねぇ。一晩で素寒貧になるとか夜の街怖過ぎだろ。

たとえこの料金が十人分の総合計で、均等な割り勘にすればゼロを一個取った値段になるとしても、高い。

外で飲むなら、やっぱ大衆居酒屋一択だな。

 

「どうせ俺は高給取りの癖して庶民派の貧乏性のケチ野郎だよ。なんせコンビニのチキンで幸せになれるからな! ファ○チキください!」

「その台詞は直接脳内に届けてくださいね」

 

慎次と軽いやり取りをしつつ財布から魔法のカードを取り出せば、突然背後からマリアが俺に圧し掛かるように、覆い被さるように抱きつきながら慎次に向かって自分のカードを差し出す。

 

「マリア?」

「私が払うわ」

「何企んでる?」

「これでカズヤに貸し一つ! 後で私のお願い、何でも聞いて!」

「そんなこったろうと思っ──」

「カズヤさんに貸しを作ってお願いを何でも聞いてもらえるなら私が払います!」

 

突如としてセレナがショルダーバッグから札束を取り出し慎次に突きつける。

こうなると他の面子が黙ってない。

 

「そういうことなら私が払おう」

「しょうがないね、皆下がりな。特別にアタシが全額払ってやるって」

「お前ら全員すっ込んでろ。パパとママの仏壇買って以来、大きな買い物してねぇあたしが払う」

 

翼が待ってましたとカードを取り出し、それを押し退けた奏がショルダーバッグに手を突っ込んで財布を取り出そうとして、横からクリスに押し退けられた。

そして始まる押し合いへし合い。

 

「ここは私が払うって言ってるでしょ!?」

「さっきメニュー見て高いって文句言ってたのはマリア姉さんじゃないですか!」

「セレナも言ってたじゃないの!」

「うるせぇ! アタシが払っておくから姉妹喧嘩なら外でやれ庶民派ウクライナ人姉妹め!!」

「何ですって!? 奏だって庶民派じゃないの!!」

「そもそも庶民派の何処が悪いんですか! カズヤさんと一緒にコンビニのチキンで幸せになれるなんて最高じゃないですか!!」

「奏も一緒に外で待ってて、私が出すから!」

「あ、こら押すなよ翼!!」

「唸れあたしのデビットカードォォォ!!」

「雪音ぇぇぇ! 唸らせるのは私のクレジットカードだぁぁぁぁ!!」

「......」

 

いくつものカードやら札束を眼前に突きつけられ無言で困惑するレジ打ちの慎次。

切歌を抱えた響と調を抱えた未来がいかにも『出遅れた!』と臍を噛んでいたが、響はともかく未来はそんな金持ってないだろ。(※時系列はキャロル一派襲来前)

 

「......とりあえずこのままだと収拾つかないんで、後日カズヤさんに請求書渡しますね」

「おう」

「「「「「くっ!」」」」」

 

面倒臭くなって後日請求書払いにされたが、現時点ではこれが最適解だろうな、きっと。

そんでお前ら、何が『くっ!』だよ。どんだけお前らは俺に貸し作ってお願い聞かせたいんだ? いつも二つ返事で聞いてるだろうが!?

そんなこんなで、最初から最後までギャーギャー騒ぎながら俺達のホストクラブ体験は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《マリア・カデンツァヴナ・イヴ(公式)SNSアカウント》

『昨日、カズヤが知り合いに頼まれて一日限定でホストクラブでホストとして働くことになったの。

でも彼は私以外の女に愛想を振り撒くのは死んでも嫌だから、私に開店と同時に店に来て俺を指名してくれって頼み込んできたのよ。

当然私の答えはOK以外にあり得ないわ。

ホストとしての彼は、普段とは違う姿と雰囲気で、筆舌し難い魅力に溢れていて(勿論普段の姿も格好良くて大好きだけど)、とっっっっても素敵だったわ!!』

 

【シャンパンタワーの前でカズヤとマリアが腕を組んで笑っているツーショット画像】

(総<いいね>数、数十万超え)

 

 

 

>《天羽奏(公式)》さんからのリプライ

『お前ふざけんな! アタシと翼も一緒だったろうが!!』

 

【シャンパンタワーの前で奏と翼がカズヤを挟んで笑っているスリーショット画像】

 

 

>《風鳴翼(公式)》さんからのリプライ

『事実を捻じ曲げて公表するな馬鹿者!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

俺は再び一人で歌舞伎町へと足を運び、喫茶店にて捨犬と一対一で向かい合っていた。

 

「いやー、わざわざ来てもらって悪いね」

「別に。暇だから気にすんな。それに前の支払いも済ませたかったしな」

 

アイスコーヒーを啜りながら応じると、捨犬は目を細めて苦笑。

 

「......ありがとう」

 

続いて何故かやけに神妙な態度で礼を述べてくる彼に違和感を覚え、首を傾げた。

 

「んだよ? 急に畏まって。それは俺じゃなくて慎次に言えよ。結局俺なんていてもいなくても一緒だったじゃねーか」

 

やったことと言えば身内の女複数名を連れて酒飲んで騒いだだけで、人手不足に困っていた店を助けたのは主に慎次だ。売り上げに貢献できたかもしれないが、そもそも料金の内訳は飲食代のみで更に一割引。通常と比べて、人数が多い割には得られる利益が少なかった連中だったのは違いない。

 

「そっちじゃなくて、兄者のこと」

「慎次のこと? どういうことだよ」

「なんだかね、久しぶりに見た兄者が凄く楽しそうだったんだ」

 

黙って続きを促す。

 

「きっと兄者は、今が一番楽しいんだと思う。ご存知の通り緒川家の仕事は忍としてのものばかりだから、一族の皆は時に自分の気持ちを押し殺して職務を遂行することになる。けど、昨日久しぶりに見た兄者は素のままだった。前々から忍者よりも他のことの方が向いてるかもとか言ってて、昨日の姿を見て当時の言葉は本当だったんだなぁ、って実感してさ」

 

感慨に耽るような言に俺は何も言えない。

緒川家に三男は不要と聞いた。だとしたら次男は?

恐らく次男はスペアだ。長男に何かあった時の代わり。

胸糞悪くなる話ではあるが、そういう形で何百年も連綿と続いてきたのが忍というものなのだろう。

 

「俺は忍として育てられなかったからこそ、兄者のことを心配してた。兄者は忍としては高い実力を持ってたけど、性格は里内で誰よりも優しかったから......」

 

俺は素直に頷く。慎次は捨犬にとって良いお兄ちゃんだったのだ。それは想像に難くない。

 

「己を偽ることなく、毎日良い友人や仲間に囲まれてやり甲斐のある仕事に打ち込む。そんな生活を送れてる兄者を見て、安心したんだ」

「......そうか」

「だから、カズヤくんはこれからも兄者の友達でいてあげてくれると、俺としては凄く嬉しい」

「言われるまでもねーよ」

 

即答してから更に続ける。

 

「自慢じゃないが、俺はダチが少ねーんだ」

 

男友達より嫁さん候補の方が多いという、悲しいんだか嬉しいんだかよく分からん状況だが。

 

「その少ねーダチを失うつもりはねーから安心しろ」

「うん」

 

捨犬は嬉しさと安堵を滲ませて相槌を打つ。

 

「それに」

「それに?」

「あいつは俺のダチであり、仕事仲間であると同時に目標でもあるからな」

「目標?」

 

これは慎次以外の者達も含まれているが。

 

「ああ。いつかあいつみてーな格好良い大人になるっつー目標だ」

 

きょとんとしている目の前の彼に向かって、俺は唇を吊り上げて笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

「ついでみてーな形になっちまったが、お前も俺のダチだぞ」

「あの"シェルブリットのカズヤ"から友達認定受けるとか、これほど光栄なことは生まれて初めてだよ」

「困ったことがあったらすぐ言えよ。ホストクラブがヤクザに難癖つけられたとかなら任せろ。その日の内にヤクザの事務所にシェルブリットバーストでカチコミかけて地上から消してやる」

(あ、この人って普段はそうでもないけど、荒事になると想像以上にやべー人だわ......)

 

 

 

 

 

更なるオマケ

 

 

爆睡している切歌と調を元F.I.Sの四人が暮らす部屋に叩き込み、残りはそのままぞろぞろ奏の部屋へと雪崩れ込む。

 

「とりあえず上着をハンガーに掛けたらお茶でも飲んで一息つきましょう」

 

という未来の提案に異を唱える者などおらず、それぞれがハンガーに自身の上着を掛けると、冷蔵庫から2リットルの麦茶のペットボトルを取り出し皆で飲む。

冷たい麦茶が酒で火照った体に染みる。

誰もが大きくふう、と吐息を漏らす中、カズヤが皆を見渡しながら質問。

 

「そういや、なんでOL風?」

「ホストクラブに行くんならOLっぽい格好が良いんじゃないかなと思って。流石に普段着だとさ、なんか場違い感出るだろ」

 

麦茶を飲み干し空のグラスをテーブルに置き、代表して答える奏。

なんとなく言いたいことが分かったカズヤはとりあえず納得した。

 

「......それにしても随分ミニだな」

「ミニスカート好きって前に言ってたじゃないですか」

 

クスクス笑いながら妖しい色香を放ち応答する未来の発言に彼はうんうん頷く。

 

「ああ、ミニスカート好きだぞ。しかもお前ら、リクルートスーツにミニのタイトスカートとか狙ってるとしか思えねー、最高かよ。あまりにもセクシーで、かなり目のやり場に困ったぜ」

 

豪快に笑い飛ばしてから麦茶を飲んだその時──

 

 

ガラガラガッシャン!!

(※理性が崩壊する音)

 

 

ついに響が限界を迎えた。

 

「■■■■■■■■■■■■■!!!」

「何が切っ掛けだぁぁ!?」

「今のだろ。つーか、あたしももう我慢できねぇ」

 

獣の咆哮を上げていきなり飛び掛かってきた響に抱き着かれてそのまま押し倒された状態のカズヤに声を掛けつつ、クリスは妖艶に舌舐めずりをしてから自身のブラウスのボタンを外し始めた。

これを皮切りに場の空気が一気に変わる。

それは夜のプロレス大会開催の合図。

誰かがこう言った気がした。

 

 

七人に勝てる訳ないだろ? というようなニュアンスの言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体いつから七人なら勝てると錯覚していた?

 

 

 

 

 




はい、ごめんなさい。育児に引っ越しに転職にで毎日てんてこ舞いで、ちょっと時間がある時にチマチマ書いてたらよく分からん話になってました。

文字数的には本編を二話くらい更新できる量なのですが......何やってんだ私!

実は前々からカズヤが緒川さんの弟である捨犬くんと出会う話を書きたいなと思ってまして。
エルフナインは外見年齢的に完全アウトなので仲間外れになることは確定していたので、時系列は彼女がS.O.N.Gに合流する直前としてます。
また多少のネタバレ及びメタ的な話になりますが、原作アニメと同様にGX編終盤はラストバトルが新宿となり都庁から数キロ圏内が消し飛ぶ予定なんで、時系列的にGX編終了後の崩壊した新宿にできなかったのもあります。(つまり捨犬が勤めるホストクラブは当然とばっちりを食らう)

ちなみに私のホストやホストクラブに関する知識は銀魂を読んだ程度のものです。なので、ホストと聞くと死んだ魚みたいな目をした薄汚い天パとかメガネが本体のメガネ掛け機とか救いようのないドSとかレッツパーリィしてるトッシーみたいなのが「オッケー我が命に代えても!」って言ってるくらいしか知りません(偏見)。

次こそは本編を更新したいと思ってます。
ホントですよ!
.........................................................奏と翼が婦警のコスプレしてバイクツーリング中のカズヤを交通違反(言いがかり)で捕まえて切符切られたくないなら股間のマグナム出せよと脅してミニパトに無理矢理押し込むR-18版とか、奏単体でお墓参りの後に実家でいちゃこらファックスなR-18版のことなんて考えてませんことよ、ホホホ。





・カズヤ
全ての元凶。こいつが普段から自身の欲望に忠実でマジで好き勝手にやりたい放題するせいで、感化された響達が暴走する。そして暴走する響達の言動を何一つ否定しないし拒絶もしないし、むしろ喜び勇んで受け入れちゃうから拍車が掛かる。
周囲を振り回すのが好きだが、嬉しそう&幸せそうな響達に振り回されるのはもっと好き。気がついたらセクハラする側からされる側に。
とはいえ、最低限、時間と場所は弁える模様。
自他共に認める庶民派及びケチなのでお金をあまり使いたがらないが、身内にクソ甘いので響達が喜んでくれるなら宵越しの銭は持たないと金に糸目をつけずに使い込む時が多々ある。ケチなのか太っ腹なのかどっちかはっきりしろ。
なお、給料を貯金したがる理由は、もし子どもができた場合の養育費だったり、家を買う資金だったり、老後の為だったりとかなりまともだが誰にも言ってないので響達は誰一人として知らず、貯金が趣味と思われてる。


・響
カズヤの影響で本能と欲望に最も忠実な乙女になってしまったある意味犠牲者。
最早手遅れ。普段食欲を抑えられない彼女が性欲を抑えられる訳がなかった......!
今のところ一番理性がガバい。


・奏、翼、クリス
一応外では自制が利く反面、人の目を気にする必要がなくなると依存気質な面や元来の甘えたがりな顔が出てきてしまう。
そして前述のようにカズヤが全く拒否らない、甘えられると喜ぶのでズブズブズブズブ沼に沈んでいく。今後も沼に急速潜航! もう助からないぞ!


・マリア&セレナの姉妹
切歌と調に隠れて自分達はいちゃこらファックスしまくってる負い目があるので、二人に『未成年(ウクライナは18歳からOK)なんだからお酒はダメ』とは言えない。
元々愛情深い姉妹だが、家族と死に別れた経験が何度もあった為、『家族』というものに特別な思いがある。
そんな重い思いもカズヤは以下略。
特にセレナはネフィリム暴走時のカズヤを見てパラダイムシフトを起こしており、『戦うこと自体はあまり好きではない』というのは変わらないが『戦って勝つことは必要であり当たり前』という考えが無意識的にあるので攻めの姿勢は崩さない。
マリアは世間的にカズヤと恋人と見られていることを利用しSNSで色々と自慢気に語るが、その度に奏と翼から突っ込みが入る。


・未来
フロンティア事変以降、色んな意味で自重しないし遠慮しないし我慢もしない。
王様ゲームで王様になったらカズヤに婚約指輪を買わせるつもりだったのでセレナに文句を言えないはずだがそんなことなど気にしないのである。何故なら周囲に構わず我を通すようになったから。
しかし抜け駆けは許さん。自分は抜け駆けするけど。
なお、もし彼女が王様になっていたら数ヶ月後にはマジで左手の薬指にダイヤの指輪が填まることになっていた。(私が妻に贈ったものはオーダーメイドだったので手元に届くまで数ヶ月かかりました)


・切歌&調
未成年だけど飲酒するよ、だって周りの連中が皆してるもん。と、すっかり悪い子に。
カズヤとスキンシップをしてると他の面子が面白いリアクションをしてくれるので楽しい。
暴走しまくる響達とそれに振り回されるカズヤを見ているのも楽しい。


・あおい
現実世界でも国家機密に関わる人(CIAとか)って離婚率スゲー高かったり恋人できてもすぐ別れたりするみたい(仕事について常に嘘を言い続けなければならない為)なので、彼女は暫く彼氏できません。女性としては魅力あるのに環境のせいで恋人できない典型例。
......なんかごめんね。


・フィーネ
「切歌と調が寝たらあなた達どうせいちゃこらファックスするんだろ、私は詳しいんだ....................................うらやまけしからん、私もあの御方とブツブツ」


・弦十郎
様々なことに寛容な理想の上司。
何気にお客のお嬢様方に筋肉についてチヤホヤされて満更でもない。


・朔也
あおいの相手を捨犬にパスした後は普通にホストとして働いてみたが、連絡先を交換し合えるような女性とは残念ながら出会えなかった模様。
でもホスト一日体験はそれなりに楽しかったとは本人談。


・慎次
忍んでない忍者。弟の捨犬からは忍者ではないからこそ仕事について心配されていた。しかし、カズヤ達が兄にとって心許せる人物だと理解され、心配は安心へと変わる。
以前の彼だったらいくら弟の頼みでも影分身の術を使ってまで店を手伝ったりしない。これもカズヤがやりたい放題していた光景を間近で見続けた影響。
本人曰く「楽しそうだったので、つい」とのこと。
実は捨犬の『影分身の術で手伝ってくれ』発言は半ば冗談であり、本気でやってくれるとは思っていなかった。だからこそ捨犬は、慎次が分身したのを目の当たりにして、カズヤ達が兄にとって大切な友人なのだと察し、嬉しくて笑ったのだがカズヤの目からはドヤ顔に見えた。


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羽ばたく翼とその生き様

ま、待ちましたか?(震え声)


二つの金属と金属がぶつかり合い甲高い音が響き、一拍遅れて片方の金属が砕け散る。

砕けたのは奏が手にするガングニールのアームドギア。刃こぼれ一つなく健在なのはファラのソードブレイカー。

 

「言ったはずです、私のソードブレイカーは剣殺し(つるぎごろし)の──」

「うるせぇっ!!」

「がはっ!?」

 

自身が持つ哲学兵装『剣殺し(ソードブレイカー)』について自慢気に語るファラ。しかし言葉を遮るようにその顔面に拳がめり込む。奏はアームドギアを破壊されたことに一切怯まず、むしろそれがどうしたとばかりに気にした様子もなく、穂先が砕けて消滅したガングニールの柄を握ったまま右ストレートを放ったのだ。

吹っ飛び転がりつつも体勢を整えたファラに翼が大剣に変じたアームドギアで袈裟懸けに斬りかかる。

 

「はああああ!」

 

咄嗟にファラは剣を盾とした。

インパクトの刹那、火花が散る。

次いでやはり剣殺し(ソードブレイカー)の能力によりアームドギアが砕かれるが、

 

「ふん!」

 

気合いの声と共にファラの鳩尾に翼の踵──喧嘩キックが綺麗に入り、人形はもんどり打って倒れた。

 

「確かにお前の武器は厄介だよ。相性で見たら斬撃系アームドギアのアタシと翼じゃまともにやってちゃ勝負にならない」

「だが、貴様は一つ思い違いをしている」

 

アームドギアを改めて顕現し直してから奏と翼は油断なく構えた。

 

「相性が良いとか悪いとか」

「その程度のことで私達に勝った気になって」

「「見下してんじゃねぇぇ!!」」

 

かつてカズヤが未来に放った言葉を、そっくりそのまま雄叫びのように口にしながら二人は前へと踏み込んだ。

 

「......ロンドンでの印象のせいで、どうやら少し侮っていたようですわ」

 

アームドギアが破壊されることに全く動揺しない、むしろアームドギアが破壊されることを前提にしたステゴロの戦い方に、ファラは僅かに眉を不快そうに歪め、左右から挟み込むような攻撃に二刀流で迎え撃つ。

槍と刀をソードブレイカーで受け止め、粉砕した瞬間、

 

「食らえ!」

「せい!」

 

奏のローキックが右の脛を、翼のハイキックが後頭部を叩く。

更なる追撃として奏の左ストレート、翼の右の掌底を順に左右から一発ずつ顔をもらってから、タイミングを合わせた二人の後ろ回し蹴りが同時に腹部へ入る。

 

(これはなかなか、厄介です)

 

二対一という数的不利に加え、アームドギアを破壊したその一瞬後には拳や蹴りが飛んでくる。おまけに武器持ちから徒手空拳への切り替えが異様に早い。

バックステップを踏んで距離を取ってファラを質問は飛ばす。

 

