びーうぃっちど! (sakunana)
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I,Sweeptosho,Take This Magic Book
不敵な魔女がやってきた


4月第1週の金曜日。授業を終え日々のトレーニングも終えて、太陽は沈みかけ薄暗くなった寮への帰路を行くウマ娘でトレセン学園は賑わう頃。特別教室棟の一室、雑多に物が置かれた小部屋に一人のウマ娘がいた。

 

訪れる者は少なく、寿命を終えた事に気づかれないままの蛍光灯の下、持ち込んだ手持ちライトを傍に置き、時折被った魔女が身につけるような三角帽子の広いつばで手元が暗くなるのを邪魔にも思いながらもそれを脱ぐことはなく、四つん這いになりながら床に広げた古ぼけた本を読むそのウマ娘の名は”スイープトウショウ”。

 

スイープは広げた本に描かれた図形と前方の床に白いチョークで描かれた図形とを、顔を何度も上げ下げしながら見比べる。床の図は二重線の円の中に納まるように五芒星と幾つかの模様が描かれ、その上に置かれた物については本に挟んだメモ書きを見て一つ一つ指差しながら確認していく。

 

「星の右上に”乾燥豆”…はOK、左上に”蒸留水の小瓶”はOK、右下には”塩”と左下には”5枚の花弁のある花”、これは丁度良く桜の枝が落ちていて助かったわ。後は上の部分の”髪の毛”、そして中心部には”人形”……まあ、人形というよりトカゲの縫いぐるみだけど良いよね。二本足で立てられるしヒトの形っぽいし」

 

そう自分を納得させるように口にしてから本を閉じると、それを横にあったスペースへと押し動かしスイープはスクッと立ち上がった。

 

「これで準備は万端ねっ」

 

床に描かれた図形────その魔方陣の前へと一歩前に出て目を瞑り、頭の中へと叩き込んだ本の図の下に書かれていた文言を自分の中に蘇らせる。本を持って読んでも良かったが、本はかなりの大きさと重さがあるという理由もあれば、何よりもそれでは格好がつかないと、呪文をメモ用紙に書き写すような方法も取らずにこの日のために頑張ってきた。

 

それがどんな魔法を引き起こすための呪文であるかの説明は日本語訳が共に記してあったが、図形の傍に書かれた何が魔方陣上に必要なのかの部分と呪文の文言は日本語でも無ければ英語でもなく今回初めて知ったような異国の文字で、その意味は何なのかどう発音すればいいのかを辞書を持ち出して一人で読み解いた。暗記も日々の勉強も得意でも好いてもいない中で、過去のどの勉強よりも熱心にやったと自負が出来るほどに没頭して。

 

その自信は顔にも溢れて目は生き生きと輝き、これから起きる事の楽しみに口の両端は大きく上がる。最後にペロリと唇を一舐めし、スイープはスカートのポケットに右手を入れる。そこで楕円形をした木の手触りを確認して掴み空間を切るようにしながら取り出せば、その持ち手の先から細長い部分が飛び出してタクトのように変化する。

 

その切っ先を確認した後、スイープはその手を胸に当て言葉を紡ぎだす。

 

「パロ・リ・スラーク・リ・デト……」

 

魔法陣の白い線にスッと紅い光が走ったように見えた。

そこを注視すれば今度は光は視界の端で魔法陣のまた別の場所を通っていく。

光は段々と強まり、やがて魔法陣全体が鮮やかな赤色になった後には部屋全体が明るくなったようにも感じれば、一方で空気が重くなり淀んだようでもあり呪文を吐き出していくだけで息苦しさも自覚するほどとなった。

それでもスイープに存在したのは怖れではなく沸き立つような高揚感だけだった。

 

これは本物だ。

 

その事が自分を唯々前に進ませる。

瞳が空間をパチパチとして過ぎる火花のような物を捉えても、周囲に置かれた物がカタカタと音を立て始めても、手を降ろすことも口を閉ざすこともなく、本当の魔術書を手に入れたという喜びに打ち震える身体を抱えたまま、これまでの日々が脳裏に浮かびながらも続けていく。

 

ある日に図書室で見つけた古い本。開いてみれば理解できない言葉と共に描かれた図が。図書委員のウマ娘にも学園職員の司書にも聞いたけれど学園の本としては登録がないと話で、彼女らにもよく分からない本だと言われた。

 

しかし、スイープは手に取った瞬間に確信していた。これは魔術書である、と。

「学園の本で無いのなら誰かが勝手に置いて行ったのかと調べてみる」とそこで言われ、中身の解読については「どうにか見せて欲しい」と頼みこみ、部屋から持ち出さないとの約束をして足繁く図書室に通いながら解決し、そして、今日、隙を見つけてこの部屋へと本を持ってきたのだった。

 

今、自分は魔法を使っている

思い描いていたものが現実のものへとなっている

 

高まる興奮と共にタクトを眼前の空間に突きつけるように右手は前に出し左手は腰へと当てられ、そして、呪文の終わりが音となる──────

 

「フォム・ペトレ……!?」

 

最後の一文字を世界へと乗せた途端、スイープの身体に前方から押される衝撃があった。身構える間もなく足が床から浮き、決して重くはないその身体が一気に魔法陣の近くから離される。

 

次にスイープが得たのはドゴッ!という大きな音と身体への衝撃、気が付けば背後にあった部屋のドアに身体を打ち付けられ、その場に丸まるように倒れこんだ。

 

「痛っ……」

 

特に派手にぶつけた腰を摩りながら顔を上げてみると、今の出来事で置かれていたライトが倒れ部屋が暗くなっていた。幸いライトは吹き飛ばされはしても壊れることなく光を発したまま床へと向き近くに転がっていて、手を伸ばして掴むと部屋全体を照らす。

 

再び見た部屋の中はまるで誰かが暴れたかのように乱れていた。吹き飛ばされた時に手放していたタクトは先を真っ二つにして壊れ落ち、壁際に詰まれてあった箱は崩れ、近くの木製の椅子はその足を折り倒れていた。自分を襲った衝撃は部屋全体を同じようにしたのかと思いながら、スイープは「それでもまずは……」と本来の目的が果たされたかどうかを確かめに足を前に進める。

 

魔方陣は図が乱れるわけでもなくそこにあった、もう紅い光はなく白く描かれたままで。上に置いていた物は消え失せ、衝撃によって飛んできた何かに覆い隠されることもなく存在していた。

 

「……あれ?なんで?」

 

魔方陣の中心を見ながらスイープは声を上げる。呪文を唱えていた時の真剣な目つきは無くなり実年齢からすると幼くも見える少女の姿で。

 

「おかしいな。これで真ん中に紙が出現するはずなのに……」

 

後頭部を掻きながらスイープは辺りを見渡して魔術書を探す。重さがあったためか衝撃によって置いた場所からは多少の移動はしていても問題なく見つかり、その方向へと足を進めて屈む。

 

「部屋が無茶苦茶になるくらいの事が起こっているのに結果だけがニセモノって事はまさか無いよね」

 

魔術書の表紙に手を触れて、自分が行いたかった「明日の事が分かる術」のページはどこだったかと思い出しながらそれを開く。

 

 

 

「「なんで?」と言いたいのはこちらですけどね」

 

 

その瞬間の突然の声にスイープは声が聞こえた方を振り向いた。

しかし、そこには誰もいない。そのまま見渡すようにしたが荒れ放題になった部屋があるだけでない何もない。

 

「ここです」

 

何度も辺りを見渡す内にもう一度声がしてスイープは声の聞こえた自分の右方向を見る。だが、そこには崩れた段ボールと中から溢れたらしい古い紙類が散らばっているだけだった。

やっぱり誰もいない……となった所で、崩れた箱の脇の暗がりに何か小さく動く物が見えた。スイープは今になって声が聞こえてきた事とその何かに対して恐怖を覚えて座りながら後退る。

 

 

けれども目を離す事は出来なかったスイープの視界にやがて映ったもの。

それは20cmほどの小さなトカゲの縫いぐるみだった。

自分のその足で歩きながらの──────

 





他のウマ娘が出てくるまで後数話かかります。


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契約しましょっ

スイープの身体は完全に固まっていた。

用意したトカゲの縫いぐるみは、いつかどこかのゲームセンターで手に入れた、緑色の身体に小さな丸い目鼻が付いて二足歩行型に可愛くデフォルメされた姿の物。何かゲームのキャラのように見えても実際は固有の名称も付いてはいない特別ではない物。歩く機能も無ければ喋る機能など尚更備えられていなかった。しかし、確かに今それは自分の目の前で動いている。

 

「そんな顔をしてないで説明をしていただきたいのですが。用意するべきは人間の形をした物であって、このような動物の形代をなぜ使われたのか……」

 

「な、なんなの!?」

 

淡々と声を出すトカゲの一方でスイープは更にその身体を引く。

立ち上がって今すぐにでもドアから逃げ出したい所だったが、自分の両の足はガタガタと意思に反し震えて動けない。

 

「ですから、貴女がこのような物を利用したがために、中に閉じ込められる形で召喚されてしまったんですよ」

 

「そ、そんなこと、私、やってないし……」

 

「証拠も残っているのに、どうしてそのような事を……」

 

トカゲはそうして魔方陣の方へとその手を向ける。

 

「だって、あれは ”明日の事が分かる術” の魔方陣で……」

 

次々に突きつけられる様々な出来事がありながら、この目の前の事を解決しなければならない……と、スイープは震える身体を抑えるようにして魔術書に近づき持ち上げ、急いだようにそのページを捲ってトカゲに見せつけるようにして開いた。

 

「ほらっ!」

 

「確かに"明日の事が分かる術"ですね。しかし、その右側に書かれた魔方陣とアレは全く一致しないものですが」

 

これで分かったろうというスイープの思いとは違ってトカゲはそのページをチラリと見て言い放つが、その声に続いて反論するわけでもスイープは「え?」と、まるで考えになかったような表情を浮かべる。

 

「え、だって、魔方陣はこっちでしょ?」

 

と、スイープは術の説明があるページを一枚捲って、その裏側を片方の手で指差しながら見せる。そのページの上から3分の2ほどを使って描かれているのは床へと引かれた図と同じ形をしたもの、その下の残りにはスイープがその口で詠唱を終えた呪文が書かれている。

 

トカゲは何も言わずスイープも何も言わず、暫くの沈黙が訪れた。

 

「……そういう事でしたか。分かりました。とりあえずその本をそのまま床に置いてください」

 

先に口を開いたのはトカゲ。何かに納得したように物言いに対してスイープは唇を噛み相手の様子を窺うようにしながらも本を広げたまま床へと置く。

 

「その魔方陣は左のページに記された術を使うためのものです。貴女の言っている術についての魔方陣はこちら」

 

トカゲは指もないそのツルリとした手を器用に使ってページを一つ捲ると、”明日の事が分かる術”の事が書かれた文章の隣のページをトントンと叩く。

 

「こういうものは開いた時に見えるもの同士が対応していると考える事だとも思いますが……。

 まあ、勘違いしただけならば、それはそれで良いです。今回の事はお互い無かったことで……という事で僕をこの身体から解放して帰してくだされば」

 

「そんなこと言われても出来ないけど。どこか本に書いてある?」

 

「本には記されていないでしょうけれど……。えーっと、それなら他に付いている使い魔の方はどこに。その方と話をつければ良いでしょうから……」

 

「そんなのいないけど?」

 

「……はい?」

 

あっさりともして発せられたスイープの返答に、これまで冷静で丁寧というような振る舞いだったトカゲの様子が変わる。

 

「いやいやいや、そういった逃げ方は良くないと思いますよ。そんな大魔女の証の帽子まで被っているのに……」

 

「帽子?これは昔から被ってるけど売ってたから買っただけの物だし、証だとか言われても分かんないよ、こっちは」

 

「え、単に格好をそれらしくしただけという事で?」

 

動揺が含まれたトカゲの言葉にスイープは間髪を入れずに頷く。するとトカゲは何も言わずに後ろを向いて何歩か進む。その口からは「どうする……」「こういった場合の手順は……」と小さく、呪文を唱えるかのように出ていた。

 

「ちょ、ちょっと!無視しないでよ!さっきから分からない事ばっかり!一人で何か考えてないで、どういう事か教えなさいよ!」

 

現在、考えにも無かった事が起きている、起き続けている。

魔術書の呪文を唱えれば部屋に不思議な現象に包まれ、今は単なる縫いぐるみである者が動き出し意味不明な事を喋っている。それにはさっきまでは怖さを思ってもいたが、それよりもこうして置いて行かれる事がスイープにとっては我慢ならなかった。この動き喋る縫いぐるみがそれ以外は何かするようではなかった事に気を大きくした所もあった。

 

「つまり……」

 

トカゲは観念したかのように両肩を少し落とすようにしてから振り返ると、再び魔術書の前に来て一枚ページを捲る。

 

「君が行ったのはこちら。”使い魔を召喚する術”なんだ」

 

「ふーん、じゃあ、貴方は使い魔ってわけ」

 

「そうだね」

 

「……なんだか最初に現れた時と態度が違わない?」

 

「そんな帽子を被っていたからね。「宿る場所をしっかりと用意してくれない大魔女だとしても敬意は払わないと……」とも思ったけど、どうもそうではないようで気を使うこともないだろうから」

 

急に馴れ馴れしくなったトカゲにイラッと感情が一走りしながらもスイープは他に聞き出そうと続ける。

 

「私が貴方を召喚したってわけよね」

 

「そう」

 

「使い魔ってことは魔法なんてもう色々使えるわけよね」

 

「もちろん」

 

「使い魔だっていうなら私の言う事を聞くべきよね」

 

「それはまだ契約が終わっていないわけだから」

 

「じゃあ、契約しましょ。私が大魔女だったとしたらそんな風にしないってなら、私を大魔女にしてよ」

 

「……あのね、大魔女というのはそういうものじゃないから。大魔女どころか魔女になるにしたって使い魔の手によってやれるものじゃないし、そんな事をやろうとした召喚者なんて聞いた事ないよ」

 

「ふーん、じゃあ、どういう望みなら有りなの?」

 

「よくあるのは一定期間近くに居て仕事や身の回りの事を手伝ってくれとか……。例えば何らかの研究や一年内の数ヶ月を山仕事をするからその間だとか」

 

「分かった。それじゃあ、私が大魔女になるまで手伝ってよ」

 

「だから、大魔女というのはそうでは………!」

 

トカゲが両腕を広げて魔女の何たるかを訴えようとしたところで、パシッと電気が走るような音がしてその場の床から上に向けて光の柱が立つのが映る。

 

「何……!?」

 

その急な強い発光にスイープは手で目の前に壁を作り遮るのが精一杯だった。

 

 



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魔女の娘はルンルン

光は煌々と輝き、手を壁にしながらもスイープは目を閉じないようにしてそれを意識し続ける。その内に段々と遮った先からの光が収まり、やがて完全に無くなった後で何度か瞬きをしてスイープは何が起きたのかを確かめようと発生源の床を見る……と、そこには指輪が一つカラカラと小さな音を立てながら回っていて、やがてカタンとその場に落ちて止まった。

 

「あぁ……」

 

その金色をして濃い青をした石が嵌められた指輪にスイープが注目している横で、トカゲが「まさか……」ともいった様子で小さく言う。

 

「何これ、これを付けると大魔女になれるってこと?」

 

「だから、そういう話じゃないとさっきから言ってるのに!

 ……君が大魔女になるのを手伝うという事については契約が通ってしまったようだけどね」

 

そうして首を横に振り気持ちを切り替えるようにもした後で右腕を前に上げたトカゲの手の先っぽには、金色の輪が嵌められていた。

 

「これが契約の証ってわけ。で、私もこの指輪を付けろということ?」

 

「四六時中身につけてろとはならないけれど自分の傍には存在させておいた方が良い。無くしたとして酷いペナルティがあるわけでもないけれども、使い魔の僕からの魔法が上手く作動しなくもなる」

 

「へえ~。それじゃ、その魔法の実力を一度見せてみてよ。とりあえずこの部屋を綺麗にしてくれる?」

 

「……それは大魔女へと続く道になるのかな?」

 

「ぐちゃぐちゃにしたまま帰っても片付けして遅くに寮に帰ってもどっちにせよバレて怒られるだろうし、そうしたら反省文を書くのに時間が掛かってそのための時間が減ると思うから」

 

「筋が通るには通るのか。……では一度後ろを向いて目を塞いでいてよ。急いだ方が良いなら強めにやるし魔力酔いで気分が悪くなっても困る」

 

「そんなのあるわけ?」

 

「僕を召喚した時よりも派手に光りもするだろうし、慣れてない人だとそういうこともある」

 

「あんまりバチバチやられて誰かに今ここに来られても困るんだけど」

 

「……そうですか。じゃあ、その辺は気を使って行うから」

 

「それでお願い」

 

と、スイープはクルッと後ろを向いて両手で目を覆う。

それから数秒もしない内に聞き取れない言葉が聞こえてくると共にパチパチと魔方陣に呪文を唱えている時と同じような弾ける音が聞こえ、最後にバシッ!と激しい音が耳をつんざいた。

 

「はい、終わったよ」

 

耳も押さえておいた方が良かったかとも思いながら、その声にスイープが振り向けば崩れた箱もその中から溢れた物々も全てはスイープがこの部屋に来た時と同様になっていた。床に描かれた魔方陣も痕跡も無いほど綺麗に消え失せていた。それを見てスイープは飛び上がるようにして手も叩いて喜ぶ。

 

「凄い!本当に魔法じゃない!」

 

「……僕を呼んだのは手違いでも、そもそも魔術書だと思って手を付けたわけじゃないの?」

 

「ま、まあ、そうだけど、ほら、ここまでのものだとは思ってなかったというか、ね!」

 

「そう言って貰えて光栄ではあるけれど、しかし、この椅子だけは今は無理だったけれどね」

 

アハハとも笑ってごまかしつつのスイープを横に置いてトカゲは傍にあった折れた足の椅子に片腕を向ける。

 

「今って明日なら出来るとか?」

 

「時間だけじゃなくて物が必要なんだよ。これだけ壊れた物には魔法を使うにもそれだけの材料が要るってこと」

 

「何が要るわけ?」

 

「この場合は”霧の谷に住むツノガエルの分泌物”と後は……」

 

「ちょ、ちょっと、そんな物を持ってるわけないでしょう。というかどこにあるのよ」

 

「そりゃ僕の住んでいた世界の方に……。こちらには無いというなら代用品は……と、それを知るにもまずはこっちからだな」

 

トカゲは途中から喋りながらトコトコと歩いて広げ置かれたままの本に近寄り、そして両手を振り下ろす。そしてパシンッ!と、紙が音を立てると同時に、フッと置かれていた本が煙のように消え去った。

 

「え、な、何をしてんのよ!大事な魔術書を」

 

「説明が遅れたけど、これは僕の物……いや、言うなれば僕の一部だ。僕を呼び出す術が書いてあると共に僕の使える術や力が封じられている物。今後色々やるには、それを自分の身に取り込まないといけないわけ。で、どうしたらこの世界の物で直せるかだけど……」

 

慌てているスイープを尻目にトカゲの目の前には紙とペンがどこからか現れて、ペンはサラサラと紙に何かを書き込んでいく。やがてそれが終わるとペンは消えて、紙はトカゲの手に貼り付けられるような形になって、スイープの方へと向けられる。

 

「これならこの世界の言葉だから分かるだろう?」

 

自信満々にもトカゲが文字の書かれた紙を見せるが、スイープは顔の角度を横にググッと曲げて見るばかり。

 

「分からないのか?僕の入る場所がこんな物だったとはいえ、そういった部分まで影響が出ているような様子はないし……」

 

「分かるものと分からないものがあるというか……」

 

スイープは紙を手にとってじっくりと紙に書かれたものを見る。そこにあるのは幾つかのアルファベットと数字。

 

「Feは鉄よね。これは見た事あるから分かる。で、横にあるのが要る重さ……と、それはいいとして、ZnとかCrって初めて見るよ、こんなの」

 

「この世界にはある物だから探して見つけなよ。直さないならそれでもいいけど」

 

「そういうわけにはいかないわよ。使ってない部屋の使ってない椅子だから良いってことにはならないの!」

 

「そっちの理屈は何でもいいけども。僕としては必要物資があって後は頼んでくれればやるだけだから」

 

「分かった。それなら私としては今はどうする事もできないなら今日は帰るだけね。時間も経ってるし、そろそろ帰らないと拙いからね。それで使い魔はこういう時にどうするの」

 

「そりゃ契約者の近くに居るのが使い魔だから」

 

「やっぱりそうなるわけね。とりあえず今日は今から私の部屋に行くから。でも、喋ったり動いたりしないでよ!絶対騒ぎになるから!」

 

「その辺はわきまえてるよ。何か言うにも契約者たる者だけに伝わるようにも出来るしね」

 

「じゃあ、そういう時はそれでお願い。と、本当にもう帰らないと呼び出されて怒られちゃうから行かないと!」

 

スイープはそうして手持ちライトを脇に抱えトカゲの首を掴むようにして持ち上げるとドアをそーっと開けて廊下の様子を窺う。その傍でトカゲの形を取った使い魔が床から浮きながら溜息混じりの声を出していたが、スイープがそれに気づく事はなかった。

 

 



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大魔女育成計画
魔女とテストと召喚獣


栗東寮の一部屋。本来寮は寮長室を除いて各部屋二人一部屋となっているが、ここは別の用途で使われていた部屋を居住スペースとして改装する事となったが少々狭いために一人用の部屋として後に増やされた部屋。部屋の片側は他の部屋と同様にベッドや机が置かれてウマ娘が利用する場所となっているが、もう片側は以前使われた用途の名残の古い棚や行き場所のない備品入りの箱などが置かれている。

 

そのスイープトウショウの部屋で、ベッドの脇の小さな棚の上に置かれたスマホからお気に入りの音楽が鳴る。

スイープは目も開けずにバンバンとその辺りを掌で叩きながらスマホを見つけると、顔の傍まで持って来ながら手慣れた手付きで止めて、そこでようやく少しだけ目を開ける。

 

その時刻と日付を見て「あ~~」と僅かな声が漏れる。

今日は土曜日、レースが行われる週末で授業は休み、そして今日は在籍するチームの他の何人かのウマ娘とトレーナーは遠征で学園にはおらず、レース予定のある残りのウマ娘は近くのレース場のように応援に足を運ぶ義務はなく、チームメイトの出るレースを中継で観なければならない午後の僅かな時間を除けば自由に過ごせる日だった。

 

しかし、うっかり目覚まし設定をそのままにしておいたためにスマホはそれが仕事だと何時ものように鳴り響き、スイープはやってしまったと朝から晴れない気分になったのだった。

 

(まあ、いいや。休日だからこのまま二度寝すれば)と布団に潜り込んだところで、上布団からの何かが跳ねる衝撃が伝わった。痛くはないがそれは止まることなくボンボンと煩く響き続ける。

 

「もうっ!」

 

スイープは上布団をはね除けるようにして起き上がった。そこで目に入ったのは飛ばされた布団を避けるような動きを空中でして、そのまま傍のスマホが置かれていた棚の上へと着地するトカゲの縫いぐるみ。

 

「朝なんだから起きた方が良いんじゃないの?今鳴っていた音だって起きるためのものなんだろう?」

 

「あれは間違えて設定しちゃったの。今日はこんなに早く起きる必要は無いの」

 

棚の方へと身体の向きを変え、トカゲに分からせるように強めの口調で伝えるスイープ。

 

「いつもは起きている時間だったら、そこは規則正しくと起きた方が身体に良いんじゃないかな。昨日だって早くに寝付いてたし寝不足だってわけじゃないだろうし」

 

それでも止まることなく一般論としては合っているだろうものを次々と繰り出される事と自分に残る眠気も相まって、スイープは不機嫌そうに目を擦る。

 

「それに椅子を直すんだったら材料を見つけにいかないと」

 

「揃えるにもこんな早くからじゃどうにもならないよ。相手だってまだ来ないだろうし」

 

「昨日は材料を見てもピンと来る所も無さそうだったけど当てがあるのかい」

 

「まあ、その辺の事を詳しそうな人はね。貴方を呼び出す時の蒸留水を作るにも助けてもらったし」

 

「頼りになる人が居るのは良いことだ」

 

と、トカゲが「うん、うん」と頷いた後にスイープの方を見れば、目は閉じかかり口は閉じて難しそうな顔をしている。

 

「それでやっぱり寝たいのかい。どうしても寝たいものなら止めないけど」

 

「……眠いのはあるけど、貴方の名前を聞いてなかったと思って」

 

眠気と戦い再び目を擦りながらハッキリとは開かない口でスイープが伝えると、トカゲは顔を下に向けるようにして動きを止めた。

 

「ん?使い魔って名前が無いものなの?」

 

「……そうじゃない。まあ、他に名前を聞くのならまずは自分が名乗ってからじゃないかな。僕も君の名前を聞いていない。それに他の事もだ。これから一緒にやっていくにも、まずはその辺をお互いに知ることが第一歩じゃないか」

 

「分かった、分かったわよ」

 

一瞬下を向いた時は何かと思ったが、再び世の中としては正解だろう答えを当然のように提示する相手に、返す言葉もなくスイープは了承する。

 

「でも、まずは顔を洗って着替てからにして」

 

「こちらとしてもしっかりとした形で行いたいから、もちろん待つよ」

 

喋りつつ立ち上がり、背中にトカゲの声を聞きながらスイープは身支度へと向かっていった。

 

 

 

 

制服に着替えて洗面所で一通りの事を終えてスイープは上布団を三つ折りにして端に寄せたベッドの上に正座で座る。その前にはトカゲもちょこんと座っている。

 

「じゃあ、私から言わせてもらうわ。私はスイープトウショウ。このトレセン学園に通う生徒」

 

「なるほど、僕が最初に現れた場所が校舎で、ここは寮なわけだ。それで、ここはどういった学校なんだい。昨日はここに来たら机の上に置いて行かれて「御飯を食べてくる」、「入浴してくる」、「もう寝る」と君にやられて、気になっていたんだけど聞くタイミングが無くて」

 

「日本全国各地からウマ娘だけが集まる学校よ。授業は多くは他にある同世代の子達と変わらないけど、週末には各地でレースが行われて走って競うの。そのためにチーム所属して授業の後はトレーニングをしたり……」

 

「ふーん」

 

「せっかく説明してるのに興味なさそうね」

 

「それだけだといまいち掴めなくて。まあ、今の段階ではそのくらいで構わないけど」

 

「こっちの事は言ったから次はそっちの番」

 

「……分かった」

 

トカゲはスイープの促す言葉に一度丁寧に頭を下げてから喋り始める。

 

「僕は使い魔。……名はシィナァ」

 

「シーナー?」

 

「……そんな伸びた発音じゃなくて」

 

「シィ…シイ……。あのさ……」

 

「何?」

 

「呼ぶにも難しいし、シイナって言っていい?」

 

「……別に問題はないけども」

 

「それならそれでいくわ。シイナだったらこっちの世界の名字でも名前でもありそうだし、ここで過ごすにはその方が合うと思う!」

 

「……君の感性については何も言わないし、何にせよ君が呼ぶのが主なものだから好きにしなよ」

 

「と、名前の事は終わりとして他の事。貴方がどこから来たのかとか知りたいわ」

 

「僕が元いた世界は…………」

 

と、言い出したところでシイナは黙る。

 

「どうしたの?突然」

 

「ああ、僕の国の正式名称がとんでもなく長いし発音も分かり難いかと思って。まあ、分かり易く『魔界』とでもしておこう。で、そこで生まれた者が通う学校があるんだ」

 

「使い魔の学校?」

 

「……といってしまうのは違う。魔術の学校ではあるけどね、使い魔として召喚されるのは試験なんだ。こちらの世界に魔術書となって流されて誰かに召喚されるのを待つ、そしてキッチリその役目を果たしたと後で学校に認められたら合格というわけ」

 

「相手が選ばれるわけじゃなくて、気づかれるまでずっと本のままってこと?気長過ぎじゃない?」

 

「そうは言われてもそういうシステムだから。それにこちらの世界と僕の方では時間の感覚が違うから大した事にはならないし、あまりに長く誰も触れないようならこちら側にやってきている魔女が出会いの手伝いなんかもするようだから……」

 

「え!?」

 

シイナの話を遮るようにして驚き声を上げたスイープの目は輝きを宿し、そのまま身体を前に乗り出しトカゲの両脇を力強く掴む。

 

「魔界から来た魔女がこっちにもいるって本当なのっ?え、すぐ近くにもいたりする?」

 

「それは分からないけど……。その人達だって「魔女です!」と証明書を掲げて常に行動しているわけじゃないだろうし、魔法だってホイホイ使ってるわけじゃないと思うよ」

 

自分の望んだ答えと違って興奮して出した手をパッと離しつつスイープは続ける。

 

「じゃあ、何のために来るのよ」

 

「そりゃ僕らの方の世界では手に入りにくい魔術の材料を手に入れたりとか、後は僕らの世界の異常がこちらに影響を及ぼしたり又は逆の事はあるから、そのバランスを取る仕事はこっちの世界の人が知らない所で国家公務員が担っていたりする。大きな仕事の場合は大魔女まで出てくることもある」

 

「魔女と大魔女ってどう違うわけ」

 

「違い過ぎるよ。魔女は君がウマ娘だけが通う学校にいると言うのなら魔女は魔女専用育成校に通って、そこを卒業さえすればなれるし名乗れる。でも、大魔女は違う。魔女になった上に既に大魔女になった人に師事して更に修行した上で難関の試験に通らないとなれない。そうしてようやく被る事のできる三角帽子は大魔女の証明にして名誉の証、世界中の羨望の的なんだよ」

 

「あー、それで昨日は間違えたわけね、私を大魔女だと」

 

「そんな帽子を被って呼び出されれば間違えもするよ。向こうじゃうっかり似た形の者を被っているだけで怒られるようなものなんだよ、本当」

 

「こっちだと魔女=こういう帽子みたいな所あるんだけど、それってもしかしてそちらからの大魔女の影響なのかな」

 

「……人前で被って魔法を使おうなんて人が大魔女どころか魔女学校も卒業できているとは思えないけど。まあ、今の僕みたいに話をした者がいて、そこから広がっていったのかもね」

 

「そういう流れもある、か。それにしても誰かの話を聞くなんて面白い事でも無いけど、これに関しては飽きないわ」

 

「君は飽きないでいいけど、こっちはちょっと疲れたよ」

 

「縫いぐるみなのに疲れるの?」

 

「肉体的に疲れるのはないけれど。精神的な疲れは当然あるし、こうして形代に宿って身体を維持するエネルギーは必要なんだよ」

 

「何があると良いの?」

 

「新鮮な果物とか」

 

「その口で食べるの?」

 

「食べるというより、その中に入っている生命の素を吸い取ると言った方がいいかな」

 

「分かった。連れて行くわけにはいかないけど食堂に行けば果物は色々あるから、私の食事がてら取ってくるから待っててよ」

 

「了解。でも、一ついいかな」

 

「何よ」

 

「食事をしに行くなら暫く時間が掛かるだろうし、この辺りの本を読んでいても良いかい。今のこちらの世界の事とか知っておきたいし」

 

「散らかさないなら構わないわよ」

 

「しっかりと守りますよ」

 

「それじゃあ、また後でね」

 

そうして軽やかにベッドから下りるとスイープは部屋から早足で出て行った。

それを見送りドアが閉じられた後、シイナは「シイナ、シイナね……。まあ、少々変わった所で何も変わらないか……」と少し鼻で笑うようにもして呟いた。

 

 



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使い魔、その糧

太陽は昇りきり、寮の内外から人の声も多く聞こえるようになり、各地のレース場では第一レースも始まる頃、寮の部屋の床の上で座り向かい合うスイープとシイナ。そして、その間には紙皿が置かれて、上には粉々に砕けた黒い燃えカスのような物が盛られていた。

 

口をポカンと開け目は大きく開いてシイナを見るスイープ。シイナはそれを意識する事もなく右手の上に乗るイチゴに左手を当てる。スウッっと聞こえるか聞こえないかの小さな音が鳴ったかと思うとイチゴは見る見るうちにその赤色と瑞々しさを失っていき、やがてフリーズドライにでもされたかのようにその容量を大きく減らし黒ずんだ見た目ともなっていった。

シイナはそれを一瞥した後に皿の上に押さえるようにして置くとクシャリと音を立ててイチゴは崩れ、皿に多く盛られた黒い物体と全く同じ物へと変わる。

 

「……ねえ、それが生命の素を吸い取るってやつなの?」

 

開けた口を一度戻した後に皿の上を見ながらスイープが顔色を悪くしながらも言う。

 

「そうだよ。イチゴもキウイフルーツも新鮮で良い物だった。暫くはエネルギーに問題が無さそうだ。こんな物が用意されているなんてこの学校は恵まれているね」

 

「まあ、ウマ娘は身体が資本だからね……」

 

と、返事はしても未だスイープは皿に注目したまま唖然ともしている。

 

「何がそんなに気になるの」

 

「果物がこんな風になっちゃって何か怖いなって……」

 

「口で食べたって歯で噛み砕かれて胃液で消化されていって……と、同じようなものじゃないの」

 

「あー、うーん……」

 

(それはそうかもしれないけれど……)としながらも、生気を失い最後にはボロボロに崩れる果物の姿を目の当たりにしたスイープの気持ちは晴れやかなものではない。

 

「まあ、良い気分がしないのなら今後は見ていないところでこっちも食べて片付けておくよ。今回のコレについては後は燃やせばいいものだけどどうする?」

 

「えっと……私に見せないようにそこのゴミ箱に捨てて置いて」

 

「はいはい」

 

目を逸らすスイープに答えながらシイナは紙皿ごと浮かせると、その周りに何枚か大きな紙を出現させて包み込むようにして潰し、それを近くのゴミ箱にストンと落とす。

 

「終わったよ」

 

その声にスイープが再びシイナを見るが、その瞳はどこか不安げで身体は警戒するように引いていた。それでも聞かなければならぬと言ったようにスイープは口を開く。

 

「あのさ……」

 

「何?」

 

「そうやって何に対しても出来ちゃうわけ?食べようと思ったら」

 

緊張をしながら一歩一歩踏み出すかのようなスイープと違いシイナはそれを聞いて合点がいったかのように膝を叩く。

 

「そういうことね。その点に関しては出来ると言ったら出来る……でも、やらないよ。そういう面ではやっぱり口で食べる事も一緒だよ。線引きを説明するならば、動物相手……例えば肉の切り身がここにあったとしたら出来るけどエネルギーの吸収効率が悪いから適してはいない。そして、相手が例えば根を張った木とか動いている魚だったとしたら吸い取ると同時に使うエネルギーも多くてね、プラスマイナスゼロどころかこっちのマイナス、下手したら吸い取っているつもりでこっちの活動が緊急停止してしまうかもしれない。だからそういった相手にはやらないし、君から奪うとかは無いから」

 

それを聞き終えてスイープは安心しきったように息をつく。

 

「それならいいけど……」

 

「やっぱりそこを気にしていたんだ」

 

「契約者はそうして助けないといけないのかな?とか、私だけじゃなくて学園の他の娘や他の人達だって心配になっただけよ」

 

「そうか。こちらとしても分かってもらえたなら良いし、こうしてお互い分からない事は聞いていこうじゃないか」

 

「そうね。と、貴方も食べ終わったし時間としても良さそうだから今日の最初の目的地に行きましょうか。貴方に関しては袋か何かに入れて運んでいくけど、顔は出しても良いけれど声も動きも絶対に見せないでよ?」

 

「分かりましたよ、ご主人様」

 

シイナは身振りもつけて大袈裟にも反応しながら、その心の内ではこの契約相手が自分だけでなく周りの事も考えているようだった事には、この生意気にも思う少女を主人とする事に対してこちらもまた多少の安堵をしていた。

 

 



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Dr.娘に聞いてみる!

食事を終えて他の準備も済み、一人と一つは寮を出てトレセン学園の特別棟を進む。スイープは鞄を背負って大股を開いて元気よく、シイナはその手にある手提げ袋に顔だけ出して入れられて大きく前後にゆらゆらと揺らされながら、やがて二人が止まったドアの上の方には『化学室』の文字。

 

「こんにちは~」

 

スイープはドアをガチャリと開いて中を確かめることなく前進する。それを奥側の机で本を広げ読んでいた一人のウマ娘が目線をそこから外して迎えた。

 

「やあ、スイープ君。その明るい表情からすると”魔術”が上手くいったのかい?」

 

そうしてその白衣を着た栗毛のウマ娘──アグネスタキオンはフフッと笑みを見せる。

 

「そこは……そ、そうね、思ってたのと違うけど、上手くいったかな!」

 

対してスイープはチラリと手提げ袋からこちらを見るシイナを確認してから、真実を言わないまま答えるにはこんなものかとして伝える。

 

「と、それで今日はここに報告に来ただけ……ではないのだろうね」

 

「さすがタキオンさんは何でも分かってる」

 

スイープはアグネスタキオンが座る机の反対側に向かうと、昨日シイナが記した材料表をポケットから取り出して机上にスッと置く。

 

「今度はこれが欲しいの」

 

「おやおや、人使いの荒いお嬢さんだ」

 

とは言いながらもその紙を手に取って目を通すタキオン。ふむふむ……と頷いた後に一度顔を上げる。

 

「これもまた”魔術”の研究のために?」

 

「もちろん!」

 

(研究というか実際に魔法を発動させちゃうんだけど……)と思いながらも(本当の事は言えないし言い淀んで断られたら嫌だし)と、スイープは元気よく肯定する。

 

「まあ、この辺りの物なら良し、か。それでは揃えてくるから、そこで大人しく待っていてくれたまえ」

 

アグネスタキオンは紙を片手に立ち上がり、その手もその白衣の裾もヒラヒラと揺らしながら部屋の奥にあるドアの中へと消えていった。

 

 

化学室の大部屋、スイープは鼻歌交じりに足を揺らしながら座って待つ。と、そこに椅子の脇に置かれていた手提げ袋の方向から声がかかった。

 

「ねえ、机に出してくれない?窮屈さは感じてしまうんだよね、ここじゃ」

 

「……別にいいけど、動かないでよ?」

 

スイープが小声で返して手提げ袋の口を開けシイナを取り出して机の上に置くと、シイナはそこに広げられていた本へと意識を向ける。

 

「もう少しあっちの本の方に移動させてくれないかな」

 

「え?……と、勝手に読むの?」

 

大きく声をあげた後、奥のドアを見てアグネスタキオンはまだ中に居ることを確認してから極力小声にしてスイープは問う。

 

「他の所は読まないけど開いている部分だけでも」

 

「……いいのかなあ」

 

そう言いつつもシイナの背中をそーっと押してアグネスタキオンが読んでいた本に近づけると、シイナは少し顔を下に曲げて見つめ始めた。それを見て(動かないでって言ったのに……)となるスイープだったが、顔の表情が変わるわけでも無いトカゲの縫いぐるみであるはずなのに無言で本を見るその様子が何の声も届きそうにないほどに真剣に見えて、再度の注意を伝えることなく黙る事にする。

 

暫くして奥の部屋からアグネスタキオンが掌に収まる小さな小箱を片手に帰って来た。机の傍まで歩みを止めることなく来たところで自分が席を離れる時には無かった物に目を留める。

 

「おや、知らぬ間にお客さんが増えている」

 

「あ、これは私のラッキーアイテムってやつで、こうして近くに置いておいた方が良いかな~~っと」

 

アグネスタキオンがそのまま指でシイナを触ろうとしたところを、スイープは手を伸ばしてスススッと近くに引き寄せる。

 

「それは……どうも科学的では無いね。とはいえ、そうした気持ちが物事を左右はするからはそこは否定するものではないけれど……と、これがご所望の物だ。メモ書きにあった物は中に小分けにして入れてあるよ。外側の箱は後で返してくれればいい」

 

「ありがとう、タキオンさん」

 

差し出された小箱を手に取り鞄へと入れてスイープが再び机の方へと向き直せば、アグネスタキオンは本を閉じて横側へと寄せた後に指を絡ませ組みながら手を机の上へと置く。

 

「さて、こちらは君の要望に応えた。つまりは、分かってるね?」

 

スイープを見るアグネスタキオンその瞳は先程までと違い輝いて、口元は小さく口角を上げるだけだったが、ただ笑っているだけではない怪しさを思わせる。スイープは息を一度呑んだ後に意を決したように両掌を机の上に置き、アグネスタキオンのその顔からも目を逸らさずに見つめ返して宣言する。

 

「……いいよ、私、実験相手になる」

 

「いい返事だ。と、このモルモット君にはこちらを飲んでもらおうかな」

 

そして、スイープの言葉とその表情を見て満足そうにも頷きながらアグネスタキオンは立ち上がった。

 

 



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あまあまとにがにが

アグネスタキオンは今度は隣の部屋に続くドアではなくその傍から廊下側へと壁に沿って長く置かれた棚へと歩いて行くと、棚の上に置かれた布巾が掛けられた木箱の前に立ちその中から小瓶とマグカップを一つずつ拾い上げてまた席へと戻ってきた。

 

スイープの目の前で小瓶の蓋が開けられて中身の葡萄色をした液体がトクトクとマグカップの半分ほどに注がれる。そうしてピチョンと最後の1滴までしっかりと落ちたところでマグカップはスッとスイープの方へと更に寄せられた。

 

スイープは両手でマグカップを持ちながら、その中身を見る。見た目は葡萄ジュースだと言われればそうだと思う、けれども、どこか美味しくはなさそうなものを伝えてきた。匂いは葡萄でもそれに近いフルーツの香りでもなく実というより葉っぱや他の部分の青臭さを思う。

そこからの素直な感想は「あまり口にしたくない」という事。そして、それよりもスイープには当然のものとして気になる事があった。

 

「……これ何の薬なの?」

 

アグネスタキオンの実験の被験者となり何かしら摂取する事は了承したけれども、いざ目の前にすると嫌そうな顔をしないままにはできずにスイープは問いかける。

 

「薬というより栄養剤だね。必須ミネラルから他の中々摂取し難い物までその中に凝縮されて吸収効率も最高。特に成長を促したい若い娘に最適のものだよ。難点を言うなら味が少々苦い」

 

”苦い”、その一言を聞いて、スイープの表情が益々嫌そうに飲む前から苦そうなものにも変化する。

 

「まあ、私の苦いとスイープ君の苦いは違うかもしれないから、その辺りを参考に聞きたくてね」

 

「じゃあ……」

 

スイープは一言返し、それを一歩踏み出す合図のようにしてマグカップをそのまま両手で持つ形で口に持っていく。唇がカップの端に触れた途端に鼻へと青臭さがムワッと通ってくる。それに対して拒絶するように目を瞑るけれども、ここまで来たんだから取り込むしかないのだとカップを傾け液体を口に含む。

 

ほんの少し自分の中に流れ込んだだけで強く感じる苦味。焦げ焦げの食べ物を口に突っ込まれたようで、スイープはこれ以上の侵入は許さないといったように口を閉じてカップを下ろし、スプーン1杯も満たないほどに口内に残った分は更に目をぎゅーっと瞑りながら必死の形相で飲み込んだ。

 

それでもまだ口に残った苦さに大きく口を開け空気を入れ替え現状を改善しようとするスイープと、その様子を見ただけで(どうやら非常に苦かったようだ……)と自分が感じる以上のものだった結果を受け入れながら、人差し指でテーブルをトントンと叩きながら何かを考えるアグネスタキオン。

 

「ほら、やっぱり苦いんですよ、それ」

 

その時、部屋の奥のドアが開いて、薄茶色をした液体と氷を浮かべた中身のガラスコップと湯気の立つ黒猫のマークのついたマグカップをトレイの上に乗せた、青鹿毛を腰を越えるほど長く伸ばしたウマ娘が大部屋へとやってきた。

 

そのウマ娘──マンハッタンカフェは、スイープの傍までやってくるとガラスコップをその前に置く。

 

「お口直しにどうですか?甘いオレンジティーです」

 

ボソリと小さな声で、それだけを聞くとゾクッと背中に寒さが走る怖さがそこにあったけれども、顔を見れば小さく笑みを浮かべて優しく勧めているようで、スイープはマンハッタンカフェに頭を軽く下げてコップを手に取り早速口へと持っていく。

 

鼻へと届いたオレンジの香りは先程の青臭さとは違い爽やかで、まずそれを好ましく思いながら紅茶を飲む。甘すぎはしない甘味と柑橘系の酸味が飲みやすく、そのままゴクゴクとコップの中身を減らしていく。やがて入っているのは氷だけになったところで机の上にコップを置けば、ついさっきまで悩まされた苦みは消え去って口の中はサッパリと爽快になっていた。

 

「美味しかった~」

 

満足を全面に出すスイープにマンハッタンカフェは笑いかけてから、マグカップ──こちらは色の濃い珈琲の入ったものをテーブルに置いてスイープの隣の席へと座り顔をアグネスタキオンへと向ける。

 

「だから「あれでは受け入れられない」って言ったのに……」

 

「私としたらこの程度の苦味は許容範囲だと思ったのでね。良薬は口に苦しだよ」

 

「そうして珈琲も飲んでくれると良いんですけどね」

 

「珈琲の効能を全て否定するわけではないが薬とは違う。そして、あの苦味は許容を遙かに越える」

 

「この方が苦いと思うんですけどねえ……」

 

眉間に皺を入れつつどこか楽しそうにもマンハッタンカフェは空になった小瓶を持ち上げて振ってみせる。そんな二人のやりとりをコップに残った氷を少し口に含みながら見るスイープの腕にトントンと感触が。

 

「ねえ、スイープ」

 

そこを見た所でシイナから呼び声。

 

「なっ、ちょっ……!」

 

スイープは焦ったようにシイナを掴むと自分の膝上へと持ってくる。

 

「……どうかしたのかい?」

 

「……何かありました?」

 

そこから顔を上げればアグネスタキオンとマンハッタンカフェは会話を止め、二人とも驚きの表情を強く出してスイープに注目する。

 

「い、いえ、なんでもありませんから……!あ、私、もう一杯、今度はお水が欲しいかな~っと」

 

「ああ、それなら私が持ってきましょうか」

 

「そ、それは自分でやるんでっ」

 

「それなら奥に行った先のすぐ左側の小部屋に冷蔵庫がありますから、そこのミネラルウォーターを飲んで良いですよ」

 

焦りに焦って普段出ないような敬語も使っての誤魔化しに二人はそれ以上の追及もしてくることはなく、スイープはコップを持ちシイナを抱えて奥のドアへと急いで行った。

 

 



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魔女っ娘・スイーピー

バタンッと強くドアを閉め、近くの壁際に置かれた机の上へと素早くコップを置くと、スイープはドアを背にして両手でシイナの脇を掴んで顔の前へと持っていき口を開く。そうして一言目を出す……となったところでシイナの声が先に届く。

 

「痛くなるわけじゃないけれど力が込められているのは伝わってくるから、そういう持ち方は止めてくれない?それに、この声は君にしか聞こえていないし、さっきの声にしてもそうだからあんなに驚くことは無かったんだよ。気づいてもらうにも身体を動かしたわけじゃなくて、至近距離だったし少しばかり衝撃を与えただけで……」

 

「え?そうなの?」

 

アグネスタキオンとマンハッタンカフェの二人から離れた場所まで来てシイナへと怒る気で満ちていたスイープは、そこでフッと力を抜いてその両手を下げシイナを見下ろすような形になる。

 

「君にだけ聞こえるようには出来るって先に言っておいただろ?」

 

「でも、急に声掛けられたら驚くし、普通に声を掛けられたのと変わらないんじゃ間違えちゃうわ」

 

「基本として君にしか聞こえないと思うといいよ、これからは」

 

「そういう事も先に伝えておいてよね。で、さっきはなんで呼んだわけ?」

 

「ああ、何か飲み物をもらっていたじゃないか、苦いってやつ。あれは手を加えれば飲みやすくなると思ってね」

 

「なんでそんな事が分かるのよ」

 

「カップが僕の近くに置いてあったし君が他の事をしている最中に中身を分析していたんだ。あれには……この世界でいうところのシナモンを僅かに加えると苦味が消えると思う。後はあの白衣の人には作成途中で熱を通す時は熱くし過ぎずに70℃を維持するときっと良いって伝えてみたら」

 

「それをわざわざ言おうと思ったわけ」

 

「成長促進だって説明だったし、君としたら飲めるなら飲めた方が良いのかな?と思って」

 

「まあ、そうなれば私にとって悪い話ではないのは確かに……。じゃあ、せっかくだから言ってみようかな」

 

と、色々引っ張り続けるわけでもないその性格によって腹を立てて部屋に来た事もすっかり忘れて収まって、鼻歌交じりにスイープはコップを持つとシイナは雑に脇に抱えて再び大部屋へと戻ろうと後ろのドアを開いた。

 

 

大部屋へ入ればアグネスタキオンとマンハッタンカフェは視線を送ってきて、その中を通りスイープは席へと戻りコップはテーブルの上にシイナをスカートの上に乗せるようにして座る。

 

「大丈夫ですか?まだ苦かったりはしません?」

 

「そ、それは大丈夫!」

 

水を飲みに行ったのは最初の栄養剤のせいかと心配したようなマンハッタンカフェの言葉にスイープはニカッと笑顔で答えるが、嘘をつく後ろめたさもあってその顔はやや硬い。

 

「ああ、それでね、タキオンさん。これなんだけどシナモンを入れたら苦くなくなるんじゃないかって思うのよね」

 

「……ほう」

 

と、スイープは話を早く変えようと切り出し、机に置かれたままだった栄養剤がまだ多く入ったマグカップを自分とアグネスタキオンのその間の位置へとずらしながら移動させると、アグネスタキオンは興味はあるといったように反応を見せる。

 

「あと、作る時には沸騰はさせないように。そうだな、70度くらいで温めるのが良いかも!」

 

「……へえ」

 

その様子にスイープが調子にも乗って続けた言葉には今度は少し目を開き驚いたようにも。それには(あれ?拙かったかな?)と思うスイープだったが、アグネスタキオンはスイープもマンハッタンカフェも見ることなく顔を下へ向かせて何か考えるようにしてまた机を指で叩く。三度ほど机を叩きそのまま少し静止した後に顔を上げる。

 

「よし、それでやってみようか。君が言った事だ、このまま付き合ってもらうよ。少々待っていてくれたまえ。ああ、カフェ、このトレイは使わせてもらうから。スイープ君のこれもね」

 

と、アグネスタキオンはカフェが飲み物を持ってくるのに使ったトレイを手に取ると、栄養剤入りのマグカップ、栄養剤を移した後の空の小瓶、そしてオレンジティーが入っていたコップを乗せて奥の部屋へと入っていった。

 

 

 

その後、奥へと消えたアグネスタキオンを待ってスイープは手持無沙汰で身体を揺らしもしながらキョロキョロと辺りを見回していると、隣のカフェが珈琲を飲みながら本を読んでいるのが目に入る。教科書ではなく小説といったようでもなく人の名前とその下にカギ括弧があって会話文がずっと並んでいるようで、(こういうの見たこと無いな……)と、スイープは少々顔を上げもしてその本の中身を見ようとする……と、マンハッタンカフェも視線に気づいたようでスイープへと顔を向ける。

 

「ああ、気になりましたか?これはドラマの台本で、私はこうした仕事をしているものですから」

 

「つまり女優さん?」

 

「そうですね」

 

「へえ、凄い!レースをするウマ娘としてTVに出る娘とかは知ってたけど、そういう人もいるんだ~~、あっ!」

 

興味津々と言ったように台本へと顔を近づけるスイープだったが、途中で思いたったように身体を戻してマンハッタンカフェを見る。

 

「えっと……そういえば、まだお名前聞いてなかったな」

 

「そうでしたね、私はマンハッタンカフェ。カフェと呼んでください」

 

「カフェさんね!そんな名前だから紅茶を入れるのも上手なの?さっきのは売っているやつじゃないよね」

 

「褒めていただいて光栄です。珈琲は入れ慣れているのですけれど紅茶はまだ手慣れていなくて、そう言ってもらえると自信が持てます。タキオンさんが他の娘にあの栄養剤を飲ませると聞いてお口直しは用意しておいた方が良いと思いましてね。私も飲んであの苦さは強いと思ったのですけど諦めていただけなくて……」

 

「あのまま苦!って続いてたら凄く辛かったからタイミング的にも最高だったな」

 

「あの苦さは無いですよねえ……」

 

「無い無い」

 

と二人で顔を合わせて意見を一致させたところでスイープは再び思い立つ。

 

「あ、私の方がまだ言ってなかったな。私はスイープトウショウ、スイープって呼んでいいわ。そしてカフェさんが他のお仕事を教えてくれたから私も教えるね。スイープトウショウはトレセン学園ジュニアクラスウマ娘。そっちの方はデビュー前でまだまだだけど、その正体は魔法少女スイーピー!その魔法で学園の平和だって守るの!」

 

「あらあら、それは大きな仕事をされている方で。その秘密はもし私が誰かに喋ったりすると罰として私は姿を変化させられてしまうものですか?」

 

「そういうこともあるわ!でも、色んな人に言ってるし知っている人も沢山だから、ぶっちゃけてしまうと気にしなくていいかも」

 

「それなら安心ですね。それで、貴女が可愛い魔女さんだとしたら、今手にしているのは”使い魔”というところですか」

 

「……え!?」

 

演技掛かって話に乗ってきてくれたマンハッタンカフェに気を良くもしていたスイープはその言葉にぎょっとした顔を隠せず、シイナを掴む両手にも力が入り思わず身体に付けるほど寄せながら声を出す。

 

「どうかしました?」

 

それにはマンハッタンカフェの方が目をまん丸ともいった様子で反応する。

 

「あ、え、なんで”使い魔”なのかと思ったのかな~~って……」

 

顎も引き身体も小さくして表情を窺うような格好でスイープが聞くと、マンハッタンカフェは目は元に戻し(ああ、なんだ……)と穏やかに話し始める。

 

「それは先程も水を飲みに行くのにも持っていかれていましたし、そういう役として常に連れているのかな、と。魔女にはそういった者が傍にいるものですしね」

 

「じ、実はそうなのよね。いきなり当てられるからビックリしちゃった」

 

スイープも返事を聞けば(言われてみればそれはそうか……)と納得しながら、そんな気はこれまで無かったとは出来ずに最初からそうだったかのようにして話を作る。

 

「世界に伝わる魔女の話でも使い魔あるいは召使いとして爬虫類を使役するというのはありますからね。黒猫といったものが有名かもしれませんが他にもカラスだとか、まあ爬虫類はトカゲよりヘビが主でしたか……」

 

「へえ~~、そういうものなんだぁ」

 

「特にそういった事から選んだわけでもありませんでしたか」

 

「これは偶々傍にあって「コレでいいかな?」ってなっただけだから。そうした意味があるのなら悪い選択じゃなかったかも」

 

「……偶然でも選んでしまう。それはその身に持つ魔女の資質がそうさせるかもしれませんね」

 

「素敵な考えね。私としてもそういう事にさせてもらうわ」

 

「ぜひそうしてくださいな」

 

と、時間も忘れて話を続けていたところに奥のドアが開き、アグネスタキオンがトレイに幾つものコップやカップを乗せて戻ってきた。

 

 



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魔女とはどんなものかしら

アグネスタキオンの持ってきたトレイの上には、スイープが一度口を付けたマグカップ、そして同じ色をした中身が入れられたマグカップがもう一つ。口直し用のオレンジティーが入っていたコップには今度はもう少し色の濃い茶色の中身があって、それもまた同じような物がもう一つ。

 

スイープが使用したマグカップとコップはスイープの前へ、残りのセットはマンハッタンカフェの前に置かれてアグネスタキオンが自分の席へと座る。

 

「スイープ君のものは言われた通りにシナモンを入れて、カフェのものはシナモンも加えつつ温度調節をして新たに作り直したもの。ガラスコップの方は口直しのストレートティーだ、必要がないと良いのだけれどね。それでは感想を聞かせてもらおうかな」

 

その言葉にスイープもマンハッタンカフェもマグカップを手に取って口へと持って行く。

最初に飲んだ時のようにまず鼻に青臭さが通る。しかし二度目で慣れたのか、そうした部分も手を加える事で変化したのか、それほど強くは感じることはない。

続けて課題の味を確かめると……苦かった。しかしながら、これもこういう飲み物だと思えば飲めるような、少なくとも激しく焦げた物を口にしたような感覚は無い。スイープはそのまま何度か喉を鳴らして全てを飲み込みマグカップを机の上へと置く。続けてガラスコップの方へと手を出して自分の方へと引き寄せると手を付ける前にアグネスタキオンへと顔を向けた。

 

「美味しくはないけれど飲めることは飲めるかもね。それにしても、あんなに変わるものだとは思わなかったなぁ」

 

「おや、君が言い出したのに何か根拠があったのではなかったのかい」

 

「え、あ、根拠って程じゃなくて「合うんじゃないかな?」って思っただけなのよ、それは」

 

「インスピレーションか、そうしたものが突破口になるのはあることだね。それでカフェの方はどうかな」

 

スイープが何の考えもなく他人事のように言ってしまったものへの言い繕いにタキオンは深く気に止める事は無い様子を見せ、そこで丁度飲み終えたマンハッタンカフェに気づいて声を掛けると、マンハッタンカフェは口元をハンカチで拭いた後に静かに語り始めるた。

 

「そうですね。こちらは匂いもほとんど感じませんし飲みやすさも段違いですよ。これなら余程の苦味が苦手な方や幼い子供以外なら飲めるんじゃないでしょうか。口直しも必要とはならないでしょうね。せっかくなのでいただきますが」

 

感想を述べ終えてマンハッタンカフェは自分の前のガラスコップに手を伸ばし、その横ではスイープも既に飲み始めていた。先にもらったオレンジティーとは違いストレートティーのようだったが、これもまた美味しく飲み干してコップを机に戻すとアグネスタキオンが顎に片手を当てながら満足そうにスイープを見ていた。

 

「スイープ君のおかげで助かったよ。これで栄養剤の有効利用が出来る」

 

「これを売ったりするの?」

 

「商売は考えてないよ。量産するには他の時間を犠牲にしないといけないし売買には面倒も増えるからね。スイープ君よりも年の若い、栄養がそれだけ必要な娘に分けてあげようかなと考えているんだ。その娘達にも君のおかげだと伝えておくよ。立派な魔女だってね」

 

そうしてアグネスタキオンにニコリと笑いかけられてスイープも顔を綻ばせつつ、最後の言葉を聞き遂げてからどういうことだろうとの思いが出てキョトンともする。

 

「立派な魔女なのは当然なんだけど、どうしてこれでそうなるの?」

 

「薬草を混ぜ合わせたりして薬を作るのも魔女の行いの一つだろう。摩訶不思議な術を使うだけでなく、薬学や天文学、心理学……まだそういった学問が発達していない頃に様々な知識を持ち運用していたのが魔女である、とも言われるよ。科学と魔法と一見遠く離れて真逆の位置のように表現されるのもあるけれど、その実は地続きのものなんじゃないだろうか、と思いもするね」

 

「そっか、そっか~」

 

説明を受けながら褒められた事をまた反芻もしてニンマリと顔を変えて行くスイープ。それを見届けた後にアグネスタキオンはマンハッタンカフェへと視線を移した。

 

「と、これで一段落したし、私にも紅茶を入れてくれないかな、カフェ」

 

「それはご自分でどうぞ。珈琲なら入れますよ?」

 

「どうしてそうした意地悪を言うかな。スイープ君にはあんなにも丁寧に用意していたのに」

 

「意地悪ではないですよ、タキオンさんは日によって飲みたい味がとても変わるでしょう。まだそれに対応できるほど上手くは入れられませんから」

 

「ふむ、それでは今日の気分に合う物を自分で入れよう……と、それも飲み終わったようだから持っていこうか。もしまだお代わりが要るようなら一緒に作るけど、どうしようか?」

 

仕方ないという表情でアグネスタキオンは席から立ち上がりながら空になったカップ類を指差しながらスイープへと言う。

 

「ありがとう。でも、もう飲み物は良いかな。必要な物も貰ったし今から使わないといけないし私はそろそろ行こうかな」

 

「君も魔術の研究に忙しいようだね。成功を祈るよ」

 

と、手をサッと挙げるアグネスタキオンに向けてスイープは一つ大きく頷くと、鞄とシイナを持って椅子から勢いよく降りる。

 

「それじゃあ、タキオンさんにカフェさん、サヨナラね」

 

そして二人を見て一礼すると部屋の外へと飛び出していく。

 

「元気なものだねぇ……」

 

「そういう娘も楽しくて良いですよ」

 

「それについては同意するよ」

 

息を長く吐き出しながら言うアグネスタキオンにマンハッタンカフェはその笑い声も楽しそうなものにして応えると、アグネスタキオンもまだレース世界での第一歩も知らず、明るい未来を真っ直ぐ夢見る後輩とのこうした時間自体に得るものもあるかと、小さな魔女が去って行ったドアへと視線を向けて思うのだった。

 

 



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大魔女の道も一歩から

昨日に続いてやってきた特別教室棟の物置部屋。中に入る時も周りに誰かいないかどうかしっかりと確かめ、中に入れば静かにドアを閉じて鍵も慎重に掛ける。目的の足の折れた木製椅子は何も変わらないままそこにあって、スイープはその前の床へとシイナとアグネスタキオンからもらった小箱を置く。

 

「まずは準備を……と。スイープは後ろにいてくれればいいよ。このくらいの術なら派手な反応も起らないから見ていても大丈夫」

 

シイナが説明をしながら手をちょちょいと上げると小箱が開き、中に入れられていた紙の包み、必要物資が入れられた物が浮いて床上に乗ったかと思えば封も切られて中身を表に見せるように開かれる。

 

「次は…これとこれを混ぜて……」

 

と、作業を続けるシイナの様子を見ながら他にやることもないスイープが声を掛ける。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「いいよ、話しながらでも出来る作業だから」

 

「そういえば魔術書を読んでいる時に食べ物の味を変える術があった覚えがあるのよね。あの本に載っているものが使えたのなら、さっきも最初からそうしてくれれば良かったんじゃない」

 

「それは……難しい話だったんじゃないかな」

 

「それにも何か他に物が必要なの?」

 

「いや、それはないけど。そういう術を使うにはスイープの許可を取らないといけないし、周りに他の人もいたあの場所ではやれないだろう。僕の方からの声は聞こえないように出来ても君の声はそうはならないし、突然何を言ってるんだと変に思われてしまうよ。それより何より術を使えば光や音の反応は出るし何事かと思われる」

 

「面倒ね、魔法って」

 

「制約がある分だけ得られるものがあると思わないと。それにさっきの解決方法だって悪いものじゃなかったろう」

 

「むしろ良かったけどね。ふふ、褒められちゃった」

 

「僕のアドバイスあってのことだけどね」

 

「それは分かってるけど喜ぶくらい良いでしょ。他の娘にまで立派な魔女だって言ってくれるっていうんだもの」

 

そうしてまた化学室でのやりとりを思い出しニヤニヤするスイープを準備の手は進めながら暫く眺めた後にシイナはボソリと言う。

 

「僕からすると、あの部屋にいた彼女らの方が大魔女の資質があるようにも思えるけどねえ……」

 

「何それ。魔法との相性が良いってこと?」

 

「別にそういうのは無いよ。あの白衣の人だって言っていただろう?魔女というのは様々な学問に通じているって。それは僕ら側での魔女も大魔女もそういうもの。魔法を思いのままに数多く操るってだけじゃなくて幅広く色んな事を知り、それを誰かの役に立てたり精神面も求められるわけ。で、あの白衣の人の場合は広げていた本を見ても知識への貪欲な探求精神に溢れているようだし、もう一人の人だって君が嫌な思いするだろうからってそうなる前に解決方法を事前に準備してくれていたり、世界が上手く回るように先を見て行動する精神を持っていた。どちらも大魔女には欠かせないものだ」

 

「そういうこと」

 

「と、準備は出来たからやるよ」

 

シイナは言うが早く折れた椅子の足の方へと顔を向けて両手をかざす。パシッとカメラのフラッシュが焚かれたような音と光が一瞬部屋に走ったかと思うと直ぐに収まり、そこには直った椅子が存在していた。

 

「いいじゃない、これで元通りね。もう今日はやることもないし寮に帰りましょ。これはまた日を改めて返しにいけばいいか」

 

椅子の足を触って何のおかしさもなくツルツルとしたその木目を確認してスイープはまずは空いた小箱を持ちながら鞄を開く。ゴソゴソと中に手を入れながら収まりの良い所を探しているとシイナが声をあげた。

 

「あぁ、そうか……」

 

「何?急に何か分かったみたいな声を出して」

 

「昨日からもずっと考えていたんだよ。この世界において僕らの世界で言うところの大魔女にはなれるはずがないのに契約が通ってしまったのかを。つまりそれは魔術を使う使わないは別にして多くの学問を修めて知識も精神も含めて成長しろって事じゃないのかな。君もそうなれたら契約完了、と」

 

「えー、そういうことなの?」

 

「多分だけどね。それにだ、望んだのは君自身だろうに。だから今日もあったような先輩も見習ってさ、頑張ってくれよ」

 

「先輩達のようになりたいのは私もそれはあるけれど……。ちゃんと手伝いなさいよ、使い魔」

 

「そういう事ならば使い魔としての仕事として聞く話の範囲内だろうしね、思えばそれほど難しい話でもなく僕としても助かったかもしれない」

 

「そっちも試験に合格できるかどうかも掛かってるし、そこは大事?」

 

「……まあ、ね」

 

「あーあ、魔法も使い魔も本当思ってたのと違うわ」

 

「ま、目標もはっきりしたところで上手くやっていこうじゃないか」

 

「お互い生徒同士って?夢見ていたものじゃないけれど……それもいいか」

 

そうしたところでスイープは手を差し出す。

 

「ん?持ち上げるなら身体をそのまま持ってくれればいいのに」

 

「そうじゃなくて。これがスタートという事で握手でも、と思って」

 

「なるほど、そういう姿勢は良いと思うね。それじゃ改めてよろしく、スイープ」

 

「うん、よろしくね、シイナ」

 

そうして誰か近寄ることも無くなった埃っぽくもある昼間でも暗がりの部屋の中、他の誰も知ることのない契約の道が始まった──────

 

 




ここまでが第一章、ここからが本当のスタートという所です。
次はまだネタ方面には向かわずに主人公の日常を少々。


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魔法使いに大切なこと
ウマ娘の日常


栗東寮、スイープトウショウの部屋、ベッド横の棚から昨日と同じように彼女のお気に入りの音楽が鳴る。そして昨日と同じ動きでその方向を見ないままスイープはバンバンと音を立てながらスマホを探し当て顔の傍で開いて音楽を止めた。

 

「ふう~~~~」

 

肩を落として長く長く息を吐いてからスイープは昨日とは違って二度寝の体勢にもならずにモソモソと布団から出る。ベッドの隣にある机上に置かれたシイナはそれを一部始終見届けていた。

 

「おはよう。今日はすぐに起きてくるんだね」

 

「トレーニングがあるからね……」

 

起きあがりはしても半分開いていないような目でスイープが答える。

 

「その辺りはこの部屋の本で少しは見たけど、君は昨日の化学室での話によるとデビュー前と言っていたよね。それって学校で一番下っ端ってこと?」

 

「そうじゃない。私が所属しているクラスはジュニアBクラスはトレーナーから指導を受けるチームへの所属が出来るんだから。その前に学園の先生達から基礎の基礎を習うジュニアAクラスが存在してるの、私はそれはもう終わったの」

 

「つまり下から二番目」

 

「そんなところでいいよ」

 

「それで君はどんなチームってやつに入ってるの?」

 

「名前は”デネブ”。チームにはそうして星の名前が付いているの。強さとしては強豪でもなく弱小でもなくそこそこって他所の人から言われてるの偶に聞くわ」

 

喋る内に目が冴えてきたのか、会話を続けながらスイープはサクサクと準備を進めていく。

 

「色々分かってきていいね。それで、今日の僕はどうしているといい」

 

「それなのよね……持ったまま練習するわけにはいかないし。とりあえず練習中は飲み物が用意されている所にでもいてもらおうかな。私の指輪も持っているわけにもいかないから一緒にいてね。今日の予定としたら午前は練習、午後は今日はG1レースがあるからね、それを観戦することになってるの。シイナもレースがどんなものか見てみると良いんじゃない」

 

「契約者の環境について実際に見て知るべきなのは確かだね」

 

「それじゃあ私は着替えて朝ご飯を食べてくるけど……どうする?」

 

「僕の方はエネルギーも余ってる様子だから今は要らないかな。と、さっきも言ったように生活状況とか色々知りたいから連れて行ってくれるといいんだけど」

 

「連れていくだけなら楽な話だから問題ないけど」

 

「では、そういう事でよろしく」

 

そうして用意を終えるとスイープはシイナを抱えて食堂へと向かっていった。

 

 

 

 

食堂では傍に縫いぐるみが一つ置かれている事を誰にも何も言われず朝食を終えて、その後は部屋に戻りスポーツバッグを持ってチーム”デネブ”の部屋へと。

部屋に着いてみれば、ドアは空いていたもののまだ他のチームメイトは来ていない様子でトレーナーの姿もない。だからと特に気にする事なくスイープは部屋を見回すと、出入り口から真っ直ぐ進んだ所の窓際に設置してある書類棚の上にシイナを置く。

 

「トレーニングウェアに着替えてくるから、ここで待ってて」

 

そういってスイープは部屋の奥にあるドアへと消えて行きシイナは縫いぐるみらしく振る舞って動かないようにしながら部屋の中を見渡して待つ。シイナの居る棚の上から目線の先にある出入り口のドアの間には大きなテーブルとパイプ椅子が何脚かあって、その左側の壁にはホワイトボードが付けられている。右側にはまだ広く部屋が続いていて大きなTVが置いてあり、その前にはカーペットが敷かれ、その上の脚の短いテーブルの周りにはクッションが幾つか置かれている。右側の壁際には本が入った棚や備品置き場があって他の部屋に続くドアが一つある。

 

シイナはそれを細かな部分まで棚の上から確認していた。身体を動かすことはなくとも実際にそれらを近くで見るかのように意識の中にイメージとして持ってくる魔術によって。一通り部屋の中を見終えて大部分の物はスイープの部屋の本で学習していた物だったので難なく理解しつつ、未だ分かっていないこの世界の物については(後でまた調べるか……)などと考えながらそこに居続けた。

 

その時、出入り口のドアがキーッと音を立てながら開いた。シイナは他に考えを寄せていて驚いたが、動かないという事は心に刻んであって少しも動くことはなく意識だけをそこに向ける。

そこで中に入ってきたのはファイルを両脇に抱えた人間だった。見知らぬ人から呼び止められるならば”おじさん”ではなく”お兄さん”と言われるだろう風貌、背丈は低くはなく高いというほどでもなく、黒髪短髪の、見た目にはどこにでも溶け込みそうな青年男性。

シイナは彼に対して(これが話に聞いた”トレーナー”という存在か……)と、その動きに注目することにした。

チーム・デネブのトレーナーはそうして見られていることなど気づくこともなく、棚の前のテーブルにファイルを置き開いて中身を見始める。唸りながら何かを考え、髪の毛を掻きむしる動き、壁にあるカレンダーの日付を見ながら指折り数えたり、シイナの視線の先でトレーナーは忙しなく動き続ける。

 

そんなことが暫く続いた後に、今度はカチャリと音がしてトレーナーはファイルのページを捲っていた手を止めて顔を部屋の奥側のドアへと向ける。と、そこにはスイープがトレーニングウェアに着替えて戻ってきていた。

 

「お、早いな、スイープ」

 

「あっ……」

 

何かを気にする事も無く部屋へと入りドアを閉めたスイープは、その声に急いで振り向きトレーナーの帰還を確認しつつシイナの方を見る。が、それも変に思われるかと思い直して一瞬の動きにして顔を戻すと何事も無かったかのようにトレーナーへと近づいていく。

 

「あっと……おはよう、トレーナー。今日は朝から準備が早く出来ちゃって……」

 

「そうか、偉いな。他の娘はまだ揃わないし、スイープだけ早く多めにやる事もないから少しここでゆっくりしてな」

 

「うん……。あ、それでトレーナー、お願いがあるんだけどっ」

 

「願い?魔法の実験台なら、また今度だぞ」

 

「今日はそういうのじゃなくて」

 

スイープは冗談交じりに話すトレーナーを置いて棚へと近づきシイナを手に取ると、今度はトレーナーの隣に移動してシイナを差し出すようにしてから話し始める。

 

「これを練習中に近くに置いておかせて欲しいの。飲み物とか置いておく所でいいから」

 

「これかぁ……どうだろうなあ」

 

「ほ、ほら、魔女には使い魔がいるものだし、ラッキーアイテム的な物というか、そこは色々あって」

 

トレーナーが否定を示す表情も出してシイナをその手で押したり摘まみもすると、スイープはどうにか通そうと理由を並び立てる。

 

「置くこと自体は縫いぐるみ一つで何かあるわけでもないから良いけどな、こんなのだと強い風でも吹くとどこかに飛んでいってしまうんじゃないか?」

 

「あ、大丈夫よ、それは!こう見えてそういうところはちゃんと作ってあるやつで、私も重しとか考えておくから!」

 

「それなら良いか。じゃあ、無くしてから泣きを見ないようにしっかりやっとけよ」

 

今日はチーム部屋に一番のりでやってきて着替えも済ませ、しかもいつもは”私がやりたいからやる”というような我儘さを見せるのにトレーナーを説得するような態度を見せるスイープに対し(他に何か良い事があって気分が良いだけかもしれないが、これも成長の一つか)と考えながら、それを好ましくも思う様子で答えるトレーナーと、そんな事を思われているとは全く考えずに希望が通ったことに胸を撫で下ろすスイープだった。

 

 



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ウマ娘のこれまた日常

トレセン学園グラウンド、その一角で練習をするチーム”デネブ”の面々。

それぞれが激しく汗を流して行く中の一時、スイープがグラウンド脇に水分補給へとやってくる。ビニールシートの上に置かれた水筒類と傍に居たシイナの傍に座ると、まずは紙コップにスポーツドリンクをなみなみ注いで一気に飲み干す。

 

「お疲れ」

 

「疲れたなんてものじゃないわ」

 

他のチームメイト数名と共に命じられた地味な基礎練習を思い返しながら、周りに誰もおらず何の気を回すこともなくスイープは今の素直な気持ちを話していく。

 

「君は他の人達みたいに二人で並んで速く走ったりしないの?」

 

「こんな所からそれが見えたの?」

 

シイナの言葉に驚いたようにスイープはドリンクのおかわりを入れようとしたその手を止めて振り向く。確かにこの時間にそうしていたチームメイトはいたが、この場所からもスイープが練習していた場所からも少々離れた位置で行われていた。スイープはそのままグラウンドを見てみても、やはりその場所はここからでは分からない。

 

「遠く離れた場所の事も知る……そういう能力も備えているからね、この辺り全体を覗いていたんだよ」

 

「そう。まあ、私はまだそういう段階まで行っていないの。今やってた先輩達はレース本番も近くてそれに合わせた練習で、私もよく知らないけど、そうやってレース中の作戦や駆け引きの手応えも掴んでいくんだって」

 

「ただ全力で走るだけではないってことか」

 

シイナの一つ知識を吸収した……との噛み締めるような言葉に、スイープは使用した紙コップを片付けながら顔を明るくして声を掛ける。

 

「午後のG1レースでも見たらそれがもっとよく分かるんじゃない。そろそろ練習は切り上げで終わるから、後はそれを楽しみにしてなよ。じゃあね」

 

そうして手を振り去っていくスイープをシイナは(その楽しさというのはよく分からないけれどね……)と心の内では抱きながら見送った。

 

 

 

 

チームでのトレーニングは昼を過ぎに終わり、少し遅めの昼食を終えての午後3時。スイープとシイナはトレセン学園内の視聴覚小ホールに向かって進んでいた。

G1レース観戦は指導の一環としてチーム部屋でトレーナーと共に観る事が各所で多く行われるものでもあったが、今回のチーム”デネブ”においては昨日レースを終えたウマ娘が複数いて午後のこの時間は終了後ミーティングとしてチーム部屋は使う事となり、それには関係のないスイープは今日のために開放されているこの部屋の観戦を決め、今はそこに辿り着くまでの廊下を他の同じ目的だろうウマ娘達と往く。

 

「スイープちゃ~~ん」

 

そこに背後からの呼び声。立ち止まり振り返れば少々離れたところから両耳に黒いカバーと左耳根元には赤いリボンを付けた葦毛のウマ娘が一人早足で近づいてきていた。

 

「カレン、あんたも来たんだ」

 

「うん、担任の先生に「観るならここが良い」って勧められて」

 

スイープの前で止まりながら、そのウマ娘──カレンチャンは答える。

 

「まだチームに所属しないクラスの娘なら行く所も限られるもんね」

 

カレンチャンはスイープより年下でクラスも違い、まだチームに所属することが許されていないジュニアAクラスに所属している。親同士が知り合いだとかこの学園に入るまでに接点は特別なかったが、ある日スイープがいつも通りに魔女なりきりをしている所で偶々出会い、その流れで買い食いやら日の沈むまで盛り上がり、そのまま仲良くしている間柄だった。

 

「そうだね……って、スイープちゃんはチーム部屋で観ないの?こっちの方が大きな画面で観られるから?」

 

「ウチはトレーナーと昨日走った先輩たちが反省会に部屋を使っているからね。食堂のモニターとかより大きな方が良いと思ってここを選んだのはあるけど」

 

「そっか、チームに所属しているとそういう事もあるのね。それでスイープちゃん。同じクラスの娘達はこっちに来ないっていうから一緒に近くで見ていい?」

 

「いいよ。私も他の先輩達は他のチームの友達と観るとかでバラバラで一人だったしね」

 

と、そうして二人で視聴覚室に辿り着き入口を開く。100名は優に座れるホールの内、既に前の方から半分以上は席は埋められて後方も空きがぼちぼちとあるだけの盛況っぷり。画面ではメインレースである桜花賞の前のレース映像が流れているが、ここにいるウマ娘達の目的はやはり桜花賞のようで、今は席に付きながら共に来た友人達やグループ内での会話に花を咲かせている。

 

「もうこんなに居るんだ」

 

出入り口近くに立って部屋をぐるりと見渡してカレンチャンは喋り終えてもまだ口を閉じられずにいた。

 

「前にG2重賞を観に来た時はもっと空いていたんだけど、さすがにG1ともなると考えが甘かったかな」

 

それでもどこか良いところはないかとスイープが席を探すと、視線の先、部屋の奥側の前から二列目の所に誰の姿もない場所が見えた。気づくや否やスイープはまだ他の場所を見ていたカレンチャンの袖を引っ張って「ほら、あっちへ行こう」と連れて行く。

 

しかし、その場所まで行ってみると誰も座っていなかったにはいなかったが、椅子には先程の場所からは見えなかっただけで荷物が置かれていた。

 

「先客ありだったか」

 

「どうしようね」

 

「良かったら、そこ座ってもいいですよ?」

 

荷物を確認し、「さて、どうしよう」とホールの後方へと顔を向けて空席を探していた二人に後ろから声がかかる。振り向くと両耳を覆うカバーのあるカチューシャ型の飾りを付けた栗毛のウマ娘──ユキノビジンと、その隣には尾花栗毛のサラサラと流れる長髪のウマ娘──ゴールドシチーがいた。

 

「私達が座っていたんですけど、こんなに人が多くなるとは思わなくて……。騒がしいのは苦手で一度外に出ていたんですけど、やっぱり他へ行こうと今決めて戻ってきたんです。今、荷物を持っていきますから、どうぞ」

 

そうしてユキノビジンは訛り気味に説明すると椅子に置いてあった学生鞄を持ち、ゴールドシチーも隣のもう一席の上にあったブランドもののバッグに手を掛ける。

 

「あ、ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

「こっちも二人、そっちも二人で丁度良い、ちびっ子は前の方が良いだろうしね」

 

キツめの印象を受けるゴールドシチーの雰囲気に圧されて、その傍に居たスイープの御礼の言葉は小さいものとなったが、ゴールドシチーはそこから二人に笑いかけるようにして答えた。

 

「それじゃ、ここが沢山居る分だけ他が空いているかもしれないし適当な所を早く探そうか」

 

「はい」

 

と、ユキノビジンとゴールドシチーは出入り口の方に向かっていく。

 

「すいません、シチーさん。早くから来ていただいていたのに」

 

「別に私はどこで見るのでも良いからね。今日だってユキノに合わせて早く準備しただけで、ユキノが他が良いならそれに付き合う、それだけの話よ」

 

ペコペコと頭を下げながらのユキノビジンにゴールドシチーは何を気にするでもないようにその背中を軽く叩く、スイープとカレンチャンはそんな二人を部屋から出ていくまで見送った後で空いた席へと座り大画面に映る映像へと目を移すと、そこには桜花賞のパドックの様子が映し出されていた。

 

 

各ウマ娘の紹介を見ながらカレンチャンがスイープの方を見る。

 

「スイープちゃんは今日は誰か応援するとか、知っている娘とかいるの?カレンはそういう娘いないけど」

 

「私も居ないよ。トレーナーから「とにかく見とけ」って言われたから、そうしただけ」

 

「それなら一緒だね。それともう一つ、その縫いぐるみって何?」

 

と、カレンチャンは机上でスイープがその両脇を持ちながら大画面に向けられていたシイナに対して指を差す。

 

「魔女には使い魔が居るものでしょう?そういうのよ」

 

「そういうのか~、名前はあるの?」

 

「シイナっていうの」

 

「シイナ君?シイナさん?シイナちゃん?」

 

「”君”ね」

 

「分かった。よろしくね、シイナ君~」

 

カレンチャンは人差し指で二、三度シイナの腹辺りを押しながら言うと再び画面に顔を向け、シイナは縫いぐるみとして微動だにせずこの出会いを終える。

 

「出ている先輩達の実力とか解説者さんの説明とか聞いていてもよく分かんないけど、勝負服のレースってそれだけでもう他とは違うって感じでいいよね~」

 

「そうね」

 

「今日出ている中だと、どの勝負服が可愛いと思う?」

 

「私は……ああ、今映っている娘のなんて好きかも」

 

とスイープが画面を指差した所に映っていた鹿毛のウマ娘は紫色の上着と腰回りに海老色と黄色の菱形を繋げたアクセサリー付けているのが目立っていた。

 

「ああいう飾りがあるのも良いよね」

 

「そうね。それに私のグランマの勝負服にも似ている感じなのが」

 

「へえ、スイープちゃんのお婆ちゃんってG1に出たことあるほどのウマ娘なんだ」

 

「勝ってはないけどウイニングライブもやったみたいよ。ママはそれに憧れてレースに出たけどG1出場は出来なくて勝負服も着たことなくて、だから私に「頑張りなさいよっ!」てプレッシャー掛けてくるんだよね。グランマもノリノリで出る時は自分の勝負服の一部を私の勝負服に使おうとか盛り上がっちゃってさ……」

 

「それは大変だね……。でも、その勝負服の話なんて素敵だと思う。カレンもそれでスイープちゃんの勝負服を見てみたいかな」

 

「素敵と思ってくれるのはいいけどねえ……」

 

と、やれやれとした様子は出しながらも、家族の話を他人に良く言われてニンマリとするのも忘れないスイープがそこにはいたのだった。

 

 



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少女達の1マイル

パドックは終わり、本番は近づき、バ場入場も終えて桜花賞の出場ウマ娘はゲート前でそれぞれの入念な準備を行う。胸に手を当て息を付く者、スタンドに居る誰かを探すように見る者。桜花賞は阪神レース場で行われるジュニアCクラス限定のG1、そこに出場しているウマ娘は同世代では上位の選ばれた者達が揃うが、それでも経験はまだ浅くこのレースが初G1という娘も多く、どこか落ち着かない様子が全体的にあるものだった。

 

「あの娘……」

 

と、画面に映るウマ娘の一人にスイープが目を留める。出場するウマ娘はまだ子供といった雰囲気を大勢が出すものだったが、その中でも小柄で更に幼い子供が迷い込んだんじゃないかというほどの娘がキョロキョロと辺りを見渡している姿がそこにあった。

 

「どうしたの?スイープちゃん……って、あの娘、小さいね。カレンと同じクラス、ううん、まだ学園入学前の娘って言ってもおかしくなさそう」

 

カレンチャンも画面を見てスイープが思った事と同じような感想を口に出す。

 

「実際、おかしくないかもね~」

 

後ろの席から肯定の言葉が届き、二人は後ろを見る。そこには机に腕を乗せ顔を乗せて身体を預け力を抜けきらせたような格好をした右耳のカバーと頭の左側に付けた菊の花の飾りが目立つ芦毛のウマ娘──セイウンスカイが居た。

 

「どういうこと?」

 

「あの娘はニシノフラワーっていってね。小さい頃から天才少女と評判で、その才能を買われてトレセン学園に入るのも本来認められた年齢未満でも許可が出て飛び級で入ってきたわけよ。つまり実年齢ではあの周りにいる他のジュニアCクラスにいる娘達より年下。今、そこの芦毛の君が言ったように、君より下というのも事実かもよ」

 

首を傾げて聞いたスイープにセイウンスカイはすらすらと説明をする。

 

「飛び級、そんなこともあるんだ~」

 

「まあ、そう滅多にある事じゃないようだけどね。そんなわけであの娘には注目も集まって今日も一番人気のようだよ。どんな走りを見せてくれるか楽しみだ。と、話はここまでにしようか、始まるよ」

 

そうセイウンスカイに促されてスイープとカレンチャンは画面の方を見る。

既に全てのウマ娘の準備は終わっていて、そして、ゲートが開かれた。

 

出遅れなく全団がスタート。派手に逃げる娘もおらず縦長にはならない形で落ち着き、最初の直線を進んで行く。

 

「まあ、こんなもんだよね」

 

部屋に歓声も挙がる中、後ろのセイウンスカイがのんびりとした口調で触れる。

 

「こういう風になりやすいレースってこと?」

 

「そうだね、全体的にゆったりと後半勝負という事が多くなるよ。1番人気の彼女は先行型のようだけど不利ではない他の差しの娘がどう出るか」

 

せっかくなのでレースの事を知ってそうな人には色々聞いてみようとしたスイープに、画面から目は離さずセイウンスカイは答える。スイープがそこまで聞いて顔を戻すと、1番人気、ニシノフラワーは他の娘を率いるかのように前を行く集団の中心に位置していた。けれども、まだ二番手三番手とも差は無く入れ替わりも繰り返される。

 

やがてレースが進み少々遅れを取る者も出てきたが大部分が団子状態のままは変わらない、そのまま第4コーナーを抜けて直線に入る頃にニシノフラワーが前に抜け出した。

その動きに視聴覚ホール内も現地の音もざわめいた。今日最も注目が集まる者の仕掛け、このまま行くのか、早いんじゃないのか、そんな数々の思いが誰かがそれを言葉にして口にしなくてもスイープへと伝わるようだった。

 

逃すまいと他の娘もスパートを仕掛ける。だが、ニシノフラワーはレース前に見たような可愛らしい少女の様子はなく、キッと前だけを見据えて追いすがる者を気にする事なく差を開かせていく。そして、誰にも追いつかれることなく最後に待ち受けていた坂も乗り切りゴール板を通過した。

 

2着には3バ身以上の差を付ける快勝。「やるねえ」、「天才少女って言われるだけあるのね」と、ホール内からも賞賛の声があがり、スイープはそれを聞きながら画面中の観客席に手を振る、再びあどけない少女に戻ったニシノフラワーの姿を見ていた。

 

