森久保乃々は静かに暮らしたい (たんすP)
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[異世界の迷い人]森久保乃々

「あの……そ、その、もりくぼ、おうちに帰りたいんですけど……」

 

 恐る恐るそう口にしましたが、全く取り合ってもらえそうにありませんでした。というかそもそも日本語が通じてません。

 

 いくすきゅーず? あーゆーおーけー?

 

 えっと……こういう時、なんて言えばいいんでしょう。日本語でさえあんまりなのに、英語で話せだなんて……もりくぼ、異国の地で溶けてしまいますけど……

 

 というか、この作業服とキャップの方達は一体誰なんでしょうか。警察ってわけでも無さそうですし、衣服にはSPEED-WAGONと書かれていますが……

 スピードワゴン? 運送業者か何かでしょうか。

 

 とりあえず、食事とか衣服とか個室を与えてもらえるそうなのでもりくぼは黙りますけど。

 

 ここに来てから色んなことがありましたが、一向に帰らせてもらえる気配がありません。砂漠のウサギくぼ、寂しすぎてしんでしまいます。……ここは、ただの部屋ですけど。

 

 部屋にはピンク色の壁紙が張られ、可愛らしい小物が机や本棚のあちこちに見られました。

 

「かわいい部屋……でも、もりくぼには広いし眩しすぎます……うぅ、帰りたいぃ……」

 

 でもここから出るにはあの人たちに会わないといけないし……そもそも何の目的でもりくぼを閉じ込めておくんでしょうか。

 

 はっ……! もしかしてこれって、新手のいぢめ……? こんなもりくぼだから、無理矢理にでも人とコミュニケーションとらせようと……

 

 ひいぃぃっ! そ、そんなことされたら、もりくぼは尚のこと閉じこもりますけど……!

 

 

 

……引っ張り出されました。き、急に知らない人たちに囲まれて……ひぅっ! 目が、目が怖いんですけどぉ……!

 

 健康診断、ですか? もりくぼ、病気か何かだと思われているんでしょうか。

 

「あ、あの、もりくぼはどこも悪いところはないので、そっとしてもらえると……あ、通じませんよね、そうでした……」

 

 熱とか食欲とか記録しただけで、すぐに波は去りました。頭は元々痛くありませんし、用意されたものは日本食だったため問題なく食べられています。

 

 で、でもこれで終わりなわけないですよね。これ以上は……たくさんの視線を向けられるなんて、考えるだけでも……むぅーりぃ……

 

 

 ひっ! ……な、なんでしょう、またドアが開いて……忘れもの、ですか……?

 

「失礼する」

 

 音の方へ振り向くとお腹が視線の先にありました。あ、いえ……椅子に座っていましたし、その人がかなりの長身だったもので……

 

 見上げるほどの、おそらく180cmは優に超える男性は、体格の差はあれどまるでお相撲さんのような圧力を感じます。……実際に相対したことはありませんけど。

 

「少し話を伺ってもいいだろうか」

 

 英国風の顔立ち。ハーフの方でしょうか。物腰は柔らかですが眼光は鋭く、森の小動物でしかないもりくぼには隠れるほかありません。

 

 机の下に逃げ込んだもりくぼを見てその人は呆れたように「やれやれ」とため息をつきました。その後に続けて、「スタンド使いには妙なやつが多くて厄介」とも。

 

 なぜもりくぼは初対面の人に腫れ物扱いされなければならないのでしょうか。そして身を隠すための椅子が取られてしまい、代わりに彼が腰掛けます。

 

 その人は、自身を空条承太郎、と名乗りました。これは……私も名乗らないといけない流れでしょうか……

 

「もりくぼはもりくぼですけど……いえ、森久保乃々と、言いますけど」

 

 それが、私と空条承太郎さんとの最初の出会いでした。




ノノの奇妙な冒険開幕です。
森久保にこんなことさせる作者を森久保Pは殴ってもいい。


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[異世界の迷い人]森久保乃々+

 もりくぼ、承太郎さんの迫力に圧されて大事なことを忘れていました。ここに来て、初めて日本語で会話できていたんです。そう、日本語で。

 つまり意思疎通ができているということです。

 

 ならば、私の意思も同様に伝えられるということでもあります。意見が通るとは限りませんが。……そもそも、もりくぼには話しかけることさえ課題なんですけどね。

 

 とりあえず、要求することは帰宅させてもらうことでしょうか。……あれ、でも帰るって……もりくぼはどこに行けばいいんでしょう。

 

 いえ、お家であることは間違いありませんが、その、私の家ってどこ……?

 

「どうやら自分の名前は覚えているらしいな」

 

「えっ、えっ……それって、どういう……?」

 

 自分の名前、森久保乃々。もちろん知っています。忘れるはずがありませんし、他にも忘れられない思い出が……あ、あれ?

 

「森久保乃々、君はつい先日まで原因不明の熱で倒れていた。何しろ数年もその状態だったものだから記憶に影響したらしい。幸い、命に別状はなかったがな」

 

「す、数年……?」

 

「具体的には9年と8ヶ月。その長い期間、君は床に伏していた。身体になんの異常もなく、だ」

 

 9年……承太郎さんの言葉を受けても、あまり衝撃を受けませんでした。驚きを通り越して、もはやもりくぼの感性では実感しきれないのではないかと、思います。

 

「これは、明らかに異常なことだ。普通なら、例えアスリート選手と言えど数ヶ月も寝込めばそれなりのリハビリを強いられる。全身の筋力の衰えで、日常生活もままならないからだ」

 

「……じゃ、じゃあ9年も寝ていたもりくぼは一体……?」

 

「この際はっきり言っておくが君は異常だ。ここで言うそれは『普通でない』という意味だが」

 

 そして彼は続けて「この先も君は『普通でない』事件に巻き込まれていくだろう。スタンド使いならな」と何やら預言者じみた言葉を放ちます。

 

 もりくぼには何が何やらですが、先程から気になっていたことが……

 

「その、スタンド使いっていうのは……」

 

