びーうぃっちど! (sakunana)
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I,Sweeptosho,Take This Magic Book 不敵な魔女がやってきた

4月第1週の金曜日。授業を終え日々のトレーニングも終えて、太陽は沈みかけ薄暗くなった寮への帰路を行くウマ娘でトレセン学園は賑わう頃。特別教室棟の一室、雑多に物が置かれた小部屋に一人のウマ娘がいた。

 

訪れる者は少なく、寿命を終えた事に気づかれないままの蛍光灯の下、持ち込んだ手持ちライトを傍に置き、時折被った魔女が身につけるような三角帽子の広いつばで手元が暗くなるのを邪魔にも思いながらもそれを脱ぐことはなく、四つん這いになりながら床に広げた古ぼけた本を読むそのウマ娘の名は”スイープトウショウ”。

 

スイープは広げた本に描かれた図形と前方の床に白いチョークで描かれた図形とを、顔を何度も上げ下げしながら見比べる。床の図は二重線の円の中に納まるように五芒星と幾つかの模様が描かれ、その上に置かれた物については本に挟んだメモ書きを見て一つ一つ指差しながら確認していく。

 

「星の右上に”乾燥豆”…はOK、左上に”蒸留水の小瓶”はOK、右下には”塩”と左下には”5枚の花弁のある花”、これは丁度良く桜の枝が落ちていて助かったわ。後は上の部分の”髪の毛”、そして中心部には”人形”……まあ、人形というよりトカゲの縫いぐるみだけど良いよね。二本足で立てられるしヒトの形っぽいし」

 

そう自分を納得させるように口にしてから本を閉じると、それを横にあったスペースへと押し動かしスイープはスクッと立ち上がった。

 

「これで準備は万端ねっ」

 

床に描かれた図形────その魔方陣の前へと一歩前に出て目を瞑り、頭の中へと叩き込んだ本の図の下に書かれていた文言を自分の中に蘇らせる。本を持って読んでも良かったが、本はかなりの大きさと重さがあるという理由もあれば、何よりもそれでは格好がつかないと、呪文をメモ用紙に書き写すような方法も取らずにこの日のために頑張ってきた。

 

それがどんな魔法を引き起こすための呪文であるかの説明は日本語訳が共に記してあったが、図形の傍に書かれた何が魔方陣上に必要なのかの部分と呪文の文言は日本語でも無ければ英語でもなく今回初めて知ったような異国の文字で、その意味は何なのかどう発音すればいいのかを辞書を持ち出して一人で読み解いた。暗記も日々の勉強も得意でも好いてもいない中で、過去のどの勉強よりも熱心にやったと自負が出来るほどに没頭して。

 

その自信は顔にも溢れて目は生き生きと輝き、これから起きる事の楽しみに口の両端は大きく上がる。最後にペロリと唇を一舐めし、スイープはスカートのポケットに右手を入れる。そこで楕円形をした木の手触りを確認して掴み空間を切るようにしながら取り出せば、その持ち手の先から細長い部分が飛び出してタクトのように変化する。

 

その切っ先を確認した後、スイープはその手を胸に当て言葉を紡ぎだす。

 

「パロ・リ・スラーク・リ・デト……」

 

魔法陣の白い線にスッと紅い光が走ったように見えた。

そこを注視すれば今度は光は視界の端で魔法陣のまた別の場所を通っていく。

光は段々と強まり、やがて魔法陣全体が鮮やかな赤色になった後には部屋全体が明るくなったようにも感じれば、一方で空気が重くなり淀んだようでもあり呪文を吐き出していくだけで息苦しさも自覚するほどとなった。

それでもスイープに存在したのは怖れではなく沸き立つような高揚感だけだった。

 

これは本物だ。

 

その事が自分を唯々前に進ませる。

瞳が空間をパチパチとして過ぎる火花のような物を捉えても、周囲に置かれた物がカタカタと音を立て始めても、手を降ろすことも口を閉ざすこともなく、本当の魔術書を手に入れたという喜びに打ち震える身体を抱えたまま、これまでの日々が脳裏に浮かびながらも続けていく。

 

ある日に図書室で見つけた古い本。開いてみれば理解できない言葉と共に描かれた図が。図書委員のウマ娘にも学園職員の司書にも聞いたけれど学園の本としては登録がないと話で、彼女らにもよく分からない本だと言われた。

 

しかし、スイープは手に取った瞬間に確信していた。これは魔術書である、と。

「学園の本で無いのなら誰かが勝手に置いて行ったのかと調べてみる」とそこで言われ、中身の解読については「どうにか見せて欲しい」と頼みこみ、部屋から持ち出さないとの約束をして足繁く図書室に通いながら解決し、そして、今日、隙を見つけてこの部屋へと本を持ってきたのだった。

 

今、自分は魔法を使っている

思い描いていたものが現実のものへとなっている

 

高まる興奮と共にタクトを眼前の空間に突きつけるように右手は前に出し左手は腰へと当てられ、そして、呪文の終わりが音となる──────

 

「フォム・ペトレ……!?」

 

最後の一文字を世界へと乗せた途端、スイープの身体に前方から押される衝撃があった。身構える間もなく足が床から浮き、決して重くはないその身体が一気に魔法陣の近くから離される。

 

次にスイープが得たのはドゴッ!という大きな音と身体への衝撃、気が付けば背後にあった部屋のドアに身体を打ち付けられ、その場に丸まるように倒れこんだ。

 

「痛っ……」

 

特に派手にぶつけた腰を摩りながら顔を上げてみると、今の出来事で置かれていたライトが倒れ部屋が暗くなっていた。幸いライトは吹き飛ばされはしても壊れることなく光を発したまま床へと向き近くに転がっていて、手を伸ばして掴むと部屋全体を照らす。

 

再び見た部屋の中はまるで誰かが暴れたかのように乱れていた。吹き飛ばされた時に手放していたタクトは先を真っ二つにして壊れ落ち、壁際に詰まれてあった箱は崩れ、近くの木製の椅子はその足を折り倒れていた。自分を襲った衝撃は部屋全体を同じようにしたのかと思いながら、スイープは「それでもまずは……」と本来の目的が果たされたかどうかを確かめに足を前に進める。

 

魔方陣は図が乱れるわけでもなくそこにあった、もう紅い光はなく白く描かれたままで。上に置いていた物は消え失せ、衝撃によって飛んできた何かに覆い隠されることもなく存在していた。

 

「……あれ?なんで?」

 

魔方陣の中心を見ながらスイープは声を上げる。呪文を唱えていた時の真剣な目つきは無くなり実年齢からすると幼くも見える少女の姿で。

 

「おかしいな。これで真ん中に紙が出現するはずなのに……」

 

後頭部を掻きながらスイープは辺りを見渡して魔術書を探す。重さがあったためか衝撃によって置いた場所からは多少の移動はしていても問題なく見つかり、その方向へと足を進めて屈む。

 

「部屋が無茶苦茶になるくらいの事が起こっているのに結果だけがニセモノって事はまさか無いよね」

 

魔術書の表紙に手を触れて、自分が行いたかった「明日の事が分かる術」のページはどこだったかと思い出しながらそれを開く。

 

 

 

「「なんで?」と言いたいのはこちらですけどね」

 

 

その瞬間の突然の声にスイープは声が聞こえた方を振り向いた。

しかし、そこには誰もいない。そのまま見渡すようにしたが荒れ放題になった部屋があるだけでない何もない。

 

「ここです」

 

何度も辺りを見渡す内にもう一度声がしてスイープは声の聞こえた自分の右方向を見る。だが、そこには崩れた段ボールと中から溢れたらしい古い紙類が散らばっているだけだった。

やっぱり誰もいない……となった所で、崩れた箱の脇の暗がりに何か小さく動く物が見えた。スイープは今になって声が聞こえてきた事とその何かに対して恐怖を覚えて座りながら後退る。

 

 

けれども目を離す事は出来なかったスイープの視界にやがて映ったもの。

それは20cmほどの小さなトカゲの縫いぐるみだった。

自分のその足で歩きながらの──────

 





他のウマ娘が出てくるまで後数話かかります。


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契約しましょっ

スイープの身体は完全に固まっていた。

用意したトカゲの縫いぐるみは、いつかどこかのゲームセンターで手に入れた、緑色の身体に小さな丸い目鼻が付いて二足歩行型に可愛くデフォルメされた姿の物。何かゲームのキャラのように見えても実際は固有の名称も付いてはいない特別ではない物。歩く機能も無ければ喋る機能など尚更備えられていなかった。しかし、確かに今それは自分の目の前で動いている。

 

「そんな顔をしてないで説明をしていただきたいのですが。用意するべきは人間の形をした物であって、このような動物の形代をなぜ使われたのか……」

 

「な、なんなの!?」

 

淡々と声を出すトカゲの一方でスイープは更にその身体を引く。

立ち上がって今すぐにでもドアから逃げ出したい所だったが、自分の両の足はガタガタと意思に反し震えて動けない。

 

「ですから、貴女がこのような物を利用したがために、中に閉じ込められる形で召喚されてしまったんですよ」

 

「そ、そんなこと、私、やってないし……」

 

「証拠も残っているのに、どうしてそのような事を……」

 

トカゲはそうして魔方陣の方へとその手を向ける。

 

「だって、あれは ”明日の事が分かる術” の魔方陣で……」

 

次々に突きつけられる様々な出来事がありながら、この目の前の事を解決しなければならない……と、スイープは震える身体を抑えるようにして魔術書に近づき持ち上げ、急いだようにそのページを捲ってトカゲに見せつけるようにして開いた。

 

「ほらっ!」

 

「確かに"明日の事が分かる術"ですね。しかし、その右側に書かれた魔方陣とアレは全く一致しないものですが」

 

これで分かったろうというスイープの思いとは違ってトカゲはそのページをチラリと見て言い放つが、その声に続いて反論するわけでもスイープは「え?」と、まるで考えになかったような表情を浮かべる。

 

「え、だって、魔方陣はこっちでしょ?」

 

と、スイープは術の説明があるページを一枚捲って、その裏側を片方の手で指差しながら見せる。そのページの上から3分の2ほどを使って描かれているのは床へと引かれた図と同じ形をしたもの、その下の残りにはスイープがその口で詠唱を終えた呪文が書かれている。

 

トカゲは何も言わずスイープも何も言わず、暫くの沈黙が訪れた。

 

「……そういう事でしたか。分かりました。とりあえずその本をそのまま床に置いてください」

 

先に口を開いたのはトカゲ。何かに納得したように物言いに対してスイープは唇を噛み相手の様子を窺うようにしながらも本を広げたまま床へと置く。

 

「その魔方陣は左のページに記された術を使うためのものです。貴女の言っている術についての魔方陣はこちら」

 

トカゲは指もないそのツルリとした手を器用に使ってページを一つ捲ると、”明日の事が分かる術”の事が書かれた文章の隣のページをトントンと叩く。

 

「こういうものは開いた時に見えるもの同士が対応していると考える事だとも思いますが……。

 まあ、勘違いしただけならば、それはそれで良いです。今回の事はお互い無かったことで……という事で僕をこの身体から解放して帰してくだされば」

 

「そんなこと言われても出来ないけど。どこか本に書いてある?」

 

「本には記されていないでしょうけれど……。えーっと、それなら他に付いている使い魔の方はどこに。その方と話をつければ良いでしょうから……」

 

「そんなのいないけど?」

 

「……はい?」

 

あっさりともして発せられたスイープの返答に、これまで冷静で丁寧というような振る舞いだったトカゲの様子が変わる。

 

「いやいやいや、そういった逃げ方は良くないと思いますよ。そんな大魔女の証の帽子まで被っているのに……」

 

「帽子?これは昔から被ってるけど売ってたから買っただけの物だし、証だとか言われても分かんないよ、こっちは」

 

「え、単に格好をそれらしくしただけという事で?」

 

動揺が含まれたトカゲの言葉にスイープは間髪を入れずに頷く。するとトカゲは何も言わずに後ろを向いて何歩か進む。その口からは「どうする……」「こういった場合の手順は……」と小さく、呪文を唱えるかのように出ていた。

 

「ちょ、ちょっと!無視しないでよ!さっきから分からない事ばっかり!一人で何か考えてないで、どういう事か教えなさいよ!」

 

現在、考えにも無かった事が起きている、起き続けている。

魔術書の呪文を唱えれば部屋に不思議な現象に包まれ、今は単なる縫いぐるみである者が動き出し意味不明な事を喋っている。それにはさっきまでは怖さを思ってもいたが、それよりもこうして置いて行かれる事がスイープにとっては我慢ならなかった。この動き喋る縫いぐるみがそれ以外は何かするようではなかった事に気を大きくした所もあった。

 

「つまり……」

 

トカゲは観念したかのように両肩を少し落とすようにしてから振り返ると、再び魔術書の前に来て一枚ページを捲る。

 

「君が行ったのはこちら。”使い魔を召喚する術”なんだ」

 

「ふーん、じゃあ、貴方は使い魔ってわけ」

 

「そうだね」

 

「……なんだか最初に現れた時と態度が違わない?」

 

「そんな帽子を被っていたからね。「宿る場所をしっかりと用意してくれない大魔女だとしても敬意は払わないと……」とも思ったけど、どうもそうではないようで気を使うこともないだろうから」

 

急に馴れ馴れしくなったトカゲにイラッと感情が一走りしながらもスイープは他に聞き出そうと続ける。

 

「私が貴方を召喚したってわけよね」

 

「そう」

 

「使い魔ってことは魔法なんてもう色々使えるわけよね」

 

「もちろん」

 

「使い魔だっていうなら私の言う事を聞くべきよね」

 

「それはまだ契約が終わっていないわけだから」

 

「じゃあ、契約しましょ。私が大魔女だったとしたらそんな風にしないってなら、私を大魔女にしてよ」

 

「……あのね、大魔女というのはそういうものじゃないから。大魔女どころか魔女になるにしたって使い魔の手によってやれるものじゃないし、そんな事をやろうとした召喚者なんて聞いた事ないよ」

 

「ふーん、じゃあ、どういう望みなら有りなの?」

 

「よくあるのは一定期間近くに居て仕事や身の回りの事を手伝ってくれとか……。例えば何らかの研究や一年内の数ヶ月を山仕事をするからその間だとか」

 

「分かった。それじゃあ、私が大魔女になるまで手伝ってよ」

 

「だから、大魔女というのはそうでは………!」

 

トカゲが両腕を広げて魔女の何たるかを訴えようとしたところで、パシッと電気が走るような音がしてその場の床から上に向けて光の柱が立つのが映る。

 

「何……!?」

 

その急な強い発光にスイープは手で目の前に壁を作り遮るのが精一杯だった。

 

 



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魔女の娘はルンルン

光は煌々と輝き、手を壁にしながらもスイープは目を閉じないようにしてそれを意識し続ける。その内に段々と遮った先からの光が収まり、やがて完全に無くなった後で何度か瞬きをしてスイープは何が起きたのかを確かめようと発生源の床を見る……と、そこには指輪が一つカラカラと小さな音を立てながら回っていて、やがてカタンとその場に落ちて止まった。

 

「あぁ……」

 

その金色をして濃い青をした石が嵌められた指輪にスイープが注目している横で、トカゲが「まさか……」ともいった様子で小さく言う。

 

「何これ、これを付けると大魔女になれるってこと?」

 

「だから、そういう話じゃないとさっきから言ってるのに!

 ……君が大魔女になるのを手伝うという事については契約が通ってしまったようだけどね」

 

そうして首を横に振り気持ちを切り替えるようにもした後で右腕を前に上げたトカゲの手の先っぽには、金色の輪が嵌められていた。

 

「これが契約の証ってわけ。で、私もこの指輪を付けろということ?」

 

「四六時中身につけてろとはならないけれど自分の傍には存在させておいた方が良い。無くしたとして酷いペナルティがあるわけでもないけれども、使い魔の僕からの魔法が上手く作動しなくもなる」

 

「へえ~。それじゃ、その魔法の実力を一度見せてみてよ。とりあえずこの部屋を綺麗にしてくれる?」

 

「……それは大魔女へと続く道になるのかな?」

 

「ぐちゃぐちゃにしたまま帰っても片付けして遅くに寮に帰ってもどっちにせよバレて怒られるだろうし、そうしたら反省文を書くのに時間が掛かってそのための時間が減ると思うから」

 

「筋が通るには通るのか。……では一度後ろを向いて目を塞いでいてよ。急いだ方が良いなら強めにやるし魔力酔いで気分が悪くなっても困る」

 

「そんなのあるわけ?」

 

「僕を召喚した時よりも派手に光りもするだろうし、慣れてない人だとそういうこともある」

 

「あんまりバチバチやられて誰かに今ここに来られても困るんだけど」

 

「……そうですか。じゃあ、その辺は気を使って行うから」

 

「それでお願い」

 

と、スイープはクルッと後ろを向いて両手で目を覆う。

それから数秒もしない内に聞き取れない言葉が聞こえてくると共にパチパチと魔方陣に呪文を唱えている時と同じような弾ける音が聞こえ、最後にバシッ!と激しい音が耳をつんざいた。

 

「はい、終わったよ」

 

耳も押さえておいた方が良かったかとも思いながら、その声にスイープが振り向けば崩れた箱もその中から溢れた物々も全てはスイープがこの部屋に来た時と同様になっていた。床に描かれた魔方陣も痕跡も無いほど綺麗に消え失せていた。それを見てスイープは飛び上がるようにして手も叩いて喜ぶ。

 

「凄い!本当に魔法じゃない!」

 

「……僕を呼んだのは手違いでも、そもそも魔術書だと思って手を付けたわけじゃないの?」

 

「ま、まあ、そうだけど、ほら、ここまでのものだとは思ってなかったというか、ね!」

 

「そう言って貰えて光栄ではあるけれど、しかし、この椅子だけは今は無理だったけれどね」

 

アハハとも笑ってごまかしつつのスイープを横に置いてトカゲは傍にあった折れた足の椅子に片腕を向ける。

 

「今って明日なら出来るとか?」

 

「時間だけじゃなくて物が必要なんだよ。これだけ壊れた物には魔法を使うにもそれだけの材料が要るってこと」

 

「何が要るわけ?」

 

「この場合は”霧の谷に住むツノガエルの分泌物”と後は……」

 

「ちょ、ちょっと、そんな物を持ってるわけないでしょう。というかどこにあるのよ」

 

「そりゃ僕の住んでいた世界の方に……。こちらには無いというなら代用品は……と、それを知るにもまずはこっちからだな」

 

トカゲは途中から喋りながらトコトコと歩いて広げ置かれたままの本に近寄り、そして両手を振り下ろす。そしてパシンッ!と、紙が音を立てると同時に、フッと置かれていた本が煙のように消え去った。

 

「え、な、何をしてんのよ!大事な魔術書を」

 

「説明が遅れたけど、これは僕の物……いや、言うなれば僕の一部だ。僕を呼び出す術が書いてあると共に僕の使える術や力が封じられている物。今後色々やるには、それを自分の身に取り込まないといけないわけ。で、どうしたらこの世界の物で直せるかだけど……」

 

慌てているスイープを尻目にトカゲの目の前には紙とペンがどこからか現れて、ペンはサラサラと紙に何かを書き込んでいく。やがてそれが終わるとペンは消えて、紙はトカゲの手に貼り付けられるような形になって、スイープの方へと向けられる。

 

「これならこの世界の言葉だから分かるだろう?」

 

自信満々にもトカゲが文字の書かれた紙を見せるが、スイープは顔の角度を横にググッと曲げて見るばかり。

 

「分からないのか?僕の入る場所がこんな物だったとはいえ、そういった部分まで影響が出ているような様子はないし……」

 

「分かるものと分からないものがあるというか……」

 

スイープは紙を手にとってじっくりと紙に書かれたものを見る。そこにあるのは幾つかのアルファベットと数字。

 

「Feは鉄よね。これは見た事あるから分かる。で、横にあるのが要る重さ……と、それはいいとして、ZnとかCrって初めて見るよ、こんなの」

 

「この世界にはある物だから探して見つけなよ。直さないならそれでもいいけど」

 

「そういうわけにはいかないわよ。使ってない部屋の使ってない椅子だから良いってことにはならないの!」

 

「そっちの理屈は何でもいいけども。僕としては必要物資があって後は頼んでくれればやるだけだから」

 

「分かった。それなら私としては今はどうする事もできないなら今日は帰るだけね。時間も経ってるし、そろそろ帰らないと拙いからね。それで使い魔はこういう時にどうするの」

 

「そりゃ契約者の近くに居るのが使い魔だから」

 

「やっぱりそうなるわけね。とりあえず今日は今から私の部屋に行くから。でも、喋ったり動いたりしないでよ!絶対騒ぎになるから!」

 

「その辺はわきまえてるよ。何か言うにも契約者たる者だけに伝わるようにも出来るしね」

 

「じゃあ、そういう時はそれでお願い。と、本当にもう帰らないと呼び出されて怒られちゃうから行かないと!」

 

スイープはそうして手持ちライトを脇に抱えトカゲの首を掴むようにして持ち上げるとドアをそーっと開けて廊下の様子を窺う。その傍でトカゲの形を取った使い魔が床から浮きながら溜息混じりの声を出していたが、スイープがそれに気づく事はなかった。

 

 



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大魔女育成計画 魔女とテストと召喚獣

栗東寮の一部屋。本来寮は寮長室を除いて各部屋二人一部屋となっているが、ここは別の用途で使われていた部屋を居住スペースとして改装する事となったが少々狭いために一人用の部屋として後に増やされた部屋。部屋の片側は他の部屋と同様にベッドや机が置かれてウマ娘が利用する場所となっているが、もう片側は以前使われた用途の名残の古い棚や行き場所のない備品入りの箱などが置かれている。

 

そのスイープトウショウの部屋で、ベッドの脇の小さな棚の上に置かれたスマホからお気に入りの音楽が鳴る。

スイープは目も開けずにバンバンとその辺りを掌で叩きながらスマホを見つけると、顔の傍まで持って来ながら手慣れた手付きで止めて、そこでようやく少しだけ目を開ける。

 

その時刻と日付を見て「あ~~」と僅かな声が漏れる。

今日は土曜日、レースが行われる週末で授業は休み、そして今日は在籍するチームの他の何人かのウマ娘とトレーナーは遠征で学園にはおらず、レース予定のある残りのウマ娘は近くのレース場のように応援に足を運ぶ義務はなく、チームメイトの出るレースを中継で観なければならない午後の僅かな時間を除けば自由に過ごせる日だった。

 

しかし、うっかり目覚まし設定をそのままにしておいたためにスマホはそれが仕事だと何時ものように鳴り響き、スイープはやってしまったと朝から晴れない気分になったのだった。

 

(まあ、いいや。休日だからこのまま二度寝すれば)と布団に潜り込んだところで、上布団からの何かが跳ねる衝撃が伝わった。痛くはないがそれは止まることなくボンボンと煩く響き続ける。

 

「もうっ!」

 

スイープは上布団をはね除けるようにして起き上がった。そこで目に入ったのは飛ばされた布団を避けるような動きを空中でして、そのまま傍のスマホが置かれていた棚の上へと着地するトカゲの縫いぐるみ。

 

「朝なんだから起きた方が良いんじゃないの?今鳴っていた音だって起きるためのものなんだろう?」

 

「あれは間違えて設定しちゃったの。今日はこんなに早く起きる必要は無いの」

 

棚の方へと身体の向きを変え、トカゲに分からせるように強めの口調で伝えるスイープ。

 

「いつもは起きている時間だったら、そこは規則正しくと起きた方が身体に良いんじゃないかな。昨日だって早くに寝付いてたし寝不足だってわけじゃないだろうし」

 

それでも止まることなく一般論としては合っているだろうものを次々と繰り出される事と自分に残る眠気も相まって、スイープは不機嫌そうに目を擦る。

 

「それに椅子を直すんだったら材料を見つけにいかないと」

 

「揃えるにもこんな早くからじゃどうにもならないよ。相手だってまだ来ないだろうし」

 

「昨日は材料を見てもピンと来る所も無さそうだったけど当てがあるのかい」

 

「まあ、その辺の事を詳しそうな人はね。貴方を呼び出す時の蒸留水を作るにも助けてもらったし」

 

「頼りになる人が居るのは良いことだ」

 

と、トカゲが「うん、うん」と頷いた後にスイープの方を見れば、目は閉じかかり口は閉じて難しそうな顔をしている。

 

「それでやっぱり寝たいのかい。どうしても寝たいものなら止めないけど」

 

「……眠いのはあるけど、貴方の名前を聞いてなかったと思って」

 

眠気と戦い再び目を擦りながらハッキリとは開かない口でスイープが伝えると、トカゲは顔を下に向けるようにして動きを止めた。

 

「ん?使い魔って名前が無いものなの?」

 

「……そうじゃない。まあ、他に名前を聞くのならまずは自分が名乗ってからじゃないかな。僕も君の名前を聞いていない。それに他の事もだ。これから一緒にやっていくにも、まずはその辺をお互いに知ることが第一歩じゃないか」

 

「分かった、分かったわよ」

 

一瞬下を向いた時は何かと思ったが、再び世の中としては正解だろう答えを当然のように提示する相手に、返す言葉もなくスイープは了承する。

 

「でも、まずは顔を洗って着替てからにして」

 

「こちらとしてもしっかりとした形で行いたいから、もちろん待つよ」

 

喋りつつ立ち上がり、背中にトカゲの声を聞きながらスイープは身支度へと向かっていった。

 

 

 

 

制服に着替えて洗面所で一通りの事を終えてスイープは上布団を三つ折りにして端に寄せたベッドの上に正座で座る。その前にはトカゲもちょこんと座っている。

 

「じゃあ、私から言わせてもらうわ。私はスイープトウショウ。このトレセン学園に通う生徒」

 

「なるほど、僕が最初に現れた場所が校舎で、ここは寮なわけだ。それで、ここはどういった学校なんだい。昨日はここに来たら机の上に置いて行かれて「御飯を食べてくる」、「入浴してくる」、「もう寝る」と君にやられて、気になっていたんだけど聞くタイミングが無くて」

 

「日本全国各地からウマ娘だけが集まる学校よ。授業は多くは他にある同世代の子達と変わらないけど、週末には各地でレースが行われて走って競うの。そのためにチーム所属して授業の後はトレーニングをしたり……」

 

「ふーん」

 

「せっかく説明してるのに興味なさそうね」

 

「それだけだといまいち掴めなくて。まあ、今の段階ではそのくらいで構わないけど」

 

「こっちの事は言ったから次はそっちの番」

 

「……分かった」

 

トカゲはスイープの促す言葉に一度丁寧に頭を下げてから喋り始める。

 

「僕は使い魔。……名はシィナァ」

 

「シーナー?」

 

「……そんな伸びた発音じゃなくて」

 

「シィ…シイ……。あのさ……」

 

「何?」

 

「呼ぶにも難しいし、シイナって言っていい?」

 

「……別に問題はないけども」

 

「それならそれでいくわ。シイナだったらこっちの世界の名字でも名前でもありそうだし、ここで過ごすにはその方が合うと思う!」

 

「……君の感性については何も言わないし、何にせよ君が呼ぶのが主なものだから好きにしなよ」

 

「と、名前の事は終わりとして他の事。貴方がどこから来たのかとか知りたいわ」

 

「僕が元いた世界は…………」

 

と、言い出したところでシイナは黙る。

 

「どうしたの?突然」

 

「ああ、僕の国の正式名称がとんでもなく長いし発音も分かり難いかと思って。まあ、分かり易く『魔界』とでもしておこう。で、そこで生まれた者が通う学校があるんだ」

 

「使い魔の学校?」

 

「……といってしまうのは違う。魔術の学校ではあるけどね、使い魔として召喚されるのは試験なんだ。こちらの世界に魔術書となって流されて誰かに召喚されるのを待つ、そしてキッチリその役目を果たしたと後で学校に認められたら合格というわけ」

 

「相手が選ばれるわけじゃなくて、気づかれるまでずっと本のままってこと?気長過ぎじゃない?」

 

「そうは言われてもそういうシステムだから。それにこちらの世界と僕の方では時間の感覚が違うから大した事にはならないし、あまりに長く誰も触れないようならこちら側にやってきている魔女が出会いの手伝いなんかもするようだから……」

 

「え!?」

 

シイナの話を遮るようにして驚き声を上げたスイープの目は輝きを宿し、そのまま身体を前に乗り出しトカゲの両脇を力強く掴む。

 

「魔界から来た魔女がこっちにもいるって本当なのっ?え、すぐ近くにもいたりする?」

 

「それは分からないけど……。その人達だって「魔女です!」と証明書を掲げて常に行動しているわけじゃないだろうし、魔法だってホイホイ使ってるわけじゃないと思うよ」

 

自分の望んだ答えと違って興奮して出した手をパッと離しつつスイープは続ける。

 

「じゃあ、何のために来るのよ」

 

「そりゃ僕らの方の世界では手に入りにくい魔術の材料を手に入れたりとか、後は僕らの世界の異常がこちらに影響を及ぼしたり又は逆の事はあるから、そのバランスを取る仕事はこっちの世界の人が知らない所で国家公務員が担っていたりする。大きな仕事の場合は大魔女まで出てくることもある」

 

「魔女と大魔女ってどう違うわけ」

 

「違い過ぎるよ。魔女は君がウマ娘だけが通う学校にいると言うのなら魔女は魔女専用育成校に通って、そこを卒業さえすればなれるし名乗れる。でも、大魔女は違う。魔女になった上に既に大魔女になった人に師事して更に修行した上で難関の試験に通らないとなれない。そうしてようやく被る事のできる三角帽子は大魔女の証明にして名誉の証、世界中の羨望の的なんだよ」

 

「あー、それで昨日は間違えたわけね、私を大魔女だと」

 

「そんな帽子を被って呼び出されれば間違えもするよ。向こうじゃうっかり似た形の者を被っているだけで怒られるようなものなんだよ、本当」

 

「こっちだと魔女=こういう帽子みたいな所あるんだけど、それってもしかしてそちらからの大魔女の影響なのかな」

 

「……人前で被って魔法を使おうなんて人が大魔女どころか魔女学校も卒業できているとは思えないけど。まあ、今の僕みたいに話をした者がいて、そこから広がっていったのかもね」

 

「そういう流れもある、か。それにしても誰かの話を聞くなんて面白い事でも無いけど、これに関しては飽きないわ」

 

「君は飽きないでいいけど、こっちはちょっと疲れたよ」

 

「縫いぐるみなのに疲れるの?」

 

「肉体的に疲れるのはないけれど。精神的な疲れは当然あるし、こうして形代に宿って身体を維持するエネルギーは必要なんだよ」

 

「何があると良いの?」

 

「新鮮な果物とか」

 

「その口で食べるの?」

 

「食べるというより、その中に入っている生命の素を吸い取ると言った方がいいかな」

 

「分かった。連れて行くわけにはいかないけど食堂に行けば果物は色々あるから、私の食事がてら取ってくるから待っててよ」

 

「了解。でも、一ついいかな」

 

「何よ」

 

「食事をしに行くなら暫く時間が掛かるだろうし、この辺りの本を読んでいても良いかい。今のこちらの世界の事とか知っておきたいし」

 

「散らかさないなら構わないわよ」

 

「しっかりと守りますよ」

 

「それじゃあ、また後でね」

 

そうして軽やかにベッドから下りるとスイープは部屋から早足で出て行った。

それを見送りドアが閉じられた後、シイナは「シイナ、シイナね……。まあ、少々変わった所で何も変わらないか……」と少し鼻で笑うようにもして呟いた。

 

 



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使い魔、その糧

太陽は昇りきり、寮の内外から人の声も多く聞こえるようになり、各地のレース場では第一レースも始まる頃、寮の部屋の床の上で座り向かい合うスイープとシイナ。そして、その間には紙皿が置かれて、上には粉々に砕けた黒い燃えカスのような物が盛られていた。

 

口をポカンと開け目は大きく開いてシイナを見るスイープ。シイナはそれを意識する事もなく右手の上に乗るイチゴに左手を当てる。スウッっと聞こえるか聞こえないかの小さな音が鳴ったかと思うとイチゴは見る見るうちにその赤色と瑞々しさを失っていき、やがてフリーズドライにでもされたかのようにその容量を大きく減らし黒ずんだ見た目ともなっていった。

シイナはそれを一瞥した後に皿の上に押さえるようにして置くとクシャリと音を立ててイチゴは崩れ、皿に多く盛られた黒い物体と全く同じ物へと変わる。

 

「……ねえ、それが生命の素を吸い取るってやつなの?」

 

開けた口を一度戻した後に皿の上を見ながらスイープが顔色を悪くしながらも言う。

 

「そうだよ。イチゴもキウイフルーツも新鮮で良い物だった。暫くはエネルギーに問題が無さそうだ。こんな物が用意されているなんてこの学校は恵まれているね」

 

「まあ、ウマ娘は身体が資本だからね……」

 

と、返事はしても未だスイープは皿に注目したまま唖然ともしている。

 

「何がそんなに気になるの」

 

「果物がこんな風になっちゃって何か怖いなって……」

 

「口で食べたって歯で噛み砕かれて胃液で消化されていって……と、同じようなものじゃないの」

 

「あー、うーん……」

 

(それはそうかもしれないけれど……)としながらも、生気を失い最後にはボロボロに崩れる果物の姿を目の当たりにしたスイープの気持ちは晴れやかなものではない。

 

「まあ、良い気分がしないのなら今後は見ていないところでこっちも食べて片付けておくよ。今回のコレについては後は燃やせばいいものだけどどうする?」

 

「えっと……私に見せないようにそこのゴミ箱に捨てて置いて」

 

「はいはい」

 

目を逸らすスイープに答えながらシイナは紙皿ごと浮かせると、その周りに何枚か大きな紙を出現させて包み込むようにして潰し、それを近くのゴミ箱にストンと落とす。

 

「終わったよ」

 

その声にスイープが再びシイナを見るが、その瞳はどこか不安げで身体は警戒するように引いていた。それでも聞かなければならぬと言ったようにスイープは口を開く。

 

「あのさ……」

 

「何?」

 

「そうやって何に対しても出来ちゃうわけ?食べようと思ったら」

 

緊張をしながら一歩一歩踏み出すかのようなスイープと違いシイナはそれを聞いて合点がいったかのように膝を叩く。

 

「そういうことね。その点に関しては出来ると言ったら出来る……でも、やらないよ。そういう面ではやっぱり口で食べる事も一緒だよ。線引きを説明するならば、動物相手……例えば肉の切り身がここにあったとしたら出来るけどエネルギーの吸収効率が悪いから適してはいない。そして、相手が例えば根を張った木とか動いている魚だったとしたら吸い取ると同時に使うエネルギーも多くてね、プラスマイナスゼロどころかこっちのマイナス、下手したら吸い取っているつもりでこっちの活動が緊急停止してしまうかもしれない。だからそういった相手にはやらないし、君から奪うとかは無いから」

 

それを聞き終えてスイープは安心しきったように息をつく。

 

「それならいいけど……」

 

「やっぱりそこを気にしていたんだ」

 

「契約者はそうして助けないといけないのかな?とか、私だけじゃなくて学園の他の娘や他の人達だって心配になっただけよ」

 

「そうか。こちらとしても分かってもらえたなら良いし、こうしてお互い分からない事は聞いていこうじゃないか」

 

「そうね。と、貴方も食べ終わったし時間としても良さそうだから今日の最初の目的地に行きましょうか。貴方に関しては袋か何かに入れて運んでいくけど、顔は出しても良いけれど声も動きも絶対に見せないでよ?」

 

「分かりましたよ、ご主人様」

 

シイナは身振りもつけて大袈裟にも反応しながら、その心の内ではこの契約相手が自分だけでなく周りの事も考えているようだった事には、この生意気にも思う少女を主人とする事に対してこちらもまた多少の安堵をしていた。

 

 



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Dr.娘に聞いてみる!

食事を終えて他の準備も済み、一人と一つは寮を出てトレセン学園の特別棟を進む。スイープは鞄を背負って大股を開いて元気よく、シイナはその手にある手提げ袋に顔だけ出して入れられて大きく前後にゆらゆらと揺らされながら、やがて二人が止まったドアの上の方には『化学室』の文字。

 

「こんにちは~」

 

スイープはドアをガチャリと開いて中を確かめることなく前進する。それを奥側の机で本を広げ読んでいた一人のウマ娘が目線をそこから外して迎えた。

 

「やあ、スイープ君。その明るい表情からすると”魔術”が上手くいったのかい?」

 

そうしてその白衣を着た栗毛のウマ娘──アグネスタキオンはフフッと笑みを見せる。

 

「そこは……そ、そうね、思ってたのと違うけど、上手くいったかな!」

 

対してスイープはチラリと手提げ袋からこちらを見るシイナを確認してから、真実を言わないまま答えるにはこんなものかとして伝える。

 

「と、それで今日はここに報告に来ただけ……ではないのだろうね」

 

「さすがタキオンさんは何でも分かってる」

 

スイープはアグネスタキオンが座る机の反対側に向かうと、昨日シイナが記した材料表をポケットから取り出して机上にスッと置く。

 

「今度はこれが欲しいの」

 

「おやおや、人使いの荒いお嬢さんだ」

 

とは言いながらもその紙を手に取って目を通すタキオン。ふむふむ……と頷いた後に一度顔を上げる。

 

「これもまた”魔術”の研究のために?」

 

「もちろん!」

 

(研究というか実際に魔法を発動させちゃうんだけど……)と思いながらも(本当の事は言えないし言い淀んで断られたら嫌だし)と、スイープは元気よく肯定する。

 

「まあ、この辺りの物なら良し、か。それでは揃えてくるから、そこで大人しく待っていてくれたまえ」

 

アグネスタキオンは紙を片手に立ち上がり、その手もその白衣の裾もヒラヒラと揺らしながら部屋の奥にあるドアの中へと消えていった。

 

 

化学室の大部屋、スイープは鼻歌交じりに足を揺らしながら座って待つ。と、そこに椅子の脇に置かれていた手提げ袋の方向から声がかかった。

 

「ねえ、机に出してくれない?窮屈さは感じてしまうんだよね、ここじゃ」

 

「……別にいいけど、動かないでよ?」

 

スイープが小声で返して手提げ袋の口を開けシイナを取り出して机の上に置くと、シイナはそこに広げられていた本へと意識を向ける。

 

「もう少しあっちの本の方に移動させてくれないかな」

 

「え?……と、勝手に読むの?」

 

大きく声をあげた後、奥のドアを見てアグネスタキオンはまだ中に居ることを確認してから極力小声にしてスイープは問う。

 

「他の所は読まないけど開いている部分だけでも」

 

「……いいのかなあ」

 

そう言いつつもシイナの背中をそーっと押してアグネスタキオンが読んでいた本に近づけると、シイナは少し顔を下に曲げて見つめ始めた。それを見て(動かないでって言ったのに……)となるスイープだったが、顔の表情が変わるわけでも無いトカゲの縫いぐるみであるはずなのに無言で本を見るその様子が何の声も届きそうにないほどに真剣に見えて、再度の注意を伝えることなく黙る事にする。

 

暫くして奥の部屋からアグネスタキオンが掌に収まる小さな小箱を片手に帰って来た。机の傍まで歩みを止めることなく来たところで自分が席を離れる時には無かった物に目を留める。

 

「おや、知らぬ間にお客さんが増えている」

 

「あ、これは私のラッキーアイテムってやつで、こうして近くに置いておいた方が良いかな~~っと」

 

アグネスタキオンがそのまま指でシイナを触ろうとしたところを、スイープは手を伸ばしてスススッと近くに引き寄せる。

 

「それは……どうも科学的では無いね。とはいえ、そうした気持ちが物事を左右はするからはそこは否定するものではないけれど……と、これがご所望の物だ。メモ書きにあった物は中に小分けにして入れてあるよ。外側の箱は後で返してくれればいい」

 

「ありがとう、タキオンさん」

 

差し出された小箱を手に取り鞄へと入れてスイープが再び机の方へと向き直せば、アグネスタキオンは本を閉じて横側へと寄せた後に指を絡ませ組みながら手を机の上へと置く。

 

「さて、こちらは君の要望に応えた。つまりは、分かってるね?」

 

スイープを見るアグネスタキオンその瞳は先程までと違い輝いて、口元は小さく口角を上げるだけだったが、ただ笑っているだけではない怪しさを思わせる。スイープは息を一度呑んだ後に意を決したように両掌を机の上に置き、アグネスタキオンのその顔からも目を逸らさずに見つめ返して宣言する。

 

「……いいよ、私、実験相手になる」

 

「いい返事だ。と、このモルモット君にはこちらを飲んでもらおうかな」

 

そして、スイープの言葉とその表情を見て満足そうにも頷きながらアグネスタキオンは立ち上がった。

 

 



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あまあまとにがにが

アグネスタキオンは今度は隣の部屋に続くドアではなくその傍から廊下側へと壁に沿って長く置かれた棚へと歩いて行くと、棚の上に置かれた布巾が掛けられた木箱の前に立ちその中から小瓶とマグカップを一つずつ拾い上げてまた席へと戻ってきた。

 

スイープの目の前で小瓶の蓋が開けられて中身の葡萄色をした液体がトクトクとマグカップの半分ほどに注がれる。そうしてピチョンと最後の1滴までしっかりと落ちたところでマグカップはスッとスイープの方へと更に寄せられた。

 

スイープは両手でマグカップを持ちながら、その中身を見る。見た目は葡萄ジュースだと言われればそうだと思う、けれども、どこか美味しくはなさそうなものを伝えてきた。匂いは葡萄でもそれに近いフルーツの香りでもなく実というより葉っぱや他の部分の青臭さを思う。

そこからの素直な感想は「あまり口にしたくない」という事。そして、それよりもスイープには当然のものとして気になる事があった。

 

「……これ何の薬なの?」

 

アグネスタキオンの実験の被験者となり何かしら摂取する事は了承したけれども、いざ目の前にすると嫌そうな顔をしないままにはできずにスイープは問いかける。

 

「薬というより栄養剤だね。必須ミネラルから他の中々摂取し難い物までその中に凝縮されて吸収効率も最高。特に成長を促したい若い娘に最適のものだよ。難点を言うなら味が少々苦い」

 

”苦い”、その一言を聞いて、スイープの表情が益々嫌そうに飲む前から苦そうなものにも変化する。

 

「まあ、私の苦いとスイープ君の苦いは違うかもしれないから、その辺りを参考に聞きたくてね」

 

「じゃあ……」

 

スイープは一言返し、それを一歩踏み出す合図のようにしてマグカップをそのまま両手で持つ形で口に持っていく。唇がカップの端に触れた途端に鼻へと青臭さがムワッと通ってくる。それに対して拒絶するように目を瞑るけれども、ここまで来たんだから取り込むしかないのだとカップを傾け液体を口に含む。

 

ほんの少し自分の中に流れ込んだだけで強く感じる苦味。焦げ焦げの食べ物を口に突っ込まれたようで、スイープはこれ以上の侵入は許さないといったように口を閉じてカップを下ろし、スプーン1杯も満たないほどに口内に残った分は更に目をぎゅーっと瞑りながら必死の形相で飲み込んだ。

 

それでもまだ口に残った苦さに大きく口を開け空気を入れ替え現状を改善しようとするスイープと、その様子を見ただけで(どうやら非常に苦かったようだ……)と自分が感じる以上のものだった結果を受け入れながら、人差し指でテーブルをトントンと叩きながら何かを考えるアグネスタキオン。

 

「ほら、やっぱり苦いんですよ、それ」

 

その時、部屋の奥のドアが開いて、薄茶色をした液体と氷を浮かべた中身のガラスコップと湯気の立つ黒猫のマークのついたマグカップをトレイの上に乗せた、青鹿毛を腰を越えるほど長く伸ばしたウマ娘が大部屋へとやってきた。

