「お母さん?あの子、なんで縛られてるの?」
「じろじろみちゃだめ!ほら!行くよ!」
「ねぇーーなんでー?」
栄養が足りていないことが容易に見て取れるほどボサボサで薄汚れた色素のない髪の毛は腰ほどまで伸びて、端正な顔のには紅い火傷の傷跡が顔の左半分を覆っている。そしてそれの身分を示すかのように歩くごとに鳴る鎖の音。
「おい!奴隷!」
「、、、」
「おい!奴隷!呼んでんだよ!返事くらいしろ!」
背中に慣れた感覚。皮膚から神経、そして脳へ。
「はい。すみません」
「へっ。やっぱこいついかれてやがるな。こりゃすぐ壊れなさそうで良いじゃねぇか。ギャアギャア叫けばねぇしな。おまけにご主人サマの護衛もできると!いい買いモンしたもんだなぁ」
再び背中に感覚。本来、それは痛みと呼ばれる感覚だが少年にとってそれは感覚でしか無かった。
感覚を受け止めるとジャラジャラと鎖の音を鳴らしながら少年はまた歩き出した。後ろから響く蹄の音。その時、目の前に一人佇む老年の男性の姿が有った。
「なんだ?あのジジイ?」
そして彼等は男性へと近づいていく。すると嗄れた声。
「すみません、少しお聞きしたいことがあるのですが、貴方がスレバーさんでしょうか?」
声を荒げるスレバー。
「あ!?どうしてお前が俺の名前を知ってんだ?」
「その様子ではスレバーさんは貴方ですか。それはそれは」
男性は何かを呟いた。そして直後、道の傍から剣を持ち、鎧を身に纏った集団が出てきて彼等を囲った。
「ちっ!囲まれた!おい奴隷!やれ」
「はい」
少年は腰に差した大小二振りの刃を抜いた。そして鎧に向かって駆けていく。
「おお!疾い!」
長い髪をなびかせながら自分達を囲う沢山の鎧へと攻撃をする。
「奴隷へは罪は問わないので必要以上に攻撃せず生捕りにしなさい。必要な攻撃は許可しますが」
少年は指示を下している老年の男性へと距離を詰めた。そして刃で首を落とそうと振り上げた瞬間、急に軽くなる腕。
「これは必要な攻撃ですね。おや、これでも怯まないとは。もう片腕必要でしょうか」
そしてまた軽くなる腕。刃が地面に落ちる音が響く。少年の視界に写る肘から先のない両腕、滝のように流れ出る血。少年は地面に倒れた。
「さぁ、スレバーさん。違法奴隷商人スレバーさん。ついてきてもらいますよ大人しくついてきてもらいますよ。さぁ誰か縄で縛りなさい。そしてこの少年は応急処置をしたら、、って逃げられたんですか?腕のない状態で?血を流した状態で?いやまだ応急処置の途中と。ほぉ。いえ、いいですよ。追う必要はありません。おそらく、また、会えるでしょうからね」
男性はそう言うと口を三日月の様に歪めた。
森の中を列を成して歩く種族性別年齢、様々な集団。そしてその列の先頭を道化の旗を持った金髪の小人族の男が歩く。静かな森を切り開くように集団の騒々しい話し声。しかしそれは先頭の小人族の声で止まるのだった。
「誰か!回復魔法を使える者はすぐに来い!腕のない少年が倒れている!」
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序章 の続き
部活とか勉強とかとか色々あって気づけば一話目投稿から結構な日数が、、、時間からは気を付けますが基本的に作者の気分次第で投稿するのでご了承下さいな。それと言い忘れていたことが。これ原作より6年程前の話です。
耳の近くに聞こえるゴソゴソと曇った音に久しぶりの意識を取り戻した。しかし瞼は重い。それに背中を包む初めての感触。それは冷たい石の感触でも鞭の感触でもない、まるで分厚過ぎる衣服の様な、、。背中にあるものが何なのか考えているうちに瞼は軽くなってきた。そしてゆっくりと瞼を開いた。
すると視界に映る知らない光景。これは天井、だが自分が見慣れた馬小屋の天井でも牢の天井でもない。
「ここは?」
「ん?すまない、起こしてしまったようだな」
耳元で聞こえる落ち着いた女性の声。
「あなたは?新しいご主人様ですか?」
少年の台詞に少し複雑な表情を浮かべた目の前の女性。女性は少年の首元の焼印や手首や足首についた鎖の跡、背中の鞭による傷痕から彼が奴隷だったと推測していたがそれが今の少年の台詞で真実へと変わった。
「すまない。私は新しいご主人様ではないし君の主人はもういない。これから君は自由になる」
「私はリヴェリア。リヴェリア・リヨス・アールヴ。よければ君の名を教えてほしい」
「僕に、名前はないです。好きなのように呼んで下さい」
「そうか。それなら君に名前をつけなければな。どんな名前がいいか?」
「名前、ですか?そんなもの、僕には、、、」
「これから君は自由になって奴隷じゃなくなるって言っただろう?それなら名前は必要だ。しかし直ぐに名前を決めると言うのも難しいか。希望があればいつでも言ってくれ。私も考えておこう」
その時少年は何かを思い出して焦ったように身体を覆う毛布をめくり自分の腕を見た。そこにあるのは肘から先のない両腕。
再び複雑な表情を浮かべる女性。
「君の腕だが今腕の良い職人に頼んで急ぎで義手を作ってもらっている。もし落とされた腕が有ればつけることは出来たかもしれず、団員達が辺りをよく探したのだが見つけられなかった。すまない」
そう言って頭を下げるリヴェリア。
「いえ、、僕は腕を切り落とされてから走って逃げたのでないのは当たり前です。こんなに手間とお金をかけていただいて、、すみません」
そして沈黙が訪れる。しかしその沈黙をリヴェリアが破った。
「そういえば君は二振りの極東風の剣、刀?といったか。それみたいな武器を持っていたが戦えるのか?」
「はい。僕の役目は戦争が起こった時の傭兵、若しくは護衛等ですので」
戦闘用の奴隷。それは物心ついた時から武器に触れ、徹底的に戦いを仕込まれるから下級冒険者くらいなら軽く凌いでしまうほど強いという。
「そうか。なら団長と主神から君にと預かった提案がある」
「?」
「もし良ければこのファミリアに入団しないか?」
「入団、、、?」
「ああ。このファミリアに入団してここで生活しながら冒険者として暮らす。悪くないだろう?もし行くあてがあるなら無理強いはしないが。いつもなら団員の一人と模擬戦を行なって実力を把握してから面接をして最終的に入団可能かどうかを決めるのだが、君はある程度戦えるとみなして人柄においても問題なしとして試験を通過したことにしよう。ただ少しこのファミリアの主神と団長と話してもらうが」
行くあてのない少年は諦めて入団したいと素直に頷いた。するとリヴェリアは団長と主神を呼んでくると言って席を外した。
改めて見回してみると設備が整った場所だ。見知らぬ怪我人にも提供できる数のベットと部屋があり部屋には箪笥やランプなど必要なものが全て揃っている。そして木の箪笥に掛けられている見慣れた武器を見つけた。あの時、あの戦いで二振りとも落としたと思っていたがどういうわけかそれは自分の腰の鞘に差さっていたらしい。装飾は極めて少なくただ斬ることだけを目的としたその刃は寧ろ装飾が有るものよりも綺麗に見えてくる。
