夜明けの明星 (高杉ワロタ)
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Episode01 再会

シンフォギアTVシリーズ完結ということでスタートです


 私には自分ではない誰かの記憶が宿っている。

 

 宿っているとは言うものの人生丸々一回分というほどの量はなく、せいぜいいくつかの出来事や風景、知識が断片のような形で存在しているにすぎない。

 

 私自身の今世ではっきりと思い出せる最も古い記憶はどこかの病院で医者たちに囲まれた治療ポッドの中で、母さんがポッドの外から私のことを心配そうに覗き込んでいた姿だった。

 母さんから聞かされた話だが、どうやら私は大きな()()に巻き込まれてしまっていたらしく、一緒に居た父さんは私を庇って亡くなって私は()()()()助かったのだという。

 

 その事故の影響かは不明だが私は自分のそれ以前の記憶をほとんど思い出せず、必然的に自分に宿った誰かの記憶だけが私が私足るすべてだった。

 

 

 病院を退院した後は母さんと二人暮らしになったが、一日の中で母さんと一緒に居られる時間はあまり多くはなかった。

 世間一般では5歳の小娘を一人家に残して仕事三昧なのは眉をひそめられることだろうが、あいにく母さんはかなり優秀な研究者だったようで、休みさえも自分で取ることができないほど多忙であった。

 

 

 おかげでいつも家に帰ってくるのは日付を越えてからだし、土日祝日も返上で出勤。せっかく取った有給休暇も電話一本ですぐにお釈迦に。

 独りで居るのは寂しかったが、それでも毎日疲れ切って帰ってきてはソファで力尽きたように寝込んでしまう母さんを見ると弱音も吐けず、私は母さんを心配させまいといい子で居ようと努めた。

 

 母さんの負担を少しでも減らそうと掃除や洗濯、料理のための買い物をやりながら本を読んだりして時間を潰しながら母さんの帰りを待つのが私の日常だった。

 初めは大変だったけど人間とは慣れる生き物のようで、2、3ヵ月もするころにはどうにか一通りこなせるようになった。

 私に宿った知識は私がこれらの作業をこなすことに大いに役に立ったし記憶のおかげで独りでいるのにも耐えることができた。

 

 だが、多少の事情を知っていた商店街のおじさまやおばさま方はいつも優しくしてくれたが、5歳の子どもらしかぬ落ち着きや、妙に理屈っぽい物言いは同世代の周りからは酷く気味悪がられ、一緒に遊んでくれるどころか話しかけて来ようとする子どもさえ誰一人居なかった。

 

 

 そして人間の精神年齢というものはどうやら肉体に引っ張られやすいものだったらしい。

 

 自分の置かれた境遇を理解していても、記憶を頼りに大人ぶろうとしても、埋め様のない寂しさだけは年相応の心に募るばかりで、公園で仲良く遊んでいる子どもたちの輪を遠目で眺めては少しでも寂しさを紛らわそうと本を読むのであった。

 

 

 

 

 

 そうやって半年ほど経ったある日、いつも通り母さんからは事前に帰ってくるのが遅れるというメールを受け取っていた私は家に居てもとくにやることがないのでベンチで本を読んでいた。

 すでに夕方のチャイムが鳴り終わり、子どもたちは親御さんに手を引かれながら帰っている。

 

 あれだけ騒がしかった公園も子どもたちが居なくなれば途端に静かになり、その静寂が私の心を蝕んでいく。

 

 

 いつまでこうなんだろうか?明日も変わらないんだろうか?母さんは悪くない。心配させちゃダメ、いい子で居ないと。

 思考がまとまらず、本の活字も頭に入らず、心が締め付けられるように重く感じて私はたまらず膝を抱えた。

 秋の夕暮れの寒気が徐々に私の身体を蝕む。ふと突然目の前が暗くなったことに気づき、思わず顔を上げると、

 

「ねぇ、もしかして寒いの?」

 

「うわっ!?」

 

 いきなり真正面に現れた人影に私はびっくりしてベンチから転げ落ちてしまった。

 

「ち、ちょっと!?」

 

「大丈夫だった!?ケガない!?」

 

 お尻をさすりながら顔を上げると目の前に私の同じぐらいの年の女の子が2人。

 私がびっくりしたのにびっくりしているようだった。

 

「だからいきなりそんな声掛けちゃダメだって」

 

「ごめん…みく…そんなつもりじゃなくて…」

 

「謝るなら私じゃなくてそっちの子にでしょ?」

 

 どうやら私を驚かせようとしたわけではなかったようで、向日葵色の子が一緒にいた黒髪の子にしょっ引かれていた。

 いきなり声を掛けられたことにびっくりこそしたものの、自分が原因で誰かが怒られてるのを見るのも後味が悪いので私は二人の会話に割り込む。

 

「私はこの通り大丈夫です」

 

「よかったー!」

 

 怒られていた方は私が無事だったのを見るや否や若干オーバーリアクション気味に喜んでいた。

 目の端にちょっぴり涙が浮かんでたような気がしたけど見なかったことにしよう。怒られたことがよっぽど堪えたのだろうか?

 

「ところでどうして私に声をかけたんですか?私にはあなたたちのような知り合いはいなかったようなはずですが」

 

 スカートについた砂をはたきつつ起き上がると二人に向き合った。少なくと私の記憶が正しければ間違いなく彼女たちとは初対面であり、接点がないはずである。

 

 相手は子どもとはいえ、いきなり自分のテリトリーに入ってきたのでは多少不信感を覚えてしまう。経験上ほかの子どもが私のテリトリーに入ってくるのは私を使った遊び(イタズラ)である場合がほとんどであるため、あまりいい印象がない。であるならばこの子たちは一体なぜ…?

 

「実はさっきひびきがあなたのことを見てきっと寒がってるから洋服貸してあげないとって言っていきなり走り出して…ごめんね?」

 

「えー!?だってだってなんか丸まってたし!震えてたし!今日こんなに冷たいのにスカートだしこれじゃあ風邪ひいちゃうよ!?」

 

「なんと…」

 

 まさかの100%の善意だった。

 思い返せば向日葵色の子は確かに自分が羽織っていたであろうジャケットを私に被せようとしていた。これには私も思わず脱力してしまう。

 

「ご心配なさらずともこの服は意外と暖かいんです。むしろあなたこそ上着脱いでいますがいいのですか?」

 

「この程度へいきへっちゃら!全然寒くないもんねーって…へッ…へッ…」

 

「へ?」

 

「ヘクチッ」

 

「ああ、もうひびきったら!ほら羽織って!」

 

「えへへ…ありがとーみくー」

 

 どうもあまり問題ではなかったようで、みくと呼ばれた黒い髪の子があわててひびきらしき子にジャッケットを着せた。

 

 だが、元はと言えば自分が彼女たちに心配をかけたせいだし、それで風邪をひかれてしまうのも寝覚めが悪い。これ以上引き留めるのもよくない。

 そしてなによりも、彼女たちは私にとっては()()()()なのだから…。

 

「私はこの通り問題ありません。むしろ「そっか!じゃあ遊ぼ!」すみません人の話聞いてください!?あなたたちはもうそろそろ家に帰った方がよろしいのではないでしょうか?チャイムが鳴り終わってからはもうずいぶん経ってますよ?」

 

「このあとお父さんが迎えに来るんだって。それまでひびきと公園にで時間潰してたの」

 

「ですが気温はこれ以上下がりますよ?それで風邪を引いたらッ」

 

「こーやってみくを抱きしめるとすごく温まるんだよー」

 

「もうひびきったら…」

 

「な、ならば…」

 

 なぜこうもムキになっているのだろうか。自分がこうも動揺することに驚きつつも何とか追い返そうとする。しかしそれらの抵抗は空しく、まったくもって役に立ってくれやしない。

 口論は徐々にヒートアップしていく。私自身も自分の中の熱を抑えられなくなっていくのを自覚する。そして

 

 

「大体私とあなたたちは今日初めて会った他人同士じゃないですか!他人なら私に構わないでください!」

 

 

 その言葉を発した途端、私は急に頭が冷えたのを自覚した。

 彼女たちは善意だったのだというのに私は彼女たちを拒絶した。してしまった。

 顔も合わせられずに俯く。

 

 そしてなぜ自分がこんなにも必死になっているのかも理解してしまった。

 彼女たちは私にはないものを持っている。それはきっと今のままの私では決して手に入れることができないものだ。人は簡単に変われるものではない。変われるはずがない。

 

 そうやって手に入れられないことの苦しみを味わうぐらいならばいっそ初めから知らなければいい。

 母さんとのこともそうだ。温もりなど知らなければ私はとりあえず生きていける。知ってしまって、そしてそれが手に入らないとわかってしまったときにきっと私は壊れる。

 

 こんなチンケな自己防衛理論など、記憶の中の"彼女"が聞けばきっと怒るだろう。なによりもそんなものを振りかざして誰かの好意を踏みにじろうなどと。

 そんな罪悪感がある一方、心の中のもう一方ではこれで彼女たちはどこかに行ってくれるだろう、また元の生活が戻ってくるだろうとほっとしているのを自覚する。

 

 そんな感じで俯いたまま1秒2秒と過ぎていく。

 

 しかしいつまで経っても彼女たちが離れていく気配がない。恐る恐る顔を上げて様子を見ると、ひびきと呼ばれた子がうーん、うーんと唸りながらなにか考えているのが目に映る。

 そして────

 

 

「つまり友だちになればいいってことなんだよね!?」

「うん、うn…?」

 

 

 想定遥か上に暴投球を寄こされた。

 

「友だちになれば他人じゃないし一緒に遊んでもいいし!」

 

 一体なにを言っているのだこの子は…

 助け船を出してもらおうと黒い髪の子に目をやるがどうやら彼女はこちらを助けるつもりらしい。私は独り空しく最期の抵抗を続ける。

 

「待ってください!私はあなたたちのことをまだなにも知りませんよ!?それに私は友だちの成り方だって…」

 

「友だちになるならないのにそんなことは関係ないよ?」

 

「簡単だよ。友だちになるのすごく簡単」

 

 二人が私の両手を包み込む。

 

 

「名前を呼んで────」

 

 

 彼女たちの言葉と、遠い、遠い私の記憶の奥底にある言葉が重なった。

 

 

「はじめはそれでいいの。ちゃんと相手の目を見て、名前を呼んで。」

 

 両手から伝わる彼女たちの手は暖かく、冷めきった心に再び炎が灯ったかのようで、私の止まっていた時間がまた動き始めた気がした。

 

「私なんか、でいいんですか…?」

 

「もちろん!大歓迎だよ!ね?みく」

 

「うん、私もできればあなたと友だちになりたい」

 

 その温もりに触れてやっと気づいた。私はただ自分は変わるはずと決めつけ、変わることを恐れていただけだったのだ。

 

「あ、そうだ名前まだ教えてなかったっけ…わたしは響!立花響!でこっちが…」

 

「小日向未来です。あなたは?」

 

 でも今ならばきっと変われる。変わっていける。

 正直言ってまだ気恥ずかしさはある。それでも、これからたぶんきっと彼女たちと長い付き合いになるのかもしれないという予感をしつつ、

 

 

 

「私は────高町星光(シュテル)、星の光と書いてシュテルです」

 

 夕焼けの逆光に包まれた二人にそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────もう、十年も前の記憶だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず暑いですねこの国は…」

 

 空港のターミナルから出るや否や栗色の髪の少女──シュテルはそう愚痴をこぼす。

 5月というにはいささか激しい日差しが容赦なく降りそそいでおり、加えて先ほどまで居た空港内は空調が効いていただけに外の気温との格差とこの国特有の湿気が、ここが日本であるということを思い出させた。

 

《東京の現在の気温は28度、ベルリンと比べればおよそ気温は7度高くなっておりますマスター》

 

「もう一昔前の夏と大して変わらないじゃないですかそれ…昔はもっと涼しかった記憶がありましたが…」

 

《いえマスター、その感想には思い出補正が含まれているかと。少なくとも4年前の今頃も同じぐらいの気温でした》

 

「なんと…」

 

 そうやって軽口を叩いているのだがあいにくシュテルの傍にはほかに誰もいない。せいぜい胸元に下げた赤い宝石状のペンダントが若干点滅しているだけである。

 だがそれは彼女があまりの暑さでトリップしてしまい、幻覚と会話しているというわけではない。このペンダントこそがシュテル会話相手だ。

 

 シュテルのことをマスターと呼ぶ彼女──人工知能搭載型デバイス(インテリジェント・デバイス)であるルシフェリオンは今や遺された唯一の()()であり、戦場(いくさば)における相棒でもあった。

 

「しかしまあ、日本を離れたときは戻ってくるのに4年もかかるとはさすがに想定外です」

 

《おまけに確保は失敗。まんまとEUと日本政府にしてやられましたね》

 

「ええ…ですがアレが日本にあるとわかっただけでも収穫です。少なくとも時間はまだありますから」

 

 この4年間、シュテルとルシフェリオンはあるものを入手するためにヨーロッパに飛んでいた。だが残念ながらいくつもの邪魔者たちに阻まれながらもやっとのことでソレの在り処に辿り着いたときには、彼女の探し物はすでにヨーロッパからは姿を消していた。

 どうやらEU政府は経済破綻してしまった際に不良債権の一部である、日本円にして数十兆にも及んだ巨額な金額を日本政府に肩代わりしてもらった代わりに、ソレを日本政府に引き渡してしまったらしい。

 

 引き渡しは極秘裏に行われたそうで、その取引の痕跡は日本政府によってまるでニンジャが雲隠れしたかのように巧妙に隠ぺいされていた。

 アメリカ政府が日本政府にソレをアメリカに引き渡すよう要求していたという情報を入手できていなければ遺された短い一生をあのままヨーロッパ大陸を彷徨っていたのかもしれない。

 

「どちらにせよ過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。それに今の在り処も事前にアタリはつけたのでしょ?ならば問題ありません、行きましょう」

 

《All, right my master》

 

 

 

 

 

 

 

 海に面したその街は都心郊外ではあるものの、小さな丘から街全体と海を一望できるということで景色もよく、それなりに栄えていた。市街地中心の建物は比較的新しく、またこの街に東京の新たなる観光名所となるべくして建てられた東京スカイタワーもどこからでも見つけることができる。

 

 

 そんなこの街が、シュテルたちがアタリを付けた場所であった。

 

 シュテルたちの探し物はモノがモノであるために普通に保管できるような代物ではなく、当然それ相応の組織が必要になってくる。さらに加えて相手はEUとの巨額な取引を隠ぺいできるほどの手腕を持つことができる組織であり、金額からしても国の直轄組織であることは間違いないだろう。正攻法ではとてもではないが探れるものではない。

 

 

 ならばどうするか?シュテルたちが採った答えは、周りに散らばる情報の断片から全体像を描き出すことであった。

 

 国と絡む以上どんな組織でもほかの組織とのつながりを持っている。そしてその周辺組織のすべてが必ずしも標的の組織と同等のセキュリティを持っているわけではなく、比較的手薄になっているは多くの場合存在している。

 事実、一番お目当てな組織であった防衛省のガードはそれ相応に固かったが、財務省や総務省をはじめとしたほかの省庁のものはそれと比べると一段と下がるものだった。

 

 

 そうやっていろんなところを覗き見した結果候補は3か所ほどに絞ることができた。

 一つは永田町の最深部にある特別電算室、通称〝記憶の遺跡″。二つ目がおおよしかわからなかったが長野県松代に存在する旧日本陸軍が組織したとされる国土安全保障を司る〝特務室″。

 

 そして最後の一つが輪にかけて実態をつかめなかった推定この街付近に存在するであろう〝謎の組織X″であった。

 十数年前より行われた再開発計画の中でこの付近一帯はとりわけ政府からの助成金が多く、少し離れた場所に陸上自衛隊の駐屯地も10年前に新設されている。そして日本とアメリカ両国の事業活動の実態がない会社(ダミーカンパニー)がここ10年でいくつも増えている。

 

 どれか一つだけならば疑問を抱かなかっただろう。だがいくつの要素がこうも重なってしまえばさすがに邪推をしたくもなる。そこにもう一つ、どちらかと言えばこちらが最大の要因がシュテルに邪推を見過ごせない疑念へと変えた。

 

 しかしながらこれらの情報はすべて日本にやってくる前に調べたものであり、そしてこれ以上探れないということでもあった。そのため、シュテルはこの街に赴いてその目で確かめることにしたのである。

 

 

 

 

 

 

「しかし、ここは本当にいい街ですね。空気は澄んでいて景色もキレイで」

 

 荷物を一旦拠点に置いて来てからシュテルは街を散策していた。

 時刻はすでに夕方に差し掛かっており、商店街にはちらほら女子高生たちが見えた。

 

「あれは確か…」

 

《私立リディアン音楽院の生徒のようですね》

 

 

 私立リディアン音楽院。

 海に臨む高台にあるその学校は十数年前より始まった都心再開発計画の際に建てられ、今年で設立10周年を迎えるという。小中高とそれぞれ存在しているが、高等科だけでも生徒数は1200人ほど在籍しており、国内最大の音楽学校でもあった。

 

 財政界から寄付金のおかげで私立であるにもかかわらず異様なまでに安い学費や国内最先端の学校設備などもこの学校の特色の一つとして挙げられるが、現在日本を代表するトップアーティストである〝あの風鳴翼″が在籍していることも有名である。

 全国各地から彼女を目当てにこの学校に通う生徒も少なくはなく、学校側もそういった生徒たちのために学生寮も完備しているという。

 

 

 

 ふと、シュテルの脳裏に4年前まで一緒に居た二人の少女のことがよぎる。

 

「そういえば今年は高校に進学する時期でしたか…響は歌が好きでしたし、案外ここに通っているのかもしれませんね」

 

 シュテルはもう一度彼女たちのことを見た。

 帰宅の途についているであろうリディアンの生徒たちは、ある者は学校の宿題の多さを嘆き、ある者は深夜アニメの話の展開について友だちと議論していたり、またある者は最近食べたお好み焼きがいかにおいしいかを語っていたり。

 皆、青春を謳歌しているようであった。

 

「私ももしかしたら響と未来と一緒にここに通ってた未来もあったのでしょうか…」

 

 リディアンの生徒たちにシュテルは思わず自分があの中に混じってた〝もしも″を思い浮かべてしまう。だがそれは決して叶わないであろう願いだ。

 

「いいえ、これは未練ですね。自分で選んだ道だというのに…」

 

《…》

 

 ルシフェリオンはなにも答えない。答えたところできっと主はそれを必要としていないし、むしろこれから為すことを考えればむしろ迷いを増やしてしまいかねない。

 

 シュテルにも人並みの弱さがある。だが彼女は自分が背負っているモノの重さを正確に理解してしまっている。そしてその背負った因縁をすべて終わらせると自分で決意した。

 故に、慰めの言葉を掛けても彼女自身が納得しないし、使命を果たすまでは絶対に止まろうとはしない。

 

 それはきっと人としては歪んでいるのだろう。それでも、ルシフェリオンはこの主の助けになりたいと願い、この主が前に進むのを支える〝杖″となるのだと決めたのだ。

 

 

 

「感傷に浸るのもここまでにするとして、そろそろ夜になりますから帰るとしましょう。荷ほどきもありますからね。」

 

《そういえばマスター、先月入手できなかった新曲を購入すると言っていませんでしたか?》

 

「すっかり忘れるところでした…ルシフェリオン、帰りに寄り道して翼さんのCDを買いに行きますよ。いい加減ヨーロッパでも邦楽を取り扱ってくれるショップが増えてくれると嬉しいのですが」

 

《音楽のダウンロード配信が一般のご時世で外国のCDを取り扱ってくれる方が稀ですよ》

 

 そうやってシュテルは軽口を叩きながら足をCDショップの方向へと向けようとして──

 

 

 

 

 突然サイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 聞き慣れないサイレンにシュテルは判断に迷う。しかし周りの人たちは違っていたようだ。

 

「に、逃げろぉ!!アレがやってくるぞぉ!」

 

「みんな早くシェルターに避難だ!」

 

「こんなところで死にたくない!」

 

 先ほどまでにぎわっていた商店街は途端に戦場のような有り様と化し、人々は我先にと逃げ出した。

 

「これは一体…」

 

「そこのアンタも早く逃げろ!サイレンが鳴ってるんだぞ!?」

 

 突然の事態に困惑するも現状を把握するため静観しようとしていたシュテルに対して、逃げようとしていた人のうちの一人が叫ぶ。

 

「あの、私越してきたばかりで、これは一体…」

 

「の、ノイズだ!ノイズが来るんだよッ!」

 

「──ッ!」

 

「死にたくなかったらアンタもさっさと逃げろ!」

 

 言い切る前に男はすでに逃げ出していた。ここに来てシュテルも状況を完全に理解する。

 

 

 ────ノイズ。

 

 あるいは特異災害とも呼ばれるそれは、遥か昔から存在していたようであるが、13年前に国連によって認定された人類の脅威である。

 

 人間だけを襲い、人間に触れれば自身が崩壊するとともに人間をも炭化させる人間だけを殺す存在。通常の兵器は物理エネルギーの減衰によって攻撃が中々効かず、別の国では過去には山の地形を変えかねないほどの絨毯爆撃を行ってようやく倒せるほどの化け物。

 

 空間から突然滲み出るようにして出現するソレはわずかな数でも人にとっては悪夢なのにいつも必ず数百体に近い規模出現する。そしていつどこに現れるのかも予測できず、なぜ人間だけを襲うのかも謎。

 

 まさに災害であり、人類の脅威と呼んでもふさわしい存在。

 

 

 そして人類はその脅威に対して未だ有効な対抗手段を持っていない、()()()()()()()()

 

 

 

 

 一般的に現れたノイズに対しては出現から一定時間経ってノイズが自己崩壊を起こすまでは逃げる以外に対抗手段はないとされる。

 

「ルシフェリオン、周辺を索敵しつつ私たちも避難しますよ」

 

 当たり通り一帯は避難が済んでいるのか道にはもう人影がほぼ見えなかった。逃げ遅れたシュテルも後を追うようにシェルターへと急ぐことにした。だが──

 

《マスター!後方450mに逃げ遅れている一般人が2名、逃げ遅れているようです!》

 

「なにッ!?」

 

 急いで振り返ると遠目に先ほど見た。リディアンの制服を着た黒髪の少女がツインテールの小学生の女の子の手を引いて必死に逃げていた。

 そして彼女たちの後ろには10体近いノイズが彼女たちをさながら鬼ごっこのように追いかけてくるのが見える。

 

 だが恐怖故か、はたまた走り疲れてしまったのだろうか、小学生の女の子はついに躓いて転んでしまう。黒髪の少女は慌てて踵を返して女の子を抱きかかえて再び走り出そうとするが、時はすでに遅く彼女たちはノイズに囲まれてしまい、誰もが二人の死を予感する事態となった。

 

 

 その前にシュテルはすでに二人に向かって全力で駆けだしていた。

 

 シュテル自身ノイズとは相性が悪い上にこの段階で動けば今後の計画に支障が出ると彼女の理性が告げる。しかしシュテルには微塵の迷いもなかった。

 

「あの二人を助けます!行けますねッ!?」

 

 主の叫びに応じて赤い宝石のペンダントは輝きだす。

 

《Stand by, ready》

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!セットアップ!」

 

 

 

 

 瞬間、シュテルの身体は光に包まれる。

 

 身に付けていた衣服は格納され、代わりに彼女の戦闘衣装ともいえるバリアジャケットが構築が開始し、赤紫色をベースとして随所に赤色のラインの入ったジャケットとロングスカートが出現する。

 そして左手には白い柄と、真ん中に赤色の球状のコアがハメられている金色の半円状のフレームが柄の先端に接続された杖が握られていた。

 

 念のため顔を見られぬよう黒いバイザーを魔力で構築して装着しつつ、シュテルは己の魔導の力を解放する。魔力による身体強化されたことで走る速度はさらに上がり、二人との距離は200mまで詰めた。されどシュテルがいくら急いでもノイズが二人に触れて炭化させる方が早い。

 故に、

 

「ディバインシューターッ!」

 

《Fire》

 

 即座に誘導射撃魔法を展開、魔力で練り上げた桃色の小石ほどの光球を4つ生成して手前のノイズに向けて弾丸として撃ち出す。しかしが命中すれどノイズにはあまり効果がなかったようで、仰け反らせる程度にとどまる。

 

「十分ッ」

 

 ノイズに攻撃があまり効かなかったのは始めからわかっていた。ノイズが仰け反ったことで囲まれた二人に対する包囲網に生まれたほころびこそシュテルが求めていた結果。

 

 だが残り距離はあと50m。シュテルはいまだ届かず、ノイズが体勢を立て直そうとしてせっかく空けた風穴もじきに塞がれるであろう。間から見えた二人は今まさに襲い掛かってこようとする死にせめて恐怖を和らげようと思わず縮こまって目を閉じた。

 

「ッ!間に合えッ!」

 

《Flash Move》

 

 そうなる前に加速魔法をルシフェリオンが詠唱。瞬間的に加速したシュテルの身体は閉ざしきる前の隙間を飛び込むことですり抜け、ついに包囲の内部へとたどり着く。

 

 そこで目にした二人はあちらこちらに擦り傷はあれど炭化されていないことにシュテルはわずかに安堵する。

 

「お二人とも無事ですか!?」

 

「わ、私は、って危ないっ!」

 

 されど包囲網の中は死中であることに変わりなく、四方八方からノイズが三人まとめて炭化させようと襲い掛かってくるのを見た黒髪の少女は悲鳴を上げた。

 

《Active Protection》

 

 そうはさせまいとシュテルは触れたものを弾き飛ばす特性を持つバリアによって飛びかかってきたノイズたちを吹き飛ばした。

 ノイズは物理エネルギーを減衰させることで通常の攻撃を受けにくくすることができるが、唯一ノイズ側が攻撃をしてこようとする瞬間だけは減衰率は大きく低下するため、このような芸当が通用する。

 

 一息つこうとしたところに少女が話しかけてきた。

 

「あ、あのッ!この子さっき転んじゃって!」

 

 振り返って見れば黒髪の少女に抱きかかえられていた小学生の女の子の膝が擦り剝けて血が流れていた。彼女も身に着けていたであろう白い布で傷口を巻きつけて応急処置を施すが血はその上からにじんでいる。

 元々シュテル自身が囮になって血路を開き、その間に二人を逃がすつもりだったがこれでは自力で走って逃げてもらうのも期待できそうにない。

 

「──ッ!」

 

 その間にも先ほど吹き飛ばしたノイズたちが再度立ち上がってこちらに突撃し、バリアに激突する。

 しかも今の一撃は先ほどの一撃とは違い、シールドにわずかな亀裂が入った。それを見てシュテルは思わず顔を歪める。元々攻性防御であるその魔法は発動速度こそは速いが防御力はそこまで高くないのだ。そう何度も攻撃を受け切れるものではない。

 

 そして吹き飛ばされたノイズたちが力をためているのが目に映った。確実に先ほどのよりも遥かに威力がある攻撃だとうかがえる。

 

「お姉ちゃん…わたしたち死んじゃうの…?」

 

 小学生の女の子はノイズたちの姿に思わず黒髪の少女にしがみ付いていた。それを見たシュテルは即断をする。

 

「失礼」

 

「わっ!?」

 

 強化された両手で少女二人をお姫様抱っこの要領で抱え上げる。それと同時にシュテルはバリアを解除して腰を沈める。ノイズたちはすでに前兆態勢に入っていた。

 

「舌を噛まないで!」

 

「は、はい!」

 

《Accel Fin》

 

「え?キャァアアアアッ!?」

 

 ノイズたちが身体を矢のように変えたのと同時にデバイスによって詠唱された高速飛行魔法によってシュテルの靴に光の羽根が生える。

 そしてノイズたちが飛来してくる瞬間、シュテル地面を蹴って飛びあがる。

 ノイズたちの攻撃はシュテルの靴底をわずかに掠めたものの三人はギリギリ回避に成功する。

 

 おそらく人生で初であろう生身で空を飛ぶ経験に今まで耐えていた黒髪の少女は思わず悲鳴を上げる。

 

「お姉ちゃんあれ!」

 

「ッ!」

 

 女の子がの指先をたどると先ほどのノイズたちが再度こちらを狙おうとしているのが見えた。三人とも未だ窮地を脱していなかった。

 回避しようにも3人分の重さではさすがのシュテルでもいつまでも躱せる自信はなく、シューターのような誘導射撃魔法の効果が薄いのも先ほどですでに判明している。踏ん張る地面のない空中でプロテクションに頼ろうものならば吹き飛ばされて体勢を崩して終わりだろう。

 

 この状況を打開したくば自力であのノイズたちを片づけるしかない。だがそれには地形を変えかねないぐらいの爆撃でもなければ物理エネルギーを減衰させる能力を持つノイズは倒せない。それにそんな火力がこんなところで放たれれば両側のビルが崩壊してその二次災害にむしろ巻き込まれかねない。

 

 そうこうしてる間にもノイズたちは待ってくれやしない。地上に居たすべてのノイズたちがこちら狙っていた。

 きっとこれですべてが決まる。

 

 

 シュテルも覚悟を固めた。

 

「二人とも、しっかり掴まっててください」

 

「わかった!」

 

「うん」

 

 静かに話しかけると二人もなにかを察したのかシュテルの首にしがみ付き、シュテルは両手でルシフェリオンを握りしめる。地上のノイズたちもすでに攻撃準備を終えているようだった。

 

《来ます》

 

 ルシフェリオンの宣告と同時にすべてのノイズがシュテルたちの今居る空中へと迫りくる。

 

 だがシュテルはまだ動かない。ひたすら限界までひきつける。しがみ付く二人の力も緊張で徐々に強まったのを感じた。それでもシュテルはまだ動かない。胸のうちの炎がすべてを焼き尽かんと滾るが思考はむしろ凍えんばかりに冷えていく。一秒が10倍にも100倍にも引き延ばされる。

 ただひたすらその時を見極めるために──

 

 そしてそのときが訪れた。

 

「ッ!」

 

 ノイズたちがシュテルたちに触れるか触れないかあとわずかまで迫ったその時、シュテルは()()と加速する。

 直前になって獲物を逃したノイズたちは物理減衰率が低下したままシュテルたちが先ほどまで居た位置にてお互いに衝突した。

 

《Restrict Lock》

 

 その瞬間、シュテルは事前にその位置に伏せていた捕縛魔法レストリクトロックを発動。突如虚空より現れた光の環がノイズたちを縛り付ける。

 されど長くは持たない。攻撃直前の物理減衰率が低下していた瞬間だったからこそ通用したのだ。減衰率が元に戻ればすぐに抜け出すであろう。

 

 しかしシュテルにはそのわずかな隙で十分だった。落下しながら杖の先端をノイズたちに向ける。

 

「ルシフェリオン、モードシフト」

 

《Cannon Mode》

 

 赤色のコアを囲んでいた半円状のフレームが音叉状へと変形する。それと同時にトリガーユニットも展開し、シュテルはそのグリップを握った。

 

 シュテルはノイズとは相性がよろしくない。シュテルの魔法は普通の物理攻撃と同じ様にノイズに減衰されてしまう。そしてノイズを完全に倒すためには地形を変えかねないほどの爆撃に相当する威力が必要である。

 

 

 

 しかしシュテルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。ただそれだけの話。

 

 

 杖の先端に膨大な魔力が集束する。

 

「ディバイン──」

 

 ノイズはあと少しで拘束を抜け出すだろう。だがこちらの方が速い。

 

「バスタァァァアアアアーーーッ!!」

 

 地上に被害を出さぬよう空中に向けられて放たれた砲撃魔法は極大な光の奔流となってすべてを飲み込んで微塵も残さず消滅させた。

 

 

 

 

 

 

「ルシフェリオン、周辺の索敵を」

 

《All right, my master》

 

 あのあと、シュテルは二人を付近のシェルターの入り口へと運んだ。

 

「助けていただいてありがとうございます」

 

「ありがとう!お姉ちゃん!」

 

「お二人とも無事で本当によかったです」

 

 黒髪の少女と小学生の女の子はシュテルに礼を言った。あれだけのものを見せられたのに化け物と言われなかったのは珍しいと思いつつシュテルは立ち去ろうとする。シュテルはまだ自身の目的を果たせていないのだ。

 

「あの!お礼とかは…」

 

 そこへ先ほど助けた黒髪の少女が声をかけてきた。目の前の少女に強烈な既視感を覚えるが、今はそれよりも優先して確認したこともあったシュテルは思案する間もなく答える。

 

「今日の出来事を内緒にして頂ければ私はそれで構いません。こう見えてもお金はそれなり身は持っていますので」

 

「約束するー!」

 

「それはいいけど…」

 

 少女たちと会話しながら、同時に脳内のリソースのほとんどをルシフェリオンよりもたらされる索敵データにチェック割り当てていた。

 

「ありがとうございます。それではわたしはこれにてお暇をさせていただきます」

 

「バイバイ!かっこいいお姉ちゃん!」

 

 シュテル少女たちに手を振りながら飛行魔法を発動させて今度こそ立ち去った。索敵データに大きな発見があったのでその分析を落ち着いて行おうとしたために。

 

 

 

「あっ、待って…!」

 

 故に聞きそびれる。自分を呼び止めようとする黒髪の少女の声を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルシフェリオン、状況は?」

 

 あの場から離れたシュテルは少し離れたビルの屋上に降り立った。

 識別阻害の魔法が掛かったバイザーを外し、眼が外気に触れる。すでに日は沈みかけており、街の避難警報も解除されたようで、人々の戻った街には明かりが灯り始めた。

 

