千恋*英録 (エクスカリバー!!)
しおりを挟む

1話

友人に勧められ、面白かったのではじめてみました。

楽しめて頂けたら幸いです。


『プロローグ』

 

 

ああ───

 

 

またこの夢か───

 

 

幾多の戦場を駆け巡った記憶───

 

 

しかし、これらではない───

 

 

俺が、いや()の名が轟いたのはたった一度───

 

 

それで充分───

 

 

この名が日の本に轟いたのならば───

 

 

否───

 

 

()()()()()か───

 

 

この名は借り物にして、飾り物────

 

 

我が存在は想像にして虚像───

 

 

我は英霊にして英雄にあらず───

 

 

我は誇り高き槍兵────

 

 

名を────

 

 

*  *  *  *  *

 

 

「ハァ~……この夢、いや夢か?もう何十回目だよ?……いや別に()()()を責めてる訳じゃないですよ?けど流石に……飽きた。」

 

寝癖でボサボサになってる黒髪をかきながら、布団から体を起こす。

 

そして枕元に置いてある黒塗りの眼帯を右目に付けて起き上がり、襖を大きく開ける。

 

部屋中に様々な伝記本やそれに関する資料やそれら以外の資料が乱雑した部屋に朝日が満ちる。

 

「うん、いい天気だ。」

 

この少年、『明司 雪斗(あかし ゆきと)』花の高校生のいつも通りの一日がこうして始まった。

 

 

 

ブン!…ブン!…

 

 

本だらけで散らかった部屋を軽く片付け、雪斗は何時ものように庭で長い木の棒を振り回す。

 

しかし、ただ振り回している訳では無い。

 

雪斗の頭の中には、相手となる者達がいる。

 

勿論、ただの雑兵もいれば、強者がいたり、人ならざる者達を相手にイメージして。

 

 

ブン!…ブン!…

 

 

「……今日はここまでか……」

 

持っていた木の棒を物置にしまい、家の中に戻りシャワーを浴びた。

 

因みに雪斗は独り暮らしだが、家は彼一人では広すぎるほどの屋敷である。

 

二階が無い武家屋敷。

 

部屋の数は一人で暮らすにはいささか多い。

 

しかし雪斗はそんなこと一度も気にしたことは無い。

 

本人曰く「慣れたら意外と気にしなくなる」らしい……

 

日課の朝練の汗を流し、屋敷のほぼ中心にあるリビングへと向かう。

 

朝ごはんを準備する前にやることがあるからだ。

 

 

チーン……

 

 

仏壇の前で静かに手を合わせる雪斗。

 

「おはよう、叔父さん。」

 

満面の笑みが写る、かつてこの屋敷で一緒に暮らしていた“唯一の家族”に笑いかける。

 

「今日からまた春祭りが始まる。そんなわけで、また甲冑部隊の練り歩きの武者役を頼まれたよ。『雪斗は様になるからな』って。まあ当然と言えば当然かもな……」

 

別に自画自賛のつもりは無い。事実であるからだ。

 

それは雪斗が似合っているからでなく、()()()()の者の影響だからだ。

 

「まあいいさ。バイト代も出ることだし……とりあえず、今日も俺は元気だ。安心してくれ。」

 

そう言い、雪斗は仏壇の前から立ち上がり、朝食(昨晩の残り物)を準備し食べ、身支度を整え屋敷を出た。

 

 

 

 

雪斗の住む街『穂織(ほおり)』は車も通っていない程の田舎である。

 

他県との交流も薄いせいか、文明開化にすら乗遅れている。

 

そのおかげからか、独自の発展を遂げ、今では一風変わった温泉街としてここ最近広く知られる立派な観光地となっている。

 

そんな街に5年前から、とある理由で両親と縁を切った雪斗は叔父に連れられ越してきた。

 

そして穂織にはある伝説がある。

 

かつてこの地に幾多のもののけが押し寄せ、それを神剣を持った一人の英雄によって退けられた。

 

そしてその英雄の死後、その英雄や戦いで消えた命を祀るこの春祭りが生まれた。

 

雪斗が引き受けたのは祭りのイベントの一つで甲冑をまとった男性達が街を練り歩き、最後に建実神社で祈祷を行う。

 

かの闘いで消えた命への鎮魂の意味も込めたイベントで、外国人観光客からそこそこの人気を得ているそうだ。

 

 

 

 

外では多くの住人達が祭りの仕上げをしていたり、その最後の確認を行っていた。

 

その服装は一風変わっており、純粋な和服や、明治時代~大正時代風の、洋風にアレンジされた和風になっている。

 

これも穂織の独自に発達した一つである。

 

雪斗も着ることはあるが、基本的には黒のパーカーとジーンズとした服装を好んで着る。

 

()()()()()()()()動きやすいからだ

 

そうこうしている間に穂織唯一の神社に到着した。

 

建実神社、かの闘いで英雄を振るったとされる神剣を御神体として祀っている神社である。

 

その広間には既に多くの大人達が練り歩き用の甲冑を付けていた。

 

そこに雪斗に気付いたのか、一人の老人が迎えた。

 

「おお、来てくれたか。毎年すまないな。」

 

「構いません。俺もそれなりに楽しみにしてるからなむしろ有難いよ玄さん。」

 

雪斗が『玄さん』と呼ぶ老人は『鞍馬 玄十郎(くらま げんじゅうろう)』。穂織にある老舗旅館『志那都荘(しのつそう)』の大旦那である。

 

見た目は強面だか、面倒見が良く穂織で彼に世話なった人はほとんど居ないんじゃかと思うほど多くの人たちに慕われている。

 

「しかしまた俺が侍大将役か……こんな若造でホントにいいスか?」

 

侍大将は戦場において、重臣並の階級を持っている。

 

初めて参加したのは2年前。その時は他にいたのだが、準備の際に皆が面白半分で雪斗に侍大将の甲冑を着させたところ、予想以上に似合っており、まるで本物の侍が蘇ったように見えたので、その年から侍大将役は雪斗に決まっているのだ。

 

そのせいか……

 

「何言ってんスか若大将!お前さん以外に務まんねぇよ!」

 

「そうそう、若大将が侍大将になってから若い子の観光客も増えたんだし!」

 

「頼んだぜ若大将!」

 

こんな感じに他の練り歩き役の大人達からは『若大将』と呼ばれるほどに。

 

因みにネットでも『若き侍大将!』と受けが良いのもまた事実である。

 

「ハァ~……分かりましたよ。サッサと着替えますからその『若大将』は辞めて下さいよ。」

 

「お前さんもまんざらでも無いだろう?」

 

玄十朗が何か言っていたが、雪斗は特に気にせず、甲冑を付け始める。

 

「…………」

 

そこの後ろに、コッソリと近付く影が。

 

雪斗が着々と着替える中、ジワジワと背後に回り込む。

 

「ハア、やれやれだ……」

 

雪斗は全く気付いていない様子だ。

 

それを良いことに、影がゆっくりと雪斗の眼帯を留めている紐に手を伸ばし───

 

 

ガシッ!

 

 

「アレ?」

 

あっさりその手を掴まれる。

 

「何してんだ常陸?」

 

「あはっ♪……イヤー明司君の頭にゴミが付いていたので取ってあげようかと?」

 

手を掴まれながらも惚ける影の正体。

 

頭のてっぺんにアンテナのようなアホ毛が特徴の少女『常陸 茉子(ひたち まこ)』。雪斗の同級生にして何かと雪斗の眼帯の下を拝もうとしている。

 

「懲りないなお前は。」

 

「いいじゃないですか。明司君が此処に来てもう5年、友達になって5年です。そろそろ眼帯の下くらい見ても罰は当たりません!」

 

「俺が当てるは!何でそんなに見たいんだよ!?」

 

「だって気になるじゃないですか何となく!だから見せて下さい!いや、見せろ!」

 

「何で命令口調!?どう考えてもおかしいだろう!?」

 

「てゆうか、忍者の私の気配に気付く明司君がおかしいでしょう!何で毎回バレるんですか!」

 

「逆ギレ!?」

 

「正当ギレです!」

 

常陸の一族は、この穂織で古くから存在する忍びの一族の子孫。

 

彼女もそのわざを受け継いでいる。

 

だが毎回雪斗にバレ、お叱りを受けている。

 

「お前の気配遮断がまだまだだからな。そんなんじゃ忍者じゃ無くて、忍者モドキだな?」

 

「誰がモドキですか!?」

 

「とにかくコレ(眼帯)は絶対に外さんし、見せん!」

 

ブーブーと文句を垂れ流す茉子。

 

しかし、どれだけ言われようと雪斗は眼帯を外す訳にはいかない。

 

絶対に……

 

「ほら、俺は着替えるからお前もサッサと巫女姫様のところに戻れ。」

 

巫女姫とは、この建実神社の巫女で、元はこの穂織を治めていた豪族の末裔で敬意を込めて『巫女姫』と呼ばれている。

 

そして常陸の一族は代々歴代の巫女姫の護衛役を担っている。

 

因みにその姫様も同級生で顔見知りである。

 

「はーい……そうだ、一つ忘れていました。」

 

クルッと雪斗の方に向き直り

 

「その恰好、似合ってますよ。流石ですね!」

 

満面の笑みで笑いかけ、それだけ言い残しその場を後にした。

 

「まったくアイツは……ま、いいか。」

 

フッと笑い、雪斗も皆が待つ広間へと戻って行った。

 

 

 

 

 

外には既に多くの甲冑を纏った大人達が今か今かと待っていた。

 

彼らの目には期待と信頼、そして闘志。

 

正しくこれから戦場へと向かう武士のように。

 

だからこそ、雪斗もその思いに応える。

 

()()()()()()()()に恥じないように、スゥーと息を吸い込み

 

「待たせたな。」

 

年相応の少年の声の雰囲気では無い。

 

確かな覇気を感じさせる程の低い声。

 

「役所の話によると、観光客の数がまた更新された。おそらく去年以上の見物客が我らを待っている。これがどういう事か分かるか?」

 

「「………」」

 

「今まで以上に情けない姿は見せられない事だ。この練り歩きはただ観光客を楽しませるだけでない。先祖達の魂を鎮魂させるだけでない。我ら『穂織の誇り』を知らしめる為にだ!」

 

穂織の誇り、それを聞くと皆の緊張が一気に高まる。

 

「貴様らが穂織の者として誇りを持つのなら、その意志を見せてみよ!その覚悟が真の物か見せてみよ!その姿が偽りで無いことを証明してみよ!」

 

腰に差してある飾り物の刀を抜き、天高く掲げる。

 

「胸を張れ!鼓舞せよ!観光客に、先祖達に、我ら穂織の者としての誇りと魂をその目に焼き付けてやれ!」

 

「「おおーー!!」」

 

皆が拳を、刀を、槍を、高く高く掲げる。

 

皆の心が此処に真に一つとなる。

 

そして、用意された馬へと騎乗する雪斗。

 

「では行くぞ、出陣!」

 

 

 

 

それから行われた甲冑隊の練り歩きは、正しく本物の武士の集団を思わせるような雰囲気を漂わせ多くの観光客を賑わせ、多くの穂織の住人達の目にその勇士を焼き付かせた。

 

そして、馬に乗った雪斗の姿は、本物の武将……否、英雄の姿に見えたそうな。

 

「すげぇ……」

 

その姿に魅入られた者の一人、『有地 将臣 (ありち まさおみ)』。

 

この穂織を崩壊を食い止めた若き英雄が初めて揃ったのは、この時だと言うことを、まだ誰も知らない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

『眼帯と神剣と不幸少年』

 

 

「ふぁ~…ようやく着いた……」

 

息を吐き、両手を腰に当て、背を大きく伸ばす。

 

ずっと座っていたせいか、体中からボキボキと音が聞こえる。

 

「あ~……つっかれた~~……」

 

まだ17になったばかりだと言うのに、もう高齢者のようなだるさを見せるこの少年『有地 将臣 (ありち まさおみ)』。

 

自宅があるの東京から電車とタクシーで約2時間。

 

着いた先が両親の生まれ故郷の街、穂織。

 

「しかし相変わらず不便だな。」

 

それもそのはず、電車は1本も無い。

 

路線バスも1時間にたったの1本。しかも早朝と夕方には走らない。

 

来るとするなら車だが、将臣には無理だ。

 

なら両親と共に来るべきだが、その二人は夫婦水入らずの旅館にlet’s go!

 

そもそも、祖父が経営している旅館が人手不足にならなければ、今頃自宅でゴロゴロゲームをしていた筈だった。

 

「まあ、久々にじいちゃんや廉太郎(従兄弟)に会えるから良いか。」

 

「あれ、もしかしてまー坊?」

 

そこに一人の女性が話しかけてきた。

 

どこかであったことあるような感じの綺麗な女性。

 

そして、自分の事を『まー坊』なんて呼ぶのは一人しかいない。

 

「もしかして……芦花姉?」

 

「うそー!ホントにまー坊!?大っきくなったねー!元気にしてた?」

 

『馬庭 芦花 (まにわ ろか)』。この穂織で甘味処のオーナーをしている。

 

将臣とは幼い頃からの知り合いで、将臣事態も芦花の事を本当の姉とように慕っている。

 

「芦花姉こそ久しぶり!元気にしてた?」

 

「見ての通り、元気モリモリだよ!」

 

「相変わらず彼氏無し?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す……すびばぜんでじた……」

 

「ううん、全然気にしてないよ?」

 

と言うわりには、一瞬の内に将臣は到着した時以上にボロボロにした張本人……

 

「と言うか、まー坊何年ぶりかな?前に来たときは……」

 

「確か4、5年前だったかな?あの時はまだ全然芦花姉の方が背が大きかったのに……」

 

「いつの間にか超されちゃったか……相変わらず小生意気な子だな?」

 

「去年からグイグイ伸びてね。おかげで膝がスゲー痛かったよ。」

 

「ウフフ……けど、まー坊はまー坊のままだね。」

 

優しく、そして懐かしむように将臣の頭を撫でる芦花。

 

その表情は将臣の知る優しい姉の姿。

 

彼女の方もそこは変わってないようで安心した。

 

「ところでおじさんとおばさんは?一緒じゃ無いの?」

 

 

 

その後、歩きながらここまでの経緯を話す。

 

旅館で来れない分、祖父の手伝いに来たことと、芦花や懐かしい従兄弟に会いに来たことを。

 

ついでにバイト代がそれなりに良かったから引き受けた事を。

 

「なるほど……まー坊らしいと言えばらしいかな。」

 

「そりゃどうも。それにしても……」

 

「ん?」

 

改めてじっくり見ると本当に綺麗になった。

 

以前はまだバリバリのお姉ちゃん全開だったのに、今は男子の憧れのお姉様になっていた。

 

「もうそんなにジロジロ見ちゃって、もしかして見惚れちゃったとか?とか?」

 

ニヤニヤと笑う芦花。

 

ここではぐらかすと、調子に乗られてしまうので本音を言う。

 

「うん、本気で見惚れた。芦花姉本当に綺麗になったね。」

 

「///っ!?」

 

すると一瞬で顔を真っ赤にし、将臣から顔を逸らす芦花。

 

「///えっと……その……あ、ありがとうございます。」

 

「何故敬語?」

 

嘘は言っていない。油断すると惚れてしまうほど美人になっている。

 

「なのに未だ彼氏不在とは……」

 

「何か?」

 

キランッ!

 

何かが将臣の心を鷲づかみした。

 

良い方でなく悪い方で。

 

「いえ、何でもごさいません!」

 

「「おおーー!!」」

 

そんな2人の前に大勢の人だかりが何かに興奮していた。

 

「な、何だ?」

 

「そっか、まー坊は初めてだったよね?あれは春祭りの目玉の一つ甲冑隊の練り歩きだよ。」

 

芦花に連れられ、それがよく見える位置につく。

 

そこには多くの男性達が甲冑を身に付け、幾つかは馬に乗って、街を行進していた。

 

「確か……戦国時代の戦が始まりだっけ?」

 

「そう、もう数百年前になるかな?」

 

 

 

 

乱世の時代。

 

多くの強者達が己が野望の為、天下の為、戦を繰り広げ、多くの英雄が生まれた時代。

 

とある一人の女性がいた。

 

彼女は権力者にすり寄り、寵愛を得て、多くの男たちを惑わせ、狂わせ、戦乱を広げる妖怪であった。

 

その女妖怪に誑かされ、穂織に軍を送ったのは、隣国のとある大名。

 

そして女妖怪も自ら戦場に立ち、多くの妖たちを操り、穂織に進行した。

 

当時の穂織の大名はそれほど力が強かった訳がなく、あっという間に落城寸前まで追い込まれた。

 

そんな時、天界から1本の神剣が舞い降りた。

 

そして一人の若者が神剣を手に取り、祖国を守るため敵軍に立ち向かった。

 

そして、その神剣の力で妖を斬りふせ、ついには元凶の女妖怪を討ち取った。

 

 

 

「そして、隣国の兵士たちも退き穂織に平和が取り戻されたのです。」

 

ちゃんちゃん♪と締める芦花。

 

「その勝利を祝って生まれたのがこの春祭り。戦から帰って来た兵たちを模して、甲冑武士の練り歩きが行われているの。神剣を持った若者は役はもう行っちゃったみたいだけど、そろそろ……ほらアレだよ!」

 

芦花が指を指した先。

 

観光客たちも、それを待ち構えていたかのようにカメラのフラッシュを焚かせる。

 

そこには一人の騎乗した武士が。

 

一見他と何ら変わりないように見えるが、近付くに連れ段々と伝わってくる。

 

体全体に纏う覇気。

 

模造品であるはずの甲冑や刀がまるで本物に見える。

 

そして、役作りの為か、片目の眼帯が良く合う。

 

しかもガーゼなどでは無い。

 

時代劇や映画などでよく見る金属で出来た眼帯だ。

 

しかもその役をまだ若い男性がやっていた。

 

「スゲー……あの人幾つだよ……他の人達とは全然違う。」

 

「ウフフ……実はまー坊と同い年だよ。ユッ、じゃなかった。明司君って言うんだよ。」

 

「えっ!てことはまだ17!?スゲー!全然見えねぇ!まるで本物の武将みたいだよ!」

 

「因みにここだけの話。あの侍大将は神剣を持った若者と背中合わせで戦った侍大将で後に穂織の大名まで出世したらしいよ。」

 

もう、それだけでお腹いっぱいだった。

 

そんなスゴイ役を自分と同い年がやっているなんて、ましてやそれを完璧以上にこなす。

 

自分には一生かけても出来なさそうだった。

 

「それでこの後は神社で巫女姫様が神剣をくださった神様に舞を奉納するんだよ。」

 

 

 

 

 

それから、出店の料理をつまみながら、目的地である旅館へと向かった。

 

「着いたー!やっぱりここも変わってないな。」

 

「結構人気だよ玄十朗さんのお宿。中は綺麗、接待も丁寧、料理は最高なんだから。」

 

確かにこういった古風な建物は海外でも人気で、年々外国からの旅行客が増えているらしい。

 

「(にしても、祖父ちゃんに挨拶か……苦手なんだよな昔から……)」

 

威圧感のある顔をいつもしていた為、幼い頃の将臣にとっては苦手ランキングNO.1だった。

 

それでも覚悟を決め、旅館へと入る。

 

「すいませーん。」

 

「はいはいただ今……お待たせしましたご予約のお客様でしょうか?」

 

「いえ、大旦那の玄十朗の孫の将臣と言います。ご挨拶に来ました。」

 

「ああ、お話は聞いております。遠いところ、ご足労頂き誠にありがとう御座います。しかし申し訳ありません。大旦那様は今、健実神社にいます。実行委員ですから。」

 

「あ!そうだった。聞いてたのスッカリ忘れてた。」

 

「おいおい……まあいいか。それじゃ今すぐお手伝い出来る事はありますか?」

 

「お気遣いありがとう御座います。ですが長旅でお疲れでしょう。今日はよろしいですから、ぜひ春祭りを楽しんで下さい。」

 

「そうですか。分かりました、ありがとう御座います。」

 

「お荷物はこちらでお預かりしましょうか?」

 

「宜しくお願いします。」

 

旅館の人に荷物一式を渡し、芦花と共に神社へと向かった。

 

「ところで祖父ちゃんって元気なの?」

 

「そりゃ元気元気!この穂織のお年寄りの中で一番元気じゃないかな?」

 

「ソっすか……」

 

元気ならそれに超したことはないが……

 

「(せっかく教わった剣道も高校入学してから辞めちゃったし……余計に会いにくい。)」

 

そもそも、健康の為に教わった為、勉学に集中するようになってからは竹刀も次第に握らなくなっていった。

 

「そんなんだから顔を合わせづらいんスよ。」

 

「アハハ……流石に取った食われたりしないよ。」

 

確かにそうだが、やはり子供の頃の恐怖は将臣の足を更に重くする。

 

そうこうしている間に神社へとたどりついた2人。

 

境内には多くの人で賑わって、ぎゅうぎゅう詰めになっていた。

 

「お、ちょうど巫女姫様が舞を奉納しているみたいだね。」

 

「それより祖父ちゃんは裏手かな?」

 

「えー!?見ていかないの?この舞が春祭りの一番のイベントなのに。」

 

そう言われて、将臣も皆が見つめる先に視線をやる。

 

すると───

 

