ハーメルンバンドリ作家合同企画(テーマ交換・オリキャラ無し) (大里野上)
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企画小説ぽぽろ「子供時代のバンドメンバー」

 トップバッターは『俺には逃げたい人(達)がいる』のぽぽろさんさんです‼️
 他の企画参加者さんの書いている作品のネタを、少し混ぜているので、今後の参加メンバーを知らない方は予想してみてはどうでしょうか?

 テーマ「子供時代のバンドメンバー」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=253139
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/192178/
 作者Twitter https://twitter.com/poporo0820?s=06


 

この花咲川女学校はよく廃校や共学の危機の噂を耳にする。それで共学化するという話もついて。

しかし噂は噂、毎年何事もなく過ぎ去っている

だから、例えばヒロインの素質をもつ湊友希那の弟がキャッキャウフフもしないしハートがビートでランもしない。

好きなものに全力を向ける天才少女とどこまでも平穏な日常を求めながらもそんな少女に惹かれていく少年の物語も始まらない

 

他の学校のも入ってるがまあいいだろう。

 

まあ、バイト先での9歳年上との恋愛や氷川紗夜の姉が不良だった。ある人の信者になったり、おっぱいが大好きで、ひまりのおっぱいを追い求める喋り方が女子っぽい大学生やという事はあるかもしれない。

うん。おっぱい

でも全てはifの物語。これもその一部である……

 

 

 

* * *

 

 

 

「ねぇ千聖ちゃん!しりとりしない?」

 

事務所で練習の合間に一息入れているとピンク髪をツインテールにしている少女、丸山彩が白鷺千聖に話しかけていた

 

「人にものを頼む態度を知らないようね。」

 

「もしお時間の方宜しければ、おしりとりの方をご一緒にさせてもらっても宜しいでしょうか」

 

「彩ちゃんにして切り替えが早いわね…

おしりとりって何よ…嘘なのに。」

 

「えっへん!私だって成長するんだよ!千聖ちゃん先行ね!」

 

「ピョートル1世」

 

「え…?えっと…家!」

 

「エカチェリーナ1世」

 

「う~ん。依頼!」

 

「イヴァン6世」

 

「チサトさん、何でロシア皇帝縛りなんですか?」

 

「試してあげようかと思って。成長したアドリブ力を」

 

「千聖ちゃん性格悪ぅ…」

 

「日菜ちゃん?何か言った?」

 

「な、何でもないよ!」

 

「『い』かぁ……う~ん。IKEA!」

 

「アレクサンドル二世」

 

「また、『い』かぁ……い…い…

あ!そう言えば今日ここに来る時私みたいな小さい子見かけてさ!私の小さい頃を思い出しちゃったんだよねぇ~」

 

「彩さん、思いつかないからって雑に話変えましたよ……」

 

(作者)の底が知れるわね……」

 

「彩さんってどんな子供だったんスか?」

 

「私はねえ小さい頃からアイドルとかに憧れてたなぁ…テレビに出てるのを見て私もあんなに輝いてみたい!って思ってたなぁ~」

 

「なら彩ちゃんは今、小さい頃からの夢を叶えたという訳ね。」

 

「うん!だから今確かに練習は辛かったり学校とかアルバイトとの両立はとっても大変だけど、小さい頃から夢見たアイドルについになれたから楽しいって思えるんだ。」

 

「とってもスバラシイです!ブシドーです!」

 

「イヴちゃんはどうだったの?」

 

「ワタシ…ですか?」

 

「確かに気になるかも!」

 

「ワタシの小さい頃はセーリングっていういわゆるボート遊びに近いものでよく遊びました!あとモルックというボウリングに近い物とかよくやりました!」

 

※モルックとは円柱状の棒の木をスキットルという木製のピンを目掛けて投げる。基本は下からだが上から投げたりもできる。

ボーリングとカーリング、ビリヤードの要素が混じったようなもの。頭脳戦にもなって結構面白い

フィンランドの伝統的な遊びkyykkä(キイッカ)というものを元に開発された。

 

「へぇ~るんっ♪ってきた!」

 

「結構面白そうね。」

 

「ジブンもやってみたいです!」

 

「じゃあヒナさんってどんな子供だったんですか?」

 

「あたし?あたしはねぇ~お姉ちゃんとおままごとしたり、鬼ごっこしたりかな。」

 

「見事に紗夜ちゃんばっかね……」

 

「日菜ちゃんは本当にお姉ちゃんが大好きなんだね!」

 

「うん!だ~いすき!」

 

「麻弥ちゃんは?」

 

「ジブンっすか?ジブンはですねぇ……機械をずっと触ってたっすかねぇ…ジブンのお父さんがそういう事が得意でずっと見てたから興味持っちゃって…」

 

「へぇ~機械好きなのってお父さんの影響だったのね。」

 

「そうなんですよ千聖さん!最初は見るだけだったんすけど見てるうちにジブンも触りたくなってきて……」

 

「子は親の背中を見て育つを言います!ブシドーです!」

 

「最後は千聖ちゃんだね!」

 

「私は別に……」

 

「皆言ったから千聖ちゃんも言わないと!」

 

「でも面白くないわよ?だってずっと子役の奴しかやってないもの。でも前は今ほど人と話すのは得意では無かったわね。小さい頃は"3歩下がって死の影踏まず"って感じだったし。」

 

「それ人を盾にして危険回避してるだけじゃん……」

 

「結構皆の意外な過去とか想定通りの過去とか知れたねぇ~」

 

「あたし的にはイヴちゃんのモルック?って奴やりたいな~」

 

「今度事務所にお願いしてやってみましょうか。」

 

「いいね!千聖ちゃん私賛成!」

 

「ワタシもです!」

 

「ジブンもっす!」

 

そしてこのモルックをやって色々大変な事になるのだがそれはまた別の話。

 

ここらで私達は引くことにしましょう。

また別の機会に会いましょう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっぱい

 

 

 



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君に聞こえない音楽、君が撃ち抜く夢

 バンドリ二次創作『照らされざる君に』の山石 悠さんです‼️
 今回はとても特殊な書かれ方をされていまして、企画者としても大変楽しみな作品でした。

 テーマ「小説版バンドリ」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=22426
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/165882/
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/iwaki_haruo?s=09


 夕方の教室は無人だ。

 全日制と定時制の生徒が入れ替わる、ごく短いこの間は教室に誰かが入ることはない。

 

 教室の一番後ろの席。

 代わり映えのしない木製の机の隅には、他では決して見られない物語(ロマンス)が紡がれていることを君は知っている。

 

──わたし、サアヤちゃんに会いたい

──☆→

 

 君は、目の前の文字を追いかける。

 

 これまでの日々のこと。読者だった彼女達が物語の中に飛び込んでいく様を、きっと君は誰よりも詳しく知っている。

 あの星のマークは、当人でなければ知らないはずのものだが、君はその数少ない例外だ。それは、君が読んできた物語そのものでもあるのだから。

 

 君の知っていることは多くない。君は所詮ただの読者に過ぎず、物語には一切関わることのなかった存在。

 しかし、君は確かにその歩みを見てきた。

 

 真昼の星のように人知れず輝いていた五人が、Bang_Dreamの名の下に集ったことを君は知っている。

 

 

 

 これは、ここだけの話。

 本編では決して語られることのない、五人の物語を読み続けた読者であった君の物語。

 

 そして、付け加えるのであれば──

 

 

★★★★★

 

 

 物語は、五人が花咲川高校に入る春から始まる。

 

 クラスの浮足立った空気はあっという間に落ち着き、生徒達はそれぞれの居場所を確立した。

 よく話す友人、部活、自分の席、好きな授業、昼食の場所。人間関係や日常生活がルーチンとなり、それぞれが高校という世界の中で自分だけの生活を送り始める。

 

 そんな高校生達の中で、君の視点は“戸山香澄”に当たっていた。

 君は彼女のことを知っている。彼女が音楽好きなこと、歌うのが好きなこと、だけど今は歌えないこと。

 

 彼女の“言葉”を知っている人物は数少ない。

 例えば、君。そして例えば、彼女の唯一の友人である沙綾。

 

 君は香澄と沙綾の“会話”を覗いている。机の上の落書きを使った二人の会話は、香澄の何気ない落書きに対して沙綾が反応したのがきっかけだった。全日制と定時制、同じ机を共有する二人の間で紡がれている会話は、君が彼女達のことを知る貴重な手段だ。

 香澄はクラスでは誰とも会話することのない人だから、教室の隅でそんなやり取りが行われていることなど誰も知らない。

 

 無口で、俯きがちで、目立たない。

 クラスの誰もが彼女に目を向けていなかったというのに、その日は違った。

 

──戸山香澄が遅刻してきた。

 

 手足には擦り傷があって、髪は乱れている。明らかに何かあったと言わんばかりの姿で教室に現れた彼女に対して、クラスの誰もが驚いていた。

 そして、その驚きは何もクラスメイト達だけのものではないことを君は知っている。

 

 彼女はこの日、運命の出会いを果たした。

 道端に貼られていた星マークのシールをたどり、その先に見つけた“星型ギター(ランダムスター)”。

 

 質屋に置かれたそれは、彼女の未来を決めた。

 歌を忘れた鳥が再び囀ることを思い出したように、戸山香澄という少女は音楽を取り戻す。

 

 

 

 彼女がその運命を手にするのは、ここからさらに数時間後の話である。

 

 

★★☆★★

 

 

 翌日、香澄は必死に何かを書いていた。

 それが“会話”であることを知っているのは教室でたった一人だけ。

 

 香澄は沙綾に、昨日の出来事を話していた。

 蔵で出会ったランダムスター。その時の言葉にできない興奮。そして何より、彼女にできたやりたい事。

 

 今までずっと一人で前に出ることもないようにと引きこもっていた彼女にとって、それは初めての衝撃だった。

 歌うことから逃げていた彼女を、再び歌へと誘ってくれる輝き。今の彼女はギターを弾けるようになりたいという気持ちで胸がいっぱいだった。

 

 沙綾はきっと、それを認めてくれるだろう。背中を押してくれるはずだ。

 そして、香澄はその言葉に背中を押されて歌いだす。

 

 

 

 実際、香澄はそれからギターの練習を始めた。蔵でミッションを受けて、家や学校でこっそり練習をしながら眠い目をこする。

 入学してすぐの頃の、ランダムスターと出会うまでの彼女とは表情が全然違う。でも、クラスメイト達はその表情の変化に気が付くことはない。

 

 だって、彼女達は香澄の物語を知りもしないのだから。

 

 学校でこっそりとパワーコードの練習をして、授業が終わればあっという間に教室からいなくなる。

 仲のいい人が誰もいない学校生活も、ギターが待っていると思えば香澄には何の苦でもなくなっていた。

 

 

 

 やがて、土日を挟んで週明け。

 

 次のミッションである“スリーコードの曲を、弾きながら歌えるようにする”のために、今日も眠い目をこすって学校にやって来た香澄。

 昔のトラウマがあるために歌うことに対して未だ不安を残す彼女は、蔵で有咲の言葉を思い出す。

 

「あんたは大丈夫。その星と一緒なら、なんだってできる」

 

 そう、戸山香澄は星のカリスマで、有咲のゲームの主人公だ。

 ゲームの主人公は、星を取って無敵になれる。香澄だって、決して例外ではない。

 

 不安と戦う彼女に対して、君が声をかけることはできない。君の声は決して彼女に届くことはないし、何よりも彼女は君のことを知らない。

 この教室の中で、戸山香澄に声をかける人はいない。

 

──今、この時までは。

 

 香澄の後ろに忍び寄る影。

 ペタペタとリノリウムに張り付くような足音を鳴らしながら、その影は香澄に声をかけた。

 

「師匠、それはなんのシュギョウか?」

 

 香澄は彼女のことをほとんど知らない。でも、君は彼女のことをよく知っている。

 

 牛込りみ。

 関西からやって来た裸足のニンジャガール。金欠で運動部の生徒等に炊き立てご飯を売って生計を立てている。授業は寝てばかりで、休み時間になると姿を消す。

 

 香澄と、隣の不登校児と、そのさらに隣のりみ。

 クラスで誰も話しかけることができない、クラスで浮いた三人組である。

 

 香澄の前にクマのぬいぐるみを突き付けて姿を隠した彼女は、そこからチラリと香澄の顔を伺った。

 

「──タンバ流ニンジュツ、カワリックマ」

 

 クラスでも変わりものな二人に声をかけることができる人はいない。

 もちろん、君だって声をかけることなんてできやしない。

 

「なにしてた? ねえ、なにしてたの? 師匠は授業中、ずっとなにしてた?」

「……な、にも」

「ナ・ニモ! そうか、〝ナ・ニモ〟によってケハイをたつのか」

 

 二人の会話を君は見ている。

 これが二人のファーストコンタクト。

 

「師匠は凄い人だ。誰も気付いてはいないが、うちにはわかる」

 

 香澄の学校生活はずっと一人ぼっちなものだった。

 だけど、これからは違う。

 

 彼女の高校生活は、ここから始まる。

 

「師匠は入学してからずっと、空気のようにケハイを消し続け、クラスメイトや先生は、師匠のソンザイにすら、まったく気付いていない。いったいどんなシュギョウをすれば、そのようにケハイを消せるのか」

 

 りみは一人で淡々としゃべり続ける。

 君には二人に入り込む方法がない。

 

「完全に存在感を消す、その秘密が〝ナ・ニモ〟にあるのか……。師匠、それをうちに教えてほしい」

「……え?」

「と、そんなのはムシがよすぎる話なのだろうな。まあ、席が近いのだから、見て盗め、ということになるか」

 

 一人納得したりみは、納得したようにこの話題を終わらせた。

 

「それはそうと、師匠」

 

 りみが取り出したのは炊飯器。

 

「白米、買わへん? タンバのおいしいお米、炊き立てやで」

「……え、え?」

「一盛り二十円。師匠のもってるおかずとの交換でも可」

「……え、あ、」

 

 香澄はまともに言葉を出せなかった。

 だって、クラスで初めてまともに話しかけられたのだから。

 

「……あの、でも……わたし……、ハクマイは、あの……ごめんなさい」

「おーい、牛込いるか?」

 

 香澄が返事をすると、急に教師の声が聞こえてくる。

 

「おお、いたか牛込。お前、……ん? なんだそれは?」

 

 りみは舌打ちする。

 教師に見つからないようにやってきたのに、とうとうバレてしまった。

 

「お前、それは……え、炊飯器? え?」

 

 教師の戸惑ったような様子にかこつけて、りみは素早く荷物をまとめた。

 

「……牛込、……お前」

「ご免!」

「待て! おい、牛込!」

 

 素早く教室から消える二人。

 

 それをポカンと見送る香澄に対して、何か言葉をかけることができる人物は、生憎とこの教室にはいなかった。

 

 

 

 翌日。

 ミッションの発表当日になり、歌えるか不安で仕方ない香澄は緊張でいっぱいいっぱいだった。

 

──POPPING! ちょっと不安、なんて言わないで。自信をもって! POPPING!

 

 学校に行くと、沙綾の応援の言葉が香澄を勇気づけた。

 有咲や沙綾の言葉は、香澄の臆病な気持ちを前向きにしてくれる。雪が解けるように、少しずつ。

 

 さらに、今日の香澄にはもう一人声をかけてくれる人がいた。

 

「師匠、人間をホカクするにはどうしたらいい?」

「ホカ、ク、って」

「人間を捕まえて、連行する。それにはどんな方法がある?」

「……あの、それって……どう、いう」

「やはりまずは落とし穴、次に投げ縄か。もしくは眠らせて、という方法もあるか」

 

 りみは一人で呟くように言葉を重ねる。

 

「あるいは、マキエによるイケドリか」

 

 今日は放課後に大事なミッションが待っている。

 香澄は、この言葉の意味を考えないようにしたし、きっと君もこの言葉の意味を深く考えない方がいい。

 

 これには、伏線程度の意味しかないのだから。

 

 

★★☆☆★

 

 

──おかげさまで、歌えたよ! いつも励ましてくれてありがとう!

 

 結果だけ言うと、香澄は無事に歌うことができた。

 何年も人前で歌うことができなかった彼女は、ようやく本当の意味で歌声を取り戻した。

 

 沙綾への報告を書いた香澄は、ペンを置いた。

 

 昨日、他にも事件は起きていたが、香澄にはそれをどう沙綾に説明すればいいのかが分からなかった。

 有咲に歌を聞いてもらった後、蔵に飛び込んできた裸足のニンジャベーシスト。なぜ、りみがあの場所にやって来たのかは、香澄にも分からなかった。

 

 だけど、その答えは思ったよりすぐにやってきた。

 

 

 

 翌日。

 

「……あ、あの、」

 

 今日は珍しく、香澄がりみに声をかけた。

 

「師匠ー、どうしてあの蔵のヌシは、学校に来ないのか」

「あ、あの、ね……そのうち来るって、有咲ちゃんは、言ってて」

「そのうちじゃダメ。うちの全財産はもう、残り二十円。死ぬ」

 

 香澄の隣の席。

 その誰も座らない席に座るべきだったのは、香澄にギターとミッションを与える少女“市ヶ谷有咲”だった。

 

 りみがあの蔵にやって来たのは、炊飯器を持ち込む交換条件として不登校児を登校させるためであった。

 

「塩ご飯を置かずに、ご飯を食べるのにも限界がある。だから師匠、早く……早く」

 

 りみの所持金は、昨日から十円減っている。このペースなら、明日か明後日には残金が尽きるだろう。

 

「おや? どっちが塩ご飯だったか」

「あの、これ……もしよかったら、おかず……半分どうぞ」

「天使か! 師匠は、地上におりた天使か!」

 

 学校で一人、暗い顔をしていた香澄は、少しずついろんな表情を見せるようになった。ランダムスターとの出会いは、確かに香澄の日常を変えている。

 

「師匠も、この塩ご飯、半分食べてな!」

「……うん、ありがとう」

「師匠、だが早く、早くヒキコモリを学校に連れてきてくれないと、うちは困るの!」

「ご、ごめんね。きょう、また頼んでみる、から」

 

 香澄には、もう一つのミッションがあった。

 

「それでね……、りみちゃん」

 

 それは、香澄の目の前にいるベーシストを、香澄達のバンドに勧誘すること。

 

「……もしよかったら……わたしたちと……バンドをやってください……って有咲ちゃんが、言ってて……もしよかったら」

「やらない」

 

 りみは一言で切って捨てた。

 

「なぜなら、師匠たちはドシロートすぎるから」

「……そう、なんだ」

 

 

 

──そのAさんとBさんは、あなたにとって大切な人なの? もしそうなんだったら、ただのメッセンジャーじゃなくて、自分がどう思うのかを、ちゃんとぶつけてみたらどう? ちゃんと想いを伝えなきゃ。それがスタートラインだよ。

 

 有咲を学校に連れてくることはできず、りみをバンドに勧誘できない。

 

 弱気な香澄を勇気づけたのは、いつもの沙綾の優しい言葉だった。

 君は、二人の間で右往左往している香澄を見てきた。でも、君にはそんな彼女を勇気づける言葉をかけることはできない。

 

 でも、沙綾が香澄の背中を優しく押してくれる。

 香澄が俯くとき、そこにはいつだって前に進むためのきっかけがある。

 

 星のシール、机の落書き。

 何気ない、普通に生活していれば見逃してしまいそうな小さな印。それが、香澄を少しずつ前に進めてくれている。

 

 

 

 教室にいるだけでは、五人の物語を見届けるのは難しい。だから、君という存在は貴重だ。

 

 君は五人の物語を見届けることができる。

 クラスメイトが知らない物語を知っている。声をかけることはできずとも、君は確かに五人の姿を見届けることができる立ち場にいるのだから。

 

 

☆★☆☆★

 

 

 その日、クラスは震撼した。

 

──不登校児が学校に来てる! おまけに、スタ子とニンジャと一緒!

 

 りみと香澄は最近話しているところを見るからまだいい。だが、問題は有咲だった。

 クラスメイト達は有咲のことを不登校児だとしか思っていない。なぜか、不登校児が学校に来てスタ子とニンジャの三人で仲良くしている。

 

 でも、もちろん君はそんな有咲のこともちゃんと知っている。

 蔵のヌシで、ゲームと称して香澄にギターとミッションを与えた少女。そして、蔵の外ではちょっと緊張しがちな女の子だ。

 

 三人はクラスメイト達から異様な視線を向けられている。

 以前の香澄であれば慄いていただろうけど、今はそんなこと気にならなかった。

 

──ねえ、クラスの友だちが二人もできたよ! 右隣の子も学校に来るようになって。一緒にバンドをすることになったの! あのね、一人は変なニンジャで──

 

 香澄は、この気持ちを真っ先に沙綾へと伝えたかった。

 ずっと香澄の背中を押してくれた彼女。君と一緒に物語を見届けている存在。

 

 今の香澄は、以前のような逃げ腰で俯きがちな少女のままではない。

 自分のことばかり助けてもらってばかりだけど、できることなら。

 

──わたしカスミっていいます。よかったらあなたの名前も教えて!

 

 この落書き越しに繋がっている〝彼女〟と、もっと仲良くなりたかった。

 

 

 

 香澄の学校生活は、気付けば三人になっていた。一人で静かに目立たないように生活していたというのに、そんな姿はもう見る影もない。

 

「いつかオリジナル曲も創りたいね!」

「うむ、シュリケン・サンダー、という曲はどうだ」

「そんなの作らないわよ!」

「メンバーが増えたら、いつかはライブもしたいね。学園祭とか、ライブハウスとかで!」

「ふむ、増えるアテはあるのか?」

「ないけど……」

「四人か? それとも五人か?」

「あたしは五人がいいと思ってる。残りはリードギターと、ドラム」

「五人編成かー、いいね!」

「それよりまず、あたしたちが上手くなることが、大事だけど」

 

 昼食だって、三人で食べるようになった。

 今後の練習やバンドのことを話す、楽しい時間。香澄の日常はどんどん変わっていく。

 

 そして、それはきっとさらに変わっていく。

 

 後日、香澄達は隣のクラスに向かうようになった。

 隣のクラスでギターを背負って学校に来る少女“花園たえ”を、次のメンバーにしようと思っているらしい。

 

 

 

 屋上で。公園で。

 (メロディ)伴奏(コード)が出会い、いずれ五人になる彼女達の曲が少しずつ出来上がっていく。

 

 今の君にできるのは、沙綾と二人で、そんな物語を見送ることだけ。

 

 

☆★☆☆☆

 

 

 昨今のシャッター街などと言われるものとは違い、花咲川の近くにある商店街はお祭りを企画できる程度には人でにぎわう場所だった。

 そして、今日がそのお祭り当日。出店が並び、人々がやいやいと商店街を行きかっている。

 

 あれから、たえをメンバーに加えたクラパは、この会場にやって来た。

 初めてのライブ会場が、このお祭り会場になったのだ。

 

 会場にはほとんど人がおらず、四人の音楽を聞こうという人はほとんどいない。

 だが、その向こうの往来にいる人を引き付けてしまえば、何の問題もない。

 

「ねえ、みんな! 一緒に〝音楽(キズナ)〟を奏でよう!」

 

 香澄が、眠たげな眼をした観客達に向かって、強烈な音を響かせた。

 

「クラパのパーティ! 始まるよー!」

 

 それは、彼女達の初ライブの始まりを告げる言葉だった。

 

 骨の髄にまで痺れるような熱烈なサウンドが鳴り、演奏が始まった。

 会場の向こうにある往来からは、流れてきた音楽が“幽霊メダル”のイントロであることに気付いた子供達が、雄たけびをあげながら飛び込んできた。

 

 そして、それを呼び水にして、家族連れをはじめとした多くの人達が、何が起きたと会場へ入ってくる。

 

「みんなー! 最高のメダルがほしいんでしょー!」

 

 香澄は勢いに任せて叫び、子供達が満面の笑みで叫んだ。

 会場の空き地は徐々に熱を帯び、演奏する四人と観客の興奮が相互作用で高まっていく。

 

 一曲目が終わり、二曲目の“オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ”の演奏が始まる頃には、会場はとっくにクラパのリズムに乗せられていた。

 

 四人は互いに見つめ合って、頷き合って、音を鳴らした。

 ただただ楽しくて、最高で、この時間がずっと続けばいいと思った。この気持ちは留まることなく、会場を飛び越えて商店街を、この街ですら覆いつくしてしまえるんじゃないかとすら思えた。

 

 だから、きっと。

 そんな四人を静かに見つめる視線など、気付きようもなかった。今の君は、五人を見届ける有象無象の一人にすぎないのだから。

 

 

 

 ライブから数日。

 四人は、次の目的に向かって動き出していた。“ドラマーを探すこと”と“オリジナル曲を作ること”だ。ドラマーに関しては募集をかけて待つしかないので、現在はオリジナル曲の方に注力している。

 

 香澄は教室に来ると、いつものように机の上を除く。

 君であれば分かるだろうが、沙綾とのやり取りを確認するためだ。

 

 香澄はじっと机の上を見つめ、少しだけ目を大きく見開いた。

 そこには、特殊なことが書かれていたわけではなかった。でも、きっと新しい何かの始まりを予感させるようなことは書かれていた。

 

──そうなんだ! どんな楽器やってたの?

──ドラム。今はもう叩いてないけど。

 

 机を見つめたまま固まる香澄に対し、りみが首を傾げた。

 

「どうかしたのか? 師匠」

「りみりん……。たえちゃんを呼んできて」

「ギョイ」

「どうしたのよ、かすみん」

「みんなそろってから、話す」

 

 それは、君と一緒にいた沙綾が、向こう側に行くきっかけだった。

 

 

 

──サアヤちゃん、わたしたちと一緒にバンドしませんか?

──ごめんね。無理なんだ。

 

 その日の終わりに書いた誘いに対しての返事は、申し訳なさを滲ませた文面だった。

 

 君はその文字を追いかける。

 りみのときだって最初はうまくいかなかった。今回も最初からうまくいくわけではないというだけだと、君は知っている。

 

 でも、香澄はそんなことを知らない。

 

「ほら、やっぱりいた。だめじゃない、かすみん、連絡しないと」

 

 香澄はいつもより早く学校に来ていた。

 沙綾がいい返事をくれると信じて、それを早くみんなに報告できるように急いで学校に来た。

 

 でも、結果はこの通りだった。

 どこか呆然とした様子の香澄に、三人は慰めるように少しだけそっとしておいた。

 

 香澄は沙綾のことを何も知らない。

 会話から得られる人となり以外では、“ランダムスターを知っている”“定時制に通っている”“お祭りの時は獅子舞に入ってライブを見ていた”“昔ドラムをやっていた”くらいしかしらない。

 

 沙綾は香澄のことをたくさん知っているのに、その逆は違った。だから、香澄には沙綾がバンドに入れない理由を知らないし、分からない。推測すらできない。

 香澄は頭に浮かぶいろんな言葉を形にできないまま机にペンを走らせる。

 

──わたし、サアヤちゃんに会いたい

 

 今の香澄にとって確かに事実だと言えるのは、このくらいだった。

 これまでの歩みの中で得てきた前向きな気持ちは身を潜め、入学してすぐの頃の、臆病で俯きがちな香澄が姿を現していた。

 

 

 

 翌日。

 意気消沈した香澄が、たえとりみに連れられて教室に入ってきた。

 そして、机の上に書かれたメッセージに対する返信がないことに気が付いて、またさらに落ち込む。

 

「……これはあれよ。きっと学校を休んだのよ」

「そうか! そうっすね。学校休んだら、なにも書けないっす」

「うむ。そうだな、もしかしたら、今日も休むかもしれんな」

「うん、うん。これは、きっと学校を休んだってことよね」

「そうっすね、それだとやっぱり、返事は書けないっすよね」

「うむ、もしかしたら、今日も休むかもしれんな」

「そっかー、学校を休んじゃったのかー」

「そうっすね、学校休むとやっぱり、返事は書けないっすから」

 

 同じことを延々と繰り返す三人の言葉を聞き流しながら、香澄の視線は机の隅に固定された。

 

「……違う」

 

 小さくても、確信めいた声。

 

「ねえ、違うよ! これ見て!」

 

──☆→

 

 それは、何でもない星と矢印の記号。

 でも、彼女達にとってそれは特別な意味を持つもので、

 

「こっちだ!」

 

 勢いよく立ち上がった香澄は教室のドアを見つめる。

 クラスメイト達の困惑なんて他所に、香澄はそのまま教室の外に飛び出した。

 

「サアヤちゃんが書いてくれたんだ……」

 

 香澄は興奮した様子で三人に声をかけた。

 

「……みんな、行こう! 星が呼んでる!」

 

 そして香澄が走り出し、それにつられて三人も走り出した。

 今から授業が始まると言うのに、四人はあっという間に教室からいなくなってしまった。

 

 

 

 この日から、もう机の上のやり取りは進まなくなった。

 

 香澄は沙綾を見つけ、五人目の仲間が加わったのだ。

 二人はもう、机の上でなくても会話を続けることができる。あの蔵で二人ではなく五人で音楽(キズナ)を紡いでいくことができるから。

 

 

 こうして、残ったのは君ひとり。

 

 香澄の、そしてその仲間達の歩みを見守っていた沙綾は今や香澄と一緒にクラパ……いや、今は“Poppin'Party”というそのバンドのメンバーになったのだから。

 

 ポピパの始まりの物語(ロマンス)は、こうして終わる。

 いや、始まると言ってもいいかもしれない。

 

 これから彼女達は、学園祭で、ライブハウスで、多くの人と音楽(キズナ)を奏でていくのだから。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………。

 

 

 …………………………。

 

 

 ………………………………。

 

 

 ……………………………………。

 

 

 …………………………………………。

 

 

 

──聞こえる?

 

 聞こえはしない。だって、君には彼女の声は届かない。

 香澄と君の居場所は地続きではないし、その場所を繋ぐ手段は文字だけなのだから。

 

 でも、伝わりはするだろう。

 だって、君はまた画面に映った()()()()()()()()()から。

 

──驚いた? そうだよね。逆だったら、わたしも、驚くと思う。

 

 本来こんなことはない。

 君の声は香澄に届かないし、香澄は君という存在を認識しない。

 

 でも、これはもしもの物語(二次創作)で、“読者である君の物語”だから。

 

──わたしは、ずっと俯いたままだった。

 

 香澄の、あるいはポピパの歩みは、“夢を追いかける物語”だ。

 

 歌えなくなった少女が、歌を思い出すように。

 蔵に引きこもった少女が、外の世界に歩みだすように。

 ライブハウスに通っていた少女が、今度は自分がと新天地に向かうに。

 神を慕った少女が、導きのままに夢に出会うように。

 仲間を捨てた少女が、新しい仲間を見つけるように。

 

 五人は、自分達の夢を見つけて、それを撃ち抜くために舞台へと上がる。

 

──君には、夢がある? 仲間はいる?

 

 ないと思うのなら、少しだけ思い返してほしい。

 

 家族、友達、大切な人。君は君が思っているより孤独から遠いかもしれない。

 そして、夢もまた、君の胸の中にうずいているのではないだろうか。

 

──でも……

 

 もし、本当に仲間がいないというのなら、夢がないと言うのなら。

 

 その時は、少しだけ周囲に目を凝らしてほしい。

 

──わたしが、星を見つけたように……

 

 きっかけは思わぬところに転がっている。君が何気なく歩んでいるその道端に、そんな仲間と夢が落ちている。

 そんなことが、あるかもしれないから。

 

──わたしたちは、夢を見つけた。

 

 次は、君の番だ。

 

 

 

 これは、ここだけの話。

 本編では決して語られることのない、五人の物語を読み続けた読者であった君の物語。

 

 そして、付け加えるのであれば──

 

 

 

──これから、君が夢を撃ち抜く物語だ。 

 




ご本人様も投稿されています!
解説もありますよ!
https://syosetu.org/novel/204924/


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夢の泡沫

 今回の作者は、『人類最後のマスターはガールズバンドの彼女達と生きるそうで』のゆっくりシップさんです。今回の作品、作品に明確に名前のあるキャラとしてオリキャラを出してはいけない。オリキャラ視点で話を書いてはいけない。というルールなのですが、そのルールの穴をついてきました。発想力が凄まじいです

 テーマ「君と過ごした一ヶ月」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=278271
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/194465/
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/hame_yukkuri?s=09
 
 作家ご本人の前書き
 えっと、取り敢えず自己紹介をば。
普段FGOとバンドリのクロスオーバー作品である、
「人類最後のマスターはガールズバンドの彼女達と生きるそうで」
っていうラノベによくありそうなタイトルの話を執筆しておりますゆっくりシップです。

 今回お題が『君と過ごした一ヶ月』という事ですが…
先に謝っておきます。
ほんとすいませんでしたぁぁ!!(フライング土下座)
自分でも気が付いてたらこんな駄文になってたんです信じて下さい!

 そんな糞作者を快く受け入れて下さった主催者様に改めて感謝を。
では、覚悟の準備が出来た方はゆっくりしていってね!!!

 あっ後書きでまた会いましょう…

 メンタルがもっていればね…(小声)



夕方、CIRCLEでの練習を終えて、青葉モカはCIRCLE内のラウンジにて1人寛いでいた。

 

別に家に帰ってからでも良かったのだが我が家には今日のメインデッシュが待っている。

 

今帰ってしまったら飛びつかないで我慢できる自信が彼女には無かったのだ。

 

我慢すればするほどそれ・・を味わう瞬間は甘美に、そしてより魅力的になる。

 

だから今は耐え忍ぶ時だ。

 

そんな他人からしてみれば些細な事を思いながらソファに寝そべってただただ時間が過ぎるのを待つ。だが意識を覚醒させたまま時間が過ぎるのを待つのも億劫だしこのまま一眠りしようか、

 

そう考えながら机の下を見ると、ふと誰かのノートを見つけた。

 

白主体にオレンジ色の線などで装飾されている一般的なノート。

 

床に落ちていたにも関わらず、埃が付着していない事からかなり最近持ち主が落とした物だとわかる。だが、妙に表紙が曲がっている癖にボロボロという訳ではない。

 

持ち主がこのノートに八つ当たりした、そう思わせる見た目だった。

 

モカはそれを拾い上げるがすぐに誰かに頭上から強引にもぎ取られる。

 

なにかと思い見上げるとそこには少し息を切らしつつ顔をまるで熟れた桃のように赤く染めた少女、山吹沙綾が。

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 その後なんとか沙綾を落ち着かせ、先程拾ったノートは彼女の物か聞いてみる。

 

すると沙綾は落ち着いた筈の顔をまた赤くした後俯きながらうんと肯定の意を示す。

 

だがこの瞬間、沙綾の瞳が潤み赤くなったのをモカは見逃さなかった。

 

まぁそれも些細な事だが。

 

 

 

 持ち主が分かり脱力するのと同時に中の内容が気になるのが人の性というもの。

 

モカが沙綾に中身を見ていいかと聞くと沙綾は快く承諾した。

 

だがノートの外見からして普通の勉強用のノートではない事だけは確かだ。

 

モカは怖いもの見たさ半分興味半分でノートを開く。

 

 

 

 

 

 そこに書き綴られていたのは2人の人間が過ごした一ヶ月。

 

淡く儚くそして『歪』な恋の物語。

 

 

 

 

 

 〇月×日 晴れ ☆

 

 

 

 今日から毎日、日記をつけてみようと思う。

 

こうやって書いた事も今後作詞などの役に立つかもしれないしね。

 

 

 

 〇月×日 雨 ☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 最近学校で偶に話す同級生とCircle内で会った。

 

どうやらドラムをやっているらしい。

 

そんなこんなでつい話が長引いてしまったのだが凄く楽しかった。

 

 

 

---〇月×日 晴れ ☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 最近はよく同級生…

 

なんか名前で書くの恥ずかしいし同級生でいいかな。

 

最近よく同級生と一緒にバンドの練習終わりに帰るようになった。

 

他愛ない話で盛り上がりながら帰路につく。

 

やっぱり楽しいのだが、なんでだろう…?

 

最近同級生の横顔を見ていると胸の鼓動が早くなる気がする。

 

 

 

---〇月×日 晴れ ☆

 

 

 

・今日の出来事

 

私と同級生が話してるのを見て香澄がカップルみたいって言っていた。

 

普段なら笑い飛ばせる筈なのに、どうしてだか妙に照れ臭かった。

 

 追記 どうやら同級生は私と思ったよりも家が近いようだ。

 

 

 

 

 

 甘い。ただただ甘い。これならブラックコーヒーとパンでもコンビニで買ってくるべきだった。

 

同級生の事はモカも知っている。しかも沙綾よりも長い付き合いですらある。

 

まあ、そんな事はどうでもいい。

 

モカは早くも自分がこの日記を読もうとした事を後悔し始めていた。

 

だが何故かページを捲る手が止まらない。

 

横では沙綾が奇妙な顔でこちらをじっと見ているのでそれが気になるというのもあるのだが。

 

 

 

 

 

---〇月×日 晴れ ☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 どうやら私は同級生に『恋』をしてしまったらしい。

 

有咲に言ったら凄く驚いた顔をしてたけどまぁつまり…そう言う事なのだろう。

 

うぅ…頭が沸騰しそう…

 

 

 

---〇月×日 曇り ☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 今日は同級生とポピパの皆で近所のショッピングモールに行った。

 

とっても楽しかったけれど、おたえや香澄があの人にくっついてるのを見ていると…

 

嫉妬というより殺意…?みたいなものを感じてしまった。

 

自分でも信じられない。まさか友人を憎たらしく思うなんて。

 

疲れが溜まっているのかもしれないし、今日は早く寝よう。

 

 

 

 

 

 モカは無言でページを捲る。

 

普段は賑やかなCircleのロビーを、今はその薄い紙を一枚、また一枚と捲る音が支配していた。

 

 

 

 

 

---〇月×日 晴れ ☆☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 …やっぱり同級生が誰かと話しているとイライラする。

 

別にまだ付き合ってはいないし、そもそも告白すらしていないのに。

 

 

 

 

 

 これはもしかしなくともパンドラの箱を開けてしまったのではないか。

 

確かにゴシップネタやドロドロとしたドラマなんかは嫌いではないが、

 

まさか友人が実際に昼ドラムーヴを密かにかましていたなんて思ってすらいなかった。

 

数十分前の自分に一ヶ月パン禁止令を出してやりたい。

 

いや、それだとあたしもパンが食べられなくなる。

 

そんな脳内茶番を繰り広げながらモカは日記を読み進める。

 

 

 

 ラストのページも近くなってきたのだが、

 

何より驚いたのはこの内容全てが一ヶ月以内に書かれている事だ。

 

 

 

 

 

---〇月×日 曇り ☆☆☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 同級生がこころと一緒に遊びに行っていた。

 

私以外と遊ぶなんて…

 

最後通告として受け取っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---〇月×日 雨 ☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 私とのご飯中にはぐみの事を見ていた。許さない。

 

 

 

 〇月×日 晴れ ☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 りみと話していた。許さない。

 

 

 

 〇月×日 晴れ ☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 私以外の女の子の名前を言った。許さない。

 

 

 

 

 

 そして、最後のページ。

 

 

 

 

 

 〇月×日 ハレ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 ・今日の出来事

 

 流石の私も堪忍袋の緒が切れた。

 

明日、同級生を家に招いて、

 

自分が誰のものかをその身体に教え込もうと思う。

 

これでこの日記帳は終わるが、

 

次に書くとしたら同級生私。2人だけの日記だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モカがノート日記帖を閉じる。

 

そして恐る恐る沙綾の方を見るが、

 

予想していたハイライトさんが逃避行している目ではなくそこにいたのは

 

また泣きだした目だった。

 

 

 

 このノート最後のページの後にあった物語の結末はこう。

 

同級生は、行方不明になった。白紙だった最後のページを沙綾が黒で塗り替えたその日に。

 

故にそれを思い出して泣いているのだろう。

 

モカの胸には罪悪感が少し芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は恋をした。

 

それが歪であったとしても、

 

相手への想いは紛れもなく美しいものである筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の話をしよう。

 

これまでも、これからも失ったものを求め続ける、

 

少女の話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後沙綾と別れ、家に帰ったモカは自室の部屋を開けた。

 

そこにいるのは今日のメインデッシュ。

 

そっと口に貼り付けたガムテープを剥がすと、

 

すかさず唇を押し付ける。

 

椅子に両手首を縛り付けられ、身動きすらできない人を強引に犯す。

 

口内を舌で蹂躙していると、縄が動いたからか、服のポケットから一枚の写真が出てくる。

 

モカがそれを取るとそこに写っていたのは先程まで一緒にいた彼女の笑顔。

 

縄で縛られている人物にモカが覆い被さるように椅子ごとベットに押し倒す。

 

そして嬌声が響き始めた暗闇の中で、青白い月光が

 

床に散らばった写真の残骸を照らしていた。

 

 




 また会ったな!

 モカと沙綾推しの方々石を投げないで!
自分でもどうしてこうなったのかわかんないんです!

 もし暇な時間があればあのラストを踏まえて文章を見てみると新しい発見があるかもしれないですよ…

 まぁ次の方のを読んだ方が絶対有意義な時間の使い方ですがね…
 
 よければ次は本編でお会いしましょう。
ゆっくりシップでした。


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休日の過ごし方(前編)

 今回の作家はサラ☆シナさんです! なんと、2話の更新です! 企画者としてとても楽しみな作品でした!