「......随分と素手での戦いが板についてますが、特訓でもしていたのかしら?」

「私達の仲間には徒手空拳で戦う者がいる。彼らを間近に見て、共に訓練していれば嫌でも慣れる」

「"シェルブリットのカズヤ"と立花響......」

「模擬戦やってて懐に入り込まれたらアームドギアなんか捨てて戦った方が良いんだよ」

 

応答する翼に奏が補足した。

更に付け加えるなら、ファラが挙げた二名の上位互換と言っても過言ではない弦十郎という存在がS.O.N.Gにはいるのだ。ギアを纏った装者どころか完全聖遺物すら凌駕し、アルター能力者をも圧倒してしまう戦闘能力の持ち主が、近接戦闘の訓練について口出ししない訳がない。

間合いを離したまま互いに睨み合うファラと装者二人。

 

「......」

「......」

「......ふ」

 

数秒の沈黙の後、やや呆れたようにファラが苦笑。

 

「悪くはない戦法ですが、良くもないのはお気づきで? 痛くも痒くもないですわ、お二人の拳や蹴りは」

「さっき『がはっ!?』って言ってただろ」

 

半眼になって指摘する奏をファラは当然の如く無視した。

 

「殴るのならもっと強く、もっと血の滾った拳でお願いいたします。シェルブリットのような、殴られた瞬間全身が燃えてしまうような熱い拳を」

「へぇ、敵の癖に分かってんじゃん」

「カズヤの拳の味が分かるとは、なかなかできるな」

 

意味不明なことに意気投合する一体と二人のやり取りに、八絋は困惑しながら緒川に問う。

 

「何を言っているんだ翼達は?」

「気にしたら負けです」

「慎次......」

「負けです」

「そ、そうか」

 

有無を言わせない強い語調で言い切る緒川の対応に、これ以上深く突っ込むのは無理だと察して八絋は額に汗を流しつつ頷く。

 

「ならばテンポを上げましょう。お二人はついてこられるかしら!?」

 

全身から迸っていた"向こう側"の力が輝きを増し、自身の周囲に翠色の魔力を孕んだ風が吹き荒れ、やがてそれはいくつもの竜巻へと変わる。どうやらファラが本気を出したようだ。

 

「舐めんな......!」

 

槍の穂先を高速回転させ、竜巻を生みながら奏が突撃。

ファラの風と奏の風がぶつかり合う。

爆音と共に互いを食らい合う力と力の衝突は、拮抗していたように見えたのは一瞬だけだった。

 

「舐めているのはそちらの方では?」

「っ!」

 

突然巨大化し威力が急激に上昇したファラの竜巻が、一方的に奏のそれを押し潰し、更には彼女を巻き込んで吹き飛ばす。

悲鳴すら上げられず母屋の壁をぶち破って姿が見えなくなる奏。

 

「奏っ!!」

「仲間思いなのはとても美しいですが、あなたはあなたで他人の心配をし過ぎです」

 

続いてフラメンコを踊るような動作で踵を打ち付けカカッと鳴らせば、それを合図に地面からアルカ・ノイズが三体出現し、要石に取り付いた。

 

「アルカ・ノイズ!?」

 

恐らく襲撃前に敷地外から土中を潜行させ、要石付近で待機させていたようだ。アルカ・ノイズの分解能力ならその程度は容易いだろう。海に行った時にカズヤや未来がアルターの分解能力で穴を掘っていた光景が、翼の脳裏に過る。

 

「隙だらけよ、(つるぎ)ちゃん」

「なっ!」

 

"向こう側"の力で身体能力が強化されたファラの踏み込みは既に縮地の域を超えており、指摘の通り隙を晒していた翼は不十分な構えで剣殺し(ソードブレイカー)を刀で受け止めることしかできない。

そして、当たり前であるが翼の刀は打ち砕かれ、袈裟懸けに斬り裂かれた。

 

「翼!!」

「翼さん!!」

 

八絋と緒川の悲痛な声が戦場となった風鳴家の広い庭園に虚しく響く。

同時に、翼の刀とギアの装甲が粉々に砕かれて飛散し、要石がアルカ・ノイズによって分解され赤い塵と化して爆散した。

 

「てんめぇ......!!」

 

母屋から這い出てきた奏が苦痛と怒りに顔を歪めながらファラを睨むが、ファラは冷笑しながらうつ伏せに倒れた翼の後頭部を右足で踏みつけた。

 

「ぐあっ!」

(ぬる)いんですよ。何故シェルブリットのように私を見た瞬間に最大出力で攻撃して来ないのですか? イグナイトはもう使いこなせるのでしょう? それとも私には使うまでもないと? だとしたら舐め過ぎにも程があります。"向こう側"の力がどれ程強力か忘れた訳ではないでしょう、に!!」

 

言葉の最後にファラは翼の頭を踏みつけていた足で、サッカーボールを蹴るようにキック。

蹴り飛ばされた翼が放物線を描いて八絋と緒川の前に転がる。

 

「この野郎!!」

「だから、イグナイトを使えと言ってるんですよ」

 

頭に血が昇った奏が考えなしに斬りかかり、容易く防がれ槍を砕かれて、逆に払い斬りという手痛い反撃を受けて膝を突く。

 

「がっ...」

「どうしましたシンフォギア? 愛しい男が見てくれていないと、この程度なのですか!」

 

ついでとばかりに奏も翼同様、蹴り飛ばされて母屋の壁に叩きつけられそのままめり込む。

痛む体に鞭打って立ち上がろうとしていた翼は、四つん這いの体勢でその光景を目にし歯を食い縛る。

そのすぐそばで、そんな彼女の名を八絋が静かに呼んだ。

 

「...翼...」

「申し訳、ありません。この身は剣と鍛えてきたにも関わらず、このような醜態を......要石も満足に守れず──」

「先程カズヤくんが言っていた件だがな」

「え?」

 

謝罪を遮るように、唐突に話を切り出す八絋の顔を呆けた顔で翼は見上げた。

 

「まず最初にお前に話すべきことでありながら、これまでカズヤくんにしか話していないことだ」

「何を、突然」

「お前に『翼』という自由を意味する名を、風鳴家の因習から外れた名を付けた理由は、風鳴家の呪縛にお前が囚われないようにする為だ」

「!!」

 

大きく目を見開く翼に視線を合わせるように、八絋は服が汚れるのを厭わず膝を突き、両手を彼女の両肩に載せる。

 

「これまで散々カズヤくんから早く伝えろと急かされて、娘の窮地というこの土壇場で漸く動き出すとは......私は自分で思っていた以上に意気地無しだったようだ。だが、私は覚悟を決めたぞ......!!」

 

自嘲するように笑うと彼は立ち上がり、鼓舞するように叫んだ。

 

「立て翼! 俯かずに前を見ろ! お前は(つるぎ)でもなければ、ましてや風鳴の道具でもない!! お前は『翼』! 空を自由に羽ばたき、未来と夢をその手で掴み取る『翼』だ! この世界の何処にも、お前を縛る鎖など無ければ閉じ込める籠も存在しない! お前の目の前にあるのは、お前が選んだお前の道だけだ!!」

 

そこまで言い切った後、八絋は目を逸らしてから恥ずかしそうに小さな声で「まさかこの年でカズヤくんの影響を受けるとは、私もまだまだ若かったか......」と漏らす。

 

「お、お父様」

 

告げられた内容に心が震えた。ドクンッと胸が高鳴り、熱くなる。

万感の想いが込められた言葉を聞いて、傷ついていた体に力が漲っていく。

 

(奏の言っていたことは本当だった。お父様は、私を風鳴家から遠ざけようとしていただけ)

 

思わず嬉し涙が零れそうになるのを必死に堪え、四肢を動かし立ち上がった。

たとえ実の娘でないとしても、娘として扱ってくれていたことを漸く自覚できたのだ。

これで立ち上がれなければ、『風鳴翼』を名乗る資格などない。

 

「行けるか? 翼」

「行けます! お父様!」

 

問いに即答すれば、八絋は大きく満足気に頷く。

 

「ならば行け、お前の道を。そしてその生き様を私に見せてみろ」

「はい!!」

 

しっかりと頷き返し、相棒の名を呼んだ。

 

「奏!!」

「お父さんの言う通りだよ、翼。アタシ達はツヴァイウィング」

 

壁にめり込んでいた奏がそこから抜け出ると、胸元に手を伸ばす。

同時に翼も胸元へと手を伸ばし、ギアペンダントを掴む。

 

 

──私は風鳴翼であり、ツヴァイウィング。

 

 

「アタシと翼、両翼が揃ったツヴァイウィングは!!」

「何処までも遠くへ飛んでいけるっ!!!」

 

 

──恐れるものなど、何も無い!!

 

 

「イグナイトモジュール!」

「抜剣!」

 

二人同時にペンダントのスイッチを押し空中へと放り投げれば、それは光の剣を形成し、そのまま二人の胸の中心に突き刺さる。

シンフォギアが呪いの力を纏い、その姿を漆黒へと変えた。

 

 

──だから聴いてください、私達の歌を!!

 

 

シェルブリットォォォォォォォォォォォォッ!!!

 

 

次いで翼は左の拳を、奏は右の拳を、二人はそれぞれ強く握り締めて高く掲げる。

黒く輝く光の塊が二人の腕を覆い、エネルギーが固着されてシェルブリットの形と成す。

 

 

──そしてありがとう、カズヤ。

 

 

左腕と右腕──対となった二つの黒いシェルブリットは、全く同じ動作で手首の拘束具が外れ、装甲のスリットが開いて手の甲に穴が開き、台風のように莫大な力を渦巻かせる。

 

 

 

 

 

【羽ばたく翼とその生き様】

 

 

 

 

 

サンと名乗った女に連れられて到着したのは、繁華街から少し外れた住宅街。その中にあるそこそこの広さを持つ公園だった。幼児向けの遊具や砂場、ボール遊びやかけっこなどが可能な広さがあるだけの、何の変哲もないただの公園。

夜の帳が降りたこと、加えて公園内の電灯は故障しているらしく点いていないものや、点いていても古くて光量が弱く、そのせいで薄暗い。故に人気はない。

 

「ここだ」

 

そう言って公園の中心に立ち止まるサンの前には、闇の中で翠色に淡く輝く錬成陣。

微かにファラと相対した際に感じた気配、及び力の波動をカズヤは覚える。間違いなくあの人形の手によるものと確信し、拳を握り直す。

 

「よし、こいつをぶっ壊せばいいんだな」

「ああ」

 

確認すれば相槌が返ってくるので、早速カズヤは大きく振りかぶってから拳を地面に描かれた錬成陣に振り下ろす。

が。

 

「何っ!?」

 

キィィィィン! という高い音は、錬成陣の前に張られた防御壁がカズヤの拳を受け止めた音だ。

 

「結界? 召喚陣を守ってんのかよ」

「そのようだ」

 

しかもカズヤのシェルブリット第二形態の拳を受けて何事もなく存在を保持しているのなら、それは相当な魔力が込められている。

 

「シェルブリットバーストを使え。それなら問題なく結界ごと召喚陣を粉砕できる」

「......わーった」

 

サンの促しに対して異論はないのだが、何故か期待を込められたキラキラとした視線の理由が分からない。

 

(ま、いっか)

 

時間もないので深くは考えず、サンに左手でこの場を離れるように合図してから、拳を顔の高さまで掲げて叫ぶ。

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

右手首の拘束具が独りでに外れ、手の甲から肘まで伸びる装甲のスリットが展開し、それにより開いた手の甲の穴に光が収束していく。

 

「輝け」

 

"向こう側"の力を引き出す。右腕全体が輝き、目映い虹色の光が腕全体から放たれ、すぐにそれは全身から放たれるようになる。

 

「もっとだ!」

「もっと!!」

 

やがて虹色の光は金の光へと変わり、右肩甲骨部分の回転翼が高速回転を開始。ふわりと足が地を離れ体が浮く。

この時、あれ? とカズヤは思う。なんでサンも一緒に叫んでんの? と。しかも声の張りとテンションが自分より彼女の方が高くね? 気のせい?

 

「「もっと輝けええええええええええ!!」」

 

二人の雄叫びが綺麗にハモる。

勢い良く空高く飛翔し、眼下に広がる住宅街を見下ろしつつ、自由落下に合わせて回転翼の軸から銀色のエネルギーが噴出。とてつもない速度で急降下を敢行。

 

「シェルブリットバースト......!!」

 

心の中で一言、この公園を利用している近所の人々に謝りつつ右腕を振りかぶり、

 

「どぅおおおおおおおおおおおりゃっ!!!」

 

召喚陣が描かれた公園の中心の地面、及びそれを守る結界を思いっ切り殴り付けた。

 

 

 

眼前で金に輝く光の柱が天を貫く。

 

(素晴らしい!)

 

サンジェルマンは目の前で太陽が爆発したかのような光に眩しそうに目を細め、内包された凄まじいエネルギーに恍惚とした表情になる。

 

(この力があれば、我らの革命は......!!)

 

確信する。やはりカズヤの力は、神の力に匹敵すると。

 

「これでアルカ・ノイズはもう沸いてこねーな!」

 

光の柱が消え去り今しがた空けた大穴の上でホバリングしている彼の声に反応し、サンジェルマンは仲間に確認を取る為ケータイを操作。

 

「こちらは召喚陣は破壊した。そちらはどうだ?」

 

数秒後、カリオストロの声が電話越しに返ってくる。

 

『ダメみた~い! でも新しく召喚されるアルカ・ノイズの数が今までよりちょっと減ったわ。これきっと複数の術式使って展開してる可能性があるわよ』

「分かった。では継続して召喚陣を捜索して叩く。そちらはもう暫く任せる」

『はいは~い』

 

通話を切れば、こちらに飛びながら近寄ってきたカズヤがまるで巣を守ろうとする蜂のようにブーン、ブーンとサンジェルマンの周囲を旋回しながら聞いてきた。

 

「何だって?」

「まだ終わっていない。どうやら召喚陣は複数あるらしい」

「ちっ」

 

忌々しそうに舌打ちする彼を横目に手を前に翳し、錬成陣を展開して召喚陣の気配を探る。

サンジェルマンの目の前に広がる錬成陣には、簡易的な街の地図が表示され、地図中央の現在地からソナーのように波紋を打ち、一定間隔で繰り返し輪が広がっていく。

 

「それにしても錬金術ってスゲーな。それで気配を辿ってんだろ?」

 

周囲を旋回するのをやめて、サンジェルマンの背後にホバリング状態となったカズヤが彼女の肩越しに錬成陣を覗き込む。

 

「ああ。錬金術を行使する際に発生する特殊な波長パターンやエネルギーなどを探り、場所を特定する」

「魚群探知機とかソナーみてーだな」

「イメージとしてはそれが近い」

「......俺一人だったらどうしようもなかったぞこれ」

 

突っ込んで殴ることしかできねーからな、と唸っている彼の様子に苦笑しつつ、サンジェルマンは本格的に意識を集中した。

ついさっき破壊したものを発見した時よりも深く探ること十秒経過。

 

「よし」

「おっ!」

 

捉えたものが地図に光点として表示される。その数、五つ。

 

「多いな!」

「やはり陣の数は今のを含めて計六つ。六つの陣が六芒星を描きその中心に効果を発揮する典型的な転移の術式ね。厄介なのは複数の同じ陣を同時に展開、運用、重ね掛けをしている為、全てを破壊しないと効果が完全に失われないこと」

 

先程カリオストロが召喚されるアルカ・ノイズの数が減ったという発言から、まず読み通りで間違いないだろう。

顎に手を当てて一人言を呟くようにしながら解説するサンジェルマンの肩に、カズヤの左手が載る。

 

「錬金術のお勉強は今はいい。場所が特定できたんなら飛ぶぜ!」

「え? きゃっ!?」

 

自分の口から年端のいかない乙女のような可愛らしい悲鳴が漏れた事実を、サンジェルマンは信じられなかった。

言うが早いかカズヤは何の断りもなくサンジェルマンを横抱きにしていたのだ。左手はそのまま彼女の左肩を掴み、右腕は両足の膝裏に潜らせ、お姫様抱っこで空高く舞い上がる。

 

「ちょっと──」

「ワリーけどこっちは急いでんだよ、だから文句は聞かねぇ! あと口閉じてろ、舌噛むぞ!!」

 

突然の密着状態に戸惑う間もなく、猛スピードで飛行が開始された。

咄嗟に彼の襟首にしがみつく。

体を襲う常軌を逸した加速と重圧。高速で流れる風景。肌に叩きつけられる暴風という表現が生温いと言わざるを得ない風。

まるで肉体が弾丸になったかのような錯覚に陥る。

それはまさに"シェルブリット"。二つ名に恥じない、生身で弾丸になるという非常に珍しい非常識な体験。

 

「ぐぼぉ......」

 

そして、思わず口から零れた汚い呻き声──まるでトラックに轢き潰されたガマガエルの断末魔みたいな声が自分の口から出たことに、サンジェルマンは信じられなかった。

 

 

 

サンジェルマンを抱えて飛行中のカズヤの右目は、ここ最近ですっかり馴染みとなった感覚に刺激され、血涙が流れ始める。

 

(翼と奏がイグナイト使ったか......しかもほぼ同じタイミングでクリス達までギア纏ってるな)

 

誰がどんな状況なのか──厳密には誰のギアがどのような稼働状況なのか──なんとなくだが分かる。アルター化したことで右目の瞳は金色になってから二度と戻らないが、その代わり装者達のことを感じ取れるのはありがたかった。

 

(今のあいつらなら俺が手を貸さなくても問題ねぇ! だからこっちはこっちで目の前のことに集中だ!!)