「いやいや、素晴らしいね。素直な良い走りをするよ、あの娘。まだ駆け引きというにはまだまだだけど、覚えたら恐ろしいだろうね」

 

後ろのセイウンスカイが手を叩きながら評す。

 

「お姉さんのライバルになりそうってこと?」

 

「それはどうかなってところだけどね。私は距離が長い方が合うし、あの娘は短距離向きじゃないかな。そんなに詳しく知ってるわけじゃないけどさ。それじゃ、レースも終わったし私は行こうかな。君らに解説するのも楽しかったよ、じゃあね」

 

と、セイウンスカイは席から立ち上がり荷物を持ってヒラヒラと二人に手を振りながら他の邪魔にならないようにして部屋の出入り口に向かっていき、残された二人はレース解説から表彰そして勝利者インタビューまでをこのホールで見ていった。

 

 

レース観戦を終えて早めの夕食も終えて、今、スイープは寮の部屋で学校の宿題と明日のテスト勉強と格闘していた。

 

「あーあ、G1レースの日にはライブ中継まで見て一段落ってところなのにさ、こんなのやらないといけないなんて」

 

なかなか進まない宿題のページをパラパラ捲りながらスイープは溜息を付く。宿題の事も明日のテストのことも頭にあったけれど、忘れたくらいどうってことないと悪い点数を取ったからといってなんだと理由を付けてライブも見逃すことなく時間を使おうと思っていた。しかし、偶々学園の見回りをしていたクラス担任に出会ったところで宿題についてはここのところ連続で提出が遅れてテストも平均を大きく下回る結果なために釘を刺され、最後に付け加えられた「酷い場合には親を呼んでの面談」との言葉に流石にそれは避けたいとライブを見るのは諦めて机に向かう事を決めたスイープ。

 

「あ、そういえば……」

 

と、そこで何か思いついたように声を上げてベッド上に置かれていたシイナを見る。

 

「こうさ、宿題の答えが全部埋る魔法とかないの?」

 

「そんなもん無いよ」

 

「無理か。あ、じゃあ、そうだ。明日の事が分かる術は使えるわけでしょ?それなら明日のテストの問題を教えてよ」

 

「ズルだろ、それ。後ね、明日の事が分かるってそういうのじゃないから。たとえば天気の話だったら相当な確率で当てられるけどね、そういう話のもの」

 

「相当って何?絶対じゃないの?」

 

「そこまで精度を高くはできないよ。時の流れに不確定要素は付き物さ」

 

「そんなのだったら天気予報を見るので十分だわ」

 

「ああ、他にはテストの問題は分からなくてもテスト中のアクシデントなら読めるよ」

 

「どういうことよ」

 

「だから、テスト中に鳥が部屋の中に紛れ込んでくるとか、テスト中にクラスメイトの誰かが滑って尻餅を付くとか、そういう予測なら」

 

「何の役に立つのよ」

 

「突然の音なんかにびっくりしないで済む!」

 

「要らないわ、そんなの」

 

自信を持って答えたシイナにシッシッと退けるようなポーズも付けてスイープは答える。と、一旦は机に向き直したが再び勉強へのやる気は起こらず雑談を続けようとシイナを見る。

 

「何?」

 

「そういえば、どうだった、レースを観て」

 

「まあ、君らって脚が速いよね」

 

「そうじゃなくて、盛り上がってたし面白かったでしょ」

 

「んー、大勢が一つの目的に向かって競うというのは人の興味を引くというものまでは分からないでもないけれど、ああも大勢の人が見に来るものだと思ってなかったねえ」

 

「面白くなかった?」

 

「そうは言ってないよ。スイープから聞いたものや本で読んだものよりも興味深いところもあったし。今日のあの勝った女の娘、あの娘がその大勢から拍手で迎えられたり、位の高そうな人から物を受け取る辺りは大魔女の儀式を思い出すようで良かったね」

 

シイナはしみじみ自分の世界の事を思い出すようにして話すと、魔法が当たり前のようにある世界についての話にスイープはすぐさま食いついた。

 

「儀式って何?何やるの?」

 

「だから言っただろう。そうしたとんがり帽子が大魔女の証だって。だから、大魔女として正式に認められる時は古くから建てられた大魔女の聖堂でそれを受け取る儀式をするんだよ。国を上げてお祝いして大勢の人に見守られながら聖堂の中心で大魔女の中でも経験と知識が豊富な賢者とも言われる方から帽子をその頭で受け取るんだ。同じ魔女だけじゃない、他の人も、人じゃない精霊達も皆で祝福して、その厳かな雰囲気が最高なんだからね」

 

「凄く詳しく語るんだね、そこまで言うなら見た事あるんだ」

 

「僕らの世界にも遠く離れたところの物事を映す術はあって、それも中継されるからね。あと1回は学校のツテで直接見た事だってある」

 

先程の術の説明した時よりも「どうだ!」と言ったように伝えるシイナに(そんなに自慢したいんだ……)となりつつも、実に楽しそうに話す相手にそれを口に出すのは止めて話を進めるスイープ。

 

「じゃあ、私もG1に勝って表彰されるのが、この世界にとっての大魔女に近づくってことだったり?」

 

「そうじゃないかな。というわけで頑張ってね。明日のテストの結果は知らないけど、宿題が終わるまでは寝ないようにその度に起こしてあげるから」

 

「そんなに時間かからないわよ、もう!」

 

現実から逃れようと話をしていたけれども結局は引き戻されて、自分としても早くに終わらせたいのはあってスイープは口を尖らせながらも机と向かい、この日曜日を終えていったのだった。

 

 




今回の短めの日常話はここで終わりです。
次から本格的に大勢のウマ娘が絡まった緩い物語が始まっていきます。


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魔法少女ちゅうかがまんぱい!
魔術書の行方


スイープとシイナが出会って約1月後、あの日の魔法陣に使用した桜の花は全て散り終えて木には青々とした葉があるばかりとなった5月。使い魔がいるからと特別何かが大きく変わる事は無くスイープは学校での授業にデビューへ向けてのトレーニングにと励み、シイナはといえば使い魔とはいっても特別に魔術を操ることもそうはなく授業中は机の横に掛けられた手提げ袋の中で過ごしトレーニング中は荷物置き場へと置かれスイープの話し相手として過ごしていた。

 

そんなある日の練習休みの日、スイープはシイナを連れて図書室へと向かっていた。

基本としてスイープにとっては縁もなく興味もない場所だった。クラスの授業で利用した時に偶然にも魔術書を見つけ、その解読のためには足繁く通ったが、それが終わった今では足は向かない所だった。

 

しかし、シイナにこの世界の事を色々知りたいと言われ、当初は手持ちのスマホでインターネットを使って情報を見せようとしたけれども、そういったこの世界の技術についてシイナが拒否することはなかったが、少しの時間ならともかくそればかりに付き合うわけにもいかず、スイープ自身が使いたい時に使えないのは大問題で、シイナからも「本の方が読み易い」と言われて、それならここに来るしかないかと渋々やってきたのだった。

 

と、図書室に入った途端に、図書委員である小柄で眼鏡を掛けたお下げ髪の黒鹿毛ウマ娘──ゼンノロブロイと目が合う。

 

 

その時、スイープは思い出した。

あの魔術書が今となっては存在しないことを─────

 

 

拙い……と一歩後ろに下がる動きの間にゼンノロブロイは足早に近づいてくる。

普段は部屋の片隅でひっそりと本を読んでいる物静かなゼンノロブロイのその小さな身体がやけに大きく見え、それに気圧されるかのようでスイープはそのまま一歩も動けなくなる。

 

「スイープトウショウさん……」

 

「はい……」

 

その小さな呼びかけにもドキリと心臓が鳴るようであったが、下手な動きを見せれば突っ込まれると、どうにか身体を跳ねさせるような事までは押し止めたものの、その返事はらしくない丁寧なものになっていた。

 

「貴女はここで見つかった、この図書館に登録されているわけではなかった例の本に興味を持たれてましたよね?」

 

「……も、持ってた」

 

「私からも何度か伝えたはずですけど、まさかここから勝手に持ち出したりしてませんよね?」

 

ゼンノロブロイの眼鏡の奥の瞳が光ったようにも見えてスイープは息を呑む。けれど、ここでこれ以上隙を見せるわけにはと真実に到達させるわけにはいかないと頭をフル回転させる。

 

「……してませんよね?」

 

しかし、元来頭の働きが良いわけでもなく言い訳の言葉どころか何の言葉も発することができず、さらにゼンノロブロイに詰め寄られて身体が震えていくスイープ。もうこうなったらとにかく何か言うしかないと口を開く。

 

「そ、そうやってロブロイさんも、司書さんも言うから、ここで見るだけにしておいたしっ!私だってもっと見たかったんだけど、そ、そんな事を言うって事は、あれはどっか行っちゃったの?」

 

「ええ、まあ、そういう事です。貴女でないとするなら持ち主がこの部屋での忘れ物に気づいて持っていってしまったのか。そもそもこの図書室の物ではないので消えたところでは問題とはならないのですけど、一言くらい言っておいて欲しかったですよ」

 

しどろもどろの返答だったがゼンノロブロイは疑問を持たなかったようで他の誰かの話として眼鏡を指で上げながら愚痴のように漏らす。それにはホッとしてスイープが息をついたところで再びゼンノロブロイがスイープを見る。

 

「スイープトウショウさん、もしどこかであの本を持っている人を見つけたとしたら、こちらに伝えていただけませんか?持っていったのが持ち主ならばまだ良いですけど、持ち主でない場合も考えられますし。見つけても貴女がコンタクトを取らなくても良いですから、こちらにこっそり教えてください。一度言っておきたい事がありますので」

 

「わ、分かったわ」

 

「それでは呼び止め時間を取らせてすいませんでした。それと……図書室では静かにお願いしますね」

 

再度視線を向けられた時にまた緊張が走ったが何とか乗り越えたようで、ゼンノロブロイはスイープがここに来る度に伝えてきた〆の言葉を残し去って行った。そして、その姿が完全見えなくなってからスイープはふい~~っと長い息を付いたところでスイープの左手で持たれていたシイナが口を開いた。

 

「この部屋に流れ着いたわけだね、あの本は」

 

「今日の今日まで魔術書のこと忘れていたわ。持ち主は知ってるけど、とても言えないわね……。まあ、でも、必死に行方を探しているって様子でもないし、これ以上は何もしないでも良さそうか」

 

「だと思うよ」

 

と、二人でこれで話は終わりだろうと本来の目的である本を探しに図書室内を進んでいった。

 

 

 

 

幾つかシイナが興味を持った本を揃えて借りていく分と今の時間を使って読んでいく分と分けて、人も疎らな図書室内で適当な場所を見つけて座る。スイープは椅子へと座り机に乗せた本とスイープとの間にシイナを置いてページを捲るのはスイープの役となり読み進められる。

 

「スイープ、次のページを頼むよ」

 

暫くの時間が過ぎた後、シイナがそう呼びかけるがスイープの手は動かない。

周辺には人も見えないし……とシイナが少しばかり顔を上げると、スイープは右側の部屋が広く広がる方向を見ていた。そのままシイナもその方向へと向くと、そこには一人のウマ娘が窓際で本を読んでいる姿が目に入る。そのウマ娘は、その前髪の白いメッシュが目立ち、両耳に飾りを付けているのもまた目立ったけれど、それが無くともきっとその姿は存在感を示すだろうという印象をスイープに持たせていた。

 

「あの人がどうかしたの?知り合い?」

 

「違う……けど、何だか本を読んでいるだけなのに印象に残るというか……あの人は……」

 

「彼女は”ファインモーション”、アイルランドからの留学生です」

 

周りには誰もいないと思って何を気にするでもなく口にしたスイープは驚き、直ぐさま声のした自分がいる机の向かい側を見る。と、その視界に人の存在は確認できず分厚い本が多く高く積まれているのが映るだけだった。そのままスイープとシイナが驚きを含めて見ていると、その詰まれた本の横側からどうやら向こうの側の席に座っていたらしい栗毛のウマ娘が顔を出した。右耳、カチューシャ、頭の左横に金属の飾りを付けたそのウマ娘──ミホノブルボンはスイープをジッと見つめるような視線で話を続ける。

 

「突然に話しかけられて驚かれましたか?それならばすいませんでした、気になっているようでしたから触れるべきかと思いまして。とりあえず初めて会う方ですから自己紹介をしておきましょうか。私はミホノブルボンと申します」

 

「あ、わ、私はスイープトウショウ」

 

ミホノブルボンはスイープの言葉に対して、誰かと会話しているようだったという事は何の気にも止めない様子で顔の表情を変えずに名乗り、スイープも流れのままに名を口に出す。

 

「彼女の姿が印象に残るのだとしたら、それは彼女が良家の出身であることからの自然と醸し出す雰囲気故の事かもしれませんね」

 

「良家って……お嬢様ってこと?」

 

「そうですね」

 

黙っていてもお嬢様はお嬢様らしさが出るって事かと納得しつつスイープはもう一度ファインモーションの方を見た後には、自分とミホノブルボンの間にある多くの本の方へと興味が移っていった。

 

「それにしても凄い量の本ね……これ、全部借りていくの?」

 

詰まれた本はその一つ一つが分厚く、外側を見ても小説らしき物から化学や植物の辞典までジャンルも様々だった。中を開くだけでも疲れそうな、シイナがこういった物を選ばなくて良かったと思いながらスイープは机の上に身を乗り出してその積まれた本をツーッと指で撫でる。

 

「そうですよ、これだけの物があればトレーニングにも丁度良く……」

 

「ミホノブルボンさん、やはりそういうことですか」

 

ミホノブルボンが言いかけた所で声が聞こえて、その机に居た面々でその方向を意識すると又もゼンノロブロイが小さな身体からの威圧感を発しつつ近づいてきていた。

 

「ミホノブルボンさん。「図書室の本を重さで選ばないでください、トレーニング用に使わないでください」と、前も言ったじゃないですかっ」

 

「言葉を返させていただきますがトレーニング”にも”であって重さのみで選んでいるわけではありません。トレーニングの時間にきちんと内容を意識して読むものですから」

 

語気を強めに話すゼンノロブロイに、そう来ると分かっていたからなのか何が起ころうと違いは無いのかミホノブルボンは顔色を一つも変えずに淡々と返答をする。

 

「それならいいですけど……、汗で汚したりもしないように本当に気を付けてくださいよ?スイープトウショウさんも机の上にはその様にして乗らないでください」

 

半信半疑な様子は残しながら、最初にミホノブルボンに対して声を大きくしてしまった事に今になり気がつき、ゼンノロブロイはキョロキョロと周りを見渡した後に小声でそっと忠告し本の貸し出し所まで去って行った。

 

「ふう、本の事となると地獄耳というものですね、あの方は。さてと、そろそろ次のトレーニングの準備をしないと。それでは」

 

続けてミホノブルボンはスイープの方に一礼すると詰まれていた本を軽々と持ち上げて席から離れていき、ブルボンの背中を見ながら、その力強さに口を開けつつ(トレーニングってあれを持ちながらスクワットとかするんだろうか……)と想像を広げるスイープだった。

 

 



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魔女とお嬢

「さて、椅子に戻って続きと行こうか」

 

ミホノブルボンの姿が見えなったところでシイナがスイープへと促す。

が、スイープはチラッと机上のシイナを見るだけで次には座りもせずに重い息を付いた。

 

「飽きちゃった。一緒に読んでいても面白い本でもないし。今日はもう終わり、ね」

 

そうしてシイナの次の言葉も待たずに開きっぱなしだった本を閉じながら、シイナの方を見ないようにして視線を動かしていった所でまたファインモーションの姿が目に入る。彼女は本を読む手を休めて近くの窓の外、学園の中庭の方を見ていた。

 

どこにでもある図書室、どこにでもある光景のようでもあるのに、スイープには何故かそれが意識に強く残るのと同時に、ファインモーションの雰囲気がやはり黙っていてもお嬢様という華やかな存在感を出すだけでなく、どこか寂しげなように思って気がつけばそちらに一歩足を進めていた……が、その直ぐ後には置いておくわけにもいかないかと立ち止まり振り返り、シイナの首をむんずと掴んで共に近づくことにする。一方のシイナはああも言い出したら希望はもう通らないと察して何も言わずにされるがままとなる。

 

「こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

憂いもある目で外を見つめていたファインモーションだったが、スイープが挨拶をすると振り向く時には既にそのような様子は無くなり微笑んで挨拶を返してきた。

 

「私はスイープトウショウ。えーっと、ファインモーションさんの事が気になって来てみたの」

 

「スイープトウショウさん、ですね。それで、私の気になった所とは何でしょうか……」

 

何か顔に付いていたのかと不思議そうな表情もしながらペタペタと自分の顔を触りもするファインモーションにスイープは「そうじゃなくて」と伝えながら(でも、寂しそうに見えたとか、いきなり言うのも変か……)とファインモーションの姿を見ていったところで机に開かれ伏せるように置かれた本が視界の端に写り、それに触れることにした。

 

「そのね、ファインモーションさんが外国のお嬢様だって聞いたから、お嬢様ってどんな本を読んでるのかな~と思ったの」

 

「そうでしたか。でも、何か特別な物を読んでいるわけではないもので……」

 

と、ファインモーションが困ったようにも机上の本に目を移すとスイープも続けて見る。先程はちらりと見ただけだったけれど再度見るとそれは表紙も背表紙もシンプルな一色の装丁で後は題名も作者名も裏表紙の内容に関する何らかの説明も全てがアルファベットで記されていた。

 

「これって原書ってやつ?」

 

「はい」

 

「私だと分かんないや。どんな話のもの?」

 

「簡単に言うと一組の男女が追手から逃避行をする、そんな話ですかね」

 

「んー、文字が英語ってだけじゃなくて、あんまりよく分からない世界の話かも」

 

「言葉の事もそうした世界の事もいずれ分かる日が来るかもしれませんよ」

 

興味が薄いな~と隠さずに伝えるスイープにファインモーションは笑みを浮かべて伝える。その顔に窓の外を見ていた時の顔よりもこういう顔をしている方が綺麗で良いと思いながらスイープが机の奥の方に目を留めると、そこにも本が3冊ほど置かれてあった。どれも背表紙を見るに料理の本のようで一番上の本は日本の家庭料理のレシピ本のようで写真がいくつもその表紙に載っている。

 

「そっちの本なら興味を持てるんだけどな。出来上がったのを食べる意味で」

 

「私もそうなのですけどね。けれども、作る方も覚えるべきかと勉強をしているところで」

 

「そうなんだ~、ファインモーションさんは料理ならどういうのが好き?」

 

「難しい質問ですねえ」

 

と、ファインモーションは一番上の本を机の上で開いてページを捲りながら言う。

 

「卵焼きを卵焼き専用のフライパンで綺麗にクルクルと巻かれていくと食べる前からもう素敵に思いますし自分でも上手く作れるようになりたいと思いますし、味のじっくり染み込んだ具沢山の筑前煮も好きで、お鍋も色んな味があってチームの皆で食べると特に美味しくて……中でもというとこれでしょうか」

 

そうしてファインが捲る指を止めて開いたのは”焼き豚”のページだった。

 

「お肉が好き?」

 

「それも好きですけど、これと一緒にあるのが好きですかね」

 

と、ファインが指差す場所に載っていたのはその焼き豚の使用例としてのラーメンの写真だった。

 

「ラーメンかあ、美味しいよねえ」

 

「ですねえ、スイープトウショウさんはどこか良いお店は知っていらっしゃいますか?」

 

「うーん、食べるのは好きだけど食べ歩きまではしないから分からないかな」

 

「それでは私のオススメのお店を教えましょうか」

 

「聞きたい、聞きたい」

 

「スイープトウショウさんはどういったスープと麺の太さが好きですか?」

 

「そんなジャンル分けから始まるなんて、これは本格的。そうだな~私の場合……」

 

と、図書室の片隅でのラーメン談義は楽しくも続いていった。

 

 

スイープ好みのお店をファインモーションから教えてもらい他にも美味しい物の話を続けていく内に夕方17時を伝えるチャイムが鳴って、そこで話を終えることにする。

 

「それでは、さようなら」

 

「さよなら。お店、行ってみるね」

 

先に本を持って席を立ち別れの挨拶をしたファインモーションにスイープがそう返すと、ファインモーションは更に笑いかけて離れていった。スイープはそのまま近くの椅子に座り机にシイナを置いてから早速書き記したメモを見直す。

 

「これは有意義だったわね」

 

「まあ、僕としてもそれなりに有意義だったよ、その食文化の話だとか。あのアイルランドのお嬢さんのおかげで」

 

メモを見ながらスイープは「最初はどこにしようかな~」と指を差していたが、シイナの口ぶりにその手を止める。そして、周りに誰も居ないのをぐるりと確認してから小さく声を掛けた。

 

「一度聞いただけでよく覚えてるわね。私なんて外国とは分かったけど、どこだっけってなってたのに。もう一度国名を聞いた所で場所はよく知らないんだけど。何かヨーロッパっぽい感じなのは分かるんだけどなー」

 

「……アイルランドは、そうだな、まずイギリスって分かる?」

 

「分かる」

 

「その近くだよ」

 

「へえ~っていうか、なんでそんな事を知ってるの?他のこの世界の事については教えてとかよく言ってくるのに」

 

スイープが「何故?」とシイナを見ると、シイナは少し黙った後に口を開いた。

 

「……あのさ、あのお嬢さんもアイルランドから来てるし、そこにもレース場があるんだろ?先月中の歴史の授業でその辺もやっていただろうに。君の机の横でそれを聞いている僕が覚えているのに君が覚えてなくてどうするの」

 

「あー、ごめん、ごめん。覚えないわ、寝てたかも」

 

「大丈夫かな~。他のウマ娘達はあんなにも魔女らしさが溢れているというのに」

 

「またそれ?ファインモーションさんもそうだったの?」

 

「お嬢様だっていうのもあるだろうけど立ち去る歩き方一つでも気品があったしね。それに窓際で本を読んでいる姿だって」

 

「まあ、それに関しては私も分かるところあるけど……、と、チャイムもなったわけだし、私達も借りるもの借りて帰りましょ」

 

どうして君と他とはこうも違うのかとそんな事にまで話が発展したら面倒だとスイープはそこで話を切り、この休日は終わっていった。

 

 



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しばしの別れに、この麺を

「今日の店も美味しかったな~~」

 

スイープは先日ファインモーションに教えてもらったラーメン屋の三件目を制してメモ帳にチェックを入れる。お小遣いには余裕は無かったが、他に使いたい分を我慢して作った資金と暇を見つけてはこうして食べて歩いていた。

その中で自分好みの店以外の話も聞いておいて同年代の娘に教え、彼女らから喜ばれる事でここ最近は実に気を良くしてもいるスイープは、今現在少し腹ごなしするかと学園までの帰り道を遠回りし公園内を歩いているところだった。

 

「そんなに良かったんだ」

 

「うん、シイナも食べたかった?」

 

「……ああいうものではエネルギー補給にはならないだろうし、そこは別にね」

 

「やっぱりね」

 

「分かってて言う……って、どうしたの?」

 

と、言葉の途中で急にスイープが立ち止まり遠くを見るようにしてシイナもそちらへと切り替える。その先にはベンチに座る両耳に赤いカバーをかけ左耳側には白い小さなリボンを付けたピンク髪をしたウマ娘がいて、シイナにもスイープにもそのウマ娘には見覚えがあった。

そのウマ娘──ハルウララとは今日のラーメン店でも以前のラーメン店でも時を同じくしてトレセン学園の制服で食事をしていたために記憶にもよく残っていた。とはいえ会話をしたわけでもなくハルウララがこちらの存在を知っているかまでは分からない、こちらからも見掛けた程度の事だったが、トレセン学園の生徒同士、挨拶がてらその辺りに触れるかとスイープはまた歩みを進めていく。

 

「こんにちは」

 

傍まで寄って話掛けるとハルウララは読んでいた一枚のチラシから顔を上げる。

 

「こんにちは。学園の娘だけど初めましてよね?私、ハルウララ!」

 

「うん、初めましてね。私はスイープトウショウ」

 

「それで何か用かな!」

 

「用ってわけじゃないけど今日とちょっと前と二回同じ日にラーメン屋さんにいたのを見たから、何だか行く所が似ているのかな?と思って挨拶しようかなと」

 

「私はそれは気づかなかったなー。ラーメンが好きなの?」

 

「好きよ。凄く好きってわけでもないけれど良いお店があるよって、先輩のファインモーションさんに教えてもらって……」

 

「ああ!ファインモーションさん!」

 

ファインモーションの名前が出た途端にウララは手にチラシを持ったままパシンッと手を合わせる。

 

「もしかしてそっちもファインさんに教えて貰ったの?」

 

「違うよ~。私は話したことあるわけでもないんだけれど、ラーメンを食べ歩いていたのはその娘が関係あるのはあって」

 

と、ハルウララは持っていたチラシをスイープに見せる。そこには「ファインモーションを送る会開催のお知らせ」と大きく書いてあった。

 

「ファインモーションさんって留学生でね。でも、もうちょっとで一時帰国するみたいなの。それで、暫く日本を離れてしまうし大好きなラーメンも気軽に食べられなくなるだろうって、それなら学園の娘達で暫くの食べ収めのラーメン三昧してもらおうってことになってね。この辺の有名処からそうでない所まで本人は食べつくしてるみたいだから、『まだ彼女の知らぬ一押しのラーメンを作れるウマ娘達よ、誰でもこい!』って感じでこうして募集が掛かっているんだよ。それに私も参加してみようと思って、あと一押し良いアイデアはないかとラーメンを食べ歩いてたの」

 

「そんなのやるんだ~」

 

「スイープちゃんも参加したらどう?面白そうって思わない?」

 

「私は食べる方で作るのは自信ないからな~。でも、この会には興味あるかも」

 

「それならチラシをもう一枚持ってるからあげる!その日になったら良かったら来てみてね!」

 

と、ハルウララはベンチ横に置いてあった鞄から同じ紙を一枚取り出すと「どうぞ!」と手渡してくる。スイープはそれを受け取ると、特にこれ以上は何もすることはないかとハルウララに別れを告げてそこから離れた。

その後も公園を歩きながらチラシを見ると会は月末の土曜日の昼に予定されていて、その翌日はチームの先輩がレースに出ると現地応援へと行かなければならなかったが前日は朝練から始まり昼前には切り上げられる事を思い出し、これならちょっと見てみるかと手帳に会の事を書き込み、スイープは学園へと帰っていった。

 

 

 

 

それからも日々は何事もなく過ぎての月末の土曜日。チーム練習を終えて制服に着替えてスイープは家庭課調理室に進んでいた。

 

「会をやる事を知った時から行く気に溢れていたようだけど、なんでそんなに興味あるの?」

 

「ただ暇なだけだからよ。ま、予定を入れておかないと「土曜の午後のレースを観戦して感想を残すこと」とかトレーナーに言われるのもあったからだけど。案の定練習終わりに言ってきたから「今日はこういう用事があるんです~」って言って断ることが出来て良かったわ」

 

「そういうこと……」

 

そうして調理室への道、近づく段階から賑やかな声が聞こえ、辿り着いて開かれていた出入り口から中を覗けば各コンロの近くで湯を沸かす者、材料を切る者、入れ物を用意する者とそれぞれが動き回り、とても部外者が入れる雰囲気ではなかった。

 

「料理屋さんの裏側みたいに忙しそうね……」

 

と、スイープが屈みながら戸に手を掛け半分顔を顔を出すようにして中を見渡していると、「はい、ちょっと退いてね~」と声が聞こえ、声の主を見がてらその場から一歩離れる。

 

そうして現われたのは制服姿でそれ自体は普通にしながらも、その指先はビッシリとネイルアートを決めてギャルといった様子を全面に表している鹿毛のウマ娘──トーセンジョーダン。

 

「あれ?中に入るんじゃないの?」

 

部屋を見ていたのに自分が廊下側に出てから動かないスイープにトーセンジョーダンは気づき話し掛けてきた。

 

「違うよ。どんなことやってるか見に来ただけ」

 

「ああ、そうか。まあ、こうして見てみるとラーメンを作りに来た娘って感じでもないしね」

 

「そっちも同じってところ?」

 

スイープはトーセンジョーダンの煌びやかな指先へと視線を向けながら返す。

 

「まあね。こんな爪で料理なんかゴメンだわ。って食べる方もそう言うだろうけどね。知ってる娘が参加するっていうんだけど珍しい材料が見つからないとかでさ、じゃあ私のツテで探してあげるって言って今それを届けにきただけよ」

 

「ツテって実家が料理屋とか?」

 

「そういうのじゃないけど。ま、色々顔は広くてね。仲間内に声を掛けていけば大体の物は揃えられるのよ」

 

「組織のボスみたいね、カッコイイ」

 

「でしょでしょ?あんたも良かったら私の軍団に入る?って言いたいところだけど魔女っ娘はウチの雰囲気と違うか」

 

賞賛に対してトーセンジョーダンは鼻高々ともいった様子の後にスイープを上から下まで見てから言う。

 

「私も違うと思うわ。ああ、そうだ。丁度いいから聞いていい?ファインモーションさんは中に居ないみたいだけど、どこにいるか知ってる?」

 

「ああ、それなら隣の部屋だよ。試食はそこでだって」

 

トーセンジョーダンはクイッとそこから一つ奥の部屋に親指を向けながら答え、スイープが(あっちか…)と足を進めようとしたところで、更にトーセンジョーダンが隣の部屋の方を見ながら口を開いたのでそこで身体を止める。

 

「私も仲間は多くいるものだけど、そのお嬢様もこれだけ自分のためにって動いてくれる娘達がいるんだから凄いものよね。まあ、それだけ彼女がそうしたくなる娘ってことなのかもしれないけど、この学園に来て少しの時間も無駄にせず大事に生きていきたいとか言っちゃう娘のようだし、それなら周りも残り僅かな時間に良い思い出を……となってるみたいね」

 

「一時帰国って長いのかな」

 

「それは私も知らないけど、この帰国が大きくこの先を変えるのかもしれないって噂は聞いたわ」

 

「噂?」

 

「そもそも日本に来たのも許嫁が居て、結婚前に文化や生活に慣れるのに学園に入ったみたいよ。まあ、その後に走る能力が高いとか”お嬢様競技者”として人気が出ちゃって結婚の話は先送りになったとか。でも、一度その辺りも落ち着いて話をしようっていうのも、今回の一時帰国の中にあるみたい」

 

「場合によっては予定通りに結婚して学園も辞めちゃうってこと?」

 

「そうだね、小さいながらにいちいち説明しなくても話が早いじゃん。お嬢様は良い暮らしが出来るのかもしれないけれど、そんな定められたものばかりかと思うと息苦しそうで私じゃ無理だってなるわ」

 

スイープの想像からの言葉にトーセンジョーダンはやるじゃないといった顔を向けた後は、ファインモーションのいる隣の部屋に向けて目に力も入り真剣な顔で呟いた後に首を左右に振った。

 

「何か色々言っちゃったけど今言ったのもあくまで噂だかんね、全部真に受けたりしないでよ?私も喋りすぎたし、もう行くわ。それじゃバイバイね、魔女っ娘」

 

と、トーセンジョーダンは最後にスイープの帽子の先の折れ曲がった部分をペシペシともモミモミとも触った後に、ファインモーションの居る部屋とは反対方向の廊下を歩き去っていき、スイープは先の部屋へと向かっていった。

 

 



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どうぞ食べてね、お嬢様

調理室の隣の部屋へと近づく……と中からこちらに近づく足音が聞こえ、誰か廊下に出てくるのだろうと開かれた出入り口から数歩前でスイープは立ち止まる。

 

考え通りに出入り口にラーメン鉢が乗せられたトレイが見え、廊下に出る左足が見えた次にスイープの目が捉えたのは、もう一方の右足の爪先が戸の境目に引っかかる動きだった。それには「あっ!」と声は出してもスイープには何も出来ず、ただその場で動きを止めるだけだった。

 

そのスイープの目の前でトレイ共々前のめる一人のウマ娘だったが、どうにかもう片方の足を素早く上手く前に出して廊下を踏みしめ、境目に引っかかった足も軌道修正し、その上靴の裏をしっかりと廊下に乗せる事に成功する。腕をピシッと真っ直ぐ伸ばすような形になった先にあるトレイの上のラーメン鉢もそこから落ちる事無く、少しばかりトレイ上を移動するだけに収まった。

 

「危機一髪デース」

 

暫く左足を前に右足を後ろに伸ばし両手はトレイを持ち前方へと伸ばしたまま固まっていた目の周りを隠すマスクを付けた黒鹿毛のウマ娘──エルコンドルパサーは大きく息を付く……と、近くでスイープが見ていた事にそこで気づいたようで体勢を元に戻して近づいてきた。

 

「驚かせたようですいませんネー。足元への注意が足りませんデシタ」

 

「お、落とさないで良かったね。転んじゃうかと思った」

 

「コレも日々のレスリングトレーニングの賜ですかネー。鍛えられた体幹によりこういった時に上手く身体を切り替えることができる、と。なんて言いながらまだ私もドキドキなんデスけどね。転ばないで良かったと心底に思いますよ。ファインさんも全部食べておいてくれて助かりましたネー。残っていたら落とさないにしてもスープが溢れもするところでした」

 

胸を撫で下ろしながら本当に良かったというように伝えるスイープに、エルコンドルパサーもホッとした声を発しながらトレイの上のラーメン鉢に視線を移す。それに釣られてスイープもそこを見ると、ラーメン鉢の中は一滴も無いほど綺麗に平らげられてスープが入っていただろう部分だけ赤く色づいているのを確認すると、続いて辛い残り香が漂ってきた。

 

「これだけを見ても、とっても辛そうね」

 

「エルコンドルパサーさん特製の激辛ラーメンデース。友人には「控えめに!」と言われましたけど、そのままでも全然問題なしデシた。いやはやファインさんは良い食べっぷりデシタねえ。作った甲斐もあるってものデス。と、片づけまでが料理なのでワタシはこれにて失礼シマースよ」

 

と、自分の仕事とファインモーションの試食に対し満足気に感想を残してエルコンドルパサーはスタスタと歩き出し調理室へと入っていき、スイープは振り向きそれを見た後に試食部屋へと顔を覗かせる。

 

部屋を覗くと、そこから奥の方で試食は行われているようだった。

窓際と廊下側それぞれに長い机が置かれて、その窓際に主役たるファインモーションが座っている。その前にはポットとコップが置かれて、今はその前にトレイの上にラーメン鉢を置いて持つ小柄な鹿毛のウマ娘──ナリタタイシンがファインモーションと共にその後方の壁に掛けられた黒板を見ていた。

黒板の前には頭にブワッと大きく葦毛の髪が乗る眼鏡を掛けたウマ娘──ビワハヤヒデが示し棒を片手に何かを喋っている。

 

何をしているのかとスイープがそちらへと意識を向けるとビワハヤヒデはチョークを持って黒板に絵を描き始める。まずはラーメンの絵を描いた後にその中にある具に矢印を向けてチャーシュー、麺は平麺、スープは豚骨と煮干しであると文字で書き記しながら口では事細かい説明をしているようだった。

 

やがて熱が入ってきたのかビワハヤヒデはファインモーションとナリタタイシンを見るのを止めて身体を完全に黒板へと向けて”喜多方ラーメンの歴史について”と書き始めていく。それを見てナリアタイシンは(どうしようもないな……)と冷めた目を一つビワハヤヒデに向けた後に机の上にトレイを置くと、しっかりとビワハヤヒデの説明を聞こうとするファインモーションの肩をちょいちょいと叩いて自分の方へと気づかせながら「こういうの始まったら長いし麺が伸びちゃうから、もう食べちゃって良いよ……」と伝えるのだった。

 

そうして、そんなやりとりが背後で行われるとは知らず知識の披露に熱中するビワハヤヒデの姿と、用意された”福島名物喜多方ラーメン・ビワハヤヒデ型”食べ進めながらも説明は聞こうとするファインモーションと、やれやれと目の前の語りたがりの友人へと溜息を付きながらお冷のお代わりを入れるナリタタイシンの図がスイープの前で繰り広げられていった。

 

 

その後も入れ替わり立ち代わりラーメンが運ばれていき、ファインモーションは全てをスルスルと食べ進めていく。どんなラーメンであろうとも口元を汚すことなく上品に、それでいて見ている者にその美味しさがすぐに伝わるような気持ちの良い食べっぷりで、ずっと出入口から覗き見ていたスイープのお腹もそこでギュルルルと元気に鳴る。

 

「そういえばお昼を食べてなかったのよね。食堂もいいけれど調理室へ行ったら何か美味しいものあるかな」

 

と、思いついたら身体の動くスイープはすぐ隣の部屋へと戻っていく。

調理室の中はもう片付けも終わった机も多く人もまばらだったが、出入り口から真っ直ぐ行った奥の机で二人のウマ娘が向き合って何か言い合いをしているのがまず目に入った。どちらもスイープと同様に小柄で片方は葦毛の、もう一人は鹿毛のウマ娘だったのは確認しながら誰なのか何をしているのかと近づいていくと、その二人を見ながら困り顔の栗毛を頭の左右で結んだウマ娘──スマートファルコンがその前にいるのに気づいて隣に立ちながら前方の二人の事に触れる。

 

「喧嘩してるの?」

 

「喧嘩とまでじゃないんだけどね。どっちのラーメンが良いかでずっと言い合っているの。ファインさんには食べてもらってどちらも好評だったんだけど、それが終わってもここで続けているのよね。彼女には美味しく食べてもらうのが目的でどれが一番かと決めてもらうような話じゃなかったし、さすがに先輩達も彼女に決着を付けてもらおうとはしなかったけれど……」

 

「貴女が付けたら?」

 

「それは駄目だよ。だって、片方のラーメンは私も一緒に作ったものだからね。

 あ、そうだ。それなら貴女が決めてみる?材料はまだ余ってるし、ああやって言い合ってるから片付けも終わってないし」

 

「やるやる!」

 

「それじゃ、そういう事で先輩達を止めてきましょうかね」

 

「これで終わってくれるかな……」と、スマートファルコンは小さく漏らしながら、スイープとスマートファルコンのやりとりに気づくこともなく、未だいかに自分のラーメンが良いかを言い合う二人へと近づいていった。

 



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東西対決:春の陣

「そ・れ・で・は、東西ラーメン食べ比べ始めるよー!進行はこのファル子が務めまーす、よろしくね!」

 

窓際の壁を背に椅子に座ったスイープから机を挟んだその先で、先程会話を交わした時とは全く違う様子のスマートファルコンが派手にクルクルとも回った後にピースサインを横にして片目を挟むポーズを取って宣言し、急激な変化にスイープは低いテンションでそれを見て、机上に乗せられたシイナも意識して縫いぐるみらしく振舞わなくても固まってしまっていた。

 

「え、何、そのノリは……」

 

「こういうのはちゃんとやらないと。私も営業モードよ。

 と、いうことで今日の試食役のカワイイ魔女さんのお名前とクラスを聞こうかな!」

 

そうして自称ウマ娘アイドル・スマートファルコンは素と表向きキャラを軽く切り替えつつ、手に持った何の線も繋がっていないマイクをスイープに向ける。

 

「スイープトウショウ、ジュニアBクラスのウマ娘よ」

 

「なるほど、これからレース界を背負っていくかもしれないピチピチ若い娘ちゃんねっ。今日はそんな貴女に大先輩達がとっても美味しいラーメンを用意してくれるよ!と、いうわけで先鋒はこちら!」

 

と、スマートファルコンが片腕を大きく広げた先から小さめのラーメン鉢を持った赤い耳カバーとそれに繋がる赤と青のリボンを垂らした長髪葦毛の小柄なウマ娘が登場する。

 

「これがこのタマモクロスと、ここにいるスマートファルコンとの合作のあっさり鶏ラーメンや。まずは何も言わんから、早速食べてみてな」

 

そうしてそのウマ娘──タマモクロスは自信有りとの表情を出しながらスイープの前にラーメン鉢を置く。

中を覗くとそのラーメンは具材といえば鶏の胸部分を丸く成型してから茹でて薄切りにした肉と白髪ねぎが乗っているだけのシンプルなもの、スープは透き通った黄金色といった一目で塩ラーメンだと分かるものだった。

 

それでは、とスイープは身体の前で手を合わせて「いただきます」としてから用意された箸を持ち、最初に麺に手を付ける。数本を持ち上げるとそれはストレートな細麺で、食べてみると特別ではないがごく普通に美味しいと感想を持つと、続けてレンゲで薄く色づいたスープを掬って一口飲む。すると、想像していた味と違ってスイープは目を見開き、それに気づいたタマモクロスが声は出さずに口の端を上げる。

 

見た目通り味は確かに醤油も味噌も入っていないだろう塩味スープだった。けれども、そこに強い甘さがあった。

砂糖を入れたというようなはっきりした甘さではない、飲んだ後に滲み出るような遠くから来る甘さとコク。これは何だろうと思わず二口三口とスープを飲み進めるスイープ。それでも自分にはその味の謎を解くことは出来ずに机の向こう側で様子を見ていたタマモクロスに直接聞くことを選んだ。

 

「これ凄く甘いね、なんでなの?」

 

「これはな数々の野菜を丁寧に煮込んで濾したスープが入っとるんや」

 

「え、野菜の味なの?これで?」

 

驚いたように、もう一度スープを掬って飲み込むスイープ。

その味はやはり甘さを中心に複雑に絡み合い幾らでも飲めそうで、口内からの美味しさは全身に伝わり幸福感をもたらしてくるものだった。

スイープにとって野菜などという物は基本嫌なものでしかなく、食べてみた上で飲み込めずにペッと吐き出したことなど数知れず、さすがにトレセン学園に入学してからはそういう事はしなくなったが今でも極力減らしたり退けたりという間柄で、これほど美味しく食べられた事は初めての経験だった。

 

「甘くて美味しいやろ?まあ、野菜だけではこれだけのものは出せないんやけど。お嬢ちゃん、次はその鶏肉を食べてみ」

 

タマモクロスはスイープの美味しそうな顔を見て良い気分になって勧めてきて、スイープがそれなら箸で摘まんだ鶏肉は見た所は形が綺麗に丸いという事を除けば茹でた鶏肉でしかなかった。よく見てみても側面に少々黒胡椒らしき黒い粒が分かる程度だった。

 

スープは確かに美味しかったけれども、茹でた鶏肉か……と、いまいち味の期待が出来ずにスイープは小さめの一切れのさらに半分程度を齧ることにした。

そうしてスイープの口内に訪れたのはスープを飲んだ時同様に想定と違う物だった。鶏肉の味自体は他に何かの味が濃く付けられているわけでもない鶏肉だったけれど、その食感がしっとりしていて側面に近い所はプルプルと、鶏の胸肉と思ってまず感じるパサつくところが全く無かった。それに軽く付けられた黒胡椒と肉自体に染み込んだ塩気も丁度良く、これが単なる鶏肉だとはスイープには思えなかった。

 

「何だか特別な事をしているようにも見えないんだけど、こんなに美味しいなんて特別なお肉なの?」

 

最初の一口はゆっくりと噛み千切ったけれども、その味を知ってパクパクと口に放り込んでいくスイープにタマモがその言葉を待っていたかのような顔を作り話し始める。

 

「いやいや、鶏肉は国産1kg:290円の特売品やで。ブランドもんでもなんでも無い。それに蜂蜜や塩や胡椒を刷り込んで空気を抜いて何日か置いた後に香味野菜と茹でたのがコレなんや。んでな、茹で汁もその鶏の出汁が良く出ていて、それと野菜スープと合わせたのがそのラーメンのスープというわけ」

 

「へ~」

 

タマモクロスの話を聞きながらスイープは肉も麺もスープもどんどんと食べていく。

 

「スープを作った野菜も形が悪い言うて安く投げ売りされとるやつやし、麺は製麺所での市販の物やけど低価格で、全体で見たら材料費は本当お安く出来とるラーメンなんや」

 

「それでこんなにちょっと高そうなお店にありそうなラーメンが出来るんだ」

 

「何でも情報と工夫ってことやね。なんて偉そうに言ってるけど今度の話はウチだけの力じゃ無理で、このスマートファルコンと力を合わせて出来たものなんやけど。まとめるなら情報と工夫と仲間が揃っての一品や。まさかウチより節約術に長けた娘が学園内におるとは思わんかった。特に麺に関しては美味しくと安価とを兼ね揃えている所を知っているとは年下だけれど”師匠”と呼びたいくらいや」

 

「へえ、ファル子ちゃんはそういう事に詳しいんだ~。節約好きなの?」

 

中身を大方食べきって残ったスープと僅かな具をレンゲで掬って食べるのはまどろっこしいとスイープがラーメン鉢を両手で抱え顔へと持って行きながら言う。

 

「す、好きっていうか何というか、ま、ま、何となくやるようになっちゃって~~。麺については色々と地方回りしている内にそういう商店のオジサンと知り合いになって詳しくなっちゃたり~~?」

 

「ふーん、そうなんだー」

 

実のところ好んでやっているというよりも、アイドル稼業に費用が要るために他を切り詰めていたらいつの間にかあらゆる節約に詳しくなっていたというのが真相なのだが、それを表に出すのはアイドルらしくないと必死の思いつき言い訳をするスマートファルコンと、聞いたものの深く興味があるわけでもなく返された言葉に疑問を持つわけでもなくスープに残っていた一本の麺をツルリと行きながら軽く答えるスイープだった。

と、盛り上がる机に近づく一つの気配があり、そこにいた面々はそれに気づいてその部屋の奥側の方向を見る。

 

「お、食べ終わったようだねぇ。だったら次はこっちの番だ。一度水でも飲んで準備を整えてくんねえ」

 

そこにはトレイにラーメン鉢を乗せた頭の横側で鹿毛を縛り右側にはキツネのお面を付けた小柄なウマ娘──イナリワンが自信満々に堂々といった様子で立っていた。

 

 



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ジャッジメント

イナリワンの威勢の良い「準備をしてくれ」との言葉にスイープは水を飲み、タマモクロスは空になったラーメン鉢を持ち上げてスマートファルコンは机上を布巾で拭き取る。

 

「気合入っとるなあ、イナリ」

 

「そっちの受けが良かったみたいだからね。ま、後攻だからと不利にはならないさ」

 

ラーメン鉢をシンクの中に片づけてから煽りを込めたかのような笑顔でタマモクロスがイナリワンを見れば、イナリワンも負けじと強気な表情で小柄なウマ娘同士が見つめ合う。バチバチと火花が飛び散りそうになったところでイナリワンがくるりと机の方に身体を向けてスイープの前にラーメン鉢を置く。こちらも小さめに最初に食べた物と同じ程度に盛られたもので、まず中を見るとスープの濃い黒色と浮いている脂が目に入る。具材はメンマに海苔に脂身と色がしっかりと付いた豚バラ肉のチャーシュー。

 

「さあ、食べなっ。このあたしイナリワン渾身の東京ラーメンだ」

 

量はそれぞれ少なめにされて、こうして違う味が一度に楽しめそうなのは良いことだとスイープは再び手を合わせた後に食べ始める。今度のラーメンは中細のちぢれ麺、口に入れれば黒いスープがよく絡んでこれもまた美味しいと、暫く麺を食べ進めた後にスープに手を出した。麺を食べている時からも分かった濃い醤油味。レンゲで一掬いするとそこにも浮いた油と色とでこってりしているように見える。それでも掬ったものを一度に全部飲み込んだ。

 

最初のラーメンに比べるとやはり油脂分の多さが伝わる。しかし見た目ほどの重さがあるわけではなく気にせず飲み込めて、次の匙ではじっくり味わってから飲むと、これもまたそこにある甘さ、遠くからやってくるコクがあって、このスープだけでもどんどん飲めそうに思える。

 

しかし、そこは一度立ち止まって具材のチャーシューに手を出した。それにも脂をしかと感じて味付けの強さも思うが、これもまた見た目よりはずっとか食べ易く、脂の浮いたスープに脂身一杯のチャーシューと見た目の脂で敬遠する人がいたらもったいないだろうなとスイープはそのチャーシューとスープを休まず食べ続けながら思う。

 

と、そうしている内にラーメン鉢は空っぽになり、スイープは箸を置いてまずは用意された水を飲み干して、そのコップを机に置けば「さあ、今こそジャッジだ!」と、それを口にせずとも伝わる瞳でタマモクロスとイナリワンが見つめてくる。

 

「……これ、決めなきゃダメ?」

 

タマモクロスとイナリワンの眼光を受け止めながら言いにくそうに申し出るスイープに二人は揃って力強く頷く。スイープはどうしよう……と腕を組み下を向き口からは「むー」「んー」と悩む声だけを出し考える。

 

スイープには決断ができなかった。その味も食感も全く違うものだが、それぞれどちらもスイープの好みのもので、片方を食べたくなる日もあれば、別の日にはもう片方を食べたくなるかもしれないが、どちらが上だとの判断は全く付かなかった。なんとなくで「こっちのラーメンで!」と決めてしまうのはどちらのラーメンにも失礼な気もしてスイープは悩み続けた。

 

どちらかには決められない、ウソはつけない、その果てにスイープは一つの事を決める。

そして、組んだ腕を解き顔を上げ、机に身を乗せて答えを待つ二人は見ずに目線を上げながら声を発した。

 

「やっぱ無理!」

 

「それないやろ~」

 

「そうだ、それは待ってくんなっ」

 

スイープの言葉にタマモクロスもイナリワンも揃って身体をガクリッと落とした後に体勢を戻し、タマモクロスはオイオイと手振りを付けてツッコむように、イナリワンは両掌を机に付けて身体を前に出し言ってくる。

 

「そんなこと言われても無理だもーん。同じラーメンだけど塩と醤油で味も全然違うし、どっちも美味しいし、どっちが上とかないよ。私じゃ決められない」

 

続けて足をばたつかせて「むーりー」と更に口を尖らせて言うスイープに、タマモクロスもイナリワンも机から離れて立つ格好で「まいったなぁ」という顔を向けるばかり。

と、そこにスマートファルコンが近づいてくる。

 

「もう、そういうことでいいんじゃないですか。差が少しも無い、どちらかには寄せられないというのなら、引き分けだって有りでしょう」

 

「しゃーないな。ま、ええわ。で、スイープちゃん……やったっけ。美味しかったのなら良かったし美味しそうに食べてくれたし、こっちも満足したわ」

 

スマートファルコンの言葉にタマモクロスは髪を掻き上げながら結果を受け入れる様子を見せると再び机に身を乗せてスイープに顔を寄せて話かけてきた。

 

「ファインも良い食べっぷりだったけど、アンタもガツガツと良い勢いだったね。そういう勢いのある娘はアタシも好きだよ、と……」

 

イナリワンもその言葉に同意するようにした後にお腹を押さえ撫で始める。

 

「どうしたん?」

 

「いや~作ってばかりでこんな時間にもなってるし、お腹減ったなって。材料はまだあるし片付けついでに作るとするか」

 

「それを言うとウチの方もな~。まだ材料が余るくらいあってなぁ。ウチは食べる役はそんなにやから、ファルコンいける?」

 

「私はそれなりに食べるけれど全部は……」

 

「それならイナリさんにも手伝ってもらったら。私は2杯いったから出来ないけど」

 

「いきなりアタシにパスかいっ!アタシはお腹は空いてるけど、こういうあっさりしたのは食べる方じゃないんだよなぁ……」

 

「でも、あっさりに見えてあっさりじゃないんだよ。色が薄いのになんでこんなに色んな味がするの?ってくらい味が詰まってる感じで。私、野菜なんて大っ嫌いなのに全然気にせず最後まで飲めちゃったし、見た目で判断しちゃいけない塩ラーメンだよ」

 

味を思い出しながら力説をするスイープからイナリワンは視線を外してタマモクロスへとそれを送る。

 

「スイープの言う通り、そこはウチも特に自信ある部分や。期待を裏切ったら謝る覚悟もある。手伝ってくれんか、イナリ」

 

「その言葉、しっかりと受け取った。そこまで言うなら試してみようじゃないか」

 

タマモクロスがそれを見てここが押し所だと右手をグッと握りしめながら上げて更なる力説を見せれば、イナリワンも覚悟は決まったというように頷いた。その様子をお茶を飲みながら見ていたスイープは思いついたというように表情を変えた後にそこに入り込んだ。

 

「でさあ、タマモさんの方もイナリさんのやつ食べてみれば?」

 

「え?いや、待ってえな。ウチはウチでああいう色濃いドカンときそうなやつは腹に溜まりそうで食が余計に進まなくなるんや。そもそもイナリの方は材料が余りまくってるわけでも……」

 

「いいや、こっちも余ってる……そう、三杯分くらいは」

 

「なら、イナリさんとタマモさんとファル子さんで分けると丁度いいんじゃない。タマモさんも食べてみればいいのに。見た目が色濃いし油も浮いているのに、くどくなくて美味しいんだよ」

 

「そう、それがアタシのラーメンの特徴さ。どうだい、騙されたと思って一度食べて見ないか?」

 

「……こっちが勧めておいてそっちを断るというわけにもいかんか。分かった、食べてみようやないか」

 

「うんうん、それがいいと思う」

 

お互いがお互いのを食べるという事で話が落ち着いてスイープも同意しながら頷く。と、いつの間にか机の向こう側からスマートファルコンがスイープの隣へと来て小声で囁く。

 

「どうやら上手く話がまとまったみたいね。今日の東西味比べ対決の着地地点はこんなところ、と。ありがとね、良い審査員だったよ」

 

最後にスマートファルコンはキラリと星が飛ぶようなウインク一つをスイープに見せると「それじゃ早速片付けを含めて作って行きましょうか!」と、マイクを机上に置き頭に手にしていた三角巾を巻いて、アイドルモードから調理モードへの移行を完了しタマモクロスとイナリワンへと伝えるのだった。

 

そうしてスイープはお腹を満たして満足し、タマモクロスとイナリワンも決着に納得し、スマートファルコンはこれで事が先に進むと安心してそれぞれが次の動きへと行く中で、スイープはこの後に何か用があるわけでもなく何気なく部屋をぐるっと見回すと、さらに人の少なくなった中の座っていた位置から見て奥の窓から今日のこのイベントを教えてくれたハルウララが外を見ていた。それは何かを探しているような動きで、何だろうとスイープは立ち上がって近づく。

 

「どうしたの?外なんて気にして」

 

「やあ、スイープちゃん。私は他の娘と作っていてね、後は麺を茹でるだけの準備が整ったんだけどトッピングがまだ来ていないんだ。ここだと用意できないからって外でやってくるって言って、その娘達が出て行って大分時間が経つんだけど……」

 

スイープの方を一度見てはくれたが、すぐに帰ってこないその誰かを気にするようにハルウララは窓の外の方を気にしながら話す。

 

「それなら私が様子を見てこようか?今ラーメン沢山食べてちょっと動きたいしね。それはどこでやってるの?なんて娘達?」

 

「私も外の広い場所としか聞いてなくて。行った娘達の名前はね……」

 

と、スイープはハルウララからそのウマ娘達の名前を聞くと、「自分に任せておけば大丈夫」とばかりに自分の胸元を勢いよく叩いてすぐさま調理室を出て行った。

 

 

 

 

そうして廊下を進む中、誰も周りにいないのを確認してスイープがシイナに声を掛ける。

 

「こういう場合に探し人を見つけるとか出来る?」

 

「出来るよ。この敷地内で名前も分かっているなら、そんなに難しいことじゃない」

 

「そういうものなの」

 

「……そう、特に名前は大事さ。名前はその人の色々なものを縛る。名前を知っていれば糸を手繰って辿り着ける。そうして欲しい?」

 

「やってよ、早めに」

 

「分かった。でも、僕の周りに魔術反応が出るだろうし、屈んで僕を隠す形にしてくれない」

 

「はいはい、何かとひと手間かかるわ。この程度ならまだいいけど」

 

スイープはそうして一度廊下を左右見渡した後で誰もいないことを確認して特別教室が並ぶ壁に向かって座り込みシイナを抱える形にすると顔はそちらを見ないように天井に向ける。そして下の方からパシリと小さな音と共に赤い光が放たれ、上を見ていても尚少し眩しくそれを感じた後に立ち上がった。

 

「で、その人達はどこにいる?」

 

「どうもこの学園内の駐車場みたいだね」

 

「駐車場?場所は離れていないけれど一体何を用意してるんだろう、そんな所にまで行って」

 

何が行われているかは全く想像がつかなかったが、とりあえず目的の場所が分かれば深く考える事もないとスイープはそちらへと足早に向かっていった。

 

 

 



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炎と魔女

スイープが駐車場まで辿り着くと、広い敷地の奥側にモクモクと煙が上がっているのが見えた。

 

「分かり易いわね」

 

そこを目的地に一直線に進むと、周りには車も止められていない一角に探していたウマ娘達が野外用コンロを目の前に何やら話し込んでいる。

 

「こんにちは。キングヘイローさんとカワカミプリンセスちゃんよね」

 

「そうですけど、何でしょうか」

 

「何の用かしら」

 

近づきながらのスイープの言葉に、青い耳カバーに右耳には緑のリボンを付け伸ばした鹿毛の先にはウェーブが掛かるウマ娘──キングヘイローと、左耳に王冠を意識したような飾りを付けた隣のキングヘイローよりも長く鹿毛を腰を越えるほどに伸ばした──カワカミプリンセスがコンロを気にしつつもこちらに顔を向けてきた。

 

キングにプリンセスと名前が付くだけあって、どこか住んでいる世界の違うような近づき難さをスイープは感じたが、臆するわけにはいかないと更に近寄る。

 

「ハルウララさんが二人を待ってるようだったから、私が代わりに様子を見てくるって言ったの」

 

「そうでしたか……。それについては私達も早くと思っていたのですが、なかなか上手くいかなくて……」

 

キングヘイローは片手を頬に当てながらコンロの方を見て申し訳なさそうに言う。

 

「何に困ってるの?」

 

「それはキングさんのお手を煩わせることはありませんから、私から答えさせていただきますわ」

 

スイープが問題はこのコンロなのか……とそちらに近づいていくと、カワカミプリンセスがスイープの隣に立ち、そう宣言してから自分のスカートの両裾を摘まんでお辞儀する。

 

「この度の会の開催に辺りファインモーションさんに是非ともこれまでに知らなかった経験をしていただこうと、いつまでも残る思い出になってもらおうと立ち上がったこのキングヘイローさん。それにはこの私、カワカミプリンセスも少しでもお力になれればと話を聞いてすぐに協力を申し出るものでした。そして、何を作れば良いのかという所で早速他には類を見ない提案をされるキングさん、それがこのお手製の焼き豚だったのです!」

 

と、カワカミプリンセスはコンロの近くにラップを掛けて置かれていた銀色の深めのトレイを持ち上げてスイープに見せる。スイープが少しラップを取り外して中を見ると、しっかりと煮込まれた大きな焼き豚が一塊乗っていた。先程ラーメンを食べて暫く食べ物は良いかなと思っていたスイープだったが、その香ばしい匂いは今すぐにでも味見をしたいと思うほど食欲をそそられるようで、見るだけで美味しそうだと伝わるツヤもそこには在った。

 

「これだけでも十分な程に美味しいのですけれどキングさんとしては最後に一炙りが必要だということで、それを行うためにここに場所を作ったまでは良かったのですが、どうも火力がいまいち足りないようで困っているところなんです」

 

「そういうこと」

 

と、スイープがコンロに近づくと火は赤く勢い良くそこにある。

 

「結構熱くなっているように見えるけど、これじゃダメなんだ」

 

「そうですね。後一押しという所なんですが持ってきた燃料ですと力及ばないようで……。ここで最後の一手間を妥協するわけにもいきませんし、といって待っている方を放ってもおけませんし……」

 

キングヘイローはどうするべきかと一人遠くを見るように悩み始めて、カワカミプリンセスはそれに気づくと寄り添うように近づく。そうして二人がスイープから目を離したところでスイープはシイナに小声で話し始める。

 

「火を操るって出来る?」

 

「出来るよ」

 

「じゃあ、やって」

 

「うーん……」

 

「嫌なの?何か道具が足りないの?」

 

肯定の言葉が直ぐに出ないことに、スイープは苛立ちが見える口調で早口で問う。

 

「そうじゃなくて……目的はあの肉に上手く火を通して事を全て綺麗に終わらせることだろ?それなら火の話に限定せずに環境を整えると言ってくれた方が……」

 

「何が違うの」

 

「煙ったりしても苦しいかもしれないから、その辺りの調整もするよ」

 

「ああ、それは必要かもね。そういう事で頼むわ」

 

「じゃあ、これをあげるよ」

 

スイープの言葉にシイナは手の内側を見せるようにして腕を上げる。そこには金平糖のような黄色い固まりが一つ置かれてあった。

 

「火を強くするのはそれを火にくべると良いよ。魔力反応だって「これが燃料で、そのせい」って言えば分かり易いだろうし」

 

「良いアイデアね。それじゃ、私がそこは話を付けるから他の事をよろしく」

 

「はいはい。他の用具の影になるところにでも置いてくれよ。そこでやるからさ」

 

希望通りにコンロの近くのクーラーボックスや水の入ったバケツの影にシイナを置くとスイープは未だ結論が出ていない様子のキングヘイローとカワカミプリンセスの方へと。

 

「お二人さん、ちょっといいかな。火力が足りないなら私が良い燃料を知ってるし持ってるから、それを使おうか」

 

「それは有り難い申し出ですけど……本当に貴女が?」

 

と、キングヘイローはどう見ても幼く自己紹介をされなくともジュニアクラスの娘だろうと伝わるスイープの姿を上から下まで見た後に心配を込めた表情で話す。そうして子供のように見られる事は好きではないが、それも仕方の無いだろう思いはスイープにはあり、疑うのなら今から分かってもらえばいいと、まずはチッチッチとヘイローに向けて指を振る。

 

「こう見えても化学に詳しいアグネスタキオンさんにアドバイスして褒められた事だってあるのよ。危ない事をするわけではないし、実際に見ていてくれれば良いわ」

 

それを伝えてスイープはコンロの前に立つ。持っていた金平糖型のアイテムはその粗い編み目から下に入れられそうでスイープは掌にあったそれをコロリと中へと放り込む。

パシッと弾けるような音が走り一瞬だけ炎が紫色に染まり燃え上がる。それに反応してか少し後ろから見ていたキングヘイローとカワカミプリンセスがスイープの両脇へと現われた。二人が来る頃には火は赤色となり当初よりもその威力を強くしてそこにある。

 

「こんなもので良いのかな」

 

「あ、はい。これだけの火力があればきっと……」

 

「キングさん!折角の助力、少しでも無駄にしないためにもこちらも進めましょう」

 

「そ、そうですね。ありがとうございました」

 

「いいの、いいの。火力がまた減ったら足すから言ってね」

 

火の勢いを見て焼き豚の置いてある方へと素早く回るカワカミプリンセスと驚いた顔をしたままにスイープに御礼を言うキングヘイロー。スイープはその二人を見ながら作業の邪魔になってもいけないと後ろに下がっていった。

 

キングヘイローは制服の袖を捲ると様々な用具が置かれている場所から長い金串を幾つか取り出し焼き豚に慣れた手付きで一つずつグサリと一差ししていく。そのまま全ての金串を差し終えるとそれらを手に取り焼き豚を持ち上げて網の上に。焼き豚から落ちた脂が更に火を強くするけれども、それに怯える事もなく少しも退く事なくキングヘイローはそこに焼き色を付けていく。一瞬空を覆った雲がピカリと光ったがそれにも少しも意識を向けることもなく、様子を見ているスイープとカワカミプリンセスもキングヘイローの姿に見入っていた。

 

「美味しそうだな~」

 

「そうでしょう、そうでしょう。何しろキングさんのお手製の料理。そして、あのキングさんのあれほどの火を前にしての勇姿!感動的ですらありますわ!」

 

周りが焦がされていく焼き豚の色と漂う匂いに喉を鳴らすスイープと、その隣でキングヘイローの姿を見続けるカワカミプリンセス。そうしている間にもキングヘイローはクルクルと金串を慣れたように操り強い火に当てられ流れる汗も時々降りかかる炭の粉も火の粉も気にすることなく満遍なく色づけていく。

 

「何か凄く慣れているって感じするね」

 

「その通りなんですよ。キングさんはこのレース界において中央だけでなく地方も盛り上げようと遠征して、そこでのイベントに望んで参加されもして、そうした時にあのような事もその身で覚えたという話ですの。今回共に作る事となったハルウララさんとはそうして高知のレース場で知り合ったようでして……」

 

と、二人で話している内にキングヘイローが焼き豚を火が多くある部分から横にずらして網の上に置き顔を上げる。

 

「カワカミさん、入れ物の用意を頼みますわ」

 

「はい、今行きますわ。それでは」

 

カワカミプリンセスはスイープに一言残してキングヘイローの元へ。そうして焼き豚を大きなタッパーに入れ金串を抜いて……としたところでキングヘイローがスイープへと近づいてきた。

 

「お願いがあるのですが、私達がこれを運んで行って一通りの事が終わるまで、ここでこれらの道具の事を見ていてもらえませんか。火はこのまま弱まっていくでしょうし危険な事は無いとは思いますし、本当に見ているだけで良いので」

 

「いいよ、そのくらい」

 

「ありがとうございます。その辺りの事まで考えが足りていなかったもので助かります。それではカワカミさん、参りましょうか」

 

「はい!」

 

キングヘイローの丁寧な申し出にスイープは悩む事も無く答えると二人は焼き豚入りのタッパーを持ち調理室へと向かっていく。スイープは立ち尽くしているのも何だと思いコンロと道具の置かれた間のコンクリートの上に腰を下ろすと道具の脇に置いていたシイナを自分の膝下まで持ってくる。

 

「最初は話し辛い人達かと思ったけどそうでもなくて良かったわ」

 

「早く戻ってきてくれるといいね」

 

「なんで?別に少しくらい長くなっても私は待つけど。他に何かやることもないし」

 

「君が良くても、この辺りの道具に良くないというかさ。もうそろそろ強く雨も降ってしまう」

 

「そういえば空が暗いような……。何?シイナはそれを明日の事が分かる術で天気を知っていたってこと?」

 

「違うよ。さっき君が頼んだんじゃないか。僕の仕事はここでの事が綺麗に終わるまで、だろ?だから、さっきからここらに降る予定の雨を止めてるんだよ」

 

「そんな事までしていたの?知らなかった」

 

「まあ、それが頼みだからね。そういうわけでこのまま延長はしておくけど、僕としては力が切れるまでには帰ってきて欲しいところかな。火力を強くするだとかの話と違って範囲が広いから消耗が激しいんだよ」

 

「ねえ、シイナ」

 

「何?」

 

「細かく言わなくても気が利くね、ありがとう」

 

「願いとそれへの対応だから当然だね。まあ、そういう言葉は嬉しく思うのも当然だけどね」

 

スイープがシイナの顔をプニと一押ししながら感謝を伝えると、シイナはスイープの方へと向けていた顔を元に戻しながら言い残す。何も見た目が変わるわけではないその頬が照れたように赤くなったようにもスイープは思えて、シイナからは見えないその背後で(カワイイ所があるんじゃないの)と、ニヒッと笑顔を浮かべていた。

 

 



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全ての一杯といっぱいの想い出

そのまま数十分、スイープはスマホを弄ったり時々駐車場にやってきた誰かに置かれている物々についての説明をして待っているとキングヘイローとカワカミプリンセスがやってきた。二人には待たせた事への謝罪と御礼とを丁寧に言われ、それには「特別な事をしたわけでもないし」と告げて、片づけを始める二人を手伝う事にもした。

 

そうして一通りの道具を屋根のある所に運んだ所でポツポツと雨が降り出したかと思うとそのまま本降りに。「後少し遅れていたら濡れるところだった」と安堵する二人を見ながら、自分は真実を知っているとの気持ちからの笑みをスイープは浮かべていると、その場所で「後はこちらでやるから」と言われて二人とは別れてスイープは特別教室棟の廊下を歩く。

 

そうして再びやってきた調理室。既に参加者の調理から片づけまで終わったようでそこに人はおらず、では、隣の部屋は……と訪ねると、そこもまた誰も居なかった。試食は済んで中に置かれた机や椅子も片づけられた部屋の中に入ってそれを確認したスイープの背後から人の気配がして振り向く。と、そこには今日の主役だったファインモーションが居た。

 

「こんにちは、ファインさん。今日の会は盛況だったみたいね」

 

「はい、皆さんに今まで知らなかったようなラーメンを作っていただいて本当に楽しかったです」

 

「私も楽しかったな。実は調理室の方で材料が余ってるからって作ってもらったんだ。ファインさんのおかげで良い思いしちゃった。ありがとうね」

 

「そうでしたか。貴女にも良い思い出となったのなら私としても嬉しいものです。また戻ってきた時には今日お世話になった方々にぜひお返ししないと、それを考えるのもまた一つ楽しみになりました」

 

「ねえ、ファインさん。一時帰国って長いの?」

 

「はっきりとした期間は決められていませんが……、そうですね、それほど長くはならないのではないかとは」

 

「そっか」

 

「良かった……」と安心したように息をつくスイープをファインモーションはどうしてだろうという思いを浮かべた顔で見る。それにはスイープもすぐに気が付いて言葉を続ける。

 

「そのね、ファインさんにお店を教えて貰って行ったら凄く美味しくて、クラスの他の娘達にも教えたんだけど好評だったんだ。食べ歩きするの楽しいし、ファインさんにもっと教えて貰えたらと思って……。ファインさんの事情もあるのに、こんな事で望んだらいけないのかもしれないけれど……」

 

「いえいえ、そう言っていただけるなんて教えた甲斐もあったというものですし、貴女の望みを私もまたこのトレセン学園に戻ってきた時の楽しみとしましょう」

 

と、ファインモーションはそのまま真っ直ぐ歩いて窓際へと行く。雨は通り雨だったのか今は止み、雲の隙間から光が差して窓から見える外の敷地が明るく見える。

 

一時帰国が決まってから「これが最後になるかもしれない」と「このトレセン学園が見納めになるかもしれない」と、これまで以上に一瞬一瞬の出来事を全て自分の中に収めるように、何一つ溢す事無く抱きしめるように過ごそうとしてきた。

 

そして、その日々の中で己がそう思うだけでなく、周りの娘達、知り合いも、同級生も、先輩も、後輩も、自分が望んだわけでもないのに、その思い出を深い物にしようと今日という日まで用意してくれた。

その日々を知って思った事は、これでもう思い出が一杯だと、満たされたというわけではなかった。それを知ったからこそ自分はまだこの場所で違う思い出を作っていきたいというものだった。家や周りに望まれて、そのままに従って帰る今回の帰国だけれど、帰った時にはその思いを伝えようと、更に陽が差し込む景色を見ながら思う。

 

「明るくなってきたね。これなら寮に帰るにも傘が要る事にもならないで良かった」

 

そんなファインモーションの考えを他所にスイープも歩いていき窓に張り付くようにして外を見る。その内にファインモーションに対し一つ思いついた事が出来て振り向いた。

 

「あ、そうだ。教えてもらってばかりだと悪いから、私もファインさんが居ない間に新しいお店とか注目度急上昇のラーメンを探しておくからね」

 

そうして「楽しみにしておいてね!」と指を立てて念押しするように伝えてくる、何の事情も知らず無垢で明るく、まだ何者にも染まらずこれから進んでいくのだろう後輩に向けて、ファインモーションは「是非とも」と、こちらもとびきりの笑顔で答えるのだった。

 

 

 

 

そして、夜、今日は美味しいラーメンにありつき幸福な時間を過ごしたスイープは、寮の部屋のベッドの上に転がりながら出来事を思い返し噛み締めていた。

 

「いやー満足満足。これで明日はチームの応援だけだし難しい事を考えないで良いし素敵な日だった」

 

「そりゃ良かったね」

 

「シイナもお疲れ様ね。明日は外に出かけるから良かったら普段学園内には無い新鮮な果物とか買おうか。今日はそのくらい沢山頑張ってもらったし」

 

「そうして貰えると有難いよ」

 

と、机の上で返事はするがスイープの方は見ずに、どこか意識が別の方向にあるんじゃないかと伝わるシイナの様子が引っかかってスイープは立ち上がり近寄る。

 

「何を考えてるの?」

 

「スイープと同じだよ。今日あった事をちょっと思い返しているだけ」

 

「また”他の娘は魔女らしいのに”って?」

 

「そういうのじゃないよ。ほら、レースで競って誰が1番かって争っているかと思ったら、誰かのためにそれぞれが力と時間を注いであれだけ動くなんて、君らって面白いねって思っていたところ」

 

「レースはレース、他は他よ。っていうか、シイナだって学校に通う生徒なんでしょ?魔術の出来で争ったりはしても日頃は助け合ったりとかしないの?」

 

「そこはするけど、今日の場合は接点も何もない娘達だって参加してもいたんだろ?そういう所がこちらとは違って興味深いってこと」

 

「そう。まあ、皆ノリが良いというかね。言われてみれば、そういう見方をされてもおかしくもないかも。そういう感想には私からはあれこれいう所じゃないけれど、興味なさげにされるよりその方が良いとは思うわ。さてと、こんな時間か。もう寝るとしようかな」

 

「いつもより早くない?僕としてはもう少し本を読みたかったところだけど」

 

「明日のチームで集まる時間が早くてね、遅れるわけにはいかないでしょ?あ、うっかり目覚まし止めてたらちゃんと起こしてね」

 

「そういう話じゃ仕方ないか。要望も承ったよ、それじゃお休み」

 

「はい、お休み」

 

パチリと部屋の電気が消えて、二人の充実した5月のある日は終わっていった。

 

 

 




5月ラーメンおもてなし編はこれで終了です。


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スイープちゃんのリボン
パワーアップをしよう


チームでトレーニングは続くがスイープにはデビューの話は欠片も出ず日々が続き6月の半ばに入っての日曜日、生憎の雨で予定が変わり午前中の屋内練習を終えてスイープは寮の自室へと戻ってきていた。午後のG1レースに関してはトレーナーから観戦しろとも何とも言われず自主的に見ても良かったが、降り続ける雨が気分を沈ませるようでこのまま部屋でゴロゴロしていようとの方向に向かっていた。

 

そうして魔法を使って活躍する少女の漫画をベッド上に寝転んでスマホを使って読んでいると、近くに置いていたシイナが声を掛ける。

 

「前から聞きたかったんだけどさ、君と他の娘との話を聞いていると寮の部屋って二人一組のようじゃないか。なんでこの部屋は一人部屋なわけ?」

 

「学園が獲る人数を多くしたのは良いんだけど寮の部屋が足りなくなって、元は備品とか置いていたここを寮部屋に改装したんだって。大きさが他より小さいから一人部屋として」

 

「へえ、それで君が押し込まれた、と」

 

「違うわよ。他にも希望者がいたんだけど私が勝ち取ったの。だってさ、誰かと共同で部屋を使うなんて絶対に面倒臭いでしょ。だから、「ここが良い~~~」って必死のアピールをした結果として私が入る事になったんだから」

 

得意満面のスイープの横でシイナは(ワガママ押し通したってことね……)と、その時の周りの面々の困惑や呆れ顔を場面を実際には見なくともハッキリと浮かべながら、それを口に出せばまた煩いと心の内に仕舞い込む。

 

「シイナとしてもこれで良かったでしょ。誰かが一緒に居たら、その娘が留守の時くらいしかこうして話せなかったし、留守でもいつ帰ってくるかと思うと気軽にお喋りできなかっただろうし」

 

「それはそうだね」

 

(そこには完全に何も言えないな……)とシイナが思ったところでスイープはスマホのカバーを閉じる。

 

「あーあ、最新話も読み終わっちゃったし他に読む物も無いし、どうしようかな」

 

「それなら今の内にやっておく方が良い事があるな」

 

「勉強しろとか?ママや先生やトレーナーじゃないんだし、そういうのは止めて欲しいんだけど」

 

「勝手に先回りしないで欲しいな。僕のこの身体の維持についての大事なこと」

 

「ああ、エネルギーが足りないの」

 

そろそろ自分も何か食べに行っても良いし、と、スイープはそこで身体を起こしベッドに座る。

 

「それもあるけど、先月に雨が降るのを一時止めたりしただろ?あの時からどうも気に掛かってはいたんだけど、この身体は術を使うにも消耗が激しくて、その後にエネルギーを補給しても何かモヤモヤと疲労が残るという様子で……」

 

「つまりはトカゲはイマイチだったってことか。私もいつもシイナを連れているからか、近頃は何だか”トカゲの娘”って言われているのも聞くんだよね。響きの良い呼ばれ方じゃないし、こんなことになるなら黒猫の縫いぐるみにでもしておけば良かったな。そっちの方が魔女らしい感じするし」

 

「あのね、しっかりと人型の形代を用意してくれるという選択肢は無いわけ?そこに」

 

「人型ねえ、もし私がそれを最初から用意していたのなら私と同じような格好をしたカワイイ魔女の人形とかになっていただろうけど、そんな姿の方が良かったの?」

 

「本当に?」「それが希望だったの?」とニヤニヤとしながらシイナに言うスイープだったが、当のシイナはだからどうしたというように続ける。

 

「魔女の人形だろうと何だろうと人型であったなら今頃こんなことにはなっていなかったんだよ。

 人型の依代ならこんな風に中に閉じ込められる形じゃなくて、どんな格好に変身だって出来たんだよ?それこそ黒猫の縫いぐるみにだって、僕の元の姿に寄せることだって、姿を隠す術だって自由自在だったさ」

 

「そんなことまで出来たんだ。それなら何でもいいから人型にしておけば良かった……って、今、思ったんだけどシイナの元の姿ってどういうのなわけ?使い魔とか言うし元からそういうトカゲみたいな形に近い物かと勝手に思ってたけど」

 

「決めつけられるのはどうかと思うからこの際に言うけれども、僕にせよ他にせよ姿としたら君らと大して変わらないよ。まあ、君らウマ娘よりは人間に近い格好だ。耳は顔の横にあるし尻尾はそんな風に生えていないし」

 

「その代わり先の尖った尻尾とか角とか生えていたり?」

 

「まあ、そこはそういう人も居るね。僕にはないけど」

 

「へえ、それで背丈とかどうなの?」

 

「背は……こういう時は何インチって言えばいいんだったかな……」

 

「それを言うならセンチでしょ。色々この世界の事を覚えるのが早いけど微妙な所が怪しいわね」

 

「……そりゃ失礼しました。まあ、あれだ、君のチームのトレーナーがいるじゃないか。彼よりも、このトカゲの身体半分くらいは高いところかな」

 

「それって長身じゃないの。へえ、そんなに背が高かったんだ」

 

「そういう格好の方が良かったかい?」

 

「そんな大きな身体でここに居られても困るし、どこか外を歩く時に持ち歩かないで一緒に歩くにしても目立ちそうだから必要なかったかもね。トレーナーと話しているだけでも私からじゃ背が高くて見上げることになるのに、もっと高いなんて疲れちゃう。それでそれで、他の見た目とかどうなの?」

 

「どうって言われてもね」

 

「仲間内から格好良いとか言われたことないわけ?」

 

「ないけど……。他に分かり易く伝えられるのは、そこのベッド下の片付けられていない本の中に君らのレース雑誌が一つあるじゃないか。そこの間に挟まれてた小冊子の表紙の娘とは似ているところはあるかな」

 

シイナの言葉にスイープはベッドの脇に移動し身を乗り出して床を見る。そこには辞書や参考書と授業に関するものや最近の流行りを追った雑誌が雑に散らばる中に数あるレース雑誌の内の一冊が紛れていて、スイープはそれを手に取ると中の小冊子だけを取り出してベッド上に戻りながらその表紙を見る。

 

小冊子は海外からの留学ウマ娘の特集で、表紙にはドイツからの留学生のウマ娘──エイシンフラッシュの姿が映っていた。スイープは驚いたようにシイナに詰め寄る。

 

「え、表紙の娘って事はこの娘に似ているってことなの?」

 

「何をそんなに驚いてるの」

 

「だってさ、この娘、トレセン学園に来てそれほど日数も経っていないのに、この見た目が良いって大人気なんだよ?立っているだけの佇まいでさえ目が引かれる、歩けばその姿勢の良さに周りが振り向くとか、だからこの冊子でも他の娘を抑えて表紙にまでなってる。その娘に似ているなんて凄いイケメンってことになるじゃない!」

 

「誰も顔立ち話はしてないよ……。髪型と髪色と髪質がその娘と同じようなものってだけ」

 

「なんだ、それ早く言いなさいよ」

 

「いやぁ、急に早口で言い出すからタイミングが掴めなくて」

 

「私のせいにしないでよ。ああ、でも、待って。今、髪の毛の事を言ったよね。このエイシンフラッシュちゃんって髪の毛も「その漆黒の髪が!」って凄く褒められてるんだけど、それと同じってことは綺麗な色してるってこと?」

 

「まあ、その部分については僕も周りに褒められたことはあるね。闇を吸収し闇の中でも光る黒い宝石の如き輝き……なんてね」

 

「……その姿になれないからって話を盛ってない?」

 

「事実を述べたまでだよ。大袈裟に言いもして自慢するならもっと他の部分でやる。髪の毛の色艶が良い所で他に何か得する事があったわけでもなし」

 

「それを聞くと見てもみたかったな。人型にしなかった事がちょっと悔しいかも」

 

「その部分だけでか……。と、話を戻すけれど、こういう身体なことで後々も苦労するかもしれないから、ここらで魔力を操り易くできるように補強をしてもらおうかと思うんだよ」

 

「何をすればいいわけ?」

 

「そんなに難しい事ではないから固くならずに聞いてくれれば良いよ」

 

その言葉にスイープは手にした冊子は置きつつ気分は楽にしてシイナへと向かい話を聞くことにした。

 

 

 



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愛と希望の言葉の元に

シイナから今後の魔力維持のための補強方法を聞き、ベッド上に置かれた必要物資を書いた紙を見ながらスイープは片手で頭を掻くと、もう片方の手は物資メモの隣に置かれた小さな黄色のリボンに触れる。

 

「もう一回確認を取るけど、各種の木の実をすり潰した中にこのリボンを最低でも3日間は入れて、魔力を込めた水を吸収させ月の光を十分に浴びせた花を咲かせたスミレに溜まった朝露を振りかけた糸でそのリボンを縫い付ける……と。この糸って別に何でも良いわけ?」

 

「そこは限定されないよ」

 

「それなら裁縫箱に糸はあるし、木の実も胡桃に落花生に……他の物だって簡単に手に入るけど、スミレってどうするのよ……」

 

と、スイープは自分の横に置かれたスマホの画面を見る。

まずは必要な木の実の事を調べてこれは近くの店で自分の小遣いの範囲で買えるものだと問題はなかった、そして次に調べたスミレの花。これも大して難しい話ではないと思っていたが、これが間違いだった。スミレの花は春の花、6月となってはどうやって手に入れて良いか分からない。

 

「こういう事がやりたいなら先月中に言ってくれればいいじゃない。それならスミレの花だってどこかにあったかもしれないのに」

 

「そんなことを言っても、この身体だと難しいなと確信したのが先月末だったんだから。それからこのリボンを自分で作り出すにも時間が掛かるものだったし、その辺りの用意は揃えてから言った方が良いと思ったしさ」

 

(そもそもスイープが人型の形代を用意してくれれば必要の無かった話じゃないか……)という言葉は目の前で「どうしたら良いのよ~~」と枕を叩いて八つ当たりしている者を見てシイナは飲み込みながら、「こんな事をやりたくない」とまで言ってくるわけではないしと他の案を挙げることへと舵を切る。

 

「スミレそのものでなくとも近い植物で多少の違いは出てもカバーはできるかもしれないから。とにかく何か足していかないと僕としたらある日動けなくなったりしたら困るしね」

 

「……うん、分かった。少しでもどうにかなるかもなら、それで行くわ。お花の事なんてよく分からないけど学園の中にも色々育ててる花壇があったし、その辺に行けば代わりになる物が分かったりするのかな」

 

枕を叩くのもすぐに飽きた後はベッドの上で膝を抱えていじけるように座って話を一通り聞いていたスイープは最後まで聞き遂げると顔を上げて少しは前向きになった表情で口にする。

 

「僕が近くに寄っていけば分かると思うよ」

 

「じゃあ、そういうわけで行ってみましょうか。何だか外も雨が上がってるようだから」

 

(凹むのも早いが立ち直るのも早い)と思いながらシイナが後押しの一言を添えると、スイープは完全に切り替えを終えたようにその場から一気に立ち上がった。

 

 

学園の一角、手入れが行き届き、今は雨は止めども雨粒がその身に残る花々の園。そこにシイナを抱えてスイープは辿り着いた。どれが何の花か等とは全く分からないまま色鮮やかな花を見て歩く。

 

「あ、スイープ。そこから一つ先に行った所のがスミレに近いかも」

 

その内に届いた言葉に従ってスイープが進むと、そこには青寄りの紫色をした花が咲いていた。先程スミレの事を調べた時に出てきた画像も大体がこのような色をした物で系統的に近い植物と言われれば疑いなく思えるものだった。

 

「これか。と、これが近い物だと分かったところで……よね」

 

「まあ、ここなら月の光は当たるとして朝早くに露を取りに来ることはできるけど、勝手にこの花壇広くに魔力を含めた水を与えるわけにも、勝手に一株持っていって部屋でやるわけにも、だね」

 

「名前が分かればいいんだけどな。そうしたらどこかお花屋さんに行って……」

 

「名前なら、ビオラだよ、それ」

 

と、スイープが歩いてきた方向から寝起きのようなテンションの低い声がして見てみると、そこにはニット帽を被った鹿毛のウマ娘──ナカヤマフェスタがいた。

 

「お花屋さんがどうとかも言っていたけど、もしかしてその花が欲しいってこと?」

 

「う、うん。本当に欲しいのはビオラじゃなくてスミレなんだけど……」

 

少々怖い目つきで面倒くさそうに首の後ろを触りながらのナカヤマフェスタにスイープは身体を引きながらも答える。

 

「スミレ、スミレか……。なんで欲しいの、それが」

 

「えっと……魔法の研究、みたいな……」

 

ナカヤマフェスタから届く刺すような視線に、ただ欲しいだけとは言えず事実をそのまま述べる事も出来ずにスイープがそう口にすると、ナカヤマフェスタはハッと顔を横に向けてシニカルにも笑った後にスイープの方へと向き直し続ける。

 

「魔法ね。あー、それで魔女みたいな帽子を被ってる、と。で、スミレをこうツボに入れて可笑しな色した液体と混ぜて薬を作ったり?」

 

「そういうのはしないのよ。お月様の光を当てて朝になったらそこに付いている水をちょっともらうだけ」

 

「ふーん、じゃあ、花自体を毟ってどうこうするってわけじゃないんだ」

 

「そうよ」

 

「……ま、そういう事ならね。ちょっとこっちに付いてきなよ」

 

ナカヤマフェスタはそうしてまた一区画違う花壇へと上着のポケットに手を突っ込み猫背気味に歩いていく。その様子からしても怖いものを感じながらも(付いていかなければ何をされるか分からない……)とスイープも歩幅を小さくしながらついていく。

 

その先のナカヤマフェスタが立ち止まった左隣に並ぶと、ナカヤマフェスタが目の前に広がる花壇の奥の方を指差す。

 

「そこに3株ほどあるのがね、時期がちょっと遅れて咲くスミレで、ピンク色の花が咲くのがもうそろそろって頃のやつなんだよ。無駄に使われるのは嫌だけど、どうしてもっていうなら譲らないこともないよ」

 

「貴女が育ててるの?」

 

「そうだよ。ふふっ、らしくないとでも言う?」

 

「それは……」

 