 

そのウマ娘──マンハッタンカフェは、スイープの傍までやってくるとガラスコップをその前に置く。

 

「お口直しにどうですか?甘いオレンジティーです」

 

ボソリと小さな声で、それだけを聞くとゾクッと背中に寒さが走る怖さがそこにあったけれども、顔を見れば小さく笑みを浮かべて優しく勧めているようで、スイープはマンハッタンカフェに頭を軽く下げてコップを手に取り早速口へと持っていく。

 

鼻へと届いたオレンジの香りは先程の青臭さとは違い爽やかで、まずそれを好ましく思いながら紅茶を飲む。甘すぎはしない甘味と柑橘系の酸味が飲みやすく、そのままゴクゴクとコップの中身を減らしていく。やがて入っているのは氷だけになったところで机の上にコップを置けば、ついさっきまで悩まされた苦みは消え去って口の中はサッパリと爽快になっていた。

 

「美味しかった~」

 

満足を全面に出すスイープにマンハッタンカフェは笑いかけてから、マグカップ──こちらは色の濃い珈琲の入ったものをテーブルに置いてスイープの隣の席へと座り顔をアグネスタキオンへと向ける。

 

「だから「あれでは受け入れられない」って言ったのに……」

 

「私としたらこの程度の苦味は許容範囲だと思ったのでね。良薬は口に苦しだよ」

 

「そうして珈琲も飲んでくれると良いんですけどね」

 

「珈琲の効能を全て否定するわけではないが薬とは違う。そして、あの苦味は許容を遙かに越える」

 

「この方が苦いと思うんですけどねえ……」

 

眉間に皺を入れつつどこか楽しそうにもマンハッタンカフェは空になった小瓶を持ち上げて振ってみせる。そんな二人のやりとりをコップに残った氷を少し口に含みながら見るスイープの腕にトントンと感触が。

 

「ねえ、スイープ」

 

そこを見た所でシイナから呼び声。

 

「なっ、ちょっ……!」

 

スイープは焦ったようにシイナを掴むと自分の膝上へと持ってくる。

 

「……どうかしたのかい?」

 

「……何かありました?」

 

そこから顔を上げればアグネスタキオンとマンハッタンカフェは会話を止め、二人とも驚きの表情を強く出してスイープに注目する。

 

「い、いえ、なんでもありませんから……!あ、私、もう一杯、今度はお水が欲しいかな~っと」

 

「ああ、それなら私が持ってきましょうか」

 

「そ、それは自分でやるんでっ」

 

「それなら奥に行った先のすぐ左側の小部屋に冷蔵庫がありますから、そこのミネラルウォーターを飲んで良いですよ」

 

焦りに焦って普段出ないような敬語も使っての誤魔化しに二人はそれ以上の追及もしてくることはなく、スイープはコップを持ちシイナを抱えて奥のドアへと急いで行った。

 

 



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魔女っ娘・スイーピー

バタンッと強くドアを閉め、近くの壁際に置かれた机の上へと素早くコップを置くと、スイープはドアを背にして両手でシイナの脇を掴んで顔の前へと持っていき口を開く。そうして一言目を出す……となったところでシイナの声が先に届く。

 

「痛くなるわけじゃないけれど力が込められているのは伝わってくるから、そういう持ち方は止めてくれない?それに、この声は君にしか聞こえていないし、さっきの声にしてもそうだからあんなに驚くことは無かったんだよ。気づいてもらうにも身体を動かしたわけじゃなくて、至近距離だったし少しばかり衝撃を与えただけで……」

 

「え?そうなの?」

 

アグネスタキオンとマンハッタンカフェの二人から離れた場所まで来てシイナへと怒る気で満ちていたスイープは、そこでフッと力を抜いてその両手を下げシイナを見下ろすような形になる。

 

「君にだけ聞こえるようには出来るって先に言っておいただろ?」

 

「でも、急に声掛けられたら驚くし、普通に声を掛けられたのと変わらないんじゃ間違えちゃうわ」

 

「基本として君にしか聞こえないと思うといいよ、これからは」

 

「そういう事も先に伝えておいてよね。で、さっきはなんで呼んだわけ?」

 

「ああ、何か飲み物をもらっていたじゃないか、苦いってやつ。あれは手を加えれば飲みやすくなると思ってね」

 

「なんでそんな事が分かるのよ」

 

「カップが僕の近くに置いてあったし君が他の事をしている最中に中身を分析していたんだ。あれには……この世界でいうところのシナモンを僅かに加えると苦味が消えると思う。後はあの白衣の人には作成途中で熱を通す時は熱くし過ぎずに70℃を維持するときっと良いって伝えてみたら」

 

「それをわざわざ言おうと思ったわけ」

 

「成長促進だって説明だったし、君としたら飲めるなら飲めた方が良いのかな?と思って」

 

「まあ、そうなれば私にとって悪い話ではないのは確かに……。じゃあ、せっかくだから言ってみようかな」

 

と、色々引っ張り続けるわけでもないその性格によって腹を立てて部屋に来た事もすっかり忘れて収まって、鼻歌交じりにスイープはコップを持つとシイナは雑に脇に抱えて再び大部屋へと戻ろうと後ろのドアを開いた。

 

 

大部屋へ入ればアグネスタキオンとマンハッタンカフェは視線を送ってきて、その中を通りスイープは席へと戻りコップはテーブルの上にシイナをスカートの上に乗せるようにして座る。

 

「大丈夫ですか?まだ苦かったりはしません?」

 

「そ、それは大丈夫!」

 

水を飲みに行ったのは最初の栄養剤のせいかと心配したようなマンハッタンカフェの言葉にスイープはニカッと笑顔で答えるが、嘘をつく後ろめたさもあってその顔はやや硬い。

 

「ああ、それでね、タキオンさん。これなんだけどシナモンを入れたら苦くなくなるんじゃないかって思うのよね」

 

「……ほう」

 

と、スイープは話を早く変えようと切り出し、机に置かれたままだった栄養剤がまだ多く入ったマグカップを自分とアグネスタキオンのその間の位置へとずらしながら移動させると、アグネスタキオンは興味はあるといったように反応を見せる。

 

「あと、作る時には沸騰はさせないように。そうだな、70度くらいで温めるのが良いかも!」

 

「……へえ」

 

その様子にスイープが調子にも乗って続けた言葉には今度は少し目を開き驚いたようにも。それには(あれ?拙かったかな?)と思うスイープだったが、アグネスタキオンはスイープもマンハッタンカフェも見ることなく顔を下へ向かせて何か考えるようにしてまた机を指で叩く。三度ほど机を叩きそのまま少し静止した後に顔を上げる。

 

「よし、それでやってみようか。君が言った事だ、このまま付き合ってもらうよ。少々待っていてくれたまえ。ああ、カフェ、このトレイは使わせてもらうから。スイープ君のこれもね」

 

と、アグネスタキオンはカフェが飲み物を持ってくるのに使ったトレイを手に取ると、栄養剤入りのマグカップ、栄養剤を移した後の空の小瓶、そしてオレンジティーが入っていたコップを乗せて奥の部屋へと入っていった。

 

 

 

その後、奥へと消えたアグネスタキオンを待ってスイープは手持無沙汰で身体を揺らしもしながらキョロキョロと辺りを見回していると、隣のカフェが珈琲を飲みながら本を読んでいるのが目に入る。教科書ではなく小説といったようでもなく人の名前とその下にカギ括弧があって会話文がずっと並んでいるようで、(こういうの見たこと無いな……)と、スイープは少々顔を上げもしてその本の中身を見ようとする……と、マンハッタンカフェも視線に気づいたようでスイープへと顔を向ける。

 

「ああ、気になりましたか?これはドラマの台本で、私はこうした仕事をしているものですから」

 

「つまり女優さん?」

 

「そうですね」

 

「へえ、凄い!レースをするウマ娘としてTVに出る娘とかは知ってたけど、そういう人もいるんだ~~、あっ!」

 

興味津々と言ったように台本へと顔を近づけるスイープだったが、途中で思いたったように身体を戻してマンハッタンカフェを見る。

 

「えっと……そういえば、まだお名前聞いてなかったな」

 

「そうでしたね、私はマンハッタンカフェ。カフェと呼んでください」

 

「カフェさんね!そんな名前だから紅茶を入れるのも上手なの?さっきのは売っているやつじゃないよね」

 

「褒めていただいて光栄です。珈琲は入れ慣れているのですけれど紅茶はまだ手慣れていなくて、そう言ってもらえると自信が持てます。タキオンさんが他の娘にあの栄養剤を飲ませると聞いてお口直しは用意しておいた方が良いと思いましてね。私も飲んであの苦さは強いと思ったのですけど諦めていただけなくて……」

 

「あのまま苦!って続いてたら凄く辛かったからタイミング的にも最高だったな」

 

「あの苦さは無いですよねえ……」

 

「無い無い」

 

と二人で顔を合わせて意見を一致させたところでスイープは再び思い立つ。

 

「あ、私の方がまだ言ってなかったな。私はスイープトウショウ、スイープって呼んでいいわ。そしてカフェさんが他のお仕事を教えてくれたから私も教えるね。スイープトウショウはトレセン学園ジュニアクラスウマ娘。そっちの方はデビュー前でまだまだだけど、その正体は魔法少女スイーピー!その魔法で学園の平和だって守るの!」

 

「あらあら、それは大きな仕事をされている方で。その秘密はもし私が誰かに喋ったりすると罰として私は姿を変化させられてしまうものですか?」

 

「そういうこともあるわ!でも、色んな人に言ってるし知っている人も沢山だから、ぶっちゃけてしまうと気にしなくていいかも」

 

「それなら安心ですね。それで、貴女が可愛い魔女さんだとしたら、今手にしているのは”使い魔”というところですか」

 

「……え!?」

 

演技掛かって話に乗ってきてくれたマンハッタンカフェに気を良くもしていたスイープはその言葉にぎょっとした顔を隠せず、シイナを掴む両手にも力が入り思わず身体に付けるほど寄せながら声を出す。

 

「どうかしました?」

 

それにはマンハッタンカフェの方が目をまん丸ともいった様子で反応する。

 

「あ、え、なんで”使い魔”なのかと思ったのかな~~って……」

 

顎も引き身体も小さくして表情を窺うような格好でスイープが聞くと、マンハッタンカフェは目は元に戻し(ああ、なんだ……)と穏やかに話し始める。

 

「それは先程も水を飲みに行くのにも持っていかれていましたし、そういう役として常に連れているのかな、と。魔女にはそういった者が傍にいるものですしね」

 

「じ、実はそうなのよね。いきなり当てられるからビックリしちゃった」

 

スイープも返事を聞けば(言われてみればそれはそうか……)と納得しながら、そんな気はこれまで無かったとは出来ずに最初からそうだったかのようにして話を作る。

 

「世界に伝わる魔女の話でも使い魔あるいは召使いとして爬虫類を使役するというのはありますからね。黒猫といったものが有名かもしれませんが他にもカラスだとか、まあ爬虫類はトカゲよりヘビが主でしたか……」

 

「へえ~~、そういうものなんだぁ」

 

「特にそういった事から選んだわけでもありませんでしたか」

 

「これは偶々傍にあって「コレでいいかな?」ってなっただけだから。そうした意味があるのなら悪い選択じゃなかったかも」

 

「……偶然でも選んでしまう。それはその身に持つ魔女の資質がそうさせるかもしれませんね」

 

「素敵な考えね。私としてもそういう事にさせてもらうわ」

 

「ぜひそうしてくださいな」

 

と、時間も忘れて話を続けていたところに奥のドアが開き、アグネスタキオンがトレイに幾つものコップやカップを乗せて戻ってきた。

 

 



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魔女とはどんなものかしら

アグネスタキオンの持ってきたトレイの上には、スイープが一度口を付けたマグカップ、そして同じ色をした中身が入れられたマグカップがもう一つ。口直し用のオレンジティーが入っていたコップには今度はもう少し色の濃い茶色の中身があって、それもまた同じような物がもう一つ。

 

スイープが使用したマグカップとコップはスイープの前へ、残りのセットはマンハッタンカフェの前に置かれてアグネスタキオンが自分の席へと座る。

 

「スイープ君のものは言われた通りにシナモンを入れて、カフェのものはシナモンも加えつつ温度調節をして新たに作り直したもの。ガラスコップの方は口直しのストレートティーだ、必要がないと良いのだけれどね。それでは感想を聞かせてもらおうかな」

 

その言葉にスイープもマンハッタンカフェもマグカップを手に取って口へと持って行く。

最初に飲んだ時のようにまず鼻に青臭さが通る。しかし二度目で慣れたのか、そうした部分も手を加える事で変化したのか、それほど強くは感じることはない。

続けて課題の味を確かめると……苦かった。しかしながら、これもこういう飲み物だと思えば飲めるような、少なくとも激しく焦げた物を口にしたような感覚は無い。スイープはそのまま何度か喉を鳴らして全てを飲み込みマグカップを机の上へと置く。続けてガラスコップの方へと手を出して自分の方へと引き寄せると手を付ける前にアグネスタキオンへと顔を向けた。

 

「美味しくはないけれど飲めることは飲めるかもね。それにしても、あんなに変わるものだとは思わなかったなぁ」

 

「おや、君が言い出したのに何か根拠があったのではなかったのかい」

 

「え、あ、根拠って程じゃなくて「合うんじゃないかな?」って思っただけなのよ、それは」

 

「インスピレーションか、そうしたものが突破口になるのはあることだね。それでカフェの方はどうかな」

 

スイープが何の考えもなく他人事のように言ってしまったものへの言い繕いにタキオンは深く気に止める事は無い様子を見せ、そこで丁度飲み終えたマンハッタンカフェに気づいて声を掛けると、マンハッタンカフェは口元をハンカチで拭いた後に静かに語り始めるた。

 

「そうですね。こちらは匂いもほとんど感じませんし飲みやすさも段違いですよ。これなら余程の苦味が苦手な方や幼い子供以外なら飲めるんじゃないでしょうか。口直しも必要とはならないでしょうね。せっかくなのでいただきますが」

 

感想を述べ終えてマンハッタンカフェは自分の前のガラスコップに手を伸ばし、その横ではスイープも既に飲み始めていた。先にもらったオレンジティーとは違いストレートティーのようだったが、これもまた美味しく飲み干してコップを机に戻すとアグネスタキオンが顎に片手を当てながら満足そうにスイープを見ていた。

 

「スイープ君のおかげで助かったよ。これで栄養剤の有効利用が出来る」

 

「これを売ったりするの?」

 

「商売は考えてないよ。量産するには他の時間を犠牲にしないといけないし売買には面倒も増えるからね。スイープ君よりも年の若い、栄養がそれだけ必要な娘に分けてあげようかなと考えているんだ。その娘達にも君のおかげだと伝えておくよ。立派な魔女だってね」

 

そうしてアグネスタキオンにニコリと笑いかけられてスイープも顔を綻ばせつつ、最後の言葉を聞き遂げてからどういうことだろうとの思いが出てキョトンともする。

 

「立派な魔女なのは当然なんだけど、どうしてこれでそうなるの?」

 

「薬草を混ぜ合わせたりして薬を作るのも魔女の行いの一つだろう。摩訶不思議な術を使うだけでなく、薬学や天文学、心理学……まだそういった学問が発達していない頃に様々な知識を持ち運用していたのが魔女である、とも言われるよ。科学と魔法と一見遠く離れて真逆の位置のように表現されるのもあるけれど、その実は地続きのものなんじゃないだろうか、と思いもするね」

 

「そっか、そっか~」

 

説明を受けながら褒められた事をまた反芻もしてニンマリと顔を変えて行くスイープ。それを見届けた後にアグネスタキオンはマンハッタンカフェへと視線を移した。

 

「と、これで一段落したし、私にも紅茶を入れてくれないかな、カフェ」

 

「それはご自分でどうぞ。珈琲なら入れますよ?」

 

「どうしてそうした意地悪を言うかな。スイープ君にはあんなにも丁寧に用意していたのに」

 

「意地悪ではないですよ、タキオンさんは日によって飲みたい味がとても変わるでしょう。まだそれに対応できるほど上手くは入れられませんから」

 

「ふむ、それでは今日の気分に合う物を自分で入れよう……と、それも飲み終わったようだから持っていこうか。もしまだお代わりが要るようなら一緒に作るけど、どうしようか?」

 

仕方ないという表情でアグネスタキオンは席から立ち上がりながら空になったカップ類を指差しながらスイープへと言う。

 

「ありがとう。でも、もう飲み物は良いかな。必要な物も貰ったし今から使わないといけないし私はそろそろ行こうかな」

 

「君も魔術の研究に忙しいようだね。成功を祈るよ」

 

と、手をサッと挙げるアグネスタキオンに向けてスイープは一つ大きく頷くと、鞄とシイナを持って椅子から勢いよく降りる。

 

「それじゃあ、タキオンさんにカフェさん、サヨナラね」

 

そして二人を見て一礼すると部屋の外へと飛び出していく。

 

「元気なものだねぇ……」

 

「そういう娘も楽しくて良いですよ」

 

「それについては同意するよ」

 

息を長く吐き出しながら言うアグネスタキオンにマンハッタンカフェはその笑い声も楽しそうなものにして応えると、アグネスタキオンもまだレース世界での第一歩も知らず、明るい未来を真っ直ぐ夢見る後輩とのこうした時間自体に得るものもあるかと、小さな魔女が去って行ったドアへと視線を向けて思うのだった。

 

 



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大魔女の道も一歩から

昨日に続いてやってきた特別教室棟の物置部屋。中に入る時も周りに誰かいないかどうかしっかりと確かめ、中に入れば静かにドアを閉じて鍵も慎重に掛ける。目的の足の折れた木製椅子は何も変わらないままそこにあって、スイープはその前の床へとシイナとアグネスタキオンからもらった小箱を置く。

 

「まずは準備を……と。スイープは後ろにいてくれればいいよ。このくらいの術なら派手な反応も起らないから見ていても大丈夫」

 

シイナが説明をしながら手をちょちょいと上げると小箱が開き、中に入れられていた紙の包み、必要物資が入れられた物が浮いて床上に乗ったかと思えば封も切られて中身を表に見せるように開かれる。

 

「次は…これとこれを混ぜて……」

 

と、作業を続けるシイナの様子を見ながら他にやることもないスイープが声を掛ける。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「いいよ、話しながらでも出来る作業だから」

 

「そういえば魔術書を読んでいる時に食べ物の味を変える術があった覚えがあるのよね。あの本に載っているものが使えたのなら、さっきも最初からそうしてくれれば良かったんじゃない」

 

「それは……難しい話だったんじゃないかな」

 

「それにも何か他に物が必要なの?」

 

「いや、それはないけど。そういう術を使うにはスイープの許可を取らないといけないし、周りに他の人もいたあの場所ではやれないだろう。僕の方からの声は聞こえないように出来ても君の声はそうはならないし、突然何を言ってるんだと変に思われてしまうよ。それより何より術を使えば光や音の反応は出るし何事かと思われる」

 

「面倒ね、魔法って」

 

「制約がある分だけ得られるものがあると思わないと。それにさっきの解決方法だって悪いものじゃなかったろう」

 

「むしろ良かったけどね。ふふ、褒められちゃった」

 

「僕のアドバイスあってのことだけどね」

 

「それは分かってるけど喜ぶくらい良いでしょ。他の娘にまで立派な魔女だって言ってくれるっていうんだもの」

 

そうしてまた化学室でのやりとりを思い出しニヤニヤするスイープを準備の手は進めながら暫く眺めた後にシイナはボソリと言う。

 

「僕からすると、あの部屋にいた彼女らの方が大魔女の資質があるようにも思えるけどねえ……」

 

「何それ。魔法との相性が良いってこと?」

 

「別にそういうのは無いよ。あの白衣の人だって言っていただろう?魔女というのは様々な学問に通じているって。それは僕ら側での魔女も大魔女もそういうもの。魔法を思いのままに数多く操るってだけじゃなくて幅広く色んな事を知り、それを誰かの役に立てたり精神面も求められるわけ。で、あの白衣の人の場合は広げていた本を見ても知識への貪欲な探求精神に溢れているようだし、もう一人の人だって君が嫌な思いするだろうからってそうなる前に解決方法を事前に準備してくれていたり、世界が上手く回るように先を見て行動する精神を持っていた。どちらも大魔女には欠かせないものだ」

 

「そういうこと」

 

「と、準備は出来たからやるよ」

 

シイナは言うが早く折れた椅子の足の方へと顔を向けて両手をかざす。パシッとカメラのフラッシュが焚かれたような音と光が一瞬部屋に走ったかと思うと直ぐに収まり、そこには直った椅子が存在していた。

 

「いいじゃない、これで元通りね。もう今日はやることもないし寮に帰りましょ。これはまた日を改めて返しにいけばいいか」

 

椅子の足を触って何のおかしさもなくツルツルとしたその木目を確認してスイープはまずは空いた小箱を持ちながら鞄を開く。ゴソゴソと中に手を入れながら収まりの良い所を探しているとシイナが声をあげた。

 

「あぁ、そうか……」

 

「何?急に何か分かったみたいな声を出して」

 

「昨日からもずっと考えていたんだよ。この世界において僕らの世界で言うところの大魔女にはなれるはずがないのに契約が通ってしまったのかを。つまりそれは魔術を使う使わないは別にして多くの学問を修めて知識も精神も含めて成長しろって事じゃないのかな。君もそうなれたら契約完了、と」

 

「えー、そういうことなの?」

 

「多分だけどね。それにだ、望んだのは君自身だろうに。だから今日もあったような先輩も見習ってさ、頑張ってくれよ」

 

「先輩達のようになりたいのは私もそれはあるけれど……。ちゃんと手伝いなさいよ、使い魔」

 

「そういう事ならば使い魔としての仕事として聞く話の範囲内だろうしね、思えばそれほど難しい話でもなく僕としても助かったかもしれない」

 

「そっちも試験に合格できるかどうかも掛かってるし、そこは大事?」

 

「……まあ、ね」

 

「あーあ、魔法も使い魔も本当思ってたのと違うわ」

 

「ま、目標もはっきりしたところで上手くやっていこうじゃないか」

 

「お互い生徒同士って?夢見ていたものじゃないけれど……それもいいか」

 

そうしたところでスイープは手を差し出す。

 

「ん?持ち上げるなら身体をそのまま持ってくれればいいのに」

 

「そうじゃなくて。これがスタートという事で握手でも、と思って」

 

「なるほど、そういう姿勢は良いと思うね。それじゃ改めてよろしく、スイープ」

 

「うん、よろしくね、シイナ」

 

そうして誰か近寄ることも無くなった埃っぽくもある昼間でも暗がりの部屋の中、他の誰も知ることのない契約の道が始まった──────

 

 




ここまでが第一章、ここからが本当のスタートという所です。
次はまだネタ方面には向かわずに主人公の日常を少々。


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魔法使いに大切なこと ウマ娘の日常

栗東寮、スイープトウショウの部屋、ベッド横の棚から昨日と同じように彼女のお気に入りの音楽が鳴る。そして昨日と同じ動きでその方向を見ないままスイープはバンバンと音を立てながらスマホを探し当て顔の傍で開いて音楽を止めた。

 

「ふう~~~~」

 

肩を落として長く長く息を吐いてからスイープは昨日とは違って二度寝の体勢にもならずにモソモソと布団から出る。ベッドの隣にある机上に置かれたシイナはそれを一部始終見届けていた。

 

「おはよう。今日はすぐに起きてくるんだね」

 

「トレーニングがあるからね……」

 

起きあがりはしても半分開いていないような目でスイープが答える。

 

「その辺りはこの部屋の本で少しは見たけど、君は昨日の化学室での話によるとデビュー前と言っていたよね。それって学校で一番下っ端ってこと?」

 

「そうじゃない。私が所属しているクラスはジュニアBクラスはトレーナーから指導を受けるチームへの所属が出来るんだから。その前に学園の先生達から基礎の基礎を習うジュニアAクラスが存在してるの、私はそれはもう終わったの」

 

「つまり下から二番目」

 

「そんなところでいいよ」

 

「それで君はどんなチームってやつに入ってるの?」

 

「名前は”デネブ”。チームにはそうして星の名前が付いているの。強さとしては強豪でもなく弱小でもなくそこそこって他所の人から言われてるの偶に聞くわ」

 

喋る内に目が冴えてきたのか、会話を続けながらスイープはサクサクと準備を進めていく。

 

「色々分かってきていいね。それで、今日の僕はどうしているといい」

 

「それなのよね……持ったまま練習するわけにはいかないし。とりあえず練習中は飲み物が用意されている所にでもいてもらおうかな。私の指輪も持っているわけにもいかないから一緒にいてね。今日の予定としたら午前は練習、午後は今日はG1レースがあるからね、それを観戦することになってるの。シイナもレースがどんなものか見てみると良いんじゃない」

 

「契約者の環境について実際に見て知るべきなのは確かだね」

 

「それじゃあ私は着替えて朝ご飯を食べてくるけど……どうする?」

 

「僕の方はエネルギーも余ってる様子だから今は要らないかな。と、さっきも言ったように生活状況とか色々知りたいから連れて行ってくれるといいんだけど」

 

「連れていくだけなら楽な話だから問題ないけど」

 

「では、そういう事でよろしく」

 

そうして用意を終えるとスイープはシイナを抱えて食堂へと向かっていった。

 

 

 

 

食堂では傍に縫いぐるみが一つ置かれている事を誰にも何も言われず朝食を終えて、その後は部屋に戻りスポーツバッグを持ってチーム”デネブ”の部屋へと。

部屋に着いてみれば、ドアは空いていたもののまだ他のチームメイトは来ていない様子でトレーナーの姿もない。だからと特に気にする事なくスイープは部屋を見回すと、出入り口から真っ直ぐ進んだ所の窓際に設置してある書類棚の上にシイナを置く。

 

「トレーニングウェアに着替えてくるから、ここで待ってて」

 

そういってスイープは部屋の奥にあるドアへと消えて行きシイナは縫いぐるみらしく振る舞って動かないようにしながら部屋の中を見渡して待つ。シイナの居る棚の上から目線の先にある出入り口のドアの間には大きなテーブルとパイプ椅子が何脚かあって、その左側の壁にはホワイトボードが付けられている。右側にはまだ広く部屋が続いていて大きなTVが置いてあり、その前にはカーペットが敷かれ、その上の脚の短いテーブルの周りにはクッションが幾つか置かれている。右側の壁際には本が入った棚や備品置き場があって他の部屋に続くドアが一つある。

 

シイナはそれを細かな部分まで棚の上から確認していた。身体を動かすことはなくとも実際にそれらを近くで見るかのように意識の中にイメージとして持ってくる魔術によって。一通り部屋の中を見終えて大部分の物はスイープの部屋の本で学習していた物だったので難なく理解しつつ、未だ分かっていないこの世界の物については(後でまた調べるか……)などと考えながらそこに居続けた。

 

その時、出入り口のドアがキーッと音を立てながら開いた。シイナは他に考えを寄せていて驚いたが、動かないという事は心に刻んであって少しも動くことはなく意識だけをそこに向ける。

そこで中に入ってきたのはファイルを両脇に抱えた人間だった。見知らぬ人から呼び止められるならば”おじさん”ではなく”お兄さん”と言われるだろう風貌、背丈は低くはなく高いというほどでもなく、黒髪短髪の、見た目にはどこにでも溶け込みそうな青年男性。

シイナは彼に対して(これが話に聞いた”トレーナー”という存在か……)と、その動きに注目することにした。

チーム・デネブのトレーナーはそうして見られていることなど気づくこともなく、棚の前のテーブルにファイルを置き開いて中身を見始める。唸りながら何かを考え、髪の毛を掻きむしる動き、壁にあるカレンダーの日付を見ながら指折り数えたり、シイナの視線の先でトレーナーは忙しなく動き続ける。

 

そんなことが暫く続いた後に、今度はカチャリと音がしてトレーナーはファイルのページを捲っていた手を止めて顔を部屋の奥側のドアへと向ける。と、そこにはスイープがトレーニングウェアに着替えて戻ってきていた。

 

「お、早いな、スイープ」

 

「あっ……」

 

何かを気にする事も無く部屋へと入りドアを閉めたスイープは、その声に急いで振り向きトレーナーの帰還を確認しつつシイナの方を見る。が、それも変に思われるかと思い直して一瞬の動きにして顔を戻すと何事も無かったかのようにトレーナーへと近づいていく。

 

「あっと……おはよう、トレーナー。今日は朝から準備が早く出来ちゃって……」

 

「そうか、偉いな。他の娘はまだ揃わないし、スイープだけ早く多めにやる事もないから少しここでゆっくりしてな」

 

「うん……。あ、それでトレーナー、お願いがあるんだけどっ」

 

「願い?魔法の実験台なら、また今度だぞ」

 

「今日はそういうのじゃなくて」

 

スイープは冗談交じりに話すトレーナーを置いて棚へと近づきシイナを手に取ると、今度はトレーナーの隣に移動してシイナを差し出すようにしてから話し始める。

 

「これを練習中に近くに置いておかせて欲しいの。飲み物とか置いておく所でいいから」

 

「これかぁ……どうだろうなあ」

 

「ほ、ほら、魔女には使い魔がいるものだし、ラッキーアイテム的な物というか、そこは色々あって」

 

トレーナーが否定を示す表情も出してシイナをその手で押したり摘まみもすると、スイープはどうにか通そうと理由を並び立てる。

 

「置くこと自体は縫いぐるみ一つで何かあるわけでもないから良いけどな、こんなのだと強い風でも吹くとどこかに飛んでいってしまうんじゃないか?」

 

「あ、大丈夫よ、それは!こう見えてそういうところはちゃんと作ってあるやつで、私も重しとか考えておくから!」

 

「それなら良いか。じゃあ、無くしてから泣きを見ないようにしっかりやっとけよ」

 

今日はチーム部屋に一番のりでやってきて着替えも済ませ、しかもいつもは”私がやりたいからやる”というような我儘さを見せるのにトレーナーを説得するような態度を見せるスイープに対し(他に何か良い事があって気分が良いだけかもしれないが、これも成長の一つか)と考えながら、それを好ましくも思う様子で答えるトレーナーと、そんな事を思われているとは全く考えずに希望が通ったことに胸を撫で下ろすスイープだった。

 

 



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ウマ娘のこれまた日常

トレセン学園グラウンド、その一角で練習をするチーム”デネブ”の面々。

それぞれが激しく汗を流して行く中の一時、スイープがグラウンド脇に水分補給へとやってくる。ビニールシートの上に置かれた水筒類と傍に居たシイナの傍に座ると、まずは紙コップにスポーツドリンクをなみなみ注いで一気に飲み干す。

 

「お疲れ」

 

「疲れたなんてものじゃないわ」

 

他のチームメイト数名と共に命じられた地味な基礎練習を思い返しながら、周りに誰もおらず何の気を回すこともなくスイープは今の素直な気持ちを話していく。

 

「君は他の人達みたいに二人で並んで速く走ったりしないの?」

 

「こんな所からそれが見えたの?」

 

シイナの言葉に驚いたようにスイープはドリンクのおかわりを入れようとしたその手を止めて振り向く。確かにこの時間にそうしていたチームメイトはいたが、この場所からもスイープが練習していた場所からも少々離れた位置で行われていた。スイープはそのままグラウンドを見てみても、やはりその場所はここからでは分からない。

 

「遠く離れた場所の事も知る……そういう能力も備えているからね、この辺り全体を覗いていたんだよ」

 

「そう。まあ、私はまだそういう段階まで行っていないの。今やってた先輩達はレース本番も近くてそれに合わせた練習で、私もよく知らないけど、そうやってレース中の作戦や駆け引きの手応えも掴んでいくんだって」

 

「ただ全力で走るだけではないってことか」

 

シイナの一つ知識を吸収した……との噛み締めるような言葉に、スイープは使用した紙コップを片付けながら顔を明るくして声を掛ける。

 

「午後のG1レースでも見たらそれがもっとよく分かるんじゃない。そろそろ練習は切り上げで終わるから、後はそれを楽しみにしてなよ。じゃあね」

 

そうして手を振り去っていくスイープをシイナは(その楽しさというのはよく分からないけれどね……)と心の内では抱きながら見送った。

 

 

 

 

チームでのトレーニングは昼を過ぎに終わり、少し遅めの昼食を終えての午後3時。スイープとシイナはトレセン学園内の視聴覚小ホールに向かって進んでいた。

G1レース観戦は指導の一環としてチーム部屋でトレーナーと共に観る事が各所で多く行われるものでもあったが、今回のチーム”デネブ”においては昨日レースを終えたウマ娘が複数いて午後のこの時間は終了後ミーティングとしてチーム部屋は使う事となり、それには関係のないスイープは今日のために開放されているこの部屋の観戦を決め、今はそこに辿り着くまでの廊下を他の同じ目的だろうウマ娘達と往く。

 

「スイープちゃ~~ん」

 

そこに背後からの呼び声。立ち止まり振り返れば少々離れたところから両耳に黒いカバーと左耳根元には赤いリボンを付けた葦毛のウマ娘が一人早足で近づいてきていた。

 

「カレン、あんたも来たんだ」

 

「うん、担任の先生に「観るならここが良い」って勧められて」

 

スイープの前で止まりながら、そのウマ娘──カレンチャンは答える。

 

「まだチームに所属しないクラスの娘なら行く所も限られるもんね」

 

カレンチャンはスイープより年下でクラスも違い、まだチームに所属することが許されていないジュニアAクラスに所属している。親同士が知り合いだとかこの学園に入るまでに接点は特別なかったが、ある日スイープがいつも通りに魔女なりきりをしている所で偶々出会い、その流れで買い食いやら日の沈むまで盛り上がり、そのまま仲良くしている間柄だった。

 

「そうだね……って、スイープちゃんはチーム部屋で観ないの?こっちの方が大きな画面で観られるから?」

 

「ウチはトレーナーと昨日走った先輩たちが反省会に部屋を使っているからね。食堂のモニターとかより大きな方が良いと思ってここを選んだのはあるけど」

 

「そっか、チームに所属しているとそういう事もあるのね。それでスイープちゃん。同じクラスの娘達はこっちに来ないっていうから一緒に近くで見ていい?」

 

「いいよ。私も他の先輩達は他のチームの友達と観るとかでバラバラで一人だったしね」

 

と、そうして二人で視聴覚室に辿り着き入口を開く。100名は優に座れるホールの内、既に前の方から半分以上は席は埋められて後方も空きがぼちぼちとあるだけの盛況っぷり。画面ではメインレースである桜花賞の前のレース映像が流れているが、ここにいるウマ娘達の目的はやはり桜花賞のようで、今は席に付きながら共に来た友人達やグループ内での会話に花を咲かせている。

 

「もうこんなに居るんだ」

 

出入り口近くに立って部屋をぐるりと見渡してカレンチャンは喋り終えてもまだ口を閉じられずにいた。

 

「前にG2重賞を観に来た時はもっと空いていたんだけど、さすがにG1ともなると考えが甘かったかな」

 

それでもどこか良いところはないかとスイープが席を探すと、視線の先、部屋の奥側の前から二列目の所に誰の姿もない場所が見えた。気づくや否やスイープはまだ他の場所を見ていたカレンチャンの袖を引っ張って「ほら、あっちへ行こう」と連れて行く。

 

しかし、その場所まで行ってみると誰も座っていなかったにはいなかったが、椅子には先程の場所からは見えなかっただけで荷物が置かれていた。

 

「先客ありだったか」

 

「どうしようね」

 

「良かったら、そこ座ってもいいですよ?」

 

荷物を確認し、「さて、どうしよう」とホールの後方へと顔を向けて空席を探していた二人に後ろから声がかかる。振り向くと両耳を覆うカバーのあるカチューシャ型の飾りを付けた栗毛のウマ娘──ユキノビジンと、その隣には尾花栗毛のサラサラと流れる長髪のウマ娘──ゴールドシチーがいた。

 

「私達が座っていたんですけど、こんなに人が多くなるとは思わなくて……。騒がしいのは苦手で一度外に出ていたんですけど、やっぱり他へ行こうと今決めて戻ってきたんです。今、荷物を持っていきますから、どうぞ」

 

そうしてユキノビジンは訛り気味に説明すると椅子に置いてあった学生鞄を持ち、ゴールドシチーも隣のもう一席の上にあったブランドもののバッグに手を掛ける。

 

「あ、ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

「こっちも二人、そっちも二人で丁度良い、ちびっ子は前の方が良いだろうしね」

 

キツめの印象を受けるゴールドシチーの雰囲気に圧されて、その傍に居たスイープの御礼の言葉は小さいものとなったが、ゴールドシチーはそこから二人に笑いかけるようにして答えた。

 

「それじゃ、ここが沢山居る分だけ他が空いているかもしれないし適当な所を早く探そうか」

 

「はい」

 

と、ユキノビジンとゴールドシチーは出入り口の方に向かっていく。

 

「すいません、シチーさん。早くから来ていただいていたのに」

 

「別に私はどこで見るのでも良いからね。今日だってユキノに合わせて早く準備しただけで、ユキノが他が良いならそれに付き合う、それだけの話よ」

 

ペコペコと頭を下げながらのユキノビジンにゴールドシチーは何を気にするでもないようにその背中を軽く叩く、スイープとカレンチャンはそんな二人を部屋から出ていくまで見送った後で空いた席へと座り大画面に映る映像へと目を移すと、そこには桜花賞のパドックの様子が映し出されていた。

 

 

各ウマ娘の紹介を見ながらカレンチャンがスイープの方を見る。

 

「スイープちゃんは今日は誰か応援するとか、知っている娘とかいるの?カレンはそういう娘いないけど」

 

「私も居ないよ。トレーナーから「とにかく見とけ」って言われたから、そうしただけ」

 

「それなら一緒だね。それともう一つ、その縫いぐるみって何?」

 

と、カレンチャンは机上でスイープがその両脇を持ちながら大画面に向けられていたシイナに対して指を差す。

 

「魔女には使い魔が居るものでしょう?そういうのよ」

 

「そういうのか~、名前はあるの?」

 

「シイナっていうの」

 

「シイナ君?シイナさん?シイナちゃん?」

 

「”君”ね」

 

「分かった。よろしくね、シイナ君~」

 

カレンチャンは人差し指で二、三度シイナの腹辺りを押しながら言うと再び画面に顔を向け、シイナは縫いぐるみとして微動だにせずこの出会いを終える。

 

「出ている先輩達の実力とか解説者さんの説明とか聞いていてもよく分かんないけど、勝負服のレースってそれだけでもう他とは違うって感じでいいよね~」

 

「そうね」

 

「今日出ている中だと、どの勝負服が可愛いと思う?」

 

「私は……ああ、今映っている娘のなんて好きかも」

 

とスイープが画面を指差した所に映っていた鹿毛のウマ娘は紫色の上着と腰回りに海老色と黄色の菱形を繋げたアクセサリー付けているのが目立っていた。

 

「ああいう飾りがあるのも良いよね」

 

「そうね。それに私のグランマの勝負服にも似ている感じなのが」

 

「へえ、スイープちゃんのお婆ちゃんってG1に出たことあるほどのウマ娘なんだ」

 

「勝ってはないけどウイニングライブもやったみたいよ。ママはそれに憧れてレースに出たけどG1出場は出来なくて勝負服も着たことなくて、だから私に「頑張りなさいよっ!」てプレッシャー掛けてくるんだよね。グランマもノリノリで出る時は自分の勝負服の一部を私の勝負服に使おうとか盛り上がっちゃってさ……」

 

「それは大変だね……。でも、その勝負服の話なんて素敵だと思う。カレンもそれでスイープちゃんの勝負服を見てみたいかな」

 

「素敵と思ってくれるのはいいけどねえ……」

 

と、やれやれとした様子は出しながらも、家族の話を他人に良く言われてニンマリとするのも忘れないスイープがそこにはいたのだった。

 

 



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少女達の1マイル

パドックは終わり、本番は近づき、バ場入場も終えて桜花賞の出場ウマ娘はゲート前でそれぞれの入念な準備を行う。胸に手を当て息を付く者、スタンドに居る誰かを探すように見る者。桜花賞は阪神レース場で行われるジュニアCクラス限定のG1、そこに出場しているウマ娘は同世代では上位の選ばれた者達が揃うが、それでも経験はまだ浅くこのレースが初G1という娘も多く、どこか落ち着かない様子が全体的にあるものだった。

 

「あの娘……」

 

と、画面に映るウマ娘の一人にスイープが目を留める。出場するウマ娘はまだ子供といった雰囲気を大勢が出すものだったが、その中でも小柄で更に幼い子供が迷い込んだんじゃないかというほどの娘がキョロキョロと辺りを見渡している姿がそこにあった。

 

「どうしたの?スイープちゃん……って、あの娘、小さいね。カレンと同じクラス、ううん、まだ学園入学前の娘って言ってもおかしくなさそう」

 

カレンチャンも画面を見てスイープが思った事と同じような感想を口に出す。

 

「実際、おかしくないかもね~」

 

後ろの席から肯定の言葉が届き、二人は後ろを見る。そこには机に腕を乗せ顔を乗せて身体を預け力を抜けきらせたような格好をした右耳のカバーと頭の左側に付けた菊の花の飾りが目立つ芦毛のウマ娘──セイウンスカイが居た。

 

「どういうこと?」

 

「あの娘はニシノフラワーっていってね。小さい頃から天才少女と評判で、その才能を買われてトレセン学園に入るのも本来認められた年齢未満でも許可が出て飛び級で入ってきたわけよ。つまり実年齢ではあの周りにいる他のジュニアCクラスにいる娘達より年下。今、そこの芦毛の君が言ったように、君より下というのも事実かもよ」

 

首を傾げて聞いたスイープにセイウンスカイはすらすらと説明をする。

 

「飛び級、そんなこともあるんだ~」

 

「まあ、そう滅多にある事じゃないようだけどね。そんなわけであの娘には注目も集まって今日も一番人気のようだよ。どんな走りを見せてくれるか楽しみだ。と、話はここまでにしようか、始まるよ」

 

そうセイウンスカイに促されてスイープとカレンチャンは画面の方を見る。

既に全てのウマ娘の準備は終わっていて、そして、ゲートが開かれた。

 

出遅れなく全団がスタート。派手に逃げる娘もおらず縦長にはならない形で落ち着き、最初の直線を進んで行く。

 

「まあ、こんなもんだよね」

 

部屋に歓声も挙がる中、後ろのセイウンスカイがのんびりとした口調で触れる。

 

「こういう風になりやすいレースってこと?」

 

「そうだね、全体的にゆったりと後半勝負という事が多くなるよ。1番人気の彼女は先行型のようだけど不利ではない他の差しの娘がどう出るか」

 

せっかくなのでレースの事を知ってそうな人には色々聞いてみようとしたスイープに、画面から目は離さずセイウンスカイは答える。スイープがそこまで聞いて顔を戻すと、1番人気、ニシノフラワーは他の娘を率いるかのように前を行く集団の中心に位置していた。けれども、まだ二番手三番手とも差は無く入れ替わりも繰り返される。

 

やがてレースが進み少々遅れを取る者も出てきたが大部分が団子状態のままは変わらない、そのまま第4コーナーを抜けて直線に入る頃にニシノフラワーが前に抜け出した。

その動きに視聴覚ホール内も現地の音もざわめいた。今日最も注目が集まる者の仕掛け、このまま行くのか、早いんじゃないのか、そんな数々の思いが誰かがそれを言葉にして口にしなくてもスイープへと伝わるようだった。

 

