金術錬錆のヒーローアカデミア (島村共数、)
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オリジン編
第1話 金術錬錆:オリジン


 

 事の始まりは中国で“光る赤ん坊”が生まれたというニュースであった。以来、世界中で何らかの特異体質――所謂『個性』が発現するようになり、今では世界の総人口の8割が個性を身に宿す超常社会になった。

 

 そしてこれは、超常社会で誰かを助けるヒーローを目指す一人の少年の物語である。

 

 

 

「立てやオラァ!!」

(――――空が青いなぁ)

 

 冒頭で「ヒーローを目指すぜ」と息巻いたのにいきなりのこの状況。そんな状況にありながらも、彼は異常なまでに冷静に空を見つめていた。

 

「おいおい、いつになったら反撃してくるんだ? 個性使って見せろよ」

「まぁた人様に個性使って見せろよヴィラン野郎」

 

 人の気持ちも知らずよくもまぁ好きな事を――

 まぁ俺自身も他人の感情にはそこまで関心無いし言えた義理は無いが…。

 そう思いながら何度も殴られた。時間としてはそこまで経っていないだろう。けれど辛い状況下では不自然なまでに時間が長く感じるものだ。いつまでも反撃してこない俺に飽きてきたのか、連中はつまらねぇと吐き捨てるようにその場を後にした。

 一人残された俺は仰向けになってまた空を見上げていた。

 

「下らない――――」

 

 口の中には鉄の味が満たされている。どうやら口を切ってしまったようだ。

 腸が煮え繰り返る。けどやられたからやり返すという事はやっても意味がないと彼は知っていた。何せここは学校。例え一度ケリがついたとしても、二度三度と繰り返す。それがイジメというものだ。

 

「こんな社会、壊れちまえばいいのに……」

 

 人類の8割が何かしらの特殊能力を持つ超人社会。そんな社会になろうと人間というものは変わらないものだ。常に自分より弱いものを見つけ、それを甚振り、蔑み、悦を得る。そんな人の在り方に心底ウンザリする。

 それに、過去の事を何時までも蒸し返されるのは嫌いだ。確かに過去の経歴ほど物を言うことはないが、それでも過去に囚われて今を蔑ろにするのは良くない。あれは終わったことだし、そもそも俺は悪くない。突発的なことだ。ただの正当防衛だ。それなのにすべて自分が悪いとなるのはあんまりだ――。

 

 教室に戻り、席に着こうとするとある異変(いつものこと)に気が付いた。『アホ』『クズ』『死ネ』『人殺しが』……机の上にこれでもかと中傷の言葉が刻まれていた。何故学校内での誹謗中傷が犯罪として取り締まられないのかつくづく疑問に思う。そうなった原因にはいじめられる側にある?寝言は寝て死ね。そして少年法考えたやつマジ埋まれ。

 と、ヒーローを目指すと言いながら内心ではヴィラン染みた事を考えながら、ただ黙々と、淡々と悪戯書きを消していく。これがここ一年ぐらい続いている教室に入った際のサイクルだ。正直ここまで続いて慣れてしまった自分が嫌になってくる。

 

 

 

 そして時間は流れて放課後を迎える。正直言って放課後はあまり好きじゃない。何せ一度学校を出ればそこは教師の目も気にせずに済む自由空間だ。周囲の目を気にする低俗な連中はここぞと言わんばかりに牙をむく。そんな狭い世界の処世術として身に着いたのが、片道一時間の隣の地区まで下校という名の散歩(よりみち)をする事だった。ここであれば自分の事を知っている人間は誰もいないし、仮に俺を追い回す目的の奴がいたとしてもそれはよっぽどの暇人なのだろう。さすがに毎日うろついては怪しまれるので、大体3日に1回の頻度で散歩している。今日がその日では無かったが、昼の出来事のせいで気分があまり良くない。このまま家に帰るのも癪だったので、寄り道をする事にした。

 そしてこの日が、後々になって思えば人生の転換期になったんだろうと思う。

 

 

 

 

 

 散歩の道中、商店街の妙な騒ぎが起こっている事に気が付いた。不自然な人だかり。不自然な爆発音。それは超常社会において日常――とまではいかないが、割と当たり前になった現実。それが起きている証拠だ。

 

「何かあったんですか?」

「ああっ、(ヴィラン)が暴れてるんだ。しかも人質を取っている」

 

 おいおいマジかよ、と思いつつ(我ながら情けない程の)野次馬根性で野次馬の中をかき分けて最前列までたどり着く。そこで錬錆が見た物とは――

 

「マジだった」

 

 ヘドロのような(ヴィラン)が同じ年ぐらいのヴィラン顔の少年を人質に取り暴れている姿だった。しかも人質を取られている所為か、あるいは個性との相性の所為か、駆け付けたヒーローも迂闊に手を出せず膠着状態になっている。

 なんて情けない――。それが驚愕の次に抱いた思いだった。人質に取られているから手を出せない、これはまだ分かる。だが相性が悪いから手を出せない?それを補って、それを乗り越えて助けるのがヒーローじゃないのか。それにただ見ているだけの野次馬もそうだ。誰もヒーローを手伝おうと、彼を助けようと動きもしない。ヒーロー活動には認可が必要とはいえ、ただ野次馬根性で見ているだけ。その現状に心底腹が立った。そう、何もしない自分に対しても――心の中で卑下したその時だった。

 

「馬鹿ヤローーーー!!止まれ!!」

 

 周囲の声にハッと意識が戻る。

 一人の中学生が群集やヒーローの制止を振り切りヘドロヴィランへと向かっているのだ。

 あいつ馬鹿か――。

 飛び出した彼に対して、そして先程とは相反する言葉が内心出てくる自分に反吐が出る。なんで彼が飛び出す必要がある。

 何で俺は何もしない。

 ここは大人の役割、子供の出る幕じゃない。

 子供は無力だ。けど彼は飛び出した。

 助けなくちゃ。

 けど――

 どうしようもない言い訳だけが心に、騒然とする大人たちの情けない声が耳に響く中、何故かその言葉がハッキリと聞こえた。

 

 

「君が、助けを求める顔をしてた!」

 

 

 俺――金術錬錆(かなすべれんせい)は、ハッキリ言って人間不信で人間嫌いだ。そんな俺がヒーローになるなんて言ったって、ただの法螺吹きに聞こえるだろう。それでも助けを求める知らない誰かの手を掴みたい。不特定多数の人間を救いたい。人を信じたくないと思いながらも、人からは信じられる人間に、そんなヒーローになりたいと願う自分がいる。そうだ―――そう願っている。願っているのだ。ならば――

 

「――ッたく! やる事は一つって事かよ!!」

 

 彼の言葉が聞こえた瞬間、自分の中で何かが吹っ切れる音が聞こえた。立派に言い訳を偉そうに並べる自分を殴り飛ばしたのだろう。そして俺の体は緑髪の少年と同じように無意識のうちに飛び出し個性を使っていた。

 

「うだうだ悩むのはもう止めだ――。こっからは振り切らせてもらうぞ!」

 

 右手が地面に触れると同時に地面が隆起し、緑髪の少年に迫りつつあるヘドロの左手を両断する。さらに人質が傷つかない範囲で追撃を加えようとしたが、

 

「邪魔してんじゃねぇぞ、クソガァァァァァアアア!!」

 

 標的がこちらに変わった。切断された左腕は再生成され、錬成へと爪を立てる。もう一度個性を使って石壁を出現させるも、本体が流体な所為かあっさり突破されてしまう。

 

(ああっ、これは終わったわ――)

 

 特に思い起こすものなんてない。走馬灯もクソもない。だが未練がましくも「まだ生きたい」とは思う。その時の俺も、周りにいた人々も絶望的状況に諦めていた。

しかし諦めてはいけない。日本には昔からこんな言葉がある。

 ヒーローは遅れてやってくる、と!

 

「君を諭しておいて・・・己が実践しないなんて!!」

 

 そう、みんなのヒーローがそこにいた!!

 

「プロはいつでも命懸け!!!!!! DETROIT SMASH!!!!!!

 

 悪に正義の鉄槌が下される。

 …………空を割り、天候すら変える一撃はさすがにやり過ぎじゃないですか、オールマイト。

 

 

 結論を言うと、俺と緑髪の少年はヒーローたちからこっぴどく叱られ、逆にヴィラン顔の少年はヘドロの浸食からよく耐えたと称賛された。ヒーロー活動を認可されていない人間、ましてや子供が身の危険を顧みず飛び出したのだ。確かに大人としてはそれが正しいのかもしれない。そう納得する反面、「こっちも少しぐらい褒めてもいいじゃんか」と納得できない自分が心の中に巣くっていた。

その帰り道――

 

 

 

「明日が憂鬱だ……。ちにたい……。フートンが欲しい。セプク出来るものなら、したい」

 

 あれだけの騒ぎ、ましてや報道カメラもあった。夕方のニュースで取り上げられるのは間違いないし、テレビ中継の可能性もある。そう考えたら、明日学校で何を言われ何をされるか……考えただけで埋まりたくなる。

 

「ちょっと待ちたまえ、君ィ!!」

 

 消沈し帰路に着く錬錆の前に現れたのは……

 

「怪奇!?骨人間!?!?」

「HAHAHA、初対面の人に面白い事言うね君!」

「ファッ! す、すみません」

 

 ガリガリに痩せこけた長身の男性であった。

 

「先程の商店街での一件、見ていたよ」

「――――そうですか。で、自分に何か用で? 説教ならもう・・・」

 

 そう自嘲するように立ち去ろうとしたが――

 

「そう自分を卑下する必要はない。君に礼を、称賛を言いに来た」

 

 称賛? そんな事される筋は自分には……

 

「君は緑髪の彼と同じように、あの中で誰よりも早く動いた。勇敢に立ち向かった。本来ならば誰よりも先に、私がやるべき役目だった。ありがとう!」

「私に?そんなヒョロヒョロな体でどうやってあのヘドロと?」

「んんん~~~、今のは失言だ!忘れてくれたまえ!!」

「アッハイ」

 

 こっちも重ね重ねの失言だ。大人しく追及しないでおこう。

 

「それと、君はあの時こう叫んだね。『悩むのはもう止めだ、振り切る』と。トップヒーローは学生時から逸話を残しており、そして彼らの多くが君と同じニュアンスの言葉を結ぶ。『考えるより先に、体が動いていた』と!!」

 

 このとき、また心が揺れる感覚がした。お前には向いてないと、無理だと、馬鹿が見る夢でしかないと。そう蔑まれる日々……。諦めきれずにいた夢、諦めようとしていた夢。そんなヒーローたちと同じ、だと。

 

「一つ、質問していいですか?」

「なんだね」

「初対面の人にこんなこと言うのもあれですが……、俺は、他人が怖くて、触れ合いたくなくって、ハッキリ言って嫌いになることが多いです。けど、それでも誰かが泣いているのが、傷つくのが見逃せなくって、どうしても助けたいと思うんです……思ったんですよ! こんな俺でも……こんな俺でも、ヒーローになれますか・・・!?」

 

 彼は「ああっ」と一呼吸おいてこう告げた――

 

「君も、ヒーローになれる!」

 

 思えばここからだった――。俺が――――金術錬錆がもう一度立ち上がろうと、ヒーローになると心から決意したオリジンは。

 




キャラクター’sファイル

金術錬錆(かなすべ れんせい)

誕生日 11月10日
身長 163cm
好きなもの 鉱石、ゲーム
趣味 読書、映画鑑賞、絵描き

錬錆'sヘア 驚くほど直毛。
錬錆'sアイ 驚くほどやる気なさげ。というか片方虚ろにも程がある。
錬錆'sバンダナ 驚くほどバリエーション豊か。
錬錆'sハンド なんか魔法陣みたいな痣がある。個性使う時以外は手袋ガード。
錬錆's全身 鍛えてはいるが驚くほど普通。
錬錆's脚  驚くほどキック力が高い。健脚。

概要:
この作品の主人公。
黒い髪に常にバンダナを巻いているのが特徴。口数が少なく口下手な所があるため、普段は一人で読書をしている事が多い。
幼い頃から友人と言えるようなものに恵まれなかった為か、超常社会になる以前に放送されていた特撮ドラマにのめり込んでおり、その影響からかスイッチが入る時(曰くエンジンのギアがかかる時)は必ずと言っていい程その作品らの名言・決め台詞を自分流に改変した言葉を口ずさんでいる。
なお家族構成は母親との二人暮らし。


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第2話 デカァァァァァいッ説明不要!!~説明不要だから何がデカいかは言わない~

 ヘドロ事件から暫くして――俺は少しだけ日本を離れた。

 ヒーローになる事を決意して以降、幼少の頃に預けられたヒーロー事務所に本格的に弟子入りし、個性を磨くようになった。日本を離れたのはその人が「暫く海外で活動したいから」だそうだ。

 最初は見慣れぬ土地、話す事も聞く事もままならぬ異国の言語に戸惑う事が多かった。けど新天地での生活は荒んだ心を癒すには十分だった。別に年下の女の子と仲良くなったかたとかそういう訳ではない。いや、まぁ少しはあるけど。ともかく、異国で過ごした4ヶ月は掛け替えのないものとなった。この4ヶ月で築いた人と人との絆は、また別の機会話すとしよう。

 

 そして時がたって2学期が始まり、そこから先も周囲からの侮蔑と自らを鍛え上げる日々が続いた。

 ただでさえヒーロー志望の受験生は多いのに、偏差値は79。人気・実力・学力、いずれもヒーロー学校では頂点ともいえる雄英を受験しようというのだ。生半可な気持ちでは突破できない。学校にいる間は常に参考書を開き勉強、放課後は肉体の鍛錬と個性の練習を繰り返しだ。

 そんな俺を嘲笑うかのよう周囲の目はより冷たいものとなった。この前の一件はニュースで取り上げられた事、そして3年の1学期が始まってすぐに休学した事もあり、校内で俺の事を「問題児」というレッテルで知らぬ人間は一人もいない。錬錆の来歴を踏まえ、二度に渡って人に個性を使った男、として。二回どころか一度たりとも使った覚えは本人にはないが、そんな人間が本気で雄英に行くと言っているのだ。ヴィラン予備軍と認識されているそれを蔑まない思春期の人間はいないだろう。

 時に参考書を破かれることあった。時に机を教室から投げ出されることもあった。その度に個性を使って元に戻す。一日のうちにやる工程が増え、一週間のうちの日課が一つ減った。

 そんな真っ黒な義務教育工程はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 そし受験日当日――

 

「校舎デカッ……」

 

 受験会場でもある雄英高校本校舎を見てこの感想が言える。

 その程度には余裕がある様だ。いや、余裕というか焦りと不安が二人三脚組んで校庭五周ぐらいしたことで却って冷静になっているだけかもしれない。

 

「どけデク!!」

 

 どこかチンピラ染みた怒声が聞こえてきた。

 こういう時一瞬ビクッと身体が震えてしまう。義務教育という名の暗黒期に身についてしまった変な癖のようで、我ながら恥ずかしく思う。

 振り返ってみるとツンツンしたヴィラン染みた顔の少年とそれに怯えるモジャモジャした緑髪の気弱そうな少年がいた。どうやら自分の似たようなムジナが受験したので不良からやっかみを受けているようだ。

 目を配りつつも絡まれたくない一心で錬錆は足早に受験会場の中へ入った――

 

 

 

 

 

 そして――

 

『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!』

 

(……うるさい)

 

 実技試験説明会場、その中心にボイスヒーロー「プレゼント・マイク」の姿がある。

 彼の説明によると、

 

・制限時間10分

・武器や道具の持ち込みは自由

・演習会場は分かれており、各自指定される

・敵は4種類。

・それぞれにポイントが振り分けられており、倒せば得点が入る。

・うち1種は倒しても点数が入らない(ゼロポイント)のギミック。

 

 という実戦形式で行われるそうだ。

 プレゼント・マイクはこれらポイントの振り分けをスーパーマリオに例えた。それを聞いた他の受験生から「まんまゲームみたいな話した」と話す声が聞こえる。なるほど、ゲームという例えは一理ある。決められた数での点取り合戦、そういう種類のゲームも確かにあるからだ。試験という場では、そうした方が分かりやすいだろう。

 

(けれど腑に落ちない点もあった。(ヴィラン)との戦闘を想定した試験なのに、何故お邪魔虫が必要なのか。自分より強い相手、という想定なら納得いく。時には退き、作戦を立てるのも大切だ。けれどそれを態々入試でやる必要があるのか?それに多数を振るい落とすのが目的なら、単純な点取り合戦で済むはずだ……ボソボソボソボソ)

「ねぇ君、ちょっと怖いよ」

「ああっ、悪い。……声に出てた?」

「バッチリね」

 

 妙にキラキラした人に注意され急に恥ずかしくなる。さっき堅物そうなのに同じような事をして注意されたのもいるし……実技試験が始まるというのにどうも緊張感に欠けているようだ。

 っというか、こいつは一体何なんだろう。注意したかと思えば、ずっとこちらを凝視しているし。しかも無言で。これはある意味でかなり――苦手なタイプだ。

 

 

 

 動きやすい服装、というか着慣れた服に着替え、愛用の白衣を羽織って実技試験会場となる市街地演習場へと向かった。

 持ち込み自由という事なので、あらかじめ用意していた釘バットを手に持つ。打撃武器であれば鉄パイプでも鉄板入り木刀でも何でもよかったのだが、何故か自然と釘バットはテンションが上がる感じがするので今回の武器に選別した。

 一見動き辛そうに感じられる白衣も、個性を使うための道具をいくつか仕込むため大事な(ツール)だ。もし釘バットがお釈迦になっても、即席武器なら多少用意できる。個性に関しては問題ないだろう。

 準備運動をしながら周囲を見渡す。

 流石は、と言うべきか。みんな落ち着いて、各々が自分のやり方で試験に備えていた。

 逞しい尻尾を持つ者、イヤホンプラグのようなのが伸びた者、顔が吹き出し(?)の者……十人十色とはよく言ったものだ。これから彼らと競争する事になる。全38枠の一般合格者、狭き門を賭けた競争を――

 

『はい、スタート!!』

 

「……は?」

 

 開始を告げる鐘は突如として鳴らされた。

 一切の前触れもなく、予兆もなく、天変地異が襲い掛かるのと同じように。

 周りも一瞬動揺が走ったが状況を理解し、一斉にスタートする。

 

「チクショウ! 思いっきり、出遅れたぁ!!」

『メメタァ』

 

 悔しさなのか、単純に自分の情けなさからか……周りから遅れて動き出すと同時に勢い任せに持っていた釘バットを前方へ投げ飛ばした。それが偶然にも2Pの敵に的中! 装備を失う代わりに2Pを獲得した。

 

 

 

 そこから5分ぐらいが経過しただろうか。倒した敵の数は3Pが3体、2Pが2体、1Pが5体の合計19P。倒せているには倒せているのだが……

 

(足りない……ッ。圧倒的に足りない……ッ!)

 

 周りの状況を見ても分かる。30点台を出すのが見えるのに対し、俺はまだギリギリ20点にも達していないのだ。戦闘に結び付く個性ではない割には出来ている方だとは思うが、それでも全く足りていない。

 もっと敵を倒さないと――と思ったその時だった。奴が、動き出したのは。

 

 ドガァァァァン!!と地面が割れる音がした。音が響く方向へと視線を向けるとそこには、巨大な鉄の塊が佇んでいた。

 

「デカァァァァァいッ説明不要!!」

 

 例のギミック――0Pがビルを薙ぎ倒し迫ってくる。

 あんなのとまともにやり合っている暇はない。或いは単純なまでの圧倒的な脅威。理由はどうであれ、皆が怯み0Pから逃れようとする。

 俺も逃げようとしたが、異変に気が付いた。

 

(なんだ…? 何か動いて――ッ!?)

「ったく、マジかよ!?」

 

 (0P)の行く先に誰かが倒れているのが見える。遠目からでは分からないが、どうにも動く様子が見られない。恐らく0Pが出て来た衝撃で飛び散った破片に当たったのだろう。しかしこのままでは――

 その時、かつて自分がなりたいと語ったヒーロー像を思い出した。『誰かが泣いているのが、傷つくのが見逃せない。だから助ける。そんなヒーローになりたい』

 

「――――ったく! 『平和を脅かす(ヴィラン)を倒す』、『助けを求める誰かを助ける』。『両方』やらなくちゃいけないのが、正義の味方(ヒーロー)って事かよっ!!」

 

 考えるよりも先に身体が先に動いていた。

 誰もが0Pから逃れる中、一人、唯の躊躇も無く飛び出した。

 

(マズイ――)

 

 だが距離が足りない。このままでは自分が助けるよりも先に彼女が潰されてしまう。だったらやる事は一つ。

 

「――――伸びろおおおっ!!」

 

 近くの建物に手を伸ばし個性を発動させる。個性は手からコンクリートへ、コンクリートから地面を介し、0P近くの建物へと伝達された。時間に換算して一秒にも満たないだろう。瞬きをしている間、その瞬間に巨大な石柱がビルから生え、0P(ヴィラン)を僅かな質量と勢いだけで崩したのだ。

 

(よっし、体勢が崩れた。この隙に……ッ!?)

 

 頭に酷い激痛が走る。慣れないコンクリートの増強を行使、加えて本来直接触れなければいけない個性の遠隔使用。無理無茶をすれば脳に負荷がかかるのも当然だ。

 だが今倒れるわけには行けない。

 視界が歪む。己が体に鞭を打ち、前へ、前へと走り、倒れこんでいるボブカットの少女へと駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か」

 

 女子相手だが、この際気にしている場合じゃない(――と言うより自分自身の意識レベルが低下している所為か、割と深く考えずに済んだだけだが)。

顔をぺちぺちと軽く叩きながら呼びかけるが、返答は返ってこない。やはり頭を打ち付けたのか。ならあまり動かさない方がいい。早急にかつ安全に対比するべく、彼女をお姫様抱っこで運ぼうとしたが――

 

「おいおい、空気読めよ……」

 

 0Pが体勢を立て直したのだ。しかもガッチリコッチリこちらに狙いを定めている。

 こちらは満身創痍の非戦闘型個性が一人と意識不明者が一人、対するはほぼ無傷に見える巨大ロボ。まさしく絶体絶命。せめて彼女だけでも助けないと、と思ったその時だ。

 

『 終、 了 ~~~! 』

 

「――――はっ?」

 

 試験終了の合図が会場全域へ走ったのは。

 なんか10分前にも似たような事があったような……。

 疲労と緊張の糸が切れるのが重なった所為か。錬錆の意識はそこで暗転し、助けようとした彼女に覆いかぶさる形で突っ伏したのだった。

 

 

 

 

 

 それから一週間――――

 

 錬錆の日常はこれといった変化もなく何となく過ぎていた。せいぜい言えるのは、自分以外誰も雄英を受験した人がいないのに、試験中にぶっ倒れた事だけ、それも1Pも取れずに雑魚敵(1ポイント)に倒されたという何をしたそこまで捻じ曲がったか分からないレベルに変えられて学校中で噂になっていた事だろうか。もうなんだろうね、ここまで事実が曲解されて噂として流れて来るのは、コワイ!!

 

 あの後、自宅に帰ってから改めて自己採点をした。得意な数理社は勿論の事、現国も合格基準としては十分、英語だけが怪しい結果だったが……。ともかく学科は何とかなるだろう。

 だが実技で取れた点数は、僅か19P。実技試験の合格基準が明かされていない以上判断は難しいが、30Pや40P獲得する人が周囲にいただろう。仮に30Pが合格基準とした場合、点数が足りていないのは一目瞭然だ。

 もはや自分には不合格通知(しけいはんけつ)を待つ道だけしかない。そう思いながらその日もまた学校から帰って来た時だった。

 

「ただいまー」

 

 居間の方から「おかえり」と母さんの声が返って来る。何の変哲もない日常のやり取り。いつもはここで終わって自分の部屋に向かうだけなのだが、その日はちょっとだけ違った。

 

「錬錆。雄英から通知届いていたよ」

 

 来たか――

 合格の二文字に期待も不合格という三文字にも特に気にも留めず、書類の入った封筒を受け取りそのまま部屋に向かった。結果や課程はどうであれ、自分はやったのだ。やったからにはあとは受け止めるだけ。落ち着け、落ち着け、餅つけ。あっ間違えた、落ち着け。クールだ、KOOLになるんだ、錬錆。

 ――――っと、冷静を保とうとして却って冷静なようで冷静でない、要するに冷静でいられない自分がいた。

 ともかく、開けなければ何も分からない。恐る恐る封切り、中に入っていた投影装置を起動させた。

 

『 Y E A H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H H !!!』

(――うるさい、近所迷惑だ)

 

 映し出されたプレゼント・マイクの第一声で緊張など彼方の空へと飛んで行く。その点感謝するが、それ以上にうるさい。個性ヴォイスの影響だろうが、録画ですらうるさいと感じる音域ヤバ過ぎる……。

 

『待たせたな、受験生のリスナー!!早速試験結果を発表するぜぇ、アーユーレディ!?』

(これで不合格だったファ●タのリアルD●先生味わえそう……)

 

 プレゼント・マイクのあまりのテンションについていけず、全く関係ない事を考える始末。そんな奴は勿論。

 

『端的に言っちまうと、リスナーは不合格だ。筆記はそこそこいい線行ってたが、実技は19P。頑張ったみたいだけど、ちょ~~と足りないなぁ!』

 

 分かってはいたが、分かり切ってはいたが実際に言われる意外と落ち込むものだ。所詮夢は夢でしかない――そう諦めようとした。

 

『表向きに言った事だけ、ならな!!』

「はっ?」

 

 思わぬ言葉に気の抜けた声が出てしまう。今なんと、今何と言った。表向きは?

 

『俺達が見ていたのは何も、単純に敵を倒してポイントを稼ぐ戦闘方面だけじゃねぇ!! 命を懸けて他人を助ける! ヒーローがヒーロー足りえる最重要要素!! 救助活動P(レスキューポイント)!! 俺達教師陣の厳粛な審査によって与えられる、もう一つの基礎能力評価だ!!』

 

 おいおい嘘だろ、それってまさか――→そのまさかだった。

 

『あのロボ・インフェルノをブッ飛ばせないにしろ、足止めするなんて大したリスナーじゃねぇか!! しかも怪我をして動けない女子を助けるおまけつき!! そんな男子リスナーにはぁぁぁ……救助活動(レスキュー)50Pを贈呈するぜぇ!!!』

 

 50、ポイント……。元々持ち合わせていた19Pかけ合わせると合計69P。それが意味することなど、最早語るまでもない。

 

『合格だ! 俺達の元でヒーロー目指そうじゃねぇか、YEAH!!』

 

 ――――言葉が出てこないかった。まさか自分が、雄英に合格できるなど、ヒーローになれる、そのレールを引けたと。

 やれる事をやり、その結果を受け止める。惰性にも似た、ただそれだけを繰り返す錬錆の中で“自分で道を開く”という言葉が築かれた瞬間だった。

 

『あーっ、あとこれはついでだが』

「うおっ、まだ続いてたのかよ!?」

『お前が助けた女子リスナーからお便りだ。“助けてくれてありがとう”だとよ』

 

 人を助ける事――当たり前だと思っている事、ヒーローになればやって当然の事。そこに見返りを求めない。しかしその時錬錆は確かに、人を助けた事に、感謝された事に感動を覚えずにはいられなかった。

 

『ちなみにその女子リスナーも合格してるぜぇ! まったく、合格と一緒にフラグまで立てちまうとはトンデモネェー逸材だなぁ! このフラグ大事にしろよぉ!!』

「最後のは余計なお世話だ!!」

 

 なおこの事は最初から最後まで探知系個性を持つ母さんに筒抜けだった為か、夕飯時まで一切会話が無かったにも関わらずその日は赤飯が出された。この赤飯は合格祝い的な意味だ、と心から願いたい錬錆であった。

 

 




暫くは見せ場もクソもない淡々とした話が続きます


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入学編
第3話 笑えばいいと思うよ


 春――それは出会いと別れの季節。

 新品ほやほやのシャツに腕を通し、真新しい青いバンダナをキュッと頭に巻く。雄英高校への通学初日の朝、錬錆の顔は中学時とは比較にならないほどスッキリとしたものだった。

 

「錬錆、いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 涙を浮かべながらも笑顔で見送る母の姿を背に、あなたは高校生活の一歩を踏みしめた。

 

 

 

「改めて見て校舎デカいなぁ、とは思ったけど……」

 

 なんで教室の扉まで大きいんだよ。まぁ理由は明白、大型の異形型個性に合わせて作られたんだろう。それでも大きすぎて一体何㎏あるか。これが開けられないやつはヒーロー科に不要なのか!?

 なんかもうバリアフリーに適しているのは分かるが、凡庸個性持ちの人間からしてはツッコミどころしかない。しかし内心でツッコんでいても始まらない。意を決して扉を開くと、

 

「態度が悪いな、君は! 足は机にかけずしっかりしたに下ろしなさい!!」

「あぁ~~ん? なんだテメェは!?」

「なにこれ」

 

 修羅の国が広がっていました。

 あまり関わりたくないなと思いながら、静かに自分の席に着いた。にしてもあのヴィラン顔と同じクラスになるとは何の因果か……。あれフラグだったのか? 同じクラスになった時に名前覚えればいいかなんて思ったのがフラグだったのか!?

 そう考えながら先生が来るまで読書にふけようとしていたその時だった。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「うん?」

 

 隣の席の女子に声をかけられた。ふと顔を向けると、そこには見覚えるのある女子がいた。そう、入試実技試験で助けたあの少女だ。

 

「入試の時、ウチを助けてくれた人だよね?」

「えっ、何でそれを」

「あの後ウチも保健室に運ばれてさ、先に目が覚めたんだ。それで顔だけでも見せてって言ったから」

 

 ああっ、なるほど。だからこちらだけが一方的に知っているという訳じゃないのか。しかし珍しい事もあるものだ。基本他人に無関心で人の名前を覚えるのも1ヶ月は軽くかかる自分がたった一度、それも試験中に助けた相手の顔を覚えているなんて。それだけ強烈な印象と言えばそれなのだが、あれから2ヶ月近く経っているというのに。

 なおその答えは案外すぐに出た。

 

「ちょっと遅くなったけどさ、改めて言わせてもらうよ。あの時は助けてくれてありがとう。ウチは耳郎響香、これからよろしくね」

「おっ、おう…。金術、錬錆って言います……。こちらからもよろしく」

 

 ドクン、と胸が跳ねる音が聞こえた。

 おかしい、おかしい!俺はここにヒーローになるために来たはずだ。それが何だこの胸の高鳴りは。こんなこと生まれて一度も味わったことが無い。この10年近く、母親以外でまともに会話した女性という事で緊張しているのか。確かにそうなのかもしれない。だが今一度見てみると、まぁ何という事でしょう。ボブカット、俺好みの髪型ではありませんか。ちょっと見た目だけでは冷めている感じもするが、先ほどの会話からして感謝をちゃんと言える。素晴らしいではありませんか。もう何と言うか――――

 

 

※これ以上続けてもなんかキモイと思われそうなので、作者が代弁します。金術錬錆は耳郎響香に恋をしました。一目惚れです。まぁ恋愛はおろか人間関係すら希薄だった錬錆がそれを自覚するのは、もうちょっと先になるのですがね。

 

 

 ――っと、錬錆が脳内トリップを繰り広げていたがそれは唐突に終わりを告げる。

 

「やるじゃんオメェ!」

「オッフッ!」

 

 声をかけると同時に背中を思いっきり叩かれた。オッフって何だ、オッフって。思わず変な声出してしまったではないか。

 後ろを振り返ってみると、如何にもチャラそうなイケメン男子が後ろの席にいた。

 

「ちょっ、何すんのさ」

「クラスに入るや否や女子に声かけられるなんて、入試の時にツバでもつけたのか?」

「ツバ……?助けはしたがツバは付けてないぞ」

「カーッ! 天然ですか、ジゴロですか!? そういうのをツバつけるって言うだよ!」

「そうなの?」

「さぁ? ウチに聞かれても…」

「てか、アンタ名前なんていうの?」

「それ今聞くの!? まぁいいや、俺は上なr――」

「お友達ごっこやラブコメしたいなら他所へ行け」

 

 廊下側から何処か気怠けなセクシーボイスが教室に響く。

 声の聞こえてきた方向へ目を向けてみると、緑髪のボサボサヘアーの少年と麗らかそうな茶髪の少女に後ろに全身を寝袋に包まれた不審者が立っていた。

 おそらくクラス全員が例外なく、満場一致で思っただろう。なんかいる、と。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」

 

 雄英の教師は全員プロヒーロー、プロヒーローなら大なり小なりメディアへの出演はあるはずだ。当然顔も知られている。

 しかしこんなにもくたびれたヒーロー、いただろうか。いや、見た事ない。

 

「担任の相澤消太だ、よろしくね」

 

 しかも担任だった。

 さらにさっきまで身を包んでいた寝袋の中をガサゴソと物色し始めたよ、この人。

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 自分が入っていた寝袋の中に突っ込まれていた体操服……それ、汚くないっすか。

 そんなツッコミを入れる暇も質問もする暇もなく、全員がグラウンドへ出された。

 

 

 

 

 

「「「「「個性把握テストぉ!?」」」」」

「入学式は!? ガイダンスは!?」

 

 茶髪の少女――麗日お茶子というらしい――の抗議を相澤先生は、そんな悠長な行事に出る時間はない、と一蹴する。

 なんでも雄英の“自由”な校風は生徒だけでなく、教師側にとっても同様だそうだ。

 

「中学の頃からやってるだろ? “個性”禁止の体力テスト。爆豪、中学の時ソフトボール投げ、何mだった?」

「67m」

「じゃあ“個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ、思いっきりな」

 

 そう言って相澤先生はあのヴィラン顔――爆豪に計測器の様なものが付属したソフトボールを投げ渡す。

 後に知る事になるのだが、この爆豪は一般入試一位、それも表面上の評価点である敵撃破ポイントのみで通過するという顔付相応の結果を残したそうだ。その爆豪が出したソフトボール投げの結果は、相澤先生の言う“個性禁止テストの非合理性”に納得するものであった。

 

「死ねぇ!!!」

 

(――――死ね?)

