真紅の穿炎-Granbrue prominence- (山鳥心士)
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失われた片島

 

 

ファータ・グランデ空域、失われた片島という島にあたしは向かっていた。青々とした空に包まれる他の島とは違い、失われた片島周辺は昼間だというのに焼けるような橙の空が広がっている。

 

あたしが失われた片島に向かう理由は少し前に遡る。

 

 

 

 

「以上が今回の任務の概要だ」

 

組織の司令部であたしは上司であるユーステスから任務のブリーフィングを受けていた。

 

「運命を操作する星晶獣ね…」

 

幾多の星晶獣を討伐してきてわかったことがある。星晶獣は人の姿をした者や獣の姿をした者、はたまたゴーレムのような機械人形の姿をした者など様々な姿かたちをとっている。そして共通することはどんな姿かたちであれ、少なからず感情を持っているということだ。

 

空の民と共存できる星晶獣はその島の象徴として信仰、つまり神様のような存在として立ち振る舞う。人々の信仰を受けることで星晶獣は喜び、人々に恵みを与える。裏を返せば、信仰を失った星晶獣は哀しみ、害を成す存在へと変貌する。

 

組織が狩りの対象としているのは後者の害を成す星晶獣。暴走状態に陥っているので狩りは一筋縄ではいかない。

 

「強大な力だ。コンビで任務にあたってもらいたいところだが、能力が能力だ―――」

 

「大丈夫!バザラガの奴がいなくたってあたしとアルベスの槍でさっと終わらせてくるから!」

 

「―――ふっ。必要物資はリストに挙げておけ」

 

あまり表情を表に出さず必要事項だけを仏頂面で伝えたユーステスは司令室から去っていった。

 

「さてと、さっさと任務を終わらせますか!」

 

今回の任務は珍しく単独任務だ。普段であれば相棒…であるバザラガとコンビを組んで任務を遂行するが、ターゲットである星晶獣の能力の関係で単独で行う方が安全性が高いと判断された。

 

その星晶獣の名は運命を握開する女神フォーチュナー。確認されているのは他人の運命を操作するというなんとも曖昧な能力である。

 

仮に能力によって運命を操られたのなら、仲間同士て殺し合う運命とか、生きては帰れない運命などという悲惨な運命を決定づけられる可能性がある。

 

上の連中は人員の被害を最小限に抑えつつ、確実に任務を遂行できるように契約者であるあたしを単独で討伐任務に当てたのだろう。

 

実際、これまでも星晶獣を討伐してきた実績もある。それに対する評価として受け取っておくことにしよう。決して捨て駒とかそういった後ろ向きな考えはしない。今回の任務がベアではなくあたしに来たのは不幸中の幸いとかも思わない…うん。

 

などとベアことベアトリクスに聞かれたら文句を言われそうなことを考えながら、調整に出していた対星晶獣戦用鎧レリギラを身にまとった。

 

 

 

 

 

空は橙なのに風が冷たい。

 

失われた片島へは組織が小型の騎空艇で送ってくれる。すっかり乗りなれてしまった大型の騎空艇、グランサイファーに比べると乗り心地は最悪だ。左右に揺れるわ所々鉄臭いわで小窓を開けていないと酔ってしまいそうだ。

 

おかげで冷たい風が艇内に入り込む。

 

到着予定の時刻はもうそろそろだろう。失われた片島という島は島の形がCをかたどった変わった島らしい。その形を一目見ようと小窓を覗き込む。

 

確かに島の形は三日月のようなC状だった。だけど少しだけ違和感を覚えた。

 

あたしは「変な形」とぼそりと呟いて元の席に戻った。

 

単独行動なんて滅多にないものだから物寂しさを感じてしまう。きっとグランサイファーの仲間達の影響もあるのだろう。

 

バザラガにも言われたがあたしは随分と丸くなったと自分で思う。団長…ジータのことを想うと胸が高鳴る。彼女は他の人には無い特別なカリスマ性がある。だからこそあの騎空団にはたくさんの人が引き寄せられる。組織が彼女たちに目をつけるのも納得出来る。

 

ユーステスは組織の在り方について思うところがあるみたいだが、しばらくは静観をきめる必要がある。今回の任務は果たしてどちら側の争いなのか、注意深く見極めなければならない。

