IF仮装演算戦争:鮮血の伝承 (カリーシュ)
しおりを挟む

本編没話:第22話

ハロウィンスペシャルという事で、コッソリ投稿。以下注意点。

・IFポイント:もしヴラドが疑われてなくて、二十二話ラストシーンに間に合っていたら。
(書いてて設定との矛盾が発生した話なので、深く考えずに読んでください)
・若干のホラー
・ノリで書いたので、フォントによる演出有り。




 

 

 

――第一層 裏路地

 

 

――男は一人、無様に縮こまり、震えていた。

その後悔は、昨日の晩まで遡る。

 

 

……簡単な仕事だった。 一対一でも多分勝てるくらいのレベル差がある女を十人で捕まえ、地下ダンジョンに送る。 たったそれだけのハズだったのに!!

 

 

確かに標的に教会に逃げ込まれた時には焦った。 その教会に黒の剣士がいた事も焦燥を加速させた。

だがその心配は、女が一人でトボトボと俯きながら教会から出た事で霧散した。 霧散させられた(・・・・・)

 

 

――異常を感じたのは、女を裏路地に追い込み、ブロックで逃げ道を塞いだ直後。

死地に送るべく、隊員の一人に回廊結晶を寄越す様に声を掛けた。

 

 

 

――返事は、無かった。

 

 

 

疑問に思い、隊員の点呼を取ると、その隊員が居なくて。

代わりに、路地の隅に人形が――

 

 

 

 

 

 

 

――口にパン屑を詰め込まれた兵隊の人形(・・・・・・・・・・・・・・・・・)が転がっていた。

 

 

不気味に思い、一先ず場所を変えようと判断した。

 

 

 

 

 

――後から考えれば、この時点で任務を放り出して逃げるべきだった。

 

 

誰かしらに後を付けられていると判断。 始末場やギルドホームの場所を悟られないよう、女が逃げられない様にブロックで囲みながら徒歩で園外まで出る事にして動く事数分。

最後尾にいた筈の隊員が、物音一つ立てずに人形に――

 

 

 

 

 

――寝ている(・・・・)つもりなのか、目を瞑って鼻提灯を付けた兵隊の人形と入れ替わっていた。

 

 

 

 

たちの悪い悪戯だと思った。

一瞬奴ら(DK)に感付かれたかと冷や汗が垂れたが、連中なら即強襲してるだろうと思い、変な趣味を拗らせた輩の仕業だと思った。

念の為、隊員の一人を偵察に向かわせた。

 

けれど十分経っても帰って来ず、もう一人に向かわせたら、曲がって直ぐの死角にあったと言って、旅行客らしい服装の兵隊の人形(・・・・・・・・・・・・・・)を持ち帰ってきた。

 

 

この時点で、部隊は浮き足立っていた。

圏内にも関わらず抜剣する隊員すら現れ、先頭をズンズン進み始めた。

嫌な予感を感じ、呼び止めるも、遅かった。

 

曲がり角で姿が見えなくなった一瞬。

その一瞬で、抜剣していた隊員は――

 

 

剣で頭を割った兵隊の人形(・・・・・・・・・・・・)に成り果てていた。

 

 

隊員が次々と消え、人形に代わっていく。

余りの非常事態に、一先ず見晴らしの良い場所で対策を考えようとして、少しばかり高くなって丘のようになっている場所まで逃げた。

 

 

それが、いけなかった。

 

 

丘の中央にある木。

噂では稀に5コルで売れる木の実が落ちるらしい木に辿り着くと、その根本には、蜂に刺されている兵隊の人形(・・・・・・・・・・・・・)が転がっていた。

 

慌てて人数を数えるも、今回は減っていない。

……いなかったが、内一人が気掛かりな事を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

――『十人の小さな兵隊さん』、と。

 

 

 

 

 

 

 

どういう意味だと訊いた。 周りは開けた場所で死角が無いのも、人形があるのに誰も減っていない事実も、油断を助長した。

 

 

その隊員は、震える声で、「じゅ、『十人の小さな兵隊さん』は、」とまで言い、

 

 

 

 

 

 

 

――静まり返った周辺に、蜂の羽音(・・・・)が響いた。

 

 

ッ! ば、馬鹿な、圏内だぞ?!