 

 個性による爆風に乗せられ、ソフトボールは空の彼方へと飛んで行く。

 人は声を張り上げながら力を入れると、無言の状態で同様の行動を起こす際と比較して良い結果を出せると聞いた事がある。しかし仮にもヒーロー目指すんだから、もっと他にいい掛け声は無かったのか。

 内心で錬錆がツッコミを入れているが、実際は彼もどっこいどっこいだったりする(理由は追って知るべし)。そんな中、個性を使った「最大限」の結果が出た。

 

「まず自分の「最大限」を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 相澤先生の持つタブレットに表示された数値は705m。個性無しの記録と比較して実に10倍以上の結果だ。

 

「個性を思いっきり使えるんだ!!流石ヒーロー科!!」

「すげー面白そう!!」

 

 面白そうか、言われてみれば確かにそうだ。錬錆も表面上冷静を保とうとしていたが、その頬は緩み内心では興奮を覚えずにはいられなかった。

 しかし緩みかけた空気は相澤先生の一言で一変する。

 

「面白そう……か。ヒーローになる為の3年間、そんな腹つもりで過ごす気でいるのかい? よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

「は?」

「ウェ?」

「「「「「はああああ!?」」」」」

 

 阿鼻叫喚がこだます中、相澤先生の宣告はさらに続く。

 

「生徒の如何は教師(おれたち)の自由――。ようこそこれが、雄英高校ヒーロー科だ!」

 

 雄英高校は常に壁を用意し、生徒の成長を促す。

 これが俺たちA組ヒーロー科にとっての、最初の壁となった。

 

 

 

 

 

第一種目:50m走

 

 純粋な体力テストであれば、脚の瞬発力を計る事を目的としている。個性把握テストでは脚のそれが個性を使えばどうなるのか、というテストだ。ならば何も脚力に拘らなくてもよい。飯田天哉と青山優雅の個性は見本とも言えるいい例になった。

 飯田の足には排気口の様な器官があり、おそらくそれがエンジンのような役割している。これが3秒04という驚異的瞬発力(スピード)を生み出しているのだろう。

 逆に青山は全く走っていない。ではどうやって50mを突破したのか。理由は簡単。青山の個性は、腹からビームのようなものを射出する個性。ビームを撃ち出す反動を利用して短時間ならば飛行できる様だ。……というか1秒しか持続しない事をなんであんなドヤ顔で言えるんだ? てかこいつ受験の時に会ったな。

 ともかく、この2人を見てテストの趣旨をようやく理解できた。自分の個性で「何が出来て」「何ができない」か。体力テストを下敷きにする事で、それを結果として分かりやすく見る事が出来る。

 

「次、金術と上鳴。準備しろ」

「っと、出番が来たか」

「しゃあっ、金術! 今朝知り合ったばっかだけど、負ける気はねえからな!」

「いや、これ競争じゃねえから。割と自分との勝負だかんな」

 

 一応策は考えている。いつもやっている土の操作、その応用をすればいい。ただ問題は、これからやろうとしている事を試したことは一度もない、文字通りぶっつけ本番という事だ。だが、

 

(壁は超えるためにある――か。確かにその通りだ!)

『ヨーイ……』

 

 その掛け声と同時に個性で自分の背後に2m半程度の土壁を形成させる。まず第一工程、クリア。

 次に第二工程――っと言ってもここでは個性を使うわけではない。青山がやっていたように、スタートと同時に飛び出せるよう片手が土壁に触れた状態でジャンプするだけ。

 あと必要なのは第三工程の――

 

『START!!』

 

 タイミングのみ!

 開始の合図とともに、個性を発動させる。土壁の側面から新たな壁が生み出され、それが射出機のような役割となりあなたを撃ち出す。金術錬錆が土壁を作り出す早さは1秒当たり凡そ8m、時速にして約29㎞/hと言ったところだろう。実際に数字に出されてもよく分からないだろうが、自動車の一般道制限速度がおよそ40㎞/hと定められている。まぁつまり、自動車で走っているのと同じぐらいの勢いで射出されたという事だ。

 ただその時、あなたはある事を完全に頭の中から忘却していた。すごい勢いだけど、着地どうしよう……と。

 

『5秒47』

「どわっはぁーーーーっ!!」

 

 顔面からモロに着地したのはゴールするのとほぼ同時であった。

 これまで土の食感を味わった事は何度かあるが、ここまでギャグ的に、ここまで強烈に味わったのは初めてだ。

 その吹っ飛びように周囲も驚いたのか、一緒に走ってた(走ったとは言っていない)上鳴や耳郎さんが心配して駆け寄ってきた。……上鳴のはどこか茶化しが入った賛辞だった気がするが。

 

 

 

第二種目:握力

 

 ぶっちゃけここで書くことは特になし。だってこの種目個性の使いどころ無いんだもん、とあなたはいじけた。結果もザ・普通よりちょっと上、48㎏。そして八百万という女子が個性で万力を作り出して悠々と好成績を叩き出しているのを見てさらに凹む。

 

 

 

第三種目:立ち幅跳び

 

「個性は使えなくもない、か」

 

 ここまで手を使って個性を発動させる場面がほとんどだったから勘違いされるが、彼――金術錬錆の個性は別に手を使わないといけない訳ではない。トリガーとなるのは要素は複数あるのだが、敢えてここで語るべき最小事項だけをあげるとしたらそれは「ある模様」、そして「接触」だ。金術錬錆の手の甲には奇妙な痣がある。それと全く同じ模様を描いた上で俺の人体が接触すれば、個性を発動する事できる。彼に戦い方を教えてくれた人曰く『発動型の中でも稀有な例』らしい。

 つまり何が言いたいというと、予めシューズの裏地にソレを描いていれば、あとは必要な時にスイッチを入れるだけの話だ。

 

 ズドドドドド、と地面が盛り上がり肉体を宙へと追い飛ばす。やった事は50m走で見せた技の足で発動&放物線を描くように飛ばすver。さっきは慣れない感覚故に着地に失敗したが、今回はそうはいかない。何せジャンプに近い要領と飛んでいるからだ。そう、失敗しようが――――

 

 そんなあなたの思いは呆気なく砕け散る。

 片足を着くまでよかった、のだがそこで勢いを軽減するのに失敗し、何故かきれいなフォームでの前転を決める事になった。回り方はきれいだが、旗からの見た目としては全然決まっていない。というか普通に恥ずかしい。人はこんな時、どんな顔をすればいいんだろう?

 

「笑えばいいと思うよ」

 

 青山テメェぶん殴んぞ。こんな事態になってもそのドヤ顔崩さねえのは、多分お前だけだわ。

 ちなみに記録は514m。

 なお雄英の受験を決断した1年前、師匠の下で同じ方法で記録は取ったのだが、その際の記録は114m。実に400m飛距離が伸びており、確かな成長があるのを感じ取れる。のだが……何故だろう? どこか作為的なものを感じる。

 

 

 

第四種目:反復横跳び

 

 やはり個性派の使いどころ無し。というか、なんで使える→使えないの順でテストが回るの? まとめてやってくれた方がテンポいいんですけど、と謎の電波が飛んできたが気にしないでおこう。

 ちなみに反復横跳びは個性の云々が無くとも割と苦手なのはここだけの話だ。結果が悲惨――という訳でもないが下から数えた方が早いのは言うまでもない。

 そして――――

 

 

 

第五種目:ボール投げ

 

 これに関してはあまり語りたくない。結果だけ言うと120m。無論個性は使うには使ったが、最後に頼れるのは己が肉体だ。個性使ったのにどうやって投げてたかって? だからこそ、今はあまり語りたくない。あえて書くことがあるとすれば、ボールを殴って飛ばしたぐらいか。

 なお緑谷が705mという超記録を出した際、何故かそれに爆豪をキレるという一悶着があったが……特にこれにも首を突っ込んでいないので語るだけにしておこう。同時に相澤先生の個性が直視した相手の個性を消す『抹消』である事、ドライアイを患っている影響で持続時間が短い事が明かされた。

 で、続く第六種目上体起こし、第七種目長座体前屈、第八種目長距離走に関してもこれといった記録無し。自信のある上体起こしも平均のそれを少し上回るレベルで、あとは平々凡々なものだ。身体を鍛えているとはいえ、発動型かつ条件・対象が限られている。ある意味已む無し、と言ったところだろう。

 そうしてすべてのテストが終了した。

 

 

 

「んじゃパパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

 

 錬錆の順位は15位。

 見事に下から数えた方が早い位置だ。まぁヒーローらしい結果と言えば50m走と立ち幅跳び、あと(ボールをぶん殴って飛ばしたおかげで)一般人より頭一つ突出してるレベルのボール投げぐらいだ。ある意味残等な結果である。

 自分より下位にいるのは個性の性質をテストに生かしきれなかった上鳴に耳郎響香、あとは透明人間の葉隠という女子に、峰田というちっこいの、それとボール投げ以外パッとしなかった緑谷が最下位だ。

 除籍という事実が確定したからか、緑谷の顔が苦悶の色に染められる。

 人にはいつ伸びるか、そのペースがある。初日からこれはやはり残酷だ、競争という競技はどうも好きになれない。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 ……は? 今なんと。

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

「「「「「はあああああああああああああ!!!??」」」」」

 

 なんだよそれ、スッゴイ嬉しそうな顔で嘘ついたよこの人。最下位だった緑谷はおろか、俺含め大半のメンバーから悲鳴上がりましたよ。

 トップの八百万がちょっと考えれば分かると口にし、上位陣も頷いているが……そんなん考えてる余裕ありませんって。

 

「そゆこと。これにてテスト終了だ。教室にカリキュラム等の書類があるから、目ぇ通しておけよ」

 

 そう言って相澤先生は緑谷に保健室の使用許可書を渡しつつ、ササっと去ってしまった。

 あまりにも壮絶な、そして記憶に残る雄英高校初日が終わりを告げる。

 だがあくまで一つ目の壁を終えたばかり。雄英の生徒である以上、安心している時間はない。超えるべき壁はこれから本番を迎えるというものだ――――

 

 




ボールは殴るもの、友達ならそもそも蹴らないし(なお作者はバレーのサーブが飛ばせなかったので常に殴って相手コートまで飛ばしていた)


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第4話 戦闘訓練

4期初回放送が台風で吹き飛ばされたので、戦闘訓練編2話分を倍プッシュだ


 ヒーロー科の午前中は驚くほど普通だった。

 プロヒーローを育成するヒーロー科といえど、あくまで学生。勉強が本文だ。午前中は現代文、英語、数学といった文科省が掲げる必修科目。入試であれだけ騒がしかったプレゼント・マイクですら、(ややテンション高めとはいえ)普通に教師をやって普通の授業をやっていた。ギャップに困る。

 で、昼は大食堂で一流の料理を安価で頂ける。かのクックヒーロー、ランチラッシュの手料理を、学生の懐に痛まぬワンコインで頂けるのはこの上なく嬉しい事だ。が、同時にこの感覚に慣れてしまって社会に出た時に支障が出るのではないか……。そう思うと弁当持参の方がいいのではとも思ってしまう。一つ懸念事項が増えた。

 そして、午後。ヒーロー科のみに許された唯一無二の講義、そして取得単位数もヒーロー科の中でもダントツにトップたる、ヒーロー基礎学の時間が。

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」

 

 オールマイトと共にやって来た。

 少し驚きはしたが、憧れのヒーローの一人であるオールマイトの登場に教室の中は歓喜の声で溢れた。

 新米ながらもヒーローとしての経験が物を言っているのか、堂々たる姿で教壇に立つ。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う課目だ!! 早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」

 

 「BATTLE」と書かれた札を掲げながらオールマイトがそう宣言した。すると壁の一部が動き出し、中から番号が記されたアタッシュケースが出てくる。

 それはヒーローにとって個性に次いで象徴する存在――――ヒーローコスチュームが収められたケースだ。

 

 

 

 ヒーロー科は被覆控除により一着、ヒーローコスチュームが支給される。これは入学前に提出が義務付けられている『個性届』、『身体情報』。これらの情報と本人の『要望』を沿う形で各サポート会社がコスチューム作成をしてくれるというシステムだ。

 で、俺のコスチュームの出来はというと――――

 

「思ったよりしっくり来るな」

 

 動きやすいようにと注文したズボンに、左胸に双頭の蛇(カドゥケウス)が刻印された(厨二臭い)黒のTシャツ。同じく己の尾を噛む蛇(ウロボロス)が縫われた指抜きグローブ。多数の内ポケットが仕込まれた白衣。さらにそれを腰で固定するベルト。そしていつもにバンダナ。

 ヒーローというにはあまりに場違い、というか普通に研究者とか科学者という方がピンと来る衣装。だがこれこそ、錬錆が求めるコスチュームの極致であった。

 

(本当はドクター・ストレンジみたいなスタイリッシュなのがいいんだけど……まぁこっちの方が個性的にも趣味的にも実用的にも性に合うか。何より気に入ったし)

 

 趣味で絵を描く事が功を成したのか、ほぼほぼ要望通りのデザインに仕上がっている。当初は無地であったTシャツに関しても、サポート会社の独断によりワンポイント趣向が凝らされてあった。この出来には錬錆少年大満足。

 

 

 

 

 

「さぁ、始めようか。有精卵共!! 戦闘訓練の時間だ!!!」

 

 全員着替え終わり、グラウンドに集結するのを見てオールマイトが笑顔で出迎える。他の皆も己の個性を生かす為か二十人二十色、己が色を十分に引き出すコスチュームに身を包んでいる。……一番最後に出てきた緑谷のフードを見て、オールマイトの頭が連想してしまい吹き出しそうになった事は心の奥に閉まっておこう。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」

 

 いの一番に飯田が質問した。どこか見覚えのあると思ったらそうか、入試の実技試験会場か。

 

「いいや、もう二歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ!!」

 

 曰く、敵退治が屋外で行われる印象が強いのは一般人が目に見る範囲での事で、実際は監禁や裏取引の現場となる屋内での凶悪敵摘発率が高いそうだ。故にそういった小賢しい敵戦闘を想定した2対2の屋内戦が今回の授業となる。

 オールマイトの説明が一通り終わると蛙の個性――蛙吹梅雨が「基礎訓練もなしに?」と当然皆が思った疑問を投げかける。彼女の質問を皮切りに他の皆も質問を上げていく。

 

「勝敗のシステムはどうなりますか?」

「ブッ飛ばしてもいいんスか」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」

「別れるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」

「このマントヤバくない?」

「んんん~~~、聖徳太子ィィ!!!」

 

 おい、最後のだけオカシイだろ。

 流石のオールマイトもさばき切れないのか、カンペを取り出して説明を続ける。おい、教師がそんなんでいいのか。

 

「いいかい!? 状況設定は「(ヴィラン)」がアジトに「核兵器」を隠していて、「ヒーロー」はそれを処理しようとしている! 勝利条件はヒーローは制限時間内に(ヴィラン)を捕まえるか核兵器を回収、(ヴィラン)は制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえる事だ!」

(((((設定アメリカンだな!!)))))

「コンビ及び対戦相手は、くじだ!」

「適当なのですか!?」

 

 くじと聞いて錬錆は内心ホッとしていた。何せ生まれてから此の方、二人組を作ってください、は呪詛めいた死の宣告でしかないからだ。知らない人と組むのは不安だが、今回に関しては問題ない。クラスメイトとはいえ、まだ全員知らない人の範疇だから!

 と書いている筆者すら悲しく思える独白を抱いていると、クジ引きの結果が発表された。

 

 

Aチーム:緑谷、麗日

Bチーム:轟、障子

Cチーム:八百万、峰田

Dチーム:爆豪、飯田

Eチーム:芦田、青山

Fチーム:砂藤、金術

Gチーム:耳郎、上鳴

Hチーム:蛙水、常闇

Iチーム:葉隠、尾白

Jチーム:切島、瀬呂

 

 

 こうなった。確か砂藤って個性把握テストで10位だった……、と思い出そうとしていたら当の本人が来た。

 

「今日はよろしくな、金術」

「あっ、ああ。よろしく」

 

 コスチュームや体格から見て、恐らく増強系の個性持ちなのだろう。もしそうだったら、支援タイプの発動型個性である俺との相性は前衛後衛がハッキリしている分、ある意味合致しているだろう。

 そうこうしているとさらに2つの箱が出てきて、一戦目の組み合わせ決めは行われた。そのカードは正しく、女神様はどこまで御見通しでどこから手を加えているのだろうか、後々彼らの因縁を知るようになってからはそう振り返ざるえない組合せであった。

 

「Aチーム対Dチーム……、緑谷・麗日対爆豪・飯田か」

 

 他人と余り関わらない、所謂ぼっち族の自分でも緑谷と爆豪の仲の悪さは見て取れた。どちらかと言うと、爆豪が一方的に突っかかってる感じがしないでもないが。

 そうこうしているとヒーロー・ヴィラン両チームが準備を、それ以外はモニター室へ移動してモニターで観察するように言われた。度が過ぎたらオールマイトの判断で中断すると付け加えられたが、爆豪が何か含みある表情を浮かべているが果たして大丈夫なのだろうか。

 

 

 

「金術はどっちが勝つと思う?」

 

 で、モニター室に移動すると席が近い事もあり割と絡むことの多い上鳴が予想を聞いてきた。

 

「そう言う上鳴はどう予想してんだ」

「そりゃ爆豪と飯田だろ! 体力テストで3位4位コンビだぜ? 爆豪の個性も派手だし、それだけで負ける要素見つけんのが難しいっしょ」

「まぁそうだろうな」

 

 上鳴の言う事はもっともだ。単純なテストの順位だけ見れば、爆豪と飯田は格上。爆豪は明らかに戦闘特化の個性だし、飯田に関しても他を寄せ付けないスピードの持主だ。爆豪が核防衛の対人戦闘を、飯田がそのスピードを生かして捕獲に動けば負ける方が難しい。ただそれはまずありえないだろう。

 

「確かに事個性、その扱いに関しては爆豪と飯田が上回っている。個人戦闘なら負ける方が難しいだろうさ。けど緑谷が言ってたように、こういう課題ではチームワークが重要になってくる。その点じゃ仲良さげな緑谷と……麗日?の方が連携を取れるだろうさ」

「なるほど、そういう見方もあんのか」

「何より、爆豪あの性格だろ? 緑谷がボール投げで自分と同じ記録出した時に噛みつく狂犬ぶり。あいつが真面目一辺倒っぽそうな飯田と反りが合うとは思えない。恐らく独断専k……」

「いきなり奇襲!!!」

 

 峰田の声に反応するようにモニターへ目を移すと、案の定爆豪が単独行動に出て緑谷・麗日に攻撃を仕掛けているのが見えた。分かってはいたが随分苛烈だなぁ、と思いつつ初撃の爆破でついつい忘れかけていた出来事を不意に思い出した。

 

「あっ、あの二人ってあの時の……」

「どうかしたの?」

「いや、一年ぐらい前にヘドロのヴィランが暴れてるって騒ぎあっただろ? その時ヘドロに人質に取られたのが爆豪で、それを放っとけなくて助けに飛び出したのが緑谷。今思い出した」

「そういえばそんな事あったよな~。てかやけに詳しいな!」

「だって俺その現場いたし」

 

 ついでに緑谷同様個性使って助けに出た、という事は付け加えないでおこう。そこで雑談を中断させ、再度モニターへと注意を向ける。

 何か緑谷と爆豪で言い争っているのが見えるが、定見カメラでは音声が拾えない。その内容に切島は興味があるようだ。ぶっちゃけ俺も興味ある。

 緑谷が啖呵を切ると、麗日が別方向へと移動し始めた。どうやら緑谷が爆豪を引き付け、その間に麗日が核の隠し場所を探す作戦の様だ。同中な上に普段の緑谷に対する態度、それに先ほどまでの言い争いを見るとどうも二人の間には深い因縁があるように見える。緑谷に対する異常な敵意を考えれば、敵を両断するには打って付け。緑谷への負担が大きいので最良とは言えないが、悪くない手だ。いや、むしろ古い付き合いがあるからこそ、ここでは最善の手と言えるかもしれない。

 これも後々知る事になるのだが、緑谷は日頃からヒーローの個性や戦法、咄嗟の癖などを研究・分析しており、それを幼少の頃からノートにまとめているそうだ。これには必殺技開発の折に随分世話になったのだが、それは後で語るとしよう。この分析ノートの成果からか、緑谷は個性を用いわず単独で爆豪と渡り合っている。別のモニターに目を移すと、麗日が核を守護する飯田と接敵するのが見えた。飯田が何か面白い事でも言っているのか、吹き出す麗日が映る。何を言っているのか妙に気になる。

 一応作戦は成功しているようだが、肝心な確保担当の麗日が飯田に見つかってしまった。これでは元も来ない。加えて麗日対策に核保管場所には一切の設置物が片付けられいるというおまけつき。追い込んだと思いきや形勢は敵チームに有利。だがそれだけでは終わらなかった。

 緑谷を追い込んだ爆豪が何やら篭手をいじり出すのが見える。それを見た瞬間、右眼孔の奥に焼き付いた光景、その時と同じ悪寒が背筋に駆け巡った。

 

「まさかあいつ!?」

「爆豪少年ストップだ! 殺す気か!?」

 

 オールマイトの制止も聞く耳持たず、次の瞬間施設全体を爆音と衝撃が襲う。

 ホワイトアウトしたモニターが復帰するやいなや、そこに映ったのは半壊したビル、そして命辛々避ける事に成功した緑谷の姿だった。

 

「どう拗らせりゃ授業であんな真似できんだよ……」

「先生止めた方がいいって! 爆豪あいつ相当クレイジーだぜ、殺しちまうぜ!?」

 

 切島だけじゃない。爆豪の異常な行動に皆驚くか、或いは一種の恐怖を覚えている。オールマイトもこれが明らかな問題行動と見たのか、もう一度同じ技を使うと判断した時点で強制終了すると宣言する。

 それに爆豪は(イラつきながら)格闘戦へと移行した。そこから一方的、いくら授業における敵役とはいえ、あまりに度の過ぎた執拗な攻撃の連続だった。

 

「リンチだよコレ! テープを巻き付ければ捉えた事になるのに!」

「ヒーローの所業に非ず…」

 

 猛攻に次ぐ猛攻。当初は緑谷も冷静に対処できていたが、考える暇も与えない連撃、そして蓄積ダメージの影響で完全に押されている。いくら分析しようと、身体がついていかなくては意味がない。

 これには堪らず逃げの一手に出た。しかし逃げた先は壁際、行き止まりだった。背には壁、前方は爆轟。もはや逃げ道などない。ここからヒーローチームが勝つには、爆豪を倒す他ない……様に思われた。その予想は見事に裏切られる。

 緑谷が再び啖呵を切り、それに爆豪は一切の余裕を失い、両者が同時に右腕を振り上げる。爆豪の拳は緑谷へ、緑谷の拳は空を切り天井へと突き上げられた。緑谷の個性によって生じた衝撃破は天井を突き破り、いくつものフロアに穴を空けてゆく。そしてその丁度真上にスタンバイしていた麗日が柱を持ち上げ、無重力状態で浮遊する瓦礫を弾丸のように打ち出した。目晦ましを兼ねた攻撃に飯田の動きを封じ込めたのだ。その瓦礫の中に紛れる様に自分を浮かした麗日が無防備になった核兵器を確保した

 

「ヒーローチーム、WIIIN!!」

 

 色んな事が起こり過ぎて混乱する飯田、真っ青な顔色でキラキラを放出する麗日、呆然と立ち尽くす爆豪、最後の一撃とダメージの影響で倒れる緑谷。ヒーローチームの勝利と言うにはあまりにも異様な光景の中、オールマイトの終了宣言が響く。

 

「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら…」

「勝負に負けて、試合に勝ったというところか」

「訓練だけど」

 

 意識不明の緑谷が保健室へと運ばれる中、残った3人がモニタールームへと戻され訓練の講評へと移行する。

 

 

 

「まぁつっても、今回のベストは飯田少年だけどな!!!」

「なな!!?」

 

 なんで本人が驚いてるんだよ、と内心でツッコんだ。まぁ確かにそうだろう。訓練だろうと試合だろうと、大抵勝利した側にMVPを立てるのが普通の考えだったりする物だ。現に蛙吹も「ヒーローチームじゃないの?」と正直に質問している。そこに女子の一人、八百万が挙手して説明する。

 

「飯田さんが一番状況設定に順応していたから。爆豪さんは私怨丸出しの独断専行と大規模攻撃、緑谷さんも同じですわ。麗日さんは終盤の気の緩み、最後の攻撃が乱暴すぎます。ハリボテとはいえ核は核、普通あんな危険な行為はしません。相手への対策をこなし、且つ“格の争奪”をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後の対応に遅れた。これらからヒーローチームの勝利は訓練という甘えから生じた反則のようなものですわ」

 

 完璧すぎる分析と回答に、最早オールマイトの教師としての立つ瀬があまりのもない。流石は推薦入学者、と言ったところだろう。というか飯田は何感動してんだ? 授業での講評だよな、これ。

 八百万の説明、そして最初の試合の興奮からか皆の集中力は高まり、そこから先はスムーズに進行していった。

 そして最後の組み合わせ、ようやく自分の出番が回ってきた――

 

 




戦闘解説は書いてて面白いけど、いざオリジナルで書こうとすると急に難しくなる。
次回はそんな感じです。


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第5話 もう考えるのは止めだぁっ!!

『シマムー 怒りの連投』
オリジナルで戦闘回考えるのムズカシイ!!ムズカシイ!!