 

仲間を信じてカズヤは更に速度を上げる。右肩甲骨の回転翼の回転数が増し、軸部分から噴出する銀色のエネルギーも更に大きくなっていく。

 

「ぶきゅ」

 

それに伴い、腕の中で低反発枕を勢いよく叩き潰した時のような声が聞こえてきたが、錬金術師だしまあ平気だろと無視した。

 

 

 

 

 

「待ち焦がれていました」

 

人形でいながら人間のように口角を上げてほくそ笑むファラを前に、翼と奏は手にしたアームドギアを強く握り締めて構え直す。

すると、それぞれの黒い刀身が炎に包まれた。

翼の刀は快晴時の透き通った空を連想させる蒼の炎。

奏の槍は翼と対となるような、彼女の激情を表すかのような紅蓮の炎。

二人の装者は歌う。

歌が響き奏でられるのに呼応して、刀身の炎はより激しさを増し、燃え盛ることで周囲一帯を明るくしていく。

 

「ふふっ」

 

先に動いたのはファラだ。笑みを零しつつ一歩大きく踏み込み、体を横に一回転させつつ二刀の剣を横薙ぎに振り払う。それにより発生したいくつもの鎌鼬が地面を抉りながら、空間を斬り裂きながら二人の装者を両断せんと襲いかかる。

威力も速度も先とは段違いであるそれに対し、奏と翼は炎を纏った己のアームドギアを高く掲げるように構えてから、同時に振り下ろす。

二つの刃から繰り出されるは、炎の斬撃。さながら巨大な毒蛇が獲物に食らいつくが如く、地を這い焦がし進む二つの炎がファラの鎌鼬と正面衝突。

すぐそばで落雷が発生したかのような轟音の後、鎌鼬は瞬く間に二匹の炎蛇に食らい尽くされ、掻き消えた。

自身に迫る炎を跳躍して難なく躱し、要石があった場所──赤い塵の山の上に着地した人形は特に驚いた様子も見せずに歓喜の声を上げる。

 

「そうです。そうでなくては面白くありません!!」

 

爆足で踏み込み剣を振りかざす。狙いは翼だ。

 

「疾っ!」

 

臆することなく応じた彼女は、ファラに劣らぬ速度で踏み込みアームドギアを逆袈裟に振るう。

翼とファラが交差するその刹那、甲高い音と共に剣殺し(ソードブレイカー)が真っ二つに折られて宙を舞い、折れた切っ先が地面に突き刺さった。

 

「......え?」

 

あまりにもあっさりと武器が破壊され、何が起きたのか分からないファラが思わず背後を振り返り翼の背中を注視すれば、

 

「お前も隙だらけだよ。ま、誰だって武器を壊されりゃそういう反応だろうけど、なぁっ!!」

 

正面から奏が槍をバットのように振り回していた。

慌ててもう片方の折れていない剣殺し(ソードブレイカー)で受け止めようとするが、翼の時と同じように容易くへし折られ、防ぎ切れずに吹き飛ばされる。

奏の一撃により火達磨になりながら地面を二回バウンドし、三回目で池に落ちて漸く止まる。

 

「馬鹿な、何故!? あり得ない!! 剣殺し(ソードブレイカー)が何故こうも一方的、に......」

 

池のお陰で火達磨からずぶ濡れになり、喚くファラの言葉が尻すぼみになった。ならざるを得なかった。

人形はその目でしかと見たのだ。二人の装者が手にするアームドギアが、刀身が目映い炎に包まれることで()()()()()()()をしていることに。

燃え盛る炎の翼。まるで不死鳥の片翼をそれぞれ武器としている様に、ファラは臍を噛む。確かにこれでは哲学兵装としての剣殺し(ソードブレイカー)が効かないのも納得だ。

あれは剣や槍といった刃の類いではなく、まさしく翼なのだから。

 

「言ったろ。アタシ達はツヴァイウィング」

「自由に空を駆け、夢を羽ばたく者の名だ」

 

誇るように言い放つ二人の腕、奏の右腕と翼の左腕──二つのシェルブリットが黒く光輝き、それが直ぐ様全身を覆い、膨大なエネルギーを放出する。

続いて刀身の炎がこれまで以上に激しく、より強く、より大きく燃え上がった。

 

「これで終わりにしてやるからしっかり刻んでおきな!」

「両翼揃った私達の、渾身の一撃を!」

 

宣言し、同時にファラ目掛けて飛び込む。

掲げられたアームドギアから迸る巨大な蒼い炎の翼と紅蓮の炎の翼。一対の翼が夜空を眩しく照らすそれは、不死鳥が翼を大きく広げて今まさに飛び立つ瞬間を連想させるほどに幻想的な光景。

 

 

 

シェルブリットォォォォ──

 

 

 

そしてファラは、折れた剣殺し(ソードブレイカー)を放り捨て、

 

「アハハハハハ! アハハハハハハハハハ!!」

 

受け入れるように腕を広げ、狂ったように笑い出す。

 

 

 

──バァァストォォォォッ!!!

 

 

 

次の瞬間、振り下ろされた一対の炎の翼が内包していた力を爆裂させ、巨大な一羽の不死鳥が飛び立つかのような火柱が天を焦がし、周囲一帯を蒼と紅蓮に彩った。

 

 

 

 

 

「ん? 何だあれ?」

「人?」

「こ、こっちに来るぞ!」

「先生! 空から人が!!」

「はあ? 何を言って......ファァァァァァァァァ!!??」

「......え、嘘、何?」

「あれって、もしかして」

「"シェルブリットのカズヤ"じゃない?」

「嘘嘘! マジ!? ヤバいヤバい!!」

 

 

白目を剥いて息も絶え絶えなサンジェルマンを抱えたカズヤが降り立ったのは、夜の帳が下りても部活動に励む水泳部員が泳ぐ高校のプールである。プールの水面が照明の光を反射する中で、熱心な生徒達が一所懸命に泳いでいたのをやめて、カズヤに注目した。

プールサイドに着地後、近くにあったベンチに抱えていたサンジェルマンをこれ幸いと優しく下ろす。

カズヤはヒィヒィゼェゼェ言っている彼女をそのままに、事態についていけず固まっている顧問の先生にツカツカ歩み寄るとメガホンを乱暴に奪い取り、プール内の生徒達に告げた。

 

「諸事情により説明は省くが、今からこのプールを破壊する! 死にたくない奴はとっとと失せろ!!」

 

いきなりこれである。ただでさえカズヤという世界を救った英雄、超が付く有名人の出現(しかも空から飛んできた)に訳が分からないのに、プールを破壊するとか言われても、突然過ぎて誰も動けないのは至極当然だった。

......だったが、彼らに気を遣ってあげられるほど現在のカズヤに余裕がある訳でもないので、当たり前のように実力行使という脅しに出る。

 

「早くしろ!! こうなりたくなかったらなぁ!!」

 

そばにあるスタート台をぶん殴り、粉々に粉砕。

破片がボチャボチャと水音を立ててから数秒後、カズヤから放たれる不穏な雰囲気を肌で感じ、パニック状態に陥った生徒達と教師が蜘蛛の子散らすように逃げ惑う。プールから慌てて這い出て、転びそうになりながらも出口に向かって走っていく。

 

「サン!」

「......分かって、いる」

 

促されたというより急かされたサンジェルマンが手を前に翳し、錬成陣を展開。ほどなくして、プール内の中心、底部分に翠色の錬成陣──アルカ・ノイズの召喚陣が現れる。

 

「よし、これでラストだ」

 

それから間もなくして、金色の閃光を伴う大爆発が発生しプールは粉微塵に吹っ飛ばされた。

 

 

 

(奏と翼の方は、もう終わったみてーだな。やっぱ心配するだけ無駄だったか)

 

アルカ・ノイズが無限に湧き出ていた繁華街に向かって飛行しながら、カズヤは安堵の溜め息を吐く。

それから腕の中で指一本動かさない女性を一瞥。最後の召喚陣を破壊したら気が抜けたのか意識を失ってしまったので、こうして友人二人の元へ送り届けている最中だ。

それにしてもと思う。今回ばかりは自分一人の力ではどうにもならなかった。

 

(まあ、事態収拾の為に公共の場を破壊しまくったが......これも全部あのクソガキとクソ人形共のせいだ!)

 

クソがっ! と心の中で毒づいた。

致し方ないとはいえ、公園から始まり、図書館の駐車場、駅前のバスターミナル、小学校のグラウンド、小さな雑居ビル、最後に高校のプールと合計六ヶ所もシェルブリットバーストでぶっ飛ばしてしまったのだ。

場所によっては当然目撃されまくったし、時間がないので偶々居合わせた人々にろくな説明もできないまま、無理矢理退避させてから施設や建物、その周囲を纏めて破壊したものがあった。

勿論、人的被害が出ないよう気を配ったが、その為に力を振るい脅すような形を取った。破壊行為に及ぶカズヤに恐怖を覚えなかった人がいない訳ではない。

 

(うわー、これじゃホーリーの情報操作で危険なアルター能力者として報道されたカズマと同じだな)

 

唯一の救いは、アウトローであるが故に味方らしい味方が身内にしかいないカズマと異なり、国連直轄の組織の人間であるカズヤには権力者などの味方が多いこと。

たが、流石に今回の件について世間がどんな反応を示すか分からない。なので、情報操作なり印象操作なりその辺りは国連やS.O.N.G、政府やそれらの言いなりのマスコミに期待しておこう。

 

「う......あ......」

 

と、その時。腕の中のサンジェルマンが小さく呻く。

 

「............お、お母さん......」

 

意識はまだ戻っていないのでどうやら寝言らしい。

 

「誰がお母さんだ」

 

苦笑して軽い突っ込みを入れる。

 

「......お母、さん」

 

また母を呼ぶ声。きっと母親の夢でも見ているのだ。

穏やかな寝顔なので、このまま寝かせてあげよう。世話になったし、移動(飛行)の際は無理をさせてしまった。状況的にもう急ぐ必要はない為、もっとゆっくり、常識的な速さで飛ぶことに。

 

「だからお母さんじゃねーって」

 

結局、お母さん、ちゃうねん、というこのやり取りは繁華街に到着するまで続いた。

 

 

 

 

 

今の今まで懐かしい温かさに包まれていたのに、それがいつの間にか失われてしまったことに気づいたサンジェルマンは、目が覚めると同時に飛び起きて叫ぶ。

 

「お母さん!!」

 

慌てて母の姿を探すが、視界に映ったのは鳩が豆鉄砲を食らったかのような唖然とした表情でこちらを見てくるカリオストロとプレラーティの二人。

自分が今どんな状況か把握しないまま、要するに寝ボケたまま、更に言い募る。

 

「お母さんは!? お母さんは何処!!」

 

しかも同士である二人にしてみれば意味不明な内容を口走っていた。

時間が止まったかのように動かない、というか動けない二人の態度を目の当たりにして、漸くサンジェルマンの頭が寝ボケた状態からまともな状態へと移行してくる。

まず、これは先程まで見ていた夢──自身が幼い頃に母に抱き締めてもらっていた過去の世界ではない。

場所は見慣れたホテルの一室。日本に滞在するようになってからずっと使い続けているホテルのもの。その部屋のベットの上。

ホテルにいるということは、事態は自分達の手を離れたのだろうと推測。あれから恐らく数時間は経過していると思う。

お母さん......じゃなくて"シェルブリットのカズヤ"は当然ながらいない。

と、ここまで思考してから、カズヤを母と勘違いしていた事実に愕然とし、先の発言を同士の二人に言ってしまったことに戦慄し、死にたくなるほど恥ずかしくなってきて顔を真っ赤にした。

 

「......いや、これは、その、違う、違うんだ......昔の夢を見ただけで」

 

上手く舌が回らないが必死に弁明しようとすれば、カリオストロとプレラーティはそそくさと部屋の隅に移動すると、こちらをチラチラ見ながらヒソヒソ話し始める。

 

「ねぇプレラーティ? もしかしなくても、『お母さん』ってカズヤくんのことよね」

「カリオストロもそう思うワケダな。まあサンジェルマンのことだから何か拗らせて帰ってくるだろうとは想定していたが、まさかあの男のことを母と呼ぶようになって帰ってくるとは想定外にも程があるワケダ」

「一体何があったのかしらねぇ」

「分からん。だがこれについては我々だけの秘密にしておくワケダ」

「そーねー。パヴァリア光明結社の幹部、サンジェルマンともあろう者がまさかマザコン拗らせて"シェルブリットのカズヤ"にバブみを感じてお母さんと呼ぶようになったって知れ渡ったら、ウチを抜けるどころか皆錬金術師辞めちゃうわよ」

「パヴァリアのトップシークレットなワケダ」

「二人共ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

全身をワナワナと震わせて絶叫すれば、振り向いた二人が生温かい視線と妙に優しい笑顔と気遣うような口調で言ってきた。

 

「でもあーし達はそんな痛々しいサンジェルマンであっても今後も変わらずついてくわよ、安心して」

「右に同じワケダ。私達はサンジェルマンがどんなにおかしい方向へ拗らせても見捨てることはないから気にする必要はないワケダ」

「安心できないし気にしない訳ないでしょ!!」

「いいのよサンジェルマン、無理なんてしなくていいし、あーし達はちゃんと受け入れるから」

「そういうワケダ」

「......お願いだから二人共私の話を聞いて......これは誤解だから」

 

頭を抱えて項垂れるそのすぐ近くで、リリリリリリン、と高い音を立てつつアンティークなデザインの電話機が突如顕現される。上司であるアダム・ヴァイスハウプト統制局長からの念話だ。

同士の二人に変な勘違いをされていることに加え、上司としてあまり尊敬できない人物とこれから会話をしなくてはいけないというダブルパンチに、憂鬱な気分の中で力無く受話器を取って耳に当てた。

 

「......局長」

『やってくれたね、君達。派手に動いたじゃないか、随分と』

「は?」

 

いきなりの切り出し方に何のことを言われているのか分からない。しかも、声の主のアダムは苛立っているのを隠そうともしない。訳が分からず首を傾げてしまう。

 

『そうだね、見るといいよニュースを。それで理解するさ、自分達の行いを』

 

アダムはそう言うとガチャ切りしたのか、役目を終えた電話機と受話器が消え失せる。

 

「局長、何だったの?」

「いや、分からない。ただかなり怒っている様子だった。あと、ニュースを見ろと」

「ニュース? どういうワケダ?」

 

疑問を投げてくるカリオストロに首を横に振り、ニュースと聞いて訝しむプレラーティが部屋に備え付けられたテレビを点けて、

 

「「「!!!」」」

 

三人は揃って絶句した。

 

 

 

『本日夕方頃、○○区の繁華街にてノイズが出現しました。避難はすぐに完了したので幸いにも犠牲者は出ていません。またノイズは既に殲滅済みの為、近隣にお住まいの方々はご安心ください。なお、先程ありました国連の緊急記者会見によりますと今回出現したノイズは通常のノイズと異なり、何者かがノイズを模して人工的に作成したノイズであり、アルカ・ノイズと呼ばれる兵器ということが正式に発表されました』

 

『更に、アルカ・ノイズの出現と同時刻に"シェルブリットのカズヤ"が街で破壊行為をしていたことについても説明がありました。こちらにつきましては、記者会見に加えて彼の活動記録が動画で公開されています』

 

『英雄が突然取った謎の破壊行為、その理由と彼の真意とは? 全世界で初公開となる彼の視点、彼が見ている世界をご覧いただきましょう』

 

 

 

アナウンサーやらリポーターやらコメンテーターやらがコメントを終えると、今回の戦いにおけるカズヤの視点と思われる動画が映し出された。

完全なる一人称視点の映像であるそれは、VRゲームやFPSゲームをやる人達にとっては馴染み深い感覚を覚えるものであっただろう。

高い場所──空から街を見下ろす視点から始まり、猛スピードで繁華街に降り立つと、アルカ・ノイズが映った瞬間虹の粒子となって消え失せる。

こんなものをいつの間に撮っていたのか、とサンジェルマンが思ったところで一つの回答が浮上する。それは彼が戦う際に必ず左耳に装着していたインカムだ。あれは通信機であると同時に記録用のカメラも兼ねていたのだ、と。

映像内のアルカ・ノイズは、殲滅しても十秒経たない内に再召喚されてしまう。なので再度虹の粒子と化して消滅させる。だがまた召喚される、そんなイタチゴッコを何度も繰り返していると、やがて何処からともなく光の弾の群れが飛んできてアルカ・ノイズの群れを赤い塵へと帰す。

振り向いたそこには、プライバシーの保護の為顔にモザイクをかけられた自分達の姿が。いくら顔にモザイクをかけられ、声も加工されているとはいえ、パヴァリアの錬金術師や関係者からは誰が誰かなど一目瞭然だ。

 

「あーし達顔以外ガッツリ映ってるじゃない!!」

「これは局長じゃなくてもキレるワケダ。姿どころか秘匿するべき錬金術も全世界に配信されたワケダしな」

「......」

 

テレビに齧りつくカリオストロ、乾いた笑いを浮かべるプレラーティ、最早言葉が出てこないサンジェルマン。

三者三様のリアクションをしている間も映像は止まらない。三人と会話したカズヤは、アルカ・ノイズの召喚を阻止すべくモザイクがかかったサンジェルマンの後についていく。

と、ここで画面が二つに分割された。左半分はカズヤ視点のままだが、残り右半分は繁華街の防犯カメラの映像らしく、顔にモザイクをかけられたカリオストロとプレラーティがアルカ・ノイズと戦う様子が映し出される。

 

「やめてえぇぇぇ!! あーし達アルカ・ノイズにこれでもかってくらいに錬金術使ったのぉぉぉぉぉ!!!」

 

ハートの形をしたエネルギー弾を投げキッスの動作で飛ばしてアルカ・ノイズを殲滅する己の姿を見てカリオストロはムンクの叫びみたいになる。

 

「戦う自分を客観的に見る良い機会なワケダ」

 

抱いていたカエルのぬいぐるみを頭上に掲げる動きに合わせて、自身の周囲に生み出した氷の柱をアルカ・ノイズにぶつける己の様子に、プレラーティは震えた声で強がった。

 

「.........」

 

そしてさっきから黙り込んだまま顔を青くするサンジェルマン。

三人にとって地獄のような時間は続く。

サンジェルマンに連れられたカズヤはまず公園を破壊、近隣住民の憩いの場に底が見えないほどバカみたいに大きな穴を空けたその後、すぐに彼女を抱えて図書館の駐車場に移動。

なお、画面右半分の繁華街では召喚されるアルカ・ノイズの数が少し減った。

二番目の図書館に到着。閉館時間が近い為、駐車場の車は少ない。サンジェルマンが錬金術を行使して召喚陣を出現させると、カズヤはその付近に駐車された車三台を右腕のみで掴み一台ずつ乱暴に投げ飛ばす。放物線を描いた三台の車はくるくる回転しながら駐車場の出入口前に、奇跡的に綺麗に三列に並ぶようにタイヤから着地。そして召喚陣に即シェルブリットバースト。もう二度と駐車場としては利用できないくらいに巨大な大穴を空けたら次へ。

三番目の場所は人がごった返す駅前のバスターミナル。バス停留所にて、たまたまタイミング良く(悪く)客を全員降ろした一台のバスにカズヤは躊躇なく乗り込む。まるで本物のバスジャック犯のように手慣れた様子でバス運転手の襟首を掴んで無理矢理車外に引き摺り降ろしてから、バスの横っ腹をぶん殴る。非常に大きな音を立てつつ横に二回転半を決めて引っ繰り返ったバスは、一拍置いて金色の閃光を放ち爆発炎上。それを目撃し周囲の人々が我先にと逃げ出す光景に、

 

『ハハッ、やっぱ邪魔な一般人を避難させるにゃ何かを爆発させるに限るぜ』

 

皮肉げでありながら、はかとなく楽しそうな声音でカズヤが笑う。

次いで、人がいなくなったバスターミナルの中央でお約束のシェルブリットバースト。庶民の足であるバス複数台を巻き込みバスターミナルが綺麗に消し飛ぶ。

 

『ヨシッ!! 次行くぜ次ぃぃ!!』

『ぐえあ』

 

カズヤがサンジェルマンを抱えて飛び立つと、プライバシー保護の為音声が加工された──ヘリウムガスを吸って喋った時のような声の悲鳴が妙に響いた。

 

「動きに全く迷いがない。英雄というよりまるで本物のテロリストにしか見えないワケダが」

「手際いい~。S.O.N.Gで破壊工作の訓練でもしてるのかしら?」

 

もう呆れるやら感心するやら。プレラーティとカリオストロは純粋な感想を漏らす。

四番目は小学校のグラウンド。人がいないし広い場所なので、サンジェルマンに召喚陣を露出させたらすぐにシェルブリットバースト。生徒達にとっては授業の場であり遊び場であるそこにこれまた巨大な穴が空く。

 

『次だ!』

『グフ』

 

五番目はいくつもの企業の事務所が入居している雑居ビル。カズヤは建物の前に降り立つとサンジェルマンを降ろし、建物に突撃してエレベーター付近にある火災報知器を一切迷うことなく押す。

 

『火事だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

ジリリリリリリリリリ!! という警報音をBGMに、何度も叫びながら各階を走り回り各部屋のドアを殴り破って避難を促す。彼の切羽詰まった様子に火事が嘘であることを疑わず、当然のように慌てて逃げ出すサラリーマンやOL達。

雑居ビルに誰も残っていないことを確認し、パッと見気分が悪そうでなんだか動きが鈍いサンジェルマンを引っ張り回して屋上に上がり、屋上の床にて召喚陣を見つけ、早速とかばりにシェルブリットバースト。目映い金の光の柱が発生し、多くの人々にとっての職場は跡形も残らず消え去った。

最後は高校のプール。やはり戸惑う人達に対してお構いなし、一方的に失せろと告げてスタート台をぶん殴る。暫し待ってから逃げ残った人がいないか確認しシェルブリットバーストだ。派手な花火となって青春の一ページを過ごす場所が消滅する。

