大英帝国がとち狂っていた件 (王子の犬)
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また電話がかかってきた
そこにいたのは、三人の少女たちだ。
セシリア。
チェルシー。
それに私。
七月末日の午後、熱波に見舞われ、外はとんでもなく暑い。
私はセシリアのすすめで、地元のちょっと洒落たカフェテラスでティータイムとしゃれ込んでいた。
とんでもなく暑いのに日陰のテラス席なのは、冷房が効いた室内が満席だったからなんだけど。
私はミルクティーから口を離して、留学先の土産話をした。
携帯端末をショートブレッドの隣に置く。画面を指先でもてあそびながら日本で撮影したスナップ写真を映し出した。
「これが織斑千冬で」
とブラックスーツを身につけた日本人女性を指で示す。
次の写真は水色の髪をした不良少女だ。
「こっちが更識」
「あら」
セシリアが目を細める。
「ロシアの代表が、この方」
「そう」
と私が応じる。
「これは?」
適当に
セシリアが別の写真を指さした。
半露出装甲の甲冑。手足と首しか隠れていない。倉持技研の技術者が留学先を訪れたとき、半分以上露出してるんじゃないか、と質問してみた。
技術者は男性だからか、良い回答が思いつかずに「仕様です」と言い切った。
「打鉄っていうの」
もう一言付け加えた。
「メイド・イン・ジャパン」
「わたくしの茶器も日本製でしたわね」
セシリアは従者に向けて確かめるように、わずかに頭を傾ける。
「おっしゃる通りです」
従者の回答に満足したのか、セシリアが向き直ってティーカップに軽く口づけた。
私は携帯端末を自分のほうに引き寄せる。
クラス対抗戦、学年別トーナメント、臨海学校。
セシリアとその従者をぼんやりと眺めた。
チェルシーがショートブレッドに手を伸ばした。髪が触れないよう片手でたくし上げながら咀嚼する。
立ち居振る舞い。
イギリスには今もなお階級制度が存在する――。
現代においては目立たなくなってきているが、言葉遣いや仕草といった細かい
私こと、サラ・ウェルキンは
父親は
父はセシリアの叔父が経営する会社の工員で、一〇歳の頃、工員同士の集まりでイースターを祝った。
休暇中の社長が塞ぎ込みがちな
本来ならば
今にして思えば、社長は、セシリアに同年代の友人がいないことを心配するあまり、環境を変えて気分転換させようと思って連れてきたのだと思う。
しかし、当時の私は大人たちにいたずらして回るような悪ガキ……。
私から見たセシリアの第一印象は高慢ちきなチビだった。
もちろん、勝ったのは私。
……その後が大変だった。
セシリアの悪口を言いながら自慢する私を見て、父が今にも死にそうな感じで青ざめ、凄まじい勢いで叱ったのだ。責任をとる! と頑なな様子で辞表まで提出してしまって、家のなかは大騒ぎだ。
幸いセシリアの取りなしで父は辞表を取り下げた。
私がセシリアと仲直りしたから辞表を出す理由はないって。
そこで、クスリ、と思い出し笑いをしてしまった。
セシリアにとっての私は、両親を亡くしてからできた初めての友達にして、互いに一番を競い合う間柄だ。
階級は違えど、私とセシリアはほとんど対等なのだ。
「サラ?」
セシリアは笑いをこらえる姿を怪訝に思ったに違いない。
私は助けを求めてチェルシーを見やる。
従者は微笑みを浮かべるだけだ。
「ふたりして、わたくしを仲間外れにしますの?」
とセシリア。
「制服の件は……」
改造制服のことだと思ったか。
日本へ行くからにはカワイイを目指すのが道理だと思い、IS委員会から受領した制服を自分の手で縫った――なぁんて、嘘をつくのはよくないな。賞金で買ったコンピュータミシンを使ったのだ。
ちなみにセシリアは、私のことをどうやら男勝りでガサツだと頑なに思い込んでいる。
自前で制服を改造する私に対抗して、自分も取り寄せて縫おうとしたが一着ダメにしている。今も指先は絆創膏だらけ。チェルシーに聞いたら自分で縫おうとしたようだ。
「不器用なのよね、セシリアって」
「同意します」
チェルシーが間髪を入れず同調した。
セシリアの顔つきからして不服であるようだ。
「興味が持てないから、訓練しようと思えないだけですわ」
強がりを口にする。
セシリアは興味があることには努力家である反面、興味がないこと関しては、まるで夏休みの宿題を最後の一週間で片付けるようなことをする。頭のなかですべての答えができているから、最後に書き綴っているんだ……と強がりを口にするが、面倒くさいだけなのだと思う。