 

有り得ないと思いつつも、急ぎ警戒するよう指示を出す。

けれど、その震える隊員は、突然笑い出した。

 

「何がおかしい!?」

 

「は、はは、ハハハハハ! 『6人の小さな兵隊さん、丘で遊んでたら1人が蜂に刺されて、残り5人』! 俺は六人目だ! 俺は六人目だ!!

ハハ、ハハハ!

 

――もう嫌だぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

「お、おい! 待て!?」

 

その隊員は発狂したように叫びながら、走って町の闇に消えてしまった。

 

 

………これで、後5人。

 

 

 

 

 

もう形振り構っていられなかった。

捕まえていた女も放り、転移結晶でギルドホームのある黒鉄宮まで転移する。

 

 

これで安心だと思った。

もうこの際キバオウも裏切って、何処かへ雲隠れしようと思った。

 

ただ、そんな世迷い事は――

 

 

 

 

 

最後の転移エフェクトから現れたのが、裁判官っぽい服の兵隊人形(・・・・・・・・・・・・)だった事で粉砕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気が付けば、以前逃げ帰る羽目になったダンジョンに潜っていた。

ここなら誰にも知られていない。 ここなら誰も急にいなくならない。 その筈だ。 その筈なのに!

 

一人減って、魚に頭から呑まれている人形(・・・・・・・・・・・・・)を必死に踏み壊す。

 

有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない! 有り得てはいけない!!!

 

震えている、残り二人まで減った部下を叱責しながら、ダンジョンから出る。

 

犯人は、俺たちがあのままダンジョンを潜って逃げると考えているに違いない。 そうであってくれ。 そうに決まっている!!

 

人形を踏み壊している途中で気がついた、赤いマントに書かれた一文――『3人の小さな兵隊さん、動物園に歩いて行ったら熊に抱かれて、残り2人』。

 

だったらモンスター()なんて出ない街中に逃げればいい。 だったら安全だ! 彼奴らの思い通りにはならない!!

 

走った。

必死に走った。

夜通し走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――疲れのあまり立ち止まると、朝日が顔を照らしていた。

 

後ろを見ても誰も居ない。 が、ギルド共通ストレージに俺宛のアイテムが送られたという表示が点滅していた。

 

「……なんだ、単に逸れただけだったのか! 全くビビらせやがって!!」

 

自然と声が大きくなる。

震える声を誤魔化すように、自分に言い聞かせる様に、大声で独り言を言いながらアイテムストレージを開き――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――出てきたのは、八つ裂きにされた人形と、黒焦げの人形。

辛うじて無事な背中に刻まれた詩は、『2人の小さな兵隊さん、日向ぼっこしてたら日に焼かれて、残り1人』。

 

「…………う、うわぁぁぁああああああああ!?!?」

 

散々走ったのも忘れ、人形を放り出してまた町を走る。

転移結晶の存在も忘れ黒鉄宮に駆け込み、俺たちが占拠している一室に逃げ込む。

カーテンも閉め、ライトも全て消し、限界まで身を縮こませながらクローゼットに隠れる。

 

ガタガタと震えながら、何時間経ったか。

 

 

 

 

……半日経っても何も起きず、次第に恐怖が薄れる。

大の男がクローゼットに隠れている事がバカらしくなってきて、次いで勝手に消えた九人の隊員への怒りが込み上げ、クローゼットの扉を蹴り開け――

 

 

 

 

「――ヒッ!?」

 

 

 

 

首を吊った人形(・・・・・・・)を見て、心の底から、後悔した。

 

その光景に腰を抜かしていると、メッセージが届く。

半ば無意識にウィンドウを開くも、同層にいる事で送れる簡易メッセージで送り主は分からなかった。

内容は、――終わりの一節。

 

 

 

 

 

『――1人の小さな兵隊さん、1人になってしまって首を吊る。 そして――』

 

 

ゴクリと生唾を呑み、最後の一言を口にする。

 

「「そして、誰もいなくなる(・・・・・・・)

………?! 誰だ!?」

 

自分以外の声が確かに聞こえ、ズッコケながらも慌てて振り返る。

けれど、誰もいない。 自分の気配すら分からない程の暗闇(・・)が広がるだけ。

――何も見えない(・・・・・・)

 

 

もう一度、メッセージで送られた詩を読む。

 

「……は、はは。 自分で首を括れってか? 絶対やるかよ! 俺は解放軍だ! 俺たちは、最強なんだ!! あんなバケモノじゃない、俺たち人間がアインクラッドを攻略するんだ!!

