流刑鎮守府異常なし (あとん)
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艦これストーリーは突然に

 シリアスとエロの狭間で書きました
 よろしくお願いします


 28歳童貞社畜。

 俺の事を一言で現わすとこうなる。

 特に夢は無く、ただ生活のために働いていた。

 当然、将来設計など皆無なので、適当な地元の中小企業に就職した。

 まともな就活などしていなかったので、その企業がどんな所かなんて全く知らなかった。ブラック企業だった。

 朝早くから夜遅くまで働いて給料は据え置き。残業代など皆無。休日出勤上等。有給休暇は何者だ?

 おらこんな会社嫌だぁ! となったが後の祭り。

 もはや転職する元気さえ無い。ルーティンでなんとなく仕事をこなす毎日だ。

 童貞だった。素人童貞ですらない、真正である。しかも年齢=彼女いない歴だった。

 リアルな女性が怖かったのだ。

 もし嫌われて、変な噂が流れたらどうしようと考え、自分から身を引き続けた。

 そんな俺が二次元の美少女に行き着くのは自明の理であった。

 いまや立派なオタク。二次元おっぱいスキーになってしまっていた。

 そんな俺も今年で28歳。三十路一歩手前だ。

 このままでいいのか。そんなことを考えつつも何か行動に起こす気力も体力も無い。

 それが俺の嘘偽りない現状だった。

 

 今日も何時もと変わらない一日が始まった。

 社用車に乗り込み、外回りに向かう。

 俺はエンジンをかけると。スマホを開き、とあるアプリを起動させた。

 こんな俺にも一つだけ趣味がある。

 艦隊これくしょん。通称・艦これと呼ばれるブラウザゲームだ。

 巷では賛否両論のゲームで運ゲーだのクソゲーだの言われているが、俺は気に入っていた。

 理由はいくらでもある。艦娘のキャラが可愛い。おっぱいが大きい子が多い(これ重要)。他にも色々あるが、一番は『楽』なことだった。

 何せ艦これはクリックしておけば、勝手に戦ってくれる。極端に言えばポチポチしているだけでいい。

 社畜にとってはありがたいゲームなのだ。

 そんなわけで俺はまったりエンジョイ提督ライフを満喫していた。

 今日は平日なので遠征と演習をこなすだけだ。

 画面をタップして演習を始めてから、車を発進させる。

 地方なので車は必須だ。会社を出て、バイパスに乗った。

 運転中は危ないので、スマホは触らない。

 ちらっと見たが勝利していた。今日は運がいいな。

 そう思った瞬間だった。

 光が見えた。

 トラックのライトか? それにしては大きい。

 目の前にめいいっぱい広がる、強烈な閃光。

 理解できない光景。でも、なんて美しい――

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ――提督が鎮守府に着任しました。これより作戦指揮に入ります。



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太陽と五月雨がいっぱい

サブタイトルはノリと思いつきでつけてます。
基本、何かしらのパロディですが、本編とは一切関係ありません


 目を開くと照りつける太陽が視界に飛び込んできた。

 呆れるくらい真っ青な空に純白の雲。

 ・・・・・・こんな晴天なんて何年ぶりに見ただろうか。

 仕事中は上を向く余裕なんかないし、休みの日は殆ど家に閉じこもっていたからな。

 背中が痛い。

 どうやらずっと横になっていたらしい。これまた久々の地面の感触・・・・・・いや、これは砂浜か?

 波の音が聞こえる。潮の香りが鼻孔をついた。

 ・・・・・・えーと、どういうことだろう。

 営業中、謎の光に包まれて気を失って気が付いたら海の近くの砂浜で寝ていた。 

 意味が分からない。

 あ、そうか。

 

「夢か」

 

 きっと日々の社畜ライフに疲れて、こんな夢を見ているのだ。

 相当疲労が溜まっているから、こんな現実離れした夢を見ているんだ。

 夢だと分かれば、急に気分が楽になった。

 どうせ夢ならばもうちょっとゆっくりするか。

 そう思い、俺は二度寝の体勢に入った。

 普段は二度寝どころか一度寝すらちゃんと出来ない日があるしな・・・・・・

 目を細め、ぼんやりとした世界に墜ちていく。

 意識が飛ぶか飛ばないかになったところで突然、黒い影が俺の顔を被った。  

 なんだろう?

 そう思った瞬間、何かが顔を被った。

 べちゃりという効果音と共に、湿った何かが顔面に張り付いていく。

 息を吸おうにもピッタリと何かが顔面に張り付いて、全く呼吸が出来ない。

 何だか苦しくなってきた。別の理由で意識が朦朧としてきた・・・・・・

 

「だあああああっ! 殺す気か!」

 

 生命の危機に飛び起きると、顔から何かが離れた。

 よく見ると濡れたタオルだった。

 こんなもん顔に被せられるとか、完全に殺す気じゃねえか。

 

「きゃあっ!」 

 

 すると横から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

 釣られて声がした方向に目を向けると、少女が一人、尻餅をついていた。

 俺の怒声で驚いてしまったのかもしれない。

 そう思い何だか申し訳ない思いに駆られた、その時だった。

 目の前の少女の姿を見て、俺はハンマーで頭を殴られたような衝撃を憶えた。

 清流を思わせるような美しく長い青髪。

 透き通るような純白の肌に、水晶のように澄んだ瞳。

 小ぶりな鼻に柔らかそうなほっぺ。

 清楚な雰囲気を醸し出す真っ白なセーラー服と、対照的な黒い長手袋とニーソックスが鮮やかなコントラストを描いている。

 現実離れをした美しさを持つ少女。

 そんな存在が目の前にいるのである。

 そして俺は彼女を知っている。

 ずっと前から知っていたのだ。

 

「・・・・・・五月雨?」

 

 俺の問いかけに彼女――五月雨は一瞬、きょとんとすると、はっとした顔になってそのまま敬礼した。

 

「はい、白露型6番艦、五月雨です!」

 

 何時もゲームで聞いた声だった。

 俺が艦これを初めて最初に手に入れた艦娘。

 初期艦と呼ばれる五人の艦娘の一人で、俺の秘書艦だった少女だ。

 だが彼女はあくまで画面の向こう側の存在、俺とは決して交わらない二次元の住人である。

 しかし目の前の五月雨はどう見ても、本物の女の子だ。

 ほのかな暖かさと微かな息づかいが聞こえてくる。

 

「提督? どうかしましたか?」

 

 五月雨はきょとんと首を傾げる。

 

「ていとく? 提督って俺の事?」

 

「はい!」

 

 元気いっぱい、一点の曇りなき瞳で五月雨はそう返事した。

 ・・・・・・えーと、確かに俺は提督だった。

 でもそれはゲームの話で俺は現実ではしがないサラリーマンだったし。しかし目の前の五月雨はどう見ても本物だし・・・・・・

 

「五月雨」

 

「はい」

 

「ちょっと俺を殴ってくれないか」

 

「え・・・・・・ええっ!? どうしてですか?」

 

「いいから思いっきりやってくれ。頼む」

 

 そうだ夢だ。

 きっと疲れ切った俺が現実逃避にめっさリアルな白昼夢を見ているんだ。

 そうに違いない。

 それを確かめて、現実に戻ろう。

 

「うう・・・・・・分かりました」

 

 釈然としない様子だがそれでも五月雨は俺の言うとおり拳を握りしめ、

 

「い、痛かったらごめんなさい! やぁーっ!」

 

 そしてそのまま俺の顔面をぶん殴ってくれた。

 

「ぐぶおっ!?」

 

 見た目は小さい女の子とはいえ艦娘。その渾身右ストレートの威力は凄まじく、俺は見事に吹っ飛んで砂浜の上を転がった。

 

「あああああっ! 提督っ! 大丈夫ですか!?」

 

 五月雨が心配そうに駆け寄ってくる。

 だが俺は殴られたこの感触をじっくりと味わっていた。

 

「・・・・・・痛い」

 

 本当に痛い。頬はじんじんするし、頭はクラクラする。

 夢とは思えないリアルな痛覚。

 さらにそんな俺の頬に何か冷たいモノが触れる。

 

「さあ、これで冷やしてください」

 

 五月雨が濡れた布で殴って腫れたほっぺたを冷やしてくれる。

 このひんやりとした感じが心地いい。それもまたリアルな感触だった。

 

「先程、倒れてた提督の額を冷やすために持ってきたタオルがあって良かったです。提督、痛くないですか?」

 

「ああ何とか大丈夫・・・・・・ってさっき俺の顔面に濡れた布置いたのって五月雨?」

 

「はい! 砂浜で倒れていた所を発見したので、急いで持ってきたのですが・・・・・・」

 

 そうかアレは俺を殺そうとしたんじゃなくて、俺を助けようとしてくれたんだな。

 結果的に窒息死しかけた訳だが・・・・・・まあこの際、水に流そう。

 何せ。

 

「五月雨・・・・・・ここは鎮守府だな?」

 

「え・・・・・・あ、はい」

 

「やはりな・・・・・・」

 

 俺は気が付いてしまったのだ。

 リアルな五月雨。提督という呼称。突然飛ばされた世界・・・・・・

 このいくつもの出来事から割り出される答え。

 ここが俺の・・・・・・俺が作り上げた鎮守府という事に。

 きっと俺の社畜地獄を見かねた神様が、艦これの世界に転移させてくれたのだ。

 そうに違いない。

 

「ならば! 早速、鎮守府に行こうじゃないか! 案内してくれ、五月雨!」

 

「あ・・・・・・はい! 五月雨にお任せ下さい!」

 

 そう言って元気よく敬礼した五月雨は俺の右手を取って歩きだした。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・ふふふふ。

 俺の人生。始まったといってもいい。

 何せ俺の作った鎮守府だ。メンバーは皆知っている。

 つまり金剛とか榛名とか鹿島とか巨乳でケッコンカッコカリした艦娘たちが大勢在籍しているはずなのだ。

 そして提督は俺・・・・・・これ以上は何も言うまい。

 これより俺の巨乳艦娘ハーレム提督ライフが始まるのだ。

 

「ふふふ、俺の人生これからだぜ!」

 

 足取り軽く、五月雨の後ろを歩いて行く。

 このとき俺は知らなかった。

 現実なんてそんなに甘くないことを。

 



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流されて、流刑鎮守府

遅くなってしまい申し訳ありません・・・

日常モノは書くのが難しいです


 提督は誰もが心の中に自分の鎮守府を持っている。

 ゲームを始め、艦娘が増える度に組織が大きくなっていくことを夢想し、自分だけのオリジナル鎮守府のことを考えたもんだ。

 勿論、俺もそうだ!

 俺の鎮守府のイメージは獣戦機隊とかオーレンジャー基地とかみたいな、秘密基地のイメージ。

 なんだけど・・・・・

 

「なあ、五月雨」

 

「はい、どうました?」

 

「いや・・・・・・ここって鎮守府だよね?」

 

「はい。そうですよ」

 

「それにしてはこう・・・・・・緑多くない?」

 

 鎮守府っていろんな施設があって要塞みたいな感じなイメージがあったんだが、今俺の視界には人工物が一切映らない。

 ひたすら山や木々。青い空と白い雲ばかりが目に入ってくる。

 あれ、ここ本当に鎮守府? そう思えてしまうくらい、自然がいっぱいなのだ。

 

「なあここ何県・・・・・・・いや、どこの島だ? 驚くほど何もないんだけど・・・・・・」

 

「うふふ、提督は面白いことを言いますね。ここは本土から凄く離れているので、そう見えるのかも知れませんね」

 

「え、いや、そういう意味じゃ・・・・・・」

 

 その時である。

 金属の擦れ合うような不快音と共に、何かが空を切って頭上を飛んでいった。

 あまりの巨体に俺と五月雨へ同時に影を落とす。咄嗟に頭上を見ると、見たこともない巨大な鳥が風を切って飛んでいる。あの変な音は鳴き声だったのだ。

 

「え・・・・・・ちょ、ちょっ、な、何あれ!?」

 

「ああ、あれはこの島に生息している鳥さんですね」

 

 のほほんと言う五月雨だが、俺の見間違いじゃなければ、その鳥は全長10m位あるんだけど。

 そんなロプロスみたいなクソデカ怪鳥は悠々と空を滑空して、島の中央の方へと飛んでいった。

 

「おい大丈夫かよアレ。俺たちなんて簡単に鷲掴みにして巣まで持って帰っちゃいそうな図体なんだけど」

 

「はい! あのロック鳥さんはこちらから何かしない限りは何もしてきませんよ。安心してください」

 

「ロック鳥? 今、ロック鳥って言った?」

 

 伝説の化け物じゃん。

 

「この島の生態系はどうなってんだ・・・・・・」

 

「島の奥には私達も入らないようにしているので、詳しいことは分からないのですが、自然の宝庫になっているんですよ。この島にしかいない生物もたくさんいます」

 

「パプワ島かよ」

 

 何て場所だよ・・・・・・と思ってふと気が付いた。

 鎮守府って漫画とかアニメで見たときには、島を要塞化したような感じだったはずだ。

 しかし今、俺の視界に映るのは森・山・空。人工物らしき物が何も見えない。

 

「なあ、五月雨。ここは本当に鎮守府か? 俺は絶海の無人島としか思えないのだが」

 

「はい! ここは108ある鎮守府の一つ、第百八泊地。通称、流刑鎮守府です」

 

「待って、お前今何言った?」

 

 とんでもない名前が聞こえた気がした。

 俺が前の世界にいたとき登録していた艦これのサーバーはショートランド泊地だったはずだ。

 だから自然とここがショートランドなのだと考えていた。

 だがそれを根本から否定するような言葉を、五月雨はさらっと言ったのだ。

 

「りぴーとあふたみー。五月雨、この鎮守府の名前は?」

 

「はい! ここは108ある鎮守府の一つ、第百八泊地。通称、流刑鎮守府です」

 

 屈託のない笑顔で言い切った。

 ・・・・・・るけい? るけいって、あの、流される刑って書く奴か?

 あれってかなり重い刑罰だったはずなんだけど。

 

「しょ、ショートランドじゃないの?」

 

「はい。ショートランドはここからとっても遠くにありますよ」

 

「おふ・・・・・・」

 

 思わず片膝をついた。

 ここは俺が愛したショートランドではない。それだけでなく聞いたこともないような、僻地っぽい場所だ。しかも視覚的には完全に絶海の孤島って感じだ。

 クソ・・・・・・事故して転生して俺の鎮守府に行けるなんてやはり甘い話だったか・・・・・・

 いや、待て。

 確かに場所は僻地中の僻地かもしれんが俺が選んだ初期艦の五月雨がいたのだ。

 ならば場所自体は辺境の地でも、そこにいる艦娘は俺がゲームしてた頃のメンバーと同じ可能性は残されている。

 大丈夫。まだ希望はある。

 

「さあ、皆が待ってますよ提督! こちらです」

 

 五月雨に手を取られて砂浜を進んでいく。

 暫く歩いて柔らかい砂地がしっかりと硬い地面に変わる頃、ようやく人工物らしき物が見えてきた。

 遠くから見るそれは、学校の校舎のようだった。

 しかも田舎にあるような木造の建物。しかも近づけば近づくほど、そのチープさが鮮明になってくる。

 見た感じでは二階建て。大きさは大体普通住宅の三軒分ほどと、小さい。黒ずんだ表面は建てられてから経過した歳月を、如実に現わしていた。

 

「なんだこのボロ小屋は・・・・・・」

 

 夏休みに滞在した田舎を思い起こさせるようなノスタルジックな外観。どこからか井〇陽水の歌声が聞こえてきそうだ。

 とても鎮守府とは思えない建造物だ。

 だがそれ以上に俺が衝撃を受けたのは、このボロ小屋以外に人工物が何一つ見当たらないということだった。

 

「な、なあ五月雨」

 

「はい」

 

「これは何だ?」

 

「鎮守府ですよ」

 

 さも当然のように五月雨は言った。

 

「・・・・・・マジ?」

 

「マジです」

 

 屈託のない笑顔。俺はこれが現実であることを察した。

 

「ああっ! どうしました提督、膝から崩れ落ちて・・・・・・」

 

「いや、なんでもない・・・・・・なんでもないんだ・・・・・・」

 

 いや島の外観で察したけどさ、さすがにこれは酷いだろ。

 鎮守府として機能するかどうか以前に、ここで生活できるのだろうか。

 

「さあ。どうぞ。見た目は酷いかもしれませんが、中身は捨てた物ではないですよ!」

 

 誇らしげに胸を張る五月雨だが、どう見てもその鎮守府(仮)は見た目相応にしか思えない。

 

「というかこの小さい建物じゃ艦娘そんなに入らないだろ・・・・・・」

 

 そう言いながら扉を開けると、ギィィっと重い音がした。

 中に入ると、見た目に違わず、長年使ってきた建物の雰囲気が醸し出ている。何だかずっとしまってあった座布団みたいな臭いがした。

 そのまま一歩踏み出すと、バキッと言う音と共に足元の床が割れた。

 無言で五月雨に非難の視線を向けると、彼女は同じく無言で目を逸らす。 

 

「と、とりあえず執務室に行くぞ」

 

「はい、二階です」

 

 そう聞いて俺は、玄関の真っ正面に二階へと続く階段へ向かった。

 ギシギシと音を立てる階段を登り『執務室』と書かれた部屋を発見する。

 扉を開くと乾いた音がした。

 木造の机と椅子が中央に鎮座し、それ以外に目ぼしい家具は無い。

 最初に艦これを始めたときの鎮守府の内装をそのまま再現・・・・・・下手すりゃそれ以下だな。

 

「今まで提督はいなかったのか?」

 

「はい! 提督が初めてここに着任した軍人さんです!」

 

「おおぅ・・・・・・」

 

 絶句した。

 思い描いていたバラ色の鎮守府生活が早くも崩れ去りそうだ。

 

「そ、そういえばこういう時には大淀と明石が出てくるもんだが・・・・・・いないのか?」

 

 まあ任務娘とアイテム屋さんとしてだけど。

 

「ああ、大淀さんなら・・・・・・」

 

 そう言うと五月雨は部屋の奥にある机の方に歩いて行った。

 何をするかと様子を見ていると、五月雨は机の引きだしから何かを取り出した。

 黒くて四角い。大きさはランドセルくらい。

 見た目は鉄人28号に出てくるリモコンみたいな感じだ。

 

「えーと・・・・・・これを・・・・・・たしか・・・・・・こう!」

 

 謎の物体を弄くりながら五月雨がそう言ってスイッチらしきものを押すと、そこから光が放たれた。

 その光は一旦広がった後、また収束し、一つの形を作り上げた。

 人の形。それ俺がよく知っている人物のものだった。

 

「お、大淀か!」

 

 立体映像。

 こんな古びた場所には似つかわしくないテクノロジーだった。

 うおっ・・・・・・どうなってんだこれ。

 触ってみようと伸ばした手は空を切った。

 空間に投影しているのか、若干薄い。

 

『提督、作戦を実行してください』

 

 聞き慣れた何時もの声だった。

 

「すげぇ・・・・・・俺の時代にはこんなん無かった」

 

『どうしました?』

 

 この台詞。成程、『任務娘』としての大淀か。

 

「なあ五月雨、もしかして明石も出せる?」

 

「あ、はい、少し待ってくださいね」

 

 五月雨は慣れていないのか辿々しい手つきで機械を操作した。

 暫くすると大淀の映像が消え、代わりに明石が映し出された。

 

『いらっしゃいませ~』

 

 おお、これもよく聞いた声だ。

 

「これはアイテム屋か?」

 

「あいてむ・・・・・・? 明石さんは経費の発注ですよ?」

 

「ああ、そういう扱いなのね。ところでこれどうやって使うんだ?」

 

「はい、これはですね・・・・・・」

 

 そう言って五月雨は機械を持って近づいてきた。

 謎の物体はよく見るとカラオケのデンモクのようだった。

 大きなタッチパネルが真ん中にあり、液晶の中には様々なアイテムが並んでいる。

 ・・・・・・ここでふと一つ、疑問が浮かんだ。

 俺の鎮守府には大淀と明石が普通にいた。

 それとこれはどうなってるんだろうか。

 

「五月雨、ちょっと明石と大淀を呼んできてくれないか?」

 

「え、お二人はこの鎮守府にはいませんよ?」

 

「なんと・・・・・・?」

 

「明石さんと大淀さんはこの鎮守府に配属されていませんよ」

 

「マジ?」

 

「マジです」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 恐ろしい疑問が頭を過ぎった。

 俺がいたサーバーとは明らかに違う鎮守府。いたはずのメンバーがいない。

 ここは本当に俺が知っている鎮守府なのだろうか?

 金剛や榛名といった俺の嫁艦たちは本当にここにいるのだろうか?

 

「なあ、五月雨。話を変えて悪いんだが・・・・・・」

 

「はい、何でしょうか」

 

「今、この鎮守府に艦娘は何人いる?」

 

「はい、私を入れて、6人です」

 

「・・・・・・・・・・・・ちなみに聞くんだがメンバーは・・・・・・いや、その六人の艦種を教えてくれないか」

 

「はい! 私を含めて全員、駆逐艦です!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ああっ! どうしました提督! 突然男泣きを始めるなんて!」

 

「だってよう・・・・・・」

 

 あんまりじゃ無いか。

 無味無臭で苦痛ばかりだった社畜生活を抜けて、夢憧れた艦これの世界にやって来たっていうのに、肝心の巨乳艦娘たちとのいちゃラブハーレム生活が出来ないなんて・・・・・・待てよ。

 

「五月雨。済まないが残りの五人。ここに連れてきてくれないか? 着任の挨拶がしたいからな」

 

「え・・・・・・あ、はい! 早速皆を呼んできます!」

 

 一瞬、怪訝そうな顔をしたものの、五月雨は頷いて部屋を出て行った。

 

 ・・・・・・そうだよ。駆逐艦=まな板というわけでは無い

 潮、浜風、浦風といった駆逐艦であるにも関わらず、実にけしからんおっぱいを持った艦娘だっているのだ。

 俺が育てていた駆逐艦達は初期艦であった五月雨を除いて皆、立派な胸部装甲を持っていた。

 まだ希望はある。

 そんな事を考えていると備え付けられていたスピーカーから、五月雨の声が聞こえてきた。

 

「提督が鎮守府に着任しました! 皆さん、執務室に集合をお願い致します!」

 

 そこで放送は終わった。

 どうでもいいけど昔の小学校のスピーカーを思い出すような音質だったな。

 そんな下らない事を考えていると五月雨が部屋に戻ってきた。

 

「皆、すぐに集まってくると思います! 司令官をずっと待っていたんですから」

 

「そうかそうか、よしよし」

 

 何だか気分が良くて五月雨の頭を撫でた。

 彼女は一瞬、驚いたものの、やがて気持ちよさげに目を細めた。 

 

「えへへ・・・・・・」

 

 うお・・・・・・めっちゃ髪がサラサラしてる。それに何だかいい香りがするな・・・・・・

 そんなことをしていると、バタン! と勢いよく開いて少女が一人、飛び込んできた。

 




島の動物とかはまた出ます。
多分


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愛の戦士達

「やったぁ! 一番乗り! 皐月だよっ! よろしくな!」

 

 そう言って元気よく敬礼するのは睦月型5番艦・皐月。

 輝いているように見える黄金の髪と瞳に紺色のセーラー服がトレードマークの、可愛らしい艦娘だ。

 

「うん、どうしたの司令官? ボクに何かついてる?」

 

 そう言って首を傾げる皐月。小動物みたいで可愛い。実に可愛いんだが・・・・・・

 

「地平線・・・・・・地平線なんだよ・・・・・・」

 

「わっ! どうしたの司令官! ガチ泣きなんかして!」

 

「皐月ちゃん、提督は涙もろい人なんです」

 違うよ。 

 迷い込んだ桃源郷で望んだ極楽とは違う世界が広がっているから、泣いているんだよ。

 

「へぇ~可愛いね!」

 

 そう言うと皐月は俺の頭を撫でた。

 何だか下に見られている気がするが、ここはガマンして次の艦娘を待とう。

 確か皐月は対潜が強いから育てていた。だから出てきたんだ。そうに違いない。

 そんな風に考えていると、扉が勢いよく開き、三人目の艦娘が入ってきた。

 

「長月だ。駆逐艦と侮るなよ。役に立つはずだ」

 

 ビシっと敬礼したのは皐月と同じ紺色のセーラー服を着た少女だった。

 新緑を思わせるエメラルドグリーンの長い髪と瞳に、凜々しい顔立ち。

 皐月の妹で睦月型駆逐艦8番艦の長月に相違なかった。

 

「まさか・・・・・・睦月型二連発・・・・・・だと・・・・・・」

 

「どうした司令官。鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして」

 

 怪訝そうに長月は言うと、俺の顔を覗きこんでくる。

 う・・・・・・あんまり使って無かったから分からなかったが、長月って凄え整った顔してるな。

 少女らしい幼い顔立ちの中に、軍人としての精悍さが隠れていて・・・・・・

 

「ちょっと待ってくれ! メンバーおかしくないか!?」

 

 6人中3人の面が割れたのに全員、貧乳・貧乳・貧乳じゃねえか!

 おっぱい駆逐艦はどうした! 睦月型だったらここは如月だろう!

 

「何だ、司令官。私では不服か?」

 

「い、いや長月。そういうわけでは無いんだが・・・・・・」

 

 長月は可愛い。とても可愛い。でも性的にくるモノはないんだよなあ。

 

「なあ五月雨。もっとこう・・・・・・さ、なんというかさ。そうだ。第十七駆逐隊所属だった艦娘がいるだろう?」

 

 第十七駆逐隊は我が嫁の浜風・浦風。さらに磯風までいる巨乳駆逐艦のゴールデンチームだ。

 すなわち、希望である。

 頼む。いてくれ。

 

「ああ、はい! 確かに一人・・・・・・」

 

 そこまで言った五月雨の言葉を遮るように、扉が派手な音を立てて開いた。

 飛び込んでくる小さな影。

 それはとても時代錯誤な格好をしていた。

 編み笠と引き回し合羽を纏い、ご丁寧に脇差しまで腰に挿している。

 端的に言えば、木枯らし紋次郎みたいな格好だ。

 

「第十七駆逐隊と聞いて、参上だぜぇ・・・・・・山椒は小粒でもピリリと辛い・・・・・・第十七駆の一番槍・谷風さんのご推参だぜ!」

 

 芝居がかった口調で谷風はそう言うと、身につけていた江戸装束を勢いよく脱ぎ捨てた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「おう、どうしたんだい提督? 谷風さんのあまりの格好良さに声も出ないかい?」

 

「あんまりだ・・・・・・」

 

 俺はその場に崩れ落ちた。

 

「ど、どうしました提督!」

 

 五月雨が俺の狼狽ぶりに驚いたのか、駆け寄ってくる。

 

「だってだって・・・・・・普通第十七駆逐隊って言ったら・・・・・・浜風とか浦風とか・・・・・・パイオツカイデーでパイオツカイデーで・・・・・・なのによりによって谷風なんて・・・・・・うわああああ、あんまりだァァァァァァ!!」

 

「なんでいなんでい! そりゃあまりにも失礼ってもんじゃねえかい! 確かに谷風さんは浜風や浦風みたいにおっぱい大きくないのは確かだけどさ! だからって出会い頭にそんな風にいうなんて酷いじゃあねいかい!」

 

 うっすらと目尻に涙を浮かべながら、谷風は抗議する。 

 

「いや、すまなかったな谷風。俺も悪かった。でも、谷風は自分でそう言うほどじゃないぞ」

 

 なんせゲームでキャラクターは把握しているからな。

 

「え・・・・・・」

 

 谷風は目を丸くして俺を見上げた。

 

「元気があって笑顔が可愛くて明るくて・・・・・・とっても魅力的な女の子だ」

 

「そ、そうかい・・・・・・えへへ・・・・・・」

 

「だが! それと胸の大きさが暁の水平線であることとは別の問題でぐばっ!」

 

「かぁーっ! 結局胸かい! 胸なのかい! どうして男って奴は胸の事しか頭にないのかねえ!!」

 

 喋っている途中で谷風に蹴りを入れられた。

 少女とは言え、艦娘。威力は中々で俺は激痛を腹部に感じながら床をゴロゴロと転がった。

 

「司令官、さいてー」

 

「人として最低の発言だな」

 

 皐月と長月も冷たい視線を向けてくる。

 

「て、提督。五月雨はむ・・・・・・胸は無いですが提督のお役にたてるように頑張りますからね!」

 

 五月雨だけが俺に駆け寄って抱き起こしてくれた。

 

「すまないな五月雨」

 

「いえ、これが私達艦娘の勤めですから」

 

 ええ娘や・・・・・・

 思わず頭をポンポンと軽く撫でた。

 

「むー、何か司令官、五月雨にだけ優しくない?」

 

「谷風さんとは随分扱いが違うねえ」

 

「そ、そんなこと無いぞ」

 

「いえ、そんなことあります」

 

「うわっ!?」

 

 横から突然、新たな声が聞こえてきた。

 咄嗟に飛び退くと、すぐ横にいつの間にか横に不知火がいた。

 不知火である。

 陽炎型2番艦の。

 まるで初めからそこにいたかのように、俺の横に端正な顔立ちのまま、恐ろしい程無表情で立っていた。

 

「・・・・・・不知火?」

 

「はい。不知火です」

 

「・・・・・・いつからそこに?」

 

「長月が自己紹介をした位からです」

 

「結構前じゃん」

 

「はい」

 

 眉一つ動かさず不知火は言った。

 

「どうして名乗り出なかった?」

 

「長月が自己紹介していたので次が来るのは待っていましたが、その後すぐに谷風が入ってきたので、出るタイミングを逃しました」

 

「・・・・・・そうか」

 

 また絡みづらいのが来たな・・・・・・いや、不知火自体は可愛いと思うんだけど。

 

「これで五人か・・・・・・残るこの鎮守府のメンバーはあと一人だっけ?」

 

「そうですね」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 待て、まだ慌てるときじゃない。

 不知火を含めて五人。

 全て駆逐艦、且つ巨乳では無い子達が集まった。

 そして残りは一人。

 さすがに一人くらい巨乳がいるだろう。そうだ。そうに違いない。

 

「不知火。最後の一人は一緒じゃないのか?」

 

「はい。ですが間もなく来ると思います」

 

「そうか、楽しみだなー・・・・・・ちなみにどんな娘なんだ?」

 

「そうですね、一言で言えば・・・・・・『レディー』ですかね」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 脳裏に一瞬、とある艦娘の姿が過ぎった。

 が、俺は慌ててそれを打ち消した。

 ハハハ、まさかね。

 そんな安直なことはないだろう。

 きっと最後に真打ちが登場し、その豊満なボディーをここで惜しげも無く晒してくれるはずだ。

 すると部屋の外からパタパタと足音が聞こえてきた。その音はどんどんこちらに近づいてくる。

 

「あ、来たみたいだね」

 

 皐月がのほほんと言った直後、扉が勢いよく開いた。

 

 頼む・・・・・・っ!

 最後の一人・・・・・・最後の一人くらい巨乳を・・・・・・おっぱいを! 俺に希望をくれ・・・・・・!

 俺が神に祈る中、遂に最後の一人が姿を現わした。

 

「ようやく来たわね司令官! 暁よ! 一人前のレディーとして扱ってよね!」

 

 入ってきたのはボンキュッボンからは正反対のつるぺたボディの駆逐艦だった。

 

「・・・・・・そこは・・・・・・」

 

「あれ、司令官どうしたの?」

 

「そこは・・・・・・捻ってほしかった・・・・・・!」

 

 レディーの時点で薄々分かったけどさ、安直すぎるよ!

 せめて一人くらいは巨乳の子がいたっていいじゃん!

 

「司令官、大丈夫? あ、暁が何かした?」

 

「心配するな。似たような事をさっきからずっとやっている」

 

「見てる分には面白いんだけどねー」

 

「なんていうかさぁ・・・・・・俗物だねえ」

 

「弱いのね」

 

「ああああ、提督! 早く起き上がってください!」

 

 六人の駆逐艦たちに囲まれながら、俺は崩れ落ちた。

 こうして俺の巨乳艦娘ハーレム生活の夢は、見事に砕け散ったのだった・・・・・・

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 こんなの絶対おかしいよ!

 

 




これからも自分のペースで書いていきますのでどうかよろしくお願いします


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ぐだぐだ艦娘 鎮守府でポン

酒飲んで書きました。


 前略、おふくろ様。

 僕はなんやかんやで艦これの世界に提督としてやって来ました。

 しかし現実の鎮守府は自分が思い描いていたモノとは遙かにかけ離れていました。

 

「あれが工廠。あそこが入渠場。これはお風呂と兼用です。それから・・・・・・」

 

 五月雨に鎮守府内を案内されること数分。

 俺はこの鎮守府がいかに貧相な設備であるかを、理解しつつあった

 朽ちかけの木造の鎮守府。そこかから少し離れた所に建てられた、工廠と呼ぶにはあまりにも小さい作業場。

 銭湯の大浴場にしか見えない入渠施設。

 どれも俺が抱いていたた鎮守府のイメージと、完全に別物だったのだ。

 この溢れ出る貧乏くささ。流刑鎮守府と言われるだけあって、何もかもが貧相だった。

 

「こ、こんな設備で本当に深海棲艦と戦えるのか・・・・・いやそれ以前に生活できるのか?」

 

「それなら大丈夫。深海棲艦なんて半年に一回、出るか出ないかだしね」

 

 皐月がのほほんと言った。

 だが俺にとっては大問題だった。

 

「ちょっと待て! 深海棲艦はそんなに出ないのか!?」

 

「確かに、殆どこの近海には現れませんね」

 

「最後に姿を見たのは、六ヶ月くらい前かねぇ」

 

 五月雨の言葉に谷風がしみじみと頷いた。

 

「そんな・・・・・・じゃあここって普段何してんだよ」

 

「演習と遠征!」

 

 暁が元気に答えてくれる。

 俺は頭を抱えた。

 

「安心しろ司令官。仕事なら沢山あるぞ。食料調達に掃除・洗濯。艤装の手入れに座学。時間が足りないくらいだ」

 

「そうか、長月。お前は真面目だなあ」

 

「そうだろうそうだろう」

 

 得意げに胸を張る長月。そんな彼女とは対照的に俺は気分が沈むのを感じていた。

 

「どうしました司令官。何か我々に落ち度でも?」

 

「いや不知火。大丈夫。お前達に落ち度はないよ・・・・・・」

 

 ただこの鎮守府の現状が酷いだけさ。

 

「それと食堂とトイレ。あと寝室なんですが・・・・・・」

 

「寝室か・・・・・・そういえば俺は何処で寝るんだ?」

 

 ぱっと見であるが、この鎮守府は本当に小さい。

 人数分の寝室らしきものなど見当たらなかった。

 

「私達は一つの部屋に皆で寝ているんですよ。専用の三段ベットがあるんです」

 

「へえ、そうなのか」

 

「そう言われれば確かに司令官用の寝室は無いな」

 

「今までいなかったからねぇ」

 

 まあそうだろうなぁ。

 まあ執務室があるからそこに布団でも敷けばいいか。

 

「そんなことより、今日は提督の歓迎会さ! この日のために谷風さんはとっておきの日本酒を取っておいたんでぃ!」

 

「何、ポン酒?」

 

 日本酒と聞けばお酒大好きの俺は黙っちゃいられない。

 辛く長い社畜生活。仕事が終わってヘトヘトで帰宅した後、酒を飲んで寝るのが唯一の楽しみだったからな。

 

「それは是非ごちそうにならねばならんな。いくぞ谷風。食堂まで案内してくれ」

 

「がってん! いくっきゃないね!」

 

「待て待て待て待て」

 

 肩を組んで食堂に向かおうとする俺たちを長月が止める。

 

「んだよ、長月。今ちょうどいいとこだってのに」

 

「そうだぞ長月お前も一緒に呑もう」

 

「貴様らまだ昼だぞ」

 

「何か問題でも?」

 

 俺の答えに長月は頭を抱えた。

 

「日も高い時間に酒を飲むのは倫理上駄目だろう。それに歓迎会の準備がまだ出来ていない」

 

「それは大丈夫さ長月。俺は日本酒とおつまみに塩の一欠片があればいい」

 

「いけるクチだねえ提督。こりゃあ谷風さんも負けてられないね! 飲み比べといこうじゃないか!」

 

「おおよ! 負けはしないね!」

 

 今夜はオールかなこりゃ。

 

「・・・・・・おい皆。あの馬鹿二人を止めるぞ」

 

「え? 何で面白そうじゃん」

 

「皐月、お前・・・・・・」

 

「お酒は大人のレディの嗜み・・・・・・あ、暁も行くわ! 負けないんだから!」

 

「落ち着け暁! あれは駄目な大人だ!」

 

「違うぞ長月。忘れてしまいたいことやな、どうしようも無い寂しさにな。包まれたときに男は酒を呑むもんなのさ」

 

「か・・・・・・かっこいい・・・・・・これが大人なのね」

 

「戻れ暁! 司令官も子供に変なこと教えるんじゃない!」

 

「では五月雨は何かおつまみを作ってきますね」

 

 そう言って五月雨も俺たちの進む方向についてきた。

 きっと食堂とキッチンは同じ場所にあるのだろう。

 

「ここまで来たらボクもご随伴するしかないね! いこいこ!」

 

 皐月のそんな言葉の直後に、肩に柔らかい重圧がかけられた。

 振り返ると目と鼻の先で皐月が太陽のような笑顔があった。

 どうやら俺におぶさったようだ。

 重いけど苦になる程ではない。見た目通り、駆逐艦は軽いようだ。

 

「長月も不知火も一緒に来いよ。今夜は無礼講だぜ」

 

 俺がそう言うと長月は深いふかーいため息をついた。

 

「不知火・・・・・・頼めるか」

 

「ええ・・・・・・勿論よ」

 

 不知火はそれだけ言うとすーっと俺の目の前にやって来た。

 

「ん? どうした不知火?」

 

「失礼します」

 

 不知火は礼儀正しく頭を下げ、身につけている純白の手袋の端を口でキュッと締めた。

 瞬間――

 

「ぐぼっ」

 

 鳩尾に痛烈な一撃。

 視界が反転し、身体が宙に浮くような感覚の後、硬い地面の感触が身体にぶつかった。

 

「な、なな・・・・・・」

 

 そこで俺は気を失った。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

「悪ノリが過ぎるぞ谷風」

 

「いやぁ、ついね。提督があんまりにもいい笑顔だったせいでね」

 

「言っておきますが貴方にも処罰はありますよ」

 

「ひっ! 不知火、落ち着け! 落ち着いてくれよう!」

 

「でもさ、長月と不知火も酷いんじゃない? 提督は上官だよ?」

 

「上司の暴走を体を張って止めるのも部下の役目だ」

 

「でも・・・・・・これ、反逆行為にならないかな・・・・・・」

 

「えっ・・・・・・あ、暁は何もしてないわよ! 何もしてないんだから!」

 

「落ち着け、五月雨、暁。確かにそう映るかもしれんが・・・・・・不思議なことにこの人なら大丈夫だろうという気がしたんだ」

 

「慎重な貴方にしては、珍しいわね。司令とはつい先程、会ったばかりなのに」

 

「何でだろうな・・・・・・だがこの人はそんな気がするんだ」

 

「まあようやくボク達の鎮守府に来てくれた司令官だからね! 悪い人だったら悲しいよ」

 

「そうね・・・・・・ずっと待っていたのだから」

 

「おっぱいおっぱい言ってる、馬鹿な人って感じ・・・・・・でも嫌いじゃ無いわ!」

 

「あ、暁ちゃん・・・・・・それ言い過ぎじゃあ・・・・・・」

 

 六人の艦娘たちに囲まれながら、男は大の字になって鎮守府の廊下に転がっていた。



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That’s Life

この小説を書くときは発泡酒を一本開けてからにしています。


 目を空けると知らない天井があった。

 ここは何処だ? 俺の部屋じゃないぞ・・・・・・ちょっと待て。今何時だ。

 俺は慌てて枕元に置いてあったスマートフォンを手に取って、時間を調べる。

 現時刻は午前6時。まずい、寝坊した!

 慌てて飛び起き、そこで俺は自室とは全く異なるこの部屋の内装に気が付き、思い出した。

 

「そうか・・・・・・夢じゃ無かったんだな」

 

 ここは俺が生活していた安アパートでは無く、鎮守府の執務室だった。

 あまりにも現実離れしていて未だに信じられなかったが、俺は艦これの世界へ来ていたのだ。

 ・・・・・・まぁ、望んでいた鎮守府とは違うのだけど。

 そういえば昨日は谷風と日本酒を飲みに行こうとして、目の前に不知火が立ち塞がり・・・・・・そこから記憶が曖昧だ。

 まあいいか。

 いつもは起きてすぐに支度をして仕事に行っていた、。

 それが無いだけでどれだけマシか・・・・・・俺は再びベッドに倒れ込んだ。

 とりあえず二度寝でもするか。寝れるときに寝とかないとな。

 そう思ってベッドに横になった矢先であった。

 

「提督? 起きていますか?」

 

 部屋の扉がノックされ、向こうから五月雨の声が聞こえてきた。

 早いなあ、と思ったがよく考えればここは軍隊。六時起床なんて当たり前。むしろ遅いかも知れない。

 

「おう、起きてるぞ。五月雨、入ってきていいぞ」

 

 そう返すと扉が開き、青い髪の少女が入ってきた。

 

「おはようございます、提督!」

 

「おお、おはよう、五月雨」

 

 五月雨は元気よく敬礼すると、花のような笑顔で笑った。

 

「皆ももう、起きてるのか?」

 

「いえ、朝食をとる時間までには起きればいいので・・・・・・五月雨が早いだけです」

 

「朝食・・・・・・朝食か・・・・・・」

 

 そういえば朝食をちゃんと食べる何て久しぶりだな。

 現代にいたころは忙しくて朝起きたらすぐ仕事。朝食なんて食べる時間がなかったしな。

 

「それで五月雨は俺を呼びに来てくれたのか?」

 

「い、いえ、ただ私は提督に朝のご挨拶を・・・・・・」

 

 恥ずかしいのか頬を少し朱に染めながら、五月雨は言った。

 何、この娘? 何でこんなに可愛いの?

 清楚だよ。清楚の数え役満だよ。

 

「ありがとう、その気持ちだけ充分サ」

 

 思わず頬が緩んでしまう。

 元々、女性と接点が全くなかった俺ははっきり言って異性に対する免疫は無い。

 でも五月雨たちには全く苦手意識は湧いてこない。

 元々、ゲームでそんな性格かを知っているからか、それとも女性というより子供だからか・・・・・・

 

「えへへ・・・・・・ありがとうございます」

 

 五月雨はとても可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

「とりあえず顔洗って歯を磨いてから食堂に行くから、五月雨は先に行っていてくれ」

 

「はい、かしこまりました!」

 

 元気よく敬礼して部屋を後にする五月雨。

 

「うーん。可愛いなぁ・・・・・・」

 

 自然と呟いてしまう。

 

「そうですね」

 

「うおっ!?」

 

 横から不知火がにょきっと生えてきた。

 昨日と言い突然現れる奴だ。

 

「し、不知火。いつからそこに・・・・・・?」

 

「五月雨が入ってくる前からいましたが」

 

「い、いや、気が付かなかった・・・・・・というか五月雨は何で不知火に対して、ノーリアクションだったんだ。普通何か言うだろう」

 

「彼女はドジっ娘なので」

 

 その一言で済ませられるようなことなのだろうか。

 まあ、それはそれとして・・・・・・

 

「で、不知火は何で俺の部屋にいるんだ?」

 

 五月雨よりも先に俺の部屋に侵入して一体何をしようとしていたんだろうか。

 すると何時もは冷静な不知火が珍しく狼狽え始めた。

 

「あ・・・・・・いえ・・・・・・それは・・・・・・」

 

 体をもじもじさせて俯く不知火。

 本当に彼女らしくないな。

 

「実は・・・・・・昨日のことなのですが」

 

「昨日・・・・・・ああ・・・・・・」

 

 そういえば不知火に鳩尾を殴られて気絶したんだった。

 

「司令にあのような事を・・・・・・理由はあれど、完全に不知火の落ち度です」 

 

 そう言って不知火は本気で落ち込んでいるような素振りを見せる。

 まあ確かに昨日のアレはその場のテンションでやっちゃった感じあるもんな。

 

「その・・・・・・何だ、気にすんな」

 

 俺がそう言って肩を叩くと、不知火は顔を上げた。

 

「昨日のことはまあ悪ノリした俺も悪いし・・・・・・これから一緒にやっていくんだからそんな些細なことで揉めてたらきりが無いって」

 

「ですが・・・・・・」

 

「この話はこれで終わり! 提督命令!」

 

 いつまでもこんなことでギクシャクしたのは嫌だからな。強引にでも終わらせよう。

 というか俺はそもそも全然気にしていないしね。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 不知火は一瞬、目を真ん丸に見開いた後、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 再び俯いてしまった。

 う・・・・・・駄目だったかな・・・・・・そう思ったが。

 

「・・・・・・ご命令ならば」

 

 小声でそう言うと不知火は顔を上げた。

 無表情で怜悧な美しさを持つ、彼女の姿がそこにあった。

 

「司令、昨晩は大変申し訳ありませんでした。これからもご指導・ご鞭撻、よろしくです」

 

 ビシッと敬礼が決まった。

 そうそう、これこれ。この冷たい感じが不知火だよ。

 

「では、不知火は朝食任務に向かいます。司令、お待ちしておりますので」

 

「おう、少し経ってから行く」

 

「・・・・・・ふふっ」

 

 ほんの少し。ほんの少しだけ口角をあげると不知火は部屋を出て行った。

 

「・・・・・・起きるか」

 

 俺は腕を伸ばしてからベッドを降りた。

 服は着替えさせてくれたのか、浴衣みたいなのを身につけている。

 ベッドはかなり簡易な作りで、とても軽く、簡単に部屋の隅に移動させる事が出来たので助かった。

 そのまま横にあったクローゼットを開けてみる。

 

「おお・・・・・・」

 

 そこにはよく創作物でお目にかかる、純白の海軍服がかけられていた。

 まさしく提督服。

 俺は手に取って、己の体に合わせてみる。寸借は合っている。

 そのまま服を脱ぎ、袖を通してみた。

 寸法をあらかじめ測っていたみたいにピッタリだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 軍服にロマンを感じない男の子なんているだろうか。いや、ない。

 早速俺は上着を羽織ってボタンを留め、ズボンを履いてベルトを通した。

 最後に軍帽を被って完成。

 そのまま横にあった姿見をみてみた。

 純白の軍服にキッチリと身を包んだ自身の姿がそこにあった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 やべえ、軍服って超かっこいい。

 例え不細工でおっさんな俺でも着ればなんとなく整って見える。

 そのままなんとなくポーズをとってみる。

 うん・・・・・・悪くないな。

 敬礼! おお、意外と様になっている。  

 今度は覚悟完了! うーむ、白服は誰が来てもある程度はかっこよく見えるな。

 

「へえー、司令官って意外とキザな所もあるんだね」

 

 不意に背後からそんな声が聞こえてきて、俺は驚きで背筋がピンとたった。

 

「さ、皐月、いたのか・・・・・・」

 

「うん、ちょっと前からいたよ」

 

「どうして?」

 

「朝の挨拶に来たんだよ。そしたら司令官が鏡の前でキメてるから、思わず見てた」

 

「そ、そうか・・・・・・」

 

「ふふっ・・・・・・司令官って可愛いね♪」

 

「うっ・・・・・・」

 

 体が一気に熱くなった。

 何だろうこの妙な気恥ずかしさは。

 美少女アニメを見ているところを親に見られた時の気持ちに似ている。

 

「さ、皐月さん」

 

「なーに?」

 

「えーと、今見たことなんだが」

 

「もしかして、皆に黙ってて欲しいのカナ?」

 

 人差し指を唇に当てて、小悪魔的に微笑む皐月。

 何だか妙に大人びて妖しい雰囲気を纏っている。

 

「・・・・・・何が望みか?」

 

「うっふふ、そうだねえ・・・・・・」

 

 何か考えるような素振りを見せた後、皐月はにっこり笑った。

 

「ボクを食堂まで運んで貰おうかな」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「わぁー、高いなぁ!」

 

 俺の肩の上で皐月は無邪気にそう言った。

 現在、俺は皐月を肩車しながら鎮守府の廊下を進んでいる。

 だだでさえ古い床がいつも以上にギシギシ音を立てて、また壊れちゃうんじゃないかと焦る。

 まあ、皐月はそんなに重くないから何とかなるだろう。多分。

 

「しかし昨日はおんぶ、今日は肩車とは上に登るのが好きだな」

 

「へへ、実は他の鎮守府にいる睦月や卯月がよくそこの司令官にして貰ってるって聞いてさ、ボクもやってみたくなったんだよね」

 

「そういえば、他の鎮守府もあるんだったな」

 

 そこに金剛とか榛名もいるわけか・・・・・・他の提督と・・・・・・なんだか悲しくなってきたな。

 

「楽ちん楽ちん! 進め、鉄人! 28歳!」

 

「朝の鎮守府にガオーっ!」

 

 皐月は見た目通りに軽いから全然苦にならない。むしろ楽しい。

 彼女の生来の明るさがとても心地よく感じるのだ。

 ああ、可愛いなあ。まるで娘を遊んでいるようだ。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・俺、このくらいの子供いてもおかしくない年齢なんだよな・・・・・・

 

「あれっ? どうしたの司令官? 急に俯いちゃって」

 

「何でも無い・・・・・・何でも無いぞ・・・・・・食堂行く前に洗面所寄っていいか?」

 

「うん、あ、トイレの向こう側にあるよ」

 

 皐月の指示通りに洗面所に向かうと、谷風が歯ブラシとコップ片手に立っていた。

 

「おおう・・・・・・提督に皐月じゃねぇか・・・・・・おはよう・・・・・・」

 

 目の下に深い隈があり、髪はボサボサ、寝間着用の浴衣は所々はだけ、顔に何時もの精気が感じられない。

 端的に言うと凄い眠そうだった。

 

「ど、どうした谷風。もしかして朝は弱いのか?」

 

「いや・・・・・・谷風さんはむしろ朝は強いほうさ・・・・・・けどな、昨日な。提督と悪ノリした罰を受けてな」

 

「な、なんだと・・・・・・」

 

 そんな俺と馬鹿したせいで谷風がそんな酷い目にあうなんて・・・・・・結構厳しいんだなここ。

 

「で、どんな罰を受けたんだ?」

 

 恐れおののきつつも尋ねてみる。

 谷風はげっそりした顔で答えてくれた。

 

「一晩中、デビルマソを延々見続けるという拷問を受けたのさ・・・・・」

 

「な、なんて酷い・・・・・・お前達、鬼か」

 

 頭の上の皐月に非難の視線を送ると、皐月はケタケタ笑った。

 

「まあ、ボクも二人に乗っかった罪で一回目の放映は一緒に谷風と見たからね」

 

「それは・・・・・・ご愁傷様」

 

「というわけで今日の谷風さんはおねむさあ・・・・・・ふぁあ・・・・・・」

 

「居眠りに気をつけろよ」

 

 頭をガシガシと撫でると谷風はふぃ~っと返事をして千鳥足で洗面所を出て行った。

 

「さてと俺も歯、磨くか・・・・・・」

 

「提督のコップと歯ブラシはあれだよ、新しいやつ」

 

「お、サンキューな」

 

 そのまま歯を磨いて顔を洗う。

 皐月がテコでも降りようとしないので、洗顔は割と苦労した。

 その後、食堂に向かう。

 近くまで来るといい匂いがしてきた。

 食堂の前には暖簾が掛かっていて、それをくぐると大きなテーブルがあり、既に残りの五人が席に着いていた。

 

「おはよう、司令官! あ、皐月肩車されてる! ずるい!」

 

 暁が立ち上がって挨拶してくれた直後、俺の頭上にいる皐月に気が付き抗議した。

 

「ふふふっ、暁も司令官に肩車して貰う?」

 

「えっ・・・・・・べ、別にいいわ! 肩車なんて子供のやることよ! 一人前のレディーがすることじゃ無いわ!」

 

 顔を真っ赤にしてそっぽを向く暁。

 なる程、そう言うお年頃か。でもさっきからこっちをチラチラ見てるのは分かるので、今度二人の時にやってあげよう。

 

「ほら、着いたんだし皐月も降りろ」

 

「はーい」

 

 意外にも素直に皐月は降りていった。

 そのまま二人で席に座る。

 すると長月が目の前に朝食を持ってきた。

 

「うおっ・・・・・・すげえ、これ長月が作ったのか?」

 

「そこまで驚かれる程ではないが・・・・・・まあ、そうだな」

 

 食卓に並んでいるのはご飯、味噌汁、漬物、目玉焼きというシンプルなモノだった。

 それでも料理が出来ず、惣菜ばかりだった俺からすれば立派な朝食だ。

 

「この卵は何処でとれたんだ?」

 

「昨日は紹介し忘れたが、鎮守府の裏で鶏を飼っているんだ。毎日新鮮な卵がとれるんだぞ」

 

「それは・・・・・・いいなぁ・・・・・・」

 

 生まれたての新鮮な卵を食べる。

 昔からやってみたかったんだよなあ。

 

「では、皆・・・・・・」

 

 長月がそう言うと他のメンバー達が手を合わせた。

 

『いただきーます!!』

 

 元気よく皆が言った。

 

「何かこのノリ懐かしいな・・・・・・」

 

 給食の時間を思い出すぜ。

 そんなことを考えながら、熱々の目玉焼きに手を付けた。

 

「・・・・・・うまい」

 

 素でそんな言葉が出てきた。

 電子レンジじゃない、本当に出来たてだからの熱さ。

 こんなちゃんとした手料理を食べたのは実家にいたとき以来だ。

 漬物を口に入れる。

 これも旨い。味が濃くて、歯ごたえも充分。

 白米が進む。味噌汁をそのまま飲み込む。

 赤だしで尚且つ味が濃い。俺の好きなタイプである。

 

「うまい・・・・・・うまいぞ、長月!」

 

「そ、そうか?」

 

「ああ・・・・・・本当に美味しい・・・・・・」

 

 そうえいばちゃんとした朝食なんて久しぶりだ。

 仕事がある日は朝が早くて、食欲なんて湧かず、何も食べずに職場に行っていた。

 休みの日も昼くらいまで寝て、朝食兼昼食だったし・・・・・・

 

「これだよ・・・・・・これが食事の歓びだよ・・・・・・」

 

「そ、そうか・・・・・・それならよかった」

 

「あーっ! 長月、赤くなってる!」

 

 皐月がめざとく指摘した。

 

「なっ!? ち、違う! 別に赤くなってなんかいない!」

 

 つんとした表情でそっぽを向く長月。

 基本的に大人っぽい性格だけど、やっぱりこういう所は子供なんだなぁと思ってしまう。

 

「あ、不知火、醤油とって」

 

「どうぞ」

 

「サンキュー、ボクは目玉焼きには醤油ってキメてるンだよね」

 

「暁はソース! 長月とってー」

 

「はいはい、ほら、こぼすなよ・・・・・・谷風、食いながら寝るな」

 

「ふぁーっ・・・・・・わかってるって・・・・・・わけってるしゃ・・・・・・」

 

「谷風ちゃん、お口からご飯漏れてますよ!」

 

 こんな賑やかな食事、何年ぶりだろうか。

 仕事に追われる日々を送るうちに、食事は単なるエネルギーチャージの時間へと変わっていった。

 でも違う。違うんだ。

 食事っていうのは楽しいもの。

 生きることを歓び、他の生き物を食べて生きている事へ感謝の念を抱くものだ。

 すっかり忘れていた。

 こんな嬉しいことを。

 

「ううう・・・・・・」

 

「し、司令官、また泣き出して・・・・・・どうしたの? おなか痛いの?」

 

 暁が優しく尋ねてくる。

 それだけでも嬉しい。

 この世界は優しさに溢れている。

 いや前にいた世界でも探せば見つかったのだろう。ただ、俺はそれを仕事で忙殺されていた。

 流刑鎮守府に来て、俺もようやく気がついたのだ。ほんの小さな事だとしても・・・・・・

 

「司令官、ここに来てから泣きっぱなしだよね」

 

「ここに来る前に相当何かあったのかもな」

 

 皐月と長月が色々言っているがそれは別にいい。

 おっぱい要因がいないとか、エロい娘いないとか不満があったけど、それは間違いだった。

 

「・・・・・・俺さ」

 

「どうしました司令官?」

 

「提督としては素人だけど、頑張るよ。この鎮守府の指揮官として。だから皆。これからよろしく頼む」

 

 俺の言葉に皆は一瞬、目をパチクリさせる。

 しばしの静寂のあと。

 

「ぷっ・・・・・・あははははは! 何さ突然! 泣いたり笑ったり・・・・・・ふふっ、本当に可愛いね!」

 

 皐月がケタケタ笑った。

 

「あ、あの、提督っ! 五月雨も一生懸命頑張ります!」

 

 五月雨も続けて言う。

 

「大丈夫よ司令官! 一人前のレディーである暁に任せなさい!」

 

 無い胸をいっぱい反り返らせて、暁も言う。

 

「谷風さんも夢から覚めたぜ・・・・・・ドンと来いだ!」

 

 眠気が少し薄らいだのか、谷風は自身の胸を強く叩く。

 

「この不知火、全力でご助力いたします」

 

 珍しく不知火が口角を上げて言った。

 

「ああ、この流刑鎮守府一同、司令官の下で一丸となって戦う所存だ。よろしくな」

 

 皆の意見を纏めるように長月は言うと、右手を伸ばしてきた。

 その手を力強く握る。

 柔らかくてちっちゃくて、温かかった。

 

 この鎮守府でやり直していこう。

 俺は今までのもやもやが霧散していくのを感じていた。

 

 ふと窓から空を見る。

 晴天の空に悠々と鳥たちが飛び、舞い上がっていった。




何だか真面目な話になってしまった・・・・・・

次からは基本ギャグになります。


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流刑鎮守府酒飲み音頭

新年に投稿しようと思いましたが、仕事と艦これのイベントで忙しくて・・・・・・

今更ながら正月回です。


「皆、新年明けましておめでとう! 昨年はなんと言ってもこの鎮守府に待望の司令官がやって来た。これまで指揮官不在でよくやってきた・・・・・・その苦労も遂に報われた・・・・・・」

 

 長月が力強く言うと残りのメンバーがうんうんと頷いた。

 本日は元日。時刻は夜の7時を迎えている。

 今年最初の大宴会のために流刑鎮守府の皆が食堂に集まっており、長月がマイクで乾杯の音頭を始めていた。

 

「ずっと待っていた司令官が来てくれた。それだけでも万感の思いだ・・・・・・では司令官、挨拶と乾杯のかけ声を」

 

「え、俺!?」

 

 長月に急にマイクをパスされた。

 俺はとりあえず立ち上がって一礼すると、皆を見渡した。

 

「えーと、この鎮守府に配属になった提督です・・・・・・俺もこの鎮守府に来れて嬉しい・・・・・・って丁寧な挨拶は柄じゃないな」

 

 皐月と谷風が吹き出した。

 

「皆、去年はお疲れ様! 今年も頑張ろうってことで、乾杯!」

 

『かんぱーい!!』

 

 七つのグラスが重なった。

 暁と五月雨がジュースで後は皆、ビールが入っている。

 テーブルには皆が作ってくれた料理やおつまみが並び、皆ワイワイと楽しそうだ。 

 俺もぐっと一口でビールを流し込む。今までで一番旨いビールだった。

 

「ささっ! 司令、かけつけ一杯!」

 

「お、流石、皐月! かわいいな!」

 

「それボクの台詞~まあいっか! 乾杯~」

 

「乾杯!」

 

 ガチンと俺と皐月のグラスがぶつかり、そのまま一気に中身を煽る。

 同時にぷはぁーと息を吐いて、グラスを置いた。

 

「いい飲みっぷりだねえ、提督! 次は谷風さんだぜ!」

 

「おお、谷風さん! いくぜいくぜかんぱーい!」

 

 ああ、美味い。酒が美味い。

 ずっと一人で酒を飲んでいたからか、誰かと飲む酒が美味い美味い。

 しかも相手が可愛い艦娘ならなおのことだ。

 

「あまりはしゃぐなよ、お前達」

 

 真面目な長月が釘を刺すが、彼女もほろ酔いなのか頬が緩んでいる。

 

「ほら、暁も飲め飲め」

 

「ありがとう司令官・・・・・・ってジュースじゃない! 暁だってお酒飲めるわ!」

 

「辞めとけ辞めとけ! あかつきぃ、本当のレディーは酒だろうとジュースだろうと、エレガントに飲むんだぜぇ」

 

「・・・・・・わ、分かっているわよ! この暁がエレファントにジュースを飲んであげるわ!」

 

「エレファントは象だぞ」

 

「うううう・・・・・・」

 

 涙目になりながら、暁がジュースを啜る。

 

「ふふふふ・・・・・・」

 

 それを見ていた不知火が笑う。珍しく彼女も上機嫌のようだ。

 まあ新年の最初くらい楽しくいきたいよな。

 そんなことを考えながら一杯、二杯と空けた時だった。

 

「さ、提督。五月雨のビールも受け取ってください」

 

 五月雨がビールを注いできた。

 

「ありがとな、五月雨! いい子いい子」

 

「えへへ・・・・・・」

 

 頭をワシワシと撫でると、五月雨はくすぐったそうに笑った。

 そういえば五月雨は飲んでないな。

 暁はともかく、五月雨は飲もうと思えば飲めそうだけど。

 

「五月雨、どうだ一杯?」

 

「え・・・・・・でも五月雨はあまりお酒が得意じゃ無いんです・・・・・・」

 

「まあまあ一杯くらい・・・・・・お、谷風が日本酒を用意してるな」

 

「あたぼーよ! やっぱりポン酒がサイコーさ!」

 

「これなら水みたいに飲めるぜ。ちょっと飲んでみろって」

 

 軽い気持ちでお酒を勧めてみた。

 酒瓶の蓋を開けてぐい、と差し出す。

 

「提督が言うのなら・・・・・・五月雨、いただきます!」

 

 元気よく五月雨はそう言うと俺から酒を引ったくった。

 ・・・・・・横に持っていたグラス出なく、酒瓶を。

 え・・・・・・と、俺が困惑しているのをよそに、五月雨は一気にそれをゴクゴクと飲み干した。

 大人しい彼女からは想像できない飲みっぷりに俺が呆然としていると、ドンッと乾いた音が響いた。

 いつの間にか空っぽになった酒瓶を五月雨が床に降ろした音であった。

 

「さ、五月雨、大丈夫か?」

 

 俺の問いに彼女は俯いたまま答えない。

 だが、肩が少し動いた。

 気分が悪くなったか、そう思った瞬間だった。

 

「あは・・・・・・あはははははははっ! あはははははっ!」

 

 勢いよく顔を上げた五月雨が突然、高笑いし始めたのである。

 顔は真っ赤に染まり、頬と眉は弛緩しきっていた。

 明らかにいつもの五月雨とは違う。

 

「うふふふ、てーとくー、てーとくのさみだれれふよー」

 

 明らかに出来上がっていた。

 

「お、おい、五月雨。ちょっと横になった方がいいぞ」

 

「だいじょーぶえふふぉーしゃみだれはぁーよってまへーん」

 

 いかん。完璧に悪酔いしている。

 これ以上何か起こす前に部屋に連れて行って寝かせないと、五月雨自身の体調も悪くなるだろう。

 というか一気に酔いが覚めた。

 流石に部下の少女を泥酔させるとかやばすぎるからな・・・・・・

 そう思って俺が立ち上がろうとしたときだった。

 

「おっ! 五月雨もいけるクチだったんだねえ! じゃあいっちょ、この谷風さんとと飲み比べでもするかい?」

 

 ほろよいの谷風が五月雨と肩を組んでそんなことを言い出した。

 その片手には一升瓶が握られている。

 

「いいいよ~じゃあまずはさみだれからーいきまーす」

 

「いいさいいさ! さてぐいっと・・・・・・」

 

 俺が止める間もなく、谷風と五月雨の飲み比べが始まってしまった。

 谷風は五月雨の異常に気が付いていないのか、コップに日本酒を注いで笑顔で相手に差し出した。

 だがその呑気な笑顔も、五月雨が差し出されたコップではなく、谷風が握っていた一升瓶を引ったくった事で凍りついた。

 

「しゃみだれーばつびょーしまーす!」

 

「よ、よせっ!」

 

 俺の制止も聞かずに、五月雨は再び一気に日本酒の入った一升瓶を傾けた。

 喉を鳴らしながら豪快に飲んでいく五月雨。さしもの谷風も唖然としている。

 

「・・・・・・ぷはぁー! 五月雨、呑みました!」

 

 空になった酒瓶を床に転がして、五月雨は高らかに言った。

 

「て、提督、こりゃひょっとしてやばくねぇか?」

 

「ああ、ひょっとしなくてもヤバい」

 

 戦慄する俺たちに気が付いていないのか、五月雨は新しい酒瓶を手に取ると、それを谷風に差し出した。

 

「じゃあつぎはたにかぜちゃんのびゃんだよー」

 

「ひっ・・・・・・な、なあ五月雨。普通一杯はコップいっぱぐぶっ!?」

 

 問答無用で谷風の口に酒瓶が突っ込まれる。

 

「ほらほらーがんばえー」

 

 笑顔で五月雨は酒瓶を傾け、谷風の中へ酒を注いでいく。

 いかん、止めないと。

 そう思って立ち上がった直後。

 

「ぱいるだぁ~」

 

 そんな声音と共に。

 

「おーーーーーーんっ!」

 

 頭上に皐月が墜ちてきた。

 

「ぐぼべっ!?」

 

 たちまち俺は倒れ込み、顔面を床に強打。

 さらに頭の上に何か重いモノがのしかかり、呼吸が一気に苦しくなった。

 

「ボクと司令~合体! ぱわーあっぷ~! ちかーらのーちからーの艦娘ますた~」

 

 楽しそうに歌いながら皐月はそのまま俺の頭に抱きついてくる。

 

「鉄の艤装にのぞみを乗せて! 放て正義の酸素魚雷! 勇者艦娘サツキシレー! 定刻通りにただいま出航!」

 

 俺の頭に乗っかって皐月がビシッとポーズを決める。

 いつの間にか、完全にこっちも出来上がっているようだった。

 

「は、離れろ皐月! 今はお前と遊んでいる時間は無い!」

 

「うふふ~司令官は本当に可愛いなぁ! うりうり。うりうり~」 

 

 猫みたいに頬を擦り付けてくる皐月は非常に可愛らしいのだが、今はそれどころではない。

 

「離せ皐月・・・・・・このままじゃ谷風が・・・・・・」

 

「駄目だよ、しれぇ~ボクと一緒にいるときに他の女の子の名前出しちゃ~」

 

「いでででででで! 頬を引っ張るな!」

 

 その時である。

 

「露と落ち、露と消えにし我が身かな・・・・・・でもやっぱポン酒イッキは無理でぃ・・・・・・」

 

 辞世の句と共に谷風が崩れ落ちた。

 

「た、谷風・・・・・・」

 

 五月雨によって一升瓶を強引にイッキさせられた谷風は、そのまま豪快に床に突っ伏してイビキをかきはじめた。

 

「あれぇーたにかぜちゃんねちゃったー」

 

 ぽわぽわしながら五月雨は谷風をツンツンしている。

 無邪気という名の恐怖・・・・・・やがてその矛先は次に暁に向いた。

 

「あーかつーきーちゃーん・・・・・・のんでるー?」

 

 大人しくジュースを飲んでいた暁に五月雨が絡んでいく。

 

「さ、五月雨? 酔ってるわよ、大丈夫?」

 

「ぜんぜんへーきぃーよってないよいぉー・・・・・・でしゃ、あかつきちゃん」

 

「な、何よ」

 

「・・・・・・れでぃーなのになんでジュースなのぉ?」

 

「う・・・・・・そ、それは・・・・・・」

 

「おとなのれでぃーなんだから、飲めるよねぇー? のめないのー?」

 

 五月雨は酔っ払い特有の絡み酒で暁に迫る。

 さすがの暁もこんな安い挑発に乗らないだろう・・・・・・

 

「ば、馬鹿ね! 一人前のレディーである暁が飲めないわけないじゃない! 貸して!」

 

 そうだよな! それでこそ暁だよな!

 

「あ、暁! 止せ! お前にはまだ早い!」

 

「司令官までそんなこと言って! いつも子供扱い・・・・・・今日こそ暁が大人ってこと見せつけてあげる!」

 

 暁は五月雨から酒瓶を引ったくると、そのまま口に入れた。

 

「・・・・・・きゅう」

 

 そして一口で轟沈した。

 

「し、不知火、長月! 五月雨を止めるんだ!」

 

 このままじゃヤバい。

 そう判断した俺は我が鎮守府きっての常識人二人に応援を要請する。

 

「かしこまりました」

 

 離れて飲んでいた不知火が、早速駆けつける。

 

「俺は皐月に拘束されているので、動けない! 頼むぞ、ぬいぬい!」

 

「ぬいぬいは辞めて下さい。さて・・・・・・五月雨、少々オイタが過ぎましたね。手荒いですが、眠って貰います」

 

「あーしりゃにゅいちゃんだー」

 

 いつもの五月雨なら不知火の迫力に怯んでいるだろうが、アルコールでビートしている今日の五月雨は違う。

 

「しりゃにゅいちゃん、のんでないんでしゅかー?」

 

 肩を組んできて、馴れ馴れしく喋りかける五月雨にさすがの不知火も、戸惑っているようだった。

 

「はい、しりゃにゅいちゃん、のんでー」

 

 日本酒の入ったコップを差し出す五月雨。いつもとは違いすぎるテンションに、不知火はドン引きしていた。

 

「い、いえ。不知火はお酒はあまり」

 

 確かに不知火は最初にビールを一杯飲んで以降は、アルコール度数の低いチューハイなどを飲んでいる。

 

「ええーいいのーてーとくはおさけだいしゅきー……おしゃけしゅきなかんむしゅもだいしゅきですよー」

 

「え……」

 

 不知火はそう言うとチラリと俺のほうを見た。

 

「司令官は……お酒が好きな子が好き……」

 

「そうだよーていとくはーおさけがしゅきー、おしゃけがすきなかんむすもしゅきー」

 

「…………」

 

 不知火は俺を見て、その後コップに入った日本酒を見て、また俺を見る。

 

「な、何してるんだ不知火!早く五月雨をぐぶっ!」

 

「だーかーらー! ボク以外の女の子の名前言っちゃ駄目! おーしーおーきーだべぇー」

 

 クソ! 皐月の悪酔いも酷くなる一方だ。

 駆逐艦とはいえ艦娘。何だかんだで力は俺より強い。

 皐月はそのまま体をずらし、背中にのしかかるような格好になる。

 

「離れろ皐月! な、長月! 長月はまだか!」

 

 不知火は何だか変だし、皐月は酩酊しているし、五月雨は暴走状態だ。

 もはや最後の頼みの綱は長月しかいない。

 

「うわっはっはっはっは! どうした司令官!」

 

 頼みの緑は酒瓶片手に大笑しながらやってきた。

 

「はっはっは! 司令官! 日本の夜明けは近いぞぉ!」

 

「ぶ、ブルータス! お前もか・・・・・・」

 

 長月もすでに泥酔していたのか・・・・・・

 

「あ、聞いてよー長月ー司令官がさー浮気してるんだよ浮気-」

 

「浮気? それはいかんな! この長月というものがありながら、許さん! あはっはっはは!」

 

 全く怒っているとは思えないテンションで、絡んでくる長月。 

 気が付いたら泥酔していない奴が俺しかいなかったとか、もはやホラーだよ。

 

 そんな睦月型二人に押さえ込まれているうちに、不知火が意を決したような表情で、日本酒が入ったコップを持って現れた。

 

「司令・・・・・・司令が望むなら・・・・・・不知火は・・・・・・不知火は、イキます!」

 

「逝くな不知火!」

 

 俺の言葉は不知火には届かなかった。

 彼女はコップに注がれた日本酒を一気に飲み干す。

 するといつも通りの無表情な顔に赤みが差した。

 

「・・・・・・全て不知火の落ち度・・・・・・」

 

 それだけ言うと不知火は倒れた。

 

「あーしりゃにゅいちゃんもしんじゃったー」

 

 ケラケラ笑う五月雨。

 

「しれぇーボクもみろよな-」

 

 絡みつく皐月。

 

「ぶわっはっはっは! 私わ凌駕する船などこの鎮守府にはいない! そうだろう司令官!」

 

 豪快に飲む長月。

 皆すべからく酒に溺れている。

 

「み、皆。落ち着け。一度頭を冷やしてチェイサーを飲むんだ」

 

「夢色チェイサー? いいねいいね! ボク大好きだよ! ばにはーばにはー」

 

「違う! とりあえず水を」

 

「ゆーめーだーけはー」

 

「ぐばっ!?」

 

 長月まで俺に乗ってきた!