 

~~~~~~~♪

 

 

目を奪われた。

 

舞っているのはまたもや自分と同い年ぐらいの少女。

 

優雅な姿勢と手の振り。

 

フワリと広がる銀髪、翻る袖、それら全てに美しく感じ取れられてしまうほど。

 

見惚れているのは将臣だけでなく、先ほどまで賑わっていた人々の声がきれいさっぱり消えていた。

 

それほどまでに彼女の舞は美しく、どこか神秘的なものを感じさせるほどに。

 

「(確かに……これは見なきゃ損だな。)」

 

その姿、もはや人間の者では無く、天界に住まう天女のような────

 

 

ぴょこっ

 

 

「っ!?」

 

天女様の頭に、何か生えてきた。

 

耳……耳だがあれはどちらかと言えば、獣耳……

 

「あ、あれ?」

 

ゴシゴシと目をこすり、もう一度よく見ると、耳は無くなっていた。

 

「?………?」

 

「どうしたのまー坊?」

 

「い、いや……」

 

「巫女姫様が本物の天女様でも見えたんじゃないのか?」

 

2人の後ろから声が聞こえ振り返ると、そこには一人の少年が。

 

黒のパーカーとジーンズとした服装で、黒のウェーブがかかった黒髪の少年。

 

そして、右目にある金属の眼帯。

 

「君は、あの練り歩きで侍大将役だった……」

 

「ユッキー!あの恰好、カッコよかったよ!」

 

「そりゃどうも。甘味処は良いのか馬庭の?」

 

「ちゃんと許可とってるんだから。あ、紹介するね。私の弟分のまー坊こと有地 将臣君。まー坊、こちらユッキーこと明司雪斗君。気付いた通り、さっきの侍大将役の子だよ。」

 

「へぇ~お前が?話は馬庭のから聞いているよ。可愛い弟分がいるって。俺が明司雪斗。練り歩き、見てくれたのか?」

 

「ああ、スゲーカッコ良かったぜ!俺は有地 将臣。同い年だから『将臣』でいいぜ。」

 

「なら、俺も『雪斗』で良い。宜しくな将臣。」

 

「こちらこそ。」

 

差し出された握手に快く応える将臣。

 

「さっすが男同士。仲良くなるの早いね。」

 

「ところで雪斗、その眼帯何で付けてるの?侍大将役は終わったんだろ?」

 

先ほどから気になっていた事。

 

それは練り歩きが終わったと言うのにまだ付けている眼帯の事だ。

 

「ああ、これは役作りじゃ無くて本当に見えないんだ。昔、事故で見えなくなってな。この眼帯は家族からのプレゼントなんだよ。」

 

それを聞くとばつが悪そうに

 

「す、すまない……そうとは知らずに……」

 

「構わない。もう慣れたしな。」

 

気にすんなと、肩をぽんと叩く雪斗。

 

「それで、こんなところでデートか?前々から怪しんでいたが、やはり年下好みだったか。」

 

「ちょっと!まー坊の前で変なこと言わないでよ!?」

 

「えっ!?」

 

「まー坊も引かないでーー!?」

 

そんな軽口を叩きながら、雪斗に連れられ玄十朗の元へ向かう一行。

 

「ところでまー坊、巫女姫様の舞はどうだった?」

 

「最初から見れなくて軽くショック。」

 

「心配すんな、舞は祭祀でも披露される。機会は幾らでもあるさ。それに顔なじみだから、後にでも会わせられるぞ。」

 

「マジでか!?」

 

「マジマジ(告白のセッティングなら任せろ)」

 

「ヤッター!(そんな事頼むか!)」

 

男2人でコソコソ話しているところ

 

「なっ!?芦花姉が男を2人も連れてる!?」

 

「明日は嵐だよ!」

 

「2人とも後で神社裏ね?」

 

芦花の笑みでブルッと震えた兄妹。彼らは将臣の従兄弟で、雪斗の同級生の。

 

「よく見たら雪斗じゃねーか……てか将臣か、お前!」

 

『鞍馬 廉太郎 (くらま れんたろう)』。将臣の従兄弟で幼い頃からの大親友。

 

「ホントだ!久しぶりだねお兄ちゃん!」

 

その妹の『鞍馬 小春 (くらま こはる)』である。

 

「なんだよ、来るなら来るって連絡寄こせよ!」

 

「祖父ちゃんの旅館の手伝いに来たんだよ。」

 

「お兄ちゃんが?てっきり叔母さんが来るんだと思ってた。」

 

「まあいろいろあってな。それに久々に来たかったし。廉太郎や小春にも会いたかったし。」

 

「俺も会えて嬉しいぜ。いつもこんな生意気妹と顔を合わせるのはイヤだからな。」

 

「私だって、こんなブ男と兄妹なんてごめんだもん。」

 

「あ~あ、こんなちっぱい妹よりボンキュッボンの妹が良かったぜ。」

 

「あ~あ、こんな兄よりお兄ちゃんみたいな優しいお兄ちゃんが良かったな。」

 

「無いものねだりすんなバカ兄妹。」

 

「「何だよ(何よ)?」」

 

「ははは、ホントに変わらないな2人とも。」

 

相変わらず、この2人は仲が良い。

 

こんな事に言い合っているが、本当は互いに兄妹思いの良い2人なんだ。

 

「廉太郎、玄さんは中か?」

 

「おう、例のイベント中だからな。」

 

「例のイベント?」

 

こっちだと、雪斗に連れられやって来たのは神社境内の奥の方。そこには長蛇の列が出来ていた。

 

「あそこに健実神社の御神刀が岩に突き刺さってある。この列はその神刀を引き抜けるか試せるんだ。」

 

ネット上では『リアルアーサー王伝説』なんて出ている。

 

多くの観光客たちもこれを見る、又は引き抜く為にも来ている。

 

「ほら、アレだ。」

 

雪斗が指を指した先、大きな岩に突き刺さってる1本の日本刀。

 

確かにアーサー王伝説に出て来る選定の剣を思わせるたたずまいだった。

 

「そういえば、将臣はここに来るのは初めてだったっけ?」

 

「小さい頃、正月に来たぐらいだったかな?」

 

その時はこの中には入ってなかった。故に、あの刀を見るのは本当に初めてである。

 

「あれがさっき芦花姉が話してた神剣?」

 

「そう、名は『叢雨丸』。伝承に出て来た穂織を救った刀だよ。」

 

先ほどから見ているが、何人も大人たちが必死になって刀を引っ張っているがまるでビクともしなかった。

 

「あれホントに抜けないの?」

 

「全然抜けないの。1ミリも動いたところなんて見たことないの。」

 

「小春の言う通り、俺も試したけど全然だったよ……」

 

「ふーん……雪斗もか?」

 

「俺は試したこと無いな。まあ、興味が無い事も無いが、無駄なことはしない主義だ。」

 

どうやら彼はやる前から諦めモードらしい。

 

「いっそのこと、横方向に思いっ切り力入れてやろうか?」

 

「あ、私も手伝うよ廉兄。私もなんか腹立ってきたから。」

 

「おいおい、折れたらどうすんだよ……」

 

「「全速力でダッシュ!」」

 

ホントに仲がよろしいことで……

 

「まあ、それで折れる位ならもうとっくの昔に誰かがへし折ってるだろうけどな。」

 

確かに、このイベントは穂織に観光客が増え始める前から行っていた。

 

挑戦した人の数はもうこの街の人口を超えているだろう。

 

故に最近は事前抽選になっているらしい。

 

特に外国からの抽選者が多い。最初はこんなの簡単だと侮っていた大柄の外国人が、後で泣きながら神社を後にした事を切っ掛けに、外国人の挑戦者が増え始めた。

 

そして今も

 

「フン!フヌヌヌヌーーーッッ!!」

 

「ヌ、ヌケマセーンーーーッッ!!」

 

2人組の外国人挑戦者が顔を真っ赤にして刀にしがみつく勢いで引き抜こうとしていたが、やはりビクともしなかった。

 

「アレを見せられたら、とてもインチキとは思えないな……」

 

「もしインチキだったらお祖父ちゃんブチ切れだよ?」

 

「そりゃそうか。」

 

街ぐるみでのインチキだったらそりゃ、あの祖父が黙ってはいない。やはり、あの刀は……

 

「まあいいか(どうせ俺には関係ないし)」

 

「それより、玄さんはあそこに居るぞ将臣。」

 

指を指した先、厳しい視線で挑戦を眺めている玄十朗を見つける。

 

「じゃあ俺、挨拶に行ってくるから。ありがとな雪斗。」

 

「どういたしまして。」

 

将臣やついて行った芦花たちが玄十朗の元へ行った時、雪斗は疲れたように首を回す。

 

そして先ほどから感じていた視線の主を一瞬捕らえる。

 

「………」

 

端の方でこちらをジッと見つめる翠色の髪をした少女。

 

一見可愛らしい少女だが雪斗には分かる。

 

あれは、()()()()()

 

しかし、幽霊でも無い。おそらく精霊の類い。

 

彼女の事は、この神社に初めて来てからずっと見えていたが、ずっと気付いてないフリをしている。

 

ああ言った類いに自分の事がバレると後々厄介だからだ。

 

しかし、彼女はずっと雪斗を見ている。

 

雪斗を警戒しているのか、それとも神剣に値する者か値踏みしているのか。

 

だが

 

「(悪いが抜く気はまったく無い。そもそも俺は()()()()()()()()())」

 

そう思いながら、刀を引き抜こうとしている挑戦者たちを眺めていた。

 

そこに先ほど挨拶に向かった筈の将臣の姿が。

 

「えっ、何やってんだアイツ?」

 

「おーい、雪斗。」

 

そこに3人が戻って来た。

 

「なんだ、アイツ事前抽選してたのか?」

 

「いや、祖父ちゃんの鶴の一声で。」

 

「まあ、久々に来た記念かもね?」

 

「まー坊はなんかビクビクしてたけどね。」

 

そして、刀の前でお辞儀をした将臣はゆっくりと刀に手を伸ばす。

 

すると

 

「っ!?」

 

バッと刀から手を離した。

 

「ん?どうしたのかなお兄ちゃん?」

 

「静電気じゃね?」

 

「………」

 

皆は特に気にしていないみたいだが、雪斗には一瞬、刀から何か霊力のような物が発せられたように見えた。

 

「どうかしたか?」

 

「あ、いや、何でも無い……(気のせいかな?)」

 

再び刀の方に向き直り、柄を握りしめる。

 

「(ホントに硬いな……まあ多少は本気でやらないと怒られるからな。)」

 

そして、思いっ切り力を込めて刀を引き抜こうとすると───

 

 

ペキンッ!

 

 

「「あっ……」」

 

その場にいた全員が言葉を失う。

 

「………ペキン?」

 

先ほどまでの硬さが感じ取れない将臣。

 

おそるおそる刀の方へと目をやると、刀は将臣の手の中にある。

 

切っ先が岩に突き刺さったままで。

 

「………………あれ?」

 

これは俗に言う『折れた』と言うことだろう。

 

一応、元の位置に戻そうとするが、やはり戻らない。当たり前の事だが。

 

「あ、あは……あはははは………何これうける~……ほ、ほら廉太郎、持って見ろよ。スゲー軽いぜ。」

 

「おいお前!人に罪を押しつけんな!俺は関係無い!関係ないぞ!だからこっち来んなーー!?」

 

「いやいやいや!絶対抜けないって言ってたじゃないか!絶対折れないって!」

 

「最後のは言ってねぇーー!!」

 

「ね、ねえ?これドッキリ?ドッキリだよね?どこかにテレビカメラとかあるの?」

 

「そんなモン無い。諦めろ将臣。短い間だったが、良い奴だったぜお前は。」

 

「ちょっと待って雪斗!?何処に行く!俺も連れてってーー!!」

 

「あっ!そうだった。俺、そろそろ晩メシの時間だから帰るわ。」

 

「廉太郎っ!?」

 

「あーーアタシもそろそろお店に戻らないと……お仕事お仕事っと……」

 

「芦花姉っ!?」

 

「わ、私も宿題しなきゃ……」」

 

「小春まで!?やめて!俺を一人にしないでーー!!」

 

次々と友人たちが去って行き、残った将臣の前に玄十朗がジッと見つめる。

 

「…………」

 

「ひえっ!?」

 

「…………………」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?将臣の声が………さらばだ友よ。安らかに眠ってくれ……さて、帰るか。」

 

何事も無かったかのように家路につく雪斗。

 

晩メシは出店で済ませたので、屋敷に着いてから雪斗は真っ直ぐある部屋へと向かった。

 

何の変哲も無い壁。その前で、雪斗が人差し指で十字に切ると、壁が煙のように消え、代わりに襖が姿を現す。

 

この屋敷には何度か友人たちを招いた事はある。

 

しかし、この部屋にだけは見せたことは無い。いや、その存在も知らない。“知るはずが無い”。

 

雪斗が入ると、そこには幾つもの古い文献や書物。

 

机には試験管やフラスコが並べられていた。

 

そしてレポート用のノートには幾つかのメモ書きと魔法陣のような物が書かれていた。

 

ここは言わば、『魔術工房』と呼ばれる場所。

 

そして雪斗は『魔術師』と呼ばれる存在だ。

 

「さて、昨日の成果は出たかな?」

 

机の上に置いてある一つのビーカーを覗き込む。

 

その中身には薄く紫色の液体が入っていた。

 

幾らか振り回し、中身を確認する。

 

「色がまだ少し足りないけど……まあ使えるか。」

 

そう言って、戸棚から何枚か札のような物を取り出しその内一枚をビーカーの液に半分ほど浸す。

 

すると、白い筈の札は白いままの状態で、その札に筆で何かを書き込む。

 

「───────」

 

そして静かに呪文を唱えると札が薄く光り、やがて消える。

 

「よし、まず1枚目、成功だな。」

 

そうして、他の札でも同じ事を繰り返す。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

明司の一族は元々武士の一族だったが、先祖が魔術に目を向け、刀から魔術へとジョブチェンジしたのだ。

 

西洋の魔術をベースに日本古くからある呪術をミキシングさせ、他とは独立した発展を遂げた。

 

勿論失敗は多かった。

 

以前家系図を見えて貰った事があるが、先祖の中には魔術の実験中に若くして亡くなった人もいる。

 

一族が目指すはただ1つ。全ての魔術師の悲願。

 

そして、その為に雪斗の体は────

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「さて……とりあえず新作呪符は完成っと」

 

トントンと、呪符を並べて何枚かを元の引き出しに、何枚かを自分の懐にしまう。

 

それからこの屋敷全体に張っている結界の術式の点検、呪具の整理、経過観察中の薬品の様子見。

 

そして、5年前から叔父が初めて、そして雪斗が受け継いだ研究。

 

根源に至る為では無い、全く別の研究。

 

「そういえば、将臣はどうなったんだ……?」

 

まあ、神社に()()を送っているから後でも分かるが。




健実神社


「「結婚ーーーーー!!??」」

神社内に響く男女の驚愕の声。

その様子をクックック…と笑う翠色の少女。

「おーおー、やっぱりそんな反応はするわな……さてさて、吾輩のご主人があの者として……ならあの眼帯は一体……あの只人には感じられん気配……」



「クルック……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

『朝から騒がしく』

 

 

「う……うーん……」

 

障子から漏れ出ている朝日の光で目が覚める。

 

昨日の『神刀ポッキリ事件(雪斗命名)』から一夜明けた翌日。

 

ボサボサになった寝癖をうっとうしそうに掻きむしりながら日課の朝稽古をする。

 

木の棒を振りながら、昨日健実神社に放った使い魔のハトから送られた出来事を思い出す。

 

 

 

 

昨晩、健実神社の神主『朝武 安晴 (ともたけ やすはる)』から将臣に言い渡された事。

 

叢雨丸に選ばれた者として責任を果たすために、現代の巫女姫『朝武 芳乃 (ともたけ よしの)』と結婚せよ…と。

 

勿論今すぐでは無い。

 

暫く一緒に暮らし、そのうえで答えを聞かせて欲しいと。

 

芳乃はあまり乗り気では無く、将臣も何かと渋ったが、結局健実神社に世話になることとなり、学校もこの穂織唯一の鵜茅学院に通う事になった。

 

 

 

 

「ヤレヤレ……あいつもこれから大変だな……」

 

そんな他人事のように考えながらも、やはり何かと不安なので朝稽古を切り上げ、朝食を軽く済ませ健実神社へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

健実神社内、朝武家玄関前

 

 

呼び鈴を鳴らし、暫く待つ。すると中から寝間着姿の男性が出て来た。神主の安晴だ。

 

「おや、雪斗君じゃないか?朝早くどうしたんだい?」

 

「おはようございます安晴さん。実は昨日、御神刀が折れた瞬間を見ていまして、気になって来てみたんです。」

 

「ああー御神刀ね!それに関してはもう大丈夫だよ。ごめんね、わざわざ朝早くに来させてしまって……」

 

「いえ、俺が勝手に来ただけですから。ならこれで失礼しま……」

 

「ああそうだ!せっかく来てくれたんだ。良かったら朝食を一緒に取ろう!うん、それが良い!」

 

雪斗が取り付く暇も無く話を進める安晴。

 

普段は心優しい人だが、たまにこちらの話を聞かず勝手にどんどん話を進めてしまうところがある。

 

「それじゃ、朝食まで居間で待っててね。」

 

そうして奥へと行ってしまった安晴。

 

まあ、雪斗も将臣や芳乃の様子が気になっていたし結果オーライだったが。

 

「その前に少し汗を流すか……」

 

ここまで来るのに少し走ったから、額の汗がうっとうしかった。

 

風呂まではいいが、せめて洗面台だけでも借りようと思った。

 

そこに

 

「ありゃ~……あかしくん?」

 

寝間着がだらしなく少し着崩れている恰好をした芳乃が起きてきた。

 

髪も寝癖でグチャグチャで、目もまだ完全に覚醒していなかった。

 

その姿は昨日の舞の時とはまるで別人だった。

 

「おう、おはよう朝武。少し邪魔する、それと洗面台を借りて良いか?」

 

「うん……ごゆっくり……」

 

寝ぼけた様子で返事をし、居間へと向かって行った。

 

「相変わらず朝には弱いな……大丈夫かあの巫女姫?」

 

友人の変わらないだらしなさに少し呆れながら、洗面所へと向かった。

 

この家には何度か来たこともあり、泊まった事もある。

 

故に洗面所の場所は把握しているので、難なくたどり着き扉を開け、中に入ると───

 

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

丁度服を着ようとしていた先客がいた。

 

「…………………」

 

見たことあるアホ毛が特徴の少女。

 

その姿は服を一切来ていないので、産まれたままの姿になっている。つまり────

 

 

ゴトッ!

 

 

何か落ちる音がして、よく見ると先ほどまで先客が居たところに丸太が1本。

 

これは───

 

「ホントに風呂、好きだな常陸。ハァ………」

 

「何でため息なんですか!?それはこっちがしたいですよ!?てゆうか、朝から何で居るんですか明司君っ!?」

 

背後で体を振り向かせないように密着させ、クナイを雪斗の首に押し当てるくノ一茉子。

 

忍者お得意の変わり身の術から、敵の背後に回る技。

 

「こっち見ないで下さいよ!見たら刺しますからね!」

 

「その前に俺の背中にとんでもない凶器が刺さってるぞ?」

 

そう、先ほどから背中に感じる柔らかい感触それは間違いなくアレだろう。

 

「ギャーーー!誰の胸が凶器ですか!失礼なっ!」

 

「おいおい、怒るとこはそこか?」

 

「てゆうかホントに何で居るんですか!?ま、まままさか……私の裸を見に来たんですか!?」

 

「何でそうなった!?誰がお前の裸なんか見たいんだよ!お前の裸なんてこれが初めてじゃ無いだろう!確か2年前に俺の家に泊まった時も、お前が『入浴中』の札をかけてなくて俺がうっかり入ったときに……」

 

「のはーーーーー!!??何で覚えてんですか!?忘れて下さいって言いましたよね!言いましたよね!」

 

「あのな!お前のその綺麗な裸体を見て、ほいそれと忘れれる訳ないだろうが!」

 

「///き、綺麗って……な、ななななな何ですか!逆ギレですか!」

 

「正当ギレだ!」

 

ギャーギャーケンカをしている中

 

「あれ?誰か居るのか?」

 

「「っ!!」」

 

外から聞こえる声。これは将臣のもの。

 

マズい……非常にマズい。

 

「くっ!」

 

「///えっ、ちょっ……何を!?」

 

クナイを押しのけ、茉子に自分が来ていた上着を被せ、自分の体を楯にして彼女を隠す。

 

「(///ちょちょちょちょちょちょっと!何すんですかーー!?)」

 

「(コラ黙ってろ!)」

 

「あれ、雪斗?何でここに居るんだ?」

 

「あ、ああ!お前の事が気になってな!様子を見るついでに洗面所を借りてんだ!」

 

「そっか、心配かけてすまない。俺ならこの通り大丈夫だよ。てっきりこのままマグロ漁船に直行するかと思ったけど……」

 

まあ、昨晩のやり取りは使い魔を通して知ってるから問題が無い事は知ってるが、今は別の問題だ。

 

「ところでさっき騒がしかったけど誰か居るのか?」

 

「「っ!!」」

 

そら来た。

 

「えーと……アレだ!ゴキブリが出てな!それを退治しようとしたらなんか熱くなってな!」

 

「あーゴキか……俺んちもゴキを見つけるとみんなでギャーギャー言いながら退治するな。それじゃ俺は洗濯物を洗うから……あれ?」

 

「あっ……!」

 

将臣が見つけたのは、籠に入れっぱなしだった茉子の着替え。

 

「あれ?朝武さんは来てないし……()()()は着替える必要無いし……安晴さんでは無い……じゃあこのパンツは……」

 

そう言う彼の手には可愛らしい下着。それをマジマジ見つめる将臣。そして

 

「何時までジロジロ見てんですかこの変態ーー!!」

 

 

ドガッ!!

 

 

我慢出来なくなった茉子の跳び蹴りが見事に将臣の顔にめり込む。

 

「アルターエゴっ!?」

 

そして、その勢いで壁に叩き付けられ目をグルグル回す。そこに騒ぎを聞きつけ芳乃もやって来た。

 

「何の音ですかっ!?……茉子?明司くんも……って有地さんっ!?どうしたんですか!?」

 

「……ところでこの人誰ですか明司くん?」

 

「まあ、そうだよな……そしていい加減服を着ろ。」

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

「申し訳ありません、申し訳ありません、ほんとーに、申し訳ありませんでした!」

 

居間で将臣に土下座する茉子。

 

あの後、直ぐに洗面所から男子は将臣を連れだし、着替えなりを済ませた女子組と居間で合流。そこに安晴も加わる。

 

まずは謝罪から始まった。

 

「私は常陸茉子と申します。こちらの芳乃様の朝武家に古くから仕える一夜で主に家事を手伝っています。それで朝早くにお風呂場の掃除ついでに汗を流していたのですが……」

 

「運悪く俺が来てな。それで口論になってるところをお前が来て……後は知っての通りだ。」

 

「あ、ああ。俺も悪かったよ。人の下着をジロジロ見てたらそりゃ怒るしな……」

 

「そうですね。それもそうですが、もう一人謝らなければならない方がいらっしゃいますよね?」

 

キリッと、芳乃と茉子の鋭い視線を感じる雪斗。

 

「……まあ、確かに俺が最初に入ったのがマズかったな。それについては俺にも非がある。悪かったな常陸。」

 

「まあいいでしょう、ただし!……今度こそ忘れて下さいよ///」

 

顔を赤く染める茉子。まあ、あまり思い出さないようにするべきだな。

 

「まあまあ、みんなそこまでにして。僕もうっかりしてたよ。それじゃあ改めて紹介しようか。昨日からここに暮らして貰ってる叢雨丸を抜いた有地将臣君だ。こっちが昔から芳乃と仲良くして貰ってる常陸茉子さん。彼女には家事を手伝って貰ってね。本当は僕がやるべき事だけど、どうも苦手で……」

 

「「宜しくお願いします。」」

 

安晴の紹介で、二人は改めて頭を下げる。

 

「雪斗君の事は知ってるみたいだね。彼は5年前から穂織に越してきてね。それからは芳乃や茉子さんとは仲良くしてくれてるんだ。」

 

「最近の悩みは、この裸族に眼帯を狙われていることだ。」

 

「誰が裸族ですか、この覗き魔。」

 

「黙れ露出くノ一」

 

「うるさいですリアル中二病」

 

「やめなさい2人とも。有地さんの前ですよ?」

 

「「はい……」」

 

芳乃に言われようやく大人しくなる2人。

 

そんな2人を見ていると、あの従兄弟たちを思い出す。

 

「(この2人も蓮太郎たちと同じだな。ケンカしあってるけど、本当は互いに互いを思い合ってるいい仲なんだな……)」

 

「ん?どうした将臣?」

 

「いや、なんでも……」

 

それから、常陸家の事の説明を受けた。

 

常陸家は先祖代々朝武家に仕える忍びの一族で、本来の任務は歴代の巫女姫を護る事だが、安晴の言う通り、茉子には家事全般をお願いしているのだ。

 

もっとも彼女も望んでいることで、むしろ楽しんでいるそうだ。

 

「だから忍者モドキって呼ばれるんだよ。」

 

「呼んでるのはあなただけです。この覗きザ◯。」

 

「誰がジオン軍モビル◯ーツだ。」

 

「2人とも?」

 

「「すいませんでした。」」

 

「(息ピッタリだな……)」

 

「ところで、昨日の御神刀は結局どうなったんだ?」

 

それについては使い魔は見ていない。何やら修復したらしいがその瞬間は見ていない。

 

「ああ!あれな……(どうしよう、叢雨丸やムラサメちゃんの事は他の人には内緒なんだよな……)」

 

果たしてどう言い訳しようか考えていた時

 

「ああ、それなら心配いらないよ。僕の知り合いで専門の方がいるから。その人に直ぐに頼んだよ。」

 

安晴が直ぐに誤魔化してくれた。雪斗もとりあえずそれで納得した。

 

「それじゃあ朝ごはんを直ぐに用意しますね!」

 

「俺も手伝う。ご馳走になるからそれぐらいやらせろ。」

 

「では、焼き魚をお願いします。」

 

先ほどからケンカして筈だが、まるで無かったかのようにせっせと支度を進ませる2人。

 

「(ねえ、朝武さん。あの2人ってもしかして……)」

 

「(私も一度聞いてみましたけど、本人達は絶対無いって言ってましたよ?)」

 

「常陸、ソレ」

 

「はい、塩です。明司くん、すいませんが……」

 

「ほれ、味噌」

 

テキパキ…

 

「「(ホントに付き合ってないの?)」」

 

 

 

「「…………」」

 

それから、2人によって食卓に並べられた食事を食べる一同。しかしその空気は重かった。

 

将臣の前にいる芳乃はもう寝間着姿では無い。朝のユルユルの様子も無くなっていた。

 

その代わりに、ピリピリとした何かを張り詰めているようだった。

 

「あの……朝武さん。」

 

「……何ですか?」

 

将臣がおそるおそる話しかけると、彼女から鋭い視線を返された。

 

「えっと……巫女の仕事ってどんなことするの?」

 

「境内の掃除や事務作業なんかです。」

 

「ソっすか……」

 

会話が終わった……と言うか、向こうが拒絶しているようにも見える。

 

「あの……有地さんは芳乃様に何か嫌われるような事を?」

 

「俺みたいにバッタリ着替えのところを遭遇したとか?」

 

「それは断じてありません。俺にも特に覚えは無いけど……」

 

「将臣君には問題は無い。芳乃が一方的に認めないって言い張ってるだけだからね。」

 

「芳乃様らしいと言えば……」

 

「朝武らしいな……」

 

安晴のため息も休む間もない。

 

「あ、あの……」

 

「ご馳走様でした。それでは舞の練習をしていますので、何かあればお呼び下さい。」

 

将臣が止める間もなく、芳乃は居間を出て行ってしまった。

 

向こうがあの態度だと、居心地が悪くて仕方ない。

 

「頑なですね……」

 

「全くだ……」

 

「あの頑固さは一体誰に似たのやら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終え片付けを済まし、将臣と少し会話を楽しんで雪斗はお暇する事にした。

 

「携帯の番号は今教えた通りだ。何かあれば呼んでくれ。できる限り力になる。」

 

「いろいろありがとうな。」

 

「気にするな、それと……あまり朝武の事を嫌いにならないでくれ。アイツもアイツでいろいろ抱えているらしいからな……」

 

「ああ、分かった。」

 

「それと、常陸には気を付けろ。アイツは人をからかうのが趣味の露出狂……」

 

 

ヒューン…ザクッ!

 

 

「えっと……この足元のクナイは……」

 

「……地獄耳か、アイツは……」

 

 

 

 

雪斗を見送ってから、境内の掃除をしようとした時

 

「おい、ご主人」

 

「ムラサメちゃん」

 

いつの間にか居た翠色の髪の少女、叢雨丸の管理者『ムラサメ』。

 

雪斗の読み通り、彼女は叢雨丸に宿る精霊のような存在だった。

 

しかも、その姿を捕らえる人間にも限りがある。

 

「あの眼帯には気を付けよ。」

 

「眼帯……ああ!雪斗の事か。何で気を付けよ?」

 

「あの眼帯……おそらく吾輩の事が見えている。それに、只人とは思えない()()を感じる……」

 

「そんな大袈裟な。てか、ムラサメちゃんが見えるならアイツも叢雨丸の主の資格が合ったのか!?」

 

「吾輩もそう思ってた。しかし、眼帯にはそんな単純なものでは無いかもしれない……」

 

 

 

 

神社を後にして、街を少し散策してから屋敷に戻ろうとした時、女性が一人必死になって何かを探していた。

 

すると、こちらに気付いたのか走ってきて

 

「あのすいません!青いシャツを着た5歳位の男の子を見ませんでしたか?」

 

どうやら迷子を探しているようだった。

 

「すいません、見ていませんね……神社の方には行かれましたか?もしかしたら近くで遊んでいるかも……」

 

「はっ!そうだ……あの子よく神社に遊びに行くんでした!ありがとうございます!」

 

そう言って、雪斗が来た道の方へと走って行った。

 

 

 

数十分後、街を散策するなか、スマホがブルブル震えた。

 

着信先を見ると、先ほど番号を教えた将臣からだった。

 

「はいもしもし?」

 

『ああ雪斗、俺だ。実は聞きたい事があって、5歳位の青いシャツでハーフパンツ姿の男の子を見かけなかったか?』

 

「ああ、さっき女性から同じ事聞かれたよ。何だ神社の方に行ってなかったのか?」

 

『ああ、今その女性が警察に連絡してるところだ。けど何とか大事になる前に見つけてあげたい。手伝ってくれないか?』

 

「……その子の写メとかあるか?」

 

『ああ、送ってもらった。』

 

「それを俺のスマホにも送れ、手伝う。今神社だな?ならその付近を徹底に探せ。俺は街の方に戻ってないか聞き込む。」

 

『分かった。その子の名前は流星君だ。それじゃあ頼む!』

 

「分かった。」

 

そこで通話が切れ、直ぐに龍成君の写真が送られてきた。

 

「さてと……」

 

周りに誰も居ないことを確認し、ポケットから黒い札を数枚取り出し、円を書くように回した。

 

そして空中に放ると、札がひとりでに鳥の形に変化した。雪斗が得意とする使い魔だ。その鳥たちに写真を見せ

 

「この子を見つけたら俺のところに来い。」

 

そして鳥たちがそれぞれ飛び立って行った。

 

それを見送ってから、雪斗もスマホ片手に迷子の捜索に乗り出した。

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、健実神社

 

 

「いないなぁ……」

 

「こっちも残念ながらだ……」

 

空の色がオレンジに染まる中、未だに迷子を見つけられず、一度神社に合流したのだ。

 

街の人に聞き回ったが、有力な情報は得られず、使い魔たちからの報告は無いところを見るとあちらも見つかっていない。

 

将臣も空振りだったようだった。

 

「もしかして……冒険心で山に入ったとか?」

 

将臣の言う事も一理ある。

 

健実神社は山の近くにあり、山中へと続く道も幾つかあるのだ。

 

「うーん……可能性はあるが、だからと言って無作為に入ってこっちが迷ったら元も子もない。それなら、大人たちの力も必要になる。ここから先は警察の仕事だ。」

 

「……」

 

何か言いたそうだったが、雪斗の言う通りでもあった。

 

もし自分たちも遭難したら、余計に厄介だ。

 

けれど、将臣の頭の中に女性の言葉が蘇る。

 

 

『やっぱり祟り何だわ……こんな事ならイヌツキなんかに連れて来るんじゃなかったの……』

 

 

「まだ明るい……暗くなる前に見つければ良いんだ。俺やっぱり行って来る!」

 

「なっ、おい!」

 

雪斗が止める間もなく、山中へと走って行ってしまった将臣。

 

「たくっ……スゥー……ピィーー!」

 

その行動に呆れながらも口笛を吹き、使い魔たちを呼び寄せる。

 

「今、山に入った将臣を追え。迷子の子もいるはずだ、その子も探せ。」

 

そうして使い魔たちも山へと向かって行った。

 

「あれ?明司くん、何してんですか?忘れ物ですか?」

 

そこにちょうどよく茉子がやって来た。

 

手にはパンパンの買い物袋。どうやら夕食の買い出しから帰って来たようだった。

 

雪斗は事の一連を話した。

 

「えっ!それで有地さん山に入っちゃったんですか!?」

 

「すまない、止めれなかった。」

 

「明司くんが謝らないで下さい。分かりました、私が2人を探します。ご安心を、忍者なので山の中は庭みたいなものですよ!」

 

「……分かった。すまないが頼む。」

 

「はい、だから明司くんは今日はもう帰って頂いて大丈夫ですよ。後はお任せを!」

 

ドンと胸を張る茉子。確かにこういう時の彼女は頼り甲斐を感じさせる。

 

「だが、何かあれば直ぐに連絡しろ。」

 

「了解です!」

 

直ぐに買い物袋を片付け茉子は忍び装束に着替え、山中へと向かって行った。

 

そして、雪斗も念の為、準備をしておく。

 

 

数十分後 山中

 

 

「おーーい、龍成くーーん!どこだーー!」

 

先ほどから幾ら叫んでも返事は全く帰って来ない。

 

「やっぱり思い違いだったかな……」

 

陽の光もどんどん薄くなる。これ以上の捜索は不可能だ。やはり無謀だったか。その時───

 

 

ガサガサ…

 

 

「っ!龍成君っ!?」

 

何とか見つけれた。そう思ったのもつかの間だった。

 

出て来たのは小さな子供なんかでは無く

 

 

ヒュンッ!

 

 

何かが将臣の足元スレスレにぶつかった。いや、攻撃された。

 

その足元には小さな窪みが出来上がっていた。

 

「な……何が……っ!?」

 

おそるおそる攻撃してきた方向を見ると、そこにいたのは、黒い“何か”がいた。

 

『────!』

 

こちらに向かって吼えている。

 

しかしその鳴き声は将臣が知るどの生き物のものとは全く違う。

 

あえて言うなら、鳴き声と言うより『叫び』に近かった。

 

『─────!』

 

そんな訳が分からない状況で動けない将臣の事なんかお構いなしに再び鋭い刃が将臣に襲い掛かって来た。

 

「やべっ!」

 

何とか反応して今度はしっかり躱した。

 

だが、何時まで持つか分からない。

 

ならすべき事はただ一つ。

 

「全速力で逃げる!」

 

『─────!』

 

クルッと回れ右をし、その場から逃げる将臣。

 

しかし、やはりと言うべきか、黒いものもその後を追って来る。

 

「ああー!全く何なんだアレはっ!?」

 

そんな事を答える相手はおらず、代わりに黒いものからの攻撃が背後から襲って来る。

 

「くそっ……走りづらい……っ!」

 

元々都会育ちの将臣では、山の中は障害物競走のコースと同じようなものだった。

 

しかも視界は薄暗い。将臣の体力にも限界はある。そして遂に

 

 

ドンッ!

 

 

「カハッ!」

 

右腕に衝撃が走る。一瞬しか見えなかったが、黒いものが刃を突き刺すのでは無く、鞭のように振るって将臣の右腕に当たったようだった。

 

その勢いで近くの木に叩き付けられる。

 

「く……クソ……ったれ……」

 

背中の痛みと木にぶつかった時の衝撃で、体は再起不能。意識も徐々に薄れていった。

 

『────!』

 

黒いものが近付く。これはもうダメだな……と諦めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いが、そのような情けない事は許さないぞ。」

 

「っ!?」

 

その時───

 

 

ザクッ!!

 

 

空中から何者かが物凄い勢いで、黒いものの上に着地した。

 

顔はフードでよく見えないが、大きめの黒コートを着ていた。

 

『─────!?』

 

それと同時に黒いものから悲鳴らしきものがあがる。

 

よく見ると、黒コートが持っていた槍を黒いものの体を貫通させていた。

 

「………」

 

そして、左腕を黒いものの体に潜り込ませ、何かを引っ張り出した。

 

それは気絶している小さな男の子だった。

 

『───────!?』

 

男の子を無理やり引き抜かれ、黒いものから更に悲鳴があがる。

 

「黙って死ね、怨霊。」

 

 

ザシュ!

 

 

突き刺していた槍を横一線に切り裂き、黒いものは塵になって消滅した。

 

それを見届けてから、将臣は意識を手放した。

 

「………」

 

黒コートは引きずり出した男の子を将臣の隣に寝かす。

 

人の気配を感じ、静かにその場を去った。

 

それから直ぐに

 

「いた!いたぞ!ご主人っ!」

 

「有地さんっ!」

 

ムラサメと茉子によって、2人は発見された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

『祟りを知る者・追う者』

 

 

「う……うーん……あれ、ここは?」

 

見慣れない部屋、しかし知らない部屋では無い。

 

ここは朝武家での将臣の部屋。その布団の上で自分は眠っていた。

 

「明るい……もしかして朝か?」

 

意識が完全に覚醒すると、部屋の中、外が明るい。

 

どうやら朝らしい。

 

「なんで……俺いつの間に寝たんだろ……?」

 

ズキンッ!

 

「ーーっ!?」

 

起き上がろうとした時、息が詰まるほどの痛みが全身を走った。

 

そこで昨日の事を思い出す。

 

迷子の男の子を探しに山に入り、そこで黒いものに襲われ、死にそうになったその時───

 

 

『悪いが、そのような情けない事は許さないぞ。』

 

 

あの黒コートに……助けられた。

 

あの黒いものをあっという間に倒してしまった。

 

「それから……どうなったっけ……あれ?」

 

隣に気配を感じ、振り向くとそこには

 

「す~……す~……」

 

芳乃が隣で可愛い寝息をたてて眠っていた。

 

彼女は自分のような布団の上ではなく、将臣の掛け布団の上で眠っていた。

 

「えっと……朝武さん?風邪引くよ?」

 

肩を揺さぶり起こそうとした時

 

「そのまま寝かせてやれご主人。芳乃は徹夜で看病しておったのだ。」

 

「あれ、ムラサメちゃん。えっ、徹夜で看病って……」

 

「吾輩が見ておるから大丈夫と、言ったのだが、この頑固者は言うことを聞かぬのでな。」

 

それを聞き、とりあえず自分の掛け布団を芳乃にそっとかけてやる。

 

すると、モゾモゾと動き掛けひとりでに掛け布団に包まった。

 

「それで、どのくらい寝てたんだ?」

 

「今は昼過ぎだから……おそらく14時間と言ったとこらか?ところで身体は大丈夫か?医者は意識が戻れば大丈夫と言っておったが?」

 

先ほど一瞬痛みは走ったが、少し腕を回したり状態を確認するが、なんとも無かった。

 

「けど包帯だらけじゃ説得力無いよな……」

 

「擦り傷に裂傷、打撲、骨折もしとったらしいぞ?」

 

「マジでか!?全然そんな感じがしないんだけど……」

 

「当然じゃ!ご主人は叢雨丸の主。故にご主人の怪我は叢雨丸がある程度治癒してくれるのだからな!」

 

えっへんと自分の事のように胸を張るムラサメ。

 

神刀である叢雨丸は持ち主が負傷した場合、それを治癒する力がある。

 

しかし、主と刀との距離が遠ければその力は薄くなる。逆に密着するほど近ければその恩恵は十全にうけられる。

 

「なるほど、それで隣にコレがあるってわけか……」

 

芳乃が眠っている反対側、ムラサメがいる側の足元に叢雨丸が置かれてあった。

 

「それでも、皆心配しておったぞ?ほれ……」

 

 

スゥゥ…

 

 

「ああ、ちょうど目が覚めたんですね。良かった、元気そうでなによりです!」

 

障子を開け中に入って来たのは茉子であった。

 

将臣の無事な様子を見れて、安心しているようだ。

 

そんな彼女の手にはお盆を持っており、その上にはヤカンとコップ、そしておにぎりの乗った皿があった。

 

「思ってたより元気そうでちょっと拍子抜けですけど、まあ良かったです。これ、どうぞ。」

 

そう言って、お盆を将臣の近くに置き、礼を言って遅めの朝食を取る。

 

「後で預かったお薬を持ってきますから。それと、ホントに身体は大丈夫ですか?先生からも、何かあればすぐ連絡するようにと言われてますから。」

 

「ありがとう。痛みが気になるようなら、すぐに言うよ。」

 

「でも、本当に良かったです。ムラサメ様もこれで一安心ではないですか?」

 

「まあな。ボロボロのご主人を見たときは心臓が止まるかと思ったぞ。」

 

「いやいや、元々止まってるだろう?」

 

「だから、吾輩は幽霊などでは無い!」

 

「あれ?てか、常陸さんもムラサメちゃんが見えてるの?もしかして見えてる人って意外と多い?」

 

「いや、ご主人と芳乃と茉子だけだぞ。しかし不便だのう……3人しか意思疎通が出来ないと言うのは……昨日も茉子に運ばせてしまったからな。」

 

そこでようやく思い出す。

 

昨日、黒コートが黒いものを倒した時、その体から迷子の男の子を引っ張り出した事を。

 

「そうだ!昨日はどうなった?龍成君は大丈夫なのか?」

 

「安心しろ。あの小童ならご主人と一緒に連れて帰って、茉子が母親の元に送り届けた。」

 

「念の為、お医者様に診て貰いましたが、どこも異常無しだそうです。」

 

それを聞き、ようやく心の底からホッとした。

 

あの黒いものの中にいたのだから、何かあるかもしれないと心配だったのだ。

 

まあ、こうして自分も無事だったのだから、一安心……無事だが、体中に包帯。もちろん服も着替えさせられてる。

 

「つかぬ事を聞きますが、誰が着替えさせてくれたの?」

 

「それは私が。大変でしたよ~……なにぶん凄い恥ずかしい事になりましたからね~……(ニヤニヤ)」

 

「恥ずかしい事したんですか!?まさか……見たの?」

 

「さ~て、どうでしたかね~?(ニヤニヤ)」

 

「ねえ、何で目を合わせてくれないの?何ではぐらかすの?見たの?見ちゃったの?どうなの?」

 

「見てませんよ。タケノコみたいなアレなんて見てませんよ?あは♪(ニヤニヤ)」

 

「誰の息子がタケノコじゃー!!」

 

「えっ、じゃあどんなのですか?どんなのですか?(ニヤニヤ)」

 

「イーヤー!」

 

それからしばらく、茉子によっていじられまくる将臣であった。

 

 

 

 

「さてさて、有地さんイジりはここまでにしましょう。私は十分楽しめましたから。」

 

「俺のライフは風前の灯火だけどね……」

 

「何やっとるんだご主人……」

 

話によると、着替えは玄十朗と安晴の2人で行ったらしい。その為、茉子は将臣の可愛らしいタケノコは見ていないそうだ。

 

「まあ、本当に迷惑ごめんね2人とも。」

 

「それは吾輩のセリフだご主人。吾輩がキチンと山に入るな、と忠告すべきであった。」

 

頭を下げようとする将臣の前に、頭を下げるムラサメ。別に彼女が謝る事は無いと思ったが、この様子を見る限り、あの黒いものを知っているのではないかと。

 

いや、ムラサメだけで無い。ここに居る全員が

 

「あの黒いものの事、知ってるのか?」

 

「それについてだが、こやつが起きた時にでも話すかな。」

 

「ん……んぅ~……」

 

モゾモゾ…

 

「んむぅ~…お……おはよう……ござい……ます」

 

ちょうど良く、ムックリと起き上がる芳乃。

 

「おはよう、朝武さん」

 

「ん?……あ……りち……さん?」

 

まだ半起きの彼女は、将臣の姿をはっきり見えていないのか、目を細め顔を近づけた。

 

「有地さん……有地さんっ!」

 

「はっ、はい!?」

 

「お身体は大丈夫なんでか?怪我は?どこか痛いところはありますか?ガーゼは緩んでいませんか?包帯を交換しましょうか?傷口は開いたりしてませんか?」

 

詰め寄るように物凄い勢いで早口でまくし立ててくる芳乃。将臣も少しのけ反される。

 

ズキンッ!

 

「くっ……!」

 

そのせいか、右腕が少し痛む。

 

「右腕ですね?見せて下さい!」

 

「いやいや、今のは体制のせいで───」

 

気恥ずかしさと心配させまいとする気持ちで距離を保とうとする将臣。

 

しかし、芳乃は更に詰め寄る。そして右腕を掴んだ瞬間───

 

 

ピョコンッ!

 

 

「………あれ?」

 

「……?どうかしましたか?」

 

「どうもこうも……」

 

あなたの頭にとんでもない物が生えてますよと、言いたいが、もしや幻覚か?

 

木に叩き付けられた時に頭を強く打ってしまったか?

 

そこで頬を数回叩き、目をこすってもう一度見ると……

 

「?」

 

 

ピョコン

 

 

やはりあった。

 

「有地さん、大丈夫ですか?」

 

「すいません、大丈夫じゃないです。頭を強く打ったかも……朝武さんの頭の上に、とんでもない物が見える。」

 

失礼だと思いつつも、彼女の頭部を指差す。

 

人間には決してあり得ないとんでもない物を。

 

()()()()()()()?」

 

そうして、将臣の指の方向が自分の頭上だと気付いたのか、目が見開かれる。

 

「///っ!!??」

 

顔を赤くし、慌ててとんでもない物を隠す。

 

しかし、それでもその大きさを隠す事は出来ず、少しはみ出ていたとんでもない物。可愛らしい獣耳。

 

「///こここここここれは違います。違いますから!有地さんの幻覚です!きっと頭を打って幻覚が見えてるだけで───」

 

「じゃあなんで頭を押さえてるの?」

 

「あっ!?ぅぅぅ……は、嵌めましたね……」

 

違う、ただの自爆だ。と言うのを彼女の為にも言わずに我慢した。

 

「おそらく、ご主人の右腕に触れた影響だろう。右腕に祟り神の穢れが残っておる。怪我は治癒出来ても、祟り神の穢れは消えぬからな。」

 

祟り神……穢れ……そしてとんでもない物、獣耳。

 

「その様子だと、ご主人は見えているのだな。」

 

という事は、ここに居る全員が見えてる事になる。

 

つまり、普通の人には見えない。

 

「それも時間の問題じゃろう。このまま放置すれば、只人にも見えるようになる。」

 

「よく分からないけど……あの黒いものと獣耳が関係している事は分かった。たぶん、叢雨丸も関係してるんじゃないかな?」

 

「っ!?」

 

また芳乃の目が見開かれる。

 

「芳乃様、やはり有地さんにもご説明したほうがよろしいかと?」

 

「吾輩もそう思う。」

 

「僕も賛成だ。」

 

そこに、安晴が加わる。手にはここに居る全員分のコップがあった。

 

「将臣君にも影響があることはこれでハッキリした。ならば、彼が関わる事ぐらいの説明は必要だと思うよ。」

 

「……分かりました。しかし、必要な事だけですから。それは約束して下さい。」

 

「分かった、約束だ。」

 

 

 

 

一同、まずはお茶で一服し、それぞれ着替えて居間に再集合した。

 

「まず今回は僕らの油断によるものだ。そのせいで将臣君に怪我を負わせてしまった。申し訳ない。」

 

「いえ、いきなり山に化け物がいるなんて言われても信じてなかったと思いますから。」

 

「それでも忠告ぐらいはすべきだったよ。日が暮れたら山には入らないように、と」

 

「あの黒いものは何なんですか?まさか穂織特有の動物とか言いませんよね?」

 