錬成陣を全て破壊したことで、画面右半分の繁華街ではアルカ・ノイズの召喚が止む。それにより画面二分割が終わった。

これで動画も終わりか、と安心したのも束の間。手を貸してくれたサンジェルマンを仲間の元に届けるまで続くらしく、気を失った彼女がカズヤの腕の中でお母さん、お母さんと寝言を繰り返し、それに彼が違うっつーのと返答する映像が何故かノーカットで垂れ流されている。

それはサンジェルマンにとってはまさに拷問に等しい所業であった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「ぶほ、ぶは、ぶはははは!!」

「くひ、くく、くひひ、くはははは......!!」

 

ついに我慢できなくなり頭を抱えたまま天を仰いで絶叫するサンジェルマン、彼女の拗らせ具合に堪え切れずカリオストロとプレラーティは必死に腹を抱えてのた打ち回る。

やがてサンジェルマンが二人の元に届けられたことで映像は終わり、アナウンサーやコメンテーター共が『こういう事情があったんですね』やら『やむを得ずの破壊行為でしたが、人的被害は出ないように細心の注意が払われていたようです』やら『今回のことについては国連や政府が補償するとのことです』と宣っているが既にどうでもよかった。

サンジェルマンの絶叫と二人の爆笑は、暫くの間続いた。

 

 

 

 

 

なお、今回の騒動における世間の反応は、カズヤに対して概ね肯定的だった。

最初は理由が不明な破壊行為に疑念や戸惑いが多かったし、英雄がテロリストに身を堕としたと喚く連中も少なからずいた。

しかし、国連の緊急記者会見と同時に全世界へ同時配信された動画を見て、カズヤを批判していた者達はあっさりと掌をギガドリルブレイク。

破壊行為がアルカ・ノイズの無限沸きを阻止する為のものであり、物損は酷いが人的被害は皆無。その物損も政府や国連が補償してくれるという内容。

結果良ければ全て良し。

そもそも古来よりノイズという人類の天敵である特異災害──遭遇すれば死を意味する恐怖の具現に悩まされてきたこの世界の人類は、ノイズにとっての天敵であるカズヤの行動をあまり非難する気にはなれないのだ。命あっての物種の言葉通り、人的被害さえなければ今回のことについて否定的になる要素もない。

というか、カズヤがS.O.N.Gにおける活動にて、何かを破壊しない方が珍しい。何かを吹き飛ばす、消滅させる、崩壊させるなどは今まで散々やってきた。訓練され過ぎたカズヤのファンなどは『まだ(破壊されたものの)規模が小さい』『月の欠片粉砕と比べたら大したことない』『これから毎日街を焼こうぜ』『もっと破壊して☆』と勝手なことをほざく始末。

繁華街近辺を生活拠点にしている人々からは、特に何もなく普通に感謝されることに。

むしろアルカ・ノイズが人工的に作られた兵器であるという情報が大きな波紋を呼び、ヘイトや非難は作成者(情報規制の関係でキャロルのことは流れていない)を含めたそちらに集中。

唯一カズヤに対して苦言やクレーム、文句があるとするなら、動画を見たことで『酔った』という多くの声が該当するだろう。

カズヤはよく回転する。殴りかかる時に遠心力を拳に乗せる為に、パンチを繰り出す直前で回転するのである。地面と平行に真っ直ぐ突っ込む場合は反時計回りに、空中で高い所から低い所へ打ち下ろす場合は前方宙返りを行う。

また、それ以外にもよく回る。攻撃を回避する為や、体の勢いや慣性を緩和する為に横回転したり、地面を殴って跳躍した際に体勢を整えたりする為に前方宙返りをしたり。

つまり事ある毎によく回るのだ。そしてシェルブリットバーストを撃つ際は全ての動作が超高速である。

で、そんな彼の視点──左耳に装着されたインカムの記録用カメラの動画を大して編集や加工もせずに視聴すれば、一般人なら気分が悪くなるのは仕方のないこと。フィギュアスケーターなどの普段から回転に慣れているアスリートであれば違うだろう。

続いてはその存在が白日の下に晒された錬金術と錬金術師について。

これについては好評、というかアルカ・ノイズの殲滅に貢献したサンジェルマン達に賛辞の声が上がる......その一方で長い人類史において異端技術を秘匿、独占していた錬金術師に批判的な意見も僅かにあったが。

実は彼女達はある意味でカズヤよりも人々の興味を引いた。

カズヤの助けとなった、という事実とそれを可能とする錬金術に強い関心が寄せられたのだ。

謎の錬金術師『サン』とその仲間達とは、一体誰なのか。

インターネット上では、フロンティア事変以来のお祭り騒ぎになっていた。

 

 

『魔法みたいでカッコいい!』

『小柄な子が持ってるカエルのぬいぐるみが可愛い! しかも錬金術使う度に目が光る!』

『きっとあのカエルのぬいぐるみも錬金術で作られたものに違いない!』

『もう錬金術とかどうでもいいからあのカエルのぬいぐるみが欲スィ』

『誰か作ってクレメンス』

『誰か、お客様の中に錬金術でぬいぐるみを作れる方はいらっしゃいませんか!?』

『ハートのエネルギー弾とか女の子向けアニメの魔女っ娘かよ......だがそれがいい!!』

『ハート弾の威力えげつないやろ。アルカ・ノイズに拳大の穴空いてから爆散してるやん』

『ハートでぶち抜く!!(コンクリに穴が空く)』

『これぞハートブレイクショット』

『サンさん......敬称付けるとパンダみたいだぁ』

『サンさんって最初は凛々しい感じなのに、移動する度に元気なくなってくの草』

『何百キロ出てるか知らんが、飛んでるKさんの腕の中が辛いというのは分かった』

『仕事柄速度に詳しいワイ、映像が無編集の場合、飛行速度は軽く四百キロ出てると見る』

『速度に詳しいニキ!!』

『速過ぎワロエナイ』

『新幹線かよwww』

『生身でそれは洒落にならん』

『でもKさんの腕の中......すごくあったかそうなりぃ~』

『俺もKさんの腕の中でバブみを感じてオギャりたい』

『Kさん、まさかのお母さん説』

『だが男だ』

『それの一体何が問題か?』

『Kさんが男だろうが女だろうが俺達のお母さんなんだよぉぉぉぉぉぉ!!』

『KさんのKは母ちゃんのK!』

『K(母)さん!!』

『詳しく......説明して...... 私は今冷静さを欠こうとしているわ』(マリア公式SNSアカウント)

『マリアさんきtらああああああ!!』

『あっ(察し)』

『ヒエッ』

 

 

 

とにもかくにも話題となり、お祭り騒ぎは数日続いた。

 

 

 

 

 

なお、後になって調の肉体に住まうフィーネが動画(モザイクなしのオリジナルデータ)を見て「パヴァリアの三幹部じゃないの!! 何してんのこいつら!?」と荒ぶることとなり、彼女達が"吸収(アブソープション)"の作成者かもしれないと聞いたカズヤは、次もし会ったらとりあえずあいつら全員一発ずつぶん殴ろうと固く決意した。




翼と奏がシリアスやってる裏でサンジェルマン達がギャグやってんのなんでだろ? 作者()は訝しんだ。
というか、文章量的にサンジェルマン側が多くてタイトル詐欺っぽくない? ま、ええやろ(諦め)。



国連の偉い人達
「このままでは『我々の英雄』が世界中から非難を集めてしまうので、それを回避する為にも世界に向けて詳細を説明する必要があります」

弦十郎
「とのことだ。どうするカズヤくん?」

カズヤ
「渡りに船だな。それにこういう時の為にインカムにカメラ仕込んでんだろ。ってことで動画データほいよ。あっ、でも協力してくれた連中にはプライバシー保護よろしくな」(まだ三人がパヴァリアって知らない時)


カズヤの評判を下げない為だけに、上記の経緯があってサンジェルマン達は晒されました。
やったね三幹部、これで『カズヤの協力者』として有名人だ!
なおもし再会したら殴られることが確定した模様。
で、全裸局長は錬金術を全世界へ公開されてブチギレ。



原作アニメの『スクライド』でカズマはシェルブリット第二形態の時点で本気出すと大気圏突破が可能なんですが、ロケットがそれやるのに必要な速度を調べてみたらざっとマッハ2(時速28,440km)。月に行くにはマッハ3(時速40,320km)。あくまでもロケットに必要な速度であって、人体程度の質量で必要な速度とは異なるでしょうし実際のことは知りませんが、マッハですよマッハ。
.........やべぇ。新幹線なんて目じゃなかったわ。でもカズマができるってことはカズヤもできることになるんですよね、この作品の設定的に。
そんな速度を地表でやったら腕の中のサンジェルマンが燃え尽きるし周辺被害も洒落にならんね。新幹線程度が限界だわ。
でもクーガー兄貴の最終形態『フォトンブリッツ』は更にこの上の速さなんだよな......そしてそんな兄貴のことを、心が読めるからというハンデを手にしていたとしても攻撃を余裕綽々で避けた上で捕まえる無常もやべぇ。
だというのに、シンフォギアもエクスドライブモードになると大気圏突破できるから、そこら辺妙なところでパワーバランスが取れてるという不思議。
速度もそうだけど、大気圏突破時の熱と衝撃に平然と耐えられるアルターとシンフォギアの防御力も相当ヤバいよね。



以下、他のメンバーについて。

◆セレナ、クリス、切歌、調
同時刻に深淵の竜宮突入中。次回はこっちがメインになる予定。

◆響、未来、マリア
都内で待機組。待機中に風鳴家にファラ襲来(二回目)、深淵の竜宮にもキャロルとレイア襲来したので援護に向かおうとしたら、弦十郎から念の為待機継続せよとのことで大人しくしてた。
数時間経過してどっちも片がついたと連絡を受けて、良かった良かったさあ寝よう、と風呂入って歯磨いて三人仲良く布団並べて入ってスマホ弄ってたら動画公開を知る。
マリアのSNSでの発言は響と未来を含んだ何も知らなかった三人分の想いが込められている。


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激情に呼応する腕

赤ちゃんがついに『嫌々期』に入って更に多忙な毎日になってしまった。
とりあえず私があと三人欲しい。家事をする私、赤ちゃんの面倒を見る私、仕事に行く私、って感じで。その三人の私に全てを任せている間にバイクツーリング行きたい。


「閻魔様に土下座して甦ったのか?」

 

深淵の竜宮に侵入者、ということで監視カメラを確認してみれば、死亡した筈のキャロルと恐らくその護衛だろうレイアがモニターに映し出され、クリスが眉を顰めて呻く。

そんなリアクションをする彼女に対して隣のセレナが微笑んだ。

 

「閻魔様に土下座、それで生き返れるなら何度でも頭下げてやるぜ、ってカズヤさんなら言いそうですね」

 

言われて確かにな、と納得したクリスは思わず苦笑し大きく頷いてから、あることに思い至ったのか背後に控えていた調に向き直る。

 

「フィーネも閻魔様に土下座したのか?」

 

調、ではなく調の肉体に宿るフィーネの魂への問いかけ。

 

『残念ながら閻魔様に会ったことはないわねぇ。私って死んだら次の転生先で目覚めるって感じだし』

「残念ながら閻魔様に会ったことはない、私って死んだら次の転生先で目覚めるって感じだしって言ってます」

 

調が聞いた内容をそのまま皆に伝える。

フィーネの代弁を聞き、

 

「ないのか」

「ないんですか」

「ないんデスねー」

 

何故かちょっと残念そうにするクリスとセレナ、調の隣の切歌。あの世がどんな所なのか、閻魔様がどんな人物なのか聞きたかったらしい。

 

「......まあ、閻魔様云々は置いといて、あの時は死を偽装する何らかのトリックだったんでしょうね」

 

続いて考え込むセレナの横顔を眺めてから、クリスは「何だかよく分からんがとにかく!」と右拳を左掌に打ち付けた。

 

「敵が出てきたんならとりあえずぶっ飛ばしに行かなきゃな」

「勿論です。ぶっ飛ばしに行きましょう」

 

気合い十分なクリスとセレナはペキポキと拳及び指の関節を鳴らしながら、弦十郎の指示を待たずして発令所を後にしようとする。

 

「待つデス二人共! アタシもぶっ飛ばしたいデス!」

「皆で敵をぶっ飛ばそう!」

 

シュッシュッ、とシャドウボクシングをしながら切歌と調が二人に追従。

 

「奴らを見逃す訳にはいくまい。装者四名で叩き潰してこい!」

 

そして四人の背中に弦十郎が司令として正式に命令を下す。

四人は振り向かず、しかし任せろと言わんばかりに片手をヒラヒラさせて応じ、発令所を後にするのであった。

一連のやり取りを黙して見つめていたエルフナインが「深淵の竜宮、沈まないですよね?」と心配そうにぼやき、それに対して朔也とあおいは「誰もが不安で口にしなかったことを!!」と心中で叫ぶが声に出すことはなかった。

 

 

 

本部から深淵の竜宮へと移動を果たした装者四名は、内部が想像以上に広い空間である場所に驚きつつ歩を進めていく。

その際、キャロルが『ヤントラ・サルヴァスパ』という完全聖遺物を狙っていると考えられるので、それが保管されている区域に急ぐよう本部から指示が出る。

 

「ナンタラサラダスパ?」

「違うよ切ちゃん、ニャンタラサラパスタだよ」

「サラダとパスタを食べるならスープとピザも欲しいですね」

「三人揃ってこんな時にボケ倒すなバカ! 『ヤントラ・サルヴァスパ』っつってたろ! そんでセレナ、腹減るからそういう話は今やめろ!」

『もうこの際どうでもいいから早くギア纏いなさいよ』

 

ボケる切歌と調とセレナの三人にクリスが怒鳴り、フィーネが冷静に突っ込む。が、フィーネの声は宿主である調以外には聞こえていないし、調も改めて言われるまでもないことをわざわざ口にはしない。

シンフォギアを纏い四人が現着して目にしたのは、筆箱よりは少し大きい程度の薄い長方形のような物体を片手に持つキャロルと、彼女を守るように立ちはだかるレイアだった。

 

「海の藻屑にしてやらぁっ!!」

 

キャロルを視認して開口一番、クリスがいきなりアームドギアをガトリング砲に変形させ撃ちまくり、大量の小型ミサイルと大型ミサイルを二本発射。

跳躍し攻撃を回避しながらアルカ・ノイズが封じ込められた黒い石をバラ撒き、そのままコインを投擲&弾きながら応戦するレイア。

弾丸とミサイルの嵐をキャロルは障壁を張ることで防ぐ。

が、

 

「せぇーの!!」

 

左腕の装甲を砲へと変え、そこから白い光をレーザービームのように放つセレナにより、障壁に皹が入る。

 

「マスター!!」

「ご主人様の心配より自分の心配をした方がいいよ」

「クタバリやがれデース!!」

「くっ、地味に窮地!」

 

それぞれ鋸と鎌を振りかざした調と切歌がレイアに肉薄。多量のコインを連ねてトンファーのような形状にし、回避と防御に重点を置いた動きと立ち回りで迫る凶刃を凌ぐが、キャロルの援護には向かえない。

爆発音と砲撃音と銃声が響き、召喚された端から塵へと返るアルカ・ノイズ。

 

「ぐ......!」

 

徐々に障壁に広がる皹にキャロルが歯噛みした瞬間、「出力アップです!」というセレナの声に合わせて光の奔流が大きくなり、障壁の皹が一気にクモの巣状となり粉々寸前になる。

咄嗟にキャロルは体を横に投げ出した。

一瞬後、砕け散って霧散する障壁を白い光が飲み込んだ。

間一髪で避けたものの手にしていたヤントラ・サルヴァスパには僅かに当たっていたらしく、手から弾かれ後方に吹き飛ばされていく。

 

「ヤントラ・サルヴァスパがっ!?」

「お前に悪用されるくらいならぶっ壊してやる!」

「クリスさんの言う通り!」

 

焦るキャロルの反応を見て凶悪な笑みを浮かべたクリスとセレナがそれぞれ、ガトリング砲で撃ち抜き粉々にしてからレーザービームで消し炭にした。

 

「そんでもってこいつで終わりだぁぁ!!!」

 

続いて、これまでよりも一際巨大なミサイルをぶっ放し、クリスがキャロルにトドメを差そうとする。

 

「マスタァァァァァァァァァッ!!」

 

悲痛の声を上げるレイアの声が、爆音に掻き消された。

 

 

 

 

 

【激情に呼応する腕】

 

 

 

 

 

「やったか?」

「それフラグですよクリスさん」

「うっせぇ。だったらこういう時何て言やいいんだ?」

「『死亡確認!』とかですかね?」

「それもフラグじゃねぇか!! つーかさ、爆発する瞬間になんか一瞬オレンジ色の変なのが出てこなかったか?」

「見えましたね、オレンジ色の変なのが」

 

爆煙を前にして何やら言い合う二人の後ろに、切歌と調が駆け寄ってきた。

 

「オートスコアラーを仕留め損ねたデース」

「逃げに徹されると撃破が難しい......ごめんなさい」

 

二人の言う通りレイアは健在でダメージらしいものは負っておらず、離れた場所から装者達を警戒しながらも爆煙の向こう──主の安否を気にしている様子で油断なく構えていた。

 

「ウェヘヘヘヘヘ」

「「「「!?」」」」

 

その時、爆煙の中から第三者の笑い声が聞こえてきて四人は驚愕する。しかも薄気味悪い男の笑い声には聞き覚えがあり、凄く凄く嫌な人物の顔が脳裏に浮かんできたので心底うんざりした気分になってきた。

 

「......嘘......」

「嘘デスよ」

 

調と切歌が思わず零す。

爆煙が晴れたそこには異様なものがあった。全体的に橙色の金属のような硬さと光沢を放っていながら、生物的な赤い血管のようなものが全体に走っていて、時折脈打っている。大きさも異様で、大人を二、三人くらいなら隠れてしまうほどに巨大だ。

観察し続けることでそれが()()()()()()であり、その表面の()()でクリスの攻撃を防いだというのを理解する。

 

「嘘なものか。僕こそが真実の人」

 

肥大化していた腕が一瞬で元の大きさに戻ると同時に、色が金属のような橙色から生物の体表のような土色に変化していく。

 

「ドクタァァァ!! ウェルゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

そしてポーズを決めながらこちらを指差し名乗りを上げた。

ウェルの背後では地面にペタンと女の子座りし呆気に取られたようにポカンとしているキャロルがいる。

マスターの無事な姿にレイアが安堵する。

 

「「「「............」」」」

 

口を閉ざし酷く疲弊したような表情で固まる装者四人。

 

『......あー、そういえばネフィリムってカズヤくんのシェルブリットの装甲の欠片を餌にしてたのよね。だからネフィリムの因子を取り込んだウェルがクリスの攻撃をあの腕で防げたのね。ハイハイ分かった分かった』

 

とりあえず場を取り成すようにフィーネが解説するが、当然のように調以外には聞こえていないし、そんなことなど橙色になっていた体表を見た時点で装者なら分かっていた。

 

「「「「......」」」」

 

装者四人は黙したままそれぞれがそれぞれに視線を巡らし顔を見合わせてから、カズヤならこういう時どうするのかと考えて、二秒も経たずに全員が同じ答えを出したのでこくりと同時に頷き合い、アームドギアを構え直す。

 

「地獄の底で閻魔様に土下座してこい」

「お久しぶりですドクター、そしてさよならです」

「その前にその腕、気持ち悪いから斬り落としてあげる」

「その上で永遠にお別れDEATH!!」

 

ガトリング砲が火を吹き、白銀の短剣の群れと桃色の丸鋸と碧の鎌がウェルを滅殺せんと飛ぶ。

 