 

「今夜はこの長月と皐月と司令官で! プラクティーズだ!」

 

「二人死ぬぞ! いいから離れろ!」

 

「みんななかよしれすねーさみだれもいれてぇー」

 

「不味い! 奴が来た! 二人とも早くどけ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」

 

 酒瓶を持ってゆらりゆらりと迫ってくる五月雨。

 

「てーとくものみますよねーさみだれーまいりましゅー」

 

 まずい。流石の俺も日本酒一気飲みは無理だ。

 だが逃れようにも皐月と長月が絡みついて離れない。

 おれがどうにかしようともがいているうちに、目の前に五月雨が辿り着いた。

 

「ていとくーさみだれがのませてあげましゅねー」

 

「しれいーボクもーてつだってあげるー」

 

「ははは! みんなやるなぁ!」

 

 五月雨の持つ一升瓶の口が俺に向けられる。

 さらに皐月と長月がガッチリと俺の頭を固定した。

 

「・・・・・・・・・・・・神よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 直後、口に冷たいモノが突っ込まれた。

 それが俺の、最後の記憶・・・・・・

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「提督? 大丈夫ですか? お水飲みます?」

 

「頼む・・・・・・頭が痛ぇ・・・・・・」

 

「はい。でも、提督。あまりお酒を飲み過ぎちゃいけませんよ?」

 

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 翌日。二日酔いに苦しむ俺と残りの艦娘たちを看病する五月雨の後ろ姿をじっと見ながら、俺は決意した。

 もう五月雨に酒を飲ませるのはやめよう・・・・・・



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仁義なき戦い 節分死闘編

節分回です。

日本酒飲んで書いたら、こんな感じになりました。


「節分の鬼役?」

 

「はい。お願いできませんか?」

 

 二月になったばかりの執務室で、五月雨が頭を下げた。

 節分・・・・・・そうか、もうそんな時期か・・・・・・

 

「今までは私達が交代でやっていたんだが、今年は司令官がいるからな」

 

「まあ、鬼役は大人がやる方がいいよな」

 

 皐月の言葉に全員がうんうんと頷いた。

 何だかんだ言っても皆、駆逐艦。豆を投げる方に廻りたいよな。

 

「大丈夫よ、司令官! 暁も一緒に鬼の役をやってあげるわ!」

 

 小さな胸をめいいっぱい張りながら暁が言う。

 

「そうか、それは頼りになるな」

 

「えへへ・・・・・・や、ちょ、ちょっと、頭撫でないでよ! まるで子供みたいじゃない!」

 

 そう言いつつも本気で嫌がってはいない。暁は可愛いなあ。こんな娘ほしかったなぁ。

 

「じゃあ2月3日は皆で節分任務! 提督、よろしくお願いしますね!」

 

「おう、まかせとけ!」

 

「ふふ、楽しみだね! ボクも全力で戦うよ」

 

「鬼退治となりゃあ谷風さんも腕が鳴るねえ」

 

「はは、負けないからな。二人とも」

 

 五月雨の言葉を俺は快諾した。

 思えばこの時、もうちょっと考えて判断していれば・・・・・・と、俺が後悔するのはずっと後の話だったりする。

 

 

 そして2月3日。節分当日。

 

「では私達は仕込みがあるから失礼するぞ」

 

「いつもすまないな、長月」

 

「ふふ、大丈夫だ。楽しみにしていろ司令官。最高に美味い恵方巻きと鬼除け汁を作ってやる」

 

「おう、楽しみにしてるぞ」

 

 俺がそう言うと長月と五月雨は厨房へと向かっていった。

 

「さて、と・・・・・・じゃあ鬼として鎮守府を練り歩くとするか・・・・・・」

 

「待って司令官! ここはこの暁が先陣を切るわ!」

 

 鬼の角を模したカチューシャを着けた暁が、胸を張って言った。

 

「大丈夫か? 相手は皐月や谷風だぞ?」

 

「もう子供じゃないから、鬼役だって出来るのよ! 見てなさい!」

 

 勇ましく暁はそう言うと、勢いよく外へと出て行った。

 

「ふぇぇぇぇぇん!!」

 

 そして数秒後、ベソをかきながら戻ってきた。

 

「しれかぇかん! さつきとぉたにかぜがぁ・・・・・・まめ・・・・・・ふぇええん!」

 

「はいはい。よしよし」

 

 呂律がまわらない位、マジ泣きしている暁の頭をなでなでして落ち着かせる。

 さすがにあの悪童二人に、暁じゃ分が悪いよな。

 

「よし、俺が敵をとってきてやる。暁はここで待っていてくれ」

 

 鬼の覆面を被り、俺はそのまま執務室のドアノブに手をかける。

 

「ぐすっ・・・・・・気をつけて司令官・・・・・・あの二人は本気よ! 本気で暁達を退治する気よ!」

 

「わかったわかった。安心しろ、そんなに柔じゃないさ」

 

 ガシガシ頭を撫でて、俺は部屋を後にする。

 廊下に出る。既に床には豆が散乱していた。

 

「さて・・・・・・悪い子はいねえがー」

 

 ってこれはナマハゲか・・・・・・そんな馬鹿な事を考えていると、

 

「大本命発見! これより迎撃を開始するよ!」

 

 背後から元気な声が聞こえてきた。

 この声は皐月だな。

 そう思って振り返った俺の目に映ったのは、何故か鎮守府ないで艤装を展開した皐月だった。

 

「ボクの鬼退治! 始めるよ!」

 

 瞬間、主砲から勢いよく弾が飛び出し、俺の腹部に直撃した。

 

「ぐばっ!」

 

 強烈な衝撃に体がぶっ飛び、床をゴロゴロと転がる。

 ようやく止まったと思ったら、激痛が全身に走った。 

 

「お、おま・・・・・・何を・・・・・・」

 

「安心して! お豆だよ!」

 

 そう言われ、よーく腹部を見ると確かに大豆だった。めり込んでいたが。

 

「さて、追撃戦だね!」

 

「ま、待て皐月。たしかに豆だけどそれは威力が強すぎて・・・・・・」

 

「問答無用! 鬼は外ー!」

 

 ダンダンダンと主砲(豆)を発射する皐月。

 

「ぶぼっ! がばっ! ぶべっ!」

 

 その度に俺にクリティカルヒットし、激痛が連続で襲ってくる。

 

「あはははっ! 司令官・・・・・・いや、鬼さん可愛いね! これは手加減できないね!」

 

 だ、だめだ・・・・・・完全に調子に乗ってる。

 逃げないとやられる。

 俺はボロボロの体に鞭打って、反対方向へと這いずっていく。

 あの曲がり角、そこまで行けば・・・・・・そんな時、その方向から皐月とは別の声が聞こえてきた。

 

「ひとーつ。人の世・・・・・・生き血をすすり・・・・・・」

 

 谷風の声だ。

 

「ふたーつ、不埒な悪行三昧・・・・・・」

 

 こちらに近づいてくる。

 

「みーっつ、醜い浮世の鬼を」

 

 やがて姿を現わした谷風は和装の上に腰に脇差しを差して、鬼のお面を被っていた。

 

「退治してくれよう・・・・・・あ! 桃太郎ぅ・・・・・・」

 

 俺と目が合った瞬間、谷風は着けていたお面を投げ捨てた。

 そのまま、懐から升に入った大豆を取り出すと、谷風はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「成敗!」

 

「がばぼっ!!」

 

 むき出しの顔面に容赦ない豆の嵐が降った。

 少女とはいえ、艦娘の力は強く、俺はそのまま勢いよくひっくり返ってしまう。

 

「さすが谷風! よーし、追撃戦だ!」

 

「おうよ! これじゃ手足も出るめぇ!」

 

 二人に囲まれ、容赦ない豆の攻撃が降り注ぐ。

 あれ・・・・・・豆まきって何だっけ?

 こんなに痛くて辛いものだっけ?

 俺は一体、なんでこんな目にあっているんだっけ?

 

「ふっふっふ・・・・・・司令官! もう降参かい?」

 

「ボク達に成敗されちゃったねえ、間抜けな鬼さん♪」

 

 勝ち誇った二人の声が頭上から響く。

 何だか腹が立ってきた。

 俺、提督だよ? 何で部下にこんなことされてんの?

 

「素直に参ったって言えば、許してやってもいいぜぇ」

 

「そしてボク達の言うコト何でも聞くんだよ、いいね?」

 

 こいつら完全に調子に乗っている・・・・・・

 もう許せん・・・・・・俺は地面に散らばった大豆を掴んで、二人の顔めがけて投げつけた。

 

「わっ!」

 

「げっ!」

 

 完全に油断していた二人は面喰らったようだ。俺はその隙にダッシュで執務室に戻り、鍵をかけた。

 

「あ、逃げた!」

 

「待ちな! 観念しねえか!」

 

 後ろから二人の声が聞こえてくる。

 

「し、司令官、大丈夫?」

 

 暁が心配そうな顔でトテトテやってきた。そんな俺は彼女を。

 

「え・・・・・・ふぁぁぁぁっ!?」

 

 抱き上げて、走った。進む先には窓。俺はガラス張りの窓を開いて、そのまま飛び出した。

 二階だがこの木造鎮守府はそんなに高くない。 

 さらに今の俺は怒りでアドレナリン全開。体は軽く、硬い。

 地面に着地し、そのまま厨房まで暁を抱え走って行く。

 

「あ、提督! 今、酢飯が炊き上がり・・・・・・ど、どうしたんですか鬼のような顔して」

 

 食堂の奥にある厨房に入ると、五月雨が迎えてくれた。

 

「暁、ここなら安全だ」

 

「あ・・・・・・お姫様抱っこ・・・・・・」

 

 暁は何だか名残惜しそうだったが、これから始まる戦いに彼女を巻き込むわけにはいかない。

 

「五月雨、長月。暁を頼む。ここならあの二人も襲ってこないだろう」

 

「た、頼むって、何があったんだ司令官」

 

 奥から長月も顔を出してきた。

 

「戦争だよ・・・・・・あの馬鹿二人には徹底的にお灸を据えてやる・・・・・・不知火!」

 

「はい、どうしました司令官」

 

 呼べば来てくれる。不知火は素敵な子だ。

 本当は彼女を味方に付けた方が有利なのが、それでは駄目だ。俺の力で戦わなければ。

 

「白兵戦用の武器を貸してくれ」

 

「はい、こちらに」

 

 おお・・・・・・サブマシンガンにロケットランチャー、そして煙玉に手榴弾か・・・・・・

 

「弾は訓練用のモノが入っています。当たっても痛いですが死にはしません」

 

「よしよし。これで・・・・・・」

 

「な、なあ司令官」

 

 完全武装した俺の背中に長月が声をかけてきた。

 

「なんだ長月」

 

「何があったかは知らんが・・・・・・節分は大事にしないといけない文化だ。しかし、やり過ぎはよくない。特に豆は何だかんだ言って食べ物なのだから、あまり無駄使いはするんじゃないぞ」

 

「ああ、わかっているさ。じゃあ行ってくる」

 

「本当に分かっているのか・・・・・・」

 

 嘆息する長月を尻目に俺は厨房を後にした。

 さあ、反撃開始だ。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「こらー開けろー」

 

「神妙にしろぃ」

 

 執務室のドアをドンドン叩く二人の声が下から聞こえてきた。

 完全に油断しているな・・・・・・俺はニヤリと笑うとそこから飛び降りる。

 

「なっ!? 提督!?」

 

「う、上から!?」

 

「ふははははは! ブルースワット直撃世代を舐めるなよ! 喰らえ!」

 

 流石の二人も俺が天井裏から現れるとは思っていなかっただろう!

 驚く二人に向かって俺はサブマシンガンを乱射する。

 

「いたっ! いたたたたっ!」

 

「ああ゛っ!」

 

「さっきの痛み思い知れ!」

 

「ぐう・・・・・・こんにゃろう!」

 

「お、大人げないよっ! それでも司令官?!」

 

「何とでも言え! 勝てばよかろうなのだ!」

 

 報復とばかりに弾丸をぶちこむ! だが悲しきかな弾は有限。暫くして弾は切れた。

 

「っ・・・・・・今だよ、谷風! 豆を!」

 

「が、合点だ!」

 

 すかさず反撃に移ろうとする二人。だが俺は既に策は練ってある。

 俺は煙玉を床にたたき付けた。

 瞬間、白煙が周りを包み込み、俺はそのまま現場から撤退を図る。

 

「おっと! そうはいかない!」

 

 正面からの打ち合いは不利である。こうやって奇襲を繰り返しすしかないのだ。

 俺はそのまま廊下を疾駆し、角を曲がって一階へと撤退――

 

 ガシっ!

 

「なにっ!?」

 

 足首を掴まれた! 

 そのままバランスを崩し、俺は正面から廊下へすっ転んでしまった。

 

「逃がさねえよ提督~」

 

 谷風だった。その瞳に執念を感じる。

 

「皐月! 撃て! この谷風さんごと撃つんだ!」

 

「谷風・・・・・・ゴメン・・・・・・でもそうさせてもらうよ!」

 

 皐月が主砲を向ける。だが、

 

「いいのか・・・・・・俺の全身には・・・・・・これだ!」

 

「なっ!?」

 

 俺が上着のボタンを外すと、谷風の顔が真っ青になった。

 ふふふ、俺の軍服の下には手榴弾を巻き付けてあるのだ!

 

「さあ、どうする!? 今俺を撃てば道連れだぜ?」

 

 さすがにこれでは撃てまい。

 そう思ったが・・・・・・

 

「そんなものでボクが躊躇うとでも? こうなったら、道連れ上等だよ!」

 

 逆上して冷静さを失ったのか、それともヤケクソになったのか。

 皐月は躊躇いも無く引き金を引いた。

 

「ま、待て・・・・・・」

 

 瞬間、視界は真っ白に染まった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

「恵方巻き美味しい!」

 

「鬼除け汁も出汁が聞いて、美味しいですね」

 

「えへへ・・・・・・私と長月ちゃんの自信作だよ」

 

「遠慮せずにドンドン食べてくれ・・・・・・おい、貴様ら口が動いていないぞ」

 

「そ、そんなもう豆は飽きたよ・・・・・・」

 

「勘弁してくれぃ・・・・・・」

 

「せ、せめて水を・・・・・・」

 

「駄目だ。二階を豆まみれにした挙げ句、大爆発させたんだ。責任持って全部食え」

 

「せ、殺生な・・・・・・」

 

「司令官・・・・・・ゴメン、ボクちょっと調子に乗りすぎた」

 

「もういいさ・・・・・・俺も何で酒も飲んでないのにあんなことしたのか・・・・・・」

 

「無駄話をする暇があったら食え」

 

「はい・・・・・・」

 

 節分のごちそうを堪能する暁達の横目に、正座して大豆を食べる俺と皐月と谷風。

 口の中の乾きと単調な味に耐えながら俺達は誓った。

 来年は普通に豆まきをしようと・・・・・・

 

 最終的に俺たちは豆を全て処理できぬままダウン。

 余った大豆は後に煮物や大豆ハンバーグとなって、我が鎮守府の食卓を支え続けた。




完全にノリと勢いだけです

次はバレンタイン回が書きたい(願望)


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STILL LOVE HER

バレンタイン回です
今回は甘々な話となっております


 最初は些細な事だった。

 皆の様子がどうもよそよそしい。

 皐月や谷風ならいざ知れず、五月雨や不知火も何だか俺を避けているようなのだ。

 何か皆の気に障るような事を、知らず知らずのうちにしてしまったのだろうか・・・・・・ううむ、分からん。

 唯一、いつもと変わらない長月にそれとなく聞いてみたが『気のせいじゃないか?』とバッサリ。

 気のせいなのかな・・・・・・でもな・・・・・・と一人で悶々としていた時だった。

 偶然、廊下で暁とバッタリ出会った。 

 

「し、司令官!」

 

 暁は妙に焦ったようだった。その両手には何が入ってるのか分からないほど、大きな紙袋が握られている。

 

「よ、よう、暁。どうしたんだ、それ」

 

「し、司令官には関係ないわ! じゃ、じゃあレディは予定がいっぱいだからまたね!」

 

 そう言って、そそくさとその場を離れようとする暁。その時、暁の持つ紙袋から何かがこぼれ落ちた。

 何だろう? そう思い目を凝らすと。

 

「・・・・・・板チョコ?」

 

 市販の板チョコが数枚、床に転がっていた。

 

「何だ、暁? つまみ食いなら・・・・・・」

 

 そこまで言って俺は暁の顔が茹でたトマトみたいに真っ赤になっていることに、気が付いた。

 

「ち、ちちちちちがうもん! これは司令官への・・・・・・もう、失礼しちゃうわ!」

 

 乱暴に落ちたチョコを拾い上げると、暁は一目散に食堂の方へと駆けていった。

 

「何なんだ、一体・・・・・・」

 

 チョコレートをおやつにするなんて、なんて恥ずかしくもなんともないだろうに・・・・・・

 

「あっ・・・・・・」

 

 そこでようやく俺は気が付いた。

 今月は2月。今は上旬。あと数日したら14日。つまり。

 

「バレンタインデーか」

 

 くそう、可愛いところあるじゃねえか。

 バレンタインデー・・・・・・かつてそれは血塗られたイベントであった。

 何せアレとクリスマスほど男の間で勝ち組と負け組を生み出してしまうイベントはない。

 俺は当然、負け組であった。

 28年間生きていた中で、異性に貰ったチョコは母親と職場のパートさんたち。あとはクラス全員にチョコを配っちゃう系の女子からだけだ。

 血縁者以外からはオール義理。いや、今回だってあくまで提督と艦娘という仕事柄での、チョコかもしれないけどさ。

 やはりリアル艦娘から貰うチョコが、嬉しくない訳なんてない。

 何なら義理だと言われても、嬉しいかもしれない。

 悩みが一気に吹き飛んでいくのを感じた。

 足取りが妙に軽い。

 『バレンタイン・キッス』でも口ずさみたくなる気分だ。

 来たるべき、バレンタインデー。

 ゆっくりと待つとするか。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 あっという間にバレンタインデー当日はやってきた。

 とは言っても祝日でも何でも無いので、普通にやることはいつもと同じである。

 朝起きて朝食をとり、俺はデスクワーク。艦娘たちは近海をパトロールしたり、遠征に行ったり・・・・・・

 そしてあっという間に昼になり、昼食の時間になった。

 

「・・・・・・・・・・・・おかしい」

 

 皆、いつも通りだ。

 昼ご飯は長月特製の炊き込みご飯とお吸い物でそれは美味しかったのだが、それとこれとは話が別。

 もしかしたらチョコを貰えるかも知れないと、思っていた俺だが、艦娘たちはチョコをくれる素振りはおろか、バレンタインのバの字もない。

 俺がバレンタインを意識するきっかけを作った暁ですら、普段と同じように談笑している。

 もしかして俺の自意識過剰だったのか・・・・・・そんなことを考えながら俺は昼食を完食し、執務室に戻った。

 

「司令官、食後のコーヒーを持ってきたぞ」

 

 少しして、長月が熱々のコーヒーが入ったマグカップを持って現れた。

 昼食が終わった後に、こうやって皆に煎れてくれるのが日課になっているのだ。

 

「砂糖は二つでいいか?」

 

「おう、すまないな」

 

 長月は慣れた手つきで角砂糖を取り出し、コーヒーの中に入れてマドラーでかき混ぜる。

 この鎮守府で俺にコーヒーを持ってきてくれるのは五月雨と長月だけだ。

 だが五月雨はよくつまずいてコーヒーをぶっかけてくるので、そういったことの無い長月はありがたい。

 というかまともな料理が出来るのは、この鎮守府で五月雨と長月だけだ。

 だからこそ長月のチョコは期待してしまうのであるが・・・・・・

 

「あのさ長月」

 

「なんだ司令官。重要な話か?」

 

「いや・・・・・・ただ何かさ。二月ってイベント多いよな?」

 

 うう、我ながら催促するみたいで情けない。

 でもチョコが欲しいの。男の子だもの。

 

「イベント? 節分はもう終わったぞ」

 

「い、いや、節分じゃなくてな。もっと他に・・・・・・」

 

「他に? うーむ、建国記念日にプロレスの日、二・二六事件・・・・・・」

 

「固い! 固いって長月! もっとこう・・・・・・ふわふわなイベントあったろう?」

 

「ううむ、そう言われてもな・・・・・・」

 

 長月は暫し考えた後、何かを思いついたらしかった。にやっと笑うと、俺にビシっと指を指して言う。

 

「2月2日! 飛鳥五郎という男を殺したのはお前か!」

 

「ち、違う・・・・・・俺はその日、鎮守府でスパゲッティを食べていた・・・・・・じゃなくて、バレンタインだ! バレンタイン!」

 

「アルカポネの話か?」

 

「チョコレートの話だよ!」

 

 それで長月はようやく思い出したのか、ああ・・・・・・と呟いた。

 いかん。自分から答えを言ってしまった。

 

「チョコレートだと? 下らない」

 

 バッサリだった。

 い、いや、まあ長月らしいっちゃ長月らしいんだけど、やっぱり辛いな・・・・・・

 しかし長月、マジで世間のバレンタインデーに無関心っぽいな。

 バレンタインチョコは快傑ズバットや血のバレンタイン以下かよ。

 

「え・・・・・・司令官、そんなにガッカリ・・・・・・なんか・・・・・・すまん」

 

「いや、大丈夫だ。長月は悪くないさ・・・・・・」

 

 俺が勝手に期待していただけだからな。ただの一人よがりだよ。

 そうさ。思い上がっていた俺が間違いだったのだ。

 これまでの人生でバレンタインなんていいこと何も無かったじゃないか。

 鎮守府でも同じだよ。

 チョコを暁が持っていたのは単におやつだったんだよ。

 それか友チョコとして艦娘同志で渡すのかもしれない。

 コーヒーを啜る。

 何だかいつも以上に苦い味がした。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 執務室にかけられている時計から音が鳴った。三時を示す音だ。

 前の世界にいたころは演習相手が更新されるから、艦これを起動して演習をしていたっけ。

 だがこの鎮守府の近海には他の鎮守府が無いため艦隊演習は出来ないのでる。

 なのでこの時間艦娘達はもっぱら艤装の手入れをしたり、個々人で演習をしたりしているのだが・・・・・・

 

「司令官ー! 三時だよっ!」

 

「おやつの時間だぜー」

 

 珍しく皐月、続いて谷風が執務室に入ってきた。

 さらにその後に五月雨、暁と不知火も続いている。

 

「どうしたお前達。揃いも揃って珍しいな」

 

 なんだか五月雨や暁はやたらと緊張しているのか、体がガチガチだし。

 

「まあ、今日は特別な日だからねぇ」

 

 谷風が含みを込めて答えた。

 特別な日か・・・・・・もしかして。

 そう思った時だった。

 

「て、提督! ば、バレンタインです!」

 

 顔を真っ赤にした五月雨が、意を決したように頭を下げた。

 

「な、なん・・・・・・だと・・・・・・」

 

「今日はバレンタイン! 皆でチョコを持ってきたよ!」

 

「長月の奴は下らないって言ってたけど、谷風さん達は持ってきてやったぜぃ」

 

「お、おお・・・・・・」

 

 彼女たちの手には綺麗に梱包された箱が握られている。

 まごう事なき、バレンタインのチョコレートだ。

 

「お前達・・・・・・うう・・・・・・」

 

「ああ、提督! 大丈夫ですか?」

 

「泣くほど嬉しかったのかい? かわいいね!」

 

「だってな・・・・・・」

 

 一時は貰えないかもと思っていた分、感動も大きいんだよ。

 

「ありがとうな皆・・・・・・早速、頂こうか」

 

 涙を拭い、俺はソファーに腰を降ろした。

 

「ではまずは五月雨から参りますね」

 

 五月雨はそう言うとリボンを外し、箱の中からチョコレート・・・・・・いや、あれはチョコケーキか? まあ中身を取り出すと俺の前までやってきた。

 

「この、五月雨手作りチョコケーキをどうぞ・・・・・・」

 

 緊張からか、ぎこちない動きで五月雨はケーキを持ってきた。

 ソファーの前にあるテーブルまであと少し。 

 だが。

 

「って、あ、あれ!?」

 

 そこで突然つまずいた。

 

「あ、あああぁぁぁぁ~!!」

 

 何とか転倒は防いだものの、五月雨のチョコケーキは宙を舞い、そのまま俺の方に・・・・・・

 

「ぐぼっ」

 

 勢いよく顔面に命中した。

 柔らかい生地と、チョコレート独特の香りが顔全体に広がっていく。

 

「あああああああ、すいません、提督!!」

 

 すぐに駆け寄ってきた五月雨がハンカチで俺の顔を拭い始める。

 

「いや、大丈夫。落ち着いて落ち着いて」

 

 五月雨の肩をポンポン叩いて宥めながら、俺は顔中に付着したケーキを舌でペロリと舐めた。

 ふむ・・・・・・

 カカオの香りに柔らかい生地。そしてなにより味。

 舌に乗せた瞬間、ピリピリとした感覚が襲い、たちまち強烈な塩辛さが口いっぱいに広がっていく。

 喉の奥がカラカラに乾いていき、焼けるような痛みが襲ってきた。

 

「五月雨・・・・・・」

 

 ま、まさか砂糖と塩を間違えるなって80年代のラブコメみたいなことをしてくるなんて・・・・・・

 

「は、はい・・・・・・どうでしたか?」

 

 俺に呼ばれた五月雨は、不安そうに顔を覗きこんでくる。

 純粋な瞳・・・・・・駄目だ。本当のことを言っては、彼女を傷つけてしまう。  

 それに他のこの前で失敗を突きつけるのも恥ずかしいだろう。ちゃんと砂糖だったらきっと美味しかっただろうし、俺がガマンすればいい。俺がガマンすればいいんだ。

 

「お、おいしいよ・・・・・・」

 

「えっ!? ほ、本当ですか?」

 

「う、うん・・・・・・美味しいよ・・・・・・」

 

 決意を込めて笑顔を作り、顔中にこべりついたケーキを口の中に突っ込んでいく。

 

「お、お茶か何かあるか?」

 

「はい、どうぞ!」

 

 幸い、五月雨は紅茶も用意してくれた。

 それで一気に胃の中にチョコを流し込んでいく。

 

「はえー、一気に全部食べちゃった」

 

「よっぽど美味かったんだろうねえ」

 

 皐月と谷風が感心したように呟く。

 そうだ。五月雨のチョコケーキはとても美味しかった。それでいいじゃないか。

 

「じゃあ次は谷風さんの番だね!」

 

 そう言うと今度は谷風が俺の前にずいっと出てきた。

 

「提督、これ食べてくれよ。この谷風が作ったチョコレートだぜぇ? うまいよっ!」

 

 先程の恥ずかしそうな五月雨とは対照的に、谷風は元気いっぱいな笑顔でチョコを渡してきた。

 

「おう、ありがとうな谷風」

 

 俺は谷風からチョコを受け取ると、包み紙を開いて中のチョコを取り出した。

 一口サイズのチョコが6つほど綺麗に入っている。

 その一つを摘まんで一口。

 おお今度はちゃんと甘い・・・・・・あまい・・・・・・

 

「ふふふ、どうだい? 谷風特製チョコレートのお味は?」

 

「・・・・・・谷風、このチョコの中身はなんだい?」

 

「へへへ、提督は日本酒が好きだろう? だからチョコレートの中に入れてみたんだ!」

 

「そうか・・・・・・」

 

 ウイスキーボンボンのように日本酒を入れたチョコレートがあるのは知っている。

 実際に食べた事は無かったが、かなり美味しいとの評判も聞いた。

 でもそれはプロが作るから美味しいのであって・・・・・・いやこれ以上はよそう。

 

「お・・・・・・美味しいぞ谷風。さすがだな」

 

「うへへ、そうかいそうかい。まだまだあるからいっぱい食べてくれよな」

 

「ああ・・・・・・」

 

 昔、よくあるラブコメとかで、飯マズヒロインの作ったヤバい料理を、主人公が無理して笑顔で食べるシーン。若い私には理解が出来ませんでした。はっきりと本当の事を言った方が絶対にいいと思っていました。しかし実際に可愛い少女が善意で作ってきてくれた料理を出されると、確かに『不味い』なんて言えません。

 ようやくわかったよ・・・・・・というか谷風のチョコは確かに美味しくないが、五月雨レベルではないし・・・・・・

 俺は一気に残りを平らげた。

 

「ごちそうさま。ありがとうな谷風」

 

「おうよ! お返し、期待して待ってるからな!」

 

 頭をわしゃわしゃ撫でてやると、谷風は嬉しそうにニカっと笑った。

 うん、俺も手作りしてくれたことは嬉しいし、これでいいのだ。

 

「つ、次は暁の番ね!」

 

 続いて前に出たのは頬を朱に染めた暁だった。

 

「なあ、五月雨。この順番はどういう基準なんだ?」

 

「えーと、ジャンケンで決めました」

 

「そうか、なる程」

 

 そんなことを話している内に暁はチョコを取り出した。

 五月雨や谷風が作ったチョコよりもサイズが大きい。

 ドッチボールくらいの大きさの箱で、暁はそれを両手で抱えている。

 

「し、司令官! ちょ、チョコ、作ったわ! 一人前のレディとして・・・・・・あの、その・・・・・・」

 

 もじもじしながらも、暁はチョコの入った箱を渡してくる。

 可愛いなあ・・・・・・俺はそんなことを思いながら箱を受け取った。

 

「開けてもいいか?」

 

「う、うん!」

 

 暁は控えながらも頷いた。そんな微笑ましい光景に俺は破顔しながら、箱を開けた。

 

「うおっ!」

 

 思わずそんな声が出た。

 中に入っていたのはそれこそドッチボール大の巨大なチョコ。

 丸くてでっかいチョコの上に、ドロドロのホワイトチョコらしきモノが乗っかっている。

 

「し、司令官の顔を作ってみたの・・・・・・ど、どうかしら?」

 

 どうかしらって言われても・・・・・・どう見ても外見は巨大なドロドロチョコだ。俺の顔か・・・・・・もしかして上の白は軍帽だろうか。

 

「鋼鉄ジーグ?」

 

「ヘッドマスターかもしれねえな」

 

 皐月と谷風が何か言っている。

 

「だ、だめ・・・・・・?」

 

 中々食べようとしない俺に不安を感じたのか、暁の目にうっすらと涙が浮かび始める。

 不味い、せっかく作ってくれたのに悲しませるにはいけない。

 

「全然駄目じゃないぞ暁! 嬉しいぞ! いただきます!」

 

 俺は意を決して暁のチョコにかぶりついた。

 おお、意外と柔らかい。味も普通に甘い。

 自分の頭を模したモノを食べるというのは少々猟奇的だが・・・・・・そんなことを考えながら食べ進めると、中からドロリと甘い物体が現れた。

 驚いて口を離すと、真っ赤な物体が口周りにこべりついていた。

 

「これは・・・・・・イチゴジャムか?」

 

「うん! 隠し味に入れてみたの!」

 

「・・・・・・そうか」

 

 頭の中に真っ赤物体。正直、脳みそにしか見えない。

 

「谷風さぁ・・・・・・兀突骨って知ってる?」

 

「横山三国志のなら・・・・・・」

 

 辞めろ! 猿の脳みそ食ってる奴じゃないか!

 

「し、司令官、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だよ・・・・・・美味しいよ」

 

 そうだ。味は悪くない。何より暁が悲しむ顔は見たくない。俺は一気に平らげていく。

 しばし時間が経った後、俺は無事に完食した。

 

「ありがとうな、暁。嬉しかったよ」

 

 量があるので結構満腹になったが、それを顔に出さずに暁の頭を撫でる。

 

「えへへ・・・・・・」

 

 いつもは『子供扱いしないでよ!』って怒る所だが、今日の暁は素直に喜んでいる。きっと頑張って作ったんだろうなあ。

 

「さーてと次はボクの出番だね!」

 

 皐月がそんなことをいいながら、前にやって来た。

 

「じゃーん! バレンタインチョコ! ボクの手作りさ!」

 

 元気よく出されたチョコは、とっても小粒なチョコだった。

 

「これは・・・・・・アーモンドチョコか?」

 

「へへへ、食べてみてよ」

 

 悪戯っぽく笑う皐月に首を傾げながら、俺はそのチョコレートを口に入れた。 

 

「これは・・・・・・豆?」

 

 カリッと香ばしい味が口いっぱいに広がっていく。

 しかしこれがよくチョコに使われているようなアーモンドやナッツではない。

 

「大豆・・・・・・か?」

 

「ピンポーン! その通りだよ!」

 

「うーむ、大豆か・・・・・・不思議な味だな・・・・・・なんでこの組み合わせに?」

 

「う・・・・・・そ、それはね、新しいチョコレートの組み合わせをね」

 

「・・・・・・豆まきの時のやつか」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皐月は無言で目を逸らした。

 

「おい貴様」

 

「うう、だって長月が今でも早く処理しろってうるさいんだもん・・・・・・」

 

 皐月はあっさり白状した。

 確かに食べきれなかった豆がまだ大量に残っていたな。

 

「・・・・・・まあ、俺もあの事件には一枚噛んでるしな」

 

「そうそう! さあほら、まだまだいっぱいあるよ!」

 

 そう言ってチョコを突き出してくる皐月。ここぞとばかりにチョコを勧めてくる。

 

「ほらほら、こんなに残ってるよ! 口開けて、食べさせてあげる」

 

 そう言うと皐月はチョコを一つ摘まむと、俺の目の前に差し出した。

 

「はい、あーん」

 

 仕方が無いので、そのまま口に入れる。

 

「ふふ、可愛いね司令官。じゃあおかわりいってみようか」

 

「待て。皐月だって当事者なんだから、お前も食え」

 

 さっきの重いチョコよりは軽く食べれるが、それでも数が多いのか飽きてくる。

 そう悟った俺は皐月のチョコを一つ摘まむと、彼女の口元に持って行った。

 

「ほれ、あーん」

 

「うーしょうがないなぁ。あーん」

 

 目を瞑って大きく開いた皐月の口にチョコを運んでいく。

 あと少しで入る・・・・・・そんな所で、力強い手が俺の腕をガシッと掴んだ。

 

「随分と楽しそうですね・・・・・・」

 

「し、不知火! いきなりどうした・・・・・・」

 

 最初からずっと静かにしていた不知火が、俺の腕を掴んで底冷えするような視線をこちらにぶつけていた。

 

「あ、あはは。それじゃボクはこの辺で!」

 

 不穏な空気を察したのか、皐月は俺から高速で距離をとった。

 残りの娘達も不知火の迫力に押されてか、いつの間にか後ずさっている。

 

「いえ、別に何もありませんよ。それとも不知火に何か落ち度でも?」

 

「い、いや、落ち度は無い! 無いから離してくれ!」

 

「・・・・・・かしこまりました」

 

 不知火は表情一つ変えずに、腕を放した。

 痛い・・・・・・割と本気だったぞ。

 

「も、もしかして不知火もチョコを持ってきてくれたのか?」

 

 とりあえず話題を変える。

 俺がそう尋ねると、不知火の頬がちょっとだけ朱くなった。

 

「・・・・・・ええ、まあ、そうなりますね」

 

「おお、不知火がチョコとはな・・・・・・楽しみだ」

 

 今までも凄いチョコばっかりだったから、もうどんなのが出てきて驚かないぜ。

 

「はい・・・・・・ですが・・・・・・その・・・・・不知火は料理が得意でありませんので」

 

 珍しく弱々しい態度で、不知火は綺麗に梱包されたチョコレートの箱を出してきた。

 

「皆とは違って市販のものですが・・・・・・このようなものでよければ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 俺は無言で不知火を抱きしめた。

 

「な・・・・・・なななななななな何をなさるのですか司令!」

 

 腕の中で不知火が一気に真っ赤になった。

 

「不知火・・・・・・お前、最高だよ・・・・・・」

 

「っ・・・・・・」

 

 完全に硬直したのか不知火は、そのまま動かなくなってしまう。

 

「あーっ! 不知火ずるい!」

 

「意外と大胆だねぇ、提督」

 

「ボクも! ボクもハグ!」

 

「あわわ・・・・・・五月雨はどうすればいいのでしょう」

 

 賑やかで騒がしいが、それでも楽しいバレンタインの時間はこうして過ぎていった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「ふう・・・・・・大変だけど良かったな」

 

 その夜。俺は一人で執務室で残った仕事を片付ていた。

 皆のチョコを食べるのに少々時間がかかったため、仕事が少し残ってしまったのだ。

 だがそれは苦では無かった。

 結果はどうであれ、鎮守府の皆が俺のためにチョコを作ってきてくれたのだ。

 こんなに嬉しいことは無い。

 やっと仕事を終わらせ、俺は大きく伸びをする。そんな時、ドアの叩く音がした。

 

「司令官? まだ起きているか?」

 

 長月の声だ。

 

「おう、起きてるぞ。どうした?」

 

「実はな・・・・・・」

 

 扉がゆっくりと開く。

 俺が顔をそちら向けると、パジャマ姿の長月が湯気の立つマグカップを二つ持って立っていた。

 

「ホットチョコを作ってきたんだ。一緒に飲まないか?」

 

「ホットチョコか・・・・・・」

 

 道理で良い香りが漂ってくるわけだ。

 

「ありがとう。貰うよ」

 

「そ、そうか」

 

 長月は少しぎこちない動きでソファーに腰を降ろした。

 俺もその横に座る。

 

「しかし珍しいな。コーヒーじゃなくてココアなんて」

 

「・・・・・・まあ、バレンタインデーだからな。下らないとはいったが、皆はチョコを渡しているのに、私だけ司令官に渡さないのはどうかと思ってな」

 

「そんな気を使わなくていいって」

 

「ううむ、しかし」

 

「まあ、嬉しいよ。ありがとう」

 

 長月からマグカップを貰い、甘い香りを楽しむ。吐息で少しずつ冷ましながら、俺は温かい中身を口に入れる。

 

「む・・・・・・これは・・・・・・」

 

 普通のホットチョコではない。ぽわんといい気持ちになり、体が芯から火照っていく。

 

「どうだ? 少しだけワインを入れてみたんだ」

 

「ワインか、なる程」

 

 ラム酒をココアに入れるというのは聞いたことあったが、ワインとは。しかもこれが合っている。

 

「美味いな」

 

「そうか・・・・・・よかった」

 

 俺の答えに満足したのか、長月は嬉しそうにホットチョコを啜った。

 頬の赤みが徐々に増していく。

 

「さすが長月だ。本当に美味しいぞ」

 

「あまりおだてるな照れる」

 

 そう言いながらも、嬉しいのか長月の口元は上がっていた。

 夜の執務室で二人、ワイン入りのココアを啜る。

 不思議と幸せな気分だった。

 

「なあ、司令官」

 

 肩に少しだけ重力が掛かった。

 長月がこてん、と頭を俺の肩に傾けたのだ。

 

「なんだ?」

 

 自然に俺の手も長月の肩に置かれる。

 心地よくて温かくて、幸せな雰囲気だ。

 

「この鎮守府には今まで司令官がいなかったんだ。だからアンタが来たとき、凄い嬉しかったんだ」

 

「そういえばそんな事いってたな」

 

「ああ、そして不安だった。待っていた司令官がどんな男なのか。非道い男だったらどうしよう、とな」

 

「俺は非道い男だったか?」

 

「いや・・・・・・」

 

 長月が顔を上げた。

 とろんとした両目が、俺を見つめている。

 

「あんたでよかったよ、司令官」

 

「・・・・・・俺も、お前達に出会えてよかった。ありがとうな」

 

「ん・・・・・・」

 

 緑色の髪を優しく撫でる。長月は気持ちよさそうに目を細めた。

 今年28歳。2月14日。

 俺はこの鎮守府で生涯最高のバレンタインデーを迎えたのであった。



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三・一四事件

ホワイトデー回です。

この作品は基本、提督の一人称ですが、彼がいないときは三人称で進みます。


 かつて3月14日とは、憂鬱な日であった。 

 ホワイトデー。バレンタインデーに女の子からチョコを貰った男が、そのお返しに何か女子にプレゼントするという行事である。

 俺もよく職場の人からチョコを貰っていたので、この日は何かお返しを渡さないといけない。しかしプレゼントといっても、所詮社交辞令。安すぎず高すぎない洋菓子を選び、それを人数分購入して、一人一人に渡していく。面倒くさい、本当に面倒くさいイベントなのだ。

 だが今年は違う!

 何せ相手は可愛い可愛い艦娘なのだからなぁ!

 ……と言ってもこの手のイベントに疎い俺は、何を買ってあげれば喜ぶのか分からない。そもそも皆、個性的で一人一人欲しいものは違うわけだし……だが艦これの世界にはとても便利なアイテムがある。

 それは。

 

「間宮特製艦娘へのクッキーか・・・・・・ふむ」

 

 悲しい事実だが俺は料理が出来ない。社会人時代はずっとお惣菜だった。

 そんな俺にとってこのアイテムは非常にありがたい。

 下手に凝って変なモノを渡すよりよっぽど受けはいいだろう。

 しかし、明石のアイテム屋。原作のゲームでは本当にゲームで使うアイテムを売っていたのだが、ここでは生活用品から嗜好品まで様々なモノが販売されている。

 まるで大きな通販だ。

 これでちょくちょく漫画とかお菓子とか嗜好品を買っている。

 しかしいろんなモノがあるな・・・・・・ネットサーフィンが進むぜ。

 とりあえず、クッキーをウチの鎮守府の人数分注文し、あとは気ままに色んな商品を物色する。

 そんな時、俺の目がふとある文字を捉えた。

 ――Rー18。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 待て、落ち着け。

 いかに明石のアイテムショップとはいえ、軍属の組織。そんな卑猥な商品を置いているわけないだろう。

 そう自分に言い聞かせながら、クリックする。

 瞬間、画面は桃色に染まった。

 が、ガチガチのAVじゃないか!

 いいのか、日本政府!? こんなモロに販売していいのか!?

 ・・・・・・後から分かった事だが、鎮守府に勤務する提督は基本的にそこで生活するために性的な鬱憤が溜まりやすい。それをこじらせて艦娘に手を出す提督が続出したために、こういうガス抜きに使う商品を販売し始めたらしいい。

 何でも艦娘と提督がそういう関係になるのは悪いことでは無いらしいが、それが原因で艦娘同士の仲がこじれたり、鎮守府内で揉めたりしたことも多いらしい。

 だからこういうものを使って提督に性的不満を発散させて欲しいという意図があるらしいのだが・・・・・・

 

「買うか」

 

 そんなことはどうでもいいのだ。

 俺だってまだ若い。エロい事に興味はあるし、ムラムラする事もあるのだ。

 しかし、俺の鎮守府に所属する艦娘は駆逐艦。それも外見はほぼ子供の娘ばかりだ。

 彼女たちに興奮はしないし、手を出すなんてもっての外だ。

 だからこそ、こういものが必要なのだ。

 そう、これは正に必要悪! 

 そんな軽い気持ちで俺はAVを購入した。

 これが後に凄まじい惨劇を引き起こすことになるとは、当時の俺は全く知らなかったのである・・・・・・

 

 時は進み、3月14日。

 俺はいつものように提督業務をこなした後、執務室を出てからこの鎮守府唯一の波止場に向かっていた。

 理由は勿論、本土から来る荷物を自らの手で回収するためだ。

 この流刑鎮守府は絶海の孤島であるため、生きるために必要な生活物資は全て外から船で運ばれてくる。

 さらにここは主な海上ルートからも外れているため、船が来るのも二週間に一回だけ。

 そのために一回の輸送で大量の物資が送られてくるのだ。

 何故こんな面倒なことをしてまでこの不便な土地に鎮守府を開いているかというと、ずっと前にこの近海で大規模な深海棲艦の群れが現れたからだとか。

 ・・・・・・もっとも俺がこの鎮守府に着任してから、一度も深海棲艦なんて現れていない。島のヘンテコな鳥とかの方がよく目につく有様だ。

 閑話休題。

 俺は入荷のチェックなどの仕事もあるため、一緒に荷下ろしに立ち会うのだ。手伝ったりもするしね。

 その間に自分の頼んだものを秘密裏に回収するのが、これからの使命だ。

 ホワイトデーのお返しなんて出来るだけ艦娘に渡すまで知られないようにしたいし、AVなんてもっての外だ。

 そんな下心を潜ませながら波止場まで向かうと、既に船は来ていて、荷物を降ろしていた。

 長月と谷風が共に荷下ろしを手伝っている。

 

「おお、司令官。来てくれたか」

 

「まあな。しかし今日はいつもより早かったみたいだな」

 

「もう半分くらいは降ろしちまったぜぃ」

 

「そうか、どれ」

 

 元々少人数のため、荷下ろしはすぐに終わった。

 業者さんの伝票にサインして出航する船を三人で見送る。

 

「さてと、鎮守府まで運ぶか・・・・・・って二人とも、俺宛に荷物が届いていなかったか?」

 

「ああ・・・・・・それなら五月雨が先に持って行ったぞ」

 

「なん・・・・・・だと・・・・・・」

 

「珍しく提督宛に来た荷物だから早く届けるって走ってたよ」

 

「谷風・・・・・・悪い、俺ちょっと用事を思い出した。すまんがこの荷物頼む」

 

「おおぅ!? ちょ、ちょっと提督!? これ、おも・・・・・・」

 

「ごめん!」

 

 荷物を谷風に渡し、俺は執務室にダッシュで向かった。

 あの真面目な五月雨は人の荷物を勝手に開けたりはしないだろう。しかし、彼女は生粋のドジっ子。転んで荷物が床に落ちて、中からAVがコンニチワしてしまう可能性だって充分あり得る。

 そのような被害を防ぐため俺は一直線に執務室に向かっていく。

 彼女どころか誰ともすれ違わずに執務室の前まで来た。

 ということは五月雨はこの中か。

 そう思いながら、俺は執務室のドアを開けた。

 

「あー司令官おかえりー」 

 

 俺のベッドに皐月が寝っ転がっている。

 さらにその手元には開封されたポテチと俺の漫画が置かれていた。

 

「ついでに次の巻とってよ」

 

 俺の方を向きもしないで皐月は単行本を渡してくる。  

 俺は無言で彼女に後ろからアイアンクローを決めた。

 

「痛たたたた! ちょ、ちょっと何するのさ司令!」

  

「人のベッドの上で菓子を食うな」

 

「ううーなんだよー非番の日くらい、優しくしてよ-」

 

「俺のベッドで漫画を読むことは許可しているだろ。ポテチはカスで汚れるから辞めてくれ」

 

「ケチ!」

 

「ポテチの油でベトベトになった手で単行本を触られる俺の身にもなってくれ」

 

 全くこいつは・・・・・・まあそれはさておき。

 

「皐月、ここに五月雨が来なかったか?」

 

「んん? そういえばさっき来たよ。司令官がいないって知ると探しに行っちゃったけどね」

 

「うお、入れ違いか・・・・・・まあいい。ちょっと五月雨探してくる。もしここにまた来たら俺が探してたって伝えてくれ」

 

「はいはーい。分かったから早く続きとってよ」

 

「お前・・・・・・俺、一応お前の上司だぞ?」

 

「わかってるよー。ほら、これ位距離が近い方が上手くお仕事できるでしょ?」

 

「一歩間違えれば無礼だぞ」

 

「まあまあ、それにこんなに可愛い美少女がこんなに仲良くしてくれるなんて、男の人にとっては天国じゃないかな?」

 

「何がこんなに可愛い美少女だ。お前なぞ部屋に勝手に侵入してきた猫と変わらん」

 

「あーっ! それは非道いよ! ボクをなんだと思ってるのさ!」

 

 抗議するように皐月は俺をポコポコと拳で叩いてきた。

 こうしてみると本当に近所の子供って感じだな。

 俺は指で皐月の喉を撫でてみる。

 

「ふ、ふわっ・・・・・・くすぐったいよ~」

 

 そう言いながらも気持ちよさそうに目を細める皐月。やばい、マジで小動物に見えてきた。

 

「まあ、食いカスはこぼすなよ」

 

「むう~最近、ボクの扱い雑じゃない?」

 

「気のせいだろ、では失敬」

 

 俺はそのまま執務室を出た。さてと早いところ五月雨を・・・・・・

 

「あ、司令。ここにいましたか」

 

「おう不知火。ちょっと聞きたいんだが・・・・・・」

 

「探しました司令官。実は海軍本部から連絡がありまして」

 

「何、それは本当か」

 

「ええ、これから通信で緊急会議があるそうなので、至急執務室に」

 

「お、おお・・・・・・」

 

 マジか・・・・・・まあしょうがない。

 さすがにこれは無視できないからな。

 

「不知火、もし五月雨を見つけたら、俺の荷物を持っているだろうから、預かっといてくれ」

 

 不知火はドジはしないし、勝手に中身を見たりしないだろう。

 

「あれ、どしたの司令官。今でてったばっかりなのに」

 

「本部からの命令でな。緊急会議があるそうだ。漫画は全部貸してやるから、部屋から出てってくれ」

 

「えー」

 

 ぶーたれる皐月の首根っこを掴んで、外に出す。本当に猫みたいだ。

 

「じゃあ頼むぞ不知火」

 

「はっ、かしこまりました。ほら、行くわよ皐月」

 

「むー」

 

 頬を膨らませた皐月を引きずっていく不知火を見送ってから、俺は執務室に入った。

 あのデンモクみたいな装置を引っ掴んで椅子に座る。

 スイッチを押すと画面から立体的な映像が浮かび上がった。

 ・・・・・・そういえば俺がここに来てから海軍本部とかと、連絡していないな。

 大丈夫だろうか。俺はここに突然やって来たのだが、そのへんのつじつま合わせは大丈夫だろうか。

 そんな不安を抱えつつ、俺は画像のボタンをタッチした。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「ちぇー、折角いいとこだったのにな」

 

「仕事なんだからしょうがないでしょう。ほら、行くわよ」

 

 地団駄踏む皐月に不知火がそう言った時、第三の声がかけられた。

 

「あれ? 皐月ちゃんに不知火ちゃん」

 

「お、五月雨。司令官が探してたよ」

 

「え、そうなんですか? 実は五月雨も提督を探していたんです」

 

「へえ、じゃあ入れ違いになったんだね」

 

「残念ですが司令は本部から緊急の連絡があって、今はそちらの対処をしているわ。今は無理ね」

 

「うう・・・・・・それは残念です。提督宛の小包が届きましたので、渡そうと思って持ってきたのですが」

 

「へえ。司令官が個人名義で何か頼むなんて、珍しいね。漫画かな?」

 

「お酒かも知れないわ」

 

「うーん。五月雨も分からないです。でもこの箱、軽いですよ」

 

「じゃあお酒ではないかな。どれどれ」

 

 皐月は興味深そうに箱を五月雨の手から持ち上げた。そのまま上下に持ち上げたり揺すったりして、中の感触を確かめている。

 

「わかんないなぁ。何だろう、これ」

 

「辞めなさい。司令官個人の所有物よ。私から司令官に渡すから貸しなさい」

 

「まあまあ、不知火だって気になるでしょ? 司令官がこっそり何を頼んだのか」

 

「べ、別に私は」

 

「お前たち、そこで何をしている」

 

 長月の声がした。三人が振り向くと荷物を持った長月と谷風がこちらを向いて立っている。

 

「手が空いているなら手伝って欲しい」

 

「提督が荷物ほっぽりだしていっちまってねえ。おかげで谷風さんたちがこの有り様よ」

 

 嘆息する谷風の両手には、段ボール箱がいくつも乗っていた。

 

「お、ちょうどいいところに! 実は見て欲しいものがあるんだけどさ」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

「で、これが司令官宛に届いた荷物と」

 

 他の荷物を無事に整理し終わった後、一つだけ残った提督宛の荷物を、六人の艦娘がぐるりと囲んでいた。

 場所は一階の食堂。

 暁も呼んで、流刑鎮守府の艦娘が全員集まっている。

 彼女たちの視線の先には、提督宛の段ボール箱が置いてあった。

 

「なんだと思う? ボクはおつまみかなって思うんだけど」

 

 皐月が口火を切った。

 

「いや、司令官が好む酒の肴は、刺身や肉じゃがといった料理だ。菓子はあんまり食べない」

 

「さすが毎日、提督におつまみを作ってるだけはあるねえ。長月は」

 

「よせ、谷風。照れる。だが人の荷物を探るのはあまり気乗りしないな・・・・・・」

 

「じゃあ辞める?」

 

「いや・・・・・・ここまで来たら私も興味が湧く。暁はどう思う?」

 

「暁はきっと服だと思うわ! もうすぐ衣替えだし!」

 

 長月に振られた暁は自信満々に答えた。

 

「確かに暦上ではそうでしょうけど、この島は常に暖かく、衣替えの必要は無いわ。それに司令はそういうものに無頓着」

 

「うう・・・・・・」

 

 不知火の容赦ない突っ込みに、暁が涙目になる。

 

「そういう不知火はどうなのさ。何か予想はある?」

 

「そうね・・・・・・うーん・・・・・・」

 

「はうっ!」

 

 突然、五月雨がそんな声をあげた。

 

「ど、どうしたんだい、五月雨。いきなり素っ頓狂な声を上げてさ」

 

 困惑する谷風に、五月雨は頬を紅く染めながら言った。

 

「もしかして・・・・・・ゆ、指輪・・・・・・とか・・・・・・」

 

「なっ!?」

 

 五月雨の口から放たれた言葉に、皆の顔が一斉に赤くなる。

 

「ま、まさか! ケッコンカッコカリは練度が最大上限じゃないと出来ないぞ!」

 

「谷風さんたちはまだまだ練度が低いからねえ」

 

「そ、そうですよね・・・・・・五月雨、早とちりしてしまいました」

 

「・・・・・・カッコカリでなく、本当の指輪なら練度は関係ないわね」

 

 不知火がぼそっと言った一言に、さらに皆は浮き足だった。

 

「ど、どどどどうしよう!? 不味くない、これ? 一体、何が入っているの?」

 

「お、落ち着け皐月! ま、まずは深呼吸してだな・・・・・・」

 

「司令官がケッコン・・・・・・はわわ・・・・・・」

 

「落ち着いて、暁ちゃん! まだ決まったわけじゃないし・・・・・・」

 

「でももしそうだったら・・・・・・一体誰と・・・・・・」

 

「ああ、もうガマンできないや! ボクは開く! この箱を開くよっ!」

 

「まて、皐月! それは流石に不味い!」

 

 箱を無理矢理こじ開けようとする皐月とそれを止めようとする長月に不知火。

 食堂はまさに大騒ぎになっていた。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 ようやく本部との通信が終わった。

 何でもとある鎮守府が所謂ブラック鎮守府と化していたので、そこの提督を解任。艦娘達はメンタルケアのため、本土に戻るらしい。

 そしてこれを機に艦娘達がちゃんと生活できているのか、本部から人が来てチェックするのだそうだ。

 

「まあ、俺の鎮守府には関係ないか・・・・・・」

 

 提督が艦娘を恐怖で支配するのがブラック鎮守府だが、俺の所は艦娘が好き放題してからなあ。

 そんなことを考えながら執務室に戻る途中、一階から何やら声が聞こえてくる。

 何だろうと降りてみると、食堂から賑やかな声が聞こえてきた。

 

「おい、どうした皆」

 

「し、司令官!」

 

 俺が食堂に入ると、皆が一斉に立ち上がった。心なしか、顔が赤い。

 

「ど、どうしたんだ皆、雁首そろえて・・・・・・っていうかそれ」

 

 俺はそこで中央に置かれた自分宛の荷物に気が付いた。

 

「ご、ゴメン! 司令官! 実は中身が気になって持ってきちゃんだ・・・・・・」

 

 皐月が真っ先に頭を下げた。悪戯好きのこいつにしては珍しいな。

 

「そ、それでさ・・・・・・誰に・・・・・・渡すつもり?」

 

「は?」

 

「だ、だからさ! それを誰に渡すつもりんだよっ!」

 

 見れば皆が固唾を呑んで俺を見守っていた。

 そうか・・・・・・ばれちゃったか。

 

「誰にって皆に決まってんだろ」

 

「み、皆・・・・・・って・・・・・・それってジュウコン・・・・・・」

 

「なに訳わかんないこと言ってんだ。ほら」

 

 こっそり用意してサプライズ風に渡そうと考えていたが、ばれちゃったものはしょうがない。

 俺は箱を開けて、クッキーを取り出した。

 

「あ、それ・・・・・・」

 

 知っているのか五月雨がそう言った。

 

「そう、間宮特製クッキー、ホワイトデーのお返しだ」

 

 綺麗に包装されたクッキーを人数分取り出し、全員に配る。

 

「皆、バレンタインはありがとうな! ささやかだけど、お返し」

 

 俺がそう言ってクッキーを渡すと、六人の顔が輝いた。

 

「ふぇ? ボクにくれるの? 相変わらずかわいいなあ・・・・・・! ありがとう、司令官!」

 

「チョコレートのお返しですか。まぁ、有難くはありますね。頂いておきます」

 

「お、提督なんだい? チョコのお返しかい? くぅぅ、粋だねぇ! ありがたいよ―♪」

 

「う・・・・・・お返しされる理由はないのだが…。すまん、来年は必ずちゃんとしたチョコレートを用意する」

 

「司令官、レディーに対するチョコのお返しは・・・・・・これね! あ、後で開けるわ!」

 

「提督・・・・・・ありがとうございます! 五月雨、感激です!」

 

 皆、何だかんだ言って、喜んでるようで何よりだ。

 買った甲斐があったってもんだ――あれ、何か忘れているような・・・・・・

 

「あれ? もう一つ、何か入ってます」

 

 五月雨がそう言って箱から小さな包みを出した。

 そこで俺は思い出した。

 そもそも何故この荷物を自分自身で確保しようとしたかを。

 

「開けてみますね」

 

「ま、待て!」

 

 俺の叫びも虚しく、五月雨によって封は切られた。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・それからのことは上手く説明できない。

 ただ、とても酷い事になった。

 最期に俺が彼女たちから言われて言葉で、特に印象に残っているものを羅列しようと思う。

 

『ほう・・・・・・巨乳女優大集合、か・・・・・・』

 

『不潔! 不潔よ、司令官! うえ・・・・・・うええぇん・・・・・・』

 

『泣かないで暁ちゃん・・・・・・うう・・・・・・ううう・・・・・・』

 

『司令官ってさ・・・・・・本当に・・・・・・ほんっとーに、かわいいね・・・・・・』

 

『情けねえ・・・・・・情けないねぇ・・・・・・』

 

『司令・・・・・・不知火は悲しいです。貴方を・・・・・・この手にかけることが』

 

 ヒトヨンマルマル。

 刑は執行された。

 



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嘘だと言ってよ、不知火

エイプリルフール回です

いつも酒を飲みながら書いているのですが、書き終わったものを後から見直すと色々驚きます。しかし大体、そのまま投下してしまいます・・・・・・


 その日はいつもと変わらない朝だった。

 前日谷風と二人で笑点を見ながら晩酌をした俺は、ほろ酔い気分で自室に戻り、そのままベッドに倒れ込んだ。

 痛飲した上に夜もそれなりに遅かったため、体が非常にだるい。

 だがさすがに指揮官の俺が寝坊するわけにはいかないので、全身のけだるさを我慢しながら起き上がった。

 軽く二日酔いだ。しかし、この鎮守府に来てから酒を飲む量が増えた。

 昔は付き合いと日々のストレスを紛らわせるために飲んでいた酒が、ここでは艦娘と楽しく過ごせるツールの一つとして機能している。

 さらに皐月・谷風・長月は無茶しなければ、結構呑める。じゃあ軽く一杯いくか・・・・・・となってしまうのだ。

 我ながら体に悪いなと思ってしまうが、楽しいから辞められないのだ。

 そんな事を考えながら服を着替えて洗面所に向かう。

 寝ぼけ眼で歯を磨いていると、何やらドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 

「司令官! 大変! 大変だよっ!!」

 

 大声でそんなことを言いながら、こちらへ駆け寄ってきたのは皐月だった。

 

「どうした皐月……朝から騒がしいぞ」

 

 二日酔いもあってゲッソリしながら俺が言うと、皐月は

 

「海軍本部から偉い人が来たんだよ!」

 

「……何?」

 

 どうして急に……と思った俺だったが、そういえば少し前にとあるブラック鎮守府が摘発され、他の鎮守府でも似たようなことが行われていないか抜き打ちでチェックして回るという情報があった。

 となるとやはり階級の高い人たちが大勢……

 

「まただるいときに来たもんだなぁ……」

 

 正直、体調があまり良くない時に来られるのは面倒くさい……

 

「本土の鎮守府に所属してる、金剛型の姉妹みたいなんだけ……」

 

「わかった! すぐに行くぜ!」

 

「あっ、ちょ・・・・・・」

 

 艦娘となれば話は別だ。

 しかも巨乳艦娘・金剛型!!

 提督LOVEでけしからんおっぱいの金剛に、元気で明るくてデカパイの比叡。メガネの似合うナイスバディな霧島に、ゲームをやってた頃に嫁艦だった榛名。これは全力でお迎えせねば!! 二日酔い? そんなの吹っ飛んじまったさ。

 全力疾走で波止場に向かい、直前で襟元を整える。あ、髭を剃ってくれば良かったかな。まあ、待たせるよりはいいか。軍帽を被り直し、いよいよご対面・・・・・・と思ったのだが、違和感に気が付いた。

 この島の波止場は見通しがいいので、普通に鎮守府の建物からでも全貌が見渡せる。だが見る限りでは人影が一つも無い。一体、どうしたことか・・・・・・入れ違いか?

 俺がそう考えて周りを探していると、後ろから皐月の声が聞こえてきた。

 

「もう司令官、いきなり走り出すなよ~びっくりするじゃん~」

 

「おい、皐月。混合型の皆様はどこへいかれた。この鎮守府の最高責任者として挨拶を・・・・・・」

 

「ふっふっふ・・・・・・そのことだけど・・・・・・実はウッソぴょ~んっ!」

 

「え・・・・・・」

 

 皐月は心底おかしそうに笑いながら、卯月のような台詞を吐いた。

 

「今日は4月1日! エイプリルフール! いやぁ、まんまと騙されたね! 司令官!」

 

 ケタケタ笑う皐月の言葉でようやく俺は我に返った。

 そうか、今日は4月1日、エイプリルフール。一年に一度だけ嘘をついていい日だ。

 そうかそうかー騙されちゃったなーあははー俺って四月馬鹿だなー・・・・・・

 

「し、司令官、どうしたの? 顔が怖いよ?」

 

「そうか? 俺は皐月の可愛い嘘に心安らかになっているだけだぞ?」

 

「な、何で笑顔で迫ってくるの? それに目が全然笑ってな・・・・・・」

 

「タワーブリッジかパロ・スペシャル。好きな方を選ばせてやるよ」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「あ、おはようございます、司令官! どうしたんですか、皐月ちゃんを抱えて」

 

 ちょうど歯磨きが終わったのか、洗面所からひょっこり顔を出した五月雨が笑顔で挨拶してきた。

 

「いやちょっと皐月と朝のラジオ体操をしてきたんだが、張り切りすぎて疲れちゃったみたいでな。死んだように眠っちゃったから寝室に投げてくる」

 

「そんなんですか・・・・・・五月雨もお手伝いしましょうか?」

 

「いや、大丈夫。ありがとうな」

 

 何だか愛おしくって俺は五月雨の頭を撫でた。サラサラの青い髪が心地いい。五月雨も嬉しそうに目を細めた。

 

「そういえば五月雨。今日は何の日か知っているか?」

 

「ほえ? 今日は4月1日・・・・・・あ、エイプリルフールですね!」

 

「そうそう。嘘をついてもいい日、なんだけど・・・・・・大きい嘘はほどほどにな。相手を傷つける可能性もある」

 

「はい! でも五月雨は実は嘘をつくのが苦手で・・・・・・」

 

「いや、大丈夫。その綺麗な心を大事してくれ」

 

 そう言って俺は五月雨と別れた。

 やっぱり純粋な少女は純粋なままのほうがいいな。五月雨ちゃんマジ天使。

 二階の艦娘達が使っている寝室に入り、三段ベッドの一番下に皐月を放り投げる。

 残りのベッドは全て空になっていた。どうやら皆、起きているらしい。

 しかしエイプリルフールか・・・・・・この感じだと他の娘も色々嘘を仕掛けてきそうだな。  

 やりそうなのは谷風と暁あたりか・・・・・・まあエイプリルフールを自覚していなかったから、皐月の下らない嘘にまんまと引っかかった訳だし。もう騙されることはないだろう。

 落ち着くとお腹が空いてきた。

 俺は皐月に布団をかけてから食堂に向かった。

 

「おう、司令官。おはよう」

 

 食堂に着くとエプロン姿の長月が朝食の準備をしていた。朝餉の良い香りが鼻をくすぐる。

 席には五月雨が座っていた。何やら困ったような笑顔を浮かべている。

 まあ、理由は分かる。

 長月が何故か野球帽を被っているのだ。特徴的な緑の長髪を帽子の中に仕舞いこんでいるのだ。

 これは何か仕込んでいるな・・・・・・真面目な長月にしては珍しい。これは、乗ってみるべきだな。

 

「どうした長月。そんな帽子被って」

 

「・・・・・・実はな、司令官に告白しなければいけないことがあってな」

 

 俺が自分から話題を振ると早速乗ってきた。

 さて、長月がどんな嘘をつくのか、お手並み拝見といこうか。

 

「なんだい? 告白したい事って」

 

「ああ、実はな」

 

 重苦しげに長月は言うと帽子をとった。

 すると中から長く美しい白い髪が現れた・・・・・・ん、白髪?

 

「実は私、長月と言っていたが本当は菊月だったんだ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 透き通るくらい純白の長髪をいじりながら、長月・・・・・・いや菊月は恥ずかしそうに言った。

 

「最初はちょっとしたおふざけのつもりだったんだが、言い出すタイミングを逃してな・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「し、司令官?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あ、固まってますね。提督」

 

 五月雨が俺の顔の前で手を2、3回振った。

 そこでようやく俺は我に返った。

 

「はっ!? 長月、いや菊月。俺はお前が長月か菊月かではなくて一人の人間として好きだし、尊重するからだからお前が」

 

「待て待て落ち着け、司令官! 嘘だ! 私は長月だ!」

 

 そう言って彼女は白い髪を脱いだ。中から長月本来の緑髪が現れる。どうやらカツラだったらしい。

 

「え・・・・・・一体、どういうことだ? 菊月? 長月?」

 

「え、エイプリルフールの冗談だ! 私は長月であっている」

 

 焦ったようにそういう彼女の顔を見て、俺はやっと落ち着きを取り戻した。

 そうか、嘘か・・・・・・

 長月と菊月って本当に似ているからな・・・・・・真面目な長月が嘘をつくのも珍しいから信じてしまったよ。マジで。

 

「ほ、ほんとに長月か?」

 

「本当だ! 長月だ!」

 

「でもあの白髪は・・・・・・」

 

「ちょっと高めのジョークグッズだ。触ってみろ」

 

 ずいっと差し出さされた白いカツラに指を這わせる。おお・・・・・・サラサラしていて気持ちいい。こっちの世界ではカツラの技術も進んでいるのかな。

 

「・・・・・・その緑髪も作り物じゃないよな?」

 

「本物だ! 何なら触ってみるか?」

 

「え、いいの?」

 

「ああ構わん」

 

 ちょっと気になっていたので長月の髪も触ってみた。

 うお・・・・・・柔らかくて作り物よりも断然、サラサラしている。何だかちょっといい匂いするし・・・・・・

 それに染めたのではなく、自然の緑髪っていうのはこんなに綺麗なんだな・・・・・・まるで透き通るような新緑で・・・・・・

 

「う・・・・・・し、司令官。そんなに私の髪は珍しいか?」

 

「ああ・・・・・・それに・・・・・・綺麗だ」

 

「っ・・・・・・」

 

 長月の顔が朱に染まる。

 俺も何だか気恥ずかしいが、本当に長月の髪は魅力的で・・・・・・

 

「うおっほん! 朝飯はまだかねぃ!!」

 

 谷風の不機嫌そうな咳払いが突然聞こえ、俺と長月は慌てて離れた。

 ふとそちらに目を向けると、いつの間にか椅子に座っていた谷風が非難するような目で俺たちを睨んでいた。

 

「す、すまん。今準備する」

 

 長月は赤面した顔を隠すように朝食を並べ始めた。

 

「全く、朝っぱらからお熱いことでよぅ」

 

「た、谷風。いつからそこにいたんだ?」

 

「さあね! しかし提督さんよぉ・・・・・・ちょっとデレデレしすぎなんじゃねえかい?」

 

「そ、そうかな」

 

「確かに、そうですね」

 

「うおっ!」

 

 いつの間にか不知火もいた。本当に気配が感じられない奴だ。

 しかも心なしか不知火も不機嫌になっている気がする。

 

「長月ちゃんの嘘が上手かったですからね~」

 

 五月雨がフォローしてくれるが、それでも二人の視線は痛い。

 うう、何か空気が重いな。朝ご飯はまだか・・・・・・

 その時、部屋の外からパタパタと足音が聞こえてきた。

 

「大変っ! 大変よっ! 皆!」

 

 大声をあげて食堂にやって来たのは、暁だった。

 

「ど、どうしたんだ暁」

 

「一体、何事でい!?」

 

 彼女の焦った様子に俺と谷風が立ち上がる。

 

「工廠で装備を開発していたらうっかり爆弾が出来ちゃったの! あと3分で爆発するわ!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 俺は無言で暁の頭を撫でた。

 

「ふぁっ・・・・・・ちょ、ちょっと! 何で頭を撫でるの! 子供扱いしないで!」

 

 顔を真っ赤にして抗議する暁。

 でもしょうがないじゃないか。

 明らかに嘘と分かるチープな内容。今まで疲れてきた嘘とは段違いで微笑ましい。

 

「暁さぁ・・・・・・もっと捻った嘘つかねえと」

 

「単純且つ粗雑ね」

 

 谷風と不知火にもダメ出しされ、暁は涙目になってしまう。

 

「う、うう・・・・・・毎年騙されてたけど・・・・・・今年は司令官がいるから暁も騙す方になれると思ったのに・・・・・・」

 

 確かに純粋な暁は騙されやすそうだなあ。

 

「しかし今日は四月馬鹿の日か。なら谷風さんも小粋な嘘を考えねえとなぁ」

 

「嘘をつくことを事前に告白するとは斬新だな」

 

「ふっふっふ、谷風さんは常に時代の先を行くのさ・・・・・・」

 

 変に大物ぶる谷風に思わず苦笑する。

 そこに長月が人数分の茶碗が乗ったお盆を持って現れた。

 

「皆、ご飯だぞ・・・・・・って、そういえば皐月はどうした?」

 

「ああアイツは嘘を極める旅に出ると言ってな・・・・・・」

 

 長月の朝ご飯はとても美味しかったです。

 

 

 やがて朝食も終わり、俺は執務室で書類仕事を開始した。

 さて、この鎮守府の中で嘘をついていないのは不知火と谷風だけだ。

 不知火は性格上、嘘を着かない可能性が高いが、谷風は先程、堂々と嘘をつく宣言してるからなぁ。

 と思っていた矢先、勢いよく執務室の扉が開き、谷風が飛び込んできた。

 

「てぇへんだてぇへんだ! 提督、てぇへんだよっ!!」

 

 血相変えてやってきた谷風に少し驚いたが、そういえばさっき嘘をつく宣言をしたばかりだからな。

 

「おう、どうしたんだ谷風。いやに焦ってるが」

 

「とにかくまずいんだよ! ちょっと来てくれ!」

 

「わかったわかった」

 

 さて、どんな嘘をつくか。あえて乗っかってやるとするか……

 そう余裕をかましている俺を、谷風は引っ張っていく。

 辿り着いた先は工廠だった。

 そういえば暁も工廠で爆弾が出来たって嘘を言ってたなあ。

 

「艤装を改修してたら凄えのができちまったんだ! 見てくれ!」

 

 谷風が迫真の演技で言った。さて、一体何があるのやら。そう考えながら谷風が指差す方向を見る。

 そこには。

 

「え……何、これは……」

 

 そこには紅の武者鎧が鎮座していた。

 紅の武者鎧が鎮座していた。

 ……あまりにも意味不明なモノが置いてあったので思わず二回言ってしまった。

 

「谷風さんの艤装を改修してたんだけど、気づいたらこうなってたんだよ」

 

「艤装って……これ完全に鎧擬亜じゃん」

 

 烈火のアレじゃん。

 え、何コレ? これわざわざ用意したの? 等身大じゃん。

 

「ど、どうしよう……これで深海棲艦に勝つる?」

 

「かつるっていうか……深海棲艦よりも妖邪相手になら無双できそうだな」

 

 驚く以前に何か感動した。

 これ、一日じゃそこらじゃ用意できないクオリティだよな…… 

  

「なあ、谷風。これちょっと着てみてくれよ」

 

「ええ……思ってた反応と違うねえ」

 

「誰もが遠い旅人なのさ、この街では……見てみたいんだよ。頼む」

 

「何か釈然としねぇけど、提督が言うなら……」

 

 困ったように谷風は言うと、鎧擬亜の兜を手に取って叫んだ。 

 

「武装! 烈火ぁ!」

 

 勢いよく言うと谷風は烈火の鎧擬亜を手動で身につけていく。まあアニメみたいに自動でついたりしないよな。

 

「じゃーん! 谷風さん烈火改! どうでぃっ!」

 

 二振りの日本刀を背中から取り出して、かっこよく決めポーズを決める谷風。

 小柄で可愛らしい谷風が大きくて格好いい鎧を纏っている。

 何だかアンバランスだけど妙に格好いいし、可愛いな。

 

「なんか……もう四月馬鹿なんてどうでも良くなってきたな」

 

「谷風さんもそう思えてきたぜ……これも新しい宴会衣装として用意してたんだけど……ちょうどいいから使おうと思ってな……」

 

「だからこんなにクオリティ高いのか……なあ、谷風。いつも着てくる衣装ってさ、もしかして自腹か?」

 

「あったりめーよ! 宵越しの金は持たねえのが江戸っ子さ!」

 

「そうか、そうだよな……」

 

 まあある意味一番驚いたよ。本当に色んな意味で。

 

「そうだ。その格好で皆の所に殴り込んで見てはどうだ? きっと驚くぞ」

 

「おっ、それもそうだね! いよっしゃぁっ! 行くかねぇ!」

 

 ガシャガシャと鎧擬亜を軋ませながら、谷風は元気に走って行った。

 ……エイプリルフールって何だっけ。

 ふとそんな考えが過ぎったが、俺はそのまま放置して執務室へ戻ることにした。

 今度、谷風と二人でゆっくり酒でも飲むか。きっと旨い酒が飲めるだろう。

 その後、暫くしてお金の無駄使いについてじっくり説教する長月の声が聞こえてきたが、それはまた別の話だ。

 

 さてと、これでもうエイプリルフール関係の話は終わったな。 

 安心しきって執務室でのんびりしていると、出入り口をノックする音が聞こえた。

 

「誰だ?」

 

「不知火です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「おお、いいぞ」

 

 不知火が普通に入ってくるって珍しいな。

 いつもはいつの間にか横にいることが多いからな。

 ……もしかして、不知火もエイプリルフールの冗談を言いに? いや、考えすぎか……

 

 俺がそんな感じで深読みしていると、不知火が何やら茶封筒を持って現れた。

 

「どうした不知火」

 

 俺が尋ねると不知火は持っていた茶封筒をこちらに差し出した。

 

「司令官、本部から健康診断の結果が届きました」

 

「健康診断・・・・・・」

 

 そういえば少し前に受けたような気がする。

 俺がそんな風に考えていると、不知火が封筒を開けて中身を取り出した。

 

「不知火も確認したのですが」

 

 え、俺の健康診断の結果を不知火が先に見てるの?

 そう思ったの束の間、不知火は取り出した書類を俺に見せて言った。

 

「肝臓に異常値が出ています」

 

 彼女の指す部分に目を向ける。

 確かに肝臓の欄に大きく『D』と書いてあった。再検査レベルだ。

 

「これによるとγ-GTPが異様に高いですね」

 

「そ、そうかな・・・・・・」

 

「原因はハッキリしています」

 

 不知火がずい、と寄ってきた。

 整った顔が目の前に迫り、一瞬ドキリとしてしまう。

 

「お酒です」

 

 淡々と不知火は言った。

 

「この物質はアルコールを過剰摂取すると上昇します」

 

「そ、そうなのか・・・・・・まあ確かに最近、よく飲むからな・・・・・・」

 

「はい。しかしこのままでは司令官の健康を害します」

 

「うむ、そうかもな・・・・・・」

 

「ですので、不知火は司令官には禁酒が必要だと進言します」

 

「・・・・・・何だって?」

 

「不知火は司令官に禁酒を勧めます」

 

「・・・・・・・・・・・・まあ、それも一つの考えではあるな! それはそうと不知火。次の遠征なんだが・・・・・・」

 

「司令官」

 

 不知火は異様な迫力で俺の肩をガッシリと掴んだ。

 

「禁酒です」

 

「・・・・・・嘘だ・・・・・・不知火は嘘をついているんだ!」

 

「健康診断の結果故です。司令官の今後の健康を考えて、暫く禁酒してもらいます」

 

「私も不知火の意見に賛成だな」

 

「な、長月! いつからそこに!?」

 

 いつの間にか部屋にいた長月も、不知火に加担し始める。

 

「元々、司令官は酒を飲みすぎだと私も考えていた。いい機会だから、ゆっくり肝臓を休ませよう」

 

「ですね。では早速今日から実施しましょう」

 

 な、何で長月まで乗り気なんだ!? というか俺の意思を無視して、勝手に禁酒が実現されようとしていないか!?