「この悪霊のようなものが見えるだろう」

 

 すると、承太郎さんの体からスッと青い肌の人が現れて隣に移動しました。

 

「ひぃっ!」

 

 ゆ、幽霊が……! あうぅ、驚きすぎて頭ぶつけてしまいましたし、怖くて痛くてぶるくぼなんですけど……

 

「安心しろ。こいつは決して危害を加えたりはしないし、幽霊とも違う」

 

 幽霊じゃない……? た、確かに肌の色以外は普通の人みたいですし、角張った骨格や静止している様はむしろ機械のようというか……

 サイボーグ……でしたっけ、そんな印象を受けます。

 

「で、でも、今、体から出てきたように見えましたし……足も使わずにスーッと平行移動を……い、いわゆる背後霊ってやつなのでは……?」

 

「こいつは俺の精神エネルギーを形にしたもので、俺の意思で動かすことができる。……こうやって、ライターに火を点けたりな」

 

 青い人が承太郎さんのポケットからライターを取り出して、点灯します。幽霊でないかはまだ分かりませんが、承太郎さんの指示に従っているのは確かなようです。

 

「これが幽波紋(スタンド)と呼ばれるものだ。そしてスタンドは同じくスタンドを持っている者にしか視認することができない」

 

「……逆に、そのスタンドっていうのが見えたらその人はスタンドを持っているってことで……つまり……」

 

「その人物こそがスタンド使いと呼ばれる」

 

「な、なるほど……えっ、でも、もりくぼはそんな強そうなの、出せませんけど……」

 

 仮に出せたとしても、隣に知らない誰かがいつもいるってだけで……お、落ち着かないぃ……

 できるなら、やめていただきたいんですけど……

 

 すると承太郎さんが私の顔の横――肩辺りでしょうか、こちらを指差しました。

 

「スタンドの形はどれも一様でない。君の場合、それがスタンドなのだろう」

 

 言われ、肩を見ると一匹のリスがいました。こちらのことなど意も介さず、マイペースに毛づくろいをしている小動物が。

 

 小さいと言っても、サイズは大人のリスほどもあり、それなりに重量がありそうなものですが、なぜだかちっとも重くありません。

 前から不思議に思ってたことですが、それってつまり……

 

「この子、実物じゃなかったんですね……」

 

 何となく察しがつきました。もりくぼは異常らしいですが、それは9年も眠っていて無事だからで、そしてスタンドを持っているから。

 それらは決して互いに無関係ではないのでしょう。もりくぼは、元々体が丈夫な方ではないですし。

 

 スタンドの形は人それぞれだと承太郎さんは言っていました。それなら、スタンドが引き起こす異常も人によって違うかも。

 いえ、この場合、スタンドがもたらす力と言ったほうがいいでしょうか。

 

 承太郎さんなら、スタンドを自分の意思で動かす力。もりくぼは……

 

「ああっ!」

 

 突然、部屋の隅から声が聴こえました。それとほぼ同時に、いつの間に積み上げられていたダンボールが崩れます。

 な、なにごと……?

 

「やってしまいましたぁ〜。この服、やっぱり暑いし窮屈で……」

 

 中から、脱ぎかけの作業服の女性が現れます。か、肩がはだけていますけど……

 

「……」

 

 承太郎さんが彼女を見て絶句しています。驚いた様子はなく、むしろ呆れているようで……もしかして最初から気づいていたんでしょうか。

 

「ええと、まだ会話の途中みたいですけど、いいですよねっ。あなたが森久保乃々ちゃんで合ってますか?」

 

「えっ」

 

 まさかのもりくぼです。思わぬ指名に、返答が追いつかずに固まってしまいました。その、もりくぼはか弱い生き物なので、取り扱いには気をつけていただけると……

 急に声をかけられるなんて、慣れていませんので。

 

「あれ? もしかして間違えちゃいました〜? ブロンドヘアーの先をクルクルに巻いた14歳の小柄な女の子ってきいたんですけど」

 

「あ、はい、もりくぼ……ですけど……」

 

「ああ、良かったですっ。私てっきりまたドジをしてしまったかと〜。でも大丈夫みたいなので早速いきますね。アクセプトさん、お願いしますっ」

 

 彼女はそう言って、突然私の方へと駆けてきます。しかしその速度は思いの外ゆっくりで、代わりに飛び出した人影がもりくぼへと急接近し、その拳をふるいます。

 

 何かが弾けるような、それでいて重い衝撃音が、もりくぼの耳を貫きます。見ると、承太郎さんがスタンドで庇ってくれていました。

 

「やれやれ、こいつはなかなか厄介だぜ。仗助と同じくらいのパワーなんてな」

 

 ぜ、ぜんぜん何が起こったのか理解できなかったんですけど。あの女の人もスタンドを動かしたのであろうことはかろうじて分かりましたけど、その、正直ロボットみたいなものかと思っていたので……

 

 想定していたのより、ずっと速いんですけど……!

 

 恐らく、自動車並みの速度でした。そんなの人間が出していい速度じゃありません。反則じゃないですか……?

 

「えいえいえいっ!」

 

 ドッドッ、とスタンド――アクセプトさんと彼女は呼んでいました――がさらに拳を打ち込みます。

 その筋肉質な大男のようなスタンドは、筋繊維をむき出しにしてさながら理科室の人体模型のような、されどそれよりももっと異様な雰囲気を出しています。

 

 あ、あれ、不思議です。今アクセプトさんは3回たたいたはずですが、聞こえてきた音は2回、最後のは無音だったような……?