「その前に将臣君は穂織の土地に伝わる伝承は知っているかい?」

 

伝承と言えば、女妖怪に誑かされ、大名が攻め込んで来て叢雨丸によって返り討ちにあったと言う、伝承の事だろう。

 

そして、その叢雨丸が本物の神刀であることは将臣が一番知っている

 

「叢雨丸が本物なら、妖に関しても実在する、と言う事だよ。」

 

「………」

 

驚いたと言うべきか、やはりと言うべきか。将臣はアレと遭遇してから何となくそんな気はしていたのだ。

 

と言う事は、伝承は本当にあった事になる。

 

「多少事実と相違するところはあるけど、概ねその通りだよ。実際に叢雨丸の力で妖を討ち取った。だけど死ぬ間際に呪いを残した。それが将臣君が遭遇した化け物……我々は『祟り神』と呼んでいる。」

 

「どうして黙ってたんですか?ここは観光地なのに」

 

「別に無作為に襲って来るわけじゃ無いんだ。狙われるのは妖に強く憎まれる者だけが対象となる。しかし、ごく稀に、山に迷い込んだ人を襲い取り込み、生命力を奪う事もある。」

 

それで山に迷い込んだ龍成君が化け物の中にいた理由が分かった。つまり、好奇心で山に入ってしまい、偶然化け物に遭遇。取り込まれてしまったと言うことだろう。

 

そして芳乃の獣耳は妖に憎まれる者に対する呪詛の現れだと言われているのだ。

 

この耳が生えている者は祟り神に襲われると……

 

なら、つまり朝武さんは……と考えてる将臣の表情を読み取ったのか、小さく頷く芳乃。

 

「朝武の家は伝承に出て来た勇者の一族の直系なんだよ。だから恨みの対象になるんだ。」

 

「なら、俺はどうして襲われたんですか?あれは取り込もうとしたのとは訳が違った。完全に殺すつもりだった……」

 

いや、その疑問の答えも薄々分かっていた。

 

理由はただ1つ。

 

「俺が……叢雨丸の主に選ばれたから……ですか?」

 

そして、安晴はその通りだと、頷く。

 

「だからと言って将臣君にも芳乃ような耳が生えてくる事は無いからそこは安心して。」

 

良かったと……少し胸をなで下ろす。

 

さすがアレが生えている自分を見るのは……正直拷問だった。

 

そしてようやく繋がった。祟り神、呪詛、そして獣耳。

 

この街がイヌツキと呼ばれる原因がこれらだと言うことが。

 

「まずは当代の巫女姫の耳は吾輩にしか見えなかった。しかし、徐々に見える者が増え、噂が広まって行ったのだ。朝武の家は獣耳が生える呪われた姫だと……」

 

これがイヌツキの由来だが、それだけではなかった。

 

祟り神を放置すれば、その分、穢れは溜まっていき強力になってしまう。そうなれば、強く憎まれる者どころでは無い。

 

本当に無差別に人を襲ってしまうのだ。

 

実際に巨大化した祟り神が穂織の地で暴れ回った事があり、多数の死者を出した。当時の巫女姫はそれが原因で命を落としたことも。

 

「その事件が切っ掛けに、その世界に噂が更に広まったのだ。呪われた姫を祀る土地。それがイヌツキと言う名を生まれたのもまた1つなのだ。」

 

「どうやらその様子だと、ムラサメ様から説明は聞いてなかったようだね?」

 

「安晴さんはムラサメちゃんの事は……」

 

「残念ながら見えない。僕は入り婿だから。だから呪いを受けていない。今は芳乃だけだ。」

 

「………」

 

だから基本的に夜間には山に入らないように。と言うのが、穂織では暗黙のルールとなっている。

 

だが、祟り神を放置には出来ない。故に穢れを溜め込む前に当代の巫女姫が穢れを祓っている。

 

それが、祭りで披露していた芳乃の舞。あの舞には穢れ祓いの儀式なのだ。舞を奉納する事で、土地の穢れを祓っている。

 

しかし、それだけでは足りない。

 

場合によっては直接祟り神の穢れを祓う必要もある。

 

「直接って……アレと真っ正面から!?」

 

たった一度遭遇するだけでも分かる。アレはそう簡単に退けられるものなんかじゃ無い。

 

自分は運良く助かったが、下手をすれば命を落としかねない。

 

「有地さんは気にしなくて大丈夫です。これは……朝武の……いえ、私だけの問題です。だから有地さんは山に入らなければ危険はありません。」

 

祟り神は自分だけで何とかする、と言う芳乃。

 

だが、女の子一人でどうこうなる問題では無い。

 

「今すぐどうこうなる訳ではありません。その間、有地さんには不自由を強いる事になってしまい申し訳ありません。ですが……必ず私が何とかします。」

 

そう強い目で、強い意志の彼女に将臣はその場で止める事は出来なかった。

 

そして、最後の疑問。

 

その祟り神を圧倒し、自分と龍成君を助けてくれたあの黒コートについてだ。

 

「黒コート……いや、僕もそんな事はしらないな?」

 

「はい、私も知りません。朝武の者以外に祟り神を打つ事が出来る人間なんて……」

 

「吾輩も何十年といるがそのような者の話、聞いたこと無いぞ?」

 

「はい、昨日有地さんたちを見つけたときもそんな人、見かけませんでしたが……」

 

「けど、夢じゃ無い。あれは……あの黒コートは確かにいた……顔は見えなかったけど、体格から察するに……男だと思う。」

 

 

 

 

 

 

明司邸 魔術工房

 

 

「へっくしょんっ!」

 

突然襲い掛かってきたクシャミで危うく持っていた試験管を落としそうになる雪斗。

 

「たくっ……誰だよ噂してんの……こっちは全然気の抜けない作業をしてるっていうのに……」

 

机には1つのビーカーが置かれており、何枚もの呪符が張られていた。その中には、昨晩の祟り神の欠片が入っているのだ。

 

そこに慎重に試験管に入っている桃色の液体を注ぎ込む。すると

 

 

ポォーーー……

 

 

欠片と反応したのか、液体から淡い光が灯り、桃色から緑色へと変化した。

 

「………」

 

そして今度は、隣に置いてある別のビーカーに液体を注ぎ込む。それには同じように呪符が張ってあるが、中身は土が入っていた。

 

 

ポォーーー……

 

 

すると、先ほどと同じ反応を起こし、液体の色も緑色へと変化した。

 

「やはりか……伯父さんの言うことは正しかった。」

 

この土は明司邸の庭の土だ。勿論ここだけでは無い。

 

学園の校庭の土、神社の境内の土、山中の土も同じ反応を示した。

 

「祟り神を生み出してるのはこの穂織の土地、いや霊脈そのもの……そしてその大元は……」

 

それさえ分かれば、雪斗の目的は達成される。

 

そして、工房を出た雪斗は黒いコートを手にかけて、いやいやになりながらも、ある場所へと向かった。

 

 

 

 

向かった先は穂織唯一の教会。ここに居るとある人物に用があった。

 

扉を開け中に入るが、中にはほとんど人は居なかった。

 

この教会は観光客用の教会なので、穂織の人間はほとんど来ない。

 

その為───

 

「朝から居酒屋で楽しんだようだな?」

 

「残念、今日はバーで飲んでた。」

 

「どっちにしろ聖職者としてアウトだ。」

 

一番前の席で寝転ぶ酒臭いこの男、この教会で神父『霧原智樹(きりはらとしき)』。雪斗の伯父の中学高校時代の後輩である。

 

ちなみに雪斗と伯父が穂織に越してきたのはこの男が勧めて来たのが理由だったりする。

 

「いいじゃないか、聖職者だって偶には酒臭くなりたい時があるんだよ。」

 

「あんたの場合、年中酒臭いだろうが」

 

やれやれとのろりくらりとした態度をとる智樹。

 

しかしこんな軽口を叩きに来たのでは無い。雪斗はこの男に聞きたい事があって来たのだ。

 

「祟り神の体を構成している魔力と、この土地の土に染みついていた魔力が一致した。」

 

それだけ聞くと、智樹は肩をなで下ろす。

 

「まあ薄々そうだろうとは思ってたよ。何十年、何百年と続いた呪詛が何時まで経っても継続するには、相当の魔力が必要。しかし術者がいないのにどうやって動き続けているのか……答えは単純。その土地の霊脈から貰えば良いのだから。それにしても凄いよね?ここまで何十、何百年と魔力が尽きないところを見ると、あの()()()()()を思わせるねぇ……まあ、()()を降臨させる程じゃないけどね?」

 

たんたんと事実を面白おかしく語る神父に、多少の腹立だしさを覚える雪斗。

 

昔からニヤニヤとした表情しか見せないこの神父を雪斗はニガテ意識を持っていた。

 

だが伯父が亡くなった後、率先して雪斗の身元保証人を引き受け、彼の秘密を断固として守り、研究の為に様々な事に協力してくれている。

 

だから同時に彼のことは誰よりも感謝しており、信用もしているのだ。

 

後は、普段の酒癖を治して貰えれば良いのだが……

 

「それは無理だね。僕に取ってお酒は命の源。呼吸する事と同じくらい大事な事なんだよ。」

 

「それでも自重しろ。このままだと結婚する前に神の元に旅立つぞ?いや、お前のような奴は神のところに行っても厄介者扱いされるだけか」

 

酷いなぁと、言いながらも足元のビール缶に手を伸ばす。が、その前に雪斗が取り上げる。

 

「用事はそれだけじゃ無い。祟り神を生み出してるのはこの穂織の霊脈。だが、それだとあちこちに出現するはずだ。だがそんな事は無い。つまり、何処かに祟り神の生産地みたいな場所があるはずだ。つまりそこが霊脈の中心になる。あんたなら何処か心当たりが有るんじゃないか?」

 

「……ごめん、分かんない(テヘペロ)」

 

 

バキッ!

 

 

突如、雪斗の足元の床にヒビが走る。

 

同時に、雪斗の体から紅い何かがあふれ出る。

 

「わーーー!!ごめんごめん、ふざけすぎたねホントにごめん!だから、ここで魔力放出はやめてーーー!?」

 

「………ホントに知らないんだな?」

 

「いやー申し訳ない。当時の資料が残ってたら何とか目星はつくんだけどね……多分、聖堂教会本部にも残ってないと思うよ?」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

霧原の一族は元から穂織の人間では無い。江戸時代に移り住んできた一族だが、その正体は全ての教会の総本山『聖堂教会』に古くから所属している一族だ。

 

任務はただ1つ。穂織の霊脈の監視と管理。

 

当時の穂織の人々には新しい住人が増えたことで喜んでいた。

 

そして当代の霧原……元はイギリス人だったが、移り住んだ先で、とある女性に一目惚れし、その家の婿養子となったのだ。

 

そして、暖かい家庭を築きながら任務に全うしていた。

 

ところがある時に巨大化した祟り神が穂織で暴れ回った際に、霊脈に関する重要な書類と当時の霧原当主の命が失われた事で任務は段々と疎かになっていった。

 

そして、智樹の二代前に穂織に教会が建てられ、神父の職についている。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「いやー、ご先祖様には困ったもんだよ。」

 

「あんたが言うな。」

 

ハァ~とため息をつく。こうなれば、この足でひたすら探し回るしかないようだ。

 

「それしか無いね。じゃあ頑張ってくれ。」

 

ガシッ!

 

「痛だだだだだだ!?先輩直伝のアイアンクローは勘弁してーーー!?分かった!手伝う!手伝わせていただきます!手伝わせて下さい!だからアイアンクローは勘弁してーーー!?」

 

「まったく……」

 

ぱっと手を離す。そしてくるっと回れ右で出口へと向かう。

 

「今日はあんたの好物のワインとトンカツを用意してるから。少しは伯父さんに顔を見せろよな。」

 

そう言い残し、教会を後にする。

 

「…………ホントに、先輩そっくりになってきたな。それじゃ、恩人の子供さんの為にも、少しは働きますか!」

 

 

 

それから、しばらくの間、雪斗は主に大きく広がった場所、昔から建っている建物がある場所(健実神社は後回し)等を重点的に周り、調べてみたが成果は芳しくなかった。

 

健実神社も候補にあがっていたが、あそこには祟り神を祓う巫女姫の言わば本拠地。

 

そんなところに祟り神の生産地が有るはずが無い。

 

「(となると、残るは山の方……地味に探しづらいんだよな……)」

 

 

ソロ~リ……スゥ……

 

 

「あまいっ!」

 

 

ペシッ!

 

 

「あ痛っ!?」

 

背後から眼帯を狙う不届き者にチョップによる制裁をかます雪斗。

 

「なんでバレるんですか~!?ホントにおかしいでしょう!ねぇ有地さん?」

 

「いや、俺に言われても……」

 

いつもの茉子はともかく、一緒に将臣が居ることに珍しく感じる。

 

「なんだ、デート中に他の男にちょっかいを出すのかお前は?」

 

「あはっ♪いやー、そこに眼帯をかけた相手が居れば取りたくなるじゃないですか?」

 

「常陸さんだけだと思うよ。それとデートについては否定して」

 

話によると、将臣の気分転換に彼を連れて夕食の買い物をしているらしい。

 

「そうか、ところで昨日は大丈夫だったか?あの後、男の子は見つかったって聞いてはいたが。」

 

「あ、ああ!俺は大丈夫だぜ!どこも怪我なんてしてないから!」

 

「そこまで強きに言う必要はあるのか?」

 

「そう言う明司君は何してるんですか?」

 

「俺は……気分転換に散歩、ついでに夕食の買い出し」

 

それなら……と言う事で、茉子と将臣の二人に同行する事になった。

 

確かに買い出しも予定していたので問題は無い。

 

そして一向は八百屋に到着する。

 

「お!茉子ちゃんに雪斗君!今日は春キャベツがオススメだよ!」

 

「あ、はい。今日はトンカツにしようかなって思ってたところです。」

 

「なんだ、お前のところもか?俺も同じメニューだよ。オヤジさん、俺も貰うよ。」

 

「おっしゃ!それじゃあご贔屓してくれるお客にはオレンジもオマケしといてやる!今年の舞と練り歩き、凄かったからな。また来年も楽しみにしてるぜ!」

 

そうして快く春キャベツとオレンジの入った袋を雪斗は2つとも受け取る。

 

「あ!明司君、私たちの分は私が持ちますから……」

 

「別にいい。1つ持つのも2つ持つのも対して変わらない。気にするな。」

 

「いえいえ。それはこちらのセリフです。私だって鍛えてますから。なんせ忍者なので!」

 

「忍者だろうと、そうでなかろうと、一人の女の子であることは変わらないだろう?いいから任せろ。」

 

「……ありがとうございます。」

 

「………かあ~、おい母ちゃん!いつもの2人のイチャイチャが始まったぞ!」

 

「「イチャイチャじゃ無い(ありません)!」」

 

そう言いながらも、2人一緒に店の外に出て、隣の肉屋に向かう。

 

「よう!茉子ちゃんに雪斗君!今日は2人一緒かい?」

 

「「不本意ながら」」

 

「ははっ!そうかいそうかい!ところで晩飯はどうすんだい?」

 

「「トンカツにしようかと(かなと)」」

 

「なら、豚肉だな?いつもの量で良いかい?」

 

「いえ、1人分多めにお願いします。今日はお客さんがいるので。明司君は?」

 

「俺のとこも今日は客が来るからな。同じように多めに頼む」

 

そしてまた雪斗が茉子の分まで荷物を持つ。

 

「ハイよ!それと新作のコロッケ、オマケで付けとくよ。巫女姫様によろしくな!」

 

「(しまった。もう両手に持てない)常陸、悪いが俺の分持っ「明司君」ん?」

 

「はい、あーん」

 

雪斗の前に彼の分のコロッケを差し出され、ついついパクリと一口食べる。

 

「モグモグ……上手い……カレーコロッケか……」

 

「モグモグ……そうですね……このスパイシー感良いですね?もう一口食べます?」

 

「ああ……モグモグ……これは中々良い。家でも作ってみようか……」

 

「あっ!それなら一緒に作りましょう!おじさん、レシピ教えて貰って良いですか?」

 

「別に構わんが……店の前でイチャつくのは勘弁してね?」

 

「「だから、イチャついてない(ません)」」

 

そして外で待つ将臣の元へと戻る。

 

「(なんで2人は付き合ってないんだろう?)」

 

「「どうした(しました)?」」

 

「いや、なんでも……」

 

「そうだ将臣、これ持ってくれ。」

 

そう言って渡したのは、黒いコート。

 

「これって……」

 

薄暗くてよく見えなかったが、これとよく似ていた。

 

「大事に持っててくれよ。死んだ家族の形見だからな」

 

「あ、ああ。ところで常陸さん良いんですか?忍者って堂々と言って?」

 

「穂織の人は代々知ってますから。それに忍者と言っても、芳乃様の護衛ですから。」

 

「護衛……」

 

その言葉に将臣の表情が暗くなる。

 

護衛と言うことは、彼女も祟り神と真っ正直から戦う、と言う事だ。

 

「昔は諜報任務もあったらしいですけど、時代が違いますからね。」

 

「そもそも護衛だってまともにやってるのか?家事メインになってないか?これだと忍者じゃなくて家政婦だな。」

 

「うるさいですよ、1つ目妖怪」

 

今こうして雪斗と憎まれ口を叩き合っているが、それが何時までも続くとは限らない。

 

怖くなくないのか?

 

あの祟り神と戦うと言うのは、命を落とすと同じと言うことだ。

 

「何を考えてるんですか?」

 

「うわっ!?」

 

ふと考えにふけっている将臣の考えに気付いたのか、顔を覗き込ませる茉子。

 

「いや、その……常陸さんは……朝武さんはどうしてそこまで……」

 

「祟り神に立ち向かうのか、ですか?(ヒソヒソ)」

 

「っ!?」

 

「やっぱり……ですがご心配なく。それが一族の務めですから。逃げても呪いからは逃げられません。むしろ被害が酷くなってしまいます。」

 

「それは、そうだけど……」

 

「ここで暮らす人、ここを訪れる人、ここが故郷の人……その影響は計り知れません。何より……」

 

茉子と将臣の前を歩く雪斗。彼や、さっきの店の人達も、芳乃の事を凄く慕っていた。

 

朝武は元々穂織の土地を治める一族。安晴や芳乃の人柄が良いところもある。しかし、それ以上に大事に思われているのだから。

 

「有地さんの前では無理をしていますが、本当は女の子らしい可愛いところがたくさんあるんですよ!」

 

「それは何となく分かる。朝武さんは何でも1人で抱え込むってタイプな事ぐらいは。」

 

「そこもまた可愛らしいのですが、安晴様がよく心配なさってますけどね。さあさあ、買い物も終わりましたから、早く行きましょう!」

 

意気揚々と歩くスピードを早める茉子と入れ替わるように今度は雪斗が将臣の隣を歩く。

 

「アイツと何話してたんだ?」

 

「うん……朝武さんが本当は可愛い子だって事と……俺がやるべき事がぼんやりと見えてきた事ぐらいかな?」

 

「そうか……まだはっきりじゃないにしろ、後悔だけはするなよ?」

 

「ああ、分かってる。」

 

 

 

 

その後、将臣と茉子とは神社近くで別れ、雪斗は荷物をいったん自宅に持って帰り、再び霊脈探しに出掛けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

『決意』

 

 

「その恰好……何?」

 

夜、居間に忍び装束を着た茉子が芳乃を待っていた。

 

今夜、山に入り直接祟り神を祓うのだ。

 

「見ての通り忍び装束です。私の正装なんですよコレ」

 

「いや全然、忍び感無いんですけど……」

 

他人から見ると逆に目立つように見える。

 

しかし、コレが常陸家で先祖伝来の由緒正しき服装らしい。

 

しかし、年が経つに連れところどころ作り直しはしているのだ。

 

勿論、歴代の巫女姫達によって何度も清められているので、霊的な加護もある。

 

そこに準備を終えた芳乃が居間に入って来る。

 

「お待たせしました。では、行きましょうか、茉子。」

 

「はい!」

 

「ああ、気を付けてね芳乃。」

 

「行って来ます、お父さん。」

 

「行ってまいります。」

 

「茉子ちゃん、芳乃の事、くれぐれもよろしく頼むよ。」

 

「お任せをっ!」

 

そして2人は特に気負った様子はなく、自然に出発した。

 

いや、彼女たちにとってはこれが自然なのかもしれない。

 

祟り神を退治。それだけで将臣に昨晩の恐怖が蘇る。

 

あの時の将臣には逃げる事しか出来なかったのに、彼女たちは堂々と立ち向かう。本当なら───

 

「本当なら、僕が何とかすべきなんだろうけどね……いつも僕は見送ってばかりだな……」

 

「安晴さん……」

 

「舞は芳乃に、僕が退治を……と考えた事は何度もある。けど、そんな力は僕には無かった。」

 

以前、とある友人の手を借り、祟り神討伐に向かったが見事に返り討ちにあい、全治2カ月の大怪我を負った。

 

それ以降、芳乃は益々呪いへの事を背負い込んでいった。そして、茉子も安晴の代わりに芳乃が無茶をしないように鍛練に更に熱を入れるようになった。

 

もしかしたら、自分が芳乃の婚約者に選ばれたのは、ただ叢雨丸に選ばれたからではなく、将臣にも祟り神討伐を手伝って欲しかったのではないか?

 

「……そうだね。確かにそう思われても、仕方ないよね……勘違いをしないで欲しい。そう言った理由で君に結婚をお願いしたつもりは無いんだ。」

 

自身も大怪我を負い、祟り神の危険は十分に知っている。ほとんど無関係の将臣をそんな危険な事は頼みたくは無かった。

 

しかし、祟り神が穂織以外に出没する可能性は低くない。いつ外の世界に被害が及ぶか分からない。

 

そのような時、誰も知らない。誰も祓えないでは更に被害は拡大する。

 

「だったら、どうして結婚を……」

 

「……芳乃はねぇ、昔からしっかりした子でね。自分がすべき事を理解していたと思う。だから、あの子が無邪気に遊んでいたり、笑顔でいたのは本当に幼い頃だけなんだ。あの子の母親から役目を引き継いでから、特に余裕は無くなった。」

 

そうなる前に何とかしたかった。しかし、安晴にはもう出来る事はほとんど無かった。

 

彼女に必要なのは、茉子だけでない、他の同年代の友人なのだと。

 

だから、多少強引ではあったが、将臣をここに留めようとしていた。

 

普通の方法では芳乃は納得しない。唯でさえ、呪詛の事で人を寄せ付けないようにしているのだから。

 

「将臣君は素性はハッキリしているし、玄十朗さんも信頼出来る子だって勧めてくれたからね。けれど……流石に見通しが甘かったと思う。」

 

婚約者という関係が、更に2人の距離を遠ざけてしまっているのだから。

 

しかし、これ位の強引さがなければ、芳乃は変われない。茉子は護衛だけでなく、芳乃をとてもよく思ってくれている。

 

しかし、彼女でも芳乃を変える力は無かった。

 

「雪斗はダメなんですか?」

 

「雪斗君か……彼も少しは考えたよ。けど、彼自身……僕にもよく分からないけど、芳乃のように何かを背負っているように見える。同じ境遇なら尚更……と思ってたけど、芳乃とは何か違う。本当に人には抱え込めれない何かを抱えてる、そして何かと戦っているように見える。そんな彼にこれ以上の負担を強いる訳にはいかなかった。」

 

「……」

 

 

『俺も『雪斗』で良い。宜しくな将臣。』

 

 

『何かあれば呼んでくれ。できる限り力になる。』

 

 

『あまり朝武の事を嫌いにならないでくれ。アイツもアイツでいろいろ抱えているらしいからな……』

 

 

『まだはっきりじゃないにしろ、後悔だけはするなよ?』

 

 

まだ出会って数日。雪斗の事は全然知らない。

 

けれど、分かる事はある。

 

彼は、凛として……心情がまっすぐで……とても強く……表にはあまり出さないが、とても友達思いの……心優しい奴だと言うことが……

 

確かに芳乃と似たようなところがある。

 

だが確かに、芳乃とは違う何かをどこから感じ取ってはいた。

 

「それに芳乃は朝武の者として穂織を護る責任があるって、強く思っているからね。だからこそ、土地の関わりが薄い将臣君にお願いしたんだ。無茶をお願いして申し訳ない……」

 

そう言って、頭を下げる安晴。

 

具体的にどうこうは本人も考えていなかった。

 

ただ、娘が変われる切っ掛けが欲しかっただけなのだ。

 

ただ、父親として出来る事をしたかった。

 

 

安晴と別れ、自室に戻った将臣はスマホを手に取り、電話をかける。

 

 

プルル……プルル……プルル……

 

 

「流石に出ないかな?」

 

 

プルル……プルル……ガチャ

 

 

『はいはい、もしもし?』

 

「夜中にごめんな雪斗。何か用事でもしてたのか?」

 

『いや全然。気にするな。それで、何か用か?』

 

「ああ……俺さ、実は朝武さんの婚約者になったんだよ。ああ、(仮)だから、指輪を渡したり、プロポーズとかしてないから!」

 

『そうか、もしするなら俺と常陸が最高のシチュエーションを用意してやるから楽しみにしとけよ。』

 

「それは勘弁して。君ら2人が絡むと多分面倒くさい事になりそうだから……じゃなくて!俺さ……そんな関係はともかく、彼女とどうやったら仲良くなれるか……どうやったら彼女の力になれるか、分からなくて……雪斗なら朝武さんとも仲良いから何かアドバイスでも貰えないかなって?」

 

『……何アホ言ってんだお前は?』

 

「えっ!?」

 

『仲良くなれる方法なんて俺は知らないぞ。そもそも朝武と話せるようになったのは元々常陸が関わっているからな。俺じゃなくてアイツに頼めよ。』

 

「そう……なのか……ごめんな、変な頼み事して」

 

『まったくだ。その前に1つ聞くが、朝武がお前の事を嫌ってるような素振りはあったのか?』

 

そんな事は……無い。彼女は徹夜で自分の介抱をしてくれただけでなく、忙しいのに破れた服も直してくれた。

 

そして決して自分の事を『嫌い』なんて態度も台詞も無かった。

 

『なら、アイツはお前を嫌ってなんか無い。だったら押して押して押しまくれ。アイツ、ああ見えて押しには弱いからな。それともう一つ、友達ってなろうと思ってなれるわけじゃない。現に俺とお前は友達か?友達になろうって言った覚えはあるか?』

 

「いや言ってないな……けど俺『俺はお前と友達だって思ってるが違ったか?』……いや、俺も同じ事言おうとした。」

 

『なら、それで良いんじゃないか?朝武とも、婚約者からじゃなくて、友達から……いや、もうなってるか?それは本人に聞け』

 

「……でも、朝武さんはそれを望んで無いように見える。彼女には大きなものを背負っているから……」

 

『だったらお前が代わりに背負うか?アイツの代わりにその重荷とやらを背負ってやったらどうだ?』

 

「俺が……代わりに……」

 

『その覚悟が有るならな、無理にとは言わない。』

 

「俺は……どうすれば、良い?」

 

『その答えは、もうお前は持ってる。こうして俺との電話を切らない、いや、俺に電話をかけた時点で分かってたんじゃないか?』

 

「そうだ……そうだな。ありがとう、雪斗。俺、これから用事があるからこれで切るよ。」

 

『ああ、頑張れよ将臣』

 

 

ブツン……

 

 

「……ムラサメちゃん」

 

「なんじゃご主人?」

 

いつの間にか将臣の後ろに座っていたムラサメ

 

「山に行くなら止めとけ、残念じゃが、ご主人では足手ま「分かってる」……なら何故行く?怖くはないのか?」

 

「怖いさ……今でもあの時の事を思い出すと手が震える……」

 

プルプル…と細やかに震える自身の右手。

 

しかし、その手を無理矢理握り締める。

 

「だから行くんだ。叢雨丸の主としてじゃ無い……婚約者を助けに行くんじゃ無い……安晴さんに頼まれたからじゃ無い……()()()()()()()()()()()()()()()、手助けに行くんだ!」

 

そして、ムラサメの正面に向き直り

 

「だから、力を貸して欲しい。確かに無理かもしれない……無茶かもしれない……けれど、無駄じゃ無い。この想いは……無駄なんかじゃ無い。」

 

「……どうやら覚悟は決まったらしいの?よかろう!」

 

そう言って、将臣に叢雨丸を差し出す。

 

「改めて誓おう。吾輩はご主人のもの……この身はお主の敵を切り裂く刃となり、この身はお主を守る盾となろう!」

 

 

それからすぐに安晴に自分の考えを伝え、ムラサメと共に、2人の後を追って山中へと向かった。

 

「ありがとう……将臣君。君が叢雨丸に選ばれて、よかったよ。」

 

 

ピンポーン…

 

 

1人になった家中に呼び鈴の音が鳴り響く。

 

「誰だろう?回覧板かな?」

 

そして小走りで玄関へと向かった。

 

「はーい!どうもお待たせしました……君はっ!?」

 

安晴の前にいたのは、予想だにしなかった人物だった。

 

 

 

一方その頃、将臣ムラサメペアはというと……

 

「「………」」

 

暗い山道をひたすら歩いていた。

 

今は懐中電灯と月明かりで視界は十分だが、もし無かったら本当に視界ゼロなんだろう。

 

そして藪の奥は木々のせいで今以上に視界は悪くなる。

 

もし祟り神の不意打ちを食らったら一溜まりも無い。

 

ただただ、不安と恐怖が自分の中を駆け巡る。

 

あの2人はいつもこんな思いをしていたのだろうか?

 

それでも、将臣には落ち着きがあった。今、祟り神が出て来ても冷静に対処出来る自身がある。何故なら……

 

「ごごごごごごごごご主人?なななななななな何故黙る?なななななななな何か話そう!そうしよう!今日は良い天気だったな!そうだな!洗濯物をよく乾いたであろう、そうだろう!」

 

「………」

 

もっと怖がってる人がいるからだ。

 

「なあ、なあ、なあ!何故無視をする!?何かいるのか?……何かいるのだ!?いるんだな!?わー!わー!吾輩は何も見えないー!何も見てないー!」

 

1人でわーわー騒ぎ、両眼を強く塞ぐ姿は、とても長生きしている神刀の管理者には見えなかった。

 

こういう時、人間と言うのは凄く落ち着ける。不思議なものだ。

 

「……ムラサメちゃん、もしかして怖いの?」

 

「(ビクンッ!)」

 

やっぱりか……

 

「ななななな何を言うご主人!?わわわわわわ吾輩が怖がってる訳無かろう?きききききききき気のせいじゃ、気のせい!」

 

「そっかー!」

 

「そうなのだ!」

 

「……あ、幽霊」

 

「ギャーーーー!?でででででで出たーーー!?」

 

ビュンビュン飛び回るムラサメ。むしろこっちの方が幽霊っぽいのだが……

 

「……やっぱり怖いんだ?」

 

「ななななななななななな何を言うたわけ!わわわわわわわわ吾輩は全然怖がってないぞ?そうだ!歌だ!歌を歌おう!ご主人も歌おう、そうしよう!オッホン……こんな事良いな~♪出来たら良いな~♪あんな夢~こんな夢~いっぱいあるけど~♪」

 

「何故ドラ◯もん?」

 

「みんなみんな、叶えてくれる~不思議な……不思議な……ナントカで叶えてく~れ~る~そ~らを自由に飛びたいな~………えっと………えっと………ロケットランチャー!」

 

「物理的に飛ばすのっ!?」

 

空を飛ぶどころか、空の彼方まで逝ってしまいそうだ。

 

「正直に言おうか?怖いんだよな?怖いんだよね?」

 

「………ご主人は怖くないのか?」

 

怖い。今にもお化けが出そうな雰囲気だし、これから対峙するのは祟り神だから。

 

「まあ、何とか我慢してる感じかな?それより……怖いなら最初っから言えば良いのに」

 

「だって……だって……幽霊が幽霊を怖がるなんて変だー……とか、笑うのであろう?」

 

「笑わないけど……」

 

ちょっと涙目になる彼女はどこからどう見ても、ただの幼女にしか見えない。

 

「何か別の失礼な事考えたであろう……」

 

「気のせいです。それより道はこれで合ってるのかな?」

 

「それは心配ないぞ。ちゃんと2人の気配は捕らえておる。ご主人こそ、気を張り過ぎてないか?」

 

「ご心配無用。叢雨丸もあるし、なによりムラサメちゃんがついてる。何も問題は無い。」

 

そう言って、ムラサメの頭を撫でる。すると、彼女の頬が赤くなるのが見えた。

 

「どうしたのムラサメちゃん?もしかして風邪?」

 

「///ななななななな何を言うか!全然そんな事ないぞ!全然照れてなんかないぞ?」

 

嘘が下手な管理者様。それは仕方ない。何年も自身の事が見えていたのは歴代の巫女姫たち。つまり女性がほとんどだった。

 

そして彼女達からはその存在を尊敬され敬われていた。

 

将臣のように女の子扱いをする者は全然居なかったので、どのように反応するかなど、とっくに忘れてしまったのだ。

 

「///まったく、ご主人は天然垂らしなのか……?まあ、どんな相手にも優しいご主人だからこそ、叢雨丸に選ばれたのだな……」

 

因みに、叢雨丸を岩から引き抜くイベントは叢雨丸とムラサメちゃんに活力や生気を与える、言わばお食事タイムなのだ。

 

普段は飲み食いする必要は無いが、だからといって力が落ちない訳は無い。その為、定期的に外からエネルギーを貰う必要があった。

 

それがあのイベントだった。

 

「選ばれるのは偶然ではなく、必然。ご主人が選ばれたのは運命だったのかもしれんな。ご主人にしか出来ない事があったからこそ、選ばれたのだ。」

 

「俺にしか出来ない事……俺の、運命……」

 

だからこそ、ムラサメも将臣の行動に賛同し、支持しているのだ。

 

「さて、そろそろ……お、居たぞご主人!」

 

ムラサメが指さす方向。

 

ようやく、芳乃と茉子の2人に追い付いた。

 

「えっ!有地さんっ!?」

 

「あらら、来てしまわれたんですか……」

 

合流すると、やはり2人は驚きの表情を見せる。そして予想通り───

 

「どうして山に入ったんですか!すぐに戻って下さい!」

 

「それは出来ない。これは俺にも関わりのある問題だから。だから、帰れって言われても俺は帰るつもりは無い。」

 

ぐぬぬ……と、睨むように視線を送る芳乃。

 

だが将臣も引くつもりは無い。

 

「芳乃様、こうなってはテコでも動きそうにありません。諦めて有地さんにも手伝って貰ってはどうですか?それに、帰り道に祟り神が居ないと言う保障もありません。」

 

「それは……ぅっ、にゅぅぅぅ……」

 

可愛らしい声で唸りながら、何とか帰らそうと思考を巡らせる。しかし、そこにムラサメが追い打ちをかける。

 

「ご主人が叢雨丸に選ばれたのは必ず意味がある筈だ。偶然などでは無い。これが運命なのだ。」

 

だから、将臣は必要だと強く進言する。

 

「朝武さん、俺は別に君の婚約者だから……とか、叢雨丸に選ばれたから……そんな格好いい理由で来たわけでも無い。」

 

「じゃあどうして……?」

 

至極単純。それは────

 

()()を置いていく訳にはいかないから。」

 

「有地さん……」

 

それを聞き、遂に芳乃は折れた。

 

「もう分かりました、好きにして下さい。ですが!決して勝手な行動はしないで下さい!それだけは約束して下さい。良いですね?」

 

「分かった。」

 

「よーしご主人。芳乃の許可も下りた事だ。叢雨丸を抜いてみよ。」

 

「えっ?あ、ああ……」

 

言われるがまま、叢雨丸を鞘から抜く。

 

この夜の中、月明かりで刀身が一際輝く。

 

剣道を止めてから久々に構えるが、やはりと言うべきか、竹刀とは比べ物にならないくらい重い。

 

そして、ムラサメの指示通り、構えたまま静止する。

 

そしてムラサメが将臣の正面に回り、目を閉じる。

 

すると、淡い光が彼女を包み込む。

 

 

パァーーー!!

 

 

だんだん光が強くなり、爆発するかのように辺りを照らす。

 

「コレって……!?」

 

気が付くと、正面に居たはずムラサメの姿が無く、代わりに叢雨丸の刀身が先ほど以上に輝いていた。

 

「これが、神力を宿した叢雨丸の本当の姿……?」

 

『その通り!』

 

「えっ!ムラサメちゃん!?どこ!?見えないのに声が……!?」

 

『当たり前だ、今吾輩はご主人の手の中におるからな。』

 

手の中、つまり叢雨丸。彼女は叢雨丸と1つになったのだ。

 

『神力を解放した叢雨丸は霊的存在を全て切り裂く。祟り神も然り。今のご主人は英霊の宝具を手にした事になる。』

 

「ん?“英霊”?“宝具”?」

 

ムラサメの口から聞き覚えの無い言葉が。

 

『ああ、それは追々話すとしよう。後はご主人次第だ。ご主人の気合や想いが叢雨丸の力を更に高める。そしてその力はそのままご主人の物となる。だから、自分を信じよ。そして頭に思い描くはただ1つ……〔何よりも勝る最強の自分〕それだけじゃ。』

 

「最強の自分……」

 

正直、まだイメージは掴みづらい。けれど分かる気がする。

 

「やってみるよ、ムラサメちゃん」

 

『その意気じゃ!』

 

気合を入れ、集中する将臣。その時────

 

「っ!!朝武さんっ!」

 

「ふにゃっ!?」

 

芳乃を引っ張り、自身の後ろへと下がらせる。そして芳乃の背後から来た攻撃を防いだ。

 

それは触手のようで、刃のような鋭さを持つ黒い塊。

 

そして、その持ち主は

 

『─────!』

 

「よう、昨日ぶりだな……」

 

「祟り神……っ!」

 

しかも一体だけでは無かった。

 

『─────!』

 

『─────!』

 

『─────!』

 

「嘘っ!一度にこんな……!?」

 

ゾロゾロ出て来る祟り神。

 

流石に芳乃達もこれは初めてのようだった。

 

『どうやら、芳乃たちで無く、叢雨丸に反応したのだろう。恨みを持つ者が一度に集まれば祟り神も集まって行くのだろう。』

 

冷静に分析をするムラサメ。

 

正直に言って、これは良い意味でも悪い意味でも予想外だった。

 

こうして祟り神が集まってくれれば、一度に多くの穢れを祓える。

 

しかし、まだ一体しか相手にしたことが無い芳乃と茉子、そしてこれが初陣の将臣。

 

まだ多数の祟り神を相手にするには早すぎる。

 

「(けど、逃げる訳には行かない……決めたんだ。戦う事を……朝武さんの力になることを……!)」

 

 

ポォーーー!

 

 

すると、先ほどより叢雨丸の刀身が更に輝く。

 

ムラサメ言葉を思い出す。将臣の強い気持ちが叢雨丸の力を高め、そのまま将臣の力になる……と

 

「だったら……!」

 

勢いを付けて、前に出ている祟り神に向けて飛び出し、刀を振り上げる。

 

すると、オリンピック選手にでもなったかなのように、一気に祟り神との距離が詰まった。そしてそのまま刀身を振り下ろす。

 

だが───

 

『─────!』

 

祟り神がその前にサッと横に躱す。

 

目標を失った斬撃は、木々の枝や草むらへと放たれた。

 

しかし、その威力は強烈だった。

 

そこらの草刈り機なんかより綺麗スッキリに切り裂かれたのだ。

 

「クソっ……!」

 

直ぐさま体を反転させ、祟り神の方へと向く。

 

だが、既に祟り神の攻撃体制は整っており、黒い触手が将臣に放たれていた。

 

「させませんっ!」

 

「のはっ!?」

 

咄嗟に芳乃に飛びつかれ将臣と芳乃は間一髪攻撃を躱した。

 

そして────

 

「「何をするんですか!?」」

 

この一言である。どこか誰と誰かを思い出させる。

 

「有地さんが怪我をしていたかもしれないんですよ!」

 

「朝武さんだってあの時危なかったじゃないか!」

 

「なっ……!ちゃんと気付いてました!ちゃんと躱すつもりだったんです!」

 

「俺もそうだった!」

 

そんな2人の事など知らず、祟り神の攻撃が再び2人に襲いかかるが、素早い影がそれを弾き返した。

 

「ご無事ですかお二方!」

 

クナイ片手に構える茉子。

 

そして次々に来る攻撃を、クナイを上手く使い受け流す茉子。

 

幾度触手が襲って来ようと、それを冷静に対処していった。

 

「今の内にお下がりを!」

 

我に帰った2人は直ぐさま、距離をとった。

 

そしてその様子をしかと確認する茉子。

 

「(よし、なら私もすぐに後退を……)」

 

『─────!』

 

 

バシッ!

 

 

だが、その隙を突かれた。触手の1本が茉子の手からクナイを弾き飛ばした。

 

「しまっ───」

 

すぐに別のクナイを取り出そうとしたが、目の前には既に刃の触手が迫っていた。

 

勿論、躱す暇など無い。

 

「茉子っ!」

 

「常陸さんっ!」

 

2人には叫ぶ事しか出来ない。今行っても間に合わないからだ。

 

「(ああ……ダメですね……これは……)」

 

 

触手が自身に突き刺さるまでの間、世界が止まっているように感じた。

 

 

まだ17とちょっとしか生きていない人生だが、いろいろあり、それなりに楽しかった。

 

 

悔いが無くは無いが、芳乃が生きてくれるのなら、本望だ。

 

 

「(あ……けど、やっぱり……)」

 

 

最後に浮かぶのは芳乃では無く、あの眼帯の少年。

 

 

初めて会った日の事が昨日のように感じる。

 

 

彼も芳乃同様、何かを抱え込んでいる事は察しがついた。

 

 

けれど、何もしてやれなかった。

 

 

死ぬのなら……ちゃんと……お別れを……言いたい

 

 

「ごめんなさい、明司君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのような泣き言、聞く気は無い」

 

「っ!?」

 

聞き覚えのある声がしたと思えば、目の前に迫っていた触手に貫かれる感触は無く。

 

代わりに誰かに抱きしめられている感触が。

 

気が付くと黒いコートを纏った誰かに、お姫様抱っこされながら、触手からの攻撃を躱していた。

 

「あの黒コート……!」

 

『ご主人が言ってた奴か!?』

 

「あれが……!」

 

驚きを興じ得ない。まさかこんなところで例の黒コートに出会うとは。

 

そして、将臣のような神刀を持っている様子は無いのに、祟り神の攻撃を糸も簡単に躱すその能力。

 

将臣、芳乃、ムラサメはその正体はまるで分からなかった。

 

しかし茉子だけは、その黒コートを知っているような感じを受ける。

 

「もしかして……明司君?」

 

ある程度、祟り神との距離が広がったところで茉子が黒コートに問う。

 

そして、黒コートはフードに手をかけ────

 

「なんだ、常陸?」

 

ウェーブのかかった黒髪、そして特徴的な右目の眼帯。

 

彼女達がよく知る人物がそこにいた。

 

「どうして……」

 

「目的はどうあれ、アイツらを追っていた事には変わりないな。まあ、今は……将臣、朝武!受け止めろっ!」

 

「へっ?何を……んにゃーー!?」

 

そう言って、突如茉子を2人の方へと放り投げる。

 

「えっ!?」

 

「お、おい、いきなりっ!?」

 

咄嗟の事で2人は慌てて茉子を受け止める。

 

「ちょっと!いきなり女の子を投げるなんて……」

 

受け止められた茉子はプンスカと怒りながら文句を言おうとしたが、それは止められた。

 

雪斗が祟り神達に囲まれたのだ。

 

「あ、明司君っ!」

 

『──────!』

 

そして一体の祟り神の叫びと共に雪斗に向かって多数の刃の触手が襲いかかる。

 

「危ないっ!」

 

「雪斗っ!」

 

今度こそダメだと、誰もが思った。

 

流石に360度囲まれては幾ら何でも───

 

 

ザシュザシュザシュッ……!!

 

 

『────────!?』

 

触手は目的を達成させる事は出来なかった。

 

雪斗は無事だった。代わりに祟り神たちの触手は細切れにされ、悲鳴を上げる。

 

「………」

 

そして、中央にいた雪斗の体からは紅い覇気のようなものが溢れ出ていた。

 

同時に、真っ黒のコートは徐々に、炎のような赤へと変色していく。

 

そして、雪斗の手には、昨晩将臣が見た身長以上の槍が握られていた。

 

『何ダ……オ前ハ?』

 

突如、一体の祟り神が言葉を発した。

 

『馬鹿な……祟り神が言葉を話すなど……!?』

 

ムラサメもこれは予想外だったようだ。

 

「別に不思議じゃ無いだろう。祟り神が元々、人の恨み、憎しみなんかの負の感情を呪術で集め固めた塊。喋れてもおかしくはないな。」

 

『何ダ……オ前ハ……ソノ力ハ……』

 

「そうだな、今は……こう名乗っておこうか?」

 

槍を更に握りしめ、祟り神に刃先を向けて言い放つ。

 

 

 

 

 

 

「『紅蓮のランサー』、推して参るっ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

『紅蓮のランサー』

 

 

「さあ、俺の槍に串刺しにされたい奴は前に出ろっ!』

 

槍を構え、祟り神たちの元へと駆けていく雪斗。

 

いや、紅蓮のランサーか?

 

『─────!』

 

それに対し、一体の祟り神の咆哮と共に、他の祟り神たちがランサーに立ち向かう。

 

「その意気や良しっ!だが……」

 

槍を思いっ切り、振りかぶり────

 

「そらっ!!」

 

 

ブンーーッ!

 

 

『──────!?』

 

乱雑に振り回す。だが、ランサーの周りに槍による斬撃の壁が形成され、その壁に触れた途端、多くの祟り神たちが消滅した。

 

「凄い……」

 

呆気にとられている将臣たち。

 

自分が苦労した祟り神たちをまるで赤子の手をひねるかのように薙ぎ払うランサーの姿に。

 

「何ボケッとしてる!朝武、いつもの舞をやれ!」

 

「ま、舞をですか……?」

 

「あの舞は元々穢れを祓う為のものだろう?ここでコイツらの前で舞えば、それだけでコイツらの力を弱められる。早くやれ!」

 

「はっ……はいっ!」

 

「常陸、朝武を護りながら全体のフォローに入れ!」

 

「承知しましたっ!」

 

「それと、将臣っ!」

 

「お、おう!」

 

「今回が初陣だろう?まずは、得物のリーチと敵との間合いの取り方を覚えろ!無理に俺についてこなくて良い!お前の戦い方を掴めっ!」

 

「なっ……!何故有地さんを前に出すのですか!?それなら私が……」

 

「ダメだよ朝武さん!さっきケガをしそうになったのに!」

 

「それは有地さんもでしょう!」

 

 

ブンッ!ドーーーンッ!

 

 

言い争う2人の前に何かが吹き飛ばされ、後方の木にぶつかる。

 

ゆっくりとその方向を見ると、祟り神が木に叩き付けられ塵となり消滅していた。

 

そして飛んできた方向には────

 

「仲良くじゃれ合うなら他でやれ。邪魔しかしないのなら……」

 

チャキッ……と槍を2人の方向へと向ける。

 

「次はお前達を飛ばす……分かったらさっさと動くっ!」

 

「「はいっ!!」」

 

その時の2人の敬礼はとても綺麗だったと、後に茉子が語った。

 

「さあ、明司君にばかり頼ってないで私たちもやりましょう芳乃様っ!」

 

「ええ、そうね。彼の事は気になるけど、今はお祓いに集中しないと!」

 

「俺たちもやろうムラサメちゃん!」

 

『分かっとる!(眼帯のあの力……あり得ない。何故彼奴が……!?)』

 

ランサーの指示通り、芳乃は祭りで披露した舞を奉納する。

 

そして将臣は、ランサーの言われた通り、前に出過ぎず慎重に祟り神との距離を詰め斬り掛かる。

 

「せりゃー!」

 

 

ザシュッ!

 

 

『────!?』

 

今度は確実に祟り神を倒せた。しかし、先ほどはあっさり躱すほど早かった祟り神の動きが鈍っているように見える。

 

『それもその筈じゃ。あの眼帯の言う通り、芳乃の舞がこやつらの力を弱体化させてる。故にご主人の攻撃が通るようになったのだ。』

 

それなら……と、ランサーが撃ち漏らした祟り神に斬り掛かる将臣。

 

後方では芳乃が美しく舞う。

 

思わず見惚れてしまいそうだが、今はそれどころでは無い。

 

そう割り切り、前方の敵へと意識を集中させる。

 

『─────!?』

 

また一体、祟り神を倒した将臣。

 

しかしそうしている間にも────

 

「はぁぁーーーっ!!」

 

 

ザシュッ!……ザシュッ!……ザシュッ!……

 

 

『─────!?』

 

『─────!!』

 

『─────!?』

 

槍を振るい続けるランサー。それにより、一振りで、三体……二振りで六体……三振りで九体……と祟り神を葬る。

 

その姿は、まさに戦場の鬼のごとし。

 

ある意味、祟り神より恐ろしいかもしれない。

 