 ヒーロー基礎学実技訓練、その日最後の試合が間もなく行われようとしていた。

 厳選なるくじ引きの結果、俺と砂籐――Fチームは敵サイド。対するEチーム、青山芦戸ペアがヒーローチームとなった。で、今まさに現在進行形でヒーローを迎え撃つべく、敵チームが準備を進めているところだった。

 

「砂籐、個性がどんなものか教えてほしいんだけど」

 

 ある程度トラップの配置を終えたところで、錬錆にしては珍しく自ら会話を切り出した。

 

「ああっ、いいぞ。俺の個性は『シュガードープ』。糖分10g摂る事で3分間パワーアップできるんだ」

「3分間……ウル〇ラマンみてぇ」

「そりゃあ俺も思ったけどよぉ……」

「にしても発動と増強の複合型か。となると使用上限や増強の限度も……他に何かないのか? 摂取量増やせばその分強くなるとか、時間が伸びるとか」

「いや、10gで3分。それ以上は伸ばせねえよ。ただ短時間で使い過ぎると眠くなったりするな」

「なるほど、大体わかった。両親か、はたまた役所かは知らないけど、随分的確な個性名を付けたもんだな。シュガードープ、その名前通り効果はドーピングそのもの。身体に直接の害が無いのは救いだが、これは面白い。3分間と言う時間制限がネックだが、近接戦闘での3分は非常に大きい。増強型や異形型でない限り、大抵の相手は取れるだろう。しかし長時間戦闘が得意なタフなタイプだとそれが一気に仇となる。今回は10分間という時間設定がある訳だし、接敵し次第使うという判断は短慮過ぎるな。となると使いどころは5分切った辺りか? 5分前後の範囲なら一度効果が切れても2回目の使用を計算に入れらる。だが連続使用がどの程度可能なのか、デメリットが発現がどのタイミングで出るかが読めないのがやはりネック。ヒーローチームの事も考えれば、俺が青山、砂籐が芦戸の相手をした方がいいだろう。個性把握テストの成績的な意味で。となれば接敵と同時に個性使用の短時間決戦のカードを切るのがセオリーか? でもやっぱ……ボソボソボソボソボソボソ」

「おい金術。戻ってこいよ……」

「あっ、悪い。少し考え事してた」

「少しってレベルかよ……。それよりお前の個性はどうなんだよ?」

 

 一度思考を働かせようとすると深く考えすぎてしまう。考えるより感覚で動いた方がいい成績を出せる(と考えている)のに、こればかりは嫌な悪癖だ。

 数テンポ遅れて少し考えた返答した錬錆だったが、この時に少しばかり嘘をついた。

 

「地形操作……、地面やコンクリートを媒介に壁を生やすことができる。基本的に長方形のを直線状にしか出せないけど、その気になれば円柱状や波状にも出せる」

「って事は妨害とかには打って付けって事か?」

「まぁそうなる。ただ直接触れたうえで半径5m以内のものしか操れない。それ以上離れていても操れない事は無いんだが、脳が許容オーバーして動けなくなっちまう。つまり今この場ではここで待機した上で迎え撃つ一択、それだけしか出来ないさ」

 

 移動しながら壁を形成して道をふさぐ、と言う芸当は出来なくはないのだが何分それを行うにはどうあがいても自分の脳のスペックが足りない。やったところで自分も迷子になり袋小路になること確定だ。無理だと分かり切った事はしない、けど無茶はする。それが金術錬錆のモットーだ。

 

「そういう事だから俺はここでの防衛戦に徹するのがセオリーだと思ってる。最終的判断は任せるけど」

 

 本来なら八百万か飯田か、頭の切れそうな奴にこういう事は任せたいのだが、組み分けが違う以上いない奴に頼っても意味がない。それに相澤先生と違い、今回は除籍とか無い様なので自分のペースで進む事に最初から決めた。無理に気張っても頭の悪い自分が考えた所で碌な事にならない。なので相手に合わせる。

 

「俺の個性も時間制限あるからなぁ……金術の言う様に防衛に徹するでどうだ!?」

「よっし、それで行こう」

 

 二つ返事で言葉を返し、お互いに気合を入れようとしたその時だった。

 そう、馬鹿は光ってやってくる。

 

「ビューーーーーッ☆!!」

「バカかよっ!?」

 

 思わず本音が漏らしてしまった。何せこちらが抱えているのはハリボテとはいえ核である。それに、殺傷能力のあるという青山のビームが飛んできたのだから。そりゃ言いたくもなるは。しかしそれを目の当たりにした錬錆の行動は実に冷静であった。

 本音が漏れ呆気にとられるところはありながらも瞬時に個性で3枚の壁を生成させる。しかも最後の1枚には内部に反射板を仕込むおまけつきだった。それが功を成したのか、1枚目2枚目を意図も容易く砕いたビームは3枚目に当たった瞬間、明後日の方向へと跳ね返っていく。

 

「青山お前……心中趣味でもあんのかよ」

「これぐらい対応できないと、エレガントじゃないよね☆」

「こっちの実力を織り込んで、って事かよ」

「………」

「おいなんか言えよ!?」

 

 人の事を言えないが本気半分考え無し半分だったとは……。青山、恐ろしい奴。個性の使い過ぎで顔色が変わっている時ですら表情一つ変わらない。何を考えているのか、正直言って分からない。故、恐ろしい。

 

「けどこっちには錬錆が作った反射板があるんだ! そっちの戦力は半減したも同然だ」

(それ俺のセリフ!? 盗るなよ、砂籐ェ…)

 

 相方に言いたい事を言われ、若干意気消沈しつつもその目は真っ直ぐ相手を見つめている。何せ相手は個性把握テストにおいて自分より上位にいた存在だからだ。個性には適材適所、相澤先生も言っていたが出来る事と出来ない事がある。純粋にそれぞれの種目へ個性が生かし辛かったとはいえ、それは相手も同じこと。純粋に順位付けという数字だけの話なので甲乙つけがたい点はあるものの、彼らが自分より個性の扱い方が上手い事には変わりない。故に錬錆自身、油断をしているつもりは全くなかった。

 しかし錬錆は気づいていなかった。芦戸三奈の個性は、錬錆にとって天敵であるという事を。

 

「ピチャ?」

 

 何か液体が固体に接触するような音が聞こえる。すると、まぁ何という事でしょ。横幅5m、立派にそびえ立っていた反射板の真ん中付近が溶けているではありませんか。それも一回では終わりません。徐々に、徐々にその穴が広がっていき、今やヒト一人が何とか通れそうな程度には広がっています。最早対青山君用に作り出したレーザー反射壁はその機能を何一つ果たさなくなりました。

 

「ふっふっふぅ、この芦戸三奈ちゃんの酸の前にはお手上げのようだね!」

「あっ、これオワタ」

「オイ、これどうすんだよ!?」

「知らない。自分で考えて!!」

 

 青褪めたその表情とは裏腹に、個性を使って超速度で壁を再生成させる。しかしそれもジリ貧。酸耐性とレーザー反射性能を両立させた物質の生成理論など錬錆は知らないし、工程を省いて完成し得るイメージも一度難しいと決めつけた事には何の思考も割かない錬錆にとっては個性をもってしても作りようがないからだ。

 この場面で最も怖いのはレーザーだが、それに偏っているが故に酸で溶かされ続ける。故にこのままではどちらかが許容量を超えるまでのぶつけ合い、消耗戦に至るに他ならない……のだが、作り出せる壁にも限度はある。何せ壁の生成には周囲のコンクリート、つまりこの建屋・施設本来の形を成すソレを原料にしなければならない。金術錬錆の個性は詰まる所そういう類のモノ、故に消耗戦に講じるにしても限度がある。そもそも無制限作り出せるとしたらそれは物理法則を無視しているので、個性以上に人知の領分を超えている。出来なくてほぼ当然だろう。その事は錬錆自身も理解しているのだが……。

 

(このままじゃマズイか……)

 

 単純な防衛に徹してから時間として1分弱と言ったところか。早くも限界が訪れた。それは錬錆と砂籐にとっての、ではない。フロアそのものだ。先に述べた通り、金術錬錆の個性は周囲の物質の構造操作と言うのが特徴だ。それだけなら聞こえはいいが、実際は等価交換。要は使えば使った分だけ、その体積は消費される。

 元々ひび割れていた周囲の亀裂が徐々に増している。個性の使用によるフロアの限界を、パキッ、という不快音が示している。

 これはマズイ。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい?

 ただ個性を行使するだけで周囲の物質が消費されていく。これ以上は施設そのものが崩壊しかねない。故に個性の使用を制限せねば。では核はどう守護する? こちらが勝つには核の周囲に壁を張り続けなければならい。だが壊されたら修復する、そんな単純作業すら制限される。なら攻撃こそ最大の防御? どう攻勢に転じる? いくら砂籐の個性が発動条件付き増強系とはいえ、2人相手は荷が重すぎる。なら自分も攻撃に出れば? いや、ダメだ。そうすると防衛に思考が回らなく……。

 うだうだと悩んだ末に思考回路が臨界点を突破した結果、錬錆は……頭部を自ら生成した壁に打ち付けると同時に考えるのを止めた。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁっ!!! もう考えるのは止めだぁっ!!」

「ちょ、どうしたんだよ金術!?」

 

突然の絶叫に砂籐はおろか、相対する青山と芦戸も驚かずにはいられなかったようだ。一見冷静に見えない、というか癇癪を起したとしか思えない行動であるが、その実錬錆の頭は平時以上に冷静であった。

 

「砂籐、個性使って青山を抑えろ! 芦戸は俺がやる!!」

「あっ、ああ!分かった」

 

 呆気にとられたならも、個性:シュガードープを発動させた砂籐は強化された跳躍力により青山に突撃、勢いそのまま床を突き破って下層へと戦いの場を移していった。フロアの内壁が脆くなった原因が自分の所為とは言え壊していくなよ、と悪態付きながらも他のフロアから構造成分を移し、組み替える事で吹き抜けとなった床を瞬時に修復させた。

 

「防衛戦で粘るつもりだったが、タイマンで決着つけさせてもらうぞ」

「その相手に私を選ぶなんてお目が高いね~。もしかして、私に気が――」

「いや、それは無いから安心しろ」

「それはそれでなんかショック!?」

 

 気の緩むような会話が交わされているが、両人はいたって気を緩めていない。なにせ核が錬錆の個性によって四方を囲んで閉じ込めている以上、核の争奪は本訓練における勝敗に関係なくなった。故にどちらが拘束するかされるか、純粋な屋内での戦闘能力での勝負となる。

 芦戸三奈から見れば――個性:酸は「溶かす」という性質故に対人戦には基本不向きだ。錬錆や砂籐からは見ていないので知りえていないが、酸を利用して床を滑走する芸当はある。しかしそれを戦闘に直接活用出来るかと言われれば、それまでだ。だが彼女にも錬錆への勝算はある。純粋な身体能力、と言えようか。入学初日に行われた個性把握テスト、彼女に順位は9位。この数字だけを見れば中堅クラスと思えるだろう。だが彼女は違う。酸と言う性質故か個性を発揮すること無く、持ち前の身体能力のみでその順位を獲得した。比較対象として今回チームを組むことになった青山を見てみよう。彼は走り幅跳びでヒーローらしい記録――飛距離を見せたが、それ以外は鳴かず飛ばず。それでも一つの種目にて結果を残した。しかし総合では14位。いくら青山が貧弱そうとはいえ、ヒーローらしい記録を残した相手より上の順位というだけでも彼女の身体能力が他の女子はおろか、並の男子ですら凌ぐ事がうかがえる。

 一方金術錬錆――彼も勝算が無いわけではない。これまで散々描写されてきた通り、彼の個性は手に触れる事が条件の発動型。周囲の物質を自在に組み替え操作する代物だが、芦戸三奈の酸からすればカモが背負ったネギぐらい対処が容易だ。加えて身体能力に関しても、少し握力が強くて妙にタフなぐらいでそれ以上の取柄は無い。これだけ言えば、何故彼に勝算があるといったのか疑問に思うだろう。だがこのカタログスペックとも言える、数値可能な能力こそが、初見における彼の勝算を引き上げている理由である。

 その理由は今まさに、明かされようとしていた。

 先に動いたのは芦戸だ。両足から酸を噴出する事による滑走、一気に間合いを詰めて倒そう、という作戦なのだろう。その判断に誤りはない。先にも述べたように錬錆の身体能力はせいぜい平均的な高校生レベル、たいして芦戸はA組の中でも上位に入るレベルだ。個性把握テストに関しても昨日の今日、記憶が鮮明に焼き付いている。故に芦戸三奈は金術錬錆を御せると踏んだのだろう。だが一つ、大きな見落としがある。入試テストや個性把握テストの中で測り切れない個性があるように、数値化できない当人の技能があるという事を。

 それは一瞬で決着がついた――

 芦戸三奈が次に見た光景は、ボロボロになった天井と逆さまに写る金術錬錆の姿であった。

 果たしてこれを見抜けた生徒がどれくらいいるだろうか……。飯田や轟に八百万、爆豪、あと見た目武道に心得ありそうな尾白って尻尾持ち辺りは気づいていそうだなぁ。っと何とも気の抜けたような事を考えつつ錬錆は確保用のテープに手を伸ばした。

 

「女の子を殴る趣味は無いんでね。悪いけど降参してくれるか?」

「女の子を投げ飛ばす人が言うセリフ~?」

「投げられて受け身取れないなら、それはそいつが悪い」

 

 なお砂籐も砂籐で同じぐらいのタイミングで青山を捕獲したらしく、本日最後の実技訓練は敵チームの勝利で幕を閉じたのだった――――

 

 

 

 

 

 ――で、講評の時間。

 

「最後の訓練のベストは金術少年だ!!」

「えっ!?」

 

 本人にとって予想外の結末。まさか自分がベストな動きをしていたとは思ってもいなかったからなのだろう。なお当人と落ち込んで終始大人しい爆豪以外の17人は、うんうんと頷いていた。自明の理、誰かどう見ても分かり切った結果である。

 

「何を驚いているんだい? 核の確実な防衛、仲間への指示、そして何より単独戦闘でも冷静に相手の動きを見て対処した! ちょっと考えすぎで動きに出るのが遅いのが傷だと思うけど、入学したての身を考えれば十分及第点だ! これだけベストを尽くして選ばれないと何故思う!?」

「いやいやいや、買い被りですよ。割と考え無しで動いてましたし。それ言ったら青山や芦戸の方がベストなんじゃないんですか!? この二人だって考えながら行動するぐらい……」

「「…………」」

「おい、なんか言えよお前ら!?」

 

 助け舟を求めた先が悪かったのか、ヒーローチームの二人は終始表情を変えず無言で目が合うだけだった。

 こうして雄英高校入学二日目、初めてのヒーロー基礎学による実践訓練は幕を閉じた。

 大人になって思い返してみれば、この頃の金術錬錆は自己評価が異常なまでに低くて諦めが早くて、その癖して負けず嫌い。一言で言ってしまえば、割と面倒くさい部類の人間だった。この時、自分がベストだというのは本心で分かっていたのに、他の者がベストだと見当違い事を無意識化で口走っていたのは、自分は一番になれない、と言うどうしようもない程の卑下から由来しているのだろう。そんな俺が変われたのは間違いなく、A組という掛け替えのない仲間と出会えたからだろう。そう思っている――

 

 

 

 そして放課後。保健室に運ばれて未だ御寝んね中の緑谷とHRが終わるや否やさっさと教室から出ていった爆豪の二人を除く18人により訓練の反省会が自主的に開かれた。飛び交う会話を聞く限り、他の皆は初戦の熱気に当てられて非常に気が入って訓練に臨んだそうだ。個人的には極めてマイペースに臨んだつもりだったが、かく言う自分も他人に指示を飛ばしたりした辺りを思い返すと大分影響を受けていたのだと思う。

 

「金術、なに書いてんの?」

 

 ヒョコっと耳郎響香が顔を覗かせてきた。皆から離れ物書きにふけていたら所に異性、それも無自覚の内に好意を寄せる相手が顔を寄せてきた。それは母親と遠縁の叔父夫人以外の女性とまともに接した事のない錬錆の心を揺さぶるには十分すぎた。

 

(顔、近い……)

 

 その内心、まるで女性の肌に触れた事のない童貞の様に――実際童貞だが――高鳴る鼓動を表面に出さないよう、一生懸命に冷静を装った。

 

「ああっ、こ、これ? 今日の反省日誌だよ。師匠から『その日やったミスや気づいた事』を日誌に残すように言われてるんだ。で、今日の訓練での反省点を書いてるとこ」

「今日のって……もしかして毎日!?」

 

 そうだけど、と耳郎響香と話していたらガラガラと扉が開く音が聞こえてきた。目覚めた緑谷が保健室から帰ってきたようだ。皆が皆、彼の帰りを待っていたように一斉に群がる。初日があんなんだった事もあってか、ようやくの自己紹介を交えながら緑谷の雄姿を讃えてるようだ。

 

(……せめて自己紹介ぐらいはしておくか)

 

 書きかけのノートをそっと閉じ、彼もまた緑谷出久を中心に湧く渦の中に入っていった。

 この時は先にも言った通り軽く自己紹介をする程度、それも単なるクラスメイトに対するもの程度の挨拶を交わすだけだった。

 自称引っ込み思案で他人との関わりを積極的に持とうとしない錬錆にとって緑谷出久はそのままただのクラスメイトで交友が3年間続くものだ、そう思っていた。

 

 だがその予想は数日後、大きく裏切られる事になる――――

 




理屈っぽいこと並べるけど実際は何も考えず身体動かした方がいい事ってありますよね。
それがここの主人公です。


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第6話 先頭に立ってあれこれ言うタイプじゃない

 屋内戦闘訓練の翌日――。慣れない事に神経を割いてた所為もあってか、寝起き早々に身体の節々が悲鳴――と言うよりか喘ぎ声? 悲鳴と言うには余りにも優しすぎるし、かといって何もないと言えば嘘になる――を上げていた。特に首回りの凝りが酷い。間違いなくこれは寝違えたのだろう。疲れたからという理由で昨晩寝る前のストレッチを怠ったのを軽く後悔しながらも、錬錆は淡々と着替えて足早に通学路へと足を運ばせた。

 えっ、朝食はどうしたかって? 勿論食べましたとも。わざわざ描写する必要もないので、キングクリムゾンさんに仕事してもらいました。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 律儀に挨拶を述べながら自分の席へと向かう。我ながら何故ここまで硬い挨拶しかできないのか不思議に思う。席に着くや否や、そんなお堅い自らとは正反対の人物が絡んで来た。

 

「おっす、金術! 今日も校門の前、凄かったな!」

「ああっ、マスコミか。毎日よくもまぁ、飽きずに来るよな」

 

 上鳴との話題に上がったのは言葉通り、連日押し掛けるマスコミの存在だ。理由は明白。No.1ヒーローたるオールマイトが教職に就いた事、その生徒たる自分たちがその教えを受けているという事だ。それを嗅ぎつけたマスコミが「世間は知りたい」という報道の自由を盾に先述に至る……というものである。

 

「まぁそう言うなって。むしろテレビに映るかもしれないんだし、これってチャンスじゃね?」

「チャンスってなんの?」

「決まってんだろ! 可愛い子に声かけられるチャンスだよ!」

「まだ数日の付き合いだけど、その一言でお前がどういう性格してんのか分かったよ」

 

 自称内気で無口、人見知りで人を見る目が無い俺だが、初日から気兼ねなく話しかけてくるお調子者、加えて時折その言動ににじみ出てくるアホっぽさから上鳴(こいつ)が裏表のない良いやつだってのがよく分かる。小中と周りにまともな味方がいなかっただけに、性格は正反対でも数少ない友人が出来るのであればそれは大切にしたいと思う。

 そう頭に過った次に、俺が友達が欲しいなんて思うとはな、と内心自嘲するのだったが。

 

「そういう金術はあんま乗り気じゃねえな。一瞬でもテレビに映りたいって気持ちない訳?」

「いや。俺あんま目立ちたくないし、そもそも何も訊かれてないし」

「オイオイ、そんな事はねぇだろ。質問の一つや二つ……」

「気配殺してたらなんか普通にスルーされた」

「それ逆に凄くね!?」

 

 これこそ義務教育時代(あんこくじだい)を乗り切るために本能で身に着けた金術錬錆の処世術。一人でじっとしていたい時に割と役立つのだが、理由が理由だけに正直言って誇っていっていいのかどうか分からない代物だ……。

 そんな風に上鳴と駄弁っていたら、チョンチョンと肩を突かれる。振り返ると、まぁ何という事でしょう。女子指定制服が宙に浮いてるではありませんか。……とふざけるのはさておき。宙に浮いた制服、というだけでそれが誰なのかがすぐに分かった。ある意味印象に残りにくいが、それ故にある意味印象深い女子生徒――葉隠透だ。

 

「ねぇ、金術君もインタビューされなかったんだって? 偶然だね、私もインタビューされなかったよ」

「あ~っ、確かにその個性じゃ気づかれにくそうだね。隠密行動には適してそうだけど」

「けど後ろから声かけても気づいてもらえなかったのはショックだったなぁ~。失礼しちゃうよ、もう!」

「ははっ、俺も背後にピタリと張り付いていたのに20分以上経っても気づかれなかった事あってさ。結局えらく驚かれたさ。そん時に相手の顔が、豆鉄砲でも喰らったハトみたいでね、あれはあれで傑作だったよ」

「金術くん……」

「葉隠ちゃん……」

 

 ピシッガシッグッグッ!

 影が薄い同盟結成――

 錬錆と葉隠の間に奇妙な絆が結ばれた。

 

「いやなんでだよ!?」

 

 

 

 

 

 そして朝のHRの時間がやって来た――――

 まず最初に昨日の戦闘訓練に関する講評が入る。案の定私怨に突っ走った爆豪と片腕ぶっ壊してぶっ倒れた緑谷に忠告の言葉が投げられた。初日の除籍云々は合理的虚偽と言っていたが、あの後プレゼントマイクに訊いた話では相澤先生の生徒除籍率はトップクラスなのが事実らしい。今回の注意も「次やったら除籍な」という意味で、除籍云々を相澤先生風に言い換えれば「悪い癖を直さないのは合理的じゃない」というものなのだろう。少なくとも、錬錆にはそういう認識を与えた。

 で、――――

 

「HRの本題だ……。急で悪いが今日は君らに……」

 

 その言葉にクラス中が静かにざわめく……。やはりみんな初日の個性把握テストの印象が残っているのだろう。また臨時のテストか、と戦々恐々する中だされたお題は――

 

「学級委員長を決めてもらう」

「「「「「学校っぽいの来たーーーー!!!」」」」」

 

 ――割と普通だった。

 すると皆が一斉に立候補し始める。普通科であれば雑務程度で率先してやろうと思う人は限られてくるが、ヒーロー科はそうではない。集団を導くスキルの下地を養う事が出来るため、必然的に立候補者が増える事になる。

 

「みんなやる気ありすぎ……」

「金術は立候補しないの?」

「先頭に立ってあれこれ言うタイプじゃないし、今回は棄権で」

 

 そんなヒーロー科にも、立候補しようとしない人間は勿論いる。その最たる例が俺だ。中学時代のあれこれを引きずるつもりはないが、他人を牽引するという行為に苦手意識を持っているのは事実。それが集団となればなおさらだ。ヒーロー科に属していてこういう事を言うのはやや不謹慎かもしれないが、No1よりNo2に向いていると自負している。上に立つ者をサポートする、しかし下っ端では出来る事が限られる。故にNo2。トップヒーローよりトップヒーローのサイドキック。そういう在り方こそ、金術錬錆の理想だ。

 故に副委員長の立候補ならまだしも、委員長の立候補はしない。そういうスタンス故の棄権である。

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 そんな中、手を挙げ我こそはと叫ぶクラスの喧騒をぶち破ったのは飯田だ。お前が一番うるさいぞと思ったが、周囲を一度黙らせるにはそれ以上の声を張り上げる事が有効だと聞く。実際自分もそういう立場ならそうするので、ここは黙っておこう。

 

「多を牽引する重要な仕事だぞ。やりたいからやれるモノではないだろう。周囲からの信頼あってこそ務まる責務……。ならば、ここは民主主義に則り、投票で決めるべきだろう!!」

「そびえ立ってんじゃねーか!! 何故発案した!?」

「何がしたいんだよ飯田……」

「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ!」

 

 蛙水や切島が辛辣な意見を述べる中、錬錆本人としては呆れながらも飯田の意見には賛成であった。切島が言う様に皆自分が立候補するだろうが、錬錆みたいに立候補を辞退する人間の意見も投票では反映される。……最も、蛙の個性――蛙水の言う通りまだ信頼もクソもないのだが。

 結局「時間内で決まれば何でもいい」という相澤先生の言霊もしかりと受けた事により、投票によって学級委員長を決める事となった。……教師がそんな投げやりでいいのだろうか?

 で、その結果は――

 

 

「僕、三票――!?」

 

 緑谷が三票、八百万が二票、以下一部を除いて自身立候補による一票か0票。これにより緑谷が委員長、八百万が副委員長に決まった。

 なお爆豪がその結果に納得いかなかったのか「なんでデクに!?」と驚いていたが、肘からテープを射出する個性の男子――瀬呂の間髪入れず「お前に入れるよりかは分かる」というツッコミが決められた。正直言って金術錬錆もそれには同意である。

 またこれは予想通りだが、投票結果に金術錬錆の文字は無い。つまり0票だ。元々本人が立候補するつもりは無いし、他の面々も大抵自分に入れている。故にこちらに回ってくることは無いので当然の摂理という事だ。

 ではその一票はどこに行ったかというと――

 

「クッ……一票だけとは……、分かっていた!! 流石は聖職と言ったところか……!!」

(ホント何がしたかったんだよ飯田ェ…)

 

 その後、ガチガチ震えた緑谷と若干悔しそうにしてる八百万が壇上で挨拶を済ませたところでHRの終わりを告げた。

 

 

 

 で、昼休み――

 錬錆は食堂へ魅力に染まるまいと、基本的に母親お手製の弁当で昼食を済ませるようになっていた。しかしその日は珍しく当の母親が寝坊した所為で弁当を持ってくる事ができなかったので食堂でお昼を過ごす事となった。

 基本食事処なのでは他人との距離感を気にしてか、特別親しくない限りは誰も彼もが一つ席を空けて座るのが世の常である。しかしここは雄英高校。ヒーロー科のみならず、一般科、サポート科、経営科、全学年合わせても千人近い人が一堂に会する食堂である。加えて食堂の料理長を務めるのはクックヒーロー『ランチラッシュ』。出てくる飯が上手ければ必然的に食堂に足を運ぶ人も多くなる。

 と、なれば空いている席も限られてくる。自称人見知りの錬錆にとって知らない人のとなりで食事を取るのはこの上なく苦渋である。結局色々さ迷った結果、緑谷・麗日・飯田がトリオで固まっているところに空きがあったので、彼らと一緒に昼食をとる事にした。

 

「お米がうまい!」

「炒飯にしてもうまい!」

 

 さすがクックヒーローの作る料理。入試の時に一般開放されていたので、その時に白米を頂いたが、それはもう絶品。炒めても絶品とは恐れ入った。

 

「いざ委員長やるとなると、務まるか不安だよ……」

「まだそんなこと言ってたのか、腹くくれ」

「ツトマル」

「大丈夫さ」

 

 未だオドオドしている緑谷に錬錆はやや呆れ、次いで麗日と飯田が肯定する。

 そういえば入学初日以来、この三人がよく一緒にいるのを目にする。今の肯定といい、緑谷に投票した残り二票はこの二人なのだろうか。

 

「しかし飯田も勿体ない事したよな。もし自分に入れてれば決選投票もありえたのにさ。なんで緑谷に入れたん?」

「確かにそうかもしれないが、緑谷くんのここぞという時の胆力と判断力は、多を牽引するに値すると僕が思ったから……って、何故君がそれを知っているぅー!?」

「(ブラフだったのに当たりかよ……)俺が飯田に投票したからだよ、察して」

 

 理由は分からなくもないが、本当に何やりたかったんだ飯田ェ……。てかそこ、感動泣きするな。泣くぐらいなら自分に投票しろよ!

 

「飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの? メガネだし、坊ちゃんっぽいし」

「坊っ!?」

「そこメガネとか坊ちゃんとかどうかは関係ないだろ……」

 

 ツッコミを入れはしたものの、確かに飯田の礼儀正しさ、妙なまでの真面目さは良い意味で育ちの良さを感じる。それにさっき一回だけ一人称が「僕」となったのも気になった。

 別段錬錆は追究するつもりは無かったが、それ以外――緑谷と麗日は興味ありげだったのでその場のノリで訳を聞きたくなった。すると視線に降参したのか、その訳を話し始めた。

 

「俺の家は代々ヒーロー一家で、俺はその次男なんだ」

「「「マジで!?」」」

 

 三人が同時に驚きの声を上げる。

 

「ターボヒーロー“インゲニウム”を知っているかい?」

「勿論だよ!! 東京の事務所に65人もの相棒(サイドキック)を雇ってる大人気ヒーローじゃないか!!」

「詳しいな……。それが俺の兄さ!」

「あからさま!! すごいや!!!」

 

 緑谷のヒーローオタクっぷりに若干引きはするが、尊敬という意味では錬錆も変わらなかった。

 インゲニウム本人含め、移動力・機動力系統の個性は基本的に「ただ速いだけ」と重要視され辛いのが現状だ。しかしインゲニウムはそれらを的確な指示・指導の下、最大限に活かすチームを結成している。適材適所の運用と後身の育成の両立。その事からも錬錆のとって彼は尊敬するヒーローベスト5に入る人物。割と内心では興奮しているものだ。

 

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー! 俺はそんな兄に憧れヒーローを志した。人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。上手の緑谷くんが就任するのが正しい!」

 

 ちょっと硬いけど、そういうところが信頼に値するんだけどなぁ。と内心でつぶやいている中、突如鳴り響いた警報音と共に静寂は破られた。

 

「警報っ!?」

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

 そこから後は混乱だ。セキュリティ3――それは校内に関係者以外の者が侵入したことを示している(らしい)。雄英高校には関係者以外が敷地内に足を踏み入れた際に雄英バリアーと呼称される壁に覆われる。つまりこれはそれを超えた者がいる、混乱する先輩ら曰く前代未聞の事だそうだ。それだけの事が出来る存在――そんなもの強力な敵の他ない。皆がそう考えた。

 故の混乱、或いは迅速な対応が出来ているが故のパニック。一斉に食堂の出入り口へ駆け込んだだけに、人の濁流が出来上がってしまった。あれの中に飲み込まれれば、最早身動き一つ出来ないであろう。そんな中で錬錆はというと……

 

(炒飯うめぇ…)

「金術くんマイペース過ぎっ!!」

 

 呑気に昼食を堪能していた。

 なんか緑谷の叫び声が聞こえてきたが、そっとしておこう。

 しかしここが迅速に対応したが故のパニック、か。人というのはとにかく不確定事項、予想外の出来事に弱い。その弱さを着かれた時ほど、集団での行動が難しくなる。皆一人一人自分が大事、自分の安全確保が優先なのが少なからず露呈するが故だろう。

 そう分析を行っている内に昼食を食べ終えたので、錬錆もようやく重い腰を上げた。

 

(ご馳走様…。さて、俺もそろそろ避難するか)

 

 いざ動こうとした瞬間、見知った相手が濁流に流されそうになっているのが目に入る。

 

(とりあえず助けて……後は落ち着くのを少し待つか)

 

 考えると同時に手を伸ばし、その人物――耳郎響香を引き寄せていた。

 

「ちょっ…!」

「ごめん、流されそうになってたから助けた」

「いや、それは構わないんだけど……その……」

「少しの間我慢して、悪いけど」

 

 彼女が言いたい事は分かる。この混乱の中で流されないよう、はぐれない様にするには、極論身体を密着させなければならない。実際向かい合わせにこそなっていないものの、お互いの方は密着しており顔の距離もかなり近い。年頃の少女の羞恥心を刺激するには十分だ。なお冷静に見える錬錆もその内心はというと……

 

(おっふ……女子の身体柔らかいでござる……)

 

 峰田の様なストレートなスケベではないが、それでも年相応にムッツリだった。それが意中の相手であれば尚更だ。

 お互いが心臓の鼓動を流行らせる中、いち早く事の顛末に気付いた飯田の機転と行動により事態は収束の目途を見せた。この後、この一件の影響でお互い気恥ずかしさから暫く顔を合わせづらくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 で、その日の放課後――というか帰りのHR。

 学級委員長の他、まだ決まっていない各委員決めが行われようとしていた。が、当の委員長である緑谷は何故かソワソワしている。一体どうした物かと思っていたら、ある種予想だにしない言葉を口にした。

 

「委員長は、やっぱり飯田くんが良いと思います! あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は……飯田くんがやるのが正しいと思うよ」

 

 まさかの委員長辞退と譲渡。その事に大半は驚きつつも、一件を目にしていた切島、上鳴を皮切りに歓迎の意を示していた。相澤先生は相も変わらず寝袋に包まれながら、「何でもいいから早く済ませろ」と誡める。いや、だからそれでいいのか担任!?

