居場所 (おたふみ)
しおりを挟む

一話

修学旅行が終わり、数日…。

部室に行かなければならない。行かないと平塚先生の鉄拳制裁が待っている。

 

『貴方のやり方、嫌いだわ…』

『もっと人の気持ち考えてよ』

 

頭の中で反響する声…。

 

部室入りたくないとドアの前に立つと、中から声が聞こえる。

 

「ヒッキー部活もうこないのかな?」

「来なくていいわ、彼邪魔だもの」

「そうだよね!!人の気持ち考えないヒッキーなんて、いらないよね!!」

 

聞こえてきた内容に落胆する。でも、入らなければいけない。

 

「うっす」

「あら、来たのね」

「や、やっはろー」

 

歓迎されてないのはわかる。だが、俺はここに来なければいけない。居場所だと思っていた。そして、居場所ではなくなったこの部室に。

 

「邪魔者だと思われてるのは理解しているが、俺は強制入部させられてる。だから、ここへ来なければならない。不快だとは思うが、居させてもらう」

「そう。貴方の言う通り不快極まりないけど、仕方ないわ」

「そ、そうだね」

「依頼が来たら、席を外す」

「当然ね」

「私とゆきのんが居れば、依頼なんて解決出来るから」

「…そうか」

 

俺は間違えたのだろうか…。間違えたのだろう。その結果がこれだ。どこを間違えた?嘘告白なのか、それとも二人を信じたことか…。だが解は出ている。俺は間違えたことだけは間違いないことだ。

 

 

修学旅行が終わってから、イジメを受けている。彼らにとっては報復であろう。友人の告白を横取りしたのだから。昼休みや放課後の部活が始まる前に、人目につかないトイレなどで、殴られている。顔は殴ってこない。そりゃバレるからな。

 

散々殴られた後に奉仕部に行かなければならない。

 

「うっす」

「あら、来たのね。来ないと思ったわ」

「ふ~ん、来たんだ」

「…すまん」

 

来ないことを期待していたのだろうか。思わず謝罪を口にしてしまった。

いつもの席に座り、二人の様子を見ると紅茶を飲みながら談笑している。もちろん、俺に紅茶が出る訳がない。

 

「失礼するぞ」

「平塚先生、ノックを」

 

いつものやりとり。今までは心地よく感じていたのだが、今は違和感しかない。

「依頼人を連れて来た」

「失礼します」

「失礼しま~す」

 

生徒会長の城廻先輩と、もう一人は一年生だろうか。どこか『可愛い私』という仮面をかぶっているようだ。

 

依頼というなら、俺は席をはずさなければならない。雪ノ下の方を見ると。

「帰って結構よ」

 

鞄を持ち席を立つと、平塚先生に呼び止められる。

「比企谷、どこへ行く」

「あの男は必要ありません」

 

『必要ありません』やはり居場所はなくなったと実感した。

 

扉が閉まった部室の中で何が話されているかはわからない。わからない方がいいのだろう。

 

鞄を肩にかけると殴られたところが痛むので、手から下げて帰る。

真っ直ぐ帰ってもいいが、小町とはケンカ中だ。ドーナツ屋で時間を潰すことにした。

 

ドーナツとカフェオレを受け取り、席に座り読みかけの文庫本をひらく。

しばらく本に没頭していると、大きな声と肩に走るい痛み振り返ると魔王が…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話

「比企谷君!」

肩を叩かれた激痛と大きな声で振り返る

 

「痛っ!!雪ノ下さん…」

「ごめん、そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけど…」

「いえ、ちょっと…」

「ちょっと、何?」

「自転車で転びましてね」

「…ふ~ん、そうだったんだ。ごめんなさいね」

「知らなかったことなんで、仕方ないですよ」

「そ・れ・で!比企谷君は、なんでこんな時間にここに居るのかな?部活の時間じゃないの?」

「ちょっとやらかしましてね。戦力外通告をされました」

「今度は何をしたのかな?」

「守秘義務ですので」

「ふ~ん、まあいいや。雪乃ちゃんに聞いてみよ」

「そうしてください。きっと俺のことを嫌いになれますよ」

俺から口にすれば、俺の主観になってしまう。

本当のことを言えば味方になってくれるかもしれない。

味方になってもらっても、雪ノ下さんは信用出来るのか?答えは否だ。

「それで、部活は辞めたんだ」

「いえ、強制入部なんで辞められませんから。新しい依頼が来たので、席を外してそのまま直帰です」

「じゃあ、お姉さんとデートしようよ」

「転んで打ったところが痛むので遠慮します」

「じゃあ、デートしないでいいから、ここで少しお話ししようか」

「嫌ですよ。こんな美人と長話してたら、周りの目が痛いじゃないですか」

「もう美人なんて、このこの」

雪ノ下さんが肘でグリグリしてくるところも痛い…

「痛いですよ…」

「ごめんね、そこも痛いんだ」

「ええ、まあ」

「本当に転んだだけ?」

「そうですよ。間抜けな転び方しただけです」

「気をつけてね。未来のお義弟くん」

「その未来は来ないと思いますよ」

「どうしてかな?」

「やり方はマズかったにしろ、嫌われたと思いますんで」

「じゃあ、比企谷君は今回の件で嫌われなければ、その未来はあったと思う?」

少し考えてみる…。初めてあの部室に入った時に、その姿に心を奪われ、成長を目の当たりしてきた。嫌われてないとは思っていた。だが…

「無理でしょうね?」

「雪乃ちゃんのこと嫌いだったの?」

「むしろ逆です。憧れていました。雪ノ下に好かれてはなかったでしょう。好きな相手にあの罵詈雑言はないと思いますよ。小学生じゃあるまい…」

「そうかなぁ?雪乃ちゃん子供だからなぁ。仮に今告白されたらどう思う?」

「仮定の話をしても…」

 

後ろから凍てつくような声が聞こえてきた。

「何を話しているのしら?」

「雪乃ちゃんにガハマちゃん、ひゃっはろー。もうちょっとで比企谷君の本音が聞けたのに、思ったより早かったね」

「なんで、この男が居るのかしら」

「っ!す、すまん」

「なんで比企谷君が謝るのかな?」

「雪ノ下と由比ヶ浜は、俺の顔を見るのも嫌だろうから…」

「そっかそっか。三人揃ったから、まずは比企谷君が戦力外になった理由を聞こうか」

「俺は失礼しますよ」

「えぇ、そうしてくれるかしら」

「ヒッキーと話すこと無いモン」

雪ノ下と由比ヶ浜が睨んできてるのがわかった。

「う~ん、仕方ないけど帰っていいよ。二人が来たら顔色悪くなっちゃったし」

実際に、息苦しい…。雪ノ下さんが察してくれて助かった。

 

とりあえず、帰ろう。小町とは、まだ険悪だけど…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話

翌日、朝から平塚先生に呼び止められた。

「比企谷、ちょっといいか?」

「なんですか?」

「昨日は何故依頼も聞かずに帰ったんだ?」

「雪ノ下に聞かなかったんですか?」

「『あんな男に任せられない』としか言わなかったが…」

「じゃあ、そうなんでしょう」

「だが、しかし…」

平塚先生が問い直そうとした時、チャイムが鳴る。

「ほら、予鈴ですよ。行かなくていいんですか?」

「仕方ない。放課後、生徒指導室に来るように」

「わかりました」

 

昼休み。やはり殴られた。

痛みがある程度引くまで、人気のない所で大人しくして教室に戻ると、川崎に声をかけられた。

「アンタ、顔色悪いけど大丈夫かい?」

「あ、いつものことだ。気にするな」

「そう」

バレてなければいいが…。

 

放課後、由比ヶ浜が依頼の話をするから、部室に来なくていいと言ってきたので、すぐに生徒指導室に行く。

ノックをして、返事があったことを確認して中に入る。

「かけたまえ」

「はい」

「それで、何があったのかね?」

平塚先生はタバコに火をつけながら聞いてきた。

「依頼を解決する上で、やり方の相違があった。それだけですよ」

「だが、雪ノ下があそこまで言うのは何故だ」

「俺のやり方が正しくなかった。…と、いうことですよ」

「では、今回の依頼はどうするのかね?」

「雪ノ下と由比ヶ浜が上手くやるんじゃないですかね」

「君はそれでいいのか?」

「いいもなにも、依頼に携わる以前の話ですからね」

「いずれ、君の力が必要になると思う。その時はどうする?」

「その時に考えますよ」

「前向きに考えてくれ。私もまだ忙しくてな。今から会議なのだよ。時間をとらせて、すまなかったな。気をつけて帰りたまえ」

「うす」

 

生徒指導室から下駄箱へ向かう途中に声をかけられた。

「お~い、比企谷く~ん」

城廻先輩と昨日の一年生だ。

「うっす。奉仕部で話をしてたんじゃないんですか?」

「う~ん。行き詰まっちゃつてね~。そうだ!比企谷君、時間ある?」

「まぁ、ありますけど…」

「じゃあ、話を聞いてもらえるかな?」

「話だけなら…」

「じゃあ、生徒会室でいい?」

「いいですよ」

「ありがと~」

 