逃すまいと他の娘もスパートを仕掛ける。だが、ニシノフラワーはレース前に見たような可愛らしい少女の様子はなく、キッと前だけを見据えて追いすがる者を気にする事なく差を開かせていく。そして、誰にも追いつかれることなく最後に待ち受けていた坂も乗り切りゴール板を通過した。

 

2着には3バ身以上の差を付ける快勝。「やるねえ」、「天才少女って言われるだけあるのね」と、ホール内からも賞賛の声があがり、スイープはそれを聞きながら画面中の観客席に手を振る、再びあどけない少女に戻ったニシノフラワーの姿を見ていた。

 

「いやいや、素晴らしいね。素直な良い走りをするよ、あの娘。まだ駆け引きというにはまだまだだけど、覚えたら恐ろしいだろうね」

 

後ろのセイウンスカイが手を叩きながら評す。

 

「お姉さんのライバルになりそうってこと?」

 

「それはどうかなってところだけどね。私は距離が長い方が合うし、あの娘は短距離向きじゃないかな。そんなに詳しく知ってるわけじゃないけどさ。それじゃ、レースも終わったし私は行こうかな。君らに解説するのも楽しかったよ、じゃあね」

 

と、セイウンスカイは席から立ち上がり荷物を持ってヒラヒラと二人に手を振りながら他の邪魔にならないようにして部屋の出入り口に向かっていき、残された二人はレース解説から表彰そして勝利者インタビューまでをこのホールで見ていった。

 

 

レース観戦を終えて早めの夕食も終えて、今、スイープは寮の部屋で学校の宿題と明日のテスト勉強と格闘していた。

 

「あーあ、G1レースの日にはライブ中継まで見て一段落ってところなのにさ、こんなのやらないといけないなんて」

 

なかなか進まない宿題のページをパラパラ捲りながらスイープは溜息を付く。宿題の事も明日のテストのことも頭にあったけれど、忘れたくらいどうってことないと悪い点数を取ったからといってなんだと理由を付けてライブも見逃すことなく時間を使おうと思っていた。しかし、偶々学園の見回りをしていたクラス担任に出会ったところで宿題についてはここのところ連続で提出が遅れてテストも平均を大きく下回る結果なために釘を刺され、最後に付け加えられた「酷い場合には親を呼んでの面談」との言葉に流石にそれは避けたいとライブを見るのは諦めて机に向かう事を決めたスイープ。

 

「あ、そういえば……」

 

と、そこで何か思いついたように声を上げてベッド上に置かれていたシイナを見る。

 

「こうさ、宿題の答えが全部埋る魔法とかないの?」

 

「そんなもん無いよ」

 

「無理か。あ、じゃあ、そうだ。明日の事が分かる術は使えるわけでしょ?それなら明日のテストの問題を教えてよ」

 

「ズルだろ、それ。後ね、明日の事が分かるってそういうのじゃないから。たとえば天気の話だったら相当な確率で当てられるけどね、そういう話のもの」

 

「相当って何?絶対じゃないの?」

 

「そこまで精度を高くはできないよ。時の流れに不確定要素は付き物さ」

 

「そんなのだったら天気予報を見るので十分だわ」

 

「ああ、他にはテストの問題は分からなくてもテスト中のアクシデントなら読めるよ」

 

「どういうことよ」

 

「だから、テスト中に鳥が部屋の中に紛れ込んでくるとか、テスト中にクラスメイトの誰かが滑って尻餅を付くとか、そういう予測なら」

 

「何の役に立つのよ」

 

「突然の音なんかにびっくりしないで済む!」

 

「要らないわ、そんなの」

 

自信を持って答えたシイナにシッシッと退けるようなポーズも付けてスイープは答える。と、一旦は机に向き直したが再び勉強へのやる気は起こらず雑談を続けようとシイナを見る。

 

「何?」

 

「そういえば、どうだった、レースを観て」

 

「まあ、君らって脚が速いよね」

 

「そうじゃなくて、盛り上がってたし面白かったでしょ」

 

「んー、大勢が一つの目的に向かって競うというのは人の興味を引くというものまでは分からないでもないけれど、ああも大勢の人が見に来るものだと思ってなかったねえ」

 

「面白くなかった?」

 

「そうは言ってないよ。スイープから聞いたものや本で読んだものよりも興味深いところもあったし。今日のあの勝った女の娘、あの娘がその大勢から拍手で迎えられたり、位の高そうな人から物を受け取る辺りは大魔女の儀式を思い出すようで良かったね」

 

シイナはしみじみ自分の世界の事を思い出すようにして話すと、魔法が当たり前のようにある世界についての話にスイープはすぐさま食いついた。

 

「儀式って何?何やるの?」

 

「だから言っただろう。そうしたとんがり帽子が大魔女の証だって。だから、大魔女として正式に認められる時は古くから建てられた大魔女の聖堂でそれを受け取る儀式をするんだよ。国を上げてお祝いして大勢の人に見守られながら聖堂の中心で大魔女の中でも経験と知識が豊富な賢者とも言われる方から帽子をその頭で受け取るんだ。同じ魔女だけじゃない、他の人も、人じゃない精霊達も皆で祝福して、その厳かな雰囲気が最高なんだからね」

 

「凄く詳しく語るんだね、そこまで言うなら見た事あるんだ」

 

「僕らの世界にも遠く離れたところの物事を映す術はあって、それも中継されるからね。あと1回は学校のツテで直接見た事だってある」

 

先程の術の説明した時よりも「どうだ!」と言ったように伝えるシイナに(そんなに自慢したいんだ……)となりつつも、実に楽しそうに話す相手にそれを口に出すのは止めて話を進めるスイープ。

 

「じゃあ、私もG1に勝って表彰されるのが、この世界にとっての大魔女に近づくってことだったり?」

 

「そうじゃないかな。というわけで頑張ってね。明日のテストの結果は知らないけど、宿題が終わるまでは寝ないようにその度に起こしてあげるから」

 

「そんなに時間かからないわよ、もう!」

 

現実から逃れようと話をしていたけれども結局は引き戻されて、自分としても早くに終わらせたいのはあってスイープは口を尖らせながらも机と向かい、この日曜日を終えていったのだった。

 

 




今回の短めの日常話はここで終わりです。
次から本格的に大勢のウマ娘が絡まった緩い物語が始まっていきます。


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魔法少女ちゅうかがまんぱい! 魔術書の行方

スイープとシイナが出会って約1月後、あの日の魔法陣に使用した桜の花は全て散り終えて木には青々とした葉があるばかりとなった5月。使い魔がいるからと特別何かが大きく変わる事は無くスイープは学校での授業にデビューへ向けてのトレーニングにと励み、シイナはといえば使い魔とはいっても特別に魔術を操ることもそうはなく授業中は机の横に掛けられた手提げ袋の中で過ごしトレーニング中は荷物置き場へと置かれスイープの話し相手として過ごしていた。

 

そんなある日の練習休みの日、スイープはシイナを連れて図書室へと向かっていた。

基本としてスイープにとっては縁もなく興味もない場所だった。クラスの授業で利用した時に偶然にも魔術書を見つけ、その解読のためには足繁く通ったが、それが終わった今では足は向かない所だった。

 

しかし、シイナにこの世界の事を色々知りたいと言われ、当初は手持ちのスマホでインターネットを使って情報を見せようとしたけれども、そういったこの世界の技術についてシイナが拒否することはなかったが、少しの時間ならともかくそればかりに付き合うわけにもいかず、スイープ自身が使いたい時に使えないのは大問題で、シイナからも「本の方が読み易い」と言われて、それならここに来るしかないかと渋々やってきたのだった。

 

と、図書室に入った途端に、図書委員である小柄で眼鏡を掛けたお下げ髪の黒鹿毛ウマ娘──ゼンノロブロイと目が合う。

 

 

その時、スイープは思い出した。

あの魔術書が今となっては存在しないことを─────

 

 

拙い……と一歩後ろに下がる動きの間にゼンノロブロイは足早に近づいてくる。

普段は部屋の片隅でひっそりと本を読んでいる物静かなゼンノロブロイのその小さな身体がやけに大きく見え、それに気圧されるかのようでスイープはそのまま一歩も動けなくなる。

 

「スイープトウショウさん……」

 

「はい……」

 

その小さな呼びかけにもドキリと心臓が鳴るようであったが、下手な動きを見せれば突っ込まれると、どうにか身体を跳ねさせるような事までは押し止めたものの、その返事はらしくない丁寧なものになっていた。

 

「貴女はここで見つかった、この図書館に登録されているわけではなかった例の本に興味を持たれてましたよね?」

 

「……も、持ってた」

 

「私からも何度か伝えたはずですけど、まさかここから勝手に持ち出したりしてませんよね?」

 

ゼンノロブロイの眼鏡の奥の瞳が光ったようにも見えてスイープは息を呑む。けれど、ここでこれ以上隙を見せるわけにはと真実に到達させるわけにはいかないと頭をフル回転させる。

 

「……してませんよね?」

 

しかし、元来頭の働きが良いわけでもなく言い訳の言葉どころか何の言葉も発することができず、さらにゼンノロブロイに詰め寄られて身体が震えていくスイープ。もうこうなったらとにかく何か言うしかないと口を開く。

 

「そ、そうやってロブロイさんも、司書さんも言うから、ここで見るだけにしておいたしっ!私だってもっと見たかったんだけど、そ、そんな事を言うって事は、あれはどっか行っちゃったの?」

 

「ええ、まあ、そういう事です。貴女でないとするなら持ち主がこの部屋での忘れ物に気づいて持っていってしまったのか。そもそもこの図書室の物ではないので消えたところでは問題とはならないのですけど、一言くらい言っておいて欲しかったですよ」

 

しどろもどろの返答だったがゼンノロブロイは疑問を持たなかったようで他の誰かの話として眼鏡を指で上げながら愚痴のように漏らす。それにはホッとしてスイープが息をついたところで再びゼンノロブロイがスイープを見る。

 

「スイープトウショウさん、もしどこかであの本を持っている人を見つけたとしたら、こちらに伝えていただけませんか?持っていったのが持ち主ならばまだ良いですけど、持ち主でない場合も考えられますし。見つけても貴女がコンタクトを取らなくても良いですから、こちらにこっそり教えてください。一度言っておきたい事がありますので」

 

「わ、分かったわ」

 

「それでは呼び止め時間を取らせてすいませんでした。それと……図書室では静かにお願いしますね」

 

再度視線を向けられた時にまた緊張が走ったが何とか乗り越えたようで、ゼンノロブロイはスイープがここに来る度に伝えてきた〆の言葉を残し去って行った。そして、その姿が完全見えなくなってからスイープはふい~~っと長い息を付いたところでスイープの左手で持たれていたシイナが口を開いた。

 

「この部屋に流れ着いたわけだね、あの本は」

 

「今日の今日まで魔術書のこと忘れていたわ。持ち主は知ってるけど、とても言えないわね……。まあ、でも、必死に行方を探しているって様子でもないし、これ以上は何もしないでも良さそうか」

 

「だと思うよ」

 

と、二人でこれで話は終わりだろうと本来の目的である本を探しに図書室内を進んでいった。

 

 

 

 

幾つかシイナが興味を持った本を揃えて借りていく分と今の時間を使って読んでいく分と分けて、人も疎らな図書室内で適当な場所を見つけて座る。スイープは椅子へと座り机に乗せた本とスイープとの間にシイナを置いてページを捲るのはスイープの役となり読み進められる。

 

「スイープ、次のページを頼むよ」

 

暫くの時間が過ぎた後、シイナがそう呼びかけるがスイープの手は動かない。

周辺には人も見えないし……とシイナが少しばかり顔を上げると、スイープは右側の部屋が広く広がる方向を見ていた。そのままシイナもその方向へと向くと、そこには一人のウマ娘が窓際で本を読んでいる姿が目に入る。そのウマ娘は、その前髪の白いメッシュが目立ち、両耳に飾りを付けているのもまた目立ったけれど、それが無くともきっとその姿は存在感を示すだろうという印象をスイープに持たせていた。

 

「あの人がどうかしたの?知り合い?」

 

「違う……けど、何だか本を読んでいるだけなのに印象に残るというか……あの人は……」

 

「彼女は”ファインモーション”、アイルランドからの留学生です」

 

周りには誰もいないと思って何を気にするでもなく口にしたスイープは驚き、直ぐさま声のした自分がいる机の向かい側を見る。と、その視界に人の存在は確認できず分厚い本が多く高く積まれているのが映るだけだった。そのままスイープとシイナが驚きを含めて見ていると、その詰まれた本の横側からどうやら向こうの側の席に座っていたらしい栗毛のウマ娘が顔を出した。右耳、カチューシャ、頭の左横に付けた金属の飾りを付けたそのウマ娘──ミホノブルボンはスイープをジッと見つめるような視線で話を続ける。

 

「突然に話しかけられて驚かれましたか?それならばすいませんでした、気になっているようでしたから触れるべきかと思いまして。とりあえず初めて会う方ですから自己紹介をしておきましょうか。私はミホノブルボンと申します」

 

「あ、わ、私はスイープトウショウ」

 

ミホノブルボンはスイープの言葉に対して、誰かと会話しているようだったという事は何の気にも止めない様子で顔の表情を変えずに名乗り、スイープも流れのままに名を口に出す。

 

「彼女の姿が印象に残るのだとしたら、それは彼女が良家の出身であることからの自然と醸し出す雰囲気故の事かもしれませんね」

 

「良家って……お嬢様ってこと?」

 

「そうですね」

 

黙っていてもお嬢様はお嬢様らしさが出るって事かと納得しつつスイープはもう一度ファインモーションの方を見た後には、自分とミホノブルボンの間にある多くの本の方へと興味が移っていった。

 

「それにしても凄い量の本ね……これ、全部借りていくの?」

 

詰まれた本はその一つ一つが分厚く、外側を見ても小説らしき物から化学や植物の辞典までジャンルも様々だった。中を開くだけでも疲れそうな、シイナがこういった物を選ばなくて良かったと思いながらスイープは机の上に身を乗り出してその積まれた本をツーッと指で撫でる。

 

「そうですよ、これだけの物があればトレーニングにも丁度良く……」

 

「ミホノブルボンさん、やはりそういうことですか」

 

ミホノブルボンが言いかけた所で声が聞こえて、その机に居た面々でその方向を意識すると又もゼンノロブロイが小さな身体からの威圧感を発しつつ近づいてきていた。

 

「ミホノブルボンさん。「図書室の本を重さで選ばないでください、トレーニング用に使わないでください」と、前も言ったじゃないですかっ」

 

「言葉を返させていただきますがトレーニング”にも”であって重さのみで選んでいるわけではありません。トレーニングの時間にきちんと内容を意識して読むものですから」

 

語気を強めに話すゼンノロブロイに、そう来ると分かっていたからなのか何が起ころうと違いは無いのかミホノブルボンは顔色を一つも変えずに淡々と返答をする。

 

「それならいいですけど……、汗で汚したりもしないように本当に気を付けてくださいよ?スイープトウショウさんも机の上にはその様にして乗らないでください」

 

半信半疑な様子は残しながら、最初にミホノブルボンに対して声を大きくしてしまった事に今になり気がつき、ゼンノロブロイはキョロキョロと周りを見渡した後に小声でそっと忠告し本の貸し出し所まで去って行った。

 

「ふう、本の事となると地獄耳というものですね、あの方は。さてと、そろそろ次のトレーニングの準備をしないと。それでは」

 

続けてミホノブルボンはスイープの方に一礼すると詰まれていた本を軽々と持ち上げて席から離れていき、ブルボンの背中を見ながら、その力強さに口を開けつつ(トレーニングってあれを持ちながらスクワットとかするんだろうか……)と想像を広げるスイープだった。

 

 



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魔女とお嬢

「さて、椅子に戻って続きと行こうか」

 

ミホノブルボンの姿が見えなったところでシイナがスイープへと促す。

が、スイープはチラッと机上のシイナを見るだけで次には座りもせずに重い息を付いた。

 

「飽きちゃった。一緒に読んでいても面白い本でもないし。今日はもう終わり、ね」

 

そうしてシイナの次の言葉も待たずに開きっぱなしだった本を閉じながら、シイナの方を見ないようにして視線を動かしていった所でまたファインモーションの姿が目に入る。彼女は本を読む手を休めて近くの窓の外、学園の中庭の方を見ていた。

 

どこにでもある図書室、どこにでもある光景のようでもあるのに、スイープには何故かそれが意識に強く残るのと同時に、ファインモーションの雰囲気がやはり黙っていてもお嬢様という華やかな存在感を出すだけでなく、どこか寂しげなように思って気がつけばそちらに一歩足を進めていた……が、その直ぐ後には置いておくわけにもいかないかと立ち止まり振り返り、シイナの首をむんずと掴んで共に近づくことにする。一方のシイナはああも言い出したら希望はもう通らないと察して何も言わずにされるがままとなる。

 

「こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

憂いもある目で外を見つめていたファインモーションだったが、スイープが挨拶をすると振り向く時には既にそのような様子は無くなり微笑んで挨拶を返してきた。

 

「私はスイープトウショウ。えーっと、ファインモーションさんの事が気になって来てみたの」

 

「スイープトウショウさん、ですね。それで、私の気になった所とは何でしょうか……」

 

何か顔に付いていたのかと不思議そうな表情もしながらペタペタと自分の顔を触りもするファインモーションにスイープは「そうじゃなくて」と伝えながら(でも、寂しそうに見えたとか、いきなり言うのも変か……)とファインモーションの姿を見ていったところで机に開かれ伏せるように置かれた本が視界の端に写り、それに触れることにした。

 

「そのね、ファインモーションさんが外国のお嬢様だって聞いたから、お嬢様ってどんな本を読んでるのかな~と思ったの」

 

「そうでしたか。でも、何か特別な物を読んでいるわけではないもので……」

 

と、ファインモーションが困ったようにも机上の本に目を移すとスイープも続けて見る。先程はちらりと見ただけだったけれど再度見るとそれは表紙も背表紙もシンプルな一色の装丁で後は題名も作者名も裏表紙の内容に関する何らかの説明も全てがアルファベットで記されていた。

 

「これって原書ってやつ?」

 

「はい」

 

「私だと分かんないや。どんな話のもの?」

 

「簡単に言うと一組の男女が追手から逃避行をする、そんな話ですかね」

 

「んー、文字が英語ってだけじゃなくて、あんまりよく分からない世界の話かも」

 

「言葉の事もそうした世界の事もいずれ分かる日が来るかもしれませんよ」

 

興味が薄いな~と隠さずに伝えるスイープにファインモーションは笑みを浮かべて伝える。その顔に窓の外を見ていた時の顔よりもこういう顔をしている方が綺麗で良いと思いながらスイープが机の奥の方に目を留めると、そこにも本が3冊ほど置かれてあった。どれも背表紙を見るに料理の本のようで一番上の本は日本の家庭料理のレシピ本のようで写真がいくつもその表紙に載っている。

 

「そっちの本なら興味を持てるんだけどな。出来上がったのを食べる意味で」

 

「私もそうなのですけどね。けれども、作る方も覚えるべきかと勉強をしているところで」

 

「そうなんだ~、ファインモーションさんは料理ならどういうのが好き?」

 

「難しい質問ですねえ」

 

と、ファインモーションは一番上の本を机の上で開いてページを捲りながら言う。

 

「卵焼きを卵焼き専用のフライパンで綺麗にクルクルと巻かれていくと食べる前からもう素敵に思いますし自分でも上手く作れるようになりたいと思いますし、味のじっくり染み込んだ具沢山の筑前煮も好きで、お鍋も色んな味があってチームの皆で食べると特に美味しくて……中でもというとこれでしょうか」

 

そうしてファインが捲る指を止めて開いたのは”焼き豚”のページだった。

 

「お肉が好き?」

 

「それも好きですけど、これと一緒にあるのが好きですかね」

 

と、ファインが指差す場所に載っていたのはその焼き豚の使用例としてのラーメンの写真だった。

 

「ラーメンかあ、美味しいよねえ」

 

「ですねえ、スイープトウショウさんはどこか良いお店は知っていらっしゃいますか?」

 

「うーん、食べるのは好きだけど食べ歩きまではしないから分からないかな」

 

「それでは私のオススメのお店を教えましょうか」

 

「聞きたい、聞きたい」

 

「スイープトウショウさんはどういったスープと麺の太さが好きですか?」

 

「そんなジャンル分けから始まるなんて、これは本格的。そうだな~私の場合……」

 

と、図書室の片隅でのラーメン談義は楽しくも続いていった。

 

 

スイープ好みのお店をファインモーションから教えてもらい他にも美味しい物の話を続けていく内に夕方17時を伝えるチャイムが鳴って、そこで話を終えることにする。

 

「それでは、さようなら」

 

「さよなら。お店、行ってみるね」

 

先に本を持って席を立ち別れの挨拶をしたファインモーションにスイープがそう返すと、ファインモーションは更に笑いかけて離れていった。スイープはそのまま近くの椅子に座り机にシイナを置いてから早速書き記したメモを見直す。

 

「これは有意義だったわね」

 

「まあ、僕としてもそれなりに有意義だったよ、その食文化の話だとか。あのアイルランドのお嬢さんのおかげで」

 

メモを見ながらスイープは「最初はどこにしようかな~」と指を差していたが、シイナの口ぶりにその手を止める。そして、周りに誰も居ないのをぐるりと確認してから小さく声を掛けた。

 

「一度聞いただけでよく覚えてるわね。私なんて外国とは分かったけど、どこだっけってなってたのに。もう一度国名を聞いた所で場所はよく知らないんだけど。何かヨーロッパっぽい感じなのは分かるんだけどなー」

 

「……アイルランドは、そうだな、まずイギリスって分かる?」

 

「分かる」

 

「その近くだよ」

 

「へえ~っていうか、なんでそんな事を知ってるの?他のこの世界の事については教えてとかよく言ってくるのに」

 

スイープが「何故?」とシイナを見ると、シイナは少し黙った後に口を開いた。

 

「……あのさ、あのお嬢さんもアイルランドから来てるし、そこにもレース場があるんだろ?先月中の歴史の授業でその辺もやっていただろうに。君の机の横でそれを聞いている僕が覚えているのに君が覚えてなくてどうするの」

 

「あー、ごめん、ごめん。覚えないわ、寝てたかも」

 

「大丈夫かな~。他のウマ娘達はあんなにも魔女らしさが溢れているというのに」

 

「またそれ?ファインモーションさんもそうだったの?」

 

「お嬢様だっていうのもあるだろうけど立ち去る歩き方一つでも気品があったしね。それに窓際で本を読んでいる姿だって」

 

「まあ、それに関しては私も分かるところあるけど……、と、チャイムもなったわけだし、私達も借りるもの借りて帰りましょ」

 

どうして君と他とはこうも違うのかとそんな事にまで話が発展したら面倒だとスイープはそこで話を切り、この休日は終わっていった。

 

 



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しばしの別れに、この麺を

「今日の店も美味しかったな~~」

 

スイープは先日ファインモーションに教えてもらったラーメン屋の三件目を制してメモ帳にチェックを入れる。お小遣いには余裕は無かったが、他に使いたい分を我慢して作った資金と暇を見つけてはこうして食べて歩いていた。

その中で自分好みの店以外の話も聞いておいて同年代の娘に教え、彼女らから喜ばれる事でここ最近は実に気を良くしてもいるスイープは、今現在少し腹ごなしするかと学園までの帰り道を遠回りし公園内を歩いているところだった。

 

「そんなに良かったんだ」

 

「うん、シイナも食べたかった?」

 

「……ああいうものではエネルギー補給にはならないだろうし、そこは別にね」

 

「やっぱりね」

 

「分かってて言う……って、どうしたの?」

 

と、言葉の途中で急にスイープが立ち止まり遠くを見るようにしてシイナもそちらへと切り替える。その先にはベンチに座る両耳に赤いカバーをかけ左耳側には白い小さなリボンを付けたピンク髪をしたウマ娘がいて、シイナにもスイープにもそのウマ娘には見覚えがあった。

そのウマ娘──ハルウララとは今日のラーメン店でも以前のラーメン店でも時を同じくしてトレセン学園の制服で食事をしていたために記憶にもよく残っていた。とはいえ会話をしたわけでもなくハルウララがこちらの存在を知っているかまでは分からない、こちらからも見掛けた程度の事だったが、トレセン学園の生徒同士、挨拶がてらその辺りに触れるかとスイープはまた歩みを進めていく。

 

「こんにちは」

 

傍まで寄って話掛けるとハルウララは読んでいた一枚のチラシから顔を上げる。

 

「こんにちは。学園の娘だけど初めましてよね?私、ハルウララ!」

 

「うん、初めましてね。私はスイープトウショウ」

 

「それで何か用かな!」

 

「用ってわけじゃないけど今日とちょっと前と二回同じ日にラーメン屋さんにいたのを見たから、何だか行く所が似ているのかな?と思って挨拶しようかなと」

 

「私はそれは気づかなかったなー。ラーメンが好きなの?」

 

「好きよ。凄く好きってわけでもないけれど良いお店があるよって、先輩のファインモーションさんに教えてもらって……」

 

「ああ!ファインモーションさん!」

 

ファインモーションの名前が出た途端にウララは手にチラシを持ったままパシンッと手を合わせる。

 

「もしかしてそっちもファインさんに教えて貰ったの?」

 

「違うよ~。私は話したことあるわけでもないんだけれど、ラーメンを食べ歩いていたのはその娘が関係あるのはあって」

 

と、ハルウララは持っていたチラシをスイープに見せる。そこには「ファインモーションを送る会開催のお知らせ」と大きく書いてあった。

 

「ファインモーションさんって留学生でね。でも、もうちょっとで一時帰国するみたいなの。それで、暫く日本を離れてしまうし大好きなラーメンも気軽に食べられなくなるだろうって、それなら学園の娘達で暫くの食べ収めのラーメン三昧してもらおうってことになってね。この辺の有名処からそうでない所まで本人は食べつくしてるみたいだから、『まだ彼女の知らぬ一押しのラーメンを作れるウマ娘達よ、誰でもこい!』って感じでこうして募集が掛かっているんだよ。それに私も参加してみようと思って、あと一押し良いアイデアはないかとラーメンを食べ歩いてたの」

 

「そんなのやるんだ~」

 

「スイープちゃんも参加したらどう?面白そうって思わない?」

 

「私は食べる方で作るのは自信ないからな~。でも、この会には興味あるかも」

 

「それならチラシをもう一枚持ってるからあげる!その日になったら良かったら来てみてね!」

 

と、ハルウララはベンチ横に置いてあった鞄から同じ紙を一枚取り出すと「どうぞ!」と手渡してくる。スイープはそれを受け取ると、特にこれ以上は何もすることはないかとハルウララに別れを告げてそこから離れた。

その後も公園を歩きながらチラシを見ると会は月末の土曜日の昼に予定されていて、その翌日はチームの先輩がレースに出ると現地応援へと行かなければならなかったが前日は朝練から始まり昼前には切り上げられる事を思い出し、これならちょっと見てみるかと手帳に会の事を書き込み、スイープは学園へと帰っていった。

 

 

 

 

それからも日々は何事もなく過ぎての月末の土曜日。チーム練習を終えて制服に着替えてスイープは家庭課調理室に進んでいた。

 

「会をやる事を知った時から行く気に溢れていたようだけど、なんでそんなに興味あるの?」

 

「ただ暇なだけだからよ。ま、予定を入れておかないと「土曜の午後のレースを観戦して感想を残すこと」とかトレーナーに言われるのもあったからだけど。案の定練習終わりに言ってきたから「今日はこういう用事があるんです~」って言って断ることが出来て良かったわ」

 

「そういうこと……」

 

そうして調理室への道、近づく段階から賑やかな声が聞こえ、辿り着いて開かれていた出入り口から中を覗けば各コンロの近くで湯を沸かす者、材料を切る者、入れ物を用意する者とそれぞれが動き回り、とても部外者が入れる雰囲気ではなかった。

 

「料理屋さんの裏側みたいに忙しそうね……」

 

と、スイープが屈みながら戸に手を掛け半分顔を顔を出すようにして中を見渡していると、「はい、ちょっと退いてね~」と声が聞こえ、声の主を見がてらその場から一歩離れる。

 

そうして現われたのは制服姿でそれ自体は普通にしながらも、その指先はビッシリとネイルアートを決めてギャルといった様子を全面に表している鹿毛のウマ娘──トーセンジョーダン。

 

「あれ?中に入るんじゃないの?」

 

部屋を見ていたのに自分が廊下側に出てから動かないスイープにトーセンジョーダンは気づき話し掛けてきた。

 

「違うよ。どんなことやってるか見に来ただけ」

 

「ああ、そうか。まあ、こうして見てみるとラーメンを作りに来た娘って感じでもないしね」

 

「そっちも同じってところ?」

 

スイープはトーセンジョーダンの煌びやかな指先へと視線を向けながら返す。

 

「まあね。こんな爪で料理なんかゴメンだわ。って食べる方もそう言うだろうけどね。知ってる娘が参加するっていうんだけど珍しい材料が見つからないとかでさ、じゃあ私のツテで探してあげるって言って今それを届けにきただけよ」

 

「ツテって実家が料理屋とか?」

 

「そういうのじゃないけど。ま、色々顔は広くてね。仲間内に声を掛けていけば大体の物は揃えられるのよ」

 

「組織のボスみたいね、カッコイイ」

 

「でしょでしょ?あんたも良かったら私の軍団に入る?って言いたいところだけど魔女っ娘はウチの雰囲気と違うか」

 

賞賛に対してトーセンジョーダンは鼻高々ともいった様子の後にスイープを上から下まで見てから言う。

 

「私も違うと思うわ。ああ、そうだ。丁度いいから聞いていい?ファインモーションさんは中に居ないみたいだけど、どこにいるか知ってる?」

 

「ああ、それなら隣の部屋だよ。試食はそこでだって」

 

トーセンジョーダンはクイッとそこから一つ奥の部屋に親指を向けながら答え、スイープが(あっちか…)と足を進めようとしたところで、更にトーセンジョーダンが隣の部屋の方を見ながら口を開いたのでそこで身体を止める。

 

「私も仲間は多くいるものだけど、そのお嬢様もこれだけ自分のためにって動いてくれる娘達がいるんだから凄いものよね。まあ、それだけ彼女がそうしたくなる娘ってことなのかもしれないけど、この学園に来て少しの時間も無駄にせず大事に生きていきたいとか言っちゃう娘のようだし、それなら周りも残り僅かな時間に良い思い出を……となってるみたいね」

 

「一時帰国って長いのかな」

 

「それは私も知らないけど、この帰国が大きくこの先を変えるのかもしれないって噂は聞いたわ」

 

「噂?」

 

「そもそも日本に来たのも許嫁が居て、結婚前に文化や生活に慣れるのに学園に入ったみたいよ。まあ、その後に走る能力が高いとか”お嬢様競技者”として人気が出ちゃって結婚の話は先送りになったとか。でも、一度その辺りも落ち着いて話をしようっていうのも、今回の一時帰国の中にあるみたい」

 

「場合によっては予定通りに結婚して学園も辞めちゃうってこと?」

 

「そうだね、小さいながらにいちいち説明しなくても話が早いじゃん。お嬢様は良い暮らしが出来るのかもしれないけれど、そんな定められたものばかりかと思うと息苦しそうで私じゃ無理だってなるわ」

 

スイープの想像からの言葉にトーセンジョーダンはやるじゃないといった顔を向けた後は、ファインモーションのいる隣の部屋に向けて目に力も入り真剣な顔で呟いた後に首を左右に振った。

 

「何か色々言っちゃったけど今言ったのもあくまで噂だかんね、全部真に受けたりしないでよ?私も喋りすぎたし、もう行くわ。それじゃバイバイね、魔女っ娘」

 

と、トーセンジョーダンは最後にスイープの帽子の先の折れ曲がった部分をペシペシともモミモミとも触った後に、ファインモーションの居る部屋とは反対方向の廊下を歩き去っていき、スイープは先の部屋へと向かっていった。

 

 



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どうぞ食べてね、お嬢様

調理室の隣の部屋へと近づく……と中からこちらに近づく足音が聞こえ、誰か廊下に出てくるのだろうと開かれた出入り口から数歩前でスイープは立ち止まる。

 

考え通りに出入り口にラーメン鉢が乗せられたトレイが見え、廊下に出る左足が見えた次にスイープの目が捉えたのは、もう一方の右足の爪先が戸の境目に引っかかる動きだった。それには「あっ!」と声は出してもスイープには何も出来ず、ただその場で動きを止めるだけだった。

 

そのスイープの目の前でトレイ共々前のめる一人のウマ娘だったが、どうにかもう片方の足を素早く上手く前に出して廊下を踏みしめ、境目に引っかかった足も軌道修正し、その上靴の裏をしっかりと廊下に乗せる事に成功する。腕をピシッと真っ直ぐ伸ばすような形になった先にあるトレイの上のラーメン鉢もそこから落ちる事無く、少しばかりトレイ上を移動するだけに収まった。

 

「危機一髪デース」

 

暫く左足を前に右足を後ろに伸ばし両手はトレイを持ち前方へと伸ばしたまま固まっていた目の周りを隠すマスクを付けた黒鹿毛のウマ娘──エルコンドルパサーは大きく息を付く……と、近くでスイープが見ていた事にそこで気づいたようで体勢を元に戻して近づいてきた。

 

「驚かせたようですいませんネー。足元への注意が足りませんデシタ」

 

「お、落とさないで良かったね。転んじゃうかと思った」

 

「コレも日々のレスリングトレーニングの賜ですかネー。鍛えられた体幹によりこういった時に上手く身体を切り替えることができる、と。なんて言いながらまだ私もドキドキなんデスけどね。転ばないで良かったと心底に思いますよ。ファインさんも全部食べておいてくれて助かりましたネー。残っていたら落とさないにしてもスープが溢れもするところでした」

 

胸を撫で下ろしながら本当に良かったというように伝えるスイープに、エルコンドルパサーもホッとした声を発しながらトレイの上のラーメン鉢に視線を移す。それに釣られてスイープもそこを見ると、ラーメン鉢の中は一滴も無いほど綺麗に平らげられてスープが入っていただろう部分だけ赤く色づいているのを確認すると、続いて辛い残り香が漂ってきた。

 

「これだけを見ても、とっても辛そうね」

 

「エルコンドルパサーさん特製の激辛ラーメンデース。友人には「控えめに!」と言われましたけど、そのままでも全然問題なしデシた。いやはやファインさんは良い食べっぷりデシタねえ。作った甲斐もあるってものデス。と、片づけまでが料理なのでワタシはこれにて失礼シマースよ」

 

と、自分の仕事とファインモーションの試食に対し満足気に感想を残してエルコンドルパサーはスタスタと歩き出し調理室へと入っていき、スイープは振り向きそれを見た後に試食部屋へと顔を覗かせる。

 

部屋を覗くと、そこから奥の方で試食は行われているようだった。

窓際と廊下側それぞれに長い机が置かれて、その窓際に主役たるファインモーションが座っている。その前にはポットとコップが置かれて、今はその前にトレイの上にラーメン鉢を置いて持つ小柄な鹿毛のウマ娘──ナリタタイシンがファインモーションと共にその後方の壁に掛けられた黒板を見ていた。

黒板の前には頭にブワッと大きく葦毛の髪が乗る眼鏡を掛けたウマ娘──ビワハヤヒデが示し棒を片手に何かを喋っている。

 

何をしているのかとスイープがそちらへと意識を向けるとビワハヤヒデはチョークを持って黒板に絵を描き始める。まずはラーメンの絵を描いた後にその中にある具に矢印を向けてチャーシュー、麺は平麺、スープは豚骨と煮干しであると文字で書き記しながら口では事細かい説明をしているようだった。

 

やがて熱が入ってきたのかビワハヤヒデはファインモーションとナリタタイシンを見るのを止めて身体を完全に黒板へと向けて”喜多方ラーメンの歴史について”と書き始めていく。それを見てナリアタイシンは(どうしようもないな……)と冷めた目を一つビワハヤヒデに向けた後に机の上にトレイを置くと、しっかりとビワハヤヒデの説明を聞こうとするファインモーションの肩をちょいちょいと叩いて自分の方へと気づかせながら「こういうの始まったら長いし麺が伸びちゃうから、もう食べちゃって良いよ……」と伝えるのだった。

 

そうして、そんなやりとりが背後で行われるとは知らず知識の披露に熱中するビワハヤヒデの姿と、用意された”福島名物喜多方ラーメン・ビワハヤヒデ型”食べ進めながらも説明は聞こうとするファインモーションと、やれやれと目の前の語りたがりの友人へと溜息を付きながらお冷のお代わりを入れるナリタタイシンの図がスイープの前で繰り広げられていった。

 

 

その後も入れ替わり立ち代わりラーメンが運ばれていき、ファインモーションは全てをスルスルと食べ進めていく。どんなラーメンであろうとも口元を汚すことなく上品に、それでいて見ている者にその美味しさがすぐに伝わるような気持ちの良い食べっぷりで、ずっと出入口から覗き見ていたスイープのお腹もそこでギュルルルと元気に鳴る。

 

「そういえばお昼を食べてなかったのよね。食堂もいいけれど調理室へ行ったら何か美味しいものあるかな」

 

と、思いついたら身体の動くスイープはすぐ隣の部屋へと戻っていく。

調理室の中はもう片付けも終わった机も多く人もまばらだったが、出入り口から真っ直ぐ行った奥の机で二人のウマ娘が向き合って何か言い合いをしているのがまず目に入った。どちらもスイープと同様に小柄で片方は葦毛の、もう一人は鹿毛のウマ娘だったのは確認しながら誰なのか何をしているのかと近づいていくと、その二人を見ながら困り顔の栗毛を頭の左右で結んだウマ娘──スマートファルコンがその前にいるのに気づいて隣に立ちながら前方の二人の事に触れる。

 

「喧嘩してるの?」

 

「喧嘩とまでじゃないんだけどね。どっちのラーメンが良いかでずっと言い合っているの。ファインさんには食べてもらってどちらも好評だったんだけど、それが終わってもここで続けているのよね。彼女には美味しく食べてもらうのが目的でどれが一番かと決めてもらうような話じゃなかったし、さすがに先輩達も彼女に決着を付けてもらおうとはしなかったけれど……」

 

「貴女が付けたら?」

 

「それは駄目だよ。だって、片方のラーメンは私も一緒に作ったものだからね。

 あ、そうだ。それなら貴女が決めてみる?材料はまだ余ってるし、ああやって言い合ってるから片付けも終わってないし」

 

「やるやる!」

 

「それじゃ、そういう事で先輩達を止めてきましょうかね」

 

「これで終わってくれるかな……」と、スマートファルコンは小さく漏らしながら、スイープとスマートファルコンのやりとりに気づくこともなく、未だいかに自分のラーメンが良いかを言い合う二人へと近づいていった。

 



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東西対決:春の陣

「そ・れ・で・は、東西ラーメン食べ比べ始めるよー!進行はこのファル子が務めまーす、よろしくね!」

 

窓際の壁を背に椅子に座ったスイープから机を挟んだその先で、先程会話を交わした時とは全く違う様子のスマートファルコンが派手にクルクルとも回った後にピースサインを横にして片目を挟むポーズを取って宣言し、急激な変化にスイープは低いテンションでそれを見て、机上に乗せられたシイナも意識して縫いぐるみらしく振舞わなくても固まってしまっていた。

 

「え、何、そのノリは……」

 

「こういうのはちゃんとやらないと。私も営業モードよ。

 と、いうことで今日の試食役のカワイイ魔女さんのお名前とクラスを聞こうかな!」

 

そうして自称ウマ娘アイドル・スマートファルコンは素と表向きキャラを軽く切り替えつつ、手に持った何の線も繋がっていないマイクをスイープに向ける。

 

「スイープトウショウ、ジュニアBクラスのウマ娘よ」

 

「なるほど、これからレース界を背負っていくかもしれないピチピチ若い娘ちゃんねっ。今日はそんな貴女に大先輩達がとっても美味しいラーメンを用意してくれるよ!と、いうわけで先鋒はこちら!」

 

と、スマートファルコンが片腕を大きく広げた先から小さめのラーメン鉢を持った赤い耳カバーとそれに繋がる赤と青のリボンを垂らした長髪葦毛の小柄なウマ娘が登場する。

 

「これがこのタマモクロスと、ここにいるスマートファルコンとの合作のあっさり鶏ラーメンや。まずは何も言わんから、早速食べてみてな」

 

そうしてそのウマ娘──タマモクロスは自信有りとの表情を出しながらスイープの前にラーメン鉢を置く。

中を覗くとそのラーメンは具材といえば鶏の胸部分を丸く成型してから茹でて薄切りにした肉と白髪ねぎが乗っているだけのシンプルなもの、スープは透き通った黄金色といった一目で塩ラーメンだと分かるものだった。

 

それでは、とスイープは身体の前で手を合わせて「いただきます」としてから用意された箸を持ち、最初に麺に手を付ける。数本を持ち上げるとそれはストレートな細麺で、食べてみると特別ではないがごく普通に美味しいと感想を持つと、続けてレンゲで薄く色づいたスープを掬って一口飲む。すると、想像していた味と違ってスイープは目を見開き、それに気づいたタマモクロスが声は出さずに口の端を上げる。

 

見た目通り味は確かに醤油も味噌も入っていないだろう塩味スープだった。けれども、そこに強い甘さがあった。

砂糖を入れたというようなはっきりした甘さではない、飲んだ後に滲み出るような遠くから来る甘さとコク。これは何だろうと思わず二口三口とスープを飲み進めるスイープ。それでも自分にはその味の謎を解くことは出来ずに机の向こう側で様子を見ていたタマモクロスに直接聞くことを選んだ。

 

「これ凄く甘いね、なんでなの?」

 

「これはな数々の野菜を丁寧に煮込んで濾したスープが入っとるんや」

 

「え、野菜の味なの?これで?」

 

驚いたように、もう一度スープを掬って飲み込むスイープ。

その味はやはり甘さを中心に複雑に絡み合い幾らでも飲めそうで、口内からの美味しさは全身に伝わり幸福感をもたらしてくるものだった。

スイープにとって野菜などという物は基本嫌なものでしかなく、食べてみた上で飲み込めずにペッと吐き出したことなど数知れず、さすがにトレセン学園に入学してからはそういう事はしなくなったが今でも極力減らしたり退けたりという間柄で、これほど美味しく食べられた事は初めての経験だった。

 

「甘くて美味しいやろ?まあ、野菜だけではこれだけのものは出せないんやけど。お嬢ちゃん、次はその鶏肉を食べてみ」

 

タマモクロスはスイープの美味しそうな顔を見て良い気分になって勧めてきて、スイープがそれなら箸で摘まんだ鶏肉は見た所は形が綺麗に丸いという事を除けば茹でた鶏肉でしかなかった。よく見てみても側面に少々黒胡椒らしき黒い粒が分かる程度だった。

 

スープは確かに美味しかったけれども、茹でた鶏肉か……と、いまいち味の期待が出来ずにスイープは小さめの一切れのさらに半分程度を齧ることにした。

そうしてスイープの口内に訪れたのはスープを飲んだ時同様に想定と違う物だった。鶏肉の味自体は他に何かの味が濃く付けられているわけでもない鶏肉だったけれど、その食感がしっとりしていて側面に近い所はプルプルと、鶏の胸肉と思ってまず感じるパサつくところが全く無かった。それに軽く付けられた黒胡椒と肉自体に染み込んだ塩気も丁度良く、これが単なる鶏肉だとはスイープには思えなかった。

 

「何だか特別な事をしているようにも見えないんだけど、こんなに美味しいなんて特別なお肉なの?」

 

最初の一口はゆっくりと噛み千切ったけれども、その味を知ってパクパクと口に放り込んでいくスイープにタマモがその言葉を待っていたかのような顔を作り話し始める。

 

