ネイア・バラハの聖地巡礼! (セパさん)
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旅の始まり

「―― 先の大戦で皆様が経験したように、力の無き正義とは無力であり、正義なき力とは憎きヤルダバオトが如き殺戮を生み出す無慈悲な暴力となるのです!」

 

 一拍間をおいて、「そうだ!」「その通りだ!」と熱狂する聴衆の反応を確認し、ネイアは言葉を(つむ)ぐ。

 

「故に!力を持ち、それを正しく使える者こそが正義であり、アインズ様……魔導王陛下こそが正義なのです!」

 

 壇上に上がり堂に入った演説を行うのは【凶眼の伝道師】ネイア・バラハ。眼前の聴衆は数千を超え、支援者からもらい受けた拡声の魔道具の効果もあり、その声は誰の耳にも響くものであった。ある者はその堂々たる演説に涙を流し、ある者は共感に打ち震え、怪訝な顔で話を聴きに来た野次馬もネイアの演説に強く心を打たれた。

 

「「魔導王陛下万歳!!魔導王陛下万歳!!」」

 

 ネイアはアインズ様……魔導王陛下への賛美の声に胸が熱くなる。たまに、こうした熱狂をネイアの力だという見る目のない馬鹿も居るがとんでもない。自分自身は大した人間ではない、そうアインズ様こそが素晴らしく、そして絶対なる正義なのだ。

 

(ああ、いと尊きアインズ様。わたくしは御身のお役に立てているでしょうか。)

 

 ヤルダバオトの脅威が去り、復興途上の聖王国。魔導王陛下救出部隊を前身としたネイア・バラハ率いる『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』は、既に会員数20万を超え、所属する魔導王陛下親衛隊 -力なき正義は悪の名で猛烈な鍛錬を積ませている- は一都市どころか、王都の軍事力を軽々凌駕する規模となった。

 

 勿論南派閥の貴族や神官たちがいい目で見るはずもないが、表だって敵にまわることもない。最初は会へ所属する同志が、不当にも神殿で治癒魔法を拒否されたことなどがあった。そのときネイアがカスポンド陛下に直訴した上、親衛隊含む同志達と共に神殿へ向かい交渉した。

 

 勿論ネイアの会には回復魔導に長けた術師も居るが、不当に同志が差別されるなど許されるはずがない。結果その地区の神官は別の者に変わり、不当な差別を行った神官は僻地へ追いやられたらしい。権力を振りかざすのではなく、魔導王陛下に対する誤解と無知を説き、その上で改心して欲しかったネイアとしては納得のいかない結果だったが、まだまだ自身の力が不足していると知る良い機会でもあった。

 

 

「お疲れ様です、バラハ様。」

 

「ありがとうございます。」

 

 長い演説で火照った身体に、冷たい水で絞ったタオルを差し出してくれるのは、影のある20代前半の女性。慣れてはきたが、やはり年上の女性に上位者として接されるのは身体がむず痒くなる。今や貴族や宮廷はおろか、他国すらも無視出来ない存在となった団体の長――本人はありのまま話しているだけと言っているが――たるネイア。

 

 その身の回りの世話全てを行うお付きの女中であり、男性であれば目をうばわれそうな黒い短髪と豊かな胸が特徴だ。前身である『支援団体』の黎明期(れいめいき)から書記次長のベルトラン・モロと共に、ネイアを支えてくれる存在であり、家事等々の能力に自信がないネイアとしては欠かせない存在だ。

 

「バラハ様。ベルトラン・モロ書記次長から今後のご予定についてお話がしたいとの要望が御座いました。お通ししてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、お願いします。」

 

「では、わたくしは席を外させて頂きます。」

 

(私如きがこんな立派な部屋……使う事無いんだけれどなぁ。)

 

 今や王都の人口以上の信徒を持つ教祖……という自覚が無いネイアの身は、下手すればカスポンド聖王陛下よりも厳重に護られている。演説中も腕の立つ親衛隊員が周りを固め、天幕の外もレメディオス元聖騎士団長クラスが暗殺にこようと時間稼ぎして逃げられるくらいの警備がなされている。

 

(あーもー!いきなり大勢の人をまとめ上げるなんて……)

 

―― だが……君ならばきっと頑張れるはずだ ――

 

 あの別れの日、アインズ魔導王陛下からの御神託がネイアの頭に蘇り、心の中の弱音を払拭する。

 

(そうだ、わたしはアインズ様から期待して頂けたじゃないか。こんなところで弱音を吐いている場合じゃない。)

 

「バラハ様、お忙しい中失礼致します。」

 

 入室してきたのは、多忙と重責によるストレスからか、ただでさえ薄かった頭頂部が完全に禿散らかったガッチリした体格の40代男性。元々は執事の経験を生かした秘書であったが、既に大所帯となった『感謝を送る会(仮)』の書記次長という立場を持ち合わせている。

 

「いえ、いつもお仕事をおつかれさまです。早速ですが、報告を聞かせて下さい。」

 

「畏まりました。まず支援者より支援金や武具・防具・魔道具の支援を頂いておりますが、保有する宝物庫に収まりきらないほどとなりました。各支部に支援品の管理権限を分けて、対処しておりますが、如何いたしましょう?」

 

 ネイアは早速〝わかんないよ!〟と叫びたくなるが、喉元でそれをグッと堪える。

 

「どのような意見が挙がっておりますか?」

 

「はい、新たな宝物庫を用意すること……こちらは少し時間を要します。他に地区の支部長への権限を強化させて一度王都にすべての支援を集めるのではなく、その地区からの支援品一部は支部長の采配へ任せるというものです。」

 

「わかりました。では同志たる支部の長に任せる方針でいきましょう。しかしながら今後もアインズ様……魔導王陛下の素晴らしさに気がつく民は多くいるでしょう。新しい宝物庫と土地の購入も検討してください。……また、無いとは思いますが、横領などには必ず目を光らせるように。」

 

 同志として疑いたくはないが、権力と金は人を狂わせる。事実アインズ様を正義として信じるのではなく、アインズ様の持つ力と富に心酔する背信者というのは悲しいながら存在するのだ。

 

「畏まりました。そのように進めさせて頂きます。……次に鍛錬場の不足です。20万の支援者の内、19万4000名が鍛錬の志願をしております、しかし場所の確保が難しく、時間交代で鍛錬を行っているのが現状です。」

 

「土地……ですか。わかりました、考えておきます。同志達の練度は?」

 

(考えると言っても当てなんてないよ!20万の兵?どうしよう!?いやああもう、胃が痛い。)

 

「バラハ様が率いていた弓手・騎馬弓部隊は聖王国軍をも凌ぐ練度となっておりますが、剣技部隊・魔導部隊は未だ発展途上で、歩兵団・重装甲歩兵団・騎馬兵団、元神官から構成される医療支援部隊はまだまだ練度が必要です。元軍士である同志の報告ですが、〝これほど高い士気は見たことが無い〟とのことです。」

 

 ネイアは心の中でガッツポーズし、小躍りする。自分の〝正義〟を伝える活動は無駄ではなかったのだ。アインズ様は褒めて下さるだろうか?そう思うと自然と口元が緩む。

 

「そうですか、それは本当に喜ばしいことです。わたしも多忙で訓練を見に行けていないですが、暇を見つけて……うひゃあ!」

 

 ネイアは首筋の違和感に思わず跳ね上がる。粘着性のある丸いナニカが貼り付けられた感覚で……初の体験ではない。そして記憶を想起させていく。しかし答えが出るその前に

 

「シズ先輩!?」

 

「…………久しぶり。後輩。」

 

 後ろに居たのは幼さを残した、非常に整った顔立ちを持つ美少女。左目はアイパッチで覆われ、片方のまるで宝石の宿ったような緑の目がネイアを見つめる。無表情で声も平坦、一見すれば仮面のようにも見えるが、そこにはネイアだけが気がつける小さな喜びの感情があった。

 

「久しぶりですシズ先輩!!来て下さるなら歓迎の準備をさせて頂きましたのに!!」

 

「…………迷惑だった?」

 

 ネイアは頭が千切れんばかりに首を横に振る。そして倚子から立ち上がり、直立不動でシズを見る。

 

「…………ん。」

 

 シズは最初小首を傾げ、何をしているのか考えている様子だった。だがネイアの事情を察したのか、なんとなくなのか、ネイアに右手を差し伸べた。握手は目上の人間から行うもので、ネイアから手を差し出すのは無礼に当たる。ネイアは満面の笑みでシズの手を握り、上下にブンブンと振った。

 

「それにしてもシズ先輩、何故ここに?」

 

「…………アインズ様が〝きゅうか〟をくれた。7日。凄く頑張ったからその褒美。」

 

 ネイアに様々な感情が渦巻く。〝アインズ様からの褒美〟……なんと羨ましい響きだろう。とはいえ難度百五十のメイド悪魔が〝凄く頑張った〟と言っているのだから、ネイアからすれば〝到底想像出来ないほどの偉業を成し遂げた〟ということなのだろう。シズがポンとネイアの肩を叩く。

 

「…………言いたいことは解る。後輩。ネイアもアインズ様への忠義を果たし続ければいつかは。」

 

「いえいえ、アインズ様に忠義を尽くすのは当然のこと!尽くすことが無上の喜びであり、それ以上を欲するなど不敬にあたります!」

 

「…………うん。やはりネイアは見所がある。素晴らしい。」

 

「それで、シズ先輩は貴重な休日にわざわざ?」

 

「…………前のお礼。」

 

「前の?」

 

「…………ネイアは前に私を外出に連れていってくれた。次は私の番。」

 

「えっと。」

 

 ネイアはこれから発せられる言葉に期待を隠せずにいた。それこそ側で目を丸くするベルトラン・モロなど頭からスッポリ抜けるほどに。

 

「…………ナザリッ……アインズ・ウール・ゴウン魔導国に一緒に行きたい。」

 

 ネイアはその言葉を聞いて狂喜に打ち震えた。彼の偉大にして至高の魔導王陛下が統治する国へ!これ以上の喜びがあるだろうか?いや、ない!

 

 自分は一体どんな顔をしていたのだろう。シズは三度乱暴にハンカチを顔にガシガシと当ててきた。恐らくは意識すら出来ないで泣いていたのか。

 

「…………やっぱり鼻水がついた。ショック。」

 



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舞台裏

 玉座の間。ナザリックで最も手の込んだ部屋。壁の基調は白で、そこに金を基本とした細工が施されている。天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され幻想的な輝きを放ち、壁には41枚の大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。中央には真紅の絨毯が敷かれていて、その先は玉座に続く階段まで伸びていた。

 

 そこには階層守護者含め多くの者が至高の主、アインズ・ウール・ゴウンに跪いて忠誠を顕わにしていた。カンと乾いた音が響く。

 

「おもてを上げよ。」

 

「「はっ!!」」

 

 アインズの命令で恭しく下げられていた頭がゆっくりと上がる。

 

「まずはデミウルゴス。」

 

「はっ!」

 

「先の作戦といい、バハルス帝国の管理プラン作成といい大変ご苦労。」

 

「とんでもございません、先の作戦も帝国の件も、至高の主であらせられるアインズ様自らに動いて頂き成された結果に過ぎません。わたくしの微力をお褒め頂くなど、勿体ない御言葉に御座います。」

 

 〝いや、マジで俺なにもしてないんだけれど……〟という言葉を呑み込み、アインズは重々しく頷く。

 

「だがデミウルゴス。おまえの見事な働きがナザリックに多大な利益をもたらした事も事実。何か褒美を与える。望みのものを与えよう。」

 

 デミウルゴスは自らの力など些末な塵芥に過ぎず、端倪すべからざる目の前の至高の御方、その力があってこそと考えている。しかし聡明なデミウルゴスは過度の謙遜は主を不快にさせ、不敬にあたることも同時に知っていた。

 

「では、現在わたくしが運営している牧場ですが、交配実験に一定の成果を出すため、魅了に長けた高位のサキュバスを幾人か派遣していただければ幸いに御座います。」

 

「サキュバスか……。わかった、手配しよう。次にシズ・デルタ、前へ。」

 

 シズは一度立ち上がり、数歩歩いて再び跪いた。

 

「ローブル聖王国の一件ではよく役目を果たしてくれた。1人ナザリックを離れ、自主的に己の判断を行う重責、見事であった。」

 

「…………勿体ない御言葉です。」

 

「そしてシズ、お前に友人が出来たということは、わたし個人として素直な喜びである。ガーネットさんもきっと喜んでくれるだろう。さて、彼女とは、また会う約束をしていたな?」

 

「…………軽率でしたでしょうか?」

 

「そんなことはない!仲間の娘が友人に会いたいという願いを無下にするほど狭量ではない。しかし、時期を考えねばな。デミウルゴス!」

 

「はっ!現在聖王国はアインズ様へ献上するに相応しいよう太らせております。ネイア・バラハという人間も復興に一助を担う人材となりましょう。最低限度の生活が出来るまでの復興を一区切りに致しますと……計画では100日前後で、ネイア・バラハを一時的に聖王国から切り離すことも可能かと愚考致します。」

 

「うむ。シズ・デルタよ、ローブル聖王国の復興が一段落次第、お前には休暇を与えよう。友人と会うのも自由であるし、なんならナザリックへ招待しても構わないぞ?」

 

「…………良いのですか?」

 

「勿論だ。他に望むものはあるか?」

 

「…………いえ、ありがとうございます。」

 

 喜怒哀楽の読めない無表情であるが、喜びの感情を宿したことは誰の目にも明らかだった。……玉座に座る1人を除いて。

 

 

 ●

 

 

 ナザリック九階層の食堂で、プレアデス含むメイド達が食事終わりに談笑していた。

 

 

「いや~~!シズちゃんアインズ様からすっげー褒められてたっすね~!マジ羨ましいっす!リスペクトっす!」

 

「しかし人間(ヘッピリムシ)風情が友だちというのは……。」

 

 ルプスレギナはいつものように茶化し、ナーベラルは妹に変な虫がついたのではないかと怪訝そうに眉を顰めている。

 

「…………ネイアは人間だけれど、見所がある。かわいくないけれどシールもあげた、かわいくないけど。」

 

「シズが1円シールをあげるからにはよほどなのね。先程のアインズ様とデミウルゴス様のお話を伺うに、少なくとも普通の人間ではないみたい。」

 

「わたしも興味あるわ、シズちゃんが執心なネイア・バラハとやらに……。」

 

「みてみたーぁい!」

 

 プレアデスだけでなく、他のメイド達も〝シズちゃんのお友達!?〟〝人間らしいけどどんな子?〟〝ツアレみたいな子かしら?〟と興味津々の様子だ。

 

「…………う~ん。困った。」

 

 基本与えられた命令を粛々とこなし、予想外の事態に対する対処方法も豊富に持ち合わせているシズだが、〝友人を招いた時のマニュアル〟など頭に入っていない。勿論生きて帰れぬなんてことは無いだろうが、蘇生させて帰すことになるかもしれない。

 

「…………うん、なら大丈夫。」

 

 シズは自分を置いて盛り上がる面々を見つつ、1人納得した。

 

 

 ●

 

 

「やぁ、アルベド。シズの休暇が正式におりたようですね。」

 

「ええ、アインズ様は〝7日間自由に〟とのことだけれど……。」

 

 うふふ。と2人は息を合わせた様に笑う。

 

「全く、わたしは最初ネイアという人間をアインズ様を神と崇める実験体とみていましたが、その希少性と有効性たるや……。信じられますか?洗脳も記憶操作もせずに、アインズ様は奇跡をやってのけた。そしてこの7日はネイア・バラハにとって神話の旅となり、より一層の力を持つことになるでしょう。」

 

「至高なる41名の造物主たる御方々に造られていない哀れな下等生物と思っていたけれど、調べれば調べるほどその偉業が解るわ。違う神を信仰するというだけで人間や亜人は戦争をする。アインズ様の偉大さに一端でも触れたならば平伏するのが普通だと思うのだけれど、全く救いようのない輩ばかりね。」

 

「アインズ様はそんな人間の業深い心理すらも読み解いていたのでしょうね。常識を疑うことはとても難しい、それはわたしもアルベドもそうだ。しかしアインズ様は、この世界の我々を含む存在というものを常に客観視されている。シズは恐らく、魔導国への観光をネイアに提案する事でしょう。」

 

「ええ、アインズ様やデミウルゴスがそこまで評価する人間。わたし個人も興味があるわ。」

 

「ただの興味で終わるのは勿体ない。ナザリック内はともかく、彼女の旅路……今のところカルネ村、エ・ランテル、バハルス帝国は今後アインズ様を崇拝する者達の巡礼地となる。7日という区切りも実に素晴らしい、日常の生活から乖離するほど、遠方であるほど、人とは聖なるものに接近・接触を感じやすい。しかし崇拝しすぎて移住したいと思わせない絶好の区切りだ。」

 

「そして今まで表だって動きが出来なかったプレアデス達……シズが先導することで、円滑に支配した町への浸透が可能になる。」

 

「勿論それが全てではないでしょうが……。全く、アインズ様の深遠なるお考えを前にすると、何時も自分の無能を呪いたくなります。」

 

「それはわたしもよ、デミウルゴス。」

 

 2人は肩を竦め、再び笑いあった。



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謁見 カルネ村①

「それでは皆様、わたくしはアインズ・ウール・ゴウン魔導国へ行き、見聞を広めて参ります。7日ほど留守に致しますが、その間同志達をよろしくお願いします。」

 

 ネイアの見送りに来たのは、選抜された近衛やお付きの黒髪女性、ベルトラン・モロと言った黎明期のメンバー数十名。皆羨望の眼差しを宿しており、ネイアは誇らしさと軽い優越感を抱いてしまうが……

 

(ダメダメダメ、あくまでも聖王国の一員の身。言わばわたしの態度が聖王国民の態度として魔導国に見られるんだから。)

 

 そう心に喝を入れ、反面教師として1人の聖騎士を思い出す。

 

(思えば、尊敬の欠片も抱けない人だけれど、わたしをアインズ様の付き人に任命してくれたことだけは感謝ね。)

 

 レメディオス元団長が居なければ、自分はアインズ様が正義だという真理にも気がつけず、聖王国の誤った常識に染まったままだっただろう。そう考えれば、相手がどうしようもないクズであっても、この一点だけは感謝すべきだ。

 

「それでシズ先輩、これは?」

 

 それは時空を歪曲させた楕円形の門であり、見送りに来ている第三位階までの魔法を行使できる術師が目を仰天させている。

 

「…………<転移門(ゲート)>。アインズ様が特別に作ってくれた。」

 

「えっと、階級でいうとどれ位なんですか?」

 

「…………う~ん。<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>が第7位階魔法だから、多分それより上。」

 

 その言葉を聞いた術師は何も飲んでいないのに、何かを吹き出しそうになっていた。あれからネイアも魔法の勉強を軽くしたが、第四位階が人類の限界であり、超越者とされる帝国の大賢者フール-ダ・パラダインですら第6位階魔法が限界とのこと。

 

(さ、流石アインズ様としか言いようが無い。)

 

 おそらくこの程度で驚いていれば、この7日で心神喪失に陥ってしまうだろう。ネイアは両頬を手で叩き、何とか浮かれる心を着地させる。

 

「…………じゃあ、この奥でアインズ様がお待ち。」

 

「へ?」

 

 着地した心がそのまま地面を滑って崖に落ちた錯覚が襲う。そうだ、よく考えれば他国に行くのだから王の許可を得るのは当然……。いやいや、それなら通関も城壁もいらないというものだ。ネイアにしてみれば「これから神様に逢うからよろしくね!」と言われたも同然の言葉だが、シズはネイアの手を引っ張り、そのまま2人は<転移門(ゲート)>に消えてしまった。

 

 

 

 シズに手を引かれ<転移門(ゲート)>を潜った先は、エ・ランテルで魔導王と邂逅した時と異なる……心安らぐ宵闇を宝石の仄灯りが照らすような絢爛豪華な一室であり、深紅の絨毯は玉座まで伸びて、玉座の横には微笑みを湛える美女アルベドが、記憶よりもなお美しく佇んでいた。そして、厳粛とした玉座には黒の羽織りを纏った神が……アインズ・ウール・ゴウンその人が鎮座していた。

 

 ネイアはその神々しさに数秒、我を忘れて棒立ちしてしまい……そして慌てふためき最敬礼を行う。

 

「ま、誠に申し訳ありません!アインズ様!余りの神聖さに我を忘れて御挨拶が遅れました!こ、この度は魔導国へご招待頂き、幸甚の至りに御座います。ご不快を招きましたらどうぞ、この首をお刎ね下さい!」

 

 自分でも言っていることがしっちゃかめっちゃかだが、目の前に信仰すべき正義の化身がおり、自分の為に待ってくれていたという状況が感激・幸福・興奮・光栄・そして無礼を働いてしまった後悔が入り交じった激情となり、ネイアの全身を真っ赤に染める。

 

「よせよせネイア・バラハよ。貴殿は使者でもなんでもなく、あくまでシズの友人として招いたのだ。そこまで堅苦しい挨拶もいらん。」

 

「寛大なご慈悲にかんひゃ…感謝いたします。」

 

「アインズ様、シズからは魔導国を案内して回りたいとの要望でしたが、如何なされますか?」

 

「そうだな……。ネイアよ、我が国は未だ発展の途上であり、恥ずかしい事に、貴殿が思い描くような理想郷と乖離する部分も多くあるだろう。帰国の際には、貴殿の忌憚なき意見を聞かせて頂ければ幸いに思う。」

 

「いえ、わたくし如きがそんな……。」

 

「ははは。謙遜や遠慮も過ぎれば無礼というものだ。〝忌憚ない意見を聞かせる〟……それを条件として、貴殿を正式に客人待遇として招きたい。どうかね?」

 

 そこまで言われれば嫌とはいえない。ネイアは静かに「畏まりました。」と告げた。

 

「ではアルベドよ。今この時を以ってネイア・バラハは正式にアインズ・ウール・ゴウン魔導国の客人となった。各階層守護者各員及びナザリック全員、配下の国々へ通達せよ。」

 

「畏まりましたアインズ様。」

 

 アルベドは淑やかに一礼をして、耳元に手を当てた。ネイアには何をしているのか解らないが、おそらくは伝達の魔法か何かだろう。

 

「シズよ、まずは何処へ行きたい?」

 

「…………カルネ村に……行きたいです。」

 

「ふむ、解った。<転移門(ゲート)>!」

 

 アインズがフィンガースナップを鳴らすと、空間が変異し、新たな楕円形の異空間が形成された。

 

「では、楽しんでくれたまえ。」

 

「はい!御前、失礼致します。」

 

 シズに手を引かれ、ネイアはそのまま<転移門(ゲート)>に消えていった。

 

「ふふ、相変わらずの娘だ。」

 

「……アインズ様。」

 

「なんだ、アルベド?」

 

「アインズ様は、目付きの悪い女性の方がお好みなのでしょうか?」

 

 アルベドの顔を見たアインズは、かつて無いほど連続で沈静化された。

 

 

 ●

 

 

「これが……〝村〟?」

 

 強固であることを思わせる巨木を使った城壁に囲まれた大きな集落であり、城壁の外からも明らかに木製ではない建物や、紫の煙を出す煙突など、ネイアの想像するような……、住民よりも家畜の方が多い一般的な〝村〟と乖離した状況に当惑する。

 

「シズ先輩!?ここ……どんな村なんですか?というか本当に村なんですか?」

 

「…………ルプーから聞いた。住民の半数以上がゴブリン。ドワーフも最近住んできた。」

 

 ……魔導国には亜人の村があるというのは聞いているが、ゴブリンとドワーフの村を最初に選んだということなのだろうか。

 

「…………ちなみに族長……将軍は人間。」

 

「へ!?」

 

「お待ちしておりました。俺……わたくしは、姐さ……エンリ将軍が壱の子分、ジュゲムと申します。シズ様、ネイア様、お話は聞いておりますので、エンリ将軍の元までご案内させて頂きます。」

 

 <転移門(ゲート)>から正門まで少し歩くと、絶好のタイミングで扉が開かれ、ネイアの胸ほどの身長がある大剣を背負ったゴブリンが恭しく挨拶をしてきた。またゴブリンだけでなく、老若男女人間の姿もある。

 

(ゴブリンと人間、それにオーガとドワーフ?皆の目に恐怖はない。恐怖に支配された人間に……ましてゴブリンにこんな表情なんて出来ない。間違い無い、この村は多種族が共存しているんだ!!)

 

 聖王国であれば間違い無く見ることの出来ない光景。それは人間・ゴブリン・ドワーフ・オーガが手を取り笑うそんな光景だった。道すがら、村の真ん中には大きく立派なアインズ像が建っており、丁寧に磨かれている様子からも村でのアインズ様の人徳が見て取れる。

 

(他種族同士がこんなに笑い合えるなんて……。やっぱりアインズ様は偉大な方なんだ!……それにしてもエンリ将軍ってどんな人だろう。こんな諍いが一番に起きそうな村の将軍をアインズ様に任されるっていうからには、恐ろしい人なのかなぁ。)

 

 ぶるりとネイアの身に悪寒が走る。アインズ様の配下なのだから、慈悲深い方に違いないとは確信しているが、これほどの村と強者の(まつりごと)を取り仕切る傑物だ。粗相があっては命は無いかも知れない……。

 

 

 

 

「ねぇンフィー……。」

 

「どうしたの?エンリ?」

 

 村一番の豪華な応接室。素朴な三つ編みの村娘といった少女が不機嫌そうな顔で、夫に話しかけていた。周りは凶相のレッドキャップスによって護られており、近衛たる彼らは刺客に目を光らせている。

 

「やっぱり村長のわたしが一番に迎えにいかないのはおかしいと思うの!」

 

 机をバン!と叩き、ンフィーレアは思わずたじろぎ、苦笑する。

 

「いや~、ほら、ベータさんも〝偉い人は奥に座って待ってるもんっす〟って言ってたし……。」

 

「絶対面白がってるだけな気がする。もう、わたしのイメージ図が変な方向に向いてないと良いけれど……。」

 

 既に手遅れな愚痴をこぼし、カルネ村の将軍……エンリ・エモットはため息をついた。



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カルネ村 ②  

「ありえない。」

 

「…………後輩、現実をみる。」

 

 ネイアの視界に入ってくるのは、人間の鍛冶仕事を手伝うドワーフ、共に笑顔で畜産業を営むゴブリンと人間の女性、建設といった大仕事を行うオーガと現場監督を行うゴブリン、縄遊びをするゴブリンと子どもたち。

 

 聖王国に居たら絶対に有り得ない光景の連続であり、神官が来ようものならば憤死してもおかしくない光景だ。更には水をくみ上げるマジックアイテムまで普及しており、とても〝村〟とは思えない。小国の首都だってもっと閑散としている。

 

「ここで姐さ……カルネ村を纏めているエンリ将軍がお待ちでさ。」

 

 シズとネイアが案内されたのは、巨木で設計されたログハウスだった。門の前には凶相の赤いフードを被ったゴブリンが両脇で待機しており、恭しく一礼した後、扉を開けた。

 

「し、失礼します。」

 

「ご足労いただき光栄です。ようこそカルネ村へ。わたくし村長をしております、エンリ・エモットと申します。」

 

 ……そこに居たのは素朴な笑顔を浮かべるネイアよりやや年上の少女であった。〝将軍〟という名前から余りにかけ離れた姿に、思わず目をパチクリとさせてしまう。

 

「何も無い村では御座いますが、歓迎の準備をさせて頂いております。夜まで村の観光をご案内させて頂きますね。」

 

「あ、あの。あなた様が……エンリ将軍なのですか?」

 

 余りにも失礼な質問だが、どうしても口に留めることが出来なかった。次の瞬間少女から笑顔のままおぞましい覇気が漏れ出し、後ろにいた目が髪で隠れた少年と凶相の赤いフードのゴブリンが後ずさりした。

 

「はい、カルネ村の村長なのですが、〝族長〟〝将軍〟という名も持ち合わせております。しかし村長とお呼び頂ければ幸いです。」

 

(こ、この気配。間違い無い、これは人の……いや、あらゆる種族の長たる覇王のオーラだ!)

 

 ネイアは思わず横にいたシズの袖を掴んでおり、シズは乱暴にネイアの頭を撫でた。

 

 ネイアとシズはエンリとその旦那だというンフィーレアに案内され、カルネ村の観光を行っていた。そして当然ながら、その説明は〝村〟という概念を吹き飛ばすどころか、聖王国の王都ですら及ばぬほどの驚愕極まるものだった。

 

「こちらが村の治療院、治癒魔法は勿論のこと、薬草や香木・鍼灸の治療も可能となっております。」

 

「この建物が天候予測部署。99%以上の確率で3日後までの天候予測が可能です。」

 

「こちらは野外音楽堂、定期的にゴブリンさんの楽団による演奏や、村人への娯楽提供をしております。」

 

「こちらは聖堂です。とはいえ、特定の宗教は持ち合わせておりません。治癒魔法ではどうにもできない呪いや瘴気を解除出来ます。幸い一度も使われたことはありませんが。」

 

「こちらは鍛冶仕事を一任してもらっている、ドワーフさんの屋敷です。内部は残念ながら機密ですのでお見せできません。」

 

(神官に依存しない治癒技術、天候予測、娯楽業、解呪の技術、鍛冶の技術は鉄鋼品やマジックアイテムを見るに超一流……。正直ヤルダバオト襲来前の聖王国王都でもこれだけの力を持っているだろうか。しかしこの村がここまで発展したのは何故? 聞くに数年前までカルネ村は、何でも無い開拓村でしかなかったという。

 

 それにスレイン法国、そして王国から二度の襲来を受けている。アインズ様のおかげと言っているけれど、エンリ将軍の話を聞くに、最初の法国襲来、そして急に増えたゴブリンの兵站維持以外は自力で解決したみたい。そして今も恩を返すべく自給自足に乗り出している。……未だアインズ様を敵視する声もある聖王国との違いは何?)

 

 ネイアが考え込んでいると、シズが再び乱暴に頭を撫でてくれた。気持ちはとても嬉しいのだが、脳味噌がシェイクされ眩暈が襲う。

 

「シズ先輩、この村と聖王国の違いって何でしょうか。」

 

「…………自分で考える事が大事。アインズ様もそう言ってた。」

 

「そう、ですね。失礼しました。」

 

「…………その心意気は良し。流石後輩。偉い。」

 

 シズはふん、と胸を張った。正直威厳は無く、可愛らしい仕草以外の何ものでもないが、ネイアは黙っていた。

 

「おや、将軍閣下。横におるのが例のお客人かな?」

 

 白い建物の外に居たのは、髭を蓄えたドワーフであった。

 

「ええ、ゴンドさん。今カルネ村の案内をしていたところだったんです。」

 

「ほっほう。客人よ、お主らのお陰で今晩は旨い飯が鱈腹喰える!この国はな、食い物が桁違いに旨いのよ!酒も旨いらしい。それに魔導王陛下のお陰で、我々は職人としての自尊心と誇りを取り戻したのじゃ。」

 

「……!そうですよね!アインズ様、魔導王陛下は実に素晴らしいお方です!」

 

「お!目付きの悪い娘、皆お主とは良い酒が呑めそうじゃ。ま、儂は酒は呑めんがな。がははは!」

 

(ドワーフにもお酒が呑めない人が居るんだ。)

 

 シズはこっそりゴンドというドワーフに近づいて、耳打ちをした。

 

「……ふむ。目付きの悪い娘、折角なので土産を渡そう。ちょっと待っていてくれ。将軍、済まぬが少し席を離れていてくれんか?」

 

「はい、わかりました。」

 

 ゴンドは建物の奥へ引っ込んでいき、一本の匕首を持ってきた。

 

「これは【ルーン】という、付加魔法と異なる技術で作られた品じゃ。研究によって6つの文字を刻むことに成功している。このように……」

 

 ゴンドが石を宙に投げその刃に落とすと、石は綺麗な断面を残して2つに割れ、斬られた石は炎を宿し真っ赤に燃え始めた。

 

「1つの文字に多大な魔法の効果をもたらす。」

 

「ルーン……。アインズ様からお借りした、アルティメイト・シューティングスター・スーパーにも使われていたという……。」

 

「知っておったか!?」

 

「はい、その武器によってわたしは命を救われ、多くの命を助けられました。」

 

「ほっほう……。この匕首、お主にくれてやろう。」

 

「へ!?」

 

「魔導王陛下に一度お渡しした品であるが、一目見た後、好きに使うよう言われておる。客人に土産も渡さぬ失礼は出来ん。……シズ殿もそれで問題ないな?」

 

「…………ない。ネイアはルーンの素晴らしさを、多く広めるべき。」

 

「しかし、そんな高価なもの!」

 

 アルティメイト・シューティングスター・スーパーほどとは思わないが、刃に落としただけで石を斬れるなど、聖剣に並ぶ逸品に違いない。思わず悲鳴のような声を上げる。

 

「…………ネイアは、アインズ様の信じたルーンの素晴らしさを多く広めるべき。」

 

 シズの援護射撃を受け、ネイアはありがたくゴンドから匕首を頂いた。ネイアは布で丁寧に匕首を覆い、鞄に仕舞う。そして遠くで待機していたエンリ将軍が合図で戻ってきた。

 

「楽しそうにお話されていて何よりです。……間もなく歓迎の宴を行わせて頂きます。お楽しみ頂ければ幸いです。」

 

 

 

 村の広間には5000を優に超えるゴブリン・人間・ドワーフ・オーガが揃い、音楽隊による演奏まであった。聖王国の国歌まで演奏されたときは、その心遣いに感銘を覚えたほどだ。料理と酒の数々が机に並び、各々ドンチャン騒ぎをしており、視界の全員が笑顔で楽しむ。シズとネイアはこんもりと盛られた肉と卵料理の皿、バカでかい器に入れられた果実水を楽しんでいる。

 

「エンリ様、これほどの村、諍いは起きないのですか?」

 

 ネイアはエンリへと尋ねる。

 

「勿論平和なことばかりではありませんよ?ドワーフの方の酒盛りがうるさいだとか、ゴブリン聖騎士隊と魔導支援団の方がお互い喧嘩ばかりして困るだとか、お酒やお肉の量が少ないだとか……課題は一杯です。」

 

 ……ネイアは目を丸くする。そんなものは課題と言わない。ネイアは魔導王陛下が如何に素晴らしいかを学ぶ上で、様々な王の統治を勉強した。そんな不満というのは、有能な王が統治を上手くしている時の内容であり、言うなれば不満というより愚痴だ。目の前のエンリ将軍はアインズ様に認められるだけあり、有能な王……否、将軍なのだ。

 

「エンリ様、わたくし、この村にあって母国に無いものの正体が分かりました。」

 

「……?なんでしょう?」

 

「力のある正義、正義を正しく使える力。そして他種族さえも許容し共存する寛容さです。この場に居る誰もが笑っている。そんな世界を作るためには力と正しい心が必要。そしてアインズ様はその力を可能とする。それを改めて実感しました。」

 

「そうですか、それは良かったです。……ネイアさん、シズさん。ドワーフの皆さんが何だか呼んでいますよ?」

 

「…………む。あそこはお酒臭い。」

 

「まぁドワーフですからね。シズ先輩、一緒に行きませんか?」

 

「…………後輩の頼みなら仕方がない。」

 

 そうしてカルネ村の宴は、日が昇るまで続くのであった。



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幕間 各自の暗鬱 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは久方ぶりに胃を強く痛め、机にはポーションの空瓶が散乱していた。幾ら考えても答えは浮かばず、乱暴に頭を掻き毟ると驚愕するほどにその麗しい金髪がハラハラと抜け落ちていく。

 

 対面に座る筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネンも報告を終えた後、沈痛な表情で目を俯かせていた。

 

「リ・エスティーゼ王国を襲ったヤルダバオトがローブル聖王国北部を蹂躙し、あの夢見の妄言女……カルカ・ベサーレス聖王女が崩御なされた。そして聖王国騎士団長レメディオス率いる使者の援軍要請によって、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が単身で聖王国へ乗り込み……

 

 一度激闘の末敗れるも、数ヶ月後ヤルダバオトを撃退。聖王国は現在聖王派閥の北部勢力と貴族派閥の南部勢力が二分している。その一連の流れが、〝アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下ご逝去〟の真実。ロウネ、わたしの認識に間違いはないな?」

 

「はい、御座いません。陛下。」

 

 聖王国が南北で火花を散らし合い内戦の寸前状態にある。ここまでの情報であれば、以前の-〝魔導国属国〟バハルス帝国を預かる前の-ジルクニフなら聖王国に使者を送り、秘密裏に南北両勢力へ帝国の間者を送り込み攪乱させ、内部不満を高め不和を招き、やがては武器供与(レンドリース)を含めた支援を行い、帝国の統治下とする青写真を描いていただろう。

 

 しかし今のジルクニフは、そんな立場にない。

 

(一国の王が単身で他国を助けに行く?なんの冒険活劇だ!せめて玉座の間で見た配下の誰かであれば、有益な情報となりえたのだが……。それにヤルダバオトとは一体何者だったのだ?最初は自作自演を疑ったが、それにしてはあのアンデッドの行動は行き当たりばったりが過ぎる。それにあの骸骨が負ける?なんの冗談だ。しかし本当に英雄譚とするならばより良い脚本がある。

 

 自分の敗北を宣伝するなど、無知な者には稚拙な〝倒せます〟アピールにしかならないし、知識有る者には自作自演を疑ってくれと言っているようなものではないか。しかしわたしでさえ思いつくことをあの化け物が考慮しないはずはない。本当にヤルダバオトという悪魔はあの骸骨と互角に近い化け物だったのか?いや、なにもかも疑念を抱かせる演技?……だめだ、やつの鬼謀はわたしの及ぶところではない。)

 

 国を導く者として育てられ、賢帝と崇められ、鮮血帝と恐れられたジルクニフにとって〝相手の手の内を考える〟ことは既に癖を通り越し、生理現象も同然の事。既に属国を預かる身として、ほどほどの無能であろうと決意した現在も、その性質までは抜け落ちない……解けない呪いというべきか。それが胃を痛め、絶望を催す抜け毛の原因である病的な自傷行為と解っていても止めることが出来ないのだ。

 

 大親友リユロから、奇抜なファッションの銀髪少女……シャルティア・ブラッドフォールンが数万ものクアゴア族を瞬殺出来る実力者ということは解ったが、明確な強さは未だ謎に包まれている。あまりにも次元が違いすぎて理解が及ばないとも言える。

 

「そして北部を中心として、ネイア・バラハ率いる魔導王陛下を神と崇める集団……宗教団体と言い換えても良いが、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』その総数は既に20万を超えており、武装親衛隊から結成される私兵は聖王国正規軍に匹敵、下手をすれば上回るまでの実力を有している。」

 

「そちらも認識に齟齬は御座いません。」

 

「……そして、その聖王国『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』の代表、ネイア・バラハ氏が帝国を訪れると。」

 

 ここ数日ジルクニフを襲う強烈な胃痛と抜け毛の原因はこれだ。

 

「ローブル聖王国という神殿勢力の強い国にありながら、北部人口の1/10弱を既に信徒としており、その団結力たるや……」

 

「いい、皆まで言うな。」

 

 聖王国は神殿勢力の大きな人間の国であり、帝国以上にアンデッドを不倶戴天の敵とする国だ。アンデッドの身でありながら、そんな民を狂信させうるあの怪物は、どのような謀略を巡らせその奇跡を成し遂げたのか……。

 

「これは、カスポンド聖王陛下を招く以上の大仕事となる。〝属国〟となって最大の仕事ともいえよう。下手な真似をすればわたしの首だけではなく、皇宮の一族郎党連座させられての処刑もありうるぞ。」

 

 ロウネは姿勢を正し固唾を呑み込む。

 

「我々は魔導国の属国という立場を明確にし、魔導王陛下の部下であるシズ様なるメイド悪魔の言うがままに帝国をご案内すればよいのだ。いまのところ目立った不安定分子は無いが、突進する猪が如く愚者の行動とは読むことが出来ん。……現在ローブル聖王国からの入国者は?」

 

「はい、商人・使者・大使館の者を含め、3000人ほどが滞在しております。」

 

「アルベド様に許可を頂き、全員を国外に追放することは可能か?」

 

「……排他的な支配を魔導国はお望みになっておりませんので、難しいかと思われます。」

 

「では入国者全員、そして素性不明な者の所在を把握し、監視を付けろ。予定では3日以内にネイア・バラハ氏が帝国へご訪問される。」

 

「み、3日ですか!?」

 

「これはバハルス帝国……800万人の民の命運を懸けた仕事だ、やれ。ただ武装決起と誤解されないよう、アルベド様にご許可を頂いてから実行に移すんだ。」

 

「畏まりました!直ちに手配致します!」

 

「わたしへの報告は最低限の簡潔なもので構わない、今はわたしの命令を遵守し実行することだけを考えよ。」

 

 その瞳にはしばらく宿っていなかった鮮血帝の光が輝いていた。

 

 

 ●

 

 

 ゴン ゴン ゴン ゴン ゴン ゴン と、鈍い音だけが延々と響き渡っていた。それは石で作られた机に人間の頭部をぶつける音であり、王国を裏から操る犯罪組織八本指の拠点で生じている事態だ。勿論拷問の場面でもなければ、仲間同士の不和による暴力沙汰でもない。

 

「ひ、ヒルマ!落ち着け!頭から血が出て居るぞ!治癒のポーションだ、さぁゆっくりでいい、飲むんだ。なぁ。」

 

 心ここにあらずという表情の瘦せこけた-元は麗しかったであろう面影のある-女性。元高級娼婦にして、八本指麻薬担当をしていたヒルマは大理石の机に頭を打ち続けるという狂人も斯くやという行動を止め、真なる仲間の言葉に沿い治癒のポーションを口にする。

 

「はぁ……はぁ……。もう、ダメだよ。終わりだよ。みんな揃ってまた黒い地獄行きさ、あ、あ、ああああああああああああ!!」

 

 世界の終焉を前にした様な絶望溢れる声に、他の八本指の長たる男性たちも狼狽する。

 

「おちつけヒルマ、まず何があったか話すんだ。お前はひとりじゃない。」

 

 ポーションを渡した男はヒルマの手を強く握りしめ、協力の意思をあらわにした。そう、ここに集まる6人はかつてこそ敵対することもあったが、今や誰よりも信じられる仲間であり、護るべき仲間なのだ。

 

「エ・ランテルに、聖王国からの客人が来ることは聞いているよねぇ?」

 

「ああ、なんでも聖王国で魔導王陛下が新たに配下としたメイド悪魔を連れて……だったか?」

 

「そうさ!」

 

「エ・ランテルは、彼のアダマンタイト級冒険者モモン様がご案内するんだろう? 王国でも話題だが、それの何が問題なのだ?」

 

「あの馬鹿が〝聖王国の人脈を作る好機〟って無駄に張り切ってるんだよ!! あの農民兵20人しか連れられない三流貴族がしゃしゃり出て何が出来る!? それにモモン様と対峙して引くような賢さがあの馬鹿にあるかい!?」

 

 既にエ・ランテルはリ・エスティーゼ王国にとって他国であり、如何に近隣の貴族といえど人脈作りを目的とした意味もない入国、ましてや相手は魔導国の外から来た客人となれば無礼千万と叩き斬られてもおかしくはない。尤もそんなことにさえ頭が回らないから、フィリップはフィリップなのだ。

 

「落ち着け!落ち着くんだ!いくら何でも越権行為、こちらで手を回し、魔導国への入国を阻止すれば済む話。」

 

「あははははは……。わたしがその手を打たなかったと思うのかい?アルベド様はね、〝アインズ様はエ・ランテルへの入国および、王国貴族との接触を許可された〟と仰ったんだよ。」

 

「ひぃ!」

 

 おそらくは新たに配下としたメイド悪魔の周知、そしてリ・エスティーゼ王国貴族と魔導国の融和を聖王国の客人に見せるためだろうか?だが相手は……。

 

「なぁ、事故に見せかけてあいつを馬車で轢き殺してくれないか?一生のお願いだからさぁ……。」

 

 5人の男達は俯き、ヒルマの願いも悪くないと思えてしまった。



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バハルス帝国 序章 アダマンタイト級冒険者チーム

 朝まで続いたカルネ村の宴、昼過ぎまで客間のソファーで眠っていたネイアは、頬に感じる柔らかさと温もり、母のように慈愛溢れる頭を撫でる手の感覚に飛び上がった。

 

「し、しし、シズ先輩!!」

 

「…………ネイア。やっと起きた。疲れてた?」

 

「ちょ、ちょっとそうかもしれません。わたし、ひ、膝枕で眠っていたのですか。シズ先輩の!?」

 

「…………涎対策はバッチリ。私は学んだ。」

 

 シズは親指をビシっと立ててネイアを見る、膝には薄い布が敷かれていた。どうやらシズの私物ではなく、カルネ村から借りたもののようだ。布には眠っている間に垂れたであろう、ネイアの涎で少し濡れている。

 

(お、お洗濯して返そう。)

 

 勿論カルネ村が客人のそんな提案を受け入れるはずがなかった事など、言うまでも無い。

 

 

 

 

「エンリ村長!カルネ村皆様の熱烈な歓迎を改めて感謝します。そして聖王国には不足しているアインズ様への忠誠心と恩義への報い、何よりも人間は他種族との共存が可能であるという無限の可能性。その一端に触れることが出来、このネイア・バラハ、幸甚の至りに御座います。」

 

「…………私も楽しかった。礼を言う。」

 

 正門前に集まるのはエンリ、ンフィーレア、そして村人の人間・ゴブリン・ドワーフ・オーガの面々。皆別れを惜しむ顔であり、何処か旅へ赴く娘達を見送るような場景さえ思わせる。

 

「いえ、こちらこそ大した歓迎も出来ずに……。何より魔導王陛下についての語らいは、とても楽しいものでした。何も無い村ですが、気が向いた時は是非また遊びに来て下さい。村民一同、快くお待ち申し上げております。」

 

「目付きの悪い娘っ子!また魔導王陛下の素晴らしさについて存分に語り合おうではないか!」

 

 ネイアはその言葉に胸を熱くさせる。

 

 聖王国内で同志達とアインズ様の素晴らしさについて語り合うことも悪くはないが、こんなにも遠く離れた地-アインズ様が統治する魔導国なのだから当然だが-で、それもドワーフやゴブリンという他種族と陛下の素晴らしさを語り合えるということは至上の喜びといえる。

 

「はい!是非またお邪魔させていただきます!それまでにわたくしも、皆様そしてアインズ様に恥じない存在となるよう精進致します!」

 

「それではこの後も他の魔導国を回るということですので、道中お気を付けて。」

 

 エンリ・エモットは深々と一礼し、見送りに来た全員が合わせて一礼する。なんと素晴らしい光景だろう。ネイアはグッと涙を堪える。きっと泣いてしまえばまたシズ先輩のハンカチを汚してしまう。

 

 

 それに今生の別れでもないのに涙で終わるというのは余りにも失礼というものだ。ネイアは満面の笑みを作り、カルネ村に一礼し、正門を出てシズと歩き始めた。

 

(いや~あれがシズちゃんお気に入りの玩具っすか~!でもまぁ、確かに人間にしては見所があるっすね~、へぶ!)

 

「シズ先輩どうしたんですか?いきなり空中に石なんて投げて?」

 

「…………何でも無い。ちょっと狼が飛んでたから追い払った。」

 

「……お、狼が?飛ぶ?」

 

「…………気にしない。」

 

 しばらく歩き、シズとネイアは玉座の間からカルネ村へ転移した<転移門(ゲート)>の前に立つ。

 

「これは、またアインズ様のお部屋に繋がっているのですか?」

 

「…………いや。違う場所。」

 

「そう、ですか。」

 

 ネイアが残念8割・安堵2割で返答する。アインズ様のお顔を見ることが叶うのはこの上無い喜びだが、7日間毎日では心臓に悪すぎる。それに魔導王陛下もお暇ではないだろう。考えれば自分を招くために時間を割いて下さったということが特別なのだ。……特別、と言う結論に至って、ネイアの胸は感動に打ち拉がれる。

 

(そうだ!やっぱりわたしの活動を、アインズ様は評価して下さったのだ! でなければ、多忙なところお時間を割いてまでわたし如きをお迎えに……ああ、なんと慈悲深く、偉大なお方!!)

 

「…………この<転移門(ゲート)>はバハルス帝国。魔導国の属国に繋がっている。」

 

 バハルス帝国、以前はリ・エスティーゼ王国やスレイン法国と並び、大陸に覇を唱えていた大国である。ヤルダバオト襲来の騒ぎで聖騎士団各員には伝達が遅れていたらしいが、バハルス帝国の皇帝が自ら書面で各国に魔導国の配下に加わることを周知していたらしい。

 

(そう考えれば、ヤルダバオト襲来の時帝国に力を借りに行く案があったけれど、実行されれば徒労に終わっていたのね。)

 

 自分たちがアインズ・ウール・ゴウン魔導国に救国を求め導かれたことも、自身がアインズ様という絶対なる正義の従者でいられたことも、アインズ様がヤルダバオトという巨悪を撃退してくれたことも、正義に気がつき多くの同志を募れたことも、今となっては全てが運命のように感じる。

 

「…………バハルス帝国は広い。全てを見てまわるのは不可能。それでもいい?」

 

「勿論です。ではシズ先輩、お願いします。」

 

 2人は手を繋ぎ、<転移門(ゲート)>の中へ消えていった。

 

 

 ●

 

 

 エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。広々とした一階は全て酒場となっており、魔導国の首都となってからしばらくは客足が遠のいていた。しかし今は昔ほどとは行かないまでも、高名な商人や冒険者が集うまでには客足が回復している。

 

 そんなラウンジの一席で、女性5人が優雅にお茶を飲んでいた。……1名を除いて。

 

「……イビルアイ!まさかと思うが、これから仮面を付けたまま紅茶を飲む魔法でも見せてくれんのかい?」

 

 明らかに挙動不審になっており、動転のあまり仮面に紅茶を飲ませる寸前だった少女に一喝が入る。赤いマントに奇妙な仮面をつけた少女--イビルアイに対し、ガガーランが呆れたように放った言葉だ。

 

「ち、違う!香りを楽しんでいただけだ!そんな無様な姿!見せられる訳無いだろう!」

 

「いつもの赤いローブ、クリーニングに掛けてある。」

 

「それでもボロボロなのに。」

 

「髪も高価な香油で洗ってる、昨晩と朝、二回も。」

 

「左腕のマジックアイテムと仮面もピカピカ。」

 

「なんと必死な……。」

 

 全く見分けの付かない忍者姉妹はイビルアイに仮面を向けられるが、カップを傾けて素知らぬ顔でお茶を啜る。

 

「必死とはなんだ!彼の!彼の漆黒の英雄モモン様から直々に依頼を受けたのだぞ!?万が一の無礼があったらどうする!」

 

「しっかし不思議よねぇ。モモン様からわたしたちに依頼だなんて、出来ることはあるのかしら?」

 

「……モモン様は先の聖王国で、怨敵ヤルダバオトを自ら討つことが叶わず、自責の念に捕らわれているのかもしれない。いや!そうに違いない!ああ、モモン様!エ・ランテルの住民を護る為、苦しむローブル聖王国の民を護る為、この二者択一にきっと血が滲む苦渋の選択を強いられたのだ!ああ、なんという事だ!心を痛められているに違いない!」

 

「しっかしあのヤルダバオトを魔導王陛下が直々に倒しちまうなんて、こりゃモモン様が居なけりゃ住民も不安ってもんだ。だがよ、思ってたより随分と良い街じゃあねぇか。デスナイトが道を譲ってくれたときゃ仰天したぜ。」

 

 カラン と扉が開く音がして、アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇一同は姿勢を正した。その先には真紅のマントを靡かせ、金と紫の紋様が入った漆黒に輝く全身鎧で身を包んだ巨躯。横には長い黒髪を束ね、きめ細かい美しい色白の肌を持つ異国風の美女。

 

 蒼の薔薇と同じアダマンタイト級冒険者チームであり、その名をリ・エスティーゼ王国だけではなく各国に轟かせている〝漆黒の英雄〟モモンと〝美姫〟ナーベがやってきた。

 

「お呼びした身でありながら、お待たせして大変申し訳ない。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ様。イビルアイ様。ガガーラン様。ティア様。ティナ様。」

 

 颯爽と現れた漆黒の巨躯は、見る者の目を奪うほど優美な一礼をした。

 

「……いえいえ、頭をお上げ下さいモモン様!!わたしたちも今来たばかりなのです。どうぞお掛けになって!」

 

 慌てふためくラキュースに、モモンは〝そうですか〟と一言話し、ナーベと共に蒼の薔薇面々と同じ卓を囲む。

 

「この度は栄光ある冒険者チーム、蒼の薔薇の皆様がわたくし共の身勝手な依頼を聞いて頂くため、遠方より足を運んで下さった事に深い感謝を申し上げます。」

 

「いえ、こちらこそ。漆黒の英雄と名高いモモン様から直々のご指名を頂いた事、心より光栄に思います。」

 

「早速本題なのですが……。ローブル聖王国におけるヤルダバオトの一件は既に皆様の耳に入っていると思います。」

 

 卓上で握りしめるモモンの両拳は、強固であろう鎧がねじ曲がるのではないかという強い力が宿っており、忸怩たる思いが十二分に伝わるものだった。勿論蒼の薔薇面々は何も言えない。モモンからすれば逃がしてしまった怨敵であり、馳せ参じられぬことで多くの民の命が奪われたことは事実だ。

 

 蒼の薔薇一同からすれば-イビルアイ曰く〝化け物の中の化け物〟-手も足も出ない相手であり、責める資格もなければそのつもりもない。だが、気安い慰めをかけられるような状況でもないので、沈痛の面持ちで俯く他に無い。

 

「パン――モモンさん。我々には護るべき命が他にあったのです。我々の剣は無駄ではなかった。そう結論付けたではありませんか。」

 

「……ああ、ナーベの言う通りだ。すみません、お見苦しい姿を。さて、言葉を飾るのは得意ではないので、依頼内容をお伝えさせていただきます。ヤルダバオトの脅威が去った聖王国より、魔導国へ客人が来ているのです。ネイア・バラハという、今やローブル聖王国正規軍をも凌駕する武装親衛隊を持つ団体の長。わたしはその護衛を任されました。」

 

「ネイア・バラハ……〝凶眼の伝道師〟ですか?」

 

「ご存じでしたか。そう、彼女です。至っっ高のぅお……!アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を絶対の正義・神として活動する団体であり……ローブル聖王国からすれば、抹殺したい人物の筆頭でしょう。」

 

「しかしモモン様!あなた様であれば、少女を1人護衛するなど容易なことでは!?」

 

「イビルアイさん、それはわたくし共を買い被りすぎです。わたしとナーベは正面から襲い掛かる敵に対しては些か自信がありますが、狙撃・毒殺・爆殺が企てられた場合、存分に力を発揮はできません。ナーベは第3位階までの魔法を習得していますが、あくまでも戦闘に特化しているのです。」

 

「そこでわたしたちの力を借りたいと……。」

 

 蒼の薔薇一同は納得をする。忍者姉妹は隠れた者の探知が行えるし、イビルアイは強固な防壁を張ることも可能だ。暗殺への対策、護衛という意味では十分なサポートが出来るだろう。

 

「報酬は言い値で払いたいと考えております。どうか、力なきわたしにその能力を……。」

 

「あ、頭をお上げ下さいモモン様!わかりました!是非ご協力させていただきます!」

 

「……本当ですか、ありがとう御座います。詳しい時間などが決まりましたら、再度ご連絡をさせていただきます。」

 

 モモンは右手を差し出し、ラキュースがそれに応じる形で交渉は成立となった。

 

「いいか皆!モモン様に恥をかかせることのないよう!懸命に励むのだぞ!」

 

「イビルアイこそ、呆けてトチるんじゃねえぞ!」

 

「何をいうかーー!」

 

 

 ……黄金の輝き亭を去っていった蒼の薔薇面々を一礼で見送り、モモンは<伝言(メッセージ)>を送る。

 

 

Fräulein(フロイライン)たちはその手を至っ高なる神へと差し出されました!」



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バハルス帝国 ①

 帝国屈指の高級宿屋で1階のフロアは丸々全て酒場となっている。とはいえ瀟洒な大人の酒場というよりは、ガヤガヤとしたビアホールという風情がある。

 

 ビアホールには、高名なワーカーから大商人・豪農、歴戦の騎士、他国の旅人まで多くが集まっており、老若男女全ての人々は壇上に立つ1人の目付きが悪い少女に釘付けとなっていた。

 

「――この中には、戦争を経験した方も多くいるでしょう。小競り合いの戦争だったはずが、突発的な理由で、多くの犠牲が出た。そんな経験もあるはずです。我が母国、ローブル聖王国にもヤルダバオトという超弩級の厄災の火種が降り注ぎました。現実とは突然に無慈悲となるものです。」

 

 聴衆たちは神妙な顔で頷き、ざわざわと声を上げる。最初の諭すような演説は佳境に入り、声に熱が篭もっていく。同時に聴衆の心も大きく振り動かされた。

 

「平和とは!自然に天から降り注ぐものではありません。平和とは、幾多の犠牲を支払った、幾多の択一の果てに……命の選定という、人の身を超えた業たる所業のもと得られる、血で塗り固められた安寧なのです!それでも一心に!国や家族、大切な人を思う!それを繰り返してきたはずです!その気持ちに城壁や国境なんてありません。わたしは、誰しもが命に値するほど大切なものを持っていると確信しております。皆様が、それを護る為努力してきたことも!国防を担ってきた帝国騎士たるあなた!あなたもそのように思い、そして力になれた事を誇りに感じた事はありませんか?」

 

 名指しをされた騎士は一同の注目を浴び、タジタジと小声で「そのとおりだ……。」と言った。

 

「では、こう思ったことはありませんか?自分に絶対の力があれば、自分の大切な存在を護る者が居てくれたら。そうすれば命の選定などせずに、平和を享受出来るのではないかと!」

 

 小声ながら「そうだ。」といった声や、亡くなった者の名を呟く声が響き始める。

 

「しかし、自分・そして自分の大切な存在に、一番高い価値を付けられるのは自分だけ……、あなた達だけなのです!あなたの大切な人に、一番の値打ちを付けられるのは、あなただけなのです!今、こうして皆様はビアホールでお酒に興じられている。帝国も平和な状態にある。しかし!それはアインズ様……魔導王陛下のお力があってこそなのです!偉大な国家の恩恵に与る身でありながら、その恩義を返す努力を誰がされましたか!?」

 

 聴衆は皆、恥じ入るように静まりかえる。

 

「こんな他国の小娘が……。とお思いでしょう。しかし言わせて下さい。そして意見を下さい!与えられた平和を貪るだけの所業は、国のために戦った皆様のご先祖様・ご家族様への背信ではありませんか!」

 

 壇上に立つネイアは、最初向けられていた怪訝さや敵意の目が薄れたと感じ取り、一気に声を張り上げる。

 

「我々は、偉大なる魔導王陛下のため、強くならねばならないのです!力なき正義とは無力であり、正義無き力は暴力となります!アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、力を正しい方向に使う事が出来る方。それは、今ここで皆様が仕事終わりにお酒を楽しめていることが証明しているでしょう。しかし!それだけでは、いけないのです!」

 

「わたしたちも、強くならなければいけないのです!強さとは武力だけではありません。知識も情報も力となります。その恩義をアインズ様、魔導王陛下へ献上し、アインズ様……魔導王陛下の繁栄の一助たることが我々の役目ではありませんか!?魔導王陛下は慈悲深く、お優しく、そしてお強い方です。しかし甘んじてはいけないのです!魔導王陛下という正義に報いるため、我々も強くならねばならないのです!!魔導王陛下という絶対の正義が万年続く為に!慈悲深き魔導王陛下の正義のために!」

 

 ネイアが天を指すように人差し指を上げた拳を振り上げると、ビアホールは熱狂に包まれ、「魔導王陛下万歳!!」という止まない合唱が繰り広げられた。

 

 その姿を歯を軋ませ見つめるのは、帝国四騎士の1人であり、ネイアの護衛を任された<雷光>バジウッド・ペシュメル。

 

「こりゃ陛下に報告できねぇな。いや、しないと不味いか?しっかし、また陛下がポーション漬けになるぜ……。」

 

 バジウッドは壇上のネイアに無表情で拍手を送る美少女……メイド悪魔シズを見て、あの墳墓で見た、人の身で敵わない強者の気配を感じ取り、動くに動けなかった。

 

 最初はビアホールでの小さな諍いだった。ワーカーの1人が愚かにも魔導王陛下は死のアンデッドだという内容のつまらない冗談を飛ばし、それに帝国の……魔導国の客人であるネイアが聞き捨てならないと論争になり……。そして静かな諭すような論争が小さな火種となり、大火へ化け、やがてビアホール全体を包み込む焔となった。

 

「〝凶眼の伝道師〟か……。名前は伊達じゃねぇってやつだな。」

 

 仄かに自分の心にも響くものを感じ取り、バジウッドに改めて悪寒が走る。ネイアは万雷の拍手を受けながら、壇上から降り、シズの座る卓へ戻ってきた。ビアホールは未だ熱狂に包まれており、自分たちの存在意義・有用性、魔導王陛下の素晴らしさを語り合っている。

 

「あの……。シズ先輩、やりすぎましたかね?」

 

「…………そんなことはない。誰しもがアインズ様のために忠義を尽くすべき。何も間違ったことは言っていない。」

 

「良かったです。えっと、そんな訳で……、すみません。予想以上に盛り上がってしまいました。」

 

 ネイアがバジウッドへ、申し訳なさげに謝罪するのは、客人であり他国の人間如きが出過ぎた真似をしたという自省からだろう。先程壇上で見た獅子の咆吼を思わせる姿から小動物へ豹変したかのようだ。しかしその目には、自分は一切間違った行動はしていないという確固たる自信が充ち満ちていた。

 

「いえ、自分もその……魔導王陛下の恩恵に与る身として、勉強になる話でした。」

 

「それは良かったです!では帝国のお話、もう少し聞かせて下さい!」

 

 ネイアの鋭い目がバジウッドを射貫き、身震いさせる。属国となる前の帝国、属国となってから平和となった帝国の話、少しずつアンデッドに慣れてきているが未だ忌避感は抜けない今後の課題など、バジウッドは日付が変わるまで話に付き合わされた。

 

 

 ●

 

 

 高級宿屋の特別室。1つで3人は寝られそうな柔らかいベッドが2つ並んでおり、深夜でも軽食やドリンクを頼めるそうだ。夕刻頃にシズとネイアは<転移門(ゲート)>を潜り、そこにはバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが直々に出迎えてくれており、入国を歓迎された上、頭まで下げられた。

 

 ……帝国の皇帝に頭を下げられるなど、少し前のネイアには考えられないことだ。不敬かもしれないが、カルカ聖王女ですら叶ったか解らない。夕方という時刻でもあり、本日は宿屋で休みをとり、明日以降、本格的に帝都の観光をさせてくれるとのことだった。

 

 しかしネイアの想像する属国とは全く異なり、女性も子ども達も笑顔であるし、商人の影は多く交易も盛ん、駆け出しの芸術家が絵はがきを売る屋台まであった。他の属国というものをネイアは知らない。ヤルダバオトの収容所は別だとしても、これほど慈悲に溢れた統治があるだろうか。

 

「やっぱりアインズ様は偉大な御方なんだ。」

 

 これだけ偉大な御方の恩恵を授かりながらその自覚がない人間とトラブルを起こしてしまったが、最終的に向こうが納得してくれたので問題はないだろう。

 

「…………そう、アインズ様は偉大な御方。ネイア。やはり味がある。顔以外にも。」

 

「いや普通に傷つくんですが、シズ先輩。」

 

「…………わたしはアインズ様を貶されて、何も出来なかった。倒したり、殺すことなら簡単だけれど、ネイアのようには出来なかった。」

 

 シズの無表情にはネイアだけが感じられる悔しさが見て取れた。

 

「大丈夫です。わたしにも出来たのですから、シズ先輩にも出来ますよ。」

 

 嘘偽り無い尊敬の言葉だが、シズは「むっ」としたようだ。相変わらず可愛らしさが先に出る。そしてシズは聖王国で初めて心を交わした時のように、何処からか飲み物を取り出した。以前は茶色の液体だったが、今度は派手なピンク色をしている。

 

「…………先輩からの奢り。」

 

 シズは蓋を外しストローを差したモノをネイアに渡す。そして自分にも同じモノをとりだした。最早ネイアに以前のような不安は無い。むしろどんな美味だろうかと期待が募る。

 

「甘い!果物の味?ちょっと違うけれど。」

 

「…………ストロベリー味。」

 

 それは以前飲んだ甘くほろ苦い不思議な甘さではなく、鮮明で思わず一気に飲み干したくなる甘さだ。演説で火照った身体と乾いた喉に染みこむ甘さに、ネイアは満足感から眠気を覚える。ストローを咥えるシズがネイアの横に座り「…………よしよし。」と言いながら背中をさすってきた。

 

 ネイアは自分よりも小さな身体のシズにもたれ掛かり、そのまま船を漕ぐ。そうして2人の帝国での1日目は終わるのだった。

 



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バハルス帝国 ②

「布教活動……はは、ローブル聖王国の民が、魔導国属国であるバハルス帝国で魔導王陛下の布教活動か。凄まじいな。民達の反応は?」

 

 メイド悪魔シズと凶眼の狂信者ネイア・バラハの護衛を<重爆>レイナースに委ね、宮廷に帰還したバジウッド。その報告を聞いたジルクニフは、乾いた笑いを浮かべる他無かった。

 

「魔法や魔術を見ている様だった。雄弁術の傑作ですよ。ほんの数十分間で群集がああも変わってしまう様子なんざ見たことがない。まるで手袋を引っ繰り返すみてぇだった。ありゃ天性の扇動家だ。」

 

「……君がそれほど饒舌に話すということは、君もネイア・バラハに扇動された口かい?……ああ、答えなくてもいい。顔に図星と書いているよ。」

 

 ジルクニフは皮肉げに笑い、肩を竦めた。

 

「俺は事前の知識があったし、こんなんでも陛下をそこそこ尊敬してる身だ。だから皆ほど狂うことはなかったんだが、心を打たれたのは確かだ。ただ……。不思議なのは、熱狂して心打たれた事実は覚えているんだが、何を具体的に話していたのかは覚えてねぇんだよ。それこそ声に心を打たれたというよりも、場を熱狂させるというか……。」

 

「ほう、魔法は使っていない様子だったのだろう?ならば何らかの生まれながらの異能(タレント)を持ち合わせている可能性があると。」

 

「かもしれねぇ。もっとも、場の空気を支配するって意味じゃあ魔導王陛下の足下にも及ばないがな。」

 

「ネイア・バラハが生まれながらの異能(タレント)--それも〝扇動者〟という希有な力を持っていたのならば、ヤルダバオト襲来以前のローブル聖王国で、騎士従者なんて身分にいなかっただろう。おそらく、彼女が能力を持ったとすればヤルダバオト討伐中かその後の話だ。魔導王陛下には、他者に生まれながらの異能(タレント)を付与させる力がある? いや、それならば彼女だけを特別視させる意味はないな。」

 

「あれ? 俺はてっきりこの話を陛下にすれば、またポーション漬けになると思ったもんだが、やけに楽しそうじゃないですか。」

 

「わたしが胃を痛めていた理由はネイア・バラハ氏が帝国民によって危害を加えられる、又は聖王国やスレイン法国が送り込んだ刺客によって帝都で襲われないかどうかだ。騎士団に周囲を見張らせているし、ネイア氏が口にするものは全て秘密裏に信頼厚い毒味役を付けている。

 

 それに彼女にはシズなるメイド悪魔もいるのだろう?準備は万全に整えたんだ、後は心配するだけ時間の無駄さ。楽しそうな理由はそうだね……人間とは理不尽を経験しすぎると、その状況さえ楽しめてしまう動物であるらしい。それに、鉄火場から離れ安全地帯から思考を巡らせる事もまた楽しいものだよ。」

 

 ジルクニフはどこか諦観した様子で軽く鼻を鳴らした。

 

 

 ●

 

 

 翌朝、帝都の高級宿屋で目を覚ましたネイアは、最初に起きていた-というか寝ているところを見たことが無いが-シズと共に湯浴みを行い、朝食を共にした。

 

「ネイア様、シズ様。わたくしバハルス帝国闘技場の興業主をさせていただいているオスクと申します。この度は、お二方を闘技場へお招き出来る光栄を賜っております。」

 

「……兎です。」

 

 2人を馬車に案内するのは髪を地肌が見えるほど短く切った恰幅の良い男性と、兎の耳を生やしたメイド服姿の美麗な亜人だった。

 

「う、兎?」

 

「ええ、この者はラビットマンという種族で、名前を兎と言うのです。」

 

 何だか「わたしの名前はニンゲンです。」と言われた奇妙な違和感を覚えるが、ネイアはそういうものだと納得する。シズとネイアは隣同士座り馬車に揺られ始めた。

 

「闘技場ですか、ローブル聖王国には無い風習です。是非楽しませて頂きます。」

 

「はい、聖王国の方からすれば野蛮に思うかもしれませんね。」

 

「そんな事はありません。力を……自らの牙と爪を研ぐ事は、その力を暴力にしない限り決して悪ではないのですから。」

 

「ほう……。ちなみに現在の王座は空席でして、王者試合は観戦出来ませんがご了承下さい。」

 

「王者が、不在?」

 

「何しろ……、拳闘場の王者は以前、武王という者だったのですが、武王が魔導王陛下に完敗して以来王座が空席になっているのですよ。闘技場のルールに則り魔導王陛下を倒した者が王者というわけですが、事実上万年空席というやつでしょう。」

 

「陛下御自ら闘技場に!?アインズ様は魔法詠唱者(マジック・キャスター)では?」

 

「そうです。陛下たってのご希望で、魔法を禁止し、それでも構わないと闘技場へ赴き……。そして武王を完膚無きまでに叩きのめしたのですよ。」

 

 ネイアはどのような意図からアインズ様が御自ら闘技場に立ったのかは解らない。しかしそこにはネイアが考えも及ばない深い思慮と慈心があったに違いないことだけは確かだ。

 

「実をいいますと、闘技場の開幕は昼過ぎからでして。もしお二人がよろしければ、当館へご招待させて頂きたいと考えていますが、如何でしょうか?」

 

 ネイアはシズの顔を見る。どっちでも構わないという顔だ。

 

「では、御言葉に甘えさせて頂きます。」

 

 

 

「こちらが当館となります。」

 

 ネイアとシズが案内されたのは、執事が出迎える、聖王国でも中々見られない巨大な屋敷だった。そしてオスクという男に案内されたのは、歴戦の傷跡が残る武具・防具が良く油で磨かれ保存されている部屋だった。

 

「今お茶を持ってこさせますので、少々お待ち下さい。」

 

「…………む。」

 

 ネイアはシズの発した「む。」のイントネーションから、不機嫌ではなく、興味を惹かれた興奮故の声であると判断する。実際その宝石の様に輝く緑の目は、なお一層燦然と煌めいている。

 

「シズ様は武具・防具にご関心が?」

 

「…………ミリタリーはロマン。博士が言ってた。」

 

「わたしも弓手ですので弓には興味がありますね。」

 

 ネイアが目を惹かれるのは、古代のロングボウから、魔導が付加された最新鋭の弓、そして……

 

「これ!ルーンですか!?」

 

「流石ネイア様!良い目をされておりますね!こちらは150年以上前にドワーフの王国で作られた弓で、3つのルーンを宿した逸品です。命中率上昇・運気上昇・貫通力上昇がそれぞれに込められているのです。」

 

 許可をとり、手袋を嵌めて実際に手にさせて貰うことも出来た。アルティメイト・シューティングスター・スーパー程の力は感じないが、国宝級の弓と言われても違和感を覚えないだろう。以前のネイアであれば手が震えているところだ。

 

(ああ、魔導王陛下にお逢いしてから、マジックアイテムに対しての閾値が高くなってるなぁ。)

 

 シズを見ると顔を軽く動かし、何かを促しているようにも思える。中々感づかないネイアに対し、シズは鞄を凝視し始めた。

 

(え!?ひょっとしてカルネ村で貰ったルーンのこと?でも帝国も魔導国の一部なんだから、わざわざ広める必要も無いんじゃ……。)

 

 そう思ったが、シズ先輩の無言の圧力に屈して、弓をケースに戻し、鞄からカルネ村のドワーフに貰い受けた匕首を取り出す。

 

「ルーンと言えば、わたくしも今回魔導国へ来た土産にこんなものを貰ったんですよ。」

 

 それは鍔のない柄と鞘・刀身だけで構成された簡素な匕首。しかし刀身には6つの紫のルーン文字が刻まれており、オスクは目を丸くして呆然とした。

 

「み、見せて頂いてもよろしいですか!?ルーンが……6つ!?200年以上前にドワーフの王族が持ち合わせていたルーン武器、大地を轟かせる大槌が6つと聞いております!これを、どこで?」

 

「魔導国で、です。」

 

「ま……」

 

 魔導国の何処でしょう?と聞きたいのだろうが、客人に対しこれ以上詰問するのは失礼と理性が辛うじて働いたのか、ネイアへの言及を止め、ただ鋼とルーンの美しさに見惚れている。

 

「…………アインズ様に忠義を尽くせば、きっとあなたも同じ物を手に出来る。」

 

 シズが匕首に魅惑されているオスクに声を掛ける。オスクはその言葉に瞳を光らせ、静かに刃を鞘に収めネイアに返した。

 

「畏まりましたシズ様。アインズ様のご期待に添えるよう、今後一層の精進をさせて頂きます。」

 

「…………ん。」

 

(シズ先輩は最初からこの流れを予測していた?……わたし個人としては、アインズ様の力と富に心酔するんじゃなく、アインズ様を正義と思える者こそが同志と信じていたけれど。それはわたしの我が儘だったのかな。)

 

 ネイアはアインズ様が……魔導王陛下こそが正義であるという絶対の真理こそ揺るがないが、ネイアの中で〝正義の捉え方〟という新たな課題と試練が生じ始めた。



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番外編 アインズ様の支配者日記

 魔導国建国××日

 

 今日は聖王国への単身赴任も終わり、アルベドたちの好意で二日ほど休みを貰っている。状態異常の呪い装備を付けてでもベッドで眠りたい。二日後には書類の山かと思えば無いはずの胃が痛くなる。聖王国といえば、シズに友人が出来たというのは素直に嬉しい。ガーネットさんが聞いたら喜ぶだろうか。休暇を取らせて遊ばせたい。仲間達の娘に友人が出来ていくのは今後も続けばいい。……相手がネイアという殺し屋みたいな目をした少女というのが少し気にはなるけれど。

 

 魔導国建国××日

 

 今回は「おもてをあげよ!」のタイミングが良い感じに決まった!何度も練習したが、やはり本番になって他者が居ると全然違うからなぁ……。卒業式みたいに予行演習があればいいのに。デミウルゴスはキマイラの交配実験を牧場でしているらしい。キマイラに効くほどの魅了を使えるサキュバスとなると、大分限定される。アルベドにも相談しておこう。忘れがちだけれど、アルベドもサキュバスなんだよなぁ。

 

 そしてシズへ休暇制度導入の足がかりになって貰おうと、友人を招くことを提案してみた。言葉数も少ないし、表情も読めないから素直に喜んでくれているのか分かりにくい。よくある「あ、地元ですね(笑)! 今度オフ会しません?」みたいなノリで、実際はその後疎遠になるパターンの友人関係だったのだろうか?だとすれば悲しい。

 

 魔導国建国××日

 

 アルベド・デミウルゴスと打ち合わせ……というか確認をして、シズに正式な休暇を与える事になった。とりあえず一週間ということで7日の休みだ。有給だとすれば、新入社員基準で10日?どっちが良かっただろう。ナザリックのホワイト企業化の道のりはまだ遠い。

 

 魔導国建国××日

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で聖王国、ネイアの様子をみたらトンデモナイ事になっていた。俺が神様!?いやいや、魚の頭も信心からと聞いたことはあるが……頭大丈夫なのか?しかし、名前を広めるという目的としてはこれ以上の期待は無い。デミウルゴスから「人間共がアインズ様を神と崇めておられますが、どのように?」と聞かれた。ここは必殺、それとなく首だけで後ろを振り返りながらの「好きにさせておけ」の出番だ。

 

 魔導国建国××日

 

 シズがナザリック玉座の間にネイアを連れてきた。最初は真っ赤な顔ですごいにらんでるし、やっぱり警戒されているのかと思ったけれど……。この子マジだわ、いきなり「首を刎ねて下さい」とか絶望のオーラも何も出してないのに凹むわ~。そしてアルベドのマジにらみはめっちゃ怖い。沈静化が追いつかないくらいヤバイ。アルベド、怒らせる、ダメ。

 

 とりあえずシズとネイアは二人仲良く魔導国へ観光に行ったようだ。楽しんでくれると嬉しい。お土産とかどうしよう、手ぶらで帰すことも出来ないよね。さりげなくアルベドかデミウルゴスに相談しよう。いや、この辺の気遣いは意外とセバスの方が出来たりするかな?

 

 それにしてもガーネットさん、シズに立派な友だちが出来ましたよ。小さいながらも先輩風を吹かせているみたいです。背伸びしているみたいでかわいいですね。……もし、ネイアを通じてアインズ・ウール・ゴウンの名前を聞いたら、遊びに来て下さい。それはきっと運命かも知れません。



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バハルス帝国 ③ 

「それでは間もなく闘技場が開演致します。わたくしのつまらない話にお付き合い頂き、感謝の極みに御座います。」

 

 闘技場興業主オスクは、シズとネイアに自慢の武具・防具コレクションを嬉々として語っていた。ネイアも興味を惹かれる部分はあったが、予想以上の食い付きをみせたのはシズだ。何処かほくほくと上機嫌-勿論いつも通りの無表情であり、ネイアにしか解らないだろうが-になっている。

 

(アインズ様の元で働いているんだから、こんな……といえば失礼だけれど。アインズ様の持つ膨大な武具・防具に比べて遙かに劣る品々にこれほど嬉しそうな反応を見せるなんて。)

 

 シズの反応は、ネイアからすれば結構意外な事だった。シズにこっそり理由を聞くと、「…………古い武器や弱い武器もそれはそれで趣きがある。ミリタリーにはロマンが詰まっている。博士も言ってた。」と話した。博士って誰だろう?という疑問は胸にしまい込んだ。

 

「それでは入り口に、帝国四騎士の護衛の方々がいらしております、少々語りが熱くなってしまい、大変失礼ながら出立の身支度に少しばかりの時間を頂ければ幸いなのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、わたしは構いません。シズ先輩は?」

 

「…………構わない。」

 

 ネイアはシズがチラリと〝兎〟を名乗る美麗な亜人メイドに目をやった事を見過ごさなかった。

 

「寛大な心に感謝を申し上げます。数分で終わりますので、馬車までお見送り出来ない我が身をお許しください。」

 

 オスクの一礼を受け、シズとネイアは<雷光>バジウッドと<重爆>レイナースに案内され、皇帝もかくやという重護衛がなされた馬車達の1つへと歩いて行く。

 

「……首刈り兎。」

 

「超級にやばい、目付きが悪い方もやばい。」

 

 自分が残り何を聞きたいか察していたのだろう、首刈り兎と呼ばれるメイド服姿の美麗な亜人の男性……冒険者クラスで言えばオリハルコンに並ぶ、都市国家連合でも高名な戦士兼暗殺者の傭兵が答える。

 

「メイド悪魔……シズ様の強さは解る。しかし〝凶眼の伝道師〟も……帝国四騎士に並ぶと?」

 

 首刈り兎が〝やばい〟と称した人間は少ない。帝国最高峰クラスの武力装置であり、皇帝の護衛を賜る四騎士の評価が〝やばい〟だ。

 

「あのメイド悪魔、あの重装備でありながら足音が全く聞こえない。余程の訓練を積まなければ有り得ない超絶技巧。悪魔というからには、訓練を積んだかは知らないけれど。それにわたしの強さも察知されている、注意人物としてマークされていた。

 

 目付きの悪い娘。弓を持った様子から見るに、手足の延長として扱う能力を持っている。それに魔法を付加させた弓の反応を見るに、遠距離攻撃である弓に聖騎士の力を宿せる。そんな話聞いたことが無い。掌の形状や筋肉の付き方から弓に特化した能力だろうけれど、歩き方も戦士として相当の力を感じさせる。」

 

「あのメイド悪魔と凶眼の伝道師、首刈り兎とどっちが強い?」

 

 この質問は闘技場興業主たるオスクの悪い癖だ、相手を不快にさせると解っていても、好奇心を抑えることが出来ない。案の定首刈り兎は「はぁ……。」と呆れたため息を吐いた。

 

「メイド悪魔なら、脱兎の如く逃げ出す。尤も逃げられるかどうかも解らない。凶眼の伝道師は、不意打ちや接近戦なら勝機はあるけれど、100m離れた場所から発見されれば勝ち目は薄い。……満足したならさっさと仕事に戻れ変態。」

 

 オスクは首刈り兎に尻を蹴飛ばされ、シズとネイアの待つ馬車へと急いだ。

 

 

 ●

 

 

 熱狂渦巻く帝国闘技場、シズとネイアは本来皇帝の為に設置されたという絢爛豪華な調度品や、防御魔法が付加された強固な壁を張られた貴賓室に招かれた。

 

 ネイアは手に汗握り、繰り広げられる闘士たちの剣戟を観戦していた。シズはネイアの横で、まるで数手先の未来を読むように実況中継を行い、見事全試合の勝敗予想を的中させた。闘技場は勝敗の賭けも行っているようなので、もしシズの予想をBETしていれば大金持ちになっていただろう。……勿論そんな気は更々無いが。

 

 二人の手には昨晩も飲んだ〝ストロベリー味〟と、〝ぽっぷこーん〟なる食感の楽しいお菓子の箱が握られている。観戦に伴い闘技場からもドリンクや軽食の提案がなされたが、シズはそれを断り「…………鑑賞にはこれ。戦闘エイガを見るには必須アイテム。博士の金言。」といって取り出したものだ。

 

「あのゴ・ギンっていう戦士、凄いですね。そして、ゴ・ギンに圧勝したという魔導王陛下……ああ、言伝に聞くのではなく、御身の勇姿をこの目に焼き付けたかったです!!」

 

「…………同意する。」

 

 最終試合は元は〝武王〟と呼ばれていた戦妖巨人(ウォートロール)であり、魔導王陛下に敗北してからは〝武王〟の名は捨て、ゴ・ギンという名で試合をしているという。

 

 それでも元闘技場最強の名は伊達ではなく、挑戦者として現れたオリハルコン級冒険者を無傷のまま完膚無きまでに叩きのめし圧勝した。銅鑼の音が轟き、アナウンスが流れる。

 

〝以上を持ちまして、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下闘技場の全試合を終了致します!本日はローブル聖王国より、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』代表、ネイア・バラハ氏にご来場頂いております、皆様盛大な拍手を!〟

 

 観衆の目がネイアへ向き、大きな拍手が送られる。そしてネイアは側仕えの闘技場直轄の護衛兵士から、巨大なトロフィーを貰い受けた。

 

「へ?え!?」

 

「帝国の闘技場では、一番の賓客が最優秀選手へ賞の授与と健闘を称える言葉を掛ける風習があるのです。……オスクから聞いていませんでしたか?」

 

「は、初めて聞きました。」

 

 というか一番の賓客ならばシズ先輩なのでは?と一瞬思うが、やはり他国からの来賓者として尊重されているのだろう。

 

「…………MVPへのアイテム授与とgg(グッドゲーム)コール。後輩頑張れ。」

 

 ゴ・ギンはシズとネイアの居る来賓席へ歩いて、最敬礼を取る。最前席の壁が大きな階段へ変化し、ネイアはシズと護衛に囲まれながらゴ・ギンへと近付いてトロフィーを授与した。そしてネイアにマイクが渡される。大勢の観衆を前に、ネイア・バラハにスイッチが入った。

 

「……魔導王陛下のため研いだ牙と爪を十二分に感じられる、素晴らしい試合でした。」

 

 ゴ・ギンは感謝を述べ、再び頭を垂れる。

 

「もちろん、ゴ・ギン様だけではありません。この闘技場に立つ、全ての戦士、そしてその勇姿に万感の激情を抱く帝国の皆様。この闘技場にいる皆様が1人でも欠けていれば、この感動は無かったでしょう。わたくしは、魔導王陛下がこの闘技場で語られたという、冒険者に対する新たなる可能性、その一端を耳にして感動に打ち震えた1人です。この場にはアインズ様、魔導王陛下御自らの勇姿を目にされた羨望すべき方もいるでしょう。

 

 未知を探索し、踏破不可能を可能とし、万の可能性を秘めたる〝真なる冒険者〟その深淵なるお考えに感銘したもので御座います。闘技場においてわたしと同じく、この熱狂を!この激情を!この感動を覚えた皆様ならば、闘技場の場に立ち勇姿を見せた戦士の皆様ならば、魔導王陛下の深淵なるお考えも同じように感じ得たと確信いたします。

 

 魔導王陛下は〝真なる冒険者〟を、その可能性を皆様にみているのです!この度の闘技場において、その力を、帝国の可能性を垣間見られ、わたくしは幸せに思います。……では、わたくしから、この言葉で〆させていただきます。

 

 魔導王陛下万歳!!」

 

 闘技場は試合中と質の異なる熱狂に支配された。ゴ・ギンはその演説を前にして、少女の後ろに彼の偉大にして強大な死の支配者(オーバーロード)の姿が一瞬透けて見え、尚深々と頭を下げる。ネイアの掲げた拳に、客席は暴動寸前とも言える狂躁を呈しており、紹介を受けたとき以上の万雷の拍手が轟く。そして魔導王陛下に対する止まない称賛が叫ばれていた。

 

「…………ネイア。やっぱり味がある。先輩として誇らしい。」

 

 シズはその様子をみて、堂々と-かわいらしく-胸を張った。

 

 

 ●

 

 

「いやはや驚いた。わたしはネイア・バラハという存在……アインズ様の深淵なるお考えに、またも届くことが叶わなかったようだ。」

 

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)から報告を受けたデミウルゴスは、興奮醒めやらぬ様子で、大仰に手を広げ俯いて顔を横に振ってみせた。

 

「あの……えっと…その……。それはどういう意味なのですか?」

 

 幼い美少女……にも見える-にしか見えない-闇妖精(ダークエルフ)の〝おとこのこ〟マーレ・ベロ・フィオーレは思わず問いかける。会議室にはアルベド、デミウルゴス、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレが集まっている。

 

「わたしとアルベドは今回のシズへの休暇、ネイア・バラハとの魔導国観光を、ネイア・バラハの信心を高めるためと考えていたのだが……。影の悪魔(シャドウ・デーモン)の報告によると、帝国内において、アインズ様を讃え、未だ敵対する愚かな神官勢力を唾棄する声が多く挙がっている。これはわたしの計画を良い意味で大きく狂わせる。」

 

「その女が何かしたのでありんすかえ?」

 

「彼女は帝国内において二度演説をおこなったのさ、1回目は帝国の有権者が集まるビアホール。2回目は帝国闘技場、数万人の前だ。」

 

「言葉デ人ヲ操ル……、支配ノ呪言カ?」

 

「いいや、わたしの使う呪言とは全くの別物だ。魔法による洗脳でもない。そうだね、言うなれば煽動といったところか。」

 

「つまり、アインズ様はその人間を呼んだ時点で、魔導国での人間達の支配を盤石にするお考えをお持ちだったってこと?」

 

「そういうことよ、アウラ。勿論、ネイア・バラハに魔導国の素晴らしさを伝え、更なる駒へ昇華させる狙いがあったことは間違い無いけれど、それだけではなかったということ。」

 

「是非、リザードマンノ集落ニモ来テ欲シイモノダ。」

 

「残念ながら、今回の旅路にリザードマンの集落は入っていない。恐らくアインズ様は、まだ亜人だけの集落に赴かせるには時期尚早とお考えなのだろう。勿論効果が無い……とは言わないが、もう少し人間と亜人の融和が進み、アンデッドへの忌避感が薄れてからが効果として望ましいだろうね。つまりはコキュートスの働きに懸かっている……という訳だ。」

 

「フム……。流石ハアインズ様。御配慮ヲ頂イタ、至ラヌコノ身ガ恥ズカシイ。」

 

「しかし人間の女如きがわらわたちで出来ない事をなど……癪でありんす。」

 

「彼女はただの人間ではない、アインズ様御自らが一から造り直した存在だ。わたしも彼女を過小評価しすぎていたよ。」

 

「それにしてもあと四日、何が起こるか楽しみね。」

 

「明日か明後日には魔導国首都エ・ランテルに到着する予定だ。モモンとナーベに扮したパンドラズ・アクターとナーベラル、そして冒険者チーム蒼の薔薇が護衛を行う手筈になっている。」

 

「シズが居るんでしょお?護衛なんて必要なの?」

 

「暗殺の方法は多岐に渡る。毒殺・狙撃・爆殺・不慮の事故に見せかけた交通事故・落下事故……枚挙に暇が無い。ネイア・バラハはただの人間だからね、高所から落下した石でも死に至るだろう。」

 

「えっと……じゃあ、明後日までに怪しい人は全員皆殺しにしたほうがいいのかなぁ……?」

 

「それではエ・ランテルの安全が保証されていると宣伝することにはならない。どんな刺客も無意味と思わせることが大切なのだよ。素性を隠しているが、既にスレイン法国やローブル聖王国からと思わしき不自然な商人・旅人が何人か来ている。さて、相手は何を企むか、楽しみだね。」

 

「油断は禁物でありんす!そんな相手を魔導国に入れるなど!」

 

「シャルティアが言うと説得力が違うね、だがアインズ様とパンドラズ・アクターによってシャルティアを洗脳するに至る程の世界級アイテムは存在しないと結論が出ている。バハルス帝国でも不穏な動きは無かった。勿論アインズ様は護衛に際して万全のご計画をされている、そして万が一の際は……我々階層守護者が彼女を死守する必要もあるだろう。」

 

「人間の小娘風情が……全く、本当に癪でありんすね。」

 

「気持ちは解るわシャルティア、如何にアインズ様の素晴らしさを理解したからといって……。ああ!まさかあの女!アインズ様の寵愛をその身に受けるつもりじゃないでしょうね!?だとすれば一大事だわ!アインズ様ほどご慈悲に溢れる偉大な御方なのだから、人間の愛妾を持つ程度は許されるでしょうが、正妻の座まで狙う身の程知らずの輩ならばわたしが自らこの手で……」

 

「はいはい、そこまで!とりあえずはパンドラとナーベラルに任せておけばいいんでしょ?」

 

「そうだね、そしてアインズ様が護衛に冒険者チーム蒼の薔薇を付けた理由……。その深淵なるお考えも是非目にしたいものだ。」

 

 デミウルゴスはそう言って天を仰いだ。その視線の先は後光の照らす神域を見つめている様だった。



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閑話 宝物殿での一幕

 ナザリック宝物殿。全10階層からなるナザリック地下大墳墓において、どの階層からも足で赴くことが叶わない場所。その内部はギルド”アインズ・ウール・ゴウン”が溜め込んだ財宝が収められている。 天高く積み上げられた燦然と煌めく金貨・宝石・宝剣の山々を保管する第一の部屋。

 

 そこを抜けた先に、談話室があり、アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で、宝物殿領域守護者であるパンドラズ・アクターと共に、ネイア・バラハとシズの動向を見守っていた。

 

(今のところネイア・バラハに渡っているのはカルネ村のドワーフに造らせているルーン武器……ただ、実戦で使用出来る領域には程遠く、研究は途上、匕首ほどの短い鋼の刃に6つの文字がまだ限界。これをナザリックの技術流出と捉えるべきか、それともナザリックが誇る技術の流布と捉えるべきか。)

 

「パンドラズ・アクターよ、ルーン武器をローブル聖王国……正確にはネイア・バラハ率いる団体へ持たせることをどう考える?」

 

 パンドラズ・アクターは舞台俳優さながらに、床を軍靴で打ち鳴らしながら姿勢を正し、仰々しく頭を下げた後、カッ!と首だけで頭を上げ答えた。

 

「はい!我が創造主たる偉大にして至高なるアインズ様!ローブル聖王国は遠からずアインズ様の思うがまま、その慈悲深き御手に導かれたるReich(ライッッヒ)。……で、あるならば!技術流出による損害の可能性と、ルーン技術の素晴らしさの流布。その両者を天秤へ掛けた場合、後者が上回るかと。またネイア・バラハは伝道師として希有な能力を有しております。それも加味すれば、あの匕首程度なら持ち帰らせても問題はないかと具申致します。」

 

 アインズ作製のNPC(動く黒歴史)なだけあり、いちいち言動が五月蝿い。だがパンドラズ・アクターはこう見えて、アルベドやデミウルゴス並みに頭が回り、尚かつ忠誠は絶対であり、ある程度アインズが失言しようと-勿論失ってはいけない王の威厳はあるが-秘密にしてくれるので、アルベドやデミウルゴスに話を持ちかける前段階の相談役としては結構役に立つのだ。

 

 宝物殿という性質上、メイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を理由をつけて護衛や身の回りから外せ、気負わずに話せることも大きい。

 

(それにしても、帝国の闘技場で俺が言いたかったことを代弁してくれるなんて、思った以上に賢い子だ。……ちょっとあの熱狂ぶりはどうかと思うけれど。これは褒美が必要だよな。勿論シズの友人としてのお土産は渡すつもりだったけれど、信賞必罰は世の常。褒美は別に考えるべきだ。あまりナザリックの技術流出にならず、それでいて喜んで貰えるものか……。)

 

「パンドラズ・アクターよ。ネイア・バラハの見事な働きを讃え、わたしは褒美を与えたいと考えている。何が適当であるか?」

 

「おお!アインズ様御自ら、麗しきFräulein(フロイライン)へ!っっ褒美……!!!」

 

 人間なら確実に胸椎と腰椎がおかしくなり、腹筋が千切れるのではないかというくらい仰け反りながら、左手を胸に当て、右手は天に向け指をワキワキと動かしている。

 

「であれば、100万からなる可憐な花束を……」

 

「お前に聞いたわたしが馬鹿だった!」

 

 

(やっぱりデミウルゴスかセバスに聞くかなぁ。ネイア・バラハの率いる団体がどんな困難に直面しているか一番知っているのはデミウルゴスだろうし、〝娘の友人への贈り物〟でまともな返答が得られそうなのがセバス。アルベドへ相談は……絶対止めた方がいいな。)

 

 

「ああ、アインズ様。Fräulein(フロイライン)といえば、王国のアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇が、ご計画通り〝モモン〟の護衛に同行することと相成りました。あの仮面の少女……イビルアイであれば、転移魔法を駆使して各地に飛ぶことも出来ましょう。しかしながら機密面の観点から、事前の転移位置指定と、依頼遂行後には転移魔法陣の解除を確約させるべきと愚考致しますが、如何致しましょう?」

 

(う~ん。一応エ・ランテルでの移動は、霧の竜(フロスト・ドラゴン)を使っての空の旅を予定していたからなぁ。蒼の薔薇を選んだのも発言力が大きい彼女たちを使って【魔導国はアンデッドだけじゃない】っていう意識を高めて貰って、意識改革をするのが目的だ。霧の竜(フロスト・ドラゴン)の背中にみんなで乗って貰って構わないんだけれど……。)

 

「お前ならばわたしの計画、その意図を読み解き、不慮の事態があっても問題無く修正できるだろう。蒼の薔薇の処遇については、お前に一任しよう。」

 

 パンドラズ・アクターは感激したように軍帽を正し、カツンと軍靴を鳴らして足並みを整え、深々と頭を下げ、最早決め台詞となった言葉を発する。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)

 

(うわぁ……。やっぱダッサイわぁ……。)

 

 

 そうしてもうひとつアインズが気がかりになっていること……。それはネイア・バラハの職業レベルと総合レベル、そして異常なる扇動家の能力だ。

 

(死からの復活で弓手(アーチャー)から神聖弓兵(セイクリッド・アーチャー)に、従者(エスクワイア)から聖騎士(パラディン)へ昇格したことも不可思議だったけれど、あれから戦らしい戦をしてないローブル聖王国で総合レベルが倍近くに跳ね上がっているのも謎だ。

 

 伝道師(エヴァンジェリスト)の職業レベルは演説をして大衆を扇動する事によって上昇する……?それ単体ならば納得はいくけれど、他の職業値に振られることなど、ユグドラシルでは無かった。そもそも【死】をトリガーとして上位職になるなんて聞いたことが無い。そもそもネイア・バラハには死んだ自覚すらないんだ。この世界においての情報課題がまたひとつ増えたな。何度かレベルの高いレア職持ちで実験が必要か?)