《本日出現したノイズはおよそ300体ほど。そしてそのほとんどが発生から40分以内に消滅しています》

 

「随分早いですね…」

 

 ルシフェリオンからもたらされたのは戦闘中も行っていた周辺索敵のデータであった。

 通常ノイズは出現してから時間経過で消滅する。しかしそれは間違っても40分という短時間ではない。シュテルのように何者かがノイズを倒していなければあり得ない数値だ。そしてノイズの出現から現場への移動時間を考慮すれば実質の所要時間はもっと短い。

 

「過去一ヵ月の()()ノイズ出現回数は、ヨーロッパ大陸のおよそ50倍から100倍…でしたか」

 

《比較する向こうの地域によっても違いますがおおよそのオーダーは合っています》

 

 そう、これこそがシュテルが自分の探し物がここであると判断した最後の理由。この街は異常なまでにノイズの発生率が高いのだ。

 国連によるノイズの災害認定以降に民間企業によって行われた調査の結果、人間一人当たりのノイズ災害と出くわす確率は〝一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率を下回る″というもの。

 

 東京は人口密集地である。だがそれを差し引いてもこの頻度はおかしい。シュテルがサイレンを聞き慣れなかったのもそもそもヨーロッパでは()()()()()()とはほとんど出くわしたことがなかったからであった。

 

《しかし都市ごとの人口減少率から見てもこの街の数値はほかの街と比べてもあまり高いとは言えません》

 

 

 あり得ないほど高すぎるノイズの出現率、その割には少ない人口減少率。そして、異常に早いノイズの消滅までの経過時間。

 

 〝謎の組織X″のデータを直接入手できずとも、こうしてデータの欠片をかき集めれば見えてくるものもある。

 

「やはりこの街にはノイズに対抗するナニカを持った組織が存在していますね」

 

《それも、おそらく少人数でノイズを殲滅できる類の》

 

 とある完全聖遺物。それがシュテルたちが追い求めるものであった。聖遺物とは古来より遺された謎の力を秘めたオーパーツであり、そしてそれはいくつかの国が公表していないものの、人類がノイズに対抗しうる手段の一つ。

 ノイズに対抗しうる兵器として使えうる完全聖遺物。それとノイズに対抗できているナニカを保持している組織。その二つの関連性を疑わないほうが無理があろう。

 

 邪推は疑念に、そしてついぞ確信へと至った。

 

 

 

 

「やっと尻尾を掴みましたよ。()()()()()()────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒髪のリディアンの生徒であった少女は自分を助けてくれた少女(シュテル)の立ち去った方向をずっと見つめていた。すでに太陽はほとんど沈みかけており、空には星の光が輝いている。

 

 彼女の手には先ほど別れた、一緒に逃げていた女の子の止血に使った髪飾りであった()()()()()()()()が握りしめられていた。

 

 先ほどの少女を思い出す。自分よりもわずかに高い身長で、逆に自分よりわずかに小さい胸。顔は見えなかったが、如何なる時でも冷静な声。

 

 

 そしてその奥底にある炎のような闘志。

 

 

 最後に名前を聞けなかった。少女は少し悔やむ。

 たぶん初対面なはずなのに、彼女はどうしてもそうとは思えなかった。

 

 まるで4()()()()()()()姿()()()()()大切な大切な幼馴染の成長した姿のようで──

 

 

 

 

 

「────シュテル…?」

 

 

 

 

 黒髪の少女────小日向未来はリボンを胸に抱きかかえてそうつぶやいた。



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Episode02 星の誓い

10/1は魔法少女リリカルなのはシリーズ15周年の日!
なんとか間に合った!
なお、これにて書き溜めはすべて焼却された模様

あとね、SAKIMORIの口調のエミュって地味にシンフォギア二次創作の最大の難関なんだと思うんだ…


「遅れました!すみません…」

 

「なに、構わんさ。響君に無理を強いているのはオレたちの方だからな」

 

 指令室のドアが開き、響が入ってくる。急いでやって来たのか若干息が上がっていた響を赤い髪の毛と赤いシャツがトレードマークの大男、この場所の司令である風鳴弦十郎が迎えた。

 

 私立リディアン音楽院高等科の校舎の地下。そこにシュテルの探し求めていた〝謎の組織X″こと日本国政府直轄のノイズ対策機関、特異災害対策機動部二課の本拠点があった。

 およそ一ヵ月前、ノイズという存在に対しての人類の切り札ともいえるFG式回天特機装束──通称〝シンフォギア″を偶然纏ってしまって以来、立花響はこの組織に所属することになった。

 

 リディアンに属する学生という身分と、ノイズと戦う戦士という役目と合わせての二重生活を送っていたが、元々からあまり勉強が得意ではなかった響は無事課題という牢獄に捕まってしまい、連絡は入れたものの結局は呼び出しに僅かに遅れてしまったわけである。

 

「それじゃあ全員がそろったところで仲良しミーティングを始めましょうか」

 

 メガネを掛けた白衣の女性、櫻井了子の言葉に響はほんのわずかな期待を込めて同じリディアンの制服を着た先輩である風鳴翼に視線を送る。

 しかしやはり今までと同じように翼は響を一瞥すらせず、それが響の表情に影を落とした。

 

 一ヵ月前に二課に入ったばかりの響が翼に対して一緒に戦おうと頼み込んだ。しかし結果として翼の地雷を踏みぬいてしまい、剣先を向けられる事態となる。その時は弦十郎が場を収めたことで事なきを得たが、以来翼は一度も響とは口を利いてくれていない。

 シンフォギア装者の後輩としても、そしてアーティストとしての翼のファンでもあった響はなんとかして仲良くなりたいと思っているため、今の状況はもどかしかった。

 

 

「響君はこの間の説明を覚えているかね」

 

 そんな憂鬱になりつつある響の思考を断ち切るように弦十郎は問いかける。

 

「えっと確か…シンフォギアには聖遺物の欠片が組み込まれてて、装者が歌うことによって発生するエネルギーであるオニックゲイン…」

 

「フォニックゲインね」

 

「そうそれです!そのフォニックゲインによって力を発揮することができて、ノイズ相手に高い防御力と攻撃力を発揮できること。あとはこの街は日本全国のほかのどの都市よりもノイズ発生率が高くて、自然発生率よりも遥かに上回ってること。ここの上のリディアンがノイズ発生の中心地で、誰かがここを狙っている可能性があること。ここに保管されているサクリストD?っていう完全聖遺物が狙われているのかもしれないこと。ってところまでなら一応覚えてるんですけど」

 

「よ~くできました。響ちゃんったら前回説明したことだいたい全部覚えてるじゃないの」

 

「えへへ~」

 

 了子に褒められたのが嬉しかったのか響が頭を掻く。途中専門用語があやふやだったが了子は褒めて伸ばす主義であった。ふと響が掻くのをやめて疑問を口にする。

 

「あの、それでこの前は途中で説明が終わっちゃったんですけどサクリストDとか完全聖遺物ってなんですか?」

 

 そんな疑問にオペレーターである友里あおいと藤尭朔也が答える。

 

「ここよりもさらに下層にあるアビスと呼ばれる最深部に保管されている数少ないほぼ完全状態の聖遺物、それがデュランダルよ」

 

「翼さんや響ちゃんのシンフォギアに使われている聖遺物の欠片は装者がフォニックゲインをその都度送らないとその力を発揮できないけど、デュランダルをはじめとする完全聖遺物は一度起動してしまえばあとは常に起動状態を維持できて誰でも使用できるっていう研究結果が出ているんだ」

 

「へー」

 

「ただ、デュランダルは以前より米国から再三引き渡しの要求が送られてきていて、その扱いも慎重にならざるを得ないんだ」

 

「ま、それでも不完全な聖遺物の欠片でもシンフォギアとして再構築することによって力を発揮させることができるというのがこの私、天才考古学者櫻井了子が提唱する櫻井理論ってわけ」

 

「なんだかよくわからないけど了子さんがすごいということだけはわかりました!」

 

「いい子ねぇ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」

 

 実際のところ、櫻井理論は聖遺物の欠片をシンフォギアに再構築することに留まらず、聖遺物そのものの発するアウフヴァッヘン波長の観測や応用、ノイズの存在そのものを調律することによってノイズが備える位相差障壁を無効化したり、フォニックゲインを用いて形成されるバリアコーティングによってノイズによる人体の炭素転換能力を完全に0にできるなど多岐にわたるものだが、ここで響に説明したところで頭がパンクするのが目に見えている。

 了子と響のコントみたいなやり取りが終わるのを待たずに弦十郎が続けた。

 

「そのデュランダルが二課に運び込まれてから以来、諜報部によれば何者かによるハッキングがここ3か月だけで数万件に達すると見られている。すべてがすべて米国の仕業と断定するつもりはないがデュランダルはそれだけいろんな人間から狙われているものだ」

 

「それって大丈夫なんですか…?」

 

「まあ、そういった分野でどうにかすることこそオレたち大人の本来の仕事さ、それに諜報部も無能じゃない。すでに対策に動いている」

 

 弦十郎は響を安心させるようにそう言った。だが

 

「叔父さま、今日はそんなわかりきった話をするためだけに集まったのですか?」

 

 ここまで一度も言葉を発さなかった人が口を開く。弦十郎のことを叔父と呼ぶのは風鳴翼ただ一人。その言葉に弦十郎は図星のように頭を掻く。

 翼の言う通り、現状を響に説明するだけならばわざわざ彼女をここに呼ぶ必要はない。そもそも翼にはシンフォギア装者としての顔のほかに日本のトップアーティストという表の顔もある。そのスケジュールの過密っぷりは二課の諜報部とマネージャーを兼任している緒川慎次が気を使って調整しているとはいえ尋常ではない。並の人間であればその片方だけでも音を上げるだろう。

 実際このすぐ後も次の収録のための打ち合わせが入っているために急がなければならなかった。そんな翼まで呼び寄せたのはそうする必要のある〝何か″が発生したからだ。

 

 弦十郎は溜め息をついた後、本題を切り出す。

 

「実は話が2件あってな、まず一つ目だが、広木防衛大臣からの情報によると、この二日間で防衛省、財務省、厚生労働省、国土交通省をはじめとする各省庁に大規模なハッキングが仕掛けられた可能性があるらしい」

 

「らしいとは」

 

「アクセスされたであろう形跡があるがどこからなのか、なにを見られたのかなどが一切不明、辛うじて防衛省は防御に成功したがほかは最深部こそ防げたものの、中間層まで侵入されたのは確実らしい。それで今政府は対応に追われているわけだ」

 

「それではやはり米国が…?」

 

「それはどうだろうな…」

 

「?」

 

 空になったコーヒー缶を握りつぶしながら翼は推測を口にする。人類を守護る防人として物心つく前より鍛えられてきた彼女は、だからこそ他者の足を引っ張ろうとするならず者のことを疎む。だがそんな翼の言葉に弦十郎は待ったをかける。

 

「実は被害は在日米軍にも及んでいた可能性があってな、昨晩に米国政府から日本政府に緊急で問い合わせが来て、日本政府側からも即時の調査を行うよう要請してきた。そして──」

 

「まだなにか?」

 

「侵入の形跡があるのは政府や米軍だけではなく、この街の市役所、警察や消防も含まれる。しかもこちらは今更になって今朝方に行われていたものだ」

 

「ッ」

 

 事態を理解できた翼は嫌悪感を示す。

 被害を受けたのが政府だけならわかる。国家間の情報戦は日常茶飯事。在日米軍も被害を受けたというのもまだ理解できる。極東方面は常に最前線、中国やロシアが仮想世界ではすでに熾烈な戦いを繰り広げているし当然アメリカも標的にもなろう。

 だが、この街まで被害を受けたとなれば話は変わってくる。一介の街の施設などへのハッキングは普通は受けない。そこには大した情報は保管されていないし、より情報が保管されている省庁への踏み台にするにしても今回の場合はまず省庁の方が先に被害を受けている。しかしノイズの出現率が高く、さらに二課が置かれているこの街だとそうはいかない。消防と警察の詳細な活動記録はそのままノイズの出現や撃滅に関する戦力情報にも等しい。

 そのため、この街にもそれ相応のセキュリティが敷かれているが、そこが侵入されたとなれば…

 

 二課を狙ったハッキングはもとからかなりの件数あったが、そのほとんどは初めからこの街に二課が存在していることを知っている前提で行われている。それとは対照的に今回のものはまるでこちらの正体を知らない何者かが手探りに徐々に目標を絞り込んでいるように思える。

 そしてそれは遠からず二課の存在に辿り着くだろう。

 

「えっ?えっと…?」

 

 しかし一方で響はなにが起きたのか呑み込めていなかった。そもそも今まではごく()()の学生生活を送ってきた彼女にそれを期待するのも酷な話ではある。見かねた弦十郎は話を進めることにした。

 

「そして二つ目の話だが、響君と翼は昨日のノイズ殲滅した後のことを覚えているな?」

 

「無論です」

 

「たしか新たに別の場所でノイズの出現を探知したって言ってて、でもわたしと翼さんがついたころには…」

 

「そう、ノイズが跡形もなく消えていた。炭化した痕跡すらもなく、だ」

 

 その言葉に翼は剣呑な目つきを浮かべる。

 通常、ノイズが消滅するのは時間経過による自然消滅か人間との対消滅しかない。人間と対消滅を引き起こせば現場には必ずと言っていいほど大量の灰が残される。そうでないからば自然消滅しかないのだが、昨日のケースでは出現を感知してから響と翼が到着するまで10分と経っておらず、自然消滅するにはいくらなんでも早すぎた。

 

 だがノイズはそこに居たのもほぼ間違いない。現場にはおそらくノイズによる攻撃で発生したであろう道路の破片などが存在していたのだ。

 おそらくそれを引き起こした要因に関する新たな情報が入ったので今日招集されたのだろう。翼は推察する。

 

「藤尭、モニターに出してくれ」

 

「了解です」

 

「わぁ…」

 

 響が思わず驚きを漏らす。それもそのはず、メインモニターに映し出されたのは天を衝くような光の柱のようなものを捉えた写真。

 

「これは昨日の市内の監視カメラによる望遠映像でな、この光が観測された場所はおおよそ昨日のノイズの発生位置と合致する。ノイズが殲滅されたのはこれが原因と見て間違いないだろう。そして…」

 

「観測ログを解析したところ、この時かなり高い数値のフォニックゲインを観測したわ」

 

「わたしたちのほかにもノイズを倒す力を持ってて、その誰かがやったってことですか!?」

 

「それって…」

 

「個人か集団なのかはわからないけど概ねそういうことになるわね」

 

 おそらく碌に睡眠時間も取れずに夜通しで解析したのか、よく見れば了子の目元には化粧で僅かに隠しきれてない隈が浮かんでいた。一方響の顔には興奮と期待の表情が浮かぶ。

 

「でもでもこれをやった人を見つけて仲良くなれば一緒に戦ってもらえるかもしれないってことですよね!」

 

 争いを好まず、誰とでも打ち解けあって手を繋ぎたがる響の期待は甘い部分があるものの、真っ当なものでもあった。

 

 そもそも日本国政府の保有するノイズにまともに対抗できる手段はシンフォギアのみであるが、その装者も現在は翼と響のたった2名のみ。

 かつて二課はさらにもう2つのギアを保有していたが、片方は10年前に紛失。もう片方であるガングニールも、翼のパートナーであった天羽奏の命とともに2年前の惨劇にて翼の目の前で失われてしまった。

 偶然奏のギアの破片を体内に宿してしまったことでガングニールを受け継いだ響も実際はまだ装者歴が一か月も経っていない新米。

 

 こちらの都合などまったくもって考慮してくれないノイズ相手に実質翼一人では明らかにキャパシタが足りていないのは誰の目から見ても明らかだった。

 もしもこの相手を味方に引き込めるのであればそれだけでも戦力の大幅な増強につながるだろう。

 

「みんなが響ちゃんみたいにまっすぐならもっとこの仕事も楽なんですけどねぇ・・・」

 

 響のまっすぐな想いを微笑ましく思いつつもしかし藤尭を始めとして二課の面々は響ほど明るい展望を持てなかった。

 

「先ほどの一件目との話にも繋がるが、この街にかけられたハッキングは昨日の戦闘後から急激に増えている。この二つの出来事を無関係とするには厳しいだろう。相手が敵であるか味方であるかは今の段階ではまだ不明だが、響君と翼は相手と接触する可能性も念頭に入れてほしい」

 

「了解」

 

「わかりました!」

 

 会議はそう締めくくられた。

 

 

 

 

 

「さすがにここらが限界ですね」

 

《そのようです。外部とのネットワークを切断されました》

 

 響たちが新たに出現した脅威についてミーティングしていたころ、シュテルたちは行き詰まりを見せていた。

 ルシフェリオン────ビー玉程度のサイズしかないそれは疑似人格型AIを搭載し、その演算性能は文字通り現行のコンピューターの何世代以上先を誇っていた。それをシュテルは活用して今までいろんなところのセキュリティを無理やり突破していたが、どうやらそろそろそのやり方では潮時になってしまった。

 ハッキングの発覚が想定よりは早く、また対策も相当素早い。お役所仕事というものもどうやらそうそう馬鹿にならないものだったらしい。

 

 前哨戦である情報戦は本丸を突き止められなかった以上こちらの負けと言っていいだろう。

 けれど、それで足を止めてしまうほどシュテルには時間はない。

 

《となれば次は》

 

「とりあえず直接相手のご尊顔を拝みに行きます。デュランダルの在り処を聞き出すにしろ後をつけるにしろ、まず相手を見つけ出さなくてな何も始まりませんので」

 

 コーヒーの入ったマグカップに口を付けながらシュテルは次の行動計画を決める。

 昨日の時点でも接触に動くという選択肢はあったが、相手の戦力をまったく把握していない状態ではリスクが高すぎて見送り、半日かけて集めた情報を精査しながら相手の戦力を推察することに費やした。

 

 とはいえ相手の戦力規模が少人数であると判明したものの、手を出せばそのまま国家権力相手に立ち回らなければならないだろう。はっきり言えば誰もかれもを敵に回す悪手でしかない。

 しかしシュテルが欲するものは日本が国家予算にも等しい額の金額を投じて入手した代物、そんなものをどこぞの知れぬ小娘にプレゼントしてくれるなどと言ううまい話は存在しない。

 

 ましてや、こちらの抱えているものが知られた場合、その力に目が眩んでしまう人が出てしまうだろう。それはシュテルにとって最も恐れていることでもある。少なくとも海を渡った大陸でそのような相手を腐るほど見てきた。

 いくら善意で手を差し伸べてくれた人たちが居ようとも、その背後には必ずと言っていいほど悪意と欲望を持った人たちが蠢いている。

 故に誰かを頼るという選択肢はシュテルは選べない。

 

「────ッ、もうこんな時間…」

 

 外はもう太陽が傾き始める頃か。

 徹夜で電子の海に潜っては情報を集め続けてきたシュテルもカフェインで誤魔化すのはいい加減限界が来ており、脳が激しく休息を要求している。すでにあらかたの作業は終えている上に、夜には再度市内にて謎の組織Xについての偵察も行わなければならない。

 幸いにして新しい拠点に関しては昨日のうちに確保済み。年端のいかない少女が一人で契約しに来るなど不動産屋には大層不審がられたが、そこは現金一括払いで黙らせることにした。

 

「ルシフェリオン、少し仮眠を取ります。3時間後に起こしてください」 

 

《All right, master》

 

 そう言い終わるや否やシュテルはベッドへ倒れ込んだ。買ったばかりの羽毛布団がシュテルを受け止める。ちょっと高めの贅沢であったが、見込み通り中々の心地である。

 

(あっ…そういえばあの子…随分と似てましたね……)

 

 沈みゆく意識の中でよぎるは昨日助けた少女のこと。思い返せば白いリボンを付ければきっと見分けがつかないほどシュテルの親友と瓜二つだった。

 しかしここは東京であり、彼女たちは千葉在住だ。それに彼女がシュテルのもう一人の親友からプレゼントされた白いリボンを手放すなど断じてあり得ない。

 世界には顔が似ている人は3人居るって話はあながち間違ってないかもしれないと思いつつ、

 

(今頃どこでなにをしてるのでしょうか……響…未来……)

 

 シュテルは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響…また今日も秘密の用事…一緒に買い物に行くって言ったのに…」

 

 スーパーへと向かう海辺の道で、少し寂しくなった隣をチラ見しつつ、未来はため息をつく。

 いつもであれば傍にいて当たり前だったというのに最近は一緒に居られないことが増えてきた。どこで何をしているのかを訊ねようにも下手すぎる嘘ではぐらかされることばかり。そのせいで響自身の学校の勉強にも支障が出ており、ただでさえ宿題の提出が遅れ気味なのに今ややってる最中に寝落ちしない方がむしろ少ないぐらいだ。

 一緒にお風呂に入るたびに身体の小さな傷も前よりどんどん増えているのが目に付く。そしていつも笑顔だったのが最近では険しい顔をすることも多くなってきた。

 

 

 このままじゃあ響までもが遠くに行っちゃう。

 

 

 昔から二人の間には隠し事なんでしなかった。響がわかりやすいというのもあるけど、お互いそんなことする必要もなかったししたいとも思わない。ただただ太陽である彼女がそばで笑っていてくれればそれだけでよかった。

 なのに今は自分の知らないところで響が何をやっているのか、なにをやらされているのかなにも知らない。力になれない、そんな自分がもどかしい。でも────

 足が止まる。沈みかけた夕日が大きく見える。

 

(響に隠し事をしてるのは私も一緒……)

 

 鞄を握る力が強くなったと感じた。

 昨日ノイズに遭遇したことは家に帰ってすぐに伝えた。それを聞いた響に涙と鼻水をぐしゃぐしゃにされながら一晩中抱きしめられたし、今日も響がどこかから呼び出しを食らうまではいつも以上にベタベタくっつかれた。

 それはすごくうれしかったし死の恐怖から解放されてやっと響の元に帰ってこれたって実感が湧く。でも、シュテルとまた逢って助けられたことは告げてない。

 

 

 未来は昨日の少女がシュテルじゃないかと思う。顔を覆い隠してるし声を変えていたけどたぶんそう。

 あれはきっと響と同じぐらい大切な私の親友。

 

 彼女のことを気にかけていたのは響も同じ。四年前、シュテルが姿を消した日、響と未来で二人で探し回った。まだ小学生だった二人はどこまでも探し回って、いつまでも家に帰ってこないと心配になった家族に警察の迷子無線で放送されて連れ戻されるまでずっと彷徨い歩いた。

 次の日も、その次の日も。さすがに子ども二人では危ないということで響のお父さんも一緒になって探してくれた。失踪してから数日経った頃にシュテルから家の事情で海外の実家に帰らなければならないとお詫びの手紙が送られてきて、無事であるとわかるまで続いた。

 その後の消息は小学校卒業前に響と未来の誕生日にお祝いとしてプレゼントが送られてきた一回キリだけ。

 

 本当は今すぐにでもこのことを響に伝えたかった。でも明確な確証はない上、今いろいろ抱え込んでいる響に余計な期待を持たせて惑わせたくない。

 それにあの少女は自分のことは内緒にしてほしいと言った。

 

 あのような超常の力を持っているのだ。秘密にしなきゃならない理由など想像に難くない。もしも自分たちの前から消えたのもそれが原因なら辻褄が合う。

 隠し事をほとんどしなかった響とは対照的に昔からシュテルはなにかと秘密が多かった。でもそこに心の距離は感じなかった。秘密にすることの多くは自分たちを心配させまいとするものばかりだったし、いつも事をすべて終わらせた後に打ち明けてくれる。必ず帰ってきてくれるという安心感があって、信頼があった。

 

 だから、今度も全てを終わらせたら帰ってきてくれる…。

 

 

「きっとそうだよね…シュテル…」

 

 

 少女は祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでに太陽が沈み切ってサラリーマンたちが電車で缶詰となって自宅へと出荷される午後8時、シュテルは夜闇に紛れて偵察を行っていた。

 入手された資料を分析したところ、この数か月間でこの街周辺におけるノイズの出現頻度は平均して一週間に3から4回。昨日の今日ですぐにノイズが出張ってくるかもしれないなど一般人からすれば悪夢にも等しいし気の毒とも思うが、シュテルとしてはこの国の対ノイズ機関を見つけ出すには利用しない手はない。

 昨日の戦闘時に放出した魔力反応は確実に相手に察知されてしまっているのだろう。当初の予定であった広域探索魔法・ワイドエリアサーチを使っての索敵で逆探知されては元も子もない。少々古典的ではあるが自分の目で確かめるの一番であると判断した。

 まあ、昨日の少女たちを助けたことは一切後悔していないが。

 

「それにしてもこの街は人がたくさんいますね」

 

 ビルの屋上にいるシュテルの眼下に映る街並みは夜にもかかわらず明かりで満たされていた。今まで滞在していた都市の中でもここまで賑やかな街はシュテルの記憶にもそうそうない。ドイツなどでは夜の8時にもなれば街から人が消え、飲食店なども皆戸締りをする。夜の街は大抵寂しいものであり、一方でコソコソ動き回る分には随分とやりやすかった。

 車の騒音、人々の話声、店頭に並べられたスピーカーから流れる宣伝告知。秩序のないそれらが奏でるは人によっては不快な和音であるが、同時に街が生きている証だ。多くの人々が生きている証だ。

 であるならば。

 

 いずれこれからこの国の防人に槍の矛先を向ける。それは己の身を護る術を持たない無辜の民を危険にさらすこと。

 

 待機状態のルシフェリオンを握る力が強くなる。すでに引けない道であるがそれでも気分悪い物は悪い。

 昔は自分の気分が沈んでるときに限ってどことなく響が急に現れては強引に手を引っ張ってあっちこっち連れ回された。こっちの都合もお構いなしだったけど手から伝わる温もりが大好きだった。

 でも今この両手を繋いでくれる人は居ない。それがシュテルは少しだけ寂しかった。

 

《マスター、ノイズ反応がありました》

 

「ッ!位置は」

 

《こちらから南方2㎞地点の公園にて反応確認》

 

 忘却に耽っていた神経が一気に引き戻され、臨戦状態となる。すでにバリアジャケットは展開済み、探知されることを防ぐために飛行魔法の使用は避け、身体強化にのみ魔力を回して駆けだした。少し遅れて街の防災無線より避難指示が発令され、地上の人々が慌てふためくのが遠目で見える。おかげさまでビルの屋上を伝って走るシュテルの姿に気づいたものはいないようだ。

 

《現在観測される限りでは出現したノイズはおよそ150体。大型種などの反応はなし》

 

 報告を聞きながら顔を隠すためのバイザーを構築して念のため対ノイズ戦闘も準備。防人と事構えなければならないが、それはそれとして民間人に被害を出したくないのもまた本音だ。

 

 目の前の犠牲を物分かり良く諦められるならそもそも国家権力相手にケンカを売ろうだなんて酔狂なマネなどするものか。

 

「ッ!」

 

 突如、刃で全身を突き刺されたような感覚、目標までまだ距離があるというのに。間違いない、これこそがシュテルが探し求めていた超常の力の持ち主。さらに詳しい情報を拾おうとして五感を研ぎ澄ませたその時、

 

 

 

Imyuteus amenohabakiri tron────

 

 

 

「これは…歌…?」

 

 どことなく旋律が戦場に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

《ノイズ反応の減少を確認。それと同時に魔力反応を観測しました》

 

「ええ、わかっています。それよりもやはり…」

 

 目視できる距離まで来たところで身を隠しつつシュテルは記憶を掘り起こす。歌うことによって引き起こされる魔力反応。この現象にシュテルは身に覚えがある。

 欧州で出会った少女が身に纏った────

 

「シンフォギア…ですよねこれは」

 

《波形は異なりますが検出されるエネルギーパターンは極めて酷似しております》

 

 形状や色彩こそ違えど、目の前にあるソレは記憶の中にあったものとよく似ている。

 魔導師たちが自身の精神力を魔力へと変換して魔法を行使するのに対し、シンフォギアの担い手たる装者たちは口にする歌に秘められたフォニックゲインを力として戦う。戦力としての安定性、そして手数の多さでは魔導師のが圧倒的に上だろう。しかしシンフォギアの爆発力は魔導師の比ではない。

 無論シュテルは万全なら負けるとは思っていない。

 

(ただ、この強さはおそらくはマリア並。相当骨になりますね)

 

 シュテルが眼前の少女に一振りの剣を幻視する。どれほどの鍛錬を積んだのだろうか、その身そのものが刀であるかのようであり、一撃一撃が研ぎ澄まされている。彼女に掛かればこのようなノイズなど赤子も同然であろう。事実、あれほど居たノイズは数分経たぬうちにすでに大半が殲滅されつつある。いくらシンフォギアにはノイズの位相差障壁を無力化する力があると言えどもこうはなるまい。間違いなく装者自身の力だ。

 

 その強さにシュテルは胸に昂りを覚える。争うことを好まない。だが、戦うこと自体は嫌いじゃない、どころか大好物だ。重度な戦闘(バトル)マニア呼ばわりされることもあるが、シュテルはただ単に強き者と戦い、競り合うことが好きなだけだ。

 ああ、なにも背負うことのない模擬戦であればどれほどよかったことか。つくづく己の宿命を呪いたくなる。

 

「あれ?」

 

 ふとシュテルは気づく。ノイズと戦うその青い髪の少女をたぶん自分は知っている。歌っている曲自体には聞き覚えはないがその口から奏でられる音色にも覚えがある。というか昨日聴いたばかりだ。

 

「風鳴……翼?」

 

 買ったばかりのCD、そのジャケットに映る少女が今戦場で舞っていた。その事実に内心にとどめようと思った衝撃が無意識のうちに言葉として紡がれる。

 

 しかしシュテルは失念していた。今居るのは自宅ではなく、身を潜めていなくてはならない戦場。

 

「こそこそと盗み見せず出てきなさい!」

 

 歌姫が戦姫となりて刃を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先のミーティングで叔父である弦十郎より伝えられた自分たち以外の超常の持ち主。そして戦いのさなかに感じた値踏みするような視線。こちらと敵対するにしろそうでないにしろそのまま放置していい存在ではないと翼は判断した。

 

 先ほどの言葉より少し間を置いて、翼の近くにある街灯の上に夕刻の紫天のような色の装束を纏った少女が降り立つ。こちらを見下ろすその顔は黒い目庇に覆われ、表情を伺い知れない。

 

《翼、可能であればコンタクトを続けろ。こっちもすぐ現場に向かう!くれぐれも無茶はするな!》

 

 通信機より流れる弦十郎の言葉に翼は従い、一先ず武器を下ろす。

 

「ここはノイズ出現に伴って日本国政府権限によって封鎖されている領域です。無断での立ち入りは場合によっては法的処罰の対象となります。所属と氏名を明かしこちらの指示に従ってください」

 

 ノイズが出現しているこの区画はシンフォギアの完全秘匿も兼ねて自衛隊によって完全封鎖されている。封鎖開始時には少なくともここは避難済みとなって無人であるという確認は取れている。一ヵ月前に同じように閉鎖区域に立ち入って認めがたいことにシンフォギア装者となった響とは違ってこの少女は自分で突破してここに居るのだ。

 規則に則っての警告。これに素直に従ってくれればありがたいが、口にしている翼自身もそうすんなりことが運ぶとは思えなかった。

 

「では僭越ながら名乗らせていただきましょう。私は殲滅者(デストラクター)。以後お見知りおきを」

 

「ふざけているの?」

 

 あからさまな偽名。つまるは明確な拒絶。

 少女が言い終わるや否や、無手であった左手に杖を現出させ、背後に桃色の光球を8つ出現させる。

 それに対して翼も手にする天羽々斬を構えた。

 

「あなた方に恨みはありませんが、その力、私の糧とさせていただきましょう」

 

《Divine Shooter*1

 

【蒼ノ一閃】

 

 光がぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初撃の競い合いには勝った。放たれた斬撃は相手の光球をすべてかき消してなおも突き進む。されどその時には少女はすでに居ない。

 

《Flash Move*2

 

 聞こえる機械音声に翼がそのまま振り向きざまに一閃。死角より襲って来ようとした少女の杖と天羽々斬が鍔迫り合う。

 

【千ノ落涙】

 

 間髪入れずに空間より大量のエネルギー状の剣を構築して撃ち放つ。それに対して少女は杖を天羽々斬にぶつけて反動で距離を取って杖の先端にエネルギーを集め、振りかぶる。

 

《Cross Smasher*3

 

 閃光の炸裂によりエネルギー剣のほとんどが飲み込まれるが、それ以前に翼は距離を取らせまいと吶喊している。

 数合の打ち合いでわかる。目の前の少女はおそらく強い。力比べではこっちが上だが、攻撃に反応しきって的確に捌き切って見せている。

 しかしおそらく彼女が本領を発揮するのは中遠距離での戦いだろう。高速移動によっての死角からの奇襲も織り交ぜるものの、距離を取らせれば取らせるほど厄介になるだろう。であるなら活路は息をつかせぬ近接攻撃。

 

《Short Buster*4

 

「そんなものッ!」

 

 滑るようにして後退しつつ距離を詰めさせまいと攻撃を繰り出すも翼はそれを左右に紙一重で躱し、バーニアを吹かせて一気に近づく。胸の歌に応えるようにギアの出力が上がっていく。

 この力、この国の防人として弱き者たちを守るためにあるものだ。それを教えてくれた奏は2年前のライブで散っていったけど、その生き様は今なおこの胸に刻まれている。

 それを権力や欲望で汚そうとするならば、そのすべてを斬り伏せよう──ッ!