そうして部屋を眺めているうちに部屋の扉が開いた。入ってきたのはリヴェリアと赤髪で糸目の女性、金髪の小人族の男性だった。
糸目の女性と金髪の男性は僕に近付いて笑みを浮かべた。
「やぁ。僕はフィン・ディムナ。このファミリアの団長さ。よろしく」
「ウチはロキ。このファミリアの主神や。よろしくな」
「よろしくお願いします」
初対面の二人との軽い挨拶が終わると二人は少年に向いて椅子に座り話しかけた。
「怪我の具合はどうだい?最初は失血が酷くて身体も冷たかったから正直駄目かと思ったけどこうして話せるまで回復できたのは本当に良かったよ。取り敢えず君について少し教えてほしい」
「僕について、ですか?」
「せやな。何歳だとかどこ出身だとかそういうのを言ってくれへんか」
「名前はありません。年齢は、分かりません。出身地もわかりません。特技は戦闘全般です。あと少しだけ医学を学んでいたので怪我の治療等は出来ます。これでいいでしょうか」
「ああ。大丈夫だよ」
フィンは羊皮紙に羽のペンでメモをしていく。そして次の質問を投げた。
「ファミリアに入ったらしたいこととかはあるかい?ざっくりしたものでもいいよ」
少年は考える。なにしろファミリアの入団を決めたのは今さっきだ。それも確かな意思が有ったわけでもなく。
「すみません。まだありません」
「まぁ仕方ないわな」
ロキからのフォローを受けてフィンは苦笑いする。そして最後にと言いながら質問を投げた。
「君はこれから自由の身になる。といっても他の人と同じになるということだけどね。どう生きていきたい?」
「それも、僕には分かりません。まだ、自由を得た実感すらありませんから。ただ今までの経験を使って自分に出来ることをします」
「うん。良いね」
フィンは羊皮紙に書き終えると立ち上がって、優しく肩を叩いた。
「ようこそ。ロキ・ファミリアへ」
「これは早く名前をつけなければな」
少年はフィン達に向かって頭を深く下げる。それは極東の国でみた忠誠の合図らしい。
「これから丁度夕飯の時間だ。君も来てくれ。新入団者ということで簡単な自己紹介を頼む」
「はい」
「それとその長い髪だがずっとおろしっぱなしというのも何処か引っ掛けてしまいそうだし、私が纏めてやろう」
ガヤガヤと賑やかなロキ・ファミリアの食堂の扉が開く。後ろで一つに太く編まれた長い白髪がその少年の歩く振動で揺れる。150少しの身長にその可愛らしい顔立ちと花のような匂いがする綺麗な髪がそれの美しさを際立てている。
「アイツは誰だ?」
「この間の腕のない子でしょ?リヴェリアがなんか入団させるかもっていってたし」
「うそー?うわー綺麗ー」
狼人の青年とアマゾネスの少女達がゆっくりと前へと歩くそれを見てそう溢す。
演台へと向かう少年。その姿を全ての団員がしっかりと観ていた。
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腕得て
少年がロキファミリアに入団して5日が経った日のことだった。少年は入団したら直ぐにダンジョンへ行けると言うわけではなく自分の腕の到着を待ちながらリヴェリアと勉強漬けの日々が続いた。その日も丁度リヴェリアと勉強をしていると図書室の扉が開いた。
「おーい、リヴェリアいるー?それとシロもいるー?」
声を抑えつつリヴェリアと少年を呼ぶ声。全身が白いからシロ。そう決まった仮の名前を呼ばれ、シロとリヴェリアは声の方向を見た。
「ティオナか。どうしたんだ?」
「お客さんが来てるよ?灰色の髪のシロよりちょっと歳上くらいのお兄さんのと丸刈りのおじさん?スミスさん?って人」
スミスという名前を聞いてリヴェリアは心当たりがあるようで、少年の勉強の教科書を閉じた。
「私が君の義手を頼んだ方だな。一週間程で出来上がると言ってたから届けに来てくれたんだろう。行くぞ」
頷いたシロは立ち上がってリヴェリアの後ろを歩く。
「こちらが義手になります。私が作製しました。沢山の細かな部品により本物の腕や手と同様の動きが出来ます。また、お身体の成長に合わせて義手も長くするための部品ももう作っていますのでお好きな時に工房までお越し頂ければ交換致します。勿論、お代金は不要です」
灰色の青年がシロの顔を見ながらそういい、金属の箱に入った義手を取り出した。
「申し遅れました、私エウリピデス・ゲウス・ブラキウムと申します」
エウリピデスは礼儀正しくそう名乗ると机の上に出した自分の上腕に銀の腕を取り付け始めた。腕は驚く程に直ぐに着き、久しぶりの重さに少し驚く。
「それではまず動かしてみて下さい。動かし方は特にありません。感覚です」
説明になっていないそれにシロは首を傾げた。しかし言う通りに腕がついていた時と同じようになにも意識せずに腕を動かすと義手は自分の感覚に倣って動いた。
「動いた、、、」
そう呟くシロ。驚いたリヴェリアがエウリピデスに感覚で動く理由を尋ねたがそれは秘密らしい。
「お代はそうですね。1000ヴァリス頂きましょうか」
明らかに格安すぎる価格に再度驚く。
「1000ヴァリス下さい。それだけいただけると嬉しいです。あとはいりません」
いらないと言われてしまえばそれ以上を渡すことも出来ない。リヴェリアがエウリピデスに1000ヴァリスを支払いスミスとエウリピデスと握手をした。
「感謝する」
礼をするリヴェリアと同じくシロも礼をする。そしてホームを出て行く2人を見送ったシロは、自分の剣を取り鞘を腰に差した。
「リヴェリア、動かしてみたい」
「ああ。そうだな。君の実力もみたい。これから模擬戦をしないか?」
リヴェリアの提案にシロは興味がある様子で目を向けた。その様子に微笑みを浮かべたリヴェリアがシロの頭を撫でた。
ホームの中庭でシロは腰の錆び付いた鉛色の鞘を輝く銀の手で撫でる。シロの目の前には装備をした沢山の下級冒険者。リヴェリアが模擬戦に参加する人を募ったら思ったより集まってしまったらしく結果この模擬戦自体が多対一になってしまった。しかしどれだけの人数を倒したかという明確な数字として強さが分かるからいいのだろう。審判はリヴェリア。中庭の様子を参加していない冒険者やロキやフィンが見守っている。
「それでは全員用意!!」
リヴェリアの声で各々が武器を構える。シロも鉛色の大小の鞘から刃を引き抜いた。
「あれは、、、相当な業物だな」
フィンが遠くからでも分かるほどのオーラを放つその武器を見つめる。
「第一級武器に劣らないくらいか」
華やかな装飾はない。ただ斬るためだけにあるその二振り。しかしその白銀の刃がどんな装飾よりも美しかった。
「始め!!」
再び響くリヴェリアの声。それと同時に50の下級冒険者は焦り出した。
「消えた?」
嘘や冗談とは違う。確かに目の前から白い少年は消えたのだ。震える手で剣を握りしめる冒険者達に聞こえる悲鳴。それは丁度真後ろから聞こえていた。
振り返ると気絶している弓使いと魔法使い。
「しまった!!」
弓使いと魔法使いが軒並みやられては作戦が成り立たない。ざわつく中庭。少年が消えたのはなにか魔法があるわけでもない。ただ、疾いのだ。
「弓使いと魔法使いは前衛に近寄れ!!」