 

 

 思考を中断するように、パンドラズ・アクターが話し掛けてきた。

 

「話は変わりますがアインズ様、CZ2Ⅰ28・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)には一切の連絡も、指示もしていないご様子ですが、どのような意図からで御座いましょう?」

 

「ああ、それは簡単だ。シズには現在七日の休暇を与えている。休暇中に職場から掛かってくる連絡ほど鬱陶しいものなど、早々ないからな。休暇を満喫してもらう配慮に過ぎん。」

 

「おお!!休暇!アインズ様がかつてあれほど熱望し渇望し切望された休暇を!!その御身ではなく、部下に分け与えるとは!!何と慈悲深い!」

 

(あ~、そうだよなぁ。ユグドラシル時代はボーナス期間中なのに仕事があって行けず、よく愚痴ってたもんな。本当に重要なイベントボーナスには有給を貰ってたけれど、通らなかったことも多かったし。)

 

 思わず過去の仲間たちとの思い出を追想して、温かくも寂しげな気持ちになる。アンデッドの身体になってから、精神面のあらゆる思考基盤が変化したが、ユグドラシルとナザリックの思い出だけはひとつも色あせない。

 

「パンドラズ・アクターよ、もし機会が有ればお前にも休暇を与えるが、何を行う。」

 

「愚問で御座います!アインズ様!!」

 

 パンドラズ・アクターは今にもオペラを歌い出しそうなポーズを取り、断言する。

 

「この宝物殿で、至高なる御方々の残したマジックアイテムに触れ合い、その心を癒す時間とさせて頂きます!」

 

「お前に聞いたわたしが馬鹿だった!」



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バハルス帝国 ④

 闘技場観戦を終え、宿屋で1泊し、朝早くにシズとネイアは湯浴みをして仕度を調え、玄関へ向かう。本日はバハルス帝国の帝都アーウィンタールの観光を夕方まで行い、宮廷に招かれる予定だ。案内役は伏せられていたが、迎えに現れた人物を見てネイアは魔導国に来て何度目か解らない驚愕に陥る。

 

 そこにいるのは麗しい金髪の眉目秀麗なカリスマ性を感じる男性、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスであった。

 

「シズ・デルタ様、ネイア・バラハ様。この度は帝都のご案内の責務をアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より賜りました、魔導国管轄バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスです。帝都においてお二人に良き思い出が残るよう尽力させて頂きますので、どうぞよろしくお願いします。」

 

 そう言ってジルクニフは爽やかな笑顔を浮かべ、静かに会釈した。

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします!!」

 

 ネイアは慌てて深々と一礼をする、それを見てシズも首だけでコクリと礼をした。ネイアからすればバハルス帝国皇帝と聞いて連想するのは、〝鮮血帝〟〝若くして大陸に覇を唱えた大国指導者〟であり、一言で言えば天上人だ。

 

 <転移門(ゲート)>を潜り直接出迎えられた時も仰天したが、まさか帝都の案内人にまでなってくれるなど、思ってもみない。ここまで特別扱いされてしまうと、いよいよ頭が狂ってしまいそうだ。

 

(アインズ様から賜ったと言っていたけれど、どのようなお考えから?あの慈悲深い陛下の事だから、見せしめなんて真似をするはずもない。でも皇帝自らが観光案内?何がどうなっているの!?)

 

 むしろあの冗談の下手な魔導王陛下のドッキリだと言ってくれと、心が悲鳴を上げるが……

 

「朝食はまだとられていないのでしたね。この宿屋の朝食も絶品ですが、帝都風の朝食で美味しい店がありますので、是非ご一緒いたしませんか?」

 

 ネイアは一も二もなく頷き、その後シズを見る。シズも構わないといった様子だ。

 

「ではご案内させていただきますね。」

 

「あ、あの陛下!陛下に敬語を使っていただけるのは光栄ですが!わたくしはあくまで客人です!くだけた話し方でおねがいします!シズ先輩はともかく、わたしは様付けもいりません!」

 

「そうですか……。じゃあ、わたしの馴染みの店に案内するよ。ではシズ様、ネイア殿、今日は楽しい一日になるよう努力させてもらおう。ああ、わたしの名前を呼ぶときは気楽にジルクニフで構わない。」

 

「はい!」

 

 

 

「いらっしゃいませ、ジルクニフ陛下。そしてシズ様、ネイア様。」

 

「リリーア、今日の賓客はシズ様とネイア殿だ。わたしの名を優先しないでくれたまえ。」

 

 ジルクニフは挨拶をしてきた店員の女性を軽く窘めるように諭す。女性は慌てて、名前を訂正し、謝罪した。店は広くは無いが、ゆったりとした印象を抱かせる柔らかなグレーを基調とした壁で、木のテーブルもよく手入れが成されている。シズとネイアは当たり前の様に上座に座らされた。

 

 出てきた料理は甘さの強い、それでいてクドくないもちもちのパン、サクサクのビスケット、ベリーのジャムを使ったヨーグルト、甘みと酸味が調和した果実の飲み物だった。皇帝は〝既に朝食は済ませたから〟とドリンクだけを飲んでいる。

 

「飲み物以外は伝統的な帝国のモーニングなんだ、ひょっとしたら味気ないと感じたかもしれないが……、その心配は無かったようだね。」

 

 無言の答え、完食された皿をみてジルクニフは安堵の笑みを浮かべた。シズは物足りなかったのか、おかわりを所望している。

 

「さて、これから帝都を案内したいと思うんだが……。その前にネイア殿は、わたしに聞きたいことが沢山あるんじゃないかな?幸いにもまだ帝都の劇場も楽団も美術展も開演まで時間がある。」

 

 ネイアからすれば聞きたいことは確かに山ほど有る。しかし〝属国になってどんな気分ですか?〟なんて言葉の刃物を刺す度胸はネイアには無い。目の前の皇帝は数ヶ月前まで大陸有数の超大国、バハルス帝国臣民800万人の命を双肩に担う賢帝だったのだ。

 

「ふむ。とはいえ、いきなり何を聞いていいかも迷うところだろう。では包み隠さずこちらから話そう。魔導国との属国協定を調印するにあたり、大きく変わったのは2つ……〝魔導王及びその側近の絶対性を法で明文化すること〟そして〝死罪に相当する罪人を引き渡すこと〟だ。」

 

「はぁ……。」

 

「君の前でこんなことを言えば不愉快に思うかも知れない、しかし偽り無く話すと、最初罪人の引き渡しを聞いたとき、さぞ残虐な目に遭わされるのだろうと思ったよ。」

 

「……!魔導王陛下はそんな方では!」

 

 魔導王陛下を馬鹿にする者は、相手が皇帝だろうとドラゴンだろうと容赦しない。だがネイアの激発を、ジルクニフは手でさえぎる。

 

「しかし逆に死罪相当として送った罪人が一度、実は濡れ衣であると戻されたほどだ。帝国の法機関に見る目が無かったと痛感させられたね。」

 

 ネイアは見るからに安堵の表情を浮かべる。やはりアインズ様は罪人に対してでも聞く耳を持ち合わせ、正しい道へ導く偉大なる御方であると実感した。

 

「ネイア殿は属国についてどれくらい知識があるかな?」

 

「恥ずかしながら、全く御座いません。」

 

 開き直りに近いほど堂々と宣言した。ネイアは政治とは無縁の生活を営んでいたのだ、国同士の繋がりさえ未だ手探りで勉強中なのに、属国の話など解るはずがない。

 

「君が聞けないでいる事をわたしから言おう、こんな属国は有り得ない。断言できる。」

 

「……それは。」

 

 良い意味なのか、悪い意味なのか。ネイアは唾を呑み込む。

 

「もしわたしが他国を属国とするならば……、そうだね。場合にもよるが、基本は多大な賠償金で縛り付け、領土を没収し、軍事力を解体させ、産業となりうる工業地帯や鉱山地帯といった地方を制圧する。あと、叛乱分子による武装決起が予想されるから、属国を支配させる人間に義勇軍を与え反乱者は即座に抹殺させるだろう。もちろん帝国側から間者を送り込み、属国の自国民同士で争いを起こさせ、殺し合わせ、憎しみ合わせることも忘れない。それが属国の……敗北し搾り取られる国の正しいあり方だ。」

 

 ジルクニフの双眸に宿った妖しい光にゾワりと鳥肌を立てる。目の前には間違い無く、バハルス帝国を大国として発展させた〝鮮血帝〟が居た。

 

「だが、魔導王陛下はわたしに自治権を認めてくれた上、見てきたように民達も平穏に暮らしている。未だアンデッドへの忌避感は残っているし、神殿勢力は反対の立場になっているがね。……っと、ローブル聖王国からいらしたネイア殿に、神殿勢力の面倒さを説くのは、魚に泳ぎを教えるようなものか。」

 

「はい!神殿ときたら、わたし達の同志に対し治癒を拒否するなどという無慈悲で非人道的な差別をおこなっております!幸い聖王陛下の理解によって薄れつつありますが、帝国にも同じような出来事が?」

 

「もちろんあるとも。何しろ治癒魔導は神殿の独占業務と言って過言ではない。……なので、ボイコットが一度あったが、その時は魔導王陛下が無償で治癒魔法に長けた亜人を送って下さり、今や神殿の地位は下り坂だ。」

 

「流石は魔導王陛下!!しかし……属国に対してもこれだけ寛大かつ慈悲に溢れる統治をされるというのは、やはり力をもち、尚かつ優しく正しい心を持っているからなのですね!」

 

「あ、ああ。そうだね。ネイア殿の言う通りだ。」

 

(やはり力を持ち、その力を正しいことに使う事。それを行えるアインズ様こそが正義なんだ!!)

 

「…………食べた。難しい話は終わった?」

 

 二人が熱弁している間に、シズはモーニングを20皿平らげていた。

 

 

 

 

「…………む。あの店。」

 

 昼も近づいた帝都。その一角にあったのはファッションブランド店だった。

 

「ああ、帝国はファッションにも力を入れていてね。特に帝都では……」

 

「…………これください。」

 

 ジルクニフの話が終わらない内にシズは店内に入っており、ネイアが慌てて追いかけ、ジルクニフもそれに続く。シズが手にしていたのは、ヒヨコを丸くしたようなアクセサリーだった。そしてひとつを無言でネイアに手渡す。

 

「…………ん。」

 

「え?シズ先輩?」

 

「…………お揃い。」

 

「いいんですか?」

 

 ネイアはシズと一緒のアクセサリーを首からかけて、思わず笑みがこぼれる。

 

「…………かわいい。」

 

「そんな……。」

 

「…………ネイアは可愛くないけれど。」

 

「ええ!絶対言うと思ってましたとも!」

 

 ジルクニフは終始マイペースなふたりの少女に振り回されながら、夜にやっとふたりを宮廷へ招くことが出来た。




 モーニングの内容と、ファッションに力を入れている設定はローマ帝国から持ってきました。コロッセオ(闘技場)もあるし、参考にしてもいいよね!……となると、湯浴みは大浴場でのお風呂になるか?


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バハルス帝国 ラスト

 時刻は夕刻。場所はリ・エスティーゼ王国とエ・ランテルを結ぶ草原。アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇の面々は、〝漆黒の英雄〟モモンの依頼によってローブル聖王国からの客人【凶眼の伝道師】ネイア・バラハの護衛を引き受けた。だが蒼の薔薇5名は、その草原で苛烈な戦闘を繰り広げていた。

 

「武技、《超級連続攻撃》!」

 

「超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)!」

 

 ガガーランとラキュースが戦うのは、おおよそ三メートルまで人骨が集合した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。二人の力をもってすれば、5体や6体ならばなんとか倒せるだろう。だがその数は20を超え、容赦無く四方より襲い掛かる。

 

龍雷(ドラゴン・ライトニング)!!……ッ!水晶防壁(クリスタル・ウォール)!!」

 

 イビルアイは水晶防壁(クリスタル・ウォール)によって、ガガーランとラキュースを骨の竜(スケリトル・ドラゴン)から護る。魔法攻撃の一切を無効化する魔法詠唱者(マジック・キャスター)殺しの竜であるが、魔法によって産み出された副産物である壁まで無効化は出来ない。イビルアイが相手にしているのは、首と手のない四翼の天使。

 

「おいおい。まさか俺達は嵌められたんじゃねぇだろうな!」

 

「モモン様がそのような真似をするはずがないだろう!それにわたしたちだけを狙うならば道中にいくらでも不意打ちの好機はあったはずだ。」

 

「冗談だよ!待ち合わせ場所に行ったらモモン様でなく、天使様とアンデッドが姿も隠さず仲良くお出迎えだとは、こりゃ質の悪い試験か?」

 

「冗談でも許せるか!戦力を見てみろ、物理斬撃攻撃の効果が期待出来ない第五位階魔法を使う力天使に、魔法を無効化する骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だ。モモン様とナーベの二人を見据えた戦力としか思えん!!」

 

「忍術……闇渡り。……事前に発見したんだから、逃げることも出来たのに。」

 

「……戦闘狂だらけで困る。」

 

 5名と力天使、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が拮抗した戦闘をしていると、突如夕闇は暗雲へ変化し、雷鳴轟く嵐となった。

 

「おいおい、今度は何だってんだ!」

 

 直後、龍の形をした雷撃が20の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)、そして力天使を焼き尽くし、塵も残さぬ灰燼へと変えた。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が……魔法で死ぬ!?おい、イビルアイ、どういうことだ。」

 

 だが何処か呆然と天を仰ぐ小さな仮面の少女は身動きもしない。ガガーランが怪訝そうに天を見つめると、青白い鱗を持つ細長い龍に跨った漆黒の騎士が見えた。そして数秒の内に草原へ降り立ち、不可思議な左右尖端に玉の拵えた紐付き太鼓の棒を持つナーベも同時に降り立った。

 

「無事なようで何よりです。……始めに、深い謝罪をさせてください。」

 

 モモンは片膝を突き、蒼の薔薇一同に深く深く顔を下げた。

 

「モモン様!お顔を上げて下さい!我々は不意打ちをされた訳ではありません。自分たちの意思で戦いを挑んだまでです!」

 

 ラキュースがフォローするも、モモンは断固として顔を上げない。依頼人を危険な目に遭わせたという今生の恥を悔いている様子がひしひしと伝わる。勿論蒼の薔薇の面々としても、普段の相手ならば皮肉のひとつも言って帰るところだが……目の前の英雄は、冒険者チーム蒼の薔薇にとって命の恩人なのだ。

 

 彼がいなければ、リ・エスティーゼ王国においてイビルアイはヤルダバオトに敗れ、戦士ガガーランと忍者ティアもとても蘇生できる原形を留めて居なかっただろう。そして、今もまた、強大で不可思議な力をもってして蒼の薔薇は助けられた。このままでは埒が明かないと判断したラキュースは、話題を変える。

 

「それよりも……その龍は、霜の竜(フロスト・ドラゴン)ですか!?」

 

「はい、魔導国で使役している竜の一体です。」

 

霜の竜(フロスト・ドラゴン)を使役!?」

 

「ええ、わたしは立場上魔導国全ての事は知りませんが、複数所持している竜の一体に過ぎません。」

 

「モモン様!天使共々、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を魔法攻撃で一掃したように見えましたが、もしや……第七位階以上の魔法を!?」

 

 興奮醒めやらぬ様子なのはイビルアイだ。イビルアイは蒼の薔薇面々に、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が無効化出来る魔法は第六位階までと説明をした。

 

「はい、第七位階魔法連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)を用いさせて頂きました。それはこのナーベが持っている……、〝ドラゴンに騎乗中のみ、第六位階魔法天候操作(コントロール・ウェザー)及び第七位階魔法連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)を扱える〟というマジック・アイテムのお陰です。」

 

「ドラゴンに乗ってる間だけ有効って、そんな限定的なマジック・アイテムがこの世に……。魔導王-陛下のものですか?」

 

「その通りです。自らの剣でなく、このようなマジック・アイテムに頼ってしまうのは不本意でしたが、おかげで皆様の無事を確保出来安心致しました。……ナーベ。」

 

「はい、モモンさん。」

 

 ナーベは鞄から、高価で大きな革袋一杯に詰まった金貨をモモンへ差し出した。そしてモモンはその革袋を蒼の薔薇リーダー、ラキュースに差し出す。

 

「こちらは慰謝料としてお受け取り下さい。そして……先程の皆様と同じ様に、我々も竜の背中で天使と悪魔・アンデッドという奇々怪々な面々に襲われました。相手はかなりの強敵です。一人の少女の護衛のため、皆様の命を危険に晒す真似は出来ない。この度はご迷惑をお掛け致しました。」

 

「……ネイア・バラハはまだ生きているのですか?」

 

「はい、現在はバハルス帝国の宮廷にいるとのこと。王城は帝国騎士や魔導王陛下直轄のデスナイトたちに護られているとのことですが、襲撃の報告はありません。」

 

「つまり……相手は首都エ・ランテルにおいての抹殺を企てていると推測出来ますね。目的は……首都の防衛機能に懐疑心を抱かせることでしょうか?そして、少女1人を護れなかったモモン様の名声を地に落とし、魔導国を混乱に陥れる目的も垣間見えます。」

 

「……恐らくはそうでしょう。わたしを、そして皆様を狙った理由から辿ると、わたしも同じように考えられます。」

 

「この襲撃は本当にネイア・バラハを殺す勢力ではなく、わたし達とモモン様を仲違いさせる目的があるのではないかと……。つまり、わたしたちの力、暗殺を未然に防ぐ能力を恐れての行動と思えられます。」

 

「……鬼リーダー、つまり?」

 

「相手の本命はあくまでも暗殺。モモン様が黄金の輝き亭で話された、爆殺・毒殺・狙撃を企てている可能性が高い。モモン様を傷付けることは容易ではないですが、横にいるただの人間を抹殺することはそこまで難しくないということでしょう。」

 

「……仰る通りです。」

 

「モモン様、その金貨はまだ受け取れません。もしモモン様の名声が地に落ち、魔導国が混乱に陥れば、薄氷の上にいるリ・エスティーゼ王国も瓦解します。」

 

「本当によろしいのですか?」

 

 その問いへの返答は5名の笑顔。死すらも決意した覚悟だった。

 

「本当に、感謝申し上げます!」

 

「ありがとうございます。」

 

 モモンとナーベは同時に頭を下げた。

 

「なぁに、俺は相手の掌で踊るのが癪なだけだ!」

 

「そうです、わたし達も協力します!か、勘違いしないでほしいのは!わたしはネイア・バラハという女を護るためではなく!その、あの、モモン様のお名前に傷が付かない為に協力したいの……です……。」

 

「……命の恩人には命で報いるべき。」

 

「……わたしは命を懸ける仲間を信じる。」

 

 モモンは改めて深い一礼をして、ジャラリと幾つものペンダントを取り出した。

 

霜の竜(フロスト・ドラゴン)に騎乗してバハルス帝国宮廷の中庭でネイア・バラハ及び、メイド悪魔シズ・デルタと合流する予定です。念のため飛行(フライ)の魔法を宿したペンダントをおつけ下さい。」

 

 モモンはひとりひとりに、尊重し感謝するようにマジック・アイテムを提げていく。そして胸に手を当てて頭から湯気を出していたイビルアイを前にして……。

 

「イビルアイさんは飛行(フライ)の達人でしたね。……では、霜の竜(フロスト・ドラゴン)に騎乗してください。」

 

「「「……。」」」

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「おいこら!引っ張んじゃねぇよイビルアイ!離せ!」

 

 

 ●

 

 

 バハルス帝国宮廷、大食堂。天幕の外には護衛が立ち並び、ジルクニフ、シズ、ネイアのみで行われた晩餐会。前菜・一皿目・メインディッシュ・デザートどれも素晴らしく、食べるのが惜しいほど美しい造形が成された料理であり、一口すればそんな感情は口福に消えさり夢中になってしまう美味だった。

 

(前菜がなんとかかんとかを使った生ハムのなんとかっていう冷製料理で……、一皿目が黒の宝石っていう茸と何とかをベースに使用したパスタとかいう麺料理、スープが……なんて名前だっけ?二皿目に出てきたお肉料理が……鳥なのは覚えているけれど、何とかピアンソースの……ああ!メモが欲しい!)

 

 メイドから早口で告げられた料理の名前はもはや魔法の詠唱であり、貴族作法など全く詳しくないネイアにとってはただ「ビックリするほど凄く美味しかった。」という感想しか出てこない。シズも「出てくるものが美味しかったからそれでいい。満足。」とむしろ開き直っていた。

 

「さて、帝国は朝食は質素だが、このように晩餐には凝る風習があるんだ。お気に召して頂けたかな?」

 

 食後にフレッシュピーチなるみずみずしく爽やかな風味のノンアルコールカクテルを3人で飲みながら、ジルクニフは料理の感想を聞いてきた。

 

「はい!あの……大層なことは言えないのですが、凄く美味しかったです。」

 

「…………おいしかった。」

 

「シズ様とネイア殿にそう言っていただければ何よりだ。」

 

 ジルクニフは二人の感想に他意のない爽やかな笑顔を浮かべる。

 

「特にその……黒の宝石なるキノコの料理には驚かされました!」

 

 宮廷晩餐会に招かれた身としては、凄く頭の悪い子どものような感想だが、貴族でも美食家でもないネイアは気取らず思ったことをそのまま言うしかない。事実キノコという概念を打ち砕く、薫り高く高貴な食感であり、茹でて塩を振って食べるキノコしか知らないネイアからすれば驚くような旨さだった。

 

「おお!そうかい!ネイア殿は実に素晴らしい舌をお持ちだ!実を言うと〝黒い宝石〟はとても稀少な品でね。少し前までは、わたしでさえ滅多に口にすることは出来なかった。何しろ人間には採掘不能なほど地中深くに生殖するキノコで、魔法で感知して探すこともできない。美食を求める高名な冒険者チームが数年に一度やっと持ってこれるほど希有な代物なのさ。……とはいえ、この品は我が大親友からの贈り物でね!きっとリユロも喜んでくれるだろう。」

 

 ネイアの言葉が琴線に触れたのか、ジルクニフは満面の笑みを浮かべ、身を乗り出し饒舌に話し始めた。

 

(皇帝の大親友?……人間には採掘不能なキノコを食卓に提供出来る程贈れるほどってことは。)

 

「あの、ひょっとして、陛下のご友人とは……」

 

 ネイアが抱いたのは忌避感ではない、嬉々として〝黒の宝石〟を語るジルクニフに、帝国皇帝でも、属国指導者でもない一人の人間としての感情を覚えたためだ。

 

「ああ、お察しのようにリユロ……私の真なる友はクアゴア族。亜人だよ。彼もクアゴア族の王であり、現在は魔導王陛下にその身を捧げている同志でもある。国を纏める為政者として幼少期から友人らしい友人など居なかったわたしにとって、初めて出来た大親友だ。リユロと出会えたことについては、魔導王陛下に感謝しかない。」

 

 ジルクニフはローブル聖王国におけるヤルダバオト襲来の一件は聞いている。ひょっとすれば亜人と聞いて激発されるのではないかとも思ったが……それは杞憂のようだった。

 

「やはり!カルネ村でも感じましたが、他種族さえも許容し共存する寛容さ!人間は他種族との共存が可能であるという無限の可能性!そのお考えをジルクニフ陛下もお持ちなのですね!」

 

 ジルクニフの想像と別の意味で激発したネイアを見て、ジルクニフは思わずたじろいでしまう。もともと帝国は亜人に対して寛容な国ではあったが、奴隷の意味合いも強かった。しかし今ではぎこちないながらも融和が進んでいる。

 

 魔導国の属国とならなければ、ジルクニフはリユロという真なる友と出会えなかっただろうし、亜人に対して偏見を持ち合わせたままだっただろう。

 

「ああ、そうだね。今まで帝国は亜人に対して誤った知識を持っていたようだ。それはこのわたしも同じことだ。」

 

(エンリ将軍といい、ジルクニフ皇帝といい、やはりアインズ様……魔導王陛下は為政者たる人を見る確かな目をお持ちなんだ!)

 

「失礼します!!」

 

 ノックをした衛兵が返事を待たずに大食堂へ飛び込んできた。

 

「どうした、騒々しいぞ。」

 

「王城の中庭に、またドラゴンが!今度は青い鱗を持つドラゴンです!!」

 

「ど、ドラゴン!?」

 

 ネイアは顔を真っ青にするが、ジルクニフは全く気にせず動じない。デスナイトが動いていないということは、おそらく魔導国からの使者だろう。……とはいえ、中庭に現れたドラゴンに良い思い出が無いので、衛兵が騒ぎたくなる気持ちも解るが。

 

「そうか……。シズ様、ネイア殿。名残惜しいが、どうやら魔導国の首都エ・ランテルよりお迎えの方がいらしたようです。バハルス帝国の魅力の全てをお見せ出来なかったことは非常に残念ですが、またの機会に是非お越し下さい。」

 

 ジルクニフは2人に手を差し伸べ、シズもネイアもその手を取り合った。



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不穏なる密談

 エ・ランテルに位置する地下倉庫。その一室は蝋燭の淡い輝きで照らされており、襤褸を纏った怪しい男達が集まっていた。そして地下倉庫の扉が開き……真紅のマントを靡かせ、金と紫の紋様が入った漆黒に輝く全身鎧で身を包んだ巨躯。横には長い黒髪を束ね、きめ細かい美しい色白の肌を持つ異国風の美女。

 

 〝漆黒の英雄〟モモンと〝美姫〟ナーベが入室してきた。襤褸を纏った男達は歓喜の表情で立ち上がり、深々と一礼をする。

 

「これはこれは!この度は足を運んで頂き感謝の極みに御座います。」

 

「いえ、時間も限られておりますので、世辞や挨拶は結構。……単刀直入に質問致しましょう。あなた方は、我々に何を望む者ですか?」

 

 モモンがこの場に呼ばれたのは、何時ものようにエ・ランテルの街で民たちの不満をケアし、街の治安維持を行っている時だった。モモンに子どもがやってきてひとつのメモを渡し、時間と場所の指定をしてきた。

 

「ええ、現在魔導国へ来訪されているネイア・バラハ……。と言えば、説明が付くでしょうか?」

 

「ふむ。あなた方はローブル聖王国の?それともスレイン法国の方でしょうか?わたし共は冒険者ですが、素性の不明な人間から依頼を受けることは出来ません。」

 

「秘密裏に行動しているため、この様な格好で申し訳ないですが、ローブル聖王国南神殿派閥に属する者です。名前は……」

 

「いえ、それが解れば結構。しかし何故わたしにそのような話を持ちかけてこられたのですか? ご存じのように、今のわたしは魔導王陛下へ剣を捧げた身。この話を魔導王陛下へ報告されるか……、最悪今ここで叩き斬られることを考慮されなかったのでしょうか?」

 

「あなた様の【正義】を信じたまでに過ぎません。我々は誇りあるアダマンタイト級冒険者チーム漆黒のモモン様が、本心から忌まわしき死なるアンデッドに剣を捧げたとは考えにくいのです。ですが賭けの要素が強いことは否定致しません。」

 

「なるほど、命懸けの密談を覚悟の上と。……しかし。この空間には第五、いえ第六位階でしょうか?膨大な魔法の力を感じる。これほどの認識阻害魔法は魔導王陛下の城でも中々見ません。」

 

「そうでしょう、そうでしょう!我々南神殿や貴族の派閥は、頭の固い宮廷や北部勢力と異なり、古くから彼のスレイン法国と太いパイプを持っております。天使やアンデッドを召喚する魔封じの水晶や強い(いにしえ)の魔法を宿した水晶を多く手にしているのです!」

 

「……ヤルダバオト襲来の騒動で、そのような力を目撃したという情報は耳にしておりませんが、何か理由が?」

 

「幾人かに持たせたのですが、ヤルダバオトの発する熱波により、使用する前に所持者が水晶ごと炭になったと聞いております。秘宝の全てを総動員するほどとは思ってもおらず、ヤルダバオトが南勢力へ襲いかかって来た時のため温存しておりました。」

 

「そうですか……。ではなおのこと疑問が募りますね。何故我が国へ? それほどの力をお持ちでしたら、未だ復興途上にある北部勢力を制圧し、南部勢力の息がかかった人間を聖王とすることも可能でしょう。」

 

 

「南部の民にも、ヤルダバオトに立ち向かったカスポンド・ベサーレス聖王を支持する風潮が強くあるのですよ。聖王家の血を引く者という称号はやはり大きい。そしてネイア・バラハの活動も脅威です。彼女の活動は、今や南部にまで浸透しております。

 

 彼の信徒共は日に日に力をましており、神殿勢力は下火です。おまけにローブル聖王国の軍事に匹敵する武装親衛隊まで所持している。獅子身中の虫ですよ。チクタク時を刻む時限爆弾だ。そんな国内の情勢下で王位を継承しても、簒奪者と呼ばれ、最悪内戦へ発展し、良くても我が国の信頼は地に堕ち、他国の蠢動を許してしまいます。」

 

 

「ふむ……。アンデッドである魔導王陛下を神と崇める集団、その長であるネイア・バラハを支持するカスポンド聖王陛下は神殿勢力から強く敵視されていると聞きました。それでも支持は厚いと?」

 

「癪なことに、援軍に赴いた南部の貴族もヤルダバオトの恐ろしさは骨身に染みております。そんな絶望の化身を討った魔導王を支持する声は無視出来ません。正面から対立すれば民意がどちらに傾くかなど、考えるまでもありませんからね。」

 

 

「あなた方にとってカスポンド聖王陛下とネイア・バラハが邪魔であることは理解しました。しかし聖王家の血を引くカスポンド陛下を抹殺すれば、ローブル聖王国が国の体を成さなくなる。

 

 また、魔導王陛下こそが正義!と主張し、その旗手たるネイア・バラハの抹殺も、殉職者として祭り上げられる事が目に見えており、国内に混沌を呼び起こす種ともなる。こちらも難しいと。」

 

 

「その通りで御座います。そのため我々神殿勢力も拡大する火種を見つめることしか出来なかったのです。」

 

「……ですが、恐ろしいアンデッドの国との認識がある魔導国でネイア・バラハが死んだとなれば、南派閥にも大義名分が出来上がると。」

 

「流石、聡明であらせられる。今が好機なのです。そして人類が手を取り合い、あの魔導王を討つ人類による大連合を造り上げる絶好の機会でもある。そのためには、〝漆黒の英雄〟モモン様のお力が必要なのです!」

 

「……そう上手く事が運ぶとは思えません。何よりもわたくしはエ・ランテルの民を混沌に陥れる事に賛同出来ません。もし魔導王陛下が無慈悲に民を弄ぶようならば、この剣に懸けて許さぬつもりですが、今は平和的な統治が続いている。藪蛇を突くつもりは御座いません。」

 

 

「我々はスレイン法国より、天使を召喚する魔水晶のみならず、アンデッドを召喚するマジック・アイテムを貰い受けております。」

 

「……!?そちらを見せて頂いても?」

 

「担保が必要です。」

 

「それもそうですね……ナーベ。」

 

「はい、モモンさん。」

 

「この魔水晶には第九位階魔法万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)が宿っております。わたしの右腕であるナーベの使用出来る最大限の品。これならば如何でしょう?」

 

「これは……素晴らしい。流石は漆黒の一員たる美姫ナーベ様。ではこちらも手札をお見せしましょう。……第9位階不死の軍勢(アンデス・アーミー9th)と、第9位階天軍降臨(パンテオン9th)です。」

 

「……世界級(ワールド)アイテムはなし、天軍降臨(パンテオン)は本来超位階魔法……これでは召喚できるのは、レベルにして50前後の力天使まで。う~ん、まぁこんなものでしょうか?」

 

「何か?」

 

「いえ、あなた方の持つマジック・アイテムの素晴らしさに目を奪われておりました。しかし魔導王陛下は超位魔法さえも駆使する存在、即座に手を出すことは危険でしょう。少なくとも国同士が団結するには10年ほど時を要するかと。であるならば、やはりこの話は呑めませんね。」

 

「ですが……。」

 

「しかしこのままネイア・バラハを放置すれば、国の団結がなお一層難しくなることも理解しました。ネイア・バラハ亡き集団が瓦解し過激派組織として活動が激化すれば、大義名分を得た南部派閥は彼らを粛清し、ローブル聖王国内で躍進することも出来る。ならば狂信者は消すに越したことはないでしょう。その一点だけは協力出来ます。」

 

「おお!」

 

「ただ、わたくしどもとアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇は、ネイア・バラハの護衛を任された身。1人の少女さえも護れなかったわたくし達と彼女らの名声は地に堕ちる。それは現在薄氷の上にあるエ・ランテルの民に影響します。なのでどうしてもというならば、あなた方にも犠牲を払って貰います。」

 

「……と、言いますと?」

 

「愚かにも魔導国を襲った愚者を用意して下さい。そして蒼の薔薇一同の名声まで奪いたくはない。我々と仲違いをさせるために、彼女たちを第三者が襲う協力も。それによってエ・ランテルで戦闘が起きれば、わたしとナーベはそちらにかかり切りとなります。その間にネイア・バラハがアンデッドに殺されようと、流れ弾に当たろうと、爆殺されようと、わたしは不覚を取る演技をすればいいだけです。」

 

「それは……。」

 

「これ以上譲歩することは出来ません。まさか、こちらにだけ危ない橋を渡らせるつもりですか?」

 

「ですが、ローブル聖王国と魔導国の戦争を誘発させる行為は……」

 

「神殿の中に弱みを握っている貴族はおりませんか?その者の暴走として、首を差し出せば良いではありませんか。それとも断頭台への階段を上るのを、ただ黙って待ち続けますか?聞くに神殿が力を発揮し、賽を投じられるのは今だけと思われますが。先程も言った様に時間はありません。ここで決断して頂きたい。」

 

「……わかりました。没落寸前の放蕩貴族がおります。その者は神殿からも大金を借りており、首を吊るまで秒読みでしょう。そいつを利用します。」

 

「それと!まだ隠している切り札や、協力者はおりませんね? 1つでも嘘があった場合や、これから協力するに当たって作戦に偽りがあった場合。わたしがこの手で南部貴族と神官の派閥全員の首を討ち取りますよ?」

 

「……す、すみません、難度210相当の座天使を召喚する魔水晶が御座います。これが全てです。スレイン法国はあくまで武器供与(レンドリース)をしたに過ぎません!」

 

「なるほど、確かに……。では作戦の概要をお伺いしましょう……。こちらからも、幾つか要望が御座います。」

 

 

 ●

 

 

 モモンとナーベが去った地下室。そこは安堵と困惑が混在していた。

 

「やはりモモンは我々の味方であったか。彼があのアンデッドに心酔していれば、今頃我々の命は無かっただろう。」

 

「神官長!それは早計では?彼は最後まで〝陛下〟と呼んでおりました。我々を泳がせる算段かもしれません。」

 

「いや、途中で声色が変わったのを聞いただろう。あれは、怒りの感情だ。剣を捧げた身としては嫌々でも敬称は付けざるを得ない。しかし我々の説得で、人の身としてアンデッドに仕える愚かさの感情が蘇ったのだろう。」

 

「そうでしょうか……。この作戦はやはり危険です!この国を支配するのは、あのヤルダバオトさえも倒したアンデッドですよ!?」

 

「……では亡国を指を咥えながら待てというのか? あのバハルス帝国さえも魔導国の軍門へ下った。モモンの言うように、我が国が忌まわしきアンデッドの属国となるのも秒読みだろう。その場合、我々神官はどうなる? それこそモモンの言葉を借りれば、断頭台への段数を数える様なものだ。」

 

「あの狂信者ネイア・バラハを抹殺できても!ローブル聖王国が蹂躙されては本末転倒です!」

 

「その時はあのアンデッドを信仰する狂信者共も、それを支援する無能の聖王も自らの信仰するアンデッドに殺される訳だ、なんとも滑稽ではないか。それに我々はこの度の作戦で、スレイン法国への亡命も確約されている。」

 

「その動きも不自然に思います!ヤルダバオト襲来の時一切手出しをしてこなかったスレイン法国が、ネイア・バラハ暗殺の為にここまで協力してくれるのは、裏があっての事かと……。彼の国は動きも早すぎます。我々に魔封じの水晶を贈与し、ご丁寧に転移門(ゲート)で密入国の手配など……。まるで監視され、この動きを待っていたかのようではありませんか!?」

 

「相手は絶望的な力を持つ魔皇ではなく、アンデッドを神と信仰する狂った人間の集団だぞ?今はまだローブル聖王国内に活動を留めているが、今後動きが拡大すればどうなる。スレイン法国が危機感を抱くのも当然だ。行動に矛盾は覚えない。それにスレイン法国の絶大な支援、モモンというヤルダバオトに匹敵する協力者が居る今しか、ネイア・バラハを討つ機会は無い。あの扇動者さえ討ちとってしまえば、後は烏合の衆だ。暴動のひとつも起こしてくれれば、大義名分も確保出来る。」

 

「……内戦に発展し、多くの民が血を流し、他国による併呑を許してもですか?」

 

 神官長と呼ばれた男は歪な笑みを浮かべ言い放った。

 

「アンデッドに支配されるよりはずっとマシだろう?」

 

 

 ●

 

 

「おお!ナーベラル・ガンマ!よくぞ、あの場で殺意を押し殺して下さいました!このパンドラズ・アクター!……あなた様のその鋼の精神に感ッッ銘を受けました!」

 

「いえ、アインズ様の御手により創造されたるパンドラ様が、人間(ボウフラ)風情にアインズ様を目の前で侮蔑される忸怩たる思いを鑑みれば、わたくしの怒りなど些末なものです。」

 

「いえいえ舞台役者(アクター)として当然の義務を果たしたまで……!!そして此度のProgramm(演目)はアインズ様よりこの手に託されております。ッッッとなれば……!!」

 

 パンドラズ・アクターは漆黒の鎧姿のまま、床をカツンと打ち鳴らす。

 

「座長として、麗しきネイア・バラハ嬢には最高の舞台をお届け致しましょう。」



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魔導国首都 エ・ランテル

「どうなっている!何故召喚したアンデッドが魔導国の味方をしている!?何故蒼の薔薇が居る!?何故モモンはネイア・バラハを助ける!?」

 

「やはり我々は嵌められたのでは……。」

 

伝言(メッセージ)を使い、スレイン法国の使者に連絡しろ!」

 

「さっきから何度も行っております!しかし、一向に繋がりません。」

 

 目の前で行われるのは、天使に対する一方的な殺戮。

 

「この情報を!モモンはアンデッドに心酔する背信者だという情報だけでも各国に知らせるのだ!」

 

「神官長!転移門(ゲート)で来た入国時とは状況が違います!既に我々は檻の中……。あのアンデッド達の目をかい潜っての出国は不可能です!」

 

「モモン、それにスレイン法国まで……、皆裏切ってくれたな!」

 

「神官長!どちらへ!?」

 

「最早逃げる事も出来ん!ならば……。」

 

 颯爽と消えた神官長に残された従者5人はただただ呆然として……。そして背後に気配を感じた瞬間、意識を消失させた。

 

 

 ●

 

 

「爆発物存在なし」

 

「毒物反応なし」

 

「怪しい人物は捕らえた。完了(クリア)……だったら良かったのに。」

 

 襤褸を纏った5人の男を捕らえたティアとティナは、未だ激戦が続く市街を見つめていた。視界に入るのは大小様々な天使の軍勢。市民はアンデッドとデスナイトによって護られており、何とも倒錯的な光景に2人とも頭が追いつかない。始まりは魔導国首都、エ・ランテルに入って数分の出来事だった。突如無数の天使がどこからともなく現れ、襲いかかって来たのだ。

 

 

「ガガーラン……!危ない!」

 

「はああああああああああああ!!」

 

 漆黒の騎士、モモンが振るう2つの大剣は、蒼の薔薇の戦士を襲う大天使を真っ二つに切り裂き、聖素へと還元させ消滅した。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)水晶槍(クリスタル・ランス)!」

 

「イビルアイ!あなたは無理に戦わないで市民の防衛に当たって!!」

 

 ラキュースの指示に、モモンも同意し、イビルアイは戦線から離れて市民の保護に回る。とはいえ魔導国側の戦力は圧倒的であり、街には負傷者もおらず、建物の損傷もない。

 

「…………天使なのに全然可愛くない。だから撃つ。」

 

「この天使……わたしを狙って?」

 

 ネイアも背負っていた弓を構え、矢を放つ。天使の軍勢は明らかにネイアを狙ってきたものばかりだ。偉大なるアインズ様の治めるアインズ・ウール・ゴウン魔導国の首都エ・ランテル。自分が来たばかりに、偉大なる御身に恥をかかせてしまった。そんな自責の念がネイアを襲う。その時……

 

「誇るべき我が国の民と親愛なる客人の前で、好き勝手やってくれるものだな。」

 

 後ろから轟く声に、ネイアは全身が赤くなるのを音で感じた。

 

「アインズ様!!」

 

「ネイアよ、このような事態に巻き込んでしまったのは、わたしの不徳がなすところだ。上位排除(グレーター・リジェクション)。」

 

 詠唱のひとつで、無数に居た天使の全てが闇に呑まれ消え去った。それは圧倒的な王の力、またも脳裏に記憶される絶対的な正義。

 

「……モモン、ナーベ。そして噂に名高い冒険者チーム蒼の薔薇の皆さん。この度は我が国の民を救って下さったことに感謝を。治癒を行う、怪我をしている者はないか?」

 

「魔導王陛下にお会い出来て光栄に思います。わたくし蒼の薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。モモン様とナーベ様、そして魔導王陛下が使役されるデスナイトの尽力によって、被害は皆無と言っていいでしょう。」

 

「謙遜することはない。あそこにいる忍者……盗賊姉妹が不審者を捕らえ、仮面の少女が民を護り、アインドラ卿と勇敢な戦士1名が戦っていたことは把握している。わたしは民を護る立場にありながら、遅れたことを詫びる立場だ。」

 

「陛下!あの天使共はわたしを狙ったものです!わたしがこの地にこなければ、首都が襲われることも無かったでしょう!全ての責任はわたくしにあるのです!」

 

「ネイア、ここはわたしの国だ。そして貴殿は客人だ。責められるべきは……」

 

「モモン!!貴様気が触れたのか!」

 

 家屋の上に立つのは、襤褸を纏った男だった。手には魔封じの水晶を持っている。モモンは漆黒の大剣を構え、男をみやる。

 

「おのれ!貴様が元凶か!!罪なき民を巻き込み、何を成そうと言うのだ!!」

 

「貴様……!!何が漆黒の英雄だ!アンデッドに魂を売り渡した背信者め!」

 

「黙れ!その魔封じの水晶を手放し、大人しく降参しろ!貴様の野望は既に破れたのだ!」

 

「何を、何を、何を、何を、何を!!!この裏切り者め!征け、座天使よ!」

 

 男は水晶を天高く掲げ……

 

「へ?」

 

 膨大な光に呑み込まれ、そのまま消滅した。そして六羽を生やした大きな幾つもの顔を持つ異形の……身体のない不気味な天使が天高く降臨する。

 

座天使(オファニム)だと!?大天使の中でも、3大上位天使に位置する存在だ!たとえ魔封じの水晶を用いていようと、ただの神官が召喚出来るレベルを遙かに超えている!」

 

「で、あろうな。盗賊姉妹が捕らえた5人の男達も消えている。恐らくは最後の手札だったのだろう。」

 

「モモン様!!」

 

「ぬううううううううううん!!」

 

 モモンは圧倒的な跳躍力によって200mもの距離を跳び、座天使(オファニム)へ漆黒の剣による一撃を与える。広く深い傷口を与えるも、一太刀での討伐は叶わなかった。

 

「不味い、このままでは!」

 

 座天使(オファニム)は煌々とした力を溜めていき、それは徐々に巨大で神聖な裁きの光となる。

 

 ネイアの手に弓が渡された。見まごうはずもない。ネイアにとってアインズ様……魔導王陛下との始まりの武器、アルティメイト・シューティングスター・スーパーだ。

 

「矢にはこれを使うと良い。」

 

 手渡されたのは、漆黒の刃が夜空の星を思わせる輝きを宿す矢であった。

 

座天使(オファニム)の難度はおよそ210だ。」

 

「に、210!?」

 

「だがモモンの攻撃によって、やつは心臓部を顕わにしている。赤く光る点が見えるか?」

 

 ネイアは目を凝らす。確かに創傷から心臓部と思わしき妖しい光が見える。

 

「射貫け、お前にならば出来る。本来レベル差があれば攻撃は無効化されるが、その弓と矢を使えば、無効化を解除出来るのだ。」

 

 ネイアはアインズに右肩を叩かれる。そして左に温かな感触を覚えた。

 

「…………先輩を信じろ。ネイアなら出来る。」

 

 それはシズの信頼を込めた、宝石の様な緑の眼差しだった。ネイアには不安など既に無い。右には尊敬すべき偉大なる御方がおり、左にはこの世で最も信頼出来る友人がいる。

 

 ……弱いことは悪だ。2人を前にして心の悪を見せられるものか。ネイアは狙いを定め一拍置き、矢を放つ。それは見事に座天使(オファニム)の心臓を貫き、難度210の大天使は塵と消えた。

 

 

 ●

 

 

 忍者姉妹が捜索の限りを尽くし、遺留品から、犯人はローブル聖王国の南派閥神殿勢力であることが判った。ネイアは自国のトラブルを尊敬すべき魔導国に持ち込まれたことから、住民から酷く反発を受けるだろうと覚悟していたが……。住民から浴びるのは、何時かも浴びた事のある英雄を見つめる眼差しであった。

 

「……ヤツを一撃で仕留められなかったのはわたしの不覚。あのままでは民に被害が出ていたことでしょう。ネイア様、ありがとうございます。」

 

 深紅のマントを靡かせた漆黒の英雄……モモンがネイアに深く頭を下げる。魔導国に来てから、天上人に頭を下げられてばかりだ、いよいよネイアの頭がどうにかなってしまう。

 

「ネイア様、皆に勝利を。……これは最も武功を挙げた者がする。そうでしたね、イビルアイさん。」

 

「え!?あ、ああ、そうだぞ、ネイア。モモン様の精強にして可憐な一撃があったおかげとはいえ、座天使(オファニム)の拳の半分ほどもない心臓をあの距離から、それも上空目掛け一撃で射貫くなど、並の射手では出来ない。正直感服した。」

 

「…………後輩。」

 

 皆の視線がネイアに集まる。そしてネイアは胸に手を当て……

 

「魔導王陛下の慈愛を分かち合いし皆様、ここに天使の脅威は去りました。」

 

 〝おおお〟と歓声が沸くも、ネイアはそれを手で抑える。

 

「皆様を護った存在を思い出して下さい。それは最初皆様が石を投げ、唾棄したアンデッドです。……しかし、魔導王陛下に仕えるアンデッドは皆様に石を投げ返すこともなく、唾を吐き返すこともなく、その身を挺して皆様を護りました。今回襲ってきたのは、わたしの国の、わたしの敵でした。それは陛下の慈悲に対し無知であり、そのお力を今のように正しく使える御方であると理解されない憐れな方々です。……意見をお聞きしたいのです、この天使の脅威が去った直後でも、未だ魔導王陛下がアンデッドであるという理由から、受け入れられない方はいらっしゃいますか?」

 

 ネイアは静寂を感じ取り、言葉を紡ぐ。

 

「わたしは他国の人間です。他国の人間だからこそ言います。これほど慈悲に溢れ、お優しく、力を正しく行使出来る王をわたしは知りません。わたくしは、ヤルダバオトという脅威を、魔導王陛下が救ってくれたその日から、強くあろうと努めてまいりました。理想だけでは勝利など出来ません、力だけでは他者を蹂躙する暴力となります。

 

 ……魔導王陛下は正義です!しかし、未だ魔導王陛下に対し無知であり、敵対する者は多くいます!魔導王陛下の御慈悲ある統治の下に居る、羨望すべき皆様!わたくしは魔導王陛下に恩義を返すべく、活動しております!強くあろうと努力しております!皆様も、魔導王陛下に恩義をお返ししようではありませんか!

 

 この勝利を魔導王陛下へ!魔導王陛下の……栄光のために!!魔導王陛下万歳!!」

 

 天へ掲げる指先と、力強い勝ち鬨に民衆が沸き上がる。万雷の拍手が轟き、熱狂に包まれる中……当のアインズだけが呆然と立ち尽くして……民から万雷の拍手を浴びた際の練習をしておけばよかったと後悔していた。

 

 

 ●

 

 

 エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。広々とした一階は全て酒場となっており、ホールには高名な商人や冒険者が集っている。そんなラウンジの一席で、女性5人……アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇一同は優雅にお茶を飲んでいた。

 

 ネイア・バラハの護衛任務の依頼はまだ続いているが、本日はネイア・バラハが戦闘の疲れを癒す目的から王城に保護される事となり、蒼の薔薇一同は黄金の輝き亭を無償で提供され、疲れを癒して貰う方針と相成った。

 

「しっかし、しょっぱなから酷ぇ目に遭ったな。それに目付きの悪い娘は別として……その横に居たメイド悪魔だっけか?俺らより強ぇえぞ。」

 

「まさか初手から鬼札を切って殺しに来るとは思わなかった。いや、不意打ちとしては絶好とも言えるか。」

 

「もう大天使の軍勢が敵であれだけのアンデッドが味方なんて、頭がどうにかなりそうだったわ。それにしても最後に出てきた天使……あれは何?」

 

座天使(オファニム)……上位天使に名を連ねる存在だ。中位天使である主天使が第7位階魔法を駆使できる存在で、その越えられない壁の一個上に居ると言えば……。いや、あのモモン様が放つ渾身の一撃ですら致命傷を与えるのが精一杯だったと言った方が、その強さを理解出来るか?」

 

「……そんなのがまた来るの?だとすれば帰りたい。」

 

「……忍法隠れ身の術。」

 

「いや、有り得ない。あんな化け物がポンポン出てくれば、それは国が滅ぶ時だ。逃げ場などない。」

 

 カラン と扉が開き、やってきたのは無表情の重装備、幼さの残る美少女と、目付きの悪い少女……シズとネイアだった。

 

「シズさん、ネイアさん!?」

 

「おう!さっきぶり!どうしたんだ?」

 

「…………ネイアがみんなにお礼を言いたいって。だから来た。」

 

「も、モモン様は一緒ではないのか!?」

 

「モモン様とナーベ様は、街の皆様のケアに向かわれました。王城からここまでなら、シズ先輩でも大丈夫だろうって。それにここならば蒼の薔薇の皆様もおりますし。モモン様はいざとなれば3秒で駆けつけると言っておりました。あの、皆様!本当にありがとうございました!」

 

 ガクっと崩れ落ちるイビルアイに苦笑しながら、ネイアは深々と礼をする。

 

「我々は仕事でやったに過ぎん。報酬を貰っている身だ。むしろこちらこそ驚いたぞ。」

 

「おう、そうだよ。あの脳筋姉ちゃんのうしろをひょこひょこ付いてた目付きの悪いチビが、随分な成長じゃねぇか!ドラゴンの上では碌に話せなかったからよ、何があったか色々聞かせてくれよ!」

 

「……それは情報提供に金を払わないといけないのでは?」

 

「……さりげない守銭奴魂。あと脳筋が脳筋って言った。否定できないけれど。」

 

「それにしてもさっきの演説、流石【凶眼の伝道師】ね。凄い熱狂。」

 

「ちょっと待って下さい!〝凶眼の伝道師〟ってなんですか!?わたしそんな二つ名なんですか!?」

 

「…………知らなかった?後輩?大丈夫。ネイアの目は味がある。」

 

「シズ先輩!全然フォローになってないです!」

 

「まぁ立ち話もアレだ!座んなよ!おめぇが言った〝強くなる方法〟にゃ興味が尽きねぇからな。」

 

「あ、はい!シズ先輩も!」

 

「…………うん。」

 

 こうして黄金の輝き亭で、なんとも不可思議な女子会が行われるのだった。




 ネイアと蒼の薔薇一同の再開、ドラゴンにおっかなビックリ乗るネイア、入国までの幕間などなどは別に投稿出来ればとおもってます。


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舞台裏 パンドラズ・アクターの暗躍

 ナザリック宝物殿。その談話室で、アインズは縦と横の区別が付かないほど分厚い羊皮紙の束を前にしていた。

 

「……これは?」

 

「はい、アインズ様!この度わたくしパンドラズ・アクターが監督・脚本・演出・配役・音響、その全てをプロデュースした、首都エ・ランテルを舞台とした演目。その台本に御座います。是非アインズ様にもご協力を頂きたくご用意致しました。

 

 開幕を飾る序曲は、襲い掛かる天使達による人間たちの悲鳴(アンサンブル)、前奏曲は天使達と戦い抜く戦士・銃兵・弓手・魔法詠唱者(マジック・キャスター)・アンデッドによる戦闘曲(シュラッハトリート)!!そしてアインズ様(ヒーロー)の登場によるクライマックス!アインズ様の膨大なるお力によって魔の手は去った……

 

 ……と!思わせての、最大なる危機、座天使(オファニム)の降臨!!!ここでもう1人の主役にしてヒロインたるネイア・バラハの登場です!……ああ、勿論横にはアインズ様ともう1人のヒロイン、シズが居る予定です。アインズ様が手渡すのは始まりの武器、アルティメイト・シューティングスター・スーパー!!そしてアインズ様とシズに見守られ、力を貰い受けた彼女は!見事、座天使(オファニム)の心臓を射貫き、大団円による閉幕(グランド・フィナーレ)。 

 

 ……からの、ネイア・バラハによる大演説(カーテンコール)!!そしてアインズ様を讃える観客の止まない喝采がReich(ライヒ)の彼方まで響き渡る!

 

 と、演目は、以上の三幕を予定しておりますが、如何でしょうか?」

 

「う、うむ。お前に任せるとわたしは言った。ならば最後まで勤めを果たしてみせよ。」

 

(デミウルゴスの紙一枚の「あとはアインズ様にお任せします」な台本も困るけれど、こんな分厚い台本覚え切れるかよ……。何でこうも皆極端なんだ、ナザリックの人材は!)

 

「アインズ様、準備に際しまして、このように……」

 

 パンドラズ・アクターがくるりと旋回すると、その姿は白の外套を羽織った人間の姿となる。

 

「……ローブル聖王国の南貴族の方々にも演出へご協力頂くため、スレイン法国からの使者を偽り接触を持っております。転移門(ゲート)で魔導国へご招待し、こちらが手渡す天使・アンデッド召喚の魔水晶でエ・ランテルを襲って頂く手筈に御座います。」

 

「ふむ。しかし、いくら何でもいきなり現れた人間を相手は信じるか?」

 

「ご安心下さいアインズ様。既に1度目の接触は済んでおりますが、反応は上々です。南部派閥の神殿が抱く危機感は相当なものです!わたくしから冒険者モモンの存在が御身を本心では憎んでいるという偽情報、そしてネイア・バラハを魔導国内で暗殺する利点を説き、逃げ道としてスレイン法国への亡命を釣り餌とすれば、必ず食い付くことでしょう。それほどに彼らは追い詰められております!」

 

「だが、我が国の首都エ・ランテルが襲われるか……。」

 

「他国の侵略を許したことはデメリットになりますが、此度の演目はそれ以上のメリットがあるかと……。まずは聖王国南部を掌握するに足る大義名分、そしてエ・ランテルを無傷で防衛し、地位を盤石にされたアインズ様で御座います。また蒼の薔薇のFräulein(フロイライン)たちを助演として参加させますが、魔導国の防衛機能及び、アインズ様の作製なされたアンデッドの規律と統率の素晴らしさ、そしてネイア・バラハとシズの存在を伝え広める者として活かすメリットがあるかと具申致します。」

 

「ええっと……、蒼の薔薇か。………………どのページだ?……待ち合わせ場所で天使とアンデッドに襲わせるとあるが?」

 

「はい、最初に彼女達へ、天使が敵であるという認識を持って頂くために御座います。草原では天使とアンデッドを襲わせますが、エ・ランテルでは天使だけを襲わせます。これにより、例え敵対勢力でも、アインズ様の庇護下に居れば、アンデッドの脅威は無く、統率をとることが出来ると印象付けることができましょう。」

 

「……相手が不快に思い、リ・エスティーゼ王国へ踵を返してしまう可能性について意見を述べよ。」

 

「他の4名は解りませんが、少なくともイビルアイ……仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は必ず同行するでしょう。彼女はリ・エスティーゼ王国におけるヤルダバオト襲来の時、アインズ様に助けられた恩義を強く持たれている。いえ、モモンに恋慕しているともいえましょう!ああ、流石はアインズ様!!待ち合わせ場所には、天使とアンデッドではなく、可憐な花束を置いておきたいほどです!」

 

(それはないな……。あの赤い仮面からは敵意しか感じたことはないぞ?)

 

「ふむ、大体解った。デミウルゴスやアルベドの反応は?」

 

「最初は〝偉大なるアインズ様の国を人間如きに襲わせるなど!〟と反対の立場でしたが、メリットを説き、以前アインズ様がお考えになられた〝避難訓練〟を例に出し、なんとか納得していただけました。」

 

(ヤベ、こいつ意外と口が上手い。デミウルゴスとアルベドを丸め込むなんて俺でも一苦労なのに!それにしても、俺の黒歴史に、アルベドとデミウルゴスはどんな反応を見せて会話してたんだ?気になる……いや、半分知りたくないけれど。)

 

「そうか、あの2人も同意しているならば問題無いだろう。勿論留意しているとは思うが、一時的にでもナザリックの秘宝を敵に渡すのだ。情報や技術が他国へ漏れることが無いように。」

 

Die Toten schweigen(死体は何も話さない)。勿論、出番が終わった役者には舞台から退場して頂く予定です。」

 

座天使(オファニム)を秘めた魔封じの水晶か。ただの神官や人間程度ならば、その力に呑み込まれるだろうな……。」

 

(全く召喚魔法を秘めた魔水晶まで大量に生産するなんて、大盤振る舞いしすぎな気もするけれど……。とはいえ、全部任せると言ったのは俺だし、パンドラに費用対効果を求めた俺が馬鹿だったか。アルベドやデミウルゴスにも話が通っているなら、今更〝やっぱり無し〟なんてちゃぶ台返し言えないよなぁ。3人を説得出来る理由なんてとても浮かばない……。)

 

「相手が世界級(ワールド)アイテムを所持している可能性があった場合、即座に帰還し報告せよ。」

 

「畏まりました、我が創造主にして至高の主、アインズ様。」

 

「大体の流れは把握した。だが、どのような事柄にも不慮の事態というものはある。臨機応変な対応を期待して居るぞ。」

 

「勿論です!そのご期待に沿える様、このパンドラズ・アクター、一層の努力をさせていただきます!!」

 

(まったく、俺が讃えられて拍手で大団円なんて、そもそもの着地点がおかしいんだよ。)

 

 ……アインズはパンドラの作製した台本をぱらぱらと捲りながらそんな思考に耽っていた。

 

 

 ●

 

 

「これが第七位階魔法上位転移(グレーター・テレポーテーション)を超える、転移魔法の極致、転移門(ゲート)……。」

 

「はい、そしてこの先こそ我々スレイン法国が針の糸を通すように何度も試行錯誤を重ね、犠牲を払い、やっと得た〝魔導国首都エ・ランテル〟への密入国窓口です。廃屋の二階に繋がっており、地下室には第六位階魔法の認識阻害を掛けております。」

 

「しかし、こんなにも大量の召喚魔法を宿した封印の魔水晶といい……、我々に求めるものは本当にネイア・バラハの暗殺だけでよろしいのですか?」

 

「勘違いされては困ります。〝魔導国内におけるネイア・バラハの抹殺〟です。その難易度を考えれば、これくらいの支援は当然です。彼女の活動は人類の存在を脅かす、そして彼女の存在は余りにも大きくなりすぎました。これは人間という種族の矜持を懸けた戦いです。」

 

「おお!あなたこそ、正に人類の希望です!」

 

「いえいえ、それはこちらの台詞……。さて、長話していては転移門(ゲート)を感知されてしまう。早く潜って下さい。」

 

 襤褸を纏った6人の神官と従者が門を潜ったのを確認し、スレイン法国の使者――役のパンドラズ・アクターも後に続く。

 

「……では門を閉じます。任務が終わり次第、若しくは不慮の事態によって出国する場合、この羊皮紙(スクロール)を用いてわたしに伝言(メッセージ)を下さい。モモンへの接触方法は先にお伝えした通りです。彼は本心からあの魔導王に従っていない。それは我々の調査からも明らかです。ですが表だって話も出来ませんので、ここの地下をお使い下さい。また、話には聞いていると思いますが、街にはデスナイトなど高位のアンデッドが多数おります。恐怖を抱いても悟られないように。」

 

「何から何まで……感謝を申し上げます。」

 

「そしてこれを……。こちらは切り札としてお使い下さい。例え魔導王であろうと容易に討伐は出来ないでしょう。」

 

「なんと……これほど膨大な【聖】の力など、感じたことが御座いません。これは!?」

 

「上位三大天使……座天使(オファニム)を宿した水晶となっております。難度にして……210と言ったところでしょうか。さぁ他の皆様もお手に取り、その力を確かめて下さい。」

 

「210!?確か、彼の悪魔メイドが150前後とされておりますが、それよりも上であると。」

 

「とはいえ、法国でも稀少な品。本当に命が危なくなった際の時間稼ぎなどにお使い下さい。……出来れば返していただけるのが望ましいです。」

 

「畏まりました。人類の脅威、この我々が討たせて頂きます。」

 

「はい、……とても楽しみにしております。」

 

 

 ●

 

 

「よくお越し下さいました、モモン様、ナーベ様、そして……横にいらっしゃるのは、噂に名高いリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇の皆様でしょうか?初めまして、わたくしバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスです。皆様のお噂はかねがね。」

 

「ジルクニフ様、バハルス帝国におけるネイア・バラハ様、シズ・デルタ様の護衛を果たして頂き、感謝申し上げます。ここから先は、わたくし共と蒼の薔薇の皆様で、護衛を引き受けさせて頂きます。」

 

「これがドラゴン……初めて見た……。あ!蒼の薔薇の皆様!お久しぶりです!」

 

「よぅ!見ない内に随分偉くなったみてぇじゃねぇか!目付きが……あ、目付きは変わらねぇな。顔付きが段違いだ!」

 

「今さらっとヒドイこと言いませんでした!?」

 

「はいはい、仕事中。ということで、わたし達もモモン様、ナーベ様と一緒にあなたを護衛するわ。よろしくね。」

 

「……皆様かなり装備を固められているようですが、道中に敵が?」

 

「ほう、随分と見る目を養ったな。……モモン様。」

 

「ええ、隠していても仕方がないでしょう。……本日になり、我々は道中、天使とアンデッドの軍勢に襲われました。バハルス帝国で何かあってはと危惧しておりましたが、何も無かったようで安心しております。」

 

「ほう……。」

 

「ジルクニフ陛下、何か?」

 

「いや、済まない。つまらない考え事だ。話すほどのことでもない。」

 

「ジルクニフ様は聡明であられる、是非我々にもそのお考えを共有していただければ。勿論口外は致しません。この剣に懸けましょう。」

 

「わたしの考察など、魔導王陛下の足下にも及ばないよ。……聞いても不愉快に思うだろうそれでも?」

 

「……ネイア様。」

 

「わたしも是非お聞きしたいです!」

 

「そうか……。ただ、そうだね。この先の旅は確かに危険かもしれないと思ったまでだ。」

 

「その理由は?」

 

「バラハ殿、君は自分が命を狙われる立場にあることを自覚しているかい?」

 

「あ、はい。やはり神殿勢力や南貴族の派閥などは、わたしの力不足で、愚かにもアインズ様を敵視しております。」

 

「その敵意は君にも向いている、そして君が思う以上に強烈なものと推測出来るだろう。しかしローブル聖王国で君を暗殺することは出来ない。君は殉職者として祀られ、活動はより激化するだろう。そうなれば最悪は内戦だ。そして全てが灰燼となり、何処かの属国となるだろう。ではどこがよいか? ……魔導国内で殺されることが望ましい、殺した相手がアンデッドならば文句はない。

 

 そうすることで神殿も南貴族の派閥も、カスポンド聖王陛下をその地位から引きずり下ろす大義名分を得る事が出来る。バハルス帝国で暗殺の動きさえなかったのは、わたしという緩衝材があったためだろう。つまりは、魔導王陛下直轄のエ・ランテルで行動を起こされる可能性が非常に高い。……そんな考えをしていたのだよ。」

 

「では……わたしがエ・ランテルに行くことで、魔導王陛下にご迷惑が……」

 

「…………気にすることはない。ネイアは無事に生きて帰す。」

 

「シズ様の言う通りです。しかし、命を奪われることを不安に思うのでしたら、魔導王陛下へ具申し、帰国の手配をさせますが。」

 

 ネイアは思わずシズを見る。その無表情には……深い寂しさの感情が宿っていた。

 

「…………ネイアは護る。アインズ様の国はとても安全。是非来るべき。」

 

「……!ジルクニフ陛下!わたくしに弓と矢を貸して下さい!わたしは弱さは悪であると知った身です。ただ護られるだけの立場には、もう二度と甘んじません!」

 

「ああ、構わないが……。そこの者!宮廷で一番良い弓と矢を持ってこい!」

 

「なるほど、確かに以前の小娘とは別人の様だ。」

 

「ではパン-モモンさん、蒼の薔薇のみなさん、客人の方とシズ――様。準備が整いましたらフロスト・ドラゴンへ騎乗してください。客人の方は、念のため飛行(フライ)を宿したペンダントを。」

 

「うわぁ……。アインズ様とご一緒に戦わせて頂いたとき以来です!シズ先輩は?」

 

「…………わたしはいらない。落ちないだろうし、ドラゴンの高度なら落ちても問題無い。」

 

「流石は噂に名高いメイド悪魔ね。」

 

「待たせて済まない、帝国でも指折りの弓と矢をお持ちした。魔導王陛下の品と比べれば大分劣るだろうが、鋼の盾程度ならば3枚ほど貫通させられる。」

 

「ええ、サイズも合いますし、良い弓です。ありがとうございます。」

 

「それでは出発致しましょう。フロスト・ドラゴン、エ・ランテルへ向かってくれ。」

 

 

 ●

 

 

 ……パンドラズ・アクターは、漆黒の仮面の内側で今にも漏れ出そうな鼻歌を我慢していた。役者は揃った、舞台も整えた。あとは台本通りに演じるだけ……演じて貰うよう誘導するだけ。〝戦闘は始まる前に終わっている〟というのは、至高の創造主たる主、アインズ・ウール・ゴウンの金言であるが、演目も始まる前に全てが終わっていなければならないのだ。

 

「なんだ!?天使と……アンデッドの軍勢!?」

 

「アンデッドは魔導国内において、全て魔導王陛下の配下となります!! 攻撃してくることはありません! 我々の敵は天使です!!」

 

「ティア・ティナ!これは召喚された代物だ!召喚主がいる、その捜索に当たってくれ!……ラキュース、それでいいな!?」

 

「ええ、戦いはわたし達に任せて!」

 

 そうして歓声と同時に幕は上がった。




 色々書いていたら一万文字越えてしまい、諸々削ったらほぼ会話劇になりました。逆に読みにくかったらすみません。


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ナザリック地下大墳墓

 魔導国首都エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。時刻は日も落ちた夜。1階の酒場では、冒険帰りの高名な冒険者や商談終わりの商人が各々酒を楽しんでいる。

 

 そんなロビーにやや異質にも映る光景、7名の女性達……アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇一同、そしてシズ、ネイアが同じ卓を囲み雑談をしていた。……もっとも、蒼の薔薇にとってはただの雑談ではない、千金に値する情報収集の場にもなり得る話し合いだ。

 

「しかし本当にあのヤルダバオトから、配下のメイド悪魔の支配権を奪還するとはな……。シズと言ったな。リ・エスティーゼ王国で、わたしと戦ったことは覚えているか?」

 

 シズは〝チョコレート味〟をストローでちゅうちゅうと吸いながら首を横に振った。

 

「…………ぼんやりしていた。あまり良い記憶でもない。」

 

「そうか……、悪い事を聞いたな。許せ。」

 

「…………構わない、今のわたしはアインズ様のもの。ネイアも言ってた。」

 

 ネイアは堂々と〝アインズ様のもの〟と断言出来てしまうシズに羨望を覚える。ネイアも〝自分はアインズ様のもの〟なんて言える日が来たらどれだけ嬉しいだろう。アインズ様ほど偉大な王はこの世に居ないと断言出来る今でも、自分はローブル聖王国に籍を置く身、所詮は〝他国の人間〟なのだ。

 

「それにしても、本当に良い街ね。夜になっても街灯が絶えないし、女性や老人が歩いている姿まで見えるわ。」

 

 ラキュースが投じたのは話題を振るというよりも、情報収集の釣り餌だ。相手によっては警戒され、口を閉ざしてしまうような抜き身のものだが、その時は別の策を考えよう。そんな一言だったが……。

 

「そうなのですか!わたし、皆様とお会いするためにリ・エスティーゼ王国に行った時と、魔導国へご招待された今回以外に他国を知らないのです!!具体的に何処が素晴らしいのでしょう!いいえ、アインズ様の治める国なのですから、とても一晩では語れない素晴らしさとは思いますが、どうか学の無いわたしにも皆様のご意見を聞かせて下さい!」

 

 釣り糸を投じた瞬間、鮫が群がってきた錯覚にさえ陥る。身を乗り出すネイアは目を爛々と光らせており、腹芸の必要な情報収集の場とはまた別の危うさを覚えた。

 

「そ、そうね。まず、街の一定区画に街灯が配置されていること。街の暗さは犯罪を誘発させるわ。街そのもの……はあまり変わらないけれど、清掃が徹底されていて、割れた窓のひとつもない。孤児や浮浪者の徘徊も見えない、孤児院などの福祉が格段に整備されている。簡単に纏めるとこんなところかしら。」

 

「なるほど!ローブル聖王国でもヤルダバオト襲来の以前は女性の一人歩きは結構見ましたし、復興途上の現在でも、目立った治安悪化は無かったので、他国の皆様からの意見はとても参考になります!」

 

「前者は言葉は悪いが平和ボケだな。後者はネイアが民を団結させている影響も大きいだろう。農民を徴兵した雑兵とは異なる、練度が高い軍勢20万など、一国の王でもまず手に入らない。更にその動きが未だ拡大しているともなれば、それは脅威の一言だ。」

 

「いえ、わたしの力など大したものではありません!全てはアインズ様のお導きです!」

 

「……本心からの言葉だな。」

 

 イビルアイは〝だからこそ恐ろしい〟という言葉を呑み込む。〝狂信者ネイア〟率いる『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』。その団体が保有する武装親衛隊の噂は、都度都度耳にしているが、張本人を前にすると、一見すれば……目付きの悪いだけの、ただの少女だ。強軍を率いているという驕りも傲慢も感じない。

 

 それに座天使(オファニム)を討ちとった後の大演説……、蒼の薔薇一同が驚愕したのはその射手の能力以上に、扇動者としての力だった。

 

 魔導王に心酔する気など更々ないイビルアイさえも、鼓動を止めた心が動かされる魔法のような弁論術であり、【凶眼の伝道師】の恐ろしさ、その一端を垣間見た。彼女が旗手となる『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』は、今後更なる躍進を遂げるだろうと確信を持てる。

 

「魔導王陛下によるエ・ランテル統治が、リ・エスティーゼ王国の統治下にあった時分よりも安定しているのは確かだ。先程ラキュースが言った街の改革、そしてデス・ナイトによる日中夜に渡る絶えない警邏。犯罪行為が行われるとも考えにくい。」

 

「ああ、ここで犯罪やらかす輩が居るとすりゃ、そりゃ自殺志願者くらいなもんだ。」

 

(やはり魔導王陛下の統治こそが、今のローブル聖王国に必要……。わたしもまだまだ精進しないと。)

 

「それにしても聖騎士見習いの従者たるネイアが、どのようにここまで力を得たのかは本当に興味が尽きない。」

 

「それは勿論!魔導王陛下のお陰です!【正義とは何か?】その疑問に辿り着け、弱き事が悪であると知ったからに他なりません!」

 

「……そうか、ならば違いないのだろうな。」

 

 先程から何度かネイア・バラハの劇的な変化・強化の源泉、その理由を知ろうと問いかけるも、ネイアの返答は〝魔導王陛下のお陰〟一択だ。短期間で異常なまでの〝れべるあっぷ〟を経ており、これが狂信のみで成せる業とは思えない。

 

 だが、本人でさえ自覚が無いことを聞き出す事など不可能だ。一番の興味であったが、こうなればお手上げとしか言いようが無い。

 

 カラン と 扉が開く。

 

 そこには幾多の宝石によって彩られた黒いローブを纏った、眼窩に赤黒い焔の瞳を揺らめかせる死の支配者(オーバーロード)。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下その人である。

 

 黄金の輝き亭に居た全員が一斉に平伏し、蒼の薔薇、シズ、ネイアも頭を下げる。

 

「よい、頭を上げ、楽にせよ。……さて、女性たちの語らいを邪魔する無粋を許して欲しい。そろそろ夜も深くなってきたのでな、シズとネイアを迎えに来た。」

 

「アインズ様御自らそんな!!」

 

「何、客人を歩いて帰らせるなど、無礼な真似は出来ん。さて、冒険者チーム蒼の薔薇の皆さん、先程も述べさせて頂いたが、改めて。我が国の民を救って下さったことに感謝を述べる。この恩義はいずれ形のあるものでお返ししたい。だが、まずは感謝を……。」

 

「ま、魔導王陛下!!頭をお上げ下さい!我々の微力など、陛下やモモン様に到底及ばぬ稚拙なものです!」

 

 頭を下げた魔導王陛下を見て、ラキュースが悲鳴にも似た声を挙げた。ラキュースはただの冒険者ではない。リ・エスティーゼ王国の貴族令嬢という身分も持ち合わせている。そんな人間に一国の王が頭を下げる意味を解らぬアインズ様ではないだろう。

 

 ネイアにはラキュースの気持ちが手に取るように解る。彼女はアインズ様が正義だと確信する前の自分だ。魔導王陛下が慈悲に溢れ、絶対的な力を持ちながらも、相手と対等の立場まで視点を下げ考慮なされる度量を持ち合わせ、礼を尽くす事の出来る偉大な王であることを知る前の自分なのだ。

 

「いいや、国を治める者として、国土や国民を護ってくれた恩人に礼を尽くすのは当然のこと。本日は戦いの疲労を癒してくれたまえ。……<転移門(ゲート)>。」

 

 フィンガースナップと共に現れた、楕円形の歪曲した空間。ネイアは蒼の薔薇一同に一礼し、シズと共に魔導王陛下の後ろへ付き添い……転移門(ゲート)を潜って、3人の潜った転移門は消失した。

 

「……ありゃあ、想像以上に、何と言うか、とんでもねぇな。」

 

 〝化け物〟という言葉を辛うじて呑み込んだガガーランから、絞り出すような乾いた声が漏れた。

 

「ええ、お礼の品と言っても、国王陛下からの下賜品以上の品でしょうね。断るのは無礼にあたるでしょうし。」

 

「我々はモモン様から報酬を受けた仕事をこなしたまで……と、立場を明確にする他無いだろう。モモン様にも助力して貰おう。」

 

「……お礼の品がモモン様が一日蒼の薔薇に協力する権利だったら?」

 

「馬鹿者!それはモモン様の心情を弄ぶ事になる。そんなもの受け取れるはずがないが、どうしても、だがしかたなく、我々は必死に断るが、モモン様もその提案に吝かでないのならば、やむを得ず受け取るしかないだろう。」

 

「言葉の前後で大分葛藤が見えた。」

 

「……何この子必死。」

 

「…………!!!!」

 

 

 ●

 

 

 転移門を潜った先は、ネイアの旅が始まった場所、アインズ様に謁見をした玉座の間であった。玉座の横に何時も佇んでいた美女アルベドの姿は無く、出迎えた美しいメイド2人が深々と一礼をする。アインズ様はローブを翻して玉座に堂々と鎮座し、ネイアはシズと同時に跪く。

 

「ネイア・バラハ。この度は大変迷惑を掛けた。我が国の首都で客人が襲われるなど、統治すべき王として失格であるな。」

 

「そのようなことは御座いません!相手は狡猾にもわたしを狙ってきた刺客です!むしろ御身の国を煩わせたわたしを罰して下さい!」

 

「何をいうか、最大の脅威である座天使(オファニム)を討ちとったのはネイア自身。よくぞあの強敵を倒してくれた。あの偉業がなければ、民にも被害が出ていただろう。」

 

 ネイアは自分の力をそこまで過信していない。アインズ様のお力があれば、あの程度の天使など一瞬で片付けられたはずだ。

 

 それでも自分に討伐を譲って下さったのは、贖罪の機会を与えて頂いた御慈悲に過ぎない。もっと考えを深めれば、魔導王自らが南部派閥の刺客である敵全てを倒してしまえば、最早ローブル聖王国南部と魔導国は戦争への道しかない。

 

 そこで自分が……ローブル聖王国北部の人間が最大の敵を討つことで、配下や民衆の怒りに対する緩衝材とし、即座の戦争行動を回避することが出来る。本来は争いを好まず、和平を愛する、慈愛溢れる御方だ。自分に弓と矢を託してくれたその御手には、他にもネイアも及ばぬ深淵にして偉大なお考えをお持ちに違いない。そのお心遣いに目頭が熱くなり視界がぼやける。

 

「ふむ……。納得いっていないようだな。だが、ネイア・バラハ。お前を信じたわたしの行動を、お前は信じてくれないのか?」

 

 その言葉はずるい。ネイアはそう思いながら、敬愛するアインズ様のお顔が見れなかった。自分はどれほど酷い顔をしているだろう。 

 

「アインズ様……わたしは……わたしは……」

 

「ネイア……強くなったな。」

 

 もう限界だった。涙腺の堤防は決壊し、だくだくと涙が溢れていく。自分は弱さを悪だと知り、アインズ様を……その偉大なる御身のため強くなる決意を固めたのだ。アインズから強さを認められることは、ネイアにとって万の礼賛や賛美を遙かに上回る、神より賜る福音だった。

 

「あ……あ、あイ、アイ……ンズ様……。」

 

「あーー。そこまで感涙するほどの事はないぞ。それに、ほら、あれだ。涙を拭え。」

 

 ゴシゴシと乱暴に顔を拭われる感覚……ネイアはまたもシズ先輩のハンカチを汚してしまった。

 

「あ、ありがとうございます。洗って返します。」

 

「…………うん。また鼻水がついたのはショック。でも気持ちは解る。許す。」

 

「さて、ネイアよ。ここは以前エ・ランテルで聖騎士団と会った王城と別の場所にある。言うなれば魔導国の総本山だな。客間を用意しているので、今日はそちらで休むと良い。ツアレ。」

 

「はい。」

 

 メイドの1人が玉座の前まで歩き、跪いた。

 

「この場所には人間のメイドが2人しか居ない。1人はちょっと特別でな。王城に居る間、ツアレをネイア・バラハ専属のメイドとする。シズ、ネイア、もう楽にしたまえ。……ツアレ。」

 

「はい。……初めまして、ネイア・バラハ様。わたくし、アインズ様よりネイア・バラハ様のお付きを賜りました、ツアレニーニャ・ベイロンと申します。不束者ですが、何なりとお命じ下さい。」

 

 ツアレというおよそ10代後半の、青い瞳に綺麗で艶のある金髪を持つ愛嬌のあるメイドは、洗練された見事なカーテシーでネイアに挨拶をする。女性であるネイアでさえ見惚れてしまいそうだ。

 

「では部屋へ案内せよ。……シズも、ネイアと同じ部屋でいいか?」

 

「…………お願いします。」

 

「では、御前、失礼いたします。」

 

 ネイアはアインズの用意した転移門(ゲート)を潜り、玉座の間を後にした。……その先は、廊下の先が見えないほど広大な空間。見上げるような高い天井には、シャンデリアが一定間隔で吊りさげられ、白を基調とした壁や、大理石の床は隅々まで清掃が行き届いており、宝石のように光が乱反射して輝いている。荘厳と絢爛さを兼ね備えた、正しく神の住まう別世界だった。

 

「ではこちらが客間となります……っえ!?」

 

 ツアレが驚いた悲鳴を挙げた先には、5人のメイド服姿をした美女が並んでいた。

 

 夜会巻きにした黒髪の落ち着いた雰囲気の眼鏡を掛けた美女、悪戯っぽい笑みを浮かべる褐色肌をした赤毛を三つ編みにした美女、きめの細かい色白の肌にお淑やかそうな雰囲気をした長い黒髪を後ろで束ねた美女、長い縦ロールの金髪で豊満な胸を持つ美女、シズのように仮面のような表情の奇妙な見たこともない服装に身を包んだ美少女。

 

 その全員がネイアを見つめていた。

 

「え、あの……。」

 

「どうも~~、わたし達もシズと同じメイド悪魔っす~! シズの友達と聞いて皆で見に来たっすよ! あ、わたし、ルプスレギナ・ベータって言うっす! ルプーって呼んでくれてもいいっすよ?」

 

「め、メイド悪魔!?そういえば、5人居ると聞いていたけれど。あれ?6人?」

 

「ああ……。我々ヤルダバオトに操られていたのは、全部で6人だったのです。それにしても噂には聞いておりましたが、アインズ様への素晴らしい忠誠をお持ちのようですね。人間は皆こうあるべきです。……御挨拶が遅れました、私はアインズ様へお仕えし、その命を捧げる、シズを含む戦と……メイド悪魔六姉妹(プレアデス)のまとめ役、ユリ・アルファと申します。」

 

「わーぁい!妹のおともだち~~!わたしエントマ~~。」

 

「…………ネイア。この子はわたしの妹。勘違いしてはいけない。」

 

「へぇ。美味しそうな子じゃない。……冗談よシズ。わたしはソリュシャン、よろしくね。ネイア・バラハさん。」

 

「……ナーベラル・ガンマ。確かに人間にしては見所があるわね、シズの友人としてはギリギリ及第点かしら。」

 

「あれ?ナーベさん!?」

 

 そこには本来〝漆黒の英雄〟モモンと共にいるはずの美姫ナーベがメイド服に身を包んでいた。

 

「ああ、ナーベラルはドッペルゲンガーと言う種族で、アインズ様のご命令で、美姫ナーベの力を持つように命じられているのです。ただ、混乱を招くからこのことは秘密にしてくれる?」

 

 なんだか言葉を選ぶようなユリの説明に違和感を覚えるが、ネイアはそういうものだと納得する。

 

「はい、アインズ様の寵愛を一身に受けたる皆様の前で、このような事を言うのは大変おこがましいですが、わたくしの命の恩人にして救国の英雄。そして偉大にして尊敬すべき御方であらせられるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の御名に誓い、口外しない事を約束します。」

 

「中々解ってる子じゃないッスか~~! んでんで! シズとはどんな感じで友達になったっすか!? 教えて欲しいっす!」

 

「そうね、シズは寡黙すぎるわ。詳しく聞かせて頂戴?」

 

「ええ、夜は長いですから、お茶とお菓子をご用意しているわ。……ツアレ、あなたは座って休んでいていいわ。」

 

「あ、はい!」

 

「……えっと、その。」

 

 そうしてネイアの長く騒がしい夜が始まった。



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幕間 野望と決意

 番外編です。ネイアちゃんとプレアデスの女子会はしばしお待ち下さい。


「貴様!遂に気が狂ったか!!何度も言うように、魔導国はお前の兄を殺した恐ろしいアンデッドが支配する国なのだぞ!!そんな国に、しかも伯爵様にも独断で入国するなど、何を考えている!」

 

 フィリップは父親の激昂に憐憫の目を向ける。父親が怒りを示すことなど既に計算済みだ。この頭の固い領主貴族は時代の変化についていけない哀れむべき存在だとフィリップは既に割り切っている。一応立場上報告をした方がいいだろうと、伝えただけに過ぎない。

 

「人脈作りですよ父上、今魔導国にはローブル聖王国より賓客が来ているといいます。それなのに、リ・エスティーゼ王国からは1人の使者も出していないと言うではありませんか。これは好機なのです。」

 

 何でもその賓客とはローブル聖王国で『魔導王陛下に感謝を捧げる会(仮)』の代表をしている人物であり、20万もの武装親衛隊からなる私兵を持ち合わせる少女だという。自分も魔導王なるアンデッドには感謝をしている身だ、きっと話が合うに違いない。そういう意味でも、未だ必要以上に魔導国を敵視する頑固者が多い馬鹿な貴族共よりも、自分が最適なのだ。

 

「……そもそも、賓客が来ているなら尚更だ。他国の人間が赴くなど、許されるはずがないだろう。」

 

 目の前の馬鹿は何を言っているのだ?