 

「な、なあ不知火? これは嘘なんだよな? エイプリルフールの冗談なんだよな? 二人で俺をからかっているんだよな?」

 

「司令官」

 

 不知火は俺の瞳をじっと見つめた。

 水晶のように美しい双眸が、俺を映している。

 

「禁酒です」

 

 有無を言わせぬ一言。

 それは俺が今日一日で聞いてきた言葉の中で、最も衝撃的な言葉であった。

 

「頼む、ぬいぬい! 嘘だと言ってくれ!」

 

「司令」

 

 眉一つ動かず、不知火は冷たく言い放った。

 

「今日から、禁酒です」

 

 今日は4月1日。エイプリルフール。嘘だと言って、欲しかった・・・・・・

 頭を抱えて机に突っ伏する。

 そんな俺の肩を優しく長月と不知火が叩いたのだった。

 




禁酒回につづく
・・・・・・予定です


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さらば優しき日々よ

禁酒回です。
これを書いている時、自分も酒を飲まずに辛かったです


 酒は常に俺と共にあった。

 学生時代は飲み会に明け暮れ、朝まで友達と飲み明かすなど日常茶飯事。

 社会人になってからは日々の激務の合間にある心のオアシス。

 そしてこの鎮守府に来てからも、俺は艦娘たちとよく酒を飲んだ。

 見た目はちっこいが酒の味が分かる皐月・谷風・長月。彼女たちと飲むのは本当に楽しかった。

 前の世界では女性と飲むことなんて、職場のおばちゃん達しか無かったからな。

 

「つまりな、不知火。酒は俺にとって、己の半身のようなものなんだ」

 

「駄目です」

 

「俺と酒は一心同体。どちらかが無くてはならない存在なんだよ」

 

「駄目です」

 

「二人で一人。バロロームなんだよ。分かってくれたかい。ぬいぬい」

 

「駄目です。あと、ぬいぬいは辞めて下さい」

 

「頼む! いきなり禁酒は無理だ! 許してくれ!」

 

 遂に俺は床に土下座して懇願した。しかし彼女はそんな俺の様子を、恐ろしく冷たい視線で見下ろしていた。

 

「もはや依存症の域ですね。理解しました。この不知火。徹底的に貴方から酒を排除いたします」

 

 俺にとっては死刑宣告でしかない言葉が放たれた。

 

「なに、司令官。ずっと禁酒というわけではない。まずはそうだな・・・・・・一週間。一週間、禁酒にチャレンジしてみよう」

 

 さすがに哀れんだのか、長月がそう言って俺の方を叩いた。

 

「それなら頑張れるだろう?」

 

「長月・・・・・・」

 

「不知火だって司令官の体のことを想って言っているんだ。だから我慢してくれ。この私も一緒に禁酒するから。な?」

 

「ながつきぃ・・・・・・」

 

 まるで聖母のようだ。俺は思わず涙ぐんだ。

 

「えい」

 

「ぐぼっ!?」

 

 突然、不知火に蹴られた。

 

「な、何を・・・・・・」

 

「いえ、別に」

 

 ぷいっとそっぽを向く不知火に、苦笑する長月。

 こうして俺の辛い禁酒生活は始まったのであった。

 と言っても俺だって昼間っから飲むほど、アル中ではない。

 お昼は普段通り業務をこなし、艦娘とじゃれあったりしながらも無事過ごした。

 やがて日は暮れ、夕飯の時間が近づいてくる。

 そしてこの時間になると不思議と酒が欲しくなるのだ。

 普段なら仕事を終わらせて風呂へ直行。風呂あがりに腰に手を当てて冷えた缶ビールをくいっとやるのが定番だったのだが、今日は我慢だ。

 そんな事を考えているときだった。

 

「司令官! 禁酒したんだって?」

 

 タオルを肩にかけた寝間着姿の皐月が、缶ビール片手に現れた。

 これはいつもの皐月・風呂上がりスタイルだ。

 

「きついだろうけど健康のためだし、頑張らないとねぇ」

 

 そう言いながら皐月は缶ビールのプルトップを開けた。

 プシュっと小気味良い音と共に白い泡が缶から漏れる。

 それを皐月は腰に手を当てて一気に呷っていく。

 

「ぷはぁーっ! キンキンに冷えてるー!」

 

 ゴクゴクと喉を鳴らしながら豪快にビールを飲む干す皐月に、殺意を覚えてしまうのは何故だろう。

 おっといかんいかん。ここは心穏やかに済ませないと。

 俺が禁酒しているからといって、皆が酒を飲むのを止める権利は俺にはない。

 皆は酒を楽しんで欲しい。

 

「いやぁ、こんな美味しいビールが飲めないなんて辛いねぇ・・・・・・司令官の分もボクが飲んであげるよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「て、提督・・・・・・どうしたんですか般若みたいな顔して」

 

 横にいた五月雨が怯えた声で言った。

 

「いや何でも無いぞ五月雨。何でもな・・・・・・」

 

 いかんいかん。殺意が顔に滲み出ていたようだ。

 平常心。そう、平常心だ。

 

「ちょっと風呂行ってくる。また後で」

 

 俺は残った仕事を素早く終わらせ、足早に風呂場へと向かうのだった。

 そして数十分後。

 

「駄目だ。全くリラックスできなかった・・・・・・」

 

 風呂上がりの一杯が無いなんて・・・・・・

 畜生、こんなに辛いモノだなんて思わなかったよ。

 さっさと食堂で飯食って、寝よう。そう思って食堂へと向かった。

 

「やあ、司令官! 一杯どう・・・・・・ってそうか! 禁酒してたんだったね!」

 

 ビール片手に早速煽ってくる皐月をスルーして、食卓に座る。

 すでに長月・五月雨・不知火が席に着いていた。

 俺の禁酒事情を知っているのか、五月雨と長月は苦笑いしている。 

 不知火は戦艦すら沈められそうな眼光を皐月にぶつけている。

 

「皆ー! 呉の浜風達から差し入れだぜぃ!!」

 

辛い空気を吹き飛ばすように、元気良く谷風が飛び込んできた。その手には小包が握られている。

 

「浜風と言うと、第十七駆逐隊のか」

 

「そうさ! 谷風さんとは刎頸の友さ」

 

「なら今度、うちの鎮守府に招待してくれよ」

 

「それとこれとは話が別だねぇ」

 

 そんな事をいいながら、谷風は小包の梱包を剥いでいく。まあまあ大きいな。一体なんだろうなと様子を伺っていると、中から出てきたのは一升瓶だった。

 

「おっ! これは雨後の月! かぁーっ! 地酒とは粋だねぃ!! 提督も日本酒好きだ――」

 

「喧嘩ボンバー!!」

 

「ぐべっ!?」

 

 俺の渾身のフェイバリットが炸裂し、谷風は酒瓶片手に吹っ飛んでいった。

 

「はっ!? 俺は一体何を!?」

 

 気がつくと谷風にラリアットを決めていた。一体何故……た俺が戦慄している合間に、谷風は長月に抱き起こされていた。

 

「谷風……司令官が禁酒中だとは知らなかったのか……」

 

「あう……ひでぇよぅ……提督……谷風さんが何をしたっていうんでぃ……」

 

「す、すまん谷風。つい感情が昂って……」

 

「と、とりあえず、このお酒は保管庫に持っていきますね」

 

 気を利かせた五月雨が、酒瓶を持って部屋から出ていった。

 なんとなく気まずい空気が流れる。

 

「全くダメだなぁ司令官は。こんなんでイライラしてたら、これからもたないよ」

 

 そう言いながらも、ビールを呷る皐月に段々と殺意が湧いてくる。

 

「はい、谷風も。ヒドイよねー司令官」

 

「ううっ……谷風さんは提督が喜ぶだろうと思って持ってきたのに……あんまりだよぅ……」

 

 皐月から缶ビールを渡された谷風は、それを一気に飲み干し、啜り泣き始める。

 

「ご、ごめん谷風。本当に……すまない」

 

「いいってことよ……提督が禁酒中だって知らなかった谷風さんにも非があらぁ」

 

 谷風に対して罪悪感が募る。そんな彼女に皐月がどんどんビールを勧めていく。

 

「司令官が飲まない分、ボク達でパーっとやろう! それがお酒に対する礼儀だよっ!」

 

「そうかな……そうかもしれねぇなぁ……」

 

 皐月に煽られ、谷風もどんどん杯を重ねていく。二人の頬は朱に染まり、顔も緩み始めていた。

 そうだ。これで谷風の機嫌が直るならそれでいいじゃないか。飲めない俺は我慢しても、飲める彼女たちには楽しんでもらいたい。そう思っていたのだが。

 

「いやー、やっぱり一日の終わりにビールは最高だねーっ! こんな美味しいものを飲めない人がいるなんて、悲劇っー!」

 

 ――ピギッ。

 

「かぁーっ! たまんないねぇ!! 冷えた麦酒を流し込む、この感覚!! 生きてるって感じだねぇ!!」

 

 ――ピギピギッ!

 

「ビールもいいけど日本酒もいいよね! 今夜は冷酒~♪」

 

「ポン酒にはつまみだねぃ! 谷風さんのとっておきのスルメイカ、だすしかないねぇ!」

 

 ――ピギピギピギッ!

 

「だ、大丈夫か? 司令官」

 

「ああ、心配するな長月。ただ殺意の波動に目覚めかけているだけだ」

 

 憎しみで人が、殺せればっ……!!

 

「司令官。あちらを見ても辛いだけです。不知火と一緒にご飯を食べましょう」

 

 そう言って不知火が、茶碗いっぱいに盛られた白米を持ってきた。そういえば不知火はあまり酒を呑まなかったな……ここで二人の飲酒する姿を観るよりはいいだろう。

 不知火の隣に座る。すると長月がすぐにおかずを置いてくれた。そうだ。飯を食おう。酒が無くても長月のご飯は美味しいんだから、別にいいじゃないか。

 

「司令官! 暁が司令官のためにいいモノを持ってきたわ!」

 

 今度は暁が食堂に入ってきた。その手には何やら瓶らしきものが握られている。

 

「お酒が飲めないって聞いたから、これを暁と一緒に飲みましょ!」

 

 そう言って不知火とは反対側の俺の隣に座ると、目の前に瓶らしきモノを置いた。

 

「こ、こどもの飲み物・・・・・・」

 

「どう? ビール程じゃないけど、これも美味しいのよ」

 

 い、いや気持ちは大変嬉しいけど、味とかそれ以前の問題というか・・・・・・アルコールが入ってないと・・・・・・

 

「はい、司令官! いっぱい飲んでね!」

 

 満面の笑顔でジュースが並々に入ったコップを渡してくる暁。彼女に皐月のような悪気はない。ただ純粋な厚意なのだ。

 

「ありがとう。暁・・・・・・」

 

 俺は暁からコップを貰うとそのまま一口。甘い味が口の中に広がっていく。うん、美味しい。美味しいんだけど見た目がビールに似ているだけあって、物足りなさを感じしまう。

 

「美味しい? まだまだいっぱいあるから、遠慮無く言って頂戴!」

 

「うん、美味しいよ暁・・・・・・」

 

「ぷぷっ・・・・・・よかったね司令官! ああ~ビール美味し~」

 

「皐月、貴様・・・・・・」

 

 俺の怒りが爆発寸前、初めて艦娘に殺意が湧いたよ・・・・・・

 

「五月雨、戻りましたーわあ、美味しそうですね-」

 

 そこに五月雨がのほほんと戻ってきた。

 うん、やっぱり五月雨はぽわぽわして可愛いなぁ・・・・・・待てよ。

 

「五月雨。谷風が日本酒を飲むらしいから、お酌してあげなさい」

 

「え・・・・・・どうしたんですか、提督」

 

「まぁまぁ。俺の分まで気持ちよく飲ませてあげたいからさ」

 

 そう言って俺は彼女を谷風の元へと送り込む。

 

「ありがたいねぇ・・・・・・ほんとなら提督に注いでほしいとこだけど」

 

 谷風は何の疑問も抱かずに酒瓶を五月雨に渡した。

 

「はい、じゃあいきますよ・・・・・・って、あああああっ!?」

 

 そして酒を注ごうとした五月雨は躓き、豪快に転んだ。

 よし! さすが五月雨! 安定のドジっ娘GJ! 俺の目論見通りだ!

 五月雨の持っていた酒瓶は何とか彼女がキャッチしたため無事だが、中身は盛大に床に零れてしまう。

 そこに俺はすかさず直行した。

 不知火の手前、盗み飲みは出来ないだろう。だがさすがの不知火もこの俺が零れた日本酒を呑むとは思えまい!

 ほのかに香る、日本酒の風味。いざ・・・・・・

 

「恥を知れ、恥を!」

 

「ぐばっ!?」

 

 長月に思いっきり蹴られた俺は、酒を飲むことなく地面をゴロゴロと転がった。

 

「て、提督そこまで・・・・・・」

 

「もうアル中じゃん・・・・・・」

 

「こりゃあひでえ」

 

 俺の行動にさすがの五月雨も引いているようだ。皐月と谷風もドン引きしている。

 いや、君たちの気持ちも分かる。

 だが! いつも呑んでいる酒を断つということは本当に苦しく辛いんだよ。

 

「どうやら不知火は甘かったようです。まさか司令官が、ここまでアルコールに執着しているとは」

 

 背後にゆらりと不知火が立った。声がいつも以上に冷たい。

 怖くて後ろを向けない。そんな俺の襟元を不知火が掴んだ。

 

「これは・・・・・・荒療治が必要ですね」

 

 死に神の鎌が首元に当てられた。

 そんな気が、した。

 

「司令官・・・・・・覚悟してくださいね」

 

 底冷えするような不知火の声が、耳に張り付いていくようだった。 

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「やめろっ! 辞めてくれ・・・・・・!!」

 

「まさかこんなに隠し持っていたとは・・・・・・予想外ですね」

 

 そう言う不知火の手には俺がベッドの下に隠していた日本酒があった。

 俺は縛られ、床に転がされている。

 そんな俺の前には今まで集めてきた日本酒やウイスキー。買いだめしていた缶ビールや缶チューハイが並べられている。いつか飲もうと、取っておいた数々のお酒達。

 

「こんなものがあるから、司令官は駄目になるんです」

 

 その内の一本の蓋を開け不知火は。

 

「処分します」

 

 ドバドバと排水溝に捨てた。

 

「ああああああああああああああっ!! 辞めろ! 俺の酒だぞ・・・・・・俺の酒だぞぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「不知火に何か落ち度でも?」

 

「落ち度まみれだ! この人殺し! この人殺しぃぃぃぃぃっ!!」

 

「そうだよ、不知火。お酒がもったいないよ。ここはボク達で飲んであげよう!」

 

「そいつはいいや! えへへ、悪いね提督!」

 

 悪びれもせず俺の酒を飲み漁っていく、皐月と谷風。何だろう・・・・・・寝取られというか、妻や娘が敵兵に蹂躙されている男の気分だ・・・・・・

 

「お、おい。やり過ぎじゃないか?」

 

 さすがに長月が止めに入る。しかし。

「いえ、司令官のためです。不知火は心を鬼にして、司令から酒を抜き取ります」

 

 不知火も俺のためにやっているので、さすがに長月もそれ以上は強く言えないようだった。

 

「そうさ! これも司令官のため! ボクも司令官のために鬼になるよ! せーいぎのためなら~」

 

「谷風さんは~おーにーとーなる~」

 

 あの二人はいずれ殺す。

 

「し、司令官! 頑張って!」

 

「五月雨、応援します!」

 

 五月雨と暁に慰められながら俺は血涙を流して、己の集めた酒の顛末を見送るのしかなかった。

 ちなみに日本酒はほぼ皐月谷風コンビが飲み干し、残ったモノは不知火が没収してどこかへ隠しましたとさ。

 

 ・・・・・・・・・・・・その晩、俺は深夜に目を覚ました。

 無論、酒を盗み飲みするためだ。

 禁酒を頑張ろうと思ったが、皐月や谷風にあんなに煽られては飲まなきゃやってられん!

 ふふふ、実はこの鎮守府には酒の隠し場所はいくらでもある。

 俺の部屋の酒は全て没収されたが、あそこの酒はまだ大丈夫だろう。

 そう思い、俺は音を立てないようにしながら、慎重に夜の廊下を進んでいった。

 かつて節分で皐月たちと戦った時、白兵戦用の武器が保管されている小さな部屋を不知火に教えられた。

 そこに何かあったときのために、こっそりと酒を隠したのだ。

 ここはまだバレていないはず・・・・・・そう思いながら進み数分後、俺は目的地へと辿り着いた。

 さて、いよいよご対面だ。

 後ろめたさもあるが、やはり俺は酒とは切っても切り離せない関係なのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、扉を開けた。

 

「――辞世の句を聞いておきましょうか」 

 

 後頭部に冷たい感触が突きつけられた。

 不知火の感情のこもってない声と硬い主砲の感触が直に伝わってくる。

 

「・・・・・・不知火よ。一つだけ・・・・・・一つだけいいか?」

 

「何ですか?」

 

「一口だけでいい。酒を・・・・・・」

 

 乾いた音が夜の鎮守府に響き渡った。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「結局、司令は酒を盗み飲もうとして不知火に粛正されたか・・・・・・」

 

「あれ、皐月ちゃんと谷風ちゃんは何処へ?」

 

「あの二人は急にお酒を飲み過ぎたせいで胃を悪くして、本土へ緊急入院しましたよ」

 

「もう・・・・・・随分お騒がせね」

 

「あはは・・・・・・」

 

 呆れかえる長月と暁。困ったように笑う五月雨。冷たく言い放つ不知火。

 その横で俺は酒を全て失った悲しみで、机に突っ伏していた。

 

 結論。お酒は程々にしましょう。



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my sweet heart

秘書艦回です。
皆さんは秘書艦は一人に固定していますか? それとも替えていますか?
私はリアルだとずっと長月です


 艦隊を指揮して深海棲艦を打ち倒す。そのために提督は存在する。提督になった者なら、誰もがそうすることを望むだろう。だがこの流刑鎮守府はその名の通り、僻地中の僻地に存在する、場末の鎮守府だ。そんな場所に深海棲艦はほとんど、姿を現さない。なので俺の仕事は基本、デスクワークのみである。

 

「提督。コーヒーをお持ちしました」

 

 いつものように五月雨がコーヒーを持ってきた。仕事の合間に飲むコーヒーはまた格別である。さて、一息ついて五月雨のコーヒーを頂くとするか……

 

「さあ提督、どうぞって……あ、あれ~!?」

 

「ぐおっ!? あ、熱つつつつっ!!」

 

 五月雨が躓いて、豪快にコーヒーを溢した。熱々のブラックコーヒーが俺にダイレクトアタックし、思わず飛び上がってしまう。

 

「あああ~て、提督、申し訳ございませんっ!」

 

「い、いや……大丈夫だ。長月に言ってすぐに洗ってもらう」

 

 俺は馴れた手つきで軍服を脱ぎ、こぼれたコーヒーを拭いていく。

 五月雨はナチュラルなドジっ子なので、こうやってコーヒーをぶっかけられるのは一度や二度のことじゃない。最初はびっくりしたり腹が立ったこともあったが、もう馴れた。今ではなんだか微笑ましく感じるようになった位だ。

 

「提督の服、すぐに持っていきます! 本当に申し訳ありませんっ!」

 

 そう言って俺の服を受け取った五月雨は足早で執務室を出て……行こうとして転んだ。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ご、ごめんなさいっ! すぐにっ!」

 

 起き上がって出ていった。

 

「相変わらずだなぁ、五月雨は」

 

 一部始終をソファーで寝転んで漫画を読んでいた皐月が、そう言った。

 

「提督もよく怒らないよね。大体、週3でコーヒーかけられてるじゃん」

 

「もう、馴れたさ。それより皐月。この前貸した聖闘士星矢返せよ」

 

「う・・・・・・し、司令官ってさ。ボクに比べて五月雨や暁に甘くない?」

 

「そ、そうか?」

 

「そうだよっ!」

 

 皐月はそう言って突然立ち上がった。

 

「大体、秘書艦だってずっと五月雨じゃん! ボクだって秘書艦やってみたいよ!」

 

「そ、そういえば・・・・・・確かにずっと五月雨が秘書艦だな・・・・・・」

 

 思えば俺が艦これを始めた時に選んだ初期艦が五月雨だった。

 その後もとりあえず五月雨が秘書艦だったし、こっちの世界に来てもその延長線上で彼女を秘書艦にしていた。

 でも冷静に考えれば、別に秘書艦は五月雨でなくてもいいのだ。

 何だかんだで秘書艦の仕事は忙しい。ほぼ一日俺に張り付いていないといけないわけだからな。五月雨も毎日じゃ息苦しいだろう。それに他の娘が秘書艦をやるとどんな風になるのか興味もあるし・・・・・・

 そんなことを考えていると五月雨が俺の着替え片手に帰ってきた。

 

「提督、五月雨ただ今戻りました! すぐにお着替えを・・・・・・」

 

「おう、ありがとう」

 

 俺は五月雨から着替えを受け取って袖を通しながら、軽く言ってみた。

 

「なあ五月雨。明日から秘書艦を少し休んでみるか?」

 

「え・・・・・・」

 

 何気ない感じで言ってみたのだが、五月雨は衝撃で固まってしまっていた。

 あれ、そんなに驚いたかな。そんな風に思っていると、五月雨の両目からポロポロと涙が溢れ始めた。

 

「さ、五月雨はドジですもんね・・・・・・仕方ありませんよね・・・・・・」

 

 青い瞳から宝石のような涙を流していく五月雨。健気で見ていて胸が締め付けられるような感覚に陥ってしまう。

 

「あああ、違う! 違うぞ、五月雨! 五月雨がドジだとかそんな理由で秘書艦を変えるわけじゃないんだ!」

 

 すすり泣く五月雨の頭と肩を出来るだけ優しく撫でると、俺は諭すように言った。

 

「五月雨は俺が着任して以来、ずっと秘書艦をやっていただろう? 毎日大変だろうし、たまには少し休んで欲しいんだ」

 

「うう……本当ですか?」

 

「ああ、本当だ。五月雨もたまにはゆっくり羽を伸ばしてくれ」

 

 俺の言葉を聞いて五月雨は安心したのか両目をゴシゴシ擦ると、あうーと両手を伸ばしてきたので、抱きしめて頭をポンポン叩いた。

 

「・・・・・・やっぱり五月雨には甘い」

 

 背中に皐月のそんな声が聞こえてきたが、しょうがない。男は女の涙に弱いのだ。

 さて・・・・・・五月雨の代わりの秘書艦であるが、一番無難なのは長月だろう。だが彼女は現在、我が鎮守府の台所を取り仕切っている立場だ。ただでさえ忙しい長月に秘書艦業務までやれというのは酷な話だろう。となると次は……

 

「……(どやっ)」

 

 俺の方をチラチラ見ながら皐月がなにやらアピールしてくるが、スルーだ。やはり五月雨、長月と来たら次はあの艦娘しかいない。

 

「不知火!」

 

「はい、ここに」

 

 俺が名を呼ぶと、不知火はすぐに来てくれる。忠誠心は高いし、真面目でいい娘だ。ちょっと無表情で怖いけど、秘書艦にはうってつけだろう。

 

「不知火、悪いんだけど頼みがある。五月雨が明日から暫く秘書艦を休むから、代わりの秘書艦をお前にやってほしい。頼めるか?」

 

 俺の問いに驚いたのか、不知火は少しだけ目を見開いた。だがすぐにいつもの氷のような表情に戻って、

 

「はい。司令の命令とあらば」

 

 あっさりと了承してくれた。

 

「ちょっと! これまでの流れ的にボクが秘書艦をやるんじゃないの!?」

 

 皐月が何やら騒いでいる。

 

「皐月。人には得手不得手というものがあるんだ。俺は君を不得手な土俵にあげたりしないよ。安心してくれ」

 

「ヒドイ! 差別だ! 艦娘差別だ! 憲兵さんに言いつけてや……」

 

 そこまで言ったとき、不知火が皐月の目の前まで迫った。ちょうど不知火の表情は見えないが、皐月の青ざめた顔はここからでもはっきりとわかった。

 

「う、うん。やっぱり秘書艦は不知火が適任だね。ボクはそう思う。ボクはそう思うよ」

 

 ぷるぷる震えながら棒読みの如くそう言う皐月に、俺はこれ以上言及できなかった。ちなみに振り向いた不知火はいつもの無表情でした。

 

「司令、至らない点も多々あるかと思いますが、明日からよろしくお願いいたします」

 

 ビシッと敬礼する不知火の迫力に圧倒された俺は、無言で首を縦に降るのだった。

 

 それから次の日。

 前日に皐月と谷風と痛飲した俺は、ベッドで二日酔いぎみに眠っていた。

 

「司令。朝です。起きてください」

 

 そんな声が脳に響いた。

 不知火の声だ。なんでだろう……ああ、そういえば今日は彼女が秘書艦だった。だが俺は体もだるけりゃ、頭も痛い。もう少し寝ていたい……

 

「すまん不知火。あと10分」

 

「いけません、指令。起床予定の時間をオーバーしてしまいます」

 

「もう少し……もう少しだから……」

 

「……仕方ないですね」

 

 分かってくれたか……と安堵した瞬間――

 

「不知火、期待に答えてみせます」

 

 凄まじい爆音が執務室に鳴り響いた。

 

「うわあっっっ! な、なんだ!? 敵襲か!?」

 

「安心して下さい。空砲です」

 

 驚いて飛び起きた俺の目に入ってきたのは、主砲を構えた不知火の姿であった。

 

「く、空砲って……そういう問題じゃないと思うが……」

 

「不知火に何か落ち度でも?」

 

「あ、いや、なんでもない。昔、早朝バズーカなんてテレビあったしな……ってまだ、朝の5時じゃねぇか!!」

 

 時計を見て時間を確認した俺は、思わず声を荒らげてしまう。我が鎮守府は朝食が7時からと決まっている。つまりその時間までに食卓に座っていれば問題ないので、それに間に合う時間に起きればいいのだ。だから俺はいつも6時前後に起きているのだが……

 

「まだ寝ていい時間だぞ! 起こす時間を間違えていないか!?」

 

「いえ、これが正しいのです。司令は自堕落が過ぎるので、これからはこの時間に起床して頂きます」

 

「なん……だと……」

 

「この不知火が秘書艦になったからには、司令の不摂生な生活を正させて頂きます。これも司令のため。不知火は全力でいかせてもらいますので、心してください」

 

 真顔で不知火は俺から掛け布団をひっぺがすと、無表情のままで言った。

 

「まずは早朝のランニングですね」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「おはよー・・・・・・って司令官、どうしたの!?」

 

 食堂の机に突っ伏す俺を見た暁が驚いて言った。

 早朝のランニングっていうから油断してたが、がっつりグランド10週くらいの距離は走らされたのだ。

 30間近で不摂生の俺がそんな運動出来るわけもなく、完全にグロッキーになってしまった次第である。

 

「ああ・・・・・・俺って老いたなって感じてるんだよ・・・・・・」

 

 絶対明日筋肉痛になるわ。おっさんだもの。

 

「司令官、朝食だ。食べれるか?」

 

「・・・・・・頑張る」

 

 いつもなら喜んで食べる長月の朝食も、今日は食指が動くかも怪しい。

 ちなみに現在、食堂に流刑鎮守府の全員集まっているのだが、俺に気を使ってか皆食事に箸をつけようとしていない。

 

「司令官。食事の後も予定が控えていますよ。早く食べた方が賢明だと、不知火は考えます」

 

「そうは言っても体が受け付けな・・・・・・待て。もしかしてまだ運動するのか・・・・・・」

 

「はい。司令官は肥満の気がありますので。一日の大半は執務と運動に割いて貰います」

 

「そ、そんな・・・・・・」

 

「司令官の健康管理も秘書艦の責務ですので」

 

 や、やばい。さも当然といった顔であんなこと言ってる。

 日々の不摂生は確かに認めるが、急にこんなハードワークされたら体が持たない。

 

「この後、8時から10時まで書類整理。その後は12時の昼食まで運動。昼食後の13時から15時までは座学。16時に遠征部隊の出迎え。17時には報告と後片付けを済ませ、入浴。その後夕食です」

 

「そ、そこまで俺は管理されるのか!?」

 

 軍隊かよ。いや、軍隊なんだけどさ。

 

「ああ、それと」

 

 付け加えるように不知火が言った。

 

「健康のことを考えて、一日のお酒は発泡酒350ml・1本までとします」

 

 その言葉に俺の何かが切れた。

 

「チェェェェェェェェンジッ! 秘書艦、チェンジだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 不知火秘書艦は半日もたず解雇された。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「そんな・・・・・・一体、不知火に何の落ち度が・・・・・・」

 

「いらっしゃい不知火ちゃん。一緒にカルメ焼きでも食べよ?」

 

 食堂の端っこで机に突っ伏してブツブツ何か呟く不知火と、その肩を叩いて慰めている五月雨。

 というか五月雨は別に解雇された訳では無いのだが・・・・・・

 

「不知火ってさ。恋人とかガチガチに束縛しそうなタイプだよね」

 

「ううう・・・・・・」

 

 皐月の一言で不知火はさらに落ち込んでしまう。

 でも確かに不知火と付き合う男は大変だろうな、とも思った。

 

「で、不知火の次は誰が秘書艦をやるんでぃ?」

 

 谷風が納豆を混ぜながら尋ねた。

 そうだな・・・・・・確かに不知火の次となると・・・・・・

 

「・・・・・・(どやっ。どやどやっ)」

 

 皐月がこれ見よがしにアピールしてくる。

 正直、皐月がちゃんと秘書艦をこなせるのかは疑問だが、不知火ほど息苦しくないだろう。

 

「・・・・・・皐月、やってみるか?」

 

「待ってました! 任せてよ、司令官!」

 

 小さい胸を大きく張って皐月は勢いよく立ち上がった。

 まあこれだけ得意げに前に出るんだ。何らかの勝算があるのだろう。

 こうして不知火秘書艦は任命した当日にリコールされ、新たに皐月秘書艦が誕生した。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「はい、司令官! 頼まれた書類、終わったよ!」

 

 笑顔で皐月が書類の束を渡してきた。

 

「おお、早いな」

 

 とりあえずデスクワークの手伝いを皐月にさせてみたが、仕事が思った以上に早い。

 正直、こういった事務仕事は嫌う娘だと思っていたから意外である。

 

「へっへーん! ボクのこと、見直してくれた?」

 

「おう、見直したぞ。さつ・・・・・・」

 

 皐月を褒めようとした矢先、彼女の提出した書類を確認した俺は渋い声で言った。

 

「皐月・・・・・・ここの文字が間違っている。あと、ここは判子を押し忘れている。ここは・・・・・・」

 

 皐月の仕事はスピードは速いが、不備だらけであった。

 

「全部やり直し!」

 

「そんなぁ~」

 

 結局、手直しと確認作業でいつもの倍はかかった。

 まあでも初めての秘書艦だしこれくらいはしょうがないだろう。

 その後、二人で何とかして仕事を終わらせた。

 

「さてこの後は演習と遠征の編成だが・・・・・・」

 

「ふふふっ、それは大丈夫だよ司令官! こんなこともあろうかと、ボクが既に作っておいたのさ!」

 

「おおそれは凄い! 早速、見せてくれ」

 

 前準備がいい奴だ。感心しながら俺は皐月が作った部隊表に目を通す。

 

「・・・・・・皐月」

 

「何? 司令官?」

 

「お前の名前が全く見当たらないのは気のせいか?」

 

「ぎくっ・・・・・・」

 

 遠征部隊の中にも演習部隊の中にも皐月の名前が無い。

 秘書艦とはいえ、この小さな鎮守府ではどちらかに参加しなければ回らない。

 実際に五月雨は合間合間に演習や遠征をこなしていた。

 

「そ、それはほら。秘書艦特権・・・・・・じゃなくて、秘書艦は司令官の側にいなくちゃ駄目だよねって」

 

「貴様・・・・・・楽をするために秘書艦に立候補したな?」

 

「・・・・・・さ、さぁ何のことかな・・・・・・ボク、ちょっとお茶でも煎れてくるね!」

 

「逃がすかっ!」

 

 あれほど秘書艦をやりたがっていたのはそれにかこつけて、他の職務をさぼるためか!

 全く、なんて奴だ!

 俺は逃げようとする皐月を後ろから羽交い締めにして持ち上げた。

 

「さつき~ちょっと司令官とお話ししようか? 大丈夫、すぐ終わりからさぁ」

 

「ひっ、司令官顔が怖いよ! だ、誰か! 司令官がセクハラする! 助けて!」

 

「誰がお前のような子供にセクハラなんてするか! あと10年してから出直してこい!」

 

 皐月秘書艦は不知火秘書艦とほぼ同スピードで解任された。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「皐月ちゃんも来たんだね。うぇるかむだよ・・・・・・」

 

「思ったより早かったわね。歓迎するわ、皐月」

 

「嬉しくない歓迎ありがとう、二人とも」

 

 昼食時。部屋の隅で暗いオーラを出している五月雨と不知火の元へ皐月が合流した。

 

「なぁ司令官。解任されるスピードが早すぎないか?」

 

 昼食を並べながら長月が言った。今日のお昼は素うどんか。美味しそうだな。

 

「まあ、何ていうか、色々あってな・・・・・・不知火じゃ俺がきついし、皐月は邪な目的がダダ漏れだし・・・・・・」

 

 そう言いながらチラリと横を見る。

 美味しそうに素うどんを啜る谷風と暁。残る秘書艦候補はこの二人か・・・・・・

 

「谷風」

 

「ん? どったの提督? ワサビならそこにあるよ」

 

「いや、谷風。お前、秘書艦をやってみないか?」

 

「ええ・・・・・・谷風さんがかい? 正直。性に合わねぇし、他に当たった方がいいと思うがねぃ」

 

「となると暁の出番ね! 一人前のレディーである、暁に任せて!」

 

 立ち上がってどや顔を決める暁。

 うーん・・・・・・ぶっちゃけ暁よりは谷風の方が適任だと思ったが、谷風は乗り気じゃ無いんならしょうがないな。

 

「じゃあ、暁。頼めるかい?」

 

「了解よ司令官! 暁に任せておいて!」

 

 暁は元気いっぱいにそう言った。

 それから昼食も終わり。

 

「じゃあ暁。残った書類を頼めるか?」

 

「分かったわ! 一人前のレディーにどーんと任せておいて!」

 

 嬉しそうに暁は書類を受けとると、すぐさま作業に入った。

 そして数分後。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 頭をこっくり、こっくりと揺らし始めた。

 どうやらおねむの時間のようだ。

 もうすぐにでも船を漕ぎ出しそうだ。

 まあ昼ご飯の後だもんな・・・・・・うっつらうっつらしながらも、懸命に眠気に耐える暁は可愛かった。

 あ、落ちた。

 完全に寝落ちしてしまった暁に、俺は毛布を掛けた。

 さて、暁の分まで頑張るか・・・・・・

 寝息を立てる暁に頬を緩ませながら、職務を進めること数時間。

 午後3時を示す時計の音が鳴った。

 すると長月が3時のおやつであるクッキーと紅茶を持って、執務室に現れた。

 

「司令官、差し入れを持ってきたぞって・・・・・・なんだ、暁。ふふふ」

 

 長月もスヤスヤ眠る暁に対して、柔和な笑みを浮かべた。

 

「起こしてやるか?」

 

「いや、折角、気持ちよさそうに寝ているんだし、このままの方が・・・・・・」

 

 俺がそう言った時だった。

 

「ん・・・・・・いい匂い・・・・・・」

 

 暁が目を覚ました。

 

「おはよう、暁」

 

「ふえ・・・・・・あ、しれいかん・・・・・・」

 

「暁、涎が垂れてるぞ」

 

「え・・・・・・ああ・・・・・・」

 

 長月に指摘され、ようやく意識がしっかりしてきて自身の現状がを把握したのか、暁の顔が段々と赤くなっていく。

 

「司令官のばかばかばか! 寝てるの気づいたなら、何で起こしてくれないのよ!」

 

 ぽかぽか俺を叩く暁に心が和む。

 そこに慈母のような微笑みを湛えた長月が、湯気立ちのぼるマグカップを暁の使っている机に置く。

 

「暁。紅茶に砂糖は入れるか?」

 

「ば、馬鹿にしないで! レディーは大人にのんしゅがーなのよ!」

 

 ぷんすか怒って暁はふーふーしながら、熱々の紅茶に口を付けた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そのまま渋面を作って固まった暁に長月は苦笑しながら、持ってきた角砂糖を差し出した。

 

「長月、俺にも砂糖を貰えないか? やっぱり紅茶には砂糖とレモンだ」

 

「分かっているさ。ほら」

 

 俺が普通に紅茶へ砂糖を入れるのを確認すると、暁も何食わぬ顔で砂糖を入れて啜り始めた。

 

「美味しいか、暁?」

 

「うん! 美味しい!」

 

 元気よく答える暁の頭をなでなでする。くすぐったそうに彼女は笑った。

 ・・・・・・うん。 

 暁は秘書艦には向かないな。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

「うううう・・・・・・暁、頑張ったのに・・・・・・」

 

「暁ちゃんも、来たんだね・・・・・・」

 

「同志が増えて不知火も嬉しいわ」

 

「何て不毛なやりとりなんだろう・・・・・・」

 

 テーブルに突っ伏す暁を慰める五月雨と不知火に、呆れ声でそう言う皐月。

 ごめん暁。でもしょうがないんだ。

 君が秘書艦だと、俺が駄目になっちまうんだ。

 

「と、いうわけで谷風。あと少ししか無いが、秘書艦をやってくれないか?」

 

「ええ・・・・・・まぁ、しょうがないとはいえ、交代の回転が速いねぇ」

 

「もうちょっとで終わるからさ。頼むよ」

 

「そこまで言われちゃあ谷風さんも、断れないねえ。いっちょ、やってみっかぁ!」

 

 腕まくりをした谷風は元気よく啖呵を切った。

 まあ谷風は皐月よりは真面目だろうから、何とかなるだろう。

 そう軽く考えていた俺であったが・・・・・・

 

「おう提督。ここ間違ってんぞ」

 

「あ、本当だ。すまないな」

 

「こっちもあったぞ。直しといたからこれで大丈夫だぞ」

 

「おう、サンキューな」

 

 谷風は想像以上に秘書艦業務を上手くこなしていた。

 元々彼女は、何だかんだでしっかりしていて面倒見がいい子だ。

 案外、この仕事向いているのかも知れない。

 

「よし・・・・・・これで終わりだな」

 

「お疲れ様だねえ」

 

 サクサクと残っていた仕事も終わり、二人で一息つく。

 

「谷風、お前秘書艦向いてるな。びっくりしたよ」

 

「おっと、おだてても何も出ないぜぇ。へっへっへ」

 

 照れくさそうに鼻を擦る谷風の頭をガシガシと撫でる。 

 ふと時計を見るとまだ五時にもなっていなかった。

 

「なぁ、谷風。時間もあるしちょっとクイっとやるかい?」

 

 ふと魔が差した。

 俺は御猪口を口へ運ぶジェスチャーをする。

 

「おっいいねえ! じゃあ谷風さんは何かつまめるモノを持ってくるよ」

 

 谷風もそれに乗ってくる。

 

「よっしゃ、じゃあ落語でも見ながら一杯やるか!」

 

「合点でい! 勿論、酒は日本酒、肴はスルメと鮭とばだねぇ!」

 

 肩を並べて二つの杯に酒を注ぐ。

 

「いくぜ、かんぱーい!」

 

「おうよ、かんぱーい!」

 

 小気味良く二つの杯が重なり合う。

 夕食の前までちょっとだけ息抜きするとするか・・・・・・

 

「で、そのまま酒盛りしたと?」

 

「・・・・・・はい」

 

「二人で泥酔するまで痛飲し、寝落ちしたと?」

 

「・・・・・・はい」

 

 数時間後。

 鬼の形相を浮かべる長月の前で、俺と谷風は正座して陳謝していた。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「五月雨。この書類にサインしといてくれ」

 

「はい、かしこまりました」

 

「あとこっちの伝票の確認も頼む」

 

「はい・・・・・・あの、提督」

 

「ん、どうした?」

 

「えーと・・・・・・ど、どうして五月雨を秘書艦に戻したんですか?」

 

「どうしてって・・・・・・元々、少し休ませるだけっていっただろう?」

 

「そ、そうですけど・・・・・・提督は・・・・・・」

 

「なんだ?」

 

「提督は・・・・・・五月雨のような者が秘書艦でいいのですか? ドジですし、いつもお茶を零しちゃいますし」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「五月雨なんかより、もっと相応しい子がいると思いま・・・・・・ふぁっ」

 

 俺は五月雨のおでこをちょんと小突いた。

 

「あのな。自分をそんなに卑下するんじゃない。俺にとって秘書艦は五月雨が一番なの」

 

 友達に勧められてこのゲームを始めた時、初期艦として五月雨を選んだ。

 何故彼女を選んだのか。当時は自分でもよく分からなかった。ただなんとなくとしか、説明できなかった。

 だが今なら分かる。

 こっちの世界に来て、五月雨と直接出会った今なら。

 五月雨の可愛いところ。真面目なところ。ドジだけど頑張り屋さんなところ。

 彼女のいいところをいっぱい知っている。

 この鎮守府の艦娘は皆いい子だが、秘書艦として近くに置いておきたいのは、何だかんだいってもやっぱり五月雨なのだ。

 

「だから俺はこれからも秘書艦をお前に任せるぞ。わかったか?」

 

「うう・・・・・・かしこまりました。五月雨、これからも精一杯、頑張ります!」

 

 五月雨は滲み始めていた涙を拭うと、花のように笑って敬礼した。

 俺も微笑み返して、頭を撫でる。清流を思わせるような五月雨の蒼い髪は、相変わらずサラサラで気持ちよかった。

 

「さて、これで書類仕事も全部終わったし、あとはこれを本部に送るだけだ。下に行くか」

 

「ハイ! 五月雨もお供いたします!」

 

 二人で古い木製の廊下を歩いて行く。

 俺がふと五月雨の方を見ると、彼女もニコっと笑った。

 

「あ、あああああっ!」

 

 瞬間、五月雨は躓いて転んだ。

 顔を真っ赤にして涙目で立ち上がる彼女を見て、俺は五月雨らしいなぁと笑うのだった。



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スターライト・シャワー

七夕回です。
急に思いついて一気に書き上げました。


「七夕祭り?」

 

「はい。庭に笹と短冊を飾って、皆で天の川を眺めるんです」

 

 7月7日。夕方。

 俺が執務室で仕事をしていると、五月雨が麦茶を持ってきてくれた。冷蔵庫から出したばかりなのか、キンキンに冷えている。それを火照った体に勢いよく流し込むと、とても気持ちいいのだ。体にはあまりよくないだろうけど。

 流刑鎮守府は僻地中の僻地で、日本のようなはっきりとした四季の移り変わりがない。だが季節を体で感じてしまうのは日本人の性なのか、暦が7月になってから妙に蒸し暑く感じてしまうのだ。

 そんな感じで俺が麦茶を一気に飲み干した直後に、五月雨はそう言ったのだ。

 しかし俺は七夕という行事が存在することをすっかり忘れていた。社会人になってから、全く顧みることのなかったイベントだからな……

 

「七夕なんて子供の頃以来だよ。懐かしいな……短冊か……じゃあ皆願い事を書くのか?」

 

「はい! 皆で星にお願いします!」

 

 むふーっと鼻息荒く、五月雨は言った。女の子だし、やっぱりこういうイベントが好きなんだろうなぁ。

 

「そういえばいつも騒がしい皐月と谷風の姿が見えないけど、もしかしてそれが原因?」

 

「はい。二人とも中庭で明日の準備をしていますよ」

 

 普段の仕事は不真面目なくせにこういう時は真面目になる奴らだ。

 

「もう仕事も終わるし、二人で降りてみるか?」

 

 五月雨に何気なく言うと、彼女は花のように笑った。

 俺は残った書類を素早く片づけると、五月雨を伴って足早に中庭へと降りていく。

 心なしか五月雨の足取りは軽そうだった。

 

「あっ、司令官!」

 

 中庭に出ると俺たちの姿を見つけた暁が手を振ってきた。

 

「おう、暁。何をしてるんだ?」

 

「今ね! 皆で短冊に願い事を書いていたのよ」

 

 トテトテとこちらに駆け寄ってきた暁は、手に持った短冊を俺に見せながら元気よく言った。

 現在、中庭にはテーブルと椅子。さらにどこから持ってきたのかわからない、大きな笹が置かれていた。それらの端々には折り紙で作られた色とりどりの七夕飾りが、綺麗に飾り付けられている。

 

「へぇ、それはいい。ちょっと見てもいいかい?」

 

 俺がそう尋ねると暁は元気よく頷いて、桃色の短冊を差し出してきた。

 

「どれどれ……『早く一人前のレディーになれますように』」

 

 成る程、暁らしい願いだ。

 

「叶うといいな」

 

 暁に短冊を返して頭を撫でる。

 彼女はくすぐったそうに笑った。

 

「七夕に願いか。なんだか微笑ましいな」

 

 暁の可愛いお願いにほっこりしながら、笹の方に目をやる。よく見ると、既に幾つか短冊が吊るされていた。興味本位で手に取って、書いてある願いを読んでみる。

 

 ――ニンテ◯ドーSwitch欲しいな 皐月

 ――鬼平犯科帳全巻 谷風

 

「…………」

 

 チラリとこれを書いた二人の方を見ると、俺に向かって媚びるような視線を送ってきた。

 

「今度の出る夏のボーナスで買いなさい」

 

「ケチ!」

 

「男気がないねえ! 男気が!」

 

「あのな、七夕のお願いだぞ。そんな俗っぽい願いじゃなく、もっとロマンチックなやつ書けよ……ほら、ここに不知火の短冊がある。これには」

 

 ――司令官がお酒を辞めますように 不知火

 

「……」

 

 俺は無言で短冊を元あった場所に戻した。

 

「不知火の願いが叶うかどうかは、貴方次第ですよ」

 

 いつの間にか背後にいた不知火が、俺の肩をポンと叩いた。

 

「ぜ、善処するよ」

 

 不知火と目を合わせないようにしながら俺は答えた。

 

「そういえば、長月と五月雨の短冊が無いな」

 

 強引に話題を変える。また禁酒になんてなったりしたら不味いしな。

 

「五月雨はこれから書きますね」

 

 当の五月雨が短冊片手に言った。というと長月も後で書くのかな。

 

「しかし願い事はともかく、飾り付けは綺麗だな。これ、皆がやったのか」

 

 笹のあちこちに紙で作った星やぼんぼんが飾られていた。手作り感あふれる飾りであったが、それが逆に微笑ましい。

 

「へっへっへっ……谷風さんのお手製さ。どうだい? 上手なもんだろう?」

 

 得意げに鼻を擦りながら谷風は言った。

 

「意外に手先が器用なんだな。谷風」 

 

 そういえばよく変なコスプレしてたから、裁縫とかもしてたのかもしれないな。

 

「まあ、ほとんどが去年の使い回しだけどね~」

 

「おい皐月! それは言わないのが粋ってもんだろう!」

 

 皐月に内実を暴露され、谷風は顔を赤くして抗議する。

 まあ去年のがあるなら一から作るより、使い回した方が楽だよな。

 そんなことを考えていると中庭の端に段ボール箱を見つけた。

 なんだろうと興味が湧いたので、見に行ってみることにした。

 中身を見てみると何かが入っている。

 手に取ってみるとそれは紙で作られたお飾りだった。

 成程、これが去年の飾りか・・・・・・なんとなくそれらを見ていると奥から短冊が出てきた。

 これも去年のか。だがこういうもんって川に流したり、焼いたりして処分するんじゃなかったっけ。まあ、この鎮守府でそれらをするのは少々、骨が折れそうだが。

 そんな軽い思いで俺は去年の短冊を手に取った。

 

 ――私達の鎮守府に提督が着任しますように 五月雨

 

 思わず息を呑む。

 そのまま他の短冊にも目を通していく。

 

 ――司令官が早く来ますように 皐月

 ――提督着任 長月

 ――司令官がほしい 暁

 

 ・・・・・・そういえば長月が前に言っていた。

 この鎮守府には提督がずっといなかった。だから俺が着任して嬉しかったと。

 普段生意気言ってるあいつらも、去年はこんな風に提督が来るのを待っていたのだ。

 俺のようないい加減な男が着任して、皆はどう思ったのだろうか。

 自分で言うのも何だが、俺は世間一般でいうような提督像からかけ離れている。

 海の男としての豪胆さも、軍人としての優秀さもない。

 ただの30間近のおっさんである。

 そんな俺が何かの間違いでこの流刑鎮守府に来てしまった。

 もしかして皆はガッカリしてしまったのではないか――

 

「提督! 五月雨も書けました!」

 

 背中から五月雨の元気な声がぶつけられた。

 振り返ると、そこには短冊片手にあどけない笑みを浮かべる五月雨がいた。

 

「五月雨のお願い、どうですか?」

 

 彼女が指しだしてきた短冊には、五月雨らしい小さく柔らかみのある筆使いで、こう書かれていた。

 

 ――みんなが仲良く元気でいられますように 五月雨

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ふぁっ!? どうしました提督!?」

 

 俺は五月雨の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「いや、特に意味は無いぞ。ただ愛おしかっただけだ」

 

「いとおっ・・・・・・」

 

 五月雨の頬が朱色に染まる。

 さすがに子供みたいに頭を撫でたら恥ずかしかったのかもしれない。

 そうだ。

 俺は何を女々しい事を考えていたのだろう。

 彼女達に認められる提督になる。

 それだけでいいのだ。そのために頑張ればいいだけの話じゃないか。

 

「皆、素麺と天ぷらを持ってきたぞ・・・・・・どうした司令官? 五月雨と抱き合ったりなんかして」

 

 お盆にざる一杯の素麺と天ぷらを乗せた長月が首を傾げて言った。

 気が付くと辺りも暗くなり始めている。

 不知火が中庭を照らす外灯のスイッチを入れていた。

 

「いや、何でも無いぞ。旨そうだな」

 

「七夕だからな! 奮発したんだ」

 

 小さな胸を大きく張って、長月は料理をテーブルに並べていく。

 

「おお! 今日は豪勢だねぃ!」

 

「海老天! いか天! かしわ天!」

 

 谷風と皐月のコンビが早速、反応した。

 

「それに今日は酒もこれを持ってきたぞ」

 

 長月はそう言って琥珀色の液体が入った、大きな瓶を取り出した。

 

「これは・・・・・・梅酒か?」

 

「ああ。この季節の風物詩だ。いいだろう」

 

 そういえばそんな季節か。

 長月は梅酒を人数分の小さなグラスに注いでいく。

 こんな少量なら暁や五月雨も呑めそうだ。

 

「一年に一度の七夕だ。こういう行事は大切にしないとな」

 

「そうだ、な」

 

「では乾杯の音頭を。司令、お願いできますか」

 

 不知火がいつの間にか隣にいた。

 俺は梅酒の入ったグラスを手にとって天高く掲げた。

 皆もグラスを持って、同じように掲げていく。

 

「今日は七夕。天の川を見ながら皆で楽しもう。かんぱーい!」

 

『かんぱーい!』

 

 7つのグラスが重なった。

 一気にグラスの梅酒を呷る。

 どろりとした感触と共に、濃厚な甘さと梅の香りが口の中いっぱいに広がっていく。

 

「・・・・・・旨いな」

 

「そうだろうそうだろう」

 

 長月が嬉しそうに頷いた。

 

「暁、ピンクの麺!」

 

「じゃあボクは黄色の麺を確保!」

 

 珍しい色の素麺を囲い込む暁と皐月。

 

「やっぱり天ぷらには天つゆと大根おろしだねぇ」

 

「不知火は塩で頂くわ」

 

 谷風と不知火は仲良く天ぷらをつついている。

 

「星が見えてきましたね。綺麗・・・・・・」

 

 五月雨が空を見上げて感嘆を漏らした。

 確かに空の色は既に黒く染まり始め、点々と星が輝きだしていた。

 

「この島はよく星が見えるな」

 

「まぁド田舎だからな」

 

 長月が苦笑する。

 

「ちなみに長月は短冊に願いを書かないのか?」

 

「ああ、書いたぞ。ほれ」

 

 長月が渡してきた短冊には太い文字で『世界平和』と書かれていた。

 らしいといえばらしい願いだった。

 

「叶うといいな」

 

 心の底からそう思った。

 楽しそうに談笑する皆を見て、少しでも悩んでしまった俺が馬鹿らしくなってくる。

 これからも頑張っていこう。

 この流刑鎮守府の提督として、皆に認められる提督になるために。

 

「そういえば司令官はお願い書かないの?」

 

 皐月が素麺を頬張りながら尋ねてきた。

 

「そうだな・・・・・・」

 

 俺は短冊を手に取り、懐からペンを取り出した。

 五月雨のお願いと被ってしまうけど、俺の正直な願いを書こう。

 

 ――来年もまた、皆で天の川を見れますように



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夏の流刑鎮守府は忙しい

夏の海回です。

リアルで海に行けない鬱憤を爆発させました


 季節は夏真っ盛りを迎えていた。

 最もそれは暦上の話であり、ここ流刑鎮守府は季節などない。

 常春の国マリネラならぬ、常夏の鎮守府なのだ。

 だから夏の暑さなど、ここには存在しない・・・・・・存在しないはずなのだ。

 

「暑い……」

 

「暑いね……」

 

執務室の机に俺は汗まみれで突っ伏していた。その近くのソファーには同じく汗だらだの皐月が仰向けになって、ぐだっている。よほど暑いのか、制服や靴下も脱ぎ捨て、下着だけになっていた。

 

「皐月、お前なんて格好してんだ。せめて服は着ろ」

 

「今日は非番だからセーフ……ねぇ、まだクーラーは直らないのかな……」

 

「何せ古いからな、妖精さんががんばってくれているが……」

 

 そもそも事の始まりは我が流刑鎮守府のクーラーが壊れたことであった。元々、この鎮守府は全体的に老朽化が進んでおり、設備はみんな古いものばかりだ。それはクーラーも例外ではない。一応、業務用の物らしく一台でこの鎮守府全体を冷やしたり暖めたりできる優れものなのだが、いかんせん古いのでよく止まる。そして直そうにもあまりにも古すぎて俺たちでは手に終えないのだ。何度か本部に新調を掛け合ってみたが、こんな場末の鎮守府にそんな予算はないらしく悉く却下。妖精さんが直せるので、それでいいだろうとのことなのである。

 

「折角司令官の漫画借りに来たのにさ、暑くて読む気も無くなるよ……」

 

「汗で書類が腕にくっついてやがる。ちくしょう」

 

 暑くて意識が朦朧としてくる。軍服ってやつはどうしてこう通気性があるので悪いのか。

 

「ていとくーおちゃをおもちしまひたー」

 

 五月雨が執務室に入ってきた。その手にはアイスティー入りのグラスが乗ったお盆がある。

 どうやら暑さにやられているのか、呂律が上手く回っていない。顔も赤いし、視線も宙を彷徨っていた。

 

「おい大丈夫か五月雨。少し休め」

 

 俺は五月雨が持ってきたお盆を受けとると、そのまま彼女をソファーに座らせた。

 

「ほら、これでも飲んで……」

 

 そう言いながら俺は五月雨が持ってきたグラスを掴んだ。よく冷えていて気持ちいい。数は皐月の分も合わせて三つある。俺は一つを五月雨に差し出し、もう一つを自分の口元へ持っていきグイッと――

 

「ぶばっ!? なんじゃこりゃ!?」

 

 口に入れた瞬間、お茶とはかけ離れた凄まじい塩辛さが舌先を包んだ。咄嗟に吐き出して、臭いを嗅いでみる。これは・・・・・・

 

「め、めんつゆ・・・・・・」

 

 キンキンに冷えためんつゆだった。

 きっと冷蔵庫に入れていた麦茶あたりと間違えたのだろう。

 ドジな五月雨ならやりかねない。

 

「おい五月雨これ・・・・・・」

 

「あーおいしいですー」

 

「暑い日にはこれが一番だよね-」

 

 顔を赤くしながら冷えためんつゆを満面の笑みで啜る二人に俺は絶句する。

 これはヤバい。暑さで正気を失っている。

 

「二人とも大丈夫か!」

 

 パンパンと頬を叩いてみるが、二人はぼーっとしたままだ。

 俺は二人を担ぎ上げると、そのままダッシュで一階の入渠施設(お風呂)に向かう。 

 脱衣所を抜け、空の湯船に辿り着くと俺は二人に冷水シャワーをぶっかけた。

 

「ひゃわっ!? あ、提督。一体、なんですか?」

 

「ぷはっ! ふえ? ボク何してたの?」

 

 頭が冷えて正気を取り戻した二人はキョロキョロと周りを見渡した。どうやら大丈夫らしい。

 

「よかった。心配したぞ二人とも」

 

 ほっと一息つく。しかし安心したからかまた暑さがぶり返してきた。

 俺も冷水ぶっかぶろうかな・・・・・・

 

「提督ーっ!! ここにいるかーいっ!!」

 

 俺が朦朧とし始めた中で変なことを考えていると、後ろから谷風の元気な声が聞こえてきた。

 

「どうした谷風」

 

 俺が振り向くと谷風は汗まみれの顔でニヤリと笑って言った。

 

「海へ行こうぜ?」

 

「果てしない海へ?」

 

 俺がそう返すと谷風は親指をグッと立てる。

 

「こんな暑い日に仕事なんて野暮だろう? ここはぱーっと皆で海へ涼みに行こうよ!」

 

「それは・・・・・・いいかもな」

 

 確かにこの熱帯地獄でまともな思考なんて出来ないし、クーラーの修理が終わるまで海で休むのもいいかもしれない。

 仕事といってもぶっちゃけそんなに忙しくないし。

 

「谷風、鎮守府中に放送してくれ。今日は海に行くぞ! 提督命令だ!」

 

「合点! うーみよーおーれのうーみよ~」

 

 谷風は元気よく走り去っていった。

 

「では五月雨も海に行く準備をしてきますね」

 

「ボクもすぐに用意してくるよ!」

 

 海に行くと聞いてテンションが上がったのか五月雨と皐月も、元気よく走っていった。

 さて、俺も準備するか。確か水泳練習用の海パンがあったな。

 そんなことを考えながら、俺は大浴場を後にしたのだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 輝く太陽。白い砂浜。青い空に澄んだ海。

 まるでリゾート地のように美しい光景。ド田舎の流刑鎮守府の数少ない良いところだ。

 そこで俺はビーチパラソルと敷物を用意して、皆を待っていた。

 クーラーボックスにはキンキンに冷えたビールとジュース。夏の嗜みである。

 

「しれーかーん!」

 

 遠くから暁の元気な声が聞こえてきた。

 振り返ると暁を先頭に水着に着替えた流刑鎮守府の艦娘たちがいた。

 

「おう、皆揃ったか」

 

 よく知った顔の艦娘たちも、いつもと違う格好だからか新鮮に見える。

 皆、それぞれの個性が出ていて視覚的に楽しいな。

 

「じゃーん! どう司令官? レディーの水着は?」

 

 そう言って胸を張る暁だが着ている水着はオーソドックスなスクール水着だった。胸に縫い付けられた『きつかあ』の文字が微笑ましい。

 

「うんうん、よく似合っているぞ」

 

 幼児体型の暁にはぴったりだ。

 

「いきなり海とはビックリしたが・・・・・・たまにはこういうのも悪くないな」

 

 競泳水着を身につけた長月は、持ってきた荷物を降ろして言った。

 蒼い生地に白いラインの入ったシンプルなデザインは、引き締まった長月の身体によくフィットしている。

 

「ええ、暫く運動もしていなかったし・・・・・・谷風にしては良い提案ですね」

 

 長月に相槌を打つ不知火は桃色のビキニに白いホットパンツという活動的な水着姿であった。

 また純白のパーカーを羽織っているのが何だか大人っぽい。

 

「ひでぇな不知火! 仮にも妹艦である谷風さんにちょっと厳しすぎやないかい?」

 

 不知火の言葉にぶーたれる谷風はライトグリーンのビキニを身につけていた。

 さらに頭には水中ゴーグル、腕には浮き輪。自分から海に行こうと提案していただけあって、用意周到だ。

 

「よーし! 今日はめいいっぱい遊ぶぞー!」

 

 気合いを入れてそう叫ぶ皐月は黒いビキニを身に纏っていた。

 金色の髪と白い肌の皐月に黒色の水着は絶妙なコントラストになっていて、美しい。

 

「提督、お待たせして申し訳ありません。着替えに時間がかかってしまって・・・・・・」

 

 五月雨は水色のリボンが付いた白いビキニ姿だった。

 清楚なデザインが彼女によく合っている。

 

「いや大丈夫。これで皆揃ったな」

 

 元々美少女ばかりなだけあって、皆可愛らしいな。

 ここに一人でも巨乳の娘がいれば・・・・・・いや、贅沢は言うまい。

 

「皆、ちゃんと準備体操してから海へ入れよ。それと遠くに一人で行かないこと。いいな」

 

 俺がそう言うと皆は元気よく返事をして、浜から海へ散っていった。

 さてと俺も浜辺でゆっくりするか・・・・・・

 

「司令官! 折角海に来たんだから、一緒に泳ごうよ!」

 

 すると皐月が俺の腕を取って誘ってきた。

 

「い、いや俺は・・・・・・」

 

「いいですね。司令官は運動不足で肥満の気がありますので、一緒に身体を動かしましょう」

 

「そうそう! 水平線の終わりには~ぁぁぁ~虹の橋があるんだぜぃ」

 

 加えて不知火と谷風が俺の背中を押していく。

 うお、この陽炎型二人、こういう時だけガッチリと協力しやがって。

 

「なんか乗り気じゃないねぇ提督」

 

「泳ぐのはお嫌いですか、司令官?」

 

「あーもしかして司令官って泳げない?」

 

 ニヤニヤしながら皐月が尋ねた。

 なんか舐められたみたいで腹が立つな・・・・・・しかし。

 

「泳げないっていうか・・・・・・泳げたんだけど、今は分からないというか」

 

「へ?」

 

「いや、泳ぐなんて10数年ぶりなんだわ」

 

 最後に泳いだのは小学六年生の水泳授業以来である。

 その後進学した中学高校にプールは無く、夏休みでもインドア派だった俺は皆と泳ぎに行くより、集まってゲームする事が多いような友人ばっかりだった。

 気づけば全く泳がないまま、これまで生きてきたのだ。

 え、社会人になってから? そもそも休み自体が(以下略)。

 

「昔はちゃんと泳げたけど今は大丈夫かなぁ」

 

「一度泳げたらなら大丈夫でしょう」

 

「そうかなぁ・・・・・・」

 

 そう言いながらおっかなびっくりで海へと入っていく。冷たい海水が心地いい。

 

「少し浅いところで軽く流してみてはどうだ? 暫くそうしていれば勘も戻るだろう」

 

 長月もいつの間にか近くにきていて、そう助言してくれる。

 

「そうだな・・・・・・久々に身体を動かしてみるか」

 

 俺は意を決して、そのまま海面へとダイブした。うおっ・・・・・・意外に波が強い。それに思ったより身体が浮かない・・・・・・

 

「足だ! 足を動かせ!」

 

「手もしっかり動かして、もっと早く!」

 

 長月と不知火の怒声が飛ぶ中、俺は必死に手足をバタつかせていく。

 最初はかなりきつかったが、やがて昔の勘を思い出したのか、少しは泳げるようになった。

 

「おお、結構様になってるねぇ!」

 

「司令官! 泳げてる! 泳げてるよ!」

 

 一時間も経たないうちに俺は何とか人並みには泳げる状態に戻っていた。

 

「ぷはっ! 思ったよりも楽しいもんだな! 水泳ってのは!」

 

「おおう、言うようになったねぇ」

 

「だったらさ、ちょっと沖の方まで出てみない?」

 

 皐月がそう言って指を差した方向には水面からぴょこっと突き出た小さな岩礁があった。

 

「お、いいな。ちょっと頑張ってみるか」

 

「司令官、この長月も同行しよう」

 

「勿論、不知火も参ります」

 

「おお二人も来てくれるなら安心だな。よーし」

 

「あ、それだったら皆であそこまで競争しない? ビールでもかけてさ!」

 

「おっ! そいつはいいねぇ! 谷風さんも全力で乗っからぁ!」

 

「ビールといわれては俺も黙ってはいられないな」

 

 というわけで俺と皐月と谷風で競争することになった。

 長月と不知火はレースには参加しないが、一緒に付いてきてくれるらしい。

 ちなみに五月雨と暁は波打ち際でパチャパチャ遊んでいた。

 

「ではよーい・・・・・・」

 

 長月が手を天高く挙げて、

 

「スタートっ!」

 

 勢いよく振り下ろした。

 直後、皐月と谷風が勢いよく海へ突っ込んでいく。

 不味い! 出遅れた!

 俺も水面にダイブして必死に泳ぎ始める。が、相手は若い二人中々距離が縮まらない。

 クソ! 軽く引き受けた勝負だが、いざ始まると負けたくないと思ってしまう。

 俺は一気にペースを上げ巻き返しを図る・・・・・・

 

 ――ピギっ!

 

 瞬間、右足に電流が走った。

 筋肉が一気に硬くなって裏返ったような感覚と共に、激痛が襲ってきた。

 その痛みに思わず叫ぶと、口の中に海水が入ってくる。

 しょっぱい。苦しい。そうか息が・・・・・・

 

「司令官!」

 

 長月の叫び声が聞こえたところで、俺の意識は途絶えた。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「司令官! 起きて司令官! うぇぇぇぇぇぇんっ!」

 

「暁ちゃん落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから・・・・・・」

 

「とりあえず砂浜まで戻ってきたからひとまずは大丈夫だろうが・・・・・・」

 

 足をつって溺れた提督を長月が抱えて、陸まで泳いできたのだ。

 そのまま仰向けに砂浜に寝かせるも、意識はまだ戻っていない。 

 そんな提督を艦娘全員で囲んでいた。

 

「・・・・・・人工呼吸が必要かもな」

 

 長月が言った。

 呼吸が止まっているわけではなかったが、弱々しい吐息だったからだ。

 だが『人工呼吸』の単語を聞いて、周りの数人が何故か狼狽え始めた。

 

「だったらボクがやるよ! こんなことになったのはボクが競争しようなんて言い出したからだし」

 

「いや待てい。それなら海に行こうなんて言ったのは谷風さんだ。ここはこの谷風さんが責任持って・・・・・・」

 

「雑な貴方たち二人に任せられると思う? ここは不知火がやるわ」

 

「お前達、こんな時に何を争っている。全くもう・・・・・・」

 

「ちょっと長月! 何勝手にやろうとしてるのさ! まだ誰がやるか決めてないでしょ!」

 

「うるさいぞ皐月。時は一刻を争う。この長月に任せておけ」

 

「後生だぜ長月! ここは谷風さんに責任を取らせてくれぃ!」

 

「何が責任なのかしら。邪な考えが丸見えよ、谷風」

 

「なにぃ!? だったら不知火だって動機が不純じゃねえか!」

 

「不知火はただ司令官を早く助けたいだけよ。それ以外の理由なんて無いわ。さ、長月。そこを空けて頂戴」

 

「不知火とはいえここは譲れんな。司令官の命がかかっている」

 

「そう言って本当は司令官とちゅーしたいだけなんじゃないの?」

 

「なっ!? いい加減なことをいうな皐月!」

 

「怪しいなぁー下心がないんだったら、ボクに譲れるはずだよね?」

 

「そういう貴様こそスケベ心丸出しじゃないか!」

 

「す、スケベ!? 言っていいことと悪いことがあるんじゃない!?」

 

 グロッキーな提督を尻目に口論し合う四人であった。

 しかし。

 

「――がはっ!? ごほっ! ごほごほ・・・・・・うう、ここはどこだ・・・・・・」

 

 その提督は自然に息を吹き返した。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「司令官っ!」

 

「提督! よかった~!」

 

 暁と五月雨が飛びついてきた。

 

「うおっ・・・・・・いきなりなんだお前達・・・・・・ていうか足が痛い・・・・・・」

 

 泣きながら抱きつい乗りすいたのかも試練てくる二人の背中を撫でながら、俺はようやく意識をしっかりとさせ始めた。

 確か海で泳いでて突然、足がつって・・・・・・それで溺れたのか・・・・・・

 運動不足だったからかな・・・・・・調子に乗りすぎたのかもしれん。

 

「ごめん、皆。心配をかけた」

 

 そう言って頭を下げると暁と五月雨は泣きじゃくりながら、顔を俺の身体に埋めてきた。

 こんなに心配させるんて。猛省しなくては。

 

「長月に皐月。それに谷風と不知火もゴメン、そしてありあとうな。四人がここまで俺を運んでくれたんだろう?」

 

 俺は少し離れた所にいた四人にも頭を下げた。

 

「・・・・・・うん。よかった。よかったよ、司令官が無事で」

 

「すまねえ提督。谷風さんはぁ今、あんたに合わせる顔がねえ・・・・・・」

 

「全て不知火の落ち度です・・・・・・本当に・・・・・・本当に・・・・・・」

 

「長月はとんだ俗物だったようだ。司令官、本当に申し訳ない・・・・・・」

 

 下を向いて何やらブツブツ言っている四人を訝しながらも、俺は無理な運動はしないようにしようと心に決めたのだった。



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渚の女王様

前回の続きです


 太陽も空の天辺に昇る時間になっていた。

 海で溺れてしまった俺は、ビーチパラソルの下で大人しく休んでいた。

 その横では暁が砂遊びに興じている。

 

「見ていて司令官! 司令官が退屈しないように暁が大っきなお城を作ってあげる!」

 

「おう楽しみにしてるぞ」

 

 俺がそう言うと暁は嬉しそうに築城を続けていく。

 さっきまでは五月雨もいたのだが、昼ご飯の準備をするからと長月と共に行ってしまった。

 バーベキューをするらしいから楽しみだ。

 

「お前達も海で遊んできていいぞ。ここじゃ退屈だろう」

 

 俺は近くで腰を降ろしていた皐月と谷風に言った。

 

「だって・・・・・・司令官いないとつまんないし」

 

「それに提督が足をつったのは谷風さんたちのせいだしねぇ」

 

「別に気を使わなくていいって」

 

 ちなみに不知火はバーベキューに使うお魚を釣りにいきました。

 

「そうだ! ボク達も砂遊びしようよ!」

 

 皐月が急に立ち上がってそう言った。

 

「え、皐月も一緒にお城作る?」

 

 暁が顔を上げて言った。

 

「ううん、もっと面白いものだよ。ねえ司令官」

 

「な、なんだ?」

 

「すっかく砂浜にいるんだし。『アレ』、やってみたくない?」

 

「アレ?」

 

「ほら、よくあるじゃん。砂に身体を埋めて、顔だけ出すやつ」

 

「ああ・・・・・・確かに漫画とかでよく見るな」

 

「それをやってみようってことだよ」

 

「確かに面白そうだな・・・・・・で、誰が埋まるんだ?」

 

 無言で皐月は俺を指差した。

 まあ、そうなるか。

 でも動かなくていいから楽かもしれないな。

 そんな風にぼんやり考えていると、皐月と谷風が穴を掘り出した。

 暫くして人一人が埋まるくらいの深さの穴が出来上がる。

 

「ささ、ここに入って! 司令官!」

 

「特等席だぜぃ」

 

 二人のニヤニヤした顔が不安ではあるが、折角掘ってくれたんだし入ってみるか。

 穴に横になり、頭だけ出したような格好になった。

 そこに皐月と谷風が砂をかけていく。ひんやりしていて結構気持ちいい。

 やがてこんもりと俺の身体に土が盛られ、よくある砂盛が完成した。

 

「完成ーっ! どう、司令官?」

 

「おおう、本当に重いなコレ。動けん・・・・・・」

 

「九州の砂風呂みたいだねえ」

 

「司令官の上にもお城建てちゃうのもアリね!」

 

 暁もこちらに寄ってきた。

 

「いや出るときに崩すからやめておきなさい」

 

「そうそう! それよりも暁、もっと面白い遊びがあるのだよ」

 

「面白い遊び?」

 

 首を傾げる暁に皐月は意味深な笑みを浮かべると、そのまま俺が埋まった土の側面に腰を降ろした。

 

「な、何をする気だ?」

 

 何だか不穏な空気を感じた俺は皐月にそう尋ねた。

 だが彼女はニタニタ笑うだけで俺の問いに答えようとしない。

 これはもしかして不味い。

 そう感じた瞬間だった。

 皐月は砂の山の中に腕をズブリと差し込んだ。

 

「な、何してんだお前・・・・・・ひっ!?」

 

 突然、腹部に妙な刺激が走った。

 

「さあ? 一体何をしてるんだろうね? こちょこちょ」

 

 すっとぼけたように皐月は言うと、指を俺の腹に這わせていく。

 

「お、お前・・・・・・ひうっ!!」

 

「提督~油断は禁物だぜぇ」

 

 反対側から谷風が同じように腕を突っ込んで、くすぐってきた。

 抵抗しようにも体が土に埋まって動けないため、抵抗すら出来ない。

 

「司令官、お腹に贅肉がついてるぞ。痩せないと駄目だよ?」

 

「円を描くようにして・・・・・・うりうり」

 

「ぐうううううっ・・・・・・おまえらぁ・・・・・・」

 

 二人にくすぐられるも全く抵抗が出来ない。

 せめて笑わないように我慢するだけだ。

 その時であった。

 

「ぐふっ!」

 

 新たな刺激が下腹部に加わったのだ。

 見れば顔を赤くした暁が、皐月たちと同じように俺のお腹をくすぐっていた。

 

「あ、暁・・・・・・」

 

 俺の呼びかけに暁はこちらに視線を向けたが、すぐに逸らしてくすぐりを続行する。

 

「そ、そんな暁・・・・・・お前までも・・・・・・」

 

 暁は視線を決して合わせずに真っ赤な顔で俺の腹をつんつんしてきた。

 

「ほーら司令官。気持ちいい~?」

 

「ぐ・・・・・・くく・・・・・・」

 

「思いっきり笑っても構わないよっ! それが粋ってもんさ!」

 

「だ。だれが・・・・・・」

 

「しれいかんのおなか・・・・・・えへへ」

 

 三人に体を好き勝手弄ばれるという屈辱。体が埋められている分、黙って耐えるしかないのがより辛い。

 

「くそ・・・・・・覚えていろよお前達・・・・・・」

 

「そんな状態で凄まれても怖くないねぇ」

 

「しれいかんのふっきん・・・・・・ふっきん・・・・・・」

 

「ほれほれ、ここか? ここがええのんか?」

 

 駄目だ・・・・・・もう限界だ・・・・・・そんな時だった。

 

「・・・・・・随分と楽しそうですね」

 

 不知火の冷たい声が聞こえたのは。

 俺を責めていた三人の動きが完全に止まる。

 見ると釣り竿片手の不知火が、絶対零度の眼光で俺たちを見下ろしていた。

 小さいクーラーボックスの中にはさっき釣ったのであろう魚が入っている。

 

「し、不知火・・・・・・」

 

 正直、目がめっちゃ怖いけど俺にとっては救いの女神だ。

 

「コレはどういうことですか、皐月」

 

「え、えーとね・・・・・・コレは」

 

「動けない司令官に無礼を働いているようにしか見えないのですが・・・・・・説明して下さい、谷風」

 

「ちょ・・・・・・ちょっと・・・・・・」

 

 不知火は普段、俺には敬語だが仲間内では結構砕けた言葉使いである事が多い。

 それなのに今は丁寧語。

 背中がぞくりとする怖さを醸し出している。

 

「暁・・・・・・教えてくれないかしら?」

 

「ひっ・・・・・・」

 

 さっきまで赤かった暁の顔が真っ青になった瞬間だった。

 

「にげろっ!」

 

「退散!」

 

 皐月と谷風が一目散に駆け出した。

 だが不知火も瞬時に荷物を砂浜において、後を追っていく。

 そのあまりのスピードに三人の姿は遠くへ消えてしまった。

 

「・・・・・・暁」

 

「ふえっ!? な、何、司令官・・・・・・」

 

「出してくれたら・・・・・・俺は何も言わないよ」

 

 暁は無言で土を掘り起こして、俺を外に出してくれた。

 遠くから皐月と谷風の断末魔が聞こえてきた気がするが、俺は無視した。

 すると今度は五月雨が水着にエプロンという姿でこちらにやって来た。

 

「提督ー、ご飯の準備が出来ましたよー・・・・・・ってあれ? 皐月ちゃんと谷風ちゃんは?」

 

「二人はな、海に・・・・・・そう、母なる海へと帰っていったんだよ」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 熱々の鉄板には刻んだ野菜やお肉、不知火が釣ってきた魚が並んでいた。

 じゅううじゅうとそれらが焼ける音と香ばしい臭いが鼻孔をつき、食欲が刺激されていく。

 

「不知火ちゃんが採ってきた魚美味しいです!」

 

 五月雨が塩焼きを頬張って言った。

 

「長月が焼いたお肉も美味ね」

 

 当の不知火は肉を美味しそうに咀嚼していた。

 

「いやー外で食うバーベキューとビールは最高だな!」

 

「司令官、あまり昼から飲み過ぎるなよ」

 

 長月が苦笑しながら言った。

 

「分かってる分かってる。ほら、五月雨食え食え」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 俺が五月雨の皿に焼けた肉やら野菜やらを入れていく。

 いっぱい食べて欲しいしな。

 

「たまにはこういうのもいいな」

 

 ポソリとそんな言葉が漏れた。

 今までは海なんてほとんど来たことは無かったが、こんなに楽しいモノとは思わなかった。

 まあ鎮守府のメンバーと来ているのか一番の理由だと思うけど。

 

「また皆で来るか」

 

 心から俺はそう思い、ビールを流し込むのであった。

 

 ちなみに皐月と谷風は海に立てられた丸太に括り付けられている所を、夕方になって保護された。

 



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七人目の艦娘《ヒーロー》

今回、流刑鎮守府に新メンバーが登場します。

もし新しい艦娘を出すなら17話と決めていました。

何故なら『恐竜戦隊ジュウレンジャー』でドラゴンレンジャーことブライ兄さんが登場するのが17話なんですよ! 