 

「これで決めるッ!」

 

【颯ノ一閃】

 

 腕を伸ばせば届きそうな距離にて歌によって奏でられたフォニックゲインを剣に乗せて繰り出されるどこまでも透き通った一閃。

 

「ええ、これで決めさせてもらいます」

 

《Restrict Lock*5

 

「なッ!?」

 

 しかし虚空より突如出現した光輪により翼は両足を絡めとられ、動きを止められる。その隙を見逃すはずもなく少女が形成した光球をいくつも叩き込まれた。

 

「命までは取りません。ですが少し眠ってください」

 

 地に伏せる、どうにか光輪から抜け出そうとするがそれよりも目の前の少女の攻撃の方が速いだろう。頭に血が上り誘い込まれた不覚を呪った。

 向けられる少女の杖の先端に光が集う。

 

 

 

 

 

 

 

「ディバイン────「翼さんに手を出すなあああああああああ!!!!!」ッ!?」

 

 

 

 

 翼が目にしたのは響に体当たりされ吹き飛ばされる少女の姿だった。

 

「つ、翼さん大丈夫ですか!?」

 

 倒れている翼に響が駆け寄る。ここまで必死に急いで来たのだろう、息が整っておらずわずかに呂律が回っていない。

 

「私のことよりも敵のッ!」

 

 見れば吹き飛ばされた少女は強く当たったのか少しふらつきながらもすでに杖を持って立ち上がっていた。翼は思わず歯を噛み締める。響はそもそもほとんど戦えず戦力外。そして自分は先ほどの攻撃で身体中が痛みで悲鳴を上げている。人数は増えても形勢は逆転していない。

 

「まさか援軍が居ましたか。ですがこれで………ッ!!?」

 

 次来る攻撃できっと二人してやられるだろう。迫りくる衝撃に翼は思わず目を瞑る。

 

「ッ!……。……?」

 

 だが、いつまで経っても衝撃が来ない。

 恐る恐る目を開けば、先ほどまで戦っていた少女がただそこで呆然としていた。

 表情はわからない。しかし息を呑んでいる気がした。

 

《翼!響君!こっちはもうすぐでそっちに着く!もう少し持ちこたえるんだ!》

 

「わかりました!」

 

 無線からの弦十郎の声に響が返事をしてしまう。

 それを聞いてか先ほどまで固まっていた少女がハッとして即座に翻す。

 

「待て!逃げるのか!?」

 

 その背中に翼は声を掛ける。少女は背を向けたまま、しかし一度だけ足を止める。

 

「仲間に助けられましたか。この勝負、預けます。風鳴翼」

 

 それっきり少女の姿は夜の空へと消えた。

 

 だが翼の中で先ほどの少女の言葉が反響する。

 戦う覚悟もなく戦場に割って入ろうとして防人の資格などないと断じた響に。

 

 

 

「私が…立花に助けられたというの……?」

 

 

 その困惑を解いてくれる人は誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い未来どこなの痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い響助けて痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

 

《マスター!マスター!?》

 

 ルシフェリオンが私を呼んでる声が聞こえる…。

 

 

 

 辛うじて拠点まで戻ったシュテルだが、家に踏み込んだ直後に崩れ落ちた。

 胸の中心より走る激痛が身体中に広まり、全身が痙攣し、脂汗が止まらない。息をしようにも思うように吸えず、あまりの痛みにただただ身体を丸めて縮こまることしかできない。

 

《マスター!しっかりしてください!》

 

 いつもの発作、大丈夫。そう伝えようにも口が震えるばかりで動いてくれやしない。貯蓄された残存魔力で生命維持魔法を健気に起動してくれる相棒に感謝しようにも今の自分では震える指で撫でてやることしかできない。

 

 魔力の強制搾取。

 それが今のシュテルを苦しめるものの正体であり、4年前より降り注いだ呪い。

 

 ()()の主となった者は始まりの時こそ終わりの時。

 無数の主を喰らい、世界を滅ぼしては次の主を求めて転生する絶対の災厄。

 

 

 

 

 

────闇の書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女に遺された命は残り幾ばくも無い。

 親友たちの生きる世界を護るため、自分の命すべてを使ってこの因縁を断ち切ると決めた。

 今だって大切に想ってる。その太陽のような笑顔と陽だまりの温もりを曇らせたくない。だから、もう二度と彼女たちに姿を見せないと誓った。

 

 なのに。

 

 

 

 

 

「どうして…どうしてあと少しの今になって…!響が現れるんですか……ッ!!」

 

 

 

 

 身体が痛い。とても痛い。

 でも、心はそれよりもっと痛い。

 

 

 無数の怨念が満ち満ちる大陸で4年間彷徨い続けた今でも誰かを信じることを忘れていない。

 大切な親友たちが人はいつかわかり合えることを教えてくれたから。

 

 

 それでも、少女はもう、誰かの手と繋がれない────

*1
もっとも汎用的な誘導制御型の射撃魔法。弾速、威力ともにそこまで高くはないがチャージを必要とせず、誘導性能は高く、使い勝手がいい。

*2
高速移動魔法。瞬間加速型であり、長時間維持はできない。

*3
近距離戦闘用の攻撃魔法。魔力を集めて振りかぶって相手にぶつける。

*4
基本砲撃魔法であるディバインバスターの速射性能調整型。射程と威力を落す代わりにチャージ時間を大幅にカットして取り回しをよくしている。

*5
レストリクトロック。空間指定で発動させる拘束魔法。空間指定が必要となる代わりにその拘束極めて強固。



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Episode03 防人

随分遅くなってしまいました
神様(作者)も知らないヒカリ(プロット)で歴史(本文)を作られていくんですけお…3回書き直したけど相変わらずガバガバすぎる…
別にYouTubeのリリカルなのは公式チャンネルで期間限定本編無料配信見てたせいとかじゃないです(ダイマ

アドバイスとか頂けるとすごい助かります


 初めてその少女を見たときからその姿が忘れられなかった。

 

 ノイズに家族を殺され、復讐のためだけに力を求めて二課に忍び込んだ彼女の目はまるで鬼のようで。驚くことにいつもなら文句の一つ二つは零す鎌倉のお爺様も彼女を見るや何一つ咎めることなく認める。

 

 しかしシンフォギアはノイズ相手には絶大な力を誇るが、誰もが手にできるものではない。適合者でなければ容赦なくその身を焼く諸刃の剣。

 生まれながらにして聖遺物を起動させる力を持った私とは違ってその少女は適合係数が極めて低かった。リンカーを打ち、血を吐き、薬害に苦しみ、それでもなお立ち上がるその姿は、なにもなかった私の心を射抜く。

 

 やがて少女は力を手にして戦場を駆け巡る。来る日もまた来る日も、戦場で血を流しながら、歌を歌い、音を奏で。

 一体どれほどの想い、どれほどの覚悟でそこに立つのか私には想像もつかない。

 

 そうしていつか、彼女は憑き物が取れたような顔をするようになった。ノイズを滅ぼしながらも、誰かを助ける日々。それは少女の歌を復讐の歌から誰かを護るための歌へと変えていく。

 なにがあったの?と聞いても、翼もそのうちきっとわかるさと言って頭を撫でられるばかり。不満だったけど、彼女と一緒に飛べばきっと私でもいつかその答えがわかるかもしれない。

 

 だけど、私の片翼は消え、その答え合わせは終ぞすることができなかった。

 それでも、少女の、天羽奏の生き様はずっとその背中を追いかけたこの胸に刻まれている。

 

 そうだ。戦場とは、覚悟と力を持った者だけが踏み込んでいい場所。人が弱いから護らねばならない。そのための防人。

 

 だというのに…。

 

 私はそのどちらも持っていない立花に戦場で助けられた。

 

 人が人を護るのはなぜなのか。見つけたと思った答えが急に見えなくなる。

 わからない…わからないんだ…

 

「教えてよ…奏……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《マスターまだ拗ねてるんですか?》

「拗ねてません」

《拗ねてるじゃないですか》

「私を拗ねさせられたら大したものですよ、ええ」

《…》

 

 重症だ。

 シュテルが倒れてから一夜。デバイスにデフォルトで搭載されている生命維持機能によってどうにか危険状態を脱して以来、自分の主はずっと膝を抱えてベッドに座り込んだままだ。主の親友に対する想いはこの4年間事あるごとに聞かされてきたが、だからっていつまでもこのまま不貞腐れても何も変わらない。

 

《ではどうしますか?このまま自首して洗いざらいすべて吐いて協力を仰ぎますか?》

「わかってて言っていますよね?」

 

 今は否定されてしまった俗説だが、猫は死期を悟ると姿を見られたくないために行方をくらますという。シュテルの行動原理はまさにそれに等しい。

 闇の書という特大な爆弾を抱えているため、その処理を巡って迂闊に組織の力を頼るわけにはいかない。だがそれ以上に彼女は自身にとってもっとも大切な人たちに命尽きるところを見られたくない、知られたくない。そうして頑張ってきたのに目の前で道が交じり合ってしまった。唐突に姿を消してしまったことの罪悪感も上乗せするが、追い討ちは止まらない。

 

「響がシンフォギア装者になってるだなんてどういう冗談ですか…。大体シンフォギアってF.I.Sが運用してる物のはず。日本と米国が異端技術研究で連携してるって聞きませんしなぜそんなシロモノが日本に…。米国が開発したものだったはずでは!?

 

 護られるべき存在。そう思っていた相手が戦場に出ていた。それも人間にとっての災厄であるノイズと戦うための力を纏って。いくらシンフォギアが対ノイズに特化したシロモノであってもなにごとにも絶対はない。敗北の先にあるのは確かな死。人を殴れないような優しさの塊の子がそんな場所にいる、周りからすればノータイムで卒倒ものであろう。

 いったい何コンボ食らったかもわからないような現実にシュテルは混乱状態に陥っていた。

 

 とはいえ危険だと思っているなら少しは鏡見てほしいと思うがさすがに口に出さない。機械だから口はないけど。

 

 普段は迷うことなく突き進むくせに内心なんでもかんでも抱え込む。どれほど傷つきながらも、託された想いは絶対に繋ごうとする。とてもまっすぐなそれは、しかし病的であり、遠い昔の先代主と重なる。未だに主に自分のすべてを伝えていないが、先代と同じくらい彼女のことが大切だ。

 

 そんな今の主に必要なのはため込んだ想いを吐き出す時間だろう。手を繋ぎ、受け止めてくれる人がそばに居ない以上、時間だけが癒しとなる。

 ただ、その時間も十分に残されていないことだけが残念でならなかった。

 

 

 

 

《別にこのままデュランダルに執着せずにこの街を離れてもよろしいのでは?》

「……論外です」

 

 相変わらずベッドの上で体育座りしつつ、ルシフェリオンからの提案を却下する。

 理論上ではあるが闇の書の封印手段は別にデュランダルを使うしか方法がないわけではない。歴代闇の書の主の中にもこの呪いを祓おうとした人たちも多くいる。ある者は完全聖遺物を求め、ある者は哲学兵装に縋り、果てには迷信に従って町一つ生贄にした人まで存在したらしい。極めて極めて可能性が低いのだが、今から新たに方法を模索して見つかるというのも決してゼロではないだろう。

 それでも、今闇の書がシュテルの手元にあるということはその尽くが失敗に終わったということ。結局のところ、一番現実的で確実な手段としてデュランダルを使うしかない。それはわかり切っている。

 

 シンフォギアと戦うのはもはや確定事項。

 闇の書起動には他者から魔力を蒐集して書のページへと変えていかなければならない。666ページあるその書はすでに500ページ台後半に差し掛かっているがまだページがかなり残っている。魔力とは誰にでもあるものではない。一般人から蒐集したところで1ページどころか一行の一文字にすら満たないだろう。

 その点、原因は不明だがなぜかシンフォギア装者からは蒐集が可能だ。それも、装者が歌でフォニックゲインを高めれば高めるほど蒐集できる量が増えるありがたい仕様。経験上、魔力とフォニックゲインには多くの共通点が見受けられる。原理解明は学者さんに任せるとして。

 蒐集は一人につき一回しかできないことも考えれば、これを逃す手などあり得ない。

 その計画は今も変わらない。

 

 ならばシュテルを悩ませる問題は闇の書関連ではなく響についてだ。

 響に合わせる顔がない、響と戦いたくない。それは自分の問題。

 響を戦わせたくない、安全なところで暮らしてほしい。それは響の問題。

 自分の問題は自分の心を抑え込めば済む話。これまでも偽装魔法で顔と声を変えてるし、そもそも響たちには魔法を見せたことすらない。使えるようになったのは闇の書の主になる直前だ。

 だが響の問題はそうはいかない。

 

《彼女が誰かに脅されて戦わされている可能性はどうでしょう?》

 

「あり得ません!響の性格なら間違いなく自分から首を突っ込んでるはずです」

 

 人助けをするのが好きなあの子のことだ。始まりはどうであれ、ノイズに苦しめられる人たちを助けたいという思いがあるなら十中八九自分からあの場に居るに違いない。その在り方に救われた身としてはうれしいと思う一方で、見てる方としては危なっかしくてしょうがない。自覚はしているがシュテルも響に対して相当過保護だ。人助けでやらかしそうになったときに後でフォローしたのはもはや数え切れるほどではない。少しは見せつけられる未来のことも労わってあげてほしい。

 

「あっ…」

 

 心を整理しながら気づく。

 ようはシュテルが響の人助けの在り方を肯定するか否定するか、ということだろう。

 

《マスターはどうしたいですか?》

 

 相棒は静かにシュテルの言葉を待つ。

 

「私は…響の人助けを肯定したい。でも響に戦ってほしくありません…」

 

 飽きるほど見直した昨日の戦闘記録。

 風鳴翼は強かった。彼女の最後の一撃、それは確かにシュテルに届いていた。服をめくればバリアジャケット越しに腹部に刻まれた真新しい横一文字の痣が見えるだろう。対する響は目の前に敵が居て、大きな隙が出来ているにもかかわらず放置したり、増援の通信を相手に悟られたりと素人同然で、どう考えても場慣れしていない。

 

 そこまではわかる。でもその先どうすればいいのかわからない。すでにシンフォギア装者となってしまった響を日常に戻すとは極めて難しいのをわかってしまっている。

 

《マスター》

 

 手にする宝石が惑う主に語り掛ける。

 

《マスターにとって大切なのはなんですか?自分の理想の中にしか存在しない彼女ですか?それとも今生きている彼女ですか?》

「ッ!」

 

 シュテルの歩んだ4年間と同じく、響にも響だけの4年間がある。思い出の中の響ばかり見て、必死になって今から目を背けてた。シンフォギアとの出会いとて、きっと彼女にとってはとても大きなターニングポイントなのかもしれない。

 

 そんな単純なことすら気づけなかったなんて…

 しばし目を瞑り、背中をお通ししてくれた相棒に感謝する。

 

「ルシフェリオン、ありがとうございます」

《いえ、当然のことです》

 

 響の身を案じたい。響が生半可で自分の身を一切案じてないなら骨の一本二本へし折ってでも戦うのを止めさせる。

 でももし響に意思の強さがあるなら、その想いを応援したい。

 それがいずれ自分の障害となって立ちふさがることになるとしても。

 

 

「私は…もう一度会って確かめたい。響の想いを」

 

 

 

 親友と戦わなければならないという本質的な部分には蓋はされつつも、それでも主は立ち直りつつある。

 折れてもあきらめない不屈の心(レイジングハート)。だからこそシュテルを主と認めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翼のメディカルチェックの結果はどうだ?」

「一切問題なし、まったくの健康体ね。羨んじゃうくらい」

「そうか。それはよかった」

 

 特異災害対策機動部二課の本部にて弦十郎と了子は翼の診断結果を見ていた。昨日の戦闘、痛めつけられた翼だが外傷はほとんどなかった。念のため精密検査も行ったが、了子が問題ないというのであれば一先ずは安心だ。

 

「ただ翼ちゃん結構沈んでたわね」

 

 肉体は傷一つなくても心はそうはいかない。

 奏が亡くなって以来、たった一人でずっと戦ってきたのだ。その思い詰め度合いは相当だろう。念のためケアに彼女のマネージャーである緒川慎次を付けているが、肝心な立ち直りは結局翼自分次第だ。

 

 力になってあげられない自分が憎い。

 

「ほら、自分を責めないの。弦十郎くんったらそんな顔しちゃ駄目よ?」

「ハハッ、そんなにわかりやすかったか?」

 

 どうやらこっちの心情はお見通しらしい。つくづく叶わないなと頭を搔く。

 

「それで、昨日の少女について分かったことは?」

 

 気を取り直して果たすべき責務に戻る。

 脅威は現在進行形でやってきている。大人である自分たちまでもがクヨクヨしているようでは翼や響に申し訳が立たない。彼女たちが安心して戦えるようにサポートすることこそ自分たちの戦いだ。

 

「ん~、そうねぇ…」

 

 弦十郎の問いかけに了子は椅子の背もたれに寄り掛かりながら少し思案する。普段は軽い口調で話すが、専門である聖遺物の話となれば途端に雰囲気が変わる。

 

「まずこの子が先日のフォニックゲインの持ち主で間違いないわ。ただ、アウフヴァッヘン波形は観測されなかったのよ」

 

 歌の力、フォニックゲインにて聖遺物を起動させれば必ずその聖遺物固有の波形が観測される。それがアウフヴァッヘン波形だ。それが観測されない。

 

「つまり彼女は聖遺物に由来する力を使ってない?」

「そういうこと」

「我々とは違う異端技術ということか…」

 

 その事実に弦十郎が唸る。ノイズの出現以降、世界的に加速する聖遺物研究の中でトップを独走状態にあるのは日本だ。この分野では天才、櫻井了子の提唱する櫻井理論を基軸に2課の優位性は確固なものとなっている。だが米は米屋、餅は餅屋。シンフォギアが本領を発揮するのはノイズとの戦い。対人戦も可能ではあるが、もしも最初からそれに特化した技術系統の者が敵となると…。

 

「シンフォギアは聖遺物の欠片を励起させることで力得るけど、彼女の場合はフォニックゲイン自体を肉体かこの杖を通して変換、その後物質化、もしくは半エネルギー化して撃ち出すってわけ」

 

 まるで魔法みたいねと了子がつぶやく。

 

「ただ、聖遺物を介在させない以上、調律機構もないからこの運用法ではノイズ相手には効率が悪いことこの上ないのよねぇ…」

「そうなのか?」

「そそ。シンフォギア開発始める前にこの方式も一応試したのよ。結果は散々」

 

 ふと弦十郎に疑問が浮かぶ。

 

「この力を彼女が自分で導き出してたどり着いた可能性はあるのか?」

 

 極論を言ってしまえばシンフォギアや聖遺物はちゃんとした知識などなくとも資質さえあれば使える。実際に聖遺物のせの文字も知らなかった響がガングニールのシンフォギアを纏っていることがそれを証明する。

 

「それは無理ね。ここ見なさい」

 

 画像に映された少女の足元に光る円形の魔法陣を指さす。

 

「攻撃の種類によって出現する魔法陣の模様も変わっているの。おそらくはこれを図式、もしくは数式に見立ててエネルギーを固着、出力してるの。変換は極めてロジカライズに体系化されているわね。この杖の力って線もあるけど、そもそも最初に現れた時点では杖を起動させてないし、間違いなく自分で理解して使ってる。でも、よほど天才だとしてもここに辿り着くまでに間違いなく一人じゃあ絶対無理よ」

 

「と言うことはこの技術を教えた何かしらの背後組織の存在も疑わなきゃならないか…」

「それが弦十郎くんの仕事でしょ~?」

 

 解説が終わったのか、シリアス状態から普段の雰囲気に了子が戻る。

 

「やることはきっちりやるさ。未知の脅威が二つもあるんだからな」

 

 また仕事が増えるというぼやきに対して書類をまとめてちょうど席を立とうとした了子は訝しむ。

 

「二つってどういうことかしら?」

「ん?ああ。まだ確信があるわけじゃないんだが」

 

 前置きしつつ。

 

「先日のノイズはこの少女が殲滅した。なら彼女のほかにまだノイズ大量発生の元凶となってる連中が居るはずだ」

「弦十郎くんは本当にこのノイズは操られてると思ってるの?」

「ああ。俺のカンがそう言ってる」

「そう…」

 

 了子は納得したのか今度こそ立ち上がる。

 

「じゃあ私はこのあともデータ整理しなきゃいけないから一度部屋に戻らせてもらうわね~。弦十郎くんもあんまり詰め込み過ぎないでね?」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず食えない男だ。こちらの手の内を一度も見せてないというのに」

 

 自室にて積み上げられた大量の資料に囲まれつつ天才考古学者・櫻井了子、否、永遠の狭間を生きる神代の巫女・フィーネは天井を見上げた。

 ノイズを操れる完全聖遺物・ソロモンの杖はフィーネの子飼いが持っており、この街の異常なまでのノイズ出現率は彼女によるものだ。新たに表れた脅威は想定外だったとはいえ、少しは目をそらせるかと思ったがそうは簡単には行かせてもらえないらしい。計画遂行に致命的な事象は発生していないが多少のスケジュール繰り上げが必要になるだろう。

 

 まあいい。鍵たる完全聖遺物、聖剣・デュランダルは地下深くのアビスに眠る。そして、生体と聖遺物の融合症例の貴重なサンプルである立花響もここにいる。

 神の遺した不条理を打ち砕くため、そしてその先の未来を手にするまであともう少し。

 

 そこでフィーネはモニターに目を落す。

 

「魔導師…まさかまだ生き残りがいたとはな」

 

 映るは先ほど見たあの紫天の少女。思い起こされるは遠き過去。

 

「救われない哀れな連中だ……」

 

 

 その想いを知る人は居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私呪われてるかも…」

「ほらぼやかないの。せっかく期限伸ばしたのにこのままじゃあ終わらないよ?」

「だってだって…!」

 

 迫りくる恐怖。悪夢。絶望。世界はいつだってこんなはずじゃないことばかり。どうしてこんなにも無慈悲なのか。

 

 シュクダイが、終わらない…。

 

「ああああもう絶対無理だよぉおお!!!」

 

 日常へ帰った響を待ち受けるのは宿題という更なる地獄だった。装者としての激務、それによって普段の勉学に致命的な影響が出てる…というわけでもなく単純に普段から宿題から逃げているだけである。リディアン音楽院自体が二課の隠れ蓑として設立されたダミーカンパニーであるため、そこの教職員たちは響が装者として活動を知っている。ゆえに期限延長などそれなりの配慮もしている。その上で宿題が終わっていないのだから完全に自業自得というほかない。

 

(了子さんは人がわかり合えないのは呪いだって言ってたけど私にとっては宿題が呪いだよぉ…)

 

 しかしいくら嘆いても宿題は減ってはくれない。半べそかきながら進めるしかないのだ。

 

「ほら、響も頑張って。あと少しなんだから」

「未来も手伝ってよぉ…」

「だーめ。ちゃんと自分でやらないと力にならないよ」

「うぅ……」

 

 親友の言葉にむせび泣く。

 

「今夜の流れ星までにはちゃんと終わらせてよね?」

「一生懸命頑張ります…」

 

 ずっと前から楽しみにしていた一緒に流れ星を見るという約束。それを宿題が終わらないのが原因で破っちゃうのは絶対に嫌だ。うーうー唸りながらちょっとずつ処理する。

 

「流れ星…流れ星…星…星光…シュテル…」

「えっ!?」

 

 宿題をやる辛さをやわらげようと、なんとなくの連想ゲームでつぶやいた単語に未来が少し大げさにびっくりしたように思える。

 

「いやー、シュテるんは今のところどこに居るのかなぁーなんて」

「あ、あのね…」

「どうしたの?」

「う、ううん。なんでも」

 

 少し歯切れの悪い様子の未来だったが宿題と死闘を繰り広げていた響は気づけなかった。

 

「いつかシュテるんとも一緒に流れ星見たいなー」

「その前にまず宿題を終わらせてからね?」

「いきなり現実を突きつけないでよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ノイズの出現を確認した!翼、いけるな!?』

「今向かっています!」

 

 昨日の今日でまたノイズ。こちらの事情お構いなし。

 次のライブの打ち合わせを終えた直後の翼を出迎えたのはそのような連絡だった。

 

『響くんも現場に向かわせているが…』

「その前にケリを付けます」

 

 なにゆえ人を護るのか。それを見つめ直す時間すらもらえない。

 

(だが、この残酷は私にとって心地いい!)

 

 ただひたすら剣を振り、敵を裂く。戦っているさなかだけは何も考えずに済む。防人としての責務を果たすまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 あらかたノイズを殲滅した直後に襲ってきた昨日の少女。予想はしていたので驚きはない。

 だが苛立ちは募る。胸のむしゃくしゃした衝動が収まらない。

 

 聖遺物研究を付け狙う諸外国、シンフォギアを狙うこの少女、なんの力も覚悟もない立花響。

 護るべき民衆とそれを脅かすノイズ、そして民衆を護る防人。戦場はそんなシンプルな構図だけでよかったのに、世界はこうもままならないッ!

 

《モードシフト ルシフェリオンクロー*1

 

「くっ!?」

 

 杖を籠手へと変化させるその隙に、翼の一閃を見舞う。

 それを少女は身を沈めることで潜り抜け、手の届く距離まで踏み込まれ、しかし足のブレードを展開させつつバク転の要領で斬りかかる。それを少女は左右に躱し切っては握った拳の一撃を叩きこめる隙を付け狙う。心が乱れているせいか、自分でも嫌になるほどの無様な太刀筋。だがそれ以上に、

 

(近接もこれほどできるのか!?)

 

 近接にこそ活路あり、とにかく相手に距離を離させず格闘戦に持ち込むも、想定以上で思わず舌を巻く。こちらの動きをしっかり目で捉えてる。肉体動作ははっきりとわかるほどワンテンポ遅れているが、それを十全に補えるほどの先読み力。才能ではない、実戦での経験によって練磨されてきた動きだ。周囲を飛び回る光球に縛り付けて来ようとする光の輪。絡め手と合わさって戦いにくさが増していく。

 

 それでも、近接での削り合いは翼に分があがった。どれほどの先を読んでも肉体のパワーの差は埋めがたい。胸元で交差した両腕のガードを回し蹴りで突き崩し、空いた腹部に翼のもう片脚の膝蹴りが吸い込まれる。

 

「相変わらず強い…ッ!それでも、私の魔導で押し通すッ!」

「ッ!」

 

 強烈に嫌な予感が走り、翼は距離を取る。

 

「申し訳ありません。今日の本当の目的はあなたではないんです」

「何を言って…」

 

《カートリッジ、ロード*2

 

 その掛け声とともに少女の籠手から薬莢のようなものが2発排出され、爆発的にエネルギーが増すのを感じる。

 

「イグナイト・スパーク*3

 

【蒼ノ一閃】

 

 向けられた雷光を一閃にて斬りはらう。しかしそれによって翼はわずかな間、少女から目を離してしまう。

 

《カートリッジ、ロード》

 

 今度は先ほどよりも多く、4発の薬莢が排出される。そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()────ッ!」

 

 

 

 少女が黒紫の炎に包まれる。吹き荒れる膨大な圧力に天ノ逆鱗で迎え撃とうとして。

 

「ダインスレイフ」

 

 翼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《蒐集完了》

 

「翼さん!?」

「随分遅かったですね」

 

 弦十郎に君の手に負える相手じゃないと止められた。だけど翼が倒されたと聞かされて居てもたっても居られなかった。

 一生懸命頑張って終わらせた宿題。あんなに楽しみにしていた未来と一緒に流れ星を見るという約束。それを振り切ってやってきた響に見せられたのは地面に転がる翼とその元凶。

 

「どうして…こんな…」

 

 約束を果たせなかった悲しみと、人と人が争い合うというやるせなさ。いろんな感情がごちゃまぜになって涙として零れ落ちた。

 

「これが戦場の摂理です。ひとたび踏み込めばそこにあるのは想いのぶつかり合い。あなたの意思はなんですか?」

 

 すでに登った月に照らされて、少女が問いかけた。見えない視線に射抜かれる。

 

「私は…戦いたくない…。だって私たちは言葉が通じる同じ人間なんだよ!?話し合えばきっと…!」

 

 紛れもない響の本心だ。しかし少女はそれを否定する。

 

「わかりあえると?無理ですね。言葉だけでは何も伝わりません。騙し、偽ることなど造作もない。ですが、行動は雄弁。あなたが本当にそう思うのであれば、その手で私に示してください。でなければ────」

 

 空高く掲げる少女の手の周りに星のような光がいくつも産まれる。思わず足が引ける。

 

「この戦場(いくさば)に立つ資格はありません」

 

 光が流れ星のように響を襲い、碌に抵抗できず吹き飛ばされる。

 

(戦うなんて…!?私にはアームドギアがまだ…ッ!)

 

 逃げ回る響は心中で叫ぶ。シンフォギアは身に纏う装束に加えて、装者の心を映した武器であるアームドギアがそろって初めて完成する。覚悟のカタチ。

 なのに装者になって一ヵ月たった今でも響はアームドギアを生成できていない。翼に比べていつまでも半人前。早くその背中に追いつきたいと思ってこんなにも頑張ってるのに。

 

「どうしましたか?戦わないのですか?戦えないのですか?それとも────」

 

 そう言われても複数の光球に足元を狙われてそれどころじゃない。けど、このまま時間稼ぎして弦十郎がやってくるのを待った方がいいかもしれなという考えがよぎる。

 

「私程度では戦う価値すらないというわけでしょうか?」

「ッ!?」

 

 声の主は先ほどから一歩も動いていない。つまり、その足元に倒れている翼の生死与奪の権限はあの子の手の中に…。

 

「ようやく気付きましたか。ここでは戦わなければなにも護れない。その躊躇が翼を危険に晒す」

「うぅ…」

 

 冷酷な笑みと共に少女は翼の背中に脚を乗せ、地に伏す翼がわずかにうめく。

 

「う、うわぁあああああああ────!」

 

 その挑発ではなく翼の姿に響は絶叫しながら突撃してパンチを繰り出す。しかし所詮は素人の一撃、簡単に躱され返す刀で脇腹に裏拳を叩きこまれる。

 

「助けたいという想いは上々。しかしそんな腰の引けた一撃では私には届きません」

「カハッ」

 

 痛みに喘いでるうちに背負い投げの要領で投げ飛ばされる。背中から地面に叩きつけられて肺の中の空気が吐き出された。

 

「こんなものですか?あなたはその程度の力と覚悟でここに立っているのですか?」

「覚悟なんて…!?」

 

(私だって…アームドギアさえ、アームドギアさえあれば…!)

 

 涙目になって立ち上がりながらも必死になって念じる。この戦局を覆したければアームドギアを手にする以外ない。

 なのにこの胸のガングニールは一向に応えてくれやしない。

 

「なんで…!?」

 

 アームドギアさえあれば翼さんやあの日の奏さんのように戦えるかもしれないのに…!

 だがそこは戦場、相手がそれを見逃すにべもなく、顔を上げれば目の前に現れる黒いバイザー。鳩尾に撃ちこまれた一撃によって響は吹き飛ばされた。

 

「なんの覚悟も持たずにノコノコと戦場に出てきたのですか?」

 

 ゆっくり近づきながら少女は再び問いかける。

 

「ち、違う!私にだって護りたいものがあって…!」

 

 一ヶ月前に翼にも言われた言葉、覚悟とか言われても分からないけど響なりに出した答え。

 

「その想いを為せるだけの力がないというのに?」

「それは……ッ!」

 

 純然たる事実、だからなにも言い返せない。いくら胸の中でそう思っても現実は現実。以前に比べれば筋肉がついて来たり動体視力が鍛えられてきたけど実戦ではまだぜんぜん。あまりの悔しさに唇を噛む。

 

「そんな様では死にますよ」

 

 死ぬ?死んでしまう?目をそらしてきた恐怖がいまさらになってフラッシュバックする。

 だけど、翼さんとまだ一緒に戦えてない!シュテるんと再会だってまだしてないッ!未来とまだ流れ星を見てない…ッ!

 

「わ、私は…!生きるのを諦めたくない…!」

 

 叫ぶは心からの本音。あの日、奏から託されたのはこの胸のガングニールだけじゃない。生きるのを諦めないその想いは今でも胸のうちに秘めている。

 

「そうですか…。ならばこれが最後の問いです」

 

 響の叫びに少し納得したのか、立ち止まって少し思案した後、顔を上げる。

 

「あなたに、敵を倒す覚悟はありますか?」

「えっ…」

 

 突然少女の両手にあった籠手と装束が光の粒子となって消え、代わりにどこにでもあるような普段着が現れた。ほかに武器を持っているのを見当たらない。つまりは完全なる武装解除。

 

「今のあなたに力がないのはわかりました。ならばチャンスをあげます。せめて私を倒し、全てをつかみ取る覚悟を示してください」

 

 無手となった少女がゆっくり、だけど確実に一歩ずつ近づいてくる。

 今なら、今ならばアームドギアがない自分の攻撃でもなんとかなるかもしれない。そう考えて拳を握って。

 

(そんなのできないよ…!)