ナカヤマフェスタのスイープの心境を見透かすような言い様にスイープの言葉が続かない。それでもナカヤマフェスタは気を悪くした様子も少しも出さずに続ける。

 

「別にいいよ、そう言ったって。こう見えても草花を育てるのは好きでね、園芸係をやってるんだ」

 

「そうなんだ。それで、私としてはどうしても!ってやつなんだけど……」

 

「まあ、そう来るよね」

 

ナカヤマフェスタは今度はフッと企むような笑顔を見せながらスイープに向かって右の掌を差し出す。

 

「お金が欲しいってこと……?私も沢山は持ってないけど幾らくらい出したら交換してくれる?」

 

「欲しいのは欲しいけど、お金じゃないよ。お金じゃできない事がしたいね。私は草花を育てるのは好きだけど、それよりもっと好きな物があってね。そういうわけで私と賭けをしようじゃないか」

 

「……どんな賭け事?」

 

「そうだな、そのくらいはそっちに決めさせてあげよう。名前は何だっけ?」

 

「私はスイープトウショウ」

 

「スイープトウショウ……、スイープでいいか。私はナカヤマフェスタ。まあ、そっちも好きに呼びなよ。それで、どんな賭けをやりたい?こう血沸き肉躍るような興奮させてくれるやつじゃないとダメだね」

 

と、ナカヤマフェスタには言われるがスイープにとって賭け事などこれまでに縁が無く思いつくものがない。知識の中の賭け事と言えばトランプを使ったものや武器を持たせた人や動物を戦わせてどちらが勝つかというような昔の出来事のようなものくらい。

 

「何か困ってるね。まあ今すぐ白黒はっきり付くものじゃなくてもいいよ。結果はもうちょっと先のものでも。その場合は先に花はあげるけど、後に私が勝ったことが分かったらその時にはお金や他の物もごっそりいただこうかな」

 

ごっそり……という言葉にスイープは、どんな賭け事にしようかという悩みの他に負けたら困ると焦りが更に出る。どうしようか、どうしようかと脳内が回る中で、勝ち負けがあるもので、将来的な話でもいいという二つの事が頭に大きく残り、そこから一つの事を導き出す。

 

「そ、それなら、私今年中にはデビューすると思うのね。そのデビュー戦で私が1着になるかどうか賭けてみない?凄くドキドキしてレースが見られると思う!」

 

そのスイープの言葉にナカヤマフェスタはずっと半分開いているのか開いていないかといったものだった目をそこで大きく開く。そのまま何も言わない様子にスイープも何も言えずに口内の息と唾を飲込むだけしかできず、その場所に風がそよぐ音が響いた後にナカヤマフェスタはその手を軽く握り口へと持っていったかと思うとククッと笑う。それに対してもただ見ている事しかできないスイープに、今度はアハハッと口を開けて笑うナカヤマフェスタ。

 

「あー、ごめん。何を言うかと思ったら、そんなことだったからさ。でも、悪いけどそれでは賭けにならない」

 

「え、なんで……」

 

「だって、スイープ、あんたはそのレースで勝つつもりで、つまりは1着になる方に賭けるんだろう?そして、私もあんたが1着になると賭けるとなった時に自分は負ける事を選ぶ、とはしないだろう?」

 

「もちろんよ」

 

「じゃあ、ダメじゃないか。どちらも同じ方に賭けるんじゃ勝者がいない」

 

ダメだとビシッと言われてスイープはそれじゃあどうしよう……と口を結んで考えた後に少し事を変えて提案する。

 

「それならデビュー戦でじゃなくていつかG1レースで……」

 

「それも私は勝つ方に賭けてしまうな」

 

「えぇ……」

 

自分がG1レースに出ても勝つと肯定されているにも関わらず、今のスイープにとってはそれでは目の前の問題が解決しないと、そんな事には少しも考えも寄せず喜ぶ顔も出さずに今度は腕を組んで悩み始める。

 

「分かった、分かった。どうも賭けはあんたに向かないみたいだな。それなら賭けは無しでいいから出世払いといこう。デビューしたら、その時にはこの辺の肥料の資金の一部でも出してくれればいいさ」

 

ナカヤマフェスタが「もう悩むな、悩むな」とポンポンと軽くスイープの身体を叩きながら伝えるその表情は、どこか冷たさを持つようでもなく皮肉を込めるようでもなく「仕方ないね」と力が程よく抜けた笑顔で、スイープの強ばりも緊張感もそこでようやく緩む。

 

「それじゃ一株分けてあげるからちょっと待ってな。こっちとしてもきちんと扱って欲しいしね、世話の仕方のメモを持ってくるけど、あんたもそこはちゃんとやるって約束できる?」

 

「できる!」

 

「OK、それじゃ私は行ってくるよ」

 

と、スイープの返事にまた一つフッと口元を緩ませると、ナカヤマフェスタは再びやる気の無さそうな歩みで校舎への入り口がある方へと向かっていった。

 

 



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博士の至上な愛情

ナカヤマフェスタからスミレの花を鉢に入れて一株貰い、それを使って朝露を振りかけた糸と磨り潰した木の実に埋めたリボンと、数日後には一通りの儀式を終えて準備を整えたスイープだったが、その次の段階で困り果てていた。

 

平日の授業終わり、トレーナーはトレーナー同士の会議があると練習は行われず、それならばと自室においてそのリボンをシイナの足に縫い付ける作業へと移った。しかし、手先が器用でもなく上手く縫うことはできずチクチクと細かい作業に飽きも来て、今はベッドの上で壁に背を付けてぐったりとしていた。

 

「もうヤダー」

 

「ヤダーって言ってもなあ……、どうにか付けてもらわないと」

 

そう促すシイナには目もくれずスイープは部屋のドアを見る。

 

「そういえばさあ、これって別に私がやらなきゃいけない事でもないのよね」

 

「そこはそうだけど」

 

「だったら他の誰かに頼めばいいじゃない。そうよ、そう。良い考えがあるじゃないの」

 

と、急な思いつきに自画自賛をしながらスイープは中途半端に格好悪く縫い付けられたリボンをシイナからはぎ取り、それと糸とを拾い上げるとベッドから飛び降りた。

 

 

 

 

そうして向かった先は化学室。今日はトレーナーが会議ということで練習自体が休みのチームが多く、それならここにアグネスタキオンはいるだろうと、自分が頼みやすいのは誰かという所からまず浮かんだ人物だからとスイープは威勢良くやってきた。

 

「こんにちは、タキオンさん」

 

と、化学室に入ればアグネスタキオンと共にマンハッタンカフェもいて二人で何かを食べているようだった。

 

「何してるの?」

 

「今は差し入れをいただきながらの休憩中だよ。沢山あるから君もどうだい」

 

アグネスタキオンは自分の座る場所から反対側に近づいたスイープへと、机上にあった赤色の四角い入れ物から取り皿に黄色くツヤツヤと光る物を乗せて寄越す。

 

「大学芋?」

 

「そう、手作りのね」

 

皿に共に乗せられた爪楊枝を刺し、そのカリカリの外側にホクホクの中身が詰まった大学芋を一口食べると、スイープは美味しさを顔で大きく表現しながら噛みしめる。そうして乗せられた物をまずは食べきった後にアグネスタキオンに向かって切り出した。

 

「この縫いぐるみの足にこのリボンをこの糸で取れないようにしっかり縫い付けたいんだけど、裁縫が得意じゃなくて上手くいかなくて、出来そうな人に頼みたいなと思って……」

 

「それで私の所に?」

 

「そう、またモルモットやるから」

 

「献体してくれるのは良いけれどね。この後にはやりたい事も詰まっているし……」

 

「カフェさんは?」

 

「私も少し顔を出しただけでして、お手伝いできる時間までは……」

 

「予定有りか……」

 

そうなると他には誰かと、知り合いと言えばとカレンチャンの顔がスイープには浮かんだが、あの娘に頼んでも力にはならない気がする……と、その顔を打ち消していると、アグネスタキオンが「そうだ」と言いだしたのでそちらへと注目する。

 

「この差し入れをしてくれた娘なら料理だけでなく、そういった事は一通り得意なようだから今から出来そうか聞いてみるかい?私からの頼みとスイープ君からの頼みなら時間の都合さえつけば聞いてもらえると思う」

 

「私からのって私の知ってる娘?誰だろう」

 

「ニシノフラワー君って知ってるかい?」

 

「ああ、春の桜花賞を勝った娘。私はレースを観戦して知ってるけど知り合いってわけじゃないけどな」

 

「ほら、その桜花賞より前に栄養剤の味見とアドバイスをしてくれただろう。あれを渡した内の一人がニシノフラワー君でね。そうして栄養剤のおかげもあって勝てたと御礼にと、あれからこうして時々差し入れをしてくれるんだよ。あれは私だけの力で出来たものではないしね、スイープ君が困っているなら今度はあの娘から力も貸してもらえるんじゃないかな。今から時間があるか私から聞いてみよう」

 

アグネスタキオンはそうして傍に置かれていた鞄からスマホを取り出すと奥の部屋へと歩いて行く。

その白衣の後ろ姿を見ながら、冷静で落ち着いたあのタアグネスキオンと自分よりも実年齢の低く雰囲気からして幼い少女といったニシノフラワーと一体どういう知り合いなのか、栄養剤をあげる事になったのはどうしてかと気になって、奥の部屋へのドアがパタンと完全に閉じられてからスイープは前方斜め右側にいたマンハッタンカフェに話しかけた。

 

「タキオンさんとフラワーちゃんって同じチームじゃないよね。前にタキオンさんから聞いた所と桜花賞の時にアナウンスで流れてたフラワーちゃんの所と違う名前だったと思うし、どういう流れで栄養剤あげるとかいう事になったの?」

 

「ああ、それはですね。元はタキオンさんが研究の副産物として他の栄養剤や身体のケアに使えるような物を既知の方に配っていて、そこから話が伝わってフラワーさんが「私にも」と、ここを訪ねてきたのが始まりのようです」

 

と、そこまで言ったところではマンハッタンカフェはクスリと何かを想いだしたかのようにして笑う。

 

「どうしたの?」

 

「すいません、その時のタキオンさんを思い出したらどうしても……。タキオンさん、最初は自らここに来ると決めたウマ娘に対して「さて、何を投入しようか」、「自らが望んだ世界なのだから本望だろう」と、それはもう眼を輝かせて、得体の知れない薬を与える気にも満ちてもいたんですけどね。

 でも、実際に現われたらあんなに可愛らしいお嬢さんでしょう?「お願いします!」と純粋な思いを抱えて頭を下げるフラワーさんを前に自分もまた思いのままに突き進むか、こんな娘にそれをして良いものか……と、普段見たこともないような顔で悩んでいましてね。本当にあの時は珍しいものを見させていただきました」

 

「それで結局は何か酷いモルモットにするわけでもなく普通に栄養剤をあげたわけね」

 

「普通どころか他の自分の研究を後回しにしてまで作り出していましたよ。スイープさんの前から私は何度も苦い物を飲まされて大変でした。タキオンさんはそれを「「天才少女」と云われようと、その才能だけで走るわけではなく、より速く強くなるために自分が何をするべきか分かっている者に敬意を表しただけ」とか理由つけていましたけど、能力で飛び級はしても、どうしてもそこにある肉体の差、本来の段階よりも早く掛けられることになるトレーニングの負荷などが気に掛かってどうにか手助けもしたかったのでしょうね。色々言っていても優しいんですよ、あの方」

 

「私もそれ分かるかな。私も頼んだらすぐに用意してくれるし私にも分かり易いように揃えてくれるし、モルモットって言ったって変なことされてないし」

 

マンハッタンカフェからの日頃よく共に居る友人の一面へさらに楽しそうにもしていく語りにスイープもそれに乗って同意していく。そのまま話していく内に奥のドアが再び開いてアグネスタキオンが帰ってきたが、その顔は何かを考えているような様子だった。

 

「どうやらフラワー君も今は手が空いていないようだ」

 

「んー、そうか。それなら仕方ないし他を当たろうかな。お邪魔しました」

 

「さよなら、また何かあったら訪ねるといい」

 

「それではまたスイープさん」

 

アグネスタキオンの顔からして良い報告では無いだろうとは予想していたスイープは結果をすぐに受け入れて答えると椅子から降りて二人に礼をする。そして(ここに来たのは外れだったけれど大学芋も貰えたし、まあ良いか)と、足取りを重くすることなく、部屋の外に出ても元気に廊下を歩いていくのだった。

 

 



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チクチクヌイヌイ

化学室で「他を当たる」と口に出してから黙って廊下をぐんぐんと進んでいくスイープに、誰もいない道になったところでシイナが問いかける。

 

「その様子だと誰か当てはあるのかい」

 

「この人が居る!って行くわけじゃないけど、針仕事なら被服室かなと思って。ほら、そこの部屋ね」

 

スイープは昼間ではあるが外にはシトシトと雨も降り出して暗くなる特殊教室棟の廊下の中で、一つだけ電気が明るく付いた部屋を覗く。広い間取りの被服室の中、生徒は何人かがいるだけだった。一通り見渡すがそこに知り合いは見当たらない。

 

「知っている顔が居たって様子じゃないね。どうする、こうした広い専用部屋で気合いを入れ直して自分でやるっていう考えだって……」

 

「やだ、絶対に選ばない。知っている顔が居ないならこれから知り合えば良いじゃない」

 

スイープは授業の内で終わらなかった部分を今必死に行っているウマ娘や、大きなレースに出る自チームのメンバーへの御守りを作るらしく話し合うグループなどを見ながら、(こういう人達に頼むわけにはいかないな)と部屋の中を進んで行く。としたところで、部屋の奥側で使っていたミシンを止めて制作した物を畳んでいる一人の長い黒鹿毛をした小柄なウマ娘が目に入った。

 

その様子からすると、一通りやる事は終えて片付けに入るといったところ。そして、後方から動きを観察する中でちらりと見えた風貌からすると近づき辛そうなウマ娘ではなく、一度として見た事は無いと自信を持って言える顔だったが、年頃は同級生もしくは年下なのでは思う幼いものに見えて、これなら頼みやすい条件が揃っているとスイープはそのウマ娘に向けて突き進んだ。

 

「こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

そのウマ娘は畳み終えた布生地を丁度机の隅に置いたところでスイープへと振り向く。背中の跳ねた黒鹿毛が揺れた後にスイープに映ったその姿は先程は分からなかったが右目がその髪で隠されていた。そのウマ娘──ライスシャワーは「なんでしょう……」と、小さな身体を尚更小さくしてその片目で様子を窺うようにスイープへと注目する。

 

「これ、何やってたの?」

 

「あ、これは頼まれた物を縫っていまして……」

 

スイープが机に置かれた布を指差して問えば、ライスシャワーはまたオドオドともしながら答える。

 

「そうなんだ。でさ、どうもこれって今終わったっぽいよね。それなら私の事も頼まれて欲しいんだけど、どうかなあ」

 

「確かに終わったところですけど……。あの、頼みたい事とは何でしょうか」

 

反応を見てこれなら断られる事もないだろうとスイープはグイグイと押していく。それでは本題だとシイナを机の上に乗せリボンと糸も迷い無く取り出して隣に置いた。

 

「この縫いぐるみの足にこのリボンをこの糸で縫い付けたいんだけど、上手く行かなくて困ってるのよ」

 

「ということは授業の事とは関係はない話で……」

 

「ん?そうよ?個人的な話で」

 

「そ、そういう事なら時間は空いてますから良いですよ」

 

本人がやらなければいけない事なら手助けするわけにはいかないけれども、そうでないと分かってライスシャワーが快く引き受ける言葉を出すと、スイープは何故そんなことを聞かれたかには気にも止めず、許可が得られた事だけを受け止めて「では、よろしく」とシイナをライスシャワーへと手渡した。

 

 

 

 

そうして被服室の奥でライスシャワーは針に糸を通してリボンを縫い付け始め、スイープはその隣に椅子を一つ持ってきて座りながら作業を見る。

 

「そういえば名前を言ってなかったな。私はスイープトウショウね。スイープでいいわ」

 

「ライスは……私はライスシャワーです」

 

「ライスちゃんね。今ちょっと言ったのからすると自分の事を名前で言うタイプ?」

 

「あ、はい。直していこうかなとも思っているんですけど、つい……」

 

「別に直さなくてもいいんじゃない。私の知ってる娘にもそういう娘いるしね」

 

話し掛けてからの今の姿を見ても自分より幼く思えるライスシャワーにカレンチャンの姿を思い出しつつスイープは語りかける。

 

「あ、スイープちゃん、いたー」

 

と、そこに聞き覚えのある声。部屋の入り口を見ると今まさに浮かべていたカレンチャンが手を振りながらこちらに向かってきていた。

 

「何、カレン。あんたもここで何かやるの?」

 

「違うよ。暇だから学園内の冒険してただけ。ライスさんも、こんにちは。この前は本当にありがとうございました」

 

「いえいえ、こちらも楽しかったですから」

 

と、何やら通じ合って話す二人にスイープは割って入る。

 

「あれ?知り合いなの?カレン」

 

「そうだよ。スイープちゃんにも話したことあるじゃない、スイープちゃんからも頼まれた物を買いに行って見つからなかった時のこと。あの時に助けてくれたのがライスさんだったの」

 

「ああ。大先輩に売ってるお店を聞けたとか…………ん?」

 

そこでスイープは動きを止める。そして、今、自分が口にした言葉と目の前のライスシャワーとを、自分に指先を向けライスシャワーへと指を向けと比べた後に、何かに思い当たったという顔に変わって口を開く。

 

「え?大先輩ってことは一つ二つじゃなくての先輩……?」

 

「ちょっと、スイープちゃん。それ、本気で言っているの。ライスさんと一緒になって何かやってるようだったから知り合いかと思ったら、全然そうじゃなくて先輩とも思ってなかったの?」

 

「本当に?信じられない……」とも小さく口にしたスイープに、カレンチャンはそれに輪を掛けて信じ難いものを見たかのような顔を向ける。

 

「その、同じくらいの歳かなと思って、それならちょっと縫ってもらう頼み事しちゃおうかな~と……」

 

「スイープちゃん……、流石のカレンもそれはどうかと思うって言っちゃうよ。ライスさん、シニアもシニアで長距離戦線のトップクラス張っていて、カレンだって初めて会う前からそのくらい知っていたのに……」

 

「そ、そんな事を言われても長距離って興味ないし流行りじゃ無いし、チームにも長距離走る先輩とか一人もいないもの。G1どころか他のレースだって見る機会なかったし、知らなくたってしょうがないこともあるじゃないの」

 

「今時はそうですよね。ライスとしては長い道中の駆け引きなんて走っていても楽しいと思うのですけど、なかなかこう分かっていただけなくて……」

 

針仕事の動きは止めないままに、二人の会話を聞いて先輩とは全く思われていなかった事も自分の主戦場が良くは思われていない事にもライスシャワーは怒る素振りもなく、「長距離の何がいけないんでしょうかねえ……」と困った様子だけを見せる。

 

「そう言われても分かんないわ。長く走っていて楽しいなんて、私には全く分からない世界よ」

 

「そこは好き嫌いがありますものね。せめて見ている方が楽しくなるように長距離界を盛り上げていきたいものなんですが……」

 

「盛り上がる、か。やっぱりそういうのって世間にアピールしないとどうしようもないとも思うのよね。とりあえず興味を持ってもらわないと始まらないというか……。そう考えると”世界を獲った”とか、そういうのがあると良いんじゃないかなあ」

 

「海外の長距離レースで実績を残す……ということですよね。確かにそれはライスも考えることが……」

 

「やっぱり考えるんだ。それならそれが良いよ、絶対良いよ」

 

スイープは「それだよ、それ」ともいうようにライスシャワーに人差し指をむけて強く同意する。

 

「スイープちゃん、話が盛り上がっているのはいいけど、先輩だって分かっても対応が変わらないんだね……」

 

「そこは急に変えるのもおかしいかなって」

 

「お好きにしていただいて構いませんよ。どうも何時まで経っても貫禄が付かないとよく言われますし、下のクラスに間違えられる事も今でもよくあるものですから……」

 

それでいいの?という表情を向けるカレンチャンに、これでいいんじゃないの?と反応するスイープ、そして、そういうものだというように微笑みながら受け入れるライスシャワー。それを見てカレンチャンは不満そうにも口を開いた。

 

「どうしてそんな風に見られるんだろうね。カレンからしたら凄くお姉さんとしか思えないし、買い物で困っていた時も頼りになるっ!って感じだったのに」

 

「へえ、あの日は迷って助けてもらってくらいしか聞かなかったけど、どんなことがあったの」

 

「あ、あの、カレンさん、そんな大袈裟な……。スイープさんも気にならさずに。特別な事をしたわけではないので、偶々ライスの知っているお店だったので案内してお茶して帰っただけでしたから……」

 

「ああー、その帰りに寄ったお店も美味しかったねえ。カレンとか他の同じくらいの歳の娘じゃ知らないような落ち着いた和風のお店で、こうね、そこにいるだけで「カレン、大人になってる~~」って感じで最高だった。ついつい長いしちゃってね、帰りはまた他の先輩に助けてもらったんだけど」

 

「荷物も沢山持っていましたしね、あの時にマルゼンスキーさんに丁度出会わなかったら大変でした」

 

”マルゼンスキー”との名前を聞いてスイープは「あぁ……」となる。トレセン学園内でも年長者でスイープが学園に来る前からシニアクラスのレースで何年も活躍しているとは知っている、実家のTVやニュースで見た赤い勝負服とその長く後ろにふわりと広がる鹿毛が印象に残っていたウマ娘だった。

 

「助けられるってどうしたの?マルゼンスキーさんが全部荷物を担いで帰ってくれたの?」

 

「違うよっ!お店を出て二人で荷物を持ちながら「重いね~」と話していたらマルゼンスキーさんが車で通りかかってね、荷物もカレン達も一緒にトレセン学園まで運んでくれるって言ってくれて」

 

「そういうこと。でも、大丈夫だったの?何かどこかの雑誌特集でマルゼンスキーさんって車を猛スピードで飛ばすのが好きとか書いてあったような、他でもそんな噂を聞いたような……」

 

「そういう話は聞いた事あるけれどカレン達は安全運転で運んでもらったよ。もう歩き疲れてきて苦しいなあと思ったところに颯爽と凄く良いタイミングで現われてくれて、マルゼンスキーさんも大人って感じで格好良かったなあ」

 

「そういう大人になりたいものですよねえ……」

 

二人が羨望を含んで溢す様子を見ながらスイープは一人(確かカレンに頼んだ日ってマルゼンスキーさんが同じ街中で路上駐車で捕まって警察の人にお叱りを受けた話が後で学園で話題になっていたし、この二人の前にタイミング良く現われるために待ってたとか実は後ろから追いかけていたとか……いや、まさか、そんな事は無いよねえ……)と、自分で思いついた話ながらコレは無いなと却下していた。と、そこで二人の方にまた意識を戻すと、ライスシャワーはキュッときつく針を引っ張るようにしてから糸を切り、シイナを机の上に乗せた。

 

「スイープさん、こんな感じでよろしいでしょうか」

 

「あ、え、もう終わったの」

 

雑談をしている内にそんなに時間が経ったのかと近くにあった時計を見ればそれほど時間は経っておらず、リボンが縫い付けられたシイナの足を見ればただ縫い付けたというようではなく、そうは簡単に取れないほどに細かく強く縫い付けられていた。

 

「そうだなあ……」

 

と、シイナを持ちながらその場から、二、三歩離れてライスシャワーとカレンチャンには背を向けながらシイナ抱きしめるようにして囁く。

 

「どう、見る限りしっかり縫い付けられてるけど」

 

「十分過ぎる程の仕事だよ。何の問題もない」

 

シイナの返事を聞いてスイープは「よし」と頷くとまた二人の元に戻る。

 

「うん、ありがとう。これなら大丈夫そう」

 

「それならば良かったです。ところで、スイープさん。縫っている時にその縫いぐるみに気になった事が……」

 

「……え?」

 

無事に済んだ事へ安堵の表情を浮かべたライスシャワーにスイープも笑いかける。しかし、その次に続いた言葉に思わず手にしていたシイナを強く握っていた。自分が見た限り縫われている間に喋ったようでも動いたようでもなかった。

 

しかし、ライスシャワーが手にしている間に何か気づいたのか、先程シイナは何も言わなかったがシイナですら気づかなかったおかしさがそこにあったのか、目線だけ下に向けてシイナを確認すればシイナは「いやいやいや……」と、こちらも(何もしていないのに……)との気持ちが伝わる今の現実を否定するような小さな声を出している。

 

スイープには急激に冷や汗が流れるもするがシイナにここで声を出し聞く事も勿論できずに、スイープは驚きの声を上げた後にはただその身を固めることしかできなかった……

 

 



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賑やかなテーブル

シイナを身体に引き寄せるようにして強くその両脇を掴むスイープに、ライスシャワーは持っていた針と糸とを素早く机に置いてスイープを静止させるように両掌を上げる。

 

「あ、スイープさん。そんな風に持たない方が……。縫いぐるみの所々の糸が解れているので力を入れると広がってしまうかと……」

 

シイナへ視線を向けながらのオロオロとしたライスシャワーの声にスイープもシイナを見る。そうして今言われた事を意識して見てみると、確かに腕の付け根や足の付け根の糸が解れて少し中が見えている所さえあった。スイープはそれを見てとりあえずシイナを机の上に置いてからライスシャワーの方を向き直す。

 

「気になった所ってそういうこと?」

 

「はい……。「こちらもまだ手は空いているので、それも直しましょうか」と言おうと思ったのですが……」

 

「あ、なんだなんだ、それなら私からもお願い。私も時間は沢山余ってるから」

 

「そうですか。それでは、また貸してもらいますね。出来るだけ近い色は……と」

 

と、ライスシャワーはスイープの返事を聞いて頷くとシイナを持ち上げて裁縫箱の中から縫いぐるみの緑の色と同じような緑の糸を選び始める。その姿にスイープもライスシャワーの片手に持たれたままのシイナも「考えすぎた……」と溜まった息を全部吐き出すような安堵の様子を見せていた。

 

ライスシャワーはそうして細く緑色をした、解れた部分を直しても目立たないだろう糸を選び出して椅子に再び座る。スイープは勿論のこと、カレンチャンも特に他に用も無くその作業を見守ることにする。と、ライスシャワーは縫いぐるみに、二人はライスシャワーの手元に注目する中で背後からの気配があった。

 

「ライスさん」

 

との声に三人が振り向く。そこには先月のファインモーションの集まりを観に行った時に試食部屋の前で遇ったエルコンドルパサーと、もう一人、今、ライスシャワーを呼びかけた栗毛を真っ直ぐに長く伸ばしたウマ娘──グラスワンダーが両手を身体の前に重ねる形で行儀良く立っていた。

 

「ああ、グラスさん。頼まれていた物ならそこに置いてありますから」

 

と、ライスシャワーはスイープがライスシャワーを最初に見掛けた時に畳んでいた布生地に手を向ける。

 

「ありがとうございます」

 

「そちらの様子はどうですか?」

 

「順調に進んでいます。ライスさんのおかげで助かりました。どうしようかと思っていたところで……」

 

「い、いえ、事を早くに終わらせるに助け合いは当然ですから」

 

布生地を確認したかと思えば丁寧に頭を下げるグラスワンダーに、それに恐縮したようにも首を横に振るライスシャワーと、目の前でそのような行動を取る二人を一体なんだろうといった顔で見続けるスイープ。そこにカレンチャンが近づいてそっと話し掛ける。

 

「……スイープちゃん。その顔を見ていて気になったんだけど、今来た二人の事も知らないとか言わないよね?」

 

そのカレンチャンの顔は明らかに疑いの目を向けていた。そして、その問いに関してはスイープとしては「知らない!」とまでは言わなくとも「知ってる!」とも言えないものがあった。

エルコンドルパサーに関しては先月に遇った時もそのマスク姿が印象に残っていたのと、その後に見たレース情報雑誌での過去の海外遠征の話においてその姿と名前を覚えていたがそれ以上の事は無い、グラスワンダーに関してもそうした雑誌を見た記憶の片隅で姿は留めていたが今名前と顔が一致したという程度、確実に分かる事と言えば所属クラスは上だということくらいだった。

 

「い、いや、知ってるよ?シニアクラスのお姉さん達でしょ?先輩だってちゃんと分かってるよ?このマスクの……エルコンドルパサーさん?とはちょっと前に遭ったことあるし……」

 

「遭ったことあるにしては、何だか変な疑問系が混ざっていたような……」

 

と、怪しいなあ……という目をまた向けるカレンチャン、そこから目を逸らすスイープの視線がエルコンドルパサーを捉える。

 

「ねえ、ちゃんと私と遭ったことあるもんね!」

 

「あれは忘れまセンよねえ。ワタシもよく覚えてますよ、その三角帽子を特に」

 

後は任せた!ともいったようなスイープの言葉にエルコンドルパサーは腕を組んで深く頷く。

 

「あれ、エルコンドルパサーさんまでそう言うなんて本当なんだー。何か思い出に残るような事があったみたいだけど、何があったの?」

 

「んー、それはどこから説明すればいいものか……」

 

「まあ、私がエルコンドルパサーさんの世界レベルの足捌きを目の前で見せてもらったってところかなっ!」

 

「それはナイス表現デース。つまりはそういうことデスよー」

 

「へー、スイープちゃんも知らない所でお姉さん達と色々やってるんだねえ」

 

と、何があったかは分からない答えでもカレンチャンは納得して、布生地を手提げ袋仕舞い終えたグラスワンダーとその横にいるライスシャワーの方へと目を移す。

 

「それでお二人がライスさんの所に来たのはなんでなのかな。何かを一緒にやってるみたいだけれど、チームは同じじゃないし、クラスも同じじゃなくて年齢が近いクラスでもないような……」

 

「そう、私も何の話をしているのかなって気になって最初に見ていたんだよね」

 

「ああ、それは私達のクラスが執り行う催しがあるんですけれど、そこで使用するための布を縫うのに経験が無い自信が無いという人達ばかりで、そこでクラスは違うのですけれどライスさんに引き受けていただけることになりまして」

 

グラスワンダーのゆったりとした声の説明をスイープとカレンチャンは頷きながら聞き遂げる。それをする内に気になったところにスイープが触れる。

 

「じゃあ、私と一緒で元々知り合いってわけじゃなくて偶々頼んだ感じ?」

 

「いえ、ライスさんとは以前また他の学園での催しでお近づきになって、そこからの縁なんです」

 

「学園の催しって文化祭とか?」

 

「そういうものとは違って、以前に生徒会長のシンボリルドルフさんの発案で”クラス毎の親睦を深めよう”というイベントがあったんですよ」

 

「へえ、どんなの?」

 

「それはですね……」

 

「ま、まあ、グラス。その話も長くなりますから、あまり語らないようにして……」

 

顔に人差し指を当て上を向き思い出すようにするグラスワンダーに、エルコンドルパサーは何故か慌ててダメダメと手を振って話を止めるようなポーズも取る。

 

「それについては私からお話しましょうっ」

 

そこに届いた元気に張られた声。その場の者が全員でその方向を見れば、そこには鹿毛を頭の後ろで一つ結んで伸ばしたウマ娘──サクラバクシンオーがいた。

 

「このトレーナー会議で各地にウマ娘が散らばる今日、クラス委員長としてだけでなく学園全体が恙なく動いているか見回りをしていたところでしたが丁度良かったですね。あの親睦会で司会進行を担っていた、このサクラバクシンオーこそ説明するのに相応しいというものでしょう!」

 

サクラバクシンオーは右手を開き胸に当て声を上げる。その様子に「おお……」と周りの者々が圧される中でエルコンドルパサーだけは肩を下げて首をイヤイヤと横に振っていた。

 

「バクシンオーさん、それは勘弁していただきたいと……」

 

「何を言っているのでしょうか、エルコンドルパサーさんっ!可愛い大事な後輩達が一体何があったのかとこんなにも気にしているんですよっ!これは説明して何があったのかを全て語り、この学園がどういったものなのかを私達先輩が模範として伝えていかないとっ!」

 

止めて……と両手を小さく上げるエルコンドルパサーにサクラバクシンオーはぐんぐんと歩みを進め詰め寄り、眼を輝かせながらその顔までも近づけていく。

 

「わ、わかりマシタ、わかりマシタから。それ以上は……」

 

さあ!さあ!と少しも勢いを落とすことなく近づくサクラバクシンオーからエルコンドルパサーは顔を背けながら(もう逃れられない……)と、そう答える。と、それを聞いた瞬間にサクラバクシンオーは他の4名へと向き直りその顔をぐるっと見渡す。

 

「はい、皆さん、ご注目。エルコンドルパサーさんも良いとのことですので、このサクラバクシンオーが責任を持って彼の日の事を話すとしましょう。そこの将来を背負う後輩達、最後まで聞き逃さずお願いしますよ!」

 

そうしてサクラバクシンオーによる、かつて行われた親睦会での語りが始まったのだった。

 

 



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山猫は眠らないのか

サクラバクシンオーが立ち、他の5名は椅子を運んでその前に座る形が整えられた後で、サクラバクシンオーはコホンッと一つ咳払いをしてから語り始めた。

 

────────────────────────────────

 

事の始まりは、先程もグラスワンダーさんが言われたように生徒会長たるシンボリルドルフ先輩の立案。このトレセン学園には数多くのクラスがあって知らない者同士も多いだろうと、ならば時にはそれぞれを知る機会を作ろうとのお考えからのものでした。

 

そうして親睦を深めると言っても、そこは私達ウマ娘、日々レースで争いをしている者同士、何か競ってこそ深まることがあるのではないかとのシンボリルドルフ会長の考えで行われたのは”クラス対抗勝ち上がり大会”。

 

内容は知力、体力、時の運。

クイズから肉体を使ったゲームから様々、そして、それを勝ち上がって決勝に残ったのがグラスワンダーさんやエルコンドルパサーさんのクラスと私、サクラバクシンオーやライスシャワーさんのクラスだったというわけです。

 

最初に言った通りに私は司会進行役だったのでゲームへの参加はしなかったんですけども。

 

と、それで決勝戦の事ですが、最終の戦いで選ばれたのはダーツ対決となりました。ゲーム内容はシンプルに点数を重ねていくカウントアップ。

まずはそれぞれのクラスで予選をして最高点を取ったのがグラスワンダーさん達のクラスはグラスワンダーさんが、私達のクラスはミホノブルボンさんで、二人が代表者として選出されたんです。

 

そこでいざ決勝本番!と行きたかったのですが、決勝戦で使うダーツは機械仕様にして、当たったら点数が直ぐに大きな電光掲示板に映せるようにしたんですが、本番前に試しに投げてもらったところどうもミホノブルボンさんが投げると何故か上手くそれが反応しなくて、それならばと次に高得点だったライスシャワーさんが代わりに代表ということになったんですね。

 

そうしてグラスワンダーさんVSライスシャワーさんで落ち着くかと思った、その時です。

会を纏めていたシンボリルドルフ会長含め生徒会の方から物言いが付いたのです。「片方が最高得点でもう片方が2番目なのはフェアではないのではないか」と。

 

では、グラスワンダーさん達のクラスも2番目の方が投げますか、という流れになろうとしたところで、このエルコンドルパサーさんが「ぜひ自分にやらせて欲しい」と手を上げたわけです。

 

話によると、それまでの催しでエルコンドルパサーさんは一度として参加できなかったとのことでして。

5人必要なゲームに参加するのに希望者が6人居てくじ引きで決めようとしたらエルコンドルパサーさんが一度目で「ハズレ」を引いたりが複数回あったとかで、それはもうレースで不利な枠を引き続けるが如く、とにかく選ばれず運がなく仲間外れな様子で決勝戦にまで来てしまって自分も何かやりたいと。

 

クラス内の予選ではエルコンドルパサーさんは3番目だったようで、それはまたフェアではないとの事になったのですが2番目の点数だったセイウンスカイさんは「やりたい人がやればいいんじゃない?」と譲る気満々で、生徒会の方達もこれ以上長引いて事が進まないよりはもうそれで良いと、ついにエルコンドルパサーとライスシャワーさんの戦いが始まったのです。一応予選の点数差を埋める案としてエルコンドルパサーさんの後ろには本来出るはずだったグラスワンダーさんがついてのアドバイス有りということで。

 

そうしてついに始まった決勝戦!

ライスシャワーさんが狙いを済ました一投をすれば着実に点数を稼ぎ、そして、予選の点数では差がありましたが、自分で出場したいと言っただけあってエルコンドルパサーさんもそれに少しも遅れを取ること無く付いて行く。

 

膠着状態の中、始めに仕掛けたのはライスシャワーさん。点数が2倍・3倍となるダブル・トリプルを華麗に決めて、その差を一気に広げていく。対するエルコンドルパサーさんも何とか高得点を狙って行って追い上げたけれども失敗もあって差は残り50点差。やってきた最後の一投。勝つには限られた枠のトリプルを狙うしかない。

 

成功の確率なんてどれだけあるか分からない。けれども、勝負をかけなければ負けしかない。

張り詰めた空気の中、震える手を押さえてエルコンドルパサーさんが的から直線上に立つ。

そして、ダートは投げられた!

 

ダートは見事に刺さり、16のトリプル!!

 

その瞬間、両腕を挙げ激しいガッツポーズ、そこから飛び跳ねもして喜びを表現し、そして次には腕を身体の前に持ってきて勝利を噛みしめるエルコンドルパサーさん!彼女に注目し静まりかえる会場!!

 

 

「え、ちょっと待って?」

 

───────────────────────────────────────

 

そこでスイープが待ったを掛ける。

指折り数を数えて、続いては自分がおかしいのかと素早く近くの鞄からスマホを取り出すと電卓を立ち上げ計算する。

 

「トリプルって3倍ってことなんだよね?16……の……3で…50点差……勝ってなくない?」

 

スイープの「あれ~?」という様子に「そうだよね、何か変だよね」と自分の勘違いじゃないのかというようなカレンチャン、シイナを縫う手を止めて自分の左側の席を気にするライスシャワー、その左側にいたグラスワンダーは口を閉じて下を見て、そのまた左隣のエルコンドルパサーはその左側の壁を見るように顔を逸らす。そして、サクラバクシンオーが二度ほど頷いた後に口を開いた。

 

「つまりは、そういう事です。エルコンドルパサーさんの大いなる勘違い、と」

 

「そ、そんな大舞台で足し算を間違えちゃったんだ……」

 

「もー!だから話して欲しくありませんデシタのにー!ま、まあ、ここまでは仕方ないですけど、ただですね、一つだけ、そこに関してはこちらの名誉のために言いたい事があるんデスよっ!」

 

右端にいたカレンチャンがポツリと漏らしたものを聞き逃さず、エルコンドルパサーはその反対側の一番遠い位置からワタワタと立ち上がり反応する。

 

「足し算を間違えたわけデハなくて、電光掲示板に映されていたワタシのこれまでの合計点数の十の位がですね投げる前に「9」に見えていたんデスよ!それが頭にあったノデ当たった瞬間に「いけた!」と思っていたら実際は「8」だったというのが真実で……」

 

「どちらにせよ勘違いじゃないですか。もうっ、あんなにもはしゃぐなんて、今思い返しても……」

 

見間違いであってお子様レベルの計算違いをしたわけではないと、そこは譲れないというように強調するエルコンドルパサーに、隣のグラスワンダーは身体を小さくして自分の事ではないのに顔を赤らめもして話す。

 

「グ、グラスもすぐに指摘してくれれば良かったじゃないデスかー。一番傍にいたんデスからー。気がついたら後ろからすっごく冷たい視線が刺さってきましたよ、ワタシとしても今思い返してもあんな能面のような顔のグラス初めて見た……」

 

「突然飛び跳ねもして目の前で喜ばれたら、どうしていいか私だって困ったんですからね。本来勝者のはずのライスさんもとても困惑していらっしゃるし、私としたらそちらの方をどうしたらいいかと本当に申し訳なく……」

 

「ま、まあ、お二人とも……。あの時の事は、ライスがきちんと早くに喜んでおけば良かったなと思うものなんですけど、あまり喜ぶのに慣れていなくて、それで雰囲気をおかしくしてしまって……」

 

エルコンドルパサーとグラスワンダーはそれぞれに指摘をした後にプイッとお互いから顔を逸らして、ライスシャワーが宥めるように間に入る。

 

「喜ぶのに慣れてないってなんで?レースで勝ったら喜ぶでしょ?さっきの話だと長距離でトップクラスなら滅茶苦茶レースで勝っているんじゃ」

 

そこにまたその隣のスイープが「はて?」と顔を横に傾けてまで発言した。

 

「ライスとしては走り終えたらまずはゆっくり止まる事が最優先と言いますか、特に長距離を走った後では自分が思っている以上に消耗している事がありますから……。それでそのままターフの外へと掃けるもので、あまりお客様に向かってアピールといったものは、どうしていいか今でも分からないものがありまして……」

 

「へ~変わってる~。レースを見たって皆それぞれ独自アピールやってるのに、私も勝ったらその瞬間に「どうだ!」ってやっちゃうだろうけどなあ」

 

スイープの深い考えもない口から思うままに出た言葉に対して、グラスワンダーは一度スイープの顔を見るように身体を傾けた後にそれを戻し、両手はきちんと膝上へと乗せるように背筋を伸ばしてから話し出した。

 

「しないというのも独自ということですよ。それを言えば私だってそうですから。ゴールしたのなら落ち着く事が大事なんですよ。走った勢いのままで他を意識した別の動きをしてしまうと、身体に良くない負担が掛かることだってあるんですから」

 

「グラスさんも静かに帰ってくる方だと思っていたら、そういう理由があったんですね。そ、そうですよね、そういう考えだって存在しますよねっ」

 

「もっと喜べば良いと周りの方々から過去から言われて何かと分かっていただけない事を繰り返してきましたが、ああ、こんな所にこんなにも話が合う方が居たなんて」

 

語りは穏やかながらもその信念が周りにも伝わるグラスワンダーの言葉を聞いてライスシャワーは顔をパッと明るくしてその左に座るグラスワンダーの顔を見て、グラスワンダーも感激ともいったようにその両手を合わせるようにしながらライスシャワーを見る。

 

「あれ~?なんだか二人でとても分かり合っていらっしゃる~。ワタシ喜びはアピールする人デスけど、そこの所は分からないわけじゃないデスから入れて~?仲間に入れて~~?」

 

ライスシャワーとグラスワンダーは向き合って「他にも~~」「そうですよ」と互いの手を触れ合わせたりもしながらキャッキャと二人で話を盛り上げていく。そこに別方向を向いていたエルコンドルパサーが振り返り口に指も当て羨ましそうにも寂しそうにもして身体を寄せていくのだった。

 

「なんだか火種があったようにも思いましたが上手く落ち着いたようですね。と、こんなところが親睦会での出来事でした。ご静聴ありがとうございました!それでは私は別の所を見回りに行きますので、これにて!」

 

そうして一連のやりとりを見届けて、サクラバクシンオーが他の面々を見ながらまた一礼する。それに対して5人もパチパチと拍手を贈る中、サクラバクシンオーはあっという間に被服室を飛び出して消えていった。

 

 



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6月の雨の晴れやかな日

「何というか嵐のような人だった……」

 

「クラスを纏めてくれたり良い方なのですけどね。ちょ、ちょっとせっかちな所はありますね……」

 

サクラバクシンオーの姿が消えてからも今の出来事を思い返しながら部屋の出入り口を見つめてもいたスイープにライスシャワーが笑顔ながらも困ったようにもした後は、その両手を挙げてシイナをスイープへと向ける。

 

「あ、今の間に縫い付けも済みましたのでこれで……」

 

「そうだ、そうだ。そういう話だったんだ。何だか勢いが有り過ぎて他の事を忘れるほどだった。ありがとう、何から何まで」

 

「話をしながらで手間では無かったですし楽しかったので良いですよ。ああ、縫いぐるみの事ですけど、補強はしましたけれど、まだ取れ易い部分がありますので気を付けてくださいね」

 

「うん、これからは扱いをもうちょっと考えることにする。と、私はこれでやる事が済んだから行くかな。カレンは冒険してるとか言ってたけど、せっかく色んな教室を回るなら付き合おうか?」

 

「そうだね、スイープちゃんと一緒の方が楽しいしね。それじゃ、皆さん、さようなら」

 

「私からも。さよなら、これにて失礼しますっ」

 

スイープとカレンチャンは椅子から勢いよく降りるとガタガタと椅子を動かし片付けて先輩達に頭を下げると、二人で出入り口へ。それを残された者達は手を振って見送ると自分達も座っていた椅子に手を掛ける。

 

「これで一段落ですね」

 

椅子を机の下に戻した後にライスシャワーは次は縫いぐるみの補修に使った裁縫箱へと触れる。

 

「そういえば、あの娘達は名前も聞かずに終わってしまいましたけど一体……」

 

「芦毛の娘がカレンチャンさんで魔女帽子を被った娘がスイープトウショウさんですね。と、いってもライスもスイープさんとは今日知り合いになったところなんですけども。縫いぐるみに縫い付けたいものがあると頼まれまして……」

 

「ああ、それで……。しかし、頼み事をした私から言うのもなんですけれど、あの娘もよく先輩にそんな事を……」

 

「最初にジュニアクラスの娘と間違えられてしまいまして、そこからそういう事に……」

 

そこまで幼く見られる事は近頃はそうは無かったのですが……と眉を下げて自らの顔を触って小さく笑うライスシャワーに、確かにこうした姿にはそう見られる所もあるかもしれないと思いながらグラスワンダーは続ける。

 

「ライスさん、そういう事が多いですねえ。以前もお見かけした時に……」

 

「そうなんですよ、もう少し年長者らしさを身につけたいと思うのですが……。だから偶に頼まれ事をされるとつい張り切ってもしまって、それにはバクシンオーさんや他のクラスメイトから「押しに弱すぎる」と注意も受けてしまうんですけど……」

 

ライスシャワーは使った用具を手際よく片付けながら今の作業の事を思い返していた。

自分がスイープの頃には同じ学園の生徒だからと何の接点も無いウマ娘に近づく事などとてもできなかった。周りが自分を嫌っているのではないかと周りに良くない影響を与えてしまうのではないかと先読みし恐れて距離も取っていた。

そんな自分に何の物怖じすることも無くやってきたスイープのような後輩が羨ましくも思うと同時に、見知らぬ者だけれど力になってくれると自分の役に立つと頼りにしてくれたことに、そして自分もそれに応えられたとの実感に、ふと気がつけば自分の口元が上がっているのを知ってライスシャワーは更に満足そうに頷き、それをグラスワンダーはそれを見て(そうだ……)と切り出した。

 

「ライスさん、頼んでばかりで申し訳ないのですけれど、実はもう一つお助け願いたい事がありまして……」

 

「何でしょう」

 

「今度地元から親戚が私のレースを見に来るというんですよ。それで来たのならどうしても京都を回りたいとの話を聞いているんですけど、私、京都はレース場もあまり行った事が無くて周りの事も知っている事が少ないんですよ。それで、ライスさんならと教えていただきたいなと」

 

「そういう事ならばお手伝いしますよ。京都のレースに出る内に何かとイベントにも呼ばれるようになりまして、よく行く場所ですから。ライスは今からでも時間はありますけどどうします?」

 

「私も今からでお願いしたいところです。ここでは何ですから美浦寮の談話室でお話ししましょうか」

 

「そうですね、お互い帰る場所ですから」

 

二人でそれが良いとそれぞれ自分の両掌をパシンッとも遭わしたところで、グラスワンダーが背後へと振り返る。

 

「エルも行きましょうか。”仲間”ですしね?」

 

「もー、まーた二人して盛り上がって、完全に忘れられていると思いマシタよ、知らない間にワタシは壁と一体化してしまっているのかと思いマシタよ、これ!」

 

「まったく、忘れるだなんてそんな事するわけがないじゃないですか」

 

「良かったー」と大袈裟にも抱きついてくるエルコンドルパサーに「はいはい」とその背中を撫でるグラスワンダーを見てライスシャワーは思う、自分に気兼ねなく近づいて頼ってもくれる誰かがこんなにも周りには居る、と。それは他の誰かからしたらどうってことのない事かもしれないけれど……とも思いながらも、これが自分にとっての幸福というものなのだと噛みしめるようにライスシャワーはそっと目を伏せていた。

 

 

 

 

被服室からはカレンチャンと共に特別教室棟をウロウロと、特に何かあったわけでもなくカレンチャンに説明しつつの案内を終えての夜、スイープは自室で自由時間を過ごしていた。せっかく貰ったものだしと窓際の棚の上に置いたスミレの鉢の様子を確認した後、勉強机の上でシイナが今日縫い付けられた足のリボンに向けて、触るには短いその手を伸ばすようにしているのが目に入る。

 

「何か気になる事、物足りない事でもあったの?」

 

「いいや、逆。こうして時間を置いて見ても、とても良い仕事をしてもらったと思って」

 

「ああ、全然取れそうにないくらい縫われているものね」

 

「見た目の話だけじゃなくてさ、魔力にはその精神性が強くも反映される。そういうものが僕には感じ取れもするんだ。それで、見知らぬ後輩から突然された頼まれ事なのに、あの人、最初から最後までとても楽しそうに一針一針を大事に縫い込んでくれて、そういうところが……」

 

「「大魔女の資質がある」」

 

シイナの声に寸分違わずスイープは声を重ねて、「ほらね?」と言ったようにシイナを見る。それに対してシイナもただスイープを見つめ返すだけだった。

 

「まあ、僕もやってくると思ったんで、そこは。

 それにしてもスイープ、もうちょっと年長者を敬うとかないのかな?後輩の娘も言っていたけど、先輩だって判明してからもあんな態度で」

 

「別にライスさん気にしてなかったし良いでしょ。それに年が上だからってだけで気にしないといけないのかな。この世界でも年功序列だっけ?そういうのが当然みたいな人らも居るには居るけどシイナのところもそうなわけ?」

 

「僕らの中だとそれはかなりあるものだねえ。年齢が上なだけでっていうけど、今日の人なんて一つの分野で大きな結果を残しているんだろう?僕からしたら自分の分野じゃなくてもそこに個人的な興味はなくとも、専門分野に通じている人に対しての尊敬の念というのは強くあるもので、相手が気にしないとはいっても、そこはさぁ……」

 

「実績とか知らないけどさ、私だって別にそういう念が無いわけでもないんだけど。言っている事はそうだなあとも思うものもあったし助けて貰ったし良い人だと思ったし~」

 

「そう思っているなら良いけどさ。まあ、実際良い人だろうし、あれは相当色んなものを見てきた手をしていた」

 

と、どこか遠いところを見て語られたシイナの最後の言葉に鋭さを感じて、スイープも気に掛かったように表情を変える。

 

「色んなもの?まあ、結果を残しているというからG1の大きい所の経験も何度もあるんだろうけど」

 

「そういう事じゃなくて……。何だろうね、実際の年齢ならこの学園の内にも更に年上の人達がいるんだろうけど、まだ年若いのに数々の物事の経験が豊富と伝わったね。事細かく何があったと伝わるわけじゃないけど、専門分野を突き進む上では周りからの翻弄なんかもあるものなのかもね。そして、それでもそれに呑まれる事もなく自分の両の足でしっかりと立つ、強い個を既に確立しているとも感じたよ。それも大魔女には欠かせないもので、そういう人に何らか施して貰うと同じ仕事でも出来が違うというのが僕らの世界の常識でね、スイープは頼むにしても実に適した人を選んでくれたのかもね」

 

「まあ、知識が無くてもきちんと魔女の使い魔らしく爬虫類の縫いぐるみを選んだり今日の事だったり、勘は冴え渡っちゃう、人を見る目はあるんだよね~私」

 

「はい、そうだねー」

 

少しでも褒めれば一気に調子に乗るスイープを横目に同意の言葉だけ出しながらシイナは今日に出会った面々を思い返してもいく。そして特に触れ合ったライスシャワー以外にも、スイープよりも年上のグラスワンダー、エルコンドルパサー、サクラバクシンオーと、見たところは少女といった様子でもあるのに、本人達が語るその言葉からではなく、近くに居るだけでもそこに在る、まさに大魔女が持つような、くっきりと形作られたそれぞれが持つ自己、魂の質ともいったものが強烈にも伝わってきた事が心に残る。そんな者達が多く属しているこのトレセン学園というものに、当初は持っていなかった興味というものが自分の中に確かに今は強くあると感じてもいた一人の使い魔だった。

 




6月編はこれで終了です。


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満天に探して
おいでませ、星降る夜に


7月に入り、スイープのトレーニングの進歩状況はぼちぼちと、けれどもまだデビューの話は出ずに日々過ごす頃。ある日の夜の栗東寮、夕食後にシイナを抱きかかえ自分の部屋まで帰る途中の廊下、スイープは壁に張られていた大きなポスターに目を留める。

 

「天体観測会のお知らせねえ。こんな大きなポスターまで作って参加する人そんなにいるのかな?」

 

正直なところ星を見て何が面白いのだろうと、理科の授業をやっていてもその辺はよく分からずつまらなかったと、その気持ちが表情にも出ながらスイープは呟く。

 

「そんなことないですよ!」

 

それに反応するような右隣からの声に横を向くと、黒鹿毛を肩には付かない程の長さに揃え前髪のメッシュが目立つウマ娘────スペシャルウィークが身体の前で両手で握り拳を作った格好と力の入った目でそこにいた。

 

「なんと!この日は通常の消灯時間を過ぎても起きても良いとの特別許可が出ているのです!という事でいつもはできない事が出来ると参加希望者は続々と集まっているようですよ。それに、ただ星を見るだけでなくこの日のためにに主催者からの夜食も特別な物が用意されているようで、私としてはそれがもう楽しみで楽しみで……。と、私の話は置いておいて、貴女も参加したらきっと面白いと思いますよ!」

 

「へ、へ~~。そういう皆と夜遅くまで起きていて良いというのは楽しいかも……」

 

「でしょう、でしょう。時間が空いていたらぜひ来てみてください。校舎の屋上での開催ということで、制服着用というお約束はありますのでそこは絶対に忘れないでくださいねっ!」

 

スイープが押され気味に同意を向ければスペシャルは満足そうに頷いて、そして廊下のスイープが進む方向とは反対方向へと去って行く。と、その方向に栗毛を長く伸ばし耳に緑色のカバーを付けたウマ娘──サイレンススズカがスイープの方を気にするように見ていた。

 

「スペちゃん、熱心に話していたけど、あの娘は知り合い?」

 

「あ、違いますよ。さっきそこで会って……そうだ、自己紹介はしておいた方が良いですよね!」

 

不思議そうにも聞いてきたサイレンススズカに対してスペシャルウィークがそう返すのがスイープへも届くと、スペシャルウィークはすぐまたこちらへと向かってくる。

 

「忘れていました。私はスペシャルウィークです。以後よろしく」

 

「あ、はい、それは知って……。私はスイープトウショウ」

 

戻り、名乗り、大きく一礼するスペシャルウィークの勢いに呑まれてスイープはいつもの調子とはいかずに小さく答える。

 

「スイープトウショウ……スイープさんですね!それではまた観測会の時にでも。一緒に美味し……じゃなかった、楽しみましょうねっ」

 

スペシャルウィークは最初から最後まで明るい笑顔で、そして〆には特に元気な何の裏もないような笑顔を向けてサイレンススズカの方へと戻り共に去って行った。

 

「何となくは知っていたけど溌剌とした人ね、スペシャルウィークさんって」

 

「スイープでも知ってるなんて有名な人なんだ」

 

「……”でも”って何よ。まあ、有名な人には違いないと思うよ。幅広いレースで結果を残してるしね。私もそういう事を知ったのはここ最近だけど。ここのところ先輩達と顔を合わす事が増えたなと思ってね。そうなると、どういう人かも気になるじゃない?だから出会った人達の過去レースを観ていて他の先輩達の名前やレース実績も割と覚えてきたところがあるのよ。スペシャルウィークさんはエルコンドルパサーさんやグラスワンダーさんと同じクラスで一緒にG1レースに出て熱い争いしてたわ」

 

「へえ、僕と居る時にはそういう姿を見たことなかったけど、そんなことやってたんだ」

 

と、シイナが顔を去って行く二人の様子をずっと追っているようで、特にサイレンススズカを気にするようにスイープは見えたところで、それなら……と一つ思いつく。

 

「興味ないのかと思って……とは言わないけどね。私としても興味は持って欲しいと思っていて見せるレースを厳選してあげようかなっていう優しさよ。まあ、今いったスペシャルウィークさんのレースや、もう一人のサイレンススズカさんのレースは今度見せてあげるよ」

 

「あの人も凄いの」

 

「戦法として”逃げ”、とにかく前へ行く方法を獲るってのは他の娘だってやる、私はやらないけどチームの先輩にだってそういう人いけるけど、サイレンススズカさんなんてG1でそれやっちゃうんだよ。スタートしてからゴールまで誰にも並ばれないまま1着になるの。だからって、ただ前を行くだけじゃなくて、そこに深い考えもあったりするのよ。その辺は解説付きでレース映像を見せてあげるからさ。と、うっかりこんな所で一杯話しちゃった。後は部屋でやろう」

 

と、スイープは周りを見て誰もいない事を確認し、見られたら独り言でもおかしく思われる所だった……と一息ついてから再び部屋までの廊下を進んでいく中で抱えているシイナを見る。

そして、先輩達を多くよく知るようになった始まりはシイナと出会った4月からで、未だデビューの話は出ずに前に進んでいる実感の薄い日々を過ごしていると思ってもいたけれど、先輩達を知り先輩達のレースを観る事で知識は増え、近頃は同級生の中でもレース関連の授業の成績の結果は良くなって褒められている事などを思い返して、使い魔が出来たからと魔女らしさを実感できる経験も片手で数える程しか無いけれど、彼のおかげで助かっているのかという思いも湧く。

 

「んー」

 

「どうしたの?」

 

「ううん、なんでもない。ああ、そうだ。エネルギーの事だけど、前に果物よりナッツの方が良いかもって言ってたよね」

 

「ああ、うん。その方が長続きするし質が良い気がするね」

 

「じゃあ、次は新鮮な良い種を探してくるわ」

 

「……え、あ、ありがとう」

 

「何、急に固く言ってるのよ、私にとってもシイナが元気で居てくれた方が良い、互いのためってだけなんだから」

 

と、言いながら鼻歌交じりに機嫌よく歩みを速く進めるスイープになぜ急にご機嫌になったのかと疑問に思いながらも、気にされている事にはこちらも悪い気はすること無くスイープの腕の中に居続けた。

 

 



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おやすみガール

やってきた天体観測会の日の夜、学園の屋上ではスペシャルウィークが言ったように日頃は部屋に居なければならない時間に外にいられる非日常感のためか、そこには多くのウマ娘が集まり楽しそうにも過ごしていた。

 

スイープも手渡された双眼鏡やきちんと設置された望遠鏡を覗いたり、今は用意されたお菓子を食べながらシイナと共に座り込んで肉眼で星を見ていると、肩に何か乗る感触があった。

 

「あ、ごめん、スイープちゃん……」

 

隣のカレンチャンが自分の頭がスイープに当たった事に気づいて、目を擦りながらしっかりと頭を下げて謝る。

 

「眠いのなら、もう戻ったら?」

 

「ん……でも、せっかくこういう日だから、頑張らないと、と思って。……スイープちゃんはまだいるでしょ?」

 

「まあ、私は眠くもないから居るけど。それにしてもまだ夜遅くってわけでもないのに、そんなに眠いなんて大丈夫?」

 

「大丈夫……。今日の事が楽しみで昨日から寝られなくて、それで……」

 

「ああ、まさに睡眠不足なのね。楽しみだったのは分かるけど無理しない方がいいよ」

 

自分の声を聞きながらも瞼も頭も何度も落としては上げるを繰り返し全く大丈夫には見えないカレンチャンに、スイープは顔を寄せながら言い聞かせるように言う。

 

「そうだよ、無理はしちゃダメなんだからね」

 

上の方からのその声にカレンチャンは眠さが勝るようで反応が出来ない中で、スイープがその肩に手を置きながら顔だけを上に向けると、長い鹿毛を頭の後ろでピンクのリボンで結び、髪の中心の白いメッシュも目立てば、背丈は小柄なのにどこか存在感があるようなウマ娘────トウカイテイオーがいた。

 

「トウカイテイオーさん?」

 

このトウカイテイオーもスイープが近頃において過去のレースを観る中でG1を複数勝利している事を知り、名前も顔もよく覚えていた。

 

「うん、そうだよ。まあ、ボクのことは別に良いんだけれど、今はそこの芦毛のキミの事だよ」

 

「この娘は”カレンチャン”よ」

 

「カレンチャンか、良い名前だね……って、今は褒めている場合でもなかった。眠いのならボクと一緒に帰らない?友達はまだ居るようならボクが付き合うよ」

 

「ん、でも……」

 

どうにか頑張りたいのかカレンチャンは強く目を擦りながらトウカイテイオーの方に顔も向ける。トウカイテイオーはそれを見て屈んでカレンチャンに目線を合わせるようにする。

 

「どうしても先輩達のように過ごしてみたかった?」

 

「……うん。なのに、ここで帰っちゃうのは…もったいない……。それに、カレンだけ早くに途中で止めちゃうと……イヤだなって……」

 

「確かにそう言われると勿体ない、勿体ないのは分かるなー。けど、ボクと一緒に帰るならキミだけがって事ではなくなるよ。それに、こうして来たのも二人の話が聞こえていてネ、実はボクも今日を楽しみにしていたせいで眠れなくって今日に引き摺ってしまって「もう限界だ!」ってなってるんだ。さっき様子を見に来たカイチョーには「何時まで経っても、そんな子供みたいに……」って事を何か意味が分からない四字熟語まで使われて言われちゃって……」

 

「生徒会長から直々にお小言を言われるとは大変ね……」

 

カイチョーという言葉からすぐにスイープの頭に浮かんで来る生徒会長”シンボリルドルフ”の顔。怒られた事も無ければ傍に近づいた事もない、遠くから眺めるだけの存在だったが、ある時は学園大ホール舞台の上での生徒に向けての言葉、各種メディアでの映り、その発言、どれもそこに威圧されるようなものが在り、直接に何か言われるというだけで身体が震えるようだった。

シンボリルドルフがトウカイテイオーの事を目に掛けているという事もこの学園にいる内に知る話だったが、いくら可愛がられているといってもよく目の前に立てられもするな……ともスイープは思っていた。

 

「そうなんだよ、そう。気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど……。まあ、今日の事は反論できないところあるんだけどネ」

 

トウカイテイオーはスイープの言葉に対してはきちんと顔を向けた上でそう言いながら、アハハと軽く照れて笑うようにも付け加えた後にカレンチャンの方へとまた向き直る。

 

「と、そんなちょっと前日から盛り上がってしまった同士で丁度良く一緒になった所でこのまま帰らない?一人で帰るのは寮までの道が怖いな~というのもあって助けも欲しいんだ」

 

「……うん、それなら、そうする」

 

「良かった。じゃあ、一緒に行こうか」

 

とトウカイテイオーが差し出す手に片手を乗せながら、もう片方の手は再度目を擦りつつカレンチャンは立ち上がり、スイープもそれに合わせて立ち上がった。

 

「ごめんね、スイープちゃん……」

 

「あんたが謝る事じゃないでしょ。また明日ね、今日はしっかり寝なよ。お休み」

 

「うん、お休み」

 

カレンチャンはさらに眠気を含む声を出しながらもスイープへと今日共に居ることを約束しながら先に帰る事についての謝罪をする。それにはスイープはそんなの全く要らないわと片手を横に振るように答えた後は見送るような手の振りに変える。それを見てカレンチャンも手を振ると、トウカイテイオーと手を繋いで校舎の中に続く出入り口へと向かっていく。

 

その途中でトウカイテイオーが振り向いて、「心配しないで」というような目配せの合図をスイープは受け取って、そちらにも手を振って、二人の姿が完全に消えるまでを見送った。

 

「……テイオーさん、多分、色々分かってて言ってくれたんだろうな」

 

「そうだろうね。途中で止めるというのも勇気が要るものだし、あの娘は背伸びもしてみたかったんだろうしね」

 

「だからテイオーさんも似たようなものだって言ってくれて、安心、と」

 

「それに、あの娘の方もね。夜道を帰るのが怖いのはあの娘にもあったんじゃない。けど、君に頼むと往復で時間を使わせしまうし……とか考えていたんじゃないかな」

 

「あの娘、そんなことまで考えるかなぁ……。考えていたとしても、そんなの私だって付き合うだけなんだし言ってくればいいんだけどな。さて、一人になってしまったし、どうしよっかな」

 

スイープはその応答についてはそれで終わりと何か思うこともなく、あちこちのウマ娘達の様子を見るようにして歩き始めて、シイナは(スイープにはもう少し思慮が要るものだな……)と心の内で評すると共にそこに在った気の良さには(こうした所は彼女の良いところか)とその片手に捕まってブラブラと揺らされ運ばれる中で認めていた。

 

 

 



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スターゲイザー

スイープはとりあえず次は飲み物でも貰おうかと、配っている場所へと向かいながら辺りの様子を見ていく。

そこで視界に入ってきたのは腰に片手を当てもう片方の手は湯気の出る紙コップを持ち空を見上げる、左耳につけた赤い飾りも鮮やかに、そこに立っているだけなのにその姿形、伸ばされた鹿毛もがやけに映えて見えるウマ娘──シーキングザパール。双眼鏡を付ける事もなく肉眼でジッと星々を見つめる姿に惹かれるようにしてスイープはその傍へと寄っていった。

 

「こんばんは」

 

「こんばんは、何?おちびちゃん。何か用?」

 

「用ってわけじゃないけど。遠くからでも星を真剣に見ている姿が目立つなと思って来ただけ」

 

チビ扱いには面白くない事を思いながらもシーキングザパールの上から下までを見て、その制服姿からも分かる均整の取れた体つきに経験豊富そうなその風貌に、まあ、こういう人から見れば自分に限らず同じ世代の娘はそういう扱いにもなるか……と切り替えて答えるスイープ。

 

「あら、ありがとう。このシーキングザパールのような美しい花には黙ってそこにいるだけで可愛らしい蝶も誘われやってくるというものかしら」

 

シーキングザパールは自画自賛しながら気をよくしてスイープは可愛いと言われた点に気を良くしつつシーキングザパールの持っていた紙コップへと眼が移る。そこからは色の濃い紅茶のようでホカホカとした湯気と何かが入っているとは分かっても何かは分からない良い匂いが漂いスイープは何度もそれを嗅ぐ。

 

「冷たい飲み物を貰いに行こうと思っていたけど、これを見ていると温かいのも良いかな。美味しそうだし」

 

「温かい物をゆっくり飲むのはオススメだけど、これはオススメしないわよ、おちびちゃん」

 

「おちびかもしれないけど、おちびちゃんじゃないわ。私はスイープトウショウ」

 

「それは失礼。スイープちゃんね。では私も名乗っておくわ、私はシーキングザパール。パールでいいわ。それでスイープちゃん。これはブランデー入りの紅茶だから貴女には早いんじゃないかしら」

 

「ああ、だから良い匂いしたんだ。お酒入りなら私はパスかな」

 

「それがいいわ。これは飲めなくても他にも色々と用意されてはいたから安心よ」

 

と、話している近くで「んん~~」と小さく唸る声が聞こえ、二人ともほぼ同時にも顔を向けた方向に居たのは、今日のために用意されていた夏の星々の説明が書かれたパンフレットとこの屋上を見下ろす空の星々とを何度も見比べている、シーキングザパールよりも豊かな胸囲と前髪の大きなメッシュの目立つウマ娘──メイショウドトウと、もう一人、こちらは頭の後ろで縛って大きく広がる栗毛の目立つウマ娘──タイキシャトル。その何か悩んでるような様子に互いに確認を取るまでもなく寄っていくスイープとシーキングザパール。

 

「どうしたの?何かずっと唸ってたけど」

 

「あ、そ、その、煩かったですか、すいません……」

 

見上げて話し掛けるスイープにメイショウドトウは背中を曲げに曲げペコペコと頭を下げてくる。

 

「別に煩くはなかったけど、なんだろうな~困ってるのかな~と思って」

 

「そ、そうですか。困っているのはそうなんですが……。このパンフレットを見ながら実際の空の星座を確認しているんですけどなかなかそれを見つけられずに……」

 

頭を下げるのは止めたメイショウドトウはそれでも背中を丸めながら大きな身体を小さくして息を吐く。

 

「こうして双眼鏡も手にガンバッテいるのですけどネー。大きな空の中から探すのがこんなにも大変とは」

 

隣のタイキシャトルは首に掛けた双眼鏡を目に当てもう一度空を見るようにした後に顔を戻して、やはりメイショウドトウと同じように「コマリマシター」と溜息を。

 

「例えばどれを探してるわけ?」

 

その様子にシーキングザパールがメイショウドトウに近づくと彼女はバサバサとパンフレットを大きく開いてその場の者でよく見られるようにする。

 

「まずはこれが有名な星座かなと思って探してるんですけど……」

 

「ウーン、あの辺りカナー」

 

「ああ、それならもっと右側よ。ほら、見てみなさいな」

 

と、メイショウドトウがシーキングザパールに説明する横でタイキシャトルは再び双眼鏡を使い片腕を上げて指差し探し出せば、そこにシーキングザパールがすぐさま訂正する。言葉が耳に届いてそのままタイキシャトルが右側を見れば確かにそれは探していた場所でメイショウドトウも自分の双眼鏡を使って空を見る。

 

「あ、本当だ。一緒ですねっ」

 

「Oh、一度見つけてしまえば「なるほど」というものデスネー。とても空に目立ってマース」

 

「それで、他にどういうものが見たいの?」

 

双眼鏡で空を覗きながら先程までの困り事が無くなって弾んだ声を出すシニアクラスの上級生を眺めるスイープ。そして、シーキングザパールは自分の言う通りにすぐ見つかったものにこれだけ楽しそうにもする二人に得意気な顔を向けて、さらにまだやる事があるとばかりに声を掛ける。

 

そうして再びメイショウドトウが「これが~」とパンフレットを指差せば、シーキングザパールは傍で探しているタイキシャトルから一歩早く見つけていく。目立って見える大きな光の星で構成される星座からそうでないものまでを双眼鏡を付けることなく迷いなく見定めていくその姿に、一通りその作業が終わった所でタイキシャトルは拍手と輝いた眼をシーキングザパールに向ける。

 

「凄いですネー。どんどん答えが出てきて驚きでしたヨー。星に詳しいんですカ?」

 

「詳しいって程では無いけどね、星を見るのは好きよ。その内にこのくらいの事は覚えてしまっていただけ」

 

「私も子供の頃から故郷の牧場で見ていましたケド、知識はゼンゼンだなってなりましたヨ。凄いデスねえ」

 

「ああ、貴女、同じアメリカの娘だったわね。牧場のような広い場所で見る空も良さそうね」

 

「とても良いモノですよ。緑の絨毯の上、そよぐ風の中、澄んだ空に輝く星、何も邪魔するものはナイといった場所で過ごすのは気持ち最高ですヨ」

 

「やっぱり星を見るにはそういう空よね。今日も晴れて本当に良かったと思うわ。日本で過ごすのは楽しいけれどちょっと前まで雨が多くて、それだけはどうにかならないのかと思ってしまうわ」

 

「”ツユ”というものですか。確かにジメジメで良いものじゃなかったですネー」

 

「本当、雨を傘で避けてもゴロゴロ煩いのも出現するし先月はそれで外に出る気がしなくて、だから今月になったら目一杯外に出ようとも思って今日もここに来たのよね」

 

「そうでしたカ-。おかげで助かりました」

 

「お役に立てたのなら少しは先月の雨雲にも感謝を……しないわね。やっぱりいつでもどこかに行ってくれないかと思う相手だわ」

 

「雨の泥んこの中を走るのも時には面白い経験にもナリマスけど、ピカピカのゴロゴロは私もイヤですネー」

 

と、アメリカ娘同士の話の盛り上がりが一段落して間が空いたところでメイショウドトウがそこに入る。

 

「パールさん、私からも御礼を。ありがとうございました。今日は一人でどうしようかなと思っていた所で少し星にも詳しくなって良い思い出になりました」

 

「一人って貴女と二人組というわけではないの?」

 

てっきりメイショウドトウとタイキシャトルが共に参加した友人同士かと思っていたシーキングザパールは表情も驚きを含んだものに変えて触れる。

 

「ドトウサンとはここでグウゼン出会っただけなんですよ。私もドトウサンも一人という事で一緒に」

 

「シャトルさんは元から一人で参加して、私の方は一人は寂しくてクラスメイトを誘ったんですけれど「星に興味が無いわけでもないけれど他の事に時間が要るから」と、断られてしまいまして」

 

「星に興味はあるのに友達の誘いも断ってまで何をするんだろう、タキオンさんみたいに化学の研究とかかな」

 

「何かとは教えていただけませんでしたけれど、そうしたものでもないのかなとは思います……。そうだ、自分がいけない代わりに頼まれ事もされていましたから今度はその事もやらないと」

 

「頼まれ事って?また私に出来る事なら手伝うわよ?」

 

ここまでの事があるからと自信も強めて申し出るシーキングザパールにメイショウドトウはそれではと説明を始める。

 

「そうですねえ、その方、テイエムオペラオーさんと言うのですけど「覇王たるボクとしては自分達を見下ろす星々の中に名のある星を見つけるよりも、星空に自分の名を冠した星を持ち皆から見上げられたいものだね。ということで、ドトウ!ボクに似合う新星を見つけておいてくれたまえっ!」と言われてしまいまして……」

 

メイショウドトウは「せっかく頼まれたので、どうにかお応えしたいのですけれど……」と続けたが、それを聞いていた三人は示し合わせたわけでもなくともその表情は同様に固まりメイショウドトウを見る。

 

「それはこんな天体観測で出来る範囲を通り越していて私には無理ね……」

 

「なんて無茶振り……」

 

「OH、コレをジャパニーズムチャブリというのですか~、また一つ言葉を覚えましたー」

 

そうして三人は「すると、どうしたらいいんでしょうか~」と困ったようにも続けるメイショウドトウを一歩引きながら眺めていくのだった。

 

 



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東と西の甘い関係

テイエムオペラオーからの頼まれ事を真面目に受け止め考え続けるメイショウドトウに「それはきっと冗談だ」と、オペラオーの真意は分からずとも場を納めるためにスイープとシーキングザパールとタイキシャトルとで意見を一致させて伝えてメイショウドトウが落ち着くと、そこでスイープはそのグループには別れを告げて当初の目的だった飲み物を受け取る場へ向かいながら、まずはその手前の夜食用菓子が置かれている所で立ち止まる。

 

「お菓子のお代わりを貰うなら、飲み物を持ったまま後で探すより先に行こうかな」

 

長いテーブルの上、青いシートが掛けられた部分と赤いシートが掛けられた部分があり、その青いシートの上の入れ物から溢れるように最初に貰った物とはまた別の物が置かれているのが見えて「これは楽しみだ」と軽い足取りで近づくと、そこで菓子を配っていたのは栗東寮の寮長に就いている青鹿毛のショートヘアのウマ娘──フジキセキだった。

 

「こんばんは、寮長さん」

 

「今晩は、スイープトウショウさん。今日も魔女帽子が似合ってるね」

 

「ありがとう。寮長さんが今度はこんな仕事をしてるの?」

 

「一通り見回ったからね。今度はここで美味しい匂いに誘われてやってくるポニーちゃん達を待ち受けようかと」

 

「確かにこれは誘われちゃうかも、さっきのお菓子も良かったけど今度も色々あるなぁ。今日のために用意されるよとはスペシャルウィークさんから聞いてたけれど、話通り、ううん、話以上だなんて」

 

「私としてもそこは驚きでね。寮長室にやってくるポニーちゃん達に「何か良い物があるといいんだけれどね…」と少々漏らした所、皆、こぞって自ら買ってきては部屋まで持ってきてくれてね。おかげで渡しても渡してもまだまだこんなにあるほどだ」

 

「へー、今回の会って寮長さんもかなり噛んでたわけね」

 

「まあ、こういうのどうよと押したのは私なんだけどね」

 

と、スイープが近くの入れ物内に置かれたチョコチップクッキーを一枚を手に取ってポシポシと食べ始めると、お菓子の載るテーブルの向こう側、フジキセキの隣に左耳に赤字に黒いアクセントの丸い飾りを付けた黒鹿毛・褐色の美浦寮寮長の担うウマ娘──ヒシアマゾンが自分に親指を向けながらフフンとした顔でやってきた。

 

「美浦寮の寮長さんの発案だったわけ」

 

「そう。偶には世代も寮の垣根も無いイベントでお互い触れ合う機会でも作ろうか、と。私としても「夜遅くにまで影響するイベントだからどうだろうな~」とは思っていたんだけど、生徒会に持っていったら一番壁として頭にあったルドルフ会長がまず乗ってくれてさあ、その後は学園の上層部から許可を得るまでもとんとん拍子だったよ。そんな今日の催しだけど楽しんでる?」

 

「そうだね。さっきはシニアの先輩と何人も知り合ったし、お菓子美味しかったし」

 

「それはこっちも狙い通りで嬉しいことだね。さて、ここに来たならお菓子を貰いに来たんだろう。そっち側の机の栗東寮スペースのも良いけれど、こちらの美浦寮スペースのお菓子もどうだい。こっちは私と他の美浦寮生と手作りでやったんだ」

 

「そういうのも良いわね」

 

スイープが左側の赤いシートが掛けられたテーブルへと移動すると、そこには栗東寮スペースの菓子とは違って少々不格好な、しかしメーカー物やお洒落な個人商店でも売ってないような、今日に合わせたのだろう星をイメージした形や飾りに拘った菓子があった。

 

「どうだ、こっちのも良いものだろう」

 

「そう見えるわ。でも、どれも良さそうで選べないな。全部欲しいくらい」

 

「夜の食べ過ぎはこちらのテーブル与る寮長として推すわけにはいかないからなあ。「さあ、全種類持って行ってくれ!」と言える相手はオグリ先輩くらいなものだな。ちょっと前に来ていたスペなんて、あれもこれもと選んで行くから「いいのかよ」って突っ込んだら、そこでここのところの体重超過で絞らないとトレーナーに怒られること思い出したとかで「今から少しでも重さを減らしてきます!」とかどこかにすっ飛んでいってさ。いや、本当、注意しておいて良かったよ、と。……まあ、話が何かずれたけど全部は諦めてくれよ。良いバランスで見繕ってあげるからさ」

 

「それなら仕方ないわね」

 

スイープの返事にヒシアマゾンは各種入れ物を見ながら「どれが良いか……」と真剣に選び始める。その様子を「まだかなー」とシイナを持った手を後ろに回し靴を地面にトントンとも当てて待つスイープの横にフジキセキがテーブルの向こう側を周りやってきた。

 

「ここで沢山貰っていくのかもしれないが、是非こちらのもまだまだ持っていって欲しいな。今日食べなくても明日以降でも良い」

 

とフジキセキはビニールの包みに入れられた焼き菓子をスイープへと手渡す。

 

「うん、貰っていくわ。わざわざありがとう」

 

「君とはもっとお近づきになりたかったのでね。これを機会にと思って来たんだよ。時間がある時には寮長室までおいで待ってるよ」

 

「えー、寮長室に行って何をすればいいの」

 

「お喋りでも何でも、お互いがお互いの事をよく知ろうじゃないか。君が魔女だというのなら君の魔法で私が虜にされるのが先か、私が君をそうするのが先か勝負ということでも良いけどね」

 

「寮長さんも魔法とか好き?魔法使いって事?」

 

「魔法使い……そうだな、君のような娘をレディにするような魔法ならば……」

 

「はいはい、止め止め」

 

フジキセキがスイープへとこれからエスコートでもするように手を差し伸べたところで、アマゾンが二人の横にあるテーブルの向こう側から両手を横に大きく広げて話を遮る。

 

「はい、こっちも出来たから持っていきな。あと、フジの言った事なんて気にしなくて良いからな」

 

スイープが待ってましたと振り向いて、フジキセキが良いところだったのに……と顔に出しながら振り向けば、ヒシアマゾンはテーブル上の小箱をスイープへと手渡してくる。中には固く焼き上げられた星形のクッキーにカップケーキ、ホロホロに崩れそうな柔らかな焼き菓子と、どれもアイシングやトッピングやチョコを使ったデコレーションなど見た目からして楽しいおもちゃ箱ともいった様子で、スイープは「ありがとう!」と返事も元気良く満面の笑みで受け取る。

 

「せっかくの盛り上がっていたムードを両断するなんて情緒がないな。こんな素敵な星空の下、こういった言葉も自然と言いたくなるというものなのに」

 

「出会うウマ娘ウマ娘にこの調子でいつものことだろ。何も知らない娘に嘘を付くんじゃない」

 

「嘘だなんて、ちょっとしたジョークじゃないか」

 

「あーそうですかー」

 

と、聞く気なんぞ無いというポーズをフジキセキへと向けながらヒシアマゾンはスイープに「ほら、行った行ったと」合図を小さく送る。スイープは何だかよく分からないけれどお菓子も手に入ったし言う事は聞いておこうかとにヒシアマゾンに軽く頭を下げると飲み物置き場の方へと足を進めていった。

 

 

 



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星空の下のお茶会

スイープはお菓子を持ちながら、そのまた隣のスペースにある飲み物置き場ではまず温かい紅茶を受け取ると、近くに用意されていた小さなテーブルと椅子の上に置き、そして再び飲み物置き場で今度は冷たいにんじんジュースを貰ってきて、二つの飲み物とカラフルなお菓子が置かれたテーブル上で一人豪華なティータイムが始まった。

 

「冷たいの、温かいの、美浦寮の甘い菓子を食べた後はこの栗東寮の塩っ気菓子と、一度に全部を楽しめるって最高ね」

 

「それに関しては否定しないけれど食べ過ぎも飲み過ぎも気を付けなよ。また今日も夜中に付き合わないといけなくなると思うと……」

 

スイープから見てテーブルの端、お菓子や飲み物に占められたスペースの小さな一角、そこに置かれたシイナが呆れたようにも口に出す。

 

「なんでそういう事を言うかな、デリカシーってものがないの?せっかく楽しんでいるところに水差されたし。あーあ、そんな事を言われたら考えちゃうじゃないの。そっちが悪いんだから、文句言わずに後で付いてきなさいよね」

 

「……いつも付いて行く事も君が戻るまで廊下に置き去りにされる事にも文句なんて言っていないじゃないか。そうならないように摂る水分量には気を付けてとは言うけど」

 

「一緒よ、一緒」

 

と、スイープは面白く無い事を打ち消すようにポクポク、サクサクとお菓子を食べていく。そこに誰かが寄る気配がしたかと思うと、テーブルの右側から制服姿が目に入る。シイナは黙り込みスイープが食べる手を止めて見れば、そこにいたのは栗毛のツインテールを長く伸ばしたウマ娘───ダイワスカーレットだった。

 

「スイープトウショウさんですよね」

 

「そ、そうよ?」

 

確かこの娘は年下のクラスだったと思い出しながら、その顔を見ればあどけない、しかし、その目に映る自分よりとてつもなく発育が進んでいる部分に威圧される中でスイープは答える。と、スカーレットは「ここ、良いでしょうか」と対面側の椅子に手を掛けたのでスイープは目の前のお菓子を自分の方に寄せてシイナも引き寄せる。

 

「私はダイワスカーレットです。一度スイープトウショウさんには会いたいと思っていたんです。丁度会えて良かった」

 

ダイワスカーレットにそうは言われたものの、自分からは彼女がどうやら期待の生徒らしいとの話は耳にした事は思い出せても、相手が自分の何を知っているのか、どういう話なのかは読めずにスイープの顔にもその気持ちが分かりやすい程に出る。それを感じ取りもしたようでダイワスカーレットは本題へと入っていく。

 

「私、アグネスタキオンさんから栄養剤を貰っていて、その時に貴女の話も出て、貴女のおかげもあって完成したと聞いたから御礼をと思ったんです」

 

「ああー、そういう話ね。他の娘にあげたのはタキオンさんから聞いていたけれど貴女にもあげていたのね。同じチームという話にはならないだろうし貴女も化学室を訪ねて行った流れで?」

 

「他の娘というとニシノフラワーさんの事でしょうか。私は彼女よりも先に知り合ってる感じですね。学園に来て早くから理由はよく分からないけれどタキオンさんには何かと気に掛けてもらっているんです」

 

(この娘、私でも有望選手だって聞いた事あるくらいだから、ニシノフラワーさんと同じで身体が育ちきる前にビシビシやられるようになってはいけないと気に掛けているのかな、タキオンさん)

 

などとスイープが紅茶の紙コップを一口飲みながら、目の前のダイワスカーレットについて考えていると、「おーい」との呼び声が届いて二人でそちらを見る。

 

「スカーレット~~、どこに行ってるんだよ~~」

 

と、そこにまたやってきた一人のウマ娘。黒鹿毛ショートカット、前髪の白地に黒渕のあるメッシュが目立つウマ娘──ウオッカ、両手に紅茶入りの紙コップを持って困り声を出しながら二人の座るテーブル横に立つ。

 

「飲み物出来るの待ってたら急にどこか行っちゃうしさ~」

 

「このスイープトウショウさんに挨拶をと思って。待っている時に帽子が見えたから行かなきゃと思った時には身体が動いていて、そういえば一言も伝えてなかったか。ごめんね、ウオッカ」

 

「そうだよ。気がついたら隣から忽然と消えてるんだからびっくりするだろ~」

 

「だから、ゴメンって、そこは」

 

このウオッカという娘は知らないけれどダイワスカーレットの同級生だろうか、友達だろうかとスイープが再びお菓子に手を出しながら眺めているとウオッカがスイープの方を見る。

 

「スイープトウショウ先輩ですね、オレはウオッカと言います」

 

ウオッカは両手にあるまだ一口も減らされていない紅茶の紙コップを持ったまま丁寧に頭を下げる。スイープはパッと一目見た時は近づき難そうな見た目かと、言葉を聞いていても自分の事を”オレ”と言ったりはボーイッシュな不良かと思ったが、先輩だと知ればこうして頭を下げて、そして次に見た顔にあった爽やかな笑顔を見ると真面目な良い娘なのかもしれないと、スイープの方も好感を表わす笑みでそれを受ける。

 

「それで、スカーレット。先輩に何の用だったんだ?」

 

「ほら、私がタキオンさんに栄養剤を貰ったでしょ?あれは、このスイープトウショウ先輩と共同開発ともいう物だったのよ」

 

「あぁ、あの苦いの……」

 

うえっと露骨に嫌な顔を浮かべたウオッカに(確かに最終形でも苦かったけれどもそこまで嫌そうな顔をするほどでは……)と思いながら、この反応をするという事はウオッカも飲みはしたのかと考えるスイープにウオッカは両手のコップをテーブルに置いてからその顔を近づけてくる。

 

「先輩、あれもう少し甘くなったり出来ませんかねえ」

 

「それは出来ないんじゃない。あのくらいは飲んだ方が……」

 

「そうよ、そう。先輩を困らせるの止めなさいよね。コーヒーはブラックだとか言って苦いの無理しても飲むくせに他になると我慢が効かないのね」

 

「……コーヒーはそうやって飲んだ方が格好良いけど他は甘いなら甘い方が良いし」

 

「ブラックだダークだとかそんな物ばかりに憧れてるけど、そういう事を言う時点で全く格好良く無いのよ。というか、栄養剤は私が貰ったものでしょ。あんたにも試しに少しはあげたけれども」

 