というわけでお願いします。


 我が流刑鎮守府は駆逐艦しかいない。

 まあこんなド田舎の鎮守府に戦艦や空母がいてもやることはないのだが、それでも俺は戦艦や空母が欲しかったのだ。

 理由は無論・・・・・・おっぱい! 

 俺は駆逐艦は嫌いじゃない。嫌いじゃないが俺の望むものを持っていない駆逐艦の方が多いのだ。

 俺が望むモノ、それはおっぱいである。

 勿論、駆逐艦の中にもおっぱいが大きい子だっている。

 だがそれも駆逐艦の中は少数・・・・・・駆逐艦は基本ちっぱいなのだ。

 俺は提督になったらおっぱいの大きい艦娘達とキャッキャウフフするのが夢だった。

 しかし念願の提督になった俺を待っていたのは、駆逐艦のみのド田舎鎮守府。

 僕が来たかったのは、こんな鎮守府じゃない!!

 といっても来てしまったのだから仕方ない。

 俺は粛々と提督業務をこなしてきた。

 だが俺は諦めていなかった。

 巨乳艦娘とキャッキャウフフする日々を。

 初めてこの鎮守府に来た日、俺は皆に色々案内される中で一つの施設に目を付けた。

 工廠である。

 最も、こんな僻地の鎮守府であるため工廠というよりも、小さな鍛冶場といった感じなのだが、その奥にそれはあった。

 建造ドック。

 ゲームでは新しい艦娘を文字通り建造する場所でもあった。

 それがこの鎮守府にもあったのだ。

 何でもこの世界には元々、艦娘の適性があって、修行して艦娘になるケースと、妖精さんによって建造ドックから生まれる艦娘。そして深海棲艦を撃沈したときに生まれてくる艦娘といった3種類の艦娘がいるらしい。

 ちなみに流刑鎮守府の皆は、適性があって集められたらしい。

 建造ドックはゲームと違って艦娘の誕生に失敗することもあるから、資源のことを考えて使わない提督も多いらしい。

 さらにここの建造ドックはずっと使っていなかったためか、周りは雑草まみれで、本体には苔まで生えている。

 まあ当たり前だろう。

 こんな場末の鎮守府で建造したって、仕方ないしな。

 だが俺は違う!

 どうしても巨乳艦娘を手に入れるという野望の元、密かに資源を貯めていたのだ。

 こっそり少しずつ、資源を節約してようやく戦艦レシピが回せる位の量を貯める所までいった。

 何せリアルだと普通に生活するだけで資源がかなり減っていくからな・・・・・・辛い日々だった。

 だがそれももうじき終わる!

 妖精さんに頼んで、建造ドックは完璧に直している。

 後はここに戦艦レシピ通りの資源を入れて、稼働させるだけだ。

 

「ふふふ・・・・・・妖精さん、最終調整は頼むよ」

 

 建造ドックの側にいる整備担当の妖精さんにそう言って、駄菓子を渡す。

 妖精さんは快く快諾すると、わちゃわちゃと作業に入った。

 明日には完全に直り、いよいよ新しい仲間・・・・・・それもおっぱい艦がくるのだ。

 何せ戦艦レシピは失敗しても出てくるのは軽巡重巡。今、流刑鎮守にいる娘たちよりはおっぱいが大きい娘が出てくるはずだ。

 

「明日・・・・・・世界が変わるな!」

 

「何が変わるんですか?」

 

「うおっ!?」

 

 急に五月雨が現れた。

 

「さ、五月雨。いつからそこに?」

 

「先程、提督のお姿をお見かけしましたので、着いて来ちゃいました」

 

「そ、そうか」

 

 俺は平静を装いながらそう言った。

 何故か皆に俺が戦艦レシピを回すことが知れたら、いけない気がする。

 そんな気が、する。

 

「あれ、提督。ここで何を・・・・・・」

 

「い、いや。工廠の状況を視察しに来たんだよ。さ、戻ろうか」

 

 出来るだけ手早く、その場を去る。

 俺は五月雨の肩を抱いて、足早に工廠から離れるのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・っていう事があったんです」

 

「へえ、珍しいね。司令官が工廠なんかにね」

 

 夜の流刑鎮守府。その駆逐艦達の寝室。

 三段ベッドに各々が寝転びながら、少女達が談笑していた。

 

「確かに珍しいな。工廠にいく用事など、司令官にはないだろうに」

 

「谷風さん達ですらあんまり使わないからねえ」

 

 艤装の修理や装備の開発が工廠で主に行う事柄ではあるが、流刑鎮守府にはそもそも敵である深海棲艦が滅多に出ないため、工廠も開店休業状態なのだ。

 

「新しい装備を作るのかしら? でも暁達じゃなく司令官が作るのも変ね」

 

「・・・・・・怪しいわ」

 

 険しい顔で不知火がそう呟くと、皆黙り込んでしまう。

 

「調べてみる?」

 

 皐月が言った。

 

「まあこのままモヤモヤするよりかぁ、マシだねぇ」

 

 谷風が相づちを打つ。

 

「でもどうやって調べるの?」

 

「あ、それならいい方法があります」

 

 首を傾げる暁に五月雨が手を挙げて答えた。

 

「五月雨の仲良しの妖精さんにこのことを調べて貰おうと思います。提督も他の妖精さんとお話してたみたいなので」

 

 五月雨がそう言うと、彼女の肩から妖精さんが一人、ひょっこりと現れた。

 

「成程。それが一番確かかな」

 

「五月雨は本当に妖精さんと仲がいいわね」

 

「えへへ・・・・・・お願いします、妖精さん」

 

 照れたように笑うと、五月雨は妖精さんに優しく言った。

 妖精さんは任せろ、と言わんばかりに胸を叩くとそのまま五月雨の肩からスルスルと降りて、どこかへと走り去っていった。

 

「しかし、何だ。折角六人皆集まっても、結局は司令官の話になるんだな」

 

 長月が苦笑しながら言った。

 

「まあ、いつも何か変なことしてるからね。見ててカワイイ人だと思うよ」

 

「確かに面白い人ね。色んな意味で」

 

 皐月と不知火がうんうんと頷く。

 

「司令官はおバカさんだから、暁達がちゃんと見守ってあげないとね!」

 

「オイオイ、それを暁が言うかよ。泣き虫だった暁さんも偉くなったもんだねぇ」

 

「な、何よ! どういう意味よ谷風!」

 

「まあまあ・・・・・・暁ちゃんも谷風ちゃんも落ち着いて」

 

 谷風が暁をからかい、五月雨がそれを抑えた。

 六人の艦娘は何だかんだ言って付き合いが長い。

 この流刑鎮守府で二年以上も同じメンバーで過ごしてきたのだ。

 愛着も湧くし、結束力も固い。

 流刑鎮守府自慢の艦隊なのだ。

 

 暫くして五月雨が出した妖精さんが帰ってきた。

 

「・・・・・・えっと提督は新しく工廠で艦娘を建造するそうです」

 

「え? 何で? もうこれ以上はいらないでしょ?」

 

「本部からの命令かもしれんぞ」

 

「あ、あと提督は戦艦を造ろうとしているみたいです」

 

「戦艦? この小さな鎮守府で戦艦なんていても活躍することなんて・・・・・・あっ・・・・・・」

 

 皐月は何かを察したようだった。

 さらに不知火と谷風、長月も気が付いたようだった。

 

「・・・・・・さてと、じゃあ早速司令官をお仕置きしに行こうか」

 

「拷問なら時代劇で見てるから谷風さんに任せておきねぇ」

 

「慌てずに。まずは手錠と目隠しを不知火が・・・・・・」

 

「待て待て待て。落ち着けお前達」

 

 勇んで提督の元へ行こうとする三人を長月が止めた。

 

「え、どうしたの皆?」

 

「戦艦の人が来たら、楽しそうですね-」

 

 理解出来ていない暁とのほほんと言う五月雨。

 長月は頭を抱えて言った。

 

「毎回そうやって力に訴えるから司令官も新しい艦娘を欲したのかもしれん。ここは穏便に済ました方がいいだろう」

 

「えーでも、それで本当に戦艦が生まれてきたら、どうするの?」

 

「・・・・・・不知火達じゃ勝ち目はないわ」

 

「やっぱりどうにかして阻止しねぇと・・・・・・」

 

「ふむ、私も正直良い気持ちはしないしな・・・・・・ここは一つ穏便に」

 

 六人の作戦会議は深夜まで及んだ。

 そして夜が明けた。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・なぁ、五月雨」

 

「はい、なんですか提督?」

 

 俺の問いかけに五月雨が笑顔で答えた。心なしかいつも以上にニコニコしている気がする。

 しかしそんなことは些細な問題だ。

 

「何か今日、人口密度高くない?」

 

「え、そうですか?」

 

 そう首を傾げる五月雨だが、どう考えても人が多い。

 

「気にしすぎなんじゃないの、司令官?」

 

「そうだぜ。気のせいだって。気のせい」

 

 そう言ってソファーで将棋をしてるのは皐月と谷風。

 

「考え過ぎよ、司令官。ね、不知火」

 

「ええ。不知火もそう愚考します」

 

 俺のベッドに転がって少女漫画雑誌を読む暁に、何故か壁際に立ってじっとこちらを見ている不知火。

 明らかに人、いや艦娘が多い。

 長月以外の全員が執務室に集まっているのだ。いつもなら秘書艦である五月雨以外に一人か二人いるぐらいなのに。

 しかし、こんな状態じゃこっそり工廠にはいけないな。

 だができるだけ早くしないとな。資源をこっそり隠して溜めてるなんて、艦娘にバレたら事だからな。

 俺はそう考えて、とりあえずいつも通り過ごした。

 

 そして夜。

 食卓には長月が作ってくれた夕食が用意してあった。

 刺身。枝豆。肉じゃが。唐揚げ・・・・・・

 

「ど、どうしたんだ長月? 今日は何かの記念日か?」

 

 俺の好物達がこれでもかと並べられている食卓を見ながら、そう尋ねた。

 

「いや。だがいつも頑張ってくれている司令官にこれくらいの事はしてやらないとな」

 

「長月お前・・・・・・」

 

 いかん、目頭が熱くなってしまう。

 

「ささ、提督! 座って座って!」

 

 谷風が椅子を引いてくれたので、俺は素直に座った。

 

「司令官。グラスです。不知火が冷やしておきました」

 

「ビールもお待ちどう様!」

 

 さらに不知火が冷えたグラスを。皐月が冷えた瓶ビールを持ってきてくれる。

 

「暁が注いであげる!」

 

 暁がお酌までしてくれる。

 何だ、今日は!? 誕生日か!? いたせりつくせりじゃないか・・・・・・

 

「では皆で乾杯しましょうか」

 

 五月雨がグラスを掲げると皆も後に従って、グラスを重ねた。

 

「ささ、司令! ぐいっと一杯!」

 

 谷風に言われ俺は一気にビールを呷った。

 旨い。いつも呑んでいるビールだが、こんなに美味しく感じるのは、きっと皆のおかげだろう。

 

「勢いがいいねえ、司令官! じゃあ次はボクの番だね!」

 

 今度は皐月が注いでくれる。

 

「さ、一緒に乾杯!」

 

「おう乾杯!」

 

 皐月をグラスを重ね合わせ、一気にビールを流し込んでいく。のどごしが最高だぜ。

 

「よろしければ不知火のビールお受け取りもお受け取り下さい」

 

「お、不知火は珍しいな。折角だし貰おうかな」

 

 皆が代わる代わる酒を注いでくれるから、お酒がどんどん進んでいく。

 しかし本当に今日はどうしたのだろう。いつもは俺の酒を窘める不知火ですら、今日は優しい。

 何か喉の奥に引っかかるモノを感じながらも、俺は美酒と長月の手料理に舌鼓を打った。

 そのまま数杯ほど空けた時だった。

 

「ねえ、司令官? 今日のボク達のおもてなし、どうかな?」

 

 皐月がそう聞いてきた。

 

「おう。嬉しいよ。ありがとうな」

 

「本当? 嬉しいな」

 

 俺が本心から答えると、皐月ははにかんで言った。

 

「皆で司令官のために、用意したのよ?」

 

「ああ、ありがとうな暁」

 

 彼女の頭を優しく撫でる。暁は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「私達、六人だけだが、これでも司令官に忠誠を誓う艦娘だ」

 

 長月がそう言うと皆がうんうんと頷く。妙に皆、ノリがいいな・・・・・・

 

「それを分かって欲しかったんだ」

 

「長月・・・・・・」

 

 何だかじーんときた。

 皆がこんなにも俺の事を思っててくれたなんて・・・・・・ちきしょう、目に涙が滲んでくらぁ。

 

「そうだな。皆、ありがとうな・・・・・・」

 

「谷風さん達、六人。捨てたもんじゃないだろう?」

 

「ああ、そうだな」

 

「これからも我ら六人と司令官。この七人で流刑鎮守府を守っていきましょう」

 

 谷風と不知火がそう言って、肩を叩いた。しかし今日は妙に数を強調するなぁ。

 

「暁達、六人。皆、司令官のために戦うわ!」

 

「ボク達だけでもうこの流刑鎮守府艦隊は完成されてるからね!」

 

 暁と皐月もそれに続けた。

 何だろう。この違和感は。嬉しいこと何だけど、何だろうこのモヤモヤは。

 そんなことを考えながら酒を飲んでいると五月雨が側に来て、おかわりを注いでくれて、言った。

 

「そうですよ提督! 五月雨達がいれば流刑鎮守府は大丈夫です! 戦艦さんなんて必要ありませんよ!」

 

 ・・・・・・戦艦?

 五月雨の言葉に引っかかる。 

 何故、戦艦? 五月雨達は駆逐艦なのにどうして戦艦なんて・・・・・・

 

「馬鹿っ、五月雨! 戦艦なんて言っちゃ駄目だよ!」

 

「はわわっ!? 五月雨、またドジをしてしまいました・・・・・・」

 

 五月雨が何故か皐月に小突かれている。しかしなんで戦艦なんて・・・・・・あっ・・・・・・

 

「すまん、皆。ちょっとトイレに行ってくるわ」

 

 俺は素早く席を立った。

 

「大丈夫、司令官! ボクも付いていくよ!」

 

「酔った千鳥足じゃあ危ないからね! 谷風さんも付きそうぜぃ」

 

 両脇を皐月と谷風がガッチリと固めてきた。

 成程成程。そういうことか。

 何で今日、皆が不自然な位優しいか。全て分かった。

 どうやら俺が秘密裏に戦艦を建造しようとしていることに気が付いたらしい。

 理由は分からないが、それをどうにかして阻止する気なのだろう。

 だが俺とてこのために資源をこっそり貯めてきたのだ。今更、逃げられない。

 

「ちょっと長くなるぜ」

 

「かまわないよ」

 

「待ってるぜぃ」

 

 俺はトイレには行って鍵を閉めた。どうやら二人は扉の前で待っているらしい。

 さて、ここは一階。俺はトイレの窓からこっそりと外へ脱出する。

 息を殺し、静かに庭の中を進んでいく。このまま工廠に行き、さっさと戦艦レシピを回してしまうのだ。

 工廠はここから反対側にある。出来るだけ迂回しながら、バレないように足早で移動する。

 そうやって、建物の角までやって来た時だった。

 

 ――ガランガランガラン!!

 

 突然、甲高い金属音が鳴り響いた。

 慌てて下を見ると、俺の足に糸が引っかかっており、その先には空き缶が数本ぶら下がっていた。

 鳴子の罠だ。そう気が付いたときに、遠くから『逃げたぞ!』『急いで!』といった声が聞こえてきた。

 

「クソ! ばれたか!」

 

 こうなっては急がなくてはいけない。俺は一気に駆け出して、工廠のある方向へ突っ走っていく。

 しかしまさかこんな罠を張っていたとは・・・・・・そう唇を噛んだと同時に、廊下の窓が開いて、二つ影が飛び出してきた。

 

「司令官! どこに行く気?!」

 

「いきなり谷風さん達を置いて逃げ出すたぁ、一体どういうつもりだい?」

 

 皐月と谷風だった。

 やはり艦娘だけあって速いな・・・・・・

 

「いやあ、バレちゃったか。実はトイレからこっそり出て、二人を驚かせようと思ってな・・・・・・」

 

「見苦しい嘘を聞く気はないぜ、提督」

 

 谷風がピシャリと言った。

 

「提督が何処で何をしようとしているかなんて、谷風さんにはお見通しさ! さぁ、白状しな! お天道様の目はごまかせても、谷風さんの目はごまかせないよ!」

 

 時代劇のような芝居がかった台詞回しで、谷風は俺に迫る。

 

「く・・・・・・バレてしまっては仕方ない! ならば、行くだけよ!」

 

 俺は二人の合間を抜くように俺は突っ込んでいった。

 

「ちくしょうっ! ボク達の『みんなで司令官をもてなして、やっぱこの六人がいいな・・・・・・』作戦が!」

 

「もっと作戦名捻れよ! まんまじゃないか!」

 

「ええい、みっともねえ! いい加減、観念しな!」

 

 二人が俺を抑えにかかる。

 だがアルコールでビートした俺の体はいつもよりも軽い。

 俺は二人にぶつかり、そのまま合間をすり抜け、一気に工廠を向かっていく。

 後ろから二人の怒声が聞こえてくるが無視して、ひたすら足を進める。

 ようやく工廠が見えてきた時だった。

 

「司令官! ここは通さないわ!」

 

「提督といえど、これ以上は許しません!」

 

 暁と五月雨が飛び出しできた。

 両手を伸ばして通せんぼしてくる様子は微笑ましいが、今はそれどころじゃない。

 それに食堂にいたこの二人がいるということは・・・・・・

 

「長月と不知火は先か! おのれ!」

 

 この二人を囮にして工廠へ向かったか。

 ならば早くここを切り抜けなくては。

 

「気をつけっ!!」

 

「えっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 俺のかけ声に二人は驚くべき素直さで、両手を腰にピタリと当てて直立した。

 暁も五月雨も真面目だからなぁ。そんな二人の間をすり抜けていく。

 俺の予想通り、工廠の奥。建造ドックのすぐそばに不知火と長月がいた。

 

「来たな司令官」

 

「残念です。あのままお酒に酔って頂ければ、よかったのですが」

 

 二人は俺の姿を見ると俺から建造ドックを守るように立ちはだかった。

 

「二人とも、どいてくれないか」

 

「駄目だ。司令官。あんたはここで何を一体、何をする気だ?」

 

「この鎮守府の戦力増強のために、新しい艦娘を建造する。それだけさ」

 

「駄目です。必要ありません。資源の無駄です」

 

「もし何かあった時のためだ! それに折角、建造ドックがあるのに使わないのはもったいないだろう!」

 

「だとしてもこの零細の駐屯地に戦艦や空母などは必要ないだろう」

 

「司令官。これ以上抵抗するようなら、不知火も強硬手段に出させて貰いますよ」

 

 二人がじりっ・・・・・・と迫る。

 く、さすがにこの二人は分が悪い。

 それにまもなく後ろの暁と五月雨が。さらに皐月と谷風もここまでやってくるだろう。

 さらにはここで建造が出来なければ、恐らくこれ以降皆に警戒され戦艦レシピを回せることは永遠に無いだろう。

 ここが最後のチャンスなのだ。

 ならば行くしかない。

 

「うおぉぉぉぉっ!! 一か八かだっ!」

 

 俺は一気に二人へと突っ込む・・・・・・と見せかけて、直前に右へ大きく逸れた。

 このまま一気に回り込んで・・・・・・

 

「えい」

 

「ぶぼっ!」

 

 不知火の一撃が腹に決まり、俺は崩れ落ちた。

 まあ、身体能力じゃあ艦娘には勝てないから仕方ない。

 

「全く、手こずらせて・・・・・・」

 

「お仕置きですよ、司令官」

 

 蹲った俺を不知火と長月が取り囲む。

 そこに暁と五月雨もやって来た。

 

「もう、司令官たら! 暁達を置いていくなんて!」

 

「ようやく追いつきましたぁ」

 

 ほっと胸をなで下ろす二人。

 ふっふっふ。皆、俺を捕らえて油断しているな。

 

「今だ、妖精さん! 回せーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 俺は力一杯叫んだ。

 すると建造ドックの裏にいた妖精さん達がワラワラ出てきた。

 俺が買収した妖精さん達だ。

 万が一のためにレシピの数の資材は既に用意し、後とは入れて動かすだけなのだ。さらに高速建造材も用意してある。

 いつでも建造可能な状態なのだ。 

 

「しまった! 止めろ!」

 

 長月の怒声が飛び、不知火が動く。だが、遅い。

 俺を囲むために建造ドックから離れたのが仇となったな!

 

「はははははは! 俺の勝ちだ! カモン、新艦娘! ウェルカム、巨乳艦!」

 

 俺が勝利を確信した瞬間、風を切る音と共に建造ドックに衝撃が走った。

 

「まだだ、まだ終われないよ!」

 

「撃つべし、撃つべし!」

 

 なんと皐月と谷風が、建造ドックに主砲を発射したのだ。

 どうやら実弾では無く、練習で使う模擬弾のようだが、それでも勢いはある。

 妖精さん達はビックリしたのか、蜘蛛の子を散らすようにそこから逃げていく。

 すると建造ドックから黒い煙が出始め、異様な音が出始めたのだ。

 

「な、何が起こっているんだ・・・・・・」

 

「はわわ、大変です。工廠が壊れちゃいます」

 

 長月と五月雨が戦慄していた。

 さすがに俺も不味いと思った瞬間、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 凄まじい破裂音と共に建造ドックが爆発し、黒煙が一気に噴き出したのである。

 

「け、建造ドックが・・・・・・」

 

 完全に破壊されていた。

 元々、古くて状態も良くなかったとはいえ、まさか爆発するとは・・・・・・と思ったとき、黒煙の中から人影が一つ現れた。

 まさか艦娘か! やったぜ、建造は成功したんだ!

 思わずガッツポーズして俺は、生まれたての艦娘の元へ駆け寄っていく。

 戦艦かな? 重巡かな? それとも軽巡?

 今の駆逐艦たちよりはナイスバディーのはずだ。

 勿論、希望は戦艦! 出来れば金剛とか榛名がいい――

 

「どうも! 夕雲型の最終艦、清霜です! 到着遅れました、よろしくお願いです!」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 白煙の中から現れたのは、夕雲型駆逐艦十九番艦の清霜だった。

 

「え・・・・・・何故・・・・・・」

 

 戦艦レシピを回したはずなのに、駆逐艦・・・・・・

 しかも確か建造では出てこないハズの清霜が・・・・・・

 

「な、何で・・・・・・清霜が・・・・・・戦艦レシピを回したのに・・・・・・」

 

「ボク達の攻撃でバグったのかな?」

 

 皐月が首を傾げて言った。

 壊れた建造ドックには妖精さんが集まり、消火したり破片を運んだりしている。

 そこから清霜は出てきて、こちらに駆け寄ってきた。

 

「貴方が司令官ですね! 今日からお世話になります!」

 

 そう言って彼女はビシっと敬礼する。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あれ、どうしたの司令官? 清霜、着任したよ? 清霜で良かったでしょ?」

 

 無言で立ち尽くす俺に疑問を覚えたのか、清霜は不思議そうに尋ねた。

 ・・・・・・いや、おかしいって。

 普通、清霜って建造で出てこないじゃん! ドロップ艦じゃん!

 なのに何で戦艦レシピ回して出てくるんだよ! 

 意味が分からないよ!

 

「しれーかん、どうしたの? 清霜じゃ、イヤ?」

 

 不安そうな瞳で俺を見上げてくる清霜。

 俺は何かを言おうとしたが、

 

「よく来たな、清霜!」

 

「歓迎するよ清霜!」

 

「めでてえ! こいつはぁ、めでてえなぁ!」

 

「これから一緒に頑張りましょうね、清霜ちゃん!」

 

 あっという間に皆が清霜を取り囲んでしまった。

 急に先輩達に囲まれた清霜は驚いたようだったが、皆が歓迎ムード一色なのを感じ、嬉しそうに笑った。

 新しい仲間の誕生に、流刑鎮守府は大いに盛り上がったのである。

 

「おかしいって! こんなの絶対おかしいよ! デロリアン持ってこい! デロリアン!」

 

 その中で俺だけが悲しみの血涙を流し続けているのであった。

 

 誰かが肩を叩いた。

 顔を上げる。するとそこには柔和な笑みを浮かべた不知火がいた。

 

「司令官、お仕置きはこれからですよ」

 

 もはや逃げる気も起きなかった。

 襟首を包まれ、そのままズルズルと引きずられていく。

 視界の端には、花のような笑顔を浮かべた清霜の姿があった。

 

 余談であるが、建造ドックは完全に大破しており、妖精さんなら直せるのだが、皆の強い反対によってそのまま破棄となった。



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鎮守府駆逐喧嘩バトル ぶちギレ暁

新メンバー清霜。

皆さん、よろしくお願いします


 気が付くと俺は花園の中心に一人、立っていた。

 澄んだ青空に囀る小鳥たち。のどかなお花畑だ。でも一体、何でこんな場所に俺は一人で佇んでいるんだろうか。

 

「提督~提督~」

 

 不意に俺を呼ぶ声が聞こえてきた。声のする方向に顔を向けてみると、そこには――

 

「提督~こっちこっち~」

 

 金剛・榛名。蒼龍・五十鈴・・・・・・かつて俺がゲーム内でケッコンカッコカリした巨乳艦娘たちが俺に向かって手を振っていた。

 な、何故彼女達が!? 俺は神の悪戯か何か知らないが、流刑鎮守府という名の貧乳駆逐艦オンリーな監獄に入れられたハズなのに・・・・・・

 

「提督~こっちネー」

 

「早く来て下さーい」

 

 そうやって俺を手招きする少女達。そうだ。そんなことどうでもいい。俺には巨乳艦たちが待っているじゃ無いか。

 

「おう、今そっちにいく!」

 

 よく考えればブラック企業の社畜だった俺が折角艦これの世界に転移したのに、貧乳だらけの鎮守府に送られた事自体が間違いだったのだ。

 そう、これから俺の巨乳艦これライフが始まるのだ!

 俺が勇んで一歩を踏み出した瞬間、

 

「何処に行くんですか、司令官?」

 

 何者かに足首を掴まれた。

 ぎょっとして足元を見ると、俺の足首を小さな両手がガッシリと掴んでいる。

 

「し、不知火・・・・・・」

 

 なんと不知火が俺の足首を締めながら、恨めしい視線を俺に向けていた。

 

「司令官がいるべき場所はここでしょう?」

 

 この世の終わりみたいな汚泥から湧き出した不知火はそのまま俺を、闇の中に引きずりこもうとする。

 

「離せ、不知火! 俺はあっちへ・・・・・・光溢れる、世界へと行くんだぁぁぁっ!」

 

「そんな場所はないよ、司令官・・・・・・」

 

「提督は谷風さんたちと一緒だぜぃ・・・・・・」

 

「さ、皐月! 谷風! 貴様らもか・・・・・・」

 

 さらに皐月と谷風が抱きついてくる。

 

「提督はずぅぅぅっと五月雨と暮らすんですよ・・・・・・」

 

「あんたはこの長月のモノだ・・・・・・」

 

「しれーかん、大好き・・・・・・皆でここにいよ・・・・・・」

 

 五月雨、長月、暁まで俺の体に引っ付いてきた。。

 まるで蟹座のデスマスクに纏わり付く亡者のようだ。

 だが俺は黄金聖闘士ではない。30手前のおっさんだ。駆逐艦とはいえ艦娘を振り切る体力は無い。

 それでも俺は足を前に出した。

 たとえ魑魅魍魎達に絡まれようと、行かなければならないエデンがあるのだから・・・・・・

 

「司令官ーっ」

 

 その時、頭上からそんな声が聞こえてきた。

 何だろうと顔を上げてみると、空から人影が俺に向かって落ちてきた。

 

「清霜もきたヨーっ」

 

 清霜がそんなことを言いながら降ってきた。

 六人の駆逐艦に掴まれた俺に逃れる術は無い。

 そして彼女は俺の顔に向かって一直線に落ちてきて――

 

「いだっ!?」

 

 激痛と共に俺は目覚めた。

 ズキズキ痛む体を擦りながら起き上がった俺の視界に入っていたのは、執務室のソファーだった。

 その奥、本来なら俺が使うはずのベッドを見る。そこには気持ちよさそうにスヤスヤ眠る、清霜の姿があった。

 

「そうか、そうだった・・・・・・」

 

 昨日、俺は念願の戦艦レシピを回したのだ。だが色々あって、生まれた艦娘は戦艦ではなく駆逐艦の清霜だった。

 鎮守府で建造して生まれた艦娘はよっぽどの希少種でも無い限り、その鎮守府にそのまま配属される。なので清霜も目出度く我が流刑鎮守府のメンバーになった。

 だがここで問題が一つ発生した。

 新しい艦娘が来るというのに、俺はその子を受け入れる準備を全くしていなかったのだ。

 着替えもなければ、寝床もない。

 生活必需品は妖精さん達が急ピッチで進めてくれるいるが限界はある。

 そういうわけで、眠る場所がない清霜に俺のベッドを貸し与え、そのままソファーで就寝したのだった。

 

「時間は・・・・・何だかんだでもう6時半か」

 

 あと30分で朝食か。じゃあもう起きるか。

 そう思い立って俺は寝間着を脱いで、軍服に着替える。

 チラリと清霜の様子を見るが、全く目が覚めそうな素振りはなかった。

 しょうがない。起こしてやるか。

 俺は彼女によって占領されたベッドに近づいた。

 寝間着を持っていない清霜はとりあえず谷風の浴衣を一枚借りて、気持ちよさそうに爆睡している。

 帯ははだけ、可愛らしいおへそや小さな足がだらしなく露出していた。

 

「清霜、清霜、起きろ」

 

 ゆっさゆっさと小さな体を揺さぶると、清霜は「ううん・・・・・・」と吐息を漏らす。閉じていた瞳がゆっくりと開くと、宝石のような瞳が俺の方を向いた。

 

「んん・・・・・・しれーかん・・・・・・おはよーござまいまふ・・・・・・」

 

 寝ぼけ眼を腕で擦りながら、そう言って清霜は起き上がった。 

 

「おう、おはよう。とりあえず服がはだけているから、早く着替えなさい」

 

「うん・・・・・・なおしゅ・・・・・・」

 

 まだ眠たいのか、清霜は欠伸混じりに浴衣を脱ぎ始めた。

 ・・・・・・暁と同レベル、いやそれ以上のお子様に見えるな。

 本当なら戦艦と重巡とかが来ていたはずなのに・・・・・・そう考えると気持ちが落ち込んだ。

 

「あれ、司令官、どうしたの?」

 

 いつの間にか着替え終わった清霜が、俺の服の裾を引っ張ってきた。

 目も醒めたのか、先程までのダウナーさが消えて本来の元気いっぱいの清霜になっている。

 

「いや、なんでもない。一緒に顔を洗いに行こうか」

 

「うん!!」

 

 力一杯頷くと清霜はそのまま扉を開けて、廊下をずんずんと進んでいく・・・・・・洗面所とは逆方向に。

 

「お、おい、洗面所の場所分かるのか?」

 

「知れないけど、大丈夫! ばっちり、ばっちりよ!」

 

 俺は頭を抱えて、清霜の腕を取った。

 

「昨日来たばかりなんだからバッチリなわけ無いだろう。ほら、こっちだ」

 

 清霜の手を引いて、反対へと進み出す。

 しかし、なんだ。清霜がアホの子であることはゲームで知っていたが、やっぱり直に触れると想像以上だな。

 ただでさえ問題児の多い流刑鎮守府だが、また強烈な子が入ってきたものである。

 

「あ、司令官」

 

 洗面所前まで行くと、ちょうど洗顔と歯磨きを済ませた暁が出てきた所だった。

 

「おう、暁、おはよう。ほら、清霜も挨拶しろ」

 

「うんっ! おはようございます!」

 

 俺に言われて清霜は元気よく頭を下げた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 しかし暁は何も言わず怪訝な顔でじっ・・・・・・と俺たちを見ているだけだった。

 

「ど、どうした暁?」

 

「・・・・・・手・・・・・・」

 

「て?」

 

「・・・・・・お手々繋いでる・・・・・・司令官と清霜・・・・・・」

 

 何だか不機嫌そうだ。小さなほっぺたが段々、膨らんでいく。

 

「ああ、清霜は来たばかりだからな。案内してやったんだ・・・・・・どうしたんだ?」

 

「・・・・・・べつに。何でもないもん」

 

 ぷいっとそっぽを向くと暁は食堂の方へ足早に去って行った。

 

「何なんだ、あいつ」 

 

「司令官! 清霜の歯ブラシとコップが出来てる!」

 

 洗面所で清霜が嬌声をあげた。

 現在、彼女の生活用品は妖精さん達によって急ピッチで製造されている。この鎮守府で生活するのに必要な物は、数日で出来上がる手筈となっているのだが、歯ブラシとかは小さいから早く出来たのかな。

 

「よかったな」

 

 水色のコップと歯ブラシを持って喜ぶ清霜の頭を撫でながら、俺は自分の歯ブラシに手を伸ばすのだった。

 そのまま歯を磨き、髭を剃って顔を洗う。髪をセットしてから清霜を連れて食堂へと向かう。

 食堂に入ると他の皆は全員、揃っていた。

 漂ってくる朝餉の良い匂いに目を細めながら、席に座る。

 清霜はとりあえず、横に座らせた。

 既に茶碗や箸は妖精さんが作ってくれたのか、可愛らしい小さな食器が用意されていた。

 

「さ、皆揃った所で朝食を始めるか」

 

 長月が音頭を取り、朝食が始まった。

 今日の献立は塩鮭にひじきの煮物、漬物にワカメの味噌汁。だし巻き玉子に白ご飯だ。

 いつもよりちょっとおかずのの品目が多い。もしかしたら清霜の歓迎も兼ねているのかもしれない。

 

「いっただっきまーす!」

 

 元気よく清霜が言ってご飯をかき込んでいく。

 

「おいしい! おいしいです、なぎゃつきしゃん!」

 

「飲み込んでから喋れよ」

 

 長月が苦笑して言った。

 その間も清霜はおかずを頬張っていき、本当に美味しそうに咀嚼している。

 

「司令官ももりもり食べて、一緒に戦艦になろう!」

 

 ずいっと空になった茶碗を突き出してくる清霜の頭を俺は苦笑しながら撫でた。

 

「ちゃんと噛めよ」

 

 清霜はもぐもぐしながら頷くと、長月におかわりをよそおって貰っていた。

 

「清霜、ボクのもあげるよ」

 

 皐月が自分の漬物が入った小鉢を、清霜に差し出した。

 

「ゴチになります!」

 

「騙されるな、清霜! 奴は嫌いな物をお前に押しつけただけだ!」

 

「さぁて、何のことかな?」

 

 とぼける皐月だったが、そんな彼女の茶碗に無言で長月が漬物を大量にぶち込んだ。

 

「な、何するのさ! 長月!」

 

「ペナルティだ」

 

「そんなぁ~」

 

「あれ? 皐月さん、何か悪いことをしたの?」

 

 皐月に渡された漬物を頬張りながら、清霜が首を傾げた。

 

「いや、なんでないぞ。いっぱい食えよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あれ? 暁ちゃん、どうしたの?」

 

「・・・・・・・・・・・・なんでもないもん」

 

 何だかご機嫌ナナメな暁に五月雨が話しかけている。

 だが暁はますます機嫌を悪くして、そっぽを向いた。

 暁の仕草に違和感を覚えながらも、俺たちは朝食を終えた。

 朝食が終わると俺は仕事で艦娘達は演習か遠征な訳だが、今日は勝手が違った。

 

「ねーねー、司令官。清霜は何をすればいいの?」

 

 清霜の存在だった。

 昨日着任したばかりでいきなり遠征や演習は無理だろう。

 というわけでとりあえず、五月雨に鎮守府を案内して貰ったのだが、流刑鎮守府は狭い。僅か十数分で終わり、二人は執務室に帰ってきたのだった。

 

「うーん、皆は遠征に行っちゃったしなぁ」

 

「じゃあ、司令官! 戦艦になるためのトレーニング! 一緒にいっきまっすかー!」

 

「戦艦になるためのトレーニングって何だよ」

 

「まずはグランド10週!」

 

 鼻息荒くそう言う清霜に俺は頭を抱えた。

 

「あのな、清霜。何でそんなことを・・・・・・というかどんな事をしても駆逐艦は戦艦にはなれんぞ」

 

「やってみないとわかりませんっ! よーし、がんばるぞぉ!」

 

 そう言いながら、清霜は全力で外へと走って行った。

 

「だ、大丈夫かな?」

 

「うーん。清霜ちゃんも艦娘ですから大丈夫だとは思いますが・・・・・・」

 

 時間もあるし見に行ってみるか。

 そう思って俺がグランドに向かうと、そこには地面に突っ伏す清霜の姿があった。

 

「だ、大丈夫か清霜!?」

 

 駆け寄って抱き起こすと、清霜は顔を真っ青にして言った。

 

「うう・・・・・・気持ち悪い・・・・・・脇腹いたい・・・・・・」

 

「朝、あんなに食べたのに激しい運動するから・・・・・・」

 

 俺はそのまま清霜を抱え上げると、執務室まで戻ってソファーに寝かせた。

 五月雨が薄い毛布をそっと掛ける。清霜は本当に気持ちが悪いのか、うんうんと唸っていた。

 

「・・・・・・思っていた以上にアホの子だな」

 

「あ、あははは・・・・・・」

 

 五月雨に耳元で言うと、彼女は困ったように笑った。

 暫くして正午に迫った頃、遠征部隊が戻ってきた。今日の旗艦は谷風である。

 

「艦隊が帰投したよ、お疲れぇい・・・・・・って、どうしたんでい、清霜!?」

 

 ソファーの上で悶えている清霜の姿を見て、谷風が驚いていった。

 

「随分とグロッキーだね」

 

「大丈夫か?」

 

 続いて皐月と長月も清霜の顔を覗きこんで尋ねた。

 

「飯食った後に全力ダッシュして、気持ち悪くなったらしい」

 

「うわ・・・・・・」

 

「おう・・・・・・」

 

 流石の皐月と谷風も絶句していた。

 長月は苦笑いしながらも、清霜にブランケットを掛けてあげていた。

 

「ううん・・・・・・調子悪ぅ・・・・・・」

 

「これじゃあ昼食は無理そうだな」

 

 苦しそうに身悶える清霜の様子を見て、長月が言った。

 そうかもうそんな時間か。

 

「司令官! これ、今回の遠征の収穫!」

 

 すると暁がドラム缶を目の前まで持ってきて降ろした。

 中には今回の遠征で持ち帰った燃料がたっぷり詰まっているはずだ。

 

「おう。よくやったな暁。お疲れさん」

 

 俺はそう言ってポンポンと肩を叩いた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 すると暁は何だか不満そうにじーっと見てきた。

 

「ど、どうした?」

 

「・・・・・・ふんだ。失礼しちゃうわ」

 

 だが俺が声をかけると暁はぷいっと顔を背けるとそのまま出て行ってしまった。

 

「なんだあいつ・・・・・・今日は妙に機嫌が悪いな」

 

「反抗期じゃない?」

 

「暁にゃ早すぎるだろう」

 

 皐月も首を傾げている。

 

「さ、私達もさっさと着替えるわよ」

 

 不知火に促され、皐月たちも執務室を出て行った。

 

「俺たちも行くか」

 

 俺も五月雨を連れて、執務室を後にするのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「清霜、ふっかーっつ!」

 

 昼食を終え、暫く談話室でまったりしてから執務室に帰った俺が見たのは、元気よく決めポーズをとる清霜の姿だった。

 

「おう、もう大丈夫なのか」

 

「うん! 清霜、絶好調です!」

 

 むふーっと鼻息荒くする清霜。先程の不調が嘘のように、軽快に拳を出したり引っ込めたりしていた。

 

「あ、そういえば司令官お昼ご飯は食べたの?」

 

「え・・・・・・ああ、食堂でオムライスを食べたぞ」

 

「オムライス!? い、いいなぁ・・・・・・」

 

 昼食を食べ逃した事を悟ってしょんぼりする清霜だったが、それを見た長月が取っておいた分を持ってきてくれた。

 

「ほら、ちゃんと清霜の分もあるぞ」

 

 長月がそう言って小さなオムライスを渡すと、清霜は瞳を輝かせて皿を受け取った。

 

「やったぁ! ありがとう、長月さん!」

 

 大喜びでオムライスを頬張る清霜は何だか小動物みたいで可愛らしい。

 俺は自然に彼女の頭へと手を伸ばし、頭を撫で――

 

「ちょ、ちょっと! さっきから清霜ばっかりズルいわ!」

 

 突然、暁が叫んだ。

 あまりの大声に俺も清霜も、他の艦娘も驚いて体を強張らせてしまう。

 

「ど、どうした暁。いきなり何を言ってるんだ?」

 

「どうしたもこうしたもないもん! 今日の司令官ったら、清霜のことばかりじゃない!」

 

「え、そ、そうか?」

 

「そうよ! 全然構ってくれないし、頭だってなでなでしてくれないし・・・・・・」

 

 半泣きでそう訴えてくる暁に、俺はどうしていいか分からなくなってしまった。

 暁はきっとヤキモチ的な何かを清霜に抱いているんだろう、多分・・・・・・

 だが俺は別に清霜を特別扱いしているつもりはないのだが・・・・・・

 

「司令官、あんたも罪な男だねぇ」

 

「女の子泣かせるなんて、サイテ-」

 

「不知火。ちょっとバカ二人を黙らせてくれ」

 

「は、承知いたしました」

 

 俺の勅命を受けた不知火は、すぐに谷風と皐月の口を封じた。

 なにやらもがいているが、今は暁の方が大事だからスルーしよう。

 

「ねえ、しれーかん。暁ちゃん、どうしたの?」

 

 純粋に清霜が俺に聞いてきた。

 まあ彼女からしてみれば突然、先輩がキレた訳だからそんな反応にもなるだろう。

 だが、清霜の発言は暁の怒りの火に油を注ぐだけだった。

 

「け、決闘よ!」

 

 顔を真っ赤にして暁が、清霜に言い放った。

 

「暁の方がお姉さんだってこと、教えてあげるわ!」

 

 ビシッと指を指して言う暁に、清霜も立ち上がった。

 

「何だかよく分からないけど・・・・・・受けて立つよっ!」

 

 多分、深く考えずに暁が喧嘩を売って、それに輪をかけて何も考えていない清霜が喧嘩を買った。

 そんな適当なノリで暁VS清霜の決闘が約束されたのだった。

 

「・・・・・・で、演習か」

 

「これが一番手っ取り早いだろう」

 

 数分後、俺たちは流刑鎮守府の目の前に広がる内海の近くまで来ていた。

 海上には艤装を纏った暁と清霜がいる。これから一対一で演習を行うのだ。

 審判は不知火。

 残りのメンバーは見学である。五月雨が気を利かせて、お茶を配ってくれた。

 

「勝負は一本勝負。先に相手を大破させた方が勝ちです。よろしいわね?」

 

 不知火の問いかけに、二人は大きく頷いた。

 

「それでは・・・・・・始めっ!」

 

 不知火が空に向かって空砲を撃つと同時に、二人は動いた。

 水の上を艦娘達が走る音と水しぶき、続いて砲弾の音と硝煙の香りが辺りを漂い始める。

 

「・・・・・・しかし、冷静に考えたら、暁が勝つよなコレ・・・・・・暁は普段から演習してるけど、清霜は昨日来たばっかりで艤装を纏ったことすら少ないし・・・・・・」

 

「いえ、意外とそうではないんですよ?」

 

 隣でお茶を呑んでいる五月雨が言った。

 

「何でだ?」

 

「清霜ちゃんは私達と違って生まれながらの艦娘です。元々、普通の女の子だった私達と違って、清霜ちゃんは生まれながらに艦娘の戦い方を覚えているんです」

 

「悔しいことだが、先天性の艦娘は強い。誕生した直後から、深海棲艦とやり合えるからな。おまけに清霜は夕雲型。最新鋭だ」

 

 長月も複雑な顔で言った。

 そうか、同じに見える艦娘にもそういった違いがあるのか・・・・・・

 実際に清霜は暁の砲撃を次々と躱していた。

 暁が焦って平常心を失っているのもあるが、それでも初めてで攻撃を避けきるのは確かに規格外としかいいようがなかった。

 

「お、清霜が押してる! よーし、そのままいっけぇ! 谷風、今回はボクの勝ちのようだね!」

 

「ぐぅぅぅぅ・・・・・・だが江戸っ子はやっぱり大穴狙い・・・・・・暁ぃ! 谷風さんの今月のお小遣いがかかってるんだ! 勝てよぉ!」

 

 いつの間にか二人はこの勝負で賭けをしていたようだ。

 だが皐月の言う通り、清霜が徐々に暁を押し始めていた。

 

「夕雲姉さん達にだって、負けませんから!」

 

 清霜はそう叫ぶと、水柱の中を一気に暁に向かって進んでいく。

 暁には露骨に焦りが見えた。

 何度も主砲を放つが、空を切るばかりだ。

 接近。

 清霜が主砲を放った。

 爆音と同時に、暁の体からが白い煙が上がった。

 清霜はすぐに距離を取って、そのまま足を振り上げる。

 魚雷だ。

 水面に放たれた魚雷は一直線に暁に向かって進んでいき、爆発した。

 

「な、なんなのよ~」

 

 そんな情けない声と共に、ボロボロになった暁が煙の中から現れた。

 

「暁、大破。勝者、清霜。完全勝利です」

 

 不知火の号令と共に、演習は終わった。清霜の完全勝利という結果で。

 

「ふふーん。どぉ? これがこれが清霜の実力だって。分かったなら、このまま戦艦にしてくれてもいいのよ?」

 

 得意げに胸を張って俺の元に清霜は帰ってきた。

 

「ほ、本当に強いんだな・・・・・」

 

「ああ、私達もうかうかしてはいられんな」

 

 戦慄する俺の横で長月も、ちょっとだけ汗をかいていた。

 

「やったーボクの勝ちーっ!」

 

「かぁーっ、ちくしょうっ! これじゃおまんま食いっぱぐれちまうよぉ!」

 

 あの二人の事は何も言うまい。

 

「あ、暁ちゃん・・・・・・」

 

 五月雨が心配そうに見つめる先には、無言で波止場に帰投する、暁の姿があった。

 

「・・・・・・あ、暁」

 

 さすがに心配なので声をかける。すると、

 

「う、うえ、うええええええええええええええっん!!」

 

 暁は大きな瞳から宝石のような涙を流すと、大声で泣き始めた。

 

「ど、どうしたの、暁ちゃん! お腹痛いの?」

 

 そう言って駆け寄った清霜に向かって、暁は感情を爆発させた。

 

「何よ! 来たばっかりなのに司令官にちやほやされて! ずるいわ! 後から来たくせに強いだなんて、ずるいんだからぁっ!」

 

「え、ええ・・・・・・」

 

 号泣する暁に困惑する清霜。

 だがまさか暁がこんなに拗ねるだなんて、思わなかったな。さすがに止めないと。

 そう思った時、清霜が暁の背中を擦って言った。

 

「あ、暁ちゃん、本当にどうしたの? 清霜、ずるくないよ?」

 

「ひっく・・・・・・そういうところも生意気なんだから・・・・・・それに・・・・・・暁は先輩なのよ・・・・・・『ちゃん』呼びなんて失礼よ!」

 

「え、そうなの?」

 

 何だか話がズレてきたな。

 

「そうよ! 暁は年上なんだから、先輩とかお姉ちゃんって呼びなさいよ!」

 

「そ、そうなんだ・・・・・・ごめんなさい、暁お姉様・・・・・・」

 

「え・・・・・・」

 

 暁の涙が止まった。

 

「ごめんなさい、暁お姉様・・・・・・あたし、失礼なことしちゃったかも」

 

 一方的に喧嘩を売られた挙げ句、逆ギレされたのに素直に謝る清霜は、純粋にいい子だと思う。

 片や暁は先程までの怒りから一転、何だか目をキラキラさせ始めた。

 

「今、何って?」

 

「え、暁お姉様?」

 

「っ・・・・・・」

 

 暁の体がビクッと震えた。

 涙は完全に止まり、何やら頬が緩み始めた。

 

「も、もう一回・・・・・・」

 

「え?」

 

「もう一回、呼んで」

 

「・・・・・・暁お姉様?」

 

「っ~~~~~~~!」

 

 感極まったように暁は拳を握りしめると、清霜の肩をガッチリと掴んだ。

 

「貴方の勝ちよ、清霜! ごめんね、お姉様が悪かったわ!」

 

 すっかり笑顔になった暁が清霜を抱きしめていった。

 

「えへへ、よく分からないけど、よかったぁ」

 

 清霜も最初は困惑したが、深く考えない性分が幸いしたのか、すぐに笑顔に戻った。

 

「・・・・・・暁、お姉様って呼ばれたかったのか・・・・・・」

 

「・・・・・・まあ、この鎮守府じゃ末っ子扱いだったからな。その立ち位置を清霜に奪われそうだと焦ったみたいだが、妹分が出来たことに気が付いてチャラになったというわけだ」

 

 長月がとても分かり易い解説をしてくれた。

 そういえば、ゲームでも響たち暁型の妹たちは基本、呼び捨てだったしなぁ。普段からお姉さんとして頼ってほしい願望のある暁がお姉様なんて言われたら、そら嬉しいだろう。

 

「司令官に皆も、ごめんなさい! 暁、お姉様なのにちょっと変だったわ」

 

「そ、そうか」

 

「レディーとしての慎みを失ってたみたい。もう大丈夫よ!」

 

 すっかり機嫌が直ったらしい暁は、清霜の肩を組んで帰ってきた。

 

「えへへ、司令官。暁お姉様ってかわいいね」

 

「あ、ああ、そうだな」

 

 清霜が笑顔でそう言ったが、これ若干余裕無いか?

 まあ、暁と清霜が仲良くなって本当によかった。

 

「さ、二人とも。おやつがあるから皆で食べましょうね」

 

「おやつ!」

 

「いこいこ! お姉様、早く!」

 

 五月雨の言葉に目を輝かせた二人はそのまま仲良く、鎮守府へと戻っていった。

 

「一件落着なの・・・・・・か?」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

 不知火も陸地へと戻ってきた。

 

「長月お姉様~ボク疲れちゃった~おんぶして~」

 

「ふざけるな! というかお前の方が姉だろう!」

 

「不知火お姉様~お金貸してくれ~無一文になっちゃってよぉ」

 

「野垂れ死になさい」

 

 睦月型コンビと陽炎型コンビもそんなふうにじゃれ合いながら、戻っていった。

 俺も戻ろう。

 そう思って坂を上がっていく。

 何にせよ、新入りの清霜は皆に受け入れられたようだ。それが分かっただけでも、今回は良かったとしよう。

 

 その後、暁と清霜は互いに一人前のレディーと戦艦になることを固く誓い合い、義姉妹の契りを交わしたらしい。

 清霜の布団も完成し、六人の部屋で彼女は眠ることになったのだった。



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流刑地メモリアル

 のどかな午後だった。

 現在、俺は執務室でソファーにどっかり腰を降ろし、長月の煎れた珈琲を楽しんでいる。

 清霜が入ってから艦娘が七人になって、任務の効率も変わったのだ。

 演習も遠征も六人いればいいので、一人残る艦娘が出てくる。そこで五月雨に秘書艦任務をずっとやって貰うことにしたのだ。今までは五月雨が秘書艦の合間をぬって演習や演習を行っていたが、それが無くなって秘書業務に専念できるのだ。

 おかげで仕事が早く終わった。後は特にやることもないので、俺は可愛い艦娘達とまったり珈琲タイムを堪能しているのだ。

 

「長月ちゃんのコーヒー、美味しいね」

 

「ああ、豆を挽いて作っているからな。時間もあるから色んな豆を試している」

 

 俺の隣には長月、向かいには五月雨が座っている。

 今日の任務も終わったため、長月も肩の力を抜いてゆっくりしている。

 本当にのどかな午後だ。

 俺も今日は気を休めて、羽を伸ばそう・・・・・・

 

「てえへんだ、てえてんだ! 清霜が! 清霜が!」

 

 そんな俺の平穏は焦ってやってきた谷風に壊された。

 

「ど、どうした谷風!?」

 

「き、清霜が・・・・・・と、とりあえず工廠へ来てくれい!」

 

 取り乱している谷風に危機感を覚えつつ、俺たちは立ち上がった。

 彼女の後を追い、外にある工廠まで走って行く。後ろには長月と五月雨も付いてきている。

 外に出て現場に向かうと、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 

「な、なんだこりゃ・・・・・・」

 

 我が鎮守府の工廠は裏庭にあるのだが、そこにでっかい三連装砲が鎮座していた。

 それを頑張って持ち上げようとしている艦娘が二人いた。暁と皐月である。

 

「清霜ー! 死ぬなー!」

 

「頑張って清霜ー!」

 

 二人はそう叫びながら、三連装砲を掴んで踏ん張っている。

 

「い、一体何がどうなってるんだ?」

 

 さすがの長月も状況が読めないようだ。

 

「清霜が『大和お姉様の三連装砲を建造するっ』って言い出してな」

 

「私達駆逐艦には無理だろう・・・・・・」

 

「それが何故か出来ちまったんだよ・・・・・・」

 

 げっそりした声で谷風が言った。

 まぁ誕生経緯が特殊だった清霜だから、普通は出来ない建造も出来たのかもしれない。

 

「で、それを装備するってき言い出して・・・・・・自分はいずれ戦艦になるんだから大丈夫って・・・・・・」

 

「まさか・・・・・・清霜はこの下か!」

 

「や、ヤバい! 俺たちもやるぞ、五月雨!」

 

「は、はい!」

 

「承知しました」

 

 すぐに俺たちも三連装砲へ駆け寄った。

 いつの間にか不知火も加わり、皆で巨大な三連装砲を必死で持ち上げる。

 流刑鎮守府の皆が集まって、ようやくこの鉄塊は動いた。

 

「清霜、大丈夫!?」

 

 素早く暁が下に潜り込み、清霜を回収する。

 

「うーん・・・・・・あかつきおねえしゃま・・・・・・きよしもせんかんになったよ・・・・・・」

 

 ぐったりしているが清霜は大丈夫そうだ。さすが艦娘である。

 俺たちは安堵すると、持っていた三連装砲を降ろした。

 

「しかし・・・・・・この三連装砲、大きさが中途半端だな」

 

 本物の戦艦大和がの物よりは遙かに小さいが、艦娘が装備できるような大きさでもない。

 

「ある意味、これも失敗品なのかもな」

 

 長月が苦笑した。

 

「でもコレどうしよう。ハッキリ言って邪魔だし」

 

「うーん。鎮守府防衛用の砲台にでもしようか?」

 

「こんな辺鄙な鎮守府に敵さんがくるかねい」

 

 皆も清霜が無事で一先ず安心したのか、皆も談笑を始めていた。

 

「司令はどうお思いですか?」

 

 不知火が尋ねてきた。

 

「うーん。見た目はいいから飾っておきたい気持ちもあるが・・・・・・こんなの本部のお偉いさんに見られたら事だしなぁ」

 

 以前、別の鎮守府がブラック鎮守府と化して摘発されるという事件があった。それ以降、軍のお偉いさんが抜き打ちで各鎮守府をチェックして回っているらしいのだ。

 

「・・・・・・とりあえず、倉庫にしまっておくか」

 

 長月がそう言って庭の端にある倉庫の方へ目を向けた。

 

「そういえば倉庫なんてあったな。俺は開けたことないけど」

 

 ここに来てから結構経つが、そんなに物も無いため倉庫を使うことはなかった。

 

「そういえばボク達も基本、ここに入ることないしなぁ」

 

「最後に開けたのはいつだっけ?」

 

 皐月と五月雨がそんな事を言いながら、倉庫へと近づいていく。

 

「もしかしたら結構なお宝が出てきたりするかもしんねえな!」

 

 谷風が二人よりも先に進んで、倉庫の扉を開いた。

 

「うお・・・・・・」

 

 そして絶句した。

 

「何だよ谷風。何があったの・・・・・・て、うわ」

 

「わ、埃まみれ・・・・・・」

 

 谷風の後ろから中を覗き見た二人も同じような反応だった。

 

「・・・・・・長月。あの倉庫って掃除したことあるか?」

 

「よく考えると一年くらい前から入っていないな」

 

「そりゃ汚いわな」

 

 覚悟を決めて俺も中を見に行った。

 小っこい駆逐達の上からひょいっと中を覗くと、中には真っ白の埃を被った資料や艤装のパーツが山積みになっていた。

 

「うーむ。田舎のおばあちゃんの土蔵を思い出すぜ」

 

「折角ですから、一度軽く掃除しましょうか」

 

 苦笑しながら五月雨が言った。

 

「あ、ボクちょっと演習が!」

 

「谷風さんは遠征の時間だね!」

 

「逃がしませんよ、二人とも」

 

 咄嗟に逃走しようとした二人の襟首を不知火が捕まえた。

 

「さっさと皆でやるぞ」

 

 俺は上着を脱いで皆と一緒に倉庫の中へ入っていくのだった。

 中は薄暗く、心なしかジメジメして居心地が悪い。

 俺と皐月・谷風が一旦、持てる物は外に出し、中は長月・不知火・五月雨が掃除をする。

 中組が壁の埃を落として濡れた雑巾で軽く拭いていく。その間に外組が持ち出した物の埃をはらって、いる物かいらない物かを判別していくのだが・・・・・・

 

「一応、ここでの決戦も考えているんだな・・・・・・ちゃんと内地用の装備がある」

 

「できればボク達もそんなもの使いたくないけどね」

 

「使うわけあるめぇ。深海棲艦なんてもう何ヶ月も見てねえからねぇ」

 

「悲しいこと言うなよお前達」

 

 そんな僻地を守っている俺たちの存在意義とは一体何なんだろう。

 雑談しながら仕分けをしていた時であった。

 

「ん・・・・・・なんだコレ、アルバムか?」

 

 一冊の古そうなアルバムが見つかった。

 

「ああ、それはボク達のだよ」

 

「懐かしいねえ」

 

 二人が俺を方を覗き込んでくる。俺は表紙の埃を払い落とした。よく見ると日付が書いてある。二年前か・・・・・・

 

「おいお前達、何サボってるんだ」

 

 中から長月がひょこっと顔を出して言った。

 長い髪を後ろで纏め頭には何時の間かバンダナを巻いている。エプロンに箒を持って立つ姿が妙に様になっていた。

 

「すまんすまん。すぐに戻る」

 

 俺たちはアルバムを一旦、横に置いてから作業に戻った。

 それから30分ほど皆で掃除して、倉庫を整理して綺麗にした後、出した物と三連装砲を入れて鍵を閉める。

 服が汚れてしまったので一旦、皆で着替えてから食堂に集まった。目的は勿論、さっきのアルバムを見るためだ。復活した清霜も加わり、流刑鎮守府全員が集結した。気を効かせて長月と五月雨がコーヒーとお茶菓子を人数分、持ってきてくれる。

 

「清霜が来る前の鎮守府がこれに載ってるんだよね?」

 

 俺の横に腰を降ろした清霜が聞いてきた。

 

「ああ。というか俺が来る前の写真もあるだろうな」

 

 そんなことを言いながら俺はページを開いた。そして一枚目の写真を見た俺は思わず目を見開いた。

 

「い、五十鈴! 五十鈴じゃないか!」

 

 写真の場所はおそらくどこかの港だろう。

 そこには五月雨たち流刑鎮守府初期メンバーに囲まれて笑顔を浮かべる五十鈴の姿があった。

 

「五十鈴教官!」

 

「懐かしいー!」

 

 五月雨達が歓声をあげた。

 

「い、五十鈴教官? どういうことだ!? 説明しろ!」

 

「えっと、私達は皆、艦娘養成所の同期なんですけどそこでの教官が五十鈴さんだったんです」

 

「マジか・・・・・・」

 

 五十鈴はかつて俺の嫁艦の一人だった。可愛くておっぱいが大きくて、対潜対空が優秀でおっぱいが大きくて、なによりおっぱいが大きいという艦娘だ。

 

「これは卒業してここに赴任される前に撮った写真だな。初々しい」

 

 長月が懐かしそうに言った。

 

「あの頃は皆、新人だったからね・・・・・・ってどうしたの司令官。神妙な顔して」

 

「いや・・・・・・なあ皐月。五十鈴さんと連絡って取れるか?」

 

「取れるけどどうして?」

 

「うむ。こんなに優秀な駆逐艦達を育ててくれて俺は非常に助かっていると直接お礼を彼女に言いたい・・・・・・痛っ! や、やめろ、皐月! 耳を引っ張るな!」

 

「目的が丸わかりなんだよ、スケベ」

 

 呆れたように皐月が吐き捨てる。

 

「懲りない男だねぇ」

 

「最低だな」

 

「司令。後でお話があります」

 

「暁お姉様、なんで司令官は皆につねられてるの?」

 

「それはね。司令官がおバカさんだからよ」

 

 他の艦娘達の視線も痛い。不知火に至っては殺す気満々の目をしている。

 

「つ、次に行きましょうか」 

 

 五月雨が空気を読んでページを捲ってくれた。俺にも攻撃してこないし、彼女はひょっとして天使なんじゃないだろうか。

 

「おっ! これはこの鎮守府に配属されたときの写真だねぇい!」

 

 谷風が言うとおり、この宿舎をバックに六人が映っている写真であった。

 

「皆、若いねえ」

 

 しみじみ言う谷風だったがハッキリ言って外見はそう変わらないだろう。

 

「これは演習。これは遠征。懐かしいですね」

 

 不知火が様々な写真に指を指していく。

 全員、生き生きとして楽しそうだ。

 

「この頃は提督がすぐ来てくれると思っていましたね」

 

「まあ結局全然来なくて、皆やさぐれちゃうんだけどね」

 

 そう言って皐月がページを捲ると、死んだような目でカメラを睨む皐月と谷風の写真が出てきた。

 

「ヒドイ顔だ」

 

「この頃の谷風さん達はちょっと病んでたからねぇ。ほら、次の写真」

 

 谷風が指した写真には怪しげな祭壇を造って一心不乱に祈る皆の姿があった。

 

「な、何してるんだコレは・・・・・・」

 

「いや・・・・・・何だ。困った時の神頼みというか・・・・・・」

 

「提督が来ますようにって、皆でお願いしたんです・・・・・・」

 

 恥ずかしそうに長月と五月雨が答えてくれた。

 

「こっちは千羽鶴を折ってる時のだな」

 

「結局完成前に挫折しちゃったけどね」

 

「色々やってたんだなお前達・・・・・・ん?」

 

 ふとある写真に目が付いた。暁が黒い子犬? みたいなのを抱いて笑っている。

 

「これは、イヌか?」

 

 俺がそう言って写真を指差すと暁が困ったように笑った。

 

「ああ、雷十太」

 

「らいじゅうた?」

 

「暁が飼っていたペットよ」

 

 ペットか・・・・・・しかし俺が来た時にはこの子はいなかった。一体、どうしたんだろう。

 

「なあ、この子はどうなったんだ。今はいないけど」

 

「あ、えーと」

 

 暁は一瞬、目を泳がせるとページを捲った。

 そこには巨大な熊と対峙する暁達の写真があった。

 

「子犬だと思って育ててたら熊だったの・・・・・・」

 

「熊だったのってお前・・・・・・」

 

「確かにおかしいと思ったんだよね。全然鳴かないし」

 

「いえ、たまに低い声で唸っていたわよ」

 

 冷静に言う皐月と不知火だが、艦娘とは言え小さな娘が巨大な肉食獣に向かい合っている写真は心臓に悪い。

 ノロイを迎え撃つガンバの図を思い出してしまう。しかし・・・・・・

 

「こんな短い時間で熊ってこんなに大きくなるものなのか?」

 

 前の写真では暁が腕に抱いていたのに、次の写真では赤カブトくらいでかくなってる。

 昔と言っても確か一年二年位なのだが、その短期間でここまで大きくなるとは思えないが・・・・・・

 

「この島の動物は不思議なんです」

 

「不思議すぎるわ」

 

 前に見たでっかい鳥といい、マジでこの島の生態系はどうなっているんだ。

 

「結局、この雷十太はどうなったんだ?」

 

「森に帰ってもらったの」

 

「そうか・・・・・・」

 

 まあ、それがお互いの為だろうな。

 これ以上詮索はよそう。そう思って俺は別の写真に目を向けた。

 

「お、なんだこりゃ。皆、浴衣なんか着ちゃって」

 

「ああ、これは谷風ちゃんが貸してくれたんです」

 

「何時も同じ服じゃあ飽きちまうからなあ」

 

 五月雨が答えると、谷風が胸を張って言った。 

 皆が色とりどりの浴衣を着て、写真に写っている。

 普段と違う服装をしていると印象も大分変わるものだ。不思議といつもより可愛く見えるな。

 

「ふふふ、司令官。ボクのおすすめはこの写真だよ」

 

「ほう、どれどれ。おお、不知火か」

 

 皐月の指した写真には、白い生地に紫陽花の刺繍が入った浴衣を着た不知火が映っていた。

 いつもは無表情な彼女だがこの写真では若干、微笑んでいる。

 

「へえ、これは可愛く撮れているなぶべばっ!?」

 

 瞬間、視界が真っ黒に染まり、同時に激痛が襲ってきた。

 

「皐月、今すぐその写真をこちらに渡しなさい」

 

「駄目だよ! これはボク達の大切な思い出なんだから-」

 

 何故か目潰しされた俺の横で不知火がアルバムを奪おうとして、皐月と格闘していた。

 しかし俺は目を潰されるような事をしたんだろうか・・・・・・

 

「すいません提督。不知火ちゃんは恥ずかしがり屋なんです」

 

「は、恥ずかしがり屋ってお前・・・・・・」

 

 そんなレベルじゃないだろう・・・・・・そんな時だった。

 

「いいなぁ・・・・・・皆、写真があって」

 

 清霜がぼそりと言ったのだ。

 

「・・・・・・そういえば俺の写真もないな」

 

「司令官が来てから写真を撮る暇なんて無かったからな・・・・・・」

 

 確かに毎日がハチャメチャで、そんな時間は無かったなぁ・・・・・・

 

「それじゃあ折角だし、皆で写真でも撮るかい!」

 

 谷風がそんな提案をした。

 

「お、それいいね! 皆で集合して撮ろうよ!」

 

 不知火から逃げながら皐月も同調する。さてはこれを利用して逃げ切る気だな。

 

「じゃあ支度をしないとな」

 

「五月雨、カメラを持ってきますね」

 

 皆も乗り気なようだった。

 

「よかったな、清霜」

 

 俺が頭をポンポンと叩くと、清霜は「うん!」と嬉しそうに頷いた。

 

「清霜、こっち来て! 写真撮るんだから、お服整えないと!」

 

「うん!」

 

 暁に呼ばれ、清霜はトテトテ歩いていった。

 さてと。俺も準備するか。そう思って立ち上がった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 流刑鎮守府の宿舎の前。

 そこに椅子を置き、俺が座る。その前に清霜が立ち、周りを皆が固めていく。

 

「じゃあ皆、行くぞ」

 

 俺がそう言って手を挙げると、カメラを持った妖精さんがレンズをこちらに向けた。

 

「では・・・・・・敬礼!」

 

 長月のかけ声と共に全員で海軍式敬礼を取る。

 シャッターが切られた。

 流刑鎮守府の歴史がまた1ページ・・・・・・



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さらば司令官

ついに20話!
皆さん、お付き合いいただき本当にありがとうございます!
ここまで続けてこれたのは読んで下さった皆様のおかげです。本当に感謝です!
これからもよろしくお願いいたします!