その俺たちが、俺が首を吊る訳が………

……………ん?」

 

 

その時、恐怖のあまり一周周って冷静になった思考が、警鐘をならす。 絶対に見逃してはいけない違和感を見過ごしていると絶叫する。

 

――もう此処は、怪物と胃の中だと。

 

 

 

 

ガチガチと煩い自分の歯の音も無視し、人形が首を吊っている方を見る。

 

………何も、見えない。

カーテンの隙間からの日光で見えた筈の人形が、見えない!

 

代わりに視界に入るのは、頭一つ分高い所で瞬く――

 

 

 

 

 

 

――一対の青い星、と、横倒し、の、紅い、月――

 

 

 

「ヒッ―――――うあああああああぁぁぁああああああああ!?!?」

 

腰が抜け、それでも必死に、普段走るより速いんじゃないかと思うスピードで這いずりクローゼットに飛び込む。

 

これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは悪い夢なんだ! 覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ! 覚めろよ、早く覚めてくれよっ!?

 

震えて上手く動かない手で、力一杯扉を閉める。

ガツっという音がなり――

 

 

「………あ、ぁぁあ、あ、ぁ………」

 

 

――閉まり切る直前。

そのスキマに、指が差し込まれる。

当然、扉は閉まらない。

 

「……く、来るなぁ!! 閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ、閉まれぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――10人の小さな兵隊さん、食事に行ったら1人が喉につまらせて、残り9人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処からともなくあどけない少女の声で、歌が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――9人の小さな兵隊さん、寝坊をしてしまって1人が出遅れて、残り8人

 

 

 

 

 

 

 

 

それは勿論、子供をあやすマザーグース(子守唄)などではなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

――8人の小さな兵隊さん、デボンへ旅行したら1人が残ると言い出して、残り7人

 

 

 

 

 

 

 

それは、死神を喚ぶ『呪いの唄』。

 

 

 

 

 

 

 

――7人の小さな兵隊さん、薪割りしたら1人が自分を割って、残り6人

 

 

 

 

 

 

その唄が始まれば、誰も生き残れない。

 

 

 

 

 

 

――6人の小さな兵隊さん、丘で遊んでたら1人が蜂に刺されて、残り5人

 

 

 

 

 

最後の一人になるまで、死体すら残さず消えていく。

 

 

 

 

 

――5人の小さな兵隊さん、大法官府に行ったら1人が裁判官を目指すと言って、残り4人

 

 

 

 

そして、最後の一人になってしまえば、あと出来るのは祈るだけ。

 

 

 

 

――4人の小さな兵隊さんが、海に行ったら燻製ニシンに食べられて、残り3人

 

 

 

……唄う死神が、直々に殺しにやってくる。

 

 

 

――3人の小さな兵隊さん、動物園に歩いて行ったら熊に抱かれて、残り2人

 

 

そうなればもう、助からない。

 

 

――2人の小さな兵隊さん、日向ぼっこしてたら日に焼かれて、残り1人

 

あぁ、ほら。 何処までも無慈悲に冷酷に残酷に。 全力で抑えていた扉が、地獄の門へと早変わりする。

 

――1人の小さな兵隊さん、1人になってしまって首を吊る、そして――

 

 

異音を立てて扉がこじ開けられ、もう俺の身を守ってくれるものは何も無い。

 

「ま、まっで、まっでぐれ。 たすけ――」

 

巨大な手で頭を鷲掴みにされ、強引にクローゼットから引き摺り出される。

 

「たすけてくれ! 金でもあいてむでもなんでもだず! だか、だがらだずけ――」

 

 

 

 

 

 

 