生徒会室で話を聞くと、この『一色いろは』という女子生徒が、嫌がらせにより生徒会長に立候補させれたのだ。クラスの担任はバカなのか、『みんなに支持されてるんだから、がんばれ』的なことを言ってるらしい。立候補の取り下げも出来ずに困っているらしい。

 

「もう『詰み』じゃないですか。生徒がどうにか出来る問題じゃないですよ」

「なんとか出来ませんかぁ~」

なんだこの甘ったるいしゃべり方は…。

「まず、その出来損ないの猫被りをやめろ。話はそこからだ」

「え~、素ですよ~」

「見る人が見ればわかる。特に女子はな。だから、こんな目にあうんだよ。自業自得だ」

 

自業自得…、心が痛む。

 

「そこをなんとか出来ないかなぁ」

「せんぱ~い、お願いします~」

「雪ノ下達はなんて言ってますか?」

「まだ結論は出てないかな」

「今、思い浮かぶ案は二つ」

「やっぱり、あるんじゃないですかぁ~」

「ひとつ目。一色が停学になるようなことをする。そうすれば、取り下げになるぞ」

「そんなこと出来ません」

「ふたつ目。信任投票になっても応援演説はあるから、そこでヘイトを集める。そうすれば、一色のせいではなく、応援演説した人間のせいになる」

「最低ですね。誰がそんなことやってくれるんですか?」

「まぁいないだろうな。一人を除いては…」

「誰ですか、その一人って」

「…俺だよ」

「比企谷君、それはダメだよ」

「あくまでも、最終手段ですよ」

「雪ノ下さん達は誰か対立候補擁立って言ってたけど」

「それではダメです。根本的な解決になってません。選挙は乗り切れるだろうけど、相手の思うつぼです。選挙の後に、またイジメがあるでしょう」

「そっかぁ」

「先輩って…」

「あん?」

「そこまで考えてくれるんですね」

「ま、イジメられるのは辛いだろうからな」

「比企谷君、お願いね」

「お願いしま~す」

「あ、雪ノ下達には内密にして下さい」

「わかった」

 

さて、どうするかな…。余計なことをして雪ノ下達の不興を買いたくない…。やっぱり、あの二人にこれ以上嫌われたくないんだな…。あの場所に帰りたいんだろうな。でも、もう帰れない…。あの二人の言葉が頭の中で響く…。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話

翌日、昼休み。また殴られた痛みを引きずりながら教室に戻ると、戸塚が心配そうに駆け寄ってきた。

「八幡、顔色悪いけど大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。戸塚に心配かけて申し訳ないまである」

「八幡が調子悪そうなのは、雪ノ下さんのことかな…」

「雪ノ下がどうかしたのか?」

「雪ノ下さんが生徒会長に立候補するって由比ヶ浜さんが…」

それは悪手だぞ、雪ノ下…。

「八幡?」

「ああ、すまん…。そうか…」

川崎も心配そうに声をかけてきた。

「アンタ、大丈夫かい?」

「大丈夫だ…」

「大丈夫には見えないよ。保健室行くかい?」

「いや、少し座れば大丈夫だ…」

すると、由比ヶ浜が声をかけてくる。

「ヒッキー、放課後に部室に来て」

「あ、ああ、わかった…」

ダメだ。最悪の展開しか見えない…。城廻先輩と一色の依頼は破綻、そして、奉仕部は…廃部…。

 

気がつくと放課後になっていた。授業はまったく頭に入ってこなかった。

 

部室に入ると、雪ノ下、由比ヶ浜、城廻先輩に一色、平塚先生とすでに揃っていた。

「すいません、遅くなりました」

「早速、始めさせていただきます。今回の依頼ですが、私が生徒会長に立候補します」

やはり…。城廻先輩と一色がこちらをチラリと見たのがわかった。

「いいのか、雪ノ下」

「ええ、もう立候補の届け出はしましたので」

「奉仕部はどうするのかね?」

「由比ヶ浜さんに庶務として生徒会に入っていただくので、生徒会としてやっていきます」

ここは…、俺の居場所はどうなるんだ…。

「奉仕部はどうする?」

「廃部でよろしいかと…」

「比企谷はどうなるんだ?」

「比企谷君、よかったわね、これで無罪放免よ」

最後通告…。俺の居場所はなくなるのか…。

そんな手段ではなく他の方法が…。でも、これを言ったら嫌われてしまうのでは…。言えない…。

「何か言いたいのかしら?比企谷君」

「…いや、何もない」

俯いて、そう答えるのが精一杯だった…。

城廻先輩と一色は何か言いたげにこちらを見ているが、何も言えない。言いたくない…。

「では、私と由比ヶ浜さんは、選挙公約と演説を考えますので」

 

呆然としながら鞄を取り部室を出る…。

ふらふらとした足どりで下駄箱に向かうと、城廻先輩と一色に呼び止められた。

「比企谷君!」

「先輩!」

「すいません。今は何も考えられません」

 

そう言って靴に履き替えて、校門を出るとそこには…。

 

「ひゃっはろー!比企谷君」

「…雪ノ下さん」

「お姉さんとお話ししようか」

「拒否権は…」

「あると思う?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話

雪ノ下さんに捕まり、ドーナツ屋へ…。

そこに、城廻先輩と一色も合流してきた。

「それで、雪乃ちゃんが生徒会長に立候補するっていうのは本当なの?」

「そうなんですよぉ」

「比企谷君は、それでいいのかな?」

「いいもなにも、決定権はないですから」

「一色ちゃんはいいのかな?」

「…よく、ないです」

「どうして?生徒会長にならなくていいんだよ」

「選挙の後に、イジメられるかもしれないからです…」

「比企谷君、さっき何か言いたかったんじゃないかな」

城廻先輩は、部室での俺の顔を思い出してそう言っているのだろうか。

「…いえ。ないです」

「比企谷君、嘘はいけないなぁ」

雪ノ下さんには、見透かされているのか…。

「わかりました。雪ノ下が立候補した時点で、俺の考えは破綻したんですがね」

「うん、それでかまわないから教えて」

「一色に生徒会長をやってもらうんです」

「それって矛盾してない?一色ちゃんは生徒会長やりたくないんでしょ?」

「いいんです。一色は悪意によって立候補させられた。でも、それに負けずに生徒会長になり、サッカー部のマネージャーも生徒会長もやっている。イジメをしてる連中は生徒会長には手が出せないでしょうからね」

「それって、私にメリットがあるんですかぁ」

「まず、それをやめろ。ヒドく不愉快だ。それをやってる限り生徒会長になっても意味がない。それをやめて生徒会長になれば、男子からも女子からも羨望の眼差しを向けられるはずだ。黙っていたって、お前は可愛いんだから」

「…あ、ありがとう…、ございます…」

「ふ~ん、比企谷君はそういう解決方法なんだね」

「それが出来れば、生徒会長選挙も一色さんのイジメも解決するね」

でも、もう無理なんだ…。

「立候補の取り下げはもう出来ない…。選挙戦になれば一色に勝ち目はない…」

無理なんだ…。

「もう奉仕部は…」

「比企谷君…」

「はい?」

「泣いてるの?」

言われて気がついた。俺は泣いている…。

「なに泣いてるんですかね。泣きたいのは一色なのに…。なぜ…俺が…」

あの場所が…、奉仕部が…、三人の関係がなくなることを再認識したら、涙が溢れてくる…。

 

涙が止まるまで、三人は待ってくれていた。

「すいません。お見苦しいものをおみせして」

「大丈夫だよ。雪乃ちゃんもガハマちゃんも罪作りだなぁ。比企谷君を泣かせて」

「いえ、アイツらは悪くないです。悪いのは俺ですから」

「何があったか聞かせてくれるかな?」

「それは出来ません。守秘義務ですので」

「今なら聞けると思ったのに。雪乃ちゃんにも聞いたんだけど、比企谷君の話も聞きたかったな」

心が弱ってるところを突いてくるとか、やめてほしい。

「城廻先輩、一色。まだ策はないか考えてみます」

「比企谷君、大丈夫?無理しないでね」

「はい」

「先輩、私ももう一度お願いします。今度は生徒会長になれるように」

「一色…。わかった」

俺はどんだけお人好しなんだかな…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話

翌日の昼休みも殴られた。

昨晩、考え事をして寝不足だったのに殴られたのでフラフラする。

「アンタ、大丈夫?」

廊下で川崎に肩をつかまれた。

「痛っ!!」

「えっ…」

「な、なんでもない」

教室に入り席に着く。

「アンタ、なんでもない痛がり方じゃなかったよね」

「転んだんだよ」

「普通に転んで、あんなところケガするのかよ」

「間抜けな転び方したんだよ」

「嘘も大概にしなよ」

すると、大岡と大和が絡んできた。来るなよ、お前ら…。

「なんだ、次は川崎か?」

「海老名さんにフラれてもう新しい恋か」

「どういうことだい?」

川崎が聞き直している時、話を聞いていた戸塚が割って入って来る。

「大岡君と大和君と八幡でトイレに入って、二人だけ先に出て来たよね?どういうこと?」

「戸部の告白の邪魔したから、お灸をすえてやったのさ」

「アンタら、比企谷を殴ったってことかい?」

ヤバイ!川崎も戸塚も殺気立ってる。

「いいんだ。川崎、戸塚、俺に関わると…」

「イヤだね」

「イヤだ」

言い切る前に断られた。

「どうなんだい?比企谷を殴ったのかい?」

「あぁ、そうだ」

「ちょっと待つし!」

炎獄の女王・三浦が来た。

「海老名に告白ってどういうことだし!それに戸部も告白しようとしてたって」

由比ヶ浜、葉山、戸部、海老名さんの顔が曇る。川崎はそれを見逃さなかった。

「由比ヶ浜、アンタなんか知ってるね?」

「結衣、どうなん?」

「え、え~と…」

マズイ!