 そして飯田自身も納得したのか、委員長になる事を受け入れた。無論、投票2位で副委員長になった八百万は若干不満げだったが……。

 まぁ何が言いたいかというと、俺が投票した飯田天哉がA組の学級委員長になりましためでたしめでたし、という話だ。

 そういう話で終われば、本当にめでたしだったのだが……。この時錬錆は疑問を抱きながらも、目の前の事にしか見ないが故に見逃していた問題があった。しかしその問題は一学生で突っ込むものではないし、何よりも教師陣は気づき、対策を打とうとしていた。

 だが皮肉かな。目を逸らしていた疑念は思いの外、すぐにやって来たことは――

 

 




No1よりNo2、っていうのは私自身の信条でもあります。
それと意図的にNo3になるような事はしたくありません。できませんけど。


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USJ編
第7話 だいたい分かった


今回からUSJ編


 雄英に入学してから一週間が経った。

 カリキュラムが普通科に比べ一限多い故に忙しい事を予想していたヒーロー科だったが、最初の一日に度肝を抜かれた所為か割と普通に感じてしまう。いや、むしろ授業が云々というよりクラスメートの顔と名前と個性を一致させるのに割と神経を割いていた。人の顔と名前を覚えないとよく親から言われるが、全くその通り。否定するつもりはない。だが自分を含め、僅か20人のクラス。小中時代に比べ少人数規模の為、それを直ぐに覚えないというのは問題だ。なので割と細心の注意を払ってこの一週間をやり過ごした。そうして19人分の顔と名前を一致させる事に成功したのは割と偉業だと思う。

 そしてその日はやって来た――――

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見る事になった」

 

 なった、という言葉に若干引っ掛かりを感じる。だが平常時において気になった事でも秒で忘れるレベルの気持ちの切り替え速度を誇る錬錆にとっては直ぐにどうでもいい事に変換された。

 

「今日君たちに学んでもらう内容は、災害水難なんでもござれ。人命救助(レスキュー)訓練だ」

 

 相澤先生は『RESCUE』と書かれたプレート掲げてそう述べた。前回のオールマイトの時と言い、どこでそんなプレート売ってるんだろう、と非常にどうでもいい事に関心が寄せられた。そんな余りにもくだらない事を考えている傍ら、他の皆は未知の経験への興味に湧き上がっていた。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「バカおめー、これこそヒーローの本文だぜ!? 鳴るぜ!! 腕が!!」

「水難なら私の独壇場ケロケロ」

「おい、まだ途中」

 

 相澤先生の注意で一斉に静まり返る。まだ一週間しか経っていないのにこの統一性……随分躾けられたされたもんだ(まぁその方が授業も円滑に進むので、そういう先生であればあるほどありがたいものは無い)。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を制限するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上、準備開始」

 

 

 

 

 

 で、ここから閑話休題――

 

「こういうタイプだったか、くそう!!!」

「イミなかったなー」

 

 現在バス移動中……

 バスに乗る前に、スムーズに乗り降りが出来るよう席順に整列するよう飯田が指示を出していたが、当のバスは左右に2座席ずつになっているのは後列のみ前方はお互いに向き合う座席配列のタイプだった。張り切っているのはよく分かるが、どうも飯田はそれが空回りするタイプの様だ。投票制を呼び掛けた癖に他人に票入れたように。

 そして移動中やれる事も限られている所為か、車内は自然と雑談タイムへと流れていった。

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの緑谷ちゃん」

「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!!」

「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの“個性”、オールマイトに似てる」

 

 おっと、割とみんなが思ってたことに突っ込んだよこの子。

 すると明らかにキョドる緑谷を傍目に話題が個性の方へ移っていった。全身を硬化させる個性の切島はシンプルな増強型個性を羨ましがっているが、緑谷も言う様に“硬化”という性質は対人戦かつ近接戦闘で有利に働く個性だ。また見た目の派手さからか、爆豪と轟にも話題が向かう。途中梅雨ちゃんが「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」とつぶやいた時に激しく同意すると同時に(キレるから人気出ないwwwクソワロタwww)と隠キャの如く内心草塗れになった事はここだけの話としておこう。

 そうして周りにキレ散らかしている爆豪を見て、錬錆はある疑問を不意に思い出した。

 

「緑谷、その個性が発現したのっていつだ?」

「えっ?」

 

 しまった、声に出てた――――

 緑谷の個性はご存知の通り、自らの肉体すら破壊する超リスキーパワー。個性というのは何の個性も持たない“無個性”でない限り、例外なく4歳前後までに発現する。もし4歳にあれを発現させていたのなら、この10年以上もの間どうやって生きてきたのか。平時は感じるよりも考えるが主体で、かつ探求心が刺激された錬錆にとっては非常に気になる議題である。

 故に自分の失策に一瞬思考が停止したが、すぐに思ったがままの言葉をつなげた。

 

「いや、あっ、そのさ……爆豪の言ってた無個性って事が引っかかってな。話したくない事だったら無理に聞きはしないけど」

「そ、そんな秘密にする事でもないよ。半年ぐらい前に突然変異的なアレで目覚めて、医学的には無い話じゃないらしいんだけど」

「半年前……なるほど、中学3年の時に……第二次成長期の終わり頃か……。第二次成長期……子供から大人への身体の作り替え……一撃振るうだけで体を壊す程のリスキーパワー……つまり未熟な体であれば命の保証はないって事か……。なら第二次成長で基盤ができた今だからこそ、リスクはあれど使えるように……いや、だがそうなると4歳前後で生える一般理論は……そういうことか……この理論なら一理ある……となるとやはり……ボソボソボソボソ」

「か、金術……」

「なるほど、だいたい分かった」

「分かったのか雷電!?」

「金術な」

 

 上鳴とのテンプレとも言えるやり取りを終え、一息入れてから己が抱いた解答――正確には推測だが――へと言葉をつなげる。

 

「人間の身体は常時100%の力を引き出す事が出来ない構造になっている。理由は単純に【体そのものが100%の負荷に耐えきれない】からだ。だから人間ってのは必ず自分の力を制御するように出来ている。だいたい20~30%ぐらいにな。恐らく緑谷の個性も同じで、【4歳の時に使ったら命の危険が伴う。だから最低限の損傷でする大人の身体――第二次成長期を終えてから発現した。そうなるよう脳が無意識のうちに蓋をしていた】。何事にも例外というのは存在する。だから俺はそう思うだけど……」

「そ、そうだよ! そんなことを言われたよ!」

「なんかすごいね。金術って学者でも目指してるの?」

「学者目指してたらサポート科か経営科に行ってるよ。単に雑学が好きなだけ。今言った人体の力の制御論だって確固たる証明もされてない学説の一つでしかないんだし、あくまで考察レベルだよ」

 

 そう解説を終えると同時に相澤先生がタイミングを見計らったかのように、もうすぐ着くから静かにしろ、と皆に注意した。注意が入るや否や口をそろえて「ハイ!!」と返事を返すと同時に雑談を終了させる辺りクラスの一体性、というか相澤先生の指導力がよく分かる。

 以上、閑話休題――

 

 

 

 

 

 そしてバスを降りたA組一同の目に飛び込んできた光景というのは――

 

「「「「すっげぇーーーー、USJかよっ!?」」」」

 

 水難事故、土砂災害、火事…etc。あらゆる災害・事故を想定した施設がこれでもかと詰まっている。未知の訓練への好奇心も相まって、傍から見ればそれは確かにテーマパークのアトラクションにも思えた。

 

「ここは僕が演習場です。その名も…ウソの災害や事故ルーム(USJ)!!」

((((本当にUSJだった……))))

 

 施設の説明をしながら現れたのはスペースヒーロー『13号』。災害救助などで活躍するヒーローだ。ヒーローオタクな緑谷は勿論の事、麗日も一緒になって興奮している。

 そんな生徒の傍らで相澤先生と13号先生が何やら話し込んでいる。何かあったのかと思っていたら、相澤先生の溜息が聞こえてきた。

 

「仕方ない、始めるか」

「あれ、オールマイトはどうしたんですか?」

「出勤中にトラブルがあったようで、少し遅れるようです」

 

 ヒーロー基礎学(ごごのじゅぎょう)に遅れるとか、そんなんで大丈夫なのかよ新任教師(オールマイト)ェ…。

 実態は知る由もないが、理由だけは鮮明だけにもう相澤先生が不機嫌になっているのがよく分かる。

 

「えー、始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」

((((増える…))))

 

 小言は言えば言うほど増えるものだと言われるが、始まる前から既に増えていく事に生徒一同不安と恐怖に煽られていく。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は“ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

 

 おっと、ここで緑谷先生お早い解説だ。麗日さんも同意するように激しく首を上下に振っています。

 

「しかし簡単に人を殺せる力です。皆の中にはそういう個性がいるでしょう。この超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく規制する事で一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる“行き過ぎた個性”を個々が持っている事を忘れないでください」

(一歩間違えれば…か)

 

 皆が息を飲み清聴する。これは個性に限らない。普段便利と思って使える物でも、使い方を誤れは一瞬にして凶器に変わる。そんな凶器に早変わりする個性を持っている13号先生だからこそ、言葉の重みも変わっている。

 その重みが錬錆の心に深く突き刺さった。

 

「金術、ちょっと顔色悪そうだけど大丈夫?」

「あっ、いや……」

 

 隣に立っていた耳郎の声にハッと我に返る。思い出したくもないばかりは簡単に思い出す事ができる……その事実を呪いながらも、周りを心配させまいと錬錆は平静を保とうとした。

 

「なんでも、ない……」

「そう……ならいいんだけど」

 

 いけないいけないと軽く額を小突き、気持ちを改めて13号先生の話に耳を傾けた。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めてる可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転! 人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためあるのではない、助ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」

 

 昔読んだヒーローの自伝でもこんな言葉があった。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』と。個性を公的に使用可能となるヒーローには、そういう責任が付きまとう。その事を改めて教えられた。

 皆13号先生の言葉に感銘を受けたのか、一斉に拍手が巻き上がる。まぁ感動するのは分かるが、飯田お前はうるさい。

 13号先生もお小言を終えたからか、進行を相澤先生へバトンタッチする。

 

「そんじゃあまずは――」

 

 その時だった――

 それらが襲来したのに13号先生はおろか、相澤先生ですら視認するまでそれが何たるか判断が遅れた。だがこの時、錬錆は殺されそうになった経験があるが故に(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、生徒の中で唯一それの出現、発せられる敵意に反応できた。

 

「一塊になって動くな!!」

 

 錬錆の顔が引き攣るのと相澤先生が叫んだのはほぼ同時であった。

 皆は何事かと反応に遅れる。しかしその間にもそれは中央広場に突如として出現した黒モヤの中から蛆のように湧き出てくる。

 

「13号、生徒を守れ! あれは敵だ!!」

「13号にイレイザーヘッドですか…。先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが……」

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

 黒いモヤが一つに収束し人型を形成すると、それはまるで殺意を覆い隠すような丁寧な口調でオールマイトの不在を悟った。その傍らにいた全身に手が括り付けられた気味の悪い男が不機嫌そうにブツブツとつぶやく声が聞こえ。

 

「どこだよ…せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…。オールマイト…平和の象徴がいないなんて…、子供を殺せば来るかな?」

 

 殺す…。ころす…。コロス…。殺す…?

 あの敵は確かに、「殺す」と言った。それも爆豪が日常的に使うそれとは異なり、明確な殺意を持った言葉。

 それを聞いた瞬間、錬錆の中で何かがはじけた。幸いだったのは皆の注目が敵に向いていた事だろうか。この時、錬錆の顔は獲物を見つけたと言わんばかりの狂気の入り混じった笑みを浮かべていた。無論、その事に関して錬錆すらも無自覚であったが……。

 

 

 

(ヴィラン)ンン!? バカだろ、ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

「先生、侵入者用センサーは!」

「もちろんありますが…」

「センサーが反応しねぇなら、向こうにそういうこと出来る“個性”がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割……バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

 困惑に包まれる状況下で冷静な分析を轟が入れる。

 

「13号避難開始。センサー対策も頭にある(ヴィラン)だ、電波系の“個性”が妨害している可能性もある。上鳴、お前も“個性”で連絡試せ」

「っス!」

 

 明らかに異常事態。所謂デンジャータイムという奴だ。それでも相澤先生はヒーローとしての経験からか、あるいは教師としての責任からか冷静に、的確な指示を送りつつ自らは(ヴィラン)と対峙しようと動き出していた。相澤先生――イレイザーヘッドの主要戦闘スタイルは個性で相手の旨味を消しつつ捕縛布を使い一瞬で仕留める奇襲型。あの数では個性を消す数も限度があるし、一対多はよっぽど当人のスキルが整っていなければ個が圧倒的不利である。その事を知っていてか、緑谷は明らかに狼狽していた。

 しかし相澤先生は――

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 ――そう言い残し、単騎突撃を仕掛けた。そこからの戦闘はある種一方的であった。第一波である射撃系の個性の集団は抹消で動きを封じ、動揺が走った隙を突き一瞬で撃破。続く第二波の異形型に対しては攻撃を与える隙すら与えずこちらも一瞬で片を付けた。

 

「すごい…。多対一こそ先生の得意分野だったんだ……ブツブツブツブツ」

「いや、これはむしろ傾向と対策……。旨味も苦味も熟知した上で練られたスタイルなのかもしれない……ボソボソボソボソ」

 

 で、冷静さを取り戻した当の主人公とはというと本家主人公と並んで戦闘の分析に勤しんでいた。

 この一大事にそんなアホみたいな事をしていたので、当然のように飯田から誡められた。もう少し見学したかったが、と命の危険が迫っている中で呑気な事を考える一面を抱えながら皆と合流し避難を開始しようとした。そう、しようとしたその時、眼前を黒い霧によって覆われた。それはあの(ヴィラン)達を此処に転送したと思わしき、あの黒いモヤの本体たる(ヴィラン)だった。

 相澤先生の個性『抹消』の弱点である、使用中でも瞬きをする一瞬だけ個性が解除される――その一瞬のチャンスを利用したのだ。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに事息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

 丁寧な口調ながらも、それはあまりにも衝撃的で予想外な宣戦布告であった。殺人予告などと言うには生々しい。そりゃヒーロー教育機関に襲撃でも駆けるともなれば何かしらの思惑はあるだろう。だが誰もが認める平和の象徴であり、そして(ヴィラン)にとっては恐怖の象徴であるNo.1ヒーローを殺すなど、まず誰も考えないしやろうともしない事だ。それをこの(ヴィラン)は平然と宣言した。

 例えブラフだとしてもこの現状、ヒーローの卵たちの動きを止めるには十分すぎる言葉だ。

 しかしそれでも物怖じせず立ち向かうものはいる。皆が動けずにいる中、爆豪と切島だけが前へ乗り出し黒モヤのへ攻撃を仕掛ける。だが実態を持たないのか、攻撃が当然のようにすり抜けていく。

 

「危ない危ない……。生徒と言えど、優秀な金の卵……」

「ダメだ、どきなさい。二人とも!」

 

 13号先生が警告した時には全てが遅かった。四方に黒モヤが展開され逃げ道が失われる。そして金術錬錆の視界もまた黒に支配された。

 




もう気づいている方もいるかもしれませんが、タイトルは基本的にその回に出てくる台詞から取っています


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第8話 俺の個性はーー

 目の前が真っ暗になった。ポ〇モンで手持が全て瀕死になるとこうなるんだろうか、と呑気に考えていると徐々に光が差し込んでくる。闇を抜けた先に見えてきた光景というのは――

 

「冷たっ!?」

 

 雨? 否、これは嵐だ。人工の雨、人工の暴風、これが合わさった暴風・大雨ゾーン。それが金術錬錆の飛ばされたエリアだ。

 そこで錬錆は気が付いた。

 

(ちょっ、待てよこれ。こんな高さから落とされたら……)

 

 目測でしかないが恐らく地上10mぐらいの高さだろうか。これだけの高さともなれば、人間の脆い肉体であれば容易く死ねるだろう。運が良ければ腕か脚の一本程度、とも考えたが暴風……体勢の維持が困難なため、それは不可能な現実だ。

 あっ、これ死んだわ……。軽く走馬灯が過った。しかしそれは杞憂に終わった。

 

黒影(ダークシャドウ)! 金術を救助しろ!!」

 

 突如黒い影が飛来してきたと思いきや、全身を掴まれてそのまま近くのビルへと放り込まれる。助けられたとはいえ突然の事だったので完全に受け身を取れず転げてしまった。

 

「っつぅ~~~~……」

「手荒になってすまないな、金術」

「あっいや、別に……ありがとう」

 

 最後のありがとうはボソリとつぶやいた程度だったので常闇には聞こえなかっただろう。

 

「それよりも、これからどうする」

「どうするって……何が?」

 

 まぁ何か、というのは理解はしている。このまま隠れて救助が来るのを待つか、或いは自衛のため抵抗をするか。出来る事はせいぜいその二択のみ。だがそのどちらにも必然的に付きまとう事がある。

 

「敵と相対せば必然的に戦わなねばならない。例え逃げに転じたとしても、接敵の可能性は0ではないだろう」

「つまり、どっちにしろ戦う以外他ないって事か」

「そういう事だ」

 

 これまでの流れを整理すればこの結論以外他は無いだろう。

 なにせ用意周到に計画された奇襲。チンピラ上がりとはいえ揃えられた頭数。そしてワープ能力持ちによる生徒の分断、それによる少数を各個撃破。

 これだけやられたのであれば、生徒に出来る事は救援が来るまでの間は個々の対応。つまりは“自分の身は自分で守れ”という事だ。

 幸いと言うべきか、この暴風エリアに転送されたのは二人。どこから敵が出てくるか分からないこの状況下では、お互いにサポートし合えるというのは大きな利点だ。ともなれば必然的に続く会話も限られてくる。

 

「金術、ここはお互いの個性を理解し合っているのが得策だと思うが」

 

 一瞬開きかけた口が動きを止めた。

 下手を打てば命も危ぶまれるこの状況。お互いをサポートし合うのであれば個性の把握は必須と言える。しかし錬錆は迷っていた。果たして己が個性を伝えていいのかと。戦闘訓練の時ですら嘘をつき、これまでの授業でも嘘の類のものでやり通した。だが土やコンクリートの操作程度で生き抜けるなんて甘い考えは無い。同時に伝えねば連携を必要とする場面で決定的な綻びが生じかねない事も理解していた。

 だが、それでも錬錆は一歩踏み出す事が出来なかった。次第に開いた口も噛み締める様に固く閉ざしていく。

 錬錆の内心を知ってか知らずか、常闇が口を開いた。

 

「俺の個性は“黒影(ダークシャドウ)”。己の肉体から影のようなモンスターを生み出し、操作できる。黒影(ダークシャドウ)は知性があり、他者との会話も可能。ある程度なら自立行動がとれる」

 

 ちょ、何勝手に話し始めてんのキミ。

 

黒影(ダークシャドウ)は俺の身体と直結しているが、視界に入る範囲であれば遠距離でも操作できる。最大の特徴は闇の深さに応じて力が増減する事だ。闇が深くなればなるほど力は増すが制御が利かなくなる。逆に闇が浅い時は制御こそ利くが攻撃力は中の下程度しか発揮できない」

「ちょ、ちょちょちょちょちょ! ちょっとタンマ!!」

「なんだ?」

 

 いや、なんだじゃないでしょ。なに個性のこと打ち明けてんの? なんで弱点までさらしてんの? バカなの、死ぬの!?

 そう反論したが、続く常闇の言葉に再び閉口した。

 

「人の秘密を知るにはまず己から……。他人任せでは解決しない事もある。そういう時は自分から動かねば意味が無い。それに、お前は口が堅そうだからな。黒影(ダークシャドウ)の弱点を伝えた所で周囲に言いふらす事は無いだろう」

「随分信頼してるんだな。クラスメイトとはいえ、たいして会話もした事もない奴なのに」

「ヒーローを志す者同士、信頼せねば意味はあるまい」

 

 信頼しないと――――

 その言葉が胸に深く突き刺さったのを覚えている。いくら個性の扱いが上手くなっても、いくら体を鍛えても、いくら時が過ぎようとも『他人を信頼しなくなった』ことはあの頃から一切変わってない。いや、違う。あの頃の俺と今の俺は違うんだ。

 そう言い聞かせるように錬錆は自分の額を小突いた。気持ちを切り替え、『いま』やるべき事と向き合った。

 

「そうだよ……な。ああっ、そうだ。常闇が弱点含めて個性の秘密を明かしてくれたんだ。こっちも秘密を明かさなきゃフェアじゃない。ああっ、教えなきゃな。それよりも常闇……」

 

 何かありげに懐に手を忍ばせる錬錆に、常闇も首をかしげる。そして錬錆が叫ぶのと忍ばせた手を引き抜いたのは一瞬であった。

 

「伏せろ!」

 

 錬錆の言葉に驚きながらも寸の所でしゃがみ込んだ事で、寸の所で常闇の頭上をすり抜ける。同時に鈍い音が部屋に鳴り響く。

 敵だ。音もなく敵が忍び寄っていたのだ。頭を抑える敵の傍らにどう考えても白衣の中に納まらないであろう鉄パイプを握りしめる錬錆が立っていた。

 

「くそっ…ガキが。なんで気づきやがったんだ」

「はっ? んなもんベラベラ喋る訳ないだろ」

 

 頭上に構えた鉄パイプが勢い良く振り下ろされる。その狙いは肩。頭を狙わなかったのは、錬錆のせめてもの情けだろうか。いずれにしろ、全力で振り下ろされたその一撃は(ヴィラン)の肩関節を外すには十分すぎる威力を有していた。

 

「金術、その個性は……」

「悪い、俺口下手だからさ。説明するより見せた方が早いと思ってね。俺の個性、本当の個性は“錬金術”。あらゆる物を分解、分子レベルから造り変え、新たな存在を創造する個性だ」

 

 

 

 

 

「さて、次行くか」

 

 一通り個性の説明をし終えた後、ギャーギャー叫ぶ声が煩わしかったので猿轡と適当な長さの紐を錬錆してSMプレイの如くきっちり縛り上げ拘束した。勿論天井に吊らしておいた。常闇も何かツッコミを入れたい様子だが、敢えてスルーしている。

 

「それよりも金術。お前の個性で橋を創れば、元より戦闘を回避できるんじゃないか?」

「あっ……、忘れてた」

 

 (ヴィラン)がわんさかいる事や奇襲やらで、どうも戦わないといけないという先入観が刷り込まれていたようだ。

 やるべき事が定まれば即行動。今いるビルが暴風エリアのどの辺りにあるのか、エリアの脱出ゲートがどこかを把握するため屋上へと駆け上がる。幸いと言うべきか、エリアそのものはそこまで広くは無い。少しずつ進み続けたところ、ゲートもそこそこ大きめという事もあってか、すぐにその位置を把握できた。が、

 

「いるな……」

「ああっ、一人いる。体形からして恐らく異形か増強系だな」

 

 出入口目前の建物屋上……。塀に身を潜めながらそれを視認した。体長は2m弱、腕周りを中心に上半身が異常なまでに発達している事から、件の2例いずれかに当てはまる事が分かる。相澤先生も言っていたが、その手の個性の旨味は総じて近接戦闘に限られてくる。稀にオールマイトみたいなバグが存在するけど。

 

「金術、ここは俺が行こう」

 

 その言葉にギョッとした。確かに錬錆の個性はどちらかというとサポート向き、対人にはあまり向かず近接戦闘ともなれば己の技量以外頼れるものは無い。異形型や増強型の相手など以ての外だ。そうなれば常闇の黒影(ダークシャドウ)に戦闘を任せるというのがセオリーである。

 

黒影(ダークシャドウ)の強みは相手を懐に入れさせない中距離戦闘だ。それに黒影(ダークシャドウ)が受けたダメージは俺に反映されない。こいつが怯まない限りは負ける事すら難しいだろう」

「大した自信だな。……信じていいんだな」

「フッ……任せろ」

 

 そう言い残し常闇は塀を飛び越えて行った。それから数秒後に何かがぶつかり合う衝撃音が伝わってくる。恐らく戦闘が始まったのだろう。

 

「さて…、じゃあ俺は他の連中が寄って来ないに壁張りにでも勤しみますか。ああっこっちも任せろ。なんせこっちは、(ヴィラン)専門嫌がらせの達人だからな」

 

 あまり誇れない(自称の)二つ名を口ずさみ、錬錆もまた行動を開始した――――

 

 

 

 

 

「これで最後か――」

 

 常闇と別れて5分ぐらいが経過しただろうか。出入口ゲートに繋がる全ての道に壁を錬成する事で塞いでいた。ちなみにこちらから見て裏側の側面には強烈な粘着シートをコンクリートそっくりに見せかけて付着させるおまけつき。仮に壊そうとしても増強型や異形型では破壊できず、発動型でも貫通系でもない限りは易々とは壊せないようにした。これこそ(自称)嫌がらせの達人の匠の技である。

 やる事も終えた錬錆は急ぎゲートへと向かった。

 

「くっ……手強いな」

「常闇っ!」

 

 敵の強打で常闇本体ごと後退ったのと錬錆が合流したのはほぼ同時であった。

 

「これ、状況どうなってんの?」

「思いの外強敵のようでな……決定打が中々に打てない。このままではジリ貧だ」

「言わんこっちゃねぇ!?」

 

 しかしどうしたものか。こちらはサポート系と中距離戦タイプの発動型2人、対する敵は超パワーを誇る近接戦タイプ。戦おうにも地力の火力が余りにも差がある。こちらが嫌がらせで足を絡めようと、中距離で間合いを抑えようと問答無用で突っ込んでくるだろう。この状況を打破できるとすれば、それは動きを止める類の個性か、あるいは相手を上回るパワー系をぶつけるか、それだけだ。

 そう、それだけと考えた瞬間一つの可能性が頭に過った。

 

「常闇。確か黒影(ダークシャドウ)の特性は、闇が深くなればなるほど攻撃力が増す、だったよな」

「確かにそうだがそれでは制御が……おい、待て金術」

「大丈夫、光は閃光弾でも錬成して準備しとくから」

「いや、待て。待ってくれ……。待てと言っているだろうがぁぁぁぁ!!」

「だが断る」

 

 常闇の制止も聞かず、錬錆はあるものを錬成する。それは石壁、いや…一つのドームだ。それが常闇と(ヴィラン)を包み込む。そして完全に閉じ込めた所ですぐにその場を離れ懐に忍ばせている錬成素材から大量の閃光弾を錬成させた。何せ制御が利かない程の暴走状態、一体どれほどの力を誇るのか見当も付かないからだ。故に数あって困る事は無い。そう考えてから答えが出るのはそう時間はかからなかった。

 せっかく作ったお手製ドームが無残にも内側から破壊される。土煙から姿を現したのは影、巨大なまでの影だ。それは先程まで常闇が苦戦していたはずの敵を片腕だけで握りしめ、潰し、そしてまるで鼻水を噛んで丸めたティッシュをゴミ箱へ投げ捨てる様に敵を放り投げた。その圧倒的までな強さに錬錆も呆気にとられる。

 

「制御が利かない代わりに攻撃力が増すって言ってたけど……ここまでかよ」

 

 ボソリとそう呟く。その声に反応したのか、暴走した黒影(ダークシャドウ)はこちらに狙いを定めた。ハッと我に返った錬錆は手に握る閃光弾を一斉に投げつけた。

 

「常闇ッ! 目ェ瞑れ!!」

 

 目を閉じても分かる程の光が世界を支配した。暴走状態の黒影(ダークシャドウ)も流石にそれには怯んだのか、「ヒュン」と情けない声を上げながら常闇の中へと帰っていく。

 

「随分と無茶なことをするな……」

「信じていいって言われたから信じただけだ。まぁ、ちょっと考え無しだったのは俺も悪かった」

(ちょっとという次元か…?)

「まぁ常闇はここ出た所で休んどけよ。ノシたのはボスキャラだけだし、もしもの時の迎撃も必要だろうし、それまでは休憩も必要だろうし……」

「お前はどうするつもりだ」

 

 そんなこと戦うという決断をした時から決っていた――

 

「中央広場行って、先生に加勢してくる。一発ぶん殴らねぇと気がすまねぇ」

 

 




【マテリアルが更新されました】

金術錬錆
個性『錬金術』

手の甲に錬成陣を思わせる模様が刻まれており、これを介する事で手で触れた物の原子構成を自在に組み替えられる。
また錬成陣を描いていれば、手が触れていなくても個性の行使が可能。(ただし本人が描いたものに限る)
その本質は「分解」「原子変換」「再構成」にあり、本人はこれを「破壊&創造」と呼称しておりそれぞれを分けて行使することも可能である。
非常に汎用性の高い個性であるが、作り出した物の性能は本人のイメージに左右されるという極めて不安定なもの。ふわふわなイメージだと中身を伴わないハリボテが完成してしまうが、逆に理由付けや構成材質、製造工程、構造などのイメージがハッキリしていると本物以上の精度を発揮できるのが特徴。
なお錬成出来る物は即席の武器から防具、果てには布テープや担架など医療キットまで多岐にわたる。

ちなみのこの個性には誤った使い方があるらしく……おっと、先を読み過ぎました。


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第9話 勝利の法則は、これで決まりだ

 錬錆と常闇が暴風エリアを脱出して中央広場へと向かい始めたのと丁度同じ頃――

 

「もう大丈夫……私が来た!」

 

 オールマイトが駆け付けていた。

 

 

 

 

 

 USJのほぼ中央地点にあるセントラル広場……。オールマイトの救援が確認されてもなお、戦闘が続いている事が分かる程の衝撃が響いていた。

 完全無欠の超パワーを誇るオールマイトの拳を受けてもなお立ち続け、かつ同等のパワーを振りかざす脳無の存在。その場にいた緑谷や切島、轟はおろか常に勝気な爆豪すら戦慄を覚えていた。

 その最中に言葉を発せたのは、ただ一人余裕ともとれる笑みを崩さないオールマイト。そしてヒーローという存在を嘲笑うかのように持論を述べる無数の手が張り付けらた(ヴィラン)――死柄木だけだった。

 

「俺はな、オールマイト! 怒っているんだ! 同じ暴力でヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!!」

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの」

「自分が楽しみたいだけだろ嘘つきめ。バレるの、早…」

「ピーピーうるせぇぞ、手むくじゃら野郎」

 

 この時、確かに死柄木はおろか黒霧の意識もオールマイトに向かっていた。それを利用したのか、あるいは彼自身が持ち得る才能なのか……。それを予測できた者がこの場にどれほどいただろう。襲撃者は音もなく、気配もなく、忍び寄り一撃を浴びせた。

 

「フゥ……とりあえず一発、ぶん殴ったぞ」

 

 それは誰もが想像もしない、金術錬錆の参戦だった。

 これにはさすがのオールマイトも一瞬呆気にとられていた。

 

「金術少年、なんて無茶な真似を…。いや、それよりも早く離れなさい!緑谷少年達と早く逃げるんだ」

「断る。あの手むくじゃら野郎は俺一人で十分……です」

 

 まさかの拒否にオールマイトも開いた口が塞がらなかった。だがそんな状況でも噛みつく事を忘れない者が一人いた。

 

「うぉい!何仕切ってんだバンダナ野郎!!」

「爆豪…お前いっつも他人の事をモブモブ言ってるけどよ。主人公ってのは生きてるやつ全てに当てはまんだよ。その人にはその人なりの人生があって、その生きてる道が物語で、その物語の主人公こそ生きてる当人なんだよ。俺が主人公の物語じゃ、お前の方がモブだ。モブはモブらしく大人しくしとけ」

「んだとゴルァ!!」

「か、かっちゃん……。金術くんもほら、僕ら5人で掛かれば勝率は上がると思うしここは……」

「あの手むくじゃらの奴の個性、壊すとかそういう類だろ?」

 

 そう言いながら錬錆は右腕を上げる。確かに授業前は新品同様に解れも無かった袖がボロボロに崩れ去っていた。今や肘から先があるかどうかまでしかなかった。

 殴った一瞬の接触、ほんの少し掠った程度であろうがそれでも錬錆は相手の個性の影響であると見切った。

 

「だったらなおさら、俺一人で十分だ」

「脳無、黒霧やれ。俺は子供をあしらう」

 

 生徒に(ヴィラン)の相手という重責を担がせる事にオールマイトは苦々しく思うが、それを待ってくれるほど(ヴィラン)は甘くは無い。

 死柄木と脳無の行動開始、オールマイトの決断、そして錬錆が懐から片手に2本ずつ試験管を取り出したのはほぼ同時であった。

 戦いの場は整えられた――――

 

「実験を開始しよう」

 

 それをおもむろに振ったと思うや否や手に破片は刺さったのではと思いかねない勢いで握り潰したかし結果として、そうなる事は無い。それどころかガラス片や中に入っていた物質を含め、全てが粒子状に変換され錬錆の両手に収束される。そして光が収まるのと同時、粒子だったものはテコンドーで使われるようなグローブへと錬成された。

 

「勝利の法則は、これで決まりだ!」

 

 音無きゴングが鳴り響く――――

 

 オールマイトと脳無のラッシュはその衝撃により周囲に小規模の暴風を巻き起こす。

 緑谷らはおろか黒霧すら手を出せないその横で錬錆と死柄木が拳を交えていた。錬錆が崩壊を有する手を弾き、錬錆が攻勢に出ると死柄木がそれを避ける。

 互いに有効打はおろか牽制すら入らない状況が続く。

 だが五手、六手と進むとその膠着も終わりを告げる。錬錆の動きを捉えた事で、繰り出された右ストレートをいとも簡単に受け止めたのだ。

 

「どうした……その程度の力で俺に挑んだって言うの? それともあれか? 正義感だけで突っ走ってあわよくば皆にヒーローだって讃えられたかったのかな? そういうの、ホント反吐が――」

 

 ――出る、と言いかけた時ようやく死柄木は気づいた。直接接触して個性を使っている。それにも関わらず目の前の存在が一切崩壊していない。それどころか崩壊を始めるそぶりすら見られない事に。

 

「言っただろ、俺一人で十分だって。触れた瞬間に崩壊するなら、崩壊した瞬間に片っ端から作り直せばいい」

 

 そこで生まれた隙を見逃す程、この時の錬錆は甘くは無かった。重いブローが死柄木の脇腹に食い込まれる。体勢が崩れ、繋がっていた腕が離れてからは錬錆の一方的なターンとなる。

 殴る――

 殴る――

 頭突く――

 蹴る――

 そしてまた殴る――

 本来サポート向けとも言える創造系個性を作り直し続けて突き進む(・・・・・・・・・・)という用法により、接触も難しい相手にラッシュが叩き込まれる。

 

「これで、締め(フィナーレ)だ――」

 

 トドメの一撃を放つ。が、その一撃は空を切った。

 錬錆の左腕は黒い靄の中を突き抜け、別の場所に現出している。

 

「死柄木をやらせる訳にはいきません。オールマイトの戦いに介入は出来ませんが、これぐらいはさせていただきます」

 

 黒霧の個性『ワームゲート』が徐々に狭まっていく。このままでは空間を断絶される事で錬錆の左腕は千切れ、二度と繋がる事ないだろう。

 それを理解した瞬間、錬錆の行動はあまりにも早かった。

 ボン、という爆発音が鳴り響く。それを発したのは爆豪ではなく、ましてや戦いの当事者となった黒霧でもない。

 そこに残っているは最後の一撃を避け後退した死柄木、予想外の事が起きたとでも言いたげに表情を曇らせる黒霧、そして左手に火傷と裂傷を負う錬錆であった。

 

「――――ッ」

(まさか一瞬で、グローブを爆弾に作り変えるとは……)

 

 爆発で生じる衝撃を利用してワームゲートから腕を引き抜く。ここまでは分かる。だがそれは、左手に爆弾の衝撃をまともに受ける事を意味するのだ。いくら切断を免れる為とはいえ、15歳の子供が自傷前提の行動を即断するとは。

 目の前にいるそれが本当にヒーローの卵なのか。それが恐れなのか、それとも純粋な興味だったのか。この時の黒霧は知る由もなかった――――

 

 

 

 そしてそれと同じくして、すぐ隣で繰り広げられるもう一つの戦いも終結を迎える。

 

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの! 敵よ、こんな言葉を知ってるか!? Plus Ultra(更に向こうへ)!!」

 

 ただ純粋に攻撃をつなげていく錬錆のそれとは異なり、一発一発全てが100%のラッシュ。ショック吸収とはいえ、100%の連撃となると話は異なる。限界を迎えた脳無はオールマイトのトドメの一撃を受け、USJの天井を突き抜け吹き飛んでいく。

 

「やはり衰えた……。全盛期なら5発も打てば充分だったろうに、300発以上も撃ってしまった」

「衰えた…? 嘘だろ…完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を…チートがぁ…! 全っ然弱ってないじゃいないか!! あいつ…俺に嘘教えたのか!?」

 

 再び笑みを浮かべるオールマイトと苦々しい表情を浮かべる死柄木。USJを襲った事件は収束に向かっていた――――

 しかしオールマイトの内心はそこまで穏やかなものではなかった。

 かつて強大な(ヴィラン)との戦闘で負った後遺症、個性OFAの譲渡。その影響でオールマイトがヒーローとして活動できる時間は24時間の中で2~3時間程度。この事実を知るのはオールマイト本人と力を継承した緑谷出久のみ。そしてその限られた時間の大半を通勤途中の事件解決に要してしまっていたのだ。最早立っているだけでも限界であった。

 それに気づいてか、或いは獲物を狩る直感が働いたのか。オールマイトを仕留めんと死柄木と黒霧が動き出す。

 オールマイトの危機に気付かず皆が撤退しようとする中、勇猛にも飛び出した影が二つあった。

(――ッ! 折れた!! さっきはうまくいったのに……でも、届いた!!)