 

 腕を下した。

 

「どうしましたか?目の前に敵が居るのですよ」

「…」

 

 落胆したのか僅かにトーンが下がった少女はなおも近づいて、それに対して響は俯いて動けない。

 二人の距離はもはや息が吹きかかるほどしかない。少女の最後に問う。

 

「それでも動けないのですか?」

「それでも…私は誰かを傷つけたくないよ…」

 

 胸の想いが雫となって零れ落ちる。何も言わずに再び紫色の装束を少女は纏う。

 

(ごめんなさい翼さん…ごめん…未来、シュテるん…)

 

 数秒後に自分を待ち受ける暗い将来を予感して目を瞑った。

 

 

 

 

 …

 ……

 ………

 

 

 

「えっ…」

 

 頬に両手を添えられ、涙が拭われる。

 

「あなたは優しすぎます」

 

 その手の主はつい先ほどまで戦った少女。

 

「はっきり言えば未熟です。翼を置いて逃げ出さなかった勇気はありますが、誰かを助けたいという願いと力にならなければならないという強迫観念が喧嘩して足を引っ張っています」

 

 突然向けられる予想外の言葉に困惑する響。その間にも少女は続ける。

 

「いろいろゴチャゴチャ考えすぎです。小難しい理屈なんて要りません。もっとシンプルに、胸に湧いたこれだと思える衝動に素直になってください。それ以外は余計です」

 

 なぜ急にこんなこと言われるのかわからないけど、その言葉の一つ一つが胸に染みわたっていく。

 

「言葉だけではどうにもならないことがたくさんあります。それでも想いを伝えたければその意思を固めることです。覚悟が決まれば嫌でも自分から力をつける努力しようとしますから」

「想いを伝える…覚悟」

 

 心の中でそのフレーズが繰り返される。その反応に満足したのか、頬から手を離して響の腕に触れる。

 

「本当はあなたのような優しい人に戦場に出てきてほしくはありません。ですが避けて通れないなら強くなることです。覚えておいてください、力を付ければ戦うことも戦わせないことも選べるようになります。その気になれば相手を傷つけずに無力化させることだって可能です」

 

 響の両手をとって少女は指を絡ませ握りしめる。

 

「あなたのこの手は壊すためじゃなく伝えるためのものなのでしょ?」

「うん…」

 

 胸に掛かった靄が透き通る気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気に入らない。気に食わない。

 

 赤紫色のヤツがあの甘ちゃんのガングニールの装者モドキに対してどうするのか興味があって見てみたが、蓋を開ければ下らない茶番。

 想いを伝える力?ふざけるな。力は破壊にしか使えねぇ。それをずっと見てきた。杖を握り締める手の力が強くなる。課せられた仕事は分かってる。あの赤紫色の魔導師って呼ばれるらしいヤツと装者モドキをかっさらえばいい。そのための力もこの手にある。

 

 お望み通りこの胸の衝動を叩きつけてやるよ──ッ!

 

 

 

 

 

『新たなノイズ反応!それにこれは…!?』

「ネフシュタンの鎧だとッ!?」

 

 既に現場に急行している途中だった弦十郎はその報告に驚愕する。予測通りノイズを操る存在が現れたことに対する衝撃も大きかったが、それ以上に新しく現れた少女の身に纏うそれを知っていた。

 

 2年前に奪われた第4号聖遺物・ネフシュタンの鎧。惨劇の引き金。完全聖遺物。なによりもそれは、奏を散らせてしまった自分たちの罪の証。

 

 響のギアから転送される映像から見える戦局は芳しくない。翼を下し、やたら響に執着していたあの少女もネフシュタンの鎧相手には押されている。光球は光る鞭を回転させてすべて叩き落とされ、拘束する光の輪はこともなく引きちぎられ、距離を取れずに一方的に嬲られる。響に至っては翼を守ろうとしてノイズに囲まれて身動き取れない。

 すでに全速力で駆けつけてる途中だが到着まではまだ時間が必要だ。このまま奪われるのを指をくわえて見ていることしかできないのか。

 握りしめた拳から血の雫が垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いろいろゴチャゴチャ考えすぎです。小難しい理屈なんて要りません。もっとシンプルに、胸に湧いたこれだと思える衝動に素直になってください。それ以外は余計です』

 

 自分に向けられたわけではないその言葉、しかし不思議とすんなり胸に入ってくる。深く沈んだ意識の海に漂ったまま考える。

 

(私の胸に湧いた衝動…)

 

 奏と一緒に飛びたいと思ってた。彼女と一緒ならどこまでも飛べる双翼のツヴァイウィング。でも奏はもう居ない。だから歌女としての翼ではなく防人である風鳴として戦った。

 そして奏の遺したガングニールが再び現れてからずっと心をかき乱されてばかり。この身は感情のない剣であると定めたというのに────。

 

 遠くに思える通信機から、奪われたネフシュタンの鎧が現れたことと狙いは立花であるという情報が伝わってくる。

 

(私はまた奪われるの…?)

 

 鈍った思考では二課とか風鳴の責務とかそういったことまで頭が回らない。ただ、奪われたくないという純粋な想いだけが浮かんでくる。

 

(私のしたいことは────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきり言えばピンチ。

 翼との戦闘でダメージもあるが、それ以上に目の前の少女が純粋に強い。響がいうには完全聖遺物・ネフシュタンの鎧らしいがこの強さの根源はどう考えてもそこではない。バトルセンスがずば抜けている。

 切り札たる抜剣はすでに一度使ってしまった。もう一度使うとなれば今のコンディションでは十中八九体内にある欠片の破壊衝動に飲まれるだろう。元はただの魔法、だが呪われた今は自身を焼く諸刃の剣。使いすぎれば欠片の意思に塗りつぶされて自分ではなくなってしまう。そもそも翼との戦いで使った負荷すら一切抜けていない。

 接近戦に引きずり込まれた時点でジリ貧。せめて自由空戦に持ち込めれば互角に戦えるが、それは響と翼を見捨てることと同義。街を焦土にする遠距離砲撃戦などもってのほか。

 

(ッ!)

 

 僅かに思考が逸れた隙に躊躇なく胸部に刺さる足蹴り、その痛み耐えつつ砲撃を見舞うも躱され鞭でシールドを砕かれる。加えて肉弾戦の一辺倒かと思えばもう一つの完全聖遺物でノイズを操ってみせる悪辣さ。

 

「どうしたんだぁ?さっきまでの威勢はよぉ。もっと見せてくれよな」

「──」

 

 挑発は無視して、呼吸を整えつつマルチタスク*4で魔法演算をしつつも響たちの状況を確認。翼を護ろうと押し寄せるノイズに立ち向かうも数が多すぎる。

 

「アタシ以外に現を抜かすとかいい度胸じゃねぇか!」

「いいえ、ちゃんと見ていますよ!」

 

 構えた杖の先端に桃色の光が集束させ、不足分の魔力はカートリッジで無理やり補う。

 

「そうかい。だったらアタシはッ!」

 

《ディバインバスター》

 

「ちょっせぇッ!」

 

【NIRVANA GEDON】

 

 ネフシュタンの鎧から生成した巨大なエネルギー球と砲撃魔法が拮抗する。しかし相手はその上を行く。

 

「持ってけダブルだ!」

 

 拮抗してるところにもう一発のエネルギー球を叩きこみ、爆発。エネルギーが四散するもシュテル側を襲う量のが多い。

 

「これでわかったか?力の差ってやつだ。お前のそのちゃちな力でなんでもできると思うんじゃねぇ!」

 

 投げつけられるその言葉はシュテルがずっと痛感していたもの。だが、それでも自分の手の届く範囲のものは諦めたくない。

 精神を統一する。一か八かの賭け。二度目の抜剣。今抜かずしていつ抜くというのか。

 

「バッ…

 

 

 

 

 

 

 

Gatrandis babel ziggurat edenal────

 

 

「まさか!?」

 

 鳴り響くその旋律にもっとも反応したのはネフシュタンの少女だった。彼女は知っている。これが何を意味するのかを。

 

Emustolronzen fine el baral zizzl────

 

 絶大な力を得ると同時に装者の身を焼く、天羽奏の命を燃やし尽くした滅びの歌・絶唱。

 それを歌うのは、倒れていたはずの風鳴翼。

 

Gatrandis babel ziggurat edenal────

 

 すぐさま離脱しようと身をひるがえすも、

 

《クリスタルケージ》

 

「くっ!?ここから…出せッ!!」

 

 半透明のピラミッド状の檻に閉じ込められて動けない。

 

Emustolronzen fine el zizzl────……

 

 

 そして、絶唱の詠唱が完成する。

 迫りくる破壊のエネルギーにシュテルは離脱し、しかし取り残されたネフシュタンの少女はノイズと共にそのまま飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶唱を終え、ネフシュタンの少女ももう一人も皆撤退していった。

 後に残るは地面に座り込んで呆然とする響と立ったままの翼。

 

「つばささ…翼さん!?」

 

 絶唱の負荷で血涙を流し、吐血する翼の姿に響は取り乱す。すぐさまその身体を支えるも流れる血が止まらない。

 

「翼大丈夫か!?」

「翼ちゃん!?」

 

 ようやく現場に辿り着いて駆け寄ってくる弦十郎と了子の言葉に応える気力もない。

 ネフシュタンの鎧ともう一人の少女を取り逃がした雪辱は果たせていない。それでも、奏が助けた少女は護ることができた。

 薄れゆく意識の中で最後に思うのは。

 

 

 

 

 

(心と身体、全部からっぽにして、思いっきり歌う歌はこんなにもお腹が減るものだったんだね、奏────)

 

 

*1
デバイスであるルシフェリオンを籠手状に変化させた近接格闘形態。ゲームなのはinnocentにて初出。その後劇場版ReflectionおよびDetnationでも再登場を果たす。

*2
カートリッジシステム。魔導師たちが本来以上の力を手にするための決戦機構。事前にチャージした圧縮魔力を弾丸状のカートリッジに封入し、ロードすることで魔導師に還元、使用者の魔力を一時的にブーストする。

*3
ゲームなのはポータブルGoDに登場する雷刃の襲撃者レヴィ・ザ・スラッシャーの必殺技。複数の雷の剣状光球を相手に突き刺しては起爆させる技。なお、本来の名前は雷刃封殺爆滅剣だが、気分によって呼び名がコロコロ変わる。

*4
並列思考技能。魔導師の基本技能、これを習得することで複数の魔法の同時処理などを行える。逆に言えばこれができなければ魔法の発動高速化など一切無理。




ルシフェリオン(このマスター繋がれないって言っておきながらボディタッチ多くない…?)


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Episode04 望んでなかった成就

凄い遅れて申し訳ないですが投下。
いろいろと書いてて表現とか納得しなくて己の文才の無さが憎い…
書き方とかいろいろと試してますが、これ悪くない、アレダメとかアドバイスを頂けると幸いです

財団周りは完全に独自設定ですはい

ちなみにYouTubeのなのは公式チャンネルでなのはA'sの無料配信が始まったようです(ダイマ


「宿題…今やらなきゃだめ…?」

「駄目です。響のことですから確実にギリギリまで放置するのでしょ?」

 

 精一杯の上目遣いの懇願。しかしそれはハスキーボイスの親友に無慈悲に一蹴りされる。連休初日から目いっぱい遊ぶという響の壮大なる野望は、朝から自宅前へとやってきた親友らによってその第一歩から躓いてしまった。抗議の目線を受けても親友は何処吹く風。

 

「またいつもみたいに期日ギリギリに未来に泣きつくことにことにならないように、今から毎日少しずつ消化しますよ。大体昨日に一緒に宿題をやるって約束したじゃないですか」

「休みだってことで頭がいっぱいだったかなぁ…なんてあはは…」

「ほら響、せっかくなんだし今一緒にやっちゃおう?私も手伝うから」

 

 頼みの綱であった未来までもがシュテル主導の追い込み漁に参加してもはや逃げ場なし。リビングに入って勉強の準備している二人の横で一人で遊ぶ気分になれなくて、響はしぶしぶランドセルから宿題を取り出してテーブルに着く。

 だが果敢無き哉、授業中に先生の解説をちゃんと聞いていなかった響にとって目の前の宿題は断崖絶壁にしか感じられない。

 

「もうだめだぁ…おしまいだぁ…やっぱり私には無理だよぉ…」

「そんな弱音吐く暇あったら手を動かしてください。そこの部分は響でも問題なく解けるはずですよ」

「だって…シュテルは勉強すごいできるし未来だって私よりもよっぽど頭いいけど、私にはなんも取り柄がないし…」

 

 勉強に対するいつもの軽口、そう思っていたところに予想外の悩みを吐き出される。サクサク処理していくシュテル、平均よりも多少速めの速度で片づけていく未来、その二人の存在は響にとっては少しばかり思うとことがあった。だけどそうやってへこむ響の両手を二人は掴む。

 

「そんなことないよ。私もシュテルも響のいいところたくさん知ってるんだから」

「ええ、人並みにはできるようになってほしいですが勉強できない程度で響の魅力は変わりません」

「未来…シュテるん…」

 

 子ども特有の将来への不安、でもそれもこの二人となら吹き飛んでしまう。手を握られ続けるのが少しこっぱずかしくなったのか、響ははにかみながら頬を搔いた。

 

「それに、もし将来響がダメダメでも私が二人を養うつもりなので何一つ問題ありません」

「二人ってもしかして私も入ってるの!?」

「なにを言ってるんですか未来。この間キッチンを盛大に焦がしておばさんから出入り禁止って言い渡されたばかりじゃないですか。安心できないので当然未来も一緒です」

 

 得意気な顔して語るシュテルに抗議の音を上げる未来。未来は一見しっかり者のように見えて案外やらかすのだ。のだが、3人の中で一番ちゃんとしているように見えてシュテルもかなり抜けてるのを響は忘れない。

 以前、シュテルが未来のお母さんに作ってもらったニンジンの彫刻に感動して、教えを乞うたことがあった。その手の器用さもあってか、ついに習得したシュテルは響と未来にお披露目しようとして気合を入れて作品を作り上げる。長い時間をかけて作り上げられたそれはシュテルの職人気質もあってか芸術品のよう。

 ただし、使った素材はよりにもよってお餅。焼き網に乗せられた餅のヴィーナスは熱で膨れ上がって腰のところで真っ二つ。お餅が変形することをすっかり失念していたシュテルはその光景に呆然となって、二人でいじけた彼女を半日かけて慰めたのはつい先週。シュテるんにはやっぱり私と未来がついていなきゃ駄目だよねと響が胸に刻んだ一件だ。

 

「だいたいシュテルだってほっておくとすぐ夜更かしして寝ないし人のこと言えないでしょ?今だって目のとこに隈が出来てるじゃない」

「ッ…よく気づきましたね」

「当たり前でしょ。ずっと見てきてるんだから」

 

 駄目駄目ポイント指摘大会の最中、未来の一言にシュテルは思わずどもる。言われて響もシュテルのこと見ればどうにもいつもより少し顔色が悪い。最近母親と関係があまりうまくいっていないのはすでに相談を受けていた。ことが事なだけに心配そうな表情をする響にシュテルは安心させるように言う。

 

「大丈夫ですよ。実は最近新しいことを覚えて今その練習をしているんです」

「新しいこと?」

「秘密です」

「イジワル…」

 

 興味をひかせておいて勿体ぶるという悪魔的な所業に響は不満げだ。それに対して少し申し訳なさそうにシュテルは苦笑する。

 

 

「ちゃんと練習して、いつかうまくできるようになったら二人に見せたいと思っているんです。だから、それまで少しだけ待っててください」

 

 

 

 その一か月後シュテるんのお母さんが亡くなって、病院に搬送されたシュテるんが姿を消した。見せたいといったものは結局見ることが叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『朝です。起きてください。二度寝はダメですよ、起きてください』

「ん…」

 

 午前5時、まだ空が暗いけど耳元で鳴るアラームに私は目が覚めた。隣で眠る未来を起こさないようにそっと布団から這い出つつ、修行に向かう準備する。

 翼さんが倒れたあの日から、私は心から強くなりたいと願った。そして今は弦十郎さん、改め師匠の元で毎日特訓している。

 そんな私に無理して変わるんじゃなくて私のまま強くなってほしいと背中を押してくれた未来。まだなにも告げられなくて心苦しいけど、危険に未来を巻き込みたくないと決めたから。

 

 そうやって静かに朝食を取りつつふと今朝の夢を思い出す。流れ星の夜以来、なんでか妙にシュテるんの夢を見る。

 

 私の親友シュテル。普段は割と甘やかしてくれるけど、勉強のことになるといろいろと厳しかった。でも私のことを想ってくれているからだっていうのもわかる。

 

(ほんと、不器用だよね)

 

 手先は器用なのに立ち回りは本当に不器用な私の親友は、私に何かあるとすぐに自分から嫌われ役を買って出る。そばにいてくれる未来に対してシュテるんは私の知らないところで守ろうとする。それでいつも傷だらけな手を隠して帰ってくるけど、そのたびに未来に見破られてしまう。手を握ってあげればすぐ抵抗にならない抵抗で顔真っ赤にしてそっぽを向いて、でもそんなのお構いなしにしばらく握り続けるとやがて諦めて素直になる。

 

 そんな親友はもう何年も会っていない。一番隣に居てほしかった時に居てくれなかったというのは今でも少なからず思ってる。でももしあの時私の傍に居たらシュテるんはきっと私の知らないところで私のせいでもっと傷ついてたかもしれない。

 それに────

 

 首にぶら下げた赤いビー玉に目を落す。

 シュテるんが姿を消した後の私と未来の誕生日、その時に贈られてきたプレゼント。私にはこのビー玉で、未来には青色の小さな宝珠がはめ込まれた灰色のカード。こんな見た目をしていながら実はいろいろ機能が詰まってる高性能目覚まし。中には普段恥ずかしがって歌ってくれないシュテるんの歌も添えていて、2年前に大けがしてリハビリ生活の時も、そのあとも励ましてくれた。

 シュテるんの残したものはずっと私を支えてくれている。

 だから、もう一度逢いたい。逢って、いろいろお話を聞きたいんだ。

 

「あれ?」

 

 違和感に気づいてビー玉を光にかざす。シュテるんから贈られてきた時は、ビー玉の内部に大きなヒビが入っていた。それが今。

 

「ヒビが小さくなってる…?」

 

 自分じゃあ解決できそうにない疑問に少しの間頭を悩ませて、それから家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼から魔力を蒐集、成功。響の意思の確認、完了。敵の戦力規模のおおよその割り出し、完了。

 戦果はおおよそにしてS勝利、とは到底思えなかった。

 

 いつものようにベッドに寝そべって天井を見上げる。空間に投影されたのは先日の戦闘記録。そこに居たのはネフシュタンの鎧を纏った白い少女。彼女は明確に響と自分が目的であると宣言した。デュランダル、響、それに続いて響を付け狙う新たな勢力。

 

「はぁ…」

 

 溜息と共にシュテルは寝返りを打つ。日本に戻ってきた時はデュランダルを回収できればそれでよかった。なにも難しいことを悩むことなくただそれだけを考えていい、今思えばそれはなんと幸福なことだったか…

 目の前の問題を解決しきる前にどんどん降り積もる新たな課題。今まであえて触れないでいた“その先”のことについても考えなくてはならなくなる。それがどこまでも憂鬱でしかない。

 

 デュランダルを奪い去った後でも響への脅威はなくならない。できることなら響に仇を為すすべてを焼き捨てたい。

 

 でもどうやって?

 

 直接戦闘であれば抜剣のほかにもリスクはあれど切り札はいくつかある。父さんが遺した魔法とは異なる力もそうであるし、闇の書に蒐集された魔法や魔力を還元して使うことだって手の一つ。せっかく蒐集したページがもったいなくはあるがまた集め直せばいい。

 だけど相手は複数の完全聖遺物を調達できる勢力。なおかつ選んで響を狙うあたり持っている情報量も自分より格段に多いだろう。その尻尾を掴むのが先か寿命が尽きるのが先か。

 

 響のバックには国家権力がついている。なら彼らに任せれば安心か?それもない。

 響のシンフォギア、それに組み込まれた聖遺物が発する固有の波形はマリアのガングニールとまったく同一のもの、というのは戦闘記録を精査した結果判明した。日米が同じ技術系統の力を運用して、あまつさえそこに完全に同一の聖遺物の欠片が使われている?それも両国が今まさに聖遺物を巡って対立している最中に?一体何の冗談だ。

 

 シュテルの知る米国は欧州大陸に蔓延る錬金術師とも接触を試みる勤勉さと、欧州の聖遺物をすべてわが物とするために経済戦争を仕掛ける貪欲さ、その両方を併せ持つ国だ。自分が手に入れた果実を笑顔で分かち合うマネなど絶対しない。

 つまり、対立する両国がどちらもシンフォギアを配備運用しているという状況自体がすでにおかしい。

 

 シンフォギアがどちらの国が開発したのかは不明だが、一方的な水漏れが発生しているのは確実だ。そんな組織が響を護り切れるかと言われれば疑わしいというほかがない。

 

「はぁ…」

 

 本日何度目かもわからない溜息。空間モニターから目を離して手を見つめる。

 四年ぶりに触れた響の両手。その温もりは誠に暖かで、愛おしく、だからこそ未練が募って覚悟が鈍る。

 

 

「ずっとこのまま時間が止まってしまえばいいのに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翼が目を覚ましたそうだ」

「ほんとですか!?」

 

 二課の発令所にて、弦十郎のその言葉に響は歓喜する。絶唱の負荷で入院してから一週間、ずっと意識を取り戻さなかったのでその喜びは当然と言えよう。そんな響の喜び様に当てられたのか、弦十郎を含め二課の面々が少し笑顔になる。

 

「とはいえ依然と病人、当分の間響君に頼りっぱなしになることになるだろうがやれるか?」

「問題ありません!」

「ん~いい返事ね!」

 

 威勢のいい返事にご満悦な了子。とはいえ今日の本題はそこではない。モニターに映し出されたのは渦中の少女二人。翼が倒れる原因となった存在だ。

 

「あれから一週間、ノイズの出現頻度は随分と下がった。おそらくはネフシュタンの少女が負傷したことが原因だと思われる」

 

 ノイズを自在に操る完全聖遺物、それを持った少女は逃げ延びることこそできたものの、翼の絶唱の直撃を受けていた。いくら完全聖遺物であるネフシュタンの鎧を纏っていようとも、そのダメージは相当なものだろう。

 

「だが減ったとはいえ相変わらずノイズは出現していた」

「でもそのたびにこの…えっと…殲滅者(デストラクター)ちゃん?が倒してたんですよね」

 

 そこまでは響もよく知っている。ノイズ出現の知らせを受けて現場に駆け付けるたびに目にするのは大気に漂う焔の残滓。周辺一帯のノイズ反応をまとめて彼女が焼却した証。

 はっきりと響が狙いだと言っていたネフシュタンの少女とは違い、翼を襲撃したかと思えばノイズを代わりに殲滅したりと矛盾めいた行動、それゆえにその目的に検討を付けることができなかった。

 

「少しでも彼女の狙いを絞ろうと思ってデータをいろいろ解析したの。結果がこれ」

 

 了子が手持ちの資料をモニターに映す。翼が倒れた日に観測されたアウフヴァッヘン波形の記録。響のガングニールと翼の天羽々斬、ネフシュタンの鎧。そしてさらに未知の波形が3つ。

 

「一つは言うまでもなくネフシュタンの子が持ってたノイズを操れる完全聖遺物だとして、次はこっちの紫の子の方ね。翼ちゃんが倒される直前とその直後にそれぞれ別々の波形が発現してたの。彼女も同じ様に聖遺物を持っていたって訳」

「ということはすでに?」

「ええ。念のためスクライア財団に波形照合を頼んでおいたわ。解析結果が届いたのがついさっき」

 

 どんどん進んでいく会話に置いてけぼりになる響。知らないワードに頭の中がはてなマークだらけになったのでおずおずと手を挙げる。

 

「あの…そのスクライア財団っていうのはなんです?」

「あー、響ちゃんは知らなかったんだったわね」

 

 しまったという顔をした了子が視線で藤尭と友里に説明を促す。

 

「スクライア財団ってのは世界中の遺跡を調査するエキスパートで聖遺物発掘の専門家集団のことだよ」

「そこが発掘した聖遺物を本格的に研究するために私たちのような研究機関に引き渡してるの。当然、発掘時にある程度起動時のアウフヴァッヘン波形の推定もするから、聖遺物の照合をするならまず財団のデータバンクに頼ることになるわ」

「私たちは聖遺物の研究をしてるけど発掘までは専門じゃないからね~。ほら、餅は餅屋って言うじゃない?」

「へー、そんなのがあるんですか」

 

 なんとなくだが茫然と響は理解した。どうやら世の中いろんな人たちの手によって回されているんだと実感する。そんな響の様子を見て弦十郎は途切れた話を進める。

 

「それで了子君、照合の結果はなんだったんだ?」

「そうね…。まずネフシュタンの子が持っていたのはソロモンの杖ね。発掘は今より何十年も昔で、当時はその詳細機能は不明。研究のために米国に譲渡されていたものらしいわ」

「ということはやっぱり米国がこの件の裏で糸を引いていたってことですか!?」

「いや待て、そう決めつけるのはまだ早い。我々もこうして現にネフシュタンの鎧を奪われているのだからな」

 

 早合点する藤尭を弦十郎が抑える。公安時代に培ってきた臭覚がこの一件が一筋縄ではないことを告げている。実際にネフシュタンの鎧に限らず、10年前にも第二号聖遺物であるイチイバルを奪われているのだ。米国が蠢いてるのは確かだが、まだその先があるはず。

 そして了子はさらに続ける。

 

「紫の子なんだけど…翼ちゃんを倒したときのものはドヴェルグ=ダインの遺産、魔剣・ダインスレイフ。スクライアが発掘したものではないけどその波形パターンは記録してたみたい。伝承ではひとたび抜剣すると、犠牲者の血を啜るまでは鞘に収まらないとも記される曰くつきの一振り。あの爆発的な出力もこれが絡んでいる思われるわね」

 

 さすがは天才考古学者というべきだろうか、字引のように聖遺物に関する情報をすらすら語り出す。

 

「だけど翼ちゃんが倒れたあとのものの解析にはもう2、3日かかるみたい。観測時間が短すぎるってのもあるけど、あえて同時に別の聖遺物のアウフヴァッヘン波形を被せて偽装してるんじゃないかってのが彼らの見解ね」

「でもそれって結局なにが目的かわかってないってことなんじゃじゃないですか…?」

 

 散々もったいぶったわりには相手の方針につながりそうなものが見えてこなくてさすがの響も文句の一つは言いたくなる。正直言ってここまでの話で理解できたのはなんか了子さんってやっぱりすごい頭いいんだなーぐらいしかない。ブーたれるそんな響を見て弦十郎が少し笑ってから続ける。

 

「まあそう落ち込むこともないさ。相手がわざわざ偽装するということはそれだけ見られたくないってことなんだろう。財団の解析結果次第では一気に相手の正体に近づけるのやもしれん」

「もう一度使ってくれれば手っ取り早く一気に調べられるけど、そのために響ちゃんを危険にさらすのもねぇ?だから響ちゃんの仕事は安心していつも通りちゃんと英気を養っておくことよ」

 

 なんだか今一つ納得できないけど、とりあえず響はちゃんと返事することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響ちゃんには言わなくてよかったの?その…紫の子が響ちゃんの知り合いかもしれないってこと」

「ああ…」

 

 響が立ち去った後の指令室で了子は弦十郎に問いかける。先ほどのミーティングで弦十郎があえて触れてないことには気づいてた。

 

「まだ確かな情報がない今、うかつに響君を惑わせるのは得策ではない。今調査している緒川が確証を取れるまではこの話はなしだ」

「相変わらず甘い男ね…」

 

 もう冷めてしまったコーヒーを口にしつつ、了子は手元のモニターに視線を据えたまま。

 これまでの戦いでも、この少女は響にあまりにも執着し過ぎているのが誰の目から見てもわかる。一見むちゃくちゃに見えるその行動も、親しい仲であったなら筋が通ってしまう。当然そのことに響が勘付かないはずがない。

 頭自体はあまりいい方ではないが、勘に関しては響はむしろいい部類に入る。その彼女が気づいてないとは思えないが、さっきの様子だと腹芸を演じてるわけでもなかった。となれば響が本当に件の少女と面識がないか、もしくは本人が無意識に目をそらし続けているかのどちらかしかない。弦十郎としては無論前者であることを願ってるが、最悪について備えるのが司令である以前に大人としての責務だ。

 

「彼女がノイズを使役している痕跡はない。なら俺か緒川が当たることもできる。友達かもしれない相手と響君を戦わせたくはない」

「あなたの相手をしなきゃいけないのはさすがにご愁傷様ね」

 

 生物学的に言えば間違いなく人間のはずなのだが、どう見てもその能力が人外の閾値すらはるかに飛び越えているような弦十郎の力を知るだけに、了子は皮肉ではなく心底モニターの少女に同情の念を送った。

 

「でもそうね。響ちゃんに言わないならこれを見せないで正解だったのかもね」

「なんだそれは?」

 

 意味深にしゃべる了子に弦十郎もそのモニターを覗き込む。

 

「ダインスレイフ、いわゆる魔剣の代表格の一つ。伝承通りなら敵対するものも、持ち主も共に滅ぼす呪いの逸品。そんな大層な逸話があるけど完全聖遺物ならともかく、欠片サイズならシンフォギアのように別の何かを媒体で増幅してあげなければ大した力なんて出せないわ。ただね」

 

 一度区切ってから了子は別のファイルを表示する。それを見た弦十郎は目を見開く。

 

「あの子の持つ聖遺物のアウフヴァッヘン波は彼女の体内より検出されているの」

「まさか…ッ!」

 

 弦十郎の反応に満足したかのように了子は頷く。

 

 

 

「おそらく彼女もまた響ちゃんと同じく聖遺物と融合状態、融合症例第二号と言ったところかしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《周辺ノイズ反応完全に消失。お疲れ様です、マスター》

「…」

 

 相棒から送られる労いの言葉だが、自分で作り出した眼前の光景にシュテルは素直に喜べなかった。

 シンフォギアとは違う魔法という力。かつて存在した魔法文明の残滓であるそれは、対人戦にこそ絶大なアドバンテージを持つが、ノイズ相手では力任せのごり押しをするしかない。必然としてシュテルがノイズと戦えば周りに大きな被害が出るし、殲滅効率は翼の足元すら遥か遠くの彼方。

 

 それでもここ数日間シュテルがノイズを殲滅しているのは響を狙う存在の尻尾を掴むため(無駄な努力)というのと、本来の防人たる翼を汚したことへのケジメ(自己満足)だ。

 響から離れなければならないというのにいつまでもズルズル引きずっている。響を取り巻く現状も、この街を離れないでいられる都合のいい言い訳として使っているのかもしれない。

 

「ルシフェリオンは…反対しないのですか?」

《反対するとは?》

「その…私の今やっていることにです」

 

 夕焼けに照らされる中、建物の屋上という二人だけの空間でシュテルは己のデバイスに問いかける。

 

「ひどく非合理的なことをしている自覚はあります。リミットを考えるならこんなことやっている場合ではないです」

 

 淡々と自分の口から吐出される心中。理想の自分とは、物事すべて理に従って動ける人間だと思っていた。だが実際はいつも持て余す感情に振り回されてばかり。それでよかった時もあればそうでなかったこともたくさんあった。

 

《いいんじゃないでしょうか》

「叱っては…くれないのですね」

《必要なときはそうしますが、今はそうではないので》

 

 帰ってくる言葉は半ば予期していたもの。けどシュテルはダメなものはダメだと言ってほしかった。こういう風に悩むとき、自分の師匠ら二人はどうしたのだろう。姉の方がなにかを言う前に妹がうじうじ悩む自分を蹴っ飛ばしてきて説教してくれただろうか。

 

 風に吹かれてただ遠くを眺める。闇の書のもたらす刻限さえなければこの時間は永遠に続くのに…

 

「……?」

 

 ふと遠くに黒煙が上がるのが見えた。ノイズ反応は検知されていない。一体なにが起きたんだろうか?