『舐メルナッ!!』

 

すると、リーダー格の祟り神が吼えると、残った祟り神たちが、次々とリーダーへと吸い込まれていく。

 

同時に、その一体の体がグングンと巨大になっていく。

 

「おいおい、あんなの有りかよっ!?」

 

『ご主人っ!そんなこと言っておらんで下がれっ!』

 

ムラサメに言われ、慌てて下がると、直ぐに巨大化した祟り神が先ほどまで将臣がいた場所に巨大な足跡を作る。

 

「芳乃様、お下がりを!」

 

「ダメよっ!ここで退いたら、アレが街に……!」

 

「こうなったら、俺たちで……!」

 

叢雨丸を構え、単身斬り込もうとする将臣を芳乃が止める前に、ランサーが止める。

 

「ダメだ。初陣の奴にいきなりアレは無理がある。冒険を始めてまだパートナーポケ◯ンがレベル1の状態でジムリーダーに挑戦するようなもんだ。」

 

「何故ポ◯モンに例える?」

 

「ここはこいつで……ふんっ!!」

 

そう言って、思いっ切り槍を振りかぶり祟り神に向かって投げる。

 

真っ直ぐ巨大化した祟り神に向かう槍は、確かに祟り神に命中したが───

 

『コノ程度デッ!!』

 

 

ボキッ!!

 

 

吼える祟り神に命中した槍は真っ二つに折れ、砕けてしまった!

 

「「えーーーーーーっ!?」」

 

「ありゃ、やっぱダメもとじゃ無理か?」

 

「ダメもとでやったんですかっ!?ダメもとやったんですか!?思いっ切り期待して損したじゃ無いですか!?」

 

胸ぐらを掴みブンブン振り回す茉子。

 

「やはりここは私が!有地さんは明司君と一緒に逃げて下さい!」

 

「いや、朝武さんたちが逃げて!ここは俺が……!」

 

「お二人が逃げて下さい!私が何とか足止めだけでも……!」

 

皆があれやこれやと口論する中、ムラサメだけは冷静に

 

『おい、眼帯。吾輩の声が聞こえとろう?』

 

「ああ、聞こえてるよ叢雨丸の精霊。」

 

『単刀直入に聞く。()()()()()()()()()()

 

「「?」」

 

「フッ……まさか、アレは俺が作った急造の紛い物。全然宝具の域には達してない。強いて言うなら、ちょっと凄い魔術礼装かな?」

 

『なら、さっさと宝具を使ったらどうだ紅蓮の槍兵よ。』

 

「「?」」

 

未だに2人の会話についていけない将臣たち3人。

 

「やれやれ……こんなところでお披露目とはな……」

 

そう言って、ランサーの手に新たな槍が実体化する。

 

長さは先ほどの槍と同じくらいの長さだが、その色は彼の姿同様、熱い炎のような紅に染められていた。

 

そして見るだけでも分かる。

 

槍から感じる炎のような熱い何かを。

 

『小癪ナ!ドンナ槍デアレ、我ニハ効カンッ!!』

 

そうして、ランサーたち目掛けて走って来る祟り神。

 

そして、将臣たちを守るように正面に立つランサー。

 

「雪斗っ!」

 

「逃げて下さい、明司君っ!」

 

しかし、ランサーに逃げる気は全く感じない。むしろ望むところだと言わんばかりの気合を感じさせた。

 

『────!!』

 

「……我が生涯、共に闘い続けた我が愛槍よ。その一振りで幾千の敵を薙ぎ払い、その一突きで幾千の頸を討ち取ったその力……直と見よっ!!」

 

栄唱と共に、槍に炎が渦巻き、その大きさが更に巨大化する。

 

まるで、槍を持っているのでは無く、炎そのものを持っているようだった。

 

『虚仮威シヲッ!!』

 

そして、巨大な口がランサーを飲み込むように大きく開かれる。

 

「明司君ーーーーっ!!」

 

「焼き尽くし、貫け。宝具───────

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛り突き穿つ朱槍(ボルカニック・ボルグ)』」

 

『ッ!?』

 

その真名を言い放った槍は、祟り神に悲鳴を上げる暇を与えず、塵一つ残さず消し飛ばし、夜空に紅い直線を描いた。

 

そして、放たれた槍はまるで意思を持っているかのように、ランサーの手元に戻る。

 

「ふぅー……疲れた……」

 

ポカーン(゜o゜;)………×3

 

戻ってきた槍を杖代わりにもたれるランサー。

 

そして、状況をまるで理解出来ていないお三方。

 

「それで……いい加減こっちを睨みつけるのを止めてくれないか、叢雨丸の精霊?」

 

すると、いやいや振り向くランサーの視線の先には、叢雨丸との融合を解いたムラサメの姿が。

 

「やはり前々から吾輩の事を見ていたか……」

 

「苦労したぞ。お前が俺の正面に出て来るたびに知らんぷりするのは……」

 

結構疲れるんだぞ?と、ため息をつくランサー……いや雪斗。

 

「えっと……明司君はムラサメ様の事が見えているのですか?」

 

おそるおそる尋ねる芳乃。

 

「おう。俺は少々訳ありの体でね。ソイツを見る事ぐらいは出来る。まあこんなところで話すのもなんだ。詳しい話は神社の方で良いか?」

 

その提案に満場一致で決まった。

 

 

 

 

健実神社

 

「芳乃、みんな!おかえり。無事で何よりだよ!」

 

「ただいま戻りました、お父さん。それと……」

 

「お邪魔しますよ安晴さん。」

 

ヒョコッと芳乃の後ろから顔を出す雪斗。

 

それに安晴は驚いた。それもその筈───

 

「本当に一緒だったんだね雪斗君。」

 

あらかじめ聞いていたのだ。

 

「聞いていた?誰に?」

 

雪斗にも分からず、居間にあがるとそこに居たのは雪斗に取っても意外な人物。

 

「やあ、おかえり。どうやら僕の予想通りだったようだね。」

 

湯呑み片手に寛ぐ酒好き神父(霧原智樹)の姿が。

 

「神父さん?」

 

将臣だけは彼は初対面の人物。

 

雪斗によって互いに軽く紹介される。

 

「初めまして、叢雨丸に選ばれた将臣君。僕がこの街の唯一の神父の霧原智樹だ。」

 

「有地将臣です。えっと……雪斗とどうゆう関係なんですか?」

 

ただでさえ、祟り神を軽く倒せる人物の知り合いに神父が居るとすると少し疑ってしまう。

 

「ハハハ……!そんな大した関係じゃ無いよ。彼の叔父さんとは中学高校の先輩後輩でね、色々とお世話になったんだよ。安晴君とも、幼少期からの知り合いなんだ。」

 

「それで、なんでこんなところに居るんだ?」

 

「あらあら、そんな怖い顔をしないでくれ。僕は僕なりに考えて、“朝武との同盟”を結ぼうと考えてたのに?」

 

「同盟っ!?一体何を……っ!」

 

「ちょっと待て、眼帯にそこの神父。」

 

摑みかかろうとする雪斗と智樹の間に割って入るムラサメ。

 

「その前にやることがあろう?」

 

 

グゥゥ……

 

 

「ごめん、俺だ……」

 

「ご主人の腹の虫が限界だ。遅くなったが夕食にしてはどうだ?」

 

「そうだね、叢雨丸の管理者様もこう言ってるし、それに今日は雪斗君に誘われてるしね。」

 

そうだった……と今更思い出す。急いで家に置いた食材を取りに行こうとしたが、智樹がニコニコと笑いながら、昼間に買った食材を手渡す。

 

「ではでは、明司君と私が準備してますので、皆さんお待ちになって下さい。ほら行きますよ明司君。」

 

「お、おい引っ張るなよ!」

 

ズリズリと雪斗を台所へと連れて行く茉子。

 

そして、智樹は楽しそうにワインのコルクを開ける。

 

「あの……霧原さ「智樹で構わないよ」……智樹さん。もしかしてムラサメちゃんの事が……」

 

「見えてるよ。けど僕には雪斗君のような力は無い。敢えて言うなら、()()()が特殊なんだよ。」

 

そう言う彼の目は妖しく紫色に染まっていた。

 

 

 

 

茉子と雪斗によって用意された遅めの夕食を皆で美味しくいただき、ワインでベロンベロンになった智樹を除く全員で片付けを行って、ようやく本題に入る。

 

「あ~~目が回る~~……」

 

「たくっ……」

 

床に転がり文字通り目を回す智樹に呆れた雪斗は懐から薬を取り出し、彼の口の中に押し込む。

 

「ゴクンっ……はぁ~……やっぱり君の薬は効くねぇ?」

 

「大事な話をするのにそんなんじゃ話にならないからな。言っておくが一時的だからな。だから早めに終わらせる。」

 

そして将臣たちの方へと智樹を向かせ、自分も姿勢を直す。

 

「さて、待たせたな。」

 

「いえ、構いません。」

 

互いに向かい合う朝武代表の芳乃と、第二勢力代表の雪斗。その2人の間には、バチバチッ!……と見えない何かがぶつかり合っているように見える。

 

「では、まず明司君。あなたは何者ですか?」

 

「知ってると思うが?まあ改めて名乗ろう。鵜茅学院高等部2年の明司雪斗だ。」

 

「そうでは無くて……!」

 

「そして、紅蓮のランサーであり、俺は魔術師だ。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

『雪斗の過去』

 

 

覚えているのはもうほんの僅かになってしまった両親との記憶。

 

明司の一族は代々続く魔術師の一族だ。

 

どのくらいかと言うと雪斗で丁度、十代目になる。

 

 

◆ ◆ ◆

 

魔術とは人間の生命力に等しい存在、魔力を用いて人為的に神秘・奇跡を再現する術の総称。

 

現代の科学の祖とも呼ばれている。

 

その魔術を学び、研究し、極める存在が魔術師になる。

 

そして魔術師の一族は代を重ねる毎に、その腕や技術が向上していくのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

 

雪斗も然り。彼は一族の中でも特に優秀だと、物心付いた時から両親に言われていた。

 

魔術の修業は辛かった。大変だった。

 

けれど、両親が褒めてくれる。愛してくれる。

 

これだけで雪斗は頑張れた。

 

だから、両親の期待に応えようとした。

 

しかし、その雪斗の想いは両親には響かなかった。

 

彼等はまさに魔術師と呼ぶべき存在だった。

 

 

 

7年前

 

それは雪斗が10歳を迎えた頃───

 

母と父が雪斗を家の地下工房へと連れて行く。

 

「雪斗、遂に10歳になったわね?」

 

「これから、壮大な儀式を行う。我ら『明司』の悲願達成へと近づく為の重大な儀式だ。」

 

2人の目はいつも以上に厳しく、怖い。

 

それもその筈、一族の悲願。

 

『根源』への到達。

 

 

◆ ◆ ◆

 

根源とは、世界のあらゆる事象の出発点となったモノ。ゼロ、始まりの大元、全ての原因。

 

また魔術師とは、この『根源』への到達、究極にして無なるものを求めてやまない人種の事とも言う。

 

その為なら、魔術師はあらゆる犠牲を厭わない。

 

◆ ◆ ◆

 

 

「この儀式が成功すれば、我ら明司は、根源へと大きく近づく。そしてお前は人間を超えた存在となるのだ。」

 

淡々と語る父。

 

人を超えた存在、それが何を意味しているのか、その時の雪斗には分からなかった。

 

だが────

 

「大丈夫よね、雪斗?今までの修業を熟し、あなたは私たちの期待通りに成長してくれたわ。こんな事で怖じ気づく訳、無いわよね?」

 

そうだ。自分は今まで両親の期待に応える為に頑張ってきた。

 

今更儀式の一つや二つ。怖くは無い。

 

何より明司の一族の為になるのねら尚更だ。

 

そうして、母の問いかけに頷く。

 

そしたら言われるがままに床に水銀で書かれた術式の中央に横たわる。

 

そこに母が彼の手にボロボロの布きれを持たす。

 

「これはある英雄が戦に行くとき、額に巻いていた布の切れ端よ。この触媒を、絶対に離さず握りしめていなさい。」

 

そう強く言われたので、雪斗は胸の上で強く握りしめる。

 

そして、両親が術式の左右それぞれに立ち、儀式を始める。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公───」

 

 

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ───」

 

 

2人の栄唱と共に、術式が光り輝く。

 

雪斗も溜まらず目を閉じてしまう程に。

 

 

「閉じよ(みたせ)……閉じよ(みたせ)……閉じよ(みたせ)……閉じよ(みたせ)……閉じよ(みたせ)……繰り返すつどに五度、ただ、満たされる刻を破却する───」

 

 

そこで、雪斗の体に異常が生じる。

 

体中の血が逆流するような感覚。

 

極寒の海の中にいるのか、灼熱の炎の中にいるのか分からない。

 

それとも、その両方か。

 

 

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

 

止めて、止めてよ。お父さん、お母さん。

 

暑い、熱い、焼かれてるよ。

 

寒い、冷たい、凍えそうだよ。

 

苦しい、辛い、痛いよ。

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。」

 

 

ドンッ!!

 

「兄貴っ!義姉さんっ!一体雪斗君で何してんだっ!?」

 

叔父さん?叔父さんの声が聞こえたような?

 

どこ?どこなの?右目が全然見えないよう。

 

 

その時、雪斗の右目は赤く染まり、その視力を失っていた。

 

右目だけで無い。あらゆる内蔵の機能はほとんど停止しかけていた。

 

それもその筈、雪斗の体に、今現在進行形で高位の存在を卸そうとしているのだから。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天───」

 

 

叔父の声はもう2人には届かない。

 

雪斗の願いは届かない。

 

儀式は止められない。

 

雪斗の命は救えない。

 

 

けど……死にたくない……死にたくない。

 

 

 

生きたい……まだ、生きたい……生きたいんだ!

 

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

その時、残った左目に誰かが雪斗に手を差しのばしていた。雪斗はその手を────

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

7年後 朝武家

 

 

「と、まあこれが俺の過去だ。」

 

「「……………」」

 

ズズ……と何事も無いかのようにお茶を飲む雪斗に対して、将臣、芳乃、茉子、安晴は何も言えなかった。

 

魔術や魔術師は勿論だが、雪斗は両親によって殺されかけた事に。

 

話を一通り聞き終わった将臣の手は、血がにじみ出そうな程に握りしめていた。

 

そんな中、ムラサメだけは冷静に問う。

 

「それで、お主は英霊を宿したと言うことか?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

英霊とは、神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げた人間サイドの守護者の事。

 

しかし、その本人では無く、全盛期だった頃の一面だけが現界出来るのだ。

 

しかし、例外は存在するが、その殆どは1人で国一つを相手に出来る力を持っているのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

 

「そうだ。おかげでお前の事がバッチリ見える。」

 

「ありえんっ!唯の人間が、その身に英霊を宿すなど、不可能に近い!そもそも体が耐えられない!」

 

その通り。英霊の情報量は凄まじいもの。幾ら魔術術式が完璧であっても、感じんの人間の方が情報量に耐えきれず、死んでしまう。

 

いや、その遺体が残るとも限らない。

 

「だが、こうして俺は生きてる。両親の儀式は成功。俺は見事に半人半英霊になれた訳だ。」

 

ひょうひょうと語るが、実際の割合は人間6:英霊4と言ったところだ。

 

「俺に宿った英霊とは話は出来ないが、その能力、技術、そして宝具を使える。完璧だろう?」

 

勿論、代償はあった。

 

右目は勿論だが、それ以上に、雪斗は……

 

「なんだよ、それ……」

 

ポツリと呟く将臣

 

「何がだ?」

 

ダンッ!!

 

突如、机を乗り越え、雪斗の胸ぐらを掴みかかる。

 

「何がじゃねぇよ!!何でお前、そんな軽い感じに話せんだよ!?実の親に殺されかけたんだぞ!?死にかけたんだぞ!?英霊なんて訳の分からないものを押し込まれたんだぞ!!なんで……なんで……」

 

「有地さん、落ち着いて下さい!茉子!」

 

「は、はいっ!」

 

必死に雪斗から将臣を引き離そうとするが、芳乃1人では難しく、茉子、安晴の3人がかりで引き離す。

 

そんな中、智樹は何もせず、黙って座り続けていた。

 

そこでようやく、将臣を座らせると

 

「なんで……そんな平然としてられんだよ……なんで……お前の方こそ……なんで1人で抱え込むんだよ?」

 

「………」

 

何故1人で抱え込むんか……そんなの至極単純。

 

「誰が、俺の事を理解出来る?」

 

「……っ!?」

 

「一族の訳の分からない悲願とやらの為に俺は、人間を半分辞めた。信じてた両親に裏切られた……見捨てられた……殺されそうになった。」

 

「………」

 

「魔術師の世界では特に珍しくない。目的の為に犠牲を厭わない。例えそれが家族であろうと……それが魔術師と言う存在だ。」

 

だから、雪斗は魔術師から『魔術使い』へと変わった。

 

魔術を推敲する魔術師とは違い、唯の便利な道具として使うのが魔術使い。

 

かつて好きだった魔術は唯の道具としか思わなくなった。

 

自分以外の人間を信じなくなった。

 

親を……近所の人間を……友達を……

 

唯一信じ、本当の家族と呼べたのは……

 

「叔父さんだけだった……」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「やった……やったぞ◯◯◯!私たちの儀式は成功だ!雪斗に英霊を宿す事が出来たぞ!」

 

「ええ、やりましたね◯◯◯◯さん!これで根源への到達は容易くなったも同然!私たちは全ての魔術師に大きくリード出来ましたわ!」

 

儀式を成功とし、雪斗には目もくれず、喜ぶ両親の姿に、雪斗の叔父、『明司宗次(あかしそうじ)』は恐怖を覚えた。

 

雪斗の父の弟であった宗次は魔術師では無い。

 

魔術師の技は一子相伝。

 

故に弟である叔父には魔術の修業は一切されなかった。

 

しかし、宗次はそれでも良かった。

 

訳の分からないものを目指すより、人として当たり前の願いを持って、自分の思うように生きていこうと。

 

だが魔術には多少興味があったので、隙を見て、こっそりと魔道書を持ち出し独学をしていたのも、可愛い思い出だ。

 

そして兄が結婚し、雪斗が生まれた。

 

兄夫婦は、雪斗に魔術の技能を受け継がす為にあらゆる魔術の修業をさせた。

 

雪斗自身も、望んでやっていたが、ちょっと失敗するだけで、食事を抜かれ修業を続けさせた。

 

それを見かねた宗次はこっそりと兄夫婦の目を盗み、雪斗を連れてファミレス等に連れて行き食事を取らせた。

 

学校の長期休暇も雪斗の修業は行われたが、勉強を教えると嘘を言い、海水浴や遊園地に連れて行った。

 

ある日、雪斗に聞いた事がある。

 

両親は冷たくないか?

 

修業は辛くないか?

 

「辛いよ。スッゴく辛い。けど、頑張ったら、お父さんやお母さんが褒めてくれるんだ!もっと頑張ったら、もっと褒めてくれるんだよ!」

 

「そ、そうか。それなら良いが……」

 

「それに、叔父さんがご褒美に色んなところに連れて行ってくれるから!」

 

「っ!」

 

その時の雪斗の満面の笑みは、宗次の脳に焼き付いた。

 

そして思った。

 

この子の笑顔は絶対に消させないと────

 

なのに────

 

 

「雪斗君……?」

 

術式の中央でグッタリしている雪斗の体を抱き起こす。

 

おそるおそる鼓動の音を聴く。

 

 

……………ドクン…………ドクン…………ドクン………

 

 

僅かだが、確かに聞こえる弱々しい心臓の鼓動。

 

その心臓の持ち主は、右目から血をダラダラ流し、体中からも血が漏れ出ていた。

 

あの優しく、頑張り屋の少年は今や虫の息になっていた。

 

「何故……」

 

「おい、宗次。何故お前がここに要る?」

 

ようやく、雪斗に感心を持ったのか、振り向くと、居るはずのない者が雪斗を抱きしめていた。

 

「どうして、雪斗君を……兄貴たちの息子だろう?」

 

「?それがどうした?我ら明司の悲願を叶える為に必要だったからに決まってる。」

 

淡々と、機械のように語る雪斗の父親。

 

「部外者はさっさと出て行って下さいな。それと、さっさとソレを渡しなさい」

 

息子を物のように扱う母親。

 

これが、魔術師なのか……?

 

これが、子供を持つ者たちの姿か……?

 

これが……これが……

 

 

「人間のする事かーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

雪斗が気が付くと、そこは病院だった。

 

看護師とたまたま訪れていた警察官から話を聞くと家が火事になったらしい。

 

原因は、父の寝タバコの不始末によるもの。

 

家は一晩中燃えて、中から2人の黒こげの焼死体が発見された。

 

まだ調査中だが、おそらく身元は雪斗の両親だと。

 

雪斗も倒れた家具の下敷きになり、右目を失明。全身に大怪我を負った。

 

しかし、偶然遊びに来ていた叔父の宗次によって救助されたと。

 

宗次自身も火傷を負い、別の病室で治療中で、終わり次第、署で話だけ聞くと警察は雪斗に話してくれた。

 

それからしばらく入院してる間に、焼死体は両親だと確定。現場の状況から見ても不審なところは無く、不幸な事故として処理された。

 

その後、雪斗は宗次と共に退院。

 

宗次の元へ引き取られた。

 

そして、彼の口から真実を語られた。

 

本当は自分が2人を殺したと。

 

殆ど無我夢中だったらしい。雪斗を物のように扱う2人を許せなかった宗次は不意打ちで2人を殺した。

 

両親も宗次の魔術の腕は殆ど無いと侮っていた為、油断していた。

 

それから、あらゆる魔術を駆使して、警察にバレないように火事で2人が死んだように細工した。

 

取り調べ中にも、警察官たちにこっそり暗示をかけて信じ込ませ、事故として処理させた。

 

「俺は君のご両親を殺した敵だ。敵の元に引き取られたくないなら、施設へ行くのも構わない。それでも……俺の元に来たいなら、俺は君を絶対守る。」

 

もう君をあんなに目に合わせない、と言う彼の元に雪斗は身を置いた。

 

「小学校を卒業したら、何処か遠くへ行こう。このまま都会にいたら、他の魔術師たちに君の事がバレる。その前に何処か田舎に行こう!」

 

そして、かつて後輩だった智樹の誘いで、2人は穂織へと移り住んだ。

 

最初はそこで2人ひっそり暮らすつもりだった。

 

だが、ひょんな事に、祟り神の存在を知った。

 

そして、その正体を調べるあたりで、巫女姫の秘密を知り、穂織の霊脈へとたどり着いた。

 

そして、その霊脈から生み出される魔力は相当なものだと言うことも。

 

この魔力を使えば、雪斗から英霊を引き離せるのでは無いかと?

 

そして、4年前から宗次は研究を始めた。

 

全ては雪斗の為に。

 

彼に、魔術師では無く、人しての人生を送らせるために。

 

しかし、そうは行かなかった。

 

1年後、体に負担をかけ過ぎたのか、体中が病に侵されていた。

 

「ごめんな……結局、お前を……1人にしちゃって……ごめんな……」

 

「大丈夫だよ。叔父さんが繋げてくれたこの命、絶対に無駄にはしない。それに俺は1人じゃ無い。叔父さんが今までくれた思い出がある。だから……寂しくないよ、ありがとう……お義父さん。」

 

半年後、雪斗に見送られながら、宗次は安らかに息を引き取った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「叔父さんがやり残した研究を引き継ぎ、この穂織の霊脈の中心を突き止める。それが俺の目的だ。だから、祟り神退治は協力する。その代わり、俺の協力もして貰う。」

 

「協力と言っても、具体的に何を……?」

 

すると、雪斗と智樹はどこからか風呂敷を取り出し芳乃達の前に広げる。

 

「これは……穂織の古い資料じゃないですか!?」

 

「こっちは朝武家が昔管理してた土地の資料ですよ!?」

 

「2人とも、どこでこれを……?」

 

安晴の問いに雪斗は智樹の方へ指を指す。

 

霧原の家は、江戸時代から霊脈目的に穂織に住む一族の末裔。

 

その当時の資料は幾つか持っていてもおかしくは無い。

 

「まあ、他は大昔に祟り神が街を襲った時に殆ど無くなったけどね。君なら僕らよりその資料をよく知ってるだろうし、何か分かるかもしれない。その資料の解析をお願いしたい。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!まだ、私たちは了承し……」

 

「あんな体たらくで断るつもりか?」

 

「うっ……」

 

「朝武自身、舞をする以外祟り神への有効対処は無いだろう?どうせ今まで常陸に殆ど任せてなかったか?」

 

「そんなこと……まあ……多少は……あった………かも…………しれません。」

 

反論しようにも、確かに雪斗の言う通りだったので、段々小さくなる芳乃。

 

「常陸はある程度実力はある。だが、そこまでだ。今日みたいに複数の敵に対しての動きが全然だ。」

 

「はい……仰るとおりです……」

 

「最後に将臣。お前は言うまでも無く、全然ダメだ。幾ら神刀に選ばれたとしても、持ち主がヘッポコなら正しく宝の持ち腐れだ。神刀の力だけで無く、お前自身の実力向上が必須だ。」

 

「はい……」

 

「この流れだと、お主がここに要る全員を鍛えるつもりか?」

 

「朝武に関しては、護身術程度の技しか教えれない。今までの巫女姫はどうやって祓っていたか調べろ。それを踏まえて鍛えていく。常陸は忍びの技の向上。具体的には俺が知ってる忍術を参考にするとかかな。」

 

「あれ、明司君忍術なんて使えるんですか?」

 

「使えるんじゃ無くて、知ってるだけだ。将臣は基礎からだ。体力強化、刀の振り方、一番やることが多いぞ。」

 

「マジっすか……」

 

そして、雪斗は立ち上がる。

 

「今日はこれで帰る。同盟に関してだが、返事は明日聞こう。とりあえずゆっくり考えてろ。」

 

「あ~雪斗く~ん……僕も送って~……」

 

雪斗の薬が切れたのか、酔いが回りふらつく智樹。

 

「安晴さん、申し訳ないのですが……」

 

「分かった。ほら、智樹君、布団敷くからちょっと待っててね。」

 

ふらふらの智樹を別の部屋に連れて行くのを見送り、雪斗も居間を出ようしようとした時

 

「それと将臣。」

 

「ん?なんだ?」

 

「………ありがとな、怒ってくれて。とりあえず嬉しかった。」

 

そう言い残し、朝武家を後にした。




『紅蓮のランサー』マテリアル

クラス:ランサー

宿り主:明司雪斗

真名:???

身長・体重:173cm・65kg(雪斗のデータ)

属性:???

ステータス:筋力B+ 耐力A 敏捷C+
魔力D  幸運C

クラススキル:耐魔力C
       騎乗B

保有スキル:魔力放出(炎)B
      カリスマC+
      戦闘続行C

宝具

①『燃え盛り尽き穿つ朱槍(ヴォルカニック・ボルグ)』

ランク:B

種別:対人~対軍宝具

レンジ:2~40

最大捕捉:30人

由来:???


②『?????』

ランク:???

レンジ:???

最大捕捉:???

由来:???


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

『守りたいもの』

 

 

月が照らす夜道を1人歩き続ける雪斗。

 

その表情は曇っていた。

 

理由は明白。将臣たちに過去を話したからだ。

 

英霊の力を見られた以上、知って貰うしかないが、やはり気分が良いものでは無い。

 

 

ソロ~リ……

 

 

まだ話していない事が少しあるが、それでもやはり嫌だった。

 

本当は知られたく無かった。

 

自分の正体を。自分の過去を。

 

 

ソロ~リ……

 

 

このまま彼らには知られず、唯の友達で有り続けたかった。

 

だが、そうもいかない。

 

少なからず祟り神と関わるなら、将臣たちに全てを話さなければならないのだ。

 

 

ソロ~リ……

 

 

果たして明日から、どんな顔で会えば良いのか。

 

今からでも気が重くなる。

 

 

スゥ……

 

 

「あまいっ!」

 

ベシッ!

 

「あ痛っ!?」

 

先ほどから背後に感じる邪気にいつものチョップを食らわす。

 

「もぉー、女の子に手を出すなんて、最低ですよ?」

 

頭を擦りながら、ブゥーと抗議の視線を送る茉子。

 

「毎度毎度しつこく眼帯を狙うアホに言われたくない。」

 

ジィーと視線を送り返すと、あはっ♪と誤魔化す。

 

いつもの、当たり前のやり取り。

 

だが────

 

「くだらない事してないでサッサと帰れよ」

 

「あっ……」

 

今の雪斗には、煩わしかった。

 

早く帰って、布団にくるんで寝ようと足を進めようとした時───

 

グイ……

 

「ん?」

 

僅かに抵抗を感じる。

 

原因は茉子が雪斗の服の端を掴んでいたからだ。

 

「あの……一緒に帰りませんか……?」

 

いつもの彼女らしからぬ弱々しい声。

 

まるで、何かに怯えているような。

 

「……分かった。」

 

雪斗自身、サッサと帰りたかったが、放っておく事が出来ず、了承してしまう。

 

どうせ家の方向は一緒。彼女の方が少し遠いが構わなかった。

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

茉子と帰り始めてから数分、服から手を離さない茉子との間に沈黙が続く。

 

「………………おい、家政婦くノ一。」

 

「………………なんですか?」

 

やはり、おかしい。いつもなら言い返すはずが反応が無い。

 

ずっと手を離さず、顔を俯いたままだ。

 

「俺の過去がそんなにショックか?」

 

「………………」

 

返事が無い。

 

「別に同情して欲しくて話した訳じゃ無い。もう過ぎ去った事だ。」

 

「………………」

 

反応が無い。となると

 

「…………英霊の力が怖かったのか?」

 

「……はい」

 

まあ、無理も無い。英霊の力はその気になれば国の一つを相手取れる程のものだ。

 

怖がるな、と言うのが無理な話だ。

 

将臣たちが苦戦しかけたあの祟り神をあっさり倒した雪斗に恐怖を覚えるのも納得出来る。

 

なら、何故彼女は雪斗と帰りたがったのか?

 

「朝武から化け物の監視でも命じられたか?」

 

「明司君が化け物並に腹黒い事は知ってます。」

 

「てめぇ……」

 

「芳乃様からは特に何も……ただ、私が一緒に居たかっただけです。」

 

「?俺の力が怖いんじゃないのか?」

 

「怖いです。でも……一番は明司君が()()()()()()()()()()()()ような……そんな感じがして……」

 

「………………」

 

茉子の言うことには覚えがある。

 

雪斗自身も、英霊を宿した当時は自分の存在が分からなかった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

鏡を見たとき、こんな顔してたっけ?と思ったのが始めだった。

 

自宅は全焼したので、叔父の家にあったアルバムと自分の顔を見比べた。

 

一見、同じ顔だが雪斗自身は別人に見えてしまう。

 

それから、他人からの視線が怖くなった。

 

特に自分を知る者たちからのが。

 

彼らの目に写っているのは、『明司雪斗』なのか?

 

それとも、『英霊』の方か?

 

感情さえも分からなくなってしまった。

 

この感情は、考えは、意思は自分の物か?

 

だんだん自分が自分で無くなってしまう恐怖を味わっていた。

 

それは穂織に来てからも続いていた。

 

学校に来ても、友達作りなど出来なかった。

 

そんなとき────

 

 

スゥ……

 

「ん?」

 

背後に邪気を感じ取ったので、手で払うと

 

「あれま?バレてしまいましたか?」

 

頭にピョコッとクセ毛の目立つ少女が立っていた。

 

「何……?」

 

「いえいえ、転校してきたばかりの人に、このお優しい常陸さんが案内しようかと?」

 

「その前に、何しようとした?」

 

「単純に眼帯を狙っただけですけど?」

 

「単純に狙うな。」

 

なんだ、この馴れ馴れしい奴は……

 

そんな事を感じる雪斗。

 

とにかく、他人と関わりたくなかった雪斗は断ろうとした時────

 

「さあ、行きましょうか……えっと……お名前なんでしたっけ?」

 

変なちょっかい出しておいて、転校生の名前を忘れるのか?

 

「雪斗……『明司雪斗』だ……」

 

ふと、自然に出た名前。

 

それは英霊の真名では無く、紛れもなく、正真正銘、彼の、雪斗の名前だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

強大な力を宿し、その力を振るっても、それは全て明司雪斗という自身が為すことなのだ。

 

彼では無い。

 

ありがとう……あの時、その彼女に感謝した。

 

彼女の方は、何の事やら?と分からないようだったが、それでいい。

 

彼女のお陰でもう雪斗は迷わずに済むのだから。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

「だから、俺は戦える。お前が……俺を俺だと気付かせてくれたから。穂織の人達が俺を、『明司雪斗』を認めてくれたから。」

 

 

ならば、戦おう。守りたいものが、確かにここにあるのだから。

 

 

そうこうしている間に、明司邸の前に着いた。

 

門を開けて、中に入ろうとした時

 

「いなくなったりしない?」

 

背後から聞こえるその問いに、雪斗は

 

「安心しろ。今のところその予定は無い。もしそうなった時は、ちゃんと挨拶に行ってやるから。そん時は盛大なお別れパーティーを期待する。」

 

「あはっ、そんな人には寄せ書きだけで充分ですよ。」

 

そう言い、茉子は自身の家の方向へ向き

 

「では、また明日」

 

「ああ、また明日」

 

それから、自室に戻って布団に寝転がった雪斗は、あっという間に眠りについた。

 

その夜は、久々に何の夢も見ずにぐっすり眠れた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

『いざ学院へ』

 

 

雪斗の過去を聞いてから1週間後の夜、将臣とムラサメ、芳乃、茉子は再び祟り神退治へと向かっていた。

 

将臣にとっては二度目となる。

 

てっきり雪斗も同行する事になるかと思ったが、あれから彼は姿を見せなかった。

 

何度か雪斗の家に行こうと思ったが、果たしてどんな顔で会えば分からず、今日まで時が過ぎた。

 

茉子は何か不安そうな表情を時折見せたが、今は祟り神退治に集中している。

 

そして数分後には、祟り神たちとの戦闘が開始された。

 

 

 

 

「いやあぁぁぁーーーーー!!」

 

 

ザシュ!

 

 

『────!』

 

真っ直ぐ振り下ろされた刃は、祟り神の体を真っ二つにした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

何度か斬り合って、ようやく一体祓えた将臣。

 

だが、ここ何年運動と言う運動を怠った彼の体力はもう底を尽きかけていた。

 

「(くそっ!剣道やってた時はこんな直ぐに息切れはしなかった……やっぱり体力が……!)」

 

叢雨丸を杖代わりに、肩で息をする将臣。

 

その背後に別の祟り神が狙いを定めた。

 

『───!』

 

「しまっ──っ!?」

 

「危ないっ!」

 

祟り神から迫る一撃を茉子がクナイで弾き、その隙に芳乃が祟り神の懐へと飛び込む。

 

『───!?』

 

「やあぁぁぁーーー!」

 

 

ザクッ!

 

 

鉾鈴を突き立てられ、バラバラと崩れ消える祟り神。

 

これで粗方祟り神は祓えた。

 

前回のような大物がおらず、スムーズに終わりホッとした。

 

だが、何時までもこうはいかない。いずれまた、対峙する事は視野に入れなければならない。

 

「(それに俺……まだまだ弱いな……)」

 

『誰だって最初の頃はこんなものだ。芳乃や茉子の初陣の時は、いろいろとヒヤヒヤしたものだったよ!』

 

ムラサメちゃんはこう言うが、さっきだって、2人が居なかったら間違いないなくやられていた。

 

「お疲れさまです、芳乃様。」

 

「茉子もお疲れさま。有地さんも……お疲れさまでした。」

 

ぺこりと頭を軽く下げる芳乃。

 

自分は特に役に立ててないのに申し訳ないが、ここは素直に受けよう。

 

「ああ、うん……朝武さんもお疲れさま……」

 

将臣のまだ息は整わないが、3人はもう少し祟り神はいないか、見て回ることにした。

 

 

 

 

 

その頃、赤司邸

 

 

ポォー……

 

 

「…………」

 

魔術工房にて、屋敷の結界の起点になっている術式に魔力補充と点検を行っていた。

 

魔術は古くより伝わる秘伝ではあるが、時代が経つに連れ研究により変化を遂げる。

 

この結界も、たまに強化されたり。

 

一体、前の状態に戻され、そこから別の改善を施したり。

 

何もせず魔力補充をしたり、様々。

 

特にこの結界は、対魔術師専用の結界。

 

雪斗の事を他の魔術師に知られる訳にはいかず、ましてやここが魔術工房だと知られる訳にはいかない。

 

その為に、叔父の宗次が最初は不格好ながら組み上げた結界だ。

 

それから雪斗が改善を施し今に至る。

 

効果はまず、この工房内から魔力を外側に漏れなくするもの。

 

次に、外側から工房の魔力を感じさせないもの。

 

魔術師専用の人払いのもの。

 

悪意を持つものからの侵入防止。と、言ったぐらいのものが施されている。

 

これで大抵の魔術師にはこの屋敷に工房があることを知られず、またこの屋敷を感知出来ない。

 

そして、泥棒などの侵入防止もある。正に完璧な結界だ!(雪斗曰く)

 

まあ、そもそもこの町に魔術師が来る事なんて早々ないのだが。

 

来るとしてもそれはほとんど観光目的だろう。

 

この穂織にいる魔術師なんて雪斗しか居ない。

 

そして、この穂織で泥棒が出たなんて話は全然聞かない。

 

だが万が一の事を考えて点検は手を抜かず、怠る事はしない。

 

病気を煩った時以外は……

 

「ハァ~……ようやく下痢がおさまった……くそっ、俺としたことが……!」

 

実は将臣たちに自分の過去を話した翌日、彼は下痢でずっと屋敷から出ていないのだ。

 

何故下痢になったか、それは───

 

 

 

───うっかり、賞味期限切れの牛乳を1パック丸々ひと飲みにしたからだ。

 

「ちくしょー……何で一ヶ月前の牛乳が冷蔵庫の奥にあるんだよ……そしてそれを何の確かめもせずがぶ飲みした俺って……」

 

結界の機転の前で落ち込む雪斗。

 

おかげで、この1週間は寝室とトイレを何周もし、真面に食事も取れなかった。

 

そして、将臣たちに答えを聞きそびれた。

 

自分の馬鹿さと下痢の辛さ、将臣たちへの申し訳なさで頭と心がいっぱいいっぱいだった。

 

「………まあ、明日から学院だ。イヤでも将臣たちと顔を合わせる。その時に謝罪と答えを聞くか……」

 

点検も終わった事だし、さっき用意してた一杯の牛乳を飲み、今日は早めに休むことにした。

 

 

 

数時間後、再びトイレで苦しむ雪斗であった。

 

 

 

 

 

翌日

 

 

朝の鍛錬を終え、朝飯を終えた雪斗は穂織唯一の学校『鵜茅学院』の制服に袖を通して支度をする。

 

鵜茅の制服は一般の学校の制服とは違い、明治や大正時代を思わせるもので学ランとは違い、魔術的な仕掛けがし易い。

 

例えば、服の内側や袖口の裏には魔術符を数枚仕込んでいる。

 

耐ショック、耐魔力、そして自分の魔力を他人に感じさせない魔術を施している。

 

ちょっとした魔術礼装となっているのだ。勿論、学院には内緒であるし、一般人には分からない。

 

しかし、相当実力の高い魔術師には気付かれるかもしれないが。

 

そして忘れずに眼帯をして、支度を終えて鞄を持ち屋敷を出た。

 

 

それから数分後、将臣、芳乃、ムラサメちゃん、そして茉子の4人組と1週間ぶりに会った。

 

「「あっ……」」

 

「4人揃って登校か?どうやらそれなりに仲良くなれたみたいだな?」

 

突然の事でポカンとする3人と違って、いつも通りの態度をとる雪斗。

 

「お前こそ、1週間も何してたんだよ。全然姿を見せないから心配したぞ!」

 

その中、将臣が一番に口を開く。

 

「まあ……アレだ。長い、それはもう長い戦いをな……」

 

「はあ?何アホ言っているですか?馬鹿ですか?馬鹿なんですか?」

 

「お前にだけは言われたくないぞ、このアホくノ一。」

 

ガシッ!

 

ムギギ……!とおでこをぶつける雪斗と茉子。

 

「えっと……赤司君。少し宜しいで良いでしょうか?」

 

「茉子との触れ合いは後にしてくれんか眼帯の小僧よ。」

 

芳乃とムラサメちゃんに言われ渋々、離れる2人。そして雪斗は改めて芳乃たちへと顔を向ける。

 

そして、覚悟を決めたような顔をした芳乃は

 

「……雪斗からの提案を受けます。確かに私たちはあなたに比べて全然実力は足りません……呪いの解決もままなりません。正直、同級生のあなたの力を借りるのは気が引きますが……」

 

「それで、解決出来る問題か?」

 

「おそらく無理じゃろうな。芳乃や茉子だけだった筈がご主人も加わった。もう彼女たちだけの問題では無くなってしまった。故に、お主との協力関係を受けようと思う。」

 

「………そうか。なら、歩きながら今後の事を少し話すか。」

 

そして、雪斗を加えた5人は学院へと足を進めながら、今後の方針について軽く話した。

 

まずは芳乃だが、彼女は過去の巫女姫たちの戦い方だけでなく、アルコール神父(霧原智樹)を師にして小太刀での戦い方を学ぶ事に。アレでも一応、元教会の裏仕事(代行者)で腕は立つのだ。

 

「えっと……大丈夫なのですか?」

 

「問題ない。朝武でもコツを掴めば、今まで以上に戦い易くなると思うぞ。」

 

「そうでは無くて……キチンと教えてくれますかね……?」

 

「……もしサボったら遠慮無く俺に言え。神に代わってお仕置きしてやるから。」

 

将臣は、まずは基本体力の向上。その為に基礎トレを欠かさないこと。

 

「なんか普通だな……」

 

「お前は、ほとんどド素人。剣道をやってたのは大昔だろう?戦い方どうこう前にお前は女子共よら体力がなさ過ぎる。」

 

ザクッ!!

 

「うぐっ!?」

 

「ご主人っ!?」

 

「それと剣の方だが……玄さんに頼め。」

 

「雪斗じゃないの!?」

 

「当たり前だ。刀は振れるが俺は剣士じゃなくて、槍兵だ。だから適任じゃないんだ。」

 

そして玄十朗への説得は自分で何とかしろと。雪斗から頼むより、孫である将臣からの方が良いからだ。

 

「……分かった、頼んでみる。」

 

「最後に本職家政婦のくノ一。」

 

「何ですか中二病槍兵さん?」

 

「不本意だが……お前は俺の弟子になって魔術を会得して貰う。」

 

「────────はい?」

 

 

 

 

 

そうこうしている間、ようやく学院へと着いた一行。

 

「ここが鵜茅学院か……あんまり学校って感じがしないな……」

 

「そりゃそうじゃろう……元は武道館を“りめいく”したのじゃ。」

 

勿論、中はキチンと改装されてあるので古臭さなんかは無いが、どこか趣を感じさせる。

 

「よう、おはようさん!」

 

「おはよう、お兄ちゃん。」

 

入り口前で鞍馬兄妹が待っていた。

 

小春は将臣の怪我を心配していたが、大丈夫だよと、元気に笑って見せた。

 

「確かに見た感じ元気そうだな。」

 

「ここの温泉のおかげでな。イヤー、人気があるだけ凄いな。」

 

「なら良かったよ。」

 

「それでも、気を付けてね。山で転がり落ちるなんて」

 

祟り神の事は知らない2人には、不注意で山中で転んだって話になっている。

 

「迷子を探すのに必死なってたからさ、つい……今後は気を付けます!」

 

「ホントか~?お前ってガキの頃から無茶しがちな奴だからな~……」

 

「だよね~……廉兄と一緒に馬鹿やっちゃう子だったよね?」

 

「だ、大丈夫!……多分……」

 

「本当に気を付けてね、お兄ちゃん。いい加減大人にならないと!」

 

その言葉に、再びグサリと何かが将臣の心を串刺しにする。

 

自分より子供の小春に言われてしまい、将臣の何かが崩れる音が聞こえた気がした。

 

そうしている間に、小春は芳乃と茉子、雪斗に挨拶をする。

 

「おはようございます、小春さん。」

 

「おはようございます。」

 

「おはよう鞍馬妹。」

 

「へぇ~……3人は小春と知り合い?」

 

「別に。雪斗は俺が紹介して、巫女姫様と常陸さんは爺ちゃん経由で知り合っただけだから。」

 

そうでなくても、この穂織の若者たちは全員幼なじみのようなものだ。

 

一学年にクラスは一つしかなく、全校生徒の数は百もいかない。そしてクラスの顔ぶれは変わらないのでこれが普通なのだ。

 

「それよりもだ、将臣─────」

 

声を潜めて肩に手を回し、顔を将臣に寄せる廉太郎。

 

「新婚の甘い同棲生活はどうっすか?(ヒソヒソ)」

 

「“同棲”じゃなくて“同居”だからな。てか何で知ってるんだよ?(ヒソヒソ)」

 

「そりゃ、お前が巫女姫様のところでお世話になってるなんておかしいだろ?祖父ちゃんのところでなくて、俺らのところでもない。だったら考えられる事は───」

 

「まさか……もう噂が……?」

 

それは無い。穂織の有名人が婚約をすれば、もっと大きな騒ぎになっている。

 

しかし、そんな様子が見られないところを見ると、知っている人間はまだそんなに居ない事になる。

 

「御神刀を折った時にいた俺と小春、あと芦花姉も知ってるんじゃないか?」

 

「おい、分かってるよな?その話は───」

 

「はいはい分かってますよ。祖父ちゃんからも釘を打たれたからな。」

 

だが時間の問題だろう。穂織のような田舎は噂が広まるのはあっという間なのだから。

 

「それでそれで?新婚生活はどうなんすか?どうなんすか?」

 

「だから違うって……まあ、色々大変かな。家族じゃない人と暮らすってのは……あと生傷も……」

 

「その通り、毎晩毎晩、朝武に付けられているもんな。将臣?」

 

「雪斗っ!?」

 

「何だとっ!?背中に爪痕とか!?それとも歯形っ!?ま、ままままままさか……キスマークっ!?」

 

「…………」

 

「ん?どうした将臣?ノリが悪いぞ?」

 

「いや、友達と血縁者がアホやってるところを見ると、なんか微妙な気分に……」

 

「おい、この残念ナンパ野郎と同類にするな。」

 

「雪斗酷くね?それで、実際どうなのよ?」

 

どうと言われても、特に変わった事なんて無い。強いて言うなら、祟り神退治を共にするくらいだが、流石にそれは言えなかった。

 

それに、最初よりは会話するようになり、多少ぎこちなさはなくなっただろう。

 

「あっ!そうだ廉太郎。最近祖父ちゃん、体のの様子どう?足腰悪くしてないか?」

 

「いや、そんな話は聞かないな……毎日元気に歩き回ってるぜ。風邪なんて全然引いてないし、歳の割りに元気過ぎるな。どうしたんだよ、いきなりそんな事聞いて?」

 

「ああ、ちょっとな……」

 

「まあ、玄さんの事はともかくだ。それより……」

 

「オーイ廉兄、お兄ちゃーん、赤司先ぱーい!早く行かないと遅刻するよー!」

 