 

そんなこんな考えふけっているうちに島に到着したらしい。それなりに整備はされているが人気のない発着場に降り立つ。あたしが降りたことを確認した操舵士は帰投した。

 

「ん〜っ!まずは情報収集かな〜っ!」

 

長時間騎空艇に揺られていたせいで体のあちこちが強ばっている。適度にストレッチを行いつつ島を探索していく。

 

失われた片島はそこそこ自然が豊かな島だった。ポート・ブリーズ以上、ルーマシー以下といったところか。

 

自然が豊かということは魔物も多いということである。極力戦闘を避けて体力を温存しておきたいので、刺激を与えないように林を突き進む。

 

騎空艇から島を見下ろした時にいくつか集落を発見していた。まずは大きめの集落に向かうのがいいだろう。人がたくさん集まるところには情報もそれに比例して多く集まる。あとはこの島の文化とかも知っておく必要があるだろう。

 

林を進むこと数十分。小型の魔物を蹴散らしたつつ、あたしは集落に辿り着いた。

 

石と白樺の木で出来た建物が並ぶ街並みは橙の空からの光が照り返り、常に夕方のようなどこか懐かしくも悲しい雰囲気の町だ。

 

あたしは一通り町の中を歩き回った。文化はどちらかというと古風で、社などが町のあちこちにある。推測だが、ターゲットである星晶獣フォーチュナーはこの島の神様として奉られているのだろう。

 

次に確認することは決まった。神様として奉られているなら何かしらの祭りなどの祭事があるはずだ。その類の情報は市場で商売している商人に聞くのが早い。ついでにお昼ご飯も済ませておこう。

 

 

 

 

 

「お姉さん観光かい?それとも仕事かい?」

 

「まぁそんなところ。普段は傭兵とかやってるんだけど、変わった島だから休憩ついでに観光で来たの」

 

「はははっ!確かに一日中夕方の島なんて他にはないもんな!はい、お待ちどう!」

 

市場の屋台で鶏肉と野菜のサンドイッチを購入した。揚げてある鶏肉に甘辛いソースを絡めて、シャキシャキの新鮮な野菜と一緒にふわふわのパンでサンドされている。歯ごたえもよく、鶏肉の香ばしさとジューシーさが口いっぱいに広がる。

 

「んん!おいしい!おじさん、なかなかいけるね!」

 

「ありがとよ!ところでお姉さんよ、さっき傭兵もしてるって言ってたよな?」

 

仕事の小休憩のつもりだったが、星晶獣に関係のある話が聞けるかもしれないと思い、頭を切り替える。傭兵を名乗っているのは着ている鎧を怪しまれないようにするのと、傭兵を名乗ることでトラブルに首を突っ込んでも周囲に違和感を与えないようにできるからである。

 

「うん、護衛でも魔物退治でもある程度はなんでもやってるわよ」

 

「そいつは頼もしい。実は近々豊穣祭が催されるんだけどよ、神子様の護衛をどうするか組合で話し合ってるところだったんだ。腕の立つ若いもんは出稼ぎに行ってるしで困ってたんだ。話は通しておくから神子様の護衛を受けてくれないか?」

 

「そうね…。ねぇ、豊穣祭ってどんなお祭り?護衛が必要なほど危ないお祭りなの?」

 

「ああ、いや。危険な祭りってわけじゃないんだけどよ。十年に一度行われる豊穣を祈る祭りなんだ。神子様が幸宮殿で豊穣と島民の幸福を祈るんだ。だけどこの町から幸宮殿までの道のりが長くてな。魔物が活性化している時期でもあるから護衛が必要ってわけなんだ」

 

幸宮殿。恐らくこの島の東端にある丘の建物のことだろう。にしてもいきなり神様に関わる話を聞けたのは幸先がいい。神様として奉られているならそれはきっと星晶獣のことだ。

 

「いいわ、その話受けてあげる」

 

「おお!ありがたい。組合の方には俺から話を通しておくよ。お姉さん宿はもう決まってるのかい?決まってないのならいい宿を紹介するよ」

 

「まだ決まってないから紹介してもらおうかな?」

 

屋台のおじさんに紹介してもらった宿はこの町で一番大きい社のすぐ側にあった。宿代は組合が負担してくれるそうで心置き無く宿で休める。

 