 テーマ「休日の過ごし方」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=163034
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/sarashina770?s=09


 

 タクシーの中から雨の降る街を眺めていた。

 灰色の空がコンクリートの街を覆う。薄暗い単色で染められた世界。それらを目視しながら冷たいガラスに頭を預けると、都会の人工的な音に雨音が混ざり、ある種の気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

 9月の中旬のある日の土曜日。私は朝からある場所へと向かっている。

 赤信号で車が止まると目の前の交差点が人で覆い尽くされた。中には私と同じくらいの歳の人たちもいる。やはり高校1年生となると、雨の日でも休日は遊びに出かけるものなのだろうか。

 

 

「着いたよ。お嬢ちゃん」

「ありがとうございます」

 

 

 他人事のように窓の外をぼうっと見ていると、タクシーはいつの間にか目的地に着いて停車した。

 白い髭を生やした初老の運転手が朗らかに微笑みかけてくる。私は彼に軽く会釈をして運賃を支払い、ビニール傘をさしながらタクシーから降りた。

 

 

「…………」

 

 

 私は無言で()()を見詰める。目の前にあるのは真っ白な巨塔。てっぺんを見あげようとすれば首が痛くなるほどに高く、そして巨大な建造物が視界いっぱいに広がっている。

 私は都内の大きな病院に来ていた。規模で言えば国内ではかなり大きな部類に入る大学病院。

 占める土地も巨大で、振り返ると緩やかに曲がった車道を挟んで広大な駐車場が広がっている。

 

 

「……ぼーっとしてる暇はないわね」

 

 

 正直な話、気分はあまりよくない。ここに来るといつも気鬱な気分になる。

 しかしいつまでも尻込みしてる訳にもいかないので連絡橋とエレベーターを使って目的の病棟へと移動する。別棟の最上階である6階で降りると、仄かな薬品の臭いが鼻の奥をツンと突き刺した。

 そのまま廊下を渡って1番奥の病室……613号室の前に立ち、1度大きく深呼吸をする。

 早鐘をうつ心臓を落ち着かせ、重たいクリーム色の扉に手を掛けた。

 

 

「──日菜」

「あっ。おねーちゃん」

 

 

 部屋に入ると眩い乳白色の照明と共に、明るい快活な声が私を出迎えた。

 お世辞にも広いとは言えない個室の病室。その窓際に備えられたベッドの上で、私の妹“氷川日菜”は、自分と同じ浅葱色の髪色を振りながら爛漫とした笑顔を見せてきた。

 

 

「調子はどうかしら?」 

「うん。今は全然大丈夫」

「無理は、しないでいいのよ……?」

「無理なんてしてないよ」

 

 

 彼女が見せる普段通りの陽気な表情。日菜は気丈に振舞ってはいるが、身体の様子は一般的なそれとは明らかに違っている。

 日菜から聞こえる普通とは違う呼吸音。そして布団で意図的に隠されたであろう右脚を見て、私は表情を曇らせるた。

 

 日菜は今、非常にタチの悪い病に苛まれている。

 

 彼女がこの大学病院に入院して1年半、私は週末になるといつも此処を訪れる。

 車で約30分。いつもはお父さんの車に揺られながら。仕事でいない日は、今日のようにタクシーを使って。

 

 

 炎暑な盛夏の季節でも、今日のような粘っこい霖雨の日でも。私は欠かさず彼女の病室を訪れる。訪れた。

 

 

 それが私の、休日の過ごし方である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 骨肉腫。主に思春期の頃に多い症例で、日本全体では1年に約150人程度の稀有な病気。

 

 日菜は1年半前、その骨肉腫を患った。

 

 そんな病気がどうして日菜に……今ではそう思わないではいられなかった。日菜本人の話によると発端は15歳の初夏の事だったそうだ。受験を控えた夏休みなのにも関わらず、彼女は運動部の助っ人をいくつも引き受けていた。

 そんなある日、日菜は突然右膝に違和感に襲われた。

 最初は大したことないから放置していけれど、その違和感は次第に大きくなり、やがては激しい痛みに変わっていったという。

 それでも日菜は、痛みを表に出すことはなかった。流石に数は減らしたらしいが、その後も運動部の頼みを引き受け続けたらしい。もしかすると1度引き受けた頼みに彼女なりの責任感を感じていたのかもしれない。

 

 最初はそれでもまだもっていたらしいが、遂に痛みに耐え切れなくなり日菜は倒れてしまった。

 休日の昼下がりのリビングでのこと。突然だった。あの時の痛みに苦しむ彼女の悲痛な表情は今でも鮮明に思い出される。

 

 整形外科へ赴き、患部のX線写真を見た時には愕然とした。大腿骨は腫れ上がり、骨膜が異常な程に盛り上がっていた。骨肉腫が疑われたその症状の詳しい検査をする為に当院を受診すると、それは案の定だった。

 

 

『骨肉腫、ですか……?』

『はい。 いわゆる、骨のがんですね』

 

 

 それから1年。薬剤による化学療法と手術による治療が始まったのだが、その道はあまり好ましいものとは言えなかった。

 

 念の為上半身のMRIを撮った時、肺に転移巣が見つかったのだ。

 

 医者の話によると膝の周囲、大腿骨に出来た骨肉腫は血液へと入り、静脈を通って心臓に到達。その後骨肉腫の細胞は肺にひっかかり、ガス交換がされた際に肺に定着、転移したらしい。

 

 

「日菜、大丈夫?本当に痛くない?」

「大丈夫大丈夫。今は呼吸も安定してるから」

「そう……なら、よかったわ……」

 

 

 つまり日菜は今、右足と肺の両方のがんで苦しんでいる。

 

 

「足も、きっと大丈夫よ」

「ほんとかなぁ。こんなに腫れてるのに」

「それは……」

 

 

 日菜はあははと苦笑しながらを裾を捲る。すると赤黒く腫れ上がった痛々しい患部が目に入った。

 こんな時……私はなんて声をかけてあげればいいのか、分からない。

 

 

「……骨肉腫については今では治療法も多いし、5年生存率は7割を超えてるって言うわ」

 

 

 私は下手に、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

 

「広範切除をしても足りなくなった骨は人工関節とかで補えるし……」

「おねーちゃん、調べてくれたの?ありがとう」

「あ、当たり前じゃない」

「おねーちゃん、あたしのこと嫌ってるって思ったから」

「……っ、そんなこと……」

 

 

 そんなことない……そう言おうとして、言葉につまる。今更どの口がそんなことを言うのか。烏滸がましいにも程がある。

 こんな時どんな言葉をかけてあげればいいのか分からない?それはそうだ。今の今まで、姉らしい接し方など、ロクにしてこなかったくせに。

 

 

「やっぱり、問題は肺だよね」

「…………」

「転移性肺がん、もうかなり進行が進んでるんだって」

 

 

 勝手に悪いように意識し、勝手に疎んでいたくせに。

 

 

「肺がんってさ、早期に見つかると治療できる確率が高いんだけど、進行するのがすっごく早いんだって」

「…………」

「あたしが無理して言わなかったからだね……あはは……」

「日菜……」

 

 

 苦笑する日菜。悲愴さを漂わせながらもどこか無理をしたその笑顔に、私は表情を歪める。

 他所から転移してきたがん……転移性肺がんは今日菜の言っている原発性の肺がんとまた違うものではあるが、今はそれを訂正する気にもなれなかった。

 ほら見た事か。こんな状況なのに、私は日菜に気の利いた言葉も他愛のない一言すらかけることが出来ない。

 

 

「雨、だね」

「……そうね」

「雨が降るとね、お花にはいいんだよ?」

「……そうね」 

 

 

 日菜につられ窓を見る。そこにはタクシーの中で嫌という程見た曇り空が広がっていた。

 重々しい灰色は、まるでこれからの暗い現実を、そして今までの姉妹の在り方を示しているようだった。

 

 

「あたしが育ててたゼラニウム、咲いたかな」

「……ええ。赤い綺麗な花が咲いてるわ」

「そうなんだ」

 

 

 実の妹と真っ直ぐに言葉も、それどころか目すら合わせることも出来ない。

 

 

「明日、また来るわ」

「来てくれるの?」

「ええ。日曜日だから」

 

 

 そんな今の私にできるのはたったこれだけ。

 

 毎週の週末の休日に、ぎこちない笑みを浮かべることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日菜」

「あっ。おねーちゃん」

「調子はどう?」

 

 

 翌日、私は昨日と同じ時間に病室を訪れた。引き戸を開けて声をかけると、外を見ていた日菜はくるりと此方に視線を変える。

 窓の外は昨日と同じ雨模様。清らかな群青など広がるべくもなく、暗い灰色の空だけが街を覆っている。

 日菜はそんな曇り空をひたすらに見つめていた。

 

 

「外に、何かあるの?」

「んー特に何も無いよー。見てただけ」

「そ、そう……」

「それよりもおねーちゃんの方がつらそうだよ?」

「ちょっと寝不足なだけよ……」

 

 

 そう言えばこの子は、昔から何気なく外の景色を見ているような気がする。

 金色の瞳を爛々と輝かせて、まるで猫のように空の1点を見詰める。私はそんな日菜の行動が理解出来なかった。

 

 

「…………」

 

 

 以前はこうじゃなかったのに。最初は私たちも、ちゃんとした姉妹だったのに。無意識に拳をにぎりしめる。何処と無く全身にも力が篭り小さく震えてしまっていた。

 以前と言っても、それはもう何年前の話だろうか。正確にはわからない。少なくとも小学校の高学年の歳には、彼女を忌避していたと思う。

 

 今更に思うと、なんて酷い話だろうか。

 

 いくら双子とはいえ、あの子は『おねーちゃん』と慕ってくれているのに。あの子にはなんの悪気もなかったと言うのに。

 

 

「それで、日菜?身体の痛みは何とも無い?」

「え、えっと……」

「!どこか痛いの?」

「えっとね?その、違くて……」

 

 

 日菜は照れたような表情でどもる。それはどこか嬉しそうで、ほんのり頬を染めてもじもじとなんども此方に目配せしていた。

 

 

「嬉しくて。おねーちゃんがあたしに構ってくれるのが」

「!……そ、そう」

「ありがとう。おねーちゃん」

 

 

 日菜は心の底から嬉しそうにはにかんだ。それはいつも以上にも眩しい笑顔だった。

 

 

「…………」

 

 

 私はそれを見て、大愚な錯覚をしてしまいそうになる。

 本来なら……妹にこんなことを言わせている段階で姉失格である。今まで自分がしてきたこと。それを考えれば、いつ嫌われてもおかしくない。

 

 

「…………」

 

 

 それなのに……それなのに、日菜は今でも私に純粋な好意を寄せてくれる。

 

 

「──……いいのよ、日菜」

 

 

 だから私は……()()()()()()()──。

 

 私は、その日菜の好意を受け止める。

 

 

「私は、お姉ちゃんだもの──」

 

 

 信じられないくらい平坦な声が出た。まばたきも少なくなり、眼球がどんどん乾いていく。

 好意を受け止めたなんて言うが、そんな高尚なものではない。

 客観的に見ると、私は“ただ都合のいい状況に乗っかっただけ”に過ぎなかった。

 彼女を騙して自分も騙す。私は日菜の病にかこつけて、過去の行いの精算をしようとしているのだ。今からでもお姉ちゃんらしいことをして彼女に懺悔し、押し売りのような免罪符を貼り付ける。

 

 

「だから……もっと、頼っていいのよ?」

「お、おねーちゃん?」

 

 

 本当はこんなことやりたくない?でも、だからってここでも日菜に避け続けるの?

 こんな自分に吐き気がする。一体今どんな顔で笑っているのだろうか。自分の中の姑息で利己的な葛藤がぐちゃぐちゃに混ざり合う。

 

 

「どうしたの?日菜」

「う、ううん。なんでもないよ……」

 

 

 これからは日菜の為に。違和感のある決意が私の頭の中を席巻する。が、そんなこと言っても結局は今までの自分を許したいだけ……。

 

 そんな感覚が、思考が、自分自身がたまらなく気持ち悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日菜。おはよう」

「おねーちゃん……おはよう」

 

 

 そしてそれから、毎週の週末。

 

 

「日菜、はい。買ってきたわよ」

「あ、ありがとう……」

 

 

 私は日菜の病室を訪れた。

 

 

「ねえ……おねーちゃん」

「なに?どうしたの?」

「最近、ちょっと変じゃない……?」

「そんなことないわ」

 

 

 自分を騙して、彼女を騙し続けた。そんな生活を続けているうちに、以前までにあった彼女への嫌悪感は霧散していた。

 

 正確には、ただ麻痺していただけなのかもしれないけれど。

 

 だけど、それでも私はこれ以上、『姉』を全うしないことに対しての自分への呵責に耐えることは出来なかった。

 



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休日の過ごし方(後編)

前回の続きとなります。


 

 

 

 

 

 

 

『ねえ。氷川さん』

 

 

 はい。なんですか?

 

 

『今度の休みなんだけどさ、一緒に──』

 

 

 ごめんなさい。その日は私用があって。

 

 

『そ、そうなんだ。ごめんね……』

 

 

 いえ、ではまたの機会ということで。それでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……氷川さん、また?』

『うん……1回でいいから、遊びに行きたいんだけどね』

 

 

 …………。

 

 

『やめときなよ。あの人、めちゃくちゃ付き合い悪いから』

『うーん。それもそっか』

 

 

 ……仕方ないじゃない。休みの日は、日菜の所へいかなくちゃいけないの。

 

 

『堅いひとだけどさ。趣味とかないのかな』

『ね。あの人、いっつも何してんだろね』

 

 

 そんなの、私の勝手でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紗夜……毎週無理にお見舞いに行かなくてもいいのよ?』

 

 

 無理なんてしてないわ母さん。普段行けてない分、休みの日ぐらい日菜の所へいかないと。

 

 

『すまない紗夜。また仕事なんだ。今日も送ってはいけない……』

 

 

 気にしないで父さん。電車とタクシーで行くわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『氷川さん……氷川さん!』

 

 

 ……はい?なんですか先生?

 

 

『なんですかって……もう放課ですよ?』

 

 

 あ……そうだったんですね。

 

 

『寝不足ですか?勉強熱心なのもいいですけど、程々にしておいてくださいね』

 

 

 はい。気をつけます。

 

 

『そう言えば氷川さんは最近、医学の教本を読んでいますね』

 

 

 そうですね。

 

 

『将来は医学部に?』

 

 

 ええ。まあ。そんなところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おねーちゃん』

 

 

 日菜。

 

 

『あたしね、こんな形だけど、今すっごく幸せなんだよ?』

 

 

 そうなの?

 

 

『うん。おねーちゃんと、一緒にいれて……』

 

 

 それは、よかったわ。

 

 

『これが、ずっと続けばよかったのになぁ……』

 

 

 続くわよ。

 

 

『…………』

 

 

 ……?

 

 

『もし……もしもだけどさ……』

 

 

 日菜?

 

 

『もしも……100年後の医学なら、あたしは助かったのかな……?』

 

 

 何を言っているの?

 

 

『おねーちゃん……あのね……?』

 

 

 

 

 

『もう、私は──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『正直、かなり危険な状態です』

 

 …………。

 

 

『今後、抗がん剤の副作用にも耐えられるとは……』

 

 

 …………。

 

 

『御家族と、よく話し合って──』

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紗夜……』

 

 

 なに?お母さん。

 

 

『紗夜……日菜はもう……』

 

 

 日菜……そうだったわ。今日も、お見舞いに行かないと。

 

 

『もう、やめましょう……?』

 

 

 今日はあの子な好きな、アロマを持って行きましょう。

 

 

『紗夜……!』

 

 

 じゃあ、行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ね、ぇ……おね……ちゃん』

 

 

 日菜。どうしたの?

 

 

『あたし……ごめ……黙ってて』

 

 

 どうしたの?日菜?

 

 

『ギター、始……めて』

 

 

 ぎ、ギター? 

 

 

『でも、最後……セッ、ション……』

 

 

 日菜?

 

 

『…………』

 

 

 あら……寝ちゃったのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨夜の夜遅くに、亡くなられました」

 

 

 そう言って白衣の男は、同伴していた看護婦と共に深く頭を下げた。

 あと1週間で春休みが始まろうとした矢先。3月半ばの日のことだった。

 

 

「日菜さんは、最後まで頑張りました」

「はい……先生、ありがとうございました……」

 

 

 彼の口からつがれた言葉は冷たい廊下に無機質に反響した。それはやけに耳に残り、何度も頭の中に響いてくる。

 普段から逐一()()()を聞いていた両親は、落ち着いて話を聞いている。

 時折母の途切れ途切れの嗚咽が耳に届く。父が母の肩を抱き、母は医師の言葉を噛むように受け入れ、泣いていた。

 

 

「────」

 

 

 そんな2人に対して私は、抜け殻のように棒立ちをしていた。

 今にも倒れそうな身体をなんとか支え、焦点が合わず狭くなる視界を必死で保つ。

 

 今日の深夜、日菜の臨終が伝えられた。

 

 中学3年生の夏から始まった闘病生活。それは最悪の形で終わりを迎えた。

 最初の肺転移巣摘出の際に増大した転移巣と、新たなる転移巣の出現が確認されたのだ。そしてその転移巣摘出後さらに早期に病変が見つかり右膝にも種脹が再出現した。

 

 一時は退院も出来たのに、結局は新たながんが再発し呼吸苦が繰り返される。

 

 症状はそれだけでは収まらず大量の血痰に反回神経の損傷、そして大静脈を圧迫したことで起こる上大静脈症候群も患った。

 しわがれた声。腫れ上がる首と顔。食欲減退による過度な体重減少。

 日に日に痩せていき、変化し、精神を摩耗させていく日菜はついに抗がん剤の治療に耐えられなくなり……。

 

 

「日菜──」

 

 

 そして余命宣告を受け、今日、日菜は……。

 無慈悲で残酷な宣告だった。思えば約1年9ヶ月前にがんが発覚した時に、この未来は想定できていたのかもしれない。

 手術をしても、化学治療をしても、がんは再発する。その進行の速度と追加治療の後に現れる新たながんは、まるで死神が鎌を擡げていつまでも日菜の首にかけているようだった。

 

 秒数の見えないカウントダウン。

 

 終末期へと昇華した絶望は幽暗と時を隠す。決してそれ見えないが、しかして確実に終わりを運ぶ。

 

 

「ごめんなさい……私、トイレに……」

 

 

 ぼそりと声をかけて、ふらつきながらその場を離れる。誰へとなく言ったその言葉。周りに聞こえてるかは分からない。

 じわり、じわりと視界が淀む。黒く暗澹とした大きな塊が私の内側を侵食し、呑み込んでいく。

 覚束無い足取りは次第に速度を増していく。

 日菜が入院していた最上階の病棟。その廊下を、私は亡者のような足取りで歩いていた。

 

 

「あ──……」

 

 

 両親とは違い、目を背けていた……逃避し、拒否していた現実が、今になってようやくこの身に降りかかる。

 視界が。思考が。こころが。全てが黒に染まっていく。

 

 嘘だ。嘘に決まってる。だって……だって……。

 

 そう思いたかった。いや、正しくはそう思わずにはいられなかった。だって、せっかくまた繋がれたと思ったのに……。

 それが心の麻痺だったとしても。都合のいい免罪符だとしても。私はあの子に、今までの行為の全てを謝罪したかった。

 

 そしてまた、昔のような姉妹に戻りたかった。

 

 だけど現実は無情で無慈悲。これは、抗いようもない真実。

 私は結局、あの子に何もしてあげられなかった。

 

 

「あ……あ、あぁ……!」

 

 

 私はいつのまにか廊下を抜け、連絡橋まで来ていた。最上階の連絡橋はふきさらしで屋根がなく屋上のようになっている。

 雨が降っていた。いつぞやのように、鉛色の曇天が世界を覆っている。

 

 

「あああ……!」

 

 

 まとわりつくような霖雨の中、私は震えながら呻く。

 

 

「うっ……ぇぐっ……あぅぅ……!」

 

 

 連絡橋の上で脚が濡れるのも厭わずに、私は膝を着いた。最初は小さかった呻き声は次第に凄絶さを増していく。

 頭を抱え髪を毟り、私は人目も気にすることなく叫び声を上げた。

 

 

「あぅ……あ、……うあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 放たれた悲痛な慟哭は周囲の音をかき消した。分厚い雲から降る冷雨は、容赦なく身体に突き刺さる。

 胃酸が逆流してくるような、身体の中から何かが飛び出してきそうな感覚に襲われる。えづぎ上げたせいで呼吸が上手く出来ない。悶えるほどに苦しくなった。

 暗い絶望と深い後悔の念に襲われる。なんで、もっと優しくしてあげられなかったのだろう。なんで……なんで……。

 ぎしり、ぎしりとナニカが音を立てて壊れていく。精神を黒い蝕まれていくような感覚に目を見開かせ、眼球が乾く。

 

 

「日菜ぁ……日菜ぁ!」

 

 

 本当にもっと、あなたといたかった。

 

 

「……ごめん、なさい……」

 

 

 けれど私は、何年もつまらない意地を張って。

 

 

「ごめん、なさい……!」

 

 

 あなたを蔑ろにし続けた。

 

 

「ごめんなさい……!ごめんなさい……日菜……!」

 

 

 今いくら謝ったとしても、それが彼女に届くことは無い。彼女はもう、死んだのだ。 

 夜になったら寝て、次の日の朝に起きるのとは違う。彼女はもう二度と目を覚まさない。意識も記憶も、四肢の些細な動きすら全て。人の形成する全ての時間がブツリと切れる。

 それが『死』なのだと、今更に理解する。

 思春期であれば、誰しも『死』を意識したことはあるだろう。

 

『果たして、死んだらどうなるのか』

 

 中学生の頃のとある夜。唐突にそんなことを思いつき、それを本当の意味で自覚した。私は今でも怖くて怖くて仕方がない。

 

 死にたくない?けれど、いずれは──。

 

 日菜が言っていた、100年後の科学。そんなもの、私たちは見ることすら出来ない。そろそも死ねば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなことを意識したら、私は怖くて怖くて仕方なかった。

 

 

『あたしは大丈夫だよ。おねーちゃん』

 

 

 それでも日菜は最後まで笑っていた。

 盲目とした私の手を、優しく握り返してくれた。

 

 

「日菜……は……!」

 

 

 だけど、それももう叶わない。

 

 

「日菜は言ってたのよ……!」

 

 

 雨と涙、風と声がぐちゃぐちゃに混ざる。

 

 

「今がずっと続いて欲しいって……!あの子は言ってたのよ!」

 

 

 喚き、叫び、呻き、嘆き、慟哭する。

 何度も何度も、コンクリートで出来た連絡橋の床面を殴りつけた。拳がぼろぼろになって、水溜まりに赤い色が絵の具のように広がった。

 爪は割れ、指尖はぐちゅりと裂けた。皮の薄いところはもれなく削れ、見るに堪えないものになっている。

 

 

「今が……幸せだって……」

 

 

 痛い。ものすごく、痛い。

 春の冷たい雨に濡れ、その手に鋭い痛みが走る。

 だけど日菜の痛みは、こんなものじゃなかったはずだ。

 

 

 

「そう言って……!」

『いい加減、現実を受け入れたらどうなんです』 

「───!?」

 

 

 ずっと闘病の苦痛でもがいていたあの子に、私は何をしてあげたられただろうか。否。何もしていない。出来てない。

 そんな自分が許せなくて、私は再度拳を振り上げた。その時だった。

 

 

『私は私ですから。あなたの事は全て分かります』

「なん、これ……なにが……」

 

 

 突然に耳の奥から直接頭に声が聞こえてきた。

 気持ちが悪い。脳がぐらりと揺れる。何が起こっているのか分からなかった。

 その声に聞き覚えはもちろんあった。というより、自分がいつも発している声がそのまま形となって頭に響いてきている。

 

 

「…………!」

 

 

 悪い夢でも見ているのか。はたまた、寝不足が見せる幻影か。常識ではありえない物理現象を目撃し、思考停止気味にそう思った。

 膝をつき両手も地面についていることで、目の前には水溜まりが見える。私はそれを覗き込む。

 その水面映っていたのは間違いなく私。けれどそれはどこかおかしくて、私はとても受け入れることは出来なかった。

 

 

『私は、日菜のことなんてなんとも思ってないでしょう』

 

 

 その奥に映っていたのは怪しく、そして凄絶に微笑む『私』の姿だった。

 

 

『先程は随分と感傷的になっていましたが、内心はどうでしょうね』

 

 

 水溜まりの奥に現れた『私』は間髪入れずに話しかけてくる。気味の悪い笑みを貼り付け、嘲笑し、明らかに下にいるのにも関わらず此方を見下しているようだった。

 今では己の奥底に隠していた感情を内側から刺激される。

 

 

『あなたも深層心理では、そう思ってはいるはずよ』

 

 

 ……なにがいいたいの。

 

 

『日菜の部屋の“アレ”、見たでしょう?』

 

 

 …………。

 

 

『本当はラッキーって思ってるんじゃないの?』

 

 

 違う。

 

 

『よかったですね』

 

 

 ……違う。

 

 

『日菜が死ねば、ギターも、もう真似させることもないですからね』

「違うっ!」

 

 

 目の前いるもう1人の私を殴りつけた。鋭い痛みと共に、右手がさらにぬめりと赤く濡れる。

 また何度も何度も拳を振り下ろす。そんなことない。そんなはずない。何度も反芻し、何度も叫び続けた。

 

 

「…………」

 

 

 雨の音だけが聞こえる。けれどそれはどこか遠くで降っているようだった。雨に打たれ、身体が冷えたせいだろうか。感覚が鈍くなっている。

 屈んでいる体勢から立ち上がり、首を垂直に折り、天を見上げる。

 

 

「違う……」

 

 

 雨はまだ止む気配はない。放射状に見える雨が、思考を洗い流す。

 

 

「私は、日菜と一緒にいたくて……」

 

 

 確かに『私』が言っていたことは一理あるのかもしれない。入院した日菜と親密に接しようとしとことが贖罪のつもりだったことも本当だ。

 

 けれどそれでも私は、日菜のことが好きだった。

 

 院内であの子の車椅子を押していた時、少しだけ昔に戻れた気がした。才能だとか努力だとか、余分なことを考えずにただ姉と妹として接していた時間はなによりも至福だった。

 

 

「日菜も、私と一緒にいたいって……」

 

 

 彼女を避けていた頃には味わう事などできなかった、家族の触れ合い。今思えば、日菜もこれが欲しかったんだろう。

 なのに私はあの子を意図的に避け、八つ当たりし、疎んできた。

 

 

「…………」

 

 

 気づくのが遅すぎたのだ。日菜に、本当に悪いことをしていたのだと。

 

 

「…………」

 

 

 だからこそ……だからこそ私は、少しでも日菜の願いを──。

 

 

「……あぁ、そうか……」

 

 

 その時、空っぽになった頭にぽつりとひとつの灯火がともる。あの子の願いを叶えてあげたい。その一心が生み出した、陋劣な一手。

 

 何も出来なかった私が今できること。

 姉として日菜にできること。

 

 おねーちゃんと一緒にいたい。あの子の最後の願いを叶える方法。

 

 

「こうすれば、よかったのね……」

 

 

 私は首だけを動かし、視点を移す。漠然とした視界で見る世界を変えると、()()へ足を動かし近づいていった。

 そうだ。最初から、こうすれば良かったんだ。

 無意識に口角が上がる。動き出した足はもう止まらない。

 

 贖罪というのなら、それは私の全てをもって償おう。

 

 こうすれば、日菜はひとりじゃない。

 私も、ひとりじゃない。

 

 

「……日菜」

 

 

 そして私は、ついにそこに着いた。

 移動距離はほんの5メートルもない。

 目の前にそびえる胸元程度の高さの薄い障害は、特有の光沢を持っていた。

 

 

「私も──」

 

 

 全ての罪を道連れにして。

 怖いものなんて、何もない。

 

 

「今、あなたのところに──」

 

 

 私は連絡橋の鉄柵に、手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。友希那」

「なに?」

「知ってる?隣町の高校の生徒がさ……」

「えぇ。知ってるわ」

「なんかさ……怖いよね……」

「そうね」

「なんで、なんだろうね。その子、アタシ達と同い年らしいし……」

「理解は、できないわね。私にはやらなくちゃいけないことがあるから」

「それって……」

「頂点を目指せる、最高のバンドを組まなくちゃならないの」

「……そっか」

「私は今日も、ギタリストを探すわ。リサはどうするの?」

「……うん!もちろん、あたしも着いてくよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわりとした浮遊感に誘われる。暗灰色の1面は、見つめていると不思議と吸い込まれそうだった。

 スローモーションに流れる世界の中で自分の五感が消えていく。

 

 

 

 

 

 あと1週間で春休みが始まろうとした、3月半ばのことだった。

 

 

 

 

 

 雨の日に、深紅の花が一輪咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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星と夕日の記憶

 今回は、『あの茜色の空を見上げて』のイズナ/泉中さんです。
 対バンは観客にとってはとても楽しみなものですよね。対バンを行う2バンドそのきっかけは?

 テーマ「ポピパとアフロで対バン」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=199787
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/158910/



 

 「対バン?Afterglowと?」

 

 「うん、アフロとね」

 

 ある秋の日の放課後。生徒会役員としての仕事が終わり、ポピパ5人で帰ろうという時。沙綾の口から飛び出たその一言に思わず聞き返してしまった。既に他の3人には話をしていたらしく、驚いた様な反応は見受けられない。

 

 「随分また唐突だな…何かあったのか?」

 

 こういう時は大抵何かしら理由がある。香澄がやらかしたとか、香澄がやらかしたとか、香澄がやらかしたとか──香澄しか浮かばねえ。

 

 「え?いや別に何かやらかしたとかじゃない…よ?」

 

 「いやそれは絶対なんかやらかしただろ。怒らないから取り敢えず説明してみろよ」

 

 とか思ってたら、どうやらやらかしたのは沙綾本人らしい。香澄じゃない事に驚きつつも、取り敢えず話だけでも聞こうと続きを促すと、珍しく歯切れ悪く沙綾が説明を始める。要約するとこうだ。

 事の発端は数日前。買い出しに行くために外に出た沙綾に、偶々通りかかった宇田川さんが声を掛けたらしい。沙綾と宇田川さんは割と仲がいいのか、出会う度に話しているのはよく知っている。ここまでは何も不自然じゃないな。

 

 「別にここまではおかしい所ないだろ。何したんだよお前…」

 

 「うっ…」

 

 「と、取り敢えず最後まで話を聞いてあげようよ」

 

 りみにそう言われ、取り敢えず話を聞く状態に戻るが…正直、ここからどうして対バンの話になるのか分からない。

 

 「取り敢えず、続き話せよ。話はそっからだ」

 

 「うん、それで…」

 

 ──世間話の途中、お互いのバンドの近況報告をしてたらしいんだが、宇田川さんの零した一言で沙綾の心に火がついたらしい。

 

 『まあ誰がなんと言おうと、afterglow(ウチ)が1番だけどな!』

 

 『何言ってるの?Poppin’Party(私達)に決まってるじゃん』

 

 ──こんな調子で張り合ってたら、対バンをする事になったと。

 

 ──うん。

 

 「馬鹿かお前!」

 

 「あいたっ!?」

 

 話を聞き終えた私は、取り敢えず沙綾の頭にチョップを叩き込んだ。突然の痛みに悲鳴を上げて頭を抑える沙綾を見て、大きくため息を吐く。

 

 「そこで何で対抗心燃やすんだよお前…普段ならそんな事しないだろうが…」

 

 「つ、つい売り言葉に買い言葉で…」

 

 こう言ってはいるものの、普段ならこういう事を全くしない沙綾がこうなるという事は、沙綾なりに何か考えでもあるのだろう。

 

 「──わかった。なら今から練習しに行かなきゃな」

 

 「…いいの?」

 

 「そりゃお前、もう決まっちゃった物は仕方ないだろ?」

 

 それに、と言葉を切って後ろの3人を見る。

 

 「他の3人には話を通してあるってなら、私に文句なんて無いしな」

 

 香澄は目がキラキラしてるし、おたえはあんまり動じて無さそうでやる気に満ち溢れてるのが何となく分かるし、りみに至ってはすぐさまライブする訳でもないのにソワソワしてる。

 

 (──全員、新しいライブの予定にワクワクしてるのがバレバレなんだよなー)

 

 若干呆れながら心の中で呟いて、サッとスマホを取り出して予定の書き込まれたカレンダーを確認していく。

 

 (生徒会の仕事以外は基本的に何も無い週が続くな…生徒会もココ最近の仕事は少ないし、文化祭みたいな事にはならないはず…だよな?)

 

 「…取り敢えず全員の予定を照らし合わせて、予定無い日が重なれば練習にする感じで行ってみるか?」

 

 「さんせー!」

 

 「私もそれでいいよ」

 

 「わ、私もそれがいいな。今からセトリとか考えなきゃだね」

 

 「絶対負けないから…!」

 

 (…なんか、1人だけ気合い入りまくりな奴いるけど、ほんとに大丈夫か?)

 

 とか考えつつ、私自身もライブが楽しみで昂り始めているんだけどな。久しぶりのライブ、気合いを入れすぎなくらいが丁度いいのかもしれないし。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 「──てなわけで、ポピパと対バンする事になったって事だ」

 

 「いや、ちょっと待ってよ」

 

 「トモちん〜、いきなり過ぎて理解が追いつかないんだけど〜?」

 

 「巴ちゃん、何で沙綾ちゃんと話してたら急に対バンの話になったの…?」

 

 「巴…それって喧嘩売ってるみたいなものじゃん!」

 

 そう締めくくりアタシが説明を終えると、蘭たちの反応は様々だった。最も、皆困惑してるみたいなんだけどな。アタシの説明不足だったか?

 

 「そうじゃなくて、何で沙綾に喧嘩売ったの?巴らしくないじゃん」

 

 「いや、つい売り言葉に買い言葉ってやつでな…」

 

 「さーやとトモちんが喧嘩するって、珍しいね〜」

 

 モカにそう言われて、確かにと思う。沙綾は優しい奴だから、自分から喧嘩になるような行動する性格じゃないしな。

 

 「と、取り敢えず!これからどうするか決めようよ!練習いつにするとか、セトリ考えるとか!」

 

 「つぐの言う通り、決まっちゃったならもうやるしかないよね!」

 

 つぐみとひまりはやる気になってくれたみたいだ。こういう時は大抵──

 

 「お〜、2人はやる気満々だね〜。これはモカちゃんもやる気を出さねばなりませんな〜」

 

 「…わかった。セトリは今日の夜に大体考えてくる」

 

 ──モカがやる気を出して、蘭がそれを見て諦めるって感じなんだよな。こうなったらもう蘭が拒否する理由が無くなるし、何だかんだ蘭自身もライブが楽しみみたいだし。

 

 「よーしそれじゃ、対バンに向けて皆で頑張ろう!えい!えい!おー!」

 

 「「「「……」」」」

 

 「…何でよー!」

 

 (…やっぱりアタシ達は、こういう時もいつも通りだな)

 

 そう思いながら、アタシは拗ねるひまりを見て苦笑いした。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 日曜日のある朝。穏やかな日差しが降り注ぐ良い天気の中、ライブハウス『CIRCLE』のスタジオに、激しくギターをかき鳴らす音が響く。その理由は、Poppin’Partyリードギター担当の花園たえが自身の分身とも言える青いギターを一心不乱に弾いているから。彼女の首筋には珠のような汗が浮かび上がっており、どれだけ激しく弾いていたのかが伺える。

 彼女はウォーミングアップを兼ねて本来の集合時間である11:00よりも1時間以上早くCIRCLEへと向かい、練習をしていたのだった。

 彼女の細くしなやかな指がピックを滑らかに移動させ、そのピックがギターの弦を弾く事で音を奏でる。そして奏でられた音は重なり合う事でひとつのメロディへと変化し、スタジオ内に響き渡るのだ。そしてそのメロディは段々と加速し、更に激しさを増していく。

 

 そんなスタジオ内に響くギターの音に、突然パチパチと拍手の音が混ざる。おたえが演奏を止めて音の発生源を見ると、スタジオのドアを開けた少女──山吹沙綾が小さく拍手をしていた。

 

 「おはよ。朝から頑張ってるね」

 

 「…沙綾、おはよう」

 

 「あんまり根詰め過ぎると、体に良くないよ?あまり無理はしないでね」

 

 「うん、今回はもう失敗する訳には行かないから。大丈夫だよ」

 

 そう沙綾に返して、沙綾が来たことによって1度休憩にしたのか、滴る汗をタオルで拭き始めるおたえ。そんなおたえに、沙綾は一抹の不安を拭い切れないでいた。

 

 「──もう。大丈夫だよ」

 

 「え…?」

 

 ふわり、と。目を伏せた沙綾を優しく抱きしめるおたえ。甘いシャンプーのにおいと、おたえ自身の柔らかな体の感触に、沙綾の心拍数は一気に上昇する。

 

 「あ、あのっ!?ちょっと、おたえ!?」

 

 「…大丈夫。私はもう、間違えたりしないから」

 

 「おたえ…」

 

 沙綾を離したおたえは、まっすぐ沙綾の眼を見て微笑む。その微笑みに言い様のない安心感を覚えた沙綾は、おたえの眼を見て笑いかける。

 そんな二人の間には、静かで穏やかな時間が流れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、いつも通りのテンションでやってきた香澄達と合流し、予定していた11:00からの練習をこなし終えたホピパの面々がスタジオから退出した時。

 

 「「──あ」」

 

 丁度スタジオ練習だったのだろう、afterglowの5人と鉢合わせた。鉢合わせて、しまった。両バンドの間に微妙な空気が漂う。

 

 「蘭ちゃんおはよー!」

 

 だがしかし、ここで空気を読まないのが我らが香澄。そんな空気知ったことかと、いつも通りのテンションで挨拶をした。

 

 「あ…うん、おはよう」

 

 当然、この空気で挨拶が来ると思っていなかった蘭は驚いたものの、何とか返事を返すことに成功する。

 

 「今日は練習?対バンに向けてかな?頑張ろうね!」

 

 「あっ…えっと、その──」

 

 だが、この程度で止まらないのが香澄。怒涛の攻めで確実に蘭を追い詰めて行く!(なお本人に自覚はない模様。)

 それ故に、既に蘭の対話能力(キャパシティ)は限界を迎えており、蘭は答えに詰まってしまっていた。

 

 「ほら香澄、外のカフェテリアで何か飲みに行こう?有咲たちは後でくる?」

 

 すかさずそこへ助け舟(無自覚)を出したのがおたえだ。彼女のありがたい申し出(ファインプレー)を逃さず、りみが会話を繋げる。

 

 「じゃ、じゃあ私も行こうかな?」

 

 「私らはちょっと話すことあるから、先行っててくれ」

 

 「私もここに残るから、3人で行ってていいよ」

 

 「わかった。じゃあ行こう、香澄、りみ」

 

 そう言って、香澄の手を引いて歩いていくおたえ。その後ろをりみが小走りで追っていき、外へと出て行った。

 

 「さて…」

 

 その後ろ姿を見送った有咲が蘭たちへ向き直ると、既にスタジオに入っていったのか蘭と巴しか残っておらず、その二人といえば、こちらを待ち構えているかのような雰囲気を醸し出していた。

 

 「対バンの話、しようか」

 

 そう言って好戦的な笑みを浮かべる蘭。どうやら、予想以上に乗り気になっているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「具体的には一ヶ月後、ここ(CIRCLE)でライブをするって形で行こうと思ってるけど、それでもいい?」

 

 「うん。私らとしても、一ヶ月後ってのはありがたいからな。問題ない」

 

 蘭ちゃんの提示した条件に私と沙綾は頷く。こっちとしても、事前にやるなら一ヶ月後がいいんじゃないかって方向で話が纏まってたからな。スムーズに進められて何よりだ。

 

 「曲数はお互いに5曲がいいと思うんだけど、そっちは平気?」

 

 「ああ、それについては問題ないぜ。アタシら全員、やる気は十分だからな」

 

 沙綾の質問に、宇田川さんが問題ないと頷いた。これで本当に重要なことは話し終えたし、後はチラシとかチケットに関することだな。

 

 「チケット作成費、チラシの作成費はそれぞれ割り勘。それと──」

 

 こんな感じでとんとん拍子に話は決まっていき、あっという間に全ての意見交換を終えてしまった。

 

 「じゃああたし達、これから練習だから」

 

 「そんじゃな!」

 

 「おう、練習頑張れよ」

 

 「じゃあね」

 

 これ以上向こうの練習時間を取る訳にはいかない。やる事が終わったなら、すぐに退散するべきだな。向こうもそう思ったのだろう。話を切り上げて、スタジオへと戻っていく。その後姿を見送りながら、ふと隣の沙綾を見やる。

 

 「……」

 

 「沙綾?」

 

 隣の沙綾はかなり気難しそうな顔をしていて、何か言いたそうだ。思わず声を掛けると、沙綾はちらりとこちらを見て──今まさにスタジオの扉を開け、中へ入ろうとしている宇田川さんへ向けて叫んだ。

 

 「──巴!」

 

 「…どうした、沙綾?」

 

 「…絶対、負けないから」

 

 「…アタシらだって、負けるつもりはないさ」

 

 バタンと、音を立てて扉が閉まる。その時の宇田川さんの顔は、どんな顔をしていたかわからない。それでも、ちらりと見えた蘭ちゃんの顔を見るに、悪いものではなかったと思う。

 

 「…気は済んだか?」

 

 「…うん。ありがとね、有咲」

 

 「どういたしまして。さ、香澄達の所に行こうぜ」

 

 「そうだね、いこっか」 

 

 沙綾の返事を聞きながら、私は一ケ月後の対バンライブへと思いを馳せつつ、沙綾と共にCIRCLEを後にした。 

 

 

 

 

 

 「巴、本当に良かったの?」

 

 「ああ、あれ以上は必要ないと思ってな」

 

 「…わかった。巴がそういうなら、あたしは何も言わないよ」

 

 「ああ、ありがとな」  

 

 

 

 

 ──そして、一ヶ月後。Poppin'PartyとAfterglowによる対バンライブが、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 「うう…緊張する…」

 

 「有咲、緊張してる?」

 

 「う、うるせー!しょうがないだろ!いつだって緊張するもんはするんだから!」

 

 ここはステージの舞台袖。出番を間近に控えたPoppin'Partyが待機をしている場所であり、有咲が青い顔をして立っている場所でもある。

 

 「あれだけやる気に満ち溢れてたのに、やっぱり緊張してるんだね」

 

 「有咲、だいぶ緊張してる」

 

 「有咲ちゃん、大丈夫?」

 

 メンバーの各々は緊張こそしているものの、いつも通りの様子だ。衣装の確認をしたり、自身の持つ楽器の調整をしたりと、最終チェックを行っている。

 ちなみに、彼女たちの衣装は普段着ているものではなく、二回目のクライブの際に作成した衣装だ。香澄も普段の髪型──彼女自身は星の形というが──猫耳を梳いて、髪を下ろしている。

 

 「今日はやっぱり失敗できねえっていうか…沙綾の為にも頑張んねえとって思って…」

 

 「有咲…」

 

 「じゃあ、私が緊張を解してあげるよ!」

 

 「私もやってあげる」

 

 「わ、私もしてあげるね」

 

 「私もしちゃおっかな~」

 

 「またあの人の字を書くやつか!?」

 

 わいわいといつも通りにはしゃぐポピパ達。そこへ、対バン相手となるAfterglowが到着した。

 

 「今日はよろしく」

 

 「うん!よろしくね、蘭ちゃん!」

 

 「いいライブにしよ~ね~」

 

 「やっぱモカちゃんはいつも通りなんだな…」

 

 Poppin'PartyとAfterglowの面々が挨拶を交わしていく。対バンライブ前であろうと、元は親しき友人の仲。お互いに話をして和んでいくのも、当たり前のことだ。

 

 「沙綾、今日はよろしく頼むぜ」

 

 「こちらこそ。よろしくね、巴」

 

 喧嘩をしていたはずの二人も笑顔で言葉を交わしあっている。ライブの影響…なのだろうか。 

 

 「Poppin'PartyとAfterglowの方々、準備をお願いします!」

 

 「はーい!それじゃあ、いつもの行くよ!せーっの!」

 

 「「「「「ポピパ!ピポパ!ポピパパピポパー!」」」」」

 

 「あたし達は、『いつも通り』やればいい…行こう、皆」

 

 「「「「おー!」」」」

 

 そして少女達はステージへと足を踏み出していき──歓声が沸き起こる。

 

 「皆さん、こんにちは!Poppin'Partyです!今日は、ポピパとアフロの対バンライブに来てくださってありがとうございます!」

 

 ワァァァァ…!