「由比ヶ浜、答えるな!守秘義務だ!」

「う、うん…」

「葉山と戸部…、それに海老名も気まずそうな顔してたね」

よく見てるな、川崎…。

「隼人、戸部、どういうことだし!なんで、あーしだけ知らないの?」

「海老名さん、何か知ってるの?」

戸塚が優しく問いかける。

「なんの騒ぎだ!チャイムはもう鳴ったぞ!」

しまった!午後イチは現国だった!

「平塚先生、放課後に今騒いでるメンバーを奉仕部に集めてください。話があります」

「うむ、わかった。いいか、お前達」

渋々といった感じで頷く。平塚先生があっさりと了承したのも驚きだ。

「では席着きなさい。授業を始める」

 

放課後、奉仕部の部室に集まったのは、川崎・戸塚・葉山・戸部・海老名さん・大岡・大和、それに平塚先生に奉仕部三人。

「これはどういうことなのかしら?」

「えっと…」

怪訝な雪ノ下に困惑する由比ヶ浜を遮り、川崎が話し出す。

「それは私から話すよ。平塚先生、それでいい?」

「川崎に任せよう」

川崎、頼むから余計なことは言わないでくれ…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話

「まず比企谷が大岡、大和から暴力を受けていました」

大岡と大和は俯き、他のメンバーは驚く。

「大岡、大和、それは本当か?」

俯いている二人に平塚先生が問いかける。

「平塚先生、それは後にしてください」

「うむ。では続けてくれ」

後にしないでください。痛いよ、けっこう…。

「その理由が、戸部が海老名に告白しようとしたところを比企谷が邪魔をして告白したということ」

由比ヶ浜は頷き、雪ノ下は終始目を閉じている。

「比企谷。アンタ本当に海老名のこと好きなの?他に目的があったんじゃないの?」

「それは言えない」

言える訳がない。

「あっそ。アンタはたぶん依頼かなんかでやったんでしょ。じゃあ、奉仕部三人に聞いても無意味だがら、戸部に聞こうか?アンタの告白の邪魔をしたって聞いたからね」

「そ、それは…」

戸部を問い詰める川崎…。怖い…。

「アンタの友達に、比企谷が殴られていたんだ。それでも、黙りでいられるの?」

「奉仕部に依頼をしたから…」

「なんて?」

「海老名さんに告白したいけど、フラれたくないから協力してほしいって…」

「ダッサ!」

三浦が一言でバッサリ…。

「アンタ、バカじゃないの?告白してフラれないなんてことはない。逆に上手くいくことの方が少ない。それに、奉仕部じゃなくて仲間に相談すればいいし!」

「いや、隼人君に相談したら、ここへ連れてきてくれて」

「隼人、どういうこと?あーしは、何も相談されてないんだけど」

三浦が言うことはもっともだ。

「いや、優美子に相談したら、今みたいな一言で終わりだろ?だから…」

まぁ、あーしさんならそうですよね。

「その依頼を受けて、戸部の告白を邪魔した訳だ。結果、戸部は直接フラれてないと…。比企谷、そういう事?」

「あぁ、そうだよ」

なんか、すげぇな川崎。

「それと!」

三浦が声を荒げる。

「結衣!海老名の気持ちは考えたの?」

「そ、それは…」

「由比ヶ浜さん、貴女が受けようと言った依頼よ」

「…ごめんなさい」

「もうひとついい?」

川崎が割って入る。

「海老名、アンタもなんかあるでしょ?」

海老名さんに水を向けた。

「サキサキ、意外と鋭いね」

「サキサキ言うな。それと意外とはいらない。で、どうなの?」

「戸部君が告白してくるのがわかったから、止めてほしいってお願いしたんだ、葉山君に。そしてヒキタニ君に」

みんなの目が葉山と俺に集中する。

「そ、それは本当なの…」

雪ノ下が狼狽する。

「隼人、どうなの?」

「隼人君~」

葉山は何も言えない…。

「沈黙は肯定よ」

「お、俺には…、俺には出来なかった」

「貴方、最低ね。相反する自分への依頼を丸投げしてくるなんて…」

雪ノ下が葉山を睨む…。

「雪ノ下さんや比企谷が止めてくれると思ったんだ…」

「それは、受けた由比ヶ浜さんのせいにするつもり?」

「い、いや、そんなつもりは…」

「貴方の言い方はそうよ!」

「姫菜、いつヒッキーに相談したの?」

「葉山君と戸部君が奉仕部に来た後だよ」

「あの時って…。男の子同士で仲良くとか言ってただけ…」

「でも、ヒキタ…、比企谷君は理解してくれた」

「もっとわかりやすく言ってくれれば、私だって…」

「雪ノ下さんは恋愛に疎そうだし、結衣は同じグループでしょ?私はグループを壊したくなかったんだ…」

そうだ。海老名さんは、こちらに近い人間で、居場所を見つけるのは大変だ。そんな海老名さんが見つけた居場所を守ってあげたかった。

それで、俺が居場所なくして本末転倒もいいとこだ。

「海老名、相談する相手が違ったし」

「優美子…。そうだね。ごめん」

「謝る相手が違うし」

「比企谷君、ごめんなさい」

「大丈夫だ。海老名さんの気持ちはわかるから」

「ヒキタニ君、俺もごめんね」

「戸部がフラれたくない気持ちはもわかる」

「比企谷君、ごめんなさい。そんな事情があるとも知らずにあんなことを言って…」

「いいんだ、雪ノ下。事情を言わなかった俺が悪い」

勝手に暴走した俺が悪い。

「ヒッキー、ごめんなさい…。私

、私…」

「いいんだ、由比ヶ浜…」

きっと、由比ヶ浜は告白する戸部に自分を重ねたのだろう。

 

苦い顔をした葉山が呟く…。

「俺は…俺は…」

 

突然、部室の扉が開かれる。

「ひゃっはろー!」

魔王再臨…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話

なんで来たの、この人…。

 

「まずは、比企谷君を殴ってた二人は静ちゃんに任せるよ」

「うむ。大岡、大和。比企谷に何か言うことはないのか」

「比企谷、すまなかった…」

「ごめんなさい」

「二人は私と生徒指導室に行くぞ。停学は覚悟しておけ」

 

平塚先生と二人が出て部室を出て行く。

「さてと…。隼人はどうしてこんなことをしたのかなぁ」

「アンタいきなり来てなんだし!」

「貴女、用がないから出てって」

「なに!」

「三浦さん、ここは引いてもらえるかしら…」

「戸部っちと姫菜も…」

「まぁ、雪ノ下さんと結衣が言うなら…」

「ヒキタニ君、マジごめんネ」

「もういい。済んだことだ」

「結衣、あとで話そ」

「…うん」

「戸塚と川崎も外してもらえるか。後でちゃんと話すから」

「八幡、絶対だよ」

「ちゃんと聞かせてよ」

「あぁ、悪いな」

 

残ったのは、奉仕部に葉山に雪ノ下さん。

「なんで雪ノ下さんは、さっきの話知ってたんですか?」

「静ちゃんに携帯を通話モードしておいてもらったんだ」

「なんでそんなことを…」

「比企谷君と雪乃ちゃん達の様子がおかしかったからね。静ちゃんにお願いしてあったんだ」

「戸塚や川崎も、そうなんですか?」

「間接的にね。静ちゃんだって、ずっとは見てられないからね。静ちゃんから見て信用出来る人にやってもらったんだ。川崎ちゃんが優秀で、お姉さんビックリだよ」

「ああ、もういいです…」

俺が呆れていると…。

「隼人はなにをやっていたのかなぁ」

「お、俺は…、みんなが仲良く出来ればと…グループが壊れないようにと…」

「ふ~ん、アンタのグループだけ仲良く出来て、比企谷君だけ傷ついて、奉仕部がバラバラになって、それでいいと?」

「そんなことは!」

「だって、そうでしょ?どんな言い訳しても無駄だよ」

「…」

「結局、隼人はその程度ってこと」

「くっ…」

葉山は悔しそうに唇を噛み締める。

「それに、自分の友達が比企谷君をイジメてるのに気がつかないなんてね。それとも知ってて何も言わなかったのかな…」

「…」

「沈黙は肯定だよ。葉山のおじ様にも報告するから」

「それは…」

「諦めな。それと、雪乃ちゃんと比企谷君に二度と近づかないで。もしなにかあったら…。潰すよ」

葉山に言ってる言葉なのに背筋が凍る。

「隼人、もう出てっていいよ」

うなだれながら部室を出ようとする葉山に声をかける。

「葉山、戸部にも三浦にも海老名さんにも個性がある。『みんな仲良く』で一括りにするな」

「…」

「ちゃんと話しをしてみろ」

 