(もう左手が痛いだの反動がどうだの言ってる暇はねぇ……連中はここで潰す!)

「オールマイトから、離れろ!!」

「俺の事を無視すんなよ、ヴィラン野郎!」

 

 両足の骨が砕けようとも、己が腕を焦がし炭化しかけようとも、正義感の塊である緑谷出久と金術錬錆は目の前の存在を見過ごす事は出来なかった。

 しかしそれを見逃す程敵もバカではない。二人の奇襲に反応するや否や、黒霧の個性により錬錆の技は水難エリアの水面へ叩きつけられ、緑谷には黒霧の身体を通して現れた死柄木の手が近づいていた。

 

「二度目はありませんよ」

 

 万事休すか――

 そう思った瞬間だった。発砲音が鳴り響くのと死柄木の手から血が噴き出たのは同時でった。音の発生源、即ちその主のいる場所に誰もが意識が向けられる。

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 

 この窮地の中で唯一脱出していた飯田天哉の帰還。それはプロヒーロー達の救援を、そして(ヴィラン)にとって時間切れを意味した。

 その事実を突きつけられた(ヴィラン)連合の動きは速かった。スナイプの銃撃、13号のブラックホールが逃がすまいと追撃に出るも一歩遅く、既に黒霧のワームゲートは展開し終えている。

 黒い靄が徐々に小さくなっていく中、死柄木が忌々しく言葉を残して消えていった。

 

「今回は失敗だったけど………今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト」

 

 そして転移が終わったのか、黒い靄は点となり、無にかえっていく。

 先ほどまでの戦いが嘘のようにUSJを静寂が支配する。

 こうして、後にUSJ襲撃事件と呼称される戦いは幕を閉じた。

 しかしこの一件を境に災厄とも言える戦いの始まりになる事とは、この時は誰一人として知る由もなかった――――

 

 




誤った個性の使い方って、なんか響きエロいよね(峰田並感)


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第10話 破壊と創造

「まったく無茶したもんだね。自分の身体を痛みつけるような技はご法度だよ。ヒーロー目指してるのなら尚更さ」

「お手数おかけします。リカバリーガール」

「謝るぐらいなら使わない事! それが一番だよ」

「だってさ、緑谷」

「アンタに言ってんだよ! ボケるぐらいならワンテンポ前にやんな」

「すみません!!」

 

 USJでの一件が収束して1時間も経ってないだろうか。俺はそこそこの重症を負った緑谷、オールマイトと共に本校舎の保健室で治療を受けていた。まぁ実際には俺の治療を今終えた所なのだが。

 リカバリーガールの忠告が身に染みる。怒りに身を任せてた所も割とあったが、まだ未完成の必殺技を使って身を傷つけるとかヒーロー失格だ。まぁそれ以上に驚いたのは――――

 

「にしても、あの時会った骨人間がオールマイトだったとは……」

「そのあだ名はヒドくない、金術少年」

 

 完全無欠のNo.1ヒーロー、オールマイトは既に満身創痍でまともにヒーロー活動できる時間も限られている、という事実とその真の姿だった。

 

 

 

 

 

 時間を少し遡るとしよう。

 それは敵連中がUSJから撤収した直後だ。

 

「無茶をしなければやられていた。それ程に強敵だった」

 

 救援に駆け付けたヒーローの一人――セメントスに対して、頬から滴り落ちる血を拭いながらオールマイトはそう告げる。視線の先には敵が消えた空虚がある。

 これだけの事が起きながらすぐに察知できず、それどころか敵を取り逃がした事は大きな失態だ。

 しかし失態だけを見て留まるという事を彼らはしない。セメントスはオールマイト含めその場にいる怪我人の救護活動へと動き出したのだった。

 

「しかし、こうなってしまった以上は彼にも説明しなければいけませんね」

「ん? それはどういう……」

 

 そしてその時になってようやくオールマイトと緑谷出久は気づいたのだ。オールマイトが抱える秘密を知りえない者が真の姿を目の当たりにしている事に。

 

「――――――――!? 怪奇! 骨人間!!」

「骨人間です!!(ゴフォッ!!)」

「オールマイトぉ!?」

 

 

 

 

 

 で――――

 そんな事があったの現在進行形で3人仲良く保健室に運ばれて治療を受ける事となった。

 そして3人分の治療を終えたリカバリーガールが説教を始める――――と思ったがどうやら違うようだ。

 

「事情が事情なだけに、小言も言えないね」

 

 納得していないが納得せざる得ない、そう言いたげにため息交じりの言葉が投げられる。

 

「多分だが、私また活動限界早まったかな? 1時間くらいは……」

「また早まった、1時間くらいは……って事は随分前から、少なくとも初めて会った1年以上前からそんな感じなんですね、オールマイト」

「金術少年、君にも説明しないといけないようだね」

「ええっ。ついでにいくつかの疑問、解決させていただきますよ」

 

 そこからオールマイトに問い質すターンが始まった。

 あまりにも人相が異なる痩せこけた姿について――――

 「衰えた」という言葉とどう関係しているかについて――――

 突然変異的に覚醒した緑谷出久の個性に関して――――

 二人の関係性に関して――――

 

 これはおそらく聞いてはいけない事だろう。そう思いながら他人に対する疑問を勝手に解釈して納得する訳にいかないと、ここぞとばかりに訊ねた。

 

 オールマイトも観念したのか、一つ一つ答えた。

 今から6年前、敵との戦いで負った傷の後遺症で自身に活動限界がある事を――――

 一年前に起きたヘドロ事件、その日に緑谷出久(無個性の少年)と出会った事を――――

 自身の個性は人に力を譲渡する個性(ワン・フォー・オール)である事を――――

 そしてその個性の後継者に、緑谷出久を選んだ事を――――

 

 全ての質問に対する答えが出た頃には、金術錬錆の脳内処理は既に限界を超えていた。

 

「えーーーーーーーっと……、確かに何事にも例外はあるけどさ……。他人に力を譲渡する個性って何? 確かに緑谷が毎回力使いこなせずバキバキに骨折れてるのってオールマイトの全力を常人が振るったから、って言えば説明つくかもしれないけど……。てか常人が耐えきれないパワーを振りかざすオールマイトってなんだよ。逆にそっちの方に興味がわくは。人間の体の神秘ってすごっ。そりゃ個性の無い時代に比べれば、今は十分神秘の塊だけど。それでもこれはおかしいだろ。俺も中々に脳筋な自覚はあるけどさ、流石にこれは脳筋過ぎる。理性のあるハルクの方がまだ現実味あるよ……ボソボソボソボソボソボソボソボソ……」

「念のためもう一回言っとくけど、今答えたこと全部オフレコだからね。金術少年」

 

 語る端々で、知っている人間は限られたごく少数だけである事、もし多勢に知れ渡れば力を欲する邪な思いを抱く者達に命を狙われる事が伝えられた。

 正直脳のキャパシティを超えて更に秘密にしなければならないという責任がのしかかる。

 こんな事なら余計な事聞かなきゃよかった、とこの時ばかりは金術錬錆も後悔を覚えた。

 

「じゃあ次はこっちが質問する番だね、金術少年」

 

 その言葉にハッと意識が戻った。混乱が続いている事には変わらないが、性根が真面目な所為かすぐに人の話を聞く姿勢に移ったのだった。

 

「金術少年、確か君の個性の錬金術は八百万少女と同じ物質を創り出す類の個性だったよね? だが私を助けようと飛び出した時の技、アレは創造系個性の範疇を明らかに超えていた。教えてくれないかい、君の本当の個性を」

「確かに! そもそも金術くんの個性は地形操作って言ってたはず……そうか! “作り出す”個性なら単純に“増やす”事も出来るのか! だから何も無い所から壁とかを瞬時に作り出す事が出来て……けど待てよ? そうなると元となる素材はどこから持ってくるんだ? 八百万さんは自分の体から、恐らく生命活動に使う何かしらのエネルギーを基にあらゆる物を作り出しているみたいけど、金術くんの場合は……ブツブツブツブツ」

「緑谷、お前は黙って寝てろ。そこら辺に関しては俺も知らないし、知ってることに関しちゃあ後で好きなだけ答えてやるから」

 

 しかしオールマイトの言う事はもっともだ。何せあの技は使っている錬錆はおろか、あの技を発案した師匠本人ですら誤った個性の使い方だと称する代物だ。

 そんな技をいきなり出されて驚かない方が可笑しいというものである。

 錬錆は混乱する脳内のスイッチを切り替える為か、トン、トンと人差し指で2,3回額を突いた後、質問に対する答えを提示した。

 

「錬金術、って一緒くたにしてますけど本当の個性、つまり本質は“破壊と創造(ブレイク&ビルド)”。轟の奴と同じ個性二個持ちみたいなもんです。創造の前にはまず破壊から――。俺の個性はその言葉に似ていて、“一度全部破壊して、それも原子レベルまで砕いてから新たな存在を作りだす”。破壊してそのまま放置する事も出来れば、一部分だけ壊してそれだけを再構成する事も出来るし、中途半端な所で創造を止めて純粋な質量エネルギーだけを圧縮するなんて芸当も出来る。あの時使ったのは後者――俺はあれを零式圧縮昇華拳(レムリア・インパクト)って呼んでます」

 

 一通り説明を終えるとオールマイトは「ふむ、なるほどね」と頷くと、少し考え込んだ後にこう言葉を続ける。君の個性は両親の遺伝かい、と。

 答えは否。父親の個性は知らないが、少なくとも遺伝ではなく突然変異的に発生した個性だ、と俺は答えた。

 それを聞いたオールマイトは安心と不安が入り混じったような、どこか複雑な表情を浮かべていた。何かあったんだろうか、と思っていたら突然保健室のドアが開く音が聞こえビクりと身体を震わせてしまった。そしてその音の主、というよりドアを開けた存在を見たオールマイトの表情はコロリと明るいそれに移り変わっていた。

 

「塚内くん! 君もこっちに来ていたのか!!」

 

 どうやら事件の捜査に来た警察の中に友人がいたようだ。先程“口外してはいけない”と言っていた痩せ細った姿をさらしても普通に接している辺り、よっぽど信頼しているのだろう。

 ただし団欒な雰囲気は最初だけで、事件に関する聴取に入ると同時に空気が引き締まる辺りはヒーロー・警察という立場の違いはあれど流石プロだと思った。

 そしてその会話の中でオールマイトが、「身を挺したのはヒーローだけではない。生徒もまた身を挺して戦った。1-Aは強いヒーローになる」との趣旨の言葉を口にしたのは豪く印象に残ったのだった。

 

 

 

 で、その翌日は襲撃事件の事もあり臨時休校。次に学校に行くことになったのはその翌日、まぁつまり事件から2日後の事である。

 

「皆――――!!朝のHRが始まる、席に着け――――!!」

「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」

 

 飯田が安定の委員長スタイルフルスロットルに、ある意味安心感を覚えた。

 

「飯田がああしているだけでさ、ああっこれが俺たちの日常なんだな、って思うところあるのよ。こういうのが癒しっていうのかな?」

「それ絶対違うと思うわ、金術ちゃん」

 

 そんな短い会話が交わさる中、おもむろに教室の扉が開かれた。そこにいたのは――

 

「おはよう」

「怪奇!? ミイラ男!?!?」

「「「「「相澤先生復帰早えええ!!!!」」」」」

 

 顔中と両腕が包帯で巻かれフラフラとした足取りで教壇へ向かう相澤先生の姿であった。

 ケンカはビビった方が負けとか、正義は悪に屈してはいけないとかよく言われるが、(リカバリーガールの治療で大分回復しているとはいえ)重症の身で教壇に立つとは……相澤先生の教師魂には感服する。

 そして俺たち生徒の心配する声を他所に、相澤先生は第二声に言葉を続けた。

 

「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

 どこか不安を煽る様な口ぶり。緊張と不安に包まれる中、出てきた二言目は――――

 

「雄英体育祭が迫っている!」

「「「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」」」

 

 いや、それ何かあり気に、勿体気に言う事か? 

 



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体育祭編
第11話 体育祭、開幕――


先に投稿したEpisode.EXは同回の冒頭に書かれているように雄英卒業後の話であり、マルチバースを前提としたクロスオーバー主体の内容です。
気が向いたらそっちも続けて行こうと思いますが、本編に戻ります。


「雄英体育祭が迫っている!」

「「「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」」」

 

 いや、それ何かあり気に、勿体気に言う事か? 

 しかし敵に襲撃されて一週間と経たずにこの決断。俺たち生徒の中でもその事に疑問を抱くものはいる。

 それに対する返答はこう――――逆に開催する事で管理体制が盤石であるという学校側のアピール、同時に自分たちがどれだけの力を付けているか全国のヒーローに生徒個人がアピールする最大のチャンスである――――という事だ。

 

「当然名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。年に一回…計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

 

 その言葉と共にHRは締めくくられた。

 

 

 

 んで! その後は特に描く事もない無いのであっという間に時間は経過し体育祭の日がやって来たー。こなけりゃいいのに……というぐらいダウナーなので今回は巻きに巻きに巻いてダイジェスト風にお送りしちゃおう。

 

 

 

 周囲も慌ただしい様子を見せてる。

 開催予定時刻も間近に迫ってきた所為だろうか。皆緊張をほぐす為か会話を弾ませる者から何かしらのルーティーンを行う者まで、一様にその時を待っていた。

 で、金術錬錆はというと――

 

「人人人人人人人人人人……よっし、十回書いた。これで大丈夫なはず」

「金術あんたどんだけ書いてんの!?」

「だだだだだ大丈夫! みみみみ峰田だってそれなりに書いてるぞ?」

「大丈夫じゃないよね、それ!?」

「正直って大勢の前に立つのコワイ。穴があるなら、埋まりたい!!」

 

 金術錬錆は緊張して震えているようだ。

 で、いざ入場開始になると…

 

「よっしゃ、気合入れていくぞぉ!!」

 

 まぁ、なんという事でしょう。

 先ほどまでガチガチに緊張していた金術少年が別人のように変わっているではありませんか。これには周りにいたクラスメイトも驚きを隠せません。

 

「あんだけ緊張してのにいざ本番になると人が変わるよね、金術って」

「てかもう二重人格のレベルじゃね…?」

 

 そんな感じになんやかんやあって入場を終え、いざ開会宣言。

 選手代表として登壇するのは何と爆豪であった。……まぁ一般入試主席合格だし、ある意味当然と言えば当然なのだが。何故あの爆豪(ヤンキー)が戦闘だけでなく勉学まで優れているのか、というか爆豪(ヤンキー)が主席という事実にイマイチ釈然しない。

 ――などと考えていたら奴はとんでもない爆弾発言をかますのであった。

 

「せんせー、俺が一位になる!」

 

 ――――爆発するのは個性だけにしておけよ。

 無論爆豪の性格を知るA組は「絶対やると思った」と驚愕半分呆れ半分の反応を見せるが、そうとは知らない(まあヤンキー気質な事だけは知れ渡っているだろうが)他クラスは当然のように反感を買う。

 正直言って一位を取りたいという意欲は認めるがそれにA組(うちら)を巻き込まないでほしい。完全に周囲からはA組一緒くたにされているし……。

 で、そんな波乱を予感させる開会式は終わりを告げ、いよいよ本番。多勢を振るい落とす第一種目が発表される。

 

「障害物競走?」

 

 なるほど、競争ともなれば自然と順位が決まる。加え障害物ともなればその場その場での機転が重要となる。ヒーロー科の参加する体育祭という事もあり、振るい落としにはもってこいの競技だ。

 

 

「スターーーーーーート!!」

 

 合図と共に1年全生徒がゲートへと雪崩れ込む。

 だがしかしなんというか、早速振るい落としの時が来ているとも言うべきか。一学年でも500人近い生徒がいるにもかかわらずそのゲートはあまりにも狭かった。故にゲートの中はおしくらまんじゅう状態で詰まりに詰まっていた。

 そして彼はそれを見逃すような男ではなかった。

 パキパキ、と不穏な音が響き渡る。

 先頭に立った轟が他を突き放す為、地面に氷結を張ったのだ。当然氷結の個性を諸に受けた生徒は足先が凍り付き、身動きが取れなくなる。例え氷結を逃れようと足元は氷。滑って思う様に進むこと出来なくなるのだ。

 つくづく便利で優秀、かつ強力な個性だ。だがA組の面目も甘くは無い。彼の個性を知っているが故、それぞれが対策を取り氷結を回避しきり先頭集団へと躍り出る。

 で、この作品の主人公がとった対策というのは至ってシンプルのように見えて実に外道な方法であった。

 

「先に謝っておく。踏み台にさせてもらうぞ、普通科サポート科!!」

 

 そう、普通科サポート科の生徒(氷結の犠牲者たち)を足場にして前へ躍り出る事であった。散々爆豪の事をヤンキーと言っておいてこの所業……まさに外道である。

 なお自分の個性を使って、という違いはあるものの轟対策が峰田と被ってしまい錬錆は少し落ち込むのであった。自分が外道ルートを選んだだけに余計に。

 ああっ、なんか峰田の元気な声が響くなぁ……

 

「轟のウラのウラをかいてやったぜ、ざまあねえってんだ! くらえオイラの必殺…『GRAPE…』」

 

 と、何か言いかけた瞬間峰田が突如として現れた何かに吹っ飛ばされ転がっていく。

 

「峰田くん!!」

「峰崎ィィィ!!」

 

 出現したそれは一般入試生にとってはとても見覚えのあるものであった。

 

「あれは……入試ん時の仮想敵!?」

 

 しかも1Pや2Pのものだけでない。巨大な0Pが、それも複数立ち並んでいる。

 最早これだけ出てくると驚愕よりも「よくこれだけ作る予算あるなぁ」という関心の方が勝ってしまう。というか八百万も同じ感想を抱いている。お金って大事だよね。

 だが悲しいかな。轟焦凍にとっては障害にすらなりえない。

 轟の放つ凍結が瞬く間に正面のロボインフェルノを凍り付かせる。

 巨大な障害物が動きを止めたという事もあってか、後続が次々とエサに吊られたクマーの如く轟の後をついていく。なおこの時何も考えてなかった錬錆も普通について行った。

 が、異変は直ぐに起きる。

 

「えっ、ちょちょちょちょちょちょちょ!?」

 

 ギギギ、と金属が擦れ合う不吉な音が響くと同時に凍り付いた0P敵がゆっくりと、だが確実に倒れていくのが目に映る。

 これが金術錬錆が目にする最後の光景となった――――

 

「ア”ッーーーーーーーーーー!!(汚い高音)」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 Wow…金術錬錆よ、ここで死んでしまうとは情けない。

 しかもこんな情けない断末魔とは……。俺ちゃんは悲しいぜ。

 えっ? 地の文がいつもと違うって。それを気にしちゃおしまいだぜベイベー。

 実はここだけの話、錬錆くんが自伝書くって時に「体育祭の話は外せないけどどうしても書きたくない」っていうからさぁ。俺ちゃんが聞いた話をちょちょちょいっと冗談交じりに書き足したって訳よ。

 ホント、ここだけの話だぜ読者諸君!!

 それじゃ、続き行ってみよう。

 メガホンいい? カチンコ鳴らすよ? はいヨー、カット!!

 

 

 

 えっ、俺ちゃんの正体は誰かって?

 それは言えないのがお約束! ……なぁんて終わると思ったかヴェカめ!!

 しっかりファンサービスはしないと誰も着いてこないからな。だから自己紹介はちゃんとしよう。

 モニター前の諸君、しかとその耳に焼き付けろよ!

 そう俺ちゃんは!! 親愛なる地獄からの使者! デッドp「いい加減にしろバカ」(その後は書き殴られているようで解読が出来ない。大人しく本編戻るとしよう)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 倒壊したロボ・インフェルノは後続の選手の行く手を妨害する瓦礫と化した――

 いや、それだけではない。

 金術錬錆をはじめ、倒壊する時にロボ・インフェルノの真下にいた生徒の何人かが巻き込まれ瓦礫の下敷きとなった。

 その事実が荒事になれていない一般生徒の足を止めている。

 が、そんな心配は全く持って問題なかったようだ。

 

「死ぬかぁーー!!」

『あぁっと!! A組切島潰されてたーーーーっ!! ウケるぅ!!』

 

 まず生き埋め犠牲者その1、切島鋭次郎。

 自身の肉体を硬くする事で最強の盾にも最強の矛にもなる『硬化』の個性により大したダメージを受ける事もなく耐え切って脱出したのだ。

 で、

 

「A組のヤロウ本当に嫌な奴ばっかだな!!」

『B組鉄哲も潰されてたーーーーっ!! ウケるぅ!!』

 

 次に犠牲者その2、鉄哲徹鐡。

 自身の身体を鋼にする事で最強の盾にも最強の矛にもなる『スティール』の個性により大したダメージを受ける事もなく耐えきって脱出したのだ。

 そんな個性ダダ被りコンビの後に続くのは――

 

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッッッッ!!」

『A組金術も潰されてたーーーーっ!! 超ウケるぅ!!』

 

 犠牲者その3、金術錬錆。

 瓦礫と化したロボ・インフェルノが接着すると同時に個性による分解だけを行って潰されない程度のスペースを確保。その要領で瓦礫を分解し続け、一人ホラー調に脱出したのだ。

 切島が鉄哲と個性ダダ被りという事実にただでさえ地味なのにと嘆き、それを鉄哲が追う中錬錆は叫ぶ。

 

「轟お前ぇ……その手の妨害は俺の十八番だぞ!! 俺がやる時に印象薄くなるじゃねえか!」

『何にキレてんだーー!?!?』

「悪ぃ」

『お前も謝るんかーーーーい!!』

 

 ――――ホント何言ってるのやら。

 そんな錬錆(バカ)を他所にA組の面々(しゅうい)の動きは速かった。

 決してB組や他科の生徒が悪いわけではない。だが敵の襲撃という不相応の経験が各々の糧となり、行動という結果として現れている。

 で、

 

『落ちればアウト、それが嫌なら這いずりな!! ザ・フォーーーーーーーール!!!』

 

 これどうやって作ったんだよ、あっパワーローダー先生が掘削したのか。と一回り考えて納得するような如何にもな光景が目の間に広がっていた。

 正直高所恐怖症の人にはきついだろ、いや高所恐怖症でなくっても怖いわ。万が一でなくても落ちたらどうなるんやら……。なぁんて考えている内に飛行手段持ちの面々や跳躍力自慢の蛙吹、大量のサポートアイテムを装備した女子が我先にと既にフォールに挑んでいた。いつまでも尻込みしてても意味ないか、とため息をつきつつ錬錆も動きを始めた。

 

(個性を使って自分をアピールする場、ってなら態々綱渡りしなくてもいいんだよな? 飛んでるやつもいるわけだし)

 

 思考を回すや否や即行動。

 錬錆の手が地面に触れると同時に異常なまでに土が盛り上がる。そしてそれは徐々に形を成し、対岸へと繋がなる橋へと変わったのだ。

 

『おおっっと!? A組金術、新たな道を創り出したぁ!? 解説のミイラマン!! これは良いのでしょうか!?』

『個性の範囲でやれる事をやってんだ。別に構いはしない。ただしこれは後続について来いって言ってるようなもんだ。これをどうするかはあいつの腕の見せ所だ』

 

 そう解説がされている間に錬錆は第二関門を超えていたところだ。イレイザーの言う様に、その後ろから続々と普通科サポート科の面々が錬錆の後を追っていた。

 

「蜘蛛の糸で助かるのは一人だけ。後は諸共落ちろ」

『えげつねぇええええ!?』

 

 何をしたかって?

 創った橋の崩壊である。もう一度言おう。創った橋の崩壊である。これによりあわよくば楽しようとした生徒がみるみると奈落へと放り投げだされていく。

 これを遥か後ろから見ていた生徒はどう思うだろうか。そんなの決っている。「これがヒーロー科のやる事か」と。そんなもん知ったこっちゃねぇやと言わんばかりに錬錆はスタスタと走っていくのだった。

 なお第三関門の地雷原に関しては地雷踏みまくったと面白みも欠片もない内容なので飛ばしていこう。

 

「アーーーーーーーーーッ!!(地雷を踏んだ鳴き声)」

 

 ――――っとまぁ何やかんや最終的に20位で予選を通過した。

 第一予選が42人の狭き門の内20位と(全体から見れば十分上位だが)何とも言えない中途半端な順位となってしまった。

 そして予選二回戦の騎馬戦――――は障害物競走以上に見せ場もなく敗戦したので書きたかった1シーンだけ振り返ろう。

 それはボッチにとっては地獄の時間、グループ作ってくださいタイムにて一人黄昏ていた所、耳郎・葉隠・砂籐に誘われてチームを組んだ直後の事である。

 

「葉隠ちゃん……個性を生かす為とはいえ女の子g――――」

 

 っと言いかけた所で耳郎のイヤホンジャックが突き刺さり爆音が体中に響いた。

 

「まだ何も言ってない……」

「言おうとしたじゃん」

「金術くんのえっち///」

 

 なんでさ。

 




体育祭編は元から本戦に進まない予定だったので正直キンクリしてもよかったけど、何だかんだ書いてて楽しかった。


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職場体験編
第12話 ヒーロー名


本編後の追加エピソードでやろうとしていた事、本家で先にやられた件について

それはさておき、皆さまお待たせしました。特にもう書く事ない体育祭はキング・クリムゾンして職場体験編へと入ります。


 赤イ――――

 

 アアッ、赤イ――――

 

 

 

 眼前に広がるのは何もない、ただ全てが赤く染まった世界だった。

 ここはどこだろうか……。

 そんな事を思っていたところで空間に異変が生じる。

 足元で蠢いている何かは徐々に人の形へと変わった。そしてそれは形を成した瞬間、上半身に当たる部分が突如とはじけ飛んだのだった。

 ビチャッ、と生々しい音と共に赤々とした液体がべったりと顔にへばりつく。

 

 キモチワルイ――――

 ああっ、ホントウにキモチワルイ――――

 

 そんな感情が渦巻いた瞬間、世界が暗転した――

 

 

 

 目をあけると見慣れた光景が眼前に広がる。

 ああっ、知っている天井だ――

 体育祭の疲れがまだ残っているのだろうか? とても変な夢を見た。

 しかし何故だろう?

 何故か、とても、どこか懐かしいような感じした。

 

 

 

 

 

 体育祭の翌週――――その週初めは体育祭の代休として当てられた為、次に登校する事になったのは実に週の半ば――水曜日だった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 えっ? 前回体育祭の予選が終わったばっかじゃないかって? ぶっちゃけ本戦の流れは原作とほぼ同じで単なる解説回になるだけだからな。そんなもん最初の戦闘訓練だけで十分だ。書ける内容はあるにはあるんだが、正直蛇足にしかならないし少ししたら分かるような内容だし、そもそも本当その先出てこないような奴の為に割く尺が勿体ない。 まあそんなこんなで大した見せ場もない体育祭の事を態々話にする必要も無かったので、さっさと次の話に進むとしよう。

byデップー

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 で、いつものように教室の中に入るとやはり話題は体育祭での周囲からの反応に関する事で持ちきりだった。

 やはり全国中継されている事だけあり、皆通学途中に声をかけられてチヤホヤされたようだ。ヒーロー候補生とはいえ、まだ高校一年生。思春期真っ最中だ。そうでなくとも人に称賛されるのは気持ちがいいものだ。浮足立つのも無理はないだろう。

 淡々と席に座ると案の定真後ろの上鳴があいさつがてら登校中の事に関して訊ねてきた。

 

「よっ、金術。お前はどうだったよ?」

「どうだったって何が?」

「とぼけんなって。全国中継された体育祭の後だぜ? 声かけられなかったってのはねぇだろ」

「…………ずっと気配殺してたから誰からも声かけられなかった」

「それはそれで逆にスゲェ!?」

 

 葉隠でも声かけられたのに、と言われたが余計なお世話だと言いたい。

 っとまぁそうこうしていたら予鈴が鳴り響き相澤先生が教室に入って来る。その途端先ほどまで騒がしかったのがピタリと止んだ。これはもはや調教なのでは、と疑問すら思うが口に出すと怖いので心の奥に閉まっておこう。

 

「今日のヒーロー教育学、ちょっと特別だぞ」

 

 と、何やら前置きを出して来た。何かあり気な口ぶりに「小テストか何かか~?」と後ろからビクビクとした小声が漏れ聞こえたのもあり、緊張が増してくるの感じる。が、その内容とは――

 

「コードネーム名の考案だ」

「「「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」

 

 ヒーロー科らしいといえばらしい割と普通なものだった。

 だからみんなそれいつ合わせてるの? 何か仕込んでるの????