何でもかんでもコツコツやらないとダメな私とは、頭の出来が違う。
セシリアの癖はなんでも一人で抱え込んで、一人で実行しようとするところ。だから暴走して失敗する。
他人に頼りたいけど、頼れずにいて悩みを抱えてしまう。
そういうところは、初めて会ったときから変わっていない。
だから、突っ走りやすい友人を適度にからかってガス抜きしてやるのだ。
机に置いた携帯端末が震えだす。
日本の子ども向けアニメのテーマ曲。かつて兵站将校だったパン屋が理想の兵站を実現するべく生み出した、人語を解す歩く食料。必要とする場所へ、自分を食料にしてまで送り届ける物語のオープニングだ。
「鳴ってますわよ」
画面に映る登録名を見て、私は投げやりな気持ちになった。
「IS委員会?」
「今すぐ出ることをおすすめいたしますわ」
「……休暇中だって言ってあったのに」
腹立たしげに携帯端末を手に取る。通話ボタンに触れ、端末を耳に当てる。
ほら来た、クリスティーの声だ。
広報部のお姉さん。今年で25、独身、彼氏なし。
受話口に手を当て、「クリス」と小声でささやく。
チェルシーはそれだけで、これからどんな話が交わされるのかを察したらしい。お茶を飲むことに集中し始めた。
クリスティーは電話越しでもわかるくらいかしこまった口調だ。
『今、お話してよろしいでしょうか?』
「大丈夫じゃないけど、いいよ。今回は、どんな話?」
『では要件だけ』
積もる話がないわけではなかったが、クリスティーと電話越しに話すのは今回で七回目。
いいかげん、同じ話を聞くのはうんざりだ。
『このたび、私ども大英連邦IS委員会はサラ・ウェルキン代表候補生への専用IS供与を決定いたしました。つきましては所定の手続きを行いたく、指定日にIS委員会ロンドン支部に出頭してください。詳細についてはメールを送ります。必要なものはメールに記載してあります。指定日までに目を通し、書類を揃えてロンドン支部に持参してください』
「わかった」
ちょっと気まずい静寂。
電話を切ろうとして不安になったのでこっそり聞いてみた。
「今度こそ大丈夫だよね?」
「……え? えぇ、公社のネビル主任が太鼓判を押してましたよ?」
クリスティーが不安げに答える。
「だと良いんだけど……連絡ありがとう、切るわ」
通話を切ってため息をついた私を、セシリアが妙な目で見ていた。
▽▲▽
「IS公社のネビル主任ですか? もちろん存じあげていますわ。ネビル・ゴール主任がどうかしましたか、サラ」
と口にしながら、セシリアが私のすぐ隣に移動した。
「たぶんだけど」
私は前置いた。持論を開陳する前に、咳払いをしてみせる。
「ネビルってやつが私の専用機の責任者ってことになるんだよね。クリスの口ぶりからして、自信たっぷりにプレゼンしてたと思うんだけど」
専用機供与を決定したくらいだから、クリスの上司である広報官も同席したに違いない。
私はIS公社に良い印象を抱いていなかった。
専用機の話が六回も白紙になるだけで十分印象が悪い。
それでも何度も話が舞い込むのは、IS委員会が評価している現れなんだろうけど、せめてスケジュール管理くらいどうにかならないのだろうか。
「公社でのネビル……えぇっとネビル・ゴールの評価って聞こえてきたりしない?」
今をときめくIS開発で主任を務めているのだから、相応の俊才なのだろう。
「評価もなにもメイルシュトロームやマークⅡの設計者ですわ。篠ノ之束に匹敵――するかもしれない――鬼才ISマイトというのが、もっぱらの評価ですわね」
「
「……ええ、
さぞかし突飛な発想をする人物なのだろう。
「会ったことは?」
間近で首を振るのを見て、私は頬杖をつきながらもう一度ため息をついた。
セシリアが距離を詰めてきた。ってか、手を重ねてきた。
「暑い」
「肌を触れ合わせた方が涼しいとお聞きしましたが」
誰に訊いたんだ、誰に。
問い正したい気分に駆られたが我慢する。伝え聞くところによると、セシリアは相変わらず友人が少ないらしい。
女子同士での触れあい経験値が少ないためか、微妙なところを勘違いしている。
「今度の水曜日。予定はいかが」
セシリアが先回りしてきた。適当な理由をでっちあげて手を離そうと思ったのに、知恵を働かせてきたようだ。
答えを待たず、理由を口にする。
「水曜日のお昼に、叔父が公社へ商談に出向く予定です。ご一緒しませんか」
オルコット社の主要取引先のひとつ、大英帝国IS公社だ。
「おじさんの手伝いはできないけど、いい?」
と口にするものの断る理由がなかった。