残った弓使い魔法使いは中庭の中央部に集まり、それを包み込むように前衛の冒険者が当たりを見回す。
「どこにいやがる!!お前ら瞬きはするなよ!一瞬の隙を見せるな!」
「隠れてはない。ずっと近くにいたさ」
耳元で聞こえる冷たい声。恐いほど怖いほど美しい声。叫びを必死に堪えた彼は目の前をみる。つい一瞬前は耳元で声が聞こえたはずなのに白い少年は自分の目の前にいた。
「弓使い!蜂の巣にしてやれ!」
弓使い達はシロに正対する前衛達の後方から弦を引き絞り、シロに狙いをつけ矢を放った。しかしそれがシロの身体に触れる事はなく、銀の刃が矢を切り落とした。
「馬鹿な!くそっ!前衛共!攻めるぞ!魔法使いは援護だ!」
だが前衛達が動き出す前にそれは動き出した。先ずは厄介な盾使いと槍使いから。刃を振るって倒す。斬る事は出来ないから逆さにした刃で、確実に倒せるように頭を狙って。自分を目掛けて飛んでくる火球を避けながら数を減らしていく。
そこにいるのは明らかに人ではない。圧倒的な数の冒険者を前に二つの刃を振るって倒すその姿はまるで鬼だ。
それからほんの少ししたら、あれほどの数の冒険者は倒れ、地面には沢山の武器が落ちている。そして今、最後の一人が倒れた。その場に立ち尽くすシロ。多くの観客がいるはずなのにそこは静まり返っていた。その戦い方はひどく残忍だったのにみんな美しいと感じてしまったのだ。誰か一人が拍手をし始めた。それに続いて一人、二人と拍手する人は増え、最後は中庭を拍手が覆っていた。
その夜、シロはロキに呼ばれて主神の部屋へと向かっていた。
ノックをするシロ、すると扉は直ぐに開いた。
「おー。待ったったで。ほら入りぃ」
礼をしてシロはロキの部屋の中へ入る。
「腕もゲットしたことやし恩恵を刻もうとおもてな。準備があるから待っとる間上だけ脱いどき」
言われた通りに上着を脱ぐ。暫くしてロキが準備を終えたといい、言われる通りにベッドにうつ伏せになった。その上にロキが乗る。
ロキの目の前にある傷だらけの背中にロキは顔を歪めながら背中に血を出した指を当てた。しかし、その指がいきなり弾かれた。
「は?」
驚くロキ。そしてシロの背中が赤黒く光った。ロキはその背中に恐る恐る指を近づける。全身に感じる圧。そして指先から垂れた血が背中に吸い込まれていった。血を受けて更に光りを強くして、眩い光を放ってそれは消えた。
驚きながらシロの背中を確認するロキ。しかしそこにはなんの変哲もないステータスが書かれていた。スキル魔法なしのオールIの0。ロキはしばらく背中を観察したがなんの異変も探せず遂には諦めてシロを帰したのだった。
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心得る
薄暗い部屋でロキは考える。あの時感じた指を弾かれる感覚と身体を押さえつけるような重圧。あれはなんだったのだろう。ロキはステイタスの書かれた羊皮紙を見た。やはり普通だ、、いやこれはなんだ?
「種族、不明、、、、?」
楽器の不思議な音色に包まれる。目の前には髪の長い女性。微笑みを浮かべているのは分かったが顔は見えない。そしてその額から生えた二本の反り返った角が目に焼き付いて消えなかった。
午前5時頃、起床時間より前シロは目覚め目を擦る。今のはなんだったんだろうか。シロは暫く考えてみるがなにも浮かばず博識なリヴェリアやフィンに聞くことにして寝台から降りて、寝癖でぼさぼさな髪のまま、部屋を出る。
「やぁ、やはり早いな」
廊下ですれ違うリヴェリアに頷く。そしてそのまま通り過ぎようとしたがリヴェリアが腕を引いた。
「髪がボサボサじゃないか。整えてやるからついて来い」
リヴェリアに手を引かれたまま、シロはリヴェリアの部屋の中へ入る。
「リヴェリア、今日なんか懐かしい景色みたいなの見えたの。あれなんていうの?」
「懐かしい景色?いつ見たんだ?」
「寝ている間、なのかな」
「ああ、それはな夢って言うんだ」
「夢?」
「そうだ。しかし懐かしい景色か。どこか行ったことがある大事な場所なんだろうな。どんな景色だったんだ?」
「思い、、出せない、、」
「ハハハ。夢というのはそういうものだよ」
そう話しているうちに髪が真っ直ぐになっていく。男子なのにこの長い髪型だがこれはこれで似合っている。実際ロキは髪を編んで整えたシロを見て鼻血を出して涎を垂らしていた。
「よし、髪は梳かし終わった。あとは編んでやろう」
そうして髪を編もうとするとシロの両腰にあの錆びた鉛色の鞘が差さっているのが目に入った。
「今日は鍛錬場に行くのか?」
「うん」
「そうか。その武器、どこで手に入れたんだ?」
リヴェリアがそう尋ねるとシロは自分の記憶を遡るが刃に関する記憶はない。ずっと昔から自分の腰に差さっている。
「分からない。気づいた時にはあった」
「そうか」
リヴェリアはもう何度もシロの髪を編んでいるからか、長い髪でもすぐに綺麗に編み終えた。
「よし出来たぞ」
「ありがとう」
リヴェリアはほんの僅かだがシロの表情が変化したように感じた。それはシロがリヴェリアに心を許し始めている証だった。
リヴェリアの部屋を出たシロは鍛錬場へと入り、そして剣を振ろうとした時だった。金髪の少女が自分の元へと寄ってきた。
「ねぇ。あなたはどうしてそんなに強いの?なにをしたら強くなれたの?教えて」
「分かりません、、、」
「私は強くなりたい。強くならなきゃ、いけない」
そう言いながら彼女は細剣を構えた。戦おうという合図なのか構えたままこちらをじっと見てくる。シロはそれに答えるように刃を構える。持つのは一振り。そしてシロが構えると同時に少女は細剣を振るい出した。圧倒的な技量、しかしその技のどれもが力がこもり過ぎている。
「あなたのように戦いたい。あなたのような強さが欲しい!!」
シロは細剣の連撃を捌く。モンスターにも他の冒険者にも通じたその剣技が通じなかったことに焦りを覚え少女の剣技はどんどん剣技とは程遠いものへと変わっていく。
「違い、、、ます。それは、、、違い、、ます」
「違う?」
シロは少女の細剣に瞬発的な衝撃を与えた。急な衝撃に少女の手は剣を握りきれず、細剣は宙を舞った。剣を飛ばしたままの形で静止するシロの腕と刃が日光を反射して光る。
「私、強くなるためにたくさんモンスターを倒して、沢山剣を振って、、、。」
シロはかける言葉が思い浮かばなくて悩む。しかしさっきの剣技が、少女の強さへの執念が違うとだけ思ったのだ。
「どう、言えばいいのかは分かりません」
思ったことを相手にぶつける。リヴェリアから教えてもらった人との会話。辿々しい言葉を紡いでいく。
「そんな強さを欲しがると、いつか壊れます」
負けのショックで地面に座り込む少女に向けてシロは言う。
「正しく強くならないと、駄目です」
「正しく、強く?」
少女は首をかしげる。シロはリヴェリアのように話せないことを悔やみながら辿々しい言葉をまた紡ぐ。
「僕もまだ正しく強くなれてない、から、一緒に強くなろう」
少女の紅い顔が自分を向く。少女の驚く程綺麗な金の目がシロの雪のような銀の目と合わさる。シロはこのファミリアに来た時に気付いていたことがある。それは目が嫌ではないことだ。この少女の目もずっと見ていられるほど綺麗だ。