 

 承太郎さんもその違和感を感じ取ったのか、ほんの少し身を引きます。しかし、もりくぼを庇っているせいで、結局その場でアクセプトさんの豪腕を掴みとどまるしかないようでした。

 

 ほんの少し、互いに動きが止まります。どうしてでしょう、おふたりとも腕を振るおうと思えばできるのに、それをしません。

 

 もりくぼのただの勘ではありますが、女性は何かを狙っているようで、承太郎さんははじめから危害を加えるつもりがないような、そんな気がしました。

 

「私は森久保乃々ちゃんに用があるんですっ。邪魔するとこうですよっ」

 

 彼女がそう言うと、青い人の左肩が何か強い力によって弾かれ、そのまま全身を後ろへ吹き飛ばしました。

 か、体が壁に打ち付けられて、凄い音が……あぁ。

 

 怪我を負いながらも承太郎さんはゆっくりと立ち上がり、服のホコリを払い、帽子を直します。何ら問題はない、そう態度で伝えているようで……

 

 しかし次の瞬間私の目に入ってきたのは、操り人形のように垂れ下がる、その人の左腕でした。



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[アクセプト]十時愛梨

 承太郎さんの、肩が……

 

 見たところ二人の攻防に力量差は無かったように感じました。それどころか、難なくアクセプトさんの拳を防いでいる承太郎さんの方が余裕さえあるように思えていたのです。

 

 でも、これがスタンドの力……速さもそうでしたが、それが人智を超えたものであることに少し実感が湧いてきました。

 

 っ! そんなことより承太郎さんが、承太郎さんはもりくぼなんかを庇ってあんなに……つ、机に隠れている場合じゃ、ないかも……

 

 うぅ……出るしか――

 

「――出るの、手伝ってあげますね〜」

 

 ゆったりとした声が、上から聞こえてくると同時に、アクセプトさんの拳が机へと振り下ろされます。

 声は穏やかでも、行動が全く釣り合ってないんですけど……!

 

「ひぅっ!」

 

 すぐに衝撃に備えて頭を抱えます。しかし直後には何事もなく、僅かに遅れて真上ではなく私の左隣から、まるで金属がへこむような鈍い音がしました。

 

 瞬間、音の発生源である机の脚二本が浮いて……視界が開けた先には、腕を振り絞ったアクセプトさんがいました。

 

 あ、ぁ……もりくぼ、何かわるいことをしたんでしょうか。ここにいて、迷惑だったでしょうか。

 

 もう、何かを考えるのも、むぅ……りぃ……

 

「目を開けるんだぜ森久保。面倒事からはそれで目を背けられるかもしれないが、手を差し伸べられてることにも気づけない」

 

 え……?

 

 承太郎さんの声が聞こえて、目を開ければ彼のスタンドに腕を掴まれているアクセプトさんの姿が。

 しかしその動きはそれでも止まらず、足を上げて踏みつけようとしてきます。

 

『スタープラチナ・ザ・ワールド』

 

 承太郎さんがそう言った直後、私の目の前には部屋のドアがありました。

 あ……え……? 部屋の隅と隅、かなりの距離があったはずなのに……一体何が、もりくぼの身に……?

 

「承太郎さん……?」

 

「相手はかなり強力なスタンドだ。正直穏便に済ませるなんざちと希望を持ちすぎてるって話だな」

 

 彼は、私と同じく困惑気味の女性を見据えて「だが……」と加えます。

 

「一つだけ策がある。……とっておきのな」

 

「策……?」

 

 アクセプトさんの「力」を乗り切るほどの策……一体どんな凄いことが……

 

 すると承太郎さんは青い人を立たせたまま、振り返って私とすれ違いドアノブに手をかけます。

 

「ひっ!」

 

「逃げるぜ森久保。舌噛むなよ」

 

 私は突然、承太郎さんに担がれるように抱えられ、通路を風をかき分けながら進みます。

 

「ひぃぃぃっ……」

 

 驚きのあまり、声にならない声が出ました。思わず漏れ出た、しかし圧により押し込められたような声が。そんなもりくぼに、承太郎さんが言います。

 

「彼女が君を追っている理由は分からないが、恐らく彼女の裏には何者かがいる。その何者かに、君は今後も狙われ続けるだろう」

 

 理性を保っていられるかギリギリのもりくぼに、先程よりも冷静な声が響きます。もう、返事をする余裕なんてありません……すみません……

 

「スタンドによる悪意はスタンドにしか防げず、スタンドでしか裁けない」

 

「ぅ……は、ぃ……」

 

 掠れるような声をかろうじて発すると承太郎さんが僅かに首を回してこちらを見たようです。ご心配なく……もりくぼ、こんなにお世話になってるので、承太郎さんの話を聞き終えるまでは、魂が抜けないように何とか耐えますので……

 

「スタンドを使え、森久保。これは君自身の問題だ」

 

 そしてもりくぼはその場に降ろされます。それと同時に、承太郎さんの頭に乗っていたリスさんが私の肩に飛び移りました。

 

 連れられたバルコニーは今までの緊迫感とは対象的に爽やかで、涼やかな風に木々の葉が揺れています。その中、承太郎さんが口を開きます。

 うぅ……鋭い目、逃げられませんけど……

 

「こちらがいつも助けられるとも限らない。君のスタンドは恐らく戦闘向きではないが、使い方次第だろう」

 

「……え、あの……でも私、どんなことができるかなんて分かりませんけど……」

 

「……自分のスタンドにでも訊け」

 

「えぇ……きいたら、教えてくれるんですか……?」

 

 その、疑ってるわけじゃありませんが、もりくぼの常識をこえる出来事が多すぎて、何を信じたらいいのか分からなくて……

 でも、身を挺してこんなもりくぼを守ってくれた承太郎さんは信じても……いい、のかな……

 

 すると、肩に乗っていたリスさんがその上をちょこちょこと動き出します。く、くすぐったいぃ……

 

 その小さな体は私の腕を伝って手の先へと動き、それに従って私も腕を上げて手のひらを返して両手で器を作ります。

 

「……?」

 

 そしてリスさんが私の手の上に乗り、こちらを見上げてきます。

 なんでしょう……? 今、私がしようとしたことをリスさんは先に理解していたような……

 

「来たな」

 

 承太郎さんの声に、はっとして私も同じ方向を見ます。赤い筋を全身に張り巡らせた大きな男性が、姿を表しました。

 彼は私を見るなりすぐにあっという間の速さで近づき、その腕を振るいます。

 