「ちょっとくらい良いじゃないか。今年の桜花賞を獲った先輩も飲んでたとか聞いたら余計に欲しいし、オレだって獲ってみたいレースだしなあ」

 

「私だって獲りたいレースなんだけど。はあ、もっと欲しいなら直接タキオンさんに貰いに行きなさいよね。私はこれ以上は横流しなんかしないんだから」

 

「スカーレットは平気で会いに行くけど、オレの場合だと何か怖いんだよな~雰囲気が」

 

「そんな人じゃないわよ。ウオッカは怖いものなしのようで変に疑い深いのね」

 

「わかった、わかった。後はまた元の場所に戻ってからにしようぜ。先輩の邪魔になるしオレ達のお菓子も置いたままだぞ」

 

「あ、そうだった。誰かに持って行かれちゃったら困るし。それではスイープトウショウさん、これで失礼します」

 

「さよなら」

 

とダイワスカーレットは立ち上がり深く一礼を、ウオッカはテーブル上の紙コップを持ち直してから頭を下げると二人でテーブルから離れて行く。離れて行きながらも何か言い争いをしている二人の後ろ姿を見ながら、自分よりも年下だけれどもどこか女王様のような風格のあるダイワスカーレットと男勝りといったようなウオッカと、見た目は全然別だけれども似たもの同士かもしれない……と感想を心の中でぶつけていた。

 

 



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夏の三角を見上げて

腹を満たし喉も潤し他のウマ娘の観察も自分で満足するところまで終えて、スイープは他のグループと離れた所で独り座って双眼鏡を使って空を見ていた。

 

「そういえばチームの名前って星の名前が付けられているんだよね~、ウチのチームの星もどこかにあるのかな~」

 

そう言いつつも特に熱心に探すでもなく空を見ていると、ザリッと近くのコンクリートを踏む音がした。

 

「貴女のチームの名前って何?」

 

双眼鏡を外してそちらを見れば学園のスカートが見える。そのまま目線を上に上げて行った所に映った白いリボンで長い鹿毛を一つ結び右耳に青いカバーを付けたウマ娘──アドマイヤベガの感情の薄そうな目にスイープの肩が少し跳ね、その目は警戒するように彼女を見る。けれど、ここで答えない展開もまた怖いと思い、身体は戻さないまま口を開いた。

 

「私のチームの名前はチーム”デネブ”ね」

 

「ああ、デネブ。それなら丁度良く今の時期の星よ。ほら、あっちね」

 

と、アドマイヤベガはその場に屈んでスイープの視線を導くようにして空を指差す。それに沿ってスイープが双眼鏡で空を見れば周りより一際大きな光の星が見えた。

 

「え、あんなに大きなのなんだ。そんな目立つ星の名前が付いているなんて思わなかったな~。他にも目立つのあるけど、あれは何て名前だろうと」

 

「あれは”ベガ”よ。日本で言うなら織り姫星と言った方が分かり易いかしら」

 

「それは分かり易いわね。ベガってチームは無いように思うけれど何でだろうな。有名すぎる星だから付けなかったのかな」

 

「それはどうなんでしょうね。私には分からないけれど、私としてはその名前のチームが無くて良かったなとは思うけれど」

 

「え、どうして?」

 

横から届いた思いもよらない言葉に、ずっと空を見たまま反応していたスイープは双眼鏡を下ろしてアドマイヤベガの方を見る。

 

「私の名前が”アドマイヤベガ”なのよ。そんなチームがあったら、そのチームに入っても入らなくても私は何か言われるのが簡単に予想できてしまうでしょ?」

 

「だから、嫌なの」と付け加えるアドマイヤベガは少し笑うようで、最初に見た時はその目に怖さを思い今もどこかシンとした静けさがその身の回りにあるようで身体は固さはまだ残るけれども、警戒心は随分と解かれてきた顔でスイープは頷く。仮に”ベガ”というチームが実在したとして属していれば”やっぱり”と属していなければ”入った方が話のネタになる”だとか、いずれにしても何かを言われる、そうした名前からの弄りはよくあるものだとスイープにもよく分かっていたし、頻繁に言われるのは面白くもなくなるだろうというのも理解できた。

 

「確かに私もそれは想像できちゃうかも。えーっと、ベガが”織り姫星”という事は”彦星”も近くにあるのよね」

 

「そうね、それは向こうの方」

 

もう一度導かれて見ればもう一つ明るい星が見える。そのままデネブ、織り姫星、彦星と双眼鏡で拡大しながらグルグルと何度も身体ごと大きく動かしもして見ていく。

 

「あの3つは特に目立つわね」

 

「そうね、3つを結んで夏の大三角形と云われるものよ」

 

「彦星は日本での呼び名よね。彦星は他で云うと何なの?」

 

「”アルタイル”、もしくは”アルテア”ね。こちらもベガと同じでチーム名にはなっていないわ」

 

「なんでだろう。どちらの響きでも格好良さそうに思えるのに」

 

「さあ、ね。ただどこかの言い伝えだと”アルタイル”は「爬虫類からの危害を表わす」だとかあまり良い意味でないのもある事を気にするのかもね。他にも”アルゴル”、つまりは「悪魔の頭」なんて言葉の場合には案は出ても却下したチームも存在したと聞くから」

 

「せっかくなら良い意味を付けたいか。言われて見れば分かるかも」

 

「なるほど、なるほど」と、更に頷くスイープの横でアドマイヤベガはスッと立ち上がる。

 

「それじゃ、そろそろ私は行くわ。貴方の言葉が気になって、貴方の様な娘を見るとつい放ってもおけなくて、突然に声を掛けてごめんなさいね」

 

「気に掛けてもらって良かった。これでいつトレーナーに自分のチームの名前の事を聞かれても大丈夫だし、他の星の話もついでにトレーナーにもチームメイトにも教えられるしね。それじゃあ、ベガさん、バイバイ」

 

「ええ、さようなら」

 

と、こちらに手を振って去って行くアドマイヤベガは淡々としていたが、小さな後輩に向けられたその顔は微笑んで、スイープはそれを受け止めながら色々教えてもらったことにしても最初に一体何だと緊張するものでもなかったな……と振り返りながら、こちらも笑顔になって手を振って見送った。

 

 

 

 

アドマイヤベガはいなくなり周りにも誰もおらず静かな空間、スイープは傍に居たシイナへと話し掛ける。だが、シイナは上空の星を見ながら動かず反応しない。

 

「おーい、ってばっ!」

 

何度か身体を突いてもしての無反応も繰り返した後、周りを確認してからスイープは大きめの声を出す。

 

「あ、何?」

 

「「あ、何?」じゃないわよ。呼んでるのに全く反応しないし、縫いぐるみになりきりすぎたのかと。まあ、なりきるにしてはずっと空を見ていたけれど、何か気になるものあったの?」

 

「……気になる、か。まあ、そうだな。さっき何かこの国だけの呼び方のような事を言っていたじゃないか。あれは何かなと」

 

「あー、織姫と彦星?そういう話なら私でも説明できるけど。昔に恋人同士が二人で会ってばかりで仕事しないものだから親に怒られて離れ離れにさせられて、年に一度7月7日の七夕の日だけは天の川という二人の間に流れる川に橋が架かって会う事ができるって話があるのよね。その登場人物が織姫と彦星、さっき聞いたのでいうならベガとアルタイル、か」

 

「なるほど、分かり易い説明だ。どこにでも何年かに一度とかそういう話はあるものだね~」

 

「シイナの所にもそういうことあるの?」

 

「そういう神話やら言い伝えやらわね。後、僕らにとってこの世界との関係性にもそれはある」

 

「どういうこと?」

 

「僕らの方の学校でさ、定期的にこちらの世界を見に来て良い事にはなってるんだよ。もちろん届け出をちゃんと出して許可を得ないといけないし、実体で来られるわけじゃなくて干渉することはできずに見ることしかできないんだけど。それが出来るこちらでの時間が年に1日なんだよ。僕ら側の時間感覚としてはもっと短いことになるんだけど」

 

「ふーん、じゃあ、シイナもそうやってきたことあるわけ?」

 

「……いや、僕はそういうの興味なくて」

 

「だろうね、来てたらもうちょっと最初からこちらの世界の事を知っていたはずだから」

 

「そこはそうも言われるよね。仲間内だと禁止期間が終わる度に定期に行こうとする、こちら側にとても興味ある同級生もいたし、もっと興味があるのだとツテを頼って仕事も手伝うからと、こちらに来る魔女に頼み込んで同行させてもらう奴もいたな……」

 

「どこの生徒も様々いるものね。そういえばさ、卒業したらどうするの、その学校って。大魔女の使い魔になるのが目標?」

 

「確かにそれも人気の進路だな。大魔女の使い魔もまたエリートだから。とはいえ、試験が使い魔だからと皆がそれを目標というわけでもないよ。また別の専門学校に行ったり全然別の仕事を探すのもいるし」

 

「そういうのもこの世界と何も変わらないみたいね」

 

「……僕の話はその辺にしてさ、もう一ついい?」

 

「いいよ、特にやることないから」

 

「君が今のチームに入ったのって何が切欠?有名な星の名前が付いていて目立ったというわけでもないようだし、過去の話を聞いてもチーム自体が強くも弱くもなく、君も誰か在籍する先輩に憧れたというわけでもないようだし」

 

「ああ、そんな事。まあ、目立っていたには目立っていたからだけどね。私が昔好きだった絵本に出てくる魔女にデネブって娘がいたのよね。いつもカボチャが絡んで色々騒ぎが起こる面白い話ばかりだった。それでチームデネブを見て、これだ!ってなったわけって、勢いで決めちゃったけど良かったんだか悪かったんだか、よね。デビューの話とか全然出してくれないし」

 

「そこはまだ君がその段階まで達していないんだろう」

 

「シイナも皆と同じこと言うのね。他のチーム選んでいたらな~とも思うことあるけど、今からそれをするんじゃママもグランマも五月蠅そうだからな」

 

「まあ、それは僕も賛成だよ。何か大きな理由があるわけでもなく決断する物事じゃないと思う」

 

「そうじゃなくてさ、ママもグランマもトレーナーのことを気に行っちゃっていてさ。学園に来た時にトレーナーと話して凄く気が合っちゃったらしいのよね。で、「良い人じゃない、何も言われなくても良いチーム選んだじゃない」と喜ばれもしたんだけど、これで私がチーム変えたいとか変えたとか後で言ったら何か凄いこと言われそうで」

 

「ああ、そういう事で。でもさ、実力が積み重なってる実感や数値の結果はあるんだろ?だったら、このまま頑張りなよ」

 

「まあ、そうするしかないのよね。クラスメイトから話を聞けば変に厳しいチームよりはウチの方が悪くないのはあるとも思うし」

 

スイープはそうして空をその瞳で見上げる。

そこで考えるのは今見える星々の名前がついたチームが存在する、このトレセン学園のこと。

練習が厳しいチームにいるよりも今のチームの方がそれは良い。だけれどもクラスメイトの中にはデビューを果たした者も既にいて自分が置いて行かれている気持ちも無いわけではない。こうして静かな夜に置かれながら改めて考えるとデネブの星はこうして肉眼で見てもその空に存在感を示し光り輝いているけれど、チーム”デネブ”はどうなのかと、そこにいる自分もこれからどうなるのかと、今ここで夜風にも拭かれてふと不安が巻き起こったかのようだった。

 

せっかく楽しい夜のはずだったのに……と自分でも振り切ろうと頭を横に振ってから、もう一度スイープは空を見る。その満天の星の中に何かを探すようにも視線を動かして。

 

「何を見上げてるの」

 

「流れ星でも流れないかなって。こちら側だと流れ星に願いを言うと叶うってあるのよ」

 

「へえ、何を願うの」

 

「そういうのは教えると叶わないのよ。それは教えないけど他に願いたい事はまた伝えていくわ。そうやってこれからもやっていきましょ」

 

「了解したよ」

 

そうして空を見るシイナを見て、スイープも夜空を見上げたがすぐにシイナを見る動きへとなる。そして、少し嫌なことが心に沸いてもしまったけれど、もしも現在別のチームに居たとしたら、何かが一つ違っていれば今日のこの観測会も過ごせていなかったかもしれないと、今の日々がつまらないわけでもなく、この隣に誰かがいて今日もまた気楽に過ごせてもいるのは良い事かと心を切り替えて、雲一つない星空の下の穏やかな夜の中で思っていた。

 

 




7月天体観測編はこれで終了です。
次も7月の話となります。


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ストライク・ウィッチーズ
魔女っ娘の災難



今回は野球回、プロ野球ネタが多く含まれます。



7月も半ば、そろそろURAの上半期も終了に近い平日の夕方、練習終わりのスイープは重い荷物は魔術で小さくしてもらいシイナの背に背負わせて、自分は身軽にテクテクと学園の中を進んでいた。

 

少しばかり練習が早めに終了したが寮に帰っても特にやることはなく、ここでも特に目的はなく制服姿で校舎の裏側の木々も植えられた緑の園を、左手はシイナを抱えるように右手にはナッツ入りの大きく長いチョコバーを包み紙で手が汚れないようにして食べ歩きながらうろうろと。

 

昨日は雨も降りまだ地面がじっとりともしていて他に訪れている者が見えない場所、両脇に紫陽花が植えられた狭い道を歩く内にシイナが口を開く。

 

「夕ご飯前にあんまりそういうの食べ過ぎない方が良いんじゃないの?」

 

「だってお腹空いてるし、成長期だからこれに夕ご飯を足すので丁度いいのよ」

 

「そう言って前は最後に食べると言った野菜を結局はお腹一杯だって残してたじゃないか」

 

「前は前、今日は今日。ちゃんとやるわよ、今日は」

 

と、今日もまたお小言を言われて面白くない顔をして、やけ食いのように口を大きく開けてチョコバーを毟りスイープは歩みを進める。

 

「ねえ、スイープ」

 

そこでまた声を掛けられるが反応せずにスイープは進む。

 

「ほら、ちょっと止まってよ、スイープ」

 

それでも呼ぶのを止めないシイナに対して、スイープは嫌々ながらもその時に上げていた足を一歩前に進めて下ろした。

 

「何よっ……!」

 

と、止まってシイナの方に顔を向けた瞬間に右腕へのベトリとした感触。「ん?」とシイナの事はすぐに放ってそちらを見れば右腕には張り付く蜘蛛の巣、そして設営者であろう蜘蛛がその手をカサカサと張っていた。

 

「わあっ!」

 

思わずチョコバーを放り出しシイナも落とし、その大きく身体を動かした勢いで帽子も脱げたが、その全てを何の気にもすること無く空いた左手で蜘蛛を払い退けようとスイープは動く。

バシッと一撃で蜘蛛にその手は直撃して蜘蛛はどこかに飛んでいったが、今度はそちらに意識が強く向いていたがために他への注意が足らず、その時に動かした足が今度は先日の雨が乾かず残ったかなりのぬかるみの中に取られて滑りスイープの身体が倒れかける。

 

こんなところで転んだらたまったものじゃない、と、スイープはどうにか体勢を整えようと必死の行動に出た結果、近くの植え込み、大きく葉を広げた低木に身体を預ける。それにより転ぶことは避けられたのだが、今度は帽子も脱げて露わになった髪の毛がその細かい枝の中に絡んでしまった。

 

「ええ~ちょっと~~」

 

と、スイープは頭を動かすが髪の毛が引っ張られて痛いだけで、しかも、動かせば動かすほど絡んでいくようで痛みも増す。スイープは行動を起こせば起こすほど悪化する事態に落ち込みながら、頭を動かさないようにして目線でシイナを探しつつ泣きも入った声を出す。

 

「ねえ、これ取ってよ、助けてよ~~」

 

「あー、ちょっと待ってね。今、取るから」

 

助けを求める声は届いた。

しかし、それはシイナではなく低木の脇から現われたのは一人のウマ娘。その学園のウマ娘の中でも目立つだろう鹿毛をかなりの短髪に刈ったジャージ姿のウマ娘──メジロライアンは、まさか誰かいるなんて……と驚く顔をしているスイープを他所にすぐに近づき、枝に絡んでしまったその柔らかい髪に手を掛ける。

 

「千切れてしまってはいけないから、少々時間が掛かってしまうだろうけど待っててね」

 

絡まれたものが解かれる前にそう笑顔で伝えられ、誰かが居たという事実に心臓が速まる中でその爽やかな表情にワタワタとしていた自分に急に照れも出て、スイープは「はい……」と小さく答えて後は普段は見せない大人しい様子で待つだけだった。

メジロライアンは時間が掛かると言ったけれども実際はスルスルと丁寧に巻き込まれた髪の毛を1本1本取って行き、大きく待つこともなく全ての髪の毛は枝から離れる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「これはご丁寧に。と、枝からは取れたけれど、まだ汚れが付いてしまっているようだね」

 

と、スイープはまずはすぐに御礼だと深く頭を下げたところ、メジロライアンはまたスイープへと近づいて先程まで絡んでいた髪の毛を確かめながら話す。また傍にまで近づかれて身体を小さくしていると、メジロライアンはスイープの方へと顔を向けた。

 

「ここから寮に帰るまでも時間が掛かるだろうし目的の物が空いてるかも分からないから、良かったらウチのチームの部屋に来ない?私も今から帰ってシャワーを使う所で空きもあるだろうからね」

 

見知らぬチームの部屋に入る事には緊張も出るものの、「どうかな?」と問いかけてくる顔はまた明るく良い人であるのは強く伝わり、誘いを断る気は湧かないものあれば寮に帰る選択は今メジロライアンが予想した通りの展開となる可能性はあると思いスイープはそこで頷く。

 

「よし、行こうか」

 

メジロライアンはそれではと足を進め、スイープも導かれるようについっていったが、その3、4歩後で気がつく。

 

「あ、そうだ、帽子と縫いぐるみが……」

 

「帽子……?ああ、ごめん、忘れ物があったんだね」

 

メジロライアンは振り向くとそこで何の事なのか気がついたようで、そのまま進んでスイープが蜘蛛に驚いた場所近くの低木に引っかかっていた帽子を手に取る。

 

「……これも汚れてしまってるね。蜘蛛の巣が張り付いてしまって、これじゃ被るわけにはいかないだろうから私が持っていくよ。後は縫いぐるみだっけ?」

 

と、メジロライアンはその場で見渡して地面の上に転がるように寝ていたシイナを広い上げた後にスイープの元へと戻る。

 

「縫いぐるみの方は下の葉っぱが運良く良いクッションになったのかな。汚れてもないし濡れてもいないようだから、はい」

 

「ありがとうございます」

 

スイープは自分は何もしないまま目の前でサクサクと事を進められ、差し出されたシイナをまた身体を縮こませて受け取る。

 

「うん、これでもう残されているものもないようだね。それじゃあ、改めて」

 

と、歩き始めたメジロライアンの後ろをスイープは遅れを取らないように付いて行った。

「だから止まってって言ったのに……」と呟いたシイナには「何が危ないかまで言いなさいよっ」と極小さな声で文句を付けながら。

 

 



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メジロ家の者達

道すがら互いに名乗り、クラスやチームの事を話しながら屋内の廊下を通り案内されたメジロライアンが所属するチームの部屋。スイープは一歩踏み入れた途端に、それが自分の知るチーム部屋という存在とはかけ離れたものだという事を思い知る。

とにかく間取りが広い、天井が高い、レースを観るためのモニターなど置かれている物々が綺麗と、その何もかもに圧倒されてスイープはそのまま口を半開きにして彼方此方を見渡す存在へと切り替わっていた。

 

「シャワールームはこっちね」

 

ライアンはそのスイープの様子を見て、まだデビュー前のジュニアの娘では知らないチームの部屋では緊張もして当然かと、実際にどう考えているかは知らないままに部屋の入り口から見て左奥のドアへと連れて行く。そこに入ってもまたスイープは面食らう。

 

スイープの所属するチーム”デネブ”の部屋は、広間とその先の狭く短い廊下の横にあるドアから繋がるトレーナー用の小さな個室、そして、廊下の奥のドアから続く更衣室しかない。シャワーを浴びたいのならば別に設置された御近所のチームとの共同シャワールームを使うしかない。

とはいえ、チームによってはチーム部屋の更衣室にシャワールームも付いている事は他チームに所属するクラスメイトから話を聞いていた。だが、それも広間が在り小さな廊下が在り、その先が更衣室兼シャワールームという話で、このチームに関してもここに踏み入れるまではそういう形なのだろうとだけ思っていた。

 

けれども現実に入ってみれば、先程の部屋も”部屋”と場所を表わす言葉は同じでも所属チームのものとは全く違う広さを持っていたが、さらにまたここに広い部屋が続いていたという予想もしなかった形。更にはここにも大きなモニターが置かれ、その前には高価そうなテーブルや椅子が複数。壁周りには大きな冷蔵庫もあればデスクトップのPCも複数台設置された場所もあり、その全てに目移りしていくスイープ。

 

と、この部屋への来客に気づいたのか、スイープの方向からは起立した後ろ姿が見えていたウマ娘が振り返る。そのストレートロングの鹿毛をしたウマ娘──メジロドーベルは手にしていた雑誌を畳むと近くのテーブルに置いて二人の方へとスタスタとやってきた。

 

「どうしたの、ドーベル」

 

「ライアンに用があってね。このチームの娘に聞いたら他で用事を済ませていると聞いて、ここで待たせてもらっていたのよ。その娘が用事の娘?」

 

「ああ、この娘は違うんだ。用事を済ませた帰りにちょっとこの娘にアクシデントがあってね。それで髪が汚れてしまったから、どうせならここのシャワールームを使わない?って誘ったんだよ」

 

「聞いた話じゃ練習終わりにジャージ姿で向かったのも誰かのアクシデントの手伝いと聞いたけど、アクシデントに縁があるし何かと誰かを放っておけないのね、ライアンは」

 

「接点を持ってしまったら無視しては通れないよ。と、私は先にタオルの用意だとかしてくるよ。ドーベルはこの娘と少し待っていて」

 

「ええ」

 

メジロドーベルがチラリとスイープを見て返事をすると、メジロライアンはまたその先にあったドアへと向かい、スイープは第一印象からして爽やかなメジロライアンとは違い、どうも冷たい雰囲気が伝わるのメジロドーベルに対して何も返さずにそこに立つ。するとメジロドーベルの方から声を掛けてきた。

 

「アクシデントって何があったの?」

 

「え、あ、それが、歩いていたら蜘蛛の巣に引っかかって蜘蛛が手に乗っかって、それを払ったら足を滑らせて今度はそれで髪の毛が木の枝に絡まっちゃって、そこをライアンさんに助けられたのよ」

 

「それはなかなかのアクシデントね……。ああ、そうだ。私はメジロドーベル。貴女は?」

 

「私はスイープトウショウ」

 

スイープの説明を聞いたメジロドーベルは、何かのコントかのような無駄の無いドジな流れを想像して笑いもこみ上げてきたが、目の前のスイープにそれは失礼だとそれは我慢をしながら話を変えようと自己紹介に移る。

一方のスイープはというとメジロライアンにメジロドーベルと二人の名前を聞いて「両方ともメジロ家の人か」と、そこに意識が向いていた。メジロ家と言えば何人もの有名なウマ娘をこのURA界に送り込んできた名門。近頃になってスイープが仕入れた知識でなく、それこそ学園に入る前から親の傍で参加していた井戸端会議でも聞こえてきた名称だった。そして二人ともメジロ家の人か……と思いつつメジロライアンとメジロドーベル、二人のその全く違うに雰囲気にメジロ家として繋がりはあっても姉妹などではないのだろうと勝手に決めつける。

 

「立ったままでは何だから座って待とうか?ライアンもそうは時間掛からないだろうけど」

 

「あ、それはいいかな。さっき木に当たった時にスカートもちょっとは汚れちゃってるし、座ったらこんな綺麗な椅子に悪いしね」

 

「それならそうなるわね」

 

そうして二人して立って待つ中で、傍のメジロドーベルにはやはりそのクールな印象に少し距離を空けて立ってもしまい、スイープの視線もメジロドーベルにではなく他には誰もいない部屋の方へと向くが、メジロドーベルとしてはキョロキョロとも部屋を見るスイープが気にもなってしまい声を掛ける。

 

「椅子には座らなくても他に何か触りたい物でもあるの?」

 

「そ、そうじゃないけど、わ、私のチーム部屋とは全然違うから……」

 

「ああ、そういうことね」

 

第一に思っていた事とは違うがそれもまた思っていた事ではあって、今の態度の理由として出すとメジロドーベルは部屋を見ながら納得の声を出した後にまたスイープを見る。

 

「貴女のチームがどんなものかは知らないけれど、ここもここで特別よ。ここまでの設備が揃ったチームも他には無いというものだから、これが他所の普通だとか思うものじゃないわ」

 

「なんで特別なの?凄い有名ウマ娘ばかり揃っていたりする?」

 

「学園中の有数のチームではあるだろうけれど、それとこの部屋がこうなのは別の話ね。このチーム部屋も入ってる建物一体が老朽化していてね、何年か前に補強工事することになったのよ。それで、その時にウチ……メジロ家が協力した上に、ここがライアンのいるチームだからって特に様変わりすることになったわけ。ここのトレーナーさんは「そこまでしてもらうのは……」という態度のようだったけれど、まあ、元の老朽化も酷くて「ウチのライアンをこんな場所に置いておけない、相応しいものにさせてもらう」と家の中でも勢いのある方に押される形で結局はこうした憩いの部屋からシャワー室までピカピカに整えられた、ということ」

 

スイープは話を聞きながら、まるで過去に読んだ漫画の中のお金持ちのようだ……と思いながら、このメジロ家の話をするメジロ家のウマ娘自身の事が気になってもきていた。最初はメジロ家のお嬢様と聞けば納得するような近づき辛さを思っていたけれど、こうして語っているのを見ると聞けば答えてくれるのではないかと思い踏み出す。

 

「ドーベルさんはこのチームではないっぽいよね。ドーベルさんの所もそうやって綺麗になったりしたの?」

 

「私のチームが入っている建物は改装工事の話も無ければメジロの誰かが出てくる事もなかったわ。この部屋の事も元が悪くなりすぎたからと、それを見てちょっとこちらの家の人が張り切ってしまっただけよ。まあ、それは私も分かるけどね。家の今後を背負って行くにもライアンが……と、そのために居る場所をできる限り整備しようというのはね。私にとってもライアンは憧れだから」

 

と、スイープの顔ではなく部屋を見ながら同じメジロの者を語るメジロドーベルの口調は冷たさもなく、何かを想いながらのその横顔はスイープにも言葉通りにメジロドーベルにとってメジロライアンが憧れの存在だという事を強く伝える。

 

「憧れ……でも、同じチームじゃないんだ」

 

「憧れの傍に頻繁に居ると自分との違いに疲れちゃうからね……というのは無くて、誰かに憧れるのと、その憧れにのように強く速くなるに適した場所は必ずしも同じとはならないわ。私の場合はこのチームより他の方が良いウマ娘になれると思ったから今いる場所を選んだ、それだけよ」

 

説明をされればスイープにとっても理屈が分かるものがあり、冗談めかした言葉も軽く加えつつ滑らかに話していくメジロドーベルに、もう態度を固くすること無くスイープは「そういうものか…」と大きく頷き、メジロドーベルもまた初対面の後輩に伝わったものがある事を満足するように視線を向ける。

 

そこでガチャリと奥のドアが開いてメジロライアンが帰還する。二人に近づいては来るが何か考えるような足取りで、不都合でもあったのかとスイープが思っていると、メジロライアンはその手に持ったままだった魔女帽子を二人の前に差し出すようにしてから口を開いた。

 

「準備は出来たよ。それでドーベル、この帽子に蜘蛛の巣が付いて汚れてしまっていて、悪いんだけど私達が入っている間に綺麗にしておいてくれないかな」

 

「これにも引っかかっていたの、貴女」

 

「うん、まず帽子がベシャッと行って身体に落ちてきた流れかなって」

 

「その様子だと今の間に何があったのか話していたんだ」

 

帽子を受け取りながらスイープへと目を向けるメジロドーベルにスイープが事を補足をしメジロライアンが流れを把握する。

 

「蜘蛛の巣なら大した仕事でもないしライアンの頼みなのもあれば今色々と話した仲だものね、私に任せておいて。身体の方を綺麗にしている間にこちらもやっておくわ。さっき制服も少し汚れたと言っていたけれど、そちらもついでだからやっておこうか?」

 

「あ、それなら、お願い……します」

 

「分かったわ。それなら私も付いて行ってそれを貰っていきましょうか」

 

提案にスイープが頭を下げればメジロドーベルは話は決まったというように答え、それを合図のようにして三人はその先の更衣室兼シャワールームへと向かっていった。

 

 

 

 

時は夜、スイープは今日行う事を全て終えて寮の自室にいた。机に向かいながら椅子に座り寝るまでの時間をぼーっと過ごしていたところで「あっ!」と思い出し、机の上で本を読んでいたシイナは何事かと顔を上げる。

 

「そういえばチョコバーも飛ばしたけれど拾うの忘れてた」

 

「……あれなら僕が回収して捨てて置いたよ。地面に落ちて食べられる状態ではもう無かったしね」

 

「そうか、それなら良かった。いつも細かな所まで気が回るね」

 

「今日の願いはスイープの荷物をしっかりと運ぶ事だろ?君が手にしていたとはいえ荷物の一つだから、仕事の範疇だ。まあ、確認を取らずに捨てたのはこちらの判断でやってしまったけど」

 

「別にいいよ。食べられないならどうせ捨てていたし、わざわざ聞かれても面倒だもの」

 

と、スイープは気にも止めないといったように答えた後に、そのチョコバーを無くした後の事を思い出す。

 

「チョコバーは無駄にしたけれど、その代わり他に楽しめて良かったわ」

 

そう話すスイープはこれでもかと嬉しそうな表情を浮かべる。

ライアンに助けられシャワールームも借りる事になって、そのシャワルームもまた広くて使い易く、普段使っているようなシャンプーとは違う少しばかり大人な香りのする物を使ってサッパリした後は、汚れた部分を完全に取り除かれた帽子と制服とを装着し、そこでメジロライアンとメジロドーベルにサヨナラとはならずに、あの自チームとは違う物が揃った休憩室でお茶まで出されてのんびりと。

そこではメジロライアンに「枝から髪の毛を解く時にも思ったけれど、細くてフワフワな良い髪で羨ましい」と褒められて、チョコバーが食べられなかった事など今の今まで忘れるほど、蜘蛛の巣に引っかかった事ですら今では良かったと思うほどにスイープは大満足の時間を過ごしたのだった。

 

「僕から見ても実に楽しんでいたという様子だったね。まあ、僕にとっても良かったけれど。君が身を綺麗にしている間に僕も帽子や服と一緒に手入れをしてもらったし。背負った荷物に「良く出来た鞄ねえ」って言いながら隅々までチェックしてくれてね」

 

「そうだったの、ドーベルさん何も言ってなかったけれど。それはよく出来てもいて当然よね、魔法で小さくしただけの本物なんだし」

 

フフフとスイープは口を押さえて笑う。誰かがそうとは知らないままに魔法に触れる中で自分だけが全てを知っている優越感、そこに自分は魔法を行使しているという実感が強く湧き抑えられずに。

 

「今日の物ではない汚れがほんの少し付いていただけだから、言う事もないと思ったんじゃないかな。二人ともこの世界における良家の出の人のようだけど色々世話を焼いてくれる人達で本当良かったね」

 

「シイナの所にもさ、名家とか良家とかあるの」

 

「そういうのも変わらないよ。代々の家を継ぐために勉強している者とか資金力があるとか、良い奴から気が合わない奴まで、その辺はどこの世界も変わらない、と」

 

「シイナはどうなわけ」

 

「家がどうとか別に無いよ、普通さ、普通」

 

「まあ、そうよね。話していても凄く普通っぽいし、やっぱりか」

 

「どこからそう読みとったか分からないけど……まあ、ごく普通と思ってくれるならそれでいいよ」

 

「普通と思われるのが良いの?私は嫌だけどな。うーん、さっきの言葉は取り消すわ。どこか変わってる」

 

「それならそれでもいいよ」

 

と、シイナはそれだけ答えると再び本を読む事へと移り、スイープはこの使い魔のこうしたどこかはっきりしないところが自分には理解しがたいと思いながら、自分もまた眠るまでの時間を思うままに過ごしていった。

 

 



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川沿いの特訓

チーム”デネブ”の部屋と学園内でも設備が整ったチームとの違いを見せつけられた数日後の16時頃、スイープはチーム”デネブ”の部屋でモニター前のソファに座って過去レースの事を知る事が出来る雑誌のバックナンバーを読んでいた。左側のホワイトボード前の場所では”デネブ”のトレーナーがパイプ椅子に座りテーブルには紙類を広げてトレーナー作業をする。

 

どちらも何も語らぬまま紙を捲る音だけが響く中、トレーナーがスイープへと椅子に座ったまま話しかける。

 

「歴史の勉強に熱心なのはいいけど、せっかく練習が早くに終わったのに返らないのか?スイープは」

 

今日は夏休みも近い時期、学園の授業が午前中までしかなく午後はトレーニング時間となったが、チーム”デネブ”は周りのチームよりもトレーナー判断で早めの切り上げとなって、スイープ以外のチームメイトはこれ幸いと自由時間を謳歌しようと早々に散っていった。けれどもスイープは特にやりたいことも思いつかず、それならと、これまで知り合った先輩の過去レース記事でも読むかとチーム部屋に置かれていた古雑誌を広げていた。

 

「帰ってもやることないもの。帰った方がいい?」

 

「ここから一人でやりたい事があるからなぁ」

 

「それならトレーナー室でやればいいじゃない、何のための自分の部屋よ」

 

「それを言われるとその通りなんだが……個室は狭くて、な」

 

トレーナーの言葉にスイープはまた別チームとの違いを思い出し、きっとライアンさんのチームのトレーナー室なんてこれまた広かったりするんだろうな……としながら、それと比較した”デネブ”のボロさに哀しくもなりトレーナーに同情もして、仕方ない……と従うことにする。

 

「分かった、じゃあ、帰るわ」

 

「そうだ、俺もただで帰そうとはしない。まだ寮に帰るのも早いだろうし他に行く所が無いなら作るとしよう」

 

トレーナーは今日はやけに素直だと浮かべながらも言葉にはせず、テーブル上の鞄をゴソゴソと探って長方形の紙束を持つとスイープへと向かってくる。そうして差し出されたものはドーナツ引換券だった。

 

「前に貰ったのが1枚だけ残っていてな。期限は明日までだから時間も無いし今から帰り際にでも使ったらどうかと」

 

「いただくわ、それじゃあね」

 

スイープはたった1コが食べられるようになるだけとはいえ目的が出来るのは悪い事ではないと引換券を受け取り鞄を持ち上げつつ中に入ると、机上に置いておいたシイナも広い上げ立ち上がる。

 

「両手が埋ったという事はこの本は……まあ、俺の都合で帰すんだ、後は片付けておくな」

 

「よろしく」

 

トレーナーのテーブルに置かれた雑誌を見ながらの言葉に、雑誌の事を忘れていただけでそうさせたかったわけじゃないけれども手間が省けて良かったと、スイープは足取りも軽くチーム部屋を出て行った。

 

 

 

 

学園を離れてドーナツ店でドーナツを食べ、それでもまだ寮に帰るには早い、17時を過ぎても暗くならない夏空の下、少々遠回りの帰り道を選びシイナを脇に抱えて河川敷の上の道路を行くスイープ。と、そこに河川敷の方からカタンッ、ガシャンッと音がして、そちらを見る。

 

そこには長髪芦毛の顔の横にカップ型の飾りを付けたウマ娘──ゴールドシップが座り込みながら土の上に置かれた四角い形をした金属の枠をガチャガチャと動かし、地面には四角い数字の書かれた板と他には野球ボールが散らばる。なんだろうと思っているとゴールドシップは前方へ合図するように手を挙げる。それを見てスイープもそちらを見ると、そこには左手に野球グラブを身につけたメジロライアンがいてゴールドシップの方へと歩いて行くのが目に入った。

 

更にこれは何なのかと興味を持ちスイープが芝生の坂を駆け下りて行くと、二人もその音に気づいて振り向く。

 

「こんにちは、ライアンさん」

 

「やあ、こんにちは」

 

「それは何してるの?」

 

金属の枠や落ちた板を見ながらスイープが問うと、その枠の傍にいたゴールドシップが立ち上がる。

 

「お前さあ、それを聞く前にやることがあるだろ~~?」

 

「お前って何よっ、初対面で失礼じゃない?」

 

「失礼というなら自分はどうなんだよ。ライアンにだけ言ってこっちには挨拶は無しか?」

 

「わ、分かったわよ。こんにちは……」

 

「ゴールドシップ様、な」

 

指摘には言い返せないものがあってスイープは膨れながら挨拶を始めたところでゴールドシップが名乗る。

 

「ゴールドシップサマ?長い名前ね?」

 

「そこを一纏めにするな、名前はゴールドシップ!」

 

「そう?じゃあ、こんにちは、ゴールドシップさん。私はスイープトウショウね。それで何をしてるの?二人で」

 

意味が分かっていなかったわけでもなく様付けなどしたくないとはぐらかしてみれば、ゴールドシップはそれ以上は強要するわけでもなく上手く回避できたようでスイープは心の内で勝ち誇りつつ話を進める。

 

「学園のどこかで聞かなかったのか?今度、SDTの宣伝も兼ねてプロ野球の始球式をするって話。それで学園側からもプロ野球側からも特に誰が投げるという話は決められてなくて、それじゃあ誰にしようかという所で生徒会長が「希望者を集めて、その中からより良い代表者を決めよう」と言い出してさ。で、今度の月曜日、レース日明けでチーム休みのウマ娘も多いだろうしと、そこでこういうストライクゾーンを9つに分けて板を張ってそれを撃ち抜く、所謂「ストラックアウト」大会が開かれることになってるんだよ」

 

ゴールドシップの説明にスイープはその流れを十分に把握しながら過去に被服室で聞いたものや天体観測日に聞いた話も思い出し、それも生徒会長の思いつきだったり他の誰かの思いつきを生徒会長は乗り気であったり、シンボリルドルフという人はそういうの好きなんだな……と感想を持ちつつ頷いていた。

 

「それで、ライアンさんが候補者で練習しているってことか」

 

「そういうこと」

 

「で、貴女はお手伝い?同じチームなの?」

 

「違うよ。別のチームだけど、ライアンには以前からスポーツ関連の遊びにはよく付き合って貰ってるから、そういう理由でのお手伝い。と、これで何をやっているかは分かっただろ?こっちは練習でまだまだ忙しいんだ、お子様は帰った、帰った」

 

「言われなくても帰るもんね。それじゃあ、さよなら、ライアンさん」

 

スイープはフンッとゴールドシップからは顔を外してメジロライアンの方に向けて別れの挨拶をすると、邪魔をする気は微塵も無かったので素早く坂を上がっていく、そして、そのまま帰りの歩みを進めながらも時々後ろを振り返り、練習を再開しスパンッと速い直球で板を打ち抜いていくメジロライアンの姿を見て、その姿を素直に格好良いなと思うと共に彼女が代表に選ばれると良いのにと、月曜日なら自チームも休みになるはずだと、その大会の様子を見に行こうと決めながら夕焼けに照らされる河川敷上の道路を軽い足取りで進んでいった。

 

 



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一球無双の物語

週末のレース日、そこでスイープは自分が走る事はないがチームの先輩の応援を終えての月曜日、たった一枠の始球式のマウンドに立つ権利を賭けて行われるストラックアウト大会当日。

チーム”デネブ”では授業終わりに練習は無かったが全体ミーティングが行われ、それで時間が押した事を気にしながらスイープは学園の運動場に向かった。

 

そこでは既に大会はスタートしていてギャラリーが揃い、脇にはテントが張られてマイクの置かれた長机と椅子も有り、そこに居るウマ娘によって司会進行がされているようだった。スイープがどこか観戦に良い場所は無いかと、メジロライアンの出番は終わってしまったのかとうろついていると、スピーカーから実況解説席からの声が響いた。

 

「さて、皆様。ここまで続いてきた大会ですが、ここで枠やボールのメンテナンスに一度休憩を入れます。ギャラリーの方々も各種休憩は今の内にお願い致します。再開までは前半の振り返りとしたいところですが、ここで新たなゲストの紹介をしましょう。それでは、どうぞ。マルゼンスキー先輩」

 

実況席で黒鹿毛ショートカットのウマ娘──ウイニングチケットがマイクを手に声を張り上げ隣に座るマルゼンスキーを紹介する。

 

「こんにちは、皆さん。マルゼンスキーです。本当はルドルフちゃ……じゃなくて生徒会長が来る手筈だったのだけれど、他の仕事で立込んでいて私が来ることになりました。予定と違ってゴメンナサイね」

 

謝罪から始まったマルゼンスキーの挨拶、そのグラウンド上で言葉を聞いた大勢が口は開かずとも(会長が来るよりこちらで良かった……)と(本来の予定通りだったらまたここで長い話が始まっていたことだろう……)と、それぞれが似たような展開を心に浮かべている事などは当のマルゼンスキーは全く思う事無く実況席での話は続いていく。

 

「そういえば、マルゼンスキーさんはここにいらっしゃる前も最初から大会を見ていたようですが。実は参加したかったとか……?」

 

「いえいえ、私は見るだけで。でも、始球式より打席側に立つものならちょっとやってもみたいかな?」

 

「投手より野手ですか」

 

「そうねえ。投げるより打つ、打つより走ることに注目はしてしまうわね」

 

「その辺りは走る事を常に行っているウマ娘としては分かる所がありますね。いかに隙を見て先の塁を狙うか、ランナーと捕手との攻防も良いものです」

 

「そうね。私は”スーパーカー”と言われるくらいだからやっぱり”スーパーカートリオ”のような足でぐるぐる塁間を引っかき回す形が魅力的かな、と」

 

「あまり言っては……とは思うんですが、それ伝わらない人達が沢山いると思います」

 

「……うん、私も古いかなって思っていたわ。冗談よ、冗談。皆に伝えるなら3人よりも別の球団の7人の方を言うべきよね、今度の始球式の場所を考えても。

 あ、それで、知ってる?チケットちゃん。足の速い人達でそうして組んだのに一人仲間に入れられていない選手がそこにはいて……」

 

「マルゼンスキーさん、あの、私としたらそれは分かりますけれど、置いてけぼりの生徒達がまた多く居ると思うので、ここでのその雑談は止めておきましょう」

 

7人グループの方も大概古いんですよっ!仲間入り出来なかった人含めて全員引退済みなんですよっ!という口から出かかった指摘は心の中にどうにか納めてウイニングチケットは話を切り替える。

 

「それにしても今日のこの大会は参加者も集まり観客もこれだけいて盛況ですね」

 

「会長が言い出した時にはどうなることかと思ったけれど、こんな風に盛り上がって良かったわね」

 

「何が功を奏したのでしょうか。私の考えとしてはやはり大観衆の甲子園、伝統の一戦の中で投げられるというのが一つ良かったと思いますね。私も参加したいところでしたが今回はグッと我慢しての司会役となりまして、勝ち取ったウマ娘には是非とも私の分まで投げてもらいたいと……!」

 

「甲子園ね、私は球場には行ったことはないけれど一体どんなものかしら」

 

熱の入るウイニングチケットの隣でマルゼンスキーが今度は話を変えようと、そのまた隣に座っていた身体の大きなウマ娘──ヒシアケボノへと話を向ける。

 

「これは私達のレースと同様にモニター越しに見るのと現地観戦では全く違うと、ぜひ一度学園最寄りの球場もしくはレース終わりにその近場の球場へ行ってみて欲しいと声を大きくして言いたいですね!生の臨場感、応援の一体感、そして忘れてはならない球場グルメ!」

 

と、ヒシアケボノは目の前のテーブルへと手を向ける。そこには数々の料理が所狭しといた並んでいた。

 

「今日はこういう日なので各種球場グルメをリスペクトした料理を用意してみました。皆様にも配れるように作ってあり専用テントで受け取ることができます。ここでそれを良い機会なので紹介をしていきたいと思います」

 

まず最初にヒシアケボノは自分の目の前のカレー皿に手を向ける。

 

「これが甲子園名物、甲子園カレー。その黒カレータイプを参考にしたものです!」

 

「あらー、色濃いのが珍しいけど美味しそうね」

 

続けてヒシアケボノはその隣にあったラーメン鉢へ。

 

「甲子園、ラーメンと言ったらもうこれしかない。ばっちり家系!そして具材はチャーシューのみ!モヤシなんぞは入れはしないというメッセージをきっちり守ったものですね!」

 

「誰の教えかは知らないけれど、譲れない思いが感じられるわね」

 

そして、ヒシアケボノは最後に机上に置かれていた人が被ってもスペースがどれだけ余るか分からない大きなヘルメットを自分の傍に寄せる。

 

「これは甲子園から離れますけど、観戦するならコレだろうという事で用意させていただきました、ウインナー盛りですね!」

 

「……ヒシアケボノちゃん、やけに大きなヘルメットが置いてあると思ったら中にウインナーが入ってるの?」

 

「そうです!どうですか、この豪快な盛り!あ、今日皆さんに用意したのはパック大盛りなので気軽に頼んでくださいね」

 

「……えっと、ヘルメットに盛るのは実際に売ってるの?」

 

「そうですよ!神宮球場に行くとするのならコレというものです!とはいえ球場でのサイズはもっと小さいですので、他のグルメと共に楽しむと良いですね」

 

「そう、安心したわ。それにしても私達が被られる程度の大きさのヘルメットでも十分に思うのに、よくこんな大きなヘルメットを用意したわねえ。なんだか神宮球場にいるペンギンが被ってる物くらい大きい……」

 

「ツバメ!ツバメです!そこは先輩相手とはいえきっちり訂正させていただきますよ!」

 

「はいはい、ヒシアケボノは落ち着いて。球場ガイドはここまでにして、この始球式チケット争奪戦のこれまでの動きを振り返ってみましょう」

 

と、そこで自分が熱くなった分は落ち着いたウイニングチケットが軌道修正をして、今日ここまでの結果がギャラリーへと伝えられる。

 

そこからスイープはメジロライアンがまだ投げていなかったことに安心して彼女の姿を探す。

他に得られた情報として開幕はエイシンフラッシュから。その練習中からのピッチングフォームの美しさに掴みは良し。挙がる歓声に誘われてギャラリーも集まった。何事も正確に行おうとするエイシンフラッシュは理論的な事で知られるビワハヤヒデに助言を頼み投球精度を上げてこの大会に挑んだとの話も出ていて、周りの期待は更に高まっていた。

そうして第1投でいきなりの2枚抜き、2投目も宣言通りの板を綺麗な球筋で撃ち抜き、これは最初からもしや……?と周りの面々に思わせたが快進撃はここまで。球のキレは長く続かず、本人は正確に行きたくとも球の行方を完全にはコントロールはできず5枚まで。本人は残念そうだったようだが最初からまあまあの枚数の滑り出しにグラウンドの雰囲気は良かったとの事だった。

 

そのまま大会は進み、平均は4枚程度の結果になるところで現状エイシンフラッシュを越えての最大の6枚を抜いているのが頭にバイザーを付けたいかにもスポーツが得意だという様相をした鹿毛のウマ娘──アイネスフウジンと両耳に緑のアクセント付きの赤いカバーを付けた鹿毛のウマ娘──ナイスネイチャとのことだった。解説席では今その二人の事に続けて触れられる。

 

「このまま行くと、この2名で決勝投球ということになりますね。このお二人についてどう思われますか、マルゼンスキーさん」

 

「アイネスフウジンちゃんは投球フォームも流れるように綺麗で、きっと始球式でも映えて良さそう。本人によるともし代表になれたら妹達を一緒に球場に連れて行ってあげたいと話も聞いて、そういう家族思いの話はお姉さんもとても好きで良いと思ったわ。ナイスネイチャちゃんは最初はクラスメイトが出たいとその付き添いで来たようで、参加したのは流れでといった様子だったようだけど、それでこの記録。そうして侮れない娘ちゃんも私は好きだし、そういう娘が実際に始球式を行っても面白いんじゃないかしら」

 

「なるほど、どちらも良い部分がある、と……準備が整ったようですね、それは次の挑戦者の登場です」

 

ウイニングチケットはそこでグラウンド上の運営ウマ娘から解説席に手で丸を作った合図が送られ進行に移る。そうして待ち受けるグラウンド上の金属枠に嵌められた9枚の板の直線上へと自信満々ともいったように力強い足取りで現われたのは芦毛をロングに伸ばしたウマ娘──メジロマックイーンだった。

 

 



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竜虎の対決

メジロマックイーンの登場に場内がざわめく。

その自信に満ちあふれた様子に対してもそれはあったが何よりもその格好に。

他の参加ウマ娘は体操服姿だった中でメジロマックイーンもまたパンツは体操服であったが、その上半身が他の者達と一線を画していたために。

 

「あれはタテジマのレプリカユニ……!」

 

解説席からヒシアケボノが「そう来たか!」といったように触れると、ウイニングチケットは椅子から立ち上がりながら目を凝らしてそれを見る、そして何かに気づいたようにハッとしてからマイクをその手にする。

 

「なんとメジロマックイーンさんはまさに甲子園をホームとするチームのユニフォーム姿で登場!しかも、あれは選手も着るプロ仕様のものですよ。気合いの入れようがそれだけでビシビシと伝わりますね」

 

ウイニングチケットの解説にさらに場内が沸き、それを受け止めるメジロマックイーンは笑顔で観客に手を振りながら、また自信がある様子を溢れんばかりにしていく。そして、ギャラリーへ視線を一周させた後にこれから撃ち抜くべき板へとそれが向けられると一瞬にしてその笑顔は消え去って代わりに燃えるような瞳がそれを捉える。空気が変わったとギャラリー達も感じ取ったのか、スッと声が少なくなっていく。

 

そうしてメジロマックイーンがボールを手にした頃、グラウンドの脇のスイープはメジロライアンを探しに動き出していた。グラウンド周りに揃うメジロマックイーンに注目する者達の背後を歩いて行く内、メジロマックイーンの姿が右方向に見える場所の枠側に近い位置に他より背が高く目立っていたゴールドシップを見つけて足早に近づいていく。

 

「おう、お前も来たのか」

 

スイープが話し掛けるより早くゴールドシップが気づく。(また”お前”か……)とはなったものの、ここであれこれやりとりする気もないとスイープはその辺りを見渡しながらゴールドシップに問いかける。

 

「ライアンさんは?」

 

「お前もライアンを応援しに来たのか。ライアンは次に投げるようだから別の所で準備してる。ここらの面子はライアン応援隊だからお前もいるといいよ」

 

ゴールドシップの説明にもう一度その近くにいるグラウンドの方向を見るウマ娘達を見る。そこには端から見ても年齢層も外見の個性も幅広く様々なウマ娘が何名もいた。(他のチームだって知ってる人もいるし皆がライアンさんのチームの娘ってわけじゃないよね)とスイープが彼女らの横顔を見ながら思っていると、突然に身体の両脇をガシッと掴まれ急に足が地面から遠く離れていく。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何してるのっ!」

 

スイープはその背後から自分を掴んだ相手であるゴールドシップの方へと振り返りながら手足をバタバタとさせる。

 

「いやー、ちびっ子だからグラウンドの方を見たくても見られなくて困っているようだから助けてやろうかと」

 

「別に困ってないっ!」

 

「素直になった方がカワイイぞ~?」

 

注目していたのはグラウンドではなく周辺にいた他のウマ娘達にだけれど、それに困らないといったら嘘でもあってスイープは意地になって否定すると、ゴールドシップはこっちは分かってるとでも言いたげな顔でさらに身体を上げてくる。

 

「ゴールドシップ、止めてあげなさいよ」

 

そこに現われた助け船。少し離れた所からやってきたメジロドーベルが腕を組み両肘を手で掴むような格好で呆れ気味に注意をすればゴールドシップはスイープを地面に下ろして、そのやりとりに気づいて周り者もスイープ達へと振り返る。

 

「もう!私はここに居る人達が皆ライアンさんの応援の人達なのかなって思っていただけなのっ」

 

「そっちかよ、だとしたらそれは正解だ」

 

「同じチームで来ているようでもないよね、どういう集まり?」

 

「だから、ライアン応援隊だって。それぞれがライアンと付き合いがあって集まってる」

 

「へ~、ロブロイさんはどういう繋がり?」

 

ゴールドシップへ返答をしながら今度はスイープへと注目していたウマ娘達の内、知っている顔で一番傍に居たゼンノロブロイへと身体の方向を変える。

 

「ライアンさんはこうして今日も参加されるようなスポーツ万能の方ですけれど、メジロのご令嬢として文学や詩についてもお詳しくて、私にも優しくレクチャーしてくださったりメジロ家に置かれている一般の本屋や学園の図書館にも無い書物を快く貸してもいただけたりお世話になっているんです、それで今日は図書委員の仕事も他の方に変わってもらってこうして応援へと……」

 

「そういう事ね。じゃあ、カワカミプリンセスちゃんは?」

 

ゼンノロブロイの説明に(この人が図書館仕事を止めてまで来るなんて珍しそうな話だ)となりつつ、スイープは次に見知った相手だったカワカミプリンセスへと話を向ける。

 

「私は以前に近くの公園内で自主トレーニングをしていたところ、少々張り切ってしまって足を挫いてしまいまして……。その時に同じ公園内でトレーニングをされていたライアンさんに助けていただいたんです。公園の外までは私の身体に負担が掛からないように連れて行ってくださって、その後は病院までの車の手配から付き添いまで何から何までお世話に……」

 

両手を合わせて口元に持っていきながら思い出すように頬を緩め、そしてそれを赤らめても話すカワカミプリンセスに、そういう助けられ方なら自分と似たようなものかと思いながらスイープは聞く。

 

「あの足を挫いて地面に座り込みどうしようと思っていた差し伸べられた手、その時のライアンさんの「大丈夫?」との声とその表情、今でもはっきりと思い出される、まさに王子様と云ったような気品のあるもの。私としてはキングヘイローさんのその風格をこの世で有数の素敵なものとしていましたが、ライアンさんもそれに並ぶもものとして私の中でなりましたわ。いつか私の前に現われる王子様もあのような……」

 

「確かに素敵よね。それと……」

 

自分も髪の毛を枝から外して貰っている時を思い出すと「王子様」という言葉はしっくり来るとしながら、自分も至近距離で助けられたなどと言うのは、今も目の前で照れながらに思い出し続けるウマ娘にするものでもないかとしてスイープはその顔を他のウマ娘達へと向ける。そこに一人の小柄なウマ娘が次は私!というように手を挙げる。その右耳に星に羽根が生えた飾りを付けた短髪鹿毛の活発そうなウマ娘──ビコーペガサスはスイープと目があったと思うとすぐに話し始めた。

 

「ライアンさんはね、アタシのヒーローとしての特訓相手としても何度も付き合ってくれたし、ライアンさんのおかげで出来た必殺技もあるんだ。ライアンさんのキックもパンチもキレッキレだったし、今日もキレキレの投球で勝ち抜いてくれると思うっ。貴女も応援に来たなら一緒に応援も一生懸命頑張ろうね。声援は力になる!これが鉄則!」

 

ビコーペガサスはそうしてスイープの手を取り身体を寄せて言ってくる。これは熱い暑い……とスイープが思っていると、この熱さの傍に寄ってくるクールな存在があった。それは生徒会の一員である左耳に小さな黄色いリボンを巻いたボブカットのウマ娘──エアグルーヴ。

 

「賑やかだな、この一帯は。それだけライアンさんが幅広く交友を持っているということか」

 

「それには否定するところがないが、生徒会委員が何の用なんだ?」

 

辺りを見回しそう感想を述べるエアグルーヴにゴールドシップがまず反応を見せる。

 

「それは決まっているだろう、私もライアンさんの応援に来たんだよ。私も交友を持っている内の一人、ぜひ今回の代表にもなって欲しいと思っていてね」

 

「はー、それは本当にライアンの交友の広さに驚くな」

 

「それはこちらからも言いたい言葉だな。ゴールドシップがメジロマックイーンさんと親しくしているのは過去から知っていたがライアンさんともとは知らなかった。しかも今日はマックイーンさんではなくライアンさんの方を選ぶとはね」

 

ビックリッ!と両手も挙げて大袈裟に見せるゴールドシップにエアグルーヴが冷静に言い放つ。

 

「スポーツ関連だとマックイーンよりライアンにちょこちょこ世話になっているものだからさ、今回はこっち。っていうのもあるけど、マックイーンが今回の話に超乗り気でさ、「いただきですわ」「敵無しですわ」と自信があるようだったから、それじゃあ私は他の手伝いをしてより盛り上がる形を作ろうかな?ってね」

 

「なるほど、らしい話だ、それが性ともいうものか。まあ、今度の話は会長の案だ。生徒会の者としても一人だけ目立つ者があっさり持っていくよりも混戦模様の方が好ましい、と言っておこう」

 

そうして二人がニヤリと顔を合わせたところで周りから一際大きな歓声が湧く。

 

「最後の一投、見事に低め9番を撃ち抜き、これで7枚抜き!メジロマックイーンさんがトップに躍り出ました!」

 

結果を知らせるウイニングチケットの声にギャラリーからは再び歓声と拍手が。その中心にいるメジロマックイーンは当然だともいうように右肩にかかる髪の毛をサラリと手で流して優雅にグラウンド外へと掃けていった。

 

そして、グラウンドには次の挑戦者が、メジロライアンがやってきた──────

 



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ライアンの12球

メジロライアンはメジロマックイーンとは違い他の参加者と同じく体操服姿での登場。しかしながら勝負服にも使われる緑色をした左手に嵌められたグラブが目立ち、メジロマックイーン同様に気合いの入り様がその様子から伝わる。

 

スポーツ万能のメジロライアンの出番、同じメジロ家のメジロマックイーンが現在トップ。これは見物だと邪魔にはならぬようにギャラリーは静かになっているがその熱気は上がるばかりだった。

 

その空気の中で、メジロライアンは用意された12の球の中から一つを選び取り、第一球を投じた。

右足を軸に左足は高く上げていく特徴的なフォームから放たれた直球は、ライアンから見ての右側低め、先程メジロマックイーンが最後に撃ち抜いた9番の板を落とした。

 

最初の成功でもギャラリーが湧き、スイープの傍のゴールドシップが「よしっ」と拳を握る。

 

「あの場所はな、ライアンが苦手な所で練習でも何度も繰り返した場所だ。それを最初に撃ち抜いたというのはライアンのこの先の気分としても相当楽になるだろうさ」

 

ゴールドシップは自分が手助けした成果が出て嬉しいのか、スイープが聞かずとも丁寧に解説をしてくる。スイープもそれに乗ってうんうんと頷く。

 

投球は続いて、2球、3球……

メジロライアンは続いて低めの残り、7番、8番を撃ち抜いた。

 

綺麗な球筋の直球が板の中心を抜いていき、連続しての成功にギャラリーの湧き方も大きくもなる。

 

その後は枠の中心狙いを。しかし、ここで1球失敗し、その後にその中心の5番と右側隣の6番を抜いた。

 

9枚中の5枚を撃ち抜き、残る球は6球。

順調だと思われたものだったが、ここから2回惜しくも的の内側にある枠に阻まれ失敗。

 

「残り4枠で4球だから、もう失敗できないってこと……?」

 

固唾を呑んで見守っていたスイープがポソリと溢す。

それに対してビコーペガサスが振り向いた。

 

「そうなるね。でも、追い込まれた時こそヒーローの力は発揮される。ライアンさんならっ……」

 

バシンッ!

 

そのビコーペガサスの声に反応したかのように届いた音、また大きな歓声が沸く。

撃ち抜いたのは高めの2番、その右の3番。1球で2つの板を一度に撃ち抜く2枚抜きを後が無い所で成功させたことで、続けての失敗でザワザワともしたギャラリーが一気に盛り上がる。

 

残るは左側高めの1番かその下の4番。

ライアンが残り3球の内からこれまで以上に球を真剣に選び取り投げる。

だが、1番狙いも次に4番を狙ってもどちらもその外の枠に阻まれた。

 

撃ち抜かれた枠は7枚、残る球は1球。

既にパーフェクトはない。だが、今日の戦いは他より1枚でも多く撃ち抜くこと。

今トップのメジロマックイーンが7枚。失敗しても、この後に誰もその上を行かなければ二人での決戦となる。話しによれば挑戦者は自分の次にはもう一人いるかいないかというものだった。

 

決戦になる可能性は高い、そう考えればまだ代表者となるための余裕はある。しかし、メジロライアンとしては今ここでメジロマックイーンに勝っておきたい、勝ちたいという気持ちが強かった。この先があるさ……などという考えよりも、今この戦いを制する事を望んでいた。

 

最後の球をメジロライアンは拾い上げる。

スイープはそれを見ながら自然と祈るようなポーズをしていた。

トレーナーが自チームのウマ娘のレースを見守る時はこういう気持ちなのだろうかという想像もそこに湧く。

緊張が身体に走る、心臓が高鳴る。ワクワクするのにこんなにも怖い。自分の事でもないのに、こんな気持ちになったことはなかった。

 

「どうか、お願い。あの球を届かせてっ!」

 

スイープは見るのが怖いという思いが先に立ち目を瞑るようにして祈っていた。

しかし、メジロライアンが投球をするという一瞬、それではいけない、自分は見届けないといけないと思い、目を開く。

 

最後の1投が放たれた……!

 

と思った瞬間、投げられたボールの近くにパシリッと見覚えがある火花が散ったように見えた。

 

「えっ……?」 

 

というスイープの表情とバシンッという板を撃ち抜く音はほぼ同時に起こった。

球は1番の板を撃ち抜き、新記録の8枚、メジロライアンがトップになったと歓声が沸き起こる。特にスイープのいるメジロライアン応援隊の場所の喜び様は激しかった。誰も火花が散った事など気づきもしないように興奮し、メジロライアンは自分へ向けての拍手に礼をしながらグラウンド外へと掃けていった。

 

だが、ただ一人、スイープだけはざわめく他の者達にも何も告げずにシイナを連れてグラウンドから離れた木陰へと移動した。

 

「シイナっ!今のっ!」

 

ここに来るまでは言わない理性は働いていたが、頭への血があまりにも上ってここで大きな声になる。

 

「……君に細かく確認を取らなかったのは悪かったよ」

 

「やっぱり何かしたのねっ!?」

 

シイナは申し訳なさそうに俯きながら、スイープはその申し訳なさを受け取る気はないというように身体を強く掴む。

 

「……スイープが「お願い」っていうから動いておこうか、と」

 

「私のせいにしないでよっ!そこは球が届いて欲しいって願ったけれど、ボールに細工するなんて……。そういうのは気が利くとは言わないの!」

 

「ま、待ってよ。そこは正しい事を伝えておきたい。誰もボールの軌道を変えたわけじゃない。僕が変えたのは……あれだ」

 

と、シイナは傍の木を指差す。そこには蝉が一匹止まっていた。

 

「さっきのボールにもあれと同じのが近づいていて、あのままだとボールにぶつかるかもしれないと虫の方をはじき飛ばしたんだ……」

 

シイナは更に俯くように言い、スイープはその手の力を抜く。

言われて見れば魔力反応の光の傍で小さく動いた存在があったことを思い出す。

 

「……そういう事だったの」

 

「それでも本来起こり得た事をねじ曲げたのは言い訳が効かないし、謝るよ……」

 

シイナはどんな批判でも受けるともいったような声を出す。その姿を見て、スイープは思わずここに急いで来て怒鳴りもしたものの、もう責める気は無くなっていた。

 

「そ、そういう話なら私は何も言わないわ。あの、怒っておいて何だけど、ぶつかるかも……っていうのも可能性の話だっただろうし、私としては前に雨を止めて貰ったのと同じように環境を整えてもらったってことだと思うから……」

 

「……そう言って貰えるなら有り難い。僕も思わず行動を起こしてしまった。だから今後は確認を取るのことをもっと気を付けるよ」

 

スイープも反省したというように言葉を慰めのものにしてシイナに与えるが、シイナは未だ落ち込んでいるというように顔を上げなかった。スイープは自分の言葉が発端なのは確かで、言い過ぎもあった……と思うと共に何時ものシイナとはどこか違う様子が気になりながらその顔を見る。

 

 

わああ……

 

 

と、そこにグラウンドからの歓声。何事かとスイープはすぐにそちらへと向かう。

応援席にはメジロライアンも来ていて、そこにいる皆がグラウンドの方を見ていた。

 

「ライアンさん、何かあったの?」

 

「最後の参加者の娘がパーフェクト達成したんだよ」

 

メジロライアンが指差す方向を見ると、そこには長い栗毛に右耳の黒い飾りをつけたスイープとも似たような背丈のウマ娘──マヤノトップガンがグラウンド上で飛び跳ね喜び、ギャラリーに投げキッスまでしてアピールしていた。

 

「良いところまで行けたんだけどなぁ、2位かぁ」

 

残念そうに、しかし悔しさが溢れるともならないような、スイープに今日もまた爽やかだ……と感想を持たせる様子でメジロライアンは言う。

 

「まあ、しゃーないな。でも、格好良かったぜ、ライアン」

 

お疲れ様というようにメジロライアンの肩を叩くのはゴールドシップ。それに続いてメジロライアン応援隊がそうだそうだと同意する。

 

「そんな風に褒められたら、それだけで参加した甲斐もあったかな。私もやりきれたというものがあって楽しくて良かったよ。さて、後は皆で配っている料理でも貰って皆で食べようか」

 

「あー、それならさっき紹介した奴がやってたデカいヘルメットにウインナー入れて貰おうか」

 

「ああ、皆で挑戦すれば食べられそうって?それも良いかもね。だったらマックイーンも誘おうか。自分の代表が無しになった時点で「こうなればやけ食いですわー!」ってなっていたから」

 

「そりゃいいわ。あれだけ勝つ気でいたから悔しさも人一倍なんだろうけど食ってりゃ切り替わるだろうし」

 

マックイーンに対してのしょうがねえなあという顔を見せた後に話は決まったとゴールドシップが歩き出せば、他の面子も後をついていく。スイープもそれに少し遅れながら歩いて行くことにした。メジロライアン応援隊の後ろ姿を見ながらスイープが小声で溢す。

 

「結局ライアンさんの時に何が起こっても起こらなくても結果は同じだったみたいね。こうなるなら最後まで見てから動けば良かったわ。私もシイナも事を急ぎすぎた似たもの同士ね」

 

「……お互い確認作業が足らなかった、と。確かにその通りだ。いやはや可能性としてあるとはいえ最後の最後に勝利を持っていく者がいるとはね」

 

「ライアンさんが本番で投げるのは見たかった気持ちはあるけど、大会としたら最後まで盛り上がって面白くて良かったのかもね」

 

「僕もよく分かったよ、レースに限らず君らが居るところ、そこに人々の興奮が生まれるもののようだ」

 

「大魔女に相応しいような先輩が沢山いるから、ね。と、置いて行かれそう。早く行かないと」

 

話していく内にシイナの口調がいつも通りにも戻り、落ち込み様も無くなったかとスイープは安心して、遠く離れていっていた応援隊の背中を追って早足で進み始めた。

 

そうして軽食テントで色々と貰ってグラウンド脇で座る中、ライアン応援隊とは雑談をしながらのんびりと、「やけ食いですわ」の宣言のメジロマックイーンの言葉通りの食べっぷりを見もすれば、途中までトップながら4位に終わったアイネスフウジンの「甲子園は無くなったけれど、ヒシアケボノから観戦のススメと割引チケット貰ったから都内の球場に妹たちを連れて行く」旨の事を楽しそうに仲間に話す様子を端から眺めもした。

 

他にも同じく4位だったナイスネイチャの「いやーあのままトップはいけないだろうとは薄々思っていたんだけどねえ、3位くらいにはなれるかと思ったら最後に4位だなんて。まあ3位だからって何か景品があるわけでもなかったんだけれど、運動して美味しくこうして食べられているだけで今日は良い日か」との満足そうな言葉を知りなどもして大会の日は緩やかに終わっていった。

 

 

 

 

それから行われた甲子園での始球式。

何を考えたかマヤノトップガンはフォークボールを投げ、その落差の激しい完璧なフォークボールによって予選の大会同様に球場は大盛り上がりの結果となった。

 

が、直球の速球を捕手のミットに決める期待していた予選大会の発案者であるシンボリルドルフは、マヤノトップガンにはその期待もきちんと忠告として伝えていたにも関わらず彼女もまた思いつきで自分の意とは違う方向に走りながらも、そのフォークボールの決まり方が大きく話題を呼んでSDTの宣伝としては最高ともいったものになったことで「怒るにも怒れない……」と、生徒会室の執務机において始球式の話を伝えるニュース記事を見ながら頭を抱え、この件でただ一人モヤモヤとしたものも抱え続けることになるのだった────

 

 




ストラックアウト編はこれで終わりです。


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放課後のスバル
それぞれのある日


8月に入った頃の日曜日のチーム”デネブ”のチーム部屋。

シイナはここに初めて来た時のように書類棚の上に乗せられ部屋の出入り口側を見ていた。

時は夕方17時近く。各地でレースはとうに終了し、この部屋での観戦そして全体ミーティングも終えて所属ウマ娘は解散となり、その一員であるスイープもそれに続いた中でシイナはここに置かれていた。

 

スイープからの「ちょっとここで待ってて」の言葉はあったが、それから数十分も帰ってくる気配がなかった。(何をやっているんだかな……)との意識はあるものの大きくは気にせずにシイナはいた。所属ウマ娘はそれぞれ帰っていっても部屋にはチーム”デネブ”のトレーナーが残り、これもまた初めて来た時と同じように目の前の机であれこれやって行く様子や彼の独り言などもあって、それを観察していれば飽きずに居られた。

 

これまで過ごしていく中でスイープと共に居れば彼の人となりというものも知れてきて、スイープからは「注意が煩い」、「他のトレーナーのようにピシッしていない格好悪い」と愚痴も聞かされるものだったが、シイナ個人から言えば好ましい人物に思えていた。

 

注意が煩いとは言っても、それはシイナ自身もスイープに対して言っておきたいようなものが多く、他のトレーナーと比べてどうこうというものは語れる程に他のチームのトレーナーを知らないので何も言えないが、彼自身はスイープにしても他のウマ娘にしても「どこそこの娘はこうなのに……」と比較するような事は本人に対しては勿論のこと、こうして一人きりの場所にしても漏らした事も聞いた事もない。それぞれに対して何が持ち味で何が足りないか、自分に何が出来るかという事をよく考えている人物にシイナには思えた。

 

そう思えるまで彼の事を知ることになったのは、トレーナー室が狭いという理由でトレーナーがこの広い机を使って仕事をよくするために、シイナもまたここに置かれたのは最初の日や今日だけでなくその間も何度もあることで、その一部始終をシイナは見る事が多いためだった。

そして、まだ人間としては若い人物に思う、見た目に貫禄があるわけでもない。けれども、所属ウマ娘に対してレースの事から日常の事に関しても自分の時間を削ってまで真摯に対応している姿をこれまで見てきたこの青年に対してシイナは肯定的な目で見ると共に、彼への愚痴を漏らすスイープに対しては「少しは苦労を分かってあげたらいい……」と思いもするのだった。

 

と、声には出さないが心の内でシイナが考えていたところに、机の向こう側に座りシイナの置かれる窓側へと向きつつも頭はずっと机に置かれていた書類を至近距離で見ながら何やら唸りつつ難儀している姿が映っていたトレーナーが、何かの違和感に気づいたかのように急に顔を上げてシイナを見てきた。

 

トレーナーはシイナの様子を見ながら椅子から立ち上がり、書類棚の方へ来るとシイナと向き合う形に立つ。何もしていない……と、シイナの緊張が高まる中、トレーナーはその顔を覗くようにして身体を屈める。

 

「前から思ってたけど何か見られている気がするんだよなあ、お前」

 

その口調は「何だろうなぁ」と少しばかり引っかかるといっただけの指摘だったが、シイナには更に肝が冷えたように流れない汗が流れたようにも感じる。続けてトレーナーは焦りを感じているシイナの頭を持つと、何度か自分の顔を動かしてシイナの身体をぐるりとも見る動きをしていたが、最終的には最初に置かれた形とは90度左に角度を変えて置き直したところで頭から手を離した。

 

「まさか監視カメラが付いているなんてことはないだろうが、暫くこうさせてもらうからな」

 

トレーナーは実際に思っているわけではないような軽い言い方でそう残して再び席に戻る。一方の目が机の方を見ない形になっただけのシイナはそれだけで終わった事に強く安堵しつつ、トレーナーに関しては肯定的だったもののそれ以上の評価は持っていなかったが、これは思いの外に鋭いのかもしれない……と考えを改める事を心に誓っていた。

 

 

 

 

チーム部屋の様子は何一つ伝わる事は無くスイープは図書室に存在していた。

今日のチーム”デネブ”の解散以降、トレーナーが一人で書類と向き合い続けていたのならば、スイープ一人で床に座り込み本と向き合い続けていた。

 

目的は「縫いぐるみの掃除の仕方」を知るために。

メジロライアンのチームのシャワー室を借りた日にメジロドーベルには一度汚れを取ってもらったようだが、一度事が起こるとそうした部分が気になり始めもするもので、特にこの夏、毎日のように持ち歩いている事、特にトレーニング中は外に置きっ放しな事で、その砂汚れが特に目立つようにも思えてきたためにスイープも思う所があり、自分で綺麗にしてみるかと、洗われる側にはその時になったらサプライズで知らせようとまず決めた。

 

そうして軽くネットで調べようとしたが、何をどうすれば良いのか大事な部分が載っていない、「いかがでしたか?」と最後に締められても「いかがも何もない!情報がない!」と言いたくなるサイトも多く、ネットの海は膨大すぎて疲れるとの結論にもなり、それならば本で調べるかと図書室の中の絨毯敷きの小部屋、本棚があるだけで読書のための机も置かれておらず、本の種類も貸し出しの人気は低いジャンルのものが多く、あまり人の訪れない場所で洗濯についての本を探していた。

しかしながら本もまた一言で「洗濯についての本」といっても何冊もある物で、考えても見ればシイナ自身を連れてきて材質も見比べながらどれが合う方法なのか調べれば良かった……という事にも辿り着くと、飽きの気持ちも一気に湧いてきて、今日はこれで終わるかと近くの本棚に手を掛けて立ち上がろうとする。

 

しかし、棚の方を見ずに手を掛けたその場所は棚では無くそこに納められていた本の上側で、そのままスイープの手の力によってその場の本は5冊も6冊もバサバサと下へと落ちる。それに気づき自分で出した本の分だけでなく片付ける量の増えた事も知ったスイープは床へと広がった本を見て溜息をつくばかりだった。

 

「何事かっ!」

 

と、そこに小部屋の入り口からの声、スイープが振り向くとそこに居たのはビワハヤヒデだった。彼女は床に落ちた本とスイープを眼鏡の奥からの厳しい目つきで見つつ早足で近づいてくる。

 

「何でも無いのよ、今、立ち上がろうとして本を間違って落としちゃっただけだから」

 

「身体にぶつけたりはしていないか?爪先だとか」

 

「それは大丈夫」

 

「ならいいが。今後はそうならないように気を付けなさい、大事な学校の本なのだから。それにしても派手に落としたものだな。こっちにもあっちにも広がって」

 

と、ビワハヤヒデはスイープの後ろ側に4冊ほど広げられていた、これまでスイープが読んでいた本へと触れる。

 

「あ~あっちは落としたわけじゃなくて読んでたやつ」

 

「……スイープトウショウ。この部屋には机が置かれていないとはいえ、床に広げて読むのは止めなさい」

 

「ごめんなさい……って、私のことを知ってるの?」

 

「君はよく図書室を使っているだろう、特にこの春からよく姿を見た。ジュニアクラスの面々は日々の学園での暮らしに忙しく熱心に本を読みに通う者など少ないからな、印象に残っていた」

 

ビワハヤヒデはその姿勢に感心しているというように少し柔らかくなった表情でスイープの帽子をポンポンと叩いた後に屈んで下に散らばった本へと手を伸ばす。

 

「こちらは私がやろう。君は自分が読んだ分を片付けなさい」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「礼をするほどでもない。散らかっているのは我慢ならない質なのでね」

 

そうして二人で片付けていけば、あっという間に本は全て納まった。その本棚を見て「これでいい……」と満足して頷くビワハヤヒデがそこにいたが、次には「んん?」ともいったようにスイープへ向き直る。

 

「全ての本を片付けてしまったようだが借りる分は無かったのか?」

 

「やりたい事のための良い本が見つからなくて借りないことにしたから良いの」

 

「一体何をしようとしていたんだね」

 

「縫いぐるみが汚れてきたから良い洗濯方法はないのかなって」

 

「ああ、あのトカゲのか。ここに君がいる時はいつも持っていたから私もよく覚えている。縫いぐるみの洗濯か、それならば一つ良い方法がある」

 

「知ってるの?さすが物知りって有名ね!」

 

「お褒めに与り光栄だが、それを知っているのは私ではなく妹だ」

 

「妹って、ナリタブライアンさんでしょ?ビワハヤヒデさんも物知りだけどナリタブライアンさんも色々と物知りなんだ?」

 

「ま、まあな」

 

ナリタブライアンは特別知識が豊富というわけではないが、彼女がそれに詳しいのは本人が実は縫いぐるみなど可愛らしい物が好きで集めている、だからこそ取り扱い方法にも通じているというものだったが、勝手にそういった物事を広めるのは止めておこうと姉であるビワハヤヒデはそう答えるだけにしておく。

 

「今日はその縫いぐるみを持っていないようだな。しかし、タグに材質について記されてもあるだろうし、それを私に教えてくれればそれに合った方法をブライアンから聞いておこう。そのための連絡方法としてメールアドレスの交換と行きたいところだが、ここよりも机と椅子のある場所でしようか」

 

と、ビワハヤヒデは出入り口へと向かっていき、スイープも断る理由は無い嬉しい助けだと軽い足取りでその後ろをついていった。

 

 

 

 

図書室の広間、その一角の机でスイープとビワハヤヒデは向きあってそれぞれのスマホのメールアドレスの交換を終えた。

 

「と、これにて終了だが、せっかくの機会だ。少し話でもしようか」

 

「良いわ」

 

「その前にまずはお互いきちんと挨拶をしておこう。私はチーム”アルキオネ”のビワハヤヒデだ」

 

「私はチーム”デネブ”のスイープトウショウ……です」

 

スイープの返答に「これでよし」と自分にもスイープにも伝えるようにビワハヤヒデは頷くと、両手を組んで身体の前に持ってくる形にしてから話し始めた。

 

「これまでここで君の姿は何度も見てきたが、その度に違うジャンルの本を読んでいた。様々な学問に手を出しているようだけれど、その中で最も得意とする、興味があるのはどういったものなのかな?」

 

「え、えーっと、それは……」

 

ビワハヤヒデに問われて一気にスイープの表情が変わる。話をするなんて止めておけば良かったと気持ちも変わる。ここで本を読んでいたのは基本シイナが望むからであってスイープは捲り役でしかなかった。一応開いた頁には目を向けるがその十分の一も内容は理解していない、そこから興味を持った学問も本も特にない。

 

「そのね、本を読む事には興味あったんだけど、この図書館には好きなタイプの本が置いてなくて、だから代わりに何か面白いものないかなと、とにかく色んなものに手を出して読んでいただけなのね」

 

「……なるほど、そういったものか。まあ、まだジュニアクラスのウマ娘だ、本を読む自体に興味があるというだけでも私は良いと思う、と、今、君が言った事だが、君の好きなタイプの本とはどんなものかな?」

 

「私としたらやっぱり魔女とか魔法とか、そういう物がいいの」

 

「……そういった物語ならここにも数置かれているのではないかな。私は興味は無いが、君に限らずそうした小説が好きな娘は、この学園に通う年齢になら多いものだ」

 

「そういうのも良いけど、この世界に伝わっている魔女の言い伝えとか歴史とかが知ってみたいかなって」

 

「それならば私としても興味深いな。社会学や宗教学にも繋がる一つの学問とも言えるだろうから。魔女といえばドイツやフランスやイギリス……とにかくヨーロッパと言う所だな。その辺りの話を集めた物は探せば見つけるのは難しいものではない事だろう」

 

ビワハヤヒデの説明を聞きながらスイープには思い出す事があった。今、出ていた国名、それらが魔女と言えばと知ったのは今が初めてだったが魔の者とは関係があるのだろうという事に。

 

シイナのためにいつも本を借りに来るばかりではなく自分が使わない時にはスマホを貸してあげていた。使い方はすぐに覚え、変な所には繋げるなと忠告をすればその意味も伝わり、行う事といえば簡単な調べ物といったような事だったのは後でふと見た履歴から知っていた。スイープとて別に事細かく彼が何をどうしていたかと知りたいわけではなかったが、その履歴はヨーロッパの国々の話が占めており、特にイギリスの事が多かったと今ここで記憶が掘り起こされる。

 

シイナを連れて初めて図書館に来た時、ファインモーションの出身国アイルランドを説明する時にも彼が口にしたのはイギリスという言葉だった。スイープはそれらとシイナの仲間達はこちらの世界を見に来たり魔女に付いてくるといった話を結びつけて、自分達の話がそうした外国の場所に残っているのではと知ろうともしたのではないかと、自分がもし同じ立場ならそうしていたとして結論付ける。

 

「その中なら私としてはイギリスに一番興味があるかな」

 

「イギリスね、イギリスなら魔女の話もあれば妖精だとかいうものの伝承も多く君のような娘が興味を持つのも分かる、読みやすい良い本もあるかもしれない。どれ、もしこの図書館に欲しいのなら私からも希望を出してみようか。職員である司書の方とも親しくしているのでね。ロブロイもその辺りに関わっていて厳しい面もあるが私が言えば分かってもくれるだろう」

 

「え?本当!?ビワハヤヒデさんって物知りなだけじゃなくて、色んな人と親しくて顔が大きいのね!」

 

「……それを言うなら顔が広いだっ!」

 

「あっと、ごめんなさい。あんまり国語は得意じゃないかなって……」

 

「まったく、魔女学を修める前にことわざ辞典に目を通してもらいたいものだな。……さて、そろそろ帰るべき時間だ。縫いぐるみの事も本の事も私から言っておくのは変わらないから任せなさい」

 

そうしてビワハヤヒデは席から立って去って行く。

それを見送りながらスイープは洗濯の事がこれで解決するとも思えば外国の魔女についての本はシイナがスマホで見ていた履歴から興味持ったと知られるのも嫌だと、彼の知らない所で読んでみようか、自分が大魔女になるにもそういう本を読んだら近道かもしれないと、これから忙しくなるぞとしながらも、それもまた楽しみだと浮き上がるような気持ちだけをそこに持っていた。

 

 

 

 

夏とは言えども空も暗くなってきた頃、長らく”デネブ”のチーム部屋で仕事に勤しんでいたトレーナーはパタンと机上のファイルを閉じて椅子の上で「終わった~~」と、大きく伸びをして、書類棚上のシイナは顔はそちらを向いていなくともその動きはずっと見ており、「お疲れ様……」の言葉をそっと送る。

 

「これで帰って……いや、まだか」

 

トレーナーは伸びをしたまま書類棚へと目を向けて気づいたといったように息を付いて立ち上がると、その目に映った物へと近づいてくる。

 

「戻しておかないと、触ったことバレた時にはキーキー言うからなぁ」

 

トレーナーはシイナの頭を掴んで元のように出入り口側に向けて置くと、またじっくりと目線を合わすように屈んでシイナのその姿を見ていく。

 

「使い魔とかラッキーアイテムだとか言ってたけど、お前を持つようになってから交友関係も広がって多少の礼儀もついたようだしレースへの興味も深まったようで、俺にとってもラッキーアイテムだったのかもしれないな」

 

トレーナーはそうして右側のホワイトボード横に掛けられたカレンダーの方を向く。そこから三本、四本と指折り数を数えた後に再びシイナの方を向いてその頭を撫でるように手を置いた。

 

「あの娘も秋にはデビュー出来るだろうし、今後もあの娘に良いものをもたらせてくれな」

 

トレーナーはそこで二度ほどシイナの頭を軽く叩いてからまた机の方へと戻っていく。そしてシイナはその背中へと「もちろん、出来る限りは」と誓いをする。

 

そうしてトレーナーが椅子に手を掛け座ろうかという頃、開いたままの出入り口から見える廊下へスイープが勢いよく登場してきた。キキーッと急ブレーキを掛けたように止まると部屋の中へと進んでくる。

 

「おー、戻ってきたか。大事な使い魔が置きっ放しだったじゃないか。帰り際に寮に届けようかと思ったが気づいたのなら良かった。ほら、俺も部屋を閉めて帰るし、とっととそれを持って部屋を出てくれよ」

 

「はいはーい」

 

スイープは素早く書類棚に向かうとシイナを掴んで「それじゃあ明日ね」と流れるように別れの挨拶をして廊下に出て次の目標である寮への帰還に向けて歩き出していった。

 

「なんか良い事あった?」

 

「まあね。待たせてゴメンね」

 

「別にいいよ。こちらも良い事あったと、飽きなかったしね」

 

「そっか」

 

と、スイープもシイナはどちらも満ち足りた今日を思いながら帰って行き、部屋に残っていたトレーナーも忙しいながらも担当ウマ娘が楽しそうなら良い事かと、帰り支度を終えて部屋の外へ出て行き、ある日のチームデネブの平和な一日はこうして終わっていった。

 

 




今回は小休止話で、ここまでです。
物語全体としてはこれで半分は終了という所になります。
次回から夏休み合宿編。
学園を飛び出しての長い話が始まる予定ですが、毎日更新は一旦終了。
次の更新の日まで、ここらで暫く間を取らせていただきます。


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トゥインクル バトンガール スイープさん☆
出発



夏の合同合宿編。過去最長のエピソードとなりネタ寄りではないものです。
合宿編と銘打ってもウマ娘ならでは成分は減りファンタジー成分が大幅に増しての、
冒険!オカルト!という今回なので、そういうのは違うな……という方は飛ばしてください。
こちらとしても人を選ぶとの思いが強いので更新は1日2回にして早めに終わらせます。




時は8月半ば、夏真っ盛り。

この時期のURA界は比較的涼しいレース場での開催が多く、ジュニアクラスの新人のデビュー戦もまた多く、次のクラシック戦線の主役は誰なのかと既にこの時から目を付け追いかけるファンも大勢いる。

一方の年長者側では選ばれし者の祭典SDTが行われ、その日に至るまでにも代表者の動向を追う記事が連日各所に載り盛り上がりを見せる。

 

そして、それらとは関係のないウマ娘はどうなのかといえば、彼女達は生徒として夏休みを存分に楽しむとはならず、といって淡々とトレーニングを続けるわけでもなく、この期間を使ってのそれぞれのチームで合宿がよく見られる光景だった。そして、それとは別にチームもクラスも混合の合同合宿が学園主導の下に行われており、スイープは現状から考えるとその合宿に参加する方が良いとのトレーナーの考えによって、今は合宿所に向かうバスに揺られていた。

 

チームメイトには先輩しかおらず、その誰もがこの夏の内にレースに出場する予定があり合宿には参加しない。同級の友人は自チームの合宿に参加する者達ばかりで、気心の知れたカレンチャンはそもそもジュニアAクラスのウマ娘はこの合宿の参加条件外でいない。

 

加えて他の過去に出会った先輩達もそれぞれ別の道に行っているようで友人どころか知り合いも見当たらない空間の中、スイープは窓側の席で外の景色に目は向けても目に入っているのかどうなのか分からないような表情で過ごし、シイナはその膝の上に置かれながらも(この閉鎖空間でスイープの独り言を発生させるわけにはいくまい)と、こちらもただ黙って運ばれていた。