「私、アイズっていうの。あなたはなんていうの?」
「好きに呼んでいい」
「わかった」
シロは刃を鞘にしまうと地面に座り込んだアイズに手を差し出した。アイズはシロの手を掴んで立ち上がる。その様子をリヴェリア達は遠くから見つめていた。
食事の鐘が響き、シロは食堂の椅子に座る。いつも通り右にはリヴェリア、そしていつもと違って左にアイズ。
「アイズとシロが一緒にご飯食べてるー。いつ仲良くなったんだろ。いーなー。私ももっとシロとアイズと仲良くなりたいー!」
ティオネに向かってそう言うティオナ。呆れたように返事をするティアナ。愉快な空間。しかしそこに不釣り合いな少年がいた。
「気にくわねぇ」
少年が睨むのは自分と同じくらいの白い少年。そして少年は立ち上がり歩き出す。向かうは少年の所。後ろから手を上げて、頭に振り下ろした、、、はずだった。しかし振り下ろしたはずの手は銀の手に握られていた。
「、、、」
振り返らずに手を掴まれたことに驚きを隠せない少年。しかしそれ以上に憤りを感じていた。白い少年は無言で振り返らないまま掴んだ手を押し返すように離した。
「テメェ!!」
「ベート、、止めるんだ」
隣にいるリヴェリアがそう言ったがベートは無視して少年の座っている椅子を蹴った。しかし転びもしない。
「この野郎!俺と勝負しやがれ!」
ベートの怒号で静まり返った部屋に少年の歩き出す音だけが響いた。
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繋いだ腕が繋ぐ
「お前、どこ行きやがる!!」
ベートは席を立って歩き出したシロを睨んで言う。シロは振り返る。思えば自分にシロが振り向いたのはこれが初めてだ。そもそも相手にされていなかったと知りベートはさらに怒る。しかしベートは振り向いたシロの顔に冷や汗をかいた。作り物のように恐ろしく冷たい顔。しかしそれ程度で竦むようなら自分は冒険者の名を二度と名乗れない。シロはまた正面を向き直り歩いていき食堂の扉を開けた。ベートは拳を握りしめてシロの後を追う。
食堂の扉を蹴って開けたベート。すると食堂を抜けた所の一本の長い廊下の向こうにこちらを見ているシロが居た。まるで自分を待っていたのかのようなシロはベートの姿をみると更に進んでいく。そしてそれをベートが追う。そうこうしているうちに本拠内でも余り人が通らない一本の長い廊下にたどり着いた。そこでシロは腰に差した鞘を抜き、壁に立てかけると拳を構えた。
「面白え!」
ベートは廊下を走り、シロに蹴りかかる。シロはベートの蹴りを避けて続く二撃目も重ねた腕で防ぐ。防がれてもベートは止まらない。俊敏な動きで得意の蹴りを浴びせていく。
「躱すしかできねぇのか!?」
ベートのその言葉に答えるようにシロは放たれた足を足首でしっかりと掴んだ。驚くベート。シロはその隙を突く。
互いの力が拮抗し両者どちらとも傷を負っていく。しかしどちらも止まらない。シロとベートは組み合い、シロはベートの頭にガンガンと頭を打ち付けた。二人の血が飛び散り、シロの白い髪を濡らした。
遂にベートはその場に倒れる。
「くっそがぁ、、、!!」
そう叫ぶベート。シロはベートと同じだけ傷を負って血を流したはずなのに両足でしっかりと立っていた。ベートの負け。ベートはその事実に更に叫ぶ。
「いつか覚えていやがれよ!絶対!絶対勝つからな!!」
倒れたままベートはそう言う。シロは倒れたベートに目を向け、声をかけた。
「なぜ、なぜそこまであなたは勝ちにこだわるのですか?」
「強くねぇと何もできねぇ。何も守れねぇ」
そう言うベート。シロは無言でベートの隣に座った。
「何も、、守れない」
弱いから奴隷に堕ちた。弱いから腕を失った。確かにそうだ。だから強くあろうとこのベートという少年はもがいている。シロの目にベートは眩しく映った。
「なぁお前、痛くねぇのか?」
考え込むシロにベートはそう言った。無数の傷を負って頭から沢山の血を流しているというのにシロは平然としている。
「痛いというものが僕は分からないんです」
痛いけど我慢して動けるというものなら痛いということは自覚できているわけだから重症ではない。しかし分からないというなら話が別だ。どれだけ痛くても分からないから自分の身体の異常を分からない。
「手、貸せ」
そう言われてシロはベートに手を差し出す。ベートはシロの銀の腕をしっかりと掴んで立ち上がった。
「っ痛ぇ。その、、な。悪かったよ。いきなり殴ってよ」
照れたようにそういうベート。シロはいきなりベートの手をつかんで上下に振った。
「な、何してんだ!?」
「リヴェリアとガレスから仲直りはこうしろと聞いたの。間違ってる?」
「ったくあのジジババは、、、」
ベートは改めて力強くシロの腕を振った。
「お前、シロ以外に呼び方ねぇのかよ。シロって仮の名前なんだろ?」
「うん。ない」
「そうか、早く決まるといいな」
壁に寄りかかりながらそう話していると廊下をリヴェリアが見た。
「二人ともそこに居たのか!」
自分達に近寄るなりリヴェリアは2人の傷跡に驚く。
「なにが有ったんだ!取り敢えず2人とも手当てするぞ!」
シロは壁の刃を腰に差してベートとリヴェリアに後ろからついていくのだった。
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冒険者
日差しが眩しい今日のオラリオ、白亜の塔の下にシロは来ていた。腕も得て恩恵も刻んだ。武器だってある。それにベートとアイズという仲間も出来た。それならすることはもう決まっている。そう冒険だ。
数多くの冒険者が夢を抱き飛び込んでいく迷宮。そこに入る為にリヴェリアと手続きをしに来ていた。列が消化されていき遂に順番は自分に回ってくる。次の人を呼ぶ受付嬢の声に案内されてシロとリヴェリアは窓口に向かった。
「冒険者登録の方はこちらの紙に記入をお願いします。ってリヴェリアさん!?」
「やぁエイナ。最近オラリオに来たっていうのを風の噂で聞いていたよ」
リヴェリアと知り合いのそのエイナという受付嬢の言う通りに紙の記入を終わらせる。
「名前の所、書き忘れてますよ」
「すみません。実はまだ名前が無いんですよ」
「は?」
リヴェリアがエイナとの間に割って入って説明をする。エイナは納得したようで取り敢えず仮名で登録すると言うことになった。
「それと専属アドバイザーは付けますか?リヴェリアさんもいますしロキファミリア所属ならつける必要は無いと思いますが、、、」
「いや。付けてくれ。こいつには色んな人と関わってほしいんだ」
「そうですか。わかりました」
そう言うとエイナはシロに向き直った。
「では。貴方の専属を務めさせていただきますエイナ・チュールと申します。よろしくお願いします」
「君が専属アドバイザーを務めてくれるのなら安心だな」
とリヴェリア。冒険者の心得などは腕がない期間に仕込まれ18階層リヴィラの街までのマップ及び出現モンスターとその弱点、性質を完璧に覚えていたシロは説明が必要ないと判断され装備の確認を一通りした後いよいよ冒険開始となった。