「いやいや、鶏肉は国産1kg:290円の特売品やで。ブランドもんでもなんでも無い。それに蜂蜜や塩や胡椒を刷り込んで空気を抜いて何日か置いた後に香味野菜と茹でたのがコレなんや。んでな、茹で汁もその鶏の出汁が良く出ていて、それと野菜スープと合わせたのがそのラーメンのスープというわけ」

 

「へ~」

 

タマモクロスの話を聞きながらスイープは肉も麺もスープもどんどんと食べていく。

 

「スープを作った野菜も形が悪い言うて安く投げ売りされとるやつやし、麺は製麺所での市販の物やけど低価格で、全体で見たら材料費は本当お安く出来とるラーメンなんや」

 

「それでこんなにちょっと高そうなお店にありそうなラーメンが出来るんだ」

 

「何でも情報と工夫ってことやね。なんて偉そうに言ってるけど今度の話はウチだけの力じゃ無理で、このスマートファルコンと力を合わせて出来たものなんやけど。まとめるなら情報と工夫と仲間が揃っての一品や。まさかウチより節約術に長けた娘が学園内におるとは思わんかった。特に麺に関しては美味しくと安価とを兼ね揃えている所を知っているとは年下だけれど”師匠”と呼びたいくらいや」

 

「へえ、ファル子ちゃんはそういう事に詳しいんだ~。節約好きなの?」

 

中身を大方食べきって残ったスープと僅かな具をレンゲで掬って食べるのはまどろっこしいとスイープがラーメン鉢を両手で抱え顔へと持って行きながら言う。

 

「す、好きっていうか何というか、ま、ま、何となくやるようになっちゃって~~。麺については色々と地方回りしている内にそういう商店のオジサンと知り合いになって詳しくなっちゃたり~~?」

 

「ふーん、そうなんだー」

 

実のところ好んでやっているというよりも、アイドル稼業に費用が要るために他を切り詰めていたらいつの間にかあらゆる節約に詳しくなっていたというのが真相なのだが、それを表に出すのはアイドルらしくないと必死の思いつき言い訳をするスマートファルコンと、聞いたものの深く興味があるわけでもなく返された言葉に疑問を持つわけでもなくスープに残っていた一本の麺をツルリと行きながら軽く答えるスイープだった。

と、盛り上がる机に近づく一つの気配があり、そこにいた面々はそれに気づいてその部屋の奥側の方向を見る。

 

「お、食べ終わったようだねぇ。だったら次はこっちの番だ。一度水でも飲んで準備を整えてくんねえ」

 

そこにはトレイにラーメン鉢を乗せた頭の横側で鹿毛を縛り右側にはキツネのお面を付けた小柄なウマ娘──イナリワンが自信満々に堂々といった様子で立っていた。

 

 



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ジャッジメント

イナリワンの威勢の良い「準備をしてくれ」との言葉にスイープは水を飲み、タマモクロスは空になったラーメン鉢を持ち上げてスマートファルコンは机上を布巾で拭き取る。

 

「気合入っとるなあ、イナリ」

 

「そっちの受けが良かったみたいだからね。ま、後攻だからと不利にはならないさ」

 

ラーメン鉢をシンクの中に片づけてから煽りを込めたかのような笑顔でタマモクロスがイナリワンを見れば、イナリワンも負けじと強気な表情で小柄なウマ娘同士が見つめ合う。バチバチと火花が飛び散りそうになったところでイナリワンがくるりと机の方に身体を向けてスイープの前にラーメン鉢を置く。こちらも小さめに最初に食べた物と同じ程度に盛られたもので、まず中を見るとスープの濃い黒色と浮いている脂が目に入る。具材はメンマに海苔に脂身と色がしっかりと付いた豚バラ肉のチャーシュー。

 

「さあ、食べなっ。このあたしイナリワン渾身の東京ラーメンだ」

 

量はそれぞれ少なめにされて、こうして違う味が一度に楽しめそうなのは良いことだとスイープは再び手を合わせた後に食べ始める。今度のラーメンは中細のちぢれ麺、口に入れれば黒いスープがよく絡んでこれもまた美味しいと、暫く麺を食べ進めた後にスープに手を出した。麺を食べている時からも分かった濃い醤油味。レンゲで一掬いするとそこにも浮いた油と色とでこってりしているように見える。それでも掬ったものを一度に全部飲み込んだ。

 

最初のラーメンに比べるとやはり油脂分の多さが伝わる。しかし見た目ほどの重さがあるわけではなく気にせず飲み込めて、次の匙ではじっくり味わってから飲むと、これもまたそこにある甘さ、遠くからやってくるコクがあって、このスープだけでもどんどん飲めそうに思える。

 

しかし、そこは一度立ち止まって具材のチャーシューに手を出した。それにも脂をしかと感じて味付けの強さも思うが、これもまた見た目よりはずっとか食べ易く、脂の浮いたスープに脂身一杯のチャーシューと見た目の脂で敬遠する人がいたらもったいないだろうなとスイープはそのチャーシューとスープを休まず食べ続けながら思う。

 

と、そうしている内にラーメン鉢は空っぽになり、スイープは箸を置いてまずは用意された水を飲み干して、そのコップを机に置けば「さあ、今こそジャッジだ!」と、それを口にせずとも伝わる瞳でタマモクロスとイナリワンが見つめてくる。

 

「……これ、決めなきゃダメ?」

 

タマモクロスとイナリワンの眼光を受け止めながら言いにくそうに申し出るスイープに二人は揃って力強く頷く。スイープはどうしよう……と腕を組み下を向き口からは「むー」「んー」と悩む声だけを出し考える。

 

スイープには決断ができなかった。その味も食感も全く違うものだが、それぞれどちらもスイープの好みのもので、片方を食べたくなる日もあれば、別の日にはもう片方を食べたくなるかもしれないが、どちらが上だとの判断は全く付かなかった。なんとなくで「こっちのラーメンで!」と決めてしまうのはどちらのラーメンにも失礼な気もしてスイープは悩み続けた。

 

どちらかには決められない、ウソはつけない、その果てにスイープは一つの事を決める。

そして、組んだ腕を解き顔を上げ、机に身を乗せて答えを待つ二人は見ずに目線を上げながら声を発した。

 

「やっぱ無理!」

 

「それないやろ~」

 

「そうだ、それは待ってくんなっ」

 

スイープの言葉にタマモクロスもイナリワンも揃って身体をガクリッと落とした後に体勢を戻し、タマモクロスはオイオイと手振りを付けてツッコむように、イナリワンは両掌を机に付けて身体を前に出し言ってくる。

 

「そんなこと言われても無理だもーん。同じラーメンだけど塩と醤油で味も全然違うし、どっちも美味しいし、どっちが上とかないよ。私じゃ決められない」

 

続けて足をばたつかせて「むーりー」と更に口を尖らせて言うスイープに、タマモクロスもイナリワンも机から離れて立つ格好で「まいったなぁ」という顔を向けるばかり。

と、そこにスマートファルコンが近づいてくる。

 

「もう、そういうことでいいんじゃないですか。差が少しも無い、どちらかには寄せられないというのなら、引き分けだって有りでしょう」

 

「しゃーないな。ま、ええわ。で、スイープちゃん……やったっけ。美味しかったのなら良かったし美味しそうに食べてくれたし、こっちも満足したわ」

 

スマートファルコンの言葉にタマモクロスは髪を掻き上げながら結果を受け入れる様子を見せると再び机に身を乗せてスイープに顔を寄せて話かけてきた。

 

「ファインも良い食べっぷりだったけど、アンタもガツガツと良い勢いだったね。そういう勢いのある娘はアタシも好きだよ、と……」

 

イナリワンもその言葉に同意するようにした後にお腹を押さえ撫で始める。

 

「どうしたん?」

 

「いや~作ってばかりでこんな時間にもなってるし、お腹減ったなって。材料はまだあるし片付けついでに作るとするか」

 

「それを言うとウチの方もな~。まだ材料が余るくらいあってなぁ。ウチは食べる役はそんなにやから、ファルコンいける?」

 

「私はそれなりに食べるけれど全部は……」

 

「それならイナリさんにも手伝ってもらったら。私は2杯いったから出来ないけど」

 

「いきなりアタシにパスかいっ!アタシはお腹は空いてるけど、こういうあっさりしたのは食べる方じゃないんだよなぁ……」

 

「でも、あっさりに見えてあっさりじゃないんだよ。色が薄いのになんでこんなに色んな味がするの?ってくらい味が詰まってる感じで。私、野菜なんて大っ嫌いなのに全然気にせず最後まで飲めちゃったし、見た目で判断しちゃいけない塩ラーメンだよ」

 

味を思い出しながら力説をするスイープからイナリワンは視線を外してタマモクロスへとそれを送る。

 

「スイープの言う通り、そこはウチも特に自信ある部分や。期待を裏切ったら謝る覚悟もある。手伝ってくれんか、イナリ」

 

「その言葉、しっかりと受け取った。そこまで言うなら試してみようじゃないか」

 

タマモクロスがそれを見てここが押し所だと右手をグッと握りしめながら上げて更なる力説を見せれば、イナリワンも覚悟は決まったというように頷いた。その様子をお茶を飲みながら見ていたスイープは思いついたというように表情を変えた後にそこに入り込んだ。

 

「でさあ、タマモさんの方もイナリさんのやつ食べてみれば?」

 

「え?いや、待ってえな。ウチはウチでああいう色濃いドカンときそうなやつは腹に溜まりそうで食が余計に進まなくなるんや。そもそもイナリの方は材料が余りまくってるわけでも……」

 

「いいや、こっちも余ってる……そう、三杯分くらいは」

 

「なら、イナリさんとタマモさんとファル子さんで分けると丁度いいんじゃない。タマモさんも食べてみればいいのに。見た目が色濃いし油も浮いているのに、くどくなくて美味しいんだよ」

 

「そう、それがアタシのラーメンの特徴さ。どうだい、騙されたと思って一度食べて見ないか?」

 

「……こっちが勧めておいてそっちを断るというわけにもいかんか。分かった、食べてみようやないか」

 

「うんうん、それがいいと思う」

 

お互いがお互いのを食べるという事で話が落ち着いてスイープも同意しながら頷く。と、いつの間にか机の向こう側からスマートファルコンがスイープの隣へと来て小声で囁く。

 

「どうやら上手く話がまとまったみたいね。今日の東西味比べ対決の着地地点はこんなところ、と。ありがとね、良い審査員だったよ」

 

最後にスマートファルコンはキラリと星が飛ぶようなウインク一つをスイープに見せると「それじゃ早速片付けを含めて作って行きましょうか!」と、マイクを机上に置き頭に手にしていた三角巾を巻いて、アイドルモードから調理モードへの移行を完了しタマモクロスとイナリワンへと伝えるのだった。

 

そうしてスイープはお腹を満たして満足し、タマモクロスとイナリワンも決着に納得し、スマートファルコンはこれで事が先に進むと安心してそれぞれが次の動きへと行く中で、スイープはこの後に何か用があるわけでもなく何気なく部屋をぐるっと見回すと、さらに人の少なくなった中の座っていた位置から見て奥の窓から今日のこのイベントを教えてくれたハルウララが外を見ていた。それは何かを探しているような動きで、何だろうとスイープは立ち上がって近づく。

 

「どうしたの?外なんて気にして」

 

「やあ、スイープちゃん。私は他の娘と作っていてね、後は麺を茹でるだけの準備が整ったんだけどトッピングがまだ来ていないんだ。ここだと用意できないからって外でやってくるって言って、その娘達が出て行って大分時間が経つんだけど……」

 

スイープの方を一度見てはくれたが、すぐに帰ってこないその誰かを気にするようにハルウララは窓の外の方を気にしながら話す。

 

「それなら私が様子を見てこようか?今ラーメン沢山食べてちょっと動きたいしね。それはどこでやってるの?なんて娘達?」

 

「私も外の広い場所としか聞いてなくて。行った娘達の名前はね……」

 

と、スイープはハルウララからそのウマ娘達の名前を聞くと、「自分に任せておけば大丈夫」とばかりに自分の胸元を勢いよく叩いてすぐさま調理室を出て行った。

 

 

 

 

そうして廊下を進む中、誰も周りにいないのを確認してスイープがシイナに声を掛ける。

 

「こういう場合に探し人を見つけるとか出来る?」

 

「出来るよ。この敷地内で名前も分かっているなら、そんなに難しいことじゃない」

 

「そういうものなの」

 

「……そう、特に名前は大事さ。名前はその人の色々なものを縛る。名前を知っていれば糸を手繰って辿り着ける。そうして欲しい?」

 

「やってよ、早めに」

 

「分かった。でも、僕の周りに魔術反応が出るだろうし、屈んで僕を隠す形にしてくれない」

 

「はいはい、何かとひと手間かかるわ。この程度ならまだいいけど」

 

スイープはそうして一度廊下を左右見渡した後で誰もいないことを確認して特別教室が並ぶ壁に向かって座り込みシイナを抱える形にすると顔はそちらを見ないように天井に向ける。そして下の方からパシリと小さな音と共に赤い光が放たれ、上を見ていても尚少し眩しくそれを感じた後に立ち上がった。

 

「で、その人達はどこにいる?」

 

「どうもこの学園内の駐車場みたいだね」

 

「駐車場?場所は離れていないけれど一体何を用意してるんだろう、そんな所にまで行って」

 

何が行われているかは全く想像がつかなかったが、とりあえず目的の場所が分かれば深く考える事もないとスイープはそちらへと足早に向かっていった。

 

 

 



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炎と魔女

スイープが駐車場まで辿り着くと、広い敷地の奥側にモクモクと煙が上がっているのが見えた。

 

「分かり易いわね」

 

そこを目的地に一直線に進むと、周りには車も止められていない一角に探していたウマ娘達が野外用コンロを目の前に何やら話し込んでいる。

 

「こんにちは。キングヘイローさんとカワカミプリンセスちゃんよね」

 

「そうですけど、何でしょうか」

 

「何の用かしら」

 

近づきながらのスイープの言葉に、青い耳カバーに右耳には緑のリボンを付け伸ばした鹿毛の先にはウェーブが掛かるウマ娘──キングヘイローと、左耳に王冠を意識したような飾りを付けた隣のキングヘイローよりも長く鹿毛を腰を越えるほどに伸ばした──カワカミプリンセスがコンロを気にしつつもこちらに顔を向けてきた。

 

キングにプリンセスと名前が付くだけあって、どこか住んでいる世界の違うような近づき難さをスイープは感じたが、臆するわけにはいかないと更に近寄る。

 

「ハルウララさんが二人を待ってるようだったから、私が代わりに様子を見てくるって言ったの」

 

「そうでしたか……。それについては私達も早くと思っていたのですが、なかなか上手くいかなくて……」

 

キングヘイローは片手を頬に当てながらコンロの方を見て申し訳なさそうに言う。

 

「何に困ってるの?」

 

「それはキングさんのお手を煩わせることはありませんから、私から答えさせていただきますわ」

 

スイープが問題はこのコンロなのか……とそちらに近づいていくと、カワカミプリンセスがスイープの隣に立ち、そう宣言してから自分のスカートの両裾を摘まんでお辞儀する。

 

「この度の会の開催に辺りファインモーションさんに是非ともこれまでに知らなかった経験をしていただこうと、いつまでも残る思い出になってもらおうと立ち上がったこのキングヘイローさん。それにはこの私、カワカミプリンセスも少しでもお力になれればと話を聞いてすぐに協力を申し出るものでした。そして、何を作れば良いのかという所で早速他には類を見ない提案をされるキングさん、それがこのお手製の焼き豚だったのです!」

 

と、カワカミプリンセスはコンロの近くにラップを掛けて置かれていた銀色の深めのトレイを持ち上げてスイープに見せる。スイープが少しラップを取り外して中を見ると、しっかりと煮込まれた大きな焼き豚が一塊乗っていた。先程ラーメンを食べて暫く食べ物は良いかなと思っていたスイープだったが、その香ばしい匂いは今すぐにでも味見をしたいと思うほど食欲をそそられるようで、見るだけで美味しそうだと伝わるツヤもそこには在った。

 

「これだけでも十分な程に美味しいのですけれどキングさんとしては最後に一炙りが必要だということで、それを行うためにここに場所を作ったまでは良かったのですが、どうも火力がいまいち足りないようで困っているところなんです」

 

「そういうこと」

 

と、スイープがコンロに近づくと火は赤く勢い良くそこにある。

 

「結構熱くなっているように見えるけど、これじゃダメなんだ」

 

「そうですね。後一押しという所なんですが持ってきた燃料ですと力及ばないようで……。ここで最後の一手間を妥協するわけにもいきませんし、といって待っている方を放ってもおけませんし……」

 

キングヘイローはどうするべきかと一人遠くを見るように悩み始めて、カワカミプリンセスはそれに気づくと寄り添うように近づく。そうして二人がスイープから目を離したところでスイープはシイナに小声で話し始める。

 

「火を操るって出来る?」

 

「出来るよ」

 

「じゃあ、やって」

 

「うーん……」

 

「嫌なの?何か道具が足りないの?」

 

肯定の言葉が直ぐに出ないことに、スイープは苛立ちが見える口調で早口で問う。

 

「そうじゃなくて……目的はあの肉に上手く火を通して事を全て綺麗に終わらせることだろ?それなら火の話に限定せずに環境を整えると言ってくれた方が……」

 

「何が違うの」

 

「煙ったりしても苦しいかもしれないから、その辺りの調整もするよ」

 

「ああ、それは必要かもね。そういう事で頼むわ」

 

「じゃあ、これをあげるよ」

 

スイープの言葉にシイナは手の内側を見せるようにして腕を上げる。そこには金平糖のような黄色い固まりが一つ置かれてあった。

 

「火を強くするのはそれを火にくべると良いよ。魔力反応だって「これが燃料で、そのせい」って言えば分かり易いだろうし」

 

「良いアイデアね。それじゃ、私がそこは話を付けるから他の事をよろしく」

 

「はいはい。他の用具の影になるところにでも置いてくれよ。そこでやるからさ」

 

希望通りにコンロの近くのクーラーボックスや水の入ったバケツの影にシイナを置くとスイープは未だ結論が出ていない様子のキングヘイローとカワカミプリンセスの方へと。

 

「お二人さん、ちょっといいかな。火力が足りないなら私が良い燃料を知ってるし持ってるから、それを使おうか」

 

「それは有り難い申し出ですけど……本当に貴女が?」

 

と、キングヘイローはどう見ても幼く自己紹介をされなくともジュニアクラスの娘だろうと伝わるスイープの姿を上から下まで見た後に心配を込めた表情で話す。そうして子供のように見られる事は好きではないが、それも仕方の無いだろう思いはスイープにはあり、疑うのなら今から分かってもらえばいいと、まずはチッチッチとヘイローに向けて指を振る。

 

「こう見えても化学に詳しいアグネスタキオンさんにアドバイスして褒められた事だってあるのよ。危ない事をするわけではないし、実際に見ていてくれれば良いわ」

 

それを伝えてスイープはコンロの前に立つ。持っていた金平糖型のアイテムはその粗い編み目から下に入れられそうでスイープは掌にあったそれをコロリと中へと放り込む。

パシッと弾けるような音が走り一瞬だけ炎が紫色に染まり燃え上がる。それに反応してか少し後ろから見ていたキングヘイローとカワカミプリンセスがスイープの両脇へと現われた。二人が来る頃には火は赤色となり当初よりもその威力を強くしてそこにある。

 

「こんなもので良いのかな」

 

「あ、はい。これだけの火力があればきっと……」

 

「キングさん!折角の助力、少しでも無駄にしないためにもこちらも進めましょう」

 

「そ、そうですね。ありがとうございました」

 

「いいの、いいの。火力がまた減ったら足すから言ってね」

 

火の勢いを見て焼き豚の置いてある方へと素早く回るカワカミプリンセスと驚いた顔をしたままにスイープに御礼を言うキングヘイロー。スイープはその二人を見ながら作業の邪魔になってもいけないと後ろに下がっていった。

 

キングヘイローは制服の袖を捲ると様々な用具が置かれている場所から長い金串を幾つか取り出し焼き豚に慣れた手付きで一つずつグサリと一差ししていく。そのまま全ての金串を差し終えるとそれらを手に取り焼き豚を持ち上げて網の上に。焼き豚から落ちた脂が更に火を強くするけれども、それに怯える事もなく少しも退く事なくキングヘイローはそこに焼き色を付けていく。一瞬空を覆った雲がピカリと光ったがそれにも少しも意識を向けることもなく、様子を見ているスイープとカワカミプリンセスもキングヘイローの姿に見入っていた。

 

「美味しそうだな~」

 

「そうでしょう、そうでしょう。何しろキングさんのお手製の料理。そして、あのキングさんのあれほどの火を前にしての勇姿!感動的ですらありますわ!」

 

周りが焦がされていく焼き豚の色と漂う匂いに喉を鳴らすスイープと、その隣でキングヘイローの姿を見続けるカワカミプリンセス。そうしている間にもキングヘイローはクルクルと金串を慣れたように操り強い火に当てられ流れる汗も時々降りかかる炭の粉も火の粉も気にすることなく満遍なく色づけていく。

 

「何か凄く慣れているって感じするね」

 

「その通りなんですよ。キングさんはこのレース界において中央だけでなく地方も盛り上げようと遠征して、そこでのイベントに望んで参加されもして、そうした時にあのような事もその身で覚えたという話ですの。今回共に作る事となったハルウララさんとはそうして高知のレース場で知り合ったようでして……」

 

と、二人で話している内にキングヘイローが焼き豚を火が多くある部分から横にずらして網の上に置き顔を上げる。

 

「カワカミさん、入れ物の用意を頼みますわ」

 

「はい、今行きますわ。それでは」

 

カワカミプリンセスはスイープに一言残してキングヘイローの元へ。そうして焼き豚を大きなタッパーに入れ金串を抜いて……としたところでキングヘイローがスイープへと近づいてきた。

 

「お願いがあるのですが、私達がこれを運んで行って一通りの事が終わるまで、ここでこれらの道具の事を見ていてもらえませんか。火はこのまま弱まっていくでしょうし危険な事は無いとは思いますし、本当に見ているだけで良いので」

 

「いいよ、そのくらい」

 

「ありがとうございます。その辺りの事まで考えが足りていなかったもので助かります。それではカワカミさん、参りましょうか」

 

「はい!」

 

キングヘイローの丁寧な申し出にスイープは悩む事も無く答えると二人は焼き豚入りのタッパーを持ち調理室へと向かっていく。スイープは立ち尽くしているのも何だと思いコンロと道具の置かれた間のコンクリートの上に腰を下ろすと道具の脇に置いていたシイナを自分の膝下まで持ってくる。

 

「最初は話し辛い人達かと思ったけどそうでもなくて良かったわ」

 

「早く戻ってきてくれるといいね」

 

「なんで?別に少しくらい長くなっても私は待つけど。他に何かやることもないし」

 

「君が良くても、この辺りの道具に良くないというかさ。もうそろそろ強く雨も降ってしまう」

 

「そういえば空が暗いような……。何?シイナはそれを明日の事が分かる術で天気を知っていたってこと?」

 

「違うよ。さっき君が頼んだんじゃないか。僕の仕事はここでの事が綺麗に終わるまで、だろ?だから、さっきからここらに降る予定の雨を止めてるんだよ」

 

「そんな事までしていたの?知らなかった」

 

「まあ、それが頼みだからね。そういうわけでこのまま延長はしておくけど、僕としては力が切れるまでには帰ってきて欲しいところかな。火力を強くするだとかの話と違って範囲が広いから消耗が激しいんだよ」

 

「ねえ、シイナ」

 

「何?」

 

「細かく言わなくても気が利くね、ありがとう」

 

「願いとそれへの対応だから当然だね。まあ、そういう言葉は嬉しく思うのも当然だけどね」

 

スイープがシイナの顔をプニと一押ししながら感謝を伝えると、シイナはスイープの方へと向けていた顔を元に戻しながら言い残す。何も見た目が変わるわけではないその頬が照れたように赤くなったようにもスイープは思えて、シイナからは見えないその背後で(カワイイ所があるんじゃないの)と、ニヒッと笑顔を浮かべていた。

 

 



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全ての一杯といっぱいの想い出

そのまま数十分、スイープはスマホを弄ったり時々駐車場にやってきた誰かに置かれている物々についての説明をして待っているとキングヘイローとカワカミプリンセスがやってきた。二人には待たせた事への謝罪と御礼とを丁寧に言われ、それには「特別な事をしたわけでもないし」と告げて、片づけを始める二人を手伝う事にもした。

 

そうして一通りの道具を屋根のある所に運んだ所でポツポツと雨が降り出したかと思うとそのまま本降りに。「後少し遅れていたら濡れるところだった」と安堵する二人を見ながら、自分は真実を知っているとの気持ちからの笑みをスイープは浮かべていると、その場所で「後はこちらでやるから」と言われて二人とは別れてスイープは特別教室棟の廊下を歩く。

 

そうして再びやってきた調理室。既に参加者の調理から片づけまで終わったようでそこに人はおらず、では、隣の部屋は……と訪ねると、そこもまた誰も居なかった。試食は済んで中に置かれた机や椅子も片づけられた部屋の中に入ってそれを確認したスイープの背後から人の気配がして振り向く。と、そこには今日の主役だったファインモーションが居た。

 

「こんにちは、ファインさん。今日の会は盛況だったみたいね」

 

「はい、皆さんに今まで知らなかったようなラーメンを作っていただいて本当に楽しかったです」

 

「私も楽しかったな。実は調理室の方で材料が余ってるからって作ってもらったんだ。ファインさんのおかげで良い思いしちゃった。ありがとうね」

 

「そうでしたか。貴女にも良い思い出となったのなら私としても嬉しいものです。また戻ってきた時には今日お世話になった方々にぜひお返ししないと、それを考えるのもまた一つ楽しみになりました」

 

「ねえ、ファインさん。一時帰国って長いの?」

 

「はっきりとした期間は決められていませんが……、そうですね、それほど長くはならないのではないかとは」

 

「そっか」

 

「良かった……」と安心したように息をつくスイープをファインモーションはどうしてだろうという思いを浮かべた顔で見る。それにはスイープもすぐに気が付いて言葉を続ける。

 

「そのね、ファインさんにお店を教えて貰って行ったら凄く美味しくて、クラスの他の娘達にも教えたんだけど好評だったんだ。食べ歩きするの楽しいし、ファインさんにもっと教えて貰えたらと思って……。ファインさんの事情もあるのに、こんな事で望んだらいけないのかもしれないけれど……」

 

「いえいえ、そう言っていただけるなんて教えた甲斐もあったというものですし、貴女の望みを私もまたこのトレセン学園に戻ってきた時の楽しみとしましょう」

 

と、ファインモーションはそのまま真っ直ぐ歩いて窓際へと行く。雨は通り雨だったのか今は止み、雲の隙間から光が差して窓から見える外の敷地が明るく見える。

 

一時帰国が決まってから「これが最後になるかもしれない」と「このトレセン学園が見納めになるかもしれない」と、これまで以上に一瞬一瞬の出来事を全て自分の中に収めるように、何一つ溢す事無く抱きしめるように過ごそうとしてきた。

 

そして、その日々の中で己がそう思うだけでなく、周りの娘達、知り合いも、同級生も、先輩も、後輩も、自分が望んだわけでもないのに、その思い出を深い物にしようと今日という日まで用意してくれた。

その日々を知って思った事は、これでもう思い出が一杯だと、満たされたというわけではなかった。それを知ったからこそ自分はまだこの場所で違う思い出を作っていきたいというものだった。家や周りに望まれて、そのままに従って帰る今回の帰国だけれど、帰った時にはその思いを伝えようと、更に陽が差し込む景色を見ながら思う。

 

「明るくなってきたね。これなら寮に帰るにも傘が要る事にもならないで良かった」

 

そんなファインモーションの考えを他所にスイープも歩いていき窓に張り付くようにして外を見る。その内にファインモーションに対し一つ思いついた事が出来て振り向いた。

 

「あ、そうだ。教えてもらってばかりだと悪いから、私もファインさんが居ない間に新しいお店とか注目度急上昇のラーメンを探しておくからね」

 

そうして「楽しみにしておいてね!」と指を立てて念押しするように伝えてくる、何の事情も知らず無垢で明るく、まだ何者にも染まらずこれから進んでいくのだろう後輩に向けて、ファインモーションは「是非とも」と、こちらもとびきりの笑顔で答えるのだった。

 

 

 

 

そして、夜、今日は美味しいラーメンにありつき幸福な時間を過ごしたスイープは、寮の部屋のベッドの上に転がりながら出来事を思い返し噛み締めていた。

 

「いやー満足満足。これで明日はチームの応援だけだし難しい事を考えないで良いし素敵な日だった」

 

「そりゃ良かったね」

 

「シイナもお疲れ様ね。明日は外に出かけるから良かったら普段学園内には無い新鮮な果物とか買おうか。今日はそのくらい沢山頑張ってもらったし」

 

「そうして貰えると有難いよ」

 

と、机の上で返事はするがスイープの方は見ずに、どこか意識が別の方向にあるんじゃないかと伝わるシイナの様子が引っかかってスイープは立ち上がり近寄る。

 

「何を考えてるの?」

 

「スイープと同じだよ。今日あった事をちょっと思い返しているだけ」

 

「また”他の娘は魔女らしいのに”って?」

 

「そういうのじゃないよ。ほら、レースで競って誰が1番かって争っているかと思ったら、誰かのためにそれぞれが力と時間を注いであれだけ動くなんて、君らって面白いねって思っていたところ」

 

「レースはレース、他は他よ。っていうか、シイナだって学校に通う生徒なんでしょ?魔術の出来で争ったりはしても日頃は助け合ったりとかしないの?」

 

「そこはするけど、今日の場合は接点も何もない娘達だって参加してもいたんだろ?そういう所がこちらとは違って興味深いってこと」

 

「そう。まあ、皆ノリが良いというかね。言われてみれば、そういう見方をされてもおかしくもないかも。そういう感想には私からはあれこれいう所じゃないけれど、興味なさげにされるよりその方が良いとは思うわ。さてと、こんな時間か。もう寝るとしようかな」

 

「いつもより早くない?僕としてはもう少し本を読みたかったところだけど」

 

「明日のチームで集まる時間が早くてね、遅れるわけにはいかないでしょ?あ、うっかり目覚まし止めてたらちゃんと起こしてね」

 

「そういう話じゃ仕方ないか。要望も承ったよ、それじゃお休み」

 

「はい、お休み」

 

パチリと部屋の電気が消えて、二人の充実した5月のある日は終わっていった。

 

 

 




5月ラーメンおもてなし編はこれで終了です。


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スイープちゃんのリボン パワーアップをしよう

チームでトレーニングは続くがスイープにはデビューの話は欠片も出ず日々が続き6月の半ばに入っての日曜日、生憎の雨で予定が変わり午前中の屋内練習を終えてスイープは寮の自室へと戻ってきていた。午後のG1レースに関してはトレーナーから観戦しろとも何とも言われず自主的に見ても良かったが、降り続ける雨が気分を沈ませるようでこのまま部屋でゴロゴロしていようとの方向に向かっていた。

 

そうして魔法を使って活躍する少女の漫画をベッド上に寝転んでスマホを使って読んでいると、近くに置いていたシイナが声を掛ける。

 

「前から聞きたかったんだけどさ、君と他の娘との話を聞いていると寮の部屋って二人一組のようじゃないか。なんでこの部屋は一人部屋なわけ?」

 

「学園が獲る人数を多くしたのは良いんだけど寮の部屋が足りなくなって、元は備品とか置いていたここを寮部屋に改装したんだって。大きさが他より小さいから一人部屋として」

 

「へえ、それで君が押し込まれた、と」

 

「違うわよ。他にも希望者がいたんだけど私が勝ち取ったの。だってさ、誰かと共同で部屋を使うなんて絶対に面倒臭いでしょ。だから、「ここが良い~~~」って必死のアピールをした結果として私が入る事になったんだから」

 

得意満面のスイープの横でシイナは(ワガママ押し通したってことね……)と、その時の周りの面々の困惑や呆れ顔を場面を実際には見なくともハッキリと浮かべながら、それを口に出せばまた煩いと心の内に仕舞い込む。

 

「シイナとしてもこれで良かったでしょ。誰かが一緒に居たら、その娘が留守の時くらいしかこうして話せなかったし、留守でもいつ帰ってくるかと思うと気軽にお喋りできなかっただろうし」

 

「それはそうだね」

 

(そこには完全に何も言えないな……)とシイナが思ったところでスイープはスマホのカバーを閉じる。

 

「あーあ、最新話も読み終わっちゃったし他に読む物も無いし、どうしようかな」

 

「それなら今の内にやっておく方が良い事があるな」

 

「勉強しろとか?ママや先生やトレーナーじゃないんだし、そういうのは止めて欲しいんだけど」

 

「勝手に先回りしないで欲しいな。僕のこの身体の維持についての大事なこと」

 

「ああ、エネルギーが足りないの」

 

そろそろ自分も何か食べに行っても良いし、と、スイープはそこで身体を起こしベッドに座る。

 

「それもあるけど、先月に雨が降るのを一時止めたりしただろ?あの時からどうも気に掛かってはいたんだけど、この身体は術を使うにも消耗が激しくて、その後にエネルギーを補給しても何かモヤモヤと疲労が残るという様子で……」

 

「つまりはトカゲはイマイチだったってことか。私もいつもシイナを連れているからか、近頃は何だか”トカゲの娘”って言われているのも聞くんだよね。響きの良い呼ばれ方じゃないし、こんなことになるなら黒猫の縫いぐるみにでもしておけば良かったな。そっちの方が魔女らしい感じするし」

 

「あのね、しっかりと人型の形代を用意してくれるという選択肢は無いわけ?そこに」

 

「人型ねえ、もし私がそれを最初から用意していたのなら私と同じような格好をしたカワイイ魔女の人形とかになっていただろうけど、そんな姿の方が良かったの?」

 

「本当に?」「それが希望だったの?」とニヤニヤとしながらシイナに言うスイープだったが、当のシイナはだからどうしたというように続ける。

 

「魔女の人形だろうと何だろうと人型であったなら今頃こんなことにはなっていなかったんだよ。

 人型の依代ならこんな風に中に閉じ込められる形じゃなくて、どんな格好に変身だって出来たんだよ?それこそ黒猫の縫いぐるみにだって、僕の元の姿に寄せることだって、姿を隠す術だって自由自在だったさ」

 

「そんなことまで出来たんだ。それなら何でもいいから人型にしておけば良かった……って、今、思ったんだけどシイナの元の姿ってどういうのなわけ?使い魔とか言うし元からそういうトカゲみたいな形に近い物かと勝手に思ってたけど」

 

「決めつけられるのはどうかと思うからこの際に言うけれども、僕にせよ他にせよ姿としたら君らと大して変わらないよ。まあ、君らウマ娘よりは人間に近い格好だ。耳は顔の横にあるし尻尾はそんな風に生えていないし」

 

「その代わり先の尖った尻尾とか角とか生えていたり?」

 

「まあ、そこはそういう人も居るね。僕にはないけど」

 

「へえ、それで背丈とかどうなの?」

 

「背は……こういう時は何インチって言えばいいんだったかな……」

 

「それを言うならセンチでしょ。色々この世界の事を覚えるのが早いけど微妙な所が怪しいわね」

 

「……そりゃ失礼しました。まあ、あれだ、君のチームのトレーナーがいるじゃないか。彼よりも、このトカゲの身体半分くらいは高いところかな」

 

「それって長身じゃないの。へえ、そんなに背が高かったんだ」

 

「そういう格好の方が良かったかい?」

 

「そんな大きな身体でここに居られても困るし、どこか外を歩く時に持ち歩かないで一緒に歩くにしても目立ちそうだから必要なかったかもね。トレーナーと話しているだけでも私からじゃ背が高くて見上げることになるのに、もっと高いなんて疲れちゃう。それでそれで、他の見た目とかどうなの?」

 

「どうって言われてもね」

 

「仲間内から格好良いとか言われたことないわけ?」

 

「ないけど……。他に分かり易く伝えられるのは、そこのベッド下の片付けられていない本の中に君らのレース雑誌が一つあるじゃないか。そこの間に挟まれてた小冊子の表紙の娘とは似ているところはあるかな」

 

シイナの言葉にスイープはベッドの脇に移動し身を乗り出して床を見る。そこには辞書や参考書と授業に関するものや最近の流行りを追った雑誌が雑に散らばる中に数あるレース雑誌の内の一冊が紛れていて、スイープはそれを手に取ると中の小冊子だけを取り出してベッド上に戻りながらその表紙を見る。

 

小冊子は海外からの留学ウマ娘の特集で、表紙にはドイツからの留学生のウマ娘──エイシンフラッシュの姿が映っていた。スイープは驚いたようにシイナに詰め寄る。

 

「え、表紙の娘って事はこの娘に似ているってことなの?」

 

「何をそんなに驚いてるの」

 

「だってさ、この娘、トレセン学園に来てそれほど日数も経っていないのに、この見た目が良いって大人気なんだよ?立っているだけの佇まいでさえ目が引かれる、歩けばその姿勢の良さに周りが振り向くとか、だからこの冊子でも他の娘を抑えて表紙にまでなってる。その娘に似ているなんて凄いイケメンってことになるじゃない!」

 

「誰も顔立ち話はしてないよ……。髪型と髪色と髪質がその娘と同じようなものってだけ」

 

「なんだ、それ早く言いなさいよ」

 

「いやぁ、急に早口で言い出すからタイミングが掴めなくて」

 

「私のせいにしないでよ。ああ、でも、待って。今、髪の毛の事を言ったよね。このエイシンフラッシュちゃんって髪の毛も「その漆黒の髪が!」って凄く褒められてるんだけど、それと同じってことは綺麗な色してるってこと?」

 

「まあ、その部分については僕も周りに褒められたことはあるね。闇を吸収し闇の中でも光る黒い宝石の如き輝き……なんてね」

 

「……その姿になれないからって話を盛ってない?」

 

「事実を述べたまでだよ。大袈裟に言いもして自慢するならもっと他の部分でやる。髪の毛の色艶が良い所で他に何か得する事があったわけでもなし」

 

「それを聞くと見てもみたかったな。人型にしなかった事がちょっと悔しいかも」

 

「その部分だけでか……。と、話を戻すけれど、こういう身体なことで後々も苦労するかもしれないから、ここらで魔力を操り易くできるように補強をしてもらおうかと思うんだよ」

 

「何をすればいいわけ?」

 

「そんなに難しい事ではないから固くならずに聞いてくれれば良いよ」

 

その言葉にスイープは手にした冊子は置きつつ気分は楽にしてシイナへと向かい話を聞くことにした。

 

 

 



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愛と希望の言葉の元に

シイナから今後の魔力維持のための補強方法を聞き、ベッド上に置かれた必要物資を書いた紙を見ながらスイープは片手で頭を掻くと、もう片方の手は物資メモの隣に置かれた小さな黄色のリボンに触れる。

 

「もう一回確認を取るけど、各種の木の実をすり潰した中にこのリボンを最低でも3日間は入れて、魔力を込めた水を吸収させ月の光を十分に浴びせた花を咲かせたスミレに溜まった朝露を振りかけた糸でそのリボンを縫い付ける……と。この糸って別に何でも良いわけ?」

 

「そこは限定されないよ」

 

「それなら裁縫箱に糸はあるし、木の実も胡桃に落花生に……他の物だって簡単に手に入るけど、スミレってどうするのよ……」

 

と、スイープは自分の横に置かれたスマホの画面を見る。

まずは必要な木の実の事を調べてこれは近くの店で自分の小遣いの範囲で買えるものだと問題はなかった、そして次に調べたスミレの花。これも大して難しい話ではないと思っていたが、これが間違いだった。スミレの花は春の花、6月となってはどうやって手に入れて良いか分からない。

 

「こういう事がやりたいなら先月中に言ってくれればいいじゃない。それならスミレの花だってどこかにあったかもしれないのに」

 

「そんなことを言っても、この身体だと難しいなと確信したのが先月末だったんだから。それからこのリボンを自分で作り出すにも時間が掛かるものだったし、その辺りの用意は揃えてから言った方が良いと思ったしさ」

 

(そもそもスイープが人型の形代を用意してくれれば必要の無かった話じゃないか……)という言葉は目の前で「どうしたら良いのよ~~」と枕を叩いて八つ当たりしている者を見てシイナは飲み込みながら、「こんな事をやりたくない」とまで言ってくるわけではないしと他の案を挙げることへと舵を切る。

 

「スミレそのものでなくとも近い植物で多少の違いは出てもカバーはできるかもしれないから。とにかく何か足していかないと僕としたらある日動けなくなったりしたら困るしね」

 

「……うん、分かった。少しでもどうにかなるかもなら、それで行くわ。お花の事なんてよく分からないけど学園の中にも色々育ててる花壇があったし、その辺に行けば代わりになる物が分かったりするのかな」

 

枕を叩くのもすぐに飽きた後はベッドの上で膝を抱えていじけるように座って話を一通り聞いていたスイープは最後まで聞き遂げると顔を上げて少しは前向きになった表情で口にする。

 

「僕が近くに寄っていけば分かると思うよ」

 

「じゃあ、そういうわけで行ってみましょうか。何だか外も雨が上がってるようだから」

 

(凹むのも早いが立ち直るのも早い)と思いながらシイナが後押しの一言を添えると、スイープは完全に切り替えを終えたようにその場から一気に立ち上がった。

 

 

学園の一角、手入れが行き届き、今は雨は止めども雨粒がその身に残る花々の園。そこにシイナを抱えてスイープは辿り着いた。どれが何の花か等とは全く分からないまま色鮮やかな花を見て歩く。

 

「あ、スイープ。そこから一つ先に行った所のがスミレに近いかも」

 

その内に届いた言葉に従ってスイープが進むと、そこには青寄りの紫色をした花が咲いていた。先程スミレの事を調べた時に出てきた画像も大体がこのような色をした物で系統的に近い植物と言われれば疑いなく思えるものだった。

 

「これか。と、これが近い物だと分かったところで……よね」

 

「まあ、ここなら月の光は当たるとして朝早くに露を取りに来ることはできるけど、勝手にこの花壇広くに魔力を含めた水を与えるわけにも、勝手に一株持っていって部屋でやるわけにも、だね」

 

「名前が分かればいいんだけどな。そうしたらどこかお花屋さんに行って……」

 

「名前なら、ビオラだよ、それ」

 

と、スイープが歩いてきた方向から寝起きのようなテンションの低い声がして見てみると、そこにはニット帽を被った鹿毛のウマ娘──ナカヤマフェスタがいた。

 

「お花屋さんがどうとかも言っていたけど、もしかしてその花が欲しいってこと?」

 

「う、うん。本当に欲しいのはビオラじゃなくてスミレなんだけど……」

 

少々怖い目つきで面倒くさそうに首の後ろを触りながらのナカヤマフェスタにスイープは身体を引きながらも答える。

 

「スミレ、スミレか……。なんで欲しいの、それが」

 

「えっと……魔法の研究、みたいな……」

 

ナカヤマフェスタから届く刺すような視線に、ただ欲しいだけとは言えず事実をそのまま述べる事も出来ずにスイープがそう口にすると、ナカヤマフェスタはハッと顔を横に向けてシニカルにも笑った後にスイープの方へと向き直し続ける。

 

「魔法ね。あー、それで魔女みたいな帽子を被ってる、と。で、スミレをこうツボに入れて可笑しな色した液体と混ぜて薬を作ったり?」

 