 

その内に隣の席からパキッっと缶ジュースの飲み口が開けられた音がしても、更に「あ~そうだ……」と何かに気づいたような、それが残念であるような声が聞こえても、スイープは気づかぬほど意識はこのバス内になく脳内も特に動く事なく外を見ていた。

 

「ねえ、ねえ!」

 

しかし、肩を叩かれつつ元気に大きな声で呼ばれれば気づくものでスイープは隣の席へと振り返る。

 

「あのね、このジュース貰ってくれない?おトイレ近くなっちゃうから控えめにしないといけないって分かってたのにうっかり開けちゃって。でも、開いたまま置いておくと飲みたくなっちゃうから助けて欲しいなって」

 

と、何故そうして欲しいのかの理由もストレートに伝えてくるツーサイドアップにした黒鹿毛を広げて右耳に大きな赤いリボンを付けたウマ娘──マーベラスサンデーに対してスイープはその理由の諸々に(小さな子供じゃないんだから……)とはなっても助けと言われれば断る理由もなく受け取る事にする。

 

「いただくわ」

 

「うん、貰って!」

 

と、至近距離で元気に話すマーベラスサンデーから受け取ったジュースの外見を確認すれば、それは自分がジュースを選ぶならばまず手を出さないタイプの物だったが、受け取ったからにはと、その強炭酸のジュースを一口飲めば実に口に合って(偶にはこういう物もいいな……)と、スイープは一気にその350mlの量を飲み干した。

 

「良い飲みっぷりだね~~」

 

スイープが缶を持った右手を下ろしたところで、マーベラスサンデーは楽しそうにも言いながら小さな空のビニール袋をスイープに見せるように広げてスイープもそれではとその中に缶を入れる。マーベラスサンデーはそのビニール袋を足元へ置くと身体を戻しながらスイープへと話し掛けた。

 

「あたし、マーベラスサンデーっていうの、あなたは?クラスはどこ?」

 

「私はスイープトウショウ、ジュニアBクラスよ」

 

「おー、これまた若いねえ。あ、それであたしのクラスはシニアの……」

 

スイープの腕を掴みつつ顔も近づけ瞳を輝かせてテンション高く聞いてくるマーベラスサンデーに気持ちは引きながらもスイープが答えれば、マーベラスサンデーはさらに自己紹介を続けようとしたところで何かに気づいた様子で顔を左上へと向ける。そこには前の席からこちらを向く右耳に紫色の飾りを巻いた鹿毛のウマ娘──シンコウウインディがニヒヒとも笑いながらを見下ろしていた。

 

「何、何?何か用?」

 

マーベラスサンデーは一度他に目を奪われれば意識の全てはそちらへ向いて、話の途中だったスイープの事は放り投げてシンコウウインディへと声を掛けると、彼女は包みに入ったままの板ガムをスイープの方へと向ける。

 

「楽しそうだったから仲間に入ろうと思って。私からもコレを貰って欲しいのだ」

 

また元気な者が入り込んで来たと思いながら、くれるものなら貰おうと手を出すスイープに膝上のシイナが「スイープ……」と他に聞こえる事はないながらも小さく声を出す。スイープがその手を一旦停止するとシイナはまた続ける。

 

「こちらの事は気にしないでいいからそのお菓子をよく見た方が良い。それ、何かヘンだよ……」

 

シイナの言葉に目線だけ落として一度その姿を見たスイープは言われた通りに差し出されたガムを見る。そこには封は開けられて何枚かの板ガムが入っていて、その内の一枚だけが取りやすいように少しだけこちら側に出ている。

 

そこで見つけた違和感にスイープは「あ……」と思いながらも表情には出さないようにして、もう一度それを取るような形でスイープは手を伸ばしていく。そしてシンコウウインディのまたニヒヒとした顔を確認した後にそのガムの包みを横側からペシッと軽くはたく。

パチンと包みの中から音がして、(取ろうとしたら仕掛けで指が挟さまれるってことね……)と、予想はついていた結果を知った後にスイープは冷めた顔でシンコウウインディを見る。

 

「何よ、コレ。本物じゃないじゃない」

 

「うわ、バレたのだ。おかしいのだ」

 

「取ろうとした瞬間にあんなにニヤけていたら分かるわよ」

 

「それはマズったのだ、今後は気を付けないと」

 

「こんなしょうもない事自体を止めなさいよ……」

 

と、日頃魔法少女なりきりや魔女の秘薬を作るだのと友人なりトレーナーを巻き込んできた自分の事は棚に挙げて他人の子供のようなイタズラに呆れ果てるスイープ。と、そこでシンコウウインディとスイープの間に手が伸びてシンコウインディが差し出したままだったガムのオモチャを取って行く。

 

「何これ、わ、痛ーい、面白ーい」

 

そして、取って行った先のマーベラスサンデーはガムのオモチャの仕掛けに自ら指を挟んでは一人で騒いで、スイープはさらに呆れると共にシンコウインディも「何なのだ……」と奇異の者を捉えてしまったかのように、前の席の背もたれに顔を隠すように身を少し低くして眺めるのだった。

 

 

 



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海岸

トレセン学園からは離れた片田舎、整備されたグラウンドや広い屋内練習場が存在し、近くには海も山も揃うトレーニングを行うには相応しい土地で行われる合同夏合宿。

 

ウマ娘への指導は、現役トレーナーへの助言やこれからトレーナーになる者のための学校の講師などをしている年配の元トレーナー陣を主として、他にトレーナーの卵ともいえるトレーナー育成学校の生徒が実際にウマ娘と付き合いながらの勉強も兼ねてのサポート役として就いて進められる。

 

サポートするのは人間だけでなくウマ娘にも居て、シニアクラスの今夏にレースが予定されていない者が所属チームの許可を得て志願し、トレーナー達だけでは届かないウマ娘の面倒を見る役として存在している、

 

それには”夢”と漢字で書かれた鉢巻きがトレードマークのウマ娘──バンブーメモリーと、髪の毛と身体とどちらも豊かな様子が目立つウマ娘──スーパークリークが何年も続けて担っていた中で今年も受け持つ事となり二人の手慣れた動きもありつつ合宿は厳しくも楽しく続けられていく。

 

スイープはと言えば、当初は知り合いもおらずどう過ごすかというものだったが、バスの中で絡まれたマーベラスサンデーやシンコウウインディに合宿所の日々でも何故だか何かとちょっかいを掛けられて、おかげで複数人で行うトレーニングの相手には困らずに済んでいた。

 

一方でマーベラスサンデーの無駄に高いテンションやシンコウウインディの他の者に仕掛けるイタズラによって場が乱され、その度に二人が学園の風紀委員でありこの合宿でのまとめ役であるバンブーメモリーによってお叱りを受ける図や、その後にスーパークリークがフォローをするのを見て、(これが飴と鞭というものか、バンブーメモリーさんは鞭というより竹刀だけど)などと端から眺めながら、ここでも学園同様に様々な先輩の姿を知る日々を過ごしていた。

 

そうして二日目、三日目と過ぎて行っての四日目の木曜日、この日は合宿場の近くにはせっかくの良い海水浴場もあるということで合宿参加者全員で海辺に来ていた。

 

トレードマークの魔女帽子は流石に今日は外した格好で砂遊びをしてみたり波打ち際でビーチボールで盛り上がったり海にも入った後で、スイープは荷物と共に置いておいたシイナを持ち身体をタオルで拭きながら歩いて行く内にふと目に付いたのは海の家の傍。

 

そこでシートを広げて他のウマ娘から汚れたタオルを受け取っては代わりに用意していた予備のタオルを渡していく、シャツに短パンという水に入るつもりもない格好のアイネスフウジンの元へ寄っていくと、先に彼女に気づかれ声を掛けられる。

 

「タオルの交換?」

 

「そうじゃなくて、アイネスフウジンさんだよね。確かアイネスフウジンさんはバンブーメモリーさんやスーパークリークさんと違って面倒見役というわけじゃないと聞いてるけれど、合宿に来てからそういう姿を沢山見ているというか、今日も海で遊ぶ様子も無いしなんでかなっと思って」

 

「ああ、気になっちゃったか。それはね、ウチのチームはこの夏に遠征に行く娘が多くて、私はそのサポートに徹しようと思っていたらトレーナーにいつもサポートを任せっきりだからと、周りが色々とやってくれてトレーニングに打ち込めるこの合宿への参加を勧められたんだ。

 じゃあ、私も偶にはそうしようかなと思ってもいたんだけれどいざそういう日々になると、どうしても自分が遊ぶより他の娘が気持ちよく過ごしているか、そっちに神経が行ってしまうんだよね。バンブーさんやクリークさんも話したらそういうものだって同意してもらえて良かったけど」

 

「あの人達もなんでそういう事してるんだと思ったらそういう事なんだ」

 

「そうだね、バンブーさんは律することが好きでそれが自分が満たされる行動で、クリークさんも後輩の成長が見られるのが好き……というのもあるけど、クリークさんの場合はトレーナーの卵がトレーナーになるために頑張ってる姿を見るのがまた楽しみで、毎年のようにこっちに参加しているみたいだ」

 

アイネスフウジンの話を聞いて、自分には分からない色んな生き方があるものだとスイープが二人の姿を思い出しつつ考えていると、アイネスフウジンが小さなタオルを差し出しているのが目に入る。

 

「ああ、そうだ。もしよかったらこのタオル持って行きなよ。キミ、いつもその縫いぐるみ持ってるでしょ。まだ大丈夫みたいだけど、海の砂で汚れる前にこのタオルで周りを巻いておいた方がいいんじゃない」

 

スイープはそれはそうかもしれないと、御礼を言いつつタオルを受け取りシイナに巻き付けると、その足でまたフラフラと砂浜上を歩き始ていく内に目に入ってきたのは飲み物売り場、ここらで何か飲んでおいた方が良いとそこで一服していたところに背後から近づく影があった。

 

振り向くとそこにはこの合宿中にも何度見た事か分からない竹刀持ちのバンブーメモリー。水着の上に薄いシャツを羽織り威圧感を持ってスイープを見ていた。(何も怒られるような事はやっていないのに……)とスイープがバンブーメモリーの顔を見て他の場所も見てと挙動不審とすら受け取られる様子でいると、バンブーメモリーがその竹刀を差し出した。

 

「スイープトウショウ、暫くコレを預かっていてくれないッスか?シンコウウインディがまた何かやらかしたようで捕まえに行きたいんスけど、砂の上の動きには向こうに分があるから身軽にして置きたくて。大事な竹刀ッスけど、捕まえられなかったら元も子もなくなってしまうんで」

 

申し出には(なんだそんな事か)というものと(合宿所から離れてもウインディさんもバンブーさんも何ら変わらないな)と思いながら、それを断る理由は無く空いた手を前に出す。

 

「分かったわ。ここでは何だから近くで座ってるから」

 

「ありがとう!じゃ、そういう事でヨロシクッス!」

 

と、スイープが竹刀を受け取るとバンブーメモリーは他の海水浴客の邪魔にならないように走りはしないができるだけ速くといったように動き去って行った。その姿が豆粒のように小さくなった頃、スイープは脇にシイナを右手にはまだ中身が入ったジュースを左手には竹刀を持ちながら、飲み物を売っていた小さな小屋の陰へと進み腰を下ろした。

 

そのままジュースを飲みつつ待っていたがバンブーメモリーは戻ってこない。

他にやりたいことがあったわけでもないから待つこと自体は良かったが流石に飽きてきたと、スイープは飲み干しても手にしたままだったジュースの空き瓶を傍に座らせていたシイナの隣へと置いて小屋の壁に立て掛けてあった竹刀を手にして立ち上がった。

 

スイープはシイナの目の前で竹刀を片手で振ったり両手で掲げる動きを見せる。

 

「何してんの?」

 

「シイナを呼び出した時にお気に入りだったタクトが折れちゃったんだよね。あの後から割と忙しかったから気にしてなかったけど、こういう長い物を持つとやっぱり魔女としては何か新しいアイテムを持っておきたいとは改めて思うのよね。この竹刀もバンブーメモリーさんが持ってるの見ると格好良く決まってるけど……」

 

と、スイープは周辺に人気が無いのを良い事に竹刀を持ってその場でクルクルとも回り出す。やがて両足をやや開いて止まったかと思うと竹刀で空を切るようにしてから突き出すようにして静止した。

 

「唸れ、疾風のバンブーブレードー!!………って、違うなあ」

 

そしてポーズを決めて思いついた決め台詞を言ってみたものの、途中で「やっぱり魔女のアイテムではないな」と自分で早々に判断を下してその手を下ろす。と、その時に横から拍手がした。

 

「なかなか良い動きしてるッス」

 

そこにいたのはバンブーメモリーで、拍手を続けながらスイープへと近づく。

 

「ありがとう。待たせて悪かったッスね」

 

「別にそれはいいけれど。それじゃ、はい」

 

と、竹刀を差し出すスイープだったがバンブーメモリーは受け取らない。

 

「あんな風に竹刀を操って興味もあるようだから、ここは御礼代わりに一つレクチャーさせてもらうッス。今の動きを見る限り後少し時間があればグンとキレも良くなるはず、いや、なるっ!それはきっと今後の役にも立つっスよ!」

 

「え、いや、私は別にそんな御礼は……」

 

「そんなに興味あるわけでもないし、動きがしっくりこないとか気にしてたわけでもなくて!」とも続けようとしたスイープだったが、バンブーメモリーは「それがいい、それがいい」と一人納得して、そこから無理矢理感もある勢いで竹刀の扱い特訓が砂浜上で始まり、(なぜ海に遊びに来てまで自分はこんなことをしているのだろう……)と疑問を投げかけるスイープだったが、実際に口に出し反抗するタイミングは掴めずにバンブーメモリーの熱血に乗せられていくしかなかった。

 

 

 

 

「よくやったッス!これで最初とは動きが段違い!この特訓にもよく耐えた!これにはこの教えたバンブーメモリーも感激の一言!よしっ、後はこのまま夕陽にもなったあの太陽に向かって一っ走りを……!」

 

「あの、それはもう辛いかなって……」

 

「そうっスか。まあ、昼間から海に居たら体力も激減もしていて当然、ジュニアクラスの娘に無理はさせられないいのもまた真理ッスね。それじゃあ自分だけで行くので、最後に一言!今覚えた動き、忘れるなっ!大事なのは間合い、そして退かぬ心ッス!」

 

やがてそろそろ合宿所へも帰る時間となった頃、バンブーメモリーはそんなやりとりをした後はスイープの肩を叩いて労った後に竹刀をその手から取って人もまばらになってきた砂浜をオレンジ色の夕陽の出る方に向けて走って行った。そうして一人残されたスイープは砂浜上で数々の素振りをさせられた肉体的疲労よりもこの海水浴場で海の波以上に熱血の波に呑まれた精神的な疲労によって肩を落として、シイナの元に戻り再び久々に腰を大地へと付ける。

 

「お、お疲れ様……」

 

「うん、疲れた。それしか言えない……」

 

そうして体育座りの膝の上に頭を倒してスイープはそのまま帰還の時間が来るまでその形で居続けるのだった……

 

 

 



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怪談

海水浴場から合宿所に帰った後は、食事をして入浴をして休憩を挟んでと過ごし残りは就寝だけといった所だったが、スイープは見回りの点呼を上手く切り抜け自室を抜け出して今はとある一室に居た。

 

入浴後の休憩時間、スイープが広間で冷たい飲み物を飲みながらゆっくりしていると、そこにお馴染みのマーベラスサンデー。その時もまたテンション高く近づいてきたと思えば、いつも輝いている眼を更に輝かせてスイープに提案したのは”怪談話”の誘いだった。

 

他のウマ娘がとっておきの話をしてくれると、その娘の部屋に夜に集まる事となり、人数は多い方が楽しいとマーベラスサンデーは丁度見掛けたスイープに声を掛けたようだった。スイープとしては「怖いのは嫌だな」との思いと「魔女としては人を怖がらせるようなものを知っておくべき」との思いに揺れる中で、「ね、ね、楽しいよ!」と誘ってくるマーベラスサンデーに引っ張られて、結果参加する事となった。

 

そうして常に幸せを呼ぶ色と意味の物を様々身につけた栗毛のウマ娘──マチカネフクキタルの発案の怪談披露会が彼女の宿泊部屋にて行われた。

話の内容はトレセン学園に伝わる話から各地レース場で語り継がれて来た話と続き、それは参加したウマ娘の中には既知であるといった事もまた多くもあった中で宴も終わりに近づいてきた頃、マチカネフクキタルはこれがとっておきだというように一つの話をした。

 

 

 

 

それはこの合宿所のある地域に伝わる物語。

合宿所からもそうは遠くない、少し山を登っていった場所にある洋館。

この土地一帯で手広く商売をしていた社長が所有していた場所で、地元民の中で知らない者はいない場所。

しかし、今ではもう30年以上も前の事、それまで新しく手を出すこと出すことに成功していたその会社は上手くいかなくなり、起死回生で手を付けた事業も、周りからすれば手を出す前から胡散臭いとも思うもので案の定ともいうべき失敗をして、社長は事業を畳み逃げるようにしてこの土地から家族共々いなくなり、主のいない屋敷だけが残された。

 

手入れする者もいない屋敷はすぐに荒れ果てていき、訪れる者といえば宿の無い者や中に金目の物がないかと探すような侵入者。そうした者によって更に屋敷は人が住むような場所では無くなった頃、その辺りに数々の怪異談が出始めて、20年程前には話や建物そのものをモデルにした映画が作られ話題を呼び、その屋敷にも心霊番組取材の手が伸びた事で、廃墟探検の流行りもあって侵入する者はかつて以上に後を絶たず中には逮捕された者もいるほどの事となった。

 

それもやがて落ち着いて今の時代になったが、近年またネット上で再燃し始めた────というのがマチカネフクキタルからの話だった。

 

 

「そして、ここからが本番ですよっ」

 

と、部屋の電気は消され小さな蝋燭型のライトが部屋の中心に置かれただけの暗闇の中、マチカネフクキタルが人差し指を目の前に上げての「よく聞きなさい」といったポーズを取りながら話し始めた。

 

「かつて噂として流れた話や映画のモデルになったものは、その屋敷に入った人が行方不明になり二日後には外にいたのを発見されたのにその風貌はその何倍もの時を過ごしたようなものになっていただとか、何だか恐ろしいものが揃っているのですけれどね、ここ最近の話はちょっと違うようなんですよ。

 なんでも屋敷に入るとパタパタと足音がしたり、廊下で男の子を見たのに追いかけたらその先は行き止まりで誰もいなかったとか。他にもどうも子供に関する話が多くて、幼い声で「もういいよ」という声が聞こえてくるだとか。そこで皆さん。「もういいよ」という言葉から想像するものはなんですか?」

 

「はい、はーい!」

 

小さな光を灯すライトを囲むように円を描いて布団の上に座る聴衆者を指差すようにしながらマチカネフクキタルがひっそりとした声で言うと、元気よく手を挙げたのはマーベラスサンデー。

 

「マーベラスサンデーさん……。雰囲気が出ないですし、見回りの方が来ると困るので控えめにしていただけると……」

 

「あ、ゴメンねっ。それで「もういいよ」といったら「かくれんぼ」だよね?」

 

マーベラスサンデーが「これは悪かった」と声を小さくして答えると、マチカネフクキタルは雰囲気を戻すようにゆっくり頷いた後に続ける。

 

「そうです。屋敷に響く「もういいよ」の声。これはどうも「かくれんぼ」を実際にしているのではないかというのが専らの見方のようです。何でも消えるように去って行った元社長家族、この中には小さな子供もいたようで、何でもその子は「かくれんぼ」が好きだったようで、そんな声が今でも聞こえると言う事は、つまり……実は親や他の兄弟が家を離れて中で一人取り残されたのではないか……と」

 

「……あのさあ、それだったら正直大問題になってないか?それに、そんな話が出るってことは屋敷から子……いや、証拠か何か出たのか?」

 

マチカネフクキタルの語りにその場の多くが身体を小さくし話に恐れおののく様子を見せる中、そこで頭の後ろを掻きながら中に入ってきたのは目つきの悪い黒鹿毛のウマ娘──エアシャカール。

 

「ま、まあ、実際に社長家族がその後どうなったとは知りませんし問題も特に聞きませんでしたし、色んな人が出入りする中で事件性のあるものが見つかったという話もありませんが……」

 

「はーあ、幽霊なんてものはロジカルなものでもないが、そうした話自体は良く出来ていたら面白いものだけどな。けれど、そんな穴だらけの話でどうするよ。それにだ、その話はオレの聞いた方では少し違ったからな」

 

フフンとも何か知っているという様子を隠さない表情のエアシャカールからの言葉に、その場の者の注目が集まる。盛り上がっていたところに水を差すなと思っていた娘も、マチカネフクキタルの話に怖さが限界突破していたところでエアシャカールの指摘に少し安心していた娘までも、その視線はエアシャカールの元へ。

それに気を良くした様子でエアシャカールは話し始める。

 

「オレが聞いたのではな、その屋敷にいると「もういいよ」ではなくて「もういいかい」って聞こえるんだってよ。特に屋敷に入り込んで何も起こらず残念な気分で玄関に向かった所で、どこからか子供の声でってな。

 どいつもこいつもそれでビビッて屋敷も敷地内からも一目散に逃げ出してその先を知っている者はいないようだが、その「もういいかい」と探している存在に見つかると一体どうなっちまうんだろうな~」

 

エアシャカールがニヤッっと聴衆を見れば、先程一旦は落ち着いていた者達もまたも襲ってきた恐怖に顔を固まらせる。この話をし始めたマチカネフクキタルでさえも。

 

「と、こうして二つの言葉が行き交う噂に関してだな、足を踏み入れた者達がいるようだ。ネット上にもそんな連中が見つかるがトレセン学園の奴もな。そいつらは去年にこの合宿に参加した時にこっそりその屋敷に入ってビデオカメラを設置して退散し、そして翌日に回収したんだと。

 それで合宿所に帰ってからそのビデオカメラを再生したら…………」

 

エアシャカールの少し笑うような表情での不気味な語り、周りの者はその内容に恐怖と興味を混ぜて身を乗り出して聞き入る。

 

「これが何も映っていなかったんだってさ。映っているのは誰もいない屋敷の一室だけ」

 

そうして間を少し置いて出たオチ、それにはエアシャカールのあっさりとした言い方もあって「な~んだ」、「現実はそんなものか」と、ここまで溜めていた緊張が解けたような聴衆。

だが、エアシャカールはそこで全員の様子を確かめた後に続けた。

 

「……ただおかしなものは何も映ってなかったのは事実でもな、別のものは入っていたようだぜ。

 「もういいよ」と「もういいかい」とが両方響く声がなあ!」

 

エアシャカールが溜めて聴衆に向けて言い放ったもの、それには皆が一様に身体を強ばらせ震わせる。誰も何も言えずに息を呑む音だけがする静寂の中でエアシャカールはまた軽い様子で話し始める。

 

「という話をオレはそいつらから聞いたんだけど、何を思ったかそいつらあまりに怖くって録画されたものをすぐに消しちまったんだってよ。トレセン学園まで持ち帰ってそのカメラ毎オレに事を教えてくれれば音声解析でもしてやったのに、おもしろくねえ」

 

そうして「分かってねえなあ……」と、やれやれと首を振った後にエアシャカールは聴衆を見る。

と、彼女達はまだその顔に消えない恐怖を刻んでいた。エアシャカールは思っていた通りの反応が取れたと、とりあえずこれは一つ面白い事になったから良いかと、一度笑って表情を元に戻した。

 

「と、これがオレの知っている話。フクキタル先輩の話と合わせて印象的にもなっただろ。その幽霊話の真相は別にして話の〆としてはこのくらいの方が良かったんじゃねえかな?」

 

エアシャカールは他の聴衆と同様に固まっているマチカネフクキタルに顔を向けると、彼女は「え?、え?」と辺りを見回すような動きをしたが、ここは自分が始めた会だと自分がしっかりしなければと寝間着の襟を正してから口を開いた。

 

「そ、そうですね。そういうわけでこれがこの土地に伝わるお話でした。あ、それで、流石に時間も遅くなったのでこれで解散といたしましょう」

 

とマチカネフクキタルは立ち上がり部屋の電気を点ける。

明るくなった部屋の中、今の時間において最大に他のウマ娘を怖がらせたエアシャカールは満足そうに「じゃあな」と手を振って一人早く部屋を出て、その後に何人かが続いていく。しかし、それでもまだスイープを含め何人かは部屋に残っていた。

 

「どうしよ。あんな話を聞いて今から寝ようと思っても何か起こりそうで眠れなさそう……」

 

マーベラスサンデーがいつものテンションはどこかに消えて困り顔で漏らす。その言葉に「そうだ!」と反応したのはマチカネフクキタルで、彼女は自分が座っていた後方に置いてあった荷物の中から巾着袋を取りだし、さらに中へと手を突っ込むと、その握り拳をマーベラスサンデー他、残ったウマ娘達が見守るその中心で開いた。そこにはキラキラと輝く3cmほどの様々に色づき形をダイヤ型に整えられた石がいくつも乗っていた。

 

「これは由緒正しき魔除け、これを傍に置いて寝れば今日の怖さも何のその、すっきり寝られるというものです!」

 

「良かった、それじゃ一つ貰ってくね!」

 

「私も貰うのだ」

 

まずはマーベラスサンデーがそれを手に取り、次に怪談会中は「怖くなんてないのだ」と強がっていたシンコウウインディが続き、やがてぞろぞろと他のウマ娘も続いて魔除けの石を手にしてはそのまま部屋から。出て行った

スイープは他の娘に押されて少し離れてそれを眺めていたが、やがてこの部屋を使っているウマ娘を除いて一人残された。

 

「丁度一つ残っちゃった。貴女が持ってく?」

 

「そ、そうね。別に眠れなくて怖いとかはないんだけど、魔除けとかそういうの好きだし、綺麗だから」

 

スイープの姿に気づいて声を掛けてきたマチカネフクキタルにそう答えると、彼女は「そうだよね、魔女だものね」と、それを差し出されたスイープの手に乗せる。スイープは礼をしながら立ち上がり部屋を出ていって、それを見送ったマチカネフクキタルが「エアシャカールに持って行かれたものもあったけれど、最後に会を開いた者としての行動が出来た」と胸をなで下ろしたところで、今日の怪談会は完全に終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

そうして自分の部屋まで帰る道、脇に抱えられたシイナがスイープの顔を見上げる。

 

「別に強がらなくても。ああいう時は皆と同じで怖いから貰うってので良いんじゃない?途中で唇を噛んで怖がっていたじゃないか」

 

「どうしてよ。話は怖かったけど別に寝るのが怖いとかないし」

 

「ああ、切り替えがきっちりしてるんだね」

 

「……違うわよ。魔除けが無くてもシイナがどうにかしてくれるでしょ?私の場合」

 

「そういうこと。まあ、魔のモノが近づけないようにするのも主な仕事の一つだよね、使い魔としたら」

 

「だから、よろしくね。あ、ついでに良い夢が見られるといいんだけど」

 

「……それはご期待に添えられないな」

 

「残念ね、そんなに色々は上手くいかないか」

 

「それでも主の睡眠を守るために魔除けとしては仕事するからさ」

 

「当然よね。明日もあるから戻ったら早く寝よ寝よ」

 

と、スイープは部屋への道を急ぎ、シイナは(寝付くまでこっちは休めないってことか)とはしながらも、頼りにされていることへは(それじゃあ頑張りますか)と決意を固めてスイープの腕に抱かれていた。

 

 



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決定

合宿5日目の金曜日。午前中は予定通りに進んで行ったが、午後はスケジュール上にあった練習は野外を襲う猛暑の中ではとても行えないと、そして、屋内に切り替えるにも空調を調節したところで乗り切れる暑さではないとの指導側からの判断で急遽お休みとなった。

 

余った時間は合宿所待機というのもつまらないだろうとの判断で「外出許可を得たのならこの土地の一定の範囲内までは行って良い」、「ただし暑さ対策を忘れず」にという事が午前中の練習終わりに参加ウマ娘達へと伝えられた時には、彼女達からの大きな歓声が上がった。

 

そうして昼食後、ウマ娘達の多くが許可を得て街へと散らばっていく中で、スイープは特にこの街の事を調べてもおらず行く場所がない、といって他のウマ娘達がそれぞれ出掛けてしまった宿泊部屋に一人留守番というのも御免であって、足の向くままに今日もまたシイナを抱えて合宿所内を歩いていた。

 

やがて施設の内の体育館に着き、その開いたドアから中を覗くだけでも襲ってきたあまりにもムッともした熱気に(これは運動なんかできないって判断にもなるわけだ……)と、直ぐに離れようと後ろを振り向いた所で、昨日の階段話の主催者であるマチカネフクキタルが水晶球を片手にあちこちを見回しこちらに近づきながら歩いているのが目に入った。

 

「どうしたの?フクキタルさん」

 

「こんにちは、スイープさん。それがですね、今日の開運の方向はこちらというわけで、この何もする事が無いこの時間に来てみれば何か良い事があるのではないか、と」

 

「へ~。それってフクキタルさんだけに起こることなのかな。私も一緒に行ったら同じように起こるのか試してみようかなあ」

 

「どうぞ、どうぞ。一人も寂しかったですしね、一緒に行きましょう」

 

マチカネフクキタルはそう答えてまた一歩踏み出してスイープはそれについていく。

そのまま体育館周りを歩いている内に、その横側、もう一つの平屋の屋内練習場との間の狭い道に人の姿を見つけた。

 

一人はシンコウウインディ、体育館の壁を拳で叩いて俯くようにもしていて、それをもう一人のマーベラスサンデーもいつもの明るさだけとは違った力強さもある表情でシンコウウインディに何かを訴えるように話し掛けている。どちらの様子からしてもただ事ではないと察したマチカネフクキタルがまず早足で彼女らに近づいていった。

 

「何かあったんですか?二人とも」

 

「あー、フクキタルちゃん。それにスイープちゃんもだ。二人なら説明し易いな。そのね……」

 

「それは私から言うのだ」

 

マチカネフクキタルの登場にすぐに気づいてマーベラスサンデーは振り向きシンコウウインディは顔を上げる。先に話を進めようとしたのはマーベラスサンデーだったが、手振りも付けてそれをシンコウウインディが遮る。

 

「昨日の怪談話の事をお昼御飯の時に振り返っていたら、近くにいたシャカールに「ビビりすぎ」って笑われたのだ……。「そんなことないのだ!」って言っても「そういう返事がビビってる」とか笑うばかりで、そこから言い争いになって「だったら、今からあの洋館に行ってみてやるのだ!」って言っちゃって……」

 

シンコウウインディはそこでまた頭を落とし、それを見てマーベラスサンデーが引き継ぐ。

 

「シャカールちゃんもそれを聞いて「おー、おもしれえ。カメラを設置して音を取るまでは期待しないけど噂の場所の写真の一つや二つでもオレも見てみたいんで」ってなってウインディちゃんも「じゃあ、やってやるのだ!」と宣言したまでは良かったんだけど……」

 

「改めて考えると怖くなったってこと?」

 

三人の話にこれまで中に入れなかったスイープの言葉にシンコウウインディは首を横に振った。

 

「違うのだ。行くのは怖いのもあるけどマーベラスも付いてきてくれるっていうから平気なのだ。ただそんな所に外出したいといっても許可が出そうにないのだ。幽霊の前に怖い指導員達が沢山いるのだ」

 

「それもそうか……」

 

「でも、私としては行きたいし、どうしようかとここで二人で考えていたのだ」

 

「なるほど、そういう事でしたか。……それではここは一つ私に考えが」

 

片手を軽く挙げて注目を集めた後にマチカネフクキタルは提案を始めた。

 

「素直に洋館に行くと行っても許可は出ないでしょうけど、あの近くのお店に行くと言っておいて少々足を伸ばす感じでいけばどうでしょうか!

 近くに丁度美味しい有名な甘味処があるんですよね。そこから洋館まで行って写真を撮って帰っても大した時間にはならないでしょうし、そこは私も共に行くとしましょう。そもそも怪談の話を振った責任というものもありますし、私の開運グッズによって明るい道を開いていけば何の怖い事もありません!」

 

「それはナイスアイデアなのだ」

 

「すごい、賢ーい!」

 

マチカネフクキタルの宣言に先程までは落ち込んでいたようだったシンコウウインディも完全に顔を上げてマーベラスサンデーもその瞳に光が復活して大きく手を叩いてマチカネフクキタルを褒め称える。

 

「スイープちゃんはどうする?行かない場合はこの話は他には秘密で!ってことにしてもらいたいけど」

 

「それなら私も行こうかなあ」

 

三人で話が主に続けられどうにも仲間外れ感が拭えなかったスイープは軽くそう答える。一人で行くなら御免だが四人もいれば大丈夫だろう。幽霊話は怖いがその程度を行うだけなら大した事は無いだろうとの考えで。

 

「これで話は決まりましたね。では、その手続きも私がやりましょう。これも昨日の責任者としてのお仕事です!」

 

マチカネフクキタルの言葉に他の三人は第一の面倒な関門を自分がやらなくて済む事に安心しつつ、(自分以外にしてもマチカネフクキタルが行うのが一番スムーズだろう)ともそれぞれが内心思いながら、「やるぞ!」と歩きだしたマチカネフクキタルの後ろを付いていった。

 

 

 



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仲間

マチカネフクキタルの申請によって外出許可は簡単に出て、暑さ対策の徹底についての再度確認と共に「トレセン学園の者として制服での行動」、「くれぐれも電車などに乗って決められた範囲外に出ない」、「それ以外も羽目を外しすぎない」との注意を伝えられた後、スイープ、マチカネフクキタル、マーベラスサンデー、シンコウウインディの四名は意気揚々ととりあえずは許可を得た通りに人気の甘味処への道を進んでいた。

スイープはいつもトレセン学園内では注意されるので身につけていないシイナとの契約の指輪を、折角の外出のお洒落としてその右手人差し指に嵌めながら。

 

ところが店のある方向へは近づいているはずが、それらしき場所がどうも見つからない。

周りには疎らに行き交う人もあったが、聞くよりもまず調べるかとマチカネフクキタルのスマホで周辺の地図を見始める。それでも見知らぬ土地ではっきりとした場所が分からず、誰かに聞くか、それらしい方向にまず歩いてみるかと四名がスマホを囲んで会話していると、傍に地面のコンクリートをザシュッと擦って止まる者の気配をそれぞれが感じたようで、そちらへと目を向ける。

 

「どうやらお困りのようですね。ウマ娘ちゃんの悲しむ顔を取り除くためなら何でもどこへでも。ここはこのアグネスデジタルさんにお任せあれ!」

 

そこに登場したのは頭には大きな赤いリボン、ピンクの髪を長く伸ばしたウマ娘──アグネスデジタル。腕を組み顎を上げたポーズで皆の視線を集める。

 

「いや~皆さん、甘味処に行くようなのに全然違う方向に行ってしまうので他に何か用があるのかと、それともこれは大丈夫なのかと、後者の考えによって後を追って正解でしたね。というわけでお店はこのまま歩いていってしまうと離れていくだけなので一旦戻りましょう」

 

と、アグネスデジタルはこっちこっちと来た道を戻るように歩き始めて、他の四人は(助けは嬉しいけれどいつから追われていたのだろう、気がつかなかった……)と、お互い顔を合わせつつその案内についていった。

 

 

 

 

アグネスデジタルの案内で目的通りの甘味屋について途中で混ざったアグネスデジタルも一緒に個室でそれぞれ好みの甘味を食べて落ち着いたところで話は今日の本来の目的の話となっていく。

 

「ここがこの甘味屋で、ここからこの坂道を上っていって周りには他に家もなく木々が多くなっていった先にその屋敷がある、と」

 

マチカネフクキタルがスマホ上でそこまでの道を写真付きの地図で伝えると他の者が頷きながら知識を自分の中に収める。その中でシンコウウインディが口にしていたパフェ用の匙を取り出しながら不思議そうに漏らす。

 

「こうして空からの写真を見たってまだ綺麗でお金持ちが住んでそうな場所で、坂を下ってきたこの辺りだって店が揃って良さそうな所なのに、なんでそのままになっているのだ?持ち主がどこかに行ったとして、そこから売られたりはないもの?」

 

「まあ、その辺りのやりとりは法律的に色々あるのでしょうけど。他には幽霊話があるからと価値が酷く下がりもしたのか……」

 

「それについては屋敷の幽霊話ではなくて他の理由かもね」

 

と、入ってきたのは途中から合流のアグネスデジタルだった。

 

「あの辺りはその屋敷が経つ前から地元の人達にはあまり好まれてなかった場所のようでね、空気がどうも悪いとか体調が悪くなるとか昔から言われてきたんだって。だから今在る屋敷が経つ時も言うほど土地代は高くなかったとか。

 で、屋敷が建ってからその社長家族に事業の失敗は後にあっても不幸な話はなかったようだけど、その社長家族が消えてから侵入者からの逮捕者も出た辺りの時期に、この屋敷の傍の岩肌からの落石が偶々そこから下の方にある道路を走っていた一台のバスを襲って、十一……いや十二名、運転手と乗客の全員が亡くなってしまう悲しい事故があったそうで。

 その道はこの甘味処から屋敷に繋がる道とはまた違うんだけど、屋敷から事後現場が丁度綺麗に見える場所であったり、その事故以降には一時期人が呻くような声が屋敷に近い所から聞こえると、その辺りの話と昔からの話もあって売ったりするにも評判が悪くなったと、そういうことがあるみたい」

 

アグネスデジタルは喋りきって自分のケーキを切り取り口に入れ隣のお茶も飲む。そして、ふと顔を上げると自分以外のウマ娘達の表情が明らかに悪くなっていることに気づく。

 

「あり?どうしたの?」

 

「……昨日の話と合わせてメッチャクチャ怖いのだ」

 

「ま、まあ、ちょっと行って帰ってくるだけですから。

 ああ、そうだ、デジタルさん。私達今からその屋敷に行くんです。といっても写真をちょっと撮ってくるだけなんですけど……」

 

「うん、知ってるよ?」

 

新たに聞いた話、しかも現実に起きた話を聞いた事により中でも一番テンションを下げていたシンコウウインディをマチカネフクキタルが励ましつつアグネスデジタルには説明すると、彼女はさらにケーキを口に入れつつあっさりと答えた。

 

「……私達を追っていたのは実は体育館の辺りからの事とか?」

 

考えてもみれば合流してから一切こちらの予定には触れなかったアグネスデジタルに対して、スイープはもしかしたらと触れる。

 

「その話も聞いてたよー。でも、体育館の話が始まりじゃないねえ。シンコウウインディちゃんがエアシャカールちゃんとやりあっていたのも知ってるし、その発端の怪談話の時もいたよー。そこから皆と出会う前にその屋敷に関する他の話をネットで見たり合宿所で働いている地元の人に聞いて、だからさっきの話も知ってたの」

 

「え!?」

 

と、次に最も驚いたのはマチカネフクキタル。あの会合は参加者の確認を取るようなものではなく誰でもウェルカムではあったが、彼女の記憶の中にアグネスデジタルの姿は無かった。こんな娘が居たら目立たないわけがないのにと、いつからどこにいたんだ……と、そのまま昨日の部屋の様子を思い出す。

 

「怪談話を聞きたいというよりも、怪談話を怖がりながらも興味深そうにする娘ちゃんや隣の娘に「こわーい」と言いながら寄っていく娘ちゃんを見たかったですしね、こっそり目立たない所にいさせてもらいました。ウマ娘ちゃん在るところデジタルさん在り。場所は問わず現われるのがあたしですから、まま、そうして居たことは軽く流しておいてください」

 

「昨日は望み通りの良いものを見させてもらいました」と、今現在の甘味の味わいも足して幸せそうな顔を浮かべるアグネスデジタルを、マチカネフクキタルだけではなく同じように昨日その姿を見た覚えが全く無かった残りの三人もまた(下手な怪談より存在が怖い……)と見つめていた。

 

 



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侵入

甘味処を出発して、その近くから高台へと続く坂道を五名は歩く。

暑さによって午後練習が中止となった今日だったが、想定されていたよりは段々と過ごしやすくなり、晴天の空の下でも暑さはそれほど感じるものではなく風も程よく吹き、空気が悪いとの噂のある場所に近づいていく者達の足は弾むようでもあった。

 

そうして坂の周りには木々が茂る場所を越え、やがて開けた場所に出た。

石が所々に転がり草が思うがままに生える、ここだけを見ても人の出入りは少ないのだろうと分かる地面を見つつ歩みを進めた後で顔を上げれば、下から三つはある窓を越えた先の高い位置の藍色の屋根が訪れる者達を見下ろして、こちらは長らく住民がいないにしてはそれほど朽ちていない姿でそこに在った。

その洋館と自分たちの間には赤茶色のレンガの壁に鉄の門。しかし、それは既に開けられて、そこにあったはずの半分の門扉は誰かが持ち去ったのか存在すらそこにはなく、来るものを拒まない空間を広げていた。

 

スイープ達は屋敷のその佇まい、まるで異国に迷い込んだかのような煌びやかな様子に圧倒され、暫く示し合わせたわけでもなくただそれを見上げていた。見ていると無人の館とは思えない、是非一度はお呼ばれもされたい高貴な雰囲気を感じ取り、屋敷もまた門を開いて誘っているようにも思えて、幽霊が出るなどといった怖さなど思い返すこともなく、やがて一人、また一人と門の中へと入った。

 

門から先は石畳に沿って歩くと玄関に。

屋敷とレンガの壁との間の敷地には木々が植えられ地面の緑色も目立ったが、石畳を隠すように草が生える事もなく、放っておかれている割にはやはり綺麗であるという感想を訪問者に持たせていた。

 

玄関前で石の階段を上って木で作られたドアに手を掛けたのはシンコウウインディ。

甘味処でアグネスデジタルの話を聞いた時には怖さをぶり返していたが、ここまでの道を気分良く歩き、現実の屋敷の様子に怖いというよりむしろ入ってみたいと冒険心を高められて、先を行っていたマーベラスサンデーの前に出るようにして立った。

 

キイッ……とシンコウウインディの手によってドアはいとも簡単に動かされる。両開きのドアの内の片方をそうして少し開いた後に中の様子を窺うと、彼女は顔は屋敷の中へと向けながらもう片方のドアにも手をかけ両方のドアを大きく開いた。

 

開け放たれた先にあった玄関ホールはまた広く、外の光を十分に取り込んだ内装は明るく見え、その白い壁は住人はおらずとも汚れている事もあまりなく、前方に見える途中で曲がりつつ二階へと繋がる階段やその近くにある奥へと続くドアを構成する焦げ茶色の木目はツヤツヤと輝いているようにも見え、今からでも誰かが現れそうな様子すら思わせた。

 

しかし、玄関ホール内に置かれたアンティークの棚や壁には何も置かれておらず、かつては調度品や絵画がそこに存在しこの洋館を彩っていたのだろう事を伝えるその隙間や空けられた小さな穴を見るに、やはり家主はもういないだろう事を納得させる。

 

皆がそうして辺りを見回した後にシンコウウインディは一歩前に踏み出してから他の四人へ向けて振り返った。

 

「それでは行くのだ。でも、シャカールの様子だと大勢で行ったとか知られたらまた馬鹿にされる予感がするのだ。だから、ここからは私一人で行ってくるから皆は外で待っていて欲しいのだ」

 

シンコウウインディの宣言にそれぞれが表情を驚いたように変える。その中で最初に意見を出したのはマチカネフクキタルだった。

 

「ウインディさん、確かにエアシャカールさんがそういう事を言い出すのは予想は立ちます。今こうしていても危険がある場所には思えませんが、だからと一人でというのはさすがに……」

 

「そうだよ、そう」

 

マチカネフクキタルの意見にアグネスデジタルが力強く頷くと、シンコウウインディは黙り込む。怖さよりもエアシャカールに見せつけたい想いの方が強く一人で行きたいが、一人が駄目だという意見も分からないわけではなく怖さも全く無いとも言えず強引に押せないものがあった。

 

「それならウインディちゃんと私で行くよ。二人くらいならエアシャカールちゃんも分かってくれると思う!」

 

そこで手を挙げて主張したのはマーベラスサンデー。そのままシンコウウインディの手を取り続ける。

 

「二人でバーッと回って写真を撮って帰ってこればいいよ。ね、ね!」

 

「そ、それなら、そうするのだ」

 

「分かりました。二人と三人で分かれるのなら良いのではないでしょうか。それでは長居するのもいけませんし事は早く進めましょう。それでは私達は外に出ていますので」

 

マーベラスサンデーが「この方法が抜群だ!」ともいうようにシンコウウインディに顔を寄せ提案すると、その勢いに押された様子でシンコウウインディは了承し、それを見たマチカネフクキタルとそれに促されてスイープとアグネスデジタルも揃って玄関の外に出て、ドアを開きっぱなしで外の物が中へ舞い込んでもいけないと、といって全部閉めるのも止めておくかと片方の扉だけを少し開いておく形にして待つことにした。

 

 

 



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役割

外に出てから暫くの後、スイープとアグネスデジタルは屋敷の周りを見回るために玄関からは離れていた。

 

玄関外に出てからはマチカネフクキタルと三人で待っていたが中へ進んだ二人が戻ってこない。

一階の写真を撮り終えて、それが至極順調に行ったのか恐怖の欠片も感じさせない様子で玄関近くを通り「次は二階なのだ!」と階段を上っていった所までは知っていたが、それからは玄関を大きく開けて声を掛けても一度も返事が無い。スマホで呼び出しもしたが反応がない。

 

これには誰もが不安を感じたが、だからと皆で中に入るのも良い考えではないだろうとのマチカネフクキタルの提案で、マチカネフクキタルは約束通りに玄関の前で待ち、スイープとアグネスデジタルの二人は外側を回って屋敷の物音が聞こえたら外側から玄関に戻るように声を掛けて欲しいと頼まれたのだった。

 

そうしてアグネスデジタルとの二人の道中、この何というかよく分からない得体の知れない、ウマ娘の話になると不気味な笑いも浮かべるウマ娘に対してスイープは少し距離を取りその後ろを歩く。

途中で後ろを振り向いて玄関で待つマチカネフクキタルの姿が小さくもなった頃、顔を戻すとアグネスデジタルは立ち止まりスイープを見ていた。

 

「スイープちゃん、怖い?」

 

そう問われてスイープも止まりながら口を結ぶ。屋敷の雰囲気は想像していたよりもずっとか怖くない。しかし、「それよりもアグネスデジタルに近づき難い」などと言い放てるほどスイープに考える頭がないわけでもない。

 

「ちょっと、怖いかな……」

 

「それも仕方ないねえ。あたしだって怖くないわけじゃないもの。でも、二人でならきっと平気。もうちょっと近くで歩こうか」

 

どう答えようかと結局”何が”とは言わずに答えたスイープに、アグネスデジタルは2、3度軽く頷いた後に手招きをする。気がつけば一緒に行動するというには距離が離れすぎていたのは否めずに、スイープは恐る恐るともいった足取りで数歩前に行く。

 

「うん、このくらいで歩くのがパーティーっぽい。勇者と魔法使いの二人旅!」

 

「勇者?」

 

魔法使いというのはスイープの事だと直ぐに分かっても他に急に出てきた単語にスイープは思わず触れる。アグネスデジタルは自分の言葉に対して「これだね!」と一人で更に力強く頷く動きを見せていたが、スイープの声に反応して顔を上げた。

 

「デジタルさんはウマ娘ちゃんさえそこに居るのなら中央も地方も芝もダートも走る場所を問わないもので、”戦場を選ばない勇者”とも世で呼ばれるのです。「少しは場所を選べ!」とも言われますけど。

 それでスイープちゃんが魔法使い、フクキタルちゃんは占い師ってところかな、回復魔法と補助魔法を担ってくれそうだよね。後はマーベラスちゃんは……」

 

と、言ったままアグネスデジタルは「むむ……」と悩むように考える始める。

魔女は勿論のこと、そうした事全般について嫌いではないスイープは気分も乗ってアグネスデジタルの話に一緒になって考えていく。マーベラスサンデーの様子を浮かべつつ、本人が言うにはどこからでも見つけて貰えるようにとの理由で赤いリボンを身につけて元気で動き回る者……ゲームで仕事として就くなら……と浮かんだものを口に出した。

 

「踊り子とか?」

 

スイープの小さく溢したものに考え込んでいたアグネスデジタルはパッと顔を上げて反応し、その表情は合点がいったというように明るかった。

 

「あー、あるある。踊って味方を鼓舞するバフ役ね。ウインディちゃんだと何だろうなあ、ベルセルク……?」

 

「何それ」

 

「野性的で攻撃的って感じかな、狂戦士とも表わされるね。ウインディちゃんはレースでも相手に噛みつくくらいのが闘争心が大事との信条のようだから。こうしてみるとなかなかバランスの取れたパーティーかも。中でも攻撃魔法でスイープちゃん、回復役のフクキタルちゃんが居るのが安定しそう」

 

「でも、もう一人くらい欲しい気もするね。前衛タイプの」

 

「分かる分かる、ファイターってことだよね。あたしとしたらそれならナリタブライアンちゃんが良いかな。刀で居合抜きとか絶対似合う。スイープちゃんは他に誰が良いと思う?」

 

「剣を持つとかは浮かばないけど身体で戦うのも有りなら私が知っている中だとエルコンドルパサーさんとかタマモクロスさんとか格闘攻撃が似合いそうな……」

 

「おー、いいね。ウインディちゃんと被りそうで被らないのいけそうで。その二人だとタマモクロスちゃんは”白いイナズマ”なんて異名もあるしね。通常攻撃と共に雷属性の追加効果を与えそう。他にも光属性と風属性と複数操ったり。あとさ、宣材写真もストリートなファイターみたいなのあるんだよね。こう片手で拳を作って挙げて技を出しているような……」

 

と、アグネスデジタルは左手で作った拳を下から上へと押し出すように高く上げながら、その場で身体を一回転させるようにジャンプをする。

 

「「上流拳!」みたいな?」

 

「何か聞いた事あるようで変な名前ね」

 

突然の実演で、そのポーズはキレもよく決まりつつも、ネーミングに対して「おかしいっ」とスイープはププッと笑う。

 

「いやー、タマモクロスちゃんはハングリー精神が溢れるとURA界内外から言われるほどだからね。こう「いつか上流へと頂上へと登ってやるぞ」という気持ちから繰り出される、流れ落ちる滝すら押し返して相手を上流にまでも吹っ飛ばすようなパンチがっ!と」

 

「それじゃあ今度タマモクロスさんに会ったらやってみてもらおうかな、もっとキレのある動きが見られるかも、と」

 

「ふむ、それも一興。とはいえタマモクロスちゃんは「デジタルさんまだ直接にお近づきにはなっていないウマ娘ちゃんリスト」入りをしているので、これがなかなか」

 

「それなら私がいたら良いかも。私は前にね……」

 

と、スイープはタマモクロスと出会った時の事を話すとアグネスデジタルは興奮したようにも食いつき、そこからその日一日の事から、やがて今年4月以降の他のウマ娘とやりとりを、歩きながらざっと説明することになった。

 

「スイープちゃんはそんなに他のうま娘ちゃん達と交流があるんだねえ。

 あたしも今となっては数々のウマ娘ちゃんを直接に知る事にもなってるけど、ジュニアクラスのデビュー前には全然お近づきなんてできなかったのにスイープちゃんは凄いねえ。このままだとウマ娘を知る者の称号はスイープちゃんのものになってしまうかも。デジタルさんに強力なライバルが出現ですよ、これは」

 

スイープのこれまで知り合ってきたウマ娘との話に心底羨ましいというようにも表情を向けてこれば、今も何の嫌味も無く手放しで褒め称え、今後のライバルだというにも大袈裟なものを感じさせないアグネスデジタルの言い様にスイープは悪い気はせずに聞き続ける。

 

気がつけば二人の離れていた距離はスイープは意識をせずとも短くなりながら、屋敷を囲むレンガ壁の角も近づき足元の草の背は段々と高く膝下を撫でる程の道になった時、スイープを見るように後ろ向きで歩いていたアグネスデジタルが「うわっ」という声と共によろける姿がスイープの目に入った。

 

思わずスイープが手を伸ばしてその腕を取り引っ張り、アグネスデジタルはどうにか倒れる事無く体勢を元に戻す。

 

「ありがとね、ここで転んだら拙かったかも」

 

「いいの、いいの。それにしても急に草で滑った?」

 

「ううん、これに引っかかって」

 

と、アグネスデジタルは深い緑の草の中を指差す。

そこには雑草に埋もれた灰色の物がまず見えて、スイープが更に目を凝らしながら近づくと、それは石で出来た三つ股の土台。形を見るに上にもかつては何か乗っていたのだろうとは推測されるが、取り外したというよりも破壊されたという様子で途中の部分から無くなり、露わになった石の内部はどれだけ雨風に晒されたのか表面は苔生して、硬い石の部分も長い月日を経て大分脆くなっているだろう事を見るだけでもスイープに伝えた。

 

「何の置物だったのか知らないけど、もっと角の方なら分かるのになんでこんな道の真ん中に置くのか邪魔ね」

 

「お金持ちの考える事は分かりませんなあ。と、あたしも前を向いていなかったのが悪かったな。段々と雑草も成長しているし障害物だけじゃなくて草で足を切らないように気を付けないとね」

 

「うん」

 

そこで二人は気持ちを切り替えて、方向も変え角を曲がり館の横脇の道を進んで行った。

 

 

 



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散策

屋敷の横側、屋敷と壁の間の草の生える道をスイープとアグネスデジタルはまだまだ歩く。

その道の幅はトレセン学園の寮の一部屋を置けそうなほどに広かったが、屋敷を囲うレンガ壁側の三分の一程には花壇の名残なのか木の柵や鉄の柵が一部立ったまま残され、草のつるがそれらに巻き付き伸びてもいれば、他にも壊れたツボやら皿やら元はここに無かったのだろう物までが野ざらしになっていて、うっかり足を踏み入れないよう多少は歩き易そうな屋敷に近い側に沿って二人は回っていた。

 

「ん?」

 

と、雑談をしたまま歩いていたところアグネスデジタルが立ち止まり二階の窓を凝視する。

 

「どうしたの?」

 

「んー、今ね、上の方から足音が聞こえた気がして、あの元気の良いバタバタとした音はマーベラスちゃんじゃないかな」

 

スイープはそれを聞きながら、そういえば自分達はマーベラスサンデーとシンコウウインディの位置を探しにきたわけで正直なところその意識が薄れていたが、アグネスデジタルも自分に顔を向けて雑談するばかりで忘れていたのかと思ったらきっちり本来の目的も同時進行していた事に驚きつつ、足音だけで判断するそれにも何て人だとなりながらも、それならば……とも思い本題を進める方向へ向かう。

 

「じゃあ、一度、声を掛けてみる?」

 

「そうだねえ」

 

と、二人はそこから窓の中まで見えるようにレンガ壁の方へと下がり、マーベラスサンデーだけでなくシンコウウインディの名前を大きく呼びながら二人が来ないものかと何分か続けていたが、戻ってくる人影も新たに続く人影もそこに来ることはなかった。

 

「奥の方から遠くに離れて行っちゃったのかなあ」

 

「かもねえ。とりあえずここは終わりにして時々ああして声を掛けながら一回りしてみようか」

 

そのアグネスデジタルの提案にスイープも賛成して、また一歩足を進めて行った。

 

 

 

 

スイープとアグネスデジタルが屋敷の裏側に向け奥へ奥へと進むほどに、レンガ壁の外側に植えられた樹木の枝が屋敷の敷地内を覆うようにも伸びていて、屋敷の横側を完全に通り過ぎる頃には日光もろくに差さないものへとなっていた。そのためか足元の草がこれまでのように伸びてはおらず足の心配をする必要が無くなるのは良かったが、その薄暗さ、涼しいを通り越してヒンヤリとも感じる緑の屋根の下へと二人は完全に入り込む。

 

屋敷の裏側もレンガ壁との間には随分と広く場所が取られていたが、やはり元は屋内にあったような品々が所々に捨てられ朽ちてもいた。と、更に足を進め再びレンガ壁の角が見えて来た所で二人同時に足を止める。

 

「あれは言うなれば灯籠」

 

「私もそう思った」

 

と、二人はそれぞれ目に入っていたレンガ壁の角の傍に建てられた石の置物に寄っていく。

近くで見ればみるほど神社や寺院で見るような灯籠であり、そして、その土台は先程アグネスデジタルが転びそうになった石の置物と酷似していた。

 

「となると、これと同じ物が昔はあの場所にあった、と。しかし、こう言っては何だけど似合わないよねえ」

 

アグネスデジタルは自分より少し高い置物の頭を手を伸ばして触りながら辺りを見回す。屋敷もレンガの壁も、そして自分達が今居る場所から近くのレンガ壁にあった裏へと抜けるための鉄の門、こちらは表とは違い壊されもせず厳重に閉じられていたが、その丁寧に作られた細工の一つを見ても洋風といったものであった。しかし、石の置物はどう見ても和の雰囲気、和洋の丁度良い融合というものがあるのは分かるが、そこに居た二人はこれはそぐわないだろうという感想を同時に持っていてスイープも何度も頷く。

 

「門の傍にこんな大きいの置いているのも何か邪魔な気するのにねえ」

 

と、アグネスデジタルは灯籠からは離れ、今度は裏門から見える壁の外、木々は更に生い茂り今立つ場所以上に葉っぱがその空を覆い、木々の間にはかつてはきちんと造られた道だっただろう部分が在るには在るが今現在通るにはあまりにも暗い空間を見る。

一方でスイープはアグネスデジタルが今目にしている外の様子よりも彼女の姿自身が気になった。彼女は左手は門を持つようにして、地面に向ける右手にはいつの間にか木製の杖のような、その先っぽがハート型にもなった物を手にしていたために。

 

「デジタルさん、何持ってるの?」

 

「あー、これ?」

 

と、アグネスデジタルは敷地の外を見るのは直ぐに止めて振り向く。

 

「さっき落ちていてね。元々は屋敷の中にあった物が色々外に捨てられているようだけど、その一つなんだろうね、この布団叩き。ほら、虫とか来た時にはね除けるのに使えるかと思って拾ったんだ。勇者としては武器の一つも持っておきたい所だったし」

 

「虫の事は分かるけど、勇者の武器はこんなのでいいの?」

 

「”真の勇者は戦場も得物も選ばない”……といったところで。あたしとしても選り好みできるなら違う武器がいいけど」

 

「勇者ならやっぱり剣とか」

 

「うーん、それもいいけど、あたしは使うなら銃かなあ」

 

「えー、銃はファンタジーじゃないよ」

 

「そうかなあ、銃もあって魔法もあって口笛を吹きながら荒野を往くような勇者も有りだと思うんだけどねえ。まあ、銃が無しなら飛び道具で弓……そういうのも抜きなら槍かな。こう、一気に遠くから大勢をなぎ払う技とか良いよね。まず戦いに大事なのはリーチだとデジタルさんは思うのですよ。相手に近づけば近づく程に自分に危険も増えるのです、と。攻撃力が高ければ良いってものではありませんよ、と」

 

「何だかデジタルさんってそう見えて現実的に物事を考えてるタイプなんだね」

 

「そうそう、こう見えてデジタルさんはデータ派で細かく分析もして……むむっ、ということは一体スイープちゃんはあたしをどう見ていたのでしょうね」

 

「え、えーっと、ウマ娘が好きでウマ娘に夢を見ていて、他の全部にも夢やロマンを見ているのかな?って?」

 

「ウマ娘ちゃんに関しては確かにその通りだけれど、夢を見るにも地に足を付けてないといけませんのでね。そういったことはきちんと考えているのですよ」

 

スイープがうっかり口にしたことへのアグネスデジタルの追及だったが、スイープが困りながらも答えてみればアグネスデジタルは「えへん!」とも胸を張った後にスイープを見るのを止めて屋敷の方に顔を向ける。

 

「さてさて、こうしている内にも窓の方に誰かの姿が見えたようでも足音も少しも聞こえませんでしたし、先に進んでみましょうか」

 

アグネスデジタルはそう行って屋敷の裏側の道を進み出しその道はまた暗くひっそりとしていたが、スイープも誰かが共にいれば大丈夫だとそれについていった。

 

 

 

 

そうして二人は館に声を掛けつつ中の様子を気にしつつ進んだが進展は無く、やがて屋敷の裏側も通り過ぎて角へ。そこにも灯籠の存在を確認した後に角を曲がった後は屋敷の横側へと。反対側と違ってこちらは広くもない道で、足元の草は茂っていたがアグネスデジタルが手にした布団叩きでそれを払って時々虫を飛ばしながらスイープも何事もなくその後ろを歩く。

 

やがて結局屋敷の中からの反応はないままに最後の角へ辿り着くと、そこにも灯籠があった。

最初にあった”灯籠だっただろうもの”とも屋敷の裏側に置かれた”灯籠”とも違い、それは上段の一部が壊されて、失われた部分はレンガ壁の傍に転がされているのがすぐに目にも入ってきた”灯籠だったとは分かるもの”だった。

 

「これでつまり館を囲う四角に大体置かれてたってことか。こんな風に置かれているとなると何か意味があったんだろうな」

 

スイープが何気なく口にした言葉にアグネスデジタルもそうだろうと大きく頷く。

 

「あたしもその辺りをずっと考えていたけれど、これは風水とか魔除けとかいった類のものだったかもしれないね。元々この辺りは空気が淀んでいるなどという話がある中でそういった物を置こうという考え、もしくは「屋敷に住んでいた社長さんはそういうスピリチュアルな物に関して一度成功経験を経た事で傾倒していって後の失敗事業に繋がった」というのも地元の方から聞いた話にあったので、それに関連しての事かもしれない、と」

 

「へ~」

 

と、スイープは素直に感心する。データ派だとは言っていたが昨日から今日になるまでによくそれだけ話を集めたものだというものに対して。

 

「彼女の言う事はその通りかもしれないね」

 

そこで今日は他の面々もいるからか完全に口を閉じていたシイナの声。スイープがその手に抱えたシイナをちらっと見ると、シイナもそれにまた気づき続ける。

 

「石の置物には残留した魔力が相当にあった、特に裏の壊れていない二つに関しては。こういう置き方だと四つで一つの意味を持つ物と僕らは見るけれど、そこが引っかかるのもあるな。

 何らかの要因でまずは一つが壊れたことで意味を成さなくなり、その社長とやらが事業が失敗するということになったのか。そして二つ目、これは剥き出しになった部分を見ても大して時間が経っていないようだけど、何か意味があった内の二つが壊れているというのは……」

 

「ちょ、ちょっと怖がらせるの止めなさいよ」

 

と、スイープが思わずシイナに対して口にするのとほぼ同時に近くに居たアグネスデジタルの身体が跳ねるのが見えた。「しまった」と思いながらスイープがそのアグネスデジタルの表情を確認しようとすると、彼女はスカートのポケットを弄り始め小さく音楽の鳴るスマホを取り出した。

 

「あ、フクキタルちゃんからだ。ちょっと話すね」

 

アグネスデジタルはそれだけ言うとスマホのイヤホンを片耳に差して呼び出しに応じた。

それを見てこっちの事には気づいてなかったのかと思いながらスイープは少し離れてシイナに話し掛ける。

 

「あんなこと言い出すからつい喋っちゃったじゃない」

 

「そんなこと言われてもさ。スイープも気にしてるかな?と思って」

 

「意味があるのかって口にしたのはそうだけど怖がらせにこないでよ。壊れているってことは何か悪い事が起こる、ここから早く離れた方が良いってこと?」

 

「僕もそこまでは分からないけど」

 

「明日の事じゃなくてちょっと後の事が分かる魔法とかないの?」

 

「無い無い」

 

「中途半端に怖くするだけなんて本当止めてよね」

 

「僕だって中途半端は嫌だし気になるから君らが色々話している間も考えに考えていたんだよ。けれど今の条件で答えは導き出せないよ、他の資料か何かあるといいんだけどな」

 

「……少なくともこんな所ににあるわけないわよ。あー、もう、怖くなってきた。頼むから何か変な事が起きてもシイナが守ってよね、私だけじゃなく他の人達もよ」

 

「分かったよ」

 

そうしてスイープが顔を上げアグネスデジタルを確認すると向こうも丁度電話を終えたようで、スイープから近づいていく。

 

「フクキタルさん、何て?」

 

「「まだ二人が戻ってきてないようでね。それから「あたし達はこの辺りにいる」って事を伝えたら「とりあえず玄関まで戻ってきて」だって。あたし達も時間掛かっちゃったしフクキタルちゃんは一人だったし寂しいのもあるだろうから早く行こうか」

 

アグネスデジタルは先程スイープが口にしたことには全く触れもせずに言うと玄関先にまで続く最後の直線に足を向け、スイープも自分からこれ以上踏み込む事も無いだろうしマチカネフクキタルの事を優先すべきだと同じ道を歩いていった。

 

 



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館内

「フクキタルさん」

 

「フクキタルちゃん!」

 

スイープとアグネスデジタルは玄関前に戻り、片側のドアを開きながら屋敷の中へと顔を入れていたマチカネフクキタルに声を掛ける。振り向いたマチカネフクキタルはホッとしたようでもあり不安な様子を隠せずにもいるようだった。

 

「まだ全然反応無し?」

 

「デジタルさんに電話を掛けてからずっとこうして中に向けて呼んでもいたんですけど、反応も足音も一つもしなくて。上の方に行って写真を撮るのに熱中してしまっているのか……」

 

熱中と言われてマーベラスサンデーとシンコウウインディの顔をスイープは思い出す。どちらかといえば何か一つやる事ができたらそれしか考えないとのタイプには思う……と、他の二人を見てもどうやら同じような事を考えているような表情が伝わった。

 

「それで二人に急いで戻ってきて貰ったのはですね、私達も中に入って探しませんかと伝えたくありまして」

 

「三人で!?」

 

マチカネフクキタルの提案にスイープは声を大きくして反応する。先程のシイナの言葉もあって中に足を踏み入れたくない気持ちが自然とそうさせていた。言ってから他の二人がスイープを目を大きくしても見ているのに気がつき、怖がっている嫌がっていると思われているのは察して、スイープは違う違うと手を横に振りながら続けた。

 

「中に入るのは良いと思うのよ。でも、誰か玄関先にはいないと入れ違いになってしまうと困るよね、と」

 

「それはそうですね……。まず私は怪談話を伝えた責任もここまで来る事になった責任もありますし中に入るとして……」

 

「あたしはウマ娘ちゃんが傍に居ないのなんて一番嫌だし、一人で待ちたくないなあ」

 

「それでは私とデジタルさんとで中に入って、スイープさんに待っていただくということで……」

 

「ま、待って!」

 

スイープの言葉にマチカネフクキタルとアグネスデジタルが事を進めて行く中で再び声を出し流れを止めるスイープ。二人が自分の様子から中に行きたくないと読み取って、それなら自分達が……としてくれた事は伝わるものがあった。

 

実際そうではあるところで、スイープとしては一人でここにいるだけならシイナもいるし寂しくも怖くもないともそこで思う。しかし、せっかくここまで来て他の者達が進んで行く中で一人だけ立ち止まるのは臆病にも思えた。スイープは怖さよりも他者に遅れを取るのが嫌だった、低く見られるのが嫌だった。他者がそうは思わなくても自分自身がそう思ってしまったら我慢がならない。

 

「私も行きたいかな」

 

スイープの言葉にマチカネフクキタルとアグネスデジタルは顔を見合わせる。

二人ともスイープの前でそれを口には出さないが、それぞれ(一人でここで待つのもそれはそれで怖いのかな)と見当違いの事を思いながらスイープの意思は汲もうと「では、どうしましょう」と作戦会議をそのまま始めた。

 

「うーん、この際、三人で行きましょうか。入り口に書き置きでも残しておけば良いでしょうし」

 

二人は幾らか会話を続けて、やがてマチカネフクキタルが「これで決まり」ともいったように言い切った。そのまま背中に背負っていたリュックサックを下ろすとB4サイズの大きな紙に筆ペンを取り出した。

 

「用意がいいねえ、フクキタルちゃん」

 

「いえいえ、これは即席の魔除けを書く用に常に入れてあるものなので。他にも今日のために色々と入れてきました。魔除け、開運アイテムだけじゃなく飲料や食料も揃ってますので何か要るときには言ってください」

 

と、マチカネフクキタルは喋りながら先に入った者へのメッセージを書き、さらに鞄の中からテープを取りだして玄関扉に貼り付けた。

 

「ここはこれで良いでしょう、それでは行ってみましょうか。1階に降りてきた様子は無いので、まずは3階まで上ってそこから探しましょう」

 

マチカネフクキタルは使用した物を仕舞いながら二人に説明し上階への階段へと向かっていった。

 

 

 

 

2階へ上がった後は部屋を見回ることなくすぐに3階へ。書斎や子供部屋だった事を伝える幾つかの古ぼけた本棚や壊れたオモチャの置いてある部屋を幾つも見ていくが、そこに動く者の姿は無く名前を呼んでも何も返ってくる事はなかった。いくら広い屋敷とはいえこうも気づかれないものか声が届かないものなのかと思いながらも、どこかで入れ違ったのかと3階を一回りしたところで2階へと降りる。

 

2階はベッド、もしくはベッドだっただろう物が置かれた寝室だった事を伝える部屋が中心にあったが、ここでも先に進んだ二人を見る事は無く続いては1階へ。

淡い期待で辿り着いた玄関にはやはり誰もおらずドアに張られた書き置きが残るだけだった。こうなったらまずは全部を回ってみるかと、3人は階段を降りた先、玄関前の廊下を左に曲がっていった。

 

廊下を進んでまず見つけたドアの中はお手洗い。その部屋一つとっても個人宅というには広く間が取られ、入った所から男性用・女性用とで分かれ道になっていた。二人はこんな所の写真も撮るつもりなのだろうかとは思いながらも隅々まで見てみるべきかと足を進めたがそこに誰の姿もなく、分かったのは想像は付いていた事ではあるがここにはもう水道は通っていないというものと、設備は綺麗には保たれてはいたがどこかひんやりともして二人がここに寄ったとしても長居はしなかっただろうというくらいのものだった。

 

廊下に戻って更に左方向に進んだ先には広間。

そこに置かれていた大きなテーブルや棚からここは食堂だろうと誰もが直ぐさま察する場所だった。

しかし、今となってはとても食事が出来る場所でもなく、棚の中から雑に取りだそうとしたのか割れたグラスの残骸が床に落ちてもいれば、部屋の隅の方には主がいないのを良いことに寝泊まりをしたようなボロボロの毛布が残されているだけだった。

 

食堂から続く調理場に行っても食器は持ち出したのか後に持ち出された僅かな割れた物を残してそこになく、調理器具も電化製品も無いその場所は広くがらんとしていた。そうしてここでも誰もいないことを確認した後は調理場と食堂の間のドアから廊下へ。

 

向かって右側に幾つかのドアと部屋があり、中の様子からすると使用人の部屋なのか、上の部屋と比べると小さく、一部屋にベッドや机を纏めたようなトレセン学園寮を思い出すような空間があるだけだった。

 

一通り部屋を見ていった後に廊下の反対側に一つだけ在った作りも違って重厚感のあるドアを開けるとそれは玄関へと続くもので、そのまま歩いて再び玄関ホールへ辿り着き誰もいないそこを確認。そして、右へと曲がり残された道へとそれぞれが足を進めていくと途中で右手にも通路を見つける。

 

小さな部屋一部屋分ほど広がった周りに窓はなく暗がりの空間、ここにも昔は綺麗な置物があったのだろうと伝える台が置かれていて、奥の壁に他へ繋がるドアは無かったが、少し足を進めた右側には屋敷の玄関側に向かっての下り階段が造られてあった。

 

「大きなお屋敷ともなると地下まであるものなんだねえ」

 

アグネスデジタルが階段へと目を凝らしながら言う。他は窓からの光が取り込まれて明るさもあったが、ここだけは周りにそれがなく何も見えない程では無いが照明が欲しいと思わせる視界となっていた。

 

「気になる所ですが、まずはこの先の部屋から見てみましょう」

 

そこからのマチカネフクキタルの促しに他の二人も沿って廊下の先の部屋へと入っていくと、ここもまた反対側の食堂と同じ広がった空間、広さからしたらさらに大きくなり天井も高い広間があった。

 

「ここはダンスホールって感じかな」

 

アグネスデジタルの言葉に辺りを見渡していたスイープもマチカネフクキタルも顔を戻しながら「それしかない」と反応を見せる。

他の部屋よりも一層落ち着いた色と造りの壁が囲む広い間を見上げれば、これまた他より高い位置にある天井もまた凝ったデザインで彩られ、今はもう照明が部屋を明るくする事はなく器具も取り外されているが、それが備えてあっただろう部分も他の場所の照明とは違った所謂シャンデリアといった物がそこにあったのだろうと伝える跡をスイープも確認していた。

 

ドアから右側の先には一段高くなった舞台があり黒いピアノが一台置かれたままになっていた。

そして、様々な物が外に持ち出されているようなのにそのままになっているそれよりも、片側の食堂は誰かが居た形跡もあるのにこちらには何の残された物が無い不思議さよりも、三人の意識を捕らえ奇妙な目を向けさせたものが舞台上の壁にあった。気がつけば誰がそれを「近くで見よう」とも言ったわけで無くともそれぞれが足を舞台の方へと進めていた。

 

「……魔方陣?」

 

先にそれについて触れたのはマチカネフクキタルだった。

その目に映るのは赤黒いペンキのようなもので壁に描かれた図形。二重線の円の中に六芒星。二重線の中の隙間と六芒星の中の隙間にはアルファベットとも違うどこか別の国の文字が記されている。

それが何を意味するのか文字がどこの国の物だとは分からなくても、その形を表するのならこれだろうと口にする。

 

スイープも近づいて見てみるが、その魔方陣の文字はシイナを呼び出した時の物とは違い、次には胸元に両手で抱えていたシイナの方も視線だけ下ろして様子を見てみるが彼もまた「なんだろうな……」と小さく漏らすだけだった。

 

「スイープちゃんは何かこういう形に見覚えある?アニメとかゲームとかでもいいけど」

 

そう壁を指差しながら聞いてきたのはアグネスデジタル。全く思いつかないスイープはそれに首を横に振る。

 

「そうかー。これも外の灯籠と同じで何か場にそぐわないよね。魔方陣と言ったら洋風には洋風だけど、こんな所に描くべきものじゃないというか、見ていても何かゾッとするんだ」

 

「デジタルさんもでしたか、実は私もそう思っていたんです。元からデザインとして描かれたというよりも後から描かれたように思える異質感。そして、形と言うよりもこの色が嫌な感じがして……」

 

マチカネフクキタルはそれ以上はハッキリとは話さずに口を閉じる。下手に全部言わなくても良いと思ったとの判断だったのだろうとは他の二人にも分かっていた。この魔方陣のおかしさに触れたアグネスデジタルだけでなくスイープもまた同じ事を感じていた。赤く黒いその色は何故だか見ているだけで気分を悪くさせる、血が乾いたような色がそうさせるのかと理由も考えてもみるが、これだとは掴めないままスイープはその魔方陣から目を離した。

 

そうしている間にもマチカネフクキタルとアグネスデジタルの二人は舞台へ上がり、舞台裏に向けて居なくなった二人の名前を呼ぶ動きに移っていた。しかし、やはり反応が無く二人はスイープの元へ戻ってくる。

 

「これで残るは地下ですか……」

 

「見ない事には始まらないから、行かないとね」

 

「うん」

 

と、三人は下り階段のある空間の暗さを思い浮かべながらも自分達の行動は一つだと確かめるように頷いた。

 

 

 



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合流

ピアノが置かれたホールを出て、三人は地下へ続く階段が在る場所まで戻った。しかし、誰もが地下どころか階段の傍までも行けないでいた。その道の先は最初に見た時よりも暗さを増しどこか冷たさも感じて、第一歩を踏み出す勇気もなかなか出てこずに三人は身体を寄せ合ってその先を観察するばかり。

 

「と、とにかく、まずは階段の前まで行って下に向けて呼びかけてみましょう」

 

静寂を破ったのはマチカネフクキタル。自分が責任者だと言ったわけだからここでも引っ張らなければならないのだと意を決して切り出す。下に降りる勇気はまだ出ない中でまずは出来る事をしてからだとの判断。

 

「そ、そうだね。そこから見た様子でも二人の事が何か分かるものあるかもしれないし」

 

ここでもこんなに暗いのだ、もっと真っ暗だったのならそもそも二人は足を踏み入れないのではないか、ともアグネスデジタルは思いながら付け加える。二人の言葉を聞いてスイープはそこまでなら自分も行けそうだとの気持ちは出てきて頷く。それを二人も確認し「よしっ」といったようにそれぞれが利き足を上げた。

 

ガタガタッ

 

と、そこに音が響いた。三人は同じように身体を跳ねさせ、そして同じように音がした方向を見る。

音がしたのは今進もうとしていた先では無く右側、玄関へ続く方で、三人ともそこで上げかけた足を下ろし、その場所から少し後退もして延びる廊下の先もよく見える所まで移動する。

 

そこで目に入ってきたのは玄関の前の廊下に出てくるシンコウウインディの姿だった。目を拭うようにして廊下の先まで出てくると三人がいる方ではなく反対側の食堂の方へと顔を向ける。それを見て三人も急いで廊下を進んで行くと、その足音で気づいたようでシンコウウインディも三人の方へと向かってきた。そうして互いが向き合った所で立ち止まった。

 

「皆、大変なのだっ!」

 

足の動きを静止させた次には両手を振って、言葉通りに大変だというものを伝えてくるシンコウウインディ。

そのまま何かを伝えたい気持ちだけが逸り手振りは忙しなく増えても次の言葉が出てこない彼女を、まず三人は落ち着かせるようにする。声を掛け背中を撫で……としていく内にようやくシンコウウインディの口から言葉が発せられる。

 

「マーベラスと一緒に上の階に来た後はまず3階を撮って2階を撮ってと、二人で回るより手分けしていった方が早いからって回っていたのだ。それで全部回りきって1階への階段を降りようとした時にマーベラスが「上から声がした」とか言ってきて、私もそれで立ち止まったらマーベラスが「ほら、「助けて」って聞こえた!」って言うんだけど、私には全然聞こえなかったからそれを言おうとしたらもうマーベラスがあっという間に上階段の方に行っちゃって私も追いかけたんだけど追いつかなくて、そのままずっと探していたんだけど見つからなくて……」

 

シンコウウインディはそこまで言ってまたぐじぐじと目元を拭う。喋っている内に事態の大きさもまた思い出す事になったせいか、ずっと一人でいた所を合流できて安心したためか、本人にもどちらなのか分からないまま彼女はしゃくり上げるようにも声を出す。

 

「それで一度私達と一緒になろうと思って下に来た、と」

 

マチカネフクキタルは再び落ち着かせようと、その身体に触れながらシンコウウインディに話し掛けると、彼女は顔だけ縦に動かして肯定をする。続けて「呼びかけに気がつかなかったか」、「足音は聞こえなかったか」と声を掛けるとまた頷く。それに対してはいくら広い屋敷と言えども不思議なものだ……とマチカネフクキタルは思いながらも次はマーベラスサンデーと合流することが全てだと、これからの考えを決める。

 

「玄関には書き置きがあるので後は皆で探しましょう。今度はずっともっと大きくマーベラスさんに呼びかけながら」

 

それにはスイープもアグネスデジタルも、そしてまだ少し頬が濡れてもいたシンコウウインディも自分でも落ち着こうと努力をしながら何度も頷いていた。

 

 

 

 

四人で3階へと進み一回りした後に2階へ、それぞれが途切れないようにマーベラスサンデーの名を呼びながら歩いていた。そうして2階の長い廊下を歩き曲がり角を曲がろうとした時だった。

 

ガタガタガタッバタバタバタッとも明らか何かが転げ落ちたような音がした。全員が振り向いた先にあるのは真っ直ぐに伸びる廊下と横に空いた空間は階段のある場所。四人は何事かとはなりながらも警戒も込めながらその場所に近づく。

 

階段が設置されている所まで後少し……といった所でその横に開けた場所から膝を擦りながらのっそりと出てきたのはマーベラスサンデーだった。

 

「マーベラスさん!」

 

「あー!皆!」

 

マチカネフクキタルが真っ先に声を掛けると、それまで痛そうに身体を触っていたマーベラスサンデーがパッと顔を明るくして他の面々の方を見る。そして直ぐにその方向に向けて足を上げたが身体に痛みが走るのかそれを伝える表情とそのまま止まってしまう様子が他の者の目に映った。彼女が動けないのなら自分達がと他の者は急いで彼女の周りへと集まった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫。ビックリして急いで階段からちょっとだけ落ちちゃって……」

 

エヘヘと照れも入りながら話していたマーベラスサンデーだったが、そこまで言った所で顔色を変えて横に首を振った。

 

「そ、そうだ!皆に言わなくちゃと思って!あのね、上の方から声が聞こえたから行ったんだけど誰もいなくて、それで気のせいかと思ってたところで気が抜けておトイレに行きたくなって、それを探していたらもう一つの上の階で見つかったのは良かったんだけど、そこで、そこでなの!