 一瞬のことでもりくぼは動くこともできず、立ち尽くしていましたがすぐさま承太郎さんのスタンドが立ちはだかり、自身の腕を引きながら彼の拳を掴み、軌道を逸らすようにしてそれを押しやります。

 

 次に繰り出されたもう片方の腕も、肩から下すべてを器用に使い、アクセプトさんの勢いを失わせることなく、されど活かすこともさせず対処します。

 そしてそのまま組み付き、アクセプトさんの動きを封じました。

 

「うーん、あなたのスタンド、すごい力ですね〜。でも、今度は無事じゃいられませんよ〜っ」

 

 するとアクセプトさんが承太郎さんのスタンドの頭を押さえ、首を後ろへ倒します。

 勢いをつけて振られた頭が、そのもう一つと激突して……しかし拍子抜けしたように擦れた音すら聞こえませんでした。あれが、アクセプトさんの力なのでしょう。

 

「どれだけ強くても、心臓に『衝撃』を受ければひとたまりもありませんよねっ?」

 

 女性は笑顔で言います。や、やっぱり表情と行動がマッチしてないんですけど……

 

 いえ、それにしても衝撃……と言いましたよね。そうです、はじめの、承太郎さんと拳の打ち合いのときも一瞬音が途絶えたかと思ったら、承太郎さんの肩が衝撃を受けて……

 机も……台を叩いたはずが脚が浮いて……

 

 衝撃……彼女はそれを、自由に移動させているのでしょうか?

 そうだとしたら、し、心臓って、大変です……!

 

 思わず駆け出すと、それよりも先にリスさんが飛び出し、すぐ正面にいた承太郎さん本人の頭に乗ります。そして意味ありげにこちらを振り向くと、

 

『寄れ』

 

 そう言っている気がしました。

 よく、状況が掴めませんが、言われるがままに承太郎さんとの距離を狭めます。

 

『もっと寄れ』

 

 リスさんはしゃべっているようではないのに、聞こえるわけではないのに、伝わってきます。

 少し、承太郎さんの動きが遅くなった気がしました。

 

『もっと近くに』

 

 なおもリスさんはそう告げてきます。

 こ、これ以上は承太郎さんにくっついてしまうんですけど……

 ここじゃだめ、ですか……? あ、はい、わかりました……

 

 うぅ……こんなに近くまで人に近づくなんて……もし、こっちを見られたら、恥ずかしさで溶けてしまいそう……

 

 あうぅ、リスさんに催促されてしまいました。はい、承太郎さんの背中に、体重を預けるだけですけど。ぴとくぼですけど……

 

 承太郎さんにくっつくと、なんだかその背中は石のように硬くて、まるで固まってしまったような……

 

「えっ」

 

 そう発したのはあの女性でした。

 そして次の瞬間に地面のコンクリートが弾け飛んで、驚く彼女の表情とともに映ります。

 

「弾かれちゃいました〜。でも……なんでかな?」

 

 私のそばでは、今も固まった承太郎さんが損傷もなく立っています。比喩ではなく、本当に固まった承太郎さんが。

 

 そしてリスさんが彼から身を離すと、氷が溶けるよりもはやくその固まった体が動き始めます。

 

「あぁ……そっか……」

 

 ようやく気づきました。今までずっと伝えてくれていたのに、気づけないでいました。心のどこかで、拒んでいました。

 

 でも、もう目を背けません。

 

 これは……自分自身だから。

 

 その子の名は「ウィーザー」。『維持』の力を持つスタンドです。




・ウィーザー
本体:森久保乃々
破壊力:E
スピード:C
射程距離:C
持続力:A
精密動作性:B
成長性:C

スタンド自体に意思があるが、本体とは大雑把な会話しかできない。スタンド能力は「維持」。スタンドが触れたもののあらゆる状態を維持することができる。しかし本体との距離によって持続時間と効果範囲が大きく影響するため本体が近づかなければ完全な維持はできない。
スタンドとしてのステータスは低く、非戦闘型だが、扱いによっては非常に強力なため、本人は拒んでも連れ回されそう。


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[アクセプト]十時愛梨+

「うーん、これって森久保乃々ちゃんのスタンドのせいですかぁ?」

 

 女性は疑問を投げかけるように、しかしどこか確信を抱いて首を傾げます。

 うぅ……全部がもりくぼの意思ってわけではないので、そんなに注目しないでもらえると……すみません……

 

 でも、分かりました。あの女性に近づけば、もりくぼが近づきさえすれば、彼女をなんとかすることができます。

 

 うぅ、足が重い……でも、これ以上承太郎さんに迷惑を掛けるわけにも……ここはもう、何も考えずに、や……やけくぼですけどぉっ!

 

「もりくぼ、行きますっ!」

 

 ふふっ、ふふふふっ。もう何もこわくないんですけどっ!

 

 だって、アクセプトさんがもりくぼに何をしようとしても、平気ですからっ! リスさん――っ!

 

 

 

 

――あ、あれっ?

 

 ど、どうして承太郎さんが私の前に……?

 

「やれやれ、どういう心境の変化か知らないが無茶はするもんじゃないぜ。この場を切り抜ける、何かしらの策がなければな」

 

「また弾かれちゃいました〜」

 

 その声を聞きながら私が困惑していると、リスさんが何やら伝えてきます。五感、状態……

 あっ、そ、そうです……私の状態を全て維持するということは、当然目も耳もそのままで、なによりその情報を処理したり考えたりする脳が、維持された……止まったままになりますよね……

 

 えっと、えっと、どうしましょう……やけで飛び出しましたけど、数秒で消火されてしまいました。

 

「不思議な能力ですね〜。硬くするのか、固まらせるのか……でも、ずっとってわけじゃないですよねっ?」

 

 再びこちらへアクセプトさんが走り……承太郎さんのスタンドが立ちふさがりますが……両足で跳び、体重をかけるように着地したアクセプトさんは彼を軽々と跳び越す大ジャンプをしました。棒高跳びの選手も顔面蒼白です。

 

 そして私の後ろへ足をおろしたアクセプトさん。着地の音もさせず、きちんと衝撃を活用することを忘れていません。

 

 か、感心している場合じゃありませんでした。維持を……でも、それだけじゃきっと破られてしまう。

 アクセプトさんの打ち出した拳が、素早く、しかしゆっくりと近づいてきます。感覚だけが時間に取り残されたような……

 

 も、もしかして今なら、今触ったら、アクセプトさんの動きを止められるかも……

 アクセプトさんの出した腕よりも何十倍も遅くですが、もりくぼも手を伸ばします。それと同時に肩から飛ぶリスさん。交わる3本の線。

 

 いえ……! リスさんの飛距離が僅かに足りず、先にアクセプトさんが……!