「そういうのはしないのよ。お月様の光を当てて朝になったらそこに付いている水をちょっともらうだけ」

 

「ふーん、じゃあ、花自体を毟ってどうこうするってわけじゃないんだ」

 

「そうよ」

 

「……ま、そういう事ならね。ちょっとこっちに付いてきなよ」

 

ナカヤマフェスタはそうしてまた一区画違う花壇へと上着のポケットに手を突っ込み猫背気味に歩いていく。その様子からしても怖いものを感じながらも(付いていかなければ何をされるか分からない……)とスイープも歩幅を小さくしながらついていく。

 

その先のナカヤマフェスタが立ち止まった左隣に並ぶと、ナカヤマフェスタが目の前に広がる花壇の奥の方を指差す。

 

「そこに3株ほどあるのがね、時期がちょっと遅れて咲くスミレで、ピンク色の花が咲くのがもうそろそろって頃のやつなんだよ。無駄に使われるのは嫌だけど、どうしてもっていうなら譲らないこともないよ」

 

「貴女が育ててるの?」

 

「そうだよ。ふふっ、らしくないとでも言う?」

 

「それは……」

 

ナカヤマフェスタのスイープの心境を見透かすような言い様にスイープの言葉が続かない。それでもナカヤマフェスタは気を悪くした様子も少しも出さずに続ける。

 

「別にいいよ、そう言ったって。こう見えても草花を育てるのは好きでね、園芸係をやってるんだ」

 

「そうなんだ。それで、私としてはどうしても!ってやつなんだけど……」

 

「まあ、そう来るよね」

 

ナカヤマフェスタは今度はフッと企むような笑顔を見せながらスイープに向かって右の掌を差し出す。

 

「お金が欲しいってこと……?私も沢山は持ってないけど幾らくらい出したら交換してくれる?」

 

「欲しいのは欲しいけど、お金じゃないよ。お金じゃできない事がしたいね。私は草花を育てるのは好きだけど、それよりもっと好きな物があってね。そういうわけで私と賭けをしようじゃないか」

 

「……どんな賭け事?」

 

「そうだな、そのくらいはそっちに決めさせてあげよう。名前は何だっけ?」

 

「私はスイープトウショウ」

 

「スイープトウショウ……、スイープでいいか。私はナカヤマフェスタ。まあ、そっちも好きに呼びなよ。それで、どんな賭けをやりたい?こう血沸き肉躍るような興奮させてくれるやつじゃないとダメだね」

 

と、ナカヤマフェスタには言われるがスイープにとって賭け事などこれまでに縁が無く思いつくものがない。知識の中の賭け事と言えばトランプを使ったものや武器を持たせた人や動物を戦わせてどちらが勝つかというような昔の出来事のようなものくらい。

 

「何か困ってるね。まあ今すぐ白黒はっきり付くものじゃなくてもいいよ。結果はもうちょっと先のものでも。その場合は先に花はあげるけど、後に私が勝ったことが分かったらその時にはお金や他の物もごっそりいただこうかな」

 

ごっそり……という言葉にスイープは、どんな賭け事にしようかという悩みの他に負けたら困ると焦りが更に出る。どうしようか、どうしようかと脳内が回る中で、勝ち負けがあるもので、将来的な話でもいいという二つの事が頭に大きく残り、そこから一つの事を導き出す。

 

「そ、それなら、私今年中にはデビューすると思うのね。そのデビュー戦で私が1着になるかどうか賭けてみない?凄くドキドキしてレースが見られると思う!」

 

そのスイープの言葉にナカヤマフェスタはずっと半分開いているのか開いていないかといったものだった目をそこで大きく開く。そのまま何も言わない様子にスイープも何も言えずに口内の息と唾を飲込むだけしかできず、その場所に風がそよぐ音が響いた後にナカヤマフェスタはその手を軽く握り口へと持っていったかと思うとククッと笑う。それに対してもただ見ている事しかできないスイープに、今度はアハハッと口を開けて笑うナカヤマフェスタ。

 

「あー、ごめん。何を言うかと思ったら、そんなことだったからさ。でも、悪いけどそれでは賭けにならない」

 

「え、なんで……」

 

「だって、スイープ、あんたはそのレースで勝つつもりで、つまりは1着になる方に賭けるんだろう?そして、私もあんたが1着になると賭けるとなった時に自分は負ける事を選ぶ、とはしないだろう?」

 

「もちろんよ」

 

「じゃあ、ダメじゃないか。どちらも同じ方に賭けるんじゃ勝者がいない」

 

ダメだとビシッと言われてスイープはそれじゃあどうしよう……と口を結んで考えた後に少し事を変えて提案する。

 

「それならデビュー戦でじゃなくていつかG1レースで……」

 

「それも私は勝つ方に賭けてしまうな」

 

「えぇ……」

 

自分がG1レースに出ても勝つと肯定されているにも関わらず、今のスイープにとってはそれでは目の前の問題が解決しないと、そんな事には少しも考えも寄せず喜ぶ顔も出さずに今度は腕を組んで悩み始める。

 

「分かった、分かった。どうも賭けはあんたに向かないみたいだな。それなら賭けは無しでいいから出世払いといこう。デビューしたら、その時にはこの辺の肥料の資金の一部でも出してくれればいいさ」

 

ナカヤマフェスタが「もう悩むな、悩むな」とポンポンと軽くスイープの身体を叩きながら伝えるその表情は、どこか冷たさを持つようでもなく皮肉を込めるようでもなく「仕方ないね」と力が程よく抜けた笑顔で、スイープの強ばりも緊張感もそこでようやく緩む。

 

「それじゃ一株分けてあげるからちょっと待ってな。こっちとしてもきちんと扱って欲しいしね、世話の仕方のメモを持ってくるけど、あんたもそこはちゃんとやるって約束できる?」

 

「できる!」

 

「OK、それじゃ私は行ってくるよ」

 

と、スイープの返事にまた一つフッと口元を緩ませると、ナカヤマフェスタは再びやる気の無さそうな歩みで校舎への入り口がある方へと向かっていった。

 

 



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博士の至上な愛情

ナカヤマフェスタからスミレの花を鉢に入れて一株貰い、それを使って朝露を振りかけた糸と磨り潰した木の実に埋めたリボンと、数日後には一通りの儀式を終えて準備を整えたスイープだったが、その次の段階で困り果てていた。

 

平日の授業終わり、トレーナーはトレーナー同士の会議があると練習は行われず、それならばと自室においてそのリボンをシイナの足に縫い付ける作業へと移った。しかし、手先が器用でもなく上手く縫うことはできずチクチクと細かい作業に飽きも来て、今はベッドの上で壁に背を付けてぐったりとしていた。

 

「もうヤダー」

 

「ヤダーって言ってもなあ……、どうにか付けてもらわないと」

 

そう促すシイナには目もくれずスイープは部屋のドアを見る。

 

「そういえばさあ、これって別に私がやらなきゃいけない事でもないのよね」

 

「そこはそうだけど」

 

「だったら他の誰かに頼めばいいじゃない。そうよ、そう。良い考えがあるじゃないの」

 

と、急な思いつきに自画自賛をしながらスイープは中途半端に格好悪く縫い付けられたリボンをシイナからはぎ取り、それと糸とを拾い上げるとベッドから飛び降りた。

 

 

 

 

そうして向かった先は化学室。今日はトレーナーが会議ということで練習自体が休みのチームが多く、それならここにアグネスタキオンはいるだろうと、自分が頼みやすいのは誰かという所からまず浮かんだ人物だからとスイープは威勢良くやってきた。

 

「こんにちは、タキオンさん」

 

と、化学室に入ればアグネスタキオンと共にマンハッタンカフェもいて二人で何かを食べているようだった。

 

「何してるの?」

 

「今は差し入れをいただきながらの休憩中だよ。沢山あるから君もどうだい」

 

アグネスタキオンは自分の座る場所から反対側に近づいたスイープへと、机上にあった赤色の四角い入れ物から取り皿に黄色くツヤツヤと光る物を乗せて寄越す。

 

「大学芋?」

 

「そう、手作りのね」

 

皿に共に乗せられた爪楊枝を刺し、そのカリカリの外側にホクホクの中身が詰まった大学芋を一口食べると、スイープは美味しさを顔で大きく表現しながら噛みしめる。そうして乗せられた物をまずは食べきった後にアグネスタキオンに向かって切り出した。

 

「この縫いぐるみの足にこのリボンをこの糸で取れないようにしっかり縫い付けたいんだけど、裁縫が得意じゃなくて上手くいかなくて、出来そうな人に頼みたいなと思って……」

 

「それで私の所に?」

 

「そう、またモルモットやるから」

 

「献体してくれるのは良いけれどね。この後にはやりたい事も詰まっているし……」

 

「カフェさんは?」

 

「私も少し顔を出しただけでして、お手伝いできる時間までは……」

 

「予定有りか……」

 

そうなると他には誰かと、知り合いと言えばとカレンチャンの顔がスイープには浮かんだが、あの娘に頼んでも力にはならない気がする……と、その顔を打ち消していると、アグネスタキオンが「そうだ」と言いだしたのでそちらへと注目する。

 

「この差し入れをしてくれた娘なら料理だけでなく、そういった事は一通り得意なようだから今から出来そうか聞いてみるかい?私からの頼みとスイープ君からの頼みなら時間の都合さえつけば聞いてもらえると思う」

 

「私からのって私の知ってる娘?誰だろう」

 

「ニシノフラワー君って知ってるかい?」

 

「ああ、春の桜花賞を勝った娘。私はレースを観戦して知ってるけど知り合いってわけじゃないけどな」

 

「ほら、その桜花賞より前に栄養剤の味見とアドバイスをしてくれただろう。あれを渡した内の一人がニシノフラワー君でね。そうして栄養剤のおかげもあって勝てたと御礼にと、あれからこうして時々差し入れをしてくれるんだよ。あれは私だけの力で出来たものではないしね、スイープ君が困っているなら今度はあの娘から力も貸してもらえるんじゃないかな。今から時間があるか私から聞いてみよう」

 

アグネスタキオンはそうして傍に置かれていた鞄からスマホを取り出すと奥の部屋へと歩いて行く。

その白衣の後ろ姿を見ながら、冷静で落ち着いたあのタアグネスキオンと自分よりも実年齢の低く雰囲気からして幼い少女といったニシノフラワーと一体どういう知り合いなのか、栄養剤をあげる事になったのはどうしてかと気になって、奥の部屋へのドアがパタンと完全に閉じられてからスイープは前方斜め右側にいたマンハッタンカフェに話しかけた。

 

「タキオンさんとフラワーちゃんって同じチームじゃないよね。前にタキオンさんから聞いた所と桜花賞の時にアナウンスで流れてたフラワーちゃんの所と違う名前だったと思うし、どういう流れで栄養剤あげるとかいう事になったの?」

 

「ああ、それはですね。元はタキオンさんが研究の副産物として他の栄養剤や身体のケアに使えるような物を既知の方に配っていて、そこから話が伝わってフラワーさんが「私にも」と、ここを訪ねてきたのが始まりのようです」

 

と、そこまで言ったところではマンハッタンカフェはクスリと何かを想いだしたかのようにして笑う。

 

「どうしたの?」

 

「すいません、その時のタキオンさんを思い出したらどうしても……。タキオンさん、最初は自らここに来ると決めたウマ娘に対して「さて、何を投入しようか」、「自らが望んだ世界なのだから本望だろう」と、それはもう眼を輝かせて、得体の知れない薬を与える気にも満ちてもいたんですけどね。

 でも、実際に現われたらあんなに可愛らしいお嬢さんでしょう?「お願いします!」と純粋な思いを抱えて頭を下げるフラワーさんを前に自分もまた思いのままに突き進むか、こんな娘にそれをして良いものか……と、普段見たこともないような顔で悩んでいましてね。本当にあの時は珍しいものを見させていただきました」

 

「それで結局は何か酷いモルモットにするわけでもなく普通に栄養剤をあげたわけね」

 

「普通どころか他の自分の研究を後回しにしてまで作り出していましたよ。スイープさんの前から私は何度も苦い物を飲まされて大変でした。タキオンさんはそれを「「天才少女」と云われようと、その才能だけで走るわけではなく、より速く強くなるために自分が何をするべきか分かっている者に敬意を表しただけ」とか理由つけていましたけど、能力で飛び級はしても、どうしてもそこにある肉体の差、本来の段階よりも早く掛けられることになるトレーニングの負荷などが気に掛かってどうにか手助けもしたかったのでしょうね。色々言っていても優しいんですよ、あの方」

 

「私もそれ分かるかな。私も頼んだらすぐに用意してくれるし私にも分かり易いように揃えてくれるし、モルモットって言ったって変なことされてないし」

 

マンハッタンカフェからの日頃よく共に居る友人の一面へさらに楽しそうにもしていく語りにスイープもそれに乗って同意していく。そのまま話していく内に奥のドアが再び開いてアグネスタキオンが帰ってきたが、その顔は何かを考えているような様子だった。

 

「どうやらフラワー君も今は手が空いていないようだ」

 

「んー、そうか。それなら仕方ないし他を当たろうかな。お邪魔しました」

 

「さよなら、また何かあったら訪ねるといい」

 

「それではまたスイープさん」

 

アグネスタキオンの顔からして良い報告では無いだろうとは予想していたスイープは結果をすぐに受け入れて答えると椅子から降りて二人に礼をする。そして(ここに来たのは外れだったけれど大学芋も貰えたし、まあ良いか)と、足取りを重くすることなく、部屋の外に出ても元気に廊下を歩いていくのだった。

 

 



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チクチクヌイヌイ

化学室で「他を当たる」と口に出してから黙って廊下をぐんぐんと進んでいくスイープに、誰もいない道になったところでシイナが問いかける。

 

「その様子だと誰か当てはあるのかい」

 

「この人が居る!って行くわけじゃないけど、針仕事なら被服室かなと思って。ほら、そこの部屋ね」

 

スイープは昼間ではあるが外にはシトシトと雨も降り出して暗くなる特殊教室棟の廊下の中で、一つだけ電気が明るく付いた部屋を覗く。広い間取りの被服室の中、生徒は何人かがいるだけだった。一通り見渡すがそこに知り合いは見当たらない。

 

「知っている顔が居たって様子じゃないね。どうする、こうした広い専用部屋で気合いを入れ直して自分でやるっていう考えだって……」

 

「やだ、絶対に選ばない。知っている顔が居ないならこれから知り合えば良いじゃない」

 

スイープは授業の内で終わらなかった部分を今必死に行っているウマ娘や、大きなレースに出る自チームのメンバーへの御守りを作るらしく話し合うグループなどを見ながら、(こういう人達に頼むわけにはいかないな)と部屋の中を進んで行く。としたところで、部屋の奥側で使っていたミシンを止めて制作した物を畳んでいる一人の長い黒鹿毛をした小柄なウマ娘が目に入った。

 

その様子からすると、一通りやる事は終えて片付けに入るといったところ。そして、後方から動きを観察する中でちらりと見えた風貌からすると近づき辛そうなウマ娘ではなく、一度として見た事は無いと自信を持って言える顔だったが、年頃は同級生もしくは年下なのでは思う幼いものに見えて、これなら頼みやすい条件が揃っているとスイープはそのウマ娘に向けて突き進んだ。

 

「こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

そのウマ娘は畳み終えた布生地を丁度机の隅に置いたところでスイープへと振り向く。背中の跳ねた黒鹿毛が揺れた後にスイープに映ったその姿は先程は分からなかったが右目がその髪で隠されていた。そのウマ娘──ライスシャワーは「なんでしょう……」と、小さな身体を尚更小さくしてその片目で様子を窺うようにスイープへと注目する。

 

「これ、何やってたの?」

 

「あ、これは頼まれた物を縫っていまして……」

 

スイープが机に置かれた布を指差して問えば、ライスシャワーはまたオドオドともしながら答える。

 

「そうなんだ。でさ、どうもこれって今終わったっぽいよね。それなら私の事も頼まれて欲しいんだけど、どうかなあ」

 

「確かに終わったところですけど……。あの、頼みたい事とは何でしょうか」

 

反応を見てこれなら断られる事もないだろうとスイープはグイグイと押していく。それでは本題だとシイナを机の上に乗せリボンと糸も迷い無く取り出して隣に置いた。

 

「この縫いぐるみの足にこのリボンをこの糸で縫い付けたいんだけど、上手く行かなくて困ってるのよ」

 

「ということは授業の事とは関係はない話で……」

 

「ん?そうよ?個人的な話で」

 

「そ、そういう事なら時間は空いてますから良いですよ」

 

本人がやらなければいけない事なら手助けするわけにはいかないけれども、そうでないと分かってライスシャワーが快く引き受ける言葉を出すと、スイープは何故そんなことを聞かれたかには気にも止めず、許可が得られた事だけを受け止めて「では、よろしく」とシイナをライスシャワーへと手渡した。

 

 

 

 

そうして被服室の奥でライスシャワーは針に糸を通してリボンを縫い付け始め、スイープはその隣に椅子を一つ持ってきて座りながら作業を見る。

 

「そういえば名前を言ってなかったな。私はスイープトウショウね。スイープでいいわ」

 

「ライスは……私はライスシャワーです」

 

「ライスちゃんね。今ちょっと言ったのからすると自分の事を名前で言うタイプ?」

 

「あ、はい。直していこうかなとも思っているんですけど、つい……」

 

「別に直さなくてもいいんじゃない。私の知ってる娘にもそういう娘いるしね」

 

話し掛けてからの今の姿を見ても自分より幼く思えるライスシャワーにカレンチャンの姿を思い出しつつスイープは語りかける。

 

「あ、スイープちゃん、いたー」

 

と、そこに聞き覚えのある声。部屋の入り口を見ると今まさに浮かべていたカレンチャンが手を振りながらこちらに向かってきていた。

 

「何、カレン。あんたもここで何かやるの?」

 

「違うよ。暇だから学園内の冒険してただけ。ライスさんも、こんにちは。この前は本当にありがとうございました」

 

「いえいえ、こちらも楽しかったですから」

 

と、何やら通じ合って話す二人にスイープは割って入る。

 

「あれ?知り合いなの?カレン」

 

「そうだよ。スイープちゃんにも話したことあるじゃない、スイープちゃんからも頼まれた物を買いに行って見つからなかった時のこと。あの時に助けてくれたのがライスさんだったの」

 

「ああ。大先輩に売ってるお店を聞けたとか…………ん?」

 

そこでスイープは動きを止める。そして、今、自分が口にした言葉と目の前のライスシャワーとを、自分に指先を向けライスシャワーへと指を向けと比べた後に、何かに思い当たったという顔に変わって口を開く。

 

「え?大先輩ってことは一つ二つじゃなくての先輩……?」

 

「ちょっと、スイープちゃん。それ、本気で言っているの。ライスさんと一緒になって何かやってるようだったから知り合いかと思ったら、全然そうじゃなくて先輩とも思ってなかったの?」

 

「本当に?信じられない……」とも小さく口にしたスイープに、カレンチャンはそれに輪を掛けて信じ難いものを見たかのような顔を向ける。

 

「その、同じくらいの歳かなと思って、それならちょっと縫ってもらう頼み事しちゃおうかな~と……」

 

「スイープちゃん……、流石のカレンもそれはどうかと思うって言っちゃうよ。ライスさん、シニアもシニアで長距離戦線のトップクラス張っていて、カレンだって初めて会う前からそのくらい知っていたのに……」

 

「そ、そんな事を言われても長距離って興味ないし流行りじゃ無いし、チームにも長距離走る先輩とか一人もいないもの。G1どころか他のレースだって見る機会なかったし、知らなくたってしょうがないこともあるじゃないの」

 

「今時はそうですよね。ライスとしては長い道中の駆け引きなんて走っていても楽しいと思うのですけど、なかなかこう分かっていただけなくて……」

 

針仕事の動きは止めないままに、二人の会話を聞いて先輩とは全く思われていなかった事も自分の主戦場が良くは思われていない事にもライスシャワーは怒る素振りもなく、「長距離の何がいけないんでしょうかねえ……」と困った様子だけを見せる。

 

「そう言われても分かんないわ。長く走っていて楽しいなんて、私には全く分からない世界よ」

 

「そこは好き嫌いがありますものね。せめて見ている方が楽しくなるように長距離界を盛り上げていきたいものなんですが……」

 

「盛り上がる、か。やっぱりそういうのって世間にアピールしないとどうしようもないとも思うのよね。とりあえず興味を持ってもらわないと始まらないというか……。そう考えると”世界を獲った”とか、そういうのがあると良いんじゃないかなあ」

 

「海外の長距離レースで実績を残す……ということですよね。確かにそれはライスも考えることが……」

 

「やっぱり考えるんだ。それならそれが良いよ、絶対良いよ」

 

スイープは「それだよ、それ」ともいうようにライスシャワーに人差し指をむけて強く同意する。

 

「スイープちゃん、話が盛り上がっているのはいいけど、先輩だって分かっても対応が変わらないんだね……」

 

「そこは急に変えるのもおかしいかなって」

 

「お好きにしていただいて構いませんよ。どうも何時まで経っても貫禄が付かないとよく言われますし、下のクラスに間違えられる事も今でもよくあるものですから……」

 

それでいいの?という表情を向けるカレンチャンに、これでいいんじゃないの?と反応するスイープ、そして、そういうものだというように微笑みながら受け入れるライスシャワー。それを見てカレンチャンは不満そうにも口を開いた。

 

「どうしてそんな風に見られるんだろうね。カレンからしたら凄くお姉さんとしか思えないし、買い物で困っていた時も頼りになるっ!って感じだったのに」

 

「へえ、あの日は迷って助けてもらってくらいしか聞かなかったけど、どんなことがあったの」

 

「あ、あの、カレンさん、そんな大袈裟な……。スイープさんも気にならさずに。特別な事をしたわけではないので、偶々ライスの知っているお店だったので案内してお茶して帰っただけでしたから……」

 

「ああー、その帰りに寄ったお店も美味しかったねえ。カレンとか他の同じくらいの歳の娘じゃ知らないような落ち着いた和風のお店で、こうね、そこにいるだけで「カレン、大人になってる~~」って感じで最高だった。ついつい長いしちゃってね、帰りはまた他の先輩に助けてもらったんだけど」

 

「荷物も沢山持っていましたしね、あの時にマルゼンスキーさんに丁度出会わなかったら大変でした」

 

”マルゼンスキー”との名前を聞いてスイープは「あぁ……」となる。トレセン学園内でも年長者でスイープが学園に来る前からシニアクラスのレースで何年も活躍しているとは知っている、実家のTVやニュースで見た赤い勝負服とその長く後ろにふわりと広がる鹿毛が印象に残っていたウマ娘だった。

 

「助けられるってどうしたの?マルゼンスキーさんが全部荷物を担いで帰ってくれたの?」

 

「違うよっ!お店を出て二人で荷物を持ちながら「重いね~」と話していたらマルゼンスキーさんが車で通りかかってね、荷物もカレン達も一緒にトレセン学園まで運んでくれるって言ってくれて」

 

「そういうこと。でも、大丈夫だったの?何かどこかの雑誌特集でマルゼンスキーさんって車を猛スピードで飛ばすのが好きとか書いてあったような、他でもそんな噂を聞いたような……」

 

「そういう話は聞いた事あるけれどカレン達は安全運転で運んでもらったよ。もう歩き疲れてきて苦しいなあと思ったところに颯爽と凄く良いタイミングで現われてくれて、マルゼンスキーさんも大人って感じで格好良かったなあ」

 

「そういう大人になりたいものですよねえ……」

 

二人が羨望を含んで溢す様子を見ながらスイープは一人(確かカレンに頼んだ日ってマルゼンスキーさんが同じ街中で路上駐車で捕まって警察の人にお叱りを受けた話が後で学園で話題になっていたし、この二人の前にタイミング良く現われるために待ってたとか実は後ろから追いかけていたとか……いや、まさか、そんな事は無いよねえ……)と、自分で思いついた話ながらコレは無いなと却下していた。と、そこで二人の方にまた意識を戻すと、ライスシャワーはキュッときつく針を引っ張るようにしてから糸を切り、シイナを机の上に乗せた。

 

「スイープさん、こんな感じでよろしいでしょうか」

 

「あ、え、もう終わったの」

 

雑談をしている内にそんなに時間が経ったのかと近くにあった時計を見ればそれほど時間は経っておらず、リボンが縫い付けられたシイナの足を見ればただ縫い付けたというようではなく、そうは簡単に取れないほどに細かく強く縫い付けられていた。

 

「そうだなあ……」

 

と、シイナを持ちながらその場から、二、三歩離れてライスシャワーとカレンチャンには背を向けながらシイナ抱きしめるようにして囁く。

 

「どう、見る限りしっかり縫い付けられてるけど」

 

「十分過ぎる程の仕事だよ。何の問題もない」

 

シイナの返事を聞いてスイープは「よし」と頷くとまた二人の元に戻る。

 

「うん、ありがとう。これなら大丈夫そう」

 

「それならば良かったです。ところで、スイープさん。縫っている時にその縫いぐるみに気になった事が……」

 

「……え?」

 

無事に済んだ事へ安堵の表情を浮かべたライスシャワーにスイープも笑いかける。しかし、その次に続いた言葉に思わず手にしていたシイナを強く握っていた。自分が見た限り縫われている間に喋ったようでも動いたようでもなかった。

 

しかし、ライスシャワーが手にしている間に何か気づいたのか、先程シイナは何も言わなかったがシイナですら気づかなかったおかしさがそこにあったのか、目線だけ下に向けてシイナを確認すればシイナは「いやいやいや……」と、こちらも(何もしていないのに……)との気持ちが伝わる今の現実を否定するような小さな声を出している。

 

スイープには急激に冷や汗が流れるもするがシイナにここで声を出し聞く事も勿論できずに、スイープは驚きの声を上げた後にはただその身を固めることしかできなかった……

 

 



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賑やかなテーブル

シイナを身体に引き寄せるようにして強くその両脇を掴むスイープに、ライスシャワーは持っていた針と糸とを素早く机に置いてスイープを静止させるように両掌を上げる。

 

「あ、スイープさん。そんな風に持たない方が……。縫いぐるみの所々の糸が解れているので力を入れると広がってしまうかと……」

 

シイナへ視線を向けながらのオロオロとしたライスシャワーの声にスイープもシイナを見る。そうして今言われた事を意識して見てみると、確かに腕の付け根や足の付け根の糸が解れて少し中が見えている所さえあった。スイープはそれを見てとりあえずシイナを机の上に置いてからライスシャワーの方を向き直す。

 

「気になった所ってそういうこと?」

 

「はい……。「こちらもまだ手は空いているので、それも直しましょうか」と言おうと思ったのですが……」

 

「あ、なんだなんだ、それなら私からもお願い。私も時間は沢山余ってるから」

 

「そうですか。それでは、また貸してもらいますね。出来るだけ近い色は……と」

 

と、ライスシャワーはスイープの返事を聞いて頷くとシイナを持ち上げて裁縫箱の中から縫いぐるみの緑の色と同じような緑の糸を選び始める。その姿にスイープもライスシャワーの片手に持たれたままのシイナも「考えすぎた……」と溜まった息を全部吐き出すような安堵の様子を見せていた。

 

ライスシャワーはそうして細く緑色をした、解れた部分を直しても目立たないだろう糸を選び出して椅子に再び座る。スイープは勿論のこと、カレンチャンも特に他に用も無くその作業を見守ることにする。と、ライスシャワーは縫いぐるみに、二人はライスシャワーの手元に注目する中で背後からの気配があった。

 

「ライスさん」

 

との声に三人が振り向く。そこには先月のファインモーションの集まりを観に行った時に試食部屋の前で遇ったエルコンドルパサーと、もう一人、今、ライスシャワーを呼びかけた栗毛を真っ直ぐに長く伸ばしたウマ娘──グラスワンダーが両手を身体の前に重ねる形で行儀良く立っていた。

 

「ああ、グラスさん。頼まれていた物ならそこに置いてありますから」

 

と、ライスシャワーはスイープがライスシャワーを最初に見掛けた時に畳んでいた布生地に手を向ける。

 

「ありがとうございます」

 

「そちらの様子はどうですか?」

 

「順調に進んでいます。ライスさんのおかげで助かりました。どうしようかと思っていたところで……」

 

「い、いえ、事を早くに終わらせるに助け合いは当然ですから」

 

布生地を確認したかと思えば丁寧に頭を下げるグラスワンダーに、それに恐縮したようにも首を横に振るライスシャワーと、目の前でそのような行動を取る二人を一体なんだろうといった顔で見続けるスイープ。そこにカレンチャンが近づいてそっと話し掛ける。

 

「……スイープちゃん。その顔を見ていて気になったんだけど、今来た二人の事も知らないとか言わないよね?」

 

そのカレンチャンの顔は明らかに疑いの目を向けていた。そして、その問いに関してはスイープとしては「知らない!」とまでは言わなくとも「知ってる!」とも言えないものがあった。

エルコンドルパサーに関しては先月に遇った時もそのマスク姿が印象に残っていたのと、その後に見たレース情報雑誌での過去の海外遠征の話においてその姿と名前を覚えていたがそれ以上の事は無い、グラスワンダーに関してもそうした雑誌を見た記憶の片隅で姿は留めていたが今名前と顔が一致したという程度、確実に分かる事と言えば所属クラスは上だということくらいだった。

 

「い、いや、知ってるよ?シニアクラスのお姉さん達でしょ?先輩だってちゃんと分かってるよ?このマスクの……エルコンドルパサーさん?とはちょっと前に遭ったことあるし……」

 

「遭ったことあるにしては、何だか変な疑問系が混ざっていたような……」

 

と、怪しいなあ……という目をまた向けるカレンチャン、そこから目を逸らすスイープの視線がエルコンドルパサーを捉える。

 

「ねえ、ちゃんと私と遭ったことあるもんね!」

 

「あれは忘れまセンよねえ。ワタシもよく覚えてますよ、その三角帽子を特に」

 

後は任せた!ともいったようなスイープの言葉にエルコンドルパサーは腕を組んで深く頷く。

 

「あれ、エルコンドルパサーさんまでそう言うなんて本当なんだー。何か思い出に残るような事があったみたいだけど、何があったの?」

 

「んー、それはどこから説明すればいいものか……」

 

「まあ、私がエルコンドルパサーさんの世界レベルの足捌きを目の前で見せてもらったってところかなっ!」

 

「それはナイス表現デース。つまりはそういうことデスよー」

 

「へー、スイープちゃんも知らない所でお姉さん達と色々やってるんだねえ」

 

と、何があったかは分からない答えでもカレンチャンは納得して、布生地を手提げ袋仕舞い終えたグラスワンダーとその横にいるライスシャワーの方へと目を移す。

 

「それでお二人がライスさんの所に来たのはなんでなのかな。何かを一緒にやってるみたいだけれど、チームは同じじゃないし、クラスも同じじゃなくて年齢が近いクラスでもないような……」

 

「そう、私も何の話をしているのかなって気になって最初に見ていたんだよね」

 

「ああ、それは私達のクラスが執り行う催しがあるんですけれど、そこで使用するための布を縫うのに経験が無い自信が無いという人達ばかりで、そこでクラスは違うのですけれどライスさんに引き受けていただけることになりまして」

 

グラスワンダーのゆったりとした声の説明をスイープとカレンチャンは頷きながら聞き遂げる。それをする内に気になったところにスイープが触れる。

 

「じゃあ、私と一緒で元々知り合いってわけじゃなくて偶々頼んだ感じ?」

 

「いえ、ライスさんとは以前また他の学園での催しでお近づきになって、そこからの縁なんです」

 

「学園の催しって文化祭とか?」

 

「そういうものとは違って、以前に生徒会長のシンボリルドルフさんの発案で”クラス毎の親睦を深めよう”というイベントがあったんですよ」

 

「へえ、どんなの?」

 

「それはですね……」

 

「ま、まあ、グラス。その話も長くなりますから、あまり語らないようにして……」

 

顔に人差し指を当て上を向き思い出すようにするグラスワンダーに、エルコンドルパサーは何故か慌ててダメダメと手を振って話を止めるようなポーズも取る。

 

「それについては私からお話しましょうっ」

 

そこに届いた元気に張られた声。その場の者が全員でその方向を見れば、そこには鹿毛を頭の後ろで一つ結んで伸ばしたウマ娘──サクラバクシンオーがいた。

 

「このトレーナー会議で各地にウマ娘が散らばる今日、クラス委員長としてだけでなく学園全体が恙なく動いているか見回りをしていたところでしたが丁度良かったですね。あの親睦会で司会進行を担っていた、このサクラバクシンオーこそ説明するのに相応しいというものでしょう!」

 

サクラバクシンオーは右手を開き胸に当て声を上げる。その様子に「おお……」と周りの者々が圧される中でエルコンドルパサーだけは肩を下げて首をイヤイヤと横に振っていた。

 

「バクシンオーさん、それは勘弁していただきたいと……」

 

「何を言っているのでしょうか、エルコンドルパサーさんっ!可愛い大事な後輩達が一体何があったのかとこんなにも気にしているんですよっ!これは説明して何があったのかを全て語り、この学園がどういったものなのかを私達先輩が模範として伝えていかないとっ!」

 

止めて……と両手を小さく上げるエルコンドルパサーにサクラバクシンオーはぐんぐんと歩みを進め詰め寄り、眼を輝かせながらその顔までも近づけていく。

 

「わ、わかりマシタ、わかりマシタから。それ以上は……」

 

さあ!さあ!と少しも勢いを落とすことなく近づくサクラバクシンオーからエルコンドルパサーは顔を背けながら(もう逃れられない……)と、そう答える。と、それを聞いた瞬間にサクラバクシンオーは他の4名へと向き直りその顔をぐるっと見渡す。

 

「はい、皆さん、ご注目。エルコンドルパサーさんも良いとのことですので、このサクラバクシンオーが責任を持って彼の日の事を話すとしましょう。そこの将来を背負う後輩達、最後まで聞き逃さずお願いしますよ!」

 

そうしてサクラバクシンオーによる、かつて行われた親睦会での語りが始まったのだった。

 

 



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山猫は眠らないのか

サクラバクシンオーが立ち、他の5名は椅子を運んでその前に座る形が整えられた後で、サクラバクシンオーはコホンッと一つ咳払いをしてから語り始めた。

 

────────────────────────────────

 

事の始まりは、先程もグラスワンダーさんが言われたように生徒会長たるシンボリルドルフ先輩の立案。このトレセン学園には数多くのクラスがあって知らない者同士も多いだろうと、ならば時にはそれぞれを知る機会を作ろうとのお考えからのものでした。

 

そうして親睦を深めると言っても、そこは私達ウマ娘、日々レースで争いをしている者同士、何か競ってこそ深まることがあるのではないかとのシンボリルドルフ会長の考えで行われたのは”クラス対抗勝ち上がり大会”。

 

内容は知力、体力、時の運。

クイズから肉体を使ったゲームから様々、そして、それを勝ち上がって決勝に残ったのがグラスワンダーさんやエルコンドルパサーさんのクラスと私、サクラバクシンオーやライスシャワーさんのクラスだったというわけです。

 

最初に言った通りに私は司会進行役だったのでゲームへの参加はしなかったんですけども。

 

と、それで決勝戦の事ですが、最終の戦いで選ばれたのはダーツ対決となりました。ゲーム内容はシンプルに点数を重ねていくカウントアップ。

まずはそれぞれのクラスで予選をして最高点を取ったのがグラスワンダーさん達のクラスはグラスワンダーさんが、私達のクラスはミホノブルボンさんで、二人が代表者として選出されたんです。

 

そこでいざ決勝本番!と行きたかったのですが、決勝戦で使うダーツは機械仕様にして、当たったら点数が直ぐに大きな電光掲示板に映せるようにしたんですが、本番前に試しに投げてもらったところどうもミホノブルボンさんが投げると何故か上手くそれが反応しなくて、それならばと次に高得点だったライスシャワーさんが代わりに代表ということになったんですね。

 

そうしてグラスワンダーさんVSライスシャワーさんで落ち着くかと思った、その時です。

会を纏めていたシンボリルドルフ会長含め生徒会の方から物言いが付いたのです。「片方が最高得点でもう片方が2番目なのはフェアではないのではないか」と。

 

では、グラスワンダーさん達のクラスも2番目の方が投げますか、という流れになろうとしたところで、このエルコンドルパサーさんが「ぜひ自分にやらせて欲しい」と手を上げたわけです。

 

話によると、それまでの催しでエルコンドルパサーさんは一度として参加できなかったとのことでして。

5人必要なゲームに参加するのに希望者が6人居てくじ引きで決めようとしたらエルコンドルパサーさんが一度目で「ハズレ」を引いたりが複数回あったとかで、それはもうレースで不利な枠を引き続けるが如く、とにかく選ばれず運がなく仲間外れな様子で決勝戦にまで来てしまって自分も何かやりたいと。

 

クラス内の予選ではエルコンドルパサーさんは3番目だったようで、それはまたフェアではないとの事になったのですが2番目の点数だったセイウンスカイさんは「やりたい人がやればいいんじゃない?」と譲る気満々で、生徒会の方達もこれ以上長引いて事が進まないよりはもうそれで良いと、ついにエルコンドルパサーとライスシャワーさんの戦いが始まったのです。一応予選の点数差を埋める案としてエルコンドルパサーさんの後ろには本来出るはずだったグラスワンダーさんがついてのアドバイス有りということで。

 

そうしてついに始まった決勝戦!

ライスシャワーさんが狙いを済ました一投をすれば着実に点数を稼ぎ、そして、予選の点数では差がありましたが、自分で出場したいと言っただけあってエルコンドルパサーさんもそれに少しも遅れを取ること無く付いて行く。

 

膠着状態の中、始めに仕掛けたのはライスシャワーさん。点数が2倍・3倍となるダブル・トリプルを華麗に決めて、その差を一気に広げていく。対するエルコンドルパサーさんも何とか高得点を狙って行って追い上げたけれども失敗もあって差は残り50点差。やってきた最後の一投。勝つには限られた枠のトリプルを狙うしかない。

 

成功の確率なんてどれだけあるか分からない。けれども、勝負をかけなければ負けしかない。

張り詰めた空気の中、震える手を押さえてエルコンドルパサーさんが的から直線上に立つ。

そして、ダートは投げられた!

 

ダートは見事に刺さり、16のトリプル!!

 

その瞬間、両腕を挙げ激しいガッツポーズ、そこから飛び跳ねもして喜びを表現し、そして次には腕を身体の前に持ってきて勝利を噛みしめるエルコンドルパサーさん!彼女に注目し静まりかえる会場!!