「――もう詠んだのだから識っているだろう。 その唄の最後の一節を」

 

一瞬、引き摺る力が弱まる。

尤もその一瞬は、死刑宣告の為の一時でしかなかったが。

 

 

 

「―――And Then There Were None(そして誰もいなくなる)――」

 

 

「ま、待っで! じにだぐない! じにだぐ――うあ“あ“あ“あ“あ“あ“ぁぁぁぁあ“――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

薄く西日が差し込む誰もいないその部屋には、

 

人形が一つ、小さな音で縄を軋ませていた――

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話

 

 

 

 

 

閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ(みったせーみったせーみったしてみったせー)。 繰り返すつどに四度――あれ、五度? まあいいや。 えーと、ただ満たされる時をー、破却する……だよなぁ?」

 

深い暗闇。 月や星々の光はおろか、文明の光すら満足に差し込まない深い闇。

尋常な精神の持ち主であれば吐き気を催す程の死臭が漂うその部屋で、雨生龍之介はその異様で異常な空間とは真逆に、楽しげに唱えながら魔法陣を描く。

土蔵から発見した手記にあった通りに仕上げ、掠れていて読めない部分もあったとはいえ余りにも適当な呪文を唱え終えると、その部屋に存在する、元凶たる龍之介を除けば唯一の生き残りである少年に声をかける。

 

しかし子供にそんな余裕は無い。 無残な骸と化した両親を前に、只々怯え、震える事しか出来ない。 そもそも縛られている小学校入るか入らないか程度の子供に返事など期待していなかった。

それに気付いた上で、龍之介は饒舌に語る。

 

「悪魔に殺されるのって、どんなだろうねぇ。 ザクッとされるかグチャッとされるのか、兎も角貴重な経験だと思うよ。 滅多にあることじゃないし――うぁッ!?」

 

不意に、龍之介の背を強い力が押す。 何とか踏鞴を踏む程度で転ばずに済んだものの、目の前に転がる少年以外には、閉め切ったこの部屋に背を押せるものは存在しないはずである。

一瞬で頭が冷えた龍之介は、まさか見逃していた生き残りでもいたのかとポケットのナイフに手を伸ばしながら振り向く。

 

けれど、そこにあったのは風。 そして光だった。

鮮血の魔方陣が燐光を放ち、それを中心に竜巻じみた突風が吹き荒れる。

 

――紛う方なき未知。 紛う方なき超常。

 

突き飛ばされた事も子供の存在も頭から吹き飛んだ龍之介は、期待に胸躍らせながら事の顛末を見守る。

 

 

……ここで雨生龍之介は、全くの偶然と理不尽な不幸ながら、二つのミスを侵していた。

うち一つは、手記の内容について。 その内容は確かに聖杯戦争についてのものだったが、如何せん書かれている内容が古過ぎ(・・・)た。 劣化による情報の欠損は言うまでもなく、仮に全て揃っていたとしても第二次聖杯戦争直前に書かれたものだ。 大雑把な決まりこそあれど、結局はルール無用の殺し合いに発展した事も考慮すれば、その内容の程度は知れるだろう。

故に、龍之介は子供の手の甲に生じた異変を見逃した。

 

二つ目のミスは、明確な触媒を用意しなかった事。

手記の内容を殺人のインスピレーション程度としか捉えていなかったが為に、召喚する対象を限定する物品を用意していなかったのだ。 当然、召喚されるものは召喚者と縁ある者である。

故に、龍之介は最後の逃走する機会を失った。

 

 

閃光。 轟音。 この二つが二人を襲い、立ち込めていた霧が晴れる。

世界を隔てて尚遠い世界の住人が、役目を全うして燻んだ魔方陣の中央に今、降臨した。

 

 

――ひょろりとした長身の男だった。

長い銀髪に、老けた顔。 紙の様に白い肌。 目は閉じている為に瞳の色は分からないけれど、それが寧ろ龍之介にはマネキンの様な印象を感じさせた。

服装は黒いドレスの様なデザイン。 煌びやか過ぎず、けれど質素でもない。 時々見かける、お洒落とはただ宝石や貴金属やブランド物ばかりを身に付ければいいと思っている連中とは違う、明確な意識を持って作られ、選ばれた気品ある服。