 

 自分の立場になって考えることも出来ないのだろうか、自分が他国で持て成されている時、更に他の国からも自分を讃える人間が来れば愉悦を覚えて然るべきだろう。目の前の頑固者と血が繋がっていると思うだけで嫌悪感が走る。だがなんとかイライラを抑え、既にヒルマを通じて決めた結論を述べる。

 

「魔導国への入国は既に日時も決まっております。話は以上です、父上。」

 

 自分の偉大な考えに及ぶことさえ出来ない哀れな無能を睨み付ける様に、フィリップは父親の部屋から去っていく。ヒルマは目を爛々とさせて『魔導王陛下に感謝を捧げる会(仮)』の代表だという少女の凄さを滔々と説いていた。それほどの人物と接触を持て、駒として操れたならば、こんな辺鄙な領地ともおさらばだ。

 

 興奮が止まらない、この旅は最初の階段だ。魔王を支配し、やがてアルベドと結ばれるための……。

 

 

 ……しかしその数日後、魔導国首都エ・ランテルにおいて賓客を狙った刺客が現れたため、入国そのものが中止となってしまった。

 

 胃痛で死にかけていたヒルマがその報告を聞き、安堵の余りその場で失禁し糸が切れた様に意識を失ったことは余談である。

 

 

 ●

 

 

 エ・ランテルの執務室。そこでアルベドとデミウルゴスが感極まった様子で話し合っていた。

 

「……アルベド、アインズ様の国である首都エ・ランテルが人間如きに襲われたというのに、随分と楽しそうな顔ではありませんか。」

 

「それをいうならデミウルゴス、あなたもよ。」

 

「いやいや、世界征服において、〝恐怖による統治は望まない〟とアインズ様は仰っていた。わたしは単に暴力的な支配を望まれていないだけと捉えていたが、またしてもアインズ様の意味するお言葉を心得違いしていたようです。……恐怖による統治にも、様々な種類があるのだとね!」

 

「アインズ様が仰ったのは〝直接の暴力でねじ伏せる〟統治はお望みにならないということ、しかし……」

 

「外敵や危険を常に民衆へ意識させ、アインズ様の庇護下においての安全……従属を絶対なものとする。つまりは〝単純な恐怖ではなく、恐怖を巧みに使いこなした統治を行え〟という意味だったのでしょうね。実際天使達が襲来した後の、アインズ様への平伏は絶対的だ。あのネイア・バラハの煽動も一役買っている。情報の伝達の大部分が行商人や口コミに依存しているこの世界において、扇動者や演説家とは、こうも力を発揮するものとは……。」

 

「アインズ様はここまで読まれ、ネイア・バラハを魔導国へ招いた訳ね。」

 

「ええ、我々へ遠回しに、〝情報伝達の重要性〟〝この世界における扇動者の有用性〟〝恐怖を巧みに使用した統治〟をご教授下さったのでしょう。我々は第二のネイア・バラハ……若しくは、人伝に依存しない情報伝達の手段を整える必要がある。そう、ウルベルト様もこの様な御言葉を残されていた。〝プロパガンダには悪の美学がある〟と。」

 

「これは忙しくなるわね、デミウルゴス!」

 

「全く、アインズ様はどれだけ我々を驚愕させてくれれば気が済むのでしょうか。あと二日か……。どうなるか楽しみだ。」

 

「アインズ様のお考えに間違いなどあるはずがありませんもの。そうそう、ローブル聖王国の南部はどうするつもり?」

 

「それこそアインズ様が我々への課題とされた〝恐怖を巧みに使った統治〟の実験場とさせてもらう予定です。ネイア・バラハが事を治めたことで、戦争行動に発展させるまでのことも無い。アインズ様は素晴らしい駒だけでなく、盤上まで整えて下さった。……さぁアルベド、計画を練りましょうか。」

 

「そうね、アインズ様のご期待に応えるために。」

 

 

 



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プレアデスと伝道師

注:オーバーロード13巻のネタバレがあります(今更感)……というか、13巻読破せずにこのSSをご覧になっている猛者などおりませんよね。

注2:見る人によってはR15っぽい表現があります。


「こうして、アインズ様は、我々聖騎士団では為す術もなかった、収容所に捕らわれた仲間達を解放して下さいました!そうして尊い犠牲を前にあえて強い言葉を掛け、そうして私の横で語られたのです。〝自分の大切な存在に一番の高値を付けられるのは自分だけだ〟。……と。あれ程強大な力を持つアインズ様でさえ、今以上に強くあろうと、自らの治める魔導国--その子ども達や皆様の未来のため、更なる高みへと決意を語られたのです!わたくしは頭に稲妻が走りました!!」

 

「そして、市街戦での激戦の後、わたしはアインズ様に命を救われました。アインズ様こそが絶対の正義であると確信した瞬間です!その荘厳にして偉大なるお姿は後光に煌めき、身動きが取れないでいたわたしを、優しく抱えて下さいました。」

 

「市街戦を終えた時、被害の状況をアインズ様へお伝えした衝撃は忘れません。なんと他国の民であるローブル聖王国の民兵の死を本心から嘆いて下さった!「そうか、そうなのか。残念だ。」と……、わたしはアインズ様の御慈愛に溢れる御言葉に感銘を受けました!何よりも、このわたし自身、アインズ様よりお渡し頂いた武具・防具の数々がなければ、天に召されていたことでしょう!この世にこれ程御慈悲溢れる王は存在するでしょうか、いいえ、存在しません!」

 

「一度は、我々の無力による魔力の枯渇から、ヤルダバオトをあと一歩まで追い詰めるも、丘陵の彼方へと飛ばされてしまったアインズ様。そんな絶望と不安の渦巻く中、わたしは、シズ先輩と邂逅したのです!」

 

「轟く銃撃、立ち向かうは首飾りの悪魔!二つの首を飾った悪魔が放つ衝撃波により、不覚にも片膝を突いたボロボロのわたしの前にシズ先輩が庇うように悪魔へ立ち向かい、こう言ったのです!〝駄目、ネイアは私が護る〟と!!」

 

「そして丘陵より亜人の軍勢を配下と付けて凱旋されたアインズ様!そうしてアインズ様はヤルダバオトを前に、高らかに宣言されました!〝わたしの勝利をここで待っているがいい!〟と!!そしてアインズ様は、一瞬にして、絶望の化身、ヤルダバオトを撃退されたのです!!」

 

 ネイアはアインズ様の真なる王城の客間で、メイド悪魔から結成される六姉妹(プレアデス)を前に、ローブル聖王国でのアインズ様、シズ先輩の偉業……自らが目にし、体験した神話を語っていた。演説で鍛えられた弁論術は、合間に入るルプスレギナを筆頭とした歓声もあって、大きな盛り上がりを見せている。

 

「うっひょー!!アインズ様マジぱねぇっす!!シズもカッコイイっす!」

 

「シズが一人の時にそんな事を言うなんて、中々やるじゃない。」

 

「アインズ様はやはり素晴らしいわ。いえ、何時だって素晴らしい!」

 

 シズはネイアの話にそっぽを向いており、無表情の中に極度の気恥ずかしさを感じている様子が見て取れる。ネイアの口からシズの武勇伝が語られる度、他の六姉妹(プレアデス)から茶化され恥ずかしそうに「むっ」としている。

 

 話の途中、シズ先輩のハンカチを鼻水で汚してしまったこと、シズ先輩と一緒の樽に入り移動したこと、アインズ様の素晴らしさをローブル聖王国で説き回っていた時シズ先輩に慰めて貰った思い出を話していると、〝美姫ナーベ〟を模したというドッペルゲンガーのメイド悪魔ナーベラル・ガンマから、凄まじい殺意の波動と鋭い視線が飛んできたが、クライマックスで一番の拍手を送ってくれているのもナーベラルだ。

 

「……と、以上が偉大にして至高なる御方アインズ・ウール・ゴウン様そして、シズ先輩との出会い、お二人が我が国ローブル聖王国を救って下さった救国の物語です。ご静聴ありがとうございました。」 

 

 途中収容所奪還場面などで、何度か盛り上がって「お肉!おに…」やら「あ~ら美味しそ……」と言っているソリュシャンとエントマをユリ・アルファが拳骨で黙らせていたが、シズを除くメイド悪魔との初対面は上々に終わった。

 

「いいお話だったわ。わたくし達はアインズ様から概要程度しか聞かされていなかったので、興味深い話をありがとう。喉が渇いたでしょう?お水をどうぞ。」

 

 ユリ・アルファは心からの称賛を送った。勿論ユリは事の全貌を知っている。言うなれば三文芝居の茶番だが、語り手が一流ならばどんな演目でも英雄譚となるものだと本気で感心していた。

 

「ありがとうございます。……ってうひゃ!!」

 

「うん、やはりただの人間ね。何だかさっき話している時に様子が変だったから、擬態しているのかと。」

 

 ナーベラルがその美しい顔をネイアに近づけて、右頬をふにふにと掴んできた。

 

「あー!ズルイっす!わたしは左頬っす~~。あ、お腹も結構いい感じっすね。胸も触っていいっすか?」

 

「わたしは腕がいい~~!」

 

「太股も美味し……良い味出してるわぁ。」

 

「あ、あひゃ、くすぐったいです!」

 

「え?くすぐってほしいんすか?ほ~ら、こちょこちょこちょ~~。」

 

 ルプスレギナのきめ細かい綺麗な十指がネイアの脇腹を撫でる様に襲う。くすぐったさという感覚が暴力となって頭をもみくちゃにされ、抵抗しようにもメイド悪魔の六姉妹の内3人に身体を束縛されており、身動きがとれない。

 

「ひぁ、ひゃああひゃ、ひゃはやあああああああああ!!!」

 

「あ~ら、可愛い悲鳴。わたしも混ざろうかしら。」

 

 悪のりしたソリュシャンが、嗜虐的な笑みを浮かべる。ルプスレギナとは違う、艶めかしい手で太ももを付け根からくすぐってくる。喉とお腹がおかしくなるほどの、悲鳴に近い笑い声を挙げ、頭は許容を超えたくすぐったさで気が狂いそうになる。

 

「あひゃひゃっ!ひゃあひゃああああ…息が……ひあああ……いいぃぃぃいいい!!!」

 

「…………む。」

 

 パパパパンとシズがネイアをもみくちゃにする六姉妹(プレアデス)たちにデコピンし、ネイアをギュっと抱きしめる。

 

(あ、悪魔だ。悪魔達だ……。間違い無い。)

 

 シズの助けがもう少し遅ければ、くすぐり地獄で無様な姿を晒し、アインズ様からの客間を汚してしまっていたかもしれないネイア。シズの温かみを感じながら、〝メイド悪魔〟というワードを改めて思い出す。顔は色々な意味で真っ赤だ。

 

「お!シズ先輩が〝駄目、ネイアは私が護る〟と言ってるっす!」

 

 もみくちゃにしていた面々は、シズから強烈なデコピンを喰らってネイアから剥がされるも、懲りずに悪戯っぽい笑みを絶やさない。シズはシズで、ルプスレギナの茶化した言葉が恥ずかしいのか、ネイアを痣が残るほど強い力で抱きしめる。

 

「はい!悪戯はそこまで!お客様に失礼ですよ!」

 

「え~、スキンシップっすよスキンシップ。ユリ姉はお堅いっす。あ!ユリ姉、頭が身体から離れる人体切断マジックを見せてくれるっすか!?イテ!」

 

「すみませんね。シズの友人と聞いて、皆はしゃいでしまっている様です。」

 

「いえ、大丈夫……です。でも皆様本当に全員お綺麗で……わたくし如きが語るアインズ様の素晴らしさにまで共感して頂け、感謝の言葉もありません!」

 

 ネイアの目の前にいるのは全員がシズ先輩と同じかそれ以上の強者であるメイド悪魔たち。それを全員配下にして、ここまでの忠誠と忠義を抱かせるなど、改めてアインズ様の偉大なるお力に敬意が募る。

 

「それに……こう言ってはアインズ様に不敬かもしれませんが、皆様を倒すのではなく、ヤルダバオトから皆様を救ったアインズ様に不純な感謝の念を抱いているのです。シズ先輩と出会えたこと、そして、こうして魔導国へ来られたことに。」

 

「……いいえ、アインズ様は森羅万象を見通す偉大な御方。あなたがこうしてわたし達と出会えたことも、アインズ様のお導きでしょう。また、あなたの働きをアインズ様はとても高く評価されていたわ。」

 

「本当ですか!?」

 

 自分の活動が認められているかどうか。それはネイアにとって一番の関心であった。アインズ様の配下であるメイド悪魔、そのまとめ役が太鼓判を押してくれたというのは、ネイアにとって天にも昇る福音だ。

 

「ええ、それにアルベド様も、あなたという存在に強い関心を寄せておられます。」

 

 脳裏に漆黒の翼を生やした絶世の美女が浮かぶ。アインズ様、そして魔導国宰相からそこまで大きな期待をされる程大した活動はしていないように思える。だが、アインズ様は自分をここまで信じてくれているのだ。胸に熱い気持ちが込み上がってくる。

 

「ありがとうございます。このネイア・バラハ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のため、今後一層益々の奮励努力を致します。」

 

「さ~~て! お堅い話は終わりっすか!? わたしたち六姉妹(プレアデス)から、アインズ様のご許可を得てわくわくビンゴ大会と、トランプ大会の準備が出来てるっす! 朝まで寝かせないっすよ~~!」

 

「び、びんご大会!?」

 

 罰ゲームでさっきの様な地獄(くすぐり)が待っているのではないかとネイアは身構えてしまう。

 

「特賞はカルネ村ドワーフ謹製1/7スケール純金のアインズ様像っす!」

 

 ルプスレギナはどこからか、大きな純金の像を取り出した。驚くほど精緻に造られており、目の赤は宝石で代用している。その瞬間空間がねじ曲がったのではないかという覇気が各自から漏れ、ネイアは悪寒を走らせる。

 

「……ルプー、それをわたしたち全員に造らせなさい。」

 

「え、無理っす。本当は7つ造ってたんすけど、6つはアルベド様に取られたっす。それにこれ以上金もドワーフの労力も無駄に出来ないからって、アインズ様から止められたっすよ。だからゲームでの特賞っす。あ、でもアインズ様や金の像と交換にアルベド様が他に景品を用意してくれたっす……大理石製のアインズ様像、Barの副料理長特性オリジナルカクテル【アインズ・ウール・ゴウン】(各種能力向上付き)、アインズ様抱き枕、低反発マットレス、空気セイジョウキ? だったっすかね。……残念賞は各種ポーション詰め合わせっす!」

 

「アインズ様御自ら景品を!?ルプーあなた、わたしたちにも黙っていたの!?」

 

「いや~~こういうのはサプライズが大事っすよ~~。」

 

「……いいわ、受けて立つ。例え相手が客人やあなたたちでも。」

 

「もちろん魔法(イカサマ)なんてしないわよねぇ?」

 

「…………恨みっこなし。」

 

「お、皆良い目になって来たっす!ネイアちゃんも負けてられないっすよ!じゃあカードを選ぶっす!」

 

 ネイアはそのまま六姉妹(プレアデス)達と朝まで遊び、遊ばれ、眠りに就いたのは日が昇ってからだった。



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番外編 ローブル聖王国

 ネイアちゃんは出てきません。プレアデス達に遊ばれて忙しいです。というかヒロインが出てこない誰得話です。


「バラハ様は現在聖地……アインズ・ウール・ゴウン魔導国へ赴かれております。何分急遽決まったものでして、申し訳ございません。ええ、予定しておりました辺境伯様への食糧や飲料水の貸し出しは滞りなく行わせて頂きます。こちらの羊皮紙に割り印と署名を頂ければ直ぐにでも。」

 

 ローブル聖王国北部に本拠地を置く『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』は、多くの元秘書や書記を行っていた文官が書記次長ベルトラン・モロの元、寄せられる感謝の手紙や、救いの手紙、入会希望者の整理、支援物資の選別などを行い、夜でも灯りが絶えない忙しさとなっている。

 

 救国の英雄にして、伝道師ネイア・バラハの元には多くの支援品が届き、それを感謝を送る会は、復興の手が届かない地域へ惜しみなく送っている。その行動は未だ餓死者さえ出かねないヤルダバオト襲来の爪痕が強く残る地方への支援となっており、各地から多くの感謝が寄せられている。「アインズ様ならば国の復興に見返りなど求めない」というバラハの意見もあり、復興支援にあたって、魔導王陛下の布教活動は行っていない。アンデッドを憎む人々への差別もしない。

 

 それが逆に、好意的に受け取られ、感謝を送る会は益々の躍進を遂げていく。

 

「書記次長、大丈夫ですか?ここ数十日眠るどころか、お休みをとっている様子さえ見かけませんが……。」

 

「ああ、今尚国内には家族を失い、食糧も届かず餓死寸前の民がいるのだ。何よりバラハ様より事務方の長を拝命された身、わたしだけ休む訳にはいかないだろう。」

 

「バラハ様が聖地へ赴かれてから、同志たちや民衆から感謝や魔導王陛下へ関する問い合わせが殺到しております。バラハ様でしたら一度壇上に立つだけで全てを抑え切れたのでしょうが、我々の力では……。」

 

「魔導王陛下がお認めになるだけあり、バラハ様も優秀なる指導者ということだ。誇らしい話ではないか。聖地へ巡礼されている間は、我々で対処し、バラハ様のご負担を少しでも減らさなければならない。」

 

「しかし先程の辺境伯は傲慢な野郎でしたね、こちらが食糧を貸し出すというのに、踏ん反り返って礼すら言わない。」

 

「ああ、本当に食糧が民へ渡るか不安が残る。密偵を付かせて、私腹を肥やすようであれば、即座にカスポンド聖王陛下へ陳情し、こちらで直接炊きだしの班を組み向かわせろ。」

 

「畏まりました。レンジャー技能に長けた親衛隊を向かわせます。……差し出がましいようですが、やはり顔色が優れません。何か御座いましたらお呼びしますので、休息をお取り下さい。」

 

「ああ……。頭が働かない状態で仕事は出来ないな。我々の失策は魔導王陛下への背信となる。少し休ませて貰うよ。」

 

 

 ……ベルトラン・モロが、ネイア・バラハ暗殺未遂の報告を受けたのはその3時間後だった。

 

 

 ●

 

 

「真なるローブル聖王国の民よ!! 聞くのだ! ヤルダバオト襲来は魔導国、あの忌々しいアンデッドが仕組んだものだ! 我々はまんまと騙されたに過ぎん! お前達の家族を殺したのも、国を瓦解させたのもあのアンデッドなのだ! 目を覚ませ! 我が国の正義を示せ!!」

 

 痩けた頬に幽鬼の様な目だけを異様にギラつかせるのは、元は聖王国最強の聖騎士と謳われたレメディオス・カストディオ。彼女は首都ホバンスで、粗末な木の箱に乗り、演説を行っていた。美しかったであろう面影だけが残り、以前は聖剣を携えていた腰には、粗末な訓練用の剣が提げられている。

 

 彼女の演説に耳を貸す人間は居ない。ある者は目を伏せ、ある者は敵意の眼差しを向け、ある者は憐憫の眼差しを向けながら素通りしていく。……聖騎士団の団長であった時分ならば、大勢が集まり傾聴しただろうが、彼女は今や堕ちた英雄。既に聖騎士団の所属ですらなく、なまじ腕が立つだけに誰も手出しも出来ない。主を失った彷徨う亡霊にも似た剣だ。

 

 彼女は迫り来る亜人の探索を命令され、それ以外は自宅待機を命じられている。聞こえは良いが、事実上の左遷であり蟄居という刑罰だ。亜人もいない平原をかけずり回って、ただ自室で一人過ごすだけの日々。そんな日々で想像に至った答えが今演説している内容だ。彼女は居ても立ってもいられず、処刑される覚悟で、自身の正しい考えを、正義を臣民に説く道を選んだ。それなのに何故自分がこんな眼差しを向けられなければならないのだ……。

 

 レメディオスは自らの確信した真理に耳を貸さない大衆へ強い怒りを覚える。あのアンデッドが憎い、そんな骨野郎を讃える、従者に過ぎなかったネイア・バラハが英雄視されるのが憎い、カルカ聖王女から王位を簒奪し、挙げ句ネイア・バラハの活動を後押しするカスポンド聖王が憎い、自分の非力が憎い。

 

 ……最早彼女は、余りにも多くを憎みすぎ、自分でも何を憎んでいるのか解らなくなっていた。

 

 

 

 

 聖王国王城の聖王に与えられた一室。そこでカスポンド・ドッペルゲンガーは長身の紳士を前に跪いていた。

 

「……レメディオスが以上の様に命令に背き、演説活動を始めております。処分した方がよろしいでしょうか?」

 

「見せ物としても見るに堪えない無様な姿ですね。個人的には不愉快なので処分したい気持ちですが、彼女の荒唐無稽な陰謀論がどれほどの影響力を及ぼすのか観察してからでもいいでしょう。」

 

「デミウルゴス様の仰せのままに。」

 

「しかし扇動家という駒ですか……。レメディオスにその才能はありませんが、南北の対立計画において才能を開花させる人物が居れば、様々な実験を行いたいものです。」

 

「弁が立つ人間を何名かご用意致しましょうか?」

 

「今はまだ結構。時が来れば計画書を送ります。職業の貴賎・性別・年齢・経歴・武功・精神状況……様々なケースを取り上げて各所に配置致しましょう。それでも偉大なるアインズ様がお造りになられた駒と比較すれば、どれも劣ってしまうでしょうね。全く、自分の無能を呪いたくなります。」

 

 既に独り言となっているデミウルゴスを見て、カスポンド・ドッペルゲンガーは深く頭を垂れた。

 

 

 ●

 

 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、対面に座る筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネンの不穏な報告を聞くも、眉一つ動かさず平静を保っていた。

 

「そうか、やはりエ・ランテルでネイア・バラハが襲われたか。それで、相手は何者で、何人死んだのだ?」

 

 あの常に天上人の視点から鬼謀を巡らせるアンデッドのことだ、自分ですら推測出来た襲撃など、既に計算済みに違いない。要するに昔の自分だ、泳がされまんまと利用されたのだ。となれば街や民の被害状況など聞く時間さえ無駄というもの。

 

「ローブル聖王国南派閥の神殿勢力6名とのこと。上位三大天使に位置する座天使を召喚するにあたり、6名とも力に呑み込まれ消失いたしました。座天使は漆黒の英雄モモンが致命傷を与え、ネイア・バラハ自身が討ちとったとのことです。天使の軍勢を召喚した封印の魔水晶はスレイン法国より武器供与(レンドリース)されたものとされていますが、法国は事実無根であると完全に否定。まだ噂の域を出ていませんが、ローブル聖王国との国交断絶も視野にいれているとのことです。」

 

「切り捨てられたか、一応憐れんでやろう。」

 

 改めて属国となる以前、表では魔導国と同盟を組み、裏で人類による大連合の画策などという青写真を描いていた自分が滑稽に思える。最早ローブル聖王国には魔導国に従属する以外の道はないだろう。それもバハルス帝国のように、自治権が認められるという破格の属国扱いを受けられるかさえ分からない。

 

 『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』の勢力地である北部は慈悲を与えられる可能性が高いが、南部は見せしめの意味を込め、搾り取られ、奪い去られ、阿鼻叫喚の地獄に落とされる恐れがある。

 

 一番の難敵をネイア・バラハ……ローブル聖王国の人間に片付けさせたというのも上手い。もし魔導王自ら若しくは配下が討伐していれば、南部と戦争をしなければならなかっただろうが、他国の人間同士の争いに留め、魔導国は何時でも南部を滅ぼせるという大義名分のみを獲得した。

 

 ましてやローブル聖王国はあのアンデッドの恐ろしさを知り尽くしている。破滅をチラつかせ交渉するだけで、領土を滅ぼすことなく、締め上げるように息の根を止め、無血で富んだ地を丸々自分の物にすることも可能だろう。

 

 自分ならば自国の首都を襲った関係者など、併呑後、全員縛り首にして街頭へ晒し挙げるが……。あのアンデッドはどのように処分するのだろう。〝鮮血帝〟と謳われたジルクニフでさえ、ゾワリと背筋に寒いものが走る。興味本位で知って良いことではない。

 

「今後もローブル聖王国の国内動向には注意を払ってくれ。魔導国属国である我が国も他人事ではない。それから、今回のエ・ランテル襲撃の報を受け、我が国で魔導国へ反旗を翻そうなどという、愚かな動きがないかも徹底的に洗い出すんだ。疑わしい人物や集団は全員アルベド様へ報告し、魔導国へ罪人待遇で送り出して構わん。」

 

「畏まりました、皇帝陛下。」

 

 自分がこのように動き出すことも計算尽くなのだろうな……。ジルクニフの脳裏にそんな思考が過ぎったが、もはや何の痛痒も覚えなかった。



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2つの救世主

 ナザリック地下大墳墓、9階層執務室。アインズの横には老齢の紳士、セバス・チャンが恭しく佇んでいる。

 

(ネイアと六姉妹(プレアデス)達は上手くやってるだろうか?流石に覗き見するのは気が引けるからな、ユリ・アルファもシズも居るし、まぁ死ぬことはないだろう。それにしてもビンゴ大会か……、ギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟でも忘年会にみんなで集まってやったよなぁ。みんなで景品造って持ち合って……そして皆イロモノばっかり造ってきて「何処で使うんですか(笑)」って笑い合ったっけ。)

 

 ルプスレギナがネイアを歓迎してビンゴ大会をしたいと聴き、アインズが景品にと渡した低反発マットレスや空気清浄機は、その時の試作品だ。昔ナザリックでの円卓で行われた思い出に、アインズは温かな気持ちと笑いがこみ上げてくる。

 

(……ッ、沈静化されたか。)

 

 様々な場面で恩恵を受ける沈静化だが、ナザリックでの過去の仲間たちとの思い出にまで介入してくる時だけは本気で腹が立つ。

 

(それにしてもネイアはどれが当たるかな。)

 

 ルプスレギナはアインズが差し出す品に〝御身のお手持ちの品など、とても受け取れません!〟と固辞していたが、押しつけるように渡したモノだ。自分が造った品だと聞いたら必要以上に祭り上げられそうだったので、それも内緒にしている。

 

「まずセバスよ。お前の直轄であるツアレニーニャを客人待遇のメイドとして貸し出してくれたこと、そしてツアレを立派なメイドへと成長させたセバスの手腕に感謝と賛辞を送ろう。」

 

「何を仰いますか、アインズ様。ナザリックで働くメイドとして、当然の責務。むしろツアレが他国から招く初の客人のお付きという誉れを賜り、わたくしも感謝の念に堪えません。アインズ様のご期待に沿える様、わたくしも陰でサポートをさせて頂きます。」

 

「うむ、それは心強い。それにナザリックのメイド達(NPCのホムンクルスメイド)は、何と言うかその……、色々な意味で熱心過ぎるからな。人間の客人には人間のメイドを付けるに越したことはないと判断したまでだ。」

 

(あの24時間絶対監視なんて、ホラーだよ。それにネイアは人間なんだし、変に気合い入ったメイド達なら何をしでかすか……)

 

 ナザリックの一般メイドは、ブラック企業に苦しめられていたヘロヘロさん達の作製とは思えないほど……いや、だからなのか、働くことを無上の喜びとしており、その異様な勤労意欲はアインズでも若干引くほどだ。

 

「さて、セバスよ。相談があるのだが、もしツアレに友人が出来、ナザリックへやってきたとしよう。土産を贈るとすればどの様な品を適当とする?」

 

「土産ですか……。そうですな、相手が女性であれば、菓子や相手に合った化粧品などの消耗品を考えます。これならばナザリックの技術流出にもならず、無難に喜んで頂けるかと。もし男性ならばツアレの友人に相応しいか、まずわたしの拳を……。と、失礼致しました。恐らくはそのような答えを望まれていないと考えますので、改めて。土産となりますと、やはり本来相手方には手に入らず、それでいて恐縮しない程度の品が喜ばれるかと。」

 

(俺に土産や贈り物を選ぶセンスなんて無いからなぁ。会社の送別会とかでも、無難な菓子折程度しか選んだことないし。それにしても化粧品か、あの殺し屋みたいな目をなんとかする化粧品とか……いや、失礼過ぎるか。)

 

「相手がまず手に入らず、それでいて恐縮しない程度の品か……参考になった。礼を言う。」

 

「勿体ない御言葉です。」

 

(しかし、これはあくまでも〝シズの友人ネイア・バラハ〟に対する土産だ。あとは褒美だな。闘技場で俺の冒険者の考えについて正しく理解し語ってくれたこと、エ・ランテルで座天使を討ってくれたことの2つか。褒美となればこっちも〝ナザリックの技術流出〟なんてケチなこと言わず、ちょっと位サービスしないとだな。)

 

 

 ●

 

 

 ネイアは重たい眼をゆっくりと開き、天幕付きのベッドの上で目を覚ます。部屋は眠るのに最適な仄灯りに照らされ、時間が解らない。

 

「バラハ様、お目覚めですか?」

 

「うひゃ!?はい!」

 

 たおやかな笑みを浮かべるメイド……ツアレの声に思わず飛び起き、少しはしたない姿を見せてしまった。昨日まで散々に騒ぎに騒いだメイド悪魔六姉妹(プレアデス)達の姿は見えず、対面のベッドではシズ先輩がちょこんと座っている。

 

(あれ?昨日びんご大会をして、皆でトランプで遊んで、話を聞かれて、もみくちゃにされて、トランプの罰ゲームで死ぬほど擽られて……)

 

「シズ様を除く六姉妹(プレアデス)の皆様は、お仕事へ向かわれました。ネイア様には朝食……時間的には昼餐となりますが、お食事の準備が整っております。また9階層にはスパが御座いますので、浴槽に浸かりその身を休めてからでも問題御座いません。どちらを先になさいますか?」

 

「あの……それよりツアレさん、ずっと起きてたんですか?わたしのためにそんな……。」

 

「いえ、お付きのメイドとして当然の役目です。わたくし如きの身を憂慮頂き、ありがとうございます。ご安心下さい、わたくしはアインズ様より、眠りと疲労を感じないマジック・アイテムを御借り受けしております。なので、わたくしの事などお気になさらず、なんなりとお命じ下さい。」

 

「…………ツアレは働ける事を喜んでる。気にしなくても良い。」

 

「そ、そうですか。わたし、いつの間に眠っていたのでしょう?」

 

「皆様と楽しく過ごされ、そのままお疲れが出てしまったようですね。ああ、失礼ながらご休息にあたってお着替えを手伝わせて頂きました、お召し物は既に洗濯が済んでおります。」

 

 つまり、失神するように眠ってしまったということだろう。ベッドにはツアレさんが運んでくれたのか、それともシズ先輩か……。何時の間にか寝間着に着替えられている事に今更ながら気がつく。恐ろしく上品質な布で作ったどんな技法を用いたのかふわふわの巧緻な代物だ。

 

「ではすみません、湯浴み場を……シズ先輩もそれでいいですか?」

 

「…………構わない。」

 

 昨日のゲームで遊び遊ばれ、ネイアは汗だくだ。流石に汗の匂いをさせたまま、アインズの王城である食堂へ顔をだすのは気が引ける。

 

「畏まりました。ではスパへご案内します。廊下を歩くお召し物にはこちらをどうぞ。」

 

 ツアレが取り出したのは、これまた貴族の一張羅のような上品な布と染めで出来た、それでいて着脱が安易に出来る簡素ながら格式を感じる紫のドレスだった。……ドレスなど着たことのないネイアには少し……いや、かなり恥ずかしいが、折角準備してくれた品を無下にも出来ない。

 

「では、お召し物をお取り替えします。」

 

「いえ!自分でやりますので!」

 

「お客様の手を煩わせることなど出来ませんから。」

 

 ツアレの笑顔には、拒絶出来ない強い意志が感じ取れた。しかたなくネイアは顔を真っ赤に染めながら、寝間着を脱がされ、ドレスを着せられる。その後帝国の高級宿をも凌駕する大浴場に連れられて、シズ先輩と湯浴みを行い、これまた湯上がりにツアレによって自分の持ってきた以前より綺麗になった服を着せられた。

 

「バハルス帝国でもそうでしたが、魔導国ではお湯を溜めて浸かる風習があるのですね。」

 

 ネイアの母国ローブル聖王国で〝湯浴み〟と言えば、水浴びと大して変わらない。ネイアの家はそこそこ裕福だったので香油やお湯を使うことはあったが、庶民ならば本当に布を使った水浴び、冬には薪を使ってお湯にする程度だ。

 

「ええ、わたくしも魔導国のメイドになって初めて知った風習です。……昼餐の準備が整っておりますので、食堂へご案内致します。」

 

 ネイアは一瞬ツアレが何かを言い淀んだことを聞き逃さなかった。この場所には人間のメイドはツアレさんともう1人しかいないという。シズ先輩曰く、通り過ぎる一見人間にしか見えないメイド達は〝ホムンクルス〟という種族らしい。

 

「……ツアレさんは、魔導国についてどう思いますか?」

 

「偉大にして至高なる御方、アインズ・ウール・ゴウン様が統治されるだけあり、とても慈悲に溢れた素晴らしい国です。」

 

 全面的に同意だが、ネイアはもっと深く話を聞きたくなった。真なるアインズ様の王城に2人しかいないという人間のメイド。根掘り葉掘り聞くのは大変に無礼なことだが、アインズ様の新たなる神話、その言行録を聞く絶好の機会でもある。ネイアにはその好奇心が抑えられなかった。

 

「こちらが食堂となります。本日の昼餐ですが、比較的軽いものをご用意させて頂きました。メニューは一皿目オードブルが麦とアゼルリシア産豚肉のラープサラダ。 二皿目オードブルが、スパニッシュオムレツの紅葉色ソース、炙りサーモンとスティック野菜 トマトクリームソースを添えて お好みでオリーブオイル・岩塩を スープはナスとひき肉を使用したコンソメ仕立て。 メインディッシュは魚料理を選ばせて頂きました。トブの大森林の南側の湖で採れましたシェルターフィッシュ種の貝と白身魚のナージュ仕立てに御座います。 デザートですが、ネイア様はチョコレート味をお好みになられたということで、チョコレートファウンテンを、トッピングは37種予定しております。 食後のお飲み物ですが珈琲の他に、フレッシュオレンジをご用意させて頂いております。」

 

 スラスラと諳んじるように、ツアレがネイアにとっての思考停止の魔法を唱える。何がどんな料理なのかサッパリ想像できない。メニューはアインズ様が考えて下さったのだろうか?だとすれば全て記憶しておかなければと思う。固まっているネイアの腕をシズが引っ張る。

 

「…………ネイア。いこう。」

 

「はい!あ、ツアレさん。あとでメニューのメモをいただいてもよろしいですか?」

 

「はい、畏まりました。」

 

 2人が食堂に入るのに遅れ、ツアレも付き人として後に続いた。

 

 

 

 ネイアは食後の珈琲に砂糖とミルクを少しだけ入れて、甘くなった舌に染み渡る味を堪能し、のんびりと飲んでいた。軽い料理と聞かされていたが、それは〝真なる王城〟基準らしく、しばらく動きたくないほどネイアのお腹は一杯だ。

 

 どれも驚く美味だったが、特にデザートだと言われ、よく解らない機械が運ばれたかと思えば、滝の様にチョコレートが溢れ出て、優雅な煌めく何層もの噴水と化けたのには仰天した。様々なパンや果物・簡素なお菓子をそのチョコの滝に纏わせて食べるそれは、見た目の豪華さもあり、ネイアだけでなくシズ先輩も大いに満足していた様子だった。

 

「ご満足頂けましたでしょうか?」

 

「はい!今まで食べたどんな料理よりも美味しかったです!」

 

「それは良かったです。料理長には、ネイア様が満足されていたとお伝え致しますね。本日のご予定はお決まりですか?」

 

 ネイアはシズを見る。

 

「…………特に決めていない。ここに来るのは結構予想外。」

 

「では、シズ先輩。一度お部屋に戻って、今日の予定を一緒に話しませんか?」

 

「…………そうする。」

 

「畏まりました。では、客間へご案内致しますね。」

 

 ネイアはツアレに先導され、未だに迷いそうな絢爛豪華な廊下を歩く。そして朝と同じ客間へ到着する。

 

「では、もしエ・ランテルの観光をご希望でしたら、アインズ様を通じ、モモン様、蒼の薔薇の皆様へお伝えする手筈になっておりますので。」

 

「……ツアレさん。」

 

「なんで御座いましょうか?」

 

「あなた様は他のメイドの方々とは違う様子です。それにお風呂場での発言から、魔導国の出身でもバハルス帝国の出身でもない。どの様にして、アインズ様やその高官に当たられる御方々の身の回り……メイドという立場を獲得されたのですか?」

 

「それは……、アインズ様のお導きです。」

 

「わたしはネイア・バラハと申します。わたくしとアインズ様、そしてシズ先輩との出会いは、昨晩お話した通りです。何故あなたはアインズ様に選ばれたのですか!?聞かせて欲しいのです!」

 

「……つまらないお話ですよ?」

 

「1人の人間が、アインズ様の真なる王城で仕える……それを望んでも叶わない人間はわたしの国に五万とおります。だから聞きたいのです!……辛いお話ならば無理にとはいいませんが。」

 

 ツアレの表情が曇ったのを見て、ネイアは心の傷を剔ってしまったのではないかと後悔する。しかし、湧き上がる好奇心に打ち勝つことは出来なかった。そして、ツアレが静かな声で語った一言を聞き、ネイアは後悔を益々強くしてしまう。

 

「……わたしは、奴隷でした。」




 シズ先輩とネイアちゃんの入浴シーンやネイアちゃんがプレアデスとカードゲームして罰ゲームに色々悪戯されるシーンは需要があるか不明ですが、どこかで書けたらいいなぁと。


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ツアレニーニャ・ベイロンと伝道師

「わたしは……奴隷でした。」

 

 魔導国で宛がわれたお付きのメイド……ツアレニーニャの第一声に、ネイアは興味を抑えきれなかった自分に対し強い後悔を覚える。

 

 アインズ様の〝真なる王城〟に仕えるという、羨望すべきたった2人の人間。その1人であるツアレに大きな興味をそそられた。他人の心情に土足で踏み込んではいけない、そんなことは解りきっているが、エ・ランテルで見たそれとは、明らかに異なる真なる王城。

 

 アインズ様が、魔導国の本拠地と仰るだけあり、次元が異なる例える言葉さえ見つからない神々の聖地だ。ネイアからすれば、ツアレは正しく神が(もたら)せし福音の光に導かれた存在。

 

 しかしそれは余りにも悲痛な言葉で始まった。ネイアはツアレが浮かべる悲痛な表情と、声色から、無理に聞くことを止めようとするが……。

 

「……悲劇のヒロインを語るつもりは御座いません。昨晩ネイア様の話された演説に心奪われた身です。ネイア様は母国滅亡の危機や両親や戦友や民の死、それを乗り越えて尚強く在られる。一時は世界で一番不幸だとさえ考えていた自分が滑稽に思えました。わたくしも恩義に報いるため、強くならなければならないと決心しました。ですから……お話を聞いて下さいますか?」

 

 その瞳には、強い決心の炎が宿っており、向けられる笑顔はまるで何かと決別するかのようだ。ネイアは言葉が出ず、そのまま頷く。〝おかけになって下さい〟とネイアとシズは絢爛豪華なソファーに並んで座り、ツアレも2人の許可を得て倚子に腰掛けた。

 

「わたくしはリ・エスティーゼ王国の開拓村で産まれた農奴でした。物心ついた時から畑を耕すばかりで、実った作物は全て領主様に持っていかれ……。お腹いっぱいに食事をした記憶など御座いません。ある日、わたくしは貴族に目をかけられ、妾とされました。しかし白馬の王子様なんて高尚な存在はこの世に居ませんでした。毎日犯され、嬲られ、見せ物にされ、飽きられたわたくしは娼館に売り飛ばされたのです。」

 

 リ・エスティーゼ王国の政治内部が腐敗しているという情報は、ネイアがアインズ様がどれだけ偉大な王か検証するにあたり、各地の王の統治を調べ知ったことだが……。その生き証人にして、被害者を目の前にするのは初めてのことだ。そんな王国がどの面を下げて偉大にして慈悲深き王であるアインズ様を、〝虐殺者〟などと罵るのか、ネイアの頭に怒りが過ぎる。

 

「そして娼館でも、陵辱の限りを尽くされ……幾多の骨が折れ、歯も全て無くなり、幾多の性病に罹患し、使いものにならなくなったわたくしは、路地裏に簀巻きにされて捨てられました。そんな死の淵に居たわたくしを救って下さったのが、アインズ様の執事(バトラー)であり、使用人の長を任されていたセバス様だったのです。わたくしの身体の傷、全てをその日の内に完治させて下さいました。」

 

 目の前の清楚な金髪のかわいらしい10代後半の女性。その印象に似合わぬ経歴に、ネイアは絶句する。それと同時に、ツアレの話が本当であるならば、それは大神官をも超えた治癒魔法の使い手であり、配下である執事さえもアインズ様に匹敵する慈悲深さと能力を持っている証明となる。

 

「更にはセバス様は、その数日後わたくしの悪夢の地、わたくしを蝕んだ娼館を一日で壊滅させました。……更には不覚にも再び娼館を運営する裏組織に攫われたわたくしを、セバス様は再び助けて下さったのです。そしてわたくしは、人間界と決別し、この地で生きる決意を固めました。アインズ様は寛大にもわたくしの我が儘を聞いて下さり、この地でメイドをする事をお許し下さったのです。」

 

「そのセバス様という方が、ツアレさんにとっての【正義】なのですね。」

 

「勿論、アインズ様こそ至高なる御方である事に違いはありません。ですがわたくしは……セバス様のものです。わたくしに出来る事は、賜ったメイドとしての責務を全うすること……。アインズ様とセバス様への恩義を返すことなのです。」

 

「そうですか……」

 

 ツアレはネイアの三白眼に射貫かれ、肝を冷やす。彼女のアインズ様への狂信は先晩聞いた通りだ。下手をすると、アインズ様に崇拝するのではなく、その配下に過ぎないセバス様に心酔しているツアレを【悪】と思っているのかもしれない。そんな考えが過ぎる中……。

 

「やはり!アインズ様にお仕えする御方々も、強さを持ち、そしてその力を正しく使う事の出来る正義なのですね!!そしてツアレさんも、その恩義に報いようと強くあられる、正に同志です!ツアレさんを苦しめたリ・エスティーゼ王国などは、不敬で愚かにもアインズ様を〝虐殺者〟などと侮蔑し、唾棄する無知で憐れな人々に溢れております!ツアレさんのご意見を聞けたこと、そして辛い過去を話して下さった事、それによりわたしは一層益々アインズ様の偉大さの一端に触れられました!」

 

「強く……そんな大層なものでは御座いません。今もメイドとしては半人前以下ですし、セバス様やメイド長のペストーニャ様に様々ご指導を頂いている身です。」

 

「いいえ!強さとは武力だけではありません!知識も情報も、そして正義をサポートすることも強さなのです!ツアレさん、あなたは立派に正義を成されているのです!そして慈悲深きアインズ様の執事であらせられるというセバス様、その方よりツアレさんが受けた無上の寵愛、その恩義に報いようとされる姿に、正義を見せるそのお姿に、必ずや愛と祝福を下さるでしょう!」

 

「愛を……、汚れたわたくし如きが……いえ、セバス様……。」

 

 神の無上の愛を説く伝道師と、祈りを捧げる少女。それは一見すれば宗教画の様な一幕だった。……余りに客間で長く3人でいるシズ、ネイア、ツアレに、ひょっとするとツアレが何か粗相をしていないだろうかと、扉の外で気配を消して話を聞いていたセバスが顔を少し赤らめていたのは余談である。



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魔導国首都 エ・ランテル ②

「モモン様!ナーベ様!シズ様ーー!ネイア様ーー!」

 

「蒼の薔薇の皆様もご一緒だ!ナーベ様に負けず劣らず、皆凛々しくそしてお美しい!」

 

 エ・ランテルの街を歩いていると、熱に浮かれた多くの民の黄色い歓声が響き渡り、モモンや蒼の薔薇一同は慣れた様子で皆に手を振る。シズは最初は恥ずかしそうに――勿論無表情だが――していたが、慣れたのか歓声に親指をビシっと立てて反応している。美姫ナーベは目もくれず〝騒々しいですね、口を捻り潰しましょうか〟と平常運転だ。

 

 ……歓声を受けることに慣れているネイアだが、他国でここまで英雄視された経験などない。それも偉大にして尊敬すべき御方アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の国ともなれば特別も特別。顔を真っ赤にしてペコペコとお辞儀しながら歩いていた。

 

 ネイアはシズ先輩と〝真なる王城〟の客間で本日の予定を立てるにあたり、エ・ランテルに行くかどうか散々に悩んだ。何しろ入国して数分で天使の暗殺隊に襲われ、エ・ランテルを碌に観光していない。しかし、自分が赴くことでまた敬愛するアインズ様や魔導国の民にご迷惑をお掛けするのではないかと思えば、踏ん切りが付かなかった。

 

 シズ先輩は「…………魔導国は安全。けが人のひとりも居ない。」と強くエ・ランテルの観光を勧めて来たが、自分の決断は自分ひとりの運命ではない。ツアレを通じて、モモンと美姫ナーベを呼んで貰い、2人からの後押しもあり、ネイアは改めてエ・ランテルの観光を決断した。

 

 ……半ば石を投げられる覚悟であったが、ネイアの想像に反し、エ・ランテルの民の反応は今のような熱狂と大歓迎だった。アダマンタイト級冒険者チームとして歓声に慣れている〝漆黒〟や〝蒼の薔薇〟は至って平静であり、不審者や不審物・爆発物などに目を光らせている。しかし当のネイアは気が気ではない。〝元々自分のせいなのに〟といった感情が渦巻いていた。

 

「ネイア様、あなた様の抱く感情にはそれとなく察しが付きます。しかし魔導王陛下の言うように、ネイア様が引け目を感じるようなことではありません。……下を向いてばかりでは、エ・ランテルの観光にもならないでしょう。どうかお顔を上げて下さい。」

 

「そうだぞネイア!何しろお前にはモモン様が付いているんだ!モモン様に護られ街を歩くなど、世界中の乙女の憧れだ!胸を張れ!」

 

「…………敵は最初に全ての弾を撃ち尽くして来た。安心するべき。」

 

「そう……、ですよね。はい!ネイア・バラハ、胸を張って歩かせて頂きます!」

 

 3者3様の激励を受け、ネイアも顔を赤く染めながら胸を張って歩く。そうすると街の様子が改めて目に飛び込んできた。以前救国を求めて訪れた時のように、ドワーフ・ゴブリンと言った亜人や、デス・ナイトを含むアンデッドが民衆に溶け込んでおり、空を見上げると荷物を載せたドラゴンが悠々と飛んでいる。改めて凄い風景だ。

 

「…………それでいい。」

 

 そういってシズはネイアの頭を乱暴に撫でた。その様子を見てモモンはゆっくりと頷き話し始める。

 

「では、改めて魔導国の概要についてご説明致します。魔導国は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を絶対支配者とする専制君主制国家です。現在爵位を持つ者……貴族はおりません。」

 

「えっと……じゃあエンリ将軍や、ジルクニフ陛下は?」

 

「魔導王陛下によって統治を任せられている為政者という立ち位置です。爵位はございませんが、一国の王にも相当する自治権や軍事の裁量権を持ち合わせております。まぁお二人とも【領主伯】や【辺境伯】という地位を今更に下賜されても、固辞されるでしょう。」

 

「あ、あの!モモン様!?そのようなお話、わたし達の前でしても大丈夫なのですか?」

 

 ラキュースは驚愕した様子でモモンに問う。未だ謎に包まれる魔導国の国内情勢など、どの国の王が多大な富を積んでも得る事の叶わない重大機密。それを高名とはいえ、他国の冒険者チームの前で話しているのだ。

 

「構いません。蒼の薔薇の皆様は、昨日魔導国を救って下さった英雄。魔導王陛下も包み隠すことなどないと話していましたので。何ならば詳細な地図もお渡しいたしましょうか?複写は禁止ですし、帰国時には返して頂きますが。」

 

「いえ!そこまでは流石に!」

 

 地図を脳内で記憶し、後に複写するなど、ティアやティナなら容易なこと。だがそこまでの待遇を受けてしまっては、取り返しの付かない立場に追いやられそうだ。

 

「冗談ですよ。何よりわたしもナーベも頭で記憶しているものでして、地図の手持ちは御座いません。」

 

 ネイアはモモンの下手な冗談に、偉大なるアインズ様の影が透けて見えた。モモンもアインズ様も同じ天上人であり、計り知れない存在というのは、後ろにいるイビルアイの言葉だが、確かに何処か似た雰囲気を感じられる。

 

「さて、魔導国は魔導王陛下のもと全ての種族が平等です。今はまだドワーフ・ゴブリンといった人の形に近い亜人が多いですが、いずれはエ・ランテルは全ての種族を受け入れる予定です。今尚様々な軋轢が問題になっておりますので、実行には10年単位の時間を要するでしょうが……。着きましたね、こちらは孤児院兼学園となっております。」

 

 中に入ると、そこには昨日も見た夜会巻きにした黒髪の落ち着いた雰囲気の眼鏡を掛けた美女、メイド悪魔ユリ・アルファと、メイド服を着た人間大の直立歩行する犬の頭部を持った亜人?が居た。

 

「あ、これはモモン様。初めましてネイア様、そしてシズさま、蒼の薔薇の皆様。わたくしアインズ・ウール・ゴウン学園を任されております、ペストーニャ・S・ワンコと申します……わん。」

 

 見た目に似合わぬ優しげで柔らかな声色と物腰であり、子ども達の目にも一切恐怖を感じないことから、本心から慕われているのであろう。人間の女性達が幼子を世話しながら、ある程度の年齢となった子ども達は、文字の読み書きを教わっている。

 

「ユリさん!?」

 

「昨日ぶりですね、ネイア様、そしてシズ。わたくしも少し前より、エ・ランテルにおいてアインズ様から学園の運営を任されました。他の仕事もあり、毎日は顔を出せませんが、ペストーニャ様に色々お教え頂き、日々精進しております。」

 

「何を仰いますわん。ユリ様の方が断然優秀で……。っと、この学園の概要をご説明しますわん。魔導国では識字率90%以上を目標としておりますわん。現在この学園は未亡人や孤児の保護という側面が多いですが、ゆくゆくは、子ども達が様々な可能性に羽ばたける場所として機能するよう試行錯誤をしております……あ、わん。」

 

「……ペストーニャと言ったな。貴女は神官か?その身に宿す治癒の力は超越者の領域にあるよう見える。」

 

「これはこれはイビルアイ様。はい、わたしはそれなりに治癒魔法を行使出来ますわん。」

 

「乳飲み子には高価なミルク……、それに学園長が治癒を扱う超越者クラスの大神官……。護衛には発勁を扱うメイド悪魔……。孤児院にこれほどの好待遇など……、演技……ではないな。」

 

 イビルアイははしゃぎ笑う子ども達を見てそう結論付けた。孤児院といえば、隔離施設と変わりない。それは何処の国でも通じる共通の認識だ。実際リ・エスティーゼ王国でもラナー王女が改善処遇を訴えているが、難航しているのが現状だ。ネイアはアインズ様の崇高な理念の元に運営される学園に感極まっている様子だ。

 

「あら?わたくし、あなたと何処かでお会いしましたでしょうか?」

 

 ユリは眼鏡を整えながら、イビルアイに尋ねる。

 

「いや、こっちの話だ。一方的に知っている。」

 

 まさか子ども達を前に殺し合いをしたことがあるとも言えず、イビルアイは口を噤む。

 

「素晴らしい!素晴らし過ぎます!アインズ様の寵愛を一身に受けたる子ども達は、きっと国の宝となるでしょう!」

 

「わー!おねぇちゃんの持ってる武器かっけー!何これ何これ!」

 

「…………これは白色の魔銃。アサルトライフル。」

 

「モモン様だーー!また剣舞みせてー!!」

 

「モモン様の剣舞だと!?わたしでさえ見たことが……ああこら!ローブを引っ張るな!髪を弄るな!仮面は駄目だーー!」

 

「イビルアイ、子どもに大人気……。」

 

「ちっこいの同士シンパシーを感じたのでは?……僕、お姉さんと楽しい遊びをしましょうか?」

 

「おいラキュース、ティナが暴走しかけてんぞ。」

 

「ほらみなさん、書き取りはまだ終わっていませんよ。」

 

「まぁ、お客様が来ている時くらいいいのではないでしょうかわん。」

 

「怖いおねぇちゃん、昨日天使と戦ってた人だ!見て!」

 

「本当だ!アインズ様の横にいた怖いおねぇちゃんだ!」

 

「天使殺しのおねぇちゃんだ!」

 

「待って!わたしの恐ろしい二つ名がどんどん増えていくんですが!?」

 

「…………大丈夫。ネイアの目には味がある。子ども達が理解する日もいずれくる。きっと来る。多分。」

 

「全然フォローになってないです先輩!なんで後半弱気になってるんですか!?」

 

 その後も赤子をあやした瞬間大泣きされるなど、ネイアは学園で散々な目に遭いながら、それでもこんな温かな場所を造り上げるアインズ様の偉大にして御慈悲ある光景に尊敬を募らせていった。



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番外編 アインズ様からの宿題

 エ・ランテルの執務室。そこで影の悪魔(シャドウ・デーモン)から報告を受けたデミウルゴスは鼻歌交じりの笑みを浮かべる。

 

「随分と楽しそうじゃない、デミウルゴス。」

 

「ああ、アルベド。パンドラズ・アクターからの報告を聞きまして。メイド悪魔……六姉妹(プレアデス)達に一番不快な反応を示すであろう蒼の薔薇ですが、特別問題なくユリ・アルファ、シズ・デルタを受け入れた。モモンという存在が近くにいることも大きいでしょうが、彼女達でさえ受け入れたのです、今後大々的に各地へ活動を浸透させても問題は皆無と言える。」

 

「なるほど、アインズ様は六姉妹(プレアデス)の浸透における試金石として、あの女共を魔導国へ呼んだ訳ね。」

 

「他にも〝冒険者チーム〟という本来国家運営に関わらない彼女たちが、エ・ランテル襲撃に際し、アインズ様のアンデッドと共闘し、聖王国と戦ったという事実も大きい。こちらは彼女達のスキャンダルを握ったこととなる。この手札は強烈です。切るタイミングさえ間違えなければ、彼女達を駒として扱うことも出来る。」

 

「流石アインズ様よね!ここまでお考えになってあの女共を呼んだなんて!」

 

「勿論アインズ様の事です、我々はその深淵なるお考えの一端を察するに過ぎないでしょうが。……リ・エスティーゼ王国は風前の灯火。拠点を失った彼女達は何処へ行くか?バハルス帝国は既に我が国の属国となった。ローブル聖王国は論外。」

 

「残るのはスレイン法国や評議国への道だけれども、この手札は実に有効ね。アインズ様のアンデッドと共闘した事実を広めれば、彼女達を受け入れるのは難しいというわけね。魔導国を拠点とさせる計画を練ることだってできる。勿論モモンほどの手札とはいかないけれど、それでも高名な冒険者という駒は持っておくに越したことはないもの。」

 

「ええ。ただ彼女達は少し焦げ臭い。上手くいけばパンドラズ・アクター……モモンの役目をそのまま蒼の薔薇に委ねることも可能ですが、法国や評議会からなんらかの動きがあれば計画を練り直さなければならないでしょう。どちらにせよ膠着した現状を変えうる駒となる。」

 

「なるほど、どちらに転んでもあの女どもはいい駒ね。そうそう、駒と言えば、アインズ様からの課題。〝扇動家という駒〟と〝口伝に依存しない情報伝達の手段〟の進捗状況はどうかしら?」

 

「やはり難しいですね。機関紙の発行などを行おうにも、この世界は識字率が低すぎる。となれば音声による情報伝達ですが、国土全域に伝言(メッセージ)を扱うマジック・アイテムとなると普及させられるほど量産も出来ません。課題は山積していく一方ですよ。」

 

「やはり愚民どもには稚拙な祭りや像による崇拝が効果的と思うけれども、アインズ様がお止めになるからには、相応の理由があるのよね……。」

 

「あれから色々と考えてみたのですが、やはり万という単位で国政を見据えるアインズ様のお考えには到底及ばない。ドラゴンを使って、空中からアインズ様を讃えるビラを一斉に雨霰と投下する案も却下されてしまった。ああ、アインズ様、そしてウルベルト様。〝プロパガンダ〟という悪の美学、その深潭なる世界へ及びも付かない無能なわたくしを御赦し下さい。」

 

「一斉の伝達……そう以前アインズ様は〝ジーエムコール〟なるものが利かなくなったと話されていたわ。この世界にナザリックが転移した弊害によるものかしら?何でも〝ジーエム〟とはアインズ様も一目を置く一斉に情報伝達をする機関だとか。」

 

「なるほど、興味深い。もし我々に〝ジーエムコール〟の再現、又は類似したマジック・アイテムの再現が出来たならば、アインズ様もさぞお喜びになられるでしょう!」

 

「俄然やる気の出てくるお話ね!羊皮紙(スクロール)に多重の伝言(メッセージ)を付加させ、新たな魔導工学品を作り出すことは可能かしら。パンドラズ・アクターならば、そんなマジック・アイテムも造れるかもしれない。」

 

「面白い意見です。そういえば、至高の御方々の住まう神域ではオーパーツとして〝らじお〟なる物に類似した代物が存在したという。もし完成させられれば、この世界に〝情報〟の革命を起こす事だって可能となる。」

 

「アインズ様の庇護下にいる者たちが、毎日アインズ様のお声を聞き一斉に平伏する!いえ、偉大なるアインズ様のお声を毎日だなんて、下等生物共には贅沢すぎるわ!それはわたし…………たちだけの特権よ!」

 

「しかし、一斉に広大な国土全域へ轟かせるのではなく、一定区画ごとで情報を送受信させる方針ですか……。ナザリックが誇る技術ならば現実的かもしれません。思想誘導・煽動・情報操作・果ては娯楽に至るまで、その全てを掌握さえ出来る。行商人や口コミに依存した情報伝達を基盤とした計画を根底から覆し、あらゆる計画を数十年単位で縮めることも容易でしょう。」

 

「面白くなってきたわね!」

 

「ええ、机上の空論は好みではありませんが、もし情報管制が出来上がればというアイデアが湧き出てきて仕方ない。牧場の両脚羊(アベリオンシープ)達にも改良が必要ですね。これは忙しくなる……。」




 王の居る戦場テントにさえ伝令兵が飛んできた様子を見るに、無線機やそれに類似するマジック・アイテムは無いのでは?という妄想に基づいております。占星千里なんてチートが存在するスレイン法国はどうなっているのかわかりません。

 識字率についてはWEB版を参考にさせて頂きました。

 そう考えれば手紙や郵便機能ってこの世界ではどうなっているのでしょう?妄想が捗ります。


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魔導国首都 エ・ランテル ③

 目の前に広がるのは、最前列と最後尾の先が見えない大行列。

 

 皮の鎧や獣の牙で出来た粗末な槍を持つ駆け出し冒険者、屈強な装備の筋骨隆々の男達から可憐な装備で固めた戦乙女、獣の耳を生やした亜人に至るまで、様々な人間や亜人が列を成して自らの武勇伝や、これからの未知なる夢の冒険に思いを馳せ語り合っていた。

 

「ここの行列の先は、魔導国の冒険者組合です。観光地……というほどではなかったのですが、ネイア様には是非一目見て頂きたく。ご案内致しました。」

 

 突如現れた英雄、漆黒のモモンと美姫ナーベ、蒼の薔薇という冒険者の憧れに黄色い歓声が響き渡る。中にはシズやネイアへ歓声を挙げる者達も居た。その歓声に適当に反応しながら、ネイアと蒼の薔薇は同時に覚えた驚愕を口にする。

 

「この行列の先が冒険者組合なのですか!?」

 

「魔導国の冒険者組合は、閑古鳥が鳴いていると聞いていましたが……。」

 

「そうです。モンスターの脅威がなくなり、国内における警備もアンデッドが行っている魔導国において、冒険者に依頼される仕事はほぼ皆無となりました。冒険者を辞めてしまった過去の仲間も多くいます。」

 

 モモンは寂しげに拳を握りしめた。

 

「……しかし、魔導国では既存の冒険者の概念を覆し、〝真なる冒険者〟を求めて活動をしております。」

 

「〝真なる冒険者〟……魔導国が全面的にバックアップし、未知なる土地を踏破するという例の構想ですか?」

 

 蒼の薔薇も噂には聞いている。何でも魔導王陛下自らバハルス帝国の闘技場に立ち、彼の武王を下した後にその可能性を提示したという。ラキュースは表面上平静を取り繕って報告を聞いていたが、【未知なる冒険】というワードに不覚にも心躍らせたものだ。

 

「と、言うことは!此処に居る皆様全員がアインズ様の素晴らしいお考えに共感された方々なのですね!ああ……前人未踏の地を思い、未知を既知とする〝真なる冒険者〟!!彼らが踏破するのは未知なる王国か、過去の偉大なる遺跡か、未だ登頂叶わぬ極地の山脈か、はたまた海の果てにある新たなる大陸か!」

 

「やばい、鬼リーダーの闇の人格が暴走しかけている。」

 

「うん、これはやばい。」

 

「おい!?それ放っておいて大丈夫なのか!ラキュース、意識を保て!」

 

「……ラキュースは後で説得するからいいとしてよぉ。モモンさん、確かに冒険者を名乗る者として魅力的な話だが、毎日こんな行列が続いてんのかい?」

 

「いいえ、普段は先程ラキュース様が話されたように、閑散としております。ここに並ぶ皆様は、ほとんどがバハルス帝国から入国された方々です。……より正確に言えば、帝国の闘技場でネイア様の演説を聴き、触発された方々と言えましょう。帝国でも高名なワーカーや冒険者の姿も見えます。」

 

「わ、わたしに……触発されてですか!?」

 

 ネイアは改めて自分に向けられる熱を帯びた視線や歓声を送る人々の顔を見る。伝道師として常に聴衆を観察する癖のついた彼女だ、確かに見覚えのある顔がチラホラ見えた。

 

「ええ、見事な演説であったと聞いております。バハルス帝国から大量の入国希望者が出たと入国審査官達がパニックに陥っていたほどですから。しかしバハルス帝国は魔導国の庇護下にありますので、他国ほど厳重な審査はなく、無事に終わったようですが。」

 

「見事なんてそんな!わたしはただ、アインズ様の偉大なるお考えを人伝に聞き、感銘を受けたに過ぎません。過ぎた真似をしてしまったでしょうか?」

 

「いえ、冒険者組合に活気が出るというのはわたくし個人としても嬉しい限りです。組合長アインザック氏にとっても嬉しい悲鳴でしょう。未だ監査機関などは完全とは言えませんが、これほどの騒ぎになったのです。予定よりも早急に整備されることでしょう。一冒険者として、感謝を申し上げます。」

 

「えっと……、わたしはそんな大層なことは……」

 

「…………ネイアお手柄。アインズ様も喜んでいる。」

 

「本当ですか!!シズ先輩!」

 

「…………アインズ様のお考えは常に正しい。それを伝えたネイアも褒められるべき。」

 

「わたしが言うのもなんだが、確かに大手柄なのだろうな。」

 

(こいつは……これは、武力とは毛色の違うバケモノだ。)

 

 無難な褒め言葉とは正反対に、イビルアイが覚える感情は、恐怖。狂気を……理解不能な現象を前にした原始的で強烈な恐怖だった。列に並ぶ者たちの熱に浮かされた目、先の見えない大行列を見て、改めてメイド悪魔の言葉に顔を赤らめる目付きの悪い少女……【凶眼の狂信者】ネイア・バラハに対し戦慄を覚えていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、アインズ・ウール・ゴウンの寝室。ベッドで伏臥位となっているのは、ナザリックの支配者であり、魔導国魔導王アインズ・ウール・ゴウンその人である。しかし普段の威厳は皆無であり、眼窩に宿る炎の瞳も儚げだ。

 

(いや、いきなりあそこまで来る!?ありえないでしょ!まだ全然制度も整ってないしさぁ。これじゃあ折角ネイアが宣伝してくれたのに、こっちのミスで顧客失うじゃん。ニーズの把握も出来なかった典型的な駄目会社じゃん。最初に飛び込み営業したのは俺だしさ、〝真なる冒険者〟っていう商品開発をしたのも俺だよ?ああ、なのにアルベドへ丸投げしちゃったし、完全に駄目上司だなぁ。)

 

 アインズはアルベドを通じ、魔導国の冒険者組合、その登録希望者が今日だけで数千を越え、組合長のアインザックからSOSコールが来たとの報告を受けた。〝適切な処理を行え〟と威厳たっぷりに言ったものの、内心は、発注ミスをやらかした営業マン時代の気分だった。アインズはベッドから起き上がって端座位となり、首を俯かせた。

 

(それにデミウルゴスの〝あの件ですが〟ってどの件だよ……。いきなりドラゴン飛ばして街に俺のビラ大量にばらまくとか言ってたし、今度は何を考えてんだ?嫌がらせか?ああ、肝心の褒美も考えてないし、明日でネイアは帰るし、やることだらけだ……。もうこうなりゃ奥の手だ。)

 

 アインズは眼窩の炎を揺らめかせ、<伝言(メッセージ)>を送る。

 

「アルベド、第四・第八を除く階層守護者全員を1時間後に玉座の間へ集めよ。」

 

『畏まりました、アインズ様。』

 

(あ、ネイアとシズへの晩ご飯の献立どうしよう。すっかり忘れてた。ンフィーレア達の時と同じ……は流石にマズいか?いや、文句も言われないだろうし、これでいこう。昼は主食をサッパリさせた魚料理で、デザートに力を入れたチョコファウンテンだった。晩は逆にメインの料理を強調させてドラゴンステーキなんていいじゃないか。デザートはアイスクリームでサッパリしてもらおう。ステーキや魚介の料理は兎も角、チョコファウンテンもアイスクリームもナザリックでしか出せない品だ!)

 

 そんな主夫じみた考えを過ぎらせながら、ナザリックの絶対支配者、死の支配者(オーバーロード)は眼窩の炎を赤黒く揺らめかせ、堂々と立ち上がった。

 

 



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玉座の間

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。玉座へ鎮座する死の支配者(オーバーロード)を前に跪くのは、守護者統括アルベドと、各階層守護者の面々。

 

「おもてをあげよ。」

 

(よし!今回もタイミングはバッチリだ!)

 

「さて、集まって貰ったのは他でもない。この度ネイア・バラハを魔導国へ招いた真の理由について、皆に話そうと思ってな。特に魔導国首都エ・ランテルの襲撃を許した事に驚いた者も多いだろう。」

 

「何を仰りんすか、アインズ様!アインズ様の偉大なるお考えに驚愕する事はあれど、下賤な人間如きの襲撃に驚く事などありんせん。」

 

「そ、そうか!流石はシャルティア、ナザリックが誇る最強の矛だ!」

 

(え!?何この余裕、他の皆も全然驚いてないし!)

 

「しかしメリットとデメリットが混在した作戦ではあった。デメリットは勿論、我が国魔導国は、他国の襲撃を受ける隙があると周知してしまうこと。メリットはあれほどの襲撃を無傷で防衛し、わたしの庇護下に居ればその身の安全は確保されるという意識を植え付ける事、そして天使が襲撃することで神殿へ嫌悪感を抱かせることだな。」

 

(よしよし、計画通りだ。他の皆は頷いてるけれど……アルベドとデミウルゴスは〝わかってないなぁ〟って顔をしている。)

 

「ふ、ふ、ふ。アルベド、そしてデミウルゴスよ。お前達はどうやらわたしの真の狙いを看破しているようだな。」

 

「いえいえ、わたくし共はアインズ様の偉大にして深淵なるお考え、その一端を察するのみで御座います。」

 

「謙遜することはないぞ、デミウルゴス。わたしの狙いを看破し、即座に計画を練り実行へ移すお前の動きは実に見事だった。お前が理解した私の狙いを、他の皆へ説明することを許す!」

 

(よし!誘導は成功だ!……しかしこの手段あと何回使えるかなぁ。)

 

「有り難き幸せ。……さて、諸君。ネイア・バラハの煽動活動によって、魔導国内においてもアインズ様を支持する声が盤石となっていることは皆も知っている通りだ。アインズ様が当初からご計画されていたということもね。」

 

(……え?いや、なんで皆も〝当然知ってます〟みたいな顔してんの!?)

 

「そして今回の魔導国首都、エ・ランテル襲撃作戦だが、今までナザリックが行ってこなかった……少なくとも3つの新たな側面がある。」

 

「(み、3つも)でありんすか!?」

 

「えっと、あの、敵が出てきてこっちが倒すっていうだけじゃないんですか?」

 

「うふふふ。」

 

(何笑っとんねんアルベドォ!!)

 

「うむ、まず一つは〝恐怖心を巧みに利用した統治〟という側面だ。支配者からの直接的な暴力支配ではなく、外敵を意識させ群集心理を団結させる。今回は天使の襲来だった、そこから連想されるのは〝神殿〟〝神官〟。そして民を護ったのはアインズ様の率いるアンデッド達だ。民達が何に恐怖し、何に平伏するか、説明の必要はないだろう。」

 

「ナルホド、シカシアインズ様ハ、恐怖ニヨル支配ヲ、オ望ミニナッテイナイハズデハ?」

 

「そうねコキュートス、わたし達も同じ誤解をしていたわ。でもアインズ様が本当に言いたかった事は、上から弾圧する恐怖政治を望まれていないということ。群衆に恐怖と先入観を植えつける統治、〝恐怖心〟を巧みに利用せよということなのよ。……そうですよね、アインズ様。」

 

「す、スバラシイ!ソノトーリだ!」

 

(何話してるのコノコ達!?ああ、ぷにっと萌えさんが、戦略ゲームで似たような話をしていた覚えがある。難しい用語ばっかりで詳しく覚えてないけれど……。攻略本あったかな?)

 

「さて、1つ目の説明で(つまず)いている愚者はいないね?では二つ目だが、〝国としての優位性確保〟。これはナザリックが魔導国という国を持ったことで、初めて行えたことだ。」

 

「優位性でありんすか?」

 

「そう、我々はローブル聖王国の刺客に首都を襲撃されたんだ。当然、本来であれば戦争行動に移さなければ筋が通らない。」

 

「え!じゃあこれから戦争!?たのしそー!」

 

「アウラ、早まっては駄目よ。何しろ今回のケースは戦争に発展させる必要がないんですから。」

 

「えー!?どういうこと?」

 

「今回エ・ランテルで起きたのはネイア・バラハに対する暗殺行動、つまりはローブル聖王国の民を、ローブル聖王国の刺客が襲った形だ。我々は舞台装置を貸し出したに過ぎない。それも決着はネイア・バラハ自身がつけた。勿論戦争に発展させる大義名分には十分なものだが、それでは聖王国が廃墟となってしまう。魔導国は遺憾の意を示し、圧力を掛けるだけに留めたほうが利口だろう。この手札はアインズ様のお力を知るローブル聖王国からすれば真綿で首を絞められるように、ジワジワと効いてくる。」

 

「う~ん……納得したような、しないようなでありんす。」

 

「ではそうだね。大きな語弊を招く例えだが、シャルティアの私室にわたしがやってきたと仮定しよう。そこへセバスが現れてわたしと大喧嘩を始め、君のティーカップを壊してしまった。君はわたしとセバスを殺し、わたしの第七階層を滅ぼしにくるかい?」

 

「ペロロンチーノ様から賜ったティーカップを壊されるなど、わらわも大激怒するし、二人を力一杯ぶん殴り、アインズ様へご報告はするでありんしょうが、流石に殺しまではしないでありんす……。多分。」

 

「まぁ国家間のやりとりとは、もっと複雑怪奇なのだが、シャルティアに解りやすく説明するとこうなる。わたしもセバスも、シャルティアの部屋を壊す事を目的に来たわけではないからね。だが二人ともアインズ様からお叱りと罰を受け、しばらくシャルティアに頭が上がらなくなるだろう。」

 

(これはシャルティアの部屋が魔導国、デミウルゴスとセバスの二人がネイアと刺客、そして俺の立ち位置が国際世論と言ったところか……?ではシャルティアの立場はナザリックだ、確かにどちらに転ばすこともできる。〝勢い余って殺してしまいました〟と報告されても、俺は大きくシャルティアを叱咤することはない。呆れながら復活に必要な金貨5億枚を用意するだろうし、半殺しくらいなら多めに見る。)

 

「さて、シャルティアの頭でも理解出来る講座は終わりとして。次に三つめだ。それはネイア・バラハという存在そのもの。〝伝道師〟〝扇動者〟という可能性だ。」

 

「言葉デ人ヲ操ル奇々怪々ナ存在。考エルホド不可思議ダ。」

 

「そう、この世界は<伝言(メッセージ)>の普及率も低く、識字率も低い。情報の伝達は口コミに依存しているのは皆が知っている通りだ。だが優秀な〝扇動者〟とは、一度の演説で数万人の思考を誘導出来る。これはバハルス帝国でのアインズ様への崇拝が盤石となり、エ・ランテルの冒険者組合へ数千人が殺到したことからも実証済みだ。」

 

「そ、そんな事があったのですか……!?僕知らなかったです。」

 

「そしてエ・ランテル襲撃で、アインズ様がその地位を盤石にされたのも、扇動者という駒があってこそだった。民は明確に天使を敵であると認識し、アインズ様を正義と確信した。」

 

「もちろんアインズ様でしたらご自身の威光を以って民を平伏させるなど容易でしたでしょうが、あえて人間の扇動者、ナザリック外の生物を使用し、その実用性を我々に示して下さったというわけよ。」

 

(いや、ほとんどパンドラズ・アクターの台本なんですけれど!!)

 

「さ、流石はアルベド、そしてナザリック一の知者デミウルゴス。わたしの狙いをよくぞ見抜いた。」

 

「何を仰いますアインズ様、アインズ様の事です。それだけではないでしょう。」

 

(いや!さっきの説明1つも解ってなかったよ!これ以上何があるの!?)

 

「ふ、やはりデミウルゴスには見抜かれるか。……よい、話を続けることを許す!」

 

「畏まりました。……さて、賢明な諸君なら既にアインズ様の偉大なるお考えに気がついただろう。そう、ナザリックが廃墟の国を持たないための新たなる戦略を!」

 

「「「「おおおおおお!!」」」」

 

(……あ、新たな戦略!?)

 

「ナザリックが誇る技術と叡智、それは武力だけに留まらない。魔導国は情報伝達の先進国となり、プロパガンダという戦略をもってして、群衆心理を掌握し、その命全てをアインズ様へ捧げさせるのだよ!」

 

「第一段階として、今までは実用性が疑問視されていた情報伝達のマジック・アイテムの立場を確立させ、普及させることね。そしてアインズ様や栄えあるナザリックへ心酔する扇動者という駒をより増やすこと。」

 

「最初は一定区画へ情報伝達装置を配置し、定刻に娯楽を交えた〝情報〟を流していく。そして徐々に思想を誘導していくんだ。思想を誘導された民はまるで自分で考えているように錯覚するが、その内情はこちらの意のままに操れるということだ。情報伝達のマジック・アイテムだが、やがては一家庭に一台までを目標とする。」

 

「ら、ラジオか……。」

 

「おお!アインズ様!やはり〝らじお〟の事を我々に仄めかしていたのですね!このデミウルゴス、アインズ様のお考えに少しでも及ぶことが出来、幸甚の至りに御座います。」

 

「流石はデミウルゴス!見事にわたしの狙いを読み切ったものだ!」

 

(しかしこの世界でラジオか、旅の詩人(バード)にあれだけ群がるくらいだ、運用できればさぞ喜ばれるだろうな。……みんなが考えると、俺を讃える番組ばかりになりそうだから、ちょっと注意が必要だけれど。)

 

「うむ、信用に足る情報伝達のマジック・アイテムなど、他国の魔法技術では到底不可能な芸当だ。だが、ナザリックの技術を以ってすれば容易な話だ。最初は平和的な娯楽として楽しんで貰うといい。」

 

「もちろん、信用を獲得した後に一刺しで御座いますね。心得ております。」

 

(全然心得てねぇ!何するつもりなの!?怖いんですけれど!)

 

「さて、この計画はあくまでもアインズ様がネイア・バラハを魔導国へ呼ぶ際に……いや、ネイアという〝扇動者〟の駒を造り上げた時から構想していたことだよ。」

 

「「「「おおおおおお!!」」」」

 

「流石でありんす!ああ、わらわも是非ご協力したいでありんすえ。」

 

「地下闘技場での実況中継なんてどうだろう!」

 

「でもお姉ちゃん……ナザリックの内部はだめなんじゃ?」

 

「あ、そっか。じゃあさ、帝国みたいに闘技場造っちゃってそこであっつい拳の実況中継!」

 

「リザードマンノ集落ニモ是非ソノ叡智ヲ……。」

 

「そこまでよ。まだ構想の段階。……アインズ様、パンドラズ・アクターのスキルにより、近日中にはプロトタイプが完成する模様です。」

 

「そうか、それは楽しみだ。そういう事だ皆。今後ナザリックは国を持った以上、様々な戦略・戦術を立てていく。各々も意見を持ち寄り、よりよい魔導国となるよう思考を巡らせよ!」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

「では、皆ご苦労であった。持ち場へ戻ってくれ。アルベドもエ・ランテルでの執務へ。……デミウルゴスのみ残ってくれるか?」

 

「アインズ様のご命令とあらばなんなりと……。」

 

「ず、ずるいわ!デミウルゴス!」

 

「アルベド!直ぐに終わる話だ。守護者統括として首都の内政を一任している。その重責が解らぬお前ではあるまい?」

 

「……畏まりました。御前、失礼致します。」

 

(さて、これでネイアへの褒美について相談出来る。)

 

 そうして支配者とナザリック一の知者、その密談が始まった。



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6日目の夜

 お風呂シーン書いてみました。全年齢対象基準です。


 エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。ネイア・バラハを襲う不穏な動きは特段なく、観光も無事に終わり、護衛任務を任されていた蒼の薔薇は、王城へメイド悪魔シズとネイア・バラハを委ね、宛がわれたスイートルームで寛いでいた。

 

「明日にはネイア・バラハはローブル聖王国へ帰るということだから、もう仕事は終わりかもしれないわね。明日は王城の内部を見学予定ですって。」

 

「ま、流石に王城の内部にまで俺らは入れねぇわな。結局俺らがやったのは天使退治だけか。」

 

「酷い目に遭った。」

 

「まさかあんなに沢山のアンデッドと共闘する日が来るとは。」

 

 忍者姉妹ティアとティナは花札で遊びながら愚痴をこぼしていた。

 

「酷い目に遭うのは覚悟の上だったじゃない。なによりエ・ランテルの情報を得られるなんて、報酬以上のことだわ。……とても正直に話をして受け入れられるとは思えないけれど。」

 

「ああ、予想以上にとんでもねぇ街になってやがる。いや、予想の遙か斜め上って言った方が合ってるか?」

 

「王国に戻ればきっとあちらこちらから質問責めね。守秘義務があるから答えられないと言うしかないわ。例えラナー王女でも。」

 

「…………。」

 

「ったく、イビルアイはさっきから辛気くせぇ顔してどうしたんだ?モモン様成分が足りなかったか?」

 

「モモン様を単位呼ばわりするな!失礼だろう!……って、そういう事ではない。モモン様のお力もあり、エ・ランテルの民は平和に暮らしている。これは認めよう。リ・エスティーゼ王国が統治していた時よりもよっぽど豊かだ。」

 

「ああ、癪だがその通りだ。王国での噂と全然違ぇ。」

 

「今の王国で魔導国を……魔導王を褒めるような言葉など、処刑や私刑(リンチ)にされてもおかしくはない。必然的に噂だって不穏なものとなる。だが、現実は違う。現実を見た以上、我々も身の振り方を考えなければならない。」

 

 室内は重い沈黙に包まれる。リ・エスティーゼ王国が崩壊寸前……最早奇跡的なバランスで国の体裁を成しているのは誰も口にしないが、明確な事実であり、目を背けてはいられない現実だ。

 

「ラナー王女が王座につけば……いえ……。」

 

 ラキュースの蜘蛛の糸を掴むような儚い望みさえ、魔導国という国家を見た後ではかき消えてしまう。トドメとばかりに目にしたのは、噂に聞いていた【凶眼の狂信者】ネイア・バラハの圧倒的な煽動能力だ。

 

 彼女の活動が今後更なる躍進を遂げ、国外まで範囲を広めれば、呪詛に染まった王国民さえも魔導王を讃えかねない。余りにも荒唐無稽な話に思えるが、彼女の演説を耳にした身としてはそんな馬鹿げた可能性も否定できなかった。

 

「イビルアイ、あなたから見て魔導王はどうだった?」

 

「一つの魔法で18万人を大虐殺しただの、単騎でヤルダバオトを下しただのという話……間違い無く事実だろう。実物を見た今なら断言出来る、アレに匹敵する領域に居るのはヤルダバオト亡き今、モモン様くらいだ。モモン様がエ・ランテルに留まり、その力の暴走を危惧されたのも納得だ。更にはメイド悪魔……一人でわたしが勝てるかどうかという存在が少なくとも5体居る。」

 

「そういやあのキモ蟲メイドは見てねぇな。まぁ見たくもねぇが。」

 

「弱いやつが死ぬのは仕方がない。わたしはそう考えていたが……、余りにもパワーバランスがおかしくなり過ぎている。……モモン様、あなた様はこの異常事態にどのようなお考えをお持ちなのですか。モモン様のお役に立てるのであればわたしも――」

 

 イビルアイは窓からの星明かりを見つめ、一人呟いた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「…………あ。いや。だめ。」

 

「あの、シズ先輩。身体を洗うとき毎回その台詞言わないと死ぬんですか?」

 

「…………お風呂シーンの大切なお約束。ペロロンチーノ様が言っていた。らしい。」

 

 ネイアに身体を洗われているシズは、親指をビシっと立てて宣言した。シズ先輩は機械じみた印象と異なり、普通の幼児体型だ。お風呂の時でも左目の眼帯は頑なに外さないが。

 

(博士といいペロロンチーノ様といい、シズ先輩から時折出てくる謎の人物は誰なんだろう?)

 

 エ・ランテルの観光を終えたネイアは、再び〝真なる王城〟へ案内され、シズとネイアは〝真なる王城〟第9階層の大浴場、〝スパリゾート〟で、シズ先輩の身体を洗い、自身もシズ先輩に洗いっこされ、観光で汚れた身体を清めていた。

 

 シズ先輩曰く、リゾート(行楽地)という名前にピッタリな、只の湯浴み場を遙かに超えるスケールであり、大河の如く流れるお湯、柑橘の皮や炭を浮かべた木製の巨大な湯船、泡の湧き出る不思議な湯船、四方八方から水が噴射されるマッサージのような湯船、入ると身体が痺れる電気風呂なる場所、〝サウナ〟なる蒸し風呂、果ては謎の妖しい光を発するよく解らない浴槽まで……正直ここにいるだけで丸一日楽しめそうだ。

 

「うひゃあ!」

 

 急にシズ先輩がふにふにと身体を触ってきて、振り返るとふん!と胸を張っていた。

 

「…………わたしの勝ち。」

 

「いえ!なんの勝負ですか!?」

 

「…………これもお風呂シーンの大切なお約束。ペロロンチーノ様が言っていた。らしい。」

 

(だからペロロンチーノ様って誰!?)

 

「…………本来は飽満な胸部を持つ者が居ることが望ましいと聞いているけれど。」

 

 シズはネイアの身体と自分の身体を見つめる。

 

「…………ドンマイ。」

 

「何の励ましですか!」

 

(もう、そのペロロンチーノ様とやらはシズ先輩に何を吹き込んだのですか。)

 

 〝博士〟についてもそうだが、尋ねるとシズ先輩は無口になるので、脳内でだけ愚痴をこぼす。お風呂に入ると毎回このやりとりだが、慣れるはずもなく、ネイアの顔は真っ赤だ。

 

「…………じゃあ次はサウナ勝負。」

 

「20分経っても汗一つかかないシズ先輩に勝てるわけないじゃないですか!」

 

「…………後輩。諦めてはいけない。」

 

「気がつけばまた水風呂で目を覚ますのは嫌ですよ……。」

 

 ネイアは項垂れながらも、シズ先輩に手を引かれ、サウナへと入って行った。……勝敗の行方は記すまでもない。

 

 

 

 

 湯浴みを終えたネイアはシズ先輩と晩餐を共にしていた。ツアレより思考停止の呪文(本日の献立)を唱えられ、何がどんな料理かサッパリ解らない中だったが、相変わらずどれもこれも味わったことのない美味だった。

 

 メインディッシュのフロスト・エンシャント・ドラゴンの霜降りステーキを食べ終え-食べきれるか不安なほどのボリュームだったが、口腔でとろける旨さに驚きあっと言う間になくなった-食後のデザートを楽しんでいる。

 

 

(ああ、冷たくて美味しい!)

 

 聖王国九色の1人である父と聖騎士の母という清貧を尊ぶ気風があったとはいえ、裕福に数えられる家庭で育ったネイアだ、削った氷に練乳や蜂蜜、砂糖・香辛料をかけた菓子-この世界での一般的な〝アイスクリーム〟-を口にしたこともある。だが、目の前の黄金に輝く見た目も美しい冷たい乳菓子は初めての味わいだ。

 

 濃厚なミルクの味に紅茶の風味がアクセントとなり、口の熱で溶けて、冷たい甘みを伝えてくる。甘味など聖騎士団に所属してからも、未だ復興途上にあるローブル聖王国で『魔導王陛下に感謝を送る会』代表となってからも口にしていない。それほどに、格別な味だった。

 

「…………ふ。お菓子でよろこぶとは。まだまだお子様。」

 

「ああ!シズ先輩だって、ものすごく嬉しそうにアイスクリーム食べてるじゃないですか!わたしには分かるんですからね。」

 

「…………それはネイアと食べているから。」

 

「いきなり恥ずかしいこと言わないでください!」

 

 ネイアは顔を赤く染め、アイスをスプーンで大きく掬い口に入れた。

 

「…………明日で最後。」

 

 シズ先輩はアイスを口にしながら寂しげにそう言った。ネイアとしてもまだまだ魔導国を見て回りたい、知らない話を沢山聞きたい。……アインズ様の御許に居たい、シズ先輩と一緒に居たい。あっと言う間の6日間だった。改めてアインズ様の偉大さに触れられた、魔導国というアインズ様の統治される御慈悲に溢れた正義の国を見た。今のローブル聖王国に必要なのは、アインズ様の慈悲であることを確信した。

 

「また必ず会えますよ、シズ先輩。」

 

「…………もちろん、後輩。困ったときに助けるのも先輩の役目。」

 

 まだ別れではない、これは別れに際しての心の準備だ。明日が終わればネイアはまた多忙な日々が始まり、シズ先輩も休暇が終わって仕事に戻るだろう。ならば今と明日を後悔無く笑って過ごすことが、最善だ。

 

 だからネイアは笑った、明日の別れの瞬間も、笑って終われるように。

 

 

 

 

「……あの、シズ先輩?」

 

「…………どうした?後輩。」

 

「いや、な~んでわたしのベッドに居るのかなぁと思いまして。」

 

「…………よしよし。」

 

「ふわぁ。いや!答えになってないです!」

 

「…………後輩を慰めるのも先輩の仕事。」

 

「いえ、えっと。」

 

 シズの小さな身体が密着する。シズ先輩は見た目通り子どものように温かく、意外と柔らかい。

 

「…………これなら寂しくない。大丈夫。」

 

「それはそうですが……。うん、そうですね。」

 

 ネイアはシズ先輩を優しく抱きしめる。慈母のように柔らかく撫でられる頭が気持ちいい。

 

 ネイアはそのまま微睡み、眠りに入った。……シズは抱きしめられる感覚を温かく感じながら。その様子を、ただ優しく見つめていた。

 



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最終日 【本編完結】

 宛がわれた〝真なる王城〟の私室で目覚めたネイアは、ベッドサイドに座るシズ先輩の視線で飛び起きる。

 

「シズ先輩!?」

 

「…………ネイア。やっと起きた。」

 

 昨晩シズ先輩が同じベッドに入って来たことは覚えている。そのまま自分はシズ先輩を抱擁し……眠りにはいったのだろう。今更になって恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

「…………ん。」

 

 シズ先輩は、チョコレート味やストロベリー味と同じ容器に入った黄色い液体をどこからか取り出した。そして蓋を外しストローを差したモノをネイアに渡す。

 

「…………バナナ味。」

 

「ば、ばなな?」

 

 聞いたことのない名前だが、不安は無い。これから朝食もあると思うけれど……という不安はあったが。

 

「…………昼食の1時間後。アインズ様がお呼び。」

 

 シズ先輩は寂しげにそう話した。何を意味するか分からないネイアではない、客人として最後の謁見だろう。つまりは、シズ先輩と居られるのも、今日の昼食までなのだ。時計を見ると6時、あと7時間ほどといったところだ。だが今から別れを惜しんでも仕方がない。

 

「今日は何をしましょうか?シズ先輩!」

 

「…………。」

 

 宝石の様な緑の目がネイアの目を真っ直ぐと見据える。

 

「…………ネイアと。たくさん話がしたい。」

 

 ネイアは一瞬鼓動の乱れる音を感じた。シズ先輩の顔にあったのは、ネイアでも読み解けない複雑で難解で……決して不愉快ではない感情だった。

 

「ええ、今回の旅のお話。一緒に振り返りましょう!」

 

「…………そうする。」

 

 そうしてシズとネイアは昼食までの間、今回の旅、その様々な思い出を追想させ、語り合った。

 

 

 

 ●

 

 

 

 玉座の間で、シズとネイアは玉座に鎮座する死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンに跪いていた。玉座の間にはツアレともう1人のメイドが居るのみで、アルベドの姿は無い。ネイアにとって旅の始まりとなった場所、そして旅の終わりとなる場所……。

 

「おもてをあげよ。」

 

「「はっ。」」

 

 

「ネイア・バラハよ。この7日、不慮の事態にも巻き込んでしまったが、魔導国を見回ってどうだったかな?」

 

「はい!アインズ様!多種族との共存という無限の可能性、アインズ様の御慈悲に溢れる統治、【真なる冒険者】という偉大なるお考え、その一端に触れられ、このネイア・バラハ、幸甚の至りに御座います!!」

 

「入国に際し、〝忌憚のない意見を述べる〟という条件であった。何分、他国からの正式な客人というのはバラハ嬢が初めてなのでな。遠慮や失礼など考えることはない、世辞はいらんぞ?言葉を飾らずに述べてみよ。」

 

「ええ、では……。まず、わたくし如きを客人として招いて頂いた事そのものが、とても光栄で、この上ない喜びであります。アインズ様の統治下におられる羨望すべき皆様はとても親切で温かく、アインズ様を心から称賛される同志に多く出会え、本当に幸せな7日間でした。またカルネ村のエンリ将軍やバハルス帝国のジルクニフ陛下とお会いし、アインズ様の上に立つ人物を見定める御慧眼に感服させて頂きました。アインズ様の偉大にして深淵なるお考えに届くほど自惚れておりませんが、その一端に触れることが出来たことは、無上の喜びで御座います!」

 

「あ~~そうか……。では、逆に気になったことはないか?カルネ村はともかく、バハルス帝国やエ・ランテルなど、未だアンデッドを恐れている民や、亜人との融和が進んでいない地域も多かったはずだ。10個や20個、問題点は見あたるだろう?」

 

「勿論、アインズ様の偉大さと慈悲深さに未だ無知であり、自身の幸福に無自覚である憐れむべき人間もおりました。しかし、アインズ様の真なる偉大さを知れば、そんな先入観や偏見は簡単に払拭出来ます!事実、他国の小娘風情のわたしが話し合うだけで解決出来た事案も御座いました。何一つ、アインズ様であれば障害となるものは御座いません!アインズ様はいずれ世界の全てを、その慈悲深き腕で抱擁される偉大なる御方であると、改めて確信いたしました!」

 

「う、うむ!そうか!!」

 

「魔導国は王の中の王、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の治められる国家なだけあり、この世にこれほど素晴らしき統治を受けられる幸福な民は世界に……いえ、歴史を遡ろうと存在しないと確信できます。忌憚の無い意見ということでしたらそうですね……、アインズ様の素晴らしい統治下におりながら、アインズ様の慈悲深さに甘えるばかりで、賜る恩義に報いようと努力をする者が余りにも少ないと愚考いたします!」

 

 〝間違ってNPCと話してないよな!?何なのこの子、ちょっと怖いんだけど。〟という思考がアインズの脳裏に浮かぶが、咳払いをして頭を切り替える。

 

 

 

「バラハ嬢の忌憚なき意見、感謝する。さて、シズとは友好関係を深めることが出来たか?」

 

「はい!アインズ様!この7日間、様々な場所を共にし、シズ先輩には様々な場面でお世話になりました!」

 

「シズ、お前はどうだ?」

 

「…………ネイアといるの。凄く楽しかったです。」

 

 アインズは思わず花咲くように内心で破顔する。ナザリックのNPC(仲間達の子ども)でも、現地の者と対等な友人関係を結べるという証明であり、その偉大なる第一歩だ。

 

「そうかそうか、それはよかった。本当に嬉しいことだ。……そこでネイアよ、貴殿に土産と褒美を準備している。」

 

 アインズがフィンガースナップすると、宝石の拵えられた黄金に煌めく3つの宝箱が現れた。

 

「御伽噺の様に3つから選べなどケチなことは言わん。全て持って帰るといい。」

 

「そんな!これだけの待遇を受けた身でありながら、わたくし如きが御身より品物まで受け取れません!」

 

 ネイアは思わず悲鳴にも似た声を挙げる。絶対に外見が豪華で中身は残念なんてことは有り得ない。確信出来る。

 

「客人に土産も渡さない無礼など出来ん。そして二つは褒美だ、功績には褒美を以って返すべきだ。何よりもわたしが貴女のために選び、造り上げた品だ。受け取ってくれないのかね?」

 

 天使騒動の時もそうだったが、その問いかけはズルイ……ネイアはそう思いながらも、内心はギリギリまでどう断るかで一杯だった。

 

 

「ひとつめがシズの友人としての土産、二つ目がわたしの〝真なる冒険者〟その構想を見事に読み解き、大々的に広めてくれた事への褒美、三つ目はエ・ランテルを襲った大天使を討伐した褒美だ。」

 

「アインズ様!天使を使い陛下の首都であるエ・ランテルの民達を襲ったのは、我が国の愚か者共です!わたしが褒美など受け取れません!」

 

「貴国からの刺客をその民であるネイア自身が討ってくれた事が大切だったのだ。何分あの場でわたしや配下が天使を討っていれば……若しくは民に少しでも被害が出ていれば、我が国はローブル聖王国と戦争をしなければならなかっただろう。わたしは戦争など望んでいない、だからこその褒美なのだ。」

 

 やはりアインズ様は、自分に弓を託して下さったあの手に、そこまでのお考えを巡らせていたのかと、ネイアは脱帽する。

 

「まぁ土産も褒美も、ローブル聖王国に帰ってからのお楽しみ……と言いたいところだが、少し説明の必要もあるマジック・アイテムもある。今、ここで開けてみてくれるか?」

 

 手を付けてしまえばもう後戻り出来ない。だが、これ以上固辞しては失礼にあたるだろう。ネイアは震える手で1つめの宝箱を開けた。

 

 中には……一冊の本とひんやりと冷気を発する両手で持てる位の銀の箱が入っていた。

 

「それは〝シズの友人〟への土産だ。料理長の話ではアイスクリームをとても気に入ってくれたと聞いている。簡単なもので悪いが、菓子作りのレシピだ。ローブル聖王国には羊も多いのだろう? あの菓子は羊の乳や卵から作る事が出来る。氷結させるに際しては、その箱を使うと良い。まぁ他にも色々なレシピがある、材料が揃ったり、気が向いたら作ってくれ。」

 

 聖地で作られた美味なる菓子……その調理本、それに氷結のマジック・アイテムなど、魔法技術に疎いローブル聖王国においてはそれだけで国宝クラスだ。ネイアは目を点にする。

 

 そんなネイアの心情を知らないアインズだが。

 

(相手が恐縮せず、それでいて相手には手に入らない品……だったよな。まぁ氷結の魔法を宿した箱……この世界バージョンの冷凍庫ならフール-ダでも作れるくらいだし、大丈夫だろう。)

 

 セバスからのアドバイスを聞いて、自分の選んだ品に喜んで貰えるか内心不安に思っていた。

 

「あ、ありがとうございます!アインズ様!聖地における菓子、その作製技法をわたくし如きにご教授頂いたのみならず、歴史上至高にして偉大なる魔法詠唱者(マジック・キャスター)であらせられるアインズ様御自らこのような品を作って頂けるとは!感謝に言葉も御座いません!」

 

 感涙しているネイアを見て、思いっきり恐縮しているのを感じ、何か間違ってしまっただろうかと内心首を捻る。

 

「い、いや。わたしにかかればその程度の品雑作もない事だ。わたしの魔法技術で言えば……」

 

 アインズはそこまで言いかけ、サプライズは最後にしようと順番を変える。

 

「それよりも、次は褒美だ。天使を討った褒美として、改めてネイアに渡したい。右の箱を開けてみよ。」

 

 ネイアは命令されるまま、右の宝箱を開ける。混沌とした歪曲空間が広がっており、中身は見えない。

 

「手を入れてみると良い。」

 

「はい……。……!?これ!」

 

 それはアルティメイト・シューティングスター・スーパー、射手の小手、バイザー型ミラーシェード、バザーの鎧……ヤルダバオト襲来時、アインズ様からお借りして力を貰い、アインズ様へお返しした品々だ。

 

「射手としてかなり腕を上げたな。今やその弓は弱者の力を補強する装備ではない、偉大なる弓手の手元にあるべき品だ。正式にネイア・バラハへこの品々を下賜しよう。」

 

 何度目か分からない〝とても受け取れません!〟が脳裏で木霊する。

 

「少しでも使い慣れたものをと思ったが、もっと高性能なものが良かったか? ならば……」

 

「いえ!アインズ様!魔導王陛下!このネイア・バラハ、アインズさまより賜りました神代の品々に恥じない弓手となるべく、今後も一層益々の研鑽を積ませて頂きます!」

 

 ここで断ったり、これ以上話を長引かせれば、より心臓に悪い武具や防具がポンポン出てきそうなので、ネイアは悲鳴じみた感謝の言葉を述べ、跪き恭しく武具・防具を受け取った。

 

 

 

「そうか、喜んでくれたようで何よりだ。……では3つ目の箱を開けてみよ。」

 

 ネイアは震える手で真ん中の箱を開ける。そこには、分厚い片眼鏡(モノクル)のような品が50個近く入っていた。

 

「1つを手に取り、横にある紐を引っ張ってみよ。」

 

 ネイアは言われたままに紐を引いた。……すると、突如辺り一面の景色が変わり、ツアレともう1人のメイドも驚いている。シズ先輩も興味深そうにキョロキョロとしていた。

 

 そこは広大な草原で、大量の馬を走らせるだけの広さがある。また、的や剣技場と思わしき施設、水道やトイレの設備まであった。

 

「この品は第10位階信仰系魔法自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)を基盤として内部を改装したものだ。聞くに、ネイアが旗手となっている団体は鍛錬場の確保に難儀しているらしいな。およそ2000人、馬を用いた訓練ならば500人までは収容可能だろう。……出口はあそこだ。あの扉を出ると、先程と同じ場所に戻る。」

 

 アインズ様の指さす先には巨大な門がいくつも見えた。

 

「わ、わたくしの為にこれ程の品まで……。」

 

「いや、泣くことはない。わたしも久々に配置や改造を楽しめた。……これは本当だぞ?」

 

 実際パンドラズ・アクターと共に一面真っ白の空間から建物や備品を作り出し配色を考えるのは、ユグドラシル時代を思い出し、胸を躍らせたものだ。

 

 ネイアは涙が止まらなかった。アインズ様は自分の活動をしっかりと見て下さっていたのだ。そして直面している課題にまで、これ程の御慈悲を頂けるなど、これ程幸福なことがあるだろうか。

 

 門を潜り、玉座の間へ戻ったネイアは、改めてアインズへ万感の思いを込めた礼をする。

 

「アインズ様、例える言葉さえ見あたらない素晴らしい品々を賜り、光栄の至りに御座います。」

 

「うむ。流石に宝箱3つは重くなるだろう。武具・防具は今装着して帰るといい。」

 

(まぁ本当はあの宝箱だけに掛けた空間変異の技術を漏らしたくないだけなんだけれどね。)

 

 アインズはそんなちゃっかりした事を考えて、重々しく頷いた。それを言えば自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)を宿したマジック・アイテムもアウトっぽいが、デミウルゴスが「流石はアインズ様!そこまでお考えとは!」と言っていたので問題無いだろう。

 

 ネイアはアインズ様に〝失礼します〟と告げ、その装備で身を固めた。

 

「さて、先程のマジック・アイテム……鍛錬場について何処へどのように配置するかはネイアへ任せるが、紛失がないよう留意せよ。もし破損や紛失があれば、わたしへ報告するように。」

 

(俺なら魔法探知で見つけられるし、製造責任者として不備があったら修正しないとな。)

 

「畏まりました!命に代えてでも。信頼厚い同志へ一時的に貸し出しますが、責任所在者はわたくしとし、万全な管理をさせて頂きます。」

 

 アインズ様曰く第10位階……この世で最大の位階に属する、正に神の世界の力を宿すマジック・アイテムだ。ひとつでも紛失なんてすれば、自分の首だけでは済まない。かといって、この品はアインズ様が同志たちが牙を研ぐ場所がないことを憂い、造り上げて下さった品。まさか飾っておく訳にもいかない。ネイアはアインズ様から賜った重責を心に刻みつけた。

 

「ふむ、満足してくれたようで何より。ネイア・バラハよ。またいずれ、魔導国へ来るといい。」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「では……<転移門(ゲート)>!」

 

 

 

 歪曲した楕円形の空間が出来上がる。……この門を潜れば、自分はまた〝ただの他国の民〟へ戻る。魔導国に居てくれないだろうかと、声は掛からないだろう。そんな女々しい期待はしてはいけない。

 

「では、アインズ様。改めて、魔導国の一端を見ることが叶い、幸甚の至りに御座います。より、アインズ様のお役に立てる存在となるよう研鑽し、恥じない働きをさせて頂きます。」

 

「うむ、期待しているぞ。ネイア・バラハ。……シズ、お前から何かあるか?」

 

「…………元気で。」

 

 シズはそういって手を差し伸べた。

 

「……!はい!シズ先輩!」

 

 ネイアは飛びつく様に手を交わし、握手した手を上下にぶんぶんと振った。

 

「それでは、御前失礼致します。……ありがとうございました。」

 

 ネイアは改めて跪き、深々と一礼し、<転移門(ゲート)>を潜った。久しぶりのローブル聖王国、その草原。晴天だが、やや冷たい風が吹いている。両手にはアインズ様から賜った宝箱。装備品はおそらく聖騎士団団長をも凌駕するものだ。……別れはやはり寂しい、それでも、自分にこれほどの期待をしてくれたアインズ様に報いるため、ネイアには自分の仕事が有る。

 

 ローブル聖王国は未だ、アインズ様に無知で憐れで蒙昧な人間に溢れている。真実を伝えることこそが自分の役割であり、使命だ。そう思うと、足取りは軽くなる。その第一歩を踏み出そうとすると……

 

「…………ばあ。」

 

「うひゃあ!?」

 

「…………良い感じに驚いた。」

 

「シズ先輩!?え?なんで?」

 

「…………わたしの〝きゅうか〟は今日まで、正確に言えば、本日の23:59:59まで。それまで好きなことをしていい。アインズ様が言っていた。」

 

「えっと……。」

 

「…………まだ9時間26分も残っている。先輩として後輩を導く。」

 

「シズ先輩、わたしたちの拠点に顔を出してくれるのですか?」

 

「…………うん。アイスの作り方も教える。あと鍛錬場のマジック・アイテムの指南をアインズ様より〝仕事〟として請け負った。」

 

「ということは……」

 

「…………しばらく邪魔する。さぁ行こう。後輩。」

 

「あ、はい!」

 

 シズは宝箱の1つを持ち、片方の手でネイアを引っ張る。シズ先輩の足取りは何処か軽々としたスキップのようなものだった。それはネイアも同じ。

 

 

 

 一見すれば、それは2人の少女、ただの友人同士だった。




 ネイア・バラハの聖地巡礼!これにて完結とさせて頂きます。評価を下さった皆様、お気に入り登録を下さった皆様、誤字脱字報告をしてくださった先生方、改めて感謝を申し上げます!誤字脱字、変な日本語が多く、お恥ずかしい限りです。大変勉強になりました。

 ここまでお読み頂き、改めて感謝を!ありがとうございます。


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番外編・後日談
【後日談】南貴族の詫び証文


・このお話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。


 ローブル聖王国首都ホバンス。そこに居を置く『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』総本部。今や聖王国はおろか、他国ですら無視出来ない存在となった政治結社とも新興宗教団体とも言える組織の総本山。

 

 20万を越える武装親衛隊を持ち合わせ、中でも教祖ネイア・バラハ肝いりの弓手部隊・騎馬弓手部隊・レンジャー部隊の腕前は、聖王国軍の正規軍を遙かに凌駕し、冒険者レベルで言えばほぼ全員がシルバーやゴールドクラス、女性や子どもでもアイアンに届く。元軍士の信徒となれば、プラチナやミスリルに並ぶほどだ。

 

「……伯爵。やはり狂信者の巣に直接飛び込むというのは。影武者に代役させる手もあったのでは?」

 

 ローブル聖王国南部よりはるばるやってきた大神官は、目の前の髭を蓄えた壮年の男に震えを隠せず口を開いた。

 

「相手が影武者も見破れない節穴ならばそうするだろう。……途中、レンジャー部隊と思わしき者達に見張られているのには気がついていたか? いや、途中からではなく、出立時からかもしれないな。なんなら四六時中だ! そんな中嘘偽りを言ってみろ、刎ねられる首が増えるだけだ。」

 

 現在ローブル聖王国は北部と南部が睨み合い、内戦の寸前と言っても過言ではない。そんな中、南部貴族や大神官が卒倒するような大ニュースが飛び込んできた。

 

『ローブル聖王国南部神官、ネイア・バラハを魔導国にて暗殺未遂。』

 

 勿論ネイア・バラハを邪魔に思う南部の人間は枚挙に暇が無い。暗殺計画だって何度も立ち上がった。だが聖王国内でネイア・バラハが殺害されたとなれば、殉職者として祭り上げられ、武装親衛隊が狂気に染まり南部へ攻め込んでくることなど火を見るよりも明らか。何より屈強な親衛隊に護られているネイアの暗殺など容易ではなく、結局計画は頓挫していた。

 

 そんな中、多くの貴族や神殿が知らないところで、スレイン法国の使者により、魔導国でアンデッドに殺させるという案が提唱されたという。たしかに魅力的だった。

 

 スレイン法国からの莫大な武器供与(レンドリース)や情報提供もあり、成功すれば〝魔導国は死のアンデッドが支配する、恐怖の国であり、魔導王も人類が団結して倒すべき死を振りまくアンデッドに過ぎない〟という大義名分が出来上がる。ゆくゆくは人類による大連合を造り上げることもでき、ローブル聖王国南部にはスレイン法国という強国のバックもつき、人類救済の旗手となれる。

 

 ……尤も、これは〝成功していれば〟という画餅に過ぎない。

 

 結果は暗殺部隊として向かった神官達は帰らぬ人となり、挙げ句最強戦力である座天使(オファニム)はネイア・バラハ自身に討ちとられた。

 

 南部の世論は魔導国の報復を恐れ、貴族や神官達を一斉に糾弾した。多くの貴族や神官からすれば全く身に覚えがなく青天の霹靂なのだが、民からすれば激しくどうでもいいことだ、知らなかったでは済まされない。ヤルダバオト襲来の悲劇を知る部隊からは、辞表の山が届いたほどだ。トドメとばかりに肝心のスレイン法国からは【事実無根】と声明を出されて切り捨てられ、国交断絶まで視野に入れられている。

 

 幸いにも魔導国からは『ローブル聖王国内の厄災の火種が我が国に降り注いだことは大変に遺憾である。しかし我が国の被害は皆無であり、二度とこのような事態が無いことを望む』という声明が出されたのみで、戦争行動へ発展することはなかった。そして声明は『謝罪は我が国ではなく、被害者となったネイア・バラハ氏へ行って欲しい。』と続いた。

 

 ……要するに〝お前の国の厄介事に、これ以上俺の国を巻き込むな〟ということであり、ローブル聖王国内の対応如何では、いつでも戦争行動に発展させうる手札を逆に与えてしまった形だ。

 

 カスポンド聖王陛下も即日、正式にネイア・バラハへ謝罪文を提出し、魔導国から戻った彼女に直接の謝罪を行った。対立状況にある南北であるが、明確な敵対にはまだ至っていない。未だ南部は表面上【聖王家に忠誠を誓っている】ことになっている。

 

 聖王陛下が頭を下げた以上、当事者である南部の権力者も謝罪に赴く必要があり、生け贄の首も必要になった。……そんな超弩級の外れクジを引いたのが大神官数名を伴った伯爵である。

 

 南部貴族でも立場が上であること、しかし公爵や侯爵になすりつける力までは持っていなかったこと、南部で保有する領地に多くの大神官を抱えていたこと、生け贄の首となった、神殿に借金をしてまで博打に嵌った馬鹿な放蕩貴族と昔仲が良かったこと、生きて帰ったとき情報を知るため魔法の知識を有していたこと、伯爵自身今回とは別のネイア・バラハ暗殺計画を企てた過去があること……などの不幸が重なり、こんな死の行軍に赴くはめとなった。

 

 伯爵が脳内で悪態を吐いている内に、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』総本部が見えて来た。建物そのものは、北部貴族の屋敷をそのまま利用しており、よく言えば歴史有る、悪く言えば草臥れた外観をしている。屈強な兵士達が一糸乱れず並ぶその先の門には、頭頂部が禿げた恰幅の良い執事然とした男性が待っている。

 

「遠路はるばるお越し下さりありがとうございます。わたくし『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』にて書記次長を任されております、ベルトラン・モロと申します。中でネイア・バラハ様がお待ちです。どうぞ。」

 

 伯爵と大神官達は、門前の兵士に武器を預け……、一切の希望を捨てて、門を潜った。

 

 屋敷の内部に入った一同を待っていたのは……。

 

「んな!?」

 

「おお!」

 

 内部は一切の贅沢を排除した清楚なものだった。しかし伯爵と大神官達が驚いたのは、その【空気】だ。外観から感じる古びたかび臭さも、ほこりっぽさも一切無い。掃除が徹底されていることもあるだろうが……、それだけではない。まるで森林浴でも行っているかのような荘厳とした独特な空間が広がっており、安寧と爽快感に充ち満ちて、力が湧いてくる。

 

 そして感じるのは、神官たちにとっては未知とも言える、異常なまでの信仰系魔法の気配。その気配を探ると、部屋の隅で祭壇に祀られている、ゴウゴウと小さな音を立てるよく解らない素材で出来た不思議な白い箱があった。

 

「こ、こちらは……。」

 

 第2位階魔法を駆使できる大神官は、思わずその箱に釘付けとなる。

 

「ああ、こちらはバラハ様が聖地へ赴いた際持ち帰られた神器、聖地における空気清浄機に御座います。」

 

 ……その言葉に皆絶句する。空気を清浄化するのは第1位階魔法清潔(クリーン)で行うのが普通で、それでも小さな部屋を浄化出来るに過ぎない。だが目の前のマジック・アイテムは根底から仕組みが異なっていた。まず宿している力が第1位階どころか、かつて見た第4位階を遙かに超えている。

 

 更にはその能力は単に埃やゴミの除去ではなく、屋敷内の空気全体……瘴気と呼ばれるような気配の一切を除去しているようで、治癒・療養の魔法さえも感じ取れる。

 

「神官、これはどうなっている。」

 

 魔法の知識はある伯爵だが、〝理解出来ない魔法が使われている〟ことしか理解出来ない。思わず大神官の中でも一番の知者へ問う。

 

清潔(クリーン)を基盤とし、第4位階魔法の雲操作(コントロール・クラウド)と第6位階魔法の大治癒(ヒール)を併用・応用し、尚かつ、大々的な改造が施されていると推測出来ますが……。ただ天候操作ほどの力を特定範囲に留め、単体を回復する治癒を精緻かつ広大な範囲へ広めております。それに特定の瘴気を払うよう作製がなされている上、これ程小さくまとまっている。更には単発式ではなく永続性のマジック・アイテムとなると……。とてもその価値を推測出来ません。」

 

「第4位階と第6位階!?それに魔力系と信仰系魔法を併用し、挙げ句に改造だと?そんなことが可能なのか!?」

 

「不可能……と言いたいところですが、実物が目の前にあります。」

 

 たかだか空気の清浄機械に生け贄の儀式が必要な大魔法レベルを宿すなど正気の沙汰ではない。更には付加魔法でない3つの魔法を併用・応用させる技術など、聞いたことさえない。

 

「ん、んん!」

 

 興奮しきっていた伯爵と大神官達へ、書記次長の咳払いが響き、自分たちが何をしにきたか思い出す。それほどの衝撃だった。

 

「当会が魔導王陛下より賜りました神器に御座います。ご考察はそこまでにしていただければ幸いです。」

 

 口調こそ丁寧だが、まるで射貫くような鋭い眼差しだった。その目は〝神聖な品に汚い息を吹きかけるな〟という敵愾心がありありと宿っている。そして案内されるまま、一同は会議室へと入室する。

 

「バラハ様、ご予定にありました使者の方がお見えです。」

 

 出迎えたのは、お付きも近衛も居ない、噂に名高い【凶眼の伝道師】ネイア・バラハ本人だけだった。しかしその顔の上半分は、不可思議なバイザーの様なマジック・アイテムで隠れている。そして背中には白金色に輝く、神聖な力を宿した弓を背負っていた。

 

「初めまして、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』代表、ネイア・バラハです。立ち話もなんですから、どうぞお掛けになって下さい。」

 

 少女は溌剌な声を挙げ、笑顔で言った。そして一同を案内した執事はそのまま一礼して扉を閉めた。

 

(護衛の1人もいない?どういうことだ?こちらは暗殺未遂の謝罪に来ているのだぞ?)