 まぁそれも相澤先生の眼力ですぐ収まるのだが……。

 で。相澤先生の説明曰く、プロヒーローからのドラフト指名に関係するというものだ。

 指名が本格化するのは経験を積んだ2年生以降からで、今回のは所謂『試用期間』。将来性への興味であり、それが無くなれば一方的にキャンセルされるらしい。わざわざそんなネガティブなこと言わなくっても……。しかし相手に気に入ってもらえれば関係は継続するという事でもある。お試しだからと言って気を抜いていい理由にはならない。

 で、その肝心な指名はというと――――

 

轟:4,123

爆豪:3,556

常闇:360

飯田:301

上鳴:272

八百万:108

切島:68

麗日:20

瀬呂:14

金術:1

 

 という事になった。

 例年はもっとバラけるらしいのだが、No2の息子というネームバリューがある轟と予選から常時大暴れした爆豪に見事に指名が集まってしまっている。よくよく見ると本戦に出た芦戸や青山、緑谷は指名すら入っていない。偏ったからってここまで大きく出るか……と考えていた思考がある一文字により一瞬にして停止を迎えた。

 

 

金術:1

 

 

 なんだろう、見間違いかな? なんか見覚えのある名前が一番下にあるぞぉ。うん、見間違いに違いない。そうだ。もう一度見てみよう。

 

 

金術:1

 

 

金術:1

 

 

金術:1

 

 

 

「ンンンンンンンンンンンンンンンンンンっ!?!?」

 

 なんか指名入ってるううううううううううううううううううううううううううううう!?!?(※大事な事なので合計3回書きました)

 

「ちょ、金術お前指名入ってんじゃん!?」

「アハハ……ソウダネー、ナンデダロウナ」

 

 後ろから肩を掴まれユラユラと揺らされるが、最早自分自身でも「どうしてこうなった」と言いたい。

 やはり他の人間から見ても疑問に思ったのか、芦戸がストレートに「なんで予選落ちの金術に指名入っているんですか」と訊ねる。止めてくれ芦戸、それは俺自身自覚してるからちょっと傷つく。

 

「本戦はあくまで“個人でアピールする機会を増やせる”ってだけだからな。上位に行けば行くほど注目は集まる。ただし事務所の方針、個性の共通性、その他諸々の理由でヒーローの目に留まれば予選落ちでも十分指名はありえる話だ。現に例年は予選落ちでも指名を受ける者は数名いた。だが先程も言った通り、今年は注目が偏った。その影響で予選落ちからの指名は金術だけだった、って話だ」

 

 なるほど、と周囲は頷く。それでも芦戸と青山はどこか納得していない様子を見せるが……。

 で、何でそんな話になったかというと、再来週から1週間の間指名の有無問わずヒーロー事務所のへの研修――所謂職場体験に行くという話だからだ。

 体験とはいえ、一時的にヒーロー事務所に身を置きある程度の活動を行う事は予想される。その為に自身のヒーロー名を決める必要があるという事だ。

 相澤先生が、仮ではあるが適当な名前は、と言いかけた所でまた教室の扉が開いた。

 

「適当な名前付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 その声の主は、腰まで伸びたロングヘア……。女王様を思わせるボディコン……。そして素肌の上にそのまま着ているだけとしか思えない体系が丸わかりな極薄タイツ……。こんな特徴的なコスチュームする人他にいねぇよ。

 

「この時の名が世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!!」

 

 体育祭で1年審判を担当したことでお馴染、18禁ヒーロー:ミッドナイト先生だ。

 なんで担任でもないこの人が、と思った矢先に「ヒーロー名の査定なんて俺にはできん」とか言っていつもの寝袋に入っていく相澤先生が見えた。だから担任がそんなんでいいのかよ。

 でも寝転がる前には、

「将来自分がどうなるか、名付ける事でイメージが固まりそこに近づいてく。それが“名は身体を表す”って事だ」

 と大変ありがたい言葉を残して眠りについた。

 やっぱ担任は相澤先生以外ありえないは。

 

 で、それから数分が経過したのちに各々が決めたヒーロー名の発表が始まった。

 先陣切った青山が英語とフランス語ごっちゃにした名前をだしたり、続く芦戸が某地球外生命体な名前にしようとしたり、梅雨ちゃんが某山梨の王様みたいな名前の会社のマスコットの一人みたいなかわいい名前にしたりと(爆殺というド直球にヒーローとしてアウトな名前を入れようとした爆豪を除いて)終始賑やかな雰囲気に包まれていた。

 とはいえ、他人の発表ばかりにうつつを抜かす訳にはいかない。錬錆もまた自身のヒーロー名を思案しなければならない。

 もっとも、既にいくつかあった候補2つまでに絞り終えており後は周りの雰囲気を見てどちらにするか決めるだけなのだが……なんか後ろがうるさい。

 

「上鳴…さっきからウンウンなに唸ってんだ?」

「いや、俺ってこういう考えんの苦手なんだよ……。何も考えてねぇ」

 

 まぁ分からなくもないが候補ぐらい考えておけよ。梅雨ちゃんみたいに子供の頃から決めてる子もいるんだし。

 そう呆れていると話を聞いていた耳郎さんが輪に加わって来た。

 

「じゃあウチがつけてあげようか? “ジャミングウェイ”ってのはどう?」

「おっ、「武器よさらば」のヘミングウェイもじりか!? うん、インテリっぽくってカッケェ!!」

 

 いや、それよりももっと理由になりそうなものがある気が……。

 

「いやっ、折角強いのに、ブフッ、すぐ…ウェイってなるじゃん…」

「ンンンンwwwwwwwwwwww」

 

 我、予想通り過ぎて腹筋大爆発。

 当然お前ふざけんなと上鳴は怒るが、耳郎はそんな事を気にも留めず自分のヒーロー名を発表する為に壇上へ向かっていった。

 そんなやり取りの中、上鳴のヒーロー名に関してティンときたものがあったので先の会話を続ける事にした。

 

「それだったら、“ライトニングウェイブ”なんてのはどうだ?」

「ライトニングって確か稲妻を意味する言葉だろ? 稲妻の波、うん! 俺の個性ともかみ合ってるし、カッケェな」

「いや、それもあるけどお前個性使った後『ウェ~~~~イ…』ってなるだろ? 昔やってたヒーロードラマの主人公の叫び声も『ウェイ』だったし、必殺技に電気を使うからさ。それにチョットひっかけた」

「お前もかぁぁぁぁぁ!!」

 

 上鳴、再び絶叫。

 そんな事を他所に元々絞っていたヒーロー名をどれにするか、それが決まった錬錆は壇上へ上がり己のヒーロー名を口にした。

 

「錬金ヒーロー:ヨルムンガンド! それが俺のヒーロー名……です」

 

 ヨルムンガンド――

 北欧神話に登場する巨大な毒蛇。巨狼フェンリル・死の女王ヘラと並び「いずれ世界を滅ぼす」と予言された『世界蛇』と称される大蛇。

 その偉大さ故、錬金術のシンボルとされるウロボロスと同一視されている存在の名だ。

 

「ウロボロス、ってそのまんまなのも味気ないから少し捻りました」

「名前の由来もハッキリしてるし。うん、問題ないわね」

 

 正直言ってNG食らわなくって安心した。由来が由来だけに再考食らうと思っていた。

 その後もヒーロー名決めは(再考食らいまくる爆豪を除いて)順調に進んでいき、無事全員の発表が終わった。……緑谷が蔑称である『デク』をヒーロー名にすると言ったときはクラス中が騒然としたが。

 で、元々の本題である職場体験に話は戻る。先に発表されたプロヒーローからの指名数だが、指名を受けた者はその中から、指名の無かった者は受け入れ可能な全40の事務所から選択するとの事だ。

 で、問題が一つ……

 

「せんせーい。俺指名一つしかないんですけど、その場合って……」

「無論、自動的にその事務所がお前の職場体験先になる。本来あった体験先決めに使うはずだった時間、合理的に過ごすんだな」

 

 マジか……。

 

 この時、錬錆の心は諦め4割:恐怖6割で占められていた。

 唯一錬錆を指名したのは断罪ヒーロー:ブラッドサーティーン。

 彼の、師匠の事務所であった。

 




ブラッドサーティーンは本作オリジナルのヒーローです。
と言っても、私の過去作に出てきたキャラのセルフリメイクですが。


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第13話 どれだけ成長したか、今ここで示してみろ

免許持ってるけど車もってない。
なので運転の感をなくさない為にGTA始めたら見事沼に沈んで執筆が中断してました。

だが私は謝らない。

本編と本編から数年後を描くアベンジャーズっぽいよく分からん話を書き終えるまで執筆を止めないと決めたからな



そんな前置きという名の言い訳は置いといて本編再開します。


 

 拝啓、お母様――

 今朝ぶりですがお元気でしょうか。

 僕は元気です。

 お母様は『お礼参り』という言葉をご存知でしょうか?

 なんかグレタ人たちが自分たちを陥れた相手に制裁を与える、という八つ当たり以外の何物でも無いアレな行事です。

 個性が誕生する以前は犯罪者の方々がお世話になった警察官にやったり、またある場合はヤのつく現在絶滅危惧種の職業の皆さまの抗争の原因となったりするものです。

 それはヒーロー社会となった現在も変わりないようです。

 何故そんな事を言ったのかというと、今目の前でお礼参りが起こっていて、それを職場体験先のヒーローが返り討ちにする現場に遭遇してしまったからです。

 

 

 

 

 

 遡る事数日前の昼休み――――

 

「みんな~、どこに行くか決まった~?」

 

 そう訊ねる芦戸の声が教室内に響き渡った。

 まぁ話題がそうなるのは自然の摂理というやつだろう。自分の将来――とまで言っては大げさだが、自身のステップアップをする上で職業体験先選びは重要な事だ。俺みたいに単独指名とか峰田みたいに欲望丸出しなのを除けば悩んで当然だろう。で、あれば他者の選択やその基準を参考にするのも悪くない。

 そうだ、そうやって悩むのも悪くない。何せ僕はまだまだ若者だもん。

 なのになんで。なんで、なんで単独指名で選ぶ権利も与えられないのさ。しかもそれが寄りにもよって――――――いかん、考え過ぎたら全身が震えてきた。

 

ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

 うん、その挙動はまさしく某ブルーベリーみたいな色をした全裸の巨人を目にしてクローゼットの中に籠る風雲〇けし城の如く――――

 

「おいおい、そんなに震えてどうしたんだよ? もしかして今から楽しみって奴か?」

「お前のそのノリが時々うらやましく思うぞ、上鳴」

 

 そんな震えてる様子に上鳴が後ろからがバンバンと叩いてくる。

 ホント羨ましいわ、この能天気さ。とか思いつつ胸の内に抱く本音をポロリとこぼした。

 

「単純に怖えんだよ、俺の体験先」

「なんだよそれ。指名されたんだから胸張れよ」

「それな!」

 

 芦戸、そこ同意しないで。

 マジで怖いから、俺の行くところ。

 そんな恐怖が声にも表れたのか、震える声音で教室に残った皆に一つ訊ねるのだった。

 

「断罪ヒーロー、ブラッドサーティーン……その名前聞いてピンとくる奴いる?」

 

 しかし反応は薄く、「誰だ」という声がチラホラ聞こえてくる。

 まぁ正直マイナーなヒーローだから知っている奴なんて――

 

「断罪ヒーローブラッドサーティーン!? メディアへの露出が極端に少ない影響で一般認知度が低くヒーローチャートでも毎回100位圏外でありながら、数多くの未解決事件を解決していて、現役ヒーローでの敵検挙数はトップ10入りするとも噂されているバリバリの武闘派ヒーローじゃないか!!」

 

 いたよ。

 てか説明しようとしたこと全部緑谷に言われた。緑谷なら仕方ないけど。

 

「まぁ今緑谷が言った通りのヒーローが指名先なのよ。ついでに一言付け加えとくと……俺の師匠なんだ」

 

 最後だけ明らかにトーンが落ちているのが駄々漏れになった。

 その後も「怖えよ……入学前ですら実戦形式の組手ばっかやらされたのに今ヒーロー候補生だよ。どこまで無茶させられんのか分かんなくって怖えよ……」なんて暗いトーンでぶつくさ言うもんだからその様子見た皆誰も彼の事を羨もうとしなくなった。

 そんなテンション真っ逆さまな状態でも時間だけは無常に過ぎ去るもので、あっという間に職場体験初日の日を迎える事となり……

 

 

 で、冒頭の一分前――――

 

「―――――――あーっ」

 

 眼前に広がるは『13番探偵事務所』、つまりブラッドサーティーンの事務所の看板だ。(ヒーローの事務所なのに探偵事務所ってなんだってツッコミは止してくれ。この人ヒーローとか言いながら実質やってること探偵みたいな感じだから)

 しかし来てしまった、この日がついに来てしまった……

 皆「ヒーローの現場で活動できる!」と大層意気込んでいるが正直憂鬱でしかない。そりゃ皆憧れだったり目標とするヒーローの下で(一時期的とはいえ)活動できる嬉しさは分かるけどさ、誰が好き好んで自分の師匠の現場に行かねばならないのか。

 だがいつまでもこうしている訳にはいかない。人間嫌な事でも絶対に立ち向かわないといけない時がある。俺の場合は今この瞬間か――

 そう自答を終え、カツを入れるために頬をパンパンと叩く。

 よっし、行こう。慣れはしないが、親しんだ場所ではある。挨拶は大切。戦に臨む忍者も挨拶は欠かさないと言うからな。元気よく行こう!

 

 そう覚悟を決めて扉に手を伸ばした瞬間だった――

 

 バァン!! と大きい音を上げなら扉が吹き飛んでいく。

 というか一緒になんか飛んでいったんですが……

 そのなんかの方へ視線を向けようとすると事務所の中から男の声が響いてきた。

 

「ったく……せっかくお勤め終えたばっかだろ。なのによぉ、なのに一番最初にやる事がこれかよ……。バカは死ななきゃ治らないっていうが、この手のバカと会うのは久しぶりだな」

 

 先ほど覚悟を決めたばかりというのに、それが一瞬にして消え却っていく。

 その声を聴いた瞬間先ほど飛んで行った存在への意識は失せ、彼へと目を配らざる得なくなる。

 

「選択だ……。もう一回ムショ暮らしするか、相模湾に沈められるか……。さぁ、選べ。好きな方に送ってやるぞ」

 

 

===========================================

断罪ヒーロー ブラッドサーティーン

個性:エナジーバレッド

注訳:金術錬錆の師匠

===========================================

 

 

 拝啓、お母様――

 今朝ぶりですがお元気でしょうか。

 僕は元気です。

 お母様は『お礼参り』という言葉をご存知でしょうか?

 なんかグレタ人たちが自分たちを陥れた相手に制裁を与える、という八つ当たり以外の何物でも無いアレな行事です。

 個性が誕生する以前は犯罪者の方々がお世話になった警察官にやったり、またある場合はヤのつく現在絶滅危惧種の職業の皆さまの抗争の原因となったりするものです。

 それはヒーロー社会となった現在も変わりないようです。

 何故そんな事を言ったのかというと、今目の前でお礼参りが起こっていて、それを職場体験先のヒーローが返り討ちにする現場に遭遇してしまったからです。

 

 とまぁ目の前でお礼参りに来たらしい敵っぽいチンピラ達をボコる師匠という光景に現実逃避しかけていた。そんな中でポンポンと後ろから肩をたたかれて意識が強制的に戻される事となった。思わぬことに変な声が出てしまった……。なんだよ「ひゃいっ!?」って。

 驚きつつ後ろ振り向くと、そこにはよく見知った女性が立っていたのだ。

 

(ゆかり)さん…驚かさないでくださいよ」

「勝手に驚ていてそう言われるのは心外ね。もっとも、翔に驚かされて呆然としてたんだから当然かもしれないけど」

 

 あの人の事はそのうち片付くから、と言って紫さんの案内で事務所に通された。

 彼女の名前は夜上紫。ブラッドサーティーンが構える13番探偵事務所の事務員さんであり、彼の奥さん。サイドキックから別の視点で彼を支える事やその実務能力からか、事実上のNo2共いわれている。……師匠でも彼女だけには頭上がらないらしい。

 で、まだ騒いでるヒーロー当人は充てにできないので彼女主導の下で職場体験の説明が始まった。と言っても明日以降のスケジュールを簡単に説明するだけだが。

 

「うちは基本朝昼夕の3回はパトロールしてるわ。勿論地方に出張してる時はその限りじゃないけど。長旅、って程の距離じゃないけど今日は移動で疲れてると思うから……パトロールは明日からで。その時は翔かサイドキックに同行する形になるからよろしくね。あと明後日は――――」

 

 流石一年の三分の一は地方での未解決事件や未発覚事件嗅ぎ付けて解決しまわってるヒーローの奥さんなだけある。すごい落ち着いてるし説明も分かりやすい。

 

「――っと、こんな感じだけど……何か質問ある?」

「いえ、別にだいじょぅ――――――」

 

 大丈夫ですと、と言いかけところで思いっきり頬に衝撃が加わるの感じ――――というか感じた頃には身そのものが吹っ飛んでいて壁に思いっきり叩きつけられていた。

 何事かと反転した視界に入って来たのは、先ほどまで表でドンチャン騒いでた師匠の姿であった。

 

「こら若者。そこは何もなくっても聞くのがマナー、って奴らしいぞ」

(不良ヒーローが何か言ってらっしゃる!?)

 

 てか再会早々に弟子を殴り飛ばすとか、貴方どこの次元の師匠ですか。てかこんなノリだったっけ、師匠って????

 少しばかり呆然としていると師匠は呆れる様にため息をつく。

 いやいや、ため息つきたいのこっちなんだけどぉ。

 

「紫、道場の準備してくれ。あと念のために救急キットも」

 

 呆然としたままでいると「お前もコスチュームに着替えて道場来い」とさぞ当たり前のようにそんな言葉を投げかけられた。

 いや、なんでさ。

 なんでいきなり道場に? いくら紫さんに事務所の説明任せてたからと言って改めて紹介とかしないの?

 そんな疑問が頭の中をぐるぐる回っていると、まるでアホかと言わんばかり言葉をつづけた。

 

「初日は説明だけで何もしない、なんて甘い考えは無しだ。分かってる通り、俺は少しばかりスパルタだからな……。錬錆、雄英に入学したこの一ヵ月でどれだけ成長したか、今ここで示してみろ」

 

 あっ、これ実戦形式の稽古(死ぬパターン)や――――

 それを察するにそう時間はかからなかった。

 

 




キャラクター’sファイル

夜上翔(やがみ しょう)
ヒーロー名:ブラッドサーティーン

誕生日 12月24日
身長 186cm
好きなもの 牛乳、嫁さん
趣味 昼寝、銃火器収集

夜上'sヘア 鮮血の様に真っ赤。
夜上'sアイ 輪郭がいいが、真剣になる時の切れ目がヤバい。
夜上'sヘッド 右側の皮膚が吹っ飛んでて真っ赤。
夜上'sハンド 銃タコだらけ。
夜上's全身 細身に見えて割とマッスル。
夜上's脚  その細さでなんでそんな威力出るの的なレベルでキック力がヤバい。

個性:エナジーバレッド
己の生体エネルギーをエネルギー弾に変換し、撃ち出す個性。
この個性で最も重要なのは『エネルギー弾を撃ち出す銃身』であり、彼は基本的に回転式拳銃を模したサポートアイテムを銃身として使用する。
ただし銃身になりえるものなら何でもよく、奥の手中の奥の手として『自らの身体を銃身と見立てて強力な弾を放出する』というものがある。またサポートアイテムが無い際は指鉄砲の様にエネルギー弾を撃ち出す事も可能。
要は霊丸。その気になればサイコガン。
元々は単にエネルギー弾を撃ち出すだけの個性だったが、本人の努力により雷の属性を付与した弾を撃ち出せるようになった。しかし只でさえ生命力を消費する個性に加えてそれの燃費は通常の倍以上なので、文字通り必殺技でしか扱わない代物である。


概要:
本作オリジナルヒーロー。
錬錆の幼少期に起こったある一見以来、彼の面倒を見る様になり半ば師弟関係を築く。
若い頃は街の用心棒を自称しヴィジランテ活動に従事していて、その度も警察のお世話になっていた。しかし19歳になる頃に師となる人物と出会い、以降ヴィジランテ活動を止め正式にヒーロー免許取得に向けて行動するようになる。
少なくとも24歳の頃には独立した模様。
余談だが彼は本作用に作ったキャラではなく、元々作者が別作品の二次創作執筆していた際に生まれたオリジナルキャラクター。その頃の大半の作品で主役扱いされていたが、そっちの二次創作をしなくなったので容姿や一部設定を流用する形で登場することとなった。


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第14話 ヒーローの在り方

もう少し話数かけるのが筋なんでしょうが確実にぐだるので、職業体験編は本話含めてあと2~3話の予定です。

オリジナル展開書くの難しいけど割と楽しいですね。

では本編再開します。


 前回の簡単なあらすじ

 職業体験に来たらいきなり実践稽古始める事になりました……

 

 

 

 言われるがままにコスチュームに着替え道場へと足を踏みいれた。

 ちなみに白衣はあらかじめ脱いどいた。だってあれ絶対邪魔になるもん!!多機能性(とカッコよさ)求めてロングコート調の注文したけど、師匠なら先のとこ踏んだりとか絶対してくるし。なので今回は軽装モードである。

 ちなみに師匠はというと元より機能性重視にしているのか上下黒で統一したライダースーツ調のコスチュームに身を包み待ち受けていた。

 軽い準備運動でもしてからでも、と思いきや当の師匠はとんでもない事を言ってきた。

 

「お前がどれだけ成長したかみたいからな……好きに打ち込んでいいぞ」

「いや、好きにって……」

 

 正直に言えば、錬錆は戸惑っていた。

 いや、そりゃまぁ準備運動してからやるもんだと思ってたのにそんな事言われたら驚くのも無理ないが……それ含めてもだ。

 基本錬錆の戦闘スタイルは受けて返すカウンタータイプ。吹っ切れた時という例外を除けば、相手が動いてから行動を起こすタイプである。

 それ故に「好きに打ち込め」と言われてもどこから攻めればいいか判断できないのだ。

 そんな弟子の様相を見逃す程、この師は甘い存在ではなかった。

 

「その迷いが」

 

 言葉を終えるよりも先に身体が動く。

 否、言葉だけを置いて動いていたというのが正しいだろう。

 

「命取りになるぜ――」

 

 次の瞬間には身体が宙を浮いていた。

 その後を追う様に衝撃が全身を駆け巡る。

 気が付いた時には道場の壁際まで飛ばされており、あわや全身を叩きつけられる寸前であった。

 それを目にした師匠はまるで嬉しそうな笑みをこぼした。

 

「なるほど……躱せないと判断するや否や両手でガードしつつ、俺の動きに合わせて半歩下がって威力を軽減したか。前だったらガードだけで精一杯だったが……こいつは関心関心」

(その言い方絶対関心してないだろぉ!?)

「それだけ出来るなら手加減し過ぎは無用だな。こっからは、3割で行くぜ」

(ひぇっ――)

 

 その後はあんまり語りたくない。

 何故かって? 普通にボコられたからだよ!!

 っとまぁ稽古が始まったのが昼前だったのだが、終わった頃には既に日が傾く頃合いになっていたのだ。一応顔とか目立つところは傷にならない程度に加減していたが、それ以外は容赦ない。いや、でも容赦ないと言ってもこれで全力の3割なんだよな……我が師匠恐ろしや。

 まぁそんな感じにボコられ続けたので終わった時には半分延びた状態で道場に倒れ込む羽目になった。

 

「この程度でバテるなんて俺の弟子なのに情けないぞ」

「あんたと……一緒に、スンナや……」

 

 最早声は枯れ、息もまともに続かない。

 こんな時こそ全集中の●吸を、とか言うがそんなん出来るわけがない。

 そもそも初日から6時間ぶっ通し実践稽古とかホント正気の沙汰じゃないわ。

 本来ならばヒーローの活動補助だったり簡単な指導が職場体験の主なのに。馬鹿なの、ウチの師匠は。

 そんな俺を他所に、師匠はというと軽い足取りで道場を出つつケロッとした表情で言葉を続けた。

 

「明日は全日外出予定だからしっかり休んでおけよ。疲れが残ってるから、なんて言い訳はこの業界通用しないからな」

(もし残ったらそりゃあんたの責任だろ!?)

 

 そう叫びたかったが最早叫ぶ元気すら湧いてこない。

 そんななんやかんやで職場体験初日は地獄の様に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 で、翌日――――

 

「おい……」

「なんだ、錬錆」

「これはどういう事ですか……」

 

 思わず言葉を失う。

 全日外出と言うから遠出したりするのかと思ったら、車で10分という近場。しかも眼前に広がるものに驚きを隠せずにいた。

 何せそれはというと――――

 

「どういう事ってそりゃぁ……孤児院だけど」

(だからなんでだよ)

 

 顔の皮膚半分が吹っ飛んでる強面寄り二枚目にちびっ子がたくさん群がっている。

 ナニコレ……俺は夢でも見ているのだろうか。師匠がこんなに子供に好かれるわけ――

 

「お前いま失礼な事考えたろ」

「イエ、ソンナ事ナイデスヨ」

 

 やっぱ怖えよ、この師匠……。なんで考えてること分かるんだよ。

 

「うちはヒーロー活動で得た報奨の何割かをこの孤児院に寄付してるんだ。で、俺も紫も子供好きだから、こうやってたまに訪ねてチビ共の相手をしてるって訳」

 

 なるほど。しかし師匠が子供好きなのもそうだけど、寄付してるってのは意外だ。

 ――――などと考えていたらノールックで放られたボールが脳天を直撃した。もうこれ以上余計な事は考えないようにしよう。

 

「それよりも錬錆。お前がヒーローになろうとしてる理由、なんだったか?」

「えっ――、そりゃあたすk――――」

「『助けを求める人に手を差し伸べる為』、だったな」

 

 訊いといて自分で答えるなや!?

 てかそれよりなんでこのタイミングでその話題が出てくるのか。

 そう思っていると彼は更にこう続けた。

 

「それは結構。ヒーロー以前に人として立派な思いだ。ヒーローの中にゃ『敵をぶっ飛ばしたいから』『みんなにチヤホヤされたいから』しか考えてない奴もいるしな。でもよ、『子供たちの笑顔を守る』。俺自身が子供好きってのもあるが、そういうの抜きにしてもその思いをヒーローが忘れちゃいけない。俺は思うんだよ」

 

 『子供たちの笑顔を守る』――――その言葉が深く突き刺さる。

 ああっ、そうだ。なんでこんな何でもない言葉が心を震わせるのか。思い出したよ。

 子供の頃にハマっていた、というか現在進行形で続く憧れのヒーローたちの放った台詞の中にこんな言葉があった。『子供たちの夢を守り、希望の光を照らし続ける。それが■■■■■■だ!!』って。

 人助けがしたい、って漠然としか考えていなかったせいで肝心な事を忘れていた。

 

「まぁお前がこれを聞いてどう思うがそれは勝手だ。とりあえず今日の課題は『子供を笑顔にしろ』、それだけって話さ」

 

 そう言うと師匠は一緒に来てた紫さんを残して院長らしき人と一緒に室内に入っていった。

 そこ監督しないのかい、とは思ったが【課題】と言った事を踏まえると一人で何とかして成果を見せろという事なのだろう。幸いパトロールを始めとする戦闘とはかけ離れた内容だ。であればヒーローがわざわざ監督しなくても良いという事なのだろう。

 しかし笑顔、と来たか。

 錬錆は困惑していた。笑顔にしろと言われても既に子供たちは笑いながら野をかけ回っている。あの中に見ず知らずのお兄さんが入っても却って委縮してしまうものだ。

 そもそもここは既に笑顔で溢れている。そこに今更誰かを笑顔にしろと――――と思いかけていた。その時ふと目に入ったのだ。笑顔にあふれた世界の中、ただひとり輪に入らずうつむく少女の存在に。

 

(もしかして――――)

 

 師匠は言った。

 『子供を笑顔にしろ』と。何も”子供たち”とは言っていない。

 まったく、意地の悪い言い方をするものだ。

 それが真意である確証はない。けれど少女の瞳にはどこか放っておけない気を感じる。であればやる事は、やるべき事は、やりたい事は分かっていた――――

 

 

 

 

 わたしは、このせかいがきらいだ――

 ここには【だれかからひつようとされなくなった】ひとたちがあつまる。そういわれた――

 みんなここにいるりゆうはみんなちがったけどみんなはなかがよかった――

 けどわたしはちがった――

 わたしはみんなとなかよくなれなかった――

 わたしがみたもの、みえたものをはなすとげんじつになる――

 いやなみらいがげんじつになる――

 みんなはきみわるがった――

 みんなはわたしをこわがった――

 そうしてわたしはひとりになった――

 だからわたしは、このせかいがきらいだーー

 つねにめにもやがかったような、うすぐらいせかいがきらいだ――

 

 そんな世界に、光が差し込むとすれば――――

 

「こんにちは」

 

 それは一人の少年(ヒーロー)がもたらすのだろう――――

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 少し明るめ意識して声をかけてみた。

 が、返答がない。声をかけられた少女はただただこちらをジーっと関心あるのか無いのかよく分からない目で見つめるだけ。

 あれ?自分から声かける事に不慣れ過ぎて声裏返っていたか?

 いやいやいや、そんな事気にしてる暇はない。

 こちらが挙動不審になっては相手に不安を与えてします。そうだKOOLだ、KOOLになれ金術錬錆。こういう時は年長者として余裕あるところを見せなければ。

 

「こんなところで一人、なにしてるのかな?」

 

 しかしへんとうがない。こまった。

 いや、マジで困った!? 自分が出来るうる限りの笑顔を浮かべながら声をかけたのに何の反応もないという成果なしの現状に早くも心が折れかける。あれ、俺ってこんなにメンタル弱かったっけ?

 

「あのぉ……」

「3秒後……」

 

 返答、反応があった!?

 その事実に少し浮かれてしまった。そう、浮かれてしまったのだ。

 そのせいで続く言葉に反応できなかった。

 

「右に避けて」

 

 この子なにを言っているんだ?

 そう頭の中がクエッションマークで埋まりかけたその時、後頭部に地が割れんばかり激痛が走った。

 不意の一撃を受けると頭が割れる様な痛みがするってよく聞くけど本当にそんな痛みが……てか実際割れてるわ!? ちょこっとだけだけど血出てるし。

 

「すみませ~ん。トンカチ落としちゃいました~」

 

 野郎ぶっころしてやる!?