 

「ほぇー、スッゲー……」

 

龍之介がその暗い輝きに見惚れていると、唐突に、しかしゆっくりと、瞼が開いた。

その奥にあったのは――深い青。 龍之介の語彙で一言で説明するならば、『深淵』若くは『深海』と表現しただろう。

その淵と目があった、と龍之介が知覚し。

 

――それが、龍之介が感知出来た最後の感覚となった。

 

 

前振りなく放たれた一本のナイフ。 何気ない、例えるなら蝿を払う感覚で振るわれた一閃は、しかし精密に龍之介の眉間を貫き一瞬で脳幹を損傷させただけに留まらず、その勢いだけで首を折るだけの威力があった。

 

両親を襲った悲劇。 その元凶を即死させた、龍之介の言葉を借りるなら『悪魔』。

そんな悪魔が、規則正しい足音を立てて子供に歩み寄る。 平和に眠っていた、ありふれていた筈の夜を襲撃した怪異の連続に子供の心はもう限界だった。

猿轡を咬まされた口から曇った叫びを零しながら、必死に身を捩って逃げようとする。

けれど当然の様に追い付かれ、背後手を縛る結び目を掴まれ軽々持ち上げられる。

 

一際大きな絶叫が鳴り響いて――そこで初めて、子供は違和感を覚えた。

息苦しさが消えている。 いつも通りに声が出る。

同時に腕を縛っていた縄が小さな音を立てて落ち、両足で立つ事が出来た。

ここで漸く、子供は悪魔の表情に殺意も害意も無い事に気が付いた。

 

「……さて」

 

子供を解放した悪魔は、されどその表情に一種の嫌悪を乗せ、続きを言い放った。

 

「よりにもよって余を、それもアルターエゴとして召喚せしめたのは貴様か?」

 

「……えっと……」

 

理解が追い付かず答えに困る子供。 その様子を見て、アルターエゴと名乗った悪魔は溜息を吐く。

 

「まあよい。 マスター権を放棄して尚付け狙うだろう連中であれば残りの敵の数を把握出来る故、貴様が狙われる事は無かろう。 さっさとこの街を後にするとしよう。 行くぞ」

 

子供の右手を握ったままリビングを横断する。 小さな歩調に合わせてゆっくりと歩く悪魔の手からは、けれど確かに温情があった。

 

 

――そして、だから。 かなりの余裕を保ったまま間に合ったのだろう。

戸惑う子供は、縋る様に、自身の名を口にした。

 

 

「……かずと(・・・)

 

独り言同然の音量で呟かれた名前に、悪魔は過剰な程反応した。

信じられないと、けれど漸く腑に落ちたと言わんばかりに、悪魔は聞き返す。

 

「……今、何と言った?」

 

「ぼくの名前は、鳴坂(なるさか) 和人(かずと)

 

効果は絶大だった。

呆然と立ち止まっていた悪魔は硬直するも、しばらくすると笑い始めた。

 

「は――フハハハハハハハ! 成る程、そうか! そうよな! それだけの縁がなければ、余を呼び出す事なぞ不可能!」

 

数分に渡って爆笑を続ける悪魔。 何かとんでもないことを仕出かしてしまったのではないかとオロオロする子供――和人が、また泣き出しそうになる頃になって漸く落ち着いたらしい悪魔は、優しく繋いでいた手を離すと、片膝を付き、目線を合わせた。

 

「こうなれば話は別だ。 では、改めて問おう」

 

全幅の信頼と慈愛、そして自信に満ちた悪魔は、真面目な口調でこう告げた。

 

「――サーヴァント、アルターエゴ。 真名はブライアン・ヴラド。 助けを求める切なる願いを聞き届け、異界より此処に参った。

問おう、」

 

 

ここに成立する陣営は、正義とは何かを問う物語に生じたバグ。

第四の王を交え紡がれる、異端の物語。

 

 

 

 

 

「――お前が、余のマスターか」

 

 

 

 

 

――今此処に、開演を宣言す。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 

 

 

 

 