任務でなければもう少し市場で買い物を楽しみたかったが仕方がない、神子様とやらに会っておく必要があるので大社へ向かう。

 

ぽつんと大きな木造の建物。橙の空も相まってどこか寂しい雰囲気を醸し出す大社。その傍らに二人の子供がいた。

 

巫女服を着たエルーンの少年とヒューマンの少女。二人仲良くボール遊びをしていたが、あたしに気がついた二人は遊びをやめて嬉しそうに近寄ってくる。

 

「お姉ちゃんよその人?」

 

「すっごーい!かっこいいヨロイだね!」

 

目立つ格好なので興味の対象となるのは大人子供問わず容易い。子供の無邪気な好奇心を利用するようで申し訳ないが神子様について知っている人を聞き出そう。

 

「うん、そうだよ。他の島から来たの。ねぇ、大人の人はいるかな?」

 

「いないよ。ここには僕達だけ」

 

虎のような耳をしたエルーンの少年は横に首を振る。

 

「そうなの?それじゃあお父さんかお母さんは―――」

 

「いない。ここで暮らしてるのは僕とティケだけだよ」

 

あちゃー。思いっきり地雷を踏んでしまった。

 

「ねぇねぇ!お姉ちゃんのお名前なんていうの〜?」

 

ティケと呼ばれる少女は人懐っこくあたしの体を揺する。

 

「ん〜?あたしはね、ゼタっていうの。君たちのお名前も聞いていいかな?」

 

「わたしはティケ!」

 

「………」

 

「マルテもちゃんと挨拶しないとしつれいだよ?」

 

種族が違うから兄妹では無さそうだが、少女ティケは幼くも礼儀正しい。それに対しマルテと呼ばれた少年はユーステスを彷彿とさせるような仏頂面で黙り込んでいる。

 

「お姉ちゃんは早く元の島に帰った方がいいよ」

 

そう言い、マルテは大社へ走り去ってしまった。

 

「あー!待ってよマルテ!あ、お姉ちゃん、また遊びに来てねー!」

 

ティケも後を追いかけるように走り去ってしまった。

 

子供しかいないのならここにいても仕方が無いので別の社で聞き込むことにした。

 

話を聞いていくうちに神子様はエルーンの少年マルテだということが分かった。両親は十年前に亡くなったらしく島の大人たちみんなでマルテの様子を見ているらしい。

 

不思議な雰囲気を持った少年。さすがは神子様と呼ばれるだけはある。だけど、帰った方がいいとはどういうことだろうか?もう少しあの少年の話を聞く必要がある。

 

今日はもう遅いのでまた明日にでも大社に行くとしよう。少女ティケも可愛らしかったし、お菓子の差し入れを持っていけば喜んでくれるだろう。

 

日が沈むと橙だった空は、他の島と同じ濃紺の夜空へと変わっていった。

 



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不穏

 

 

翌朝、あたしは宿屋で朝食を済ませて昨日大社で出会ったトラ耳エルーンの少年マルテとヒューマンの少女ティケに会うため市場へ向かった。直接大社に出向いてもよかったが、マルテという少年は気難しい性格をしていそうなので、少しでも気を許してもらえるように安直ではあるがお菓子でも持っていこうと画策している。

 

「おじさん! 朝食美味しかったよ! 荷物は置いたままにしておくから掃除はしないでね!」

 

「あ、ああ・・・ありがとうございます」

 

宿屋のおじさんは困ったような表情を浮かべた。他の島では荷物を置きっぱなしにして宿から出かけるのは普通だと思うのだが、この島では珍しいのだろうか?

 

ま、いっか。などと考えながら外へ出て市場へ向かう。細かいことは気にしない気にしない。さて、お菓子はどんなものがいいか。相手は子供だから甘い洋菓子なんかが喜ばれそうだ。

 

 

 

 

 

 

「ねえあなた、さっきの赤い騎士様は宿泊のお客だったのかい?」

 

「いや知らないなぁ、てっきりわしはお前さんが連れてきた客なのかと―――」

 

「私は知らないよ、にしても立派な鎧だったわねぇ」

 

 

 

 

 

 