葉山が部室を出ていく。『ちゃんと話しをしてみろ』か…。わかっていたつもりだったのは、俺じゃねぇか。勝手に信頼して、わかったつもりで…。説明も言い訳もしないで…。言葉を尽くさなかったのは、俺じゃねぇか。

 

「比企谷君は優しいね。あんなアドバイスまでしちゃって」

「依頼のアフターケアですよ」

「もしかして、自分に言ってたのかな?」

「さぁ、どうなんですかね」

 

さてと、俺もこの部室を出よう…。今さら、二人にどんな顔すればいいかわからんからな。

 

「なに帰ろうとしてるのかな?比企谷君」

八幡は逃げ出した。だが、逃げられない。

お願い、帰らせてください…。

 

 

 

 




―――――――――――

書きためた分は書きます。
厳しいご意見は、次作以降の参考にさせていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話

部室を出ようとしたら、雪ノ下さんに呼び止められた。

 

「比企谷君は二人に話があるでしょ?」

「い、いえ…別に…」

もう、俺には…。

「ひ、比企谷君!」

「ひ、ヒッキー!」

「比企谷君になくても、二人にはあるみたいね」

「お、俺は…、この場所に相応しくない…だから…」

「そんなことない!」

由比ヶ浜が叫んだ。

「お願い…比企谷君。そんなこと言わないで…お願いだから…」

雪ノ下が涙声で言う。

「だが俺は…、最低なことをした…。そして、お前らに嫌われた…」

「姫菜があんな依頼をしてるなんて知らなかった…」

「相反する2つの依頼の解決なんて無理よ…。あの場では、ああするしかなかったのよ…」

「でも、部室で…」

「比企谷君、改めて、ごめんなさい。あんなこと言って。修学旅行のあと、比企谷君が傷つかないようにするにはどうしたらいいか悩んだのよ…」

「ヒッキー、私もごめんなさい。ヒッキーがどうしてあんなことしたのかわからなくて…」

「貴方にもう傷ついてほしくなかったの…。奉仕部に居たら、また貴方が傷ついてしまいそうで…」

「だから、少しヒッキーと距離をとろうって、二人で話をしたの…」

「貴方のことだから、中途半端だとバレてしまうから、思いきってやったら…」

「ヒッキーのこと、そこまで追い込んでるなんて、思ってなくて…」

「それに、暴力を受けているなんて思いもよらなくて…」

 

二人が謝ってくれている。それに、拒絶されていた理由がわかった。誰かさんみたいなやり方で。誰かさんて誰だよ。

 

だったら…、もしかして…もしかしたら…。

「比企谷君、君はどうしたかったのかな?君は何を望むのかな?」

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、俺は…、ここに居ていいのか?」

「居ていいんじゃない!比企谷君、貴方に居てほしいのよ!」

「ヒッキーと離れたくない!」

雪ノ下も由比ヶ浜も泣いている。自分でも、涙が頬をつたうのがわかる。

「俺は…、ここに居ていいんだ…。必要としてくれるだな…」

「えぇ、もちろんよ。貴方と離れるなんて嫌よ。もう貴方を離さないわ」

「私もヒッキーと離れないからね」

三人で抱きあい、ワンワン泣いた…。最近泣きすぎだろ、俺…。

 

「俺は、今の関係を崩したくなかった海老名さんに思うところがあった…。俺だって奉仕部の関係が壊れたらイヤだ。だから、アイツらの関係が保てるようにあんな行動に出た…」

「そう…だったのね…」

「だが、海老名さんの居場所を守って、自分の居場所を無くして、本末転倒だった…」

「そうね…」

「そうだね」

「俺を突き放すの下手くそ過ぎだよ、お前ら」

「ごめんなさい」

「ヒッキー、ごめん」

 

黒歴史の更新を終えて、雪ノ下さんにお礼を言う。

 

「雪ノ下さん、ありがとうございました」

「三人がそれを望むなら、それでいいよ」

「ありがとう、姉さん」

「ありがとうございました」

「姉さんは、いつから気がついていたのかしら…」

「ドーナツ屋に呼び出した時かな。雪乃ちゃんもガハマちゃんもわかりやすいんだモン」

「俺は全然わかりませんでした…」

「う~ん、比企谷君は視野狭窄になってたからかな。普段なら見逃さないはずだよ。そんなに、視界が狭くなるほど、雪乃ちゃんとガハマちゃんのこと好きなのかな。お姉さん、ヤキモチ妬いちゃうよ」

「うぐっ…」

「それにしても、三人とも不器用過ぎ。雪乃ちゃん、ガハマちゃん、次にこんなことあったら、比企谷君は貰っちゃうからね」

「比企谷君は渡さないわ」

「ヒッキーは渡しません」

 

雪ノ下さんは扉の方に向き直り、部室を出でる。その直前に

「そうだ!もうひとつの依頼。頑張ってね」

 

「あっ!」

「あっ!」

「あっ!」

 

すっかり、忘れてました。

「じゃあ、めぐり達呼んでくるから、よろしくね。あと静ちゃんにも、ちゃんとお礼を言ってね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話

雪ノ下さんと入れ替わるように、城廻先輩と一色が入ってくる。

「だ、大丈夫?」

「先輩達、目が真っ赤ですよ」

「すまん、ちょっと顔洗ってくるわ」

「わ、私もメイク直していいかな」

「私も少し…」

顔を洗い頭を切り替える。軽く両頬を叩いてから、部室に入ると椅子の位置が変わっている。

城廻先輩と一色の向かいに長机を挟んで椅子が三つならんでいる。

「比企谷君は、ここに座って」

真ん中の椅子を雪ノ下が指した。

「え?俺はいつものところが…」

「いいから、座りなさい」

拒否権ないんですね…。

真ん中の椅子に座ると、左に雪ノ下、右に由比ヶ浜が座る。

「あ、あの…。お二人とも近くないですかね」

「黙りなさい」

「えへへ」

なんか、いい匂いするし!助けて小町!

「先輩、なに鼻の下伸ばしてるんですか…」

「伸ばしてないから」

一色にツッコミ出来てる。俺大丈夫。

「え、えっと、本題に入ってもいいかな?」

城廻先輩が、話を切り出す。

「現状を確認しましょう。まず一色と雪ノ下が生徒会長に立候補している」

「はい」

「ええ」

俺の事実確認に二人が返事をする。

「城廻先輩、立候補の取り下げは?」

「やっぱり、出来なかったよ」

「どうしよう…」

由比ヶ浜が不安そうな声を出す。

「一色。お前は生徒会長になって、お前を陥れた連中を見返す。それでいいんだな」

「はい」

一色がはっきりと返事をした。

雪ノ下と由比ヶ浜は驚き声をあげる。

「比企谷君、どういうことかしら」

「ヒッキー、説明してくれるよね?」

「城廻先輩と一色には、話したんだがな。真っ更の状態だったら、一色が生徒会長になって、陥れた連中を見返し手出しの出来ない状態にする。それに、一年生の生徒会長なら、周りも多少ミスしても許してくれるだろ。内申や評価もあがる。だから、一色はマイナス要素は皆無で解決出来る」

「貴方、そこまで…」

「ヒッキー、凄い…」

二人は驚いているが…。

「だが、雪ノ下が立候補している時点で、俺の案は破綻している」

「あ…」

「そっか…」

雪ノ下に聞いてみたいことがあった…。

「雪ノ下、お前が生徒会長になったら、役員はどうするつもりだった?」

「副会長と書記と会計は立候補がいるから、そのまま。由比ヶ浜さんに庶務として入ってもらうつもりだったわ」

心の中で謝りながら、次の言葉を出す。

「雪ノ下、それじゃあ、嫌がらせをした連中の思うつぼだ。また一色をイジメるネタを提供してしまう」

「そ、そうね…。ごめんなさい」

さて、このままでは雪ノ下が生徒会長になり、奉仕部はバラバラになる…。やはり、この方法しかないのか…。

「俺が雪ノ下の応援演説で…」

「ダメよ、比企谷君」

「ダメだよ、ヒッキー」

二人が俺の手を握り、こちらを向く。とても、悲しそうな顔で。

「最後まで、言わせろよ」

「貴方のことだから、応援演説でめちゃくちゃをして、私を落選させるつもりでしょ?」

「そんなのダメだよ。そんなことしたら、またヒッキーが…」

二人が涙目で訴えてくる。

「比企谷君、ダメだよ、そんなことしちゃ~」

「ダメです、先輩」

城廻先輩と一色にも止められた。

「はぁ…。それだと、俺としては、今のところ打つ手なしです」

そこで時間切れで解散となる。

帰り支度をしていると、先に部室を出ようとしていた城廻先輩に手招きされた。

「比企谷君、ちょっとちょっと」

「なんスか?」

「う~ん、少し屈んで」

「こうですか?」

「もう少し」

「こ、これくらいですか?」

し、城廻先輩の胸が目の前なんですけど…。

「えいっ!」

えっ!なに!城廻先輩に抱き締められてる!どういうこと!