「ちょちょちょちょちょちょあり得ない! マジですかこのシンフォギア共!? 躊躇もなく秒で(タマ)獲りに来ましたよ信じられない!!」

 

情けない声を上げるウェルではあったが、その左腕が瞬く間に変形、肥大化し先と同様の橙色に変化すると、破壊の嵐をことごとく寸断する。装甲のように硬質化した皮膚が銃弾と刃の雨霰を弾く度に火花が散って甲高い音が辺りに鳴り響く。

 

「ちっ、やっぱりシェルブリットと同等の硬度持ってやがる! あたし達の攻撃が全部防がれちまう!」

「忌々しいですね。ドクターみたいな最も低い人が、ほんの少しとはいえカズヤさんの力を行使するだなんて......許しがたいです」

「ごっこ遊び拗らせてる(笑)(かっこわらい)の癖に」

「こうなったら接近戦で直にもぎ取るしかないデスが、気色悪いから近づきたくないデス」

 

異形の腕が高い防御力を誇ることに、忌々しいという思いを隠さずに各々が口にする。だが、不幸中の幸いと言うべきか、ネフィリム本来の聖遺物を食らう能力は発揮されない。どうやらシェルブリットの欠片をネフィリムの餌にしていたら聖遺物を餌と認識しなくなったのが、ウェルの腕にも影響を及ぼしているらしい。

 

「このおっちょこちょい共! 僕に何かあったら、LiNKERは永遠に失われてしまうぞ!!」

「今更要るかよそんなもん」

 

喚くウェルの発言に呆れて吐き捨てたクリスが引き金を引く。

それに残りの三人が倣うように攻撃を再開。鉛弾の大バーゲンに刃の土砂降りが追加セットになって抹殺しにきた。

 

「はぁぁぁぁぉぁ!? って撃つな! 会話の最中に撃ってくるな! 防げてるけど怖いんだからなこれ! やめろ! 四人での波状攻撃をやめろ! LiNKERが要らないってどういうことだぁぁぁ!!」

「言葉通りの意味だよ、自称英雄(笑)(かっこわらい)様よぉ」

「残念ながら現在装者でLiNKERを必要としている人はいません」

「カズヤとの同調のお陰。LiNKERと違って薬害も無いし」

「つまり、既にLiNKERを必要としてないアタシ達にとってドクターは本当に要らない子デス! というか、フロンティア事変の時にアタシ達のことを亡き者にしようしてたんデスから......死ぬ覚悟はできてるはずデスよね?」

「......!!」

 

何も知らない道化を侮蔑し、これまでのやらかしから嫌悪し、明確な殺意と憎悪を向けてくる四人の眼光に怯んだウェルが息を呑む。

 

「マスター、お怪我は?」

「問題ない、案ずるな」

 

装者四人を大きく迂回するようにしつつ素早い動きでキャロルのそばに辿り着いたレイアが問い掛け、鷹揚に頷く。

蛇に睨まれた蛙のように固まっているウェルを一瞥してから、レイアは更に指示を仰ぐ。

 

「その男は識別不能。マスター、指示をお願いします」

「敵でも味方でもない、英雄だ!!」

「自称な」

「いい年した大人が英雄願望拗らせてるだけですよ」

「恥ずかしい」

「自称英雄(笑)(かっこわらい)様デース! プークスクス」

「罵るならせめて攻撃の手を止めてからにしろぉぉぉ!!」

 

主が応答する前に当の本人が意味不明なことを即答し、弾丸と刃の雨霰を伴って冷笑が飛んできて自称英雄(笑)(かっこわらい)様が叫び返す。

埒が明かない、そう判断したキャロルがレイアに命令。

 

「......レイア、この埒を明けてみせろ」

「即時遂行」

 

返答と共にアルカ・ノイズが封じられた黒い石を振り撒いてから、数枚のコインを上空に放り投げた。

装者の猛攻を防ぐウェルを盾にし、召喚されたアルカ・ノイズが床に離脱する為の穴を開ける。

上空に放り投げられた複数のコインは重力に引かれて降下するのに合わせて巨大化。床に着く頃には大きな壁となって装者の攻撃と視界を塞ぐ。

その隙にさっさと逃げようとしているキャロルとレイアを、ウェルが左腕を元のサイズに戻してから慌てて追う。

 

「英雄を置いてくなぁぁ!!」

「随分と恨まれているようだな」

「待ちやがれぇぇぇ! 逃げてんじゃねぇぞこのクソッタレ共が!!」

 

巨大化したコイン越しに怒号と爆音が轟く。無理矢理破壊しようと大火力攻撃を仕掛けているのが容易に想像できた。

 

「急ぎましょうマスター。私の錬金術が派手に破壊されるのは時間の問題です」

 

若干焦ったように促してくるレイアに首肯してから、

 

「この際だ。ついてこい、ドクターウェル」

 

一言静かにそう告げてからキャロルは穴に身を踊らせた。

 

 

 

 

 

「逃ぃぃげぇぇらぁぁれぇぇたぁぁデェェェス!!」

 

アルカ・ノイズにより大きく穿たれた穴を前にして切歌が怨嗟の声を上げながら地団駄を踏む。

 

「ちっ、とっととイグナイトかシェルブリットのどっちか使うべきだったか」

「クリス先輩、どちらかでも使えばたぶんここ沈むと思います」

「いっそのこと両方使ってドクター諸共海の藻屑にしましょうか」

「......セレナ、笑顔が怖いデス」

 

舌打ちするクリスに調が困ったように進言すれば、こめかみにビキビキと青筋を立てた笑顔のセレナの低い声に、切歌が少しビビる。

 

『......』

 

溢れ出す殺意を隠そうともしないセレナと暴れたくて仕方ないと言わんばかりに鼻息荒いクリスが率いる形で、キャロル達を追いかけ始めた装者達の様子に、フィーネは宿主の調に悟られないように溜め息を吐く。

どうも最近、装者達の思考がカズヤに著しく寄ってきている気がする。

 

『シンフォギアって全部カズヤくんが再構成したのよねぇ』

 

あの突撃して殴ることしか考えていない、そこらのチンピラやゴロツキよりもチンピラなゴロツキの喧嘩屋みたいな男の意思が反映されている代物を身に纏っていると考えるのであれば、あのアグレッシブさと凶暴性も納得するしかないが。

 

 

 

 

 

「......カズヤくん、こっちのチームじゃなくてよかったですね」

「ええ。彼がこっちだったら、きっとウェル博士を見た瞬間にシェルブリットバーストね」

「うむ。今頃は深淵の竜宮が海の藻屑となっていたかもしれん」

「でも、今の装者の皆さんの様子を見る限りでは遅かれ早かれそうなってしまうのでは?」

「......」

「......」

「......エルフナインくん」

「はい?」

「合格だ」

「何がですか!?」

「おめでとう、エルフナインちゃん!」

「エルフナインちゃんに拍手!」

「藤尭さんに友里さんまで!? 一体何なんですか!?」 

 

 

 

 

 

ギアを解除した奏と翼、その少し後ろに控えた緒川は、装者二人の攻撃により破壊され胸元から上だけとなって転がるファラを見下ろしている。

 

「所々焦げてるけどちゃんと形残ってるね......コイツって持って帰った方がいいの?」

「はい。何か重要な情報を得られるかもしれません」

 

上から覗き込むように前屈みになっていた体勢から背後に振り返り緒川に問う奏に、緒川は頷きながら返答。

その時、白目を剥いて微動だにしなかったファラがギョロリと眼球を動かし、翡翠色の瞳でこちらを見つめ返してきた。

咄嗟に奏と翼はバックステップを踏んで距離を取る。

 

「二人の歌、実に素晴らしかったですわ。そして二人のシェルブリットバーストも......体がバラバラになってしまうくらいの、本当に素晴らしい呪われた旋律と一撃!  アハハハハハハハ!!」

 

既にバラバラになってるのに何言ってんだコイツ、と思った二人の装者は顔を見合わせてからファラに向き直り、訝しげに眉を顰めた。

 

「呪われた旋律、確かキャロルも以前言っていた」

「どういう意味なのか教えくれるんだろうね?」

 

哄笑していた人形はピタリと止まってから、得意気に語り出す。

呪われた旋律の意味を。

キャロルの計画を。

自分達オートスコアラーの存在意義と使命を。

そしてエルフナインがS.O.N.Gに打ち込まれた毒──無自覚な内通者であるという事実を。

 

「何だって......じゃあ、エルフナインをいの一番に疑ったカズヤの勘は当たってたのかよ!」

「あれには私達もヒヤリとしましたが、どんなに鋭くとも勘は所詮勘に過ぎません。"シェルブリットのカズヤ"もそこまでエルフナインのことを疑えなかったのでしょうね」

 

話を聞いて拳を強く握る奏に、「こちらは助かりましたが」とファラが続ける。

翼も奏同様に悔しそうに唇を噛む。

 

「全てが最初から仕組まれていたのか......!!」

「ええ、そうです。想定外だったのは小日向未来のアルター能力の覚醒、及びその力の厄介さです。あの時点でガリィとミカが完全に破壊され、計画が潰えるかと思いましたから」

「「......」」

「ですが、概ね全て計画通り。呪われた旋律の回収は無事完了。加えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で凄まじいエネルギーを回収できたことは、マスターですら予測できなかった嬉しい誤算でした。そして、お釣りが出るほどの成果を上げた私の役目はこれで終わりです」

「なっ!?」

「どういうことだよそれ!!」

 

ファラは言い終わるや否や、動揺する二人に答えることなくその瞳を妖しく輝かせる。

 

「!」

 

そのことに危険を察知した緒川が二人の前に飛び出たと同時に、ファラは爆発した。

 

 

 

爆風が収まったのを見計らい、緒川が二人を守る為に広げていた忍具の一つである風呂敷(至近距離からの銃撃や爆撃に耐えられる)をバサリと音を立ててから仕舞う。

夜空にはキラキラと月明かりを反射する粉塵のようなものが舞っていた。間違いなくファラが自爆した時に散布されたものだ。

 

「アイツ、最期にとんでもないこと言ってなかった!?」

「確かイグナイトモジュールを稼働させた状態でシェルブリットバーストを撃たせること、と言っていました。まさかオートスコアラー達が"吸収(アブソープション)"とは違う形であのエネルギーを回収していたとしたら......」

 

怒鳴るような態度の奏に緒川が戦慄したように応じる。

あの莫大なエネルギーを敵がまた投入してくる? やっとイグナイトモジュールという新たな力を手にしたのにまたそれも利用されてしまうのか!?

嫌な想像をした翼が顔を青くして叫ぶ。

 

「緒川さん、本部に連絡を! イグナイトとシェルブリットの使用を控えさせなければ!」

「ダメです、恐らくこの粉塵が......」

「抜け目ないな畜生!」

 

緒川が手にした通信機から漏れるノイズ音に奏が歯軋りしてから、ハッと我に返って辺りを見回す。

 

「そうだカズヤは! まだ戻ってこないの!? カズヤなら通信妨害の範囲外まで一っ飛びじゃないか!!」

「アルカ・ノイズの殲滅に繁華街の方に行ったけど、そう言えばまだ帰ってきてない」

 

いくらなんでも遅い。ノイズやアルカ・ノイズの類いならアルター能力の物質分解で文字通り一瞬で殲滅可能なはず。その彼が未だに戻ってこないということは、向こうで何らかのトラブルが発生しているとしか考えられない。

 

「僕はこの事をカズヤさんに伝える為繁華街に急ぎます。カズヤさんの飛行速度なら、まだ間に合うかもしれません!」

 

一方的にそう告げると、緒川の姿が一瞬で消え失せる。忍として本気の疾走で繁華街に向かったようだ。

 

「......完全にしてやられた」

「クソッ!!」

 

残された二人は、相手の狡猾さに悔しさを滲ませながらそう吐き捨てることしかできなかった。

 

 

 

 

 

風鳴邸にてファラがキャロルの計画の概要を語ったのとほぼ同時刻。S.O.N.G本部の発令所でもエルフナインに関する驚愕の事実(同内容)が語られていた。

彼女の肉体から半透明の、精神体と呼ぶべきキャロルが姿を現し、聞いてもいないのにペラペラと勝手に喋り続ける。

自身が内通者であるという事実にエルフナインは酷い罪悪感と絶望を覚え、涙目になりながら己を拘束した上で隔離して欲しいと懇願した。

が、弦十郎はその大きな掌をエルフナインの頭の上に載せ、気にするなとばかりに優しく微笑む。

その眼差しは安心感を与えるものだった。責めたり、怒ったり、嫌悪したりといった感情の類いは一切ない。守るべき子どもを見つめる大人の目をしている。

それはあおいと朔也の視線も同様だ。むしろ、エルフナインが本当に裏切った訳ではないことに安堵を覚えていた。

 

「エルフナインくんの意思で行われていたことでないのなら、それでいいさ」

「......弦十郎さん」

「それにエルフナインくんはまだマシだ。今まさに、深淵の竜宮を海の藻屑に変えようと拳を振りかぶっている大馬鹿者と比べたらな」

『「え?」』

 

エルフナインとキャロルが異口同音の声を上げる。瓜二つの二人は左右対称な動きで背後の巨大モニターに振り返り、映し出されたものを見て全く同じように大きく目を見開いた。

それはセレナだ。彼女は、その左腕をシェルブリットに変じさせた状態で右足を一歩前に大きく踏み込むと、腰を落としつつ前方に背を向けるように捻り、左拳を握り締めてからその体勢で動きを止める。

明らかに渾身の左ストレートを繰り出す直前の()()の姿にしか見えないことに、キャロルは知らず「......正気か!?」と口走っていた。

この施設は、深淵の竜宮は深海に存在している。つまり、そんな場所でシェルブリットバーストのような貫通力と爆発力を有する大火力を放てば、冗談でもなんでもなく施設の壁をぶち抜いて巨大な穴が空き浸水、水圧によってあっという間に圧壊、ぺしゃんこになって沈む。この場にいるキャロル達や装者達は勿論、潜水艦であるS.O.N.G本部も無事では済まない。キャロルではなくても正気を疑うのは無理もなかった。

 

「距離良し、角度良し、射線上の障害物関係なし、始末書のテンプレの用意良し。総員、耐ショックの準備をお願いします」

「セレナさん、チャージをどうぞ」

 

まるで当たり前のことのように淡々と告げる朔也とあおいの様子に、キャロルはS.O.N.Gの面々への認識の甘さを今更ながらに痛感する。

 

(そうだった! こいつらはあの"シェルブリットのカズヤ"の仲間なんだ! 何事においても全て力ずくで強引にやる頭がイカれた脳筋連中だったのを失念していた!!)

 

胸の内で迂闊だったと嘆くその視線の先で、

 

『輝け』

 

紡がれた言葉に呼応した左腕全体が白銀の光を生み、輝き出す。

乾いた金属音に合わせて手首から拘束具が外れ、手首から肘まで続く装甲のスリットが展開することで手の甲に穴が開き、セレナを中心に周囲の大気中から幾筋もの光が渦を描きながら収束していく。

 

『もっとだ、もっと!』

 

白銀の光はより強く、より大きくなり、やがて彼女の全身を覆い尽くし、

 

『もっと輝けえええええええええええっ!!』

 

目を灼くほどの目映い白銀の光が発令所を満たす。

 

 

 

 

 

これまで生きてきた中で、これほど怒りを覚えたことがかつてあっただろうかとセレナは自問した。

今思い出しても腸が煮え繰り返る。ウェルによって切歌と調と共に殺されかけたフロンティア事変での出来事。

だが、それだけではない。それだけなら、ここまで頭に来なかった。

ウェルの顔をしこたま殴ってやりたいとマグマのようにグツグツと煮え滾る心境に加えて、キャロル達の位置を把握できているにも関わらずこちらの追跡を巧妙に躱されてイライラも蓄積していた時、聞かされたエルフナインの真実。

涙を零し、自身を責める彼女の悲痛な声を聞いて、頭の中で何かがブツリと音を立てて切れた。

人のことを一体何だと思っているのか!?

復讐を遂げる為だけにここまでするのか!?

キャロルは最初からそうだった。街で、住宅街で大規模な火災を起こし多くの悲しみを産み出した。

幸いにも自分達の尽力により死者こそ出なかったが、たくさんの人々が住む家を突然奪われ辛い思いをしているのをよく知っている。

紛争によって故郷を失い、姉以外の家族を失い難民生活を強いられたセレナには、あの大火事で家を失った人達の気持ちが痛いほど分かった。分かってしまう。

父親が理不尽に殺されて世界に復讐したいキャロルの気持ちも分からない訳ではない。自分達だって理不尽に家族を奪われたし、奏やクリスもそうだ。いきなりやって来た世界の不条理に大切な人達を奪われた経験がある。

だが、多くの無関係な人々を巻き込むキャロルのやり方が非常に気に入らないし認められないし許せない。

絶対に、絶対に一発デカイのをお見舞いしてやらなければ腹の虫が収まらない。

そんな彼女の強いに想いに呼応したのか、左腕が白銀に瞬き次の瞬間にはシェルブリットへと変貌していた。

 

 

──やっちまえ、セレナ。

 

 

まるで最愛の人からそう声を掛けてもらえた気がする。力強く背を押してくれたように感じる。

もうそれだけで彼女の覚悟が決まった。後先を考えるのを忘れ、ただ一発デカイのをぶち込むことだけに全て費やす決断を下す。

 

「イグナイトモジュール、抜剣!!」

 

左拳を構えたまま右手でペンダントに触れ、イグナイトを稼働させる。

ペンダントから溢れ出す漆黒の力がシェルブリットに吸収された後、そのエネルギーがギアに反映されシェルブリットは当然としてギアインナーやプロテクターが闇を纏ったかのように染められた。

全身から放たれていた閃光が白銀から黒に変わる。

 

(やっぱり......シェルブリットは使用者の闘争心を原動力にしている節がありますね)

 

頭の片隅の冷静な部分での思考。これまでの傾向からシェルブリットを発動させるにあたって見えてきたものがある。

それは怒りであったり、覚悟や決意だったりなどは勿論そうだが最も重要なのは戦意と敵意。戦う意思、敵を倒す、何がなんでも殴ってやるという激情。そういった感情を抱いているとクリスの時のように、今の自分のようにシェルブリットが勝手に発動する......らしい。

その辺りはなかなかファジーな感覚なので断言できないのが悔やまれるものの、ここぞというタイミングで発動してくれるので問題はない。

 

(目標は正面。真っ直ぐに拳を突き出すだけでいい)

 

目の前にあるのは通路の壁。ここからキャロル達の元に向かうには、本来であれば何度も通路を曲がったり迂回したりを繰り返す必要がある。しかし、もうそんな面倒なことに付き合ってやる気はない。

最短で最速で真っ直ぐに一直線に、真ん前から打ち砕く為にこのまま全力のパンチをくれてやればいいだけ。

最後に一度だけ、横に控えるクリスに視線を送る。

 

(後は任せます)

(応よ!)

 

頷いてくれたのを確認し満足気な笑みを浮かべたセレナは、改めて前を睨むように見据えると溜めに溜めた力を解き放つ。

 

「シェルブリットォォォォォ──」

 

爪先から足首、膝、股関節、腰、肩、腕、肘、左拳までの全身の動きを連動させた渾身の左ストレートに、集約させた全ての力と想いを載せて撃ち抜く。

 

「──バァァァァストォォォォォォ!!!」

 

放たれた莫大なエネルギーは闇よりも黒い弾丸となって、壁だろうが何だろうが一切合財関係なく、片っ端から叩き潰し、吹き飛ばし、抉るように貫く。

 

 

 

 

 

「マスター!!」

 

叫ぶレイアに飛びかかられ、キャロルとウェルは無理矢理押し倒された。

二人が背中を強かに打ち付け痛みに顔を顰めたその刹那、眼前を闇色の暴虐が通過していく。

 

「ヒィッ!!!」

「っ!!」

 

顔面蒼白で情けない悲鳴を上げるウェルと息を呑むキャロル。

顔から僅か十数センチ。それがレイアのお陰で辛うじて避けることのできたシェルブリットバーストとの距離である。

 

(ほ、本当にやりやがった......!!)