全てを終えたシロがベートとアイズの所へ向かう。まちくたびれたような2人がシロの手を引いてダンジョンに入る様子をリヴェリアが微笑みながら静かに見つめていた。
思っていたよりも明るいダンジョン、シロは二振りの刃を振りながら怪物を刻んでいく。ベート、アイズともにシロよりランクは上だが戦いぶりはそう違いはない。シロは初めてだからという理由で二階層までと制限をかけられている為雑魚しか相手出来ない。地に落ちた魔石を拾いながら物足りなそうな表情を浮かべるシロ。すると地面が振動した。
振動。そして耳を劈く咆哮。アイズとベートは唐突のそれに耳を塞いだ。シロは自分達の背後に大きな気配と殺気を感じて刃を構えた。再び咆哮。それはまるで幾つかの声を乱雑に集めて無理矢理繋ぎ止めたような咆哮。心臓が圧迫される。シロ達の目の前にいるのは大きな牛頭の怪人。
「ミノタウロス、、、?」
アイズがそう呟いた。通常ダンジョン二回層にそれが現れることはない。しかしダンジョンにイレギュラーはつきものでこういう時は逃げろとリヴェリアは言っていた。教えを守ろうとしたシロは咆哮に耳をやられたアイズを抱え、辛うじて動けるベートの手を引いて駆け出そうとした時だった。目の前で崩れ落ちる岩。この時、三人の逃げ場は失われた。進めばミノタウロス。戻ることは出来ない。それなら腹を決めよう。銀の腕の接合部を今一度確認。そして刃を抜く。
三度目の咆哮が鳴り響いた。他のモンスターとはどこか違う咆哮。耳を通りそれは脳を震わす。シロは咆哮を軽くあしらい斬りかかる。ミノタウロスはニタリと気色の悪い笑みを浮かべた。真っ直ぐに振るわれる白銀の刃。しかしミノタウロスは一向に防ぐ動作を見せない。刹那の間に刃はミノタウロスの肉を絶たんとするもそれは火花を散らしながら弾かれた。分厚い鎧の上から刃を振るった感覚。これは筋肉か。それとも他の何かか。そしてミノタウロスはシロの首を大きな手で掴んで乱暴に投げた。リヴェリアから聞いていたミノタウロスと殆ど全てが違う。そもそもその鉛色の外見から様子の違いを表していたが、刃を振るった感じなど違いだらけだ。
首を一気に力強く掴まれ意識を失いかけたシロはすんだのところで我に返って壁で受け身を取った。そしてアイズ、ベートが立ち上がった。
「こいつは普通のミノタウロスじゃねぇ!変異種だ!」
どのように変異しているのか分からないと弱点も掴めない。取り敢えずは目の前の相手を調べないといけない。シロも2人に続いて再び駆け出して刃を振るう。やはり全身が硬質化している。それこそ鎧のように。戦斧を振り回すミノタウロスから一度距離を取る。
「鎧なら、、、」
試しにシロはミノタウロスの腕の関節部を攻撃した。すると丸太のように太い腕に刃がのめり込み硬い物質にぶつかった。
「関節部を狙って攻撃して!刃がが通る!」
いくら鎧とは言え関節部まで覆ってしまうと動けない。弱点が見えたこと、そして細かく狙える細剣を使えるアイズがいること。討伐の光明が見え始める。
アイズは細剣でミノタウロスの関節を突き、ベートはただひたすら頭を殴って蹴る。シロは2人のサポートをしながら刃でミノタウロスの骨を断つ。三人の攻撃が漸く通じ、ミノタウロスは壁に追い込まれる。この時を待っていた。アイズの細剣は硬質化したミノタウロスの腹筋の間を割きながら壁ごと貫き、拳になけぞるミノタウロスの首をそらして露わにするベート。
「今だ!斬れ!」
駆け出すシロ。そしてミノタウロスの前で大きく手を振って飛び上がる。地面の反発を受け取ったベートの身体はバネのように跳ね上がる。そして空中で鞘に手を掛ける。後はただ無心に刃を抜けばいい。
気付いたらシロは地面に着地していた。数秒経ってから落ちるミノタウロスの首。暫く場を沈黙が支配した。そして三人は息を吐きながら地面に座り込んだ。下手すれば死んでいたかも知れない。しかし勝った。
まるで戦い終わるのを待っていたかのように道を塞ぐ岩が崩れて道が出来た。
ミノタウロスだった黒い灰から出てくる大きな魔石と禍々しく黒い角。
シロはミノタウロスの突進を受けて怪我をしているアイズを抱える。
「、、、帰ろう」
「ああ」
みんな傷を負って掴んだ生と勝利。喜びよりも疲れが勝るが、それでもお互いに労いながら薄暗い道を歩いた。出口はもう目の前だ。明るい光が自分達を祝福するように照らした。
多分原作通りだと6年前にはまだエイナはギルドに就職していないんですけど関係を持たす為にエイナだけ一年早めさせていただきました。
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銘
夜深く、木の扉をノックする音に反応して扉を開けた。
「こんな深夜に来いってどうしたんだい?」
「少し話があってな。これからする話はくれぐれも秘密な」
コクリとフィンは頷き、ロキの向かえにある椅子に座った。
「今日なシロのステイタスを更新したんだわ」
「ランクアップした話なら聞いたよ。なんでもミノタウロスの変異種にベートとアイズと三人で挑んだらしいね」
苦笑いを浮かべるフィン。
「ああ。ランクアップについてやけどな、基本の条件として基礎アビリティがのどれかがDに届いてることやろ?あいつIからいきなりランクアップしとる。それとな見たことない発展アビリティが出てきとる」
「なんていうアビリティかな?」
「神性や」
「神性?」
フィンもそのアビリティを知らずに首を傾げる。しかし神性とは神としての性質であるからどういうものかは想像がつく。
「ロキ。人が神になり得ること神に近づくことってあると思うかい?」
「分からん。こればかりはウチは分からん。未知や」
「取り敢えずこのアビリティはシロにも伝えないし絶対に僕達以外の誰かに知られないようにしよう。闇派閥とかもあるなかこれが漏出するとシロがどうなるか、、」
ロキは頷く。そしてステイタスの書かれた羊皮紙を蝋燭の火で燃やした。
「うん。そうするのが一番だろう」
重い瞼を開いてシロは眼を覚ました。自分の両隣のベッドにはベートとアイズがまだ眠っていた。ここは医務室だろう。特別痛むことない身体を起こしてヒヤリと冷たい地面に足をつけた。
「もう目覚めたのか」
すると医務室の扉を開けたリヴェリアがシロを見つけた。
「うん」
「痛まないか?」
「うん」
「というかお前に聞いても仕方ないか。どれ、私が確認しよう」
そう言ってリヴェリアがシロの傷の様子を確認し始めた。
「ごめんなさい、、、」
「?」
「リヴェリアの言いつけ守れなかったから」
「ああ。でも仕方なかったんだろう?話は聞いたよ。落石のせいで逃げれなかったと」
シロはコクリと頷く。なら謝る必要はないよというリヴェリア。
「それとランクアップおめでとう。冒険者になり始めて最初のダンジョン探索でランクアップするとは思わなかったよ。これから君には二つ名がつく。だからその前に名前を決めよう。今三つの候補が出ている。選ぶなら候補から決めていいし自分で考えてるならそれでもいい」
「候補は?」