「あ、あの、これは…」

「比企谷君は、がんばってる。涙が出るくらい。もう無理しなくていいんだよ」

「あ、ありがとうございます」

冷たい声が後ろからする。

「比企谷君、城廻先輩から離れなさい。痴漢で通報するわよ」

反論しようとすると、城廻先輩が先に答えた。

「雪ノ下さん、そんなこと言っちゃダメだよ。がんばって、辛い思いをしてた、比企谷君に私がしてあげたくて、してるんだから」

「で、ですが…」

「比企谷君は、この前も泣いてたんだよ。それを見たら、なんか可愛く思えちゃって」

こ、これ以上はヤバい。

「し、城廻先輩、そろそろ離してもらえませんか」

「嫌だった?」

「い、嫌ではないんですが…」

「だったら、もう少し…。えいっ!」

だぁぁぁぁ!り、理性がぁぁぁ!

「し、城廻先輩!お、俺の理性が崩壊しそうですので!」

「仕方ないなぁ」

ふぅ。危なかった…。やっと離してくれた。

「比企谷君なら、理性が崩壊しても、私はいいよ」

「はい?」

赤い顔して何を言ってるのこの人は。誤解しちゃうよ。告白してフラれちゃうよ。

「じゃあね、比企谷君」

城廻先輩と一色が部室を出ていく。一色に白い目で見られてた気がするが。

「さて、俺も…」

「待ちなさい」

「待って」

ですよね。

「今の件で話があるから、玄関で待ってなさい」

「私も話したい」

「ちなみに、拒否権は…」

「あると思う?」

「…ですよね。わかってました」

少しだけど、いつもの居場所に戻れたのだろうか…

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話

次の日、大岡と大和の姿は教室になかった。処分は二人の停学と野球部・ラグビー部の3ヶ月の活動停止及び半年間の対外試合禁止となった。

変わったのは、葉山と戸部もだった。二人とも黒髪になっていた。戸部に至っては短髪だった。二人はイジメを助長したということで、厳重注意と反省文の提出。サッカー部は3ヶ月の対外試合自粛になった。

三浦は不機嫌そうに携帯をイジり、苦笑いしながら話す由比ヶ浜に相づちをうっていた。

海老名さんは席で一人本を読んでいた。って、おい薄い本じゃねぇか。しかも堂々と…。

葉山グループの崩壊は目に見えて明らかだった。それに乗じて相模一派が葉山にすり寄っている。

相模の声に嫌気を感じていると、戸塚と川崎に声が声をかけてきた。

「おはよう、八幡」

「おはよ。あのあと大丈夫だった?」

「おはよう。二人とも、ありがとうな。今まで通りとはいかなくても、なんとかなりそうだ」

「良かったね、八幡」

「あぁ。なぁ、ひとつ聞きたいんだが…」

「なに?」

「ん?」

「平塚先生から、なんか言われてたか?」

「バレちゃった?」

「なんとなくな」

「平塚先生に言われなくても、アンタの様子はおかしかったからね」

「そうか。改めて、ありがとな、二人とも」

「次はあんなことしちゃダメだよ」

「わかった」

「まぁ、やらせないけどね」

「怖ぇよ、川崎…」

「アッチはあんな感じなんだね」

川崎が少し寂しそうに海老名さんを見る。

「川崎、気になるのか?」

「ちょっと悪いことしたかなってね」

川崎も基本的には、優しいヤツだ。それに、川崎が学校で話す数少ない一人だ。

「川崎」

「なに?」

「川崎だけでも、話しかけたらどうだ?」

「いいのかな?」

「仲間の暖かさを知ったら、簡単には孤独になれないさ」

俺がそうだったようにな。

「やってみるよ」

「海老名さんが、三浦たちとやり直したくなったら、言ってくれ。力を貸す」

「アンタ…。お人好し過ぎ…」

「でも、それが八幡の良いところだから」

 

そして昼休み。

さて、購買にと教室のドアを出ようとしたら、雪ノ下に出くわした。

「よう、雪ノ下。由比ヶ浜なら中に居るぞ」

「え、あの、比企谷君に用事があって…」

「ん?俺に?」

「お昼ご飯は…」

「今から購買に行くところだが」

「その…、お弁当を作ってきたの」

「ほ~ん。それを俺に見せに来たのか?」

「違うの。あ、貴方の分を作ってきたから、部室で一緒に…」

比企谷八幡は混乱している!

「えっと…、うん。なにかの罰ゲームか?」

「違うの。…貴方に食べて欲しくて…。ダメ…かしら…」

雪ノ下さん、頬を赤くして上目遣いとか、ズルいです。断れないです。告白してフラれますよ。

「わ、わかった。いただくよ」

「そう…よかった…」

「ゆきのん、ズルいし!」

そうだよな、由比ヶ浜。雪ノ下の手作り弁当を俺が食べるなんて。お前が食べたいよな。

「私もヒッキーにお弁当作るし!」

「そっちかよ!」

「由比ヶ浜さん、友人が殺人を犯すの見過ごせないわ。例えこの男でも…」

「すまん、由比ヶ浜。まだ死にたくない」

「二人とも辛辣!」

「よく『辛辣』なんて知ってたな」

「エライわ、由比ヶ浜さん」

「えへへ…。じゃなくて!」

「とりあえず、部室行こうぜ。腹へった」

葉山が何か言いたそうにこっちを見ていたが、気にしない…。

「私も一緒していいかい?」

「あ、僕も」

川崎と戸塚が話に入ってきた。

戸塚と昼飯…、最高です。

「ちょっと言っておきたいことがあるから」

「僕もかな」

「雪ノ下、由比ヶ浜、いいか?」

雪ノ下と由比ヶ浜に確認する。

「私はかまわないわ」

「私も」

「じゃあ、行くか」

 

昼飯を食べ終わり、川崎が話を始める。

「アンタたちさ、比企谷に対してヒドクないかい?」

「僕もそう思う」

戸塚が続く。

「由比ヶ浜さんは八幡のこと、キモイって言ってるよね」

「雪ノ下も、『この男』なんて言い方してるけど、もっとヒドイこと言ってるんじゃない?」

「いや、いいんだよ…」

「良くないね」

川崎がピシャリと言う。

「信頼関係の上で言ってるのつもりだろうけど、比企谷だって言われ続けたらキツイと思う」

「八幡は、『ボッチだから』とか『キモイから仕方ない』とか言ってるけど、絶対にそんなことないと思う」

「いや、俺は大丈夫…」

「黙ってて」

「はい」

「今回の件でわかっただろ。比企谷は悪口言われても殴られても、自分の中に圧し殺してしまうんだよ」

雪ノ下と由比ヶ浜は黙っている。

「このままじゃ、いつか比企谷はパンクするよ。例えば自殺とか」

「いや、川崎。それはないだろ」

「本当に、そう言い切れるのかい?」

「それは…」

「だろ?」

「僕は八幡の友達として、二人に態度を改めて欲しい」

「出来ないなら、比企谷は私が貰う」

ん?川崎さん?表現おかしくないですか?

「そうね、比企谷君のそういう態度に甘えていたわね。比企谷君、ごめんなさい」

「ヒッキー、ごめんなさい」

「い、いや 、いいんだよ」

「今度あったら、力ずくでもアンタ達から比企谷を引き離すからね」

「川崎さん、戸塚君、そうならないよう、約束するわ」

「私も…。だって、ヒッキーと離れたくないモン…」

「それなら、いいけどさ」

「改めて言うわ、川崎さん。比企谷君は渡さないわ」

「それは比企谷が決めることだろ」

「わ、私だって負けないし!」

小声で戸塚に問いかける。

「なぁ、戸塚。これはどういうことなんだ?」

「八幡は女心を理解しようね」

うむ、よくわからん。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話

放課後、由比ヶ浜が声をかけてくる。

「ヒッキー!部活行こう」

「おう。…久しぶりだな、これ」

「…そうだね」

「じゃあ…」

「比企谷、少しいいかな」

んだよ、邪魔すんなよ葉山。

「なんか用か?」

「少し話したいんだが…」

由比ヶ浜が心配そうに、俺の顔を見てきた。

「心配すんな。俺になんかあったら、雪ノ下さんにコイツは潰されるから」

「ヒッキー、髪がグシャグシャになっちゃうよ」

しまった!無意識に由比ヶ浜の頭を撫でてしまった。

「す、すまん、由比ヶ浜」

「べ、別に大丈夫だよ。…えへへ」

「ゆ、雪ノ下に遅れるって言っておいてくれ」

「わかった」

「葉山、屋上でいいか?」

「あぁ」

 

屋上に着いても、何も言い出さない葉山…。何しにここまで来たんだ?