 

黒い弾丸は当然止まることなどなく、射線上に存在するものを粉砕しながら突き進み、そのままこの施設──深淵の竜宮をぶち抜き海中に進入しても勢い止まらず、最終的に地球の丸みで海中から海上、海上から空、空から宇宙まで到達して地球から遠ざかっていった。

 

(連中は後先を考えないのか!?)

 

地震のような震動を全身で感じて心中で文句を吐き捨てる。早くも浸水と圧壊が始まったようだ。この場に長居していたら確実に死ぬ。一刻の猶予もない。

 

「マスター、派手に次が来ます!!」

 

思考を遮るレイアの声。人形は主の守護の為に直ぐ様立ち上がり障壁を張り、そこにクリスを乗せたミサイルが突撃してきて爆発が起きる。

レイアは爆風を完全に遮断できなかったらしく、余波を受けたウェルとキャロルはもつれるようにして転がった。

視界が何度も回転する。咄嗟に一緒に転がるウェルの体で自身を庇うようにしがみつくが、背中に強い衝撃を受けて回転が唐突に止まる。

息が詰まり呼吸ができず困惑するキャロルがのた打ち回り、仰向けになったと思えば視界にこちらを覗き込むクリスがいた。

こいつが乗ってきたミサイルで突撃の瞬間に跳躍し、レイアの背後に回り込み、転がるこちらの背中に蹴りを入れたのか、と理解すると同時に首を鷲掴みにされて宙吊りとなる。

 

「よう、また会ったな」

「があっ!?」

 

言い終わるや否やクリスが大きく仰け反って頭突きをかます。キャロルの鼻っ面に額の装甲が叩きつけられ、グギッ、と鼻骨が折れたような音と激痛が走り、鼻血が吹き出た。

 

「よくもマスターを!!」

「ちっ」

 

主を傷つけられ怒り心頭のレイアがコインを連ねてできたトンファーを振り回しながら殴りかかってきて、クリスは舌打ちしながら手にしていたキャロルの首を放し数歩退いて距離を取る。

鼻血を流し痛みに悶えるキャロルを背後に庇うようにするレイアを見て、クリスは「あ、いっけね。盾にしてから人質にすれば良かった」と呟く。

 

「この外道が!」

「うるせぇな、カズヤだったらそうすると思っただけだ。つーか、とっととクタバレよ」

 

激怒しているレイアを一蹴し、アームドギアを中折れ式の水平二連のショットガンに変形させ発砲。

両手のトンファーで防ごうとするがあまりの威力に防ぎ切れずもんどり打つレイアの体が、背後のキャロルと更にその背後で立ち上がろうとしていたウェルを巻き込み揉みくちゃになった。

 

(このままではマスターを派手に逃がすのは不可能。ならば──)

 

覚悟を決めたレイアの全身から金色の光が迸り、追撃をしようとしていたクリスはそれを中断して警戒に入る。

 

「もう出し惜しみはしない。ここからはこちらも派手にいく!!」

「そいつはこっちの台詞だ! もう容赦しねぇししてる暇もねぇ!! お前にあたし様の自慢の髪を、カズヤが綺麗だっつってくれた髪を、ママから受け継いだ大切な髪を傷つけられたこと、忘れてねぇんだよ!!!」

 

立ち上がって構えたレイアが纏う"向こう側"の力に対抗する為、クリスは首元のペンダントに手を伸ばす。

 

「イグナイトモジュール、抜剣! シェルブリットォォォォ!!」

 

イグナイトとシェルブリットを同時発動。それにより装甲とインナーが黒く染まり、左手にショットガンを携え、右腕がシェルブリットと化した状態で拳を握る。

 

「れ、レイア......」

「マスターは脱出を。私はオートスコアラーの使命を派手に果たしてみせましょう」

 

そう言って、キャロルに振り向くことなくレイアはクリスに飛びかかった。

 

「派手に散れ!!」

「お前が砕け散れ!!」

 

金の光を纏い振り下ろしたトンファーが暗黒の拳とぶつかる。

高エネルギー同士の衝突が稲光のようなものを生み、薄暗い視界を激しく明滅させた。

 

「逃げるなら今しかないのでは?」

「......ああ」

 

後ろからウェルに声を掛けられて我に返ったキャロルは、左手でボタボタと血が流れる鼻を押さえながら右手で懐からテレポートジェムを取り出し、地面に落とす。

背後の気配からキャロルがウェルと共に離脱したことを察し、内心で安堵の溜め息を吐くレイアの耳に目の前からクリスの皮肉が届く。

 

「錬金術師ってのは尻尾巻いて逃げるのだけは誰よりも上手いな」

「マスターを愚弄するか」

「褒めたつもりなんだが、そう聞こえたんなら悪かったな!」

「ぐっ!」

 

力比べはクリスに軍配が上がり、レイアは弾き飛ばされた。

なんとか空中で姿勢を整えつつ着地、と同時にトンファー状のコインを全て空中でバラバラにし、一枚残らず弾丸のように射出。

金の弾幕がクリスに迫るが、

 

「そんなのはなぁ、効かねぇんだよぉぉ!!」

 

右の拳を大きく振りかぶってから突き出す。拳から黒い衝撃波が生まれ、レイアのコインを纏めて呑み込み押し潰す。

 

(最早牽制にすらならん......!)

 

衝撃波を躱し前へと踏み込むレイアに対してクリスも駆け出す。

再度コインでトンファーを形成し殴り付けようとした時、急停止したクリスが左手に持っていたショットガンの引き金を引く。

 

「ぐあっ!!」

 

至近距離からショットガンの一撃を受け、足が止まる。両手のトンファーは砕けてコインは空中でバラバラとなって舞い散る。

隙だらけとなったその一瞬、ショットガン状のアームドギアを左手から右手に持ち変え、素早い動作でリロードが行われる。中折れ式の水平二連のショットガンである為、銃が勢いよくバカッと折れるように開き排莢。左手を胸の谷間に突っ込み人差し指と中指の間と中指と薬指の間に挟んだ弾二発分を押し込むように装填し、折れるように開いていた銃を右の手首の動きだけでガシャンと戻す。

リロードが完了し構え直したクリスが小さく言葉を零す。

 

「持ってけダブルだ、シェルブリットバースト」

 

銃声は二回。

数えるのもバカらしいほど多量の黒い弾丸が銃口から二回も放たれ、それらが自身の体を穿ち粉々にするのを認識し、レイアはニヤリと唇を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

【セキュリティ扉のお話】

 

 

ある日、カズヤが一人で本部に行く際、IDカードと通信機を忘れてしまった時があった。

 

「あ、いっけね。中入れねーじゃん。どうしよ?」

 

S.O.N.G本部──潜水艦の出入口である扉は、部外者の進入を防ぐ為のセキュリティ扉である。出入りする際には必ず、扉付近のセンサー部分にIDカードか通信機を翳す必要があり、それが目の前に立ちはだかる。今ではどの企業の建物であっても当然となったそれを前に彼は困っていた。

これがいつものように誰かと一緒であれば、その誰かのIDカードもしくは通信機で扉を解錠して共連れ(セキュリティ上は本来ダメ)させてもらい、後でゲスト用のカードを借りて一日過ごせばいいのだが、生憎と現在は一人である。

さて困ったぞ、と腕を組んで首を傾げて考えるカズヤの思考に閃くものが。

 

(アルター能力の物質分解で扉を分解してから元に戻せばよくね?)

 

それはとても名案に思えた。思えたからには即実行。俺って冴えてる~、とか自画自賛しながら淡い虹色の光を全身から放ち、扉をそっくりそのまま分解し、急いで中に進入してから分解した扉を元に戻す。

 

「これでヨシッ!」

 

当然ながら全然よろしくない。一人満足気なカズヤであったが、扉に異常が発生したことを感知した警備システムによって発令所内はけたたましい警報が鳴っていた。

 

 

 

「IDカードも通信機も忘れて入れないならまず連絡しろこの馬鹿者っ!!」

「うわらばっ!」

 

巨大な岩をも容易く真っ二つにできる威力が込められた弦十郎の空手チョップを脳天に食らい、カズヤは発令所の床にうつ伏せの状態でめり込み、だくだくと血を流し床を赤く汚していく。

 

「そういう時の為に備え付けの内線が扉のすぐそばにあるのが見えなかったのか!?」

「そういやあったな」

「カズヤさん、扉を分解する前に内線使ってくださいよ」

 

叱りつけてくる弦十郎と半眼で睨んでくる緒川に「すまんすまん」と謝罪した。

あの後、侵入者かと身構えた本部の面々であったが、直ぐ様監視カメラを確認した瞬間全員が揃ってズッコケた。

で、のほほんとした雰囲気で発令所にやって来たカズヤに問い詰めたところ、

 

『いやー、実はIDカードと通信機忘れてさ、扉分解したんだわ。あ! でもちゃんと元通りにしたから安心してくれ。壊れてないと思う』

 

と、これっぽっちも悪びれることなくカラカラと笑うので弦十郎の奥義が炸裂して今に至る。

 

「バカなのかな?」

「バカなのよ」

 

本部内のシステムを警戒態勢から平常時のものに戻し、肩の力を抜いて溜め息を吐く朔也とあおい。

 

「非常時ならともかく、平常時では無闇矢鱈とアルターを使わないように!」

「分かった分かった、分かってるって」

 

頭上で拳を振り回して脅しをかけつつ厳重注意をしてくる弦十郎に対して、軽い調子で手をヒラヒラさせながら応じるカズヤを見て、誰もが信用ならんと思った。

 

 

 

 

 

「ということが以前あってな。未来も同じ轍を踏まないように気を付けろよ」

「バカなんですか?」

 

未来はこちらの両肩に優しく両手を添えて注意を促してくるカズヤをジト目で見つめる。

 

「私がそんなことをするとでも?」

「するしないじゃねー、できるだろ!」

「......バカなんですね」

 

する訳ないでしょそんなこと、カズヤさんじゃないんだし、と未来は呆れてそれ以上何も言わずに溜め息を吐くに留めた。

しかし──

 

 

 

「あ、いけない! 中に入れない! どうしよう!?」

 

注意をされてから数日後、未来は困った事態になって焦ることになる。

寮の部屋の鍵がない。部屋の前の玄関にて、何度鞄を引っ繰り返してもスカートのポケットを探っても見当たらない。

朝、出掛ける前に施錠したのは響だ。だから鍵を忘れてしまったことに気がつかなかった。そのままリディアンに向かい、補習で居残りをする羽目になった響より一足先に帰宅したかと思えば鍵がないことが発覚、という現状に彼女は歯噛みする。

 

(どうしよう? 今からリディアンに戻って響から鍵を借りる? でもそれだと手間だし、かといって響が帰ってくるのを待つのもいつになるか分からないし)

 

少し悩んでから、先日カズヤから聞かされたアホな話を思い出す。

アルターの分解能力を使えば、こんな施錠されたドアなど意味がない。分解して入室したら元通りに戻せばいい。

 

「......っ」

 

ごくり、と生唾を飲み込む。

今、この場には自分しかいない。

未来の脳内でカズヤの顔をした悪魔が囁く。

 

『別に扉を丸々分解する必要はねーって。サムターンの付近を少しだけ、手を入れられる程度の穴を空ければいいだけだ。そうすれば部屋に入れる。それに響を待ってたら夕飯の準備が遅れるぜ? ホラやっちまえ、やっちまえ』

 

(くっ、ダメだよ! こんな誘惑に負けたら! 響、私を正しく導いて!!)

 

脳内に、響の顔をした天使が舞い降りてきてこう言った。

 

『いいよ未来、ここは素直になるべきだよ。私達の中で唯一アルターに目覚めたんだから、有効活用したら? 私だったら迷わずやっちゃうけどなー。エゴイストであるからこそアルター能力者なんでしょ?』

 

(響ぃぃぃぃぃ!?)

 

天使の言うことに気を良くした悪魔が天使に近寄る。

 

『気が合うなお前、これから俺と一緒に飯でもどうだ?』

『わわっ! ナンパだ! 生まれて初めてだよ!』

『生まれて初めて? お前みたいな可愛い子を放置してるとかお前の周囲の男は見る目ねーな』

『トゥンク!』

『さあお姫様、悪魔に拐われる覚悟はできたか?』

『素敵! 抱いて!』

 

そんなやり取りの後、天使と悪魔は恋人繋ぎで手を繋ぐと脳内から仲良く去っていった。

 

(...............いや、今の何!?)

 

変な電波でも受信したのだろうかと自身の頭を疑う。

 

「...............................................................」

 

そして結局、悩みに悩んだ末、未来は悪魔の甘言に乗ってしまうのであった。

 

 

 

「響」

「どうしたの未来?」

「私は、今後絶対に忘れ物をしない」

「へ? ああうん、そうだね。忘れ物なんてしないに越したことないけど、急にどうしたの?」

「私は、今後、絶対に、忘れ物を、しない!!」

「......未来? えっと、何かあったの?」

「全部カズヤさんが悪いの!!」

(何かあったねこりゃ)

 

様子がおかしい未来を見て、とりあえず詳しく話を聞くことにする響。

が、響に話してしまったということは当然S.O.N.Gの面々にも知れ渡ることと同義であり、カズヤのみならず未来までやらかしたという事実から『アルター能力者ってのはこんなんばっかか』という認識を持たれることになるのであった。




もしカズヤが深淵の竜宮チームだった場合

ウ「僕こそが真実の人、ドクt
カ「シェルブリットブワァァァストォォォ!!」
ウ「ギエピィィィィィ!!」
キ「馬鹿な! こんな所で、パパの命題が!!」

勝った、第三部完!! 終わり、閉廷、以上、皆解散!!
この判断の早さには某ビンタ天狗面さんもニッコリ。



呪われた旋律を回収するだけのつもりだったのに、装者達がどいつもこいつもイグナイトの状態でシェルブリットバーストを使うから、回収した呪われた旋律そのものが既にもうやべー感じになってて、それが蓄積されてるチフォージュ・シャトーは今ギンギン! ビンビン! 状態でなんかヤバいことになっててヤバいです。最終決戦でキャロルによってもうらめぇ~されます。
キャロル陣営はガリィが死亡確認! した時点で想定外だっただけに「何がなんだか分からんがとにかくヨシッ!」と現場猫してますが、そもそも呪われてるもんがシェルブリットによってブースト掛かって更にヤバくなってるので、「マスターに丸投げだゾ」ということでオートスコアラー達は回収できたもんについてはノータッチ。「やられるならシェルブリットバーストで派手に散る!」を待ってたら案の定やってくれたのでファラじゃなくても狂ったように笑いますよ。狂ったように笑ってたのファラだけですが。



フィーネさんの考察の通り、カズヤの意思が反映されたもんを爪先から頭の天辺まで全身に纏ってりゃ、考え方とか引きずられますよね。そもそもシンフォギアって使用者の心理状態にもろ影響受けるパワードスーツだから。カズヤのアルターで再構成されたからこそ、彼の意思が装者達の心理に強い影響を与えてます。



カズヤや装者達(主にカズヤ)が何かしら動く度に大規模な破壊行為に及ぶことが多いので、S.O.N.Gの大人達や日本政府や国連のお偉いさんはそこら辺をほとんど諦めてます。
むしろ破壊されたものが少なかったり規模が小さいと「体調悪かったの?」と心配される始末。皆良くも悪くもカズヤのハチャメチャに慣れており、毒されているとも言う。



オマケについては、司令に岩山両斬波を使わせたかっただけ。


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たとえそれが力押しであろうとも

育児に仕事に保活とアホみたいに忙しかったんです!!(憤怒ブチギレ)
前回更新から何ヶ月経ってんだって話で、この作品をお待ちいただいている皆様には本当に申し訳ありません。
そして、感謝しております。本当にありがとうございます。
来年度から子どもを保育園に入れるだ何だで毎日を追われていたら、気がついたらもう年末でしかもシンフォギアライブも終わってんじゃねーかという有り様。
絶対時間泥棒とかいう謎の組織や存在が悪事を働いていますよね、昔読んだ本『モモ』みてーな。


響の父親から連絡があったのは、カズヤがS.O.N.G本部に到着してから暫く経過した後。つまり今回の戦いにおける事後処理中であり、世間的にはだいたいの人々が通勤や通学の為に家を出る少し前の時間帯。

響に会わせて欲しい。その要望を受けた時、カズヤは関係各所に提出する為の報告書と始末書と反省文と謝罪文を作成し始めており、本人曰く『クッッッソ面倒で誰かに丸投げしたいけどテメェの尻はテメェで拭うから逃げ出せねー』という心境と状況に陥っていて無茶苦茶機嫌が悪かった(キャロルの掌の上で踊らされていた事実が発覚したことも要因)。うるせぇバカこっちは今忙しいんだよテメェと違って! と叫びたい衝動をぐっっっと堪え、響の為を思って最大限の理性を以て平静を保つ。

で、できた対応が顔を顰めながらの「まあ、別にいいけど、会えるかどうかは響次第だからな」という返答。詳細は追って連絡する旨を伝えて通話を切り、大きな溜め息を吐く。

 

「はーあ......響に連絡......あ、でもこの後本部で合流するのか......いや、早めにしておくのが報連相の基本」

 

俺は報告連絡相談を怠らない男、と内心で何度も繰り返しつつとりあえずメッセージだけでも入れておく。簡潔に纏めた文章を打ち込み送信。詳しい話はまた後で、としておけば問題ない。

 

「ふぅ」

 

胸の内に溜まった様々な感情を吐き出すが如く、再度盛大な溜め息を吐く。

今、カズヤは本部のレストルームで一人だ。クリスとセレナは深淵の竜宮内部での戦闘で、切歌と調は深淵の竜宮脱出後に襲来した巨大人形(レイアの妹)を迎撃する為に、各々がシェルブリットバーストを用いたことで体力を激しく消耗したので仮眠室で眠っている。

体力を回復させようと眠る四人を思いながら、ここ数時間のことを思い返す。

 

 

 

彼がサンを彼女の仲間の元に届けた後、突然姿を現した緒川からファラが語った内容を聞き、慌てて本部まで文字通り飛んで行く。

移動しながら通信を繋ごうと繰り返し試し、通信妨害の範囲内を抜けて一瞬繋がったと思えばまた繋がらなくなる事態が発生。後で聞いたら、巨大人形を切歌と調がシェルブリットバーストで爆散した際に本部側でも通信妨害が起きていたようだ。

結局、本部に辿り着き確認してみれば時既に遅し。イグナイトを稼働させた状態でシェルブリットバーストを使いレイアを粉砕したと自慢気に語り、えっへんと胸を張って褒めろと期待を込めた眼差しを向けてくるクリスに残酷な事実を打ち明ける訳にはいかず、ハグして頬擦りして頭撫で撫でして褒めちぎってやったら、満足気に微笑むと立ったままいきなり爆睡し始めたので仮眠室のベッドに運ぶ。

どうやら体力的に限界ギリギリだったクリス。彼女だけでなく、セレナと切歌と調にもハグ頬擦り頭撫で撫でコンボを決めたら泥に沈むように寝たので、四人にはまだ伝えるべきことを伝えていない。