 しかしルシフェリオンがの反応は違う。

 

《マスター!防衛大臣が!広木防衛大臣が暗殺されました!》

「────ッ!?」

 

 それは事態が急変することの狼煙。

 

 

 

 

 永遠なんてどこにもない。必ずいつか終わりが来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(了子さんは普段通りって言ってたけどやっぱり気になるんだよなぁ…あの子)

 

 ミーティングが終わっての久しぶりの登校。だけど響の頭の中は紫の子でいっぱいだった。

 戦いの最中に触れたあの両手、なんというかこう、拒絶したくて、でも離したくもないような手の動き。思えばどこか覚えがあった気がする。ヒントはたくさん転がっているような気がするがどうもあと一歩届かない。

 

(よく知ってる気がするんだけど…)

「……き、……びき……ひびき……もう響ったら!聞いてるの?」

「う、うわぁあああ!?」

 

 心非ずだった響は急に現実に引き戻され、びっくりする。見れば声の主である未来はずっと呼び掛けていたらしい。

 

「本当に大丈夫…?今日ずっと上の空だったよ?」

「大丈夫、大丈夫…」

「もう…」

 

 ふくれっ面の未来に響は慌てて弁明する。精一杯の笑顔をするが若干引き攣っているのを本人だけが知らない。

 

「ビッキーがごはんの時にボケーっとするのって結構珍しいんじゃない?」

「そういえばそうですね。いつもならごはんを食べるのにも全力!みたいな感じですのに」

「そ、そ、そうだったかなぁ…?あははは…」

「アンタってアニメみたいな誤魔化しするよねー」

 

 ともに学校帰りに寄り道したお好み焼き屋で一緒のテーブルについてた友達である安藤創世、寺島詩織、板場弓美による追撃が止まらない。事態をまずく見た響は慌てて話を戻す。

 

「それで、なんの話だっけ…?」

「やっぱり聞いてないじゃない…この間の流れ星の話」

「あぁ!そうだったそうだった」

 

 正直完全に聞き流していたが、無理に波風立てる必要もないので誤魔化しておく。一瞬ジト目になる未来だが、すぐに自分の持ってるスマホを取り出す。

 

「へー、ヒナたち見に行ったんだ?」

「うん。それで動画撮ったんだよ、ほら」

「ホント!?ありがとう!」

 

 とてもとても楽しみにしていたのに約束を反故してしまった流れ星の一件で、未来には謝っても謝っても謝り切れない借りがあった。それでも動画を撮ってきてくれた未来の仏が如き寛大さに、響は歓喜の涙を流す。

 

「ってあれ?暗くてなにもないよ…?」

「光量不足だったみたいで、私もあんまり見えなかったんだよね」

「駄目じゃん!?」

 

 まさかの結果であった。そんな響の顔に未来が思わず笑い、それにつられて響も顔を綻ばせる。最近重いことばかりだったから少し心が軽くなった気がした。

 

「アンタらって相変わらずアニメみたいなやり取りをするよね」

「まあまあ、そこが立花さんたちのいいところですし」

 

 そんなやり取りを間近で見せつけられる弓美たちだったが、ふと思い出したかのように弓美が自分の端末を取り出す。

 

「そうそう、アニメで思い出したんだけど、この間すごいもの撮れちゃったんだよね。人間流れ星?」

「なにそれ?」

「夜にビルの屋上の間をすごい速度で飛んでるのを見ちゃったのよ!アニメみたいだったなー」

 

 興味を引くその言葉に全員で弓美の端末を覗き込む。

 

「どう?どう!?」

「なにこれ人間…?」

「すごいですねぇ…」

「────」

「……」

 

 弓美ら3人は思わず盛り上がる。しかしそれに対して響と未来の反応は対照的だ。彼女たちを今まさに悩ませているものがそこに映っていた。あまりにも意識が深く潜っているせいで二人はお互いの様子に気づかない。

 

『~♪~♪』

「あれ?立花さんの電話なってますよ?」

「ホントだ!」

 

 指摘されて慌てて端末を取り出せば表示されたのは二課からの緊急通信。

 

「はい、響です」

『響君、広木防衛大臣が何者かに暗殺された!』

「本当ですか!?」

『とにかく至急二課の本部まで来てくれ!』

「わかりました!」

 

 端末を仕舞い、慌てて立ち上がる響。その様子に未来は思わず表情を曇らせる。

 

「ごめん!ちょっと急用が入ったからもう行かなきゃ!」

「私たちは大丈夫だけど…」

「本当にごめん…!」

 

 事が事だけに急がねばならず、響は両手を合わせて腰を曲げて謝る。

 

「ま、待って、響!」

「どうしたの未来?」

 

 今まさに走り出そうとした響を未来が呼び止めた。疑問に思う響に未来が顔を俯かせる。

 

「あ、あのね、私今響に隠し事してるの…」

「それは…」

 

 私も同じ……口から出そうとしても掠れてしまうその言葉。しかし未来は続ける。

 

「だから、今度響が戻ってきたらちゃんと全部話すから!」

「…ッ!」

「気を付けて行ってきてね」

「うん!」

 

 新たな約束を胸に、今度こそ響は駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「防衛大臣暗殺に主要幹線道路の一時封鎖。一気に動きますね」

 

 テレビで繰り返し報道される大臣暗殺事件、とある貧乏なテレビ局を除けばほぼどこも緊急特番一色だ。革命グループによる犯行声明が出されているそうだが、そんなものはただの偽装であるとシュテルは知っている。

 

《早朝に封鎖予定の道路は複数ありますが、そのうちいくつかは永田町へとつながっています》

「やはりデュランダルを移送するのでしょうね」

 

 デバイスメンテナンス作業を続けながらシュテルは確認のために推測を口に出す。永田町と言えば日本に来る前に調べた特別電算室、通称〝記憶の遺跡″がある場所だ。政府が経済活動に支障が出ること覚悟で複数の幹線道路を同時に閉鎖すると決めたが、永田町へのルートも含まれている時点でほかはダミーと考えてもいいだろう。

 千載一遇のチャンス。これを逃すのは論外。

 

 デバイスの整備が終われば今度はカートリッジの充填に取り掛かる。地味に骨な作業であるが、この間の戦闘で一気に2マガジン計12発も使ってしまったのだ。あまり贅沢を言ってられる状況ではなかったとはいえ、スクライア財団による支援を受けられなくなった以上、自力でチャージするしかない。そもそも今の財団でカートリッジの充填ができる人間はもういないが。

 かつてスクライア財団のトップであり、闇の書の搾取のせいでカートリッジを手放せないシュテルに安定して供給してくれた人物、グレアム氏もすでに亡くなっている。彼の死の原因の一端をシュテルは担ってしまった。

 グレアム家初代、ギル・グレアムの遺産であり、シュテルの師匠でもあった猫の使い魔・リーゼ姉妹も天に還った。争いの火種をまき散らし続ける一部の錬金術師たちと敵対関係にあった財団、その全戦力ともいえるグレアムらの喪失は、そのまま欧州大陸における異端技術の勢力図書き換えを意味した。

 錬金術師たちの胎動は時間の問題、しかしはその引き金を引く羽目になったのはシュテル。今更逃げることなど自分自身が許さない。

 

 雑念。手がブレる。考えたくないのに考えなくてはならないことが多すぎる。託されたもの、願われたもの、どれもこれもが見えない糸のように絡みつく。

 

『シュテル、あんたは余計なことゴチャゴチャ考えすぎなんだよ。ちゃんと考えながら戦わなきゃなんないけど、考えすぎは毒』

 

 あの日、響に伝えたことは紛れもなくシュテル自身が師匠より教わったこと。でも今の自分はそれを少しも守れてない。こんな不甲斐ない自分を叱ってほしいのに、その二人はもうこの世にいない。

 

「思えば私はずっと、誰かに甘えてばかりでしたね…」

 

 しばし作業の手を止めて、背もたれに寄り掛かる。どうするかはずっと前からすでにまとまっていた。ただ感情を持て余していただけ。けど、それももう終わり。

 懐から取り出したのはひび割れた白銀のカード状のデバイス。破損して、待機状態のままずっと応えてくれないそれこそ希望の鍵。

 

「デュランダルを手に入れたのちにこの街を離れます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2043/05/23 AM 5:00

 

 

 

《ワイドエリアサーチ》

 

 太陽も顔を見せぬ寅の刻、まだ少し肌寒い空気の中でシュテルはすでに魔法を発動せてていた。

 広域探知魔法。以前であれば逆探知を恐れて使っていなかった代物だが、今回に限って言えば襲撃が行われるのは双方にとってもはや予定調和。隠し立てする意味などどこにもない。

 

 魔力で構築した無数の光球状小型端末・サーチャーが護送車両を補足するべく周囲に広がっていく。複数の道路を封鎖している以上、どのルートをいつ頃通過するのか不明。さらにダミー護送車の存在念頭に入れなければならない。

 

 目を閉じて、サーチャーよりもたらされる各種情報に神経を尖らせる。上空にてヘリを数十機確認。どうやら相手は今日このために随分と大盤振る舞いらしい。遅れて数十秒、道路を疾走する複数の車両群を発見。さらに追加の捜索をしつつ、既知の対象について精査する。

 聖遺物を巡るこの戦い。ノイズを操る少女もまたこの争奪レースに加わることを考えれば、現状唯一と言っていいシンフォギア装者である響がデュランダルと離れて配置されるとは思えない。

 

「ッ」

 

 遠くに爆音とともにノイズ反応、遅れて破壊されるサーチャー。どうやらネフシュタン側もすでに盤上に上がったようだ。うかうかしてられない。

 

 さらに爆発。今度はサーチャーだけではなく護送側にも被害が発生。早朝の市街のあちこちで戦場のような音が広がる。デュランダルもそうだが、ネフシュタンの少女もまだ姿を見せていない。わかりやすく交戦してもらえれば助かるのだが。

 すでにサーチャーは市街全域をカバーしている。刻々と時間が過ぎ去っていくが焦ってはならない。

 

《A集団の一部、化学工場に向けて進路変更》

 

 ルシフェリオンの報告にシュテル脳内の情報を洗い直す。確か化学工場周辺の道路は封鎖対象外であったはずだ。ブラフ?それとも本命?

 確認するためにより多くのサーチャーをそちらに振り分ける。

 

《アウフヴァッヘン波形を観測!ガングニールです!》

「アクセルフィン」

 

 報告を待つまでもなく高速飛行魔法を発動。先ほどまさに化学工場へと突き進んだ車両の屋根に響の存在を確認した。続いて彼女らをあとを追う大量のノイズ。どうやらネフシュタン側はシュテルよりも先に居場所を突き止めたらしい。

 だが化学工場の中に入り込まれるのはこちらとしては痛い。化学薬品への誘爆を防ぐために手持ちの砲撃魔法を根こそぎ封じられたようなものだ。起動前のデュランダルが破壊されてしまってはたまったものじゃないし、響が巻き込まれては元も子もない。ある意味自分自身を人質にするような指揮官の判断に舌を巻く。

 

「響ッ!?」

 

 爆発。響を乗せた車が破壊され、ノイズに囲まれるのがサーチャー越しに見えた。こちらが到達するまであと数分、手が出せる距離ではない。絶体絶命のピンチ。だが現実はシュテルの予想とは違った。

 記憶の中にある弱弱しい姿とは打って変わり、あれだけの数のノイズをちぎっては投げ、ちぎっては投げの大暴れ。数百体居たノイズが瞬く間に殲滅される。とても先日とは同じ人間とは思えない。

 

(こんな短期間にこれ程強くなったのですか!)

 

 その事実に思わず胸が高鳴る。まだ荒削りながらも、響は着々と力を付けている。響の爆発力は昔から知っていたが、現状はやや想定外。相当いい師匠に巡り会えたのだろう。

 手駒が消えたことを受けてネフシュタンの少女が満を持して姿を現す。押され気味ながらも響は食らいつき、十二分過ぎるほど健闘している。これならきっと今後自分に降りかかる火の粉を振り払えるに違いない。シュテルにとっての最後の憂いも消えていく。

 

 そうこうしているうちにシュテルもまた工場へとたどり着く。三組の中で一番遅い現地入りとなったが、そもそもシュテルの目的はデュランダルだけだ。白熱していく2人をよそにデュランダルの確保を目指す。シュテルの存在に二人も気づいたが間に合わない。目標物の入っていると思われるケースまであと距離わずか。

 だが、

 

 

 

 ネフシュタンの少女との戦いによって高めに高められた響のフォニックゲインに呼応して目覚めたソレは、新たな主を求めて枷を突き破る。

 

 

 

「ッ!?」

 

 ケースまであと一歩の距離だったにも関わらず、目の前でデュランダルが突然ケースを突き破ってシュテルの手がむなしく空を切る。その隙を逃さず迫り来るネフシュタンの鞭にシュテルは一旦飛び退いて躱す。

 されど、それが致命的な遅れとなる。

 3人の中でもっともデュランダルに近かったのは他でもない響だった。宙に留まるソレの柄を響が握って────

 

 

 

 黒い衝動が奔った。

 

 

 天を衝く膨大なエネルギー。ただそこに在るだけでもその余波が打ち付ける。しかしそれを手にした響の様子がどうにもおかしい。明らかにいつもの響ではない。

 

「一体何が…?」

 

 想定外の自体に呆然となるシュテル。その声反応したのか少女が顔を上げ、目線が合う。瞬間、シュテルに戦慄が走る。

 

 

 

 

 みんな全部消えてしまえ──!

 

 

 身を焼く黒き破壊衝動、少女の理性は呑み込まれ、目した全てを消し去るために、手にした力を振り下ろす。

 

 

 

 迫り来る破壊の光。左右は倉庫に挟まれ背後にはネフシュタンの少女と危険物マークのついた貯蔵タワー。あのまま振り下ろされれば全員を巻き込んでの大惨事は免れない。即座にありったけの魔力を砲撃魔法に叩き込む。

 ほんの僅か一瞬の拮抗、ブレイカークラスの魔法をはるかに超える力の奔流に、シュテルは呑み込まれ意識が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子飼いに移送に関する全情報を教え、敢えて強奪させるプランは失敗した。しかしその代わりにデュランダルの起動成功という望外な成果を得た。完全聖遺物ともなればその起動には膨大なフォニックゲインを必要とする。あのソロモンの杖ですら起動に半年はかかったのだ。どうやら融合症例、立花響の力は自分の予想よりも遥かに大きいものだったらしい。計画の大幅な短縮にフィーネは思わず口が綻ぶ。

 

 そういえばあの魔導師の小娘も居たことを思い出し、そちらに視線を向ける。振り下ろされたデュランダルの軌道をわずかに逸らし、何とか直撃だけは免れたようだが、意識なく、ぐったり倒れている。身を護るバリアジャケットは解け、目を覆っていたバイザーも砕かれて、少女はその素顔を曝け出していた。その顔にフィーネは強烈な既視感を覚える。

 だが、答えを得る前に虚空より禍々しい波動と共に一冊の本が現出した。それを見たフィーネは瞠目する。

 

『転移』

 

 魔導書の光によって少女の姿はどこかに消える。しかしその魔導書がどういう存在なのかを少なくとも今はフィーネだけが知っている。

 

「闇の書だと…ッ!」

 

 憎悪と共に吐き出される言葉。決して忘れてなるものか。それによって引き裂かれた願いを。ほんのひと時でも理想を夢見れた時間を。

 永遠の狭間を生きた巫女の怒りを知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの後、意識を取り戻した響。あたりはぐちゃぐちゃとなった瓦礫の山。だけどそんなものだどうでもいい。

 

「わ、私は…どうして…」

 

 破壊衝動に飲まれた最中でも、響はしっかり見ていた。見てしまった。自分が消し去りたいをいう想いをぶつけた紫の少女。倒れていた彼女の素顔を。

 膝から崩れ落ちる。

 

『もし将来響がダメダメでも私が二人を養うつもりなので何一つ問題ありません』

 

 未来と一緒に将来を歩みたいと無邪気に思えた大切な存在。

 両目から涙が止まらない。

 

『あなたのこの手は壊すためじゃなく伝えるためのものなのでしょ?』

 

 そう言ってくれたその手で私は親友に向けて力を振るった。

 両腕が震える。

 

『いつかうまくできるようになったら二人に見せたいと思っているんです。だから、それまで少しだけ待っててください』

 

 もう何年も会っていなくて、いつかもう一度逢いたいと何度も願っていたこの想い。

 胸が締め付けられる。

 

『私は────高町星光、星の光と書いて』

 

 

 

「シュテるん……」

 

 響は震える声でその名前を呼んだ。

 

 

 

 

 願いは確かに成就した。誰も望んでなかった形で────

 

 

 

 

 




原作主人公を曇らせるのは控えめに言っても一般性癖


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Episode05 負けられない

本当に遅れて申し訳ありません!
アプリのキャロルのチャレンジカップだったりプロットが迷走してその修正したり書き直したりといろいろありました…
一応クリスちゃんのせいでねじれたプロットの練り直しは終わったので次話の投稿はたぶん今回よりは速い…と思う…思いたい…
余りの遅筆ですが、読んでくださった方には本当に感謝しかありません
あとアドバイスとか感想とか頂けると幸いです

ところでこのシンフォギアとゴジラのコラボってこれは一体…どういうことなの…

では、第五話です


 機械音、それと共に身体を乗せた台が輪をくぐる。幼い頃より見慣れた景色。消毒液をはじめとした薬品が漂うこの匂いもまたもはや古馴染みのものと言えるだろう。嫌悪感は示さないが特段と興味も湧かない。ただのいつも通り。やがて機械の動きが止まり、時を待つ。

 

『高町シュテルさん、検査が終わりましたのでもう起きても大丈夫ですよ』

 

 そのアナウンスと共に、シュテルは身を起こした。

 

 

 

 

 

「シュテルちゃん久しぶりね。4年ぶりだっけ?」

「私が向こうに行ったのが小6の頃ですからそれぐらいだったかと」

「あんな小さな子がこんなに大きくなって…ちゃんとご飯食べてる?」

「いえ、ご心配なく。ただ、向こうの食文化は日本とは結構違ってたので行ってしばらくの間は慣れませんでしたね」

「確かイギリスよね?シュテルちゃんの実家って。先生も一度行ってみたいなぁ」

 

 目の前の女医師はシュテルを見ながら感慨深そうに頷く。石田幸恵、シュテルの4年前の主治医だった人物だ。まだギリギリ20代という年齢でありながらも本人自体が優秀すぎるため、相手が勝手に引け目を感じてなかなか出会いがないのが悩みらしい。魔法やその他の異端技術の存在すら知らない完全なる一般人だが、それでも当時のシュテルを助けようと尽力してくれた。

 

「そうそう、響ちゃんと未来ちゃん東京の高校に進学しちゃったのよ。確かリディアン音楽院って名前だったかしら。一応先生も連絡先貰ってるけど、シュテルちゃんが帰ってきたこと連絡しておく?」

「あっ、いえ。実はすでに会ってきたんです。たまたま偶然でしたけど」

「あらそう」

 

 幸恵の提案は善意からのものだったが、あの二人には非常に顔を合わせずらかったので慌てて誤魔化す。罪悪感が胸を走るが響に逢ったのは事実なので別に嘘は言っていない。

 そんな小話をしているうちに幸恵が準備を終え、モニターに資料を表示する。先ほどシュテルが行った検査の結果だ。胸部にある複数の小さな砕片、わずかに変色した肉体、そして脚より神経系に沿って伸びる黒い蔦のようななにか。

 

「これだけを見るなら4年前と比べるとかなり進行してると言えるわ。以前は脚だけだったのに今はそれが胸のところにまで来てる。それ以外は健康体と言っても過言ではないかな。確かお母さまの研究所で治療を受けていたって聞いたけど実際のところ調子はどうかしら?」

「まだ本調子ではないですがもう大分普通の日常生活を送れるようには戻ってますね」

「よかった…一時期は本当にどうなることかと思ったけど、こうして元気な顔を見せてくれるなら先生は安心するわ」

 

 現代医学では解明できなかった難病だったはずの少女、一時は余命を宣告されるほどだったが今は特段と異常があるようには見えない。過去の症状を知るだけに、幸恵は回復したシュテルのことを我が身のように喜ぶ。自分たちの治療では十分な効果を出せなかったが、そんなプライドも患者が完治してくれることと比べれば取るに足らないものだ。

 そうやっていくつか質問されながら納得したのか、幸恵は大きな封筒をシュテルに渡す。

 

「はい、これ過去のメディカルチェックの結果ね。今回のと合わせて同封してあるわ。治療に必要なんでしょ?」

「あっはい、なんでも治療をあともう一押しするには発症当初のデータが必要なんだそうなんです」

 

 手渡される封筒の中身を軽く確認しつつ、シュテルはそれをカバンの中に仕舞う。

 

「言ってくれれば郵送してもよかったのに」

「いい加減その、日本の味が恋しくなったんです。大分回復したってこともあって今回は特別にって言われましたね」

 

 少し恥ずかしそうにするシュテル。欧州大陸のあちらこちらを転々としてきたが、どうも自分の舌は正直者だった。別に美味しくない訳じゃないんだが落ち着かないというか慣れない。日本に戻ってからデュランダル捜索の傍らに大量の食料品を買い込んだのは内緒の話。まあ、日本に来たのは財団にすら無断であったのだが。

 

「そうだ!シュテルちゃん、この後時間あるなら一緒にお食事にでも行かない?」

「あっ、いえその…実はまたすぐに出発しないといけないんです…」

「もう行っちゃうの?それは残念。いろいろとお話したいこともあったんだけどなぁ~」

「あはは…それはまた次の機会ということで…」

 

 お誘いに乗りたいのは本心、しかし今こうして追われる身である以上時間がない。申し訳なさそうにするシュテルに幸恵は少し残念そうにしながらも笑って了承する。

 

「しかし本当に無事でよかったわ。4年前突然病院から姿消しちゃったときは本当に焦ったもん」

「その節は本当にご迷惑おかけしました」

「いいのいいの。あなたはまだ子どもなんだから。こうしたことを背負うのも大人の役目ってことよ」

 

 過去のことは絶対突っ込まれるとは予測していたが、いざ話題に出されるとシュテルは若干顔を引きつらせながら苦笑いするしかない。病院から失踪したことの事後処理は財団が裏で手をまわしたと聞くが、一体どれほどの人に迷惑を掛けたことか。本当に頭が上がらない。

 

「シュテルちゃんも、響ちゃんもこうして元気になったんだからそれでいいじゃない」

 

 笑いながら慰める幸恵。しかし予想外の名前が出たことにシュテルは思わず疑問が浮かぶ。病院とかとはあまり縁がなさそうな響の名前をここで聞くのは少しばかり想定外だった。

 

「響が…ですか?」

「あれ?シュテルちゃん本人から聞いてないの?」

「えっと、なにをですか…?」

 

 シュテルのその様子に幸恵は首をかしげる。

 

 

 

 

「響ちゃんは2年前にツヴァイウィングのライブ会場でノイズに襲われて大けがして、そのあとずっとこの病院でリハビリ生活してたのよ?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いたのをシュテルは自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も教えてなかったのかしらね」

 

 シュテルが帰った後、一人コーヒーに口を付けながら幸恵はつぶやく。

 あの感じだと響はシュテルに自分がノイズ災害に被災したことを何一つ教えなかったのだろう、本人からすれば隠しておきたかったことなのかもしれない。そのことに思い至って、一応シュテルには()()()のことを伝えてはいないが、それでも響に悪いことをしてしまったと思う。

 少しでも患者のためになるのであればなんだってやるというのが幸恵のスタンスだ。給料にはならないが、場合によっては退院した後のケアも行う。だから響が退院した後も私的にそれなりに付き合いはあったし、退院した後の彼女に何が襲ったのかも知っていた。その時の自分は何もできず、ただ話を聞いてあげることしかできなかったが。

 

「あとで響ちゃんに謝らなくちゃね…」

 

 申し訳ないと思いつつ、中身が飲み干されたカップを机に置いて目の前のカルテと向き合う。

 

 原因不明の神経性麻痺、それが4年前にシュテルがこの病院に運び込まれた理由。その病は彼女から自分の足で歩く機能を奪った。そしてどんな手を尽くそうとも麻痺の侵食は徐々にしかし着実に進んでいき、いずれ内臓に達して死に至ると予測された。それを告げてから数日後であったか、シュテルが姿を消したのは。だから今日こうして彼女が再び現れ、自分の足でしっかりと歩く姿を見せたことには本当に驚いたし喜んだ。

 すでに腹部、胸部に達しつつあるそれは、過去のデータと比較すればあと半年もすれば心臓へと到達することが予測できる。彼女を蝕む黒い蔦は未だそこに残っているが、今のデータには身体が麻痺して機能不全となっている様子はない。

 

「一体どんな方法を使ったのやら…」

 

 そういえば亡くなったシュテルのお母さんは元々は機械工学の権威でありながら生体工学へと転向した人物であったと聞く。やはりそういう多角的なアプローチを持って初めて対処できる病だったのだろうか。素直に己の敗北を認めつつ、シュテルの治療を担当した医療研究機関とやらに幸恵は感謝の念を送った。

 マグカップを片づけるために席を立とうとしたとき、卓上の電話が鳴る。とりあえず手に取ってみればフロントからの内線らしい。

 

『あの、石田先生。今お時間大丈夫ですか?面会したい方がいらっしゃるようですけど…』

「面会?とりあえず通しちゃって」

 

 心当たりはあまりないが特に急ぎの用事もなかったので幸恵は承諾することにした。

 そして待つこと数分、現れたのはスーツを着た若い男だった。差し出される名刺にある聞き慣れない名前に幸恵は少々眉を顰める。

 

「特別災害対策機動部…っていうのは政府の方ですか?」

「はい。主にノイズ災害について担当しています」

 

 ノイズと聞いて真っ先に思い浮かんだのは響のこと。そういえば響が入院していたころもそのような人たちが動いていた記憶がある。

 

「それで緒川さん…でしたか。本日はどのようなご用件で?」

「実は高町シュテルさんについていくつかお尋ねしたいことがありまして────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲良しミーティング…なんてとても言える雰囲気じゃないけど、とにかく始めちゃいましょう」

 

「…」

 

 

 

 いつもの発令所にてほぼいつものメンツ。なのにその場の空気はいつもと違う。その原因となったのは無論響だ。明るく、もはや二課のムードメーカー的な存在にもなっていた彼女は今酷く沈んでおり、これにはあの了子ですら普段のテンションで話しかけることを断念する始末。

 

 けどそんな響のことを責めるような人はこの二課には誰一人として居ない。元々響には随分と苦労を掛けてしまったという自覚はあるし、発令所のメインモニターに映し出されている少女との関係を知ってしまってはなおさらだ。

 

「高町シュテル、15歳。戸籍上は千葉県遠見市在住で、父親は不明、母親は4年前に亡くなっており、本人もほぼ同時期に行方不明」

「そして響君の幼馴染…」

 

 淡々と読み上げる藤尭に苦々しい顔をする弦十郎、そしてソファーの上で膝を抱える響。その様子を横目で見ながら了子はある画像を表示させる。茶色のカバーのついた辞書分厚い一冊の本。昨日、シュテルが姿を消したときに現れたものだ。

 

「財団からの同定結果も出たけど、彼女はどうも思ったよりも厄介な代物を抱えてるみたいね」

「あれは一体なんなんですか…?」

 

 おずおずと響が尋ねる。シュテルになにがあったのか、なぜ自分たちの前から姿を消して、なぜ自分たちと戦っているのか。それを知りたいという想いは真っ当なものだろう。そんな響の疑問に答えるべく了子は口を開く。

 

「あれは財団が独自に策定したランクの中で第一級危険指定遺失物に分類される聖遺物。ロストテクニクス・データストレージ。通称────闇の書」

 

 いつものおちゃらけた雰囲気はなく、まるで別人のような冷たさに藤尭が思わず了子を二度見するが構わず続ける。

 

「人の持つ精神エネルギーを蒐集することで力に変える魔導書。蒐集されたエネルギーはページとなって保存され、666ページすべてを埋め尽くして完成させたとき、失われた文明の魔法と秘められた膨大な力によってどんな願いもかなえられる。なんて伝承を持っているわ」

「実際にそんな能力を持つとはにわかには信じられんが…」

 

 願いを叶えられると聞いて弦十郎が訝しむ。それもそうだろう、古来より願いをかなえる願望具は世界中の伝承に登場する。しかし、多くはなにかしらのしっぺ返しの逸話とセットになっており、教訓として語り継がれているパターンが多い。つまるところ胡散臭いことこの上ないのだ。

 

「ええ、そうよ。あれにはそんな機能はないもの」

「ないのか!?」

 

 あんまりにもあっけらかんに言うものだから藤尭だけではなく弦十郎までもが腕を組んだまま虚を突かれたかのような表情を晒す。

 

「けどあながちすべてが嘘というわけでもないわ。あれは本来の機能は技術を記録すること。内部に蓄積されているのはかつて存在した魔法文明の残滓、失われた異端技術なの。だからそれらを十全に使えるようになれば大抵のことはできるようにはなる。それこそ世界を滅ぼすことだって簡単にね」

「滅ぼすって…」

「初めてその存在が観測されたのはおよそ600年ほど前。以来、未完成の状態ですら街一つ焼き滅ぼすほどの力を振るった事例はいくつもあったそうよ。だから闇の書は破壊の象徴としての側面もあったし、その力を巡っての争いも起きたことがある。案外シュテルちゃんの目的も──」

 

 

「シュテるんはそんなことしませんッ!!」

 

 了子が言葉を言い切る前に響は思わず立ち上がって叫んだ。思い返せば親友のことについて知らないことの方が多かった。それでもこれだけははっきりと断言できる。

 

 

「シュテるんはそんなことをする人じゃあありません!だってそれは…それだけは絶対に絶対なんですッ!!」

 

 

 

 突然荒げた声に、発令所に沈黙が訪れる。俯いた顔を上げれば感じるのは自分に向けられた視線。

 

「あっ……すみません…急に大きな声を出して…」

 

 難しいことはよくわからない。でも師匠も二課のみんなも、いろんなことを考えなきゃいけない立場の人だってことはわかっていたはずなのに…。

 自己嫌悪に陥ってたまらず響は顔を再び俯かせて背け、

 

「ふぇっ…?」

 

 頭に暖かいものが乗せられるのを感じた。見上げれば弦十郎のごつごつした大きな手だ。

 

「俺は響君の言葉を信じるさ。なぁに、響君にそこまで啖呵を切らせた相手だからな」

「師匠…」

 

 その温もりに響はわずかに安心感を得る。そういえばもう何年も誰かに頭を居なかったなぁ…などと場違いな思いを抱きながら。

 

「それに、これまでの戦闘記録を見るに、彼女は戦うときはいささか周りへの被害に気を使いすぎるきらいがある。破壊の力を求めてるような輩とは違うのだろう。であるならなにか別の目的があるように思える。そうだろ?了子君」

「えっ?ええ、そうね…」

 

 言葉につられて視線を向ければ、弦十郎にいきなり話を振られて少し不意を突かれたような表情を浮かべつつ、どこかバツの悪そうに申し訳なくする了子のことが響の目に入った。

 

「響ちゃんごめんなさい。少々気が立ってたみたい…」

「いえ、その…もう大丈夫ですから…。それよりも!それよりも、シュテるんの別の目的って一体なんですか?」

 

 いつも余裕たっぷりな了子でもこんなことがあるのを意外だと思いつつ、このままでは長い謝罪合戦になりそうだと感じたので響は先を促す。少しでも多く知りたいのだ、シュテルのことを。

 

 

「本題に入る前に。さっきの闇の書の話でどこか変だと感じないかしら?」

「変ですか?うーん…?」

 

 頑張って答えを探そうと頑張るが、いかんせん普段から頭脳労働を避けてきた響の脳みそでは解答を導き出せそうにない。代わりに手を挙げたのは先ほど了子の話を振った弦十郎だった。

 

「これほど長い間その存在が確認され、なおかつ稼働していたと思われる完全聖遺物。完成の方法や完成すれば絶大な力を得られるというはっきりした伝承が残っている割には些かおとなしすぎる。であるならば、過去に闇の書を完成させてその力を完全に引き出せた者はいない。そんなところか?」

「いい答えね、さすがと言ったところかしら」

 

 おおよそ求めていた理想的な回答に了子は少し微笑み、そして再び真剣な表情へと戻る。

 

「過去に完全起動させた形跡が存在しないのは、結論から言ってしまえば闇の書はその正常な機能をとうの昔に喪失していることに起因する」

 

「闇の書の産み出された目的はさっきも言ったように蒐集した人の持つ技術や技能を次の代へと継承させること。でも歴代主の中に、さらなる力を求めて闇の書の機能に手を加えようと試みた人たちがいて、それが原因で闇の書に致命的なエラーが発生してしまった」

 

「伝承に従い闇の書を完成させてもすぐに主は意識を奪われ闇の書は暴走、内包する天文単位クラスのエネルギー量がそのまま周囲に破壊をまき散らして文明を、いえ星をも破壊してしまうほどにね」

 

 そこで了子は一旦話区切って喉を潤わす。聞き手に回っていた弦十郎たちは神妙な顔つきをしていた。

 

「なんというか、聞けば聞くほど物騒な代物だな。過去に完成してなくてよかったというしかないなこれは」

 

 職業柄、完全聖遺物はどれもこれもろくなものではないと知っていたが、星を破壊しうると言われても実感が湧かない。しかしその弦十郎の言葉も了子によって訂正される。

 

「闇の書が過去に完成しなかったというのも少し違うわ。財団の記録では闇の書は600年前に一度完成して暴走していたそうよ」

「だがさっきの話の通りであれば被害が相当なものになるはずだが…」

 

 弦十郎の疑問も当然のもの。少なくとも今告げられた情報だけではどうしてもそのような結論になる。

 

 

「押しとどめられたのよ。それ以上被害が広がらないように、暴走を止めた子たちの命と引き換えに──」

 

 答える了子の視線はどこか遠くを見ているかのようで、響はその音色にわずかに怒りと悲しみが込められていた気がした。

 

 

「あの…思ったんですけど、そんなに危ない物なら完成させないようにするとか、どこかに保管しておくってのはできないんですか…?」

 

 話をここまで聞いてきて、響の中で疑問が浮かぶ。現に昨日起動したデュランダルも今は二課の地下深くに再封印されている。同じようなことをすればいいはずなのだ。対して了子は一息をついて座り直す。

 

「闇の書には無限転生機構といって、前の主が死んだら次に素質を持った存在の中からランダムに選ばれた人の元に渡るシステムが組み込まれているの。だから闇の書の存在を財団は把握していても確保することができなかったわ。それと」

 

「ある意味こっちが闇の書の一番厄介なところだけど、闇の書は一定期間蒐集行為を行われなければ主に対しても侵食を行い、果てには命を喰らう。身体機能の一部を奪ったりしてね。響ちゃんにも心当たりあるでしょ?」

「まさか…それってッ!?」

 

 心当たりしかない。だってシュテルが4年前に入院したのは身体を襲った激痛と足の機能を奪われたからだ。病院の石田先生があの手この手尽くして原因や治療法を探したのにすべて徒労となっていた。でもそれが闇の書のせいならば、お医者さんでしかない石田先生ではなにもできなかったのも当然と言うしか…

 

「本来それらを主に伝えてくれる守護騎士システム*1や闇の書の制御を司る管制人格*2も存在していたけど、前回の暴走の際に永遠に失われたそうよ。歴代主の多くが闇の書の完成をめざしたのもそういう所が理由。実にタチの悪い呪いね。ただ…」