「おい、何もないなら…」

「俺は…どうすればよかったんだ…」

何言ってんだ、こいつは。

「知らねぇよ」

「比企谷、教えてくれ。俺はどうすれば…」

仕方ねぇな…。

「何もしなければよかったんじゃねぇのか」

「でも、それじゃあ…」

「じゃあ、お前に何が出来た?チェーンメールは?千葉村は?文化祭は?修学旅行は?」

「それは…」

「もっと遡るか?雪ノ下のイジメは?」

「っ!」

「ほらな。『みんなの葉山隼人』には、何も出来ねぇって言ってるんだ。みんなって誰だよ。小学生のオネダリかよ」

「みんな仲良く出来れば…」

「お前の『みんな』には個人がないんだよ。森を見て木を見てないんだよ。それともなにか?お前のいう『みんな』に含まれない人間…、つまり俺みたいなヤツが犠牲になれば丸くおさまるってことか?」

「…」

「沈黙は肯定だ。もう一度言う。お前は何もしない方がよかった。戸部にしたら、勇気が出なくて告白しなかったかもしれない。海老名さんは三浦に相談したかもしれないだろ。お前が動いたら、小学生の頃は雪ノ下へのイジメはヒドくなり、今回は奉仕部が壊れかけ、グループは崩壊…。出来ないなら、動くな、引き受けるな、拒否しろ」

「それじゃあ俺は…」

「『みんなの葉山隼人』じゃなくなるのが、そんなに怖いか」

「ああ、そうだ…」

「だったら、知恵をつけろ、能力を磨け」

「そんこと、すぐに出来るわけないだろ」

「ああ、そうだ。だから、何もするな」

「…」

「話が終わったなら、俺は行く」

「…くそっ!なんで…」

「わかった、トドメを刺してやる。お前みたいに根本的な資質がないヤツは、余計なことをするな。邪魔になるだけだ」

「な…!くっ…。チクショウ…」

まったく、面倒なヤツだな。

遅くなると雪ノ下に怒られちまうだろ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話

まったく葉山の野郎、他になんか言うことあるだろう…。

謝罪とか?今さら謝られても、どうとも思わんがな。

遅くなっちまったな。

「すまん、遅くなっ…」

なんで、みんな微妙に息があがってるのかな?…平塚先生、ゼェゼェ言ってますよ。救心必要ですか?

…それと。

「おい、なんで戸塚と川崎が居るんだ?」

「な、なんでだろうね?川崎さん」

「戸塚、卑怯だぞ。な、なんでだろな?あはは…」

「大方の予想はつくが…」

「だって、八幡が心配だったから…」

「比企谷が葉山と屋上で話すなんて、何かあったら…」

「なるほどね。ほか5名も同じ理由ですか?」

「比企谷君が葉山君になにかされないかと…」

「ヒッキーが心配だったし…」

「わ、私は教師としてだな、心配を…」

「ごめんね、比企谷君」

「…先輩、なんか格好良かった」

ん?最後はなんだ?

「はぁ。まぁ、俺ですからね。心配してくれるのはありがたいですが、今後は勘弁してください」

 

戸塚と川崎が部室を出たので、話を始める。

「その前に、雪ノ下と由比ヶ浜、距離が近くないか?」

「あら、前の話し合いと同じよ」

「そうだよ、ヒッキー」

「それが近いんですが…」

「そんなことより…」

この距離感、そんなことなんですね。

「私に案があります」

「ほう、雪ノ下。言ってみたまえ」

「演説会で私が真実を語ります」

「おい、まて。それじゃ俺の案とあまり変わらないだろ」

「そうだよ、雪ノ下さん」

「ゆきのん、ダメだよ」

「根本的に違うのは、立ち位置。比企谷君が言っても聞き入れてもらいないでしょう」

「…まぁ、そうだな」

「学年主席の私が言えば、それなりの説得力があります」

「まぁ、確かにな」

「それに…。あまり使いたくないのですが、最終手段としては雪ノ下家の力で教育委員会に手を回すことも可能です」

「ま、待て雪ノ下。私は承服しかねるぞ」

「平塚先生は、何も聞かなかったことにしてください」

「しかしだな…」

「ゆきのん、私も手伝うよ」

「ありがとう、由比ヶ浜さん」

「イジメが原因で立候補させれたが、それをバネに生徒会長になる。その御膳立てを雪ノ下と由比ヶ浜がやる。シナリオは悪くない。どうする、一色」

「私としては文句ありません」

「雪ノ下さん、本当に大丈夫?」

「はい」

「はぁ、雪ノ下にこんな役回りをさせるとはな…。俺の役目だろうに…」

「比企谷君。貴方は一色さんの応援演説をお願いするわ」

「いやいや。その策なら、おれじゃない方がいいだろ」

「いいえ。貴方だからよ。貴方は人心を誘導するのに長けているわ」

「そういうことね」

「先輩、お願いします。実は私もお願いしようと思っていたんです」

「そうなのか?それなら、仕方ないか」

「はぁ、頭が痛い…。が、私も責任をもって、その後にあたろう」

「さすが、平塚先生。男前」

「比企谷、何か言ったか?」

「なんでもないでしゅ」

さて、演説文考えないとな…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話

生徒会役員選挙当日の体育館。

もうすぐ演説本番だ。

はぁ、緊張する。人前に立ちたくないよお。

「先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。帰りたい」

「ヒッキー…、私も…」

「由比ヶ浜もか…。よし帰ろう。一緒に帰ろう」

「え?一緒に?えへへ、それも…」

「ダメよ、由比ヶ浜さん」

「やっぱり…」

「一色は落ち着いてるな」

「そんなことないですよ。心臓バグバグですよ。触ってみますか?」

「なっ!なに言っちゃってるの!」

「冗談に決まってるじゃないですか」

「そ、そうだよな…」

横から、視線をふたつ感じる…。

「ヒッキー…」

「比企谷君…」

二人が怖いよぉ。よし、話を反らそう。

「雪ノ下、本当にやるのか」

「やるわ。進行も城廻先輩から、止めないようにお願いしてあるわ」

「…そうか」

「ヒッキー、私もがんばる」

「お、おう。期待しないでおく」

「ヒドイし!」

「リラックス出来たか?」

「あ、うん」

「由比ヶ浜らしくやれば大丈夫だ」

「ヒッキー…、ありがとう」

放送で由比ヶ浜が呼ばれた。

「じゃあ、行ってくるね」

「由比ヶ浜さん、しっかりね」

「任せて、ゆきのん」

 

『只今、紹介に預かりました、2年F組の由比ヶ浜結衣です。今から私の話にお付き合いください。』

よし、大丈夫そうだ。

『その話は文化祭まで遡ります。実は文化祭までの道のりは大変でした。実行委員の集まりが悪かったり、副委員長が倒れたりしました。そんな中、地味にですが活躍してくれた人がいます。まずスローガン決め』

おい、話の向きがおかしい。

「おい、雪ノ下。由比ヶ浜が…」

「これでいいのよ」

「よくねぇよ」

「今は演説の最中よ。それとも、強引にやめさせるのかしら」

やられた…。

『集団をまとめるにはどうすか?彼は自分が共通の敵となることで、実行委員の出席率を上げました。それと、こんな噂を聞いたことはありませんか?実行委員長がエンディングセレモニーの前に、とある人物に泣かされたと。そして、その状態でステージに立ったと』

体育館がザワついてきたぞ。由比ヶ浜、どういうつもりなんだ。

『それは、事実であって事実ではありません』

おいおい、それ以上は…。

『何故、あの時にプログラムに無い演奏があったのでしょうか?何故、あの時に実行委員長を呼び出す放送が何回もあったのでしょうか?それは、ステージの袖に実行委員長が居なかったからです』

あちゃ~、言っちゃったよ…。

『その彼は、実行委員長を探しに行き見つけました。無理やり連れてくるのではなく、あえて罵倒することによって、自分の足でステージに向かわせました。それによって、エンディングセレモニーを放棄した悪者から、泣きながらもエンディングセレモニーを成し遂げた悲劇のヒロインになったのです。これを聞いて、みなさんはどう思いますか。聡明なみなさんなら、わかるはずです』

由比ヶ浜、聡明なんて知ってたんだなぁ…。じゃなくて!なんで、そんなことを今さら…。

『その彼には、こんな噂もあります。修学旅行の時に、告白に割り込んで邪魔をしたと』

そんなことまで、持ち出すのかよ。

『でも、彼は二つの依頼を受けていたんです。ひとつは、告白してフられないようにしてほしい。もうひとつは、告白される側から告白をされたくないから、阻止してほしい。そんな相反する依頼をどう解決したのか。告白に割り込んで嘘の告白をしました。方法は最低ですが、これしか方法が無かったと言っても過言ではありません』

あ~あ、言っちゃった…。

『そして、今回の生徒会役員選挙になります。本来なら、彼は表舞台に立つことを嫌います。ですが、この生徒会役員選挙では、一色いろはさんの応援演説に立ちます』

悲報!俺氏、過去を暴露される!