さて、我ながら買い物をかなり楽しんでしまった。気が付けば昼前だ。意外とお菓子屋が多いこの島の市場。次から次へと目移りしてしまう。休暇を見つけてベアと一緒に来るのも楽しいかもしれない。あるいはジータも。そういえばイルザさんが好きそうなシュークリームのお店を見つけたから任務帰りに買って帰ろう。

 

あたしは子供たちに持っていくケーキを片手にお昼ご飯を買いに昨日の屋台へと向かう。揚げ鶏のサンドイッチがなかなか癖になる味でまた食べたくなった。

 

「おじさん、昨日と同じやつお願い!」

 

「いらっしゃい! はて? 昨日と同じ・・・? すまないがメニューを見て注文してくれんかね?」

 

むっとなってしまったが、きっと忘れっぽいのだろう。

 

「揚げ鶏のサンドイッチをお願い!」

 

「あいよ! ところでお姉さんよ、この島には観光かい? それとも仕事かい?」

 

「やだなぁおじさん、変な冗談はやめてよね! あたしに仕事頼んどいてそれは酷いんじゃな?」

 

「仕事? そんなもんは頼んだ覚えはないが?」

 

「ちょ―――、いやなんでもない。代金ここに置いておくね」

 

「あ、ああ、ありがとよ・・・」

 

あたしはサンドイッチを受けっとって屋台から去った。何かがおかしいと感じたあたしは急いでサンドイッチを口に入れて大社へと向かった。

 

屋台のおじさんにあたしに関する記憶がなくなっていた。いや、屋台のおじさんだけじゃなく、宿屋のおじさんもそうなのだろう。今朝の不穏な表情はあたしが宿泊した記憶がなかったからだ。

 

あたし自身が目立つ格好をしているので立ち寄ったお店には鎧姿で覚えられる。それをまるで初めて見たかのように接してきたのであたしの推測は正しいと思う。

 

大社に到着すると、マルテとティケは昨日と同じようにボール遊びをしていた。大社に来た理由は神様の巫女、つまりターゲットの星晶獣に最も近い人物がどんな影響を受けているのかの確認の為だ。

 

「あー! ゼタお姉ちゃんだ!」

 

ティケはあたしを見つけるなりボール遊びをやめて笑顔で近づいてきた。

 

「こんにちはティケちゃん。今日はケーキ持ってきたわよ」

 

「ケーキ! やったぁ! ねえマルテ! ゼタお姉ちゃんがケーキ持ってきてくれたよ!」

 

ティケの呼びかけに無言でうなずくマルテ。ボールをもってゆっくり近づいてくる。そしてマルテはとんでもないことを口にする。

 

「お姉ちゃん・・・ティケがわかるんだね」

 

「ティケがわかるってどういうこと? もしかして、島の人の記憶がないことと関係あるの?」

 

マルテの口ぶりからするとまるでティケが幽霊とでも言っているようなものだ。だが、ティケは透けているわけでもないし触れてみるとちゃんと体温を感じる。決して幽霊などの類ではないことは明らかだ。

 

「中で話すよ。ティケもいいだろ?」

 

「うん! ゼタお姉ちゃんなら大歓迎だよ!」

 

「わかった、島のことに詳しいみたいだし話を聞くわ」

 

この島の状況を聞いて青ざめたのは少し先の出来事だった。

 

 



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re LIFE

あたしはマルテの案内で大社の中に入った。ダダっ広い大社の中は子供二人で生活するには広く、静かすぎた。

 

「どうぞ、入って」

 

マルテは襖を開けてあたしを座敷に通した。

 

「ありがと。はいこれ、後から食べるなら冷やしておいたほうがいいかも」

 

ケーキを渡すとマルテはキョトンとした表情をみせた。どうしたらいいか分からずあたふたとしている。

 

「ケーキのお皿とフォーク私が持ってくるね!」

 

ティケはうきうきとキッチンへ向かった。置いてけぼりとなったマルテは後を追いかけるか、あたしと部屋で待つか迷っている。初めのマルテに対する印象は不愛想でとっつきにくい感じがしたが、よく観察してみると人見知りがちのかわいい男の子だ。

 

「ティケちゃんが来るまでにさっきの言葉の意味を教えてほしいな」

 

「う、うん」

 

床に置いてあるテーブルを挟んで座る。土足禁止の文化はあまり慣れていなく、座布団に座るというのはなんというか、いけないことをしているような感じがした。

 