 

 

「え、ちょっと待って?」

 

───────────────────────────────────────

 

そこでスイープが待ったを掛ける。

指折り数を数えて、続いては自分がおかしいのかと素早く近くの鞄からスマホを取り出すと電卓を立ち上げ計算する。

 

「トリプルって3倍ってことなんだよね?16……の……3で…50点差……勝ってなくない?」

 

スイープの「あれ~?」という様子に「そうだよね、何か変だよね」と自分の勘違いじゃないのかというようなカレンチャン、シイナを縫う手を止めて自分の左側の席を気にするライスシャワー、その左側にいたグラスワンダーは口を閉じて下を見て、そのまた左隣のエルコンドルパサーはその左側の壁を見るように顔を逸らす。そして、サクラバクシンオーが二度ほど頷いた後に口を開いた。

 

「つまりは、そういう事です。エルコンドルパサーさんの大いなる勘違い、と」

 

「そ、そんな大舞台で足し算を間違えちゃったんだ……」

 

「もー!だから話して欲しくありませんデシタのにー!ま、まあ、ここまでは仕方ないですけど、ただですね、一つだけ、そこに関してはこちらの名誉のために言いたい事があるんデスよっ!」

 

右端にいたカレンチャンがポツリと漏らしたものを聞き逃さず、エルコンドルパサーはその反対側の一番遠い位置からワタワタと立ち上がり反応する。

 

「足し算を間違えたわけデハなくて、電光掲示板に映されていたワタシのこれまでの合計点数の十の位がですね投げる前に「9」に見えていたんデスよ!それが頭にあったノデ当たった瞬間に「いけた!」と思っていたら実際は「8」だったというのが真実で……」

 

「どちらにせよ勘違いじゃないですか。もうっ、あんなにもはしゃぐなんて、今思い返しても……」

 

見間違いであってお子様レベルの計算違いをしたわけではないと、そこは譲れないというように強調するエルコンドルパサーに、隣のグラスワンダーは身体を小さくして自分の事ではないのに顔を赤らめもして話す。

 

「グ、グラスもすぐに指摘してくれれば良かったじゃないデスかー。一番傍にいたんデスからー。気がついたら後ろからすっごく冷たい視線が刺さってきましたよ、ワタシとしても今思い返してもあんな能面のような顔のグラス初めて見た……」

 

「突然飛び跳ねもして目の前で喜ばれたら、どうしていいか私だって困ったんですからね。本来勝者のはずのライスさんもとても困惑していらっしゃるし、私としたらそちらの方をどうしたらいいかと本当に申し訳なく……」

 

「ま、まあ、お二人とも……。あの時の事は、ライスがきちんと早くに喜んでおけば良かったなと思うものなんですけど、あまり喜ぶのに慣れていなくて、それで雰囲気をおかしくしてしまって……」

 

エルコンドルパサーとグラスワンダーはそれぞれに指摘をした後にプイッとお互いから顔を逸らして、ライスシャワーが宥めるように間に入る。

 

「喜ぶのに慣れてないってなんで?レースで勝ったら喜ぶでしょ?さっきの話だと長距離でトップクラスなら滅茶苦茶レースで勝っているんじゃ」

 

そこにまたその隣のスイープが「はて?」と顔を横に傾けてまで発言した。

 

「ライスとしては走り終えたらまずはゆっくり止まる事が最優先と言いますか、特に長距離を走った後では自分が思っている以上に消耗している事がありますから……。それでそのままターフの外へと掃けるもので、あまりお客様に向かってアピールといったものは、どうしていいか今でも分からないものがありまして……」

 

「へ~変わってる~。レースを見たって皆それぞれ独自アピールやってるのに、私も勝ったらその瞬間に「どうだ!」ってやっちゃうだろうけどなあ」

 

スイープの深い考えもない口から思うままに出た言葉に対して、グラスワンダーは一度スイープの顔を見るように身体を傾けた後にそれを戻し、両手はきちんと膝上へと乗せるように背筋を伸ばしてから話し出した。

 

「しないというのも独自ということですよ。それを言えば私だってそうですから。ゴールしたのなら落ち着く事が大事なんですよ。走った勢いのままで他を意識した別の動きをしてしまうと、身体に良くない負担が掛かることだってあるんですから」

 

「グラスさんも静かに帰ってくる方だと思っていたら、そういう理由があったんですね。そ、そうですよね、そういう考えだって存在しますよねっ」

 

「もっと喜べば良いと周りの方々から過去から言われて何かと分かっていただけない事を繰り返してきましたが、ああ、こんな所にこんなにも話が合う方が居たなんて」

 

語りは穏やかながらもその信念が周りにも伝わるグラスワンダーの言葉を聞いてライスシャワーは顔をパッと明るくしてその左に座るグラスワンダーの顔を見て、グラスワンダーも感激ともいったようにその両手を合わせるようにしながらライスシャワーを見る。

 

「あれ~?なんだか二人でとても分かり合っていらっしゃる~。ワタシ喜びはアピールする人デスけど、そこの所は分からないわけじゃないデスから入れて~?仲間に入れて~~?」

 

ライスシャワーとグラスワンダーは向き合って「他にも~~」「そうですよ」と互いの手を触れ合わせたりもしながらキャッキャと二人で話を盛り上げていく。そこに別方向を向いていたエルコンドルパサーが振り返り口に指も当て羨ましそうにも寂しそうにもして身体を寄せていくのだった。

 

「なんだか火種があったようにも思いましたが上手く落ち着いたようですね。と、こんなところが親睦会での出来事でした。ご静聴ありがとうございました!それでは私は別の所を見回りに行きますので、これにて!」

 

そうして一連のやりとりを見届けて、サクラバクシンオーが他の面々を見ながらまた一礼する。それに対して5人もパチパチと拍手を贈る中、サクラバクシンオーはあっという間に被服室を飛び出して消えていった。

 

 



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6月の雨の晴れやかな日

「何というか嵐のような人だった……」

 

「クラスを纏めてくれたり良い方なのですけどね。ちょ、ちょっとせっかちな所はありますね……」

 

サクラバクシンオーの姿が消えてからも今の出来事を思い返しながら部屋の出入り口を見つめてもいたスイープにライスシャワーが笑顔ながらも困ったようにもした後は、その両手を挙げてシイナをスイープへと向ける。

 

「あ、今の間に縫い付けも済みましたのでこれで……」

 

「そうだ、そうだ。そういう話だったんだ。何だか勢いが有り過ぎて他の事を忘れるほどだった。ありがとう、何から何まで」

 

「話をしながらで手間では無かったですし楽しかったので良いですよ。ああ、縫いぐるみの事ですけど、補強はしましたけれど、まだ取れ易い部分がありますので気を付けてくださいね」

 

「うん、これからは扱いをもうちょっと考えることにする。と、私はこれでやる事が済んだから行くかな。カレンは冒険してるとか言ってたけど、せっかく色んな教室を回るなら付き合おうか?」

 

「そうだね、スイープちゃんと一緒の方が楽しいしね。それじゃ、皆さん、さようなら」

 

「私からも。さよなら、これにて失礼しますっ」

 

スイープとカレンチャンは椅子から勢いよく降りるとガタガタと椅子を動かし片付けて先輩達に頭を下げると、二人で出入り口へ。それを残された者達は手を振って見送ると自分達も座っていた椅子に手を掛ける。

 

「これで一段落ですね」

 

椅子を机の下に戻した後にライスシャワーは次は縫いぐるみの補修に使った裁縫箱へと触れる。

 

「そういえば、あの娘達は名前も聞かずに終わってしまいましたけど一体……」

 

「芦毛の娘がカレンチャンさんで魔女帽子を被った娘がスイープトウショウさんですね。と、いってもライスもスイープさんとは今日知り合いになったところなんですけども。縫いぐるみに縫い付けたいものがあると頼まれまして……」

 

「ああ、それで……。しかし、頼み事をした私から言うのもなんですけれど、あの娘もよく先輩にそんな事を……」

 

「最初にジュニアクラスの娘と間違えられてしまいまして、そこからそういう事に……」

 

そこまで幼く見られる事は近頃はそうは無かったのですが……と眉を下げて自らの顔を触って小さく笑うライスシャワーに、確かにこうした姿にはそう見られる所もあるかもしれないと思いながらグラスワンダーは続ける。

 

「ライスさん、そういう事が多いですねえ。以前もお見かけした時に……」

 

「そうなんですよ、もう少し年長者らしさを身につけたいと思うのですが……。だから偶に頼まれ事をされるとつい張り切ってもしまって、それにはバクシンオーさんや他のクラスメイトから「押しに弱すぎる」と注意も受けてしまうんですけど……」

 

ライスシャワーは使った用具を手際よく片付けながら今の作業の事を思い返していた。

自分がスイープの頃には同じ学園の生徒だからと何の接点も無いウマ娘に近づく事などとてもできなかった。周りが自分を嫌っているのではないかと周りに良くない影響を与えてしまうのではないかと先読みし恐れて距離も取っていた。

そんな自分に何の物怖じすることも無くやってきたスイープのような後輩が羨ましくも思うと同時に、見知らぬ者だけれど力になってくれると自分の役に立つと頼りにしてくれたことに、そして自分もそれに応えられたとの実感に、ふと気がつけば自分の口元が上がっているのを知ってライスシャワーは更に満足そうに頷き、それをグラスワンダーはそれを見て(そうだ……)と切り出した。

 

「ライスさん、頼んでばかりで申し訳ないのですけれど、実はもう一つお助け願いたい事がありまして……」

 

「何でしょう」

 

「今度地元から親戚が私のレースを見に来るというんですよ。それで来たのならどうしても京都を回りたいとの話を聞いているんですけど、私、京都はレース場もあまり行った事が無くて周りの事も知っている事が少ないんですよ。それで、ライスさんならと教えていただきたいなと」

 

「そういう事ならばお手伝いしますよ。京都のレースに出る内に何かとイベントにも呼ばれるようになりまして、よく行く場所ですから。ライスは今からでも時間はありますけどどうします?」

 

「私も今からでお願いしたいところです。ここでは何ですから美浦寮の談話室でお話ししましょうか」

 

「そうですね、お互い帰る場所ですから」

 

二人でそれが良いとそれぞれ自分の両掌をパシンッとも遭わしたところで、グラスワンダーが背後へと振り返る。

 

「エルも行きましょうか。”仲間”ですしね?」

 

「もー、まーた二人して盛り上がって、完全に忘れられていると思いマシタよ、知らない間にワタシは壁と一体化してしまっているのかと思いマシタよ、これ!」

 

「まったく、忘れるだなんてそんな事するわけがないじゃないですか」

 

「良かったー」と大袈裟にも抱きついてくるエルコンドルパサーに「はいはい」とその背中を撫でるグラスワンダーを見てライスシャワーは思う、自分に気兼ねなく近づいて頼ってもくれる誰かがこんなにも周りには居る、と。それは他の誰かからしたらどうってことのない事かもしれないけれど……とも思いながらも、これが自分にとっての幸福というものなのだと噛みしめるようにライスシャワーはそっと目を伏せていた。

 

 

 

 

被服室からはカレンチャンと共に特別教室棟をウロウロと、特に何かあったわけでもなくカレンチャンに説明しつつの案内を終えての夜、スイープは自室で自由時間を過ごしていた。せっかく貰ったものだしと窓際の棚の上に置いたスミレの鉢の様子を確認した後、勉強机の上でシイナが今日縫い付けられた足のリボンに向けて、触るには短いその手を伸ばすようにしているのが目に入る。

 

「何か気になる事、物足りない事でもあったの?」

 

「いいや、逆。こうして時間を置いて見ても、とても良い仕事をしてもらったと思って」

 

「ああ、全然取れそうにないくらい縫われているものね」

 

「見た目の話だけじゃなくてさ、魔力にはその精神性が強くも反映される。そういうものが僕には感じ取れもするんだ。それで、見知らぬ後輩から突然された頼まれ事なのに、あの人、最初から最後までとても楽しそうに一針一針を大事に縫い込んでくれて、そういうところが……」

 

「「大魔女の資質がある」」

 

シイナの声に寸分違わずスイープは声を重ねて、「ほらね?」と言ったようにシイナを見る。それに対してシイナもただスイープを見つめ返すだけだった。

 

「まあ、僕もやってくると思ったんで、そこは。

 それにしてもスイープ、もうちょっと年長者を敬うとかないのかな?後輩の娘も言っていたけど、先輩だって判明してからもあんな態度で」

 

「別にライスさん気にしてなかったし良いでしょ。それに年が上だからってだけで気にしないといけないのかな。この世界でも年功序列だっけ?そういうのが当然みたいな人らも居るには居るけどシイナのところもそうなわけ?」

 

「僕らの中だとそれはかなりあるものだねえ。年齢が上なだけでっていうけど、今日の人なんて一つの分野で大きな結果を残しているんだろう?僕からしたら自分の分野じゃなくてもそこに個人的な興味はなくとも、専門分野に通じている人に対しての尊敬の念というのは強くあるもので、相手が気にしないとはいっても、そこはさぁ……」

 

「実績とか知らないけどさ、私だって別にそういう念が無いわけでもないんだけど。言っている事はそうだなあとも思うものもあったし助けて貰ったし良い人だと思ったし~」

 

「そう思っているなら良いけどさ。まあ、実際良い人だろうし、あれは相当色んなものを見てきた手をしていた」

 

と、どこか遠いところを見て語られたシイナの最後の言葉に鋭さを感じて、スイープも気に掛かったように表情を変える。

 

「色んなもの?まあ、結果を残しているというからG1の大きい所の経験も何度もあるんだろうけど」

 

「そういう事じゃなくて……。何だろうね、実際の年齢ならこの学園の内にも更に年上の人達がいるんだろうけど、まだ年若いのに数々の物事の経験が豊富と伝わったね。事細かく何があったと伝わるわけじゃないけど、専門分野を突き進む上では周りからの翻弄なんかもあるものなのかもね。そして、それでもそれに呑まれる事もなく自分の両の足でしっかりと立つ、強い個を既に確立しているとも感じたよ。それも大魔女には欠かせないもので、そういう人に何らか施して貰うと同じ仕事でも出来が違うというのが僕らの世界の常識でね、スイープは頼むにしても実に適した人を選んでくれたのかもね」

 

「まあ、知識が無くてもきちんと魔女の使い魔らしく爬虫類の縫いぐるみを選んだり今日の事だったり、勘は冴え渡っちゃう、人を見る目はあるんだよね~私」

 

「はい、そうだねー」

 

少しでも褒めれば一気に調子に乗るスイープを横目に同意の言葉だけ出しながらシイナは今日に出会った面々を思い返してもいく。そして特に触れ合ったライスシャワー以外にも、スイープよりも年上のグラスワンダー、エルコンドルパサー、サクラバクシンオーと、見たところは少女といった様子でもあるのに、本人達が語るその言葉からではなく、近くに居るだけでもそこに在る、まさに大魔女が持つような、くっきりと形作られたそれぞれが持つ自己、魂の質ともいったものが強烈にも伝わってきた事が心に残る。そんな者達が多く属しているこのトレセン学園というものに、当初は持っていなかった興味というものが自分の中に確かに今は強くあると感じてもいた一人の使い魔だった。

 




6月編はこれで終了です。


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満天に探して おいでませ、星降る夜に

7月に入り、スイープのトレーニングの進歩状況はぼちぼちと、けれどもまだデビューの話は出ずに日々過ごす頃。ある日の夜の栗東寮、夕食後にシイナを抱きかかえ自分の部屋まで帰る途中の廊下、スイープは壁に張られていた大きなポスターに目を留める。

 

「天体観測会のお知らせねえ。こんな大きなポスターまで作って参加する人そんなにいるのかな?」

 

正直なところ星を見て何が面白いのだろうと、理科の授業をやっていてもその辺はよく分からずつまらなかったと、その気持ちが表情にも出ながらスイープは呟く。

 

「そんなことないですよ!」

 

それに反応するような右隣からの声に横を向くと、黒鹿毛を肩には付かない程の長さに揃え前髪のメッシュが目立つウマ娘────スペシャルウィークが身体の前で両手で握り拳を作った格好と力の入った目でそこにいた。

 

「なんと!この日は通常の消灯時間を過ぎても起きても良いとの特別許可が出ているのです!という事でいつもはできない事が出来ると参加希望者は続々と集まっているようですよ。それに、ただ星を見るだけでなくこの日のためにに主催者からの夜食も特別な物が用意されているようで、私としてはそれがもう楽しみで楽しみで……。と、私の話は置いておいて、貴女も参加したらきっと面白いと思いますよ!」

 

「へ、へ~~。そういう皆と夜遅くまで起きていて良いというのは楽しいかも……」

 

「でしょう、でしょう。時間が空いていたらぜひ来てみてください。校舎の屋上での開催ということで、制服着用というお約束はありますのでそこは絶対に忘れないでくださいねっ!」

 

スイープが押され気味に同意を向ければスペシャルは満足そうに頷いて、そして廊下のスイープが進む方向とは反対方向へと去って行く。と、その方向に栗毛を長く伸ばし耳に緑色のカバーを付けたウマ娘──サイレンススズカがスイープの方を気にするように見ていた。

 

「スペちゃん、熱心に話していたけど、あの娘は知り合い?」

 

「あ、違いますよ。さっきそこで会って……そうだ、自己紹介はしておいた方が良いですよね!」

 

不思議そうにも聞いてきたサイレンススズカに対してスペシャルウィークがそう返すのがスイープへも届くと、スペシャルウィークはすぐまたこちらへと向かってくる。

 

「忘れていました。私はスペシャルウィークです。以後よろしく」

 

「あ、はい、それは知って……。私はスイープトウショウ」

 

戻り、名乗り、大きく一礼するスペシャルウィークの勢いに呑まれてスイープはいつもの調子とはいかずに小さく答える。

 

「スイープトウショウ……スイープさんですね!それではまた観測会の時にでも。一緒に美味し……じゃなかった、楽しみましょうねっ」

 

スペシャルウィークは最初から最後まで明るい笑顔で、そして〆には特に元気な何の裏もないような笑顔を向けてサイレンススズカの方へと戻り共に去って行った。

 

「何となくは知っていたけど溌剌とした人ね、スペシャルウィークさんって」

 

「スイープでも知ってるなんて有名な人なんだ」

 

「……”でも”って何よ。まあ、有名な人には違いないと思うよ。幅広いレースで結果を残してるしね。私もそういう事を知ったのはここ最近だけど。ここのところ先輩達と顔を合わす事が増えたなと思ってね。そうなると、どういう人かも気になるじゃない?だから出会った人達の過去レースを観ていて他の先輩達の名前やレース実績も割と覚えてきたところがあるのよ。スペシャルウィークさんはエルコンドルパサーさんやグラスワンダーさんと同じクラスで一緒にG1レースに出て熱い争いしてたわ」

 

「へえ、僕と居る時にはそういう姿を見たことなかったけど、そんなことやってたんだ」

 

と、シイナが顔を去って行く二人の様子をずっと追っているようで、特にサイレンススズカを気にするようにスイープは見えたところで、それなら……と一つ思いつく。

 

「興味ないのかと思って……とは言わないけどね。私としても興味は持って欲しいと思っていて見せるレースを厳選してあげようかなっていう優しさよ。まあ、今いったスペシャルウィークさんのレースや、もう一人のサイレンススズカさんのレースは今度見せてあげるよ」

 

「あの人も凄いの」

 

「戦法として”逃げ”、とにかく前へ行く方法を獲るってのは他の娘だってやる、私はやらないけどチームの先輩にだってそういう人いけるけど、サイレンススズカさんなんてG1でそれやっちゃうんだよ。スタートしてからゴールまで誰にも並ばれないまま1着になるの。だからって、ただ前を行くだけじゃなくて、そこに深い考えもあったりするのよ。その辺は解説付きでレース映像を見せてあげるからさ。と、うっかりこんな所で一杯話しちゃった。後は部屋でやろう」

 

と、スイープは周りを見て誰もいない事を確認し、見られたら独り言でもおかしく思われる所だった……と一息ついてから再び部屋までの廊下を進んでいく中で抱えているシイナを見る。

そして、先輩達を多くよく知るようになった始まりはシイナと出会った4月からで、未だデビューの話は出ずに前に進んでいる実感の薄い日々を過ごしていると思ってもいたけれど、先輩達を知り先輩達のレースを観る事で知識は増え、近頃は同級生の中でもレース関連の授業の成績の結果は良くなって褒められている事などを思い返して、使い魔が出来たからと魔女らしさを実感できる経験も片手で数える程しか無いけれど、彼のおかげで助かっているのかという思いも湧く。

 

「んー」

 

「どうしたの?」

 

「ううん、なんでもない。ああ、そうだ。エネルギーの事だけど、前に果物よりナッツの方が良いかもって言ってたよね」

 

「ああ、うん。その方が長続きするし質が良い気がするね」

 

「じゃあ、次は新鮮な良い種を探してくるわ」

 

「……え、あ、ありがとう」

 

「何、急に固く言ってるのよ、私にとってもシイナが元気で居てくれた方が良い、互いのためってだけなんだから」

 

と、言いながら鼻歌交じりに機嫌よく歩みを速く進めるスイープになぜ急にご機嫌になったのかと疑問に思いながらも、気にされている事にはこちらも悪い気はすること無くスイープの腕の中に居続けた。

 

 



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おやすみガール

やってきた天体観測会の日の夜、学園の屋上ではスペシャルウィークが言ったように日頃は部屋に居なければならない時間に外にいられる非日常感のためか、そこには多くのウマ娘が集まり楽しそうにも過ごしていた。

 

スイープも手渡された双眼鏡やきちんと設置された望遠鏡を覗いたり、今は用意されたお菓子を食べながらシイナと共に座り込んで肉眼で星を見ていると、肩に何か乗る感触があった。

 

「あ、ごめん、スイープちゃん……」

 

隣のカレンチャンが自分の頭がスイープに当たった事に気づいて、目を擦りながらしっかりと頭を下げて謝る。

 

「眠いのなら、もう戻ったら?」

 

「ん……でも、せっかくこういう日だから、頑張らないと、と思って。……スイープちゃんはまだいるでしょ?」

 

「まあ、私は眠くもないから居るけど。それにしてもまだ夜遅くってわけでもないのに、そんなに眠いなんて大丈夫?」

 

「大丈夫……。今日の事が楽しみで昨日から寝られなくて、それで……」

 

「ああ、まさに睡眠不足なのね。楽しみだったのは分かるけど無理しない方がいいよ」

 

自分の声を聞きながらも瞼も頭も何度も落としては上げるを繰り返し全く大丈夫には見えないカレンチャンに、スイープは顔を寄せながら言い聞かせるように言う。

 

「そうだよ、無理はしちゃダメなんだからね」

 

上の方からのその声にカレンチャンは眠さが勝るようで反応が出来ない中で、スイープがその肩に手を置きながら顔だけを上に向けると、長い鹿毛を頭の後ろでピンクのリボンで結び、髪の中心の白いメッシュも目立てば、背丈は小柄なのにどこか存在感があるようなウマ娘────トウカイテイオーがいた。

 

「トウカイテイオーさん?」

 

このトウカイテイオーもスイープが近頃において過去のレースを観る中でG1を複数勝利している事を知り、名前も顔もよく覚えていた。

 

「うん、そうだよ。まあ、ボクのことは別に良いんだけれど、今はそこの芦毛のキミの事だよ」

 

「この娘は”カレンチャン”よ」

 

「カレンチャンか、良い名前だね……って、今は褒めている場合でもなかった。眠いのならボクと一緒に帰らない?友達はまだ居るようならボクが付き合うよ」

 

「ん、でも……」

 

どうにか頑張りたいのかカレンチャンは強く目を擦りながらトウカイテイオーの方に顔も向ける。トウカイテイオーはそれを見て屈んでカレンチャンに目線を合わせるようにする。

 

「どうしても先輩達のように過ごしてみたかった?」

 

「……うん。なのに、ここで帰っちゃうのは…もったいない……。それに、カレンだけ早くに途中で止めちゃうと……イヤだなって……」

 

「確かにそう言われると勿体ない、勿体ないのは分かるなー。けど、ボクと一緒に帰るならキミだけがって事ではなくなるよ。それに、こうして来たのも二人の話が聞こえていてネ、実はボクも今日を楽しみにしていたせいで眠れなくって今日に引き摺ってしまって「もう限界だ!」ってなってるんだ。さっき様子を見に来たカイチョーには「何時まで経っても、そんな子供みたいに……」って事を何か意味が分からない四字熟語まで使われて言われちゃって……」

 

「生徒会長から直々にお小言を言われるとは大変ね……」

 

カイチョーという言葉からすぐにスイープの頭に浮かんで来る生徒会長”シンボリルドルフ”の顔。怒られた事も無ければ傍に近づいた事もない、遠くから眺めるだけの存在だったが、ある時は学園大ホール舞台の上での生徒に向けての言葉、各種メディアでの映り、その発言、どれもそこに威圧されるようなものが在り、直接に何か言われるというだけで身体が震えるようだった。

シンボリルドルフがトウカイテイオーの事を目に掛けているという事もこの学園にいる内に知る話だったが、いくら可愛がられているといってもよく目の前に立てられもするな……ともスイープは思っていた。

 

「そうなんだよ、そう。気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど……。まあ、今日の事は反論できないところあるんだけどネ」

 

トウカイテイオーはスイープの言葉に対してはきちんと顔を向けた上でそう言いながら、アハハと軽く照れて笑うようにも付け加えた後にカレンチャンの方へとまた向き直る。

 

「と、そんなちょっと前日から盛り上がってしまった同士で丁度良く一緒になった所でこのまま帰らない?一人で帰るのは寮までの道が怖いな~というのもあって助けも欲しいんだ」

 

「……うん、それなら、そうする」

 

「良かった。じゃあ、一緒に行こうか」

 

とトウカイテイオーが差し出す手に片手を乗せながら、もう片方の手は再度目を擦りつつカレンチャンは立ち上がり、スイープもそれに合わせて立ち上がった。

 

「ごめんね、スイープちゃん……」

 

「あんたが謝る事じゃないでしょ。また明日ね、今日はしっかり寝なよ。お休み」

 

「うん、お休み」

 

カレンチャンはさらに眠気を含む声を出しながらもスイープへと今日共に居ることを約束しながら先に帰る事についての謝罪をする。それにはスイープはそんなの全く要らないわと片手を横に振るように答えた後は見送るような手の振りに変える。それを見てカレンチャンも手を振ると、トウカイテイオーと手を繋いで校舎の中に続く出入り口へと向かっていく。

 

その途中でトウカイテイオーが振り向いて、「心配しないで」というような目配せの合図をスイープは受け取って、そちらにも手を振って、二人の姿が完全に消えるまでを見送った。

 

「……テイオーさん、多分、色々分かってて言ってくれたんだろうな」

 

「そうだろうね。途中で止めるというのも勇気が要るものだし、あの娘は背伸びもしてみたかったんだろうしね」

 

「だからテイオーさんも似たようなものだって言ってくれて、安心、と」

 

「それに、あの娘の方もね。夜道を帰るのが怖いのはあの娘にもあったんじゃない。けど、君に頼むと往復で時間を使わせしまうし……とか考えていたんじゃないかな」

 

「あの娘、そんなことまで考えるかなぁ……。考えていたとしても、そんなの私だって付き合うだけなんだし言ってくればいいんだけどな。さて、一人になってしまったし、どうしよっかな」

 

スイープはその応答についてはそれで終わりと何か思うこともなく、あちこちのウマ娘達の様子を見るようにして歩き始めて、シイナは(スイープにはもう少し思慮が要るものだな……)と心の内で評すると共にそこに在った気の良さには(こうした所は彼女の良いところか)とその片手に捕まってブラブラと揺らされ運ばれる中で認めていた。

 

 

 



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スターゲイザー

スイープはとりあえず次は飲み物でも貰おうかと、配っている場所へと向かいながら辺りの様子を見ていく。

そこで視界に入ってきたのは腰に片手を当てもう片方の手は湯気の出る紙コップを持ち空を見上げる、左耳につけた赤い飾りも鮮やかに、そこに立っているだけなのにその姿形、伸ばされた鹿毛もがやけに映えて見えるウマ娘──シーキングザパール。双眼鏡を付ける事もなく肉眼でジッと星々を見つめる姿に惹かれるようにしてスイープはその傍へと寄っていった。

 

「こんばんは」

 

「こんばんは、何?おちびちゃん。何か用?」

 

「用ってわけじゃないけど。遠くからでも星を真剣に見ている姿が目立つなと思って来ただけ」

 

チビ扱いには面白くない事を思いながらもシーキングザパールの上から下までを見て、その制服姿からも分かる均整の取れた体つきに経験豊富そうなその風貌に、まあ、こういう人から見れば自分に限らず同じ世代の娘はそういう扱いにもなるか……と切り替えて答えるスイープ。

 

「あら、ありがとう。このシーキングザパールのような美しい花には黙ってそこにいるだけで可愛らしい蝶も誘われやってくるというものかしら」

 

シーキングザパールは自画自賛しながら気をよくしてスイープは可愛いと言われた点に気を良くしつつシーキングザパールの持っていた紙コップへと眼が移る。そこからは色の濃い紅茶のようでホカホカとした湯気と何かが入っているとは分かっても何かは分からない良い匂いが漂いスイープは何度もそれを嗅ぐ。

 

「冷たい飲み物を貰いに行こうと思っていたけど、これを見ていると温かいのも良いかな。美味しそうだし」

 

「温かい物をゆっくり飲むのはオススメだけど、これはオススメしないわよ、おちびちゃん」

 

「おちびかもしれないけど、おちびちゃんじゃないわ。私はスイープトウショウ」

 

「それは失礼。スイープちゃんね。では私も名乗っておくわ、私はシーキングザパール。パールでいいわ。それでスイープちゃん。これはブランデー入りの紅茶だから貴女には早いんじゃないかしら」

 

「ああ、だから良い匂いしたんだ。お酒入りなら私はパスかな」

 

「それがいいわ。これは飲めなくても他にも色々と用意されてはいたから安心よ」

 

と、話している近くで「んん~~」と小さく唸る声が聞こえ、二人ともほぼ同時にも顔を向けた方向に居たのは、今日のために用意されていた夏の星々の説明が書かれたパンフレットとこの屋上を見下ろす空の星々とを何度も見比べている、シーキングザパールよりも豊かな胸囲と前髪の大きなメッシュの目立つウマ娘──メイショウドトウと、もう一人、こちらは頭の後ろで縛って大きく広がる栗毛の目立つウマ娘──タイキシャトル。その何か悩んでるような様子に互いに確認を取るまでもなく寄っていくスイープとシーキングザパール。

 

「どうしたの?何かずっと唸ってたけど」

 

「あ、そ、その、煩かったですか、すいません……」

 

見上げて話し掛けるスイープにメイショウドトウは背中を曲げに曲げペコペコと頭を下げてくる。

 

「別に煩くはなかったけど、なんだろうな~困ってるのかな~と思って」

 

「そ、そうですか。困っているのはそうなんですが……。このパンフレットを見ながら実際の空の星座を確認しているんですけどなかなかそれを見つけられずに……」

 

頭を下げるのは止めたメイショウドトウはそれでも背中を丸めながら大きな身体を小さくして息を吐く。

 

「こうして双眼鏡も手にガンバッテいるのですけどネー。大きな空の中から探すのがこんなにも大変とは」

 

隣のタイキシャトルは首に掛けた双眼鏡を目に当てもう一度空を見るようにした後に顔を戻して、やはりメイショウドトウと同じように「コマリマシター」と溜息を。

 

「例えばどれを探してるわけ?」

 

その様子にシーキングザパールがメイショウドトウに近づくと彼女はバサバサとパンフレットを大きく開いてその場の者でよく見られるようにする。

 

「まずはこれが有名な星座かなと思って探してるんですけど……」

 

「ウーン、あの辺りカナー」

 

「ああ、それならもっと右側よ。ほら、見てみなさいな」

 

と、メイショウドトウがシーキングザパールに説明する横でタイキシャトルは再び双眼鏡を使い片腕を上げて指差し探し出せば、そこにシーキングザパールがすぐさま訂正する。言葉が耳に届いてそのままタイキシャトルが右側を見れば確かにそれは探していた場所でメイショウドトウも自分の双眼鏡を使って空を見る。

 

「あ、本当だ。一緒ですねっ」

 

「Oh、一度見つけてしまえば「なるほど」というものデスネー。とても空に目立ってマース」

 

「それで、他にどういうものが見たいの?」

 

双眼鏡で空を覗きながら先程までの困り事が無くなって弾んだ声を出すシニアクラスの上級生を眺めるスイープ。そして、シーキングザパールは自分の言う通りにすぐ見つかったものにこれだけ楽しそうにもする二人に得意気な顔を向けて、さらにまだやる事があるとばかりに声を掛ける。

 

そうして再びメイショウドトウが「これが~」とパンフレットを指差せば、シーキングザパールは傍で探しているタイキシャトルから一歩早く見つけていく。目立って見える大きな光の星で構成される星座からそうでないものまでを双眼鏡を付けることなく迷いなく見定めていくその姿に、一通りその作業が終わった所でタイキシャトルは拍手と輝いた眼をシーキングザパールに向ける。

 

「凄いですネー。どんどん答えが出てきて驚きでしたヨー。星に詳しいんですカ?」

 

「詳しいって程では無いけどね、星を見るのは好きよ。その内にこのくらいの事は覚えてしまっていただけ」

 

「私も子供の頃から故郷の牧場で見ていましたケド、知識はゼンゼンだなってなりましたヨ。凄いデスねえ」

 

「ああ、貴女、同じアメリカの娘だったわね。牧場のような広い場所で見る空も良さそうね」

 

「とても良いモノですよ。緑の絨毯の上、そよぐ風の中、澄んだ空に輝く星、何も邪魔するものはナイといった場所で過ごすのは気持ち最高ですヨ」

 

「やっぱり星を見るにはそういう空よね。今日も晴れて本当に良かったと思うわ。日本で過ごすのは楽しいけれどちょっと前まで雨が多くて、それだけはどうにかならないのかと思ってしまうわ」

 

「”ツユ”というものですか。確かにジメジメで良いものじゃなかったですネー」

 

「本当、雨を傘で避けてもゴロゴロ煩いのも出現するし先月はそれで外に出る気がしなくて、だから今月になったら目一杯外に出ようとも思って今日もここに来たのよね」

 

「そうでしたカ-。おかげで助かりました」

 

「お役に立てたのなら少しは先月の雨雲にも感謝を……しないわね。やっぱりいつでもどこかに行ってくれないかと思う相手だわ」

 

「雨の泥んこの中を走るのも時には面白い経験にもナリマスけど、ピカピカのゴロゴロは私もイヤですネー」

 

と、アメリカ娘同士の話の盛り上がりが一段落して間が空いたところでメイショウドトウがそこに入る。

 

「パールさん、私からも御礼を。ありがとうございました。今日は一人でどうしようかなと思っていた所で少し星にも詳しくなって良い思い出になりました」

 

「一人って貴女と二人組というわけではないの?」

 

てっきりメイショウドトウとタイキシャトルが共に参加した友人同士かと思っていたシーキングザパールは表情も驚きを含んだものに変えて触れる。

 

「ドトウサンとはここでグウゼン出会っただけなんですよ。私もドトウサンも一人という事で一緒に」

 

「シャトルさんは元から一人で参加して、私の方は一人は寂しくてクラスメイトを誘ったんですけれど「星に興味が無いわけでもないけれど他の事に時間が要るから」と、断られてしまいまして」

 

「星に興味はあるのに友達の誘いも断ってまで何をするんだろう、タキオンさんみたいに化学の研究とかかな」

 

「何かとは教えていただけませんでしたけれど、そうしたものでもないのかなとは思います……。そうだ、自分がいけない代わりに頼まれ事もされていましたから今度はその事もやらないと」

 

「頼まれ事って?また私に出来る事なら手伝うわよ?」

 

ここまでの事があるからと自信も強めて申し出るシーキングザパールにメイショウドトウはそれではと説明を始める。

 

「そうですねえ、その方、テイエムオペラオーさんと言うのですけど「覇王たるボクとしては自分達を見下ろす星々の中に名のある星を見つけるよりも、星空に自分の名を冠した星を持ち皆から見上げられたいものだね。ということで、ドトウ!ボクに似合う新星を見つけておいてくれたまえっ!」と言われてしまいまして……」

 

メイショウドトウは「せっかく頼まれたので、どうにかお応えしたいのですけれど……」と続けたが、それを聞いていた三人は示し合わせたわけでもなくともその表情は同様に固まりメイショウドトウを見る。

 

「それはこんな天体観測で出来る範囲を通り越していて私には無理ね……」

 

「なんて無茶振り……」

 

「OH、コレをジャパニーズムチャブリというのですか~、また一つ言葉を覚えましたー」

 

そうして三人は「すると、どうしたらいいんでしょうか~」と困ったようにも続けるメイショウドトウを一歩引きながら眺めていくのだった。

 

 



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東と西の甘い関係

テイエムオペラオーからの頼まれ事を真面目に受け止め考え続けるメイショウドトウに「それはきっと冗談だ」と、オペラオーの真意は分からずとも場を納めるためにスイープとシーキングザパールとタイキシャトルとで意見を一致させて伝えてメイショウドトウが落ち着くと、そこでスイープはそのグループには別れを告げて当初の目的だった飲み物を受け取る場へ向かいながら、まずはその手前の夜食用菓子が置かれている所で立ち止まる。

 

「お菓子のお代わりを貰うなら、飲み物を持ったまま後で探すより先に行こうかな」

 

長いテーブルの上、青いシートが掛けられた部分と赤いシートが掛けられた部分があり、その青いシートの上の入れ物から溢れるように最初に貰った物とはまた別の物が置かれているのが見えて「これは楽しみだ」と軽い足取りで近づくと、そこで菓子を配っていたのは栗東寮の寮長に就いている青鹿毛のショートヘアのウマ娘──フジキセキだった。

 

「こんばんは、寮長さん」

 

「今晩は、スイープトウショウさん。今日も魔女帽子が似合ってるね」

 

「ありがとう。寮長さんが今度はこんな仕事をしてるの?」

 

「一通り見回ったからね。今度はここで美味しい匂いに誘われてやってくるポニーちゃん達を待ち受けようかと」

 

「確かにこれは誘われちゃうかも、さっきのお菓子も良かったけど今度も色々あるなぁ。今日のために用意されるよとはスペシャルウィークさんから聞いてたけれど、話通り、ううん、話以上だなんて」

 

「私としてもそこは驚きでね。寮長室にやってくるポニーちゃん達に「何か良い物があるといいんだけれどね…」と少々漏らした所、皆、こぞって自ら買ってきては部屋まで持ってきてくれてね。おかげで渡しても渡してもまだまだこんなにあるほどだ」

 

「へー、今回の会って寮長さんもかなり噛んでたわけね」

 

「まあ、こういうのどうよと押したのは私なんだけどね」

 

と、スイープが近くの入れ物内に置かれたチョコチップクッキーを一枚を手に取ってポシポシと食べ始めると、お菓子の載るテーブルの向こう側、フジキセキの隣に左耳に赤字に黒いアクセントの丸い飾りを付けた黒鹿毛・褐色の美浦寮寮長の担うウマ娘──ヒシアマゾンが自分に親指を向けながらフフンとした顔でやってきた。

 

「美浦寮の寮長さんの発案だったわけ」

 

「そう。偶には世代も寮の垣根も無いイベントでお互い触れ合う機会でも作ろうか、と。私としても「夜遅くにまで影響するイベントだからどうだろうな~」とは思っていたんだけど、生徒会に持っていったら一番壁として頭にあったルドルフ会長がまず乗ってくれてさあ、その後は学園の上層部から許可を得るまでもとんとん拍子だったよ。そんな今日の催しだけど楽しんでる?」

 

「そうだね。さっきはシニアの先輩と何人も知り合ったし、お菓子美味しかったし」

 

「それはこっちも狙い通りで嬉しいことだね。さて、ここに来たならお菓子を貰いに来たんだろう。そっち側の机の栗東寮スペースのも良いけれど、こちらの美浦寮スペースのお菓子もどうだい。こっちは私と他の美浦寮生と手作りでやったんだ」

 

「そういうのも良いわね」

 

スイープが左側の赤いシートが掛けられたテーブルへと移動すると、そこには栗東寮スペースの菓子とは違って少々不格好な、しかしメーカー物やお洒落な個人商店でも売ってないような、今日に合わせたのだろう星をイメージした形や飾りに拘った菓子があった。

 

「どうだ、こっちのも良いものだろう」

 

「そう見えるわ。でも、どれも良さそうで選べないな。全部欲しいくらい」

 

「夜の食べ過ぎはこちらのテーブル与る寮長として推すわけにはいかないからなあ。「さあ、全種類持って行ってくれ!」と言える相手はオグリ先輩くらいなものだな。ちょっと前に来ていたスペなんて、あれもこれもと選んで行くから「いいのかよ」って突っ込んだら、そこでここのところの体重超過で絞らないとトレーナーに怒られること思い出したとかで「今から少しでも重さを減らしてきます!」とかどこかにすっ飛んでいってさ。いや、本当、注意しておいて良かったよ、と。……まあ、話が何かずれたけど全部は諦めてくれよ。良いバランスで見繕ってあげるからさ」

 

「それなら仕方ないわね」

 

スイープの返事にヒシアマゾンは各種入れ物を見ながら「どれが良いか……」と真剣に選び始める。その様子を「まだかなー」とシイナを持った手を後ろに回し靴を地面にトントンとも当てて待つスイープの横にフジキセキがテーブルの向こう側を周りやってきた。

 

「ここで沢山貰っていくのかもしれないが、是非こちらのもまだまだ持っていって欲しいな。今日食べなくても明日以降でも良い」

 

とフジキセキはビニールの包みに入れられた焼き菓子をスイープへと手渡す。

 

「うん、貰っていくわ。わざわざありがとう」

 

「君とはもっとお近づきになりたかったのでね。これを機会にと思って来たんだよ。時間がある時には寮長室までおいで待ってるよ」

 

「えー、寮長室に行って何をすればいいの」

 

「お喋りでも何でも、お互いがお互いの事をよく知ろうじゃないか。君が魔女だというのなら君の魔法で私が虜にされるのが先か、私が君をそうするのが先か勝負ということでも良いけどね」

 

「寮長さんも魔法とか好き?魔法使いって事?」

 

「魔法使い……そうだな、君のような娘をレディにするような魔法ならば……」

 

「はいはい、止め止め」

 

フジキセキがスイープへとこれからエスコートでもするように手を差し伸べたところで、アマゾンが二人の横にあるテーブルの向こう側から両手を横に大きく広げて話を遮る。

 

「はい、こっちも出来たから持っていきな。あと、フジの言った事なんて気にしなくて良いからな」

 

スイープが待ってましたと振り向いて、フジキセキが良いところだったのに……と顔に出しながら振り向けば、ヒシアマゾンはテーブル上の小箱をスイープへと手渡してくる。中には固く焼き上げられた星形のクッキーにカップケーキ、ホロホロに崩れそうな柔らかな焼き菓子と、どれもアイシングやトッピングやチョコを使ったデコレーションなど見た目からして楽しいおもちゃ箱ともいった様子で、スイープは「ありがとう!」と返事も元気良く満面の笑みで受け取る。

 

「せっかくの盛り上がっていたムードを両断するなんて情緒がないな。こんな素敵な星空の下、こういった言葉も自然と言いたくなるというものなのに」

 

「出会うウマ娘ウマ娘にこの調子でいつものことだろ。何も知らない娘に嘘を付くんじゃない」

 

「嘘だなんて、ちょっとしたジョークじゃないか」

 

「あーそうですかー」

 

と、聞く気なんぞ無いというポーズをフジキセキへと向けながらヒシアマゾンはスイープに「ほら、行った行ったと」合図を小さく送る。スイープは何だかよく分からないけれどお菓子も手に入ったし言う事は聞いておこうかとにヒシアマゾンに軽く頭を下げると飲み物置き場の方へと足を進めていった。

 

 

 



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星空の下のお茶会

スイープはお菓子を持ちながら、そのまた隣のスペースにある飲み物置き場ではまず温かい紅茶を受け取ると、近くに用意されていた小さなテーブルと椅子の上に置き、そして再び飲み物置き場で今度は冷たいにんじんジュースを貰ってきて、二つの飲み物とカラフルなお菓子が置かれたテーブル上で一人豪華なティータイムが始まった。

 

「冷たいの、温かいの、美浦寮の甘い菓子を食べた後はこの栗東寮の塩っ気菓子と、一度に全部を楽しめるって最高ね」

 

「それに関しては否定しないけれど食べ過ぎも飲み過ぎも気を付けなよ。また今日も夜中に付き合わないといけなくなると思うと……」

 

スイープから見てテーブルの端、お菓子や飲み物に占められたスペースの小さな一角、そこに置かれたシイナが呆れたようにも口に出す。

 

「なんでそういう事を言うかな、デリカシーってものがないの?せっかく楽しんでいるところに水差されたし。あーあ、そんな事を言われたら考えちゃうじゃないの。そっちが悪いんだから、文句言わずに後で付いてきなさいよね」

 

「……いつも付いて行く事も君が戻るまで廊下に置き去りにされる事にも文句なんて言っていないじゃないか。そうならないように摂る水分量には気を付けてとは言うけど」

 

「一緒よ、一緒」

 

と、スイープは面白く無い事を打ち消すようにポクポク、サクサクとお菓子を食べていく。そこに誰かが寄る気配がしたかと思うと、テーブルの右側から制服姿が目に入る。シイナは黙り込みスイープが食べる手を止めて見れば、そこにいたのは栗毛のツインテールを長く伸ばしたウマ娘───ダイワスカーレットだった。

 

「スイープトウショウさんですよね」

 

「そ、そうよ?」

 

確かこの娘は年下のクラスだったと思い出しながら、その顔を見ればあどけない、しかし、その目に映る自分よりとてつもなく発育が進んでいる部分に威圧される中でスイープは答える。と、スカーレットは「ここ、良いでしょうか」と対面側の椅子に手を掛けたのでスイープは目の前のお菓子を自分の方に寄せてシイナも引き寄せる。

 

「私はダイワスカーレットです。一度スイープトウショウさんには会いたいと思っていたんです。丁度会えて良かった」

 

ダイワスカーレットにそうは言われたものの、自分からは彼女がどうやら期待の生徒らしいとの話は耳にした事は思い出せても、相手が自分の何を知っているのか、どういう話なのかは読めずにスイープの顔にもその気持ちが分かりやすい程に出る。それを感じ取りもしたようでダイワスカーレットは本題へと入っていく。

 

「私、アグネスタキオンさんから栄養剤を貰っていて、その時に貴女の話も出て、貴女のおかげもあって完成したと聞いたから御礼をと思ったんです」

 

「ああー、そういう話ね。他の娘にあげたのはタキオンさんから聞いていたけれど貴女にもあげていたのね。同じチームという話にはならないだろうし貴女も化学室を訪ねて行った流れで?」

 

「他の娘というとニシノフラワーさんの事でしょうか。私は彼女よりも先に知り合ってる感じですね。学園に来て早くから理由はよく分からないけれどタキオンさんには何かと気に掛けてもらっているんです」

 

(この娘、私でも有望選手だって聞いた事あるくらいだから、ニシノフラワーさんと同じで身体が育ちきる前にビシビシやられるようになってはいけないと気に掛けているのかな、タキオンさん)

 

などとスイープが紅茶の紙コップを一口飲みながら、目の前のダイワスカーレットについて考えていると、「おーい」との呼び声が届いて二人でそちらを見る。

 

「スカーレット~~、どこに行ってるんだよ~~」

 

と、そこにまたやってきた一人のウマ娘。黒鹿毛ショートカット、前髪の白地に黒渕のあるメッシュが目立つウマ娘──ウオッカ、両手に紅茶入りの紙コップを持って困り声を出しながら二人の座るテーブル横に立つ。

 

「飲み物出来るの待ってたら急にどこか行っちゃうしさ~」

 

「このスイープトウショウさんに挨拶をと思って。待っている時に帽子が見えたから行かなきゃと思った時には身体が動いていて、そういえば一言も伝えてなかったか。ごめんね、ウオッカ」

 

「そうだよ。気がついたら隣から忽然と消えてるんだからびっくりするだろ~」

 

「だから、ゴメンって、そこは」

 

このウオッカという娘は知らないけれどダイワスカーレットの同級生だろうか、友達だろうかとスイープが再びお菓子に手を出しながら眺めているとウオッカがスイープの方を見る。

 

「スイープトウショウ先輩ですね、オレはウオッカと言います」

 