 

 「この後すぐにAfterglowの番があるので、早速一曲目に行きたいと思います!『二重の虹(ダブルレインボウ)』!」

 

  

 

 

 

 

 

 

 「うーん、あのときはすごい楽しかった!キラキラしてた!」

 

 「おー、分かったから落ち着けって」

 

 「震えた。すっごい楽しかった」

 

 「私も楽しかったなぁ…」

 

 「懐かしいね、もう5年も前なんだ…」

 

 開かれたアルバムの写真を見ながら、女性たちが口々に感想を述べる。…約一名、はしゃぎすぎて宥められている者がいるが…

 

 「またやれるといいね、対バンライブ」

 

 「そうだな、今日会うんだし聞いてみればいいんじゃねえの?」

 

 「私、ライブやりたい」

 

 「や、やるなら私もやりたいな…!」

 

 「お、いいねそれ。またやる?」

 

 「いいけど、もう喧嘩すんなよなー」

 

 ピンポーン

 

 「あ、来たんじゃない?」

 

 「じゃあ皆で迎えに行くか?」

 

 そういって、真ん中にいた金髪の女性がアルバムを閉じて立ち上がると、それに応じて他の女性たちも立ち上がり部屋を出ていく。

 

 ──部屋に残されたアルバムの表紙には、『Poppin'Party Memories』の文字と共に、星の装飾が施されていたという。

 



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ロビンソン

 今回の作家は苗根杏さんです! 普段はクロスオーバー等を多く書いている方ですね!

 テーマ「青葉モカの一週間」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=216522

 作家ご本人の書いた前書き
書きたいものを書かず、さらにウケも狙わず。ただただ理解が難しいような小説を書いてしまいました。ホントに厄介でした。読み返したくもリメイクをしたくもありません。反省はしてるけど謝りません。叩くなら叩いてください。



 

『憂鬱』だ。

 

憂鬱。多くの辞書によれば、気持ち、心がふさがれ、晴れないこと。また、その様子のことを『憂鬱』と言う。一面に雲のかかった空を想像してもらえれば、わかりやすいだろう。ああ憂鬱。なんという憂鬱。

 

杞憂であってほしい。寝起きの変なテンションであってほしい。いざ起きればなんて事ないじゃあないか、なんだなんだ私の考えすぎだ。と、なればいいのに。そう思っても、身体は動かない。杞憂かもしれないのに。

 

『杞憂』。蛇足、推敲、虎穴に入らずんば虎子を得ず、などの故事成語からだと言われている。出典は春秋戦国時代の道家の文献『列子』。紀元前の中国にあった『杞』という国の男が、天地が崩れ落ちたらどうなるんだろうという突拍子もない心配をし、そのあまり食欲不振と不眠症に悩まされることになったそうな。

 

ここまでは一般的に知られているが、その後、杞の人がどうなったかは、あまり知られていないようだ。

 

というのも、なんと、夜も眠れぬ杞の男を心配する人が現れたのだ。その人いわく、『天は崩れない。天というのは空気の集まっているところだ。空気のない場所などない。私たちの生活は天において行っているようなものだ。心配ない』と。

 

しかし男は『太陽や星、月が降ってくるかもしれない』と言う。すると、それには『太陽や星、月などは空気の中で光っているだけ。もし落ちてきても、ぶつかって死ぬことはない』と言ったそうだ。

 

だが、また男は『地が崩れたらどうなるんだ』と言った。またまたそれには『地は土が積み重なったものだ。土のないところなんてないだろう、私たちがこの地面を歩き回っている限り、崩れる必要はない』と説得。すると心配性の男は、心配が消え去って健康に戻り、喜んだそう。男をさとした人も心配がなくなって、また喜んだそうだ。

 

それはさておき、憂鬱の憂鬱たる原因は、学校にあった。今日は平日。『月曜日』である。

 

なぜこのような日が7日に1回も来るのか?私は常々思う。まずもっておかしい。5日学校に行って2日休む、という日程がおかしいのだ。5日行ったら5日休まなければならないだろう。何故5日も頑張ったのに、2日しか休みがないのだ。納得いかない。かのイエス・キリストでさえ、復活には3日かかったというのに。私たちはただの人間でしかないんだぞ、せめて4日は休ませろ。と思いつつ、私は『左手』で寝惚け眼をこする。

 

1週間がキッパリ半分に分けられないことからして、既におかしい。7日で1週間。8日だったら4日行って4日休めばいいのに。もう全てが面倒くさい。今日は遅刻していこうかな、そんなことを考えながら『右手』で布団を剥がす。

 

「は?」

 

………昆虫のような皮膚をした右手が、パジャマを破って出ている。一言でいえば、そんな状況だった。

 

いやいやいや…え?

 

ドッキリ、じゃあないよな。カメラも見当たらん。パスパレじゃあるまいし。寝起きドッキリだとしたら時代遅れすぎるだろ。こんな昭和の妖怪人間みたいな三本指…どうやってできてるんだ?

 

左手で、手の甲?をつねってみた。痛い。

 

少しだけぬめりけのある緑色の皮が引っ張られる。爬虫類の鱗というより、イモムシみたいだ。普通につねったみたいに痛い。それと同時に、この状況が夢ではない事が分かった。

 

いや、しかし、遅刻してでも学校に行かないと。今は真剣に単位が…いやいや、こんな状態になって単位の心配とか呑気かよ私。いやいやいや、でも意味不明すぎるだろ。前に『道に迷いましたあ!』と遅刻した事はあるが、欠席理由が『手が虫になってましたあ!』は流石にないわ。私はフランツ・カフカか。

 

……落ち着こう。とりあえず、家族にもバレてはならないし…隠すものを買わなくては。

 

心当たりは?ない。道端で変なものは?食べてない。昨日…つまり日曜日に家族と出かけた山梨旅行の時のことを思い出すが、ブドウ狩りをした後に駅前のベンチで寝てたぐらいしか覚えてない。あと、甲府駅周辺に行ったぐらいか。つまらない街だった。あのあいだに変な薬物を盛られたなんて事はないだろうし………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モカ!?大丈夫…?」

「ん〜?ああ、ちょっと筋肉のスジ?をやっちゃってね。こうしてるうちは痛くないし、だいじょび〜」

「ふるっ…じゃなくて!練習どうするの?」

「ごめんねぇ、これだと流石にギター弾けないし…」

「仕方ねえか。まあ、ゆっくり休んでくれ」

「そうだね……無理はさせられない」

「ありがとぉ〜。モカちゃん、泣きそうだよ〜…よよよ…」

 

学校に来たはいいが、割と緊張…というかゾクゾクしてる。

 

いつも通りの態度で接しているつもりだが、心臓はバクバクしている。こんなのがバレてみろ、私は普通に生活も出来なくなる。吉良吉影だったら即爪を噛んでいるくらいの、それこそ川尻早人を殺してしまった川尻吉良のような……。

 

「モカ、聞いてんの」

「……あ〜、ごめんごめん〜。ヘルシェイク矢野のこと考えてた〜」

「ま、いいけど」

「…顔、赤いよー?」

「し、しっ…知らないっ」

 

素直じゃないな。そこがまた、可愛いのだけど。と呑気な感想を言いつつも、そそくさとその場を去ってトイレに行く。誰もいないことを確認して、右腕がカンペキに隠れるように確認してみる。

 

現状、不審者みたいな格好でドラッグストアの包帯を買い(遅刻はしたけど)、ネットの巻き方を見様見真似でやってみた。割とうまく隠せている。

Afterglowの練習には参加できないが、仕方がない。全く、クラスが別になっても一緒になれるようにとバンドを組んだのに、こんな腕のせいで…。

 

……これこそ杞憂かもしれない。明日には治ってる、そう信じて1日過ごしてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──学校が終わってすぐ、私はこれまでに無いほど急いで家まで帰った。閉じこもりたい。右腕にこんなのを抱えて普段通り生活しろってんだから、ストレスも溜まる…。

 

衝動に駆られて、自分の部屋に入り、ドアを閉じたあと。私はすぐに服を全て脱いだ。全身鏡の前に立つと、私は思わずその場で崩れ落ちた。

 

脚は右足の付け根まで、腕はまるごと胸のあたりまでが緑色に染まっていた。あしゅら男爵のように、半身だけが別の生き物になっているようだった。実際そうなのだろうけど。

 

この僅かな時間で、増殖している。『何か』が。ウイルスだか不治の病だか知らないが、明日の朝にはもっと酷くなっているかもしれん…そんなことを考えても、右半身からは汗も出ない。

 

座ったままガタガタ震える足を開き、自分の性器を見る。こうやって自分のブツを鏡に映すのは数ヶ月ぶりだが(決して自慰や自撮りなどではなく、ライブでキワドイ衣装を着る時にした毛の処理のためだ)、前とはあまりにも違いすぎる。周りの陰毛が抜け落ち、中身さえピンク色どころではない、ぬめぬめとした、スライムを彷彿とさせる濃い緑色のなにかに変わっていた。子宮まで侵食していないことを願うばかりだ。

 

先の事を思うと夜さえ眠れないが、疲れ果てた身体と心は、自然と睡魔に誘われてゆく。裸のままベッドに倒れ込むと、瞼は勝手に閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きたのは5時半だった。火曜日になっていた。布団にくるまると、母がやってきた。休む旨を伝えると、仕方ないと了承してくれた。ごめん、休むのは、生理でもなんでもないんだ。自分の娘が毒虫のような何かに変わっているなんて、いざ目の当たりにしたらパニックになること請け合いだろう。隠すしかないんだ。

 

昼間、ようやく布団から出た。全身鏡の前に立つ。右半身はすっかり緑色。左半身は膝から手の先、顔の半分ほどが『何か』に侵されていた。

 

夕方、ドアがノックされた。母ではない。出会った日から、何も言わなくても自分だと分かるように、2人で約束したノックの回数。

 

ドアの向こうにいるのは、美竹蘭だ。

 

「モカ、大丈夫?」

「なんとかね〜」

「…ウソつかないで。モカはどんなにだるくても、1日休むことだけはしなかった。風邪の日だって、放課後家を抜け出して逢いに来て…」

「インフルなんだよ。ほっといて」

「開けるよ」

 

全身の毛がゾワッと逆立つように、身体が勝手に反応する。

 

「ダメ!!見ないでッ!!」

「なんでそんな風に突き放すの!?友達じゃんっ…」

「だからダメなの!!友達だから!!」

 

身体のどこも痛くない。肌が少しおかしくなってるだけ。気分だってそのうち戻るし、形だけだったら人間だ。なのに…。

 

………いや、もう人間ではないのかもしれない。

 

1日ほど経過して気づいた。『腹が空かない』。水を少し飲んだだけだが、全く本質的な体調には問題ない。人間でなくなったこと以外は、自分の中では吹っ切れている。

 

それとこれとは別だ。蘭には、たとえ一生姿を見せなくてもいいからバレたくない。決して他人にも見せられぬ、毒に侵されたケモノのようなこの身体。

 

「………モカ、本当におかしい。どうかしたの?」

「ああ、私はどうかしている」

「なんで見られたくないの?」

「友達でいたいから」

「私は、どんな事があってもモカとは親友だよ」

「薄っぺらな言葉を吐くな!」

「本当だよッ!あんたの正体が宇宙人だって、私は友達でいたいよ!!」

 

違う、違うんだ。

 

「開けたければ開ければいい!言葉なんて乾いた犬のフンよりも脆いってことが分かる!」 

「モカはそんなこと言わない!……開けるよ!」

 

蘭は、ここまで薄情で不親切な言葉を発するようなやつではない。私の事情を知らないからだ。こんなに友達友達と言っているが、

 

蘭は、私の一糸まとわぬ姿を両目でしっかりと見た。その上で、吐いた。

 

「………ッ…!?」

「………………言ったでしょ…」

 

蘭は慌てて私の部屋を出ていった。下のトイレで、彼女の嘔吐する音が聞こえた。

 

千の秋が過ぎたような、永久にも思える時間が流れ、私は一言も喋らずに、1ミリも動かずに、立ち尽くしていた。

 

人生は、やり直しがきく。本当だと思っていた。でも違う。例えそれが数分でも数十年でも、積み上げてきた厚みが、その積み上げてきた『何か』自体が土台なのだ。

 

やり直し、とは、その土台を全て。ありったけのダイナマイトを爆発させたみたいに跡形もなく吹っ飛ばして、1から積み上げることを言うのだ。ゲームのリセマラも、チュートリアルだけの最短ルートだとしても、積み重ねを吹っ飛ばして、また1からやり直す。

 

それが自分ひとりで重ね続けた積み木だったならば、どんなに罪が軽くなったことか。

 

私が今まで積み重ねてきた何かは、ほかの人たちと一緒になって1から始めたものだ。それを、私ひとりの、訳の分からない理由でぶち壊した。故意でなく、やり直しをした。誰の許可を得た訳でもないのに。

 

こうなるのと、こうなってしまうのとは、違うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水曜日の深夜、私は家を出た。

 

帽子を目深に被り、マスクと伊達メガネを身につけた。ほんの少しだけ、あの憎たらしい皮膚が見えるが、まだ深夜だし見えにくいだろう。職質されても、相手はビビって逃げ出すか少し早いハロウィンだと思うか…。

 

前よりも面積の増えた緑色の肌を撫でながら、街灯を避けて歩く。

 

日が昇ってからは、路地裏でうずくまっていればいい。どうせ腹も空かぬ。私は人間ではないのだから。

 

突如として、耳鳴りがした。私はその場にうずくまった。目の前には廃工場があった。今でもたまに来ているが、Afterglowのメンバー、幼馴染のグループで何度も来ていた場所だ。バンド結成後も、ミュージックビデオをここで撮った。

 

秘密基地として拠点を置いたこともあった。私は確か、コンテナの中に布団を敷いてよくそこで寝ていた。

 

「離して…離せよッ!バケモノ!」

 

蘭の涙混じりの叫び声が聞こえたのは、その廃工場の中だった。私は走って、その中に転がり込むように入る。当の蘭はというと、私の聞き間違いではなく、本当にそこにいた。人間ではないなにかに囲まれて。

 

そいつらは、細部の違いこそあれど、ほぼほぼ同じような…『私と同じような』見た目をしていた。緑色の皮膚だ。

 

服を破かれ、今にも、腹に鉄パイプを突き刺されようとしていた。

 

「蘭ッ!!ダメ!それだけは……イヤ!!!」

 

咄嗟に身体中の毛がゾワッとする感覚がした。

 

「モカ!?そこにいるの?来ないで、モカ!」

「うぁぁあああああああっ」

 

私は無我夢中で走っていった。その時、何故か一瞬にして化け物のところまで自分が移動していた。孫悟空が瞬間移動をするみたいに、あっという間に。

 

正確には、私は恐ろしいほどのスピードで化け物の眼前まで移動した。

 

自分でもビックリしたぐらいだ。そのせいで少しの隙ができ、化け物に裏拳の勢いで吹っ飛ばされる。

 

……この身体能力を活かせば、いけるか?

 

「蘭!もうすこし堪えてて!」

「あたしはモカに酷いことをしたんだぞ!それなのに…それなのに!」

「うるさいッ!私は青葉モカ!あんたは私の大親友で幼馴染で、素直じゃなくて音楽が好きで友達想いな美竹蘭!それだけだ!」

「………ありがとう」

 

私たち、2人だけの用は済んだ。あとはこの化け物共を片付けるだけだ。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ」

「………チュミミ」

「ミミ…チュミ、ミーン」

 

身体中に力を入れると、緑色になっている皮膚の部分が沸騰するみたいにぷつぷつと泡がたつ。そこから、抹茶のような空気の溜まったドームが小さく、細かくなっていく。

 

「…………」

「…新しい、敵…?」

「…蘭」

「!!」

「逃げて」

「モカ……なの?」

 

飛蝗に似た『何か』。それが私の姿だった。

 

「チュミ……ミ…チュミミーン……」

「来いよ。まとめて佃煮にしてやる」

「チュミミミ」

「チュ」

「ミィーン」

 

太陽は、常に照らす者を選んでいる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォオオオオオ!!!」

 

私は、奥から出てきた化け物も含めて、50匹以上はいる大群の中へ突っ込んでゆく。

 

いたずらが好きな悪魔が、人々を惑わすために、わざとこの世に残した忘れ形見は『3つ』あると………友希那さんは語っていた。

 

ひとつは『ヴァイオリン』。

 

ひとつは『鏡』。

 

ひとつは『モナ・リザ』。

 

かのレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザは、世界一有名と言われている。その絵に描かれた何者かは『男とも女ともとれる容姿』をしているのだ。絵で見れば女と思うかもしれない。しかし、細部に気をつけて見てみると、男性的な部分があったりもする。ダ・ヴィンチの弟子であるサライや、ダ・ヴィンチ本人の自画像の線画とも所々一致するところがあるし、胸の谷間も、他の誰かによって描き足されたものだとする説さえある。

 

『モナ・リザの微笑み』というものもある。絵の何者かは、微笑んでいるように見えて、左側の口角は上がっていない。一気に少し無機質な笑い顔に見える。しかし一度目を逸らし、もう一度見てみたりすると、また笑っているように見える。トリックアートのような仕組みだが、モナ・リザ自体はそのような意図で作られたワケではないらしい。

 

それだとしたら、ダ・ヴィンチは不本意だろうな。

 

今の私みたいに。心ばかりは普通の人間なのに、化け物扱いされて。どこに行けばいいのかすら分からなくなって、今はただ戦うことだけに執着するようになぅている。それしか出来ることがない。私は敵ではないというのを証明するしかない。

 

私だって、人から見れば化け物。しかし人の私を見た化け物は、私のことを化け物だと思うだろう。地球人から見れば火星人は宇宙人だが、火星人から見た地球人がまた宇宙人であるように、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日が昇る頃には、私はおよそ100体以上の化け物の死骸の上にいた。

 

「………ヤツらが、また誰かを殺そうとしている」

 

私の口をついて出た言葉は、それだった。

 

なんのために?分からない。知ったことではない。考えないこと。考えても仕方の無いこと。

 

「………私は、何をしたらいいの?」

 

後ろから、バン。という音が2回だけ響いた。誰だ!と叫んで振り返ると、黒い外套が立っていた。

 

首のそばから垂れている銀色の髪は、暗い中でも見覚えがあると分かった。

 

「銃声よ。気に障った?」

「…湊、さん……?」

「あら。フードを被っていても気づかれるものね。まあ私の声ですもの、そう簡単には忘れられないわよね?」

 

黒い外套、そしてフードの向こうに琥珀色の目が光る。その手に握られているのはいつものマイクではなく、『ナガンM1895』。ベルギーやソ連で作られていた、口径7.62mmの回転式拳銃だ。日露戦争、第一次世界大戦にも使われている。映画『シャーロック・ホームズ』で見たことがある。

 

どこから持ってきたのやら、その銃口をこちらに向ける。手と足は震え、歯をガチガチと鳴らしている。明らかに、『おかしく』なっている。

 

もう一度こちらに向かって発砲する友希那さん。もちろん照準は合わず、私の真横にあったゴミ箱を裏側まで貫いた。荒々しく息をつき、こちらに早歩きで寄ってくる。アル中みたいに落ち着かない手で、私の胸ぐらを掴むと、憎しみのこもった琥珀色の目が私を睨む。

 

「あなたに似たような生き物に街が荒らされたわ。何者かがやっつけたみたいだけど………うちの家族は、既に『手遅れ』だった」

「ごめん、友希那さん」

「黙れ!!貴様が犯人なんてことは分かってる!!」

 

違う!と言っても、火に油を注ぐだけだろう。多分、あの化け物共はまだ街にいる。1人で友希那さんの父さんや母さんを殺せるくらいには…。

 

「友希那さん…やめて。私はそんなので死なない」

「……うるさい。うるさい、うるさい!!うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

3発、今度はきちんと私に……右目、左膝、脇腹に7.62mm弾が直撃する。私は右目に刺さるように埋まった弾を、ほじくり返す形で取り出す。

 

それをキャッチボールくらいの軽い感覚で投げると、友希那さんの後ろのコンクリの壁にクレーターを作って命中した。壁に隙間なく描かれた、色褪せたスプレー缶の落書きがひび割れるのと同時に、友希那さんはその場に崩れ落ちた。失禁した。嘘、嘘だ、と呟いてアスファルトに顔を打ち付ける。

 

しばらくすると、血と涙を流しながら、絶望したように叫び始めた。父と母の名前を交互に呼び、そこら辺に落ちていたガラスの瓶を割って、その破片で喉を掻っ切ろうとした。完全に錯乱している。壊れたのだ。

 

私は、『決意』をした。

 

その瞬間、友希那さんのもとに駆け寄り、抱きつく。そして、耳元でこう呟いた。

 

「正確には、私の同類が貴方の家族を殺したようだ。私は、あの化け物共を一匹残らず駆除する。本能のまま人を嬲り殺すヤツらの首をぶった斬る。そのあと、私も死ぬ」

 

最早人の言葉ではない何かを叫びながら、友希那さんは私の背中を何回も何回もガラスの破片で突き刺す。緑色の血こそ出るが、その度に自分の意思とは無関係に修復される。そこの部分だけ巻き戻し再生されてるみたいに、キレイに元通りになっては血を吹き出す。

 

「本当に、ごめん」

 

10秒ほど、たっぷり躊躇してから、私は友希那さんの胸の真ん中に拳を入れる。たくさんの骨の折れる音がしてから、黒い外套を静かに赤黒い血が滴る。

 

私は、あの月曜日から初めて、ヤツらこと化け物以外の何かを、この手で殺した。

 

「モカ!!」

「……蘭。追ってきてたんだ」

「そこに倒れてるのは?また、あの化け物?」

「いやあ、同族を殺すのは心が苦しいね」

「…………ウソ。ただの人だ。心が苦しいってのもウソ」

「私は、あの化け物共を一匹残らず駆逐する。私も自殺する。蘭は勝手にして」

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金曜日。山梨県の甲府市、甲府駅前。普段は堂々と空を見上げる武田信玄公像が、今は無惨に崩れ落ちている。

 

逃げ惑う人々の中心にいるのは、化け物の群れではなく、たった1人の少年。長く伸ばした赤い髪と、整った顔立ちはこちらに中性的印象を与える。

 

「やあ、モカ」

「初めまして。この壊れようは全部お前がやったのか?」

「ククク、結構上手くぶち壊せてるだろ?」

「殺した奴は?」

「500……いくつだったかな。数えてないね」

「そうか。死ね」

「ちょちょ、待てよ。ワタシはお前と戦うつもりはないんだぞ」

「…………私は、あの化け物共を殺すつもりでいる。お前も、化け物なんだろ?」

「クク。知りたい?そう、ワタシは『アチュード』……そのボスだ」

「『アチュード』?それがあの化け物達の名前だな?『私と同じような異形』達の………『今の私の』名前なんだな?」

「そう、お前も同じ…ワタシと同じだ。兄弟のようなものだよ、モカ」

「そいつは反吐が出るね」

 

私が例の怪人体になろうとすると、ヤツは手袋をはめた右手を前に出した。

 

「申し遅れた。『アチュード』としての名は……『モスマン・アチュード』」

 

そう言うと、ヤツは右手の手袋を外して、こちらに手の甲を見せた。アゲハチョウのような虫のタトゥーが彫られている。それに左手で軽く触れると、仕組みは分からないが、突然、赤々と光りだした。何が始まるのか分からないが、本能が働いて、身体が戦闘態勢になる。

 

「おいおい、そこまで構える必要は無いじゃあないか。少しだけ、ワタシの『本当の姿』を見せるだけだ。なあ、知ってるか?ここ、山梨の地名の由来。正確には…『甲斐国』」

「………………………」

「甲斐国は、私たちが暮らす『現世』と、黄泉の国である『あの世』の交わる場所であるところから……『交い』から『甲斐』がきている」

「豆知識をありがとう。ならば死ね」

「まあ落ち着いて聞けよ。いいか?ここら一帯は『あの世』と直通していると言っても過言ではない。お前も実際、あの世から来ているようなものだ」

「どういうことだ」

 

「知らなかったのか?お前は……青葉モカは、生き返ったんだよ」

 

「突然なる心臓発作………それが死んだ原因だ。そして、偶然にもアチュードとして蘇った。死んだ人間の一部はアチュードとして蘇る。手の甲の『蝶』の模様を見れば分かるだろう」

「……蝶は、キリスト教では『復活』を意味すると言われている」

「他のアチュードの手にも、このような模様がある。気づいてたか?」

「いや、全然。どうせ殺すし」

「それはワタシにも当てはまるのかね?」

「さあね…ただ、私は人間の味方でありたい。敵ではないことを証明したい。こんな身体になっても、心だけは人間でいたい」

「愚かな…『カタピラス・アチュード』。私の可愛い兄弟になるハズだったのに……」

「フン」

 

…一人っ子で十分だ。

 

ヤツと同じ要領で、私は右手の青い蝶のマークに手で触れる。

 

「変身ッ!!!」

 

胸の中央がひび割れた。身体中の皮膚が硬くなり、思うように動かなくなる。私は割れ目に指を食い込ませる。関節がギチギチと音を立て、段々と全身の表面、硬くなった皮膚がバラバラになって崩れ始める。

 

「ぐ……うぁぁぁぁああああぁああぁぁぁああああああ」

「…………見たことの無い行動パターンだ。何をする気だ?」

「きっ…貴様に私の心は永遠に分かるまい!私は人間だ!!パターンなんぞ知るかぁぁぁぁ!!」

 

ふと、腕にむず痒い感覚が生まれた。見てみると、青い蝶がいた。いや、私の身体から出てきていた。文字通り、私の身体の中から青い蝶が生まれたのだ。

 

そのまま、全身がひび割れて、その隙間から光が漏れ出すと、青い蝶が空へ羽ばたいてゆく。私の背中に羽が出てきたかと思うと、身体中が光って、青色の装甲のようになる。

 

言わば、『カタピラス・アチュード』は、幼虫。イモムシのようなもの。今の私は『完全体』だ。

 

「私は、『バタフライ・アチュード』!!『アーフ』だ!!」

「……AF、アーフ。悪くないな」

「さあ、祝え!!救世主の誕生日だ!!」

 

私はバタフライに向き直ると、不意打ちをするような形で、既にこちらに向かって走ってきていた。避けるような時間は無いな、と考えた。

 

「『間混相殺』(カンコンソウサイ)ィィィィッ!!!」

「なにッ」

 

瞬時に身体中から蝶を出して、ヤツの拳へと飛ばす。技名は即興だ。

 

恐らく、このアチュードの身体の可能性は無限大に近いだろう。細胞があらゆるものに順応する。

 

人間の体ですらまともに戦ったことが無いので、デタラメにやるしかない…。全身から蝶が出てくるのは分かった。そいつが相手の体力を少しずつ削ることも。私は街灯を真ん中からぶった斬り、1mほどの棒になるように折った。

 

それに蝶を纏わせると、如意棒や棍棒のような武器の形状になった。

 

「『棒汐武人』(ボウジャクブジン)!!」

「…!……細胞から武器を作り出したか。この『1週間』で、かなり成長したみたいだな。『オリジナル』は伊達じゃあないな」

 

オリジナル、とは、アチュードに殺されてではなく、自力で生き返ってアチュードになった者のことだろう。オリジナルの方が戦闘力は高いのか?

 

………愚問だな。今、適当に『棒汐武人』を振り回しているだけでバタフライを軽くいなし続けられている時点で、性能はダンチみたいだ。

 

「くぅッ」

「オラオラオラオラッ!!」

「こ、これほどまで……とは…なんのッ!!」

 

こちらの『棒汐武人』を掴むと、私の手から引っこ抜く形で奪い取り、膝で折ろうとする。あちらもあちらで闘いには慣れてないみたいだ。

 

私は手首をちぎり、静脈にあたる所を引っ張り出す。それは鞭のように形を変えた。モスマンに打ち付けてから、私はそれの両方の端っこを持って引っ張り、モスマンを縛る。

 

「『使者悟紐』(シシャゴニュウ)ッ!!!」

「がぁぁぁぁああッ!…こ、のおっ!!」

「『転散夢様』(テンチムヨウ)!!『玉寂昏郷』(ギョクセキコンゴウ)!!『駆鳥閃光』(カトリセンコウ)!!」

 

原型を留めないほど無茶苦茶に殴ってから、真上に投げ飛ばす。それをジャンプで追い越し、両方の拳を組むように合わせてゴンッと打ち付ける。アスファルトが割れて、その中に緑色の血を流してニヤつくモスマンがいる。

 

「本当に予想以上だな」

 

隠れていた一般人がモスマンのいる所から離れようと走り始めた時、モスマンは突如として叫び出した。私は地面に着地し、そんなヤツを見ていると、両手をサムズアップをするように親指を立てて、顔の前に持ってくる。

 

何をするのかと思ったら、ヤツは自分の目に親指を突き立てた。

 

「なッ」 

「私は、ここが『やる気の出るスイッチ』のようなモンでね……私に従わない貴様はもはや齧ったリンゴ!冷めたパスタ!サンタクロースのいないクリスマスッ!…ここで処分するしかあるまいッ」

 

目を潰したヤツに何が出来る。そう思った次の瞬間、モスマンは地面を叩く。

 

「『永鼓盛彗』(エイコセイスイ)」

 

周りの建物まで崩れていく様は、昔…小学生の頃に体験した、東日本で起こった地震のようだった。一気に私は、地面の隙間。そのド真ん中に放り込まれる。私の呼吸を聞いて、そこに割れ目を作ったのだろう。

 

だが、無意味だ。

 

「…………『音呼千神』(オンコチシン)」

「が、ぁ……ああぁっ」

「音を置き去りにしたのさ。私が早すぎるから」

 

私は既に、蘭を助けたあの夜のように、高速で移動していた。そしてヤツに気づかれないうちに、音を置き去りにして、硬化したツメで身体を真っ二つにした。

 

時間差で、私が移動した時の風と音が流れる。

 

やりきった。あとは死ぬだけ。と思ったその時、私の身体の表面だけが、サラサラと流れていく。変身が解けた。全身に青いカビのような、または痣のような、まだらな模様がついている。

 

どうせ、真人間には戻れまい。残りのアチュードを倒して、私は自決する。その事実に変わりはない。

 

次の瞬間、後ろに気配がした。

 

「…吾が手により死ね、アーフ……」

「ガフッ」

 

モスマン・アチュードは灰になった。私の土手っ腹に穴を開けて。風にさらわれるように、身体が崩れ落ちて流されていった。後ろから、私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「………モカ?」

 

蘭だった。

 

「モカ!!しっかり!」

 

ギリギリ、だ。本当にギリギリ、『ダメ』かもしれない。意識がゆっくりと、しかし確実に遠のいていくのが分かった。

 

「起きてよ!!生き返れるんでしょ!?モカ!!再生できないの!?ねえ、起きて!!」

「……………そこまで…言ってくれるなんて……モカちゃん、嬉しいよ〜………」

「身体だって、このままでいい!モカなんでしょ…?それなら、もう…!」

「へへ…聞こえる?私の……心臓の…心の鼓動…」

「…………聞こえる…聞こえるよ。モカの音楽が、私の胸に…」

「そう………それで、いいの…それが……私……」

 

 

土曜日。私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アチュードは、この世から居なくなった。青葉モカを含めて。あのモスマンとやらは、自らをボスだと名乗っていた。その事実は本当だったらしく、モスマンが倒された日から、日本各地で大量の灰が見つかった。アチュードが倒されたあとに出てくる灰だ。

 

ボスであるモスマンが死んだから、アチュードは全員亡びたのだろうか。だから、最後にモカは復活しきれなかった。しかし、モカは自分の目的を達成していた。アチュードを全員倒して、自分も死ぬ。その目的を彼女は達成していたのだ。

 

 

 

 

 

モカの遺体を、モカの家族に届けようかと考えた。でもそんな事したら、モカの親はその場で卒倒どころじゃ済まないかもしれないと思い、東京までは持って帰ってきたが、あの日…水曜日、私が襲われた廃工場のコンテナの中に置いておいた。バレないと思うけど…。

 

わざわざ東京まで持って帰ってきたのは、少しだけの『期待』があったからだ。またCIRCLEの地下にAfterglowのみんなで集まっている時、ちょっと遅れて、あの寝惚けたみたいな声が聞こえてくるんじゃないかって。紺色のギターを背負った、パンが大好きな普通の女の子がやってくるんじゃないかって。

 

あんな憎たらしい緑色の皮膚なんか全部取り払われて、もうずーっと、永遠にただの女の子でいられる青葉モカが、腹の風穴なんて塞いで、かのイエス・キリストみたいに復活するんじゃないか…なんて。だとしても、イエス・キリストでさえ3日で復活したっていうのだ。モカみたいなのんびり屋が起きるまでは気が遠いな。

 

有り得ないよな。

 

少しだけ非常識に慣れすぎた自分に呆れるように笑うと、私はCIRCLEの地下のライブスペースのドアを開ける。

 

「やっほー」

「…………は!?も、モカ!!?」

「んー?」

 

今、その場で首を傾げているのは、『青葉モカ』本人だった。たちの悪いドッキリではないようだ。パスパレじゃあるまいし…いや、こんな木梨憲武の葬式ぐらい不謹慎なことはテレビ局もやんないと思うけども。

 

水色のパーカー、小さな身体に抱えられたシェクターのギター、私が中学の頃にあげたチョーカー…いつもの青葉モカ。いつも通りの、彼女だ。

 

「な……なんで!生き…て…」

「なんで死んだと思ったの?」

「だ、だってお腹に…穴が……!」

「あのくらい、再生できるもん。いやあ、今日はヘトヘトでねえ…家で寝よっかな〜と思っちゃったんだけど、Afterglowの練習あるじゃん?行かなきゃだし〜」

 

…………もし彼女を山梨に置いてきたら、また事情は変わったかもしれない。そんなことを思いながら、私は目頭に込み上げてくる何かを手で拭う。

 

「泣いてるの?」

「な、泣いてなんか…」

「待ち合わせまで30分あるよ」

「………モカ…ッ……」

「お〜、よしよし……泣いてくれるの、嬉しいな」

「あたしだって!モカに会えるの、嬉しい…」

「…ふふふ。ただいま〜、蘭」

「……おかえり。モカ」

 

誰が死んでもいい。私が死んだっていい。モカには、死んでも死んで欲しくない。そう思った。 

 

 

 



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思い

 現在、作家を引退されてしまっているのですが、ゆうちょさんも企画にしていただけました!
 オリキャラなしの今回では難しいテーマを書いて下さりました。読んだ際、世界が広がったように感じました。どうぞ、お楽しみ下さい!

 テーマ「片思い」
 作者ホーム なし
 紹介作品 なし
 作者Twitter 停止中


 冬が背後に迫っているのを思わせる寒さでふと目が覚める。枕元に置かれた目覚まし時計は8:00を指していた。今日は休日、高校などという強制収容所もない。いつもなら温かな布団に包まりもう一度眠りに落ちるのだが今日はそうはいかない。

 二度寝を誘う布団の誘惑を断ち切り手早く外出の支度をする。家族はまだ夢の中だろうか。音を立てないように気を遣いないながら玄関を出る。目的地は近所にある、幼馴染が看板娘を務める羽沢珈琲店だ。

 

「いらっしゃいませ。あっ蘭ちゃん!今日もいつもので良いかな?」

 

 扉を開けると挨拶とともに温かな笑顔で彼女は出迎えてくれた。その笑顔に店にかかっている暖房以上の暖かさを感じる。

 

「うん、いつもので」

 

 そう答えると私はいつもの席に腰を下ろす。日の当たる窓際の席が私の特等席だ。

 

「お待たせしました。モーニングセットです」

 

 暫くして彼女が注文した品を運んできた。香ばしい匂いのする焼き立てパンとこの店自慢のオリジナルブレンドコーヒー。私が店に来たら必ず頼む黄金セットだ。

 

「うん、美味しい。つぐ、やっぱりここのコーヒーは最高だよ」

「いつもそう言ってくれて嬉しいな。あっ私ちょっと準備してくるね。どうぞごゆっくり」

 

 そう言うと一礼して彼女は店の奥へと消えていった。さて、その間に目の前にあるものは腹の中に入れてしまおうか。

私も準備をしなければ。

 

 

 

 

 

「つまりこの問題は教科書のここの方程式を変形した問題なんだよ」

「なるほど……じゃあ、ここをこうして」

 

 彼女の言った準備とは彼女が私にマンツーマンで教えてくれる勉強会のための準備である。

正直私は勉強が苦手だ。そのため週に一度、私は彼女から手ほどきを受けている。

 彼女は成績優秀で教え方がとても上手い。そして何よりも

 

「正解!すごいよ流石蘭ちゃん!」

 

 たとえ大問の中の一つの問題でもこんな風に全力で手放しに褒めてくれる彼女がとても可愛くて、抱きしめたいぐらいに可愛くて。だから私はまたそんな彼女が見たくて必死に問題とにらめっこをする。

 

「つぐみ、この問題ってどうやるの?」

「え?うーんと……この問題は……」

 

 自分に教えてくれるために一生懸命に考えてる彼女を見られるのはとても嬉しい。私のために頑張って考えてくれてると思うとなお嬉しくなる。

 

「あっ!そうだ蘭ちゃんこの問題はー」

 

 解き方を閃いた瞬間これまでの難しい顔が嘘のように明るくなる彼女の表情。それがたまらなくなるぐらいに愛らしい。こっそりカメラで録画してしまいたいぐらいだ。

 

「ってことだと思うよ……蘭ちゃん?どうかした?」

「えっ!?いや、なんでもない。それでこの問題ってどうやるの?」

「えぇー今説明したよ!えっとね、だからこの問題はー」

 

 危ない危ない。せっかく彼女が教えてくれているのだから真面目に解かなければ失礼だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……つぐみ、この問題って……つぐみ?」

 

 勉強会が始まってから二時間ぐらいたったであろうか。解き方を教えてもらおうと彼女の名前を読んだが返事が帰ってこない。ふと顔を上げてみると小さく寝息を立てながら静かに眠る彼女がいた。

 

「つぐみーつぐみー」

 

 軽く肩を叩きながら読んでみるが全く反応がない。ほっぺたを人差し指で軽く押してみたがただ私の指の感覚が伝わり少し彼女の表情が緩んだのみ。ただ単に彼女の可愛さが再確認できただけだった。

 きっと休日の中営業開始時間から店の看板娘として立っていたから疲れが出たのだろう。風邪を引かないようにと着てきたコートを彼女にかけてあげた。睡魔と戦いながら勉強を教えてくれた彼女に私ができることはこのぐらいだ。

この問題は自分で自力で解こう。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅん……あ、あれ?私……」

「おはよう、つぐみ」

「あぁ!ごめんね蘭ちゃん勉強教えてあげないといけないのに」 

 

 申し訳なさそうに謝る彼女を見て私は改めて彼女の優しさを感じた。私に謝ることなんてまったくないのに。むしろ寝てる間にイタズラしたくなってしまった私を怒ってほしい。

 

「あれ、このコートって……ありがとう。やっぱり蘭ちゃんは優しいね。大好きだよ」

 

 その言葉に「そんなことはないよ」って軽く返しながら私は心の中で傷ついた。

 彼女は何気なく、ただ友達として、幼馴染として「大好き」という言葉を発したのだろう。ただそれが私の中ではひかかってしまう。

私が彼女に対して抱いてる感情は恐らく「友達」「幼馴染」をはるかに超えたものだ。

 

「友達」を「幼馴染」を超えた関係になりたい。

「大好き」を超えて「愛してる」って言ってほしい。

 

でもこの一方通行な思いは伝わらない。

いや、伝わっちゃいけない。

 

「ところでつぐみ、この問題ってー」

 

ただ今は勉強を教わる幼馴染であり友達であり続けよう。

 




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コラボ小説 題目「シリアス」

 今回は、『孤高の歌姫に寄り添うために』の秋元悠斗さんです。ご自身の作品でも使用していたシリアスというタグ、しかし、今回テーマとして向き合い新しい気付きが合ったようです。テーマに対して予想と違った切り口で作品を書かれていたので驚かされました。

 テーマ「シリアス」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=87729
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/137947/
 作者Twitte https://mobile.twitter.com/yukisug66_p5?s=09

 作家ご本人の書いた前書き
シリアスって書いて真面目って読むんですね、全く知りませんでした、皆様の心に響くかどうかは分かりませんが…取り敢えず、読んでみてください。


とある昼下がりに、瀬田薫は台本を片手に独り言を呟いていた。

 

「あぁ…なんて儚いんだ…」

 

だがこれが自分一人で、なしえないことは薫はどこかで理解をしていた、その台本の題目は「オペラ座の怪人」

 

「さて…どうしたものか…」

 

瀬田薫は悩む、オペラ座の怪人がどういう作品なのかを知っているが故に、薫は携帯を取り出し、とある少女に連絡をする。

 

「急に呼び出して…どうしたのかしら?かおちゃん」

 

瀬田薫に呼び出された少女の白鷺千聖は、少し余裕がある様な口ぶりで瀬田薫の昔の呼び名を呼ぶ。

 

「ちーちゃん…お願いがあるんだ」

 

薫は千聖に1冊の台本を手渡す。

 

「これは…なるほど、オペラ座の怪人ね…私にクリスティーヌという役を、演じて欲しいわけね…適材適所を良く考えられてるわね、かおちゃん」

 

千聖は真面目に台本を読み、そして話しかける。

 

「本番は何時かしら?」

 

「え?ちーちゃん…良いの?」

 

薫は断られると思っていたのだが…千聖の答えは肯定であった。

 

「だってこんなに真面目な顔をして言われるんだもの…それにクリスティーヌ役なんて…面白そうじゃない」

 

「ちーちゃん…」

 

薫は少し面食らった顔をしていた。

 

「私だって劇とは言えど…真面目にやりたくなる時もあるわよ…喜んでお受けするわ」

 

「ありがとう…ちーちゃん」

 

薫は幼馴染みへと感謝の謝辞を述べた。

 

「そうと決まったら…薫?早速練習しましょうか。」

 

千聖は薫を連れて演技の練習をする為にスタジオへと向かう。

 

「分かったよ、千聖」

 

薫は学校にいた麻弥にメッセージを送り、練習をを始める。

 

「あら、もうこんな時間なのね…」

 

「どうやらそのようだ…時間は大丈夫かい?」

 

薫は千聖に時間の確認をする。

 

「えぇ…大丈夫よ、今から向かえば間に合うわ」

 

薫はそれを聞いて安堵の息を吐く、千聖と薫は空いた時間を使って通しを行いながら衣装合わせも並行して行われていた。

 

「衣装…随分と作り込まれてたわね」

 

「そうだね…あまりの出来映えの良さに思わず感嘆の声を漏らしてしまったよ…」

 

2人は出来上がった衣装を来て欲しいとの事で呼ばれており、衣装を見た時に出た一言は感嘆の声が出る程美しい衣装となっていた。

 

「やっぱり重たいわね、こういった衣装って…うん、ピッタリね」

 

千聖は少し懐かしさを感じていた。

 

「ふふっ…そうだろうね、私も大丈夫だよ…ありがとう」

 

薫は慣れたような口調で謝辞を述べる。

 

「何事もなくてよかったです…」

 

麻弥達の安堵の声が聞こえる、そして千聖と薫は衣装を着たままで通し練習を行う。

 

「ついに本番の日が来たのね…」

 

「あぁ…そうだね」

 

2人は本番を前にして少し緊張していた。

 

「柄にもなく緊張しているわ…」

 

「珍しいね…千聖が緊張するなんて」

 

千聖は私だって緊張するわよ、と皮肉混じりに言葉を返す…そして本番が始まる、オペラ座の怪人と台打たれた白い膜を端に置きながら、2人の少女達が演じる主役や周りの登場人物において、全てがシリアスであり…真面目と言う意味を、演目で体現するかのような、激動の演目に観客の目は釘付けにされていた。

 

「さようなら…私の愛おしき人…」

 

千聖が最後の台詞を言い終えた後に、少しの静寂を挟み、拍手喝采が送られる、それに対して頭を下げて対応する出演者達。

 

「拍手の雨…凄かったわね」

 

「そうだね…これだから演劇と言うのは止められない…」

 

演目が終わり、千聖と薫は2人で話し合う。

 

「ふふっ…」

 

「千聖?どうしたんだい、急に笑って…」

 

「ごめんなさいね、何だか面白くなってしまって…」

 

千聖が笑っていることを見ていた薫も何故か笑えてしまった。

 

「ふふっ…」

 

「そういう薫も笑ってるじゃない…」

 

「千聖だって…」

 

2人はくすくすと笑いあった後にこう言い合う。

 

「薫、またこういったシリアスな劇のお誘い、待ってるわ」

 

「千聖が喜んでくれたなら…次はもっと頑張らないといけないね。」

 




うーん…読み方でここまで変わるとは思ってなかったので新しい発見になりました。

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雨の夜、貴方と二人

 今回はバンドリ二次創作において、ハーメルンのランキングによくいらっしゃるこの方!『不良少女(仮)』の作者の茜崎良衣菜さんです!