 ――――じゃなくじゃなくて。落ち着け、落ち着け俺。

 いくら相手が気の抜けた誠意のない謝り方をしたとしても俺はヒーロー科の学生だ。そう簡単にキレてしまうのは良くない。そう、大変よろしくない。

 そうだ、こういう時こそ素数を数えるんだ。素数を数えて落ち着こう。1,3,5,7,11,13,17,19,23,29……よっし、これ以上はめんどくせぇ。これで落ち着いたな。(この間僅か0.1秒)

 

「っ~~~~~たく、気を付けろよな!!俺だからよかったけど子供たちに当たったら大事だぞ!!」

 

 いや良くねえけどな!? 本当良くないけどね。

 大事な事だから2回言いました。

 まったく、子供たちが外で遊んでる時に屋根の上で作業してるとはなんとも不用心な職員もいたものだ。

 それよりも――

 

「きみは大丈夫だった?」

 

 問題ないとは思うが、一応確認するのが筋だ。

 落ちてきたものがそのまま彼女に向かっていく、というのも無くは無い。

 まぁそれは直ぐに杞憂であると判明したが。

 

「わたしの事よりじぶんの心配したら?」

 

 この素っ気ない返答で。

 ンンンンンンン、なんかどこかで心当たりあるぞ。この子供らしくない対応は。

 しかしこの程度で狼狽えてはいけない。

 ここは極めて明るく、そして自然に相手に安心感を与える様に笑って答えよう。

 

「心配いらないよ。ヒーロー科の訓練はもっと痛い事あるし、これぐらいヘッチャラさ」

「そっ……」

「……………………」

「……………………」

 

 しまった。会話が続かない。

 あまりの素っ気ない返答にこれ以上言葉が這い出て来ないぞ。

 元々自分自身があまりお喋りじゃない、寧ろなんで上鳴みたいな陽キャといつもつるんでるのか分からないぐらい隠キャだ。

 こういう時どう会話を成り立たせればいいだ、教えてくれ上鳴。――――などと藁にも縋ろうとしていたらある疑問がわいた。

 

「そういえば、なんでさっき物が落ちてくるって分かったの?」

 

 そう思ったときには既に口に出ていた。

 いきなりそんなこと聞かれたものだから彼女もジトっと少し睨むように見つめてくる。

 しまった、またやってしまったか。と思いきやそれは意外な反応となった。

 

「………たから」

「えっ?」

「落ちてくるって、視えたから……」

 

 『視えた』――――

 確かに今そう言った。

 

「それが、君の個性なのか?」

 

 そう聞くと彼女は静かに頷いた――――

 

 

 

 

 

 そこからわたしははなした――――

 わたしの“個性”について――――

 

 わたしの個性は『未来予知』

 よんでじのごとく、っていうのかな? おとながいうにはそうらしい。これからおきる『みらい』をみるちかららしい。

 

 けどわたしはこのちからをうまくつかえない。

 いちねんぐらいまえからきがついたときには“みえるように”なってた。

 けどそれは“すこしあと”のときもあれば、“ずっとさき”のこともある。

 “みえる”のもわたしのみたいときにはみえない。いつもとつぜんやってくる。

 

 それで“みえる”ものはみんな“だれかがきずつく”ところだった。

 それいがいのことが“みえる”こともある。

 だけど“だれかがきずつくところ”がおおかった。

 そのたびにちゅういした。

 いたいことがおきるっていった。

 

 だけどだれもきいてくれなかった。

 だれもみみをかたむけてくれなかった。

 そしてみんな、わたしがみた『未来』とおりになった。

 

 そうしていつからかわたしはきらわれた。

 みんなからきらわれた。

 

 「災いをもたらす悪魔」「疫病神」…………そんなことをいわれた。

 ともだちも、ともだちのママも、ともだちのパパも……

 そして――――わたしのパパとママも…………

 

 そしてわたしはすてられた

 そしてわたしはここにすてられた

 そしてわたしはいま、ここにいる――――

 

 

 

 

 

 彼女の話は壮絶の一言に尽きるのだろう……。

 未来を見る個性を持ってしまったが故に周囲から蔑まされる。

 異形型個性に対する偏見、というのは授業でも聞いた事はある。しかし未来を見てそれが現実に起こるからという理由でそこまでとは……。

 

 しかしだ。

 なぜ彼女が初対面の俺にここまで話してくれたかは分からない。

 いくら自分より大人でありヒーロー候補生とはいえ、俺は一介の学生だ。師匠やここの院長程の人生経験は積んでない。誰かを導くような力も頭も持ち合わせていないものだ。

 もしからしたら直感的に俺にシンパシーを感じたのだろうか? であれば理由は何となく納得できる。

 だとしたらそれは――――?

 

 なんだ今のは? なんなのだろうか、この違和感は?

 今、俺は何で“シンパシー”などという言葉が出たのだろう? いくら中学時代周囲から蔑まされたからといって、彼女ほどでは……。

 

 いや、今はそんな疑問どうでもいい。

 今やるべき事、俺のやりたい事は分かっている。

 この子を笑顔にする。

 その為に今俺はここにいる。それだけを考えればいい話だ。

 それに、たかが未来が見えるだけで女の子を泣かせていい理由にはならない。

 だからここからは、俺のターンだ。

 

「けどさ、それってすごい個性じゃん」

 

 そういうと彼女はきょとんとした。

 まぁそりゃそうだ。これまで自分を否定されてきた個性(もの)をおそらく生まれて初めて肯定されたのだから。

 

「……どうして?」

「だってさ、未来が視えるだろ? って事は誰かを危険から救えるって事だろ?」

「でも……」

「『誰も聞いてくれない、みんな無視する』。確かにそうだろう。君はまだ幼い。だから幼子の戯言、って真剣に捉えないだろうさ」

「…………」

「でも俺から言わせれば、未来が視える君の言葉を真に受けた連中が悪い!! ただそれだけだ」

「でも、みえたものは……」

「そもそもそこが間違っている。君の個性は視えた未来が現実に起こる【未来予知】じゃない。これから起きる未来の可能性を視る【未来視】だよ」

 

「さっきも言ったけどさ、きっと今まで誰も君のいう事を聞かなかった。だから君自身も誤解していたんだ。けど違う。未来ってのは常に変わっていくものなんだよ。あくまで君が視た光景は可能性の一つでしかない。それだけなんだよ」

「おにい……」

 

 彼女が顔を上げようとした時、かすかな異変が起こる。

 まるで怖い夢を見た、そんな引き攣った顔だ。

 それだけ見れば、今の俺には十分だった。

 

「お兄ちゃん、よけ――――」

 

 言い終わるよりも先に身体が動いた。

 頭の上に落ちてこようとしたそれは、地から急激に生えた植物の蔦に貫かれ空中で制止する。

 串刺刑(カズィクル・ベイ)――――少しばかり安直すぎるネーミングだが、これ以上に似合う技名は無い。植物の種を個性である錬金術で異常発達させ操り、対象を貫く技。少し殺傷性が高いのが難だが、飛び道具の足止めには石壁と並びぴったりな技だ。

 技の紹介はここまでにしておいて――――っと。

 

「何が視えた?」

「お兄ちゃんの頭に、ハンマーが落ちてくるところ……」

「けど今は?」

「落ちてこない……」

 

 こういうのをご都合主義とでもいうのだろうか?

 まさかこうも証明したい事がやって来るとは思わなかった。

 けど言える。だからこそ伝えられる。

 

「ほら、未来は変わっただろ?」

 

 なんでもない、ただただありふれたこの言葉を。

 

「でもなんで……」

「なんで分かったかって? そんなのさっきの話を聞いた以上、君の眼を見れば分かったさ」

 

 そう言い終えると彼女の眼には涙が溢れ出していた。

 諦めていた。ずっと諦めていた事を覆してくれた。それが嬉しかったのだろう。

 そんなこの子をあやすように優しく頭をなでつつ、もう片方の手で小石を拾い上げた。

 女の子の顔が涙だけってのは御免だ。

 だから、今できる精一杯のものを錬成した。

 

「女の子はいつも笑顔でいなきゃだよ」

 

 小さな花を錬成し彼女に手渡す。

 涙は止まらない。

 けど、その顔は笑顔で溢れていた。

 

 

 

 

 

「上手くやったな、あいつ」

「ええっ、そのようね」

 

 二人の様子を夜上夫妻は静かに見守っていた。

 暫しの静寂の後、不意に翔が心の内に秘めた本音を零した。

 

「俺はな、錬錆(アイツ)がヒーローになるっては反対だったんだ」

「あら、意外ね? かれこれ5年は面倒見てるのに」

「…………そうだな」

 

 いつもに比べてどうも潮らしい。

 その心中に秘める思いは当事者にしか分かりえない事だろう。

 

「あんな風に子供の世話して、敵と縁も所縁もない平穏な生活……。そんな未来を俺は願っていた。それがアイツ自身の幸せでもあるって……」

「それで予定になかった訪問を?」

「ああっ……」

 

 錬錆が笑顔にした少女、未来(みき)はこの孤児院に来ていたい一度も笑ったことが無い少女だった。

 彼女の来歴はあらかじめ知ってたが故に、翔は敢えて錬錆と鉢合わせになるよう仕組んでいたのだ。良くも悪くもお互いに影響を受けるだろう。その思惑は見事功を成したようだ。

 

「このままヒーローになるのも諦めてくれりゃいいんだがな」

「あの子が諦めが悪いの、貴方も知ってるでしょ?」

「そうだけど……」

「そんなになってほしくないなら弟子に取らなければよかったじゃない」

「…………それは出来なかった。あの時、俺は間に合わなかった。それが原因でアイツの人生を狂わせたようなもんだ。それが負い目になってんのか分かんねぇが……アイツが決めた事を頭ごなしに否定できなくなった……。ヒーローになる事が辛い事だって、分かってんのによ」

 

 そこから先は何も言えなかった。

 おそらく言葉に詰まったのだろう。これ以上は夫自身も筆舌しがたい感情が渦巻いていたのだろう。

 紫はその事を誰よりも理解していた。

 

「今は見守りましょう。それが私達大人にできることよ」

「ああっ、そうだな……」

 

 




やりやがったデップー……
(ネタバレ:Extra epにデップー出します)


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第15話 金術錬錆 ◆・■■■①

ここからシリアス濃度高めていきます


 その日の夜――――

 事務所の主である夜上翔は卓上に散らばった書類に目を配りながらも日中の事を思い出していた。

 錬錆が相手をしていた少女――彼女は数ヵ月前にあの孤児院に来て以来、他の子以上に他人に対する壁を敷いていた。何かするにしても一人。誰とも遊ばず、誰とも笑わず、誰とも一緒に過ごそうとしなかった。

 彼女がそんな状況であると、まあ知りはしないだろう。だがそんな彼女をアイツは笑わせた。笑顔にさせた。傷付いた彼女の心の扉をこじ開けた。

 人々の心無き悪意に傷つけられた人間だからこそ、そういう相手により沿うことが出来る。

 

「…………」

 

 自らの弟子――金術錬錆が進むべき道。

 彼はヒーローになる事を夢に見た。誰かを救いたい、助けたいという願いを叶えるために。故に彼を鍛えた。職業体験にも招待した。

 だが俺自身の本心としては――――

 

「何見てんの、師匠?」

 

 ――――――――ッ

 深く考え事をしていた所為だろうか、或いは気配を消す事をまず叩き込んだ成果か。もしくはその両方。

 朝起きて顔を洗って服を着替えて朝食を食べる、そんな極々当たり前、そうであるのが自然かの様にこのバカ弟子は師匠の背後を取っていた。

 こんなこと平時でされたら驚かない人間はまずいないだろう。

 いや、それよりも――――

 

「何でもない、子供は早く――――」

「連続行方不明事件……?」

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

「連続行方不明事件……?」

 

 師匠が手にする書類に記された不吉な言葉の並び――――

 確かにそう書かれていた。

 

「そんな事件ニュースでもやってなかったけど……また何か嗅ぎ付けたの?」

「…………」

 

 一間の沈黙が流れた後、まるでしょうがないかと言わんばかりの溜息をつかれた。

 

「メディアで報じられてない。ましてや警察も認識していない。ただ同一人物による犯行であろう、そう俺が目星付けただけのもんだ」

 

 始まりは9ヵ月前――――1人の青年が行方不明になった事から始まった。

 被害者の名前――便宜上Aと呼称する――。愛知県傑競(けっせる)市内の大学に通う当時21歳。大学の講義終了後、アルバイト先である飲食店で勤務。23時に退勤したのを最後に消息が分からなくなったそうだ。

 ただ彼一人だけなら何の変哲もない行方不明事件と扱われるだろう。

 

「ただ、この一件を期に早い時は一週間。長い時は1ヶ月のスパンで行方不明者が発生している。それも、徐々に東に向かって、な」

 

 被害者は推定14人にも及ぶが、年齢、性別、職業、趣味といったパーソナルデータは全てバラバラだ。

 これらの事情が警察機構を、ましてはヒーローたちも見過ごしていた理由かもしれない。

 

「けどそれって師匠の憶測だろ? いくらそれだけで同一犯ってのは――――」

「忘れたのか、錬錆? ウチには鼻の利くサイドキックがいるってのを」

 

 言われてみればそうだ。ブラッドサーティーン探偵事務所所属のヒーローは何も師匠だけではない。

 牙狼ヒーロー:ブルーウルフ。狼男の個性をもち、個性未使用状態でも常人の何倍もの嗅覚をもつ彼であれば犯人の後を追うのも容易であろう

 

「じゃあもう犯人の目星も――――」

 

 言いかけた時に出た答えはノー。

 なんでも最初の被害者が行方をくらました周辺から得たニオイを基に追跡を進めていた。だが2件目、3件目……そうやって捜査を進めているうちに同じニオイは辿れどその存在が霞の様に希薄で手に掴めないものになっていったそうだ。

 

「存在はするのにまるでいないのが当たり前のようにどんどん存在感が失われている。曰く“ニオイが混ざってる“らしい」

 

 そう、まだ見ぬ獲物を求める獣のような笑みを浮かべながら告げた。

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

 カチ カチ カチ カチ

 時刻は既に11時を過ぎた頃だろう。

 町は眠りにつき始め、静寂が支配し始める時間。

 職業体験期間中、錬錆が寝泊まりする一室もまた時計の針が動く音を除き物音一つ立つ事は無かった。

 

「…………」

 

 その中であっても錬錆は眠りにつく事が出来なかった。

 あの後、『話は終わり。子供は早く寝ろ』と言われたのでそれに従い、直ぐに部屋に戻った。

 人間というのは面白いもので、些細な変化で生活リズムが一変する。錬錆の場合、寝慣れた枕と布団でないと寝つきづらい、というものだ。

 それに加えて先の会話――――あんな話を寝る前にされては余計眠りにつきづらいというものだ。

 眼もすっかり暗闇に慣れきってしまい、目覚まし時計の針の動きもよく見えてします。

 針は11時29分を迎えようしていた。

 

「………眠れねぇ」

 

 身体は疲れ切ってるはずなのに頭の方は妙に覚めてしまっている。

 このまま横になり続けてもただ時間が過ぎていくだけかもしれない。

 

「散歩ぐらいは、いいよな?」

 

 体を動かすというのは肉体の疲労と気持ちのリセット、即ち心身ともに影響を与える。

 であれば、ただ横になって待つに比べてたら事務所周辺少し歩き回った方が有意義というものだ。

 そう思い立ったらが吉。寝巻からもしもの為に持ち込んでいた私服に着替えて静かに外に出た。

 幸い借りてる部屋と夜上夫妻(ししょうたち)の寝室は別棟なおかげか、誰に気付かれる事なく済んだ。

 

「…………」

 

 歩き始めて10分ぐらい経っただろうか。

 ふと空を見上げる。

 厚い雲の合間から覗かせる月明かり。半月という事もあってか、その灯しは非常に心もとない。

 これが満月だったら、月がキレイですね、なんて洒落た事も言えただろう。

 もっとも、そんなこと言える相手はいないのだが。

 

「――――戻るか」

 

 既に5月も半ば。夜間だからか幾分過ごしやすいが、日本特有の蒸し蒸しとした暑さが猛威を振るい始める季節だ。

 気分転換の為に、とは言ったがあんまり遅すぎる翌日に影響を及ぼす。

 そうして錬錆は帰路に着く事にした。

 

 

 

 

 

 ドクン――

 

 

 事務所に帰るため足を動かした瞬間、不意に心臓が激しく唸った。

 否、心臓がひとりでにそうなったのではない。

 悪寒――とも言うべきか。

 肌が、鼻が、聴覚が、

 

 ナニカ厭ナモノガ近くニイル

 

 そう訴えている。

 理由は分からない。何故そう思うのかは断言できない。

 ただ、錬錆は己の右目の光を奪われて以来そういう類のものに鋭敏になった。

 ただそれだけの事だ。

 そして人間とはおかしなもので、コワイと思うものほど目を向けようとしてしまう矛盾を抱えている。

 

 イクナ、イクナ――――

 

 心が訴えている。

 理性(じが)が叫んでいる。

 精神(ほんのう)が拒絶している。

 にもかかわらず、肉体(からだ)は脳からの指示を無視して路地裏へと一歩、また一歩と歩みを進めていた。

 

 

 ――――、――、――――、

 

 

 恐怖に勝る興味か、あるいは異変を感じたが故に行動しようとする正義感か――――

 既に錬錆に正常な判断を下す思考は残されていない。

 

 

 ――、――――、

 

 

 咀嚼音だろうか――

 何かが飛び散り、何かが千切れる生々しい音が耳を刺激する。

 それにこのニオイ――

 錆び付いたような、それでいて真新しい鉄の刺激臭が漂ってくる。

 

 ヤメロ、ヤメロ――――

 

 これ以上はダメだと。

 頭では分かっていた。そう、頭で分かっていたなら。

 それを理解する前に帰るべきだった。

 

 だが、もう遅かった――――

 

 

 ピチャッ

 

 歩んでいた足が止まる。

 踏んでしまった、踏み込んでしまったそれを靴伝いで理解しまった。

 

 それは血、血、血、血、、、、、

 まだその宿主が数分前まで生きていた証、生々しく温かい鮮血――――

 

 視るな、視るな――――

 

 血が滴る先、流れる先に視線が向かっていく。

 その眼球に映ったのは――――

 

「――――――――ッ」

 

 理解した瞬間、止まっていた足がようやく動き始めた。

 

 なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ――――

 

 視てしまった、理解してしまった。

 それ故の恐怖――――いや、それを視て、理解したのであれば恐怖を抱かない人間はいないだろう。

 なにせ錬錆が目にしたのは、人が人を喰う瞬間であった。

 よくできたゾンビ映画、と言えればどれだけよかっただろう。

 だがそれはそんな生易しいものではない。

 皮膚は裂け、肉は抉れ、そこから溢れる血を啜り、最後は喰いちぎり咀嚼する。

 サバンナに生ける肉食動物が他の生物を狩る。まさにそんな光景を、人と人とで行われていた。

 

「――――っ、――――っ、――――っ」

 

 気が付いた時には部屋に戻っていた。

 正常な呼吸が出来ない。肺が悲鳴を上げている。

 足は痙攣し、視線は方向が定まらない。

 

 ああっ、有り得ないものを見た。

 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない――――

 

 悪い夢でも見た。

 そう言い聞かせるのが精いっぱいだった。

 そうだ、悪い夢を見たんだ、悪い夢を――

 

 理解したくない、したくもない。

 事実(げんじつ)を直視するのを拒否した少年は眠りについた。

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

「…………」

 

 太陽の光が眼を刺激する。

 それは無事夜が明けた証拠だ。

 

「…………」

 

 昨晩の光景が目に焼き付いて離れない。

 厭な思い出ほど鮮明に思い出してしまう、という話は有名だ。その事実が昨晩の一軒が現実であると告げているようなものである。

 

「朝の陽ざしでも上書きできない、てか」

 

 皮肉たっぷりな、そんな言葉が零れていた――――

 




キャラクター’sファイル

未来(みき)

誕生日 不明
身長 103cm
好きなもの お花
趣味 歌うこと

個性:未来視
これから起きる事を見通す個性。
サー・ナイトアイと同一の個性だが彼女のそれは発動条件がハッキリと分かっておらず、現時点では完全なランダム発動。また見える未来も数秒先から数ヶ月先と非常に疎らである。
彼女が孤児になったのはこの個性によって一家心中から逃れられた為。それ故に彼女自身は「嫌な事が見えてそれが必ず起きる」と錬錆に出会うまでは妬んでいた。

概要:
夜神翔が出資してる孤児院に住んでいる少女。推定年齢5~6歳。
前述の経緯で孤児になったため、警戒心が強く他人とは常に壁を張っている。錬錆と一日で仲良くなったのは、自分と似た雰囲気を錬錆から感じたため。
警戒心が強いと言ったが、所謂猫タイプで警戒心を解いてからは懐いてずっと後ろからついていくタイプ。


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第16話 金術錬錆 ◆・■■■②

グロ注意。残酷な描写タグがようやく初仕事します。


 その日はあっという間に時間が過ぎていった。

 いや、正確にはこうだ。

 何事にも集中できず、ただただ時間だけが過ぎていた。

 

 理由は明白――――

 昨晩、この世のものとは思えない光景を目にしてしまった。

 この超常社会、人に害を為す個性はいくらでも存在する。クラスメイトにしたって、直接的火力が凄まじい爆豪や轟、芦戸のような個性は一つ制御を誤れば容易に人を傷つける。

 13号先生もUSJでの訓練(結局できなかったが)前にそういった旨の忠告をするぐらい個性は代を重ねるに連れて高火力化、複雑化している。

 故に個性による想定外且つ常人ならざる傷害はいくらでも起こる可能性がある。

 だがあれはそれとは別だ。

 

 人が人を喰らう――――

 

 そこに道徳の欠片もなく、倫理は完全に破綻している。

 ()るのは獣の理、ただそれだけだ。

 人の形をしたものがそれを成すというのは、そもそも想像すらしたくないものである。

 

 それを目にした錬錆が平静を保つというのは無理な話であった。

 稽古中は気が乱れた事で蛸殴りにされ、孤児院では相手の子供たちにすら心配される始末だった。

 それでも、問題ない、と引き攣りながらも笑顔を浮かべ続けたのは評価してもいいだろう。

 無論、師匠からはたらふく叱られたが。

 そんな事もあってか、その日の職場体験は早めに切り上げられた。

 日も暮れた後に緑谷から位置情報だけが記されたメールが送られてきたが……正直そんなことに気を回せるほどの余裕はなかった。

 いつもなら22時頃まで起きてるのだが、気が滅入っていた事もあってか21時を過ぎる前には眠りについてた。

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

 子供の泣き声が聞こえる――――

 

 本当に小さい……4歳ぐらいの女の子だろうか?

 ああっ、放っておけない。泣いている子供をそのままになんてできない。

 

 どうしたんだい――――

 

 そう手を伸ばした瞬間、その子は更に表情を引きつらせた。

 

 なんで――――どうして――――

 

 その時初めて気が付いた……

 

 自分の手が、 血と肉片で真っ赤に染まっている事に――――

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

「――――――――ッ」

 

 開かれた左目で今一度自身の手を見つめる。

 なんて変哲もない、いつも通り、血の跡も欠片もない普通の手だ。

 それを見てほっとした。

 

「ああっ、僕は正常(ふつう)だ……」

 

 にしても、厭な夢だった。

 一昨日の晩、目にした一件に引きずられたのだろうか?

 職場体験も折り返し地点に入ったのだし、ここらで気持ちを切り替えなければ。

 といっても、気分転換できるようなものなんて持ち込んできてない。

 軽く散歩……は止しておこう。

 気持ちを切り替えたいというのに、その気分が落ち込む原因となった事をやるのは悪手だ。

 

「………テレビ見るぐらいは、いいよな?」

 

 時刻は5時過ぎ。

 昨晩早く寝てしまったせいか、今日はその分早く起きてしまったようだ。

 この時間帯となればニュースぐらいだが、まぁいいだろう。

 いつもは投稿に時間を奪われる都合上、どうしてもSNSやネットニュースで済まされてしまう。

 こうやって時間がある時ぐらいは牛乳片手にのんびりとニュース番組を見るのもたまにはいいだろう。

 それに番組によっては視聴者のペット紹介のコーナーがあったりするのだが、時間が許してくれるならそこまで見たい。うん、わんこやにゃんこに癒されたい。

 うん、そう思うと気持ちが躍って来たぞ。

 服を着替え、ルンルン気分で事務所へ向かう。

 こんな時間だ。いくらなんでも誰も起きてないだろう。

 そう思いながらドアノブに手をかける。

 

「今日は早起きね。おはよう錬錆」

「あっ、おはようございます」

 

 扉を開いたら先客がいた。

 紫さん朝はやっ。

 思いもしなかった存在に先程までの気持ちは一気に氷点下に落ち、その表情は鉄仮面と化す。

 どうも職場体験中は一人でのんびりとはいかないようだ。

 さらば、今日のわんこ(我が癒し)

 しかしだ、ふと気が付いた。

 まだ5時を過ぎたばかり。いくらヒーロー事務所、加えて夜上夫妻の自宅が隣接していると言えどもだ。当直もいないうちでこんな早く事務所に、それも事務員である紫さんがいる事に不自然に思える。

 

「それよりも紫さん、朝早いんですね」

「今日は特別よ、あっその事なんだけど――――」

「?」

 

 で、紫さんから伝えられた話はこうだ。

 なんでも昨日の行程が終わってすぐ「なんか保須で一悶着ありそう」とか言って一人保須市に行ってしまったそうだ。

 しかもその言葉は完璧に的中し、ヒーロー殺しに加えてUSJに出てきた脳無が複数体出現するという大事件が勃発したそうな。

 で、そんな中に飛び込んだ事もあって師匠は現在も事後処理に追われており、少なくとも昼過ぎまでは帰って来れないそうだ。

 

 なぁんで職場体験中の弟子ほっぽり出して一人ヒャッハーしてるんですか、あの師匠は。

 

「ちなみに彼、脳無をほんk……誤って再起不能にしたみたいでね。帰りが遅くなるのはそのせいらしいよ」

 

 ホントなにヒャッハーしてるんですか我が師匠!?

 とまぁ責任者不在の訳で、本日の職場体験は半日休止状態になるようだ。

 ホント何やってくれてんだよ師匠。

 しかし困ったな。

 職場体験中は基本、体験先のヒーローの指示に従って行動しなければならない。

 サイドキックがいれば多少の事情は異なるだろうが……。生憎にも相棒筆頭のブルーウルフはじめ僅かしかいない相棒全員が何かしらの調査あるいは出張で留守にしている。

 その留守を任されているのが実質副所長の紫さんな訳だ。紫さん自身はヒーローではない。そうなると少なくとも師匠が戻って来る昼過ぎまでは暇を持て余してしまう事になる。

 

(他の皆が職場体験に励んでるってのに……それはなんか申し訳ないな)

 

 そう勝手に罪悪感を抱いていると、それを察してなのか師匠から伝言があると紫さんが話を続けてきた。

 

「私が同行することが前提だけど、孤児院に行くぐらいならいいって」

 

 かくして責任者不在の半日の予定が埋まる事となった。

 

 しかし運命とは面白いものである。

 もし前日ブラッドサーティーンが保須市に向かっていなければ、

 もし保須市に向かうにしても錬錆を同行させていたならば、

 もし先の連続行方不明事件(仮称)に注力していたならば、

 その日起こる事は、多少なりとも変わっていたであろう………

 

 

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 午前9時――

 多くの学校では朝のHRを終え、一限目が始まる時間。

 孤児院では未就学児が中庭に遊ぶ賑やかな声が響く時間だ。

 それ故に孤児院に到着して早々違和感を覚える。

 

「子供たちの声が聞こえない……?」

 

 異変を紫さんも察したのだろう。

 表情が険しいものに変わっていくのが視ずとも肌で感じ取れた。

 

「錬錆くんはここで待機して」

「なっ――――」

 

 正気かと訊きたかった。

 明らかに異常が起きてる現場に一人で、それも無個性の女性が入っていくのはどう考えても無茶苦茶な話だ。

 咄嗟に俺も行くと言いかけたが、

 

「錬錆くんはあくまで学生。仮免も取得してない子供が担当ヒーローの許可なく異常事態に関わる事は禁止されてるわ」

「でも――」

「大丈夫、あたしだって翔の無茶に付き合わされてこの手の事には慣れてるから」

 

 そうこちらの言葉はすべて遮り、紫さんは「10分して戻ってこなかったら警察に通報しなさい」と付け加えて孤児院へと入っていった。

 

「…………くそっ……」

 

 ああっ、腹が立つ。

 紫さんに対してじゃない。どこまでも無力な自分に対してだ。

 俺は、金術錬錆はヒーロー科の生徒。ヒーロー候補生だ。

 それでも、それでもだ。紫さんの言う通り、確かに俺は学生だ。ヒーロー仮免許すら持ち合わせてないただの学生……。

 今現状何かする権利なんて持ち合わせてない。

 責任ある大人(年上の一般人)をただ見送ることしかできない。

 その事実が、錬錆の心を深く締め付けた。

 

 

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「――――――っ」

 

 あれから5分が経とうしたところか。

 紫さんが戻ってくる気配はない。それどころか元より漂っていた厭な気配が孤児院全体を覆うような気がしてきた。

 これ以上は待てない――

 10分、と言われたがそれは長すぎる。仮に10分待ったとしてそこから警察とかに連絡したとしても早くてもさらに10分、下手したらそれ以上はかかるだろう。

 もしも、仮にだ。孤児院の中で異変が起きていたのであれば。それは一分一秒が命取りとなる。なれば10分など悠長に待っている訳にはいかなかった。

 それに5分もあれば覚悟を決めるには十二分、うだうだ悩むのは(今日のところは)ここで終わりだ。

 

「――――行くか」

 

 静かに孤児院の扉を開く。

 外に響いてこなかったから分かりきってはいたが、やはり子供たちの声は聞こえない。いや、それどころか――――

 

「人の気配がしない……」

 

 小学生、中学生が学校に行ってるのであれば分かる。だがここには未就学児の子もたくさんいたはずだ。

 にもかかわらず、人っ子一人誰もいる気配がしない。

 まだ朝の9時を過ぎたばかりにもかかわらず、丑の刻ではないかと思えてしまう静かさには電気すらついていない事も合わさり不気味さを助長している。

 そして大した情報も得られない聴覚とは反比例するかのようにある存在が鼻孔を刺激する。

 鉄の――――それもまるで肉食獣によって腸から喰いちぎられた生き物だったなれの果て(ご馳走)のような、トテモ生々シイニオイ……

 

「――――ッ」

 

 そこで何が起こったのか――――

 想像したくもない。無事でいてくれ。そんな事を考えるのは止めろ。だから急がねば。急いでどうする?見たくもないのに。そうでないと願いたい。だから確かめねば。嫌なら逃げればいい。逃げたくない、助けたい。もし無事じゃなければ、お前の想像通りならどうする?そんなこと想像する(考える)な!!

 厭な事ほど容易に思い浮かべてしまう。だから否定し続けた。

 心拍は上昇し、たいして動いてもいないにも関わらず呼吸が乱れる。

 その静けさも相まってか、徐々に短くなる呼吸と心臓の音が鮮明に聞こえてきた。

 その間にも厭な映像が脳裏を駆け巡る。その度に否定し続けた。

 そして気が付いた時にはニオイの大本にたどり着いていた。

 そこにいたのは一人の女性――――とても見覚えのある人だった。

 

「ゆかr――――」

 

 まさに倒れ込んでいた紫さんに駆け寄ろうとした瞬間だった。

 

 ドゴッ

 

 脳が揺れる。

 視界がブレる。

 身体を支える力は失われ膝から崩れ落ちる。

 抗いようのない衝撃にそこで意識を手放してしまった――――

 

 

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 何かの音が耳にまとわりつく。

 ヌチャ、クチャ……

 ああっ、気色悪い。

 生々しく、みずみずしく、生臭く、ねっとりとした厭な音とニオイ。

 意識を回復させるにはそれは充分過ぎるものだった。

 

「――――――ッ」

 

 意識が戻ると同時に頭が割れる様な痛みが奔る。

 しかしその痛みのおかげか、目覚めたばかりの脳もすぐに覚醒した。

 手が動かない、正確には後ろに回された状態で身動きが取れない状態。加えて横を向いて地に伏している――――なんで雑に倒されているかはさておき、腕が動かないのはおそらく縄で縛られているからだろう。

 まぁそんなこと後からでもどうにかなる。

 しかしなんだ、この異臭は……。

 それに先程からまとわりつく不快な咀嚼音……。

 一体何が起きているんだ――――そう思いかけた錬錆の視界にそれは入って来た。

 

「れんせ……く…」

 

 声の主の姿に言葉を失くした。

 あるべき左腕(もの)が無く、なにかに千切られたかのよう根こそぎ抉られた両脚。その傷口からはとめどなく鮮血が溢れ出ている。

 それは――数分前まで五体満足だった夜上紫の無残な姿であった……

 

 本当に、本当に言葉が出ない――――

 なんで、どうして――――そんなちんけな事しか頭に浮かばない――――

 

「れん、せいく……にげ……っ」

 

 紫さんが何か言っている。

 その言葉すら錬錆の耳には届かなかった――

 

「るっせぇなぁ……」

 

 その瞬間、ずっと空間を支配していた咀嚼音が鳴り止んだ。

 ゆったりと大きな影が動く。

 

「食事の時は静かに、が常識だろ。それにお前は前菜(オードブル)主料理(メイン)を前に出しゃばるんじゃねぇよ」

 

 男がそう言い終えると同時に声にならない叫び声が響き渡る。

 いま目にしている光景は幻なのだろうか?