 

 伯爵は相手の意図が読めずに困惑する。何かの罠か?と疑うのも無理はない。

 

「そう固くならないでください。アインズ様は寛大にもあなた方の罪を御赦しになられました。アインズ様が御慈悲をみなさまへ給うた以上、わたくしが言うことは何ひとつとして御座いません。アインズ様が仰ったように、今後二度とアインズ様へご迷惑となる事がないよう居て下さればそれで十分です。」

 

 ネイア・バラハからは、自分の命を奪おうとした者への怒り、その気配すら感じられなかった。

 

「え、あ、いあ。」

 

 目の前に自分の命を奪おうとした人間がいるとは思えない、あまりにも無防備な少女の発言……。多くの神官を領地に抱える伯爵だ、こういう清廉な神官はたまに見るが、目の前の少女は20万の武装親衛隊を持つ長なのだ。だが本人を目の前にするとその傲慢さも威圧感も覚えない。……それが逆に不気味だった。

 

「長い旅路でお疲れでしょう。よければお飲み物とお菓子をご用意いたしますね。」

 

 目の前の少女が立ち上がった先の扉、開くと祭壇があり、その上には小箱ほどの銀の箱が祀られていた。そして別の棚から飲み物を取り出し……銀の箱から氷を取り出して入れ、別の容器に見たこともない菓子を乗せ持ってきた。

 

「氷が?何故こんな場所に普通に……。」

 

 真冬でもないこの時期に、氷入りの飲み物や冷たい菓子を口に出来るなど、近くに冷洞窟を保有している貴族か、採掘された大きな氷塊を運ばせる権力がある大貴族・王族くらいだ。かの魔法先進国にして超越者フールーダ・パラダインを有するバハルス帝国が、似たような凍結魔法を宿した品を持っていると噂で聞いたことはあるが……。

 

 改めて『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』の保有する力が解らなくなってきた。

 

 (武力だけでなく、魔法技術にまで長けていると見せつけるのが目的?生活用品にさえこれほどの魔法技術を有しているなど、その技術を武装に回していると考えればどれほどの脅威か!)

 

「アインズ様……魔導王陛下より賜りました神器に御座います。そちらの菓子は聖地魔導国の名物で、アイスクリームというものです。我々では完全な味の再現は出来ておりませんが、よければお召し上がり下さい。お飲み物は冷たい紅茶をご用意しました。」

 

 毒入りを一瞬疑ってしまうが、そんな真似をしなくても殺せる機会は幾らでもあった。疑念を振り切り……口にする。

 

「これは……乳を使ったものですか?」

 

「はい、羊の乳を使用したものです。当会が運営している飼育場から今朝搾りたてのものをご用意しました。」

 

 旨かった。

 

 冷たい甘みが舌から脳に突き抜け、停滞していた思考を冴えさせる。目の前の少女は純粋にその様子を楽しんで見ているようだった。まさかこんな歓迎を受けられると思ってもいなかった伯爵と大神官達だが、そろそろ本題に入らないといけない。冷たい飲み物と菓子は、決心を固める良い機会だった。

 

「ああ、大変に美味でした。さて、この度我々が来訪させて頂いた目的ですが……。」

 

「お話は聞いております。無知蒙昧にもアインズ様の国である魔導国を襲うという愚かで非人道的な行いをした貴族の処刑を行われたと。ですが、先に話したように、アインズ様は寛大にもあなた方を御赦しになられています。ですので、その首はどうか丁寧に供養してあげてください。」

 

(謝罪さえも受けてくれないということか!?何が目的だ?魔法技術は有り得ないとして、金?物?武具?いや……、どれも彼女の会が保有する物に比べれば特段劣る。意味が解らない。)

 

「今回の悲しい事件は、あなた方の無知によって行われたと考えております。もし良ければ我々の活動を少しでも見て頂ければ、誤解も解け、アインズ様の偉大さに気がつくと思います。これからわたしは同志達の訓練風景を視察に行きたいと考えています。ご一緒しませんか?」

 

 

 〝嫌だ〟

 

 

 そんな脳内でけたたましいほど鳴り響く警報を、目の前の少女は許してくれないだろう。この屋敷に来た時点で、一行の返事は〝はい〟と〝わかりました〟しか許されないのだ。

 

 

 

 

「……神よ!」

 

 大神官達が一斉に膝を折って、祈りを捧げ始めた。伯爵も訳が解らなかった。〝これより真なる神器を使います〟とネイアが言い、500名ほどの祈りを捧げる老若男女の弓手に囲まれた。そしてネイア・バラハが分厚い片眼鏡(モノクル)のようなマジック・アイテムの紐を引っ張った。……そこまでは理解出来る。

 

 その後何が起こるか解らなかった、その後何か起こったが、何か解らなかった。ただ味わったこともない信仰系魔法の光が覆い、気がつけば広大な草原が広がる場所へ転移させられた。

 

 噂に名高い極地の魔法第八位階……否、それ以上の神聖な信仰系魔法であった。

 

 その力は【天地創造】というまさに神代の魔法であり、祈りを捧げる神官達の目は完全にアッチへ行っている。伯爵だけが辛うじて正気を保っている-頭が追いついていないと言った方が正確か-が、訓練に参加する弓手兵達は、魔導王に祈りを捧げた後、慣れた様子で持ち場に走っていった。

 

「こちらもアインズ様より賜りました神器の1つに御座います。このマジック・アイテムを、我々は〝真なる神器〟としております。本日は弓の鍛錬ということで人も少ないですが、最大2000人まで同志達がここで牙と爪を研ぐのです。」

 

「そ、それはその……凄い、でふ、ですね。」

 

 〝20万人の武装親衛隊を持つアンデッドを神と崇拝する謎の集団の長〟改め〝神代のマジック・アイテムさえも容易に使いこなす、何を考えているのかも解らない少女〟に、〝殺される恐怖〟とは別の、複雑怪奇な恐怖心を覚える。

 

 この屋敷で……『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』総本部で見た力は、確実にこの世にあってはならない類の力だ。

 

 だがこんなことを報告できるはずがない、打倒カスポンドを秘密裏に掲げ、聖王国南部貴族と南部神殿が団結している今、この事実を伝えれば自分はまんまと洗脳された憐れな犠牲者と思われ、閑職に追いやられる。下手をすれば不和を呼ぶ者として首が飛ぶ。

 

 この既に心酔している大神官(おおバカ)どもはどうすればいい?帰路で殺すか?いや、それも無理だ。会から監視が付いている。スキャンダルになるだけだ。

 

「さぁ、伯爵。アインズ様への……魔導王陛下への誤解を解くためには、まずお話をしませんと。」

 

 伯爵はバイザーを外した少女……ネイア・バラハの目を見た。見てしまった。それは見た者を恐怖で石化させると伝わる(いにしえ)の魔物メドゥーサを想起させる凶相で、歪な笑みは正にアンデッドへ魂を捧げる狂信者だ。何を考えているのか理解出来ないのも当然だ、思考基盤が人間と根底から異なっている。目の前にいるのは間違い無い……

 

 

 バケモノの中のバケモノだ。

 

 

 ●

 

 

「と、いうことがあったんですよ。シズ先輩。一応晩餐会も準備してたんですが、凄い勢いで帰られてしまいました。」

 

 会議室でストロベリー味を飲みながら、ローブル聖王国製アイスクリームを食べるのは、シズとネイア。シズはあの聖地巡礼の7日間以降、『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』に技術指南・活動観察をする〝仕事〟を任されたらしく、月に1,2回ほどやってくる。どう贔屓目に見ても遊びに来ているだけなのだが、シズもネイアもそれに気がつかない。

 

「…………ウエルカムドリンクで歓迎。アインズ様の慈悲深さと素晴らしさを説く。間違っていない。」

 

「ですよね!シズ先輩に言われたように頑張ったんですけれどねぇ。」

 

「…………ドリンクが好みでなかったとか?」

 

「う~ん、奮発した黄金紅茶のアイスティーだったのですが。」

 

「…………う~ん。難しい。」

 

「訓練の様子含め、わたしたちの活動も隠し立てしなかったですし。」

 

「…………謝りに来た人を許すのはいいこと。アインズ様も御赦しになっていた。」

 

「ええ、やはりアインズ様の偉大な慈悲深さを理解しても、わたし如きが伝えるのは難しいです。」

 

「…………む。わかった。」

 

「なんですか!?」

 

「…………ネイアの目。」

 

「ええ!絶対言うと思いましたとも!!」

 

 ネイアはふて腐れたように、大きくスプーンでアイスを掬い乱暴に口へ放りこんだ。

 

「そう言えばビンゴ大会でわたしが当たった空気清浄機ですが、凄いですね!文字通り本部の空気が一変しましたよ!」

 

「…………わたしはポーション詰め合わせだったのに。」

 

「同志皆で驚きました、あれから本部に身を置く同志は傷の治癒も早くなり、病はおろか、風邪を引く人間すら出ていないのですから!」

 

「…………ポーションと交換しない?」

 

「シズ先輩の頼みでもダメです!」

 

 ネイアはどこか誇らしげにそう言った。シズ先輩は「むっ」としたようだった。



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【番外編 閑話】狂信者の聖餐

・この物語は番外編であり、蛇足です。
・作中に出てくるものを食べていたら書きたくなった駄文です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「わたくしは今回、アインズ・ウール・ゴウン魔導国を実際に旅することで、様々な知識を得ることが叶いました。信じられるでしょうか?多種族が共存し、手を取り笑い合う子どもたちの姿を。信じられるでしょうか?犯罪に怯えることのない素敵な世界を。信じられるでしょうか?恐るべき天使達の脅威へ立ち向かう、己を恐れ唾棄した民達を護る清廉で勇ましき英雄の姿を。」

 

 ここは『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』総本部。会議室。今行われているのは、ネイア・バラハが旗手となり活動することで魔導王陛下へ絶対の忠誠を約束した同志たちで行われる〝魔導王陛下へ感謝を抱いて〟という行事であり、身内内での語らいだ。

 

 多くの聴衆に向け演説するときの様に、アインズ様が如何に素晴らしいかの偉業を声高らかに語り、大衆を惹きつけ煽動し、熱狂渦巻く過激とも言える空気を作りあげるのではなく、優しく諭すよう、それこそ信徒に説法を説く聖者の如き、静かに語りかける演説だ。

 

 【凶眼の伝道師】として、どちらの演説能力も高く持ち合わせているネイアだが、意図的に使い分けている訳ではない。既に魔導王陛下の素晴らしさを分かち合いし同志達の前では、よりどのようにアインズ様が素晴らしいかを、建設的かつ論理的に語った方が、相手も自身も嬉しいし楽しいと思ったに過ぎない。

 

 ……この〝使い分け〟こそが、【凶眼の伝道師】の真なる恐ろしさであると、ネイア本人にさえ自覚はない。

 

 ネイアは多忙になった今でも、この同志たちと語り合う〝魔導王陛下へ感謝を抱いて〟を好み、同志たちとの直接のコミュニケーションも精力的にこなした。そして〝魔導国の聖地巡礼〟を行ったネイアの下には多くの同志が話を聞きたいとひっきりなしに訪れる。

 

 ネイアもその要望を嬉しく思い、多忙な中でも老若男女の同志に分け隔てなく、笑顔と力強い握手で応え、時間が許せばこうして語らいもする。

 

「……と、以上の出来事こそわたくしが聖地魔導国で見た、アインズ様の素晴らしき統治であり、今のローブル聖王国に必要なのはアインズ様の御慈悲であると至った根拠に御座います。」

 

 会議室内から大きな拍手が轟く。ネイアは同志に貴賤などないと考えている。相手が大貴族だろうと豪商だろうと貧困者であろうと亜人だろうとアンデッドだろうと、アインズ様の偉大なる愛の前では全てが平等だ。

 

「バラハ様素晴らしいお話でした。やはり現在のローブル聖王国には魔導王陛下こそが必要です。」

 

「未だ無知蒙昧な、神殿や南貴族は憐れですな。魔導王陛下の偉大さを知らないがばかりに、愚かな行動までとってしまう。」

 

「ええ、そのためにも我々は、より強くならなければならないのです。ローブル聖王国の民のために、そしてアインズ様のために。アインズ様の素晴らしさを多くの民へ理解してもらうために。」

 

 そうして静かな拍手が鳴り響く。今日は大衆への演説はなく、本部で4度の〝魔導王陛下へ感謝を込めて〟が予定されている。参加者は厳正な抽選で選ばれた人間で、全員が参加出来る事を誇らしく思っていた。

 

「では、アインズ様から賜りました神器を用いた軽食とお飲み物をご用意しますね。」

 

 語らいの参加者は、いつもネイアが演説をする聴衆と比べれば少ないがそれでも50人を超える。しかし同志たちを前に、アインズ様から賜った神器を独り占めする真似など出来ない。かといって神器……氷結の魔道具で50人分のアイスクリームなど作れないので、ネイアが導き出したのが……。

 

「これは氷結された葡萄でしょうか?」

 

 皿に盛られて出てきたのは、氷のようにキンキンに冷えた葡萄の実だった。酒造りなどでローブル聖王国でも夏に多く収穫され、神官のいる教会にも多くの木が植えてある。しかし大抵は干して保存するか、収穫して熟してから果汁を足で踏み搾り取る。

 

 実をそのまま食べることは多いが、氷結されて出てくることなど無い。冷洞窟を持つ貴族など、ごく一部の裕福な層しか口にできない。ましてや真冬でもなく、冷洞窟もない首都ホバンスでは非常に稀少な品だ。

 

 ネイアはシズ先輩と一緒に様々な果物を氷結の神器(れいとうこ)で凍らせて実験して(あそんで)いたが、個人的な好みは葡萄だ。美味しい上に沢山出来上がるし、酸っぱくてあまり好みではなかった葡萄が、凍らせるだけで立派なお菓子に化けるのだ。

 

「はい、神器を用い作製したものです。アインズ様より賜った聖餐です。皆様どうぞお召し上がり下さい。」

 

 清貧を尊び、未だ復興途上の聖王国で贅沢は敵であるが、無数に生っている葡萄の粒を氷結させただけだ。同志と語らいをする場での聖餐ならば許されるだろう。……ほぼ言い訳に近いが。ネイアは同志達がアインズ様へ祈りを捧げ、口にするのを見る。そして皆が驚きの声を挙げるのを見て満足する。

 

「これは素晴らしい、軽い感触が口の中で溶けて消える!」

 

「ええ、食感も味わいもわたしの知る葡萄と桁違いです。サクリとした食感が口の熱で溶け、果汁が喉を通って潤していくのが気持ちいい。」

 

 同志たちの賛美に胸を熱くさせ、ネイアも一口凍結葡萄を囓る。多くを語り、熱の残る乾いた喉へ鋭い冷たさが心地よく滑り、冷気を残した果汁が口腔に広がって喉を通る。そして口に残るのは冷たい甘みの余韻、その余韻が残るまま水を飲むだけで、頭がスッと冴えていく。

 

「では、喉も潤ったところで、またアインズ様の素晴らしさを語り合いましょう。」

 

 こうして狂信者たちの聖餐は終わり、再び会議室で静かな熱の篭もった語らいが始まる。



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【番外編】蒼の薔薇その後

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「素晴らしい……。この汚れた世界に、未だ強く花咲く紫陽花がこれほどに。」

 

「いえいえ!モモン様の気高き力強さに比べれば!粗末な花畑ですが……いえ、そう言えばモモン様に失礼ですね!仰る様に素敵な花畑です。」

 

 一面色取り取りの紫陽花が咲き誇る花畑に2つの影。漆黒の鎧を纏い、赤いマントを靡かせた巨躯。そして赤いローブで小さな身体を覆い、顔を隠す仮面から可憐な金の長髪が見える少女。漆黒の英雄モモンと……言動がチグハグになっているイビルアイが立っていた。

 

 戦場を疾駆する漆黒の鎧姿も美しいが、一面に花咲く大地で赤いマントを靡かせる英雄という姿も絵になる。いや、モモン様という存在は何処にいようとも、その魅力が色あせるなどありえない。イビルアイは胸の前で祈る様な仕草をしながらそんな考えを巡らせていた。……普段の彼女を知る者が見れば、呆然としてしまうような甘い声を挙げて。

 

 ……蒼の薔薇一同は魔導王から褒美を貰うという話が出たとき、どう断るかで頭を悩ませた。一国の王が冒険者の働きに下賜品を贈るというのは、受け取る側が断れるものではない。しかし、彼女たちはリ・エスティーゼ王国を拠点とする冒険者であり、王国は魔導王による大虐殺によって怨嗟に染まっている。

 

 もし蒼の薔薇がアインズ・ウール・ゴウンから褒美を貰ったなどと知られれば、その呪詛は彼女達にまで向くだろう。剣が憎ければ鍛冶屋も憎いというやつだ。そのためラキュースは、モモンを通じて事情を説明し何とか褒美を取り消して貰えないかと相談した。

 

 しかしモモンとしても、魔導国で起きたネイア・バラハ暗殺未遂事件で立派に戦ってくれた彼女達に、ただ報酬の金貨を渡すだけでは恥になると主張した。褒美を与えたいという魔導王、何らかの報酬を形にしたいというモモン、それらを断りたい蒼の薔薇。その折衷案となったのが――

 

「もし蒼の薔薇の皆様にわたくしがご協力出来る事があれば、半日だけですが何でも命じて下さい。これは魔導王陛下からも承諾を得ています。」

 

 ――という、【漆黒の英雄モモン半日貸出券】だった。〝何でも〟と聞いた際のイビルアイから発せられたオーラは時空を歪めかねないもので、背後から刺された気分のラキュースは、どっちの意味でも提案を断れなかった。

 

 そして今回蒼の薔薇が着手したのは、山岳の僻地にある寒村へ出没した半人半獣(オルトロウス)を討伐して欲しいという依頼であり、本来ゴールドクラスやプラチナクラスで事足りる仕事だが、ハイリスクな割りに報酬が余りに少なすぎる事、半人半獣(オルトロウス)が単体ではなく、使役されている存在で、別の悪魔や亜人がいたらという理由で忌避されていたものだ。

 

 今の王国には僻地の寒村にまで兵を回す力はなく、蒼の薔薇はこの依頼を引き受け。未知の脅威も存在することから、モモン様の力をお借りすることにした。

 

 ――道中に名所と言われる花畑があったり、美しい青の広がる洞窟の湖がある事は、蒼の薔薇側の秘密。

 

 ――それを知った上で、山岳の寒村に半人半獣(オルトロウス)を配置させ、住民に威嚇だけさせたのはモモン……パンドラズ・アクターの秘密である。

 

 

 半人半獣(オルトロウス)の討伐そのものは、モモンの力もあり一瞬で終わった。懸念していた使役する悪魔や亜人は存在せず、ラキュース、ガガーラン、ティア、ティナの4人は村へ討伐が終わったことを報告しにいき、イビルアイとモモンは万が一のため危険な存在が無いか周辺調査(デート)に赴くこととなり……。こうして2人きり(ツッコミ不在)の状況が出来上がった。

 

「しかしこれほど色取り取りの花々を麗しのFräulein(フロイライン)へ贈れたならばどれ程素敵でしょう。しかし、これほど美しい花を手折るなど無粋な真似ですね。」

 

「麗しぃ!フロイラ…?え、ええ!モモン様は流石お優しいです!」

 

 未知の言葉が聞こえてきたが、そんなどうでも良いことよりも〝麗しい〟という一言がイビルアイの身体を赤色に、脳を桃色に染め上げる。

 

「わたしは閃光と紅蓮の花ばかりを咲かせ過ぎました。ならば今は一輪の花弁たりとも奪いたくはないのです。」

 

「モ、モモン様!そんな、あなた様の剣は常に正義のためにあるのです!」

 

「そう言って頂ければ助かります。……さて、この辺りに危険な存在はいないようですね。」

 

「ええ、次はあちらにある……湖の洞窟が怪しいです!」

 

「では、そちらへ参りましょう。」

 

 2人は<飛行(フライ)>で洞窟へと飛び立っていく。

 

 

 

 洞窟に足場はなく、深く透明な青い水面が広がる。魔法の灯りが照らされると、泳ぐ魚たちが見えるほどの透明度を持つ澄んだ湖だった。

 

「なんと幻想的な光景でしょう。名所にもなりえるでしょうに、船などは走っていないのですか?」

 

「余りに辺境すぎる上、オーガなどの生息区域でもあります。飛行(フライ)や水面歩行、小船をここまで持ち込めるような高位の冒険者位、知る人ぞ知る名所といったところですね。」

 

「そうですか。宝石のようなマリンブルー、2人だけの思い出に出来ればどれほど幸運だったでしょう。……なんて、傲慢な考えですね。恥ずべき事です。」

 

(2人だけの思い出!?え、この流れ!ま、まさか!こここっここ……こくは、ダメ!まだ心の準備が!)

 

 心が動転しまくっているイビルアイはそのまま酔歩ならぬ酔飛をし、危うく洞窟の壁にぶつかりかけ……

 

「大丈夫ですか、イビルアイさん。狭い内部、水面に反射する光、洞窟は平衡感覚を失いがちですので、お気を付けて。」

 

 イビルアイはそのままモモンの腕に抱かれる。言葉が出ない、感謝しなければと思うのだが、頭が忙しくそれどころではない。何とか絞り出すように、恍惚とした甘い音色が響く。

 

「はひ、ありがとう、ございます。」

 

 モモンはそのままイビルアイを腕に抱きながら、洞窟を飛ぶ。脳内で〝モモン様に恥ずかしい姿を見せるな!〟というイビルアイと、〝このまま欲望に流されてしまいなさい〟というイビルアイが脳内で争い合い……。厳しく威厳あるイビルアイは桃色の軍勢に蹂躙された。

 

「気にすることはありません。今この場にはわたしと魚たちしかいないのですから。有事の際にイビルアイさんのお力を借りられるよう、お手伝いをさせてください。」

 

 当然、気を遣った言葉だとは解る。イビルアイからすればそんな気遣いさえも嬉しく、天に昇るような言葉であった。

 

(ああ、強さだけではなく、お優しさまで持ち合わせているなんて、底知れぬ御方。)

 

 こうしてイビルアイの人生で最も幸せな日々が過ぎていく。……蒼の薔薇の面々に話したところ〝ついに妄想するまでに頭が壊れた〟と憐憫の目を向けられ怒り狂うのだが、それは余計な話。

 

 ついでにパンドラズ・アクターより報告を受けたアインズが、本気で寝室で枕を抱え奇声を挙げながら転がり回るはめになることは、もっと余計なお話。



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【後日談】伝道師シズ ジルクニフラジオ計画 など

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・3つめの話にはオリキャラが出てきます。苦手な方は飛ばして下さい。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「…………アインズ様は素晴らしい御方です。」

 

 ナザリック地下大墳墓9階層、メイドや使用人たちが食事を取る大食堂の中央に立ち、シズ・デルタは胸に手をあて天を指差しながら、無表情のままそう呟いた。食事に来ていたメイド達は目をパチクリさせている。

 

「シズちゃん、そんな当たり前のことをいきなりどうしたの?」

 

「そうよ、アインズ様は慈悲深くお優しい至高の御方々のまとめ役であらせられるのですから。」

 

「ああ!アインズ様係まであと28日もあるなんて、智謀の王たるアインズ様のお側に仕えるなんてこれ以上の幸せはないわ。」

 

「シズちゃんギミック管理の他に、アインズ様から人間の国の視察仕事を賜っているらしいわ。ちょっと疲れているのかしら?シズちゃん!疲れた時は甘い物ですよ!こちらで一緒にクレープを食べましょう!」

 

「リュミエールずるいわ!シズちゃん、イチゴヨーグルトムースがあるわ!わたしの隣で食べるべきよ。こちらに来て下さい!」

 

「シズちゃんはわたしと――!」

 

 いつの間にやらシズ争奪戦になっているメイド達を見て、シズは首を捻りながら小さく呟く。

 

「…………やはりネイアみたいにいかない。」

 

 壇上に立ち、銃で脅すでも刃物を突き立てるでもなく、口を開いて言葉を紡ぐだけで、呆然としていた多くの人間達が一斉にアインズ様を讃え出す。そんな熱狂を作り出す友人の顔が脳裏に浮かび、シズは少し〝むっ〟とする。

 

「…………〝先輩でも出来ますよ〟って言ってたのに。ネイアはうそつき。」

 

 〝むっ〟っとした無表情のどこかに、やや誇らしげな感情が宿っていたのだが、その感情に気がつける者は残念ながらこの場には居なかった。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

「マジック・アイテムを用いた国土全域への一斉放送。今は公園などの一定区画配置で、エ・ランテルの民への娯楽に留まっているが、既に行商人や旅人の話題の中心となっていると。それが本当ならば、いや……考える時間をくれ。」

 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスはまたしても予想外の手を打ってきた魔導国……アインズ・ウール・ゴウンの方針に恐怖心と強い好奇心を混在させ、〝属国バハルス帝国〟としてどのように動くべきか思考を巡らせた。こんなに頭を働かせているのは、あの最初の邂逅。墳墓での舌戦以来かもしれない。

 

 報告を終えた筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネンは、予想通りの食い付きを見せるジルクニフに同意し、静かに賢帝の考えを待つ。バハルス帝国の誇る魔法詠唱者(マジック・キャスター)……フールーダ・パラダインが束になろうと成しえない偉業であり、宣伝戦術(プロパガンダ)においては万軍に匹敵する脅威である。

 

 バハルス帝国は、魔法省に力を入れていた関係から、情報局の経験が浅い。まして騎士団の縮小に伴い、まるで門外漢な人間を多く情報局へ配置したことから、現場は混乱している。

 

「……これは、改革なんて生やさしいものではない。革命だ!」

 

 いつも冷静沈着で、特に属国指導者となってからは牙が抜けてしまったかのようなジルクニフらしかぬ、熱の篭もった声。浮かべる妖しい笑みは、かつて多くの貴族を粛清した鮮血帝の微笑だった。

 

「現在放送内容は子どもや母親、労働者層へ向けた娯楽、情報は天気予報や詩人(バード)の唄に留まっているということだが……。ヴァミリネン、我々が手の打ち方を誤れば最悪皇宮が崩壊する。それも臣民の手によってだ。」

 

 驚愕に彩られたロウネの顔を見て、ジルクニフはまだ考えが及ばないかと内心残念に思う。

 

「今後その〝ラジオ〟とやらは魔導国の属国である我が国にも近いうちに普及するだろう。その際、向こうは大衆に情報を伝える手段を持つ。そうだな、多くの信頼を獲得した段階で〝貴族の横暴を討つ〟〝魔導王の下、平等を得る〟という美辞麗句を並べられれば……」

 

「貴族や皇宮を良く思わぬ大商人や豪農がバックに付き、国内で市民との対立が起こると……。」

 

 そこまでヒントを出され、ロウネもジルクニフの意を得る。

 

「ああ、その脅威は今までの情報局などの比ではない。情報省や宣伝省とも称するべきだな。古来より、人々は情報に対し、莫大な対価を払ってきた。商人たちは取引のために各地の物産情報を欲しがり、支配者たち(われわれ)は、他国の情報を、高い金と労力・犠牲を出して求めてきた。だがそんな情報を国家が独占し、無償で提供出来るなど、民を操作し得る悪魔の装置だ。」

 

 今まで大義名分を得るために国々は様々な努力をしてきたが、この〝ラジオ〟は大義名分を【作る】ことができる。例えあの魔導王が外部で残虐非道の限りを尽くそうと、国内では改竄した情報を流してしまえば国内に不和など生じない。無償の情報を与えられ妄信した大衆に、真実を確認する術などないのだ。

 

 ……一瞬、ジルクニフの脳裏に、あのネイア・バラハの演説が国土全域へ轟く光景が過ぎり、背筋に冷たいものが走る。だが青ざめているロウネ・ヴァミリネンを見て、ジルクニフは冷静さを取り戻す。

 

「そう暗い顔をするな。今からアルベド様を通じ、〝ラジオ〟に感銘を受けた意を伝え、魔導王陛下への謁見を申し出てくれ。放送権の一部……例え1時間や30分だけでも得る事が出来れば、あの装置は我々の武器にも石垣にもなり得る。情報局の改革も進めなければならないな、情報省へ格上げし、魔導王陛下に忠義を尽くす人材で固め……いや、まだ時期尚早か。だが下地だけでも確保しておけ。」

 

「畏まりました、陛下。」

 

(ほどほどの無能でいれば安寧などと思っていた自分が馬鹿だった。まさかこんな手を打ってくるとは……。)

 

 考えを巡らせるジルクニフだが、以前の様な絶望的な胃痛やストレスは感じない。そこには魔導王の打ち出す統治者としての圧倒的な力に魅せられた、1人の皇帝がいるだけ。

 

 〝強大な魔に魅了された者よ〟

 

 あの終わりの日、闘技場で囁かれた言葉。スレイン法国神官の敵意に満ち満ちた双眸を思い出す。……だがそれも一瞬のこと、今なら帝国を裏切ったフールーダの気持ちさえ理解出来るかもしれない。人は圧倒的な力と利益と欲の前では、こんなにも脆弱なのだ。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 ローブル聖王国北部、要塞都市カリンシャ。今でこそネイア・バラハ率いる『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』は首都ホバンスにあった古い貴族の屋敷をもらい受け、本部としている。だが感謝を送る会(仮)の勢力が最も大きいのは、前身組織である魔導王救出部隊の本拠地たるカリンシャだ。

 

 街には『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の会員であることを示すシンボルの付いた腕章や胸章を佩用している者の姿が目立つ。そんな重要なカリンシャ支部には、団体設立の黎明期から魔導王陛下への忠誠を確かにする、ネイアが信頼する同志が支部長となっている。

 

 そんな支部長は現在支部の会議室で、子どもを抱いた母親と対面していた。子どもは高熱を出している様で、あちらこちらに汚れや傷が見て取れる。母親も摩り切れた襤褸を纏った格好のひどい姿だ。

 

「さて、何の御用件でしょうか?」

 

 母親は支部長の事務的な問答に怒りを覚える。今この状況を見て、何故理解出来ない?緊急事態でもなければ誰がアンデッドを神と祈るような狂った集団に村から5日もかけて足を運ぼうか。

 

「子どもが何十日も熱を出しているのです!日に日に呼吸も弱まってきて……、お願いします!入会でも何でもしますから、子どもを助けて下さい!」

 

「残念ですが、病気の治癒は当会の専門ではありません。神殿に行かれては如何ですか?それに魔導王陛下への感謝も忠誠も持たない人間を当会に入会させるなど、魔導王陛下への背信に当たります。」

 

 神殿にも聖騎士にも既に相談済みだ。母親は服や家具まで売り払ったが、神殿の治癒魔法を受けられる金を得られなかった。そんな解りきったことを一々確認してくる目の前の馬鹿をぶん殴ってやりたい。

 

「確か奥様のいらした村には薬草も自生していたはず。摘んで売れば教会での治癒料金くらい稼げたでしょう。」

 

「夫はヤルダバオト襲来の戦いで亡くなったのです!わたしには毒草と薬草の区別さえつきません!そんなことは不可能です!」

 

「でしたら、あなたが弱かった……お子様を護る力が無かったということですね。」

 

「――!!この悪魔!神殿や聖騎士の人達はもっと……」

 

「それは、本当に悪魔の恐ろしさを知った上でわたしに投げかける言葉ですか?」

 

 支部長の雰囲気が一変し、突き刺さるような鋭い視線を浴びせられる。思わず激昂して立ち上がった母親も、そのまま座り込んでしまう程だった。

 

「……失礼。感情的になってしまいました。まだまだ精進が足りません、魔導王陛下の御慈悲に申し訳ない。さて、では神官のように優しい言葉をお望みですか?〝病に伏せるお子様に、我々も心を痛めるばかりです。〟〝お子様の回復を心よりお祈り申し上げます〟という言葉でしょうか、それとも聖騎士達のように、一緒に奥様の横に並んで答えの出ない問答をお望みですか?」

 

 突き付けられる言葉の刃に、母親は俯く。神官の反応も、聖騎士の反応も目の前の狂信者が言った通りで、誰も本当の意味で子どもを救ってくれなかった。

 

「当会への入会は認められませんが、当会の本部でお金を稼ぐ仕事ならば手配しましょう。5日あれば神殿で治癒を行わせるお金くらい手に入ります。当会代表のネイア・バラハへ紹介状を書きましょう。それとお子様は当支部でお預かりします。」

 

「こ、この子を!?」

 

 母親は思わずゾッとする。この狂信者に子どもがどんな目に遭わされるか……。それに、そんな都合のいい仕事、自分もどのような目に遭うか。カリンシャから首都までは距離がある。移動に5日、仕事に5日……10日ほどかかるだろう。それまで子どもが生きているかどうか……。

 

「自分は何の苦労もせず、ただ子どもを助けたいだなんて身勝手はいいませんよね。あなたに力が無い以上、子どもを助ける手段は他にありません。あるかもしれませんが、わたしには思いつきません。弱いことは悪です。自分の大切な存在1つ助けられないのですから。さぁ、どうされますか?」

 

 最早母親に選択肢は無い。断腸の思いで支部長へ自らの子どもを預け、〝仕事〟だという狂信団体の保有する立派な馬車に揺られていった。

 

「……バラハ様でしたら、もっと別の手段をとられたでしょうか。慈悲深き偉大なる魔導王陛下でしたら、無償で助けたでしょうか。」

 

 支部長は机からポーションを取り出して、子どもへ飲ませた。見る見る傷は塞がっていき、苦痛から解放された子どもは、支部長に笑顔を向け、何かを口にしようとして、そのまま疲労のためか眠りへついた。

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』カリンシャ支部長、ヤルダバオトの収容所で父親と母親と妹を自分の目の前で悪魔の実験に使われ殺された少女は、少年を優しく抱いてあやしていた。

 



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【後日談】短閑話 ネイアの部屋

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「…………うぁ。」

 

「何かちょっと引いてません、シズ先輩!?」

 

 『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』の本部に設置されているネイア・バラハの私室。今日も今日とて偵察・技術指南の仕事(あそび)に来たシズはネイアの部屋に案内され、ほんの少しだけ引いていた。

 

 部屋の正面や至る所に立派な額縁に入ったアインズ様の大小様々な肖像画、横には感謝を送る会(仮)のシンボルマークが貼られており、【アインズ様語録】と銘打たれた様々な言葉が立派な木彫りの文字にされ、壁に所狭しと飾られていた。生活用品は極めて少なく、服は同じ様なものが数着ハンガーに掛けられて部屋の片隅に吊るされており、あとはベッドと机しかない。机にはアインズ様の石像がピカピカに磨かれて置かれている。

 

「ひょっとして偶像崇拝はやはり不敬ということでしょうか!?ですが、日々アインズ様のご尊顔と、彼の戦いにおける金言を胸に焼き付けるだけでなく、こうして形にするというのは大事だと思ったのですが。やはり間違っていましたか!?」

 

「…………アルベド様も同じ様な事をしている。だからそこは大丈夫。多分。」

 

「アルベド様が!?」

 

 何時もアインズ様の横におられる微笑みを湛えた魔導国宰相の座に着く美女。アインズ様の右腕とも言える御方さえも、自室においてさえアインズ様を讃えているというのか。何時でもアインズ様にお逢い出来るお立場であろうにという疑問と、若干の嫉妬心が湧いてくるが、ネイアはそんな不敬な考えを頭から振り払う。

 

「でしたら問題無いのでは?」

 

「…………アインズ様の素晴らしさを知るのはいいこと。」

 

「ですよね!」

 

「…………アインズ様の素晴らしさを知っているネイアがここまでやるのはちょっと。気持ちは解るけれど。」

 

「えええええ!!」

 

 さっきの話を聞くと、遠回しにアルベド様にまで飛び火しているが、ネイアは聞かなかった事にする。

 

「じゃあシズ先輩の部屋はどうなっているんですか!?」

 

「…………むっ。企業秘密。」

 

 今の〝むっ〟はこれ以上追及しないで欲しいときに発する〝むっ〟だ。そろそろ長い付き合いになるネイアはその辺を熟知しており、これ以上言及することを止める。

 

「…………ただ。」

 

「ただ?」

 

「…………わたしが部屋をコーディネート。その見本を見せる。」

 

 シズ先輩はそういって宝石のような右目を光らせ、ビシッと親指を立てた。服装の趣味やセンスが良いことは以前に実証済みだが、シズ先輩の部屋というのは想像も付かない。何だかベッドすら無いような無機質な想像さえ浮かんでしまう。

 

 

 

 

 そして半月後

 

 

 

「…………ここ。」

 

 それは以前の聖地巡礼でも潜った転移魔法の極致、<転移門(ゲート)>だった。

 

「あの、これひょっとしてまた真なる王城に繋がってます?」

 

「…………そう。」

 

 ネイアは花咲くように破顔する。またアインズ様にお逢い出来る。そんな考えだったが。

 

「アインズ様は外出中。一室に入るご許可だけ頂いた。」

 

 その一言にネイアはガクっと崩れ落ちる。シズ先輩はそんなネイアの頭を乱暴に撫で、手を繋ぎ一緒に<転移門(ゲート)>を潜る。

 

 その先は白を基調とした清潔感の溢れる部屋であり、正面の壁にはネイアの部屋より一回り小さいが、より精緻に作製されたアインズ様の肖像画が飾られている。大きな窓からは光が差し込み、白いソファーとベッドが絶妙な配置に調和され、シンプルで洗練された部屋となっている。

 

 そして壁には可愛らしいアクセサリーと……

 

「あの、シズ先輩。あれ、なんですか?」

 

 ……磔刑に掛けられてグッタリしている小さな生物と大きな獣の姿があった。

 

「…………かわいいもの。ワンポイントが大切。」

 

「いや!可愛いですか!?存在感がワンポイントどころじゃないんですが!小さい方は兎も角、大きい方は只者じゃない気配がプンプンするんですけれど!?」

 

「…………大丈夫。2人とも喜んでいる。」

 

「わ、わたくしには掃除という大切な仕事が……」

 

「シズ殿……た、助けて欲しいでござ……」

 

「…………ね。」

 

「今完全に助けを求めてましたよね!?睨み付けて口を封じましたよね!?」

 

「…………いくらネイアでもあげない。」

 

「いらないです!」



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【番外編】ジルクニフのラジオ計画 ②

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 魔導国首都エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。そのスイートルーム。バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、この宿に3日滞在し、宗主国である魔導国国王、アインズ・ウール・ゴウンとの謁見を明日に控えていた。

 

(最初は王城の客室に泊まるよう言われたが、総合的に見れば断ったメリットは大きかった……。だが〝ラジオ〟の内容を我々に知られたくないならば、無理矢理にでも王城へ監禁出来たはず。交渉前に一手打たれたというべきか。交渉の前に相手へ負い目を与えつつ、自らの力を示す。初歩的だがそれ故に強力な手だ。それにヤツの事だ、わたしでは想像も付かない謀略を内包させているのだろう。)

 

 〝ラジオ〟という既存の伝達手段を超越する、国土全域への一斉情報伝達装置。個人と個人で行う<伝言(メッセージ)>の精度さえ雑音や齟齬が酷く、魔法大国バハルス帝国をもってして軍事にも転用出来ない。そんな常識の中、〝ラジオ〟の品質明瞭さは、正しく革命の一言だ。

 

 ジルクニフが希望した、魔導王陛下への謁見も、謁見の4日前に入国し、エ・ランテルをご見学させて頂きたいという提案も、驚くほどすんなりと通った。予見されていたかのような、余りにもスムーズな流れだったので、ジルクニフが懐疑心を抱くのも無理はない。

 

 帝国からは四騎士である<雷光>バジウッド、<激風>ニンブル、以前使者として魔導王の下に居た筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネン。あとはお付きの女中が4名ほどという、小規模での宗主国入国となった。今回ジルクニフの目的は、〝ラジオ〟が今後帝国で普及される事を念頭に置き、帝国内での放送権限を少しでも獲得することだ。

 

 もしあの宣伝戦術(プロパガンダ)においては悪夢ともいえる装置が、全て魔導国の手の内ならば、大衆を扇動する能力をもってして、魔導国は軍を動かすことさえなく皇宮を滅ぼせる。――「魔導王陛下の下、全ての民は平等」「腐敗した皇宮の横暴を許すな。」といったメッセージを流し続けるだけで、大商人や豪農といった皇宮を良く思わない勢力がバックに付き、バハルス帝国は臣民との内戦を強いられるだろう。

 

 その脅威は獅子身中の虫どころではない、帝国は巨大な爆弾を国土に抱えることとなる。

 

「さて、お前達。忌憚なき意見を聞きたい。ここ3日、〝ラジオ〟の放送内容を昼夜に渡って我々は聞き続けたわけだが……、感想は?女中の皆もだ。」

 

「俺は朝に放送された子ども向け放送や、夜に放送された英雄譚が気に入ったな。ガキ向けとは思えねぇ完成度だ。陛下にゃ悪いが仕事を忘れかけてたぜ。」

 

「わたくしもバジウッドさんと同じ考えです。子ども向けの物語もそうですが、神話の英雄譚など、剣を握る者、または剣に憧れる者で、あの放送に胸を打たれない人間は居りません。未だ力に憧れる傾向が強い亜人であれば尚のことでしょう。」

 

「ふむ。確かにな。しかも既存の神話とは別……歴史を遡っても存在しない話だった。だが放送内容には不思議な説得力があり、未知なる存在を想起できる内容であった。……君たちは?」

 

「わたくしでしたら陛下。夜に放送された英雄譚よりも、昼間の恋物語を交えた冒険活劇に惹かれました。またエ・ランテル内の料理の名所を紹介する番組なども、魅力的に思えます。」

 

「陛下の身の回りでお付きを賜る女中としてお恥ずかしいですが、〝メイドが教える女性のお悩み相談っす!〟も大変興味深い内容でした。恋愛相談は別として、料理・接遇・礼儀作法に至るまで、帝国メイド達の教典にしたいくらいです。」

 

「昼は多くの聴衆は女性だったな、ターゲットは子どもを持つ母親、夫が仕事に出ている間の主婦と言ったところか。しかし仕事の休憩時間には、働く者も男女を問わずわざわざ公園まで足を運んでいた。……内容は決して男性向けでは無かったが、放送者そのものを目的としていると推測出来るな。昼間の例ではメイドがそれにあたる。」

 

 ジルクニフが聴いた3日間だけでも、その番組内容は多種多様であり、聴衆も人間のみならず、亜人種までもが多く集まって、公園外からの立ち聴きを余儀なくされた程だ。中には放送が始まった瞬間に喝采が湧くものもあり、改めて〝ラジオ〟の恐ろしさを認識した。

 

「陛下!」

 

 ロウネの目には、警戒の色が宿っている。恐らくはこの会話が魔導国側に盗聴されていることを懸念しているのだろう。しかしジルクニフは気にもしない。あの神算鬼謀を持つアンデッドのことだ、自分がこの程度を考察しているなど、お見通しに違いない。ならば口にするか、脳内に留めるかを天秤に掛ければ、情報は周知した方がいい。ほどほどの無能であろうとは決意したが、愚者に堕ちるつもりまではない。

 

「気にするな。下手な隠し立てはむしろ不和を呼ぶだろう。こちらの思惑などとっくに魔導王陛下は見通している。ヴァミリネン、お前も忌憚の無い意見を述べると良い。」

 

 ロウネはジルクニフの決心に満ちた眼差しを受け、一拍置いて話し始める。

 

「陛下。わたくしは内容よりも、新たに生まれた概念。……仮に〝人気放送者〟と称しましょうか。その存在を恐ろしく思えました。今の内容はまだ娯楽に過ぎませんが、今後彼らが政治的メッセージを発した場合、多くの盲目的な賛同者が付くでしょう。」

 

 ジルクニフはロウネの考察に、深く頷いた。

 

「ヴァミリネンの言う通り、わたしも同じ危惧を覚えている。我々が考えている以上に、〝ラジオ〟というのは複雑怪奇で、多角的な側面を持ち合わせているように思う。少なくとも単なる【口コミに依存しない情報伝達】ではない。まず、既存の情報伝達手段……我々が本来行う公式政府発表、若しくは有識者――我が国で言えばフールーダの様な立場の者を通じて、今までは民へメッセージを送ってきた。属国化の発表をしたとき、わたしが民たちへ行ったのは【誤魔化し】だ。最初動揺はするだろうが、生活基盤に変化が無いならば、時間が解決するという推測でだ。しかし、この装置は民達の思想・思考を意のままに誘導出来る。今となっては思考実験に過ぎないが、もし属国化が決まった段階で、我が国に〝ラジオ〟があったとすれば、魔導王陛下の脅威と統治の素晴らしさを宣伝し、民達が政府に属国化を求める気風を強めてから属国化の発表を行っただろう。そうすれば今のような、神官との対立も、アンデッドへの忌避感も少なくなっていたはずだ。異論は?」

 

 皆答えを口にする代わりに、無言で頷く。

 

「そしてロウネも言っていた〝人気放送者〟という新たな概念だ。権威者でも為政者でも無い者が、多くの群衆を操作する力を持つようになる。これは単に弁が立つ者ではなく、個人的な魅力を有した存在ならば誰でもだ。」

 

「ああ、実際マイクの先に誰が居るのかも解らねぇってのに、あの熱狂は怖いくらいだ。」

 

「ですが陛下。〝ラジオ〟の素晴らしさは身を以って痛感致しました。恐れながら、我が国の持つどのようなモノを引っ繰り返そうと、魔導王陛下の心を揺さぶることなど出来ません。放送権限という強大な手札……いえ宝とも言える存在を我々が得る事は……。」

 

 ロウネの語尾が小さくなっていったのは、賢帝ジルクニフならそんな解りきった事とっくに考えているだろうという、信頼からだ。実際ジルクニフも自分ならば、この恐ろしい権限を属国に渡すなど、絶対に有り得ない。〝自分の方がバハルス帝国に相応しい放送が出来ます〟なんて思い上がった属国指導者が自分の前に現れようなら、その首を吊してしまうだろう。

 

 

 ならばどうすれば良いか?

 

 

 まず魔導国がバハルス帝国へ〝ラジオ〟の配置を決定する前に、あの装置の素晴らしさに感銘を受けたこと、属国の立場から宗主国の偉大さに平伏する。褒め称えるのではない、平伏だ。そして、どのような働きをすれば、彼の偉大な装置を我が国に下賜頂けるか、魔導王とジルクニフの間で明確な基準を設けること。

 

 これにより〝魔導国がバハルス帝国に何を求めているか知る。〟そして〝帝国は〝ラジオ〟の設置を歓迎し、渇望している。〟という既成事実を造り上げる。最終目標は〝放送権の一部をもらい受けること〟である。だが、一方的に押しつけられるのではなく、希望して導入を開始したという事実が無ければ交渉にもならない。今回の謁見では、既成事実の作製が叶えば万々歳だろう。

 

(導入前に2,3度……。導入後にも最低5、6回の謁見が必要となると、2,3年で獲得出来れば良い方だ。最早わたしはヤツを過小評価などしない、上回れるなど自惚れない!だが、立ち向かわねば帝国に未来はない!!)

 

 ジルクニフにとっては人生で初となる、相手を自分の望外……それこそ神域に居る圧倒的賢王、絶望的な鬼謀の悪魔と認識しての戦い。考える手は自然に震えていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 ジルクニフにとっては二度目となる玉座の間。己の人生の分岐点となった場所。だが、以前のような慢心は無い。

 

「魔導王陛下が入室致します。」

 

 魔導国宰相アルベドの声が響く。平伏しているので姿は見えないが、カツン、カツンと足音が聞こえる。後ろにしか扉が無い何処から出てきたのか知らないが、今更驚く様なことでもない。

 

「許可が出ました。頭を上げなさい。」

 

 ジルクニフは失礼にならないよう、ゆっくりと顔を上げる。眼窩に炎を揺らめかせる死の支配者(オーバーロード)、アインズ・ウール・ゴウンが玉座に鎮座している。

 

「久方ぶりであるな。息災であったか?ジルクニフ殿。」

 

「はい、魔導王陛下より御慈悲に溢れる統治を賜り、より良い暮らしを送らせて頂けております。」

 

「それは何よりだ……。しかし、ジルクニフ殿に敬語を使われるのは、やはり違和感を覚えるものだ。もっと砕けた話し方でも構わないのだぞ?」

 

(何をぬけぬけと……、ここで化けの皮を剥がす愚者が居るか。怒りを買うつもりにしては稚拙過ぎるな。何の布石か解らぬ以上、無難に答えるしかない。)

 

「お戯れを、魔導王陛下。陛下がわたくしを昵懇の仲と思って下さるのは大変に光栄ですが、この身この魂全てを魔導王陛下へ捧げた次第に御座います。」

 

「そうかね?アルベドからも、よく混乱を招かずバハルス帝国の統治を行っていると聞いている。そうだな、アルベド?」

 

「ええ、アインズ様。ジルクニフは魔導国の意を汲み、適切に属国管理の実行を出来うる人材であるかと。」

 

(下手なお世辞だろうが、宰相から言質を取ったのは大きいな。)

 

「さて、ジルクニフ殿。貴殿が我が国を訪れた理由については想像が付く。わたしは余り気取った言い回しは好かん。我が国の至宝、技術の結晶について意見を聞きたい。」

 

(早速来たか。最初に求められるのは〝ラジオ〟を初めて聞いた人間の意見だ。為政者としての立場から話すべきではないだろう。)

 

「正しく魔導王陛下と、いと深き御方々の結晶と言えましょう。魔導国において、失礼ながら放送を拝聴させて頂き、感銘を受けた次第です。」

 

「ほう。バハルス帝国は劇場や歌劇なども豊富だ、耳の肥えたジルクニフ殿には食傷気味な内容ではないか?」

 

「とんでも御座いません。帝国内の妄誕な劇に倦厭することはあれど、魔導国の至宝、その優等にして卓越した民への慈悲深き保養を拝聴出来、幸甚の至りに御座います。」

 

「そうか。……ジルクニフ殿、世辞はいらんぞ?本音を話してくれて構わない。」

 

(世辞なものか……。どれ程恐ろしい装置かなど、解りきっているはず。いや、わたしでさえ想像が付かない遙か未来さえ見通す悪魔だ。この〝本音〟の意味を考えろ。)

 

「では、少々御慈悲に甘えさせて頂きます。わたくしはこの〝ラジオ〟に感銘を受けた身。今尚、識字率の低いこの世界において、民の勤労意欲の向上にも繋がるこの発明は革命と言えましょう。」

 

「うむ、民の勤労意欲の向上、そして商人の出入りが活発となっているのはわたしも知るところだ。」

 

「はい、そして臣民の啓蒙、児童への道徳教育、亡憂の中にも意味を持ち合わせる、まさに魔導王陛下こそ唯一無二の絶対的支配者に御座います。」

 

(遠回しな為政者としての意見……。こちらの意図は既に見抜いているはず。ならばそれを口にさせることだろう。)

 

「ふむ。まぁ、参考にさせてもらおう。話は変わるが、ジルクニフ殿は、どの放送を一番気に入って貰えたかな?」

 

(……!これは簡単な質問ではない。どれも人間や亜人が老若男女混ざって熱狂する内容だ、答えるべきは魔導国が是とする、亜人と人間に融和的であり、かつ、放送者自身の人気に由来しないモノ……。そしてこの嗜虐的なアンデッドが好みそうなもの……。)

 

「わたくし個人としましては、神官が亜人の詩人と冥界へ旅をして、様々な罪人や人間・亜人の業を語っていく冒険譚が好みに御座います。」

 

(実際にあれは面白かった、最初から聴きたいほどだ。9階層の様々な地獄を巡る旅など、まさかこの城がモデルになっているのではあるまいな?)

 

「そうかそうか!ジルクニフ殿は実に見る目がある!あれはタブ……んん、わたしの友人が作った話でね。この城にも少し関係する話だ。」

 

(やはりあの残虐非道な罪人への拷問は実話なのか!?)

 

「そ、そうなのですか!?アインズ様!そのような品物を私どもに手渡すなど!」

 

「よいアルベド。あれはタブラさんが児童向けに内容を変えたものだ。本物はより恐ろしい。」

 

(あの内容で児童向け!?この内部ではいったいどれ程の地獄が……悪魔の所業が行われているのだ!!)

 

「すまない、話が逸れてしまったな。さて、本題に入ろう。勿論、旅人のようにただ好奇心で来た訳ではあるまい?」

 

「はい、僭越ながら魔導王陛下の偉大なる発明に感銘を受け、我が国でも配置が出来たならばどれほど幸運であるかと馳せ参じた次第です。」

 

「ふむ……。バハルス帝国への導入はどうなっている、アルベド?」

 

「はい、エ・ランテルにおいて計画の第1段階が終了次第、バハルス帝国の帝都に配置を予定しておりました。」

 

「なるほど。しかしジルクニフ殿からの頼みだ、無下にも出来ないだろう。それに多様性があることは悪くないと思うぞ?……ジルクニフ殿、帝国における放送権限はどれほど欲しい?」

 

(……いきなり我々に任せるというのか!?何の罠だ、考えろ、考えろ。我々が着手すれば間違い無く、これほどの熱狂は得られないだろう。そうして既成事実を作り、今後帝国が手出し出来ない様にするつもりか?だが、一切不要とも答えられない。)

 

「それでしたら魔導王陛下、恥ずかしながら今現在の我が国の情報局では魔導王陛下ほどの熱狂を造り上げられないでしょう、今後情報省へ移行させ、より魔導王陛下の臣民に相応しい放送を学ばせて頂きたい。そのため試験的に10日に30分ほどの枠を頂ければ幸いに思います。」

 

(欲張りすぎたか!?)

 

「解った、ではジルクニフ殿。手配を進める。アルベド、問題無いな?バハルス帝国では10日に30分、ジルクニフ殿の自由に放送出来る手段と枠を整えよ。」

 

「畏まりました、アインズ様。」

 

(通った!?それにあの聡明な宰相アルベドが何も言わない?……これが絶対の支配者、その力か。)

 

「ではジルクニフ殿。我々も未だ放送は手探りでな、貴君との意見を交換出来れば幸いに思う。そうだな、準備から放送まで1ヶ月といったところか。宮廷に使者を送るが、彼らの言うことを遵守してくれ。当然内部は機密だ。」

 

「心得ております。魔導王陛下。」

 

(これは罠?いや、違う。従属を絶対にする限り、飴を与えるという躾に過ぎん。……だが、最悪の事態は回避出来た。今後の情報省改革手腕によっては、帝国をより盤石にさえ出来る。従属を絶対にすれば、放送枠の拡大も夢では無い!)

 

「それでは魔導王陛下、退出します。」

 

 ジルクニフ一同は一斉に平伏した。最早足音など耳にも留めない。心には炎を宿し、その膨大なる力で何が成せるか、ジルクニフの頭はいっぱいだった。

 

 

 ●

 

 

 アインズは寝室で、グッタリと倒れ伏していた。

 

(何であんな畏まってんだ?国王同士で友達に……ってのはやっぱ無理なのかなぁ。まぁラジオだって放送がひとつじゃ面白くないよね。色んなチャンネルがあって、選べるべきだ。その絶好の機会だと思ったんだけれどなぁ。10日に30分ってローカル過ぎるだろ……。ああ、それにしてもジルクニフの前で偉い人の真似って、予想以上にキツイな。偉い人の振りの参考にしていた人が目前に居るんだし。俺が凡人ってバレてないといいけれど……。)

 

 ジルクニフが改めて畏怖と敬意を心に刻み馬車に揺られていることなど、アインズは全く知らない事である。




・ジルクニフの好みといった話は、お察しの通りダンテの『新曲』地獄篇です。


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【後日談】ネイア・バラハと(仮)の大騒動

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「はわわわわわわわわ…………。」

 

 円卓を囲むのは質素な服装に身を包み、胸や腕に『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の胸章や腕章を佩用した者達だ。この場は、感謝を送る会(仮)の各支部の支部長達で構成されている。会議室の空気は余りにも重々しく、代表からして動揺が見て取れる。ネイアは全身から汗を噴きだし、顔は涙で濡れていた。

 

 ……円卓の中央には、会の代表ネイア・バラハが聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国へ巡礼し、『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の同志達が、自らの牙を研ぐ場所の確保に難儀していることをお嘆きになった魔導王陛下から賜った神代のマジック・アイテム。

 

 曰く信仰系魔法の極致、第10位階魔法自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)が宿された分厚い片眼鏡(モノクル)にも似た品。その力は、広大な鍛錬場を造り上げるものであり、【天地創造】という正に神域のものだ。ネイアが各地の支部長に預け、同志の牙を研ぐ場所として利用していた1つだが、50個あった内の一つが起動しなくなったのだ。

 

 その1つを預けていた支部長は、それは見事な土下座を披露している。

 

「バラハ様!大変申し訳ございません!魔導王陛下から下賜品をお預かりした身でありながら!この命ひとつで足りるなどとは思いませんが、この首を……」

 

「同志支部長、謝罪はわたしにではなく魔導王陛下へ行うものです。そして、下賜された神器の責任所在は全てわたくしにあるのです!まずシズ先輩を通じて、魔導王陛下へ謝罪に赴く旨を伝えます。皆様はそのまま待機していて下さい。同志支部長も、倚子に掛けて。」

 

 声も手も震えた状態だが、真実を隠蔽するという背信など最初から選択肢に無い。ネイアはシズ先輩からもらい受けた、緊急時に連絡をしてくれという伝言(メッセージ)を宿した羊皮紙(スクロール)を取り出し、起動させた。

 

『…………ネイア。どうした?』

 

「ししししし、シズ先輩!すみません!アインズ様から賜りました真なる神器の1つを、わたしの不信心により、宿したる奇跡を穢してしまいました!」

 

『…………ああ。うん。伝える。ちょっと待って。』

 

 そのままシズ先輩との伝言(メッセージ)が切れた。ネイアは沙汰をただ震えながら待つ。そして30分ほどした頃だった。

 

「邪魔をする。」

 

「魔導王陛下!?」

 

「アインズ様!?」

 

 突然虚無の空間から現れたのは、神々しいまでの黒い後光を発する死の支配者(オーバーロード)、救国の英雄にして、この世で最も慈悲深き神。アインズ・ウール・ゴウンその人だった。後ろにはシズ先輩が隠れるように付いてきている。

 

 会の一同は誰もが一斉に平伏し、自らの不信心さを呪った。

 

「よい、頭をあげよ。……動揺が著しいな。見るに、内心から湧き上がる恐怖。<獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>で癒せるものでも無さそうだ。では言葉で語る他ない、皆安心してくれ。わたしは怒ってなどいないし、むしろ褒美に渡した品に欠陥があり詫びねばならぬ立場だ。改めて言う、顔をあげよ。」

 

 ネイア達はアインズの優しげな口調に、ゆっくりと顔を上げる。皆その慈悲深さに感涙し、床は涙に濡れていた。アインズは件のマジック・アイテムを手に取り、しげしげと解析する。

 

「……なるほど。他の49個を見せてもらえるかな?」

 

「はい!アインズ様!ご用意して御座います!」

 

 ネイアは丁寧な箱に1つずつ祀られる神器(マジック・アイテム)をアインズに手渡す。そしてひとつひとつをアインズは解析していき……。

 

「ふむ、このひとつだけ信仰系と魔力系の調整に不備があったようだ。この中に閉じ込められている者はいないかね?」

 

「はい。昨日までは正常にそのお力を発揮し、鍛錬を終え祭壇に祀ったと同志支部長より聞いております。」

 

「それはよかった。水が確保出来るから死ぬことは無いだろうが、中に人が居ては大変だった。……褒美として与えておきながら済まない。これは我々のミスだ。貴君らが気にすることではない。」

 

「魔導王陛下!そのようなことは御座いません!魔導王陛下が道を誤るなど、有り得ないことです!」

 

「そうか?……わたしも全知全能ではない。言い訳は好まないが、今後二度とこの様なことが無いように、製造責任者から案を語ろう。このマジック・アイテムを管理していた者は?」

 

 件の真なる神器を管理していた支部長が「わたくしに御座います。」と頭を下げ、大声を挙げた。

 

「あ~……何度も言うようにこちらの……。まぁよい。見たところ保有する魔力量が少ない様に思える。位階魔法を扱える魔法詠唱者(マジック・キャスター)は居るかね?」

 

「はい!同志の中にはアインズ様に忠誠を誓う元神官や魔法詠唱者(マジック・キャスター)も多く居ります。」

 

「では次からその者にこの紐を引いてもらうと良い。支障が出ない様に製造したつもりだったが、万全とまではいかなかった様だ。まぁ待っていろ。」

 

 突如部屋の内部が神々しいまでの青白い光を発し、幾多もの強大な魔法陣が累積される。そして発生した魔法陣がすべて件のマジック・アイテムに吸収され……、その光景に一同はただ呆然と、自然に祈りを捧げていた。

 

「これで問題無く稼働するはずだ。立ち上がってこちらへ来ることを許す。その後紐を引いてみるといい。」

 

 件の神器を任されていた支部長が震える足で立ち上がり、アインズより修理が施された真なる神器を手にとって、恐る恐る紐を引いた。すると景色が光に満ちあふれ、広大な草原へと姿を変える。アインズとシズは草原の至る所を調査し、皆が待機していた出口の前に戻ってきた。門を潜ると、何事も無かったかのように会議室へ戻る。

 

「うむ、問題は無いようだな。……改めて褒美の品に不備が有ったことを詫びよう。他の品もチェックしたので無いとは思うが、また問題が起きたならばシズを通じて言ってくれ。」

 

「ありがとうございました!魔導王陛下!」

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の一同が一斉に跪き、礼を言う。

 

「魔導王陛下には、わざわざご足労をいただき、感謝に言葉も御座いません。…………アインズ様へ()改めて感謝を。」

 

 ネイアの静かな、最後の誰にも聞こえない様な一言に、<転移門(ゲート)>を潜ろうとしていたアインズは足を止め、シズが振り向く。シズの無表情は珍しいくらい強い驚きの感情を宿していた。

 

「……失礼、ネイア殿と改めて話をしたい。他の皆は出て行ってくれるかな?」

 

 支部長達は静かに頷き、一斉に会議室から出て行く。そして部屋にはネイアとシズとアインズの3人だけとなった。アインズは情報系魔法で、会議室の空間を封鎖する。

 

「ネイア・バラハよ。先の発言はどういう意味かな?」

 

 アインズの後ろには禍々しいまでのオーラが漂っている。そこには間違い無い死の支配者(オーバーロード)の絶望があった。

 

 常人であれば恐慌に陥り逃げ惑うそのオーラを浴びても、ネイアが浮かべるのは笑顔だ。

 

「そのままの意味にございます。」

 

「そのまま……であれば、わたしをアインズ・ウール・ゴウンではないと?」

 

 一層益々絶望のオーラは増していくが、ネイアに怯えは見られない。いと尊きアインズ様の深淵なるお考えに理解が及ぶなど自惚れていないが、感謝は本人にしっかりと伝えるべきだ。……アインズ様ほど素晴らしき王の中の王だ。影武者の5人や6人居るだろう。影武者の存在を知った人間がどのような末路を辿るかも、ネイアは知っている。

 

 それでもネイアは、本物のアインズ様へしっかりと感謝を伝えたかった。なので答えるべきは1つしかない。

 

「はい。いと尊くも偉大なるアインズ様の御身を護られます、誉れを賜った羨望すべき方かとお見受けします。」

 

「……シズ、この者以外に気がついた様子の者は?」

 

「…………おりません。絶対に有り得ません。」

 

「わたしも同意見だ。ネイア・バラハ、返答次第では最期の質問となる。心して答えよ。」

 

「はい。」

 

「何故、わたしを見破った?」

 

「魂の輝きです。」

 

 ネイアは当然の様に笑顔で答えた。最初こそ動揺していて気がつかなかった。だが、段々と違和感が蓄積してきた。具体的にはネイアも説明出来ない、言動こそアインズ様に違いない、それでもあの偉大にして無二の存在たるアインズ様から発せられる魂の輝きが、どうにも薄く見えたのだ。

 

「た、た、た、た……」

 

「…………うわぁ。」

 

(タマスィィィィィイイ)!!!!!!そう!わたくしの創造主にして偉大なるアインズ様と、この役者に過ぎないわたくしでは、その魂の輝きが違う!正に道理!麗しのバラハ嬢!あなたは見る目がある!実にアインズ様を解っている!」

 

 アインズ――もといパンドラズ・アクターは自分の演技が見破られた悔しさよりも、未だ及ばない偉大なる自らの創造主へ、益々羨望を募らせ、瞳を輝かせていた。

 

 アインズはシズの報告-納品先に不良品があった-を聞き、直ぐに駆けつけなければならないと考えたのだが、当のアインズは別件で忙しく、このマジック・アイテムの共同開発者であり、影武者でもあるパンドラズ・アクターが赴くことになったのだ。

 

「…………わたしも驚いた。やはりネイアは味がある。流石。」

 

「これはアインズ様へご報告せねば!麗しのバラハ嬢、少々お時間を。」

 

 アインズならば有り得ない仰々しい動きをシュバシュバさせながら、パンドラズ・アクターは伝言(メッセージ)を送った。

 

「アインズ様!?申し訳御座いません、わたくしの不徳が致す所で、ネイア・バラハに正体を見破られました!魂の輝きがその深淵なる御身に届かなかったわたくしを御赦し下さい! ……はい、マジです。他に気がついた者はおりません、ネイア・バラハただ1人です。 ……どうすればよいかですか?そうですね、懸念されるのは、ネイア・バラハが魔法により<魅了(チャーム)>や記憶を探られわたくしの存在が露見してしまう事ですが、アインズ様のお姿と力以外何も見せておりません。 ……ええ、わたくしもアインズ様と同意見です。彼女はわたくしとも友だ……、ええ!厳しい~~~! ……ああ!御座います御座います。ではその方向で。」

 

 ネイアは殺される覚悟など出来上がっているが、シズ先輩は不安そうにネイアとアインズ様の影武者をチラチラと見ている。

 

「お嬢様、少々お待ちを。」

 

 そういってアインズ様の影武者はカーテンコールの役者が如き仰々しい一礼をして<転移門(ゲート)>を潜り、5分ほどで戻ってきた。手にはよく解らない素材で出来たリストバンドがあった。

 

「ではバラハ嬢、こちらを手首に。出来れば、利き腕で。」

 

 ネイアはそのままリストバンドをはめる。

 

「ギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟の名に懸けて、わたくしが現れてから一切の出来事を他言無用と誓えますね?」

 

「はい!」

 

 いと尊きアインズ様の名であれば、自らの持つ全てを懸けて誓える。ネイアからすれば当然のことだ。その瞬間、リストバンドが光を発しそのままネイアの身体に溶けていった。

 

「シズさん、ちょっとテストを。」

 

「…………後輩。わたし達が来てからのことを全部話して。」

 

「いえ、シズ先輩でも話せません。」

 

「…………う~んと困った。じゃあ話そうとしてみて。アインズ様の命令。」

 

「そうですか。では、あ…………れ?」

 

 ネイアは渋々話そうとするが、脳が停止したように口が動かなくなった。

 

「うん、バッチリですね。いやはや、わたくしもまだまだ精進が足りないと実感させられました。あとでアインズ様にお叱りを受けて参りましょう。ではバラハ嬢、お元気で!」

 

 そのまま漆黒の外套を大きく靡かせ、アインズ様の影武者は<転移門(ゲート)>へ消えていった。

 

 

「あの、シズ先輩。わたし、このままでいいので……ふわぁ!」

 

 シズ先輩がネイアを強く抱きしめる。その強さは痣がクッキリ残るのでは無いかと言うほどの力だ。

 

「…………ネイアは馬鹿。大馬鹿。すごく馬鹿」

 

「すみませんシズ先輩。ですが、アインズ様にお礼を伝えないのは失礼かと思いまして。」

 

「…………殺されたらもっと失礼。悲しむ。アインズ様も悲しむ。」

 

「そう、ですよね。軽率でした。」

 

「…………気持ちは解るけれどダメ。沈黙は金。博士が言ってた。」

 

「はい、ですがどうしてもアインズ様に感謝をお伝えしたくて。わたしたちの無力さへ、あれほど偉大な御方に足を運んで下さり。」

 

「…………こっちのミス。アインズ様も言っていた。危ない真似はダメ。」

 

「……ごめんなさい。」

 

「…………解れば良し。許す。」

 

 ネイアはシズ先輩の痛いくらいの抱擁を解かれる。シズ先輩の無表情には見たこともない複雑な感情が宿っており、ネイアでも読み解けなかった。

 

「ところでシズ先輩。アインズ様の影武者様に置いて行かれましたが大丈夫ですか?」

 

「…………うん。困った。」

 

「泊まっていきます?」

 

「…………そうしたいけれど。あと23時間19分この会議室の扉は開かない。これほど強固な情報魔法の防壁では。わたしの力で<伝言(メッセージ)>も届かない。」

 

「へ?」

 

「…………大丈夫。食べ物と飲み物はある。」

 

「いや、この会議室であと丸一日過ごすんですか!?」

 

「…………そうなる。安心。最悪150日まで籠城可能。」

 

「何でちょっと楽しそうなんですかシズ先輩!」

 

 結局、シズが居ないとナザリック内で騒ぎになり、10時間後にはちゃんと迎えが来た。シズは少しだけ残念そうだった。



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【蛇足】閑話 月の女神

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・蛇足の蛇足という最早意味の解らないものになっております。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 蝋燭の薄灯りが照らす室内で、5人の男と1人の女。6人が6人とも病的に痩せこけている。全員が直立不動で、倚子に堂々鎮座する、純白のドレスを纏い、漆黒の翼を生やした絶世の美女、魔導国宰相アルベドの視線を浴び、恐怖で逃げ出したい衝動を必死に押さえ込んでいた。

 

「途中経過ですが、ご報告を失礼致します。以前ご依頼を受けました、食糧の取引についてですが、順調に推移しております。」

 

「順調という根拠は何かしら?お前達は考えを述べるのでなく、事実をありのままこのわたしに伝えれば良いと、何度言えば覚えるの。」

 

 アルベドの鋭い声に、報告をした男はだくだくと汗を流しながら、全身を震わせる。

 

「も!申し訳御座いません!魔導国からお借りしたアンデッドを用いてリ・エスティーゼ王国に足りずにいた労働力をまかない、農村での収穫に人員を誘導。収穫した作物は馬鹿貴族たちから宝石と交換し、多くの食糧の確保に成功しております!」

 

「そう……。まぁ定期報告通りね。……ところでお前達、何かわたしに隠していることはないかしら?」

 

 全員の肌がゾワッと粟立つ、勿論重要事項で隠し事なんて一切ない。あるとすればあの馬鹿(フィリップ)が、目の前のバケモノと結婚したいだのという妄言を宣っている事くらいだ。

 

 だがそんなことを報告すれば、機嫌を損ねたアルベド様からまた死んだ方がマシと思える地獄を味わわされる羽目になる。フィリップのことは話さない方が無難だろうと全員が暗黙の内に判断するが、その間にも、全身から滲んだ汗が雨のように床へ降り注いでいた。

 

「いえ、偉大なる魔導王陛下へ我々が隠し立てを行うなど、有り得ない話に御座います!」

 

「………。だったらいいわ。わたしは少し考え事をしたいから、全員部屋を出て行ってくれるかしら。」

 

 6人は同時に畏まりましたと声を挙げ、逃げるように部屋から出て行った。豪華な倚子に腰掛ける妖艶な美女は、憂い気なため息を吐いた。

 

「やっぱり見透かされたそぶりさえ無いわね。」

 

 アルベドの清楚ながらも何処か妖艶な動き、座り方や仕草、口調の強さやテンポ、僅かな癖に至るまでを一挙手一投足まで模倣したパンドラズ・アクターは、演技をやめ、歌劇女優のように仰々しい動きを始める。

 

「いやはや、やはり彼女が特別だったのでしょうか。あれは驚きました。まさか、至高なる41人の御方々に創造されて居ないにも関わらず、わたくしの千変万化を見破る者がこの世に存在するとは……。」

 

 パンドラズ・アクターはあの事件の後、半月ほど影武者修行-もちろんネイア・バラハに見破られたためという理由は秘密-として、アインズ様やアルベド、デミウルゴスの代理を次々行ったが、人間界や亜人界で見破られることは一度も無かった。

 

 それは人間では知者であるバハルス帝国の皇帝や、自分やデミウルゴス、アルベドに匹敵する頭脳を持つ人間種の形をした精神の異形種、リ・エスティーゼ王国の黄金姫も、デミウルゴスに扮したパンドラを見抜けなかった。

 

 ナザリック内でアインズ様の影武者をするのは容易ではなく、アルベドや階層守護者、セバスには即行、プレアデス達や、内政や機密を司るエルダーリッチなどには、残念ながら看破された。

 

 だが、それ以外は不自然に思われつつも、口八丁で騙し通せた上、NPCでは無いナザリックの面々では忠獣ハムスケでも気がつかなかった。影武者(アクター)として、汚名は返上出来ただろう。

 

「しかし、常日頃アインズ様の横にいる一般メイドにすら見破られなかった。では、彼女は一体何者なのでしょう? そういえばデミウルゴス殿が、面白い考察をしておりましたね。」

 

 曰く、ネイア・バラハは【死後アインズ様の御手によって再構成された存在なのかもしれない】と……

 

「アインズ様の御手により…………?それにわたくしを見破る能力!これは!これは!これは!」

 

 アインズ様の御手によって創造されたる存在。これはパンドラズ・アクターのアイデンティティであり、他の至高の40人たる御方々には不敬ながらも、なによりの自慢である。頭の中にこれまでの考えを巡らせ……

 

 

「まさか!彼女は、妹!!!」

 

 

 ……パンドラズ・アクターは、何故そうなったのか解らない結論に辿り着いた。

 

「そう!わたくしが全知全能神に創造されたるアポロンだとすれば、その月光の如く煌めく弓!アルティメット・シューティングスター・スーパーを携えた彼女は正しく妹の月の女神(ディアーナ)!! 純潔を司り、アインズ様を忌避する忌まわしき神官共へ勇ましく立ち向かうその可憐な姿も正しく!」

 

 アルベドの姿のまま、アルベドが見れば張り倒されそうな様々なポージングを披露し1人舞い上がっている。だが誰も止める者はおらず、パンドラズ・アクターの舞台は続く。

 

「しかし!! わたくしは偉大なる御方々の残したる秘宝を護る宝物殿! その領域守護者! そして日の当たる場所へ真の姿を見せることの無い影たる存在……。対して彼女は伝道師として、多くの者を真実へ導く地上に顕現する月光!なんと対照的な2人! 正に悲劇!…………そう、彼女は一生、わたくしという兄の存在を知らぬまま、その生涯を終えるのでしょう。ああ! なんということ!」

 

 倚子から崩れ落ち、項垂れる美女の姿はまるで悲劇のヒロインだ。……外で待機している八本指の幹部6人が、僅かに聞こえる楽しげな歌声に戦慄していることなど、パンドラズ・アクターにとってはひどくどうでもいいことだった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「んで、何だか月に2、3回手紙と一緒にすごい量の花束がわたし宛に届くんですよね。」

 

「…………〝月の女神よ、見守っている、会えないわたしを許してくれ〟。ストーカー?」

 

「不思議なことに、何処から送られてきたかも解らないみたいなんです。」

 

「…………ネイアのストーカー。レベルが高い。」

 

「シズ先輩!それどういう意味ですか!」

 

「…………非公認ファンクラブの非公認ファン。」

 

「今わざと小声で言いましたよね!?絶対ギリギリ聞こえない音量で言いましたよね!?」

 

「…………先輩からアドバイス。」

 

「なんですか。」

 

「…………ファンは大事に。」

 

「だから何の話ですか!?」



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【番外編】短閑話 盤上の夢

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 シズの操る黒いデスナイトが、白のエルダーリッチを弾き、護衛の薄くなった白のジェネラルは黒のデスナイト、エルダーリッチ、ガーディアンに囲まれる。盤上は完全に勝負が付いた(チェックメイト)

 

降伏(リザイン)……。どう頑張っても引き分けの目さえ見えないです。」

 

 ネイアは半ばヤケ気味に机に突っ伏し、ジェネラルの駒を指で弾き倒した。

 

「…………Thank you for a very enjoyable game.」

 

「ええ!楽しいゲームでしたよ!何しろ記念すべき100敗目ですからね!」

 

 シズ先輩の無自覚な煽りに、ネイアは詰んだ盤上を前にして涙目となっていた。ネイアからすれば何語を話しているのかも分からないが、【ありがとう。楽しいゲームでした。】という意味らしい。毎回シズ先輩は勝利する度に、この言葉を呟かないと気が済まないようだ。

 

「…………盤上遊技に勝利したらこう言うべき。博士の金言。」

 

「も~~。1回も勝つどころか、引き分けすら出来ないんですが……。」

 

 今ローブル聖王国の北部ではチェスのブームが起きていた。本来キングとなる駒は、魔導王であるアインズ様に不敬ということで、将軍(ジェネラル)となり、他の駒も合わせて名前と造詣が変化している。

 

 元を辿れば、ナザリックで行われた〝ラジオ〟のプロパガンダ計画で、この盤上遊技がどれくらい広まるだろうかという実験で作製したに過ぎなかったのだが、ラジオが普及されているエ・ランテルやバハルス帝国帝都で想像以上の爆発的な流行を見せた。

 

 

 その熱はネイアの知らない所……ナザリック内でもプチブームを起こしており、相手の心や精神を砕くこの盤上遊技は、何処か芸術的だと、珍しくデミウルゴスやアルベドも気に入っていた。

 

 完全に余談だが、ナザリック内レーディング1位はデミウルゴス、僅差でアルベド、パンドラズ・アクター。階層守護者チェス最弱の座はシャルティアが不動のものとしている。

 

 そんなナザリックチェスをシズがネイアの所に持ってきて、ネイアが【聖地魔導国における、盤上遊技を模した精神の鍛錬器具】と宣伝し、ローブル聖王国内でも多くの人々に知られ、半ば神聖なものとして普及した。今では文字が読めなくても、チェス駒の動かし方は解るという者が多く居るくらいだ。

 

 そして、これほど宣伝に寄与したネイアだが、肝心のシズ先輩には連戦連敗。ネイア自身、チェスの強さは感謝を送る会(仮)でも上から数えた方が早いが、一番ではない。ネイアの特技は戦術よりも心理戦。上手く事が運べば勝率はかなり高いのだが、シズ先輩には心理戦など一切通用しない。

 

「…………ふ。イージーモードのわたしに手こずっているなど。まだまだ。」

 

「今聞き捨てならない事言いましたよね!?何ですか?まだまだ強くなっていくんですか!?」

 

「…………イージー。ノーマル。ハード。エクストラ。4段変形。」

 

「これ以上心折るのやめてくれません!?」

 

「…………大丈夫。ネイアなら死ぬまでにはハードモードまでいける。多分。」

 

「本当、良い精神の修行になりますよ……。」

 

「…………よしよし。」

 

 シズ先輩をひとつでも上回れる日など来るのだろうか……。ネイアはガクっと項垂れた。



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【番外編】(仮)の日常。

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 【(仮)対策本部】

 

 現在、ローブル聖王国南部の貴族や大神官を筆頭とした有権者達は〝打倒カスポンド聖王〟を秘密裏に掲げ、かつて無いほどの団結を見せている。この間抜けにも思える対策本部の名前であるが、会議に集まる者の面持ちは深刻だ。言うまでも無く表す団体は、今や名を言うも憚るようになった【魔導王陛下に感謝を送る会(仮)】。

 

 死を司る忌まわしきアンデッドを神と崇拝する狂信者の集団であり、聖騎士・神官勢力の強いローブル聖王国において、生者を憎悪するアンデッドとは周辺国家以上に不倶戴天の敵である。少し前ならばこんな集団、異端審問に掛けられ全員縛り首になっていただろう。

 

 だがヤルダバオト襲来以降、ローブル聖王国は全ての歯車が狂ってしまった。【凶眼の狂信者】ネイア・バラハ率いる(仮)は会員数20万を優に超え、〝力なき正義は無力〟という教義の下、会員のほぼ全員が聖王国正規軍精鋭部隊も真っ青な苛烈極まる訓練を嬉々としてこなしている。

 

 3万人の支援者親衛隊は、南部貴族や神官たちが手出し出来ずにいる内、20万もの武装親衛隊へと変貌を遂げた。そして勢力は未だ拡大する一方なのだから、危機感は徐々に絶望感へと変化していく。

 

「だから最初の時点で、異端審問でも宗教裁判でも掛けて、聖王国民を誑かすあの悪魔を抹殺するべきだったのだ!!」

 

 円卓の重い沈黙に堪えかねたように、怒号と机を叩きつける拳の音が響く。もちろんネイア・バラハの存在はカスポンド聖王が即位された当初から……いや、その以前から危険視されていた。だが【救国の英雄である魔導王陛下へ感謝を送る】という以上の大義名分を得られるはずもなく、為す術無く坐視していた結果がこれだ。

 

 今や北部では聖騎士・神官という地位を降りてでも(仮)へ所属する背信者が多く居るほど……。武力・財力・魔法技術・人材……そして彼の忌まわしきアンデッドが支配する魔導国とのコネクション。どれをとっても現在ローブル聖王国における最大勢力であり、挙げ句(仮)の最終目標は【ローブル聖王国を忌まわしきアンデッドに支配してもらうこと】だというのだから、指を咥えて待つことは、処刑台への段数を数える事と同義だ。

 

「……我々は手を誤りました。レメディオス元聖騎士団長を槍玉に挙げ、打倒カスポンドの大義名分を作っている内に、まさか第三勢力に至るまでネイア・バラハが力を持つとは。」

 

 生者に憎悪するアンデッドを崇める狂った集団、そんな(仮)を多大に支援するカスポンドを、南貴族や神官は最初鼻で嗤いながら見ていたくらいだ。南部に【真なるローブル聖王国を取り戻す】大義名分を与えてくれるようなもの。

 

 やがて北部と南部の対立が明確になった際、聖王家の血筋を引くカスポンドを引きずり下ろすだけの大義名分は生半可なものでは、簒奪者と罵られ、王位を継承しても統治など上手く行くはずもない。……南部の敗因は敵をカスポンド聖王に定めていたことだ。

 

 今南北が明確に対立すればやがてどうなるか……。勝敗の有無に関わらず、カスポンド聖王は統治者としての資格は無しと判断され、聖王の座を降りなければならなくなるだろう。では南部は?