『さあ、今週の新婚さんいらっしゃいは、何と! 海軍の軍人さんと艦娘さんです! それではどうぞ!』

 

 司会の噺家の軽快なトークと共に音楽が鳴り、舞台袖から男女が一組現れた。

 男の方は純白の軍服に身を包んだ、精悍な顔つきの青年。女の方は艦娘で、俺もゲームではよく知っている女性だった。

 

「わぁ、飛鷹さんだ」

 

 俺の横に座っている清霜が言った。面識はないはずだが、他の艦娘の知識は生まれた時から持っているらしい。

 

「綺麗……まさしく一人前のレディーだわ」

 

 暁が溜息を漏らす。テレビ出演のためか、飛鷹は上品なドレスに身を包み、化粧もバッチリだ。

 

「いいなぁ。綺麗だなぁ……あれ、どうしたの司令官? 何で泣いてるの?」

 

「……だってよう」

 

 そしてそんな晴れ姿の二人が映る画面を見ながら、俺はポロポロと涙を流していた。

 現在、俺は執務室にあるソファーに腰を降ろし、暁と清霜と一緒にテレビを見ている。

 今日は日曜日。そして日曜日には絶対に見なければならないテレビ番組が三つある。

 笑点。ニチアサ。そして新婚さんいらっしゃい、である。

 この三つの番組だけは何歳になってもふらっと見てしまう、不思議な魅力があるのだ。

 今日は非番なので缶ビール片手にソファーへどっかりと座り、新婚さんいらっしゃいを見る。至福の休日だ。いつもなら……

 

「何で、余所の提督はケッコンできて、俺は出来ないんだ……」

 

 今日の新婚さんは同業者。しかもおっぱいの大きい艦娘を嫁にするという、俺の長年の夢を体現している男だったのだ。そりゃ悔しくて泣くさ。

 

「何、司令官。ケッコンしたいの?」

 

 不意に俺のベッドで漫画を読んでいた皐月が顔を上げた。

 余談であるが彼女が休みの日は、俺のベッドが皐月専用の漫画読み場として実効支配されている。

 

「まぁ、司令官も結婚適齢期だし、気持ちも分かるがねえ」

 

 向かいのソファーに座ってお茶を啜っていた谷風も口を開く。

 

「俺だって男だ。艦娘と結婚したいって思う時くらいあるさ」

 

 俺がガックリ肩を落とすと、その背中を暁がバンバン叩いた。

 

「し、司令官! レディーがいるじゃない!」

 

「そうだよ司令官! 暁お姉様と清霜がいざとなったらお世話してあげる!」

 

 幼女に将来の心配をされる28歳。何だか死にたくなるくらい惨めだな……

 

「もお、しょうがないなぁ。司令官は。どうしてもケッコンしたいってんなら、ボクが考えたげてもいいよ」

 

「自分の上官が生涯未婚なんて恥ずかしいからねぇ。仕方ねえから谷風さんが泥を被ってやらぁ」

 

「あ、あの。もしよろしければ五月雨が……」

 

 皐月と谷風が悪ノリし、さらに何故か谷風の隣でテレビを見ていた五月雨まで、顔を真っ赤にしてそう言うのだ。

 そうか……俺は五月雨にまで気を遣われるほど結婚できない男として見られているのか……

 

「暁、清霜。そして五月雨。気遣いありがとう。でも大丈夫だ。俺は駆逐艦に求婚するほど落ちぶれちゃいないさ」

 

「じゃあボクはオッケーてことかな?」

 

「谷風さんも遂に嫁入りかい」

 

「お前らちょっと表に出ろ」

 

 ケラケラ笑う悪童二人に腹が立つものの、俺に結婚相手がいないのは事実なのでこれ以上反論出来なかった。

 

「というかさ、こんなに可愛いボク達がいるのに、その態度は無いんじゃない? ボクたちだって艦娘だよ?」

 

「……確かにお前たちは可愛い。可愛いけど、どうしても足りないモノがある。それはおっぱ……ぐぶっ!?」

 

「制裁です」

 

 突然現れた不知火の右ストレートが俺を襲った。

 

「ちっ、なんだまた胸の話かい。提督も懲りないねえ」

 

「司令官さいてー。レディーの敵よ」

 

「司令官……」

 

 呆れたように言う谷風に怒る暁。清霜に至っては、憐みの視線を向けてくる。

 何が悪いってんだ。男がおっきいおっぱいを求めるのは当たり前じゃないか。

 

「うっちの鎮守府は無法地帯……駆逐ばかりの我が編成……好みを喋れば、ぶん殴られて……」

 

「はいはい。うちの司令官は日本一」

 

「唐変木さも、日本一ってな」

 

 皐月と谷風が合いの手を入れてくる。

 

「畜生! 司令官はな……司令官はな……司令官なんだぞ!」

 

「まっじめにいっきちゃばぁかをみる~」

 

 清霜が楽しげにそう言った時、長月が部屋に入ってきた。

 

「おお、長月! いい所に来てくれた! 皆が俺をいじめるんだ!」

 

 そう言う俺に長月は何かを差し出した。

 

「ちょうどよかった。私も司令官に用があってな。この本の事について聞きたいんだが」

 

 それは『艦隊の運用の基本』という分厚い本だった。海軍が提督に贈る参考書みたいなもんだ。

 ……だがそれはあくまで外のカバーだけであって……

 

「お、おま、なぜそれを……」

 

「さっき掃除をしていたら出てきたんだ。しかし実に素晴らしい本だな」

 

 俺の体からみるみる血の気が引いていく。

 なぜって? それはその本の中身だ。

 

「へえ、フルヌード写真集かぁ……かわいいね」

 

「全く、情けねえなこりゃ」

 

「お姉様、何が書いてあるの?」

 

「清霜は見ちゃダメ! 目が腐るわ!」

 

 本の中身を皆が確認し、辛辣な評価を下している間に俺はこっそりと部屋を抜け出そう――

 

「逃がしませんよ、司令官」

 

 ――として不知火に捕まった。

 

「……不知火」

 

「はい」

 

「助けてくれ」

 

「駄目です。お仕置きです」

 

 そのままずるずると引きずられていく。

 さすが艦娘。力も強ーい。

 

「さ、五月雨っ! 助けてくれっ!」

 

 俺は悲しそうに佇む五月雨の姿を見つけ、両手を伸ばす。

 しかし彼女は涙を浮かべながら、胸元で十字を切った。

 そのまま皐月と谷風と長月が俺の周りを囲み、部屋から引っ張り出された所で黒い布みたいなのを被らされた。

 そこで俺の記憶は途絶えた……

 

 …

 ……

 ………

 

「全く失礼しちゃうわ、司令官ったら!」

 

 夜。流刑鎮守府の駆逐艦たちが全員、寝室に集まっていた。

 全員が寝間着に身を包み、ベッドの上で思い思いの姿勢でくつろいでいる。

 所謂、パジャマパーティーというもので、定期的に彼女たち間で開かれていた。

 話題はもっぱら司令官のことである。

 

「ホントだよ! 馬鹿の一つ憶えでおっぱいおっぱいってさ!」

 

「谷風さん達というものがありながらねぇ!」

 

「仮にも一鎮守府の指揮官があれでは、どうしようもないわね」

 

 昼間に起こった騒ぎの事で、皆不平不満をぶちまけている。

 特に不知火は辛辣であった。

 

「まあたっぷり絞り上げたことだし、暫くは大丈夫だろう」

 

「あ、あははは……」

 

 しみじみという長月と苦笑する五月雨。 

 いつものようなガールズトークを皆が繰り広げていた時だった。

 

「ねえ、暁お姉様」

 

 清霜が何気なく言った。

 

「皆って、司令官のこと好きなの? それとも嫌いなの?」

 

 純粋に小首をコテンと傾げて尋ねたのだ。

 

「え……」

 

 それに対して暁は一瞬、面食らったような顔をしたがやがて顔を少し朱く染める。

 

「ど、どうしてそんなこと聞くの?」

 

 目をパチクリさせながらそう返した暁に、清霜は当たり前のように聞いてくる。

 

「だって、皆司令官のこと好きに見えるけど、よく叩いたり蹴ったりするし」

 

「それはね、清霜。司令官が浮気者だからよ」

 

「そうそう! ボク達というものがありながら、いつも他の女に目移りするから、いけないんだよ」

 

「こんな美少女達が雁首揃えて待ってるのに、口説き文句一つ言えやしねぇ。全く、無粋なもんさ」

 

 清霜の質問に答えた暁に、皐月と谷風が同調する。嫉妬に近い感情が彼女らにはあったのだ。

 

「だが司令官もあと少しで30……さすがに私たちのような幼い容姿の女性に興奮していたら、それはそれで問題だろう」

 

 長月がフォローする。

 確かにこの流刑鎮守府に所属する艦娘は皆、容姿が幼い。提督と並べば、何も知らない第三者が見ると親子に見えるだろう。

 

「それは普通の人間の話でしょう? 艦娘と提督の間なら違和感は無いわ」

 

 不知火が口を挟んだ。

 他の鎮守府には駆逐艦とケッコンカッコカリをした提督など大勢いて、自分達くらい幼い艦娘を嫁にしたという提督もいるのだという。

 

「暁だって、司令官に酷いことをしたくないわ。でも、司令官ったら、お馬鹿さんなんだもん」

 

「確かにちょっとくらいは私たちを女の子と見て欲しいですね」

 

 普段あまり提督の批判をしない五月雨も何か思うことがあったのか、そう言った。

 

「まあ、確かに司令官は私達を異性というより妹とか娘のように見ている節があるしな……」

 

 長月がうーんと唸った。

 

「長丁場になりそうなので、何か飲み物とってくるね」

 

 五月雨がそう言って立ち上がった。

 

「ボク、ビール!」

 

「冷を頼むよ」

 

「この時間からお酒は辞めなさい。お茶でいいでしょう」

 

 アルコールを要求する皐月と谷風を不知火が止めると、五月雨は困ったように笑って部屋を後にした。

 艦娘たちの寝室は二階にあり、台所は一階にある。五月雨は室内用のスリッパを履くと、建物の中央にある階段に向かって進んで行く。昇降口まで辿り着いた時だった。執務室に灯りが点いている。さらに何やら話し声が聞こえてくるのだ。

 提督がお酒でも飲んでいるのかな? 五月雨がそう思った時だった。

 漏れてきた声が聞こえてしまったのだ。

 

 ――本土に……行きます! 行かせてください!

 

「えっ!?」

 

 驚いて飛び出た言葉を咄嗟に両手で押さえた。

 

(本土に……提督が……でも何で)

 

 思わず聞き耳を立ててしまう。

 

 ――はい、ではまた後日……よっしゃ! ついに外に出れる!

 

 そこまで聞いた時、五月雨は踵を返して皆がいる部屋へと駈け込んでいった。

 思った以上に早く帰ってきた五月雨に皆は驚いたが、よく見ると目尻に涙が浮かんでいる。

 

「ど、どうした五月雨!」

 

「何かあったの!?」

 

 その尋常じゃない雰囲気に長月と皐月が尋ねたのと同時に、五月雨の両目から涙が零れ落ちた。

 

「て、提督が……提督が出ていっちゃうよぉぉぉぉ……」

 

 場が混乱した。そして暫く経って。

 

「……成程、そう言う事か」

 

 皆で五月雨を宥め、ようやく落ち着かせた五月雨から事情を聞いた長月が、重い息を吐いて言った。

 

「そ、そんな……司令官出てっちゃうの?」

 

「そんなの嫌だよぉ……」

 

 暁と清霜が涙を浮かべながら言う。

 

「落ち着け、二人とも。まだ司令官が出ていくと決まったわけじゃない」

 

「そうそう! それにいつもの五月雨のドジかもしれないし」

 

「聞き間違いの可能性が高いよな」

 

 一方、他の艦娘たちは比較的落ち着いている。

 五月雨が基本的にそそっかしいので、聞き間違え或いは意味を間違えたのではないかと解釈したのである。

 

「でも、でもぉ……」

 

 ぐずる五月雨に不知火が溜息をつくと立ち上がった。

 

「なら不知火が司令官に直に聞いて来ましょう。それが一番早いわ」

 

「よっ! さすが不知火!」

 

「鉄の女! 冷血サイボーグ!」

 

「二人とも、後で覚えていなさい」

 

 皐月と谷風にガンを飛ばすと、不知火は部屋を後にした。

 

 …

 ……

 …………

 

「夜分に申し訳ありません司令官……」

 

 そう言いながら執務室に入ってきたのは、寝間着姿の不知火だった。

 こんな時間に珍しい事もあるものだ、と思ったが彼女は俺の手元に目線を写し、体を強張らせた。

 

「どうした、不知火。何かあったか?」

 

「いえ、その……司令、それは……」

 

「ああ、これか」

 

 俺はちょうど持っていた旅行鞄を床に置いた。

 

「色々あってこの鎮守府を出ることになるから、準備してたんだ。まあ詳しい事はまた明日、皆に話すよ」

 

「っ……ど、どこへ行かれるのですか?」

 

「本土だよ。呉鎮守府に行く」

 

「……異動ですか?」

 

「いどう? ああ、まあ大移動になるな」

 

「…………」

 

 不知火は大きく目を見開くと、そのまま顔を下に向けた。

 

「ど、どうした不知火」

 

「い、いえ……なんでもありません。失礼致します」

 

 不知火にしては珍しい弱々しい声で彼女は出ていった。

 どうしたんだろう……まあ、いいか。

 それよりも早く準備をしないといけない。

 本土の呉鎮守府で全ての提督が一堂に会しする年に一度の大会議が行われるのだ。

 俺は提督になりたてで初めてだから、ちゃんと準備しないとな。

 

 …

 ……

 …………

 

「ど、どうだった不知火?」

 

 一人意気消沈して戻ってきた不知火に皐月が尋ねた。

 だが不知火はそれをスルーするとそのままベッドへ倒れ込んだ。

 

「大丈夫か、不知火! 何があった!?」

 

「いつものおめぇらしくねぇぞ!」

 

 不知火のあまりの憔悴っぷりに、長月と谷風が駆け寄った。

 

「し、司令官が……」

 

「司令官がどうした?」

 

「……司令官が、出ていってしまいます……」

 

「な、何!?」

 

 さすがの長月も絶句した。

 

「ど、どういうことだ?」

 

「……不知火が執務室に入ったら、司令は荷造りをしていたの。何でそんなことをしているのか聞いたら、この鎮守府を出て本土に行くと……」

 

「そ、そんな……」

 

 不知火の話を聞いた皆の顔がみるみる青ざめていく。

 

「う、嘘よ! 司令官がいなくなるなんて、ありえないもん!」

 

「そうだよ! あの馬鹿でスケベでドジで大酒呑みの司令官に、栄転の話なんてあるわけないじゃん!」

 

 暁と皐月が立ち上がってそう言うも、不知火はベッドに突っ伏したまま首を横に振った。

 

「はっきりと本人が異動を明言したわ。あの人は変な嘘をつくような人ではないし……」

 

「うう……提督……」

 

 五月雨が再び泣き出した。

 

「ええい、皆落ち着け! どんな理由かは知らないが本土ということは栄転だ!」

 

 湿っぽくなった場に喝をいれるように、長月が言った。

 

「上官の出世だ。ここは皆で喜ぼうじゃないか。私たちの司令官が上に働きを認められたんだ……」

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように長月は力強く言う。

 

「長月の言う通りだぜぇい! 提督の門出を、皆で笑って送り出してやろうじゃねえか……」

 

 谷風もそれに同調した。

 

「確かにここで落ち込んでいていても駄目だよね……よーし! 流刑鎮守府流のおもてなしで、司令官には笑顔で出発してもらおう!」

 

 皐月が立ち直り、皆を鼓舞していく。

 少女たちがそれぞれ胸に思いを秘めながら、その日の夜は更けていった。

 

 …

 ……

 …………

 

「……なあ」

 

「何? 司令官?」

 

「いや、その……離れてくれないか?」

 

「やだ」

 

 心なしか暁は不機嫌そうに言った。

 現在、俺は執務室の机でデスクワークをしているのだが、何故だか暁が膝に座って離れようとしないのだ。

 最初は可愛いなぁと思っていたが、さすがにずっと上にいるのはきつい。足は痺れてくるし、作業もしにくいのだ。

 

「清霜もさっきからくっついてるし……」

 

 足元へと視線を向けると、そこには俺の足にもたれ掛かっている清霜の姿があった。

 

「司令官、嫌?」

 

 不安げに首を傾げる彼女に、何だか罪悪感を覚えてしまう。

 

「いや、別に嫌じゃないけど……お前達、遠征はいいのか?」

 

「今日は中止にしたんです」

 

 横に待機していた五月雨が口を挟んだ。

 

「中止って……俺はそんな話、聞いていないぞ」

 

 仮にもこの鎮守府の最高指揮官である俺に何も伺わずに、そんなことを決めるのは如何なものだろうか……

 

「いいじゃん。遠征なんていつでも行けるんだし」

 

 いつの間にか皐月も執務室に入ってきた。

 そのまま皐月は俺の元までやってきて、後ろから肩に手を回して抱きつくような恰好をとる。

 少女特有の柔らかい体と温かみが身体を通して伝わってくる。相手が皐月といえど、女の子には変わらないのでちょっとドキドキした。

 

「皐月、どうしたんだ今日は……いや、お前だけじゃなく皆……」

 

「たまには司令官に甘えたくなるときだってあるさ。艦娘だもの」

 

 みつを。みたいなトーンで言われてもな……

 

「提督、コーヒーをお持ちしました」

 

「おお、サンキュー五月雨」

 

 いつの間にか五月雨は、湯気の立ち昇るマグカップが乗ったお盆を持っていた。

 

「今日はこぼさないようにって……あ、ああああっ!?」

 

 そしていつものように躓いた。もはや恒例行事である。この後、熱々のコーヒーが俺の体に降り注いで悶絶するまでがデフォであるのだが。

 

「はっ!」

 

 突然横から現れた不知火が見事にそれをキャッチした。

 

「ご無事ですか、司令官?」

 

「お、おお……ありがとう不知火」

 

「いえ。五月雨。気を付けなさい」

 

「うう、今日はドジしないようにしようと思ったのに……」

 

 不知火に注意され五月雨は涙目でそう言った。

 

「さ、どうぞ司令官」

 

「あ、ああ。すまないな」

 

 澄ました顔でコーヒーを渡してくる不知火。何だか変な気分だな……

 

「なあ不知火。今日は皆、おかしくないか?」

 

「はて、何のことでしょうか」

 

 不知火はいつもの無表情で首を傾げているが、何だか釈然としない。

 そんなモヤモヤした時だった。

 

「提督ーっ! おめでとーっ!!」

 

 突然、勢いよくドアが開いて谷風が元気よく入ってきた。その手にはなぜか花束が握られている。

 

「な、どうした!? いきなり何だ!?」

 

「昇進祝いだ」

 

 続いて長月が入ってくる。両手には綺麗に梱包された日本酒があった。

 

「しょ、昇進? 何のことだ?」

 

「またまた~とぼけちゃって。本土に栄転するんだろう?」

 

 谷風が笑いながら腕をぐりぐり押し付けてくるが、全く憶えのない話だった。

 

「申し訳ありません、司令官。昨日、五月雨が偶然聞いてしまったんです」

 

 五月雨が頭をペコリと下げた。

 

「聞いたって、何を……」

 

「司令官が本土へ異動になるというお話です……」

 

「は?」

 

 何だそれ。全然知らない話だぞ。

 

「不知火に言ってくれたではありませんか。本部へ異動する、と……」

 

「待て待て待て! 何の話……」

 

 そこで俺は思い出した。海軍の会議に出席するために、本土の呉鎮守府まで行くという事を。

 

「司令官がいなくなっちゃうのは寂しいけど……出世だもんね! ボク達皆で応援するよ!」

 

「そうさ! めでたいこった」

 

「うう、司令官……おめでとう……」

 

「泣かないで暁お姉様……」

 

「ま、まて。落ち着けお前達」

 

 何やら知らないうちに凄い話になっている。

 どうやら昨日俺が不知火に説明したことが歪んで解釈されているらしい。

 

「謙遜するな司令官。我が鎮守府から栄転する者が出たんだ。艦娘としても誇らしい」

 

「ち、違うんだ、長月」

 

「司令官。この青空の下で不知火は何時までも貴方のご活躍を祈っております」

 

「何を言っているんだ不知火」

 

「五月雨も頑張ります。寂しくても頑張ります。だから……たまには私たちの事も思い出して下さいね……」

 

 そこまで言って五月雨がガチ泣きを始め、釣られて暁も泣きだした。

 

「司令官、短い間だったけどすっごく楽しかったよ……ボク達も頑張るから、司令官も頑張ってね」

 

「谷風さんの提督はあんただけだよ。達者でね」

 

 何か俺を皆で追い出そうとしてないか?

 

「しれいーかんレディーのこと、わすれないでね……」

 

 そう言った直後、暁は大泣きを始め五月雨に優しく抱きしめられていた。

 

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け、皆! 俺は出ていかない! 出ていかないぞ!」

 

 誤解を解く説明に、30分以上費やした。

 

 …

 ……

 ………

 

「全く、とんだ大騒動だったよ」

 

「まあ、結果オーライだがな」

 

 ようやく全ての誤解を解き、皆が落ち着いてから皐月と長月がぐったりして言った。

 

「うう、皆、ごめんね……五月雨がまた、失敗しちゃって」

 

「いえ、貴方だけでは無いわ。不知火も何てミスを……これも全て落ち度……」

 

「まあまあ! 提督も出ていかなないって分かったし、水に流して喜ぼうじゃないかい!」

 

 肩を落として反省する五月雨と不知火の肩を、谷風が景気よく叩く。彼女なりの励ましなのかもしれない。

 

「司令官、ぎゅー」

 

「清霜も! ぎゅうっ!」

 

 すっかり機嫌の直った暁・清霜ペアが両側から抱きついてくる。

 しかし皆がこんなに悲しんでくれるなんて、俺も何だかんだでこの鎮守府に受け入れられていたんだな……何だか目頭が熱くなってくる。

 

「まあ、何はともあれこれにて一件落着だね!」

 

「ああ、そうだな。すまんな、誤解を生むような事を言って」

 

「いいって。ところで、出張はいつから行くの?」

 

「週末からだ。本土まで距離はあるから、一週間くらいは留守にするぞ」

 

「一週間かぁ、長いなぁ……」

 

 皐月がしみじみと言った。

 

「まあ、帰ってくるならいいよ」

 

「そうか、ありがとな。留守は頼むぞ」

 

 俺がそう言って頭を撫でると、皐月は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「しかし、広島か。遠いとこまで行くもんだねえ」

 

「大丈夫、司令官。迷子にならない?」

 

 谷風の言葉で心配したのか、暁が聞いてくる。

 

「大丈夫。現地までは船と飛行機を乗り継いでいくし、本土に行けば後は簡単さ」

 

「でも司令官一人では些か心許ないぞ」

 

 長月も心配してくれるようだ。

 

「そうそう! 司令官ったら割と方向音痴の気があるしね!」

 

「帰ってこられるの?」

 

 さっきまで辛気臭かった皐月と清霜が笑いながら言ってきた。うんうん。やっぱりこれ位明るいほうがいいな。

 

「大丈夫さ。他の海軍の人もいるしな」

 

 そこまで言って俺は彼女たちに言わなきゃいけない事を思い出した。

 

「そう言えば皆には留守を任せることになるんだが」

 

「おっ、何だい提督。谷風さん達に頼みごとかい?」

 

「五月雨たちでよければ何でも仰って下さい」

 

「頼みごとっていうか、何というか」

 

「何だよ司令官、はっきり言ってよ~」

 

 ケラケラ笑いながら皐月が言った後に俺は口を開いた。

 

「本土に行く時に秘書兼ボディーガードとして艦娘を一人、連れて行くことになったんだが……」

 

 ――ガタっ!!

 

 無言で皐月、谷風、長月、そして不知火が立ち上がった。

 

「ど、どうしたお前達」

 

「いや、司令官を一人にするのは心配だからね。このボクが司令官を守ってあげるよ」

 

「皐月、お前では無理だ。ここは長月が同行しよう。司令官もちゃらんぽらんな皐月よりしっかり者の私の方がいいだろう」

 

「何それ! どういう意味!?」

 

「そう言う意味だ。どうだ、司令官?」

 

「長月よう、そんな仏頂面で旅に出ても面白くないぜ。ここはこの谷風さんに任しときな」

 

「寝言は寝て言いなさい。司令官、この不知火。粉骨砕身の覚悟で貴方をお守りいたします」

 

「お、お前らちょっと落ち着け」

 

 余程本土に行きたいのか、本気で口論する皆を慌てて止める。

 

「お姉様、本土に行くの?」

 

「ええ。清霜にはいっぱいお土産を買ってくるからね」

 

 暁はもう行く気満々だし。

 

「あ、あの提督。五月雨は……五月雨は……」

 

 五月雨は上目遣いで俺を見てくるし。

 

「あの……皆さん? 俺はね、もう連れて行くやつを決めてる――」

 

「演習で決着つけようか」

 

「流刑鎮守府トーナメント開催だな」

 

「不知火、手加減は出来ませんよ」

 

「腕が鳴るねえ……」

 

「お姉様! ここは流刑鎮守府のザ・マシンガンズと呼ばれる清霜たちが!」

 

「ええ、レディーと戦艦の黄金コンビを見せてあげるわ!」

 

「暁ちゃんと清霜ちゃんは二人で一人なんだね……」

 

 苦笑する五月雨以外、皆ヤル気満々である。

 何とか俺の異動誤解騒動は終わったものの、また色々場が荒れそうだった。

 

「本土行き……無事に済むだろうか」

 

 俺は一人、不安に溜息をつくのだった。



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背中ごしにセンチメンタル

出発回です。
今回は割と真面目です


「いいかお前ら? この物語の原作は『艦隊これくしょん』なんだぞ? 男塾でもキン肉マンでもないんだぞ?」

 

 ボロボロになった執務室で、俺は正座している部下の艦娘たちを見下ろしながら言った。俺の眼下には、五月雨を除く我が鎮守府の駆逐艦達が俯いている。

 

「・・・・・・タッグマッチをするのは構わない。外で好きなだけやればいいさ。でもここは所謂作戦本部だぞ?」

 

 事の始まりは数分前、俺が本土に出張することを告げた後だった。この中から一人、本土に護衛として艦娘を連れていくことを話したことが発端である。

 誰が行くかという話になったまではよかったのだが、何故か気づけば艦娘たちがタッグを組んで俺と一緒に行く権利を賭けて戦いだしたのだ。

 長月・皐月の睦月型シスターズ。不知火・谷風の陽炎姉妹コンビ。そして暁・清霜の流刑地マシンガンズ。名前全部パクリじゃねーかというツッコミはさておき、何故か五月雨が審判に甘んじていた。一人あぶれたという。

 まあその後は酷い騒動で、長月と皐月がマッスルドッキングを決めようとするわ、谷風が何故か事切れて不知火が棒読みでロビンの激アツシーンを真似しだし、最終的に暁と清霜が掟破りのクロスボンバーを決めたところで俺がストップをかけた。というか、五月雨も止めろよ・・・・・・。

 

「そもそも俺はもう連れていく奴は決めているんだ。なのにお前ら・・・・・・」

 

 おかげで執務室はボロボロだ。まあ、それはそれとして。

 

「・・・・・・とりあえず連れていく者のことだが・・・・・・」

 

 俺がそう言うと皆がガバッと顔を上げた。

 

「まず、俺がこの鎮守府を留守にするわけだから、代わりに流刑鎮守府の指揮に取る艦娘が必要だ」

 

 俺はそこまで言うと横にいた少女の肩に手を置いた。

 

「五月雨、お前が留守中の鎮守府の指揮を頼む」

 

「え、ええええっ!? さ、五月雨ですか!?」

 

 俺に指名された五月雨は素っ頓狂な声を上げた。

 

「お前はずっと俺の秘書艦をしていて提督業務にもある程度精通している。俺がいない間、鎮守府を頼む」

 

 肩に置いた手を彼女の頭にポンと乗せる。

 

「は、はい! 五月雨、精一杯頑張ります!」

 

「その意気だ」

 

 五月雨の頭をそのまま撫でる。サラサラの青髪が心地いい。

 

「だけど五月雨だけに責任を押しつけるのは酷だ。だから長月、お前が補佐してやってくれ」

 

「え・・・・・・私がか?」

 

「ああ、しっかり者のお前なら上手くフォローできるだろう。それに長月がいなかったら我が鎮守府の食卓は、大変な事になる」

 

 流刑鎮守府のご飯は、そのほとんどを長月が作っている。他に料理が出来るのは五月雨くらいで、その五月雨も調味料などをちょくちょく間違えるのだ。

 長月がいないと厨房がどんな惨状になるかわからない・・・・・・というわけで残ってもらうことにしたのだ。

 

「頼めるか?」

 

 俺がそう尋ねると長月はふっ・・・・・・と笑った。

 

「・・・・・・了解だ。任せておけ。司令官が留守の間、長月が必ず鎮守府を守ってみせる」

 

「頼むぞ」

 

 俺が笑って長月の頭を撫でると、彼女もニカッと笑い返してくれる。頼りがいのある奴だ。

 

「で、残りのメンバーから同伴する者を決めるわけだが・・・・・・」

 

「ボク・・・・・・だね」

 

「谷風さんの出番か」

 

「いよいよレディーが本土に行くときが来たようね!」

 

 俺がメンバーの指名を匂わせると、皐月・谷風・暁の三人がわらわら立ち上がった。

 どうしてこんなに自信満々なんだろう。

 

「・・・・・・不知火。一緒に来て貰ってもいいか?」

 

 俺の言葉に皆が息を呑んだ。

 そして当の本人は、

 

「えっ・・・・・・」

 

 目をパチクリさせてただ驚いていた。

 

「し、不知火で、いいのですか?」

 

「ああ。一緒に来てくれるか? 嫌だったら無理しなくてもいいんだが・・・・・・」

 

「い、いえ! この不知火、選んで頂いたからには粉骨砕身の覚悟でお供致します!」

 

「そんなに堅くならなくても大丈夫だぞ。いつも通りのままで着いてきてくれればいいさ」

 

「そ、そうですか・・・・・・」

 

 緊張しているのか、不知火はいつも以上に言葉数が少ない。

 まあ大役と言えば大役かもしれないしな。それに普段は本土なんて行かないから、不安っちゃ不安だろうし。

 

「ちょ、ちょっと! 何で不知火なのさ!」

 

「そうだぜぃ! 谷風さんだってイケるだろう!」

 

「お前ら、遊ぶ気満々じゃねーか! 言っとくけど任務だぞ!」

 

 この二人は邪な思いが透けて見えすぎる。

 

「ねーねー司令官。暁はー?」

 

 俺の服の裾をクイクイと引っ張って暁が聞いてきた。

 

「暁はなあ・・・・・・」

 

 連れていってやりたい気持ちはあるんだが、迷子になりそうだしな。

 旅行とかだったらいいんだけど、仮にも任務だしなぁ。

 

「・・・・・・暁。五月雨と長月が中を護る。だがもし外から深海棲艦が攻めてきたらどうする? 一人前のレディーである暁しか、この鎮守府を護れる艦娘はいないだろう?」

 

「え……そ、そうかしら?」

 

「ああ、清霜と一緒にこの鎮守府を護ってくれ。頼めるか?」

 

「……も、勿論よ! 暁に任せて! 一人前のレディーとして、司令官の帰る場所を護ってみせるわ!」

 

「おう、任せたぞ! 暁! 清霜も頼むぞ!」

 

「うん! 清霜がんばる!」

 

「その意気だ!」

 

 ちびっこ二人の頭をガシガシ撫でる。単純で可愛いなぁ。

 

「というわけだ。出発は週末。それまで頼むぞ皆」

 

 俺がそう言うと皆はキッチリと敬礼で返してくれた。こういうところはやっぱり軍隊だな。

 こうして俺の本土遠征任務の前段作戦が始まったのであった。

 

 …

 ……

 …………

 

 流刑鎮守府はあっという間に出発の日の前日を迎えていた。

 俺は荷物を用意し……といっても持っていく物は着替えくらいのもんだから、気楽なものだ。

 ちゃちゃっと旅行鞄に衣服と少々の資料を詰め込んで、準備は万端。明日の出発を待つだけである。

 

「提督、コーヒーをお持ちしました」

 

 準備を終えた俺が執務室でまったりしていると、五月雨がホットコーヒーが乗ったお盆を持って現れた。

 

「おう、ありがとうな」

 

 俺がお礼を言うと五月雨はにっこり笑って、こちらに近づいてくる。

 

「慎重に慎重に……落ち着いて落ち着いて……」

 

 おっかなびっくりで五月雨はゆっくりと歩いていた。多分、いつもみたいにコーヒーを零さないようにしているんだろう。

 真剣な顔で体をプルプル震わせながら五月雨はコーヒーカップをテーブルに置いた。そして深く息を吐く。

 

「ふーっ……よかった! 無事に置けました!」

 

「おお、偉いぞ五月雨」

 

 コーヒーを零さずテーブルに置くだけで、褒めてあげたくなる五月雨って得なキャラクターだよな。

 

「あの・・・・・・」

 

 俺が漂ってくる芳ばしい香りに目を細めていると、五月雨がおずおずといった感じで口を開いた。

 

「さ、五月雨もご一緒させて頂いてもよろしいですか?」

 

 顔を真っ赤にしながら五月雨は聞いてくるのだ。

 

「よろしいも何も、何時も一緒にお茶してるじゃないか。ほれ、座れ座れ」

 

 おかしな事を言うもんだ。この鎮守府で俺にコーヒーを煎れてくれるのは長月と五月雨だけである。故にこの二人とはよく一緒にお茶をする仲のだが。

 

「あ・・・・・・はい! 失礼します!」

 

 五月雨は頭をペコリと下げると、俺の横に腰を降ろした。

 心なしかいつもより近い気がする。ノースリーブの袖から露出した白い肩が、小さく震えていた。

 

「・・・・・・うん。美味いな、今日のコーヒーは。五月雨が煎れたのか?」

 

「え・・・・・・あ、はい! 五月雨が煎れさせて頂きました!」

 

「そうか。ありがとうな」

 

 素直にお礼を言うと五月雨ははにかみながらコーヒーを啜った。

 

「・・・・・・どんどん美味くなってるな」

 

「え?」

 

「いや、五月雨の煎れるコーヒーがな」

 

「えっ・・・・・・そ、そうですか?」

 

「ああ、いつも煎れてくれるおかげだ。ありがとうな」

 

 いつもは言う機会が無いお礼を言って、頭を撫でる。

 このコーヒーも一週間は飲めないと思うと悲しいな・・・・・・そう考えていると、五月雨がポロポロと涙を溢し始めた。

 

「なっ!? どうした五月雨!?」

 

「うう~だって・・・・・・だってぇ・・・・・・」

 

 呂律の回らない言葉使いで五月雨は顔をぐしゃぐしゃにして泣き始める。

 

「しばらく提督に会えないと思うと寂しくて・・・・・・うぅ~」

 

 びえーん、と泣く五月雨が何だか愛おしいので、頭をポンポンと軽く叩く。

 すると「あうー」と両手を伸ばしてきたので、抱きしめて背中をさすってあげた。

 程なくして彼女は落ち着いたようで、涙を拭いながら俺か離れた。

 

「俺がいない間は五月雨が流刑鎮守府の指揮官なんだから、泣いてばかりじゃ駄目だぞ。俺と不知火が帰ってくる場所をよろしく頼むぞ」

 

「はい! 五月雨、頑張ります!」

 

「ああ。帰ってきたら、またここで、一緒にコーヒーを飲もう」

 

 俺がそう言うと五月雨は花のように笑ったのだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「明日は司令官と不知火の出発日だ! 今日はその前祝いだ!」

 

 夜、鎮守府の食卓に様々な料理が並んでいた。全て長月の手作りだ。

 

「おお・・・・・・凄いな」

 

「二人の晴れの日だからな! 奮発した!」

 

 胸を張る長月だが、確かに並んでいるのは俺と不知火の好物ばかりだった。

 

「刺身・・・・・・枝豆・・・・・・唐揚げ・・・・・・」

 

「肉じゃがに煮付けですか・・・・・・」

 

 俺と不知火は眼前に盛られた好物たちに、ゴクリと唾を飲み込む。

 

「ささ、司令官! ビールだ」

 

 ご馳走に目を奪われている俺に、長月はグラスに入れたビールを持ってきた。

 

「おお、すまないな」

 

「なあに、気にするな。皆もグラスは持ったか?」

 

 長月の問いかけに他の皆も飲み物が入ったグラスを頭上に掲げた。

 

「司令官、乾杯の音頭を頼む」

 

「え!? えーと今日は俺と不知火のために色々準備してくれてありがとう。明日から俺はここを留守にするが、帰ってくるまで頼むぞ・・・・・・では、かんぱーい!」

 

 俺がそう言うと同時に皆のコップが重なり合った。

 

「よっしゃ、食うぞ食うぞ。長月の料理も暫く食えないからな」

 

「そうだな。だがあまり飲み過ぎるなよ? 明日も早いんだからな」

 

 長月は苦笑しながら釘を刺す。

 しかし、やはり長月の手料理は美味い。こんなに美味い飯を毎日食べられていたのは、すごく幸せだったんだぁなぁと思ってしまう。

 

「いつもありがとうな、長月」

 

「な・・・・・・どうした急に」

 

「いや、これから一週間。お前の料理が食べられないと思うと、寂しいだけだよ」

 

 俺が素直にそう言うと、長月の頬が少しだけ朱色に染まる。

 

「うう・・・・・・い、いきなりそんなこと言うのは卑怯なんじゃないか・・・・・・」

 

 消え入りそうな声で長月は呟いた。

 何時も強気な長月も恥ずかしがることがあるんだな。

 

「さささ、提督! グラスが空だよっ!」

 

 谷風が空になった杯にビールを注いでくれる。

 こういう時、気が利く酒飲みはいいなぁ。

 

「今日は楽しもうよ! ぱーっとさ!」

 

 皐月もそれに乗ってくる。

 

「そうだな! 暫くここで飲めない分、ぱーっとやるか!」

 

 そこから先は無礼講だった。美味い肴と酒に酔い、艦娘たちと大いに語り合った。

 いつもならそのまま深夜までドンチャン騒ぎするところだが、明日のことがあるので早めに解散となる。

 俺は歯を磨き、明日持って行く荷物の確認をしているときだった。

 寝室のドアがコンコンと叩かれる。

 何だろうと開いてみると、寝巻き姿の暁と清霜が俺を見上げるように立っていた。

 

「どうしたお前達。こんな遅くに」

 

 俺がそう尋ねると暁は上目遣いで言った。

 

「あの・・・・・・司令官。明日出発だから・・・・・・その・・・・・・」

 

 暁はそこまで言ったが恥ずかしそうに俯いて黙ってしまう。

 

「司令官! 今晩、清霜も一緒に寝ていい?」

 

 元気よく清霜はそう言うと俺の腰にぎゅっと抱きついてきた。

 

「え、一緒に?」

 

「うん! 司令官、駄目?」

 

「・・・・・・いや、一緒に寝よう。おいで」

 

 艦娘とはいえど清霜はまだ幼い。それこそ生まれたばかりといってもいいのだ。寂しいと感じるのも当然だろう。

 

「暁はどうする?」

 

 俺は清霜の後ろでもじもじしている暁に声をかけた。

 

「えっ・・・・・・あ、暁は別に・・・・・・き、清霜の付き添いだし・・・・・・」

 

「いや、俺が暁と一緒に寝たいんだ。駄目か?」

 

「・・・・・・し、司令官が言うならしょうがないわ! 暁が一緒に寝てあげる!」

 

「ああ、ありがとうな」

 

 甘えたいけど素直になれないお年頃なのだろう。

 でもこうやって後押しすれば、正直になってくれる所はやっぱり子供だなぁと思う。

 ベッドの中央で俺が仰向けに寝っ転がり、右に暁、左に清霜が横になる。丁度俺が二人に挟まれるような格好だ。

 

「えへへ~司令官~」

 

 嬉しそうに清霜が体をくっつけてくる。小さい子特有の柔らかい体と高い体温が心地いい。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 一方の暁は無言で俺にしがみついてきた。恥ずかしいのか、顔も伏せて俺に密着している。彼女の鼓動が体越しに伝わってきそうだ。

 

「・・・・・・二人とも、留守番を頼むぞ」

 

 俺は何だか愛おしくなって二人の頭を優しく撫でた。

 

「うん! 清霜に任せておいて!」

 

 元気よく返事する清霜に無言で頷く暁。

 娘のような少女二人に挟まれたまま、俺は心地居眠りに着いたのだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「さてと、作戦会議といこうか」

 

 一方の艦娘達の寝室では寝巻き姿の皐月がベッドで胡座をかいてそう宣言していた。

 

「・・・・・・作戦会議とは。不知火は明日早いからもう寝るわよ」

 

「何言ってんの! 今回の作戦は不知火が主軸なんだよ!」

 

 呆れたように言う不知火に皐月が拳握ってそう言った。

 

「そうだぜぃ! 何せ不知火と提督の本土デート作戦を立てるンだからよぅ!」

 

 谷風が放ったその言葉に、不知火の動きがピクリと止まった。

 

「な・・・・・・何を言っているのです? で、デート? 不知火はただし、司令官と出張に行くだけですが・・・・・・」

 

「私達に敬語とは思ったよりもテンパっているな」

 

 長月が言うように不知火は基本、艦娘同士ではため口である。それが敬語になっているときは、焦っている証拠なのだ。

 

「出張っていっても広島では自由時間があるんでしょ? 司令官と一緒に色々いけるじゃん」

 

「そうそう! 広島はいいよ~宮島、広島城、縮景園・・・・・・」

 

「随分と渋いチョイスだな谷風・・・・・・」

 

「いいなぁ、広島。不知火ちゃんは提督とどこに行きたい?」

 

「さ、五月雨まで何を言っているんですか・・・・・・これは任務です。不知火の仕事は司令官をお守りすること・・・・・・」

 

「もー堅いなー不知火は。折角、司令官と出かけるチャンスなんだから、これを機に一気に距離を近づけるべきだよ!」

 

 皐月が力強く言うと、谷風も長月も五月雨までもがうんうんと頷いた。

 

「司令官は私達、駆逐艦に興味が無い。だが、きっかけがあれば変わるかもしれん。不知火、お前なら可能性がある。頼むぞ」

 

「な、長月・・・・・・貴方までそんなことを・・・・・・」

 

「不知火ちゃんなら大丈夫! 五月雨も楽しみに待ってるからね」

 

「落ち着きなさい五月雨。不知火はデートなんて」

 

「慣れない本土・・・・・・誰も知らぬ人がいない街で、男と女が二人・・・・・・何も起こらぬはずがなく・・・・・・」

 

「止めなさい、皐月! そんなふしだらな事、司令官がなさるはずないでしょう!」

 

「あれ? ボク、ふしだらな事なんて言ったけ?」

 

「うう~~~~」

 

 珍しく皐月に言い負かされ、不知火は真っ赤に俯いてしまう。

 

「まぁまぁ。不知火も普段から真面目だからこういう事に弱いんだ。それよりも問題は・・・・・・」

 

 谷風はそう言うと不知火の鞄に視線を移した。

 

「不知火、この色気もへったくれも無い旅行支度はなんだい?」

 

「な・・・・・・旅に色気など関係無いでしょう」

 

「甘い! 天津甘栗よりも甘い! 不知火よぉ、男女二人旅だぜ? もしもの時に色々準備するのは当たり前ぇだろ?」

 

「も、もしもの時って・・・・・・何よ・・・・・・」

 

「そりゃ司令官だって男だ。旅の雰囲気にやられて、普段は女として見てないあの娘が、急に色っぽく見えちゃうこともあるもんさ」

 

「そしてそのままお酒を飲んで、ホテルへ・・・・・・めくるめく夜を・・・・・・」

 

「止めなさい、二人とも! そ、そんな破廉恥なこと、絶対に無いわ!」

 

 不知火がついに声を荒らげた。だがいつもの冷たい迫力が無いためか、谷風と皐月は動じない。

 

「せめて可愛い私服と勝負下着くらいは持って行かねえと。いつも制服しか入ってないじゃないか」

 

「しょ・・・・・・勝負下着なんて・・・・・・持っていないし・・・・・・」

 

 ボソボソと不知火は言った。もう完全にペースは皐月たちに握られている。

 

「私服は持っていないのか?」

 

「・・・・・・普段、外に出ること何てないし・・・・・・」

 

 長月の問いに不知火は恥ずかしそうに答えた。

 

「全く・・・・・・手のかかる姉だねえ・・・・・・そんな事だろうと思ったから、谷風さんのとっておきを貸してあげるよ」

 

 谷風はそう言って、箪笥の中から服を引っ張り出してきた。

 

「どうよ、コレ! 買ったはいいけど着る機会がなくて、しまっといたんだけどさ。谷風さんより不知火の方が似合うんじゃないかと思ってね」

 

 谷風が自信満々に差し出したのはグレーのパーカーとショートのデニムだった。

 

「あっ、この猫のファスナー可愛い」

 

 五月雨がパーカーのファスナーに付けられた猫の飾りを見て言った。

 

「だろぉ? これなら活発な不知火にも似合うと思ってさ」

 

「そ、そんなこといわれても・・・・・・」

 

「まぁまぁ、遠慮せずに持っていきなよ! そんなかさばるものじゃないし」

 

「それにこの服を着た不知火を見たら、きっと司令官も可愛いって言ってくれるさ」

 

 谷風と長月に言われ、不知火は強引に私服を鞄に詰め込まされる。

 

「不知火。ボク達駆逐艦だって女の子だってこと、司令官に見せておくれよ」

 

 皐月に肩をポンと叩かれ、不知火は真っ赤になったまま閉口するのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 とうとうこの日がやって来た。

 朝の流刑鎮守府。その玄関口とも言える波止場に、全員が集まっている。

 

「司令官、気を付けてくださいね」

 

「迷子になっちゃ駄目よ?」

 

 五月雨と暁が心配そうに言った。

 

「不知火、司令官を頼むぞ」

 

「頑張ってくれよ、不知火」

 

 長月と谷風が不知火を激励する。

 当の不知火は緊張しているのか、無言で頷くだけだった。

 

「司令官の留守はボク達がバッチリ守るから、気楽に行ってきなよ」

 

「お土産、期待してます!」

 

 皐月と清霜が笑顔で握手してくれる。

 

「おう、ありがとうな皆」

 

 俺は皆の顔を一人ずつ見ながら、そう返した。

 

「・・・・・・皆、よろしくね」

 

 不知火もようやく言葉を絞り出したようだった。

 迎えの船が水平線の向こうに見えてくる。ここから船で大陸に向かい、そこから空港まで移動して、飛行機で日本本土へと向かうのだ。旅のほとんどの時間は移動である。

 船が来るまで皆で他愛もない話をした。

 お土産は何がいいとか、他の提督に舐められないようにしろだとか、広島はどんな所だとか。

 話していてふと、気が付いた。

 俺はこの世界に来てからずっと彼女達の一緒だったことを。

 まだ俺が社畜だった頃、ずっと一人で生活をしていた。それが当たり前だった。

 だがこの鎮守府に来てからは皆がずっと一緒にいた。それが新しい当たり前になって

 今日から一週間、皆の顔を見ないのだ。

 五月雨の笑顔も、長月の手料理も。暁の頭を撫でることも、谷風と酒を酌み交わすことも出来ない。いつものように皐月とじゃれ合う事も出来ないのだ。

 当たり前の者が少しの間とはいえ、無くなる。急に俺は寂しさを覚え、皆をぎゅっと抱きしめた。

 彼女達の暖かい体が直に伝わってくる。

 皆も察してくれたのか、何も言わなかった。

 船が寄稿し、俺たちは離れた。

 

「・・・・・・じゃあな、行ってくる。皆も気を付けてな」

 

「不知火も全力で司令官を守るので、皆も鎮守府をお願いね」

 

 俺と不知火の言葉を聞き、皆はビシッと敬礼する。

 船が出発する。

 俺と不知火は皆の姿が見えなくなるまで、ずっと鎮守府の方を見つめていた。

 六人の少女は黙って敬礼したまま俺達を見送ってくれる。

 必ず、帰ろう。

 もう流刑鎮守府は俺の家同然になっている。

 俺は横にいる不知火の肩を抱きながら、そう決意するのであった。



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おいでよ広島

広島編です


 広島までの旅は長かった。。

 最初に流刑鎮守府から船で少し離れた場所にある島まで移動する。そこで船を乗り換え、次は大きい島へと向かう。そこでまた別の船に乗り継いで、本土へ向かうのだ。

 まあ本土って言っても日本ではなく東南アジアの某国なんだけど・・・・・・着任して結構経つがようやく我が鎮守府の大体の場所を把握できた。

 そこから空港に行き、日本行きの飛行機に乗る。ここまでで既に2日が経過し、俺と不知火はクタクタになって飛行機の中で眠りについた。

 別世界から来た俺にパスポートとかあるのかと不安にもなったが、軍人用として用意されていたので助かった。ちなみに不知火は艦娘なので大丈夫らしい。

 そんな感じで飛行機で成田に到着。そこから別の飛行機に乗り換えて広島空港に向かう。

 ここまで移動だけで3日以上。いかに流刑鎮守府が僻地か分かるな・・・・・・

 そしてそのまま広島空港から呉鎮守府へは、迎えの車が来てくれた。

 腐っても海軍。そして俺は軍人で提督。これ位は用意してくれるらしい。

 1時間弱ほど車に揺られ、外の景色を眺めるのに飽きてきた頃に俺たちは呉鎮守府に辿り着いた。

 車から降りると視界に飛び込んできたのは我が流刑鎮守府とは似ても似つかない、呉鎮守府の正門だった。

 正に軍施設とも言うべき巨大な鉄門と高い塀。そこをくぐると広い庭の奥に見える、赤煉瓦の洋風庁舎。俺が当初、思い描いていた鎮守府のイメージに近い・・・・・・。本当に同じ鎮守府なのかと思う位、流刑鎮守府と違うな。

 日本海軍の最重要地点の一つというだけあって、多くの海兵や憲兵さんたちが行き来している。

 しかし肝心の艦娘はどこだ、と俺が思っていたときだった。

 

「失礼します。他鎮守府からお越しの指揮官とお見受けしますが、よろしいでしょうか?」

 

 不意に声をかけられ、体が強張ってしまう。

 慌てて声の主を探すと、いつの間にか近くまで来ていた少女が丁寧に敬礼をして、俺たちの方を見つめていた。呉鎮守府の光景に圧倒されて、気が付かなかったみたいだ。

 

「あ、ああ・・・・・・そうだけど・・・・・・君は・・・・・・」

 

「はい。呉鎮守府所属、吹雪型駆逐艦二番艦・白雪と申します」

 

 俺の目を真っ直ぐ見ながら彼女――白雪は言った。

 

「あ、ああ・・・・・・えっと・・・・・・流刑鎮守府の指揮官をやっている者です」

 

「流刑鎮守府所属、駆逐艦不知火です」

 

「流刑鎮守府ですね、かしこまりました。来て頂いた指揮官と艦娘の皆さんは、こちらに集まっています。案内させて頂きますね」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 テキパキ受け答えする白雪に対し、どこかしどろもどろな俺。

 慣れない土地にやって来たカッペみたいな態度である。まあ、その通りではあるんだけど。

 そんな事を考えながら俺たちは白雪に案内され、そのまま呉鎮守府の庁舎へと足を踏み入れた。

 玄関はかなり広く、ホテルのロビーと言われたら信じてしまいそうなほど、洒落た内装で綺麗に手入れされていた。

 周りは階級の低い水兵や憲兵ばかりだが、よく見るとゲームで見たことがある駆逐艦が何人か歩いていた。

 やっぱり生で見ると妙に感動するな・・・・・・そう考えながら二階へと案内される。

 

「ここが指揮官と艦娘の待合室となっています。会議開始にはまだ暫く、かかりますのでお手数ですが、少々お持ち下さい」

 

 そう言って白雪が扉を開けた。

 俺と不知火は白雪に一礼すると、奥へと入っていった。

 

「おお・・・・・・うぉぉぉっぉぉぉぉおおおおおっ!」

 

 瞬間、視界に飛び込んできた光景に俺は思わず感嘆の声を上げた。

 そこにいたのは他の鎮守府の提督と艦娘達。予想できた光景である。

 だが予想以上だったのは、そこに集まっていた艦娘たちである。

 

「ブラボー・・・・・・おお・・・・・・ブラボー・・・・・・」

 

 戦艦、空母、重巡・・・・・・胸部装甲の厚い艦娘達が揃っていた。

 背は高く、大人の気品に満ちあふれた艦娘のお姉様たち。

 くびれた腰に長い足。なんと美しいことか。

 だがなんといってもやっぱり、おっぱい!

 動く度に揺れ、談笑する中で悩ましく震え、男の視線を一身に集める二つの果実。 

 普段の流刑鎮守府では見られない、たわなな艦娘達。

 なんと眼福! ああ、楽園はここにあったのか・・・・・・

 

「司令、緩みすぎです」

 

「いだだだだだだっ! 耳を引っ張るな!」

 

 横にいる不知火に思いっきり耳を引っ張られた。

 いつもは殴ってくるのに、今回は周りの目があるからか、制裁も弱めだ。

 

「いでで・・・・・・よく見たら、駆逐艦や海防艦もいるな・・・・・・」

 

 それでも痛いものは痛いので、視線を小っちゃい子に移して火照った体を落ち着かせる。

 しかしよく見ると駆逐艦を秘書艦にしている提督は見た目が若い。逆に戦艦や空母を連れている提督は、いかにも歴戦の勇者って感じだ。やっぱり、新米提督に強い艦娘は中々来ないのかもしれない。

 

「ぱんぱかぱ~ん!! 提督の皆さ~ん! 会議がまもなく始まりますので、こちらの第二作戦会議室に集合してくださ~い!」

 

 元気よく愛宕が作戦会議室から出てきて言った。

 いよいよ会議が始まるらしい。

 しかし・・・・・・凄いな。

 青い上着の越しでもその胸部装甲はしっかりと自己主張し、動く度にたゆんたゆんと揺れる。

 むしゃぶりつきたくなるような二つの双丘は、よくみると若干震えて・・・・・・

 

「いたっ! やめっ! 不知火っ! 顔はやめ・・・・・・」

 

 俺は愛宕の肢体を目に焼き付けることも出来ないまま、無言の不知火に殴られたのだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「全く、司令は見境の無い・・・・・・」

 

 作戦司令室に入っていく司令官の背中を見送りながら、不知火は一人毒づいた。

 今回の会議は提督だけで行われるらしく、艦娘達は別室で待機するらしい。

 この呉鎮守府に所属する愛宕達が、艦娘は艦娘同士で、とお茶会の用意をしているそうだった。

 特に顔見知りがいない不知火は、とりあえず皆に流されて付いて行く。

 部屋の中には不知火が見たことも無いような高級茶菓子と、香りの良い紅茶が用意されていた。

 様々な鎮守府の艦娘達が集まっていたが、基本的に他所と関わりの無い流刑鎮守府にいる不知火に知り合いはいなかった。

 元来、前に出る性格ではないためか、暫く部屋の隅で一人お茶を啜っていた。

 このお茶菓子が美味しいので、皆にこっそり持って帰っていこうか。そんなこと考えている時に、別の艦娘の話が聞こえてきた。

 

「えっ? 提督同士で打ち上げ?」

 

「ええ、打ち上げっていうか、提督同士で親睦を深めるために、皆で飲みに行くらしいわ。うちの提督が言っていたの・・・・・・なんでも海軍御用達のキャバクラがあるって」

 

「そ、そんなぁ・・・・・・折角、ご主人様と二人で色々・・・・・・」

 

 落胆する艦娘の姿を、不知火は黙って見つめていた。

 

(親睦会にキャバクラ・・・・・・お酒好きで女好きの司令はきっとそっちに行っちゃうわね・・・・・・)

 

 何だか胸が痛んだ。

 さっきまで美味しかった紅茶とお菓子も何だか味気ない。

 不知火は無言でティーカップをテーブルに置くと、壁に寄りかかって俯いた。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 どうして会議っていう奴はこうも眠たいものなんだろう。

 会議室の端っこに設けられた座席に腰を降ろした俺は、何度目か分からない程湧き上がってくる欠伸を黙って噛みしめていた。

 会議の内容は思ってた以上に簡素だった。

 深海棲艦の動向が主な議題だったが、肝心の敵は最近大人しいらしく、会議はゆるやかに進んでいた。

 呉や横須賀といった重要拠点はともかく、俺の所属する流刑鎮守府などの辺境地は本当に関係の無い話ばかりなのだ。

 横に座っている孤島鎮守府の提督は熱心に聞いている。俺より若いのに大したもんだ。

 そんなことを考えている内に会議は終わった。さっさと不知火の所に帰ろうと立ち上がろうとした時だった。

 

「さて、では今回も提督同士で親睦を深めるとしましょう!」

 

 えらく恰幅のいいどこかの指揮官がそう言うと、皆が一斉に浮き足立った。

 

「いつもの店を準備しています。参加する方はここに集まってください!」

 

 そう言う提督の周りに何人もの指揮官たちが集まっていく。

 

「・・・・・・おい、孤島の提督さん。あれは一体なんだい?」

 

「この後、提督同士で親睦を深めるために皆で飲みに行くんだとか・・・・・・専用のキャバクラがあるって話です」

 

「何、キャバクラ!?」

 

 キャバクラ・・・・・・それは俺にとって未知のエリアだった。

 前の世界にいたときは社畜で忙しかったこともあるが、オタクで童貞の俺はそのテの場所に行く勇気が無かったのだ。

 だが今は俺だって場末とは言え一鎮守府の指揮官。何だかんだで肩書きはある。

 軍人といえばモテるだろう。しかも海軍御用達の店とくれば、ぼったくられる心配も無いし、綺麗なお姉さんも揃っているだろう。

 

「おう、新入り! お前も来い!」

 

 集まっていた提督の中から一人、やんちゃそうな男が孤島鎮守府の提督の袖を引っ張った。

 孤島さんは見た感じかなり若い人だったし、先輩方からしたら誘ってやりたいのだろう。

 しかし、キャバクラか・・・・・・

 これは行かない理由が無いな! 

 そう思って足を踏み出したときだった。

 仲よさそうに談笑する提督達。そこに俺の知っている顔は無い。

 それはいい。俺は最近、この世界にやって来たのだ。知り合いなどいない。それでも男同士提督同士、話は合うだろう。

 だけど不知火はどうだ。

 他の鎮守府の艦娘に知り合いなんているだろうか。

 彼女を置いたまま、俺一人で飲みに行っていいものだろうか。

 

「お前さんも来るかい? 初めてだろう?」

 

 先輩の一人が俺を手招きする。俺は無言で立ち上がった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 艦娘がごった返す大部屋の端に、彼女の姿を見つけた。

 俺は大勢の提督と艦娘の間を縫うように移動して、一人で立っている少女の基へと足を進めていく。

 

「不知火、ごめんな。今、会議が終わった」

 

「・・・・・・あ、はい。お疲れ様です」

 

 何だか元気が無い。まあ、知り合いのいない場所に一人で待っていたんだから、疲れたのかもしれない。

 

「会議はどうでした?」

 

「ああ、田舎者の俺にはあまり関係無い話ばかりだったよ」

 

「そうですか・・・・・・」

 

「それでな。この後のことなんだが」

 

 不知火の肩がピクリと震えた。

 

「聞きました。提督同士で親睦会を・・・・・・」

 

「ああ、それは断ってきた」

 

「え・・・・・・」

 

 不知火が顔を上げた。

 

「折角、広島まで来たんだ。二人で呑みに行かないか?」

 

「ど、どうしてですか、司令? 他の鎮守府の人たちと親睦を深める絶好の機会ですのに」

 

「俺みたいな窓際提督にはあまり必要じゃ無いさ。それに不知火を一人、置いていけないだろう」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あ、でも愛宕さんが何かするみたいだから、そっちに行ってもいいぞ」

 

 何でも艦娘達は艦娘達で集まって食事をするらしい。

 

「いえ、この不知火。お供させて頂きます」

 

 不知火はほんの少しだけ頬を緩ませて、そう言った。

 

「そうか。じゃあ呑みに行くか」

 

「・・・・・・はい」

 

 明日には帰路につく。不知火と広島を楽しめるのは今夜だけなのだ。

 俺たちは賑わう周りに背を向けて、二人で歩き出したのだった。

 




 今回、先輩作家で個人的に親交のある、画面の向こうに行きたい先生の作品である『孤島鎮守府の奮闘』から主人公と漣ちゃんをゲストとして登場させて頂きました。

 向こう先生、ありがとうございます!


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シークレット・デザイアー

広島遠征編これにて完結です


 呉鎮守府の敷地は広く、本土に出張してくる提督用のホテルも用意されていた。

 俺と不知火は割り当てられた部屋に向かい、一旦離れた。着替えるためである。何せ俺は詰襟の軍服、不知火は陽炎型の制服だ。流石にこの格好で市内を歩いたら、目立ってしょうがないだろう。

 まあ私服と言っても俺は自身の服など持っていない。着の身着のままでこの世界にやってきたからな。なので俺が用意した服は、軍服と同時に作った背広である。ちょっと堅苦しいかもしれないけど、まあ軍服よりはいいだろう。

 そんなことを考えながら袖を通していく。身支度を整え、ネクタイを締めた時だった。

 

「お、お待たせしました・・・・・・」

 

 不知火が着替えを終えて戻ってきた。

 

「おお、不知火。すまん、コレで終わり・・・・・・」

 

 そこまで言って振り返ったとき、俺は目の前に飛び込んできた彼女の姿に思わず固唾を呑んだ。

 

「どうしました司令。不知火の顔に何か・・・・・・」

 

 不知火がそう言って俺はようやく我に返った。

 

「あ、いや、大丈夫だ」

 

 平静を装いつつ、俺は不知火の私服姿をじっと見つめた。

 グレーのパーカーに紺色のセーター。ショートのデニムからは黒いロングレギンスに包まれた健康的な足が覗いている。

 寡黙だが行動的な彼女にはピッタリの私服だった。

 しかし、俺ともあろうものが・・・・・・まさか不知火の可愛さに言葉を失ってしまうなんてな。

 いや不知火はいつも可愛いんだけど、それは妹とか娘に対するものであって異性としてみるのは倫理的に・・・・・・これ以上は止そう。

 何とか平常心を呼び起こして、彼女に向き直る。

 

「その服、似合ってるな。可愛いぞ」

 

「な、なな・・・・・・」

 

 顔を真っ赤にして不知火は体を震わせる。結構恥ずかしいのかもしれない。

 

「特に猫のファスナーがいいな。よく似合ってる」

 

「あ・・・・・・はい・・・・・・あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

 顔を俯かせてゴニョゴニョ呟く不知火。褒められてないから気恥ずかしいんだろうな。

 

「・・・・・・じゃあ・・・・・・行くか」

 

「あ・・・・・・はい・・・・・・」

 

 俺も身支度を終え、不知火を伴って出発した。

 タクシーを捕まえ、本通りまで向かってくれと頼む。

 やっぱり呑むなら呉よりも広島市内の方が店も多いだろうと思ったのだ。

 暫くタクシーに揺られ、ようやく本通りに辿り着いた時にはすっかり日が暮れていた。

 とりあえず広電の原爆ドーム前駅の近くでタクシーから降りる。

 そしてそのまま本通り方面へと向かったのだが・・・・・・

 

「凄え人・・・・・・」

 

「多いですね」

 

 時刻は午後八時近くとはいえ、さすが広島の中心街。見渡す限りの人の群れだ。田舎の鎮守府で1年以上暮らしている身からすれば、これだけの人間が動いているだけでも圧巻に感じる。

 

「えっと・・・・・・不知火、何か食べたいものはあるか?」

 

「あ、いえ・・・・・・不知火は何でもいいので、司令の好きなモノでいいですよ」

 

「・・・・・・不知火。折角内地に来たんだ。たまには甘えてくれてもいいんだぞ?」

 

「え・・・・・・」

 

 普段、絶海の孤島でセルフサバイバルみたいな生活しているんだ。こういう時くらい、好きなモノを食べて欲しいしな。

 

「・・・・・・しかし、いきなり言われても難しいです・・・・・・」

 

 恥ずかしそうに不知火はゴニョゴニョ言った。

 

「うーむ。じゃあ肉と魚、どっちがいい?」

 

「えっと・・・・・・どちらかというと魚でしょうか」

 

「そうか。じゃあ魚だな」

 

 今の時代、スマホがあれば簡単に店が調べられる。俺は前もって調べておいた店の中から魚の美味しい店を探し、場所を調べた。

 

「よし、ここにしようか」

 

 俺は店を決めると不知火と共に歩き始めた。

 

「しかし凄い人だな・・・・・・」

 

「ええ、人に酔ってしまいそうです」

 

 出来るだけ不知火から離れないように歩いてはいるものの、予想以上に人が多い。特に人混みに慣れていない不知火は、足取りが重そうだった。何度も人にぶつかりかけながら、不知火と一緒に進んでいたときだった。

 

「あっ・・・・・・」

 

 不知火の体が大きく揺れた。咄嗟に手を伸ばし、彼女の右手を掴み、腰を支える。

 

「大丈夫か、不知火」

 

「は、はい・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」

 

 いつも機敏な不知火が転びそうになるなんて・・・・・・まあ、それだけこの状況に慣れないんだろうな。

 

「あ、あの・・・・・・司令」

 

「ん、どうした?」

 

「・・・・・・手・・・・・・」

 

「て? あ、ああ、すまなかったな」

 

 言われて俺は不知火の手を握りしめたままの事に気が付いた。

 慌てて離そうとすると、小さな指が俺の手をぐっと掴んだ。

 

「え、どうした?」

 

「・・・・・・いえ、その・・・・・・は、はぐれてはいけないので・・・・・・もう少しこのまま・・・・・・」

 

 そこまで言うと不知火は顔を赤くして俯いてしまった。

 ・・・・・・まあ、確かにこの人混みの中ではぐれたら大変だから、手を繋ぐというのは間違いじゃ無い。

 年頃の女の子が30目前の男と手を繋ぐなんて嫌じゃ無いのかなと思ったけど、本人が大丈夫なら大丈夫だろう。

 

「じゃあ店までもう少しだから・・・・・・」

 

「あ、はい・・・・・・」

 

 不知火の手を握りしめながら歩いて行く。

 柔らかい感触が心地いい。そういえば女の子の手を繋ぐなんて小学校の時のフォークダンス以来ではなかろうか。

 不知火も動いているからか、汗がじんわりと滲みだしていた。手の何だか熱を帯びている。早く、目的地まで行かないとな。

 足を必死に動かし、ようやく店の前まで辿り着いた時、俺たちは手を離した。

 

「よし、この店だ。すまないな不知火。無理させて」

 

「・・・・・・いえ・・・・・・あの・・・・・・何でも無いです」

 

 余程人の群れの中が暑かったのか、不知火は真っ赤な顔で息を切らせていた。早めに店に入ろう。そう思い、俺は店の扉に手をかけた。

 そこは海産物が有名な居酒屋だった。

 俺たちは奥の座敷に通され、ようやく腰を降ろす。

 すぐに店員さんがおしぼりとメニューを持ってきてくれる。

 おしぼりで顔を拭くのはおっさんのやることと思いつつも、手と顔を拭いて一息ついた。

 そのまま飲み物のメニューに目をやる。

 

「俺は生ビールを。不知火は?」

 

「えっと・・・・・・カシスオレンジをお願い致します」

 

 店員さんは俺たちの注文を聞くと笑顔で去って行く。程なくして、注文した飲み物とお通しの乗ったお盆を持って、店員さんは帰ってきた。

 

「じゃあ、乾杯だな」

 

「あ、はい」

 

 俺はビールの入ったジョッキを掲げ、不知火もカクテルの入ったグラスを持ち上げた。

 

「乾杯!」

 

「乾杯・・・・・・です」

 

 ガチン、とコップの重なる音がした。

 俺はそのままビールを一気に呷る。火照った体に冷たいビールが流れ込んでいく。この感覚、のどごし、堪らねえな。

 

「かーっ! やっぱり仕事終わりの一杯は格別だな!」

 

「ふふふ、司令。谷風みたいな言葉使いになってますよ」

 

 不知火は微笑みながらカシオレを呑んでいた。表情も自然に緩く見える。

 

「よし、じゃあ早速、注文するとするか。この時期は美味い魚が多いからな・・・・・・不知火はどれが食べたい?」

 

「え・・・・・・で、では・・・・・・」

 

 それからいくつか注文して、お通しを摘まみながら料理を待つ。

 お通しは千切りになった大根に胡麻と魚卵が乗せられたモノで、これまた酒に合う。

 俺はすぐにジョッキ一杯飲み干し、お代わりを頼んだ。すると二杯目のビールと一緒に、料理がやってきた。

 俺が注文したのは、刺身三種盛り合わせと、寒ブリの刺身。不知火が注文したのはぶり大根と、だし巻き玉子だった。鰤が被ったのはしょうがない。だってこの季節、鰤が美味いもん。

 

「鮪に鯛に貝柱か・・・・・・これはビールによく合うな」

 

「あ・・・・・・この大根。凄い味が染みてます」

 

「だし巻きに乗ってるのは穴子か。面白いことするもんだ」

 

「寒ブリの刺身もすごく脂が乗ってますね。美味しい・・・・・・」

 

 不知火と二人、料理と美酒を楽しんでいく。

 普段は食べられないご馳走に不知火も嬉しいのか、いつもより喋ってくれる。

 あっという間に頼んだ料理は無くなった。

 追加の注文と同時に俺は日本酒にシフトする。寒いので熱燗だ。

 暫くして熱々のとっくりと御猪口がやってくる。

 

「司令、不知火が注ぎますね」

 

「おう、ありがとう」

 

 俺が御猪口を持つと、不知火がそこへ熱燗を注いでくれる。

 湯気と共に独特の香りを楽しむと、俺はそのままぐいっと飲み干した。

 体の奥から熱が広がっていくような感覚と共に、大きく吐息を吐き出しす。やっぱり冬は熱燗に限るな。

 俺が日本酒に舌鼓を打っていると、追加の料理が運ばれてきた。

 ハゲ(カワハギ)の煮付け。カンパチの刺身。天ぷらの盛り合わせ。

 日本酒に合うモノばかりである。

 その中からハゲの煮付けを摘まみ、一口。すかさず熱燗を呷る。

 

「うう・・・・・・はぁ・・・・・・やっぱ最高だな」

 

 思わず大きく溜息を吐く。

 魚って奴はどうしてこう日本酒に合うのだろう。

 

「・・・・・・司令、美味しそうに呑みますね」

 

「ああ、好きだからな」

 

 俺がそう言うと、不知火はじっと・・・・・・俺と日本酒の入った御猪口を見つめてきた。

 

「・・・・・・呑んでみるか?」

 

「あ・・・・・・いえ、不知火は強いお酒はちょっと・・・・・・」

 

「なぁに、一杯くらいなら大丈夫さ」

 

 俺はすぐにもう一つ御猪口を頼む。運ばれてきたそれに俺は熱燗を注いでいく。

 

「酒だけじゃキツいかもしれないから、何か肴と一緒がいいぞ」

 

 これは個人的な意見なのだが酒はそれだけでも美味いが、それに合うおつまみと一緒だと旨さは格段に跳ね上がる。

 だから俺は酒を勧めるときはおつまみと一緒にするようにしているのだ。

 

「で、では、煮付けを頂きます」

 

 そう言うと不知火はハゲの煮付けを摘まむと、パクリと口に入れた。そのまま熱燗をゴクリと飲み込む。

 すると不知火の頬が少しだけ緩んだ。

 

「・・・・・・美味しい、です」

 

「そうか、それは良かった」

 

 不知火はどちらかというと酒に弱い方だったが、少しくらいなら大丈夫だろう。

 

「・・・・・・もう一杯頂いてもよろしいしょうか?」

 

「いいけど、大丈夫か?」

 

「はい。おそらくは・・・・・・」

 

 本人がそう言うので、俺は彼女の杯におかわりを注いでいく。

 

「ちなみにこの中で俺のおすすめはハゲのキモだぞ」

 

「肝・・・・・・ですか。不知火はあまり・・・・・・」

 

「まあ、騙されたと思って一口、日本酒といってみろ」

 

 俺がそう言うと不知火は小さく肝を箸で取って、口に入れた。すかさず熱燗。

 

「あ・・・・・・美味しい」

 

「だろう? ささ、もう一杯」

 

 そのまま俺と不知火は料理と美酒を楽しんだ。

 不知火も熱燗を気に入ったのか、俺に付き合ってくれる。

 煮付けと刺身、天ぷら平らげた後、焼き牡蠣と〆の鮭雑炊を食べ満腹になった俺たちは大満足で店を出た。

 だがそこで問題が発生した。

 

「大丈夫か、不知火?」

 

「だ・・・・・・大丈夫・・・・・・です・・・・・・」

 

 不知火がすっかり千鳥足になっていた。

 油断していた。日本酒は足にくるのだ。いけるいけると思ってドンドン呑んでいたら、急に立てなくなることなんてよくある話である。

 だが不知火と呑むのが楽しくて俺も忘れていた。不知火もあまり表情に出さないタイプだし・・・・・・

 

「歩けるか?」

 

「ええ・・・・・・不知火に落ち度はありません」

 

「駄目そうだな」

 

 俺はタクシーを捕まえると、そのまま軍のホテルへ向かうように頼んだ。

 

「すまんな、不知火。俺も呑ませ過ぎた」

 

「いえ・・・・・・不知火も・・・・・・のみすぎました・・・・・・」

 

「もう少しでホテルに着くから、辛抱な」

 

 俺がそう言って背中を擦ると、不知火はボソボソと呟いた。

 

「お酒を飲んで・・・・・・ホテル・・・・・・これは・・・・・・皐月の言ってた・・・・・・」

 

 よく聞こえないが、かなり酔っているようだ。悪いことをしたな・・・・・・

 やがて目的地に着き、俺は不知火の肩を担いでタクシーから出た。そのままホテルに入り、不知火の部屋に向かい、彼女をベッドに降ろした。

 

「水、飲めるか?」

 

「・・・・・・はい、お願いします」

 

 不知火は弱々しく言った。

 コップに水を入れ、持って行く。不知火は何か唸っているようだった。

 

「ほら、不知火。起こすぞ。水だ」

 

 彼女の体を起こし、水を勧める。

 不知火は頬を朱色に染めて、上目で見つめてきた。

 

「司令・・・・・・」

 

 いつもの彼女とは違う表情に思わずドキっとしてしまう。

 

「の、飲めそうか?」

 

 俺がそう言うと不知火はコクンと頷くと俺の持つグラスへと手を伸ばす。

 指と指が触れる。視線が合った。宝石のような瞳がこちらを見ている。

 

「だ、大丈夫か? 今水を・・・・・・」

 

 瞬間、不知火の顔が目の前に迫った。

 彼女の吐息を感じる。

 胸がドキドキするのはアルコールのせいではないかもしれない。

 

「不知火は・・・・・・貴方が・・・・・・」

 

 そこまで言うと不知火はぽすんと俺の胸元に顔を落とした。

 

「し、不知火・・・・・・大丈夫か?」

 

 俺が覗き込むと不知火は小さな寝息を立て始めた。

 

「・・・・・・疲れたみたいだな」

 

 俺は不知火を抱き上げると彼女をベッドに寝かして毛布を掛けた。

 

「おやすみ、不知火」

 

 俺はそう言って灯を消して、部屋を出た。

 しかしさっきの不知火の様子はいつもと違って、妙に怪しかったな・・・・・・あの時、彼女は何を言おうとしたんだろう。

 

「まさか・・・・・・まさかな・・・・・・」

 

 もう寝よう。

 俺も隣に自分の部屋へと帰っていった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「うう・・・・・・全て・・・・・・不知火の落ち度です・・・・・・」

 

「いや、俺が呑ませすぎた。ごめんな」

 

 翌日。不知火は二日酔いで苦しんでいた。

 昨日の後半の記憶は無いようだった。

 

「まあゆっくり休んで、体調が戻ったら、鎮守府に帰ろう」

 

「申し訳ありません・・・・・・司令・・・・・・」

 

「いや、大丈夫。俺の責任でもあるしな」

 

 やっぱり酒を調子に乗って勧めてはいけない。

 

「司令・・・・・・」

 

「何だ?」

 

「・・・・・・昨日は楽しかったです・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」

 

「・・・・・・おう」

 

 彼女が横になるベッドの近くに腰を降ろす。

 

「俺も楽しかったよ。付き合ってくれてありがとうな」

 

 広島遠征。

 色々あったけど、また行きたいな。そう思えるだけの思い出が出来たのであった。



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クリスマス大作戦!