 テーマ「雨の夜」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=236971
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/163529/
 作者Twitter https://twitter.com/raina_0302?s=09


 

 

 

 

貴方がいれば嫌いなものも。

 

 

 

 

 

 

雨の日は、昔からあまり好きではない。

湿気で髪がうねるし服や靴は濡れる。何よりも愛用しているギターの音が乗らない。だからそんな日はいつもやっている練習も中断することが多かった。

 

青色のギターをスタンドに立てかけ私はベッドに背中から倒れた。目を瞑って、思い出すのは私の所属するバンド『Roselia』のリーダーである湊さんに言われたこと。

 

 

 

「Roseliaは頂点を目指せるバンドでなければいけない。だから常に完璧な演奏であることを意識して。練習に妥協は許さないわ」

 

 

 

彼女と出会ったのは彼女の歌を聞く前だった。だけど完璧を求めて色々なバンドを転々としていた私にとって彼女との出会いは必然的なものだったのかもしれない。

彼女の歌を聞いた瞬間、直感的に彼女しかいないと感じたのだ。

 

 

圧倒的な歌声を持つのだから彼女が大口を叩くのも頷けた。今まで出会ってきた人たちのように口だけではない技術があっての言葉。練習の時の彼女の態度も音楽に真剣ということがわかる行動ばかりだった。

 

初めて出会った私と隣同士で肩を並べて歩いてくれる人。彼女の存在は、言ってしまえば大切だった。これ以上のバンドメンバーはいないと無意識のうちにそう思っていたのだろう。

 

 

 

「ただRoseliaの演奏に見合わない演奏をしたら問答無用で脱退してもらうわ」

 

 

 

だからその言葉を聞いた時、私の中にあったのは少しの焦りだった。さも当然のように口では言った。だがメンバーである今井さんよりも、宇田川さんよりも、白金さんよりも、誰よりもプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのはきっと私だろう。

 

私はずっと完璧な音を出している。それは事実であり、だからこそ私の技術は彼女たちよりも上だった。けどそれだけであることを私は知っていた。

 

楽器の他にできることはない。

今井さんのように気遣いができるわけじゃない。

宇田川さんのように盛り上げ上手なわけじゃない。

白金さんのように衣装作りができるわけじゃない。

私はギター以外に取り柄のない。そして私は完璧な音以外を作り出せないことを私は自覚していた。

その事実は少しずつ私のことを追い詰めていた。

 

 

音楽を奏でる時、その人間の内面が出る。

今井さんなら不器用なりに支えようとする音。

宇田川さんならドラムが好きで楽しそうな音。

白金さんなら控えめなりに主張する綺麗な音。

私は完璧なだけ。真面目過ぎてつまらない。そんな印象を受けても仕方ない音だった。

だけどそれ以外の音の作り方を知らないからどうしようもなかった。

 

 

そして少しずつ少しずつ成長していく彼女たちの演奏に私の焦りは大きくなっていった。

練習時間は足りないくらい。もっと練習しなければいつか追い越されるかもしれない。湊さんに、切り捨てられるかもしれない。それが怖くていつも練習を欠かすことはないのに。

ギターの音が乗らないからと、自分に言い訳をして練習を中断をするのは思うことがあるから。

 

 

本来なら現状でも安定した演奏ができているのなら焦る必要はないはずだ。それも自覚していた。きっと彼女たちのことだけならそこまで追い詰められていなかったはずだ。

だが私には追い詰められる大きな理由が一つあった。

 

 

 

「おねーちゃん! 今時間ある? あるなら聞いてほしい話があるんだ!」

 

 

 

部屋の扉をノックなしで開いたのは私と同じ水色の髪、同じ顔、私とは真反対の明るく人当たりのいい笑顔の女の子。

 

 

 

「部屋に入る時はノックしなさい。それから今は練習中よ。出て行って」

 

「ごめんね。けどおねーちゃん今ギター弾いてなくない?」

 

「休憩していたからよ。もう再開するから出て行ってちょうだい」

 

 

 

起き上がって扉の前から私の元に近寄ってきた彼女に言う。

私が追い詰められている元凶。双子の妹である日菜の存在は私のことを苦しめていた。それを知らない彼女は今日も私の嫌いな気楽そうな笑顔を私に向けていた。

 

 

 

「それならあたしにも聞かせて! おねーちゃんのギターの音ってるんっ♪ってするから!」

 

「嫌よ。練習の邪魔だから今すぐ出て行って」

 

「ええ! いいじゃん! おーねーがーいぃ!!」

 

 

 

あいもかわらず訳の分からない言葉を使う。肩を揺らされ私の苛立ちは膨らむ。

練習の風景は見せたくなかった。だから私は嫌だと言っているのに日菜が出て行く気配はない。むしろ駄々をこねるだけ。

奥歯を噛みしめる。ギシッと鳴った気がした。

 

 

 

「ダメなものはダメよ。わがまま言わないで」

 

「……わかった。ごめんね」

 

 

 

トーンを変えて言えば日菜はしおれた様子で私から離れた。部屋から出る前に私のことを見る。私はそれを気にすることなくギターをスタンドから取って再度チューニングをした。

 

 

 

「おねーちゃん、今度はおねーちゃんのギターの音聞かせてね」

 

「早く出て行って」

 

 

 

日菜にギターの音は聞かせたくなかった。なぜなら日菜が私の真似をしてギターを始めたから。なんでも見て覚えることのできる『天才』である日菜はいつだって私の真似ばかりしてきた。ギターだけは真似されたくなかった。これは言ってしまえば小さな抵抗だった。

日菜が部屋から出て行く。その表情は見えなかったが日菜の感情はなんとなく感じ取れて、双子とは不便なものだと思った。

 

 

 

 

 

 

一人夜空を見上げることが好きだった。星は綺麗だから。私の綺麗とは言い難い思いも浄化される気がしていた。そんなの、私の勝手な自己満足だけど。

 

ここ最近はこの綺麗な夏の夜空を見上げるために夜散歩に出ることは多かった。

幼い頃よく来ていた近所の公園まで足を延ばして、幼い頃は大きかったブランコに腰掛ける。足で地面を蹴って揺れるブランコ。外灯が地面に影を移す。幼い頃に戻った気分だった。

揺れるブランコに乗ったまま夜空を見上げる。

夏の大三角形というのはどれを指すのだろう。星は肉眼で確認できる範囲でも光が強いものと弱いものがあるが私には全部同じに見えた。

 

幼い頃、流れ星に願いを叶えてほしいと思ったことがあった。聞いたことがあったのは流れ星が流れている間に願い事を三回唱えれば願いが叶うというもの。物理的に無理があるというのに幼い頃はめげずにやっていたと今思い返せば少しだけ笑えた。流れ星の正体を調べてそれが宇宙の塵だったことには少なからずショックを受けたけれど。

 

__願いを叶えてくれるのは、流れ星でないといけないのかしら。

 

ふとそんなことを思った。もしも今光り輝いている星たちに願いを伝えても叶うのなら。

 

 

 

日菜が、ギターをやめればいいのに。

 

 

 

動いている間に摩擦の発生していたブランコは動きを止めた。私の視線は天から地に変わる。

何を考えているのだろう。けど思ってしまったのは事実だった。

 

日菜がギターを始めたことは知っていた。アイドルバンドとしてテレビにまで出て活動していることも知っていた。だからこそ今までは日菜の演奏を聞かないようにしていた。

 

だけど私のその努力は空しくも両親によって水の泡になった。

夕食時間に日菜が出演している音楽番組を見ることになった。

その番組で私は初めて日菜の演奏を聞いた。

 

衝撃だった。自由な音だったから。そして私並みの技術だったから。ギターを始めて間もないのに、私が今まで積み上げて来たものを一瞬で凌駕していた。バンド内で見ても日菜はあまりにも上手すぎた。そのうえ楽しそうに弾いていた。

私がギターを弾く表情とは対照的だった。

 

負けたと思った。

私が今までしてきた努力を全てさら地に戻す演奏。それを聞いてしまったら私の演奏に価値があるとは思えなかった。

完璧なうえで自由な演奏は私にはできない。『天才』である日菜にしかできない演奏に思えた。

姉の私は何度練習しても思い通りにいかないのに、妹の日菜はすぐに思い通りに弾いてしまう。嫉妬なんてしないわけがない。妬みや嫉みが生まれないわけがない。私の中で日菜は昔からずっとコンプレックスでしかなかった。

 

 

ぽつりと地面の色が変わった。少しずつその色に染め上げられていく。

見上げた空に先ほどまであった星たちはいつの間にか雲に隠れていた。代わりというように雨が私のことを濡らしていく。

 

雨は嫌いだ。

前髪がおでこに張り付くし服や靴は濡れる。だけどもやもやが胸にある今はそれを洗い流してくれる天の恵みのように思えた。目を瞑り音に集中する。

段々と強くなりざーと独特の水の音。私を濡らす冷たい水と遊具に当たる水の音は今はそれほど嫌いではなかった。だがそれはいつまでも続かなかった。

 

 

 

「何してるのおねーちゃん!」

 

 

 

遮られた雨水は私に降りかかることはない。代わりに雨を遮る傘に落ちる水の音が私の耳には届いていた。

 

 

 

「なんで傘も差さずに外にいるの!? 風邪引いちゃうよ!?」

 

 

 

私の目の前に現れたのは今一番会いたくない人。心配そうなその表情は私のことを憐れんでいるように思えた。

 

 

 

「……放っておいて」

 

「放っておけるわけないでしょ! 帰るよ!」

 

「先に帰って」

 

「おねーちゃん!」

 

「私に構わないで!!」

 

 

 

最近よく出してしまう大声は大半を雨にかき消される。だけどすぐ近くにいる日菜にはばっちり聞こえていた。開かれた目を見るのは久しぶりだった。

 

 

 

「私の真似ばかりするのはやめて! そのせいで貴方と比べられてこっちは迷惑なのよ!」

 

「真似って、あたしはただおねーちゃんが楽しそうにしてるからそれで……」

 

「それが迷惑だって言っているのよ! どうしてわからないの!!」

 

 

 

日菜は昔から人の感情を読み取るのが苦手だ。人と歓声が違うから、人が取る行動に興味津々で。それが私のことを何度も何度も傷つけたことを日菜は知らない。だから分からせたかったのかもしれない。

 

 

 

「貴方はなんだって手に入れられるじゃない! それなのに私からギターまで奪わないで!!」

 

 

 

結局私は日菜とギターの腕を比べられたくないと思っているだけ。いくら努力を積んでも日菜はすぐに追い抜いてくる。それも私よりも完璧な形で。

日菜とは双子ということもあってずっと比べられてきた。私にはギターしかないのに、それ以外を持っている日菜に取られたくはなかった。湊さんが日菜のギターを聞いたら多分日菜の方に可能性を感じるのだろう。そうなったら私はRoseliaとしていられなくなるかもしれない。日菜は芸能人なのだからそんなことありえないと頭ではわかっていても可能性を考えると怖くて仕方なかった。

 

そんなの、不安も期待も努力も全部、悪い方に進んだら日菜のせいにしたいだけだ。

日菜がこんな私のことを好いていることは知っていた。むしろそのせいで私は自分が惨めに思えていた。

それだけで私はたった一人の妹に酷い言葉を吐いた。

 

 

 

「……そっか。ごめんねおねーちゃん」

 

 

 

きっと私の発言は許されることではないのだろう。

日菜の顔を見てそう思った。

 

雨はさっきよりも強くなった。

 

 

 

 

 

 

Roseliaの活動は続いている。ライブの回数も増えていった。

日菜との関係は、少しずつだけどよくなっているように思っている。さすがにあの日は私としても言い過ぎたと思ったから後日頭の冷えた状態で謝りに行った。日菜は笑顔で許してくれた。

 

 

日菜への嫉妬は私の心の狭さから生まれたものだと自分を見つめ直した時に感じた。

日菜はいつだって私のことを考えていた。前に一度日菜と話した時にそう思った。私は日菜のことなんてこれっぽちも考えていなかったというのにね。

関係が悪くなったことに日菜は悪くない。私の弱さに原因があると思って、今はそれを直すために必死だ。

 

 

 

『日菜とまっすぐ話せますように』

 

 

 

七月七日の短冊に掛けた願い。少しずつ日菜と過ごす時間が増えた気がする。日菜のさす擬音が何を指しているのか分かってきた気がする。それは着実に叶いかけていた。

 

日菜におねーちゃんと呼ばれることが、慕われていることが少しだけ誇らしかった。数か月前の自分とは大違いで、今の自分は嫌いじゃなかった。

 

 

 

だけどそう思えたのには一つ理由があった。

日菜の演奏は見ないようにしてきた。あの日から、ずっと避けていた。私がどれだけその事実から目を逸らして日菜と共に時間を過ごしてきたことか。

 

 

日菜の隣、解説や裏話を聞きながらライブの映像を見る。

走りがちで主張の強い演奏。だけどそれはやっぱり楽しそう。技術力だけじゃない個性的な演奏、魅力的な音。私にはないものだらけ。

やっぱり私と日菜では違いすぎる。レベルに差がある。

 

私の音はテンポもリズムも正確だ。だけどそれ以上でも以下でもない。

私は、音楽性に左右されずに評価されるからこそ高い技術や正確さを信じてやってきたつもりだった。それは、日菜に負けないため。

それなのに日菜と比べてテンポもリズムも正確なはずなのに自分の演奏がとてもつまらないもののように感じた。

 

そのあとのRoseliaの練習は散々なものだった。ミスの連続。できていたフレーズも練習したてのようにぎこちない演奏。とても、普段の私の演奏とは言いにくかった。

 

 

 

「紗夜、今日は本当にどうしたの。あなたらしくなかったわよ」

 

「……私らしいってなんなんでしょう」

 

「え?」

 

「申し訳ありませんでした。今日の分は必ず取り返しますから」

 

 

 

こんなこと湊さんに言ったって解決しないのに。私は今日の練習のことを謝って早々と家に帰った。

自分の部屋に戻って鞄とギターを置く。ベッドに腰を掛けた。

 

 

 

「ねえおねーちゃん! ギターの練習が終わったら一緒にテレビ見ようよ!」

 

 

 

日菜はいつもの調子で私の部屋に入ってくる。そんな日菜に苛立ってしまうのは自分が弱いせいだ。

 

 

 

「……ギターの練習なんてしないわ」

 

「え? でもいつも家に帰ってから練習してたよね?」

 

「弾かない」

 

「おねーちゃ……」

 

「弾かない!! 弾きたくないの!!」

 

 

 

今思えば短冊に願いを込めてから日菜を怒鳴りつけたのは初めてのことだった。日菜の困惑顔が私の脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

ギターを弾けば弾くだけ自分の演奏がつまらないものに聞こえた。練習する意味も理由もないように思えた。

Roseliaの練習でこれ以上失敗したら脱退を告げられても仕方のないところまで来ていた。それは、困る。だけどどうすればいいのか、私にはわからなかった。

 

 

 

「あなたは……苦痛に感じたことはないの? ずっと憧れと言われ、追い続けられることが」

 

 

 

後輩の巴さんにそう切り出したのだって何故かはわからない。だけどその回答に息を呑んだのは間違いなかった。

 

 

 

「アタシは……あこがアタシを慕ってくれてるのは純粋に嬉しいです。けど、ドラムもホントはあこの方が上手いんじゃないかって思うこともあります。でもあこはアタシのことを慕ってくれている。それならアタシはあこの気持ちを大切にしたいし応えたい。

あこはアタシのたった一人の妹ですから」

 

 

 

たった一人の妹。日菜だってそうだ。私はそんな風に見られていなかったから巴さんがやけに大人びて思えた。

たった一人の妹。だからこそ私はその日菜と比べられてきた。

慕ってくれているのは私だって純粋に嬉しい。だけど私はどうしても自分の音と日菜の音を比べてしまう。

 

日菜に負けないことでしか自分を信じられなかった。だからこそ何にもなれないつまらない音になってしまった、なんて皮肉なものだ。

 

 

 

「私もまだ未熟だし未だに心から音楽を好きだと言うことができないでいるからこそ、今の私の言葉を受け止めきれないこともあなたの苦しみもわかるわ。でも、この苦しみと逃げずに向き合うことこそが何よりも大切でとても尊いことなのだとわかってほしい」

 

 

 

逃げずに向き合う。湊さんに言われてもなお私はどうすればいいのかわからなかった。

 

一人商店街を歩く。あてもなく歩く。

向き合うべきはわかっていても、これを伝えていいものか。そもそもそんな勇気は私にはなかった。

 

 

雨が降る。突然降られたから私の服は濡れていた。もう少し濡れていてもよかったが秋風は冷たくてそれ以上当たっていると風邪を引きそうだった。

秋時雨。もうそれが降る季節になっていた。

日菜との関係性は少しずつ変わっている。だけど私自身は何も変わっていなかった。

 

 

 

「おねーちゃん……?」

 

「日菜……」

 

「よかったぁー、ここにいたんだ! 雨がすっごいから傘渡しに来たんだ! はい、これ」

 

 

 

現れた日菜は私を見つけて安心してして、その流れでいつもの笑顔を私に向けていた。

 

 

どうして、私が何度突き放して拒絶しても、貴方は私のそばにいようとするの。

日菜がこんなに、私のそばを離れずにいてくれたというのに。

私は……全部日菜のせいにしていた。

 

 

気づけば涙が零れていた。今までの罪悪感が形になって溢れた。

それを見て日菜は慌てていた。自分が何かしたのかと焦っていた。

その日菜に何度も何度も謝った。涙は家に着くまで止まなかった。

覚悟は決まった。

 

 

 

「私は日菜と比べられたくなくて貴方がやっていないギターを始めた。けど貴方は私の後を追うようにギターを始めて、あっという間にわたしを追い越していって」

 

「おねーちゃん、そんなことないよっ!」

 

「貴方だって気づいているはずよ。私より、貴方の方が……」

 

「おねーちゃん! もうそれ以上は!」

 

 

 

日菜の悲しそうな顔を見るのは何度目だろう。だけど今日のこれは初めて見る悲し気な表情だった。

 

 

 

「貴方の演奏する音を聞くのが怖かった。自分への劣等感と貴方への憎しみが増していってしまうから」

 

 

 

それを見てもなお、自嘲する言葉は止まってくれない。言わないと私は変われないと知っていた。

 

 

 

「七夕祭りの日、私は短冊に『日菜とまっすぐ話せますように』と書いたの。けれどそれを星が叶えてくれるはずがないから以前よりも貴方と一緒に過ごす時間を増やしたわ。そうすれば短冊に掛けた願いを叶えられると思ったから。でも貴方の演奏を聞くことだけは逃げ続けていた」

 

 

 

久しぶりに聞いた日菜の音は技術にとらわれない魅力的な音をしていると思った。音楽を楽しんでいる。私にはないそんな音。

日菜に負けないために技術を磨いて来たけど。私の音なんてその程度のつまらない音だとはっきり感じてしまった。

日菜に負けたくないというだけで弾いていたギターの音なんてつまらなくて当然だった。

もう全部嫌だった。つまらない音を奏で続けている自分も短冊の願いからどんどん遠ざかっている自分も全部嫌いだった。

 

 

 

「おねーちゃんの、おねーちゃんの嘘つき!!」

 

 

 

自嘲した言葉に返ってきたのは初めての言葉でハッと顔を上げる。

 

 

 

「おねーちゃん約束してくれたよね? あたしたちはお互いがきっかけだから勝手にギターやめたりしないでって! あたし、それがすっごく嬉しかったのに!

あたしおねーちゃんの音、大好きだよ! 前よりも今の方が楽しそうな落としてるんだよ? 自分で気づいてる?

あたしはおねーちゃんの音がつまらない音だなんて思ったことないよ! おねーちゃんの音を聞いてあたしはギターを始めたんだよ!」

 

 

 

日菜が私に怒るのは初めてのことだった。

 

 

 

「あたし、知らないうちにおねーちゃんのことたくさん傷つけてたんだよね。本当にごめんね。でもね、あたしはおねーちゃんにギターやめてほしくないよ。どんな理由だっていい! 苦しいことがあったらあたしのせいにしたっていいよ。おねーちゃんがギターを続けてくれるなら……!

 

あたし、昔みたいにおねーちゃんとまた仲良くなりたいって思ってた。けど、そのせいでおねーちゃんが苦しい気持ちになるんだったら……」

 

 

 

__いいよ。あたしのこと、嫌いでも。

 

 

 

 

日菜の口から出てきたのは胸を抉られるような言葉だった。衝撃すぎて言葉が見つからない。

 

 

 

「そんな風にギターをやめようとして約束を破るおねーちゃんなんて、あたしだって大っ嫌いだよ!!」

 

 

 

涙を流しながら言われた言葉。大嫌いは私が今まで簡単に思ってきた言葉。だけどいざ日菜から言われると胸が痛くて仕方なかった。

本当に優しい子なのだと、そう思う。私は日菜の流れる涙を指を拭く。日菜と視線が合った。

 

 

 

「貴方はいつもすぐに私を追い越していくのに、私を待って立ち止まって。時には傘をさして、私を苦しみから守ろうともしてくれた。私はいつしか貴方の優しさに甘えていたんだわ」

 

 

 

だけど日菜と交わした約束も、短冊に掛けた願いも、どちらも違えてはいけないわね。

日菜が常に先を行く現状を受け入れられるほどできた人間ではない。でもいつか。

 

 

 

「貴方と並んで一緒に歩いていくことができるように、私はギターを弾き続けようと思う。そしていつか自分の音に誇りを持てるようになりたい」

 

 

 

__ありがとう、日菜。

 

 

 

私はその身体を抱きしめる。

日菜の涙は止まらない。私の涙も止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

スタジオ練習を終えて外に出ると雨が降っていた。予報では降らないと言っていたのに、やはり予報は予報だった。

あいにく今日は降らない想定で家を出たからこの雨は想定外。私は傘を持っていなかった。今井さんと白金さんは折りたたみの傘を持っていたらしい。サイズ的に言うと人二人入れてギリギリだった。

 

 

 

「んーどうしよっか……この感じだとしばらくは止みそうにないよね……」

 

「でしたら今井さんは湊さんを、白金さんは宇田川さんを傘に入れて先に帰られてはどうでしょう」

 

「え!? あ、アタシは別にそれでもいいけどさ、紗夜はどうする気なの?」

 

「私でしたらもう少しで迎えが来ますので」

 

「迎え?」

 

 

 

スマホがピロンと音を鳴らす。メッセージを送ってきた人物の表情を想像して笑みが零れた。

 

 

 

「あーなるほど~。そういうことね。いやー仲良くなったみたいで何よりだよ」

 

「さあ。何のことかしら」

 

「べっつにー。それじゃあ友希那帰ろっか。またね紗夜~」

 

 

 

にやけた顔の今井さんを適当にあしらって私は彼女たちが帰路につくのを見送る。

私がメッセージを返せばその倍の文字が返ってくる。

全くあの子は……。とおもうがそれを楽しく嬉しいと思っている自分がいた。本当に変わったものだ。

メッセージは止むことを知らない。

 

 

 

「おねーちゃん!!」

 

 

 

傘を差し出し手を振る制服姿の彼女。学校帰りだろうか。普段天気予報なんて見ずに出て行くのに傘を持っているなんて珍しいこともあるもんだと思った。

 

 

 

「学校帰りだったのね」

 

「うん。本当は天文部の活動をしてたんだけど雨降ってきちゃったから中止にしたんだ。星、キレイだったのになー」

 

「そう。それは残念だったわね」

 

「けどおかげでおねーちゃんと一緒に帰れることになったし結果オーライだよ!」

 

 

 

さぁ入って入って、という日菜の言葉に従って私は傘の中、日菜の隣に移動する。私が中に入ったことを確認して私たちは歩き出した。

 

 

 

「それにしてもよく傘なんて持っていたわね」

 

「帰る時に傘持ってなくてどーしよーって思ってたらつぐちゃんが貸してくれたんだー。つぐちゃんは蘭ちゃんたちと帰るからって」

 

「羽沢さんには後でお礼をしないとね」

 

「お礼何がいいか一緒に考えてよ」

 

「……仕方ないわね」

 

 

 

雨は嫌いだ。じめじめするし髪はうねるし服や靴は濡れる。ギターの音だって乗らない。だからずっと嫌いだった。

 

だけど日菜と本音をぶつけ合ったのはいつだって雨の日。雨の夜。

その結果こうやって日菜と話せているのなら、雨も案外悪くないかもしれない。

 

 

 

「もうおねーちゃん! 話聞いてよ!」

 

「ごめんなさい。それで何だったかしら」

 

「昨日パスパレの練習があったんだけどその時に彩ちゃんがね……」

 

 

 

雨の夜。どんよりとしたそんな日も貴方の笑顔で照らしてくれるのなら。

 

 

 

「……日菜。ありがとう」

 

「え? 何?」

 

「別になんでもないわよ」

 

「ええ? なんて言ったの? 教えてよおねーちゃん!」

 

 

 

貴方と一緒なら昨日よりも好きになれそうだ。

 

 




企画者からの告知
現在、新しいハーメルンバンドリ企画の参加者を募集しております。
詳しくは、企画者のTwitterまで https://mobile.twitter.com/BANBAN_DORI?s=09


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Fade from ①

 今回から連続で同じ作家さんとなっています!『アルバイトだらけの生活にも、癒しはあって然るべき。』の本醸醤油味の黒豆さんです! バンドリベテランの作家さんであり、企画者の大好きな作家さんです!

 テーマ「削劇」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=164917
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/132908/


 私は今の日常を、愛している。ギターをストイックに、ただひたすらに求めていた頃は頃で充実していたが、それでも自分が周囲とナニカが違うことには気づかされていた。それは湊さんに──Roseliaに出逢えたからこその幸せだった。

 

「紗夜、起きなさい」

「……おはよう、お母さん」

「もう、先に顔洗ってきなさい、ひどい顔よ?」

 

 娘に対してなんてひどい言葉を掛けるのかと鈍い思考をなんとか回しながら呻いた。朝はどうしても弱い。特にまだ春になり立てのこの涼やかというには少々寒すぎる空気感もそれを助長しているように感じる。

 ──とにかく、眠い。寝ぼけ半分の頭をすっきりさせるために、顔に冷たい水を浴びせる。痛みに似たような感覚が、やがて温もりに似た眠気を振り払った。

 

「朝ご飯はパンでよかった?」

「大丈夫」

 

 数分待ち、バターを塗られてこんがりとした匂いを放つパンを齧る。サラダを咀嚼しながらふと私は母の顔を見上げた。よく似ていると言われる顔をじっと見てほんの少しだけ首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「……なんでもないわ」

 

 違和感があったけど、そういえばお父さんがいないせいかと思い直した。単身赴任中でとても寂しがっていた。我が父ながらああも母や娘に甘えてくるのはどうなのだろうか。とはいえいないはいないで静かなのだから、それを寂しいと思えてしまうのも、家族ゆえよね。

 

「行ってきます」

 

 朝練と、それから白金さんの生徒会の手伝い、三年生になってもバンド以外にやることは沢山あった。これも、以前は考えられなかった。

 ──私は、この今を楽しんでいる。楽しいと感じられることでつい口角が緩んでしまうのだ。

 

「ふふ」

「どうかしましたか、白金さん」

 

 授業が終わり、日が傾き始めた時刻、生徒会で会長でバンドのキーボードもやっている白金燐子さんが私の横顔に向かって微笑みを浮かべた。以前はよく斜め下を向いているイメージが強かった彼女が変わり始めていることへの喜びを感じながら、私は敢えてすまし顔を作って応対した。

 

「いえ……今の氷川さんの顔、とても、素敵だなぁって……」

「……からかわないでください」

「お世辞は……苦手ですから」

 

 それをからかうと言うのよと書類の方に視線を向けた。私は上手く笑えているらしい。以前の私では考えられないことだ。

 私は、こんなことを自称するのはなんだかナルシストだと思われるかもしれないけれど、私は大概のことはヒトよりも上手くできた。勉強も、運動も。ただ芸術とお菓子作りだけは上手くいかなかったけれど。私は堅物で論理的すぎるのが原因で……ってそんなことはどうでもいいわね。

 ──そう、そのなんでもできたというものは、けれどステータスにも自信にもならなかった。出る杭は打たれるもの、私はどの分野でも居場所を失っていった。私はただ、何においても負けたくなかっただけなのに。

 

「さぁ、終わらせたら練習に向かいましょうか」

「はい」

 

 でも、もうそれも過去の話だ。私は今、こうして仲間を得ている、安らぎを得ている。行きつけの珈琲店の一人娘の羽沢つぐみさんと話をしたり、その喫茶店にいる常連の松原花音さんと話をしたり、ファストフード店で丸山彩さんをからかってみたりする日常がある。とても充実しているのだから。

 

「あら、思ったよりも早かったわね」

「早く終わらせてきましたから」

「さっすが紗夜さん!」

「紗夜ってば、やる~♪」

 

 何よりもこのRoseliaが一番の居場所だった。私の大切な仲間、友人がいるこの空間が好きだった。高みを目指すという雰囲気も好きだった。私はいつでも高いところばかりを見てきたから。才能に溢れたヒトたちと一緒に過ごせることが幸せだ。私は独りじゃないと教えてくれるようだったから。

 ──Roseliaのおかげで、私は私の才能を好きになれた。なんでもできたとしても、それはただ私の一部でしかないのだから。

 

「今日の紗夜さんもチョーすごかったですっ」

「ありがとう、宇田川さん」

 

 練習が終わったら、いつものように最年少である宇田川あこさんが目をキラキラさせて私に向かって前のめりに感想を述べてくる。

 なんだかとってもむずがゆいけど、悪い気分じゃない。もし、もしこんな風に私のことを純粋な目で慕ってくれる子がいたなら、どうなんだろう。私は姉タイプだと言われたこともあるし、案外うまくやっていけるのかしら。

 

「ね、ねっ! 帰り道、ファストフード寄りませんか? あ、りんりんも一緒にどう?」

「うん……わたしも、ぜひ……!」

 

 そんな話をしていると、今井さんがアタシもと手を挙げ、それだったら私もご一緒させてもらおうかしらと湊さんまでついてくることになった。

 なんだかんだで、仲がいいのが、私たちの特徴だ。最初はもっと音楽以外のものをそぎ落としたいという湊さんの言葉があったけれど、やはり私や今井さんが反対した通りだった。

 ──失わなくても、良いものは作れる。最高の高みは、むしろ失っては辿りつかないのだと。スポーツが一人ではできないのと同じだと私は説得した。ダンス部の経験もあった今井さんの援護はとても心強かった。

 

「あ、紗夜さん! こんにちは!」

「上原さん」

 

 と、そこでバイトをしている上原さんに出くわした。上原ひまりさんは羽丘学園に通う幼馴染五人で結成したバンドのリーダーを務めているベーシスト。そして羽丘と花咲川の二つがなにかと交流が深いため、私は特に知り合いでもあった。

 

「副会長さんは大変そうですか?」

「そーなんですよね~、つぐは二年のわたしが指名されたならってめっちゃ張り切って色々するからもうホントに──」

 

 ただこのマシンガントークだけはやや慣れない。こういうのは今井さんの管轄なので曖昧に相槌を打っておく。特に上原さんはRoselia以外では羽沢さんと同じくらいに今井さんとの共通の話題に上がりやすいメンバーであることもあって、そのマシンガントークについていけるスキルを私は評価している。

 それは周囲に馴染めなかった私や、周囲のものをそぎ落とした湊さん、コミュニケーション能力に難がある白金さんと独特のワードを扱う宇田川さんにはできない、今井さんだけの特徴でもある。

 

「ごゆっくりどうぞ!」

「ありがとうございます」

 

 結局八割がたの話を聞き流し、私は仲間たちのいる場所に戻っていった。湊さんは珍しく炭酸を飲んで顔をしかめる。それを私と今井さんが笑うと湊さんは、大丈夫よと強がる。それがまたおかしくて、私は三人と顔を見合わせて笑った。

 ──そんな時、宇田川さんが口にバーガーのソースがついていることに気づいた。

 

「あこちゃん、口……」

「んっ……りんりんありがと」

「うん……大丈夫」

 

 何かを言う前に、私の視線に気づいた白金さんが紙ナプキンで拭き取っていた。日常茶飯事であるその光景だが、私は何か違和感のようなものに、言葉を奪われた。さっきもそうだけれど、宇田川さんを見ていると少し、何か引っかかりを覚える。一体、これはなんなのかしら。

 

「……氷川さんって、お姉さん、みたいですよね……」

「お姉さん?」

「はい……あこちゃんのこと、よく見てる気がしますから」

「確かに、宇田川さんが気になるような言動をしているからということが原因のような気がするけれど」

「確かにね~、あこってばおっちょこちょいだから」

「そうね」

 

 湊さんも大概だけれど……とは思ったけれどやめておこう。未だに炭酸に眉根を寄せる彼女をこれ以上責めるのは酷だわ。

 それよりも、宇田川さんは妹体質で、実際姉がいるのだからそういう気になるところに気づくというのが姉みたい、ということになるのかしら。

 

「でもここってあこ以外一人っ子だよねー」

「確かに、そーだね! リサ姉もりんりんも友希那さんも紗夜さんも、みんなお姉さんみたいなのに」

「いや友希那はちょっと違うかな~?」

「リサ……!」

「ふふ、でも友希那さんも……あこちゃん相手には、お姉さん……してると思います」

 

 和やかな会話、いつも通り幸せな日常の一幕、そんな日々に違和感がある。違和感の正体、今井さんと宇田川さんの最初の会話、白金さんの言葉、何かがある。あるのではなくて、何かが足らない。

 

「どーしました?」

「あ……いえ、少し疲れたのかも」

「大変ですよっ! 今日はゆっくり休んでくださいね!」

「そうね、いつも家でも練習しているのでしょう? 疲れを感じた時は無理するべきじゃないわ」

「友希那のゆー通りだよ~、紗夜~?」

 

 そうだわ。きっと疲れているのね。そんなことを考えて私はみんなと別れることにした。別に頭痛がするわけでも体調が悪いわけでもない。夜は寒いくらいだからちゃんと窓を閉めて、風邪を引かないようにしている。なのに……何かが間違ってる。何かが足りない。そんな奇妙な感覚を引きずって帰宅をした。

 母に出迎えられて、ご飯を作るまでゆっくりさせてもらうことにする。いつもは手伝っているけれど、今日はそんな気分にはなれなかった。

 

「……ん?」

 

 一人になったことで違和感は薄れるかと思いきやどんどんと強くなっていく。焦燥感のように何かが訴えてくる。探せと、見つけないと、と。私に訴え掛けてくる。そんな胸のざわつきのまま二階に上がり、そこで私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──比喩じゃない。ただの一度もない。記憶にある限り、こんな部屋は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私の隣の部屋、でもどうして? そしてそのドアにはネームプレートが掛けてあった。私の部屋に紗夜、と名前が入っているように、でもその文字は潰れていて、読めない。まるで黒くスプレーをされたように。

 

「どういうこと……?」

 

 突然現れた部屋、なんていう恐怖心はあったが、それよりもちょっとの好奇心と、ここに何かがあるという勘のようなものが勝り、私は部屋を開けた。そして、その部屋の景色に圧倒的に恐怖が上回った。

 ──()()()()()()。まるで昨日まで誰かいたような生活感がある。母の部屋は一階で、ここにいるのは母でも父でもない。もちろん私でもない。

 

「なんで、どうして……!?」

 

 しかし部屋の内装はおそらく私と同じ年頃だろうという予想がついた。かわいげのない、と言われたこともある私の部屋よりも随分かわいいもので埋め尽くされた部屋。ネコのぬいぐるみ、丸山さんが所属しているアイドルグループのポスターが丸めて置かれている。何かの台本のようなもの、表紙だけがあって中身が真っ白にしか見えない奇妙な台本。調べれば調べるほど、頭に疑問符が浮かび上がる。

 

「誰の部屋なの? いえ、そもそも……いつからここにあるの?」

 

 急に部屋が増えるなんてファンタジーはあり得ない。あり得ないとは思いつつも、そうとしか考えられない。

 ──と、そこで私はあるものを見つけた。ギター、私のよりも少し水色気味のギターがあった。そしてその上のコルクボードには、私の写真があった。Roseliaを取り扱った雑誌の切り抜き、プライベートで撮ったであろう写真。

 それ以外にも()()()()()()()()()()()()()を見つけた。おそらくメンバーで撮ったであろう写真には丸山さんの右側、若宮イヴさんの間にぽっかりと隙間があった。

 

「なに……これは」

 

 怖い、けれど、この秘密を解き明かしたくなる。なんで突然部屋が現れたのか、何故今まで認識できなかったのか、そもそも、この隙間が私に訴えかける意味を。

 ──仮説を立てた。いやおかしいことだけど、それならば先ほどの違和感とこの謎の辻褄は合う。だからその仮説を立証するために私はあるものを探した。

 手記のようなもの、この部屋の主が残しているであろうものを。探して、探して、不意にコトン、と音がして本棚に振り返った。

 

「……あった」

 

 さっきまでは整頓されていたのに、まるで自分から見つけてほしいのかと思うほどに不自然に、ダイアリーが飛び出ているのを見つけた。少しクセのある字で書かれていて、名前の部分は塗りつぶされているように読めない。認識できない。ならばと私はパラパラとめくった。