ウオッカは両手にあるまだ一口も減らされていない紅茶の紙コップを持ったまま丁寧に頭を下げる。スイープはパッと一目見た時は近づき難そうな見た目かと、言葉を聞いていても自分の事を”オレ”と言ったりはボーイッシュな不良かと思ったが、先輩だと知ればこうして頭を下げて、そして次に見た顔にあった爽やかな笑顔を見ると真面目な良い娘なのかもしれないと、スイープの方も好感を表わす笑みでそれを受ける。

 

「それで、スカーレット。先輩に何の用だったんだ?」

 

「ほら、私がタキオンさんに栄養剤を貰ったでしょ?あれは、このスイープトウショウ先輩と共同開発ともいう物だったのよ」

 

「あぁ、あの苦いの……」

 

うえっと露骨に嫌な顔を浮かべたウオッカに(確かに最終形でも苦かったけれどもそこまで嫌そうな顔をするほどでは……)と思いながら、この反応をするという事はウオッカも飲みはしたのかと考えるスイープにウオッカは両手のコップをテーブルに置いてからその顔を近づけてくる。

 

「先輩、あれもう少し甘くなったり出来ませんかねえ」

 

「それは出来ないんじゃない。あのくらいは飲んだ方が……」

 

「そうよ、そう。先輩を困らせるの止めなさいよね。コーヒーはブラックだとか言って苦いの無理しても飲むくせに他になると我慢が効かないのね」

 

「……コーヒーはそうやって飲んだ方が格好良いけど他は甘いなら甘い方が良いし」

 

「ブラックだダークだとかそんな物ばかりに憧れてるけど、そういう事を言う時点で全く格好良く無いのよ。というか、栄養剤は私が貰ったものでしょ。あんたにも試しに少しはあげたけれども」

 

「ちょっとくらい良いじゃないか。今年の桜花賞を獲った先輩も飲んでたとか聞いたら余計に欲しいし、オレだって獲ってみたいレースだしなあ」

 

「私だって獲りたいレースなんだけど。はあ、もっと欲しいなら直接タキオンさんに貰いに行きなさいよね。私はこれ以上は横流しなんかしないんだから」

 

「スカーレットは平気で会いに行くけど、オレの場合だと何か怖いんだよな~雰囲気が」

 

「そんな人じゃないわよ。ウオッカは怖いものなしのようで変に疑い深いのね」

 

「わかった、わかった。後はまた元の場所に戻ってからにしようぜ。先輩の邪魔になるしオレ達のお菓子も置いたままだぞ」

 

「あ、そうだった。誰かに持って行かれちゃったら困るし。それではスイープトウショウさん、これで失礼します」

 

「さよなら」

 

とダイワスカーレットは立ち上がり深く一礼を、ウオッカはテーブル上の紙コップを持ち直してから頭を下げると二人でテーブルから離れて行く。離れて行きながらも何か言い争いをしている二人の後ろ姿を見ながら、自分よりも年下だけれどもどこか女王様のような風格のあるダイワスカーレットと男勝りといったようなウオッカと、見た目は全然別だけれども似たもの同士かもしれない……と感想を心の中でぶつけていた。

 

 



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夏の三角を見上げて

腹を満たし喉も潤し他のウマ娘の観察も自分で満足するところまで終えて、スイープは他のグループと離れた所で独り座って双眼鏡を使って空を見ていた。

 

「そういえばチームの名前って星の名前が付けられているんだよね~、ウチのチームの星もどこかにあるのかな~」

 

そう言いつつも特に熱心に探すでもなく空を見ていると、ザリッと近くのコンクリートを踏む音がした。

 

「貴女のチームの名前って何?」

 

双眼鏡を外してそちらを見れば学園のスカートが見える。そのまま目線を上に上げて行った所に映った白いリボンで長い鹿毛を一つ結び右耳に青いカバーを付けたウマ娘──アドマイヤベガの感情の薄そうな目にスイープの肩が少し跳ね、その目は警戒するように彼女を見る。けれど、ここで答えない展開もまた怖いと思い、身体は戻さないまま口を開いた。

 

「私のチームの名前はチーム”デネブ”ね」

 

「ああ、デネブ。それなら丁度良く今の時期の星よ。ほら、あっちね」

 

と、アドマイヤベガはその場に屈んでスイープの視線を導くようにして空を指差す。それに沿ってスイープが双眼鏡で空を見れば周りより一際大きな光の星が見えた。

 

「え、あんなに大きなのなんだ。そんな目立つ星の名前が付いているなんて思わなかったな~。他にも目立つのあるけど、あれは何て名前だろうと」

 

「あれは”ベガ”よ。日本で言うなら織り姫星と言った方が分かり易いかしら」

 

「それは分かり易いわね。ベガってチームは無いように思うけれど何でだろうな。有名すぎる星だから付けなかったのかな」

 

「それはどうなんでしょうね。私には分からないけれど、私としてはその名前のチームが無くて良かったなとは思うけれど」

 

「え、どうして?」

 

横から届いた思いもよらない言葉に、ずっと空を見たまま反応していたスイープは双眼鏡を下ろしてアドマイヤベガの方を見る。

 

「私の名前が”アドマイヤベガ”なのよ。そんなチームがあったら、そのチームに入っても入らなくても私は何か言われるのが簡単に予想できてしまうでしょ?」

 

「だから、嫌なの」と付け加えるアドマイヤベガは少し笑うようで、最初に見た時はその目に怖さを思い今もどこかシンとした静けさがその身の回りにあるようで身体は固さはまだ残るけれども、警戒心は随分と解かれてきた顔でスイープは頷く。仮に”ベガ”というチームが実在したとして属していれば”やっぱり”と属していなければ”入った方が話のネタになる”だとか、いずれにしても何かを言われる、そうした名前からの弄りはよくあるものだとスイープにもよく分かっていたし、頻繁に言われるのは面白くもなくなるだろうというのも理解できた。

 

「確かに私もそれは想像できちゃうかも。えーっと、ベガが”織り姫星”という事は”彦星”も近くにあるのよね」

 

「そうね、それは向こうの方」

 

もう一度導かれて見ればもう一つ明るい星が見える。そのままデネブ、織り姫星、彦星と双眼鏡で拡大しながらグルグルと何度も身体ごと大きく動かしもして見ていく。

 

「あの3つは特に目立つわね」

 

「そうね、3つを結んで夏の大三角形と云われるものよ」

 

「彦星は日本での呼び名よね。彦星は他で云うと何なの?」

 

「”アルタイル”、もしくは”アルテア”ね。こちらもベガと同じでチーム名にはなっていないわ」

 

「なんでだろう。どちらの響きでも格好良さそうに思えるのに」

 

「さあ、ね。ただどこかの言い伝えだと”アルタイル”は「爬虫類からの危害を表わす」だとかあまり良い意味でないのもある事を気にするのかもね。他にも”アルゴル”、つまりは「悪魔の頭」なんて言葉の場合には案は出ても却下したチームも存在したと聞くから」

 

「せっかくなら良い意味を付けたいか。言われて見れば分かるかも」

 

「なるほど、なるほど」と、更に頷くスイープの横でアドマイヤベガはスッと立ち上がる。

 

「それじゃ、そろそろ私は行くわ。貴方の言葉が気になって、貴方の様な娘を見るとつい放ってもおけなくて、突然に声を掛けてごめんなさいね」

 

「気に掛けてもらって良かった。これでいつトレーナーに自分のチームの名前の事を聞かれても大丈夫だし、他の星の話もついでにトレーナーにもチームメイトにも教えられるしね。それじゃあ、ベガさん、バイバイ」

 

「ええ、さようなら」

 

と、こちらに手を振って去って行くアドマイヤベガは淡々としていたが、小さな後輩に向けられたその顔は微笑んで、スイープはそれを受け止めながら色々教えてもらったことにしても最初に一体何だと緊張するものでもなかったな……と振り返りながら、こちらも笑顔になって手を振って見送った。

 

 

 

 

アドマイヤベガはいなくなり周りにも誰もおらず静かな空間、スイープは傍に居たシイナへと話し掛ける。だが、シイナは上空の星を見ながら動かず反応しない。

 

「おーい、ってばっ!」

 

何度か身体を突いてもしての無反応も繰り返した後、周りを確認してからスイープは大きめの声を出す。

 

「あ、何?」

 

「「あ、何?」じゃないわよ。呼んでるのに全く反応しないし、縫いぐるみになりきりすぎたのかと。まあ、なりきるにしてはずっと空を見ていたけれど、何か気になるものあったの?」

 

「……気になる、か。まあ、そうだな。さっき何かこの国だけの呼び方のような事を言っていたじゃないか。あれは何かなと」

 

「あー、織姫と彦星?そういう話なら私でも説明できるけど。昔に恋人同士が二人で会ってばかりで仕事しないものだから親に怒られて離れ離れにさせられて、年に一度7月7日の七夕の日だけは天の川という二人の間に流れる川に橋が架かって会う事ができるって話があるのよね。その登場人物が織姫と彦星、さっき聞いたのでいうならベガとアルタイル、か」

 

「なるほど、分かり易い説明だ。どこにでも何年かに一度とかそういう話はあるものだね~」

 

「シイナの所にもそういうことあるの?」

 

「そういう神話やら言い伝えやらわね。後、僕らにとってこの世界との関係性にもそれはある」

 

「どういうこと?」

 

「僕らの方の学校でさ、定期的にこちらの世界を見に来て良い事にはなってるんだよ。もちろん届け出をちゃんと出して許可を得ないといけないし、実体で来られるわけじゃなくて干渉することはできずに見ることしかできないんだけど。それが出来るこちらでの時間が年に1日なんだよ。僕ら側の時間感覚としてはもっと短いことになるんだけど」

 

「ふーん、じゃあ、シイナもそうやってきたことあるわけ?」

 

「……いや、僕はそういうの興味なくて」

 

「だろうね、来てたらもうちょっと最初からこちらの世界の事を知っていたはずだから」

 

「そこはそうも言われるよね。仲間内だと禁止期間が終わる度に定期に行こうとする、こちら側にとても興味ある同級生もいたし、もっと興味があるのだとツテを頼って仕事も手伝うからと、こちらに来る魔女に頼み込んで同行させてもらう奴もいたな……」

 

「どこの生徒も様々いるものね。そういえばさ、卒業したらどうするの、その学校って。大魔女の使い魔になるのが目標?」

 

「確かにそれも人気の進路だな。大魔女の使い魔もまたエリートだから。とはいえ、試験が使い魔だからと皆がそれを目標というわけでもないよ。また別の専門学校に行ったり全然別の仕事を探すのもいるし」

 

「そういうのもこの世界と何も変わらないみたいね」

 

「……僕の話はその辺にしてさ、もう一ついい?」

 

「いいよ、特にやることないから」

 

「君が今のチームに入ったのって何が切欠?有名な星の名前が付いていて目立ったというわけでもないようだし、過去の話を聞いてもチーム自体が強くも弱くもなく、君も誰か在籍する先輩に憧れたというわけでもないようだし」

 

「ああ、そんな事。まあ、目立っていたには目立っていたからだけどね。私が昔好きだった絵本に出てくる魔女にデネブって娘がいたのよね。いつもカボチャが絡んで色々騒ぎが起こる面白い話ばかりだった。それでチームデネブを見て、これだ!ってなったわけって、勢いで決めちゃったけど良かったんだか悪かったんだか、よね。デビューの話とか全然出してくれないし」

 

「そこはまだ君がその段階まで達していないんだろう」

 

「シイナも皆と同じこと言うのね。他のチーム選んでいたらな~とも思うことあるけど、今からそれをするんじゃママもグランマも五月蠅そうだからな」

 

「まあ、それは僕も賛成だよ。何か大きな理由があるわけでもなく決断する物事じゃないと思う」

 

「そうじゃなくてさ、ママもグランマもトレーナーのことを気に行っちゃっていてさ。学園に来た時にトレーナーと話して凄く気が合っちゃったらしいのよね。で、「良い人じゃない、何も言われなくても良いチーム選んだじゃない」と喜ばれもしたんだけど、これで私がチーム変えたいとか変えたとか後で言ったら何か凄いこと言われそうで」

 

「ああ、そういう事で。でもさ、実力が積み重なってる実感や数値の結果はあるんだろ?だったら、このまま頑張りなよ」

 

「まあ、そうするしかないのよね。クラスメイトから話を聞けば変に厳しいチームよりはウチの方が悪くないのはあるとも思うし」

 

スイープはそうして空をその瞳で見上げる。

そこで考えるのは今見える星々の名前がついたチームが存在する、このトレセン学園のこと。

練習が厳しいチームにいるよりも今のチームの方がそれは良い。だけれどもクラスメイトの中にはデビューを果たした者も既にいて自分が置いて行かれている気持ちも無いわけではない。こうして静かな夜に置かれながら改めて考えるとデネブの星はこうして肉眼で見てもその空に存在感を示し光り輝いているけれど、チーム”デネブ”はどうなのかと、そこにいる自分もこれからどうなるのかと、今ここで夜風にも拭かれてふと不安が巻き起こったかのようだった。

 

せっかく楽しい夜のはずだったのに……と自分でも振り切ろうと頭を横に振ってから、もう一度スイープは空を見る。その満天の星の中に何かを探すようにも視線を動かして。

 

「何を見上げてるの」

 

「流れ星でも流れないかなって。こちら側だと流れ星に願いを言うと叶うってあるのよ」

 

「へえ、何を願うの」

 

「そういうのは教えると叶わないのよ。それは教えないけど他に願いたい事はまた伝えていくわ。そうやってこれからもやっていきましょ」

 

「了解したよ」

 

そうして空を見るシイナを見て、スイープも夜空を見上げたがすぐにシイナを見る動きへとなる。そして、少し嫌なことが心に沸いてもしまったけれど、もしも現在別のチームに居たとしたら、何かが一つ違っていれば今日のこの観測会も過ごせていなかったかもしれないと、今の日々がつまらないわけでもなく、この隣に誰かがいて今日もまた気楽に過ごせてもいるのは良い事かと心を切り替えて、雲一つない星空の下の穏やかな夜の中で思っていた。

 

 




7月天体観測編はこれで終了です。
次も7月の話となります。


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ストライク・ウィッチーズ 魔女っ娘の災難


今回は野球回、プロ野球ネタが多く含まれます。



7月も半ば、そろそろURAの上半期も終了に近い平日の夕方、練習終わりのスイープは重い荷物は魔術で小さくしてもらいシイナの背に背負わせて、自分は身軽にテクテクと学園の中を進んでいた。

 

少しばかり練習が早めに終了したが寮に帰っても特にやることはなく、ここでも特に目的はなく制服姿で校舎の裏側の木々も植えられた緑の園を、左手はシイナを抱えるように右手にはナッツ入りの大きく長いチョコバーを包み紙で手が汚れないようにして食べ歩きながらうろうろと。

 

昨日は雨も降りまだ地面がじっとりともしていて他に訪れている者が見えない場所、両脇に紫陽花が植えられた狭い道を歩く内にシイナが口を開く。

 

「夕ご飯前にあんまりそういうの食べ過ぎない方が良いんじゃないの?」

 

「だってお腹空いてるし、成長期だからこれに夕ご飯を足すので丁度いいのよ」

 

「そう言って前は最後に食べると言った野菜を結局はお腹一杯だって残してたじゃないか」

 

「前は前、今日は今日。ちゃんとやるわよ、今日は」

 

と、今日もまたお小言を言われて面白くない顔をして、やけ食いのように口を大きく開けてチョコバーを毟りスイープは歩みを進める。

 

「ねえ、スイープ」

 

そこでまた声を掛けられるが反応せずにスイープは進む。

 

「ほら、ちょっと止まってよ、スイープ」

 

それでも呼ぶのを止めないシイナに対して、スイープは嫌々ながらもその時に上げていた足を一歩前に進めて下ろした。

 

「何よっ……!」

 

と、止まってシイナの方に顔を向けた瞬間に右腕へのベトリとした感触。「ん?」とシイナの事はすぐに放ってそちらを見れば右腕には張り付く蜘蛛の巣、そして設営者であろう蜘蛛がその手をカサカサと張っていた。

 

「わあっ!」

 

思わずチョコバーを放り出しシイナも落とし、その大きく身体を動かした勢いで帽子も脱げたが、その全てを何の気にもすること無く空いた左手で蜘蛛を払い退けようとスイープは動く。

バシッと一撃で蜘蛛にその手は直撃して蜘蛛はどこかに飛んでいったが、今度はそちらに意識が強く向いていたがために他への注意が足らず、その時に動かした足が今度は先日の雨が乾かず残ったかなりのぬかるみの中に取られて滑りスイープの身体が倒れかける。

 

こんなところで転んだらたまったものじゃない、と、スイープはどうにか体勢を整えようと必死の行動に出た結果、近くの植え込み、大きく葉を広げた低木に身体を預ける。それにより転ぶことは避けられたのだが、今度は帽子も脱げて露わになった髪の毛がその細かい枝の中に絡んでしまった。

 

「ええ~ちょっと~~」

 

と、スイープは頭を動かすが髪の毛が引っ張られて痛いだけで、しかも、動かせば動かすほど絡んでいくようで痛みも増す。スイープは行動を起こせば起こすほど悪化する事態に落ち込みながら、頭を動かさないようにして目線でシイナを探しつつ泣きも入った声を出す。

 

「ねえ、これ取ってよ、助けてよ~~」

 

「あー、ちょっと待ってね。今、取るから」

 

助けを求める声は届いた。

しかし、それはシイナではなく低木の脇から現われたのは一人のウマ娘。その学園のウマ娘の中でも目立つだろう鹿毛をかなりの短髪に刈ったジャージ姿のウマ娘──メジロライアンは、まさか誰かいるなんて……と驚く顔をしているスイープを他所にすぐに近づき、枝に絡んでしまったその柔らかい髪に手を掛ける。

 

「千切れてしまってはいけないから、少々時間が掛かってしまうだろうけど待っててね」

 

絡まれたものが解かれる前にそう笑顔で伝えられ、誰かが居たという事実に心臓が速まる中でその爽やかな表情にワタワタとしていた自分に急に照れも出て、スイープは「はい……」と小さく答えて後は普段は見せない大人しい様子で待つだけだった。

メジロライアンは時間が掛かると言ったけれども実際はスルスルと丁寧に巻き込まれた髪の毛を1本1本取って行き、大きく待つこともなく全ての髪の毛は枝から離れる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「これはご丁寧に。と、枝からは取れたけれど、まだ汚れが付いてしまっているようだね」

 

と、スイープはまずはすぐに御礼だと深く頭を下げたところ、メジロライアンはまたスイープへと近づいて先程まで絡んでいた髪の毛を確かめながら話す。また傍にまで近づかれて身体を小さくしていると、メジロライアンはスイープの方へと顔を向けた。

 

「ここから寮に帰るまでも時間が掛かるだろうし目的の物が空いてるかも分からないから、良かったらウチのチームの部屋に来ない?私も今から帰ってシャワーを使う所で空きもあるだろうからね」

 

見知らぬチームの部屋に入る事には緊張も出るものの、「どうかな?」と問いかけてくる顔はまた明るく良い人であるのは強く伝わり、誘いを断る気は湧かないものあれば寮に帰る選択は今メジロライアンが予想した通りの展開となる可能性はあると思いスイープはそこで頷く。

 

「よし、行こうか」

 

メジロライアンはそれではと足を進め、スイープも導かれるようについっていったが、その3、4歩後で気がつく。

 

「あ、そうだ、帽子と縫いぐるみが……」

 

「帽子……?ああ、ごめん、忘れ物があったんだね」

 

メジロライアンは振り向くとそこで何の事なのか気がついたようで、そのまま進んでスイープが蜘蛛に驚いた場所近くの低木に引っかかっていた帽子を手に取る。

 

「……これも汚れてしまってるね。蜘蛛の巣が張り付いてしまって、これじゃ被るわけにはいかないだろうから私が持っていくよ。後は縫いぐるみだっけ?」

 

と、メジロライアンはその場で見渡して地面の上に転がるように寝ていたシイナを広い上げた後にスイープの元へと戻る。

 

「縫いぐるみの方は下の葉っぱが運良く良いクッションになったのかな。汚れてもないし濡れてもいないようだから、はい」

 

「ありがとうございます」

 

スイープは自分は何もしないまま目の前でサクサクと事を進められ、差し出されたシイナをまた身体を縮こませて受け取る。

 

「うん、これでもう残されているものもないようだね。それじゃあ、改めて」

 

と、歩き始めたメジロライアンの後ろをスイープは遅れを取らないように付いて行った。

「だから止まってって言ったのに……」と呟いたシイナには「何が危ないかまで言いなさいよっ」と極小さな声で文句を付けながら。

 

 



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メジロ家の者達

道すがら互いに名乗り、クラスやチームの事を話しながら屋内の廊下を通り案内されたメジロライアンが所属するチームの部屋。スイープは一歩踏み入れた途端に、それが自分の知るチーム部屋という存在とはかけ離れたものだという事を思い知る。

とにかく間取りが広い、天井が高い、レースを観るためのモニターなど置かれている物々が綺麗と、その何もかもに圧倒されてスイープはそのまま口を半開きにして彼方此方を見渡す存在へと切り替わっていた。

 

「シャワールームはこっちね」

 

ライアンはそのスイープの様子を見て、まだデビュー前のジュニアの娘では知らないチームの部屋では緊張もして当然かと、実際にどう考えているかは知らないままに部屋の入り口から見て左奥のドアへと連れて行く。そこに入ってもまたスイープは面食らう。

 

スイープの所属するチーム”デネブ”の部屋は、広間とその先の狭く短い廊下の横にあるドアから繋がるトレーナー用の小さな個室、そして、廊下の奥のドアから続く更衣室しかない。シャワーを浴びたいのならば別に設置された御近所のチームとの共同シャワールームを使うしかない。

とはいえ、チームによってはチーム部屋の更衣室にシャワールームも付いている事は他チームに所属するクラスメイトから話を聞いていた。だが、それも広間が在り小さな廊下が在り、その先が更衣室兼シャワールームという話で、このチームに関してもここに踏み入れるまではそういう形なのだろうとだけ思っていた。

 

けれども現実に入ってみれば、先程の部屋も”部屋”と場所を表わす言葉は同じでも所属チームのものとは全く違う広さを持っていたが、さらにまたここに広い部屋が続いていたという予想もしなかった形。更にはここにも大きなモニターが置かれ、その前には高価そうなテーブルや椅子が複数。壁周りには大きな冷蔵庫もあればデスクトップのPCも複数台設置された場所もあり、その全てに目移りしていくスイープ。

 

と、この部屋への来客に気づいたのか、スイープの方向からは起立した後ろ姿が見えていたウマ娘が振り返る。そのストレートロングの鹿毛をしたウマ娘──メジロドーベルは手にしていた雑誌を畳むと近くのテーブルに置いて二人の方へとスタスタとやってきた。

 

「どうしたの、ドーベル」

 

「ライアンに用があってね。このチームの娘に聞いたら他で用事を済ませていると聞いて、ここで待たせてもらっていたのよ。その娘が用事の娘?」

 

「ああ、この娘は違うんだ。用事を済ませた帰りにちょっとこの娘にアクシデントがあってね。それで髪が汚れてしまったから、どうせならここのシャワールームを使わない?って誘ったんだよ」

 

「聞いた話じゃ練習終わりにジャージ姿で向かったのも誰かのアクシデントの手伝いと聞いたけど、アクシデントに縁があるし何かと誰かを放っておけないのね、ライアンは」

 

「接点を持ってしまったら無視しては通れないよ。と、私は先にタオルの用意だとかしてくるよ。ドーベルはこの娘と少し待っていて」

 

「ええ」

 

ドーベルがチラリとスイープを見て返事をするとライアンはまたその先にあったドアへと向かい、スイープは第一印象からして爽やかなライアンとは違い、どうも冷たい雰囲気が伝わるのドーベルに対して何も返さずにそこに立つ。するとドーベルの方から声を掛けてきた。

 

「アクシデントって何があったの?」

 

「え、あ、それが、歩いていたら蜘蛛の巣に引っかかって蜘蛛が手に乗っかって、それを払ったら足を滑らせて今度はそれで髪の毛が木の枝に絡まっちゃって、そこをライアンさんに助けられたのよ」

 

「それはなかなかのアクシデントね……。ああ、そうだ。私はメジロドーベル。貴女は?」

 

「私はスイープトウショウ」

 

スイープの説明を聞いたドーベルは、何かのコントかのような無駄の無いドジな流れを想像して笑いもこみ上げてきたが、目の前のスイープにそれは失礼だとそれは我慢をしながら話を変えようと自己紹介に移る。

一方のスイープはというとメジロライアンにメジロドーベルと二人の名前を聞いて「両方ともメジロ家の人か」と、そこに意識が向いていた。メジロ家と言えば何人もの有名なウマ娘をこのURA界に送り込んできた名門。近頃になってスイープが仕入れた知識でなく、それこそ学園に入る前から親の傍で参加していた井戸端会議でも聞こえてきた名称だった。そして二人ともメジロ家の人か……と思いつつライアンとドーベル、二人のその全く違うに雰囲気にメジロ家として繋がりはあっても姉妹などではないのだろうと勝手に決めつける。

 

「立ったままでは何だから座って待とうか?ライアンもそうは時間掛からないだろうけど」

 

「あ、それはいいかな。さっき木に当たった時にスカートもちょっとは汚れちゃってるし、座ったらこんな綺麗な椅子に悪いしね」

 

「それならそうなるわね」

 

そうして二人して立って待つ中で、傍のドーベルにはやはりそのクールな印象に少し距離を空けて立ってもしまい、スイープの視線もドーベルにではなく他には誰もいない部屋の方へと向くが、ドーベルにはキョロキョロとも部屋を見るスイープが気にもなってしまい声を掛ける。

 

「椅子には座らなくても他に何か触りたい物でもあるの?」

 

「そ、そうじゃないけど、わ、私のチーム部屋とは全然違うから……」

 

「ああ、そういうことね」

 

第一に思っていた事とは違うがそれもまた思っていた事ではあって、今の態度の理由として出すとドーベルは部屋を見ながら納得の声を出した後にまたスイープを見る。

 

「貴女のチームがどんなものかは知らないけれど、ここもここで特別よ。ここまでの設備が揃ったチームも他には無いというものだから、これが他所の普通だとか思うものじゃないわ」

 

「なんで特別なの?凄い有名ウマ娘ばかり揃っていたりする?」

 

「学園中の有数のチームではあるだろうけれど、それとこの部屋がこうなのは別の話ね。このチーム部屋も入ってる建物一体が老朽化していてね、何年か前に補強工事することになったのよ。それで、その時にウチ……メジロ家が協力した上に、ここがライアンのいるチームだからって特に様変わりすることになったわけ。ここのトレーナーさんは「そこまでしてもらうのは……」という態度のようだったけれど、まあ、元の老朽化も酷くて「ウチのライアンをこんな場所に置いておけない、相応しいものにさせてもらう」と家の中でも勢いのある方に押される形で結局はこうした憩いの部屋からシャワー室までピカピカに整えられた、ということ」

 

スイープは話を聞きながら、まるで過去に読んだ漫画の中のお金持ちのようだ……と思いながら、このメジロ家の話をするメジロ家のウマ娘自身の事が気になってもきていた。最初はメジロ家のお嬢様と聞けば納得するような近づき辛さを思っていたけれど、こうして語っているのを見ると聞けば答えてくれるのではないかと思い踏み出す。

 

「ドーベルさんはこのチームではないっぽいよね。ドーベルさんの所もそうやって綺麗になったりしたの?」

 

「私のチームが入っている建物は改装工事の話も無ければメジロの誰かが出てくる事もなかったわ。この部屋の事も元が悪くなりすぎたからと、それを見てちょっとこちらの家の人が張り切ってしまっただけよ。まあ、それは私も分かるけどね。家の今後を背負って行くにもライアンが……と、そのために居る場所をできる限り整備しようというのはね。私にとってもライアンは憧れだから」

 

と、スイープの顔ではなく部屋を見ながら同じメジロの者を語るドーベルの口調は冷たさもなく、何かを想いながらのその横顔はスイープにも言葉通りにドーベルにとってライアンが憧れの存在だという事を強く伝える。

 

「憧れ……でも、同じチームじゃないんだ」

 

「憧れの傍に頻繁に居ると自分との違いに疲れちゃうからね……というのは無くて、誰かに憧れるのと、その憧れにのように強く速くなるに適した場所は必ずしも同じとはならないわ。私の場合はこのチームより他の方が良いウマ娘になれると思ったから今いる場所を選んだ、それだけよ」

 

説明をされればスイープにとっても理屈が分かるものがあり、冗談めかした言葉も軽く加えつつ滑らかに話していくドーベルに、もう態度を固くすること無くスイープは「そういうものか…」と大きく頷き、ドーベルもまた初対面の後輩に伝わったものがある事を満足するように視線を向ける。

 

そこでガチャリと奥のドアが開いてライアンが帰還する。二人に近づいては来るが何か考えるような足取りで、不都合でもあったのかとスイープが思っていると、ライアンはその手に持ったままだった魔女帽子を二人の前に差し出すようにしてから口を開いた。

 

「準備は出来たよ。それでドーベル、この帽子に蜘蛛の巣が付いて汚れてしまっていて、悪いんだけど私達が入っている間に綺麗にしておいてくれないかな」

 

「これにも引っかかっていたの、貴女」

 

「うん、まず帽子がベシャッと行って身体に落ちてきた流れかなって」

 

「その様子だと今の間に何があったのか話していたんだ」

 

帽子を受け取りながらスイープへと目を向けるドーベルにスイープが事を補足しライアンが流れを把握する。

 

「蜘蛛の巣なら大した仕事でもないしライアンの頼みなのもあれば今色々と話した仲だものね、私に任せておいて。身体の方を綺麗にしている間にこちらもやっておくわ。さっき制服も少し汚れたと言っていたけれど、そちらもついでだからやっておこうか?」

 

「あ、それなら、お願い……します」

 

「分かったわ。それなら私も付いて行ってそれを貰っていきましょうか」

 

提案にスイープが頭を下げればドーベルは話は決まったというように答え、それを合図のようにして三人はその先の更衣室兼シャワールームへと向かっていった。

 

 

 

 

時は夜、スイープは今日行う事を全て終えて寮の自室にいた。机に向かいながら椅子に座り寝るまでの時間をぼーっと過ごしていたところで「あっ!」と思い出し、机の上で本を読んでいたシイナは何事かと顔を上げる。

 

「そういえばチョコバーも飛ばしたけれど拾うの忘れてた」

 

「……あれなら僕が回収して捨てて置いたよ。地面に落ちて食べられる状態ではもう無かったしね」

 

「そうか、それなら良かった。いつも細かな所まで気が回るね」

 

「今日の願いはスイープの荷物をしっかりと運ぶ事だろ?君が手にしていたとはいえ荷物の一つだから、仕事の範疇だ。まあ、確認を取らずに捨てたのはこちらの判断でやってしまったけど」

 

「別にいいよ。食べられないならどうせ捨てていたし、わざわざ聞かれても面倒だもの」

 

と、スイープは気にも止めないといったように答えた後に、そのチョコバーを無くした後の事を思い出す。

 

「チョコバーは無駄にしたけれど、その代わり他に楽しめて良かったわ」

 

そう話すスイープはこれでもかと嬉しそうな表情を浮かべる。

ライアンに助けられシャワールームも借りる事になって、そのシャワルームもまた広くて使い易く、普段使っているようなシャンプーとは違う少しばかり大人な香りのする物を使ってサッパリした後は、汚れた部分を完全に取り除かれた帽子と制服とを装着し、そこでライアンとドーベルとサヨナラとはならずに、あの自チームとは違う物が揃った休憩室でお茶まで出されてのんびりと。

そこではライアンに「枝から髪の毛を解く時にも思ったけれど、細くてフワフワな良い髪で羨ましい」と褒められて、チョコバーが食べられなかった事など今の今まで忘れるほど、蜘蛛の巣に引っかかった事ですら今では良かったと思うほどにスイープは大満足の時間を過ごしたのだった。

 

「僕から見ても実に楽しんでいたという様子だったね。まあ、僕にとっても良かったけれど。君が身を綺麗にしている間に僕も帽子や服と一緒に手入れをしてもらったし。背負った荷物に「良く出来た鞄ねえ」って言いながら隅々までチェックしてくれてね」

 

「そうだったの、ドーベルさん何も言ってなかったけれど。それはよく出来てもいて当然よね、魔法で小さくしただけの本物なんだし」

 

フフフとスイープは口を押さえて笑う。誰かがそうとは知らないままに魔法に触れる中で自分だけが全てを知っている優越感、そこに自分は魔法を行使しているという実感が強く湧き抑えられずに。

 

「今日の物ではない汚れがほんの少し付いていただけだから、言う事もないと思ったんじゃないかな。二人ともこの世界における良家の出の人のようだけど色々世話を焼いてくれる人達で本当良かったね」

 

「シイナの所にもさ、名家とか良家とかあるの」

 

「そういうのも変わらないよ。代々の家を継ぐために勉強している者とか資金力があるとか、良い奴から気が合わない奴まで、その辺はどこの世界も変わらない、と」

 

「シイナはどうなわけ」

 

「家がどうとか別に無いよ、普通さ、普通」

 

「まあ、そうよね。話していても凄く普通っぽいし、やっぱりか」

 

「どこからそう読みとったか分からないけど……まあ、ごく普通と思ってくれるならそれでいいよ」

 

「普通と思われるのが良いの?私は嫌だけどな。うーん、さっきの言葉は取り消すわ。どこか変わってる」

 

「それならそれでもいいよ」

 

と、シイナはそれだけ答えると再び本を読む事へと移り、スイープはこの使い魔のこうしたどこかはっきりしないところが自分には理解しがたいと思いながら、自分もまた眠るまでの時間を思うままに過ごしていった。

 

 



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川沿いの特訓

チーム”デネブ”の部屋と学園内でも設備が整ったチームとの違いを見せつけられた数日後の16時頃、スイープはチーム”デネブ”の部屋でモニター前のソファに座って過去レースの事を知る事が出来る雑誌のバックナンバーを読んでいた。左側のホワイトボード前の場所では”デネブ”のトレーナーがパイプ椅子に座りテーブルには紙類を広げてトレーナー作業をする。

 

どちらも何も語らぬまま紙を捲る音だけが響く中、トレーナーがスイープへと椅子に座ったまま話しかける。

 

「歴史の勉強に熱心なのはいいけど、せっかく練習が早くに終わったのに返らないのか?スイープは」

 

今日は夏休みも近い時期、学園の授業が午前中までしかなく午後はトレーニング時間となったが、チーム”デネブ”は周りのチームよりもトレーナー判断で早めの切り上げとなって、スイープ以外のチームメイトはこれ幸いと自由時間を謳歌しようと早々に散っていった。けれどもスイープは特にやりたいことも思いつかず、それならと、これまで知り合った先輩の過去レース記事でも読むかとチーム部屋に置かれていた古雑誌を広げていた。

 

「帰ってもやることないもの。帰った方がいい?」

 

「ここから一人でやりたい事があるからなぁ」

 

「それならトレーナー室でやればいいじゃない、何のための自分の部屋よ」

 

「それを言われるとその通りなんだが……個室は狭くて、な」

 

トレーナーの言葉にスイープはまた別チームとの違いを思い出し、きっとライアンさんのチームのトレーナー室なんてこれまた広かったりするんだろうな……としながら、それと比較した”デネブ”のボロさに哀しくもなりトレーナーに同情もして、仕方ない……と従うことにする。

 

「分かった、じゃあ、帰るわ」

 

「そうだ、俺もただで帰そうとはしない。まだ寮に帰るのも早いだろうし他に行く所が無いなら作るとしよう」

 

トレーナーは今日はやけに素直だと浮かべながらも言葉にはせず、テーブル上の鞄をゴソゴソと探って長方形の紙束を持つとスイープへと向かってくる。そうして差し出されたものはドーナツ引換券だった。

 

「前に貰ったのが1枚だけ残っていてな。期限は明日までだから時間も無いし今から帰り際にでも使ったらどうかと」

 

「いただくわ、それじゃあね」

 

スイープはたった1コが食べられるようになるだけとはいえ目的が出来るのは悪い事ではないと引換券を受け取り鞄を持ち上げつつ中に入ると、机上に置いておいたシイナも広い上げ立ち上がる。

 

「両手が埋ったという事はこの本は……まあ、俺の都合で帰すんだ、後は片付けておくな」

 

「よろしく」

 

トレーナーのテーブルに置かれた雑誌を見ながらの言葉に、雑誌の事を忘れていただけでそうさせたかったわけじゃないけれども手間が省けて良かったと、スイープは足取りも軽くチーム部屋を出て行った。

 

 

 

 

学園を離れてドーナツ店でドーナツを食べ、それでもまだ寮に帰るには早い、17時を過ぎても暗くならない夏空の下、少々遠回りの帰り道を選びシイナを脇に抱えて河川敷の上の道路を行くスイープ。と、そこに河川敷の方からカタンッ、ガシャンッと音がして、そちらを見る。

 

そこには長髪芦毛の顔の横にカップ型の飾りを付けたウマ娘──ゴールドシップが座り込みながら土の上に置かれた四角い形をした金属の枠をガチャガチャと動かし、地面には四角い数字の書かれた板と他には野球ボールが散らばる。なんだろうと思っているとゴールドシップは前方へ合図するように手を挙げる。それを見てスイープもそちらを見ると、そこには左手に野球グラブを身につけたメジロライアンがいてゴールドシップの方へと歩いて行くのが目に入った。

 

更にこれは何なのかと興味を持ちスイープが芝生の坂を駆け下りて行くと、二人もその音に気づいて振り向く。

 

「こんにちは、ライアンさん」

 

「やあ、こんにちは」

 

「それは何してるの?」

 

金属の枠や落ちた板を見ながらスイープが問うと、その枠の傍にいたゴールドシップが立ち上がる。

 

「お前さあ、それを聞く前にやることがあるだろ~~?」

 

「お前って何よっ、初対面で失礼じゃない?」

 

「失礼というなら自分はどうなんだよ。ライアンにだけ言ってこっちには挨拶は無しか?」

 

「わ、分かったわよ。こんにちは……」

 

「ゴールドシップ様、な」

 

指摘には言い返せないものがあってスイープは膨れながら挨拶を始めたところでゴールドシップが名乗る。

 

「ゴールドシップサマ?長い名前ね?」

 

「そこを一纏めにするな、名前はゴールドシップ!」

 

「そう?じゃあ、こんにちは、ゴールドシップさん。私はスイープトウショウね。それで何をしてるの?二人で」

 

意味が分かっていなかったわけでもなく様付けなどしたくないとはぐらかしてみれば、ゴールドシップはそれ以上は強要するわけでもなく上手く回避できたようでスイープは心の内で勝ち誇りつつ話を進める。

 

「学園のどこかで聞かなかったのか?今度、SDTの宣伝も兼ねてプロ野球の始球式をするって話。それで学園側からもプロ野球側からも特に誰が投げるという話は決められてなくて、それじゃあ誰にしようかという所で生徒会長が「希望者を集めて、その中からより良い代表者を決めよう」と言い出してさ。で、今度の月曜日、レース日明けでチーム休みのウマ娘も多いだろうしと、そこでこういうストライクゾーンを9つに分けて板を張ってそれを撃ち抜く、所謂「ストラックアウト」大会が開かれることになってるんだよ」

 

ゴールドシップの説明にスイープはその流れを十分に把握しながら過去に被服室で聞いたものや天体観測日に聞いた話も思い出し、それも生徒会長の思いつきだったり他の誰かの思いつきを生徒会長は乗り気であったり、シンボリルドルフという人はそういうの好きなんだな……と感想を持ちつつ頷いていた。

 

「それで、ライアンさんが候補者で練習しているってことか」

 

「そういうこと」

 

「で、貴女はお手伝い?同じチームなの?」

 

「違うよ。別のチームだけど、ライアンには以前からスポーツ関連の遊びにはよく付き合って貰ってるから、そういう理由でのお手伝い。と、これで何をやっているかは分かっただろ?こっちは練習でまだまだ忙しいんだ、お子様は帰った、帰った」

 

「言われなくても帰るもんね。それじゃあ、さよなら、ライアンさん」

 

スイープはフンッとゴールドシップからは顔を外してメジロライアンの方に向けて別れの挨拶をすると、邪魔をする気は微塵も無かったので素早く坂を上がっていく、そして、そのまま帰りの歩みを進めながらも時々後ろを振り返り、練習を再開しスパンッと速い直球で板を打ち抜いていくメジロライアンの姿を見て、その姿を素直に格好良いなと思うと共に彼女が代表に選ばれると良いのにと、月曜日なら自チームも休みになるはずだと、その大会の様子を見に行こうと決めながら夕焼けに照らされる河川敷上の道路を軽い足取りで進んでいった。

 

 



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一球無双の物語

週末のレース日、そこでスイープは自分が走る事はないがチームの先輩の応援を終えての月曜日、たった一枠の始球式のマウンドに立つ権利を賭けて行われるストラックアウト大会当日。

チーム”デネブ”では授業終わりに練習は無かったが全体ミーティングが行われ、それで時間が押した事を気にしながらスイープは学園の運動場に向かった。

 

そこでは既に大会はスタートしていてギャラリーが揃い、脇にはテントが張られてマイクの置かれた長机と椅子も有り、そこに居るウマ娘によって司会進行がされているようだった。スイープがどこか観戦に良い場所は無いかと、メジロライアンの出番は終わってしまったのかとうろついていると、スピーカーから実況解説席からの声が響いた。

 

「さて、皆様。ここまで続いてきた大会ですが、ここで枠やボールのメンテナンスに一度休憩を入れます。ギャラリーの方々も各種休憩は今の内にお願い致します。再開までは前半の振り返りとしたいところですが、ここで新たなゲストの紹介をしましょう。それでは、どうぞ。マルゼンスキー先輩」

 

実況席で黒鹿毛ショートカットのウマ娘──ウイニングチケットがマイクを手に声を張り上げ隣に座るマルゼンスキーを紹介する。

 

「こんにちは、皆さん。マルゼンスキーです。本当はルドルフちゃ……じゃなくて生徒会長が来る手筈だったのだけれど、他の仕事で立込んでいて私が来ることになりました。予定と違ってゴメンナサイね」

 

謝罪から始まったマルゼンスキーの挨拶、そのグラウンド上で言葉を聞いた大勢が口は開かずとも(会長が来るよりこちらで良かった……)と(本来の予定通りだったらまたここで長い話が始まっていたことだろう……)と、それぞれが似たような展開を心に浮かべている事などは当のマルゼンスキーは全く思う事無く実況席での話は続いていく。

 

「そういえば、マルゼンスキーさんはここにいらっしゃる前も最初から大会を見ていたようですが。実は参加したかったとか……?」

 

「いえいえ、私は見るだけで。でも、始球式より打席側に立つものならちょっとやってもみたいかな?」

 

「投手より野手ですか」

 

「そうねえ。投げるより打つ、打つより走ることに注目はしてしまうわね」

 

「その辺りは走る事を常に行っているウマ娘としては分かる所がありますね。いかに隙を見て先の塁を狙うか、ランナーと捕手との攻防も良いものです」

 

「そうね。私は”スーパーカー”と言われるくらいだからやっぱり”スーパーカートリオ”のような足でぐるぐる塁間を引っかき回す形が魅力的かな、と」

 

「あまり言っては……とは思うんですが、それ伝わらない人達が沢山いると思います」

 

「……うん、私も古いかなって思っていたわ。冗談よ、冗談。皆に伝えるなら3人よりも別の球団の7人の方を言うべきよね、今度の始球式の場所を考えても。

 あ、それで、知ってる?チケットちゃん。足の速い人達でそうして組んだのに一人仲間に入れられていない選手がそこにはいて……」

 