クリスマスと聞くとブルービートとビーファイターカブトとカブタックが並んでいる姿が思い浮かぶ。
そんな世代です。


 水平線の彼方に、ポツンと小さな島の影が見えた。流刑鎮守府である。あの絶海の孤島が、今や懐かしき我が家とは不思議なものだ。俺と不知火は小さな漁船の甲板の上で、近づいてくる鎮守府を見つめていた。

 

「……帰ってきたな」

 

「はい……」

 

七日間しか離れていなかったのに、まるで何年も留守にしていたような感覚だった。それほど、流刑鎮守府での生活が俺にとって当たり前になっていたということである。感慨深い思いを抱きながら、俺たちは流刑鎮守府唯一の波止場に船が着港するのを待った。

 

「しれーかん!!」

 

船から降りた瞬間、そんな声と共に小さなものがぶつかってきた。

 

「き、清霜か!」

 

清霜が俺に飛び付いてきたのだ。

 

「しれーかん、おかえりなさーい!!」

 

「ああ、ただいま・・・・・・ぐふっ!?」

 

 今度は鳩尾に衝撃。見ると暁が俺の体に抱きついていた。

 暁と俺の身長差だと、丁度この位置になるのだ。

 

「司令官、おかえりなさい」

 

 暁は顔を俺の腹に埋めて言った。

 

「た、ただいま暁」

 

 暁はぐりぐりと俺の体に頭を押しつけて、ぎゅっと抱きついてくる。

 恥ずかしいのか顔を上げずにいるのが何だか微笑ましかった。

 

「長旅ご苦労様、司令官」

 

「お疲れ様だね」

 

 皐月と谷風も駆け寄ってきてくれる。

 

「お帰りなさい、提督」

 

「お帰り司令官。不知火も無事で何よりだ」

 

 遅れて五月雨と長月も寄ってくる。

 久しぶりの流刑鎮守府、全員集合だ。

 

「ありがとう皆」

 

「ただいま、です」

 

 帰ってきたって感じがした。

 俺と不知火は皆の手を取って、鎮守府に歩いて行くのだった。

 

「おお、これは・・・・・・」

 

 鎮守府に入った俺は感嘆の声を上げた。

 狭くてボロい木製の大広間に、派手に飾り付けられたクリスマスツリーが飾られていたのだ。

 

「そういえばもうすぐクリスマスだったな」

 

「そうだよ。だからボク達で用意したんだよ」

 

 皐月が胸を張って言った。

 

「暁も手伝ったのよ」

 

「清霜もツリーの飾り付けしたの!」

 

「そうか、偉いぞ」

 

 暁と清霜も得意げに言ったので頭を撫でてやる。

 やっぱりまだ幼いから、こういうことをすると喜ぶのだ。

 

「司令官と不知火を驚かせようと思って、暁達頑張ったの!」

 

「ああ、ビックリしたよ。飾り付けでここまで変わるもんだなぁ」

 

 いつもは殺風景なこの流刑鎮守府もクリスマスツリーがあるだけで、何だか華やかに見えるものだ。

 

「去年は司令官が着任したばかりで、クリスマスを祝えなかったからな。今年はちゃんとしたいと思ってな」

 

「そういえばそうだったな」

 

 長月に言われ、俺は去年着任したばかりで色々忙しかったのを思い出した。

 

「それに清霜ちゃんは初めてのクリスマスですからね」

 

 五月雨がそう言うと、清霜が嬉しそうに頷いた。

 まあ確かに清霜は今年生まれたんだもんな。

 

「じゃあ清霜のためにもパーッとやるか!」

 

「うん! 清霜ね、サンタさんに戦艦にして欲しいってお願いするの!」

 

 満面の笑みで清霜は言った。

 

「清霜はずっといい子だったからきっとサンタさんも願いを叶えてくれるわ!」

 

 暁もそう言って清霜の頭を撫でている。

 

「・・・・・・二人ともサンタをまだ信じてるのか?」

 

「ああ・・・・・・まだ幼いしな」

 

 二人に聞こえないように小声で長月に耳打ちすると、長月も小声で返した。

 

「お姉様は何をお願いしたの?」

 

「うふふ、暁はね。オトナのドレスが欲しいってお願いするわ!」

 

 嬉々としてサンタさんへのリクエストを話す二人に微笑ましさを覚えつつも、少々重くなる。

 サンタさんを信じている二人の手前、欲しがっているプレゼントを用意してやりたい思いはある。だが暁のドレスはともかく、清霜の『戦艦になりたい』なんて物理的に不可能だしなぁ・・・・・・

 

「司令官! ボクはサンタさんにPS5お願いするんだぁ。ボク、いい子だったから余裕だよね?」

 

「谷風さんは日輪刀だね! DXじゃなくて高い方がいいなぁ」

 

「そうだな。サンタさんに頼んでくれ」

 

 サンタの正体を知った上で催促してくる子供ほどたちの悪いモノは無いな。

 

「ねーねー、司令官。清霜の所にサンタさん、来るよね?」

 

「・・・・・・ああ、きっとくるよ」

 

「本当! やったぁ!」

 

 無邪気にぴょんぴょん跳ね回る清霜に辛い現実を教えるのは酷な話だ。それに子供には夢を持たしてあげたい。

 さてどうしたものか・・・・・・

 

「皆、クリスマスも素敵だけど広島のお土産もあるのよ」

 

 不知火がそう言うと皆の顔色が変わった。

 

「そういえばそうだったな。とりあえずもみじ饅頭を買ってきたぞ。それに一人ずつ色々買ってきたし」

 

 これ幸いと話題を変える。皆も先のクリスマスよりも今のお土産だ。

 

「何かな何かな?」

 

「広島名物だよ。きっとそうだね!」

 

「では五月雨はお茶を煎れてきますね」

 

 皆で食堂に移動する。

 その間に俺はクリスマスをどうしようか、頭の中でぐるぐる思案するのだった。

 余談だが広島のお土産は清霜に戦艦大和のプリントされた帽子。暁には洋酒ケーキ。皐月には海軍ビール。谷風には熊野筆。五月雨には宮島のしゃもじ。長月にはオタフクソースとレモスコを贈りました。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 そして迎えたクリスマス・イヴ当日。

 我が流刑鎮守府では盛大なクリスマスパーティーが開催されていた。

 

「メリークリスマスだぜー!」

 

 トナカイの格好をした谷風が元気よく音頭をとって、乾杯が行われる。

 サンタの格好をした長月がこの日のために豪華な料理を運んできた。

 グラタンにチキン、ケーキなどスタンダードな料理が並べられ、食卓が華やかに彩られる。

 

「司令官、シャンパン飲もうよ!」

 

 皐月がシャンパンとグラスを持ってやって来た。そういえばシャンパンなんてこんな時しか飲まないよな。

 

「暁も飲みたい! レディーは優雅にシャンパンなの!」

 

「いいけど大丈夫か?」

 

「平気だもん! 暁は一人前のレディーなんだから!」

 

 自信満々に言うので、俺は持っていたグラスを暁に向けてみる。暁は目を輝かせながらシャンパンをペロペロし、渋面を作って別のコップに入っているジュースを飲み始めた。

 シャンパンとは言え酒だからな。子供にはキツいよね。

 

「五月雨さん! ケーキケーキ!」

 

「はいはい、すぐ切りますからね」

 

 甘いケーキが待ちきれない清霜が催促し、五月雨が微笑ましい笑みを浮かべながらケーキを切り始めていた。

 

「ターキーなんて久々だわ」

 

「ああ。こういう時にしか食べないからな」

 

 不知火と長月も料理を楽しんでいるようだった。

 そして楽しいパーティーはあっという間に終わり、満腹になった状態で皆はベッドに入っていき、夜が明けた・・・・・・

 

 

「しれーかん! 見て! サンタさんが来てくれたわ!」

 

 翌日。

 俺が朝起きると興奮気味の暁が部屋に飛び込んできた。

 

「そうか、プレゼントを貰ったのか?」

 

「うん! 見て!」

 

 暁は嬉しそうに綺麗に包装された箱を取り出して、蓋を開けた。

 

「じゃーん! ドレスよ!」

 

 中から出てきたのは真っ赤なドレス。裾は長く、大人用のモノであった。

 

「ちょっと大きいけど、いつか暁が大きくなったらこれを着るの!」

 

 嬉しそうにぎゅうっとドレスを抱きしめると、暁は幸せそうに笑った。

 

「よかったな、暁・・・・・・と、ところで清霜の様子はどうだった?」

 

「うん、清霜はね・・・・・・」

 

 暁がそう言った瞬間、

 

「司令官! 見て見てーっ!」

 

 清霜が興奮しながら部屋に入ってきた。

 

「ど、どうした清霜?」

 

 驚く俺に清霜はプレゼントの入った箱をずいっと突き出してきた。

 

「これ!」  

 

 そう言って取り出した箱の中身は、小さな人形だった。

 艦娘は軍のプロパガンダとして本土ではグッズ展開をしている。その内の一つだった。

 

「清霜が戦艦になってる!」

 

 それは清霜のフィギュアに他の戦艦の艤装をくっつけたカスタム品であった。

 俗に言う戦艦清霜フィギュアである。

 

「これって清霜もいつか戦艦になれるってことだよね! ね!」

 

 目をキラキラさせながらそう言う清霜の頭を撫でてやる。

 本人はとても嬉しそうだった。

 

「司令官、サンタさんにありがとうって言っておいて!」

 

「暁からもお願い! 大人の司令官ならサンタさんに連絡できるでしょ」

 

「・・・・・・ああ、きっと伝えるよ。サンタも喜んでくれるさ」

 

 飛び跳ねながら部屋を出ていく二人を見送りながら、俺はふっと息をつく。

 

「司令官、いいのか?」

 

 不意に長月が横から尋ねてきた。いつの間に来ていたんだろう・・・・・・

 

「何がだい?」

 

「・・・・・・本当に皆がリクエストしたプレゼントを贈るなんて。高かっただろう?」

 

「何言ってんだ。プレゼントを贈ったのはサンタだぞ。普段頑張っている皆に、きっとご褒美をあげたんだろうな」

 

「・・・・・・そうか」

 

 長月はそれだけ言うと部屋を出て行くのだった。

 そしてその夜・・・・・・

 

「しかし高く付いたな・・・・・・」

 

 自室で俺は一人、預金通帳を見て呟いた。

 軍から出たばかりのボーナスが広島遠征と今回のプレゼントで吹き飛んでしまったのだ。 

 それでも暁と清霜の笑顔を思い出すと、自然と嬉しくなる。

 普段から頑張っている皆にクリスマスプレゼントをあげたいという気持ちもあった。

 だからこれは必要経費。必要経費なのだ。

 

「司令官、いるか?」

 

 不意にドアがコンコンとノックされた。

 長月の声だ。

 

「ああ、いるぞ。どうした?」

 

「入っていいか?」

 

「ああいいぞ」

 

 俺がそう言うとサンタ姿の長月が入ってきた。さらに谷風と皐月もいる。

 

「うお、皆どうした?」

 

「いや、折角の聖夜だし。飲まないか?」

 

 そう言う長月の手にはグラスが握られていた。

 

「知ってる、司令官? クリスマスには『性の六時間』って時間があるんだよ!」

 

 皐月がそんなふしだらな事を言いながら、身を寄せてきた。

 

「お前、女の子がそういうこと言うもんじゃないぞ。それに俺達には関係の無い話だ」

 

「だけどせいはせいでも清酒の『せい』だとしたら?」

 

 谷風が懐から一升瓶を取り出して言った。

 

「それは・・・・・・いいな」

 

「ふふふ、頑張ってくれた司令官・・・・・・いや、サンタさんへ私達からのプレゼントだ」

 

 長月と照れたように言う。

 俺も何だか照れくさくなった。

 

「さささ! 夜はこれからだよ!」

 

「おつまみも作ってきたぞ」

 

「谷風トナカイ、厳選の日本酒さ、うまいよっ!」

 

 三人の少女が周りに腰を降ろしていく。

 流刑鎮守府のクリスマスは始まったばかりだった。



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ギックリするほどユートピア

ギックリ腰は実話です


 きっかけは些細な事だった。

いつものように俺と五月雨が執務室で事務仕事を行っていた時、棚の上にある資料が必要になった。五月雨が取ろうとしたが、思ったよりも高く手が届かない。なので俺がその資料が入った箱を取ろうとして、持ち上げた瞬間だった。

 

「ぐうあっ!?」

 

突然、腰に電流が走ったような感覚が襲ったのた。

 

「ど、どうしました提督!」

 

すぐに五月雨が駆け寄ってくる。

 

「あ、いや、一瞬腰が痛くなっただけだ。大丈夫だよ」

 

俺はそう言って箱を持ち上げて、下に置いた。確かに痛みはあったが動けないほどではない。なんだかビリビリするような感触はあるけど、暫くしたら元に戻るだろう。この時、俺はそう考えていた。

そのあと痛みは中々取れず、一日中腰は痛いままだった。それでも生活できない程ではないため、俺はいつも通り皆と過ごし、ちょっと長めにお風呂に浸かって、長月の作った美味しい晩御飯と晩酌を楽しみ、床についた。

 

翌日。

目覚まし時計の音で目を開き、ベッドから起き上がろうとした瞬間だった。

 

――ピギッ!!

 

確かに俺はそんな音を聞いた。そして直後、今まで経験したことの無い激痛が腰を襲ったのである。

 

「…………」

 

人間、本当に痛いと言葉も出ないものである。少しでも動かすと激痛が走るのだ。俺はただ仰向けのまま、ベッドの上で待機することしかできない。

不思議なことに動かなければあまり痛みはしなかった。だがベッドから起き上がろうと少しでも動けば、激痛が襲ってくる。これはまさか。

 

「ぎっくり腰、かな……」

 

30目前。腰の爆弾が爆発した瞬間であった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「司令官、大丈夫?」

 

 清霜が心配そうに言った。

 現在、俺は自室のベッドの上でうつ伏せになっている。

 

「ああ、動かなければ痛みはあんまり無い。あんまり無いんだ・・・・・・」

 

「典型的なぎっくり腰の症状ですね」

 

 不知火の冷静な分析に俺は大きく溜息をついた。

 

「くそ・・・・・・情けねえ。まさか俺がぎっくり腰なんてよ」

 

「まあもうおっさんなんだし、無理するなって事だよ」

 

「お、おっさん・・・・・・」

 

 皐月の言葉がナイフのように心を抉る。そうか、おっさんか・・・・・・28歳は艦娘達にとってはおっさんか・・・・・・

 

「て、提督! 五月雨はおじさんでも全然きになりませんよ!」

 

「暁だって! レディーにはミドルなおじさまがよく似合うんだから!」

 

 二人は俺を気遣ってくれているようだが、その優しさが逆にグサグサ刺さる。

 もう君たちにとって、俺はおじさんなのね。

 

「これでは仕事も無理だろう。今日はゆっくり休んだ方がいいぞ」

 

「スマン長月。後は・・・・・・頼む」

 

「任せておけ。おい皆いくぞ。司令官が指揮を執れないからといえども、私達は仕事だ」

 

 長月は敬礼すると皆を引き連れて部屋から出て行った。

 まあ俺がいなくてもやることは普段と変わらないし、大丈夫だろう。事務仕事も五月雨一人で何とかなるはずだ。

 さて・・・・・・

 

「何でお前はここにいるんだ、皐月」

 

 俺はベッドの横で俺を見下ろしている少女に尋ねた。

 

「何でって、ボク今日は休みだよ?」

 

「そういうことじゃないの。何で俺の部屋にいるんだよ」

 

「だってそこ。ボクの漫画スペースだもん」

 

 そう言って皐月は俺が寝ているベッドを指差した。

 確かに彼女はよく俺のベッドに寝っ転がりながら、俺の漫画を読んでることが多い。

 でもそれは俺が仕事とかでベッドから離れているときの話だ。

 

「そんなこと言われても、俺は今動けないんだ」

 

「そんなに痛いの?」

 

「想像以上に痛いぞ」

 

 昔、母親がぎっくり腰になって数日間布団から動けなかった事がある。当時はそんな痛いわけないだろと思っていたが、実際になるとヤバい。何せ体を少しでも動かすだけで激痛が走るのだから。

 お母さんごめんなさい。

 

「漫画は貸してやる。だからどっか別の所に行きなさい」

 

「大丈夫大丈夫。ここでいいよ」

 

 皐月はそう言うと本棚から横山三国志を数冊持ってくると、俺のベッドの横に腰を降ろした。

 

「・・・・・・まさかそこで読む気か?」

 

「劉備が死ぬまでは読むよ」

 

「・・・・・・まあ騒がしくしないならいいか」

 

 そう思い俺は横になった。不思議なモノで動かなければギックリ腰はあまり痛くないのだ。

 しかしそうなると新たな問題が出てくる。

 

「・・・・・・暇だな」

 

 寝たきりというのは非常に退屈なのである。

 かといってベッドからは動けないので、やれることは限られていた。

 

「あ、司令官。白馬陣が出たよ」

 

「めっちゃいいところじゃねぇか」

 

「司令官、このへん好きなの?」

 

「俺は劉備三兄弟が出るところは大体、大好きだぞ」

 

「司令官ってもしかして蜀派?」

 

「断然、蜀だな」

 

 そんな他愛もない話をしていて暫く経った時だった。

 

「しれーかん! だいじょうぶー?」

 

 清霜が元気よく入ってきた。

 

「おお、清霜。どうした。暁は一緒じゃないのか?」

 

「お姉様は遠征! 清霜は演習だから早く戻ってこれたの!」

 

 そう言って清霜はトテトテこちらへと寄ってきた。

 

「司令官、退屈してたんじゃない? 清霜がご本読んであげる!」

 

「ほ、本か・・・・・・」

 

 たしかに暇だったのは事実だが、幼女に本を読んで貰うのは大の大人としてどうなのか。いやむしろ、ちゃんと聞いてあげるべきなのか。一体何を読むんだろうか・・・・・・俺がベッドの上で戦々恐々しながら待っていると、清霜が漫画を持って近くまでやって来た。

 

「じゃーん! 聖闘士星矢! 司令官、好きでしょ?」

 

「好きだけど・・・・・・」

 

 それをどうやって読ませる気なんだろう。漫画じゃないか。俺が疑問を抱いた矢先、清霜は口を開いた。

 

「テケテケテケテケテケテケテケテケテーン! 聖域十二宮の戦いは切って落とされた!」

 

 アニメ版の前回の予告を頑張って真似する清霜。その様子は大変微笑ましいのだが・・・・・・

 

「なんでいきなり十二宮編から?」

 

「司令官、黄金聖闘士好きでしょ?」

 

「好きだけど・・・・・・うん、好きだよ」

 

 折角、清霜が好意でやってくれることだ。色々とつっこむのは野暮だろう。横で皐月が笑いを堪えているが、俺は嬉しいよ清霜。

 そんな感じで全CV清霜の黄金十二宮編を聞き始めて、暫く経過した時だった。

 

「司令官、腰の様子はどう?」

 

 今度は暁がやって来た。

 

「お姉様、おかえりなさい!」

 

 彼女の姿を見て清霜が立ち上がった。本当に慕ってるんだなぁ。

 駆け寄ってきた清霜の頭を撫でながら、暁は俺の方へ視線を向けた。

 

「ああ、良くは・・・・・・なってないかな」

 

 動かなければ痛みはない。だが動くときが地獄。俺がこの数時間で学んだことだ。

 

「ふふふ、司令官のためにレディーがいいものを持ってきたわ!」

 

 得意げに暁は言うと懐から何か小さなモノを取り出した。

 

「じゃーん! 湿布よ! 医務室の奥にあったの!」

 

「おお、それはありがたい」

 

 湿布を貼れば腰の痛みが和らぐかもしれない。この地獄の痛みが少しでも治まるのなら、贅沢は言えない。

 俺は何とか体を動かして、仰向けからうつ伏せへと体勢を変える。これだけでもかなり痛いが辛い。

 

「司令官、痛そうだねぇ」

 

 皐月が他人事のように言った。ちなみに彼女はずっと熱演する清霜をスルーして、ずっと三国志を読んでいた。

 

「痛いんだよ畜生」

 

 激痛に耐えながら、俺は何とかうつ伏せになった。

 

「暁が貼ってあげる!」

 

 そう言って暁が俺の寝巻きを捲っていく。背中が外気に触れ体が強張る。暁はペリペリとシールを剥がして、俺の腰に湿布を貼りつけた。ひんやりした感覚が何とも心地いい。

 

「これで・・・・・・よしっ!」

 

 そう言って暁は。

 

 ――バシン!

 

「があああああああああああああああっ!!」

 

 腰を叩いた!

 

「わっ! ど、どうしたの司令官!?」

 

「どうしたってお前・・・・・・」

 

 この状態で腰を叩かれるとか、拷問と何が違うのか。

 

「何故腰を・・・・・・叩いた・・・・・・」

 

「だ、だって・・・・・・よくドラマとかで、こんな風に・・・・・・」

 

 確かに湿布貼った後、そこを叩くシーンあるけど・・・・・・

 

「司令官、大丈夫?」

 

 心配そうに清霜が覗き込んでくる。

 

「あ、ああ・・・・・・まあ・・・・・・」

 

 とはいえ暁は悪気があってやったわけではない。強く責めるわけにはいかないだろう。

 

「ご、ごめんなさい司令官。暁・・・・・・暁・・・・・・」

 

「いや大丈夫だ。ありがとうな・・・・・・」

 

 泣きそうな顔になった暁の頭を撫でて宥めていく。

 それに湿布のおかげか腰の痛みは少しだけ和らいだ気もする。

 

「司令官、昼食の準備が出来たぞ」

 

 そんな時、長月がひょっこり現れた。

 

「なんだ。皐月たちもいたのか」

 

「うん。司令官も一人じゃつまんないだろうしね」

 

 皐月はそう言って三国志を置いて立ち上がる。

 

「食堂まで行けるか?」

 

 長月が尋ねてくるので、俺は首を無言で横に振った。

 

「すまん、無理。痛くて動けん」

 

「司令官、暁の湿布でも良くならないの?」

 

「いや・・・・・・痛みは少し和らいだけど、まだ大丈夫ではない・・・・・・」

 

 ギックリ腰の痛みは激しすぎるのだ。

 

「湿布?」

 

 そこで長月が首を傾げた。

 

「暁が見つけたの!」

 

 えっへんと小さな胸を張る暁だったが、長月は淡々と言った。

 

「ギックリ腰は冷やすより温めた方がいいんじゃなかったか?」

 

「え・・・・・・」

 

 その一言で暁は目をパチクリさせて固まってしまう。

 

「そ、そうなのか?」

 

「ああ、確かそんなことを聞いた気がするのだが・・・・・・」

 

 長月がそう言うと暁の顔がみるみると曇っていく。

 

「い、いや! 痛みは和らいだのは確かだぞ! ありがとうな、暁!」

 

 涙目になりはじめた暁の肩をポンポン叩いて慰める。

 それに腰を温めればいいのか、冷やせばいいのか俺には分からないからな。

 

「と、とりあえず、ご飯を持ってきてくれ」

 

「わ、わかった」

 

 長月も不味いと思ったのかそそくさと部屋から出て行った。

 

「司令官・・・・・・暁、駄目だった?」

 

「い、いやそんなことないぞ。ありがとうな暁」

 

「お姉様、泣かないで! お姉様は立派よ!」

 

 俺と清霜が暁を慰めていると、長月がお盆に昼食を乗せて戻ってきた。

 

「さ、ご飯だぞ。皆のは食堂にあるからそっちで食べてくれ」

 

 長月がそう言うと暁と清霜は「司令官、またね」と言い残し、食堂へと向かっていった。

 

「チャーハンにしたけど、大丈夫か?」

 

「ああ汁物よりはいいさ」

 

 今日のお昼はチャーハン。飲み物は麦茶だ。

 俺はお盆を自らの膝に置くとそのままレンゲでチャーハンを掬って口に放り込む。

 

「うまいな」

 

「ふふ、そうか」

 

 長月は嬉しそうに微笑むと、ベッドの傍らにいる皐月に視線を向けた。

 

「皐月の分も出来ているぞ」

 

「うん。ありがと。すぐいくよ」

 

 皐月は読んでいた三国志を閉じると立ち上がった。

 

「じゃあ司令官。またくるから」

 

 そう言うと皐月は長月と共に出て行った。

 ・・・・・・無言で長月特製チャーハンを食べる。

 そういえば一人飯は久しぶりだな。会社の時は出先で一人飯っていうか外食かコンビニ弁当が普通だったが、この鎮守府に来てからは艦娘達と一緒に食べていた。皆と食べるのが楽しかった分、一人で食べるのは何だか寂しいな・・・・・・と思っていたときだった。

 

「提督ー! 元気してるかー! 谷風さんが見舞いにきたよー!」

 

 谷風が元気よく入ってきた。

 

「谷風か。ご飯はもう食べたのか?」

 

「あたぼうよ! 提督はこれからみたいだね」

 

 谷風はそういうと俺の横に腰を降ろした。

 

「腰はもういいのかい?」

 

「全然だ。全く痛みがとれん」

 

「そりゃ大変だねえ」

 

 しみじみ言うと谷風はそのまま俺の腰を優しく撫でた。

 それだけでも背中に鋭い痛みが走る。

 

「ううう・・・・・・いででで」

 

「うおっ、ごめんよ。痛かったかい?」

 

「い、いや、大丈夫だ・・・・・・」

 

 申し訳なさそうにこちらを覗き込んでくる谷風に何とか強がってみせる。

 だが腰はまるで爆弾の如く、いつ爆発するかわからぬ危険物なのだ。

 

「くそ・・・・・・飯食うのにも一苦労だぜ」

 

「大変そうだねぇ、提督。あ、そうだ。何だったら谷風さんが食べさせてあげようか?」

 

 駆逐艦にご飯の世話をして貰う提督。傍目から見ると子供に介護されてるおっさんだな・・・・・・

 

「いや、気持ちはありがたいが止めておく」

 

「遠慮すんなって~ほれほれ、器とレンゲかしてみな」

 

「お、おい・・・・・・」

 

 動けない俺から谷風はチャーハンを引ったくると、そのままレンゲで掬い、俺の口元へと持ってくる。

 

「はい、あーん」

 

「う、あ、あーん」

 

 折角ここまでやってくれたので、俺はご厚意に甘えることにした。

 口の中にチャーハンの旨みと共に、何とも言えない温かい気持ちが胸に湧き上がってくる。

 

「よしよし。じゃあ、はい、あーん」

 

 俺が咀嚼し終わると、谷風が笑顔で次を出してくる。

 恥ずかしいけど何だか嬉しいな・・・・・・と思いながら口を開けた瞬間。

 

「そこまでよ谷風」

 

 突然出てきた不知火が谷風の腕をガシッと掴んだ。

 

「うおっ! いきなり何でい、不知火!」

 

「抜け駆けは禁止よ」

 

 不知火はそれだけ言うと俺から不知火を引き離した。

 

「不知火よぉ・・・・・・ちょっとばかし心が狭すぎやしないかい?」

 

「余計なお世話よ。司令官も落ち着かないだろうからいくわよ」

 

「あ・・・・・・不知火俺は別に・・・・・・」

 

「さ、谷風。陽炎型同士、ゆっくりとお話ししましょうか」

 

「そんなに無粋だと大好きな司令に愛想つかさむぐっ!?」

 

「司令官、失礼しました。では」

 

 何か言おうとした谷風の口を塞ぐと不知火は出て行った。

 

「何だったんだアイツ・・・・・・」

 

「何だったんだろうね」

 

「うおっ!?」

 

 いつのまにか皐月が戻ってきていた。

 俺が突然の皐月登場に驚いていると、彼女はそのまま谷風が離したチャーハンの器を手に取った。

 

「さ、司令官。今度はボクが食べさせてあげる」

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「大丈夫大丈夫。不知火は谷風が足止めしてくれてるからさ」

 

「足止めっていうか、生け贄では・・・・・・」

 

「はい司令官。あーん」

 

 皐月が笑顔でチャーハンを突き出してくる。

 俺は無言で口を開いた。

 今日、俺は誰かに食べさせて貰うって意外と悪い気がしないことに気づいたのだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「提督! 今日のお仕事終わりました! 早速確認を・・・・・・あれ、皐月ちゃん?」

 

「お、五月雨。お疲れ様」

 

 夕方になり五月雨が書類を持って現れた。

 五月雨は部屋に入ってベッドの横で三国志を読む皐月を見つけてそう言うと、そのまま俺の側へ寄ってきた。

 ちなみに皐月はあの後、ずっとここで三国志を読んでいる。

 

「お疲れ様。すまないな五月雨」 

 

「いえ、腰は大丈夫ですか?」

 

「ああ、何とか・・・・・・」

 

 俺は五月雨から貰った書類に目を通していく。さすが長い間秘書艦をしてるだけあって、ちゃんと出来ている。

 

「うん、バッチリだ。ありがとう五月雨」

 

「えへへ・・・・・・」

 

 彼女に労りを込めて頭を撫でると、五月雨は嬉しそうに笑った。

  

「あ、それと提督がギックリ腰と聞いて妖精さんがいい人・・・・・・いえ、いい妖精さんを連れて来てくれたんです」

 

「おおそういえば五月雨は妖精さんと仲が良かったな」

 

 しかしいい妖精さんって何だろう・・・・・・と思っているとガラリと扉が開き、何かが現れた。

 

「紹介します。接骨妖精さんです」

 

 五月雨の紹介と共に現れたソイツはあまりに異形の存在だった。

 通常は掌サイズである妖精さんと比べものにならないほどの巨体。多分2メートル近くある上に、筋骨隆々。

 なのに顔は妖精さん特有の適当な顔。

 アンバランスの化身と言うべき存在だった。

 

「接骨妖精さんは普段は別の鎮守府にいるのですが、特別に来て頂きました」

 

「特別ってお前・・・・・・」

 

 あまりの衝撃に言葉が上手く出ない。

 というかこいつは本当に妖精さんなんだろうか。こんなのが侵入してきて他の艦娘は騒がないのだろうか。

 正直、妖精さんのコスプレをしたムキムキマッチョのおっさんという可能性も捨てきれない。

 皐月も驚いたのか目を見開いたまま動かない。多分、脳内で情報が処理できなかったのだろう。

 

「ではお願いします先生」

 

「先生って五月雨お前・・・・・・って一体何を・・・・・・」

 

 接骨妖精さんはズカズカ俺の側までやってくると、その丸太のような腕で俺の体を押さえつける。

 

「安心しろ。俺はプロだ。死ぬほど痛いが明日にはスクワットが出来る体にしてやる」

 

 普通の妖精さんからは考えられない野太くしっかりした口調でソイツは言った。

 

「ま、まって・・・・・・俺はまだ」

 

 瞬間、接骨妖精さんは俺の体を折り曲げた。

 激痛と共に鎮守府中に俺の絶叫が響き渡った。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「司令官、大丈夫?」

 

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 数時間後、俺はベッドに突っ伏していた。

 あの筋肉ダルマ、俺の体を散々弄びやがって・・・・・・痛いの何のって・・・・・・

 

「本当に直ったの?」

 

「直ってはないが大分、体はほぐれたらしい」

 

「そっか」

 

 皐月は俺を心配そうに見下ろしていたが、そう聞くと安心したのか腰を降ろした。

 

「・・・・・・なあ皐月」

 

「何?」

 

「・・・・・・ありがとうな」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 外は既に紅から黒に染まりつつある。

 もうすぐ日は暮れ、夕食の時間が始まるはずだ。

 

「今日一日、一緒に着いていてくれてありがとうな。おかげで元気が出たよ」

 

「・・・・・・べ、べつにそんなんじゃないよ。非番で暇だったから、三国志もあるし・・・・・・」

 

「・・・・・・そうか」

 

 照れたのか皐月は耳を朱くしてそっぽを向いてしまう。

 だが彼女が一日中、側にいてくれた事で俺は大分救われたのは確かだった。

 

「ふふ、皐月。お前って可愛いな」

 

「なっ・・・・・・なっ・・・・・・」

 

 恥ずかしさからか皐月は顔を真っ赤にして立ち上がった。

 

「も、もう! いきなり何言ってんのさ、もう!」

 

「はははは、すまない」

 

 珍しく狼狽える皐月に苦笑していると、長月がご飯を運んできた。

 もう日は暮れたようだ。

 

「司令官、また食べさせてあげよっか?」

 

 ある程度落ち着きを取り戻したのか、皐月は悪戯っぽく言った。

 

「またいつかな」

 

 俺はそう返し、皐月の肩をポンと叩くのだった。

 

 余談だが接骨妖精さんの腕は確かだったようで、俺は次の日には歩けるようになった。

 サスペンダーも作って貰い、俺は何とか提督業務に復帰したのであった。




自分も腰が痛いときに側に艦娘がいて欲しかった・・・・・・
ギックリ腰と接骨院の痛みは実話です。


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本部からの来訪者

 我が流刑鎮守府はそのまま名の通り、罪人が島流しにされてやってくるレベルの辺境だ。深海棲艦はおろか普通の船すら滅多にお目にかからない。

 平和な海原である。

 だが腐っても官軍。かなり性能のいい索敵レーダーが配備されており、常に鎮守府近海を警戒している。そのレーダーが本日、機影を一つ捉えたのだ。

「味方の船で間違いないんだな?」

 

「はい。はっきりと日本海軍所属の船だと信号を送ってきました」

五月雨は緊張気味に答えた。

何でもこんなことは初めてとか。

 

現在、流刑鎮守府の玄関ともいえる港の波止場に、俺達は集合していた。

その視線の先には水平線からこちらに向かってくる、小さな船。

見た目は普通の連絡船といった感じで軍艦には見えない。一体、どういうことか。

 

「皆、一応艤装だけは準備しておいてくれ」

 

俺はそう言って艦娘たちの後ろに下がる。もし戦闘になったら俺は邪魔以外の何物でもないので、こうしてすぐに離脱出来る位置にいなければならないのだ。

 

「安心しなよ、ボクたちがちゃんと司令官を守ってみせるさ」

 

「すまんな、皐月」

 

皐月はニカッと笑った。こういう時、彼女の底抜けの明るさはありがたい。

暫くして、船は波止場に到着した。

入り口が開く。皆、固唾を飲んでそこから何が出てくるのかを見定めている。その時、中から勢いよく何かが飛び出してきた。

 

「久しぶりね……皆」

 

 それは少女だった。

 しかもその姿には見覚えがある。

 深い海色の美しい髪をツインテールで纏め、巫女服を思わせるような色合いのセーラー服。

 勝気な印象を受ける吊り気味の両目に、すっと高い鼻。

 制服の布地から見える柔らかそうな腕と可愛らしいおへそ。むちむちの太腿。

 そしてなによりその豊満でボリュームの両胸は、動く度に悩ましく揺れ、その官能的な……

 

『い、五十鈴教官!!』

 

 清霜を除く艦娘たちが勢いよく敬礼し、俺は我に返った。

 確かに目の前に現れたのは艦娘、長良型2番艦の五十鈴である。

 ゲームでよく見た顔だ。しかし、なぜこの鎮守府に? それに……

 

「い、五十鈴……教官?」

 

「ほら! 前にアルバムで見たろ!」

 

 皐月が小声で脇腹を小突く。

 そこで俺は鎮守府の倉庫を掃除した時に出てきたアルバムに、五十鈴と皆が映っている写真が載っていたことを思い出した。

 

「お久しぶりです、五十鈴教官。何故、急にこのような場所へ……」

 

 長月が尋ねると、五十鈴はにっこりと笑って言った。

 

「視察よ。皆がちゃんとやっているかどうか、チェックしにきたの」

 

 その言葉に皆が小さく息を呑むのを俺は感じた。

 普段は生意気な皐月や谷風ですら、五十鈴の雰囲気に押されている感じである。

 とういうかまてよ……

 

「もしかして、前にあったブラック鎮守府の影響ですか?」

 

 俺が口を挟むと、五十鈴ははっとした表情になって姿勢を正し、敬礼した。

 

「失礼しました。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。海軍本部所属、長良型2番艦・五十鈴です。本日は本部から査察の命を受けて、参上いたしました」

 

「あ、ああ……遠路はるばるご苦労様です。俺……いや自分はこの流刑鎮守府の指揮官をしている者です……」

 

 彼女の礼儀正しい態度に、ついつい俺も恭しい態度になってしまう。

 だが軍の視察もとい査察か……確かちょっと前に艦娘を虐待同然に使役していた所謂『ブラック鎮守府』が摘発されるという事があった。

 それ以降、似たような状況の鎮守府が無いか本部からの査察官が抜き打ちで各地を回っているという話を会議で聞いたが、遂にこの流刑鎮守府にやってきたのだ。

 だがそれはそれとして……

 

「長旅で疲れたでしょう。ささ、こちらへどうぞ! 何もない所ですが、どうぞゆっくりしていってください!」

 

 この流刑の地に駆逐艦以外の艦娘が、それも念願のおっぱいが大きい娘がやってきたのだ! こんなチャンスは滅多にない。

 俺は出来るだけ決め顔で、五十鈴の腕を取った。

 

「自分が鎮守府内を案内します。さあいきまぐべばっ!?」

 

「教官に失礼ですよ、司令」

 

 そして鎮守府へとエスコートしようとして、不知火に腹部を思いっきり殴打されたのだった。

 

「こら、不知火。上官に手を出しちゃ駄目でしょ」

 

「あ……も、申し訳ありません教官」

 

 が、不知火は五十鈴に注意されて頭を下げた。

 

「全く、五月雨の手紙通りね」

 

 五十鈴は苦笑しながら不知火の頭を撫でる。その手つきはとても優しく感じられた。

 

「五月雨、手紙を送っていたのかい?」

 

「うん。一ヵ月に一回送っていたよ」

 

 谷風に聞かれ、五月雨がそう答えていた。そう言えばたまに何やら書いていたな。

 しかし不知火にしては珍しく、表情を柔らかくしている。

 昔の恩師に会えて、嬉しいんだろう。そして和やかな二人の様子を見て、他の娘たちも気がほぐれたようだった。

 

「五十鈴さん、久しぶり!」

 

「会いたかったよ!」

 

「皐月に谷風も久しぶりね。五十鈴も会いたかったわ」

 

「ゆっくりしていって下さいね、五十鈴さん!」

 

「懐かしいな……」

 

「ふふふ、ありがとうね五月雨。長月の言う通り、懐かしいわ」

 

「五十鈴さーん!」

 

「あらあら暁ったら……」

 

 五十鈴はあっという間に皆に囲まれてしまう。

 最初は恐れられているのかと思ったけど、それ以上に慕われているようだった。

 

「それと、貴方が清霜ね?」

 

 暁の頭を撫でながら、五十鈴は清霜の方へと視線を向ける。

 突然、声をかけられた清霜は驚いたのか背筋をピンと伸ばして「は、はい!」と緊張気味に返事した。

 

「暁がすごく可愛がっているって聞いてるわ。よろしくね」

 

「……はいっ! よろしくお願いしまーす!」

 

 五十鈴に手招きされ、清霜は嬉しそうに彼女の元に駆け寄っていく。

 ちっこい子たちに囲まれながら、五十鈴は鎮守府の方へ楽しそうに歩いて行くのだった。

 

 …

 ……

 …………

 

「いつも通りにしてくれていいわよ」

 

 そう言って、五十鈴は執務室のソファーに腰を降ろして何やらノートとペンを取り出した。

 どうやらここで俺達の勤務態度を観察するらしい。

 俺はいつも通り五月雨を秘書官業務を任せ、残った六人を演習と遠征に分けて任務を行わせている。 

 今の所、問題はないはずだ。ブラック鎮守府とは思われないはずだ、多分……

 

「提督、この書類をおねがいしまぁぁああああああっ!?」

 

 そんな事を思っていると、五月雨が書類を持ってきて派手にすっ転んだ。

 

「大丈夫か、五月雨?」

 

「うう~」

 

 五月雨がドジするのはいつもの事なので慣れている。俺は苦笑しつつ五月雨を起こしてやると、彼女は涙目で書類を拾いながら立ち上がった。

 

「提督~いつもすいません~」

 

「いいさいいさ。ほら」

 

 俺がそう言って五月雨の手を取ろうとした時、どこからかカリカリという音が聞こえた。

 ふと音の聞こえた方を見ると、五十鈴が何やらペンを走らせている。

 な、なにか不味かっただろうか……まさか、五月雨の体に触ったことがセクハラ扱いになるとか……

 

「ひ、一人で立てるか?」

 

「え……あ……はい……」

 

 心なしか残念そうに五月雨は立ち上がった。

 

「失礼します!」

 

 すると扉が勢いよく開き、皐月が入ってきた。

 

「司令官! 演習、無事終わりました!」

 

 皐月は背筋をピンと伸ばし、礼儀正しく敬礼する。その姿に俺は強烈な違和感を覚えた。

 いつもの皐月なら軽い感じで報告を終えると、そのまま俺のベッドで横になって漫画を読みだすというのに……

 

「さ、皐月。ちょっとこっちおいで」

 

「え、どったの?」

 

 俺がチョイチョイと手招きすると、皐月はいつもの様子でこちらにやって来た。

 

「いや……熱があるかと思ってな」

 

「な、なんだよそれ! どういう意味だよ~!」

 

 俺がそう言っておでこに手を当てると、皐月は頬を膨らませて怒り出す。

 が、その様子を見る五十鈴の視線に気付いて、背筋をピシっと戻す。

 

「い、いえ、問題ないと思います……」

 

 ……さてはコイツ、教官だった五十鈴の前だからって猫被ってやがるな……

 

「あのな、皐月お前……」

 

「司令官! 遠征部隊、帰還しました!」

 

「た、谷風、お前もか……」

 

 遠征部隊の谷風が執務室に入って礼儀正しく言った。

 いつも腕白なこの二人がこんなに委縮するなんて、どんだけ五十鈴を恐れているんだ……

 

「ただいま、しれーかん! いっぱい燃料持って帰ってきたよーっ!」

 

「ふぅ、さすがのレディーも疲れたわ」

 

 後から清霜と暁も戻ってくる。この二人はいつも通りだな。

 

「お帰り二人とも。お疲れさん」

 

 帰ってきた二人の頭を撫でてやると、彼女たちは嬉しそうに目を細めた。

 ……待てよ、さすがにこれはセーフだよな……

 咄嗟に五十鈴の方を見る。

 彼女は、クスクス笑いながらペンを走らせていた。

 これは大丈夫なんだろうか。

 

「司令官、五十鈴教官。珈琲を持ってきたぞ」

 

 長月が熱々の珈琲が入ったマグカップを3つ、お盆に置いて持ってきた。俺と五十鈴と五月雨の分なんだろうな。

 

「あら、ありがとう長月。頂くわ」

 

 長月からカップを受け取った五十鈴は、漂ってくる芳ばしいに頬を緩ませながら一口、コーヒーを啜った。

 

「うん、美味しいわ」

 

「それはよかったです」

 

 笑顔で五十鈴が言うと、長月はほっと胸を撫で下ろした。

 

「ありがとう、長月ちゃん」

 

「すまんな、長月」

 

 俺と五月雨も珈琲を受け取った。

 

「あ、ボクも……」

 

「谷風さんも……」

 

「二人とも、まだ任務が残っているわよ」

 

 長月に珈琲を催促しようとした二人の襟首を不知火が掴んで、ずるずると引っ張っていく。

 

「では、司令官。五十鈴教官、失礼致しました」

 

 不知火は出口で綺麗に敬礼すると、皐月と谷風を連れて出ていった。それに暁と清霜も続いていく。

 

「後で、皆にも珈琲を持って行ってやるか」

 

 長月も苦笑しながら部屋を後にする。

 

「私も書類を纏めてきますね」

 

 五月雨も軽く会釈すると、書類を抱えて出ていった。

 残されたのは俺と五十鈴だけである。

 

「…………」

 

 俺は五十鈴と元々面識は無い。なのでこうして二人になると話すことが無い。

 まして提督と、それを査察する艦娘なのでなおさらである。

 しかし……本当に大きな胸だなぁ……少し動くだけで悩ましげに揺れ、かといって形は崩れないし……

 

「……皆、元気そうで何よりだわ」

 

「えっ!?」

 

 突然、五十鈴がそう切り出した。

 

「これでも心配してたのよ。皆がちゃんとやっているかって」

 

「……五十鈴さんは皆の教官だったんですよね?」

 

「ええ。訓練生時代のね」

 

 五十鈴は懐かしそうに微笑して、マグカップを置いた。

 

「五月雨、長月、皐月、不知火、谷風、暁……本当に大変だったわ」

 

「確かに皐月と谷風は色々大変そうですね」

 

「ふふふ、本当に手がかかる娘達だったわ。何度も怒って指導して、ようやく卒業したと思ったら配属先は僻地中の僻地、流刑鎮守府なんてね……」

 

「う……」

 

「しかも肝心の提督は全然着任しないし……まぁこんな遠い所に行きたがる軍人なんていないもの。しょうがないわ」

 

 確かに彼女の言う通り、この流刑鎮守府はド田舎というかそう言う次元じゃない位の僻地である。

 海軍のエリートさんたちで好き好んでこの場所に来るような物好きはいないだろう。

 

「五月雨からよく手紙が来たの。みんな、楽しくなさそうです。提督はいつ来るんですか……ってね」

 

 ……前に聞いた話だとこの鎮守府は俺が来るまで指揮官がいない状態が続いたらしい。

 それで皆、随分とやさぐれたとか。

 

「でも、ある日を境に五月雨の手紙からそう言った悩みが書かれなくなったの。何故だか、分かる?」

 

 気が付くと五十鈴はじっと俺の方を見ていた。

 宝石のように美しい緑がかった青い瞳が、俺の顔を映している。

 

「貴方が来たからよ」

 

「それは……」

 

「うふふ、五月雨がいつも楽しそうに書いてくるの。提督と何々をした。皆でこんなことをしたって」

 

「…………」

 

 何だか胸にこみ上げてくる。

 そんな俺の心中を察したのか、五十鈴はにっこりと笑って言った。

 

「あの子たちの提督になってくれてありがとう。流刑鎮守府は問題ないわ。これからもよろしくね」

 

 …

 ……

 …………

 

 その晩、五十鈴の歓迎パーティーが行われた。

 歓迎といっても五十鈴は今日の夜、流刑鎮守府に泊まって明日には帰る予定である。

 久々の恩師との再会ということあって、皆楽しそうだ。

 俺も杯を重ね、長月の上手い料理に舌鼓を打ち、宴もたけなわとなった時だった。

 

「さて、そろそろ私もお暇しようかしら」

 

 五十鈴がそう言って立ち上がった。

 

「長月、美味しかったわ。ありがとうね」

 

「五十鈴教官、もう寝るんですか?」

 

 皐月がそう尋ねると五十鈴は首を横に振った。

 

「すこしアルコールを抜いてから、お風呂に入ってから寝るわ。そんなに飲んでいないから大丈夫」

 

「お風呂?」

 

 その単語に暁が反応する。

 

「五十鈴教官……あの、暁も一緒に入っていい?」

 

「ええ……勿論よ!」

 

 上目遣いで言ってくる暁の可愛さにやられたのか、五十鈴は彼女をぎゅうっと抱きしめた。

 

「清霜も! 清霜も一緒に入っていい?」

 

「ええ、三人で入りましょう」

 

 五十鈴は暁と清霜の手を取ると、そのまま大浴場へと向かって行く。

 その様子は歳の離れた姉妹のようで微笑ましい……ん、風呂? 五十鈴が風呂?

 

「…………さて、俺も少し飲みすぎたし今日はもう寝るよ」

 

「え、大丈夫ですか?」

 

「ありがとう五月雨。大丈夫さ。長月、後は頼む」

 

「あ、ああ……気を付けろよ」

 

 俺は出来るだけ調子悪そうな声を出すと、そそくさと二階の執務室へと移動する。

 部屋に入り、俺は深呼吸すると両手でこ両頬をパンパンと叩いた。

 

「まさかこんなチャンスが巡ってくるとは……」

 

 俺はそう呟きつつ、部屋の奥からビデオカメラを取り出した。

 本来は演習などの記録に使うのもだが、この鎮守府ではほとんど使われることなく埃を被っていたのだ。

 

「五十鈴はかつての俺の嫁艦……そんな彼女が風呂に入るのだ……黙っていられるだろか。いや、ない」

 

 彼女には悪いがこの鎮守府には小っちゃい駆逐艦しかいない上に、苦労して手に入れたエロ本やDVDは見つかり次第処分されるという厳しい環境……

 圧倒的に不足しているのだ……俺にはエロが……

 

「ましてや生の艦娘の肢体……これを逃す手は……」

 

「だ、だめですっ!」

 

「うわっ!?」

 

 急に後ろから声が聞こえ、俺は思わず飛び上がる。

 すぐに振り向くと五月雨が頬を膨らませて立っていた。

 

「な、どうして……い、いつからそこに……」

 

「提督にお水を持ってきたんです! そ、そしたらそんなこと……」

 

「……五月雨。見逃してくれ」

 

「駄目です! 五十鈴さんのお、お風呂を覗くなんて……お、女の人の裸が見たいなら五月雨が……」

 

「……五月雨、ちょっと後ろを向いてくれないか」

 

「え、あ、はい」

 

 五月雨はいい子だなぁ。こんな時でも素直に命令に従ってくれる。

 

「当身っ!」

 

「はぅっ!?」

 

 俺は五月雨の首筋に手刀を叩き込む。

 彼女は可愛らしい悲鳴を上げると、そのまま床に倒れ込んだ。

 

「すまんな、五月雨。男にはな、駄目だと分かっていても行かないといけない時があるんだよ……」

 

 俺は五月雨に毛布をかけるとビデオカメラ片手に、部屋を後にする。

 

「ふふふふふ……行くか……祭へ!!」

 

 …

 ……

 …………

 

「……というわけです。皆、提督を止めて……」

 

 そこで五月雨からの電話は途絶えた。それを聞いていた長月は携帯電話の電源を無言で切った。

 

「聞いたな、皆」

 

 長月は静かにそう言った。

 周りにいた皐月、谷風、不知火が頷く。

 直後、長月は持っていた携帯電話を握りつぶした。

 全員が艤装を装備して立ち上がる。その両目には怒りの炎が宿っている。

 

「行くぞ皆――処刑だ!!」

 

 流刑鎮守府始まって以来の激戦が始まろうとしていた。




次回へ続き…ます


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史上最低の決戦

五十鈴編後編です。

今回の提督は鬼畜で、バイオレンスな描写も多いのでご注意を


 突然だがここで俺が好きな艦娘ベスト5を発表しよう。

 

 第一位 榛名

 第二位 蒼龍

 第三位 五十鈴

 第四位 金剛

 第五位 愛宕

 

 ……お分かり頂きただろうか?

 この五人の共通点に。

 

 そう! それは、おっぱい!

 

 巨乳好きの俺にとって、彼女達は地上に舞い降りた天使たちなのである。

 俺もかつてはそんな巨乳艦達を集め鍛えに鍛えあげ、最高のおっぱい艦隊を作ったものである。

 だがそれもこっちの世界に来て、完全に過去のモノとなった。

 艦これの世界に転移してヒャッハー! となったのは最初だけ。

 ド田舎の駆逐艦まみれな鎮守府に配属されて、1年以上。

 俺が望んだ巨乳艦娘がようやく手の届く所にまでやって来たのだ。

 神が言っている・・・・・・行けと!

 

「ふふふふふふ・・・・・・五十鈴のおっぱい溢れるユートピアにいざ!」

 

 俺はそんなことを言いながら、裏庭に向かっていく。

 一度、外に出てから大きく迂回し、大浴場の裏へと向かう計画のなのだ。

 焦らず、慎重に進んでいく。

 万が一にもバレないように、体をかがめ忍び足で目的地に向かう。

 はやる気持ちを抑えつつ、冷静に沈着に・・・・・・おっと。

 

「鳴子の罠か」

 

 かつて戦艦を建造しようとしたときに、それを阻止しようとした皆が取り付けたモノだ。

 以前は見事にコレに引っかかってしまったが、まだつけっぱなしだったのか。

 無言でそれをスルーし、進んでいく。

 もう少しで辿り着く。その瞬間だった。

 

 ――カランカランカラン!

 

 背後で突然、鳴子が鳴り響いたのだ。

 動物か!? と思い振り返った俺が見たのは、

 

「し、しまった!」

 

「皐月! お前・・・・・・」

 

 なぜか艤装を装着し、こちらに近づいてきている皐月と長月だった。

 

「な、なんでお前達が・・・・・・」

 

 今は食堂にいるはずのこの二人が何でこんな所にいるのか。

 しかも陸地で艤装なんて纏って・・・・・・と考えたとき、俺の脳裏に最悪の予感が過ぎった。

 

「こ、こうなったら実力行使だよ! 司令官! 両手を挙げて、止まれっ!」

 

 すぐに逃げようとするも、主砲を向けられ皐月にそう言われてしまう。

 というか上官に向けて躊躇無く銃口を向けるって、軍法会議モノなんじゃないだろうか。

 

「な、ななな何だお前達。こんなところで」

 

「し、司令官こそ、こんなところで何をしているのかな?」

 

「う・・・・・・そ、それはこの鎮守府の指揮官として夜の見回りをな」

 

「風呂場の近くをか?」

 

 長月が冷たく言った。

 

「み、道に迷ってしまってな」

 

「ビデオカメラを持ってか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ヤバい。長月の目がどんどん細くなっていく。あれは攻撃一歩手前の瞳だ。

 艦娘の身体能力は人間を遙かに凌駕する。駆逐艦であってもだ。

 それが二人、しかも艤装装填済み。

 勝ち目ゼロである。

 

「・・・・・・分かった投降する」

 

 俺は両手を挙げて、抵抗しないことを示す。

 それを見た二人は目をまん丸くして驚いたようだった。

 

「ず、随分とあっさり諦めたね」

 

「ああ、流石に勝ち目がないしな」

 

「そうか。潔いな司令官。お仕置きは軽めにしてやろう」

 

 俺はゆっくり二人に近づいていく。皐月たちもほっと一息ついているが、まだ主砲は降ろしていない。信用無いんだろうか、俺は。

 

「これ、ビデオカメラだ。高いから壊さないでくれよ」

 

 俺はそう言って持っていたカメラを皐月の方に持って行く。

 彼女も手を伸ばしてそれを受け取ろうとした、まさにその瞬間だった。

 

「おおっと! 手が滑ったぁ!」

 

 俺の手からビデオカメラがずるりとこぼれ落ちた。

 

「わわわ! 危ないっ!」

 

 咄嗟に皐月が手を伸ばし、そのままビデオカメラをキャッチする。  

 が、勢い余って皐月はそのまま地面に突っ伏してしまう。

 

「ふう、危なかった」

 

「ああ、ナイスキャッチだ皐月」

 

 そんな皐月の首筋に俺は手刀を叩き込んだ。

 

「ぐえっ」

 

 皐月は瞬時に気絶し、そのまま倒れ込む。

 

「なっ!? 司令官、一体に何を!?」

 

 長月が動いたがもう遅い。

 俺は気絶した皐月を抱きかかえると、懐からスタンガンを取り出して首元に突きつけた。

 

「動くな長月。皐月がどうなってもいいのか?」

 

 こんなこともあろうかと、色々武装を持ってきておいて良かった。

 ちなみにこのスタンガンは所謂『見せる』用のジョーク商品で、実際に痺れることはない。ちょっと痛いだけだ。

 俺も流石に女の子の体に跡が付きそうなモノは使いたくないからな。

 だがそんな事実を長月が知るハズもなく・・・・・・

 

「くっ・・・・・・卑劣な!」

 

 長月は行動を停止して、じっと俺を睨んだ。

 

「さあ、艤装を解除して貰うか。逆らうとビリリだぜ?」

 

「司令官・・・・・・そこまで落ちたか!」

 

「全ては五十鈴の裸のためだ・・・・・・さあ、どうする?」

 

 俺がそう言って皐月の鼻先でスタンガンを振ると、長月は悔しそうに歯がみしながら艤装を解いた。

 丸腰の長月。

 俺はそのまま彼女にあるモノを投げた。

 

「こ、これは・・・・・・」

 

「さあ、それを両足にかけな」

 

 俺が投げたのは手錠だった。

 万が一、侵入者がこの鎮守府に入ってきた時のために幾つか用意してあるのだ。

 艦娘なら壊せる可能性もあるが、それでも動きをかなり遅らせることは出来る。

 長月は歯ぎしりしながら自身の足に錠をかけた。

 なんか絵面が犯罪臭いな・・・・・・

 

「司令官。私達が倒れてもまだ仲間はいる。悪は必ず滅びる。覚悟することだな」

 

 俺を睨み付けながらそう言う長月の背後に、俺は皐月を盾にしながら回り込んだ。

 

「悪いな。五月雨に当て身をしたときから、俺は悪魔に魂を売ったのさ」

 

 すかさず手刀を叩き込み、長月を気絶させる。

 長月はそのままその場で倒れた。

 ・・・・・・部下を三人も手にかけてしまった。

 もうここまで来たら俺は悪の道を貫くしかないだろう。

 

「行くとこまで行ったのだ。見るしかない。五十鈴のおっぱいを!」

 

 俺は二人を寝かすと、一旦鎮守府の中へと戻る。

 皐月と長月が動いているという事は、不知火と谷風も動いているだろう。

 ならばこの貧弱な装備では不味い。そう考えた俺は鎮守府にある白兵戦用の武器を調達しようと思ったのだ。

 部屋の倉庫の奥まで、周囲を警戒しながら進む。

 何とか目的地まで辿り着く。今の所、周りに彼女達の姿は無い。

 よし、今がチャンスだ。そう思って倉庫を開けた。

 

「よう、提督。随分とご機嫌じゃねえか」

 

「た、谷風・・・・・・」

 

 中にいたのは谷風だった。

 しかもご丁寧に艤装を装備して、主砲を俺に向けている。

 

「提督がここに武器を取りに来ると踏んでココに籠城したんだが・・・・・・どうやら正解だったようだねぇ」

 

 勝ち誇ったように笑う谷風だが、確かに今の状況は最悪である。

 流石にこの近距離では、俺と谷風では彼女の方が圧倒的に有利なのだ。

 それを理解しているからか、谷風も先程から余裕そうな態度と取っている。

 クソ・・・・・・谷風の後ろにある白兵戦用の武器さえあればそれなりに立ち回れるというのに。

 

「ささ! 年貢の納め時だぜ、提督! 大人しくこの谷風さんのお縄にかかりねぇ!」

 

 勝利を確信したのか、俺の前で大見得を切る谷風。

 しかしどうする? 皐月に行なっただまし討ちや、長月に行なった人質戦法も出来ないし・・・・・・

 

「・・・・・・谷風」

 

「なんだい?」

 

「ここは正々堂々、勝負しようじゃねえか」

 

 俺は懐から財布を取りだし、中から10円玉を取りだした。

 

「今からコレを投げる。落ちたと同時にお互いが引き金を引く。恨みっこ抜きの早撃ち勝負。どうだ、乗るか?」

 

 俺がそう提案すると谷風は目を輝かせた。

 

「へへ、いいぜえ。そういう勝負、谷風さん嫌いじゃないよ」

 

 期待通りだぜ谷風。こういう芝居じみた行為が大好きだもんなぁ。俺もだけど。

 尤も、反射神経で俺が艦娘には勝てないだろう。

 

「というわけで、いくぞ」

 

 俺は親指に硬貨を乗せる。 

 谷風の視線が自然とそこに集中した。

 俺はそれを確認すると指でコインを弾き飛ばした……谷風に向かって。

 

「へぶっ!?」

 

 見事コインは谷風の額に命中し、彼女は素っ頓狂な声を上げる。

 その隙に俺は腕を伸ばし、谷風の後ろにある武器をいくつか掴んで引っ張りだす。

 

「て、提督!? 一体何しやがんで」

 

 バシン! とそのまま倉庫の扉を閉める。

 そしてそのまま倉庫の扉に鍵をかけた。

 ふう……一か八かの賭けだったが、これで谷風は隔離した。

 さて、大浴場に向かうとしよう。モタモタしてると五十鈴が風呂から出ちゃうかもしれないからな。

 何か後で扉をバンバン叩く音と何やら叫び声が聞こえたが俺は無視した。

 

 そのまま身を隠し息を殺しながら、大浴場付近までなんとか辿り着く。

 付近に人の気配はない。

 出入り口の扉に耳を当てて、中に誰もいないかを調べる。よし、いないな。

 ゆっくりと扉を開けて中に入る。

 瞬間、漂ってくる脱衣所独特の香り。周りを見渡し、綺麗に畳まれた五十鈴と暁と清霜の衣服も確認した。

 そして奥の風呂場からは水の音と彼女らが談笑する音がかすかに聞こえてくる。

 

「くくく……ここかぁ、祭りの場所は」

 

 ようやく、ようやくたどり着いた。エデンの園まであと一歩! それを確信した直後、俺は身を丸くして防御の姿勢を取った。

 瞬間、右から強烈な一撃が叩き込まれ、俺はそのまま吹っ飛んで脱衣所の床をゴロゴロと転がっていく。

 痛い……だが、耐えた。

 俺は突然の攻撃に身体を痛めながらも、何とか立ち上がって攻撃してきた主の姿を見据える。

 

「耐えましたか。運が良いですね」

 

「やはり、待ち構えていたか。不知火」

 

 俺の視線の先で、不知火がゆらりと身を構えた。

 

「司令、最後通告です。今、投降すれば半殺しで済ませてあげましょう」

 

「・・・・・・投降しなければ?」

 

「死です」

 

 ヤバい。冗談じゃない、本気の目をしている。

 だが俺も引くわけにはいかない。

 部下達の信頼をかなぐり捨て、悪魔に魂を魂を売ってここまでやってきたのだ。

 不知火を倒し。五十鈴のおっぱいを目指す。

 そのために、命を賭けよう。

 幸い、先程倉庫から幾つか白兵用の武器をかっぱらってきている。勝ち目はゼロでは無いはずだ。

 

「不知火・・・・・・勝負!」

 

「いいでしょう。引導を渡してあげましょう」

 

 パキポキと手の指を鳴らしながら不知火が構えた。

 こんな本気の不知火、実戦でも中々見られないんじゃないだろうか。

 俺は懐から携帯式の警棒を取り出す。これは暴漢対策用でスイッチがあり、押すと電流が流れるという優れモノだ。

 だがこんな危ないモノを女の子に使えないので、あくまで見せる用の武器だ。だからスイッチは切っておく。最悪、自決用に使おう。

 それにいずれ不知火とはAVや酒のことで戦うと思っていたので、対策は既に出来ている。

 後はそれが上手く嵌まるかだけだ。

 

「さよならです、司令」

 

 瞬間、不知火の姿が視界から消えた。

 ――速いっ! 俺は全神経を集中し、両手を広げて次に来るであろう衝撃に備えた。

 横から一撃。衝撃と激痛と共に視界が真っ白になり、意識が飛びかける。

 だが・・・・・・五十鈴の豊満な胸を思い浮かべ、踏ん張る!

 そしてそのまま不知火を両手で抱き込むような体勢に持ち込む。

 

「なっ・・・・・・」

 

 俺の胸元で、不知火が驚いた声を漏らした。

 そんな彼女を俺は思いっきり抱きしめ、そのまま背中から床へと倒れ込む。

 

「し、司令・・・・・・」

 

 腕の中で不知火が呟く。

 ここまでは計画通りだ。後はままよ!

 

「不知火・・・・・・」

 

 俺は耳元で囁いた。

 

「○○××」

 

「っ・・・・・・」

 

 ぼしゅん、という擬音が似合うような程顔を真っ赤にして、不知火はそのままカクンと首を垂れた。

 

「・・・・・・不知火?」

 

 ゆっさゆっさと首を振る。だが彼女に反応は無い。

 よし、成功だ!

 俺は勝利を確信して、不知火を床に寝かせた。

 

 何だかんだ言って俺と不知火はもう1年以上の付き合いになる。

 それだけの時間をこの狭い流刑鎮守府で一緒に過ごしていれば、おのずと互いの事も知る機会があるのだ。

 そう、お互いの苦手な事や弱点も・・・・・・

 さて、この不知火。

 普段は戦艦クラスの眼光と氷のような表情で、冷たいクールビューティーな女に見える。だがそんな不知火にも、意外な弱点はあるのだ。

 実は不知火、こう見えて結構初心なのである。

 エロ関係や下ネタには恐ろしいほど冷淡で攻撃的である彼女だが、ストレートな愛情表現やベタな恋愛展開にはめっぽう弱い。

 意外に乙女なのである。

 何せ皆でテレビを見ていた時、たまに流れるラブシーンで暁と同じくらい顔を真っ赤にしていたからな。

 それを見て以来、俺は不知火と戦うときの秘策を用意していたのである。

 名付けて『耳元で恥ずかしい単語作戦』。

 小学生並みのガバガバな作戦だったが、思った以上に効いたようだ。 

 何を言ったかって?

 皐月並みに可愛いね、を連呼しただけさ。

 

「ふふふ・・・・・・やった・・・・・・やったぜ・・・・・・」

 

 最大の障害であると踏んでいた不知火を倒し、遂に俺は全ての障害を排除することに成功した。

 ・・・・・・ほぼだまし討ちに、人質戦法。何か超えちゃいけない一線を越えた気分だが、これも五十鈴っぱいのため。

 嗚呼、ようやく俺が望んだエデンへと踏み込むときが来たのだ。

 前の世界にいた頃から渇望してきた五十鈴の生おっぱい!

 さぁ、ショータイムだ!

 

「気は済んだかしら?」

 

 直後、後頭部に冷たく硬いモノが押しつけられた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 底冷えするような声と、漂ってくる凄まじい殺気。

 背後からは生暖かい湯気がシャンプーの香りと共に漂ってくる。

 

「い、五十鈴さん、何故・・・・・・」

 

「馬鹿ね。外であれだけ騒げば気づかないハズないじゃない」

 

 振り向けばすぐ後ろに湯上がりの五十鈴がいる。

 分かっている。分かっているのに、全く体が動かなかった。

 この感触、憶えている。

 かつて不知火に突きつけられた主砲と同じ・・・・・・

 

「見損なったわ、司令官! ケダモノ! レディーの敵!」

 

「しれーかん、さいてー」

 

 暁と清霜も軽蔑しきった声で俺を罵倒する。

 完全に四面楚歌である。

 

「・・・・・・」

 

 いや、まだだ。

 諦めるな、俺。

 何のために今まで可愛い部下達を己の手にかけてきたのだ。

 全ては五十鈴の裸を見るためではないか。

 もしここで一気に体を回転させれば五十鈴の肢体が見れる可能性があるのだ。

 

「一瞬! されど閃光のよう――」

 

 爆音が響き、視界が真っ黒になった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「じゃあ・・・・・・行くわね」

 

 翌日。流刑鎮守府の波止場に艦娘達が集合していた。

 七人の駆逐艦達に見守られながら、五十鈴はにっこりと微笑む。

 

「五十鈴さん、もう行っちゃうの?」

 

 暁が悲しげに言い、そんな彼女の頭を五十鈴は優しく撫でた。

 

「ええ。でも二度と会えないわけじゃ無い。きっとまた会えるわ」

 

 そう言って五十鈴は一人一人の顔を見渡していく。

 

「それに貴方たちには、もう提督がいるでしょう」

 

 提督。その言葉を聞いて、全員がはっとした顔になった。

 

「一日、観察したけど・・・・・・貴方たちの提督は優秀よ」

 

「え・・・・・・でも大酒飲みだよ」

 

「それにおバカさんだし・・・・・・」

 

「戦闘もねえから、作戦指揮が出来るかもわかんないし・・・・・・」

 

「ふふふ、確かにそうかもね。でも」

 

 五十鈴はまるで子供に言い聞かせるように、優しく諭すように続けた。

 

「貴方たちの提督は艦娘のことを大切に思っているわ。兵器じゃ無く、人間として見ていてくれる。これが一番、艦娘にとって重要なことよ」

 

 鎮守府までやって来た小さな船に五十鈴は一人、乗り込むと穏やかに微笑んだ。

 

「本部にも報告出来るわ。流刑鎮守府は大丈夫ってね」

 

 エンジンのかかる音がした。

 スクリューが回転し始め、ゆっくりと船が動き出した。

 

「また来るわ。絶対に。皆、体を気をつけて、提督と一緒に一生懸命頑張るのよ」

 

 五十鈴がそう言って敬礼すると、皆も背筋を伸ばして敬礼する。

 七人の駆逐艦は非常に正しい姿勢で、教官の乗った船が水平線の向こうに見えなくなるまで見送り続けていた。

 

「・・・・・・行っちゃったね」

 

 感慨深く皐月が言った。

 

「お姉様、五十鈴さんまた来てくれるよね?」

 

「ええ。約束したもん。きっと来てくれるわ」

 

 清霜の肩を暁が叩いた。

 

「提督の事、褒めてくれましたね」

 

 五月雨が嬉しそうに言う。

 

「ええ。不知火も少しだけど鼻が高いわ」

 

「へへへ、自分のとこの提督が褒められるってのは、こそばゆいけど嬉しいもんだねぇ」

 

 不知火も心なしか誇らしそうで、谷風は照れくさそうに鼻の頭を指で擦っている。

 

「ああ。我が司令官が五十鈴教官に認められて良かった・・・・・・さてと、では」

 

 長月がそこまで言って、スッと目を細めた。

 

「・・・・・・拷問を開始するとするか」

 

 先程までの爽やかな雰囲気から一転、少女達は勇気の如く黒いオーラを出しながら俺の方を向いた。

 俺は命の危険を本能で察するも、皆にボコボコにされた挙げ句、十字架に磔にされているこの状況では抵抗すらままならないだろう。

 

「司令官、ゴメンね。ボク・・・・・・本当に司令官を殺してしまうかもしれない・・・・・・」

 

「谷風さんさぁ、時代劇で色んな拷問を見てきたからねえ。全部提督で試すとするよ」

 

「申し訳ありません提督。五月雨は・・・・・・皆を止める事が出来ません」

 

「お姉様! 清霜達はどうすればいいの?」

 

「お仕置きよ! 司令官にお仕置きするの! 泣いたって許してあげないんだから!」

 

「司令、不知火は初めて本気で・・・・・・覚悟してください」

 

 ・・・・・・・・・・・・

 その日、俺は知った。

 死が救いになるという事も、あるということを。



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この道わが旅

GWに入りましたね。
作者は仕事ですが、皆さんは体に気を付けてゆっくり羽を伸ばしてください。
今回は息抜き回です。


「5月! 皐月、May……すなわち、ボクの季節!!」

 

暦の月が変わったばかりの流刑鎮守府で、皐月の声が響き渡った。場所は執務室。俺の机のすぐ隣である。

 時刻は既に昼前で、仕事もあらかた終わっていた。

 

「確かにお前の名前は皐月だけど、それが何か関係あるのか?」

 

「もう! 無粋だなぁ、司令官は! こんな時はとりあえず『素敵だな』って言えばいいんだよ!」

 

「なんじゃそりゃ」

 

まあ確かに元になった暦の名前と同じ月になったのだから、テンションが上がるのも分かる。長月もなんとなくだけど9月は嬉しそうだったしな。

 

「それに、5月と言えば大型連休! ゴールデンウィークだよ、ゴールデンウィーク!」

 

「ゴールデンウィークか、俺たちには関係ない話だな」

 

深海棲艦がいつくるかも判らない以上、提督と艦娘が連休を取るわけにはいかない。ましてや我が流刑鎮守府には、最低限の人員しかいないのだ。

「そんなこと無いって! ゴールデンウィークなんて神様だってお休みだよ!  ねえ司令官、折角の休みなんだからどこかに連れてってよ~」

 

 皐月はそう言って俺のベッドの上で手足をバタつかせる。その様子は駄々をこねる子供にしか見えなかった。

 

「連れってってやりたい気持ちは山々だが、無理なものは無理だ。俺達は一応、軍人でココを守っているわけだからな」

 

「分かってるよ。でもどこかにいきたーい!」

 

 そんな皐月に苦笑しつつ、仕事を始めた時だった。

 

「皐月ちゃん、それならこれを見るといいよ」

 

 五月雨が何か紙の束のようなものを皐月に差し出した。

 

「これって……旅行のパンフレットじゃん! どうしたの」

 

「えへへ……実は前から集めてたの。これを見れば、何だか旅行に行ったような気になれて、好きなんだ」

 

「何だか悲しいね……」

 

 若干悲しげな表情を見せながら、皐月は五月雨からパンフレットを受け取ってパラパラ捲り始めた。

 

「はぁ~確かに見てるだけでもいいもんだね~。ボクも行きたいなぁ、海外」

 

「ここだって海外だぞ」

 

「ちーがーう! ボクは観光地に行きたいんだよ! こんな場末の孤島に行って何が楽しいのさ!」

 

 拳振るって力説する皐月だが、まあ言わんとすることは分かる。

 たまには島の外に出ないと気が滅入ってしまうからな。

 

「だからこれを読んで旅行した気分になろう? 見てるだけでも楽しいよ?」

 

「むう……」

 

 五月雨に諭され、皐月は仏頂面でパンフレットをパラパラ捲り始めた。

 

「へえ……」

 

だが次第に皐月の瞳は輝き始め、夢中でページを捲っていく音が聞こえるようになる。

 

「提督もいかがですか?」

 

五月雨が誘ってきたので、俺も近くに行ってみる。仕事もほとんど片付いているしな。

 

「ほう、色んな国があるな。よく集めたな」

 

「えへへ、パンフレットはタダで貰えますから」

 

五月雨は照れくさそうに、頬を掻いた。

「提督は海外旅行に行ったことはあるんですか?」

 

「いや、ない。子供の頃に家族で旅行に行ったことは何回かあるけど、国内だったし」

 

社会人になってからは、旅行なんていく暇無かったからな……

 

「五月雨はあるのか?」

 

「いえ、五月雨もありません」

 

「そうか……なあ、五月雨」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「旅行に行くなら、どこに行きたい? 」

 

「え……えええええっ!? て、提督とですか?」

 

「ああ。まああくまで仮の話なんだが……」

 

「ふぁあ……」

 

顔を真っ赤にしてアワアワする五月雨。一体どうしたというのだろう。

 

「もし皆で旅行するのなら何処に行きたいかなって話だから、そんなに真面目に構えなくてもいいぞ」

 

「……み、みんな……」

 

「ああ。やっぱり行くなら流刑鎮守府の皆で行きたいしな」

 

「……はい、そうですね。そうですよね……」

 

先程までの慌てっぷりから一転、何だかテンション低めになった五月雨。頭を傾げつつ、俺は置いてあるパンフレットに幾つか目を通していく。

 

「五月雨は、スイスやオーストリアのような国に憧れます」

 

「おお、アルプスって感じだな」

 

緑の山々と綺麗な水に囲まれた静かな場所ってイメージだ。なんとなく五月雨らしいチョイスだった。

 

「確かにああいう牧歌的な所でのんびりしたいな」

 

「はい。風の香りを感じながら、のほほんとしたいですね」

 

豊かな自然に思いを馳せたのか、五月雨は目を閉じて溜め息を洩らす。きっと瞼の裏にはヨーロッパの美しい風景が浮かんでいるのだろう。

 

「ボクはイタリアかなぁ。ローマに行ってみたいんだよね」

 

「確かにローマは歴史あるし、一度はこの目で見てみたいな」

 

 昔は『ローマの休日』を見て、その美しさに憧れを抱いたものだった。

 

「それにイタリアといえばピザにパスタ! 本場のイタリア料理だよ!」

 

「それはいいな! やっぱり酒はワインか!」

 

「花より団子ですねぇ」

 

 舌なめずりする俺と皐月を見て苦笑する。

 そんな中、遠征組が帰ってきた。

 

「艦隊が帰ってきたんだって。ふぅ……あれ司令官、何してるの?」

 

 ドラム缶片手に暁と清霜、続いて谷風と不知火が執務室に入ってくる。

 ちなみにウチの鎮守府の遠征部隊の旗艦は毎日交代で行っていて、今日は暁だ。

 

「ああ。今、旅行に行くのならどこがいいかなって、皆で話してたんだ」

 

「え、旅行行くの!?」

 

「どこどこ!? いついつ!?」

 

 旅行という単語に早速、暁と清霜のちびっこコンビが食いついてくる。

 

「いや、あくまで仮の話だ。そんな時間は無いしな」

 

「そりゃそうだ」

 

「人数的にこの鎮守府を空けることは難しいですからね」

 

 谷風と不知火がそう言ってドラム缶を降ろした。

 

「暁は行きたい国とかあるか?」

 

 俺がそう尋ねると暁は待ってましたと言わんばかりの顔で答えた。

 

「ふっふーん! 暁は勿論、ハワイよ! レディーは優雅にワイハでバカンスよ!」

 

 ワイハとは随分、バブリーな言い回しだな。

 