 

「六月十三日……今日は彩ちゃんと麻弥ちゃんに出くわしたよ、芸能人なのにどうして変装をしないのか、って話になったんだけど、彩ちゃんは自然体が一番見つかりにくいんだよって言ってた。でも千聖ちゃんはゼッタイ変装してるのに、変なの……」

 

 間違いない。この日記の持ち主は丸山さんたちのメンバーの一人だ。私の記憶からすっぽり抜け落ちていたパートの担当としてもこのギターとも一致する。この子はアイドルバンドのギタリストだ。

 

「六月二十日……最近雨ばっかでなーんかるんってこないなぁ、つまんないけど、きっとおねーちゃんは邪魔しないでって言うからなぁ……つまんないなぁ……?」

 

 ああ、そうだ。予想した通りだ。この子は私の妹だ。なんで記憶に一切いないのか全く理解できていないけれど、私には妹がいる。丸山さんたちの知り合いで、羽丘学園に通っている。今井さんとも仲がいいようでたびたび名前が出てくる。きっと、確認しても覚えがないと言われるだろうことは明白なため、更に読み進めていく。

 

「七月七日……たまたま七夕のイベントでおねーちゃんに会った。行く気がないって言ってたけど、会えたからラッキーって思った……」

 

 去年の七夕、確かに私は買い物を頼まれて行くつもりのなかった商店街近くの七夕のイベントに足を運んだ。記憶では特に誰かと出会った覚えはない。けれど、願い事を乗せた短冊が鳥に奪われてしまって探して小さいころよく遊んだ公園まで追いかけて……誰の短冊? 私の短冊はきちんと手に持ったままだった。それを見られないように……見られないように? 私は、なんと願いを書いたの? きっとこの子に見られないように書いたはず、それなら、私の短冊に書かれた願いは……? 思い出せない、部屋に戻って今度は私の当日の日記を探した。

 

「……ダメだわ」

 

 そこに書かれた願い事の内容は──とまっすぐ話せますように、というもの、名前は、やはり黒塗りされたようになっていた。

 おねーちゃん、か。私は、この日とんでもないものを失っていることに気付かされたのだった。

 



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Fade from ②

 引き続きFade fromをお楽しみ下さい‼️


 翌朝になり、私はさっそくこの問題を解決するために今井さんを呼び出した。羽沢珈琲店で待ち合わせをして、私は昨日あった夢とも思われるだろう出来事を話した。私の部屋の隣に別の部屋があったこと、そしてそこの部屋の主は、私の双子の妹であること。それらを話した今井さんは、困ったような反応をした。

 

「いや……え、なにそれ……紗夜なりのジョーク?」

「ジョークだとしたら練習の合間にでもするわ……これが証拠よ」

「……え?」

 

 そこで私が見せたのは隣に部屋があるという写真、部屋の内装の写真、そしてそこにあった日記の現物。

 中身を確認し始めた今井さんも、やがて信じ始めたように口をぽっかりと開いてみせた。無理もない反応だと思う。私だって、まだ全然信じられていないのだから。

 

「つ、つまり……紗夜には妹がいて、アタシとも知り合いってこと?」

「ええ、たびたびショッピングや学校での出来事が記されてるわ……それにしても物凄く正確な日記でびっくりしてるのよね」

「確かに……たぶんこんな内容なんて他の友達としてても覚えてないよ」

 

 どうやらこの子は物凄く記憶力がいいらしい。少し前の日記には台本は見ただけで覚えちゃうから──といった内容の記述があった。才能に溢れる天才が、実はすごく身近にいたってことね。

 

「やっぱり……思い出せませんか」

「うん……ダメだ」

「私も日記を全て読破したわけではありませんから……」

 

 ちなみに日記には去年の三月頃から()()()までの記録が毎日欠かすことなく事細かに記されているため、とてつもない情報量だった。おかげで去年の夏休みにすら入ってない。まずはこれを読み解くことが先決なのかしら。

 

「リサちー……か」

「どうかしましたか?」

「ううん、誰にも呼ばれたことないのに妙にしっくりくるなぁって」

 

 書いてあるその名前について今井さんはそうつぶやいた。やはり、忘れているだけで、消えてしまっているだけで、確かに私や今井さんとその子は繋がりがあった。どうやって消えたのかなんて見当もつかないことだけれど、今井さんの反応は私だけがおかしくなってしまったのでは、という不安を拭うには十分すぎる結果だった。

 

「──にしても、確かにコレ全部内容を精査するのはしんどいな~」

「そうですね、速読でもできたら良いのですが……」

 

 私はじっくり読んでしまうタイプなのでどうしても速くは読めない。これを私が読み解くときっとあと二日三日は掛かってしまう。その前にまたすっかり忘れてしまったらと思うとそれはそれでぞっとする。

 なにより誰かにとって忘れられてしまったままなんて、ましてやそれが家族だなんて、私は許したくない。

 

「あ、速読なら、たぶん……いたいた、燐子~!」

「……はい」

 

 丁度、白金さんと松原さんが一緒にお茶をしていた。確かに、白金さんは本を読むスピードがとても速い。彼女なら私よりも断然読み解けるだろうと期待をし、また一度今井さんと同じ信じられないというようなリアクションを挟んでから、日記を手渡した。

 

「……この量だと、数時間は……かかるので、明日でも、いいですか……?」

「ええ、何か思い出す手がかりになりそうなものを見つけたらメモしていただけますか?」

「……わかり、ました……」

 

 今日はそれ以上、その妹の話をすることはなかった。羽沢さんも参加してくれてそんな不思議なことがあるんですね、と少し怯えたような表情で笑った。きっと羽沢さんとも関わりがあったのに、言葉はどこか他人事だった。

 無理もない。私だって心のどこかで何かの間違いだと思っているくらいなのだから。

 

「でも、そのヒトはなんで……いなくなってしまったんでしょうか」

「それすら思い出せませんから、なんとも」

「ですよね、すみません」

 

 羽沢さんは苦笑いをしてしまう。どうしていなくなってしまったのだろう。どうして皆の記憶から消えてしまったのだろう。あまりにも、ファンタジーというよりはいっそホラーである気がして背中に寒気が走った。

 

「……消えてしまいたかった何かが、あったんじゃないでしょうか……」

「白金さん?」

「あ……すみません」

「いえ、続けて」

 

 ここで、眼鏡をかけて日記を物凄い速さで読んでいた白金さんがふと口を開いた。去年は図書委員として花咲川にある本の約八割を読破したらしい彼女は、そんな不思議な現象について仮説を立てていたようだった。

 

「で、でもさ~、消えたい、って思ったからってフツーはヒトが記憶からも姿も消えたりする~?」

「いえ、この際そのフツーというのは忘れた方がいいかもしれませんね」

 

 実際に起きているのだから、今井さんの困惑ももっともだけど……今はあまり常識とか普通というものにしがみついている場合ではないわ。

 白金さんは静かになったタイミングでまた話始めた。

 

「小説……ですと、原因は色々あります……」

「色々……あるんだ」

「はい、妖魔や怪異の仕業であるとか……また過度の精神的負荷が、周囲に影響を及ぼした結果であるとか……でも、共通点はあるんです」

「共通点……ですか」

 

 白金さんはその共通点として、本人が強く願った結果だと述べた。消えたい、皆の前からいなくなってしまいたい。そんな願いがその子を本当に透明人間にしてしまった。記憶から存在を奪い去った。

 けれど、私には途轍もない恐怖を感じることだった。姿は見えず、皆の記憶からも失われたその子は……果たして生きていると言えるのだろうか。ヒトが死ぬ時は忘れられた時だと詩にしているけれど、生きたまま記憶から失われたら、それは生きているのだろうか。

 

「この日記の子は……どんな子だったのかな?」

「おそらく……日記の性格が、そのままだとすると……明るくて、好奇心の強いヒトだと……思います」

 

 松原さんはそっか、こころちゃんと仲良くできそうな子だねと微笑んだ。弦巻さんは確かに明るくて、元気で好奇心が非常に強い。そして日記にもこころちゃんと星を見に行った、という言葉が書かれていたようにどうやら交流はあったことはわかっている。

 

「現時点では……このヒトは、羽丘に在籍していて、どうやら天文部員だったみたいです……天文部は、彼女一人……みたいです」

「え、つぐ、天文部ってもう廃部になってなかったっけ?」

「はい。去年の時点で部員がいなくなってしまったので……」

「──やっぱり……」

 

 そこで、白金さんは気付いたことがあるらしい。彼女のことではなくて彼女が忘れ去られた後の話に、おかしなところがあると白金さんは眼鏡を外してケースに収めながら、話を始めた。

 

「また、小説の話に……なってしまうんですが、存在を奪われたり、消えたりした場合……どこかで齟齬が出ます……」

「齟齬?」

「はい……彼女で例えるなら、氷川さんは毎日顔を合わせていたはずです……するとどこかで、その誰かがいないと辻褄が合わない記憶が出てくるはずです……また、天文部がヒトがいないのに、廃部になっていないだとか、そういう痕跡が残ります……」

「……でも、天文部は」

「廃部になってます」

 

 それこそがおかしなところ。事実と小説を混合したような考え方だけれど、記憶の消失と補完ではまるで意味が違ってくると白金さんは説明した。

 消すだけなら、自分たちはいつでもしている。でも完璧……とまではいかなくてもこうして誰かがいないことへの違和感がなくなるように記憶が差し替えられているということは、単純な消失ではない、という理論らしい。

 

「今のところ誰かがいたという確信は、モノです……きっと、モノがヒントになるはずです」

「モノ……ですか」

 

 モノは確かに消えない。昨日まで認識することすらできなかったけれど、その部屋は()()()()()()()()ということになる。すると次のヒントが隠された場所は決まったわね。白金さんも同じ結論に至ったようで、頷いた。

 

「天文部の部室ですね。そこに何かがあるはずです」

「な、なんだか大きな話になっちゃいましたね……」

「明日は日曜ですが、羽沢さん、先生に話を通してもらえますか?」

「はい、わかりました」

「じゃ、明日はアタシが案内するね」

「お願いします」

 

 日記の読み解きは白金さんに任せ、松原さんはアルバイトの間に丸山さんにも話をしておいてほしいことを話した。写真は確かに彼女がいないけれどおそらく、白金さんの言葉が正しければ他に誰かがギターをやっているはず。その確認をお願いした。

 

「紗夜の妹を見つけよう作戦、ってとこだね」

「……今井さん」

「リサちゃん……」

「ん~?」

 

 作戦名のセンスに私と松原さんが苦笑いをした。まぁいいわ、良い作戦名が考え付いたらそっちを定着させようと心に決めて、私は羽沢珈琲店を後にした。

 ──ここからは私にしかできないことだ。妹の部屋にあるものを探すこと。記憶にないけれど、こんなことをして彼女は許してくれるかしら。そう思いつつも、部屋にその子の痕跡がないか探していく。

 

「……あ」

 

 引き出しの中に、丁寧にラミネート加工された短冊が仕舞われていた。名前が読めなくなっているけれど、そこには確かに私の妹が存在していたという証拠が残っていた。

 ──おねーちゃんと仲良く過ごせますように。という願い。日記にはもう叶っちゃったから飾らなかったことは書いてあった。けれど、その字はその日記以上に彼女の気持ちを反映させたものだった。

 

「愛されていたのね……私は」

 

 まるで満天の星空を見た気分だ。優しい光で私を照らしてくれる、星のような一行の文字。それを手に取って実感していると、その下に数字が書かれていた。14Th……14番目? 

 何かはわからないけれど、これが重要なヒントなら、と白金さんにメッセージを送ると、返事はすぐに返ってきた。

 

『確かに表紙のすぐ裏に氷川さんの隣に誰もいない写真がありました。その写真の裏には8Fiと書かれています』

 

 写真の裏にあるという文字列、そしてここには14Thという文字列が書かれていた。やはり何か意味があるものらしい。文字は彼女のものと同じなのだから。

 同時にこれは、自分のことに気づいてほしいという意思の表れであると考えられる。彼女は誰かに、私に見つけてほしいのだ。自分を思い出してほしいのだ。

 

「ええ、わかったわ……思い出してみせるわ。あなたを、必ず」

 

 まずはこの文字列が他にもないかを調べなければ。そうなればヒントの一つはここと同じく彼女の痕跡が多数残されているであろう天文部の部室、後は、私との共通点であるギター。ひとまずギターを調べようと手に持ってみる。よく手入れをされたギターは、何日も持ち主が触っていないわけではないということがわかる。アンプに繋がずに、私は気まぐれにDetermination Symphony(決意の調べ)を奏でていく。私の決意を表明するという意味で。

 

「……あったわ」

 

 演奏が終わり、ふとピックを見る。私とお揃いの青色、水色に近く花はバラではなくかわいらしい花だったけれど、その裏には彼女の文字で9Seと書かれていた。これで三つ目、一体いくつあるのかわからないけれど、確実にその子に近づいている気がした。

 

「これが意味するものは……なんなのかしら」

 

 紙に書いてみるけれど、それがなんなのかはわからない。数字とアルファベットの組み合わせの三つ、こういう謎解きのようなものは苦手だわ。良くも悪くもまっすぐにしか進めない私に頭を捻ったような暗号解読は無理だとわかった。

 ひとまず、明日考えることにしよう。天文部の部室にもきっと彼女が残したものがあるに違いない。

 

「けれど……これは」

 

 これは見つけてほしいという合図、それは感じる。ならばどうして彼女は消えたの? 白金さんの仮説では辻褄が合わせられない。私なら、自分が消えたかったのならこんな存在した証拠を残すことはない。部屋を消すことはできないにしても、こんな暗号をわざわざ記す必要がないはずなのに。

「私は何かを見落としている? このきっかけの何かを」

 

 考えがまとまらない。ひとまずは白金さんと今井さんにその見つけた三つの文字を送信し、私は日常に戻ることにした。お風呂に入って、ご飯を食べて……私は眠りについた。

 ──空が落ちてくる夢を見た。その空を遠ざけると私はとても満たされた気分になった。満たされて、けれどやはり空が落ちてきた時の輝きがほしくなって、手を伸ばす。なんて身勝手なんだろう。なんて我儘なんだろう。

 

「ごめんなさい──」

 

 最後に誰かの名前を呼んだ気がした。けれど、それは思い出すことはできなかった。

 ──私は何かを見落としていた。彼女が消えた意味を、それは仕方のないことでもあった。その何かを私は忘れている。その何かは私の人生そのものだったのだから。

 



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Fade from ③

3話目になります!


ㅤ日曜なのに制服なんて着てどうしたの? という母の言葉に学校の用事があると言って私は家を出た、春の陽気を過分に残す道を進む。母の声にはやはり、()()がいないことに違和感のようなものはないようで、部屋のことを話そうと思ったけれどやめておいた。あまり混乱させるのも申し訳ない。

 

「すみません、遅くなりました!」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 そんな消えてしまった私の妹を探すため、そのヒントになるであろう暗号解読のために私は羽丘へと足を運んだ。生徒会の仕事をしている羽沢さんと一度別れて今井さんに案内を頼んだ。部室棟にあるその部屋の前に立ち、私はその鍵をそっと開けた。

 

「……これは、やはり」

「全然、去年から廃部になってるにしては……」

「ええ、モノが多すぎるわ」

 

 まるでおもちゃ箱をひっくり返したような部屋だった。天文部らしいのはキレイにされた天体望遠鏡、そして星座早見表くらいか。変人の巣窟と呼ばれたらしいその噂に違わぬ内装だった。

 しかしそこには最近までヒトがいたことがわかるような感覚が残っていた。丸一年以上放置されたにしては埃も少ないし私物と思われるものが多い。

 

「今井さんは数字とアルファベットの組み合わせのものがないか探してみて」

「りょーかい」

 

 モノが多すぎることもあり、そこには天文部らしくないほどに乱雑な雑貨の山を漁っていく。謎の仮面、UFOを呼び寄せる方法、と書かれた紙、ギターの楽譜、頭が痛くなってくるようなものばかりだった。

 

「真面目に活動していたのかしら、この子……」

「確かに疑問だね~、あはは……」

 

 きっとまともに活動してはいないでしょう、私としては驚愕するものばかりだわ。けれど、逆を返せば天文部らしいものを調べればいいのではと考えを改める。そうすれば探すモノを絞れるし、見つけてもらいやすくなる。私ならそうするだろう。

 

「今井さん、天文部の活動としてマトモなもので、特に書き込めるようなものを探してください」

「りょーかい探偵さん?」

「からかわないでください」

 

 この括りなら探す目的のモノ自体が限られたものになる。

 その予想通り、それは時間をかけることなく見つかった。今井さんが棚から見つけた活動日誌、その最新版を開いた。日付は今年の四月からとなっている。つまり本当に最近まで彼女は普通に生活していた事になる。何ヶ月も、ではなくてほっとしていたところで、すぐ裏表紙にあったメモにあった文字列を私は書き写した。

 

「……1La」

「どーゆー意味なんだろう?」

「そうですね……」

 

 まだあるかもしれないけれど、これで4つめなのだからそろそろ法則を見つけたいところではあるわね。

 今井さんと二人で頭を突き合わせていたが、まだヒントがないかと探しながら考えているうちに昼を過ぎてしまい、私は一旦食堂で羽沢さんと合流することになった。

 

「暗号……ですか」

「はい、ちょっと私たちでは解けなくて」

「私も、こういうのは苦手です……」

 

 食堂で弁当を食べながら苦笑いをする羽沢さん。確かに羽沢さんもまっすぐなところがある。今井さんもそうだ。私も推論していくことはそれほど苦手なことではないけれど、捻られるとこの有様だ。三人で頭を突き合わせているところで、お悩みですか~? と間延びした声がした。

 

「蘭ちゃん、モカちゃん、来てくれたんだ」

「つぐみが困ってるって言うから」

「来たよ~」

 

 羽沢さんの幼馴染でもある美竹さんと青葉さんが制服姿で現れた。どうやら羽沢さんが呼んだ助っ人らしい。手伝えないから二人を代わりに呼びました、と説明される。

 私としてはあまり関わりがなかった彼女たちではあるのだけれど、今井さんは二人とも仲が良いため、話が進んでいく。

 

「ふむふむ、暗号解読ですか~」

「なんですか……謎解きでもやってたんですか?」

「うーん、説明するとややこしくなるんだけどさ、とにかくこれが解きたいんだけど」

 

 その会話で納得したようで美竹さんも青葉さんも了承してくれた。

 再び食堂から天文部の部室へと移動して、改めて四つの文字列を見せた。美竹さんはどうやら私や今井さんと同じタイプのようで、考え込んだまま言葉を失ってしまった。こういうのは苦手なようね。

 

「……パス、モカ、こういうの得意でしょ」

「なにをこんきょに~」

「脳トレとか得意じゃん」

「まぁモカはそうだよねぇ」

「だからって~、まだあるかも知れない暗号を解けってさ~、むりげーってヤツですよ~」

 

 そう言いながら私のメモを太陽に透かすようにして眺めた。これって、書いてあったまんまですよね~、と問いかけられ頷く。

 青葉さんは少しだけ眠そうな目を開いて、んんと唸った。そしておーと何かを閃いたリアクションを取った。

 

「……コレ~、たぶんアルファベットですね~」

「え?」

「アルファベットって……ここにある?」

「違うよ~」

 

 そう言って青葉さんは壁に貼ってあるアルファベットの表を指さした。あれですよ~という言葉に従ってみると、そこにはAからZの上に数字が割り振られていた。

 Aの上には1、Bなら2……といった具合に順番に。それがヒントだと青葉さんは解説をした。

 

「じゃあ紗夜が最初に見つけたコレは、14だから……Nってこと?」

「そーゆーこと~」

「じゃあこの天文部にあったのはAってことだね」

「蘭もせーかーい」

 

 それに当てはめると日記の写真の裏にあったのは8だからHで、ピックには9と書かれていたからIということになる。

 だけど、これじゃあまだ半分しか解けてない。14Thだけなら14番目のアルファベット、という意味ともとれるけれど、それ以外に別々のアルファベットが書かれていた。

 

「じゃあ違うんじゃない、モカ?」

「ん……あ、待って蘭、コレさ……順番じゃない?」

「順番?」

「紗夜の14番目でピンときたよ! ほら、時々書かれることあるじゃん?」

 

 そう言って今井さんはホワイトボードに英単語を書き始めた。First……Second……Third、という風に。確かにこれはよく頭文字3文字で訳される。それを更に2文字に縮めると、確かに写真がFiで一番目、ピックがSeで二番目、短冊がThで三番目となる。

 ──でも、と美竹さんが日誌の文字列を私と今井さんに見せた。

 

「これは、違うと思いますよ」

「そーなんだよねぇ」

「そうですね、Laで始まる数冠詞は見たことがありません」

 

 昨日見つけた三つだけなら当てはまったかもしれないけれど、これが四つ目とかならばFoと書かれるはず。そもそも五つあるなら写真のアルファベットと被ってしまう。だからこれは……と考えたところで青葉さんが、おおーそれだ~と口許を緩ませた。

 

「それですよ~」

「え……?」

「いやいや、紗夜さんはとってもいーヒントを出しますな~」

「わかったの?」

「もち」

 

 青葉さんは美竹に向かってにやりと笑ってみせた。自信ありということらしく私はその解説を待った。

 彼女はゆったりとホワイトボードの前に立ち、これで完成なんですよ~と四つの暗号を並べた。

 

「リサさんのゆーとーり、8Fiが()()なんですよ~」

「どういうこと?」

「写真、もしかしてめっちゃ幼いとかありませんか~?」

「え、ええ……子どもの頃の写真でした」

 

 つまり、と並び変えた暗号の下に書かれたモノを書いた。昔の写真、パスパレ結成時に注文したギターのピック、七夕の短冊、そして去年度の引継ぎで始まる日誌。それは時系列になっていた。

 

「それを気付かせるためにこうやって暗号みたいにしたってこと?」

「そーゆーことですね~」

「じゃあこの最後のヤツは?」

「そ、最後なんだよ、意味通りさ~」

 

 その言葉に私も流石に理解できた。

 ──言葉の通り、それは最後(Last)を意味しているとしたら、説明がつく。一番目、二番目、三番目、最後、それらの数字をアルファベットに置き換えてみたものを青葉さんが記入する。最初がHで、そしてIと続き、NAと記されたそれは……名前だ。

 

「……ひ、な?」

「名前、みたいですね」

「……ええ、そうね」

 

 ひな、ヒナ……それが私の妹の名前、それを認識した途端に黒く塗りつぶされていたはずの名前が読めるようになっていたことに気づいた。

 まるで最初からそこには黒く滲んだものなんてなかったかのように、氷川日菜という名前が私の目に飛び込んでくる。

 

「日菜……氷川日菜」

「……どう?」

 

 口に馴染む名前だった。きっと忘れてしまうまでいつも呼んでいた名前なのだろう。その言葉に今井さんも確かに呼び慣れてる感じあるよと微笑んでくれた。日菜とまっすぐ話せますように……それが、私の短冊に書かれ、天の川に届けられたはずの願いだとやっと思い出せることができた。

 

「……あ」

「紗夜?」

 

 突然のフラッシュバック。世界にとって消えてしまった日菜の存在に辻褄が合わなくなった願い事から、私の記憶があふれ出してくる。

 買い物を頼まれた私が偶然出会った、私そっくりに見える彼女、彼女は明るい笑顔で来てくれたんだと笑った。私はそれを振り払おうとした。

 ──彼女は、ああそうだ全部思い出した。日菜の顔、日菜のこと、日菜がいた世界を、私は全て思い出した。

 

「……もしかして、思い出せたの?」

「……いえ」

 

 だから私は……嘘をついた。全て思い出した。氷川日菜という子のことを。彼女がどういう子だったのかを。

 日菜は、日菜は……ああそうだ。本当に()()思い出すことができた。それを一番の成果として私は家に帰ることにした。本当のことは黙ったまま、協力した二人にありがとうと頭を下げ私は帰路についた。

 

「──おねーちゃん」

「……日菜」

 

 そして、予想通り家に帰ったその玄関で私は日菜を見つけた。きっと最初からずっとここにいたのだろう。最初に日菜の部屋を見つけた時もそこにいて彼女は日記を私に渡した。次の日には日記を始めとした各所に暗号を仕掛けた。そのくらいはやってのける子だ。

 

「思い……出したんだね」

「思い出したから……私は日菜が見えるのでしょう?」

「……うん」

 

 ──日菜は悲しそうな顔をした。私もその理由には心当たりがある。この怪奇現象を引き起こしたのは……私なのだから。

 ずっと日菜にあると思っていた。日菜が消えたいと願い、記憶から消え去った。そう思っていた。だけど、それは半分しか正解できていない。

 もう半分は、それは私のせいだ。私の願いを受けて、日菜は消えたいと思った。だから今のような状況になってしまった。

 

「……ごめんなさい日菜」

「ううん、この部屋を見つけた時、あたしはおねーちゃんに見つけてもらいたくなっちゃったもん……あたしこそ、ごめんね」

「そうね……本当に我儘で身勝手だわ……私は」

 

 けれどその身勝手な願いが、もたらしたものは私には手放しがたいものだった。それすら忘れてしまったのだから、無邪気に追いかけてもおかしくはなかったのだろうけれど。けれど私は……彼女を認識したことに後悔をしてしまった。

 

「……寝てて、おねーちゃん。寝たらまた元通りだからさ」

「日菜……」

「あたしは、いつだっておねーちゃんの味方だもん」

「どうして……?」

 

 こんな姉をどうして日菜は、まだ姉と呼んでくれるの? 

 ──日菜をこの世から消したのは、私なのに。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その悲しみのまま私は眠りについた。日菜の膝枕で、日菜の温もりで、日菜のベッドで自己愛が強すぎる私は眠りについた。眠りについて、そしてその間に世界は塗り替えられていく。氷川日菜という存在を薄めて、私の前から奪っていく。

 

「……ここは?」

 

 ──そうして私は、()()()()()()()()()()()()()。ぞっとして部屋を飛び出すとその部屋は私の隣にあって、それが恐怖を呼び起こした。

 ──どういうこと? なんで私の部屋の隣にまた部屋が? ()()()()()()()()()()()()()()にいつの間にか入って眠っていた。

 

「私……どうして?」

 

 目は腫れぼったく、涙の跡があった。何で泣いていたかも思い出せない。けれど初めて見たはずの部屋で安心と悲しみと何かを感じて眠ったことはわかった。

 けれど何を考えて眠っていたのか、わからない。夢が覚えていられないように、記憶からすっぽりと抜け落ちているような気分になった。

 

「紗夜、起きなさい」

「起きてるわ」

「けれどひどい顔よ、先に顔洗ってきなさい」

 

 娘に対してなんてひどい言葉を掛けるのかと鈍い思考を回しながら呻いた。朝はどうしても弱い。特にまだ春になり立てのこの涼やかというには少々寒すぎる空気感もそれを助長しているように感じる。

 ──とにかく、眠い。寝ぼけ半分の頭をすっきりさせるために、顔に冷たい水を浴びせる。痛みに似たような感覚が、やがて温もりに似た眠気を振り払った。

 

「朝ご飯はパンでよかった?」

「大丈夫」

 

 数分待ち、バターを塗られてこんがりとした匂いを放つパンを齧る。サラダを咀嚼しながらふと私は母の顔を見上げた。よく似ていると言われる顔をじっと見てほんの少しだけ首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「……なんでもないわ」

 

 部屋のことを話そうかと思ったけれど、やめておくことにした。そんなことを話されても正直信じられないだろう。それは夢と混同した結果で、二階へ上がれば隣に部屋なんて存在しない、今はそうとすら思えるのだから。

 

「そうそう、この間の模試の話を近所のお母さんとしてね、とっても褒められたのよ、紗夜ちゃんは優秀ですねって」

「そんな……私より上のヒトは全国にはいるわ」

「けど、花咲川じゃ一位じゃない、ホントに、自慢の娘だわ」

 

 そうお母さんに褒められるのはむず痒いけれど、素直に嬉しい。いつだって突出しすぎていた昔の私の唯一の支えが両親だったのだから。色々な習い事で優秀な成績を取っては褒められた。絵は少しだけ苦手だったけれど、私は天才少女として名を馳せていたくらい多才に恵まれた。

 友人はできなかったけれど、それだけで幸せだった。両親が認めてくれることが唯一の救いだった。

 

「ありがとう、お母さん……それじゃあ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 

 私は、あなたの()()()()()()()()()()()()。そんな幸せを今更ながら実感しながら私は朝練へと向かった。

 ギターと弓道、今は自分との闘いをすることが、好きだから。

 



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Fade from ④

ラストになります!


 私は今の日常を、愛しているのだと思う。ギターをストイックに、ただひたすらに求めていた頃にはそんなことを考えている余裕はなかった。ただあの子に全てを奪われて、それが悔しくて、苦しくて。だけどそれは湊さんに──Roseliaに出逢えたことで、その日々が苦しかっただけではないと、最近は思えるようになった。

 

「紗夜、日菜、二人とも起きなさい」

「……おはよう、お母さん」

「おはよ~……おねーちゃんも……」

「おはよう、日菜……」

「もう、揃いも揃って、先に顔洗ってきなさい、ひどい顔よ?」

 

 娘に対してなんてひどい言葉を掛けるのかと鈍い思考をなんとか回しながら呻いた。朝はどうしても弱い。特にまだ春になり立てのこの涼やかというには少々寒すぎる空気感もそれを助長しているように感じる。それは隣にいる日菜も同じようで、やはり私たちは双子なのだなと実感させられた。

 ──ともあれ、眠い。寝ぼけ半分の頭をすっきりさせるために、顔に冷たい水を浴びせる。痛みに似たような感覚が、やがて温もりに似た眠気を振り払った。

 

「朝ご飯はパンでよかった?」

「大丈夫」

「あたしもー!」

 

 すっかり目覚めた日菜と会話をしながら数分待ち、バターを塗られてこんがりとした匂いを放つパンを齧る。サラダを咀嚼しながらふと私は母の顔を見上げた。よく似ていると言われる顔をじっと見てほんの少しだけ首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「……なんでもないわ」

 

 違和感があったけど、そういえばお父さんがいないせいかと思い直した。単身赴任中でとても寂しがっていた。我が父ながらああも母や娘たちに甘えてくるのはどうなのだろうか。とはいえ、それを寂しいと思えてしまうのも、家族ゆえよね。

 

「え、おねーちゃんもう行っちゃうの?」

「朝練だと言ったでしょう?」

「そっかぁ」

「日菜も生徒会の仕事とかないの?」

「ないよー、昨日ぜーんぶ終わっちゃったもん」

 

 ズキリと胸に痛みが走った。

 日菜、妹は天才と呼ばれている。この間の模試の結果も日菜は全国トップだったらしいことをお母さんは近所の友人との井戸端会議で教えてもらったらしい。私だって、花咲川ではトップの成績だったのに、母はその話をして日菜を褒めた。

 ──いつもそうだった。運動でも、勉強でも、いつも日菜は私の真似をしてあっさりと私を追い抜いていった。

 

「日菜はすごいわねぇ」

「えへへ」

「……っ!」

 

 それでも以前よりはずっとこの衝動は落ち着いた。日菜ともまっすぐ話せるようになった。昔のように仲良くなったと自負できる。けれどこういう細かいところで、私は日菜に劣っていると感じてしまう。

 日菜は今や芸能人であり、芸能活動と生徒会長の仕事を両立させながら、それは私なんかよりもずっと多忙なのに。勉強もほとんどできていないはずの日菜が褒められるという事実が、もうそうはならないと決めたはずの心を黒く塗りつぶしていく。

 

「……行ってくるわ」

 

 この残酷な気持ちを振り払うように冷たい朝の風を浴びていく。しかし私は、この気持ちと向き合っていくと決めたのに……ふとした時に鎌首をもたげてしまう。

 ──日菜が、妹がいなければどうなっていたのだろうと。私はいつでも夢を見る。一番で誰からも褒められるであろう自分を。

 

「醜いわね……我ながら」

 

 大切で愛おしいと思える日菜のことを、時折邪魔だと感じてしまう自分が醜い。醜いと思いながらもそれを日菜のせいにしたくなる気持ちをぐっとこらえた。

 ──神様は残酷だ。普段はヒトの願いなんて全く叶えようとすらしないのに、この時はその願いを叶えてしまった。私の願いが歪んだ願いが氷川日菜という存在をこの世から消した。

 いや、私だけではない。

 

「ちょ、ヒナ~、さすがにやばいって……」

「あはは~」

「か、会長、日菜せんぱいっ!」

 

 日菜に振り回された不満を持つヒト。あの子のことを認めつつも心のどこかで関わることに疲れてしまうことは仕方のないことだった。それはあの子の責任でもあるのだから。消えてほしいとまではいかなくとも、存在することに対する不満はあった。

 

「副会長さんは大変そうですか?」

「そーなんですよね~、つぐは二年のわたしが指名されたならってめっちゃ張り切って色々するからもうホントに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 日菜に友人との時間を奪われたヒト。良くも悪くもあの子は台風だ。パスパレ、丸山さんたちもそれには巻き込まれ続けていたのだろう。本気で消えてほしいとは思わなくても、彼女がいなかった現在を想像してしまう気持ちも、少しはあったように感じる。

 ──そんなものもひっくるめて、私はふと考えてしまった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 それが、日菜のいた日常にいた最後の記憶。自分では気づかない間に、私は何度目かの、四月頭の金曜日を迎えていた。

 

「……おはよう、ございます、氷川さん……」

「おはようございます、白金さん」

 

 しかし、私の違和感はいつまでも抜けない。絶対に金曜の夜に部屋に気づき中を調べる。そうして土曜に解読を始め、日曜に全てを思い出して、また金曜へと眠りにつく。

 その間日菜は全てを覚えているのだろうか、そんなことすらもわからないまま、何度も何度も繰り返した後だった。

 ただ一つ違ったのは、その日は最初から新しい部屋があることを知っていたこと。そんな話を白金さんにした。

 

「……知らない、部屋……ですか」

「はい……気付いたらそこで寝ていて」

「不思議な……お話ですね……」

 

 廊下で夕方の明かりを見つめながらの他愛のない雑談に、すれ違ったとある人物が反応した。

 ──不満や妬み、日菜に対してそんな感情を一切抱くことがない人物がこの学校には、いやそれどこかおそらく日菜を知る人を全世界で探しても彼女とウチの父くらいしかいないだろう。

 

「その部屋、見せてもらえるかしらっ?」

「──弦巻、さん?」

「どうして?」

「あたしの知り合いの部屋かもしれないもの! 皆が忘れてしまっている大切な友達の!」

 

 ──弦巻こころさん。彼女は瞳をまるで燃える金色の太陽のようにキラキラ輝かせて私を見上げた。

 夕陽に照らされた彼女の表情に、何も知らない私は違和感を拭ってくれそうな存在に、謎と不思議を解いてくれる存在に縋りつくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──家にある知らない部屋を知っているヒトの存在、弦巻こころさんを家に上げた。お邪魔しますと普段の立ち振る舞いからは想像もできない程丁寧に、母に挨拶をした彼女は、案内した部屋にやっぱりそうねと頷いた。

 

「……あの、弦巻さん?」

「日菜のこと、忘れてしまったのね……紗夜も、みんなと同じように」

「ひ……な?」

 

 口に馴染む、けれど聞いたことのない名前が弦巻さんの口から飛び出してきた。部屋を開けて、弦巻さんは水色のギターに触れた。

 机にあったピックにはギターと同じ色と、かわいらしい花があり、裏には謎の文字列が並んでいた。それを眺めていると、弦巻さんはもう一度、その名前を……今度は少しゆっくり呼んだ。

 

「氷川日菜……紗夜の妹だわ」

「私に……妹?」

「ええそうよ。紗夜は双子なの」

「ま、待ってください……突然そんなこと言われても──」

 

 そう言った瞬間に、記憶がひび割れた。いつも一緒にいた存在、とあるきっかけで崩れた関係、繋いだ音楽という絆、氷川日菜という存在が私の記憶にあった違和感という隙間を満たしていく。

 

「……日菜、日菜……私、どうして?」

「そうよ、どうして日菜を忘れたりするの──」

「──やめてよ、こころちゃん」

 

 今まで忘れていたという驚きを鋭利なナイフのような声が切り裂いていった。

 さっきまで誰もいなかったはずなのに、いつの間にかベッドの上にはヒトが座っていた。私にそっくりな顔立ち、普段は明るく見開かれる顔と口が今は怒りと悲しみに歪んでいた。

 

「なんでそういうことするの? なんでおねーちゃんを苦しめるの?」

「……日菜、ここに、いたのね」

「うん、ずーっといたよ」

 

 全部を思い出してしまった。私が愚かしい願いをしてしまったことを。それを叶えてしまったナニカの存在を。

 なにより日菜がいいよ、おねーちゃんがそういうなら、と悲しそうに笑ったこと。忘れたことへの後悔があふれ出してくる。

 ──同時に、思い出してしまったことへ、忘れていたかったという思いを抱いた。

 

「おねーちゃんはさ、あたしのせいで苦しんできたんだ。あたしがなんでもできちゃうから、それでお母さんは私ばっかり褒めるから」

 

 全然わかってなかったけどと後ろに付け加えながら、日菜は下を向いた。下を向いたまま、私に声を掛ける。聞きなれたおねーちゃんという言葉を、双子の妹の存在を抹消しようとした姉に向けて。

 

「どうしていつもいつも思い出しちゃうの……? あたしのせいで苦しむのに、どうして……?」

「それは……」

「あたしなんてどうなってもいいよ。おねーちゃんが幸せなら、あたしのこと忘れたままでいていいのに」

 

 言葉が続けられない。どんなに違うと口先を良くしても私の腹の底は黒いままだ。嫉妬と怒りと、負の感情で満たされている。忘れた頃にはない胸をかきむしりたくなるような痛い感情が、私を苦しめてくるのは事実だった。

 

「──ダメよ!」

 

 けれど、弦巻さんは毅然と否定する。忘れるなんてダメよと日菜に対して怒りのまなざしを向けた。

 そして、引き出しから短冊とピック、日記から写真を取り出して並べた。数字とアルファベットの文字列が三つ、意味はわからないけれど日菜が残したものだということは私にもわかった。

 

「これ……きっと日菜の名前よね?」

「うん、これがHでこれがIなんだ。それでこれがNだよ。後は天文部の部室の日誌に最後のAの文字があるんだ」

「どうして……そんなものを?」

 

 それは今の日菜の言葉とはまるっきり矛盾するものだ。それは日菜にたどり着くヒントだ。名前が暗号化されているだけでなく四つのアイテムは全て私と日菜にかかわるものだから。幼い頃のツーショット、私を追いかける形で始めたギター、偶然会って少し歩み寄れた七夕の短冊、二人で星を見て、日菜のことを知るきっかけでもある一緒に考えた活動記録。

 これは私に思い出してくれというメッセージとも受け取れる。何も知らずにこのいずれかを発見すれば、私は確実に今井さんや白金さん、羽沢さんと言ったメンバーを頼るだろう。そして、すぐに日菜の存在にたどり着く。

 

「日菜だって、一人じゃ生きていけないのよ」

「……そうよね」

「忘れられて、誰からも見えないなんて……紗夜は考えられるかしら?」

 

 無理だ。自分が最初に納得したとしてもすぐに音を上げることになるだろう。わざわざ複数人を巻き込む形で少しづつヒントを出して、なるべくたくさんのヒトに思い出してもらえるように。

 ──日菜だってそうに決まってる、愚問だわ。誰からも忘れられている、存在していることすらわかってもらえないなんて、死んでいるのと変わらない。人間が本当に死ぬのは忘れられた時だと言うけれど、逆に全ての人間から忘れられたら……それはこの世にいても生きているとは言えないわ。

 

「……ごめんね、おねーちゃん」

「いいのよ、日菜……」

 

 日菜がいなくなった世界は、私にとって幸せだったかもしれない。けれど()()()()()()()()()()()()()()()()。結局、私は日菜が私から向けられていたような刺し殺してしまいたいくらいの嫉妬には耐えられなかった。過去の整合性という問題だったとしても、日菜がいなくなってあらゆるもので一番になった私は、結局その妬みや恨みに耐え切れずにほとんどの分野を諦め、そしてギターに流れ着いていた。

 ──その満たされない隙間という違和感が日菜がいないという喪失感を気付かせていた。

 

「結局、日菜がいないとダメなのよ……私は」

「おねーちゃん」

「一番になっても、お母さんから褒められ続けても、日菜がいないということはそれだけで……不幸なのよ」

 

 身勝手だ。私は本当に身勝手だと認識した。自分で消えてほしいと願ったのに、日菜がいなくては幸せになれないという矛盾が、日菜の言葉通り繰り返して三日間を送っていた結果なんだろう。

 

「失って初めて気づくことがある……私は、日菜のいない日々が耐え切れないのよ」

「でも……あたしはずっと」

 

 そう、ずっと日菜は私を苦しめてきた。私が欲しい物を全て持っていた。才能も愛情も、羨望も。けれど私がそれを背負うには重すぎた。その立場は日菜だから、日菜でなくてはいけないのだと思い知らされた。

 身勝手でもなんでもいい、私が本当に欲しい物は日菜が持っているものなんかじゃないことに気づいたのだから。

 

「私は日菜のいる日常がほしいのよ……だから、帰ってきて、日菜」

「おねーちゃんっ!」

 

 結局、そうなんだ。私には日菜が必要で、日菜は他の誰から見られなくても、私が見てくれないことには耐えきれなかった。

 たったそれだけのことだった。抱きしめ合って、お互いの存在を確かめ合って……そして世界は崩れていく。

 

「紗夜、日菜、土曜だからっていつまでも寝てないで、ご飯よ」

「……日菜?」

「おはよ、おねーちゃん」

 

 ──そして目が覚めた。朝の光が灯る部屋を出るといつも通り眠そうに欠伸をする妹が丁度部屋から出てきた。

 今日は何故だかとっても意識がはっきりしているから私は妹の頭を撫でる。するとおねーちゃんと甘えた声を出してじゃれついてくるのを、私はしっかりと受け止めるのだった。

 

「……あれは、夢だったのかしら?」

「なにがー?」

「……なんでもないわ」

 

 日菜が記憶から消えて何回も金曜から日曜を往復するなんて、夢以外のなにものでもない。そう結論づけて私はパンを齧った。今日は今井さんと羽沢珈琲店で待ち合わせをしているのだから少しだけサラダは抑えめにして、支度をしていく。

 するとピックが服から滑り落ちた。ダークブルーでバラが描かれたピック。ふと、夢のことが頭を過って、私はその裏を見た。

 

「……これは」

 

()()()9という数字だけが書かれていた。家を探して見つけたものを年代順に並べていく、幼いころの写真に4という数字、Roseliaの初ライブの時のポスターに1と、そしてそれを見た日菜がお揃いにしたピック、日菜が押し付けてきたパスパレのお披露目ライブのチラシにRoseliaDarkBlueRoseという文字、Determination Symphonyの楽譜の裏に2Roselia、と書かれており、そして冬に二人で一緒に見た双子座流星群のトピックにはRoseliaRoseliaという文字と天体観測トピックという文字のすぐ横にback3Word→Laと書かれていた。

 ──自分の名前の時よりすごく凝っていたけれど、すぐにわかった。紙に順番にアルファベットを書き、そして私は微笑むのだった。

 

「私もよ、日菜」

 

 

 I remember you even if it fade from someone's memory.