 手を洗っていて鏡を見たらいつの間にか後ろの方に男の子がいて「女の人用のトイレなのにダメだよ~」と思って振り向いて声を掛けたの。そ、そうしたら、その子の目がぽっかり無くなって真っ黒になって口も開いたのにそこにも何もなくて真っ黒で、それで私の方に手を伸ばしてきたものだから思わず撥ね除けようと手を伸ばしたの。そうしたらその時に手に紐で巻いていた魔除けがバシーンッ!って光ったと思ったらバチンッ!って紐も石も弾け飛んでね!びっくりして一瞬だけ目を閉じちゃったんだけど次に開けた時には男の子はもういなかったんだけど、何か絶対おかしいと思って皆に言わなくちゃと思って……!」

 

マーベラスサンデーの説明にその場の全員の顔色もみるみる内に変わっていった。

目は無く口の中にも何も無い男の子の話、この屋敷に伝わる男の子の話。

1階の様子からして人が生活できるようではないのに手を洗ったというマーベラスサンデーの話。

そして、そのトイレが見つかったという場所の部分。

 

「……フクキタルちゃん。この屋敷って3階建てだよね?」

 

「ええ、そう聞いていますし、実際に外から見ても中を見ていてもそれ以上は……」

 

確かめるといったようにアグネスデジタルが言えばマチカネフクキタルが肯定し、その言葉は引き金となった。

それ以上の確認は要らないと全員が察し全員が下り階段へと全力で向かう。

 

ここに居ては拙い、これ以上は危険、何かだとは分からなくても何かが正常ではないと察しの良い者から良くない者までがその考えに直ぐさま辿り着き、自分達は外に出なければならないとの一つの思いを抱えて駆け下りていった。

 

 

 

 

しかし、1階まで降りて玄関ホールに辿り着いた面々を迎えたのは、自分達を外に運んでくれる両開きのドアではなく、何もない白い壁だった──────

 

 

 

 



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逃亡

「ど、どうして……」

 

顔から血の気と魂が抜けたようにもなりながら、マチカネフクキタルがよろめいた足で眼前の壁へ近づき触れる。ザラザラとした感触が手に伝わり、それと共に自分がその壁と同じような冷たい石になっていくようにも思う。

 

道を間違えるわけがなかった。階段を降りて廊下側を見れば大きな扉が自分達を迎えるはずだった。

しかし、今のこの場所はそんな扉など元から無かったのだと、白く厚く存在しているその壁は思い知らせていた。

 

身体も顔も強ばらせながらマチカネフクキタルは振り返る。

背後にいた四人もこの状況をどう受け入れていいのか分からず静かにそこに。だが一様に顔に恐怖を浮かべていた。

 

全員が互いの顔を見た途端、その場に影が落ちた。

これまでずっと窓から明るい陽が取り込まれていたのが一気に夜が近づいたかのように、そして今ここにいる者達の心を表わすかのようにも辺りが薄暗くなる。

 

視界が無くなる程の暗さではなかったが、狭まった視界に合わせるようにその場に居た者も身体を寄せ合いその距離を狭くする。そうしてある者はあるはずの無くなった壁へと未だ視線を、またあるものは光の弱くなった上方を、そして左右の道を……と見る者がいる中で、カタンッと一つの音がした。

 

それは自分達が降りてきた階段側から。何をすべきかどうするべきか分からないまま全員が音へと意識を向ける。

 

ガタンッ…ズル……ガタンッ……ベチャ……

 

ゆっくり大きく音が近づいてくる。何かが上からやってくる。何かがこちらに降りてくる。

一つ一つの音が重く、階段を鳴らしている足音とは違う何か。それと共に柔らかい物が階段を擦るような音。

自分達以外にこれまで何も居なかった、居るはずがなかった。

全員が揃った今、ここに自分達以外は居てはならなかった。

 

それを肯定するためにソレを確認するべきなのか、出口が消えた今とにかく何かに縋ろうという思いか、恐怖で足が動かないだけなのか、彼女達はジッとその方向を見つめていた。

 

そして、窓からの光が無く薄暗い道の先、1階から2階へ続く階段の踊り場、そこにガタンッと何かが降り立った。それは人の足ではなく、動物の足でもなく、足というべきかも分からない、何で出来ているかも見ている者には分からない巨大な固まり。

 

 

「わあっ!!」

 

と、その場の静寂を切り裂いて動き出したのはマーベラスサンデーだった。

先程階段から落ちた上に直ぐに全力疾走して痛んでいた身体の事など気にもしないといったように、左側に向けて廊下を強く蹴り走り始めた。

 

それに続いて恐怖も硬直も解けたのか他の者も動き出した。あれが何なのかは分からないが、全身像を見るまでもなく離れるべき異形の存在だと誰もがその結論に達していた。

 

先頭を行くマーベラスサンデーは真っ直ぐピアノのあるホールに行くのではなく右折する。

それにはスイープは(そっちには地下しかないんじゃ……!)と周りを見ると同じ事を思ったようだったマチカネフクキタルとアグネスデジタルの顔が目に入ったが、このまま又もや離れ離れになるのは拙いとそれぞれが後に続き、そして地下へと雪崩れ込んでいった。

 

 

 

 

地下へと降りれば、壁も床もコンクリート造りの固さと冷たさが入り込んだ者達へと伝わってきた。心配されていた視界については壁の高い所で等間隔で少し出っ張っている部分がぼんやりと光り照明となっているようで、1階よりもその暗さを強くしても身動きが取れなくなるような暗闇はそこに無かった。

 

天井や背後の階段からの物音はない、とりあえずはここを進んでみるしか無い、もしかしたら地下からの通路で外に繋がっているのかもしれないなどと何の根拠も無いながら淡い期待を想像もしながら皆が足を踏み出す。

 

階段から先の通路に出ればここもまた左右に分かれていて、上の階と同様に片方は短くいくつかのドアが並ぶ先には行き止まりの壁が見え、もう片方は遠く長く通路が延びて、その先は曲がり角になっているようだった。どちらが可能性として外に行けるかという部分で、そこで満場一致で延びている側だとの判断になりそちら側へ進む事になった。

 

後ろから何かが来ないように振り返りつつ、どういう理屈でそうなっているかは分からないが暗闇中で光る壁に埋め込まれた物によって薄らと照らされる道を慎重に歩く。歩けないほどの暗さではなく足元も何かに突っかかったり障害物があるようではなかったが、それでもはっきりとその地面まで常に見えるわけではないために全員が自然とそのような足取りになっていった。

 

廊下にはいくつか木や金属の扉があったが、まずは曲がり角の先へ行ってからだとそれらを通り越しつつ真っ直ぐに進む。後ろからの物音や影は無く行く手を阻む事もなくやがて後少しで曲がり角という所まで来た。

 

この先を曲がれば出口になるという根拠は何一つ無かったが、とりあえずここまで何事もなく来られたという事にその場に居る者達に安堵の表情や息が出る。

そして、責任者として先頭を行っていたマチカネフクキタルが足を進める……と、それと同時に曲がり角の陰から何かが覗いた。

 

それは足。しかし、人の物ではなく、見えたのはモコモコとフワフワとしたものが包んだ足。

マチカネフクキタルが足を止めそれに続いて止まった全員の視界に飛び込んで来たのはその足の持ち主の姿。

 

 

それは蜘蛛だった。

 

 

よく見掛けるような蜘蛛だったら足元の暗がりで気づくこともなかっただろう、多少大きいにしても地面を這っていた所でこの暗がりではその体長はしっかりと視認できるほどの高さではないはずの生き物。

だが、それは見た瞬間に蜘蛛と判別できる、そして蜘蛛というには明らかに大きな、巨大犬にも負けない程の高さを持っている、それはもうモンスターと表現するべき存在だった。

 

足が見え、緑色に光るこれもまた巨大な目がこちらを捉えた時、全員が揃って今まで来た道を逆走し始めた。暗がりも足元も物ともせずに一直線に。

しかし、そのまま進めば行き止まりは見えていて、ここでまた階段を上るのかという迷いによって分かれ道で速度は緩まる。スイープがそこで後ろを振り向けば蜘蛛も近づいてきており、どうしようどうしようと辺りを見回す中でその前に出る者があった。

 

それはシンコウウインディ。彼女は仁王立ちともいったように他の面々の前に立つと、その右手を振りかぶって何かを投げた。決して速くはないスピードで投げられたそれを注視して見るとスイープもまた知っている物。昨日マチカネフクキタルに貰った魔除けだった。

 

青色に光るそれは蜘蛛の左側の脚に当たると、バシリッともいう音と強い光と共に蜘蛛の左脚の前二本ほどが弾け飛び蜘蛛もまたよろめいた。

 

「そうか、魔除け!」

 

と、今のシンコウウインディと先程のマーベラスサンデーの話を合わせて「理解した!」というようにマチカネフクキタルが声を上げる。そうして担いでいた荷物から攻撃に移れるその道具を取り出そうと動き出し、スイープもスカートの中に入れていた魔除けを取り出そうと手を突っ込む。

 

しかし、二人の動きよりも蜘蛛が体勢を整える方が一足早くこちら側に向かう動きへとなった。脚が失われてもスピード落とすこと無く、それは攻撃されたからこその怒りのせいなのかむしろ先程よりも勢いよく向かってくる。

 

そして、マチカネフクキタルが新たな魔除けを掴み、スイープも投げようと手を後ろに下げる。

しかし、それよりも早く更にスピードを速めた蜘蛛が来る……!と思われた時だった。

 

全員が見守る数メートル前の部分で蜘蛛は弾け飛んだ。それは壁か何かに阻まれたかのように。

いや、その場に居る者は確かに見ていた。蜘蛛が突っ込んでくる瞬間に目の前に生まれた壁のような青い光と、蜘蛛がぶつかった瞬間の辺りに稲妻のように走った強い光を。

 

強烈な光に全員は反射的にその手を自分の壁にしていた。

が、今のは何だったのか、蜘蛛が弾けたようにも見えたが先程脚を失っても動いてきたように、まだ危険はそこに残っているのではないかと、それぞれが手を下ろして目の前に延びる廊下を見る。

 

そこには蜘蛛の姿も、その身体の残骸すらもなく、最初に来た時のように誰もいない道がそこにあった。

 

「気になることがあって……ちょっと行ってきます」

 

パチパチと瞬きしたり事態を飲み込めて無い者達の中でマチカネフクキタルが申し出た。そうして再び何かが来ても良いように魔除けを手にして蜘蛛が弾け飛んだ辺り、つまりは光の壁を見た近くまで行くとしゃがみ込み、ほとんど見えない足元を何かを探すように動かす。何度か地面を掌で押さえるような形を続けると、自分が望んだ通りの物が見つかったようで顔を明るくしてそれをつかみ取って他の者達の所まで戻ってきた。

 

皆が集まる前で広げられたマチカネフクキタルの掌の上には親指と一指し指で丸を作った程度の大きさの球があった。

 

「ビー球?」

 

「ううん、これも魔除けの一つで、これでも水晶なんです。さっき光ったときに地面にこれが見えた気がして、それでポケットに入れていた分が無くなっているのにも気がついて……ですから、多分逃げている時に落ちた事で丁度そこに向かってきた蜘蛛が弾かれて居なくなったのだろうと」

 

「それは筋が通っているね。でも、まだ何も解決していないし謎も多い。とりあえずどこかで集まって今の状況をまとめようか」

 

そう提案したのはアグネスデジタル。それにはマチカネフクキタルが「自分もそれが良いと思っていた」とまず同意して、スイープを筆頭に次の手まで頭が回ってなかった他の者達もそれに続いた。

 

 

 



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遭遇

アグネスデジタルの提案で一度落ち着いて話そうという事になり、一行は地下のドアを一つ一つ開け始めた。

もしそこから外に出られるのなら問題無し、部屋があるのなら外に魔除けを置いておけば何かがやってきても大丈夫なのではないかとの考えで。

 

しかし、一つ、二つ……とドアを開けようとしても鍵がしっかりと掛けてあり、最初に開ける事が出来たのは階段を降りてから右手の行き止まりのまた右側にある金属で作られたドアだった。

言い出しっぺのアグネスデジタルが開いた事を確認してからゆっくりとそれを開く。だが、そこには壁に光る部分もなく真っ暗な闇が広がっていた。

 

それを見て「あ、そうだ」と思いついたと表情を変えて直ぐさまアグネスデジタルはスマホを開いた……が、今度はすぐに首を傾げる。自分はここで写真を撮るつもりはなく、ここに来てからはマチカネフクキタルからの電話を受けた時に使った程度だが充電は十分にあったはずなのに反応をしない。そのライト機能を当てにしようと思っていたアグネスデジタルは他の者にその旨を伝えた。

それなら皆で明るくしようかと各々が自分のスマホを取り出したが、それもまた真っ黒な画面から進む様子がなかった。化け物蜘蛛を追い払い少しホッともしていた面々に再び恐怖が湧き出てくる。

 

「み、皆さん、落ち着いて。こういった事も全部まず腰を落ち着け考える事にしましょう。そういえば小さなライトを持っていたんです」

 

マチカネフクキタルはそうして鞄の中から懐中電灯を一つ出して明かりを付ける。そうして照らされた部屋は石の壁に土の地面で作られ奥行き長く広がっているようだった。

奥の壁まで光は届かないようだったが、その光に誘われて何かが寄ってくるようでもない事を確認し皆を部屋に入れた後、マチカネフクキタルは部屋の外側の地面には水晶球をドアには魔除け札を手当たり次第貼った後にドアを閉めた。

 

ドアを閉めると廊下以上にその作りのせいか気温が急に下がったかのような冷たさを感じつつ、マチカネフクキタルはまず右側に広がっているようだった空間に光を当てた。

何もない間の先の壁に沿って見えたのは木の棚。「様子としてはワインセラーですかね」とアグネスデジタルが触れるとマチカネフクキタルに向けて「もうちょっと左側を照らしてみて欲しいな」と続けた。

その通りにマチカネフクキタルが動くと、そこに置かれていたのは木の机と椅子、そして机の上には大きなランタンライトが置かれてあった。

 

赤い外見をしたそれは誰もいない部屋で置きっ放しにされていたようには見えず、試しにカチリとスイッチを入れれば部屋全体を明るくするほどの大きな光を放った。

 

これならば懐中電灯は要らないかと出来るだけ電池を温存しようとマチカネフクキタルがその手を動かしながら顔は部屋を見渡すと、予想通りに部屋は長く広く奥に広がっていて、その先には他に部屋があるようで戸は無いが暗くぽっかりと空いた暗い闇がそれを伝えていた。

 

この場所の様子として奥から外に出られる道が繋がっているようには思えなかったが、何か話すにも奥かここか見てから決めようかとスイープ達はその闇の方向に進んでいった。

 

 

ザリッ……

 

と、その時、奥から地面の土を擦るような音がした。一瞬にしてスイープ達は足を止めて次には顔は前に向けたまま足を擦るようにして後ろに下がる。

 

「誰か……いるのか……?」

 

その次に聞こえたのは声。これは何かの罠なのか、近づくべきなのかと、それを相談する声も出せずに混乱にも陥っているような者達の所へザリッ…と音は続いて何度も聞こえ……

 

「ウマ……娘……?」

 

やがて明るい方へとその姿が見えるまでに現われた存在はそれだけ言うと、その眩しさに手で顔を遮りながら力なくその場に膝をついた。それはTシャツにGパンというどこにでもいるような、そして、憔悴しきったというように不揃いの髭を生やした人間の男性だった。

 

その座り込んだ男性を見て、それを警戒する事など考えもせずに皆が駆け寄る。

 

「君達はどうやって……どこから入って……」

 

傍に来たウマ娘達に対して力の無い声で訴える青年に対してマチカネフクキタルが「数時間前に玄関から入ったが玄関が消えてしまった」という信じ難い物事を、それでもこれが事実なのだというようにハッキリ伝えると、青年は「そうか、君らも……」と、更に力の無い声になって漏らす。

 

漏らされたのは声だけでなく次には男性の身体からのキュルルルという音もあった。

 

「すまない、暫く何も食べてなくて……」

 

か細い声で言う青年に対して、それならば解決する方法は持っているし助けたい、どうやら自分達と同じ目に遭っている人であり、自分達への反応からしても悪い印象を持つこともなくマチカネフクキタルは食べ物を持っている旨を伝えて、まずはこの青年を運ぶ事を選んだ。

 

 

 

 

奥は前の部屋に比べると狭い小部屋で、地面は同じ土作りだったがその上にボロくはあるが布が敷かれてあって、皆で座れる程ではあったので近くに置かれた木箱の上に青年が持っていた手持ちライトとマチカネフクキタルの持っていた懐中電灯の二つで部屋を照らし円を描くように座るとその中心に飲み物や食べ物を置いた。

 

そして、それを青年が食べていく中で自分達の状況を伝える事となった。

この屋敷の噂を聞いて写真を撮りに来たこと。助けを呼ぶ声を聞いたこと。

在るはずのない4階が在ったこと。目口の空いた男の子と遭遇したこと。

玄関が消え失せてしまったこと。何かは分からない何か、そして大蜘蛛に襲われそうになったこと。

 

全ての話を青年は受け入れるように聞いていた。それを見てマーベラスサンデーが青年に問う。

 

「私が聞いた「助けて」って声ってお兄さんが言ってたの?」

 

「……いや、俺はこの中に入ってから一人で、人の気配を感じる事もなかったし、そんな助けの声を掛ける事もなかった。そうだ、男の子に出会ったと言ったのは君だったな。俺からも一つ聞いて良いか?」

 

そういって青年は自分の傍に置いてあったナップザックから手帳を取り出して、中に挟んであった写真を輪の中心に差し出した。そこに写っていたのは二人の子供。未就学児か小学校低学年といった様子の男の子が並んで写っていた。

 

「その子、こっちの子に似ていたか?」

 

と、青年は並んで写る男の子の背が低い方を指差し、マーベラスサンデーはじっくりそれを見た後に首を横に振った。

 

「最初の顔をしっかり見たわけじゃないから分かんない。でもね、服装はこうだったよ」

 

黄色と白の細い縞模様のシャツに紺色の短パン、どこにでもある服装だったがその印象は強く残っていてマーベラスサンデーは「間違いないよ」と強調しても伝えた。それに対しての青年の反応は「そうか……」と、そうだろうとは分かっていたかのような、それでいてそうでなければ良かった……というような口ぶりだった。

 

「その子がこの家の子なのだ?」

 

何かを知っている様子の青年へと今度はシンコウウインディが踏み込む。

が、それには青年が否定の仕草を見せた。

 

「社長家族に確かに子供は一人居た。でも、それは女の子で、今では大人となって親とはまた別に一つの会社の長にもなっている人だ。その人によれば「この屋敷をどうにかしたいのは山々だが更地にするにもそこまでの資金はない」と言っているのは地元の一部の人間には伝わっている話でね」

 

「じゃあ、その子は……」

 

「……それは俺の自己紹介も兼ねて説明しよう」

 

青年は一度ペットボトルの飲料に口を付けると飲み干して、覚悟を決めたとでもいうように蓋をキッチリと閉めた後に話し始めた。

 

 

 



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説明

明かりが照らしても暗さと息苦しさもある小部屋の中、ウマ娘達は青年に注目する。

青年は、まず明かりが最も強く見える地面へと名刺を置いた。そこにはトレセン学園からも近い場所にある企業と氏名が記してあった。

 

─────────────────────

 

俺は”東瀬優哉”。

 

この辺りは中学の頃までは住んでいた場所で、少々片付けなければいけない事が出来て夏休みを使って久々に帰って来たんだ。

 

そこで思う事があってこの屋敷に立ち寄った。

といって外側から見るだけで中に入る気は無かった話だった。

 

けれど、俺より先に辿り着いた、夏休みで暇そうな中高生と言った面々がいてな。

中に入るつもりな上に「良い物あったらパクッちまおうぜ」なんて会話しているのを聞いて、流石に見逃せないだろうと思って中に追いかけたんだ。

 

そうしたら全然見つからない上に、俺が2階の横側の廊下を歩いている時だったか、外側からドシンッと重い音がしたと思ったら、そいつらの声が聞こえてな。

 

「やべえ、壊しちまった」って。

そして、そのままそいつらはバタバタと屋敷から離れていったようだった。

 

何を壊したか分からないが出て行ったなら俺がいることもないかと、そのまま階段を降りて外に出ようとした。

そうしたら君らが言っていたのと同じだ、そこにあるはずの玄関のドアが無かったんだ。

 

俺がおかしくなったのか何なのか混乱しながらも、ドアが無いのならこの際は仕方ないと窓を破ろうともしたんだが、これが一体何で出来ているのかと思うほどに少しも傷つけられないし、そうしている間に外が真っ暗になってそこに何も見えなくなって、その場で狼狽えるしかなくなった。

 

そうした時だ、後ろから音がした。

けれど、俺にはそれが自分への味方の音とは思えなくて1階の近くにあったドア、トイレに繋がる所に入って、近づいてくるそいつをその隙間から確認する事にした。

 

廊下を強く踏むように近づいてくる音と、何かを引き摺るような音。

やがて俺の視界に入ってきたのは土の塊のような肉の塊のような、そして、それにこの家の残骸か折れた椅子の脚やら色んな物を取り込んだかのような…………怪物。

 

顔と言って良いのか分からないが上の方に丸い目のような光を持ったものを付けて、その下には大きく開かれた口のようなもの。

見た目は出来の悪い特撮モノの敵のようだったが、このおかしな状況と腐った肉のような匂いもあって吐きそうにもなりながら息を殺して見つからないように、そいつがズルズルと延びた身体を引き摺りながら目の前を去るのを待った。

 

幸い見つからずに済んだ後は、そいつが何であるかよりもとにかくこの屋敷から去る方法を探さなければならないと、四方八方を駆けずり回った。しかし、これが本当にあの屋敷なのかというほど広くも感じて、それを隅々まで探しても行き場所もなく、しかも一度は逃げおおせたと思ったあの怪物は屋敷内をウロウロとしているようで、何度も遭遇しそうになっては隠れた。

 

そうしている内に体力が無くなって疲れ果てて、この地下室に入り込んだ。上の廊下を見ていてもアレの足跡が残されてもいないようだったからな。蜘蛛の化け物まで出るとは初耳だったが。

 

眠ったら拙いと思って頑張っていたが、どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだったな。

しっかり起きていて探索を続けて君らと出会っていれば、そのタイミングでお互い外に出られたのかもしれないが……

 

と、それが俺の今の状況の話だ。次は君らも気になっているのだろう、この子についての話をしようか。

君らの話からすると、この近くで遭った事故の事を知っているようだから、それならば話は早い。

 

あの事故で亡くなったのは十二名。その内の十一名が大人で一人だけ子供がいた。

事故が起きて救助が向かった時、その大人達はもう手の施しようが無かったが、その子供だけは息があった。

けれども、その子もまた意識を取り戻す事もなく数日後には亡くなってしまったという大事故だった。

 

かくれんぼが好きだった男の子の話。俺がこの辺りに住んでいる頃にはそんな話は欠片も存在しなかったものだが、それがいつの間にかこの家の話に取り込まれてしまったのだろう。

 

怪談話なんてそんなもんだ。盛り上げるため、もしくはこの館から人を遠ざけるためのわざとだったかもしれないいな。

 

 

 

そう、俺は思っていた。

けれども、君らはその子を見たと言い、俺には君らが嘘を付いているようには思えないし、正直どうしていいものかも分からないでいる……

 

────────────────────

 

そこで青年──東瀬は両手の指を絡めて組んだ胡座の上に乗せて深い息を付く。

この部屋で他の誰かと出会い孤独が解消されての少しの安心感と、更には食料も得て良くなっていた顔色が、そこで再び悪くなったようにもスイープ達に思わせる。

 

「つまりはお兄さんはあの子の知り合いで、この写真に写っている大きい子の方がお兄さん?」

 

スイープ達の中で唯一男の子を目撃したマーベラスサンデーが、東瀬の気持ちを沈ませている原因である事も分かりながら、ここは自分が確かめるべきなのだろうと触れる。その言葉に東瀬は頷いた次には顔を上げ、心配そうに見つめる面々の顔を見渡した後に口を開く。

 

──────────────────────

 

俺とあいつとはここらより少しだけ山奥の街の中に住んで親同士も仲良くて、物心ついてない頃からの二人で写っている写真がある間柄だった。あいつはあまり身体が強い方じゃなくて入退院は何度もあって、それでも外に出るのが好きで、だから遊ぶとなったらボール遊びや駆けっこは行かずに隠れんぼばかりだった、あいつもそれが楽しくて仕方がないようだった。探す方をやりたがるくせに俺の事を見つけられなくて最後には俺が出て行ってあいつが泣いているのを慰めながら家に帰る、それがパターンだった。

 

やがて小学生になって他の友人も増えていくと、そいつらと遊びたくてあいつとの遊びを断る日も増えて、あいつがそれでも他の奴らとの間に入ってまで遊ぼうとするのをうざったくも感じる日もあった。

そんな小学1年生の夏だ、あいつがこれまで以上に長い入院を遠くの病院でする事になって、夏休み中に気兼ねなく遊べるとせいせいともしていた。そのくらい軽く考えていた。

 

けれど、あいつが嫌いになったわけでもなくて夏の終わりには帰ってくるって話を聞いて「帰ったらこれまでより元気になってるんだろう」「帰ったら遊ぶか」って帰ってくる日は楽しみにしていたんだ。

 

そして、その退院の帰り道で起こったのがその事故だった……。

息はあると、目が覚めることを祈りもしたが、身体が弱くて気も弱くて何をするにもいつも他より少し遅れていたあいつは、最期には他の人達を追うようにして数日後に逝ってしまった。

 

俺に良くしてくれていたあいつの両親もそれで亡くなって、当たり前にあると思った日常が一気にかき消えるのを目の当たりにして俺が思ったのは、だったら入院する前も優しくしてやれば良かったってことだった。

 

入院する前に家に挨拶に来た時に冷たくしたわけじゃなかったが、素っ気なかったとは自分でも思っていて、あいつの知っている最後の俺の姿はそれだったんだと季節が巡る度に思い出して、親の事情で別の土地に引っ越してからも時々思い出すほどで、それが必要がない限りは俺がこの土地に近づかなかった理由で、必要があって来た今回に俺を立ち寄らせた理由だったかもしれない。

 

────────────────────

 

周りの誰も途中で入り込む事なくその語りを聞き終えて、語り部である東瀬は話している内にまた下を見るようにしていた顔を上げた。

 

「話したら少し楽になった。こうして話す事で自分はまだ正気を保っているようにも思えるよ。この状況と自分が見てきたモノと幽霊話をどこまで受け入れていいか分からないが、どうにか狂わないではいられそうだ。疲れよりも空腹よりも一人でずっといるのが辛かったからな」

 

「貴方は一体いつからこの屋敷に?」

 

「金曜日の午前中に来て……それからどれだけ彷徨ったか分からない。最初は手持ちの食料が少しあったが何日も保つものではなかったし、君らが来なかったら一体どうなっていたことか」

 

その言葉に尋ねたマチカネフクキタルの顔色が変わる。そして、東瀬から詳しく聞き出した、その金曜日の日付を。

それはまさしく今日の日付であって、そのやりとりを見ていた者達の様子がまた重く暗くなるのも遅くはなかった。

 

 

 



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異界

「じゃあ、俺が入ってから、長くても半日も経ってないっていうのか……?」

 

強くはない灯りの中で東瀬の顔色が蒼白となる。

スイープ達は誰も彼を疑うこともなく見ていた。今ここで嘘を付く理由は見当たらず、その憔悴しきった表情は演技にも見えず、無精髭がそれだけの時間が経ったのだろう事を強く伝えてくる。

 

在るはずのない階が存在し、時間も歪んでいるこの空間、自分達はどこへ来てしまったのか、少なくともここがまともではない事を更に突きつけられて、スイープ達は出来るだけ同じ状況に居る者と離れたくないと、全てを共有したい思いも働いてか、その震える身体を寄せ合うようにする。

 

それを見て東瀬は少しの間目を伏せて、そして開いた。

 

「すまない。そんな事を言っても不安を煽るだけだった。今はとにかく全ての事を受け入れてここから脱出する方法を見つけないとな」

 

そこまでを言うと傍の壁に手を付いて立ち上がる。それに待ったを掛けるのはマチカネフクキタル。

 

「どこへ……?」

 

「行動できるだけの体力は戻った、またここらを探索してみる。君らの話からすると俺の方がこの辺り一帯を知っているようだからな。それにこういうのは大人の出番だろうし、俺は君らの世界に詳しくないが、何かあったら拙い人材だってことくらいは十分に分かってる」

 

「待って、待ってください。確かに貴方は私達よりも既にこの中の事を知っているのかもしれません。けれども、その様子で更に動き回って大丈夫なようには見えません。体力ならば私達の方が有利でしょうし、私達も何もしないわけにもいきません」

 

「そうだよ、お兄さん。お兄さんはもう少し休んでいた方が良いと思う」

 

「後は私達に任せるのだ」

 

マチカネフクキタルに続いてそう口々に伝えるマーベラスサンデーもシンコウウインディもまたその顔には恐怖が残る。しかし、それよりも誰かに頼りきるわけにはいかないと、力を込めて声を出す。

 

「……とはいえ、皆でゾロゾロというわけにもいかないよね。人数を増やすのは逃げにくくもなれば、その時にまたバラバラになってしまうのが一番駄目だろうし」

 

そこでずっと何かを考えていた様子を止めて言ったのはアグネスデジタル。その意見には「考えていなかったがそれはそうだ」というように他の者が頷き、そして、どうするべきかとまた悩むように。

スイープは悩もうにも自分には何も浮かばず、少し離れた場所からそれを見る形へと動いていた。

 

「スイープ」

 

そこでずっと抱えていたシイナからの声。

 

「まずは彼から内部の状況を詳しく聞いて、それで僕としてはスイープとじっくり話してみたい」

 

シイナの提案。つまりはスイープとシイナとだけになりたいと。それは人数としては一人きりになれという事はスイープも察する。これまでに出会った物事を考えるとそれだけで身体に鳥肌が立つようでもあったが、この異様な状況の中でそれを動かせる可能性が最も高いのは魔術を操るこの使い魔だという事はスイープにも分かった。

 

スイープはそのままギュッとシイナを抱きしめた後に右手を挙げて皆を呼ぶ。

 

「まず私は探す方に行ってみる。ううん、行かせて」

 

その言葉に他の者達は思ってもみなかったという様子でスイープの近くへと寄っていった。

 

「スイープちゃん、それは止めておきなよ。スイープちゃん一番年下なんだし無理させられないよ」

 

「そうなのだ。お兄さんは大人の出番だって言ってたけど、私達の中でなら先輩の出番になるのだ」

 

年上の者達は自分を心底心配してくれている上での発言だとは伝わる。それでもスイープはこうするべきなのだと引く様子は見せずに首を大きく横に振った。

 

「それなら、スイープちゃんと私とで行こうか。この屋敷の周りも一緒に歩いて気心は知れたって感じするものね」

 

アグネスデジタルがそうしてスイープの横へと座る。

スイープはアグネスデジタルに一度視線を向け、その任せておけとも胸を叩く姿を見た後に下へと移した。

 

「……流石に一人で行動するのは止められる、無理なものにもなるだろう。後のやりとりはこの先で考えよう」

 

スイープの方には顔は向けないまま縫いぐるみになりきってのシイナの返事。スイープも今はそうするしかないのだろうとシイナの意見、そしてアグネスデジタルの意見に乗る事にした。

 

 

 

 

それから東瀬から更に詳しく閉じ込められて以降の屋敷についての話を聞き、マチカネフクキタルから昨日貰ったものと同様の物や小さな水晶玉等の幾つか魔除けと懐中電灯をスイープとアグネスデジタルは受け取り、この地下室までの道に魔除けを仕掛けておく言付けも受けて部屋の外へと出た。

 

ガチャンッと重い扉を閉めて、まずは右手に懐中電灯と左手に布団たたきを携えたアグネスデジタルが前へ数歩行きスイープも続く……としたところでシイナがスイープを呼び止める。

 

「スイープ、一度扉の所に置かれている水晶玉に僕を近づけてくれないか?出来るだけあの子からは見えないように」

 

その声にスイープはアグネスデジタルの様子を見つつ返事は返さずに言う通りにする。

自分を壁にするようにして扉の脇に置かれていた水晶玉にシイナを近づけると、これまでに何度も見覚えのある光と音が走った。

 

「これで暫くは大丈夫だろう」

 

シイナの言葉にスイープが「まさか……」と顔を向けると、シイナもそれに気づきその通りだというように返す。

 

「君には自分も他の子も守ってくれとここに入る前に言われていたから。大蜘蛛を消し飛ばした時も手伝ったよ。君らの魔除けに実際そういう力が多少はあるようだとはそれまでの話で分かってもいたし難しい話じゃなかった。

 そして、さっきの蜘蛛と相対した事で対応の仕方はまた一つ分かった。ここからの道も魔除けを媒体として僕の力を使っていれば危険は排除できるだろう。後はこの中の謎を出来るだけ早く解くだけだ、行こう」

 

やっぱりと自分の想像した通りだったことを知り、そして、その言葉を力強くも思いながらスイープは立ち上がる。振り向けばアグネスデジタルもまた足を止めてこちらを見ていたが、水晶玉が転がっていたから位置を戻していたと伝えると納得したようで、そして、脱出の道を探して二人と一つは動き出した。

 

 

 



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探険

懐中電灯で照らされ、一度ここに来た時よりは明るくなった地下の道をスイープとアグネスデジタルは歩く。

 

まずは真っ直ぐ進み大蜘蛛と遭遇したために見られなかった角を曲がってみると、そこは行き止まりだった。東瀬からもそうだとは聞いていたが、その場に雑に置かれた箱の中を探しても何か手掛かりになるような物も見つからず、時間だけを使って元来た道を戻って1階へと上がる。

 

自分達以外の存在を感じさせない空間を進み玄関前まで来る。

やはりそこは扉の消え去った壁があるだけ。けれども、それに再び絶望を募らせるわけでもなく、今は方法を探すだけだと前に進む。

 

食堂に続く廊下の途中、アグネスデジタルが足を止め右側を見た。

そこに並ぶ幾つもの窓から月明かりのような光が取り込まれている。東瀬の「窓は破ろうとも思っても破れなかった」との話を思い返しながらスイープも近づいて横に並んで外を覗く。

 

そこには在るはずの屋敷を囲む壁は無くどこまでも暗い闇が続いているかのようで、恐る恐る窓に張り付いて下を見れば地面もまた存在せず、屋敷だけを残して切り取られたかのように下にも何も見えず奥底まで深い穴が開いているかのようだった。

 

上へと視線を変えると、遠くに淡く発光する球体が存在していた。それによってこの屋敷は照らされているのだろうとは分かってもそれが月にも見えず、周りに他の星の一つもなく、スイープはそこで外を見るのを止める。

 

「……外もまるで世界が違ってしまっているって様子か。でも、あれがなければもっと真っ暗だったし、何かは分からなくても私達に味方しない者は一つもないってわけじゃなさそうだから、それは良かったということにしておこうか」

 

アグネスデジタルはスイープを見てそれだけ言うと食堂へと向けて進路を取る。スイープもその言葉に沿って、下を見れば暗い闇でキリもないが上を見れば良いこともあるか……と、僅かばかり歩みを軽くしてその後に続いた。

 

 

 

 

食堂の中は静けさを保ち、そして初めて入った時のままの様子も保っていた。

それでも何かが変わっているかもしれないと手掛かりがあるのかもしれないと、テーブルの下から戸棚の中、誰かが置いていった毛布を捲りもして細かな所まで探る。

 

外からの物音や互いに離れすぎないように注意しながらスイープがアグネスデジタルに背を向けた時にシイナが声を掛ける。

 

「今が丁度いい。スイープ、今後の為に一つやっておこう。君からの意見や同意を僕が貰いたい事があるだろうから、そういう時には君の声だけを僕に届くようにしておこう」

 

その言葉にスイープはこれまでやってきた中でもそんな事は一度として言わなかったのにと思いながらスイープが顔を向けると、シイナはその考えも読み取ったように続けた。

 

「いつもと違って今日はスイープが指輪を身に着けてあるから出来る事で、多少の魔力は消費するし届くのは声だけだ。思い浮かべれば心が伝わるというわけじゃない、口は動かし喋らなければならない。

 他から見ればその動きは現実に見えるわけだから喋る時には口を隠すなりして、多用はしない方向で頼むよ」

 

説明を受けて、そういう話ならこれまで活かされる事もなかっただろうし、忠告を守らずにやればおかしく思われるだけで自分にとっても好ましくない、とスイープは頷いて了承する。

 

その後は食堂全体を見るが、何か変わった物が置かれているわけでもなく外に通じる道もなく二人は部屋を後にし、続けて他の部屋も見て行って玄関までの通路に出た。そこからの選択は傍にある階段で2階へ行くかピアノのあるホールに行くかだったが、これまで1階を回った結果から出口が消え外の光景がおかしいこと以外は最初にこの屋敷に来た時と同様の様子を見せるこの場所よりは2階以降に何かあるのではないかと、ホールには皆の所への帰り際に寄ろうと二人は2階への階段へと足を乗せた。

 

 

 

 

何かは分からない何かが降りてくる場面を見た階段、その痕跡は一つも残されていないそこを音を立てないようにして上がる。スイープは抱えるシイナからの「何かが居る様子はない」という言葉を信じて、前を行くアグネスデジタルは時々耳を澄まし警戒をしながら進む。

 

そうして2階まで辿り着いた所で二人は同時にも息を呑む。

自分達が知っている2階は1階と同じように白い壁で作られた場所のはずだった。

だが、今、目の当たりにしている壁は青白くも見え、天井へと顔を向けると電気など通っていなかったはずの蛍光灯が青い光を放っていた。

 

その光景は日常の生活の中で見たとしたら幻想的にも思え好意的に受け入れられも出来そうだったが、今の自分達の状況から考えると来てはいけない場所に踏み込んでいる気持ちを強くするだけでスイープは思わず目を逸らす。

 

と、そこでシイナを抱えている方とは逆の空いた手に感触があった。顔を戻せばアグネスデジタルが持っていた布団叩きを片側の脇に挟んで空いた手で握っている。「行こう」と彼女は小さく言うだけだったが、スイープはその顔とそしてシイナにも顔を向けて、こうして誰かが傍に居るし他の人も自分達の収穫を待っているんだと勇気を出して一歩を踏み出した。

 

2階の各寝室を回るがそこも電気が無くとも明るく照らされ、これならばむしろ懐中電灯は点けない方が良いかとアグネスデジタルはそれを切って進むことにする。それ以外に部屋に変化はなく他にうろつきまわる者の気配もなく全ての部屋を見終えて次は3階へと二人は進んでいった。

 

 

 

 

3階までの階段の途中、もうすぐで上の階という所でアグネスデジタルが足を止めた。

 

「気を付けて、何だかここから足元が湿っぽいんだ」

 

それだけをスイープに伝えてアグネスデジタルは先へ行く。視界が遮られる事なく全体が見える今、持っていた懐中電灯は腰回りに付け空いた右手でスイープの手を導くように握りながら。アグネスデジタルの言う通り、一歩一歩進むたびに足元が水分を含んでいるような気色の悪い感覚が足に伝わる

 

そうして二人で立った3階の入り口、今度は光が緑色になって辺りを照らしていた。その光によって壁も薄く緑色に染められ、そして、それ以上に濃い緑色の物体が壁を覆っていた。

 

スイープが視線と下に落とすと、シイナは「この場所全体に魔力は感じるが、それ自体に何かがあるわけじゃない」と告げるとアグネスデジタルが自分で何か思う事があるかのように近づいていった。

 

「苔……みたいだね」

 

と、アグネスデジタルは持っていた布団叩きの柄でそれをこそげようとした所で動きを止めて手を下げた。

 

「この状況で下手に触らない方が良いか。これが何かの手掛かりになるとは思わないし。壁に手もつかない方が良さそうだね。今のところ何かに出会ったわけじゃないけれど跡は残さない方が」

 

そこに続けての「危険は無い」とのシイナの言葉を信じてスイープは壁を見ると、確かに見た通りそれは単なる色の濃い苔のようだったが、生えていない部分の壁もじっとり湿っているようで近づいた時に嫌なものを思って壁から離れる。

 

二人は苔が少しは生えていてもその量は少ない部屋のドアが並ぶ側の壁沿いに、ここもまた湿気を多く含んでいるような見た目には何もないようでも足の感触を悪く感じさせる廊下を往く。

 

近くの一つのドアを開けた所でアグネスデジタルはハッとしたような顔をして止まる。

スイープはそれに気が付いて何事かとアグネスデジタルの後ろから中を覗いてみるが、そこはマーベラスサンデーやシンコウウインディを探していた時にも来た覚えのあった部屋。子供の遊び場だったのだろうとおもちゃがや空の箱が置いてあったので印象が深かった。部屋の中は2階と同じくスイッチの一つも触っていないのに明るくなっている以外に不思議に思うことは無くシイナも特に反応も見せなかった。

 

アグネスデジタルは中を見てスイープの様子を見つつ背後を確認し、スイープに後ろに下がるように手ぶりを付けてドアを一度閉めた。

 

「どうしたの?」

 

何があったのだろうかときょとんともしたスイープに、アグネスデジタルはこれまで見てきた様子とは変わって神妙な表情をスイープに向けた。

 

「……あたしの記憶が確かなら、こんな部屋は前には無かった」

 

「え、でも、子供用の部屋があって……」

 

「あったよ。でも、置いてある物が違う」

 

アグネスデジタルは次に思い出すような表情を浮かべてから何度も頷いた。今度は確かなら~とあやふやなものではない、これに間違いはないのだというように。

 

「それだと、どういうこと?」

 

「それは分かんない。ごめん、踏み入れるしかないのかもしれないのに気になっちゃって。怖がらせるだけだったかもしれない」

 

「いいよ、私は大丈夫だから」

 

「良かった。でも、まずはここはお預けにして他を回ってみようか」

 

スイープの返事にアグネスデジタルは安心したように隣にある部屋へと方向を変えて、スイープはそれについていく前にシイナに確認を取る。

 

「何も言わなかったじゃないの」

 

「……特に危なさは感じなかったから。しかし、言われてみれば当初の部屋の様子とは違うような。

 多分この部屋というよりも、この辺り一帯を包んでいるものによって中が別の物に変わっている、この階自体が既に本来とは別の場所へとなってしまった、在るはずのない4階もここから繋がったのかも……」

 

「仮定の話ばっかりで、大丈夫なの?」

 

「今の状況ではこの辺りが限界だよ」

 

「他に頼れないんだから、お願いよ、本当に」

 

スイープはそれだけを口元を隠しつつ伝えると、前に進んだアグネスデジタルの後を追った。

 

 

 



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過去

スイープとアグネスデジタルの二人は3階の廊下を回る。そこに新たに上の階に続く階段が現れた様子はない。

しかし、一つドアを開ければ自分が知っていた部屋とは違う場所がそこに広がっていた。スイープも最初は気づかなかったが、部屋によってはこんな場所は無かったはずだと言い切る事も出来る、壁自体が凸凹とした石作りとなった部屋や金属作りの部屋も新たに生まれていた。

 

それでもそこに何かがあるかもしれないと結局はドアを開けて異常を確かめた後には足を踏み入れて手掛かりを探すことになり、そうしていると初めからここはこうだったかのような、おかしいのは自分の記憶なのかと曖昧になりながらも、アグネスデジタルの励ましやシイナと会話する事で”自分は真っ直ぐ立っている”、”大丈夫なのだ”との意識を保っていた。

 

「これが最後の部屋……」

 

アグネスデジタルが立ち止まり左の壁にある焦げ茶色のドアへと向く。

そこは初めに来た時は書斎らしき場所で、この状況でドアを開け中を一度確かめた時も本があるという点では変わりは無かった。次はその本類を細かく調べようかとアグネスデジタルはゆっくりとドアを開け、二人で中に入った後に音を立てないように締め切った。

 

まだ閉じ込められる前に来た時にも、持ち主には置いて行かれ、後の侵入者にも盗まれる事がなかったらしき本は置かれてあったが、今はそれが増えているように思う。

手を付ける怖さはあったが、何かをしなければ進めないとまずアグネスデジタルは本棚に近づき本を取り捲る。

 

「一昔前の税金に関する本、か。会社を廃業して、こういった物は年々新しくなって誰も手を出さなかったと、それだけの物かな」

 

続けてアグネスデジタルは本を開きスイープも違う場所から本を抜き出していくが、どれも古い市販の本といった様子だった。

 

「ん?」

 

と、アグネスデジタルが一つの本を取って手元で開く。スイープは持っていた調べても何の変哲もなかった本を元に戻してアグネスデジタルの方に寄ると、その本の装丁に目が行く。それは何もかもがこれまでの本と違った。きちんと四角く整えられてはいない表紙を持ち中身の紙も茶色く薄く作りが悪そうで、そして、そこに記された文字は手書きといった様子だった。

 

「どこの国の言葉だろう、見たことないや。色んな国に走りに行ってるけど、こういう文字の所は知らないな」

 

アグネスデジタルはそう言ってからスイープの方へと本を見せる。確かにそれは日本語でも英語でも他でも見たことのない文字のように見える一方で、スイープには思う事もあった。

 

今となっては手元には無い魔術書、その文字の作りに似ている、それが第一印象だった。

「ちょっと見せて」と声を掛けるとアグネスデジタルはスイープに手渡して今度は自分が覗くように動く。

 

じっくり見てみると、似ているように見えるがあれとは違う印象で、スイープは腕を身体に付け上手くシイナを乗せるようにしてから本を下げる。意図は分かったようでシイナは一通り見てから「なるほど……」と呟き、「これは呪文のようだな」と続けた。

 

スイープはこれが突破口になるのかと目を輝かせつつシイナを見たが次の言葉は「何らかの力は感じる、力を持つ言葉が記されている。でも、少なくとも僕の世界とは関係の無いものだ」というものだった。(それでは何の意味もない……)と不満そうにもスイープが口を結ぶと、その表情をアグネスデジタルが覗くように身体をこちらに向けているのに気づいた。

 

「ごめんね。何か考えているようだったのに邪魔しちゃった。それで何か思う事あった?何でも良いから言ってみて、何が今の状況を打破するものになるか分からないから」

 

アグネスデジタルは頭を下げてからそう話しつつ身体を戻す。スイープは自分は考えていたわけではないが、そう見えたのなら言ってみるかと、「この文字が何だか呪文のようでね」と伝えた。呪文だと断言しては自分にそんな知識は無く、緊急事態だとは分かっていてシイナとの約束事に「自分の事を話すな」というものはなかった。しかし、この混乱した状況で受け入れて貰えるのか事態を悪くする心配もあり、そこまでに収める。

 

「呪文か……。神頼みなモノにも頼っていたというし外国の物にまで手を出していたってことなのかもね。確かに言われてみると、こっちの絵柄とか呪術的な物にも思うし……これは何かあるかもしれないし一応持って行こうかな」

 

と、アグネスデジタルは本を閉じて脇に挟みつつ残りの本へと向かい、スイープは今の所はこれで良いかと自分もまた他の本を探し始める。近くにあった箱を積んで上に乗り本棚の上の段にまで手を伸ばして隅々探してみたが特にこれといった物もなく、高い位置にあった本を元の場所に戻しつつ、落ちないように箱から慎重に降りたスイープの耳にカッカッという何かを叩くような引っ掻くような音が聞こえた。

 

そちらの方を見るとアグネスデジタルが壁際に置かれてあった机の上に身体を乗り出して、壁と机との隙間に布団叩きの柄の先を入れている。一体何をしているんだろうとスイープが近づいていくと、アグネスデジタルは小さく「よしっ」と漏らしつつ、その柄を掬い上げるように動いた。

 

近づきかけたスイープが一瞬止まりながら様子を見ていると、布団叩きの柄の先に開いた本が乗っかりながら壁の隙間から出てきて、アグネスデジタルはその本を机の上へとまず置いてから机の上から降りた。

 

「これが隙間に落ちているのが見えたからどうにか取ろうと思ってね」

 

と、アグネスデジタルが視線を向けた机の上に開いた状態で伏せるように置かれたその本の表紙をスイープも見ると、そこには「夏のホラー総決算!あの噂の真相とは!!」との大きな文字と共に下の方にはTV局名が記されていた。

 

「そういえば、ここに昔TV取材班が入ったんだったか。これはその台本かな」

 

アグネスデジタルは布団叩きは机の上に置いてパラパラと捲りながらスイープにも見せる。

アグネスデジタルの言う通り、中身はこの中でどう映像を取っていくか、どう驚いていくかなどが事細かに書かれていた。

 

「まあ、段取りなんてこんなものだよね」

 

と、アグネスデジタルは”進行が決まりきっている”事に関してははそう流しながら指を動かし続けていたが、やがて台本の終わりの方でその指を止める。止めた場所には紙が折り曲げ挟まれていてアグネスデジタルはそれを開いた。

 

「これ……」

 

そこに在ったのは二重線の円の中に六芒星が描かれた図、ご丁寧にもその下には写真が貼ってあり、それは紛れもなくピアノのあったホールで見た図形だった。アグネスデジタルは更に紙が挟まれていたページの空白に書かれている文字に気づく。台本に印刷されたものではなく後から誰かが書いたものらしき手書き文字。アグネスデジタルは黙読した後にスイープへと顔を向けた。

 

「これは取材班の内の誰かが屋敷の中に詳しい元使用人から話を聞いて纏めたものみたい。昔は夜会で人が賑わったダンスホール、最初に物事が上手く行かなくなって色んな物に手を出して、あの魔方陣も自分に富を生むどこかの呪術の一つとして使用する事のなくなったあの部屋で行ったとあるね。

 それ以降に事業は上向いたけれど居るはずの無いモノが見えるようになったとか、この話を伝えた人も屋敷に居るだけで気分がおかしくなったようで、今度はそれを納めるためにまた不可思議な力に頼ったんだって。……これを見るとそれがあの四隅に置かれていた灯籠だったみたい。

 そして、それ以降は雰囲気がおかしくなることもなく事業は上り調子が続いて何もかも上手くいっているという様子だったけれど、結局時代の流れを読めない投資で破産して、それにはもう神頼みも通じずにここから人はいなくなった……と」

 

「ってことは、ここが変になったのはあの灯籠が壊されたから?」

 

「かもしれない。一つは古くから壊れていた所で、あたし達が見たもう一つの壊れた物。先に屋敷に来たグループが何かを壊したという話、それで何かのバランスがどうしようもなく崩れ去った……辻褄は合う気がする。でも、直せば解決するのだとしても内側からじゃどうしたらいいのか……」

 

アグネスデジタルの言葉にスイープはその通りだろうと黙り込む。と、アグネスデジタルはそれに気づいて話を続けた。

 

「それでもこれは一つの手掛かりになるかもしれない。一通り本は見たしさっきの本とこの台本を持って一度下に降りようか。一度もおかしなモノに出会ってはいないけれど、ここの雰囲気自体が妙だし長居はしたくないかなって」

 

アグネスデジタルの言葉にスイープは答える前にシイナを確認する。シイナもそこでアグネスデジタルの意見に同意を見せて「収穫もこれ以上はないだろう」と述べ、二人がこう言うのならば自分も何も言うことはないとスイープはアグネスデジタルに対して了承を伝えて、収穫物をそれぞれ持って書斎を後にした。

 

 

 



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作戦

書斎を出た者達が目に捉えたのは、部屋に入る前よりも辺りを照らす光がより緑色に濃くもなった屋敷の姿。

足元の湿りも増し、一歩進むだけでグジュリと小さく音が鳴り、壁を侵す苔の緑もその勢力を広めているようだった。その様子のせいか実際に何かがあるのか、息を吸うにも空気が肺の中にきちんと入って来ないような息苦しさをスイープは感じるようでもあった。

 

「何かが近づいているわけではないが、この辺りを取り巻く力が蠢いてるみたいだ。魔除けの力を増しても、このままだと異物がここに居る事を感づかれるのかもしれない」

 

そして、シイナに助けを求めるように視線を向けた後の返事を聞いて、早くここから去るべきという気持ちを強め、歩く毎の床から伝わる気持ち悪さに身体から鳥肌が立つようでもあったが、一歩一歩確実に急がないように階段を降りていった。

 

3階から2階、そして1階へと降りる。

1階は何も変わる事無く扉のない玄関が見えていたが、下へ行くほどに息苦しさや重々しさは薄まっていてスイープは少し顔色を良くしながら歩く。

そして、そこから地下へと降りる前にピアノのあるホールへと向かった。

 

外からの光しかなく薄暗い空間の中、アグネスデジタルが懐中電灯を点ける。そこから示し合わせたわけでもなく二人が向かった先は壁に描かれた魔法陣の前、舞台には上らず、その下から図形に向けて光を当てながら台本に挟んであった紙をアグネスデジタルは開いた。

 

「やっぱりこの写真はここの物で、1階が他に比べてあたし達が入った時と違いが少ないのは、この魔法陣がある階だからってのは関係あるのかな」

 

推測しながらアグネスデジタルは並んでいたスイープよりも少し前に出て、魔法陣上に懐中電灯の光を動かしながらそれを観察する。近寄ってみるべきかとも思えば、あまりに近づくのは不用意かという思いがそうさせていた。

 

そのアグネスデジタルの言葉に対してシイナは「多分ね」とスイープに伝えつつ「呪文の書いてあった本と貰った魔除けを何でも良いから取り出してみて欲しい」とも頼む。聞き遂げたスイープはスカートのポケットの中から先日の内に貰っていた魔除けを取り出し、呪文の本を開いてその上に置いて右手で持ちながら左手でシイナを抱えるようにする。

 

「あっ……」

 

と、その瞬間にスイープは小さく漏らす。本の上の魔除けの変化に思わず声に出てしまっていた。アグネスデジタルもそれに反応して振り向くと、何に対しての声だったのかとすぐに理解したようだった。

 

開かれた本の上で青い魔除けが光っている。どこかの光を反射するのではなくそれ自体が僅かに光り、本の紙を青く照らしている。アグネスデジタルはスイープへ近づきながら左手は自分のポケットへと伸びる。そこから取り出されたのは地下室から出る前にマチカネフクキタルから手渡されたスイープと同じ青い魔除け、それもまた淡い光を放っていた。

 

アグネスデジタルは自分の魔除けを掌に乗せて見つめ、本の上に乗るスイープの青い魔除けももう一度見た後に何かを思いついたという表情を浮かべた後に身体の方向を魔法陣の描かれる壁の方へと向けた。

そして、掌を上に向け魔除けを乗せたまま、足を擦るような動きで前に慎重にも進む。

すると、掌の上の魔除けの光は強まって行き、ピアノの乗る舞台の段差近くまで行くと壁に描かれる魔法陣の赤黒いその線の色が少し鮮やかになったようにも見えた。

 

スイープもそれに気づいてアグネスデジタルの隣まで行って魔除けが乗ったままの本を前に出すようにもして上げれば、魔除けの光は強く放たれて今度は魔法陣にも光が走ったかのようにも二人に伝える。

 

「原理も効果も分からないけど反応しているようだね。少なくとも悪いものではないのかな。ほら、化け物蜘蛛は魔除けに弾かれたりしたけれど、これの場合は反発するって感じではないみたい」

 

アグネスデジタルの推理にスイープに抱えられたシイナは同意をスイープに向ける。

 

「彼女は読みが鋭いね。どうやら魔法陣によって魔除けの力も増幅されている、あの魔法陣は未だ活動しているもののようだ」

 

「という事はあの魔法陣を使ってこの状況から出られる?」

 

スイープはアグネスデジタルからは後退して距離を作り、顔を逸らし口元を見せないようにしてシイナに伝える。

 

「可能性はある。君には見えないかもしれないがこの本もまたあの魔法陣に反応している、呪文を読み解けば前進するかもしれない。現時点ではあれからナニカが呼び出され、ナニカが居た世界とを繋げる門といった所までだ。一つ僕から言えるのはこれ以上は触れない方が良いだろう。切り札になるものかもしれないから」

 

「分かったわ」

 

スイープがシイナに伝えた所で前の方に居たアグネスデジタルは持っていた魔除けを再びポケットにしまいスイープの方を振り向いた。

 

「でも、今はここまでかな。魔除けの光も何だか不安にはならないって気がするけど、油断して近づかない方が良い気がしてね。スイープちゃんも止めておこうか」

 

アグネスデジタル側から接近を止められる声を掛けられて、スイープは何か理由をこちらから付けなくて済んで良かったと思いながら頷き、そこでここまでを一つの収穫として地下へ戻るという所で二人の意見は一致した。

 

 

 

 

地下室をノックし中からの返事を待ってから開ける。

中に入ると待っていたかのように皆が出入り口に近い側に集まって二人を迎えた。無事だった事を互いに喜びつつ中へと進み再び円になり座って、まずはスイープとアグネスデジタルから上階の状況や見つけた物やそこからの見解について伝える。

 

次には待っていた側からの質問。

聞かれた事は探索中に何かに追われたのか何かから逃げたのかについて。

それには何も無かったと何の気配もなかったと答える。アグネスデジタルが魔除けが効いたのかもしれないと付け加え、実際にシイナの力があってそういう事だと知るスイープは多くは語らず同意すれば、受け取る側も納得したようだった。

 

そこから二人に対して手を挙げて、こちらの見解を聞いて欲しいとしてきたのはマチカネフクキタル。

彼女達もこの部屋でただ待っていたわけではなく今後の事を話していたと、そして、今の探索側の話を聞いて一つの方針を強めたという事だった。それにはアグネスデジタルが前に出てスイープはシイナを抱きかかえ後ろから見守る。

 

「私達もこの地下室に居て何一つおかしな事は起こらなかったんです。そして、私達は魔除けが化け物を弾く壁となるのも実際に見ている。そこで考えたのですけど、魔除けの中に居れば安全かもしれませんがそれでは身動きが取れない。なので逆に相手の身動きを取れないようにすることはできないのか、と」

 

「どこかに閉じ込めるということ?」

 

「そうです。目的の場所に誘い込み外側から魔除けを急いで配置し場所を固定させる。まずは怪物への対処をしなければならないかと思って皆で考えていたんです。そして、今のデジタルさん達からの話。それを聞いてやはりその方法と場所が良いのではないのかと」

 

マチカネフクキタルの言葉を聞いてアグネスデジタルは察したように天井の方へと指を向け、マチカネフクキタルも理解したように頷いた。

 

「ええ、行うのならば丁度この上のホールが呼び込み易く私達も動きやすいのではないか、と。それに先程の話を聞いて、もしあの魔方陣に魔除けの効果を増す力があるのなら更に相応しいのではとも」

 

「もしかしたら閉じ込めるだけじゃなくて、そのままやっつけられるかもしれないしっ!」

 

「そうなったら最高なのだ!」

 

事態が好転する想像を増してマーベラスサンデーとシンコウウインディは興奮したように声も大きくし、それにはマチカネフクキタルからの口元に指を持って行っての「静かに……」という注意が入り、スイープはその光景を少し下がった所から見ると共に彼女達を挟んだ向こう側では東瀬が下がった位置から状況を眺めているのが見え、その表情は他の者達と違って暗いようにスイープには伝わる。

 

「上手くいかないように思えるのかな。シイナは何か引っかかるものある?」

 

と、小さく呟くスイープにシイナが「いや……」と答える。

 

「これで解決だというほど物事が上手く運ぶというには判断材料に欠けるけれど、方法としては現状の手としては良いと思う。そして、彼が気にしているのはその事じゃなくて別の事じゃないか?

 他の娘が見たという少年の事は何も解っていないし、もし彼の知り合いだというのならこの怪異を収めるには関わってくるかもしれないし……」

 

スイープはそれを聞きながら先程マーベラスサンデーが言った言葉を思い出す。もしここから出るのにこの中の何もかもをやっつけなければならない、消滅させないといけないのだとしたら、もしそれが知っている相手だったとしたら……そう考えればスイープにもその気持ちは理解できて、しかし、伝えられる言葉はなく、出来るのは東瀬をまた見ることだけだった。

 

 



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封印

1階のホール。かつて大勢で賑わっていた頃には及ばずとも、今、それは屋敷のどこよりも明るく照らされていた。舞台上の壁際、段差の下の両脇、他にも舞台から部屋の壁に沿ってホールの3分2程の位置まで、スイープとアグネスデジタルが探索している間に地下室を漁り見つけていた使用に耐える数々のライトによって。

 

舞台の上にはマーベラスサンデーとシンコウウインディ。

騒ぐのは慣れていると、スイープ達が怖さに負けずに部屋中を回ってきたのなら自分も負けていられないと囮役を買って出た二人だった。

 

他の四人は光が照らされてはいない舞台とは反対側の位置、床にはお札を貼り付け他の魔除け類も置きながら壁から半円状に区切った中に入っていた。本来ならばもっと舞台に近い側で待ち受ける方法を取りたがったが隠れるような場所が無かったとの理由と、今のように舞台傍で魔除けを多く準備していても目的を果たす前に策に気づかれてしまうのではという判断もあった。

 

即席の結界とも言うべきその半円の中で魔除けを携え様子を窺っているのはマチカネフクキタル。

対象を呼び込み上手く舞台の上まで乗った所で、その傍まで行って素早く魔除けの壁を作る。その役をするならば魔除けの持ち主である自分しかいないと、責任者の務めだとの強い意志によって選ばれた。

 

マチカネフクキタルの隣には東瀬がいた。彼も魔除けの品々を手に舞台へと目を向けている。

瞬発力においてウマ娘に大きく負ける人間、行動を起こしても遅れは取る事になるのは目に見えていても「何もかも君らに任せるわけにはいかない」と揺るぎない主張によって他の者は反論することも無く受け入れた。

 

その二人の後ろにスイープとアグネスデジタルはいた。

全員でその時がやってきたのなら一斉に向かう事も考えられていたが、人数が多ければ良いというものでもない、後方より全体を見渡す誰かは居た方が良いとの意見が出て、それにはスイープが「自分がやる」と申し出た。

 

他の者は誰も知らないが、必要となるのは魔除けの力だけではなくシイナの力。

封じ込めるにも動くことなく力を蓄えてタイミングを見計らって発動させる、それが彼にとっても行い易いと会議中に勧められ、スイープは他の者達にどう思われるのか意見が通るのかと不安もありつつ言ったものだったが、それもまた反対の意見が出ることはなかった。

 

しかし、スイープだけではとアグネスデジタルも残る事を言い出し、先程何事もなく探索を終えた組は二人で組んだ方が事が上手く回るのでないか、二人には探索役を果たしてもらって次に大きく動くのは自分達の番だとの考えもそこにあったのか残りの者はその形ですぐに納得したようだった。

 

そうして準備が整えられて、全ての視線が大きく開け放たれたホールの入り口へと集まる。

まだそこには何かが近寄ってくる気配はない。

 

 

息を潜め、何の音も無く、時間だけが経過していく……

 

 

その中で多くライトが配置され明るく照らされる舞台上からマーベラスサンデーが訴えるような視線をスイープ達に向ける。対してマチカネフクキタルがピアノを指差すように手を動かすとマーベラスサンデーがコクコクと頷き、マチカネフクキタルもそれを受け取り、そして願うように大きく頭を下げた。

 

マーベラスサンデーが傍にいたシンコウウインディの袖を引っ張り舞台の左側、部屋の出入り口からは離れている方に置かれたピアノの近くへと誘う。

そして、二人はその指を鍵盤へと乗せた。

 

調律もされていないピアノから鳴り響く。

それは曲にはならずリズムすら取られない騒々しい雑音。

 

舞台上の二人は鍵盤を見ることなく弾くではなく叩くように指を打ち付けながら、顔を強ばらせて出入り口へと視線を向け、壁の傍の者達はその二人を不安げにも見ながら同じように出入り口にも意識を向ける。

 

その時、スイープの腕の中でシイナがピクリと身体を動かし「来る……」と囁いた。

他の者達は何かを勘付いたようでもない中でスイープはシイナを抱く腕に力を入れながら、出入り口のただ一点を見つめる。

 

遠くの方から何かが廊下の板を押し何かを引き摺るような音が届く。

スイープ以外もそれに気づいたようで皆がヒュッと息を吸い、一瞬にしてその場の空気が張り詰める。

 

そして、息を吸うと共にその身に届く、獣のようでもあり、その肉が腐ったようでもある香り。

その姿を確認する前に、近づく者は異質な者である事を伝える。

 

全員の視線が出入り口に集まる中、ついに出入り口の境目に影が現れる。

 

湿ったような足音、臭気を強く纏わせた”それ”は大きなホールに相応しい広い出入り口の上枠にぶつかりそうな程の2メートルは超える巨大な体躯を持っていた。頭があり二本の手があり二本の足がある、形としては人型とも言えたが、その色は東瀬からも聞いていたように茶色い土のようでもあり生肉のような色でもあり、そして、溶けているようでもある柔らかそうなその身体の彼方此方には、木屑や家具の残骸かともいったような物が張り付き、刺さってもいた。

 

”それ”は部屋に完全に入ってきた後は、スイープ達の作戦通りに光の強い舞台の方へと頭を向けた。

反対側は全く気にもされなかったがスイープは目にした”それ”の姿に身体を震わせていた。

 

「大丈夫だ、こっちには向かってこない。気配一つ気づかれてはいない」

 

傍に置かれた魔除けに魔力を込めながらのシイナの言葉。スイープは恐怖に耐えるように唇を噛む。

今、自分に動ける事はない。やれる事があるとするならば作戦をフイにしないように、力を使い続けるシイナの邪魔をしないこと、その神経を他に回させないことだろうと自分に分からせるように強く心に抱く。

 

その間にも”それ”はゆっくりと確実に舞台へと近づき、その階段を上がりつつあった。

マーベラスサンデーとシンコウウインディは”それ”からは最も遠いピアノの鍵盤の前で、もう音を出す事はなく、その腕は縮めて二人で身体を寄せ合い小さく震えていた。

二人はそれでも”それ”からは目を逸らずにじっとその動きを窺う。

”それ”は足以外は動かすこと無く床の上を猾るような動きで二人に近づいていき、部屋にはそのグチャリグチャリという音だけが響く。

 

そして、”それ”の黒く光る目は二人だけを捉え、部屋の反対側はもちろん壁の魔方陣も意に介する事なく、その前を通過する……

 

 

その一瞬、マーベラスサンデーとシンコウウインディはダンッと大きく舞台を蹴り、ホールの中に身体を躍らせた。何が起きたか分からないように”それ”は舞台で上で硬直する。

 

形の良い跳躍ではなかったマーベラスサンデーとシンコウウインディは身体を床に打ち付けながらも受け身を取って直ぐに起き上がろうとする。

そして、その横では二人が舞台を離れる瞬間に既に全速前進を始めていたマチカネフクキタルが、舞台の段差に魔除けの札を貼り水晶球を傍に手早く並べる。

 

「よしっ」

 

シイナが思わずともいったように大きく声を出し、魔力を前方にある魔除けに送る。

魔除けが光り出すと共に少し遅れた東瀬も己の分を並び終えて、全ての魔除けから大きく上に向かって光が放たれる。

 

バチリッ……!

 

部屋に大きく光と音が走った。それが何であるのか分かっているシイナとスイープ以外の者は、思わずそれぞれが身を庇うように身体を動かす。直ぐに光は落ち着いたが、意味が分からないように辺りを見回したり頭を振る他の者を見てスイープがシイナに問う。

 

「……大丈夫なの?」

 

「あれだけの光が出て少し驚いただけだろう。この身体での力の動かし方にも慣れてきた。皆は魔力酔いしているわけじゃないよ。ほら、見てみて」

 

シイナに促され隣のアグネスデジタルを見れば、身体に何かあった様子も無く前方を集中するように見ていてスイープもそれに続く。と、舞台の傍では魔除けからの光が柱となり、そして壁となり、舞台を囲むように存在し、近くに居る者達は立ち上がり壁の中を見ていた。

 

光の壁の奥には舞台の壁が見えるだけで、そこに描かれてある魔方陣はこれまでの赤黒い色から鮮やかにもなったように存在していた。

その内部に閉じ込めたはずの者はいない。

 

「……私達が倒したあの蜘蛛のように弾け飛んだのでしょうか」

 

「どうだろうか。急な光に視界を隠してしまって見ていられなかった」

 

「それは私もですから……」

 

一人だけ大人なのに役に立たないな……と小さく続けた東瀬にマチカネフクキタルが励ますようにも伝えると、二人の近くでマーベラスサンデーが不思議そうにも手を挙げて壁に触れようとする。

それには焦ったように東瀬がその腕を掴む。

 

「見たところ何も無いように見えるけど中がどうなっているのかは分からない。それは止めておこう」

 

そう伝えられて本能のままに動いていたマーベラスサンデーは挙げていた手を握ってから下ろし、東瀬は安心した表情をマーベラスサンデーに向けてから、光の壁の向こう側を遠くを見るようにもしていた。

 

 

その時、パキパキ……と小さく音が鳴った。

 

 

光の壁の傍に居る者達は壁を見る。

だが、何がおかしくなったようにも壁が薄くなったようにも破られるようにも見えない。

 

パキッとさらに音が鳴り、それぞれが確認せずとも不穏なものを感じて辺りを見回す。

だが、そこには何も変わらないライトに照らされる薄暗い部屋があるだけ。

 

パキッ…パキッ……

 

部屋の者をあざ笑うかのように音が増して行く中、最初に異常に気づいたのはシイナだった。

 

「スイープ!上だ!!」

 

スイープがその声に反応し天井へと視線を向ける、パラパラと木屑が落ちるのをその目が捉えたと思った次にはベキベキと音は激しくなり、他の者達もどこから発せられているのか、そして、その異常さに気づいたように天井を見上げた。

 

バキバキッ!ベキッ!

 

ホール内を音が埋め、美しく細工の施されていた天井の構成物が無残な形で床へと降り注ぐ。

 

ドサリッ!!

 

最後に今まで天井から鳴っていた音よりもこれまで鳴り響かせていたピアノの音色よりも大きな音と共に天井裏の埃が舞い散り、辺りの視界が悪くなる。

だが、そこにいる誰もが出入り口近くに異様なモノの影を見ていた。

 

先程やってきた”それ”よりも舞い散った埃よりも高い位置にその頭を持つ、身体を立ち上がらせた芋虫かのようなものがそこに在った。

背中の半分上から頭部の前までを覆う殻を付け、頭部に備わった赤い石のようにも見える目がギラギラと輝き、その下にある口からは歯でも牙でもない無数の触手が蠢く”怪物”だった。

 

怪物は少し頭を動かし、そして、止めた。

その直線上傍にはマチカネフクキタルが立ち尽くしていた。その瞳は怪物を捉えているが、まるで頭が働いていないような顔で、ただ高い建物を眺めているような姿でそこに居た。

 

怪物は先程いた”それ”とは違い素早く前進し、その口から一つの触手が伸びて振り上げられる。

しかし、それを見ても尚マチカネフクキタルはその場から動けないでいた。

 

触手が鞭のようにしなり、目標物へと向かう。

 

パシンッ!

 

触手が何かを弾いた。

しかし、それは狙っていただろうマチカネフクキタルではなく、彼女の身体を突き飛ばし前に出た東瀬の身体だった。その筋肉質でもある身体は軽々と飛ばされ出入り口から離れた側の壁へと打ち付けられて、床に転がった彼の口からビシャリと液体が吐き出された次には微動だにしなくなる。

 

怪物はそれには意を介さないように、当初の目的である東瀬に突き飛ばされて床に膝を付いたマチカネフクキタルに向けて、再びその鞭を振り上げた。

 

 

 



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過誤

バチンッ!

 

巨大な音と衝撃。しかし、触手は何も弾き飛ばす事なく自らが弾き飛ばされていた。

その下方ではマチカネフクキタルが常に持ち歩いている大きな水晶球を両手で掲げ、今度はそれを中心とした光の壁が彼女を守っていた。

 

怪物の触手は続けて何度も光の壁を打つが中に侵入することはない。

しかし、ビリビリとした衝撃が身体に伝わるマチカネフクキタルは水晶球を高く掲げたまま右方向へと目を向ける。

 

そこではマーベラスサンデーとシンコウウインディが、壁に打ち付けられ動かなかった東瀬の身体を引き摺りながら左隅から舞台上へと上ろうとしていた。

既に二人の身体は舞台上にあるが、先程閉じ込めようとし外からは見えなくなった”それ”が残っているようでもなかった。

 

マチカネフクキタルは一瞬での判断を下し、自分も水晶球を掲げながら身体を舞台上へと。

水晶球を掲げていてもいつか壁を突破されそうな不安感が、少しでも魔除けが多い所に逃げ込んだ方が良いとの結論に向かわせていた。

 

一方で舞台の反対側で一部始終を見ながら、舞台の方へと全力で魔力を送るシイナが「しまったっ……」と、スイープがこれまでに見た事のない焦りの声を上げた。

 

「な、なんなの、これ。ああやって逃げたら困るの?」

 

スイープは何も動けず震えたまま全ての様子を見ていたが、その声には我にも返ったように反応する。

 

「いや、一つの場所に固まってもらった方が強固な壁は作れるからいいんだ。

 ただ、あいつが現れたこと自体が計算違いだった。最初に来たのは確かにずっと屋敷の中に居た怪物だったのだろう。しかし、あれはその一部でしかなかった」

 

「それが消えたから、もっと強いのが来ちゃったってこと?私達が囮を作ったようにアイツも囮を用意してたってこと?」

 

「それだったら僕も違和感に気づけたと思う。最初のヤツが一部でありストッパーだったんだ。それが消えてタガが外れ出現したアレは何の迷いもなく破壊を行う真の魔のモノだ」

 

「じゃ、じゃあ、どうしたらいいの。やっつけることはできないの?」

 

「僕の力では守る壁を作るので精一杯だ。しかし、もう一つの力と合わせれば……」

 

シイナはクイッと顔を上げる。スイープも続いてその方向を見れば先に在るのは魔方陣。シイナの魔力と反応してか、これまで以上にその赤色は鮮やかに鮮血で描かれているようにも光る。

 

「さっきも一瞬開きかけて、本来向こう側の存在であるモノを吸い込んだ、だから最初のヤツは消え去ったんだろう。今度はその扉を無理矢理開く。それ自体は呪文の本から力を引き出して今なら出来る。けれども、一つ問題がある……」

 

「な、何よ、早く言いなさいよ……」

 

途中までは自信があるようでもあったシイナが”問題”と言った後に黙ったことに、スイープは震えながらもその先を促そうとする。

 

「そのためには僕の全力を扉を開くために使う。つまりは守りに使われる力がゼロになるんだ。ヤツから離れているここに居る君ともう一人の娘に危険はないだろう。しかし、その僅かな隙に向こう側はどうなるか……」

 

説明をしている途中にも力の入るスイープの腕に気がついて再びシイナは口ごもる。

スイープも事を想像し理解し首を横に振る。

 

「そんなの良いわけないじゃない!自分達が助かるからって他の人を危険に晒すなんて。他に方法はないの……!」

 

命令のようでもあり懇願のようでもあるスイープの言葉にシイナは(自分だってそれが良い方法だとは思わない、何か他に……)と辺りを見回す。自分の右側ではアグネスデジタルが顔面蒼白となり床にペタンと張り付くように座りながら前方の様子を見ていた。

 

これまでの出来事の中で落ち着いてはいた彼女でさえも、この状況を呑み込めてはいない様子で声も上げずそこにいた。スイープの声は聞こえていずとも妙な動きを見せていたことにも気づかずに。

ここでパニックになり飛び出していくような精神状態ではないようなものにシイナは少しの安堵を見せながら、その視線をアグネスデジタルの表情から下、床に付く手元へと向けた。

 

そこにあったのはアグネスデジタルがここに来てもまだ持っていた布団叩き。

そして、そのハート型に曲げられた部分と柄の境目の空いた部分には本来無かったはずの光る物が嵌められていた。

 

アグネスデジタルはマチカネフクキタルから貰った魔除けを布団叩きへといつの間にか装着させていたようだった。ずっと結界内に置かれ魔力も増した石を付けられた布団叩きはまるで魔法の杖のように力を持ち、そこに置かれていた。

 

シイナはそれをほんの僅かな時間だけ見つめた後、考えを固めたように息を付きスイープに切り出す。

 

「スイープ。君はこの状況を突破するためなら何でもやれるか?」

 

「あ、当たり前でしょ!?私に出来る事なら何だってやるわ」

 

「……分かった。スイープ、まずは僕と君の繋がりをより強くしないといけない。

 こうして手で持っているだけじゃなくて、君の身体と僕を密着させて欲しい」

 

「もっと抱きしめるってこと?」

 

「いや……そうだな、口づけが一番手っ取り早い。三秒ほどその形を取って欲しい」

 

「口づけって……」

 

と、急な願いに思わず声が大きく出そうにもなったがスイープは自分でそれに気づいてどうにか小さく収める。願いに対してもこの状況であれこれ言っていられないのは理解ができ、両手で抱えたシイナを自分と向き合う形に持ち直し、そして目を瞑り、その口をシイナの口元へ。

触れるのは単なる縫いぐるみ、そのどこにでもあるような布の感覚を口元に覚えながらスイープはそれ以上の事は考えずに言われた通りの時間だけ口を合わせる。数えていくに合わせてジワリと身体が熱くなっていくようにも感じながら、それはこのような状況でも起こる気恥ずかしさからなのか、それとも別の理由からかはスイープには分からないまま数え終えて口を離すと再びシイナと向き合った。

 

「これでいいの?」

 

「ああ、これで僕の魔力を無駄なく君は行使できるだろう。次は僕を君の右側にある棒っきれの傍、触れられる所に降ろして欲しい」

 

シイナの神妙な言葉に引っかかるものを覚えながらもスイープはシイナを布団叩きの柄に触れるように降ろす。シイナは舞台側の光の壁に魔力を込めながら、布団叩きにもこれから行うべきことに十分な魔力を送り始める。

 

「一度、一度だけ隙が出来ればいいんだ。力を込めたこの棒でアイツを思いっきり叩け。それだけでいい、後は僕に任せてくれれば」

 

「私がやるの……?」

 

「契約者である君がやるのが最も効果的だ。隣の娘に任せるか?契約者とそうでない者に生まれる力の差、そこからの隙が生まれる時間の差が結果を分けるかもしれない。僕にはそれを大丈夫とまで言える自信はない」

 

シイナの言い切るような言葉は冷酷でもあった。

しかし、それが紛れもなく事実である事と、こんな時に不用意に期待を持たせるような事は言えないだろうこともスイープには分かっていた。スイープは布団叩きの柄に手を伸ばす。

 

「力は込めきった。後は呪文の本を開いてその上に僕を乗せて、隣の娘には君から上手く説明してくれ……」

 

続けられるシイナからの要望。どれも大切な事で、今は聞くしか無いのだとスイープは頷き、まずは自分の傍に閉じられ置かれていた呪文の書かれた本を開きシイナを乗せ、そして、そのやりとりに一度も目をくれる事もなく前方を見つめたままだったアグネスデジタルの肩を叩いた。

 

「デジタルさん……」

 

恐る恐るともいったスイープの声。

アグネスデジタルは自分がスイープの事も忘れて眼前の事態をただ茫然と見ていた事に気づき、これではいけないと切り替えるように一度首を振ってから極力相手に不安を与えない表情を作り反応する。

 

「何?スイープちゃん」

 

「あの……」

 

と、スイープは床上の布団叩きを握り締めながら持ち上げアグネスデジタルに見せる。

 

「ここにも魔除けが付いているなら、これでアイツに攻撃できるんじゃないかって思うの。倒すことができるなんてまでは言えないけれど…………」

 

「足止めは出来る……?」

 

途中まで声には出したが上手い言葉が見つからずにその口の動きを止めたスイープに続いて、アグネスデジタルはそう言って出入口をちらりと見る。

彼女は「時間稼ぎをして、その間にこの部屋から逃げる」という提案と受け取ったのだろうとスイープは思いながら、今は自分がやろうとしている事さえ伝わればいいと、そのまま頷いた。

それに対してのアグネスデジタルの反応は首を横に大きく振るものだった。

 

「作戦としては分かるよ。このままじゃ防戦一方で、あの壁もずっと保てるものじゃない気がするのも分かる。でも、スイープちゃんにそんな事はさせられないよ。それならあたしが……」

 

「駄目、駄目なの。私がやらなきゃ」

 

スイープはアグネスデジタルの言葉を遮ってまで主張する。

手にした布団叩きは両手で更に強く握り締められ、それにはアグネスデジタルにも強い意志が伝わると共に、そこに見える小さな震えもアグネスデジタルは見逃しはいなかった。

 

アグネスデジタルはそこで一度舞台へと目を向ける。

触手では壁は破れないと察したのか、怪物はその身体をぶつけてまでも破壊しようと動いていた。その様子は時間は余り残されていないだろうというものを彼女に伝える。

 

「分かった。プランAが上手くいかなかったのなら次のプランBに移らないとね。でも、そのプランにはもう一つ加えてもいいかな」

 

アグネスデジタルはスイープへと顔を戻し、深く頷いて受け入れを表した後でそう口にする。それには(どういうことだろう……)と何も言えないスイープに彼女は続ける。

 

「どうもこちらには気づかれていないようだけど、今出て行ったら逃げ込んだ人達を追う行動よりも傍に居る者に向かってきてしまうと思うのね。攻撃役が確実に攻撃を決めるためには、逃げる隙の前に攻撃のための隙も作らないといけないんじゃないかな」

 

アグネスデジタルのしっかりと分からせるような言い方にスイープはハッとする。言う通りだと思うしかなかった。自分が近づき攻撃するまで相手が大人しくしてくれている道理はない。光の壁の方ではなく自分の方に向かってくるのを避けながら攻撃を加える、そんな器用な事が出来るのかと想像を膨らませて、不安と恐怖が大きく襲ってくる。どうすればいい……とシイナの方を見ようとした瞬間にアグネスデジタルが言葉を続けた。

 

「だから、あたしが今度は囮になるよ。この部屋で先に他の人達が行動を起こして、スイープちゃんだって動こうとしている。皆勇ましいのに、”勇者”って呼ばれているようなあたしがここで何もしないのはダメだもの。うん、それしかない」

 

そこまでをスイープに向けて言ってアグネスデジタルは立ち上がる。

覚悟を決めた。そう思って立ち上がったが、足にはまるで芯が入っていないような少しでも気を抜けば崩れてしまいそうにも思う。だが、自分の仕事は次の一手に繋げる事、それを行う者の不安を煽るような事はあってはならないとアグネスデジタルはスイープからは見えない右手を握りグッと力を込める。

 

力が手から身体を通って足元に伝わるように思って少しだけ気持ちが落ち着く、そうしてからアグネスデジタルはできるだけ明るい顔でスイープの方を見た。

 

「スイープちゃんの準備はいい?」

 

アグネスデジタルの言葉にスイープは布団叩きを身体に引き寄せ力強く握り大きく頷く。その瞳には確固たる決意が見えてアグネスデジタルもまた了解したと顔を上下に動かす。

 

「よし、それじゃあ、プランCと行こうか。これなら大丈夫、これなら行けるって信じられる」

 

大切なウマ娘ちゃんを守るため、この状況を打破するため、それぞれがそれぞれの役を担う、やり遂げる。

その思いを抱え、最後にアグネスデジタルは少し屈んでスイープの頬を触る。

 

この娘に後は託す、この小さな後輩が勇気を出して申し出たのだ。その勇気を自分も受け取る、それが自分の後一歩を蹴り出す力になる、と、アグネスデジタルはスイープに笑いかけた後に自らの身体を真っ直ぐに立たせ、怪物の姿を一瞥する。

 

そして、これまで守られてきた結界内から飛び出した。

 

 



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対峙

タンッと小さく床を蹴っただけだったがアグネスデジタルの跳躍は高く、部屋の後方壁際から右前方向へ。今は天井の残骸が散らばる場所へと降り立った。

 

着地した時点では前方に居る怪物は自らの身体を光の壁に打ち付ける音で背後の様子に気づかぬようで、アグネスデジタルは残骸ごと足を前に蹴り上げる。

床に積もっていた埃と残骸が辺りに舞うと、そこで怪物は壁を打つ動きを止める。

 

そして、ゆっくりと振り向いた……次の瞬間には高速の前進。

多くの足を蠢かせ、口の触手をまた一つ鞭のように伸ばしてアグネスデジタルを狙うが、それを分かっていたかのようにアグネスデジタルは左側へと飛び避ける。

 

怪物はその巨大な身体の端を部屋にぶつけながらアグネスデジタルを追う。

怪物が動く度に部屋全体が揺れ崩れた天井からは更に木屑や埃が落ちる。

 

触手が伸び、飛ぶ、逃げる、避ける。

横殴りの攻撃も縦に振り下ろす攻撃も、アグネスデジタルは一度も受ける事無く部屋の中を縦横無尽に動いていく。その様子をスイープは布団叩きを握り締めながら観察し、舞台の上では何の意図かは分からず、といって自分達が出て行くこともできない他の者達が見守っていた。

 

ガンッ!

 

スイープの前方左側、怪物の触手が窓枠を叩き壁ごと大きく揺れる。

アグネスデジタルは屈んでその鞭を避けていたが、長く伸びた髪の先を刈り取られ、ハラリとそれが宙を舞う。

少々形が悪くなった髪も気にせずに次の動きへと移るアグネスデジタルの一方で、スイープは宙を舞った髪の毛に目を取られ息を呑む。少しでも鞭が身体に当たったらどうなるか、近い距離で目の当たりにしたことで良くは無い想像ばかりが浮かんではそれを押さえ込むよう身体を縮ませ力を入れる。

 

その中でガンガンと怪物の暴れる音が増すのに気づく。

時々触手が詰まった口から声にもならないシューっともした音も出しながら。それが心中で何を考えているかなどは他の生き物に伝わるわけもない。

しかし、ギリギリで避けていくアグネスデジタルの動きが煽りになっているのか、怪物の動きが単調に力任せに、これまで以上に己の身体がどこに当たろうとも気にせずに目標物であるアグネスデジタルだけを仕留めようと動いているようにスイープには見えた。

 

シイナの方を見れば、彼は彼で呪文の本から力を引き出そうとしているのか彼の身体と呪文の本とが共鳴し薄い光を放っているようにも。ここで他の事に意識を向けさせるわけにはいかないとスイープはすぐに顔を前に戻す。

そこではアグネスデジタルが窓側の壁に沿って舞台の方へと少しずつ近づくように動いていた。触手を何度も避けながら。

 

が、舞台の段差のすぐ近くまで来た所で、身体のバランスが崩れ、アグネスデジタルの身体は地面に尻餅をつくような形になった。

スイープと舞台上でそれを見続けていた者達の顔色が変わる。

怪物は遂に追い詰めたというように身体を持ち上げグジュグジュと触手を摺り合わせもする。それはまるで笑っているようでもあり、散々逃げ回ってきた獲物をゆっくりといたぶる準備にも見えるものだった。

 

アグネスデジタルは口を開け息を切らし、自分の傍にボタボタと涎のようにも液体を落とす触手を見上げる。

舞台上では自分達はどうしたら良いのかと思いながらも、壁のすぐ向こう側にいる怪物の姿にその身体を動かすことが出来ない者達が、反対側のスイープは息をするのも忘れたかのように身体を固め、その光景を目に移していた。

 

(逃げないと!)とスイープは思うがアグネスデジタルも動く気配がない。

怪物に見下ろされ動く力も気力も無くなってしまったのか……と思った時にアグネスデジタルの身体が動いた。

しかし、それは横に動くでも縦に動くでもなく、床に付いていた右手を滑らすように外側に移動させ、親指以外の指を内側に寄せては戻す動きを二度ほど行う。

 

手招いている……スイープはその動きを自分の中で表現した瞬間に、意識をアグネスデジタルのみから前方広くに移した。

 

怪物は今自分のいる場所から真っ直ぐに行った先に存在している。

そこまでの道は怪物のその身体で掃除され残骸が障害物になることも無く広がっている。

怪物は高く身体を掲げ、眼下の獲物へと意識と武器である触手を向けている。

 

これが最大のチャンス……!

 

スイープの中で全ての条件というブロックが一斉に嵌まったかのようになり勢いよく立ち上がった。けれども布団叩きを持つ両手も地に付く両足も小刻みに震えていることにそこで気づく。

 

だが、もう迷っている暇は無い。

力強く布団叩きを握りしめる中でスイープは先日の海岸での出来事を思い出していた。

 

バンブーメモリーが言っていた。大事なのは間合い。それが今はよく分かる。

この距離、この間合い、今こそ一気に詰めて攻撃を仕掛ける。

そして、もう一つ、退かぬ心。

退路は無い、行くしか無い、飛び出たら迷い無く前へ、私は行く!

 

 

自らにその言葉を過ぎらせ終えると共にスイープは足元を蹴った。

 

 

 

 

アグネスデジタルは頭上でウネウネと動く触手を見つめていた。

きっと……いや、絶対にスイープは来る。ここから下手な動きを見せるわけにはいかない。後ろを悟らせないように、いかに次の鞭を避けるか。

その思考を終えるのと同時に、アグネスデジタルに触手が再び自分の所に向かってくるものへと変化する予感が訪れる。

 

横に飛ぶ!