「青い海! 白い砂浜! 常夏の楽園で暁はサングラスとビキニでバッチリ決めて、トロピカルジュース片手に日光浴するの!」

 

「また随分とベタなイメージだねぇ」

 

 瞳をキラキラさせながら語る暁に、谷風が冷静に言った。

 

「ハワイってピストルが撃てるんだよね! ハワイで親父に教えて貰ったって!」

 

「清霜。貴方、ピストルよりも威力の高い主砲を何度も撃ってるじゃない」

 

「ちーがーうーよー不知火さん! 主砲は主砲、ピストルはピストルで違うんだよ!」

 

 冷静に突っ込む不知火に清霜が拳振るって力説していた。

 まあ気持ちは分かる。

 コブラがサイコガンとコルトパイソンを両方使って、両方ともカッコイイのと同じだ。

 

「そう言う谷風はどうなのよ! ハワイよりもいい所なんてあるの?」

 

 暁に振られ、谷風はうーんと考える。

 

「そもそも外国じゃないと駄目なのかい? 谷風さんは外国より国内がいいなぁ」

 

「国内か、それもいいね」

 

 皐月も同調する。

 

「やっぱり箱根や別府といった温泉だぜぃ! 江戸っ子は熱い湯が大好きだからねえ!」

 

「温泉か……最近、腰が痛いからいいかもな」

 

 たまには浮世の事を忘れてゆっくりと湯船に浸かりたいもんだ。

 

「それに旅館で飲む瓶ビールとに湯船で飲む日本酒はまた格別だしな」

 

「かぁーっ! たまんないねぇ! 露天風呂に熱燗! 最高の組み合わせさ!」

 

「結局、お酒ですか」

 

 冷めた目で呆れたように不知火が言った。

 

「そういう不知火はどうなんでい。行きたい所とかあるのかい?」

 

「そうですね。不知火は……」

 

「ふふふ、不知火は前に司令官と広島に旅行したんだからそれで満足だよね~」

 

「な、ななななななっ!?」

 

 意地悪げな皐月にそう言われ、不知火は真っ赤になって狼狽する。

 

「あ、あ、あれは出張で、あくまで仕事……仕事……」

 

「司令官と二人っきりで広島! まさに婚前旅行!」

 

「婚前って……あ、あ、あれはあくまで仕事! 仕事よ……」

 

「そうだぞ皐月。広島に行ったのはあくまで出張だぞ。全然、遊べる時間なんて無いんだぞ。夜に二人で飲みに行った位だ」

 

「デートじゃん」

 

「デートだね」

 

「デートですねぇ」

 

 皐月・谷風・五月雨にデートと指摘され不知火は顔をますます赤面させる。

 

「あのなぁ。俺と不知火は上司と部下で見た目も兄妹、下手すら親子に見えるような感じだぞ。デートなんて洒落たもんじゃないさ」

 

「…………」

 

「ちょ、なんだ不知火。突然、戦艦並みの視線で睨んで……」

 

 先程までの恥ずかしそうな顔から一転、氷のような怜悧な瞳で睨んでくる不知火。やっぱり俺と呑むのは嫌だったんだろうか……

 

「お姉様、司令官ってお馬鹿さんだね」

 

「ええ。鈍い男はレディーの敵よ」

 

「ど、どういう意味だそれ……」

 

 暁と清霜にも呆れたような顔をされ、何だか居心地が悪い。

 

「そ、そいうえば、清霜はどこか行きたい所は無いか?」

 

 何だか空気が重くなりそうな雰囲気だったので、清霜に話題を振ってみる。

 

「んーとね、清霜は皆と行けるならドコでもいいよ!」

 

 すると清霜は目を輝かせて、そう答えたのだった。

 

「何処でもって……あ、そうか」

 

 そこで俺は清霜が最近、ここで生まれたばかりの艦娘だということを思いだした。

 流刑鎮守府で生まれ、以来この島でずっと暮らしている清霜は外の世界を知らない。

 彼女にとってはこの鎮守府が世界の全てなのだろう。

 

「清霜」

 

「ん、なぁに? 司令官」

 

「もし戦いが終わったら、皆で色んな所に旅行に行こう。見たことない所、楽しい所。皆で行こう!」

 

「え、本当!?」

 

「ああ、約束だ」

 

「やったー!」

 

 清霜は嬉しさで小躍りして喜んでいる。

 

「いいの? そんな約束して」

 

「いいさ。清霜は俺が建造して生まれてきたんだ。だったら清霜を立派に育てる義務が、俺にはあるのさ」

 

「何だよ。まるでお父さんみたいなこと言うね」

 

「そうかもな。まあ俺にとっては皆、可愛い娘みたいなもんさ」

 

「娘……娘かぁ」

 

 皐月は何やら不貞腐れたようにそう呟いた。

 

「皆、食事の時間だぞ……どうした?」

 

 エプロン姿の長月が執務室に入ってきた。

 どうやら話しているうちにお昼になったらしい。

 

「よし、飯にするか」

 

 俺は重い腰を上げて、長月のいる出口へ向かって行く。

 自然と他の皆も着いてくる。

 いつかこの鎮守府の皆と、色んな場所に行こう。

 そのためには早く戦争を終わらせないとな。

 俺はそんな事を考えながら、食堂に向かって行くのだった。

 

「ちなみに長月、旅行に行くのなら何処に行きたい?」

 

「旅行? そうだな……コロンバンガラ島に行ってみたいな。あそこは……色々と因縁がある」

 

 そういう考えもあるんだな、とも思った。



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ヤマトナデシコ七変化

「ではこれより!」

 

 皐月が拳を天高く挙げた。

 

「第二十八回流刑鎮守府艦娘会議を始めます!」

 

『おーーーーっ!!』

 

 皐月の宣誓に谷風と清霜が全力で乗っかった。

 

「あまり五月蠅くすると司令が起きてしまいますよ」

 

 そんな彼女達に 冷ややかな視線を向ける不知火。苦笑する五月雨と長月。やる気満々の暁。

 流刑鎮守府における彼女達の立ち位置が如実に現れていた。 

 現在時刻は午後9時。場所は皆の共同寝室。

 ここで行なわれているのは流刑鎮守府に所属する駆逐艦たちの会議・・・・・・という名のパジャマパーティーである。

 

「と、言うわけで今回の議題は・・・・・・あのくそったれ馬鹿野郎(司令官)の事だよ」

 

 皐月が司令官の事を出すと、皆の顔が強張った。

 

「皆も分かっているとは思うけど・・・・・・この前、五十鈴さんが来た時の問題についてなんだけど・・・・・・」

 

「嬉々として覗きに行っていたな」

 

 長月が重々しく言った。

 

「谷風さん達のお風呂なんて一度も覗いたことねえからな、あの鈍感唐変木」

 

「の、覗いてほしい訳じゃ無いけど・・・・・・あれはレディー達に失礼だと思うの」

 

「あの変態は不知火達のことなど、眼中に無いといわんばかりですからね」

 

 不満がドンドン溢れてくる。

 皆、提督に女扱いされていない現状に、不満が溜まっていたのだ。

 

「このままじゃ不味い! ボクはそう考えたわけだよ!」

 

 拳握って力説する皐月。そんな彼女に皆の注目が集まったのを確認すると、皐月は一呼吸置いて言った。

 

「そこでボクは思いついた。司令官がボク達を女の子として見ないなら、見るようにしちゃえばいいじゃん」

 

「しちゃえばいいじゃんって、お前・・・・・・」

 

 長月が呆れたように言った。

 

「それが出来れば苦労しないわ。でも不知火達には難しいと思う」

 

 不知火も不満そうに続ける。そんな仲間に皐月はちっちっちと指を振った。

 

「そんなことは無いよ! ボク達だってそれなりにカワイイはずさ。後は、司令官がボク達を見る視点をちょっと変えるだけでいいのさ・・・・・・題して!」

 

 皐月は一瞬貯めて、皆の反応を窺っているようだった。

 うさんくさそうに見る長月と不知火。苦笑する五月雨と谷風。目を輝かせる暁と清霜。

 それを確認すると皐月は言い放った。

 

「『流刑鎮守府・キャバクラ大作戦!』だよっ!!」

 

「はぁ?」

 

 自信満々に言った皐月に対してすぐに反応したのは長月。その答えは辛辣だった。

 

「司令官といえば大の酒好き。そしてお酒と女の子が一つになる場所! それがキャバクラだよ!」

 

「スナックでもよくねえか?」

 

「古い。古いよ、谷風。それにスナックには美人のママさんが必要だけど、ボク達の仲でその役を出来る子いないし……」

 

「……キャバクラも古いイメージだが」

 

 長月に痛い所を突かれたのか皐月はゴホンと咳払いをすると、説明を再開した。

 

「つまり! 司令官を大好きなお酒で誘いだし、ボク達が全力でカワイイアピールをするのさ。そうすればさすがの司令官だって、多少はボク達の見る目が変わるはず!」

 

「でもカワイイアピールってどうやるの?」

 

 清霜に尋ねられ、皐月はふふんと得意げに言った。

 

「それにはボクの作戦があるのさ! それは……ズバリ、コスプレだよっ!」

 

「コスプレ……ですか」

 

 五月雨が困ったように言った。

 

「そう! カワイイコスプレして司令官にアピールするんだよ! まずはボク達がカワイイ女の子ってことを自覚させる! これが大事!」

 

「コスプレか! それなら谷風さんの出番だねぇ!」

 

『…………』

 

「な、なんでぇ皆! その怪訝な反応は!?」

 

「だって谷風のコスプレ、可愛くないし」

 

「時代劇とかそんなのばっかりだよね」

 

「そ、それのどこがいけねえんだ! 可愛いだろ!」

 

 暁と皐月にそう言われた谷風は怒って抗議するも、他の皆も同じ思いなのか苦笑するだけだった。

 

「まあ谷風の残念コスプレは置いといて、折角だし司令官にガンガンお酒飲ませて色々探ろうよ」

 

「探るって・・・・・・何をですか?」

 

「それは・・・・・・色々だよ。女の子の好みとか、理想のシチュとか・・・・・・今後の参考にするんだよ」

 

「お前と谷風はよく司令官と呑んでいるが、その辺は聞いたりしないのか?」

 

「・・・・・・そりゃボク達だってお酒飲むし・・・・・・そしたら司令官と馬鹿話しかしないし・・・・・・」

 

 長月と不知火が深い溜息をついた。

 

「と、とにかく! 司令官の好感度を上げつつ、攻略情報を引き出す! 流刑鎮守府・キャバクラ大作戦、発動だよっ!」

 

「おーっ!」

 

 元気いっぱいに同調したのは清霜だけだった。

 

「コスプレ・・・・・・コスプレですか・・・・・・」

 

「暁の美しい姿を司令官に見て貰うチャンスね・・・・・・」

 

「見てろよ畜生・・・・・・絶対にぎゃふんといわせてやるぜ・・・・・・」

 

「私はクリスマスの時に着た衣装でいいか?」

 

「うーん、新しい方が提督の受けがいいと思うよ」

 

 夜は更けていき、艦娘達の作戦会議は続いていった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

 仕事が終わった後の風呂は最高である。風呂上がりにキンキンに冷えたビールがあれば、なおいい。

 いつも通り提督の事務仕事を終えた俺は、流刑鎮守府入渠場という名の大浴場でのんびりと羽を伸ばしていた。

 基本的に我が鎮守府では風呂に入る順番は決まっていない。

 一番風呂は譲れないと豪語する谷風が最初に入るのは確定事項だが、後は自由である。

 少し熱めの湯加減な湯船にじっくりと浸かり、体の疲れを洗い流す。

 じっくりと体を温めてから風呂を出る。

 脱衣場から出てビールの入った冷蔵庫のある食堂に向かおうとした時だった。

 

「じゃっじめんとたーいむ!」

 

 後ろから皐月の元気な声が聞こえてきた。

 

「何だ、皐月」

 

 そう言って振り返った俺は思わず言葉を失った。

 白いブラウスと水色のネクタイ。青いジャケットを羽織り、紺色のタイトスカート。

 婦人警官。

 皐月は何故かそんな格好をしていたのだ。

 

「じゃんじゃじゃーん! セクシーポリス、皐月ちゃんだよ!」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「ふっふっふ、どーう? 司令官。刺激的すぎてフリーズしちゃった?」

 

 腰から玩具の拳銃を取り出すと、皐月は可愛らしくウインクする。

 そんな彼女に向かって、俺は辺りを見渡して口を開いた。

 

「・・・・・・セクシーポリス? そんなもの、どこにいるんだ?」

 

「はぁああああっ!? 目ぇ腐ってんじゃ無いの!?」

 

「う、すまんすまん。ちょっと驚いてな。似合ってるぞ」

 

 俺の言葉に憤慨する皐月。

 だが俺だって言葉通り困惑しているのだ。

 セクシーとは思わないものの、皐月の婦人警官姿はとても可愛らしい。

 だから俺もちょっとドキッとして、その照れ隠しとしてこんな言葉が出てしまったのだ。

 

「うう~っ! この唐変木! 司令官は逮捕! 逮捕だよ!」

 

 ガシャン! という金属音と同時に冷たい感触が手首を包んだ。

 

「な!? コレお前、本物の手錠じゃないか!」

 

「そうだよ! 司令官はこれからボクに連行されちゃうんだよ! さあ、こっちにくるんだよ!」

 

 そのままグイグイと引っ張られ、俺は無理矢理どこかへ連れていかれてしまう。

 暫くして辿り着いたのは、いつもの食堂だった。

 だが中に入ると通常とは違った内装に変わっていた。

 皆で食事を取るテーブルと椅子が無くなり、代わりにソファーと小さなテーブルが置いてある・・・・・・てこれ執務室のじゃないか。

 

「ささ、ココに座って!」

 

 皐月に促されソファーに腰を降ろす。すると彼女は俺の手錠を外してくれた。

 

「皐月、お前一体何を企んでいるんだ?」

 

「た、企んでるとは酷いなぁ・・・・・・今日はいつも頑張ってる司令官にボク達から、お・も・て・な・し、しようと思ってね」

 

「何を企んでいるんだ?」

 

 皐月のおもてなしとか裏があるように思えてならない。

 それに他の艦娘達も見当たらないし、一体何をする気なんだろうか。

 

「いいか、皐月。お前が一体何をしようとしているのかは知らんが、俺はここの指揮官として言うべきコトはハッキリと・・・・・・」

 

「まぁまぁ。ビールでも飲みなよ」

 

「ビールならしょうがないな」

 

 まずは相手の出方を見るのが兵法の定石だからな。

 皐月からキンキンに冷えた缶ビールを受け取り、プルトップを開ける。

 

「司令官、かんぱーい!」

 

「乾杯!」

 

 皐月と缶ビールをガチンと乾杯し、そのまま一気に中身を呷っていく。やはり風呂上がりのビールは最高だな。

 

「ねえねえ司令官」

 

「なんだ?」

 

「ボクのこの格好、どう?」

 

 皐月は小首を傾げて、尋ねてきた。心なしか不安そうでもある。

 

「ああ、似合っているぞ。かわいいな」

 

 酒も入ったからか素直に褒められる。

 

「そ、そう?」

 

「ああ。元気な皐月にピッタリだ」

 

 セクシーポリスというのには無理があるが、ちびっ子警官として凄く可愛いと思う。

 

「えへへぇ。そうかなぁ」

 

 嬉しそうに破顔する皐月をわしゃわしゃ撫でる。これはこれで微笑ましいのであるが、彼女の目的は一体何なのだろう。

 

「で、おもてなしってのは何だ?」

 

「うん。今日は皆で司令官に楽しんで貰おうと思ってね。こうしてコスプレしてるんだよっ!」

 

「・・・・・・そうか」

 

 おもてなしってそういうことか。しかしなんでそんなことをするんだろう。

 

「もしかして他の皆も?」

 

「うん! これから来るよ! 誰が一番か、司令官に決めてもらうよ!」

 

「俺が審査員か」

 

 もしかしてそういう勝負でも皆でやってるんだろうか。

 それなら話も分かるが。

 

「なら俺も全力で審査させてもらうか」

 

「ふふふ、そう言ってくれると信じてたよ・・・・・・じゃあ一番手! カモン!」

 

 皐月が勢いよくそう言うと、厨房から人影が一つ飛び出してきた。

 

「い、一番! 五月雨、参りました!」

 

 出てきたのは五月雨だった。

 白いフリルの着いたエプロンとカチューシャに、可愛らしいソックスと靴。

 所謂、メイド服という奴だった。

 

「おお、メイド服か・・・・・・」

 

「は、はいっ! 春雨ちゃんのを借りました!」

 

 そういえば春雨には限定のグラでメイド服があったっけ。そんな事を考えていると、五月雨はスカートの裾をちょこんと摘まんで微笑んだ。

 

「ご、ご主人様。五月雨がご奉仕しますね」

 

 恥ずかしそうに五月雨は言うと、そのまま俺の横に腰を降ろした。

 しかし清楚な五月雨に上品なメイド服はよく似合う。

 デザインはスタンダードなメイド服そのもので、スカートから伸びる太腿が健康的だ。

 

「で、では五月雨はこの持ってきた枝豆に魔法をかけますね」

 

 おつまみとして持ってきた枝豆。それをテーブルに置くと五月雨は顔を赤くしながら、何かポーズを取った。

 

「お、お・・・・・・美味しくなーれ! もえもえきゅーんっ!」

 

 両手でハートを作り、五月雨は魔法の呪文を唱えると両腕を大きく突き出した。

 よくメイドカフェでやっているというアレだ。

 恥ずかしいのかトマトように顔を真っ赤にして、ポーズを取る五月雨は何だか微笑ましかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ふ、ふぇっ・・・・・・ど、どうして頭を撫でるんですか?」

 

 うんうん。五月雨は可愛いなぁ。

 

「五月雨、ちょっと」

 

 皐月が何か手招きして、五月雨は彼女の方へと向かう。何やら耳打ちしているらしく、五月雨はやがて何か確信したように力強く頷くと、一旦厨房に戻っていく。

 少し経って、五月雨は黒い猫耳カチューシャと尻尾を着けて帰ってきた。

 

「猫耳メイドか、まあこれもスタンダードっちゃスタンダードか」

 

「ふっふっふ。いつまでそんな余裕を保てるかな? 五月雨、やぁっておしまい!」

 

「は、はい! て、提督の未来に・・・・・・ご奉仕するにゃん!」

 

 やはり頬を朱に染めながらポーズを決める五月雨。

 まだ恥ずかしさは残っているらしい。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「ああっ! どうしました提督!? 急に崩れ落ちたりなんかして!?」

 

「い、いや大丈夫。大丈夫だ」

 

 チラッと皐月を見る。皐月はグッとサムズアップした。

 

「本当に大丈夫ですか、提督。五月雨、何かいけなかったでしょうか?」

 

「いや君は悪くないよ。ただ五月雨の言葉が俺の琴線に触れただけさ」

 

 色んな意味で懐かしくて涙が・・・・・・猫耳にメイド・・・・・・確かにそうだったわ。

 

「五月雨、約束通りボクと五月雨で司令官の票を山分けね」

 

「う、うん・・・・・・ワンツーフィニッシュってやつだよね」

 

 二人が何か言っているが、きっと何か談合が行なわれているのだろう。

 

「それじゃあ、次に行こうか! 二番手、go!」

 

 皐月のかけ声と共に新しい人影が入ってきた。

 

「な、長月だ・・・・・・」

 

 少々恥ずかしそうにやってきたのは長月だった。

 彼女が身につけているのは、真っ赤なチャイナドレス。スレンダーな彼女にはよく映える。スリットから伸びる生足が美しい。

 

「な、何だ司令官・・・・・・この格好は変か?」

 

「変じゃないけど・・・・・・」

 

 長月の緑の髪に赤いチャイナとなると、某ゲームのアイドル志望なドラゴンでケンタウルスが頭に浮かぶというか・・・・・・

 

「うん。可愛いぞ長月。大人っぽくていい感じだ」

 

「そ、そうか」 

 

 長月は声を上ずりながら返事をすると、お盆に幾つか料理を置いて持ってきた。

 

「おお、これは・・・・・・」

 

 テーブルの上に置かれたのは、長月の手料理達。

 餃子、棒々鶏、酢豚。

 普段はお目にかかれない中華料理の数々。

 

「折角だからな。服に合わせて中華料理にしてみたんだ、どうだ?」

 

「どうだって・・・・・・最高だよ長月。食べていいか?」

 

「ああ、あんたのために作ったんだ。食べてくれ」

 

 はにかみながら言う長月に礼を言い、俺は餃子に箸を伸ばす。

 パリパリの衣に熱々の肉汁たっぷりの中身。ニラとニンニクの味が効いて、つまみにバッチリあう。すかさずビール。熱い口内を冷えたビールが潤していく。

 胡麻のきいた棒々鶏で口当たりをさっぱりリフレッシュしてから、酢豚を一口。これも適度な甘みが効いた餡が舌の上で蕩ける。これまたビールに合う。

 

「今日は特別に瓶ビールを用意したぞ」

 

 長月が瓶ビールとグラスを取り出して注いでくれる。

 ちゃんとグラスが冷やされているのが、素晴らしい。

 それにコレは俺の勝手な主観なのだが、ビールは缶よりも瓶の方が美味い。

 

「さぁ、グッといけ」

 

「ありがとな長月・・・・・・かぁーっ! たまんねえな!」

 

「提督、中華料理にはビールもいいですが、烏龍茶もいいですよ」

 

「ありがとう五月雨。でも酒飲んでいるのにお茶は・・・・・・」

 

「はい。ですので五月雨はウーロンハイを用意しました」

 

「・・・・・・ウーロンハイとなれば話は別だよ」

 

 口の中の脂をさっぱりと流してくれるんだコレが。

 右手にビールと長月。左手にウーロンハイと五月雨。

 チャイナ服の美少女とメイド服の美少女を侍らせて、酒を飲む。

 こう言うと何だけ変な店みたいだ。

 でも長月の美味い料理と酒を飲むのは、本当に楽しいしこのままでもいいか・・・・・・

 

「ちょ、何もう終わった感出してるの! まだまだメンバーは控えてるよ!」

 

 皐月が焦ったように言って、俺はようやく我に返った。

 

「続いての艦娘は……こちらだよっ!」

 

「じゃーんっ! 暁はうさぎさんよ!」

 

 皐月の号令と同時に暁が勢いよく入ってきた。

 そして彼女自身が言うように、暁は兎の格好をしている。

 兎といっても着ぐるみでとかではなく、バニーガールであるが。

 

「ぴょーん! どう? 司令官! レディーのセクシーバニーガールよ!」

 

 皐月といい暁といい、セクシーという言葉が好きだな。

 だが確かに恰好自体はセクシーである。

 黒いウサ耳の付いたカチューシャにレオタード。網タイツにハイヒールと典型的なバニーガールの格好である。

 きっと大淀さんとかが来たら滅茶苦茶色っぽいんだろうが、着ているのは暁である。

 とても可愛らしいのであるが、完全に微笑ましい目で見てしまう自分がいる。

 

「なあ暁、その衣装ちょっと露出が多くないか?」

 

「え、そうかしら?」

 

「ああ。女の子があんまり肌を出しちゃ駄目だぞ。それに体が冷えて風邪でも引いたらどうするんだ」

 

「で、でも、男の人はこの姿が好きって……」

 

「暁は普段から可愛いんだから、無理にそんな恰好しなくてもいいんだぞ」

 

 俺がそう言うと暁は少しだけ朱くなった。

 

「そ、そう?」

 

「ああ、早く着替えて来なさい」

 

「うん。司令官が言うならそうする」

 

 暁は元気よく頷いてから、そのまま奥へ引っ込んでいった。

 

「娘扱いだな」

 

「お父さんみたいですね」

 

「あなたしかみえなかった、父よ……」

 

 その様子を見て、三人が漏らす。

 確かにちょっと親父臭いのは否定できない。でも暁を見ていると庇護欲が湧いてくるのだから仕方ない。

 

「ま、気を取り直してビールでも飲め」

 

「おお、ありがとう長月」

 

 いつの間にか空になっていたグラスに長月がビールを注いでいく。

 上手い料理に可愛い艦娘。酒が進むなぁ。

 

「順調にお酒飲んでるね……」

 

「うん。予定通り」

 

 皐月と五月雨が小声で何か話してあるが、まあ特に変なことは言っていないだろう。

 

「さて、次は谷風の登場だよ」

 

「谷風か……」

 

 そういえば谷風は前からちょくちょくコスプレしていたな。

 どんな格好をしていたっけと考えてみる。

 

 ――木枯らし紋次郎。

 ――桃太郎侍。

 ――鎧伝サムライトルーパー。

 

 ……うん。過度な期待はしないでおこう。

 くノ一とか浴衣とかかな、などと思っていると奥から谷風が現れた。

 

「えへへ……どう……でい?」

 

 恥ずかしそうに谷風は小首を傾げる。

 だが俺は彼女の問いかけに答えられないでいた。

 谷風の格好はコスプレというより、私服といった感じである。

 いつもの制服ではなく、ゆったりとした白いワンピースに若草色のカーディガンを羽織り、茶色のショートブーツを履いている。

 余所行きの格好といった感じだ。

 そしてその姿はいつもの谷風とは違う魅力を放っていた。

 普段の谷風の活発な印象はなりを潜め、清楚でおしとやかな少女に見える。

 そんな彼女は恥ずかしそうに肩を震わせながら、上目遣いにこちらを見てくるのである。

 あれ……谷風ってこんなに可愛かったっけ?

 いや、谷風は確かに普段から美少女であるのだが、服装が変わるだけで雰囲気が大分変わったというか……

 

「て、提督。谷風さんの格好、変……かい?」

 

「あ……いや、そんなことないぞ。よく、似合ってる」

 

「そ、そうかい? えへへ……」

 

 気恥ずかしそうにはにかむ谷風に、不意に鼓動が高鳴り始める。

 おかしい。俺は巨乳のお姉さんが好きなはずなのに、谷風にドキドキしてしまっている。

 

「そっちに行ってもいいかな?」

 

「あ、ああ……」

 

 必死で平静を装いながら俺が答えると、谷風は嬉しそうにこちらに寄ってきた。

 

「提督に喜んで貰えて谷風さんも嬉しいよ」

 

「そ、そうか」

 

「……な、なぁ提督。よかったら谷風さんと酒を」

 

「はいストップ、ストーップ!! これ以上はNG! レギュレーション違反だよ!」

 

 間に皐月が突然割って入り、谷風をずるずる引きずって俺から引き離していく。

 

「な、なにしやがんでぇ皐月!」

 

「何がじゃないよ! なにガチで色仕掛けしてるのさ! 今回はコスプレって言ったじゃん!」

 

「これだって立派な仮装でぃ! 題して『谷風さん本気モード』!」

 

「本気で落としに行ってるって事じゃん! 終了! 強制終了だよ!」

 

 結局、谷風は皐月に連れられてフェードアウトしていった。

 

「はぁはぁ……全く、油断も隙も無い……」

 

 暫くして皐月が肩で息をしながら一人で戻ってきた。

 

「谷風ちゃん可愛かったですね……」

 

「ううむ。司令官はああいう清楚なのが好みなのか……」

 

 五月雨と長月もなにやらブツブツ言っている。

 しかし谷風はヤバかった。年甲斐もなくドキドキしてしまったぞ……

 

「気を取り直して……次は清霜だね」

 

「清霜か」

 

 暁が結構露出度の高い恰好をしていたが大丈夫だろうか。

 

「ふっふーん! 清霜登場!」

 

 元気よく出てきた清霜の姿はナース姿だった。

 ピンク色の生地にミニスカートから伸びる白いニーソックスが大変可愛らしい。

 

「どう、司令官? 清霜、可愛い? 強い?」

 

「ああ。強いかどうかは分からんが可愛いぞ」

 

 トテトテ歩いて寄ってきた清霜の頭を撫でる。

 

「えへへ……カワイイを極めれば戦艦になれるかな?」

 

「うーん、それは分からないかな……でも清霜は十分、今のままでも可愛いぞ」

 

「それはそれで悪い気はしないなぁ~」

 

 嬉しそうに笑う清霜を見て、俺の頬も自然と緩む。

 本当に娘みたいに可愛いなぁ。

 

「司令官ってロリコン?」

 

「いや、だったら私達も対象のはずだ。やはり暁と清霜は娘感覚なのだろう」

 

「……もう五月雨も司令官の子どもってことに……」

 

 周りが何か小声で言っているが上手く聞き取れなかった。

 

「さて! 最後に不知火の登場だよっ!」

 

「不知火か……」

 

 この鎮守府の中で最もコスプレからほど遠い艦娘だと思うけど、大丈夫だろうか。

 

「では不知火、ゴー!」

 

 皐月が大仰に言う。だが肝心の不知火が出てこなかった。皐月は神妙な顔をすると、そのまま奥へと入っていく。

 

「何やってんの、出番だよ」

 

「や、やっぱり駄目よ。こんな……こんな破廉恥な格好、司令官に見せられないわ」

 

「大丈夫だって! あまりのセクシーさに司令官も悩殺だよ!」

 

 やがて奥からそんな声が聞こえてきた。

 しかし皐月の言うセクシー程、当てにならないモノはないな。

 

「でも……でも……」

 

「ええい! 女は度胸! なんだってやってみるもんだよ! そぉれっ!」

 

 皐月に背中を押され、遂に不知火が登場した。

 

「あ……」

 

 思わずそんな声が漏れた。

 不知火の格好は何故かマイクロビキニであった。マイクロビキニだった。

 最低限の部分だけ隠した白い布地。

 健康的な不知火の肢体に可愛らしい小さなおへそは、破壊力抜群であった。

 

「し、しれい……」

 

 不知火と目が合った。

 いつも冷静な彼女の顔は羞恥により真っ赤に染まり、怜悧な瞳からじわりと涙が溢れて……

 

「はっ!」

 

「ぐばっ!?」

 

 瞬間、不知火から一撃を貰い、俺の意識はシャットダウンした。

 

 …

 ……

 …………

 

「申し訳ありません。全て不知火の落ち度です……」

 

「いや、ボクも悪かったよ。ちょっと悪乗りしすぎた」

 

「だが、分かった事も多い。司令官は清楚な服装が好きだ」

 

「五月雨たちのようなコスプレより、谷風ちゃんの方が受けが良かったですもんね」

 

「大体、一人だけ本気でお洒落してくる谷風が悪いよ! 卑怯だよ!」

 

「そうよ! それなら暁だって舞踏会用のドレスを着てきたのに!」

 

「だ、だまらっしゃい! 提督を誘惑するのが目的なんだから、あれでよかったんだよ!」

 

「確かに司令官、谷風さんにドキドキしてたよね。清霜も次はちゃんとお洒落してこよー」

 

「そうだ。司令官は谷風を異性として意識していた。つまり……」

 

 長月の言葉に皆がゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「私達は司令官に女の子として見て貰える可能性がある」

 

 皆の視線が提督に集まっていく。

 当の本人は彼女たちの気持ちなど知らぬ存ぜぬとばかりに、爆睡しているのだった。

 



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俺と皐月はパピプペポ(前編)

お久しぶりです。更新が遅くなって申し訳ありません・・・

今回で拙作「流刑鎮守府異常なし」は30話を迎えました。
本当にありがとうございます。
読んで下さっている皆様のおかげです。

更新は遅いですがこれからもよろしくお願い致します。

今回は前後編です


 その日、俺はいつものように執務室で書類仕事を行っていた。

 いつも秘書艦をしている五月雨は本日、お休みで仕事は俺一人で行っている。

 この鎮守府は特に戦闘や事件などは滅多にないため、俺一人でもなんとかなるのである。

 

「しれーかーん、何か摘まむモノない?」

 

 昼も過ぎた頃、執務室の奥にある俺の私室からそんなまったりした声が聞こえてきた。

 

「皐月。人のベッドでモノを食うなよ」

 

 皐月が俺のベッドで横になって漫画を読んでいたのだ。

 いつも休みの日にはよくここでだらだらしている皐月だが、今日は仕事のハズだ。

 

「お前、演習任務はどうした」

 

「もう終わったよ。人数が少ないから早く終わるに決まってんじゃん」

 

 確かに皐月の言うとおり、うちの鎮守府は最低限の人数しかいない。それと遠征要員と演習要員に分けているわけだから、出来る事も限られてくるのだ。

 

「ふーっ……これでマキバオーも全巻読み終わっちゃったなぁ……本棚の漫画はこれで制覇かな」

 

 皐月はそう言って俺の漫画を閉じると、ゴロンと仰向けに転がった。

 

「司令官、あの上にある漫画とってよ」

 

 俺のベッドの上を我が物顔で占領しながら、皐月は本棚の上に積んでいる本を指差した。

 

「お前なぁ……もうちょっと遠慮ってもんを……いや、いい……」

 

 皐月に遠慮や慎みを求めるなんて、モグラに空を飛べと言うようなものだ。俺は嘆息すると、漫画が積んである本棚へと向かって行く。

 仕事柄、給料はいいものの、こんな辺境の地では使い道などほとんどない。なのでこうやって漫画やお酒などを買っているのだ。

 さてその漫画であるが俺が買うのだから、当然俺の好きな漫画達である。そして俺の部屋は艦娘達が自由に入ってくる無法地帯だ。本棚に入っている漫画も艦娘達が自由に持っていく。それに不満は無い。だがまだ幼い暁や清霜にバイオレンスな漫画は出来るだけ見せたくないのだ。

 

「『デビルマン』と『ベルセルク』、どっちがいい?」

 

 こういった俺基準で過激な作品は、小さい駆逐艦が取れない高さの棚の上に置いているのだ。

 

「んー短い方」

 

「デビルマンだな」

 

 一番上に積んでいるデビルマンの一巻に手を伸ばす。うぉ・・・・・・結構高く積んだからか、取りづらいな・・・・・・

 

「司令官、まだー」

 

 俺が悪戦苦闘していると、皐月が足元までトテトテやってきた。

 

「もうちょっと・・・・・・あっ!!」

 

 一番上の一巻に指が引っかかり、バランスが崩れて漫画が落ちてくる。

 慌てて手を伸ばすも、何冊か取りこぼしてしまう。

 

「危ないっ!」

 

「司令官っ!」

 

 俺が手を伸ばし、皐月も手を伸ばして構えた。だがそのせいで俺と彼女の足が絡み合い――

 

「がっ!」

 

「ぐえっ!」

 

 思いっきり床に倒れお互いに頭を打ってしまったのだった――

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「いててて・・・・・・」

 

 じんじんする頭の痛みで、皐月は目を覚ました。

 床の感触がする。どうやら倒れていたらしい。

 視界には散乱している漫画本と倒れている人影。ぼんやりとした視界でよく目をこらすと、どうやら艦娘らしい体格であることに気が付いた。

 紺色のセーラー服を着ている。睦月型が着ているものだ。ならば長月か。だが長月は厨房で夕食を作っているはずだ。

 じゃあ目の前の少女は何だ? 髪の色は美しい金髪で、肌は白くて・・・・・・

 

「え・・・・・・ボク?」

 

 背筋が寒くなるのを感じ、皐月は倒れている少女の体を起こした。

 うつ伏せに倒れていた小さな体をひっくり返す。するとそこに現れたのは、よく見知った自身の顔であった。

 

「え、えええええええええええっ!?」

 

 思わず上げた悲鳴。だがその声が自分の高い声でなく低い声であることにも気が付いてしまう。

 

「な、なんで、ボクが・・・・・・まさか・・・・・・」

 

 皐月は慌てて鏡を見る。そこには白い軍服を身に纏った青年が映っていた。

 

「ぼ、ボクと司令官・・・・・・入れ替わってるーーーーーーーーっ!!」

 

 今日一番の悲鳴が執務室に響き渡ったのだった。

 

「・・・・・・さてと・・・・・・どうしようか・・・・・・」

 

 この異常事態を皐月は若さ故の柔軟さで、あっさりと受け入れていた。

 皐月の体になった司令官をベッドに寝かせると、皐月は司令官の体をペタペタ触っていく。

 

「・・・・・・手足は軋むし腰は痛いし胃はムカムカするし・・・・・・20代後半のおじさんの肉体って嫌だな・・・・・・」

 

 若い10代の皐月にとって三十路寸前の色々限界な司令官の肉体は、ほとんど重りのようなものであった。

 

「でも・・・・・・折角司令官と入れ替わったんだし・・・・・・」

 

 チラリと皐月の体になった司令官を見る。起きる気配も無く、スヤスヤと眠っている。

 これは何か使える・・・・・・皐月がそう思った時だった。

 

「提督ーお茶をお持ちしましたよー」

 

 執務室の方から五月雨の声が聞こえてきた。

 

「はーいっ!」

 

 何時ものノリで皐月は立ち上がると、執務室の方へと向かっていった。

 

「今日は紅茶を入れてきましたよー、一緒に一服しませんか?」

 

「さっすが五月雨! カワイイね!」

 

 皐月も何時ものノリでそう言った時であった。ガチャン、という音と共に五月雨がカップを落としたのである。

 

「だ、大丈夫、五月雨?」

 

 心配し五月雨の顔を皐月は覗きこんだ。すると五月雨の顔はまるでリンゴのように真っ赤に染まっていくのだ。

 

「ど、どったの五月雨?  そんなに顔を赤くして・・・・・・」

 

 そう言って五月雨の肩を叩いたとき、視界に映った己の腕を見て、皐月は自分が司令官の体になっていることを思いだした。

 

(あ、そっか。司令官の顔で『カワイイね』なんて言ったからか)

 

 皐月にとっては何時もの口癖で、五月雨も皐月から言われれば特に何も無かっただろう。

 だが司令官に『かわいい』と言われれば、五月雨も照れるであろう。

 それを理解したとき、皐月の胸に元来の悪戯心がムクムクと湧き上がってきた。

 

「て、ていとく・・・・・・ど、どうしたんですかいきなり・・・・・・」

 

 しどろもどろになりながらも、五月雨は落としたカップを拾っていく。

 その様子を見ながら皐月は内心でニヤリと笑うと、五月雨の腕に手を伸ばした。

 

「ボク・・・・・・じゃなかった。俺がするよ。五月雨のカワイイ指が傷ついたら大変だろう?」

 

「か、かわっ・・・・・・ふわぁぁ・・・・・・」

 

 五月雨は完全にテンパってしまい、耳まで真っ赤にしてあたふたしだす。

 その隙に皐月はカップを片付けて、溢れた紅茶を拭き取った。

 

「さ、お座り」

 

 皐月はそのまま五月雨をソファーに誘導し、腰を降ろさせる。そして自身もその隣に座って、肩に腕を回した。

 

「ひゃっ・・・・・・きょ、きょうのていとく、なにかへんですよ」

 

「ん? そうかな? ぼ・・・・・・俺はいつもキミの可愛らしさにメロメロさ」

 

「はわわ・・・・・・」

 

「いっそこのまま、俺のモノにしちゃおうかな・・・・・・」

 

 そう言って顔を寄せた瞬間、ぽん! という音と共に五月雨は顔から煙を噴いて気を失った。

 恥ずかしさが限界を迎えたようだ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皐月は無言で五月雨を横にして、腹回りにブランケットをかけた。

 

「・・・・・・・・・・・・これ、すっごく楽しいな」

 

 他人の体を借りて悪戯し放題。姿形が違うので責任は自分で無く相手にいく。

 皐月にとって、それは理想的な悪戯方法だった。

 

「くっくっく・・・・・・司令官に悪いけどこの体、使わせてもらうよ・・・・・・」

 

 司令官の体で悪い笑みを浮かべる皐月。

 彼女の頭の中では既に悪戯の方程式が出来上がりつつあった。

 

「長月に不知火! 首を洗って待っててねーっ!!」



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俺と皐月はパピプペポ(後編)

 目が覚めるとよく知った天井だった。

 毎朝見ている天井だ。提督専用の私室、つまり俺がこの流刑鎮守府で唯一のプライベート空間である。

 背中に広がるのは柔らかい布の感触・・・・・・これは、ベッドの感触だ。どうやら寝ていたらしい。

 あれ・・・・・・俺は確か仕事をしていて皐月に本を取ってあげるために、本棚に手を伸ばして・・・・・・

 

「皐月……皐月……」

 

 誰かの声が聞こえる。

 少女の声だ。俺に向かって語りかけている。聞き覚えがある声だ。確か……

 

「皐月……起きろって……」

 

 ……皐月? おかしいな何で皐月を呼んでいるんだろう。

 

「皐月っ!」

 

 そこで乱暴に揺さぶられて俺の意識はようやく回復した。

 目を開いて視界に飛び込んできたのは、こちらを覗き込む谷風の顔だった。

 

「ど、どうした谷風」

 

「どうしたもこうしたもあるめぇ。何、提督のベッドで爆睡してんでぃ。また不知火に怒られるぞ」

 

 俺は眠気眼を擦りながら起き上がって、谷風の方を見た。

 しかしここは俺のベッドだ。ここで寝ていたって、本人が寝ているんだから怒られはしないだろう。まあ、仕事サボっていたとか言われたら別だが。

 

「ほら、さっさと起きな」

 

 谷風はそう言うと俺の手を取った。何となくぼんやりしていた俺だったが、視界に映った己を腕を見て、一気に眠気が吹き飛んだ。

細く白い腕と黒い袖。明らかに自分が知っている己の腕とは違う。

 

「どしたんだよ、皐月。さっきから何か変だぜぃ」

 

谷風が怪訝そうに言う。皐月? 俺は皐月ではない。しかしこの腕は……そこまで思考を巡らせたとき、俺はベッドから飛び起きて近くにある姿見の前に向かった。そこに写っていたのは……

 

「さ、さささささ皐月!?」

 

紛れもなく皐月その人であった。

しかし何故。俺は自分が皐月では無いと自覚している。俺は俺だ。はっきりと今までのことは憶えている。確か俺は本棚の上にある漫画本を取ろうとしてバランスを崩し、下にいた皐月にぶつかって――

 

「さ、皐月。大丈夫? 何か変だぞ」

心配そうに谷風が覗き込んでくる。

そんな彼女に俺は体を震わせながら答えた。

 

「俺は皐月じゃない……入れ替わったんだ……」

「は?」

 

首を傾げる谷風に俺は混乱しながらも、直前までの事と現状のことを説明した。

 

「……つまり、提督と皐月は入れ替わってて、目の前の皐月は中身が提督ってことかい」

 

「そ、そうなんだ……」

 

俺の必死の説明を聞いた谷風は呆れたようにため息をつくと、俺の肩をポンと叩いた。

 

「嘘ならもっとマシな嘘をつきな」

 

「ほ、本当だ! 信じられないかもしれない……というか俺も信じられないんだが、俺と皐月は入れ替わってしまったんだ!」

 

「またまた、そんなことあるはずあるめぇ」

 

「昔、『転校生』って映画あったろ! あれと同じだって!」

 

「そんな古い映画……」

 

谷風は鼻で笑ったが、すぐに「待てよ」と表情を固くする。

 

「皐月はその映画、多分知らないはず……」

 

そう言うと谷風は俺の顔をまじまじと見つめた。

 

「……昨日、谷風さんと笑点見たよな?」

 

「ああ」

 

昨日は谷風と二人、ビール片手に笑点を見たのだ。

 

「今週の放送で、骨折した木久扇師匠の代わりに出演したのは誰?」

 

「桂文枝師匠」

 

「……金田一といえば?」

 

「耕助」

 

「鞍馬天狗といえば?」

 

「嵐寛寿郎」

 

「……驚いた。ほ、ほんとに提督かい?」

 

谷風と俺の共通する好きな物。それを確認することで、ようやく彼女は俺の言葉を信じてくれたらしい。谷風はまじまじと俺の顔を見ると、大きな瞳を見開いてただただ驚いていた。

「こんなことってあるんだねぇ」

 

「俺だって信じられねぇよ。漫画じゃあるまいし」

 

「確かになぁ。となると提督の体には皐月が入っているのかね」

 

「そういうことになるな……」

 

そこで俺は強烈な悪寒を覚えた。

俺と皐月はこの部屋で頭をぶつけて気を失った。だが目覚めてみれば、ここにいるのは皐月の体になった俺だけだった。では彼女はどこにいった? 俺の体になった皐月はどこにいってしまったんだ?

 

「……谷風。俺を見なかったか?」

 

「いや、谷風さんは遠征任務が終わったことを、ここに伝えに来たんだ。そしたらベッドに皐月が寝てて……」

 

そこで谷風もハッとした顔になった。

 

「俺の体で皐月は何をしている?」

 

「…………」

 

ここにいないということは、皐月は俺より早く目を覚まし、何処かへ行った可能性がある。

 

「そういや、そふぁーで五月雨が顔を真っ赤にして寝てたぜ……」

 

「……起こさなかったのか?」

 

「すんごい幸せそうな寝顔だから忍びなくて……」

 

「そうか……」

 

何かあったのは間違いない。俺は無言でベッドから降りる。皐月の身長は俺よりも低いので、視線はかなり新鮮で慣れないものであった。

 

「問題を起こす前に、皐月を捕まえて元に戻るぞ。手伝ってくれ、谷風!」

 

「合点!」

 

俺と谷風は二人で執務室を飛び出したのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「何だ、司令官?」

 

 食堂の奥にある厨房で、長月は夕食の仕込みを行なっていた。

 いつもの制服の上にエプロンをし、緑色の髪にオレンジ色のバンダナを巻いている。

 

「ちょっと用があってな」

 

「重要な話か?」

 

 司令官の方を見ずに、長月は軽く尋ねた。

 そんな彼女の後ろに司令官・・・・・・の体になった皐月は近づくと、後ろから優しく抱きしめた。所謂、あすなろ抱きと言われるモノである。

 

「ああ。重要な話だ」

 

 そのままぎゅっと抱きしめると、長月は動きをピタリと止めた。

 

「な、なななないきなり何をするんだ、司令官・・・・・・」

 

 いきなりの事で流石の長月も驚いたのか、顔を真っ赤にして尋ねた。

 

「長月があんまりにもカワイイからつい、我慢できなくなった」

 

「かわっ・・・・・・」

 

 硬直する長月を内心で笑いながら、皐月はより体を密着させていく。

 

「ふふふふ、長月はカワイイなぁ」

 

「や、やめろ! へ、変なとこ触るんじゃないっ!」

 

 声を上ずらせて叫ぶ長月だが、抵抗はしてこない。そんな所に女の部分を感じながら、皐月はさらにハグを強めていく。

 

「長月は俺が嫌いか?」

 

「き、嫌いでは・・・・・・ない・・・・・・」

 

 真っ赤になって俯きながら長月は絞り出すように言った。

 

「じゃあ何で嫌がるんだい?」

 

 意地悪く耳元で囁くと、長月は震える唇を動かして答えた。

 

「・・・・・・ま、まだ日も明るい・・・・・・こ、こういうのは、夜に・・・・・・」

 

「・・・・・・そうだね。じゃあ待っているよ、子猫ちゃん」

 

「~~~~~~っ!」

 

 皐月はそう言って長月から離れ、そのまま厨房を後にする。

 長月は硬直したまま、呆然と立ち尽くしていた。

 

(長月って、結構カワイイところあるんだね・・・・・・にししっ)

 

 いつも真面目でお堅い長月の意外な一面を見る事が出来て満足した皐月は、次のターゲットの元に向かった。

 

「どうしました、司令」

 

 不知火は工廠にいた。この時間は艤装の手入れをしていることを知っているのだ。

 

「いや、ちょっとカワイイ不知火の顔を見たくてね」

 

「にゃ、にゃにを」

 

 不知火は噛んで一旦、一呼吸置くと頬を朱く染めて皐月の方を向いた。

 

「何をいきなり言っているのですか・・・・・・」

 

 普段は冷静な不知火が珍しく狼狽えている。

 その事実に皐月は優越感を覚え、ますます距離を詰めていく。

 鋭く機敏な不知火も冷静さを欠いてか、全く反応できていないようだった。

 

「言葉通りの意味さ、カワイイ不知火。その宝石のような瞳にボクは吸い込まれそうだよ」

 

「ななななななな・・・・・・」

 

 皐月がうっかり一人称が元に戻っているのに気が付かないほど、不知火は混乱していた。

 わたわたと両手を振り、目をぐるぐるさせる不知火にいつもの怜悧さは無い。

 毎回、彼女にやりこまれている皐月はここぞとばかりに不知火に詰め寄っていく。

 

「ああ不知火。キミは本当にカワイイね。思わず食べちゃいたいぐらいだ」

 

「っ!」

 

 恥ずかしさから不知火は一撃を加える。が、体は司令官とはいえ中身が皐月とあって、反射神経は皐月そのままである。

 僅差で攻撃を躱すと、さらに不知火へと距離を詰めていく。

 鼻息が触れるほどに顔が近づいた。

 普段は避けられない攻撃を避けた司令に驚いた不知火の前に、皐月は迫る。

 

「そんな強気なところも素敵だよ」

 

 耳元で甘く囁き、さらに。

 

「んっ・・・・・・」

 

 可愛らしいおでこに軽く口づけした。

 

「ーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げて、不知火はそのままその場にへたり込んだ。

 

「・・・・・・し、しれい・・・・・・」

 

 俯きながら絞り出すように不知火は言った。

 

「し、しらぬいの・・・・・・負けです・・・・・・司令の・・・・・・す、好きに・・・・・・してください・・・・・・」

 

 勝ったな。皐月は心の中でガッツポーズを取ると、不知火のほっぺたをツンと突いた。

 

「折角だけど明るいうちからは皆の目があるし・・・・・・ね? お楽しみはまた今度」

 

「あうう・・・・・・」

 

 ふにゃふにゃになった不知火を尻目に、皐月はその場を後にした。

 

「・・・・・・ぷぷぷ、皆だらしないでやんの」

 

 工廠から離れ、廊下で一人になったときに皐月は今まで被っていた猫の皮を脱ぎ捨てて意地悪く笑った。

 

「あれ、司令官。何やってるの?」

 

 そんな時、後ろからそんな声がかけられた。振り向くと、そこには清霜と暁がいた。

 

「もう! 谷風が探していたわよ! 遠征の報告が出来ないって」

 

 腰に手を当ててぷんすかしている暁と、笑顔で寄ってきた清霜。皐月は新しい獲物が見つかったと言わんばかりに、深呼吸し爽やかな笑みを浮かべた。

 

「やあ、暁と清霜。鎮守府のレディー二人に会えるなんて、今日は運がいいね」

 

「れ、れでぃー!?」

 

 大人の女扱いされて、暁が一気に赤面する。

 さすが暁、チョロいね。と思った皐月だったが、いつの間にか清霜がすぐ下で顔を見上げていることに気が付いた。

 

「・・・・・・しれーかん?」

 

 まん丸の瞳で皐月の顔を見ながら首を傾げる清霜。

 その見透かすような視線に、思わず皐月はたじろいだ。

 

「司令官、どうしたの? 何か変だよ」

 

「そ、そうかな」

 

「うん。いつもの司令官と違う気がする」

 

「そ、ソンナコトナイヨ。フツウダヨ-」

 

 まさか清霜に怪しまれるとは思わなかった皐月は、冷や汗を垂らしながらごまかしていく。

 

「ね、フツウダヨね暁」

 

 たまらず後ろに控えていた暁に視線を向ける。顔を赤くしていた暁は、目が合うとそのままこちらに近づいてきた。

 

「お姉様、司令官なにか変だよね?」

 

「うーん、そうかしら」

 

 可愛い妹分にそう言われては暁も気になってしまうのか、まじまじと皐月の顔を見つめ始める。

 

「そ、そんなことないよね? カワイイよ暁」

 

 焦った皐月は暁の頭を撫でる。今まで散々やって来た色仕掛け作戦である。だが――

 

「・・・・・・司令官、何だかいつもと撫で方が違う」

 

「えっ!?」

 

 まさかの返しに思わず手が止まる。 

 訝しげに見上げる暁と清霜の前に、皐月がヤバいかなと思った時であった。

 

「墓穴を掘ったな皐月」

 

 背後からそんな声が聞こえてきた。

 よく知った声だ。咄嗟に振り向くと、そこには谷風と自分の姿をした司令官の姿があった。

 

「年貢の納め時だぜぃ、皐月!」

 

 ビシッと決める谷風。見た目は司令官である自分を皐月と呼んだ。つまり谷風は自分と司令官が入れ替わっていることを知っている。

 それを理解した瞬間、皐月は踵を返した。

 

「暁、清霜! 司令官を捕まえろ!」

 

 皐月の姿をした司令官が叫ぶ。その姿に鬼気迫るモノがあったのかは知らないが、暁と清霜はそのままガッチリと皐月の体をホールドした。

 

「は、離せ!」

 

 ジタバタと抵抗するも、元来の司令官の力では艦娘には敵いはしない。さらに谷風がそこへ加わり、皐月が入った司令官の体を完全に拘束する。

 

「今だ、提督!」

 

「おう! すまないな皆!」

 

 ――頭をぶつけて入れ替わったなら、もう一度頭をぶつけ合えば元に戻るはず!

 そんな単純な発想で皐月の体に入った司令官は、彼女が入った自身の肉体へと突っ込んでいく。

 多少の痛みは我慢と、思いっきりぶつかった。

 

 ゴチン! と大きな衝撃音が鳴り、そのまま二人は床に倒れ込む。

 

「やったか!」

 

 谷風がそう言ったものの、

 

「いてて・・・・・・」

 

「ううう・・・・・・だがこれで元に・・・・・・」

 

 そう言ったのは外見は皐月の司令官。その顔からみるみる血の気が引いていく。

 

「戻っていない・・・・・・だと!?」

 

 皐月のままである己の掌を見ながら、驚愕する司令官。自分たちの計算ではこれで元通りのはずだったのだ。

 

「くくく・・・・・・残念だったね、司令官! まだまだこの体は使わせて貰うよっ」

 

 勝ち誇ったように笑う皐月だったが、そんな彼女に谷風が一喝した。

 

「ば、ばっきゃろう皐月! 今はいいかもしれねえけど、このまま、戻れなくなったらどうするんでぃ!」

 

「え・・・・・・」

 

「そうだぞ・・・・・・最初みたいに頭をぶつけ合ったのに、元に戻らなかったんだ。もし二度と戻らなくなったとしたら・・・・・・」

 

 司令官の言葉に皐月もだんだんと青ざめていく。

 

「そ、そんな! ボク嫌だよ! こんな重くて硬くて、階段上がるだけで息切れするような体!」

 

「悪かったな! だが俺だって、自分の体に戻りたい!」

 

「とりあえず、何回か頭をぶつけ合ってみるってのはどうでい?」

 

「そ、それしか無いよな・・・・・・」

 

「お姉様、皆、何をやっているの?」

 

「さぁ・・・・・・レディーにはついて行けないわ」

 

 呆れたような暁と清霜を尻目に、司令官と皐月は何度もヘッドバットを繰り返す。が、結果は同じだった。

 

「ううう、痛いよぉ・・・・・・」

 

「クソ・・・・・・まさか本当に・・・・・・戻らないのか・・・・・・」

 

 ズキズキ痛む頭を押えながら二人は絶望的な声を出していた。

 状況をいまいち理解出来ていない暁と清霜は勿論、谷風もかける言葉が見つからないようだった。

 

「・・・・・・なぁ提督。提督が昔見た映画ではどうやって元に戻ったんだい?」

 

「確か・・・・・・神社の階段から二人で落ちて・・・・・・駄目だ危ないな」

 

 万事休す・・・・・・そう思われた時だった。

 

「・・・・・・多分だけど、お互いセーブがかかってるんじゃねえかな」

 

 谷風が難しそうな顔で言った。

 

「セーブ?」

 

「ああ、二人は気絶しちゃうほど頭をぶつけて入れ替わったんだろう? じゃあそれ位の勢いがないと駄目なんじゃねえか?」

 

「た、確かに・・・・・・」

 

「でも痛いのは分かっているから、無意識に加減しちゃってんだろう」

 

「それはそうかもな・・・・・・でもどうするっていうんだ」

 

「・・・・・・提督、皐月。勘弁だよ」

 

 谷風は静かにそう言うと、そのまま提督と皐月をぶん殴った。

 

「がっ」

 

「にえっ」

 

 そのまま二人は気を失い、床に倒れ込んでしまう。

 暁と清霜が驚いて声を失っている中、谷風は提督の足を持った。

 

「二人とも手を貸してくれぃ。提督と皐月の頭を思いっきりぶつけ合うぞ」

 

「え・・・・・・それって大丈夫なの?」

 

「仕方あるめぇ。二人が元に戻るためだ」

 

 暁と清霜も大体の事情は飲み込めたのか、二人で皐月の体の足を掴んだ。それを確認した谷風は提督の足を持った。

 

「いくぜぃ! 地獄のコンビネーション作戦だ!」

 

『おー!』

 

 谷風のかけ声と同時に暁と清霜が皐月を持ち上げる。谷風は提督の足を掴んでバットのように振り回した。そして。

 

 ――ガチンっ!!

 

 凄まじい衝撃音と共に二人の頭がぶつかり合い、そのまま床へと落ちた。

 

「いっ・・・・・・てーーーーーーーっ!」

 

 たちまち皐月の叫び声が響き渡り、小さな体がガバッと起き上がった。

 

「いたいいたいいたいよぉーっ! 全く何するんだよ、ボクが何したって・・・・・・あれ?」

 

 目をパチクリさせた皐月は暫し周りを見渡し、その後自身の掌を開いたり閉じたりして確認すると、歓喜の声を上げた。

 

「や、やったーっ! 元に戻ってるーっ!」

 

「皐月、やったな!」

 

「うん、ありがとう皆! おかげで元のカワイイボクに戻れたよ!」

 

 手を取り合って喜び合う皐月と谷風。

 一方の提督は暁と清霜に起こされていた。

 

「司令官、大丈夫?」

 

「ああ・・・・・・何とかな・・・・・・」

 

 ズキズキ痛む額を抑えながら、提督は元に戻った己の体を見渡した。

 間違いなく己の体だ。元に戻れたのだ。それを実感した時、急激に体の力が抜けるのを感じた。

 

「今回の話はコレで終わりだな・・・・・・」

 

「うん・・・・・・そうだね」

 

「このことは無かったことでいいな・・・・・・」

 

「うん・・・・・・」

 

 げっそりしながら提督と皐月は言った。

 まあ入れ替わったなんて普通は信じて貰えないし、他の誰かに言う必要もないだろうとのことだった。

 

「結局、何だったの司令官?」

 

「なんでもないさ。心配してくれてありがとうな」

 

 提督は暁と清霜の頭を撫でながら、今回の事件の終わりを感じるのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「はぁ・・・・・・」

 

 夕食の時間。普段なら酒と長月の美味しい手料理に舌鼓を打っているのだが、今日は違っていた。

 

「あれ、司令官。今日はお酒飲まないの?」

 

 暁が俺の顔を覗きこんできいた。

 

「ああ、今日は疲れちまってな・・・・・・早く寝るよ」

 

 俺はそう言いながら、今日の晩ご飯であるレバーの煮込みを口に入れた。

 しかし、今日の献立は何というのか、珍しいな。山芋やここでは貴重な明太子など、全体的に珍味といったものが並んでいる。

 

「長月、今日はどうしたんだ? 普段はあまり見ない料理ばかりだが」

 

「ふふふ・・・・・・精が出るからな・・・・・・」

 

 意味ありげに笑う長月に首を傾げつつも、俺は夕食を食べ終えた。

 

「ごちそうさま。そしてもう寝るわ・・・・・・皆、おやすみ」

 

「ボクも・・・・・・寝る」

 

 皐月も同じようだったようで重たそうな瞼を擦りながら、食堂を出て行った。

 ・・・・・・さて、俺も寝るか。

 食器を片付けて、俺も食堂を後にする。

 後ろから席を立つ音が三つほど聞こえたが、このときの俺はあまり気にしなかった。

 

 歯を磨いて、寝室に入って軍服を脱いで寝巻きの浴衣に袖を通したときだった。

 

「て、提督」 

 

 コンコンとドアを叩く音がして、五月雨の声が聞こえてきた。

 こんな時間になんだろうと思い開けてみると、頬を朱く染めた五月雨がそこに立っていた。

 白いパジャマに身を包み、湯あがりなのか頬が朱く体からはほのか湯気が出ている。

 

「どうした五月雨?」

 

 俺が尋ねると彼女は恥ずかしそうに小首を傾げながら、こちらにやってきた。

 

「さ、五月雨。参りました・・・・・・」

 

 そう言いながら俺の腕をぎゅっと握る五月雨に思わずドキリとしてしまう。

 

「な、ど、どうしたんだ五月雨」

 

 彼女の不可解な行動に戸惑いながらも、こちらを見上げてくる五月雨に心臓が早鐘のように鳴っていく。

 

「お昼のこと・・・・・・五月雨、嬉しかったです・・・・・・で、ですから・・・・・・」

 

 お昼のこと? 何が何だか分からない俺が戸惑っている、とコンコンとまたドアが叩かれた。

 

「司令官、来たぞ」

 

 そう言って入ってきたのは長月だった。

 彼女はいつもの制服姿だったが、どことなく小綺麗に纏まっている印象だった。

 

「約束どおり、来たぞ・・・・・・まさかあんたが私を求めてくれるとは思わなかったよ・・・・・・でも、嬉しかっ――」

 

 頬を染めた長月がそこまで言った時だった。彼女と俺の側にいた五月雨の目線がばっちり合ってしまったのだ。

 

「さ、五月雨?」

 

「な、長月ちゃん? なんで・・・・・・」

 

 二人は互いに顔を真っ赤にすると、ばっと両手で自身の体を隠すような仕草をした。

 そして二人の顔は驚きから訝しむような表情に変わっていき、俺の方へと向き始める。

 

「司令官、どういうことだ?」

 

 長月が険しい顔で尋ねてくる。

 

「て、提督・・・・・・五月雨を提督のモノにしてくださると・・・・・・」

 

 涙を浮かべながら五月雨もそう言ってくる。

 

「そ、そんなこと言われても・・・・・・」

 

 全く憶えがないので、どうしようもない。

 ・・・・・・待てよ、確か今日の昼は皐月が俺の体を使っていたはず・・・・・・

 俺がそう思いついた矢先のことだった。

 

「し、失礼します・・・・・・司令、ふつつかものですがどうかよろしくおね――」

 

 今度は白い浴衣に身を包んだ不知火が、三つ指をついて部屋に入ってきた。が、五月雨達の姿を見て硬直する。

 

「し、不知火。お前もか・・・・・・」

 

「長月に五月雨・・・・・・どうしてここに・・・・・・」

 

 不知火は暫く目を白黒させた後、俺をじっと睨んだ。

 

「司令、これはどういうことでしょうか?」

 

 あ、ヤバい。口調と目付きとオーラで分かる。

 不知火マジギレしている。

 

「ど、どういうことっていっても俺はさっぱり・・・・・・」

 

「そうか。ならば分かるまで拷問するしかないな」

 

「な、長月!?」

 

 拷問って普通に言ったぞ!

 

「不知火も賛成です」

 

「し、不知火!?」

 

 指をポキポキ鳴らしながら迫る不知火に恐怖を覚えた俺は、近くの五月雨に助けを求める。

 

「さ、五月雨・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 だが彼女は悲しそうな目で俺を見上げるだけだった。

 

「ま、待て! 落ち着け皆! コレは誤解だ! 全部皐月が・・・・・・」

 

「ここにいない皐月のせいにするとは、見下げ果てたぞ」

 

「これは、強いお仕置きが必要ですね」

 

「まて・・・・・・皐月を呼ぶ・・・・・・だかっ」

 

 そこで俺の視界は真っ暗になった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「ふぁぁ・・・・・・よく寝た・・・・・・」

 

 明朝、皐月は欠伸混じりで食堂に向かっていた。

 司令官との体の入れ替わりでどっと疲れたか、しっかり眠ったはずなのに体が重い。

 そんな事を考えながら、食堂に辿り着いた時だった。

 

「おはよう皐月」

 

 満面の笑みの長月が待っていた。その両脇には同じく笑顔の五月雨と不知火。

 部屋の端で怯えたような顔をする暁と清霜。腕を組んで難しそうな顔をしている谷風。

 

「ど、どうしたの皆?」

 

 その異様な雰囲気に席に着いた皐月が尋ねた時だった。

 ガシャン、ガシャンと聞き慣れない金属音のようなモノが聞こえてくる。 

 しかもそれが徐々にこちらへ近づいてくるのだ。

 

「え、な、なんの音?」

 

 皐月が周りをキョロキョロ見渡し、音の聞こえてくる食堂の入り口の方へと目を向けた時だった。

 

「さ~つ~き~」

 

 憎しみが込められた男の声が響き渡った。

 

「ひっ!」

 

 本能的に危険を察知した皐月はすぐにその場から逃げようとする。

 しかし長月と不知火が両脇に移動し、皐月の体をガッチリと押さえ込んだ。

 

「どこに行く気だ、皐月?」

 

「主役がいなくなっては駄目でしょう?」

 

 冷たい笑みを浮かべながら、二人は皐月を力尽くで押さえ込む。

 その間に男の声と謎の音はどんどん近づいてくる。

 

「お姉様・・・・・・」

 

「大丈夫よ清霜。暁達は関係ないのだから・・・・・・」

 

「皐月ちゃん・・・・・・五月雨は・・・・・・五月雨はもう止める事は出来ません・・・・・・」

 

「皐月・・・・・・達者でな」

 

「ちょ、ちょっと皆どうしたのさ! 一体何が起こってる・・・・・・」

 

 そこで皐月が見たのは何故か武者鎧に身を包んだ司令官の姿だった。

 

「・・・・・・皐月・・・・・・覚悟は出来ているな」

 

 面頬の奥から見える両目は血走っていた。震える手で腰に挿していた刀を抜刀していく。

 

「し、司令官なの? なんで輝煌帝みたいな鎧着ているの?! ちょっ・・・・・・助け・・・・・・」

 

「さようなら、皐月」

 

 白刃に一瞬だけ、恐怖に怯えた自身の顔が映る。暫くして、皐月の断末魔が鎮守府中に響き渡るのであった。

 



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流刑鎮守府の一番長い一日(前編)

「ソースだよっ!」

 

「醤油でいっ!」

 

 朝の食堂で皐月と谷風の大声が響いていた。

 本来なら和気あいあいとした朝食に時間のはずなのだが、皐月と谷風が何故かテーブルを境に対峙していた。

 ちなみに昨日の夜、俺は長月としっぽり晩酌をしてそのまま床に入ったので、ちょっと二日酔い気味だ。頭にガンガン二人の声が響く。

 

「どうしたんだ、朝から・・・・・・」

 

 俺が欠伸混じりに尋ねると五月雨が苦笑しながら答えてくれた。

 

「目玉焼きに何を駆けるかで二人が喧嘩になっちゃって・・・・・・」

 

「そんな・・・・・・どうでもいいこと・・・・・・」

 

『どうでもいい!?』

 

 皐月と谷風が声を合わせて振りむいた。

 

「だってさ、本人が好きなモノを食べればいいじゃないか」

 

 俺は至極真っ当な事を言ったつもりなのだが、当人達は納得できないようだった。

 

「はぁー、分かってないな司令官は。古来よりキノコタケノコ戦争。うすしお・コンソメ闘争みたいに『食』には絶対譲れない戦いがあるんだよ!」

 

 皐月はやれやれといった感じでそう言った。

 

「飯ってのはよぉ・・・・・・自分自身の魂なんだよ。分かるだろう、提督」

 

 谷風がそう言うもどっちも喰えばいいじゃんという俺のスタンスだと、共感は得られない。

 

「ちなみに司令官はどっちなの?」

 

 横にいた暁が服の袖を引っ張って聞いてきた。

 

「俺は・・・・・・塩胡椒だな」

 

「ええ・・・・・・塩胡椒?」

 

「地味だねぃ」

 

 皐月と谷風はそう言うが、俺は塩胡椒が好きなのだ。

 というか完全な主観なのだが、歳を取ってから味の濃いモノよりあっさりしたモノが舌に合うのだ。

 ポテチなら若い頃はコンソメだったが今ではうすしおばかりだし、焼き鳥もたれより塩を好むようになった。

 ・・・・・・オッサンと化しているだけかもしれないが。

 

「そういう暁は何が好きなんだ?」

 

「ふっふーん! レディーは断然、ソースよ!」

 

「ええっ!?」

 

 そこで驚きの声を上げたのは清霜だった。

 

「お姉様はソースなの!? 清霜は醤油だよ!?」

 

「え、そうなの・・・・・・」

 

 突然、仲の良い義姉妹に入った亀裂。

 二人ともが戸惑う中、同志を見つけた悪童たちがそれを見逃すはずも無かった。

 

「さっすが暁! よくわかってるね! やっぱり大人のレディーはトレンディーにソースだよね!」

 

「日本人なら醤油が一番! 清霜は大和撫子の鑑だぜ!」

 

 皐月が暁の、谷風が清霜の肩を組んでそんなことを言い出し、幼い二人は大いに困惑しているみたいだった。

 

「わ、私は素材そのままが好きなのですが・・・・・・」

 

「不知火はマヨネーズをかけるわ」

 

「へん! ちょっと邪道どもは黙ってなよ!」

 

「かーっ! 伝統の分からない奴だねぇ!」

 

 何故か個人の味覚を全否定され、五月雨はショックを受けたように固まり、不知火は若干キレていた。

 

「まぁまぁ、落ち着けお前ら。折角長月が作ってくれた朝飯だ。、まずはさっさと食べようぜ」

 

 昨日俺と一緒に夜遅くまで晩酌に付き合ってくれたのに、早起きしてちゃんと朝ご飯を作ってくれる長月は本当に凄いと思う。

 それは二人も分かっていたのかバツが悪い顔をしながらも、黙って席に着いた。

 なんとも気まずい雰囲気だったが、なんとかその場は何も起こらなかった。

 しかし――

 

「沈んじゃえーっ!」

 

「やっちまうよ!」

 

 皐月と谷風の対立はますますヒートアップしていき、演習でも私怨丸出しで撃ち合う。

 遠征では資源を取り合って場を混乱させ、鎮守府にいてもピリピリする始末。

 たかが目玉焼きで、とは思うが当人達は大真面目なので達が悪い。

 

「こういう時、普通はお互いがお互いの味を食べ合ってどっちも美味しいで、トントンなんだが」

 

「そんな日本昔話的な終わり方をあの二人がするわけ無いだろう」

 

 長月の言うとおりだった。

 現在、場所は昼の執務室。

 部屋にいるのは俺と長月と不知火、そして五月雨。

 今回の戦争に全く関与していない者たちだ。

 一方皐月は暁を、谷風は清霜を取り込み、争いはより一層激しくなる気配を見せていた。

 まあ取り込むと言っても強引に派閥に入れられただけなので、暁と清霜は可哀そうではあるが……

 

「どうしましょうか。不知火が二人とも処理しましょうか」

 

「いや、強引な手は良くない。しかしどうするか・・・・・・」

 

 いきなり強硬手段を取ろうとした不知火に釘を刺す。本当にやりかねないからな……

 うんうんと皆で唸って何とか思案する。

 本来なら仲の良い二人なのだから、切欠さえあれば簡単に仲直りすると思うのだが。

 

「そもそももう目玉焼きのソースか醤油かなんて、関係ないと思うぞ。単なる意地の入り合いだからな」

 

 長月の言う通りだった。

 あの二人は元々意固地になることがあるから、喧嘩の原因すら曖昧になりただいがみ合っているだけなのだ。

 

「よし……酒だな」

 

 酒を飲んで仲直り。古来より、喧嘩の仲裁はこれに限る。

 

「却下だな」

 

「ただ司令がお酒を飲みたいだけでしょう」

 

 長月と不知火に即、否定されてしまった。五月雨すら苦笑していた。

 

「いい案だと思ったんだがなぁ」

 

「うーむ……というか今まで二人が喧嘩したことってなかったのか?」

 

「そりゃあるさ。長い付き合いだからな」

 

 しみじみと長月が言った。

 

「私たちは皆、同じ釜の飯を食った同期だ。清霜以外はな。だから喧嘩した事など、一度や二度じゃない」

 

「特に皐月と谷風はだらしないので、よく不知火や長月と口論になりましたね」

 

 不知火も心なしか嬉しそうに言う。

 

「それを見た暁がオロオロして、五月雨が頑張って止めようとしてドジをするまでがセットだ」

 

「うう……そうだけど……」

 

 長月の言葉に五月雨が不満そうにそう言うも、皆の言う光景がありありと想像できるから可笑しいものだ。

 そういえば俺もここに来てから一年以上は経つ。

 自分で言うのも何だが、皆とは打ち解けた方だと思う。

 

「でも、皆でずっと一緒っていうのも珍しいよね。誰かが転属ってことも無いし」

 

「僻地ゆえに忘れられているのかもな。司令官が来ただけでもありがたい」

 

「そ、そうか……」

 

 そう言ってもらえるのは、素直にうれしい。

 だがこんなことを言われると、どうしても思い出してしまうのだ。

 自分が元は違う世界から来た住人であることを。

 それを皆に告白したら、はたして今までの関係のままでいられるだろうか。胸が少し痛んだ。

 まあ、信じて貰えないかもしれないけど。

 

 そんな和やかな話が続いていた時だった。

 

「た、大変だ大変だ!」

 

「一大事でぃっ!」

 

 大声を上げながら皐月と谷風が並んで執務室に入ってきた。

 

「なんだ、仲直りしたのか」

 

 仲良く二人でやってきた皐月と谷風に俺は苦笑したが、ただならぬ雰囲気を感じ取って、

 

「一体どうしたんだ」

 

 と尋ねた。

 

「じ、実はさっき本部から電報が届いたんだ……」

 

 皐月は震える声と手で紙を一枚渡してきた。

 何だろうと俺は受け取って、その紙に刻まれた文字を見た。

 

 ――大規模作戦で討ち漏らした深海棲艦の一体・空母ヲ級が流刑鎮守府方面に逃亡。至急、迎撃の用意をされたし。

 

 思わず持っていた電報を床に落とした。

 この流刑鎮守府には今までほとんど敵襲などなかった。

 たまに近海まで迷い込んでくる駆逐イ級ぐらいのもので、それも半年に一回といった頻度だった。

 

「……ど、どうするのさ、司令官!」

 

 皐月が叫んだ。俺は大きく深呼吸すると、早鐘を打つように高鳴る心臓を必死で宥めながら言った。

 

「至急、皆を集めてくれ」



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流刑鎮守府の一番長い一日(後編)

 普段は雑談や飲みで使われる作戦会議室は、非常に重苦しい空気に包まれていた。

 いつもは元気な皆が渋い顔をして、並んでいる。そんな中で五月雨が、黒板に流刑鎮守府近海の海図を貼りだして、口を開いた。

 

「本部から連絡があったヲ級はこのままの予定だと、約2時間後にまっすぐ流刑鎮守府の海域に侵入してきます」

 

「本部からの援軍は?」

 

「ヲ級を追っていた部隊は予想外の反抗を受けて、大破したみたいです」

 

 質問をした長月の顔が歪んだ。

 俺が前の世界にいた頃のゲームでは、空母ヲ級はかなりの強敵として登場した。

 少なくとも駆逐艦だけの部隊では、相手をするのは困難な相手である。 

 