「て、事で行くぞ。将臣はまず職員室に行かないな?」

 

そして、雪斗について行こうとした時、校舎から1人の女性が歩いてきた。

 

「おはようございます。あなたが有地将臣君ですね?私はここの教師であなたのクラスの担任の『中条比奈実』です。」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

「良かったです。遅いんで途中迷ってたり、事故にあったかと……」

 

「すいません、ご心配をお掛けして……」

 

「いえいえ構いませんよ。それでは色々手続きがありますので職員室に行きましょうか?」

 

「はい。じゃあみんな、後でな。」

 

そうして、将臣と分かれ雪斗たちは教室へと向かった。

 

 

 

朝のHRで将臣の簡単な自己紹介を済ませ、体育館で始業式が行われた。

 

それが終わった後は、明日からの大きな学校行事に関する説明が少し行われた後、今日は下校となった。

 

しかし、将臣と雪斗、芳乃、茉子は教室に残っていた。

 

理由は、朝のHRの後、将臣が先生から少し残ってくれと言われ、雪斗たちもついでに残っているのだ。

 

「有地さん、先生の用事に心当たりはありますか?」

 

「何か手続きが残ってるとか?」

 

と、芳乃と茉子に聞かれても手続きは朝にほとんど終わっているし、他に思い当たる事なんて全く無かった。

 

「まあそんなに時間が掛かる事じゃ無いって言ってたし、大した用事じゃ無いだろう。」

 

自分の席で椅子を傾けながら座る雪斗。

 

確かに比奈実もそう言っていたし、彼らには先に帰っても良いだろう。

 

「そうじゃな。我が輩も居るし、芳乃たちは先に帰っても大丈夫じゃろう。」

 

将臣の周りで大人しく待っているムラサメちゃんも居る。霊体だが、1人で帰る事は無いが

 

「別に急ぎの用事もありませんし、先生の用事も気になりますからね。」

 

芳乃がそう言ったとき、教室の扉がガラガラと開けられ、比奈実と白衣の女性が入ってきた。

 

「ごめんなさい、遅くなって。」

 

「待たせてしまって、申し訳ない。」

 

「あれ、駒川さん?なんだ、将臣に用事があるのはあんたの方か……」

 

「駒川さん……?」

 

雪斗の言う彼女は穂織で開業医をしている『駒川みづは』である。そしてこの学院でも嘱託医も務めており、将臣が山で怪我を負った時に治療をしてくれたのも彼女である。

 

「宜しくね有地くん。」

 

「は、はい。あの、その節ではお世話になりました。」

 

「いや、こっちはそれが仕事だからね。それじゃあ中条先生、後は……」

 

「はい、では失礼します。」

 

比奈実だけは教室を後にした。

 

「もしかして、みづはさんは有地さんに挨拶するためにわざわざこちらに?」

 

「勿論それもあるが、芳乃様への確認もね。それで、叢雨丸を抜いたことによる影響の方はどうですか?」

 

「いえ、特に変わった事は何も……」

 

「そうですか、それは良かった……」

 

そっと胸をなで下ろすみづは。

 

「そんな確認なら、私の方から出向いたのに……」

 

「巫女姫様が来たら、待合室が人で溢れかえってしまいますよ。丁度学院に用事もありましたし、ついでに有地くんの様子も見にね。頭を打っていたし、祟り神に触れた部分もありましたから、念の為に。」

 

ついでに言っておくと、みづはの一族は代々穂織で医者を務めている一族で、当代の巫女姫の主治医を務めていた。故に、彼女も朝武の呪いや、祟り神の事も知っている。だが───

 

「て、何で明司くんがここに?」

 

「そうだ、えっと……」

 

チラリと芳乃の方を向く雪斗。するとコクリと頷く彼女を見て、仕方ないと判断し、自身の事を話した。

 

 

自分は魔術師の一族の生まれで魔術を使えること。

 

穂織に来てからしばらくして、偶然に祟り神と遭遇し、独自にその存在を追っていること。

 

彼女たちと正式に協力関係を結んだ事を。

 

ただし、英霊の力を宿していることは秘密にした。

 

 

「なるほど……道理で。あの飲んだくれが連れて来た時、何かあるかと思っていたがそう言う事か……」

 

「飲んだくれって……」

 

みづはまでもが雪斗のように智樹の事をそう言うことに戸惑うする将臣。

 

そこにムラサメちゃんがこっそり教えた。

 

「この穂織ではあの神父は神父と言うより、昼から酒を飲み歩くまるでダメな神父。略して『マダシ』と呼ばれておる。」

 

「マダシ……」

 

その呼び名についつい吹き出しそうになったが、何とか押さえた将臣。

 

「それじゃあ有地くん。早速保健室に───」

 

 

ガララッ!

 

 

「おお!こんなところに居たか!探したぞ“我が花嫁”の芳乃っ!!」

 

「は、花嫁っ!?」

 

突如教室へと入ってきたのは、将臣たちより少し背が高い黒髪の少年。

 

そして入ってきて早々、芳乃を見て嬉しそうに両手を大きく広げ彼女の元へと向かう。

 

しかし芳乃の方はイヤそうに茉子の後ろへと隠れる。

 

そして茉子の方も、芳乃を守るように構えた。

 

その様子にヤレヤレ(┓( ̄∇ ̄;)┏)とした表情をする少年。

 

「そんなに恥ずかしがらなくても良いじゃないか?将来を誓い合った仲なんだし。勿論、君も僕の妾として迎える準備もするよ茉子?」

 

「誰も誓い合ってません!何度も何度も言っているではないですか、『ユグドミレニア先輩』っ!!」

 

「そうです。だから大人しく日課のお稽古でもどこにでも行っちゃって下さい!」

 

芳乃と茉子が睨みつける彼は『ユノン・プレストーン・ユグドミレニア』。芳乃たちの一つ年上で、この穂織に住む者たちの中でも、それなりに金持ちの家の息子。言わばボンボンだ。

 

「そんなんだから、昔っから朝武にお見合いの話を何度も何度も送りつけてる奴でな。普段から朝武や常陸に言い寄ってるだよ(ヒソヒソ)」

 

「そしていつも芳乃や茉子の事を『俺の嫁』とか言ってきおるのだ(ヒソヒソ)」

 

「な、なるほど……」

 

雪斗とムラサメちゃんから聞いている間に、ニヤつきながらユノンは2人へと近付く。

 

「どうだね、これからお茶でも?海外から届いた有名な紅茶が手に入ってね。ついでに3人の未来についても語り合おうじゃないか!」

 

「「絶ーーーー対、お断りですっ!!」」

 

「もう、相変わらずのツンデレだね~」

 

「「違いますっ!!」」

 

そんな芳乃達は勝手な解釈をされた事に腹を立て怒っているが彼には全く伝わっていない。

 

流石にこのまま黙って居るわけにもいかないので、将臣と雪斗が3人の間に入る。

 

「相変わらず懲りないッスね先輩?ここまでしつこいと逆に尊敬しますよ。」

 

「フンっ!またお前か“モブ野郎”!俺と嫁たちの会話を邪魔すんじゃねぇよ!」

 

「まあまあ先輩。朝武さん達は断ってますし、男ならここは大人しく下がるべきでは?」

 

「ん?誰だおま………お前は……」

 

「俺は、有地将臣です。朝武さん達とは仲良くして貰って……」

 

「ちっ……もうコイツが……」

 

「えっ?何か?」

 

「何でも……いいか、この2人は俺の女だからな!勝手に手を出すなよ!」

 

「「だから、違いますっ!!」」

 

そう言い残し、ユノンは教室を出て行った。

 

「えっと……それじゃあ有地くん。改めて保健室に行こうか?」

 

「はい、そうですね。じゃあ3人は先に帰っていいよ。」

 

「ご主人には我が輩がついているから大丈夫じゃ。」

 

「そういうことなら……」

 

「私も、正直あの人に会って気分がガタ落ちです……」

 

「俺もそうさせてもらうか。」

 

そう言うことで、将臣はみづはと共に保健室へと向かい、芳乃と茉子、雪斗は学院を出た。

 

 

 

 

 

教室を出たユノンは、学院前に止まっている車の前に来た。すると運転席から、少し歳がいった男性が出て来て、扉を開けた。

 

「待たせたな、爺や。」

 

「はい、お坊ちゃま。それと、そろそろバイオリンのお稽古のお時間です。」

 

「分かってる。」

 

少しイラつきながら、座席に座る。

 

それから車が発車し、ユノンは外を眺めながら

 

「(クソッ!もう主人公が出て来やがった……本当なら、アイツが来る前に芳乃たちを落として、俺がアイツのポジションを取るはずが……!それにムラサメの姿も未だに見えない……それとあのモブ野郎……()()には出て来てなかったはず……何者なんだ?爺やの調べでは特に変わった事は無かったはず……ちくしょう、俺は……俺は()()()なのに!)」

 

ググッと歯ぎしりをしたユノンを乗せた車は、穂織の町を走った。

 

 

 

 

その頃、健実神社

 

 

「さて、そんじゃ始めるぞ常陸。」

 

「はい、宜しくお願いします。」

 

神社の裏手の少し広がった場所。そこで動きやすい普段着の雪斗と茉子。

 

ここで、魔術の稽古をやることとなった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

朝方の登校時

 

 

「魔術をですかっ!?しかも明司くんが師匠っ!?」

 

「一体どういう事ですかっ?」

 

「なぜ茉子に魔術を?しかもお主が師匠に?」

 

茉子、芳乃、ムラサメの3人に詰め寄られる雪斗。

 

「落ち着けお前ら。実はな、常陸。お前には魔術の才能がある。ずいぶん前に俺にお前の忍術を見せてくれた事があっただろう?」

 

それは、雪斗が穂織に来てからしばらくしてからの出来事だ。

 

別に茉子が忍者である事は隠していなかったので、雪斗に自慢するために、少しばかり忍術を披露したことがある。

 

その時、雪斗は感じ取った。

 

茉子が忍術を使った時に一瞬、魔力が発せられた事を。

 

彼女は自覚無しだが、魔術師としての才能があったのだ。

 

それ自体は珍しくない。一般人の中には突然変異らしきもので魔術師の才能を持つ者がいる。

 

しかしその大半は、その事を知らず一生を終える。

 

「今まで黙っていたのは、お前らに魔術の事を知られたくなかったからだ。けど今はそうも言ってられない。魔術を使えるようになれば、今後の祟り神退治も有利になる。そして、穂織で魔術を使えるのは俺だけ。つまり必然的に俺が師匠になるしかない。お解り?」

 

「はあ……」

 

ポカンとした表情になる茉子。

 

無理も無い。いきなり魔術の才能があると言われ、その師匠が目の前の友人なのだから。

 

「そう言うことで、さっそく今日学院が終わったら修業を始めるぞ。」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

現在

 

「あの……ホントに私に魔術の才能が?私の家は代々忍者の一族で、明司くんみたいに魔術師の一族じゃ無いんですよ?」

 

「ところがどっこい。実は忍者って言うのは、昔の和風魔術師みたいなものなんだよ。」

 

元々、日本の魔術の祖は平安時代の陰陽師たちが使う呪術なのだ。言わば陰陽師は日本の魔術師になる。

 

そして忍術は、その呪術を自分たちがもっと扱いやすいようにダウングレードしたものが『忍術』と呼ばれるようになったのだ。

 

例えば、漫画でよく見る『水遁の術』や『火遁の術』は魔力を使って、自然の理に干渉して発動していたのだ。

 

因みに『分身の術』はただ相手に幻を見せてるだけのものだ。

 

つまり忍者は陰陽師の子孫の分家みたいなもの。

 

だから、忍者の家系の茉子が魔術の才能を持ってたとしても不思議じゃあ無い。

 

「な、なるほど……それで、どうやって魔術を使うのですかっ!何か呪文とかあるんですか?」

 

雪斗の話を聞いた茉子は最初唖然としていたが、次第に目を輝かせ、雪斗に詰め寄る。

 

その姿に雪斗は少しだけ、過去の自分に重なるものを感じた。

 

かつては自分もこんな目をしてたのかと……

 

「まず魔術を教える前に、『魔術回路』を使いこなす事からだ。」

 

「『魔術回路』?」

 

 

◆ ◆ ◆

 

魔術回路は魔術師が体内に持つ、魔術を扱うための擬似神経の事。生命力を魔力に変換する為の「炉」であり、基盤となる大魔術式に繋がる「路」でもある。

 

◆ ◆ ◆

 

「つまり、魔力を電気とするなら、魔術回路は電気を生み出すための炉心で、システムを動かすためのパイプラインになる。まずこの魔術回路を使いこなす事から始まる。コレを怠ると魔力を上手く扱えず、最低でも、体の神経の一部が使えなくなる。最悪、魔術が暴走して死に至る事がある。俺も最初の頃、魔術回路の起動に失敗して片腕を動かせなくなった時期があったな。」

 

「………」

 

輝いていた筈の茉子の表情は、雪斗の話を聞くにつれ、だんだんと青ざめいった。

 

「だから、そうならない為に最初にこの修業をするだよ。」

 

大丈夫大丈夫と、茉子の肩をポンポンと叩く雪斗。

 

なので、魔術習得の第一段階として先ず教えるのは魔術回路のスイッチのONとOFFの切り替えである。

 

そのために茉子には回路のスイッチを見つけてもらわねばならない。

 

「茉子、まず俺がお前の魔術回路に微量の魔力を流す事で強制的にスイッチをONの状態にする。“多少”の痛いだろうが、それに堪えながら自分の中からスイッチを見つけ出し、回路を閉じてみるんだ。」

 

「わ、わかりました。」

 

そして、お互いに目を閉じて雪斗が微量の魔力を茉子の魔術回路に流した瞬間、彼女の魔術回路が強制的に活性化され、その影響で彼女に多少とは言えない程の苦痛を与えた。

 

「~ー~っ!?ー~ー!!」

 

「耐えろ常陸。そして感じて見つけろ。自分の中のイメージを。それが回路のスイッチだ。」

 

そうは言うが、全身に走る苦痛のせいで全くそれどころで無い。

 

しかし、何となくだが感じ取れた。

 

それはクナイを目標目掛けて思いっ切り投げ目標に当たった感触。それに近いものを。

 

「よし、見つけたようだな。ならば自ずとどうすればOFFに出来るか判るはずだ。」

 

今がONになっているという事は、クナイを目標から抜くイメージをすれば良いのかと。その通りにイメージすると、苦痛が少しずつだが落ち着いた。

 

雪斗も茉子の魔術回路がOFFになったのを確認し、どうやら成功したようだと胸を撫で下ろした。

 

「成功だな」

 

「は、はい……それより、全然多少じゃないですか!スッゴい痛かったですけどっ!」

 

「ホントの事言えば、お前がもっと怖がると思ってな……まあそそれより、次の段階に移ろう。常陸、今度は回路を開いてみてくれ」

 

「えっと……」

 

今度は先ほどのクナイをまた目標目掛けて思いっ切り投げ、刺さった感触をイメージする。

 

すると問題無く回路が開かれたのを確認すると、雪斗は今度は回路を閉じるように指示する。

 

「これを繰り返して、回路の起動をスムーズに行うようにする。そうすれば、いちいちイメージせず、手足を動かすように魔術回路を起動出来るようになる。」

 

「なるほど……つまりしばらくこの痛みを……」

 

「じっくりと味わってくれ(ニヤリ)」

 

 

 

 

 

それからしばらくして、茉子は何とかスムーズ起動出来るようになった。

 

その間、ずっと雪斗をもの凄く睨みつけた茉子であった。

 

「そんな顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」

 

「///かわ……っ!?誰のせいですかっ!誰のっ!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

『それぞれの修業』

 

 

熱い─────

 

 

暑い─────

 

 

体中が燃えるようだ─────

 

 

当然だ。今の我は燃え上がっている─────

 

 

眼前にいるは我が敵◯◯◯◯─────

 

 

そして我が背後には護るべきお方がいる城◯◯◯◯◯◯◯が────

 

 

ならば戦わねば─────

 

 

倒さねばならない─────

 

 

我こそは最強の槍兵─────

 

 

それに相応しい戦いぶりを刮目するがいい─────

 

 

*  *  *  *  *

 

パチリ…

 

「………また、あの夢……」

 

ムクリと布団から起き上がる雪斗。

 

時間はいつも起きる5時30分頃。丁度よい時間帯だった。

 

いつもと変わらず、右目に眼帯をして、庭に出て朝稽古をする。

 

 

ブンッ!  ブンッ!  ブンッ!

 

 

槍に見立てた棒を振り、体の状態を確認する。

 

「(特に異常は感じない……相変わらず、()()()()()()()。問題なし!)」

 

少し汗をかいたので、風呂場でサッと汗を流し、居間に朝食を用意した。

 

そして仏壇の前に座り合掌する。

 

「おはよう叔父さん。今日も良い天気で、俺も快調だよ。」

 

そして朝食を済ませて、制服に着替えた雪斗は自宅を出た。

 

「行ってきます」

 

 

 

学院では、休み明けのテストの説明がされ、クラスの皆がそれぞれ文句言ったりする者、真面目に取り組もうとする者と様々に分かれた。

 

雪斗は特に興味が無さそうにする。別に勉強がニガテだからで無い。むしろ良い方だ。

 

魔術の勉強より、よっぽど簡単だからだ。

 

特に歴史は日本史、世界史共に学年では1位をキープしている。

 

英霊を宿している訳ではないが、雪斗自身過去の英雄や歴史上の偉人が好きでその延長でその分野が得意になった。

 

因みに芳乃や茉子も成績はそれなりに良い。

 

将臣の方は、何かサァーと青ざめていたような気がしたが、気のせいだろう。

 

その前の席の廉太郎が白く燃え尽きているように見えるのも、多分気のせいだろう。

 

 

 

放課後

 

「ほれ休むな!もっと打ち込んでこい!そんな乱れた打ち方では相手は崩せない。こうだ!」

 

 

バシッ!バシンッ!!

 

 

「くっ……やぁぁぁーーー!!」

 

空の色がオレンジに染まった時間帯。

 

公民館の中にある道場で、竹刀がぶつかる音と、少年の雄叫びが響く。

 

先日、雪斗に言われたように玄十朗に再び剣道の指南を頼んだ。玄十朗の方は二つ返事で了承を貰い、朝早くと放課後に稽古を付けて貰う事になった。

 

最初は慣らす程に竹刀を振るつもりが、いつの間にか本格的に打ち合っていた。

 

だが、それで良かったかもしれない。

 

早く腕を上げ、芳乃たちの足を引っ張らないように。そして、雪斗の負担にならないように。

 

「ほれ、もうバテたか!」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ま、まだ……まだまだ!」

 

「よーし、その息じゃ、ご主人っ!」

 

「よかろう!ならば来いっ!」

 

「はぁーーー!!」

 

 

 

 

 

健実神社 境内

 

 

一方、芳乃の方も智樹に稽古を付けて貰っていた。

 

正直、ホントに付けてくれるとは思わなかった。

 

この人も本当に呪いの事を考えてくれていたのだと、少し尊敬をした。

 

「イヤー、ちゃんと稽古を付けたら褒美にお酒くれるって言うからさ~。ちゃちゃっとやりますか、お酒の為に!」

 

「私の尊敬を返して下さい」

 

といった場面はさておき……

 

芳乃が行う修業は自分の戦い方の幅を広げる事だ。

 

そこで思い付いたのが────

 

「舞いながら戦うんですかっ!?」

 

智樹の口から出たその提案に驚愕を隠せない。

 

確かに、いつも祭り等で奉納しているあの舞は、祟り神の前で使うと、ヤツらの動きは鈍くなる。

 

しかし戦闘中でやれば、必ず芳乃は無防備になってしまう。ならばいっそのこと、舞いながら戦えば良いのではないか?

 

「ですが、そんな上手く戦えますか?」

 

「うん。難しく聞こえるかもしれないけど、要するに剣舞みたいに振る舞えば良いんだよ。」

 

と、言われても未だにぴんとこない芳乃。そこで智樹は、懐から剣の持ち手部分だけの物を取り出した。

 

「試しに僕がそれっぽい事をするから、適当にそれ(鉾鈴)で斬り掛かって来てよ。あ、一応本気で来ないと意味ないからね。」

 

「は、はい……」

 

そして言われたように、鉾鈴を構える芳乃。

 

智樹は、持ち手だけの物を片手に構える。すると、柄の部分から刃が伸びてきた。

 

「えっ!何ですかソレ!」

 

「ああ、(代行者時代)に使ってたものだよ。さ、遠慮せずにどうぞ。」

 

智樹の剣が気になるところだが、今は修業に集中しなければならない。

 

そう自分に言い聞かせ、智樹に向かって思いっ切り斬り掛かった。

 

「やぁぁぁーーー!!」

 

だが

 

「~……~♪……」

 

 

キンッ!

 

 

「えっ!?」

 

刃同士はぶつかった。しかし、それはたった一瞬だけ。

 

鉾鈴の刃は、智樹の持つ剣の刃にあっさり受け流された。智樹の方はまるで優しく撫でるかのような動きをして。しかも鼻息を歌いながら。

 

「くっ……!」

 

出鼻はくじかれたが、次こそは!と意気込み、もう一度斬り掛かった。

 

「~……~……♪」

 

しかしまた、刃は智樹の体に触れることはなく受け流された。だが、そう同じ事はさせない。

 

「えいっ!」

 

直ぐさま体を回転させ、ガラ空きの智樹の腹部に刃を向ける。

 

「~♪」

 

すると今度は、あっさり躱された。その動きは、風に流される落ち葉のように。

 

「くっ……このっ!」

 

それからしばらくの間、芳乃はひたすら智樹に一太刀当てようとしたが、それら全ては受け流されるか、躱された。

 

「はぁ~……はぁ~……な……何で……」

 

「フフフ……」

 

肩で息をしている芳乃。対して智樹はまだまだ余裕と言わんばかりにニコニコしていた。

 

「特に難しい事はしてないよ。頭の中で好きな歌を流しながら、踊ってただけさ。」

 

確かに、ヒラリ、フラリと動いてた感じはまるで踊りのように見えた。

 

「相手の動きを見ながら、曲のフレーズに合わせて、体を動かしただけ。攻撃される瞬間だって、ただ曲と相手の動きを重ね合わせて、踊っただけ。」

 

力も何も入れない。それだと動きがぎこちなくなってしまう。それだと、意味は無い。

 

「相手の動きを見る。そして力まない。この2つが重大なポイントだ。戦い方と言ったが、要は君は前線ではなく、後方で自分の身を護るやり方を学ぶんだ。」

 

「自分の身を護る……」

 

「そうすれば、雪斗君たちは思いっ切り戦う事が出来る。君自身はただ舞を踊りながら支援すればいい。もし敵が襲い掛かっても受け流すか、躱せばいい。それだけさ。」

 

まあそれを熟すには特訓は大変だけど、と言う智樹。

 

お酒の為にしか動こうとしないまるでダメな神父『マダシ』。だが、本当の彼は戦う術を教える事が出来る凄い人物なのだ。

 

「(なるほど、赤司くんが推薦するだけはありますね……)」

 

やっぱり、この人はある意味で尊敬に値するじんぶ『カシュッ!』……

 

「……あの……霧原さん?お手のソレは?」

 

「ん?何って……缶ビール。未成年は飲んじゃダメだよ。お酒は大人になってから~♪」

 

「修業中もダメですーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

神社裏手

 

 

芳乃と智樹の修業が始まった同じ頃、雪斗と茉子も始めていた。

 

「さて、回路の起動はどうだ?」

 

「はい……スゥー……」

 

茉子が集中すると、青白い光の線が彼女の体に浮かび上がる。

 

「ほう……上達ぶりは良いな。まだまだスムーズとは言えないが、確実に早くなってる。」

 

「当然です!」

 

フンと胸を張る茉子。雪斗の方も、いつもの悪口は言わず、修業を続ける。

 

「言っただろう、まだまだスムーズじゃないって。起動の練習は続けろよ。そんじゃ、今日は魔術の基本。『強化』をやるぞ。」

 

そう言って、雪斗は足元に落ちている落ち葉を2枚拾い上げる。

 

「さて問題。この落ち葉を、あそこにある木に投げるとどうなる?」

 

「えっ、落ち葉をですか?」

 

キョトンとする茉子。それもそうだ、雪斗が持っているのは今拾った唯の落ち葉だ。

 

「そんなの、直ぐに地面に落ちちゃいますよ。」

 

茉子がそう答えると、雪斗は落ち葉を1枚片手に持ち、少し離れた木に向かって投げた。

 

だが茉子の言う通り、落ち葉は木に届くどころか、直ぐ手前に落ちていった。

 

「常陸の言う通り。何の種も仕掛けも無い落ち葉じゃ、あの木に届くどころの話じゃない。なら───」

 

もう一方の手に持った落ち葉を茉子に見せて同じ事を聞いた。

 

「だから、木に届く前に落ちちゃいますよ。さっきみたいに。」

 

一体何のつもりかと、思う茉子。すると雪斗はニヤリと笑い、落ち葉をまた木に向かって投げた。

 

すると───

 

 

トンッ!

 

 

「えっ!?」

 

落ち葉は落ちるどころか、真っ直ぐ木に向かって飛んで行った。

 

そして、まるで鉄のようなものが刺さった音を出して木に命中した。

 

「す、すごいです……」

 

これは素直に称賛の声が出る。

 

「これが強化の魔術。強化自体は然高い魔術ではないし、魔術師であれば大抵の者は使えるから覚えておいて損は無いだろう。」

 

つまり、今投げた落ち葉は拾った時点で既に魔術で落ち葉の強度を強化していた。

 

茉子が木に刺さった落ち葉を引っこ抜き、まじまじと見る。一見普通の落ち葉に見えるが、触って見ると確かに、鉄のような硬い感触がした。

 

「今は落ち葉に試したが、上達していけばそこらにある木の枝や、紙切れ、段ボールみたいな脆い物は勿論。自身の体に強化の魔術をかけて、一時的に肉体強化をする事が出来る。」

 

特に戦闘時には必須だ。肉体強化をすれば、あの素早く、重い一撃を与える祟り神相手でも遅れは取らない。

 

「そう言う事で、今日はひたすら落ち葉に強化の魔術を施す練習をして貰う。出来たら、実際に使えるかさっきみたいに木に向かって投げてみろ。」

 

「魔術を施すって……一体どうやって……?」

 

「回路を起動させた時と同じさ。お前の中で、ものを強化させるイメージを思い浮かべる。その状態で持てば自ずと頭の中で呪文が浮かび上がる。」

 

「イメージ……呪文ですか……?」

 

「ああ、魔術って言うのは世界の法則に介入し、それを自分の都合の良いように改編するもの。限度はあるがイメージが強ければ、そして魔力を上手く使えれば魔術は無限の()に変化する。」

 

だが複雑なものや、大がかりな魔術となると、それ相応の才能と、複雑な魔術公式が必要になる。

 

しかし、今はそこまでする必要は無い。とにかく今は簡単なもので充分だ。

 

そして呪文だが、魔術を起動させるための動作た。手続きで言うのなら、申請、受理、審査、発行の中の、申請の動作になる。

 

世界の法則に介入するのだから、それに向けての申請、訴えを出すもの。そして法則を自分の中で作り替えるための自己暗示。

 

それが決まり文句となったのが『呪文』なのだ。

 

これには正解、不正解は無い。

 

呪文は魔術師の数だけ、流派の数だけ様々だ。十人十色どころか、万人万色なのだ。

 

「因みに俺の場合は一族代々伝わるものだから参考には出来ない。常陸、お前が自分で見つけて()にするしかない。」

 

「私が……はい、やってみます!」

 

そして落ち葉を1枚拾い上げ、それに意識を集中させる。この落ち葉を先ほどのような硬いもの変化させる。

 

魔術回路をフルに稼働させ、そのイメージを探す。

 

「(硬いもの……鉄……ううん、ダメだ。単純過ぎるイメージじゃダメなんだ。もっと複雑に……そして自分が分かりやすい……硬く……頑丈に……そう言えば、忍術は魔術のダウンロード版って赤司くんは言ってた。と言うことはご先祖様も魔術が使えたのかな?……魔術……忍術……忍者……クナイ……?)」

 

 

バチンッ!

 

 

「きゃっ!」

 

「常陸っ!」

 

突如、落ち葉が弾け驚いた常陸が尻もちをつく。

 

「大丈夫か?」

 

いてて…と尻をさする茉子に手を差し伸ばす雪斗。しかし彼女は何か考え込む。

 

「今……一瞬……」

 

「イメージが掴めそうか?」

 

「なんとなく……」

 

「なら、忘れないうちにもう1回だ。」

 

そうして、雪斗の手を取り立ち上がった茉子は別の落ち葉を手に取り、意識を集中させる。

 

先ほどのイメージをもう一度思い浮かべる。

 

「(そうだ……無理に葉っぱの材質を変えるんじゃなくて、別の何かに置き換えれば……1番分かりやすいのは……クナイ!)」

 

イメージが出来た。後はそれを承認させるために申請(呪文)をせねば。しかし、まだそのワードは出て来ない。

 

ならいっそのこと単純に

 

「えっと……強化!」

 

茉子が唱えた瞬間、彼女回路から落ち葉に魔力が流れるのを感じる。すると、持っていた落ち葉に違和感を感じる。

 

落ち葉の柔らさはなくなり、代わりに硬い感触を感じる。それは先ほど雪斗が持っていた落ち葉に似た感触だった。

 

「よし、試しに投げてみろ。」

 

雪斗に言われ、いつもクナイを投げている要領で木に目掛けて投げた。

 

 

カツンッ!

 

 

「あれっ?」

 

確かに落ち葉は落ちず真っ直ぐ木に向かって飛んだ。

 

しかし、刺さることはなく弾かれて落ちてしまった。

 

「まだ強度が足りなかったな。だが良い調子だ。そのイメージを保って、今度は強度を上げる事に専念してみろ。」

 

「はいっ!」

 

それから2人は、日が沈む時間ギリギリまでひたすら落ち葉を拾っては、強度をし、投げて、また落ち葉を拾ってを繰り返した。

 

 

 

 

 

それから早数日後 

 

健実神社 将臣用の部屋

 

 

将臣、芳乃、茉子。3人はそれぞれの師からの教えを受け着々と成長していた。

 

そして今日も朝から将臣は玄十朗との朝稽古がある。

 

その為、ムラサメは新しく日課となった将臣の上に乗っかり、彼を起こしに来た。

 

「ご~主~人!さっさと起きんか!鍛錬に遅れ~る~ぞ~!お~き~ろ~!」

 

「うう……」

 

しかし朝早くであるからか、中々布団から起きようとしない将臣。いや───

 

「あの鍛錬……すっげー……キツい……手加減も何も無いよ……しくしく……」

 

───単純に出たくないだけかもしれない。

 

「お、おお……唸り声ではなく泣き声が出て来たか……さすがに我が輩もドン引きじゃ……」

 

「だって、準備運動の素振りだけでも軽く1時間は過ぎるし……切り返しや打ち合いなんかで2時間近く……真剣を使っての素振りがまた1時間半ぐらい……思い出しただけで……うぇぷっ……」

 

本人は加減しているつもりだろうが、将臣にとってはスーパーハードな特訓になっている。

 

だが、そんな言い訳が祟り神に通じる道理は無い。

 

雪斗に特訓を受けろと言われた時点で、覚悟はしていた。ここまでとは想定していなかったが。(因みに雪斗は予想していました)

 

「よしっ!……起きるかっ!」

 

「おお!その息じゃ、ご主人!」

 

ヒョイッと、将臣の上から下りる彼女。

 

霊体の筈なのに、心なしか、彼女が乗っていた腹に重みを感じた。

 

「(不思議だよな~……)」

 

 

 

芳乃達にバレないように、神社を出て玄十朗の待つ公民館へと向かった。

 

「来たか、将臣。」

 

「おはよう、祖父ちゃん。今日もよろしくお願いします!」

 

「うむ、おはよう。今日は1人、稽古に参加する者がいる。」

 

「えっ?」

 

するとそこに、運動着姿の雪斗が道場に入ってきた。

 

「あれっ、雪斗?」

 

「おはよう、将臣。ちょっとお前の様子が見たくてな。今日だけ参加させて貰ったんだ。」

 

勿論、玄十朗には雪斗自身が魔術師である事は少し話しており、将臣が特訓をする事になった経緯も話してある。

 

「まあ、俺の事は気にせずいつも通りにやってくれ。」

 

「お、おう。」

 

「よし、ではまずいつもの縄跳びから。その後はシャトルランだ。」

 

「はいっ!」

 

そして将臣は渡された縄跳びでいつものトレーニングを始めた。

 

雪斗も準備運動をしながら玄十朗に最近の将臣の調子を聞いた。

 

「うむ。まだまだ……と言ったところか。だが逃げず、真剣に取り組む姿勢があって儂も嬉しいかぎりだ。」

 

「それはなによりだ……」

 

「それと、お前には感謝している。祟り神の事や、今回の将臣の事。」

 

「別にお礼を言われるほどじゃないですよ。俺も……俺の目的が……(ボソッ)」

 

「ん?なんじゃ?」

 

「いえ、何でも。オーイ将臣。縄跳び終わったらシャトルランで勝負するか?」

 

「よっしゃ!望むところだ!」

 

 

 

そして、勝負の結果は将臣は72、雪斗は117で雪斗の圧勝となった。

 

「ま……マジっすか……」

 

「普段から鍛えてるからな。魔術師は体が基本なんだよ。」

 

近頃の魔術師たちは研究ばかりで疎かにするヤツらが多すぎる。困ったものだと、呆れる雪斗であった。

 

 

 

そうしていつものトレーニングを終えた将臣は直ぐさま神社へと戻ろうとしたが、足腰がパンパンで中々足が進まない。

 

「うぐっ……ヤッパ、キツいな……」

 

「なら送ってやろうか?」

 

そこに、運動着から制服に着替えた雪斗が将臣の前でしゃがみ込む。

 

「えっと……」

 

「おぶるからさっさと乗れ」

 

「けど……」

 

雪斗もさっきまで将臣に負けないくらいトレーニングをしていたはず。

 

それなのに申し訳ないような。

 

「言っただろう。普段から鍛えてるから問題無い。それに、俺には()()があるからな。」

 

()()が気になるが、ここは雪斗の好意に甘えさせて貰うことにした。

 

将臣を背に乗せ、しっかり体に掴ませる。そして、将臣の足を固定させ

 

「それじゃ、舌噛むなよ。」

 

「えっ、なんで───」

 

回路起動(オン)脚部強化(ブースト)認識付加(インビシブル)破裂(フレア)!」

 

 

バンッ!

 

 

「のわっ!?」

 

突如足元で爆竹が破裂したような音がしたと思ったら、一気に雪斗の体は跳び上がり、将臣の視界は一気に高くなった。

 

「なななななななななんだーーっ!?」

 

「黙ってろ、舌噛むぞ。」

 

 

タッ!  タッ!  タッ!

 

 

飛び上がった雪斗は、幾つもの住居の屋根を足場に飛び跳ねて行き、あっという間に健実神社に到着した。

 

「よし到着。」

 

「………………」

 

なんて事ないような顔をする雪斗に対し、将臣の方は口をポカンと開けた顔になっていた。

 

「どうだった、赤司タクシーの乗り心地は?」

 

「……絶叫マシンかと思った……」

 

「そりゃよかった。」

 

そう言いながら、まるでいたずらに成功した子供のように笑う雪斗であった。

 

「えっと……今のが魔術か?」

 

「基本的で簡単なものばかりだけどな。」

 

まずは魔術回路を起動させ、自分の脚部中心に強化の魔術を。次に、一般人に見られないように、自分たち中心に認識させにくい結界を張り。最後に足元に魔力を集中し、破裂させ、その勢いで飛び上がったのだ。

 

ほとんどの魔術師なら出来るものばかりだ。

 

「へぇ~……常陸さんも出来るのか?」

 

「上達ぶりは良いが、魔術師としても忍者としてもまだまだだからな~。」

 

「一言余計です。」

 

「「えっ?」」

 

振り返ると、いつの間にか茉子が玄関の前に立っていた。

 

制服の上にエプロンを着て、片手にはおたまを持っていた。

 

「ひ、常陸さんっ?い、いつの間にっ!?」

 

「これでも、()()、ですから!」

 

『忍者』の部分を強調しながら言う彼女。声からどこか不機嫌そうな感じがする。

 

「朝ごはんの支度をしてたら玄関に気配を感じたんで見に来たんですよ。こんなところで何やってるですか?」

 

「あっ、いや、その……」

 

素直に玄十朗との朝稽古をしていた。と言えば良いのに、何故か言いにくそうだった。

 

どうやら将臣は、茉子や芳乃には玄十朗との朝夕の特訓の事は内緒にしたいらしい。

 

そこで雪斗は

 

「おい、将臣。さっさと着替えて、支度しないと遅刻するぞ。」

 

「あっ!そうだ!それじゃ常陸さん、また後で!」

 

それだけ言い残し、ピューと部屋へと向かって行った。

 

そして、残った雪斗と茉子の2人。

 

「やっぱり、まだまだですか……」

 

「ん?」

 

何の事か、と聞こうとした時、先ほど自分が言った事を思い出す。

 

「ま、自分だって分かってますけど……」

 

少し声のトーンが下がり、俯く茉子。彼女のクセ毛もショボンとしているように見える。

 

それを見た雪斗は、彼女の頭に手を置き、撫でながら彼女の目線に合わせる。

 

 

ナデナデ…

 

 

「当たり前だ。そう簡単に一人前になれるなら、この世は魔術師だらけだ。それが出来ないからこそ、魔術って言うのはものすごい技術って事だ。俺だって始めて直ぐに一人前なれた訳じゃない。今だってまだまだ半人前だと思ってる。だからな、一緒に頑張っていこうぜ。お前には俺以上に飲み込みが早い。自信を持て。」

 

「明司くん……」

 

「お前が、世界初の忍者魔術師になれる日は案外近いかもな?」

 

茉子の頭を撫でながらニコリと笑う雪斗。その笑顔に彼女の心は満たされるように心地よくなる。

 

「そんじゃ、俺は先に学院に行くわ。」

 

「あっ……」

 

スゥと、茉子の頭を撫でていた手が離れると茉子は慌ててその手を掴む。

 

「ん?どうした常陸?」

 

「///あっ……えっと……あ、朝ごはん!明司くんも朝ごはん、いかがですか!」

 

顔を赤らめ、慌てながら雪斗を朝食に誘う。

 

けれど彼は公民館に行く前に、おにぎりを4つほど食べている。朝食は必要無いが

 

「ダメですよ明司くん!朝食は一日を過ごすためには必要なものなんですから。キチンと取らないと赤司くんが困るんですよ?」

 

「いや、俺まで一緒になったら支度するお前が大変だろう?」

 

「なら、明司くん手伝って下さいよ。」

 

「師匠に朝食手伝わせるのかよ……」

 

「今は魔術の修行じゃないですからね~」

 

ハァ~とため息をつく雪斗。こうなったら仕方ないかと茉子の提案を受けることにした。

 

「そんじゃ、さっさとやるぞ常陸。」

 

靴を脱いで朝武邸に入って行く雪斗。

 

その後ろで、先ほどまで撫でられていた自分の頭をそっと触れる。

 

父親に撫でられた事は多少あるが、他の、同級生に、そしてたまに口喧嘩する相手に撫でられたのは始めてだった。

 

けれど、そのぬくもりはとても心地よく、思い出すと、顔が熱くなる。

 

「///……変だな……わたし……」

 

確かに変だ。

 

さっき手を掴んだ時も、本当はもっと────

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

『外では』

 

 

「おはようございます。すいません、お待たせしまって……」

 

制服に急いで着替えた将臣は居間に入った。

 

既に食卓には、お椀や箸が幾つか並べられていた。

 

台所では、茉子と雪斗が料理をしていた。

 

「最近起きてくるのが遅いですね。どうしたんですか?」

 

先に定位置に座っていた芳乃が聞いてくる。玄十朗との特訓は内緒にしているので、寝坊、と言う事で誤魔化した。

 

「寝坊……夜更かしでもしてるんですか?」

 

夜更かしではない。むしろ毎日トレーニングを終えると、流れるように布団に入り、ぐっすり寝ている。

 

そして彼女たちが起きる前に、朝稽古に行っている。

 

そして帰って来てから着替えているので、遅くなってしまうのだ。

 

「気の緩みは怪我の元です。よくないと思いますよ。」

 

至極真っ当な意見だ。祟り神退治はちょっと気を抜けてしまうと、命の危機に繋がる。

 

正直に言って芳乃はまだ、将臣には大人しくしてて欲しいのだ。

 

「(まあ、彼女のなりの優しさなんだよな……)」

 

「ほら、メシが出来るからサッサと座れ将臣。」

 

「芳乃様も、お待たせしました。朝食にしましょう。」

 

台所からお皿や茶碗等を持って、雪斗と茉子がやって来た。

 

芳乃はこの様子では気付いていないが、茉子は恐らく特訓の事を勘づいているかもしれない。

 

だが雪斗同様、察して黙っているのか、それともまだ確信が無いのか。

 

どちらにせよ、黙ってくれているのは有難かった。

 

「そうそう。お二人は目玉焼きの焼き加減はどうしましょうか?」

 

「「半熟で……えっ?」」

 

将臣と芳乃、ほぼ同時に答えた。

 

2人とも、あの黄味のトロッとした感触が好きでよく食べているのだ。

 

「へぇ~、朝武さんもそうなんだ!」

 

「はい!それにあのフワフワの食感も大好きなんです!」

 

好きなものを語る時、芳乃は自然と声のテンションが上がり、輝くような笑顔を見せるので、少しばかりドキッとしてしまう将臣。

 

「///お、俺も……好きだな~、ヤッパ半熟だよな~」

 

「そうかな、僕は固めの方かな?白身はパリッとしてるのが好みでね~」

 

「俺はどちらでも良いかな?その日の気分次第か?因みに今日は固めで」

 

「なら私は半熟にします。それで、結局お二人の好みは?」

 

「「半熟!」」

 

また息ピッタリ。本人たちはその気ではないが、こうして見ると、仲の良い婚約者同士に見えてしまい、クスリと笑う茉子。

 

「分かりました。では有地さんと芳乃様は半熟。安晴様と明司くんは固めですね。」

 

「そんじゃ、固めは俺が作るから、お前は半熟派の分を」

 

「悪いね2人とも。わがままを聞いて貰って。」

 

安晴はこう言うが、2人にとってはこの程度、正しく朝飯前。なんて事は無い。

 

「ところで皆さんは、調味料は何になさいますか?」

 

「それはもちろん───」

 

「やっぱり───」

 

「「醤油(ソース)……えっ?」」

 

今度は息ピッタリだが、内容が違った。

 

にこやかだった2人の顔つきが変わる。

 

「醤油……だよね、朝武さん?」

 

「何言ってるんですか有地さん。ソースですよね?」

 

「「………………」」

 

シーン…と静まり返る居間。

 

「絶対醤油だって!ソースなんて論外っ!」

 

「ソースに決まってます!醤油なんて邪道です!」

 

「またですか……お二人はそういう趣味は全然合いませんね……」

 

「これは仕方ないだろ。醤油かソースか。これは長い年月をかけても決して終わることが無い聖戦なのだから(ドヤ顔)」

 

「何、アホ言ってるんですか。」

 

「そういえば2人はおにぎりの具や、うどんとそば、カレーの甘口辛口なんかも合わないのかな……?」

 

「それは本人たちに確認したらどうですか?」

 

「でもねぇ……」

 

茉子に言われ、安晴がチラリと見ると

 

「「ぐぬぬぬ……!」」

 

バチバチと、電気がぶつかり合うような2人。今にも取っ組み合いが起きそうだった。

 

「あれは聞けそうにないですね。ヘタしたらもっと大変な事になるかもです。」

 

仕方ないので、雪斗が2人の間に入り込む。

 

「ほら落ち着け2人とも、どうどう。好みなんて人それぞれ、十人十色なんだ。醤油をかけようが、ソースをかけようが、練乳をかけようが、良いじゃないか?」

 

「そうそう!練乳も中々良いよね!赤司くん分かってるね!」

 

「「それはない(です・ですね)」」

 

「うん、俺も言ってはなんだが、練乳はごめんだ。」

 

「あれっ!?」

 

 

 

 

 

朝食を終え、朝武邸を出た一行。

 

その途中、少し長い坂道があるのだが、トレーニングで疲れ切った将臣には地獄だった。

 

「(足全体に電気が走ってるみたいだ……スッゲー辛い……ああ、まだ坂道続くよ……)」

 

トホホ…と心の中で嘆く将臣。

 

そんな彼を不審がるような目を向ける芳乃。

 

「………」

 

その2人の後ろを歩く雪斗と茉子。

 

「(芳乃様が有地さんにあんな熱烈な視線を!これはもしかして……!?)」

 

「(いや、ないない。アレ絶対違うだろ……)」

 

 

 

 

 

2学年用教室

 

 

キーン…コーン…カーン…コーン

 

 

「あ、チャイムですね。それでは、今日の授業はここまで。」

 

「起立……礼!」

 

「「ありがとうございました」」

 

「はい、皆さん気を付けて帰って下さいね」

 

比奈実が教室を出た後、終わった終わったとばかりに、皆が教科書やノートを鞄にしまい下校する準備をする。

 

「さてと(俺も放課後の鍛練に……)」

 

将臣も、サッサと公民館に行こうとした時、茉子が彼の元に来た。

 

「有地さん、今日はどうされるんですか?」

 

「今日もちょっと遅くなるかな?けど、夕飯前には帰って来るから。」

 

「分かりました。」

 

そう言って、席を立とうとした時

 

「有地さん。ここ数日、放課後はいつもどこか行ってますよね?何をしてるんですか?」

 

「えっ?いや、その……アハハ……」

 

何とか笑って誤魔化そうとするが、芳乃からの鋭い視線が、将臣に冷や汗をかかせる。

 

「まあ、気にしないで良いから!それじゃ!」 

 

「あっ!まっ───」

 

止められる前に鞄を持ち、風のように教室を出て行く将臣。

 

「……逃げられました……どうにもあやしい……」

 

「まあまあ良いじゃないですか。今日は私たち、特訓も無いですし、それに……ユグドミレニア先輩が来る前に帰った方が宜しいかと?」

 

最近はいつもそうだが、今日は2人の師である雪斗と智樹は揃って用事があるからと、自主練をするようにと言っていた。

 

芳乃の方はムムッと怪しんでいたが、茉子にそう言われ、仕方なく今日は帰ることにした。

 

 

 

数分後

 

「来たぞ俺の嫁達……あれ?いない?オーイ、芳乃ー?茉子ー?どこだー?」

 

 

 

 

 

学院を出た将臣は玄十朗の旅館へと到着していた。

 

そこには既に玄十朗が待っていた。

 

「ごめん、遅くなって……!」

 

「いや、構わん。では行こうか」

 

と、足を進めようとした時

 

「そうだ忘れるところじゃった。将臣、今度の土曜は学院は休みだっただろう?」

 

「そうだけど?」

 

もしかして、一日かけての特訓かと身構えたが、玄十朗は笑いながら否定した。

 

「そんな反応せんでいい。実は頼みたい事があってな。」

 

「頼み?もしかして旅館の手伝い?」

 

特訓よりはマシだが、それはそれで大変そうだなと、ため息をつく。

 

「いや、そうではない。実は案内を頼みたいのだ。2人ほど。」

 

 

 

 

 

穂織教会

 

 

ギィィ……

 

 

教会の扉を開けた時、丁度お祈りを終わらせたのか、お年寄りのご夫婦が帰ろうとしていた。

 

そこで雪斗はドアを大きく開けて、2人が通れるように道をつくる。

 

「ありがとうね、お兄ちゃん」

 

「若いのに、お祈りなんて偉いねぇ」

 

どうやら2人とも、雪斗も自分たちと同じ目的に来たのだと思っているようだった。

 

「いえいえ……道中お気を付けて。」

 

別にそう思われても構わないので、訂正はしなかった。

 

そしてご夫婦が出た後、ドアを閉めた雪斗は教会の奥、1番最前列へと向かう。

 

そこにはいつもなら、沢山のビール缶や瓶等の酒が転がっているが今日は1つも転がっていなかった。

 

そして何より

 

「やあ、待っていたよ雪斗くん。」

 

いつも酔っぱらってベロンベロンになっている智樹が、いつもと全く違っていた。

 

まず、全く酔っている様子は無い。

 

酔っ払ってグチャグチャだった髪型も整え、乱れていた神父服をキチンと着ていた。

 

とてもこれがあの『マドシ』には見えなかった。

 

だが雪斗は特に驚きもしない。

 

こういう時はたまにあるのだ。そういう時は決まってあることがあったからだ。

 

「聖堂教会からの定時報告はどうだった?」

 

今日は智樹が所属する組織『聖堂教会』からの人間が来たのだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

「普遍的な」意味を持つ一大宗教でその裏側に存在する組織。世界を二分する宗教の一つにして、世界規模の宗教が基盤となっている集団。

 