 

その思い一つを抱え迷い無くアグネスデジタルは身体のバネを存分に使って身体を弾ませる。

瞬間、バキンッ!!と大きな音が鳴り響いた。

 

アグネスデジタルの決断は間違ってはいなかった。彼女は確実に大きく右側に移動した事で傷一つ付く事無く怪物の触手を避けていた。

しかし、彼女に向かっていたそれは鞭ではなかった。怪物は触手を一つ二つと言わずに丸ごと突き出すようにして、それによってアグネスデジタルが先程まで居た背後の段差の壁の部分は粉々に破壊されていた。

 

(見えなかった……)

 

これまで追い詰められても次の手を考える余裕やスイープに合図を送る余裕があった彼女の背中に、初めて冷や汗が走る。これまでの触手の鞭は高速で振われていたが、自分が次に移動する位置を確かめながら誘導し避ける事ができていた。

しかし、今の攻撃は違っていた。触手が僅かに動いたと思った次には激しい音と共に硬い板を突き抜けていた。

 

怪物が舞台下に空いた暗闇から触手を引き抜く。

堅い板を破ろうともその柔らかくも見える触手は少しも傷つく事無くそこにあった。

またもや逃げられた事で怒りを感じているのか、アグネスデジタルの焦燥が伝わるのかは謎のまま、怪物は口元からのフシュフシュとした音を大きくし身体を高く縦に伸ばす。

アグネスデジタルも舞台上の両脇に居る者達も、その動きに合わせてこの何もかも破壊し尽くすような怪物を見上げることしかできなかった。

 

眼下の小さな生き物達が何を思おうと関係なく怪物は静かに目標物に狙いを定めようとする。光の壁の方を気にする様子は全くなく、チョコマカと動き続ける一人をまずは狙おうと、そして、二度と逃すまいともいうようにその触手の準備を整えるように激しく動かしながら、頭自体はゆっくりとアグネスデジタルの方へと向く。

 

アグネスデジタルがその相手の瞳の輝きと床に付く自分の手足の震えに気づいた時、バシッとの音と共に怪物も大きく身体を振わせた。これまで見せていなかった攻撃方法を見せるのかと、アグネスデジタルは一か八かでどこかの方向に飛ぶかと考えを巡らせる。

 

しかし、怪物はどちらにも動かなかった。

捉えたはずの目をアグネスデジタルから外し再び頭も身体も高く伸ばす。

 

その背後、背中を覆う殻の無い位置、節と節との間、その一つに布団叩きが叩きつけられ内部に入ろうとしていた。

 

スイープによる渾身の一撃。

昨日海岸で望まずとも身体に叩き込まれた竹刀の振りがそこに再現されていた。

殻がある部分よりは柔らかいだろうと狙うのならそこだろうと振り抜いたが、それでも反動の痺れが身に走る程に硬い。

 

けれども、これだけではきっと足りないとスイープは重くは無い体重を乗せるようにして押し込む。

ググッという肉に沈む感覚と共に布団叩きのハート型の部分が中へと入り込んでいくのが目に映る。

後少し……!とスイープが最後の力を振り絞ると、ボキリッと音が鳴り手の感覚が軽くなるのを知る。

 

思わず手を引くと、そこには布団叩きの綺麗に折れた柄の先があった。

スイープは魔除けはしっかりと怪物の内部に残されたことを確認し後ろに跳ぶようにして下がる。

 

眼前では怪物が更に身体を高く伸ばし、触手の先は天井に届くようにもなっていた。

その先から床へと滑りを持った水分が落ち、口からはボコボコと泡立つような音が鳴り、身体をガクガクとも震わせる。

その時、怪物の身体が青白く光る。いや、青く輝く光が身体を貫いていた。

スイープが魔除けを押し込んだ部分が強く光り、そこからの放射状の光が怪物の身体を通して辺りを明るくも照らす。

 

怪物はギチギチと音を立てながら更に身体を伸ばす。

暴れるようにも身体をくねらせようともするが光はそれを許さないようだった。

 

次にはミシ…ミシ……とした音。

怪物を染める光によってはっきりと見えるその先端。頭部から背中を広く覆う殻に亀裂が入る。

 

このまま倒せるのかと湧き出る期待、スイープの瞳はこれまで失われていた輝きを取り戻していた。その間にも殻が割れていくのを見て落ちてきたら危険だと、怪物からは目を逸らさないままにスイープは咄嗟に後ろへと下がる。

 

その僅かな時間の間にもバキバキと音量を上げて遂には化け物の殻が砕けて床に散らばる。スイープの足元にも少々飛んで来たが先に下がっていた事で傍に欠片が転がる程度で済んでいた。

 

しかし、スイープがそれを見ることはなかった。

スイープの目は怪物の姿だけを見ていた。それが倒れるまで見届けようとの意思があったわけではなかった。

殻が割れ落ちた内部の様子を目の当たりにして彼女の時間は止まっていた。

 

殻の下、自分が攻撃したのと同じような色の皮膚がそこにあった。そこもまた青くも光っていた。

だが、殻が落ちても音は止まらず今度はメリメリとした音が響く。

 

メキッ……との音と同時に怪物の背中にも亀裂が入ったかと思えば縦方向に割れていき、そしてガバッと横へと開かれた。

そこに在ったのは赤い肉、周辺には牙のようにも見える歯。

それを視認したスイープへと肉を割って奥から存在を知らせてきたのは、これまで見てきた触手よりも太く大きな蠢く幾つものモノ。それらが自らの体液に濡れてぬらぬらと光りながらスイープへと近づく。

 

芋虫のようにも見えたからとそれは芋虫ではなかった。

口が一つしかないと決まっていたわけではなかった。

自分の想像を遙かに超えた魔なる者、異形の化け物だったのだと、ここでまたスイープは思い知らされる。

 

それを悟ってもスイープは何も出来ないでいた。

自分の頭上に迫るモノ達に対して逃げ場がない事を本能が判断してしまった。どの方向に逃げようとも囲まれるだろうことが分かってしまっていた。

 

「スイープ!!」

 

後ろからシイナの大声が届いた。悲愴とも言える叫び。

けれどもスイープにはそれがどこか遙か遠くから聞こえるようにも思えていた。

自分の目の前にある触手共がその先端を割り中から鋭利な刃を見せる姿も、スローモーション映像のように見えていた。

 

その刹那、スイープの目の前が赤く光った。

それによってスイープの時間が一気に戻ってきたようにも感じながら、身体の中の糸が切れ全身の力が抜けたようにスイープはその場に頭を抱えるようにして崩れ落ちた。

 

だが、自分を襲うであろう触手はいつまで経っても来ることはなかった。

スイープは床に膝を付き頭も押さえながら顔だけを上へと持ち上げる。

 

そこには触手達が存在していた、スイープに狙いを付けたままの状態で。

先程スイープが見た赤い光で周辺が照らされ、これまで以上に鮮明に。

その動きを止めていたのは触手を掴む新たな黒い手。怪物の背後から伸びる無数のそれが行動を許さないようだった。怪物はどうにか動こうとするが黒い手は更に本数を増やして怪物の身体を掴んでいく。

 

何が起こったのか分からないままスイープは身体を動かし怪物の背後を見る。その動きに怪物は反応しようともするが黒い手に更に巻き取られ身動きを取れずにいる。

そこに他の皆を守っていた光の壁は無かった。その先にあったはずの魔方陣も無かった。

魔方陣が描かれていた場所は丸く開き、その中に赤黒い渦が激しく巻き、部屋を新たに照らしている赤い光はそこから放たれているようだった。

 

水の渦があるようにも風がうねるようにも肉塊が動いているようにも見えるその場所から黒い手が伸びている。

その全てが怪物を掴んでいる。

 

その時、部屋の空気が激しく震えた。

前方からの衝撃にスイープの身体が押され、スイープは伏せるように身体を床へと張り付かせながらも前方を見ようとする。

 

そのまま部屋中に響き渡ったのは怪物の新たに開いた口からの咆吼。声の限りを出すかのような絶叫。

その中でも黒い手はその動きを少しも止めることなくベキリッと怪物の身体の一部を剥ぎ取った。

 

怪物は更なる声を重ねる。

しかし、黒い手は次々と怪物の身体を崩し掴みながらその腕を収縮させ赤黒い渦の中へと引きずり込んでいく。

 

これまで部屋を思うがままに破壊してきた者が何をすることも出来ずにその身をボロ屑のようにされていく。

咆吼は続く。その意味はスイープには伝わらない。

身体が崩されていく痛みなのか、壁の向こう側に連れ戻される哀しみなのか。

激しくなる声にスイープは恐ろしさだけを感じ、その身体は血ごと凍り付かされるかのように冷えて行くようで、遂には顔を上げたままでいることもできずにスイープは耳を強く押さえるようにしてその場に突っ伏した。

 

 

それがスイープに出来るたった一つの事で、目も瞑り下を向いた瞬間にその意識もプツリと途切れた。

 

 



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終局

チチチチ

 

耳に届いたその音をスイープは”鳥の鳴き声”と頭のどこか遠い方で表現すると共に、知らぬ間に腕は頭を抱えることなく前に伸ばされて、その身が完全に床に伏していた事と身体には何の痛みも無い事を認識しながら、両腕を支えに少しだけ頭を上げる。

 

茶色い板の床が少しボヤける視界に映る。いつも昼間のトレセン学園で見るような綺麗に磨かれた木の床。

その明るさを知り、それを生む光は自分の左方向から来るのに気づいてスイープは身体を起こし上半身だけ立てるようにしながらそちら側へと顔を向ける。

 

大きく縁取られたガラスの窓から陽光が降り注いでいる。

スイープはパチパチと何度か瞬きをして、少々重かった頭もはっきりするようにも感じながら見た外の景色は、青く広がる空とこの屋敷に入る前にアグネスデジタルと通った元々は花壇があったとも思われた緑の茂った道。

 

「スイープちゃん、大丈夫?」

 

その声に今度は右を向けばアグネスデジタルが屈んで手を差し伸べていた。

その方向の床には天井の残骸が残り、アグネスデジタルの後ろ髪の一部が揃い悪く刈り取られていることにまずは目が行く。その全てが起こった事が夢でも無く現実の物だったことを伝える。

 

「うん、大丈夫」

 

心配そうな顔のアグネスデジタルの手に触れてスイープは立ち上がり、次に見上げれば高い天井の板は破れその先がより高く見え、前方を確認すれば舞台の段差の壁にはぽっかりと穴が空き、そこから上に視線を移すと魔方陣はその図柄の上から赤い液体を目一杯に浴びせたかのような痕で塗り潰されていた。スイープがそれに見入っているのに気づいたのかアグネスデジタルも舞台の方へと顔を向ける。

 

「怪物があの中に吸われていくのは見えたんだけど、最後に凄く光って何だかよく分からなくなっちゃって、気がついたら元に戻ってたってくらいしかあたしにも分からないんだ。他の娘ちゃん達も怪物が叫び出してから似たような様子で、気づいたら舞台袖の方に居たんだって。怪我とかは無いようだけど気分が悪いって今はそこで休んでる。東瀬さんもぶつかって気を失ってたみたいだけど大事ではなかったみたい」

 

と、アグネスデジタルの指差す左側へと目を向けると舞台の段差を背にマーベラスサンデーとシンコウウインディが。その二人を見るように向かい側にマチカネフクキタルが座り、部屋の壁に身体に預けるようにして東瀬が腰を下ろしていた。

マチカネフクキタルは「自分が動けずにいたせいであんな目に合わせてしまった」と謝り、東條は「君らに怪我が無いのならそれでいい」と返す姿までをスイープは確認する。

 

「良かった……」

 

スイープはホッとしたように他の者達の様子を見た後に「あっ!」と顔を上げる。

アグネスデジタルが即座に「どうしたの!」と焦ったようにも反応を見せて、スイープは「何でもない、何でもない」と笑いかけて平気な事をアピールしながら、アグネスデジタルには他の皆の所に行くことを促して自分は後方の壁際に行く事を伝えた。

 

アグネスデジタルが受け入れて舞台側へと向かっていくのを見るとスイープは自分だけが知っている今回の功労者の元へと赴く。後ろを振り返れば壁にもたれ掛かるようにそのトカゲの縫いぐるみは在った。

 

スイープは早足で近づくとしゃがみ込んでシイナの姿も自分が喋っているのも他からは見えないようにして話し掛ける。

 

「ねえ、これで全部元に戻ったんだよね。もう大丈夫なんだよね」

 

「ああ、完全に追い返した。あの魔法陣も二度と稼働することはないだろう」

 

シイナはそこまでを言って顔を下に向け深い息を付く。

 

「大丈夫なの?凄く疲れている感じだし……」

 

「全力だったからね、もう魔力も空に近いほどだよ。けれど、この合宿中に魔力を消費するようなあれこれは無かったし、屋敷の中でもそこまで使用せずに済んでいたおかげで最後の最後で魔力が足りないなんて事にならずに良かったよ。このくらいの疲れが残るくらいどうってことはない」

 

「それならいいけれど、ありがとね」

 

「屋敷に入る前に君も他の人達の事も守る約束をしていたから、仕事を果たしたまでさ」

 

「うん……」

 

仕事だと契約だと、それが決まり事だからやっただけという相手に対して、それが使い魔という者なのかと思う一方で、その言葉の中に達成感や満足感も強く感じて無事に終わった今だから出す事の出来た照れ隠しなのかという考えも湧きつつ、いずれにせよ自分達を守ってくれた者へ曇りの無い感謝の想いを向けながらスイープはシイナを持ち上げる。

 

スイープは次に後ろに振り返る……と、そこで動きをピタリと止めた。

特に意識もせずに視線を向けた舞台上、その右端の方に何かが動いたような、遠くに居てもなお伝わる違和感を覚えた。

 

「シイナ……」

 

夏の午後の日差しに照らされ明るい部屋の中、脅威は去ったのだと安心しきる者達から外れてスイープのシイナを抱きしめる腕に再び力が入る。

 

「僕も気づいた。でも、危ないものじゃない。けれど、はっきりとさせるためには近づかないといけない」

 

「分かった……」

 

スイープは他の者達には告げずにその姿を横目に見ながら、その反対側から舞台へ続く階段を上り舞台袖へと方向を変える。

1メートルを少し超える程の高さから床に向けて靄のようなモノがそこにあるようにも、そこから先の光景だけ歪んでも見える中で、不思議と怖くはないものも思いながらスイープはシイナへと視線を移す。

 

「……魔方陣の向こう側から来たものは全て去った。けれども、そうではないモノだけがここに残ったんだろう」

 

「それってどういう……」

 

「説明よりも、その目で見て貰う方が早いだろう。幸いその程度を行うだけの魔力は残ってる。スイープ、そこに手を差し出してみて」

 

スイープは言われた通りに、まずは両腕で抱えていたシイナを左腕だけで抱えるように場所を変えてから右の掌を差し出した。

目の前の靄は何度か揺らめいた後にスイープへと近づく。

靄は少しずつその形を固めながら濃度を上げて、やがてスイープの差し出した手の上から順に形を取り始めた。

スイープの掌に乗せられる小さな指と手。スイープがそれに目を大きく見開いて注目している間に靄は無くなり、目の前に一つの存在が具現化する。

 

それは黄色と白の縞模様に紺色の短パンと、マーベラスサンデーが目撃した話と一致する、そして地下室で東瀬の所有していた写真に載っていた少年そのものだった。マーベラスサンデーが説明したように口や目が空くことはなく不安そうな瞳と何かを言いたげな口の動きでスイープを見る。

その姿は薄い光が包んでいるようで、スイープの掌にはその手が乗れどもそこには感触も温度もなく、スイープは彼を紛れもなく生きてはいない者と認識していた。

 

「連れて行ってあげなよ。彼にはそれが必要だ」

 

シイナの言葉にスイープは(連れて行くって言っても……)と、もう少し踏み込んだ事を望む視線を向けるがシイナはスイープを見る事なく前を見たままでスイープも仕方なく少年を見る事に戻る。

(名前も知らないし何て言えば……)と、考えを続けるスイープだったが、相手も何か言おうと思っても何を言っていいのかというようなまごつく様子を見て、これは自分が動くしかないのだとスイープは口を開く。

 

「おいで……」

 

そして、自然と小さく出た言葉。日頃のスイープから発せられるものと違った穏やかな響きのそれに対して、少年が顔を上げてコクリと頷き一歩を前に踏み出したことで、スイープはその触れられない手をまるで実際に掴むようにもして先導し舞台上へと連れて行く。

 

スイープが戻るとアグネスデジタルも加わって舞台下の左隅に固まっていた者達がざわっとした反応と共に舞台上へと顔を向けた。その誰もがスイープではなく後ろについてきていた少年へと、その驚きや戸惑いの表情を隠さず居た。これまで見聞きした話、否、その姿を視るだけでもスイープと同様に少年がこの世の者ではないと誰もが誰かに確認を取ることもなく認めていた。

 

ガタッとまず音を上げて舞台へと駆け寄ったのは東瀬。

ぶつけた身体が痛むのか一瞬苦しそうな表情を見せたが、身体の動きは止める事無く進む。

スイープと少年が舞台の真ん中、塗り潰された魔方陣の前に来た所で少年が東瀬を見て東瀬もまた少年と視線を合わせた所で、スイープは今は離れるべきかとそのままピアノの傍まで歩いて二人の方へと振り返る。

 

東瀬が声を発しようとするが、何と言い出せば……と少々迷いを見せた所で少年から口を開いた。

 

「……ごめんなさい」

 

舞台の中心で全ての視線を集めながら少年は小さく頭を下げて謝る。

 

「ごめんって、なんで……」

 

舞台上に身体を寄りかからせながら少年を見る東瀬が反応する。それは他のウマ娘達も思う所で何も言わずに様子を見守る。

 

「アイツ、いつも悪い事しようとするんだ……。バスの邪魔もしてきて、それでボクが捕まっちゃって……。

 それからもここに来た人達を捕まえようとするから、アイツに気づかれる前に帰って欲しくて、ボクも頑張ったんだけど……」

 

「じゃあ、この屋敷の足音とか……」

 

「驚かすと帰ってくれるから……。それでも帰ってくれない時は下の部屋に行ってもらって……、アイツは上の方じゃ元気なんだけど下の方は元気が無くなるから……」

 

「俺が見たのや蜘蛛とか広間に来たのは……」

 

東瀬の呟きに少年が頷く。

 

「……うん、段々とアイツが元気になっていって早く隠れてもらいたくて。ごめんなさい、優ちゃんのお父さん」

 

そこまでを言って申し訳なさからか下を向く少年に、東瀬は何かに気づいたような表情を浮かべてから自分の口元を触る。バスの事故が起きてから時間は流れ、自分が当時の父親と同じ程度の年齢となり、今はこの無精髭もあって間違えるのも無理は無いのかと納得すると共に、東瀬は決意を固めたかのように身体に力を入れた後、そのつい歯を食いしばってしまうほどに痛みの走る身体を動かして舞台上へと上り、少年の前で彼の目線に合わせるように屈む。

 

「俊太、よく聞いてくれ……」

 

その呼びかけに少年が顔を上げる。

周りのウマ娘達は少年の名を知り、そして紛れもなく東瀬の言う通りの知り合いなのだろうと受け入れながら場を見守る。

 

「お父さんじゃなくてな……俺が優哉なんだよ……。

 その……アイツにバスの邪魔をされてから、もう20年も経ってるんだ。だから……」

 

東瀬はそこまでを言って俯き唇を噛む。目の前に居る幼馴染みにどう伝えればいいのか、この屋敷に足を踏み入れた時から心のどこかで予感もあり、どこかで望んでいたものがそこにあるのに言葉が出てこない。

黙り込んだ東瀬を少年は心配そうにも見て、他の者達もその場所から動く事無く様子を見つめる。

その中でスウッと少年の姿が薄れたように見えてスイープが小さく声を出す。

 

「シイナ、あれ……」

 

「タイムリミットだろう……。ナニカに”魂”といった物が取り込まれこれまで世界に残り続けていた、ナニカは居なくなり今は僕の魔力で時間を引き延ばしたけれどそれも終わりに近づいている」

 

「どうにかできないの?」

 

「できないよ。僕の魔力が残っていないのもあるけれど、彼がこの世界に留まるという器が消えつつあるんだ。そこにいくら魔力を注いでも満たされることはない」

 

シイナの返答にスイープは黙る。自分には魔力がどうのこうのといった事は理解は出来ないが、それが真実なのだろうと、自分にもシイナにも出来る事は何一つ無いのだと悟る自分がそこにあった。

その間にも少年の身体が段々と薄れて、それを少年自身も気づいたのか自分の掌を見るようにした後に東瀬の方を向いた。

 

「ねえ、もうアイツは居ないのかな」

 

「ああ、お前が頑張ってくれて、だから、もうアイツはいないよ」

 

「そっか、良かった」

 

少年はその身体を薄れさせながら笑い、東瀬も震える声を抑えて安心させるように優しい表情を作る。

その様子を静かに見ていたスイープはそこで急に目を強く瞬きさせて空いた手で目を擦る。

 

「どうした?スイープ」

 

「う、うん……何かね、東瀬さんの姿がとても小さく見えた……目の前に子供が二人居るみたいに……。

 それに野原みたいな場所も見えて、草の匂いだってしたような……そんなものどこにもないのに」

 

「それは間違っていないと思うよ、それが彼らの今の心象風景ということだろう。

 僕らは姿を変えられる、だから大事なのは外側の見た目ではなくその内側の姿。魂の形というものを意識して見る。君はさっき強大な魔力を行使した。だから、僕らと同じようにその精神が形作ったものを、友人同士のかつての姿、その光景が見えているということさ。かつての周りの物まで感じるという事は、それだけ大きな力を使ったということだ」

 

シイナの答えを聞いて異質に見えたその景色を恐れる気は消えたスイープが黙って見守る中で少年が口を開く、残された時間が僅かな事も悟っての穏やかな顔で。

 

「アイツがいないのなら、ボクはもういいのかな」

 

「ああ、ずっと、ずっと一人で頑張ってきたんだろう、だから、もういいよ」

 

その言葉に少年はゆっくりと東瀬へと近づく。その姿は既にその背後の物が透けて見えるほど薄れている。

 

「……泣きそうな時にいつもそういう顔をする。

 ボクが見つけられないと出てきて、ボクが泣いているといつもそういう顔をする」

 

少年は溢れんばかりの笑顔を浮かべ、東瀬を指差すようにその右手を挙げる。

 

 

「優ちゃん、みーつけたっ」

 

 

瞬間、舞台上にフワリと暖かな光が包み、少年の姿もその中に溶け込むように消えた。

スイープはその全てを、少年の嬉しさだけが在る笑顔を眼に焼き付けていた。

 

少年が消えて残り香のような光も消えた後、ふと我に返ったようになったスイープの視界上で東瀬は舞台上で身体を伏していた。肩を震わせ声を殺しての泣く音だけがその場にあった。

 

スイープは初めて大人のそうした姿を現実に目にしていた。

彼が今何を思っているのか想像も理解も出来て、シイナを胸に抱き寄せながらそれを見つめる。

 

この屋敷に入ってから一刻も早く出たいと、異変に巻き込まれてからは更にその思いを強め、解決した今はすぐに飛び出たいほどでもあった。

けれども、スイープはそれを表に出す事も無く見続けていた。

 

それは気ままな”魔女”だけでなく、幸せのために活動し続ける”占い師”も、ひたすらに元気を振りまく”踊り子”も、周りを考えないイタズラ好きの”狂戦士”も、どこにでも入り込んでくる”勇者”もただ立ち尽くし、今、長い長い遊戯の終わりがようやく訪れた事実を自分の胸に収めていた────

 

 

 



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挨拶

破壊された物はどうにもできずとも魔除けを回収しライトを元に戻し出来る限りの片づけをして、この屋敷に閉じ込められた者達は外へと出た。

長い時間の冒険だと思っていたが電源が再び付くようになったスマホを見てみれば、スイープ達が屋敷に入ってからは2時間も経っていなかったが、それでも全ての出来事が集団幻覚でもなくそこにあったものだと、誰もが語らずとも分かっていた。

 

そんな中でシンコウウインディが俯きながら声を上げる。

 

「出られたのはいいけれど、このまま帰ると外出許可時間は過ぎてしまうのだ……」

 

「わー本当だ!確かにのんびり帰ると過ぎちゃう。でも、それなら皆で目一杯走ればギリギリで間に合うよ!」

 

「マーベラスさん。時間としては間に合うかもしれませんが、私達が街中で全力はそれはそれで拙いですよ」

 

屋敷から外に出れば、もういつもの明るさを取り戻してのマーベラスサンデーにマチカネフクキタルが指摘をする。「となると、どうしよう……」とマーベラスサンデーもシンコウウィンディの仲間に入り悩み出すと、その間に入ったのは東瀬だった。

 

「それなら、その辺りは全部俺に押しつけてくれれば。君らを連れ回していたとか、今から共に説明しに行ってもいい」

 

「んー、それもまた大事になるかも」

 

それを切るのはアグネスデジタル。

 

「合宿所の先生達はそれで納得してくれるかもしれないし事を大きくしようとは思わないだろうけど、あたし達これでもURA界で頑張っている者なのでしてね。ちょこっとでも外にお漏らしになった日には貴方が思っている以上に面倒な事になってしまうのかもしれませんよ、そんな数々のウマ娘ちゃんを連れ回してたというのは。

 それにですね、先程の出来事を考えると一度病院に行った方が良いとも思うのです。我慢しているようですけど今でも痛いんでしょ?」

 

と、アグネスデジタルは東瀬の左肩を指差す。

 

「ま、まあ、確かにまだ少し痛みはあるけれど……」

 

「そうした自己判断は止めておいて診てもらった方が良いと、この常に身体の事を考えるウマ娘という者は、そして、将来はトレーナーになる予定のあたしは特に思うわけです。だから、貴方が何かここらで怪我をした事にしてあたし達が病院に連れてったとか、そんなシナリオで行くのはどうでしょうか。

 それで帰還時間を過ぎたというのなら、あたしが押し通したとか言っておけばいいんです。きっとこれが丸く収まる形だと思うのです。デジタルさんはウマ娘ちゃんを守るためならどんな役でもなんのそのですので!」

 

アグネスデジタルは両手を腰に当てて宣言する。しかし、それに対し他のウマ娘の顔は晴れやかではなかった。

 

「あり?何か不都合が?」

 

自分の思ったようには進まなかった事に不思議そうな顔をして他の者を見回すアグネスデジタルに、最初に手を挙げて存在を主張したのはシンコウウインディ。

 

「そ、それなら私も一緒に怒られるのだ。日々のイタズラで怒られ慣れているし、ここは私の役だと思うのだ」

 

「じゃあ、あたしもそっちにする!怒られたってすぐ忘れちゃうし、どうってことないの!だから、あたしにお似合い!」

 

「気の重くなる日があったとしても次には良い日が来るというもの。私も切り替えるのは得意ですからそうしましょうか」

 

次々と自分が自分がと自ら素直に怒られる方向に向かっていく面々を見て、スイープもこれで一人だけ外されるよりも皆で受け入れれば良いかと「それじゃあ、私も」と片手で挙手しながら入っていった。

 

「むー、どうやら皆で怒られる役になることで一致してしまいました。

 ということで、あたし達はあたし達できっちり怒られることになりましたので、まずは時間を気にすること無く近くの病院に向かうことにしましょう」

 

アグネスデジタルが皆の意見を聞き終えて東瀬を見ると、彼は身体の痛みを感じながら、このウマ娘達の自分に迷惑は掛けまいとの心遣いもまた伝わって「ありがとう」と一つ頷いた。

 

「あっ……」

 

と、場が納まったと思った所でマーベラスサンデーが口に手を当てハッとしたように。

他の皆の視線が一斉に集まる。

 

「マーベラスさん、どうしました?」

 

「え…えっとね……」

 

話し掛けるマチカネフクキタルに対してマーベラスサンデーはまたモジモジと身体を動かす。そのまま先を聞こうと黙って他の者達が見守る中でマーベラスサンデーが小さく口を開く。

 

「その、安心したら、おトイレ行きたくなっちゃって……」

 

その一言には緊張感の出ていた場の雰囲気が一気に緩み、こんな時にも…と思う者や、そんな事で良かったと思う者も出る中で、そこにまた日常が間違いなく戻ってきたのだという思いが湧いてきてあって、皆の表情も柔らかくなる。

 

「それならまずは……」

 

そこで東瀬がマーベラスサンデーの方に手を向けた後に動きを止めた。

 

「ん?なーに?」

 

「あー、いや、まずは君の事からって言おうと思ったら、まだ名前の一つも聞いてなかったなって思ってね。本当に申し訳ないんだけれど君らの世界の事は殆ど知らなくて有名な選手でも知識が無いもので……」

 

「そういえば自己紹介したの、お兄さんだけだものね。分かった、じゃあ、ここでお返しにやるね。今まで知らなかったなら、これから覚えてくれると嬉しいな。

 あたしはマーベラスサンデー。芝のレースで中距離から長距離も走るよ!G1って大きなレースにも出るけど、その時もこの赤いリボンが目立っているから見つけやすいよ!」

 

屋敷を背に立つ東瀬に向けてマーベラスサンデーは「コレね!コレ!」と、その大きなリボンを触りながら言う。と、紹介を終えたマーベラスサンデーを押しのけるようにしてシンコウウインディが東瀬の前に出た。

 

「私はシンコウウインディなのだ。マーベラスとは違ってダートっていう地面が砂の所で走っていて、G1に出る時は砂の地面の上の黒い勝負服が映えるのだ。それに前に行くウマ娘に噛みつく勢いで走るから、それを見て欲しいのだ」

 

続いてはアグネスデジタルが再び腰に両手を付けポーズを取ってから話す。

 

「あたしはアグネスデジタル。先の二人が言っていた芝もダートも気にせず出ている者です。この街から一番近い地方のレース場も海外のレース場もどこにでも居るので、どこかのレースを観た時についでに気にしてくれたら良いですね。他の素晴らしいウマ娘ちゃん達に注目する一方で」

 

そして、マチカネフクキタルは一礼してから始める。

 

「私はマチカネフクキタルです。芝の長距離レースを主に走っています。G1レースに出る時は招き猫を背負っているので見つけやすいかな、と思います」

 

四人が元気よく続けていった所でスイープは肩を小さくさせ俯く。その様子を東瀬は何事かと心配そうに身体を屈めてスイープの顔を覗き込もうとする。

 

「あの、私はスイープトウショウ……。他の先輩達と違ってまだG1どころか一度もレースで走った事がなくて……」

 

それを意識してここまで一緒に行動してきたわけでもなく、そうした事をスイープに意識させる事もない付き合い易い先輩達だったが、こうして当然のようにG1や勝負服とのフレーズが出てくる流れにいる中で自分の存在を小さく感じてスイープは身体も縮ませるようにしながら話す。

 

あっ……と、スイープの内心を察して誰もそれ以上の声を出さない間が出来た中、そこに飛び出たのはマーベラスサンデー。

 

「つまりは今から目を付けておくと良い娘ってことだね!デビュー前から推しておく事で後々自慢し放題、それもまたURA界の楽しみの一つ!」

 

「スイープトウショウさんか。だとすると、君の事を追いかけていたらウマ娘がどんなレースをどう走っていくのか順を追って勉強にもなるわけだ。是非そうさせてもらうよ」

 

東瀬は頭を下げて身体を元に戻す。スイープもそれに釣られるようにしてずっと下げていた頭を上げた。

気づけば自分を囲むようにして他のウマ娘達がそこにいた。

 

「ファン第一号の誕生の瞬間なのだっ」

 

「私達の世界に興味を持つ方が増えた、これぞ私達が感じる幸せの一つ。やはり占い通りに進んだ事から良い事が起きたというものです」

 

「おめでとうだよ、スイープちゃん」

 

大きく拍手をし始めたマーベラスサンデーに続いて他の仲間達も拍手をしてスイープはまた身体を小さくさせるが、それは自分が小さく感じるわけではなく、嬉しいような照れるようなという所からの表れで、その顔にはいつもの勝気ではない笑顔が浮かぶ。

 

その時、未だ明るい夕方の空の中、太陽に掛かっていた雲が通り過ぎてその場にサッと光が射した。

スイープはそれをすぐに見上げて、その光に照らされる事で中に居る時よりも一層自分達は本来いるべき場所に帰って来たのだという思いを増す。

 

「それでは最後に挨拶をして帰りましょうか」

 

他の皆もそれに気づき各々空を見上げていた中、マチカネフクキタルの声が掛かり、「そうしよう、そうしよう」とウマ娘達は空を見上げた視線を屋敷を見上げるようなものに変えつつ横に並んで深く一礼を。

 

誰が主導したわけでもない別れの挨拶。

それは一夏の不思議な体験をしたもう誰もいない場所に向けての、そして、ずっとここにいた者に向けて。

誰もそれ以上の言葉は付け加えなかったがスイープにはそれが存在し、他の者達のどこか遠くを見るような表情に彼女達もそうなのだと強く感じていた。

 

そして、一人、二人と屋敷に背を向けると、他の誰にも信じてもらえない経験をした者達はそれを自分達の思い出の中に収める事を決めて、自分達の行くべき道を歩き出した。

 

 

 



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後日

合宿6日目。

他のウマ娘達がトレーニングを続けている昼の時間、スイープは合宿所の部屋で一人横になっていた。

隣にはトカゲの縫いぐるみが一つ。

 

「あ~、昨日は万事解決と思っていたら、こんなことになるなんて……」

 

仰向けになったスイープはその右手の甲をおでこに乗せ疲れ果てたような声で漏らす。

 

「他の娘達は魔力反応に巻き込まれたのみだけど、君は高まった魔の性質の物を直接に行使したわけだからね。翌日の魔力酔いというものも在るには在る」

 

「そういうのは早めに言っておいて欲しかったわ。医務室じゃ単なる貧血って診断を受けただけで面倒なことにならなくて良かったけど……」

 

と、スイープは昨日から今日の事を思い返す。

東瀬を病院へと連れていき、外に出れば約束の帰還時間をとうに過ぎていて、もうこうなったら怖いものなどないと安全にゆっくりと帰路を往った一同。

 

宿舎に帰れば指導室にて正座でのお説教。屋敷の前で固めた意見に従って皆で怒られることになった。

とはいえ”屋敷に向かう山道から落ちた人間を病院に運んでいた”との脚本は疑問を持たれることもなく通じ、検査の結果肩を痛めていた東瀬が宿舎にその旨を知らせてきたのもあって嘘だと切り捨てられることはなく、説教の内容としては「目的地は甘味屋であったはずなのに、それ以上に進むな」というものや「帰還が遅れるというのなら一度そこで連絡をしろ」という事に留まり、勝手な行動ではあったが人助けに繋がったと人命救助を優先したことは好意的に受け取られ、全員が想像していたよりはお叱りの時間は長引くことなく開放された。

 

そうして一件落着と事を終えて身体も早めに休ませたスイープだったが、翌日の今日はトレーニングの始まりから急に眩暈に吐き気に襲われて、とても立っておられず医務室に連れていかれた後には貧血との診断。そこから部屋で休むことを命じられて帰ってきた所、今日は昨日の活躍もあってこちらも精神を休ませたいがために留守番だったシイナから「血が足りないのではなく魔力が回り過ぎた結果」と説明を受けたのだった。

 

「私の方は楽になってきたけどシイナはどうなの」

 

「僕も気分は良くなってきたけれど、昨日貰った分では足りなくて後で食事が欲しいところかな」

 

「そう。まあ、私も何も食べないんじゃいけないだろうから後で食堂に行ったついでに果物でも貰ってくるよ」

 

「それと、殆ど空になるまで魔力を使い切ったからねえ、暫くは魔術を使うのはお休みってところかな。こういった事が続けて起きないように願いたいな」

 

「私だってあんな事はもう御免だわ。……ところでさ、シイナ。結局あの出来事ってなんだったんだろう」

 

「それに関しては僕も考えを続けてはいたんだけどね、あくまで推測だけど聞く?」

 

「聞いとく、暇だし」

 

「よしっ」

 

と、シイナは天井を見ていた身体を戻して未だ手を顔の上に乗せて寝たままのスイープに向けて座る。

 

「昔からあの洋館の辺りが空気が悪いとか雰囲気が重いというのは、悪い気というか僕らでいう魔力の一部が滞り易い場所だったんじゃないかな。そこにこれまた魔の者を利用してナニカを呼び出した者が居て、それが辺りの魔力も吸収していったのだと思う。その時点では他に屋敷内に結界を置くことで抑えていたけれど、家主がいなくなり結界の維持がされず果てには壊されることにもなり、やがて今回の事に繋がった、と」

 

「あの灯籠が結界だとすると、最初に壊されたのは随分と前になるのよね。映画のモデルになったとかTVの取材が入って……と、その頃ってことかしら」

 

「だろうね。その時点でナニカは暴れ出し屋敷からも離れて事故を引き起こし、そこに居た者もまた吸収し力を増幅させようとした。でも、上手くいかなかった。それからも屋敷に獲物は放っておいてもやってくるけれど、取り込んだ者によってそれが防がれていた」

 

「……あの子がずっと一人で、と」

 

「うん、誘い込まれた者を守り、そして送り出す。それを繰り返し続けてきたんだろう。

 君らの学校の娘が去年に行ったという話、残されていた声の話も今なら意味が分かる気がする。入り込んで来た者に「もう出てきてもいいよ」と知らせ、侵入者が外に出たのなら「もう守らなくていいか」と知らせる。でも、誰の姿もそこにはないのに外部からの物が残されていることで長い時間そうしていた日もあったんだろうね。

 そうした事であの子側の力は少しずつ削られバランスが崩れてきていた所に二つ目の結界が破壊されてナニカの方が顕著に出てきてしまった」

 

「ナニカって何だったのよ」

 

「そこまでは僕の世界と関係あることでもないから今でも分からないけど……そのナニカと共にあの辺りの滞ったものも魔方陣のその先へと吸い込まれたみたいだから、あの屋敷の一帯もこれから過ごしやすくはなるんじゃないかな」

 

「そういえばさ、医務室からここに戻ってくるまでに合宿所で働いている地元の人達の話を耳にしたんだけど、灯篭を壊した子達が屋敷に侵入したことが親バレして、そこから大ホールがボロボロになった事も昨日の夜の内に気づかれたみたいね。流石にあの壊れ方だから、その子達がやったとか責められているみたいじゃないようだけど。

 で、今の持ち主の所に話が行って屋敷自体もいずれついに壊されるんじゃないかって。シイナの話も合わせるとあの辺りの色々がいずれ綺麗に収まっていくのかもね」

 

「そんな事になっていたんだ。

 ……まあ、それがいいと思うよ。魔方陣も潰されたとはいえ全部跡形も無く消してしまう方が」

 

「それで本当に終わりか。疲れたし今はこんなだけど、やりきったというか……こういう疲れは悪くはないわね」

 

スイープがふうっと息を吐き身体の力を抜いたところで、ドタバタとした音が階下を通って自分達の部屋に近づくのを知る。と、そのすぐ後には部屋の襖が勢いよく開かれた。

そこから飛び込むようにも部屋に入りスイープの元へ来たのはトレーニングジャージ姿のマーベラスサンデー。腕には布巾の掛かった竹製のバスケットを掛けていて敷き布団の上に座りながらそれを自分の横へと置く。

 

「スイープちゃん!元気!?」

 

「……どう見ても顔が白くて寝ている相手に言う言葉じゃないのだ」

 

その後ろからやってきた同じくジャージを着たシンコウウインディが呆れたように座るマーベラスサンデーの後ろからスイープを覗く。

 

「うん、元気……とは言えないかな。でも、少しマシはなってきたわ」

 

今日も元気なことだと、他の人まで翌日に持ち越すような影響が出ないで良かったとも思いながら、スイープは上半身を起こす。

 

「無理はしないでくださいね。具合を悪くしたと聞いてこちらも様子を見に来ただけですから……」

 

「そうそう」

 

と、先の二人とのやりとりが聞こえていたようでマチカネフクキタルとアグネスデジタルもトレーニング終わりに急いで来たという事が伝わるジャージ姿で部屋の中に来て、昨日の出来事を知る者達が勢揃いする。

 

「大丈夫、大丈夫。寝ていても暇だったし、ちょっと何か食べる物を……と思っていたところなの」

 

「あー、じゃあ、私達も丁度良かったね!はい、これ、スイープちゃん。どうぞ、食べて!」

 

と、マーベラスサンデーがいつも以上に顔を輝かせて持ってきたバスケットの布巾を取りスイープにその中身を見せるように少し傾ける。そこにはブルーベリーや何かは分からないが何とかベリーと付きそうな瑞々しい果物やアーモンドやピーナッツなどの数々のナッツが入っていた。

 

「貧血って聞いて、それに合う果物を選んできたの。あと木の実はエネルギー効率が良いから、食欲があまり無くてもちょっと食べておくだけでも全然違うってことで持ってきたの。あたし達からのプレゼント」

 

「あと、エアシャカールからもなのだ」

 

「エアシャカールさんが?」

 

バスケットの側面を持ちながら「どうして?」との疑問を全面に出してスイープは言う。

 

「お昼休みに昨日の撮ってきた写真をシャカールに見せたのだ。写っているのはどうってことない無人の屋敷の写真だったんだけど。そうしたらシャカールが「これじゃ雰囲気の良い洋館の内部を見せられただけだな」って言ってきたのだ」

 

「あ、心配しなくても昨日の事は言わなかったからね。信じてもらえないだろうし信じてもらえないにしても言うことじゃないと思って。でも、そこからスイープちゃんの話になって具合を悪くしたって言ったらシャカールちゃんが「オレにも責任あるかな」って言って「実際に行って写真を撮ってきたのは讃えないとな」って、貧血に良い果物とか木の実の事を教えてくれて、それで急いで色々揃えてここに来たの」

 

「だから思う存分食べると良いのだ」

 

「分かった、有難くいただくわ」

 

スイープはバスケットを両手で持ち自分の方に寄せながら笑顔で答える。

それは昨日に力を出し切っての冒険を終えて、その仲間達に見守られ、平和ないつもの日常に戻った事をようやく心の底から実感した所から出たかのような少女の微笑み。他の者達もそれを感じ取ってかそれぞれが和やかに笑い合う。

 

そして、彼女達を見ながら端に置かれた縫いぐるみは、暫くは魔術の一つも使えない身体を抱えつつも、スイープと同様にそれもまた心地良い疲労だとも感じていた。

 

 



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帰路

合宿7日目、日程は全て終了し、世話になった元トレーナーやトレーナーの卵、そして合宿所で働く地元の人達への挨拶も終えてウマ娘達は山道を行くバスの中にいた。

 

バスの中を占めるのは寝息。朝から夕方までみっちりと行われたトレーニング、そこに休息の時間はしっかりととられてもいたが、それでも少しずつ溜まりこんでいた疲労やこれで終わりだとの開放感からか多くのウマ娘が眠りについている。その中でスイープは昨日はトレーニングに参加もせず休んだのもあり疲れはそれほど残っておらず、行きの道と同じようにぼーっと窓の外を見ていた。

 

「スイープちゃん」

 

と、前の座席からの声。行きのバスとは違ってそこから顔を出したのはシンコウウインディではなくアグネスデジタルだった。

 

「デジタルさんも寝るって様子じゃないんだね」

 

「ふふふ、トレーニングをやりきって疲れ果てつつも充実感に満たされたような寝顔のウマ娘ちゃん達を見ずに眠ろうだなんて、時間が勿体なさ過ぎるというものですよ」

 

「そ、そっか」

 

この人はいつでもどこでも変わらないなと、あの屋敷で共に過ごした経験を得て対応に戸惑うことはなくなりつつも、少しばかり引きつりながらの笑顔で返す。

 

「それで声を掛けたことなんだけど、スイープちゃんに頼みがあるんだ」

 

「頼み?何?」

 

「うん。スイープちゃんのそのいつも持ってる縫いぐるみ、ちょっと見せて欲しいなって」

 

スイープはどこで膝の上に抱えていたシイナを見る。するとシイナは「別にいいんじゃない?」とスイープの手の中で前を向いたまま言葉を出して、スイープは本人が良いなら良いかとシイナを持った両手を挙げる。

 

「これも真の勇者に必要な事?」

 

「そんなところだねえ。スイープちゃんは音楽でも聴きながら少々待っていて欲しいところでもあります」

 

「そう、それならそうしておくわ」

 

とのスイープの言葉にアグネスデジタルはニッコリしてシイナを受け取り、身体を自分の席にしっかり座るようにして戻す。そして、隣の席のウマ娘が深く寝入っている事を確認した後に、膝の上でシイナの両脇をしっかりと掴み指をバラバラに動かし押しつつ見下ろす。

 

「ふむふむ、どこにでもある縫いぐるみという物ですな」

 

アグネスデジタルはそうして小さく呟くと、シイナを持った手はそのままに身体を前に倒すようにして顔を近づける。

 

「けれども、デジタルさんは実は見ていてしまったのですよね。

 あのダンスホールで、赤い光が照らされて明るくなっていた中、君が動いているのを」

 

アグネスデジタルは更に小さな声で呟いた。

その表情は甘味屋に行く途中で出会ったこれまでの間、まだウマ娘への愛を語るだけのよく分からないウマ娘でもなく、屋敷の周りをスイープと歩きながら見せていたものでなく、ダンスホールで決断を迫られた時とも違う、全てを見通すかのような瞳と全てを受け入れるような笑みのある口元を持っていた。

 

何が目的なのか……と、その緊張を高めながら決して動かないように身体を硬直させるシイナ。

だが、アグネスデジタルはもう一度シイナの身体を指で揉み込んだ後に、スッと表情をこれまで見てきたようなものに戻す。

 

「まあ、あれだけ信じられないような事が起こった日ですので、縫いぐるみが動いた程度でなんだという事にしますよ。他の娘はあの中で目の前がぐるぐる回るようで気持ち悪くて何も見ていないとの話でしたし、真の勇者は状態異常軽減のパッシブスキルでも付いているのか、ちょっとばかし他の人達よりそういうものに強かったようで、そんなあたしだけの特別な経験としておきましょう。

 と、そんな事を考えていた中でスイープちゃんと一緒に屋敷の周りで話した事を思い出しましてね、そこで思ったのですよ。前衛のファイターが欲しいだなんて話しましたけど、あたし達は欲しがらなくたってきちんとあの時あの場所で騎士に守られていたのでは、とね。皆を守る壁、何か特殊な力を持つ者、それは騎士の内でもパラディンとでもしておきましょうか」

 

アグネスデジタルはそこでシイナを持っていた右手を外して人差し指を突きつけるようにしてシイナの顔の前に出す。

 

「デジタルさんから言いたい事としては、そうしてこれからも守ってあげると良いのではないですかね。これは戯言なので軽く聞き流してくださって結構ですけど。と、これであたしの話は終わりですよ」

 

最後にアグネスデジタルは再びニッと笑みを浮かべると顔を上げて後ろの座席が見えるように身体を反転させる。その動きの途中その手に持たれたままのシイナは、これまで出会ってきた者達の中でも自分の事に最も近づきつつあるこのウマ娘に未だ身体が冷えるのも感じながらも、覚悟していたほどの事は起こらず今後も警戒せずとも良いだろうとの判断をして(騎士なんて大層な者じゃないさ……)との言葉を送っていた。

 

「貸してくれてありがとね。さてさて、あたしもやることは終わったので少し寝ましょうかね」

 

と、アグネスデジタルは注文通りにイヤホンを耳につけて音楽を聴いていたスイープへと呼びかけシイナを手渡すと、素早く自分の席へと座っていった。彼女が見えなくなってからスイープはこちらも隣座席のウマ娘が寝ているのを見てからシイナへと顔を近づける。

 

「何だったの?」

 

「別に、戯言だよ。聞き流さずに今後も覚えておこうかとは思う、ね」

 

「ふーん」

 

シイナの言葉に(何だろ……)と首を傾けつつも特にそれ以上踏み込むつもりはなくスイープは答えて再び音楽を聴き始める。

そうして完全に静けさを取り戻したバスは皆が帰る場所、トレセン学園へ向けて進んでいくのだった────

 

 

 

 

 

 

 




ひと夏の冒険話はこれで終了です。
次は学園に戻って話のノリも戻っての秋の話となります。




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解決!セイント・テール
秋の語らい


一夏の経験を終えての秋、9月。今月からはG1レースが開催されて賑わうURA界。その中でスイープのデビューも今月の終盤と決まり、それに向けて調整が始まった。

 

とはいっても、まだ9月も始まったばかり。これまでと大きくトレーニングが変わったわけでもなく身体のコンディションについて細かく気にする必要もなくスイープは肉体面も精神面もゆったりと、気分はデビューが決まったという喜びに占められて日々を過ごしていた。

 

そうしたある日の練習終わり、運動場から寮へと一直線とは帰らずに少し減ったお腹を満たそうと、まだ暑さが残る中コーンカップのアイスを買ってトレセン学園近くの公園内、屋根のある休憩所のベンチへと座る。

その隣にはいつもの通りにシイナを置いて、二人きりの屋根の下、アイスを熱心に食べていたところでシイナが顔をこちらに向けていた事に気づく。

 

「どうしたの?顔のどこかにアイスでも付いてる?」

 

「そうじゃなくて、最近は顔色一つ見ても充実してるって様子だなと思って」

 

「やっぱりそう見える?私も最初はデビューが決まって忙しくなるかなと思ってたんだけど、やることは確かに増えもしたけれど気にならないし練習の数値も良いしね。トレーナーからも悪いこと何も言われないしこのまま本番まで行けそうだからさ。

 チームも秋シーズンが始まったからってバタバタするわけじゃないし今月は先輩がG2重賞に出場が決まったからその応援に行くのは楽しみだし。これが他の有名チームだったら色々大変なんだろうけど」

 

「どういうこと?」

 

「春と秋は毎週のようにG1と他重賞とあるでしょ。そういうチームだと毎週応援だなんだって忙しいみたいだから。”デネブ”じゃそんなに頻繁にあるわけじゃないから、その分の気合いの入り方も違う。走る先輩もだけれど観る側も他の強豪チームに負けないような応援をしていきたいものよね」

 

と、スイープがコーンから飛び出た分のアイスを舐めきってコーンの部分を囓るスイープにシイナは思い出した…といったような声を出す。

 

「確かチーム”デネブ”は良くも無く悪くも無く……と考えると良いんだったか」

 

「そうね。シーズン毎に重賞レースに出る娘はいて、G3重賞を獲った娘は過去何人か、G2重賞はウイニングライブまでみたいだけど、全体としたらそれは決して悪くは無い、と。

 まあ、それより上のステージのG1の縁は一度だけ、一時受け入れの時しかないみたいだけどね」

 

そこまでを言ってシイナを見れば、その表情は分からずとも自分の言葉の意味が伝わっていないのは分かって、それでは教えようとスイープは続ける。

 

「ウマ娘がチームの移籍をすることは珍しい話じゃないんだけど、それはそのウマ娘がこっちのチームの方が合うとか勝てるとか、そういう理由だけじゃなく起こる事があるのよ。

 所属ウマ娘がレースで他の娘の邪魔をしたとか迷惑を掛けたとなると、その娘が暫くレースに出られなくなるだけでなくチームにもペナルティポイントが溜まっていって、一定数を超えるとトレーナーの監督不行き届きでチーム活動自体が制限されることがあるのね。でも、そこで他の娘までレースに出られなくなるのは可哀想でもあるから、そういう時は他のチームに一レース分だけ受け入れてもらって……とかあるみたい」

 

「……それが君らにおける罪と罰か」

 

黙って聞き遂げた後にシイナはスイープを見ることなくポツリと漏らす。そこから実に納得したという様子を受け取って、スイープは口も滑らかに更に続ける。

 

「そうね。何でも有りではレースは成立しないし悪い事をしたら跳ね返ってくるものはある、ってことよね。

 と言っても”デネブ”がG1出場の娘を受け入れた時の話はちょっと違うみたいだけどね。どうもその場合はウマ娘じゃなくて、どこかのトレーナーが規定に外れる問題を起こしたみたいでさ。それも学園内だけで収まらない出来事だったとか。

 それだともうチーム活動どころじゃなくて、そのトレーナーは一時謹慎、所属ウマ娘は散り散りになるしかなくて、かなり強いチームでG1に出る娘も何人もいて、そのレースも近いのにどうするのって時にウチがその中の一人の娘だけ引き受けたみたいなんだ。それで結果としてはその人の結果としては過去最高の、ウイニングライブまでは惜しい掲示板内というものになれたみたい。でも、”デネブ”にいたのもそれ1回だけで、元のチームは悪さしたトレーナーが謹慎が解けても残ること無く学園を辞めて元チームは解散、その人はまた別のチームに移籍したみたいだけどね」

 

スイープはこれまでに知り合った先輩達の過去を知っていく途中で知った所属チームの歴史をシイナへと伝える。

そのあまり面白くはない物事を思い出し、むしりとコーンを大きく囓った後に再び口を開く。

 

「そのトレーナーが何をしたかってのは何か嫌~な話だったし詳しくは知らないんだけどさ、トレーナーになるなんて凄く大変な事なのに、そんな事するなんてバカだなって思うし、自分一人で終わる話じゃなくて色んな所に迷惑を掛けて、特に自分が指導してきたウマ娘達がどう思うか、どうなるかって考えなかったのかなって。

 その時に”デネブ”に来た人なんて、今はもう引退しているみたいで見た事も話した事もないけれど、レース直前に移籍とか凄く大変だったろうし、そんな中であと少しでウイニングライブとか結果以上に色んなものが強かったんだろうなって私は思うな」

 

知り合いでもないかつてのウマ娘を褒め、一方で知り合いでもないいつか学園内にいたトレーナーに苛立ちを覚えながら、スイープはムシムシとコーンを口に入れていく。

そうして最後の尖った部分を納める頃、ふと思えば自分は語尾を荒げながら話していたが聞き役は何も言わなかったことに気づいて隣を見下ろすと、シイナは何も語らずに更に顔を下に向けていた。

 

その姿に呼びかける前に、考えてもみると特別に今言わなくてもいいことまで言ったような、自分が迷惑を掛けられたわけでもないのに愚痴っぽかったかと振り返り少々の反省をして、自分の身体を折って隣の者の顔を窺う。

 

「ごめんね、ついつい話し過ぎちゃった。もう居ない人の事をそんなに言ってもしょうがないのに」

 

「…………ん、別にいいよ、それは」

 

と、シイナは言うが何か思うことがあるような、少しテンポの遅れた彼らしくもない反応にスイープは引っかかる。

 

「どうしたの?何か気になることあった?」

 

その言葉にシイナはスイープではなく真っ直ぐを見て数秒ほど黙った後に再びスイープへと顔を動かした。

 

「……そうだな。僕が思うにさ、”デネブ”は普通だと言うけれど、そうして何か他に問題があった時に頼られるなんて”デネブ”っていうチームとそのトレーナーの良いところなんじゃないか。周りの人にもそれが認められている」

 

「言われてみればそうかもね、これまで考えてもみなかったけれど。

 私もチームにいて、過ごしやすさという点では良いなと思う事あるし、そうやってアクシデントで移籍して不安も出る中で、その娘が力を発揮できるようトレーナーは上手くやったのかもね、そして、それは誰にでも出来ることじゃない、か」

 

「と、思うね」

 

「その話なんてもう何年も前の事になるけれど、その頃からトレーナーは学園の誰かから頼られていたのだと思うと、トレーナーになってから時間も経っていない若手なのにやるじゃない!とも思うよね。ま、本人は伝えないけど」

 

スイープは「面と向かって褒めるのも、こっちも照れるし」と、笑いながらそこまで言うと、シイナとは逆の方向に置いていた鞄を手に取る。

 

「食べ終わったし沢山話したし、そろそろ寮に戻ろうか」

 

「うん」

 

シイナの返答にスイープはひょいっと彼を持ち上げながら立ち上がる。

そして寮までの道、多くの事を吐き出して、その中で思いがけず自分の居場所の良さを再確認したスイープの足取りはデビューへの楽しみに満たされる中で更なる軽さを得ていたのだった。

 

 

 



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魔女のお荷物運び

トレセン学園においての秋のG1シーズンが始まる前の盛り上がり処、それが秋の学園祭。

スイープのようなジュニアクラス所属の娘はただ参加者として楽しめば良いもので、スイープはデビューのためにトレーニングに重点を置きながら学園祭の情報も仕入れつつ今日もまた気ままに過ごしていた。

 

そんな日々の中でのある日の放課後、学園祭の準備もあるとチーム練習は早くに終わりスイープはカレンチャンと目的もなく校舎内を歩いていた。その内にカレンチャンが思いついたように声を掛ける。

 

「そういえば今日はシイナ君を連れていないんだね」

 

「あー、丁度洗濯をしてね、今は部屋で乾かしているのよ」

 

スイープのその答えは事実の一部といったものであった。

汚れがあったので綺麗にしたというものは間違っていないが、それよりも大きな事情としてシイナの状況があった。

 

夏の出来事において最大限に魔力を行使した後、今になってもろくに何の魔法も使えないという状態が続いていた。とはいえシイナに魔法を使ってもらう事といえば偶に大きな荷物を小さくするといった程度のものしかなく、あれだけの大仕事をした後では仕方ないと、喋り相手になるという部分に魔法を使えるか使えないかなどは関係なくスイープは深く気にすることなかった。

それでもそのままというわけにもいかないので、最近のシイナはといえば寮の部屋で出来る限り魔力を早く回復する魔方陣を描きその上でジッと過ごすというものになっていた。

 

そうして廊下を歩いて行く内に少し先の部屋のドアが開き、中から段ボール箱を抱えて出てきたのはナリタブライアン。箱を床に置きながら二人の気配に気づいたようで顔を向けてきた。それに対してスイープも少し早足で近づく。

 

「ブライアンさん、こんにちは」

 

「こんにちは……と、今日はいつもの縫いぐるみは持っていないのか」

 

「うん。またちょっと汚れちゃったから洗って置いてあるところ」

 

「そうか、細かく気にしているのは良いことだ」

 

と、そこから二人が触れていくのは夏休み後半の出来事。

当初はビワハヤヒデを挟んでのスマホでのやりとりで進められていた洗濯のレクチャー。その中で最終的には「縫いぐるみの実物を持ってきて直接にナリタブライアンが教えた方が確実」という事に落ち着いて、ある日スイープはシイナを片手にトレセン学園のグラウンド外に設置された水飲み場でナリタブライアンと会うことになった。

 

その日、スイープは緊張をしていた。

春からこれまで、使い魔をその傍に置くようになってから幾名もの先輩とコミュニケーションを取る機会が起きて、そこに緊張や不安を持つ経験はあった。そして、そのどれもが後から思えば気にする事もなかったと難なく乗り越えてきて慣れも出てきていたけれども、偶然に出会う事が多かったこれまでと違って日時を指定して会うというのは勝手が違っていた。

 

その上、相手がナリタブライアンであるという事もその緊張を高めていた。

その風貌、佇まい。多くを語るわけでもなく感情を見せず存在する様、スイープに限らず学園内において「近づき難い」とよく云われるものだった。

 

(生徒会の人達はどうしても怖いんだよねえ、エアグルーヴさんとはライアンさん達の集まりでちょっとだけ打ち解けたけど……)

 

と、スイープはシイナを片手に(それでも向かわないわけには……)と水飲み場へ、待ち合わせ時間より少しだけ早めに着くと、そこには既にナリタブライアンがいた。傍に大きなプラスチック箱を置いて。

そこでスイープに訪れたのはいよいよだと緊張する事よりも、待たせてしまったのかと思うよりも、まずその足元に置かれた箱、そこに入れられていた幾つもの縫いぐるみに注目することだった。

 

「直接には初めましてだな、スイープトウショウ。今日はよろしく」

 

「は、はじめまして」

 

挨拶をされて返事をして頭を下げて、その次にはやはり視線が箱へと向かう。

 

「ああ、それはついでだから一緒に洗おうかと持ってきてあるんだ」

 

「ってことは、これナリタブライアンさんのなの?」

 

「そう。昔から集めているんだ。では、揃ったところで始めようか」

 

そうして行われた縫いぐるみの洗濯。

まずはメインイベントだとナリタブライアンに丁寧に教えられつつシイナを隅々まで洗った後には、自分のことだけで済ますわけにもとナリタブライアンの持ち物である大きめのクマの縫いぐるみからシイナと同じようなゲームセンターの景品らしきゲームキャラのような縫いぐるみなどを共に洗っていく事になった。

 

そんな作業をしながら会話をしていけば、やはりナリタブライアンは口数は多いという程ではなかったが縫いぐるみの他にも可愛らしい品々についての会話は弾み、その楽しそうにも話す様子をスイープは(他の人が知らない部分を見ちゃったな……)となりながら自分自身もその日一日を愉快に過ごし、見違えるようにその身の光沢を増したシイナからは「「僕がいないと始まらない」と本を読んでる途中で連れて行かれた時は何の事だと思ったけれど、見える所が綺麗になるのは気分が良いね、感謝するよ」と言われ、サプライズ決行も上手く行ったと事の終わりまで大満足だった。

 

そんな事を思い返すスイープにナリタブライアンが話し掛ける。

 

「私としてはまた一度じっくり見てみたくあったから惜しいね」

 

「ちゃんと綺麗に洗えているかとか?」

 

「いや、あの縫いぐるみ自身に興味があってのことだ。あれはゲームセンターのプライズだと知って私も一つ獲ってみたのだけれども、どうもスイープの持っているそれとは違うと改めて思ったんだ。

 常日頃持ち歩いているだけでなく余程思い入れがあって、あの縫いぐるみにはそうして”魂”が宿っているというべきか。だから再度じっくり見たくもあっただけであって、きちんと洗えているかとは心配はしていない」

 

「”魂”……」

 

「非科学的な事なのは承知だけれどもね。しかし、私としてはそういうものがあっても良いと思う」

 

「カレンもそういうの分かるなあ。それにスイープちゃんが一杯思い入れを持っているのは周りから見ても分かるものね。”シイナ”君って名前も付けて本当スイープちゃんといつも一緒で、もう欠かせない存在だよね」

 

「あの時は聞かなかったが名前まで付けていたのか。そうして相手を個として意識して持つというのは、やはり存在が一つ違うものになるのも納得かもしれない」

 

二人が盛り上がるのを見つつ、(確かに宿っているというか、”魂”は在るというか……)と、スイープはあまりシイナについて突っ込まれるのも落ち着かないと、話を変えようとして目に付いたナリタブライアンが部屋から持ち出してきた箱に目を向ける。

 

「それで、ブライアンさんは何をやっているの?」

 

「ああ。これは今度の学園祭の準備で、別の場所に運ぶ物があって……」

 

と、ナリタブライアンが床上の箱を指差した所で、ナリタブライアンが出てきてから一旦締められていたドアが開いた。そこから姿を出したのはこれまた箱を抱えたグラスワンダーだった。

その少々困ったような顔にナリタブライアンは直ぐに気づく。

 

「何かあったのか?」

 

「こちらに来る予定だった娘達から「自分達のクラス内で急いでやる事ができて遅れる」という連絡が今……」

 

「ああ、そうか。まあ、それはこちらを優先することでもないから良いとして……そうだ、二人は時間が空いているか?」

 

グラスワンダーの説明に頷いた後にナリタブライアンはスイープとカレンチャンに目を向ける。二人とも何の話かは分からず互いに自分に指を向けるようなポーズに。

 

「私は別に何も無いけれど……。カレンも無いよねえ」

 

「うん。カレン達は大丈夫。この後も何も用事は無くて」

 

「それでは一つ頼まれてくれないか。さっきも伝えたが幾つか運んでもらいたい箱があるんだ。中身は書類とかそういったもので取り扱い注意だとか重さが酷いという事もない」

 

「それなら任せて」

 

「頼もしい返事だな。じゃあ、グラス。この娘達を案内しながら運ぶということで……」

 

「分かりました。では他の箱も持ってくるので行きましょうか、スイープさんにカレンさん」

 

「あれ?知り合いなのか?」

 

グラスワンダーの言葉にナリタブライアンがその驚きを隠せないといったように表情を変える。

 

「ええ、6月に知り合う機会がありまして」

 

「スイープとは夏に話した時も顔見知りが多いとは思っていたけれどもグラスともか。と、知り合い同士なら話もスムーズだな。それでは早速頼んだ」

 

「はい」

 

と、グラスワンダーがもう一つ部屋の中から箱を持ち出すのを待って、スイープ、カレンチャン、グラスワンダーと3人は一つずつ箱を抱えて目的地へと向かっていった。

 

 

 



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ヒーロー&ヒロインズ

別棟の教室に箱を運び、ナリタブライアンからはその後の連絡は必要なしと伝えられていたので、スイープ、カレンチャン、グラスワンダーの3人はその他の学園祭の準備をする生徒達を見ながら中庭を進んでいた。

 

と、そこでグラスワンダーが一人、何かに気づいたかのような顔の動きの後で足を止める。

他の二人もそのグラスワンダーの表情が明らかに喜ばしくはないものを感じさせるものだったのもあって、歩みを止めながら彼女の視線の方向へと顔を向けた。

すると、そちらからも自分達に気づいたのか、明るい顔に弾むようなステップを加えて素早く近づいてきたのはビコーペガサス。

 

「これは偶然、グラスワンダー。実はまた一度是非お話をと……」

 

「お断りします」

 

ニコニコとしたビコーペガサスの言葉を遮って返したグラスワンダーもまた笑顔で。しかし、そこには頑として寄せ付けない強固な壁があるとスイープもカレンチャンも感じていた。

 

「そんな~、あれだけ盛り上がったんだし、グラスにだって良い想い出になっただろ?グラスが居れば次も絶対に受けると思うんだ。ここは再び力を貸すと思って……」

 

「今度は他を当たってくださいな」

 

「つれないな~。他と言っても……と、そこにいるのはスイープトウショウにカレンチャン。これは更なる偶然。アタシのスカウトリストに入っている娘達に出会えるなんて今日はついてるな」

 

「スカウト……って?チームに引き入れようってこと?」

 

難しい表情も出すスイープにビコーペガサスはグラスワンダーからは離れてスイープとカレンチャンの前に立つようにしてから話し始める。

 

「レースの話とは関係ないんだ。ファンサービスの一環として子供相手の劇を行う予定があって、それに出てくれたら嬉しいなあっと。とはいっても、まだ細かく日程も決まっていない先の話なんだけど。

 スイープには前にストラックアウト大会の時に見てから、その魔女スタイルが使えると思っていたし、カレンチャンは今日が初めましてだけど、ヒロイン役の候補としてチェックをしていたんだ」

 

「へー、定期的にそういう事をやってるの?生徒会長の案とか?」

 

この学園で何かある時はそうなのだろうと過去の経験からスイープが言うと、ビコーペガサスは軽く手を横に振った。

 

「定期的でも無いし、生徒会長でもないな。

 行ったのは8月が初めてで、そこで最高に盛り上がって、その時の観客の人達からもう一度との声が強くあるんだ。それと、提案はルドルフ会長じゃなくてナリタブライアンだね」

 

「ブライアンさんなんだ」

 

(縫いぐるみが好きな一面はあるし、子供への劇ならやっぱり可愛らしい感じで好きなのかな?)と考えるスイープの顔にビコーペガサスは注目する。

 

「あまり意外そうな顔しないんだな。この話を聞いた人は大体驚くんだけど」

 

「意外なところもあるけれど、そういうのが好きでも納得するかなって」

 

「その様子からするとブライアンとも接点あるのか?」

 

「あるわ。今もブライアンさんから頼まれて荷物を運んできたところ」

 

「そうだったんだ。それでだ、劇の話なんだけれど、以前からブライアンが近くの幼稚園やら小学校やら小さな子らとの触れ合いイベントをしていてな、その中で一度ウマ娘の能力を活かした劇をしてみたいといってアタシに脚本、演出を頼んで来たんだよ……」

 

と、ビコーペガサスから夏休みに行われた演劇舞台の事が伝えられる。

 

 

 

子供相手の劇をしようとブライアンが思い立って、それならヒーローショーにしようかとアタシに助力を頼んできたんだ。アタシとしてもそれは面白そうだと思って直ぐに受けて。

 

話としては帝国から逃れてきたヒロインとそれを取り戻そうとする追手達、そして、それを守る地球のヒーローで行こうと提案しながらヒーロー役はアタシに任せてよとも言ったら、ブライアンは「その形で良い」とのことで脚本を書くまではサクサクと進んでいたんだ。

 

けれど、いざ舞台稽古の段階になると、これがもう全然で。

 

ブライアンは寡黙な武人タイプの敵幹部が良いと思って台詞も少なめにしたのにさあ。

自然体でやれば良いのに、演技をしなきゃと力が入ってガチガチ。

 

後は主役でも敵役でも何でもやるよと参加してきたマヤノトップガンはなあ。

確かに何の役も出来そうなほど演技のセンスは良くて、そこはアタシも褒める所だったんだけど、レースと一緒で練習中からアドリブ入れまくってさ、それで余計にブライアンが固まっちゃうし、ついにはシナリオにも注文付けてきて話の途中でも自由自在を望んで、「マヤは最初はヒーロー側で、そこに悪堕ちと復帰を入れて欲しい」とか言い出して……。

 

それにはジュニアクラスから呼んだウオッカが乗っちゃって。

参加した時点では、こっちの演技指導さえきちんとすればその通りにやってくれて良い娘だったんだけど、マヤノのそれを聞いた途端に「悪堕ち…!ダーク……!」とか、何か発症して目の色を変えて二人して迫ってきてさ。

 

それには「話の辻褄が合わなくなるから駄目だ」と言ったんだけど、マヤノは「固い辻褄より勢い!レース中のアドリブだって舞台中のアドリブだって良いじゃない!自分達のその時その時の瞬間瞬間を必死に生きているその姿こそが観客の心を感動で揺り動かすはず!」って聞いちゃくれないし……

 

そうやって敵役がどいつもこいつも……ってなったところで、それを見ていたヒロイン役でいたライスシャワー先輩が「お困りでしたら、ライスがそちらの役をやりましょうか……」と言ってきて更に収拾が付かなくなるし。

 

で、ブライアンは動きも台詞もさらに削ったり、マヤノとウオッカには「いい加減にしろっ、お前ら!ぶっとばすぞぉ!」と諦めさせたり、ライス先輩には「こっちも”学園内守りたいウマ娘アンケート”の結果によってヒロイン役で選んだんで、当初の役割を全うしてくださいっ」と伝えて一旦は落ち着いたんだな。

 

でも、そこからまだ問題が出たんだ。

帝国の長として考えていたエアグルーヴがな~。

最初は参加する事を了承してくれていて、演技が下手ってことはないだろうし他の生徒会の用事で稽古参加が遅れる事もアタシは気にしてなかったんだけどさ。いざ参加となる日のちょっと前に会って”なぜ自分を選んだか”の雑談になった時に「勝負服の宣材写真が戦隊モノの女幹部のようで相応しく思えた。高笑いとか是非やって欲しい」って言ったのがどうも良くなかったようで土壇場でお断りを喰らっちゃってさ。

 

とはいえグルーヴも自分の代わりに他の娘を連れてきてくれて、それがエルコンドルパサー。

エルはプロレス慣れしていて身体のキレという点でも台本の上で動くという点でもそういう事よく分かってて良かったんだけど……ただ欲しいのは最後の相手となる役だったのに、あの娘の場合はどうも戦闘員リーダーみたいな立ち位置に見えちゃって。

 

これはどうすれば良いものだかってところでエルと一緒に来ていたグラスに試しに声を掛けたんだ。

そうしたら、これがドンピシャ。まさに救世主。敵になる帝国に君臨する魔王の話なのに救世主。

その素晴らしいラスボスっぷりときたらアタシは感動すらしたね。

あの「所詮貴女は流れ星!如何に星々の力を集めようと……落ちる運命にあったのです!」のセリフ、本番の舞台上でも震えるほどだった!

そうして星々のパワーで戦うヒーローと遙か彼方の星からやってきたロベルト帝国との善悪に収まらない主義主張がぶつかり合う物語は、ターゲットの子供達からその保護者の方にも好評で終わったんだ。

 

 

 

「というわけでさあ、第二弾を考えているところでまた頼むよ、グラス~。そっちだって評判が良かったのは喜んでいたじゃないかー」

 

「私も力になれたのは嬉しかったですよ。でも、あの後から「魔王」「魔王」と言われるようになって、「暗黒魔王」なんて呼んでくる人達まで出てきて困りもしているんですから」

 

少々膨れっ面でのグラスワンダーの返しに馴れ馴れしく寄っていったビコーペガサスが「本人の耳にも……」と僅かに声を出して目を逸らし、それを見過ごすことなく今度はグラスワンダーがビコーペガサスに詰め寄る。

 

「言い触らしたのビコーさんなんですか!?」

 

「ち、違う、違うって!アタシはそう呼ばれているのを知っただけ、経緯を聞いただけっ!」

 

「一体何があったんですか!?そこに!」

 

「ぜ、全部説明するから落ち着いてって。

 ほら、あのイベントの功労者としてグラスには後で別個で御礼を渡したじゃないか、有名和菓子店の引換券の束。それでグラスはパーッと一日で使っただろ?」

 

「ええ、せっかくなのでエルや他の同級生も誘って利用しましたけれど……」

 

「うん、それでグラス達が和菓子店のイートインでありとあらゆる商品を食べていく様子が凄いってギャラリーも沢山集めていたそうじゃないか。中でもグラスはよく食べていたんだろ。そこから「良い宣伝になった」ってお店の人から新たに商品引換券を貰ったとか」

 

「確かに、そういうこともありましたが……?」

 

「で、その中に劇を見ていた子も何人かいたようなんだ。そこで「魔王は食べっぷりも凄い」「他の誰よりも和菓子を!」「あれほどの餡子を身体の中に……!」と盛り上がって……そこから子供ネットワークに「餡子をよく食う魔王」の話が広がっていく内にどうも”あんこをくう”…”あんこくぅ”……と変わっていったようで……と、それが学園にまでも届いたようで……と」

 

ビコーペガサスが段々と伝え辛そうな様子をしつつも説明し終えてグラスワンダーを見れば、彼女はビコーペガサスを見る事はなく、そしてスイープやカレンチャンからも違う方向を向いて顔は俯き気味に、おかしなあだ名を付けられたその発端が何より自分の行動からだったせいなのかは周りには伝わらないが、そういう事にもなるだろうとはスイープにも理解ができる赤いものになっていた。

 

「ま、まあ、グラス。ほら、今度はもっと良い感じにして暗黒だなんだ言わせないような役にするから手伝ってよ。そこから今後は映画化も良いと思ってるんだよね!そのくらいグラスの演技力は買ってる!

 アタシというヒーローとグラスという魔王が敵対するところから最終的には共闘し真の打ち倒すべき者へと向かう、そんな二人の主役の物語、ダブル銀幕英雄!みたいな構想だってグラスの演技を見た時からもう筆が進む進むって感じで……」

 

「……映画化はともかく、もう”魔王”から離れてくださいっ!」

 

元気付けようとフォローするビコーペガサスにグラスワンダーは未だ顔を赤くしながら反応し、スイープは(映画出演は満更でもないのか……)とは浮かべつつ、少し気は収まった様子のグラスワンダーを見る。

 

「じゃあ、魔王ではなかったらやってくれる?」

 

「まあ、それならば……。とはいえ、またヒーローだとかそういったものですか?」

 

「そこはアタシの突き進みたい道だからなあ、譲れないね。そうだな、今度はアタシとグラスと、それにこの魔女姿のスイープも入れて魔法の世界も取り込んだ戦隊モノのイメージで……」

 

「はあ……。では、またこちらも時間があればお付き合いしますよ。そろそろ私達は帰りますので……」

 

「そうか。引き留めて悪かったな。アタシもアタシで必殺技に磨きをかける練習があるからここまでにしよう。それじゃ」

 

グラスワンダーから肯定的な言葉も引き出せた事に満足したのかビコーペガサスはシュタッと片手を挙げると、まさにヒーローともいったように颯爽と去って行き、その姿が見えなくなってからグラスワンダーは大きく溜息をついた。

 

「元気な人だなぁ……前に会ったときも思ったけど」

 

「ええ、本当その通りですよ」

 

その後ろで感想を漏らしたスイープにグラスワンダーが振り向く。

 

「強く断るつもりだったのに上手く乗せられてしまったかもしれませんね」

 

「こっちは良いも悪いも言っていないのに何か仲間に既に入れられてちゃってたな」

 

「カレンとしたらヒロイン役というなら参加してもみたいかなあ。けど、今の話を聞いていてもピンとこないなあ。グラスさんと”魔王”って言葉が全然繋がらないというか……。何かそういう作品を見て練習したの?」

 

そこに「不思議~」と可愛らしく口に指を当てながら話に入ってきたカレンチャンにグラスワンダーは首を左右に振った。

 

「特別な事はしませんでしたけれどね。それまで劇に出た事もありませんでしたし、エルと居た所を誘われて試しにと言われてその場で困りもしたのですけど、自分に出来る事はとレース中の事を参考にしてみたら、どうも良く受け取られたみたいです」

 

その言葉に疑問を浮かべたのはスイープ。

 

「レースと演技……グラスさんってレース中にも周りに本心を悟られないように何か演技しているってこと?」

 

「そんなことはしませんけれどね。ヒーローを倒すべく向かっていく魔王の役だというので、レースに勝ちたい想い、その日に最も手強い相手となる娘を追う時の気持ち、そういったものを参考にしてみただけです」

 

そう穏やかにも話しながらグラスワンダーはスイープと向かい合うように立つ。

 

「分かり易くするならば……」

 

そうしてスイープに向かってくるしなやかな手、そのまま顎を持ち上げられるようにしてスイープはグラスワンダーの顔を見る。そこに在ったのは青く光る瞳。

綺麗だ……と思うスイープだったが、吸い込まれるようなその輝きがギラッとも更に増したかのように思った途端、ゾクリと全身に寒さが走り毛が逆立つ。

 

足の先からあっという間に血が凍り付いていくかのような感覚、顎を触られながら見つめるグラスワンダーは何も語ることはないが、それほど大きくは無い彼女の身体が何倍も大きく見えるような、威圧感が形を取ってそこに出現したかのようで、スイープを恐れが覆っていく。その感情にその場から離れたくもなるが身体は固まり動けない。

 

「と、こんな風に行っただけですよ」

 

どうにか喉だけ動かしてゴクッと息を呑んだスイープにそれ以上に触れる事もなく、そこでグラスワンダーは手を外し、二人の横でカレンチャンが手をパチパチと叩いた。

 

「わあ、ちょっと表情が変わっただけで凄い迫力!ねえ、スイープちゃん!これは映画に誘われるのも分かるね!」

 

「う、うん、確かにこう迫られると……」

 

グラスワンダーの姿に見惚れたともいったように感想を語るカレンチャンの隣で、スイープの身体は逃れられた安堵からの汗が流れるようであった。それを見てグラスワンダーはまた息を一つ付いてから話し掛ける。

 

「お褒めいただきありがとうございます。と、こんな場所で長居してしまいましたね、そろそろ屋内に入りましょうか」

 

と、グラスワンダーが先に歩き始め二人はその後ろをついていく。

その途中「グラスさん、格好良いなあ」と、先程の様子について興奮気味にまた触れるカレンチャンの隣でスイープは(あれは相手を追うとか差すだとか、そんなものじゃない。”喰われる”のかと思った……)と、カレンチャンにもグラスワンダー本人にも言えないようなものを抱えながら、前を行く背中に流れる長い栗毛を見つめ追っていった。

 

 

 



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彼女と彼女の事情

グラスワンダーとは寮が違うので途中で別れ、カレンチャンとも栗東寮内で「また明日」となった後でスイープは自分の部屋へと向かっていた。

 

「スイープトウショウ」

 

背後からの呼び声に振り向くと、そこには栗東寮の寮長であるフジキセキが近寄ってきていた。ちょいちょいと手招くような手の動きにスイープは特に不審に思う事もなく彼女に近づいていく。

 

「何?寮長さん。また部屋に荷物の一時預かりの件?」

 

元々荷物置き場を改装したスイープの寮部屋は、未だに時々置き場所の見つからない段ボール箱などの避難場所になっており、それが行われる時にはスイープに事前に連絡があるものだったので、用事と言えばそんなものだろうと触れる。

 

「ああ、それも近い内に有りそうだけども、今はその話ではなくてね。……と、ここでは何だから寮長室へ行こうか」

 

「良いわ」

 

この後に用事があるわけでもないしとスイープは迷うことなく答え、二人は栗東寮の寮長室へと向きを変えた。

 

 

 

元・荷物部屋のスイープの部屋は勿論の事、友人達が暮らす一般室とも違い、一回り二回りは広くありながら一人用として作られた寮長室の中、

スイープはその中心にある大きなテーブルの前でフカフカのクッションの上に座る。

 

「寮長室ってこんなに他と違うのね」

 

スイープは部屋全体を何度も見渡した後、トレイを両手で持ちながらフジキセキに気づいて話し掛ける。

 

「ここでトレーナーや教師には言えないような寮生の悩みを聞いたりするのも仕事なんでね、こういった場所が作られているんだ」

 

フジキセキはスイープの前にティーカップと包み紙に入れられた菓子を乗せた小さな皿を置き、反対側にも同じセットを置いた後にそのスイープの向かい側へと座った。

 

「……ただ今日に関しては私が気になっている事について、スイープトウショウ、君に聞いてみたくて誘ったんだ」

 

「私のこと?」

 

「君自身の話ではなくてね。先程中庭でビコーペガサスさんと話していたのを知ってね、その時の事について聞きたいんだ。

 ……あの場所に居る間にビコーペガサスさんからヒシアケボノさんの話を聞いたり、その姿を見たりはなかったかな?」

 

いつも自分に自信があるような笑みはそこにはなく、僅かに曇りも感じられる表情からのフジキセキの言葉にスイープは大きく首を横に振る。

 

「ヒシアケボノさんって、凄く大きな身体をした人よね。あの場所には来てなかったし、ビコーさんから名前は出なかったわ」

 

「そうか……」

 

スイープの返答に対してフジキセキは「残念」といったようにも「やはり」ともいったようにも一言だけ漏らし、テーブル上を見るように顔を向ける。

 

「ヒシアケボノさんがどうしたの?」

 

フジキセキが何か考えているようだったので暫くはそのままでいたスイープだったが、このやりとりの意味が何なのかは気になるところで、やがてそう切り出した。

 

「聞くだけ聞いておいて何も伝えないわけにもいかないな。実はビコーペガサスさんとボノ……、と、いつもの調子が出てしまったな……」

 

「寮長さんはヒシアケボノさんと親しいの?」

 

ついうっかりというように頭を掻くフジキセキにスイープが触れるとフジキセキはコクリと頷き手を戻す。

 

「同期ではあるし、他にもね」

 

「それなら寮長さんのいつものままで喋っていいわよ」

 

「では、そうすることにしよう。それで話を戻すけれど、ビコーペガサスさんとボノ、この二人について結構な期間の気に掛かるものが続いていてね……」

 

そうしてフジキセキは一度紅茶に口を付けてから話し始めた。

 

「あの二人はクラスとしたら1学年違うけれど、とても仲が良くてね。二人を同時に見掛けるという事が非常に多く、この秋の学園祭でも二人して何かすると随分と前から計画もされていたようだったんだけども、まだ春シーズンの頃にある出来事があってね。

 発端はボノのレース成績。あまり良い結果が続いておらず、原因としては体重超過をしてはレース日までに無理な減量をして、当日の体重はベストに持っていったとしても、そんなやり方では結果が出ないのも当然というところだった。

 しかし、本人は至極明るいもので重く受け止めずトレーナーからの言葉もあまり届かず「なんとかなるさ」としていたようで、それに何より最初に厳しく指摘したのはビコーさんだった。それが何よりボノには響いたようで、それからは大好きなお菓子もレースに勝つまでは封印だとレースに打ち込むようになった……」

 

「それだと悪い話に聞こえないけれど……」

 

「……ここまでならね。しかし、これまでの過ごし方を振り返り変えてもボノのそれ以降のレース結果は出なかった。これまでは数値上はベストに持って行けていたものも少し下回るようになり、レース結果も以前よりも下となって……。

 私から見ても体重自体の変化は僅かでもどこかやつれているようにも見えて、このままでは……と思っているところなんだ。私は寮生の悩みを聞く役だけれど、ボノとは私が悩みを聞くというより彼女が一から作った物や市販の物にアレンジしたお菓子と共に他愛も無い話をして気を休めさせてもらう事もあって世話になっているものだから……」

 

「寮長さんからすると、その鍵になるのがビコーペガサスさんだと思っている、と」

 

「うん。指摘した時点で少し距離を置いていたようなんだけどね。発破を掛ける意味でも「自分達の本分はレースだ」と「結果が出るまで暫くそうしよう」と伝えて。

 でも、遠くから見つめて最初は「ボノがやる気になった!」と喜んでいたビコーさんだったけれど、それからの結果がそうだったのもあって、自分が引き金を引いた事について思うようにもなり、お互いを見ないような、少しの距離どころか全く話さない程の間柄になってしまって……」

 

「それを修復したいんだね」

 

「そういう事だね……と、夕食時も近い、今日はこれで終わりにしようか」

 

フジキセキはよく分かっているというように頷いた後に目に映った時計を見つめた後に、誰かに胸の内を吐き出して少し明るくなった顔でスイープに告げる。

 

「分かったわ。それで、寮長さん」

 

「なんだい?」

 

「これだけ事情を聞いたのなら無関係とはいかないからね、この件で何か私に出来ることがあれば手伝うわ。学園の平和を守るのもこのスイーピーの役目だものね、勿論他の娘達に秘密にするのも忘れないから」

 

「ありがとう。それは頼もしいね」

 

と、フジキセキはこの魔法少女に未だ憧れる幼さも思う後輩が、自分なりに励まそうとしてくれている事を受け取って、また心が軽くなるのを感じながら企みも何もない優しい笑みを浮かべ、スイープはその反応を気分よく受け入れて二人の夕方のお茶会は終わった。

 

 

 

「って、事が今日あったんだよね」

 

夕食を済ませ他の事も一通り行って、スイープは就寝の準備をしながらシイナに語り終える。シイナは綺麗になった身体で今もまた魔力回復の魔方陣の上に乗りながら、より早く回復するための精神集中はせずにスイープの話に耳を向けていた。

 

「君も彼方此方忙しいね」

 

「今日はそのつもりじゃなかったんだけど自然と先輩達との出来事が起きてしまうというか~。

 けれど寮長さんにも言ったように、知ってしまったからにはこの件はどうにかしたいと思うし、まずはヒシアケボノさんの心の内とか聞いてもみたいけれど……」

 

と、スイープはシイナをジッと見るようにしてシイナも黙ってそれに視線を返す。

 

「他人の考えている事が分かる魔法は…………無いんだろなぁ」

 

「無いね」

 

期待は薄いともいった顔と口調でのスイープに対してシイナはバッサリとそれを切った。

 

「やっぱりね。私としてもダメ元で聞いてみただけよ。魔術書を見た時にそういう魔法には興味あったから探したのに見つからなくて第二案として「明日の事が分かる術」にしたんだもの。それにまだ今の状況では魔法自体を使わせるわけにはいかないものね。まだイマイチって様子なんでしょ?」

 

「そうだね。それでも後一歩ってところまで来てるかな」

 

「それなら良かったけれど。最近は重い荷物の時も自分で運ばないといけないのは面倒だけど、夏の事でシイナが元に戻るには大きく前進したとも言えるかもしれないし」

 

「どういうこと?あの冒険が君の大魔女への道の大きな経験値になったと?」

 

「それも思うけど、こっちの世界でよくあるのよ。カエルとか姿を変えられた王子様が乙女のキスで元に戻るだとかそういう物語。私のファーストキスまであげたんだから、あれは絶対に大きな効果有りよ」

 

「僕の場合こんな身体に閉じ込めたのも君自身なんだから、それはマッチポンプというか、意味合いが違うというか……」

 

「……ま、まあ、細かい事は良いじゃないの」

 

と、スイープは机の上で明日の授業で使う教科書類を鞄に入れ続け、それを見ながらシイナは(「口づけをしてほしい」というのは何も僕の口元にしろって事じゃなくてどこでも良かったんだけれど……ま、これは言わないでおこう)と、自分の考えに反論はされても気分は良さそうな主人の姿を横目に思っていると、全てを鞄に入れたスイープが再びシイナへと向く。

 

「そうだ、シイナは別に手伝わなくてもいいけれど明日は授業終わりに付き合ってはもらおうかな。ビコーさんも気になるけれど、まずはヒシアケボノさんの様子を見てみて、と」

 

「分かったよ」

 

「よし、これで明日の準備も予定も立てたことだし、寝る!」

 

スイープは誰相手といったものでもない宣言を行うとベッドに潜り、今日の一日は終わっていった。

 

 

 

 



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甘さと甘さの二乗

翌日、近づく学園祭のためにトレーニングは各所でお休みとなっているため、スイープは授業を終えると、周りから仕入れた情報から調理室へと向かった。

 

そこでは学園祭で喫茶店を開くクラスが「何か特別でお客の興味も惹きやすいお菓子が無いものか」と、別クラス所属であるヒシアケボノに助力を頼み、ヒシアケボノも「任せて!」とその大きな身体の胸元をポンと叩いて了承しての菓子研究会が開かれているとのことだった。

 

ワイワイと賑わう様子をスイープはそっと廊下側から観察し、とても中に入れる状況ではないという事と、ヒシアケボノが「こういうイベント時のお菓子ならば~」と教えを授け他のウマ娘が尊敬の眼を向ける様子や、「ここはどうしようかなあ~」と悩む素振りも見せつつも楽しそうに過ごしている事を知りながら、暫くその空間を見た後にスイープは特に声もかけずそこから退散し、特別校舎棟から外に出て調理室に近い場所に設置してあったベンチにシイナと共に座った。

 

「見た限りでは明るくて、私もヒシアケボノさんの良い時のレース映像も見たことあるけど、それと比べてもやつれているというようでもないけれど……」

 

周りに誰もいないベンチで一人溢しながら、(さて、どうしようか……)、(アケボノさんの前にビコーさんの方から攻めた方が良いのか……)と考え込むスイープ。

暫くシイナにも話し掛ける事もなく顔は空を見るように上げてもその目は瞑りながら熟考していた所、自分の下腹部の変化に気がつく。

 

「……頭を使うとお腹が減るわ」

 

と、シイナを置いた方とは逆側の鞄を探るが、そこから見つけたのは飴玉一つ。

とりあえずはこれを食べようと口へ放り込んで再び考えに向かおうとするが、一度気になったお腹は無視できず擦りながら「一旦、何かしっかり食べようかな」と口に出す。

 

「それなら私を手伝ってくれると嬉しいな!」

 

そこへの背後からの大きな影と大きな声。

振り向くスイープを見下ろしていたのは今日まさに姿を追いたかったヒシアケボノ。近づきたかったものの急な本人の登場にスイープは何と言っていいか分からずにヒシアケボノを見上げたまま止まる。

 

「あ、何の事だか分からないよね、ごめんね。

 あのね、お菓子作りしていて他の娘と分け合って今日は解散となったんだけど分配し忘れて残ったお菓子があって、日持ちしないし誰か食べてくれないかなって思っていたところなんだ」

 

「そ、そういう事なら喜んで付き合うわ」

 

「そう!良かった!それじゃあ調理室にレッツゴーだよ」

 

舞い込んできた近づくチャンスと腹を満たすチャンスを得たことにスイープはこれを逃す手は無いと返事をすると、ヒシアケボノは立って立ってとジェスチャーした後に校舎入り口へと向かっていき、スイープも鞄とシイナを持ってそれについていった。

 

 

 

そこから後、調理室でスイープは小さな”きな粉ケーキ”や”レアチーズケーキ”など、ヒシアケボノが言う通り今日中に片付けた方が良いだろうケーキを食べ進めていた。

 

最初は(近づくのに成功したし次はどう出ようか……)と頭も動かしながら食べていたが、途中から普段食べるケーキには無いような味わい、ちょっとしたアクセントが気になって脳内も(これは何を使っているのか……)と変わり、目の前の美味しいものに全てをぶつけていた。

 

やがて皿の上を空にしてスイープは用意されたお茶を飲む。

そのコップを置いて前を見るとヒシアケボノがよしよしと頷きながらの笑顔を向けてきていた。

 