 

 手元の資料には母親が財団の直系に位置する人物であり、この数年間に何度も財団の本部が置かれてるロンドンに滞在していた記録があることが記されていた。

 

「亡くなった前代表のグレアム氏を含む一派が秘密裏に彼女と接触していたみたい。前代表のグレアム氏は財団とは違う目的で動いてたそうよ」

「ならば彼女が闇の書のリスクを知らなかったとは思えないわけだが。それにしても財団はよくそこまでの情報を開示したな」

 

 どんな組織も一枚岩ではないのは弦十郎も身をもって知っている。だがそれはあくまでも内面の話であり、普通であれば自分の組織が半分に割れていることを伺わせるようなことは外部に言おうと思わないだろう。財団がそこまで開示したのであればそこにはなにかしらの思惑があると見える。

 

「財団からの情報開示の際につけられた条件が一つ。もし私たちが闇の書を確保し、彼女を拘束することに成功した場合、なんとしても高町シュテルの身柄を引き渡すこと。腕や脚の一本二本はちぎれる程度なら別にかまわないとね。最悪死亡してもその遺体だけでも絶対にとまで念を入れられたわ」

「…」

 

 明らかに穏やかではない話に弦十郎の目付きが険しくなる。聞くだけでも財団は彼女をあまり人間扱いしていないような節があると感じた。

 

「いずれにしろ彼女の目的は依然不明でも、少なくとも闇の書の完成自体は目指していると見て間違いない」

「そうか。ならばこれからについてだが…響君は俺たちで対処するつもりだがそれでいいか?」

 

 了子が一通り解説を終えたことで今後の方針を決めようとする弦十郎は響に目を見やる。ノイズを操るもう一つの勢力もあってか、現状満足に動かせる戦力は響しかない。

 今の響を戦場に出すのはいささか危険すぎると弦十郎は感じるが、それと同時に響をこの件から外したところで彼女が割り切れそうもないということも予感していた。結局のところ最後はやはり本人の意思にゆだねるしかない。

 

 

「師匠、その…少し考えさせてください…」

「いいだろう…」

 

 いつもの響らしからぬ煮え切らない返答だったが、事情が事情だけに弦十郎はそう返すよりほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緒川、そっちの方の首尾はどうだ?」

 

 ミーティングが終わり、通路で端末片手に弦十郎は緒川に連絡を取っていた。

 

『兄上の力も借りて調査したのですが、高町シュテルという人物が響さんたちと出逢う半年前より以前に存在していた痕跡はどこにも見当たりませんでした。それと』

「それとなんだ?」

『シュテルさんの父親が判明しました。今詳細資料を送ります』

 

 言葉と共に弦十郎の持つ端末に情報が表示される。

 

『名前はグランツ・F(フローリアン)・高町、かつてスクライア財団にて惑星環境学を専攻していた方だそうです』

「だがこれは…」

 

 顔写真と経歴に目を通していた弦十郎の目にある文字が止まる。

 

「海鳴市*3遺跡調査事故ですでに亡くなっている…だと…?」

 

 遺跡調査を専門とするスクライアの調査チームを襲った遺跡内での火事。多数の死傷者を出した大惨事であったことから、朧気ながらも弦十郎も覚えているニュースだ。経緯は奏の一家を襲った悲劇とよく似ている。

 だが致命的におかしいことがある。

 

 端末をスクロールしてある名前と一つの写真を見つけたとき、弦十郎は目を顰めた。

 少し頼りなさそうに危なっかしく肩車する男性と、それを微笑みながら見つめる優しそうな女性、そして肩車されて大喜びしている一人の幼女。どこにでもあるようなありふれた家族の幸せなひと時を切り抜いたもの。

 それが決して存在するはずのない時系列のものであることを除けば。

 

 

「シュテル君…君は一体なにものなんだ…?」

 

 高町星光と記された資料の少女は弦十郎の問いかけになにも答えず、ただ快活な笑顔を浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に近い公園のベンチで響は一人黄昏ていた。

 昨日今日とでいろんなことがあり過ぎて、師匠には考えてから結論を出すなんて言ったものの何も見えて来そうにない。

 

 シュテルに対しての想いはいろいろと複雑だ。

 もう一度逢いたいという切望、傍にいてほしかったという想い、どうしてなにも相談してくれないのかという困惑、勝手に姿を消したことへのわずかばかりの怒りと大きな悲しみ、何もできなかった無力感と焦り、そして彼女に力を振るってしまった恐怖と罪悪感。何もかもがぐちゃぐちゃになって整理ができずに溢れ出そうになる。

 ミーティングで何度も聞いたシュテルが抱えるモノ。どれも子どものころのように、ただ手を繋いで走り回れば忘れられるようなものではなくなってしまった。

 

「シュテるん…」

 

 その名前を呟いても答えは帰ってこない。

 あの日、戦場に立つ覚悟を問われたときに触れられた両手。優しくて暖かくて、ゆえにシュテルが破壊の力を求めていないって確信してる。だからちゃんと話し合って、なにをしようとしているのかを知って、シュテルのことを助けたい。

 でも────

 

 

 夕日に照らされた手のひらを見つめる。

 シュテルは私の手は壊すためのものじゃないって言ってくれた。けれどデュランダルに触れたとき、全身を走ったのは昏い衝動。了子さんは聖遺物同士の反発によるものだって言っていたけど、あの時ほんの少し、邪魔するものは消えちゃえと心の奥底で思ってたんだ。

 奏さんから託されたシンフォギア、みんなを助けられるかもしれない歌の力。だけど今は少しだけそれが怖い。

 

「どうすればいいのかわからないよ…」

 

 思わず膝を抱えて顔をうずめる。吹き付けてくる夕方の風が少し冷たい。ふと、目の前が暗くなったのに気づく。

 

「響、こんなところに居たんだ」

「未来…」

 

 私の大切な陽だまりがそこに居た。

 

 

 

 

「ここ、座るね」

「…」

 

 響がなにか返事する前に未来は隣に腰を下ろす。

 いつもなら傍にいてくれるだけで暖かな気持ちになれるのにこんな時に限ってちょっぴり居心地が悪い。未来にはいろいろ隠し事をしてしまってるせいだ。

 より膝を抱え込み、二人の間に沈黙が流れる。

 

 

「こうしていると少し昔のことを思い出すね」

 

 先に静寂を破ったのは未来の声。響のことを責めるのでもなく咎めるのでもなく、遠くを見て懐かしんでいるような。響はそんな未来の顔をまじまじと見た。

 

「シュテルと初めて出会ったときのこと。響も覚えてるでしょ?」

「うん…」

「あの時もこんな感じの空だったなぁ」

 

 もちろんちゃんと覚えてる。空気がよく冷えて、空がきれいな茜色に染まっていて。そんな中でシュテルは一人公園で膝を抱えて座り込んで、泣いた。本人はきっと否定するだろうけど。

 それもみんな遠い昔の出来事であり、もう取り戻せない時間。

 

「ねぇ響、約束通り私が響に秘密にしてたこと教えるね」

 

 そういえばおとといの呼び出し前に未来とそんな約束を交わしていた気がする。いろいろあり過ぎてすっかり忘れてしまってたけど。その未来が打ち明けようとすることに響は耳を傾ける。

 

「前に私がノイズに襲われたことってあったでしょ?」

「うん」

 

 確か今月初めのことだったはず。小さい子どもを助けようとしたときにノイズに襲われかけたという話は聞いた。

 

「その時に私はたぶんシュテルに助けられたの」

「────ッ」

 

 その名前に胸の鼓動が強く波打つ。

 ああ、そうだ。あの日、響たちが出動した場所とリディアンを挟んだ反対方向に出現したノイズを殲滅したのはあの紫色の少女。つまりシュテルだ。ヒントはあったのにすっかりそのことを見落としていた。

 

「顔を隠して魔法のような力を使って、たけどあれは間違いなくシュテル」

 

 そろそろ沈みそうな太陽を見つめながら未来は語る。

 

「未来はさ、シュテルが今なに考えてるのか気にならないの…?」

 

 ふと口から漏れ出た疑問。シュテルのことを案じてたのは未来も同じだし、シュテルが自分たちの知らない何かを抱えているのも目の当たりにした。なのにどうしてそんな風に穏やかでいられるのか、わからない。

 

「心配だよ、ほんとはとってもとっても。脚のこともあるしなんか変な魔法みたいな力持ってたし言いたいこともたくさんある。だけどね」

「だけど…?」

 

「あの時シュテルは見ず知らずの誰かを助けるために戦ってたの。だからたぶんどこに居ても何をしても、シュテルの根の部分は変わらずシュテルのままなんだと思う」

 

 秘密主義なのは相変わらずだけどねと未来は少し困ったように笑った。

 

「とにかく、私の隠し事はこれでおしまい。響にはもっと早く伝えたかったけどごめんね?」

「あ、あのね未来。わ、私も…」

 

 自分の秘め事をすべてさらけ出した未来。だから響もまた告げようとして、しかし言葉を繰り出せずにいる。

 

(どうして…未来みたいに言えないの…!?)

 

 本当は全部言ってしまいたいのに、だけど未来を戦いに巻き込むことになってしまう。そのことがたまらず怖くて、最後の一歩を踏み出ずにいた。

 

 そんな響の手を未来は握りしめる。

 

「いいよ、無理して言わなくても」

「でも…!」

 

「私が響に隠し事をしてほしくなかったのは響の力になりたかったからだよ。響の背負ってるものを一緒に背負ってあげたい」

 

 その目に宿るのは強い決意。今の響が見失っているものだ。

 

「でもね、もし響にとって秘密を打ち明けることが重荷になるなら私は知らないままでいい。だって響には笑っていてほしいから」

 

 

 夕焼けに照らされて微笑む未来の笑顔が響にはやけに眩しくて、だから────

 

 

 

 

 突然自分たちを囲むようにして現れた大量のノイズと、沈む太陽の逆光の中に立つ白い少女に、心臓を鷲掴みされたような気分になった。

 

 

 

 

 

 唐突に出現したノイズは力を持たない人にとって死の象徴そのもの。だが取り囲むだけで襲ってこないノイズとそれを操っているであろう存在がさらに未来を混乱させる。

 そんな中で、白い鎧を着た少女はただ静かに響のことをじっと見つめていた。

 

「未来…ごめん…」

「響…?」

 

 視線を受け、響は俯きながら未来より一歩前に出る。聞こえるのは困惑の声。つられて罪悪感と心苦しさが押し寄せる。

 だけど、未来を助けるためならばそんなのどうだっていい。

 

 かすれた声で聖詠を紡いだ。

 

 

 

Balwisyall nescell gungnir tron────

 

 光が奔り、シンフォギアを身に纏う。

 

「ひ、びき…?それ…」

 

 未来からの問いかけには答えず、代わりに顔を上げてネフシュタンの少女を見つめ返す。

 

「私が目的なら未来を、この子を見逃して」

 

 むちゃくちゃなこと言っているのは自覚している。だけどこれほどのノイズで囲ませながらも攻撃してこなかった。なら今はその優しさに賭けたい。

 

「ああ、アタシも構わねぇ…用があるのは元よりお前だけだ」

 

 一瞬呆けるものの、わずかな間を置いて言葉と共に少女は杖をかざし、ノイズに道を開かせる。

 

「ほら、早くいけ」

 

 ぶっきらぼうな物言いだが、そこにわずかな安堵が込められているように響は感じた。

 

「ひ、響も一緒に…!」

 

 だけど言われた方の未来は状況を飲み込めておらず、響の手を引っ張って一緒に逃げようとする。

 そんな未来の行動を嬉しく思いながらも響はその手を離す。

 

「未来は行ってて」

「どうして!?響がまた危ないことに巻き込まれてるんだよ!?」

 

 普通の人として生きてほしいのに響を襲う理不尽の数々。やりきれない想いが未来から溢れる。

 

「これは私がやらなくちゃいけないことだから」

「響…」

 

 未来を護って、目の前の少女とお話する。それが今の響にとって絶対にしなくちゃいけないこと。

 崩れ落ちて涙を零す陽だまりに背を向け、響は一歩前に出る。同時にシンフォギアの通信装置を起動させて二課に繋ぎ、

 

「師匠。民間の要救助者がいます。至急、保護をお願いします…」

 

 言い終えるとともに駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当はそいつを見つけた瞬間に襲うつもりだった。

 だけどそいつの隣には無関係な人がいて、巻き込むのが気が引ける。だからノイズで囲んで脅そうとした。

 敵であるあたしを信じて逃がしてくれだなんて乞うあの頭のお花畑っぷりには胸やけがしそうだったが、幸いこちらにとっても渡りに船。すぐに道を開いてやって逃がそうとした。普通の人なら他人を犠牲にしてでも逃げだそうとするノイズが相手だ。きっと一目散にどっかに行くに違いない。

 

 なのにアイツの横に居たやつは逃げようとしなかった。

 力なんてない弱者なのに、逆立ちしたって敵わないノイズが目の前に居るのに、あのどんくさい装者モドキを庇おうとする。

 

 なんでだよ…そいつは戦う力を持ってるやつなんだぞ……

 戦場で弱いやつにできることなんてなんにもないってのに。

 

 胸が痛くなるがここは戦場。

 どんくさいのが市街地を避けて人気のない場所へと走るのを見て誘いに乗った。そうだ、あたしが今フィーネから課せられたことはあのどんくさい装者モドキを攫うこと、ほかは一旦置いておけ。

 

 森深くへと入り込んだところで装者モドキ目掛けてネフシュタンの鞭を飛ばすが躱された。

 

「どんくせえのがやってくれる…ッ!」

 

 数日前に比べてもなお動きがいい。まだまだあの風鳴翼のが上だが、成長速度が異常だ。認めたくはないがフィーネが気に掛けるのもわかるというもの。

 けど、そんなあたしの言葉にどんくさいのが食って掛かる。

 

「私はどんくさいのなんて名前じゃない!!立花響ていうちゃんとした名前がある!」

 

 いや、それは知ってる。知ってるから。フィーネからは二課の戦力に関する情報は大体教えられているから。

 こっちが呆けてる間にそいつは聞いてもないことをべらべらを喋り出す。好きなものだとか、身長とか。体重は秘密にしてたがあいにくこっちはすでに資料で見せられてるが。彼氏いない歴などどうだっていいだろ!?

 

「なにトチ狂ってやがるんだお前…」

 

 あまりの脳天気さに思わずうめく。とても戦場でするような会話じゃない、頭のお花畑具合が爆発してる、し過ぎてる。頭を抱えたくなる現状だがそいつは両手を広げて叫ぶ。

 

「私は話し合いたい!話し合おうよ!」

「この期に及んでなにをッ!」

 

 その減らず口を黙らせるための必中の一撃。されど躱され、続いて二発三発と連撃を繰り出すがこれも危なげなく避けられる。そして気づく、こいつは躱してても反撃を一切してきていない。ふざけているのか…!

 

「さっきだって未来のことを見逃してくれた!だからきっと私たちはわかり合えるんだ!」

 

 違う。あの子を見逃したのは巻き込みたくなかったからで。だけどソイツの言葉は徐々にあたしの触れてほしくないところへと近づいてゆく。

 

「私たちはノイズと違って言葉が通じるんだよ!言葉が通じれば人間はきっと────」

「────うるさいッ!!!」

 

 最後の一線に触れたとき、感情が爆発した。

 

「人と人が!わかり合えるなようにできちゃ居るもんかよッ!」

 

 鞭を大きく振るった。まだなにかピーチクパーチク御託を並べようとするがそんな隙なんざ与えない。鞭で動きを制限してそこに打撃と蹴りの連撃を入れていく。そいつも回避しようとするが徐々に命中だが増えて押され気味になった。

 

 人の、特に大人の醜さはよく知っている。どいつもこいつもクソッタレ。小さい頃に紛争地帯に取り残されてからずっと見せつけられてきた。力を持ったやつは弱者をいたぶろうとして、弱者は弱者でメソメソ泣くか他人を売る。人と人がわかり合えるものか。

 だからあたし戦争の火種を消すために戦いの意思と力を持つ人間を叩き潰すと決めたッ!

 

 怒りと嘆きを全部拳に乗せて叩きつける。しかし、

 

「なにッ!?」

 

 あたしの一撃がそいつの突き出した拳とぶつかった。完全聖遺物の力と拮抗したそれに驚愕する。アームドギアすら纏えなかったへなちょこだったはずなのに。

 一歩飛びのいて引いて見たら疑問が氷解した。やつはアームドギアを形成するはずのエネルギーをそのまま叩きつけてきたのだ。下手すればあの日の風鳴翼の絶唱にすら等しきエネルギー。先ほどまでできていなかったことからあることに気づく。

 

「まさか戦ってる最中に成長してるってのか…!?」

 

 しかしその驚きを消化する時間はない。一息置いて今度は向こうから突撃してきた。一撃一撃が重く、さっきまで押していたはずなのに今や押されているではないか。鞭で受け止めようにもガードごと吹き飛ばされる。圧倒されっぱなしだ。

 

 血が上った頭もこの状況には思わず冷やされる。一つはっきりしていることはこのままでは負けてしまうということ。

 

(あたしが負ける?)

 

 そこに思い至ったとき、足場が急に消えてしまったような恐怖が駆け巡った。

 もうすでに何度も課せられた任務を失敗してきた。今回も失敗すれば、今度こそフィーネから見限られる。戦争の火種をなくす夢も果たせずに捨てられる。

 

 また独りぼっちになる────

 

 思わず歯ぎしりをした。本当は使いたくないもう一つの力。ネフシュタンの鎧は強力だが手数の少なさから自分の戦い方とはイマイチ噛み合ってなかった。

 だけど今は使うしかない。

 

 

 あたしは負けられない、負けたくない────

 

 

「アーマーパージだッ!」

「!?」

 

 ネフシュタンの鎧を解除してあたり一面を吹き飛ばす。

 

「見せてやる、あたしの、雪音クリスとイチイバルの力を」

 

 

Killter Ichaival tron────

 

 

 フィーネから与えられ、パパとママが遺してくれた大っ嫌いな歌の力を、シンフォギアを纏って、

 

「お前を連れて行く────ッ!」

 

 あたしは引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出すのは遠くから聞こえた爆音。あの時響の手を離してしまったときの後悔。

 緒川さんという人に連れられて二課と呼ばれる場所で説明を受けて、司令である弦十郎さんに頭下げられて精一杯謝られてもどこか現実味がなくて。家に帰った今でもずっと逆光の中に立つ響の背中がリフレインする。

 

 響が隠し事していたのは怒ってない。シュテルですでに慣れたから。頭の中がぐちゃぐちゃでなにもできそうにない。一人で寝る二段ベッドはいつもよりやけに広く感じる。

 

 一つ言えることは、

 

 響が連れ去られて、帰ってこなかったこと。

 

 

「逢いたいよ…もう逢えないなんて嫌だよ…響、シュテル…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界はいつだってこんなはずじゃないことばかり。

 

 

 石田先生からもらったカルテを見ながらため息をつく。

 胸部にある複数の小さな砕片はダインスレイフの欠片、脚より神経系に沿って伸びる黒い蔦のようなものは闇の書による浸食の痕跡、そしてわずかに変色した肉体はシュテルが産まれたときよりともに有ったものであり、母さんの幸せを奪った構成体(マテリアル)

 だけど溜息はこれが原因じゃない。

 

 この命のろうそくの残りの長さを知るために生まれ育った街へと帰った。しかしそこで知ったのは響がノイズに襲われたという過去。

 ツヴァイウィングのライブ事件。それはシュテルが居た海外でも大ニュースとして報じられていた。ましてや風鳴翼のファンでもあったシュテルが受けた衝撃は少なくない。とても痛ましい事件だと思った。でも、それだけだった。

 

 だけどそこに、その場所に響が居た。ニュース画面の向こう側じゃなく、もっと現実に、身近な出来事。

 

「もし、私が響たちのそばを離れていなかったら…」

 

 響は、普通の人のままで居られたんだろうか?

 

 無意味な仮定、後悔はいつだって後からやってくる。

 夜の街灯に照らされた影はどこまでも伸びていて、目の前の暗闇はまるでシュテルの未来を暗示しているようで。けれど立ち止まるわけにはいかない。悲劇の連鎖を終わらせるためにと、時計の針を進めたのだ。

 

 歩き続けたその脚を止め、目の前の建物を見上げる。

 時刻は深夜、もう誰も居ないグランドと電気一つついていない校舎。

 

 

 

「リディアン音楽院…いえ、特異災害対策機動部二課。デュランダルがここにある…」

 

 調査によって既に判明した相手の本丸。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 もうあとに引けないなら進むしかない。

 

 そうやって、シュテルは足を踏み出した────

 

 

*1
闇の書に搭載されている人の形をした魔法生命体のこと。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの4人

*2
闇の書の意思とも呼ばれる存在。守護騎士たちと同じく魔法生命体だが、彼女の場合は彼女自身が闇の書そのものと言っても過言ではなかった。

*3
リリカルなのは1期2期、そしてその原点であるとらいあんぐるハートシリーズすべての舞台となった架空都市。関東地区かつ海に面して山もあって近隣に温泉地もあることから、モデルは神奈川県か千葉県という説が有力




クリスちゃんが頑張り過ぎたせいで無印のプロット全部書き直しになったんですけお…(ガバ4回)
クリスちゃんが勝つとか作者的にちょっと想定外…
なおズバババーンは絶唱負荷+闇の書の蒐集でコンディションが原作よりも悪くて動けなかった模様


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夜が明けないフォギア01 贈り物

今日が393の誕生日だと夕方に気づいたので緊急執筆
そのためめっちゃ短い上に分割です、後編は近日中に
そして393誕生日記念なのにシンフォギア側のキャラが登場しないというあり得ない事態ですがお許しください
あと時系列は過去であり、本編の3年と数か月前です

Q.ならどうして未完成のまま上げたんですか?どうして…
A.どうしても投稿日を393の誕生日にしたかったから…

追伸:上下を一話に統合しました(2019/11/22)


 目の前に拳が迫る。身体を辛うじて右側へと避けると今度は反対側から蹴りが突き刺さり吹き飛ばされる。

 

「こら、シュテル!反射にばっか頼って動くな!お前はただでさえ普通の人と比べてハンデがあるんだからそんなのに頼ってたら相手より動きが何倍も遅くなる!常に相手の動きを先読みしろ!」

 

 投げかけられる声に返事したいが、あいにくそんな余裕はない。すぐ目の前に迫った砲撃魔法を防ぐためにシールド魔法を展開する。だがそれは誘い、本命は砲撃魔法の影からやってくる直射魔法。

 

「くッ…!」

「ほら脚が止まってる。そういう風に動くと後が続かないよ?重要なのは攻撃が当たるような位置に長居しないこと。実戦だと一対一の方が稀なんだから」

 

 頭上から聞こえるのは先ほど砲撃魔法を撃ってきたもう一人の師匠の言葉。そのありがたい忠告に従いひたすら走る。同時に彼女に向けての誘導射撃魔法による牽制も忘れない。

 だが降り注ぐ砲撃魔法の雨と合間を縫って襲ってくる拳と蹴りはシュテルの体力をガリガリ削っていく。このままではじり貧だが短期決戦を露骨に狙おうものならば一瞬で叩き潰される。なにかせめて、突破する糸口がつかめれば…

 

「ッ!?」

 

 背筋を襲う悪感。思わず反射的に動きそうになるがここはこらえ、自分の周囲に待機させていた魔力誘導弾を2発背後に向けて放つ。

 直撃コース。されど弾丸は素通りする。魔法で作り上げられた幻影だ。

 

「あたしはこっちだよ!」

「────クロススマッシャーッ!!」

 

 ちょうど後に注意が逸れそうになったタイミングで斜め前から飛び蹴りがやってくる。だがこれは読んでいた。杖であるルシフェリオンを振りかぶり迎撃する。力と力がぶつかり合い、形成される一瞬の拮抗。その隙を逃さず事前に伏せていた拘束魔法を発動。

 

『レストリクトロック』

「アクセルスマッシュ*1!」

 

 何本か躱されたが、目の前の短髪の師匠を光の輪で捉えることに成功。ダメ押しとばかりに渾身の打撃を叩きこむ。

 

「私のこと忘れてない?」

 

 状況想定は二対一。一人相手に長時間かまっているのは当然もう片方からすれば大きな隙。事実遠くにいるもう一人の砲撃魔法のチャージはあと数秒で終わる。しかし、

 

「これで、────ッ!?」

 

 もう一人の師匠の背後より衝撃が襲う。先ほど幻影を素通りした誘導弾は元よりそちらの方を狙ったもの。砲撃が中断されたことによってできた絶好のチャンス。だがシュテルの体力はそこで尽き、地面が迫ってくる。

 

「はーい、そこまで」

 

 その声と共に地面に向けて倒れ込む寸前で、シュテルは拘束を引きちぎった短髪の師匠(リーゼロッテ)に抱き留められた。

 

「あたしとアリアにそれぞれ一撃ずつ入れられたし、まだまだなとこもかなりあるけど筋は悪くないかな。アリアは?」

 

 シュテルを片手で抱えながらロッテはゆっくり歩いて来る長髪の師匠(リーゼアリア)に問いかける。

 

「ちょっと拘束魔法の無駄撃ちが多かったけど概ねロッテと同じ意見かな」

「んじゃまーそういうことで午前の訓練はこれにてしゅうりょー」

「あり、がとう、ございました…」

 

 師匠方からのありがたい評価だったが、当のシュテルは息も絶え絶えなのに対し、目の前のベージュ色の髪をした姉妹は汗一つかいていない。ロッテに至っては先ほどシュテルに思いっきりの一撃を叩きこまれたにもかかわらず何事もなかったかのようにケロッとしており、格の差を見せつけられる。

 

「汗を落した後一緒にご飯にでもしましょう。反省会はそのあとということで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本の病院を抜け出してイギリスへとやってきてからすでに3ヵ月、シュテルはスクライア財団本部が置かれているロンドンにいた。

 

 母の死後、残された書類の中にグレアムの連絡先があったことから自分からコンタクトを取り、海を渡った。

 そしてグレアム氏が援助していた孤児院の中で、魔導師適正が見つかったことでグレアムに引き取られたというカバーストーリーの元、財団に一職員として所属している。出自が出自であるため、財団に対しても情報を秘匿するようにとグレアムに忠告され、今シュテルの胸に下げられたネームプレートにはシュテル・スタークスという偽名が記されていた。

 

 ここでの一日の流れと言えば寝起きのメディカルチェック、それが終われば重めの朝食を取った後に魔法の習得練習とリーゼ姉妹との模擬戦。昼食と少しの休息を取ったら今度は知識の詰め込みと並行してグレアム配下の技術部と合わせての闇の書の解析。夕方は体力づくりとしての走り込みを終えてから再度の模擬戦でぼろ雑巾として完成した後に風呂場に駆け込んでからお休み。

 誰かによって強制されたスケジュールというわけではないが、シュテル自身の申し出にグレアムとリーゼ姉妹が承諾した形だ。闇の書の主となった以上確実に常に狙われる危険性が伴う。最低限の自衛能力を持たなければならないし、蒐集活動のこと考えればまだ財団に秘匿されている今のうちに力を付けなければ後々でなにもできなくなる。

 

 以前より大分マシになったが、まだうまく身体を動かせていないシュテルの身の回りの世話をしてくれているのがグレアムと契約している使い魔であるリーゼ姉妹で、シュテルをボロ雑巾にしているのもまたリーゼ姉妹。自然と一日中姉妹が付きっきりでシュテルと一緒に居てくれることが多い。

 グレアム含む彼女たちが闇の書の主である自分に将来なにをしようとしているのか知っている。しかし彼らに闇の書の因縁を終わらせる意思があると知ったからこそシュテルは彼らを信頼した。

 託された側の心のうちは複雑だろう。哀れみか、罪悪感か自責の念か。

 

 それでも、シュテルにとって彼女らもまた、大切な存在となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あれシュテル、手が止まってるけどひょっとしてそのハンバーグ口に合わなかった?」

 

 意識が遠くの彼方に飛んでいたところ、目の前に顔が現れてシュテルはビクつく。数瞬置いてそういえば訓練が終わって今は財団の食堂でお昼を取っていたことを思い出す。

 

「こらロッテ、驚かせないの」

「えーいいじゃん別に。愛しい愛弟子がまーた遠く見てぼけーってしてるんだしさー」

 

 双子の姉であるアリアが諫めるもロッテはシュテルに頬擦りする。どちらも女子高校生のような容姿をしているが、その実は使い魔と呼ばれる魔法生命体であり、見た目よりも遥かに長い刻を生きている。が、その猫耳と尻尾からもわかるように猫を素体としており、猫時代の習性がなかなか抜けないことがあるらしい。冷静沈着、品行方正なアリアと比べると、ロッテのいたずらっ子気質もそのせいなんじゃないかと思うことがある。

 それはともかく、ズレ落ちそうになったメガネを直しつつシュテルは反応する。

 

「あ、いえ、大丈夫です。ただ、ちょっと考え事してたので」

「考え事だぁー?言ってみなよ、あたしとアリアが聞いてあげるからさ」

 

 シュテルの首を抱きしめながら横からささやくロッテ。そんなロッテを引き剥がそうとしつつもアリアもまた同じように先を促す。

 

「実はそろそろ響と未来の誕生日なんです」

「確かその子たちってシュテルの日本での…」

「私の大切な幼馴染ですね」

「へぇ…幼馴染ねぇ…それでそれで?」

「プレゼントに何を贈ろうか悩んでまして…」

 

 少し言いにくそうにしながらシュテルは答え、ロッテとアリアは顔を見合わせた。

 

「じゃあどうする?この後時間作ってショッピングモールでも回る?シュテルが行くって言うなら私は問題ないかな」

「それかどっかのお土産屋に行くとか」

「うーん…どれもなんかしっくり来ないんですよね…」

 

 二人の誕生日プレゼントの内容は地味にシュテルを悩ませてきたものだ。闇の書の主となる前、魔法と出逢った当初は響たちに魔法でなにか見せてあげようと練習していた。しかしそれができなくなった以上、何か替えのものを用意しなくてはならない。響は食べ物かなにかを贈れば一応それなりに喜んでくれるかもしれない。だけど今となってはそんなものではシュテル自身が納得できなくなってしまった。

 原因はもしかしなくても自分が何も言わず勝手に彼女たちの傍を去ったこと。響と未来の心を傷つけてしまったかもしれないという自覚はある以上、今更食べ物なんかを贈るのでは不義理だろう。

 それに、

 

 おそらくこれが最期の誕生日プレゼントとなる。少なくともシュテルは今生の別れのつもりで出てきた。だから、自分の生きた証を、存在した証を遺したい────

 

 

「ひぅッ!?」

「だーめだぞー馬鹿弟子ー。そんな風に考えすぎちゃ。考えすぎは毒だって言っただろー?」

 

 首筋より伝わる冷たい感触にシュテルは思わず食堂なのに悲鳴を上げそうになる。振り返って見ればロッテがジト目のまま氷水の入ったコップをシュテルの首筋に当てていた。

 

「そんなに…わかりやすかったですか?」

「そりゃまあこんだけ長い間一緒に居ればね」

 

 ロッテからコップを取り上げながらアリアが答える。若干一名はまだ少し不服そうにしてたが一切取り合わずその顔を押さえつけながらアリアがシュテルに微笑みかけた。

 

「だから、今日この後の訓練はお休み。何を贈るのか一緒に考えよ?ね?」

 

 

 

 

 

「そういえばシュテルからよくその子たちのこと聞くけど、なにか好きなものはあったりする?」

「好きなものですか…?」

 

 食堂からリーゼ達の私室へと戻ったところでアリアから掛けられた問いにシュテルは思い悩む。

 

「ぱっと思いつく限りですとごはんアンドごはんに焼肉にアイスクリームやかき氷ですかね」

「うわぁー見事に食べ物ばっか。ほかは?」

「あとは…走ること、人助け、歌や父親の洸さんでしょうか?」

「前のやつはともかく父親はちょっと…」

 

 手あたり次第にあげてみるがどれも物欲とはイマイチ関係が薄いせいでピンとこない。

 

「なんていうかすごい元気がある子ってのは伝わるんだけどねぇ…」

「実際元気の塊みたいな子ですよ、特に響は」

 

 危なっかしくて、いつも明るくて周りの人まで元気付けてしまう太陽のような響。そして包み込んでくれるような包容力を持つ陽だまりの未来。どこまでも底抜けの明るさを持った二人。

 

「できれば消耗品じゃなくてずっと残るモノがいいんです」

 

 だけどこれから先の長い人生でどこかでその笑顔が翳るようなことが起こるかもしれない。だからそんなときに励ましとなれるようなずっと残るものがシュテルにとっての理想だ。とはいえ、あまりにもふわふわした無茶振りなこの注文を捌ける料理人はそういないだろう。

 

「ずっと残るものねぇ…聖遺物やロストロギア*2とか?」

「え?ええぇ……」

「やだなぁ、ジョークだってジョーク」

 

 胡坐を組んで椅子に座るロッテの言葉に思わずドン引く。

 生み出されてから長い刻を経て現代まで伝わったそれらは、ずっと残るものという意味ではこの上なくふさわしいだろう。だが友人のプレゼントに聖遺物を贈る人間がこの世のどこに居ようか。というかそれ以前にほとんどが危険物であり、研究のためでもなければ財団からの持ち出しも禁止、厳重封印されている。

 

「まあロッテのくだらない冗談「なんだとー?」はおいておいて!もっと実用的なものがいいわね」

「実用的なもの…」

「そ。普段からずっと使ってもらえればずっとそばにいるって感じがするじゃない?」

 