 The END.

 

 



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少し成長したRoselia

 今回の作者はメログレさんです!

 テーマ「少し成長したバンドリキャラ」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=268660
 作者Twitte https://twitter.com/bDNwBikWEvxxRwa?s=09

 作家ご本人の書いた前書き加させて貰いました。メログレです
今回渡すのを遅くなってしまい大変迷惑を掛けてしまいました。ごめんなさい
豪華メンバーがいっぱいいる中で最年少で最近書き始め他などの超初心者ですが暖かい目で見てくれると嬉しいです。:(´'v'):




「ねぇ、友希那Roseliaってどうなっちゃうの?」

 

大学の合格発表が終わった後リサが唐突に切り出した。

みんな大学の入試が忙しくそこまで考えた事はなかったが、もちろん続けるわよとすぐに答えられなかった。

 

一人一人が忙しくなり更に集まりが悪くなるかもしれない

それに大学からのサークルの距離は遠い人で2時間ちょっとかかるこの状態で、また今年のフェスで最高の音楽が出来るのか分からなかった。

 

「大丈夫?友希那暗い顔してるよ?」

 

 

「大丈夫よ、リサ そうね.......それについては1度みんなと話し合う必要があるかも知れない」

 

色々な思考を巡らせつつその一言だけ絞り出した。

 

「そっかじゃあ あこ達にLINEするね」

 

 

『今後のRoseliaについて明日話がしたいであしたいつものファミレスに集まれまって?時間は朝の10時で』

 

すぐに既読が付きみんな大丈夫ですなどの連絡が来た。

 

「ねぇ友希那は私はどんなことが友希那の答えでもそれについて行くよ.......」

 

燐子・あこ場合.......

 

Roseliaの練習が大学入試のため一時休止になってから、1人でサークルで練習が多かった。

だから、このままRoseliaが消えて無くなると思ってしまっていた。

このまま大好きなRoseliaこのまま無くなって行くのはやだ.......

 

 

「あこ、どうすればいいの?助けてりんりん」

 

気が付くとりんりんに電話していた。

合否発表が終わって忙しいであるのはわかっていた。でも1人じゃ気持ちをまとめるのに時間がかかるのはわかりきっていた。

 

『もしもし、あこちゃんどうしたの?』

 

『りんりん、あこどうしよう?もうわけわからないよ』

 

今、不安なこと怖いこと全てりんりんにぶつけて見た。本当はあこ1人で考えなきゃ行けないこでもどんなに離れてもRoseliaを続けたいと思うこと

 

『あこちゃんの気持ちわかったよ私もRoseliaを続けたいだからそれを全部明日友希那さんにぶつけてみようよ』

 

『うん、忙しいのにごめんねりんりん』

 

『大丈夫、だよ寂しい思いさせてごめんね』

 

その後、電話切った。

 

あこは難しいことは考えることは出来ないけど1つ言えることがあるRoseliaを続けたい

 

紗夜の場合.......

 

 

多分私のせいだ.......

そう、思い詰めたのは紗夜だった

Roseliaの大学組の中で1番遠い大学なのは、紗夜だった。

元々行きたかった大学受かった時は嬉しかったでもそれは自分の話Roseliaの練習が行きにくくなるなんて当然だった

私は知ってて目を逸らしていた、でも行けなくもない大丈夫そう自分に暗示をかけるしかなかった。

 

「どうしたの?おねーちゃん深刻な顔して」

 

「日菜?もう部屋にはノックしてからだと.......」

 

「ノックはしたよしたけど聞こえてなかったの?」

 

 

「第1希望の大学は受かってたんでしょなんでそんなに苦しそうなの?」

 

私はどうして.......日菜にまで心配させて

 

「実は......」

 

何故、今日この瞬間だけ日菜ぶちまけて閉まったのか分からないでもそれでも体を軽くしたかったのかも知れない、苦しい水の中の奥深くから

 

「おねーちゃんの気持ちはぐじゅぐじゅはわかったよでもおねーちゃんはどうしたのこれから自分を責めるみたいにして、どうしたいか言ってなくない?」

 

「私の気持ち?」

 

そうか、私はメンバーに申し訳なさを優先して自分のことを言ってなかったのかもしれない。

 

「私はRoseliaを続けない大変なのはわかってるけどでも」

 

「それでそれで、いいそれでいいんだよおねーちゃん さぁご飯食べに行こ」

 

 

リサの場合

 

 

『ねぇ友希那は私はどんなことが友希那の答えでもそれについて行くよ.......』

 

私はベットに身を沈ませながらさっきの発言のことを考えていた。

 

「あれでよかったんだよね」

 

そう呟いた

友希那もめっちゃ考えてるだからこれ以上不安をかけるようなことをしては行けないそう思ってる。

 

でもわがままかも知れない傲慢かもしれない

でも私はRoseliaを続けたいこの場所を私を温めてくれる場所を.......

 

だから明日ちゃんと言うんだ友希那にRoseliaを辞めたくないって続けたいって

 

 

友希那の場合

 

あの話のあとリサと別れ自分の部屋に入った。

分からなかった、私はもう一度このメンバーでフェスに出たいでもこれは私の傲慢なのかもしれない。今年はフェスに出られたでもこのまま音楽で食べて行けるとは言えない。

このまま続けて人生が壊れて閉まったらそう考えると不安で壊れそうになる、でもそれでもまた、やりたいあのメンバーでフェスの会場に立ってみたいだから決めたん

 

私はRoseliaを続けたい.......

 

次の日

 

私は待ち合わせのファミレスに時間に間に合うように家をでた、家の門を出たところでリサと出会った。

 

「おはよ、友希那」

 

「ええ、おはようリサ」

 

 

ファミレスに着くまで、会話が言葉が出なかった。

 

そして、着いていつもの席に座ろうとすると久しぶりに懐かしいメンバーが見えた。

 

「おはようございます。友希那さんリサさん」

 

 

「おはようございますリサ姉友希那さん」

 

 

「おはようございます」

 

「じゃあ始めるわ」

 

「友希那さんあこRoselia続けたいです。 」

 

「ちょっとあこちゃん落ち着いて早いよ.......」

 

「友希那さん達が大学に入ることによってめちゃくちゃ大変になっちゃうのは分かりますでもRoseliaを続けたい続けたいです。」

 

「私も...続けたいです.....」

 

「私も同意です。」

 

「私も賛成かな?」

 

迷う必要なんてなかった、心は一つだった。

 

「ええ.......分かったわもう一度だけあの言葉を言うわ」

 

 

『あこ燐子.......リサそして紗夜もう一度あなた達Roseliaすべてかける覚悟はある?』

 

みんな一緒だった全然離れてなかった。

だからここの答えは同じだった

 

 

「さーて、話し合いするって言ったのに全然出来てないけどまとまった何か食べ物頼もうかぁ〜」

 

だからもう迷わないこのまま進んで行く

Roseliaはこのまま音楽の頂点へと




僕の作品を読んで頂きありがとうございました。
僕も成長しつつみんなの作品をみて楽しもうと思います。以上メログレでしたァ



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変わらないモノ

 今回は珍しい三次創作家の方です、Fin.sさんです‼️ 何時もは『モブが愛斗くる信者になる話』という作品を書いていらっしゃるん方です。実はテーマからの発想に関してはとても私は好みでして、オススメです‼️

 テーマ「変わらないモノ」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=232184
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/189657/
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/FINsFGOo826?s=09


 

「ふぅ…、だいたい片付いた、かな」

 

 自分の部屋をぐるりと見渡して、一息つく。

 

 クリスマスも終わり、もうすぐに今年が終わる少し前の今日、あたしは自分の部屋を掃除していた。とは言っても、普段からこまめに掃除をしているのでそれほど時間はかからなかったけど。

 まぁでも、午後にはつぐのお店にみんなで集まってから、Circleに行く約束をしてるし、早めに終わるに越したことはない。

 

 あとは…、あ、押入れのかたずけしてないや。

 まだ手付かずだった場所を思い出したので、掃除を再開する。

 

「ん…しょっと、あれ?何これ?」

 

 押入れの中にあったモノを整理していると、埃をかぶったクッキーの缶を見つけた。

 蓋には『おおきくなったあたしたちへ』と書いてある紙が貼ってあった。

 

 確か“コレ”って…

 

 

 

 ………

 

 

 

「「「「タイムカプセル?」」」」

 

 掃除も一段落して、12時を少しすぎた頃に羽沢喫茶店に着いた。

 あたしが来た時にはもう4人とも揃ってて、あたしが最後だったみたい。ひまりに至っては、10時くらいにもう着いてた、って聞いたけど大掃除とかもう済ませたのかな?

 

 それよりも、押入れから出てきた謎のクッキー缶について。気になるから家から持ってきたけど、あたしの記憶が確かならコレはタイムカプセルだったはず。………多分。

 

「うん…、小学生の時に作ったのだと思う」

「あ〜、そんなのもあった気がする」

「ねえねえ、これ開けてみない?」

「え?まぁ、いいけど…」

「じゃあ、あけちゃいますか〜?」

「何が入ってるんだろうね?」

 

 みんな、コレに興味津々らしい。何入れたかなんてもう忘れたけど…、やっぱり気になるものらしい。かくいうあたしも何が入ってるのか気になってる。

 

「じゃあ、開けるよ」

 

 みんなの顔をちらっと見ると頷いて返してくれたので、缶の蓋をそっと掴む。

 何が入ってるのか、昔のあたしは何を入れたんだろうか、そんな興味が強かったのか、すんなりと蓋を開けることが出来た。

 

 覗いてみると、中には小学生の頃の写真や、大きくはなまるのかかれたテストの答案用紙、他にも綺麗なビー玉がいくつか入ってたり、ハンカチのような布に色違いの5つの缶バッチが並んで付けられてあったりと、色々なモノが入っていた。

 やっぱりタイムカプセル…かな、これは。

 

「わ!この写真に写ってるの小さい頃の蘭だ!超可愛い〜!!」

「あ、こっちにはモカちゃんが写ってるよ!」

「やっぱりモカちゃんは小さい頃からべりーきゅーとだね〜」

「お、この缶バッチってあれじゃないか?ほら、ひまりが欲しい色なくて駄々こねて泣いてたやつ!」

「あー…あったね、そんなことも」

「えぇ!?私そんなことしたっけ?」

「あ〜、これつぐのテストだ〜。満点で花丸かかれてる〜!」

「多分、嬉しくて入れたのかな…?懐かしいなぁ…」

 

「…他にもなんかないかな?」

 

 みんなが中に入っていたものを見て楽しんだり、懐かしんだりしてるので、あたしも、なにか面白そうなものがないか缶の中を探ってみる。

 

 …ん?これなんだろ…、手紙かな?

 缶の底から、一通の手紙を見つけた。裏返して見ると、『みらいのあたしへ みたけらんより』と、少し拙い字で書いてあった。

 これ、昔のあたしが書いた手紙?書いた記憶はうっすら残ってるけど、内容については全く思い出せない。何を書いたのか気になるので、封をするために止めてあった花形のシールをはずし、中身をだして読んでみる。

 

 内容は、なんでこの手紙を書こうと思ったのか、なんでタイムカプセルを作ろうと思ったのかが書いてある。

 更に手紙を読み進めていこうとしたその瞬間に

 

「蘭?蘭ー!らーんー!!」

「!、ひまり?どしたの?」

「何回呼んでも反応しないから何かあったのかなって」

「あぁ、ごめん。で、なに?」

「そろそろ予約してる時間だから、Circleに行こーって思って」

「もうそんな時間?うん、わかった。行こうか」

 

 気づかないうちに考え込んでみたいで、もうみんな先に行っていた。とっさに手紙をポケットに突っ込み、先に行った皆の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 ………

 

 

 

 

 

 最後のパートを弾ききり、演奏は終了。

 …うん、今日もいい感じ。でも、ギターソロの場所で少し間違えてたから直さないとかな。

 練習を終えた感想を心の中で呟きながら、ちらりと時計を見ると、時計の針はそろそろでなくちゃいけない時間をさしていた。

 

「みんなお疲れ様〜!」

「おつかれ、今日もいつも通りだったね」

「でた、蘭のいつも通り〜」

「いつも通りなんだからいいでしょ?」

「ま〜ね〜」

「片付けして出るかー」

「うん、そうだね」

 

 使った機材などを片付けて、忘れ物もないかチェック。無くなったものもないのでスタジオを出る。お店の人に軽く挨拶をしながら外に出ると、すでに辺りは少し暗くなってきていて、星もチラホラと見える。

 6時を少しすぎたくらいだけど、冬だから日が沈むのが早くなっていてもう2〜30分もすれば、日も完全に沈んでさらに暗くなるとわかる。

 

「もう暗くなってきてるし早く帰ろうぜ」

「そうだね、それに寒いし…」

「さんせ〜い、こう寒いと眠くなっちゃうしね〜」

「さ、さすがに外で眠くはならないかな…?」

「えぇ〜、そう〜?」

「眠いなら家で寝る!ほら、早く帰ろ?」

 

 そんなくだらないことを話しながら帰る。

 別れるところで「また明日」と言い、それぞれの家へ帰っていく。帰宅し、ただいまと言いながら家に入るけど、返事がないのでまだ誰も帰ってきてないのがわかった。

 

 自分の部屋に戻り、背負っていたギターケースからギターを取りだしスタンドに立てかけてから、部屋着に着替える。

 あ、手紙のこと忘れてた。

 脱いだばかりのパンツのポケットからクシャクシャになった紙を取り出し、破れないよう慎重に広げていく。

 

 ひまりに呼ばれて最後の方まだ読めてなかったんだよね、とクッションに寄りかかりながら座り、途中まで読んでたところから、再び読み進めた。

 

 

 

 ………

 

 

 

「みらいのあたしは大丈夫ですか…って、あたしこんなこと書いてたんだ」

 

 昔の自分が書いたことを読んで少し恥ずかしさを感じる。

 何に対しての大丈夫なのかはわからないけどあたしは大丈夫だよ、と数年越しの自問に答えながらさらに読み進める。

 

 他にも、身長はどれくらいになりましたか?とか、グリンピースは食べれるようになりましたか?とか。他愛ない質問が書いてあったりして、懐かしいなぁって過去に耽ったりして。

 あ、グリンピースは食べ物じゃないと思ってるから。食べれるようになるとは思わないでね、過去のあたし。

 

 最後まで読み終わったと思ったら、紙の隅っこに小さな文字でなにか書いてあった。こんな隅に何を書いたのか気になり、目を凝らしてみるとこう書いてあった。

 

『みらいでも、あたし達はいっしょにいますか?』と。

 

 …なにこれ、みんなとバラバラになるか心配してるの…?

 ほんとに…あたしってば馬鹿だなぁ。

 

 …ちゃんと、一緒にいるよ、大丈夫、心配しないで。あたし達はいつも通り、ずっと一緒だから。たまに喧嘩したりするけど、バラバラになることは絶対にないから。

 

 

「だから、心配しないで」

 

 目を瞑り、微笑みながら、あたしは独り言を呟いた。

 

 

 

 ………

 

 

 

 その後、手紙を読み終え少ししてから、キザったらしい事を言ったのが恥ずかしくなりベッドで足をバタバタしていると、ちょうどお父さんに見られ更に恥ずかしかったのはナイショの話。

 

 



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Roseliaの狂乱の宴(闇鍋)

 今回は『その日、全てがはじまった』の作者、希望光さんです!
テーマがシチュエーションを限定しているものであり、作家がいかにそのシチュエーションを面白く書くか、何を取り入れるか、楽しみになりますね。

 テーマ「Roselia 闇鍋」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=202903
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/196831/
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/sswriterhameln

 作家ご本人の書いた前書き
初めましての方は初めまして。ご存知の方は、どうも。
希望光と申します。
今回はこの、『バンドリ作家合同企画』に参加させていただきました。
大里様、ありがとうございます。
今回のお題は、『Roseliaで闇鍋』というものだったのですが……正直私の表現力で何処までRoseliaを表現できるか……また、彼女達を生き生きとさせられるかなど不安な事だらけ且つ、初めての試みでしたが、なんとかやり遂げたので、見て頂けると幸いです。
と、前置きはこの辺にして本編の方をどうぞ。

※注:微ホラーの可能性がありますのでご注意下さい。


とある日、Roseliaのメンバーは、今井家へと集まっていた。

 

「今日は何の用かしら。練習は休みだけれど、なんで食材を持って集まれなんていったの?」

「それには同意見です。説明してもらえますか?」

 

 友希那と紗夜が、リサへそう言うのだった。

 

「あー、えっとね。実は今日、みんなで闇鍋をしようと思って」

「「闇鍋?」」

 

 リサの言葉に、2人は口を揃えて聞き返すのだった。

 

「うん☆」

「なんでまた闇鍋なのかしら」

「それはね———」

 

 リサの言葉がそこまで行った途端、トテテテと言う足音ともに、あこが現れた。

 

「あこ達がやろうって提案したからだよ!」

「そうなの?」

「うん。で、アタシと燐子もそれに賛成したってわけ」

 

 リサの言葉を聞いた紗夜と友希那は、若干引くのであった。

 

「そんな露骨に引かなくても……」

 

 2人に引かれたリサは、若干落ち込むのだった。

 

「あの……お2人は……食材は持って来られましたか?」

「ええ。リサに何か食べ物を持ってきてといわれたから」

「私も今井さんに同じことを言われたので、用意してきました」

 

 あこの背後から現れた燐子に尋ねられた2人は、そう答えるのであった。

 

「じゃあ、早速準備しよっか☆」

「ふっふっふっ……我らがRoselia……今深淵の闇に誘われし……えーっと……りんりん!」

「……漆黒の宴」

「漆黒の宴ぇ!」

 

 それを合図に、リサが土鍋をテーブルの上に置いた。

 

「あ、私達の分の具材も出してこないと」

「その後は部屋を暗くして……具材を入れるだけ!」

 

 そう言ったあこは、燐子と共に部屋のカーテンを閉め始めた。

 

「……嫌な予感がしてきたわ」

「……私もです」

 

 そう言った紗夜と友希那を他所に、3人は着々と部屋の準備を整えていく。

 それも、やる気満々と言った具合に。

 

「……燐子が大分乗り気みたいね」

「今回提案したのが燐子だからね☆」

 

 そう言ったリサは、燐子の方へと視線を向けた。

 それに釣られて、紗夜と友希那も同じ方を見る。

 

「白金さんがですか。意外です」

「そうね。ところでリサ、私達は何かやることはあるのかしら?」

 

 うーん、と少し考え込んだリサは、こう言うのであった。

 

「じゃあ、手を洗ってきて☆」

「……それは手伝いではないと思うのですが」

「紗夜の言う通りだわ」

「やる事がないんだよね〜……。正直3人で手が足りてるし」

「そう。ならリサの言う通りにして待たせて貰うわ」

 

 そう言って立ち上がった友希那は、洗面所へと向かった。

 

「私もそうさせてもらいます」

 

 紗夜も友希那に続いて洗面所へと足を運んだ。

 そして、洗面所から2人が戻ると、鍋の準備が終了(本日の舞台が完成)していた。

 

「じゃあ、早速始めよっか☆」

「待ってました!」

「その前に……今日の説明を……」

「あ、そうだった。じゃあ燐子、説明よろしく☆」

 

 リサに頼まれた燐子は、全員に向けて説明を始めるのであった。

 

「今回の闇鍋の……ルールを説明します……。先ずくじ引きで決めた1番手から順に……1人2回、時計回りに具を引き揚げていきます……」

「トップバッターから時計回りに2周するのね」

 

 はい、と燐子は友希那の言葉に頷くき説明を続けた。

 

「このルールで……第1ラウンドと具を総入換した……第2ラウンドを行います」

「第2ラウンドまであるから、食材を2種類用意しろと言ったのですね」

「そーだよ☆」

「そして最後に……引き揚げた食材は必ず……完食してください」

 

 その言葉に、一同は頷いた。

 

「では……今井さん……くじの方お願いします」

「オッケー☆あこ、引いて」

「……じゃあ、これ!」

 

 そう言って、リサが持っていた5本のくじのうちの1本をあこが引いた。

 そこに書かれている名前は、あこの名前であった。

 

「お、あこが1番だね」

「じゃあ、あこから時計回りなのね」

「となると……宇田川さん、湊さん、私、今井さん、白金さんの順番ね」

「そう……なりますね」

 

 順番が決定したところで、リサが部屋の明かりを落とした。

 

「じゃあ、具材入れて行こうか」

「そう言えば今回『闇鍋』ですが、汁は何なのですか?」

「今回は坦々胡麻だよ〜。あ、辛くは無いよ」

「なるほど」

 

 紗夜は納得した様に頷くのであった。

 そして、1人ずつ暗闇の中で持ち寄った具材を投入していく。

 全員が具材を入れ終えた後、暫しの間煮込んだ。

 

「よし……そろそろかな。じゃあ、あこ」

「フッフッ……我が闇を含みしこの……」

「……灼熱の窯」

「灼熱の窯を食す用意はいいか!」

 

 あこが全員にそう促す。

 

「もちろんよ」

「私もです」

「オッケー☆」

「私も……大丈夫」

 

 全員からの了承を確認したあこは、取皿と箸を手に取った。

 そして、ぐつぐつと音を立てる鍋から、適当なものをすくい揚げ、自身の持つ取皿へと移した。

 

「では……いただきます!」

「あこちゃん……熱いと思うから……気を付けてね……」

 

 心配する燐子を傍らに、あこは自身が取った具材を口に運んだ。

 

「……あこは何を取ったのかしら」

「それは本人に聞いてみなければ考え様がありませんね」

 

 と会話を繰り広げる2人を他所に、あこは自身の口の中にあるものが何なのかを考える。

 

「なんか……ヌメヌメするけど、ホクホクもしてる……」

「ヌメヌメするけど」

「ホクホクしている?」

 

 あこの感想に、紗夜と友希那は首を傾げるのであった。

 

「でも、美味しいです!」

「食べ終った?」

「うん!」

「じゃあ、次は友希那だね」

「そうね」

 

 リサに促された友希那は掴んだ箸を、鍋の中の具材に箸を伸ばす。

 そして、掴んだ食材を躊躇うことなく取皿へと移す。

 

「いただくわ」

 

 それだけ言った友希那は、取皿の中にある食材を箸で掴み口元へと運ぶと、それを一口齧った。

 

「……ッ?!」

 

 それを齧った直後、彼女は異常な反応を見せた。

 

「ゆ、友希那?!」

「湊さん?!」

 

 リサと紗夜が慌てる中、友希那は齧り掛けの具材を何とか取皿に置くと、左手で口元を覆った。

 

「……誰……こんなものを……鍋の中に入れたのは……」

 

 涙ぐんだ声で、友希那はそう言うのであった。

 

「ゆ、友希那。何を食べたの?」

「湊さんがそこまで言うなんて……いったい何なのかしら……?」

 

 そんな2人に対して、友希那はこう答えた。

 

「ゴーヤよ……! アレは……人の食べるものでは無いわ……」

「ゴ、ゴーヤ?」

「ああ……友希那は苦いもの……特にゴーヤ嫌いだもんね……」

 

 友希那の言葉に、2人はそれぞれの反応を示すのであった。

 

「……えっと、ゴーヤ入れたの……あこです……」

 

 申し訳なさそうに、あこがそう呟くのであった。

 そんなあこを、燐子とリサが慰めるのであった。

 

「あこちゃん……落ち込まないで……」

「そうだよー。あこが落ち込む必要無いって。それに、友希のだって食べれるよね? だって、Roseliaのリーダーだもんね?」

 

 そう言ったリサは、友希那へと駄目押しで挑発を掛ける。

 対する友希那は、その言葉に反応するのであった。

 

「……もちろんよ。私はRoseliaのリーダー。これぐらい食べられて当然だわ」

「そうかなくちゃね☆」

 

 まんまとリサの口車に乗せられた友希那は、取皿に入っているゴーヤを震えながらも箸で掴むと、口へと含んだ。

 

「……ッ!」

 

 口の中でゴーヤを噛んだ友希那は、再び涙目になりながら、口元を覆うのであった。

 そして、数分の格闘末、友希那はそれを飲み込んだ。

 

「……食べ……たわ……」

「友希那?! 顔真っ青だよ?!」

「大丈夫よリサ……これぐらいはなんとも……」

「え、えーっと……次に進めても……」

「構わないわ……」

 

 燐子に尋ねられた友希那は、進める様に促すのであった。

 

「じゃ、じゃあ……氷川さん……」

「わかりました」

 

 紗夜は、流れる様な動作で箸を掴むと、迷う事なく鍋の中から具を引き揚げる。

 そして、1度取皿を経由してから口へと運んだ。

 

「……こ、これは……!」

「ど、どうしたの紗夜?! 辛いものでも引いたの?」

「い、いえ……。ただ、少し嫌な感覚がしただけです……」

 

 そう言った紗夜は、暗闇の中で他のメンバーには分からなかったが、渋い顔をするのであった。

 

「で、紗夜は何を引いたの?」

「恐らくですが……人参……」

「それなら……恐らく私が入れたものね……」

「湊さんが……」

 

 ええ、と頷いた友希那はこう答えるのであった。

 

「冷蔵庫の中のものを適当に取ってきたら、それだったのよ」

「そ、そうなの……」

「急に言われたものだったから」

 

 リサは幼馴染(友希那)の言葉に困惑するのであった。

 

「まさか……人参が入っているなんて……。迂闊だったわ……」

「え、えーっと紗夜……早いところ食べよ?」

「少し……心の準備を……」

 

 その一言を聞いたリサは、紗夜が人参嫌いである事を悟った。

 

「……行きます!」

 

 意を決した紗夜は、箸で掴んでいる人参を即座に口に入れると、飲み込むのであった。

 

「……食べました」

「えっと、紗夜も大丈夫……?」

「ええ……なんとか……」

「まさか……闇鍋がこんなに恐ろしい物だったとわ……」

「私も知りませんでした……」

 

 ———絶対に違うと思う。

 その言葉を、リサは必死になって飲み込むのであった。

 

「取り敢えず、次はアタシの番だね」

「リサ姉、気をつけてね……」

 

 不安そうに見守るあこを傍に、リサは箸を鍋の中へと伸ばす。

 

「じゃあ、これ」

 

 そう言って、箸で掴んだものを取皿へと移した。

 

「いただきます」

 

 全員が固唾を飲んで、リサの反応を見守る。

 そんな事など露知らずのリサは、自身が引き揚げたソレを口の中へと運んだ。

 

「……ん?」

「どうかしたの、リサ?」

「これ……美味しい☆」

「「「「へっ?」」」」

 

 突然のリサの言葉に、一同は同じ反応を示した。

 

「あなた、今何を食べてるの?」

「うーん、なんだろう。魚なんだけど……どこかで食べたことあるんだよね〜」

「そ、それ……多分私が入れたやつです」

 

 燐子がそう言った。

 

「りんりんは、何を入れたの?」

「鮭の……切り身……」

「鮭の切り身ですか」

「あ、じゃあこれ鮭か。この鍋の汁で煮詰められてて美味しくなってるよ〜」

 

 と、リサは満足げに言うのであった。

 

「なんか、私達だけハズレを引いてる気分ね」

「同感です、湊さん」

「食べ終わったよ」

 

 意見を合致させている2人を他所に、リサは鮭を食べ終えるのであった。

 

「じゃあ次は……私……ですね」

「りんりんファイト〜!」

 

 あこの声援を受けた燐子は、鍋へと箸を伸ばす。

 そして、箸が何やらプニっとした食感のものをとらえる。

 

「……?」

 

 燐子は首を傾げながらも、ソレを自身の取皿へと移した。

 

「なんでしょう……これ?」

「何々? どうかしたの?」

「何だか……不思議な感触で……。兎に角……食べてみます」

 

 そう言った燐子は、恐る恐ると言った具合で掴んでいるものを口の中へと運んだ。

 

「……あ、これお豆腐です」

「お豆腐?」

「それでしたら、私が入れたものです」

 

 あこが首を傾げていると、紗夜がそう答えたのであった。

 

「やはり私と紗夜だけハズレを引いたのね……」

「その様ですね……」

「2人とも〜そんなに落ち込まないで〜。まだこの回2周目があるんだから」

「そういえば、そんなルールだったわね」

 

 と、言ったところで燐子が豆腐を食べ終えたので、再びあこから時計回りに鍋の中身を食していく。

 

「じゃあ、これ!」

 

 あこが高らかに引き揚げたのは、鮭の切り身であった。

 

「これは……鮭だ!」

「じゃあ、次は私ね」

 

 素早く食べ終えたあこを見て、友希那は僅かに震える箸で鍋の中身を引き揚げる。

 そして、取皿に移した具をそっと口の中へと運んだ。

 

「……これは豆腐ね。美味しいわ」

 

 それだけ言った友希那は、先程とは打って変わって素早く平らげた。

 

「では、私ですね」

 

 間髪入れずに紗夜が鍋から具を引き揚げ、それを食べた。

 

「……これは……恐らくですが、最初に宇田川さんが食べたものですね。この味は……里芋?」

「それなら、アタシが入れたやつだよ」

 

 紗夜の疑問に、リサが答えるのであった。

 そんな紗夜も、1周目よりも早く食べ終えるのであった。

 

「じゃあアタシか。……っとこれは、ゴーヤかな?」

 

 リサは、躊躇う事なくそれを口の中へと入れた。

 

「うん。中々イケる」

「……正気を疑うわ」

「そんな酷いな〜……」

「事実よ」

 

 友希那とそんな会話を繰り広げるリサであったが、普通にゴーヤを完食した。

 

「この回最後……ですね」

 

 そう言った燐子が、箸を伸ばす。

 そして掴んだものは———

 

「人参……かな?」

 

 掴んだ感触で予想を立てた燐子は、それを食べた。

 

「人参……でした」

 

 と言った具合で、闇鍋の第1ラウンドは終了した。

 そして、リサが鍋の中身を一旦全て引き揚げ、新たに具材を投入していく。

 

「じゃあ、仕切り直して第2ラウンド行こっか☆」

「そうね。このままでは終わらないわ」

 

 謎のスイッチが入ったらしい友希那が、そう答えた。

 

「お、友希那〜。乗り気だね〜」

「やるからには全力で行くわ」

「私も負けていられません」

 

 友希那の言葉を聞いた紗夜もまた、己を奮い立たせるのであった。

 そして、先程と同様に持ち寄った食材を鍋に投入して、十数分程度煮込むのであった。

 

「じゃあ、またくじ引きだけど……あこもう1回頼める?」

「あことしては、りんりんに引いてもらいたいんだけど」

「そう? じゃあ燐子、頼んでも良い?」

「……はい」

 

 燐子は、リサに差し出された5本のくじのうちの1本を引き抜いた。

 そのくじが示したのは、紗夜であった。

 

「えっと、紗夜から時計回りね」

「ということは、紗夜さん、リサ姉、りんりん、あこ、友希那さんの順番だね!」

「わかりました」

 

 覚悟を決めたらしい紗夜は、決意の篭った口調で受け応えると、鍋の中身へと箸を伸ばした。

 

「……では、これを」

 

 紗夜は、箸で掴んだものを自身の取皿へと移した。

 そして、息を吹き掛け冷ましてから口の中へと運んだ。

 

「これは……味が染みていて美味しいです」

「……どうやらハズレというわけでは無いみたいね」

 

 紗夜の反応を見た友希那は、そう呟くのであった。

 

「紗夜は食べ終わったみたいだし、次はアタシだね」

 

 続いては、リサが鍋へと箸を伸ばした。

 

「じゃあ、アタシはこれ」

 

 暗がりの中で、漸く掴めたそれをリサは自身の取皿へと運んだ。

 そして、紗夜と同様に覚ましてから口の中へと入れた。

 

「……ん? なんだろうこれ……」

「今井さん、その……どんな食感……なんですか?」

「なんだろう……べちゃっとしてる……」

 

 リサは正体不明のそれを、食べ切った。

 そして、リサが食べ終えたのを確認した燐子が、鍋へと箸を伸ばした。

 

「私はこの……柔らかそうなものを」

「りんりん、何取ったの?」

「なんだろう……? お肉かな?」

 

 燐子は恐る恐るといった具合で、箸で掴んだものを食べた。

 

「……お肉だ。豚肉……?」

「あ、それならアタシが入れた奴だよー」

「今井さんが……ですか。とても……美味しいです」

 

 そんな会話を続けている間に、燐子は食べ終えた。

 

「次はあこの番ですね!」

 

 あこは意気揚々と、鍋の中身に箸を伸ばした。

 

「……これだ!」

 

 高らかな叫びと共に引き揚げたそれを、あこは齧った。

 

「……ッ?!」

 

 直後、あこは声にならない呻きをあげた。

 

「あ、あこちゃん……?!」

「あ、あこ?! どうしたの?!」

 

 そんな様子のあこに、リサと燐子が駆け寄った。

 

「こ、これ……ピーマンだ……」

 

 暗がりで伺えないであろうが、その瞳に涙を溜めたあこは、そう言った。

 

「そのピーマンなら、入れたのは私よ」

「湊さんがですか」

「さっきも言ったじゃない。冷蔵庫のものを適当に取ってきた結果だって」

 

 と言うことを、友希那は若干のドヤ顔で言うのであった。

 

「うぅ……りんりん……」

「あこちゃん……食べなきゃ……」

「そうだけど〜……」

「ほら、あこ口開けて。食べさせてあげるから」

 

 燐子に泣きつくあこに、リサはそう告げた。

 

「……うぅ……」

「ほら頑張ってあこ。飲み込んじゃえば一瞬だよ」

「あこちゃん……これ食べられたらもっと……カッコ良くなれると思うよ」

 

 燐子の言葉に、本当? とあこは尋ねるのだった。

 

「……うん。私は、ピーマンを頑張って食べたあこちゃんの方が……今よりもカッコいいと思うよ」

「アタシもそう思うな〜。これ食べれば、闇の力が強まるかもよ〜?」

「2人がそう言うなら……」

 

 2人に促されたあこは、リサの差し出した齧り掛けのピーマンを口に含んだ。

 そして、目をギュッと瞑りながら、その苦味に耐えながら噛み砕き、飲み込んだ。

 

「凄いじゃんあこ。ちゃんと食べれたじゃん!」

「あこちゃん……凄く……カッコ良かったよ」

「……えへへ。ありがとう」

 

 そう言ったあこの表情は、無理に作った笑顔といった具合だった。

 

「———じゃあ、この回最後ね」

 

 そんな中、友希那の言葉が木霊する。

 

「いくわよ」

 

 それだけ言った友希那は、迷う事無く箸を鍋へと伸ばした。

 そして、箸に絡まった何かを掬い上げる。

 

「なにかしら?」

 

 疑問に思いながらも、それを口の中へと運んだ。

 

「これは……ラーメン?」

「多分……あこが入れたやつです……」

 

 先程より若干落ち着いたあこが、そう言った。

 

「美味しいわ」

 

 友希那はそれだけ告げ、完食するのだった。

 それを見た一同は、次が最後ということに対して、改めて気持ちを入れ替えた。

 

「じゃあ、この回で最後だね」

「そうなりますね。中々厳しいものでした」

「でも……結構楽しめたと思います」

「それには賛成ね」

「……我が産みし闇を、徳と堪能できたであろうか……」

「あこちゃん……無理しないでね……」

「大丈夫だよりんりん……」

「少し待ってからにしましょう」

 

 紗夜の提案により、あこの調子が戻りきった所で2周目に入ることとなった。

 そして、あこが元に戻ったと思われるあたりで、紗夜が口を開いた。

 

「皆さん、準備は?」

「オッケーだよ」

「できているわ」

「私も……です」

「あこもいけます」

 

 それを聞いた紗夜が、再び鍋の具へと箸を伸ばした。

 そして、おもむろに具を引き揚げた。

 

「……では、いただきます」

 

 最後の回ということもあってか、紗夜からはある種のオーラが感じられるのだった。

 

「……これは、麺ですね」

「ということは、ラーメンだね」

 

 リサがそう返すのであった。

 そして、紗夜が食べきると同時ぐらいで、リサが鍋の中身へと箸を伸ばす。

 

「じゃあ、これ」

 

 そう言って、引き揚げたものを冷ましてから、口の中へと運ぶ。

 

「……あ、これピーマンだ」

 

 リサは少し驚いた様な声を上げていたが、何事もなかったかの様に完食するのであった。

 

「私も……行きます」

 

 意を決したらしい燐子は、直感的な位置へと箸を伸ばした。

 

「これ……!」

 

 漸く掴むことができたそれを、取皿を経由して口の中へと移した。

 

「……なんでしょうか、これ。凄く……ペチャペチャします……」

 

 首を傾げる燐子ではあったが、難なく食べ切った。

 

「次は……あこの番……!」

 

 先程の事もあってか、あこは慎重に鍋の中身へと箸を伸ばしていった。

 そして、先程とは違った感触のものを掴むと、取皿に移す。

 

「……なんだろう? プルプルしてる」

 

 首を傾げながらも、あこはそれを口の中へと放り込んだ。

 

「……ん? 美味しいです!」

 

 そう言ったあこは、満面の笑みを浮かべていた。

 

「本当の最後……いくわよ!」

 

 ある一点に狙いを定めた友希那は、その箇所へと箸を伸ばす。

 そのまま、そこにあったものを掴むと、自身の取皿へと移し、冷ました後に口の中へと入れる。

 

「……これは、大根ね。味が染み込んでいて美味しいわ」

 

 そう感想を告げた友希那も完食し、闇鍋は終了を迎えた。

 その後、片付けをした一同は、食休みを取るのであった。

 

「中々お腹に溜まるものね」

「ええ。あの量だけしか食べていないとは言え、満腹です」

「アハハ、2人ともなんだかんだノリ気になってたからね☆」

「紗夜さん」

 

 そんな感じで会話を繰り広げている中、あこが不意に紗夜へと問い掛けた。

 

「宇田川さん、どうかしたの?」

「紗夜さんは、結局なに入れたんですか?」

「……そ、それは……その」

「ポテトとかだったりして?」

 

 リサが冗談めかしてそう言った瞬間、紗夜は顔を赤く染めて背けるのだった。

 

「え、紗夜……もしかして……」

「食品なら……なんでもいいと言われましたので……」

「じゃあ……私と今井さんが食べたのって……」

「煮込んだポテトみたいだね……」

 

 そう言ったリサは、苦笑するのであった。

 

「りんりんは? 何入れたの?」

「私は、大根を……」

「私が最後に食べたやつね」

「紗夜が最初に食べたやつもそうじゃ無いかな?」

「恐らく……」

 

 未だに顔の赤い紗夜が、そう返した。

 

「で、友希那さんがピーマンで、リサ姉が豚肉だっけ?」

「ええ」

「そうだよ☆」

「で、あこがラーメン……アレ、おかしいなぁ……」

 

 全員が入れたものを確認したところで、あこが急に首を傾げた。

 

「何がおかしいの?」

「……友希那さん、そのですね……あこ、最後に食べたのが()()()()()だったんです……」

「……? それがどうかしたのかしら?」

「その……《[誰がこのこんにゃくを入れた》》のかなー……って思って」

 

 あこのその一言に、Roseliaのメンバー諸共、部屋の空気が凍りつくのであった。 

 




はい、こう言った感じでしたが……いかがだったでしょうか?
恐らく……というか確実に、他の参加者の方々に比べて、能力が足りていないものだったと思います……。
ですが、楽しんでお読み頂けていたら、私としては幸いなことです。
最後に、こんな未熟者を企画に参加させて下さいました大里様ありがとうございます。
次回以降の企画も、機会があれば参加させていただきたいです。
では、私はこの辺りで……次の方の作品もどうぞお楽しみに! 


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企画小説『RoseliaとRASの対バン』

 今回は、『俺の幼馴染みの親友達はただのヤバい奴だった』の作者で黒澤秋桜さんになります。企画小説内でも珍しいRASの登場する作品です!