『彼、比企谷八幡君が動き、応援演説までするには理由があります。その理由は、この後の雪ノ下雪乃さんにお任せします。そして、投票は一色いろはさんにお願いします』

やっと終わった…。

『最後に、もうひとつ』

まだあるのかよ!

『これは、嘘でも妄言でも罰ゲームでもなく、私の本心です。比企谷八幡君、私は貴方のことが好きです。ご静聴ありがとうございました』

おいぃぃぃ!何、さらっと爆弾投下してるんだよ!みんな、唖然としてるじゃねぇか!

 

…雪ノ下の演説も思いやられる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話

体育館がザワついてる中、由比ヶ浜が戻ってきた。

「由比ヶ浜、あれは…」

「由比ヶ浜さん、良かったわよ」

遮られた…。

「あのな、由比ヶ浜…」

「黙りなさい。私が話をしているのだから」

「はい…」

「由比ヶ浜さん、とても良い演説だったのだけど、最後のアドリブは…」

「えへへ、気持ちが昂って言っちゃった」

「そう…」

雪ノ下を呼ぶ放送がかかる。

「では、行ってくるわ」

「雪ノ下、お手柔らかに頼む」

「ゆきのん、がんばって」

雪ノ下が、とびきりの笑顔で小さく手を振る。次から、その笑顔で接してください。

「なぁ、由比ヶ浜。さっきの…」

「しぃ~!ゆきのんの演説始まるから」

「はい…」

 

『只今、紹介に預かりました、2年J組の雪ノ下雪乃です。私が立候補したのは、ある依頼があったからです。

それは、一色いろはさんの生徒会長選挙に落選させてほしいというものでした。しかも、この立候補は嫌がらせによるものでした。私はがっかりしました。県内有数の進学校の総武高校で、そのようなことがあることを。そして、一色さんの担任教師もです。一色さんも担任教師に相談したそうですが、面倒なことが嫌なのか、本当にわかってないのか知りませんが、クラスを代表してとか、みんなに推薦されたんだからとか言って、然したる対応をしませんでした。現生徒会長の城廻先輩に確認したところ、立候補の取り下げは出来ない。

悩みました。悩んだ結果、私が生徒会長に立候補し当選すれば一色さんの問題は解決するのではないかと。でも、それに異論を唱える人がいました。それは、今から一色さんの応援演説に立つ、比企谷八幡君です』

 

悲報!俺氏、また目立つ!

 

『彼は、私が生徒会長になってはイジメた相手の思う壺だと言いました。それによって、一色さんはまたイジメにあうだろうと。そして、彼は彼女に、こう言いました。生徒会長になって見返してやれと。彼女もそれに答えました。彼は人前に立つのが苦手にも関わらず、彼女の応援演説に立つことを決意しました。私はその意気込みを私は買いました。しかし、私は立候補の届け出を出した後でした。どうするか悩みました。結果的に、このように3人で一色さんの応援演説をするようなカタチになってしまいました。神聖な生徒会役員選挙をこのような茶番にしてしまって、大変心苦しく、申し訳なく思います。

ですが、元を正せば生徒会役員選挙をイジメに使った生徒、それに気がつかない教師にも問題はあると思います。当該の生徒と教師には、相応の罰があるとは思いますが…。

 

ここまて、お話しすれば、賢明で聡明な総武高校の生徒であれば誰に投票すればいいかお分かりになったと思います。

 

私からは以上になりますが…。最後にひとつだけ…。

 

私は虚言は吐きません。

…比企谷八幡君、私は貴方のことが好きです。

 

ご静聴、ありがとうございました』

 

おいぃぃぃぃぃぃぃ!!みんなポカンとしてるだろ!雪ノ下まで何言ってくれちゃってるの!

なんで、こうなるんだ…。この後、俺の演説はどうなるんだ…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話

意気揚々と雪ノ下が戻ってきた。

「ゆきのん、良かったよ」

「雪ノ下まで、あれは…」

「今、私がゆきのんとしゃべってるの!」

「はい…」

「ゆきのん、最後のは…」

「私だって、由比ヶ浜さんに負けてられないわ」

「そっかぁ。えへへ」

「うふふ」

「仲睦まじいとこ申し訳ないんだが、二人ともあれは…」

ついに、俺の名前が呼ばれた…

「ほら、比企谷君」

「ヒッキー、がんばって」

「お、おう」

なんか、はぐらかされた気がするが…。まぁ、行きますか。

「じゃあ、逝ってくる」

「ん?なんか違和感」

「気のせいよ」

 

 

視線が痛い。特に男子の…。そりゃ公開告白されたなぁ…。

さて、やりますかね。

 

『今、紹介していただきました、2年F組の比企谷八幡です。

前の二人の演説の最後は一先ず忘れてくれ。俺もお陰で頭の中に叩き込んだ演説文がフッ飛んでる。

 

だから、この場での俺の言葉で喋らせてもらう。

まず、文化祭の件だが、委員長を泣かせたのは事実だ。舞台袖に委員長が居なくて、探して見つけた結果、あんな方法しかとれなかった。もっと別の方法があったかもしれない。だが、あの場で思い浮かんだ方法がそれしかなかった。委員長には大変申し訳ないことをしたと思っている。この場を借りて謝ります。すいませんでした。舞台袖に居なかった委員長が悪いという人も居るだろうが、文化祭のトップとしてあの場に立つのは極度の緊張やプレッシャーがあったんだと思う。それはあの場に立つ人間にしかわからないことだ。文化祭は成功した。それで、無かったことにしてほしい。伏してお願いします。

告白の邪魔をした件だが、俺は人付き合いが苦手で、あの場ではそうするしか方法が浮かばなかった。二人には、改めてお詫びをしたい。

 

それで、本題に入るんだが…。一色は悪意によって立候補させられた。これは事実で、あってはならないことだと思う。しかし、現実に起きている。この問題をどうしたか?さっきもあった通り、一色に生徒会長になってもらう。最初は逃げ道としての提案だったが、本人も段々とヤル気になっているし、何より意外と言っては失礼だが、能力が高い。演説文を考えてる時にそう思った。実務能力なら、先に演説した雪ノ下の方が圧倒的に高いだろう。だが、雪ノ下には無い能力を一色は持っている。それはコミュニケーション能力だ。生徒会長ともなれば、その辺りの能力も必要になってくる。そこを加味すれば、校内一優秀といわれる雪ノ下と肩を並べる実力だ。もし、ミスがあっても一年生だ。そこは大目に見てやってほしい。

ここまで話せば、一色を不信任にする理由はないはずだ。一年生にして生徒会長になろうという一色の心意気を無駄にしないでほしい。

 

俺からは以上だ』

 

もうメチャクチャだ。

…帰りたい。…帰って布団の中で悶えたい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話

はぁ、やっと終わった…。

「ヒッキー!良かったよ」

「比企谷君にしては、良かったわね」

「そりゃどうも。誰かさん達のお陰で、頭の中の原稿がブッ飛びましたけどね」

「誰だろうね、ゆきのん?」

「さぁ、誰かしら?」

「お前らな…」

「先輩達、イチャイチャしないでください」

「してねぇよ」

 

いよいよ、最後の一色が呼ばれる。

「一色さん、普段通りやれば大丈夫よ」

「いろはちゃん、ファイト!」

「ありがとうございます」

「まぁ、なんだ。あの原稿が書けるなら、お前は大丈夫だ」

「はい♪ありがとうございます、先輩♪」

「あざといあざとい」

「あざとくないです。では、行ってきます」

「おう、行ってこい」

可愛く敬礼をする一色を見送る。

 

『只今、紹介いただきました、1年C組の一色いろはです。

私が立候補に至ったのは、周囲の悪意でした。私自身にも問題がなかった訳ではありません。男子に媚を売るような態度を取っていたのは、認めます。だからといって、推薦人を集めて生徒会長に立候補させる行為は許されないと思います。

ですが、今は彼女達を責めません。それは、素敵な先輩方に巡り合わせてくれたからです。真摯に私の話を聞いてくれた城廻先輩。私の代わりに生徒会長になろうとしてくれた雪ノ下先輩。落ち込む私を優しく励ましてくれた由比ヶ浜先輩。そして、私を生徒会長になるように背中を押してくれた比企谷先輩。

こんな形での立候補になりましたが、その先輩方のためにも、真剣に生徒会長に取り組みたいと思っています。

まず、生徒会役員選挙制度の見直しです。私のようなことが、二度とないようにしたいです。

それと、イジメや嫌がらせの撲滅です。私もそうですが、比企谷先輩もイジメや悪意の対象になっていました。それを根絶させたいと思っています。』

俺のこと言う必要ある?て、いうか演説が打ち合わせと違うよね?