 人が人たらしめるため、人が人の世を作るため、人が社会を形成し営みを築くため、犯してはいけない三大禁忌の一つ――――

 男は、紫さんを喰らっていた――――

 それを理解した時には、俺の沸点は限界を超えていた。

 

「何してんだテメェっ!!」

 

 錬錆にとって拘束は意味をなさない。

 なにせ彼の個性は物を創り変える力だ。それこそ腕が折れて使い物にならない限り多少の拘束は却って彼に武器を与えているようなもの――――

 彼を拘束していたそれは彼にとって使い慣らした武器(長槍)に姿を変えた。

 予備動作無しで行われた跳躍は一瞬にして標的との距離を詰める。

 だが敵も長年逃げ続けただけの事はあった。錬錆が放った一撃を難なく躱し、一跳びで間合いを取る。

 僅か一回跳んだだけで10m近く下がるとはどんな脚力しているのやら――――

 血が上り切った頭でそう考えながら、追撃をかけようとする。しかし、

 

「れん、せ……いく……」

 

 今にも消えてしまいそうなかすれ声で正気に戻った。

 そうだ、今こんなやつの相手をしている場合じゃない――そう判断するや否や槍を手放した。いや、手放したという言い方は少し語弊がある。正しくは、投げ捨てた。

 敵に投擲するにしては勢いなどなく、距離も中途半端な位置に突き刺さった。一体何がしたいのやら、とでも言いたげな視線を敵が向けたその時だ。

 錬錆が放った槍は内側から爆発し、一気に白煙が立ち込める視界を奪い去る。

 数十秒の間が開いた後、視界が晴れた時には錬錆と紫の姿は完全に消えていた。

 

「逃げたか――――だがまぁいい。俺から逃げられる訳ねぇんだからな」

 

 

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「紫さん、痛いですけど少し我慢しててください」

「――――――ッ」

 

 コスチュームの一部を破き、傷口の近い箇所をきつく縛り上げる。

 救助訓練で学んだ圧迫止血法だが……傷口が大きい事もあってか完全には止まり切れない。加えて傷口は一つ二つ所の話ではない。医療知識など無いから正確には分からないが、人体の欠損度合もかなりの重度と思われる。

 応急処置を終えた時点で錬錆の頭は後悔で満たされていた。

 突入するにしろ、しないにしろ、まず通報してから決断していればよかったのではなかろうか――――

 そうすればすぐにでも警察や救命医が駆け付けていただろう。紫さんが余計に苦しまずに済んだであろう。

 本当に自分は――――

 

 否、後悔するのは後からだ――――

 

 確かにもっとやりようはあったはずだ。だがすべてはもう過ぎ去った事……。

 いつも言われている、いつもそうしている事だ。

 “目の前にある事に全力を尽くす”――――

 されど、いま俺がやるべきことは……

 

「紫さん、少し待っててください。すぐ片付けてきますんで」

 

 右手をポケットの中に入れ、中にあるもの弄る。

 それは職場体験初日、説明の時に渡された緊急時の発信機だ。

 ボタン一つで師匠(ブラッドサーティーン)の下へ異常の発生と発信地を知らせる優れものだ。念のため持ってきていて正解だった。

 午後一に帰って来ると言っていたから、これで予定より早く帰って来るだろう。師匠の事だ、法定速度無視して駆けつけるぐらいの信頼はしている。

 それを起動させ静かに立ち上がる。

 いま奴と戦える人間は俺しかいないのだ。ああっ、ならばやる事はただ一つ――――

 

 

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「よく出てきたなぁ。オイ、前菜はどこやった? まずそっちが終わんねぇと主料理に行けねぇだろうが」

「――――言いたい事はそれだけか?」

 

 逃げる事を止めた錬錆は中庭にて標的(ヴィラン)と相まみえた。

 錬錆と敵の距離は20m程度。

 だが180近くあろうかと巨体を前にすればその距離もわずかなものに感じてしまう。

 しかしその両腕には得物はなく、ただただ瑞々しい鮮血が滴るだけ。

 服装に至っても小汚さが目立つ以外、なにか忍ばせることなどかなわない、どこにでもありそうなきわめてラフなものだ。

 対してこちらの得物は身丈ほどの長棒に予備の警棒が2本。

 驕るわけではないが武具あり、という観点から言えばこちらが有利だろう。

 武具の観点、そして要救助者の存在が錬錆の判断を大幅に早める結果となった。

 ダンッ、と地を蹴る音が後から追ってくる。

 音よりも速く――

 標的が動き出すよりも前に錬錆は間合いの中へと踏み込んでいた。

 そこから放たれるは横薙ぎの一閃。錬錆が放った過去最速の一撃は、ほんのそこらの敵相手では回避不能と言えよう。

 が、その一撃は無情にも空を切る。

 外した――――

 それを理解した瞬間考えるよりも先に長棒を切り返し、第二撃を叩き込む。

 が、それも空振りに終わりただただ地面に穴が開くだけに終わる。

 

(なんだ、この得体の知れない気持ち悪さは……)

 

 渾身の力で放った一撃を躱されたことで違和感が更に増す。

 素人なりにも、曲がりなりにも武芸に心得のある身。加えて、個性でもないのにアホみたいな反射速度を誇る師匠に稽古を付けられていれば、厭でも分かってしまうものだ。

 人間が攻撃を避ける際は、相手の攻撃を見て、その軌道を瞬時に判断し、回避行動に移る。その前にある程度の予想が前提として入る者もいるが、それでも攻撃と回避はコンマ一秒であっても先に攻撃が出るものだ。

 にもかかわらずその時間差(ラグ)が一切ない、文字通りこちらが攻撃するのと同時に回避行動をとられているように感じる。

 まるでこちらの動きを全て把握しているかのような、――背筋が凍るなんて表現ではない。身体中を舐め尽くされたかのような、えたい気味の悪さだ。

 

「ああっ、いいなァ……いい顔してんじゃねぇかおめぇ……」

 

 開かれた言葉(おと)には反応しない。厭――ただ単純に反応したくないだけだろうか。

 ただ相手の動きに警戒するだけだった。

 それでも構うものかと更に言葉が続く。

 

「なんで俺の動きが? それも寸分違わずかわせる? 分からない……得体の知れない……関わりたくない…… そんなよぉ、困惑と畏怖に濡れた表情(かお)……ああっ! それだよそれぇ!! 俺が待ち望んでいたのは、そういう表情(かお)する奴なんだよ!!」

 

 なんだ、こいつは何を言っているんだ――――

 だがそれは直ぐに理解した――否、理解してしまった――――

 

「だったらよぉ……これ見たらもっといい表情(かお)になるんじゃねぇかぁ!!」

 

 身を包んでいた衣服が剝がされる。

 そこから露わになったのは、

 

――――ゃん

 

 カオ――――

 

―――いちゃん

 

 貌――――

 

……お兄ちゃん

 

 顔――――

 

「私はもう死んだ、もう死んだの――――」

 

 顔――顔――顔――顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔

 身体中一面に張り付いた、人の顔だった――

 理解したくない、理解したくもない。

 目を背けたくなる現実(じじつ)がそこにある。

 

「どうだぁ、俺のコレクション……俺に喰われた連中の最期の表情(かお)はよぉ!!」

 

 怒りが、悲しみが、憎しみが、嘆きが――――

 様々な感情が、湧き上がり、渦巻き、混ざり合い、一つになって体に溶け込んでいく(頭に染みわたる)

 ああっ……この感覚はなんだ?

 沸々と湧き上がる衝動――――ああっ、これが――――

 

「これほど、これほど誰かを殺したいと思った事はないぞ――――(ヴィラン)ッ!!」

 

 これが、殺意か――――

 

「ああっ、その表情も堪んねぇな……そそるぜ……今にも喰っちまいてぇなオイッ!!」

 

 誰かに殺意を、本当に殺してしまうかもしれない殺意を向けたのは――――

 

 これが2度目だった――――

 




キャラクター’sファイル

神喰殺魔(かぐい さつま)
ヴィラン名:ゴッドイーター

誕生日 不明
身長 188cm
好きなもの 人肉
趣味 食事(ジャンル問わず)、人体観察

個性:捕食再現
経口摂取した生物を再現する個性。
これだけ見れば雄英のビッグ3の一角である天喰環/サンイーターと同一の個性だが、彼の場合再現できるのが“人間”に限定されている。
一度捕食すればその対象の記憶・性格を読み取り、更には個性を使うことも可能。ただし完全に使うには相手の肉体丸ごと食らう必要がある。また完全に食らったとしてもその記憶や個性は徐々に劣化し、3ヶ月後には完全に消えて無くなる。
なお彼が食った相手の個性を使うことはほとんどなく、基本的に食べた相手の顔を体中に浮かび上がらせるという大変悪趣味な使い方を好んでいる。

概要:
本作オリジナルヴィラン。
上記の通り倫理的のも道徳的にも真っ向から反する個性を授かっており、それ故に長年無個性であると思い込んで過ごしてきた。しかしある日、自分を無個性だからという理由でいじめを続ける同級生をうっかり殺してしまう。死体の処理に悩んでいたが、幼少期より嚙みつき癖がありその日も相手の喉元を噛み千切った彼は「血が美味しい。なら肉はどうだろう?」という考え始め結果死体の痕跡を文字通り無くす=食べるという結論に至り捕食。その際自身の個性を自覚し、以降誘拐・殺人・死体損壊を人知れず重ね続けた。

個性のモデルは『幽遊白書』の巻原、性格のモチーフは『デビルマン』のジンメン。
元々は吉良吉影のような平穏を好む殺人鬼が登場する予定だったが、職場体験編のプロットを組んでる際にデビルマン(実写版)を見てしまった所為でこんなキャラになってしまった。だが後悔はしていない。


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第17話 金術錬錆 ◆・■■■③

前回に引き続きグロ注意


 瞼を上げると知らない天井が広がっていた。

 ピッ、ピッ、とテンポよくリズムを刻む電子音が耳に入って来る。

 

「ここは――」

「病院だ」

 

 すぐに答えが返って来た。

 身体が思うように動かないので視線だけ声の主へと向ける。

 

「翔……」

「無理するな。左腕全部と右脚6割、左脚2割欠損したんだ。今は大人しく休んでろ」

「――――ハッキリと言うのね」

「お前には嘘をつきたくなし、そう言った方がお前もいいだろ」

 

 ぶっきらぼうに淡々と伝える彼だったが、その言葉の節々にやり場のない怒りがこもっていた。

 もっとも彼の怒りは至極当然のものだ。自身が留守にしている間に愛する妻が目も当てられない程の傷を負ったのだから。

 ただ――――彼の言葉に含まれている感情は怒りだけではない。

 

「錬錆くんは――――」

「――――」

 

 その問いには長い、長い沈黙が要した。

 その沈黙こそが彼の、今の彼を支配するもう一つの感情だろう。

 ただ、ただ沈黙が続く――――

 それを晴らす答え(ことば)を、彼は引き出す事が出来なかった――――

 

 

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 ――――30時間前

 

 その戦いは錬錆が圧倒的に劣勢であった。

 未来を捕食した神喰は彼女の個性を模倣し、錬錆の一挙一動を完全に見切っている。

 それだけでも十分に脅威である。が、本当の理由は別にあった。

 

「ひっ!?」

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

 人面相、とでも言うべきか。

 神喰の個性は捕食再現――――

 その名の通り、食べた者の特性を再現すること。この個性の唯一無二の制約、それは人間以外は捕食対象にならないこと――――

 倫理から真っ向から反する個性だが、それ故か強力であった。

 なにせ数週間という制限付きではあるものの、口にした相手の個性を自分のものにできる。いわば個性複数持ちとも言える状態になれるのだ。

 だが彼は他人の個性を使うのは、個性側に振り回される僅かな時間だけ。

 であれば食した人々の性質をどう活用するのか?

 それが人面相――――神喰に捕食された犠牲者たちの顔を自らの身体中に浮かび上がらせ、その上で彼らの生前の記憶や性格を読み取り、ただただ「生きたかった」「死にたくなかった」と怨嗟(コーラス)吐き出させ(響かせ)続ける。

 相当悪趣味な所業であるが、故に一般人の感性を持つ錬錆に対しての効果は絶大であった。

 例え死んでいたとしても、罪なき人々の嘆きの声が耳に刺激する。理性が攻撃するなと働きかける。故に動きに遅れが出て、反撃する事も叶わず一方的に甚振られ続けた。

 中庭での戦闘が始まって10分――――その中で錬錆がまともに攻撃を与えられたのは一度ぐらいだ。だがその一度の代償に、左上腕は大きく抉られ、それ以外にも打撲、裂傷が多数……蓄積されたダメージもあり既に錬錆の膝は地についていた。

 

「これ以上の痛めつけは鮮度が落ちる……そろそろ〆とさせてもらうぜ」

 

 そういうと神喰の顎が外れ、口が大きく、大きく、この世のものとは思えない程、開かれた。

 それを目にした瞬間、悪寒が走る――

 もしここで動けなかったら、自分の半身が貪り食われ、息絶え、残った血肉の塊も一片残さず喰われる――――そんな未来が頭を過る。

 

 動け――動け――――

 

 頭では分かっていた。今動かないと自分が死ぬと。

 しかし頭で理解していても、身体は言う事を聞かない。

 死の恐怖で縛られた足はピタリと動きを止め、地を蹴る事も、膝を上げる事も叶わなかった。

 

 動け、動け、動け――――

 

 刻々と迫って来る死の恐怖。

 それは僅か1秒の時間ですら無限にも思える程、延々とした世界。

 こんなところで、こんなところで俺の人生は終わってしまうのか。

 走馬灯など無い。ただただ受け入れられない死という現実が錬錆の心身の動き停止させていた。

 だが皮肉にも――――

 

「お兄ちゃん、殺して!!」

 

 錬錆を死の恐怖から救ったのは――――

 

「私達はもう死んだ!! もう死んでるの!!」

 

 既に死んだ者たちの声だった――――

 

「だから私達ごと、こいつを殺して!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、世界が割れて見えた――――

 まるで今まで目にしてきた現実が虚ろな夢だったかのように、目に映るものすべての色彩が消えていく。

 鳥のさえずりも、都会の環境音も、何もかもが無にかえった。

 ひび割れた世界――――そこから垣間見えるある光景――――

 それは4歳ぐらいの少女を守るかのように立つ、血塗れになった同じ年頃の少年の姿――――

 ああっ、すべてを思い出した――――

 

 ドシュッ!!

 

「ぎっ……がぁぁ…ぁぁっ……」

 

 一体何が起こったのか?

 神喰は今起きた状況を理解できずにいた。

 それもそうだろう。彼からすれば、錬錆は反撃することもなく無抵抗なまま貪り食われる。そう見ていた。見えていたのだ。

 だがその未来は真っ向から裏切られる形となった。

 それも、腹を貫かれ、自らの個性の中核とも言っていい臓物(はらわた)を掴まれているのだから。

 ごぽっ、ごぽっ、と音を立てながら滴り落ちる血液。

 それこそ腹に穴が開いたという抗いようのない現実(しょうめい)である。

 

「いいいいいいやぁぁぁぁあああああっ!! 俺の……俺の身体に、何してくれてんだぁ!!」

 

 その中で少年、金術錬錆はただ。

 ただただ、同じ言葉を繰り返す事しかできなかった。

 

「――ゴメンナサイ」

 

 ――と。

 少年が腕を引き抜くのと同時に、血が、まるでメントスを入れられた炭酸飲料かのように止めどなく噴出し、血の雨となって降り注いだ。

 こうして錬錆の職業体験は全日程を迎える事なく終わりを告げた。

 この5分後、現場に到着した夜上翔は「また間に合わなかった」とこぼす事となった。

 その時の錬錆はただただ「ゴメンナサイ」と繰り返していた。

 敵から剥ぎ取ったと思わしき犠牲者の人面相を前にして。

 そこに勝者は無く、敗者も無かった。

 在ったのは、心が折れた人間(傷だらけの子供)――それだけだった。

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

 赤、赤、赤――――

 

 赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫――――――

 

 見慣れてしまった臓物で塗りたくられたかのように一面が赤く染まった世界――――

 

 声を出しても、ただただ反響するだけ――――

 

 自分の声以外何も返って来ない――――

 

 ぽつり、ぽつりと人影が見える――――

 

 しかしてそれは人に非ず――――

 

 触れた瞬間、血肉が弾け飛ぶ――――

 

 魂など無い、ただただ不快感だけを放つ物言わぬ肉塊――――

 

 ぺちゃり、ぺちゃりと飛び散る血しぶきと肉片で身を汚す(からだがそまる)――――

 

 血の海(すいめん)に浮かぶは人の顔――――

 

 肉もなく、骨もなく、ただただ救えなかった人々の(かお)――――

 

 世界にいるのは英雄(ヒーロー)に非ず――――

 

 ただの人殺しが一人、ただ一人――――――――

 

 

------------------------------------------------------------------------------

 

 

「――――――ッ」

 

 意識が現実へと帰還する。

 二年前から空洞と化した右目には何も映らない。

 残された左目で今一度自身の手を見つめる。

 なんて変哲もない、いつも通り、血の跡も欠片もない普通の手――――他者(はた)からそうであろう。

 しかし錬錆には全く異なってそれは映っていた。

 

 赤、赤、赤――――

 

 赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫赫――――――

 

 離れる事のない血の温かさと臓物の感触――――

 そして何よりも――――

 

「――――――ぁぁ、――――あああああぁああぁぁああああぁあぁあああぁあっ!!」

 

 人を殺めてしまった――実際は死んでいないが、その事実を知らぬ錬錆は殺意を向けた上で手にかけてしまった現実に、そして救えなかった命がある事実に、彼の心は完全に押し潰されようとしていた。

 

 そして彼は思い出した――――

 12年前、個性に覚醒したその日に人を殺めた事を――――

 

 言葉にならない声が身体の内側から吐き出てくる。

 どれだけ涙が溢れようと、どれだけ嘆こうと、一度過ぎた時間は戻る事はない。

 ヒーローを志していた金術錬錆の心は、この時確かに壊れてかけていた。

 

 

 

 

 

第17話 金術錬錆 ジ・エンド

 




打ち切りバッドエンドみたいなタイトルと締めですが、まだまだ続きます。
あと次回、ようやくヒロイン回です


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Episode.EX アッセンブル
Extra.1 邂逅


体育祭編の筆が中々進まず、気分転換で書いたこちらの方が筆が進む……
いつ書き終わる分からないんで、ちょこっと先の未来の話を公開します。
お楽しみ出来たら幸いです


 突然の事、申し訳ありません。

 わたくし、金術錬錆を主人公とした物語、如いてはこの世界の観測を任された……そうですね、名乗るべき名前など無いのですが……。皆さまには『ウィッチャー』とでも名乗っておきましょうか。

 

 まぁわたくしの自己紹介などどうでもいいのですがね。

 

 これから皆さまに見ていただく物語は、そうですね。昔風に言うと……『東映まんがまつり』みたいなものでしょうか。

 

 本編から数年後、金術錬錆が雄英高校を卒業し、世界を転々と活動するプロヒーローになった頃の物語です。ネオメキシコで麻薬カルテルの抗争に巻き込まれ、その中で二人の少女を救い出した。麻薬カルテルを壊滅させた錬錆は二人を連れて、再び旅に出るのであった。そんなある日、旅先で彼らを待ち受けている男が一人……。男の名はニック・フューリー。

 時を同じくして世界中で「次元が割れる」「空間操作・転移系個性持ちが行方不明となる」という奇妙な現象が発生するようになる。そしてフューリーに協力する事になった錬錆は調査に乗り出す。そこで目にしたのは…………おっと、少し先を読み過ぎました。

 止まっていた『計画』が今まさに、再始動しようとしています――――

 

 

 

 

 

『Jump!  Authorize』

「変身!」

 

 天から巨大な何かが飛来する。それは正しく――バッタだ。

 巨大なバッタが落ちてきたと思いきや、それは突如として分解された。そして分解したそれの中心に立つ一人の青年の身体に接合されフルアーマーのヒーローへと変貌――否、変身させる。

 ここは人類の総人口の8割が何らかの特異体質――個性を発現させた世界ではない。

 自称人気爆発のお笑いピン芸人から飛電インテリジェンスの社長になった青年・飛電或人が仮面ライダーゼロワンに変身し、人工知能が搭載されたヒューマギアを悪用し人々の平和を脅かす滅亡迅雷.netと戦いを繰り広げている世界である。

 そしてこれは滅亡迅雷.netとの戦いを終えて数日後の事である。

 

「ったく、なんなんだよこいつら! 滅亡迅雷も倒したのに、なんでマギアが暴走してんだよ!?」

 

 或人は再びゼロワンに変身し戦っていた。

 滅亡迅雷.netを打倒した今、彼は誰と戦っているのか。答えは簡単、戦っている存在はいつもの(マギア)ではない。三葉虫を思わせるフェイスカバーと素体そのものとも言えるスリムなボディが特徴のトリロバイトマギアに対し、今目の前にいる集団はいかにもロボットだと言いたくなるような装甲に覆われた武骨な存在であった。

 しかし人々の平和を乱す存在である以上、見過ごす事は出来ない。アタッシュカリバーの必殺技、ラインジングカバンストラッシュで敵を一掃した。

 正体不明の敵の実態にいち早く気づいたのは、陰に隠れて敵の解析を進めていた社長秘書のイズである。

 

「或人様、彼らはマギアではありません。ヒューマギアとは別系統の技術によって製作された戦闘アンドロイドのようです」

「えっ、それって――」

 

 どういう事、と言いかけた時。不気味にエコーのかかった声が或人の言葉を遮った。

 

『そこまでだ、この世界の仮面ライダー――』

 

 姿を現す――

 左半身にだけに無数の歯車の装甲が埋め込まれた一体の怪人であった。

 

『君たちは、パラレルワールドの存在を信じるか?』

 

 怪人の問いに或人は何を言っているのかまるで理解できずにいた。

 

「パラ……なに?」

「パラレルワールド。ある時点で歴史が分岐し、独立した別次元の宇宙。並行世界、並列世界とも呼ばれています。お互いに観測出来ない為、あくまで可能性の存在、机上の理論として扱われています」

「へ、へぇ~……で! そのパラソルワールドが何だって言うだよ!!」

 

 そう返答を受けた所で怪人は呆れたような言葉を漏らす。

 

「無知とは悲しいな……。ならばその身をもって知るがいい!!」

 

 怪人がそう言うと同時に異変は起こった。

 地面が揺れる――

 否、地面が揺れているのではない。空間が裂けているのだ。

 

「キャッ――」

「イズッ!!」

 

 それを目にした或人は咄嗟にイズを庇い――――その体は空間の裂け目へと飲み込まれていたのだった。

 

 

 

 

 

 どこが上か、どこが下かも分からない。

 ぐちゃぐちゃにねじ曲がった空間は突然終わりをつげる。

 

「ぐへっ!?」

 

 思いもしない衝撃が全身を襲った。

 そこから数秒間をあけてようやく或人は自分の置かれた状況に気が付いた。

 

「どこだよここ……」

 

 さっきまで自分は日中の工場地帯にいたはずだ。なのに今眼前に広がるのは、月明かりが照らす深い森の中である。

 あまりの状況の変化に或人の思考回路は既に許容値を超えて軽いパニック状態になっていた。

 が、或人を襲う状況の変化はこれだけで終わらなかった。

 雨雲一つ存在しない空から突然雷が落ちる。その衝撃で地面が大きく抉れ土煙が周囲を包み込んだ。

 

「ちょっ、今度は何ぃ!?」

 

 土煙が徐々に晴れていく。その中心に何か影が見えた、と認識した瞬間には既に何かが迫って来ていた。

 咄嗟の出来事ながらも或人は手元に残っていたアタッシュカリバーを展開させて、襲い掛かる斬撃を何とか防ぐ。

 鍔迫り合いが続く中、ようやく相手の姿を視認する。その姿は如何にも騎士と思わせるフルフェイスの西洋甲冑に身を包んだ戦士であった。

 状況の整理もままならぬ中突然襲われた事に或人のパニック状態は軽いを既に超えていたが、それでも何とか言葉を絞り出。が、

 

「いきなり何!?」

「テメェ何者だ……。まさかあのクソ野郎の仲間じゃなえよな」

「何言ってんだアンタ!?」

 

 その中から発せられた言葉はあまりにもヤンキー染みていた。

 更に言葉を発し終えると同時にゼロワンの身体を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 その事実に或人は驚愕を覚えた。

 人間を遥かに凌ぐ身体能力を得られるゼロワンを一蹴りで後退させる、という事実に。解析をする限り相手は限りなく人間に近い存在だ。にもかかわらずこの結果。

 ここがどこなのか、その疑問は後から解決すればいい。今目の前の存在を戦闘停止状態にする。或人は僅かな時間で優先事項の取捨てを行い、目の間の存在にだけ集中すると決めた。

 だが相手に迫ろうと足に力を入れた時、ようやく気が付いた。

 いつもより、力が入らないという事に。

 それは以前、歴史改変によってヒューマギアが世界を支配する歴史の時と似たような感触だった。

 

(ヤバイ、これは――)

 

 相手の猛攻に既知の感覚を頼りになんとか体勢を立て直するものの、騎士というにはあまりにも荒々しい相手の戦い方に劣勢一方。

 焦りを感じる或人に対し、相手の騎士は中々決め手を取れない事から苛立ちを覚えていた。

 数合の切り合いの後、騎士の持つ剣に雷が奔る。恐らく大技を放つのだろう。ゼロワンの解析を待たずとも、少なくない経験から或人は察する事が出来た。

 が、この戦いに勝敗がつくことは無かった。理由は簡潔に言えば、第三者の介入によって終結を迎えたからである。

 

「そのケンカ、ちょっと預からせてもらうぞ」

 

 二人の間を一閃の衝撃波が割って通る。衝撃波が放たれた先にいるのは黒衣に身を包んだヒーローであった。

 しかし戦いが止まったのはその一瞬のみ。

 或人が見動きを取れずにいる一方、騎士はまるで親の仇を見つけたかのように荒々しくヒーローに向けて剣を振りぬいた。

 予想だにしない一撃であったが、黒衣のヒーローも寸前の所で自身の得物である蛮刀で何とか受け止める。

 

「ちょっ! ケンカは預かったと言った筈だ!?」

「うるせぇ!! ケンカ売って来た奴が俺に指図すんな!!」

「はぁ!? 誰がケンカを売ったって?」

「だぁかぁらっ!! テメェが先にブリテンに攻めて来たんじゃねぇか!!」

 

 こいつは何を言っているんだ?

 黒衣のヒーローの脳内はそれに支配されていた。なにせ目の前の騎士とは初対面だし、そもそも『ブリテン』という単語はアーサー王伝説に出てくるソレ以外聞き覚えが無い。これまで他人に恨まれる事は何度かあったが、目の間の騎士に関しては全く記憶にないのだ。

 しかしそんな余計な事を考えている暇は容易に無くなる。黒衣のヒーローはヒーローであるとはいえ、あくまで人間。対する騎士は神秘に満ちた世界に生を授かったが故に地球人類を上回る強靭な肉体を持つ戦士だ。最初は何とか受け止められたが、徐々に力の差が露わとなり押され始めていた。

 そして拮抗が崩される時が来た。力の押合いに負けた結果ヒーローの蛮刀が弾かれ、大きな隙が生じる。その隙を逃すまいと切っ先が喉元を襲いかけたその時だった。

 

『ラ イ ジ ン グ イ ン パ ク ト 』

 

 黄色い閃光が騎士を襲う。

 或人がゼロワンの必殺技『ライジングインパクト』を騎士へと放ったのだ。

 強靭な肉体を持つ戦士であっても怪人を屠る一撃には流石に耐えきれるものではなかったようだ。

 

「ちっ、1対2じゃ分が悪ぃ……覚えてやがれ!」

 

 騎士を中心に雷が奔り、一帯を光が支配する。

 光が消えた時には既に騎士の姿は無かった。

 残されたのは或人と戦いに介入したヒーローだけだった。

 変身を解きながらも色んな事が起こり過ぎたせいか或人はただただ茫然としていた。

 すると黒衣のヒーローは深いため息をつきながら何やらつぶやいた後に或人の方へ顔を向けた。

 

「――――まぁいい。とりあえずあんただけでも来てもらうぞ」

「えっと……何言ってんの?(日本語)」

 

 この時黒衣のヒーローは失念していた、とも言いたげな表情を浮かべていた。

 彼自身海外暮らしが長いが故に日常的に英語を使う様になっていたために、目の前の相手が日本人らしいにも関わらず普通に英語で話してしまっていた。

 

「悪いな、こっちでの暮らしが長いから日本語を使うの忘れてた」

「って、日本語喋れんじゃん!?」

「そこツッコむところじゃないだろ……。それよりも聞きたい事が山程ある。一先ず着いて来てくれないか、来訪者?」

 

 一瞬或人は息を呑んだが、右も左も分からぬ地でこれから一人で出来る事も限られている。拒否権は無さそうだし、何より断る理由もない。であれば彼のいう事を聞いた方がよさそうだ。

 

「――――或人、飛電或人だ」

「その答えはYes、でいいんだな?」

 

 或人は静かに首を縦に振る。それに安心したのか黒衣のヒーローも警戒が解き、張り詰めていた空気が穏やかになっていく。

 

「じゃあ或人、一先ず両手を前に出して」

 

 一体何だろうと思いつつ或人は素直に腕を差し出した。

 その瞬間、ガチャという金属音と共に或人の両手は自由を失われた。

 

「えっ、ナニコレ????」

「はい確保」

 

 よく見てると或人の両手には綺麗に手錠がはめられていた。

 あまりの手際の良さに或人は関心半分、驚き半分で再び思考が停止してしまった。

 

「助けてもらった手前悪いけど、不審人物である事に変わりない。事情聴取終わるまでは我慢してもらうぞ」

「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待って! 事情聴取ってなに!?」

「安心しろ。尋問は俺主導でやるし、俺の憶測だが単なる事実確認だけだろうさ」

「だったら手錠する意味なくない!?」

「だから尋問終わったら手錠外してやるって言ってるだろ?」

「事情聴取から尋問になってるぅ~~~~!!」

 

 

 

 

 

 さてはて、飛電或人はこの後どうなるのだろうか。

 そして或人を確保した黒衣のヒーローの正体は? 彼らと戦った騎士は? 或人を別世界へ移動させた怪人の企みとは……。

 全ては次章に解明します。

 今回はここまで、それでは皆様ごきげんよう―――――

 




ネタバレ:黒衣のヒーローの正体は錬錆です。そしてクロスオーバータグはこの為だけに付けていた


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