 テーマ「RoseliaとRASの対バン」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=278259
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/193926/
 作者Twitte https://mobile.twitter.com/sakura_ruby_921 

 作家ご本人の書いた前書き
RASとRoseliaの対バンというテーマでやらせていただきました。
RASのキャラ、対バンというのを書いたことが無かったのですが…新たな分野に挑戦する事を思い、書かせていだたきました。また、RASの情報がない中で書きましたので想像とは違うかもしれませんがよろしくお願いします。




 

「貴方達、roseliaに全てを賭ける覚悟はある」

 

Roseliaのボーカル湊友希那がそう言うと、彼女達の演奏を聴きに来ていた観客が歓声をあげる。

 

「最初はONENESS!」

 

友希那がそう叫び、友希那はメンバーの方を向き、ドラムの宇田川あこがタイミングを計り、演奏に入る。

 

会場には、ボーカル友希那の歌声が響き、プロ並みの演奏が友希那の歌声を更に引き立てるように響く。観客もその歌声、演奏に聴き入っている。

 

そして、彼女達は、その後も何曲か演奏して、休憩に入る。

 

そして、その通路で彼女達が衝突した。

 

「友希那!貴方の歌声は、素直に褒めるわ!けど、私達の方が上って証明するわ!」

 

と友希那に指を指して、RASのリーダーチュチュは、メンバーを引き連れて、ステージ上へと向かう。

 

「RASのライブ、期待してるわよ」

 

と友希那は、チュチュに向かって言う。

 

「友希那…絶対に、貴方達を潰す」

 

チュチュの言葉を聞いて、RASのメンバーに気合が入る。

そして、彼女達は去っていく。

 

「友希那…」

 

「あれでいいのよ、対バンは楽しまないといけないから」

 

と友希那がリサにそう言う。

その時の友希那は、微笑ましく笑っていた。

 

「そうですね。この休憩の時間を大事にしましょう」

 

「友希那さんの言う通り、楽しまないといけないですよね」

 

「りんりんの言う通りだよ!」

 

と友希那の言葉を聞いて、より一層に活気付くRoseliaのメンバー

 

「さて、みんな!RASに負けないように、そして楽しむわよ!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンドリ作家合同企画

 

 

 

 

 

『Roselia&RASの対バン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

RAS side in

 

 

 

 

「湊友希那…なんなのあいつ」

 

「チュチュ様、落ち着いてください」

 

と友希那に『期待されているわよ』と言われて、テンションがあがり、嬉しい反面、ライバルに煽られたと感じてしまった彼女(チュチュ)は、不満を声に出していた。

 

「そうだぞ。落ち着いてやらないといい演奏は出来ないぞ」

 

「そういうレイヤも緊張してるだろ」

 

「緊張しない方がおかしいって」

 

「それもそうか」

 

と笑い出す佐藤ますき。

 

「決めた、絶対に観客全ての人をRASに染めてあげるわ」

 

チュチュの発言も唐突である。

 

 

 

 

RAS side out

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

さておき、Roseliaの5人は、観客の居ない所から、彼女達のライブを見ようとしていた。

 

「やはり…彼女達の期待も凄いのでしょうか…?」

 

「期待もそうだけど、ここにいるみんなは、楽しむためな来ているの。彼女達はライバルである、けれど楽しまないといけない」

 

と友希那は、どこに持っていたのかライト(5人分)を持ってきていた。

 

「友希那さん、いつのまに」

 

「決まっているわ。このライブが決まった時に、5人分頼んでいたのよ」

 

と友希那は、紗夜に言う。

そして、彼女は、メンバーに配り始める。さらっと両手にライトを持っているが。

 

 

「みんな、集まってくれてありがとう!」

 

とRASのリーダーのチュチュがそう言うと、会場は歓声に包まれる。

と彼女達は、話をして、演奏に取り掛かる。

 

 

 

最初に演奏した曲は『Invincible Fighter』

 

 

ボーカルレイヤの4弦からなるギターの音、そして彼女の声。

ギターの六花の、ギターからギターへ、思いを乗せた感じになる音、

DJのチュチュの計算されたかのような演奏、ドラムマスキングの力強いドラムの音、キーボードのパレオ、中2とは思えないほどの演奏力

これがマッチして、会場に彼女達の()が会場に響く。

そして、会場の観客は、彼女達の演奏の音にハマる。

 

 

そして、演奏が終わると会場は、彼女達の演奏に拍手を送る。

 

「ありがとうみんな!」

 

そんな彼女達の演奏を聴いて、凄いと思ったのは観客もそうだが、友希那もといRoseliaのみんなにも伝わっていた。

 

気づけば早く。RASのライブは終了していた。

観客は、RASの音にハマり、興奮は収まることを知らなかった。

 

 

 

***

 

 

「湊友希那!これが、私達の実力よ!」

 

とチュチュは、友希那を見つけるなり、会場を盛り上げた事を言う。

 

「ええ、そうね。とても素晴らしかったわよ」

 

と友希那は、チュチュに笑顔でそう言う。

 

「Roseliaもこれ以上の演奏をしなさいよ!」

 

「当たり前に決まってるわ!」

 

とチュチュに煽られるようにして、言う友希那。

そして、彼女達は、RASのメンバーに見られるようにして、ステージ上に向かっていく。

 

そして、観客はRoseliaの登場で会場は熱が更に向上していく。

 

「RASのライブは、良かったわ。でも、私達の方が良いって言わせてあげるわ!」

 

「後半の最初の曲はBLACK SHOUT!」

 

そして、会場はそのままの勢いで気づけば、Roseliaのライブは最後の曲になっていた。

 

「次が、最後の曲になるわ!」

 

その言葉を聞いて、会場は『え~』という声が聞こえてくる。

 

「最後の曲は、熱色スターマイン!」

 

「おおお!!!!!」

 

と歌の発表で湧き上がる会場。

その中で、彼女は歌い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、ありがとう」

 

 

 

 

 

と最後に言って、RASとRoseliaの対バンは無事に終わり、成功に終わるのだった。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

友希那さんとチュチュしか出てないよう気がしますが気にしないでください。
また、このような企画を設けてくださった大野さんに感謝します。
時間があれば、自分の作品を読んで頂けたらと思います。
また、他の方も読んで頂けると嬉しく存じます。



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企画小説 テーマ「喜劇」

 今回の作家は、『そんな君、こんな僕』の龍也さんです‼️ テーマは喜劇! テーマからワクワクしますよね~どの様な作品になっているか‼️

 テーマ「喜劇」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=157941
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/174832/

 作家ご本人の書いた前書き
 皆さんこんにちは。龍也と申します。この度、大里野上さんの企画小説に参加させていただき、「喜劇」というテーマで小説を書きました。主に薫さんの台詞や文章で物語が進んでいきます。勢いで書いた小説なので、異論は大いに認めます。拙い文章ですが、よろしくお願いします。
 


企画小説 テーマ「喜劇」

 

 

 

 やぁ。可愛い子猫ちゃん達。名乗らせてもらっても構わないかい?私の名は瀬田薫。ハロー、ハッピーワールド!というバンドでギターを担当している。今日は君達に私の話を聞いてもらおうと思ってね。

 

私は演劇部に所属している。何故かって?何かを演じていると、真実に辿り着けるような気がしてね。それと、役を演じている自分が好きだから、かな。私はこれまで数々の人達を私の演技で魅了してきた。観客が私に向けるあの輝いている眼……あぁ……儚い……。

 

 ……おっとすまない。忘れてくれ。つい癖で。……コホン。さて、話に戻るとしようか。ええと、何の話だったか。……あぁ、そうそう。演劇の話だったね。ちゃんと話を聞いてくれているじゃないか子猫ちゃん。嬉しいよ。

 

 長年演劇を続けていると日々の中で新しい発見や疑問が浮かぶことがあるんだ。

 

 例えば、野に咲く花が何故あんなにも凛々しく咲いているのか、だったりね。だが、急いでその答えがなんなのかを求めたりはしない。その疑問を他の誰かに言ったとして、全く同じ回答が出てくるとは限らないだろう?むしろそれぞれ違う回答が出てくるに決まっている。

 

 考え方や感性は人それぞれで、そこに正解も不正解も無いと、私は思っているんだ。だから私は自分自身で導き出した考えを、答えだと思っている。それは他の皆にも言えること。たとえ答えを出すのが周りより遅かろうと、安直だろうと構わない。それが自分で考えた故に出した回答であるなら、むしろ素晴らしいと私は思う。答えを出すことに早いも遅いも関係ないからね。出来れば早いに越したことはないだろうが、遅くたって構わないよ。私がそうだからね。

 

 生活していく中で日に日に増えていく疑問に、私は全ての回答を出せている訳ではない。だがそれでいいじゃないか。答えが出ないのなら1度立ち止まって考えてみる。そうすれば自然と見えてくるものがあるだろうからね。子猫ちゃん達も、生活していく中で疑問に思うことがあったらゆっくり考えてみるといい。きっと面白いと思うよ。

 

 こういう風に、演劇には素晴らしい発見がある、ということがおわかりいただけただろうか。さて、ちょっとした雑談も終えたことだし、本題に入ろうか。

 

 ここにいる子猫ちゃん達は「喜劇」という言葉をご存知だろうか。1度は聞いたことがあるのではないかと思う。要するに悲劇とは対照的な言葉だね。一言で表すと、ハッピーエンド、ということになる。今からその喜劇について話していこうと思う。最後まで聞いてくれたら嬉しいな。

 

 私は今まで生きてきて、自分の人生を物語で表すとしたら何なのかということを考えたことがなかった。いや、考えたことがなかったのではなく「考えたくなかった」という言い方の方が正しいかな。人はいつ死ぬかわからないと言うが本当にその通りで、いつ自分の人生が終わるのかもわからないのにたかが十数年生きてきた自分の歴史をひとつの物語で表すのは野暮なのではないかと考えていた。だが、ある少女と出会ったことによって私の考え方は大きく変わることとなった。

 

 私が出会った少女の名は弦巻こころ。ハロー、ハッピーワールド!でボーカルを担当している。彼女を一言で言うなら「自由奔放」の一言に尽きる。そこが彼女の1番の魅力だと私は思っているよ。彼女と初めて会った時の事を、今でも昨日の事のように覚えているよ。あの時、あの瞬間、あの刹那。私の運命が大きく変わったんだ。太陽のようにキラキラと輝くあの笑顔……あぁ……儚い……。

 

 おっと失礼。またやってしまった。許してくれ子猫達諸君。それ程彼女は私にとって大事な存在なのだとわかってもらいたい。

 

 こころと出会ったことによって、他の子猫ちゃんにも出会った。

 

 こころ、はぐみ、花音、美咲、それにミッシェル。皆大切な仲間達さ。私に演劇以外でも輝ける場所をくれたあの5人には本当に感謝しているよ。彼女達の期待に応えられるように、私ができることを精一杯やっていこうと思っている。世界を笑顔にする為にね。

 

先程は自分の人生を物語で表すということをしたくなかったと言ったね。だが今は違う。もしも私の人生を物語として書き残すとしたら、それは「喜劇」だと、今の私は自信を持ってそう言える。今の生活が私にとっては本当に幸せで、かけがえのないものだからね。

 

 だからこそ私は自分の人生を悲劇ではなく、喜劇だと言いたい。無論、楽しいことや幸せなことばかりではないということはわかっている。時には辛い時もあるし、悲しくなることだってある。それは仕方のないことなんだ。生きている限り、辛い事や苦悩することの連続だと有名な本にも綴られている。だが私はそれでいい。なんのストレスの無い生活に成長は無いからね。

 

 たとえこの先どんなに辛い事や悲しい事があるとしても、私達ハロー、ハッピーワールド!の子猫ちゃん達となら乗り越えられる気がするんだ。楽しかったこと、苦しかったこと、それらがあって今の私がいる。それが事実だ。この先の人生を悲劇で終わらせたりはしないよ。たとえ一瞬悲劇であったとしても、それはハッピーエンドに変えることだってできる。運命というものが本当にあるなら、それと向き合って運命を変えることもできる。どうするかは自分次第。私は私自身の運命ときちんと向き合っていくと誓ったんだ。向き合って前に進み続ける。前に進んで躓いて転んでも構わない。転ぶということは、歩いている証拠だからね。

 

 さて、ここにいる子猫ちゃん達に1番伝えたいことがあるんだ。

 

 「人生」というものは皆が主人公なんだ。自分が脚本家、自分自身がアクターとして人生を演じている。だから、自分の好きなように、自分の生きたいように生きてみるといい。たとえそれがバッドエンドだろうとハッピーエンドだろうと、自分が満足する人生であったなら、それは自分にとって「喜劇」と呼べるものになると、私はそう思っている。

 

 君達がどんな道を歩んで、どんな人生という名の物語を描いていくのか楽しみにしているよ、子猫ちゃん達。最後まで私の話に耳を傾けてくれてありがとう。感謝するよ。あぁ、そこの君、涙はこれで拭きたまえ。君は泣いていても綺麗だが、笑顔だともっと綺麗になる。さぁ顔を上げて、子猫ちゃん。

 

 ……おっと、そろそろ時間のようだ。君達とはこれでお別れだが、私が話したことが子猫ちゃん達の胸に刻まれたなら嬉しく思う。さようなら、子猫ちゃん達。いや、人生の主役達!

 

 周りから拍手喝采が響く。あぁ……儚い……。ん、拍手の音がどんどん遠ざかっていく……これは……まさか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……る!……おる!……薫ー!」

 

「……ハッ!」

 

「あ、起きた」

 

「おはよう薫くん!」

 

「薫さん……」

 

 目を覚ますと、こころ達4人が私の目の前に座っていた。彼女達の口ぶりから察するに、私は眠ってしまっていたようだ。私としたことが……情けない。

 

「すまない、子猫ちゃん達。居眠りをしてしまったようだ。それで、話し合いの方はどうなったんだい?」

 

「ああ、薫さんが寝ちゃってから進んでないですよ。みんなで薫さん起こそうとしたけど全然起きないし。しかも、すごい気持ち良さそうに寝てたので起こすのが申し訳なかったというか……」

 

「薫、とってもいい笑顔で寝てたわよ!何か夢でも見てたのかしら?」

 

「あぁ、美咲、こころ。とても儚い夢を見ていたよ」

 

「へえー。どんな夢だったんですか?」

 

「はぐみも気になるー!」

 

「私も気になります……」

 

「フフッ。まぁ落ち着きたまえ子猫ちゃん達。どんな夢……か。そうだな……あの夢を一言で言うならば……」

 

「「「「言うならば?」」」」

 

「喜劇、かな。どうだい?儚い夢だろう?」

 

 私がそう言うと、皆不思議そうな顔で私を見つめてきた。こころから喜劇の意味を聞かれ、ハッピーエンドだと説明しても詳しい説明を求められ、私は困惑した。

 

「喜劇な夢か……どんなのか想像つかないんですけど」

 

「薫くんー!詳しく教えてよー!」

 

「あ、あはは……私にもちょっと……わからないかな……」

 

まったく。しょうがない子猫ちゃん達だ。

 

 

「ハハハ……まぁ、つまり……その……そういうことさ」

 

 

 

 

 

 

大里野上さん企画小説 テーマ 「喜劇」 END



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世界で一番の宝物

本日は、星乃宮 未玖さんです!

テーマ「ステレオ」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=47890
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/namahamuno1


 ──ねぇ、パパ。これってなぁに? ここからお歌が聞こえるよ。

 

 ──ん? ああ、これかい? ……これはね、スピーカーって言ってね。パパの宝物なんだ。

 

 ──宝物?

 

 ──あぁ、パパが一番尊敬する人から貰った、世界に一つしかない宝物さ。……いつか、友希那の歌もこれで聞いてみたいな。

 

 ──うん! 約束する! だからいつか、絶対パパと……。

 

 

 

「…………あぁ……夢」

 

 

 耳元から響く目覚ましのアラームの音。それで先程まで見ていたものは夢だと知る。

 

 そうして起き上がり、微かに残る微睡みの中で顔を洗いながら、先程までの夢を追想する。

 

 それは未だ幼かった頃の記憶。父がまだ音楽に携わっており、そんな父といつかステージで共に歌を歌う事を夢見ていた、遠い過去の記憶。

 

「…………」

 

 リビングに入り、そっと隅の一角を見やる。その先に置かれたインテリアの中の不自然な空白。……かつて、父が宝物と称したステレオタイプのスピーカーが置かれていた場所。

 

 それを見るたびに、あの父と過ごした日々は戻らないと突きつけられる気がして、私の心に薄く罅が入るような感覚になる。

 

 いや、それ以上に苦しいのは。あの日、誇らしげにスピーカーを見ていた父の姿があったからだろう。

 

 世界に一つしかない宝物。そう語るまでに大切にしていたそれを手放したのに、一体どれほどの苦悩をしたのか。まだあの日の父の背を追いかけるだけの私には、まだその一欠片も掴めていない。その事がどうしても悔しいのだ。

 

「あぁ、友希那。おはよう」

 

 そんなことを思いながらテーブルにつけば、そこには既に父がおり、朝食をとっていた。

 

「……おはよう。お父さん」

 

 父の挨拶に返事をして私も朝食を食べつつ、チラリと父を見る。すると父はもう食べ終えたのか、穏やかな顔で食後のコーヒーを飲んでいた。

 

「……? どうしたんだい、友希那」

 

「……ううん、なんでもないわ」

 

「……そうか」

 

「…………」

 

 父の少し寂し気な顔と声。そうして訪れる沈黙。重くのしかかるようなその空気に、私は内心で後悔とともにため息をつく。

 

 ……私だって、父とこんな会話をしたいわけじゃない。

 

 でも、幼い頃からずっと父の音楽ばかり追いかけてきた私には、音楽を辞めてしまった父になんて言葉をかければいいのか、その背をどう見つめればいいのか。その答えが未熟な私には、どうしても持てなかった。

 

「……友希那」

 

「っ! ……どうしたの、お父さん」

 

「今日、バンドの練習はあるのか?」

 

「えっ、あるけど……。それが、どうかしたの?」

 

 そんな時、久々に投げられた父からの音楽に関する話題。不意な父のその言葉に、私の心が熱く震えるのを感じた。

 

 ──もしかしたら、父がバンドの練習を見に来てくれるかもかも知れない。

 

 そんな幻想が私の心の隅を過り、父に返す言葉がほんの少し声が上擦る。そんな私の姿に何か察したのだろう。父は少し視線を細め、けれどなにも言う事はせず、言葉を続ける。

 

「いや、少し話があってな。大事な話だから出来ればちゃんと時間のある時にしたかったんだが……」

 

 ……まぁ、多分そんな事だろうとは思っていた。音楽を離れてから頑なに音楽についての話題に出そうとすらしなかったあの父が、そんな簡単に折れる筈もない。

 

「そう。……でも、ごめんなさい。今はバンドを結成したばかりだから。今はそれに集中したいの」

 

 だとしたら。今の父に今の私が返す答えはこれしかない。

 

 だって、これは意地なのだから。あの日、父の音楽が辱められ、唾棄されたあの日。それを私は否定しなければならない。

 

 ──父から受け継いだ私の音楽は、父の音楽を否定したあなた達の心をこれほどまでに揺さぶってみせたぞと。

 

 そして、そこまでの道が険しいと知るが故に私は一時も歩みを止めるつもりはない。……それが例え、敬愛する父と家族としての時間を削る事になったとしても。それが、あの日の誓いの代償なのだから。

 

「そう……か。なら……仕方ないな、また今度にしよう。それじゃあ仕事、行ってくるよ」

 

「……えぇ。いってらっしゃい。……気をつけて」

 

 私のその言葉に、父は少し寂しそうな微笑みを浮かべ、軽く手を振って玄関へと向かう。

 

 その過ぎ去っていく背に何故か声をかけたくて。だけど誓いが邪魔をして、気づけばその背はもう遠く。手を伸ばそうとしても、届かない。

 

 パタン。そんな軽い音で閉ざされた扉が、私と父の心の壁を示すようで。心配した母が呼びに来るまで、私は座ったまま動く事が出来なかった。

 

 ──あぁ。やっぱり私は弱いままだ。

 

 


 

「友希那~! おはよー!」

 

「……リサ。おはよう」

 

 あれから暫く。ようやく家を出た私に、幼馴染みのリサが声を掛けてきた。挨拶をしてリサが話した事に私が相槌を打つ。そんないつもと変わらない通学路。だけど、私の心は重いままで。

 

「……? どうしたの、リサ?」

 

 ふと、リサが足を止めて私の顔を覗き込んでくる。心配に濡れた瞳が私を見据える。

 

「友希那……元気なさそうだけど、どうしたの? 大丈夫?」

 

「……っ」

 

 その彼女の言葉で、私はやっぱりこの幼馴染みには敵わないと思った。

 

 私がいくら取り繕っても彼女は必ずそれを見抜いてくる。そして、それが何故だか心地よくて。まるで陽だまりの中にいるような安心感に包まれる。

 

 

 ──そうして気づけば、リサに全てを話していた。

 

「あーっと、なるほどねぇー……」

 

 私の話を聞き終えたリサは、何故か額に手を当てて空を仰いでいた。そうしてしばらく唸ると、私にこう問いかけてきた。

 

「友希那……。今日ってなんの日か覚えてる?」

 

「え? ……ごめんなさい。何かあったかしら? ちょっと分からないわ」

 

 はて、今日は何の日だったか。わざわざリサが言うくらいだから何かの記念日か何かなのだろうが、全く覚えがない。

 

 その私の姿で察したのだろう。やや呆れたようにリサは溜息をついて。そして、何か思い詰めた表情で言葉を紡ぐ。

 

「だよねー……。ねぇ、友希那?」

 

「……なに?」

 

「今日は私達だけで大丈夫だから、お父さんの話を聞いてあげて?」

 

「…………」

 

 ──その言葉につい、足を止めた。だってそれは、私の中で考えていた選択であり、そして自ら捨てた選択なのだから。

 

 しかし、目の前の彼女の言葉が、何か思い詰めたその表情が。定まった私の天秤を揺り動かす。

 

「だけど……」

 

「うん、分かってる。友希那の音楽への情熱も、練習を大事にしたいって思いも。

 ……でも、それでも。今日は、今日だけは、お父さんの話を聞いてあげて」

 

 お願い。と、そう言って頭を下げる幼馴染み。ここまで言うのだ。きっと彼女は話の内容を知っているのだろう。私の思いも、覚悟も、その全てを知っているというのに。

 

 それでも頭を下がるその姿に、これ以上彼女が譲るつもりのない事を察した私は、傾いた天秤を反転させた。

 


 

「……ただいま」

 

 学校を終えて帰宅した私。家のドアを開け、リビングを見やるとそこには少し意外そうな顔をした父の姿。

 

「……今日は、練習があるんじゃなかったのか?」

 

「そのつもりだったけど……。リサが、話をするべきだって。……それで、話って?」

 

 私の答えに父は「そうか……リサちゃんか……」と呟いて、私に暫く待つように言うと、リビングを出てラッピングされた箱を持って戻ってきた。

 

「友希那。今日は何の日だった覚えてるか?」

 

 また、この問いだ。今日は何故だか何の日かを聞かれる。もしかして、私が忘れているだけで重要な事があったのかもしれない。

 

「それ、リサにも聞かれたけど……。何かあった?」

 

 そう思い父に問いを返したら、父は少し呆れたように、けれどどこか懐かしそうに微笑んで。そして、手に持った箱を私に差し出しつつこう言った。

 

「──誕生日おめでとう、友希那。」

 

「……え? あ、そう……今日は私の誕生日だったのね……」

 

 ……あぁ、そうか。今日は私の誕生日だったのか。『Roselia』の活動に専念しすぎてすっかり忘れてしまっていた。そんな事を思い私に、父は少し意地悪そうな顔を浮かべ、こう続ける。

 

「その顔、すっかり自分の誕生日を忘れてましたって顔だな?」

 

「う、その……ごめんなさい」

 

「あぁいや、別に怒っている訳じゃないさ。ただ、よく似てしまったなって思っただけさ」

 

「似てる……? 誰に……?」

 

「そりゃあ俺をにさ。……全く、そんなところまで似なくてもいいのにな」

 

 そう言いながら複雑そうな表情を浮かべる父。だがそれも一瞬の事で。父は再び微笑みを浮かべ、手にした箱を私に手渡した。開けても良いかと聞けば了承の返事。

 

「これは……」

 

 そして、その箱に入っていたのは、小型のステレオタイプのスピーカーだった。そして、暫くパッケージを見つめていた私に父が話かけてくる。

 

「友希那……。少しいいかな」

 

「? ……えぇ」

 

「昔、ここにあったスピーカーの事を覚えてるかな?」

 

「……うん」

 

 当たり前だ。忘れる訳がない。だって私のかつての夢だったのだから。父はかつてそのスピーカーの置かれた場所に立ち、あのスピーカーがまるでそこにあるかのように手をかざしていた。

 

「あのスピーカーはな、俺の宝物だったんだ」

 

「……うん、知っている」

 

「俺が音楽を始めた頃、親父が……友希那のお爺ちゃんが買ってくれた物でな」

 

「…………」

 

「ずっと仕事人間で、音楽の事なんて何も分からないのに、あんなバカデカいスピーカーなんて買ってきてな」

 

 それでも嬉しかったと、自分が音楽を辞める時にはこのスピーカーと別れる事も厭わない程に自分の音楽の分身と言っても良かった。そう語る父のその背中は、傍目でも分かるほど悲しみで染まっていて。私は何も言えなかった。

 

「そして、あの時から音楽を辞めて、あのスピーカーを見る度に親父に責められてる気がしてな……。気づけばあのスピーカーを手放していたよ」

 

「……それで、どうだったの?」

 

 まるで懺悔のような父の言葉に敢えて問いかける。握り締められた父の右手が白くなる。

 

「──そりゃあ、後悔したよ。何度も自分を呪ったさ。もう親父の墓に顔を出さないとも思ったよ」

 

「……」

 

「その度に自分で分かるんだ。……自分の中の音楽への情熱が、燃え尽きてしまったんだって」

 

「父さん……」

 

 だからと、父はそう前置きをして私の方に振り返る。その頬に伝うその雫は敢えて見ない。

 

「だから友希那がバンドを始めた時に、いつかそれを贈ろうと決めていたんだ。……いいか友希那。お前は後悔だけはするな。約束出来るか?」

 

「……うん。約束する。絶対に後悔なんてしない」

 

 ならいいんだ。と、どこか安心したような表情でそう言った父は、話は終わりだと言い、部屋へと戻っていった。

 

「…………」

 

 そっと、先程まで父のいた場所に立ち、練習が終わっているであろう時間だと確認してリサの番号をコールする。

 

「もしもし、友希那? どうしたの?」

 

「リサ、今日が何の日か分かったわ」

 

「そっか。……で、どうだった?」

 

 短いコールで出た彼女にそう伝える。電話越しで彼女が微笑んだのが分かった。

 

「最高のプレゼント、二つも貰えたわ」

 

「ん? 二つ? アタシが知ってるのは一つだったんだけど……?」

 

「あら、そうだったの……?」

 

「うん。えー、なんだったの? もう一つのプレゼントって」

 

「……ふふ、内緒よ」

 

 リサも先程の父の話を知っていると思っていたので、それは少し意外だったが、娘の幼馴染みとはいえ余り他人に話す内容ではない事を思い出し、幼馴染みの不満げな声を聞きながら、そっと心の中に秘めておく。

 

 だって、そう簡単に言葉にしてしまえば、このプレゼントの重みが軽くなってしまうから。

 

 いつかの時、成長した私があの人に言うからこそ、このプレゼントは価値のあるものになる。それこそ、世界で一番大切なものにだって。

 

 

 

 ──それは新しい夢。そして、今は叶わない夢。燃え尽きてしまった不死鳥が私の、私達の音楽で再び灰から舞い上がらせる事が出来た時。

 

 

 ……その時には、必ずあの人と同じステージに。 

 

 



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どうしてこうなったの?

 今回は『君はおっぱいおばけ』の作家、影月愛恋さんです! テーマはSF! どの様なお話になっているか、楽しみ‼️

 テーマ「サイエンス・フィクションもの」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=223395
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/181558/
 作者Twitter https://twitter.com/kage_stuki?s=09


「あこちゃんは私だけの物だよ?」

 

どうしてこうなったのか、この言葉に尽きる

私はまた選択肢を間違えたのか

 

「あこちゃんが悪いんだよ?私以外の人の事考えるから。あこちゃんは私の事だけ考えてればいいんだから 」

 

彼女はそう言って私の心臓に凶器を突き刺す

もう慣れてしまった痛みだ

幻聴か、ゲームオーバーなんて声が聞こえた気がした

何度も何度も、止まることは許されないジェットコースターは

 

いつ終着点に着くのだろう

 

 

 

 

「──ろ、起きろあこ」

 

「・・・お姉ちゃ、ん」

 

起床を促す声が聞こえ目を開けると見飽きた天井と心配そうに私の顔を覗き込む姉の顔が見えた

 

「おはよう、あこ。魘されてたみたいだけど大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫」

 

魘されてた、か

あれが夢であってくれればどれくらい良かったか

汗のせいか、体がベタベタで気持ち悪い

 

「シャワー浴びてくるね」

 

慣れたと思っていたけどやっぱり慣れないものだなぁ

 

親友に─されるのは

 

 

 

 

 

始まりはいつだっただろうか

親友、白金燐子がヤンデレ化したのは

何を言ってるのかわからないと思うけど私にもわからない

家で遊んでいたらいきなり押し倒してきた

その時は悪ふざけかと思ったけど彼女はそんな事するような性格ではない

そんな事考えてると彼女は私の口を口で塞いだ

キスだキス

驚いた、初めてが同性の無理矢理とは

抵抗はした

でもダメだった

彼女は非力だったけど私に覆いかぶさる状態だったからビクともしなかった

どんどんキスはこどものものから大人の深いものへと変わっていた

頭がぼーっとしてなにも考えられなくなった

私の口内は彼女の下で蹂躙され彼女色に染め上げられる

とてつもなく長く感じたそのキスは終わり私と彼女には銀の橋がかけられた

そこで私の意識は途切れた

 

いや、途切れてしまったと言うべきか

 

 

 

 

 

目が覚めると見覚えのない天井だった

ふと腕に重みを感じ視線を落とせばなんということでしょう、手枷がはめられている

しかも鎖で繋がれている

その時の私は混乱し彼女の名前を呼んだ

 

「りんりん!りんりん!何処にいるの!」

 

結構な大声を出したけど返事はない

彼女は居ないのか

 

「なんなの、これ・・・」

 

私はその状況を理解出来なかった

いや、したくなかったのかもしれない

意識が無くなる前に会ったのは彼女だけ

しかも彼女は私に何をした?

馬鹿な私でもわかった

 

この状況は彼女が作り出したものだと

その事実に私は余計に困惑した

どうして彼女がこんな事をしたのか

そんな事を考えていると鍵の回る音がした

彼女が帰ってきたのか・・・?

ぱたぱたと、足音が聞こえてくる

その足音は次第に大きくなる

それと同じように私の鼓動も大きくなり速くなる

足音が止むと甲高い音を立てて部屋の扉が開く

そこに居たのは

 

「やっぱり、りんりんだったんだね」

 

紛れもなく親友、白金燐子だった

 

 

 

 

 

「ただいま、あこちゃん」

 

「ただいまって・・・ねぇりんりん、なんでこんなことするの?」

 

私は冷静だった、自分でも理解できないほどに

 

「だって、あこちゃんが悪いんだよ?私以外の女の話ばかりで私の事はなにも言ってくれないんだから。あこちゃんは私だけを見てればいいんだよ?」

 

彼女は淡々と、まるで当たり前だと言うようにそう言った

 

(私の意思は無視なんだ)

「ねぇ、りんりん。私達は親友だけどさ、恋人じゃないんだよ?恋人にしても以上だけどさ?」

 

そう言うと彼女は表情を曇らせて慌てたように言う

 

「え・・・?何言ってるの?あこちゃんは私のモノでしょ?」

 

もはや理解するのもめんどくさかった

 

「やめてよ、気持ち悪い」

 

私らしくないとは思った

でも私もいつまでも子供ではない

 

「私の意思は無視して私のモノ?ふざけないでよ。確かにりんりんのことは好きだよ?でもそれは親友として、別に女の子同士の恋愛を否定はしないけど少なくとも私は男の子が好き。だからさっさとここから出して!」

 

自分でも驚く程饒舌だ

彼女は俯いて何かを呟いている

表情は見えなかった、だがその姿は不気味だった 

彼女は顔をあげると服のポケットからなにかを取り出す

それは、ナイフだった

 

「りんりん、何するつもり・・・?」

 

聞いてみたが彼女はなにも答えない

 

彼女はそのナイフで私の胸を刺した

痛みを通り越して熱い

私はその突き抜けるような痛みに咽び泣く

 

彼女はナイフを抜き刺す

何度も何度も機械の様にそれを繰り返す

 

その度に何かが削られる様な感覚がした

体の感覚が無くなってきた

視界もぼやけ

そして暗転した

 

 

 

 

 

そんな事が何度も繰り返し1ヶ月はたっただろうか

繰り返していく中わかったことがある

私の行動によって目が覚める日が変わるということ

選択肢を間違えればゲームオーバー

正解なら新しい展開がある

まるでゲームの様だ、なんてね

そんな事ありえないのに

何考えているんだろう

 

「あれ・・・」

 

視界がぼやけてきた

こんな事1回もなかったのに・・・

 

「あこちゃん!」

 

あれ、なんでりんりんが

そこで私の意識は途切れた

 

 

 

 

 

目が覚める日と真っ白な天井だった

顔を傾けると点滴があり、それが繋がれている先は私だった

体を起こそうとしても力が入らない

声を出そうにも喉が渇いて声が出ない

困ったな、と呑気に考えてると扉を叩く音がした

その先にいたのは

 

「・・・あこ?」

 

お姉ちゃんだった

お姉ちゃんは私が起きている事に気づくと慌てて私の傍に駆け寄ってきた

 

「よかった、目が覚めたんだな!今先生を呼んでくるからな!」

 

お姉ちゃんはそう言うと走り出した

病院では走っちゃダメなのにな

しばらくすると白衣を着た医者らしき人が来た

 

「宇田川あこさん、大丈夫かい?喉が渇いているだろう」

 

そう言って水を差し出してきた

私はそれに警戒する

何回目かは忘れたが彼女に睡眠薬を盛られた記憶がある

しかし喉が渇いたのも事実

素直に頷いておこう

 

「ありがとうございます」

 

力を振り絞って出たのは掠れるような声

私が体を動かせないのに気づいたのか医者らしき人は水を飲ませてくれる

水がこんなに美味しいと感じることはないだろう

 

「さて、君はどういう状態か理解してるかい?」

 

「・・・いいえ」

 

目眩がして倒れたと思ったら病院

意味がわからない

いやわからないことはないが

不可解なことがいくつもある

 

「私はどれくらい眠っていたんですか?」

 

こんな状態なのだから相当長く眠っていたのだろう

そう思っていた私に医者は衝撃の事実を突きつける

 

「1ヶ月弱だね」

 

そんなに・・・

 

「君は今までゲームの中にいたんだ」

 

は?

私の頭はイカれたのだろうか

 

「君は今までゲームの中にいたんだ」

 

「2回も言わなくていいです(全ギレ)」

 

なんか、今まで考えてたのがバカみたい

しかもゲームにしてもタチが悪い

あんなのクソゲーだ

 

「で、ゲームってどういう事ですか?」

 

「それは彼女に聞いてくれたまえ」

 

「彼女?」

 

なんだろう

嫌な予感がする

 

 

 

 

 

「あこちゃん・・・おかえり」

 

「」

 

待って、どういう事・・・ん?

 

彼女しか出ないゲーム?

 

彼女はゲームの中でどんなことを言っていた?

 

『あこちゃんは私の事だけ考えてればいいんだから』

 

「まさか・・・りんりん」

 

「あこちゃんが悪いんだよ?だって──」

 

もうゲームであって欲しい

助けて、お姉ちゃん 

 



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あたしだけのおねーちゃん

 今回は、『ぶち抜け!サバゲー合戦!』というオリジナル作品を書いていらっしゃる、キャベツご飯さんです!
 この作品が二作目ということで、二次創作は初めてなのかもしれませんね。初めての二次創作、どの様な作品になっている気になりますね!

 テーマ「ヤンデレ」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=268697
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/192870/
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/siotyansyousetu?s=09


「ん……ん!?んーー!!」

 

 時刻は午後6時半頃、氷川(ひかわ)家の長女である紗夜(さよ)は、目覚めるのと同時に自分のありとあらゆるところに違和感を感じた。

 

 まず最初に紗夜が感じたのは、体の周りに紐が巻かれ、身動きが取れない状態になっていたこと。次に感じたのは、口もガムテープでふさがれていたこと。極めつけには、この部屋が妹である日菜(ひな)の部屋であること。

 

(喋れないうえに身動きも封じられ、何もできなくなったわね……日菜もいないみたいだし、一体どういうことなのかしら)

 

 紗夜は今の状況に戸惑いながらも、冷静に考えているようだ。だが、解決法は何一つとしてない。迷宮に送り込まれたような感覚に陥ってしまった。

 

 

 

 それから考えること約五分。ついに部屋の扉が開いた。

 

「やっほーおねーちゃん!調子はどう?」

(日菜……やっぱりあなただったのね!)

 

 ここに入ってきたのは、この部屋の主である日菜である。紗夜は警戒心を剥き出しにしているのか、日菜のことを鋭い目付きで見つめる。

 

 一方の日菜は、とても楽しそうな様子で、今にもお得意の「るんっ」という言葉を発しそうである。

 

「んん……」

 

「あはっ、そっか、おねーちゃんは喋れないんだったね!今解いて上げるよ〜」

 

 わざとらしい口調で喋りつつ、日菜は口のガムテープを剥がす。口元だけ開放された紗夜だが、ここで一安心だとは思っていないようだ。むしろ、怒りの感情が表に出始めている。

 

「……それで、日菜。あなたはなんでそんなことをしたの」

 

 冷たい声で言い放った紗夜。それに対して日菜は全く怯えてなく、依然として楽しそうに感じとれる。

 

 数秒ほど考えたふりをした日菜は、笑顔を崩さぬまま──

 

「あたしがなんでこんなことをしたかって言うとね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おねーちゃんのことが大好きなんだ」

 

 ──狂気を込めながら、愛の告白をした。

 

「……は?」

 

 紗夜は日菜の言っていることが伝わらなかった。というより、()のせいで何を言っているのか伝わらなかった。

 

「ずーっと待ってたんだ……おねーちゃんをこうやって縛る機会が出来ることを」

 

「ちょ、ちょっと日菜?」

 

 突如語り始めた日菜に紗夜が呼びかけて止めようとするも、日菜の勢いはさらにヒートアップしていく。

 

「おねーちゃんを誰にも渡したくなかった。他の人にも見せたくなかった」

 

「日菜」

 

「おねーちゃんの周りにいる人がウザかった。 おねーちゃんはあたしだけのものだもん」

 

「日菜!」

 

「こうすれば、おねーちゃんはあたしだけのモノニナルンダ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

「日菜っ!!」

 

 自分の思いをさらけ出し続けた日菜は、紗夜の怒声が聞こえてやっと止まったような()()()()()

 

「ん?どうしたの?」

 

「さっきから何勝手な事言ってるのよ……私は日菜だけのものじゃないのよ!私に執着しすぎなのよ!!いい加減この縄を解きなさい!!」

 

 完全に怒っている紗夜を目にして、日菜は満面の笑みだが、どこかが歪んでる気がした。

 

「ふふふふふ、お姉ちゃんも面白いこと言うんだね……!あたし、るんってしてきたよ……!」

 

「え?ど、どういうこと?」

 

 困惑の表情を浮かべる紗夜。突然変化する日菜の感情についていけず、主導権を握られてしまった。

 

「いいねぇ、そのおねーちゃんの顔……あたしその困った顔大好きなんだ……あはっ!」

 

「日、日菜?ちょっと落ち着きなさい?」

 

「私は落ち着いてるよ?ずっとおねーちゃんが欲しいだけでさ……正直、おねーちゃんが生徒会の人、ましてや燐子ちゃんとかと一緒にいるのも嫌だったんだよ……?だから……おねーちゃんのことをいただきます♡」

 

 ガブッ!!

 

「んんっ……!?」

 日菜は勢いよく紗夜の首筋に噛みついた。もう紗夜は抵抗することすら思いつかなかった。ゆっくりと日菜の行動を受けいれていく。

 

 そして少しした後、日菜は噛み付くことをやめた。しっかりと紗夜の首筋にキスマークを残して。

 

「ぷはっ……これでおねーちゃんは私のものになったね……♡」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「じゃあね、おねーちゃん!また明日会おうね……♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きだよ、おねーちゃん♡」

 

 バタン!!