「これで残り物は無くなったし、凄く美味しそうに食べてくれて私としても大満足、ありがとね!」

 

「あ、それでヒシアケボノさん」

 

「ん?なーに?って、私、自己紹介してなかったような……」

 

そのまま「したかな?どうだったかな?」と(お菓子の用意が頭にあって忘れていたような……)と、記憶を手繰り寄せようとするヒシアケボノに、スイープは行動を間違えたかとなりつつも、まずはその思考を止めてもらえるよう動く。

 

「あの、私、7月にストラックアウト大会した時に観客でいたりして前からヒシアケボノさんの事を知っていて……」

 

「あー、あの時のねー、あれも楽しかったねえ。

 そうそう、私の事は知っているとして貴女の事を聞いてなかったな」

 

「私はジュニアBクラスのスイープトウショウ」

 

「スイープちゃんね。お互い名前も知ってこれで完全にお知り合いだね。

 それでさっき呼んだのは何だったのかな?」

 

「ケーキ凄く美味しいなって思ったんだけど、これ全部手作りなのかなって気になったんだ」

 

「今用意したのはそうだね。今度、学園祭で喫茶店が開かれるんだけど、そこでのフード開発の協力を頼まれてね。全部手作りの物から市販のお菓子のアレンジものまで色々用意する事が決まったようだから是非その日に寄ると良いよ」

 

「今の様子だと喫茶店を開くクラスとヒシアケボノさんのクラスは違う感じ?」

 

その一通りの流れは把握済みのスイープだったが、ここで話が途切れさせるわけには……と続ける。

 

「そうだよ。下のクラスの娘に頼まれたからね。この大船に、大きな体に乗ったつもりで任せなさいと引き受けたんだ。

 私は料理やお菓子を考えるのも作るのも、それに、それを誰かが食べてくれるのも大好き。スイープちゃんも良い食べっぷりで嬉しかったな」

 

そうして再び裏も何もない本心で嬉しいと思っているのが伝わるヒシアケボノの笑顔を見ながらスイープは考える。

 

(フジキセキさんの話だと、フジキセキさんもそうして寮長室でお菓子を一緒に食べていたようだけど、やっぱりビコーさんとそうしているのが多い、ビコーさんのヒーロー遊びにアケボノさんが付き合って汗を流した後に今度はアケボノさんの趣味にビコーさんが付き合って……と)

 

そういう事も暫く行われていないのだろうなと想像を進ませつつ、考える内に自分が下を向いていたことに気づいてスイープは顔を上げる。

その急な動きにヒシアケボノは気が付いて「どうしたの?」と不思議そうな顔をする。

 

「その、ヒシアケボノさんのそういう話を聞いたことあったなって思い出して。色んな人に食べさせるのも好きってこと。な、何か、とびっきりのお菓子もあるとかも噂で……」

 

(噂じゃなくてフジキセキさんからの確実な情報だけれど……)と自分の事ながら咄嗟によく口が回ったと感想を抱いてヒシアケボノを見ると、彼女は「ああ~」と納得するような声を出す。

 

「とびっきりかあ、それはつまり「ボノ・BOMB(ボム)」のことだね。

 あ、もしかしたらここに付き合ってくれたのもそれに興味があった?」

 

「う、うん、実は……」

 

「そうかー、でも、あれは特別だからなあ」

 

流れに乗って肯定するスイープにヒシアケボノは腕を組んで悩むように言葉を。

 

「特別?何かそんなに凄いの?」

 

「それはもう!だから甘い物を食べるのに自信がある人にしか私も作らないんだ。

 それよりまずあれは一人用じゃなくて最低二人以上でのシェア用、大きさも凄いからね。どんなに自信があってもお一人様には出さないの。

 食べる事には自信も実績もトップクラスのオグリキャップ先輩にだってそれは断る線引きをして。まあ、その後でタマモクロス先輩と一緒に来て、オグリ先輩は黙々と食べ進めタマモ先輩はご本人が「自分よく頑張った!」とお腹をパンパンにしての完食だったな、そのお二人の場合は」

 

「そう言われると余計に興味を持っちゃうかなあ。甘い物食べるのは好きだし……そ、それなら私とヒシアケボノさんで食べるというのは……」

 

ヒシアケボノが甘い物を止めている情報は知りながらも、事実かどうか、もっと深い所まで知るなら……と考えスイープは触れる。

 

「そうきたかー。でも、貴女はミニケーキを何個も食べた後だからそれはオススメしないかなあ。今日じゃなくて明日から先でも私はお付き合いできないかも。作るのは良いけれどね」

 

「……食べるのは我慢してるの?」

 

朗らかな人だけれど、これは良くは思われないかもしれない……とは頭にあっても、今回の件の解決に向かうためだと、もう、ここだ!と、決心をしてスイープは思い切りよく踏み込んだ。

 

それでも言ってからの表情は不安なものとなりヒシアケボノをじっと見る。

相手のヒシアケボノは最初に驚いたような顔をして、それにスイープもまた目を見開く……と、その瞬間ヒシアケボノは大きく笑い出した。

 

「そっか。貴女もどこかで記事を見たのかな。

 そうだよねえ、記事にまで載っちゃったしジュニアの娘にも知れ渡っちゃっていてもおかしくないよねえ。

 それについてはね、春に結果が出ないものだから周りからの注意を受けて、私自身もこれはどうにかせねばと甘味絶ち宣言をしたんだよね。生半可な気持ちじゃいけないと、学園の外の人、取材に来ていた記者さんにも言ってね。そうしたら複数誌にその発言が面白おかしく載っちゃって。

 でも、元々おやつも含めて体重調整しているところあったし、トレーナーからも「むしろ逆効果」って言われて、直ぐに絶つまでの話は無しになって、以前よりは少なくしたってのが真相なんだよね」

 

「……でも、我慢しているのは変わらないんだよね。目標のために自分が好きな物を我慢するのって辛いだろうしヒシアケボノさんは凄いと思う」

 

「褒めてくれてありがとね~。

 私も絶つ宣言をした時は自分でも長い辛い戦いの始まりだと思っていたんだけど、今は我慢とか辛いとかじゃなくて、自然にそういう風になったって感じかな?」

 

「自然?」

 

と、出てきたフレーズを繰り返したスイープの目に映るヒシアケボノの姿は、笑顔ではありながらもどこか寂しいをものを纏っていた。

 

「甘い物は勿論美味しいんだけれどね、でも、ちょっと食べたらもう良いかなっていう気分になるようになって。他の人が食べていると以前のように美味しく見えるし、自分が作って他の人達に食べて貰う時の気持ちも変わらない。けれど、自分がいざ食べると甘いような苦いような、気分転換のために食べるにも転換にならないよって状態でね、だから、最近は手を出さない日が続いているんだ……」

 

ヒシアケボノはスイープの方ではなく少し遠くを見ながら語り、スイープはその姿の持つ寂しさをより強く受け止める。そうしてスイープが何も言わず見ていた事に気づいたのかヒシアケボノは視線をスイープへと向ける。その顔をまた明るくしながら。

 

「さっきも他の娘達に勧められたんだけど、お腹が減っていないわけじゃないんだけど一杯みたいな感じで、悪いとは思ったけれど断るしかなくてね。

あ、でもね、甘い物を食べないだけで体重調整はご飯とか別の物でやってるし、今日は良い機会だからスイープちゃんにお願いしたいけれど、もし私の「甘味絶ち宣言」について周りの娘が何か言ってたりしたら、そんなのじゃないから、そんなの直ぐ止めてるからって訂正しておいて。

 私が言った以上に記者さんが大袈裟に書くものだから、「私そんなにストイックに頑張ってるわけじゃないよ、意志なんて弱々だよ~」って声を大にして言いたいくらいで、そんな変なヒシアケボノ像が作られていくのに実はちょっと参っちゃってたの」

 

「そういうのは良くないわね。これは協力するしかない話」

 

「ありがとう!それじゃあ、今日の所は解散かな、そろそろこの部屋も閉めないといけないだろうし。

 私のとびっきりについては、もし甘い物に自信があるのならまたいずれね。でも、自信と実績が無いとそこは私も「駄目だぞ!」って言っちゃうからね!」

 

「実績かあ、実績は残していないからなあ。

 とりあえず食べる前にどんな物かだけ聞いてもみたいな、そうしたら実績作りに頑張れるかもしれないし」

 

「確かにそれはそうかもね。

 えっとね、バターたっぷりのクッションかと思うような大きなデニッシュに甘いソフトクリームとソース、それに厳選された塩を加える事によっての脂分×甘味×塩分=破壊力!って感じかな。

 でも、今、伝えるのはここまで!実物は選ばれし挑戦者だけが見られるものだよ~」

 

「結果が破壊力なの……?」

 

「そう!「味覚と内臓の破壊者」・「甘さの暴力」とも挑戦者から評され「爆弾」の名も付けられた、それが「ボノ・BOMB」!」

 

と、ヒシアケボノは最初に出会った時のように明るい笑顔で言い放ったが、聞いたはスイープは(これは挑戦する日は来ないのかもしれない……)と静かに思っていた────

 

 

 

 

 



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英雄は魔女と躍る

ヒシアケボノと会ってからの数日は、いくら学園祭が近いとは言っても一方でスイープのデビュー戦の日も近づくためにトレーニングに励む事が続いていた。

 

身体の調子は良く、チームの先輩と走る模擬レースの結果も良く、スイープとすればもう次の週末に本番として走っても良いと思うほどに自信に溢れ、レースを楽しみに思う気持ちは日に日に増していった。

 

と、練習が続いてのある日、数値の経過は良好でスイープ本人もやる気が溢れている事をトレーナーに褒められつつ休むのもトレーニングの一環と、授業終わりにデビュー戦のための検査など必須作業を少々行った後はオフだと解放されての夕方、スイープはシイナを片手に学園の駐車場へと向かっていた。

 

目的はそこに居るビコーペガサス。

オフになっても特に用事がなく、それならば先日ヒシアケボノに会ったのなら今度はビコーペガサスを見てみようかと、この行動については問題ないほどに魔力の回復したシイナに頼んで居場所を突き止めてもらった。

 

駐車場の隅、周りに車が止まっていない広い場所にビコーペガサスはいた。

キックやパンチやらを繰り出し、今日も必殺技の開発をしているのだろうとスイープに知らせ、一段落付くまではと待ってから近づいていくとビコーペガサスも足音に気づいたようでこちらを振り向く。

 

「スイープじゃないか、こんなところで何を?」

 

「あ、えーっと、トレーナーから暇を貰って予定も無いから足の向くままに来ただけ」

 

ビコーペガサスに用事があったと言えば更に「何の事か」と聞かれるだろうと、そして「なんで居場所が分かったか」と続けられたりしたら答えが見つからない、その考えからスイープは偶然を装う。

 

「そういう事ならアタシに付き合ってくれない?特別に何かしてくれなくてもいいんだ、身体のキレを端から見てどう思うか観察していて欲しいだけ」

 

「良いわ」

 

と、スイープは空いていた駐車スペースの車止めの上に座り込んで、その前でビコーペガサスは飛んだり跳ねたりの動きを始める。小さな身体で軽快に、頼まれたようにその身体の動きに意識を集中すれば、ヒーローを目指すと日々こうした練習をしているだけあるのか、見ているだけでも楽しくなるようなキレの良い動きだとスイープは素直に感心もする。

 

そのまま目の前の光景を見ていく内にスイープは気づく。

ビコーペガサスから繰り出される架空の相手への攻撃、そのどれもがいつも地上から離れるようにジャンプもしながら上の方へ向かうと言う事を。

ビコーペガサスの身体はスイープよりは5cmほど高いが、トレセン学園中の生徒の中でも小柄という分類に入るだろう小ささで上に向くのは分かる。けれども、大きく跳びながらのそれは、とても大きい相手を想定しているのだろうと、そうした形で何度も練習をし続けたのだろうと、それが自然と出てしまっているのだともスイープは途中で勘付き、その対象が誰なのかも理解をして黙って見続けた。

 

やがてビコーペガサスは「疲れた……」と、コンクリート造りの地面に尻を付きへたり込んだ。

あまりにゼーゼーとも息を吐くビコーペガサスに驚きもあってスイープは急いで近づく。

 

「な、何か、大丈夫?」

 

「ああ、ごめん。いいんだ、アタシ、いつもこうなんだ。

 レースもバトルにも持久力というものが足りなくて。レースは短距離専念で良いとしても、こっちはもっと長く動きたいんだけど今日もここまでが限界だなあ」

 

と、ビコーペガサスはそこで立ち上がり、演舞は終わりと二人で近くの自動販売機でジュースを買うと、今度はその傍にあったベンチに二人で並んで座る。

 

「それで見ていてどうだったかな」

 

「魔法少女ものでも格闘の動きがあるじゃない?子供の頃に実写系のものを見たけれど、そういう人達のキレにも負けないと思ったな」

 

スイープは思ったままを力強く答えるとビコーペガサスは照れくさそうにも頭を描く。

 

「まさかそのレベルまで褒められるなんて、若いのに煽てるのが上手い」

 

「そんなものじゃないわ。本当に思ったんだから。

 今度はもっと近くで私と向き合って戦う感じで見たいかも。劇を一緒にやるならその時のためにも」

 

「スイープは味方で考えてるんだから、それは待って。前回の二人のように悪堕ち宣言は困る」

 

「あ、そういう話だった。

 それで、劇はお話まで自分で考えるんだよね、ビコーさんって。今度のその話はどんなものか構想はどのくらいあるの?」

 

「良い事を聞いてくれた!その事についてはこの前遇った時に話して色々浮かんでるんだ」

 

と、ビコーペガサスは次回のヒーローショー案について話し始める。

魔術モチーフのいくつかの物語例を挙げながら、スイープならどれが良いかとも意見を求められ、スイープも知識を活かして述べていく。

そうして二人であれこれ言いながら話す事もなくなり、少し間が出来た後にビコーペガサスがまず口を開いた。

 

「今日は良い話が出来たな。ヒーローの武器として剣だとか使うのは好きだけど、剣と魔法のファンタジーな世界はあまり詳しくないからスイープに聞けて良かった」

 

「私もヒーローものとかよく知らなかったから楽しかったわ。ビコーさんってバトルもできるし知識もあるしお話も書けるし器用なのね」

 

「そ、そんなに褒めても何も出ないからな」

 

ビコーペガサスがそう言いながら再び照れくさそうに笑ったが、その後に何か頭に過ぎったかのようで落ちてきた夕陽を見るようにする。その様子をスイープが覗くようにしたところでビコーペガサスはスイープを見る事なくポツリと漏らす。

 

「……そういった事が出来てもヒーローになるにはまだまだだ」

 

スイープはその言葉には何も返さずに、身体を戻してビコーペガサスの横顔を見るだけにする。と、ビコーペガサスからそこでスイープの方へと向いた。

 

「スイープはヒーローに必要なものってなんだと思う?」

 

急な質問に「ん?」と一度首を傾げるようにもするが質問自体が分からないわけでもなくスイープは思いついた事を外に出す。

 

「それはやっぱり”特殊な力”とか」

 

「それはあるよな」

 

「後は”優しさ”とか”誰かを守りたい思い”とか?

 知ってる人だけじゃなく知らない人にも、或いは敵となる相手にも、と」

 

「そうだな。全部ひっくるめて”愛”が無ければヒーローにはなれないってやつだ」

 

「それと……そうした”力”や”愛”を行使するにも、そこに”勇気”が必要って感じかな。よくある話かもだけれど、そういうものが根底にあるものなんじゃないかって思う」

 

「……確かにその通りかもしれない」

 

相づちを打っていたビコーペガサスの最後の返事は遅れ気味となり、その顔と視線は地面へと。そして、何か考えるような表情をスイープにも見せた後に振り切るように首を横に振った。

 

「アタシはまだそのどれも持っていないってところかな。欲しいとは思っても、その思いだけが先走ってグチャグチャだ……」

 

その様子に、ヒシアケボノと会った時がそうだったように、常にある明るさとは違うものを見せるその顔に、スイープは黙って見ているしかなかった。多分、ヒシアケボノとの事を考えているのだろうとは伝わりながら、それに触れるための言葉を持たずに。

そのまま待っているとビコーペガサスがスッとベンチから立ち上がって一歩前に出た後に夕陽を背にスイープへ振り向いた。

 

「最後の最後まで良い話が出来たよ。

 でも、これ以上帰るのが遅れるのもヒーローにとってはいけないし、スイープを悪の魔女に堕とすわけにもいかないものな。これで帰ろうか」

 

「う、うん」

 

スイープもそこでベンチからは立ち上がる。ビコーペガサスはそれを見て帰り道へと身体の方向を変えようとしたが、そこをスイープが呼び止めた。

 

「あのね、ビコーさん」

 

「何?」

 

「私は思うんだけどね、”特別な力”ってのは分かんないけど、ビコーさんは劇の事を頼まれたら凄く頑張って優しいと思うし学園内の平和を守ろうとの話も聞いてそこに愛はあると思うし、それにそういう事をやりたいと思っても、そこから実際に実行に移すのはとても勇気が要ると思うの。だから、ビコーさんはちゃんと持ってるんじゃないかって思うな」

 

ヒシアケボノとの事については何を触れて良いか分からないが、これまで見てきたビコーペガサスとは違う様子に何かを言うべきだとの思いが湧いて、スイープはその身体に力も入りながら早口で言い切る。

 

「……そっか。それは自分だけでは分からないものは在る、誰かが他に居てこそ己にも気づけるってやつかな。

 まだ自覚はないけれど、そう言ってもらえるのは嬉しい。ありがとう、スイープも優しい良い魔女だな」

 

ビコーペガサスはそこで頬を緩めるようにして、スイープも気分が少しでも良くなってくれたなら良い、自分の言葉も間違いじゃなかったと笑顔を返す。

そうして、二人は夕焼けの中を並び進み帰って行った。

 

 

 

その日の夜、寝るまでの自由時間にスイープはシイナと共に作戦会議に入っていた。

スイープは机にきちんと座り、シイナは机上に置かれてしっかりと向き合った話は進む。

ヒシアケボノとビコーペガサス、双方と会うのにシイナも連れていたので本人達の話を聞いてどう思ったかと聞き出しながらスイープもスイープで改めて自分が感じた事や考えを固める。

 

「……どちらも意識はしてるけれど悪い感情を持っているってわけではないように思えるのよね」

 

「そうだね」

 

「特にビコーさんは私へも言った事からすると相手がどう以前に自分の気持ちすら纏まらなくて困ってる、顔を合わせる勇気が無いと自分でも思ってるって感じかな」

 

「僕としても良い読みだと思う」

 

返事を聞いて「そうよね、そうよね」と頷いた後、スイープは腕を組んで考え込みもすれば天井を見上げて悩みもする。暫く一人でそれを繰り広げると、考えが定まったかのような表情へと変化を完了させてシイナへと向き直す。

 

「あのさ、シイナならそれを解決できるよね?

 色々考えていて思い出したのよ、魔術書の中に「誰かの心の中が分かる魔法」は無かったけれど「気持ちを変える魔法」はあった。興味ある魔法ランキングの中には入っていたからね、改めて振り返ったら思い出せたわ。

 ってことで、アケボノさんじゃなくてビコーさんの方にそういう魔法かけたら何か上手くいくと思うのね」

 

とても良い考えだ!というように口にしたスイープだったが、言われた先のシイナは何も答えなかった。

 

「話、聞いてた?」

 

「……聞いてたよ?」

 

「できるでしょ?それとも魔力が足りない?」

 

「……そういうわけじゃないけれど」

 

と、シイナの言葉は出されていく程に歯切れの悪いもので、スイープは何か不都合があるのかと話がスムーズに行かないことへの苛立ちも増しながらシイナを見る。しかし、彼は何も語らず、それならとスイープは思いつく不都合について触れる。

 

「成功率の問題?」

 

「……それはないけど」

 

「じゃあ、何よ」

 

その問いにシイナは返さず黙り込み、その姿に余程言いたくないものがあるのかと思いながらもスイープは続ける。

 

「……もしかして「明日の事が分かる術」と一緒で、私が思っているようなものとは違うってやつ?

 別に気まずい気持ちを変えられるわけじゃなくて、あまり役に立たない感じなの?「明日の事が分かる術」のしょうもなさからすると、こっちはちょっとお風呂に入ってスッキリする程度みたいな効果とか?」

 

次々と疑問をぶつけられていくシイナは「その、それは……」と、歯切れの悪さを強めた返しをして、目を逸らすような顔の動きもつけたそれにスイープは(図星か……)とジトッとした視線をぶつける。

 

(せっかく話が上手く転がるかと思ったのに、いざという時にポンコツ……)と、溜息も漏らしそうになったスイープだったが、そう思っている途中で夏の出来事を思い返し、(ここぞで全力で助けてくれたんだし、そんな風に思うものじゃないか)と考えを変える。

 

「分かったわ。出来ないならそれでいいわよ。シイナが駄目なら次はフジキセキさんとまた作戦会議をすることにするわ。

 ということで今日は考えすぎたし寝るから、シイナも気にせず休んでよ」

 

と、切り替えを終了したスイープはシイナの頭をポンポンと叩いて椅子から降りるとそのままベッドへ。

シイナが「お休み」も言わなければ自分の言葉に「はい」も「いいえ」も言わずにいたことも気にせずに、そのまま寝入っていった。

 

 

 



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長と魔女と小悪魔と

学園祭も近づく頃、授業を終えてチーム練習も終えて寮に戻ったスイープは寮長室へと向かっていた。フジキセキと約束を交わし時間通りにドアの前に辿り着いてドアをノック。

 

しかし、返事が無い。

これは一体……とスイープの手はもう一度ドアを叩く。すると中から「ど、どうぞ、開けて入って」とのフジキセキの声。その彼女らしからぬ返事の突っかかりと上擦りもしていた声に変だと思うものの、まずは中の様子をと元気にドアを開ける。

 

そこには当然フジキセキが居て、なぜか隣にはカレンチャンがいた。

 

「ほら、カレンチャン。私達はこれから用事があるから、帰ろう、ね」

 

「カレンはもっと寮長さんと居たいのに~。二人きりじゃないとダメなことなの?」

 

フジキセキは下手に出るようにして促すがカレンチャンはまるで受け入れる気持ちが無いように振る舞う。

 

「うーん、ダメってことはないけれど……」

 

と、フジキセキはその短い髪の毛を掻きながら困り様を強く見せつつスイープへと視線を向ける。

それを受け取ってスイープは(まあ、話がおかしくなるわけではないだろうし……)と、二人に近づく。

 

「寮長さん。カレンも仲間に入れても良いんじゃないかな。私はカレンの事をよく知ってるし心配するような事は無いと思う」

 

「君もそう言うなら……。それではカレンチャンも……」

 

「もうお近づきになったし今からも仲間にもなるならカレンって呼んで欲しいな」

 

「わ、分かったよ。えっと、まずはテーブルを片付けるからカレンとスイープとそこまで待っていてね」

 

両腕を背中に回し「ね?」と上目遣いのカレンチャンにフジキセキは圧されるように答えてテーブル上の雑誌類を固め始める。

その様子を見てからスイープはカレンチャンに近づき小声で何故ここに居るのかを問う。

 

「ほら、寮長さんって色んな娘を誘ってこの部屋でお話してるでしょ?同じクラスにもそういう娘がいて羨ましいな~と思って偶々見掛けた所を寮長さんにお願いしてみたの」

 

「……自分から行ったわけ」

 

「そうだよ?したい事はこの部屋でのお喋りだったし、待ってるだけじゃ始まらないから思いきって行っちゃったの。そうしたら思った通りに楽しい時間を過ごせたんだ。ほら、あの雑誌を見ながらファッションの話とか凄く勉強になって……」

 

と、フジキセキがマガジンラックに仕舞い込んだ雑誌を指差しながらフフフと笑うカレンチャンに(本人にそのつもりがあるかどうかは分からないけれど、この娘は周りを翻弄するわ……)と、それは心の中に収めつつ「良かったね」と口で伝えた後には片付けを進めるフジキセキへと視線を移し、(こうして相手からぐいぐいと来られると流石の寮長さんもいつものままとはいかないんだな。タジタジしている寮長さんというのも新鮮ね)と、スイープも声には出さぬように笑みを見せて場が整えられるのを待った。

 

 

少しの後、三人はテーブルを囲み、カレンチャンにも分かるようヒシアケボノとビコーペガサスの件を噛み砕きつつ伝えなくても良いものは隠しつつ説明し、スイープとフジキセキも改めて経緯を確認した後で、スイープは双方に出向いて仕入れたここ最近の事について二人に述べた。

 

「と、いうことがあっての私の考えなんだけど、ここは二人を会わせる場を作るべきだと思うのよ」

 

「カレンもスイープちゃんの言う通りだと思うなあ」

 

大事な話でしっかりと伝えなければとテーブルに向けて正座で座りながらのスイープに、隣に座ったカレンチャンはこちらはリラックスしたように足を少し崩してミカンの皮を剥きながら同意をする。それを聞いた反対側に居るフジキセキは両手をテーブルに乗せ二人の方は見ずに一人考える様子を見せた後、何か心が決まったという表情で顔を上げた。

 

「実は私も私で二人に必要なのは直接に顔を合わせる事だと思っていてね、方法も色々と考えていたんだ」

 

「そうなんだ、流石、寮長さんね。そういう考えになるだけでなくて、もう方法の事にまで進んでいるなんて」

 

「二人の様子からするとそれしかないかなと辿り着くのは早かったんだ。そこでスイープの話を聞いてやはりとも思ったのと、同じ意見ならば話は早く、「この策で良いか」と気持ちの後押しにもなったよ。それではその方法について話していこうか……」

 

そこからの栗東寮・寮長室での作戦本会議。

フジキセキの案にスイープは文句もなく、それにはカレンチャンも手伝うと乗り気で話はとんとん拍子で纏まり、後は実行だけだと3人はその日、トレセン学園の学園祭当日を待った─────

 

 

 



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決戦は水曜日

9月下旬のとある水曜日。レースが行われてすぐではなく終わってすぐにレースがあるわけでもない週の真ん中、トレセン学園の学園祭当日。朝から外部のファンの入場もあっての大賑わい。

 

スイープは今日もシイナ片手にカレンチャンと連れだって午前中は催し物の観覧から体験まで様々に、午後は当初予定を立てていたスケジュールは変更して学園のとある一角へと。

そこはビコーペガサスが在籍するクラスの模擬店が開かれている場所。

 

今日になる随分と前からビコーペガサスはヒシアケボノと共に何かを行う考えがあったが、二人が話すこともろく目を合わせる事も無くなりその話は消え去って、この学園祭当日はビコーペガサスは所属クラスの模擬店の裏方として参加、ヒシアケボノは所属クラスの催しの準備役を担い今日は他の娘達と居る事をフジキセキから情報として得て二人はやってきた。

 

その景品付きゲームの模擬店で一通り遊んだ後は、「朝から働きっぱなしだ」と「後は自分達が」と他のクラスメイトから言われたビコーペガサスを誘ってこれまた午前中には行かなかった舞台や買い物を楽しんで、気がつけば空は赤く、周りのお客も随分と減り学園内には静けさもやってきていた。

 

「随分と楽しんだし、そろそろ帰るかな~」

 

手に入れた物品を右手に左手にと持ち右腕に左腕に下げながらビコーペガサスが呟く。と、それに反応したのはカレンチャン。隣で歩いていたところから足を速めてビコーペガサスの前に出る。

 

「カレンはもうちょっと居たいな~。寮に帰るのもいいけれど一度ゆっくり座りたいかなって思うの」

 

「それを言われればそうか。今からは帰り道も混むだろうし時間をズラすのも有りだ」

 

「やった!それでね、パンフレットで良さそうな場所を見つけてたの。ほら、ここ!」

 

カレンチャンはその時を待っていたかのように各地模擬店の場所が描かれた案内図をビコーペガサスに見せる。

 

「へえ、ここからも近いし丁度いいかな」

 

「ね!それじゃあ、早く早く!」

 

と、言うと同時にあまり物を持っていなかったカレンチャンは軽やかにその場所に向けて走るようにも去って行く。

 

「あの娘は……。と、何か心配だから私も急ぐわ。ビコーさんはゆっくりでも良いからついて来て」

 

スイープもまたカレンチャンよりは多い荷物を持ち直しながらそれを伝えるとカレンチャンを追うように。

 

「え、ちょっと、お~~い……」

 

そして、ビコーペガサスは既に遠くを行く二人に対して勝手なものだとは思いながらも、こうなれば最後まで付き合うかと、そんな後輩を可愛くも思う顔を浮かべると元気にその足を進め始めた。

 

 

 

 

ビコーペガサスは喫茶店が開かれている建物へ辿り着き中へと入る。

元はとあるチームが使っていた大きなプレハブ小屋。その造りは強くなく置かれた所は利便性が悪く年季も入ってきたと、そのチームは他へと引っ越しを完了し、この建物自体も撤去が既に決まった場所だった。

 

しかし、撤去する前に学園祭での模擬店に使用することにして、どうせ壊されるものならと自由に、外装から内装まで手間暇を掛けて手を加えられたそこは元が質素な小屋だったとは思えないほどの街のどこかに過去から長く存在していそうなシックな喫茶店へと変化していた。

 

そんな内部へと入ったビコーペガサスだったが、入った途端にまず一度足を止めた。

同じ学園に存在する一クラスが作り出したとは思えない見た目に驚いたわけではなかった。そんな落ち着きがある場所ながら、そこに他の客の姿が見えないことに。

 

スイープとカレンチャンはとキョロキョロと辺りを見渡すビコーペガサスの元にまずエプロン姿のウマ娘が。その店員役の生徒の案内で窓際の四人がけテーブル席につく。荷物を椅子の上に置きながらも周りに意識を向けるビコーペガサスの姿を、そこから少し離れた衝立も越えた別の席からスイープとカレンチャン、そしてフジキセキも確認していた。

 

ここまでの作戦は上手く行っている………と、三人は顔を見合わせ頷く。

これが今日の段取り、この場の全てが今はビコーペガサスとヒシアケボノのために用意されていた。

 

本来この喫茶店は20分前には閉店そして片付けとなっていたはずだった。それをフジキセキが担当クラスの代表者の元へ赴き時間の延長、そして、「喫茶店が忙しいからヘルプで」とヒシアケボノを店員として連れてくることを頼み込んだ。

 

ヒシアケボノの事はフジキセキが担えばビコーペガサスの事はスイープとカレンチャンが担うことに。

元々の考えていた予定やクラスの友人の誘いを断ってビコーペガサスの元へ行きこの時間に喫茶店に誘う役を任された。スイープとしても色々と言葉は考えていたのだが、その時が来たらカレンチャンが違和感を持たれる事も無く流れるように話を持っていって、(寮長さんとの時にしろ、おねだり上手というか……)と感心とも困惑ともいった感情を得ながら(仲間に誘っておいて間違いなかったわ)と強くも思うスイープだった。

 

そうして三人はこっそりとビコーペガサスの席を見続ける。

と、そこにもう一人の主役であるヒシアケボノの姿が、これもまたフジキセキから事前に裏側で「ビコーペガサスが来たらヒシアケボノを向かわせて」と話をつけての事だった。

 

ヒシアケボノが席に近づいていくと、まずは彼女が客席を見てハッとした顔の後に立ち止まる。しかし、それも一瞬で、今は頼まれた仕事があるのだ、と、店にやってきた客のための笑顔に戻して一歩を踏み出そうとする。

そこで気配に気づいたか多くの荷物を席の端に寄せるために横を向いていたビコーペガサスが身体を元に戻す動きに。

 

こちらもやってきた店員の姿を知って目を見開く。

そして、誰かを探すかのように他の席を見渡す行動へと一瞬移りそうになるが、それを中止し席へとちょこんと座り直して顔を下に向ける。

 

「…あの、ご注文は」

 

「……アイスレモンティー」

 

ビコーペガサスはヒシアケボノの顔は見ず、ちらりと机上のメニューにだけ視線を向けて答える。それに対してヒシアケボノは「かしこまりました」と一つお辞儀をすると厨房に戻っていった。

 

一方のそれを観察する者達は、まさに固唾を飲むとの様子で口を開く事なく居続けた。

スイープ達とて最初から全てが好転するとは思っていない。けれども、まず互いを合わせる事までは進み、ヒシアケボノもビコーペガサスもこの状況を今すぐ捨て去るわけでは無さそうだという事にホッとしながら。

 

そんな三人組の視線の先、ビコーペガサスは一人俯いていた。

今のこの状況が作られたものだという事には既に感づいていた。騙し討ちのような形だと沸く気持ちはある、しかし、それを行った者達を責める気もなく、今の自分はこのまま進むべきだと思えている。

 

どうするべきか……

考えれば考えるほど顔が下を向く。

 

そうしている内に「お待たせしました」と、コトンと机の上にアイスティーが置かれても、顔をぴくりと上げる事もなく頷くだけしかできなかった。

 

ヒシアケボノのレースへの姿勢に対して指摘をする。それ自体は今も後悔はしていない。

 

しかし、自分の姿勢もまたそれで良かったのかと、時間が過ぎるほどにその思いは強くなる。

ショックを受けたようである反応も「偶にはそのくらい受けないと効かない!」と気にしてもおらず、食べる事を我慢しレースに打ち込む様子を見れば「こうしてURA界はまた盛り上がっていく、これもヒーローの仕事!」と、今思えば自惚れだったと、その視線の先の相手ではなく自分に満足感を持っていた。

 

そして、現実、事態は好転もせず坂をより下っていく事となって。

 

自分から「食べ過ぎるな」と「レースで結果が出るまでダメだ」と言っておいて、今更自分からどう近づき伝えれば良いのか。

結果が良くない中でもそれでも我慢もして毎日の練習に打ち込んでいる相手に対して、後先を考えず自分から言い出した事をまた自分から前言撤回するのは、それこそ相手のプライドも何も考えたものじゃないと思う。

 

そんなことが自分の中で回り続け、相手から顔を逸らし隠れるようにも距離を取り続け、とてもヒーローなんて言えない行動を続けて今日まで来てしまった。

 

ここで今、知らぬ内にそれは自分達二人の話では終わらずにいた事を知り、その気遣いは嬉しくとも起こる情けなさにこの身が重くなる。

 

と、背中まで落とす一人の客と企む者達しかいない店内、コチコチと置かれた時計の針の音だけがする。

 

「……寮長さん、このままはどうなんだろう」

 

「うん、ここはもう一度私達が事態を動かすとしよう」

 

スイープの問いかけにフジキセキはスマホを開き一つのアプリを起動する、連絡先は厨房の責任者。

そのウマ娘に対して、ヒシアケボノをビコーペガサスの元へ向かわせる作戦を提示する。

今日になるまでに数々のパターンを考えてあり、幾つかの例を提示した後にアプリを介して無言でやりとりするフジキセキ。

やがて話がまとまったようでパタンとスマホのカバーを閉じてスイープとカレンチャンを見る。その顔はスッキリとしていて、二人は何も問題ないとフジキセキを信じ黙ってビコーペガサスの席に注目する。

 

やがてヒシアケボノが再びやってきた。

 

「あの、”お客様”に伝える事がありまして……」

 

店員として振舞うヒシアケボノに、ビコーペガサスは自分は客なのだと顔を上げる。けれども、それはハッキリとヒシアケボノを見るわけではなく、その大きな体のお腹辺りを見る程度まで。

 

「フードの数が足りず、今、用意できるのはベリーマフィンか大型ドーナツのみとなってしまいました。こちらサービスとなりますが、どちらになさいますか」

 

その言葉にビコーペガサスの右手がお腹へと向かう。

外を回っている時にあまり食べ物は摂らずに空腹ではあった。喫茶店に行くなら何か食べるのも楽しみだと思っていたが辿り着いてみればこの状況で、飲み物と一緒に何か頼む気にはならず今もその気分が強いわけでもない。

しかし、ここで「要らない」と言うよりも勧められた流れのままでとビコーペガサスは思い「じゃあ、ドーナツで……」と振り絞るように小さく伝える。

 

「かしこまりました」

 

そう言ってまたヒシアケボノは一礼をし身体を厨房の方へ。

その時、ビコーペガサスが勢いよく立ち上がった。

 

「ま、待って……!」

 

引き留める言葉にヒシアケボノが再び身体を反対側に向ければ、ビコーペガサスは立ち上がりはしても顔は上げないままに、身体の横で拳を作り身体を少し震わせるようにしてそこに居た。

 

今、この瞬間を逃したら糸がプツリと切れてしまうように思う。

こんな機会はきっともうやってこない。

 

だから、自分はこの好機を掴まなければならない。

しかし、その手がどこにも見えない。

言いたい事は沢山あるのに、どれもこれもが今になっても混ざりに混ざって混沌だけがそこにある。

脚本を描く時にはあんなにも簡単な事が現実ではそうはいかない。

いつだってヒーローはこんな時にビシッと決めるのに自分にはそれができない。

 

やっぱり自分はヒーローにほど遠い。

誰かに道を示せるわけでもない、格好良さなんてどこにもない。

 

そこでビコーペガサスは握り拳に更に力を込める。

 

それでも自分はヒーローになりたい。

最後まで格好良さなんて身に付かないかもしれないけれど、いつかそこにいるのは自分で説明できないような気持ちを抱える英雄かもしれないけれど。

 

辿り着く先が情けないヒーローであっても良い。

この道をまだ進む勇気が欲しい、その力を貸して欲しい。

独りでは進めないから。

 

黙り続けるビコーペガサスに、ヒシアケボノは今はもう店員としてではない瞳で不安そうにも見つめる。

結果が出せず、ビコーペガサスに指摘され、それは御尤もだと受け入れて、そこからどうしてか生まれてしまった距離。ビコーペガサス同様にヒシアケボノにも様々な気持ちが重なって、それを材料に作られた何段ものケーキが身体に詰め込まれたかのようで、あれほど好きだった菓子も身体に入らなくなった。

 

「他の誰の何が悪いわけじゃない」、「自分が結果を出しさえすれば良い、それを切欠にする」、「そうしたらまた以前のようにやっていくんだ」と、最初は前向きにいたけれど、世界はそうも上手く回るものではなく競技者として更に停滞し、気晴らしに作ったお菓子を他の娘が美味しく食べる姿で救われるものはあっても、取れぬ胸の詰まりもあれば息もどこか詰まる日々が続いてきた。

 

「……ドーナツは要らない」

 

「そ、そうですか。では伝えてきます」

 

黙っていたところからの急な声に戸惑いながらも、すぐに店員の役目と戻り厨房へ行こうとするヒシアケボノ。そこでビコーペガサスは呼び止めるようにも続けた。

 

「ドーナツは要らないけど他の物が欲しい」

 

「では、マフィンで……」

 

「それも要らない」

 

「フードは無しと……」

 

「いや……」

 

ドーナツでもない、マフィンでもない、他は売り切れと間違えなく伝えたはずなのに……と、先程のやりとりを思い返すヒシアケボノに対してビコーペガサスはついに顔を上げてヒシアケボノを見上げる。同じ部屋の息を潜めた三人組だけでなく厨房側からも事情を知っている者達が静かにそれを見ていた。

 

誰も他に物音一つ立てない空間の中でビコーペガサスがゆっくりとハッキリと伝えるように声を出した。

 

 

「アタシが頼みたいのは……「ボノ・BOMB」を一つ」

 

 

声の余韻も消え、部屋中が静まりかえる。

その中でヒシアケボノは注文の言葉を聞いては一瞬大きく目を開き、今はそっと胸元を片手で触れていた。

ずっとそこに溜まっていたつかえが取れたかのようだった。それを確認してビコーペガサスを見る。

 

己が結果を出して堂々と会いに行かなければならないはずだったのに、何も出来ず自分から近づく術を失くし、まごまごして行き止まりに居る内に自分から飛び込んできてくれる、やっぱり誰が何を言おうとも彼女は立派なヒーローだ、と、ヒシアケボノはもう息が詰まる事のない喉を動かす。

 

「ご注文を繰り返します。「ボノ・BOMB」を一つ。…………かしこまりました」

 

そして、ヒシアケボノは深く礼をしてから身体を戻す。

そこには全てを受け止めるような大らかな笑みのウマ娘が一人、そして、向かい合った側には小さなウマ娘が溢れるものを溢さないようしながら強く頷いた。

 

 

 

 

ヒシアケボノが注文を受け取って厨房へ入る。

そこに離れた席上でカレンチャンが困ったようにも近くのスイープとフジキセキの顔を見回しながら声を出した。

 

「どうしよう、また謝らずに頼むだけで終わっちゃった」

 

「そうだね、”頼むだけ”だ」

 

「でも、それで良いのよね」

 

と、慌てるようにもフジキセキの袖を引っ張ったカレンチャンと違い、フジキセキもスイープもどこ吹く風と、席に座って待つビコーペガサスをちらっと見て満足そうにも。

 

「「良い」って何が良いの?スイープちゃん」

 

「二人にはそれだけで良いってことよ」

 

「そんな言い方されても分からないよ~」

 

「そうね、他の誰も知らなくてもいい、二人にあれこれは必要ないってこと。ま、カレンも色々頑張ってるけど、まだちょっと早い話もあるってことよね~」

 

「言うねえ、スイープトウショウ。これはもうすっかり経験豊富な魔女ってことかな?」

 

「かもね、寮長さん」

 

己にとっても暫く在った悩み事の結末を見届けていつも通りの自信たっぷりの微笑みをスイープに向けるフジキセキと、少し得意げに口元を上げて返すスイープ。そして、疑問を解こうと聞いてはみても、返ってくるものに更に疑問符の沢山浮いた表情を浮かべ続けるカレンチャンだった───

 

 

 

 

 




9月学園祭編は終了です。
次は10月の物語、大勢のウマ娘の出る軽いノリの話になります。


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マジカルキャプターズ
イギリスまでは何マイル


「ゼッケン7番!スイープトウショウ!圧倒的前評判に応え、今1着でゴーール!!」

 

繰り返し繰り返し何度聞いたか分からないアナウンサーの言葉を聞き終え、客席に勝利のアピールをする己の姿を見納めて、10月初日の練習終わり、スイープは自分が出場した9月の終わりに行われたデビュー戦の動画を閉じてスマホカバーも閉じて学園内のベンチから立ち上がる。

 

「何度見ても良いってものよね。今日は地味練習で面白くもなかったけれど、こうしてレースを振り返ればそれも回復というもの!」

 

「飽きないねえ」

 

勢いよく動いたスイープに続いては、まだ拾われずベンチに置かれたままのシイナからの一言。

 

「当たり前でしょ。こんな思い通りに決まった場面、飽きるわけがないじゃないの」

 

「そこまでハッキリ言われると言い返せないな」

 

と、返しながらシイナは(で、その後の勝利者インタビューはどこかの大人しい娘並に照れて何も言えなくて、その後のライブもあちこち決まらなかったから、いつもレースまでを見たら直ぐ映像を切る、と)と、スイープの行動への指摘をそっと行う。

 

「それを言ったらシイナだって飽きずに見てるじゃないの。レースでも無くライブでも無くレース後の表彰式、スマホ貸す度に色々な先輩のを。何あれ、そういえば前にそういう場面が大魔女の儀式のようだって言ってたけど、それを見てそういう事を思い出してるの?……もしやホームシックってやつ?」

 

「……別にそうじゃないけどね。まあ、儀式の時の魔女と表彰式のウマ娘の表情とはやっぱり似ているとは思うけれど、同一視しているわけではないし、ただ君らウマ娘のそういう場面こそが良いと思って見ているだけだよ」

 

「レースよりライブより?」

 

「そういうこと。観客としての見方としたら違うのかもしれないけれどね」

 

「そんな風には思わなくても良いと思うけどね。確かにそこだけを注目して見るのはメジャーじゃないかもしれないけど、レースしか興味無い人、ライブしか興味ない人、宣伝とかTVに出ている時しか興味ない人もいるようだからね、そのどれにしても”違う”とか”おかしい”とか、そういうものじゃないと私は思う」

 

「それならば今後もそうして見ていくとしよう」

 

「そうしてよ」

 

と、話が一区切りついてスイープはシイナを持ち上げ寮へと帰ることにした。

 

 

 

 

そうしてデビュー戦で戦前から高評価を集めて挑み、それに恥じない勝利を収めたスイープの能力評価は外部からも上々で、トレーナーの判断も「この出来なら今度のレースは一気にG3重賞だ」と、スイープは来月上旬に行われるそのレースに向けての準備に向かっていく事になった。

 

その日まではまだ一ヶ月以上もあり、トレーニング負荷は緩く終わり気持ちも余裕のある練習後の帰り道、この日は自分のトレーニングは早くも済んだが、チームメイトである先輩の手伝いやチーム全員での片付けに手間取って、星も空によく見える時間になってスイープは帰路についていた。

 

そんな予定通りに終わらなかった日だったが、今日もまたスイープは一度自分のデビュー戦の勝利の映像を見直して気持ちを上げて意気揚々と寮へと向かう。

 

「やっぱり自分で見ても良い勝ち方よねえ、気になるとしたら勝った時のアピール。頭に出来てたようには出来たけれど、今度はもっと派手に行きたいよね、舞台も重賞だから。そして、その後はG1レース。ホープフルステークスはちょっと距離が長いからパスとして……」

 

「まだ終わっていないのに次のこと?」

 

鼻歌交じりに夢を広げていくスイープにその手に抱き抱えられたシイナは顔を上に動かしながら触れる。

 

「そうよ、次どころかその先だって考えてるんだから。

 実績付けたら世界に羽ばたきたいよね、魔女としたら。やっぱり魔女の本場はヨーロッパだもの」

 

「目標があるのは良い事だよね。

 それなら、最近も色んな所で話題になってる今度フランスであるレースとか?記事を見ていたらこの世界に関わる人達の大きな夢だって書かれていたから」

 

「ああ、凱旋門賞ね。確かに大きなレースだけど、距離は長いし何か走りにくい場所だとも聞くからなあ……」

 

と、スイープは話しながら思いつく。

世界の話になったのならば以前から思っていた事に触れてみよう、と。そして、歩きながらシイナの方は見ずに話していたのを止めて足も止めて顔を下に向ける。

 

「私ならイギリスが良いかな」

 

「イギリス……」

 

「そう、イギリス」

 

シイナが何度もイギリスについてサイトを見ていた記憶から、まずはそれとなく口に出す。シイナが呟くように言った後には一言返して反応を待つ。

シイナはスイープを見るのを止めるように顔を横に動かし、夜空の下で少しの間が出来た後にシイナは思いついたというように声を出した。

 

「ああ、アイルランドは知ってなくてもイギリスは知っていたものね。他の国よりは詳しいんだ」

 

「そういう話を今蒸し返さないの。そうじゃなくて魔女とか妖精の話とか多い国だから良いの」

 

「そういうこと。良いと思うよ、そういう理由から興味を持つのも。それで、イギリスのレースは君に合いそうなのあるわけ?」

 

「……それはまだ調べてないけど」

 

「君って娘は……」

 

「い、いいじゃないの、とりあえず国を限定すれば私に合うレースだってきっとあるわよ」

 

「確かにまだ先の話だろうからね、今はそのくらいでも良いのか」

 

そこまでのシイナの反応に言い辛そうにしたり焦りながら否定したりのスイープだったが、最後の言葉には不敵ともいえる笑みを浮かべる。

 

「そんな事を言っていると、すぐに来るかも知れないけどねえ。海外の大レースで勝ったら、それは大魔女に近づくなんてものじゃない、そこでもう大魔女!という話かもしれないし、そうしたらシイナも卒業が出来るわけで、お互い最高でしょ」

 

「……僕の事はそう気にしなくてもいいけどね」

 

「え?卒業したくないの?」

 

「それはしたいけれど……焦らず行く事が大事だろうし僕としては時間が掛かっても構わないし、僕の事を気にして上手くいかないのが最も避けるべき事だ」

 

「そうよね、試験合格したくないわけがないよね。まあ、私だって焦っているわけじゃないから、そこはシイナも心配しないで」

 

「分かったよ」

 

と、それが話の終わりとなってスイープは想像していたものとは流れが違った、思ったよりイギリスといった言葉に食いつきが悪かったとは思ったが、有意義な会話が出来たと心は満たされながら空を見た。

 

晴れ渡った夜空に星々が見えて、その中に丁度”デネブ”を見つける。

 

「10月になってもあんなに綺麗にデネブの星が光ってるものね、私もデネブの一員としてこの秋もその先も目立っていかないと。他の大三角形の星よりも大きく光って、トレーナーは良い名前を付けたし私の直感も間違ってなかったわ……と」

 

調子良く話していたスイープがそこで空を見上げたまま動きを止める。

 

「どうしたの」

 

「あー、ちょっと嫌なこと思い出しちゃった。これはシイナが部屋で留守番している時の事で言ってなかったけど、天体観測に参加してから、チームの名前の星の名前ばかりだし色々天体の事についての本も読んだのよね、授業も真面目に聞いてさ。

 それで理科のテストの時に夏の大三角形の問題が出て”デネブ”はそれは覚えるよって話で”ベガ”だって○を貰えた。でも残りがさ、”アルテア”って書いたら、先生に「呼ばれ方としてあるけど授業で教えて一般的なのは”アルタイル”」だから△」って言われちゃって、あれが○なら今回こそは平均点に届いたのになあ。

 そう言われればそうだけれど、私としたら”アルタイル”だって良いとは思うけれど”アルテア”の方がもっと良い響きの凄く良い名前だと思って、テストの時もこれしかないって真っ先に書いたらそれで……」

 

気分が悪くなったわけではないが少しばかり悔しかった事を思い出して夜空の夏の大三角形を見ながら「あーあ」と声に出すスイープ。そこに下から「ふふっ」と小さく声がして、スイープはその発信者を見る。

 

「何笑ってんのよ」

 

「……あ~、ごめん。その、君ってそういうの多いよねと思って。”デネブ”も響きが良いからと選んで今の事も」

 

「だって大事な事よ、音の響きというのは。耳に届いた途端に「これだ!」ってなるものは沢山あるもの。

 さっきも言ったけれど”デネブ”に入って良かったって思ってるし、勘を呼んで自分に合うものを結びつけてくれる、そんな音に宿る魔力だってあるんじゃない?」

 

「それは興味深い表現だな」

 

「でしょ~」

 

笑われて指摘はしたけれど、その笑い声の響きがこれもまた悪くは聞こえず、直ぐさま謝ってもくれれば楽しそうにも話に乗ってきたシイナに対してスイープは不機嫌にもならずにこちらも笑みを浮かべて話を続けた後にはもう一度空を見た。

 

「後はあれが無ければ良い秋の日々なのにねえ」

 

と、今度はうんざり……の感情を含めたスイープの見つめる先には一つの彗星。

それは不周期で宇宙を駆けているもので、今年に初めて地球へと近づいた事が観測され、今その存在は肉眼でも見えるほど。

それだけならば何も嫌がるものでもないのかもしれない、その彗星のせいにするべきではないけれど、彼の彗星がいることによって世間が少々騒がしくなっており、それをスイープは不満に思っていた。

 

彗星がはっきり見えるようになり、それが過去1度も近づいた事のないものだったことで話題を呼び、空を彗星が駆けるのならば地上では情報は駆け巡った。

 

その中で初めて目撃されたこの彗星に対して、過去から彗星は不吉の前触れだと根拠なく不安がる者も出てこれば、その彗星が放出する物質の影響で他の太陽系の星々の幾つが少し明るく赤く見えるようになったと、それがまた過去から”凶星”と呼ばれるものだったことで、「世界の終わりの始まりだ」だと騒ぐ者や「星からの悪い影響を跳ね返す」と怪しい道具なども売られるようになっているのが最近の世の中で、スイープとて占いやそういうものが嫌いなわけではないが、けれども、変に騒ぎ立てたり不安に突け入るようなものはどうなのだろうと日々を過ごしているのだった。

 

「それでも天体関係の偉い人の話では近々肉眼では見えなくなると言うし早くそうなって欲しいものよね。今月末までそういう事が続くと世の中にとって良くなさそうだし……」

 

「今月末ってハロウィンか」

 

「そう。シイナも知ってるのね」

 

「そりゃ今の時期から色んな所で話を見かけるし、君の休みの日は外出先で、そうでない日は寮の部屋で、君の傍にいるだけでも毎日のように情報が入ってくるから」

 

「それもそうか。それでさ、思うんだけれど、ハロウィンって良くない精霊や悪い魔女がやってくるのを追い返すためみたいな事も聞くじゃない?そんな頃まで彗星がいるとまた悪い方向に考える人達がいそうだから、どうにか落ち着いて欲しいものよね」

 

「それは君の指摘通りに思うな」

 

「ね、せっかく他の娘達だって魔女とか他にも何かに化けて楽しいイベント出来るのにそれじゃ私も困るわ」

 

そこまでを述べて溜息をついてからスイープは「あっ」と小さく言ってからシイナを見る。

 

「今過ぎっちゃったんだけど、その魔女がやってくる言い伝えとかシイナの世界と関係あるのかな?」

 

「「それは関係ない」とはっきり言わせてもらうよ。

 ハロウィンの発祥が何だったとかは細かく知らないけれど、こちらの人達を不安にさせるような、対策を立てさせるような行いなんて魔女も大魔女だってやらないよ。こちらの世界でしか手に入らない物が有ってもひっそりと、異変解決も出来るだけ目立たぬようにその技術と精神によって磨かれた仕事で片付けるんだから。

 僕らの世界の”良くない精霊”なんて決してこちらの世界に通さないだろうし、”悪い魔女”がやってきたというのなら、それは存在するにしてもまた夏に出会った者のようにまた別世界からの来訪者だよ」

 

「分かった。そうよね、その通りよね、ごめん」

 

きっぱりと「それは何一つ認めない」というように力強く発言するシイナにスイープは圧され気味にも頷いて、相手が良い気分ではなくなるのも分かって最後には謝罪も付ける。

 

「あ、いや、謝らなくてもいいよ。僕も力が入った」

 

「ううん、今のは考えが足りなかったと私も思うから」

 

と、お互いに頭を下げるようにしたところで夜風が吹きスイープが身体を震わせた。それには寒さも感じないぬいぐるみが即座に反応する。

 

「さすがにこんな所で話しすぎた。帰って温まろう」

 

「そうね」

 

そうしてスイープは「寒い、寒い」とシイナを抱きかかえもして、デネブや彗星や凶星が光る空の下を早足で帰って行った。

 

 

 



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一足お先の銀世界

今は10月、秋。G1シーズンは始まったばかりの、秋。

そんなある日の平日の朝、スイープは目覚ましの音楽を止めて起き上がりパジャマからの着替えも終えると窓際に立つ。

 

雲は点在するだけの青い秋空がそこに広がっていた。次に視線を落として寮の周りの植え込みを見る。そこにあるのは白い光景。柔らかそうな白いものが緑の葉っぱの上に所狭しと乗っていた。

 

「今日も多いわね……」

 

と、閉じた窓に触れる事なく離れ、その後はシイナを連れて朝食へ。辿り着けば食堂に集った者達の話題はやはり外に見える白いものについての話だった。

 

それは雪化粧のように地上を埋めているが、雪ではなく白い綿毛のようなもの。

数日前に突然に学園内に湧き出して、地面に固まりもして居れば風に乗って空中をふわふわと漂って屋内にも侵入してくるもの。

最初はチラホラと見掛けるだけで、「何だろう?」と見た者は疑問に思い周りにも伝え話題にはなったが、誰も深くは気に止めていなかった。しかし、そこからは倍々ゲームといった様子で、あっという間に学園内の景色を変えて行った。

 

そうなれば一大事と、捕獲そして分析となっていった。そうして判明した事と言えば、その小さい者なら1cm・大きい者なら5cmほどの大きさの綿毛のような白い身体を構成するのはアミノ酸やタンパク質といったもので分類としては「生物」。光の強く当たる場所、熱のある場所に集まりやすくそこから身体を維持するものを合成しているようだというもの。それ以上は何も分からず、とりあえず危険な事は無いとは判断されていた。

 

となると、「それでは何なのか?」というのが学園内での筆頭の話題となり、そこで多くの者が意識したのは遙か上空に訪れた彗星で、「あの彗星のように天空から訪れた宇宙生物だ」という仮説が唱えられたり、それを「不吉の象徴」だとも言えば「彗星が不吉を呼ぶ一方でこのふわふわと可愛らしい姿はそれに対抗する者だ」等と”危なくない”と説明されれば学園に通うウマ娘の多くは気楽なもので、根拠も何もなく思うままに、言っている本人達も真剣には考えてはいないやりとりが学園内の各地で行われていった。

 

会話が”学園内”と限定されるのは、どうもその物体の発生は学園内に限られており、学園の外に近づく程に目撃される数は減り、一歩学園の外に出れば一つとして存在が確認されていないようだった。そこで世の注目も集められやすいトレセン学園、この何かは分からないが危険はないとされた者に対して「外に知らせることは必要ない、無駄な騒ぎは避ける」と外部の者には伏せられることになり、専門機関での分析も秘密裏に行われたものだった。

 

と、そうして話されていく内に”白いフワフワ”を「アレ」や「ソレ」や「白いの」と言うよりも何か名称が有った方が分かり易いとの意見が出て、それは「ケサパサ」と名付けられることになった。あくまで学園内の話、この生物の事を調べた専門家も関係なくウマ娘達の中の記号として。

 

それについての話が進む内に、昔にこんな白いフワフワとした者が話題になったらしいと誰かが言い出し、それもまたよく分からない存在とされ、かつてそれは「ケサランパサラン」と呼ばれたという所から、今回のこの白いフワフワは「ケサランパサラン」かもしれないが違うかもしれないという事で、それと区別するためにも「ケサパサ」という事で定着した。

 

そんな近頃のトレセン学園。

ケサパサによって危険があったとの物事は一つも起こっていなかったが、日々増えていくその様子と、その軽い身体は生徒が地面を走ればブワリと舞い上がり、熱の高い所に集まり易いという事はトレセン学園内の人やウマ娘にまとわりついてきて鬱陶しい事この上なく苛立ちを起こさせるだけでなく、繊細な性格のウマ娘の中には怯えたり気が滅入ってしまう者もいた。

 

といった経緯があっての現在、学園内は各地で早めの暖房器具が稼働し、明るい日差しの下での照明器具が持ち出され、トレーニング中のウマ娘の邪魔をさせないように、それらはフル回転しケサパサを集め、捕獲された者達は袋に入れられて焼却処分といった方法が取られていた。

 

対策はトレーニング中のウマ娘だけに留まらず、外部の者達に気づかれないように人目につかない所に暖房や照明器具を置いて集めたり、記者からの取材は出来るだけ学園の外に近い元からケサパサの確認が少ない場所で行われる等されていた。

 

他にも授業終わりに有志を集めて捕獲もしているが、結局翌日にはどこからか湧いている謎の生物、それが「ケサパサ」であった。

 

そんなケサパサの話をスイープも周りにいたウマ娘達としながら、窓を開けると一気にケサパサが入ってくるからと、しっかりと窓が閉じられた食堂で朝食を終え、やはり閉じられた教室で授業を終え、次のレースまではまだ長く屋内で軽く運動した後はチーム練習も解散となりスイープは夕方のトレセン学園の中庭を一人歩いていた。

 

ふと隣の植え込みを見れば一つのケサパサがフワフワと漂っていたかと思えば下降しながらスイープの足元へ。スイープはシイナを抱きかかえたまま屈み、触れはしないがその目でじっと観察する。

 

「何なんだろうね、本当、これ」

 

「何だろうね」

 

「「ケサパサ」じゃなくて「ケサランパサラン」は妖力を持つ妖怪とかも云われているようなんだけど、これから魔力とかそういうもの感じたりする?」

 

「それは何とも……ってところかな。在るような無いような、もう少しこちらの具合が良ければ判るかもしれないんだけど……」

 

「まだ魔力が完全に戻ってないの?最近は何の頼みもしなかったから気にしてなかったけど」

 

「戻ってはいるよ、ただどうも僕の力を阻害する者がいるようで……」

 

と、シイナは首を上げ腕も完全には上げられないが上空を指すように動かす。スイープもそれに合わせて空を見上げ、夕焼け空にも薄らと存在は確認される者を見てから顔を戻す。

 

「あの彗星か」

 

「そうみたいだ。もっと力を込めれば判る事はあるかもしれないけれど魔力の暴発が怖いしね」

 

「そういう話ならやらなくていいわ。

 と、その話からしてもあれはやっぱり不吉な何か……」

 

「そこまで決めてかからない方が良いと思うよ。僕も細かく何が影響で…とは判らないし」

 

「ふーん。まあ、そうなると、とりあえずあれが早く遠くにまた行って見えなくなって欲しいものね。シイナに影響を与えて……このケサパサにしてもよく云われるあの彗星が関係もしている説は強くもなるのかな。彗星がその身に乗せて来た種か卵か、それがこうして地上で孵ったとか……」

 

「そうなると何故この学園内だけって所が不可解だよね」

 

「……まあ、ね。周りの皆もそう言ってるし。

 ふう、気になり始めるとどんどん気にもなっちゃうな。シイナも具合が良くなったらもうちょっと詳しく調べておいてよ」

 

「了解したよ、僕も気にはなるからね」

 

と、今後の方針を話し合い終わったところで、二名の会話など知る由も無く足元のケサパサは風に煽られて浮き上がり右側へと。スイープはそれを目で追いながら身体もそちらへ向けようとする。

 

「こんなところに丁度良く!」

 

と、そこに届いた声。スイープが速度を上げて右側を向くと、そこには木製の小箱を持ったマチカネフクキタルがいた。スイープ達へは意識を向けることなく彼女は自分の顔の高さほどに舞い上がってきたケサパサに対してその木箱の蓋を開いて箱の部分と蓋の部分で挟み撃ちにしようとしたが、ケサパサはするりと避けてそのまま吹いてきた風に乗って遠くへ飛んでいった。マチカネフクキタルは片手に箱を片手に蓋を持ちながら腕を下げ「あ~…」と残念そうにケサパサが遠くへと消えていった空を見上げて声を漏らす。

 

「フクキタルさん」

 

捕まえようとしていた事は説明されずとも分かりながらスイープは近づく。マチカネフクキタルもそれにはすぐ気づいて悔やむのを止めて身体をスイープの方へと。

 

「こんにちは、スイープさん。惜しかったです、もう少しで捕まえられそうだったのに」

 

「その木箱はケサパサ用に準備したの?それとも何か開運アイテム?」

 

「ケサパサ用ですね、そして、開運アイテムも手に入れられる所だったのですが。

 もしあれが「ケサランパサラン」と同様の者だったのだとしたら「持ち主に幸運を呼ぶ」との伝承もあるようですからね。こうして捕まえて増やそうかと思っていたのです」

 

「ケサランパサランって増えるんだ」

 

「ええ、桐の箱に入れて白粉(おしろい)を入れることで増えるんだとか。最初はこのケサパサを袋を被せて捕まえて硝子瓶に閉じ込めて白粉を入れて見たのですけど一日空けたら消えていまして、なので今度はきちんと桐の箱まで用意したのですが」

 

「へえ、やっぱりフクキタルさんって幸運に絡む事の知識は段違いなのね」

 

「ああ、いえ、私も教えていただいたんですよ、マルゼンスキーさんに。そもそも白い者が発生した時点で「「ケサランパサラン」のようだ」と、「そうした未確認生物話が流行ったことがある」と、「ケサパサ」がそう名付けられることになったのもマルゼンスキーさんの話が起点だったそうです。

 と、捕まえられなかったのは残念ですが、これを糧に今後は常に細かな網でも持ち歩くことにしましょう。もし増殖に成功したらスイープさんにも方法を伝えますね。海外でも「エンゼルヘア」とか呼ばれる似たような者があるといいますし魔女としては気になるところではないでしょうか」

 

「それはそうね」

 

「でしょう、でしょう。しかし、この話は秘密で。

 大量発生して今は削減に向かっている中で増殖を望んでいるとなったら怒られてしまいますからね。なので、私もこうして一人こっそりと捕獲を狙っているところで。手に入れるだけなら暖房器具の置かれている場所に行けばいいのですけど、そこには捕獲作戦運営委員が目を光らせたりもしていますから」

 

それではよろしくお願いしますね、とマチカネフクキタルは最後に付け加えてスイープの元から離れて辺りを見回しながらケサパサ探しへと去っていき、スイープは特に用事も残っておらず寮へと帰っていった。

 

 

 



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白き者共との日々

翌日、この日はこれまで以上にケサパサが朝から大発生。下手に窓も開けられない締め切った教室で、スイープは窓の外を風に舞っていくケサパサを見ながらなどして午前中の授業を終えた。そして、昼休みは早めに昼食を終えて外の様子はどうなっているのかと中庭へ。

 

外に出てみればケサパサの姿は随分と少なく、スイープは捕獲作業は知らない内にも進んだんだな……と歩いて行くと視界の前の方に見覚えのある二人の生徒が細かな編み目の虫取り網を持って立っていた。

一人はゴールドシチー。虫取り網を地面に立てるようにして持ちながら陽の照った中庭を見渡して眠そうにも欠伸をする。その隣にはトーセンジョーダン。こちらは虫取り網を横にして脇に抱えつつ、空いた手はスマホを持ち他の誰かと会話しているようだった。

 

やがて会話を終えてスマホをポケットに仕舞い込んだトーセンジョーダンにゴールドシチーが話し掛ける。

 

「どう?向こうの方は上手くいってるって?」

 

「向こうも他も上々みたいよ。後はこの辺のを最後に捕まえて終わりでいいんじゃない」

 

「もう一仕事ってことか。面倒だけど捕まえるのも楽しいところなかったわけじゃないし、これで遅刻ペナルティの解消だと思うと楽で良かったよね、お互い」

 

と、身体を大きく一伸びさせたゴールドシチーに対してトーセンジョーダンはキョトンとした顔を向ける。

 

「いや、私はそんなのは溜まってないけど?」

 

「違うの?この昼休みの捕獲会はそういう娘の集まりって聞いてたんだけど」

 

「全員が全員そういうものでもないよ。単に有志で参加している娘もいるようだし、私の場合はグループの娘が何人かペナルティ側でね、それなら他の仲間と一緒に手早く終わらせようかと思って皆で参加したわけ」

 

「あー、それで。トーセンジョーダン軍団の長としての務めってところ」

 

「それも違うけどな~。そんな気張ってやってるわけじゃないしね。何かと号令かければやってくれる娘達だし何かあった時はお互い様ってことよ」

 

「そういうスタイルね」

 

(そんなところがやっぱり良い長っていうものなのかもねえ)と、ゴールドシチーは心の中で向けて二人の間のやりとりが一旦途切れた所にスイープは近づいていった。その足音と気配に二人は揃って振り向く。

 

「ああ、いつかの魔女っ娘」

 

と、口に出したのはトーセンジョーダンで、ゴールドシチーも言葉には出さなかったが同じ事を思ったというようにトーセンジョーダンの方をまた見る。

 

「何か知り合い?」

 

「知り合いって程じゃないけど春頃にちょっとね、そっちも何か知ってる風だったけど」

 

「私も春にチョットね。で、何か用?」

 

ゴールドシチーに問われてスイープは首を横に振る。

 

「網なんて持ってるから、それでケサパサを捕まえているのかなと思って」

 

「そうだよ。わざわざ捕獲用に逃げないように細かい作りの網を用意してね。ま、その作業もそろそろ終わりで、私達は遅めの昼食を取りにいくって流れ」

 

ゴールドシチーの説明を頷きながら聞いていたスイープを見て、トーセンジョーダンが今度は何か思いついたように顔を変えた後に話し掛けた。

 

「そうだ、魔女っ娘は今は暇?」

 

「魔女っ娘には違いないけど、私はスイープトウショウ」

 

「ああ、ごめん。それはこっちが悪いわ。それじゃあ、スイープトウショウは暇?」

 

「うん、暇してる」

 

「それなら丁度いい。少し手伝ってくれない?」

 

「何?」

 

スイープが時間はあるし話をまず聞いてみるかと嫌な顔一つせずに反応するとトーセンジョーダンは少々離れた植え込みの下に置いてある膨らんだ青いビニール製のゴミ袋を指差した。

 

「ほら、あそこに大きなビニール袋があるじゃない。あれを学園の隅っこの方にあるプレハブ小屋まで持っていって欲しいんだよね。後少しここで捕まえる作業したいんだけど、袋を持って行って帰っての時間も足すとお昼食べる時間が無くなっちゃいそうでさ」

 

「あの中にケサパサが入ってるの」

 

「そう、これまで捕まえた分がね。で、大きい袋はそこの遠い集積所に持っていかないといけないのよ。手伝ってくれれば、私らが今から捕まえる残りの分は小さい袋で食堂近くの集積所に置くので済みそうだから」

 

「そういう事ならいいわよ。で、プレハブ小屋って学園祭の時に喫茶店やってたところ?」

 

「あ、知ってんだ。それなら尚の事あんたに声かけて良かったわ。

 そうそう、その場所がね。取り壊す予定だったけれど、今回のこの騒ぎで延期して置き場所に変えられているみたい」

 

と、トーセンジョーダンと話しつつ植え込み近くまで歩いて行きスイープは青いビニール袋を受け取る。中身は見えないがパンパンに膨らんだそれは中身はフワフワのケサパサで重くもなく、スイープは「任せて」とトーセンジョーダンとゴールドシチーに伝えると意気揚々と集積所まで向かっていき、二人も手を振ってそれを見送った。

 

 

 

スイープは片手にビニール袋、片手にシイナを抱えて少々風の吹く中をテクテクと往く。

歩きながら昨日のマチカネフクキタルの話を思い出し、「「ケサランパサラン」は幸運を呼ぶアイテム」との部分から、ここで少しだけケサパサを取り出そうか……とも思ったが袋を開いた途端に風に吹かれて飛んでいったらどうしようか、とも想像を膨らませ結局は受け取ったままの姿で集積所まで辿り着いた。

 

プレハブ小屋は解体作業が進んではいたのか外部は喫茶店が開かれていた時と違って飾りなどが外されて、そして内部は机や椅子は全て片付けられて広がった空間の中に所狭しとスイープが持ってきたビニール袋と同じ物が置かれていた。スイープはそこにいたケサパサ対策運営委員の生徒にビニール袋を渡すと、そのままプレハブ小屋の外へと出る。

 

「やあ、スイープ君」

 

一仕事終了と息を付いたスイープを呼ぶ声、呼ばれた側へと顔を向けるとそこにいたのはアグネスタキオンだった。

 

「久しぶりね、タキオンさん。こんな所にいるなんて、タキオンさんは今はケサパサ研究でもしてるの?」

 

「まあ、それはやっているのだけれど、今ここにいるのは散歩の途中だよ。化学室に籠もっていたらカフェに「偶には意識して息抜きをするもの」「今も顔色が悪い」とも言われて、今日は忠告通りにしようかと思ってね」

 

「それはカフェさんの言う通りかもね。それでタキオンさんは散歩で次はどこに行くの?」

 

「いや、特に当てもなく彷徨うだけでね」

 

「そっか、でも、それこそ散歩とも言うものかもね。私も時間が余ってやることないし一緒に行っていい?」

 

「構わないよ。学園をふらふらと飛ぶ白い者達のように風に吹かれるままに進んでみようか」

 

「うん」

 

と、スイープは返事をしてアグネスタキオンの隣について二人で集積場所を出発した。

 

 

 

アグネスタキオンと二人、レース関係の話や日常の話、そして今話題のケサパサの話をしながら歩く。

ケサパサの正体は未だ掴めない事や捕獲自体は簡単だけれど焼却するにも学園の焼却炉では限界があり、下手に学園外にも持ってはいけないという事で先程行った広い集積所を緊急に作り一旦避難させている事などをアグネスタキオンから教えられもしながら。

 

そうして二人で捕獲が進みケサパサの姿も少なくなった学園内を進む内に辿り着いたのは花壇。

そこにはナカヤマフェスタが緑色の葉を風に揺らす少し背の高めの植物が植えられた花壇を見下ろしていた。二人が近づいていくとナカヤマフェスタが気づいたようで顔を上げて二人を見る。

 

「これは珍しい組み合わせだな、化学と魔法なんて別々の場所に存在しそうなモノが揃って登場とは」

 

「そうでもないのよ、フェスタさん。別々の所にあるようで底に流れるものは同じでもあるの」

 

「そんなもんかな。で、何、そうして二人で学問の議論でも交わしていたところ?」

 

「ううん、偶々会ったから散歩していただけ」

 

「それだけの事だよ」

 

「ふうん。まあ、こんな天気も良い日だ、それをするにも適してるか」

 

「フェスタさんは何をしてたの?」

 

「花壇一帯の見回りだね。例の白い奴らは危ない者とか変な者ではないとは聞くけど、この辺に乗られているのも気分が良いものじゃないしさ。早く居なくなってくれるといいんだけどな、落ち着いたら、ほら、スイープからの出世払いの分も入った肥料も使って新しい冬の花を植えたいから」

 

「私はそんなに困ってなかったけど、そういう話を聞くと居て欲しくないともなるわね」

 

「君たちは一体何の話をしているのかな」

 

と、二人の弾む会話の間にアグネスタキオンが内容が飲み込めないといったような表情で触れる。

 

「欲しい花がこの花壇にあったから、貰う代わりにレースに勝った時に肥料の資金を出世払いすることを交換条件にしたの。それで、先月のデビュー戦で勝った後に約束を果たしたのよ」

 

「そういうことか。約束を守る、それは大切なことだ」

 

アグネスタキオンの納得のいった顔を確認し自分の行動を肯定もされてスイープは満足にもなった後、ナカヤマフェスタが反対側の何も植えられていない花壇に向かったのを見てそれを追う。

 

「この辺りに植えるの?」

 

「そう、何種類かね。スイープに渡した鉢はまだ残っているだろう、今度のも良いのが咲いたらまた分けようか」

 

「ありがとう、どんな花があるのかしら」

 

「それはその時のお楽しみということで……と」

 

スイープにニッと笑いかけたナカヤマフェスタだったが、そこで花壇を囲うレンガの一部に何か気づいたかのようで足で払う。

 

「どうしたの?ケサパサでもいた?」

 

「いや、それはいなかったんだけど、ケサパサを捕まえようとした奴の足跡が残っていてさ。この辺に来るのは良いけど「花壇には入るな、レンガにも乗るな」って言っておいたんだけど、仕方のない奴……」

 

「それ、誰のこと?」

 

「エアシャカールっていうのがいてね」

 

「ああ、エアシャカールさん」

 

「知ってんの?」

 

「うん、夏の合同合宿で一緒だった。それで私が具合を悪くしていたら、その症状に効く差し入れをくれたりしたわ」

 

「へ~、あいつもそういう所あるんだ……」

 

「それでエアシャカールさんは何してたの、この辺りで」

 

スイープの言葉に「あいつがねえ……」と遠い眼をしていたナカヤマフェスタはそこで体勢を戻して再びスイープを見る。

 

「ああ、それがさ。あいつ、ケサパサの一網打尽大作戦を思いついたって決行したんだよ。文字通りの一網打尽、計算づくでケサパサを上手く一か所に集めて網で捕らえる方法を。

 それでさ、ケサパサを一か所に集めるのは計算通りだったんだよ。でも、用意した網の方がちょっと長さ足りなくて、そこからスルッと抜けたケサパサがまた散って行って、それがあいつの心に火をつけたようで残りは網を持って「捕まえてやる~~!」ってあっちこっち走り回ってここらにも来たってわけ。

 あの追い回しっぷりは凄かったな。もう野性的というか、ケサパサをそのまま食いそうな程に口を開いて猛突進という様子で。それで結構捕まえられてたみたいだし、「レースもロジカルとか何とか言ってないで、いっそあのくらいの勢いでやった方が上手くいくんじゃねえの?」ってこっちは思いもしたものよ」

 

「でも、本人には言えない感じ?」

 

「まあね、言うとまた面倒だから。それにしても大迫力だったな、そんなに網の長さが足りないのが悔しかったのか」

 

「それってどのくらい足りなかったの?」

 

このくらい?とスイープはシイナを持たずに空いた手を使って親指と人差し指で10cmほどのL字を作る。

 

「あー、もうちょっと小さいかな」

 

「じゃあ、このくらい?」

 

次にスイープは人差し指を曲げて今度は5cmほどの空間を作る。

 

「それだと小さすぎるな」

 

「んー、それならこのくらいでどうだっ」

 

今度は最初と今との丁度半分といった長さに人差し指を広げてナカヤマフェスタに見せる。

 

「おー、そのくらいそのくらい。その距離が足りなかったばかりに網のちょっと先にいるのから網の隅に引っかかったケサパサも、そこに吹いた風にも乗って止める間も無く、わ~~っと散らばって行っていったんだよ」

 

「それはエアシャカールさんも悔しかったのも分かるわ」

 

「まあ、気持ちは理解できるんだけどねぇ……」

 

と、スイープとナカヤマフェスタはエアシャカールの話で盛り上がるその後ろで、一部始終を聞いていたアグネスタキオンが「もしやその手があるのか……?」と自分にだけ聞かせるように呟いていた────

 

 

 

 

 

 



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皇帝の宣言

スイープがまた先輩達とのやりとりをした一週間後、各クラスにおいて授業が終わっても解散とはならずに全ての生徒が教室に残され、行儀良く各々の席についている彼女達の視線の先の教壇上には大きなモニターが設置されていた。

 

カチリと教室内の壁掛け時計の長針が12の文字を差してモニターが作動する。そこに映っていたのは生徒会室の執務机に座る生徒会長のシンボリルドルフ。彼女は自分を撮るカメラに向けて一礼をして、その様子を見た生徒達に緊張が走る。

 

「今日は何の前触れもなく全校生徒にこのような時間を取らせる事となって申し訳ない。そして、今から伝える話、それにおいても皆の時間を使わせることについて最初に謝罪しておく」

 

と、再びシンボリルドルフは深く頭を下げ、その荘厳で神妙な雰囲気に各教室がザワリともするが、まずは話を聞くべきだと誰が注意するでもなくその波は収まる。

 

「今日、私が伝えたい事は最近学園内を騒がしている白い生き物、通称「ケサパサ」についてだ。

 これが一体何なのか、専門機関での分析が続けられた結果、どこから発生したのかは未だ不明である……」

 

そのままシンボリルドルフによるケサパサについての説明が行われるが、そのどれもが過去の報告であった通りの事で聴衆には(居残りは単なる報告会に過ぎなかったのか)と(担任からの口頭ではなく何故生徒会長がモニターを用意してまで行ったのか)と疑問の様子が浮かぶ。

 

「だが、新たに二つ分かった事がある。ケサパサの成分を更に詳しく調べた所、これは各種アミノ酸、必須ミネラルがバランスよく存在している事が判明した」

 

続く言葉に、それを教えられたところでどうしろと……と、各教室で起きたざわめきの波は完全に消え去ることなくその場に残る。騒がしくもなる各地の一方でモニターの先の生徒会室にいるシンボリルドルフは、静かにカメラに撮られていない机の脇から小さな籠を自分の目の前に持ってくると、その中身がカメラに映るように籠を向ける。籠の中に入っているのは賽の目状の黄金色をした”おかき”のようなもの。シンボリルドルフはそれを二つほど摘まんで持ち上げる。

 

「……そして、もう一つ分かった事、それは”美味しい”ということだ」

 

と、同時にシンボリルドルフはおかきを口の中に放り込む。そのパフォーマンスにざわめいていた教室が静まりモニターに注目する。その中で口の物を飲み込んだシンボリルドルフは話を続ける。

 

「今、食べたのはケサパサを粉砕、圧縮、成型し、更に切り取り揚げたもの。塩を少々振っただけなのに実に香ばしい……」

 

シンボリルドルフは口に残る余韻にも満足そうにした後、執務机にバンッと両手を広げる。生徒会室内も各教室も完全に静寂となった所でシンボリルドルフは煌めいているとも言える瞳でこう宣言した。

 

「我々はこれを”食品”と認定した!

 そして、今度の月曜日、授業は中止、各チームでのトレーニングも中止、全校生徒をあげてケサパサの捕獲作戦を決行する!彼らを捕らえ、砕き、食らい尽くせ!」

 

シンボリルドルフの言葉を聞き終えて再び各教室が沸き立った。

これまでは処分にも限界があると、その存在を確認してもなお学園内に放っておかなければならなかったケサパサの処理方法が出来たと、食べられる物に何の怖いものがあるものかと気の持ちようもそれで変化する、それも面白くもない授業も休みでの大イベントになるとの事で校舎が興奮に包まれる。

 

そして何よりも、”美味しい”、の一言、それもあらゆる物事に対して求める所の高いシンボリルドルフからのその一言が、食欲旺盛、食べる事に関しては力の入れ様の違う彼女達の心に火を点けたのだった。

 

 

 

 

 




ここからこのエピソードの完結まで短時間に更新します。
明日の昼には終わりです。



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臨時学園フェスティバル・第一部

やってきた月曜日。

ジュニアの者もシニアの者も、レース終わりで疲れている者も今週末にはレースが予定されている者も、全ての生徒が今日は全てを一つの事にぶつけるとの心で揃っていた。

空は快晴、10月も半ばになったが暖かな陽気の絶好のケサパサ大量発生日和に捕獲作戦はスタートした。捕獲班の生徒達はジャージに着替え用意された細かな作りの網や急遽用意した新品の掃除機を持って各地に散る。

 

寮の裏側の木々の生える所、温かい陽気に乗って樹木の葉の上をフワフワと漂うケサパサに向けてウマ娘が二人で奮闘していた。

 

「えいっ!えいっ!……って全然届かんわ」

 

「ふふん、そんなジャンプ力ではまだ足らないね。お手本を見ると良い!」

 

何度もジャンプしても届かずガッカリという様子で座り込んだタマモクロスの横でイナリワンもジャンプして網の先を上方のケサパサに向けるが、タマモクロス同様に惜しいともいえない位置にしか届かない。

 

「お手本って、こっちと高さが丸っきり一緒やないかい!」

 

「脳内では上手く言ってたのになあ~」

 

「あーもう、どうする。ここはいっそ手を組んで肩車でもするか」

 

「おー、それはいい案だ。じゃあ、アタシが上で」

 

「それはおかしいやろ。良い案を出した方が目的である捕まえる方に回るのが筋ってもんやないか」

 

と、二人は網も地面に置いて春の対決時のように睨み合いを……と、その隣から人影が表れて二人を他所に手を伸ばし網の中にケサパサを入れて閉じ込める。

 

「あー!今、こっちが取ろうと思ってたのに!」

 

「横入りはアカンて」

 

「網を置いているのに自分達が取るも横入りも何もないでしょ」

 

そこで二人に振り向いたのはゴールドシチー。

 

「自分の背丈を考えて、高い所まで無理しないで出来る範囲でやればいいんじゃないの、まだ相手は沢山いるんだから」

 

ゴールドシチーはそれだけ伝えると、空いた手で後ろ髪を掻きあげて颯爽と別の場所へと。その長い雄花栗毛が陽光の中でさらさらと光るのをタマモクロスとイナリワンが見つめる。

 

「むう、言われたことだけやなく、ジャージにあんな網を持っている姿でも決まっているのが悔しいな」

 

「それにはアタシも同感だ。あのヒチーガールにだけこのまま良い恰好はさせたくない」

 

「よし、ここは一時休戦や。いくで、イナリ」

 

「おうよ。負けないからな!」

 

「……なんでいきなり勝負になるのよ。あと、イナリ、全部聞こえてるから。「ヒ」じゃなくて「シ」!「チ」じゃなくて「ティ」!それを言うなら「シティガール」」

 

「いいじゃないか、アタシと親しい江戸っ子の爺ちゃん達の間でそれで慣れているものでさ」

 

「ウチの知ってる江戸っ子じゃないおっちゃん達の間でも「シチーガール」とかそんなもんやな」

 

「……大幅に譲歩して”爺ちゃん達”と”おっちゃん達”は許すから、若者が言うのは止めて欲しいわ」

 

と、やれやれともしながらも先に捕まえたケサパサを他の袋に入れて新たな相手を探すゴールドシチーと、今の話から年配ファンの話で盛り上がり始めるイナリワンとタマモクロスの姿がそこにあった。

 

 

 

 

運動場のトラック脇。

そこには背後に何人もの派手な格好の生徒を引き連れたトーセンジョーダンと、それに対するように腕を組んで立つゴールドシップが居た。

 

「そうして軍団を作って良い気になっているが、ここまでだ。今日はこのゴールドシップ様軍団がお前達より捕まえてみせる!」

 

と、前方に向けて指を差しての宣戦布告だったが言われた相手のトーセンジョーダンだけでなく、その後ろのトーセンジョーダン軍団も挑戦を受けるでもなく怒るでもなく「はあ?」という様子を見せるだけ。

ゴールドシップも何も言わずに辺りに数秒の沈黙が訪れた後にトーセンジョーダンが口を開く。

 

「……一人で軍団ってのは無いでしょ」

 

その言葉に「えっ!?」とゴールドシップは振り向くがそこには誰もいない。しかし、そこから少し横に離れた所にメジロライアン、メジロマックイーン、メジロドーベルの三名が居るのを見てゴールドシップは焦ったように彼女達に近づいていく。

 

「ちょっと、ほら、打ち合わせと違うじゃないか」

 

「私は「捕獲の手伝いをして欲しい」とは頼まれましたが「ゴールドシップ軍団に入って欲しい」とは頼まれていません」

 

腕を組み不満げに告げたのはメジロマックイーン。

 

「私なんて「捕獲の手伝い」とすら頼まれなくて「良いから来てくれ」って強引に連れてこられて、何これ」

 

続いて隣のメジロドーベルが大きく溜息。それにはメジロライアンが、二人をまあまあと抑えるようにポーズを取りながら場を収めようとする。

 

「まあ、軍団でもそうじゃなくても捕獲作業するのは同じだから、ここは力を合わせて一緒にやろうじゃないか」

 

「ライアンがそうやって優しくするからゴールドシップみたいなのはつけあがるのよ。私、他の娘達が料理を作るっていうから、そちらに行こうとしていたのに……」

 

と、踵を返してケサパサ調理部隊が揃っている場に向かおうとするメジロドーベルの前にゴールドシップが回り込む。

 

「そう言わずにさ、料理は逃げないだろうけどケサパサは逃げるし、ちょっと手伝ってくれるだけで良いから。その後はそっち行って良いから」

 

「……はあ、分かったわよ」

 

メジロドーベルはそうして傍に用意してあった捕獲用ハンディ掃除機を持つ。安心したように息をつくゴールドシップだったが、その近くでメジロマックイーンがメジロドーベルよりも更に文句があるようにそこに居た。

 

「私はゴールドシップ軍団なんて御免ですわ。メジロ軍団……いえ、メジロマックイーン軍団としての行動ならば率いる事は吝かではないですが……」

 

「えー、そこは譲れないしー。そう言わずにさあ、ドーベルと同じで少しの間だけ手伝ってくれるだけで良いから」

 

と、「頼む、頼む」と拝むようにもして珍しく下手にも出るゴールドシップだが、メジロマックイーンは頼み込まれる状況には悪い気はしないといった表情を見せるけれども首を縦に振ることは無い。それを後方から見ていたメジロライアンが間に入るかと足を進めたが、その横をスッと通りトーセンジョーダンが前に出る。

 

「ま、何でもいいけどね。どちらにせよ私達の方がイケてるには違いないから」

 

「何ですって?」

 

軽く吹き飛ばすかのように言うトーセンジョーダンへのメジロマックイーンの返事自体は静かながらも、そのコメカミには青筋が立ったようにも。

 

「だって、私達にとってはメジロ軍団でもゴルシ軍団でもどっちでもいいもの。お嬢様は