「一つ目は今のままでシロ。二つ目はリン。これはティオナが出した案だ。理由はそれっぽいからだと。三つ目はコル。これはアイズとベートが考えた。意味は聞いても教えてくれなかった」
「最後のもう一回言って」
「コルだ」
「それがいい。僕、それがいい」
リヴェリアに目を合わせてそういうシロにリヴェリアは微笑みを浮かべて頭を撫でた。
「そうか。分かったよ。コル」
リヴェリアはコルのことを一度たりともシロとは呼ばなかった。初めて呼ぶのはやはり本当の名前で無くてはいけないと一度も仮の名は呼ばなかった。しかし今日、初めて彼をコルという本当の名で読んだのだ。コルは自然と頬が上がり気分が高まる感覚に包まれる。
「リヴェリア、、、これなんて言うの?」
「あったかくて頬があがっちゃう。それにちょっと恥ずかしいかもしれない。これなんて言うの?」
リヴェリアはさらに微笑んでシロの頭を撫でる。
「それはな、嬉びっていうんだ。そういう時は嬉しいっていうんだよ。その感覚は大切にしなさい」
そうしているうちに隣で目覚めていたアイズが目覚めた。
「ん。起きてたんだ。リヴェリアも」
アイズがリヴェリアに頭を撫でられているコルを見つめて顔を赤くして頬を膨らませた。
「リヴェリア、、ずるい!」
そしてさらにベートも目覚める。目の前で戯れるコルとアイズとリヴェリア。自分だけ感じる疎外感。
「んのやろ!俺も混ぜろ!!」
今日もロキファミリアは平和だ。
シロの正式な名前はコルとしてファミリアの全団体に報告され、コルによる新しい自己紹介がなされた。ギルドの冒険者登録もコルとして正式に登録された。そして今日、珍しく青い顔を浮かべるロキがいた。
「ロキ?なにかあるの?」
「コルー!あー。緊張が柔らかぐ。お前はかわええなぁ」
急に飛びつくロキ。コルは動かずに、抱きつくロキに微かに赤い顔を浮かべた。
「今からお前の二つ名を決めに行く、、いや!勝ち取りにいってくるで!!」
「??頑張って??」
「おう!じゃあ行ってくるで!」
それから数時間後。疲労感と達成感に包まれた顔をして帰ってきたロキからコルへと告げられた。
「お前の二つ名はな天聖だ」
天聖。自分も一度口に出してみる。
「気に入ったか?そりゃあええな。お前によく合ってるやろ。
シロは謙遜をする様に首を振った。
そしてシロはベッドの上にうつ伏せに横になる。背の上にロキが乗って傷をつけた指を近づけた。
「神性、、E?」
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余震
ー我こそ神の血族なり。力を我に。維持の神よー
あぁ。愛しき我が子よ。
はぁはぁと荒い息を吐きながら目覚めた。時刻はまだ朝日が昇りかけている時刻3時。夢の中に出てきた艶かしい声と不思議な一文。まるで何かの呪文のような一文。しかし思い出そうとしても思い出せない。あの艶かしい声が何を言っていたのかも思い出せない。諦めたコルは地に足を着けた。寝汗がすごい。着替えなどの諸々を持ったコルは風呂場へと静かに歩き出した。
湯船に浸かりながらコルはまた考える。あの声、聞き覚えがある。記憶を辿ってみるがしかし、まるで思い出すなと言っているかのように雷撃の如く頭痛が走った。コルの視界の半分を占める輝く物体。あぁ、またかと力なく倒れるように上を向いた。すると扉の開く音がした。
「ああ。コル。君か。しかし早いね」
コルの半分の視界に映る金髪の小人族、我が団長。
「フィン、、、。フィンも早い。訓練?」
「や、仕事で今日は徹夜なんだ。徹夜明けは少し熱めのお湯に浴びておくと一日楽になるんだ」
「仕事、、お疲れ様です」
「いやいや、やるべきことだからね。コル、眠そうだね。どうしてこんな時間に起きたんだい?」
「変な夢を見て目が覚めた」
夢と言うとフィンは何かを思い出すように考え始めた。そして口を開く。
「いつかリヴェリアからもそんなことを聞いた気がするよ。君が変な夢を見たたと」
コルは頷いた。確かに以前リヴェリアに夢について話した。
「このファミリアに入って余裕ができて、そうしたら夢を見るようになった。奴隷だった頃はそんなことを考えている暇なんて無くて戦いの為に寝る時間さえ削っていた」
フィンは何年か前のことを思い出す。オラリオなんて関係もない程遥か遠くの国同士の大きな大きな戦争。しかしそれは関係がないオラリオにまで報せが届くほど惨くて長く続いた戦争だったらしい。コルも戦ったのだろうか。兵士として痛みを感じないというのは好都合だろう。ましてやそれが戦争に使われる捨て駒の奴隷なら。
「余裕が出来たのは良いことだよ」
フィンはそう言いながらコルを見る。何かが食い込んだような傷の残る首。傷口は開きかけて今にも血が出そうだった。
「その傷はいつ出来たんだい?」
「首のはこの間ミノタウロスと戦った時。首を掴まれた時に爪が刺さった」
「そうか。コル、痛みが感じない君にとっては大変で難しいことかもしれない。けど傷が出来たら知らせて欲しい。痛くなくても痛いと言って知らせて欲しい」
「うん。分かった」
そういうとコルは立ち上がり、湯船から出た。傷跡だらけの背中が露わになる。
「先、上がる」
「うん」
フィンは余り見ないようにとコルの背中から目を逸らした。鞭の傷痕や武器による切り傷。殺さないと殺される状況に置かれ続け、戦争が終わっても尚殺戮から解放されなかった彼。恩恵なしでも格上の冒険者を淘汰し、しかもいきなり変異種のミノタウロスと数の利も有ったといえ渡り合ったということは当たり前のことなのかもしれない。その強さをなんと呼べばいいのだろう。呪いか恩恵か。湯気の向こうに消えていく彼をみながらフィンはそう思うのだった。
そしていつも通りの朝食の鐘が響く。プレートの上に載せた朝食を自分の席のテーブルへ置くと隣にアイズもプレートを置いた。
「アイズ、果物いる?」
「うん。ありがとう」
「コル。お前またアイズに食い物やってんのかよ。食わねぇと強くなれねぇぞ」
「む、、、。ベートは食べすぎ、、」
ついこの間まで独りだった三人それぞれが集まってそれは楽しそうに過ごしている。フィンとリヴェリアとガレス、そしてロキがその光景を嬉しそうに見つめている。
「コルー!なんか楽しそうだね!私も混ぜてよー!」
「おい!うっせぇぞ!糞アマゾネス!俺が今コルと喋ってんだよ」
「なんだとー!!」
「コル。食べ終わったら戦おう」
「コル。あんたも大変ね。ティオナ、うるさい」
喧騒を抜け出したコルは自分の部屋に入る。そして壁に掛けた武器を横にして置いた。
「なにするの?」
隣でアイズが興味深そうに見つめる。
「武器の手入れする」
大小二つの鞘から刃を引き抜く。
「綺麗、、、」
アイズがそう呟いた。光を受けて輝くその姿。間違いなくこの2つの武器は一級品だ。神威に似た覇気を感じてアイズは少し退けぞる。
「この武器の名前は?」
「分からない、、、」
コルが気づいた時にはこの武器を持っていた。しかし名前は知らなかった。ただ使っていけば使っていくほど刃は輝きを得て、錆びついた鞘も綺麗になっていっている気がする。
「一回振ってみていい?」