なお、弦十郎をはじめとするオペレーター陣は話を聞いて顔を引きつらせることになったが。

それから、スパイ行為を自身の知らぬ間にやらされていたエルフナインは医務室で眠っている。

体力の消耗と疲労により寝ているクリス達と異なり、怪我によるものだ。

潜水艦であるS.O.N.G本部を襲った巨大人形──カズヤと未来との戦いで両腕を失っていたが、その巨体が持つ質量をそのまま攻撃に用いるのが脅威であることは変わらない。全体重を以て繰り出された頭突きにより本部は大ダメージを受け、その衝撃により破損し落下してきた天井の一部からあおいを庇ったことで重症を負ったとのこと。

なお、その際のダメージにより本部は大破した。なので、管制ブリッジを含んだ重要なエリアを中型艇として緊急離脱、及び分離した状態で航行中だ。

一応、お見舞いとして医務室まで足を運んだが、意識を失いベッドで横になるエルフナインを前にできることなど何もない。回復を願い無言でその場を後にした。

そして、最終的にやらなければならないこととしてカズヤに残ったことが、彼がS.O.N.Gで働く上で唯一面倒だと感じている書類仕事だ。

 

 

 

ちなみに、アルカ・ノイズの無限沸きを阻止する為の破壊行為に関してどのように報道されるのかについては、暫くの間は知りたくないので情報媒体の類いを見ないようにしている。

後のことは全部おっさん達に任せとけばいいんだよ! というのが本音であり、ささやかな現実逃避であった。

 

 

 

あー面倒臭い、と嘆きながらテーブルの上に置かれたタブレット端末に向き合う。書類のテンプレートであるファイルを特定のフォルダから引っ張り出して開き、真っ白な画面にキーボードを用いて文字を打ち込んでいく。時折、音声をそのまま文字にしてくれるツールを利用しある程度の文章を作成する。

そんなことをひたすら続けていると、レストルームに朔也とあおいが現れた。

 

「お疲れさん」

「「お疲れ様」」

 

タブレット端末から顔を上げ作業を止めて挨拶すれば、疲労を顔に色濃く残す二人が応じる。

朔也がカズヤの隣に、あおいが朔也の向かいに座った。

 

「書類の進捗はどんな感じ?」

「ボチボチー」

 

アイスコーヒー片手に質問してくる朔也に溜め息を吐きつつ返答しておく。

朔也と同じくアイスコーヒーを手にしたあおいが眠そうに目を細めながら言う。

 

「そういえば、そろそろカズヤくんの始末書提出が五十回目になるそうよ」

「二課時代からのを含めるとね」

「マジで?」

 

呆れながらのあおいの言葉に朔也が補足を入れ、カズヤは少し驚いてからくつくつと声を抑えて笑い出す。

 

「じゃあ五十回目突入したら記念パーティーでもするか、盛大に」

「どうしてよ? する訳ないでしょそんなこと」

「司令にしこたま怒られて、どうぞ」

 

 

『この大馬鹿者!!』

 

 

怒鳴り散らす弦十郎の姿が容易に想像できる。

カズヤはおかしくて更に大声で笑った。

 

「お偉いさんがごちゃごちゃ言うせいで躊躇ったり迷ったりするくらいなら突っ込んで殴る。そうじゃねーと救えるもんも救えねーよ」

「カズヤくんのその態度が実は司令にとって一番ありがたいんだよね」

「司令も司令で根本的にはカズヤくんと考え方が同じだけど、立場上は無茶苦茶できないから」

「俺は俺がやりたいようにやってるだけで別におっさんがやりたいことを代行してるつもりはないがな。ま、いざなんかやらかしても始末書一枚書けば後はお咎めなしってのはやり易くて助かるぜ」

 

誰よりもカズヤの暴れっぷり(人命優先の独断専行など)を内心で期待しているのが組織のトップで、口では馬鹿者と言ってお説教をかますがそれはあくまでポーズ。

()()()()()()()がカズヤの命令違反に手を焼いている、とお偉いさんが勝手に思ってくれている構図がいつの間にかできあがっていた為、これ幸いと便乗しただけ。

そんな風に取り留めのない話をある程度した後、休憩を終えて発令所へ戻る二人を見送り、カズヤは書類仕事を再開するのであった。

これ終わったら後で絶対仮眠しよ、と心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 

【たとえそれが力押しであろうとも】

 

 

 

 

 

新宿駅。ここが、響の父親の洸を響に会わせてあげることになった場所だ。

 

「しかし、手間掛けたな」

「響の為ですから、このくらい大したことじゃないですよ」

「......それでも、だ」

 

カズヤの労いに未来が苦笑したので、肩を竦める。

あの時、洸から連絡を受けたことを響に伝えれば、実は既に響はカズヤの了承待ちという状態だった。

経緯としては、

 

①洸がまず最初に未来の携帯に「響に会いたいけどどうしたらいいか」と相談する。

 

②未来が響にどうするか、会いたいか否か問う。

 

③響が「カズヤさんが許可したらいいよ」と返す。

 

④未来が洸に「カズヤさんから許可を取ってください、ご自身で」と返答。

 

⑤洸からカズヤに連絡が入る(これがさっきのやつ)。

 

⑥カズヤから響に連絡。

 

⑦響から未来、未来から洸へと話が伝わる。

 

⑧最後にカズヤと洸が場所と時間を決める。

 

という少々面倒な手順を踏んで現在に至ったが、そもそも話をややこしくしたのはカズヤの介入である。本来なら響と洸の親子間でやり取りを行えば電話一本で終わるし、それが一番望ましいのは誰もが理解している。しかし、最悪の形で終わった親子の再会やカズヤという第三者の介入などで、親子間での連絡のやり取りが──気まずいものが更に気まずくなって──できなくなってしまい、結局未来が連絡係を受け持つこととなったのだ。

ちなみに①から④までが昨晩の夜のことで、⑤以降が今朝のこと。

更に補足をすれば、昨晩から今の今まで響と未来は片時も離れなかったが、響が電話越しに洸と話そうという素振りを見せることはなかったらしい。

また、場所を新宿に指定してきたのは洸である。現在の彼の住居が筑波であることを考えると、今回のことは突発的なものではなく何日か前から計画し、事前に東京に来ていたと思われた。

人がごった返す新宿駅の前で、カズヤは自身の隣の未来を挟むようにして佇む響の様子を窺う。

普段の元気溌剌とした姿ではなく、これからのことに不安と緊張を抱えてソワソワとした表情。

 

(無理もねー、か)

 

ギクシャクした親子関係。そうなってしまった過去は仕方ないと言えば仕方ないことだらけなのかもしれない。洸にも同情の余地は十分にあると思う。

だが、一番辛かったのは当時まだ中学生だった響なのだ。あのライブでのノイズ騒ぎで大怪我をして、入院生活とリハビリで大変な思いをして、やっと学校に行けたかと思えば理不尽なイジメが待っていたのである。

何より洸は男で、大人で、父親だった。どんなに苦しくても守るべきものの為に踏ん張るべきで、逃げることは許されない。逃げるのなら、家族を置いて自分一人ではなく一緒に逃げるべきだ、というのがカズヤの考えだ。

 

(俺は、響の味方だ。響の親父さんには悪いがな)

 

響の笑顔が好きだ。いつも元気で太陽のように輝いている彼女が愛しい。だから彼女の笑顔を曇らせる奴は、悲しませたり傷つけたりする者は、誰であろうと許さないし容赦しない。

知らず、握り締めた拳に力が入る。

もしもの時は──

 

「カズヤさん、怖い顔してますよ」

「っ!?」

 

思考に耽っていたカズヤは、いつの間にか右の拳が未来の左手に優しく包まれていたことに気づいて我に返った。

 

「......ああ、すまん」

「謝らないでください。そうなっちゃうカズヤさんの気持ち、私もよく分かりますから」

 

微笑む未来に心配させまいと、意識して全身から力を抜き、固く握っていた拳を解く。

 

「未来が一緒で助かったぜ。俺一人ならどうなってたことか」

 

あえて軽い感じの調子で礼を告げてから、冗談めかして「なんかあったら響の親父さんのこと殴っちまうところだった」と宣えば、彼女はクスクスと笑いながらこう返した。

 

 

「もし何かあってもカズヤさんは一回頭突きしたんだからダメですよ。次は私がぶん殴りますから」

 

 

「......」

 

覚悟ガン決まりな返しに、スン、と真顔になって黙ってしまうカズヤ。

未来は残った右手で響の左手を取り「さあ響! 気合い入れて行くよ!!」という掛け声と共に大股でズンズン歩き出す。

 

「わわわっ!? そんなに引っ張らないでよ未来!」

「あはははは! 二人共私にしっかりついてきなさーい!!」

 

慌てて叫ぶ響などお構い無しとばかりに豪快に笑い飛ばし、やや強引に両手で響とカズヤを引っ張る未来。

気を遣わせてしまったのか、元気付けようとしてくれてるのか、言葉の通り気合いを入れろという意味なのか、それともこの件については何があっても私が二人を引っ張っていくから安心しろという意志を示しているのかは分からない。

分からないが、カズヤはこの場での未来の存在に心から感謝した。

 

 

 

「うわぁ、高い。カズヤさん、この建物って何メーターあるんですか?」

「......カズヤさん、建物も高いけどメニューに表示されてる値段も高いんですけど......本当にこのお店で大丈夫なんですか?」

 

窓の外から見える景色を眺めて感嘆の声で質問してくる響と、その反対側でこれから入る日本料理店の前で固まり震えた声を出す未来に、カズヤはイタズラが成功した子どものように笑う。

 

「確か新宿で二番目に高いビルで、二百三十以上だったっけ? ちなみに新宿で一番高いのは都庁な。ま、数メートル程度しか変わらねーらしい。で、予約入れてんのは間違いなくこの店だ。翼の親父さんのお気に入りでな、何度か来たことあるから安心しろ」

 

へー、そうなんですか、とそれぞれ口にするのを尻目にカズヤは臆せず店の暖簾を潜り入店。

おっかなびっくりついてくる女子高生二人。

 

「予約してた君島です」

「お待ちしておりました」

 

上品な和服を着こなす女性店員が恭しくお辞儀をし、「こちらです」と案内してくれる。

 

「あわわわわ、テレビとかでしか見たことないような高級感が溢れまくってるよ未来! どうしよう!?」

「うう......私達もの凄く場違いな気がしてきました」

 

キョロキョロと店内を見渡してから思わず萎縮してしまう二人。これまでの人生で来店したことがないレベルの高級、かつ和食を主とした日本料理店の空気にビビりまくっている。

現在はS.O.N.Gの実働部隊に所属している二人だが、出身は一般家庭。世間的にも年齢的にもまだまだ人生経験が少ないと言われても過言ではない若者。やはりこういった店は未経験だったようだ。

これが、ああ見えて実は良いところの出である翼なら緊張せずに何食わぬ顔でついてくるのだろう。

金持ちや芸能人、政府関係者などの本物のセレブが利用する店なので、二人が萎縮してしまうのも無理はないのかもしれない。

 

「前に慎次の弟の、捨犬のホストクラブ行っただろ? あれと似たようなもんだって」

「いや、あの時とはお店の雰囲気とか全然違うんですけど」

 

と響が自身の顔の前で手を左右に振った。

 

「ホストクラブと日本料理店を一緒にしたらお店に失礼ですよ」

 

小声で未来が苦言を呈する。

案内されたのは個室でありながら広々とした和室。靴を脱いで室内を見渡した響が、

 

「時代劇で悪代官と越後屋が山吹色のお菓子を受け渡ししてそうな部屋ですね」

 

と際どい発言。

 

「だろう? 俺も初めて連れてこられた時はそう思った」

「二人共、あんまり大きい声でそういうこと言わないの」

 

響の言葉にカズヤが共感したら未来から注意が飛ぶ。

八紘の話によると、この店は実際密談に使われたりするらしいのであながち間違いではないのだが。

 

「小日向悪代官、立花の越後屋、お主らも悪よのう」

「その台詞を言ってる人は誰なんですか、どういう立ち位置なんですか、そしてどうして私が悪代官なんですか」

「しかも『お代官様』って呼ぶところを『悪代官』って呼んじゃってる」

 

そんなこんなでカズヤは二人と向き合うようにして座った。

 

「さて、何頼む? 今日は俺の奢りだから遠慮しなくていいぜ。好きなの頼めよ」

「ソフトドリンクですら凄く高いから遠慮するんですけど!」

「た、高い......!!」

 

座布団の上に胡座をかいたカズヤがメニュー表を広げて渡してきて、可愛らしく女の子座りをする響と綺麗な正座をした未来が中身を確認し仰天。

たかがソフトドリンク、果物のジュースと侮るなかれ。一個云万円とかで取引される高級果物を惜しみなく使ったものである為、たった一杯でもベラボーに高いのだ。初めて八紘に連れてこられたカズヤも思わず「ヒェッ......!」と情けない声を上げた過去がある。

二人は高級料亭の値段設定に完全に腰が引けてる状態なので、しゃーねーなーと溜め息を吐いたカズヤが店員を呼びつけメニュー表を指差しながら「とりあえずここからここまで持ってきて」と豪快な注文を行う。

 

「普段はケチなのにどうしてこういう時だけ太っ腹なんですか!?」

「んなこと気にするなよ響」

「スーパーで買い物するといつも安くて量が多いものしか買わない癖に!」

「未来もんなこと気にするなぁっ!」

「「気にします!!」」

 

ギャーギャー言い合ってる間にソフトドリンクがやって来て、それぞれがグラスを手にした。

ちなみに響と洸の話し合いの場としてこの店を選んだ理由は、響に少しでも美味しいものを食べてもらって緊張を解して欲しいのと、ファミレスやファーストフードのような騒がしい場ではなく、静かで真面目な話をするに相応しい空間を求めた結果である。

 

 

 

新宿に向かった三人とは別に本部で待機することになった他の装者達は、食堂でのんびりとした時間を過ごし英気を養っている(一部除く)。

 

「マイターン!」

 

得意気な声と共にパチリと小気味いい音が立つ。マリアが目の前の将棋盤にて駒を動かした音だ。

 

「くっ、奏! ここから逆転するにはどうしたらいいと思う?」

「無理だと思う」

「そんな!?」

「だって翼側の駒ほとんど取られちゃったじゃないか。あと数手で詰みでしょこれ」

「まだ勝負は着いていない!」

「はいはい」

 

マリアの対面には、頭を抱えて必死に考え込みウ~ンと唸る翼。その隣にはさっきから何度も同じことを繰り返し言っているせいでそこはかとなく対応が雑な奏。

何処からともなく年季が入った将棋盤を持って現れたマリアに翼が付き合っているのだが、この対局は既に五回目に突入している。これまでの結果はマリアが四戦四勝。内容は文句のつけどころがない圧勝。五回目も勝敗は素人目にも翼が敗色濃厚なのは明らか。同じ動画をループ再生で見せられている気分の奏としては声を掛けられても雑な反応しかできない。

マリア軍に対して果敢に攻める翼軍ではあったが、あっさりと知将の策に嵌まり返り討ちにされ次々と撃破され拿捕され懐柔され、兵達は軒並み寝返って襲いかかってくる。

素人ということに加えて純粋に下手っぴだと思われる将棋クソ雑魚なめくじな翼に対して、将棋が趣味で経験豊富なマリアではどう転んでも相手にならない。そもそもマリアは暇を持て余すと誰かと(主にセレナやカズヤ)対局しているのは周知の事実だし、一人の時でもスマホのアプリでネット対戦をしてたりする。しかし翼は翼で何度負けてもその度に「......もう一度だけ!」となかなか諦めず食い下がり、マリアもマリアで「フフン、いいわよ。何度でも相手になってあげるんだから」と優越感に浸りながら全力で叩き潰す大人気なさを発揮。

まー、二人がそれでいいならいいけど、と完全に第三者の立場でそんなことを思いながら視線を勝利の美酒に酔ってるマリアの隣に──自身の正面へと移す。

 

「ふう。やっと書類仕事が終わりましたー」

 

溜め息を吐き疲れた様子でアイスコーヒーに手を伸ばすセレナ。なんでもそつなくこなす彼女でも、報告書に加えた反省文と謝罪文と始末書のコンボには流石に苦戦したようだ。報告書だけならともかく、やらかした際に提出するべき書類の作成経験はカズヤと比べて圧倒的に少ないのだ。

 

「あそこ沈んだの全部敵のせい、ってことでいいよな普通。そうすればそんなもん書く必要ないってのに」

 

セレナの対面に座り──つまり奏の隣──右手で頬杖を突き左手をポテチの袋に突っ込み、敵側に全て責任転嫁するカズヤみたいなことを宣うクリス。彼女はセレナと異なり報告書のみでとっくに書類仕事は終わっていた。拳による一発目とショットガン状のアームドギアによる二発のシェルブリットバーストは威力が高い代償として射程が短い為、それによる破壊がないが故に。

 

「うう、セレナと違って報告書だけなのに書類仕事アタシがビリッケツデース......」

「切ちゃん、あとちょっとだから頑張ろう?」

 

更にセレナの隣で涙目になりながら眼前のタブレット端末を睨む切歌と、そんな彼女を横から慰める調がいた。

丁度、旧二課組(三名)と元F.I.Sメンバー(四名)が向かい合う形で席に着いている構図。

そろそろ翼とマリアの将棋観戦にも飽きてきたし、切歌を除く深淵の竜宮突入組の書類仕事も終わったので、奏は今の今まで気にしていたことを口にした。

 

「響、お父さんと上手くいくのかなー」

 

この一言に誰もがピタッと動きを止める。

翼は頭を抱えた状態で動かなくなり、マリアは翼から奪った大量の駒を片手でじゃらじゃら弄んでいたのをやめた。

ストローを咥えていたセレナも、ポテチの袋に手を伸ばしていたクリスも、タブレット端末を覗き込んでいた切歌と調も動きを止めたまま視線で奏を窺う。

 

「みんなはどう?」

 

と問えば、全会一致で「気になるに決まっている」という返答が口々にされた。

 

「はっきり言えば心配よ......響のパパさんが怪我しないか」

「こわーい保護者が二人もいますから」

 

握っていた駒をテーブルに置くマリアの動作に合わせてセレナもグラスを置く。

 

「殴りそう」

「雪音の言う通りだ」

 

濡れた布巾で手を綺麗にしてから天井を仰ぐクリスに、腕を組んでウンウン頷く翼。

 

「未来さん、響さんのお父さんがこれまでのことを謝らなかったら殴ってでも土下座させてやるんだから、って拳握って語ってましたよ」

「それ完全に思考がカズヤと一致してるじゃないデスか」

 

その時の未来を真似しているのか顔の前に握り拳を作る調と、タブレット端末の電源を切りつつ半眼になる切歌。

 

「ま、こればっかりは響がどうするか、響のお父さんがどんな態度を取るかにかかってるからね」

 

外野がピーチクパーチク言ってもしょうがない、と少し寂しげに奏は続けた。

結局のところ、どんなに力になってあげたいと考えていてもできることには限界がある。これは響と洸、家族の問題だ。部外者は必要以上に踏み込むべきではないし、普通であれば踏み込めない。

その問題にさも当然と言わんばかりに首を突っ込んでいる二人については、あの二人だから、としか言えない。

響の笑顔を曇らせたくないから、彼女に後悔して欲しくないから、いつもの笑顔を見せて欲しいから、その為だけに動いている二人は悪い言い方をすれば自己中心的で利己的かつ独善的だ。他人の家庭事情というデリケートなことに干渉しようなど聞く人が聞けば眉を顰めるだろう。本人達もそれは百も承知である。

だがあの二人にとってはそんなことなど知ったことではないのだ。自分がやりたいことを必ずやりたいようにやり通す。たとえそれが大切な人の家族のことであっても。

それしか考えていない、まさにエゴの押し付け。誰もが一歩引かざるを得ない事柄に中指を立てながら『うるせぇバカ』と吐き捨て躊躇せず突っ込む姿は、己のエゴを具現化するアルター能力者らしいと言っても過言ではない。