「お姉ちゃんはティケがはっきりと見えてるの?」

 

「うん、見えてるわよ。その言い草だとティケちゃんがお化けかなにかみたいよ」

 

「お化け・・・ではない、と思う」

 

歯切れが悪い。はっきりと断言できないということはマルテ自身もティケのことを何者なのか確証を得ていないのではないか? この子たちはどういった関係でこの静かすぎる大社に暮らしているのだろうか。

 

「マルテくんはティケちゃんをどう思っているの?」

 

「どう・・・。大切な友達で、家族だと思ってる。ティケは僕が物心つく前から一緒にいたんだ。だけど、島の人たちは誰もティケを知らない―――、見えていないんだ!」

 

「島の人たちは見えていない。それって昨日の記憶がないのと関係していたりする?」

 

「たぶん。この島はずっとおかしいんだ」

 

やはりこの子たちと星晶獣は関係がある。だけど運命を操る能力と、記憶がリセットされるというのは因果関係があるとは言い難い。もう少し材料が欲しいところだ。

 

マルテはこの島の様子がずっとおかしいと言った。ずっと。それはいつからだろうか。

 

あたしは息を呑んだ。

 

マルテとティケが出会ったのはマルテの物心がつく前。ずっとおかしい。島の人たちはティケが見えていない。ずっと・・・。

 

「ね、ねぇマルテくん。そのずっとっていうのはいつからなの?」

 

「わからない。だけど、僕が神子であるということがわかった日からずっとなのは確かだよ。それで、祭りの前日を何回も何回も繰り返しているんだ。今日で3648回だよ」

 

「ちょ、ちょっと待って! 3648回!? 意味が分からないんだけど!?」

 

突拍子もない言葉に私は混乱した。3648回繰り返している、つまり約9年間も島の人たちは記憶をリセットされ、マルテとティケは記憶を維持したまま繰り返される日々を送っていたということになる。想像しがたいが、常人であれば狂ってしまう歳月だろう。

 

「ご、ごめんなさい」

 

マルテは耳をしゅんと垂らしてうつ向いてしまった。

 

「ああっ、ごめん! 大声を出すつもりはなかったの。だけどこれは普通じゃないわ、マルテくんやティケちゃんが正気を保てるのが奇跡みたいなものよ」

 

「僕もそう思う。だけど体が成長しなくなってから心のほうもおかしいんだ。なんて言ったらいいのかわからないけど、同じものを毎日見ても初めて見たみたいな感じ」

 

体が成長しなくなってから? あたしは一つ見落としていたようだ。マルテは見た目10歳から12歳ほどの子供だ。そんな子供が約9年間性格に繰り返される日数を数えられるだろうか、1歳から3歳ほどの子供が。

 

「マルテくん、その3648回というのは君が何歳になってから数えたもの?」

 

「えっと・・・10歳の時」

 

ああ、やっぱり。この子たちは時間だけの年齢で言うと19歳。だけど、肉体と精神の成長が止まってしまっている。それはこの子たちだけではない、この島の人たち全員がそうなのだろう。

 

「おまたせ~! お姉ちゃんの分のフォークがなかなか見つからなかったよ~」

 

えへへとティケは陽気に座敷へとお皿とフォークを3人分運んできた。

 

問題はこのティケという少女。島の人はティケの存在を認識していない。だけどあたしにははっきりと人間の女の子として認識している。それはマルテも同じ。そして記憶を保持して繰り返しの毎日を過ごしている。

 

「ゼタお姉ちゃん怖い顔してるけど何かあったの? 大丈夫?」

 

ティケは無邪気な笑顔を向けてあたしの顔を覗き込む。

 

「ううん、大丈夫。ケーキ食べよっか! いろんな種類買ったから選んでいいよ。マルテ君も選んで選んで!」

 

想像を絶する出来事がこの島で起きている。いきなりこんな話を聞かされたのだから自然と脳が糖分を欲してしまう。ひとまずは休憩を挟んでから調査に乗り出そう。

 

ケーキを選ぶ二人の様子はとても9年間同じ日々を過ごしてきたようには見えない。微笑ましい光景ではあるが、あたしには不気味だと感じてしまうのだった。

 

 

 

 



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