そう言ったアイズに頷く。しかしアイズは柄を握ったが、すぐに手から離した。
「どうしたの?」
「なんか身体を縛られる感じ、、、。息が出来なくなったし離そうと思ってなかったのに手から離れた」
コルは首を傾げる。アイズと同じように刃を握って振ってみたらするが異常はない。アイズは刃が発する神威のようなものが更に大きくなったように感じた。
「コル、、、。明日からまた一緒にダンジョンに行ける?」
「うん。行ける」
アイズの顔が心なしか晴れたような気がした。
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激動
それは突然の出来事だった。
「アイズがいない!!」
コルはつい先程までアイズとダンジョンに潜っていて一緒に帰ってきた。ファミリアの門番も二人で門を通った様子を見ていた。しかしファミリア中のどこを探し回ってもアイズは見つからない。コルは不穏な空気を感じて仮面のような表情をさらに冷たくして本拠を出た。こうなったら外にいる可能性もかなり大きい。歩き出したコルの前にいるのはフィンとガレス。今宵、激戦が繰り広げられるとはこの時の三人は知る由も無かった。
三人が最初に向かったのはギルドだった。ダンジョンに潜っている可能性があるし、それなら直ぐに探して見つけ出さなければいけない。コルは受付に見慣れた受付嬢の姿を見つけて駆け寄って行った。
「あ。コルくん。どうしたの?」
「ねぇ、アイズがダンジョンの中に潜っていない?」
「ヴァレンシュタイン氏は来てないよ」
「そう。ありがと」
そして振り返って駆け出そうとしたコルの腕をエイナが掴む。
「待って。何が有ったの?そんなに焦って。コルくんらしくないよ?」
「実は、、、」
事情を説明するとエイナは驚きつつも納得した様子で言った。
「取り敢えずギルドの上の方に説明しておくね。あとアストレアファミリアにも話を通しておいて良いかしら?」
「アストレアファミリア?」
「うん。オラリオの治安を守ってるファミリアだよ」
「一回フィンに許可取ってく、、」
「アストレアファミリアの応援があるなら心強い。お願いしたいね」
フィンはずっと背後にいたらしい。エイナは声を上げて驚いた。
「う、承りました、、、」
「ハハハ。驚かせちゃったね」
そして四人はギルドを後にした。後は自分達が知っている場所に聞いていくしかない。考えるにしても材料が少なすぎる。
次に向かったのはロキファミリアがよく使う酒場、豊饒の女主人だ。
四人は扉を開けて入る。中では沢山の冒険者が赤い顔をしながら酒を飲んでいる。フィンが事情を話している間、何かを頼まないわけにもいかず、コルはアイスコーヒーを頼む。その時、背後に不快な視線を感じて振り返った。視線の方向には武器を腰に差したアマゾネスがいた。
「イシュタルファミリアか」
コルの視線の先を見てガレスが言う。
「イシュタルファミリア?それはどんはファミリアなの?」
念のために小声で話す。するとガレスは困って言葉を詰まらせながら言う。
「その、、なんじゃ、、、男がいい気分になれることをするファミリアじゃよ」
コルは首を傾げる。
「それって娼婦のこと?」
「お、、、お前知っとったのか」
「戦場に沢山いた」
ガレスはなんとも言えない表情を浮かべる。アイスコーヒーを飲み切ったコルは耳を澄ます。様々な雑音、話し声、笑い声を掻き分けてあのアマゾネス達の声を捉える。
「気付かれたのはもう仕方ないね」
「ああ。でももう準備は終わってるだろうし大丈夫じゃないかい?」
「フリュネのやつ。面談事増やしやがって」
「あの人形姫にご執心だったのは前からだけどな」
「今は薬で眠らせてるから大丈夫だけど起きたらどうするつもりなんだかね。前と違って奴も強くなってるんだしね」
人形姫。アイズのことだ。そういえば戦場では容姿の良い少女をさらって性奴隷にするのはよくあることだった。コルの脳裏に浮かぶ薬漬けにされて虚な目で笑い続ける少女達。
「ガレス。フリュネって、、、」
「イシュタルファミリアのやつじゃな。それがどうしたんじゃ?」
「フリュネとアイズって繋がりとか、、ある、」
「繋がりも何も前にアイズがフリュネのやつに殺されかけたことがあってな、、、まさかコル!?なにかわかったのか!?」
コルは頷く。恐らくアイズはイシュタルファミリアにいる。薬で眠らされて。早く助けなければ。手遅れになる前に。
丁度戻ってきたフィンとガレスにコルは事情を話す。
「なに!?今すぐにいくぞ」
「コル。よくやったね。早く行こう!」
夜のオラリオを三人の風が駆け抜ける。目指すは歓楽街のイシュタルファミリアの本拠。途中で合流したベートにギルドとアストレアファミリアにアイズについて伝えるように頼んで、走る。コルは不思議な感覚に身体を動かされていた。頭の中が熱い。冷静に考えることは困難そうだ。しかし爆発的なパワーを得ている。熱い頭の中に浮かぶのはアイズの顔とフリュネとかいう名前。アイズの顔が浮かぶたびにフリュネとかいう名前の奴を殺したいと思うようになっていく。その爆発的なパワーに押されるがままに走ると気づけば歓楽街の中、イシュタルファミリアの前に着いていた。
「僕が行こう。ガレス、見張りを頼む。コル、君は付いて来てくれ」
そして扉を押す。鍵は掛かっていないようで、本拠の中には誰もいないようだった。
「コル。頼む」
「うん」
そう言われるとコルは靴の踵を軽く地面にぶつける。カンという音が建物の中に響く。
「四人。全員女。それと五人目が上からくる」
「ハハハ。すごいね」
そう言いながらフィンは上から武器を構えながら降りてきたアマゾネスの攻撃を華奢なナイフで受け止めた。
「来ると思ったわ」
「君に興味はない。フリュネとアイズの場所を言うんだ」
「それは言えないね」
フィンとアマゾネスが会話している中、割って入るようにコルは四つの身体をアマゾネスの前に投げた。
「これでも言えない?」
本拠の中にいたアマゾネス。その全てが縄で縛られ、目隠しをされている。フィンにここからは僕に任せてというと目隠しをしたアマゾネスの首に刃を当てる。
「やめてぇ!私は何もしらない!」
一人が叫ぶと他の三人も叫ぶ。
「フリュネ一人と仲間三人と君自身。どっちが大事?」
「フリュネの居場所を言えばこの三人は解放してあげるし君には何もしない。でも言わなければ三人と君を殺す。戦争遊戯でイシュタルファミリアそのものを消すかもしれない。どうする?」
「っっ!糞!フリュネの居場所を吐けば良いのね」
「ここには居ない。歓楽街の東側にレンガの建物の中にアイツはいる」
「そう。ありがと」
そう言うと同時にコルは目の前のアマゾネスの腹を殴った。
「!?!?なんっ、、で」
「悪く思わないで」
蹲るアマゾネスの手を縄で結ぶ。
「背後を狙われたらたまったものじゃない」
足も同じようにして結ぶとコルはその場を後にした。向かうは歓楽街の西側。コルとフィンは静かな怒りを携えて歩き出す。
「はぁっはぁつ」