 

 ブン、と風を豪快に切る音がしました。か弱いもりくぼの体など空気も同じと言うような、力いっぱいの一撃が。

 

 少し遠くに見えるアクセプトさんが張った肩の筋肉を見せます。あれ、景色も一緒に遠くに……もしかして、後ろに下がったのはもりくぼ……?

 

「あまりこちらも余裕がないんだがな」

 

 あ、あぁ……また助けてもらってしまいました。でも、今の一瞬の間にどうやって……? ものすごく速いとか、そういう話ではないのでしょう。もっと、得体のしれない何かを、感じました。

 

 もし、今起こったことをありのままに話すのなら、自分がしていない行動を気がついたらしていた、そういう感じでしょうか……

 

「観察や考察も重要だが、目を向ける相手を間違えれば命取りだ。ましてや森久保、お前は自分自身のことも見えていない」

 

「あ……はっ、はい……!」

 

 そうです、今は承太郎さんではなく、アクセプトさんの動きを見ていないと。でも、自分のことも見えてないって……私はそもそも何ができるのか、ちゃんと分かってませんし。

 自分のスタンドのこともきちんと理解して……相手のことも見逃さずに……あうぅ、頭がわれそう……

 

 頭を抱えようとした私は、ふと違和感を覚えます。リスさんの乗っている腕がぴたりと動かなくなっていました。う、腕だけを維持してる……?

 

 あ、そ、そうですよね……他人にできたことです。他のことだって……例えば体の一部を固めることだってできるはずです。

 

 いえ、固まった手でも……ちゃんと体温を感じます。腕の外側だけが、うまくその形を維持されています。リスさんが咄嗟の判断でしてくれたのでしょう。

 

 リスさんが、ヒントをくれました。これなら……身を守るために周囲が見えなくなるなんてことはなくなるはずです。

 

「あっ」

 

 突然女性が、何かに気づいてアクセプトさんを私のもとへ向かわせます。来る、と身構えましたが、どうやら狙いは私を庇う承太郎さんだったようです。

 

 走りながら両手を勢い良く互いにぶつけ、しかし音はせず、直後には握りこぶしが真っ直ぐに迫ってきました。

 横から承太郎さんがその軌道を逸らそうとスタンドの手を伸ばしますが、突如としてアクセプトさんはその動きをとめ、全身を使って彼に体当たりをしました。

 

 弾けるような衝撃が、二つの体を吹き飛ばします。飛んでいったスタンドは承太郎さん本人を巻き込んで外へと遠くなっていきます。一方でアクセプトさんは建物の壁に当たりますが、当然のように音を消し、何事もないようにその場へ足をおろしました。

 

「せっかく教えてもらったのに、うっかり忘れちゃってました〜」

 

 なによりも、あれだけ激しいぶつかり合いの後にもかかわらず緊張感の抜けた声と表情を浮かべていることに恐怖さえ感じます。

 よほど肝の据わっている人なのでしょうか……こっちを、見ないでくださいぃ……

 

 すると、アクセプトさんはもう一度承太郎さんの方向へ歩き出し、少しして立ち止まります。

 

「空気の粒って、物凄く速く動いているんですよね。今、こうしている間にも、たくさんの粒が私達の体に当たって、そしてアクセプトさんにも……」

 

 その瞬間、地鳴りのような細かい振動が、もりくぼの足元まで響いてきます。あえぇ……今度はなに……?

 

 止まったアクセプトさんはそのまま片膝を地面につかせて、弾くように少し前の床を叩きました。

 今度はもっと大きな揺れが起き、彼がいる場所から先が折れるようにして崩れていきます。

 

 あぁ……こんな、ひどい……

 

「これでしばらくは邪魔が入りませんよねっ」

 

 そう言って笑顔で、彼女はこちらへと視線を変えました。

 

「これで最後ですよ〜、森久保乃々ちゃんっ!」

 

 ゆっくりと、アクセプトさんがひた、ひた、と私に向かって歩いてきます。そして彼の歩いてきた場所は、破裂したような歪な足跡が刻まれていきます。

 

 ちょっと怖すぎませんか……? もりくぼみたいなか弱い生き物に、ここまでしなくてもいいんじゃないですか……?

 

 ああ……ついにアクセプトさんが目の前に……もりくぼは、立ち尽くすだけで精一杯なんですけど……

 

 っ! 素早い拳が……見えるのも、こんなに怖いことなんですね……泣きそうですけど、固まったこの状態じゃ涙もでませんけど。

 

 そのまま彼は拳を私の顔の横から引くことなく、さらに押し込んできます。

 

「これでもう逃げられませんよ〜。その固まった体が溶けるまで、アクセプトさんは止まりませんっ」

 

 ああ……もう、助けてくれる承太郎さんもいません。いえ……迷惑をかけすぎたんです、きっと。

 

 目の前の彼をどうにかする力なんて、もりくぼには残されていません。維持ができるのは一度に一箇所だけ、とリスさんに言われています。アクセプトさんをどうにかする、それは一度私に対しての維持を解かなければなりません。

 

 恐らくですが、それではリスさんと私の速さでは間に合いません。引くことも押すことも、叶いません。

 

 でも、でも……私は、この時を待っていました……!