これがアルターに覚醒する前の未来であれば、一歩引いた立ち位置から前へ進もうとはしなかっただろう。親子間の連絡役は請け負うが、響に同行しようとはしなかったと思われる。幼馴染みという響に最も近い存在だからこそ、そういうことへの線引きはちゃんとしていたはず。

しかし彼女は覚醒した。欲しいものは力ずくでも奪う、進む道の邪魔をする奴は全員ぶっ飛ばすと豪語するカズヤと同等の力を手にし、彼と同じように己の信念を貫くと決意し、覚悟した。もう自重なんてしないし遠慮もしない、我慢なんて以ての外。そういう意識改革が起きていた。

そんな風にカズヤ寄りの精神的成長──当然ながら酷く歪で極端なもの──を果たした未来が、洸を『殴ってでも土下座させてやる』と宣告したのは自然の流れだったのかもしれない。

いや、むしろその思いはカズヤよりも強い。響及び立花家が一番苦しい時期をそばで見続けていただけに。

 

 

『アルター能力者って自制したり感情を抑制したりする脳機能の一部が壊れ、おほん! じゃなくて正常に機能しにくくなるんじゃないかしら?』

 

 

言外に頭おかしい、と以前に調の肉体に宿るフィーネの魂が言っていた。勿論その後、調に強制的に肉体を明け渡された彼女はカズヤからコブラツイストを食らって泡を吹いて昏倒する破目になったが。

 

「......響が殴るのは分かるけど、その前にあの二人が殴りそうで怖いのは確かだよね」

 

洸が下手なことを言って、噴火した火山のように怒り狂ったカズヤと絶対零度の眼差しで無表情な未来が、キャッチボールをするかのように洸を延々と殴り飛ばし続ける光景を想像する。

キャッチボール? いや、攻撃する意思が込められてるからドッチボール? いやいや見た目的にはピンボールかな? でも響のお父さん的にはデッドボール? ボールそのものが本当にデッドしそうだけど......と奏はしょうもないことを考えてから目を細めるのであった。

 

 

 

 

土下座。

いきなり披露されたそれにカズヤは固まってしまう。それは響と未来も同様である。

美味しい料理をたらふく食べて、本来の目的も忘れて「美味かったな~。ところで何しにここに来たんだっけ?」「なんか忘れてる気がします」「何だっけ?」と三人揃って膨れた腹をポンポン叩きながら言い合ってたら、唐突に現れた──自分でこの店に来いと呼びつけておいて──洸が、

 

 

『すまなかった響!!』

 

 

と叫ぶと同時に土下座した。

この瞬間、カズヤと響と未来の三人は背中に宇宙を背負う猫みたいな顔になっていたはずだ。

 

「......あー! そうだ忘れてた! 響の親父さんのこと!」

「忘れてたの!?」

 

誰よりも早く再起動を果たしたカズヤが思わず声を上げれば、ガバッと顔を上げた洸が驚愕に目を剥く。

洸のことを忘れる、そんなつもりなど毛ほどもなかったカズヤであったが、美味い料理を満足するまで食べて腹が満たされ思考が鈍りすっかり緊張も解れ、眠気を感じていた時に土下座がエントリーしてきたので頭が回っていなかった。当初の目論見通り緊張は解れたが、お腹いっぱいになったことで逆にリラックスし過ぎてしまった。

料理が美味し過ぎたのがいけない。だってこのお店の料理人、物腰が柔らかい海○雄山みたいな人だから。

自身の両頬を痛いくらいにバシバシ叩いて気合いを入れ直しつつ気持ちを切り替える。見れば響と未来もお冷やを一気飲みしていた。どうやらフリーズから復帰したようだ。

それから響が静かに声を掛けた。

 

「......お父さん」

「っ!!」

 

上げていた顔を素早く下げ床に額を擦り付ける洸。

 

「顔、上げて」

「......」

 

慌てるように再度顔を上げたその表情は、実の娘に向けるにはいささか情けないすがり付くようなものであったが、少なくともカズヤから見て演技をしているようには見えない。

 

「本当に悪かったと思ってる?」

「......」

 

娘の問いに父は黙って頷く。

 

「じゃあ、どうすればいいと思う? というか、お父さんはこれからどうしたいの?」

「それは──」

「謝って、それで終わり? だったら私だけじゃなくお母さんとお祖母ちゃんにも謝って欲しい。でも二人が謝罪を受け入れるか、お父さんを許すかどうか分からないよ? 罵倒されたり殴られたりするかもしれないけど平気?」

 

淡々とした口調の感情が込められていない響の言葉が矢継ぎ早に降りかかる。

 

「......謝るさ。いくら罵られようが殴られようが俺は謝らなければならない。今の俺にはそれくらいしかできないんだ」

 

また改めて頭を下げつつ更に言い募った。

 

「響、確かに俺はダメな父親だ。あの時響が言ったようにカズヤくんと比べたら情けないにも程がある男だ。自分のことしか考えてなくて、現実に立ち向かう覚悟もないし男の意地も張れない、家族皆が苦しんでいたのに一人で逃げることしかできなかったクソ親父だ」

「......」

「でも、一人になって暫くしてから気づいた。一人は寂しくて、そっちの方がもっと辛いってことを」

 

今一度顔を上げた洸の目は潤み、やがてポロポロと涙が零れていく。

 

「なのに、一度勝手に出て行ったからには今更戻れないって変なプライドが邪魔して、どの面下げて会えばいいのか分からなくて、帰りたいのに帰れない、そんな日々がこれから何年もずっと続くのはもう嫌なんだ!!」

「お、とう、さん......」

 

慟哭する父につられた娘が涙ぐむ。

そんな響を横目にカズヤと未来は互いに目配せしてからホッと息を吐く。どうやら自分達が実力行使に出なくても上手く纏まるらしい。

 

「響、すまなかった! 本当にすまなかった! すぐに許してもらえるとは思っていない、だけど少しだけでいい、俺があの家に帰れるように手を貸してくれ!!」

 

そう叫んだ父に対して娘は泣き笑いのような表情で立ち上がって一歩踏み出し、

 

 

 

──ビシリッ!!

 

 

 

「「っ!?」」

 

突如、硝子に罅が入ったかのような妙な()()をカズヤと未来は同時に覚え、一瞬で緊張し立ち上がり咄嗟に身構えた。

音ではない。実際には何も聞こえていない。硝子に罅が入ったとしか表現できない何か、そんなものを感じた。そしてそれは"向こう側の世界"への扉が開く際に感じるものに似ていたが故に二人は緊張状態に陥ったのだから。

唐突に立ち上がり纏う雰囲気ががらりと変わった二人に対し疑問符を浮かべる親子をよそに、カズヤと未来は己の感覚に従い視線を窓へと向ける。

 

「......ちっ、そういうことかよ」

 

窓の外に映るものを見て理解を示したカズヤが忌々しげに舌打ちした。

 

「空が!!」

 

すぐそばで同じものを見た響も驚き叫ぶ。

それぞれの視線の先──窓の外では、文字通り空間に罅が入っている光景があった。都庁の真上にまるで目に見えない硝子が空中に浮かんでいてそれに罅が入るかのように。

やがて罅をクモの巣状に広がり大きくなると、これまた硝子が砕け散るようにして空間に穴が穿たれる。

その穴はこことは別の何処かに繋がっている、目にした誰もがそう悟った。

空間歪曲と異空間の存在。二人のアルター能力者が真っ先に反応したのは、それが"向こう側の世界"への扉が開く際のものと酷似していた為だ。

やがて姿を現すのは宙に浮く巨大な建造物。間違いなくチフォージュ・シャトーというキャロルの拠点にして世界を破壊する為の施設のはずだ。

 

「あのクソガキ、これからいいところだってのに、漸くいい感じに纏まりそうだったのに、空気読まずに仕掛けて来やがって......!!」

 

怒りで全身をワナワナ震わせたカズヤが、それでも努めて冷静になろうと鼻息を荒くしながらお冷やを一気飲みし、大きく溜め息を吐いてから靴を履き、土足で畳を踏み締め窓の外を睨む。

 

「響、悪いが親父さんとの話し合いは一旦終わりだ。S.O.N.G本部に連絡してから未来と一緒に親父さんは勿論この店の店員達、つーかこのビルにいる人全員を避難誘導してくれ。俺がこれから全力で暴れるって言えば、大抵の人間は我先に逃げんだろ」

 

感情を無理矢理押し殺しているような低く震えた声で言い終わるや否や、

 

「シェルブリットォォォォ!!!」

 

ついに我慢の限界が来たのか握った右拳を高く掲げ、店内に響き渡るどころか店外まで轟く怒声を放つ。それに伴いアルター発動。

全身から淡い虹色の光が放たれテーブルを含めその上にあった食器の数々と、部屋の窓が虹色の粒子になり消滅。

右腕が肩口から消失したかと思えば、粒子が集まり橙色の装甲に覆われた鎧のような腕を形成。

右の瞳が金色に光輝く。

右目周囲にも粒子によって構成された橙色の装甲が現れる。

最後に右肩甲骨に金属のような光沢を放つ金色の回転翼が出現し、戦闘形態への移行が完了。

掲げていた拳を顔の前に下ろして構え直せば、右手首の拘束具が勝手に外れて畳に転がる。拘束具が外れたことで装甲のスリットが展開し、それにより手の甲に開いた穴に向かって周囲から螺旋を描くように光が収束していく。

ヒュンヒュンヒュンヒュンと回転翼がヘリコプターのローターのように高速回転し、ふわりと足が宙に浮く。

 

「え? え? え? ええええええ!?」

「私達もすぐに向かいます」

「気をつけてください、カズヤさん」

 

何がなんだか分からず狼狽える洸に構わず、響と未来がそれぞれ声を掛ければ、カズヤは肩越しに振り返りシェルブリットと化した右手の親指をピッと立てて応えた後、回転翼の軸部分から銀色のエネルギーを噴射、今さっき消滅させた窓の外へ飛び出して行く。

 

「いい加減決着(ケリ)をつけてやるぜ。クソガキ......!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

【ダブルコントラクト】

 

 

それはある日のこと。その日は一日待機ということで、皆が皆S.O.N.G本部の食堂で思い思いに時間を過ごしていた時。

 

「カズヤ、実は私、ダブルコントラクトなの」

「......ダブ、コン......何だって?」

 

マリアの趣味である将棋の相手をしていたカズヤは、どうやれば対面に座る彼女の牙城を崩せるのかと必死に思考していたところ、その思考を遮られるように話し掛けられたので呆けた声を返した。

 

「だから、ダブルコントラクト。知らない?」

「何だそれ? 知らねー」

 

何かを期待しているかのようなウキウキした態度と口調、笑顔のマリアに彼は正直に応じる。

すると彼女は笑みを深めて静かに立ち上がり、「百聞は一見に如かずよ」と言うと、何を思ったのか調と一緒に切歌の勉強を見ていたセレナに背後から飛びかかった。

 

「ぎえええええ!?」

「ちょ、いきなり何してんだ!!」

 

突然後ろからギアペンダントを力任せに引っ張られて白目を剥きながら絞め殺される鶏みたいな悲鳴を上げる妹など全く意に介さず、姉はそのまま強引にギアペンダント──アガートラームを奪い取る。

マリアの奇行、いや最早凶行に誰もが──ダメージでテーブルに突っ伏しているセレナを除く──「何してんだコイツ!?」と注視する中、彼女は聖詠を歌う。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

食堂のど真ん中で光が瞬きマリアがアガートラームのシンフォギアを身に纏った。その姿は普段の黒いガングニールとは異なる白銀。いつものセレナのものに共通する部分が多少はあるが所々意匠が違う、初めて見るマリアのアガートラームの姿だ。

 

「ダブルコントラクトって、そういう意味か」

 

やっと意味が分かり納得するカズヤの前で、マリアは上機嫌に、見せつけるようにくるりと横に一回転。

 

「どう? 悪くないでしょ?」

「ああ、スッゲー可愛いぜ」

 

感想を求めたら率直な誉め言葉が躊躇なく飛んできたので、若干頬を染めながら続きを促す。

 

「......カズヤ的には、ど、どのくらい可愛いのかしら?」

「今すぐギューッてハグしたいくらいに可愛い」

 

腕を大きく広げてさあ来いと言わんばかりの反応は、まさに彼女の目論見通りであった。

 

「もう、カズヤったらぁ! しょうがないんだから!!」

 

喜色満面で抱きついてきたマリアを受け止め、宣告通りギューッと抱き締め返す。

未だにダウンしているセレナを除いた女性陣がそんな光景を見せられて黙っている訳もなく。

 

「なあ」

「はいクリスちゃん」

 

まずクリスと響が互いに己のギアペンダントを相手に投げ渡す。

 

「翼、以前やってダメだったけど今ならいける気がする」

「私もだよ奏」

 

続いて奏と翼も。

 

「調!」

「たぶん無理だと思うけどなぁ」

 

そしてノリノリな切歌と乗り気ではない調という対称的な二人も同じようにギアペンダントを交換。

しかし──

 

「聖詠が、浮かばない......イチイバルが応えてくれないよ!!」

「動け、このポンコツが! 動けってんだよ!!」

 

絶望的な表情で響が嘆き、その正面でクリスが借りたペンダントをポンコツ呼ばわりし地団駄を踏む。

 

「ガングニール、動け、ガングニール! 何故動かん!!」

「動け天羽々斬! 動いてくれ! シンフォギアァァァァ!!」

 

動かなくなってしまった人型ロボットを無理矢理動かそうとしているかのような叫びを上げる翼と奏だが、適性的な問題で起動する訳がないし、そもそもこの二人はそんなことなどルナアタック以前から百も承知のはずである(何度か試した過去があるので)。

 

「動け、動け、動け、動け、動いてよ! 今動かなきゃ、何にもならないんだ! 今動かなきゃ、今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ! もうそんなの嫌なんだよ! だから、動いてよぉぉぉ!」

「......調、やる気があんまりなかったのにキャラに入り過ぎデス」

 

乗り気じゃない癖して迫真の演技を披露する調の豹変ぶりに、流石の切歌もドン引きしていた。実はこの二人も奏と翼同様、過去に試してダメだったことを知っている。四人が何故ダメ元で試してみたのかは、カズヤの"向こう側の力"の影響で以前と異なる結果になるかどうかの確認と、程度の差はあれ彼に可愛いと言って欲しいから。あと単純にマリアだけオイシイ現状が許せん。

そんな彼女達をマリアが嘲笑。カズヤの腕の中を堪能(体を密着させ体温を感じながら胸元や首筋に顔を埋めてスーハースーハークンカクンカ)しつつ、勝ち誇りながら宣う。

 

「フフン、無駄よ。ダブルコントラクトはこの中でも私だけ。私だけが唯一、複数のギアでカズヤから愛でてもらうことができるのよ!!」

「......それを私が許すとでも? マリア姉さん」

 

いつの間にか復活を果たしたセレナがマリアの背後に回り込み、地獄の底から響いてくるかのような声音を出しながら腰をガッチリ抱き締めた。

 

「せ、セレナ!?」

「確かにマリア姉さんは私達で唯一のダブルコントラクトです。ですが、忘れているんですか? ギアの適合率もアガートラームの適性も、私が上だということを!!」

 

姉をカズヤから力ずくで引き剥がしそのまま妹は歌う。

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

歌声が食堂に響けば、目を灼く閃光が生まれる。

皆が皆、その光の眩しさに瞼を閉ざす。

やがて光が消えたのを感じて目を開けば、通常の服に戻ったマリアの腰にアガートラームのギアを纏ったセレナが抱きついているという光景が広がっていた。

 

「くっ」

 

悔しげに顔を歪ませるマリアにセレナは情けもかけないし容赦もしない。

マリアを抱えて勢いよく後ろに反る。

 

「せーのっ!」

「は? ちょっと、離しなさ──」

 

ズドン!! という重低音を轟かせマリアの上半身は背後の床に叩きつけられた。

 

「なんて綺麗なジャーマンスープレックスなんだ」

「まるでプロのお手本のようだ」

「惚れ惚れするな」

「セレナさん上手です」

「グッジョブ」

「で、でも、床に罅が入るどころかマリアの形に陥没してるんデスがそれは......」

 

奏、翼、クリス、響がしきりに感心し、調が親指をピッと立てて、切歌が再度ドン引きする。

 

「......星が、星が見えるスター......」

 

床にめり込んでいるマリアが目を回しながら呻く。

どうやら無事らしい。どう軽く見積もっても受け身なんて無意味なパワーで、床が粉砕されるほどの威力があったにも関わらずだ。生物として何か致命的に間違っている気がする、というのが食堂での一部始終を目撃した一般職員の感想だ。

 

「さて、カズヤさん」

「え、アッハイ!」

 

姉を沈めて晴れ晴れとした表情のセレナがカズヤの眼前に立つ。

何故かカズヤは姿勢を正して『気をつけ!』となってしまう。そうせざる得ない圧力を彼女の美しい笑顔から感じていたのだ。

 

「アガートラームの真なるシンフォギア装者である私のこの姿を見てください。どう思いますか?」

「......凄く、可愛いです」

「それは、カズヤさん的には衝動的に何かしたくなるほど可愛いですか?」

「衝動的に抱き締めたくなるほど可愛いですハイ! 抱き締めさせてくださいお願いします!」

「もう、カズヤさんったらぁ......皆さんの前なのに仕方がないんですから」

 

両腕を広げて「どうぞ」と待ち構えるセレナに逆らえる訳もなく、カズヤは彼女を強く強く抱き締めるのであった。

 

 

 

「イチャつき始めたと思ったらいきなりコントになってプロレスでオチがついた件について」

「暇を持て余した時のドタバタ騒ぎなんていつものことじゃない」

「賑やかなのは良いことです」

「床、後でカズヤくんが直しておくんだぞ」

 

少し離れたテーブル席からコーヒーを飲みつつ朔也がぼやけば、あおいが呆れて緒川が微笑み弦十郎が苦笑しながら告げた。

 

 

 

「ううぅ......交換できるもの持ってないから誰も何も貸してくれない......今度の模擬戦でみんな纏めて叩きのめしてやるんだから」

 

なお、誰からもギアペンダントを貸してもらえなかった未来のしくしくしながらの恨み言は皆揃って聞こえない振りをしたのだった。

 




お偉いさん
「貴重な聖遺物がとある研究所で暴走したから何とかして。政治的な理由と今後の利益面から人的被害とかどうでもいいから聖遺物は絶対確保で」

OTONA
「畏まり(ふざけんな)」

バカ
「うるせぇんなこと知るかボケ! シェルブリットバースト!(溜め少なめ) シェルブリットバァァァスト!!(溜め中くらい) シェルブリットォォォォバァァァァストッ!!(溜め多め) 輝け、もっとだ、もっと、もっと輝けぇぇぇ!! シェェェルブリッッットォォォォォブワァァァァストォォォォォォッッ!!!(第二形態時の最大出力最大溜め)」

OTONA
「バカが命令無視したので聖遺物と研究所とその周囲一帯消し飛んで地図書き換えることになったけど人的被害ゼロやで(ナイス! でも絶対に連打は要らない、やり過ぎ。後で説教と始末書な!)」

お偉いさん
「......あいつなら仕方がない(震え声)」

バカ
「OTONAも大変やなー(鼻クソほじりながら始末書)」



この作品のイヴ姉妹は互いが互いに最愛の姉(妹)であることは間違いありませんが、原作アニメやゲームアプリの並行世界の彼女達と異なり、カズヤがいるせいで姉(妹)は最大のライバルだと考えています。
つーことでよく姉妹喧嘩します。姉(妹)だけには負けたくないので。
ついでに言えばマリアさんのアガートラーム姿は今後出番ありません(無慈悲)。



調はロボットアニメガチ勢。


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