「マルゼンスキーさん、あの、私としたらそれは分かりますけれど、置いてけぼりの生徒達がまた多く居ると思うので、ここでのその雑談は止めておきましょう」

 

7人グループの方も大概古いんですよっ!仲間入り出来なかった人含めて全員引退済みなんですよっ!という口から出かかった指摘は心の中にどうにか納めてウイニングチケットは話を切り替える。

 

「それにしても今日のこの大会は参加者も集まり観客もこれだけいて盛況ですね」

 

「会長が言い出した時にはどうなることかと思ったけれど、こんな風に盛り上がって良かったわね」

 

「何が功を奏したのでしょうか。私の考えとしてはやはり大観衆の甲子園、伝統の一戦の中で投げられるというのが一つ良かったと思いますね。私も参加したいところでしたが今回はグッと我慢しての司会役となりまして、勝ち取ったウマ娘には是非とも私の分まで投げてもらいたいと……!」

 

「甲子園ね、私は球場には行ったことはないけれど一体どんなものかしら」

 

熱の入るウイニングチケットの隣でマルゼンスキーが今度は話を変えようと、そのまた隣に座っていた身体の大きなウマ娘──ヒシアケボノへと話を向ける。

 

「これは私達のレースと同様にモニター越しに見るのと現地観戦では全く違うと、ぜひ一度学園最寄りの球場もしくはレース終わりにその近場の球場へ行ってみて欲しいと声を大きくして言いたいですね!生の臨場感、応援の一体感、そして忘れてはならない球場グルメ!」

 

と、ヒシアケボノは目の前のテーブルへと手を向ける。そこには数々の料理が所狭しといた並んでいた。

 

「今日はこういう日なので各種球場グルメをリスペクトした料理を用意してみました。皆様にも配れるように作ってあり専用テントで受け取ることができます。ここでそれを良い機会なので紹介をしていきたいと思います」

 

まず最初にヒシアケボノは自分の目の前のカレー皿に手を向ける。

 

「これが甲子園名物、甲子園カレー。その黒カレータイプを参考にしたものです!」

 

「あらー、色濃いのが珍しいけど美味しそうね」

 

続けてヒシアケボノはその隣にあったラーメン鉢へ。

 

「甲子園、ラーメンと言ったらもうこれしかない。ばっちり家系!そして具材はチャーシューのみ!モヤシなんぞは入れはしないというメッセージをきっちり守ったものですね!」

 

「誰の教えかは知らないけれど、譲れない思いが感じられるわね」

 

そして、ヒシアケボノは最後に机上に置かれていた人が被ってもスペースがどれだけ余るか分からない大きなヘルメットを自分の傍に寄せる。

 

「これは甲子園から離れますけど、観戦するならコレだろうという事で用意させていただきました、ウインナー盛りですね!」

 

「……ヒシアケボノちゃん、やけに大きなヘルメットが置いてあると思ったら中にウインナーが入ってるの?」

 

「そうです!どうですか、この豪快な盛り!あ、今日皆さんに用意したのはパック大盛りなので気軽に頼んでくださいね」

 

「……えっと、ヘルメットに盛るのは実際に売ってるの?」

 

「そうですよ!神宮球場に行くとするのならコレというものです!とはいえ球場でのサイズはもっと小さいですので、他のグルメと共に楽しむと良いですね」

 

「そう、安心したわ。それにしても私達が被られる程度の大きさのヘルメットでも十分に思うのに、よくこんな大きなヘルメットを用意したわねえ。なんだか神宮球場にいるペンギンが被ってる物くらい大きい……」

 

「ツバメ!ツバメです!そこは先輩相手とはいえきっちり訂正させていただきますよ!」

 

「はいはい、ヒシアケボノは落ち着いて。球場ガイドはここまでにして、この始球式チケット争奪戦のこれまでの動きを振り返ってみましょう」

 

と、そこで自分が熱くなった分は落ち着いたウイニングチケットが軌道修正をして、今日ここまでの結果がギャラリーへと伝えられる。

 

そこからスイープはメジロライアンがまだ投げていなかったことに安心して彼女の姿を探す。

他に得られた情報として開幕はエイシンフラッシュから。その練習中からのピッチングフォームの美しさに掴みは良し。挙がる歓声に誘われてギャラリーも集まった。何事も正確に行おうとするエイシンフラッシュは理論的な事で知られるビワハヤヒデに助言を頼み投球精度を上げてこの大会に挑んだとの話も出ていて、周りの期待は更に高まっていた。

そうして第1投でいきなりの2枚抜き、2投目も宣言通りの板を綺麗な球筋で撃ち抜き、これは最初からもしや……?と周りの面々に思わせたが快進撃はここまで。球のキレは長く続かず、本人は正確に行きたくとも球の行方を完全にはコントロールはできず5枚まで。本人は残念そうだったようだが最初からまあまあの枚数の滑り出しにグラウンドの雰囲気は良かったとの事だった。

 

そのまま大会は進み、平均は4枚程度の結果になるところで現状エイシンフラッシュを越えての最大の6枚を抜いているのが頭にバイザーを付けたいかにもスポーツが得意だという様相をした鹿毛のウマ娘──アイネスフウジンと両耳に緑のアクセント付きの赤いカバーを付けた鹿毛のウマ娘──ナイスネイチャとのことだった。解説席では今その二人の事に続けて触れられる。

 

「このまま行くと、この2名で決勝投球ということになりますね。このお二人についてどう思われますか、マルゼンスキーさん」

 

「アイネスフウジンちゃんは投球フォームも流れるように綺麗で、きっと始球式でも映えて良さそう。本人によるともし代表になれたら妹達を一緒に球場に連れて行ってあげたいと話も聞いて、そういう家族思いの話はお姉さんもとても好きで良いと思ったわ。ナイスネイチャちゃんは最初はクラスメイトが出たいとその付き添いで来たようで、参加したのは流れでといった様子だったようだけど、それでこの記録。そうして侮れない娘ちゃんも私は好きだし、そういう娘が実際に始球式を行っても面白いんじゃないかしら」

 

「なるほど、どちらも良い部分がある、と……準備が整ったようですね、それは次の挑戦者の登場です」

 

ウイニングチケットはそこでグラウンド上の運営ウマ娘から解説席に手で丸を作った合図が送られ進行に移る。そうして待ち受けるグラウンド上の金属枠に嵌められた9枚の板の直線上へと自信満々ともいったように力強い足取りで現われたのは芦毛をロングに伸ばしたウマ娘──メジロマックイーンだった。

 

 



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竜虎の対決

メジロマックイーンの登場に場内がざわめく。

その自信に満ちあふれた様子に対してもそれはあったが何よりもその格好に。

他の参加ウマ娘は体操服姿だった中でメジロマックイーンもまたパンツは体操服であったが、その上半身が他の者達と一線を画していたために。

 

「あれはタテジマのレプリカユニ……!」

 

解説席からヒシアケボノが「そう来たか!」といったように触れると、ウイニングチケットは椅子から立ち上がりながら目を凝らしてそれを見る、そして何かに気づいたようにハッとしてからマイクをその手にする。

 

「なんとメジロマックイーンさんはまさに甲子園をホームとするチームのユニフォーム姿で登場!しかも、あれは選手も着るプロ仕様のものですよ。気合いの入れようがそれだけでビシビシと伝わりますね」

 

ウイニングチケットの解説にさらに場内が沸き、それを受け止めるメジロマックイーンは笑顔で観客に手を振りながら、また自信がある様子を溢れんばかりにしていく。そして、ギャラリーへ視線を一周させた後にこれから撃ち抜くべき板へとそれが向けられると一瞬にしてその笑顔は消え去って代わりに燃えるような瞳がそれを捉える。空気が変わったとギャラリー達も感じ取ったのか、スッと声が少なくなっていく。

 

そうしてメジロマックイーンがボールを手にした頃、グラウンドの脇のスイープはメジロライアンを探しに動き出していた。グラウンド周りに揃うメジロマックイーンに注目する者達の背後を歩いて行く内、メジロマックイーンの姿が右方向に見える場所の枠側に近い位置に他より背が高く目立っていたゴールドシップを見つけて足早に近づいていく。

 

「おう、お前も来たのか」

 

スイープが話し掛けるより早くゴールドシップが気づく。(また”お前”か……)とはなったものの、ここであれこれやりとりする気もないとスイープはその辺りを見渡しながらゴールドシップに問いかける。

 

「ライアンさんは?」

 

「お前もライアンを応援しに来たのか。ライアンは次に投げるようだから別の所で準備してる。ここらの面子はライアン応援隊だからお前もいるといいよ」

 

ゴールドシップの説明にもう一度その近くにいるグラウンドの方向を見るウマ娘達を見る。そこには端から見ても年齢層も外見の個性も幅広く様々なウマ娘が何名もいた。(他のチームだって知ってる人もいるし皆がライアンさんのチームの娘ってわけじゃないよね)とスイープが彼女らの横顔を見ながら思っていると、突然に身体の両脇をガシッと掴まれ急に足が地面から遠く離れていく。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何してるのっ!」

 

スイープはその背後から自分を掴んだ相手であるゴールドシップの方へと振り返りながら手足をバタバタとさせる。

 

「いやー、ちびっ子だからグラウンドの方を見たくても見られなくて困っているようだから助けてやろうかと」

 

「別に困ってないっ!」

 

「素直になった方がカワイイぞ~?」

 

注目していたのはグラウンドではなく周辺にいた他のウマ娘達にだけれど、それに困らないといったら嘘でもあってスイープは意地になって否定すると、ゴールドシップはこっちは分かってるとでも言いたげな顔でさらに身体を上げてくる。

 

「ゴールドシップ、止めてあげなさいよ」

 

そこに現われた助け船。少し離れた所からやってきたメジロドーベルが腕を組み両肘を手で掴むような格好で呆れ気味に注意をすればゴールドシップはスイープを地面に下ろして、そのやりとりに気づいて周り者もスイープ達へと振り返る。

 

「もう!私はここに居る人達が皆ライアンさんの応援の人達なのかなって思っていただけなのっ」

 

「そっちかよ、だとしたらそれは正解だ」

 

「同じチームで来ているようでもないよね、どういう集まり?」

 

「だから、ライアン応援隊だって。それぞれがライアンと付き合いがあって集まってる」

 

「へ~、ロブロイさんはどういう繋がり?」

 

ゴールドシップへ返答をしながら今度はスイープへと注目していたウマ娘達の内、知っている顔で一番傍に居たゼンノロブロイへと身体の方向を変える。

 

「ライアンさんはこうして今日も参加されるようなスポーツ万能の方ですけれど、メジロのご令嬢として文学や詩についてもお詳しくて、私にも優しくレクチャーしてくださったりメジロ家に置かれている一般の本屋や学園の図書館にも無い書物を快く貸してもいただけたりお世話になっているんです、それで今日は図書委員の仕事も他の方に変わってもらってこうして応援へと……」

 

「そういう事ね。じゃあ、カワカミプリンセスちゃんは?」

 

ゼンノロブロイの説明に(この人が図書館仕事を止めてまで来るなんて珍しそうな話だ)となりつつ、スイープは次に見知った相手だったカワカミプリンセスへと話を向ける。

 

「私は以前に近くの公園内で自主トレーニングをしていたところ、少々張り切ってしまって足を挫いてしまいまして……。その時に同じ公園内でトレーニングをされていたライアンさんに助けていただいたんです。公園の外までは私の身体に負担が掛からないように連れて行ってくださって、その後は病院までの車の手配から付き添いまで何から何までお世話に……」

 

両手を合わせて口元に持っていきながら思い出すように頬を緩め、そしてそれを赤らめても話すカワカミプリンセスに、そういう助けられ方なら自分と似たようなものかと思いながらスイープは聞く。

 

「あの足を挫いて地面に座り込みどうしようと思っていた差し伸べられた手、その時のライアンさんの「大丈夫?」との声とその表情、今でもはっきりと思い出される、まさに王子様と云ったような気品のあるもの。私としてはキングヘイローさんのその風格をこの世で有数の素敵なものとしていましたが、ライアンさんもそれに並ぶもものとして私の中でなりましたわ。いつか私の前に現われる王子様もあのような……」

 

「確かに素敵よね。それと……」

 

自分も髪の毛を枝から外して貰っている時を思い出すと「王子様」という言葉はしっくり来るとしながら、自分も至近距離で助けられたなどと言うのは、今も目の前で照れながらに思い出し続けるウマ娘にするものでもないかとしてスイープはその顔を他のウマ娘達へと向ける。そこに一人の小柄なウマ娘が次は私!というように手を挙げる。その右耳に星に羽根が生えた飾りを付けた短髪鹿毛の活発そうなウマ娘──ビコーペガサスはスイープと目があったと思うとすぐに話し始めた。

 

「ライアンさんはね、アタシのヒーローとしての特訓相手としても何度も付き合ってくれたし、ライアンさんのおかげで出来た必殺技もあるんだ。ライアンさんのキックもパンチもキレッキレだったし、今日もキレキレの投球で勝ち抜いてくれると思うっ。貴女も応援に来たなら一緒に応援も一生懸命頑張ろうね。声援は力になる!これが鉄則!」

 

ビコーペガサスはそうしてスイープの手を取り身体を寄せて言ってくる。これは熱い暑い……とスイープが思っていると、この熱さの傍に寄ってくるクールな存在があった。それは生徒会の一員である左耳に小さな黄色いリボンを巻いたボブカットのウマ娘──エアグルーヴ。

 

「賑やかだな、この一帯は。それだけライアンさんが幅広く交友を持っているということか」

 

「それには否定するところがないが、生徒会委員が何の用なんだ?」

 

辺りを見回しそう感想を述べるエアグルーヴにゴールドシップがまず反応を見せる。

 

「それは決まっているだろう、私もライアンさんの応援に来たんだよ。私も交友を持っている内の一人、ぜひ今回の代表にもなって欲しいと思っていてね」

 

「はー、それは本当にライアンの交友の広さに驚くな」

 

「それはこちらからも言いたい言葉だな。ゴールドシップがメジロマックイーンさんと親しくしているのは過去から知っていたがライアンさんともとは知らなかった。しかも今日はマックイーンさんではなくライアンさんの方を選ぶとはね」

 

ビックリッ!と両手も挙げて大袈裟に見せるゴールドシップにエアグルーヴが冷静に言い放つ。

 

「スポーツ関連だとマックイーンよりライアンにちょこちょこ世話になっているものだからさ、今回はこっち。っていうのもあるけど、マックイーンが今回の話に超乗り気でさ、「いただきですわ」「敵無しですわ」と自信があるようだったから、それじゃあ私は他の手伝いをしてより盛り上がる形を作ろうかな?ってね」

 

「なるほど、らしい話だ、それが性ともいうものか。まあ、今度の話は会長の案だ。生徒会の者としても一人だけ目立つ者があっさり持っていくよりも混戦模様の方が好ましい、と言っておこう」

 

そうして二人がニヤリと顔を合わせたところで周りから一際大きな歓声が湧く。

 

「最後の一投、見事に低め9番を撃ち抜き、これで7枚抜き!メジロマックイーンさんがトップに躍り出ました!」

 

結果を知らせるウイニングチケットの声にギャラリーからは再び歓声と拍手が。その中心にいるメジロマックイーンは当然だともいうように右肩にかかる髪の毛をサラリと手で流して優雅にグラウンド外へと掃けていった。

 

そして、グラウンドには次の挑戦者が、メジロライアンがやってきた──────

 



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ライアンの12球

メジロライアンはメジロマックイーンとは違い他の参加者と同じく体操服姿での登場。しかしながら勝負服にも使われる緑色をした左手に嵌められたグラブが目立ち、メジロマックイーン同様に気合いの入り様がその様子から伝わる。

 

スポーツ万能のメジロライアンの出番、同じメジロ家のメジロマックイーンが現在トップ。これは見物だと邪魔にはならぬようにギャラリーは静かになっているがその熱気は上がるばかりだった。

 

その空気の中で、メジロライアンは用意された12の球の中から一つを選び取り、第一球を投じた。

右足を軸に左足は高く上げていく特徴的なフォームから放たれた直球は、ライアンから見ての右側低め、先程メジロマックイーンが最後に撃ち抜いた9番の板を落とした。

 

最初の成功でもギャラリーが湧き、スイープの傍のゴールドシップが「よしっ」と拳を握る。

 

「あの場所はな、ライアンが苦手な所で練習でも何度も繰り返した場所だ。それを最初に撃ち抜いたというのはライアンのこの先の気分としても相当楽になるだろうさ」

 

ゴールドシップは自分が手助けした成果が出て嬉しいのか、スイープが聞かずとも丁寧に解説をしてくる。スイープもそれに乗ってうんうんと頷く。

 

投球は続いて、2球、3球……

メジロライアンは続いて低めの残り、7番、8番を撃ち抜いた。

 

綺麗な球筋の直球が板の中心を抜いていき、連続しての成功にギャラリーの湧き方も大きくもなる。

 

その後は枠の中心狙いを。しかし、ここで1球失敗し、その後にその中心の5番と右側隣の6番を抜いた。

 

9枚中の5枚を撃ち抜き、残る球は6球。

順調だと思われたものだったが、ここから2回惜しくも的の内側にある枠に阻まれ失敗。

 

「残り4枠で4球だから、もう失敗できないってこと……?」

 

固唾を呑んで見守っていたスイープがポソリと溢す。

それに対してビコーペガサスが振り向いた。

 

「そうなるね。でも、追い込まれた時こそヒーローの力は発揮される。ライアンさんならっ……」

 

バシンッ!

 

そのビコーペガサスの声に反応したかのように届いた音、また大きな歓声が沸く。

撃ち抜いたのは高めの2番、その右の3番。1球で2つの板を一度に撃ち抜く2枚抜きを後が無い所で成功させたことで、続けての失敗でザワザワともしたギャラリーが一気に盛り上がる。

 

残るは左側高めの1番かその下の4番。

ライアンが残り3球の内からこれまで以上に球を真剣に選び取り投げる。

だが、1番狙いも次に4番を狙ってもどちらもその外の枠に阻まれた。

 

撃ち抜かれた枠は7枚、残る球は1球。

既にパーフェクトはない。だが、今日の戦いは他より1枚でも多く撃ち抜くこと。

今トップのメジロマックイーンが7枚。失敗しても、この後に誰もその上を行かなければ二人での決戦となる。話しによれば挑戦者は自分の次にはもう一人いるかいないかというものだった。

 

決戦になる可能性は高い、そう考えればまだ代表者となるための余裕はある。しかし、メジロライアンとしては今ここでメジロマックイーンに勝っておきたい、勝ちたいという気持ちが強かった。この先があるさ……などという考えよりも、今この戦いを制する事を望んでいた。

 

最後の球をメジロライアンは拾い上げる。

スイープはそれを見ながら自然と祈るようなポーズをしていた。

トレーナーが自チームのウマ娘のレースを見守る時はこういう気持ちなのだろうかという想像もそこに湧く。

緊張が身体に走る、心臓が高鳴る。ワクワクするのにこんなにも怖い。自分の事でもないのに、こんな気持ちになったことはなかった。

 

「どうか、お願い。あの球を届かせてっ!」

 

スイープは見るのが怖いという思いが先に立ち目を瞑るようにして祈っていた。

しかし、メジロライアンが投球をするという一瞬、それではいけない、自分は見届けないといけないと思い、目を開く。

 

最後の1投が放たれた……!

 

と思った瞬間、投げられたボールの近くにパシリッと見覚えがある火花が散ったように見えた。

 

「えっ……?」 

 

というスイープの表情とバシンッという板を撃ち抜く音はほぼ同時に起こった。

球は1番の板を撃ち抜き、新記録の8枚、メジロライアンがトップになったと歓声が沸き起こる。特にスイープのいるメジロライアン応援隊の場所の喜び様は激しかった。誰も火花が散った事など気づきもしないように興奮し、メジロライアンは自分へ向けての拍手に礼をしながらグラウンド外へと掃けていった。

 

だが、ただ一人、スイープだけはざわめく他の者達にも何も告げずにシイナを連れてグラウンドから離れた木陰へと移動した。

 

「シイナっ!今のっ!」

 

ここに来るまでは言わない理性は働いていたが、頭への血があまりにも上ってここで大きな声になる。

 

「……君に細かく確認を取らなかったのは悪かったよ」

 

「やっぱり何かしたのねっ!?」

 

シイナは申し訳なさそうに俯きながら、スイープはその申し訳なさを受け取る気はないというように身体を強く掴む。

 

「……スイープが「お願い」っていうから動いておこうか、と」

 

「私のせいにしないでよっ!そこは球が届いて欲しいって願ったけれど、ボールに細工するなんて……。そういうのは気が利くとは言わないの!」

 

「ま、待ってよ。そこは正しい事を伝えておきたい。誰もボールの軌道を変えたわけじゃない。僕が変えたのは……あれだ」

 

と、シイナは傍の木を指差す。そこには蝉が一匹止まっていた。

 

「さっきのボールにもあれと同じのが近づいていて、あのままだとボールにぶつかるかもしれないと虫の方をはじき飛ばしたんだ……」

 

シイナは更に俯くように言い、スイープはその手の力を抜く。

言われて見れば魔力反応の光の傍で小さく動いた存在があったことを思い出す。

 

「……そういう事だったの」

 

「それでも本来起こり得た事をねじ曲げたのは言い訳が効かないし、謝るよ……」

 

シイナはどんな批判でも受けるともいったような声を出す。その姿を見て、スイープは思わずここに急いで来て怒鳴りもしたものの、もう責める気は無くなっていた。

 

「そ、そういう話なら私は何も言わないわ。あの、怒っておいて何だけど、ぶつかるかも……っていうのも可能性の話だっただろうし、私としては前に雨を止めて貰ったのと同じように環境を整えてもらったってことだと思うから……」

 

「……そう言って貰えるなら有り難い。僕も思わず行動を起こしてしまった。だから今後は確認を取るのことをもっと気を付けるよ」

 

スイープも反省したというように言葉を慰めのものにしてシイナに与えるが、シイナは未だ落ち込んでいるというように顔を上げなかった。スイープは自分の言葉が発端なのは確かで、言い過ぎもあった……と思うと共に何時ものシイナとはどこか違う様子が気になりながらその顔を見る。

 

 

わああ……

 

 

と、そこにグラウンドからの歓声。何事かとスイープはすぐにそちらへと向かう。

応援席にはメジロライアンも来ていて、そこにいる皆がグラウンドの方を見ていた。

 

「ライアンさん、何かあったの?」

 

「最後の参加者の娘がパーフェクト達成したんだよ」

 

メジロライアンが指差す方向を見ると、そこには長い栗毛に右耳の黒い飾りをつけたスイープとも似たような背丈のウマ娘──マヤノトップガンがグラウンド上で飛び跳ね喜び、ギャラリーに投げキッスまでしてアピールしていた。

 

「良いところまで行けたんだけどなぁ、2位かぁ」

 

残念そうに、しかし悔しさが溢れるともならないような、スイープに今日もまた爽やかだ……と感想を持たせる様子でメジロライアンは言う。

 

「まあ、しゃーないな。でも、格好良かったぜ、ライアン」

 

お疲れ様というようにメジロライアンの肩を叩くのはゴールドシップ。それに続いてメジロライアン応援隊がそうだそうだと同意する。

 

「そんな風に褒められたら、それだけで参加した甲斐もあったかな。私もやりきれたというものがあって楽しくて良かったよ。さて、後は皆で配っている料理でも貰って皆で食べようか」

 

「あー、それならさっき紹介した奴がやってたデカいヘルメットにウインナー入れて貰おうか」

 

「ああ、皆で挑戦すれば食べられそうって?それも良いかもね。だったらマックイーンも誘おうか。自分の代表が無しになった時点で「こうなればやけ食いですわー!」ってなっていたから」

 

「そりゃいいわ。あれだけ勝つ気でいたから悔しさも人一倍なんだろうけど食ってりゃ切り替わるだろうし」

 

マックイーンに対してのしょうがねえなあという顔を見せた後に話は決まったとゴールドシップが歩き出せば、他の面子も後をついていく。スイープもそれに少し遅れながら歩いて行くことにした。メジロライアン応援隊の後ろ姿を見ながらスイープが小声で溢す。

 

「結局ライアンさんの時に何が起こっても起こらなくても結果は同じだったみたいね。こうなるなら最後まで見てから動けば良かったわ。私もシイナも事を急ぎすぎた似たもの同士ね」

 

「……お互い確認作業が足らなかった、と。確かにその通りだ。いやはや可能性としてあるとはいえ最後の最後に勝利を持っていく者がいるとはね」

 

「ライアンさんが本番で投げるのは見たかった気持ちはあるけど、大会としたら最後まで盛り上がって面白くて良かったのかもね」

 

「僕もよく分かったよ、レースに限らず君らが居るところ、そこに人々の興奮が生まれるもののようだ」

 

「大魔女に相応しいような先輩が沢山いるから、ね。と、置いて行かれそう。早く行かないと」

 

話していく内にシイナの口調がいつも通りにも戻り、落ち込み様も無くなったかとスイープは安心して、遠く離れていっていた応援隊の背中を追って早足で進み始めた。

 

そうして軽食テントで色々と貰ってグラウンド脇で座る中、ライアン応援隊とは雑談をしながらのんびりと、「やけ食いですわ」の宣言のメジロマックイーンの言葉通りの食べっぷりを見もすれば、途中までトップながら4位に終わったアイネスフウジンの「甲子園は無くなったけれど、ヒシアケボノから観戦のススメと割引チケット貰ったから都内の球場に妹たちを連れて行く」旨の事を楽しそうに仲間に話す様子を端から眺めもした。

 

他にも同じく4位だったナイスネイチャの「いやーあのままトップはいけないだろうとは薄々思っていたんだけどねえ、3位くらいにはなれるかと思ったら最後に4位だなんて。まあ3位だからって何か景品があるわけでもなかったんだけれど、運動して美味しくこうして食べられているだけで今日は良い日か」との満足そうな言葉を知りなどもして大会の日は緩やかに終わっていった。

 

 

 

 

それから行われた甲子園での始球式。

何を考えたかマヤノトップガンはフォークボールを投げ、その落差の激しい完璧なフォークボールによって予選の大会同様に球場は大盛り上がりの結果となった。

 

が、直球の速球を捕手のミットに決める期待していた予選大会の発案者であるシンボリルドルフは、マヤノトップガンにはその期待もきちんと忠告として伝えていたにも関わらず彼女もまた思いつきで自分の意とは違う方向に走りながらも、そのフォークボールの決まり方が大きく話題を呼んでSDTの宣伝としては最高ともいったものになったことで「怒るにも怒れない……」と、生徒会室の執務机において始球式の話を伝えるニュース記事を見ながら頭を抱え、この件でただ一人モヤモヤとしたものも抱え続けることになるのだった────

 

 




ストラックアウト編はこれで終わりです。


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放課後のスバル それぞれのある日

8月に入った頃の日曜日のチーム”デネブ”のチーム部屋。

シイナはここに初めて来た時のように書類棚の上に乗せられ部屋の出入り口側を見ていた。

時は夕方17時近く。各地でレースはとうに終了し、この部屋での観戦そして全体ミーティングも終えて所属ウマ娘は解散となり、その一員であるスイープもそれに続いた中でシイナはここに置かれていた。

 

スイープからの「ちょっとここで待ってて」の言葉はあったが、それから数十分も帰ってくる気配がなかった。(何をやっているんだかな……)との意識はあるものの大きくは気にせずにシイナはいた。所属ウマ娘はそれぞれ帰っていっても部屋にはチーム”デネブ”のトレーナーが残り、これもまた初めて来た時と同じように目の前の机であれこれやって行く様子や彼の独り言などもあって、それを観察していれば飽きずに居られた。

 

これまで過ごしていく中でスイープと共に居れば彼の人となりというものも知れてきて、スイープからは「注意が煩い」、「他のトレーナーのようにピシッしていない格好悪い」と愚痴も聞かされるものだったが、シイナ個人から言えば好ましい人物に思えていた。

 

注意が煩いとは言っても、それはシイナ自身もスイープに対して言っておきたいようなものが多く、他のトレーナーと比べてどうこうというものは語れる程に他のチームのトレーナーを知らないので何も言えないが、彼自身はスイープにしても他のウマ娘にしても「どこそこの娘はこうなのに……」と比較するような事は本人に対しては勿論のこと、こうして一人きりの場所にしても漏らした事も聞いた事もない。それぞれに対して何が持ち味で何が足りないか、自分に何が出来るかという事をよく考えている人物にシイナには思えた。

 

そう思えるまで彼の事を知ることになったのは、トレーナー室が狭いという理由でトレーナーがこの広い机を使って仕事をよくするために、シイナもまたここに置かれたのは最初の日や今日だけでなくその間も何度もあることで、その一部始終をシイナは見る事が多いためだった。

そして、まだ人間としては若い人物に思う、見た目に貫禄があるわけでもない。けれども、所属ウマ娘に対してレースの事から日常の事に関しても自分の時間を削ってまで真摯に対応している姿をこれまで見てきたこの青年に対してシイナは肯定的な目で見ると共に、彼への愚痴を漏らすスイープに対しては「少しは苦労を分かってあげたらいい……」と思いもするのだった。

 

と、声には出さないが心の内でシイナが考えていたところに、机の向こう側に座りシイナの置かれる窓側へと向きつつも頭はずっと机に置かれていた書類を至近距離で見ながら何やら唸りつつ難儀している姿が映っていたトレーナーが、何かの違和感に気づいたかのように急に顔を上げてシイナを見てきた。

 

トレーナーはシイナの様子を見ながら椅子から立ち上がり、書類棚の方へ来るとシイナと向き合う形に立つ。何もしていない……と、シイナの緊張が高まる中、トレーナーはその顔を覗くようにして身体を屈める。

 

「前から思ってたけど何か見られている気がするんだよなあ、お前」

 

その口調は「何だろうなぁ」と少しばかり引っかかるといっただけの指摘だったが、シイナには更に肝が冷えたように流れない汗が流れたようにも感じる。続けてトレーナーは焦りを感じているシイナの頭を持つと、何度か自分の顔を動かしてシイナの身体をぐるりとも見る動きをしていたが、最終的には最初に置かれた形とは90度左に角度を変えて置き直したところで頭から手を離した。

 

「まさか監視カメラが付いているなんてことはないだろうが、暫くこうさせてもらうからな」

 

トレーナーは実際に思っているわけではないような軽い言い方でそう残して再び席に戻る。一方の目が机の方を見ない形になっただけのシイナはそれだけで終わった事に強く安堵しつつ、トレーナーに関しては肯定的だったもののそれ以上の評価は持っていなかったが、これは思いの外に鋭いのかもしれない……と考えを改める事を心に誓っていた。

 

 

 

 

チーム部屋の様子は何一つ伝わる事は無くスイープは図書室に存在していた。

今日のチーム”デネブ”の解散以降、トレーナーが一人で書類と向き合い続けていたのならば、スイープ一人で床に座り込み本と向き合い続けていた。

 

目的は「縫いぐるみの掃除の仕方」を知るために。

メジロライアンのチームのシャワー室を借りた日にメジロドーベルには一度汚れを取ってもらったようだが、一度事が起こるとそうした部分が気になり始めもするもので、特にこの夏、毎日のように持ち歩いている事、特にトレーニング中は外に置きっ放しな事で、その砂汚れが特に目立つようにも思えてきたためにスイープも思う所があり、自分で綺麗にしてみるかと、洗われる側にはその時になったらサプライズで知らせようとまず決めた。

 

そうして軽くネットで調べようとしたが、何をどうすれば良いのか大事な部分が載っていない、「いかがでしたか?」と最後に締められても「いかがも何もない!情報がない!」と言いたくなるサイトも多く、ネットの海は膨大すぎて疲れるとの結論にもなり、それならば本で調べるかと図書室の中の絨毯敷きの小部屋、本棚があるだけで読書のための机も置かれておらず、本の種類も貸し出しの人気は低いジャンルのものが多く、あまり人の訪れない場所で洗濯についての本を探していた。

しかしながら本もまた一言で「洗濯についての本」といっても何冊もある物で、考えても見ればシイナ自身を連れてきて材質も見比べながらどれが合う方法なのか調べれば良かった……という事にも辿り着くと、飽きの気持ちも一気に湧いてきて、今日はこれで終わるかと近くの本棚に手を掛けて立ち上がろうとする。

 

しかし、棚の方を見ずに手を掛けたその場所は棚では無くそこに納められていた本の上側で、そのままスイープの手の力によってその場の本は5冊も6冊もバサバサと下へと落ちる。それに気づき自分で出した本の分だけでなく片付ける量の増えた事も知ったスイープは床へと広がった本を見て溜息をつくばかりだった。

 

「何事かっ!」

 

と、そこに小部屋の入り口からの声、スイープが振り向くとそこに居たのはビワハヤヒデだった。彼女は床に落ちた本とスイープを眼鏡の奥からの厳しい目つきで見つつ早足で近づいてくる。

 

「何でも無いのよ、今、立ち上がろうとして本を間違って落としちゃっただけだから」

 

「身体にぶつけたりはしていないか?爪先だとか」

 

「それは大丈夫」

 

「ならいいが。今後はそうならないように気を付けなさい、大事な学校の本なのだから。それにしても派手に落としたものだな。こっちにもあっちにも広がって」

 

と、ビワハヤヒデはスイープの後ろ側に4冊ほど広げられていた、これまでスイープが読んでいた本へと触れる。

 

「あ~あっちは落としたわけじゃなくて読んでたやつ」

 

「……スイープトウショウ。この部屋には机が置かれていないとはいえ、床に広げて読むのは止めなさい」

 

「ごめんなさい……って、私のことを知ってるの?」

 

「君はよく図書室を使っているだろう、特にこの春からよく姿を見た。ジュニアクラスの面々は日々の学園での暮らしに忙しく熱心に本を読みに通う者など少ないからな、印象に残っていた」

 

ビワハヤヒデはその姿勢に感心しているというように少し柔らかくなった表情でスイープの帽子をポンポンと叩いた後に屈んで下に散らばった本へと手を伸ばす。

 

「こちらは私がやろう。君は自分が読んだ分を片付けなさい」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「礼をするほどでもない。散らかっているのは我慢ならない質なのでね」

 

そうして二人で片付けていけば、あっという間に本は全て納まった。その本棚を見て「これでいい……」と満足して頷くビワハヤヒデがそこにいたが、次には「んん?」ともいったようにスイープへ向き直る。

 

「全ての本を片付けてしまったようだが借りる分は無かったのか?」

 

「やりたい事のための良い本が見つからなくて借りないことにしたから良いの」

 

「一体何をしようとしていたんだね」

 

「縫いぐるみが汚れてきたから良い洗濯方法はないのかなって」

 

「ああ、あのトカゲのか。ここに君がいる時はいつも持っていたから私もよく覚えている。縫いぐるみの洗濯か、それならば一つ良い方法がある」

 

「知ってるの?さすが物知りって有名ね!」

 

「お褒めに与り光栄だが、それを知っているのは私ではなく妹だ」

 

「妹って、ナリタブライアンさんでしょ?ビワハヤヒデさんも物知りだけどナリタブライアンさんも色々と物知りなんだ?」

 

「ま、まあな」

 

ナリタブライアンは特別知識が豊富というわけではないが、彼女がそれに詳しいのは本人が実は縫いぐるみなど可愛らしい物が好きで集めている、だからこそ取り扱い方法にも通じているというものだったが、勝手にそういった物事を広めるのは止めておこうと姉であるビワハヤヒデはそう答えるだけにしておく。

 

「今日はその縫いぐるみを持っていないようだな。しかし、タグに材質について記されてもあるだろうし、それを私に教えてくれればそれに合った方法をブライアンから聞いておこう。そのための連絡方法としてメールアドレスの交換と行きたいところだが、ここよりも机と椅子のある場所でしようか」

 

と、ビワハヤヒデは出入り口へと向かっていき、スイープも断る理由は無い嬉しい助けだと軽い足取りでその後ろをついていった。

 

 

 

 

図書室の広間、その一角の机でスイープとビワハヤヒデは向きあってそれぞれのスマホのメールアドレスの交換を終えた。

 

「と、これにて終了だが、せっかくの機会だ。少し話でもしようか」

 

「良いわ」

 

「その前にまずはお互いきちんと挨拶をしておこう。私はチーム”アルキオネ”のビワハヤヒデだ」

 

「私はチーム”デネブ”のスイープトウショウ……です」

 

スイープの返答に「これでよし」と自分にもスイープにも伝えるようにビワハヤヒデは頷くと、両手を組んで身体の前に持ってくる形にしてから話し始めた。

 

「これまでここで君の姿は何度も見てきたが、その度に違うジャンルの本を読んでいた。様々な学問に手を出しているようだけれど、その中で最も得意とする、興味があるのはどういったものなのかな?」

 

「え、えーっと、それは……」

 

ビワハヤヒデに問われて一気にスイープの表情が変わる。話をするなんて止めておけば良かったと気持ちも変わる。ここで本を読んでいたのは基本シイナが望むからであってスイープは捲り役でしかなかった。一応開いた頁には目を向けるがその十分の一も内容は理解していない、そこから興味を持った学問も本も特にない。

 

「そのね、本を読む事には興味あったんだけど、この図書館には好きなタイプの本が置いてなくて、だから代わりに何か面白いものないかなと、とにかく色んなものに手を出して読んでいただけなのね」

 

「……なるほど、そういったものか。まあ、まだジュニアクラスのウマ娘だ、本を読む自体に興味があるというだけでも私は良いと思う、と、今、君が言った事だが、君の好きなタイプの本とはどんなものかな?」

 

「私としたらやっぱり魔女とか魔法とか、そういう物がいいの」

 

「……そういった物語ならここにも数置かれているのではないかな。私は興味は無いが、君に限らずそうした小説が好きな娘は、この学園に通う年齢になら多いものだ」

 

「そういうのも良いけど、この世界に伝わっている魔女の言い伝えとか歴史とかが知ってみたいかなって」

 

「それならば私としても興味深いな。社会学や宗教学にも繋がる一つの学問とも言えるだろうから。魔女といえばドイツやフランスやイギリス……とにかくヨーロッパと言う所だな。その辺りの話を集めた物は探せば見つけるのは難しいものではない事だろう」

 

ビワハヤヒデの説明を聞きながらスイープには思い出す事があった。今、出ていた国名、それらが魔女と言えばと知ったのは今が初めてだったが魔の者とは関係があるのだろうという事に。

 

シイナのためにいつも本を借りに来るばかりではなく自分が使わない時にはスマホを貸してあげていた。使い方はすぐに覚え、変な所には繋げるなと忠告をすればその意味も伝わり、行う事といえば簡単な調べ物といったような事だったのは後でふと見た履歴から知っていた。スイープとて別に事細かく彼が何をどうしていたかと知りたいわけではなかったが、その履歴はヨーロッパの国々の話が占めており、特にイギリスの事が多かったと今ここで記憶が掘り起こされる。

 

シイナを連れて初めて図書館に来た時、ファインモーションの出身国アイルランドを説明する時にも彼が口にしたのはイギリスという言葉だった。スイープはそれらとシイナの仲間達はこちらの世界を見に来たり魔女に付いてくるといった話を結びつけて、自分達の話がそうした外国の場所に残っているのではと知ろうともしたのではないかと、自分がもし同じ立場ならそうしていたとして結論付ける。

 

「その中なら私としてはイギリスに一番興味があるかな」

 

「イギリスね、イギリスなら魔女の話もあれば妖精だとかいうものの伝承も多く君のような娘が興味を持つのも分かる、読みやすい良い本もあるかもしれない。どれ、もしこの図書館に欲しいのなら私からも希望を出してみようか。職員である司書の方とも親しくしているのでね。ロブロイもその辺りに関わっていて厳しい面もあるが私が言えば分かってもくれるだろう」

 

「え?本当!?ビワハヤヒデさんって物知りなだけじゃなくて、色んな人と親しくて顔が大きいのね!」

 

「……それを言うなら顔が広いだっ!」

 

「あっと、ごめんなさい。あんまり国語は得意じゃないかなって……」

 

「まったく、魔女学を修める前にことわざ辞典に目を通してもらいたいものだな。……さて、そろそろ帰るべき時間だ。縫いぐるみの事も本の事も私から言っておくのは変わらないから任せなさい」

 

そうしてビワハヤヒデは席から立って去って行く。

それを見送りながらスイープは洗濯の事がこれで解決するとも思えば外国の魔女についての本はシイナがスマホで見ていた履歴から興味持ったと知られるのも嫌だと、彼の知らない所で読んでみようか、自分が大魔女になるにもそういう本を読んだら近道かもしれないと、これから忙しくなるぞとしながらも、それもまた楽しみだと浮き上がるような気持ちだけをそこに持っていた。

 

 

 

 

夏とは言えども空も暗くなってきた頃、長らく”デネブ”のチーム部屋で仕事に勤しんでいたトレーナーはパタンと机上のファイルを閉じて椅子の上で「終わった~~」と、大きく伸びをして、書類棚上のシイナは顔はそちらを向いていなくともその動きはずっと見ており、「お疲れ様……」の言葉をそっと送る。

 

「これで帰って……いや、まだか」

 

トレーナーは伸びをしたまま書類棚へと目を向けて気づいたといったように息を付いて立ち上がると、その目に映った物へと近づいてくる。

 

「戻しておかないと、触ったことバレた時にはキーキー言うからなぁ」

 

トレーナーはシイナの頭を掴んで元のように出入り口側に向けて置くと、またじっくりと目線を合わすように屈んでシイナのその姿を見ていく。

 

「使い魔とかラッキーアイテムだとか言ってたけど、お前を持つようになってから交友関係も広がって多少の礼儀もついたようだしレースへの興味も深まったようで、俺にとってもラッキーアイテムだったのかもしれないな」

 

トレーナーはそうして右側のホワイトボード横に掛けられたカレンダーの方を向く。そこから三本、四本と指折り数を数えた後に再びシイナの方を向いてその頭を撫でるように手を置いた。

 

「あの娘も秋にはデビュー出来るだろうし、今後もあの娘に良いものをもたらせてくれな」

 

トレーナーはそこで二度ほどシイナの頭を軽く叩いてからまた机の方へと戻っていく。そしてシイナはその背中へと「もちろん、出来る限りは」と誓いをする。

 

そうしてトレーナーが椅子に手を掛け座ろうかという頃、開いたままの出入り口から見える廊下へスイープが勢いよく登場してきた。キキーッと急ブレーキを掛けたように止まると部屋の中へと進んでくる。

 

「おー、戻ってきたか。大事な使い魔が置きっ放しだったじゃないか。帰り際に寮に届けようかと思ったが気づいたのなら良かった。ほら、俺も部屋を閉めて帰るし、とっととそれを持って部屋を出てくれよ」

 

「はいはーい」

 

スイープは素早く書類棚に向かうとシイナを掴んで「それじゃあ明日ね」と流れるように別れの挨拶をして廊下に出て次の目標である寮への帰還に向けて歩き出していった。

 

「なんか良い事あった?」

 

「まあね。待たせてゴメンね」

 

「別にいいよ。こちらも良い事あったと、飽きなかったしね」

 

「そっか」

 

と、スイープもシイナはどちらも満ち足りた今日を思いながら帰って行き、部屋に残っていたトレーナーも忙しいながらも担当ウマ娘が楽しそうなら良い事かと、帰り支度を終えて部屋の外へ出て行き、ある日のチームデネブの平和な一日はこうして終わっていった。

 

 




今回は小休止話で、ここまでです。
物語全体としてはこれで半分は終了という所になります。
次回から夏休み合宿編。
学園を飛び出しての長い話が始まる予定ですが、毎日更新は一旦終了。
次の更新の日まで、ここらで暫く間を取らせていただきます。


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