 

 私は体勢を低くして横へ跳びます。アクセプトさんの拳部分だけがかろうじて小さくなって維持されていた空気、それが次の瞬間に完全に消えます。

 

 勢い余ったアクセプトさんは空を切り、バランスを崩します。チャンスでした、もりくぼ、チャンスを逃しませんでした。リスさんが、もりくぼのちっぽけですが大きな勇気を守ってくれていたから。

 

 だから、アクセプトさんの圧におされても、下半身から維持を少しずつ解いていき抜け出すこともできました。彼の隙を作ることもできました。

 

 私は、身を屈ませてほぼ水平にジャンプします。そしてその速度をリスさんに維持してもらいます。

 あの女性に。私の……私達の力を届けます。

 

 リスさんがくれた勇気……今は、やけではなくて……おかげで少し自信が持てたから……少しだけやるくぼですけど!

 

「わわわっ」

 

 彼女に飛び込み、即座にリスさんにお願いします。彼は、私が何も言わずとも分かっているようでした。

 

『スタンドを扱う心を維持』

 

 リスさんの力は、もっとたくさんのことに使えると気づけたから……!

 今、意表を突かれたその女性にはスタンドのことを考えている余裕は、おそらくないはずです。あったとしても、スタンドに命令したりはもうできません。

 

「や、やりました……!」

 

 私達が、やったんです……!

 

 あ、あれ、やったはずなのに、なんで目の前が真っ暗で……?

 あ、い、息も苦しく……

 

「ふごふご……っ!」

 

 この柔らかさは、まさか――ッ!?

 

 あ、あわわわわ……

 

 色んな意味でもう、駄目です……リスさん、あとはお願いします……

 

 

 消えていく意識の隅で、リスさんが呆れたように肩をすくめる姿が見えた気がしました。




こんな感じでどうでしょうか?(伺い)
ジョジョの世界観や荒木先生の展開の広げ方をできる限り継承したいけど、ううむ、凡人には難しいものだなぁ
尚、森久保視点のためかなりマイルドには仕上がっている模様。

ちなみに全身を維持している時は状態を、とかではなく分子レベルでその位相を維持するとかいうとんでもないことをしています。
これが無意識って言うんだからつよすぎ。森久保だからしょうがないね。

・アクセプト
本体:十時愛梨
破壊力:A
スピード:A
射程距離:D
持続力:B
精密動作性:B
成長性:C

パワー操縦型。『衝撃を移す』能力を持つ。一度に捌くことのできる『衝撃』はその圧力によって異なる。そのため一点に対しての攻撃には最大の防御力を誇る。移動する目標が遠ければそれだけ移すのに時間がかかりロスも大きい。衝撃は全方向に伝う。

ステータスのモデルはクレイジーダイヤモンド。というかそのまま。能力的にアクセプトするどころか弾き返してる点はご愛嬌。


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[ウィーザー]森久保乃々

遅くなりました


 その後、承太郎さんと合流し、先程が嘘のように落ち着いた女性――十時愛梨さんの話を聞き出します。

 

「君が森久保を追っていた理由は何だ?」

 

「あれっ、そういえば私、どうしてこんなことしてるんでしょう?」

 

 しらを切っている風でもなく、毒気の一切ない表情で首を傾げます。

 さっきまでのことを考えるととても信じられるものではないのに、どうしてか彼女が嘘をついているとは思えませんでした。

 

 承太郎さんもそう思ったのか、「森久保、耳を貸せ」と告げます。

 

「は、はい」

 

 う……承太郎さんの低音、耳に振動が伝わってくすぐったいぃ……ご、拷問です……

 でも、かろうじて内容だけは聞きこぼしませんでした。褒められても、いいと思いますけど……

 

「わかりました……」

 

 そして、彼は十時愛梨さんへと向き「改めて聞くが」と仕切り直します。

 

「君は女性で合っているか?」

 

「んー? もしかして、男の人みたいに見えてました? そんなこと絶対ないと思うけどなぁ」

 

 その返答を聞き、承太郎さんはこちらに向けて首を横に振りました。今ではない、ということなのでしょう。

 失礼にあたる質問のようでしたが、そうは思いませんでした。承太郎さんの考えがあってのことなので。

 

「身長はいくつだ?」

 

「身長ですか〜? えーと、161センチです」

 

 そして、承太郎さんがもりくぼに目で合図し、それと同時にリスさんが力を使います。

 

「ではもう一度聞くが、なぜ森久保を追っていた?」

 

「ごめんなさい、ぼんやりしちゃってよく覚えていないんです。乃々ちゃんや承太郎さんには迷惑かけちゃって……そのことはほんとにごめんなさい〜っ」

 

「あ、謝らないでください……もりくぼは、迷惑かけられて当然の存在ですし、ぜ、全然迷惑だなんて思ってませんし……そ、その……愛梨さんのせいじゃないかもしれないじゃないですか。ね? ね、承太郎さん?」

 

 もりくぼ、頭を下げられて動揺してしまいました。しかし話を合わせてくれたように承太郎さんは頷き、以前に触手を生やしたような肉片を埋め込まれた人の話をしてくれました。

 

 肉片が脳神経に影響を及ぼして思考等を操作する、なんてとても恐ろしい話ですが今回は似たような……洗脳系のスタンドの能力で操られていたのではないかと承太郎さんは言います。

 

「だが、まだ信用できたわけじゃあない。森久保、今度は逆を頼む」

 

「え、逆……? は、はい。やりますけど……」

 

 逆……って、スタンドのことですよね……つまり、そういうことでしょうか……?