 

 ヤルダバオト襲来で疲弊しているとはいえ、こちらも痛手を被る。空席となった玉座に息の掛かった者を座らせようにも、(仮)がそれを許さないだろう。

 

 待っているのは魔導王……アンデッドによる聖王国の支配だ。最早南部も北部も戦争行動に移り潔く散るか、真綿で首を締め上げられるように殺されるか。選択肢は2つに1つしかない。

 

「あのアンデッドは、最初からここまで計算していたのではあるまいな。」

 

 誰の呟きか解らないが、会議に参加する全員の総意だ。……だが、気がついた時には全てが遅かった。

 

 

 

 ●

 

 

「お疲れ様です、バラハ様。」

 

 万雷の喝采を背に、テントへ戻ってきたネイアへ、冷たい水で絞った布が渡される。元々感謝を送る会(仮)への所属者が多い要塞都市カリンシャで行われたネイアの演説は聴衆6000名に達するほどで、魔導王陛下を讃える声は大地に轟き、死傷者が出かねない-もちろん親衛隊が警備をしているが-狂躁を呈している。

 

「ありがとうございます。」

 

 未だ神官勢力が大きいアインズ様に無知蒙昧な地区の民に、素晴らしさを説く演説もやりがいはあるが、支援者の多い場所で行う演説もよいものだ。

 

「本日中にカリンシャを出て、明日の朝には本部へ戻る予定となっております。以前より計画されている、親衛隊による海洋大演習及び上陸後山岳訓練に向けての会議に、ネイア様も是非参加して欲しいとのことです。」

 

「ええ、わたしも演習訓練には参加したいのですが……。」

 

「いえ、1ヶ月ほどの大行軍訓練ですので、バラハ様がその間不在になられるのは不味いかと。」

 

「ですよねぇ……。解りました。では同志達を信じて――お久しぶりですシズ先輩!」

 

 ネイアは突如後ろを振り返って、虚空に向けて指を差した。徐々に虚空は人の形をみせ、幼さの残る美少女……シズ先輩が驚きの感情を宿して立っていた。手には〝いちえんシール〟が握られている。

 

「…………驚かせるつもりが。驚かされた。3度目」

 

「ふふふ!いつまでも驚かされるわたしではないですよ!」

 

「…………完全不可視化ではないけれど。結構頑張ったのに。」

 

 ネイアは神出鬼没なシズ先輩の出現を、5回に1回くらい見破れるようになっていた。何で解るかと問われたが、ネイアも〝そこにシズ先輩が居た気がしたから〟としか答えられなかった。

 

「この調子ならもっと頻度が高く……うひゃあ!」

 

 ネイアは背筋をつーっと指でなぞられ、ゾクゾクとした悲鳴を挙げてしまう。さっきまで目の前にいたシズ先輩が何時の間にか背後に回り込んでいた。

 

「…………ふ。わたしに勝とうなど。まだまだ甘い。」

 

「い、いつの間に!?」

 

「…………それで。山岳行軍と海洋特殊訓練があると聞いた。わたしも交ぜるべき。」

 

「いいんですか!?シズ先輩!」

 

 初となる大規模な親衛隊による順応訓練だ。シズ先輩からご教授頂ければこれほど頼りになるモノは無い。

 

「…………構わない。なので今日は泊まる。」

 

「ありがとうございます!!」

 

 翌日行われた演習訓練の会議は、普段の寡黙を何処かへ置き去ってしまったかのようなシズ先輩から、様々な提案が成された。

 

 人体の許容ギリギリの基礎訓練から始まり、水路学なる学問、各種武器の扱いや弓手による精密射撃訓練、レンジャー部隊による長距離偵察訓練、ロッククライミング訓練、航法、隠密潜入及び離脱、小部隊戦術を交えた濃密なものとなり、その後感謝を送る会(仮)では、その精鋭たる武装親衛隊をもってして、年に2、3回行われる【地獄の訓練】と呼ばれるようになる。

 

 

 

 ●

 

 

 ローブル聖王国首都ホバンスに本拠地を置く『魔導王陛下に感謝を送る会(仮)』総本部。そこに新たな使用人・清掃婦(夫)が増えていた。

 

「おはようございます。本日も魔導王陛下のお導きが御座いますように。」

 

「ええ、お仕事お疲れ様です。あなた様も魔導王陛下のお導きが御座いますように。」

 

 感謝を送る会(仮)のシンボルマークを佩用するその姿は、人間に近い身長の二足歩行する豚のような顔を持つ亜人であり、豚鬼(オーク)と呼ばれる種族だ。感謝を送る会(仮)代表のネイアは、いずれローブル聖王国をアインズ様の慈悲深き御手で統治して頂きたいと考えている。

 

 その上で懸念されるのは、ローブル聖王国の亜人への偏見だ。元来アベリオン丘陵と敵対関係にあり、ヤルダバオト襲来時には亜人に地獄の苦しみを味わわされた者も多い。だが、魔導王陛下の統治は全ての種族に対して平等だ。勿論偉大にして至高なる御方であるアインズ様であれば、そんな問題直ぐに解決してしまうだろうが、甘えて何もしないのは悪だ。

 

 亜人との融和は、同志たちでも顔を顰める者が多く、頭を悩ませたネイアは同じく収容所で地獄の苦しみを味わい、尚かつアインズ様への感謝をしっかり持ち合わせている豚鬼(オーク)を、シズ先輩の力を借り、本部で雇うことにした。

 

 元来綺麗好きで、同じように魔導王陛下へ感謝の念を持ち合わせている豚鬼(オーク)達は仕事の丁寧さもあり、本部でスムーズに受け入れられていった。亜人との融和など考えられなかったローブル聖王国では偉大な第一歩だ。

 

「同志の皆様!お仕事お疲れ様です!」

 

「これはバラハ様。」

 

 豚鬼(オーク)達は掃除の手を止め、軽く頭を垂れる。背負う月光の如く煌めく弓、光に反射する射手の籠手、顔の上半分をミラーシェードで覆い、彼の〝豪王〟バザーの鎧を纏ったネイア・バラハ。その姿は、思わず平伏したくなるほど神々しい。しかし、あくまで皆を〝同志〟と呼び、ネイアが過剰な敬意を好まない事を知る豚鬼(オーク)達は、軽い一礼に留める。

 

「慣れない環境の中、丁寧なお仕事に皆感謝しております。」

 

「いえ、これもネイア様と魔導王陛下の御慈悲の賜物に御座います。人間の部族……住処が我々を受け入れて下さるなど、魔導王陛下の素晴らしさを改めて実感した次第です。」

 

「いえ、わたし達が無理にお願いした事です。ご不満や不平などがありましたら遠慮なさらずに仰って下さい。」

 

 不安はまだ若干残るが、不満はない。文明・文化の違いに当惑することは未だ多いが、人間の同志達が懇切丁寧に教えてくれるのだ。部族の恩人である魔導王陛下、その直属の部下からの頼みとあらば、どんな理不尽にも耐えるつもりだったが、ここに住む人間達は異なる自分たちの価値観を尊重さえしてくれる。

 

「いえ、今後も魔導王陛下のため、この身この魂を改めて捧げさせて頂きます。」

 

 目の前の少女……彼女の語る魔導王陛下の素晴らしさに、改めて目覚めた豚鬼(オーク)達は自然に深々と一礼していた。ネイアはその姿を見て、更にアインズ様への尊敬を深めるのだった。



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【番外編】ネイアの大演説会

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 宵闇の中、本来軍用に使われるサーチライトが演説台を照らす。サーチライトの光芒は四方から円柱となり、神々しい大聖堂を思わせる荘厳で幻想的な空間芸術の世界を作り出していた。広大な野に突如として製作された光の大聖堂には、10万超の聴衆が集まっていた。

 

 そんな光の大聖堂で演説を行うのは、満月よりもなお燦然と煌めく弓を背負ったネイア・バラハ。その姿は決して装備に見劣りすることのない勇ましくも可憐な姿であった。

 

「この国を襲った大きな厄災に、艱難辛苦を共にし、アインズ様……魔導王陛下の下団結されしみなさま!今尚苦難と貧窮に耐え忍びし中、魔導王陛下への信義と忠誠がゆえに集ったみなさま!魔導王陛下への信心を確かとし、力強く戦われるみなさま!わたし達の運動は生き続け、こうして20万の同志が集まるまでになりました。」

 

 一糸乱れぬ整列を成す完全武装の老若男女、そしてその様子を熱狂した様子で見つめる一般聴衆。これは『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』主催の〝親衛隊お疲れさま会〟なのだが、その様子は国家の閲兵式の様相である。

 

「今後も魔導王陛下の素晴らしさを説く運動が生き続け、戦い続ける限り、尚もそびえ立つ無知蒙昧な勢力にも、理解される日がやってくるでしょう! ……今尚〝常識〟という檻の中にいる憐れな人々を解放するのです! アインズ様は王の中の王、国家が造り上げた王ではありません、アインズ様は自らが国を造り上げたのです! そしてアインズ様の統治されたる聖地は、万年続く慈悲に溢れた御手に抱かれたる国です!」

 

「その偉大にして至高なる聖地の隊列に加わらせて頂くためにも、我々はもっと強くなる必要があります。もう二度と魔導王陛下の御慈悲に甘んじるだけの存在へ堕ちないために!ローブル聖王国を魔導王陛下の偉大なる御手で抱擁していただくために!親を兄弟を子どもを友人を、もう二度と失う悲劇が起きないために!」

 

「同志のみなさん! これまでみなさまが証明し続けた魔導王陛下への忠誠は、今後もアダマンタイトが如く強固な団結の下、変わることがないでしょう! 偉大にして至高なる御方、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下にこの地を抱いて頂くためにも! 今後もわたしたちは、魔導王陛下へ誓いを立て、運動を続けていくでしょう! 偉大なるアインズ様への誓いが言葉などという風に消える儚いものであってはなりません、その命・その魂、行動を以ってしてわたしたちは誓いを立てるのです!」

 

 隊列を成していた親衛隊から雄叫びが挙がる。

 

「わたし達の行動そのものが誓いなのです!運動の真髄であり!朽ちることなき不滅の象徴となるのです!……力無き正義は無力であり、正義無き力は暴力です。魔導王陛下が示して下さった道を、その高潔な魂をもって、われわれは体現するのです!魔導王陛下万歳!」

 

 ネイアが天に指差すと、弾かれたような喝采と魔導王を讃える止まない崇拝の声が轟く。ネイアは深々とお辞儀をして、壇上を去り、テントへと戻っていった。

 

 

 

 パチパチパチ と拍手をしながら、無表情のシズ先輩がテントで〝チョコ味〟を飲んでいた。

 

「シズ先輩!どうでしたか!?」

 

 供回りから冷たく絞った布をもらい、未だ演説で火照る身体と高ぶる精神のまま、ネイアは一目散にシズ先輩の下へ駆けつける。本来空軍部隊が索敵に使う兵器、あれだけの光のマジック・アイテム【サーチライト】を、演説の演出に使うという大胆な発想をしたのはシズ先輩なのだ。

 

 いままで【親衛隊お疲れさま会(閲兵式)】は多くて5000人位の親衛隊と、聴衆を合わせて1万人ほどがやってくる集会だったが、聖地巡礼後初となる【親衛隊お疲れさま会(閲兵式)】に参加したいという親衛隊の数は20万ほぼ全員となり-もちろん各支部が回らなくなるので半数くらいに絞ったが-ネイアは会場の確保に苦慮する羽目になった。野外に集まった親衛隊8万人、その様子を見に来た聴衆が2万人。ネイアの伝道師としての活動でも、最大の聴衆を前にしての大演説。上手くいったか不安が募る。

 

「…………アインズ様の為に忠義を尽くす。アインズ様の為に強くなる。良いこと。」

 

 シズ先輩はネイアに向けビシっと親指を立てた。ネイアは思わず破顔する。

 

「それにしても野外で行うから簡素なものになりそうでしたが、素敵なアイデアまでありがとうございます。」

 

「…………構わない。武器や兵器は多様な使われ方をされるべき。」

 

「ふぃあ……でも流石に緊張しましたぁ。」

 

「…………よしよし。」

 

 シズは机に突っ伏したネイアを優しく撫でる。

 

「本当にアインズ様は、我が国をその慈悲深き御手で包んで下さるでしょうか……。」

 

「…………ネイアが頑張れば必ず。」

 

「そうですよね!そのためにもわたし頑張ります!」

 

「…………ネイアの頑張りは凄い。わたしも真似出来ない。」

 

「先輩はまた謙遜を。」

 

「…………む。」

 

「あ、シズ先輩。前々から一つ隠してた事があるんですが。」

 

「…………わたしに隠し事とは生意気な。なに?」

 

「シズ先輩の〝む〟って、可愛いですよね。」

 

「…………む。」

 

 シズ先輩は先程よりも不機嫌な〝む〟を発したが、その様子はやはり可愛らしさが先に出るもので、ネイアは思わず苦笑いしてしまった。



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【短閑話】シズ先輩のらじお放送練習

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「…………悪魔メイドのシズ。傾聴。今回のテーマは刃物。銃器が登場するまで。斬りつけ突き刺すための武器が多く使われて居た。槍・刀剣・弓など。鋭くて先の尖った物。弓矢に射貫かれたくなければしっかりと聴くべき。」

 

「…………刃物武器の登場は紀元前8000年より前。1万年以上ある。凄い。」

 

「は~い!シズ先輩ストップです!銃器ってアレですよね?先輩が持ってる白色の魔銃ですか。多分通じないのでカットしていいかと。あとキゲンゼン?っていうのもよくわからないです。」

 

「…………む。そっか。」

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部。ネイア・バラハはシズ先輩の頼みで、〝らじお放送〟なるものの練習に付き合っていた。何でも聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国では、〝らじお〟という国土全域への一斉伝達を行うマジック・アイテムが普及しており、シズ先輩も〝放送者〟として選ばれたらしい。

 

 喋るのが得意じゃないからと、断っていたらしいのだが、真なる王城で見た他の姉妹は全員その〝らじお〟の放送台に立ち、末の妹だというもう1人以外全員が放送者となり、自分もやってみようと決心したのだとか。

 

 しかし弁が立つか不安が残ったので、〝大勢の前で喋るのがとても上手い友人〟にアドバイスを貰いたいと、ネイアのところにやってきたという。ネイア自身、アインズ様の素晴らしさをただ飾らずに話しているだけなので、自分に弁が立つなど思っていないが、他ならぬシズ先輩の頼み。出来る限り協力をすることにした。

 

「でも、武器が題材ってシズ先輩らしいですよね。」

 

「…………ふふん。ミリタリーはロマン。博士が言っていた。」

 

 シズ先輩は誇らしげに胸を張った。台本として用意されている束ねた羊皮紙は、恐らく30分だという放送内では収まらないだろう分厚い代物となっている。ネイアとしても【弓の歴史と種類・特徴。戦局における有用性の考察】はとても参考になり、親衛隊の強化のため写本を譲って欲しいほどだ。

 

「…………でも、上手く伝えられるか不安。ユリやルプーみたいにいかない。ネイアみたいにもいかない。」

 

「大丈夫です!シズ先輩の話し方は……味があります!」

 

「…………む。」

 

 お株を取られたような気分になったシズは〝む〟っとする。ネイアは何処かしてやったようなニヤニヤ顔だ。

 

「…………そもそもミリタリーのロマンを30分で纏めるのが不可能。最低6時間は欲しい。」

 

「解ります!わたしもアインズ様の素晴らしさを、時間の都合で15分ほどしか語れない時があるので、凄くモヤモヤするときがあるんですよ!」

 

 シズとネイアはお互いを見つめ合いどちらとも無く固い握手を結んだ。

 

「…………じゃあ練習を再開する。最古の武器は投擲槍とされており--」

 

 ネイアはその日一日中シズ先輩から放送練習の合間に〝みりたりー〟のロマンを語られ、キラキラと目を光らせるシズ先輩に笑顔で頷いていた。



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【番外編】ルーンの伝道師

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 数千人の聴衆が囲む中、壇上に設えられた石像が匕首の一閃によって真っ二つに斬れ、炎を宿して崩れ落ちた。2つに分かれ燃え上がる石像よりも、聴衆の目を奪うのは、6つの紫文字を刻んだ、短い鋼の刃。ネイア・バラハが持つ聖地カルネ村でもらい受けたルーン武器だった。

 

「皆様がご存じのように、わたくしは剣士ではなく弓手です!今の御業はわたしの力ではありません、聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国における、失われし技術!ルーン文字が持つ能力なのです!」

 

 〝おおおお!〟と聴衆達から歓声が沸く。

 

「アインズ様……魔導王陛下はこの失われし技術をお嘆きになり、復興をされている。つまりは聖地魔導国のみで得られる技術なのです!我が国の国宝、聖剣サファルリシアですら、このような御業は叶わないでしょう!またわたくしが背負う、魔導王陛下からご下賜頂いたアルティメット・シューティングスター・スーパーにもルーンの偉大な技術が使われております!……魔法詠唱者(マジック・キャスター)のあなた!このような形で魔化を施された武具をみたことがありますか!?」

 

 聴衆の目線が一斉に一人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)に向く。女性は緊張しながら首を横に振った。

 

「そう!このルーン文字、失われた秘宝は聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国でのみ、偉大にして絶対無二の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であらせられる御方、アインズ様の国でのみ実現可能な技術なのです!魔導王陛下の御慈悲を賜ったモノは全てが繁栄を約束されます!いずれこの匕首よりも、わたしにご下賜頂いたアルティメット・シューティングスター・スーパーよりも一層素晴らしいルーン武器が登場することは間違いありません。アインズ様はいずれその慈悲深き御手で世界を抱擁される御方!我々もこの偉大なる技術、そのお力を賜るに相応しい力を身に付け、アインズ様へ魂を捧げる日に備えなければならないのです!」

 

 少数の野次と……野次を打ち消す大喝采が大地に轟く。ネイアはその喝采を少し微妙な気持ちになりながら浴びていた。とりあえずシズ先輩から依頼された事は終わったので、あとは普通にアインズ様の素晴らしさを語ろう。ネイアとしては、演説でアインズ様の力に心酔させるのではなく、アインズ様が正義という真理を伝えたいのだ。

 

「もちろんアインズ様の素晴らしさはこのような武力だけで語れるものではありません、古今東西あらゆる王という王、その中でも最も慈悲深く、最も偉大な御方であり――」

 

 

 

「…………お疲れ。」

 

 演説が終わり、万雷の拍手を背に戻ったネイアに、シズ先輩がパチパチと拍手をしながら出迎えてくれる。今回シズ先輩から彼の聖地カルネ村で譲り受けた〝ルーン武器〟の素晴らしさを宣伝して欲しいと頼まれた。アインズ様の素晴らしさならば一日中でも滔々と語れるが、間に宣伝を挟む試みなどしたことがないので、何時もの数倍疲れた。

 

「上手く出来ましたかねぇ、シズ先輩。」

 

「…………うん。みんなルーンの凄さとアインズ様の素晴らしさを一緒に語っている。流石。」

 

「わたし自身ルーンに詳しく無かったので、不安でした……。」

 

「…………アインズ様も喜ばれる。うん。ネイアもわたしも褒められる。偉い。」

 

「本当ですか!」

 

 ネイアは演説の疲れが一気に吹っ飛んだかのように破顔する。アインズ様のお役に立てたならばこれ程嬉しい事はこの世に存在しない。

 

「…………そう。ルーンには付加価値がある。凄く大切なこと。アインズ様が言っていた。」

 

「良かったです!そう言えば、ルーンって凄く特別なものなんですか?」

 

「…………そう。」

 

「ですよね、皇帝のお名前にもなっているくらいですし。」

 

「…………皇帝?」

 

「ほら、バハルス帝国のジルクニフ様。確かジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様ですよね。ルーン文字と関係があるのですか?バハルス帝国にもルーン武器があったようですし。」

 

「…………う~ん。困った。アインズ様に聞いてみる。」

 

「はい!ではわたくし、今後もアインズ様のため機会があれば宣伝を頑張ります!……ただあまり本意ではないので、5回に1回くらいで。」

 

「…………よろしく。」



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【番外編】聖王国の暗雲 (仮)の新施設 

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「――カスポンド聖王陛下。」

 

 ローブル聖王国王城、聖王室。執務に精を出すカスポンド聖王陛下の護衛を賜っている聖騎士が、抑えられない怒りを漏れ出させる様に呟いた。

 

「なんだ?」

 

 言わんとすることは察しが付く。それでもカスポンド聖王は素知らぬ様子で聞き返した。その態度が聖騎士を一層苛立たせる。

 

「陛下はあの惨状を、城下の景色を見て何も思わないのですか!?」

 

 それは従者にあるまじき激発した感情の発露だ。不敬罪で首括りになってもおかしくない言動だが、他の護衛たる聖騎士達は何も言わず、止める行動もしない。それは誇り高きローブル聖王国聖騎士の総意だったためだ。

 

 聖室からは中庭しかみえないが、少し歩いて王城の窓の外から城下を見れば、忌まわしきアンデッドを崇拝する団体……ネイア・バラハ率いる『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』のシンボルマークを佩用した国民が目立ち、聖騎士に対し敵意や憐憫の目を向ける者までいる。ローブル聖王国のため、聖室のため鍛え戦い剣を捧げた身としては我慢ならない事だ。

 

「わたしが何を思うかよりも、我が国の民がどのように思っているかだろう。……ヤルダバオト襲来の爪痕が残る僻地へ支援物資を運び、未だ恐怖怯える民へ我々聖王室は何が出来た?政治的しがらみも無く、分け隔て無く復興に寄与した団体に、飢えに苦しむ自分たちへ食糧を持ってきた団体に、民はどのような反応を示している?」

 

「……それは。」

 

 もちろん復興には聖王室も国家を挙げて尽力してきた、だが全ての民に満足な支援が出来たかと問われれば否である。〝力無き正義は無力、正義無き力は暴力〟――忌まわしき(仮)の教義のひとつだが、この一点だけは身を以って共感出来る。

 

 食糧の不足・奪われた時間と人員による労働力の欠如・破壊された資源・失われた技術への協力に至るまで……。ある意味では一番の痛手を被った聖王家が国土全域へ救いの手を伸ばせるはずもなく、ローブル聖王国復興に一番寄与した団体と問われれば多くの国民は(仮)の名を挙げるだろう。

 

「それに〝救国の英雄へ感謝を捧げる団体〟に対し、わたしがいらない真似をしてみよ。魔導国はどんな反応をするか。聞くところによると聖王家に剣を捧げた者の中にすら、彼の団体へ所属した者がいるそうじゃないか。あはは……、いっそ彼女が聖王女になった方が円滑に国が回るのではないか?」

 

「陛……下。」

 

  自暴自棄を孕んだ、乾き切り疲労した微笑であり、怒りに滾っていた聖騎士達も思わず自分たちを恥じる。聖王家に剣を捧げた身でありながら、聖騎士という地位を捨て(仮)に寝返った背信者は数名いる。カスポンド聖王陛下への報告はしていなかったが、人の口に戸は立てられないと言ったところだろう。

 

「君の質問に答えていなかったな。〝城下の景色を見てどう思うか?〟だったか。……逆に聞きたい、どうすればいいんだ?」

 

 かき消える様な聖王陛下の声に、聖室内は沈黙に包まれる。

 

「未だわたしに面従腹背している南部と明確に対立するか?……南北が疲弊した頃、漁夫の利を得るのは(仮)と魔導国だ。バハルス帝国のように属国を懇願するか?……彼の皇宮のように我が聖王家が生き残るのは不可能だろうな、アンデッドに従属するなど許されることではない。最早聖王家には、聖王国民を幸せにする力も道しるべもないのだよ。レメディオス元団長さえも聖王家……祖国を裏切った、わたしには民を幸せにする道が見つからない。」

 

 レメディオス元聖騎士団長失踪事件。自宅に置き手紙もなく神隠しが如く姿を消し、必死の捜索をしているも姿は見えない。一説には反魔導国の秘密結社に所属したとも、スレイン法国へ亡命したとも言われているが、真相は闇の中だ。……ただ1つ確実なのは、聖王陛下に無断で国を去ったという現実だけ。

 

 元々カスポンド聖王陛下の即位には否定的であり、閑職へ追いやられた彼女の心境を思えばローブル聖王国に見切りを付けることも致し方ないと……頭では解っているが、崩壊していく聖城を象徴するかの様で、聖騎士達へ与えた影響は大きい。この国は一体どうなってしまうのか。

 

 ……何処かでまた上げられた、〝魔導王陛下万歳〟という止まない喝采が聖室まで轟いた気がした。

 

 

 

 ●

 

 

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』本部に新たな施設が増設された。それは聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国の真なる王城で見た大浴場-もちろん規模はかなり小さいが-であり、湯船にお湯を溜め、肩までお湯に浸かるという今までローブル聖王国にはなかった風習だ。

 

 本部は清貧を尊び、贅沢を排他した施設だったが、いずれアインズ様の慈悲深き御手にローブル聖王国を包んで頂こうと活動しているのだ、文化だって聖地を模倣し導入してみてもいい。そんな考えから造った施設だったが、同志達からの受けは良好だ。

 

 濃密な鍛錬と鍛錬後に流す汗、適度なリラックスは訓練の効率性が段違いに上がり、夜中も働く文官も一休みにやってきて、清掃時間を除きほぼ24時間フル稼働状態だ。そんな大浴場は現在2名によって貸し切りとなっている。

 

「…………うん。中々。悪くはない。」

 

「ありがとうございます!シズ先輩!」

 

 ネイアはシズ先輩からの賛辞に、素直な喜びを示す。正直真なる王城で見た中で、木製の湯船に柑橘の皮を浮かべた浴槽・木炭を浮かべた浴槽・サウナしか再現出来ていないが、<大浴場>は、同志である豚鬼(オーク)達が管理しているため、常に清潔で、バハルス帝国の一等宿屋で見た大浴場よりも上である自信がある。

 

「…………アインズ様もお風呂を好まれる。だからお風呂は良いこと。」

 

「そうなのですか!」

 

 ネイアは思わず湯船から立ち上がる。思えばヤルダバオト襲来時、アインズ様は湯浴みはおろか、清拭さえされていなかった。アインズ様はアンデッドなのでそういうものだと思っていたのだが、なんて失礼な事をしてしまったのだろうと今更に羞恥心が込み上がってくる。

 

 今度アインズ様がローブル聖王国へ訪れた際は、その非礼を詫びよう。この浴場ではアインズ様がご入浴されるに相応しいか不安が残る。お身体を清める従者も……その立場に自分がなれたらどれ程の僥倖であろう。ネイアの脳裏に〝背中を流す事を許す〟と命令するアインズ様の尊き姿が幻視され……

 

「…………むっ。ネイア悪い事を考えている。」

 

「そ、そんなこと無いですよ!あははは!」

 

「…………シャワーが無いのがちょっと残念。しょうがない。ここで洗いっこ。」

 

「ああ!はい、ではシズ先輩。湯船の中ですが、お背中を流しますね。」

 

 ネイアがタオルを持って後ろを向いたシズ先輩の背中をこする。

 

「…………あ。いや。だめ。」

 

「ですからそのセリフは、言わないと死ぬんですか!?」



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【番外編】(仮)の大訓練

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・(仮)の日常的な何かです。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「徴兵制度はローブル聖王国の歴史だ!何故聖王陛下は復興の一段落がついた今も徴兵を再開しようとしない!」

 

 ローブル聖王国南部。海軍に属する職業軍人であり、歴戦の傷が目立つ男は憤った様子で同輩である軍士達に愚痴をこぼしていた。元々ローブル聖王国は徴兵制度を導入していた。成人すれば男女関係なく一定期間兵士としての鍛錬を積み、城壁へ配属されていたのだが……。現在徴兵制度復興の目処は、立っていない。

 

 

「そうカッカするな、悪い癖だぞ。理由は3つだよ。1つ、東に広がるアベリオン丘陵と対立していた時分と異なり、亜人の脅威が無くなったこと。2つ、築き上げていた100kmにも及ぶ城壁がヤルダバオト襲来のため修繕の途中であり、軍を育成する国力よりもまず、国の復興が優先であること……

 

 ……3つ、彼の有名な『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』だ。20万の武装親衛隊の存在は脅威だ。聞くところによると、感謝を送る会(仮)には未成年の徴兵前の男女も多いが、徴兵で受ける訓練など鼻で嗤う様な苛烈極まる特訓を嬉々としてこなしているそうじゃないか。〝成人したての新兵が、指導教官の職業軍人を上回る〟なんていう馬鹿げた事態が本気で起こってみろ、俺らは良い笑いものさ。」

 

「アンデッドを神と崇拝するような狂った集団が、誇るべきローブル聖王国海軍を上回る!?は、戯れ言だ。」

 

「はぁ……。」

 

 武功よりも戦術面で優れていた海軍下士官は、目の前の己の武を誇る男に憐憫の目を向ける。(仮)は自らが行っている訓練の内容や行程を包み隠さず公開している。もし記されている全てが本当だとすれば、間違い無くローブル聖王国で最も苛烈な訓練を積む部隊だ。

 

「そこまでいうなら仮入団してみればどうだ?お前も弓手だったよな?」

 

「俺はアンデッドを神と崇拝するつもりなど、更々無いぞ。」

 

「別に構わないらしいぞ。感謝を送る会は、仮入団して鍛錬に参加するだけという事にも積極的だ。丁度リムンで一月あまりの大訓練があるらしい、北部では募集のポスターまでご丁寧に貼っている。俺からは【密偵】という形で上に通しておくから、参加してみるといいかもな。」

 

「ふん。スパイの真似事か、いいだろう。上から許可が出れば、行ってみようじゃないか。」

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

「魔導王陛下!!」

 

「「「 万歳!! 」」」

 

 

「魔導王陛下!!」

 

「「「 万歳!! 」」」

 

 

 湾岸都市リムンに造られた海軍鍛錬場。その砂浜で、4人一組となった120人前後の老若男女が、木製の小舟(ボート)を4人で担ぎながら、砂浜を走っていた。片手には船を進ませるための巨大な(オール)を持ち、背中には武器である弓と矢筒の他、3日分の生活用品を含めた30kgを越える大荷物を背負っている。

 

 南から来た軍士は、汗だくになり、(オール)を持つ手を振るわせ、肩から滑りそうになる小舟(ボート)を必死で支えながら、根性だけで脚を動かしていた。南から来た軍士を感謝を送る会(仮)は熱烈に歓迎してくれ、スパイである事など全く気にも留めていないようだった。鍛錬に際して、体格が合う自分より年下の男性達とチームを組むことになった。

 

 万歳の合唱は呼吸の暇を与えてくれず、最初は軽く感じた(オール)小舟(ボート)も荷物も、今では鎖で繋がれた巨大な鉄球を引きずっているかのようだ。だが、他の3人は軽く汗を流しているだけで、全く疲弊している気配はない。何より異様なのは女性も子どもも、自分と同じ訓練をしているはずなのに、疲弊しているのが自分1人ということだ。

 

「……軍士殿、(オール)と荷物はわたしが持ちます。今は走ることに専念してください。」

 

 チームリーダーだという青年……恐らく元職業軍人であろう年下の男が声を掛けてくる。自分にも長年海軍に所属し、幾多の亜人を屠ってきた矜持がある。侮辱としか思えない提案だったが……

 

「あと20km走ればこの小舟(ボート)に乗り、本格的な海洋弓手訓練が始まります。チームで助け合うのも訓練なのです。」

 

 一体何km走ったと思っている。まだ本番ですらない。その一言に心がボキリと折れ、男はそのまま年下の後輩であろう軍士の命令に従った。そして担いだ小舟でいよいよ海へ乗り出し、2人が船を漕ぎ、1人が偵察し、ひとりが的を射るという訓練が始まる。皆凄まじい練度であり、荒波に揺られる小舟の中、百発百中を誇っている。

 

 ……南から来た男のチームだけが、男のミスで小舟を転覆させた。矜持をズタボロにするには十二分な一日目であった。

 

 

「魔導王陛下へ感謝を込めて!」

 

「「「 いただきます! 」」」

 

 早朝から始まった地獄の様な一日も20時で訓練は終了し、最早動く気力さえ無い男の鼻孔を、旨そうな食事の匂いが擽る。白パンとオートミール、腸詰め・燻製肉など、一般的な軍事食も多いが……

 

「このパンは……。」

 

「はい、軍士殿!こちらは当会代表ネイア・バラハが聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国へ巡礼された際に下賜されたレシピの1つ【アップルパイ】というものです。薄く伸ばした生地でリンゴを包み焼いたものと聞いております!基本的に甘味が配給されることはありませんが、我々が大きく爪を研ぐ大訓練では魔導王陛下の御慈悲を賜ることも許されるだろうと、バラハ様が特別に手配して下さっております。」

 

 南から来た男は一口、そのパンにも似た菓子を囓る。疲れ切って悲鳴を上げていた身体に染み渡る甘味であり、林檎の汁を含んだ甘い蜜が、香ばしく焼かれた薄い生地と交じり合い、パリパリと砕けた皮と共に甘く口に広がる。そのまま眠りに落ちてしまいそうな安堵に包まれるが……

 

「ではこれから訓練の総括と座学を始めます。本日は水路学及び海難事例からの対応です。」

 

 ……まだ地獄の一日目は終わってすらいなかったのだ。その後も訓練は苛烈を極めた。人体の許容を越えるのではないかと錯覚する基礎訓練・チームを変えての小規模作戦訓練・水中順応訓練・船上での精密射撃訓練・職業軍人であった自分ですら知らぬ様々な海洋や武器に関する座学……枚挙に暇が無い。

 

 苛烈な訓練の足を引っ張る自分に対しても、他の皆は優しく、時に厳しく声を掛け、決して見捨てることはなかった。そして暇を見つけては語り合う仲ともなった。

 

 

 そうして30日が過ぎ……。

 

 

 

 

「誇り高き親衛隊の皆様!!30日に及ぶ大訓練、大変お疲れ様でした!」

 

 ローブル聖王国首都ホバンス、『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部。溌剌とした声で整列する全員を賛美するのは、顔の上半分をバイザー型ミラーシェードで覆い、月光の如く煌めく弓を背負うネイア・バラハ。30日の大訓練は、死傷者無く無事に行程を終え、南の軍士も最終日には足を引っ張らない程度まで成長した。

 

 そして確信した。最早徴兵という制度は、(仮)が如何にデタラメな集団であるかの宣伝にしかならない事。ローブル聖王国で徴兵制度が復活することは無いだろう事。……魔導王陛下が如何に慈悲深く、そして偉大な人物であるかを。

 

 本部までの案内には、みたこともない立派な馬車がやってきて、本部に着いたら豚鬼(オーク)が普通に働いている事に驚いた。そして大浴場なる湯をたっぷりと溜めた広い場所で身を清め、こうして苦難を共にした119人の同志と共に並んでいる。

 

 119人の皆から様々な話を聞いた。悪魔の収容所にて家族を目の前で殺された者、恋人を人体実験に使われた者、餓死の寸前で同じく収容されていた亜人の血を啜って生き延びた者……。そんな同志たちにとって魔導王陛下は正しく救世主であり、自分たちが強くなろうとする――そして実際に強くある原動力だった。

 

 北部がそんな惨状になっているなど、噂でしか聞いたことが無かった軍士は日に日に、訓練を共にする同志と心を交わすと同時に魔導王陛下への尊敬の念を深めていった。そして締めくくりといえる、ネイア・バラハの演説に、思わず涙まで流してしまう。同志たちの肩も震えており嗚咽が聞こえてきた。

 

「――では!アインズ様……魔導王陛下に栄光を!」

 

 思わず声を張り上げている自分がいた。苦難を共にした同志達と心から1つになれた気がした。その日、ローブル聖王国南部から1人の軍人が退役した。そして、『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』にひとりの同志が加わった。



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【番外編】ネイアの憂鬱

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ネイア・バラハは現在、ローブル聖王国首都ホバンスにある『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部に居住している。亡き両親との実家に若干の未練もあったが、ネイアは現在20万の同志を導く長という立場に……何時の間にかなっている。些細な私情など、魔導王陛下の素晴らしさを説く使命と比べるまでもない。

 

 魔導王陛下が如何に素晴らしいかなど、愚鈍な自分でも気がついたのだから、他の人間が代わってくれても良いと思うのだが、同志達は口を揃えて〝バラハ様の代わりなどおりません〟という。聖騎士見習いの従者から、いきなり団体のトップに祭り上げられるのは結構精神的に疲労が溜まる。

 

 ……事務方の長、書記次長のベルトラン・モロからの報告を聞いている時は特に。

 

「――バラハ様、以前より構想されていた当会所属の同志からなる、【魔導王陛下農業同盟】【魔導王陛下鉱業同盟】【魔導王陛下司法官同盟】【魔導王陛下医療支援同盟】【魔導王陛下教員同盟】【魔導王陛下軍士同盟】【魔導王陛下青少年団】……などなどの職業別下部組織が正式に結成されました。今後一体感が強調され、同志達から本部へ上げられる支援品管理の円滑化、魔導王陛下が如何に素晴らしいかという真実の浸透にも大きく影響する事でしょう。」

 

「大変素晴らしいことです!ただ地区を管理する同志支部長と同盟の長が諍いを起こさないよう、細心の注意をはらって下さい。」

 

「勿論に御座います。魔導王陛下の偉大さ、そしてバラハ様の尽力もあり、同志達が諍いを起こすことは御座いません。結成式は済んでおりますので、お時間を頂ければ団結した同志達に労いの言葉を掛けて頂ければ幸いに御座います。」

 

「解りました!わたしに出来る事ならばなんなりと。」

 

「ではお時間の調整は、僭越ながらわたくしが行わせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「是非おねがいします。」

 

 ……というかネイアにそんなタイムマネジメントを行う能力などない。同志達とアインズ様の偉大さを語るのは大好きだが、代表として激励の言葉を掛けるのは、年齢も下で、職業も聖騎士従者しかしたことのないネイアには未だ慣れない仕事だ。

 

 こうしてあらゆる職種の同志達が団結したのも、いと尊きアインズ様の御威光があっての事。ネイアは自分の力ではないと思うのだが、アインズ様の素晴らしさに目覚めた同志達からの要望を裏切る訳にもいかない。

 

(ああ……、アインズ様がお声を掛けて下されば、どれほど素敵なことでしょう。)

 

 ネイアはアインズ様の慈悲深き御手が祖国を抱擁してくれる日を願うことで、今にも起きそうな頭痛を緩和していた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部、代表ネイア・バラハの私室。昨日は同志達との語らい〝魔導王陛下への感謝を抱いて〟が行われた日であり、珍しく外での演説も無く丸一日を本部で過ごした。

 

 部屋には立派な額縁に入ったアインズ様の大小様々な肖像画が飾られており、【アインズ様語録】と銘打たれた様々な言葉が立派な木彫りの文字にされ、壁に所狭しと飾られている。生活用品は極めて少なく、服は同じ様なものが数着ハンガーに掛けられて部屋の片隅に吊るされており、あとはベッドと机とクローゼットしかない。机にはアインズ様の石像がピカピカに磨かれて置かれている。

 

 クローゼットの横には祭壇があり、聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国で下賜されたアルティメット・シューティングスター・スーパー、射手の籠手、バイザー型ミラーシェード、バザーの鎧が祀られている。

 

 ネイアは目覚めの歯磨きをして、クローゼットを開け、寝間着を脱ぐ。そこには全身を映す鏡があり、〝凶眼〟と称される目付きが変わっていない事に落胆する。そして弓手として、左右非対称に鍛えられた独特の身体と……、全く成長する気配が見えない胸部を少し恥ずかしげに触ってみる。

 

 脳裏にはアインズ様の玉座の横でたおやかな笑みを湛える絶世の美女、魔導国宰相アルベド様の姿が浮かぶ。女性としても、アインズ様のお役に立つ存在としても完敗だ。ネイアも一応年頃の少女なのだ、思わずガックリと項垂れてしまう。

 

「…………ふにふに。」

 

「うひゃあ!!」

 

 不意に後ろから身体を触られ驚いて吹っ飛んだ拍子にクローゼットの角に頭をぶつけてしまう。

 

「シズ先輩!何をするんですか!?ってかいつの間に!?」

 

『バラハ様!どうかされ……』

 

「何でもないです!今絶対に開けないで下さい!」

 

『あ、はい。失礼致しました。』

 

 恥ずかしい姿を見られ、顔を真っ赤にしたネイアが思わず叫んでしまう。ネイアの私室は強固な親衛隊に護られているはずなのだが、神出鬼没なシズ先輩の前では全く無意味だ。親衛隊員も誰が来たのか察したのだろう、そのままドア越しに声を掛け、開くことなく去っていた。

 

「…………ネイアが悩んでいたから悪戯してみた。ルプーがよくやる。」

 

 真なる王城で出会った、シズ先輩の姉妹だという、全く似ていない5人の美女。その内褐色肌の天真爛漫な赤毛の美女が浮かぶ。確かにこんなイタズラをしそうなタイプだ。

 

「…………で。何に困っている?先輩は偉大。相談するべき。」

 

 ふん。と可愛らしく胸を張ったシズ先輩を見て、色々な意味で相談出来ない内容だと苦悩する。ただ宝石の様な目を光らせているシズ先輩を前に、どのように誤魔化そうかとネイアは思わずため息を吐いた。



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【短閑話】(仮)の新施設 ②

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「同志の皆様お疲れ様です!」

 

 ネイアは溌剌とした声で、同志達を心から称賛する。同時に目の前の光景に強い満足感を覚えていた。広く掃除の行き届いた室内で、乳幼児は保母に見守られながら玩具で遊び、ある程度の年齢となった青少年は文字や、学問を指導されている。

 

 【子どもは国の宝である。】――ネイアの私室に飾られているアインズ様語録の1つだ。

 

「これはバラハ様!わざわざご足労頂きありがとうございます。」

 

 カリンシャにある、支援者より貰い受けた3階建ての広大な屋敷。ネイア・バラハが聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国へ巡礼後、同志達と構想していた孤児院の設立がようやく軌道に乗り、『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』直営の孤児院がようやく完成し、始動した。

 

 ローブル聖王国はヤルダバオト襲来によって家族を亡くし、行き場の無い孤児や未亡人に溢れていた。ネイアは聖地で見学させて頂いた、戦いで夫を亡くした未亡人を保育士の職につけ、孤児達に教育を施す慈悲深い孤児院に感銘を受け、自分たちの国にも取り入れようと尽力し、ようやく実を結んだ。

 

 【魔導王陛下医療支援同盟】【魔導王陛下教員同盟】の同志たちから、治癒魔法を得意とする者や教育者も引き抜き、立派な学園・医療院としての側面も持たせた。ネイアから魔導王陛下の慈悲深き統治の一端を聞き、その試みに選抜された同志のやる気も十分だ。

 

 もちろん超越者クラスの神官が院長を務め、知的な気配を漂わせるメイド悪魔の1人が運営する聖地魔導国の孤児院には程遠いが、ローブル聖王国では一番の施設であるという自負がある。

 

 まだ会に所属する同志達や、一握の孤児や未亡人しか保護できていない段階だが、実績を作り国家が運営している孤児院を感謝を送る会(仮)に委託してもらい、全ての孤児院をこの施設レベルまで引き上げられれば、ローブル聖王国の未来も明るいものとなるだろう。

 

 子ども達は先入観も無く、アインズ様がアンデッドであろうと偉大な御方であると真実を理解しやすく、いずれローブル聖王国で多くなるであろう亜人やアンデッドへの忌避感が薄いことも素晴らしい。

 

 だがこの施設に入れるのは300人ほど……、あと4つの都市で同じ様な孤児院を展開する予定だが、それでも1500人。未だ悲壮に暮れあぶれる孤児達の数を考えれば余りにも少ない。

 

(アインズ様でしたらどのように……。やはり弱きことは悪なのですね。)

 

 ネイアは孤児院に祀られている魔導王陛下の肖像画に思わず祈りを捧げる。聖地巡礼の7日間で見た慈悲深き統治は正しく、今のローブル聖王国への道標だ。願わくばもう一度、聖地にて学ぶ機が御座いますようにと……。



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【番外編】併呑作戦 シズのつまらない質問

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 南部有権者の会合に、カスポンド聖王の名代としてやってきているのは、現聖騎士団団長グスターボ・モンタニェス。彼は、最早生理現象くらいに慣れてしまった胃痛を叫ぶ腹部を撫でる。

 

「カスポンド聖王陛下は、今こそ南北が手を取り合い、【本来のローブル聖王国を取り戻す】というスローガンの下、団結するべきとお考えです。」

 

 聖王室は……いや、ローブル聖王国はヤルダバオト襲来から国の体裁が大きく変わってしまった。あのバケモノは国民を嬲り殺し、建物を破壊するだけでは飽きたらず、ローブル聖王国の歴史・伝統・倫理観・価値観までもを狂わせた。

 

 最初に懸念されたのは襲来の爪痕が残る北部と、ヤルダバオトの襲撃を免れた南部の国力差から発生する対立……最悪、内戦であった。その国力差は、仮にも聖王が名代を立て、南部へご機嫌伺いに行かなければならない現状からも明らかだろう。

 

「我々は聖王室へ忠誠を捧げる身。当然の事に御座います。」

 

 白髪交じりの侯爵が冷たい視線を送りながら、言葉を返す。だが南部の神官や貴族達が、秘密裏に【打倒カスポンド聖王】を掲げていることは明白だ。今更になっても隠し立てしようとする厚顔を少しは分けて欲しい。

 

「……聖王陛下はヤルダバオト襲来の復興に、皆様のお力が必要不可欠であると強く話されておりました。現在ローブル聖王国が脅威に晒されていることは皆様もご周知の通りと、わたくしは確信しております。」

 

 その一言で、会議に参加する南部の有権者たちは身体を強ばらせる。南北は対立しつつも、明確な対峙はしていない。これが平和的理由ならば世界はどれだけ素敵だろう。南北両勢力にとって、より大きな問題が発生したために過ぎない。

 

「〝あの勢力〟に対抗するため、カスポンド聖王陛下は皆様のお力を……ローブル聖王国をいまこそ団結させるべきとお考えです。」

 

 ネイア・バラハ率いる『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の存在だ。救国の英雄に感謝を送る……この行為自体に問題は無い。相手がローブル聖王国にとって不倶戴天の敵、あの魔導王(アンデッド)でさえなければ。自らの国力では手も足も出ない相手を打ち倒してくれた王だ、これがスレイン法国や……最悪でも彼の亜人が多数を占めるというアーグランド評議国ならば、まだ属国となり聖王家が生き延びる道もあっただろう。

 

 しかし聖王室・聖騎士がアンデッドに従属し、剣を捧げるなど出来るはずがない。だがこのまま指を咥えて待っていれば、この国はアンデッドの手中に収まってしまう。(仮)が20万もの武装親衛隊を持ち合わせた今、最早南北で対立をしている場合ではない。

 

「聖王家から南部貴族の皆様や神官の皆様に対し、聖王室が持ち合わせる徴税権、軍事保有権、海里の領土権限、司法権限をある程度譲歩すると言付かっております。」

 

「そんな、歴史有る聖王室から我々如きが受け取ることなど出来ません。」

 

「まったくです。ですが聖王家が疲弊している現在、一時的に爵位を持つ我々が僭越ながら代行を行わせて頂くことは吝かでは御座いませんが。」

 

「そうですな。我々が法の執行人となった暁には、あの忌まわしき(仮)を異端審問に掛け、瓦解させてしまえばいいでしょう。」

 

 聖騎士たる自分には解らないが、身を乗り出し目を輝かせているあたり、爵位を持ち権威を欲する者として余程魅力的なのだろう。言動が全く噛み合っていない。

 

 大幅な規制の緩和であり、貴族や神官連中は更に富と地位・威勢を確かなモノにするだろう。

 

 ……もちろんグスターボはこんな真似、一時的な時間稼ぎにしかならないと解っている。今まで聖王家と敵対する手筈を整えていた相手に強権を与えるなど、大博打を通り越し、自殺行為だ。力を得た貴族達は聖王室に心から忠誠など誓わないだろう。まして南部は北部ほどヤルダバオトの恐怖も、それを打ち倒した魔導王の恐ろしさも、魔導王を讃える(仮)の脅威に対しても、認識が余りにも甘過ぎる。

 

 民の暮らしもどうなるか解ったモノでは無い、重税や賄賂・冤罪裁判……腐敗の温床を自ら造り上げるようなものだ。だが、代案も出ない。代案無くして反対するほど聖王国には時間も猶予も残されていない。

 

(我が国は終わりに向かっている……。)

 

 南北の和解など、今更応急処置にすらならない。グスターボは南部へ赴く道中を思い返す。聖王国聖騎士団長たる自分よりも、壇上に立つネイア・バラハに喝采が……魔導王(アンデッド)を讃える絶え間ない賛美が轟くのを見た。

 

(もし我が国が内部から腐敗すれば、裁く者は……。)

 

 グスターボは最悪の想定を脳裏に浮かべ、強烈な胃痛から身体をくの字に歪めた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部。ネイアは水槽にへばり付いて目を輝かせているシズ先輩を、対面の澄んだ水越しに見て苦笑していた。

 

 水槽には鮮やかな青い鱗と大きな虹の様な尾ひれをもった幾匹もの小さな魚が泳いでいる。トンと水槽を叩く度に、ビクリと泳ぎ出すのが楽しいのか、シズ先輩は角度を変えて何度か水槽を指先で優しく叩いている。

 

人魚(マーマン)の同志から支援品として頂いた海の虹という魚ですが、そんなに珍しいですか?まぁ聖王国でも宝石と同じ程度の値段で取引はされてますが。」

 

 熱帯魚を前にしたシズ先輩は〝みりたりーのロマン〟を語っている時くらいには子供じみている。その様子は正直かわいいという感情しか湧いてこないが、ネイアは黙っていることにした。

 

「…………欲しい。」

 

「海水の準備と餌があれば飼えますよ。」

 

「…………水を……海水を……博士の部屋に……う~~ん。」

 

「シズ先輩がよろしければ、持っていって下さい!元々売る予定の品でしたので!」

 

 思えば自分はアインズ様に恩義を頂いているばかりで、何もお返し出来ていない。王の中の王にして偉大なる御方であるアインズ様にお渡し出来るものなどこの世に存在するのか解らない上、自分は渡す立場にもない。そう思えばシズ先輩に形あるものをお渡しするチャンスなのではないかと考えたが……

 

「…………ダメ。諦める。」

 

 その声はネイアでなくても解るのではないかというほど、忸怩たる思いが篭もっていた。カリンシャ奪還戦で自分が死の淵に居たときでさえ冷静だったシズ先輩がと思うと逆に笑いさえこみ上げてくる。

 

「そうですか……、残念です。」

 

 シズ先輩はトントンと叩いていた小さな魚達が弱っていき、お互いを攻撃しあったのを見て目の色を変え-ネイアにしか解らない変化だろうが-水槽の反対……ネイア側に立ち少しションボリとした様子でそれを見ていた。

 

「ああ、海の虹はパニックになるとこうなっちゃうんです。直ぐに収まりますよ。」

 

「…………仲間同士。良くない。頑張れ。」

 

 水槽から手を離して、静かに海の虹達を応援している。その声はどこか儚げだ。魚達のパニックは数秒で収まり水槽に静謐が戻った。シズ先輩はその様子を見ながら、静かに話を始めた。

 

「…………昔。ちょっと昔。皆と話した事がある。つまらない話。」

 

「なんですか?」

 

 視線を相変わらず水槽に向けたまま、何かを思いだしたのかゆっくりと、ネイアの返事から一拍置き……

 

「…………アインズ様にわたしを殺せと命じられた。ネイアはどうする?」

 

「勝てないと解りつつ即座に弓を絞らせて頂きます。」

 

 ネイアは質問の内容に驚くと同時に、驚く間も無く即座に結論を出した事にも二重に驚く。あの慈悲深く深慮を巡らせるアインズ様だ。その御方がシズ先輩……メイド悪魔の抹殺を命じたということは、シズ先輩が操られて離反……自らの望まない意思で他者やアインズ様に仇成す存在となったということだ。そしてアインズ様が命じたならばネイアに解決出来る問題ではないだろう。なので取るべき行動は一つだ。

 

「…………うん。流石ネイア。皆同じ事を言っていた。わたしも同じ事を思う。」

 

「ええ!ですのでわたくしに抹殺命令が下されても躊躇しないで下さいね!死ぬならばアインズ様のご命令か、アインズ様の御手。もしくはシズ先輩がいいです。いえ他国の平民がおこがましいですね。」

 

「…………うん。」

 

「ですが、シズ先輩を……なんて、あの偉大にして智謀の王たる慈悲深きアインズ様が万策を以って不可能と判断した時です。つまり有り得ないことですよ!」

 

「…………うん。だからネイアも。ううん。つまらない話だった。叱咤もの。」

 

「シズ先輩を叱咤する者なんてこの場に……いえ、この国にいませんよ。」

 

 ネイアは何時もらしくないシズ先輩がどんな顔をしているのかとても気になった。だがシズ先輩がどんな表情をしているか、その真相を見るのは水槽の魚達だけだった。

 

 



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【番外編】魔導王陛下降臨、幕間・後日談

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・蛇足の蛇足という相変わらず訳の解らないものです。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ローブル聖王国の王城、聖騎士の詰め所。本来立派な壁や机、調度品は巨人の指先でチーズを摘んだような異様さを呈している。呪詛に染まったレメディオス元団長が英雄クラスの力を以って八つ当たりであちらこちらを破壊した結果だ。

 

 そんな聖騎士の詰め所では、現聖騎士団長グスターボ・モンタニェスが、悲痛な顔に歪む聖騎士達から様々な懇願とも愚痴とも付かない不毛な話を聞いていた。

 

「カスポンド聖王陛下は何をお考えなのですか!こんな屈辱があります!?魔導王……一国の王がローブル聖王国へ入国しながら、王家へ入ることもせず、あの忌まわしき(仮)にのみ顔を出したのですぞ!?」

 

 グスターボに懇願する聖騎士の内心は屈辱と不甲斐なさに塗れたもので、何時の間にか聖騎士の職業病となっている強烈な胃痛も合わさり、見るに堪えない酷い顔となっていた。

 

「聖王陛下が魔導国より伺ったのは入国の許可のみ。向こうは〝新生聖王室へアンデッドたる自分が立ち入ってはいらぬ不和を招くだろう〟と配慮していた。……事実、我々は魔導王を心から歓迎出来るか?」

 

「それは出来ませんが……。ならば入国そのものをしなければ良かったのです!あのアンデッドめ!」

 

 向こうが国王でありながら、ローブル聖王国の聖王室を訪れなかった大義名分は十分なものだ。かといって〝救国の英雄〟を聖王室や貴族ではなく、新興宗教団体・民間政治団体に過ぎない(仮)が歓迎し、魔導王も(仮)の施設を視察に巡るなど、それこそ国内に不和をもたらす最悪の展開だ。

 

 ただでさえ聖王室は、南部の神官や貴族に対し権限の大幅な譲渡・規制緩和を行い、弱体化しつつある。今回の一件は〝聖王室は一国の王……それも救国の英雄が立ち寄る価値もない〟と国民に判断されても仕方がないだろう。逆を言えば、あの忌まわしき(仮)の評価が相対的に上昇する。

 

「それにしてもカスポンド聖王陛下は何をお考えなのです……、南部と融和するには権限という餌が必要な事は解りますが、南部の貴族や神官連中が権力を握れば民の暮らしがどうなるかなど、火を見るよりも明らかではありませんか!」

 

「内戦へ発展させ、幾多の血を流すか……。それとも、時間稼ぎでも国民同士の不毛な対立を避け、民に犠牲を強いようとも国を団結させるか……。最早取れる手が無いことは理解出来るが、よりよいローブル聖王国のために行動しているとは……。」

 

 カスポンド聖王陛下……聖王家の血を継ぐ唯一の人間は、ヤルダバオトの収容所で地獄を味わってから人が変わってしまった。以前はカルカ聖王女と同じく、慈悲深く民を思う方だったのだが、その変貌は正しく別人だ。グスターボは不敬な発言を繰り返す部下達を御する立場なのだろうが、自身も同じ思いなだけに強く言うことが出来ない。

 

 何よりグスターボがカスポンド聖王へ覚える違和感は、日に日に強くなる一方なのだ。まるで国内の不満を溜めこむ下ごしらえをしているかのように感じる。

 

(まさか……。いや、ありえるはずがない。)

 

 最悪の想定は一層益々強まっていく、もし……万が一、ありえない話だが、聖王陛下が偽物だとすれば、この国はどうなってしまうのだ?グスターボは思わず、聖王陛下より下賜された聖剣サファルリシアに手を当てた。

 

 

 ●

 

 

「皆様お疲れ様です!氷塊は大浴場を管理している同志の下へ!」

 

 

 時刻は深夜。『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の中でも騎馬と輸送技能に長けた親衛隊は、16人掛かりで1tを超える巨大な氷塊を改造した馬車に積み、プラートから本部のある首都ホバンスまで運び終えた。

 

 一行の目的は、冷洞窟を有するプラートの貴族に氷塊採掘の許可を貰い、氷塊を言い値で買い取り、迅速に採掘し、20時間以内に輸送する事。

 

 恐らくローブル聖王国でこれほど俊敏な動きを見せられる組織は(仮)くらいなものだろう。今回代表ネイア・バラハより、魔導王陛下がローブル聖王国へ訪問される事、そして光栄な事に、『感謝を送る会(仮)』の施設を視察なされる事を伺った。

 

 この氷塊は普段親衛隊が利用している大浴場……ネイア・バラハが聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国で学んだという〝すぱ〟の水風呂に浮かべるため使われる。

 

 魔導王陛下は入浴を好まれ、万が一だが恐れ多い事に、この施設でご入浴をされる可能性があるというのだ。自分達の垢で汚れた浴場を使って頂くなど、トンデモナイ話であり、豚鬼(オーク)を筆頭とした同志達によって徹底的な清掃と消毒が行われている。

 

 別の場所に目をやれば、魔導王陛下を出迎えるため、魔導国の国旗を掲揚するという誉れを賜った同志達が、ネイアと共に居るシズ先輩から様々な指導を受けていた。

 

「…………呑み込みが早い。まずまず。」

 

「大丈夫でしょうか、シズ先輩!?何分1日の準備ですので、無礼が御座いましたら!」

 

「…………アインズ様も突然なので最低限でいいと言っていた。」

 

 その〝最低限〟の基準がどれほど高いものであるかは、7日の聖地巡礼でネイアは身に染みている。今首都ホバンスには、ネイアが緊急発令を掛け、2万人の同志達が集結している。距離的に間に合わない支部の同志には申し訳無いが、埋め合わせを考えるのは後で良いだろう。

 

「…………わたしはそろそろ戻る。じゃ。また10時間後。」

 

 シズ先輩はそう言って別れを告げ、物陰に移動して気配を消した。そうして感謝を送る会は、創設以来最大とも言える大仕事、引いては団体の存在意義。神の出迎えを前に、不眠不休の準備を行っていた。上意下達の徹底、部隊運用の練度。その動きは、後に話を聞いた聖王室や南部をより一層畏怖させるものだったが、本人達に伝わることは無かった。

 

 

 

 



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【番外編】閑話 シズ先輩のメイド道講座

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。


 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「ということでシズ先輩!アインズ様からご下賜頂いた聖典(ぐんじしょせき)をもとに、まず迷彩服から作ってみました!」

 

 並べられるのは、草原用の薄い迷彩柄、密林地帯で使うシズ先輩のマフラーに似た濃い迷彩柄、雪原用の白装束、砂漠地帯に溶け込むという目が痛くなりそうなピンクの柄など多数。ネイアは戦闘・戦術知識に関しては門外漢なので、元軍士の同志へ聖典を託し、戦力強化に向けた様々な取り組みを行ってもらっていた。

 

 聖典に記された戦史・戦術・野戦概念はどれも斬新にして複雑怪奇な代物で、魔法技術に疎く、レンジャー部隊や弓手部隊が多くを占める(仮)の戦力を大幅に増強させるだろうと言われている。

 

 最初に着手したのは、一部隊単位で戦地の景色に溶け込む格好で固める【迷彩服】の作製だった。敵からの探知を難しくさせるには少なくとも第一位階魔法<溶け込み(カモフラージュ)>が必要となり、それも不完全な上に、対象は単体だけだ。

 

 攻勢に出る部隊の全員が迷彩で衣装を固めるという概念はこの世界には-少なくともネイアの知る限り-無いものだった。他にも英雄クラスを超えない一般の兵士たる者が、バケモノを相手に戦う術が多く載っており、海洋国であるローブル聖王国ではありふれた品の魚網に<飛行(フライ)>の力を宿し浮かせ、馬や魔獣の足を止め、矢を一斉掃射する手法などは、騎馬兵のみならず、彼の竜王国を難儀させているビーストマンにも有効な手段だろうと言われている。

 

 現在(仮)の親衛隊訓練では迷彩服を用いた隠行術の鍛錬が追加され、錬度を上げているとの嬉しい報告もある。敵対する者が人間か亜人か魔獣か……その特徴を活かした、色だけに頼らない匂いや聴覚を騙す迷彩を作ることが、最終的な目標だ。

 

「…………うん。素晴らしい。迷彩柄は正義。」

 

 シズ先輩はやや興奮した様子で並べられている迷彩衣装を前にしていた。

 

「ですが、わたしではアインズ様より賜った聖典を正しく理解出来ないのが不甲斐ないです。」

 

「…………安心する。ネイアにはネイアにしか出来ない事がある。」

 

 倚子に座り机にぐったり項垂れたネイアの頭を、シズは横に座って優しく撫でる。

 

「わたしに出来る事ですか……。アインズ様の素晴らしさを伝えるという、誰にでも出来ることなのですが……。」

 

「…………むっ。ネイアはまたそんな事を言う。謙遜も過ぎると不敬。アインズ様が言っていた。」

 

「そうですかねぇ……。」

 

 ネイアとしては自分がそんな素晴らしい能力を持ち合わせているなど微塵も思っていないが、シズ先輩は毎回その話をすると〝むっ〟とした後、励ましてくれる。

 

「…………アインズ様にお仕えしたいならば先輩を信じるべき。」

 

「うん、そうですね!わたしも出来る限り頑張ります!」

 

「…………心意気ヨシ。特別に講義をする。」

 

「講義……ですか?」

 

 シズ先輩はこくりと頷いて、目を光らせ親指をビシッと立てた。

 

「…………ユリ姉直伝。先輩が教えるメイド道。」

 

 

 

 

「いやあのシズ先輩!わたしにはどう考えても似合わないと思うんですよ!まずスカートってのがアレですし、思いっきり足見えてません!?それにスカートの丈短くないですか!?」

 

「…………?」

 

「何で不思議そうな顔してるんですか!?」

 

 メイド衣装に身を包んだネイアは顔を真っ赤に染め、スースーする足下に違和感を覚え、はしたないと解っていつつも、ヒラヒラとしたスカートに手が伸びてしまう。よく考えればシズ先輩はこの格好であの討伐劇をやってのけたのだ。【メイド悪魔】という種族だからだろうか。自分は絶対真似出来ない。

 

「…………まず基本。アインズ様に〝付き従え〟と言われた時には――」

 

「なるほど!一度頭を下げ、一拍置き……ああ!アインズ様に〝付き従え〟とご命令されるなんて!なんという恩寵でしょう!」

 

「…………わたしはされたことがある。」

 

 シズ先輩は誇らしげにむん、と胸を張った。ネイアの羨望の眼差しに対し、慈しむように頷く。

 

「…………大丈夫。ネイアもきっとご命令頂ける日が来る。応援している。」

 

「ありがとうございます!シズ先輩!」

 

 シズ先輩が帰った後、メイド服姿を書記次長ベルトラン・モロに見られ絶句されるのはその数時間後だった。



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【閑話】悲劇のヒロイン ネタ武器

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「あ、あれ?シズさん?……えっと、その……。め、珍しいですね。」

 

「…………あ。マーレ様。」

 

 本に目を落としていたシズは視線を上げ、その翠眼を驚いた顔をしているマーレ・ベロ・フィオーレへゆっくり動かす。マーレの記憶の中で、シズ・デルタが第十階層にある巨大図書室(アッシュールバニパル)にやってくるのはギミックの検査を行うときくらいで、こうして座って本を読んでいる姿はあまり見たことがない。横には大量の軍事関連の書籍が積まれており、シズが手にしている本のジャンルだけが異質だった。

 

「……。」

 

「…………。」

 

「……。」

 

「…………。」

 

「……。」

 

「…………。」

 

「そ、その!ご本、面白いですか?」

 

 しばらくお互いを凝視しあい、沈黙に耐えかねたマーレが根負けして話題を振る。どうやらシズが読んでいるのは遥か昔に存在した女性の偉人伝のようだった。

 

「…………すごく。悲しい話です。」

 

「へ、へぇ!僕も読んでみようかなぁ。どんなお話なんですか?」

 

「…………神様を信じて。戦った女性。でも最期には魔女として火刑に処されるお話……です。」

 

「わぁ、司書長さんが勧めてくれたんですか?」

 

「…………いいえ。アインズ様のご命令でミリタリーの基礎書籍を集めていました。これは…………たまたま手に取ったもの……です。」

 

 あらすじを聞いたマーレからすれば、偽りの神を妄信していた人間の伝記としか思えず、興味も惹かれないものであったが、シズの無表情に浮かぶ憂いの感情を察し、何も言うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「…………ということでメイド服さえ着ていれば火炙りにされない。安心。」

 

「いや、シズ先輩!何がどうしてそうなったのか、1から説明してくれません!?」

 

「…………男装が火炙りの遠因だと。流石にマーレ様の前では言えなかった。」

 

「小声で何を言っているんですか!?って、わたしにメイド服なんて似合いませんから!この前骨身に沁みましたから!だから服を脱がさないで下さい!ああああ!」

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

「これまた懐かしいものが出てきたなぁ……。」

 

 場所は宝物殿。アインズはさり気なく分類されていた【ネタ武器】と記された宝箱の数々を開けて、苦笑しながら中に入っていた武具・防具を手に取った。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの猛者達も人間だ。悪ふざけや駄洒落で造ったMMORPG定番とも言える、くだらないネタ武具が多数存在する。

 

 【ひのきの棒】【鍋のふた】【太刀(さかな)】【穴あき包丁】【パイプ倚子】【凍結の太刀(冷凍マグロ)】【バールのようなもの】【はりせん】【ピコピコハンマー】【エレキギター】【傘型仕込み刀】とナザリックの宝物殿に眠るものだけでも枚挙に暇が無い。

 

 ペロロンチーノさんの造った【溶けかけたスティックアイス棒】【恵方巻き】などは、運営から注意勧告を受けアカウント停止の危機になりかけ、姉であるぶくぶく茶釜さんから泣くまで説教されていたほどだ。

 

 ……ネタ武器とはいえ、全てナザリックに名を連ねる至高の御方々の作品、どれも半端なデータ量ではない。例えば【凍結の太刀(冷凍マグロ)】など、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)・改を遙かに上回る冷気ダメージと斬撃力を誇る。何故刃も無いのに斬撃ダメージを与えるのかは知らないが〝そうあれ〟と造られたのだから仕方がない。

 

「俺もみんなと悪ふざけでつくったなぁ。どんなのを造ったっけ……。」

 

 ユグドラシルの思い出に浸りながら、仲間たちとの幸せだった過去を回想する。それは絶対支配者の数少ない安寧の時間。長くは許されない、それ故に貴重な時。

 

「…………。」

 

 そして残念なことに、貴重な時とは長く続かないのが常である。

 

「し、シズか!?そうか、宝物殿のギミック点検の日であったか!あははははは!」

 

「…………アインズ様のご思考をお邪魔した無礼を御赦し下さい。」

 

「気にすることはないぞ!ナザリックのため、よく多忙な任務を遂行してくれている。」

 

「…………当然のことで御座います。」

 

(そういえば階層守護者全員には褒美を与えたけれど、プレイアデス全員には渡していないな。セバスはツアレの件があるから急ぐことはないが、働きには褒美を以って答えねばな。)

 

 アインズがそんな考えをしていると、シズの視線が一つの投擲武器(ネタ)に走っているのが見えた。

 

「シズ、この武器が気になるか?」

 

 正直データ量も少なく、確か第六階層大森林を作るときブループラネットさんが試作した品だ。余りにも場違いだったため除外し捨てようとしていたが、アインズが勿体ないので投擲武器に改造したものだと思い出した。

 

「…………いえ。とんでもございません。」

 

「ふむ、そうか。」

 

 シズの冷静な声に、アインズもその場で適当な褒美を渡そうとした自分を戒める。シズの瞳が少し輝いて見えたのはきっと宝物殿の宝が光となり反射したせいだろう。

 

(ブループラネットさんは花言葉が素敵だと言ってたな。なんだったっけ?)

 

 アインズは手のひらに乗せた植木鉢の植物を見ながら、ひとり思考に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「あーーー!シズ先輩!あぶな……って針の方がねじ曲がった。流石です……。」

 

「…………問題ない。うん。うん?」

 

「も~~、シズ先輩は気に入ったものにイチエンシールを張らないと死ぬのですか?」

 

「…………これ。どこかで見覚えがある。どこだろう?」

 

「サボテンがですか?そんなに珍しく無いとは思いますが。」

 

 シズは小さな植木鉢に花咲く丸いサボテンを見ながら、消された記憶の残滓を探り、首をかしげていた。

 

 

 

 



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【番外編】異榻同夢

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 シズはベッドに眠るネイアの喉笛へナイフを突き付けた。

 

 まるで虚無からナイフが生えてきたかのような一閃であり、人の身であれば自分が絶命したことにさえ気が付くことなく命を落とすだろう。……その一撃が寸前で止まってさえいなければ、だが。

 

 ネイアはシズ先輩に笑顔を向け、最早自由には動かない手を震わせながらゆっくりと伸ばし……シズ先輩の柔らかく温かな頬を撫でる。

 

「…………死は慈悲。アインズ様が言っていた。後輩の癖に先輩より先に慈悲を受けるなんて生意気。」

 

(ああ、わたしはなんて幸せなんだろう。)

 

 ネイアは様々な死を見てきた。幼子の断末魔、鉄にも似た血の香り、零れ出る臓腑……戦場において死は残酷であり、悪夢でしかなかった。そう思っていた。

 

 アインズ様――この世で最も慈悲深き神、魔導王陛下に出逢うまでは。

 

 命とは正義を貫くためにある。つまりはアインズ様の為にある。その真理に気が付いてから、ネイアの死生観は変貌した。死を怖がることも、恐れることもなくなり、残酷であるとも思わなくなった。

 

「せん、ぱい。わたくしは、シズ先輩のように、アインズ様の、お役に、立てたでしょうか?」

 

 ネイアは、自分が今どこで横になっているのかも解らない。とうの昔に、麻薬に近い鎮痛魔法で頭は悉く馬鹿になってしまっている。それでも、シズ先輩の無表情に宿った感情を汲み取る能力までは抜け落ちていない。

 

 その感情は怒りだ。ネイアでも見たことのない、強い怒りの感情……そして、同じくらい強い困惑の感情だった。

 

「…………全然役立たず。能無し。根性なし。馬鹿。大馬鹿。すごく馬鹿。」

 

「そう、ですか。残念、です。」

 

「…………とても無様な姿。許されない。だから今すぐ立つべき。」

 

 シズ先輩の怒りがオーラとなって陽炎のように立ち昇っている。ネイアにだって〝もうアインズ様のお役に立つことができない〟という後悔と絶望が心に強く残っている。だが、自分に出来なかった事は、同志達が成し遂げてくれるだろう。

 

 この命はアインズ様のためにあるもの。役に立たなくなった時点で存在する価値などない。

 

 これだけの罵詈雑言を並べ立てられ、常人ならば恐慌に陥るような覇気を受けても、ネイアは怯えない。初めての邂逅と変わらず、幼く美しいシズ先輩には微笑ましさしか感じない。

 

 シズ先輩はこんな自分など放っておいて、アインズ様に1秒でも尽くすべきだ。それなのに、こんな壊れた自分のため、ベッドサイドに居てくれる。……本来であれば不敬に思うべきなのだろうが、その行動がネイアにとって、この上なく嬉しかった。

 

 それに不甲斐なく病に伏せ、ベッドに横たわる自分に対して怒っているのではない……。おそらくシズ先輩は、何に対し怒りが湧いているのか、自分でも解っていないのではないだろうか。

 

「わたし、アンデッドになれば、死後もアインズ様のお役に……この亡骸は……」

 

「…………だめ。もし死んでも。役立たずな後輩は箱に詰めて土に埋めてやる。」

 

「酷い、先輩です、ね。」

 

 シズ先輩の声が遠ざかっていく。何時だったか見覚えのある漆黒の世界が近づいてくる。この大いなる喪失感は終わりであり、始まりだ。

 

「…………後輩。…………後輩。…………ネイア。」

 

 ネイアは、頬にあてた手が濡れる感覚にぬくもりを覚えながら、そのまま大いなる喪失感へと身を委ねた。

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 

 …………

 

 

 

 

 

「シズちゃ~~ん、どうしたっすか?」

 

「本当、シズがお茶会でボーっとするなんて珍しいわね。」

 

「相当疲れているのかしら?シズ、大丈夫?」

 

 プレイアデスが月例報告会(お茶会)を行っている、いつもの部屋。なにやらしばらく呆けてしまっていたようだ。

 

「…………問題ない。ぼーっとしてた。叱咤もの。」

 

「シズにしては珍しいわね。ルプーならよくあることだけれど。」

 

「あーー!ひどいっす!ユリ姉がイジメるっす!」

 

「いつもの行いよ。ほら、エントマも食べ物は粗末にしたらダメって、いつも言っているでしょう!!またシズに血が飛んでるじゃない!」

 

「あぁ~。ごめぇ~ん。」

 

「…………だいぶ目にも入った。許さない。」

 

「全く。はいシズ、ハンカチ。エントマはわたしの食事を見習いなさい。それにしても、デミウルゴス様の牧場から廃棄された一級品だと聞いていたけれど、随分血の薄い男なのね。まるで体液じゃない。」

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 

 …………

 

 

「バラハ様!目を覚まされましたか!?」

 

 ネイアは開眼と同時に飛び起きた。寝巻は汗でビッショリと濡れており、呼吸もかなり乱れている。周りには元神官の同志達からなる医療支援の精鋭が自分を囲んでいた。

 

「ど、どうされたのですか?わたしは何処で何を?」

 

「演説後の天幕で倒れられ、丸一日意識を失われていたのです!!高熱からか大分うなされていたご様子ですし、我々一同肝を冷やしました。」

 

 ネイアは自分の身体を触る。特段外傷は見当たらない。ただ、悪夢ともとれない朧げな夢を見ていた感覚だけ薄っすらと記憶している。

 

「一日も意識を失っていたなど、アインズ様への背信ですね。わたしには使命が……」

 

「バラハ様!!身体はご資本です!倒れるほどバラハ様に頼りっぱなしだった我々こそ、魔導王陛下への背信者です!ゆっくりお休みになってください!」

 

「しかしそういうわけには……。」

 

「いいえ!しばらくはご休息ください!」

 

 結局ネイアは強引に身体を休まされる運びとなり、しばらく暇な時間が続くこととなる。……あの日どのような夢をみただろうか。思い出そうにも思い出せず、ただ、回想しようとするたび不思議なことに顔は自然と涙でぬれていた。




・俗にいう〝いつか訪れる未来〟というのを書いてみたくなりました。でもオバロ世界だと寿命も伸ばせますし、吸血鬼化、自我のあるアンデッド化など、色々方法はありそうですよね。


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【後日談】絶対支配者の憂鬱・絶対指導者の憂鬱

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ナザリック地下大墳墓第9階層執務室。そこでアインズはメイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に席を外させ、緊張の中に何処か愉悦の感情を浮かべるデミウルゴスと話をしていた。

 

「ローブル聖王国の民は既に重税と圧政により疲弊しており、新たなる王を翹望(ぎょうぼう)しております。統治計画に際しましては、元神官・元聖騎士など、アインズ様をご不快にさせた罪深き者も多くおりましたが、ネイア・バラハの活動によって改心した者に対しては斟酌(しんしゃく)を加え、ある程度の慈悲を与える内容といたしました。」

 

「ふむ、多忙の中報告をご苦労。書類には当然目を通しているが、食い違いがあっては困るからな。」

 

「何を仰いますか、アインズ様!御身の叡智に及ばぬ我々が作成した愚案に御座います。齟齬を御憂慮される至らぬ我々を御赦し下さい。」

 

「そ、そうだな。さて、ネイア・バラハの活動についてはシズからも報告を受けていると思うが、デミウルゴスはどのように思う。」

 

「専念に当来の浄土を渇仰(かつぎょう)すべき下等種族として見本となるべき存在であるかと。そしてアインズ様の御計画、正に端倪すべからざる御身の造漉(ぞうしょう)されたる駒に相応しい働きをしているかと愚考いたします。」

 

「なるほど、同じ意見で安心したよ。……少し思索に耽りたい。もう仕事に戻っても構わないぞ。」

 

「畏まりました。では、御前失礼いたします。」

 

 デミウルゴスは深々と頭を下げ退出し、同時にアインズは玉座へもたれ掛かり、長い長い溜息を―呼吸はしていないが―吐いた。そして……

 

「いや!意味わかんねぇよ!!!全部日本語!?」

 

 ……情報系魔法で外部に音が漏れていない事、メイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も居ない事を確認したのを良いことに、全身全霊を込めた愚痴を吐き出す。

 

「俺だってさぁ……難しい言葉使いたいよ。でもさぁ間違っていたら恥ずかしいじゃん?俺より頭がよくて、勉強に協力してくれそうな人材は……」

 

 アインズは一瞬パンドラズ・アクターとアルベドの顔が脳裏に浮かぶが、ゆっくりと首を振る。

 

「もうマジどうすりゃいいんだよ。そもそも俺の計画だの、駒だのって、一体何の事だよ……。」

 

 ナザリック地下大墳墓の絶対支配者にして魔導国魔導王アインズ・ウール・ゴウンは瞳の炎を朧げに揺らしながらガックリと項垂れた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 ローブル聖王国首都ホバンスに構えられた【魔導王陛下に感謝を送る会(仮)】総本部。北部貴族の屋敷を改装した外観は、よく言えば歴史ある、悪く言えば草臥(くたび)れた様相を呈している。

 

 今やローブル聖王国においては、神殿以上の勢力と、聖王国正規軍を凌駕する武装親衛隊を持ち合わせた他国も無視できない集団である(仮)。その教祖とも絶対指導者ともされるのは、【凶眼の狂信者】ネイア・バラハ。

 

 

 そんなローブル聖王国における絶対指導者は現在机に突っ伏し、頭から盛大に湯気を出していた。

 

 

「孫氏曰く兵者国之大事―― 一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法なり。―― 兵とは詭道(きどう)なり。―― 廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければな……ああああああああああああああ!!もうシズ先輩!脳みそがパンクします!わたし頭が腫れてきてませんか!?」

 

 その湯立った頭を優しく撫でるのは、左目をアイパッチで覆い右目には翠玉(エメラルド)にも似た瞳を宿す美少女。

 

「…………よしよし。」

 

 弱い事は悪であり、弱きを脱さぬ努力をしない者は更なる悪である。

 

 散々にネイアが演説で話している内容であるが、人間得手不得手があるもので、弁論術に関して右に出る者のいないネイアだが、軍隊の運用などしたことがないし、専門の教育も受けていない。まして軍事知識や兵法など聖騎士見習いであったネイアには手に余るものであった。それでも不得手に対し努力を怠らないのはネイアのある意味では悪癖だ。

 

「…………ネイアが兵法を無理に覚える必要はない。ネイアのしもべ……同志たちは有能。」

 

「しかしわたくしがこのざまでは、同志達に示しがつきませんよぉ。」

 

「大丈夫。ネイアにはネイアの味がある。」

 

「ぅぅぅぅぅ。」

 

 (仮)の武装親衛隊は、アインズ魔導王陛下より聖地の軍事書籍を下賜されたことで、未来へと転生したかのような変貌を遂げ、【戦闘は始まる前に終わっている】という金言のもと、アダマンタイト級でも苦戦を強いられる周辺の魔獣さえも討ち倒し、聖王国の冒険者組合に閑古鳥を鳴かせている。

 

 神殿の独占事業であった治癒についても、(仮)が医療支援部隊を結成したことで勢力を下火にし、今やローブル聖王国における絶対的な指導者の地位を確立したネイア。

 

 そんなネイアには当然、20万を超える同志達が望む理想の指導者像が求められる。故に安易に泣くことも、怒ることも、笑うことも出来ない。……その唯一の例外が、今この瞬間。

 

 シズ先輩との一時だ。

 

 ネイアは溜まりに溜まった不安を激発させるように、シズ先輩の優しく温かい小さな手に甘えてしまう。

 

 弱いことは悪だ。心の弱さも当然律して然るべきであろう。だが……

 

「…………後輩。お疲れ。」

 

「シズ先輩……。やっぱりわたくし、指導者なんて柄じゃないと不安に思うのですよね。アインズ様はわたくしのまとめる団体よりも、より適した団体を所望されるのではと……。そう思えば不安で……。」

 

「…………アインズ様に失望される不安。解る。でもアインズ様は偉大な方。ネイアを選んだことにも必ず理由がある。信じる。」

 

「そう……ですね!よし!では続きをがんばります!」

 

「…………その意気。」

 

 ……狂信者であろうが、絶対指導者であろうが、ネイア・バラハとは、未だ若き少女なのだ。友人に甘えることを誰が咎められよう。



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【番外編】海水浴?

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・海の日に投稿したかったのですが、筆者は普通に仕事でした。誰か慰めてください。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 湾岸都市リムン。ヤルダバオト襲来において、最後に奪還を成功させた都市であり、未だ虐殺と蹂躙の爪痕が強く残る都市。……それ故に、都市を解放してくれた上、支援物資を送ってくれる魔導国・魔導王陛下への感謝は深く、(仮)への入団者・【弱さは悪である】というネイアの説法(せんのう)に賛同する者もまた多い。

 

 そんな湾岸都市に造られた海軍鍛錬場では、現在30日の行程で行われる親衛隊入隊記念訓練(新兵基礎訓練)が行われていた。本日はその最終日。

 

 魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)の武装親衛隊に入隊すべく訓練を志願した100を超える老若男女の新兵のみならず、元軍士から構成される教官たち――艱難辛苦を潜り抜けた百戦錬磨の古参武装親衛隊員達も緊張の色を隠せずにいた。

 

 その理由は、鍛錬を見守る二人の少女の影があるため……

 

「同志諸君!本日の海洋演習は、バラハ様……そして彼のシズ様がご見学になっている!!決して悪たる醜態を見せる事無く臨むように!!」

 

「「「「「魔導王陛下万歳!!」」」」」

 

 万歳の合唱と共に、4人一組で小舟(ボート)を担ぎ、巨大な(オール)を手にしていた新兵たちが海へと乗り出していく。2人が船を漕ぎ、1人が偵察し、1人が的を射るという、チームワークと個人の練度両方が試される訓練であり、海へ漕ぎ出していった新兵たちは小舟で高波を超え、要所に浮かぶ巻き藁を見つけ出し次々に矢で撃ち抜いていく。

 

「魔導王陛下の慈悲と訓練の成果を信じ専念せよ!! 〝良いところを見せよう〟〝上手く当てよう〟という意識すらも邪念であり、心の悪だ!!」

 

 教官の軍士はかつて偉大なる魔導王陛下の前で犯した失態を想起しながら新兵へ檄を飛ばす。その様子を見ているのは、左目をアイパッチで覆い右目には翠玉(エメラルド)にも似た瞳を宿すメイド服姿の美少女。

 

 そして緊張のため、ただでさえ凶眼と称される殺人鬼の様な目つきを、見れば人が死ぬレベルまで高めている――幸いバイザー型ミラーシェードで覆われているが――ネイア・バラハの二人。

 

 

「…………うん。流石ネイアのシモ……同志。新兵にしてはまずまずの練度。」

 

 そう言ってシズは訓練する新兵たちと指導教官達へ軽く拍手を贈る。ネイアはその言葉を聞いて身体の芯から脱力し、安堵の溜息をひとつ。

 

「ありがとうございます!シズ先輩!」

 

 今までも同志たちの練度をシズに見てもらったことはあったが、今回の訓練はアインズ様より賜った聖典(ぐんじしょせき)と、シズ先輩の〝あどばいす〟を基にして同志たちが作り上げた訓練内容だ。もし至らない点があれば、自分たちだけでなく、偉大なるアインズ様とシズ先輩のお顔にまで泥を塗ってしまう。

 

 そしてアインズ様の下で働くメイド悪魔たるシズ先輩の【まずまず】がどれほどのレベルを要求されるか、ネイアも解っている。慢心という名の背信を行うつもりはないが、シズ先輩からお褒めの言葉を貰った同志達を誇らしく思う。

 

 以前アインズ様の前で犯した失態……良いところを見せようとして逆に下手になるようなこともなく、訓練は滞りなく終わった。ネイアとシズは宿舎に帰る新兵と教官に激励と称賛を贈り、ネイアの同志達は涙しながら聞き入って宿舎の最終座学・訓練総括へ戻っていった。

 

 整頓までが訓練と徹底しているため、海や砂浜には矢羽一つ落ちていない。ネイアとシズが残されたのは、先ほどの荒天が嘘と思える、まるで眠ったような凪の海。

 

「ふ~~~。緊張しましたよ~~。視察にシズ先輩が来るなら事前に準備いたしましたのに。」

 

「…………邪魔だった?」

 

「そんなわけないじゃないですか!!」

 

 小首を傾げ、無表情にやや罪悪感を宿すシズ先輩をみて、ネイアは慌てて声を弾けさせ、千切り取れんばかりに首を横に振る。そんなネイアの様子を見て、シズは目線を海に向ける。静かな海を見つめるシズの瞳は大波のように好奇心に揺れていた。

 

「……シズ先輩、ひょっとして海をあまりみたことがないのですか?」

 

「…………知識にはある。でも実物はあまりない。プレア……メイド悪魔の中でも実際に見たのは多分わたしだけ。アインズ様に報告したらとても喜んでいた。ブループラネット様に見せたいものだ。とも仰っていた。」

 

 博士・ぺロロンチーノ様・コキュートス様に続き、またしてもネイアには未知の人物の名が挙がった。しかし、問うたところでシズ先輩が無言になるのは目に見えているので、そのまま受け流す。

 

「折角ですから、少し泳ぎましょうか?」

 

 ネイアはシズに対して、そんな提案を行い、シズはネイアを見つめ一拍置いて首を縦に振った。その瞳は好奇心に溢れており、まるで見た目通りの子供みたいだとネイアは微笑ましく思ってしまう。

 

「わたしも海で泳ぐのは久々です。同志達は【水中順応訓練】で慣れているでしょうが、不信心ながらわたしが訓練に参加しようとすると同志達が止めるのですよ。〝バラハ様に万が一の不慮があっては大変です!〟なんて言って!」

 

 ネイアはそんな愚痴をこぼしながら、月明かりに照らされる砂浜で、ローブル聖王国では当たり前の泳ぐための格好、装備や服をすべて外し、一糸まとわぬ裸体となって……シズに肩をガッチリと掴まれた。

 

「…………ネイア。その恰好はダメ。」

 

「え!?何がですか!?」

 

「…………その姿は危ない。」

 

「いえ、リムンの海はシードラゴンの加護で、魔物や鮫などが出ない事でも有名ですし。」

 

「…………そうじゃない。海には正装がある。それを着るべき。」

 

「海で泳ぐのに正装……ですか?」

 

 海で泳ぐと言えば、下着姿のままか、生まれたままの姿が当然と思っていたネイアの頭に疑問符が浮かぶ。男性がいたり、大勢の前ならまだしも、ここはシズ先輩しかいない上、誰かが来る予定もない夜の海。

 

 普段着のままや下着姿で海に入っては張り付いて泳ぎにくい上、泳いでいる最中波にさらわれ紛失する可能性が高い。

 

 なのでネイアは間違った選択をしたつもりなどないのだが、シズ先輩の目は真剣だ。そしてシズ先輩は虚空から見たことのない素材の布を取り出した。

 

 

 ●

 

 

「いや!シズ先輩!これ付ける意味あります!?逆に恥ずかしいんですけれど!」

 

 ネイアが着せられたのは、小さな正三角形の生地と紐だけで構成された、どう考えても扇情的としか思えない代物であり、恥ずかしさで逆に布部分3か所を手で隠してしまう。豊満な胸部を持つ女性や母性的な肉体をした女性ならば、さぞ様になるだろうが、残念ながらネイアは自分にそのような女性的魅力は皆無だと思っているし、間違っているとも思わない。

 

「…………ネイアに合うのがこれしかなかった。」

 

 シズ先輩は全身に密着するような紺単色の〝すくーるみずぎ〟なるものを纏っており、胸部分には四角い白の生地が張り付けられてあり、見たことのない奇妙な文字が2つ描かれている。

 

「ううぅ……これなら着ない方がマシですよぉ……。」

 

「…………イジワルしすぎた。これ。」

 

 ネイアが涙目で顔を真っ赤にしているのを見て、罪悪感を覚えたのか、シズは目を背けながら別の布をネイアに渡す。それは小さなスカートの付いた、明るい色の袖が無いドレスを思わせる代物で、ネイアはこれはこれで恥ずかしいと思いながらも、現在身に着けている三角の布と天秤に掛け、渋々シズ先輩から新たな【ミズギ】を受け取った。

 

 

 

 燦々と照りつける太陽に反射する白い砂浜……とは異なる、月夜に星砂が淡く光る夜の海。

 

 ひと泳ぎしたネイアとシズは―シズは泳ぐと言うより、海底を歩いていたが―砂浜で〝チョコレート味〟を飲んでいた。

 

「…………これが海。悪くない。」

 

 シズはほっこりとした様子で、初めての海を楽しんでいたようだ。その様子にネイアも満足を覚える。

 

「急だったもので今回は本当に泳ぐだけでしたが、今度は人魚(マーマン)の同志から名所などを聞いてみますね!」

 

「…………うん。わたしも今度。【ばかんす】の作法を勉強してくる。」

 

 無表情に楽し気な感情を宿すシズ先輩を見て、ネイアは微笑ましく思いながら、チョコレート味の残りを静かにすすった。

 

 



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【番外編】戦いの在り方 悪魔シズ など

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・かなり独自設定多いです。閲覧注意。(今更感)

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


『誰かを護るためならば、実力以上の力を発揮する。』

 

 ……まるで冒険活劇の主人公が如き、歯の浮く台詞であるが、実に自然な野生の(ことわり)でもある。

 

 事実、百戦錬磨の狩人でさえ逃げ出す獣とは、手負いの獣でも、空腹の獣でもなく、後ろに幼子を抱える子連れの獣だ。子供と油断し傷の一つもつけようものならば、親の獣が文字通り地の果てまで追ってくる。

 

 そういう意味で肉親の次に信頼に足る戦友から結成された兵士というのは――

 

「って、お父さんが言っていたかな。」

 

 ネイア・バラハは今は亡き父が趣味であった家族キャンプで喜々と話していた内容と、〝娘に何を吹き込んでいるんだ〟と冷たい視線を送っていた同じく亡くなった母を追想する。

 

 同時に今はそのような場面でないと、自分に言い聞かせる。何しろ同志達の反対を押し切り無理を言って戦場に立っているのだ。

 

 立ち向かうは不気味な霧を放つ燃え上がった幽霊船であり、魔化の施された鉄の網が魔法詠唱者(マジック・キャスター)である同志達数十名によって飛行(フライ)で八方の鉄を飛ばし上空で交差、まるで風呂敷のように包み込んでいる。

 

 これによって幽霊船の脅威である15mの目視不能を無効化し、攻撃個所の明確化が可能となった。また無数に湧き出るアンデッドの群れを抑える役目も持つ。

 

 同志数十名の尊い犠牲の下、幽霊船は隘路に誘導されており、広範囲の攻撃を放てなくなっていることも大きい。アインズ様から賜った聖典(ぐんじしょせき)を預けた元軍士である同志は〝部隊の意思疎通の統一化〟やら〝風浪の状況〟やら〝威力偵察〟やら〝攪乱の機能〟を以前よりも格段に向上させることに成功したと鼻息を荒くしてネイアに語っていたが、何を言っているかサッパリわからない。

 

 恐らくシズ先輩がいたら普段の寡黙さを置き去りに、子供のように翠玉(エメラルド)の瞳を燦然と輝かせ滔々と語りだすだろう。……そう考えると、またも戦場に似合わない温かな笑みがネイアを襲う。

 

 しかし同志の尊い犠牲のもと作りだした【勝利への道】を足蹴にする真似は許されないと自らに活を入れ、アルティメット・シューティングスター・スーパーを構え、弦を絞る。

 

 矢に聖騎士の力を宿し、炎の揺れから船長と思わしき強大な力を感じ取り……。その矢を放った。そして幽霊船はみるみるとその力を失っていく。

 

「同志の皆様!今です!アインズ様万歳(上位・神の御旗の下に)!」

 

 無数の咆哮が轟き、〝魔導王陛下万歳〟という合唱と共に矢が一斉掃射される。そうして【英雄級を超えない人間の集団による幽霊船の討伐】というデタラメ極まる伝聞が国境を越えて伝えられ、魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)の脅威が改めて広まることとなる。

 

 

 ●

 

 

 

 

 

「……聖王室が、あの狂信者集団に印璽を求めただと?何の、何の冗談だ?」

 

 火の最高神に仕える聖印を提げる髭を蓄えた神官長は、卓上で頭を抱え、その眼は虚空を見つめていた。周りの神官たちも目を伏せ、口を噤み、割れんばかりの歯軋りだけがキリ、キリ、と聞こえるばかり。

 

 神殿内の空気は形容しがたく、匂いに例えるなれば【不安と絶望と憎悪の匂い】と言ったところだろう。国璽に付随する印璽がどれほど重たいものであるか解らぬ聖王室ではあるまい。……〝ローブル聖王国は神殿よりも、忌まわしき(仮)の手を取った〟。そう他国から判断されることを意味する。

 

 そんな暗澹たる神殿内部の空気を彩るのは、四方壁一面に貼りだされた無数の破門状と絶縁状。ほとんどがローブル聖王国北部に所属していた神官・聖騎士の名であり、最近では南部の人間の名が刻まれることも多くなってきている。

 

 神殿からの破門・絶縁処分とは、聖王国民……特に神職者や聖騎士にとって、神の御許へ行く事が約束される死罪よりも重い処分。

 

 宗教国家であるローブル聖王国においては社会的な死……自殺か犯罪者――聖騎士であれば暗黒騎士――へ身を(やつ)すかの二者択一を強いられる、誰もが恐れる神殿の鬼札とも言える宣告であった。

 

 ……彼のヤルダバオト襲来、そして忌まわしき【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】の台頭までは。

 

「……我々神官は、ケラルト・カストディオ最高司祭の後釜争いに執着しすぎてしまいました。北部の現状を鑑みれば、我々は力を合わせ、民からの求心力を維持するべきだったのです。」

 

「愚か者共め……。しかし行く先がよりにもよってアンデッドを神と崇拝する背信者の集団とはどういうことだ!!」

 

 国が一丸となって聖王国を復興すべき時に、権力闘争や権謀術数に執心する神殿に辟易し去っていった者は多い。まして『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』は元神官・元聖騎士であろうと分け隔てなく入会を歓迎しており、【救国の英雄】たる魔導王への唯一の忌避……アンデッドであることに目を瞑ってしまえば、身の振り方としては最良ともいえる。頭では解っているが、感情が追いつくかは別の話だ。

 

 こうした聖職者として許すまじき人道に対する裏切りの数々に加えて、神殿の凋落に拍車をかけているのが、財政の圧迫だ。北部では布施を受けに家を回った修道女に対し塩を撒かれる事案が多数報告されている。また、神殿の独占事業でもあった治癒魔法についても、(仮)が聖王国民に対し神殿よりも安価な料金で治癒を行う【治療院】を作り上げたこと。

 

 そして忌まわしき魔導国から運ばれる復興支援品に水薬(ポーション)――何故か毒々しい紫色をしており、幸いにも南部では忌避されている――が多くあることから、神殿は収入を得る手段、そのほとんどを失った。

 

 神官長は上納された以前の1/10にも満たない金貨・銀貨に混ざり、【報酬】と【感謝状】の入った小さな麻袋の数々に目を落とす。そこには銀貨とともに〝聖王国の脅威を討っていただいたことに感謝を申し上げます。〟という文面と、彼のネイア・バラハの署名が入っている。

 

 

 ……未だ(仮)を敵視する信心深い者たちが、(仮)への嫌がらせ目的でアンデッドを討伐し、その残骸を本部へ送ったのだ。しかし向こうの対応は、まるで冒険者に対する報酬そのものであり、向こうは強烈な皮肉で返答してきた。いや、ひょっとすれば本心であり、意にも介していないのかもしれない。

 

「……どうやら民はハンマーと鎌を、神官と聖騎士は聖印と剣を齧って生きていく道を選ばなかったようですね。」

 

 青い目を持つ神官の一人が皮肉気にそう言った。虚空を見つめていた神官長が、敵意に満ちた眼差しを向け、舌打ちを一つ。

 

「(仮)の様子はどうだ?偉大なる4大神ではなく、忌まわしきアンデッドに祈りを捧げ信仰系魔法を操るなど……。わたしは未だに信じられぬ。」

 

「そろそろ我々も現実を受け入れるべきです。魔導王へ……、魔導王を信仰することで、元聖騎士は今まで通り、いえ今まで以上に強力な聖撃や治癒魔法を使い、元神官も位階魔法を操っております。」

 

 先ほどから唯一多弁な青い目の神官は、堂々とした様子で話を進めていく。……周りの神官も、神官長も血管が千切れるのではないかというほどの苦悶の表情を浮かべるばかり。

 

 【偵察任務】を任せた神官が北部へ行ったきり戻らなくなることは多くあった。しかし今回この青い目の神官は北部から情報を持って無事に帰還を果たしたのだ。

 

 

 ……恐らくは忌まわしき(仮)に洗脳された状態で。

 

 

 ここで拷問にでも掛け、2重スパイの容疑を認めさせ、見せしめとすることもできるだろう。だが、そんな真似をすれば(仮)がどんな報復をしてくるか解らない。それに程ほど有益な情報をもたらしてくれるだけにタチが悪い。

 

「我々はこれからどうすればいい?神殿にも私兵はいる。このまま凋落を見届けるくらいならば、玉砕を覚悟で……。」

 

「まるで無駄な死を私兵たちが受け入れてくれればですが。かの団体が所有する武装親衛隊は、アダマンタイト級冒険者の案件とされる、ギガントバジリスクや幽霊船の討伐をも成功させています。恐らく一方的な虐殺が起こるだけでしょう。それに一つ伺いたいのですが、皆様は人間を相手に剣と弓を振るえますか?」

 

 神官長は一瞬言葉に詰まる。聖王国は今まで対亜人を想定した訓練のみを実施しており、人間を相手取った殺し合いはしたことがない。

 

「それは、(仮)も一緒ではないのか?」

 

 絞りだすような声に対し、青い目の神官は爽やかさすら感じさせる笑みを浮かべ断言した。

 

「我わ……彼らならば躊躇なく、魔導王へ敵対する異端者へ弓を絞れるでしょうね。」

 

 

 ●

 

 

 ローブル聖王国首都ホバンスに構えられた【魔導王陛下に感謝を送る会(仮)】総本部。北部貴族の屋敷を改装した外観は、よく言えば歴史ある、悪く言えば草臥れた様相を呈している。

 

 その執務室で、ネイア・バラハは書記次長ベルトランと直轄の文官より渡された資料に目を通していた。文官たちはネイアの視線が文面を通るたび、その鋭い視線に緊張を宿し震えそうな身体を必死に隠している。

 

「〝6面のサイコロを無造作に振り、50%の確率で自分の好きな目を出せる。〟〝装備も魔化もせず水中に入っても皮膚がふやけない〟〝一度飲むだけでどの地域の海水か覚え、言い当てる〟〝目視できる範囲であれば、放った矢に書かれた文字でさえ一瞬で読むことができる〟……1名豚鬼(オーク)の同志ですが、〝虫に毒があるか見極められる、ただしどんな毒かは判らない〟ですか。」

 

 まとめられている書類に記されているのは、所属する同志たちや、(仮)が運営している孤児院から集められた生まれながらの異能(タレント)を持つ者たちとその能力について。

 

 ネイアが未だ正義について確信する前……魔導王陛下の従者であった時分から、アインズ様は生まれながらの異能(タレント)について多大な関心を寄せられていた。そしてシズ先輩から聞く話では、驚愕することに生まれながらの異能(タレント)……それは、《武技》と並びアインズ様の叡智を以ってしても謎に包まれる能力であるという。

 

 シズ先輩も《武技》《生まれながらの異能(タレント)》についてはネイアの団体にかなり期待をしてくれているらしく、ネイアも偉大なるアインズ様、そしてシズ先輩のため、同志達に最優先事項の一つとして研究及び発見を訴えているが、難航しているのが現状であり、大抵は今報告を受けたような、今一パッとしない――それでもシズ先輩は目を輝かせ聞いてくれているが――能力ばかりが報告される。

 

(ああ……この世に無駄な知識などひとつもなかったということですね。ヤルダバオト襲来以前、何故わたしは生まれながらの異能(タレント)に興味を持てなかったのでしょう。これではアインズ様のお役に立つなど……)

 

 この貴重な知識についての情報を「ふーん」と聞き流していた自分を力いっぱいぶん殴ってやりたい。ネイアの自責を怒りと捉えられたのか、同志である文官たちが俯き身体を震わせているのを見てネイアは慌てて真面目な表情――前に笑顔で対応したら余計に怖がられた――を取り繕う。

 

「同志書記次長、並びに皆様!大変有益な情報をありがとうございます!きっとアインズ様……魔導王陛下もお喜びになられるでしょう!」

 

 アインズ様が喜ばれる……ネイアにとっては自身の存在証明に匹敵するほどの事柄だ。シズ先輩が奮闘するも空回りするネイアに掛けてくれた慰めの言葉であると薄々感じているも、懸命に研究を重ねてくれた同志への労いに同じ言葉を贈る。

 

 その効果は劇的であり、ベルトランや文官たちの目に燦然とした光が宿る。そして執務に専念したいからと、ネイアはベルトランたちを下がらせた。そして溜息を一つ吐き……

 

「シーズせーんぱーい。いくら先輩でも盗み聞きって良くないと思うんですけれどー?」

 

 ネイアの横にあった虚空は人の形をみせ、幼さの残る美少女……シズ先輩が無表情の中に不機嫌な感情を宿して立っていた。

 

「…………む。またバレた。生意気。」

 

「ですから!素直に歓迎するのにどうして神出鬼没に現れたがるんですか!?悪魔だからですか!?」

 

「…………むーー。悪魔……。うん。じゃあそれで。」

 

 シズ先輩は何処か不満げな様子でネイアにそう言った。

 

「まぁ今回は報告の手間が省けたのでいいですが、今回も当会でみつかりました生まれながらの異能(タレント)はこんな感じです。」

 

 ネイアはやや申し訳なさそうに……若干、アインズ様に失望されるのではないかという恐怖さえ交えながら報告する。

 

「ネイアお手柄。アインズ様も喜ばれる。」

 

 しかしシズ先輩は気にした様子もなく報告書に目を通し、ほっこりとしていた。実際生まれながらの異能(タレント)発掘のため、死なない程度―重度の障害が残る程度――の人体実験をしてでも魔導王陛下のお役に立つ者を探すべきではないか、それは尊い犠牲ではないかという議論がされたことも――ヤルダバオトの収容所に囚われていた同志たちは断固反対していた――あるが、そんな実験の中止を決定したのは誰でもないシズ先輩だ。

 

「アインズ様がお認めになられた、聖地へ招聘される羨望すべき者はいまだに見つかりません。」

 

「大丈夫。ネイアの会に居ることがとても大事。アインズ様も…………仰っていた。」

 

 一瞬アインズ様の御名に続き、誰かの名を言いかけたことに気が付かないネイアではない。それはあの宰相アルベド様か、時折シズ先輩から出てくる謎の人物〝博士〟か……。とはいえシズ先輩が一度無言になればその真相は藪の中。お手上げとしか言いようがないので、悶々とした気持ちをため込むほかない。

 

「わかりました。先輩を信じます。……謎で思い出したのですが、シズ先輩って本当に悪魔なんですよね?」

 

 アインズ様が自国の強兵……あの偉大なる御方でさえ大切な者を護るための勝利へ邁進する手段として欲した、ヤルダバオトが持つメイド悪魔。すっかり忘れてしまいそうになるが、シズ先輩はその一人なのだ。だが、シズ先輩がどれほど慈悲深く優しい者であるか、聖王国ではネイアが一番よく知っている。御伽噺や吟遊詩人(バード)の唄に登場する悪魔とは似ても似つかない。

 

「…………むーーー。そう。悪魔。恐ろしい悪魔。がおー。」

 

「あ、シズ先輩。氷結の神器でアイスクリームが出来てますけれど食べます?」

 

「…………スルーとはいい度胸。食べる。飲み物はこっちで準備する。一緒に食べよ。」

 

 ネイアはシズ先輩に背を向け、あまりにもあざとく可愛い姿に緩んだ口元をみられまいと肩を小刻みに震わせていた。

  

 



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【閑話】小さなシズ先輩

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。


 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 自動人形(オートマトン) CZ2Ⅰ28・Δ(シーゼットニイチニハチ・デルタ)

 

 ユグドラシルの大型アップデート"ヴァルキュリアの失墜"後に創造された戦闘メイドプレアデスの一員であり、【ナザリックのギミック及び解除方法を熟知している】という特異な能力を、創造主にして偉大なる御方ガーネットより賜っている。

 

 そんな機密の塊と言える彼女が外に出てしまっては、ナザリック地下大墳墓そのものが脅威に立たされる事となってしまう。

 

 しかし、魔導国という国を立ち上げ、ナザリックに属する者たちが意思を持たないNPCではなくなった以上、〝ただ黙って墳墓に籠りギミックの管理を行え〟というのは酷であると、慈悲深き絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンはお嘆きになっている。

 

 そこでアインズが採った方法は〝記憶操作(コントロール・アムネジア)で偽りのギミック情報に改ざんする〟という欺瞞作戦だった。この作戦によって、仮にシズが捕縛され記憶を探られようと、シズから得た情報でナザリックを襲う愚者が現れたとすれば、ジュデッカの最奥さえも楽園と思える地獄に突き落とされるだろう。

 

 その絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンの深淵なる権謀は、ナザリックの全員が知るところである。………アインズ様を除いて。

 

 

「…………よし。」

 

 

 ナザリックでのギミック定期点検を終わらせたシズ・デルタは【博士の部屋】で〝読んで外に出てはいけない本〟から〝外へ行くための本〟に自身の記憶が写し替えられたことを確認し、アインズ様より勅許を頂いて新たに賜った仕事……ローブル聖王国における、【アインズ様を神と信仰する団体】への視察兼技術指南へ向かおうとしていた。

 

 シズはこの仕事を遂行する前後、何故かモヤモヤとした不可解な気持ちが混ざるのだが、その気持ちが何であるか未だに解らない。アインズ様のために献身出来る喜びは、ナザリックの全員が持ち合わせる感情であり、何より尊いものである。

 

 主からのご命令に喜び以外の不純な心情を抱くなど、不敬であり、遮断して然るべきなのであろう。そのためシズは、決して不愉快ではない感情とも取れない漠然とした……内面に刻まれた模様のような心情が宿っている旨をアインズ様へ報告し、記憶を消すべきか相談した。

 

 その際、主は寛大にも〝そのままでいい〟と言ってくれた。更には〝絶対に誰にもそのことを話さないように〟とも命令されたので、シズはただただ理解不能な内面に刻まれた不可解な模様を一人持て余す。

 

「…………うん。答えは自分で見つける。アインズ様が仰っていた。ネイアもそうした。」

 

 考えても仕方がないと、シズは与えられた仕事に専念するため、自身のメンテナンスを行う。【博士の残した本】を参考に、〝そうあれかし〟とされた姿を保つため。しかし本来メンテナンスは〝読んで外に出てはいけない本〟を読んだ状態で行うべきであり、不可解な心模様に翻弄されたシズは手順を失念してしまい過ちを犯すことになってしまったのだ。

 

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 

 シズ先輩が小さかった。

 

 いや、シズは元々小さく、身長でいえばネイアよりも頭一つくらい低い。だがそういう問題ではなく……。

 

「…………すごい仕事をして魔力が枯渇した。だからこうなった。すぐに元に戻る。」

 

 そこにはネイアのこぶしより更に一回りは小さなシズ先輩が胸を張って机の上に立っていた。顎が天井に向くほど上を見上げようやく視線が合うくらいだ。

 

「え!?何したんですかシズ先輩!?大丈夫ですか!?あ、アインズ様はなんと?」

 

「…………アインズ様は寛大にも御赦し下さった。本来なら自害もの。」

 

 シズ先輩の無表情には強い後悔と不甲斐なさが宿っており、アインズ様に失望される恐怖を感じている事を悟った。その気持ちが痛いほど解るネイアは、軽はずみに何が起こったのか聞いては酷であると判断した。

 

 難度150のメイド悪魔をここまで追い詰める存在、シズ先輩の現状にアインズ様は心を痛めておいでなのだろうが、それは当事者でないから理解出来る事だ。

 

 それにしても、シズ先輩がこれほどの姿になってしまうまで追い詰めた存在とはどれほど強大な者なのだろう。世界には未だアインズ様に敵対する無知蒙昧な輩で溢れており、そしてその中にはネイアが想像することも出来ない、到底信じようのない存在があることを改めて実感させられる。

 

 傷心しているシズ先輩にどのように接すればよいかネイアは悩んだ。

 

 というよりも、ネイアの団体に顔を出している場合でもない気もするが、逆に考えれば、それだけアインズ様が自身の団体へ期待を寄せてくれているという証明でもある。期待に応えるためにも、シズ先輩に恥をかかせないためにも、今回のシズ先輩の視察は実りあるものにしなくてはならない。

 

「そうです、シズ先輩!今回<武技>を習得した同志が18名発見されたのですが、弓手部隊ではなく、レンジャー部隊から初めて発見されたのです!位階魔法である<溶け込み(カモフラージュ)>以上の効果をもつものなので、皆で驚いていまして。」

 

「…………むっ。そんな話は聞いたことが無い。」

 

 やや落ち込み気味だった瞳に光が戻る。そしていつも話をするときのように歪曲した空間から〝ちょこれーと味〟を取り出し……。

 

「あの、蓋はわたしが……」

 

「…………大丈夫。」

 

 そのまま容器をチマチマとよじ登り、ストローの先端まで移動する。そしてネイアに同じものを取り出そうとして

 

「ああ!シズ先輩!倒れます!崩れます!」

 

 間一髪、乗っていた容器のバランスが崩れて倒れ落ちそうになっていたシズ先輩をネイアが支える。

 

「…………むっ。これは罰。うん。そう罰。受け入れる。」

 

 ネイアはもし今シズ先輩に表情を作れるなら涙目になっているのではないかと、宿った感情から察した。その後もアイスクリームを食べるため容器に乗ろうとして容器ごとひっくり返ってアイスまみれになったり、扉を開けようとドアをカリカリしているシズ先輩は終始屈辱に耐え、自身を律する態度であった。

 

 しかしネイアはそんなシズ先輩から漂う庇護欲をどうしていいものかと終始戸惑っていた。

 

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 ナザリック九階層の執務室で、アインズは最早機械作業となっているハンコ押しをしながら、先ほどの事件を思い返し温かな気持ちになっていた。

 

(本当、シズも変わったよな。友人に会うため焦ってミスか……。俺もユグドラシルのことばっかり考えて何十……いや何万回仕事をミスって上司や同僚に迷惑かけただろう。)

 

 シズが自身のメンテナンスミスによって小さくなって現れたときは驚いた。シズをローブル聖王国……ネイアの団体へ送る際は最終確認としてアインズがシズの記憶をチェックしてから送り出しているが、シズは手順を間違え自身のメンテナンスを誤って身体が小さくなってしまった。

 

 造物主様の定めた御姿を誤る大罪に罰を欲しいと言ったシズに、アインズは〝その姿のままローブル聖王国へ赴き、自身の考えで現在置かれている状況を打破し、相手を納得させよ〟と命令を下した。

 

 信賞必罰は世の常……とはいっても、シズにローブル聖王国を任せている理由はルプスレギナにカルネ村を任せている理由とはやや異なる。少女同士の友情をより育んで欲しいというアインズのわがままが混じった人選であり、今回のミスだって笑って許してやりたいほど――もちろんそんな真似をすれば、シズがどれほど心の傷を負うかはわかっている――だった。

 

「友人……か。」

 

 アインズはハンコを押す手を止め、寂し気につぶやいた。かつてのアインズにとって最も心温まり、今のアインズにとって最も残酷な言葉。そしてシズの創造主である、あのミリタリーや機械について語りだしたら止まらないナザリックのギミック最高責任者を想起する。もし今回の件でシズが罰を納得していなければ、かつてギルドの皆でやった【何かしないと出られない部屋(作成ガーネット)】にネイアと二人で送ってみようか……。

 

(〝相手の良いところを30個ずつ褒めないと出られない部屋〟にウルベルトさんとたっち・みーさんの二人が閉じ込められたときはコンソールでは困ったふりしてたけれど大爆笑しちゃったな~~。そういえばぺロロンチーノさんが〝イチャイチャしないと出られない部屋〟を作ってくれとか言ってたけれど、結局どうなったんだろう?)