『私は、ある先輩に憧れてサッカー部のマネージャーになりました。ですが、その人は自分に出来ないことを比企谷先輩に押し付けて、そのせいでイジメや悪意を受けてる比企谷先輩を放置していました。そんな人が居る部活は辞めます。これからは、生徒会一本でやっていきます。

一年生で至らないこともあるでしょう。ですが、支えてくれる先輩方や役員も居ます。

みなさん、どうか私を生徒会長にさせてください。よろしくお願いします。私からは以上です…』

原稿と違ったけど、概ねよしとしますか。

『最後に…』

まだ、なんかあるのか?

『比企谷先輩、私が生徒会長になったら、責任取ってくださいね。雪ノ下先輩、結衣先輩、私負けませんからね。

ご清聴ありがとうございました。』

…。責任って何?

「比企谷君?」

「ヒッキー!責任ってなんだし!」

「い、いや、生徒会長になった責任を取れってことだろ!生徒会手伝えってことだよ。たぶん…」

一色~!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話

演説会直後、俺達四人は生徒指導室に呼ばれていた。

「さて、比企谷。あれはどういうことだ?」

「平塚先生、『あれ』とは現国担当らしくない言い方ですね」

「比企谷、私の口から言わせたいのかね」

先生、指の間接ポキポキしないでください…。

「し、知りません。打ち合わせにはなかったです…」

「平塚先生、私のアドリブです」

由比ヶ浜、助かったよ。

「他の二人はどうかね?」

「由比ヶ浜さんには負けられませんから」

「私だって、お二人に負けるつもりはありません」

「比企谷、君はハーレムを作りたいのかね?」

「そんなことあるわけないじゃないですか…。養ってくれるならまだしも…」

「まぁ、そのことは後で聞くとして…。なにはともあれ、ご苦労だったな。私は今から一色の担任と厚木先生と校長室に行ってくる」

「何故、平塚先生と厚木先生が…」

「私と厚木先生は、文化祭の担当だったからな」

「すいません」

「なに。子供の責任を取るのは大人の仕事だ」

カッコいい。なんで結婚出来ないんだろう…。誰かもらってあげて!

「大人のことは大人に任せて、君たちは戻りたまえ」

「はい、失礼します」

はぁ、教室戻りたくないなぁ…。

「ヒッキー、教室行こう」

「行かなきゃダメか?」

「HRがあるからダメだよ」

 

教室に入ると好奇の目が…。川崎さん、何笑ってるんですか。

「八幡!」

「戸塚、どうした?」

「凄いね、三人に公開告白されるなんて」

「い、いや、違うんだ戸塚。何かの間違い…。そう、演説の内容が重いから、軽くしようとしたんだよ…。きっと…たぶん…おそらく…」

「そんなことないんじゃないかな」

戸塚、なんでそんなにニコニコしてるの?

…そういえば…

「葉山と戸部は?」

「演説会の後、サッカー部の顧問に呼ばれてたよ」

なるほどね。

「あ、先生来た。またね」

「おう」

 

HRが終わり、奉仕部に向かう。

その途中、見知らぬ男子生徒に声をかけられた。

「おい、比企谷」

「ん?誰だお前は?」

「ちょっとツラかせ」

「知らない人についていくなと、親に言われてるからな。断る」

「てめえ…!」

「ヒッキー、行ってあげたら」

「…由比ヶ浜」

「だとよ」

「勿論、私も一緒に行くよ。いいよね?」

「は?」

「いや、由比ヶ浜さんは…」

「せんぱ~い…。何をやってるんですか?」

「いや、あのな、一色…」

「いろはちゃん、やっはろー。この人がヒッキーに話があるみたいだから、私も聞こうかと思って」

「へぇ~、そうなんですね。私も話を伺いますよ」

「い、いや、比企谷に話とか…」

「何をやっているのかしら?」

「ゆ、雪ノ下…」

「なかなか部室に来ないと思ったら…」

「す、すぐに行くから、お前ら先に…」

「ダメだよ、ヒッキー」

「ダメです、先輩」

えぇ~、ダメなの。絶対、面倒臭いことになる~。

「どういうことかしら?比企谷君」

「いやぁ…、コイツとちょっと話が…」

「だから、私も一緒に話すよ」

「私もです」

「話は、いいや。じゃあ…」

「待ちなさい」

なんか雪ノ下が怖いんですけど…。

「貴方、比企谷君とどんな話をしようとしたのかしら?」

「そ、それは、もういいんで…」

女子三人に囲まれて、普通なら羨ましいはずなんだけど、なんだか怖い…。

結局、その男子生徒は俺を殴ろうとしていたことを自供して、そのまま、一色に連行されて職員室行き…。

 

余談だが、後日それが噂になり、『比企谷に手を出すと、ヒドイ目にあう』と言われるようになった。

 

時間はかかったが部室に到着した。

椅子は三つ横並びで置かれている。これが最近の定位置になっている。

 

「近いんですけど…」

「そんなことないわよ」

「えへへ」

「それに、あの演説はなんなんだよ…」

ため息混じりに聞いてみた。

「だって、普通に告白してもヒッキーは信じてくれないでしょ?」

「貴方にはこれくらいしないと伝わらないでしょ?」

「だからって…こんな…」

ふと、頭にあの言葉がよぎる。

「雪ノ下、お前のやり方、嫌いだわ」

雪ノ下が驚いた顔をする。続けて

「由比ヶ浜、もっと人の気持ち考えろよな」

由比ヶ浜も鳩が豆鉄砲くらったような顔をする。

「比企谷君…」

「ヒッキー…」

「くくくっ、あはははっ!悪い悪い。でも、言い返してやったぞ」

「比企谷君」

「ヒッキー」

「これで、オアイコだぞ。お前ら」

雪ノ下も由比ヶ浜も涙をこぼしながら笑っている。

「お前ら気持ちは俺に伝わったよ。だがな、こんな正面きって好意を向けられたことがなくてな、正直戸惑ってる。だから、返事は待ってくれないか」

「えぇ、わかったわ」

「うん、待つよ」

「由比ヶ浜さん、恨みっこ無しよ」

「わかってる」

 

しばらくすると、生徒会室に寄っていた一色と城廻先輩が来た。

 

「一色、当選おめでとう」

「おめでとう、一色さん」

「やったね、いろはちゃん」

「はい、ありがとうございます。みなさんのおかげです」

「まぁ、これから大変だろうけど、がんばれよ」

「先輩、何を他人事みたいに言ってるんですか?」

「だって、選挙終わっただろ」

「先輩のせいで生徒会長になったんだから、責任取ってくださいね」

「責任って、それのことね」

「それだけじゃないですよ。私をこんな気持ちにさせた責任も取ってくださいね」

あざとくウインクをしてくる一色。雪ノ下に由比ヶ浜、なんでそんなに睨むの。やめてください。

「そっか~。私も負けられないね♪」

ん?城廻先輩、どういうことですかね?

「私も比企谷君の彼女に立候補しま~す」

可愛く手を挙げる城廻先輩…。癒される…。って、なんですと!

「比企谷君、これはどういうことかしら?」

「ヒッキー?」

「先輩?」

「いやいや待て待て。俺が聞きたい」

「だって、泣いてる比企谷君見たらキュンて来ちゃって…」

モジモジする城廻先輩…。いい…。

「そ、そんなこと言われましても…」

ワタワタとしていると、扉をノックする音が。これは天の助けか…。

「どうぞ」

雪ノ下が返事をすると、川崎が入ってきた。

「なんだか賑やかだね」

「川崎か、どうした?」

「比企谷。アンタ予備校行くよね?」

「ん?ああ、行くぞ」

「ちょっと教えて欲しいところがあるから頼むね」

「文系なら任せろ」

「期待してる。じゃあ、それだけだから」

川崎が扉のところで止まった。

「そうだ、比企谷。スカラシップのお礼、ちゃんと言ってなかったよね」

「そうか?まぁ、気に…」

言いかけた時に、川崎が先に言葉を放った。

「サンキュー、比企谷。愛してるよ」

そう言った瞬間に川崎は真っ赤な顔をして逃げて行った。

 

「比企谷君…」

「ヒッキー…」

「先輩…」

「比企谷くん…」

なんで、みなさんハイライトの消えた目でボクを見るんですか?

怖い怖い、あと恐い。

 

どうやら、神様は悲劇ではなくラブコメ展開をお望みのようだ。

 

俺は静かに暮らしたいだけなのに…。

 




―――――――――――――――――――


アンチ・ヘイト要素を含んだモノが初めてでした。、ご批判・意見をいただいて、ありがとうございました。
一応、完結になります。
この展開の川崎ルートがベースにあったので、機会があれば公表したいと思っています。

お付き合いいただいて、ありがとうございました、


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。