「約束成立ですわね」
セシリアが満面の笑みを浮かべた。
本当に嬉しそうだ。
そういう表情は男に向けてやれ、一瞬で落とせるから……と、口にしかけてチェルシーの顔つきを観察した。言うのは今度にしようかな。
「当日、門の前で待ち合わせしましょう」
「……いいけど」
にっこり微笑みかけてきた。
セシリアの実家は美しい田園風景が広がるような田舎にある。
だけど、十代の女子が住むにはちょっと退屈過ぎる。しかも街へ行こうにも何本も列車を乗り継がなくてはならない。
そこでオルコット社現社長である叔父さんに話を通し、彼の屋敷の離れを一棟まるごと借り上げ、数名の使用人とともに住んでいたのだ。
セシリアの叔父は地元の名士である。
待ち合わせするには少々勇気が必要だ。絶えず警備員の視線を感じる、という問題があったからだ。
セシリアは「やった」と小さく呟きながら両拳を握りしめる。
チェルシーが「おめでとうございます」などと小さな声で返していた。
▽▲▽
水曜日の朝。ひとつの懸念が頭をよぎった。
「服、どうしよっか……」
クローゼットのなかはゴシック調の衣装を凝らした服が多い。黒・黒・紅・白。ゴスやパンクといった、黒い服装ばかりだ。
「IS学園の制服……はだめだな」
コスプレになってしまう。IS搭乗者です、と宣伝して回るようなもの。
ドレスも持ってはいるが、お祖母ちゃんのお下がりだ。六〇年代の流行らしいのだけど、ちょっとイケてない。
IS関係のパーティに出席するときは、いつもセシリアに借りているくらいだ。
「鎖をジャラジャラさせるのは、危なっかしいしなあ……」
仕方ない。どうせISスーツを着るだろうから、いつもの服をアレンジしていこう。
支度を終えて自室を出る。台所にいた母が携帯端末をいじる手を止め、私に向かって、「サラ。ちょっと、その格好で行くの!?」と素っ頓狂な声をあげる。
むっとして言い返す。
「いつもの格好と変わんないし、似たような服装でオルコットさんのお宅にお邪魔したことあるからいいじゃん」
「ライブハウスとかクラブに行く格好よ?」
指摘を受け、消えたテレビ画面に映った姿を一瞥した。似たような格好で雑誌のインタビューを受けたことを思い出す。
玄関で靴を履いていると、背後で母の足音がしたので振り返った。
「くれぐれも社長に失礼のないように」
と釘を刺してきた。
「わかってるって。じゃ、行ってきまーす」
家を出た私は予定通りセシリアらと合流し、セシリアの侍従長が運転する車で大英帝国IS公社の駐車場に到着した。
侍従長と別れたあと、セシリアの叔父が手続きを終えるまでの間、ふたりで応接室で待った。
冷房がよく効いていて涼しい。
……だと言うのに、セシリアは四人掛けのソファの隣に腰掛け、肩が触れ合うほど詰めてきた。
私が気を利かせて腰を浮かせると、なぜかその隙間を埋めてくる。
「だからね。適切な距離感が重要だと思うんだ」
親しい間柄だからこそ節度を保つべきだ。セシリアはにこやかに微笑むだけで、問いかけに答えようとはしなかった。
セシリアの叔父が声をかけてくる。姪を男にして老けさせたような顔で、ブランド物のスーツを着こなす素敵な紳士だ。
「手続きが終わった。私はしばらく席を外すが、君たちは場内を見学するといい。職員が案内するそうだ」
眼鏡を掛けた女性が頭を下げた。三〇代半ば、ドイツ系。灰色の作業服の胸にでかでかと「大英帝国IS公社」と書いてあった。
ジェロームと名乗った職員は挨拶もそこそこに、持参していたカバンから社名入りの腕章を取り出した。青色に白文字で、「見学者」と記してある。
受け取って、もう一方をセシリアに手渡す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
腕章を身につけ、公社の敷地の大部分を占める工場の内部へ足を踏み入れている。
地下のIS開発区画は、ニュース映像で見るよりも大分広く感じられた。
中央に三体分のピットが据え付けられ、そのうち一つにだけISが入っていた。「001」という看板があり、装甲のいたるところに同じ数字が描かれている。
私とセシリアはISを見上げ、拙い記憶をたぐり寄せる。
メイルシュトロームは全体が丸みを帯びていた。
そして出力強化型であるマークⅡは放熱対策で羽状の装甲を採用した。
しかし、今、目にしている機体は青と白、銀色を基本色として、より複雑な羽状装甲をまとっている。
私はこみ上げる熱気をそのまま言葉にした。
「ヒーローって感じ!」