 

 ナザリック地下大墳墓の絶対支配者は、温かな思い出を胸に、少女たちの今後に思いを馳せていた。

 

 




・小さくなったシズ先輩とそれに戸惑うネイアちゃんが書きたかったのです。さらに言えば〝何かしないと出られない部屋〟系の話も書きたかったのですが、小さくなるまでの過程描写(言い訳)が長くなったので様子観察です。


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【短閑話】指導者と悪魔

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。


 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ネイアは『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部の執務室で頭を悩ませていた。

 

 今や20万以上に膨れ上がった同志……魔導王陛下へ万感の感謝を抱く者の中にですら、残念なことにアインズ様の偉大なるお考えである〝他種族との共存〟を真っ向から否定、又は言葉にこそしないが怪訝な顔をする者があまりにも多い。

 

 アインズ様へ忠誠を誓うネイアの同志達でさえこの有様なのだ、ローブル聖王国の民たちがどのように考えているかなど、容易に想像がつく。

 

 豚鬼(オーク)の使用人・清掃婦(夫)を本部で雇うなど、歩み寄る試みは行われているが、豚鬼(オーク)が本部で受け入れられているのはあくまで、〝アインズ様の偉大さを既に知っている同志だから〟に過ぎず――もちろん効果は絶大で、「こんなに綺麗好きだとは!」「こんなに理知的で頭の良い種族だったとは!」と同志の意識改革には繋がっている――言わばアインズ様の御威光……決して自分たちの力ではない。

 

 とはいえ、元来ローブル聖王国は亜人を相手に戦争を繰り広げていた長い歴史があり、更にはヤルダバオトの収容所に捕らえられ、人間以外の存在に肉親や愛する者を目の前で悪魔の実験に使われたり、嬲り殺しにされたとなれば無理もない。ネイアとて先の大戦では亜人は即座に殺すべき存在と信じて疑わなかったし、事実何十体・何十匹・何十人とその命を奪った。

 

 またネイアは両親を亡くしたが、目の前で為すすべなく惨殺されたという訳ではないので、亜人に心身ともに想像することもできない地獄の苦しみを与えられた彼らの心情を鑑みれば致し方ないとは思うのだが……。

 

 

 〝君たちは亜人たちと共に歩を進めるのは嫌だろう?〟

 

 

 あの別れの日、アインズ様の御慈悲溢れるお言葉が脳裏に甦る。救国の英雄にして、歴史上最も偉大なる王、アインズ様に気を使わせてしまった身でありながら、自分たちは何も進歩できていないではないか……そう思うと不甲斐なさで倒れてしまいそうだ。

 

「何が魔導王陛下の代弁者……。わたしの何処が真実へ導く指導者ですか……。」

 

 どれだけアインズ様の素晴らしさや御威光を謳おうと、所詮自分はアインズ様の偉大なるお考えを前に呆然と立ち尽くす事しかできない無能ではないか……。ネイアは部屋に飾られるアインズ様の御尊顔が描かれた絵画に目を合わせることさえ不敬であると、うなじが見えるほど机で頭を抱え、自己嫌悪に陥り思考の悪循環へ突入する。

 

「うひゃあ!!」

 

 そんなネイアのうなじに粘着質の丸い何かが……と思った辺りで。

 

「シズ先輩!!」

 

「…………何時になく暗い顔。どうした?」

 

「いえ……実は…………」

 

 ネイアはシズへ、現在直面している難題について相談した。人間と亜人の融和問題についてを悪魔に相談するのはどうなんだろう?と一瞬ネイアの頭に疑問も過ったが、魔導国の領地であるアベリオン丘陵から豚鬼(オーク)の使用人手配を交渉してくれたのは誰でもないシズ先輩だ。

 

「…………ローブル聖王国をアインズ様へ統治していただくための下準備。亜人や異種族に寛容な下地をつくりたい。しかしシモ……同志にさえ反対される。なるほど。」

 

「ええ、特に聖王国南部は深刻な状態です。〝真なる聖王国民が神の敵を打ち倒す〟という妄言の下、神殿と貴族たちが結託し、【血統証明書】なるものが普及しており、人魚(マーマン)や他国との混血への迫害が始まっていると親衛隊情報部より報告を受けています。」

 

「…………共通の敵を作る。民を団結させる。うん。力のないところがやっても悪手。御計画?自滅?」

 

「先輩、何か言いました?」

 

「…………なんでもない。安心。時間が解決する問題。」

 

「そうですかねぇ…。」

 

「…………アインズ様は不死なる御方。ネイアの撒いた種は必ず開花する。」

 

「…………例えば孤児院の創設。ユリ姉が凄く褒めていた。凄く凄く褒めていた。」

 

「…………子供の子供。孫の孫の代までアインズ様は存在してくれている。ネイアが言っていたこと。」

 

「…………初めから上手くできる存在なんて41人しか居ない。」

 

「…………それに。失敗は次に繋げればいい。違う。失敗してない。うーーん。」

 

 あの寡黙なシズ先輩が、選ぶように次々と言葉を紡ぎネイアを励ましてくれている。そんな光景があまりにも微笑ましく、目尻に軽く涙を浮かべてしまい……。

 

「…………ん。」

 

 ネイアの鼻孔が紅茶にも似たいい香りで充満する。気が付けば何時かのようにシズ先輩へ抱き着いていた。そしてネイアの頭を手袋越しに慈母のように優し気な気配が撫でる。シズは自分の胸で甘えるかわいくないが可愛い後輩を抱きしめ、まるで母と子のように密着する。

 

 ……【ローブル聖王国民は、他種族への理解や共存が可能か?】

 

 ネイアが直面している難題の回答。最たる例が今まさにその身へ起こっているのだが、余りにも当たり前になりすぎて、ネイアはただただアインズ様へ献身出来ない苦痛や不安を、シズに甘え和らげていた。




・シズ先輩とネイアをイチャイチャさせたかった。今は反省している。


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【番外編】贖罪の部屋

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・立ち位置的には〝蛇足の蛇足〟ですが、ここから読んでも大丈夫です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「シズ先輩!両耳の鼓膜が破れました!」

 

 戦場において自分の状況を仲間へ正しく報告する事は、戦況を大きく変える重要事項だ。ネイアは自分の置かれた状況をシズへ報告し……そして瞬時に〝聴力を失った〟と報告すべきだった事を後悔する。

 

 衝撃破ともいえる爆音によって聴力が無くなったため、勝手に解釈してしまったが、鼓膜が破れたのではなく、魔法的な力で聴力を奪われたか、幻術によって音を音と認識できなくなった可能性もあるからだ。

 

 四方が鋼の輝きに閉ざされた部屋……ドアノブのないドアだけが異色を放つ部屋で、異形の存在……夜の海を切り取ったような、吸い込まれそうなほどの黒色と、竜牙のように美しい白色で構成された、一つの私室程の大きさがある巨大なピアノを前に、シズはナイフと銃器を、ネイアは弓を構え戦闘を繰り広げていた。

 

 ピアノの屋根には白い文字でネイアには読めない文字が描かれており、シズ先輩でも読めないとのことだった。

 

 しかし、ドアノブの無いドア、その上に書かれた文字は読める。恐らくはドアが開く条件なのだろう。

 

 【この孤独なる哀れな3者の望みを叶えよ。】

 

 巨大なピアノは文字が映し出されたと同時に膨大な衝撃破とも言える爆音を轟かせ、四方の壁に乱反射させた。聴力を失ったネイアでさえ、未だ装備や弓から振動が伝わるほどだ。

 

 ネイアの報告を聞いたシズ先輩は、手で合図を行う。蝶のように両掌を羽ばたかせた後、自分の後ろ肩に手を当てた。

 

 【散開の後、後方へ待機】

 

 アインズ様から賜った聖典(ぐんじしょせき)に書かれていた手話信号の一つだ。ネイアは同志たる軍士のようにすべてを覚えている訳ではないが、簡単なものならば頭に入っている。

 

 〝自分の後ろに下がれ〟

 

 シズ先輩はそう伝えたいのだろう。散開の命令を出しているにも関わらずシズが一歩も動かないのが、その証拠だ。更に考えを深めれば床に罠がある可能性を考慮し、シズ先輩や自分の一度歩んだ比較的安全な間隔を通って後方へ動けということだろう。

 

 足手まといとなってしまった今、自分はシズ先輩に従う他ない。ネイアは身体に轟くほどの衝撃を覚え、レンジャーとしての能力、その半分すら使えないながらも、無事シズ先輩の背後へ移動する。

 

 〝駄目、ネイアは私が護る。〟

 

 あのカリンシャ奪還戦で、シズ先輩が絶望的な悪魔を前に放った一言が想起される。あれから訓練を積んで、当時はシズ先輩に要求されたが出来なかった足音を立てない移動も出来るようになった。射手として練度も上げた。以前は一度使えば卒倒しそうになった、ネックレスを用いた<重傷治癒(ヘビー・リカバー)>も3度まで使えるようになった。

 

 それでも偉大な先輩の前では、まだまだ力不足なのだろう。自分の不甲斐なさを嘆くと同時に、自分の前に立つ巨大な防壁にも思える小さなシズ先輩へ、ますますの尊敬を募らせていた。

 

 

 

 ●

 

 

「おもてをあげよ」

 玉座に座るアインズ・ウール・ゴウンに跪くのは、赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪をした非常に整った顔立ちをした美少女。その左目はアイパッチで覆われており、右目に宿る瞳は翠玉(エメラルド)を思わせる。

 

 シズ・デルタは一拍置いて、その瞳を至高なる御方へと向けた。アインズの横には本来守護者統括であると同時に王の護りとしての役割を与えられたアルベドに代わり、七姉妹(プレイアデス)の副リーダーであり、シズの姉、ユリ・アルファが凛とした表情で立っている。

 

 ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、エントマは、本日のアインズ様係である一般メイドと並び、玉座へ続く深紅の絨毯の横に待機している状態だ。

 

 今回の議題は以前のシズの失態について。

 

 本来であればナザリックの皆の前で糾弾されるべき重大案件であり、ユリも跪き深く頭を垂れる立場なのであるが、慈悲深き主はあくまでシズ個人の問題であるとして、桜花聖域を守護している末妹を除いた七姉妹(プレイアデス)の面々のみが呼び出された。

 

「最初に言っておこう。わたしは今回のシズの失態を責めるつもりは毛頭無い。以前守護者たちの前でも話したが、誰であれ失敗はするからだ。それはこのわたしも同じだ。」

 

 ユリは主の慈悲深きお言葉に顔を俯かせたくなる。至高なる御方々のまとめ役。天と地がひっくり返る事はあれど、主が失敗などあり得るはずなどない。当然傷心しているシズを庇っての言葉と解るだけに、場の空気は重いものとなる。

 

「しかしアインズ様。シズは七姉妹(プレイアデス)の中でも異色……ナザリックの全ギミックを熟知しているという大役を御方々より賜っております。重い責任には相応の義務が、義務を果たせなかったからには相応の罰が必要です。」

 

 シズは以前記憶操作(コントロール・アムネジア)による偽りの情報……ナザリック外へ出るための記憶、ギミックの欺瞞情報を宿した状態で自身のメンテナンスを行い、造物主の定められた御姿を誤るという大罪を犯した。幸い重大事故にはならなかったが、シズの業務を考えればナザリックへ想像も出来ない大被害を与えていた可能性まである。

 

「うむ。1つの重大事故(アクシデント)の下地には30の軽微な事故(インシデント)がある。そして1つの軽微な事故(インシデント)の下地には100の不注意(ニアミス)があると……ハインのリッヒ……まぁそのような法則がある。今回行うべきは罰ではなく、教訓として今後重大事故とならないよう対策を講じることだ。」

 

「異をとなえる無礼を御赦し下さい、アインズ様。我々(プレイアデス)はアインズ様、そして光栄にも玉座の間への最終関門を守護する大役を賜りし身。それでは他の者に示しがつきません。」

 

「……そうか。ユリさえもそこまで言うのであれば、今回の采配はわたしの我儘であるな。であれば……。」

 

 アインズの長考が、6人にとって無限のような時間に思える。以前ルプスレギナがアインズ様に失望されたと聞いた際、ユリはアンデッドの身でありながら卒倒しそうになった。アインズ様がナザリックへ愛想をつかし、他の御方々と同じく御隠れになってしまえば償いようなどない。

 

 そして今回原因を作ってしまったシズは、無表情の中に強い後悔と慙愧の念が宿っており、自害すらしかねない。それこそユリがあえてアインズへ厳しい罰を要求している理由だ。

 

「今回のミスはわたしではなく、ガーネットさんへの背信といえよう。お前たちの忠誠心は揺ぎ無く、薄れることなどあり得ないと確信している。だがそれはわたしであるから確信出来る事。であれば、シズ。お前には、ガーネットさんの偉大さを改めて知り、忠誠心を再度認識する罰を受けてもらう。」

 

 ユリはアインズの言葉にまたしても救われた感覚を覚える。今回のシズの失敗は、他者から見れば自らの創造主をないがしろにし、不忠を働いたとされるべきものだ。それでも偉大な主は、自分たちの忠義を信じてくれた。

 

 更には、不忠を払拭させる罰を与えることで、忠義に偽りなしとナザリック内で不満が噴出しないよう考えてくださっているのだ。思わず跪きたくなる衝動に駆られるが、その気持ちを意思の力で抑え込む。

 

「以前ガーネットさんの造ったギミックの実験兼あそ……鍛錬場がある。わたしたちも昔は皆で楽しんだものだ。」

 

「あ、アインズ様!!至高の御方々が鍛錬をなさったお部屋に御座いますか!?」

 

 余りの恐れ多さに、ユリが大声を上げてしまう。

 

「うむ、そうだな……【試練の部屋】とでも名付けようか。特定の条件を満たさなければ部屋を出ることが叶わない。そして今回の罰だが、あのネイア・バラハと共に行ってもらう。」

 

「ネイア・バラハ……。あの人間を、で御座いますか?」

 

「ああ。本来であれば、罪を犯していない人間に罰を与えるなど、アインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう。しかし、ガーネットさんの造った部屋は、一人で行えない試練も多い。それに、今回シズにはギミックの欺瞞情報を持った状態で挑んでもらう。ならば、シズのパートナーとしてはナザリック外の彼女が適役だ。現在ネイア・バラハがナザリックにおいてどれほど重要な立ち位置にいるか、知らぬとは言わせん。その上で、彼女を……脆弱な人間を護りながら部屋を攻略してみせよ。これがシズ……お前へ与える罰だ。異論は認めん!!」

 

 アインズの寛大な采配に、ユリを含めた七姉妹(プレイアデス)、そして一般メイドは激情を覚え、今度こそ一斉に跪き、頭を垂れた。

 

 

 

 

 ● 

 

 

 

(なーんて言ったけれど、大丈夫かな?あれランダムに4つの部屋が選ばれるんだったよな。やっぱり無理やりにでも、【罰など必要ない】って納得させるべきたっだかなぁ……。俺の監督不行き届きだったって頭でも下げれば……。いや、シャルティアの例もある。それだと余計にシズの心に棘が刺さったままか……。)

 

 宝物殿の談話室。護衛の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)や当番のメイドを身の回りから外し、アインズが素に近い言動をとれる―代わりにパンドラズ・アクター(動く黒歴史)が居るが―数少ない場所。幸いにも現在パンドラはモモンとしてエ・ランテルへ出ており、アインズ一人だ。流石にナザリックの絶対支配者が貧乏揺すりをしながら、指を落ち着きなく動かし、首をコキコキさせている姿など誰にも見られたくない。

 

 アインズは自分の決定が正しかったのか頭を悩ませていた。【試練の部屋】など大層な名前を付けたが、シズを送り出したのはナザリック九階層にある、以前ガーネットの造った【リアル脱出ルーム】であり、〝ギルド・アインズ・ウール・ゴウン〟の面々がハマったことで、他のメンバーも意見や技術を結集させ、中々巧緻な造りとなっている一室だ。

 

 謎解きの部屋から、敵が現れるダンジョンの様な部屋、パートナーと協力し特定の行動をしなければならない部屋、果ては課金しないと出られない意地悪い部屋など、その数は100を超える。

 

(それにあのユリまで厳罰を求めたんだ、無視はできないよな。かといって折角友達が出来たシズに外出禁止なんて命令出したくないし……。あー、無いはずの胃が痛い。そういえばジルクニフの具合が悪そうだったからよく効く胃薬を贈ったら、感謝の手紙が来てたっけ。あんな毅然としたジルクニフも裏ではかなり苦労してるんだなぁ、王の宿命ってやつか。)

 

 あの部屋は自分やギルドの仲間たち……レベル100のプレイヤー二名が臨む事を想定して造られた部屋だ。シズのレベルやネイアのレベルを考えればオーバーキルにもほどがある。シズが死ぬなど考えたくもないし、その友人であり、巻き添えを食らった形のネイアが死ぬなど理不尽にも程があるだろう。

 

(やっぱりネイアには最初にごめんねと言っておくべきだったかなぁ……。罰を共にさせるのを二つ返事って、友情を弄ぶ悪辣な上司だよなぁ……。最低だ……。)

 

 ネイア・バラハを今回再びナザリックへ呼ぶにあたり、シズは『任務に失敗してアインズ様より罰を受けることとなった。ネイアの協力が必要』とある意味正直に話し、ネイアは一も二もなく協力を申し出たという。その事実がアインズを余計憂鬱にさせる。

 

 今回無事二人が生還すれば望みのものを与えよう。アインズはそう考えながら、これから始まる二人の試練を見守るべく、いざとなれば即座に助けられるよう、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出した。

 

 

 ●

 

 

 

 ……初めはピアノを破壊し、中の弦なり響板を打ち砕き、音を止めてしまえばいいと考えていた。しかしシズの銃による乱射ですらピアノは傷ひとつ付かず、こちらを煽るかのように鍵盤は自動で動き音楽を奏でている。

 

 もはや音を身体や手に握る武器からの振動でしか感じることの出来ないネイアにはどのような音楽が奏でられているか解らないが、もし聞くことが叶うならばそれは怒りを表すように荒れ狂う音色だろうとも思えた。

 

「シズ先輩、これが何の音楽かわかりますか?」

 

 シズは首を振った後、親指と人差し指でつまむ動作をして、握りこぶしにしてから腰へあてた。【泥地帯注意】を表す手話信号。

 

(泥?ぬかるみ?……音に違和感があるということ?)

 

 ネイアは矢筒から鉄製の矢を取り出し、少しでも振動から音を拾うべく頬骨にあてた。そしてネイアの敏感な感覚は奏でられる音からひとつだけ不協和音を感じ取る。

 

「シズ先輩!鍵盤の上に乗ってください!いえ!わたしも乗せてください!」

 

 シズはネイアを見つめ、ひとつ頷くと、驚くべき跳躍力でネイアを抱え踊り狂う鍵盤の上に乗った。

 

 ネイアが違和感を覚えたのは、三つの鍵盤が動いた瞬間。調和されない三つの振動。鍵盤は足で踏むと自分たちでも音を鳴らせるように出来ている。ネイアに音楽の知識はないが、音の快・不快くらいならば解る。

 

「やはり、同じ周期で鍵盤が動いてます。三つの鍵盤が動いた瞬間、わたしのいう場所を、同じタイミングで、同じ時間、指定の鍵盤を踏んでください!」

 

 シズはゆっくりと頷き、親指をビシっと立てた。

 

 そして狂ったように踊り回る盤上で、ネイアの指定した瞬間がやってきて……。シズとネイアは二つの鍵盤を同時に踏んだ。

 

 その瞬間、衝撃破のような振動の暴力が静まり、鍵盤は打って変わったように緩やかに、それでいて厳かな振動となった。

 

 ドアを見ると、ドアノブが取り付けられており、ドアの横には宝箱が置かれていた。シズはネイアを抱きながら、ドアの前に着地する。そして宝箱から何かを取り出し……、一瞬動作を止めた後、ネイアに中身を差し出した。一瞬シズ先輩が手で何かを隠した気がしたが、それよりも渡された品に驚く。

 

 それは復興支援品としてローブル聖王国へも送られる、魔導国における紫のポーションだった。ネイアは今回の【試練】で聴覚を失った身。急いでポーションを口にすると、聴力が戻り、聖歌を思わせる神聖にして厳かな音楽が部屋中に響いていた。

 

「…………ネイア。お手柄。わたしだけではどうにもできなかっ……」

 

 ネイアは喜びのあまりシズ先輩へ勢い良く抱き着いた。久々に聞くシズ先輩の声はやはり平坦で、ネイアでなければ感情を読み取れないものであったが、声に褒める感情を宿している事実は、ネイアへ喜びと安堵を抱かせるには十分すぎるものだった。

 

「やりましたシズ先輩! アインズ様が直々に与え給うた試練! わたくしが選ばれるなどこれほどの幸福はありません! そしてシズ先輩と乗り越えられたことも!」

 

「…………ん。わたしも、ネイアと一緒でよかった。わたしには音楽の特殊技能(スキル)がない。おかしいと思ってもどうすればいいかわからなかった。」

 

 そしてシズは抱き着いてきたネイアの頭を優しく撫でた。

 

「…………でもまだまだ。ここからが本番。何が起こるか解らない。」

 

 シズの一言に、ネイアも浮かれた心を着地させる。

 

「ええ、ですが引きません。行きましょう、先輩!」

 

 シズとネイアはお互いを見つめ、同時に強くうなずいた。そして次なるドアを開く。

 

 

 

 ●

 

 

 アインズは安堵の息を吐く。あの部屋でどんな試練が出るかはアインズでさえコントロールできない。いざとなれば強制終了させることは出来るが、そうなれば〝与えた罰の達成不能〟として、より重い罰を課さねばならない上、下手をするとシズを今後一切外に出せなくなる。

 

(一番の懸念はレベル80台のモンスターが大量に出てくるタイプの部屋だ。そうなれば俺が完全不可視化してバックアップするしかないな。課金アイテムは……ああ、こういう時にあいつ(パンドラ)もいないし、手持ちでなんとかするか。……って、これはまた。)

 

 アインズはシズとネイアの入った部屋を見て、思わず右手親指にはめられた指輪に目を落とした。それは以前ネイアを復活させた際用いた、<真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)>を使うことのできる超希少(ウルトラレア)アーティファクト。リング・オブ・マスタリーワンドだった。

 

 

 

 ●

 

 

【真なる友を見抜き、偽りなる者の心臓へ刃を突き立てよ。】

 

 前回と異なり、小さな小部屋へ入ったシズ。その手にはナイフが握られている。そして宝石を思わせる緑の目には二人のネイアが映っていた。

 

「…………感知が出来ないようになっている。流石博士。いえ御方々。」

 

 ドッペルゲンガーによるコピーであれば、レベル差やクラス構成から看破することは容易であるが、どうやらネイアが二人になっている現象は、シズの知るコピーと機序が根底から異なっているようだ。

 

 それが高位の幻術によるものなのか、それともドッペルゲンガーに一度コピーさせ、看破不可能なレベルまでネイアの能力を落としたのか解らないが、問題はそこではない。

 

 シズはどちらかが本物で、どちらかが偽物か分からない友人の胸にナイフを刺さなければならないのだ。シズが二人を見比べるも、両方殉教者を思わせる笑顔を浮かべており、命乞いはおろか、自分が本物であるという弁明すらせず、シズへ判断を完全に委ねている。

 

 その状況がよりシズを悩ませる。ネイアしか知りようのない情報は粗方問いただしたが、どちらも正解を答えた。

 

「…………うーん。困った。」

 

「「シズ先輩。迷うことはありません。わたしを刺してください。」」

 

 2者は同時に言葉を発する。完全に思考までトレースしているようだ。恐らく邪魔になった自分を始末して先に進めといいたいのだろう。確かにネイアならばそうすると思う。

 

 取り返しのつかない二者択一を強いられたシズは、長考し、答えを出す。その解答は……

 

 

「…………うん。サイコロ振って決める。奇数ならお前、偶数ならお前。」

 

 

 その瞬間、右のネイアが我慢できないとばかりにふき出した。そしてシズは迷いなく左のネイア、その心臓にナイフを突き立てた。……その瞬間、左のネイアだったモノは溶けるように歪み、ツルツルとした青い塊となり、跳ねだした。

 

「…………やはり高位のドッペルゲンガーと幻術。部屋の効果で耐性まで無効化されている。」

 

「わ、わたし、助かったのですか?」

 

 ネイアは緊張の糸が解けたように脱力し、床に膝をついた。死を覚悟していたが死にたかった訳ではない。急に自分と全く同じ存在が現れたときは、〝あ、わたしの目ってこんなに怖いんだ〟と場違いな感想を抱いたが、自分でも見分けが付かない分身を看破したシズ先輩に改めて尊敬が募る。

 

「シズ先輩、ありがとうございます!逆の立場だったらどうなっていたでしょう。わたしは……」

 

「…………わたしがネイアを間違えるはずがない。そしてネイアがわたしを間違えるはずもない。気にしない。」

 

 シズ先輩はそういってネイアに背中を向けた。シズ先輩がどんな表情をしているか、ネイアはとても見たかった。何故ならば、恐らくシズ先輩は無表情の中に凄く気恥ずかしそうな感情を宿しているに違いないと確信しているからだ。

 

 

 

 ●

 

 

 ネイアとシズは最後となる試練に向け、扉に手をかける。二人は3つ目の試練【戦争に必ず用いられる最古にして最新の道具のみで敵を殲滅せよ】をクリアした。弓矢やナイフ・銃を使っても延々と二足歩行の亜人を模したモンスターが湧き出し、シズ先輩は 〝人〟 であると答えを導き出し、徒手格闘による戦闘でモンスターを殲滅し、無事に扉が開いた。

 

 ネイアも聖典(ぐんじしょせき)を預けた同志より、聖地における徒手格闘術ジェドーの手ほどきを受けていたので1体程度ならばなんとか倒せたが、やはりシズ先輩は別格で、瞬きする間に50を超えるモンスターを徒手で殲滅していた。流石、メイド悪魔の名は伊達ではない。

 

 

 そしてシズとネイアは意を決し、最後の試練へ向けた扉を開いた。……そこは今までの試練と異なる意味で幻想的な空間、童話のお姫様が住むような白を基調とした質素ながらも格式を感じる一室に、ひとつだけベッドがある奇妙な場所だった。

 

 そして相も変わらずドアノブの無いドアの上には、こう書かれている。

 

 

 【友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。】

 

 

「聖句……?今までのように具体的な指示がありません。どういうことでしょうか?」

 

「…………わからない。ベッドがあるからにはおそらくそれが関係している。」

 

 その瞬間、ネイアの顔が真っ赤に染まる。友情を確かめる手段なら様々あるが、少なくともベッドで行うのは……。しかしシズ先輩はそんなネイアの手を引く。そして

 

 

 

 ●

 

 

 アインズは沈静化を連続させながら、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を凝視したり、目をそらしたりしていた。

 

「いや!なにしてんですか!?これじゃBAN……されないけれど、え!?ええ!?いやいや、これぺロロンチーノの言ってた〝イチャイチャしないと出られない部屋〟じゃねーの!?ガーネットまで何造ってんだよ!ギルド長の俺に言えよ!……いや、転移した弊害か?って違う違う。止めなきゃ!いや、止めたら罰が……。いや肩を組んだり抱き合ったりは許されてたからセーフ?いや、どう考えてもここまでくっつくのは……。それ以上はダメ!早く扉開け!もういいだろ!友情は確かめられただろ!おーーーーーーい!」

 

 宝物殿に絶対支配者のSOSを含んだ絶叫が轟いた。しかしそれに耳を傾ける者は誰も居なかった。

 

 



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【番外編】忠義の形 ある女中の日記

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・二つ目の話は原作オバロ、くがね先生と異なる文体を使用しております。【アンチ・ヘイト】のつもりで書いていませんが、そんなの無理という方はバックしてください。


「シズ先輩! アインズ様の事で間違いがあったなら言ってくださいと、あれほど言ったではありませんか!!」

 

「…………間違いではない。ただ〝あまり気分は良くない〟と仰っていた。必要な事だとは理解されている。」

 

「アインズ様の気分を害するなど、極刑同然の不敬です!何故もっと早く……ああ、アインズ様。わたくしはなんてことを。同志の皆に通達して船を早急に解体する準備と謝罪へ赴く旨を!」

 

「…………早まらない。間違ったことはしていないと仰っていた。」

 

「アインズ様の配下であられる方も不愉快に思っていたのでしたら、なおのことです!」

 

「…………アインズ様が不愉快に思われたのは、ネイアのやっている事じゃなくて。…………人間がどうということでない。らしい。…………ダメ。とても説明が難しい。失言。どうしよう。」

 

 

 事の発端は、湾岸都市リムンの係留施設に、100日の航海を終えた巨大な工船が凱旋した時だった。……【航船】ではなく、【工船】である。

 

 【航船】ではないのだからローブル聖王国における航海法・海里法は適用されず、陸の【工場】ではないのだから、工業法・武器製造法は適用されない。ヤルダバオト襲来まで徴兵制度を行っていたローブル聖王国において、武具の作成や魔化作業は――おそらくどの国もだろうが――法で定められた一定数を超えて生産する場合、聖王室の認可が必要になる。

 

 今や20万を超える同志が集った魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)。それだけの人数に武具や防具をいきわたらせる事は資源・財源・人員共に生半可な労力でなく、専従の武器職人や魔化を施せる魔法詠唱者(マジック・キャスター)が必要だ。

 

 とはいえ、資源・財源・人員の三役全てを簡単に揃えられるのが(仮)の恐ろしいところ。問題は如何にしてローブル聖王国の法を潜り抜けるかだった。

 

 流石のカスポンド聖王猊下も、20万以上もの聖王室に確かな忠誠を誓わない人間に、大量の武具・防具の作成を認めることは許可出来なかったらしく、ネイアは20万の親衛隊全員に満足な武具がいきわたらないという難題に直面した。

 

 確かにネイアは、偉大なるアインズ様の慈悲深き御手にローブル聖王国を抱擁していただこうと活動しているが、祖国への愛国心を捨てた訳ではない。今や碌に機能していない錆びついた代物とはいえ、法は法。魔導王陛下の名を冠して活動している以上、自分たちが母国の法を犯しては、アインズ様の御名に泥を塗ってしまう。

 

 とはいえ、御身のため、爪と牙を研ぐ活動を止める選択肢など最初からない。そのため最初は正規の武器制作の工場以外にも、〝金属加工工場〟〝猟弓作成所〟を各地に作成して法を犯さず武具作成に励んでいたが、やはり効率は悪い。

 

 そこで文官たちが提案してきたのは、この【武器工船】の造設だった。正確に言うと【合法】ではなく、【脱法】なのだが、聖王室からは何も言ってこない。工船の作成以降、武具・防具の品質は格段に向上し、量産も可能となった。

 

 ネイアとしても自らの力量不足からこのような脱法行為を行うのは不本意であったが、【弱きは悪であり、脱さぬ努力をしない者は更なる悪】と常々説いている以上、口だけではなく具体的な方法を明示し、所属する同志には万全の設備を整えるべきだ。

 

 そんな苦肉の策のひとつがこの【工船造設】だったのだが、工船で作成された弓や剣、鎧や迷彩服、マジック・アイテムをシズ先輩に見ていただいた際、衝撃的な爆弾発言が発せられたのだ。

 

〝…………うん。人間の作った量産型にしてはまぁまぁな出来。缶詰にして専従させるのも効率が良い。アインズ様とデミ…は〝あまり良い気分はしない〟と仰っていたけれど〟

 

 ネイアはその発言を聞き、頭部を巨岩で殴られた錯覚を覚えた。アインズ様のみならず、恐らくは配下であろうどなたかの名前を聞き逃すほどネイアは耄碌(もうろく)していない。

 

 やはりアインズ様の名を冠しておきながら脱法行為に手を染めている自分たちに不愉快を感じられているのか、はたまた【海上での武器作成】という危険を同志に行わせていることをお嘆きになっているのか。

 

 

 

 ……もちろんそんな訳がなく、アインズが不愉快と思ったのは、【逃げ場のない工房で働かされる】という鈴木悟の残滓であるし、ついでにデミウルゴスが【工船】に対し、セバスにも似た不快感を覚えたのは造物主たるウルベルトの影響だ。

 

 とはいえ、(仮)の場合、全員が喜々として働いているという意味で、アインズの想像と全く異なる似て非なるモノなのだが、人間の事情などどうでもよい二人は、【海上の工船という逃げ場のない労働社会構造】そのものに不快感を覚えた訳である。 

 

 

 

 

 

 かくしてシズとネイアは、初となるかもしれない不毛な口論を行う羽目となった。

 

「…………アインズ様はネイアの活動をお認めになっている。今回の事も気にしないよう仰っている。」

 

「それはアインズ様の御慈悲に甘える事ではありませんか!」

 

「…………先輩を信じられないなんて生意気。」

 

「信じていますとも!シズ先輩の言った、アインズ様がご不快に思われた御言葉を信じたわたしの決断です!」

 

「…………むぅ。わたしだってアインズ様がただ不快に思われたならば中止させる。でも違う。」

 

「何が違うのですか!アインズ様を不快にさせるなど……わたしはどうすれば。」

 

「…………話を聞く。ネイアの分からず屋。」

 

「シズ先輩はアインズ様がご不快に思われたことを何とも思わないのですか!」

 

「…………思うに決まっている。でもアインズ様のご判断に勝手な異を唱えているのはネイア。」

 

「御慈悲に甘えることを御赦しとは思いません!」

 

 最初はネイアを諭そうとしていたシズも、無表情に強い怒りを宿し、口論が白熱していく。シズとネイアはそのまま互いに譲らず一晩じゅうケンカした。

 

 

 そして朝になって頭が冷えてくると、勢いで口走ったセリフの数々に、後悔がじわじわとこみあげ───

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 お互い顔を背け、表情こそ怒りを取り繕っているが、ネイアは完全に謝るタイミングを逃してしまいシズ先輩にどのように声を掛けようかと頭をフル回転させていた。朝日が昇ってかれこれ1時間は無言のままでいる。

 

「……「……ごめ」」

 

 シズとネイアの声が重なり、二人は1時間ぶりにお互いの視線を合わせる。

 

「シズ先輩に、アインズ様の忠誠を疑うかのような発言をするなんて……。本当にごめんなさい。わたしは未だアインズ様の偉大さや慈悲深さに無知であったようです。精進が足りません。」

 

「…………こっちも。ネイアがどれほどアインズ様の素晴らしさを知っているか解っていたはずなのに。」

 

「アインズ様が感情ではなく、王として叡智を以って決定した結論をわたし如きが否定するなど、冷静に考えれば間違っていました。」

 

「…………わたしも。〝常に盲目的に従属するのではなく自分で考える〟よう言われているのに、ネイアのように出来なかった。」

 

「今回はアインズ様の御慈悲を賜る形で、工船での武器造設を続行させます。しかし、いずれは必ずこんな情けないことにならないよう精進いたしますので!」

 

「…………その意気。こんなに話したのは久々。喉が渇いた?」

 

「いえ……まぁ……。はい。」

 

 シズ先輩は虚空から〝ちょこれーと味〟を取り出してその蓋を取った。そしてストローを二つ差す。

 

「…………1個しかない。忘れてきた。半分こ。」

 

 シズ先輩はそう言って自分で一口すすり、ネイアにもうひとつのストローを向けてきた。気恥ずかしそうに目を背けている姿を見るに、絶対嘘だろう。〝仲直りの印〟としたいのだろうか。そんなシズ先輩をみて、ネイアは微笑みを浮かべてしまう。

 

「なら仕方がありませんね。半分こです。」

 

 議論が白熱して、身体が疲れたからだろうか。甘くて苦いちょこれーと味は、何故かいつもよりも甘さが増しているような気がした。

 

 

 

 ●

 

 

 

 ××月××日 晴れ 総本部にて

 

 本日も偉大なる魔導王陛下の御慈悲により、平穏な一日を終えられた事に感謝の祈りを捧げます。

 

 思い出す……否、脳裏に蘇るも(はばか)る悪魔の収容所。救済の後も絶望の患難(なやみ)に明け渡されるかのように、畏懼(いく)し、(ふる)えていたわたくしの心は、今やはるかの海の上を(すべ)って行く暗雲を見送る様に少しずつ平安を取り戻しております。

 

 深夜、狂人のように暴れ狂い、哭き喚びながら目を覚ます機会も少なくなってまいりました。

 

 しかし未だあの身体と魂を根源から滅ぼすような悪魔たちが忍び込んでくるのではないか……。そんな恐懼の念が、魔導王陛下の代弁者にして絶対指導者バラハ様御付きの女中という光栄極まる立場にありながら、男性を遠ざけているのでしょう。

 

 バラハ様はそんなわたくしを今も重宝してくださいます。これに勝る喜びはございません。当会代表にして魔導王陛下の代弁者、絶対なる指導者の御付きがわたくしだけというのは、何度も問題として立ち上がりましたが、他ならぬバラハ様が、他の専従メイドや執事を頑なにお認めになられません。

 

 同志の中には、わたくしよりも接遇に長けた、元貴族はおろか、聖王室で執事やメイドをされていた方も多くいらっしゃいるのですが……。バラハ様の慎み深さは、時にわたくしたちを困惑させます。

 

 バラハ様が聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国を巡礼されて以来、魔導王陛下の御啓示を代弁される者として更なる御力を身に着けられた様に思われます。

 

 ですが、同時に極度の疲労からか、はたまた未だ魔導王陛下の偉大さを理解されぬ無知蒙昧な輩の所為か、バラハ様の憂顔が多くなっている事もわたくしは知っております。

 

 常に限界まで引き絞った弓の弦を思わせるバラハ様にわたくし如きが出来ることは、少しでもお疲れの出ません様、従者としての役割を全うする以外に御座いません。

 

 明日もまた、魔導王陛下のお導きが御座いますように。

 

 

 ※   ※   ※

 

 

 ××月××日 晴れ時々曇り カリンシャ支部にて

 

 本日も偉大なる魔導王陛下の御慈悲により、平穏な一日を終えられた事に感謝の祈りを捧げます。

 

 バラハ様は3日に一度は必ず昼餐に、碌に脱穀すらしていない劣悪な麦に温めた牛乳を染み込ませただけの、粗悪で粗末なポリッジを召し上がられます。

 

 バラハ様が魔導王陛下から下賜されたという、聖地における軍事知識が纏められた聖典によって、同志たる軍士たちと、食料支援同盟の同志たちが研究を重ね、親衛隊に配られる食料品や軍事食は味も保存期間も栄養価も格段に向上しております。

 

 なにより、慈悲深き魔導王陛下の治めたる魔導国より豊饒な食物が支援物資として送っていただける中、こんなもの――未だ自給自足の目途さえ立っていないローブル聖王国の一員として恥ずべき表現でしょうが――を当会で召し上がっているのはバラハ様くらいです。

 

 〝同志が気に病むだろうから秘密にするように〟とも命令されております。理由を問うと、バラハ様は〝彼の戦いを忘れないために〟と仰っておりました。【彼の戦い】とは恐らく、人伝にしか聞いておりませんが、ヤルダバオト襲来でも屈指の激戦……生存者がバラハ様お一人、――それも魔導王陛下による救援により――だったという西門市城における防衛戦でしょう。

 

 偉大なる魔導王陛下の御力と御慈悲によって悪魔の収容所からの絶望に救わるる身であり、人の世に戻ることの叶ったわたくしがこのように考えることは不敬でしょうが、バラハ様が〝魔導王陛下を正義と確信した戦い〟と仰る場にわたくしも居合わせられたならば……と、羨望ともつかない隠微な気持ちが宿ってしまうのです。

 

 粗末な昼餐を終えたバラハ様は、そのまま演説へ向かわれました。カリンシャは、元々当会の前身〝魔導王陛下救出部隊〟の勢力地であり、同志の多い中行われる演説会は、喝采が大地へ轟き天空へ達するが如しです。

 

 当会にもバラハ様以外に、魔導王陛下の偉大さを説く弁の立つ者はおりますが、やはり別格……いえ、比べることさえおこがましい、凛とされた御姿は、正しく魔導王陛下の代弁者で御座います。

 

 同じように魔導王陛下の素晴らしさを説いているにも関わらず、何故バラハ様のお声とは、こうも心を打たれるのでしょうか? 熱の籠ったお声? 先行きの見えない不安に光明を導き説く思想? 未だに答えは出ません。

 

 それでも〝自分の代わりはいくらでもいる〟など心臓に悪い笑えない冗談を仰るのです。

 

 機知・真摯・激情・情熱……正しく指導者としての全てを兼ね備えたバラハ様ですが、ユーモアのセンスは残念ながら無いようです。

 

 明日もまた、魔導王陛下のお導きが御座いますように。

 

 

 ※   ※   ※

 

 

 ××月××日 晴れ 総本部にて

 

 本日も偉大なる魔導王陛下の御慈悲により、平穏な一日を終えられた事に感謝の祈りを捧げます。

 

 

 本日は総本部にシズ様がご来訪されました。忌まわしきヤルダバオトの眷属ともいえるメイド悪魔がいると初めて聞いた際は、殺されてでも八つ裂きにしてやりたい気持ちを覚えたものですが、実際に御姿を見て肩透かしを食らった思い出は未だに忘れられません。

 

 やはり魔導王陛下の偉大さに触れることで、悪魔も改心するのでしょうか。それとも元来善良な悪魔――正直者な法螺吹きくらい意味の解らない表現ですが――であったから魔導王陛下は配下となさったのでしょうか。

 

 どの道ただの人間たる我々が、魔導王陛下の深淵なる叡智になど及ぶはずが御座いません。

 

 シズ様のご来訪はいつも突然で、歓迎の準備も何もさせていただけません。そしてシズ様がいらっしゃる時間は、わたくし個人……御付きの女中として喜ばしいことでもあります。何故ならば、バラハ様が年相応の少女に戻る希少な時間でもあるためです。

 

 本日も普段近衛を行っている親衛隊を下がらせ――本来なら危険であると止めるべきかもしれませんが、当会にシズ様以上の強者はおりませんので我々はバラハ様に何も言えません――お二人で楽しく歓談されておりました。

 

 本日は本部で過ごされましたが、時折バラハ様はシズ様へ招かれ聖地に赴くこともございます、羨望の念を抱かずにはおられません。

 

 いずれローブル聖王国の復興が終われば、我々も聖地へ赴くことが出来るとバラハ様は仰っておりました。何よりも、我が祖国が魔導王陛下の御慈悲に溢れる統治を受けられるのであれば、これに勝る喜びは御座いません。

 

 シズ様のいらっしゃった後のお部屋はまるで高級な茶葉を使った紅茶にも似た良い香りがいたします。悪魔に香水を嗜む文化があるかわかりませんが、おそらくはシズ様が元来持たれる香りなのでしょう。

 

 シズ様がいらした日、バラハ様からもシズ様と同じ紅茶のような香りが強く残っていることが御座います。本日もそうでしたが、わたくしは何もいいません。

 

 大抵バラハ様は幸せそうなお顔をされておりますので、〝お二人の様子を覗いてみたい〟という悪魔の戯弄(からかい)が頭を過りますが、救国の指導者たるバラハ様と、魔導王陛下の配下であられるシズ様のご様子を覗き見という悖戻(よこしま)などおこなえば、魔導王陛下より報責(むくい)を受けてしまうでしょう。

 

 バラハ様という常人を超越された指導者に、我々が出来ることは御座いません。だとすればバラハ様はあの御年で茨の道を救国のため邁進される孤高なる存在です。でしたらバラハ様の孤独を埋めることができるのは、シズ様だけなのかもしれません。

 

 明日もまた、魔導王陛下のお導きが御座いますように。

 

 そして、バラハ様とシズ様の結ばれたる友誼が陰ることの御座いませんように。

 



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【番外編】看護兵設団

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。


 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「各員行動開始!」

 

「「魔導王陛下万歳!!」」

 

 軍士の号令と共に、20名の比較的若い男女兵が、少数のポーション・清潔な包帯・異物や穢れた衣類を剥ぎ取るための刃物・解毒剤の入った箱を片手に走り出す。

 

 その先には倒れ伏している、又は苦悶にうめいている300名の人間たちがいた。300名は全員創傷・裂傷・火傷・糜爛といった様々な傷を模したメイクがなされており、佩用している腕章にはこう書かれている。

 

 

 【負傷者】【死亡者】――と

 

 

「おい助けてくれよ! 骨が見えているんだ! このままじゃ死んじまう!」

 

「いい、俺に構わず他の同志を!」

 

 確かに骨が見えるほどの傷だが命に別条のない男が喚きながら救命にあたる兵士の邪魔をし、逆に腸が飛び出すほどの重傷者は自分に構うなとばかりに肩で呼吸している。

 

 ……もちろん全て演技なのだが、実戦を想定した演習でありメイクのリアルさもあって、はたから見れば本当の大惨事に思えるだろう。

 

 20名の兵士は全員治癒魔法をある程度扱える者たちであるが、300名全員に施せるほどの魔力量を有していない。また、箱に入っているポーションも全員にいきわたる数ではない。

 

 その場で治癒魔法が必要な者、迅速な応急処置が必要な者、消毒し清潔な包帯で止血しておけば後に命が助かる者、一時的な精神錯乱に陥って戦場の雑音(ノイズ)となってしまった者……既に救命が叶わない者を選定し、各自に適切な処置を行い識別救急証書(トリアージ)を貼っていく。

 

「……同志軍士殿!第7看護兵団20名!300名同志の救急救命を終了いたしました!軽症者107名、中傷者148名、重傷者21名、重体者11名、死亡者13名です。即座に戦線復帰できる同志は129名、即座に後方へ移し早急な治療が必要な同志は34名、残りは要療養であると具申いたします!」

 

「ご苦労!こちらの予定では重体者9名の計算であった。数が限られるポーションや治癒魔法を施す者への識別がまだまだ課題だな。だが、行動は迅速であり、非魔法依存の応急処置技術も向上している。今後も魔導王陛下への挺身を忘れぬよう精進するように!」

 

「「魔導王陛下万歳!!」」

 

 非魔法依存の応急処置……かつて、かの【口だけの賢者】が提唱した〝手術〟を想起させる蛮用とも言える救命手法である。

 

 だが、絶対指導者ネイア・バラハが彼の偉大にして慈悲深き魔導王陛下より下賜された【聖典(ぐんじしょせき)】に書かれていた内容は、魔法技術に疎く、増えてきたとはいえ治癒魔法を施せる神官や信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)も少ない〝魔導王陛下へ感謝を送る会〟親衛隊の欠点を見事に埋めるものばかりであった。

 

 従軍司祭や専従の治癒魔法を施せる専門職を軍隊に据えられるなど、それこそバハルス帝国の正規騎士団くらい。

 

 それに戦場においては、短期決戦ならばまだしも、ローブル聖王国にとっての悪夢、ヤルダバオト襲来時がそうであったように長期戦となれば、敵からの攻撃よりも味方である負傷者・死亡者より蔓延する疫病や伝染する恐怖・絶望から命を落とす者の方が多い。

 

 それに【聖典(ぐんじしょせき)】に載せられていた救命の技術はいままでの衛生兵が行う、包帯や治療器具を使いまわす粗雑な応急処置と全く異なっていた。

 

 主戦力や王侯貴族に治癒魔導者を付けることはあった。

 

 しかし、清潔さを徹底し、貴賤なく後方まで命を繋ぎとめる事を優先させ、一人でも多くの同志が命を落とさぬよう〝激戦地の真っただ中で大多数を占める一兵卒を相手に治療を行う兵団〟という概念はいままでない。

 

 改めて魔導王陛下の慈悲深さに感銘を受けた軍士たちは新たな部隊を結成した。

 

 その名を親衛隊では【看護兵団】と呼ぶ。

 

 

 ●

 

 

「あの……。シズ先輩?その恰好は?」

 

「…………以前ネイアから看護兵について相談された。だからこの格好で来た。」

 

 シズがまとっているのは、いつもの迷彩柄のメイド服ではなく、ボタンのついた純白の上着とスカート。頭部にはカチューシャではなく、髪を覆うような上質な布で作られた純白の中に赤い十字が刻まれた帽子。

 

 ……シズ先輩曰く〝なーす服〟なる衣装をまとっており、いつも携えている銃器の代わりに、先端に大きな針のついた、よくわからない液体で満たされている身の丈ほどの円筒形の筒を持っている。

 

「…………博士の部屋にあった。アインズ様は〝いべんとの超希少(ウルトラレア)〟だと仰っていた。特定の期間内に〝けんけつ〟をして〝ろぐいん〟しないともらえないもの…………らしい。」

 

 どこか誇らしげに胸を張るシズだが、ネイアは相変わらず未知のワードばかりが飛び出し、頭が疑問符で埋め尽くされる。しかし問うた所でシズ先輩が無言になるタイプの話であることを経験上察し、話題を変える。

 

「ありがとうございます、先輩!!看護兵団の設立をしたのですが、課題は山積していく一方で……。しかしながら、有用性は抜群です!先日暴風雨によって土砂災害に見舞われた村があったのですが、親衛隊からなる看護兵団を当会が派遣することで、死者が0という喜ばしい数字を聞くことが出来ました!これもアインズ様のおかげです!」

 

「…………うん。ミリタリーを人助けに転用できるのはいいこと。偉い。」

 

「いえいえ、わたしはアインズ様より賜りました御慈悲を代用したに過ぎません。」

 

「…………流石ネイア。じゃあ、看護兵の実践勉強を始める。」

 

 

 

 

 ●

 

 

 

「あの……シズ先輩?わたしなんでベッドに寝かされているのでしょう?それに寝巻?」

 

「…………ネイア………さん。体調はどう?…………ですか?」

 

「いや!なんで敬語なんですか!?」

 

「それじゃあ。お熱…………を計る。………ますね。」

 

「しかも全然使えてないですよね!?何が始まるんですか!?……って!」

 

 ネイアの顔に、シズのやや幼くも美しい顔が近づいてくる。鼻と鼻が、唇と唇がぶつかりそうなほど接近し、おもわずネイアは目をつむり……

 

 コツンとネイアの額にシズの額があたり、温もりが伝わる。同時にシズ先輩のしなやかな手が、ネイアの手首を掴み動脈を探知し二本の指を立てており、一瞬みれば色々と誤解されそうな絵面だ。

 

「…………KT(体温) 37.7℃、P(脈拍) 128回/分 Bp(血圧)176/94mm/Hg SPO2(酸素飽和度) 99%。やや微熱傾向。そして脈拍値と血圧に無視できない異常。…………疲れてた?」

 

「ちちちちちち、違います!」

 

「…………異常値がある。胸の音を聞く。…………ますね。」

 

「ちょ!シズ先輩!!」

 

 そう言ってシズ先輩は奇妙な素材でできたチューブの先に徽章がついている様な、奇妙なものを取り出し、ネイアの寝巻を問答無用ではだけさせ、自分の両耳にチューブをあてて、ネイアの胸に徽章をあてた。

 

「…………心拍数増大。なおも増大傾向。」

 

「いきなり服を脱がされれば心臓も跳ね上がりますよ!!」

 

 ネイアはやや涙目になりながらも、シズの聴診を受ける。胸から段々とお腹、背中と徽章の位置が移っていく。

 

「…………胸がバクバクしている事以外異常なし。」

 

「いや、これなんだったんですか!?」

 

「…………じゃあ次は触診。胸のあたりに異常があったから。」

 

「もう勘弁してください!!」

 

 その後も感謝を送る会の私室で、ネイアの悲鳴だけが木霊した。




・お医者さんごっこさせたかった。今は反省している。


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【番外編】悪魔の技術指南

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】総本部、大道場。

 

 老若男女が、緊張・光栄・羨望の眼差しで、短刀(ナイフ)を模した木刀を構えた屈強な男衆に囲まれる可憐な美少女を見つめていた。

 

「…………人型相手ならば基本体勢は半身。その手首。斬られる。」

 

 美少女に襲い掛かった男の手首に強烈な木刀の一撃が加えられる。まるで顔前の羽虫を払うような軽い一撃であったが、攻撃を受けた者は、手関節があり得ない方向へ曲がり、のたうち回っている。

 

「…………武器に頼りすぎ。体術の基礎がなっていない。」

 

 放たれた矢の如く背後から短刀の一閃を打ち込んだ男は、鳩尾に肘鉄を食らい、流れるように掌底で股間を強打された。床に吐瀉物をまき散らしながら悶絶すら許されず失神する。

 

「…………握りが甘い。そんな持ち方だと……」

 

 男の握る木刀の柄に向かって蹴りが入り、木刀は手から離れ放物線を描き床に落ちた。そして男の喉笛に短刀の切っ先を突き付け、気道を抉る。声にならない悲鳴をあげ、そのまま最後の一人は意識を手放した。

 

「…………こうなる。」

 

 数十人の屈強な男たちが全員、悶絶又は失神し、立っている者が赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪をした非常に整った顔立ちをした美少女……左目をアイパッチで覆ったシズのみとなり、右目に宿る翠玉(エメラルド)の瞳で周囲を一瞥し、視線を道場に似合わぬもう一人の少女に送る。

 

「同志一同!シズ先輩へ礼!!」

 

「「「ありがとうございました!!!」」」

 

「…………ん。ネイアの大事なシモベ……誰も死ななくてよかった。手加減。難しいけれどがんばった。」

 

 シズは誰にも聞こえないような声と同時に、安堵の息を吐いて胸を張った。

 

 倒された者たちの元へは医療支援部隊や看護兵たちが駆けつけて治癒を施している。シズへ挑んだのは全員〝感謝を送る会〟黎明期から所属する古参の武装親衛隊員たちであり、元軍士・指導教官という立場の者だが、会の一同は改めて【メイド悪魔】のデタラメさを実感する。

 

 最初は時折ふらりと本部に現れる、偉大なる魔導王陛下の従者にして、救国の女神【メイド悪魔シズ】が、徒手格闘や武器術の鍛錬に使われる道場を教祖ネイア・バラハと共に視察し、〝わたしもやってみたい〟と言ったのが始まりだった。

 

 皆大いに歓声をあげて志願したが、ネイア・バラハが未熟な者は挑まない事を強い口調で話し、そして件のメイド悪魔シズの放った一言が、是非技術指南を受けたい人々の炎を鎮火させた。

 

 

 〝…………死んでも文句言わない人だけ集まって。〟

 

 

 この言葉に、教祖ネイア・バラハは洒落や冗談ではない口調で「死んででもシズ先輩の実力を実感したい同志だけ集まってください。」と固唾を呑むように話していたことも印象的である。

 

 治癒が終わった勇敢なる男たち数十名は改めてシズへ尊敬のまなざしを向け、床に跪くよう一礼をした。

 

 

 

 ●

 

 

 

「は~~~~。ドキドキしました。同志は未熟で……いえ、わたしよりも徒手格闘や武器術では上なのですが、やはり母国の元聖騎士団長レメディオスやリ・エスティーゼ王国の故ガゼフ・ストロノーフ氏のような突出した個はおりませんので、本当に死んだら先輩にもアインズ様へも申し訳なく思いまして。」

 

 ネイアはシズ先輩が自分の同志に指南をしたいと申し出たとき、正直に言えば断りたい気持ちが半分以上を占めていた。シズ先輩の強さはヤルダバオト襲来時、そして聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国への聖地巡礼で嫌というほど知っている。

 

 同志たちには申し訳ないが、逆立ちしたって……なんならネイアの会に所属する20万人総出で掛かっても勝てるわけがない。さりとてシズ先輩直々の申し出。無下にも出来ない。ネイアは同志を失う覚悟で送り出した。同志が亡くなれば慈悲深きアインズ様はお嘆きになるであろうし、シズ先輩も悲しむだろう。

 

 それは自分たちがまだまだ弱いからであるという証左であり、情けなく思ってしまう。

 

「…………そんなことはない。誰も死ななかった。これは結構凄いこと。」

 

 ネイアはシズの無表情から、本気で褒めている事を感じ取った。確かに〝【難度150のメイド悪魔】と戦闘して生き延びられた〟というのは――模擬試合であり明らかに手加減していたとはいえ――自慢になる事だろうが、ネイアの目指す高みはもっと上にある。

 

 もしかしたらシズ先輩は今回の〝技術指南〟で、〝目の前にある身の丈に合ったゴールを積み重ねろ〟と伝えたかったのかもしれない。ネイアはシズ先輩の行動を反芻し、思いあがった心を改める。

 

「そうですね!何よりも同志たちは〝シズ先輩に挑んだ〟のです。これは誇るべきことです!」

 

 悪い面ばかりを見ても仕方がない、結果はどうあれネイアの同志たちは〝命を失う覚悟で難度150のメイド悪魔へ挑んだ〟のだ。こんな経験をすれば並の無理難題など鼻で嗤えるようになる。

 

「…………そういえば徒手格闘の訓練は見ていただけだった。」

 

「ああ!【ジェドー】ですね!アインズ様より賜りました聖典(ぐんじしょせき)には人型を想定したものが多かったのですが、同志により様々な改造を施させて頂いております。……不敬でしたでしょうか?」

 

「…………そんなことはない。武器も武術も時代や地域で変化していく。それがミリタリーの醍醐味。」

 

 シズ先輩はやや熱の籠った声で断言した。〝みりたりーのろまん〟を語るときは見た目通り子供のようだとネイアは内心微笑ましく思ってしまう。

 

 そんなことを考えていると、シズ先輩は虚空からスライムを固めたような大きなマットレスを取り出し、道場の床や壁に並べ始め、一面がぷよぷよとした空間に変化する。

 

「…………これなら怪我しない。安心。先輩からの特別指導。」

 

 そうしていつの間に準備して着替えたのやら。シズ先輩は【ジェドー】の鍛錬でも使われる、南方にあるという【キモノ】にも似た白い練習着をまとい、黒い帯を締めていた。

 

 

 

 

 

「きゃあ!」

 

 ネイアはシズ先輩に背負うよう投げられ壁まで吹っ飛ばされた。

 

「ま、まだまだです!」

 

 しかしネイアはすぐに立ち上がる。すでに100回以上投げられているが、シズ先輩の準備してくれた緩衝材のおかげで痛みやケガはほとんどない。勝てるはずがないとは思うが、せめて一矢報いたいとは思う。

 

「…………うん。その意気。」  

 

 再びネイアとシズが組み合う。力の差は絶望的、技量もまた同じく絶望的開きがある。ネイアは先ほどシズ先輩に食らわされた〝【ドーギ】で首を絞める〟技を駆使する。

 

 しかし力が入りすぎ、重心が偏ったところを足払いされ、見事に転倒させられてしまう。そして逆にシズ先輩がネイアに覆いかぶさり同じ技を返されてしまった。

 

「ま、参りました。」

 

 既に疲労困憊、立つのもやっとの状態だ。

 

「…………ネイアは弓手だから腰技や足技に合わない。手技や寝技のセンスがある。」

 

 シズ先輩はそういって親指をビシっと立てた。自分の技など全く効いていなかったように思えるが、シズ先輩はそんな中でも真面目にアドバイスをしてくれていた。【ジェドー】そのものが今までの白兵戦を覆す技の数々だった。

 

 その中でもやはり先輩は別格で、ネイアが100回投げられた内の一つ、手も足も触れていないのに誘導されるよう重心を崩され倒された、面妖怪奇な魔法のような技には驚いた。

 

 

「寝技ですかぁ……。なんだか華が無いで……」

 

 ネイアはそこまで考え、散々シズ先輩に抑えこまれ絞められた記憶を想起させ、少し恥ずかしくなる。頭が戦闘モードになっていたので気にもしなかったが、その柔らかな身体の一部に埋まったことも、後ろから抱きしめられるように締め技をされたことも、今更ながら恥ずかしくなってきた。

 

 ……いや、武術の指南なのだから何を考えているのだという自分とのせめぎ合いが始まる。

 

「…………じゃあ。寝技を中心に特訓開始。」

 

「い、いや!シズ先輩!ちょっと休憩しましょ!?」

 

「甘やかすのは良くない。問答無用。」

 

 ネイアはそのままあっという間に投げられる。

 

「ちょっとシズ先輩!」

 

「…………仰向けになった相手の頭側から自分の体を使って抑えこむ。わたしが知っている限り寝技には37つある。それを10セット。それまで休ませない。技を受けるだけだからネイアも疲れない。しっかり勉強する事。」

 

「ちょっと待ってーーーーー!!」

 

 道場にネイアの悲鳴が木霊した。その悲鳴に耳を貸す者はもちろん誰も居なかった。




・シズが徒手格闘や武器術できるかは、職業レベルに【アサシン】があるからという独自解釈です。

・本当はシズ先輩とネイアちゃんで女子プロレスさせたかったのですが、中々いいアイデアが浮かばずこんな形になりました。ナース服に続きまたコスプレさせてしまいましたすみません。反省しています。


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【超番外編】狂信者は夢を見る

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


 ――初めに宣教師がやってきて、次に商人が商いをはじめ、最後に騎兵隊が襲ってくる――

 

 古来より大国が小国や未開の部族を効率的に侵略し征服をするための常套手段であり……

 

 ……現在ローブル聖王国各地で巻き起こっている現象だ。

 

 ローブル聖王国において神殿勢力以上の権力を手にした【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】は、今までのような草の根活動をすることを止め、圧倒的な人員・資源・財力を背景として、北部のみならず、南部にまでも勢力を伸ばし始めている。

 

 最初に伝道師がこれまでの価値観を変貌させる説法(せんのう)を行い、次に支援物資を用いて生活を便利にさせ民を裕福にし、最後には親衛隊と言う名の武装兵たちが村や町を占領していく。

 

 当然、領土を管理する貴族たちは二者択一を強いられる。〝アンデッドを神とする狂信者集団など容認できない〟と緩慢な破滅を選ぶか、〝魔導王陛下の素晴らしさに目覚めた〟と聖王室や神殿勢力を裏切り、狂信者と手を結ぶか。

 

 ――現在机で頭を抱えている恰幅の良い侯爵は、勇敢にも前者を選んだ一人であった。

 

「糞!糞!糞!何が魔導王陛下だ!人の生き死にさえ嗜虐(しぎゃく)的に弄ぶただの化け物ではないか!!」

 

 部屋は盗聴を防止する魔法が掛けられており、壁も銅板で覆われているが絶対ではない。あの忌まわしき(仮)に常識などという言葉は通用しないのだ。それでも侯爵は叫ばずにはいられなかった。

 

 魔導王の行った悪行は枚挙に暇がない。リ・エスティーゼ王国における18万人の大虐殺に始まり、人類の希望たる漆黒の英雄モモンを悪辣な手段で配下とし、自国の首都エ・ランテルをアンデッドで埋め尽くし、亜人や異形種を跳梁跋扈させているとも聞く。

 

 そして狂信者集団たる(仮)の最終目標が、そんな化け物に栄えあるローブル聖王国の統治者として君臨してもらいたいという妄言なのだから平常心でいられるわけがない。だが……

 

「……(いな)を唱える力も、わが国には残されていないか。」

 

 聖王室ですら国璽に付随する印璽として(仮)の印書を求めた。最早侯爵の知るローブル聖王国は戻ってこない事を確信させる衝撃的な出来事で、神殿勢力に見切りをつけ(仮)に尻尾を振り始めた貴族は数多い。

 

 侯爵はその中でも崩御なされたカルカ聖王女や身罷(みまか)られたケラルト・カストディオ神官団団長の掲げた〝正義〟を信ずる者として、精いっぱい(仮)に対抗してきた。

 

 ……結果、民は飢え、食糧を施す(仮)に感謝し、求心力は一気に低下した。かつて大神官や聖騎士を多く輩出してきた〝名君〟は、ただ民から税を取るだけの〝暴君〟へ変貌する。

 

「最早、これまでか。」

 

 果たして最後に窓から見た、眼に怒りを滾らせた民たちは既に扉の前まで来ているだろうか。忌まわしき魔導王の名を叫び喝采し、自分を〝悪〟と呼んだ愛すべき臣民たち。

 

 どこで道を間違えてしまっただろう。……いや、ヤルダバオト襲来以降、ローブル聖王国に選ぶべき道などなかったのかもしれない。現在この地で起こっているは〝反乱〟などという生易しいものではない、〝革命〟だ。

 

 しかし、気が付いた時にはすべてが遅かった。

 

 せめて、愛する臣民に〝領主殺し〟の汚名は被せまいと……侯爵は瓶から猛毒に浸した林檎を取り出して大口をあけ一口に齧った。

 

 

 ●

 

 

「……以上のように、不敬にも聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国より賜る豊饒な支援物資を拒絶し、民を飢えさせていた蒙昧な領主は、同志たちによって蜂起した自領の民たちに追い詰められ自死を選びました。」

 

「そうですか……。最後までアインズ様の素晴らしさを説くことが出来なかったのは我々の不徳であり、敗北です。丁重に供養をしてください。」

 

「畏まりました。バラハ様。」

 

 ローブル聖王国首都ホバンスに構えられた【魔導王陛下に感謝を送る会(仮)】総本部。北部貴族の屋敷を改装した外観は、よく言えば歴史ある、悪く言えば草臥れた様相を呈している。

 

 その執務室で書記次長ベルトランより報告を受けたネイアは、自身の不甲斐なさ、無力という名の悪を悔いていた。もし自分にアインズ様の無上の愛を伝える力がもっとあれば、こんな悲惨な結末にはならなかったはず。慈悲深きアインズ様がお聞きになれば、さぞお嘆きになるに違いない。

 

 『力無き正義は無力であり悪である』

 

 ネイアが常々説いている内容であるが、ここにきて価値観の変容を見せ始めた『力無き正義は〝悪にも劣る〟』と……

 

「そういえば竜王国から当会にいらした使者殿の件は……」

 

「丁重にお断りさせていただこうかと考えております。隣国や友好国ならばまだしも、竜王国は地理的にもローブル聖王国と正反対、復興が完全でない現状を鑑みるに、同志達を死地に追いやるのは時期尚早かと。」

 

 理屈は解るが、ネイアは引っかかりを覚え長考する。

 

 アインズ様は王という地位にありながら、その身を顧みることなく、ローブル聖王国の危機に立ち上がってくれたではないか。

 

 目的がメイド悪魔という富国強兵のためであっても、出立段階ではメイド悪魔の存在は確定していなかった。その恩義を受けた身でありながら、〝他国の出来事だから〟〝自国の都合があるから〟と切り捨てる真似などしていいのだろうか?

 

「同志書記次長。あなたはお忘れですか?為す術無く亡国を看取る絶望を?明日には悪魔か亜人の食料にされるのではないかという怯えた瞳を?目を覆いたくなるような地獄の日々を?生きる希望さえ見いだせなくなる悪魔の実験を?」

 

 ネイアの鋭い視線に射抜かれたベルトラン・モロの瞳が見開き、直後恥じ入るよう目を伏せる。

 

「そうでした。偉大なる魔導王陛下の御慈悲を賜った身でありながら、わたくしはなんと恥ずべき事を!!」

 

「カスポンド聖王陛下に許可を頂き、同志親衛隊を向かわせましょう。まずはビーストマンについての正確な情報や生態を収集し……」

 

「…………国際問題に発展しないように。使者には〝我が国もネイアの団体も協力は出来ない、しかし今後我が国の脅威となる恐れのあるビーストマンの生態調査を行わせていただきたい〟と話す。〝国が動いた〟のではなく、〝ネイアの団体〟が勝手に動いた体裁をとる。そして交戦に向かうべき。」

 

「と、シズ先輩も仰っています。そのように動い……って!いつから居たんですか!?」

 

「…………結構最初から。気が付かれるのは悔しい。けれどここまで気が付かれないのも意外と寂しい。」

 

 そういってシズはネイアの座る椅子の後ろからチラリと顔を出した。そしてベルトランにその宝石の様な美しい瞳を向ける。

 

「同志書記次長、申し訳ありませんが席を外してください。」

 

「か、かしこまりました。」

 

 シズの意を汲んだネイアが退席を告げ、ベルトランは失礼にならない程度に早足で部屋を出ていく。そして扉が閉まると同時に【絶対指導者ネイア・バラハ】は消え【少女ネイア・バラハ】が顔を出す。

 

「シズ先輩!いらっしゃるならもっと早く……いやーー!恥ずかしいです!」

 

 ネイアは顔を真っ赤に染め自身の金髪をクシャクシャと撫でまわした。【絶対指導者ネイア・バラハ】なんてものは演技でしかなく、〝偉い人のふり〟を取ってつけた見様見真似でしているに過ぎない。あのアインズ様の傍らに居るシズ先輩からすれば滑稽劇でしかないだろう。

 

「…………アインズ様も竜王国とビーストマンの国に介入される決断をされた。」

 

「どちらにですか?」

 

 ネイアは一瞬心臓を握られた様な恐懼の念を覚えた。アインズ様の愛は全ての種族に対し平等だ。ローブル聖王国の一件では自分たち使者が救国を求めたことでヤルダバオトを撃退して頂いたが、アインズ様がビーストマンより救援を求められ、ビーストマンに与するならば、ネイアの行おうとしている事は神への叛逆という大罪だ。

 

「…………竜王国。戦線を維持する程度には援助を行うと仰せ。」

 

 一瞬安堵の息を吐きかけ、同時に自分が未だ亜人を差別している未熟な人間である事を恥じ、喝を入れる。

 

「では、わたしたちが行おうとする微力な支援など、アインズ様の邪魔になるのでは?」

 

「…………自分で考えることが大事。アインズ様は常々仰られている。そしてネイアの団体が竜王国に援助するかもしれない事をお伝えしている。けれど止められてもいない。」

 

 ネイアは今回の一件に対し様々な思考を行う。アインズ様の御力を以ってすればビーストマンの王国など次の日を待たず灰燼に帰すだろう。竜王国の逼迫した現状は使者から聞いた。スレイン法国に自国の防衛という重責を丸投げするほど追い詰められている。

 

 あの慈悲深きアインズ様ならば、そのような現状をお嘆きになっているに違いない。ならば……

 

(アインズ様の派兵、そしてわたしたち(ローブル聖王国)からの義勇派兵、ビーストマンは国を興す程度には知的な種族。竜王国が落とされた都市は3つ。しかしアインズ様の兵を見たビーストマンは必ず自国の不利を悟る。本格的に与すればビーストマン達に明日は無い。ではわたしたち(ローブル聖王国)の役割は?)

 

「……!アインズ様は竜王国とビーストマンの国との対立をまやかし戦争(ジッツクリーク)へもっていき、やがて休戦させ、その上でその慈悲深き御手で両国を抱擁されようとなさっているのですか!?」

 

 ネイアは同志親衛隊と共に学んだ聖典(ぐんじしょせき)から自分なりの回答を導き出す。

 

「…………おー。」

 

 シズは無表情に感心の感情を宿し、パチパチと拍手をした。――シズもアルベドやデミウルゴスからこの計画を聞き同じ結論に至ったためだ。

 

「…………わたしも同じ考え。もちろん」

 

「「アインズ様の叡智に及ぶほど慢心はしていない(ですが!)」」

 

 これだけは譲れないとばかりにネイアがシズの声に被せる。シズはちょっと生意気だと〝むっ〟とする。ネイアはそんなシズ先輩を見て微笑ましさを隠さずにいる。

 

「…………そんな訳でハンコ。ネイアのところからも。」

 

 シズは虚空から皺ひとつない立派な羊皮紙と、一枚の紙を出す。羊皮紙には何語で書かれているか分からない文章――さっきまでの会話から推理するとビーストマンの言語だろうか――が綴られ、もう一枚の紙には翻訳が書かれている。

 

 

(アインズ様がお考えになったのであれば、読む必要もないけれどなぁ……)

 

 そんな事を考えるが〝自分で思考することが大切〟と常々アインズ様が説かれている事はシズ先輩から聞いている。この文章もネイアに対する試練としてあえて間違った考えを記しているかもしれない。一字一句逃すことなくネイアは目を通す。

 

 簡単に要約すると「友好国である竜王国の混乱を取り除き治安を維持するために、ビーストマンの国へ軍を動かす。」「しかし我が国は互いが争い合う事を嘆くものであり、互いが対話のテーブルに立つことが望ましいと考えている。」というものだ。

 

 亜人の国家に布告状を届けるなど聞いたこともない。少なくとも【人間種以外は敵】と考えるスレイン法国はこんな真似はしていないだろう。全ての種族が平等と考えられるアインズ様であるからこその慈悲だ。

 

 羊皮紙には既にバハルス帝国の国璽と神殿の印璽、ドワーフ国の国璽が押されている。そして今回は他の亜人集落の族長から多数署名をもらっている様子だ。

 

 ……つまりビーストマン達にこのままでは亜人や異形種と呼ばれる集落からも孤立すると伝えたいのだろう。

 

 また、後者の文章は普通に考えれば狂人の戯言でしかない。戦争を行っている二つのどちらかに加担しておきながら〝和平の調停官となります〟なんて喧嘩を売っていると同義だ。

 

 しかしアインズ様ならば可能だ。竜王国の民もビーストマン達も、アインズ様の御威光に一端でも触れたのであれば平伏して然るべきであり、その叡智と慈悲深さに跪くだろう。

 

 ここにきてネイアは自分たちが何をすべきか理解した。そう、未だ母国にもアインズ様に敵対する無知蒙昧な輩がいるように、休戦状態となった両国にもアインズ様が理解できない哀れな者もいるはずだ。

 

 〝アインズ様の神話を説くこと〟

 

 それこそ自分たちの役目ではないか?もちろんアインズ様であればご自身の威光を以ってすれば容易なことであろうが、救国の使者としての謁見でアインズ様自ら仰られていたように、アンデッドに対する忌避は強烈だ。あの大英雄モモンが必要であるように……

 

 ……その役目を自分たちが賜った。

 

 そう脳裏に思考が過った瞬間、ネイアは激情でブルリと震え上がる。そのためにも親衛隊の活躍は確たるものにしなければならない。いきなり現れた他人がどれだけ正論を語ろうと戯言にしかならないのだから。

 

「…………ネイア。さっきから挙動不審。」

 

「え!?あ、いえ!印璽でしたね!あははは。」

 

「…………逆」

 

「へ!?」

 

「…………嘘。動揺しすぎ。何を考えていたのか話すべき。」

 

「はい!わたくしの勝手な妄想でしたら叱ってください!まずですね…………」

 

 

 ――スレイン法国の最高執行議会、その議題に〝ネイア・バラハ〟の名が連日上ることになった事は言うまでもない。




・聖地巡礼!+α で竜王国に行かせようかなと思ったのですが、原作でも立ち位置がよくわからないですし、独自解釈のオンパレードになるので今回はその布石?ですかね。〝当作品では竜王国をこんな立ち位置にします〟という感じです。

・何だか難しく考えすぎてよくわからない作品になってしまいました。しばらくはシズ先輩とネイアちゃんのほのぼの物語を投稿したいです。


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【番外編】みりたりーのロマン

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 宵闇に包まれる森の中、迷彩服に身を包んだ若い男女が一つの天幕を囲んでいた。全員が苛烈な訓練によって暗闇を見通す能力を有しており、会話も手話信号によって行われ、草木の揺れる音すら聞こえない。

 

 【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】直属の親衛隊によって構成されるレンジャー部隊。その一員である女性の一人が同志【魔導王陛下魔法具(マジックアイテム)開発同盟】によって製造された〝れーざ〟なる、光を一直線上に凝縮し射出できるマジックアイテムを取り出し、光を見張りの居る反対の天幕の支柱にあてる。

 

 このマジックアイテムは〝光の機微によって音の振動を拾う〟という魔導王陛下から賜った聖典(ぐんじしょせき)を参考に造り上げた、今までの盗聴技術を覆す逸品。

 

 その気になれば1km先の窓ガラスから明瞭な会話を盗聴する事さえ可能であり、防諜として広く使われる銅板からも内部の会話が拾える。そんな代物だ。

 

 しかし女性の顔が一瞬険しくなり、マジックアイテムの効果を消す。

 

『無音。警戒されたし。』

 

 女性は同志たちに手話信号を送る。例え天幕内の人物が全員眠りについていたとしても、生活音は拾えるはずだ。つまり最低でも第二位階魔法<静寂(サイレンス)>……下手をすればそれ以上の防諜魔法を施している可能性が高い。レンジャー部隊を任されている部隊長が頷き、命令を送る。

 

『見張りの男は母国南部の者に似た服装をしているが、あれほどの強者を知らない。法国か評議国の手の者による変装だろう。いずれにせよ招かれざる客である。』

 

 天幕の見張りをしていた男の顔つきが一瞬変わり、目線が天幕に向きかけて再び平静を取り戻す。瞬く間の出来事であったが、囲んでいるレンジャー部隊にこの致命的なミスを見逃す愚者は一人もいない。

 

 ……恐らく先ほどの一瞬で、〝れーざ〟による盗聴がバレたのだろう。これほど微弱な魔法を瞬時に看破するほどの部隊だ、余程の精鋭であると考察出来る。

 

『撤退しますか?わたしが囮になります。』

 

『感謝する。魔導王陛下のお導きがあらんことを。他の者は西へ向け撤退。』

 

 囮の男は見張りをしている男の喉笛へ向けナイフを投擲した。ナイフは当然のように避けられ、地面に突き刺さる。

 

「敵襲!」

 

 その声と同時にテントから5人の男女が姿を現す。しかし人影は1名しか感知出来ない。いや、隠れる気配すら無い様子を見るに、その一人は囮で、他は宵闇の中待機しているか、既に逃げられた後だろう。

 

「深追いはするな!相手は忌まわしきアンデッドの名を喝采し自滅すら厭わない狂信者集団だ!囮に釣られては相手の思う壺だ。」

 

 【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】の調査を神官長より賜った密偵――水明聖典精鋭の一団は、(仮)の力を侮っていた事に後悔の念を浮かべる。

 

「ちぃ……。凶眼の狂信者肝いりの弓手部隊とレンジャー部隊は練度が桁違いであると聞いていたが、これほどとは。何時から付けられていたかも解らん。」

 

「顔が割れてしまった以上、(仮)の本部・支部への調査はおろか、ローブル聖王国北部へ侵入することも困難でしょう。化粧や幻術を施し強行する手もありますが、如何致しますか?」

 

「我々だけならばその手段も(やぶさ)かではないが、現在神の遺産を賜っている。万に一つも狂信者の手に渡るわけにはいかない。撤退しよう。」

 

「それにしても、この闇の中正確に喉元を狙ってきたものです。並みの者ならば即死でしょう。奴らは〝人を殺すことを躊躇しない。〟この情報だけでも大きな収穫です。」

 

 そういいながら男は地面に突き刺さったナイフを引き抜き――刃が地面に刺さったまま、柄の部分だけが引き離され、パチンとか細いワイヤーの切れる音がした。

 

「伏せろ!!」

 

 魔法を感知出来なかったため軽率な行動に出てしまった男は、罪悪感に押しつぶされるよう柄に覆いかぶさり自らを盾とする。ブービートラップだ。このまま爆発し、自分は神の御許へ行くことになるのだろうか。無限にも思える数秒を、最高神である水神に祈りながら耐える……。

 

「……何も起きない?」

 

 恐る恐る伏していた全員が起き上がり、最後にナイフの柄を覆っていた男が起き上がる。そこからは強固なバネがお道化るように跳ねていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「…………おー。」

 

 今日も今日とてネイアの団体へ視察兼技術指南へやってきたシズは、武器庫の机に並べられた武具・防具・マジックアイテムの数々に宝石の様な緑の瞳を燦然と煌めかせ、興味深く観察していた。

 

 ネイアとしてはシズ先輩が持っている【白色の魔導銃】が一番得体が知れず、アインズ様のお持ちになっているマジックアイテムと比べられるなど、不敬とさえ思うのだが〝みりたりーのロマン〟を前にした先輩は気にする様子も無い。

 

「戦術に多様性を持たせるため、アインズ様より賜りました聖典(ぐんじしょせき)をもとに【魔導王陛下魔法具(マジックアイテム)開発同盟】の同志たちが造り上げたものです。完全な再現はまだ出来ておらず、研究は途上ですが。」

 

「…………スペツナズ・ナイフ。博士の部屋にも4つしかない。」

 

「ああ、射出ナイフですか?レンジャー部隊の同志にテストで持たせております。実用性についてはまだ検証段階で……ってシズ先輩!!」

 

 シズは射出ナイフを構えるや否や、部屋に飾られていた鎧に向かってナイフの留め金を引き、刃を射出させた。射出されたナイフは鉄で造られた鎧を貫き、大きな傷を与える。

 

「…………威力は十分。でも弾道にズレがある。残念。要改良。」

 

「訓練用の丸太もありますのに……。でもありがとうございます。同志達に伝えておきます。」

 

「…………わたしも接近戦は苦手。重視するのは奇襲性と隠密性。そういう意味ではこの武器は理にかなっている。ただスペツナズ・ナイフは一度射出してしまえば後が無い。そのため予備武器が必要になるが野伏では多重装備は命取り。一の矢で仕留めるべき。そのため弾道がぶれるということは致命的で――」

 

 いつもの寡黙さを置き去りにしたよう滔々と語りだすシズ先輩を見て、ネイアは思わず微笑みを浮かべてしまう。本当に見た目通りの子供みたいだ。

 

「…………むっ。笑ってないで聞く。」

 

「イテ!はい、すみません。」

 

 ネイアの頭にシズ先輩から御叱りの手刀が入った。次にシズは筒状のマジックアイテムに興味を移す。

 

「…………これはレーザー?既存の仕組みと異なっている。興味深い。」

 

「同志達が苦心しておりました。不敬ながら原理が解らないからと、位階魔法を扱い独自に造った代物です。」

 

「…………第三位階魔法をここまで工夫するとは。すごい。」

 

「あはは、ありがとうございます。」

 

 ネイア自身〝盗聴〟という活動そのものがアインズ様の聖名を穢す不敬な行いのようで好きになれないが、シズ先輩は素直に感心しているようだった。

 

「…………むっ。納得していない。情報はとても大切。戦いは始まる前から終わっている。」

 

「いえ!当然情報の大切さは理解しております。しかし、王道を邁進されるアインズ様の名を冠しておきながら卑劣な行為を行っているのではないかと不安になってしまう事がありまして。……痛い!」

 

 ネイアはシズから頭部に手刀を食らい涙目になる。

 

「…………アインズ様の名を冠しながら敗北する事こそ不敬。」

 

「そ、その通りですね!アインズ様の高潔さに近づこうとするあまり、大切な事を見失っておりました。」

 

「………やはり後輩。ネイアにはまだまだ指導が必要。」

 

 ここで〝わたし良い事言ったぞ〟とばかりに可愛らしく胸を張らなければ素直に尊敬出来たのだが、シズ先輩の微笑ましい態度にネイアは笑みを浮かべてしまう。

 

「…………笑っている。生意気。」

 

「痛い!痛いです!シズ先輩!」

 

 ネイアはペシペシと手刀を食らい、頭を抱えてうずくまる。その後も〝みりたりーのロマン〟に暴走するシズ先輩はやはり微笑ましく、ネイアは何度もチョップを食らうこととなる。それでもネイアの顔はどうしても笑みの混じったものになってしまっていた。



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【番外編】何かがおかしい七姉妹

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・本編込みで記念すべき77話なので七姉妹の話にしました。



 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「頭が高い!あなたはこれまで何を学んでいたのですか!」

 

 ナザリック第9階層で掃除の手を止め廊下で挨拶を行ったツアレ――既にエ・ランテルのメイド主任を拝命しているが、休日はナザリックへ戻ってメイド修行を続けている――の頭上を、ユリ・アルファの手刀が(かす)め、風圧で斬られた金髪が数本ハラハラと舞い落ちる。武装していないとはいえ、10.Lvのストライカーが放つ手刀はツアレに死を予感させるには十分な威力であった。

 

「も、申し訳ございません。」

 

 ツアレはユリの壊れた調度品を見るような、不愉快を孕んだ瞳に違和感と恐懼の念を覚えつつ、即座に深々と謝罪する。

 

「掃除の手を止め挨拶を行うまでの機序に美しさがありません。あれだけ練習したというのに挨拶の角度がまったくなっていない。それにわたしに道を譲る際、後方の確認をしていませんでしたね?もしそこに調度品があればどうしていたのですか?あなたが至高の御方々の調度品を壊した場合、畏れ多くもアインズ様の御手を煩わせてしまうのですよ。それだけではありません、周りが見えていない事が一番の問題です。わたしが来るのを察し、あなたはあいさつに専念するためほうきを床に置くべきでしたよね?そうすれば先ほど話した後方の確認も行え、慌てる事もなかったのではないですか。違いますか?」

 

 詰問するような厳しい口調のユリに、ツアレの全身が変な汗でぬれる。

 

 

 〝何かがおかしい〟

 

 

 ユリ様は直属の上司であるセバス様と、メイドとしての上司ペストーニャ様に並び、ナザリック内ではツアレに優しい方であったが、今のユリがツアレをみるその瞳は、たまにすれ違うことのある同じ七姉妹(プレイアデス)であるルプスレギナ様やナーベラル様、ソリュシャン様のようだ。ツアレの思考が混迷する中、助け舟のように慌てた様子で優し気な声が響く。

 

「ユリさん!?どうされたのでしょうか、ツアレに何か粗相が?…………あ、わん。」

 

「いえ、アインズ様の御手に抱擁されたるエ・ランテルで人間たちのメイド長の地位を担う人物に指導をしていたまでです。人間というのは目を離すとすぐ楽に流れ怠惰となります。憧れの目で人を率いることも重要ですが、指導を行う人間であれば鞭の痛みと扱い方も熟知しなくてはなりません。」

 

「は、はぁ。ですがツアレは休日でもメイド修行を欠かさず、接遇や掃除についてナザリック基準でも及第点に達しておりますわん。」

 

 ペストーニャとて鬼ではない。それこそ挨拶に0,000ミリ単位のズレすらも許さないホムンクルスメイドと人間であるツアレを一緒にしては酷であるし、現実問題としてツアレに求めるのは不可能だろう。

 

「脆弱な人間に過度な期待をすることが間違いなのは知っております。ですが最善は尽くすべきかと。まず出来損ないをとりあえず殴ってから指導する方法を……。」

 

「ゆ、ユリさん!?それはいくらなんでも……。」

 

 ペストーニャも何時もらしくないユリの様子に困惑を隠せずにいる。その後、二人の間で〝指導〟と〝体罰〟の議論が続き、ツアレはただオロオロと様子を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 ●

 

 

 アインズは本日魔導王としての業務が特になく、久々に〝モモン〟として街を歩いていた。正直自分よりも英雄然とした演技が可能なパンドラズ・アクターと比較されボロが出ないか心配だったが、特に問題はないようだ。街に住む人間や異形種に話を聞いているが、当初よりもアンデッドに対する忌避感が薄れていることに満足する。なにより――

 

「モモン様ーー!ナーベ様ーー!」

 

 以前モモンで出かけた際はもっと怪訝な表情、それこそ腫物に触るような感覚であったように思える。〝モモン様は殺されていて中身はアンデッドなのではないか〟なんて言われていたほどだ。

 

 しかし住民がアンデッドに慣れ、アインズ・ウール・ゴウンの統治がそんなに残酷でないことを知ったためか、はたまたパンドラズ・アクターの住民へのケアが丁寧であったためか、そんな噂を流す者もおらず、立派に街に溶け込んでいる。

 

 ナーベもパンドラズ・アクターに演技指導をしてもらっている成果か、黄色い声援に対して睨むでも不快気に顔を歪めるでもなく手を振って返している。

 

「ああ、ナーベ様が俺に手を振ってくれた。今日は良いことがありそうだ。」

 

「何をいっていやがる。ナーベ様は俺に向かって返礼して下さったのだ!」

 

「なにを!」

 

 〝美姫ナーベ〟の人気は健在のようで、若い男二人が不毛な議論をしている。

 

(ユグドラシルでも人気プレイヤーには〝追っかけ〟という存在が居たな。〝ミーハー〟というやつか。)

 

 アインズはやや呆れた様子で男たちを一瞥し、前を向こうとした刹那。ナーベラルが颯爽とハムスケから降り立ち、口論をしている男たちに向かって歩き出した。アインズも慌ててハムスケから飛び降りる。悪漢以外への殺傷行為は禁じているものの、物理的に口をひねりつぶすくらいのことはしでかしそうだ。

 

 そして〝美姫ナーベ〟が自分たちに向かって歩いてきているという状況に当惑している男二人は、逃げるでもなく呆然としている。そしてナーベラルは男二人の手を取り……

 

「争いは止めてください。」

 

「「「 へ? 」」」

 

 3つの間抜けな声が漏れた。

 

「わたしたちはエ・ランテルの皆さまを宝のように思っております。そこに優劣はありません。先ほどの返礼もお二人へ平等に行ったつもりでしたが、伝わらなかったのはわたしの不徳がなすところです。」

 

「え、あ、いあ。こ、こ、こちらこそ申し訳ございません!」

 

「つまらない理由で口論をしてしまいました。ナーベ様が気に病むことでは御座いません!」

 

 ナーベラルの美しい顔に見据えられ優しく手をとられた二人の男は、タジタジと返事を行う他なかった。

 

「救われる言葉です。……モモンさーん。お騒がせいたしました。街を回りましょう。」

 

「あ、ああ。そうだな。」

 

 アインズはハムスケに戻り〝しばらく手は洗わない〟なんて喜々と話している男たちの戯言を聞き流しながら、頭に疑問符を浮かべていた。そして同時にルプスレギナから<伝言(メッセージ)>が入る。

 

(またか、今日で何回目だ!?いや、報告の重要性を説いたのは俺だ。ここで怒ってはそれこそパワハラ上司じゃないか。)

 

《アインズ様。御多忙の中失礼いたします。カルネ村にて無辜の牛が人間とゴブリンに殺されようとしております。保護対象外の下等種ですが、<大治癒(ヒール)>を使用してもよろしいでしょうか?》

 

「……ん!?」

 

 

 

 ●

 

 

 

 時は少し(さかのぼ)り……

 

 

「なんすか?これ?」

 

 七姉妹(プレイアデス)がお茶会を行う部屋の机には、ド派手な赤と黄色のストライプ模様……俗に危険色(デンジャー色)と呼ばれる毒々しい色をした箱の上に大きな赤いボタンのついた奇妙な代物が置いてあった。ボタンの横には【押せ】と書かれている。

 

「…………博士の部屋にあった。〝頑張って造ったが使い道が限られており実用に向かず。泣く泣くボツとする。だが捨てるのはもったいない。〟と綴られていた。」

 

「ガーネット様の創造されたマジック・アイテム!?どのような効果があるの?」

 

「…………不明。正式にナザリックのギミックに使用されていないのでわたしにも解らない。ただひとつ分る事は他の〝おもちゃ箱〟の中でこの品だけが突出した魔力量を有している事だけ。」

 

「アインズ様へご報告する前にわたしたちで話し合おうと持ってきたわけね。でも<道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)>をわたしたち如きが扱うのは不敬だわ。かといってアインズ様へ丸投げするなど、それこそ不敬の極み。こういうのを……そう、二律背反と言ったわね。」

 

二重拘束(ダブルバインド)よ。ナーちゃんあんまり天然だとアインズ様に愛想尽かされちゃうわよ?」

 

 ソリュシャンがポンコツぶりを見せたナーベラルに挑発的な言葉を掛ける。〝愛想を尽かされる〟なんて強い言葉を使ってしまったのは嫉妬だ。ソリュシャンは男性が――アインズ様がお好みになるかは解らないが――女性のこのような愛嬌を好むことを知っており、それを無自覚にやらかす同じ三女に見苦しい感情を抱いてしまった。

 

 しかし言葉の威力は抜群で、ナーベラルは一瞬ソリュシャンを睨んだ後、しゅんと花が萎れたように大人しくなった。

 

「でもナーちゃんの言う事は一理あるわ。アインズ様は常々自分たちで考えることを説かれておられます。」

 

 ナーベラルならばスクロールを使用して、至高の御方の遺したマジック・アイテムの価値を計る事は可能だが、あまりの恐れ多さに誰もが二の足を踏む。

 

「あ!でもユリ姉!ホウレンソーも重要だと仰っていたっすよ!?」

 

「やはりアインズ様へご報告を一番にすべきかしら……。う~~ん。」

 

 ユリはシズの持ってきた箱の処遇に悩む。そうして答えの出ない悩みは、いつしか造物主であるやまいこ様への祈りに変わり……

 

「【押せ】と書いているのですから、とりあえず押してから考えましょう。」

 

 ユリは理知的な口調を崩さないまま、凄まじい脳筋発言を発し、ボタンを指で押した。その瞬間、お茶会の部屋が紫の光に包まれる。

 

 ……ガーネット作成のトラップ。第八位階魔法道徳歪曲(ディストーテッド・モラル)を基盤として、カルマ値の±を逆転させる、ユグドラシルでは今一使いどころの解らないマジック・アイテムの光が、この異世界において七姉妹(プレイアデス)を包み込んだ。

 

 

 

 ●

 

 

 〝明らかにおかしい〟

 

 カルネ村の村長・族長・将軍、エンリ・エモットは村から次々寄せられる情報に狼狽していた。

 

 曰く〝ルプスレギナさんがドワーフの職人たちの細かな古傷まで治してしまい、ドワーフ達は「職人の証」を奪われたと激高している〟。

 

 曰く〝ベータさんが疲労回復のポーションを山ほどくれた〟。

 

 曰く〝乳の出なくなった牛を捌こうとしていたら、ルプスレギナさんが牛に<大治癒(ヒール)>を掛け以前よりも元気にした〟。

 

 曰く〝スラムからやってきた問題のある移住者の悩みを聞き、即座に解決していた(病弱な妹と生き別れたらしいが、どうやったのか即座に見つけ出したらしい)〟。

 

 曰く〝近衛のゴブリンに【従者の何たるか】を優しく説いていた〟。

 

 曰く、曰く、曰く……

 

 兎に角村にやってくる神出鬼没の美女、ルプスレギナ・ベータの様子が今日1日かなりおかしいのだ。今まで村に直接干渉することなど、トロールの襲撃から夫であるンフィーレアを救った以外ほぼ無かったのだが、今日一日だけで100に届こうとしている。

 

「ご、ゴウン様の御城で何かあったのかしら?」 

 

「エンちゃん!」

 

「ひぅ!!」

 

 エンリの後ろから優し気な声が響く。同時に近衛のゴブリンたちが最大限の警戒を以って対応に当たる。

 

「ビックリさせちゃったっすねぇ。申し訳ないっす。移住者も増えて疲れが出てないっすか?ンフィー君にも施したっすけどパーっと疲労全回復の魔法で解決してあげたいっす。」

 

「い、いえ!わたしは大丈夫です。少し疲れている程度の方が頭も働くので!」

 

「そっすか?」

 

 その笑顔は見慣れたものとやや異質の……本当に心優しい清廉な聖女を思わせる微笑だった。

 

「いずれアインズ様の裁きを受ける身っす。それまでに出来ることをしたいっすよ。……エンちゃんやンフィー君と居た時間は楽しかったっすよ。」

 

 まるで遺言のような事を言い出すルプスレギナにエンリは更に困惑する。

 

「後任が誰になるか解らないっすけど、優しくしてあげて欲しいっす。じゃ……。」

 

「待って、ルプスレギナさん!わたし何が何だか!」

 

 エンリはルプスレギナの消えていった扉を追いかけるが、そこには既に誰も居なかった。

 

 

 

 ●

 

 

 ローブル聖王国北部、魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)の執務室で、ネイアはシズ先輩から聞いた提案に喜びを抑えきれず思わず立ち上がっていた。

 

「貴族のマナーや立ち振る舞いを学べるのですか?」

 

「…………そう。ネイアが以前から気にしていた事。とっておきの場所を紹介する。」

 

「それは嬉しい限りです!も、もしかして、また真なる聖地ですか!?」

 

「…………特別に御許可を頂いた。黒棺(ブラック・カプセル)というところ。早速行く。」

 

 

 

 転移門(ゲート)を潜ったネイアは足からパキっという音が聞こえ、夜闇を見通す瞳でその正体を見破る。……虫だ。どうやらこの部屋は一面黒い虫が覆いつくしているようだった。

 

「きゃああああああああああああああ!」

 

 ネイアはそのまま絶叫し、足元に手を差し伸べる。

 

「あ、アインズ様の真なる王城に住まう方をわたくしの汚い足で踏みつぶしてしまいました!わたしはなんて畏れ多いことを!!」

 

 シズはネイアの反応が予想外だったのか、少し驚きの表情で振り返る。

 

「これはこれは、ようこそお越しくださいました。我輩この地をアインズ様より賜る者。恐怖公と申します。過去様々な女性がこの地に足を踏み入れましたが、第一声に我が輩の眷属を心配して下さったのはバラハ嬢が初めてです。」

 

「恐怖……公。ということは!あなた様はアインズ様より爵位を賜った公爵様なのですか!なんと気品ある御方!」

 

「ふむ……我輩の姿を見ても動じないとは、〝そうあれかし〟と創造された我輩としては複雑ですね。おっと話が逸れてしまいました。貴族のマナーと立ち振る舞いについて講義をしてほしいとの事。バラハ嬢はローブル聖王国の民ですが、南部と北部で微妙な違いがあることは御存じでしたかな?以前魔導国へいらした際は宮廷料理の食仕方に難儀されたとのこと。まずは昼餐会・晩餐会のマナーからお教えいたしましょう。」

 

 ……その後ネイアは何故か帰りたそうにしているシズ先輩と一緒にテーブルマナーやダンスの嗜みを学び、有意義な時間を送っていた。

 

「では次は男役と女役を逆転させましょう。シズさんが男役、バラハ嬢が女役。我輩の楽曲に合わせ、先ほど指導したように踊ってください。」

 

 一方でカルマ値がマイナスに傾いたシズは、ネイアにちょっとした意地悪をしようとして自爆したことに〝むっ〟としながらも、共に行うダンスの時間をそれなりに楽しんでいた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「なるほど……。昨日一日ナーベラルやルプスレギナの様子がおかしかったのはガーネットさんの作品が原因か。」

 

 玉座に座るアインズ・ウール・ゴウンに跪くのはオーレオール・オメガを除く七姉妹(プレイアデス)の6人。既に魔法の効果は切れており、全員自害すらしかねないほどの慚愧の念を宿している。特に切っ掛けとなったユリに至ってはアンデッドの身でありながら無自覚に身体が震えているほどだ。

 

(どうするかなぁ。怒るのが筋なんだろうけれど、〝ネイアを恐怖公のところに連れていきたい〟とシズが提案した時点で違和感に気が付くべきだった。それにルプスレギナの善行を積むような報告を放置していたのも俺だ。完全に俺の監督不行き届きだ。)

 

 

 そう考えるとアインズは強い罰を与える気になどなれない。〝危ないものに勝手に手を出すな〟と叱りたい気持ちはあるが、NPCを子ども扱いしているようでそちらも気が進まない。アルベドやデミウルゴスに丸投げすると強烈な罰を与えそうなので、この場に呼ぶこともやめている。

 

(この一件、何処が落としどころだ?まずシズの部屋にそんな危ない品があることを認識していなかった俺の責任がある。勝手に動いたのは確かに悪い事だが、ユリが行ったのは〝【押せ】と書いているボタンを押した〟だけだ。それに今回得られた情報は感情論を除けばお釣りがくるくらい有意義なものだ。……なら。)

 

「……どうだった?」

 

 アインズの一言に6人が同時に震える。

 

「ふふふ、何を震えている。我がナザリックの誇るギミックをその身で体験した感想はどうだったか? と問うているのだ。まぁ無理もない。我々アインズ・ウール・ゴウン……お前たちが至高の御方々と呼ぶ者の罠に掛かったのだ。さぁ顔を上げ、忌憚の無い意見を述べよ。」

 

「あ、アインズ様!まさか、わたしたちがこのような愚行を犯すことを読んで」

 

「お前たちにも隠していた計画だったことは謝罪しよう。〝敵を騙すには味方から〟誰でも楽ら……情報戦における初歩の初歩だ。」

 

「いえ、我々がアインズ様の高尚なる計画の一端を担えた喜びに勝ることなど御座いません!」

 

 6人の震えが恐怖によるものから狂喜によるものに変わる。すべては目の前の至高の御方、アインズ・ウール・ゴウン様の手のひらの上だったのだ。

 

「そうか、ではそれぞれ感想を聞いていこう。まずはユリ。」

 

「はい。自分が自分で無くなったような奇妙な違和感はこの場に居る全員が覚える感情と考えます。しかしながら失われない感情……わたくしの場合では、〝人にものを教えたい〟という恐らくはやまいこ様より賜りました感情があり、我ながら興味深く、そして造物主たるやまいこ様の偉大さの一端に触れられた次第です。」

 

「ふむ、面白い意見だ。ルプスレギナ。」

 

「えっと……。思い出すと何であんなことをしてしまったのかと気持ちが悪いです。アインズ様のご命令が無ければ今すぐにでも村を焼き払いたい気分……です。」

 

(解るぞ、黒歴史というのはそういうものだ。)

 

 アインズは軍服姿で敬礼するNPCを想起し、鷹揚に頷いた。

 

「興味深い意見だな。だがカルネ村はお前にある程度の権限を委ねてはいるが、無駄な殺生は禁じる。今回の件で何かを責められてもそれが罰であると思え。」

 

「か、畏まりました!」

 

「では、ナーベラル。」

 

「ルプスレギナと同じく、今すぐにでもおかしくなったわたしを知る人間(カトンボ)の首を刎ねたい気分です。」

 

「……わかっているだろうが厳禁だ。次にソリュシャン。」

 

「わたくしの場合は食事をひと思いに消化してしまった悔しさだけが残っております。」

 

「ふむ。エントマ。」

 

「申し訳ございません、アインズ様。わたくしは行動に大きな変化が見られず、ご報告できる事案が御座いません。」

 

「そうか、いいのだ。〝何もなかった〟という事も立派な情報だ。では最後にシズ。」

 

「…………ネイアに意地悪をしようとしました。逆にやり返された気分です。それとダンスが踊れるようになりました。」

 

 アインズを含めた6名はシズの報告に疑問符を浮かべる。しかしシズの無表情は複雑な感情が混じりすぎ、それこそユリでさえ読み解けなかった。




・正直どこに投稿するかかなり迷いました。カルネ村を書いている【我らエンリ将軍閣下!】でも通用しますし、小話集でもよさそうなので。ですが、カルマ-になったシズ先輩とネイアちゃんが書きたかったのでこちらに投稿しております。


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【短閑話】プロパガンダ計画の一場面

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・【聖王国編劇場版】の一報を聞いて思わず書いてしまいました。動くシズ先輩とネイアちゃんが見られるのですよね!公開はいつですか!?明日ですか!?