 一理ある。アリアの考えにシュテルは可能性を感じた。戸棚の中に仕舞われる品物と、いつも使って使っているもの。後者の方が一緒に居る感があるだろう。方向性としては悪くない。悪くないのだが、やはり具体的な物品は思い浮かばない。

 ああでもないこうでもないとうんうん唸るシュテルだが、不意に首元に下げた宝珠が自己主張するようにチカチカ光る。

 

「ルシフェリオンもなにかいいアイデアがあるんですか?」

『Exactly』

 

 まだ出逢ってから間もない魔導の杖、だけどどこか懐かしくて他人な気がしない。本来AI人格を宿したインテリジェント・デバイスというものはどれもこれも気難しいモノだと聞くが、ルシフェリオンに初めて触れたときからまるで長年ずっと一緒に居たという安らぎを覚える。そんな相棒の意見だ、気になるのも仕方ない。

 

『デバイスを贈るのはどうでしょう?』

「デバイス…ですか…」

 

 しかし出てきた案はシュテルの眉をハの字にさせる。狭義的には魔導の杖、広義的には魔導師が使用する端末全般を指すそれは、ルシフェリオンを見てもわかるように極めて高度な技術力によって構築されている。かつて財団の母体となった組織の遺産、その演算性能を悪用すれば社会に大きな悪影響を与えることもできる。故に現在稼働しているデバイスはすべて財団の管理下に置かれ、聖遺物同様持ち出すことはできない。

 

「お、いいねぇそれ!それで行こっか!」

「え?」

 

 尻尾を揺らしながら得意げなロッテ。思わずアリアの方を見るがそっちも頷いており同意見のようだ。呆けた顔になったそんなシュテルにアリアがウインクする。

 

「大丈夫。私に任せて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人に連れられてやってきたのは技術部棟地下にある大きな部屋。およそ建物フロア一つ分ほどの大きさで、目の前に倉庫らしく棚がたくさん鎮座している。部屋の電気つけるためにアリアが中に入ってつられてシュテルも足を踏み入れた。

 

「ここは?」

「もう動かなくなったデバイスの保管庫、頑張った子たちが最期に眠る場所だよ」

 

 左右を見渡せば棚に置かれていたのはどれも破損したり色あせたりしているデバイスの残骸ばかり。ある意味において財団の歴史を示す場所だろう。

 

「稼働してるデバイスの持ち出しは厳禁だけどここにあるパーツは使っていいよ。設備も上のやつ借りていい」

「それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫、こう見えてもあたしとアリアは魔導技術部のトップだから!許可もすでに取ってあるし。それに…こいつらもこのままずっとここで眠ってるより誰かに使われた方がいいんだよ」

「…」

 

 普段の様子とは違い、どこかしんみりとした雰囲気になるロッテにシュテルは口をつぐむ。グレアム家の初代当主ギル・グレアムによって産み出されてから600年間生きてきた彼女たちはきっと見送り続けてきたのだろう。どこか思うことがあるに違いない。

 

「まあ、ここにあるデバイスはほとんどが修復不可能と判断されて破棄されたものだし、直したところで本来の機能全部を取り戻すことはできないから問題ないよ」

「そうなんですか」

「そそ。っていうか仮に直せたところでも今のスクライアにはもうデバイスを満足に運用できるほどの魔導師資質持ってるやつはいないしねー。だからお前が来てからあたしらも教導隊としての仕事は久しぶりだったんだよ」

 

 さりげなく語られるがそれは今の財団における内部対立の根本的な原因。すでに一部の派閥は非魔導依存技術の研究へと舵を切っており、ガジェットドローン*3などの防衛用無人兵器の開発にお熱だし、反対に魔導技術に固執して傀儡兵*4やAEC兵装*5の研究に腐心する派閥も存在する。

 

 ともあれ、デバイスをレストアすることは問題ないらしい。そこまで言うならシュテルも遠慮なくお言葉に甘えるにした。久々の趣味の機械いじりだ、なんとも胸躍る。ベースとなるデバイスを決めるために時間かけていざ物色し始めようとしたとき、あるデバイスが目につく。

 

「ここにあるデバイスってどれ使ってもいいんですか?」

「いいよいいよなんだって持ってっちゃって」

「では私はこれで」

 

 手に取った二つのデバイスをアリアに見せる。

 

「えっ…」

 

 しかしそれを目にした瞬間、アリアは息を呑んだ。アリアだけじゃない。後ろから覗き込んだロッテも、首にぶら下げたルシフェリオンからも動揺の気配を感じる。

 

「もしかして使っちゃ駄目なものでしたか?」

「え、あっ、いや、使っちゃ駄目とかそういうんじゃなくて知ってるやつだったからちょっとびっくりしただけだから!」

「じゃあ別のやつに…」

「ううん、むしろ使ってあげて!きっとたぶんそいつも喜ぶだろうから!」

 

 いつも落ち着いたアリアらしくもない慌てた物言い。気が引けて別のを探そうとするシュテルを押しとどめようとする。再び手の中のデバイスを見た。砕け散った赤い宝珠のようなものと真っ二つに割れた灰色のカード。

 

「リーゼたちはこれが何か知ってるんですか?」

「それはえっとね…」

『レイジングハートとS2U*6です』

 

 なんだか言いづらそうにするアリアの代わりにルシフェリオンが答える。その名前を聞いたとき、胸の奥底からなにかが込み上げてくるのを感じた。哀愁、悲しみ、懐かしさ、そして再会の喜び。だがどれをとってもシュテルにとっては身に覚えがない。

 であるとすればこれは。

 

(私の中にある“アタシ”ではない方の記憶の断片、()()に連なるものというわけですか…)

 

 そうとなれば心が決まる。

 

「なにがなんでも絶対に、直して見せます」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら差し入れ。集中するのはいいけど没頭し過ぎるなよ?」

「あっ、ロッテですか。ありがとうございます。アリアは?」

「アリアは出張だよ。ドイツで新型のアルカノイズが出たかもしれないってんでその調査。パヴァリアの連中は表立って動こうとしないから十中八九ヴリル協会あたりとは思うけど」

 

 挨拶するが顔は上げず、作業の手も一切上げない。あれからおよそ二週間、合間合間を縫ってシュテルはずっとメンテナンスルームに詰め込んでいる。こうして定期的に様子見に来なけれ食事のことも忘れてぶっ通しで作業に没頭してしまう。

 

「それで進捗はどう?なんとか行けそう?」

「外装フレームはほぼ修復が完了してますが中はやはり手が出せないですね…コア丸々交換するというわけにもいきませんし、補助演算装置のみの修復にとどめるしかないかと」

「そっか」

 

 横に積み上げられた技術書の山。それはシュテルがどれほどレストアに力を入れているのかを静かに語る。一応ほかにデバイス整備スタッフの何人かが面倒を見てくれているが、驚異的な速度で知識を吸収して多くの作業をほとんど一人で行っていた。尋常じゃない熱意だ。

 

「そういうところってホントお前の母親そっくりだよなー」

「母さんですか?」

「うん。お前の母親もお前に負けないぐらいすごい機械弄りが好きだったよ」

 

 母のことが出てわずかにシュテルの手が緩む。それを見てロッテはしまったと思った。

 無理もない、数か月前に亡くなったばかりの存在であり、そして親子というには少々複雑すぎる悲しい関係。シュテルの母親がシュテル自身に何をしたのかは財団に入る前にすべて告げた。けど全部伝え終わった後、目の前の少女の顔に浮かんだのは怒りでも嘆きでも悲しみでもなく、理解と納得の色。あまりにも割り切れすぎると感じた。

 この少女は感情よりも理性、理屈を優先して動きたがる。けど最近気づいた。彼女はそう振舞っているだけだ。まるで自分の中の激情を無理やり納得で抑えようとしているかのように。

 

「母さんは…」

「ん?」

「母さんはどんな人だったんですか?」

 

 ロッテの心の内なんて気にも留めづにピンセットを持ち変えつつシュテルは聞いてきた。

 

「実はあんまり母さんのことをよく知らないんですよ。私の目からはいつも一側面しか見えないので」

「優しいやつだったんだよ。優しくて愛情も深くて親馬鹿で…」

「まあそうでしょうね。でなきゃ私は今ここに居ませんから」

 

 人の心の奥底に触れるような話題でも手を動かす速度は一切落とさない。

 

「服のセンスはかなりひどくて」

「あれって昔からだったんですか…」

「あとはそうだなー、大魔導師にして最後の魔導師だなんて御大層な呼ばれ方してたけど戦闘のセンスはからっきしだったかなぁ?魔法のセンスは本当にずば抜けてたんだけど身体を動かすのはかなり苦手だった」

「ロッテは母さんのことも教導してたんですか?」

「そうだぞー。って言ってもアイツすぐに研究職に転向したんだけどな」

 

 そこまで言って、ロッテは一度口を止める。どうしても聞きたいことがあったのだ。

 

「シュテル、お前は辛くないのか?母親が死んで、闇の書なんか背負わされて独りになって。本当はあたしなんかにそんなこと言う権利なんてないけどさ…普通はもっとこう絶望したりわめいたりとかするもんだろ?」

 

 その疑問に、しかしシュテルはこともなげに答える。

 

「母さんのことはいろいろと後悔はありますよ。もっといろいろお話できればよかったとか、もっと素直に自分の想いをぶつければよかったとか。闇の書はまあ…いろいろ恨み節はありますけど。それでも、私は独りじゃないんです」

 

「あの日響と未来が繋いでくれた手のぬくもりはいつまでも私の中にあって、だから私は今も笑っていられるんです」

 

 言い終わるや否や、シュテルはまた作業に集中した。今度はおそらく何言っても聞こえないだろう。

 

 弱さはある。翳りもある。だけど彼女はそれに負けないように精一杯突き進もうとする。その姿は600年前のあの日、闇の書の暴走を止めるために残ったある少女の背中と重なる。

 

「なあ()()…お前はあたしらのこと恨んでるのかな…?」

 

 もう二度と返事を聞くことができない問いかけは虚空へと消える。ロッテは少しだけ頭を搔きながらため息をつき、そして踵を返した。

 

 

────恨んでなんかないよ。むしろみんなを護ってくれた()()()()()()()には感謝してる。ありがとう。

 

「ッ!?」

 

 思わず振り返るが声のした方向にはシュテルしか居ない。そしてシュテルは未だにデバイスと格闘戦を繰り広げてなにも気づいていない。

 幻聴か、それとも────。

 

 しばしシュテルの小さな背中を見つめた後、ロッテは今度こそ部屋から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと…できた…」

 

 どれほど時間が経ったのだろうか。ついにシュテルはデバイスのレストアを完了させた。背もたれに思いっきり寄り掛かりながら出来上がった二基を光にかざしてみる。内部に手が出せなかった大きな亀裂が入っているものの、外は大まかに本来の形を取り戻した。ためしに起動させてみれば動作も正常。目覚ましやテレビ、体調管理装置などの機能も特に問題は見当たらない。

 

 軽くガッツポーズしつつ椅子から立ち上がった。定期的に椅子を離れて体操などをやっているが、長時間座りっぱなりのせいで身体の関節のあちこちが悲鳴を上げている。でもそんなものもこの喜びを前にすれば取るに足らない些細なこと。ここまでたどり着くにはいろんな人の助けがあった。リーゼ姉妹は無論のこと、技術部の人たちの中にもお世話になった方がたくさんいる。今シュテルの机の前に置かれた差し入れの多くは彼らによるものだ。感謝してもしきれない。

 

「あとはこれを郵送すれば…ってあれ?」

 

 喜びの絶頂に居たシュテルだが、ふとあることに気づく。そもそも何のためにデバイスをレストアしたんだっけ…?

 過去の記憶をたどって思い返す。いつも見守っていられるような、辛いときに励ませられるような、そして自分の想いを伝えられるような何かのために、手段としてのデバイス。

 

「あっ…」

 

 レストアすることに夢中になり過ぎてすっかり忘れてしまったがそもそも当初はこれが目的だ。ようやく難関を越えてゴールが目の前だと思ったのにゴールポストが猛ダッシュで逃げていくのを目撃した気分になって思わず頭を抱える。

 ガワは完成したのに肝心な込める想いのことまるで考えてなかった。カレンダー見れば誕生日まであと一週間。速達郵送することを考えると本気で時間がない。

 

「一体どうすれば…」

 

 シュテルは途方に暮れた。

 

 

 

 

 

 

 悩んでも悩んでも思い浮かばないって言うんで、シュテルはインスピレーションを求めて街へと出かけた。気分は締め切り間際の小説作家、徹夜明けの死んだ目つきで午前の街をふらつく。今日は珍しくリーゼ姉妹の二人が居なくシュテル一人だが、戦闘力的にはすでに姉妹からある程度お墨付きをもらっている。

 

 ちなみにリーゼたちは今頃ドイツで調査活動だそうで、なんでも最近になってドイツ国内の錬金術師組織の活動が活発化してきているらしい。以前までは秘密裏にしか使っていなかった人造のノイズ、アルカノイズの大量生産手法まで確立したそうな。確かヴリル協会だったか、旧ナチスドイツを母体とする秘密結社とかまるでB級映画のようだといつも思うが。

 とはいえ、そのせいで現時点での財団最高戦力であるグレアムたちはあっちこっちへと飛び回る毎日。もうすでに70を超えるご老体だろうに無茶をするものだ。

 

 そんなことを考えながらシュテルはショッピングモールへと入っていった。技術部の人たちへのお菓子のお返しとかもあるが、割と最近の電子機器事情にも興味がある。ずっと訓練付けの日々だったものだから、思えばこうして買い物に出かけるのは闇の書の主となって以来かもしれない。

 そうやってやってきたのが家電販売店。通販も悪いわけではないが、やはりこうして目の前で違いを比べられるのは素晴らしい。ちなみにシュテルは自他ともに認めるスペック至上主義者である。

 

 店の中をぶらぶらしながら回っていくうちにテレビコーナーに辿り着く。液晶テレビが今はまだ主流だが、最近空間投影型ディスプレイの攻勢も著しい。世間様ではちょっと見づらいだのといったネガティブ意見が出回ることもあるが、財団ではそもそも初めから空間投影なので慣れたものである。

 もう少しよく画質の良さを観察しようとテレビ画面を見ると、どうやら海外の音楽特集をやっていたようだ。

 

「あっ…」

 

 映し出されていたのは東洋の、それも日本で最近話題沸騰中の二人組のアーディストグループ、ツヴァイウィング。まだ中学生でデビューしたてのせいなのか、全然ステージに慣れていないようで緊張で動きが少しぎこちない。

 

 だけど、シュテルの心を捉えてやまなかったのはそこじゃなかった。

 彼女たちの歌声が、歌がシュテルの心へと響いてくる。力強く、その熱が画面越しに伝わってくる。

 遠い異国の地にて、シュテルは比翼の翼を幻視した。

 

 

 

 走る。ただひたすら走る。この胸の高鳴りが醒めてしまう前に急いで戻らなければ。

 知らなかった、歌がこんなにも力強いものだったなんて。思いもよらなかった、歌はこうもストレートに想いを伝えられるなんて。

 

 レイジングハートと共に修復したデバイスのことを思い出す。

 

 “S2U”

 

 その名前に込められた意味とは、

 

 

────Song To You(歌をあなたに)

 

 

 何を伝えたいのかはもう決まっている。だから一刻も早くこの胸の衝動を伝えたい。

 ああ、もどかしい。どうして自分の足はもっと速く走れないのだろうか──

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、響!シュテルちゃんからの郵便が来てるぞ!」

「えっ!?嘘!?お父さんほんと!?」

「嘘なもんか。ほらこれ、国際郵便だぞ」

「わぁ…」

 

 父親の声に響は思わずソファーから跳ね起きる。数か月もずっと連絡がなかった親友からの贈り物。気にならない訳がない。

 でも開けようと逸る手を一旦止め、急いで未来の家へと向かおうとする。シュテるんのことだ、響一人にだけ贈るなんて絶対にありえない。なら開けるときは二人一緒だ。

 

「ひゃっ!?」

「あれ!?未来!?」

 

 しかし家の玄関を開けようとしたところで目の前に未来が居た。どうやら走ってきたのか、少し肩の息が上がってる。

 

「あ、あのねあのね!シュテルからね!郵便が届いて!」

 

 どうやら未来も思っていることは同じだったらしい。とりあえず二人で玄関にたむろしているのもなんかだったので響の部屋に上がって二人で一緒に開封する。

 

「なんだろこれ?ビー玉?」

「私のはカードだ…」

 

 しかしふたを開ければちょっとよくわからない物体が中に入っていただけ。意図がわからず首をかしげながらあれこれ弄っていると、突然ウィンドが投影された。

 

「メッセージが一件あります?」

「とりあえず見ちゃおっか」

 

 二人で確認ボタンをタップした時、中から一つの歌が聞こえてくる。

 一度も聞いたことがない童謡のようなメロディーが二人の居る部屋に流れた。だけどそれは間違いなく普段は恥ずかしがってあまり歌ってくれなかった親友の歌声、その想い。

 

「そっか…シュテルは元気にやってるんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

make a little wish  転んだり 迷ったりするけれど

あなたがいてくれるから  私は笑顔でいます  元気です

 

make a little wish 小さくても 出来ることがないかな

あなたがいてくれるから 私は笑顔でいます 元気です

 

make a little wish 雨の日も 眠れない夜明けにも

あなたがいてくれたから とびきり笑顔でいたの こんな風に

 

離れて生きる時も 信じるものがあるから

ねえ こころはいつも きっときっとひとつだね

 

 

 

make a little wish 転んだり 迷ったりするけれど

あなたがいてくれるから 私は笑顔でいます 元気です────

 

 

 

*1
魔力を拳に集中させた打撃技。リリカルなのはVividにおいて高町ヴィヴィオが愛用している

*2
すでに滅んだ文明からの発見、古代遺跡からの発掘。正しく扱う技術が確立されていない莫大な力や、それを発生させる手がかりとなる技術や知識、物品。そういった危険な遺産の総称

*3
魔法少女リリカルなのはStrikersに登場する自律行動型機械兵器

*4
リリカルなのは一期に登場する無人兵器。プレシア・テスタロッサの拠点である時の庭園にてなのはたちを迎え撃った。

*5
マンガ魔法戦記リリカルなのはForce初出。魔導師支援の武装端末であり、性能を拡張したデバイスの一種と言えなくもない。めっちゃごっつくてかっこいい。映画魔法少女リリカルなのはReflectionおよびDetonationにでも再登場を果たす。

*6
リリカルなのはシリーズ、そしてさらに原点であるリリカルおもちゃ箱にも登場する少年、クロノ・ハラオウン、もしくはクロノ・ハーヴェイのデバイス。一部のファンにとっては非常に思い入れの深い存在でもある。




なのは無印のEDであるLittle Wish〜lyrical step〜は名曲
ぜひ一度聞いてみてください


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Episode06 災厄の種

次は早くなるかもって言っておきながら一ヵ月近く待ちぼうけをさせた極悪人がいるらしい…
ホント大変お待たせいたしました。キャロルCカップとかゴジラコラボとかにうつつを抜かしちゃったせいじゃないですかね…
なお、今回はお前これがやりたかっただけだろ展開が複数含まれていますがご了承ください。
ただ書いていて自分でも結構くどいと思ってたのでアドバイスとか頂けるとありがたいです。
感想をもらえると悦びます。

忘れた方向けに前回までの流れを三行で書くと
二課「なんかシュテるんちょっと危ないもの持ってない?」
クリスちゃんがなんかいろいろメチャメチャ頑張ってビッキーお持ち帰り
シュテるん「これより二課にスネーク開始のお時間」
そんなわけですが第6話でございます。
※本作のなのはさんの設定はかなり改変されています。
393誕生日記念の後編は前編と統合しました。


『私はフィーネさんが何を抱えているのか全然知らない…でも、だからってなにもわからないまま戦いたくないんです!』

 

『フィーネさんは話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言うけど…だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとあるんです!だから、何もわからないままぶつかり合うのは…私、嫌だッ!』

 

これは遠い昔の記憶

 

『今のもしかして…!フィーネさんが助けてくれたんですか!?』

 

『フィーネさん!背中は任せます!』

 

ガラでもないことをした自覚はある

 

『えっと…同じ次元漂流者で同じ地球出身のよしみですし仲良くしたいかなぁ、なんて。ダメ…ですか…?』

 

『それに、フィーネさんは時々すごく悲しそうな目をするから、放っておけないんです』

 

別に計画をやめたわけではない

 

『へぇ、ここがフィーネさんの新しい家かぁ…周りの景色もいいし住み心地よさそうですね。あっ、お引越し祝いででお菓子も作ってきたんです、よかったらどうぞ!こう見えても実家は喫茶店やってまして私も小さい頃からちょくちょくお手伝いしてたんですよ?』

 

『これだけの資料を一晩で全部集めたんですか!?フィーネさんすごい!すごいですよ!?』

 

今できずとも未来でまた再起すればいい

 

『ごめんね…フィーネさん…ちょっとドジっちゃった…。リハビリ頑張るけど、お医者さんが言うにはもしかしたら空飛べなくなるだけじゃなくて、二度と普通に歩けなくなるかもなんだって…』

 

『私が不注意で怪我したせいでみんなに心配と迷惑いっぱい掛けちゃって…ごめんなさい…』

 

時間は無限にあるのだ

 

『にゃはは…私は、次元遭難でここにやってくる前、魔法と出逢う前は何の特技も取り柄もなくて…毎日将来なにをしたいのかとかそういうビジョンがあまり浮かばなくて…』

 

『だからそういうちゃんとした目標を持ってるフィーネさんのことが少し眩しくて、羨ましかったんだ…』

 

ゆえに(過去)をやり過ごそうとして

 

『なんでも私は次元遭難者の中でも珍しい時間転移型だそうで、ジュエルシードっていうロストロギアの暴走に巻き込まれて気付いたらこんな昔に飛ばされて』

 

『本当はお父さんやお母さん、お兄ちゃんお姉ちゃんにアリサちゃんとすずかちゃん、みんなにもう一度逢いたいってずっと思ってて…』

 

『だけどフィーネさんとぶつかって、みんなと出逢ってからは大分辛くなくなって…今はこうして前を向いてまっすぐ生きていこうって思えるようになったんです』

 

諦めたフリをしただけで

 

『うーん…フィーネさんの言う施された呪いから人々を解き放つってのがいまいちよくわからないけど…それがフィーネさんにとって本当にやりたいことなら応援したいかな?だけど、もしフィーネさんがどこかで後悔するようなことだったら…』

 

『────その時は私がフィーネさんのこと絶対に止めに行きます。いつだって、どんなときだって。約束です』

 

『まあ、その前にリハビリ頑張らないとだけど…にゃはは…』

 

────気づけばその小娘の隣を10年歩いていた

 

 

『そんな…!?分離した闇の書の防衛プログラムが復活して暴走…!?』

 

されど、夢の終わりは唐突に訪れ

 

『フィーネさんは一度下がって!その傷じゃあしばらくは戦えないよ!』

 

神代の時代からいつだってそう、終わりを告げるのは理不尽な現実

 

『……私が行きます。今この中でまともに飛べるのは私だけだから』

 

その姿に自分がなにを叫んだのか覚えていない。だが、その背中だけは脳裏に焼き付く

 

 

『だからフィーネさん、みんなのことお願いします。私はちょっとアレを止めてきますね』

 

 

 

 

 

「そしてお前は帰ってこなかったな…()()

 

 遠い過去の追憶から醒めたフィーネは気だるげに呟いた。

 

 

 

 

 まだ少し眠たげな頭を振りながら、櫻井了子=フィーネは時計を見る。深夜2時半、どうやら作業の途中で寝落ちしてしまったらしい。無理もない。

 近頃はデュランダル移送失敗に伴って再度二課での保管に関する手続き、そして為政者どもに対しての二課の設備防衛機構に関するプレゼン資料作成などで碌に睡眠時間を取れていなかった。せっかく子飼いのクリスが融合症例第一号(立花響)を攫うことに成功するも見に行く時間がない始末。どこかで長期休暇でも取りたいものだ。

 長時間座った姿勢で凝り固まった関節をほぐしながらコーヒーを一杯淹れ、啜ったあとに溜息を吐く。随分長いこと見ていなかった昔の夢、スクライアから取り寄せた調査報告書なんかを見たせいだろう。置き去りにしてきた過去がいまさらのようにフィーネの前に現れる。

 

 海鳴市遺跡調査事故。

 26年前の海鳴市の遺跡で調査中だった発掘隊を襲った謎の火災事故。遺跡内部に潜っていたグランツ高町以下十数名は全員死亡、司法解剖で判明した死因は閉鎖空間内での爆発による酸欠、窒息死。だが事故後に何度調査しても遺跡内部に火災や爆発の可能性があった物質は見当たらず、一般には事件は迷宮入りとなり。調査隊の壊滅という手痛い被害を出しながらも、最終的に遺跡内に保管されていたある物品をスクライアが回収したことで事件は一応収束する。けど、その物品こそが問題だった。

 

 名は闇の欠片──マテリアル。600年前の闇の書暴走の際に切り離された闇の書の一部ともいえる存在。闇の書に元々搭載されていた守護騎士と同様に人格を持ち、魔法生命体としての肉体を持つ。しかし正規のシステムである守護騎士や管制人格とは違い、マテリアルは暴走した闇の書の防衛機構が独自に作り上げたバックアップユニット。そのため、過去に闇の書が蒐集した人物をベースに構築される。

 

 そう、マテリアルの中には闇の書の暴走を止めた小娘、高町なのはをベースにしたものも含まれていたのだ。

 

 見知った顔が聞き慣れた声でさえずる中身のない言葉は聞くに堪えず、フィーネは生まれては暴走するマテリアルを見つけては塵一つ残さず殲滅した。

 そしてここまではフィーネの記憶にあることであり、その先に何があったのかは知らない。

 

 スクライアの報告書によれば海鳴市遺跡にて発見されたマテリアルは討ち漏らした個体だったという。しかし600年という年月は魔法生命体にとっても永く、()()は経年劣化によって破損して機能を停止していた。そこにスクライアの調査隊が遺跡発掘のために訪れた際、隊員の魔力に反応して一部の機能が活性化した末に発火。閉鎖空間での酸素が一瞬で奪われ、調査隊が何か行動をする前に皆意識を失ってしまう。結果としてあのような大惨事となったわけだ。

 

 だが報告書はそこで終わっている。なぜマテリアル断片が今の闇の書の主であるアレ(シュテル)に宿っており、さらにフィーネの知る小娘と似ているのかは依然と謎のまま。一つ確かに言えるのは今の主であるアレは人として真っ当な産まれではないということだけ。

 

「関係ない…」

 

 どのみち過去は所詮過去。どれほど立ち塞がろうがフィーネの歩んできた歴史の1ページにしか過ぎない。かつて自分を止めて見せるなどと豪言した小娘ももうこの世に居らず、約束とやらも結局は果たせず終いだ。

 それでも、過去とはフィーネにとっては原動力。時間の積み重ねこそがフィーネを突き動かす。

 ゆえにフィーネにはもはや止まることは許されない。何があろうとも必ず事を成し遂げて見せると決めた。闇の書も、バラルの呪詛も、すべて終わらせて見せる。

 

 

 そうすることでしかフィーネは贖罪することができないのだから────

 

 

 

 

 

 

《現在標高マイナス400m、なおも降下中》

「…ッ!?なんなんですかこれは…」

 

 エレベーターのガラス越しに見える光景にシュテルはただひたすら圧倒される。眼前に広がる巨大なシャフト空間、下を見下ろすがなおも見えない底の底。リディアン音楽院の地下深くにこのような大それた施設が建設されているとは予想だにしていなかった。

 

 

 一体全体どうしてこうなったのか、それはすこし遡らなければならない。

 デュランダル護送を巡る戦いにて、サーチャー(索敵端末)によって収集された護送車たちの出現した方位や通信の傍受、ノイズに襲われるも脱出に成功した黒服たちの帰投方向からシュテルの目的としていた組織の所在はおおよそにしてリディアン音楽院の近くだと割り出せた。しかし決め手となったのは風鳴翼の存在だ。

 

 実のところシュテルは今の今までずっと間風鳴翼というのは芸名だと思っていた。実際、有名人が本名ではなく芸名を使う割合は半々を越えているというし、翼本人がまだ学生なのでプライバシー保護の観点からもその方が可能性が高いからだろうと。だから政府のホームページにも載っているような要職である内閣情報官や対外政策管理官などに風鳴という苗字を多数見かけたときも何も思わなかった。

 だがその()()翼が日本国政府の重要機密であるシンフォギア装者だったとなれば前提が覆る。政府中枢に居る風鳴一族とやらに連なる存在である可能性が大きい。そうやって翼について調べ直していくと、やがていくつもの不審点が見つかってくる。

 彼女の属する芸能事務所「小滝興産」。その代表を務めているはずの那須英嗣なる人物は実在せず、あまつさえ小滝興産という会社自体が活動実績が存在しないダミーカンパニー。リディアン音楽院とてそうだ。現校長であるはずの有間悠穂もまた架空の存在でしかなく、そのくせしてリディアン自体に()()()政財界から多額の寄付金が寄せられているという。

 

 黒黒真っ黒、言い逃れなんてできやしない。そうとわかれば侵入して調べるまで。もっとも、地上にある学園内からは当然物理的にネットワーク回線が繋がっておらず、どうにか見つけたエレベーターの回線からもろくな情報を吸えなかったからこうして本丸に忍び込むハメになっているわけだ。

 地下がこうなっているのはさすがに予想外だったが…

 

「……まったくとんでもですよここは」

 

 きっと初めて都会で高層ビルを見た田舎者もこんな気分なのだろうとシュテルはどこか場違いな感想を抱く。

 聖遺物は人知の及ばないものが多いが、目の前のものだってそれに微塵たりとも負けていない。いや、もしかしたらこの建造物自体がなにか特殊な役割を持っているのではないかとすら思う。現に視界一杯に広がるシャフト空間の壁にはまるで宗教の壁画のような模様が刻まれており、ここがどこかの古代遺跡の中だと言われても信じてしまえそうではある。

 

「非常識には非常識を、ということですか」

《どうしますか?撤退しますか?》

「いえ、ここまで来たのですからもう少し情報を集めましょう」

 

 二課という組織への評価を大幅に上方修正せざるを得ない状態に陥ったのは確かだが、だからといって手ぶらで帰るわけにもいかない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、今後のことを考えるとせめて内部構造図とデュランダルの保管位置ぐらいは掴んでおきたいところ。

 そうやって腹を括ったのとほぼ同じタイミングでエレベーターも減速を始める。いよいよだ。

 

《現在標高マイナス600m、まもなく最下層に到着します》

「いざ、参りましょう…」

 

 開かれた扉の向こうにシュテルは脚を踏みいれた。

 

 

 

 

 狙って深夜に潜入したとはいえ、施設内の人員は少なすぎるように思える。少なくとも先ほどまでエレベーターの中から見せつけられた光景と見かけた警備員の数はあまり釣り合っていない気がする。自動化による省人化が進んだのか、はたまた何かしらの任務で出払っているだけなのか。

 まあどちらにしろ侵入する側からすればこの上なくありがたいことではあるのだが…

 

 おそらく非常時にはシェルターとして機能するように作られているであろう広い通路をシュテルは慎重ながらも堂々と歩く。防犯カメラにとらえられている様子はない。

 それもそのはず、今のシュテルは光学迷彩魔法・ミラージュハイド*1によって姿を消しているのだから。術者の身体表面に展開した光学魔法結界のおかげで激しく動いたりさえしなければ完全な透明人間と化す。

 魔導師の持つ汎用性というのはこういう場面でこそ光るものだ。

 

 とはいえ、なにも目的なしに観光しているわけではない。二課に忍び込んだのは外部と物理的隔離されたネットワーク回線を内部から覗き見るためであり、内部回線にさえ侵入できてしまえばあとはルシフェリオンの演算性能でゴリ押しするだけ。つまりその侵入の糸口となるコネクターを見つければいい。

 

(あれなんていい感じですね)

 

 見つけたのは自販機とソファーが置かれた休憩スペース。その足元にあるコンセントコネクターはまさにハッキングには打ってつけの入り口である。一応周囲を確認した後にシュテルは膝立ちでコンセントにケーブルを差してルシフェリオンと接続、ハッキングを開始した。

 

 やはりこれほど大掛かりな組織なだけにセキュリティも今までのものとは比べ物にならないほど固いようだが、そこはデバイスの演算能力の暴力によってどうにかこじ開ける。時間はかかっているものの、施設構造をはじめとしていくつかの情報がゆっくりと手元に蓄積されていく。

 しかしそれとは裏腹にルシフェリオンによって表示されたコードの羅列はシュテルの眉を徐々にハの字へと変えた。否定したくも嫌な予感が止まらない。知っているのだ、そのプログラム言語を。

 

(これ…管理局規格とあまりにも似すぎている…)

 

 時空管理局。すでに消滅した、財団内部の人間しか知らないはずの組織。そこで使われていた代物が今シュテルの目の前に現れていた。

 かつて管理局が統べていた世界には二つの体系の魔法文明*2が存在していた。ミッドチルダ文明とベルカ文明*3、管理局で使われていたモノの規格は丁度その二つの文明が混ざり合って共存していたころのもの。異なる文化圏のシステムを円環に運用できるような作りとなっているだけに、普通に運用していれば余計になる非効率的な部分も存在する。つまり偶然この言語を産み出してしまった可能性は皆無。

 

 そしてシュテルの知る限り今現在管理局規格のコードを使い続けている組織はただ一つ、管理局を母体とし、管理局の遺産を受け継いだスクライア財団しかない。だが財団の方針では管理局の遺産は外部に持ち出さないことになっている。外の正常な技術ツリーの発展に深刻な汚染を与えてしまう問題もあるし、何より自分の持つアドバンテージをみすみす捨てたいとも思わないだろう。

 少なくとも財団のトップだったグレアムよりそのことを聞かされていた。

 

 ならば今目の前にあるものは一体なんだ…?