 

 

(日菜……)

 

 

 その頃から紗夜は、日菜のことしか考えられなくなった。 

 



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本当の気持ち

 今回は、ラブライブ二次創作『偽りの笑顔の先に』の黒っぽいねこさんです! バンドリ二次創作は投稿されていないようですね。まさか、これが初⁉️

 テーマ「美咲とこころの百合」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=182983
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/161738/
 作者Twitte https://twitter.com/kuroppoineko_07?s=09

 作家ご本人の書いた前書き
初めましての方ははじめまして、こんにちはの方はこんにちは。黒っぽい猫と申します。ガルパ作品初挑戦ということで色々とお見苦しい点があるかもしれませんが暖かいめで見てくださると幸いです。

⚠キャラ崩壊があります、ご注意下さい



 

「あーあ……もう、朝なのかぁ」

 

午前五時を告げるアラームが部屋に鳴り響いたことで朝の訪れを理解する。結局今日も一睡もできなかった。

 

(バンドかー……行きたくないなー……)

 

喉元まで溢れたそんな言葉を飲み込みいつも通り着替えていく。精神的な面で言えば正直家に閉じこもっていたいくらいだがそうも言っていられない。

 

奥沢美咲、それが私の名前であって、花の女子高生時代を生きる一人の人間だ。

 

「まー、そんなの外から見たものでしかないんですがね……」

 

勿論独り言なので返事は無いし、別に返事を期待していない。

 

こんな冴えない私ではあるが、実はつい最近まではガールズバンドに所属していたりした。

 

正確にはその手伝いだが今となってはどちらでも良いだろう。どちらにせよ同じことだ。

 

 

『ハロー、ハッピーワールド!』

 

 

そそっかしいメンバーの多いあのバンドで、表面上はサポートに徹していた私はそれなりに必要な存在なのだと、勝手にそう思い込んでいた。

 

わざわざ書面にして『お前みたいな地味女がハロハピに近寄るな』という脅迫的な手紙が届くまでは。

 

 

裏側では着ぐるみDJの『ミッシェル』として実はバンドに参加しているのだがそれはそれ。この手紙を受け取った時は『あー、また言われてるな。まあいっか』位の気持ちだった。

 

だが、毎日毎日届くその手紙に段々と恐怖を感じ始めたのは無理もない話だと思う。本当ならこの時点で私はさっさと誰かに──他のバンドメンバーにでも助けを求めればよかったのかもしれない。

 

だがそうしなかったのは、元々考えていたことだったからだ。

 

彼女たちが求めているのはきっと『(奥沢美咲)』ではなく『(ミッシェル)』なのだろう、とどんなに否定しても拭えなかったこの考えがふと脳裏を過った。

 

勿論そんなのは私の杞憂なのだろう。でも一度そう考えてしまえば後は早い。強いとは決して言えない私の心は簡単に歪んだ。

 

それでも、心配をかけたくはないとバンドには行っていた。笑顔も引き攣りながらも絶やさぬよう、できるだけいつも通りに振る舞うよう努力してきた。

 

きっと手紙もすぐに収まる。そうすればこの不安もいつの間にか消えているに決まっている。そんな風に淡い期待を──甘い期待を寄せながら数週間の時を過ごしていた。

 

だが、そういった期待は宛にはならない。ある日郵便受けを覗き込むと手紙の代わりにあるものが置いてあった。

 

 

それは私の顔写真が貼り付けてある藁人形だった。

 

 

それから数時間の事を私は覚えていない。ただ、気がついたらその人形は灰になっていて、私は手にハサミとライターを持っていた。

 

その出来事から今日で一週間。奥沢美咲としての私はバンドに顔を出していない。人前で自分の顔を晒したくなかった。寝不足できっと酷い顔をしているはずだから。

 

マスクとサングラスを着け、誰かに見られる前に家を出て『CiRCLE』へと向かった。

 

今日は学校が休みなので朝から一日練習するのだとか。ミッシェル用に作ったSNSアカウントにはそう書いてあった。

 

到着すると、まだ誰も来ていないようで入口にはCLOSEDの札が下がっている。仕方がないのでカフェスペースの椅子の一つに腰掛けて持ってきた朝食を摘む。

 

不思議なもので、どんなに精神的に弱っていても食欲はある。味は残念ながらあまり感じないものの、それでもしっかりと完食するまで手を止めることはない。

 

一度手を止めてしまったら多分次は食べられないだろうから。

 

そうやって半ば無理やり流し込んだ朝食の片付けをしていると後ろから声をかけられた。

 

「おっはよー……って、美咲ちゃん?今日も寝てないの?」

 

「ええ、ちょっとね。おはようございますまりなさん」

 

月島まりなさん。ライブハウスCiRCLEを切り盛りしている女性だ。気さくに話しかけてくれる彼女には私の事情は全て話してある。

 

「っていうか、私って分からないのに挨拶してきたんですか?今のご時世どこでセクハラ認定受けるか分からないので気を付けてくださいよ?」

 

「えー、ひっどいなぁ……はい、奥の部屋の鍵。みんなが来たら起こしたげるから少しでも休みなさいな」

 

おちゃらけた雰囲気はあるが、この人の本質を見極める目は非常に鋭い。誰よりも早く私の異変に気づいたのはこの人だった。

 

「……ありがとうございます。遠慮なくお借りします」

 

「うんうん!ハロハピもうちの常連さんだからね。そのくらいのサポートはしますとも。ライブで集客も見込めるしね!」

 

そんな風に打算的なフリをしてこちらの申し訳なさを払拭しようとしてくれているのだから、やはりこの人は優しい人だ。

 

奥の部屋にはミッシェルの着ぐるみと小さめの布団が置いてある。これもまりなさんが寝不足の私を見て用意してくれたものだ。一度聞いてみたら『家に置いといても邪魔だったから』の一言で一蹴されてしまった。

 

上着を脱ぎ、しっかりハンガーに掛けてから布団に潜る。生活リズムは完全に壊れているがもう今更だ。三時間ほど寝たら八時間の着ぐるみ人生が待っている。

 

そう考えると憂鬱なように聞こえるが実際私はミッシェルという着ぐるみに救われている。

 

「いつもありがとねー、ミッシェル。こんな私を守る殻になってくれて」

 

柄にもなくミッシェルの手を握りながらそんなことを呟いたと同時に電池が切れたかのように体が動かなくなる。

 

最近はいつもそうだ。ストンと手足が動かなくなり眠りに落ちる。

 

(目が覚めたら生身で皆の前に──なんて、夢見すぎだね)

 

そんな自虐を心に呟きながら私の意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン……コンコン

 

「んぁ?そっか、もう練習の……」

 

『美咲ちゃん?入ってもいいかな?』

 

この声は……そもそも、この部屋の中にいるのは皆ミッシェルだと思ってるから私の名前を呼ぶのは──。

 

「花音……さん?」

 

『うん……少しだけお話、いい?』

 

時計を見やるとまだ小一時間はある。

 

「……どうぞ」

 

部屋の鍵を開けて花音さんを招き入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのね、美咲ちゃん。最近学校休んでるって話だけど」

 

「ええ、確かに休んでます」

 

恐る恐る聞いてくる花音さんにできるだけ声が震えないように答える。

 

「……理由を、聞いてもいい?」

 

「別に理由なんてないですよ。なんとなくです」

 

「私達に、話せないことなの?」

 

「……」

 

適当に誤魔化そうとしたが花音さんはどうやらそれを許すつもりは無いらしい。何時もは柔らかな雰囲気が重苦しいものになっていくのを感じる。

 

「話したところでどうにもなりませんよ。貴女達は今まで通りにハロハピとして活動すればいいでしょう。安心して下さい。ミッシェルはちゃんとバンドを続けますから」

 

「違うよ、美咲ちゃん?ミッシェルの中に居るのは紛れもなく美咲ちゃんなんだから──」

 

何故だろう。自分の中でドロドロとうねりを成している感情が何故この時に爆発したのだろうか。

 

「違うっ!!!」

 

「み、美咲ちゃ──」

 

「ミッシェルは──ミッシェルは私じゃない!!」

 

ミッシェルは、ミッシェルなのだ。改めて言葉に出してみればやはり自分が持っていた感情の根幹はここにあったのかと納得できる。

 

「ずっと私は今まで確かにミッシェルの中に入ってきました。でもいつの間にかそこに居るのは『ミッシェルの中の私』ではなく『ミッシェル』だったんですよ。その場に私としての居場所はもう無いんです」

 

だからこそ拠り所を私は求めた。奥沢美咲としてあの場所にいたかった。

 

「でもそれも叶わぬ願いでした。私には、貴女達と肩を並べていられるほどのものは何も無い」

 

だからあの場所から去るって決めた。それならそれでいいじゃないか。

 

「美咲ちゃん……?」

 

思考と言葉が恐らく一致していないからだろう。花音さんは困惑してこちらを見ているがもうどうでもいい。私がこのバンドに関わることなんてもうないから。

 

「……話す事は、もう何もありません。戻ってください。私は着替えなければならないので」

 

「……美咲ちゃん」

 

「出て行って!!私に──私に構わないでください!!」

 

「ごめっ……ごめんねっ!!」

 

走り去っていく彼女の目から透明な雫が流れていたのはきっと見間違いじゃなかったと思う。

 

(あーあ、何やってんのさ美咲。花音さんは心配してきてくれたのになんでそんなに冷たい態度で追い返してるの?)

 

頭の奥に声が響いてきた。練習が近くなるといつも出てくる声だ。

 

「……うっさいよ、ミッシェル。アンタには関係ないでしょ」

 

(これでも私は貴女なのよ?関係ないってことはないでしょ)

 

「ちがう、アンタはミッシェルで私は奥沢美咲。だからハロハピは私の居場所ではもうない」

 

何時からだろう、この声が聞こえてきたのは。あの呪いの手紙が届き始める少し前からだったろうか。

 

(自分の想いに蓋して、救いの手を跳ね除けて。今貴女がやってる事になんの意味があるの?(ミッシェル)なんていう妄想まで本当に生み出して……)

 

「うるさい、黙って」

 

(黙らないよ。今日という今日は言わせてもらう。貴女が本当にハロハピに顔を出さなくなったのはこころの事が──)

 

「黙れっ!!!黙れ黙れ黙れ!!!!」

 

(──好きだって気がついたからなんでしょ?)

 

「違う。私があの場所に行かなくなったのは、手紙の主が次にどう行動するのか読めなくなったからだ」

 

(それで寝不足になっちゃ世話ないわよ。こころの力を借りればどうとでもなることなんだからさっさと自分の気持ちを含めてぶちまけちゃえばいいでしょうに)

 

震える膝の動きが止まった。その言葉を聞いた瞬間ここだけは譲れないとどこかで感じたのだろう。

 

「そんな事したら……そんな事したら私はもうあの人達と同じ場所に立てなくなる……そんなこと、本気で出来ると思ってるの?」

 

意地を張ってでも助けを求め無かったのは別に自分に破滅願望が有るからじゃない。彼女達と対等な関係でありたいと思ったからだ。

 

(……まあいいわ、私には関係ない話だし)

 

諦めたような、そんな声が聞こえた。

 

(そろそろ体貸してくれる?私の番でしょ?臆病な美咲ちゃん)

 

「……言われなくても」

 

また動くようになった体を半ば引き摺りながら着ぐるみの中に身を投じていく。背中のチャックを上げるのも、今となっては手馴れたものだ。

 

「それじゃあ、後は宜しくね……ミッシェル」

 

そんな言葉と共に私は目を閉じて頭を付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハッピー!ラッキー!スマイルー!イエーイ!!』

 

今日の練習も恙無く進んでいるように見える。私じゃない誰かが操るくぐもった視界から周囲を見る。普段はこの時間は意識を閉ざしているので練習を見るのは久しぶりだが皆いつも通りだ。

 

はぐみも、薫さんも、花音さん──は心配そうにチラチラ見てくるが、そしてこころも──あれ?

 

どこか、こころの笑顔に影がさしているような気がする。私の見間違いかもしれない、とも一瞬思ったが気の所為ではない。

 

間違いなく、彼女の笑顔は曇っている。歌も何処か心ここに在らずといった感じだ。

 

(……?何かあったのかな?)

 

「……」

 

(ミッシェル)は理由を知っているかのようにため息をついて首を横に振る。

 

そのまま練習は終わり休憩になった。すると直ぐにミッシェルはこころの方に歩いていく。

 

(一体何を……?!)

 

「こころ、笑顔にキレがないみたいだけどどうかした?」

 

「えっ?!」

 

突然声をかけられて驚いたのか、こころの手元からドリンクの入ったボトルが落ちる──。

 

「おっと、危ない。しっかり持っておくんだよ、こころ。それにしてもミッシェル、私と同じ考えだなんてやはり私達の相性は──「薫さん、少し黙ってて」……」

 

あ、キラキラとした笑顔のまま薫さんの動きが固まった。相変わらずミッシェルは容赦がないなぁ。

 

「それで?どうしてそんなに寂しそうなん?」

 

「……?」

 

花音さんが不思議そうな顔をしている。そりゃそうだ、最近はミッシェルの中でも積極的にハロハピと関わることを避けてた私が突然ハロハピのメンバーに話しかけているのだから。

 

「美咲が──最近居ないのよ」

 

(……!?なんで私の名前が出てくるの?)

 

「理由はわからないわ。でも、学校にも来ないしLINEを送っても既読もつかないの。何かあったんじゃないかって心配で……」

 

「ふーん、こころは美咲のこと大切なんだ?」

 

「当たり前よ!美咲は私の──私達の大切な仲間だから!!」

 

「ふむ、わかった。私の方から美咲に呼び掛けてみるよ」

 

いや、呼びかけるも何も、私今アンタの中にいるんだけど。

 

「ホント!!有難うミッシェル!!」

 

笑顔を取り戻したこころを見て、私の胸は締め付けられた。痛いのに不快ではない不思議な感触を伴いながら、私はその笑顔を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習も終わり帰り道。私は憂鬱を抱えながら歩いていた。

 

「どうしてくれるんですかねぇ……あんな事……」

 

(お膳立てはしたんだから後は貴女が何とかしなよ)

 

「無茶言わないで。無理よそんなの」

 

私には何も出来ない。私は何も持っていないんだから。

 

「あんな手紙に言われるまでもなくわかってた、私じゃあの人達についていけるわけがないって……遅かれ早かれこうなってたのよ」

 

(ならせめて、きっちり終わらせなさいよ。(ミッシェル)なんて脱ぎ捨てちゃえばいいじゃない。ハッキリと皆にそう伝えれば、皆もわかってくれるんじゃないの?)

 

「そんな事わかってるよ……わかってるよ…………アンタに言われるまでもなく……さ……」

 

それでも、言い出せないんだ。臆病な私は、それでも何処かであの人達との繋がりを──こころとの繋がりを断ち切りたくなかった。

 

(それなら──って、逃げて美咲!)

 

「へっ──?!」

 

振り返った私の目に入ったのは銀色に煌めく何か。咄嗟に上体を逸らすと目の前を何かが通り過ぎていった。それが何かを認識する前に体が動いて距離をとる。

 

「なんで避けるんだよ……当たれよ」

 

「誰よ……アンタ……」

 

聞き覚えのない声、見覚えもない男が街頭に照らされて立っていた。

 

「『お前みたいな地味女がハロハピに近寄るな』」

 

それでも、この男の言葉には見覚えがあった。あの手紙に書いてあった文言と一字一句変わらない。

 

「っ!!じゃあ、アンタが──」

 

「忠告はしたよな?それに従わなかったアンタが悪い。わざわざ丁寧に藁人形まで届けてやったのに」

 

その男の目を、私は見てしまった。狂気に染まりきった恐ろしいその瞳と目が合った時、私の身体は恐怖から動かなくなってしまった。小刻みにふるえるだけの私を見て男は薄ら笑いを浮かべた。

 

「怖いか?なら命乞いでもしてみるか?俺の気が変われば殺さないで居てやるがどうする?」

 

「……」

 

「ハッ、だんまりか。まあいいや。死ね」

 

目を瞑る。もうダメなんだ、逃げられない。

 

(あーあ、こんな事ならあの時さっさと話していればな……)

 

今更後悔するのか、なんて苦笑いをする。

 

(いつも私は遅いんだ──「美咲!!」──え?

 

「なっ!ぐっ?!」

 

男の呻き声が聞こえた。一体何が──

 

「美咲、立てる?!」

 

「あ、え?」

 

無理矢理手を掴まれ立たされる。そのまま走っていくこころに引っ張られるように私も走る。目を開くとキラキラと輝く金髪が視界に入った。

 

「待て!!!」

 

「追ってきて──「振り向いちゃダメ!!前だけを見て、美咲!」─っ」

 

後ろからはドタドタと何かが追ってくる音が聞こえる。怖い、と心臓が早鐘を打ち続けている。細い路地を通り、公園の近くまで出た。するといきなり目の前に一台の黒い車が止まる。

 

「ヒッ──」

 

「美咲、それはうちの車だから大丈夫よ。黒服!」

 

「はい、お嬢様」

 

「向こうにいる刃物を持った男を警察に突き出して!」

 

「了解しました」

 

車から降りてきた黒服さんは何やらトランシーバーで誰かに連絡を取ったあと走り去っていった。少しの間呆けていた私だったが目の前の死の恐怖から逃れたのだと理解した瞬間、私の身体は強烈な脱力感に襲われ、目からは涙がとめどなく流れていた。膝をつき、幼い子供のようにしゃくりあげていた。

 

「さ、乗って美咲──「こころっ!」きゃあ!?」

 

そして気がつけば私はこころに縋り付いていた。

 

「怖かった……死ぬかって……もうダメかと…………私…」

 

「……ね、美咲。車に乗って?皆も待ってるから」

 

「……ん」

 

暫くそのまま泣いた後、こころにそっと背中を撫でられてどうにか立ち上がる。そうしてこころの屋敷につくまでの間、私はずっと彼女の服に縋り付いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「美咲(ちゃん)!!!」」」

 

屋敷に着くと、ハロハピの皆が待っていた。どうやら、事情は皆知っているらしい。

 

「皆……どうして……?」

 

涙を浮かべながら必死に伝えてくれた花音さんによれば、ミッシェルの着ぐるみを置いている場所にあの男からの例の手紙が落ちていて、それを見つけた花音さんがまりなさんを問い詰め、白状させたらしい。

 

それで直ぐにでも私を捕まえて話を聞こうと、こころが皆を集め、一人私を探しに出たということだ。

 

「私にそんな事する価値なんて無いのに……なんでよ……」

 

「美咲、こっち向いて」

 

「どうしたの、ここ──」

 

パン、という破裂音が部屋に響いた。突然の事に私を始めとして他のメンバーも黙り込む。そして、その沈黙を破るようにこころが私の肩を揺らしながら怒鳴り始めた。。

 

「練習に来てなかったのもそのせいなの!?なんで今まで私達に何も言わなかったの?!そんなに私達のことが信じられない?!」

 

「違う、違うよこころ──」

 

「違わない!!美咲は私達のこと全然信じてない!!」

 

違う、違うのに上手く伝えられない。感情を抑えながら自分の事を上手く伝えられない。

 

(感情なんて抑えつけなくていいでしょ。今更なんだし)

 

でも、それで迷惑をかけるわけには──

 

(友達なんて迷惑かけてなんぼなんだから。それとも彼女たちを信じてるなんて上っ面だけ?貴女のこころへの想いだって偽物なの?)

 

それは──

 

(本物だっていうなら、それが間に合ううちに行動しなきゃ。そうしないと伝えられなくなってしまうよ)

 

………………。

 

「──美咲?!聞いてるの!!?」

 

相変わらず耳元で叫んでいるこころ。ああもう、煩いな!

 

「こころ!こころの気持ちばっかり押し付けないでよ!!私にだって感情はあるし皆のことは信用してる!!」

 

「何よ!信用してるのに何も言わなかったわけ?!」

 

「そうだよ!こころはこの話をしたら絶対に何かしちゃうでしょ!私は皆と対等に接していたいの!!ただでさえ私には何も無いのにそこで借りを作ったら次から私はどうやって皆の前に顔を出せばいいのよ!!」

 

「そんなの普通でいいでしょ!美咲のバカ!!」

 

「うっさい!こころのわからずや!!」

 

「なによーーー!!」

 

 

 

 

 

「あれ……ねえ、薫君。これ、普通の喧嘩になってない?」

 

「フッ……真の友情とは、心の奥底まで曝け出して始めて成立するものなのさ……ああ、なんと儚い!!」

 

「かのちゃん先輩、止めなくていーの?」

 

「いいんじゃないかな……?しばらく放っておこ?」

 

「ええ……」

 

取り残された三人がそんな会話をしてることなんてつゆ知らず、私とこころは口喧嘩を続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

あの後、だいたい二時間ほど口喧嘩をした末、お互いに謝ってとりあえずあの場所は終わった。今後私には『他のメンバーに意地を張るような嘘を吐かずちゃんと相談すること』という約束をするという出来事があったけどそれは別の話。

 

その後、皆でパジャマパーティーをして眠りについたはずだったのだが、どうしても寝付けずモヤモヤした気持ちを持ったままベランダに出て外を眺めていた。

 

「あんなの、あんなの絶対違う……」

 

(別にいいんじゃないの?最終的に仲直りできたんだから)

 

「そうだけど違うんだよ……」

 

確かに仲直りは最終的にはできたし、あれも本音だったのは間違いない。でも、私が伝えたかった本音は──

 

(まあまあ、それは今まで何回もチャンスがあったのに自分の気持ちに蓋してたんだからどうって事ないでしょ?)

 

「そうなんだよ?そうなんだけど……」

 

でも、だからといって今までと同じように過ごせるかと言われたらそんな事をするのは不可能だ。今までは(ミッシェル)の言う通り自分の気持ちに蓋をしてきたから普通に接することが出来た。でも本音を言い合った後から、こころを見るたびに頬が熱くなるし風呂に入っている時などはのぼせかけてしまった。

 

(おうおう、気持ちの昂りはちゃんと感じてますよ〜、青春してますねぇ)

 

「っさい。大体、アンタいつまで私の中にいるのよ」

 

いつの間にか私の中にいた(ミッシェル)。その存在自体の不可思議さも未だに全く解けていない。

 

(まあまあいいじゃないの。そんな事よりほら、後ろをみてご覧なさい。どうやらチャンスは有るみたいよ?)

 

「後ろって……!」

 

振り返ってみれば、立っていたのは私が今一番二人きりで会いたくて、でも会いたくない人だった。

 

「こころ……」

 

白いワンピース風のパジャマを着たこころがこちらを向いて立っていた。綺麗な髪を風に靡かせる姿は私の気持ちを掻き乱すのに十分すぎた。

 

「美咲、少し聞いてもいい?」

 

「……隣、座ったら?」

 

「うん」

 

その気持ちを悟られぬように素知らぬ顔で隣の席を勧める。だが、こころから漂ってくるシャンプーの香りが鼻についた時、若干後悔した。

 

「……美咲、私に相談してくれなかったのって、私と対等で居たいからって言ってたけど」

 

「……」

 

「今の私と美咲は、対等な関係なの?私は美咲を助けてしまったわけでしょう?だから、その……」

 

「……」

 

「私と美咲は、対等な友達で──居られる?」

 

友達で居られるか……どうなのだろうか、とこころの言葉を噛み締めながら自分の気持ちに聞いてみる。

 

私は、奥沢美咲は、弦巻こころの事が好きだ。友人として、人としてではない恋愛対象として。

 

今すぐにでもそれを彼女に伝えてしまいたい。でも、もしかしたらそうする事で彼女を苦しめることになるのかもしれない。

 

「ね、こころ。その質問に答える前に、変な事を聞いてもいい?」

 

「なあに、美咲?」

 

質問に質問を返そうとした私に一瞬驚いたようだが、柔らかく笑って頷いてくれたこころに感謝しつつ尋ねてみることにした。

 

「恋愛感情って、異性の間にしか成立しないものなのかな?」

 

「そんな事は無いと思うわ」

 

即答だった。全く迷いが感じられず聞いた私が少し驚いてしまった程に。

 

「だって、私がそんな事ないって知っているもの」

 

「……そう」

 

そっか、こころにはもう決まった人がいるのか。それが誰なのか、なんて聞く必要は無い。少なくとも私じゃないのだろうから。

 

「こころの質問に答えるね。私達は友達だよ。対等な」

 

わかっていたから、声を震えさせてはいけない。今の私の顔を、こころに見せてはいけない。きっと酷い顔をしているから

 

「冷えてきたし戻ろっか、こころ」

 

「ここまで言っても……………なんて」

 

「え?どうしたのさ、こころ。早く戻らないと風邪ひ──」

 

立ち上がった私の背中に温もりが生まれた。いや違う、これは──

 

「離してよ、こころ。いるんでしょ?好きな人」

 

「居るわよ、好きな人」

 

「だったら「私の今目の前に、私の好きな人はいるわよ!」──はい?」

 

ここ数週間で一番間抜けな声が漏れてしまった。こころの好きな人が目の前にいる?でも目の前には誰も──

 

「だ!か!ら!私は美咲のことが好きだって言ってるの!!」

 

「…………?!」

 

思わず振り返ろうとした私の腰を、こころの細腕がギュッと強く締め上げる。

 

「見ちゃダメ!このままにして!!」

 

「えぇ…………」

 

「は、恥ずかしいから……顔赤いから……」

 

「……」

 

こころの手を無理矢理振りほどいて振り返ってそのまま抱き締める。互いに身長差はないのでハグしてるような格好になる。

 

「ちょっ、美咲──ッ!!」

 

「……ありがとう、こころ。私も……好き」

 

「────っ!!!」

 

こころが更に赤くなったのを体温から感じ取る。その心地良さに包まれながら私は涙を流していた。

 

「美咲……?泣いてるの?」

 

「ごめん……嬉しいの、嬉しいんだけどね……」

 

嬉しいけど、怖い。それは偽らざる私の本音だった。この温もりを失う事が怖くなってしまったのだった。

 

「大丈夫よ、美咲。私はずっと隣にいるわ。離れたりしない」

 

「うん……うん……ありがとう、ありがとうこころ……」

 

こころはずっと、私が落ち着くまでそうしてあやしてくれていた。数時間前と同じように、でも全く違う温もりを彼女は私にくれたのだった。

 




如何でしたでしょうか?上手くお題に添えたのか全く自信がございませんがやりきった感だけはあります()


Twitterや投稿欄で感想を教えて下さると幸いです

最後まで読んで頂きありがとうございました 


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金鳳花

 今回は『亡霊が見た夢』のあすとさんです! 今回の作品に対して、私は何も言えません。とりあえず、インパクトが凄まじかったです。でも、好き。

 テーマ「笑顔だけけれど元気のないこころ」
 作者ホーム https://syosetu.org/?mode=user&uid=154389
 紹介作品 https://syosetu.org/novel/170412/
 作者Twitter https://mobile.twitter.com/astroid1020?s=09


 

10月15日

 

公園のベンチ。私の影。

 

弦巻の令嬢として、ハロー、ハッピーワールド!の一員として、誰かの友人として。私の心は裏表なく常に彼女たちと共にあり、私の行動は彼女たちを思っての事だった。

嘘じゃない。決してこれは嘘ではない。私は本気だった。赤子や聖者、神様にしか希うことが許されないような願望を実現させようとした。恵まれた環境に身を置き、優れた能力を持った私は、客観的に見て自分よりも弱い誰かの為に砕け散るまで走らなければならないのだと。

傲慢だと自覚している。誰よりも罪深いのだと心の底から理解している。されど止まらない。止まらない。恵まれている己がここで立ち止まるのは、共に走ってくれた彼女達への侮辱故。

 

私を通して誰かが笑顔になって。その誰かの笑顔が他の誰かの笑顔を産んで。また他の誰かの笑顔が……。

喜ばしい連鎖。世界で最も美しい伝染病。広まる笑顔の波紋は、私たちがやってきたやってきた事が決して無駄ではなかった事の証明となった。

 

皆が笑顔になって、私も笑う。人生で一番、と迷いなく言えるほどの笑顔を浮かべていたと思う。

 

『きっと、私たちなら』……そう、思った。

けれども。

 

そんな自分を冷めた目で見つめる弦巻こころが、私の側にいた。

思い出すだけでも凍えそうな瞳だった。絶対零度の炎で焼かれているように、震えが止まらなかった。あの目は道端に落ちている石ころを見つめるものだった。つまり、無価値。無駄で、無意味で。

この日記を付け始めたのは、証明のためだ。私が駆け抜けた、そしてこれから駆け抜ける日々が間違いではないという証明。何よりも難しいが、私は。私達はこれを踏破する。

 

 

 

 

 

10月19日

 

生きる活力……一般的に元気と呼称されるもの。私のそれは減少してきているようだ。クラスメイトに心配されてしまった。

明日からはもっと笑顔にならないと。

 

 

 

 

 

10月23日

 

海岸。境界線

 

私達には恐らく境界線がある。自己と他者を分けるラインと言い換えてもいい。この境界線は物質、概念を問わず様々ある。

例えば、肉体。これがある限り、私たちは他者と同一の存在になることは不可能に近い。だが、この肉体というものは物質的なものだ。つまり、この肉体という枷をいずれ人類は克服する可能性もまた、ある。

そうして人間が生身の肉体を持たず、魂などの曖昧な概念で固定される存在となれば、人類は『ひとつ』になることができるのか。

それは、きっと否だ。人間には『心』という境界線がある。そしてこの境界線は概念的……つまり、人間の科学がどれほど進歩しても、この心の境界線は保たれる。人間が人間を真に理解する日は訪れないし、心の尊さや価値が損なわれる日もまた、訪れない。

 

私の心に、果たして意味はあるのか。

 

 

 

 

 

10月31日

 

今日は上手く笑えた。

 

 

 

 

 

11月5日

 

見抜かれない。上手く笑えている。

でも、薫には少し怪しまれた。お願い、気づかないで。気づいたら、私は。

 

 

 

 

 

11月10日

 

教会。言葉。

言葉とは心の劣化品だ。言葉は心の一部を、彩度を落として映す鏡だと思う。

しかし、言葉は喉を通り、声として外界に作用する時、独自の色を持つ。心の色ではなく、きっと言葉それ自体の色。響きやトーンといったものから、言葉では表現できないものまで。言葉には、言葉で表現できない無数の要素を持つ。それはきっと矛盾なのだろう。

だが、私はこれを美しいと思った。言葉でいい表せないものの1つや2つ、言葉それ自体が孕んでいてもいいはずだ。全てが0と1で表される世界だなんて、単調すぎる。そんな世界はコンピュータにでも任せればいい。私たちは0と1の余剰を味わう為には生きている。その余剰を積み上げ、重ね、誰かの記憶に残るものこそが人生だ。

 

私の生も、いつか誰かの記憶に残り、誰かの言葉で以って語られる日が来るのだろうか。私の愚かしくも、きっと美しいはずの理想とともに。

 

 

 

 

 

11月12日

 

噴水前。神さま。

 

神さまとはなんだろうか。最近よくそのことを考える。教会に行って、神父の言葉を聞いて。私は神さまというものがよく分からなくなった。

私達の父たる主。私達を天上の国へと導く主。この世界を作り上げた主。私達の罪悪を裁く主。唯一にして無二の主。

救いと罰を人の子に与える、たった一柱の超越者。その超越者に、果たして理解者はいるのだろうか。いや、きっといない。主は1人で完結しているからこその主だ。完結しているから、人間の救済という途轍もない重荷を背負うことができる。

 

私の願いは、それこそ神さまでしか叶えられないようなものだ。有史以来、人類全員が笑顔になれた瞬間なんてない。誰かの笑顔は誰かの涙の裏返し。カードの表裏みたいに簡単にひっくり返る可逆変化。70億のカード全てが表にするなんて億劫な作業だ。叶うはずのない理想に焦がされた私は、イカロスの如く失墜している。

 

それに。

 

全人類が笑顔になる世界は。完全で、完璧で、全員が幸せで。

でも、どうしようもないほど行き止まりで。先がない世界なんだと思う。

 

 

 

 

 

11月14日

 

窓辺。音楽。

 

私達にとって、音楽とはなんだろうか

Roseliaのライブに行ったあの日から、ずっと考えている。Roseliaにとっての音楽は繋がりそのもの……人と人を繋ぐ架け橋のようなものだと思う。個々人で見ればもう少し違う回答が出るとは思うが、五人というグループ単位で見たときの回答は恐らくこれだと思う。だが、所詮私のような部外者が見て感じたものだ。間違っている可能性は大いにある。

音楽は芸術だ。人生が芸術を模倣する。誰か昔の人が言った言葉だが、その通りだと思う。Roseliaの芸術は情熱的で、激しく……まるで一瞬一瞬を全力で生きている花のようで美しかった。

 

私の体がなければ、私は音楽は作れない。私のこの生活がなければ、作品は生まれない。私が作る音楽というものは、私の経験や心、生活に由来している。私と音楽が、全てイコールで繋がれてしまう。まるで、鏡のように。

 

だけど、私の人生は私の音楽ほど美しくない。私の人生は私の芸術を模倣できていない。私は、私の音楽に理想を落とし込んでいる。つまるところ、音楽で妄想している。誰もが笑顔になった世界という曖昧で漠然としたものを、音楽で表している。いつか、私の人生がそれを模倣してくれるように。

だから、私の音楽は軽い。表現や語彙に厚さがない。私は音楽に理想を見出した。私は私の理想ほど綺麗じゃない。私は傲慢さを振りまく化け物で、私の理想はガラス細工のように綺麗で。

この矛盾が、ずっと苦しかった。

 

音楽が楽しくなくなってきた。

 

 

 

 

 

11月19日

 

何か、大切なものを。

 

 

 

 

 

11月24日

 

石畳。逃避。

 

私は逃げ出したかった。社会や人間関係、学校、友人、人生とか。要するに、私という人間を構成する全部から逃げ出したかった。

逃避とは唾棄されるべきものだ。問題から背けて、何処か遠いところへ逃げ出す。それは弱さであり、罪悪だ。今目を背け、逃げ出しても。必ず何処かのタイミングでまた直面しなければならないのに、逃げ出すのは時間の無駄だと。私はそう思っていた。だが、これは強者や第三者の意見だ

立ち向かいたい、向き合いたい、乗り越えたい。しかし出来ない。だから逃げる

そんな当たり前の思考プロセスを、過去の私は知らずただ自己の理想論を振りかざしてきた。

彼らの目に、私はどう映っていたのだろうか。正しさの化け物だろうか。恐ろしい悪魔だろうか。それとも、背中を押す天使か。

どちらでもいい。等しく恐怖の対象という点では変わらない。

 

私も、何もかも捨てて逃げれば。どこか遠くに行って、思い出の外に座れば。ここまで落ちぶれることはなかったのかもしれない。

いや、違う。違う。違う。私は逃げれるほど強くない。私が逃げるには、暗闇の中手を引いてくれる優しい誰かが必要だ。主体性すらないなんて、本当に人形みたいだ。

 

 

 

 

 

12月3日

 

心の中に、ぽっかりと穴が空いたような感覚。埋まらない、埋めれない穴。私の中の何かが崩れ落ちて空いた穴は、私の心を虚で埋め尽くす。何をやっても楽しくない。毎日が褪せて見える。私だけ昨日に取り残されている感覚さえ覚える。

前が見えない。前を向かない。過去が愛おしい。昨日が惜しい。言い訳ばかりだ。足を前に出せない

 

 

 

 

 

12月10日

 

私にだって信念があった。それに向けて全力を尽くしてきた。だけど、今では。それはゴミ箱に捨てることができるような重さになってしまった。

 

 

 

 

 

12月13日

 

ベランダ。涙。

 

久し振りに涙を流した。泣かないように努めてきたつもりだったが、心を抉られた痛みには無力だった。

涙は遅延性の毒だ。感情に色づいた涙は全て毒だ。悲しさの涙も、嬉しさからの涙も。感涙さえも。毒ではない涙なんて、欠伸の時に出る涙だけだ。

感情は欠落で、不完全で、弱さだ。その弱さを正当化する麻酔が涙だ。自己陶酔と言い換えてもいい。そんなものは慰めにすらならない、真性の毒だ。しかも、誰もが涙にある程度の価値を見出している。ヒ素よりも面倒で、厄介だ。

涙なんて、ただの液体なのに。強い感情を外部に伝え、自分を正しいと思い込ませる毒なのに。誰もがそれを認めようとしない。

そう思うと、周りの人が途端に化け物に見えてきた。誰もが自己正当化の毒を隠し持っている、自尊心の塊に見えてきた。

 

私が子供に向けて歌っていた、その隣で。通りすがりの人がポツリと呟いた。「くだらない歌だ」って。

 

 

 

 

 

12月19日

 

どうでもいい。

 

 

 

 

 

12月21日

 

もう、どうでもいいんだ。

 

 

 

 

 

1月19日

 

笑えている。笑えているのに、どこか空虚に感じてしまう。心の底から笑えていない。表情を取り繕うことしかできない。こんな笑顔は、笑顔じゃない。私じゃない。

 

 

 

 

 

2月28日

 

何も書けない。

 

 

 

 

 

3月1日

 

何もなくなってしまった。それこそ、浜辺の砂の城のように。いっそのこと、私も崩れてしまえばいいのに。

 

 

 

 

 

5月11日

 

何も書けない。

 

 

 

 

 

6月1日

 

この町に雨は降らない。梅雨時だというのに、ひどく乾いている。

 

 

 

 

 

7月30日

 

何も書けない。

 

 

 

 

 

8月1日

 

眼が邪魔だ。

 

 

 

 

 

10月1日

 

今日は

何も書けない。

 

 

 

 

 

12月31日

 

書斎。停止。

 

この日記を書くのを止めようと思う。誰に見せるつもりもない日記に、こんなことを認めるのは自分でも少しおかしいと思う。

おそらく、私にとってこの日記というものは自己を戒めるための鎖であり、どうにもならない傷そのものだ。そして、日記を読み返す行為は傷口の切開を指す。

要するに、私は耐えられなかった。傷口が生む痛みに。日記が見せる、どうしようもないほど醜い自分に

 

 

 

 

 

7月6日

 

もう戻れない。

 

 

 

 

 

7月13日

 

バス停。ピリオド。

 

1週間前、私は音楽をやめた。受験だから、と適当に理由をつけてハロー、ハッピーワールド!を解散させた

勿論、本当の理由は違う。恥ずかしかった。ただ、自分の心が恥ずかしかった。私の影が皆んなを見下している事実が、ただただ苦しかった。

だからやめた。何もかもを捨てて、逃げ出した。逃げ出したら、穴が空いた。その空いた穴には何もない。なにも埋めたくない。私達の思い出は唯一無二だから。今更別の思い出を注いだ所で、この穴が塞がる訳がない。

この穴が感情の源泉だ。この痛みこそが正しさだ。正当性のある痛覚は欠落を刺激するが、決して麻酔は出ない。

 

誰よりも身勝手だった私が、今更毒に縋るわけにはいかない。

 

 

 

 

 

8月4日

 

四畳半。歩く。

 

あの屋敷を、私は出た。あの場所にいると、私は何者にもならないような気がしたから。

いや、それすら嘘だ。何者にもなれないことが怖くて、逃げ出した。毒を流して。最低限のお金と、この日記帳と、ペンを持って。

家事を覚えて、なんとか一人で暮らせるようになった。洗濯機すらまともに使うことができなかった私が。少しは以前の私よりも進歩したと思うが、根本的な問題はまだ残っている。

何もかもが満ち足りたあの場所から逃げ出したのは、自分を見つめ直すためだ。音楽と、私の夢と、私自身を。

音楽について。音楽をやめてもう1ヶ月近く経つけど、なにも変わっていない。そう、なにも変わっていない。音楽をやっていた私と、音楽をやっていない私の差が一切ない。その事実が只々苦しかった。

私の夢について。神さまや赤子、聖人にしか願うことが許されないようなもの。抱き、願い、叶えようとすると生まれる痛み。それはきっと高潔でなければ耐えられない。痛みの中でも自己を見失わない、とても正しい羅針盤を持たなければならない。高潔な精神とはコンパスなのかもしれない。

私自身について。私の影とは私だ。そんな当たり前のことすら忘れていた。認めなかった。認めたら、私の完全性にヒビが入るみたいで。私はただ傷つきたくなかっただけの臆病者だ。

 

でも見つめることはできない。逃げだして、2日目に気づいたことだ。私は眼が邪魔だと思ってしまったから。私はあの時からすでに盲目で、白痴だ。

 

全部。全部が無駄だった。そんな当たり前のことを、今になってやっと気づいた。

 

 

 

 

 

8月6日

 

随分遠くに来た。

 

 

 

 

 

8月8日

 

教会。人間らしく。

 

結局、人間らしさというものが私には分からない。

こうやって自分の影と対峙し、乗り越えていくのが『人間らしさ』なのか。

それとも自分の影から逃げ続けることこそが『人間らしい』のか。

正解がどうであれ、もう私には関係がない。私は負けたのだ。自分の闇に。もう、私には笑うことすらできない。表情筋を動かし、『相手の警戒心を解き、安心感を与える表情』を作る事はできるが、それは笑顔とは呼ばない。呼べない。呼ばせない。セピア色の私の過去がそれを拒絶する。

私はこれから死んだようになる。朽ち果てた理想の上を歩く。過去の痛みが断頭台の刃となり、今の私へ向けて振り下ろされる。

理想に裏切られたわけではない。初めからあの理念は輝かしい。そして今もきっと。

だが、私は違う。私の生命の輝きというものはもう褪せてしまった。ひび割れ、継ぎ接ぎだらけになってしまった。それこそ、死んだ人のように。

こんな理想を抱くのは全くもって人間らしくない。本当に神様にでもなったつもりだったのか。子供らしく、有りがちな全能感に酔い。嘔吐して。あぁ、なんて愚かしく罪深い。

 

最後まで私はこれだ。

どこまでいっても自分の夢ばかりで。理想論と性善説だけを振りかざして。目の前で泣いてる誰かを見て見ぬ振りをしてきた。

利己的で理想ばかりを見る、夢狂いの醜い化け物。

私には、結局笑顔しかなった。それを自覚することもせず、ただ傲慢にも走り続けた。今ではその笑顔というアイデンティティすら闇に溶けて、消えた。

 

私は誰かを演じる貴女に光を見た。

私は誰よりも真っ直ぐに走る貴女に道を見た。

私は誰よりも思慮深い貴女に優しさを見た。

私は着ぐるみ姿の君に神様を見た。

 

私達5人で過ごした時間は、全てに勝る宝だ。だから、その宝物はせめて。

 

せめて、美しいままに。

 

 

 

 

 

8がつ8にち

 

Last will.

あかいがいがたりない。あかいがいがたりない。あかいがいがたりない。あかいがいがたりない。あかいがいがたりない。あかいがいがたりない。アカイガイガタリナイ。akaigaigatarinai。aaaaaaaakkkkkAaaaaaKaaaたりないたりないたりないたりナイタリナイtarinaiたりtatatatatatatatannnnnnnaaaaaaaiiiiii___________________。けいもうケイモウヲkeimouwo。わたしはzinnruiの収kakuヲ。reimeikihasugisatta.imakoso

 

何かが崩れ落ちる感覚だけが、私を繋ぎとめていた。私の命よりも大切な何かが音を立てて崩れていく。この日記ですら惰性で書いてる。私が書いた覚えがない文章がいくつも混ざっている。もう私は正気ではないのかもしれない。

だが、これでほうきぼしがめぐり、じんるいはあらたなるしんわをきりひらく。いまこそまびきをじんるいのまびきを。いいと思った。

無意識のうちに自分以外の誰かを見下していたこの愚かさには丁度いい報いだ。発狂する感覚や、自我が別の何かに塗りつぶされていく感覚というものは中々に得難いものだ。未知を見せてくれた私の影にも、少しは感謝しなければいけないかもしれない。

だが、もうどうでもいいことだ。そう、どうでもいい。なにもかもが、些事だ。私が欠陥を抱え、欠落を認めず、故障を否定した生命であるという事実の前では。何もかもがちっぽけだ。認めない。認めない。

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8月9日

 

さようなら。

 

 

 



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