 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「あの~~?シズ先輩?何をしているんですか?」

 

「…………気にしない。」

 

「いや、気になりますって!!」

 

 シズはネイアが旗手となる魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)の総本部で、撮影機材(未知のマジックアイテム)を構えひたすらにレンズでネイアを追っていた。

 

「…………宣伝戦術(プロパガンダ)計画の一環で【エイガ】を撮ることになった。その実験としてネイアが選ばれた。誇るべき。」

 

「え、エイガ?」

 

 聖地を巡礼した際聞いた言葉だ。なんでも動く絵画の如く起こった事象を演技・事実問わず伝える真なる聖地の文化だという。それにしても何故自分が?

 

「…………水晶の画面(クリスタル・モニター)を用いて過去の映像を記録する。アインズ様の素晴らしさを説くネイアが実験の対象に選ばれた。」

 

「そ、それはアインズ様もご覧になるのでしょうか。」

 

「…………もちろん。」

 

 ネイアはあまりの恐れ多さに卒倒しそうになる。突然訪れた光栄というのは、厄災と同義なのではないかという不敬な念さえ抱いてしまう。そんなことを考えているとシズ先輩は手にしている撮影機材(未知のマジックアイテム)を下ろし、机に置いた。

 

「…………大丈夫。既に撮り終えているから。」

 

「全然大丈夫じゃないです先輩!!」

 

 思えば定例の演説会が終わった後、シズ先輩はその様子を撮っていたのだろう。アインズ様の目に留まると言うならば……いや、偽りの姿をみせることの方が不敬だろうか?ネイアの思考が混沌の渦中に叩き落される。

 

 思えば今日の演説は完璧に〝指導者ネイア・バラハ〟を演じられたか問われれば自信をもって「はい!」とは言えない。例えば……

 

「…………【支援者から花束を貰ったけれどもどうすればいいか持て余してオロオロするネイア】【シモベ……同志の演説を心配そうにソワソワしながら聞いているネイア】【親衛隊の大男にはさまれて窮屈そうに身を縮めているネイア】の映像もバッチリ撮れている。安心。」

 

 そう言ってシズ先輩はビシっと親指を立てた。

 

「全然安心出来ないです!正に心配していた部分をなんで的確に把握しているんですか!?もう一回!もう一回だけ!」

 

「…………本番に次はない。アインズ様に仕えたいなら常に気を張るべき。」

 

 ぐうの音も出ない正論にネイアは俯くしかない。アインズ様に失望されないだろうか。想像するだけで恐ろしい。

 

「…………でも気持ちはわかる。大丈夫。アインズ様は慈悲深い御方。ネイアの心配は杞憂。」

 

「そう……ですよね。うう……。」

 

「…………よしよし。」

 

 ネイアよりも小さなシズ先輩は、ネイアの頭を優しく撫でる。不安に押しつぶされそうなネイアは思わず不安をシズ先輩にぶつけるよう身を委ねてしまう。

 

 誠に残念ながら、机に置いた撮影機材はそんな二人の様子を映像に収めることはなかった。



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【番外編】(仮)の課題

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


 ネイア・バラハは『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部の執務室で書記次長ベルトラン・モロからの報告を聞いて一瞬険しい顔をしかけ、ゆっくり目を瞑って冷静に考えている素振りに切り替えた。

 

 ……というのも、この長い長い指導者ロールで自分の険しい顔がどれほど目の前にいる同志文官やベルトラン達を怯えさせるか骨身に染みて理解してしまったためだ。

 

(ああ、わたしもシズ先輩のように無表情を保てる能力が欲しいです。アインズ様のように儼乎(げんこ)たる……いえ、アインズ様でしたらこんな些末な問題そのものが起きていない。この考えは不敬ですね。)

 

 ネイアは一瞬現実逃避も兼ねてそんな思考を過らせるが、今考えるべきはそこではないと脳内を切り替える。

 

「先日発生したオーガとゴブリンの異常発生に当会親衛隊が聖騎士団より先に向かい、突撃…えっと正面衝突……でなく…… ( …………機動突破 ) ッッ!?そう、機動突破戦術を敢行しようと同志達が奮闘してくださったのですが、結果的に犠牲が大になると判断し、丸く……そのぉ、えー囲んで…… ( …………包囲殲滅 ) ッッン!?包囲殲滅戦へ移行したということですか。殉死した同志が0というのは喜ばしいことですが、やはり戦術に偏りがあるのが課題であると。」

 

「左様でございます。勿論剣技・機動部隊の強化には力を入れているのですが、当会で最も強力なのは弓兵・レンジャー部隊、次いで魔法詠唱者(マジック・キャスター)となります。文字通り矢の雨を降らせ吶喊することも可能なのですが……」

 

「〝そんな無駄な事をするなら罠で釣って囲んだ方が楽〟……ですか。」

 

「仰る通りでございます。」

 

 眉間によりそうなシワを根性だけで抑えながら、ネイアは内心頭を抱える。今でこそ他国も無視できない……いや、各国の会集テーブルに提起されない日はないというほど武力・富・地位と存在感を高めた(仮)であるが、問題は山積していく一方だ。

 

 そのうちのひとつが武装親衛隊問題。他国から見れば自分の死も厭わない烈々たる士気を持ち合わせた狂人だらけの【私設軍隊】という認識で共通しているが、ネイアたちの高みはその上にある。

 

 簡単に言ってしまえば兵士の能力が極端に偏り過ぎているのだ。

 

 (仮)の持ち合わせる部隊の半数以上が弓兵・レンジャー・魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、入会した新兵の約9割以上が最初は弓兵か魔法詠唱者(マジック・キャスター)を志願するというほどだ。勿論武装親衛隊の実力は凄まじく、本来アダマンタイト級案件である幽霊船の捕獲、ギガントバジリスクの討伐を英雄級はおろか冒険者で言えばオリハルコンさえ超えない人間の集団がやってのけた事からも、そのデタラメさが解るだろう。

 

 しかし花だけで植物は成り立たない。兵站や情報収集という根や葉があり、状況分析・任務配置・目的統一・指揮系統という茎があり、初めて戦術という花が咲く。アインズ様語録でいうならば【戦いは始まる前から終わっている】でなければならない。上記の偉業も、他の戦略・戦術も(仮)は迎撃戦・包囲殲滅戦に特化しすぎている。敵対組織に対策されれば同志たちが苦汁をなめることになるのは火を見るよりも明らかだ。

 

 ……とはいえ。

 

「しかし魔導王陛下へ敬愛の念を抱き、バラハ様に憧れを抱いた同志や新たに同志となる者たちの心を無視は出来ません。同志軍士からも〝弓兵・レンジャー志望者をふるいに掛けてはいるが、他の部隊に配属された者は弓兵が育つ速度に比べれば能力習得までの期間が倍以上かかる〟とのことです。もちろん新兵が魔導王陛下への信心不足だという訳でなく、我々の組織の構造上教育者や環境が整っていないという、魔導王陛下の素晴らしさに目覚めた同志を活かせない我々の背信です。」

 

 これは(仮)の構造上の問題だ。なにしろ団体のトップであるネイア自身が弓兵・レンジャーなのだ、自分が今から剣士や槍兵・魔法詠唱者(マジック・キャスター)に転身しようなんて夢にも思わないし、アインズ様から偉大な弓兵であると讃えられアルティメット・シューティングスター・スーパーを賜った身として、そのような背信を行う考えなど最初からない。

 

「……堂々巡りですね。」

 

 〝このまま時間が解決する〟などと思うものは(仮)に一人もいない。脳裏に蘇ることも憚られる悪夢のような経験から、何もせず指をくわえ待つ行動など二度としたくない。とはいえ答えが簡単に出るものでもない。ネイアはゆっくりと目を開く。

 

「お話はわかりました。わたくしも新設された剣技・騎馬兵・槍兵部隊の視察をさせていただいておりますが、アインズ様のため牙を研ぐ気持ちに陰りはないようです。でしたら我々に出来る事は、より優秀な指導者の配置と環境整備の徹底でしょう。当会と交流を持ちたいと言う国家・団体より有能な者の招致も視野に入れ、改善を急……がず丁寧に行ってください。」

 

 〝急いで〟なんて言ったら自分よりも権謀術数に長けた国のトップや団体の長たちとの直接対談になりそうなので慌てて修正する。自分はアインズ様の素晴らしさを語るというあたりまえのことしか出来ぬ能のない人間なのだが、(仮)のみんなは自分を過大評価しすぎなのだ。

 

「かしこまりました。では、聖王の手前表立った行動は極力避けて参りましたが、当会規則における使者の受け入れについての規制を緩和し、連携を密にする方向へ転換いたします。もちろんアインズ・ウール・ゴウン魔導国の背信とならないよう関係性や背後には徹底的な調査をいたします。」

 

 ネイアは内心〝あれ?なんかヤバイことになった?〟と思いながらも、鷹揚に頷いてベルトラン率いる文官たちの退室を見送った。そして……

 

「…………生意気。」

 

「痛いです!!」

 

 背後のシズから頭部に手刀を食らい、〝絶対指導者ネイア・バラハ〟は一瞬で崩れ去る。

 

「何だか見るたび偉そうになっていく。生意気な後輩には指導が必要」

 

「わたしだってやりたくてやってないんですよ!それにいつから居たんですか先輩!?いきなり耳元で囁かれて飛び上がりそうになったんですからね!」

 

「…………ふぅ―――」

 

「うぃひぁああああああ」

 

「…………本当だ。飛び上がった。」

 

「い、今のは違います!ううう……。」

 

 ネイアは顔を真っ赤に染めて未だ脊髄に走る電撃にも似た感覚の余韻に翻弄されていた。

 

「…………で。話は聞いていた。確かに今のネイアのところだと攻勢作戦の形態を執る事は困難。」

 

「そうなんですよ、同志のみなさんも頑張ってくれているのですが中々成果が出せなくて。」

 

「…………でも急ぐ必要は感じない。」

 

「というと?」

 

「…………ネイアは何処かの国を滅ぼしたいの?」

 

 シズの質問にネイアは首を横に振る。

 

「…………ならよし。」

 

「いや!?何に納得したのですか!?」

 

「…………武技や生まれながらの異能(タレント)、水質変異や香辛料や砂糖を作る魔法詠唱者(マジック・キャスター)がネイアの会にいるとアインズ様へご報告したらとても喜ばれていた。その上自分の身は自分で護れる。すごい。」

 

「いえ、全然普通のことではありませんか!?あのアインズ様にわたくし如きが献身出来ているなど恐れおお……うふぇああああああ!!?」

 

 ネイアは突然訪れた電撃に近い刺激に両耳を閉じてうずくまってしまう。恐る恐る顔を上げ耳からゆっくりと手を離すと、シズ先輩の無表情には珍しく悪戯を企む悪童のような笑みが宿っていた。

 

「…………聞き分けの悪い耳。アインズ様がお喜びになっているというのに迷走しない。」

 

「はい!仰る通りです。すみません、自分の不甲斐なさに空回りをしていました。」

 

「…………心の底から納得してない。悪い後輩にはお仕置き」

 

「もう勘弁してください!」

 

 ネイアは瞬時に両耳を塞ごうとした。しかしその速度は難度150のメイド悪魔の前ではあまりにも無力で……



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【番外編】二度目の散歩

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


 ネイアは現在普段身に着けている英雄然とした衣装ではなく、膝丈までのびた長い桃色のカーディガン、袖の広がった白のベル・スリーブにリボンをワンポイントとし、一見すれば長丈のドレスにも見える幅の広いベージュのズボンというワントーンの大人びた衣装でその身を固めていた。

 

「シズ先輩、わたし衣装負けしていません?大丈夫です!?」

 

「…………わたしにお任せ。先輩を信じるべき。」

 

 お忍び……というにはあまりにも人目を惹く恰好であり、私服に無頓着で自分にコーディネートのセンスなど皆無であると自覚しているネイアからすれば【こんな貴族令嬢や夫人の身に着けそうな服が自分に似合うか?】と不安を抱くような恰好であった。

 

 だが断る事も出来ない。というのも

 

「…………やはり完全なスカートよりも余裕を持ったパンツ姿のほうがいい。ネイアは意外と足が長いからカーディガンで全体的に季節らしさを表現。弓手として左右非対称な筋発達と骨格はトップスをベル・スリーブにして胸から腕にかけてを細く魅せて隠す。うん。」

 

 翠玉(エメラルド)の瞳をキラキラさせて自分をコーディネートするシズ先輩を前にすると、〝こんな服無理です〟という気も失せてしまう。シズ先輩の服選びのセンスがいい事は未だローブル聖王国が地獄の渦中――〝魔導王陛下救出部隊〟黎明期の時分から解っていたことだが、どこか衣装選びを楽しんでいる節さえある。……【メイド悪魔】という種族だからだろうか?

 

 何故このような服選びをしているのかというと、このたびシズ先輩と二度目のローブル聖王国の散歩に出かけようという話になったためだ。以前散歩した時は未だ要塞都市カリンシャを解放してすぐのころであり、街も復興どころか仮設住宅の設置や衣食住の確保に精いっぱいだった。

 

 しかし偉大にして慈悲深きアインズ・ウール・ゴウン魔導国より豊饒な支援物資を賜り、【弱きは悪である】と目覚めた同志たちも増え、復興もいち段落がつき、カリンシャは以前のような活気を取り戻し始めた。

 

 カリンシャ奪還後にシズ先輩と散歩をしたのは〝メイド悪魔だからといって一室に軟禁されているのはおかしい〟というネイアの願いからだったが、今回は目的が違う。アインズ様のおかげで復興した街をその臣下であるシズ先輩にお見せしたいという気持ちからだ。

 

 だがネイアもシズもあのときと身分が大幅に異なっている。ネイアは【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】というこの国で最も力を持つ組織のトップであり、シズ先輩は偉大なる魔導王陛下の正式な臣下。ふたりは着の身着のままぶらりと散歩など出来る立場ではなくなってしまったのだ。

 

 そのため〝お忍びで視察〟という名目を使い、街がどのように変化しているか〝絶対指導者ネイア・バラハ〟ではない視点から街を見て回る――同志達からは反対意見もあったが押し切った――ことにしたのだが……

 

「…………コーディネートはばっちり。でもネイアの目だけは化粧でもどうしようもない。う~ん。困った。」

 

 普段であればツッコミのひとつも入れたくなる言葉だが、変えられない事実だけに花が萎れるようにネイアはシュンと落ち込む。

 

「ミラーシェードを着用させていただく訳にもいきませんし……。シズ先輩もお顔を隠して歩く訳にいきませんよね。どうしましょう。」

 

 2人が〝お忍び〟をするにあたって解決不可能とも思える絶対的な壁が二つある。1つはシズの見る者の目を奪う圧倒的な【美貌】。もうひとつはネイアの見た者を恐懼に陥れる【凶眼】だ。

 

 ただでさえカリンシャは悪魔・亜人連合との奪還戦でシズに直接命を救ってもらった者が多く、その美貌は広く認知されている。また感謝を送る会(仮)の前身〝魔導王陛下救出部隊〟の本拠地であったため、(仮)に所属する市民が群を抜いて多い地域だ。

 

「…………いいこと考えた。深夜の怪しい裏街道に行けばネイアの眼も目立たない。むしろ適当な場所。」

 

「シズ先輩、実はわたしも女の子なんですよ……?」

 

「…………。」

 

「何で心底不思議そうな顔しているんですか!?それならむしろ笑ってくれた方が気が楽です!!」

 

 ネイアはいつものシズ先輩の悪戯ともつかない、いつの間にかお約束ともなったやりとりに、少し心を弾ませる。聖地巡礼をする以前であった頃ならば、ここまでシズ先輩の無表情を読み取る力など持たなかったであろうし、楽しくおしゃべりをするなど畏れ多くて出来なかっただろう。

 

 ……シズ先輩は偉大なるアインズ様の正式な臣下だ。本来であれば自分は首を垂れ(ひざまず)く立場。だがあの7日でシズ先輩との関係は大きく変わった。魔導国の偉大さを拝見させていただくと同時に、シズ先輩の様々な一面が見られた。常時無表情でありながら意外と感情豊か、見た目通り子供っぽい一面に反し、何処か姉ぶりたい可愛らしさ。

 

(シズ先輩に話したら怒られるだろうな。)

 

 ネイアは内心微笑みながらそんなことを考え、脱線した思考を元に戻していく。

 

「ですが深夜の裏街道……。普段わたしが同志達から上がってくる報告の届かない時間と場所に行くのは良い手かもしれませんね。暗がりならば目立たないでしょうし、その手でいきましょう!」

 

「うん。じゃあ深夜にお散歩。ネイアは仮眠をとって。時間になったら起こす。」

 

「はい、そうし……ふぁあ!?」

 

 ソファーに座っていたネイアの身に一瞬重力の基軸が乱れる錯覚が襲い、柔らかで温かな感覚が頭部に直撃した。

 

「あの……シズ先輩?」

 

 同じくソファーに座っていたシズは気にすることもなく、慈母の如き優しさをもって真下にあるネイアの頭を撫でる。

 

「ネイアは泣き虫だからこうするとすぐ寝る。アインズ様が凱旋する前からそうだった。」

 

 心当たりがありすぎて思わず顔を真っ赤に染める。思い返せばシズ先輩には助けられてばかりだ。それに仮眠ならば別のソファーに移ればいいのだが、そうなればシズ先輩をひとりにしてしまう。内心そんな言い訳をしながら、ネイアはシズ先輩の温もりを感じながら微睡みへ落ちていった。

 

 

 ●

 

 

「偉大なる御方 我らは誓う 比類なき完全なる忠誠を捧げん 疑いなき忠誠を 我らは如何なる試練をも乗り越えん 我らの仲間は精強なり 繫栄は約束された 我らが神は偉大なり ~♪」

 

 シズはいつものメイド衣装ではなく、やや大人びた肩を出したワンピース姿。ネイアはシズがコーディネートしてくれた衣装で街灯の照らす町並みを歩いていた。……とはいえシズは頑なに眼帯は外さないのでお忍びになっているかは未だ不明だが。

 

 カリンシャは日も落ちた深夜だというのに活気に溢れていた。道の端には駆け出しと思われる吟遊詩人が魔導王陛下の素晴らしさを唄に詠み、親衛隊からなる警邏隊が街を巡回し、昔であれば祭りか何かと見まごうかのように様々な屋台が立ち並んでいる。

 

「…………思っていた感じと違う。」

 

「そうですね。わたしも夜のカリンシャを歩くのは初めてですが、報告には上がっておりました。店を構えるまでの建物に対する復興がなされていないので、(あきな)いの多くは屋台が主であると。しかしこんな夜中まで。」

 

「…………前に外出した時みたいに怯えている人がいない。裏路地で血まみれの人が斃れていたり。薬物に耽溺して虚ろになっている人。全然いない。」

 

「そんなアインズ様の御慈悲によって立ち直ることの赦された母国へ唾を吐く背信者など、同志親衛隊が一掃いたしました。しかし困窮や飢餓、絶望という(よわさ)により悪事に手を染めてしまった者にはアインズ様の素晴らしさを説き聞かせ、同志として歓迎することもあります。」

 

「…………本来囚人になる者を改心。やっぱりネイアは見所がある。アインズ様へご報告しておく。きっと喜ばれる」

 

「本当ですか!!ありがとうございます!」

 

「…………むっ。あれは」

 

「あーーー!アインズ様グッズの屋台!?偉大なるアインズ様で金儲けをするなど不敬極まるため厳しく取り締まれとあれほど言ったのに!!」

 

「…………ネイア落ち着く。アインズ様の肖像画や石像は売っていない。アインズ様の御造りになられたアンデッドや魔法の壁を模したもの。」

 

「それでもアインズ様の御威光を下賤な真似で穢すなど赦されません。あとで厳しく言わなければ……。」

 

「…………アインズ様はお気にされないと思うけれど一理ある。でもあれ。ちょっと欲しい。」

 

 シズが指さしたのはデスナイトを可愛らしくデフォルメしたぬいぐるみだった。全体的に丸みを帯びたフォルムはゆるい印象を抱かせ、子供向けだろうか、本来悍ましい顔立ちはほんわかとつぶらになっている。

 

「あのような背信者の店にお金を落とすなど赦されません! 特徴は押さえました、次に行きましょう! シズ先輩!」

 

「…………かわいいのに。」

 

 シズはどこか残念そうに怒り心頭のネイアの背中を追った。

 

 

「聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国では街を護る者が賄賂を受け取るなどあり得ない事。親衛隊を正しく教育出来ていないなど……。先ほどの店の件といい、恥ずかしい御姿ばかりです。」

 

「…………そう?」

 

 シズは心底不思議そうに首をかしげる。ネイアの怒りに触れたのは巡回している警邏隊が屋台の店主から慰労にと魚の塩漬けを貰っている場面で、シズは【賄賂】とまでは思わなかった。

 

 

「いずれアインズ様の慈悲深き御手でローブル聖王国を抱擁していただこうとしている身でありながら、こんな姿ばかり見せてしまうなんて、わたくしは……うぷっ!?」

 

 怒りで声に熱が篭ってきたネイアをシズが抱きしめる。明らかに空回りしており、良くない方向へ暴走しようとしている後輩を正しい方向へ導くのも先輩の役割だ。

 

「…………弓の弦は張りすぎても緩すぎても良い武器となりえない。今のネイアは張り切りすぎ。」

 

「そうでしょうか……。わたくしどもの不敬によってアインズ様は我々に失望されるのではないかと……。」

 

「…………その不安。わかる。でもアインズ様は慈悲深き御方。」

 

「すみません。失敗は許されない。そう思うと……」

 

「…………もうヤルダバオトはいない。失敗から学ぶことが可能になった。そのためにわたしがいる。アインズ様について間違いがあればわたしが訂正する。」

 

「シズ先輩……。」

 

「…………世話の焼ける後輩。でも許す。」

 

 思えば、自分は決して届かないと知りながらあの偉大なるアインズ様に近づこうと精神を張り詰め過ぎていた。何の能力もない凡人たる自分が〝絶対指導者ネイア・バラハ〟なんて祀り上げられ、ほんの囁きや一挙手一投足で同志達の心持や行動が変わると言うなら尚更だ。

 

 そう考えれば自分の思い込みでどれだけの同志を傷つけただろう。ネイアに慚愧の念が湧いてくる。

 

「…………よしよし。泣き虫な後輩。今日は特別。この服は借りたものだし。そのまま泣いていても良い。」

 

 そういいながら、シズは自分の胸に抱かれて泣くネイアの頭を優しく撫でていた。



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【番外編】御褒美にはチョコレート味

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


「ベルトラン・モロ書記次長!計画しておりました親衛隊大訓練に際し、各支部の同志たちに募った献金なのですが、達成目標金額を大幅に超えた280%が集まっております。同志達の献身はとても嬉しいのですが、毎回この様相では会員費(ざいむ)に余剰が生じ、お金を遊ばせる結果となってしまいます。困窮者も未だ多い母国と魔導王陛下への背信となることは避けたいのですが、いかがいたしましょうか。」

 

「書記次長!会員規則(ほうりつ)についてなのですが、バラハ様によりますと驚くべきことに魔導王陛下に対する不敬罪は聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国において一切の罰則がないとのことです。しかも魔導王陛下御自らがお決めになったことであり、我々では陛下の深淵なる御心を汲み取ることは叶いませんが、刑罰に見直しが必要であるかと。」

 

「書記次長!聖王室より復興に際しての区画整備について相談がありました。ご存知の通り、バラハ様の演説に感銘を受けた同志たちが、是非魔導王陛下の素晴らしさを直に聞きたいと各地域の演説会場が設置されている支部の周辺に居を構えるようになり、交易の拠点として更なる発展を遂げております。そのため聖王から同志達の正確な情報を求められましたが、どのようにいたしましょう。」

 

「お忙しいところ申し訳ありません、書記次長!魔導王陛下より賜った聖典(ぐんじしょせき)を応用した当会独自の治水施設ですが、レンジャー部隊の同志達より無断で設計図らしきものを書き込んでいる怪しい影が報告されております!如何なさいますか?」

 

 ローブル聖王国北部、【魔導王陛下へ感謝を送る会】総本部。その執務室で書類の山を目の前にした書記次長ベルトラン・モロははらりはらりと抜け落ちる髪の毛も気にせず過度の疲労と焦燥感から頭をかき乱していた。

 

 今や会員数20万超、大小合わせれば100を優に超える支部を持ち合わせる【魔導王陛下へ感謝を送る会】。【書記長】の肩書は教祖にして絶対指導者ネイア・バラハが持っているが、実質事務の最高責任者は書記次長であるベルトランであり、今やその役割は単純な事務や庶務に留まらない。

 

 軍事を含めた各同志による連合同盟の成果掌理・会員規則(ほうりつ)の運用と改訂・破滅と抱き合わせと錯覚してしまうような膨大な財務管理……果ては魔導王陛下をよく思わぬ反乱分子や敵対組織に対する武装親衛隊の運用や、弾圧・粛清といった血生臭い仕事も含まれている。

 

 確かにベルトランは指導者ネイア・バラハと共に黎明期より今日(こんにち)まで【魔導王陛下へ感謝を送る会】を支え続けた一人であるが、本を正せば貴族に仕えていた執事でしかない。日々膨大となっていく仕事に心は悲鳴をあげていた。

 

「ご多忙を極める……そしてお優しいバラハ様にこのような些末な取捨選択を行わせる訳にはまいりません。」

 

 ベルトランは魔導王陛下より賜った恩義に報いるため、そしてあの小さな背中に人々を真実へ導くと言う重責を背負った偉大な指導者ネイア・バラハのためにも、感謝を送る会の〝雑務(よごれしごと)〟は自分が担わなければならないと活を入れる。

 

「まずは財務管理についてでしたね。草案の中に良いものがあればいいのですが……」

 

 そういって気合を入れるためカップに注がれた飲み物をいっぺんに飲み干し……舌から脳へ突き抜ける旨さに絶句した。ほろ苦く、それでいて不思議な甘さを孕んだものであり、身心の疲れが一気にほどけていく。

 

「これは……魔導王陛下のお導きでしょうか?」

 

 そう考えれば飲み物など準備していなかったことも同時に思い出す。一体だれが何のために?そんな疑問さえ口福の中に溶けていく。ベルトランは改めて魔導王陛下へ祈りを捧げ、仕事へ向かい合った。

 

 

「…………御褒美には甘いものが良い。偉大な御方の一人が仰っていた。シモベに褒美も与えられないなんて出来の悪い後輩。先輩として後で指導が必要。」

 

 

 彼の背中で可愛らしく胸を張るそんな姿には気が付くことも無く。

 

 

 ●

 

 

「…………ネイアはアインズ様のために献身出来ない日があると言われたら何て思う?」

 

「死んだ方がマシです!」

 

「…………気持ちはわかる。でも人間は脆い。とてもとても脆い。」

 

 シズ先輩から発せられた突然の質問に、ネイアはその意味を咀嚼する。

 

「同志の皆は頑張りすぎ……ですか?。」

 

「…………そう。」

 

「たしかに聖地アインズ・ウール・ゴウン魔導国では休暇制度が充実していると聞いています。やはりアインズ様は疲労を知らない超越者でありながら、下々の者の事を考えられる偉大な王であると実感した次第です。当会のように七日七晩働き続けるのはやはり違うのではないかと議題になったこともあります。」

 

「…………その結果は?」

 

「魔導王陛下に献身出来る喜びこそが我々の精神の安らぎであり、休暇などいらないという結論になりました。」

 

「…………うん。偉い。」

 

「ありがとうございます!」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「で?何の話でしたか?」

 

「…………なんだっけ?」

 

 シズとネイアは二人そろって首を傾げた。



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【番外編】苦難と宝石

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・久々に狂信者で演説家なネイアちゃんを書きたくなりました。前半読みにくいです、すみません!

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


「わたしはこの場を証言台とし、罪をあばく告発者として、ローブル聖王国を愛する者として、そして何よりもアインズ様……魔導国魔導王陛下に命を助けられた者としてここに神殿勢力の<反逆罪>を宣言します! ヤルダバオト襲来によりローブル聖王国は過去の栄光も、夢も誇りも、将来までも奪われ、全てが灰燼(かいじん)()す寸前となったとき、希望と救済を(たも)うて下さったのはどなたであるか!? 行動を以って地獄の火焔に包まれる中、一筋の閃きを導いて下さったのはどなたであるか!? あの艱難(かんなん)の中、父母に(いだ)かれたかのような安寧(あんねい)を忘れてしまうような蒙昧(もうまい)な人間など、このローブル聖王国に存在する価値がありません! それでも慈悲深き陛下は矜恤(きょうじゅつ)憐憫(れんびん)すべき(あわ)れなる人々を見捨ては致しません。 それは現在も復興途上である母国へ分け隔てなく支援物資を送ってくださっていることからも証明されているでしょう。だからこそ我々は真実を伝道するため邁進するのです! 然るに!神殿勢力は魔導王陛下が<アンデッド>であるという些末(さまつ)極まる理由から、恩を仇で返す真似を繰り返しております。これは愚昧を超えた大罪であり、巨悪を通り越し狂妄(きょうぼう)の類です! しかしながら慈悲深き陛下はその大罪さえも御赦しになってしまうでしょう。 ローブル聖王国の民として、偉大なる王の寵愛を受けた身として、果たしてそれで良いのですか? 犯した罪に対しては必ず報償(むくい)を下さなければなりません! 魔導王陛下の慈悲に甘えるだけでなく、聖王国の民たちが自らの意思を以てして、悪魔の戯弄(からかい)により誤った常識を広め、人心を(まど)わす神殿勢力を打ち破ってこそ、初めて清らかなるローブル聖王国の誕生となるのです!」

 

 ここはローブル聖王国首都ホバンスに居を置く【魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)】総本部。絶対指導者ネイア・バラハは執務室で文官を相手に、不定期に発行している〝会員誌〟に載せる実質的な教祖の御言葉【親愛なる同志達へ】の掲載を行うため演説――最初は取材方式だったがやりやすいのでこの方法になった――を行っていた。

 

 あまりのマシンガントークに文官は目を白黒させながら速記しており、傍から見れば暗号文章にしか見えないような有様だ。既にローブル聖王国内において国璽に付随する印を求められるほどに力をつけたネイアと(仮)だが、敵対勢力を一掃出来たかと問われると(いな)だ。

 

 未だ偽りの四大神を信仰する神殿勢力に惑わされている憐れな人間は多く、アインズ様を忌避する民は一定数いる。ネイアは自身の未熟と、真実を伝える難しさに直面するばかりだ。

 

「ではバラハ様、今回もありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。」

 

「ええ、何だか機関紙の発行頻度も増えてきましたね。」

 

「はい、紙の量産が可能になったことと〝リンテンキ〟なるマジック・アイテムの成功により、作業効率が向上したことが大きいです。文字の読める知識層へ真実を伝道出来るだけでなく、同志達の識字率向上にもつながるかと。」

 

「それはなによりです。では、お仕事頑張ってください。」

 

「恐れ入ります。」

 

 そう言って文官は執務室を後にし、ネイアは指導者然とした態度を崩し、椅子の背もたれ、だらしなく倒れる。

 

「あ~、汗だくになっちゃった。お風呂の施設に行こうかなぁ……。でも今は同志達も多いし、もう少し後かなぁ。」

 

「…………うん。確かに演説前より2kgも減っている。一回の演説でチョコレート味8本分くらいのカロリー消費。これは凄い。」

 

「シズ先輩!?」

 

 恥ずかしい場面を見られたとネイアは顔を真っ赤に染め狼狽し、慌てふためき椅子から落ちそうになる。

 

「…………とりあえずやせ過ぎはよくない。これあげる。」

 

 シズは虚無の空間からチョコレート味の入った瓶を2つ取り出して、ひとつをネイアに渡した。

 

「あ、ありがとうございます。何時から居たんですか?」

 

「…………演説始まるちょっと前くらい。今回はバレなかった。まだまだ甘い。」

 

「うう……精進します。それにしても一目で体重の変化が解るなんて流石ですね。」

 

「…………ネイアは全然お肉が付かない。でも健康的な痩せ方。あれらとは違うから安心。」

 

「あれら?」

 

「…………そう。あれらはこんなに筋肉もついていないし、ほどよいぷにぷに感もない。いい感じ。」

 

「シズ先輩!近いです!ほら、わたし今汗だくですから!服の下ひどいことになっていますから!」

 

「アインズ様のために流した汗。嫌がるなんて不敬。」

 

「そうかもしれませんけれど、匂いとか気になるんです!」

 

「…………もしネイアのシモベが同じことをしてそんな反応したら不敬。ここは指導しなきゃ。アインズ様の為に流した汗は宝石よりも価値がある。」

 

「先輩!?近いってか何で抱きしめるんですか?ちょっと待ってください!せめてお風呂に入ってからとか……いや、それもおかしいですけれど!」

 

「…………指導。全然わかっていない。」

 

 ネイアは偉大なシズ先輩に自分の汗の匂いがうつるのでは無いかと不安に駆られてしまったが、シズの発する紅茶のような何とも云えない好い薫りが、絶間なく溢れ、ネイアの思いは杞憂に終わり、ただただ赤面しながら<指導>を受け続けていた。



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【番外編】聖者の祝祭

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・季節ネタのちょっと先取りです

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


「…………以上の品が ぶくぶく茶釜様 やまいこ様 餡ころもっちもち様のお部屋より発見されました。時限開放式の金庫であることは認識しておりましたが、内部については知識を持たぬためアインズ様へご報告をさせていただきます。」

 

「ははは、これまた。何とも懐かしいな。」

 

 そこにあったのはこげ茶色の塊、ミルクを織り交ぜた陰陽柄のケーキ、砂糖でコーティングされた宝石と見紛うような美しい……回りくどい言い方をしたがチョコレートの山であった。

 

 アインズ(鈴木悟)はリアルの世界でバレンタインチョコレートを口にしたことは一度もないが、ユグドラシルではバレンタインの前後5日程度で特別なキャンペーンを行う。

 

 チョコレート爆弾に弾丸、各種装備――大抵炎系攻撃に凄く弱い――が期間限定ガチャとして登場する。正直チョコレート爆弾なら第3位階魔法程度の威力であるし、超レアアイテムを引いたところで単発式の第9位階魔法程度にしかならない。レベル100のアインズからすれば全て雑魚アイテムなのだが、コレクターの悲しい性で、何度ガチャで爆死したことやら数えたくもない。

 

(それにしてもバレンタインかー。)

 

 〝わたしにはチョコをくれる子がたくさんいて困るなー!画面から出てこないけど!〟と怨嗟を振りまく弟と呆れる姉、同僚からチョコを貰いすぎて妻に嫉妬されているという愚痴に対し、不幸自慢ですか?と喧嘩を始める最強の物理職と魔法職、様々な喧騒がアインズの中で想起され……

 

(チィ!!!)

 

 いつものように温かな記憶は強制的に沈静化された。何度も恩恵を受けている身であるが、こればかりは本気で腹が立つ。そして冷静になると、シズと本日のアインズ当番であるメイドがアインズの言を待っていることに気が付き、一つ咳払いの真似事をした。

 

「ああ、これはバレンタインデーと呼ばれる祝祭に使われる品々だ。おそらくぶくぶく茶釜さんも、やまいこさんも、餡ころもっちもちさんも、皆に配るため金庫にしまっておいたままだったのだろう。」

 

 しかしその約束は果たされることなく、皆去ってしまった……。アインズが寂寞(せきばく)の世界に支配されそうになる刹那、アインズ当番のメイドから熱の籠った声がかかった。

 

 

「アインズ様、愚かなわたくしにひとつだけお教えいただいてもよろしいでしょうか?バレンタインデーとはどのような行事でございましょう?」

 

「ああ、そうだなそれは……」

 

 アインズは自分の常識にある一般的なバレンタインデーについて説明しようとしたが、自分が食べられもしないチョコレートの山に囲まれる未来を想像し、言葉を切り替える。

 

「……あ~。むかしむかし、とある栄えた国で時の皇帝が愛する者との婚礼を禁止し、禁令に背いた恋人たちを捕らえ、処刑させていた。その命令に断固として反対し続け、やがて暴君に処刑された者がバレンタインという。その後、バレンタインをたたえ、処刑の日をバレンタインデーと名付け、恋人のみならずかけがえのない友人、家族へチョコレートを贈る風習ができたという。」

 

 かつて死獣天朱雀さんから聞きかじった内容をがらんどうの脳みそをフル回転させ言葉に紡ぐ。要するに【身近な人に贈るものだから、俺に贈らなくても大丈夫だよ】といいたいのだが、何だか当番メイドの目に熱が帯びており、話の運びを間違えたかと脳内で頭を抱える。

 

「ご教授いただき幸甚に存じます。その神聖なる儀式に見合う品を、御身のために。」

 

(……あ、これミスったやつだ。)

 

「…………ご教授いただきありがとうございます。アインズ様、別件でご相談が。」

 

「ん?どうしたかね?」

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 ネイア・バラハは『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部の執務室で、文官たちが差し出してきた茶色の塊に大きな興味をそそられていた。

 

「バラハ様!魔導王陛下より賜りました聖典(ぐんじしょせき)を基に、食事(へいたん)部が研究しておりました、油分のとれる種子、乳、粉乳、砂糖、オーツ麦、小麦粉を用いた携帯食の試作品が出来上がりました。」

 

「これは……。〝ちょこれーと〟ですよね!まさか作ることができるなんて!」

 

「 ちょこれーと? 確か名は……いいえ、何でもありません。大変溶けやすい物質でしたので、砂漠や熱帯地を想定し試行錯誤を重ね、口内熱以下であれば耐えきれる製品となっております。」

 

「これは溶かして飲むことも出来るのですか?」

 

「はい、1ブロック6欠片となっており、3欠片を雨水に溶かして飲むだけでも成人男性が一食を摂取したと同等の効果があることが確認されております。」

 

 ネイアは会話が食い違っているような違和感を覚えるが、忘れもしないシズ先輩と初めて心を交わした友情の味。自分たち如きが作れるなど夢にも思わなかった。

 

 しかしながら喜びも束の間、シズ先輩の〝ちょこれーと味〟はアインズ様のお仲間である【博士】が御創りになられた、美味という言葉さえ稚拙に思える神代の聖餐。自分たちに同等のものが作れるなど、ネイアは自惚れていない。

 

 とはいえ同志たちが苦心して作り上げた品だ、落胆する様子を見せるわけにはいかないだろう。あくまでも【絶対指導者ネイア・バラハ】を保ちつつ、ちょこれーとを一欠片に割って口腔へ運んだ。

 

(う、うぐぅ……)

 

 舌全体から脳に伝わるのは、生煮えの芋に砂糖をぶっかけたような想像以上に凄まじい味の暴力。異物を食道に入れまいとする生体反射(えずき)を根性だけで抑え込み、ほぼ丸のみ状態で胃の腑に落とし込んだ。

 

「……いかがでしたでしょうか、バラハ様。」

 

 文官たちは緊張を隠せない様子でネイアへと尋ねる。

 

「そうですね。その出来栄えでしたら、ついうっかりつまみ食いをする同志もいないでしょうし、中々の出来栄えではないでしょうか。」

 

「なるほど!味の改善は課題の一つと考えておりましたが、確かに非常携帯食として考えれば大きなメリットとなります!流石はバラハ様、我々を正しき道へと導いて下さり感謝いたします。」

 

 遠回しに〝不味いからなんとかしろ!〟と言ったつもりだったのだが、バラハのオブラートに包んだ苦言もむなしく、文官たちはただ感涙し傅くばかり。

 

(ここで〝もっと美味しく作ってほしい〟なんて……、同志にも失礼ですし、なにより知識を給うてくださったアインズ様への背信となりますね。)

 

 その後ネイアは文官たちと数度言葉を交わし、文官たちが退室したタイミングで大きく肩を落とした。希望が大きかった分現実とは残酷だ。自分たちがどれだけ努力しようと、アインズ様の偉大さの前に呆然と立ち尽くすばかり。

 

 御身の足元にも及ばないどころか、足を引っ張るばかりの自分が【絶対指導者】と讃えられるなど噴飯ものだ。

 

 そんな悪循環に苛まれていると パキッという音でネイアの意識が現実にひき戻される。

 

「…………ん。すっごい不味い。」

 

「シズ先輩!?」

 

 そこにいたのは自分たちの作ったちょこれーとを一欠片口に放り込んでいるシズ先輩だった。

 

「何をしているのですか!?聖地の食事で充溢(じゅういつ)されたる肉体が汚穢(おわい)に蝕まれてしまいます!早く何かで(そそ)がなければ!」

 

「…………落ち着く。」

 

「ぐへ。」

 

 混乱状態にあったネイアはシズから手刀の一撃を受け押し黙る。改めてシズ先輩をみると、不味いと言っているがその無表情は好奇心に満ち溢れており、どこかで見た瞳であると記憶を辿り……

 

 バハルス帝国闘技場の興行主、その館で古く弱い武器――もちろんアインズ様基準であり、ネイアの団体でも簡単に手に入らないものだらけだ――を見ていた時の瞳だと思い出す。

 

「〝みりたりーのロマン〟を感じていただけましたか?」

 

「…………うん。カロリー(熱量)については合格点。水さえあればこれひとつで最悪半月は死なない。ただ士気高揚や救援物資として考えるなら包装や形状に改善が必要。この味なら軍事配給品(レーション)としては最後の手段に用いるべき。すなわち保存期間の長期化が課題。うーん。それにしても不味すぎる。でもネイアの世界は冷めたポリッジで満足なくらいだしこれでも贅沢すぎるくらい?違う。ネイアが仮にもアインズ様の名を冠している以上満足なんていう言葉は許されない。軽量小型化による容易な携帯。そして重量・サイズの見直しと適切な梱包による軍事配給品(レーション)としての機能を……なぜ笑っている。ちゃんと聞く。」

 

「痛い痛い!ごめんなさい!」

 

 相変わらず〝みりたりーのロマン〟を語りだすと普段の寡黙さが星の彼方へ飛んでいくシズ先輩がおかしくて、噴き出してしまったネイアに手刀の制裁が入る。

 

「…………そうそう。貰ったからにはお返し。本当〝貸し〟にする予定だったけれど間に合わせるのは流石ネイア。偉い。」

 

 そういってシズ先輩が取り出したのはリボンによって綺麗に梱包された小さな赤い箱。

 

「…………友チョコ。ハッピーバレンタイン。」

 

「ば、ばれんたいん?」

 

「…………いいから開ける。」

 

「うわぁ!」

 

 やはり魔導国は質が根底から異なる。植物の葉を模した品、乳が混ぜられ縞柄となっている品、淡い生地に大粒の砂糖がふりかけられた品、春の花のように鮮やかな桃色の品。製造方法など全くわからないが、今の自分たちでは到底作れないことだけは確かだ。

 

 こんなものを本当に貰っていいのだろうか?ネイアがそう逡巡していると……

 

「…………この反応は予測済み。はい。あーん。」

 

「ちょ!?シズ先輩!?」

 

「…………早く口開けて。」

 

「もぐ!?」

 

 次の瞬間、脳天を貫くような口福がネイアを襲う。甘くおいしい独特の味、シズ先輩との思い出の味を想起して……。

 

「…………ネイア。どうして泣く?太るの嫌だった?」

 

 〝そんなことはない、とても美味しいです。〟

 

 なんて簡単なことを伝えるのに、自分はどれだけの時間がかかるだろう?そんな下らないことを考えながらも、ネイアの脳内はシズ先輩との思い出に支配されていた。




・異世界かるてっとではアルベドがバレンタインを知っていましたが、本編ではどうなのでしょう?また、クリスマスは行事として残っているみたいですが他も気になります。


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【番外編】技術革新

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


 魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)総本部。その執務室で、研究に従事している文官たちが目を爛々と光らせてネイアの前に立った。

 

 まず一人の女性がネイアの前に出るや否や、短刀を取り出し、(おもむろ)に自らの手首を切り裂いた。しかし傷口から血が噴出することはなく、まるで逆再生するかのように創傷は痕跡さえ残さず消えていった。

 

「以上の品が、我々【魔導王陛下医療支援同盟】が魔導王陛下より賜りました聖典(ぐんじしょせき)と、バラハ様の赴かれました聖地が一つ、カルネ村の薬師〝ンフィーレア・バレアレ〟様との文通で着想を得た、【注射器】にございます。」

 

「秘匿通信のマジック・アイテムをアインズ様より賜り行っていた例の作戦ですね。」

 

「はい。皮下脂肪または筋肉組織へポーションを基盤とした特殊な薬液を注入することで、薬液を体内に残留させることに成功しました。 位階魔法でいうならば回復魔法に<魔法遅延化(ディレイマジック)>と<魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)>の両方を付加できるような代物となっており、〝種明かし〟をしていない者から見れば、まるで未知の魔法で無敵となっているかのように錯覚するでしょう。 また、静脈内への注入や薬液の配合を研究すればその可能性は無限大であるかと。」

 

 ネイアは目を爛々と輝かせ熱を込めて話す同志と反比例するように、〝はえ~、すご~い。〟という感情しか湧いてこない――そもそもどうやって作ったのか機序が全く理解出来ない――のだが、思考の放棄はアインズ様への背信だと自分に活を入れ、【絶対指導者ネイア・バラハ】としてどう対応すべきか考える。そしてしばらく長考し……

 

「技術の発展は大変喜ばしいことですが、管理を誤れば暴走する危険なものでもあります。〝注射器〟に懸念される技術革新のデメリットについて意見を。」

 

 結局【アインズ様語録】の引用に頼ってしまったことに悔恨の情を抱きつつも目の前にいる同志の返答を待った。

 

「はい!バラハ様!ご存じのように〝飲む・振りかける・(いぶ)す〟のどれとも異なる人体への摂取方法であるため、メリット・デメリットどちらも枚挙に暇は御座いませんが、一番に懸念されるは麻薬の蔓延かと愚考いたします。」

 

「詳しく話を伺っても?」

 

「ご存じのようにリ・エスティーゼ王国で猛威を振るい主流となっている【黒粉】なる麻薬はライラという植物を精製し、(いぶ)した煙を吸引するものです。 ですがライラより快楽成分のみを抽出し、こちらの注射器を用いた場合、より一層の依存性と地獄のような副作用を持つ悪魔のような品が出来上がるかと。」

 

「なるほど……麻薬に耽溺する同志がいるとは思いませんが、一般普及に関しては重要な管理が必要ですね。 また、アインズ様の慈愛を信じられぬ無知蒙昧な輩に技術の転用などされれば……。 わたしの首ひとつで赦されることを祈るほかありません。」

 

 目の前の女性党員は改めて注射器を強く握りしめ、重要性を再認識する。

 

「かしこまりました。聖地魔導国との合作です。第一級秘匿神器として、厳重な管理をさせていただきます。」

 

「お願いします。ひとつはわたくしが持っておきます。」

 

「では続いて【魔導王陛下魔法研究同盟】に引継ぎをさせていただきます。」

 

 女性が一歩下がり、後ろに控えていた男性が緊張した面持ちでネイアに一礼する。

 

「以前捕縛した幽霊船の調査報告について進捗報告を失礼いたします。 船内の構造やアンデッドと化した乗組員を精査するに、幽霊船となった船は120~130年ほど前に沈没した護衛船と推測されております。 今回当会が捕縛した幽霊船は50年前より目撃情報があり、恐らくは船員たちの未練が瘴気にあてられ幽霊船となるまで、80年近くを要したと考えられます。 人工で幽霊船を作り上げる構想についてですが、10年以内には現実的な着手ができるかと。」

 

 

「では次に魔導王陛下特殊能力研究同盟より報告を申し上げます。以前お話をさせていただきました異なる<生まれながらの異能(タレント)>を持つ双子についての研究についてです。一卵性双生児でありながら片や<水の上を数歩歩く能力>片や<火の中に数秒居られる能力>と、全く異なる能力を見せており、また後天性ではなく先天性であることが研究で明らかになっていることから――――」

 

 

 

 ●

 

 

 

「うわあああああああああああああああんんんん、どうすればいいでしょう。シズ先輩。」

 

 ネイアはシズが来訪するや否や普段の威厳を月の彼方まで吹っ飛ばし、年相応の少女……いや、

それ以上に退行しているかのように飛びつき抱き着いた。シズは慣れた様子でネイアの頭を優しくなでる。

 

「…………【進みすぎた科学は魔法と区別がつかない】。博士の金言。でも魔法のある世界でここまでの技術革新。アインズ様も薬液の精製に頼らない新たなポーション技術の作成や魔法に頼らないアンデッド作成研究には大きな関心を持たれている。ネイアの団体があったから出来たこと。偉い。」

 

 【アインズ様からの期待】、その重責にネイアの身体が光栄と畏怖でブルリと震える。

 

「わたしは恐ろしいのです、シズ先輩。わたしはただ同志たちが作り上げる品々に対し理解も思惟もできず、薄ぼんやりと鷹揚に頷くだけ……。こんなわたしが【絶対指導者】と祭り上げられるなんて確実におかしいですよ。」

 

「…………またそう言う。ネイアがいなければ出来なかったこと。自信を持つべき。」

 

「なにもしてないですけどねぇ。」

 

「…………もし今回の技術が他国に流出した場合。ネイアはどうする。」

 

「この首一つで足りるかわかりませんが、アインズ様へ……。ですが、同志たちと会合を重ね、欺瞞情報も含め第一級の管理をさせていただいております。同志に裏切者がいるならば……、わたしは死など生ぬるい永劫の罰を受けるべきでしょう。」

 

「…………うん。そういうところ。ネイアの団体はシモベの絆がしっかりしている。だからこそアインズ様も技術革新に対して寛大であられる。ネイアのお手柄。」

 

「そうなのですかねぇ……。以前シズ先輩はアインズ様が過度な技術革新は好まれないと仰っていたことをきいたので、我々の団体は道を誤っているのではないかと不安で不安で……。」

 

「…………それだけネイアの団体を信じているということ。先輩として誇らしい。」

 

「それでももう……そもそも成り行きでトップなんかになってしまったわたしに20万もの人間を率いるなんて無理だったのかなと、弱きは悪であると常々説いているわたくしの心に時折過るのです。」

 

 ネイアがシズに慰められているその時、執務室まで駆け寄る足音とノックの音がほぼ同時に鳴った。シズは完全不可視化で姿を消す。

 

「バラハ様!急に申し訳ございません!屋敷の周りを神殿勢力の信徒……魔導王陛下の慈愛に無知蒙昧な輩どもが囲んでおり、我々を糾弾しています。その数は数百名。相手は全員非武装であるため、武装親衛隊による強制排除も難しく、是非バラハ様のお力を借りたく存じます。」

 

 その瞬間少女ネイア・バラハは溶けて消え、凛とした顔つきの【絶対指導者】ネイア・バラハが顔を出す。

 

「北部にもまだアインズ様を忌避する憐れな方々がいらっしゃったとは……。大丈夫です。わたしが皆様の誤解を解いて参りましょう。すべて私に任せてください。」

 

 シズは不思議に思う。剣もない、槍もない、銃もない、楯もない。それなのになぜネイアはこうも堂々と数百名の暴徒に笑顔で向かっていけるのか。おそらくネイアのことだ、数百名の暴徒は数十分後には数百名のシモベになっているだろう。

 

 そんな後輩を誇らしく思い、シズは先輩としてネイアの頭をなで、激励代わりに背中を軽くポンと叩いた。



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【番外編】シズ先輩の熱血指導

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・原作でデミウルゴスがネイアちゃんを【駒】と発言したことについてですが、当二次創作では〝世界征服という盤上において、アインズ様御自らが駒を創り上げてくださった〟とナザリックが解釈していると独自設定しております。

 以上を踏まえた上でお読み下さい


 ローブル聖王国首都に居を置く魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)総本部。その執務室で、シズは完全不可視化を施し、かわいいがかわいくない後輩ネイア・バラハの動向を見守っていた。

 

 顔にこそ出していないが、文官たちの難解な話を前に疲労困憊・七転八倒している後輩を見て無表情の中に強いやる気の感情を宿している。

 

 ネイア・バラハとはアインズ様御自らが創り上げし稀有なる【駒】であり、デミウルゴス様たちが目をかけているほど有能で、これだけ何度も接しているシズ自身も理解が及ばない不思議な人物だ。

 

 銃を突きつけるでも刃物を突き立てるでもなく、口を開き言葉を紡げば種族を問わず皆がアインズ様を讃えだし、敵意に燃えていた者達さえも別の熱狂に包み上げる。

 

 しかし肝心のネイアは自分の能力に対しての自覚が甘く、会っても弱音ばかり吐いている。いつもは甘やかしているが、それではダメだと考え、プレイアデスのお茶会で相談したところ、ユリ姉から〝殴ってでも分からせるべき〟と進言を貰い、今日は厳しくいこうと心に決めていたのだ。

 

 そして文官たちが執務室から立ち去ると、ネイアは机にぐったりと突っ伏しはじめた。

 

「ああ、今日もまた意味が分からぬまま鷹揚に頷いていただけでした。御赦しくださいアインズ様。いったいわたくしのどこが絶対指導者……。なんと滑稽で醜悪な……」

 

「…………喝」

 

「うへぇあ!!!」

 

 ネイアはバザーの鎧越しに――聖地巡礼後アインズ様より再び賜り【絶対指導者ネイア・バラハ】の際は必ず着用している――全身の骨に響き渡るほどの衝撃を受ける。

 

 呼吸も絶え絶えに振り返るとシズ先輩の手には木刀とは違う、剣を模した不思議な代物があった。

 

「あ、あの?シズ先輩?」

 

「…………最近甘やかしすぎていた。今日はビシビシいく。」

 

「え?あ、はいぃ?」

 

「…………最近のネイアは自信が無さすぎる。先輩として指導するべき。」

 

 シズ先輩の無表情には強いやる気が宿っており、強固な植物の皮を束ねて作られたであろう模造刀?を掲げている姿は可愛らしさが勝っているのだが、さりとて難度150のメイド悪魔が放つ一撃、手加減はあっただろうが、未だ全身に痺れが残っている。シズ先輩は加減を知らないところもある、正直言うと別の意味で怖い。

 

 それでも、確かに最近指導者としての自信に陰りが増えてきたことも確かだ。同時にシズ先輩の気持ちがうれしくもあった。

 

「ありがとうございますシズ先輩!確かに最近は管理仕事が忙しく、射手やレンジャーとしての能力を向上させる鍛錬を怠っておりました!常々同志に弱きは悪であると説いているわたくしにあってはならないことです!」

 

「…………喝」

 

「うへぇあ!!!」

 

 再びネイアに脳や全身の骨に響くような一撃が入る。

 

「…………そこが間違い。ネイアの最大の武器はこれ!」

 

 シズ先輩はそういってイチゴ色の舌をべーと出した。正直かわいいとしか思えないがネイアは黙っていることにした。

 

「…………ネイはもはして(出して)

 

「こ、こうへすか?っていたたたたたたたたたた。」

 

 シズ先輩はネイアの舌を掴み、満足そうに頷いた。

 

「…………これさえあれば大丈夫。うん。」

 

「……と?というと?」

 

「…………ネイアは弓も大事。野伏能力も大事。でもこれがあれば大丈夫。自信を持つ。わかった?」

 

「えっと……」

 

「…………喝」

 

「うへぇあ!!!」

 

 三度の衝撃にネイアの身体は限界を迎えようとしている。

 

「…………はかうまへやう(わかるまでやる)。こへに自信を持つ。」

 

 シズ先輩は再びイチゴ色の舌を出してネイアに語り掛ける。

 

「じ、自信を持ちます!!」

 

 段々とシズ先輩のいいたいことがわかってきた。要するに自分は代表としてよく演説をしている。……というより(仮)の前身団体である<魔導王陛下救出部隊>から自分は弁舌の場に立ち同志を募ることが多かった。その事実に自信を持つべきと言っているのだろう。

 

 ただ自分は詭弁士ではない。ネイアからすればアインズ様の素晴らしさを語るという誰でもできる当たり前のことしかしていないという認識だ。自信を持てと言われても少し難しい。

 

「…………まだ解ってない。じゃあもう一回。」

 

「わかりましたシズ先輩!わたくしはアインズ様の無償の愛を語ることに際して自信を持ちます!」

 

 

 ●

 

 

「バラハ様相手は南部の神殿勢力数千です!武装兵やマジックアイテムも確認されております。どうか近衛に武装親衛隊を!」

 

「同志ベルトラン書記次長。わたしにはまだ舌はついておりますか。」

 

 ネイアはそういってややお道化たようにイチゴ色の舌を出した。ベルトランはただ無言で頷く。

 

「舌さえあれば十分です。皆は下がって、すべて私に任せてください。」

 

 何だか変に格好をつけてしまったネイアは内心赤面し奇声を上げて転がりまわりたい気分だが、昨日の今日だ。おそらくシズ先輩がみていると思うと、先輩の助言を無視も出来ない。

 

 ……その後、南部から進攻してきた数千の武装集団を弁舌のみで無血撤退させ、その半分を仲間に引き入れたネイアは【絶対指導者】の地位をさらに確立していった。



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【番外編】シズとネイアの新兵訓練

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。


 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 広間に集まっているのは【魔導王陛下に感謝を贈る会】の保有する武装親衛隊。その末席に入隊したばかりである、本日初めて訓練を受ける正真正銘の新兵たち。

 

 新兵の教育を任されている元軍士たちは緊張を隠せずにいる。何しろその訓練を見守るのは絶対指導者ネイア・バラハと、偉大なる魔導王陛下の使いメイド悪魔シズ。

 

 軍士たちからすれば御前訓練ともいうべき様相を呈している。……とはいえ緊張しているのは軍士だけではなく。

 

「…………ネイア。落ち着く。」

 

「ひゃ!ひゃい!シズ先輩!」

 

 先ほどから手遊びが止まらず首をコキコキと動かしている挙動不審なネイアに一喝が入る。今からシズ先輩にお見せするのは……ひいては偉大なるアインズ様へ報告がなされるのは、恐れ多くも御身に誓いを立てさせて頂く老若男女入り混じった新兵たち。ネイアはどうしてもアインズ様から失望される恐怖を拭うことが出来ず思考は混迷を極めていた。

 

 シズ先輩の無表情は強い好奇心に彩られており、ネイアの部下(シモベ)たちに対して強い期待を寄せている。その事実がネイアにとってまた恐ろしい。張り詰めた空気の中、訓練は始動した。

 

 

「整列!」

 

 凛とした声が響き渡り、ほとんどの新兵はビクリと反応し行動に移す。それでも何人かは遅れて歩き……

 

「遅い!」

 

「ひっ!」

 

 教官である軍士が持つ教鞭代わりの矢が新兵の喉笛の寸前で止まる。

 

「貴様の行動が遅れたことで、隣の同志が死に至る。同志が死んだことでひいては部隊が壊滅に瀕す。……それが戦場であることを忘れるな!」

 

 ヤルダバオト襲来で培った冷酷な現実を、双眸に悲しさを浮かべながらも軍士は言葉を紡ぐ。同時に新兵たちに緊張感が走る。

 

「良いか、ひとりの油断と怠惰で同志の誰かが死ぬ。それは慈悲深き魔導王陛下への最大の背信であると心得よ!同志と魔導王陛下を信じ、魔導王陛下のために挺身せよ!さすれば魔導王陛下のご慈悲が我々を勝利へ導いて下さる!!」

 

「………」

 

「返事!」

 

「「「は、はい!!!」」」

 

「返事は〝魔導王陛下万歳!〟だ!それではもう一度……。整列!」

 

「「「魔導王陛下万歳!!!」」」

 

 一糸乱れぬ……とまではいかないが、新兵を取り巻く緊張感が先ほどまでとは明らかに変わっており、迅速な整列を始めた。

 

「回れ右!矢筒より弓へ!第一射構え!!」

 

「「「魔導王陛下万歳!!!」」」

 

「放て!」

 

 放たれた矢はバラバラな軌道を描き地に落ちた。

 

 

「ど、どうでしょうシズ先輩!?」

 

「…………いい兵士になる。兵卒に必要なのは命令伝達の受領の素早さと迅速に対応する柔軟性。」

 

 そこまで言ってシズは少し思案する。

 

「……………せっかくだから先輩としてネイアに指南する。」

 

「わ!シズ先輩!」

 

 そういうや否やシズはネイアをわきに抱えて新兵たちのもとまで一足で飛び、着地と同時に地面に手刀を入れた。地面には一線が引かれ、ちょうど新兵たちが半分ずつに分かれる。

 

「…………これで丁度50人ずつ。これからわたしとネイアのチームに分かれて檄を入れ新兵をうまく使った方が勝ち。種目は……ランニング。」

 

 全員目をぱちくりとさせるが、ネイアはシズ先輩からの挑発に近い勝負の提案に心の中で笑みをこぼす。1つは部下に引き連れてもいいとお眼鏡にかなった同志たちへの誇り。もう1つは、〝みりたりーのろまん〟に翠玉(エメラルド)の瞳を輝かせるシズ先輩への微笑ましさ。

 

「わかりました!受けて立ちます!」

 

「……………じゃああの40km先の木に全員手をつかせた方が勝ち。新兵へ。命令は一つ。死ぬ気で走る。」

 

「「「魔導王陛下万歳!!!」」」

 

 突然の出来事ながら救国の英雄シズの登場に、新兵の皆は並々ならぬ情熱を燃やし、シズ様に恥をかかせてなるものかと足を動かし始めた。

 

「……………呼吸は均一に。フォームを崩さない。目標までの距離を常に意識。……そこ飛ばしすぎない。」

 

 シズは新兵の後ろにつき、各自に的確なアドバイスを飛ばす。その一方で、ネイアの率いる新兵も並列しはじめる。シズの指導とは真逆に、ネイアは先頭を背側歩行で走りながら、静かに新兵たちへ語り掛ける。

 

「本日親衛隊に入隊されし同志の皆さま!真なるローブル聖王国を守護せしめる盾にして矛となる皆さま!こうして真に強くあろうとする姿こそ、仮初めの平和への囁きに惑わされる事なく 繰り返し聞こえてくる真なるローブル聖王国の栄誉のために邁進されたる愛国者!皆様こそ、魔導王陛下の慈愛を分かち合い、正義への一歩を踏み出した、誇りあるお姿です。弱きは悪であると目覚めた皆さまであれば、最早躊躇いの吐息をもらす者はいないでしょう!迷いを捨てその身を魔導王陛下のため挺身するのです!さぁその全てをアインズ様……魔導王陛下のために!」

 

「「「魔導王陛下万歳!!!」」」

 

「むっ。全員の目つきが変わった。フォームも呼吸もめちゃくちゃなのにすごい勢い。生意気。」

 

 後方で走るという動作に際し的確なアドバイスを飛ばすシズと、先頭で説法を解き導くネイア。対照的な二人が率いる新兵の速度はほぼ同じで、中間地点に差し掛かってもともに勢いは落ちない。

 

「…………最後だからと慌てない。均一の呼吸とフォームを意識。」

 

「さぁ!皆様の魂を魔導王陛下の繁栄のために!」

 

 また一人とゴールの木へ手を付けていく。ネイアとシズが見守る中、お互い最後のひとりがゴールに近づき……

 

 

「うう……。わたくしにはまだまだアインズ様への信心が足りないようです。」

 

「…………ふふん。先輩に勝とうなんて千年……もっともっと早い。」

 

「それでも、シズ先輩自ら我々の同志に稽古をつけてくださるとは光栄です!同志教官も〝これほどの距離と速度を走る新兵はみたことがない〟と驚いておりました。」

 

「…………うん、いいシモベ……兵士になる。また気が向いたら勝負をしてもいい。」

 

「はい!ぜひお願いします!」

 

 シズとネイアが指導をした新兵たちは感謝を贈る会の中でも羨望の眼差しで見られ、かつてない速度で最精鋭へと育っていった。

  

 



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ナザリックラジオ
【後日談】ナザリックラジオ計画


・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ナザリック地下大墳墓、宝物殿の談話室。アインズの前には塔のようなパンドラズ・アクター作製のマジック・アイテムが置かれていた。塔の内部には伝言(メッセージ)を宿した細い幾つもの羊皮紙(スクロール)が二重らせん構造になっており、長時間の一斉放送・情報伝達を可能にしている。

 

「おお!偉大にして至高なる御方!アインズ様!この度は至らぬわたくしにアインズ様御自らのお力まで賜り感謝の至りに御座います!」

 

「なに、構わん。民を持った王となった以上、王の力は民へ還元するべきだ。」

 

「流石はアインズ様!なんと慈悲深い御方!」

 

(そういえば税金とかどうしてるんだろう?アルベドがうまいことやっているとは思うけれど、〝税金の無駄遣いだ!〟って反感を買わないかな?)

 

 アルベドやデミウルゴス曰く【魔導国情報先進国及び、プロパガンダ構想】の一環として出来上がったのが目の前のマジック・アイテムで、アインズの知識で言う〝ラジオ〟だ。

 

 ただ、データ化や小型化はまだ難しく、とりあえず公園などの一定区画ごとにこのラジオを設置し、近所迷惑にならない程度の音量で興味を持った者に集まって貰い、口コミで広めていこうというのが計画の第一段階。……デミウルゴスは第五弾までを計画しているらしいが、当たり前のように「アインズ様であれば既にお見抜きでしょう。」と教えてくれなかった。

 

(放送スケジュールとかどうなってるのかな。俺を讃える番組ばかりでも困るぞ?まぁアルベドやデミウルゴス……そして変にやる気なパンドラズ・アクターにある程度任せるとして。最初は無難な詩人(バード)の唄や……子どもや主婦向けの番組、グルメ番組やラジオ体操なんかもいいな。……いやギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟のみんなが来れば喜ぶような放送もいいかもな。きっと皆から〝わかってない!〟って怒られそうだけれど。この世界に〝芸能人〟や〝文化人〟なんて存在は今までなかった、なら生まれながらの異能(タレント)とは違う意味の〝タレント〟が出来る訳だ。あ、ちょっと面白くなってきた。)

 

 アインズがこの計画にここまで乗り気なのも、情報を拡散させるという計画は正にこの地に来ているかもしれない仲間へのメッセージとして最適と思えたからだ。剣槍矛戟が乱舞する国盗り合戦ばかりが名を広める手段ではない。様々な側面からアプローチするのはいいことだ。

 

「ふむ、ナザリックがこの地に来るまでは〝魔法先進国〟と言われていたバハルス帝国でさえ、このような試みを行ったことはない。言わばこの世界では初の試みだ。挫折することも多いだろうが、頓挫することが無いようにな。」

 

「勿論で御座いますアインズ様!このパンドラズ・アクター、既に様々な構想が浮かんで仕方が御座いません。この偉大なる発明は、アインズ様、そして至高なる41人たる御方々の叡智の結晶!……で、あれば!!御方々の秘宝を任されたる宝物殿領域守護者たるわたくしも、此度の栄えあるReich(ライヒ)の歴史に刻まれる万年計画、その一助になれれば幸いです!」

 

「う、うむ。まぁほどほどにな……。」

 

 アインズは(マジック・アイテム)を前にしているくらい目を-黒い丸穴だが-キラッキラさせているパンドラズ・アクターに若干の不安を覚えながら頷いた。……舞台役者(アクター)なんて名前を付けてしまったからだろうか。

 

「話は変わりますがアインズ様。彼のFräulein(フロイライン)達……蒼の薔薇から〝モモン〟を通じ、〝依頼を遂行しただけなので、褒美はいらない〟と伝えて欲しいとのことでした。」

 

「ふむ……。まぁわたしもモモンをしていた時、リ・エスティーゼ王国から特に褒美は貰わなかったな。そういうものなのか。しかし恩義には報いたいものだ、冒険者というのも難儀だな。」

 

「でしたらアインズ様!!」

 

 パンドラズ・アクターがその場で華麗に旋回すると、深紅のマントに漆黒の鎧を纏った巨躯〝英雄モモン〟へ変化する。

 

「このわたくしが可憐なFräulein(フロイライン)達へ、万感の感謝を込めた花束を贈るというのは如何で御座いましょう!?」

 

「やめろ、モモンの姿でその動きはマジでやめろ!あとその提案は却下だ!」

 

 鎧姿の巨躯が床をカツカツと打ち鳴らしながら仰々しい動きで踊るその姿に、アインズは頭を抱え奇声を挙げて悶え転がりたくなる。

 

(ああ、何で俺はこんなものが格好良いと思っていたんだ……。)

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 エ・ランテルの街並みを2人の男女が歩いてた。男は猛禽類を思わせる鋭い眼差しをもつ屈強な体格を執事服で覆った白髪の老紳士、もう1人は簡素な明るい色のドレスを着た少女であり、執事は少女の歩幅に合わせて歩いている。一見すると高貴な家の令嬢とその執事を思わせる。

 

 セバス・チャンとツアレニーニャは、アインズより褒美の休暇を賜り、久々にエ・ランテルの街を一緒に歩いていた。……ツアレの心の傷は簡単に払拭出来るほど軽いものではなく、最初の内は男性や妖巨人(トロール)・触手を持つ亜人……果ては馬を見るだけで、過呼吸を起こして(うずくま)り震え、動けなくなるほどだった。

 

 しかし何十回と外出(リハビリ)を繰り返す内に、今ではセバスが横に居なくとも、しっかりと前を向いて歩けるまでに回復している。

 

「ツアレ、今回の任務ですが本当にお疲れ様でした。ナザリック初となる他国からの客人へのお付きにツアレが選ばれ、その責務をこなした事。更にはこうしてアインズ様より褒美まで頂けるとは、わたくしも誇らしい限りです。」

 

「いえ、全てはセバス様のおかげです。わたくしの全てはセバス様のものなのですから。」

 

「そう……ですか。」

 

 今後ツアレはエ・ランテルの館におけるメイド長となってもらう予定となっている。今はまだナザリックでメイド修行中であるが、基本的な作法はナザリック基準でも及第点に達している。ただホムンクルスのメイド達からは、自分の仕事を取られるからとあまり良く思われていない。ツアレは奴隷(スレイブ)であった期間が長すぎたためか、自分のコミュニケーションの取り方が悪いと自罰的になる傾向がある。

 

 ……そういう意味ではナザリックを出ることは理想なのかも知れないが、セバスとツアレが共に過ごせる時間は減るだろう。未だ危うい部分の残るツアレを思うと、セバスは複雑な心境を隠せずにいる。

 

「それにしてもセバス様?何やら奇抜なマジック・アイテムが見えますが……あれは何でしょうか?」

 

 ツアレの目に映るのは小さな塔。天辺には四方向に拡声器のようなものが付いている。

 

「ああ、現在ナザリックで試験運用している〝ラジオ〟……という物だそうです。住民に娯楽を楽しんで頂こうとアインズ様がお考えになっているのだとか。わたしも街に配置された実物を見るのは初めてですね。流石はアインズ様、既にここまで計画を進められているとは。」

 

「まぁ、素敵ですね。朝早くに子ども達が集まっているようです。どのような内容なのでしょう。」

 

「ふむ……。わたくしも詳しい内容までは伺っておりません。」

 

「少し聞いていかれますか?」

 

「いえ、わたしのような老骨が楽しむ子ども達に交じっていても異物なだけでしょう。」

 

 何が放送をされるのか解らないが、楽しそうに時計を見つめて盛り上がる子ども達に笑顔を向け、背を向けて歩きだそうとするが……

 

〝魔導戦士、マジックマン参上!良い子の諸君!今日もこの魔法の剣が、魔導王陛下に仇成す悪を討つ!〟

 

 ……そんな口上と共に弦楽器による音楽が響き、子ども達、主に男児たちが盛り上がる。セバスの脳裏に純白の鎧を纏う赤いマントをはためかせた至高の御方、自身の創造主であるたっち・みー様が後光を差して脳裏に浮かんだ。

 

「……と、思いましたが。子ども達がどのような反応を示しているか見ていくのも悪くないでしょう。勿論影の悪魔(シャドウ・デーモン)が情報を収集しているでしょうが、その場の空気というのは実感しなければわからないですからね。」

 

「ええ、セバス様がそういうのでしたら喜んで。」

 

「では倚子やベンチ……は全て埋まっているようですから、立ちながらでも構いませんか?疲れが出たようならば無理をせず仰って下さい。」

 

「勿論です。セバス様。」

 

 ツアレは初めて見るセバスの一面。調査と言っているが、無邪気な子どものような瞳に、思わず口に手を当てて笑みを隠してしまう。

 

 ……セバスの創造主であるたっち・みー。彼が無類の特撮ヒーローマニアであり、語り出すと他のギルドメンバーが急な用事を思い出すほどの人物であることなど、セバスもツアレも知らないことだ。

 

 内容は簡単に言ってしまうと、普段は冴えない暮らしをしている男は、実はヒーローに変身する能力をもっており、陰でアインズ様……魔導王陛下の民を苦しめる悪の組織と戦う物語だ。

 

〝なんでわざわざマジックマンは素性を隠しているのか?〟

〝なんで敵の組織は「誘拐した子どもを6時間後処刑する」なんて時間の猶予を与えた上、ご丁寧にマジックマンとやらに自らの居場所まで伝えたのか?〟

〝敵の幹部は「くくく、あと30分だ。」と言っているが5時間半ものあいだ、マジックマンは何を呑気にしていたのか?〟

〝変身するとき爆発音は必要なのか?爆発魔法ならそれで敵を倒してしまえばいいのでは?〟

〝何故敵の幹部とやらは人質にした子どもを連れもせず配下を連れて荒野に現れたのか?〟

〝悪の幹部はやられて「覚えていろ!」と逃げたが、人質の子どもの管理が杜撰すぎないか?〟

 

 正直ツアレでも色々とツッコミたくなるような内容だったが、無邪気に盛り上がる子どもたちと……同じくらい無垢な瞳で放送を傾聴するセバスを見て、そんな考えを胸に仕舞い込んだ。

 

 その後セバスはツアレに〝魔導戦士マジックマン〟の今後についての考察や、誰が脚本を書いたのか、題材となったものは何なのかなど、様々な熱弁を振るっていたが、ツアレは心からの笑顔でそんなセバスを見つめていた。



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【後日談】ナザリックラジオ計画 ②

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「アインズ様、【魔導国情報先進国化及び、プロパガンダ構想】ですが、計画の第1段階は順調に推移しております。エ・ランテルにおける〝ラジオ〟の認知率は99.42%、聴取率につきましては平日・休日、時間帯、種族、職業・年齢層、性別・地区に分けた各種の統計をグラフにしてご用意致しました。」

 

「うむ。ご苦労。」

 

 ナザリックの執務室。アインズはデミウルゴスより渡された資料に目を通す。細かい事はサッパリ解らないが、ひとつだけわかることは……

 

(なにこれ!?すっげぇ皆聴いてるじゃん!暇なの?いや、暇だよね。この世界にはゲームどころか、本すら読めない人も多いんだから。)

 

「まぁ想定通りと言ったところか。設置台数の増加も計画通りに。」

 

「心得ております。……影の悪魔(シャドウ・デーモン)やパンドラズ・アクターとナーベラル・ガンマの調査で、ある程度下等種共がどのような娯楽を望んでいるか絞り込めて参りました。至高の41人たる御方々の叡智を賜るなど、下等種共には過ぎた知識と考えておりましたが、やはり我々階層守護者やナザリックの知者だけでは、これ程円滑に大衆の心を掴むことは叶わなかったでしょう。アインズ様より偉大なる御方々の叡智、その一端を授かったことには、感謝に言葉も御座いません。」

 

(いや、図書館や宝物殿から適当な本や資料を持ってきただけなんだけれどなぁ。まぁタブラさんの各国の神話を童話に変えたオリジナル小説とか、たっち・みーさんの『三幕構成から考察する特撮番組と〝ヒーロー像〟の歴史的推移』みたいな趣味で書いた論文まであったけれどさ。)

 

「気にするな。何度も言うように、これはこの世界で初の試み。アインズ・ウール・ゴウンの名を冠している以上、例え娯楽であろうと民の興が冷めてはならぬと判断したまでだ。何より、放送内容はアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターへ一任しているのだ。お前達の手柄である、わたしも誇らしい。」

 

「……おお!何と勿体なきお言葉!力なき我々に道標となる光をもたらして下さるだけでなく、こうして労いのお言葉まで。我々一同、アインズ様の御慈悲に甘えることなく、今後一層益々の努力をして参ります。計画の第一段階前半は終了と言って良いでしょう。今までは御方々より賜った叡智を、不敬にも稚拙で無知蒙昧な我々で改悪し放送しておりましたが、〝放送者〟の育成を兼ねてナザリックの面々で放送内容を考察・吟味し、放送内容を少しずつ変化させて参ります。」

 

「あ、ああ。期待しているぞ。」

 

(え!?誰がどんな放送するの?いや、口出ししても不味いか。只でさえ〝俺を讃える番組禁止〟って縛りを渋々受け入れて貰ってるんだから。……あとで聴いてみようか。俺が聴くってなれば変に気を遣うだろうから、あえて書類に目を通すだけにしていたけれど、姿を消して視察するかな。)

 

 

 

(よし、完全不可知化に魔力探知・熱探知・音量探知。全部完璧だ。メイド達には私室で思考に耽りたいからひとりにしてくれと言っているし、扉にはロックも掛けた。……デミウルゴスの話では、新番組が今日の23時からだったよな。それにしても、深夜なのに凄い人だかりだ、ゴールデンタイムはどれだけ混んでるんだ?巨人族まで聴きに来ていて、もう公園で収まり切れてないぞ?)

 

「………♪  アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオが、23時をお知らせします。本日より、魔導国国民の皆様から多くの要望がございました新番組を開始致します。放送中、具合が悪くなったり、怪我をされた方はお近くの警邏隊デス・ナイトまでお声がけください。また、周りの方や近隣住民の方のご迷惑になる行為はおやめくださいますようお願いいたします。場合によっては退場していただく事が御座います。」

 

(この声はユリ・アルファか。確かに凜としていて、場内アナウンスには適切だ。うん、ガヤガヤも治まったな。何だか〝皆さんが静かになるまで○○分掛かりました〟っていう教師みたいだ。)

 

 

 

「皆さん、こんばんは。ナーベ――が――の、相談室の時間。メインパアソナリテエのナーベ。です。」

 

(何故そのチョイス!?深夜の相談室ラジオは定番だけれど、人選おかしいだろ!?しかもめっちゃカンペ読んでるの丸出しじゃん!)

 

「皆さんこんばんは。アシスタントを務めさせて頂く、ユリ・アルファと申します。」

 

(あ、良かった。希望が……。でも凄いなナーベの時に皆が湧くのは想定通りとして、ユリの時も結構湧いている。ユリは孤児院や学園での仕事もしているんだもんな、ナーベの人気には届かないけれど、ユリも街に馴染んできているか。)

 

「この番組は、アブ共……国民皆様から寄せられたお悩みを、この漆黒の英雄モモンさ――んの相方であるわたしがビシバシお答えしていく番組です。」

 

(そこはユリに読ませろ!危なっかしくて聴いてられねぇ!アブ共って言ったぞ!?)

 

「ではナーベさん、最初のご相談です。〝わたしは魔導国に来てまだ半年ほどの亜人です。やはり人間が多く、やったことのない仕事に悩んでいます。色んな種族とのコミュニケーションも上手くとれずにいる中、どのようにすればいいでしょうか?〟」

 

 

(そうだよな、人間が亜人を怖がるように、亜人も人間は怖いのか。)

 

 

「ではお答えします、お仕事でも他者との関係でも、ひとつひとつを一生懸命やっていれば、必ず誰かが見てくれています。もし不安が残るのでしたら、上手くやっている同族でも尊敬出来る他種族でも、その方を参考にして一歩ずつ進めば、必ずあなたもアインズ様のお役に立てる日が来るでしょう。錬成は模倣から始まるとも申します。最初から上手く出来る者なんて41人程しかおりません。今日出来る事を一生懸命に、それが明日に繋がるのです。」

 

 

 

「――――ということです。解りましたか?国民の皆様ども。」

 

(あ、うん。完全にユリのお悩み相談室だ……。)

 

 

 ……………。

 

 

「……新番組、ナーベの相談室もお別れのお時間となりました。街でモモン様・ナーベ様へ、ご相談がある方はお気軽にお申し付け下さい。当番組は全てのお悩みを匿名で受け付けております。それでは皆様良い夢を。」

 

「では。」

 

(……ほとんどナーベラル話してなかったぞ。まぁネームバリューがあるから良いのか。それにそこそこ盛り上がっているみたいだし、結果オーライだな。)

 

 

「………♪  アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオが、23時30分をお知らせします。」

 

(え?まだ続くの?)

 

紳士淑女の皆様(マイネ・ダーメン・ウント・ヘルレン)!新番組THE☆Talk Showのお時間です。眠れないッ夜に、甘く蕩けるトークと音楽をお届けする――」

 

(やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!)

 

 アインズの苦悶とは裏腹に、謎のDJ(自称)がお送りする軽快なトークは結構な盛り上がりを見せるのだが、アインズはしばらく本気で寝室から出てこられなくなった。

 

 

 



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【後日談】ナザリックラジオ計画 ③

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・いっそ〝ナザリックラジオ〟で章管理しようか迷ってます。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「f8エルダーリッチ。」

 

「あー!俺のデスナイトが!ならd6ログハウス!」

 

「e5スケルトン。」

 

「……e3ジェネラル。」

 

「d3ガーディアン、チェック。もう、逆転の目は無いな。俺の勝ちだ。」

 

「ああ……!いやはや、モモン様の前でお恥ずかしい姿を。」

 

「いえ、見ていて楽しい勝負でしたよ。緊張させた様ならば申し訳無い。」

 

(ってチェスなんて定石すら知らないよ!動かし方は辛うじて知ってるけれど。)

 

 アインズは久々に〝漆黒の英雄モモン〟として魔導国首都エ・ランテルをナーベと共に歩いていた。本来の姿で街を歩けば民が一斉に平伏しだすので、全く視察にならない。

 

「何だかチェスっぽいものが流行っているな。」

 

「はい、恥ずかしながらわたくしも全容をお伝えすることは叶いませんが、らじおを用いた〝ぷろぱがんだ実験〟の一環として、人気の冒険譚番組にて、この盤上遊技を題材としたところ、愚民共へ爆発的に広まったとのことです。」

 

「なるほど。まぁ我が国の経済が活発になることは喜ばしい。」

 

 他にも特撮ヒーローっぽい格好やグッズを身に付けた子ども達がチャンバラに興じていたり、入った肉料理屋で-もちろんアインズは飲み食い出来ないが-フランベの演出があったりと、街の様子は良い意味で大きく変わっていた。改めて【ラジオ】が及ぼす影響にアインズは驚く。

 

 ラジオの設置台数もかなり増えており、公園などで細々やっていたものが、今では都心のど真ん中に一定区画配置されている。

 

「………♪  アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオが、18時00分をお知らせするっす。皆さんアインズ様のためにお仕事お疲れっす!周りや近所に迷惑かける馬鹿は容赦無くつまみ出すっす。大人しく聞いているっすよ!」

 

 【休日・夕方専用放送台】と書かれたラジオ装置の周囲には、相変わらず多くの聴衆が群がっている。酒や珈琲、軽食の売り子が忙しそうに歩いて回っている位だ。商人というのはどの世界でも逞しい。

 

 

「みなさんこんばんわ~~!メインパーソナリティーのボルジェでーす!」

 

「えっと……あの、僕は……ブランケ?です。皆さん、アインズ様のために、お、お仕事お疲れ様でした。」

 

 

(アウラとマーレの放送!?どう考えても深夜枠だろ!)

 

 アインズの脳裏にピンク色の見た目に似合わぬ可愛らしい声をしたスライムが浮かぶ。年齢的には-闇妖精(ダークエルフ)基準-アサイチや夕方枠でも良さそうだが、子ども向けの放送を2人が出来ると思えない。むしろ深夜のイロモノ枠だ。

 

「ほらマー……じゃなかった、ブランケ!!次はあなたの台詞!」

 

「ええ、やっぱり僕には無理だよぉ、お姉ぇちゃん。」

 

(ああ……もう聴衆の反応が完全に〝初めてのおつかい〟を見る大人達だ。)

 

「もう、貸して。この番組は、わたしたちがトレンドのファッションについて語る番組です。えええ!もっと熱い番組がよかったなぁ~。」

 

「で、でもお姉ちゃん!僕、図書館でいっぱい司書さんに聞いて!いっぱいご本読んで勉強したよ!〝おとこのこ〟が女の人の格好するのは、あの……上手く説明できないけれど、凄い歴史があるんだよ!」

 

(だから毎回人選ミスをなんとかしろ!このキャスティングしたの誰だ!?)

 

 しかし、とアインズは考える。基本ナザリックのNPC達は〝共生〟の概念が欠如しており、今のところ安心して現地へ出せるのは、友人まで作ったシズ、孤児院・学園の運営をしているペストーニャとユリくらいだ。ルプスレギナにはカルネ村を任せているが、〝共生〟かと問われれば疑問符が付く。これはこれで、良い練習になるのではないだろうか。……放送側がそこまで考えているか解らないが。

 

「本当!?流石はぶくぶ……あ、不敬サイン出ちゃった。流石は至高なる御方々のお一人!」

 

「うん、僕いーっぱいメモしてきた。」

 

「なになに……。古来より、女児よりも死亡率が高かった男児は、願掛けの意を込めて、世界各国で跡取りとなる男児へ女児の服装をさせる風習が見られた。また神話の中でも女装・男装の場面は枚挙に暇が無く、〝やまとたけるのみこと〟が美少女に化け、敵を魅了して暗殺したのは有名な話である。……え!?女装って<魅了(チャーム)>の効果があるの!?」

 

(違う違う違う違う!!聞いているみんなも納得するな!街が倒錯者だらけになる!)

 

「うん!やっぱり僕たちの性別を間違えてじゃなくて、深いお考えがあったんだよ。だから国民の皆様も、男の子には女の子の格好を……」

 

(茶釜ァ!)