 

「次の質問は、できる限りありもしないことを答えてほしい」

 

「ありもしないこと、ですか〜?」

 

「ああ。可能な範囲で構わない」

 

「わかりました〜」

 

 承太郎さんの考えはもりくぼじゃ分かりませんが、迷惑がかからないように頑張ります……

 リスさんの力は確かですが、なにしろもりくぼなので、自信はないですけど……

 

「朝起きてまず行うことは何だ?」

 

「あ、もしかして大喜利ですか? えーと、生クリームを泡立てる……とか? あんまりうまくないですかね〜。あっ、生クリームは甘いですけど」

 

 い、いいんでしょうか……? あ、承太郎さんが良いと目で語っています。ええと、さっきの逆ですから……『事実ではない話をする心』を維持すれば……

 

「次は特に何も意識せずに答えてもらっていい。君の身長は161cmで合っているな?」

 

「えっと、その……実は2メートルあるんですっ。あ、あれ? ごめんなさい、こんな変な嘘つくつもりじゃなかったんですけど。あれ?」

 

 成功です。ひとまず、安心……です。愛梨さんの心の状況では「どうにか頑張って」嘘をつくという心の維持までしかできませんでしたが。

 

 あぁ、つまり承太郎さんは十時愛梨さんが嘘をついているかどうかを暴こうとしていたんですね。承太郎さんとリスさんは尋問官……いいコンビになれそうです。

 もりくぼは……机の下でお休みしてます。その、机はなるべくたたかない方向で……

 

「森久保のスタンドの精度はどうやら高いらしい。おかげで君の疑いも晴れた」

 

「乃々ちゃん、ありがとうございます」

 

「い、いえ……もりくぼは何も……」

 

 承太郎さん曰く、リスさんの力がどの程度精神に作用するのか確認していたそうです。リスさん、かなり優秀な方らしいので、こんなもりくぼのスタンドになってしまって申し訳ないですけど……

 

「だが危惧すべきは彼女が森久保を追うために派遣された一人でしかなかったということだ」

 

 少なくとも相手が集団組織であると見積もっておくべきで、そうなると今後ももりくぼの身がその手の者に危険に晒される、承太郎さんはそう続けます。

 

「も、もりくぼ、これ以上なにもできないですけど……そもそも、リスさんは戦うスタンドじゃないんですよね……? もし、スタンドを授ける神様がいるなら、絶対こんなこと望んでないと思いますけど……」

 

「そうだとしても、戦わなければなんの解決にもならない」

 

「うぅ……戦うなんてむぅーりぃ……」

 

「手を加えること全てが戦うことではない。意味もなく恐れる前にまず相手に目を向けること、これも立派な戦いだ」

 

「もりくぼにはそれさえハードルが高いので……」

 

 やっぱり逃げましょう……! え、暴力的なことは代わりに引き受ける……? あ、愛梨さんまで……

 

 そしてスタンド使いを相手取るなら日本でのスタンドによる事件を調査しながらの方がいいという結論に至り、杜王町という所へ行くことに。

 なんだか、もっととんでもないことに巻き込まれている気が……。

 

 

「ところで森久保、矢に貫かれたことはあるか?」

 

「……な、なんでそのことを?」

 

「実際に見たもんでな。その後の姿を、だが。そしてやはり森久保が記憶を失ったのはそれより以前の話だ。スタンドが発現していたなら、闘病中に記憶を失うことはないからな」

 

 そういえば、もりくぼが寝ていたのって知らずにリスさんの力を使っていたからなんですよね。なら、記憶だけ維持できていないなんてこともないのでしょう。

 

「えっと、つまりどういうことでしょうか……」

 

「推測に過ぎないが、君が記憶を失った原因は彼女と同じ場所にあるのかもしれない。それは、記憶を辿ればわかるだろう」

 

「……思い出せませんけど」

 

「ある人物を紹介しよう。そのためにまずは杜王町へ行く。死亡率が平均よりかなり高い、イカれた町だがな」

 

 えっと、わざわざそんなところ行かなくてももりくぼは密かに暮らしていければ……あ、はい……ついていきますけど。



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[ウィーザー]森久保乃々+

森久保のソロ曲がデレステにて実装されました。
おめでとォ!


「これは……ッ!」

 

 もりくぼ、今どういう状況なんでしょうか。感覚はあまりないですが、まるで皮膚が剥がれて本のようにめくれているような……

 目の前にいる漫画家の岸辺露伴さんという方のスタンドはきっとそういう能力なのでしょう。事前に記憶や知識を探ると言われはしましたが、だ、大丈夫なんですよね……?

 

 承太郎さんはお忙しいらしく近くにいませんし、岸辺さんは驚愕の表情を浮かべていますし、不安しかありません……

 

「な、何かあったんですか……?」

 

 聞くのも怖いですが、黙っているのも落ち着かないので、恐る恐る何事かと尋ねてみます。う……やっぱり知らない方が良いこともあると思うのでその……取り消して……

 

「いや、むしろ無いんだ。あるべきはずのものが、まるで切り取られたように無くなっている」

 

 あぅぅ、間に合いませんでした……そしてあまり知りたくない話でした。あるはずのものが無いって、い、いったい……?

 

「な、何がないんでしょうか」

 

「記憶そのものさ。『忘れて』いるだけなら、ここに記されるはずなんだ。だがそこにあったという痕跡すらない。記憶がなければ思い出すことも探ることも出来ないな」

 

 岸辺さんはお手上げといった様子で大仰に肩をすくめます。

 

「さて、必要なことは調べた。約束通り対価は払ってもらうからな」

 

「へっ? あ、あの、もりくぼはお金なんて持っていないですけど……」

 

「聞いていないのか? 僕が欲しいのは実体験に基づいたリアルな記録だ。そしてここに、最高の資料がある」

 

 そうして悪い笑みを浮かべた岸辺さんが指差したのは、紛うことなき私でした。

 

「露伴先生!」

 

「おっと、そんなに食って掛かるなよ康一くん。ほんの軽い冗談じゃあないか」

 

 もりくぼと岸辺さんの間に割って入った人物、広瀬康一さんはこの町に住む高校生です。初対面のもりくぼにも優しく、こんな性格なのを汲んで動物の世話をするように接してくれました。

 

「冗談には聞こえませんでしたよ」

 

「確かに、そういう気持ちがなかったわけじゃあない。だがあの人との契約もある、その場で読むだけに留めるさ」

 

「それならいいんですけど……もし余計なことしたら承太郎さんに言いつけますからね」

 

「分かっているさ。それにしても……ここ見てくれ、日付の欄だ」

 

 問答の末、岸辺さんは鋭い視線で覗き込みます。康一さんも続いて指し示された場所を読み上げます。

 

「ええと、2012年9月……2012年!?」

 

「ああ、世間が間違っていなければ今は1999年のはずだ」

 

 いま、奇妙な発言がありました。あの、スタンドなんていう怪現象ならほんの少し慣れましたけど、流石に生きている時間が違ったなんてことは……これは何かのドッキリ?