教義に反したモノを熱狂的に排斥する者たちによって設立された、「異端狩り」に特化した巨大な部門。これを『聖堂教会』と呼ぶ。

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うん、特に変わりなし……てなわけ無いけどね。」

 

「?」

 

いつもなら教会からの定時報告と、こちらの近況報告だけで済んでいたはずだが、今日は違うようだ。

 

「どうやら『冬木』の霊脈が、ここ最近活発化している傾向にあるらしい。上層部は儀式が行われる事を予感しているらしい。」

 

「はぁ!?何言ってんだよ!前回が7年前だろう?()()は確か60年かそこらの周期で行われるはずだろう?」

 

珍しく取り乱す雪斗。それもその筈、元々雪斗の両親は雪斗の言う()()の為に向けての準備をしていたのだ。

 

「まあまあ落ち着いて……まだ決まった訳じゃ無い。あくまで活発化している傾向があるだけ。まだ確証には至っていない。」

 

確かに…と、落ち着きを取り戻す雪斗。

 

「まあどちらにしろ、もしそうなったら間違いなく綺礼くんは大変だろうねぇ」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「ああ、『言峰綺礼』。彼も僕と同じかつて代行者の任に着いていたんだ。僕がここに戻った後、彼も聖堂教会からの離れたらしくてね。今は冬木の教会にいるらしい。」

 

こんなアル中神父の知り合い。どちらにしろロクでもない奴の気配を感じた。

 

それよりも───

 

「それで、ここ最近、穂織に来た魔術師や教会関係者はいたか?」

 

本題はそちらの方だ。雪斗の事を、魔術師や教会世界に広がると、雪斗を利用しようとしたり、抹殺しようとする者たちがわんさか現れる。

 

そうなったら、芳乃や茉子、穂織の人たちに危害が及ぶ。そうなる前に、教会からの人間が来るたびに、彼から情報を得ているのだ。

 

「いや。それもいつもと変わらず、そう言った人間が来た情報は無い。ここの土地は聖堂教会が監視してるから、魔術師だってそう迂闊に来たりはしないよ。それに……教会関係者で君の事を知ってるのは僕だけだからね。」

 

「……酒を飲み過ぎて、うっかりバラしてないだろうな?」

 

「ハハハ!大丈夫大丈夫!それもないよ。僕と酒を飲みあえる輩なんてそうそういないよ!」

 

それはそれで寂しいのでは?と、言うのをせめての礼に黙ってやる事にした。

 

「……次だ。霊脈の中心は分かったか?」

 

霊脈の中心。以前から探している、この穂織で祟り神を生み出しているスポット。

 

芳乃との修業に付き合いながら、智樹は過去の穂織の資料を調べたり、霊脈の流れを探ってはいるが

 

「残念だが、ここは古くから教会が監視をしているだけで、下手にあれこれ調べたりいじったりしてないからそ。霊脈の流れ以外にも、色々な自然の流れが混じってて、()()()でも完全には区別出来ないし、資料も感じんなところは書いてなかった。」

 

やはりか……と肩を落とす。となると自分の足だけが頼りになる。ひたすら歩いて探すしかないようだ。

 

「次の祟り神退治、付き合え。直に山中に入れば、あんたの“魔眼”が役に立つかもしれない。」

 

「ヤレヤレ、仕方ないか……」

 

これで用事は済んだと言うことで智樹は早速、懐から缶ビールを取り出し、椅子に座り飲み始めた。

 

プハーと、ビールを味わう智樹の姿を見て、仕方ないのはどちらかと呆れた。

 

「ほどほどにしろよ……それじゃ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

赤司邸

 

 

教会から戻った雪斗は、かつて両親がまとめていた、()()()()()()に関する資料を久々に押し入れの奥から引っ張り出していた。

 

それは魔術師の世界でも、おとぎ話と言われた儀式。

 

まず普通の人間ならあっという間に命を落とすが、参加すれば魔術師に、いや全ての人が欲する賞品が手に入る命がけの戦い。

 

それは200年前ほどから続く戦争。

 

その名は───

 

 

「『聖杯戦争』……か……」

 

ポトリと、資料から何かが抜け落ちた。それは、この資料に挟み込んでいた両親が手に入れた聖遺物。

 

かつてある英雄が、戦場に赴く際に必ず額に巻いていたハチマキの切れ端。

 

それを拾い上げると、雪斗の中にいる英雄が何か言っているような感覚を覚える。

 

「ああ、分かってる。これは()()()()()()()()()って事は……本当の持ち主に失礼だもんな……」

 

そして、その布きれを資料に挟み、資料を元の場所にしまい込んだ。

 

「それに俺は……参加する気は無いからな……」

 

そして、工房へと入り研究を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日 公民館前

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「よし、今朝はここまで。」

 

「あ……ありがとう……ござい……ました……」

 

両膝に手を載せながら、ゼェゼェと息を荒げる将臣。

 

それもその筈、今日は学院は土曜で休み。その為、いつもより早くから朝練をみっちり鍛練を行っていたからだ。

 

「い……何時になったら……楽に……こなせる……かな……」

 

ぺたりとその場に座りこみ、自分の体力の無さを嘆く。

 

もっと体力があれば、雪斗のように、もう少し余裕にこなせると思うのだが

 

「たわけ。赤司は幼い頃から毎日鍛えていたらしいからな。お前とは年期っというものが違うんじゃよ。それと、楽にこなしてはそれこそ鍛練にはならんじゃろ?」

 

「仰る通りです……」

 

だからこそ、ひたすら努力と日々の積み重ねが必要なのだ。そうすれば、いつか雪斗のように、なれるやもしれない。

 

「ところで将臣。頼んでおいた件は大丈夫か?」

 

「ん?ああ、穂織を案内して欲しい人たちが居るって話?」

 

「ああ、時間は午後1時半。待ち合わせ場所は昨日言った通りだ。3時まで旅館に連れて来てくれれば良い。それまでは好き観光させてやってくれ。」

 

本当なら、宿の誰かに頼みたいが、旅館はいつも大忙し。それこそ猫の手を借りたいぐらいに。

 

孫の小春は用事で無理。

 

「廉太郎は……彼奴はダメだ。弛んで……いや弛みすぎておる!頭の中は女の事ばかりだ!将臣の爪の垢……いや、爪そのものを煎じて飲ませてやりたいくらいじゃ!」

 

「本当にやらないでね?」

 

爪どころか将臣自体がお茶にされそうだから。

 

確かにそう言われても仕方がない。確か春祭りの時も、観光に来てたお姉さんなんかに沢山声をかけていたと雪斗から聞いたことがあった。

 

それもあって雪斗からは『残念ナンパ野郎』と言われていた。

 

「1度旅館の手伝いをさせた時は……宿泊客に言い寄るは……今思い出すと頭が痛くなる。彼奴も将臣のように本格的に鍛え直すか?」

 

それだと、次の日に廉太郎は生きているのか、心配なところだ。

 

という事で、案内役を頼むには頼りないので、将臣に白羽の矢が立ったのだ。

 

「て、事は……相手は女の子?」

 

「片方はな……お前と同い歳の男女じゃ。知り合いに頼んで来て貰った、新しい従業員じゃ。」

 

本当なら穂織には旅館の手伝いに来たはずなのに、いつの間にかこんな事になってしまった。

 

それなのにこうして鍛練に付き合ってくれているので、何だか申し訳ない気持ちになる。

 

「まあお前が気にすることは無い。人手不足なのは経営者のワシの落ち度だ。1人増やそうと探していたが、中々見つからんでな。」

 

ここだけでない。宿泊業界はどこもいつも人手不足なのだ。それだけ忙しく大変なのだ。

 

そんな職に今時、誰も就こうとは思わない。

 

それでも何とか知り合いのツテを頼ったら、何と2人も見つかったのだ。

 

「良かったね。その2人が長く務めてくれると良いけど。」

 

「さてさて、どうかの……今時の若者は軟弱だからの~何か辛い事や面倒事があれば直ぐに辞めてしまうから……」

 

「けど、そんな人たちが最初っから辛いと分かってる旅館に来るとは思えないよ。だったら期待しても良いんじゃない?それに知り合いからの紹介なんでしょ?」

 

「まあ、それでも色々心配どころでな……その子たちはさっきも言ったがお前と同い歳ぐらいだ。学院にも通わせる。」

 

そんな子たちが、旅館に来るのか…と感心する。

 

「それから……日本人ではなくてな。」

 

「えっ、そうなの!?ずいぶん思い切った事するね?」

 

「いやいや、ワシじゃなくて、女将の考えじゃ。」

 

言葉だけでなく、文化の違いを理解している人が居た方が良いとの事らしい。

 

将臣が旅館に来て会ったあの女性が4年前から、女将を任されている『猪谷元子』さん。

 

彼女からの意見なのだそうだ。確かに外国人の旅行者もだんだんと増えてきたので、不憫な事が多いらしい。

 

ならいっそのこと、若い子が良いのでは!となったのだ。

 

「へぇ~あの人が……そういえばその頃から、俺全然来なくなったんだっけ?」

 

「そうじゃったな……そういえば、その頃からあの『ユグドミレニア』の成金野郎が越して来たのは……」

 

何か嫌な事が有ったのか、イラついた顔になっていた。

 

その顔に将臣が怯えているのに気付き、慌てて話を戻した。

 

「ま、まあワシも歳だしな。今は多少口を出す事はあるが、基本的には隠居生活みたいなもんじゃ。」

 

だからこそ、将臣の鍛練にいつも付き合えるのだ。

 

「それに、嬉しくてな。お前がこうして真面目に取り組んでくれて……」

 

「でも俺、英語の成績悪いよ?この前のテストもちょっとヤバかった……」

 

「心配するな。拙いが、日常会話程度なら何とか出来るらしい。」

 

「確かにそれなら……」

 

「ではそろそろ時間だ。頼んだぞ?」

 

「任せてよ!」

 

そうして、体力が戻った将臣は公民館を後に走って行った。

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……はっ……急がないと……」

 

体力が戻った将臣は全力疾走で神社へと戻っていた。

 

修業中はバラバラでも、食事の時は全員一緒に食べること朝武家では決まりになっている。

 

つまり、将臣が戻らないと待たせてしまうのだ。

 

いや、そもそも神社内以外で修業していると、何かと怪しまれしまう。

 

そんなわけで、帰りもフルダッシュなのだ。

 

「(ああ、前みたいに雪斗がいてくれたら……ヤッパ怖いから辞めよ……)」

 

あの絶叫タクシーはもうこりごりだった。

 

 

 

朝武邸 居間

 

 

何とか食事が揃う前に戻って来れた将臣。

 

しかし、やはりか。また遅かった彼に安晴は心配そうに声をかけてくれた。

 

「唯の寝坊ですよ。気にしないで下さい。」

 

と、何とか誤魔化そうとする将臣。

 

その様子を横からジィーと怪しむ芳乃。

 

そして、食事の支度を進める茉子と雪斗。

 

「て、あれ!?何で雪斗居るのっ!?」

 

何事もなく支度を進める彼だが、彼が昨晩泊まった記憶は無い。そもそも朝早く起きた時も居なかったはず。

 

「なに、今日は常陸の修業以外にちょっと用事があってな。朝早くに来たんだが、何故か……」

 

「また朝ごはんをおにぎりだけで済まそうとしていたので、私がキチンとした朝食を食べさせようとお誘いしたのです!」

 

フンッ!とドヤ顔で胸を張る茉子。

 

ヤレヤレ……と仕方なくその誘いを受けることにし、こうして食事の支度を手伝っているわけだ。

 

ここ最近多いな…と雪斗は思うが、それは口に出さないで置くことにした。

 

 

 

食事を終え、安晴は神社へと戻り、芳乃もその手伝いの為、社務所へと向かった。

 

「そっか、朝武さんがダメなら……雪斗、ちょっと良いか?」

 

「ん、なんだ?」

 

台所から台拭きを持ってきて、机を拭き始める雪斗。

 

「実は、案内役を頼まれてて……」

 

「有地さんがですか?」

 

そこに、濡れた手をエプロンで拭きながら、茉子も加わってきた。

 

「もしかして、有地さんのご友人が来られるとか?」

 

「いや、そうじゃないんだ。」

 

将臣は玄十朗からの頼み事を一通り2人に話した。

 

旅館に新しい人が2人来ること。

 

旅館に案内するまで、穂織を案内することを。

 

しかし、自分もあまり穂織のことは分からないことを。

 

そして見ず知らずの人間2人を前に上手く会話出来る自信が無いことを。

 

「お前よくそれで引き受けようと思ったな?」

 

「うぐっ!……安請け合いしたのは認めるよ……だからこそ、2人が一緒に来てくれたら、有りがたいと思って……」

 

「なるほど、それでしたら私は一向に構いませんよ?」

 

「ホント?」

 

「ええ。明司くんも良いですよね?ご友人が困っているのですから、助けてあげないと?」

 

「お前に言われるとしゃくだが……分かった。一緒に行ってやる。」

 

「ありがとー!2人とも~(涙)」

 

「泣くな気持ち悪い……」

 

「では私は洗濯物を終わられますので、ちょっと待ってて下さい。」

 

そう言い残し、浴室へ洗濯物を取りに行った。

 

「そういえば、雪斗の用事ってなんだったんだ?」

 

案内に来てくれるのはありがたいが、そもそも彼がここに来たのはその用事が有るからだ。

 

「ああ、それならもう済んだ。」

 

「済んだって……もしかして朝ごはんを食べに来たとか?」

 

「俺ってそんなにずうずうしい奴か?違う違う。最近神社で魔術の修業する機会が増えたから、ちょっとばかし結界を張りに来た。」

 

ピッと、懐から魔術符を見せる。

 

符には何か英語や、古い漢字などで色々書かれていたが、将臣にはサッパリだった。

 

「一般人でも読めようになってる訳ないだろう?もちろんこれ1枚だけで結界は作れない。これを数枚、神社に張らせて貰ったのさ。」

 

因みにこれは、明司邸に張ってある結界と同じような結界を張れるものだ。

 

ただし、効果は外敵の侵入阻止、結界内の魔力を感知不能にする事。これだけしか無いが。

 

これを神社を囲むように配置し、結界を発動させるには少々時間が掛かるのだ。

 

だから朝早くに神社へと行き、神主である安晴と、芳乃に許可を貰い、結界を張っていたのだ。

 

「な、なるほど……」

 

「それで、今はお前の剣精霊(ムラサメ)に結界が順調に張れているか監視して貰ってんだよ。」

 

そういえば、先ほどから彼女が姿を見せないのはそう事だったのかと納得する。

 

そこに洗濯物を干し終え、準備が出来た茉子が戻って来た。

 

「お二人とも、お待たせしました。」

 

「うん、ありがと。それじゃ行こうか?」

 

「あっその前にお聞きしてもいいですか有地さん?」

 

「なに?」

 

「有地さんって洗濯物出してないですよね?いつもどうなさってるんですか?」

 

「えっ?いや、別に自分で洗ってるけど……?」

 

当然のことだ。自分で汚したものは自分で洗い綺麗にする。他人に任せっきりにはしない。

 

特に将臣の部屋は日当たりが良いので、窓際に干せばあっという間に乾く。

 

「なんだ、将臣って手洗い派か?」

 

「別にそういうわけじゃないけど……1人分だけ洗濯機を回すのはちょっと……」

 

「なるほどな……」

 

男なら何となく分かる。年頃の男子なら、同い年の女子に自分の洗濯物を見られるのは、正直恥ずかしいのだ。

 

「遠慮なさらず、一緒に出して貰っても私は構いませんよ?」

 

そうは言うが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。特にヨレヨレのパンツや穴あき靴下を見られたりするのは。

 

「あは……もしかして、私には見られたくない状態なんですか?」

 

「うぐっ!?」

 

「将臣はホントに分かりやすいな……」

 

「そ、そそそそそんなことあるわけ無いだろう!ぜっんぜん見られても平気だし?むしろ見て欲しいし?別に舐め回して貰っても良いし?」

 

「いや、誰もそこまで言ってねぇ」

 

それだと唯の変態になってしまう。

 

「では……とても卑猥な下着を愛用している……いや、まさか女性用の下着を履いている?あ、もしやノーパンですか!?」

 

「常陸、もう将臣が変態にしか聞こえないんだが?」

 

「そもそも俺は変態じゃ無いっ!!」

 

「あはっ♪大丈夫ですよ。私は忍者ですから、そう言った知識はちゃんと持ち合わせてますからね。だから有地さん……女物の下着でも、私は引きません!」

 

「それは忍者関係あるのか?」

 

「そもそも、話聞いて?その意味深な微笑みも辞めて?履いてないからね、ちゃんと男物履いてるからね?そう言う常陸さんも男子、例えば雪斗とかに下着を見られるのはイヤでしょ?」

 

「それはまあ……あまり見られたくは……ないかも……しれないような……」

 

「?」

 

チラ…チラ…と雪斗をチラ見しながら、どうもハッキリしないような答えをする茉子。

 

「気遣いは嬉しいですけど、やっぱり自分で洗わせて下さい。男でも恥ずかしいんですよ、女性に下着を見られるのは。」

 

「……分かりました。ですが、本当に遠慮なさらないで良いですからね。」

 

それならば、制服のシャツなら出しても平気だろう。

 

シャツならそこまで穴あきやヨレヨレになってる訳では無いから。

 

「そんじゃ、そろそろ行こうぜ。案内役が遅刻なんて冗談にもならないからな。」

 

「「おう(はい)」」

 

そして3人は朝武邸を後に、街へと向かった。

 




因みにですが、皆さんは目玉焼きは半熟と固めのどちらが好きですか?

自分は半熟が好みですかね。そして勿論、醤油派です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

『2人のリヒテナウラー』

 

 

春休みも終わり、季節は春の半ばまで来た。

 

穂織の街も、祭りの時と比べるとあまり観光客の数は少ないが、それでも多くの人で賑わっていた。

 

その中を歩く3人。歩きながら、将臣は雪斗と茉子の2人に案内する者達のことを話していた。

 

「歳は俺たちと同じで男女1人ずつで、従兄妹同士なんだってさ。確か名前は……女の子はれ……『レナ・リヒテナウラー』で、男の子の方は……マーク……そう、『マーク・リヒテナウラー』だったかな?」

 

レナは幼い頃から日本に憧れていて、留学が夢だったらしい。しかも穂織が希望で。

 

だが彼女の両親が反対気味だったので、ちょうど同じく日本への留学を望んでいた従兄弟が居たのだ。

 

そこで、彼と一緒なら安心だろうとの事らしい。

 

「しかし、珍しいな。」

 

「そうですね。観光なら分かりますけど、留学なんて……」

 

言ってはなんだが、鵜茅学院はそこまで有名な学校では無い。

 

「あれ?そもそも、その2人は従業員なんですよね?」

 

「うん。働きながら通うらしいよ。」

 

「それは、将臣と違って大変そうだな……」

 

学院に通いながら、旅館の仕事を覚え熟していく。

 

それを同い年の子たちがやるのだと想像すると、大変の一言で済みそうに無い感じがしてきた。

 

「それじゃあ、私たちと同じクラスですね」

 

「たぶん祖父ちゃんもその事を含めて、俺に頼んだと思うよ?」

 

恐らく、クラスに馴染みやすくするためでもあるのだろう。

 

「では、良い印象を持って貰うようにしないといけませんね。だから厨二病さん。私たちの見せ所ですよ?

 

「誰が厨二だ、誰が?」

 

まあ、雪斗の眼帯はともかく。

 

「どんなところを案内したらいいのかな?」

 

「そうですね……」

 

「まずは食い物からはどうだ?最初は胃袋に良い印象を持たせるのは?」

 

「食い物……美味しいもの……2人のオススメは何かある?」

 

「そうですね……」

 

「オススメか……」

 

「「あっ、それならいいところがある!……ん?」」

 

「えっと……」

 

同時に、思い付いた2人。

 

みるみるうちに、顔が険しくなっていく。

 

理由は単純。どちらのオススメを先に連れて行くか、だ。

 

「あは。レディーファーストって言葉、知ってますか明司くん?」

 

「生憎だな。そんな言葉とは無縁の人生を送って来てね?」

 

「………あの?」

 

「「っ!!」」

 

カッ!とまた同時に将臣の方へと向く。それに少しビクついてしまうが、それどころではない。

 

ガシッ!

 

「えっ?」

 

雪斗に右腕を、茉子に左腕を掴まれ、有無もいわさずズルズルと引きずる2人。

 

「「行くぞ(行きますよ)!」」

 

「ど、どこっ!?」

 

「「俺(私)のオススメにっ!!)」」

 

「え、ええええ、ち、ちょちょちょちょっと2人ともーー!?」

 

 

 

とある店

 

 

このまま2人に引っ張られて、体を2つに引き千切られるかと思った将臣。

 

だが2人は別れる事は全くなく、真っ直ぐ同じ道を行き、同じ店へと辿り着いた。

 

「まさか……お前……」

 

「同じ店を考えていたとは……」

 

「…………」

 

そして、その事に一番驚いていたのは本人たちだった。

 

本当は打ち合わせでもしてたのかと思ってしまう。

 

「……仕方ないか、入るぞ」

 

「そうですね……ここが美味しい事は確かなので」

 

そう言って、2人並んで入って行く様子を眺める将臣。

 

「(この2人ってよく口喧嘩するけど、けっこう息ピッタリなんだよな~)」

 

そうして、店に入って注文を終えた3人は入り口にある座席に座ることにした。

 

並びは右側から将臣、雪斗、茉子となっている。

 

最初は将臣を真ん中に座らせようとしたが、本人からの希望でこの並びになった。

 

「なんでコイツの隣に(なんか変な感じで落ち着かないなぁ……)」

 

「全くですよ(おかげで落ち着けないじゃないですか~!)」

 

そんな2人の心境なんて知らず、お待たせしました~と、店員が持ってきたのは焼き立てホヤホヤの鮎の塩焼きだった。

 

串に刺さった鮎の皮はパリパリで、香ばしい塩の香りが食欲をかき立てる。

 

「ほ、ほら来ましたよ!これが私の「俺の」……分かりました……これが私たちのオススメなんですよ!」

 

「ここの鮎は美味しいって評判なんですよ。あっ……指に塩が……」

 

ついうっかりで指に付いてしまった塩をペロリと舐めながら、雪斗たちに視線を送る茉子。

 

上目遣いと少し見える舌が、彼女の姿を何となく、妖艶に見せてしまう。

 

「「………」」

 

「どうしたんですか、お2人とも?」

 

「……お前ってたまにエロ可愛いよな。」

 

「///なっ!?なななななななんですか、いきなりっ!?誰が世界一可愛いって!?」

 

「いや誰もそこまで言ってねぇよ。」

 

隣でキャーキャー騒ぐ2人を見ながら、塩焼きを一口頬張る将臣。

 

皮は少し苦みはあるが、身はとても柔らかく、塩の旨味も同時に楽しめる。

 

一口だけで、ここの良さの全てが分かった気がする。

 

「うん、確かにこれは美味いな。」

 

「「でしょ?」」

 

「これって、ここら辺で獲れたヤツなのかな?」

 

「いや、流石に無いな。確か一年中売ってるからな。養殖だろう?」

 

「でも凄く美味しいんですよね。たぶんお塩もこだわってると思いますよ?」

 

因みに何故穂織ではそこまで有名でも無い鮎なのか。それは単に外国人受けが良いからだ。

 

穂織のような場所では、コンビニでさえも、温泉饅頭や温泉卵が手に入るので、ならばこちらは鮎で勝負。との事らしい。

 

「けどそれでも美味しいね。ご飯食べたばっかだけど、これなら幾らでも食べれそうだな……」

 

そう言ってバクバク食べる将臣を見ると、紹介した2人も満足だった。

 

そうして、雪斗たちも鮎を頬張っていると

 

「あっ、明司くん。ちょっと動かないで下さい。」

 

「ん、なんだなんだ?」

 

「だから動かないでく・だ・さ・い」

 

そう言って、雪斗の顔に近付き、口元に指を伸ばす茉子。雪斗の方は、何事かと、少し戸惑っていた。

 

そして、そっと彼女の指が口角を撫でるように触れた。

 

すると、彼女の指に黒い鮎の皮の欠片が付いていた。

 

「皮が付いてましたよ?」

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして♪」

 

素直に礼を言うと、ふふ…と笑顔を向ける。

 

その姿と言い、先ほど指を舐める時と言い、何故かそんな茉子の姿に自分の中の何かが反応する。

 

特に、ここ最近はそうだ。

 

彼女を弟子にして、修業を共にしているからか。

 

それとも────

 

「……なんか2人とも、デートしてるみたいだね?」

 

考え事をしていると、ふと将臣の口からそんな自分たちには縁の無い言葉が出て来た。

 

「何でデートなんだよ。しかも俺とコイツが」

 

雪斗は普通に、冷静に答えたが茉子は

 

「///そそそそそそそそそうですよ!なななななな何言ってるんですか有地さん!?」

 

顔を赤らめ、テンパっていた。

 

「いや、だってそうしてる姿が特に。それに2人ともよく買い物とか一緒に行ってる事とか多くない?」

 

将臣の言葉を聞くと、確かにそうだ。

 

茉子は朝武家の家事全般をこなし、雪斗はひとり暮らしの為、家事は勿論出来る。

 

その関係で買い物にも良く出掛けるので、必然的によく顔を合わせる。

 

そこで、食事の献立について相談しながら買い物を共にする。

 

そしてたまに、いやここ最近は一緒に食事を作って、同じ食卓で食べていた。

 

そして修業とはいえ、二人っきりでいることも以前よりは多くなった。

 

外デートどころか家デートもしてないか?

 

実はけっこう恋人みたいな事してたんじゃないか?

 

「……確かにそうだな……」

 

「……確かにそうですね……」

 

2人揃って思い返すと、これは将臣の想像以上に心当たりが沢山ありそうだ。

 

だが相手は茉子だ。いつも口喧嘩し合っている相手だ。

 

隙あらば、眼帯を外そうとしてくる無粋なヤツだ。

 

そんな相手と実は人生初のデート相手だと?

 

ふざけるのもいい加減にして欲しい。

 

「(けどコイツって……)」

 

「えっ、あの……明司くん///?」

 

ジィー……

 

「(確かによく見るとけっこう可愛いんだよな……朝武もそうだが、コイツも整った顔してるし……正直幾ら見ても飽きないんだよな……」

 

改めて彼女をマジマジ見ていく。今までこうじっくり見た事なんてなかったから。

 

「///あっ……あの……」

 

その為、気付かずうちに、彼女の顔との距離がゼロに近付いていた。

 

「//////////っ!?」

 

彼女自身も、一体何事っ!?と訳が分からず、顔をリンゴのように真っ赤にするしかなかった。

 

「あの~…雪斗く~ん?」

 

「あっ、すまん常陸!ついうっかり……」

 

「///い、いえ……別に……」

 

将臣の声でようやく自分が何をしていたのか気付いたのか、直ぐさま顔を離した。

 

ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!

 

「(///なんですか?なんですか?なんなんですか!?いきなりあんな……もしかして顔に何かついてたとか!?でもあんなに近付かなくても!)」

 

一言言ってくれたら良かったのに。そうすれば、こんな恥ずかしい思いしなくてすんだのに。

 

そうすれば───

 

ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!

 

「(///こんな……心臓が騒ぐ事なんて……ないのに……)」

 

将臣になんだよ~?とニヤつかれ、何でもない!の一点張りを決め込む雪斗の2人にバレないように、そっと胸の鼓動を押さえつける。

 

しかし、鼓動は一向に止まる気配は無かった。

 

もしかして病気かと疑うくらいに。

 

このままでは2人に気付かれる恐れがあったので、何とか話題をふり、誤魔化すことにした。

 

「///そ、それにしても!殿方とこうして並ぶなんてなんだがマンガみたいですね?」

 

何とか平常心を保とうと振る舞う茉子。だが顔の方はまだほんのり赤かったのは彼女の為に黙っておこう。

 

「///いや~まさか私がこんなふうに過ごせるなんて思ってもみませんでしたよ。」

 

「そ、そうかな……常陸さんって可愛いし、今までこんな経験あっても不思議じゃないのに。」

 

「確かにお前からそんな話聞かないな……こんな可愛いヤツほっとく奴が俺以外にも居たとは……」

 

「///か、可愛いだなんて、そんなご機嫌取りしないで下さい!あと、明司くんは一言余計です。」

 

雪斗の余計な一言で少し落ち着きを取り戻せたので、鮎を一口頬張る。

 

「それに私は子供の頃から訓練を受けていましたから。」

 

雪斗とは違うが、彼女の一族も立派な忍者の家系。

 

しかも彼女はその中でも、優秀だと幼少期の頃から言われ、ずっと訓練を続けていた。

 

更にそこに芳乃の世話役もあったので、そのせいか、同年代との関わりが疎かになっていたのだ。

 

だからこそ、自覚している中で、同年代の男子とこうしていることは彼女に取ってはほぼ初めてなのだ。

 

「へぇ~、けっこう意外だな……雪斗はどうなんだよ?」

 

「俺も似たような感じだな……物心ついた時から魔術の修業ばっかだったからな。同年代と出掛けるなんて、全然無かったな。あ、コイツ(茉子)との買い物はノーカンで。」

 

確かにそうだった。彼もまた、優秀だと言われていたから。魔術の修業ばかりしていたので、同年代と遊ぶ、なんて事は無かった。いや、知らなかった。と、言った方が良いのかもしれない。

 

「俺は……男友達ばっかだったけど、女子と仲良くなった事は無いかな……」

 

「ちなみに有地さんはここ(穂織)と都会だったら、どちらがいいですか?」

 

「ん~~どうだろ~~?向こうだったら、朝武さんや常陸さんみたいな子とは出会えなかった気がする。そういう意味では、こっちの方かな?」

 

「不純な動機ですねぇ、や~らし~」

 

と言われても、健全な男子としては当然だと思うが。

 

「それは将臣の言う通りだな。男はみんな結局いやらし存在なんだよ」

 

「そ、そうハッキリ言われると、頷くしかないですね……」

 

しかし動機が何であれ、穂織での暮らしが気に入ってくれたのなら、その住人としては嬉しいかぎりだ。

 

「では、有地さんは呪詛の件が終わったら如何するんですか?」

 

「ウーン……けどその方法もまだ見つかってないんだよね?」

 

未だに、芳乃、安晴、智樹が資料を調べてはいるが、進展は無い。

 

なら今は、祟り神退治で足を引っ張らないようにトレーニングを頑張っていくしかない。

 

でないと、その先の未来を考える事は出来ない。

 

「だから、まだ全然考えてないよ。俺より、2人はどうなの?」

 

「私……ですか?」

 

「…………」

 

確かに。もし呪詛が解けたら、何かやりたい事の一つや二つはあるだろう。

 

「私はですねぇ…………内緒です」

 

「え~?、でもやりたい事はあるんですね?」

 

「そこは、乙女の、ひ・み・つ。ですよ?それはそうと、明司くんはどうなんですか?」

 

「俺も…………内緒かな?」

 

「え~、私の真似っこですか~?」

 

「そんなんじゃねぇよ。ただ……な。」

 

 

やりたい事、というか行きたい場所はある。

 

()()()()()()()()()()()()()────

 

 

 

そうしているうちに、先に鮎を食べ終えた茉子が2人の正面に立つ。

 

「ほら、それよりそろそろ約束の時間ですよ。急がなくてもいいんですか?」

 

「「あっ」」

 

茉子に指摘され、2人ともスマホや腕時計を見ると、確かに約束の20分前になっていた。

 

日本人としては約束の10分前には待ち合わせ場所に着いていたいところだ。

 

こっちが相手を待たせる訳にはいかないのだ。

 

直ぐさま鮎を食べる将臣。

 

雪斗はほとんど食べ終えていたので、串を皿の上にのせ茉子の隣に立つ。

 

そしてチラリと彼女の方を見る。

 

彼女はそんなこと気付かず、相変わらずニコニコしていた。

 

「(乙女の秘密ね……気になるな……)」

 

そう言われると、興味が無くても気になってしまう。

 

彼女と出会ってもう数年だが、まだ彼女の事で知らない事は多い。

 

知っているのは、忍者の家系で彼女自身も忍者であること。

 

芳乃の世話役で、護衛役であること。

 

可愛いと褒められる事が苦手な事。

 

意外に高所恐怖症なところ。

 

ざっくりとこんな事しか知らない。

 

だからこそ知りたいのかもしれない。いや、もっと知りたい。

 

彼女の全てを。そして────

 

「よし、ごちそうさま!」

 

「っ!」

 

バッと立ち上がる将臣の声で、ハッと我に帰る。

 

「(あれ……俺は今……何考えてた……?)」

 

「お待たせ、そろそろ行こうか?」

 

「はい」

 

「あ、ああ……」

 

そして一行は待ち合わせ場所へと足を進めた。

 

 

 

その途中────

 

 

ズキンッ!

 

「っ!」

 

突如、右目が疼いた。こんなこと初めてだ。

 

だが分かる。この感覚は───

 

「どうしました、明司くん?」

 

眼帯を押さえる雪斗に気付いたのか、茉子が心配そうに聞いてくる。

 

何でもないと答えようとした時

 

「はわーーー!ど、どいて下さーーーーい!?」

 

「ああーーー!そこの人たちーーー!避けてーーー!」

 

「「えっ?」」

 

背後から聞こえる男女の叫び声。

 

振り返ると、見知らぬ少女の顔がもうほとんど避けられない距離にあった。

 

「えっ、何!?」

 

「とにかく避けろっ!」

 

雪斗と茉子は反射神経が良いので、このくらいは直ぐさま避けれたが、将臣は動くことすら出来ず

 

「きゃあぁぁぁーーーーー!?」

 

「のわーーーーー!?」

 

ドサッ!

 

そしてそのまま将臣と少女が正面衝突してしまった。

 

「有地さん、大丈夫で……あ」

 

「怪我は無い……か」

 

直ぐさま2人の元に駆け寄る雪斗と茉子が目にしたのは

 

「あいったぁ~……」

 

「いてて……」

 

見知らぬ少女の上に将臣が倒れ込み、その両手が、彼女の大きな2つのお山をわしづかみしていたのだ。

 

「あれ……なんか柔らかいものが……」

 

「そりゃそうだろうな。よく見ろ変態」

 

未だに状況が掴めていない将臣。

 

そこで雪斗が声をかけると、ようやく将臣も状況を把握出来たのか。見る見るうちに、ダラダラと冷や汗が出て来た。

 

「あ………アワワワワワワワワワワワワワ!?」

 

これはマズい。非常にマズい。

 

怪我は無い。それはそうだ。何故なら将臣を救ったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして将臣の両手は現在、そのエアバッグをわしづかみしているのだから。

 

そして頭部はそのエアバッグの谷間にすっぽり入っていたのだ。

 

助かったは良いが、今後の人生は助からないだろう。

 

「ウウッ……」

 

「あわっ!?」

 

そこに頭を振るように意識を取り戻した少女。

 

そして、バッと彼女から飛び上がるように離れ、頭を深く下げた。

 

「ごごごごごごごごごごごごごめんないっ!!」

 

しかし少女の方は、先ほどまでの状況を知らなかったのか、彼女も頭を下げた。

 

「ワタシの方こそすいませんっ!あの、ヘーキですか?怪我してますか?」

 

「大丈夫だよレナ。」

 

そこにやって来たのは、先ほど将臣たちに声をかけた男。見たところ、彼女や将臣と同い年ぐらいに見える。

 

薄緑色の少し長めの髪に、灰色の瞳。将臣と同い年ぐらいでも、わんぱく小僧のような顔つきの少年。

 

その彼が2人に手を差し伸べ立ち上がらせる。

 

「彼女の天然クッションは優秀だからね。何とも無いだろう?」

 

「あ、はい。それはおかげさまで……」

 

「?()()()()()()ワタシそんなの持ってませんよマーク?」

 

「あ、気にしないで。こっちの話だから。」

 

「?はい?」

 

何とか深く聞かれずに済み助かった将臣。改めて少女の方を見ると……やはりデカかった。

 

そこに茉子が心配そうに駆け寄る。

 

「有地さん、大丈夫ですか?かなり派手にぶつかってましたが?」

 

「う、うん。大丈夫。」

 

一応体を軽く動かしてみても、特に怪我等は見当たらなかった。勿論、痛みも感じなかった。

 

「良かった。けど、ホントにごめんね。」

 

「誠に申し訳ないでした。」

 

今度は2人揃って、将臣に頭を下げ謝罪する。

 

別に平気だったし、むしろこちらがお礼を言うべきだが、少年の方が面白そうに、シィーと口元に人差し指を立てていたので黙る事にした。

 

「いいよ。こっちも何とも無いし、君も怪我が無くて良かったよ。」

 

「はい。やはり日本人は優しい人がいっぱいなんですね!」

 

嬉しそうにしてくれるが、先ほどの事を考えると申し訳ない気分になってしまう。

 

改めて2人を見ると、観光客にしては大きなキャリーケース。そして、達者とは言えないが、スムーズに日本語を話せる。

 

そして将臣と同い年ぐらいに男女。

 

となるとこの2人は────

 

「けれど気を付けて下さいね。今回は誰も怪我せずに済みましたけど……」

 

「それについてはホントにごめんない。僕が彼女を急かしたばかりに、レナ……彼女の荷物が坂道で勢いが付いて止まれなくなってね。」

 

「ワタシもびっくりしたであります。」

 

「確かにお二人とも大きな荷物ですね。観光ですか?」

 

「ううん。違うよ。」

 

「ワタシたちは観光じゃなくて、留学に来たであります。」

 

「もしかして……『レナ・リヒテナウアー』さん、と『マーク・リヒテナウアー』さん?」

 

「は、はい。そうでありますが……?」

 

やはりそうだった。この2人が玄十朗が言っていた新しい従業員の2人だ。

 

「あの、なにゆえワタシたちの名前をご存じなので?……もしや人さらいっ!?それとも神隠しですかっ!?」

 

「なんとっ!これが噂の神隠しっ!?イヤー、生きてる内に体験出来るとは。日本に来て良かった!」

 

神隠しのどこが嬉しいのかサッパリだ。

 

人攫いはともかく、神隠しは誘拐では無い。

 

そもそもそのどちらでも無い。

 

少年の方はハッハッハーと笑っているが、怪しむ少女に事情を説明する。

 

「俺は有地将臣。志那都旅館まで2人を案内するように頼まれて、今迎えに行くところだったんだ。」

 

「私は常陸茉子と言います。今日は案内の手伝いで。」

 

ニコリと笑いかけ、彼女たちに握手を求める茉子。

 

「そうなのですか?ありがとうございます。」

 

「イヤー、僕らなんかの為にありがとう!」

 

それに対して2人は快く握手に答えてくれた。

 

そしてマークが茉子の手を握った時───

 

「……あれ?」

 

「……へぇ~……君は……」

 

「どうしたんのですか、マーク?」

 

「ううん、別に。ね、常陸さん?」

 

「あ、はい。それとこっちの厨二病みたいな人が……」

 

「誰が厨二病だ、誰が?」

 

「オオー!眼帯!あなたは独眼竜ですか!」

 

先ほどから黙っていた雪斗がようやく4人の元へと来た。もう右目を押さえている様子も無い。

 

「明司雪斗だ。右目は本当に見えないだけだから気にしないでくれ……」

 

そして雪斗もマークに手を差し出す。

 

「……マーク・リヒテナウアー。宜しくね明司くん?」

 

その手を笑顔で握り返すマーク。

 

さすが男同士だな、と皆は思っていたが実際は───

 

「ワタシはレナ・リヒテナウアーであります。以後お見知りおきを」

 

レナとも握手を躱した雪斗。そこで確信がついた。

 

「(やっぱりか……)2人はいとこって聞いたけど、やっぱりあんまり似てないね。」

 

「そうですよね。マークはワタシの祖父の弟の嫁さんのお姉さんの孫ですからね。あまり似てないのも無理ないです。」

 

「や、ややこしいですね えっと……お爺さんの兄?……の奥さんの弟のお孫さん?だっけ?」

 

「違いますよ有地さん。お爺さんの妹さんの奥さんのお兄さんのお孫さんですよ?」

 

「違う違う。お爺さんのお姉さんの旦那さんの妹さんの孫だろう?」

 

3人とも間違っているが、話が進まないのでとりあえずこの話はまた今度で。

 

「それじゃ、この後どうしようか?」

 

旅館には3時までに行けば良いので、多少時間には余裕がある。行きたいところがあれば行けると思う。

 

「あの……希望を言っても宜しいのでしょうか?」

 

「勿論ですよ。どこか行きたい場所があるんですか?」

 

茉子がそう聞いた瞬間───

 

ぐぅ~……

 

見事な腹の虫の泣き声が聞こえた。

 

「レナ、そういえば……」

 

「はい、実はワタシたち、ずっと観光などで走り回っていたので、昼食を取り損ねて……」

 

ヒョロヒョロと、その場にしゃがみ込むレナ。

 

「大変お腹が空きましたぁぁ~……」

 

「ヤレヤレ、体力無いなレナ。」

 

「マークは元気あり過ぎなのです~……」

 

「どこか探すか。」

 

「そうですね。」

 

「そうだな。えっとこの近くだったら……」

 

「あ、オスシとか!テンプラ!あと焼き鳥が良いです!」

 

最後だけ妙にリアルな回答だった。

 

とりあえず、彼女の希望に合った店を探すことにした。

 

 

 

それから一行は、先ほどの場所から少し離れた寿司屋に入ることにした。

 

「ここでしたらリーズナブルですから、沢山食べても大丈夫ですよ。」

 

それなら早速と言わんばかりに、レナとマークは店員を呼び出し注文した。

 

「にぎりのセット、ワサビアリアリでお願いします!」

 

「僕は巻き寿司セット!ワサビ無しで。」

 

「あいよ!」

 

注文をメモした店員が去った後、おっすしおっすし!と楽しそうに待つレナとマーク。

 

「夢のお寿司が食べられるなんて、感謝感電雨あられですよ~」

 

「惜しい!感謝感激ね?」

 

「ところでレナさんは、何故日本に留学を?」

 

「それは勿論、子供の頃から日本が大好きでありまして!だからずっと来たかったのありますよ!」

 

「じゃあ、なんで東京や京都とかじゃなくて穂織に?」

 

「それはGreat-great-grandfather(高祖父)が穂織を訪れた事があるのですよ」

 

その高祖父が祖父へ。そしてその子供や孫にも日本の話を伝えたので、一族皆が日本の事が大好きになったのだ。

 

「でも留学を決めた前に、えっと……夏木市の災害があって、家族が不安になってしまって……」

 

「レナ、()じゃなくて()だよ。()()()

 

ピクッ…

 

冬木市の名を聞いたとき、将臣と茉子はああ…と納得したような反応を見せるが、雪斗だけは違った。

 

 

そもそも冬木市の災害とは、今から7年前に起きた『冬木大災害』と呼ばれる大火事である。

 

数百人の住人が建物ごと焼き尽くされ死亡する壊滅的な被害が発生した。

 

現在は奇跡的に復興を果たし、往年の活気を取り戻しているが、未だにその原因が不明の事件。

 

今でも、様々な分野の専門家が調査に訪れているらしい。

 

だが、その原因は分からないだろう。いや、分かるはずが無い。

 

 

「だよな。あんな事が起きた国に娘を行かすには抵抗があるよな。」

 

「はい、雪斗の言う通りなのです。そこで、マークの出番です!」

 

「じいちゃんとレナの両親から、レナの事を頼むって、DOGEZAされてさ。断れなくてね……」

 

アハハ…と笑うマークに対して、雪斗は、鋭い視線を送っていた。彼がここに来たのはそれだけで無いはず……

 

「それにワタシの家は裕福ではありませんから。旅館で働きながら通えるのは、とてもありがたいのであります」

 

「何か困った事があったら言ってね。力になるから。」

 

「私もいつでも構いませんよ。赤司くんも良いですよね?」

 

「ああ……」

 

「へい、にぎりと巻き寿司のセットお待ちっ!」

 

そこに、2人の注文の品が届いた。

 

「ワォ!おっすし、おっすし~~!」

 

「待ってました~!」

 

ワァー!と喜ぶ2人。ちなみに将臣たちは既にお腹いっぱいなので、何も頼んでいない。

 

「よっと」

 

何のためらいも無く、箸で寿司を取り頬張る。

 

「あ、お二人ともお箸の使い方上手ですね。」

 

「はい、お母さんが日本料理を調べて作る事がありましたので、お箸の使い方も勉強したでありますよ」

 

「美味しかったな……カレーに茶碗蒸し、雑炊、納豆かけご飯……」

 

「ほぼスプーンで食べる料理じゃね!?」

 

そもそも納豆かけご飯を料理と言っていいのか……

 

そうしている間に、箸を器用に使いお寿司を味わう2人。

 

「う~~ん!柔らかくて美味しいですね!」

 

「ああ、口いっぱいに広がる海の味、最高っ!」

 

「喜んで貰えて何よりです」

 

「ホントに感謝します。マコ」

 

笑顔のレナは今度は雲丹の軍艦巻きに箸を伸ばし、マークは別の巻き寿司を口いっぱいに頬張って食べていた。

 

「ふぐふが、ふぐぐぐぐふが、ふがふがふぐ。」

 

口に巻き寿司を突っ込んだままだったので、何を伝えようとしているのか、まるで分からない。

 

「ゴックン…ところで、穂織ってどこか広いところってないの?」

 

「広いところですか?観光名所でそんなところは……」

 

「ああ、別に観光名所じゃなくて良いんだ。運動向きな広い場所ってないかなって?」

 

「う~ん……公民館の体育館とか……あっ!やはり明日からお二人が通う鵜茅学院の運動場は広いですよ。なんてたって、学院を新しくする際に、新しく作ったのでそれなりに広いと思いますよ。休日でも解放しているので、色んな人が利用してますよ。」

 

「へぇ~それはそれは……」

 

それを聞くと、再び巻き寿司を口いっぱいに放り込んだ。

 

「なあ、雪斗。さっきから黙ってるけど、どうしたんだよ?なんか目つきも鋭いし。」

 

すると、ちょいちょいと手巻きする雪斗。そして将臣が彼に顔を近づけると

 

「………レナって何カップだと思う?(ヒソヒソ)」

 

「………はい?」

 

「いや、あんなスイカみたいな胸。今まで見たことないから……存在するんだなって……(ヒソヒソ)」

 

「それはまあ……エロ漫画だけかと思ってたよ俺も。てか、黙っていたのってまさか……(ヒソヒソ)」

 

「ああ、ついつい見入ってた(ヒソヒソ)」

 

そんな意外とアホな事を話していた2人を放って置いて、当人はウニやイカの寿司を味わっていた。

 

そして────

 

「っーーーーー!?」

 

ビクンッ!

 

「ん?どしたレナ?」

 

プルプル震える彼女。そして顔を上げると涙目で顔を真っ赤にしていた。

 

「べ、別に……お、美味しいで……あり……ますよ?」

 

「ごめん、全然見えない。」

 

「あの、もしかしてワサビがニガテなんじゃ……」

 

「だ、大丈夫でありますよ!」

 

そして今度は、マグロをパクリと食べると再び

 

「っーーーーー!?」

 

座りながら、足をばたつかせてもがくレナ。

 

「こ、これも……お、おいひい……ですね」

 

「うん、ワサビ抜き頼もうか。このままだと旅館の手伝い出来そうに無いから。残りはそこのお二人に頼もうか」

 

「そうですね。何やらヒソヒソ話をしているそこの2人に。」

 

「「えっ?」」

 

「はひ……お願いひます……」

 

そして雪斗と将臣がワサビタップリの寿司で苦しむ姿で幾らか元気を取り戻したレナであった。

 

 

 

食事を終え、店を出るとちょうど良い時間になったので、将臣は2人を旅館へと連れて行く事にした。

 

茉子と雪斗は、ここで別れることに。

 

「茉子ー!雪斗ー!また学院をお会いしましょー!」

 

元気いっぱいに手を振るレナたちを見送ってから、2人は夕食の買い出しへと共に向かった。

 

その道中で

 