 

 

 

 …………。

 

 

 

「ということで、次は何時になるか解らないけれどまったね~~♪」

 

「あ、ありがとうございました。」

 

(……結局トレンドのファッションじゃなくて、女装と男装の歴史談義じゃん。)

 

 

「………♪  …………こちらはAOGR.AOGR、アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオ。18時30分。ご傾聴。」

 

「~~♪」

 

(ヴァイオリン?えらく上手いな。誰が奏者だろう。)

 

「アインズ様の寵愛を賜りし臣民の皆様初めまして、我が輩、訳有って名は名乗れませんが、魔導王陛下より領地と爵位を賜りし者。この放送は、我が輩の眷属たちと共に、上質な演奏会と歓談をじっくり堪能して頂く本格クラシック番組を予定しております。」

 

(今すぐ止めろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!)

 

 アインズの懸念とは裏腹に、甘い声質とインテリジェンスに溢れたトーク、選曲のセンスは素晴らしく、聴衆は未知の放送者に陶酔していたのだが、マイクの先に誰が居るか想像がついているアインズとナーベラルは、気分をどんよりとさせていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 チン と グラスを重ねる音が響く。

 

 ここはナザリック地下大墳墓9階層にあるショットBAR。デミウルゴスとコキュートスはここの常連であり、時折こうして酒を呑み交わす仲だ。

 

「浮かない顔だねコキュートス。」

 

「ウム。少シ……ナ。」

 

「愚痴をこぼさない君の高潔さは美徳だが、わたし達の仲だ。それにここは酒場。多少の愚痴ならば、アインズ様も御赦し下さるだろう。」

 

「ソウカ……。イヤ、未ダ〝ラジオ〟ノ配置ガ許サレヌ我ガ身ガ情ケナク。」

 

「リザードマンの集落か……。あそこは、エ・ランテルやバハルス帝国と文明レベルや価値観に差異がありすぎる、リザードマン専用の放送ができるならば配置も吝かではないが、急いで配置するメリットも無い。」

 

「アインズ様ヨリ、統治トイウ誉レヲ賜ッタ身デアリナガラ、上手クイカナイモノデナ。」

 

「安心するといい、アインズ様から賜る課題というのは、我々を更に成長させる。流石は至高の御方々のまとめ役であられた方だ。わたしも悩みは尽きないよ。」

 

「デミウルゴスノ知謀ヲ以ッテシテモ……カ。」

 

「アインズ様の智謀はわたしの及ぶところではない。正しく神域だ。わたしも今回【魔導国情報先進国化及び、プロパガンダ構想】を任された一員であるが、改めてアインズ様の深淵なるお考えとお力に畏敬の念を強めるばかり。」

 

「ソウカ……。」

 

「もし良ければコキュートス。次の放送者になってみるかい?」

 

「ワタシニ弁ガ立ツトハ思エヌ……。嬉シイ誘イダガ止メテオコウ。」

 

「……アインズ様にお世継ぎが生まれたとして、御伽噺を語る爺の練習だと思えばどうだろう。」

 

「ヌ!?」

 

「ご子息様かご子女様かは解らないが、きっと喜ばれるかもしれないねぇ。」

 

「苦手デアルカラト逃テハ武人ノ恥!是非御伽衆ノ役目、引キ受ケヨウ!」

 

「そうこなくては。」

 

 デミウルゴスはやる気に満ちおつまみの野菜を囓るコキュートスを見て、静かにグラスを傾けた。



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【番外編】盤上の夢 サイド:ナザリック

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・お蔵入りにしようか迷った物語です。

・筆者のチェスのレーディングは結構残念です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 パンドラズ・アクターは、対面に座り眼鏡を指で整え微笑するデミウルゴスを前に、ワナワナと震えていた。盤上では白の魔司祭(エルダーリッチ)が黒の将軍(ジェネラル)守護者(ガーディアン)両方を睨み付けている。

 

Scheiße(なんということだ)降伏(リィザイン)です!!まさか序盤のEXC4+(エルダーリッチテイクスシーフォーチェック)が最終局面でわたくしの守護者(ガーディアン)を取る布石だったとは!」

 

 オーバーリアクションで頭を抱え仰け反りながら、パンドラズ・アクターは絶叫する。そして顔に手を当て、慈しむように、自軍の将軍(ジェネラル)を自分の指でゆっくりと倒した。

 

Niederlage ist notwendig für den Sieg.(勝利のためには敗北も必要なのですよ)。……だったかな?これでわたしの7勝34分け5敗だね。白星を重ねられて安堵しているよ。」

 

「Oh!わたくしの決め台詞まで奪っていくとは!この男、正に悪魔!このパンドラズ・アクター二重の苦しみ!」

 

「いやいや、今のところこの盤上遊技でわたしが黒星を喫した相手は、アルベドとパンドラズ・アクターくらいだ。君の言うように勝利した盤上よりも、敗北した盤上から学ぶことが多いように思える。アルベドが定石を網羅し堅実な論理に基づいた守備重視の打ち手だとすれば、君は千変万化の読めない打ち筋だ。至高の御方々にそうあれと作られた性格が出るようで面白いよ。」

 

「それをいうのでしたらデミウルゴス殿、あなたは1つの駒・1つの打ち筋に複数の役割を持たせ、相手の心と精神を打ち砕く。おお!正にウルベルト様がそうあれと、創造されたる悪魔の権化!」

 

「流石は御方々の住まう世界に存在した叡智の盤上遊技。君が下等生物たちに広めると言い出した時は正気を疑ったものだが、今考えて見ればこれほどの適材もなかった。駒の動かし方なら子どもでも理解出来るが、盤上で行われるのは、単なる計算ではない。芸術であり、論理であり、巧みな心理戦。何処か哲学的でもある。」

 

「そう!個人の叡智と叡智がぶつかり合い、互いの戦闘団(カンプグルッペ)が一手一手と重ねられる棋譜は正しく芸術!!」

 

「いずれアインズ様とお手合わせ出来れば、これ程の幸福はないだろうが、アインズ様はこの様な児戯など嗜まれないだろう。もっとも我々では相手にもならないだろうがね。」

 

「ええ、アインズ様でしたら盤上というキャンバスに、どれほどの芸術を造り出されるか!いえ、世界の全てをキャンバスとするアインズ様です!このような小さな盤上では余りにも不敬というもの!」

 

 ……アインズがナザリック内でのチェスブームに、どうやって対戦を断ろうか頭を抱えて苦悩していることなど、二人は知らない事である。

 

 

 ●

 

 

 ナザリック地下大墳墓ショットBAR。シャルティアはグラスを重ね、キノコ頭を持つ紳士的なバーテンダーである副料理長とカウンター越しに盤を囲んでいた。

 

「……<蘇生(リザレクション)>でありんす。」

 

「恐れながらシャルティア様。チェスで位階魔法は使えません。」

 

「んじゃぁ!さっきのわらわのガーディアンは、スケルトン如き返り討ちにしたでありんす!!」

 

「残念ですが倒されました。序でにわたくしのスケルトンは、最終列に達したのでガーディアンに成っております。」

 

「あ~~~~!!もう勝ち目がないじゃありんせんか!」

 

「はい、後一手でチェックメイトですね。」

 

 シャルティアは一気に酒を煽ってカウンターに突っ伏した。

 

「あのゴリラ女どころか、アウラやマーレにも勝てないでありんす……。」

 

「まぁ階層守護者の皆様がお強すぎるのですよ。」

 

「わらわに勝っておいてその言い草はイヤミでありんす!!」

 

「……シャルティア様が全力でこいと仰るので。」

 

「ああ!!」

 

「ま、まぁ、お酒も入っておりましたし、シャルティア様も全力を出せなかったのでしょう。」

 

「ううう……。至高の御方々の盤上遊技……。は!そういえば同じ盤上遊技ならば、ペロロンチーノ様が残された〝だついまーじゃん〟が得意でありんす!」

 

「頼みますので、絶対BARに持ってこないで下さいね。」

 

「ああん!」

 

(本当、出入り禁止にしようかなこの人……。)

 

 副料理長は表情が表に出ない自分の身体に感謝しつつ、グラスを磨いていた。



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【後日談】ナザリックラジオ計画 ④ など

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。



 アインズはメイドに見守られる中、相変わらず何が書いてあるかサッパリ解らない書類に目を通す振りをして押印をしていく。あまり早すぎても不自然だし、遅すぎれば書類は溜まっていく一方だ。他の仕事もあるので、時間を見つけ行わなければ大変なことになる。

 

(営業マン時代は稟議書に役員の印鑑貰うため何回もトライさせられてイライラしてたけれど、偉い人も忙しかったんだなぁ……。いやあの糞専務は接待の名で遊んで回ってたっけ。うん、そんな上司にはならないようにしよう。)

 

「……18時か。」

 

(確か執務室に入ったのが朝の4時頃だったから……もう半日以上も判子押し作業してるのか。)

 

 今のアインズに肉体的な疲労は感じないが、鈴木悟の残滓が精神的な疲れを訴えてくる。それに最近は興味を惹かれる事柄も出来た。

 

「ふむ……。この案とこの案は興味深い。複合も出来るかもしれないな。長考させてもらおう。」

 

 アインズは複数の書類を手に取り適当な事を言って頭に指を当て……<伝達(メッセージ)>の周波数を〝ラジオ〟に合わせ、机の下でマジック・アイテムを起動させる。やはり自分が聞いているとなると、周りの反応が大きすぎた。以前モモンの格好でラジオを聞きに行った際、前回放送を聴いたアウラとマーレ、恐怖公が驚愕しており。感想を求められ対応に苦慮するはめとなった。

 

(これでよし。感知不能の情報系魔法も使っているから、俺が聞いているってバレないだろう。)

 

 なんで自分の名を冠したラジオを、他国のスパイみたいに聴かないといけないのか……。アインズは一瞬浮かんだ不満を胸に仕舞い込んだ。

 

『――――♪ アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオですぅ。18時をお知らせしますねぇ。お隣さんやご近所のひとに迷惑かけたらダメぇ!ご傾聴をお願いしますぅ。』

 

 

『皆様、コンバンハ。此度ノ御伽衆ヲ任サレタ、コキュートスダ。今日モ昔話ヲ語ッテイク』

 

(あ、ラジオネームじゃない。まぁコキュートスにはリザードマンの集落を任せているし、姿や名前を隠す必要もないか。)

 

『5回目デアルガ、多クノ反響ヲ感謝スル。〝正ニ涙モ凍ル戦慄〟〝現実トハ斯クモ恐ロシイ〟……マダマダ稚拙ナ語リ手デアルガ、感謝スル。』

 

(昔話の感想としておかしい……。え?桃太郎と白雪姫かそんなのじゃないの?)

 

『デハ前回ノ続キ御伽噺【雪ノ彷徨】ヨリ。前回ノ粗筋ダガ、遭難三日目、部隊デハ遂ニ発狂者ガ出始メル「筏ヲ作ッテ川下リヲシテ帰ルゾ」ト叫ビ、樹ニ向カッテ剣ヲ突キ付ケル者。氷結シタ川ニ飛ビ込ム者。矛盾脱衣ヲ始メル者。ソノ光景ハ正シク地獄絵図デアッタ。』

 

(昔話の選択がおかしいだろ!確かに昔の話だけれど、御伽噺ではねぇよ!)

 

 コキュートスの無機質な読み上げる声が、逆に想像力を引き立て、中々恐ろしい物語に仕上がっている。

 

「………ソシテ救助部隊ガ見ツケタノハ、36人ノ凍死体デアッタ。一人ハ勇マシクモ直立不動ノママ絶命シテオリ、最期ノ時マデ武人デアロウトシタ高潔ナ魂ニ感涙シタ。……サテ惜シクモ時間デアル。次回デコノ御伽噺ハ終ワル。次ハ【餓エ殺シノ城】ヲ予定シテイルノデ、時間ガ余レバ導入マデハ話ヲシタイ。……ゴ静聴感謝スル。」

 

(民たちから悲鳴上がってたんじゃないか? もう昔話というか、本当にあった怖い現実の事件だよ……。)

 

『――――♪ …………こちらはAOGR.AOGR、アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオ。18時30分。ご傾聴。』

 

 

「皆様こんばんは、メイド悪魔ユリ・アルファがお届けする御伽噺の世界へようこそ。子ども向けと一風変わった少し不思議な大人の童話をご提供出来ればと思います。」

 

(いや、さっき十分大人の御伽噺をしていた後だけれど……。でもまぁユリの選択なら癒しには丁度いいかな。)

 

「では一編目は、【○ッキーの陽気な囚人】。この物語は……」

 

(アウトオオオオオオオ!!)

 

 次元の壁を越えて陽気な鼠の眷属たちが、著作権の異議申し立てに来るとは思わないが、魔導国内で流行るのは流石に不味い。何でかはアインズも解らないが不味い。

 

(あとでパンドラズ・アクターに、この物語は禁止だと秘密で伝えておこう。あいつなら他言無用も出来るだろう。……はぁ、てか誰が持ってきた資料にこんな話があったんだ?)

 

 一般メイドは複数の書類を前に驚愕したり、深く悩み込んだりと、智謀の王であらせられるアインズ様をそこまで苦悩させる案件とは何なのか……息を呑んでアインズ様の邪魔にならないよう勤めを果たしていた。

 

 

 

 ●

 

 

 本格的な魔導国からの〝ラジオ〟配置が行われた、バハルス帝国帝都。その影響力は絶大なもので、まず大きなものとして臣民の暮らし……日が沈めば眠るのが当然であった生活習慣だが、〝ラジオ〟は深夜の0時まで放送されており、合わせて民の生活習慣に変動が生じた。商業的に見ても効果は絶大で、ラジオ放送で流れた子ども向けの遊具・冒険譚に出てくる英雄の拵えのされた木刀・物語に登場した盤上遊技が爆発的に売れるほど。その影響は多岐に亘り枚挙に暇が無い。

 

(娯楽だけでも、我が国と魔導国では、ここまで開きがあるか……。)

 

 バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、深夜の執務室で一人思考に耽っていた。魔導国の与える情報は現在娯楽・天気予報程度に留まっている。その中でも見えてくるものは多い。

 

(まず娯楽として提供される物語……そのベースとなる神話の多さだ。神話とは国の成り立ち、国家の歴史そのものと言える。あのアンデッドは想像も付かない悠久の時を生きてきたのか?幾つの国を滅ぼし、幾多の国を見てきたというのだろうか。ならば様々な文化・文明が複合し、かつこの世界に馴染む様アレンジまでされた放送の内容にも納得がいく。)

 

 ジルクニフは手元にある資料を見つめる。10日に30分というバハルス帝国専用の放送枠を獲得し、放送装置の設置もされた。本格的に情報省へ力を入れ、試行錯誤をしている。最初は身内贔屓で聞いて貰えているというのが正直な印象だった。

 

 最初は詩人(バード)の歌やバハルス帝国でも人気の劇などを放送してみたが、熱狂には程遠い。作り話ではまるで相手にもならない。ならばと、ジルクニフは方向を転換させた。

 

 身内贔屓で聞いて貰っているならば、バハルス帝国内の出来事と人物を虚飾を交えず、現実にリンクした物語を造り上げればいい。事実とは時に空想を凌駕するものだ。

 

(剣奴に堕ちた罪人が、同じ奴隷の恋人のため、両者の解放を願い闘う物語は中々好評だ。)

 

 帝国中の噂という噂を収集し、放送内容としたものだったが、予想以上の好評を博し、今では彼の闘技場での戦いは、元武王ゴ・ギン以上の盛り上がりを見せる。賭け金の一部が対戦者の収入にもなるということで、彼の勝利に目が飛び出る額が賭けられた程だ。……現在闘技場には、彼を殺害する行為は厳禁と秘密裏に皇帝勅令を出している。

 

(だが大衆は熱しやすく冷めやすい。しばらくはこいつで時間を稼げるだろうが、新たな駒……なるべく長続きする【放送者】をこちらも作製しなくてはな。)

 

 現在の放送人気は持って半年だろう。適度なスリルとサクセスストーリー、ハッピーエンドを大衆が望んでいる以上、現在の放送は現実でもその流れになるように工作する必要がある。新たな歌劇の題材にはなるかもしれないが、それ以上人気は続かないだろう。

 

 ジルクニフの次なる目標は【放送者】という新たな可能性の確保……、権力を用いぬ大衆煽動の駒だ。群衆が無知蒙昧な事は為政者にとって都合が良い。煽動で操縦が可能ならば尚最高だ。魔導国は既に幾つも準備している駒だ。

 

 為政者にとって群衆心理を刺激する駒とはあまりにも魅力的である。子供じみた理由であるが、今更大して役に立たないと解っていても、ジルクニフだってひとつくらい持っておきたい。

 

(それにしても現実に起きている現象を物語とする……か。ふ、わたしと魔導王の物語を流せばどうなるかな。)

 

 そんな下らない考えが過ぎり自分でも苦笑してしまう。鮮血帝とまで謳われた自分が、今更悲劇の皇帝として青史に列するつもりはない。偉大なるバハルス帝国をアンデッドの属国とした無能で十分だ。

 

(無能は無能らしく、適当に怠惰でいるべきなのだろうが……。無能と愚者は異なる。あのアンデッドにとって、無害な無能と判断される敷居は余りに高い。後継者か……いよいよわたしも正妃を取らねばな。いっそエルフを側室にし、優秀な子を成せば正妃にしてみようか?)

 

 エルフの奴隷売買も所持も禁止したが、未だ偏見と禍根は残っている。無理矢理娶っては更なる軋轢を生むだろうが、物語の構成次第では融和を後押し出来るだろう。エルフとの間ならばジルクニフと子も成せる。

 

(ハーフエルフの次期皇帝か、存外悪くないかもな。)

 

 今や国家間の権謀術策とは無縁の帝国だ。常識から解放され思考を巡らせる事を何処か楽しんでいる自分に少し驚きを覚えるが、ジルクニフは再び思考の海へ沈んでいった。

 



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【番外編】ナザリックラジオ計画 舞台裏

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ナザリック9階層、【放送室】。深夜0時の終了放送も終わり、あとは総括の時間だ。

 

 総括会議に参加するのは、【魔導国情報先進国化及び、プロパガンダ構想】の使命をアインズより賜ったデミウルゴス、パンドラズ・アクター、本日の放送者・時報担当であったアウラとマーレ、ユリ・アルファ、シズ・デルタ、ナーベラル・ガンマ。吟遊詩人(バード)の唄や物語の読み手として参加していた、低位のドッペルゲンガー達には帰って貰っている。アルベドも委員の一人だが、エ・ランテルで執務をしているため、本日は参加していない。

 

「ふむ……。影の悪魔(シャドウ・デーモン)からの報告では、前回の休日放送より全体聴取率が0.6ポイント、バハルス帝国では2.8ポイント上昇している。懸念されていたバハルス帝国帝都での、<伝達(メッセージ)>の信用度だが、問題無く受け入れられているようだ。」

 

「やはりアインズ様のお力を知っていると話が早い!さて、内容ですが、子ども向け冒険譚をマジックマンから、亜人を混ぜた5人戦隊にしたのは挑戦的でしたが、上手くいっているようで良かったです。セバス殿からも興味深い意見を頂けました!」

 

「……悪の組織を悪魔にするという案は却下させて貰ったがね。そしてユリ・アルファ、君の放送は実に明瞭で解りやすく、既に人気の的でもある。今後宣伝戦術(プロパガンダ)を本格的に始動する場合、アインズ様……引いてはナザリックへ大いなる貢献が出来るだろう。」

 

「お褒めに与り光栄に御座います。デミウルゴス様。これもデミウルゴス様やパンドラズ・アクター様が偉大なる脚本を描いて下さるお陰で御座います。」

 

「シズさんの【メイド悪魔と学ぶ軍事百科】も中々好評でしたよ!冒険者や戦士・騎士の大行列!特にバハルス帝国では皇帝まで公園へ赴き聞いていたようです。」

 

「…………よかったです。」

 

「ねーねー!わたしたちはー!?何だか6階層のメイド達と会話なんて変な内容だったし!」

 

「そ、その。僕とお姉ちゃんがメイドさん達と喋るだけでしたけれど……。」

 

「ああ、今回はアウラとマーレが〝闇妖精(ダークエルフ)〟……森妖精(エルフ)族である事を全面に押し出して、テストをしてみた。第六階層に居る盗人が連れて来た奴隷エルフ達は、弁が立つとは思えないのでね。元奴隷であったバハルス帝国のエルフ達から好評のようだ、これを機に公民権運動が活発化すれば、バハルス帝国に燻らせる火種と出来る。飴を与えるのもいいが、不満を絶やす訳にはいかないからね。あの中途半端に賢い皇帝には、後で良く効く胃薬でも差し入れてあげよう。」

 

「ふーん、何かよくわかんないけれど、次はもっと面白い放送がしたーい。」

 

「これは遊びでは……まぁ、考えておくよ。さて、ナーベラル・ガンマ。」

 

「はい、デミウルゴス様。」

 

「君が魔法職に特化したドッペルゲンガーであることは重々承知しているが……。演技力はどうにかならないものかね? 流石にパンドラズ・アクター……いや、ソリュシャン程の水準までは求めないが、下等種を見下さないよう演技するのも能力だ。」

 

「申し訳ございません。デミウルゴス様!」

 

「まぁまぁ、デミウルゴス殿!ナーベラル・ガンマは、街で愛を囁かれても、殺意を抑えられる程度には成長致しました。それに【美姫ナーベ】の傲岸不遜ぶりは人気の一つです。ラジオにおいて〝ナーベ〟を演じている以上、問題は無いでしょう。事実悩みを一刀両断するような【ナーベの相談室】は一定の層に人気があります。」

 

「ふむ……、下等種の思考というのは理解出来ないものだね。それにしてもモモンとナーベはエ・ランテル支配における緩衝材という立ち位置だったが、〝ラジオ〟の煽動によって効率性が増している。流石はアインズ様がお考えになっただけあり、素晴らしい成果だ。」

 

「ええ!お陰でわたくしも宝物殿で至高なるマジック・アイテムに触れられ、こうして脚本・監修・演者を楽しめる機会が増えました!」

 

「ではアルベドと相談した上で、計画の第二段階へ正式に移行しましょう。信用は十分に勝ち取ったといえるだろう。」

 

「第二段階……ですか?」

 

「ああ、ナザリックがこの世界で国を持ち、世界征服へ乗り出した以上、最終目標はもちろんこの世界の全てをアインズ様の御許へ捧げること。その宝石箱はアインズ様が愛でるに足るものでなくてはならない。下等種共の心の内まで全てを掌握しないとね。」

 

「デミウルゴス殿がそういうと思いまして、わたくしも幾つか脚本をご用意しております。」

 

「流石はパンドラズ・アクター、仕事が早い。」

 

「なになに……。ん~?メイド悪魔と執事(バトラー)セバスが教える大人の嗜み?」

 

「服装や身だしなみに……毎日の入浴に……入浴剤の選び方……歯磨き粉のオススメ……。えっと、こ、これって普通のことじゃ?」

 

「そう、我々の放送によって異なっていた常識を〝普通〟と思わせる事が目的だ。汗臭い身体では皆から嫌われる、臭い息をしていては異性が寄ってこない。これは疎外感という〝恐怖〟だ。第二段階では〝扇動者という駒〟の有用性、そして〝恐怖を利用した統治〟の簡単な実験を行う。下等種をよりアインズ様に捧げるに相応しい存在へ磨いてあげようという、我々からの慈悲もあるがね。」

 

「娯楽という甘く蕩ける蜜に、恐怖というスパイスを混ぜるのですよ!〝ラジオ〟に従っていれば……引いてはアインズ様の庇護下に居れば絶対の幸福が待っていることを証明させるのです!やがてはアインズ様が黒と言うものは、白いものでも本当の意味で黒く染まる事となるでしょう!」

 

「知っての通りナザリックは……いえ、アインズ様はあえて平和的な支配をお望みになられた。そのため、アインズ様はこの世界を滅ぼすだけの力を持ちながらも、不本意な事に、この世界の常識に従い行動をされていた。しかし、国を持ち〝武力〟〝知識〟〝情報〟の三役が集まり煽動の手段を得た今、ナザリックがこの世界の常識を塗り替える側に立つ転機が訪れたのだよ。」

 

「「「おおーーー!!」」」

 

「アインズ様はこの計画をどの段階で立案されていたのか……。ネイア・バラハを造り上げた時からか、はたまたゲヘナの時……いや、最初から手の内であったかもしれない。本当に底知れぬ御方だ。」

 

「それは勿論、わたくしの創造主で御座いますから!」

 

「たまにだが……本心から君を羨ましく思う事があるよ、パンドラズ・アクター……。」

 

 デミウルゴスは自らの創造主、今や仕える事が叶わぬウルベルト・アレイン・オードルの御姿を思い、静かに鼻を鳴らした。それは放送室で会議をしている全員も同じであった。



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【後日談】ナザリックラジオ計画 ⑤

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ナザリック第9階層、放送室。現在セバスとツアレによる【執事(バトラー)が教える、大人の嗜み】が放送されている。その横にある控え室で、シャルティアから台本を渡されたパンドラズ・アクターが難しい顔をしていた。

 

「ええっと……〝悪の女幹部、ヒーローに捕らえられ強制××の悲劇〟〝サキュバスの謀略~××される少年勇者~〟〝ケモ耳少女と女冒険者の××道中記〟〝生意気な女冒険者を××調教〟……その他諸々。ですか。」

 

「どうでありんす?前回持ってきた時はレベルが高すぎてラジオで放送出来ないと言われんしたので、愚民共に合わせ、かなり……それはもうかなりレベルを下げたでありんす。」

 

 ふん!偽りの胸を張るシャルティアに対し、パンドラは困ったように頭を掻く。

 

「……ボツですね。」

 

「何故でありんす!?階層守護者で〝らじお〟放送していないの、ほとんど妾だけではありんせんか!?」

 

「いえ、デミウルゴス殿は一回支配の呪言実験で立っただけですし、ヴィクティム殿もガルガンチュア殿も立っていないですよ?」

 

「デミウルゴスは自ら立たないだけでありんす!それにヴィクティムとガルガンチュアは色んな意味で放送者になれないだけではありんせんか!アウラやマーレ、コキュートスまで定期的に放送者になっているのに、ズルイでありんす!それにこの台本はペロロンチーノ様が残された聖典から着想を得た、自信作でありんす!!」

 

「そうですねぇ……。ペロロンチーノ様の残された知識というのは、余りにも高度でして、まだ実験段階にあるラジオでは時期尚早なのですよ。やがて計画が進行し、一家に一台となり、番組を選べるようになればそのお力を借りる日がくるでしょう。」

 

「なるほど!流石はペロロンチーノ様!!やはり愚民共には、まだ過ぎた知識だったということでありんすね!」

 

「流石にこの内容は放送出来ないですが……。」

 

(アインズ様も話されておりましたねぇ。技術の発展は一に戦争、次が官能と医療だったでしょうか?)

 

「少し官能的な放送に挑戦するのも良いかもしれませんね。その時はシャルティア嬢にもご協力頂きたいかと。」

 

「本当でありんすか!?遂に愚民共がわらわの可憐な声に平伏する時が来たでありんすね!」

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

「………♪  アインズ・ウール・ゴウン魔導国ラジオが、23時をお知らせします。本日より、新番組を開始致します。放送中、具合が悪くなったり、怪我をされた方はお近くの警邏隊デス・ナイトまでお声がけください。また、周りの方や近隣住民の方のご迷惑になる行為はおやめくださいますようお願いいたします。場合によっては退場していただく事が御座います。……また、今回の放送は18歳未満の方はお聞きできませんのでご了承ください。女性の皆様は途中気分を悪くする恐れも御座います。合わせてご注意をさせて頂きます。……僕は忠告しましたからね?」

 

 

「さぁ愚民ども!わらわの麗しき声が耳朶を打つ幸福に感涙し平伏するでありんす!シャルティ……ああ!解ってるでありんす!カーミラ・ブラムストーカーの!【エロティック・イズ・マイライフ】の時間でありんす!ああ、理解出来ない無能の為に言っておくと、別に単にエロや陵辱プレイを語る番組では無いでありんすえ?如何に肉欲が文明の発展に貢献したかを語る、それはもう、高尚な番組でありんす。」

 

「初めまして、アシスタントの名も無き普通の少女です。」

 

「なんと初回拡大1時間スペシャルでありんす!アシスタントが人間なのが癪でありんすが、話した所かなり見上げた変態なので許すでありんす。」

 

「まぁ失礼ですわ。わたしはただ愛する人に首輪を付けて、一生足下に置いておきたいだけの普通の少女ですもの。」

 

「まさかこの世界に彼の尊き御方の愛した属性が一つ〝やんでれ〟が居るとは思ってもみなかったでありんす。流石はデミ……魔導国の知者2人に並ぶだけのことはありんすね。〝やんでれ〟といえば、思い人に近づく女を排除するのが様式美。何人()ったでありんす?」

 

「何度も言うようにわたしは普通の少女ですわ。そんな野蛮なこと一度もしたことがありません。」

 

「この笑顔!さては、かなり()ってるでありんすね。……さて、では肉欲と暴力の渦巻く世界へご招待でありんす!」

 

「おー!ではカーミラ様、初回なのでお手紙も無いから、わたくしから相談しようと思いますの。まずわたしの愛する彼に、わたしの絵画を描かせる計画を練っているのですよね。もちろんわたくしは裸体となって、あえて芸術作品の作製であることを全面に。……そうすれば彼の純朴で真っ直ぐな瞳は、羞恥に濡れ、背徳との狭間に揺れ動く目付きと震える指先を考えるだけでゾクゾクするんです!この計画はどうでしょう?」

 

「素晴らしいでありんす!やはり魔導国の知者が認める変態でありんす!そのシチュエーション、本来であれば男性が女性を騙すシーンでありんすが、まさか女性から行うとは!宗教画のかなりきわどいポーズなんかが〝てんぷれ〟でありんす!」

 

「ええ、その際どいポーズとやらもお教え願いたいです!」

 

「任せるでありんす、例えば横になりながら透明な硝子瓶で秘部を隠し、ギリギリ見えるようにしつつ……」

 

 

 ●

 

 

「ラナー様がこんな夜中にザナック王子やレエブン侯とお話なんて珍しいなぁ……。」

 

 間もなく日付も変わるという時間、ラナー王女の私室で待機を命じられたクライムは、居ないとは思うが王女の私室に入ってくる賊を警戒しつつ、首を捻った。夜中に自分も交えない密談をするなど、ラナー様らしくはない。とはいえ与えられた命令は絶対だ。日付が変わる頃には戻ると言っていたので、信用して待つことにしよう。

 

 ラナーに扮したパンドラズ・アクターが万が一のアリバイ作りのため城内の至る所を回っているなど、クライムの全く知らない事である。……更には翌日、あらゆる宮廷画家が不可能と言った【ラナー王女の肖像画作製】などという大役を命ぜられることも、散々に拒否したが丸め込まれ、〝少女時代を記念する肖像画作製のため〟裸体となったラナー王女の前で様々な醜態を晒すことも今は全く知らない事……。



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【番外編】困った時のカルネ村

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

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・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「あーあ。平和過ぎて暇っす、村滅びないっすかねぇ……。」

 

 ルプスレギナ・ベータは上空から平穏なカルネ村を視察しつつ、肩を竦めてため息を吐いた。あの何とか王子が村を攻めて来て以来、村への襲撃は無い。とはいえいと尊き御方からは、4人の人間を護る命令を下されている以上、厄介事をこちらから起こすわけにもいかない。流石に二度もアインズ様から失望されれば、アインズ様は他の至高の御方と同じく神域へお姿を隠されるかもしれない。

 

 そうなれば自分の命だけで済むとは思えないし、アインズ様が御慈悲を見せナザリックへ残って下さったとしても、ルプスレギナの命が危ない。

 

 5000の人間達がゴブリン如きに蹂躙される様は、中々見事な滑稽劇だった。あの屈辱と絶望に染まった顔は、殺すのが勿体ないと思ったほどだ。

 

「おお?あれは……」

 

 ルプスレギナは遠方に気配を感じ取り、遠視鏡を目に当てる。そして顔を凶相に歪めた。

 

「魔獣たちの軍勢……。」

 

 久々の玩具遊び、ルプスレギナはアインズ様へ<伝言(メッセージ)>を飛ばそうとするも……

 

『ルプスレギナ。これから報告と、命令を下す。』

 

「アインズ様!?」

 

 

 

 ●

 

 

 

「わざわざ闘技場まで足を運んで下さり光栄に御座います!アインズ様!」

 

 ナザリック第六階層の闘技場に颯爽と登場した少年――のような少女、アウラ・ベラ・フィオーラは溌剌とした声でアインズ・ウール・ゴウンを出迎える。

 

「構わん、以前に話した実験だ。命令通りにゴブリン達を使役しているか?」

 

「はい!餌付けもしておりますし、名前も付けました!何度か戦地に立たせて命令も下しております!」

 

「よし、ではこれを改めて吹いてみよ。」

 

「はーい。」

 

 アウラに渡されたのは、ユグドラシルのアーティファクトアイテム<小鬼(ゴブリン)将軍の角笛>。低位のアイテムであり、アインズほどとなれば文字通り腐るほど持っている。

 

 恭しくアインズから下賜された品を受け取り、アウラが角笛を吹くも、〝ぷー〟っというオモチャの様な音と共に19体の低レベルゴブリンが召喚されただけだった。

 

「ああ……。申し訳御座いませんアインズ様。わたしでは力不足だったようです……。」

 

「何、気にするな。38体のゴブリンの処遇については任せる。この実験については他言無用、勿論マーレにもだ。」

 

「畏まりました!アインズ様!」

 

 アインズは内心の落胆を隠しつつ、支配者然とした様子で命令を下す。

 

魔獣使い(ビーストテイマー)のアウラでもダメか……。指揮官のクラススキルを持つ者でも失敗。何が隠し要素なんだ?というか運営もサービス終了前にタネ明かしくらい、してくれても良かったのに。)

 

 カルネ村に突如として現れた5000のゴブリン軍団。それはユグドラシルのベテランプレイヤーであるアインズを以ってして初めて見る現象であった。ユグドラシルのマジックアイテムである上、一度目は知った通りの効果を発揮した。なので、この世界に転移した影響とは考えにくい。

 

 別に今更5000のゴブリン軍団を召喚したいとは思わないが、ベテランプレイヤー(ユグドラシル廃人)の矜持として、自分でも実現出来なかった未知の効果を発揮させたエンリ(無課金ユーザー)には若干の嫉妬心がある。そのため何度か実験をしてみたが、低レベルのゴブリンが増えるだけで、謎は一向に解決されない。

 

(まず<小鬼(ゴブリン)将軍の角笛>って名前からして、クラススキルに指揮官や将軍(ジェネラル)が必須なのは間違い無い。やはりNPCじゃダメってことか?かといって俺が吹くわけにもいかないし、ハムスケでもダメだったから、人間職限定?それとも状況も解放要素のひとつか?う~ん解らん。)

 

 これ以上低レベルのゴブリンを量産しても仕方がない、謎は謎のまま……悔しいが、この実験はこれで終わりにしよう。

 

「アインズ様、いと尊き御方に足を運んで頂いた中、申し訳御座いません。別件のご報告が御座いまして。失礼ながら、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ構わん。報連相は大事だからな。」

 

「寛大なお心に感謝申し上げます。現在ナザリックが支配しているトブの大森林なのですが、わたしの未熟が致すところで、未だアインズ様に楯突く不敬な輩どもが多くおります。クアゴアを支配下とする時も同じ様な事を言っておりましたが、脆弱な存在にありながら〝支配下に置きたくば力を示せ〟などと妄言を宣っております。こちらで選定し、一定数まで削除致しましょうか?」

 

「うむ……。それが一番簡単ではあるが……。」

 

(力を示せねぇ……、正直ハムスケとトロールとあのナーガが三すくみになっていた位には弱い部族だろ?更には3匹ともナザリックの支配下になったか殺されたが、その情報を集める知能も持たない訳だ。支配下に置くメリットも感じないな。皆殺しでいいんだけれど。)

 

「我がナザリックの力を知りたくば、カルネ村を襲えとでも伝えておけ。ナザリックが持つ最弱の村であるともな。」

 

「畏まりました!アインズ様!」

 

 

 ●

 

 

「……それにしても、何だったのかしら?」

 

 トブの大森林から突然現れた亜人の軍勢。長弓兵団と魔法砲撃隊だけでカタが付き、どちらかといえば山火事の対処に苦慮したほどだ。村は戦闘態勢に入り、第二波を警戒していたが、それ以上追撃される様子も無いので、村は厳戒態勢を-もちろん最低限の見張りは立てるが-崩す。

 

 エンリが知る限り、トブの大森林から亜人や魔獣といったモンスターが攻め込んできた経験はカルネ村に無い。

 

「やっぱ族長はスゲェや!あれは凶暴で知られる部族なんだ、おいらの仲間達も何人喰われたか!」

 

「う~ん。交渉出来れば一番良かったんだけれど……、とりあえず悪い部族だったみたいだし、今回は仕方ないかなぁ。今度は手加減が大事ね。」

 

 その後トブの大森林側にも物見櫓が設置され、薬草採取の際は厳重な警護が付いたのだが、門が開くこともなく、軍勢が殲滅されたと噂になり、トブの大森林からカルネ村を襲う愚者は二度と現れなかった。



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【番外編】伝道師の真価 サイド:ナザリック

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・いきなり強烈な厨二電波から始まります。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ――穢れる事の叶わぬ宵闇の天上へ降臨せし月の女神(ディアーナ)よ。清楚なる気高き光を顕現させ闇に潜む獣に久遠の安寧を、咎に迷いし天壌の無窮が如き子羊達へ神の真なる祝福を。天上へ華やかに咲き誇る月光が如き白銀の弓を背負いし君。

 

 狂躁と饗宴を以って天高く、尊く、そして残酷に地上を照らしたる月の女神(ディアーナ)よ。神が与え賜う天命を全うせし同胞。君の与えられた天命を想えば邂逅への歎願さえも烏滸がましい。運命の悪戯を呪いたくなる背信者たる私を赦して欲しい。

 

 私も絶対神に造られたる月の女神(ディアーナ)の矢に射貫かれた、憐れな犠牲者の1人なのだから。――

 

 

 

「うん、こんなもんですかね。」

 

 

 宝物殿の談話室。パンドラズ・アクターは山の様な色取り取りの花束と共に一筆の手紙を書いていた。自らの創造主アインズが、その御手によって死後再構成した存在……義理の妹とも言うべきネイア・バラハに向けた手紙だ。

 

 あの影武者騒動以来、こっそりと彼女の活動を見守っているが、自らの創造主にしてこの世で最も偉大な御方、アインズ様の素晴らしさを実によく解っている。

 

 パンドラズ・アクターとしては若干物足りない部分もあったが、彼女がアインズ様に仕えていた期間は季節にして二つ分なのだ、無知から来る情報の欠落は致し方無い。……それだけに惜しいとも思う。シモベとしてアインズ様のお近くに居れば、彼女の能力はより一層発揮出来るだろう。

 

「ああ、そういえばデミウルゴス殿からチェスのお誘いがありましたね。何の御用向きでしょうか?」

 

 ナザリックで一番多忙な男がただ遊技をするため自分を呼ぶはずもない。エ・ランテルの執務室で夜待ち合わせをしている。パンドラズ・アクターは漆黒の鎧姿に変化し、そのまま宝物殿から姿を消した。

 

 

 ●

 

 

 エ・ランテルの執務室でデミウルゴスは漏れ出しそうな鼻歌を抑え込み、1つ咳払いをする。ここ最近のデミウルゴスは何時にも増して忙しく、牧場運営・ローブル聖王国併呑のプラン、それに【魔導国情報先進国化及び、プロパガンダ構想】の委員として秒単位のスケジュールを組んでいる。

 

 それはいと尊き御方アインズ様へ挺身出来る無上の喜びであり、何よりの愉悦……延いては自らの存在証明である。〝アインズ様のお造りになられた駒は、自分の計画を年単位で縮める〟最初はそう考えていたが、未だ自分はアインズ様という至高の御方々のまとめ役、その端倪すべからざる越智と御力を、またしても正しく理解出来ていなかったようだ。

 

 ローブル聖王国は一度富ませた上で、南北が対立し、幾多の血が流れた後に魔導国が掌握可能と考えていたが、無血で富んだ地を掌握出来るなど正にベストと言える。懸念されていた聖騎士と南部の掌握だが、そのままネイア・バラハの活動を支援すればいいだけだろう。彼女の理念とその煽動能力を以ってすれば、自ずとローブル聖王国は魔導国の手の内となる。

 

「〝伝道師〟という駒の有用性……。いやはや、アインズ様は常にわたくしの愚案などを遙かに超えられる。それなのに、わたくし如きに知恵で華を譲って下さるのですから、全く酷い御方です。」

 

 カスポンド・ドッペルから報告される事案は毎回デミウルゴスの予想さえ遙かに上回る。忌まわしき聖騎士や神官までもアインズ様を讃え、その煽動能力は上昇する一方だ。

 

「さて、あの不愉快な者の処遇を考えないといけませんね。アインズ様に不快な思いをさせた重罪を、身を以って知って貰わなければなりません。」

 

 新しく牧場へ追加された両脚羊を思い、デミウルゴスは唇を愉快気に吊り上げた。アインズ様に確認した所、なんとあの両脚羊はローブル聖王国において至高の主であるアインズ様を都度不愉快にさせたという。万死に値する罪だ。

 

「デミウルゴス様、モモン様がお目通りをしたいとの事です。」

 

「ああ、入れてくれ。」

 

 一般メイドの声掛けに、デミウルゴスは時計を見て予定通りの時刻であることを確認する。

 

「デミウルゴス殿、失礼する。」

 

「呼び出して済まなかったね、パンドラズ・アクター。君も多忙であろうに。……あとこの空間は安全だ、演技を止めても問題は無い。」

 

 パンドラは〝そうですか〟と言って、動作が一気にオーバーなものになる。

 

「いえいえ、あなた様には負けますよ。流石はナザリック1の知者に御座います!」

 

「わたしはあくまでアインズ様の深遠なるお考え、その一端を汲み行動しているに過ぎない。……そしてアインズ様の叡智を前にすれば、酷く劣った存在となります。さて、ローブル聖王国を魔導国へ併呑させる目処が付きました。わたくしの想定を遙かに上回る速度です。」

 

「おお!流石は月の女神(ディアーナ)!!……こほん、ネイア・バラハですね。」

 

「そうこの一件は彼女の活動が大きい。無血で富んだローブル聖王国を掌握することも可能なのだが、アインズ様を新たな王とローブル聖王国に知らしめるに際し、ここは一つ神格性を孕ませる方法を考えているんだが……」

 

「なるほど、革命ですか。」

 

「流石、話が早い。下劣な暴君を真なる国民が審判し、新たに王を迎える……。こういった筋書きは君が得意とする分野かと思ってね。」

 

「武器を取れ市民らよ♪隊列を組め進もう進もう♪汚れた血が我らの畑を満たすまで~~♪……っと!素晴らしい考えです!アインズ様を讃える声は歴史となり、ネイア・バラハの名も青史に列する事となるでしょう!」

 

 デミウルゴスはいきなり舞って歌い出したパンドラズ・アクターを慣れた様子で見つめ、結論を下す。

 

「ふむ、では南北の対立計画から、南北の融和へシフトし……。そして、聖王家から貴族達へ強権を与え、内部不満を高める方針へ転換しなければならないね。」

 

 アインズ様はネイア・バラハの活動について尋ねた時こう仰った。〝好きにさせておけ〟と。

 

 おそらく自分達が動かずとも自身の造り上げた駒がいずれローブル聖王国を掌握することを見越していたのだろう。それなのに手柄を自らに譲ってくれるなど、なんと慈悲深い御方なのだろう。デミウルゴスのチェス駒を動かす指先が感激を孕んだ激情でぶるりと震えた。



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【番外編】支配者の憂鬱 腕輪の真価

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 ナザリック第九階層執務室、アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でアインズを讃える喝采渦巻く群衆を見て、若干引いていた。リ・エスティーゼ王国でゲヘナを起こした時、ナザリックに妄信的な忠誠を尽くす人間の団体を育成することも吝かではないと考えていたが、こんな簡単に出来上がるとは思ってもいなかった。

 

「……今更だけれど、なんで(仮)なんだ?」

 

 ネイア・バラハ率いる『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』、仮初めで感謝を送っているのか?とも邪推してしまうが、ネイアのちょっとアレな位の心酔ぶりや、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)越しに見る熱狂ぶりからそれは有り得ない。

 

 ……自分たちの活動がアインズ様から認められ、正式に自分たちの団体へ名を下賜して頂けるまで、正式名称を付けないというネイアの方針から付いている(仮)だが、そんな事知るよしもないアインズからすれば謎でしかない。

 

「それにしても……。」

 

(ナザリックに忠誠を尽くす現地の人間集団か……。育成に掛かる費用とメリットが釣り合わないから後回しにしていたけれど、いざ出来上がるとどうすれば良いのか俺の頭じゃ浮かばないなぁ。シャルティアを洗脳した集団を炙り出す囮には使えるだろうな。)

 

 未だ尻尾を出さない狡猾な集団にふつふつと怒りが沸いてきて、沈静化される。それでも火種は心に燻ったままだ。ナザリックに弓を引き、愛しの我が子を穢した賊共にはこの世の地獄という地獄を味わって貰おう。絶対に殺さない、死ぬなど許さない。苦痛と汚辱に塗れたジュデッカの最奥すらも生ぬるい地獄を見せてやる。

 

「……っと。おゎ!やべ!」

 

 知らずに絶望のオーラを発して居たのだろう、お付きのメイドが腰を抜かして失禁・失神しており、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が蚊取り線香にやられた虫のようにボタボタと落ちていた。

 

「す、すまない。怪我はないか?もう大丈夫だ、忘れてくれ。」

 

 メイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に気付けを行い、全員の安否を確認する。幸い死者は居ない。アインズの腕の中で、メイドが目を覚ます。そして自分の醜態に気がついたのか、顔を赤らめアインズの腕から飛び降り、跪いた。

 

「アインズ様!いと尊き御方の前で何たる醜態を!この首を刎ねその贖罪とさせて下さい!」

 

「き、気にするな。これはわたしの……」

 

 アインズはそこまで考え、恐らくこのまま何も命令を与えないで優しくすると、一般メイドなら本気で自害しかねないと判断する。

 

「全く、わたしの発するオーラ程度で失神するなど、付き人として自覚を持ちたまえ。貴様には罰を与える。着替えと湯浴みの後、部屋を1人で掃除しろ。以前よりも綺麗にだ。そしてもう一日わたしに付き従え。次こそ寝ることも休むことも許さん。」

 

「畏まりましたアインズ様!」

 

「ではさっさとその汚れた服と身体を清めて来い。わたしの前に立つに相応しいよう、時間を掛けるのだぞ。」

 

「はい!では、御前失礼致します!」

 

(はぁ……。完全にブラック上司だよ……。何でこんな上司を望んでいるんだ一般メイド達は……。)

 

 アインズの脳裏に一般メイドの作成者……ブラック企業に苦しめられていたヘロヘロさんや、イラストレーターの薄給激務を嘆いていたホワイトブリムさんが浮かぶ。設定の薄いNPCには制作者の性が反映されるのだとすれば、余りにも残酷な話だ……。

 

 

 

 ●

 

 

 

『お夕飯の時間だよぉ~。』

 

「解りましたぁ~。ぶくぶく茶釜様ぁ♪」

 

 アウラは腕時計から発せられた甘ったるい声色に、耳をダランと垂れさせニヘラァと恍惚の笑みを浮かべる。自らの創造主にして神たる存在、そのお声を聞くことのできるマジック・アイテム。アウラの働きにと、アインズ様よりご下賜頂いた品だ。

 

「おや、もう晩餐の時間ですか。では会議はまだ途中ですが、1時間休憩と致しましょう。」

 

 第9階層放送室、その横に併設された会議室で、何時ものようにナザリックラジオ放送会議を行っていたデミウルゴス達は資料を仕舞い、テーブルに純白のクロスを張る。丁度メイド達が、放送室を訪れてハンバーガーセットやイタリアンのフルコース、固めに焼いたパンにザワークラウト・粗挽き腸詰めのセット・ビールをワゴンで運んできた。

 

 正直飲食も休憩も必要無いのだが、アインズ様からの命令となれば仕方がない。

 

「しかしアウラ嬢、素敵な腕輪に御座いますね。至ッ高の御方のお声を聞けるアイテムなど!正しく神代の品!」

 

「そうでしょう!アインズ様のお手持ちの品なんてとても受け取れなかったけれど、アインズ様がご褒美にって。」

 

「おおお!我々守護者は灰燼に帰するその瞬間までお仕えすることが当ッ然の理!!にも関わらず、褒美の代物まで下々の我々に与え賜うとは正しく御方々の束ね役!流石は慈悲深き、わたくしの創造主!」

 

 

「でもアインズ様から制限を付けられてるんだよねぇ。7時21分の後に19時19分にはタイマーをセットしちゃダメだって。シャルティアに聞こうとしたけれど、それもダメって言われたんだよねぇ。」

 

「ほほぅ……。申し訳無いアウラ嬢、アインズ様のお手持ちの品ともなれば流石に<上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>でその真価を知ることは不敬に当たります。推測しか出来ませんが……。デミウルゴス殿も同じ様な推測をされているようですね。」

 

「え!?どういうこと?」

 

 2人が自分の腕輪を見る目が真剣味を帯びているのを感じ、アウラは狼狽する。

 

 

「ふむ。これは数霊が関連しているのかもしれないね。」

 

「数霊?」

 

「言霊と似たものさ。至高の御方々であれば、数に意味を持たせ力を宿すなど、雑作もない事だろう。」

 

「な、なるほど……。」

 

「そしてアインズ様が禁忌とされた数字。0721 1919。まず0721だが、この数字をバラし、推測すると……0721(マル・チー・フタ・イチ)。マルチ・蓋・位置。……ヴィクティムが死して発動する様な、強力な足止め系のスキルを発動させるものかもしれない。」

 

「この腕輪にそんな能力が!?」

 

「それだけではない、次に1919……。その腕輪を作製されたのが、ぶくぶく茶釜様である事を考えれば、ぶくぶく茶釜様の御姿、1をピン揃の数霊に合わせると19(ピン・ク)……ぶくぶく茶釜様のご威光たるピンク色を示す事となる。つまり、相手を束縛した上で、11時間58分後、ぶくぶく茶釜様の本来のお力、その一端が発揮されるアイテムなのかもしれない。」

 

「ぶ、ぶくぶく茶釜様の御力が!?デミウルゴス、確かにそれじゃあわたしが設定なんて出来ない!でも、そんなアイテムをわたし如きが貰うなんて……。」

 

「アインズ様がアウラへ貸し与えられた世界級(ワールド)アイテムを思い出して欲しい。山河社稷図も【天地隔離】という超弩級の能力を有する品だ。現在君に〝褒美〟としてその品を与えているのは、アウラの創造主たるぶくぶく茶釜様のお声を有するアイテムを、アウラが無下にするはずがないという信頼と、本来の力を知れば固辞される可能性をアインズ様はお考えになったのだろう。」

 

 アウラは無言で首を縦に振る。確かにそんな話を最初に聞かされていれば、幾らぶくぶく茶釜様のお声が聞けると知っても受け取ることは無かっただろう。

 

「……済まない、アウラ。この話は聞かなかった事にしてくれ。アインズ様が君にその腕輪の能力を隠し、〝褒美〟として与えたのには必ず理由が有る。となればわたし如きの邪推で君が腕輪を返すなんて事になれば、アインズ様のご計画に支障が出るかも知れないからね。過ぎた真似をしたよ。」

 

「ええ、この話は忘れましょう。アウラ嬢も悟られないように。」

 

「う、うん、デミウルゴス。パンドラズ・アクター。アインズ様からご下賜頂いた品に恥じない様、わたしも頑張るから!」

 

 アウラは偉大なる御方と自らの創造主へ益々の敬意を募らせ、やや緊張した面持ちで腕輪を撫でた。

 

 



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【番外編】道化わ語る

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・原作オバロ、くがね先生と異なる文体を使用しております。【アンチ・ヘイト】のつもりで書いていませんが、そんなの無理という方はバックしてください。


 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 これわこれわ、お忙しい身でございましょうに、出し抜けに現れたわたくしのお話を聞いてくださるとわ、恐悦至極。

 

 あなた様もデミウルゴス様ほどでわありませんが、随分に慈悲深いおかたでございます。というのもですね、既に知っておいででしょうが、わたくしわ、現在、件の宣伝戦術(プロパガンダ)委員にまで抜擢され多忙を極めるデミウルゴス様より、牧場の運営における権限の多くを任された身。

 

 この身に余る光栄を全うするためにも、是非ご意見を伺いたいとお声をかけさせていただきました。これもまたご存じと思いますが、わたくしわナザリックに属する皆全てをしあわせにすることわもちろんのこと、属さない者すべてを笑顔にしたいのです。それがわたしの願いであり存在証明なのです。

 

 以前わたくしわ、ナザリックに属さない者……アインズ様の御威光を理解できない哀れな者が、強制されても幸せになることなど出来ない。そう考えていたのです。アインズ様に仕える以上の幸せなどこの世に存在しようはずがありませんが、価値観の違いとわあるものです。わたくしわそれを肯定します。

 

 そうそう、価値観の違いで思い出しましたが牧場の羊たちも、飢えに苦しむと、同族だろうが平気で食べる羊と、頑なに食べない羊に分かれることが多くあります。

 

 前に思考が極端な二匹を厩舎から出して、どちらの言い分が正しいのか、他の羊たちが見守る中、争わせた事がございます。盛大に脆弱な蹄を振るい語り合っておりましたが、生き残ったのわ食べて体力をつけた羊でありました。

 

 勝った羊わ自分の意見が正しかったのだと幸せになったことでしょう。

 

 力でわ負けた羊も結果的に暴力でしか相手をねじ伏せられない羊を蔑み、幸せな気持ちになったことでしょう。

 

 おっと話が逸れました。わたくしわ、例えどれほど荒唐無稽であろうと、どのような価値観も尊重し、全ての人を幸せにしたいと考え行動しているのです。

 

 ……そんなわたしを嘲笑うように突如として現れた彼女に、わたくしわ驚いた次第です。至高なる41人の御方々に並ぶほど慈悲深きデミウルゴス様でさえ一目を置く彼女の存在。

 

 勿体ぶる必要もありませんね、伝道師ネイア・バラハです。

 

 とある日、欠けた羊の調達がてら、ローブル聖王国へピクニックへ行った際、彼女の演説を耳にしてわたくしわ衝撃を受けました。

 

 

 広がるのわ黙示録的な幻影。

 

 

 耳朶を打つ者全てが我を忘れ熱狂し、その勢いわ水が噴き出し、天空に達するが如し。

 

 道化師と伝道師、立場わ違えど【場を沸かせ、熱狂させる】というその能力わ、御方々より創造されたるわたくしの力さえ凌駕し、羨望と嫉妬を覚える本物で御座いました!

 

 全ての存在がアインズ様の御威光と叡智・御慈悲を理解し、そして仕え尽くす。これわ〝多くの者〟を幸せに出来るでしょう!! 素晴らしい! なんと素晴らしい光景であるか!

 

 ですが!素晴らしいだけに、一つ。たった一つだけ、欠点があるのです!

 

 そう!彼女わ〝多くの者〟を幸せにすることわ出来ますが、〝全ての者〟を幸せに出来ません。

 

 彼女の説法にわ慈悲深さが足りないのです! 〝力が無い者は悪であり、弱きを脱さぬ努力をしない者は更なる悪〟。正しく道理ですが、過酷な現実だけを突きつけても生物わ幸せ……決して笑顔にわなれないのです!

 

 彼女に足りない部分わ、わたくしが埋められます。道化師たるわたくしだからこそ埋められます。きっと彼女でしたらわたくしの皆を笑わせたいという考えも理解して、より皆が笑顔になれる素敵な世界が出来上がるのです!

 

 彼女の〝弱者であることは悪〟である考えと、わたくしの〝弱者にも笑顔を与える〟考え。相反する様にもおもえるかもしれません。しかし、だからこそ完璧なものとなるでしょう。

 

 いくら彼女が説こうと、弱き者わ弱いままなのです。彼女の考えわ弱者を切り捨てる。ですが、それでわ余りにもこの世わ残酷に過ぎます。

 

 そのためにもデミウルゴス様が運営されている牧場の羊たちを、一度見ていただきましょう。そうすれば、ネイア・バラハも、デミウルゴス様の御慈悲に溢れる統治に涙を流し、弱き者であっても決して見捨てない精神を育むはずです。

 

 アインズ様の御考えに異を唱える不敬でわないか?

 

 いえいえいえいえ!!わたしわそうわ思いません。忠義の形も十人十色 百人百様 千差万別。わたくしわ、ナザリック内においても〝価値観の違い〟を肯定します。デミウルゴス様の御慈悲を理解されないセバス様を肯定する様に、アインズ様に背いてまで己が創造主の〝そうあれかし〟を貫いたユリ様やニグレド様を肯定するように。

 

 そのうえで、彼女にわ、多様な価値観を持ってほしいのです。牧場の家畜とわ面白い価値観をもっておりましてですね。精神的に脆弱であるためか、変調を来すと目玉を自ら取り除いたり、耳を削いだり、(つがい)の片方や我が子に同じことを強要……更にわ殺そうとまでするのです。

 

 死ねば笑うことも幸せになることもできません。本当に悲しいことです。

 

 アインズ様の偉大さを魔物にさえ説ける彼女と、それでも偉大さを理解できない哀れな下等種中の下等種さえ笑わせることのできるわたくし。二人の力があれば、こんな悲しいことわ起こらないはずなのです。

 

 わたくしわセバス様が下等種をアインズ様に無断で助けたとデミウルゴス様から聞いた際、強い怒りを覚えましたが、今ならばセバス様の滑稽な言動さえも理解できるかもしれません。わたくしわ道化師。特定の者へ……ましてナザリックに属さない者へ〝笑わせたい〟以外の特別な感情を抱くなど間違っているのかもしれません。

 

 しかし彼女わわたくしに本来あり得ない感情を宿させた。それが何であるかわたくしですらわからないのです。

 

 あなたさまもそう思う!! それだけわ同意できる! それわ素晴らしいことです。

 

 ですので是非ご協力ください。わたくしをネイア・バラハに……

 

 え、何故手を握ってくださらないのですか?世界を笑顔にしたいという理念を捧げるわたくしの気もちが、あなたにわ、おわかりにならないのですか。

 

 ……ああ……どうしよう……ま……待って下さい。ま……まだお話しすることが……ま、待って下さいッ……。

 

 ああッ……シズさん。ちょっと、あと少しだけお話を!




・俗にいう【独白体形式】というもので書いてみました。プルチネッラの思考を描写するってめっさ難しかったです。まだ狂った殺人鬼の思考描写の方が書きやすい……。


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聖地巡礼!+α
聖地巡礼!+α ~リザードマンの集落~


・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


「シズ様、バラハ様。遠路遙々お越し頂き光栄に御座います。わたくし、蜥蜴人(リザードマン)の代表を務めさせて頂いております、クルシュ・シャシャと申します。」

 

 <転移門(ゲート)>を潜ったシズとネイアは、木で作られた家屋の中へと転移する。そこには白く輝く鱗を持った朱い目をした蜥蜴人(リザードマン)が居り、深々と頭を垂れ出迎えていた。遠路遙々と言われているが、ネイアとしてはローブル聖王国からそのまま門を潜っただけなので、全く実感が湧かず〝魔法ってすごい〟という子どもの様な感想しか浮かばない。

 

「いえ!こちらこそご丁寧にありがとうございます!わたくし、ローブル聖王国よりアインズ様の命で参りました、ネイア・バラハです。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします。」

 

「…………シズ・デルタ。ネイアの先輩。」

 

 今回ネイアは、アインズ様より蜥蜴人(リザードマン)の集落へ赴いて欲しいという下知をシズ先輩を通じ賜った。正直国と部族の友誼を結ぶならば自分なんかよりも、カスポンド聖王陛下が適役であろうに、何故自分が選ばれたのかは全く解らない。しかしアインズ様から命令されるという誉れを賜れた幸福の方が大きい。

 

 豚鬼(オーク)を『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』で雇う交渉をした時くらいで、亜人だけの集落に赴くという経験はネイアにとって少ない。まして客人待遇で招かれるのは初めてだ。アインズ様から何をしろという具体的な指示は出されていないが、至高にして偉大なる御方に恥じない様、誠心誠意努めなければならないだろう。

 

「それでは、何も無い集落では御座いますが、蜥蜴人(リザードマン)一同、精一杯の歓迎をさせて頂きます。」

 

 クルシュに誘われるまま家屋を出ると、鎧に身を包んだ蜥蜴人(リザードマン)達が一斉に跪いていた。中でも煌びやかな……恐らくはアダマンタイト製であろう強固で精緻な鎧を纏ったオスがおもてを上げてネイアを見据える。

 

「ようこそお越しくださいました。本日集落のご案内を賜りました、クルシュ・シャシャの夫、ザリュース・シャシャと申します。シズ様、バラハ様。何分泥臭い亜人の集落に御座いますが、ご不快な点が御座いましたら何なりと仰って下さい。」

 

「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」

 

「…………よろしく。」

 

 こうしてネイアの聖地巡礼、新たな一日が始まった。

 

 

 ●

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下、御身の前に失礼致します。」

 

 リザードマンの集落にある簡素な玉座に座ったアインズへ、洗煉された動作で跪くリザードマン。その姿を見て、アインズはコキュートスの躾がしっかりとしていることに改めて感心する。一般メイドからは〝下等生物の謁見にアインズ様御自ら赴くなどとんでもない!〟と反対されたが、コキュートスにも話があったので、以前アウラが建てた小屋へ来ている。

 

「リザードマン。アインズ様は謁見をお許しになられました。」

 

 メイドの声に一拍置いて、リザードマンがゆっくりと顔を上げる。誰だこいつ?と思うリザードマンならまだしも、正直顔の知っている者には面倒な儀式でしかない。自分でさえそう思うのだから、相手は尚更だろう。……なんてアインズは考えるが、〝これが王の立ち振る舞い〟と言われればそうするしかない。横のメイドが名乗りを許し、やっと本題に入る。

 

「魔導王陛下。わたくし、ザリュース・シャシャに御座います。」

 

 〝知っとるわ!〟という心のツッコミを胸にしまい、アインズは鷹揚に頷く。過剰な形容句を少しずつ減らす試みはしているが、未だ謁見の儀は面倒が多い。

 

「うむ。貴殿が改めて謁見というのも珍しい。どうしたのかな?」

 

「はい。まず魔導王陛下へお仕えする身でありながら、愛する家族との時間をわたくし如きに賜って下さった御慈悲に、改めて深いお礼を申し上げます。」

 

「なに、育休は男性も取れるようにしないとな。子どもは元気であるか?」

 

「は、現在わたしや妻、兄者と共に泳ぎを勉強しております。」

 

「ほほう、早いな。子どもが元気に育つのはいいことだ。……さて、話が逸れてしまったな。今日はどうしたのかね?」

 

「はい、以前魔導王陛下が仰った部族を離れるリザードマンについての構想ですが、魔導王陛下の統治されているエ・ランテルなどを見てまわりたいという者が少なからず出てきております。今まで閉鎖的な暮らしをしてきた我々からすれば、画期的な意識改革であり、是非ご報告すべきかと。」

 

 素晴らしい!とアインズは内心破顔する。組織の根幹を変える事がどれほど難しい事かは、営業マンだったアインズにとって骨身に染みている。カルネ村の例もある。いずれリザードマンの集落に人間や亜人が訪れ手を取り合う光景も夢では無いかもしれない。

 

「そうか、それは喜ばしい事だ。我が首都エ・ランテルで良ければ、何時でも歓迎するぞ。道中に不安があるならばこちらで護衛と馬車も用意しよう。」

 

「陛下の御慈悲へ重ねて感謝申し上げます。」

 

「では旅を希望する者の人数を把握し、コキュートスへ伝えてくれ。……今日は鎧姿ではないのだな。窮屈であったか?」

 

 ドワーフの鍛冶職人に打たせたアダマンタイトの鎧とオリハルコンの盾姿ではない。リザードマンの礼装など解らないが、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)も腰から提げていない様子を見るに、武装しないのが礼儀なのだろう。

 

「いえ、比類無き国宝とも言える強固な鎧と盾をご下賜頂き、家族を持つ1人のオスとしてこれに勝る喜びは御座いません。」

 

「ならば良かった。……ではコキュートスと話をしたい。呼んできてくれるか?」

 

「畏まりました。御前、失礼致します。」

 

 

 

「アインズ様、ワザワザゴ足労頂キ感謝申シ上ゲマス。」

 

「気にするなコキュートス。お前は恐怖によらない統治を実現し、リザードマン達の意識改善という立派な功績を立てたのだ、誇っても良い。」

 

「全テハ、アインズ様ノ御威光ニ御座イマス。」

 

「わたしが足を運んだ理由だが……。改めて褒美を渡そうと思ってな。以前は有耶無耶になってしまったが、しっかりと功績を形有るもので還元したい。望むモノを言うと良い。」

 

 〝コキュートスにだけ褒美らしい褒美を渡していない問題〟はあのドワーフの国を求める旅から解決しておらず、ゼンベルが不遜な態度を取ったためと、コキュートス自身が固辞したため結局褒美はズレズレになってしまった。丁度良い報告もあったことだし、機としては絶好だろう。

 

「……デシタラ、アインズ様。是非願イタイ儀ガ御座イマス。」

 

「ほう、言ってみろ。」

 

 やや緊張した様子のコキュートスを見るに、中々の無理難題を言ってくるかもしれないとアインズは、内心身構える。

 

「アインズ様ガ御自ラ造リ上ゲタ駒。【扇動者】ヲ、リザードマンノ集落ヘ呼ンデ頂ク事ハ叶イマスデショウカ?」

 

「……ん?」

 

 コキュートスが何を言っているのかサッパリ解らない。俺が造り上げた?扇動者?何のことだ?コキュートスはアインズの疑問符と沈黙を怒りと思ったらしく、深々と頭を下げた。

 

「いや、コキュートス。わたしは怒ってなどいないぞ。そうか、アレをか……。」

 

「ハイ、アインズ様ノ深淵ナル御計画ニ支障ヲ来ス、無礼ナ願イデアッタ事ヲ御赦シ下サイ。」

 

「ふむぅ、アレかぁ。リザードマン達はアレを受け入れるだろうか?」

 

「アレデアレバ、未ダアインズ様ニ恐怖ヲ抱ク、不埒ナ者ヲ改心セシメルカト愚申致シマス。」

 

 アレってどれだ----! という心の悲鳴を誰かが拾ってくれるはずもなく、無いはずの自律神経が乱れて内心が冷や汗で濡れる。

 

「……ッ!失礼致シマシタ!アインズ様ガ御手デ造リ上ゲシ希有ナル駒ヲワタクシ如キガ〝アレ〟呼バワリナド!」

 

 アインズは思わぬ助けにほっとする。ここは静かにコキュートスの意見を待とう。

 

「伝道師、ネイア・バラハヲ、是非リザードマンノ集落ヘ。」

 

「……ん!?」

 

 まさかの願いに、アインズは益々混乱の渦中へ突き落とされる事になった。

 

 

 

 

「という事でシズ。今回ネイア・バラハと共に、リザードマンの集落へ向かって欲しい。特に向こうで何をして欲しい訳でも無いが、まぁ何だ……。やがてローブル聖王国は亜人も仲間とするのだ、今の内に慣れておいて損は無いだろう。」

 

「…………畏まりました。」

 

 

 

 ●

 

 

「こちらが当集落で養殖している魚たちです。以前我々は食糧問題から戦争まで起こした愚かな歴史がありますが、魔導王陛下の叡智も賜り、二度と愚かな争いは起こらないでしょう。」

 

「うわー!」

 

 池に十字を飾った幾つもの巨大な生け簀が並ぶ。水温や水質を管理するマジック・アイテムまで付与されており、海洋国家であり、魚の養殖技術には他国よりも長けているローブル聖王国でもこれほど立派な養殖場は見たことが無い。まして管理しているのが蜥蜴人(リザードマン)と言うならば驚きは尚更だ。

 

 ザリュースというリザードマンによって、魔導国の庇護下となる以前の話は聞いた。食糧難によって部族が消滅するような戦争が巻き起こった事、皮肉にも戦争で多くの者が死に絶え食糧難は解決された事、それ以降5部族が睨み合っていたが、アインズ様の兵が襲い全ての部族が団結したこと。

 

(恐らくアインズ様は同じ種族でありながら睨み合う蜥蜴人(リザードマン)達をお嘆きになり、あえて軍を動かし団結を促されたんだ。)

 

 ネイアはアインズ様の深淵なお考えに恍惚とした表情を浮かべ、崇拝を顕わにする。集落の聖堂には立派なアインズ様像が建っているのだが、ネイアからすれば……。

 

「バラハ様、どうかされましたか?」

 

「いえ、この像はリザードマンの皆様が造られたのですか?」

 

「こちらは魔導国から下賜頂いた品となります。」

 

「そうですか……。失礼致しました。」

 

 その言葉を聞いて、ネイアは解っていないと首を振る。祀られるアインズ様像は頬骨の部分が若干スリムになっており、彫刻の造形美としてはいいのかもしれないが、神であるアインズ様のご威光に対しこんな小細工をするのは不敬だとネイアは思う。誰が造った像かは知らないが、その無知を一晩中語ってやりたいくらいだ。

 

 ちょんちょん、とネイアの肩が叩かれ、振り返るとシズ先輩が気持ちは解ると言いたげにゆっくり頷いた。そしてどちらともなく、ネイアとシズは固い握手を結んだ。

 

「…………あの小屋。」

 

「ああ、あちらではロロロ……。多頭水蛇(ヒュドラ)を飼っているんです。」

 

「おわぁ!これが多頭水蛇(ヒュドラ)ですか……。首が4つ……。」

 

「ええ、ロロロという名なのですが、拾った時から……」

 

「家族に捨てられ、ザリュース様に命を拾われたのですか。なるほど、それがあなたの〝正義〟なのですね。」

 

「……!? バラハ様は多頭水蛇(ヒュドラ)と話せるのですか!?わたしでも不可能だというのに!」

 

「あ、いえ!!そんな能力はわたしに御座いません。彼の〝心の傷〟が訴えかけてきたのです。……ええ、アインズ様は偉大にして至高なる御方です。あなた様の家族であり友人……〝正義〟を救って下さったのも、〝正義〟の繁栄を約束されたのもアインズ様なのです。つまり、アインズ様の無上の愛を信じ忠誠を誓う事こそ、与えられ生を受けた役目なのです。」

 

 ロロロに対し説法を説きだしたネイアに、ザリュースもシズも目を丸くする。ロロロも感服するように、小屋から出て、ネイアの話を平伏しながら聞いている。紡ぐのは言葉であるが、言葉ではなく、心を交わしているかのようだ。

 

「…………ネイアがどんどん凄いことになっている。」

 

 まさか魔獣にまでアインズ様の素晴らしさを伝えられるとは思ってもおらず、シズさえも思わずその光景に釘付けとなった。そしてザリュースも、ネイアを通じてロロロの心境を聞いた。ロロロがそこまで自分を愛し想ってくれているなど想像しておらず、ネイアの言葉に、1人と1匹は偉大なる魔導王陛下への忠誠を強めていった。

 

 

 

 燃え上がる櫓を思わせる大きな焚き火を囲み、酒と新鮮な魚が並んだ大宴会が開かれていた。

 

「魔導王陛下の御慈悲溢れる統治を、この世界で最初に受けられたという羨望すべき皆様!アインズ様の寵愛の下に団結し、繁栄を約束された羨望すべき皆様!わたくしネイア・バラハはアインズ様の新たなる神話を耳にすることが出来、幸せに御座います! アインズ様は同じ種族でありながら、敵対し合う皆様をお嘆きになりました!そして団結し、そのお力をアインズ様へ捧げる事の叶う皆様にわたくしは強い羨望を覚えます!アインズ様の寵愛を受け、奉仕を続ける限り、子々孫々に至るまで、子ども達が餓死に怯える事は二度と無いでしょう!繁栄は約束されました! 偉大なる魔導王陛下に!そして皆様の益々の繁栄に!乾杯!」

 

 〝乾杯!!〟と濁り酒の入った木の杯が乱舞し、リザードマンの目は陶酔に染まっていた。よそ者と怪訝に思っていたリザードマンも、ネイアの演説に胸を打たれ、人間であり他国の者である事などすっかり失念してしまうほどだった。

 

 乾杯の音頭を任されたネイアは、シズ先輩のもとへ戻る。魚は火で炙られ、塩を掛けただけの簡素なものだが、素材が逸品なためか、立派な料理となっていた。

 

「…………流石後輩。アインズ様もコキュートス様も喜ばれる。」

 

「ありがとうございます!シズ先輩!」

 

 グッ!と拳を握りしめて、ネイアはシズ先輩からの賛美を嬉しく受け取る。コキュートス様というのが誰か解らないが、多分博士やペロロンチーノ様と同じく、何者かは答えてくれないだろう。

 

「シズ先輩、わたしは何時かアインズ様に本当の意味でお仕えすることが出来るでしょうか?」

 

「…………努力次第。わたしは応援している。」

 

「力も弱いですし、頭も良くありません。自分が不甲斐ないです。」

 

「…………大丈夫。ネイアには味がある。わたしにも。いや他の誰にも真似出来ないことがネイアには出来る。」

 

「本当ですかぁ?う~ん……。」

 

「…………先輩を信用する。ネイアは凄い。」

 

「……ありがとうございます。シズ先輩。」

 

「…………ん。また。ネイアと何処かに行けたらいい。」

 

「そうですね。わたしもシズ先輩ともっと色々な場所に行きたいです。」

 

「…………悪くない。」

 

 シズ先輩は少し照れたように、ネイアから視線を逸らした。ネイアもその様子を見て、少しだけ照れるのだった。

 

 

 ●

 

 

「友よ、最近は随分と上機嫌じゃないか。」

 

「フム。アインズ様カラ褒美ヲ賜ッタ。彼ノ扇動者ヲリザードマンノ集落ヘ赴カセテ頂ケタガ、素晴ラシイ効果ダ!」

 

 コキュートスは一気に酒を煽り、凍える様な息を荒く噴き出した。

 

「ほう……。ネイア・バラハをリザードマンの集落へ。」

 

「アインズ様ノゴ威光ニ無知蒙昧ナ輩ガ、正常ナ精神ニナリ、実ニ統治ヲ行イヤスクナッタモノダ。」

 

「〝扇動者〟という駒は亜人にも有効か……。ふむ、友よ。有益な情報に感謝するよ。」

 

「ナニ、ワタシハ今回何モシテイナイ。アインズ様ガ偉大デアル事ヲ改メテ知ッタダケダ。」

 

「その気持ちは良く解る。自らが酷く劣った存在である事も、そこから湧き上がる激情もね。」

 

「ウム、正シク。」

 

 2人は阿吽の呼吸でグラスを重ね、軽快な音が鳴り響いた。



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【番外編】 ~魔導王陛下再臨~

・この話は後日談であり、蛇足です。ネイア・バラハの聖地巡礼!本編を前提とした話しとなっておりますので、ご了承下さい。

・IF設定が更に独自の進化を遂げた世界を舞台にお送りしております。

・キャラ崩壊注意です。

・祝!蛇足30話目の本編越え!……蛇足とは何ぞや(哲学)

 以上を踏まえた上でお読み下さい。


 黒い後光に眼窩へ揺らめく赤い炎の様な瞳の輝き、その黒い後光はただ尊く美しく照る。

 

 ネイアは例える言葉が見つからない――否、例える言葉などこの世に存在していいはずが無い。この世で最も慈悲深き神、地上に顕現する正義、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を稚拙な地上の事象で例えるなど、これほど恐れ多いことはない。

 

 耽美なる白磁のご尊顔、漆黒の中に幾多の宝石を飾ったローブ、だが優美に翻るローブでさえアインズ様の偉大さを装飾するものでしかない。アインズ様が両手を天に広げたあたりで、ネイアは見惚れて、平伏していなかった事実に至り、急いで地に伏す。

 

「顔を上げよ、ローブル聖王国の民達よ!わたしは帰ってきた!」

 

 王の中の王……人でもアンデッドでも無い、威厳に溢れた声は、正しく神の声だ。ネイアが見紛うはずもない、本物のアインズ様だ。夢では無いかと錯覚してしまう。ネイアはその威光に、顔を覆ったミラーシェードからもボロボロと雨の如く涙を流し、地面を濡らしていた。

 

 

 ●

 

 

 ナザリック第9階層執務室。アインズはひとつの報告書を見て、無い眼を点にさせていた。

 

「ルーンの認知度が急上昇しているな、合わせて既存のルーン武具の価格が異様に高騰していると……。」

 

 報告書によればルーン……アインズがドワーフの王国まで出向き、付加価値を見出したルーン武器がこれまでの数十・数百倍近い異様な価格高騰を見せており、転売を狙った輩まで-勿論市場を乱す程の愚か者は排除しているが-出てきているという。

 

「〝ナザリックラジオ〟において英雄譚、冒険活劇の中にルーン武器の宣伝を含ませたこと、ローブル聖王国におきましてはシズがあのネイア・バラハを通じてルーンの素晴らしさを説かせた成果に御座います。」

 

 アインズへ報告をしているデミウルゴスの内心はやや複雑だ。そもそもローブル聖王国でヤルダバオト襲来を行った際、主より賜ったルーンの宣伝を上手く出来なかった。今回エ・ランテルやバハルス帝国で〝ナザリックラジオ〟を使い挽回したが、ローブル聖王国における手柄はアインズ様のお造りになられた駒の成した結果。やはり自身の不甲斐なさを呪いたくなる。

 

「そうか、うむ……。」

 

(付加価値を付けた商品開発を独占することには成功した、ならば次は営業手腕だ。しかしここまで上手くいくとはな。)

 

「よくやったデミウルゴス。いずれ褒美を以ってその功績を称えよう、今は言葉による賛美で許して欲しい。」

 

「何を仰いますアインズ様!全てはアインズ様の御計画、我々が褒美を頂く訳にはいきません!」

 

「わたしの意図を汲み想像以上の成果を挙げたのだ、謙遜はするな。……さて、ネイア・バラハにも改めて褒美を渡すべきであろうな。何を適当とする?」

 

 ネイア・バラハの煽動手腕は7日の魔導国来訪で目にしたが、営業職として考えれば超一流の素質がある。もし元の世界で部下にこんなのが居たら鈴木悟の面目は丸つぶれだろう。だが今のアインズは経営のトップだ、優秀な人材には褒美を以って応えるべきだ。

 

(しかしあの殺し屋みたいな眼の少女、ナザリックではどの立ち位置に当てはめればいいんだ?貴重なシズの友人だから人間として優先度はかなり高いけれど、ローブル聖王国はバハルス帝国みたいに属国って訳でもないし……。俺に感謝を送る会の会長をしている位だし、他社ではないよな。かといって正式な子会社でもない。下請けといったところか?)

 

「形あるものでしたら、ネイア・バラハはシズ・デルタを通じ様々な知識を得ております。中でも部隊運用や軍事知識は大変有効な成果を挙げているため、正式に教典として作製させ、幾つかの写本をお渡しすることが褒美になるかと。また、計画段階で確定事項では御座いましたが、ローブル聖王国併呑の暁には一定の地位へ叙勲という話を出せば、あの少女はさぞ喜ばれるかと愚考致します。」

 

(叙勲!?他国の王がいいのか?……いや、デミウルゴスが良いというなら大丈夫だろうな、国際情勢なんてサッパリ解らないし!でもリ・エスティーゼ王国の王女にも似たような褒美をゆくゆくはって話だったよな。ドエライ評価されてるなあの少女。)

 

「ほう、彼女は、王国の黄金姫と同列であると……。」

 

「……!大変失礼致しました!己の欲望でナザリックと橋頭堡を築いている人間と、アインズ様の御手で造られたる駒を同列に扱うなど!」

 

 何故か急に焦りだしたデミウルゴスを見て、アインズは内心首を傾げる。アインズ的には【仲間の娘(シズ)の友人】なのだから、必然的に優先度は高くなるが、ナザリックの利益(世界征服)を最優先するデミウルゴスが、最も高く評価していた人間である黄金姫より、あの少女を上にするというのがよく解らない。

 

 かといって藪蛇を突くつもりもないので、そのまま意見を待つことにする。デミウルゴスにしては珍しいほど逡巡しており-それでも数秒だが-、やや悔しげに一瞬口にするのを躊躇った後、アインズへ意見を具申した。

 

「でしたらアインズ様、畏れながらネイア・バラハへアインズ様より魔導国魔導王の王賞状という形で表彰を行う……というのは如何でしょうか。」

 

「……ん!?」

 

 アインズはいきなり事が大きくなり内心が動転し、一瞬で沈静化される。思えば魔導国の王になってから誰かに爵位を与えたり、表彰したことがない。そしてアインズはそんな王らしい立ち振る舞いや儀式を行える自信が皆無である。ネイアを下請けと考えるなら、親会社が表彰し変わらない関係を築こうという所だろうか。

 

「うむ、助言を感謝する。しかしそれには及ばん、名誉という褒美はより魔導国が盤石になってからで遅くはないだろう。だがまぁ……直接労いの言葉を掛け、より一層の関係を強調するのは悪くない。」

 

「そんな!アインズ様御自ら!」

 

「わたしがローブル聖王国に赴くことで、今後に支障が出るか?」

 

 表彰の儀式なんて事になれば、アルベドやデミウルゴスがどんな無理難題を吹っ掛けて来るか解ったものではない。それくらいならば下請けに直接足を運んで〝元気にやってる?今後もよろしく!〟と挨拶した方がまだマシだ。

 

「いえ、流石に御座います。……アインズ様、至らぬわたくしへ、またも御自ら道を示して頂き幸甚の至りに御座います!」

 

 突然跪いたデミウルゴスを見て、アインズは何をどう間違われているのかもの凄く気になったが、何時もの手が使えない今、ただ鷹揚に頷くことしか出来なかった。

 

 

(いきなり行くのも迷惑だよなぁ。とりあえずシズに訪問の予定を伝えて貰うか。今ローブル聖王国を管轄しているのはカスポンド・ドッペルだから入国云々の手続きはいらないのが救いだな。……にしても叙勲や表彰か、今度ジルクニフがどんな立ち振る舞いをしているか見ておこう。)

 

 

 

 ●

 

 

 

「シ……ズ……ちょ……今なんと?」

 

「…………アインズ様が明日ローブル聖王国に来る。わたしも同行する。」

 

 『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』総本部。ネイアは伝えられた言葉が余りにも衝撃的過ぎて、シズ先輩を思いっきり呼び捨てしてしまった。しかしシズ先輩も気にした様子は無く、一言一句同じ台詞を繰り返す。

 

「え!?先輩!どういうことですか!?どちらへ!?何を成すために!?え!?」

 

 ネイアの脳裏を感嘆符と疑問符が埋め尽くす。気がつけばシズ先輩の肩を掴んで詰め寄っていた。

 

「…………後輩。気持ちは解るけれど落ち着く。」

 

「あ、はい!失礼しました。ですが、アインズ様が聖王国へ……。カスポンド聖王と会談をされるのですか?」

 

 一国の王がわざわざ訪れるとすれば理由は国交しかない。しかしシズ先輩が同行するという言葉にネイアは引っかかりを覚えた。そしてシズは決定的な一言を告げる。

 

「…………ううん。ここに来る。ネイアが凄く頑張ってるって伝えたら会いたいって。」

 

 いよいよネイアは卒倒しそうになる。聖王陛下を差し置いてお逢いしてくれるというのは大変な名誉であるが、あと1日……準備も何も出来たものではない。

 

「先輩!どんな格好をすればいいか!どのようにお迎えすればよろしいのか!何をお見せすればいいのか!アドバイスを下さい!」

 

 ネイアの魂からの叫びに対し、シズ先輩は無言で頷き、親指をビシっと立てた。

 

 

 

 ●

 

 

 

(うわぁ……。)

 

 シズを連れ転移した草原には、数える気にもならない人間たちが一斉に平伏し、嗚咽の声があちらこちらから聞こえてくる。これほど異様な光景を目にしたのは、クアゴア族を配下に入れる際、シャルティアとアウラが一斉に平伏させていた時くらいだろうか。その時より数も多い。

 

 だが怯えと恐怖から萎縮していたクアゴア達と違い、全員が心からアインズに平伏している様に、思わず来たことを後悔しそうになる。先頭に居る目的のネイア・バラハからして、意味不明な理由から号泣している様子だ。しかし何度も練習した支配者然とした立ち振る舞いを思い出し、一番最適であろうポーズをとり宣言する。

 

「顔を上げよ、ローブル聖王国の民達よ!わたしは帰ってきた!」

 

 正確にはまだ魔導国に組み込まれていないので反感を買いそうだが、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)越しに見た熱狂具合から多分これくらい言っても問題ないだろうと判断する。そして嗚咽の声は益々強くなっていった。ゆっくりと上がる顔は皆涙でぐしゃぐしゃになっている。ネイア・バラハが率いている団体は20万以上と聞いているが、みんなこんな感じなのだろうか?

 

「さて、出迎えに感謝する。カスポンド殿に入国の許可を貰い、ローブル聖王国の現状と貴殿らの活動を見せて貰いに来た。」

 

 本当はネイア・バラハに軽く会ってアインズに感謝を送る会とやらの活動を軽く視察し、褒美として持ってきた部隊運用や軍事教典の写本を渡して帰る予定だったのだが、直接本部に転移で乗り込むのも味が無いので出迎えを頼んだらこの有様である。

 

「アインズ様。この度は御自ら我が国へ足を運んで頂き感謝に言葉も御座いません。粗末ながら馬車をご用意させて頂いております、そして僭越ながら従者としてわたくしが勤仕させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 ネイアは涙声であり、ミラーシェード越しにも解るほど鼻息を荒くしてアインズへ問う。元々の目的はネイア1人なので、むしろ好都合だ。

 

「うむ。ではよろしく頼む。」

 

「ありがとうございます!同志の皆さん!アインズ様とシズ先輩へ馬車の用意を!」

 

 現れた馬車は以前ヤルダバオト騒動で聖騎士たちが乗り合わせたモノよりも数段格上のものであり、車輪や転輪に魔法を付与しており、馬車馬も黒い艶を持つ一級の品だ。外装や内装も普段アインズが乗るものとは比べものにならないが、悪くはない。

 

(ナザリックから馬車くらい準備しようかと思ったけれど、今回は大人しく歓迎されてみよう。)

 

 そうしてアインズは上座に座り、次いでシズ、そして最後にネイアが乗り、馬車は出発した。2万の人間は騎馬でアインズ達の馬車を護衛しており、その様は中々壮観だ。……そして、対面に座るシズとネイアだがシズは解らないとして、ネイアはガチガチに緊張している様子である。だが以前と違い、話題には事欠かないのがアインズにとって救いだ。

 

「ネイアよ、いずれまた会おうと約束していたが、立派になったものだな。ローブル聖王国の復興についてシズから報告も受けている。貴殿の成した偉業は、友好国の王として嬉しい限りだ。」

 

「ありがとうございます!アインズ様!これも全てアインズ様がヤルダバオトを撃退し、わたくしにお言葉を下さったお陰に御座います!」

 

「そ、そうか。うむ。シズから見て、ネイアの団体はどうかな?」

 

「…………ネイアと一緒に凄く頑張ってます。」

 

「ふむ。では楽しみにさせていただこう。」

 

 

 

 

 アインズ達を乗せた馬車は、ローブル聖王国首都ホバンスにある『魔導王陛下へ感謝を送る会(仮)』の総本部へ到着する。正門まで魔導国の国旗が掲揚され、一糸乱れぬ王の通り道となっている様は、ナザリック・オールド・ガーダーを用いた演出を彷彿とさせ、教育が行き届いていることに感心する。

 

「アインズ様、こちらが我々の本拠地となります。アインズ様の名を冠しておりながら、粗末な屋敷に御座いますが、どうぞ御赦し下さい。」

 

「以前も言ったが謙遜することは無い。母国を復興させ、自らの牙を研ぎ、あまつさえわたし如きに感謝を送ってくれる団体だ。」

 

「アインズ様!〝如き〟などと冗談でも仰らないで下さい!」

 

「あ、ああ。貴殿らの好意にまで泥を塗る発言だったな、すまない。」

 

(いやいや、ローブル聖王国の帰りに見た数千人も大分イッてたけれど、それが20万!?ちょっと怖いぞこれ。ってか、なんで俺の造った空気清浄機が祭壇に祀られてんだ?ああ、ビンゴの景品でルプスレギナに渡したやつだ!思い出した!)

 

「そう言えば以前、渡した褒美に不備があったな、あれから問題は起こっていないかね?」

 

「はい!賜りました真なる神器は、正常に宿したる奇跡を発揮させて御座います。」

 

「そうか、ならば良かった。」

 

(思えばあの影武者騒動から、パンドラズ・アクターの様子もおかしいんだよなぁ。人間がまさかあいつの変化を見破るとは……。)

 

 アインズもあの事件は驚いた。もし見破った相手がネイアで無ければ、ナザリックに送り込んで様々な実験をしていただろう。未だ好奇心が無い後ろ髪を引っ張るが、折角出来たシズの友人をただの実験体とするのは流石のアインズでも許せない。

 

 その後大理石を用いた玉座に座り、弓手の鍛錬を見せて貰ったが、以前戦場の急造鍛錬所で見た時分よりも練度が格段に増しており、アインズは拍手を送る。すると皆感涙し、一斉に跪いた。……アインズの一挙手一投足に対し毎回こんな感じなので、段々疲れてくる。

 

(な、なんかずっとNPC達の前に居るみたいだ……。ローブル聖王国で俺の知らない間に何が起こったの!?)

 

「素晴らしい練度だ、余程の鍛錬を積んだ様だな。見事と言わせて貰おう。強くなった。」

 

「ありがとうございます。アインズ様!これもアインズ様より賜りました神器があってこそ、その慈悲深さに、我々同志一同を代表し、わたくしから改めて感謝を申し上げます。この鍛錬の後、同志達は主に真なる王城で拝見し、参考にさせて頂きました〝すぱ〟を利用しております。」

 

「ほう!風呂の設備まであるのか!?」

 

 アインズはここに来て初めてとも言える大きな興味を示した。一瞬ネイアが緊張した様子を見せたのは気のせいではないだろう。

 

「……もしよろしければ、視察して頂くことは叶いますでしょうか?」

 

「ああ、是非見せて欲しい。」

 

 

 

 

(おお。柑橘湯に木炭湯、それに焼き石に湯を打つスチームサウナか。シャワーは無いからかけ湯方式なんだな。うん、中々じゃないか。)

 

 掃除の行き届いた中々の出来映えであり、この世界で見た中では一番と言える。何事もナザリック基準で物事を考えては酷な事は解っているが、スライム風呂が無いのが残念なくらいだ。……逆に言えばアインズがナザリック基準で考えてしまえるくらいには立派といえる。

 

 横を見ればネイアは顔を真っ赤にして、シズに何かを促されている。

 

「あ、あ、アインズ……さま!もし、よろしければ!以前、従者でありながら、アインズ様に湯浴みを提案出来ぬご無礼を働いた、た、代償で、には御座いません。が、当施設の浴槽……を、を、お使われませんか!?」

 

「ふむぅ……。悪くない提案だ。」

 

 現地で浴びる風呂というのは初めてだ、こんな身体になっても好奇心は残っている。特にサウナはアインズも知らない方式だ。ちょっと面白そうだと思ってしまう。……その後従者や背を流す係をどうするかなど、シズやネイアが色々と言ってきたが、なんとか説き伏せ、護衛を立てるという形で、アインズは一人で現地での入浴を楽しんだ。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

「シズ先輩!本当に、本当にわたし達の造った浴槽へ、アインズ様がぁ!」

 

「…………うん。お背中を流せなかったのは残念。でも多分バレれば揉めたからある意味よし。」

 

「〝すぱ〟は信頼を置く親衛隊に護らせて頂いております。昨日から万が一を考え万全な準備をしておいて良かったです!!」

 

「…………後輩。約束は覚えている?」

 

「勿論です!アインズ様の御神体が浴びられました湯を下水に流すなどという不信心は致しません!そして7名分の御神水はシズ先輩へ渡す……でしたね!」

 

「…………そう。」

 

 後に〝御神水〟というアインズの残り湯は死霊系魔法の強力な媒体になることが判明するのだが、今は余計な話。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 湯上がりでほっこりとしたアインズは、会議室だという部屋で用意された玉座に座り-鍛錬場にあったものと同じで、どうしたのか聞いたらわざわざ手動で運んで来たらしい-ネイアとシズの3人となる。

 

「ネイア・バラハよ。今回の主なる目的だが、ローブル聖王国の現状を知る事も勿論だが、貴殿へ褒美を渡す為にやってきた。」

 

「ほ、褒美に御座いますか?」

 

「ああ。ルーンを大々的に広めてくれた事……、知っての通りルーン文字は現在我が魔導国が技術を発展させている事業だ。貴君の手腕は素晴らしい。そこで、改めて褒美を以ってこちらも応えるべきと判断した。受け取ってくれ。」

 

 アインズがフィンガースナップをすると、100冊近い本が現れた。全てシズが図書館の司書と共に選び古今東西の戦術や弓や剣などの武器にまつわる情報を記した品。……流石にぷにっと萌えさんの〝誰でも楽々PK術〟程詳しい戦術は書いていないが、この世界でも十分参考になるだろう。

 

「アインズ様!!重ね重ね、わたくし共にこれほどの御慈悲を頂き……!」

 

「なんてことはない、他国の王が贈れる品というのは、この程度が限界でな。」

 

(ん?よく考えたら他国の王が他国の民に戦術基盤の教本を贈るってマズくね?)

 

 渡してしまってから気がつき、何とも情けない話だが、デミウルゴスの案なので問題は……まぁ無いだろう。感涙しているネイアを前にすれば〝やっぱり無し〟とも言えない。

 

「ではネイア・バラハよ。わたしは魔導国へ戻るとする。歓迎はとても嬉しかったぞ。見送りの準備までしてくれていたならば申し訳無いが、ここから転移で聖王室へカスポンド殿のもとへ顔を出し、魔導国へ戻るつもりだ。」

 

 ネイアは一瞬驚きの表情を浮かべ、何かをいいたそうに淀み、静かに跪く。勿論聖王室に寄るのは嘘でそのまま帰る予定だ。とりあえずシズを置いていくので、大きな混乱にはならないだろう。

 

「……畏まりました。同志達にはわたくしからご説明をさせて頂きます。」

 

「うむ、ではネイア・バラハ。貴殿の努力を見せて貰った。素晴らしいものだ。また会える日を楽しみにしている。」

 

 そのままアインズは転移でナザリックの自室へ帰還する。そしてぐったりとベッドへ伏した。

 

(いや……。え!?あれなに!?ヤルダバオト騒動の時はみんな雰囲気に酔ってあんな感じなのかと思ったけれど、もう独自の進化をしてるじゃん!エ・ランテルやバハルス帝国みたいに怖がられるのも困るけれど、崇拝されるのも結構困るぞ!?マジ、なんでこうも俺のやることなすこと全部極端になるんだ……。)

 

 絶対支配者は孤独な憂鬱を覚えながら、眼窩の炎を儚げに揺らめかせた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「…………ネイア。泣き止む。」

 

「はい!シズ先輩!……でも、でも!」

 

「…………気持ちは解る。」

 

「ええ。アインズ様の御威光にまた触れられ、更にはわたし達の活動まで認めて頂けるなんて……。」

 

「…………結局名前のこと言えなかった。そこは残念。」

 

「いえ、アインズ様の深淵なるお考えに届くほど……我々の団体に名を下賜頂ける輝かしき日はまだ遠いという事です。わたくしから懇願するなどおこがましい事は出来ません。」

 

「…………非公認ファンクラブのまま。」

 

「何かいいました?」

 

「…………何でもない。アインズ様はネイアに期待している。先輩として誇らしい。」

 

「はい!同志達の話では、今ローブル聖王国の聖王室は南部と手を組むため、貴族に大きな権限を与えたと聞きます!酷い領主では農民の餓死も顧みない重税、過剰な徴兵、冤罪裁判とやりたい放題であると。魔導王陛下の慈悲深さに比べ、我が国の王や貴族はなんと愚かしいか……。」

 

「…………アインズ様は常に正しい。それを知っているネイアなら。出来る事がある。」

 

「そうですね!……正直、アインズ様に直接お仕え出来ないか期待していた自分が居ました。しかし、アインズ様は〝また会おう〟と仰った。わたしの使命はまだ終わっていないのです!」

 

「…………うん。先輩として応援している。」

 

 ネイアはシズに頭を優しく撫でられながら、激動するローブル聖王国で、自分の成すべき使命を再確認する。いずれ、アインズ様の慈悲深き御手が、母国を抱擁してくれる日を夢見て。



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