悪魔――アルターエゴ:ブライアン・ヴラドがそう名乗り、和人がマスターである事を、その重大性を理解しきれていないながら肯定してしまった翌日。

二人は死臭漂う家を後にし、適当な空き家に入り込んでいた。

 

「……さて。 つい勢い余りお前を巻き込んでしまったが、はて。 どう説明したものか」

 

異常事態の連発で疲れていたのか、到着する頃には既に爆睡していた和人を寝かしつけていた、カバーすら掛かっていないベットに二人で座り、アルターエゴは頭を捻る。

人ならざるサーヴァントという存在。 聖杯について。 そしてこの戦争において一応存在するルール。 これらについてどの程度、どうやって説明するか。

幼過ぎて一般教養ですらどれほど有しているか判別が着かないアルターエゴは、暫くして漸くある程度考えが纏まったのか、半ば問い掛ける様に和人に対して話しかけた。

 

「マスター。 ランプの魔人の御伽噺は分かるか?」

 

「う、うん。 テレビでやってた」

 

「ならば話は早い。 マスターが巻き込まれた聖杯戦争とは、とどのつまりそのランプを巡る七組の闘争である」

 

「……どんな願いも叶うの?」

 

「ただしそのランプは映画のラストで創られた悪人入りバージョンである」

 

「ぇ」

 

某映画に出てきたランプに閉じ込められたヴィランを思い出してフリーズする和人。

 

「……あんなの欲しい人、いるの?」

 

「中身を正確に知らぬ者。 勝利者という証を欲する者。 参加者全員が闘争の果ての景品、その真実を知る者ではない。

まあどれ程汚れていようと聖杯の願望機としての機能は所詮、膨大な魔力で過程を飛ばすもの。 願った内容について明確な道筋さえを示してやれば問題無いやもしれぬが、現実的ではない」

 

分からない単語でもあったのか、今度は和人が首を捻る。

子供が少年へと成長した姿を知るアルターエゴは、とても想像出来なかった光景に微笑みながら話を続ける。

 

「……マスターはただ生き残る事のみに注意を払うがよい。

さて、次はサーヴァントについてだ。 サーヴァントとは、あらゆる時代、あらゆる場所の英雄を現代に喚び出したものだ」

 

「えいゆう?」

 

「基本的にはヒーローのようなものだ」

 

その一単語を聞き、和人は僅かに目を煌めかせる。

 

「おじさんもヒーローなの!?」

 

「おじっ!? ……まあよい。 うん、仕方あるまい」

 

その一単語を聞き、アルターエゴは肩を落とす。

 

「残念ながら、余はそんな大層な者ではない。

……所詮、俺は――」

 

己の左手に視線を落とすアルターエゴ。 俯いた事で表情が伺えなくなったが、幼子から見ても分かりやすい程意気消沈していた。

 

「……話を戻すぞ、マスター。

サーヴァントは確かに現代に肉体を持つ存在ではあるが、所詮は魔力で構築された仮初めの身体。 言うなれば幽霊だ。 故に」

 

アルターエゴの長躯が忽然と搔き消える。 身体を構成する魔力量を調整し、物理的に消える霊体化を行ったのだ。

しかし、さっきまで明確にそこにいた人物が当然目の前から消えて無くなる光景は、幼子の心臓に悪過ぎた。

 

「あ、あれ?! あっ、あっ、」

 

まるで陽炎の様に消えてしまったアルターエゴ。 再び一人になってしまったと早とちりした和人が、眦に涙を浮かべ――

 

「――やれやれ。 これでは単独行動などとても無理だな」

 

空間に直接色付けしたかのように、黒い英霊が実体化する。

テレビで見たマジックショーの様に何処からともなく消えては現れてみせた事に和人が目を丸くしていると、今度は頭の中に直接声が響いた。

 

『今見せた霊体化及び実体化の他、この様に念話が可能である。 前者に関しては霊体の特権よな』

 

口を開かず、けれど和人に話しかける自称幽霊。

尤も、唯一頼れる相手に依存し掛けている幼子からは、人外の領域に浸かる怪物への忌避感などとうの昔に消えていた為、純粋たる感嘆の声だけがあった。

アルターエゴが、もう一度やってみてくれとねだる和人をどうにか宥めた後。 最も重要な事を伝えると前置きし、マスターたる和人の右手、その甲に刻まれた、絡んだ二本の直剣、交点には花と思わしき、入れ墨のような紋様に指を乗せた。