「あの、明司くん。ちょっと良いですか?」

 

「なんだ。改まって?」

 

「いえ……変な事聞きますけど、マークくんって……もしかして、魔術師ではないですかね?」

 

その問いで、雪斗の目はまた鋭い目つきになった。

 

「………なんでそう思う?」

 

「彼と握手した時……なんか魔力?みたいな変な感じがして……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「えっ?それってどういう……」

 

「とにかく、アイツは魔術師じゃ無いな。前にも話したが、人間は皆生まれながら魔力を持ってる。たまたまアイツはそれが高いだけだ。お前はそれを感じ取っただけさ。」

 

「そうですかね……て、待って下さいよ!」

 

それだけ言うと、歩くスピードを上げる雪斗を茉子は慌てて追いかけた。

 

そして、買い物をしている間に、そんな事を考えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中  鵜茅学院運動場

 

 

街の光がほとんど消えた時間。学院の隣に広がる運動場。ここは時間制で解放されているが、この時間帯は門が閉まっているので入れないはず。

 

しかし、その場所のほぼ中心に1つの影が。

 

「………」

 

雲で月が隠れているので、姿はほとんど見えないが、人であることは間違いない。

 

「ん~……ここは空気は美味しいね。さすが霊脈地があるだけに魔力も凄い感じる。」

 

誰もいない中で、誰かが体を回す。

 

そして、ゆっくり月が出始めた時───

 

ザッ…

 

「やあ、待ってたよ。」

 

クルッと振り返るのは、軍人が着るような濃い緑色の迷彩服を着る少年。

 

昼間穂織に着いたマーク・リヒテナウアーである。

 

そして、月の光が来客者の姿を照らす。その来客者は

 

「こんばんは……明司雪斗くん。」

 

「……」

 

愛用している黒コートを真紅に染め上げ、腰には刀をさしている。

 

完全戦闘態勢だった。

 

「1つだけ聞いておく。」

 

「なんだい?」

 

「なんで───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 

『雪斗VSマーク』

 

 

月夜の下、学園のグラウンドで2人の少年が向かい合っていた。

 

1人は真紅のコートを着て、腰に刀を差している紅蓮のランサーこと、明司雪斗。

 

もう一人は濃い緑の迷彩服で、今日穂織に着いたばかりの留学生、マーク・リヒテナウアー。

 

 

「なんでサーヴァントがここに来た……いや、なぜ存在する?()()()()はまだのはずだが?」

 

「それはこっちのセリフだよ。君は何者だい?サーヴァント……にしては気配がおかしい……君こそホントにサーヴァント?」

 

「俺は英霊(サーヴァント)じゃ無い。まあ、()()()()()ってところか。それで、こっちの質問に答えて貰おうか?何故サーヴァントがいる。穂織に何の用だ?」

 

静かに語り合う2人。

 

しかし2人の表情は対照的だった。

 

雪斗の顔は今にも斬り掛かりそうな表情で、マークの方はひょうひょうと軽い表情をしていた。

 

「う~ん、一応僕はれっきとしたサーヴァントだよ。それに昼にも言ったけど、レナの付き添いで───」

 

 

 

ガキンッ!

 

鉄同士がぶつかり合う音が響く。原因は明白。

 

雪斗が刀を抜き、マークへと斬り掛かったのだ。

 

ギリギリ…と雪斗の刀と、どこから取り出したのか両手にナイフを両手に持ち、挟み込むように受け止めていた。

 

「……おいおい、いきなりですか?」

 

「ホントの事を言わないからな。こうなったら、力ずくで聞くだけだ」

 

力を増し、更にマークを追い詰める。

 

そして次第にマークの顔に、刀が迫りつつあった。

 

「やれやれ……荒事は……きらい……なんだよっ!!」

 

「っ!」

 

押され気味だったマークが、突如一気に雪斗を押し返した!

 

本気になったのか、先ほどと打って変わって腕力が上がり、今度は雪斗のほうが押され側になった。

 

「ちっ……!」

 

「おっと!」

 

状況が変わり、何とか仕切り直そうと、マークの腹に蹴りを入れようとするが、読まれていたようで、あっさり躱された。

 

だが、鍔釣り合いは解けた。距離を取ろうとしたがマークは両手のナイフで襲い掛かる。

 

何とか刀で防いではいるが、それでも押されつつあった。

 

マークの狙いは正確だった。確実にこちらの急所を、速く、重い一撃を与えようとする。

 

「ほらほら!このままだとマズいんじゃないかなぁ!」

 

「確かにマズいな…()()()()()()

 

「?」

 

「俺は英霊じゃない……英霊もどき()魔術師だ」

 

 

そう言って、後ろに一歩下がると同時にバッと、左の袖口に忍ばせていた呪符をマークの眼前に放り投げた。

 

起爆(フレア)

 

 

カッ─────!

 

 

「あっ……ヤb─────」

 

 

 

志那都荘 レナ/マークの部屋

 

 

「ムニャムニャ……マーク……Zzz……」

 

相方の状況を何も知らないであろうレナは布団を蹴飛ばしながら、ぐっすりと眠っていた。

 

寝る前に飲んだマークが煎れてくれた紅茶(睡眠薬入り)がよく効いているようだ。

 

 

 

鵜茅学院 グラウンド

 

 

ドンッ!!

 

 

呪符はマークの眼前で爆弾のように炸裂した。

 

その隙をついて、マークとの距離を開ける雪斗。マークの方は、爆発の煙により顔は見えなくなったが、動きはピタリと止まった。

 

しかし、雪斗は刀を下ろさず構えも解かなかった。

 

マークの頭部は煙で覆われて、体もピクリとも動かないのに。

 

「(まあ常人なら即死だな。()()()()だが────)」

 

「死なないんだよね~これが」

 

煙から何も無かったかのように、にこやかな表情で出て来るマーク。

 

「いや~びっくりしたよ。いきなりあんなのされたらたまったもんじゃないよ……まぁ、()()()()殺せる(やれる)と思ったら大間違いだ」

 

パンパンと服に付いたホコリを払うマーク。そして、ギロリと雪斗を睨みつける。

 

その表情は昼間会った時とは別で、鋭い視線を送っていた。

 

「ようやく本性を出したか」

 

「ついでに本気も出そうか」

 

 

フッ──────

 

 

「っ!」

 

今度はマークが一瞬のうちに消えた。

 

それと同士に刀を構えた雪斗に何かが襲い掛かる。

 

それから幾度となくナイフの刃が雪斗を狙うが、刀でそれをすべて防いだ。

 

それからしばらく二人の攻防は続いた。しかし今度は雪斗が防戦一方となってしまう。

 

先ほどのように、コートの袖口や懐から呪符をマークに向かって投げるが、爆発前に弾き飛ばされてしまう。

 

だが雪斗は諦めることはせず、何とかナイフによる攻撃を防ぎ、呪符を投げる。それも何枚も。

 

そして、マークはそれを弾き飛ばすか、真っ二つに切り裂く。

 

ひたすらそれの繰り返しだったの

 

「やれやれ、君って“しつこい性格”とか“諦めが悪い”って言われない?」

 

「ああ、今初めて言われた」

 

「そうか……ならいい加減に分かれよ!」

 

バシッ!   ポトッ

 

また二枚、呪符が役目を果たせず地面へと落ちていく。

 

ガキンッ!

 

「今ので19枚目と20枚目……一体幾つ忍ばせてるんだい?」

 

鍔迫り合いの中、ナイフを押し込みながら問う。

 

「今ので品切れだ。全く、あれだけ用意するの大変だったんだぞ?」

 

ギリギリ…とマークのナイフを受け止める雪斗。正直今の状況の方が大変なのだが、そんな事は考えていないような態度を見せる。

 

「ああ、そうかい。なら……終わりだ英霊もどき(明司 雪斗)

 

宣言通り、ナイフに込める力が強くなり、雪斗の顔に刃が触れる────

 

 

 

 

「ああ、終わりだ。()()()(ニヤリ)」

 

「っ!?」

 

雪斗の不敵な笑みに何か感じたのか、直ぐさま離れるが、()()()()()()()()()

 

マークが雪斗から離れた瞬間、地面が光り出した。

 

「こ……これは!?」

 

周囲を見回してようやく気付いた。

 

ちょうどマークをいる位置を中心として、呪符が六角形の形に囲んでいた。

 

しかもその呪符は、雪斗が投げ、マークが弾き飛ばしたもの。

 

「まさか、最初の呪符(爆弾)(ブラフ)!?」

 

「あんなのに引っ掛かってくれてサンキューな。これで詰みだ……盛大に、起爆しろ(ブレイジング・フレア)

 

「ちょ、ま────」

 

 

 

ドドドドォォーーーーーンッ!!!

 

 

マークが何か言いかけていたが、そんなの聞く暇も無く全ての呪符が一気に爆散する。

 

その音も凄まじく、念のため張っていた結界がブルブル震えて、ヒビがあちこちにはいふ。

 

だが、音が外に漏れていない事だけは確かだろう。

 

この結界は明司邸の結界をベースに組んだ結界なのだから。

 

「けど流石にやり過ぎたな……」

 

爆散した場所は黒い煙でよく見えないが、確実に何かしらの爆発が起きたようにグラウンドの地面が抉られているのだから。

 

明日も学園があるので、後始末が大変なのだ。

 

「なら最初っからやらなきゃ良いのに」

 

「そうも言ってられな……いん……だよ」

 

ハァ~とため息をつく雪斗。そんな彼に()()()()()()()()()。ゆっくりと声がする方を向くと

 

「まったく……いくら“耐魔力”があるからって、アレは僕でもマズかったよ。意外と低いんだよ僕の耐魔力」

 

ところどころ爆発による焦げ目や負傷は見えるが、平気そうなマークの姿がそこにあった。

 

持っていたナイフもボロボロに砕けていた。

 

「参ったな……あのナイフ、()()()()から預かった魔術礼装なのに……」

 

マークのその言葉にやはりか…と確信した雪斗。

 

マークが持っていたナイフは、ただのナイフじゃない事は分かってた。

 

アレは触れた“もの”の耐久性を下げる魔術礼装。ダイヤモンドでも砕けそうな能力だ。そのおかげで────

 

ピキッ    パキーンッ!

 

雪斗の刀もヒビがはいったと思ったら、あっという間に持ち手だけ残し砕けてしまった。

 

「君の刀こそ、対霊用の魔術礼装だろう?サーヴァントもれっきとした霊体だからね」

 

「だがそれも粉々になった。ハハ……やっぱ本物の英霊は違うな……」

 

「ああ、だから────」

 

ガチャリと取り出したのは、『マスケット銃』と呼ばれるライフル銃。その銃身は人一人分程の大きさだった。

 

だがそれを、何でもないかのようにクルッと回転させ、雪斗に銃口を向ける。

 

「これで、チェックメイトだ」

 

「ちっ────」

 

「遅い、宝具……『撃ち抜け、魔弾よ(デア・フライシュッツ)』」

 

ズドンッ!

 

 

 

 

 

常陸邸  茉子の部屋

 

 

ゴソゴソ…ムクリ

 

ベットから半目で起き上がる茉子。何かを感じ取ったのか、窓から明司邸の方角を見つめる。

 

「……明司君……?」

 

その時、茉子には確信とはほど遠いが、何かを感じ取っていた。

 

彼に……雪斗に何かあったと……

 

電話してみるか?しかし今は真夜中の1時過ぎ。もし違っていたら迷惑なだけだ。

 

明日は学園がある。いやでも顔を合わせるだろう。その時にでも聞けば良いのだ。

 

大丈夫、彼は必ず来る……

 

「大丈夫……だよね……明司君……?」

 

 

 

 

 

朝武神社 屋根の上

 

 

月の光を浴びながら、神刀『叢雨丸』に宿る幼z……精霊のムラサメ

 

彼女も先ほどから魔力を持つもの同士のぶつかり合いを僅かに感じ取っていた。

 

しかし僅かなので、どこで誰と誰が戦っているかはわからない。

 

なので、無闇に動くことも出来ないのだ。

 

「やれやれ……ここ(穂織)も賑やかになったのぉ~……」

 

 

 

 

 

鵜茅学院 グラウンド

 

 

ポタッ  ポタッ  ポタッ

 

「へぇ~……やるね、明司君」

 

「………」

 

額から血がポタポタ垂れ落ちるが、雪斗は無事だった。

 

体からは炎のようなオーラが溢れ出ており、彼の両手にはあの朱槍が握られていた。

 

「なるほど、魔術師にしては身体能力が高いと思ってだけど、魔力放出で底上げしてたのか。そして、君のクラスは僕と同じ三騎士……ランサーか」

 

「なるほど、妙にすばしっこい奴だからアサシンかと思ったが、お前のクラスはアーチャーか」

 

Lösung(正解)。ついでに僕の真名も分かったかな?」

 

「正直信じられねぇがな……お前って物語の人物じゃなかったか?魔弾の射手、『マックス』」

 

「その通り、僕の真名()はマックス。ドイツのオペラが有名だけど、大本はその原題の民間伝説。まぁ、そこで語られる狩人だ」

 

正確に言えば、そのモデルとなった人物だろう。

 

物語として語られた“登場人物”は、そのモデルとなった人物が幻想に昇華され、サーヴァントとして召喚されるという。

 

マーク……いや、マックスがそうなのだ。

 

「驚いたぜ、まさか伝説の狩人と戦えると……」

 

「それはこっちの台詞だよ。僕の宝具を防ぐなんて……アレって()()()()筈なんだけどな~?」

 

「ああ、因果逆転の弾のようだな」

 

マックスの宝具『撃ち抜け、魔弾よ(デア・フライシュッツ)』は必中の魔弾、宝具なのだ。

 

真名解放すると()()()()()()()()という結果をつくってから()()()()という原因をもたらし、必殺必中の一撃を可能とする魔弾。

 

元々の『魔弾の射手』で、主人公が悪魔から渡された魔弾が必ず目標に命中したと言う逸話から昇華されたのだろう。故に、躱すなんて事は出来ないのだ。

 

「別に防いじゃいねぇよ。躱せないのなら躱さなきゃ良い。全霊を持って迎え撃った。それだけさ」

 

そう、魔弾の目標はあくまで()()()()。心臓等の急所で無いのなら、弾を迎え撃つのは造作も無い。

 

目には目を、歯に歯を、宝具には宝具を。

 

だから雪斗は自身の宝具『燃え盛り突き穿つ朱槍(ヴォルカニック・ボルグ)』で魔弾とぶつかり合わせ打ち砕いたのだ。

 

ただその際の破片で、額を少し切ってしまったが特に気にすることでも無い。

 

「さて……まだやるか?」

 

チャキッ…と槍を向ける雪斗。すると、マークは銃を霊体化させて、両手を挙げる。

 

「勘弁してよ。僕はホントに戦いたくて来たんじゃ無い。ここ(穂織)に来た経緯は話すから、とりあえず槍を下ろしてくれ明司君?」

 

アハハ…と笑う彼の表情は昼間の時に戻ったようだった。

 

どうやら本当にもう戦うつもりは無いと判断したのか、雪斗も槍を霊体化させて、彼と共に正面に向き合いながらその場に座り込む。

 

「それで、何しに此処に来た?」

 

「うん、まず“レナの護衛”。これが第1の目的さ。彼女の祖父が僕のマスターさ。日本に行くにあたって、彼女の身辺警護を任されることになったんだ。勿論、彼女の遠い親戚ということで」

 

「それだ。いくらアーチャーのサーヴァントとは言え、マスターとこんなに距離が離れているのはおかしいだろう?」

 

サーヴァントにはそれぞれ“クラススキル”が与えられている。

 

アーチャーのクラスには“単独行動”、マスターから離れて自由に行動出来る能力だが、国を超えて活動は流石に無理の筈だ。

 

「だって僕、()()してるんだもん」

 

「…………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

翌朝  朝武神社

 

 

いつも通りの朝

 

朝武家の朝食は変わらぬ様子だった。違うことがあるとすれば

 

「今日は寝坊しませんでしたね」

 

「そうだね、ぐっすり眠れたかい将臣君?」

 

「え、ええ……」

 

将臣が遅刻せず皆に顔を見せられた事か。

 

本当なら今日も祖父の玄十朗との朝練があるはずだが、公民館に来て早々

 

『すまんが今日は急用が出来た。朝練は休みじゃ』

 

と、何か慌てた様子で将臣に伝えた後、何処かへ向かったのだ。

 

「それじゃ、茉子ちゃんごちそうさま」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

「お父さん、今日は早いですね。何か用事でもあったかしら……?」

 

確かに安晴は皆と同じくらいに食べ終わる筈が今日は1番に食べ終えた。

 

しかも何か急いでいるようだ。

 

「うん、役場から連絡があってね。急いで出なきゃならないんだ。そういうことだから、戸締まり宜しくね芳乃」

 

そう言い残し、安晴は居間を後にした。

 

「何かあったのかな?」

 

「さぁ?茉子は何か知らない?」

 

「いえ、私も……」

 

でも、もしかしたら……そんな考えが頭に過る茉子だが、無理矢理食事する手を動かし、考えを止めた。

 

 

 

 

 

 

鵜茅学院

 

 

ザワザワ…

 

「何だよこれ……」

 

「何か工事でもあったかしら……?」

 

「そんなの聞いてねぇよ」

 

神社の戸締まりを終え、学園へと向かった将臣たち。

 

そんな彼らに待っていたのは、グラウンド前に集まる生徒の集団だった。

 

グラウンドはいつもネットによって覆われているが、今日は何故かその上に黒い敷物のようなものがかぶせられており、立ち入り禁止の看板や柵が敷かれていた。

 

その前には、教職員が生徒を入れさせまいと立っていた。

 

「何かしらの……?」

 

「工事……なんかじゃ無さそうだな……」

 

「…………」

 

将臣と芳乃はまったく分からない様子だったが、茉子だけは、不安でいっぱいだった。

 

昨夜の胸騒ぎ、そしてグラウンドの立ち入り禁止、そして、未だに姿が見えない彼

 

もしかしたら、本当に……

 

 

キーンコーン…カーンコーン…

 

 

「ほら、チャイムが鳴ったぞ。早く教室に行きなさーい!」

 

「グラウンドに関する事もちゃんと説明するから!」

 

教職員たちに言われ、生徒たちはぞろぞろとそれぞれの教室へと向かった。

 

 

 

将臣たちのクラス

 

 

「よう将臣、巫女姫様、常陸さん!」

 

教室に着いた一行に蓮太郎が声をかけた。

 

「よぅ、蓮太郎」

 

「「おはようございます」」

 

「3人とも見たか、グラウンドのやつ」

 

「ああ、何なんだアレ?」

 

3人とも席につき、鞄をおろしながら話す。

 

「俺も詳しくは知らねぇけど……何でもグラウンドで何かが爆発したみたいに荒らされてるらしいぜ」

 

「爆発って……なんで?」

 

「だから詳しくは知らねぇって……爺ちゃん(玄十朗)や街のお偉いさんとかが色々調べてるらしいぜ。そう言えば将臣たちが来る前に、安晴さんも来てたな……」

 

なるほど、安晴が急いでいたのはそう言う事か。

 

ならば彼が帰って来たら詳しく聞いてみるか……

 

「そう言えば、明司の奴はまだなのか?」

 

「(ピクンッ!)」

 

ふと、チラリと雪斗の席を見ると、その席の主はまだ姿を見せていなかった。

 

「ああ、そう言えば……珍しいな。いつもならそろそろ来ても良いのに……」

 

「有地さんみたいに寝坊する人では無い筈ですけど……」

 

「(うぐっ!?)」

 

芳乃の一言に軽く傷付く将臣と違って、茉子だけは不安そうに雪斗の席を見ていた。

 

まさか彼の身に────

 

 

ガララ…

 

 

「はーい、皆さーん!そろそろ席について下さーい!朝礼を始めますよー!」

 

担任の比奈実が教室に入り、皆が急いで各々の席についた。そこに

 

 

ガララー!

 

 

「あっ─────」

 

「ふぅ~……間に合った……」

 

ゼェゼェと、肩で息をし、雪斗が教室の扉を開けた。

 

走って来たので、まだ息が整わず、膝に手をついてゆっくり呼吸をする。

 

「間に合った、じゃありませんよ明司君?確かにギリギリセーフですけど、次は気を付けましょうね?」

 

「すいません先生……」

 

ぺこりと頭を下げる雪斗。そして頭を上げた時、異変に気付いた。

 

「あら、明司君。おでこのソレ(ガーゼ)、如何したんですか?」

 

「ああ、昨日家の物置整理してたら、ぶつけてしまって……大したことはありませんよ」

 

「そうですか……気を付けて下さいね。あなたは特に独り暮らしですから」

 

「ありがとうございます」

 

そうして、雪斗は自身の席についた。

 

その様子でようやく茉子の心は少し落ち着いた。

 

「さて……皆さんがグラウンドの事を気になっていると思いますが、先に転校生を2人、紹介したいと思います」

 

比奈実のその言葉で教室がまたざわついた。

 

そして比奈実に言われ、男女が入って来た。

 

男子の方を見て、クラスの女子たちはキャーッと騒ぎ、女子の方を見てクラスの男子はオォー!と騒いだ。

 

「では、レナさんから自己紹介をお願いします」

 

「はい。『レナ・リヒテナウアー』と申します。気軽に“レナ”と読んで下さい。日本には子供の頃から憧れていて、夢が叶ってとても嬉しいです!いたらぬところが多少ありますが、宜しくお願いします!」

 

元気よく自己紹介をしたレナ。すると将臣や茉子、雪斗の姿を見かけ嬉しそうに笑う。

 

「初めまして、『マーク・リヒテナウアー』です。レナとは遠い親戚で、彼女の保護者で来ました。でも、皆さんと仲良くなりたいので、レナ共々、どうぞ宜しくお願いします。あ、趣味はシューティングゲームとかですかね」

 

こちらは特に変わりなく挨拶をする。だが、彼の頬には雪斗のようにガーゼが張ってあった。

 

「イヤー、実は昨晩寝ぼけてぶつけてしまって……」

 

「そうなんです。マークは意外と()()()()()なのです」

 

「レナ、それを言うなら()()()()だよ」

 

ハハハ…とクラス中に笑いが広がる。

 

「お二人は旅館で働きながらの留学しているそうです。何か困っていることがあったら力を貸してあげて下さいね」

 

2人が並んで席につくと、近くの女子生徒が2人に話しかけた。

 

「ねぇねぇレナさん、マーク君。日本での生活はどう?」

 

「はい!日本の()()()は素晴らしく、お世話になってる宿では()()()()が沸いてるのでとっても素敵です!」

 

「えっ、祟り?怨念?」

 

「レナ、それを言うなら()()()だろう?」

 

「あ!そうでした……」

 

「なんだ、ただの良い間違えか……」

 

「まあ、あんなに楽しそうに話すわけないか」

 

「すいません……まだ日本語は拙いですが、これからも勉強していきますのでよろしくお願いします」

 

「えぇー?レナさん十分上手だよ?」

 

「いいえ、まだまだです。マークのフォローが無いと大変なのです……」

 

「そうだね。変なところで言い間違えて、女将さんに怒られる事が多いよね」

 

「じゃあ、うちも旅館してるから、困った事があったらいつでも言ってね」

 

(まこと)でありますか?ありがとうございます!」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「はいはい皆さん、質問はそこまで。後は休み時間にして下さいね。さて────」

 

教卓の前に立った比奈実が真剣な顔つきになる。ようやく話すのだ。

 

「皆さんも見たと思いますが、現在グラウンドは立ち入り禁止になっています。理由ですが、地割れによってグラウンドの地面が割れています」

 

再び、教室内がざわついた。

 

地割れ?本当に?

 

爆発があったって聞いたけど?

 

いやいや、宇宙人が来たんだよ!

 

等々、皆が口々に言う。

 

「はいはい皆さん、話を聞いて下さいよ!グラウンドは修復可能なので現在工事中ですから暫くは使えません。なので今後の体育の授業は体育館で行いますからね」

 

そうして朝礼が終わり、一限目が始まった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

 

 

 

『転校生2人』

 

 

休み時間となり、レナとマークの周囲には芳乃や茉子等の女子生徒たちで囲まれていた。

 

「一緒のクラスになれて嬉しいであります、マコ」

 

「うんうん、知ってる人が1人でも要るだけで安心するよね」

 

「ありがとうございます。私もお二人と同じクラスになれて嬉しいです」

 

まぁ、この学院は一学年に一クラスしか無いのだから、必然的に同じクラスになるのは当然だ。

 

「改めてよろしくお願い致しますね、マコ」

 

「こちらこそ」

 

そうして、レナと茉子は互いに握手を交わした。

 

他の女子生徒たちとも、改めて挨拶をし、握手を交わす。

 

マークもにこやかに女子生徒たちと交流を深めた。

 

そして、芳乃の番になった。

 

「レナ・リヒテナウアーと申します」

 

「マーク・リヒテナウアー。よろしく」

 

「朝武芳乃と申します。こちらこそ宜しくお願いします」

 

そして、レナと芳乃も握手を交わそうとしたとき

 

 

バチッ!

 

 

「キャッ!?」

 

「アワッ!」

 

2人の手の間に電気のようなものが走った。

 

「芳乃さまっ!」

 

「レナ、大丈夫?」

 

慌てて茉子とマークが2人の元に行く。

 

「だ……大丈夫、ちょっと静電気で……」

 

「び……ビックリしました~!で、では…改めて……」

 

そう言うが、2人とも少しビクつきながら手を伸ばす。

 

しかし今度は何も無く、2人は安心して握手を交わした。

 

「そう言えば朝武って……もしかして、穂織のお姫様?」

 

「そうですけど……マークさん、どうしてそれを?」

 

「マス……お祖父ちゃんから聞いたんだよ。僕たちのひぃひぃお祖父ちゃんが穂織に居た事があるから」

 

マークはともかく、レナはそのおかげで、お二人は留学出来た訳だ。

 

ホントに良かったです!と彼女も嬉しそうに答えた。

 

「そう言えばマーク君って、シューティングゲームが得意って言ってたけど、ゲームが好きなの?」

 

「いやいや、ゲームと言うより、射撃が得意なんだよ。向こうでも、猟銃を使った事があるから」

 

「そうなんですよ!マークは運動神経も良くて、射撃も凄いんです!前にも、お祖父ちゃんと一緒に大きな鹿を捕ってきたこともあるんですよ!」

 

それを聞いて女子生徒たちは更にマークに好感を持った。

 

一般からしたら、猟銃は危ないものと感じるが、それなりのイケメン少年がやってる姿は絵になるから。

 

写真があったら見せて欲しいと、皆がマークに頼んでいた。

 

 

 

「な~んか、俺の時と全然違う……」

 

そうつぶやくのは、教室の隅でぼやく、元・転校生の将臣。

 

彼の時は、特に質問攻めとかは無く、静かに受け入れられたのだ。

 

「別に良いだろう。俺の時もそうだった。逆にああも質問攻めに合うのも疲れる」

 

その隣では、興味なさそうに壁にもたれる雪斗が。

 

「分かって無いなぁ雪斗は。転校生はああやって、友達作りをしていくんだよ」

 

前に話したと思うが、当時の雪斗はそんな気などまるで無かったのだ。

 

「分かってねぇな、明司。転校生にとってこれは重要なイベントなんだぞ!ああ~羨ましい……やっぱ顔なのか?顔なのか?」

 

更に雪斗の隣でがっくりと悔しがる蓮太郎。

 

「にしてもレナちゃん凄いなぁ……あのおっぱい……」

 

「ああ、それは俺も思った。現実に存在するんだな……あんなメロン巨乳ぶら下げた美少女」

 

雪斗の言う通りである。先日将臣も、彼女のおっぱいクッションのおかげで、怪我をせずに済んだのだ。

 

因みにレナの服装は制服にポレロを腰に巻くというアレンジを施している。

 

そのおかげで、胸の主張が凄い。谷間もある分、胸が更に存在が大きくなっている気がする。

 

何故そんな着方をしているかと言うと

 

 

 

「実は胸が邪魔で、リボンがすぐにほどけてしまうんですよ……」

 

「仕方ないから、このスタイルで落ち着いたんだよね」

 

「へぇ~そうなんだ~……ちくしょう

 

何か女子生徒の心の声が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。

 

「はっ!ということは、お姫様にはちゃんとした言葉遣いを……えええっと……こんろとも、なにとりょよろぴくおねねねかいしまちゅん!」

 

「レナ落ち着いて。途中から何言ってるか分からない」

 

「うふふ……構いませんよ普通通りで。そんなに気にしてませんから」

 

確かに芳乃も皆と同じように授業を受けており、皆もそんな特別扱いはしていない。

 

だが、最低限の礼儀はしているのだ。

 

「それにしても、お二人ともホントに日本語がお上手ですね」

 

茉子の言う通り。まだ不慣れという割には、2人ともそれほど問題無い程度に話せている。

 

「いえいえ、私なんてまだまだですよ。日本語は留学前に、ほとんどマークに教えてもらったんですよ。今はオカミさんにも教えてもらってるんですけど……怖いです」

 

「へぇ~!マーク君って、日本に来たことがあるの?」

 

「いいや、初めてだよ。日本語は………()()()()()()()()

 

 

 

「楽しそうだなぁ~……」

 

「ああ……」

 

「やれやれ……」

 

隅でぼやく蓮太郎と将臣。その2人に呆れる雪斗。

 

「つーか、お前らレナちゃんを案内したんだろう?いいなー」

 

「俺は将臣に頼まれて付き合っただけだ」

 

「でもいいな~、祖父ちゃんなんで俺に頼んでくれなかったんだ~?そうしたら今頃……」

 

「普段の行いの差だ、鞍馬兄」

 

「あはは……そう言えばあの2人って────」

 

 

 

「え?私とマークが、でありますか?」

 

「そうそう、結構仲良いけど、もしかして付き合ってるの?」

 

「「何ぃぃーーーーー!?」」

 

1人の女子生徒の何気ない質問が、クラスの男子たちの心を大きく震わせた。

 

「/////わ、わわわわわワタクシとマークがでありましゅるか?そそそそんなお月様だなんて……」

 

「レナ、()()()じゃなくて、()()()()()ね。いやいや、僕らはただの従兄妹同士さ。そして僕はレナの頼れるお兄さん役ってところかな。だから────」

 

クルッと男子たちの方に向き直り、ギロリと殺意満々の視線を送り

 

「もしレナに手を出したら、(ピーーー)ぶち抜くから覚悟しろよ?」

 

「「ヒィッ!?」」

 

クラスのほとんどの男子たちが、マークの忠告にアソコを手を覆った。

 

その姿を見た女子生徒たちはヒソヒソと

 

「ねぇ、アレってお兄さんって言うより……」

 

「うん、お父さん……だよね?」

 

そこに1人の女子が2人にアドバイスを入れる。

 

「それなら、鞍馬君には気を付けた方がいいよ。彼、“女誑し”だから」

 

「オンナタラコ?何ですか?」

 

()()()ね。要するに、女を取っかえ引っかえ付き合うようなアホって事」

 

「なるほど!」

 

勉強になります!と、ホントに分かってるのか分からないレナと、蓮太郎を危険人物A…とメモに書き込むマーク

 

 

 

「蓮太郎……お前……」

 

「サイテー」

 

「ち、違うぜ将臣!明司!俺は二股なんてしてない!噂に尾びれがつきまくったんだ!」

 

そう言うが、その噂の元になった行動をしているせいなので、自業自得と言うことだ。

 

「なんだ有地、従兄なのに知らないのか?」

 

そこに1人の男子生徒が将臣に話しかけた。

 

「おい、ちょま───!」

 

「観念しろ、鞍馬兄」

 

「知らない。けどなんとなく想像はつく」

 

蓮太郎は何とか、口封じしようとするが、雪斗によって止められた。

 

 

昔、蓮太郎は1人の女生徒と付き合っていた。しかし、程なくして別れたのだが、その翌日に別の女生徒と付き合い始めたのだ。

 

本人曰く、たまたま時期が被っただけで、二股では無いと主張した。

 

だが、元カノと今カノが同じクラスなので、教室内がギスギスしたのは忘れられないそうだ。

 

今でも、その2人は同じクラスで勉強している。

 

 

「なるほど……迷惑なトラブルメーカーだな、お前は」

 

「うぅ……もうお婿に行けない……(涙)」

 

「行く気あったんかい」

 

「で、話は続くんだがな───」

 

 

結局その女生徒とも別れたのだが、その後、女子たちは結託。蓮太郎の悪口で盛り上がり、それが学院中に広まり、蓮太郎は女を取っかえ引っかえ変える悪者となったのだ。

 

 

「やっぱり自業自得じゃないか」

 

「うぅ……時期は被ってないから大丈夫だと思ったんだよ……」

 

「どっから出て来るんだよその自信は」

 

「いやいや、俺もちゃんと反省したって!」

 

「どんなふうに?」

 

「狙いを観光客に絞った!」

 

「世界の女性たちのために死ね」

 

グギギ…と蓮太郎を締め上げる雪斗

 

「ギャァーー!?ギブ、ギブゥ……」

 

「お前そんなんだから、更に悪評が広たるんだよ……」

 

「いい加減学習しろよな?」

 

女子たちだけでなく、男子たちからも呆れられる蓮太郎。

 

確かに妹の小春にも嫌われる訳だ。

 

「お前なぁ~……」

 

「だ~か~ら~、俺だって反省してるって!」

 

人はそれを反省とは言わない。もしレナに手を出したりしたら、クラスの女子たちの前に、玄十朗とマークによって、恐怖の制裁を喰らうだろう。

 

「うぅ……あんな美少女がいるのに……手を出せないとは……」

 

「ダメだこりゃ」

 

「まぁ今は、蓮太郎より問題の人が居るよな?」

 

ふと、1人の男子生徒が思い出すと、皆もああ確かに…と頷く。

 

「誰も彼女もとはいかないが、平気で巫女姫さまにコナかける先輩が要るもんな……」

 

 

ガララー!

 

 

「来たぞ、()()()()()よ!!」

 

「噂をしてら何とやらか?」

 

雪斗がそう言う前に要るのは、教室の扉を思いっ切り開けて入って来る3年の『ユノン・プレストーン・ユグドミレニア』

 

彼の姿を見ると、芳乃、茉子を守るように他の女子たちが前に出る。しかし

 

「ん、なんだお前らは?()()には興味無い邪魔だ」

 

「誰がモブよっ!」

 

「邪魔なのはアンタよ!」

 

そうよ!そうよ!と女子たちはユノンを追い出そうとするが、彼は全く聞く耳を持たず、レナの姿を見つけると

 

「おお!そこにいたかレナ!」

 

ニヤニヤと不適な笑みを浮かべながら、レナに近付こうとしたが、直感で感じ取ったのか、直ぐにマークの背中に隠れる。

 

「アナタはどちらでありますか?それになんで私の名前を?」

 

「おっと失礼。君の噂を聞いて会いに来たんだよ。俺は3年の『ユノン・プレストーン・ユグドミレニア』。芳乃と茉子の未来の旦那さ!」

 

「「違いますっ!!」」

 

「ハハハ!相変わらず恥ずかしがり屋だな!そんなに照れなくても」

 

「「照れてませんっ!!」」

 

「そんな事言わなくてもいいぜ。お前等の気持ちは分かってるから」

 

「「はあ?」」

 

意味不明な事を言い出すユノン。一体どんなふうに解釈をしたのだろう。

 

「やっぱり()()()()の芳乃たちは違うんだな。まさか全員がツンデレなんて思いもしなかったよ。おかげで少しビックリした」

 

「「だから違いますって!!」」

 

彼が言うには芳乃達が一目惚れして恥ずかしさを隠すためにそっけない態度をとっているとか。

 

しかし、そんな2人の否定は彼の耳には入らなかった。そして、マークの姿を見ると

 

「おい、お前!何レナに引っ付いてんだモブ野郎!レナが困ってるだろうが!」

 

また勝手に解釈したユノンがマークに突っ掛かる。

 

レナの方は違うと首を横に振るが

 

「ふっ、レナ、そうモブを庇わなくていい。君は優しいからね。そんな彼女の心につけ込んでんじゃねぇよモブ野郎!」

 

「えっ何この人?日本人なのに日本語通じてない?」

 

ユノンにあれやこれやと言われ、後ろで警戒するように隠れるレナに挟まれ如何すればいいか分からないマーク。

 

 

 

「アレを見ると、蓮太郎が可愛く見える」

 

「蓮太郎の方がマシに思える」

 

「お前らそろそろ泣くぞ?いい加減にしないと泣くぞ俺?」

 

「まぁまぁ……それより雪斗」

 

「そうだな……そろそろ授業だし、先輩にはご退場ねがおうか……」

 

そう言って、将臣と雪斗は彼らの元へと行った。

 

 

 

「いいから離れろよモブ野郎!」

 

「まあまあ落ち着いて下さいよ先輩……」

 

しまいにはマークの胸ぐらを掴むユノン。流石に女子たちも我慢の限界か、彼に全員で突っ掛かろうとしたが

 

「あの~ユノン先輩」

 

「あぁ!……有地将臣か……なんだ、俺は今忙しいんだよ!」

 

「アナタがどう考えてるか知りませんが、誰が見ても、迷惑なのはアナタの方です。朝武さんたちが困ってるので、大人しく帰ってくれませんか?」

 

ズバッと、ユノンに言い放つ将臣。だがそれで完全にユノンの怒りを買ったのか

 

「テメェ……()()()だからって、放っておいた人の親切を無下にしやがって……調子のんじゃねぇぞ!俺は()()()だぞっ!!」

 

そして今度は将臣に掴み掛かろうとした瞬間────

 

「はい、そこまで」

 

「お前は眼帯モブ!なん─────」

 

 

ドンッ!

 

 

「ガハッ!」

 

「授業が始まるから、大人しく寝てろ」

 

サッと2人の間に割り込み、拳をユノンの腹に入れた。

 

するとユノンはガクッと気を失い、雪斗の体にもたれる。

 

「すまないが将臣、先輩どうやら寝不足みたいで寝たみたいだから、保健室まで運ぶの手伝ってくれ」

 

「あ、あぁ……」

 

そう言って2人は気を失ったユノンを担いで、保健室へと向かった。

 

そして残ったクラスメイトたちは

 

「ねぇねぇ、さっきの有地君、かっこよくなかった?」

 

「あぁ!私も思った!先輩に対して強気のあの姿勢。物事をはっきり言うところなんて凄かったよね!」

 

先ほどの事で女子たちはキャーキャーと話していた。

 

マークもレナに大丈夫かと気遣い、メモ帳にユノンを危険人物Sと書き込んだ。

 

「明司くんも、先輩を気絶させた時なんか、映画のワンシーン見てるみたいだった!」

 

「明司くんって眼帯してるけど、それを踏まえても格好いいよね!」

 

「(ピクッ)」

 

そんなたわいない会話に僅かに反応したのは

 

「ん?どうしたの茉子?」

 

「い、いえ!ユノン先輩が言ってた『モブ』とか『オリ主』って何の事だろうって……」

 

「そんなの気にしなくていいと思うよ常陸さん」

 

「そうそう、気にするだけ疲れるだけだから」

 

ちょうどそこに、授業のチャイムが鳴り、皆自分の席へと戻った。

 

その直後に将臣と雪斗もギリギリ間に合い、席へとついた。

 

 

 

 

「────そして平安時代末期から、鎌倉時代にかけて仏教の変革が成されたのです」

 

授業が始まってから、先ほどの喧騒は無く、静かに授業を受けていた。

 

外国から転校してきたばかりの2人はと言うと

 

「おぉ~なるほど……ふむふむ……」

 

「…………」

 

レナの方は、目を輝かせて食い入るように受けていたが、マークの方は特に興味を示すような素振りは無かった。

 

そんな2人はさておき、茉子はぼぉーと、雪斗の方を見ていた。

 

「………」

 

雪斗は、真面目に比奈実の説明と黒板に書かれたことをノートに書き込んでいる。

 

茉子が見ていることなど全く気付いていないようだ。

 

「(格好いい……か……確かに明司くんって、よく見ると整った顔してるよね……眼帯しているのも差し引いてもイケメンの部類に入るし……運動は勿論勉強も出来る……よくよく考えてると明司くんって完璧人間になるのかな。性格はあれだけど……)」

 

改めて考えてみると雪斗は確かに世間の女性たちの憧れの男性と呼ばれる部類になるのだろう。

 

だとしたら、女性は選びたい放題になるだろう。

 

そう考えると、胸が苦しくなる。

 

彼の隣に自分の知らない女性が立つところを想像すると───

 

「有地将臣くん、授業中は集中するように」

 

「(ビクッ!)」

 

「す……すいません……」

 

どうやら将臣がウトウトしていたようで、比奈実が注意したようだ。

 

だがそれにより、茉子の意識が戻った。

 

「(あれ?私……今、何を考えて……)」

 

多分昨夜の胸騒ぎのせいだ。学校は人が多いから、放課後にでも問いただせば良いんだ。

 

そう考えを無理やり切り替えて、改めて授業に集中した。

 

 

 

 

昼休み

 

 

「よ~し、昼飯だ~……!」

 

ようやく午前の授業を終え、体を伸ばす将臣。

 

そこにレナとマークが来た。

 

「お疲れ将臣」

 

「オツカレです。ダメですよ授業中に居眠りは」

 

「分かってるよ。ちょっと寝不足なだけさ」

 

「睡眠は大事です。ちゃんと寝ないとビョーキになりますよ」

 

「そうそう、大事な成長期に体を壊したら困るのは将臣なんだからね?」

 

「は~い」

 

優しい友人たちだ。そこに蓮太郎が昼食の誘いに来た。

 

「あ、2人とも、こいつは───」

 

「存じてます。女誑しで遊び人のレンタロウですね」

 

「やめて、その噂を鵜呑みにしないで」

 

「でもレナを中心に半径5メートルには近付かないでね」

 

「同じ部屋にいるなとっ!?」

 

そんな和気あいあいな昼食となった。

 

 

 

そんな光景を眺めてる人物が1人

 

「………」

 

「芳乃様、どうかされましたか?」

 

「いえ、有地さんの事で………」

 

「もしや嫉妬ジェラシーですか?」

 

「違います。最近、よく寝坊や居眠りが多いと思いませんか?だらけ過ぎてると思わない?こんな状態じゃ、お祓いの時、危険だと思う」

 

「う~ん、確かに……()()調()()()()()ならの話ですが」

 

「それってどういう……?」

 

「別に深い意味は……ただ何かあるかなっと思っただけですよ……」

 

だが将臣が言うには、朝は寝坊で放課後は遊びに行ってると。

 

ただしそれが本当かどうかだが……

 

「有地さんが隠し事をしてると?」

 

「そういう可能性もある、と思っただけですよ」

 

もっとも、隠し事が確実にある人物は別にいるが。

 

その当人は、いつの間にかいなくなっていたが

 

 

 

学院裏

 

 

「昼休み中にすまないね」

 

「いや、こっちが頼んだことだ。いつも面倒事を頼み込んですまない」

 

校舎の壁にもたれながら、木々に隠れている人物と話している雪斗。

 

その人物は穂織の神父、智樹だ。

 

隠れず姿を見せれば良いのに、こちらの事を考えて隠れているらしい。

 

「グラウンドの方は順調に進んでいるらしい。爆発の後を砂で埋めるだけだからね。遅くても一ヶ月後には元通りだよ」

 

「役所や朝武関係者には」

 

「役所には適当に誤魔化した。玄十朗さんや康晴くんは何とか察してくれたみたいだけど、君を交えてちゃんとした説明が欲しいと」

 

「………分かった。それと、もう一つの件は?」

 

「う~ん……やっぱり“時計塔”に問い合わせないと分からないね」

 

「だよな……分かった。その方向で頼む」

 

「了解。それで報酬は───」

 

「分かってる。年代はワインに日本酒、ビール……出来るだけ用意してやる!」

 

「それはなにより。では───」

 

するとフッと智樹の気配が消えた。こういう時の彼の行動は早く、確実だ。

 

昨晩に頼んだ事なのに、こうも容易く熟す智樹。

 

頼んだのは昨晩なのにこうも仕事が早いのか。ホントに何者なのかと問いたくなる。

 

聖堂協会の代行者よりもっと言えない部署に所属していたと聞いていたが、よくは聞いていない。

 

「ま、聞かない事が吉か……」

 

そして雪斗も教室へと戻った。

 

 

 

 

 

放課後

 

 

鵜茅学院には部活はあまりない。そのため生徒のほとんどは帰宅部だ。

 

まっすぐ帰宅する者、友人と遊びに行く者、家の商売を手伝う者……様々だ。

 

それらに当て嵌まらない雪斗と茉子は朝武神社で魔術の修行をしようとしたが

 

 

 

「さぁ、話してもらいますよ」

 

「…………はい?」

 

何故か茉子に迫られていた。

 

 

 

神社に着いた途端、彼女に木陰に引っ張られた。

 

そこで雪斗が逃げられないように、彼の背に木をなるようにされてしまい、現在に至る。

 

 

 

「一体何を話せと?」

 

「誤魔化さないで下さい。昨晩……グラウンドで何があったんですか?」

 

雪斗の方が背が高いので見上げるようになる茉子。その目は何か確信があるように感じた。

 

彼女のその目で見つめられると、何故か話してしまいそうになりそうだった。

 

だが、話す訳にはいかない。これは魔術世界でも危険な案件になる。茉子には関わって欲しくなかった。

 

「………」

 

ギュッ…

 

ふと、自分の服を掴んでいる手に目が行く。

 

僅かにだが、震えている。

 

 

『怖いです。でも……一番は明司君が明司君で無くなってしまうような……そんな感じがして……』

 

 

『いなくなったりしない?』

 

 

そうだ、そうだった。ただ心配しているだけでない。

 

怖いのだ。自分の知らぬ間に雪斗がいなくなってしまうことが。

 

昨晩の胸騒ぎにグラウンドの異変、そしてうっかり雪斗が来るのが遅くなってしまい、更に彼女を不安にさせてしまったのだ。

 

「……すまない、心配かけて……不安にさせて……」

 

「別にそんなんじゃありません……けど、怖かったです……」

 

「だが今はこっちの事情で話せない。けど……必ず話す。だからそんな顔しないでくれ、常陸」

 

「明司……くん……」

 

「いつもみたいに笑ってくれれば良い。そしたら、俺は頑張れるんだ」

 

すると、茉子はポスッと雪斗の胸に頭を預けた。そしてそのまま2人は腰を下ろす。

 

「だったら……少しの間だけ……こうさせて下さい……」

 

「……分かった」

 

それから少しの間より、長い間、2人はそうして時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

夜  山中

 

 

冷たい風が草木を揺らす中、進む一行があった。

 

巫女姿の芳乃、忍者服の茉子、叢雨丸を腰に差しムラサメちゃんを連れている将臣、背中に宝具ではなく、礼装の槍を背負う雪斗。そして

 

「あの、なんで霧原さんも着いて来てるんですか?」

 

将臣が後ろを振り返ると、両手を後ろに組み、いつもと変わらない神父服を着て山中を歩く智樹が。

 

「前に言っただろう将臣くん。私たちは祟り神を生み出している霊脈の中心を探していると」

 

「ええ、覚えてます。だからなんで霧原さんが?」

 

「ただ闇雲に探すより、確実に探す術を持ってるからさ」

 

そして一度目を閉じ、少しして目を開けると、瞳の色が妖しい紫色に染まっていた。

 

それは以前(6話)に一度見せた時と同じように。

 

「なるほどのぉ……お主“魔眼持ち”か」

 

「「まがん?」」

 

って何?と訴えているように雪斗の方を向く将臣たち。

 

「魔術世界でも滅多に見られない眼球だ。それ自体に固有の魔術回路を持っている。それ故に特殊な力を持ってる」

 

持ち主が生まれ持って得られる、固有の器官である。

 

その為、様々な能力の魔眼が存在する。

 

ただしあくまで“目”の能力なので、視界に入れるか、視認しないと効果が無いのだ。

 

更に、対象が瞳を見ないと機能しない事もある。

 

「でも持ってると得する事も多い。僕のは『霊流の魔眼』って言って、読んで字のごとく霊的力、その流れを見ることが出来る。だからムラサメちゃんの姿もハッキリ見えるだ」

 

「なるほどの……つまりその魔眼を使えば、祟り神で生まれているかが分かると?」

 

「正解だ常陸さん。霊体でも霊力で出来た“痕跡”を残す。それを辿ればおのずと祟り神生産地を特定出来るわけさ!」

 