フリュネとは互角に戦った。しかし一瞬の気の緩みを疲れて剣が身体を掠った。掠ったくらいでは大したダメージにもならないと思って剣を構え直した時、急に脚に力が入らなくなって、気づいたらここにいた。手を鎖で縛られ、鎖は壁につけられている。全身に力が入らなくて、頭がぼーっとして身体が熱い。上手く働かない頭に浮かぶのは白い少年。
「アイズ・ヴァレンシュタイン。やはり綺麗よ。汚したくなるほど綺麗」
まるでカエルの様におぞましいそいつは下卑た笑みを浮かべながら私の身体を触る。コルに会いたい。ここから連れ出してもらいたい。目の前のこいつを倒して私を助けて欲しい。
すると突如轟音が響いた。
「フリュネの居場所はここか」
もう聴き慣れた大好きな声。しかしその声はいつものように優しげなものではなく冷たく重い刃のような声だった。
「誰だ!?」
ぼんやりとした視界に映り込むフリュネと長くて白い髪の少年。しかし少年の額にはおぞましい突起が生えていた。聞こえるフリュネの怒声。それと同時にフリュネは手を上げ、殴りつけた、がそれがコルに当たることはなく、コルはまるで転移したかのようにフリュネの背後にいた。
「死ね」
そしてそう呟くと刃で斬りつける。鮮血が飛び散り、立ったまま後ろを振り向いたフリュネをコルは無造作に蹴飛ばして倒すと私のところへ向かってきた。
「待たせた」
コルは刃で私の鎖を切った。
「歩ける?」
「身体に、、、、力が、、、」
「そう。無理しなくていいよ」
コルは私の身体を抱えて歩き出す。しかし、背後からまたあの気色の悪い声が聞こえた。
「逃がさない」
「はやく死んでおけば終わったものを」
「少し待っててくれ」
コルは私の身体を慎重に下ろすと二つの刃を抜いた。
「その角。そうか。お前がアイツの言ってた奴隷か」
フリュネの豪腕をかわす。
「軽い。その程度か」
「生意気なガキが!」
コルは少しずつ攻撃を加え、まるでフリュネを弄んでいるようにみえる。
「教えてあげよう。ロキファミリアのメンバーをさらうと言うことがどれだけの罪か。神の子に刃を向けるということがどれだけの罪か」
その時コルははっきりそう言った。神の子だとそう言ったのだ。
「この身に宿すは神の血」
そう言った瞬間、コルの身体の全ての血管が赤く光った。
「混沌を沈め、世界をを維持するもの」
これまでもコルには他の人と違った何かを感じていた。今はその違和感をさらに強く感じる。まるでそこに神がいるかのような。
「血よ目覚め
「我こそ神の血族なり」
「力を我に。維持の神よ」
光を纏い、炎の輪を掲げるコル。フリュネは恐れ慄きおぞましい顔を歪めている。私はその光をただ綺麗だと思った。
「案ずるな。殺しはしない」
「スダルシャナ、、チャクラ」
コルから放たれた大きな輪はフリュネの身体に直撃した。
「熱いっ熱い熱い熱い!!」
フリュネは火達磨になり、転がる。コルはそれに目もくれずに私のもとへ駆け寄ってきた。気づけばコルの額の突起は無くなっている。
「行こう。アイズ」
突起は無くなっていたが声は変わらない。昨日までの途切れ途切れの話し方とは違い、まるで子供が一気に成長を遂げたかのように流暢に話している。そしてその話し方に私は安心感を感じて、朦朧とした中で御伽噺の英雄のように現れたコルに助けられ抱えられている状況に少しの喜びを感じた。
やがて事態は収束した。コルがフリュネで戦っている最中、他のイシュタルファミリアのアマゾネス達による暴動、それに便乗した闇派閥達のせいで歓楽街は一時的に混沌に陥ったらしい。フィンとガレスがそれを鎮めたらしいが。
今、コルは横になっているアイズの横にいる。
「コル。頭がぼーっとする。怖い」
「大丈夫、大丈夫」
そう言いながらコルはアイズの頭を撫でる。コルは前にリヴェリアにこれをしてもらったことがあり、物凄く安心したのを覚えてる。
「、、、コル。一瞬に寝て」
予想外の提案にコルは驚いて少しだけその冷たい仮面を崩した。そしてコルは顔を紅くしながらアイズの隣に横になる。アイズはコルの胸に頭を押し付けてコルの背に腕を回した。コルの匂いがアイズを落ち着かせ、身体の焼けるような疼きを鎮めた。
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朝日に包まれて
フリュネとの戦いでコルは格上を倒したと言うことでランクアップを遂げていた。しかしその戦いはコルの冒険者としての格を上げただけではなく、彼の人間としての格も上げていた。その心に他者を映し出す余裕が出来たこと。前まではどこか辿々しくて慣れていないそうだった話し方も流暢になり、その顔は前のような愛嬌を残しつつ、精悍さと少しの哀愁を感じさせるようになっていた。編み込まれた白くて長い髪は程よい短さに切り揃えられていた。そして彼の二振りの刃もその鞘も目に見えて輝きが増していった。格上を倒せば倒すほど磨かれる一対の刃。思えばこの刃、いつから手元にあったのだろう。考えても浮かばないが、いつもどんな時も自分の手元にあって、戦争で殺されそうになった時、護衛をしているときに失敗して殺されそうになった時、変異したミノタウロスを前にした時、フリュネと戦った時、いつもいつもそれは自分の近くにあった。そんなことを考えていると自分の隣がモゾモゾと動いた。そして布団の中から金色の頭を現した。規則正しく寝息を立てるアイズの頭を撫でる。瞬間紅くなるコルの顔。
「、、、何をやってるんだ。僕は、、、」
一人でそう呟く。あの夜、フリュネを倒してアイズを抱えて帰った夜から二人が一緒に寝るのは習慣になっていた。そして紅い顔のまま布団から出ようとするとアイズがコルの腕を掴んだ。
「まだ、ダメ」
「どうした?」
コルの白い虹彩をアイズの金の虹彩が射抜く。恥ずかしさで目を逸らしたいが首を固定されたように逸らすことが出来ない。コルはアイズに銀の腕を引かれるがままにベットに倒れる。なぜだか、銀の腕はまるで本物の腕になったようにアイズの温もりを心の奥に届け、柔らかくて小さいその輪郭を脳の奥に伝えた。
「なにがあったの?」
「?」
「だって、、。コルはとても強くなった。でもなんでそんな哀しそうなの?」
人の感情を読むのが壊滅的なくらいに出来ないアイズにまさか哀しそうだと言われることなどないと思っていたためか驚いてしまった。
「フリュネを倒した夜からコルはずっと哀しそう」
あの夜、コルは見てしまったのだ。そしてそれを見た瞬間、全てが蘇って繋がった。しかしそれをアイズに言うことは出来ない。今の自分にできることは強くなること。この身体を徹底的に鍛え上げて、時が来たら自分に刻まれた使命を全うすること。
しかし哀しい顔をしているつもりはなく、いつも通りの仮面を纏っていたつもりだった。それを見抜いた、見抜いてくれたアイズに対してなんとも言い難い感情を覚える。そうだ。実際は自分はもの凄く哀しいのだ。悲しくて哀しいのだ。胸の奥が疼く。僕の失った感覚。僕に存在しなかった感覚。これが痛みなのだろうか。皮膚からは感じることのない初めての感覚に包まれながらアイズを抱き締めたのだった。
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