 

 よく見れば財団が現用しているものとは少し異なっているし、演算機器の性能に合わせて若干ダウングレードが為されているのも見て取れる。だがこのソースコードは明らかに使い慣れた人物が書いたモノ。

 二課に侵入開始してからすべてがうまく順調に進んでいるはずなのに冷や汗が止まらない。気づけば喉がカラカラに渇いていた。見えないところでなにかが蠢いて絡みつくような感覚に襲われる。意識のすべてが目の前の文字列にくぎ付けになってやまない。

 それがよくなかったのだろう。だからこそ、

 

 

「少し話をお聞かせ頂けませんか?」

「──ッ!?」

 

 いつの間にか背後に居た優男より突然言葉を掛けられたことに心臓が止まりそうになった。

 

 一瞬停止したものの、シュテルはすぐさま思考は張り巡らす。周囲には目の前の黒いスーツを着た褐色の髪の男以外の存在はなし、そして先ほどの作業でデュランダルのおおよその保管場所についてのデータも取得がギリギリ間に合っている。

 となれば行動は即座。

 

「カットリッジロード」

 

 カートリッジから解放された魔力を感じ取ったのか臨戦態勢となった男に、シュテルは躊躇なく魔法をぶつけた。

 

《アイゼンゲホイル*4

 

 炸裂、そして閃光と共に爆音が響く。攻撃力は皆無だが元々目くらまし用の魔法、これでしばらくは相手も目と耳が使えまい。すかさずシュテルは次の一手を打つ。通路に蔓延する爆煙から飛び出る人影、振り返らず一目散に逃げる。

 

 幻術魔法フェイク・シルエット*5、幻術魔法オプティックハイド*6

 先ほどの人影は魔法で作り上げた幻影、それと同時に光学迷彩を再度展開してシュテルは幻影とは反対側に走りだす。少なくとも大抵の相手であればこのコンボで捲けるはずだ。あとは先ほど調べ上げた施設内のMAPに従って別ルートでデュランダルの保管場所へと向かえばいい。

 

 背後から銃声、だが振り返らない。この煙幕の中で当てずっぽうで撃たれたところで当たる可能性は皆無であるし、よしんば当たったところでバリアジャケットに阻まれるので意味はない。

 そうやって男から離れようとして、

 

「なっ…!?」

 

 しかし全身が動かなかった。

 

【影縫い】

 

「いきなりのことで少々びっくりしましたが、これで少しは話ができそうですね──高町シュテルさん?」

 

 男は煙の中から何事もなかったかのように微笑みながらゆっくりと出てきた。

 

 

 

「…」

 

 名前を呼ばれても驚きはあまりない。デュランダル争奪戦の時に気絶して顔を晒す羽目になったのだからいずれこうなるのはわかっていた。思うことがないわけではないが、今戦場に立っている以上感傷は余計なものでしかない。

 そうやって表情一つ変えずに見つめるシュテルに、目の前の男は少し困ったように笑う。

 

「そういえばまだ名乗っていませんでした。僕は「緒川慎次、風鳴翼のプロデューサーの方。であっていますか?」…よくご存じですね」

「インタビューやラジオで翼は何度かあなたのことを話題にしていたので…」

「それは、ちょっと気恥ずかしいです」

 

 若干照れ臭そうにする緒川だが、そこに果たして本音が何パーセント含まれているのかシュテルにはわからない。

 先ほどのことを思い返す。シュテルは呼び止められるまでは潜伏魔法を一切途切らせていなかった。なのに彼はシュテルの魔法を見破った。曲がりなりにも財団の開発したセンサーすら誤魔化せる魔法だというのに。

 見たところ魔導師でもなければ、錬金術師特有の魔力の残滓も感じないが、それが逆に得体が知れない。聖遺物を管理する組織、ならばそこにいる人員もそれに見合った化け物揃いだったということか。

 

「それで、話とは?」

「ああ、そうでした。もちろんお分かりだと思いますが闇の書についてです」

 

 予想は半分当たって半分外れ。闇の書について聞かれるのは予期できていたが、闇の書の名前を知っているとなると裏で財団が情報を回したことになる。これはかなり想定外、先ほどのシュテルが抱いた懸念と若干結びつく。

 

「シュテルさんは闇の書がどういうものかというのはご存知ですよね?」

「ええ、おそらくあなた方よりは多く知っているつもりです」

「響さんはあなたは破壊や力を求めるようなことは絶対にしないと僕たちに啖呵を切っていました。僕個人としてもその言葉を信じたいと思っています。ですがモノがモノなので見過ごすこともできません」

「つまり大人しく捕まれと?」

「そうではなく、もしシュテルさんがそれの完成を目指すのが肉体が闇の書に侵食されているからだというなら、僕たちはできる限りのことを尽くしてシュテルさんのことを助けます」

 

 その目に汚れた大人特有の欲望は一片も見られない。きっと彼は本気でそう思い、自分の信念に沿って動ける本当の意味で大人というべき存在だろう。だが今のシュテルはそれを信じきれない。緒川に決して落ち度があったわけではなく、完全にシュテル側の問題だ。

 わずかに後ろめたさを感じながらシュテルは視線を落とす。

 

「…私がこれからやろうとすることを響が知ればきっと怒るでしょう。許してくれないだろうし絶対悲しむ。ですが私はあなた方の手を取れません」

「闇の書が危険なものだとわかっていての答えですか?」

「だからこそです…」

 

 拒絶と同時にそれはシュテルの決意。

 

「危険だからこそ私がやらなければならないんです」

 

 闇の書の暴走は主の死によって先送りにできる、財団ですらずっとそう思ってきた。でも違った。

 

 グレアムの元で判明した新たな事実。()()()()6()6()6()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 主が死んで闇の書が次の主を求めて転生するために、666ページの魔力すべてを消費しつくすのが本来のシステムだ。だというのにシュテルの手元にやってきた闇の書は初めからページがまっさらな状態にもかかわらず、すでに膨大な魔力を内包していた*7。精密解析の結果、闇の書内部には蒐集活動を行わなくても歴代主から搾取し続けてきた蓄積魔力が別枠で存在している*8ことが発覚する。さらにそれが上限に達した時、ページが白紙であっても完成と見なされてしまう可能性があるという。このままだとあと数回転生を行えば飽和してしまうだろう。

 現在財団で魔導師と言える存在はシュテルただ一人、事実上最後の魔導師になってしまった。

 もし今シュテルが先送りを決めれば未来で闇の書が暴走に至ったとき、完全に手の打ち様がなくなる。シュテル居なくなったあとの響と未来が生きる世界は理不尽によって奪われてしまう。絶対に認めない。

 

 だから、これはシュテルがやらなければならないことだ。グレアムと、母さんと記憶の中の少女(高町なのは)から託された使命。

 

「どうしても、という言葉は野暮のようですね」

「すみません」

 

 意思を変えそうにないシュテルに緒川は少し困ったように苦笑する。彼から見ればシュテルは駄々っ子のように見えるかもしれない。だがすぐさま真剣な表情に戻した。

 

「シュテルさんのことは少しだけわかりました。ですが」

「ですが?」

 

 拘束より抜け出そうと時間稼ぎにシュテルは聞き返す。原理は不明だが拘束のトリガーになっているのはシュテルの足元より伸びる影に撃ち込まれた銃弾だ。もう少しだけ時間を稼げればこの拘束から抜け出せるはず。

 

 

「その選択は本当にシュテルさん自身が望んで選んだものですか?ほかの誰かに対する負い目から来るものではなく?例えばシュテルさんのお母様や高町()()()さんとか」

「────────ッ」

 

 ()()の名前を聞いたとき、シュテルの思考はハンマーに叩かれたかのように空白が訪れる。

 

 しかし、思考が次につながるよりも先に施設に爆発のような衝撃が襲った。

 

 

 

「今のは一体…?」

「──ッ!!バリアジャッケット!パージブラストッ!!!*9

 

 二課の施設を襲ったこの現象はどうやら両者にとって共に想定外の事態だったらしい。だが同時にシュテルにとっては千載一遇のチャンス。

 魔力の塊ともいえるバリアジャケットがバージされ、それに伴ってジャケットを構成していた高密度圧縮魔力が周囲へと爆発のように解き放たれる。すかさず足元へと射撃魔法を叩きこんで弾丸を破壊。

 

「生憎ですが今日のところはこれにてお暇させていただきますッ!響にはごめんなさいとでも伝えておいてくださいッ!」

「ま、待ってください!響さんは…ッ!」

 

《フラッシュムーブ》

 

 緒川が何かを言っていたようだが、その前に高速移動魔法を発動して背後にあるエレベーターゲートを頭から突き破る。一応の目標は達成している以上ここが引き際だ。

 

 シュテルの知らない響のことを知っていたであろう男の姿はすでに声も届かないほど遠くに消えた。

 

 

 

 

 

 

「先ほどシュテルさんと遭遇したんですが取り逃がしました。申し訳ありません」

『ッ、響くんの捜索で手薄になったところを狙われたということか…』

「いえ、おそらくですがシュテルさんは響さんについてはなにも関与していません。ただの偶然だと思います」

 

 吹き飛ばされたエレベーターゲートの向こう側を見つめながら緒川は弦十郎にそう報告する。つい今しがた退散したあの少女はたぶんあまり腹芸に向いてないだろう。響の言う通り、根がまっすぐすぎるのだ。なにもかもを一人で抱え込もうとして、そして抱え過ぎた想いに押しつぶされそうになっている。まるで奏を喪ったあとの翼のように。

 本来そんな彼女たちを助けてあげるべきなのが大人の責務だというのに、今の自分たちにはそこまでの力がない。

 

(ままなりませんね…)

 

 とはいえ悩んでいる場合でもない。響の捜索活動や誘拐に協力したと思われる内通者のあぶり出しなど、目下処理になくてはならない案件がまだ山ほどある。あの少女の目的とするものがこの二課にあるというのならいずれまたどこかで道は交差するだろう。

 

『いずれにせよ彼女の追跡も響くんの捜索ついでに行なおう。それと、さっきの爆発の件だが…』

 

 弦十郎の言葉に緒川の思考は即座に切り替わる。

 

『どうにも防衛機構の不具合によるものらしい』

「らしい、というのは…」

『わからん。今了子君が直接出向いて修復作業に入っているから詳細は事後報告になるだろうな』

 

 防衛機構と聞いて緒川はわずかに眉を顰める。この施設の建設時に大がかりな防衛機構の導入も織り込まれており、そしてそれは了子肝いりだ。シンフォギアや櫻井理論を産み出した彼女が天才なのは疑いようもないことだが、だからこそ少し不可解。しかし緒川自身は専門家ではない以上、餅は餅屋、米は米屋。

 

「わかりました。それでは僕はこれから調査報告書を司令に渡したあとに響さん捜索に加わります」

『ああ、頼む』

 

 それっきり通信は終わり、緒川もキビ返して次の職務へを向かう。

 懸念事項は無数にあるが、まずは目の前のことを片づけることこそが最短の近道なのだから。

 

 

 

 

 

 

《あと150mで地上です》

 

 ルシフェリオンの報告を耳にしながらシュテルは例の巨大なシャフト空間を上昇していた。追手のようなものはいないが、できれば早めにこの施設から抜け出したい。先ほど出逢った緒川級の人間がゴロゴロいるとは思いたくないが、調子に乗ってしっぺ返しを食らうのは御免だ。

 

(こんなことなら転移系や結界系の魔法はもっときちっと練習するべきでしたね…)

 

 シュテル自身に適正があまりなかったということとはいえ、それらを覚えていればもっと楽に動けただろうにと今更のように愚痴りたくなる。闇の書の魔力を使って転移することもできるが消費があまりにも激しく、また地道に蒐集しなおさなきゃいけないからコスパは極悪。この間の転送なんかでは翼から蒐集した分がほぼ丸々消し飛んでしまった。これだけ主に対して面倒ごとを掛けているのだからせめて何かご利益がほしいものだ。

 

「まあ、それもここから出たあとに考えるとしましょう」

 

 すでに空間の天井までもう少しのところまで来ている。あとはこのシャフト空間からまたエレベーターの昇降路を伝って地表に戻ればいいだけ。ここまでくれば問題なく脱出できるだろう。

 潜入開始してから一時間程度のはずだというのにもっと長い時間が経ったような気がする。新たな情報を知るたびにまた増える謎。拠点に戻ったあとも当分は頭を悩ませるだろうなと考えながらシュテルはエレベーターの昇降路へと近づいた。

 

 

 

WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING //

 警告  防衛機構作動  警告 

WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING // WARNING //

 

 

「チッ!やはりすんなりとは返してくれませんか!」

 

 なんの前触れもなく流れるシステムアナウンスにシュテルは思わず舌打ちする。わかってはいたが二課の人間とエンカウントした時点で向こうが自分を見逃す道理はない。

 だが負ける気は皆無。緒川と対峙したときとは違い、狭い通路ではなく開けた空間だ。空中戦こそがシュテルの本領であり、飛行魔法を扱える者とそうでない相手とでは天と地の差がある。よしんば相手が人間ではなく機械だとしても、魂のない人形相手に負けるほどぬるい訓練を叩きこまれた覚えはない。

 

 シュテルが昇降路に辿り着いて外に出るのが先か、相手が自分を捉えるのが先か。

 杖を握りしめ、吶喊しようとして、

 

「えっ…?」

 

 飛行魔法がかき消された。

 

 落下しながらシュテルの脳は急速に回転し、今自分の身に起きたことに対して即座に分析を行う。闇の書による魔力過剰搾取はなし、肉体の状態は正常。つまりシュテルの不調ではなく何かしらの攻撃を受けたことになる。

 

「ディバインシューターッ!」

 

 念のために身の周辺に魔力誘導弾を展開して備えようとする。しかし、いくら術式を構築しても反応はなく、魔法は発動しない。一方でバリアジャケットは強度こそ若干下がったものの展開は維持されているし、シュテルが常時発動している肉体強化は問題なく機能している。

 

(魔法が妨害された?いや、違う。身体強化系は問題なく発動してる…つまり外部に出力が出来てないだけ。つまり体外での魔力結合が阻害される…?でもこれって…)

 

 過去の経験を動員し、やがてそこから認めがたい答えが導き出されようとしている。

 

《マスター!》

 

 ルシフェリオンの声に反応して見上げれば、上空にこの元凶と思わしき円筒状の機械たちが浮遊しているのが目に入った。その胴体中心にある黄色いカメラアイはまるでシュテルを見下ろしているかのようで。

 

「どうして…」

 

 シュテルはソレを知っていた。自分がソレの開発計画に仮想敵役として協力していたからだ。形状こそ若干の変化があるものの間違いない。だからこそこんなところにあるはずがない、あってはならないもの。

 

 

「どうしてガジェットドローンがここにあるんですか…ッ!?」

 

 疑念は一分の解釈のズレも許さず一致してしまった。

 

 

 

 

 

 ガジェットドローン、財団が錬金術師やアルカノイズに対抗して開発した自律型無人兵器。厳密には財団内部に遺された管理局時代のデータからリバースエンジニアリングしたシロモノ。そして先ほどシュテルから魔法を奪ったのはA(アンチ・)M(マギリン・)F(フィールド)*10。魔導殺しの上位フィールド魔法だ。ガジェットはその機体を中心にしてこれを発動できる。

 であるならば。

 

《AMFの範囲外に出ました》

「アクセルフィン…」

 

 フィールドの効果を受けない高度まで落下したシュテルは再度飛行魔法を発動させた。上空からガジェットどもが旋回しながらゆっくり降下してくる。まるで獲物の前で示威するかのように。

 あれの開発計画にかかわったことがあるからわかるが、生半可な攻撃ではかき消されるであろう。ましてや今のシュテルは闇の書に常時魔力を搾取されて最大魔力が減少している状態。普通に戦っても数に押されてひどく時間を浪費されてしまう。

 

 俯きながら杖を握りしめる。呪われた魔剣を抜くしかない。元はただの近接用集束魔法*11でしかなかったのに、ダインスレイブの欠片によって変質してしまったそれを。

 

「抜剣────」

 

 その言の葉と共にシュテルの身体に黒い破壊衝動が駆け巡り、同時に魔剣の呪いに呼応してシュテルの体内にあるマテリアルの断片が励起されて黒紫色の炎が噴き荒れた。

 頭に割れそうな痛みが走る。気持ち悪い。だというのに、肉体はこの上なく歓喜していた。まるでこれこそが正しき姿であるかのように。いや、違う。まるでではない、むしろこの状態こそが正しいのだ。この状態になって初めてシュテルは自分の本来の機能を取り戻したと言える。

 

 炎熱変換資質*12

 体内にあるマテリアルが元々持っていた魔力をほぼ無自覚に炎へと変えてしまう能力。対人戦においては基本的に純粋な魔力を使うためにあまり使い道がないものだが、なにかを壊すということであればこの上なく有用。

 

「…」

 

 その黒紫色の炎をシュテルは忌々し気ににらみつけた。父さんと()()()を焼き払った炎。破壊を振りまくことしかできないことを改めてシュテルに突きつけているかのようで。

 

────お前に誰かを救えるものか

 

 シュテルを呪ったとある錬金術師の少女の幻聴がこだまする。

 やがてシュテルは視線を上空のガジェットどもに向けた。魔導殺しのAMFがあったとしても、物理的な性質を付与した魔法であれば存分にその破壊力を具現させられよう。

 

 シュテルがなにをしようと気づいたのか今更のようにガジェットたちは慌てて突撃してくる。だがもう遅い。構えた杖の先には十分すぎるほどの魔力が集っていた。トリガーに掛ける指に力話入れ、

 

「ブラストファイアー…ッ!!*13

 

 機械仕掛けの人形たちは全て炎に飲まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュテルが去った後に一人の白衣を着た女性が現れ、遺されたわずかなガジェットの残骸を満足気に眺める。聖遺物同士の反発現象に関する理想的なデータを集めるができた。トラブルと称しておもちゃ(ガジェット)をぶつけてみせただけの甲斐はあったというもの。

 そしてスクライアが自分に隠れて陰でこそこそとなにをやろうとしていたこともわかった。

 

 マテリアルとは元をたどれば守護騎士や管制人格のバックアップ。つまりスクライアはマテリアルに暴走する闇の書を制御するため管制人格の代用品として期待したわけだ。制御された闇の書を手にすること、それはある意味現在のスクライアにとっても悲願。

 そして素体として選ばれたのが二課を騒がすあの魔導師の小娘、ある研究の実験個体にマテリアルの残骸を埋め込んだのだろう。フィーネの知る()()の面影があったのも当然というわけだ。埋め込まれたマテリアルも元は()()がベースだったのだから。

 

 残骸に寄り掛かりながらフィーネは記録データを表示している端末をスクロールする。目に付いたのはシュテルが手にしていたデバイス。()()が持っていた()()()()()()()()と同型機。本来であればレイジングハートに同型機など存在しないが、前回の闇の書暴走の際、マテリアルと共にフルコピーが産み落とされた。管理局ですら解析できなかった部分含めて寸分違わず。

 わずかに思案した後、フィーネは顔を上げた。ポケットの中にある石ころを指でなぞる。

 

 

 これから種を捲きに行かなくてはならない。

 願わくば実りがあらんことを。

 

 

 

 

 

 

 時計を見る、午前4時。ろくに眠れないままもうこんな時間。いつもと同じベッドで同じ布団使っているのに無性に寒い。

 とりあえず身を起こして制服に着替えて朝食の支度をする。今はなにかをやって気を紛らわしていないと耐えられそうにない。

 

「…」

 

 時計のカチカチという音だけがやけに響く。部屋はいつもよりも暗く冷たく感じるのはきっと時間帯だけのせいじゃない。ずっとそばにいてくれた温もりが今はいないせいだ。

 

「…ッ、もう行かなきゃ…」

 

 こんな部屋に居てももういない太陽のことばかり思い出して切なくなるだけ。今日は早めに学校に行こう…

 未来は虚ろな目で家をを出た。

 

 

 

 

 

 

 満天の星空の下で、シュテルはビルの屋上で座り込んでいた。直接拠点に戻れば後を辿られることもあるが、それ以上に帰りたい気分じゃない。

 

 二課への潜入、収穫はたくさんあった。いや、あり過ぎた。

 彼らが闇の書のことを知っていたことや管理局規格のプログラミング言語、そしてガジェットドローン。財団は初めから二課とグルだったわけだ。

 闇の書を手にする事は財団にとって悲願の一つ。どれほど呪われていようと魔導技術の辞典としての機能はきちっと残っている以上、失われつつある魔法技術を再度その手に取り戻すためになくてはならないピース。ガジェットにしても欧州大陸に蔓延る錬金術師たちに対抗しうる貴重な戦力として期待を掛けた代物。どれも財団の将来を担うかもしれないものたちばかりで、海を隔てた極東の島国にあるどこぞと知れない組織にホイホイ渡すようなものではない。

 きっとあるのだ、財団にそうさせたなにかがあの組織には。

 

 頭を悩ませる問題がまた増えた。財団とグルだったならシュテルの持つ手札はすべて丸裸になったも同然。これから先の行動はもっと厳しくなるだろう。せっかくそこまで来たデュランダルがさらに遠くなる。

 

「はぁ…」

 

 思わず溜息が漏れた。世の中ままならないことばかりだ。せめてグレアムが生きていれば闇の書の処理も安心して彼に任せられた。

 彼の死後、財団内部はほぼ闇の書活用派一色に染まった。派閥争いは相変わらずあれど、どれも消極的か積極的かぐらいの違いしかない。闇の書の危険性は理解できるが技術によって解決できると盲目に信じている人たちばかり。本当に闇の書を制御できるならシュテルは今頃こんな風に闇の書に侵されていないというにもかかわらず。

 

 彼らの気持ち自体は理解できる。魔導師と呼べるほどの資質を持った存在がどんどん減っていく一方で、欧州大陸では闊歩する錬金術師どもによって無辜の民が理不尽な目に遭う。それを止めたいのに力がない現実に、無力感に日々苛まれているのだ。ゆえに力を渇望する。

 だが力を求めようとするあまりにいつしかいろんなものが見えなくなっていく。なんともまあ皮肉なことか。正義を志し、誰かを護りたいとという想いは今でも本物というはずだろうに…

 

(いえ、私も彼らのことを笑えませんね…)

 

 自嘲気味になりながらシュテルは膝を抱える。シュテル視線から財団は盲目的存在に見えるかもしれないが、一方で財団からシュテルを見ればまだ試していないのに諦めてしまった敗北者として映るだろう。

 緒川の言ったことは図星だ。彼の言う通りシュテルの選択には他人に対する負い目が少なからず含まれている。心情的なもの、つまるはエゴそのもの。

 時によぎることはある。もし自分に誰か似たする負い目がなく、自分を信じきれたなら、未来はもっと明るい物になれただろうか…

 

 まあ、無意味な仮定だろう。シュテルは今の道を選んだ。闇の書を永久封印する考えは今も変わらない。それが今のシュテルには最善と思える道なのだから。

 

「そろそろ戻りましょう」

 

 東の空がすでに明るくなりつつある。多少休息は取ったとはいえ石田先生のところに行ってからまだ一睡もしていない。いろんなことがあり過ぎて疲れたのも相まって身体は無性に睡眠を欲している。

 そうやってシュテルはおもむろに立ち上がって、

 

「ッ!?」

《マスター!》

 

 街の中心の方角に天を衝くほどの青白い光の奔流を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────貴様も高町であるなら、そのデバイスに認められたのならば、素質はあるのだろ?闇の書を終わらせたくば目覚めることだ

 

 神代の巫女によって災厄の種は捲かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにもただならぬ出来事にシュテルは震源地にやってきた。現場はヒドイ有り様だ。付近のビルのガラスは衝撃波で割れ、道路にはヒビが入り、制御できていないエネルギーの嵐が荒れ狂う。シュテルも防御魔法を全力で展開しながら踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいかねないほど。

 

「ルシフェリオン!これは一体!?」

《次元震*14の前兆現象です!おそらくロストロギアかそれに類するものが暴走しているせいかと!》

 

 ルシフェリオンの報告にシュテルは顔を強張らせる。今はまだこの程度で済んでいるが、放置すればどうなるか。最悪、()()()()()()()()()()()()()()まで滅ぶことになるかもしれない。600年前に彼女(高町なのは)が命を賭して闇の書が引き起こした次元災害を止め、繋いでくれたものが奪われてしまう。

 ならば、魔導師たるシュテルのなすべきことはただ一つ。

 

「ルシフェリオン!あれを止めますよ!」

《モードシフト、シーリングモード*15

 

 シンフォギア装者が奏でるフォニックゲインが聖遺物を起動させることに特化しているならば、魔導師の特質はその逆。暴走した聖遺物を封印すること。杖の尾部と柄の根本の機構が展開され、光の翼が現れたルシフェリオンを根源に向けて構え、シュテルは息を吸い込んだ。

 精神統一、そして呪文を詠唱する。

 

────妙なる響き、光となれ。赦されざる者を、封印の輪に

 

「リリカル、マジカル、災厄の根源を封印せよッ!」

《シーリング》

 

 放たれた封印魔法は光の奔流の根本を飲み込まんとする。

 

(あと少し…あと少しで…ッ!)

 

 全力全開、出し惜しみはなしだ。シュテルは持てる魔力のほとんどを杖に叩き込む。

 やがてロストロギアの放つ輝きが揺らぎ、次第に弱くなっていき、

 

「よし、これで……ッ!?ぐああッ!?」

 

 一体何がいけなかったんだろうか、連戦で消耗し過ぎたのがいけなかったのか、シュテルの封印魔法をソレはぶち破り、先ほどよりもさらに衝撃波をまき散らす。

 

「封印に失敗した…?」

 

 シュテルはそう呟くしかなかった。手を抜いた覚えはない、しかし災厄は止まらない。

 

《マス...、あれの照合が出来...した。あれは──ジュエルシードです》

 

 ジュエルシード*16、高町なのはにとってのすべての始まり。彼女が魔法に出逢ったきっかけ。そして財団最深部し保管されてあったはずの聖遺物(ロストロギア)

 

「一体私になにをさせようとしているんですか…ッ」

 

 シュテルはこの惨事を引き起こした相手に毒づく。相手は敢えてこれをシュテルの前にばら撒いたのだ、シュテルがジュエルシードを封印しようとするのをわかった上で。

 いろいろと文句を言いたくなるが状況が許してくれない。今はこれを止めるのが先決だ。杖を構えて再度封印魔法を行使しようとして、そして気づく。

 

「ルシフェリオンッ!?まさかさっきので!?」

 

 おそらくジュエルシードの衝撃波をすべて肩代わりしたのだろう、己の相棒に無数のヒビが入って破損していた。

 

《申し訳...ませ...

「いえ、無理をさせた私の責任です。待機モードに戻ってください」

《…All right。ご武運を、マスター》

 

 杖から宝珠に戻ったルシフェリオンを仕舞う。もはや自分一人しか居なくなった。心もとないが、泣き言も言ってられない。静かに腰を低くしてクラウチィングスタートの姿勢を取り、タイミングを見計らう。

 

「…………ッ!フラッシュムーブッ!」

 

 光の奔流がわずかに途切れた瞬間を逃さずシュテルは吶喊し手を伸ばす。

 

「捕まえた!…ぐッ!?」

 

 しかしジュエルシードに触れた瞬間にそれは抵抗しようとさらに強くエネルギーを放出させた。だがシュテルは負けじと力を振り絞って宝石を両手で包み込んで魔力を流し込む。

 

「とまれ……とまれ……とまれ…とまれッ」

 

 振り回されて手を離しそうになるが耐える。すでにグローブはちぎれ、両手から血が流れていた。それでもシュテルは手を離さない。

 思考から余計なものが消え、目を瞑ってより強く念じる。

 

「とまれ…とまれ…とまれ…とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれ────ッ!」

 

 

 遠くで巫女(フィーネ)が笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう太陽が顔を出したころだろう。正直に言ってシュテルにはもうそれを確かめるだけの力が残っていない。さっきの震源地から少しでも離れようと歩く。今更になって消防車などのサイレンが聞こえてくる。

 頭はぼんやりして足取りがおぼつかない。自分がどこを歩いているのかも正直あいまいだ。

 

「離れなきゃ…」

 

 闇の書は絶対に封印する。そのためにも今二課に捕まるわけにはいかない。

 けどそんなシュテルの想いとは裏腹に体力すでに尽きかけている。

 

「わっ!?」

「あっ…」

 

 曲がり角で人とぶつかったのか、シュテルは脚をもつれさせてバランスを崩す。

 地面が目の前にせまってこようとしてすんでのところで抱きかかえられた。

 

「えっ…嘘…」

 

 相手が息を呑む気配がする。その声にどこか懐かしさを感じるけど気力は限界を超えた。

 

(暖かい…)

 

 最後にそんなことを想いつつ、シュテルは陽だまりに沈んだ。

*1
なのはA'sにて登場。主な使用者はリーゼ姉妹。

*2
生き残っていたのがこの二つだけであり、ほかにもいくつかの文明が存在していたようだが、ほとんどが滅んでしまっていることが原作で匂わせている。一番有名なのがアルハザード文明。そして、滅んだ文明の遺物こそがロストロギアと呼ばれるものである。

*3
厳密に言えば本来のベルカ文明である古代ベルカ文明は管理局という組織が成立する数百年も前にすでに滅びており、ミッドチルダ文明圏内にて自治区という形で生き残った。

*4
なのはA'sにて登場。いわゆるスタングレネードみたいな代物。主な使用者はヴィータ

*5
なのはStrikerSにて登場。ティアナ・ランスターの代表技の一つ。一つないしは複数の幻影を展開させ、動かすことができる。肉眼はおろか、高性能センサーを持った相手すら騙し切った実績を持つ。

*6
同じくティアナの十八番ともいえる技。ミラージュハイドとの違いは術発動中に追加で魔法を行使することができること、展開するのは光学結界ではなく複合光学スクリーンであるという点である。

*7
劇場版4作目なのはDetonationにて闇の書が惑星エルトリアに滞在した際、一切の蒐集活動を行っていないどころかまだ主すら存在していない状態の闇の書になぜか天文学単位のエネルギー量が観測された。また、闇の書がエルトリアを離れてから八神はやての元に辿り着くまでに40年以上経過していながら、エルトリアで蒐集した存在が転生後の闇の書にも残存していた。このことから闇の書内部には他人からの蒐集とは別枠に魔力が貯蔵されていることがわかる

*8
闇の書は主から魔力を搾取し続けるが、なのはA'sでは少なくとも守護騎士たちが蒐集活動を行うまでは闇の書のページは白紙に保たれていたことがはやての言葉からわかる

*9
なのはA'sでのフェイト、およびなのはDetonationでなのはが使用。魔導師の防護服であるバリアジャッケットは一種の常時発動型のフィールド魔法であるが、緊急時には爆発させることで攻撃転用も可能になる。ただし発動後はバリアジャケットが部分的に解除されるような状態になるため、魔導師にとっては本当に最終手段。主に拘束を抜け出す際に使われる

*10
なのはStrikerSに登場するフィールド魔法。元は古代ベルカ文明発祥のものと言われている。射撃魔法や防御魔法といった体外で魔力結合を行う必要がある魔法は大幅に弱体を受ける(使えない訳じゃない)が、身体強化など体内で行使される魔法はそこまで問題はない。ガジェットドローンは全機これをデフォルトで発動させる機能が搭載されている

*11
なのはvividにてミウラ・リナルディの必殺技。手足に魔力を集束させることで火力を底上げする。分類としては集束系魔法であり、みんな大好きSLBの親戚。ブレイカークラスの魔法の近接形態だけあって、その破壊力は凄まじかった

*12
魔力変換資質、いわゆる属性付与。炎のほかに電気、氷結などもある。能力というよりは技術であり、先天性の人も居れば後天的に習得した人もいる。ただ、やはり先天にしろ後天にしろ拾得者は非常に少ない。原作で言えば先天性で炎熱変換はシュテル、シグナムなどで、同じく先天性で電気はフェイト。氷結に関しては今のところ後天的に習得した人しか出てきておらず、クロノもその一人。

*13
シュテルが持つディバインバスターに相当する技。当然炎熱変換が付与されている。原作においてシュテルは高町なのはのデータをベースにして生まれたため、なのはが使える技は大体一通り炎熱変換を付与した状態で使える

*14
次元世界に影響を及ぼす次元災害のこと。リリカルなのはでは複数の世界が次元世界と呼ばれる上位世界の中に存在している。平行世界とは別。次元震は最悪の場合、複数の世界を巻き込んで壊滅させる「次元断層」のトリガーとなりうる。時空管理局という組織はこの災害を防ぐために設立され、日々次元の海に目を光らせている

*15
デバイスのロストロギア封印特化形態。地味にシリーズの中でも一期に登場したレイジングハートとバルディッシュでしか使われていない機能。

*16
なのは一期に登場するロストロギア。高密度なエネルギー結晶体であり、なんでも願いが叶う願望具と言われている。もっとも、正しく願いを叶える能力は一切なく、暴走するか歪に叶えるかどちらかである。なのははこのロストロギアと出逢ったことで魔法少女としての人生を歩み始めた




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