おおー!と皆が賞賛の声を上げる。

 

 

余談ではあるが、その魔眼を売り買い出来るとさせる列車が存在すると言う噂があるが、それはまた別の話で。

 

しかしそこで、あっ…と芳乃が気付く。

 

「だったらわざわざお祓いの時じゃなくても良いのでは?」

 

確かに危険な夜ではなく、昼間の方が良いのでは?

 

「それがそうもいかない……ただでさえこの山は霊脈の魔力に染まっているし、祟り神の穢れでボヤが掛かってるように見えてしまう。だが、祟り神が活発化する時が痕跡を見つけやすくなるのさ」

 

なるほど…と皆が納得したその時

 

「っ!……さてさて皆さん。そろそろお客様祟り神がお見えになるようだよ?」

 

智樹がそう言うと同時に、ガサガサ…と草木をかき分ける音が聞こえた。しかも一つや二つではなく複数。

 

「ムラサメちゃん!」

 

「ほい、きた!」

 

将臣の合図と共にムラサメちゃんは叢雨丸に宿り、刀身にオーラを纏わせる。

 

「行くわよ茉子!」

 

「お任せ下さいっ!」

 

芳乃と茉子も各々の武器を構える。

 

「それじゃ雪斗くん、頼んだよ」

 

「あんたは戦わないかよ」

 

「いやー、聖職者として殺生はどうかと……」

 

「どの口が言ってんだ。それに、祟り神相手ならノーカンだろ」

 

そう言いながらも、智樹を守るように背中の槍を引き抜き、構える。

 

『─────!』

 

『─────!』

 

『────────!!』

 

次々と咆哮する祟り神たち。それにより将臣たちの緊張がさらに高まる。

 

「皆さん、決して油断しないようお願いしますね」

 

芳乃が皆を見渡して注意を呼びかける。それに対して、皆無言で頷く。

 

将臣はゆっくりと深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

 

雪斗も片手に槍を持ち、もう片方を胸ポケットに入れ、数枚の呪符を取り出す。

 

そして、ガサガサ…とかき分ける音が目の前まで聞こえてくる。来る!そう思った瞬間

 

ビュンッ!

 

『────!!』

 

「跳んだっ!?」

 

かき分けて出て来るのではなく、突然将臣目掛けて飛び出してきたのだ。

 

「将臣さん、危な────」

 

芳乃の声が将臣の耳から流れていく。今の将臣の思考は止まっていた。祟り神が予想外の行動してからだ。

 

目の前に祟り神の触手が迫る。

 

以前だったらここで死んでるだろう。()()()()()()

 

「っ!!」

 

ギリギリ触手の横をすり抜け、カウンターに祟り神の体を下から上へ斬り上げるように両断した。

 

「(どうだ!?)」

 

刀を振り上げた後、気を抜かず直ぐさま振り返り構える。

 

だが祟り神は悲鳴を上げることなくドロッと泥のように崩れて消えていった。

 

「お見事」

 

「雪斗……」

 

賞賛を送ってくれた雪斗の方を向いた時、そこには祟り神3体を一度に串刺しにしている姿が

 

「ん?どうした将臣?」

 

「あはは………やっぱ上には上がいるな……」

 

玄十朗との修行でそれなりに実力は向上したと思っていたが、雪斗の戦いぶりを見ると、まだまだだと実感する。

 

『いや、彼奴が規格外なだけじゃ。ご主人はご主人のやり方を貫けばよい!』

 

「ありがとう、ムラサメちゃん……いこう!」

 

『うむっ!!』

 

 

 

 

それからは皆善戦した。芳乃の舞により、祟り神たちの動きが鈍くなり、そこを的確に将臣が斬り伏せていった。

 

茉子は魔術で身体能力を上げて、クナイで祟り神の触手を撃ち返して逆に頭部に目掛けてクナイを投げていった。

 

雪斗は呪符を祟り神に投げて体に張り付かせると、詠唱を唱えると呪符が祟り神の体ごと燃え上がり、跡形を残さなかった。たとえ雪斗に接近出来ても、一瞬のうちに槍の餌食になり、その体は細切れにされていった。

 

智樹に至っては

 

『───!』

 

「マズいっ!霧原さん、逃げて!」

 

祟り神の一体が、後方で将臣たちの戦いぶりを見物していた智樹に触手を伸ばす。智樹は避ける素振りを見せない。しかし触手は彼の目の前でピタリと止まった。何故なら

 

ギリギリ……

 

「おい……これくらい避けれるだろう?」

 

「君が防いでくれると信じてたからね?」

 

「ふん……」

 

変わらずニコニコしている智樹に、そっぽを向きながら、槍で触手を防ぐ雪斗。

 

そして、将臣の一刀でその祟り神も祓われた。

 

 

 

そうして、祟り神たちの姿は無くなった頃

 

「はぁ……はぁ……終わった……のか?」

 

「ああ、安心したまえ将臣くん。霊的な存在は()()()()()()。お疲れさま」

 

「……………よし!」

 

魔眼で周囲を見渡し、祟り神たちの気配値が無いことを伝える。すると、思いっきりを拳を握りしめた将臣。

 

別に調子に乗っている訳ではない。祟り神を倒せた、祓うことが出来た。その成果を実感出来た事が嬉しいのだ。

 

「さて……アル中神父(智樹)奴ら(祟り神)はどこから来た?」

 

「ああ、それなら────」

 

智樹が真っ直ぐ祟り神がやって来た方向を指差す。

 

智樹を先頭にその方向へと進む一行。将臣たちには見えないが、智樹の目には黒い太い線のようなものが見えている。

 

そして道中には、何か生き物がかき分けて進んだ跡があちこちに見えた。だが、智樹はそれには目もくれずサッサと進んでいく。

 

「(あんな服装でよく行けるなぁ……)」

 

確かに智樹の動きに戸惑いが見えない。少しは転けそうになったり、足元を注意したりするものだが、そんな素振りは全く見えなかった。その時───

 

 

ドクンッ!! 

 

 

「(なっ!?)」

 

不意に将臣の心臓が大きく跳ねる。しかも一度だけではない。ドクン…ドクン…と何度も、激しく心臓が騒ぐ。

 

「(な……なんだ、これ───)」

 

「アレだ」

 

そこでピタリと止まった。そしてその先には

 

「割れた岩……?」

 

「いや、ご主人よく見よ……」

 

「何アレ……割れ目から……何か漏れ出てる?」

 

「湧き水では無さそうですね……明司くん、霧原さんアレは?」

 

彼らの前には大きな割れた岩があり、その裂け目から、白いオーラのようなものが湧き出ていた。

 

「この穂織の地の霊脈から漏れ出た魔力だ。どうやらさっきの奴らはこの魔力で生み出されたみたいだな」

 

「じゃあ、これを何とかすればもう祟り神は出て来ないのか!?」

 

「う~ん、残念だけどハズレだね。出て来てる魔力の量が少ない。今夜の奴はここから生まれたみたいだけど、少なくとも大元では無いね」

 

なんだ~…と皆ががっくりと項垂れる。

 

と、そこに将臣が何か光るものが見えた。

 

岩の近くにある。何かと思い拾い上げると

 

「なんだガラス……じゃ無いな……水晶の欠片……?」

 

雪斗たちが割れ目からこれ以上魔力が出て来ないように封印をかけてる最中、拾った欠片を月の光に当てて覗いてみる。

 

そう言えば、いつの間にか心臓の動悸が落ち着いていた。一体何だったのか?と考えるも貧血だろうかそれで無理矢理納得させる。

 

 

一方、雪斗たちの方は封印の手筈を順調に整えていた。

 

岩を中心に囲むように札を配置し、ところどころに術式を書き込み陣を組み上げる。

 

そして雪斗と智樹が並んで岩の前に立つ。雪斗は槍の刃先に呪符を一枚、滑らすように撫でる。智樹は、両手に芳乃の修行に使っていた剣、黒鍵を構える。

 

 

「流れをあるべきところへ。あるべきところに流れつけ。不要な道を作るべからず。今ここに、我らが道を閉じる」

 

 

智樹が黒鍵を裂け目に投げ込み、雪斗が槍を地面に思いっきり突き刺すと、陣が光り輝き、次第に裂け目から漏れ出ていた魔力が消えていき、光が消えると同時に魔力も出て来なくなった。

 

「これで封印完了ですか?」

 

「ああ、このくらいならコレでもう漏れ出る事は無い。常陸も今より修行を積めばこのくらいの封印式は出来るようになる」

 

「なるほど……ではまた明日から、よろしくお願いしますね、1つ目師匠?」

 

「ああ、覚悟しろよ家政婦くノ一」

 

フフ…と笑い合う2人。その後、一行は神社に戻り風呂で穢れを落としてからそのまま神社で一晩過ごした。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

『露見と謝罪』

 

 

 

「48……49……50……」

 

昨夜の祟り神祓いが無事に終わった翌日の朝、将臣は日課になりつつある公民館での朝稽古に精を出していた。

 

「53……54……55……56……」

 

ストレッチを終え、シャトルランをこなした将臣は、木刀での素振りを行っていいた。師である玄十朗は「少し席を外す」と言い離れているが、将臣はサボらず真面目に素振りを────

 

「60…………61…………無理……腕が……」

 

辞めかけていた。

 

両腕が生まれたての子鹿のようにプルプル震えていた。

 

「素振り100本なんて、辛すぎる……」

 

ちょっとくらい、休んでもバチは当たらないだろう……少し前の将臣ならそう考えただろうが、今の将臣は

 

「けど……朝武さんはもっと辛い事をずっと熟してきたんだ……雪斗だって、俺以上に鍛錬してるんだ……だったら……」

 

自分もこんな事で負ける訳にはいかない、そう思い、再び素振りを再開した。

 

「けどやっぱり、腕が辛いっ!!」

 

 

 

玄十朗side

 

 

「魔術師に英霊……か……」

 

「いきなりこんな事聞かされて、直ぐに信じて貰うとか、思っていませんよ。けど、これが事実です」

 

将臣に素振りを指示し、玄十朗は様子を見に来ていた雪斗から、先日のグラウンドの事を聞くついでに、雪斗の秘密を聞かされていた。

 

「本来なら、魔術関係の事を素人に話すのは魔術世界では御法度ですが、玄さんにはお世話になってますし、祟り神の事を知っているなら、俺の事も話すべきだと判断しました。何より、玄さんの人なりはよく知ってますし、信頼出来ます」

 

玄十朗に向ける雪斗の目は、迷いのないまっすぐなものだった。ならば自分も答えるべきだ。

 

「ありがとう、そこまで儂を信じてくれて。そして、巫女姫様の事や、将臣の事も。お前さんのおかげで祟り神の祓いが楽になったと聞くし、将臣も人としての成長する機会を与えてくれて」

 

「そんな大層な事はしてませんよ。俺は俺の出来る事をしただけ。アイツらの友達として」

 

「それでもだ。ありがとう、雪斗」

 

そう言って、深く頭を下げる玄十朗。ちょっと恥ずかしくなるが、素直に礼を受け取る事にした雪斗。

 

「なら先日のグラウンドの事も魔術関係か?」

 

「ええ、その事ですけど……玄さんのところでお世話になってるマークなんですが……」

 

「ああ、彼奴は中々良い男だぞ。力仕事はもちろん、仕事を早く覚えてくれて、助かっておる。マークがどうかしたのか?」

 

「ええ、まぁ……実はアイツも魔術関係の人間で────」

 

 

 

 

 

「それは、本当か?」

 

「信じられないと思いますが……」

 

「いや、先ほどからのお主の話はどれもそうだが、信じよう」

 

「……ありがとうございます。その上でお願いが」

 

「分かっておる。マークの事を外部に漏らさぬようにじゃろう?」

 

「それもそうですが、もう一つ。調べて欲しい事があるんです。『ユグドミレニア』の事について」

 

「むぅ……あの巫女姫様や茉子に手を出そうとしておる、あの若造の事か?」

 

「彼の事も踏まえて、ユグドミレニア一族の事を調べて欲しいんです」

 

 

SideOut

 

 

玄十朗への頼みを終え、彼は将臣との稽古へと戻り、雪斗も公民館を出ようとした時

 

「「あ……」」

 

こっそりと公民館の中を覗いていた制服姿の茉子と鉢合わせた。

 

「……なに忍者みたいな事してんだよ?」

 

「みたいなって、ワタシ元々忍者なんですけど!?」

 

「すまん、本気で忘れてた」

 

まあ軽口はここまでで、朝早くからこんな所で何してるのかと言うと

 

「ごめんなさい、私が頼んだの」

 

そこに、神社に居るはずの芳乃が陰から出て来た。

 

どうやら、将臣の様子が怪しく思い、朝早くから彼の後を付けて行ったのだ。

 

そして、将臣の朝稽古と放課後の鍛錬の事を知ったのだ。

 

「私てっきり、明司くんに特訓を受けてるとばかり……」

 

「あいにく俺は常陸だけで手一杯だ。それに剣の腕もそこまで高く無いから、玄さんに指導を受けるように勧めたんだ」

 

「と、言うことらしいですよ芳乃様」

 

「どうして……いつからこんな事を……」

 

「分かってるだろう。初めて祟り神祓いの時の後からだ。それともう一つ、お前の為だよ朝武」

 

呪いを終わらせたい、芳乃を助けたい!芳乃の力になりたい。彼女の婚約者としてではなく、友達として。

 

「明司くんの言うこともそうですが、後は芳乃様のお姿も。舞の姿や奉納の練習、そういった姿にも感化されたのだと思います」

 

「…………」

 

だからこそ朝早く、朝ごはんまでの時間まで押してまで鍛錬をし、放課後に更に厳しい鍛錬を受けているのだ。

 

それなのに自分は知らなかったとは言え、勝手な想像で将臣を非難していたのだと思うと、芳乃は神社に戻るまで黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

朝武家 居間

 

 

将臣が鍛錬を終えて、神社に戻り居間に入ると────

 

「真に申し訳ありませんでしたっ!!」

 

芳乃のDOGEZAが彼を出迎えた。

 

「え……何これ?新手のドッキリ?」

 

「勝手にダラけてるとか決めつけて、大変失礼な事を言いました。申し訳ありませんっ!!」

 

「ちょっと待って、状況が読み込めない。とりあえず頭をあげてくれない?」

 

「…………」

 

将臣がそう言っても、頑固として頭をあげない芳乃。部屋の隅にいた茉子や彼女に誘われて朝武家に来ていた雪斗に何とかして!と視線で訴えるが、如何することも出来ない、と首を横に振る。

 

「(困ったなぁ……)えっと……何がどうなってこんな事になってるのか、説明が欲しいかな~……なんて」

 

すると、茉子にが口を開く。

 

「有地さんがここ最近寝坊や、居眠りで芳乃様に気が緩んでいると、注意を受けましたよね?」

 

「ああ……けど朝武さんの言うことも正しいし、何も謝る事なんて……」

 

「けど理由はあっただろう?」

 

雪斗の言う通り、鍛錬が厳しくて眠気を我慢出来ない事もあるが、それは自分の甘えみたいなもので、芳乃の言うことはやっぱり正しいと思う将臣。

 

「て、あれ?……もしかして朝練や放課後の事……」

 

何も言わない茉子や、ピクッ反応した芳乃を見て、鍛錬の事がバレたのだと判断する将臣。

 

「言っておくが、俺は喋ってないぞ?」

 

「はい、明司くんの言う通りです。ワタシたちが勝手に有地さんの後を付けて行ったので」

 

すいません、と茉子も頭を下げるがそれは良い。

 

ただ、密かな努力が露見されるのは尋常でないほどに恥ずかしい。

 

「それにしたって、結局自分の自己管理が甘かっただけで、朝武さんが謝ることは……」

 

「それでも、何も知らず勝手に決めつけた事を申し訳なく思っているんですよ。芳乃様は」

 

「そう言われても……」

 

「本当に融通が聞かぬのぉ、芳乃は」

 

ムラサメの言う事も確かだが、それが芳乃らしいと言えるが、少々考えものである。

 

その間も当人は未だにDOGEZAを継続中。将臣が頭を上げてくれと再び頼む。

 

しかし、そんなわけにはいきません。と頑なに頭を上げない芳乃。

 

「確かに朝武さんの言うことも正しいよ。だらけていたら、そこから隙が生まれて大怪我に繋がる事だってある。それを考えて俺の事を思ってくれたんなら、尚更謝ることなんて無いよ」

 

「………」

 

やはりと言うべきか、一向に頭を上げない芳乃。将臣もこれ以上何を言うべきか分からない。

 

「この償いは何でも致します」

 

しまいにはこんな事まで言いだしてきた。逆にこちらが困るだけなのに。

 

流石に見ていられなくなったのか、雪斗はため息をつきながら、芳乃の元へ行く。

 

「朝武……誰もお前にそんなこと望んで無い。お前が勘違いしただけの話だろう?」

 

「ですが!その勘違いで有地さんを傷付けてしまい……!」

 

「そうだ、本人はそんなこと思って無いが、少なからず将臣を傷付けのは事実だ。なのにお前はまだ将臣を困らせたいのか?」

 

「困らせるなんて、そんなことは────」

 

「なら、今の状況はなんだ?」

 

「それは────」

 

どこからどう見ても、芳乃が将臣を困らせているようにしか見えない。せっかくの謝罪が意味を成さなくなっている。

 

「償いと言っているが、結局は()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!そ、それは────」

 

「違うって言い切れるのか?」

 

「っ!!………」

 

雪斗の言葉に何も言い返せない芳乃。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「違うって言うなら、キチンと将臣と顔を見て話をしろ。丁度今、顔を上げてることだし」

 

雪斗にそう言われ、ハッと気付いた。

 

いつの間にか、彼女は頭を上げている。そして、おそるおそる将臣の方を見ると、将臣は全く怒った表情はしておらず、変わらぬ笑顔を向けていた。

 

「あの……あ……有地……さん……」

 

「俺は気にしてないよ」

 

「でも、私は────」

 

「雪斗が大げさに言ってるだけです。俺はホントに傷付いてないし、気にしてません。まあ、困っていたのは確かだけど……(^-^;」

 

「本当に、申し訳ありませんでした。だから、何か償いを……」

 

やはり、何かしらのバツが必要なのかもしれない。でなければ、芳乃は納得してくれない。

 

ならばいっそのこと、「おっぱい揉ませて下さい!」とでも言おうか?

 

「あ、ご主人が何かエロいこと考えておる」

 

「将臣、お前………」

 

「最低ですね、有地さん……」

 

「いや、違うから!?ほんの、ほんのちょっぴり考えてたけど、そんなこと頼まないから!?」

 

やはり考えておった…と呆れるムラサメ。

 

あは…と、今まで見たこと無いくらい怖い笑顔を見せる茉子。

 

汚物を見るような目をする雪斗。

 

やはりおっぱいは辞める。言ったら最後、もうこの世に居られないかもしれない。ならば────

 

「じゃあ、一つお願いが……」

 

「はい……」

 

覚悟を決め、将臣の顔を見る芳乃。だが流石に美少女のような顔の芳乃に見つめられると、少し恥ずかしい。

 

「何恥ずかしがってんだ、将臣」

 

「ほほぉ……何か恥ずかしいお願いでもするのではないか?」

 

「違うから!ちょっぴり気恥ずかしいだけだから!」

 

「へぇ~……」

 

「常陸さん、とりあえずその笑顔は辞めて下さい。怖くて言いにくい」

 

しょうがないですね~、と普通の笑顔に戻った茉子を見て、ようやく芳乃へのお願いを口にする。

 

「俺を……認めてくれないか?婚約者としては……ともかく、一緒に呪いを祓おうと言う仲間として……友達として」

 

「有地さん………」

 

「朝武さん前に言ってたよね?『押しつけられただけ。お互いに上手くやり過ごしましょう』って」

 

「朝武、そんなこと言ったのか?」

 

「それはもう、冷たく突き放すようにな……」

 

「芳乃様………」

 

「ち、違います!そんな冷たくは言って……無いはず……と、ともかく!私は祟り神に近付けない為にはそうするしか……」

 

下手に仲良くすれば、将臣を巻き込み、危険な目に遭わせるかもしれなかった。

 

だが、もうそんな気遣いは必要無い。もうとっくに巻き込まれて、そして、共に戦えるように強くなった。

 

「だからせめて……普通の友達くらい……雪斗みたいに信用してくれないかな?」

 

「有地さん……」

 

「土下座をするような事は無く、変な遠慮は無い、普通に友達になりたい。それが、俺からのお願いだ」

 

もう少し、お互いの事を知り合えたらと思う。喧嘩しながらも、互いに認め合い、信じる雪斗と茉子のように。

 

芳乃は前と変わらないのでは?と思うが、これはとても重要で、大事で、大きな変化だと、将臣に強く言った。

 

「それは、まあ……そうですね。邪険な雰囲気ですと、お互いに疲れますし……」

 

「芳乃がそれを言うのか?どちらかと言えば、芳乃が一方的に空気を重くしていたと思うが?」

 

「ムラサメ様、それは言わない方が……」

 

「俺もそう思う。寧ろ将臣の方が頑張ってたような……」

 

「1つ目槍兵は黙って下さい」

 

「誰が妖怪だ、オイコラ」

 

グサッ!グサッ!とあちこちからの攻撃で、芳乃のライフは風前の灯火まで抉られた。

 

「まあ、確かにあの険悪ムードは、見てるこちらまで疲れましたねぇ……」

 

「茉子までっ!?」

 

グハッ!?と、止めをくらい、膝を着く芳乃。

 

「も………申し訳ありませんでしたぁ………」

 

「だからそれはもういいって!みんなも、わざと言ってない!?」

 

「「いえいえ、全然」」

 

寧ろ逆に怪しいが……それよりも

 

「で、どうかな?ダメ……かな……?」

 

「ダメ………じゃ、ないです。今後とも、よろしくお願いします」

 

「ありがとう!」

 

ペコリとお辞儀をする芳乃、どうやら認めて貰えたようだ。しかし、やはりまだ硬い。

 

まあ、早々親しくなれるとは将臣も思っていない。だが、他は違った。

 

「まだまだ硬いのぉ、芳乃」

 

「普通じゃありませんか?」

 

「これが普通だと思うのは、お前だけだ」

 

「そうじゃのぉ。もう少し茉子や明司を見習った方が良いと思うぞ、吾輩」

 

雪斗とムラサメにツッコまれ、とりあえず自分の知る軽い口調を試してみる。

 

「な、何卒よしなに?」

 

「更に硬くなった」

 

「芳乃様、もっと軽く、可愛らしく、親しげに」

 

「何か、この時代の若者たちが使ってる言葉があるであろう?」

 

軽く、可愛らしく、親しげに、そして今どきの若者口調、それをひたすら頭に叩き込み、そして以前テレビで見た事を思い出し────

 

「よ、ヨロピク、お願いします」

 

「「…………」」

 

「…………」

 

一瞬だが、居間が静かになった。そして

 

「ププゥ~!」

 

「///っ!?」

 

「な、なんじゃ『ヨロピク』って……ヤバい、ツボった……」

 

「(可愛いな……)」

 

「忍者モドキ、解説」

 

「モドキじゃありません。恐らくですが、『よろしく』をちょっぴり甘えた感じにしようとした……芳乃様なりの努力だと思います」

 

「なるほど……因みに穂織って、友達に『ヨロピク』って言うのが普通なの?」

 

「いや、俺は初耳だ」

 

「ワタシも初めてですね」

 

「吾輩は久方ぶりに聞いたのぉ~……うぷぷ……」

 

「//////~~!!」

 

もう耳まで真っ赤になり、また顔が見えなくなるくらい頭を下げる芳乃。

 

「えっと……俺も返した方が良いのかな?」

 

「芳乃様が踏み込んだ分、有地さんも歩み寄った方が良いのでは?」

 

「なら、俺たちもそうするか」

 

「じゃあ……ヨロピク、朝武さん」

 

「ワタシも、今後ともヨロピクお願いします。芳乃様」

 

「改めてヨロピクな、朝武」

 

「///うぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁ~~ん!!」

 

「あの……最初に笑った吾輩が言うのもなんだが、止めてやれ。本気で泣いとるぞ、それ」

 

「///うぅぅぅぅぅわああぁぁぁぁぁぁ~~ん!!」

 

 

 

こうして、朝武神社に芳乃の泣き声が響き渡り、彼等の関係は改めて始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???side

 

 

暗い部屋。明かりは水槽に入っている薬液から発せられる光と何か巨大な装置から漏れる光だけ。

 

そこに1人の人間が大きな紙に書かれた術式や文字を食い入るように見る。

 

その横には、古い木箱のような物が置いてある。

 

「もう少しだ……もう少しで完成する……そうなれば……フフフ………ハハハ……!!見ていろ、ハートレス!私はお前を越える!そして、我が願望を叶えてみせる!!」

 

狂ったように笑うその人物に共鳴するように、装置から漏れる光も鼓動するように点滅した。

 

そして、木箱からは、葉っぱのような物がチラリと覗いていた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

 

 

『欠片と呪詛』

 

 

「………ここは………」

 

 

見渡す限りの焼け野原と血に濡れた大地。

 

 

背後には、あちこちから火が上がりながらも未だにその存在を見せ付けるようにそびえる城が。

 

 

草木は一つも見えない。それもそのはず、その上には多くの甲冑を身に付けた死体が埋め尽くされているのだから。

 

 

刀で切り裂かれた死体、槍で貫かれた死体、銃に撃ち抜かれた死体。見渡す限りの死体の数々。

 

 

そして、その中心に立つのは1人の人物。

 

 

その者も傷だらけで、直ぐにでもこの死体達の仲間になりそうな佇まい。

 

 

だが、まだだ。まだ倒れる訳にはいかない。

 

 

背後の護るべき大阪城がある限り、護るべき主、秀頼様がいる限り。

 

 

この命がある限り、()は倒れる訳にはいかない。

 

 

 

*  *  *  *  *

 

 

パチッ……ムク……

 

 

「最近、多くなったなぁ……」

 

そう言いながら、右目を押さえながら枕元に置いてある眼帯を付ける。

 

寝起きのはずなのに、体に熱を感じる。もちろん風邪ではない。

 

自分の中にいる英霊が原因だろう。

 

ここ最近になってから、英霊の力を使う事が多くなってきた。それがあってか、また浸食が進んでいるのかもしれない。

 

今はまだ鏡を見ても変化は見られないが、いつ気付かれるか分からない。

 

その時、自分は自分であり続けられるだろうか……

 

 

『いなくなったりしない?』

 

 

「………大丈夫、あのバカがいる限り、俺は『明司雪斗』であり続けるさ……」

 

そして、雪斗はいつも通りに朝の支度を始める。

 

 

 

通学路

 

 

「────と言った感じで、お二人は射精管理ならぬ、排尿管理と言ったプレイをする仲までなれたんですよ」

 

「一日経っただけで、どうやったらそんな仲になれるんだよ?」

 

「「違うから(ます)!!??」」

 

学院への通学路、将臣達と合流した雪斗は、何やら将臣と芳乃がモジモジしてる光景を見て、茉子から事の経緯を聞いた。

 

何でも、芳乃が入った後に、将臣が入ろうとしたのを芳乃が全力でしたとの事。

 

年頃の女子として、自分が入った後のトイレに男子が入るのは恥ずかしいのだ。

 

「なんだ、てっきりそんなマニアックなプレイをするほど仲良くなれたと思ったのに」

 

「ワタシもてっきりそう思ったのですが」

 

「雪斗はともかく、常陸さんは嘘だろう!?そもそもトイレを管理されるとか嫌過ぎる!」

 

今回はたまたまだが、同居する上では、気を付けていこうと心に誓う将臣。

 

「とりあえず、音の装置を取り寄せておいて、茉子」

 

「明司くんはそう言った魔術とか使えませんか?」

 

「自分の師匠や魔術をなんだと思ってる。あるにはあるが、そんな下らん事に魔術を頼るな」

 

だが、芳乃がこう提案してくると言うことは、将臣と一緒に暮らす事を前向きに考えてくれている証拠だ。

 

これはこれで、大きな一歩だ。

 

「今さらですが……異性との同居って難しいですね。気を遣わないといけない事がたくさんあります……」

 

確かにトイレもそうだが、入浴と洗濯もそうだ。これはもっとよく話し合っておこうとなった。

 

そこに茉子が何か思い出したのか、鞄からハンカチの包みを取り出し、中を見せる。

 

「ん?なんだコレ?」

 

「あ、コレはこの前のお祓いの時に見つけたんだ。ガラスの破片だと思うんだけど、気になってズボンに……」

 

「はい、ズボンのポケットに入ってました。洗濯の時に気付きまして、ただの石かと思ったんですけど、一応確認した方が良いかと」

 

「ありがとう、すっかり忘れてたよ」

 

「なら確認して良かったですね。お返ししますね」

 

「有地さんには、そういった石を集める趣味が?」

 

「いや違うから。ただ気になっただけで……」

 

そう言われてみれば何故だろうか?

 

この欠片からは目が離せない。

 

光にかざすと向こうが透けるぐらい透明で、その中心には何か白い靄が掛かっている。

 

それ自体は変では無いが、拾った時同様、意識が引き込まれそうになる感覚を覚える。

 

そして、その欠片に気になる者は将臣だけではなかった。

 

「おい剣精霊(ムラサメ)。コレって……」

 

「うむ、コレは……」

 

ジィー…と欠片を睨みつける雪斗とムラサメちゃん。

 

「ど、どうしたの二人とも?」

 

「いや大した事ではないのだが……」

 

「魔力のような妙な気配を感じるんだよ」

 

「魔力って……まさかコレって、祟り神の欠片っ!?」

 

「いや、そんな禍々しい気配じゃないことは確かだ。けど……なんか引っ掛かるなぁ……」

 

「明司の小僧の言う通り、欠片自体に大した力は無い。何故だろうか……ご主人の気配に似ておるような……それに祟り神の欠片に無いにしろ、その近くで拾ったのなら、何かしらの関連があるのでは無いか?」

 

確かにムラサメちゃんの言う事に一律ある。ならこのまま捨てるのはマズい。だからと言って、何の対策もなく所持するのも、危険だ。

 

雪斗に預けるのはどうかと考えたが、雪斗の工房の魔力でどんな反応を見せるかも分からない。

 

「ならば、駒川の者に預けるのが1番ではないか?」

 

みづはは穂織の医師であり、祟り神の事も知っている。穢れについてもある程度知識はあると言っていた。

 

「駒川の一族は元は陰陽師に精通していたと聞いたことがある」

 

「それって、雪斗と同じ魔術師の家系じゃ……」

 

「いや、マダシ(智樹)から聞いたが、駒川の一族はあくまで祈祷や占術に長けていただけで、妖怪退治や魔術的な事はほとんど無かったらしい」

 

そう言えばあの飲んだくれ神父の一族と、駒川の一族と幾らか交流があったはず。

 

そして時代に連れ、駒川は陰陽師から医者へと鞍替えしたらしい。明司の一族とは逆だ。

 

「だがその後、穢れや呪詛に関する調査を当時の朝武家当主から任されていたのだ。もしかしたら、この欠片について何か知っておるかもしれん」

 

「ムラサメちゃんや雪斗でも知らない事を?」

 

「吾輩は明司の小僧のように呪詛に対してこれと言った知識は持ち合わせておらぬ」

 

「先生の一族が陰陽師からの流れなのは知ってたけど、こっちの事情もあって、向こうがどれくらい知ってるか、知らないんだ」

 

だが、今はそうではない。ならば情報収集・共有の為にも、今から皆で行く事にした。

 

もし関係があるのなら、一刻も早い方が良いだろう。

 

 

 

学院に連絡を入れた将臣達一行はみづはの診療所へと向かっていた。

 

みづはの診療所は診療時間は決まっているが、緊急に対応出来るよう、奥が住居になっている。

 

だから基本、診療所に連絡を入れておけば、彼女と話が出来るのだ。

 

そして、診療所に入ると入り口で待っていてくれた彼女に案内され、奥の診療室まで通された。

 

そして、将臣からの説明を一通り聞いたみづはは軽く頷きながら聞いて

 

「ちょっと、その欠片見せてくれるか?」

 

そう言って、指で欠片を摘み、光に透かしながら様々な角度から観察した。

 

しかし、みづはから見ても、ただの水晶の欠片にしか見えなかった。

 

「それで、有地君はこの欠片から何か感じるのかい?」

 

「いえ、感じるって言うか……気になるんですよ。ずっと眺めていたいような……手元に置いていたい気分になるんですよ……何故か」

 

「ふむ……芳乃様と常陸さんは?」

 

「ワタシは何も……小さいですけど綺麗だと思います。そんな感想しか……」

 

「私も特には……」

 

「実際に触れてみても、何も変わらない?」

 

そう言われ、まず茉子から手に取り、今度は手の平で転がすようによくよく確認すると

 

「あれ………ん~……?」

 

今度は何かを感じ取ったのか、首を傾げる。

 

「どうしたの?何か感じる?」

 

「はい………なんて言いますか……魔力?に、似た何かを……」

 

「なるほど……これが君が感じたものかい?」

 

そう言って、部屋の隅にいる雪斗に問う。雪斗は今、駒川の一族が保管している呪詛の資料に目を通していた。

 

「おそらく。ただ、それが魔力で無いと言い切れないし、魔力だと言う事も出来ません」

 

「魔術でこの欠片を調べる事は出来ないのかい?」

 

「それはここに来る途中で軽く解析しましたが、欠片に何かしらの力が混ざっている、て事しか分かりませんでした」

 

欠片のほぼ中心、丁度靄が掛かっている辺りから感じ取れた。

 

そして、今度は芳乃が茉子から欠片を受け取ろうとした時────

 

バチッ!

 

「きゃっ!」

 

「芳乃様、どうなされました!?」

 

「何かありましたか!?」

 

急に欠片から軽く弾かれたように、床に尻餅をつく芳乃。それを見て、慌てて彼女の元に駆け寄る茉子とみづは。

 

「い、いえ、大丈夫です……ちょっとビリッとしただけで……」

 

「静電気……では無いですね、少なくとも……」

 

「そうだな。将臣や常陸、そして俺とは全く違う反応を見せた。ならこれは───」

 

「芳乃様の呪詛に関係していると……?」

 

「朝武、もう一度手に取ってみてくれるか?」

 

「わ、分かりました」

 

今度はそぉ~と、慎重に欠片を摘み取ると、今度は何も反応せず、色んな角度から欠片を見る。

 

「あれ……今度は何も……」

 

「明司くん、これは……?」

 

「俺もサッパリ……呪詛に関連してるなら、さっきみたいな反応があるかと思ったが……」

 

てっきりまた電気が走ったり、例の犬耳が生えてくるかと思ったが、違っていた。

 

「芳乃様、本当に大丈夫ですか?」

 

みづはが心配そうに見つめるが、やはり何も感じない芳乃。

 

「もしかすると、祟り神とは無関係なのでは?」

 

「もしくは、反応しない程度の弱い関係だった可能性もある……」

 

「なるほど……それはあるかも」

 

この中でムラサメが見えないみづはは、芳乃と将臣が誰もいない所に向かって会話をしてるのを見て、そこにムラサメが居ることを予想する。

 

「えっと……ムラサメ様はなんて仰ってるの?」

 

「耳が生えないのなら、祟り神とは無関係か、反応しない程度の関係か、そのどちらかだろうって」

 

「そう……芳乃様、本当に何もありませんか?どんな些細な事でも構いません。調べるのはこれからです。“気のせい”、なんて気にせず何でも言って欲しいのですが」

 

「そうですね……強いてあげるなら……なんだか安心出来るかもしれません。安堵……と言うと大げさになるので、そこまでではないんですが……」

 

「安心……」

 

「ワタシにはそんな感じはしませんでした。明司くんはどうでしたか?」

 

「俺もだ………朝武が感じたものと将臣が感じたものは、もしかしたら近いものかもしれないな」

 

「そう言われても、ホントに些細なものだけどなぁ……」

 

「私もです。漠然とし過ぎて、とても言い辛いのですが……」

 

「とにかくこれは、1度私に預からせて貰っても構わないか?私なりに調べてみるから」

 

「良いのか、雪斗?」

 

「そうだな、俺より、みづは先生の方が朝武の呪詛に関して詳しい。その代わり、この資料を少しお借りしても?」

 

「それは勿論。実は一部暗号化されてるところがあって、私では解読出来ずにいてね」

 

みづはの言う通り、古い資料にはところどころ暗号化されてる部分がある。

 

しかもこのやり方は魔術師が使うような暗号だ。

 

鞍替えしたとは言え、さすが元陰陽師の家系だ。

 

「ただ、医者の仕事を疎かにするわけにはいかないから、少し時間を貰えないか?」

 

「構いません」

 

将臣たちも、首を縦に振った。

 

「まずはこれが普通の鉱石かどうかだが……拾った時に落ちていたのはこれだけ?他に気になる物は無かったのかい?」

 

「あ~~……どうだろう……?何となく拾っただけだし……あの時は雪斗たちは霊脈の漏れを塞いでたよな?」

 

「残念だが、俺も封印に集中してて、何も見てないな……」

 

「その場所は?」

 

「大まかですけど……」

 

「俺は覚えてる。将臣と一緒に案内しますよ」

 

「いや、場所さえ教えて貰えれば私が時間を作って見に行くよ。もしこれと同様の物が他にもあるのか……これが何かの欠片なら、欠け落ちた元があるのか。まずそれを調べたい」

 

「いや、それなら吾輩とあの魔眼神父(智樹)が行こう」

 

「ムラサメ様と霧原さんが……ですか?」

 

「?えっ、ムラサメ様……?」

 

声も姿も見えず、戸惑うみづはを置いてムラサメは続けた。

 

「アレだけ小さな物。場所を限定しても、見つけるのは困難だ。だが気配を感じれる吾輩と、魔眼持ちのあの神父なら、探しやすいだろう?」

 

「分かった……頼むよ。でも、ちゃんと夜までには帰って来いよ?」

 

「ご主人こそ、勝手に無茶をするでないぞ?」

 

「そうだな、1番の心配はそこだな」

 

「「確かに」」

 

「3人までっ!?」

 

「なら、吾輩は先んじて向かうとしよう。ついでだ、あの魔眼神父にも吾輩から声をかけよう」

 

そう言って、ムラサメの姿が消えた。霊体となり、山中へと飛んで行ったのだろう。

 

「えっと……ムラサメ様はなんと?」

 

話についていってないみづはに、欠片捜索の事を話した。

 

「そ、そうなんだ……?」

 

ムラサメが見えないみづはから見たら、4人のとも幽霊と話しているようにしか見えなかった。

 

「そうか、ムラサメ様たちが調べてくれるならありがたい。お言葉に甘えさせて貰おう。これで私も欠片への調査に専念出来る」

 

「なら俺もこの資料を徹底に調べてみるか……」

 

「……資料……」

 

「さて、そろそろ診療所を開けないと。君たちは学生の本分を果たしなさい。もう授業が始まってる時間だろう?」

 

「はい、分かりました」

 

「失礼します、みづは先生」

 

「………」

 

茉子と芳乃は鞄を持ち、すぐに診療室を出た。しかし、将臣は何か考え事をしてるのか、その場から動かず立ったままだ。

 

「将臣?何してる、俺たちも行くぞ」

 

「ごめん、ちょっと先生に聞きたい事があるんだ。先に行っててくれないか?」

 

「………そうか」

 

「有地さん、明司くん?どうかしましたか?」

 

「すまん朝武。俺たちは野暮用があるから、常陸と先に行っててくれ」

 

「そうですか、分かりました」

 

そして、芳乃は茉子と共に、先に学院へと向かった。

 

診療室には雪斗と将臣、みづはの3人だけになった。

 

「雪斗?何でお前は行かないんだ?」

 

「将臣の聞きたい事が気になってな。授業の事は気にするな。少なくともお前よりは成績良いから」

 

「ぐっ……!否定出来ない……!」

 

「はいはい、そこまで。それで、聞きたい事とは?」

 

「雪斗の持っている資料って、祟り神や呪詛に関する資料ですよね?その……俺にも貸して貰えませんか?」

 

「まあ、それは構わないけど……どうしたの?」

 

「俺……今まで祟り神と戦う事しか考えてきました。でも本当は……呪詛を解くことです。その為にも、もっと知らなきゃいけないんじゃないかと思って……」

 

その為にも、自分も資料を読んで、祟り神や呪詛に関する事を自分なりに知りたいのだ。

 

「そうか……明司君や有地君は外の人だったね。まあ明司君はともかく、芳乃様や常陸さん、呪詛に関わる人間は子供の頃から説明を受けているから失念していたよ」

 

雪斗は過去に偶然祟り神と遭遇した事があり、それから穂織の事情を知ってる智樹から、祟り神の事や穂織の霊脈について聞いているのだ。

 

「しかし、う~ん……」

 

「やっぱり……ダメですか?」

 

「いや、ダメでは無いけどね。しかし何故私に?そこにいる明司君でも良いんじゃないかな?なんなら芳乃様や安晴様でも……」

 

「あ~……それは────」

 

実は先日、安晴と芳乃にも聞いてみたのだ。しかし、何か言いにくそうにして、結局何も話してはくれなかった。

 

あの時見せた複雑な感情が入り交じった笑顔、それに芳乃からも、深くは聞かないで欲しいと念を押されたのだ。

 

だが何時までもそんなこと言っていられない。けどやはり、あの時の2人の雰囲気を思い出すと、深く踏み込む事を躊躇ってしまう。

 

「雪斗も事情は知ってても、あくまでこの穂織の霊脈が呪詛に関連しているって事に集中してて……」

 

「そうだな、よくよく考えると、何故そんな呪詛をかけられたのか、その事情はあまり知らないな……」

 

「もしかしたら強く頼めば教えてくれるかもしれません。けど────」

 

教えたくない理由、それは将臣が知る必要の無い事、もしくは知って欲しくない事なのかもしれない。

 

「もしそうなら、俺の行動は2人を傷付ける事になります。でも知識が疎かにするわけにもいかなくて……それで……」

 

「なるほど……それで当たり障りのない資料が1番だと思った訳だね……う~ん……分かった。明司君、すまないが先に有地君に資料を貸しても良いかな?」

 

「それなら全然。でしたら、どの資料が良いですかね……?」

 

「えーっと……有地君は何も知らないんだよね?」

 

安晴からは、あくまで伝承も事実と違う部分があるだけとしか聞いていない。なので具体的な事はサッパリだ。

 

「そうだね、違うと言うか……祭りを盛り上げるために脚色されてる部分が多いね。実際はもっと血なまぐさくてね───」

 

 

 

数百年前、朝武の家に2人の跡継ぎがいた。

 

長男は快楽主義者で、面白そうな話があればすぐに飛び付くような短絡的。自分の欲求が満たされなければ暴れ回る、ワガママで、感情だけで動く人物だった。

 

次男はとても人間が出来た人だった。土地の治め方を積極的に学び、武芸にも長け、身分関係なく、様々な人に優しく接し、また皆にも慕われていた。

 

そして当然、『弟君に家督を!』と言う声が多かった。

 

しかし長男は納得出来ず、何とか家督を奪おうにも、付き従う者は少ない。これでは反乱さえも起こせなかった。

 

そんな長男をそそのかしたのは隣国のとある大名。

 

長男は直ぐさまその話に飛び付き、隣国を率いて謀反を起こしたのだ。

 

 

 

「つまり、元々は跡目争いの話だったんですか?」

 

「血なまぐさい骨肉の話では観光客を呼べないからね。だから妖がそそのかした……と言う脚色が加えられた。戦の背景もバッサリ削った訳さ」

 

「でもちょっと待って下さい。叢雨丸がある以上、その妖の部分もただの脚色じゃないんじゃ……」

 

「それもそうなんだが……」

 

「将臣、そもそも呪詛って何なのか知ってるか?」

 

「なんとなく……憎い相手に不幸が起こせるように願う……そんな呪いみたいなものだよな?」

 

「一般的にはそうだな。だが呪詛のような呪術の類は特に()()()()()()()()()

 

「それって……!」

 

「通常の魔術が『そこにあるものを組み替えるプログラム』であるのに対して、呪術は『肉体を素材にして組み替えるプログラム』、物理現象にあたるんだ。肉体を素材……つまり、()()()()()()()()()

 

明司の一族も呪術をベースにしてるが、西洋の魔術とミックスしているのである程度、犠牲は省略出来る。

 

しかし、やはり自身の肉体を犠牲にする事はある。

 

 

 

そして、長男は暴力的な一面もあった。面白半分に動物を傷付ける事にも罪悪感を感じなかったそうだ。

 

そう、妖と言うのは権力者を誑かす妖怪でなく、長男が起こった呪術の類なのだ。

 

自分を跡継ぎに選ぼうとしない父親を怨み、自分よりも慕われる弟を怨み、呪詛をかけたのだ。

 

本人からすれば、憂さ晴らし程度のものだったんだろう。しかし呪詛は霊脈の魔力と反応し発動、実際に不幸が起きたのだ。

 

そして予想外の事がまだあった。

 

使用した呪詛が思いのほか強力だったので、朝武の家だけでなく、穂織の土地にも影響したのだ。

 

それで朝武は土地神から叢雨丸を授かり、呪詛を祓い、隣国との戦にも勝利した。

 

しかし、呪詛に霊脈の魔力が供給され続け、未だに朝武の家を呪っているのだ。

 

 

 

「で、ここからが有地君の知りたい呪詛の内容だ」

 

えーっと…と雪斗が持っている資料の中から、幾つかを取り出す。それは他と違い、ずいぶん新しいものだった。

 

みづはが、先祖の残した資料を元に穢れに関する事をまとめた資料だ。

 

「呪詛自体に関する事は明司君の方が詳しいかもな。なにぶんこの先からは長くなるからね。私から説明を聞くより彼の解説付きだと分かりやすいと思うよ」

 

「そうだな……魔術に関する事はあまり多くは語れないが、それくらいなら」

 

「ありがとうございます」

 

「元になった資料は他にもあるが、大切に扱ってくれたまえ?それなりに大変だったんだ……」

 

それから、本棚から新たに別の資料を渡された。こちらも先祖の残した資料を元に作った伝承に関する資料だ。

 

「もし何か気になる事や、不明な点があれば連絡してくれ」

 

「「ありがとうございます」」

 

そして、借りた資料を鞄に入れ、2人も学院へと向かった。

 

そして1人残ったみづはは診療所の準備を進めた。

 

「そう言えば………明司君はどうして祟り神なんかと遭遇したんだ……?」

 

それさえ無ければ、彼も巻き込まれずに済んだのに。

 

しかし、そのおかげで協力者が増えてくれたから良かったが……

 

 

 

通学路

 

 

「あ、来ましたよ芳乃様」

 

「思ったより長かったですね?」

 

「あれ、朝武さん?」

 

「常陸まで……2人とも先に行ったんじゃ……?」

 

急いで学院に行こうとした2人に、診療所近くのベンチで座ってた芳乃たち2人が待っていた。

 

「俺たちに気にせず、先に行ってくれて良かったのに」

 

「いえ、どうしようか悩んだんですが、芳乃様が待ちたい、と仰ったので」

 

「いえ……まあ、その……ここまで来て、先に行くのもどうかと……」

 

モジモジと言う芳乃。彼女なりに友人としてどう接するのか考えてたのだろう。

 

「あの!も、もしかして……ここは素直に先に行くべきでしたか!?」

 

「そんなに慌てなくて良いよ。ありがとう、待っててくれて」

 

将臣が礼を言うと、ホッと胸をなで下ろす。慣れない事にはやはり、体に力が入ってしまうのだろう。

 

だが、その時の彼女の安堵の笑顔はとても可愛らしかった。こう思えるのは、以前よりも彼女との距離が近付けたことだろう。

 

「それで、明司くんたちは何を話してたんですか?」

 

「まぁ……いろいろな……」

 

流石に今ここで、朝武の過去を聞いていた、なんて話せず適当にはぐらかす雪斗。

 

「あは~……殿方が魅惑の女医さんに秘密のお悩み相談ですか~?気になりますね~?」

 

「少なくとも、お前が想像しているような相談はしてない」

 

さっさと学院に行こうとした時、僅かに抵抗を感じる雪斗。見ると、茉子が雪斗の服の端を掴んでいた。

 

あの夜のように

 

「なにかお困りでしたら、ワタシもご相談に乗りますよ……あなたはいつも1人で抱え込む事が多いですから」

 

「常陸………」

 

「それにワタシ、こう見えても知識は豊富なんですよ?なんせ女忍者、くノ一ですから!」

 

「いや、そこは関係ねぇだろう」

 

けどまあ、時が来たら話そう。抱え込んでる全てを。そう心に誓う雪斗だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。