これまでのパワードスーツ感満載な雰囲気ではなく、ガ○ダムの腰と肩、手足、背嚢パーツをつなぎ合わせていて、感情に訴えかけるデザインになっていた。
「あら。
「でしょ!」
振り返ってセシリアの両手を握りしめる。
今、目の前にある機体を専用機にするのだと思うと、私はいても立ってもいられなくなった。
童女のようにはしゃぎ、歓声を出して喜びを表す。
後ろに回りこもうと端に向かった。機体の隣、つまり中央のピットには直径数メートルに及ぶ大車輪が置いてある。どんな装備か知らないが、何かの部品だろう。
セシリアは微笑みながら機体に手を伸ばしかけたとき、男の声がして、その手を引っ込めた。
ジェロームが「主任」と声を上げた。
背後を振り返ると、Yシャツの上から作業服を羽織った四十歳前後の男性が立っていた。
クリップボードにたくさんの紙切れを挟んで小脇に抱えており、胸ポケットに筆記具を差している。
筆記具のキャップに見覚えがあった。日本製の擦ると消えるボールペンだ。すぐ傍に名字が縫い付けられていた。ネビル・ゴール、と筆記体の刺繍。
「装甲の塗装をしたばかりなんだ。特殊な塗料だから、もしも肌についてしまったら擦っても取れないよ」
聞き心地のよい声だ。
「君たちが見学者ですね。私はゴール。
差し出された左手を握り返す。装飾品を身につけず、傷ひとつないきれいな手だった。
「ウェルキンです。国家代表候補生の」
「上の娘があなたのファンなんです。後でサインを頂けませんか?」
「もちろん」
私はにこやかに応じる。残念、子持ちだったか……。
ネビル・ゴールはセシリアとも挨拶を交わし、セシリアには「下の娘が……」と言ってサインを請うた。
――なぁんだ、良い感じじゃないか。
ネビル・ゴールの第一印象はとても良かった。セシリアの叔父と比べても遜色のない紳士に見える。やや白髪の混じった髪を固めてオールバックにしていた。身なりも小綺麗にしていて、娘思いの優しい父親だ。
「ウェルキンさん。最初にお詫びさせてください」
私の前に戻ってきたゴールは、口を開くなり頭を垂れた。
「あの……頭を上げてください」
「いいえ!」
ゴールは熱のこもった口調になる。
「何度も専用機供与延期をしたこと、期待を裏切ってしまったこと、私は、私たちは悔いていました。ようやく、サラ・ウェルキンに相応しいISを、新世代のISを渡すことができる……。だから、最初に謝らねばなりません!」
事実、ものすごく迷惑に感じた。
「許します。許しますが、で、その……、私のISは……」
「すでに艤装を終えていつでも使えるようにしてあります! この場で乗っていただいても結構です!!」
頭を上げたゴールの瞳が輝いている。
私はおっかなびっくりといった風情で右端にいるISを見上げた。
生唾を呑みこむ。……かっこいい。
メイルシュトロームの最終進化形と言った雰囲気が漂っている。
「この機体は新世代を担う機体、ですよね」
私が問うた。
「もちろんです! 右の機体はサイレント・ゼフィルス。まぁ、言ってみればメイルシュトロームの最終形態にしてデータ取り用の使い捨てISですね。二番機はブルー・ティアーズ。BT兵器の試験データ取得機です」
真顔に戻って淡々と、少しつまらなそうな様子。
ん? ……と思ったのもつかの間、急にゴールが興奮し始め、
「われわれの本命は蒼雫計画三号機イィィィ――!!」
ジャジャジャジャーン……と幻聴が聞こえたような気がした。
ゴールはISの隣に置いてある
「一号機で基本構造を! 二号機でBT兵器運用を!! 三番機で完成するのです!!!」
目を血走らせ興奮する姿に、ちょっと幻滅しちゃったなあ、と一歩下がりつつ、肝心の三番機が何かにとてつもなく似ていることに気づいた。
「……なんだっけ……!」と首をかしげるうち、突然花火が上がるかのごとく記憶の奥底から閃きを得てしまった。
私は呆けた顔で、口を震わせる。
「こ、こいつは、パン……パンジャンドラム!!」
基本構造はどこにいった! せめて原型くらい留めろ――!!
続く?
☆登場人物紹介☆
・うぇるきん
本作最大の被害者
・せしりあ
英国の代表候補生
・ちぇるしー
付き人
・ねびる=ごーる
マッドなエンジニア
・その他
(クリス 大英連邦IS委員会職員・広報官補佐、ジェローム 大英帝国IS公社の技術者、セシリアのおじさん オルコット社の社長)
短編でもよかったのですが、今のところは連載中にしておきます。
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