 

「これは令呪という、謂わば余に対する絶対命令権だ。 三度しか使う事が出来ぬが、この令呪をもって命じた事は、余の意思を問わずおおよそ全てが実現可能である。 飛べと命じられれば空を駆けよう、蘇れと命じるのであれば如何なる重症であろうと立ち上がろう。

……そして、果てよと命じるなら、唯々諾々と従おう。 お前にはその権利があり、余はそれに従う理由がある」

 

紋様から指を離すと、割物を扱う様に優しく、節榑立った大きな手を幼い頭に乗せた。

 

「余には願いがある。 だがマスターよ、お前が聖杯に望む願いは在ると言うならば、余は譲ろう。 何せ――」

 

自笑するかの如く小さく頬を吊り上げ、和人に聞こえない様に呟いた。

 

「……誰かの願いを叶えてやるなどと嘯いたのは、これが三度目であるが故。

今度こそ、()はその願いを果たしてみせる」

 

アルターエゴの脳裏浮かぶ光景。

繋がりの有無を判別出来ない和人には、その光景を伺い知る事は出来なかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――時は過ぎ、文明の光のみが世を照らす夜。

 

「――聖杯に招かれし英霊は、今! ここに集うがいい。 なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」

 

雷を纏う牡牛が引く戦車、その御者台に聳え立つ巨漢が吼える。

クラス、ライダー。 真名『征服王』イスカンダル。

紀元前四世紀にマケドニアを率いた、紛れも無い王。 その王が、吼えたのだ。

 

その真名に誇りがあるならば、姿を見せよと。

 

……史実であれば、現れるのはアーチャーと、それに釣られたバーサーカーのみだった。

アサシンは嘲笑い、キャスターはそもそもライダーの一喝が届かぬ位置にいた。

 

――だが、今は違う。

 

「――我を差し置いて王を称する不埒者が、一夜のうちに二匹も涌くとはな」

 

黄金の輝きが街頭の頂上に実体化すると同時に、二騎(・・)のサーヴァントが出現する。

 

「――ほう。 ならば名乗るがよい、そこの。 竜の子たる余が聞き届けてやる」

 

一騎はアルターエゴ。 己の名に誇りは無くとも、その名に纏わる誇りを穢す事を容認出来ぬ怪物が、黒コートを翻し壇上に現れる。

 

そして、――

 

 

「――随分と煩く吠えるのですね。 王と名乗るならば、もう少し節度を覚えられては?」

 

もう一騎。 この場に存在しない筈である、銀髪の少女(・・・・・)が、倉庫の屋根から飛び降りて姿を現した。

 

 

 

 

 

……この事態に大いに動揺する羽目になったのは、何を隠そうマスターたちであった。

その場でもろに六騎のサーヴァントの睨み合いに巻き込まれたウェイバーとアイリスフィールは顔色を無くし、ライフルでケイネスを狙っていた切嗣とケイネスは、ケイネスのすぐ近くから出現した英霊に冷や汗をかいていた。

けれど誰よりも困惑していたのは、アサシンの視界を共有する言峰綺礼――ではなく、アーチャーのマスターである遠坂時臣だった。

 

『何故だ? 何故アサシンがあの挑発に応じる?!』

 

綺礼から逐次詳細を聞いていた時臣が、僅かに声を震わせる。

 

「どうしますか、師よ」

 

『……アサシンに真名だけでなく、クラスも名乗らせるな。 偶然の産物とはいえ、ハサン・サッバーハ以外のアサシンを召喚したという利を失う訳にはいかない。 如何なる理由で姿を見せたか分からない以上、令呪を使うといい』

 

「承知しました」

 

時臣の采配を受け、薄暗く地下室に赤い一筋の光が満ちる。

 

「令呪を以って命ず。 己の正体を秘匿せよ。

 

 

 

 

 

――アサシン、『ジャック・ザ・リッパー』」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。