 

「基本的な情報を確認してみよう。……森久保乃々、生年月日は1998年8月27日14歳。未来から来た」

 

「ええっ!?」

 

「最後のは嘘だ」

 

 岸辺さんの表情はからかうようではなく、康一さんの反応をまるで観察しているようでした。

 

 そして彼の視線は再び私の紙片へと戻り、

 

「考え得るのは『ヘブンズ・ドアー』のような記憶に関わるスタンドがまるごと書き換えた、ってとこか。必要性の有無を問われると弱いが、ひとまずその可能性を踏まえて整理してみよう」

 

 弛んだ紐を結いなおすように、岸辺さんは私の記憶と暦を照らし合わせます。

 眠っていた時間が9年と8か月、空白の時間を挟んでさらに14年と1か月をも遡り、1975年以前がもりくぼの起源だという結論に至りました。

 

「24歳、露伴先生よりも上だ……」

 

「個人差はあるだろうが、24年分の記憶くらいは量がありそうだ。これを書き加えたとなるとかなりの手間だろうから、日付はともかく本人の記憶ととって問題ないはずだ」

 

 え、えっと……話がとんでもない方向へ行っている気がします。もりくぼが24歳……? そんなことありえませんし、もしそうなら「無駄に歳だけとった」ってこういうことを言うんでしょうか……

 

「問題なのは、明らかに中学生かそこらの風貌だという所だな」

 

「承太郎さんから聞いた話だと9年もスタンドで体が変わらないようにしていたらしいっすよ。なんつーんですか、維持……でしたっけ」

 

「なら、容姿からして記憶の無い期間は1年か2年だろうな」

 

 康一さんのご友人、髪をリーゼントに施した東方仗助さんの言葉を受けて岸辺さんはさらに思慮を重ねます。

 い、いまさらになってですけど、もりくぼが知っていること全てが書かれているんですね……は、はずかしぃ……

 

「最近の記憶はさらに興味深い。彼女とは別に、違う意識が介入している。恐らくは彼女のスタンドが……」

 

 ひぃぃ……もう、かんべんしてください……

 

 

 

 その後自由になったのは2時間後でした。くたくたです……

 

 ですが、承太郎さんからスタンドの扱いを上達させておくように言われているので、これから特訓です。具体的には「空を飛べ」と……

 

「森久保ォ! 今帰るのか?」

 

「ひぃっ! あ……億泰さん」

 

 大きな声で名前を呼ばれ、驚きすぎて体が数十センチ跳びました。虹村億泰さんは同じく康一さんと仗助さんのご学友で、威圧感のある……いわゆる強面ですが、よく面倒を見てもらっています。

 

「いえ、今からちょっと用事が……」

 

「ほぉー、こんな時間にか? 場所教えてくれ。送ってくからよ」

 

「そ、そこまでしていただかなくても……そこら辺で済ませますし」

 

「遠慮なんかしなくていーって」

 

「すぐ終わりますので……」

 

「でもよォ、女の子が一人っつーのも心配だからよぉ」

 

「億泰ゥー、おめーにはデリカシーってもんが根本的に欠けてるぜ。今の会話で察しがつくだろうよ」

 

 いつからそこにいたのか、仗助さんと苦笑した康一さんが影から顔を出します。

 

「会話……? あっ! もしかしてトイ――」

 

「バカ億泰っ!」

 

「あっ」

 

「……!」

 

 あれ……もしかして勘違いされて……ああ、あのあの〜っ! ちちっ、ちがっ

 

「違いますけどぉーーっ!」

 

「すまねえ乃々。おれらは何も知らなかったことにして帰るからよ。その……気をつけて、な」

 

「そ、そうじゃなくって……!」

 

「森久保の顔、真っ赤になっちまった。まるで茹でたタコのよーに。これはすぐにいなくなったほうがいーかな」

 

「あ、あの……」

 

「えーと、億泰くんに悪気はなかったと思うから、責めないであげて……」

 

「もりくぼいぢめ、やめてくださいぃ……」

 

 

 

 結局誤解を解くのに時間がかかってしまいました。

 

「スタンドの使い方ー? それならそうと言ってくれれば良かったのによ」

 

「聞いてくれそうになかったんですけど……」

 

「しかしそうなるとあまり人目につく場所は良くねーな……ある程度高さも必要、と」

 

 仗助さんは目を閉じて腕を組み、しばらくの間思案をし、何かを思いつきました。

 

「いい場所を思いたぜ、乃々!」

 

 そうして歩きだした仗助さんについていくこと数分、遠くからでもその外観が明らかになり、建物の文字が読み取れるほどに近づきました。

 

「カメユー、デパート……?」

 

「あの、仗助くん、むしろ人が多いような気がするんだけど……」

 

「まー、付けばわかるよ。誰にも目につかないとっておきの場所がある」

 

 そしてデパートの中を真っ直ぐ突切り、目の前にはエレベーターが現れました。

 

「ちょっと周り見張っててくれ。ここばっかりはバレるとまずいからよォ」

 

「ははぁーん、読めたぜ仗助。そこなら確かに誰にも見られることはねーよな」

 

「よし、今は上の階にいるな。いくぜ……ドラァッ!」

 

 次の瞬間には仗助さんがエレベーターの扉を「クレイジー・ダイヤモンド」で叩いて壊してしまいました。

 そして気がつけばもりくぼも億泰さんに抱えられてその扉の向こうに……

 

 きょ、今日は悲惨な目ばかりに……助けてぇ……



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