「ですがヲ級もかなりの深手を負っている様子みたいです。私達だけでも十分勝算はあると」

 

「本部はそういうけどね……」

 

 皐月が渋面を作ると、長月と谷風も苦しげに頷いた。

 

「お姉様……」

 

「大丈夫。大丈夫よ、お姉様がいるわ」

 

 不安そうに震える清霜を暁が健気に励ましている。

 横に立っている不知火も平静を装っているが、自身の服をぎゅっと握っていた。

彼女たちを出来るだけ不安がらせないためにも、俺は出来るだけ平静を装って言った。

 

「五月雨はここに待機。残りの六人は長月を旗艦として、輪形陣で戦う。ヲ級は討ち取りたいが手負いのネズミは猫を噛むからな。深追いは禁物だ」

 

 俺の一言一言に、皆は集中して聞いているようだった。

 

「そしてこれは一番重要な事なんだが……」

 

 俺は出撃する六人の顔を一人一人見て言った。

 

「絶対に皆で生きて帰ってくること。これが絶対命令だ」

 

 皆は大きく頷いた。

 

「よし、流刑鎮守府駆逐隊! 出撃だ!」

 

『了解!』

 

 勢いよく敬礼した皆は、艤装を展開し会議室を出ていった。

 俺はその後を着いて波止場へと向かう。

 

「じゃあ、行ってくるよ司令官!」

 

「谷風さん達の活躍、期待して待ってろよ!」

 

「司令、ではいってまいります」

 

「レディーに任せて、司令官は安心して待っててね!」

 

「清霜も頑張ります!」

 

「必ず帰ってくる。皆、行くぞ!」

 

 長月の号令と共に、皆は抜錨していく。俺はそんな彼女たちの後ろ姿を、水平線の彼方に見えなくなるまで見送った。

 

「五月雨……俺は無力だな。提督といっても、結局は皆と戦えず、ここで座すことしか出来ない……」

 

 正直、何もしてやれない自分が腹ただしかった。しかし、そんな俺の手を五月雨は優しく握ってくれた。

 

「提督は無力じゃないですよ。貴方がここで待っててくれる。だから皆もここに帰ってくるために、鎮守府を守ろうと思えるんです。提督は皆の心の支えなんです」

 

「……買いかぶり過ぎだよ」

 

「いえ、これは五月雨の思いです」

 

「そうか……ありがとな」

 

 俺は五月雨の頭を撫でた。そして踵を返す。

 

「作戦指令室に戻る。皆の通信を待つぞ!」

 

「はいっ!」

 

 俺と五月雨は二人並んで、鎮守府の方へと歩いて行くのだった。

作戦指令室には通信機器があり、それを使って長月たちと連絡を取り指示するのが、俺の役目である。しかし初めての実戦。しかも相手がヲ級とは……俺は思わず拳を握りしめた。

 

「長月だ。司令官、聞こえるか? どうぞ」

 

その直後、長月から通信が入った。

 

「こちら指令室。通信良好、どうぞ」

 

「了解。敵確認。これより、戦闘に入る」

 

長月は淡々と言ったが、俺はその言葉で胸が締め付けられるような思いだった。

 

「無理はするなよ」

 

 向こうで長月の微笑するのが見えた気がした。通信が切れる。俺は大きく息を吐くと、提督用の椅子に腰を降ろした。

長月から再度の通信が入ったのは、その数分後だった。

 

「捕虜にしたぁ!?」

 

 俺があげた素っ頓狂な声に、五月雨が驚いて顔を上げた。

 

「ああ、ヲ級の損傷は酷い有り様でな。抵抗も全くしなかったから、簡単に捕らえることが出来た」

 

「出来たってお前……」

 

「これより、帰還する。全員無事だ」

 

それだけ言うと長月は通信を切った。俺は肩の力が抜け、そのまま椅子に深々と座り込んだ。

 

「ど、どういうことですか、提督?」

 

「わからん。しかし今からここにヲ級が捕虜としてやってくる。警戒はしておいてくれ」

 

 まあ、何はともあれ全員無事で良かった。俺は額の汗を拭うと、波止場へ皆を迎えにいくのだった。

 

 …

 ……

 …………

 

 想像以上に、ヲ級は酷い有り様だった。

 体中は傷だらけで、あちこちから青い血が流れている。

 息も絶え絶えで、よく見れば片目が潰れていた。

 既に自分で海上歩行もままならないのか、暁と清霜が両側から抱えている。

 

「一体、何が起こったんだ……」

 

「分からん。だが抵抗する気も無いようで、簡単に捕まったぞ」

 

「抵抗する気が無いっていうか、する力も残ってないみたいだよね」

 

 長月と皐月が言うように、ヲ級は満身創痍で今にも斃れそうな有様だった。

 

「そういうえば追撃隊によって大破させられたと通信が入っていましたが……」

 

「相当、やり合ったようだな」

 

 一応、懐に拳銃を忍ばせてきたが、必要ないだろう。

 

「で、どうするかだ」

 

 問題は深海棲艦を鎮守府内にいれても大丈夫かという事だ。

 腐ってもヲ級。正直な話、今の流刑鎮守府メンバーで勝てるかは怪しいのだ。

 

「司令官、こんなにボロボロで可愛そうよ。直してあげられないの?」

 

「そうよ。このままだと深海棲艦さん、死んじゃうよぉ」

 

 暁と清霜が涙目で頼んでくる。心優しい二人は、ボロボロのヲ級をどうにかして直して欲しいみたいだ。

 

「でも彼女は敵よ。それに傷が治ったら、こちらに危害を加えてくるかもしれないわ」

 

 不知火が言う事も尤もだった。

 相手は深海棲艦。ずっと俺達と戦ってきた相手なのだ。

 しかし……

 

「…………手錠をかけた状態で入渠させよう。万が一のために皆は艤装を付けて、交代でヲ級を監視しよう」

 

『司令官!』

 

 暁と清霜が嬉しそうに顔を上げた。

 不知火が素早くヲ級に手錠をかけて、そのまま担架に乗せて運んでいく。

 

「いいのかい、提督」

 

 谷風が横で尋ねてきた。

 

「今回ばかりは分からん。だが、さすがにあそこまでやられている奴を、このまま撃沈しろとは言えんよ」

 

「ああ……これが凶とならないといいが……」

 

 長月が不安そうに運ばれていくヲ級を見送っていた。

 

「……駄目だ」

 

 数分後、俺は入居施設で絞り出すように言った。

 俺達はヲ級をとりあえず軽い手当をした後、入渠施設に入れ高速修復財を投入したのだが、効果は全く無かった。

 艦娘と深海棲艦、もしかしたら同じように入渠すれば治るかもしれないと思って入れてみたのだが、全然駄目だったのだ。

 

「そんな……」

 

「どうするの……」

 

 ただ苦しそうに浴槽で呻くヲ級を見ながら、暁と清霜が悲しそうに俺を見てくる。

 だが俺にも出来る事はこれ以上なかった。ヲ級を囲むように主砲を構えていた不知火と長月も、それを降ろす有様だった。

 そんな時だった。

 

「…………ス……マナイ………」

 

 ヲ級が小声で呟きだしたのだ。

 

「お、お前、喋れるのか!?」

 

 ゲームでは確か喋っていなかったので、俺は驚いて彼女に近づいた。皆もそうだったようで、ヲ級の口元に視線が集中する。

 ヲ級は苦しげに頷くと、こちらに目を向けてきた。

 

「ウミニ……モドル……」

 

 それだけ言うとヲ級は湯船から出ようとする。

 

「駄目よ! そんな体じゃもたないわ!」

 

「ここにいた方がいいよ! ゆっくりしたら治るから!」

 

 暁、清霜がそれを止めようとする。

 そんな二人の頭をヲ級は優しく撫でた。

 

「し、深海棲艦が……」

 

「信じられん」

 

 長月と谷風が驚いているのも分かる。

 俺も深海棲艦は対話など不可能な化け物だと思っていたからな。

 

「……どうにか治す方法は無いのか?」

 

 俺の問いにヲ級は悲しげに首を横に振った。

 

「……海に帰してあげよう」

 

 そう言ったのは皐月だった。

 

「皐月!」

 

「いや暁、皐月の言う通りだ。深海棲艦は海から生まれるっていうだろ。最後は皆、故郷に帰りてぇもんさ」

 

 皐月に何か言うとした暁を谷風が宥めた。暁も谷風の言う事に一理あると感じたのか、黙ってしまった。

 

「……暁、清霜。ヲ級を海まで運んでやろう」

 

 清霜が泣きだした。

 そんな彼女の様子を、ヲ級はゲームでの立ち絵からは考えれない優しい表情で眺めていた。

 

 …

 ……

 …………

 

 海はいつものように静かだった。

 波止場に運ばれたヲ級は水平線の方を見て、静かに微笑んだ。

 そして俺達の方を振り返る。

 

「いっちゃうの?」

 

 暁が尋ねた。ヲ級は静かに頷いた。

 

「また会えるよね?」

 

 清霜だって本当は無理だと分かっているのに、そう聞いていた。ヲ級は困ったように笑うのだ。

 

「……アリガ……トウ」

 

 はっきりと、ヲ級はそう言った。

 感謝の言葉。

 倒すべき敵である深海棲艦の口から、そんな言葉が出てきたのだ。

 もしかしたら分かり合えたかもしれない。

 

「……敬礼っ!」

 

 水平線へと消えていく彼女の姿を俺たちは敬礼して見送った。

 ほんの少しの時間だけであったが、俺達とヲ級との間には確かな絆があったのだ。

 やがて彼女は海の彼方に消えた。

 数分後、レーダーからヲ級の反応が消えたのを、五月雨がこっそりと耳打ちしてきたのだった。

 

 …

 ……

 …………

 

 命が一つ消え、海に散った。

 しかし花が枯れた後、種が蒔かれ再び新しい芽が芽吹くように、命が消えればまた新しい命が生まれる。

 数日後、鎮守府近海に新たな反応があった。

 ドロップといって、稀に深海棲艦が死亡すると代わりの艦娘が生まれくる現象があるのだ。

 暁と清霜に連れられ、新しい艦娘が流刑鎮守府にやって来た――



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独走! 褐色のニューフェイス

新メンバー登場です。

よろしくお願いします


「Buongiorno! あたしがマエストラーレ級駆逐艦、次女のグレカーレ! テートク、あたしも可愛がってよね? あ、かーわいっ♪」

 

 暁と清霜によって鎮守府にやってきた艦娘が、元気よく挨拶した。

 褐色の肌に、ウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪。

 勝ち気な印象を与える吊り目に、エメラルドグリーンの瞳が特徴的な可愛らしい少女だった。

 赤の緑のラインが入った白いワンピース調のセーラー服がよく似合っている。

 

「が、外国人・・・・・・」

 

「外人さん・・・・・・」

 

「なる程、海外艦か」

 

 皐月・谷風・長月がそう呟いた。

 まあ今まで我が流刑鎮守府には海外艦がいなかったし、皆にとっては新鮮だったのかもしれない。

 俺自身、前の世界で艦これをプレイしていたから海外艦を知っていたが、本物を見るのは始めてだからな。

 それはそうと・・・・・・

 

「また駆逐艦か・・・・・・おぶっ!?」

 

「司令、失礼ですよ」

 

 思わず心の声が出てしまい、不知火に脇腹を小突かれる。

 痛みに耐えながら、俺は彼女の耳元で囁いた。

 

「あの子ってさ。もしかして前のヲ級が・・・・・・」

 

「分からないですが・・・・・・もしかして」

 

 不知火は小声で答えた。

 深海棲艦が轟沈し、代わりに艦娘が生まれるドロップと呼ばれる現象。

 未だによく分からない原理であるが、彼女はあのヲ級の生まれ変わりである可能性があるのだ。

 もしも本当にそうだったら、ヲ級も救われたのかもしれない・・・・・・まああくまで仮の話ではあるけど。

 

「よろしくね、グレカーレ!」

 

「お姉様も清霜も大歓迎だよっ!」

 

「ありがとーございまーす! 皆さん、ciaoっ♪」

 

 暁と清霜は自分たちの後輩が出来たのが嬉しいのか、とても嬉しそうだ。グレカーレも歓迎されて気を良くしたのか、二人と楽しそうに絡んでいる。

 ・・・・・・暁と清霜はヲ級に優しかったのも影響があるのかもしれない。

 

「よろしくね、グレカーレちゃん!」

 

「これから一緒に頑張ろうな。グレカーレ」

 

「はーいっ! よろしくおねがいしまーす!」

 

 五月雨と長月に元気よく挨拶するグレカーレ。

 正直、俺はグレカーレを艦これプレイ時代に持っていなかったから、どんな娘なのかイマイチ分からない。

 そんなことを考えている時であった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 グレカーレが一瞬、こちらを流し目で見てきたのである。

 幼い少女とは思えない妖艶な視線。思わずドキリとして、彼女の方を見てみるがグレカーレは何事もなかったように談笑していた。

 

「・・・・・・むぅ」

 

 隣の不知火がそんな声を漏らした。見るといつも無表情の不知火が、むすっとした顔で立っている。何か感じたのだろうか。

 

「テートク! 今日からよろしくね!」

 

 するとグレカーレは俺の手を取って、ぎゅっと抱きついてきた。

 柔らかい感触と共に甘ったるい香りが鼻孔を突き、少女特有の暖かい体にちょっとした背徳感が漂ってくる。

 

「あっ! ひょっとしてドキドキしてる? やぁだ、かわいい♪」

 

 俺の心を読み取ったようにそう言うグレカーレに、俺は言った。

 

「言っておくが俺は駆逐艦に欲情する事は無いぞ」

 

 まぁ浜風とか浦風とか潮なら話が別だが。

 

「むー、そんなこと言わず、ちゃんとこっち見てよ!

 

 不満そうに言うグレカーレ。そんな彼女に俺は自身の信条を語った。

 

「最初に言っておく。俺は女の子に一番求めるモノ。それはな、おっぱぶふっ!?」

 

「すまんな、グレカーレ。うちの馬鹿が失礼した」

 

「この馬鹿はボク達で始末しておくから、グレカーレは鎮守府の中でも見てきなよ」

 

 長月と皐月にぶん殴られた挙げ句、そこに不知火と谷風もやって来た。きっとこれから凄惨な私刑が始まるのだろう。

 俺は自分の行く末を予感して、目を瞑る。

 俺の耳には楽しそうに話すグレカーレと暁達の声が聞こえてきた。

 そしてすぐに俺の意識はシャットダウンした。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「それではグレカーレ、流刑鎮守府にようこそ! カンパーイ!」

 

『カンパーイ!』

 

 夜、流刑鎮守府の食堂。

 皐月の音頭によって9つのグラスが重なり合った。

 現在、グレカーレの歓迎パーティーがささやかに行なわれているのである。テーブルの上には色とりどりの料理が並び、グラスにはグレカーレがイタリアの艦娘であることにちなんで、赤ワインが注がれている。

 

「えへへっ、皆ありがとう!」

 

本日の主役であるグレカーレは、照れくさそうに笑っている。こういうところは年相応といった感じだ。

 

「グレちゃん、いっぱい食べて一緒に戦艦になろうね!」

 

「ありがとう、清霜姉さん!」

 

「グレカーレ、この唐揚げも美味しいわよ」

 

「暁姉さんもありがとー」

 

暁と清霜がグレカーレのお皿にどんどん料理を盛っていく。その光景はとても微笑ましいのであるが……

 

「いつのまに『姉さん』になったんだ?」

 

知らない間に暁と清霜を姉さん呼びしているグレカーレに尋ねると、彼女は食べていた料理をごっくんと飲み込んで答えた。

 

「えーと、鎮守府内を案内して貰ってるウチに。なんとなく」

 

「なんとなくって、お前・・・・・・」

 

 そんなアバウトでいいのだろうか。

 

「いいじゃんいいじゃん。あたしも先輩よりはお姉さんの方がいいし」

 

「まぁ・・・・・・そうか」

 

「えへへ~グレちゃんはやっと出来た清霜の後輩だからねっ! これからはお姉様である清霜に何でも頼るといいよっ!」

 

「勿論、この暁も一緒よ! お姉様になんでも相談しなさい!」

 

 えっへんと小さな胸を張る二人に、俺とグレカーレは苦笑する。まあ暁も清霜も流刑鎮守府では末っ子ポジションだったから、妹分が出来て嬉しいのだろう。特に最年少扱いだった清霜は余計に。

 

「Grazieっ♪ よろしくね、お姉様方♪」

 

 でも精神年齢的に二人よりグレカーレの方がずっと上そうなのは黙っておこう。

 

「すご・・・・・・グラッチェって本当に言うんだ」

 

「ケーシー高峰以外で聞くのは初めてだねぃ・・・・・・」

 

 皐月と谷風はまだグレカーレの『外人っぽさ』に慣れないようだ。かといって二人がグレカーレから距離をおいているということは無く、色々と話しかけている。

 元々陽性である皐月と谷風に、イタリアの艦娘特有のラテン系なノリはかなり親愛性が高かったようだ。

 

「ほーら、グレカーレ! ルネッサ~ンスっ!」

 

「Grazie~っ♪ ところでなんでルネサンス?」

 

「ルネッサンス情熱・・・・・・谷風さんのこの手はぁ・・・・・・まあいいか、細かいことは気にせずに宴だぜぃ、カンパーイ!」

 

「谷風さんもありがと~。ま、そうだよね。細かいことは気にせずにGrazie、Grazie~っ♪」

 

 ワイングラスで三人が乾杯する。確かにワイングラスを重ねるとなると、某男爵を思い出すのはしょうがない。でもそんな事知るわけもないグレカーレは気にせずに乾杯していた。

 

「グレちゃんお酒飲めるんだ・・・・・・」

 

「お、大人だわ・・・・・・」

 

 平気な顔をして赤ワインを嗜む末妹に暁と清霜が驚愕の表情を浮かべていた。二人は飲めないからな・・・・・・。

 

「まぁまぁ! 姉さん達も楽しければオッケー! はーい、Salute!」

 

「さ、猿?」

 

「さるげっちゅ?」

 

「サルーテはイタリア語で乾杯という意味なんだ」

 

 長月がフォローを入れた。それを聞いた暁と清霜は意味を理解して、笑顔でグラスをグレカーレと重ねていく。

 ただ二人のワイングラスに入っているのはブドウジュースである。

 こういうところも、グレカーレの方がお姉さんっぽい。

 

「んん~っ料理も美味しいっ! ねぇねぇ、コレ全部長月さんが作ったの?」

 

「ああ。グレカーレの歓迎パーティーだからな。奮発したぞ」

 

 様々なお酒のおつまみにグレカーレは舌鼓を打ち、長月はそれを嬉しそうに眺めていた。

 

「わぁ、凄い! でもこれだけ食べたらバルジっちゃうかなぁ~」

                                                                                                                                                                     

「ば、ばるじ・・・・・・!?」

                                                                                                                                                                                                                          

 なお俺は勿論、長月・皐月・谷風は基本的に感性が古いのでこういった言葉は苦手だった。

 

「んふふふふ・・・・・・ココは楽しいねー。アタシ、気にいっちゃた」

 

 皆から歓迎されて嬉しかったのか、グレカーレはどんどん杯を重ねていく。

 可愛らしい頬が紅く染まり、瞳のとろんと胡乱になっている。

 彼女は楽しそうにゆらゆら揺れながら、ワイングラス片手にこちらへ寄ってきた。

 

「テートク、ciaoっ♪」

 

 グレカーレはそう言うとそのままストンと俺の膝へ腰を降ろす。

 女の子特有のどこか甘ったるい香りが鼻腔をくすぐり、温かく軟らかい感触がくっついてきた。

  

「楽しんでいるみたいでなによりだよ」

 

俺がグレカーレの肩をポンポンと叩くと、彼女は上目遣いで妖艶に微笑んだ。

 

「テートク、こっち、こっち。Ciao! Ciao! やだ、本当かわいい♪」

 

ほろ酔いの上機嫌でグレカーレは俺に甘えてくる。大人びた所もあるが、やはり駆逐艦。年相応な部分もあるのだろう。

 

「テートク、あたしも皆みたいにちゃーんと可愛がってよね? 可愛がってくれないと、知らないよ?」

 

「ああ、わかってるわかってる。よしよし」

 

「ちょっ……雑じゃない!? こっちよこっち!」

 

構ってほしかったのか、グレカーレは頬を膨らませてくいくい袖を引っ張ってくる。結構余裕そうに見えるけど、やっぱり子供だなぁと思っていると。

 

「ぐ、グレカーレ。司令が困っているわ。その辺りで止めておきなさい」

 

珍しく不知火が間に入ってきた。

彼女はグレカーレの肩を掴むとぐいと、強引に俺から引き離していく。

 

「ど、どうしたんだ不知火」

 

「い、いえどうにもこうにも。ほら、グレカーレ。離れなさい」

「ええー何でですかぁー……あっ」

 

するとグレカーレは何か気が付いたようにニヤリと不敵に笑うと、不知火の頬をつんつんとつついた。

 

「大丈夫ですよー。不知火さんの大好きなテートクを盗ったりしませんから」

 

「なっ!?」

 

すると不知火は顔を真っ赤にして、突然あたふたし始めたのだ。

 

「グレカーレ……中々やるねぇ」

 

「グレカーレ! 恐ろしい子!」

 

谷風と皐月が何やら言っている。一方、不知火は沸騰してるのかと思うほど赤面し、グレカーレはニヤニヤとその様子を楽しんでいた。

 

「ぐ、ぐれ、グレカーレ……貴方、一体どういうつもりですか……」

 

「えーどういうつもりっていうかー。あたしは不知火さんの心の声を代弁してる感じかな。つまりテートクのこと」

 

「っ~~!!」

 

不知火はグレカーレに一撃を放つが、そこはさすがに艦娘同士。紙一重で避けて、グレカーレは暁と清霜の方へと移動する。

 

「姉さん、不知火さんが怖い!」

 

二人の後ろに隠れたグレカーレがそう言うと、頼られた姉たちは勢いよく立ち上がった。

 

「駄目じゃない、不知火! グレカーレはまだ鎮守府に来たばかりなのよ!」

 

「たとえ不知火さんが相手でも、グレちゃんを苛めるなら清霜が許さないよ!」

 

妹分のピンチに立ち上がった二人は、両手を広げてグレカーレを不知火から庇うように立ちはだかる。

うん、二人は純粋だな。きっと後ろで小悪魔のように笑うグレカーレが見えないのだろう。

 

「あ、暁。清霜……」

 

さすがの不知火もチビッ子コンビには手が出せないのか、困ったように佇んでるだけであった。

 

「やめろ不知火。グレカーレもちょっと落ち着け。ほら、餅で作ったピザだ」

 

二人の間に長月が入って、大皿を置いて言った。

 

「何これ、んん~美味しっ!」

 

早速グレカーレがそれを口に入れ、感嘆の声を漏らす。長月の餅ピザを口に放り込み、赤ワインをごくり。いい飲みっぷりである。

 

「はい、テートクもSalute!」

 

「おう! サルーテ!」

 

ガチン! とグラスを重ねて一気に赤ワインを呷る。嗚呼、普段は飲まないワインだがやっぱり上手いなぁ。

長月の肴も合うしなおいい。

 

「はい、不知火さんも飲みましょー! あっ、そうかお酒飲めないんだ~」

 

「っ! 司令、一杯お願いいたします」

 

グレカーレに煽られた不知火は俺からワイングラスを引ったくると、一気に飲み干した。そして。

 

「……むきゅう」

 

一撃でダウンした。

 

「し、不知火! 大丈夫か!?」

 

不知火は酒にあまり強くない。なのに一気に飲んだら、そりゃこうなるだろう。

 

「も、申し訳ありません司令……全て不知火の落ち度……」

 

不知火はそこまで言って、そのままダウンした。

 

「……ベッドまで運んでやるか」

 

俺は彼女を抱き抱えると、そのまま皆の共同寝室へと向かった。

 

「しかし、不知火も難儀な性格だねぇ」

 

「しょうがないよ。それにグレカーレも意外に曲者だしね」

 

谷風と皐月が何やらコソコソ言っていたが、俺は無視してそのまま進んでいった。

 

「テートク!」

 

背中から声がかけられた。

 

「ちゃーんと、あたしも。皆と同じように可愛がってよね」

 

グレカーレのそんな言葉を聞きながら、俺は彼女の加入で流刑鎮守府に巻き起こる騒動を思い、ため息をつくのだった。

 

流刑鎮守府に8人目の仲間が加わった。

これからただでさえ賑やかな我が鎮守府が、さらに賑やかになるなることを感じながら俺は不知火を運んでいくのだった。



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不知火、怒る

グレカーレ回の続きです


 提督の朝は早い・・・・・・と格好よく決めてみたい所であるが、俺が起床するのは朝6時。人によっては早いというかもしれないが、かつての社畜時代には朝5時起きなんて当たり前だったのだから俺からすれば充分余裕のある時刻だ。

 俺はいつものように、ベッドからむくりと体を起こすと目を擦る。

 いつもなら俺はこのままベッドから降りて顔を洗うのであるが・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 腰周りに何か違和感を感じた。まるで何かが巻き付いているような感覚。俺はそのまま掛け布団を上げて、腰の方を確認した。

 

「・・・・・・んん・・・・・・」

 

 小麦色の肌をした小さな少女が、俺の腰に抱きつくようにして静かに寝息を立てていた。

 

「てーとく・・・・・・にゅふふ~」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 俺は溜息をつくとその少女――グレカーレの頭を突いた。

 

「グレカーレ、お前起きてるだろ」

 

「・・・・・・バレた?」

 

 悪びれもせず、グレカーレは顔を上げた。

 

「なんでまた俺のベッドの中にいるんだ。お前の布団は新しく作ってやったろう」

 

 妖精さんお手製の新しい布団セットは昨日の夜に完成し、皆の寝室に運び込まれているのだ。

 かつて清霜がやって来た時は、その辺の準備が出来ていないから俺のベッドを貸してあげた。しかしその時と違って、グレカーレにはちゃんと寝床があるのである。

 

「別にいいでしょ? あたしみたいなカワイイ女の子が朝起きたらベッドにいるなんて、男の人なら皆妄想するっしょ?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「テートク。ほら、ひーらひら♪ あ、今、見たでしょ? もーエッチなんだから」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「て、何処見てるのよ! ちゃんとこっち見てよ!」

 

「あのな、そういうことは背を20cm以上伸ばしてから言え」

 

 俺は不相応な挑発をしてくるグレカーレをベッドから降ろそうと、彼女に手を伸ばした時であった。

 

「ていとく~、おはようございまーす。今日も張り切って――」

 

 元気よく五月雨が部屋に入ってきた。そしてベッドの上の俺とグレカーレを見て完全に固まってしまう。

 初雪のように白い肌が徐々に紅く染まり、五月雨はあわあわと手をバタつかせて、そのままドアを締めた。 

 

「し、失礼しました! お、お楽しみの所!」

 

 そして逃げるようにその場を後にする五月雨――って、

 

「待て待て待て! 変な誤解するな! ていうかグレカーレもここで抱きついてくるな!」

 

「なんでーいいじゃん、五月雨さんも誤解しちゃったんだしこのまま・・・・・・」

 

 そこまでグレカーレが言った直後、彼女の首元に黒い主砲の先端が突きつけられた。

 

「そこまでよ、グレカーレ」

 

「げ、し、不知火さん・・・・・・」

 

 いつの間にかいた不知火が、グレカーレの首元に主砲を突きつけていたのだ。

 

「し、不知火。いつからそこにいたんだ」

 

「もし司令に何かあってはいけないと、昨晩からベッドの下に潜んでおりました」

 

「忍者かよ・・・・・・」

 

 というか昨日の夜にはまだグレカーレはここに来ていないので、下手すると一晩中ベッドの下に潜んでいた事になる。

 それはそれで怖い・・・・・・

 

「さ、グレカーレ。こっちに来なさい。お話があるわ」

 

 不知火は氷のように冷たい表情でそう言うと、グレカーレの首根っこを掴んで俺から引き剥がしていく。

                     

「ちょ、ちょっと! 不知火さん痛い・・・・・・って顔コワっ! て、テートク! 見てないで助けてよ!」 

 

「達者でな、グレカーレ」

 

 涙目で助けを求めるイタリア駆逐艦を俺は笑顔で見送ると、そのままベッドから降りた。

 とりあえず髭剃って顔洗ってから、五月雨の誤解を解きにいかないとな。

 着替えてから私室を出たタイミングで、どこからか少女の断末魔が聞こえた気がしたが、俺は無視した。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「今日はグレカーレもいることだし、久々にパンにしてみたぞ!」

 

 流刑鎮守府の食事は皆揃ってが原則。小さな食堂スペースに鎮守府メンバー全員が集まり、長月の作った美味しいご飯を食べるのだ。今日の献立は彼女の言うとおり、トーストと目玉焼きにサラダだった。基本的に主食は米である我が鎮守府では、珍しいメニューである。

 

「イタリアのパンとは違うけど、これはこれで……」

 

 そんなことを言いながら、グレカーレはトーストにバターを塗って美味しそうに頬張っていた。

 

「お姉さま、いちごジャム取って!」

 

「はい、清霜。私も使うから後で返してね」

 

 ジャムをたっぷり付けて満面の笑みでパンにかぶりつく暁・清霜コンビは見ていて微笑ましい。一応グレカーレは二人の妹分なのだが、バターで優雅に食べる彼女に比べて、ジャムでパンを甘々にして食べる二人の姿はどうしても子供っぽく映る。やっぱりグレカーレがお姉さんだよな……

 

「提督。お飲み物は紅茶と珈琲、どちらになさいますか?」

 

 先程の誤解が解けた五月雨が笑顔で尋ねてきた。

 

「紅茶を頼むよ。砂糖は入れないで」

 

「谷風さんも、紅茶で頼むぜ」

 

「ボクは珈琲ね! 砂糖マシマシで!」

 

「はいはーい、グレカーレちゃんはどうする?」

 

「んー、あたしはコーヒーかな」

 

 確かにイタリアと言えば、エスプレッソやカプチーノのイメージがあるな。

 

「清霜は牛乳! グレちゃんも、牛乳をいっぱい飲んで大きくなって、一緒に戦艦になろう!」

 

 この僻地ではかなり貴重な牛乳を清霜はコップ一杯に注ぐと、ぐびぐびと腰に手を当てて飲み始めた。

 

「それもいいけど、コーヒーにミルクを入れると……簡単カフェラテの出来上がりっ♪」

 

「おお~っ! 凄い、グレちゃん!」

 

「えへへ、どう姉さん。見直した?」

 

「ふふ、でも二人ともまだまだお子様ね! 暁は優雅にミルクティーよ!」

 

 何だかんだでグレカーレは三姉妹として、チビッ子たちと打ち解けているようだった。三人のやり取りは年相応の子供らしくて、見ていて微笑ましい。

 

「そういやグレカーレは今日、どうするの?」

 

「いきなり遠征もどうかと思うし、演習が無難じゃないか?」

 

「確かにグレカーレの実力を測っておかねぇとねぇ」

 

 皐月の問いに長月と谷風が答えたが、俺も二人の意見に賛成だった。前に聞いた説明だと、グレカーレは先天的な艦娘。生まれながらの艦娘である。清霜がそうだったように、彼女もまた高い実力を持っている可能性があるのだ。

 

「おっ! いいね、演習! あたし、頑張っちゃうよ!」

 

 演習と聞いてにわかにテンションが上がる、グレカーレ。意外と好戦的なんだろうか。

 

「そう。なら私が相手をするわ」

 

 すると今までの黙っていた不知火が立ち上がった。

 

「えっ、不知火が?」

 

「グレちゃんには早くない?」

 

 姉たちが心配するのも無理はない。不知火は単騎の実力なら流刑鎮守府で一番である。いくら潜在能力の高いグレカーレとはいえ、相手が悪いだろう。

 

「不知火さんか……いいねいいね! ケンカだ、ケンカ!」

 

 だがグレカーレも引く気は無いようだ。生き生きとしているグレカーレに対し、不知火はいつも以上の仏頂面。

 何だか対照的な二人だった。

 そしてあっという間に朝食に時間は終わり、俺たちは波止場の方へ移動した。

 眼前の先には艤装を装着した不知火とグレカーレが互いに、睨み合っている。

 

「暁と清霜を思い出すな。二人もこうやって決闘して仲良くなったし・・・・・・」

 

 かつて清霜がこの流刑鎮守府にやって来た時、暁と一悶着あったが戦って色々あって分かり合ったのだ。

 今回の不知火とグレカーレも同じようなモノだろう。俺はそう考えていたのだが・・・・・・

 

「いや、今回はそんな簡単なモンじゃねえぞ」

 

 谷風が俺の横でそんなことを言ったのだった。

 

「暁と清霜は基本的に精神が子供だったからな・・・・・・だがあの二人は違うぞ」

 

 長月が暁達に聞こえないようにと、耳打ちしてきた。

 確かに不知火とグレカーレの精神年齢は暁達より上だろうが・・・・・・

 

「では・・・・・・始めっ!」

 

 五月雨の号令と共に、不知火とグレカーレは動いた。

 幾つもの水柱が水面に立ち、硝煙の香りが鼻孔を突く。

 

「はっ・・・・・・速い・・・・・・」

 

 思わず俺の口からそんな感想が漏れた。

 二人はどちらも機敏な動きで相手の砲撃を回避しながら、次々と主砲を放っていく。

 こんな片田舎の鎮守府に所属している駆逐艦とは思えないほど、ハイレベルな戦いだった。

 

「グレちゃん、頑張ってー!」

 

「お姉様が着いてるわよ!」

 

 暁と清霜は末妹であるグレカーレを応援していた。その声援に応えるようにグレカーレは不知火の砲弾を紙一重で避けながら、主砲を放ち前に突っ込んでいく。

 やはり好戦的な性格なのかグイグイと前に行く戦法だ。だが不知火も負けてはいない。

 グレカーレの攻撃を的確に避けつつ、距離を取りながら牽制を加えていく。

 

「不知火もさすがにやるな。グレカーレの接近を許していない」

 

「近距離勝負でも不知火は強いけど、こうやってグレカーレの体力を削いでいってる。えげつないなぁ」

 

 長月と皐月が感心したように言った。

 やはり艦娘として、戦い方が気になるようだった。

 

「どっちが勝つと思う?」

 

 俺は横にいた谷風に尋ねた。

 

「・・・・・・実力は多分同じ位だかんなぁ・・・・・・でも不知火の方が上手だな。このままだとグレカーレのスタミナ切れで、やられんだろうな」

 

 何だかんだで武闘派である谷風の評価は間違っていないようだった。グレカーレの動きは段々遅くなり始め、顔色も苦悶の色が浮かび始める。

 一方の不知火は顔色一つ変えず、淡々とグレカーレに攻撃を加えていく。徐々に不知火がグレカーレを押し始めてきた。それを理解しているからこそグレカーレはどんどん、荒っぽい行動に移っているのだろう。

 

「ああん、もう!」

 

「遅いわね」

 

 グレカーレがやけっぱちで放った主砲も空を切り、不知火の最後の攻撃が彼女に直撃した。

 爆発と共に黒煙が巻き上がり、五月雨が右手を挙げた。

 

「グレカーレちゃん大破。不知火ちゃんの勝ちです」

 

 五月雨の号令と共に演習は終わった。結果は不知火の勝ち。それはしょうがないのだが・・・・・・

 

「ヤダヤダ! もう、ありえないし!」

 

「勝負の結果です。受け入れなさい」

 

 波止場まで戻ってきた二人は妙に雰囲気が悪かった。

 勝負に負けて悔しいとかそういうんじゃない。

 もっとドロドロしたような怒りと憎しみが感じられた。

 

「・・・・・・で、でもグレカーレも頑張ったじゃないか。不知火はこの鎮守府の中でも一番の実力者だぞ。そんな不知火にここまで粘ったんだから大したもんさ」

 

 俺のフォローに機嫌の悪そうだったグレカーレは一転してにこやかになり、そのまま腕に飛びついてきた。

 

「そう? あたし強かった? 頑張った? テートクもそう思う?」

 

 嬉しそうに俺にすり寄ってくるグレカーレの頭を撫でてやる。ふわふわの感触が心地いい。

 暁と清霜もグレカーレの健闘を称えるように、彼女の頭を撫でたり肩を叩いたりしていた。

 ようやく和やかな空気が流れたと思った時であった。

 

「グレカーレ、もういいでしょう。司令から離れなさい」

 

 不知火がグレカーレの襟元を掴んで、強引に俺から引き剥がしたのだ。

 

「ちょ・・・・・・何すんのさ、不知火さん!」

 

「貴方は司令に慣れ慣れしすぎです。いいから離れなさい」

 

「お、お姉様・・・・・・なんか不知火さん怖くない?」

 

「うん・・・・・・どうしたのかしら」

 

 いつも以上に強面な不知火に暁と清霜も怯え始めた。

 

「不知火さんさぁ・・・・・・いくらなんでもやり過ぎじゃない? いくらテートクがす――」

 

「そこまでだ二人とも」

 

 そこに割って入ったのは長月だった。

 

「もう任務の時間だ。不知火、お前は今日遠征の旗艦だろう。皐月と暁を連れてさっさと行け」

 

「でも・・・・・・」

 

「いいから行け。谷風、お前は清霜と演習だ」

 

「・・・・・・合点! 清霜、いくぜぃ!」

 

 谷風は何かを悟ったように清霜の腕を取るとさっさと行ってしまう。

 

「でも長月・・・・・・」

 

「長月の言うとおりだよ! さ、遠征遠征!」

 

 不満げな不知火の腕を取ったのは皐月だった。さらに暁の腕も掴んで、そのまま遠征の準備に向かっていく。

 

「提督、私達もお仕事に参りましょうか」

 

 そう言って五月雨が俺の肩を叩いた。うん、そうだだ。あとは長月に任せるか。

 俺はそう思いながら五月雨と一緒に戻っていくのだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「グレカーレ。ちょっといいか?」

 

 長月はそう言うとグレカーレの横に腰を降ろした。場所は波止場。二人の目の前には先程模擬戦が行なわれた、大海原が広がっている。

 

「・・・・・・少し不知火をからかいすぎじゃないか」

 

 海の方を見ながら、長月は言った。グレカーレも同じように水平線の向こうを遠い目をしながら、見つめている。

 

「だってさ・・・・・・もっとテートクといちゃいちゃしたいのにさ。不知火さん邪魔するんだもん」

 

 少しだけむくれたような顔でグレカーレは言った。こういう事を言うくらいには、長月は信用されているらしい。

 

「そもそも司令官の何処に惚れたんだ? 会って間もないだろう?」

 

 長月の言うとおり、グレカーレは最近流刑鎮守府に着任したばかりである。

 何だかんだで流刑鎮守府の初期メンバーは司令官との付き合いも長い。その中で彼の長所短所を見てきて、その中で好意を抱いたのだ。

 だがグレカーレ刃つい最近この鎮守府に来たばかりである。司令官と会ったのも少し前であった。

 それなのに司令官に固執するのが、長月には分からなかった。

 

「・・・・・・長月さんって、生まれつき艦娘?」

 

「いや、私は後天的だ。この鎮守府で先天的艦娘はお前と清霜だけだ」

 

「・・・・・・うん、だろうね」

 

 グレカーレは遠い目をして言った。

 

「長月さん、故郷は?」

 

「本土さ。といっても何年も帰ってないがな」

 

「そうなんだ」

 

 少しだけグレカーレは顔を下げた。

 

「あたしみたいな生まれつきの艦娘はさ。無いんだよね、故郷とか、家族とかさ」

 

 長月ら後天的艦娘は元々、普通の少女だった。艦娘の素質を見込まれ、修行して艦娘になったのだ。

 だがグレカーレと清霜は違う。

 親も故郷も無い。

 だからこそ生まれた鎮守府やそこの提督に懐くという事例は長月も知っていた。

 

「だからテートクにあたしを見て欲しいんだよね。でも不知火さんが嫌いってわけじゃないんだ」

 

「不知火に構って貰って嬉しかったのか?」

 

「・・・・・・まあね」

 

 長月は大きく溜息をついた。

 時折大人びた言動をするので忘れがちだがグレカーレはまだ子供だ。しかも実年齢なら生まれたばかりの0歳児である。

 清霜がすぐに流刑鎮守府に慣れたのは本人の気質もあるが、一緒にいてくれる暁の存在も大きいだろう。

 グレカーレは早く流刑鎮守府に慣れたいのだろう。その焦りが少し暴走してしまったようだ。

 

「まあ、そんなに生き急ぐことはない。この流刑鎮守府はその名の通り、僻地中の僻地。時間など腐るほどある」

 

 長月はグレカーレの肩をポンと叩くと立ち上がった。

 

「司令官も私達も、お前を歓迎している。焦らずゆっくり進んでいけばいいさ」

 

 それだけいうと長月は歩き出した。グレカーレは暫く、そこに座ったままだった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「作戦が終了しました」

 

 不知火が鎮守府に帰投したのはその日の夕方であった。

 その後ろにはドラム缶を抱えた皐月と暁も続いている。

 

「お疲れ様です、みんな」

 

 俺と五月雨は波止場で皆を迎えた。

 タオルを一枚ずつ渡していき、皆が汗をそれで拭っていく。

 

「不知火さん、お疲れ様。皐月さんと暁姉さんもご苦労様」

 

 そこにやってきたのはグレカーレだった。

 心なしか緊張が走る。

 

「グレカーレ・・・・・・」

 

 不知火が彼女をじっと見つめる。そんな不知火にグレカーレは両手を出した。

 

「不知火さん、ドラム缶持ってきますね。皐月さんと暁姉さんのも」

 

「え、ええ・・・・・・」

 

 少し訝しみながらも、不知火はドラム缶をグレカーレに渡した。

 

「ありがとね、グレカーレ」

 

「頼むわね、グレカーレ」

 

 皐月と暁も笑顔でドラム缶を渡す。なんとなく安心したような笑顔であった。

 

「ではまた後で!」

 

 グレカーレも駆逐艦だが艦娘、なんとか三つのドラム缶を運んでいこうとする。

 

「待ちなさい。さすがに三つは難しいわ。私も手伝います」

 

 すると不知火がグレカーレの持つドラム缶を一つ持ち上げた。

 

「一緒に行くわ。どこに持って行くか分からないでしょう」

 

「・・・・・・ふふふ、ありがとう不知火さん」

 

 不知火とグレカーレは肩を並べて歩いて行く。

 朝の険悪さはあまり感じられなかった。

 

「ふう・・・・・・何とか仲良くなったかな」

 

「ふふ、まだ分からないですけど、不知火ちゃんとグレカーレちゃんはきっと大丈夫ですよ」

 

 二人を見送りながら俺と五月雨は、そう話すのであった。

 そしてその夜。

 皆で仲良く卓を囲んで夕食の時間が始まった。

 

「グレカーレ、ちゃんと全部食べなさい」

 

「ええ~でもこれ本当に大丈夫? 変色した野菜にしか見えないけど」

 

「お漬物だから大丈夫よ。ザワークラフトと同じよ」

 

「それはドイツなんだけど・・・・・・」

 

「沢庵は初めてか・・・・・・まあそうだよな」

 

「ううーん、テートクがあーんしてくれるなら食べれるかも?」

 

「そうか、なら私が代わりにあーんしてやろう」

 

「ちょ、長月さん行動がはや・・・・・・んん、あ、おいし」

 

 不知火と長月に挟まれてグレカーレは美味しそうに夕食を頬張っていた。

 

「これならもう大丈夫かな」

 

「ああ、皆仲良しが一番だからねえ」

 

 横にいた谷風が同じように沢庵をポリポリやりながら言った。

 どうやら山は越えたらしい。

 流刑鎮守府に改めて新しい仲間が加わった。

 名はグレカーレ。

 イタリアの駆逐艦であり、俺たちの新しい家族だ。



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グレカーレちゃんは致したい

今回はグレカーレ視点のお話です。


 あたし、グレカーレが流刑鎮守府にやってきてから、早一ヵ月が経過しようとしていた。

 この鎮守府で生まれたあたしはここ以外の世界は知らない。流刑鎮守府があたしの生きる場所だ。

 勿論、外の世界を見てみたいという気持ちもあるけど、田舎で何もないこの鎮守府は意外と居心地が良かった。

 

 本当の姉妹のように接してくれる暁姉さんと清霜姉さん。

 一緒にいると楽しい皐月さんと谷風さん。

 穏やかで優しい五月雨さんと面倒見のいい長月姉さん。

 ちょっと怖いけど、根っこは初心で可愛い不知火さん。

 そして、ちょっと抜けててだらしない所があるけど、芯が強くて包容力のあるテートク。

 人たちに囲まれて、あたしは幸せだと思う。

 最初に来た時は焦りから色々暴走しちゃったけど、今はもう大丈夫。

 この流刑鎮守府で大好きな皆とのんびり暮らしていこう。

 それがあたしの、決めた道だ。

 ふと、こんなことを考えながらあたしは波止場で空を見上げた。

 蒼い空に白い雲がゆっくりと流れていく。

 

 嗚呼……それはそれとしてテートクといちゃいちゃしたい。

 

 まあ、こればっかりはしょうがないよね。

 生き物の三大欲求だもんね。

 

 …

 ……

 ………

 

「夜の生活?」

 

「そう、テートクはどうしてるのかなって。不知火さんなら知ってるでしょ?」

 

「……お酒を飲んでいるイメージしかないわ」

 

 今日は非番。普段は演習とか遠征とか仕事が色々あるんだけど、今日は完全フリー。テートクをからかいに行こうかと思ったけど、不知火さんが演習で使う艤装を整備しているのを見て、前々から聞こうと思っていたことを尋ねてみた。

 いくらテートクがおっぱい大好きの年上好きとはいっても、こんな絶海の孤島で美少女たちに囲まれていれば、自ずと手を出しちゃう気がするんだけどなぁ。

 

「お酒って……晩御飯の時に飲んでるじゃないですか」

 

「あの人はそれから部屋に帰ってからも飲むわ」

 

「mamma mia……」

 

 ご飯のときに軽く三杯は飲んでいるのに、そこからさらに飲むって……

 

「一人で飲んでるの?」

 

「そんなときもあるけど、大体は誰かと飲んでいるわね」

 

「でもそんなに飲んでたら反応も鈍くなるし、自制もきかなくなるかも……」

 

「……グレカーレ、貴方何か変な事企んで無いでしょうね?」

 

「ま、まっさかー! あ、そろそろ時間だね! 不知火さん、演習頑張って!」

 

 勘が鋭い不知火さんからそそくさと離れた。

 不知火さんくらい強ければ、あたしだったら力づくでテートクを押し倒しちゃうかもなぁ。

 でも不知火さんはメンタルが意外と弱々だから無理か。テートクに手を握られただけで茹蛸みたいになっちゃうし。

 それとお酒といえばこの鎮守府でアルコールに耐性がある艦娘は、数人しかいない。

 皐月さん、谷風さん、長月さん……この三人だ。

 ちなみにあたしもワインなら飲める。

 ならばテートクと誰かが飲んでいる時に便乗すれば、酔っているテートクに近づくのは簡単……

 そして他の艦娘はさっさと酔い潰して、テートクと二人っきりで……ふふふ。

 あたしはそう考え、行動を開始した。

 

『カンパーイっ!!』

 

チャンスはすぐにやってきた。

テートクと皐月さんと谷風さんが、夕食後に執務室兼応接間で酒盛りを始めたのだ。テーブルにはおつまみである菓子類と様々なお酒が並べられ、まるでパーティーのような様子を醸している。

 

「いやぁ、まさかグレカーレが酒を飲めるとはなぁ」

 

 あたしのターゲット、テートクは既に夕食時に缶ビールを3本飲んでいる。そして今、彼の手には4本目の缶ビールが握られていた。既にほろ酔いなのか頬は朱に染まって、顔もだらしなくにやけてる。

 これなら警戒されずに近くまで寄れそうだ。

 後は皐月さんと谷風さんだけど……

 

「へぇ、グレカーレはワインなんだ。何だかお洒落でカワイイね!」

 

「ワインもいいけど日本酒もいいぜぃ、ほらほら飲め飲め」

 

 この二人も既にかなり酔ってるし大丈夫だろう。

あとは適当に飲むふりをしながら皐月さんと谷風さんをよい潰し、テートクと致すだけなんだけど……

 

「よっしゃ! 笑点見ようぜ!」

 

「日本酒もいいけどワインもいいねぇ~」

 

「ポテチ! ビール!」

 

 どうしようもないね、この三人。

 まぁ、これならすぐに酔いつぶれるでしょうし……そう思っていた時だった。

 

「おいおい、グレカーレ。杯が空っぽだぞ!」

 

 テートクが目敏く気が付いてグラスにワインを注いできた。

 

「ぐ、グラッチェ……て、テートクもワイン飲む?」

 

「おう、すまないな! イタリアといえばワインだよな!」

 

 そう言って上機嫌でテートクはあたしの持っていた瓶を受け取った。そして、

 

「ケーシー高峰!」

 

 よく分からない単語を発して、そのままワインを瓶ごとラッパ飲みするのだった。

 相当酔っているわね、本当に……

 

「あっ! いいなぁ、司令。ボクにも頂戴よ!」

 

 すると皐月さんが同じくほろ酔い気分でこっちへ寄ってきた。

 

「おおいいぞ、飲みねえイタリーノの味!」

 

 なんだか祖国を馬鹿にされたような気分で複雑になったけど、テートクが渡した瓶を皐月さんが受け取った時、あたしはあることに気が付いた。

 

「ちょ、ちょっと皐月さん!?」

 

「ぐらっちぇっ! いっくよー!」

 

 あたしの制止も聞かずに皐月さんはグビグビとワインをラッパ飲みする。

 そ、それってテートクと間接キスじゃ……

 

「ぷっはー! やっぱワインは赤だよね!」

 

 その事実に気が付かないまま、皐月さんは嬉しそうにワインを飲んでいく。

 素面だったら絶対に恥ずかしがってると思うけど、お酒って怖い。

 って、今の状態ならあたしもテートクと間接キス出来るんじゃないの?

 何という盲点。

 なら早速あたしも……となった時だった。

 

「じゃあこっちも、じゃぱにーず日本酒を薦めねえとなぁ」

 

 谷風さんがあたしの肩を組んで、日本酒を瓶ごとずいっと薦めてきた。

 正直、断りたいけどそれはそれは失礼だし……

 

「そぅれ!」

 

 ……なんて考えてたらいきなり注ぎ口を口内に突っ込まれた。

 一気に流し込まれる日本酒。

 独特の香りが口の中から鼻の先まで広がっていき、そのまま胃の中に――

 

 そこであたしの意識は途絶えた。

 

 …

 ……

 …………

 

「うう。頭痛い……」

 

「大丈夫、グレちゃん?」

 

「二日酔いね。とりあえず水を飲みなさい。後でよく効く薬も持ってくるわ」

 

 次の日、あたしは寝室で頭の痛みを覚えながら目を覚ました。

 

「グレカーレ、駄目よ。司令官と皐月と谷風の宴会に何の対策も持たずに参加するなんて。あの三人はアルコールが入ると、リミッターが効かなくなるから」

 

「身に染みました……」

 

 完全に二日酔いだコレ。

 

「グレちゃん、司令官はね。二日酔いの時、水を飲んでいたわ。グレちゃんも飲んで」

 

「ぐ、グラッチェ……」

 

「司令官の部屋から薬も持ってきたわ。これを飲んで」

 

「ぐらっちぇ……」

 

 清霜姉さんと暁姉さんに看病して貰って、何とか起き上がることが出来た。

 ちなみに三馬鹿呑兵衛は普通にピンピンしていた。なんでさ。

 

 …

 ……

 ………

 

「提督ですか? 今日は長月ちゃんとサシで飲むって仰ってましたよ」

 

 夕食後、五月雨さんに今夜のテートクの事を尋ねてみたら、そんな答えが返ってきた。

 今日の午前中は二日酔いのせいで胃がムカムカして大変だったけど、薬が効いたのか午後からは回復して普通に仕事をこなせた。

 そして夕ご飯を皆で食べた後、長月さんが食器を片付けてる間にテートクは私室へと戻っていくのが見えた。

 

「グレちゃん! これから部屋に帰って皆でトランプするんだけど、一緒にしない?」

 

 あたしがどうやって付いていこうと考えていると、清霜姉さんが遊びに誘ってくれた。

 どうしよう……こっちはこっちでいきたい……

 でも長月さんと二人っきりでお酒……さっき五月雨さんに聞いた感じだと、珍しくもないらしい。

 てかこれ、簡易なデートなんじゃないの? 何で皆は何も言わないの? 男と女が二人っきりでお酒飲むんだよ? 普通なら間違いが起きるじゃん。あたしなら起こす。

 まあ、長月さんは不知火さんの次に真面目だからそんなことは起こらないと思うけど。

 

「ごめんね、清霜姉さん。あたし、ちょっとテートクに用があるの……」

 

「そっかぁ……それはしょうがないね」

 

 しゅん、と悲しそうな清霜姉さんの様子に罪悪感を覚えながらも、あたしは長月さんの後を追った。

 昨日みたいに、飲みの輪に入ったらまた酔い潰されるかもしれない。

 そう考えたあたしは長月さんが執務室に入っていくのを見た後、こっそり中を覗くことにしたんだけど……

 

「今日のおつまみは砂肝か。上手いな」

 

「ああ……保存用のモノだが……それにこんにゃくとゴボウのピリ辛和えもあるぞ」

 

「いつもすまないな。長月、お前は今日何にする?」

 

「ウイスキーの水割りを貰おう。司令官は」

 

「ロックでいくさ。とっておきのヤツがあるんだ」

 

 昨日と全然雰囲気違う。

 だって昨晩は酒好きの馬鹿達が暴れてるような感じだったのに、今日のは凄い静かじゃん!

 テートクも全く違う酔い方してるし……本当に同一人物?

 てかソファーに二人並んで座って、静かに晩酌とかヤバいんじゃない?

 すっごくアダルトな雰囲気だよ?

 長月さんの頬、朱いし。テートクは無意識だろうけど長月さんの肩を抱いてるし。

 このままだと、普通に男女の仲に発展しそうなんだけど!

 というか何でここまでしといて、そういう関係になってないのよ!

 そんな感じでヤキモキしているあたしをよそに、二人はゆったりと晩酌を楽しんでいる。

 どうしよう。混ざろうにも混ざれる雰囲気じゃない……でもここで見てるだけなのもアレだし……

 もう少しだけ様子を見てからどうするか判断しよう……もう少し……

 

 …

 ……

 …………

 

「……カーレ……グレカーレ!」

 

「っ!? ふぁいっ!?」

 

 気が付くと目の前に長月さんの顔があった。心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「あれ……長月さん?」

 

「どうしたんだグレカーレ。こんな所に一人で寝ているなんて」

 

「へ……寝ててって……あっ」

 

 どうやら寝落ちしていたようだった。

 辺りは真っ暗で、薄暗い照明が廊下を照らしている。

 

「長月さん、今何時?」

 

「もう夜の11時だ。一応、就寝時間は過ぎているぞ」

 

「んん……テートクとはもう飲み終わったの?」

 

「……見ていたのか?」

 

 そこでしまった、と思った。

 折角のお楽しみを出歯亀してたなんて知ったら、長月さん怒るかな……

 

「全く、見ているくらいなら中に入ってくればよかったのに」

 

「え? 入ってもよかったの?」

 

「構わん。静かに飲めるのならな」

 

 皐月と谷風はすぐに悪酔いするからいかん、と長月さんは付け加えた。

 

「うーん、でもテートクと長月さんいい雰囲気だったし、邪魔しちゃ悪いかなーって」

 

「……気を使って貰ったようだな」

 

 長月さんは苦笑して言った。

 

「グレカーレも司令官と飲みたかったのか?」

 

「……うん。そんな感じ」

 

 まさかお酒にかこつけてテートクと致したいなんて口が裂けても言えない。

 

「なら、司令官に直接言えば大丈夫だ。あの人の数少ない趣味が酒だ。だが酒を嗜む艦娘はここじゃ少ない。きっと歓迎してくれるさ」

 

「……長月さんはそれでいいの?」

 

「何がだ?」

 

「……ううん、何でもない」

 

 その気になればテートクとすぐに男女の仲になれそうなのに、勿体ないなぁ。

 あたしはそんなことを考えていた。

 

 そして翌日。

 テートクに直接、お酒飲もうよって言ったらすぐにOKが出た。

 今日をあわせれば三日三晩、飲んでることになるけどテートクってアル中に片足突っ込んでるんじゃないかな。

 まあ、何はともあれチャンスチャンス。

 ここで一気にテートクとの仲を深めるぞー。

 

 …

 ……

 ………

 

「まさかグレカーレと差しで飲むとはな」

 

「うふふふ、まあアタシもワインなら飲めるし」

 

 そう言ってアタシはテートクの胸元に頬ずりする。

 いつもならあたしの体を引き剥がすであろうこの行動も、今はスルーだ。

 服装もお互い寝巻きだし、完全にリラックスしているのかもしれない。

 

「いやぁ。よかったよ。ワインが飲める艦娘が来てくれて。集めていたけど中々飲む機会が無くてなぁ」

 

 そんな事を言いながらテートクはベッドの下からワインを出していく。

 でも集めてた割には手頃なテーブルワインばっかりだ。テートクは基本ビールと日本酒って言ってたから、ワインの銘柄には疎いのかも。

 

「とりあえずこの赤を開けよう。そして肴は、チーズと鹿肉の燻製だ!」

 

 でもちゃんとワインに合うおつまみを用意している周到さよ……その機転をもっとこの鎮守府の女の子に使って欲しい。

 

「じゃあ、乾杯……いや、サルーテ!」

 

「うふふ、Salute!」

 

 二つのワイングラスがカチンと重なり合う。

 テートクはすぐに一杯目を飲み干して、おつまみと二杯目を楽しみだした。

 うんうん、計画通り。

 このままテートクを酔わせて、油断したところで誘惑して……

 

「しっかし、グレカーレも鎮守府に慣れたみたいでよかったよ」

 

「…………」

 

 しみじみといった感じでテートクは言った。

 

「初めての海外艦だ……。皆、馴染めるか不安だったけど、仲良くなれてよかったぜ」

 

 ……この人もこの人なりに色々、考えてくれたみたいだ。

 普段はどこか抜けててちゃらんぽらんな印象があるけど、何だかんだ言って艦隊指揮官としての責任は感じているみたい。

 

「まあ皆、気のいい奴だから。何かあればいつだってグレカーレのために動いてくれるさ。俺もな」

 

「……ありがとー、テートク」

 

 胸の中がポカポカする。

 これはもう誘惑しようなんて空気じゃないかな。

 あたしはそう思い、グラスに入ったワインを口に運んだ。

 美味しい。

 こんなに美味しいお酒は初めてだ。

 

「ほら、つまみも喰え喰え」

 

「うん。今度、あたしもおつまみ作ったげるね」

 

 ……いずれは男女の関係になる、ていうかする予定だけど。

 今夜はまだ、提督と艦娘の関係でいいかな。

 そう思いながら、アタシはワインを嗜むのであった。



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戦場のメリークリスマス

12月24日に間に合わなかったクリスマス回です。

本当に申し訳ない……

あとこの回を書いているときに、金曜ロードショーで本当に『ホーム・アローン』が放送されて歓喜しました。


「ポケ戦だよっ!」

 

「忠臣蔵でいっ!」

 

 12月も既に半分に差し掛かり、いよいよ今年も終わる間近となった頃。

 流刑鎮守府の執務室兼応接室では、皐月と谷風が大声で言い争っていた。

 

「テートク、止めなくていいの?」

 

 グレカーレが横で俺の袖をクイクイ引っ張って尋ねてきた。

 

「ああ、あれはいつものことだから大丈夫」

 

 俺は皐月たちの方を見もせずに答えた。

 ちなみに今俺はソファーに座って五月雨が煎れてくれた珈琲を飲んでいる。五月雨も一緒に横に座ってまったりティータイムの最中なのだ。

 今日は日曜日。

 全員非番という事でここでゆっくりしていたのである。

 皆が皆、各々好きな事をするのが流刑鎮守府流であり、俺と五月雨は一服。

 暁と清霜は反対側のソファーに座ってオセロで遊んでおり、不知火はその隣で読書をしていた。

 ここに一人だけいない長月だけは、下の食堂で昼食の準備をしており、彼女には本当に感謝の気持ちでいっぱいである。

 それはさておき。

 

「そもそもなんで二人は言い争ってるの?」

 

「クリスマスに見る映画について」

 

俺がそう言うと、グレカーレは渋面を作って二人の方を見た。

 

「クリスマスに映画見るの?」

 

「ああ。といっても皆でパーティーした後の二次会だけどな。酒が飲めるメンバーで上映会。去年もやったぞ」

 

俺、長月、皐月、谷風の四人で酒を楽しんだあと、何か見ようとなって映画を見たのだ。懐かしい記憶である。

 

「そもそも忠臣蔵って、クリスマスに見るものじゃないじゃん! 日付も合わないし! 論外だよ、論外!」

 

「かぁーっ! わかってねえなぁ! 年末なると忠臣蔵を見たくなるのが日本人ってもんさ! それにポケットの中の戦争は名作だけど、後味が悪いしな……やっぱり綺麗に終わる忠臣蔵が一番さ!」

 

「……止めなくていいの?」

 

「大丈夫。最終的にホーム・アローン1と2に落ち着く。去年もそうなったしな」

 

結局、無難な名作に落ち着くよね。

グレカーレはそんな二人の様子を眺めると深いため息をついて言った。

 

「折角のクリスマスなのに、お酒飲んで映画見てただけなの?」

 

「ああ……そうだけど。何か問題でも? 楽しかったぜ」

 

俺がそう答えるとグレカーレはますます大きなため息を吐き出すと、口論する皐月と谷風を呆れたような視線で見つめるのであった。

 

……

…………

 

「とりあえず、皆そこに正座してください」

 

 夜。

 流刑鎮守府にある艦娘の寝室で、グレカーレが床を指差して言った。

 

「ど、どうしたのグレちゃん。怖い顔して」

 

「お、お姉さまが相談に乗るわよ?」

 

 清霜と暁が妹分の様子に若干怯えながらも

 話しかけたが、グレカーレのきつい視線に震えて黙ってしまう。長月や不知火といった武闘派も、その凄みに静かになっていた。

 

「皆さんに問題です。もうすぐ一年の中で最も男女の仲がホットになるイベントがやってきます。それは!」

 

「大晦日の紅白歌合戦だねっ!」

 

「Fuocoっ!」

 

「ぶべっ!?」

 

 場を和ますために皐月が言ったが、グレカーレが主砲を放って思いっきりひっくり返った。

 先輩にすら躊躇いも無く攻撃する最年少に、皆は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「……クリスマスだよね?」

 

 五月雨がおっかなびっくりで指摘すると、グレカーレは大きく頷いた。

 

「聖夜! それは男の人と女の人が最も接近する胸キュンイベント!」

 

「ええっ!? クリスマスってサンタさんが良い子にプレゼントをくれる日じゃないの!?」

 

「美味しい料理とケーキを食べる日だって……」

 

 驚きの声を上げる暁と清霜にグレカーレは頭を抱えた。

 

「あのさぁ……そんなんだから暁姉さんはテートクにお子様扱いだし、清霜姉さんは戦艦になれないのよ!」

 

 ガガーン! と雷に打たれたような衝撃を受けて固まってしまうチビッ子コンビを尻目に、グレカーレは拳振るって力説する。

 長月が小声で『暁はともかく、清霜の戦艦は関係無くないか?』と不知火に耳打ちしているが、彼女は無視した。

 

「折角のクリスマス! ここでテートクとの距離を縮めないでどうするの!」

 

「そんなこと言われてもなぁ……」

 

 谷風が難色を示したが、他の艦娘も同じような反応であった。

 

『折角のクリスマスだからこそ、皆で楽しむのが正しい楽しみ方なんじゃないのか?』と長月。

 

『今年も皆でプレゼント交換したいね』と五月雨。

 

『そんなふしだらな事考えない方がいいわ』と不知火。

 

 グレカーレは苛立ちから頭をポリポリと掻いた。

 

「皆、危機感無さ過ぎ! だから一年以上も一緒にいて、誰もテートクに女としてみられてないのよ!」

 

 ビシっと指摘するグレカーレの言葉に全員がハッとなる。彼女の言うとおり艦娘たちは提督のことを異性として意識しているが、提督の方は艦娘たちことを妹や娘のような目線で見ているのだ。

 

「こういうイベントこそ頑張ってアピールしなきゃ! それこそ、変な女にテートクを盗られちゃうよ!」

 

「そ、それは考えすぎじゃない? 第一、こんな絶海の孤島じゃあボクたち以外選択肢ないわけだし……」

 

「甘い。甘いよ皐月さん。この前、テートクが仕事で使っているパソコンの中身をチェックしたんだけど」

 

「それ、軍事機密漏洩になるんじゃないの?」

 

「でも司令官は前にいやらしい動画をこっそりいれていたことがあるわ。全部消して、お仕置きしたからもう無いでしょうけど」

 

「さらっと怖い事言うね不知火さん……それはさておき、この前テートクはとんでもないモノを見ていたんだよ!」

 

「またエロ画像?」

 

「事と次第によっちゃ……」

 

 立ち上って狩りに出かけようとする皐月と谷風と不知火の三人を慌てて五月雨たちが止める。

 いきり立つ駆逐艦三人衆を宥めると、グレカーレは会話を再開した。

 

「……海軍本部が主催するお見合いの資料だよ」

 

『…………』

 

 現在、帝国海軍に所属する提督のほとんどが男性で、しかもその半数以上が未婚である。

 艦娘と結婚する提督もいるが、ほとんどの鎮守府が艦娘たちが一人の提督の取り合いをするために基本は一般人女性との結婚を推奨しているのだ。

 

「テートクも30手前。真面目に結婚を考え出す時期でしょ。あたし達が余裕こいてると、知らない本土の女に盗られてしまうよ!」

 

「そ、そんなの嫌っ!」

 

「そうだよ! それなら清霜が提督のお嫁さんになるもん!」

 

暁と清霜が拳握って叫ぶのを聞いたグレカーレは、グッとサムズアップする。

 

「そのためには、動かないといけないよね!」

 

「丸め込まれたな……」

 

 長月がボソリと言ったが、グレカーレは無視した。

 

「むしろこのお見合いはチャンス! 本土のお見合いの練習を建前に、テートクにアピール出来るチャンスよ!」

 

「れんしゅう?」

 

 清霜が首を傾げる。

 

「そう! お見合いとは、お互いをアピールする絶好のチャンス! まさに男と女のラブゲーム!」

 

「またグレカーレに変な事教えたのか、谷風」

 

「冤罪だよぅ……」

 

 少女達はそんな風に脱線したりしながら、来たるべきクリスマスに向けて作戦を煮詰めていくのだった。

 

 …

 ……

 …………

 

 12月24日。いつも皆で使う食堂が今日は煌びやかに飾り付けられていた。

 部屋の奥に置かれたクリスマスツリーは俺と駆逐艦皆で準備したモノで、小さいながらもキラキラ輝いて見える。

 大きなテーブルの上にはサラダやフライドチキンといったクリスマスらしい料理や様々なお菓子、そして人数分のワイングラスにシャンパンとジュースが置かれている。

 

「何歳になってもクリスマスって心躍るよな」

 

「分かるねぇ……やっぱり祭りは日本人の心さ」

 

 トナカイをベースにしたクリスマス衣装に身を包んだ谷風が嬉しそうに言った。

 ゲームの頃からあった専用グラの服だけあって、とても可愛らしいのだが……

 

「しかし谷風、他の皆はどこにいるんだ?」

 

 谷風以外のメンバーが見当たらないのである。

 

「今日はクリスマスだ。女の子は準備があるんぞ司令官」

 

 するとサンタ服を着た長月もやって来た。

 毎年おなじみの長月サンタだ。

 

「準備?」

 

「ああ……だがもう大丈夫だ。では、司令官……」

 

『メリークリスマスっ!!』

 

 そんなかけ声と共に、残りのメンバーが一斉に食堂へ入ってきた。

 あっという間に室内は女の子特有の甘い香りが充満し、雰囲気も一気に華やかになっていく。

 

「お、おお……どうしたんだ皆……」

 

 目の前に揃った流刑鎮守府のメンバー。その全員がサンタの衣装を身に纏っていたのだ。

 

「どう、司令官? サンタ軍団、カワイイでしょ?」

 

 そう言って近寄ってきた皐月は、長月と同じデザインのサンタ衣装を身につけていた。

 長月の姉妹艦だけあって、こう見ると二人よく似ている。金髪と緑髪が並ぶのも、絵になっていた。

 

「えへへ、どうでしょうか提督?」

 

 五月雨はいつも制服の上からサンタの衣装を羽織ったような格好だった。

 長月と皐月も似ている格好だが、五月雨はさらにいつもの彼女がちょっと背伸びしてお洒落をしたようで微笑ましい。

 赤い衣装に白い制服がよくマッチしていた。

 

「ああ、とっても似合っているぞ」

 

「あ、ありがとうございます……へへ」

 

 頭を撫でてやると五月雨は目を細めて微笑んだ。

 

「ふふん! どう、司令官! レディーの大人なサンタ服は!」

 

 暁は所謂ミニスカサンタで可愛らしい足が大胆に露出していた。確かに大人の女の人が着たら、色っぽいだろうが暁なので微笑ましさが際立つ。

 

「お姉様サンタと清霜トナカイの登場だよっ!」

 

 そんな暁と並ぶのはトナカイの格好をした清霜だった。茶色のスカートと小さな角の着いたフードが可愛らしい。

 

「よしよし、可愛いぞ二人とも。よしよし、よしよし」

 

「ちょっ……子供扱いはやめ……ふぁあ……」

 

「えへへへへ……」

 

 二人の頭を撫でてやると、暁は一瞬躊躇ったが頬を緩ませて喜んでくれた。

 

「さ、テートク! あたしと不知火さんも見て見て!」

 

「ちょ……グレカーレ、押さないで……」

 

 グレカーレにぐいぐい押されながら、不知火がやって来た。

 二人ともサンタ服だ。

 グレカーレは背中に大胆なスリットが入った色っぽいサンタ服。桃色の布地に所々ついている白いファーが付いている。スカートもかなり短く、衣装だけ見れば一番扇情的だった。

 一方、不知火が大きなパニエが特徴の、ドレスのようなサンタ衣装。

 露出は少ないが上品な印象で、不知火によく似合っていた。 

 

「あ……司令……ど、どうでしょうか……」

 

 恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてくる不知火は、いつもの冷静で無表情な彼女とのギャップもあってとても可愛らしい。

 

「あ、ああ……よく似合っているよ」

 

 俺も緊張しながら返すと、不知火は安心したように微笑んだ。何か心臓が高鳴るな……

 

「むー。テートク、不知火さんもいいけどアタシにも何か言うことあるんじゃない?」

 

 するとグレカーレが不知火の両肩に手を置いて、頬を膨らませてきた。

 

「お、グレカーレも可愛いぞ。似合ってる似合ってる」

 

「とってつけたような感じ酷いー。一応、皆グレカーレちゃんプレゼンツだよ?」

 

「そうか、どおりでお洒落だと思った」

 

 全員がそれぞれの個性に合っていて、尚且つ似合っている。

 普段、お洒落にあまり関心がない他のメンバーにはここまで出来ないだろう。

 

「ささ、ということで乾杯しようよ!」

 

 シャンパン片手に皐月がやって来た。こいつ、飲みたいばかりだな。まあ、俺もなんだが。

 五月雨が酒を飲める者にはシャンパンを、飲めない者にはジュースをそれぞれ注いでいく。

 

「では、用意も出来たところで……」

 

『メリークリスマースっ!』

 

 9つのグラスが重なり合い、第二回流刑鎮守府パーティーが始まった。

 皆で美味しい料理と酒を楽しみ、プレゼント交換会も終わった時だった。

 ちなみにコレとは別に俺はサンタさんとしてのプレゼントも用意しているし、お年玉の準備もあって冬の賞与は吹き飛んだ。

 

「ねぇ、テートク~。飲んでる~」

 

 グレカーレが肩に寄り添って言ってきた。結構酔っているようだ。

 

「おお、飲んでるぞ! シャンパンなんてクリスマスくらいしか飲まないしな」

 

 ワインは時々飲むんだが、シャンパンは普段飲む機会ないよな。

 

「うふふ、ところでテートク」

 

「なんだ?」

 

「お見合い考えてるってホント?」

 

「えっ!?」

 

 誰にも言っていないのにどうしてそれを……それに皆の視線がなんか集まっている気がする。

 

「この前、PCに本部からメールが来てたから軍事連絡かと思って……駄目だった?」

 

「い、いや……」

 

 何でだろう。妙に汗が滲んできた。

 独身の提督には本部から良縁を勧めてくるのだが、何だろうこう……皆に知られてはいけない気がして隠していた。何でだろう。

 

「もう! そんな重要なこと何で黙ってたの! こういう時こそあたし達の出番でしょ!」

 

「へ?」

 

「テートクは女の人なんて慣れてないでしょ? このままじゃ、お見合いに行っても、緊張何も喋れないで終わっちゃうよ!」

 

「そ、そうかな……」

 

 確かに前の世界では女性経験なし。この世界に来てからも絡むのは駆逐艦ばかりだから、確かに女性経験は無いかもしれない。

 

「そうだよっ! 流刑鎮守府の艦娘としてテートクが、本土で女性相手にしどろもどろなんて耐えられないわ!」

 

「たしかにそうなるかもな……」

 

「なのでっ! ここで練習するべきだよ!」

 

「そうかな……そうかも……」

 

 同性代の女性と話す事なんて本当にないモンあぁ……

 

「丸めこまれてる……」

 

「酒入っているのもあるな……」

 

 皐月と谷風が何か言っていたが、良く聞こえなかった。

 

「と、言うわけで! 早速、実演あるのみ! まずは自己紹介からだよ!」

 

「自己紹介?」

 

「大事、自己アピール!」

 

 ぐっと拳握って力説するグレカーレ。他の皆も何故かうんうん頷いていた。

 

「えっと……」

 

 皆の視線が集中するのを感じながらも、俺はとりあえず口を開いた。

 

「流刑鎮守府で提督をしています。趣味は読書と映画鑑賞。お酒が好きで、休日はよく一人飲みをしています……こんな感じかな」

 

「ふつ-」

 

「酒好きアピールは悪手ではないか?」

 

「レディーに趣味が釣り合わないわ! 趣味は社交ダンスのほうがいいわ!」

 

「酷評だなお前ら」

 

 割と無難な回答をしたつもりだが、あまり好感触は得られなかったようだ。

 

「あの……好みのタイプも言っておくべきだと思います」

 

 五月雨が手を挙げた。

 

「好みのタイプ?」

 

「はい、お見合いでは重要だと思います」

 

「うーん……そうだなぁ」

 

 おっぱいの大きい女性、なんて正直に言えばここで皆にたこ殴りにされるだろう。

 ここは無難に……

 

「優しくて家庭的で……あと料理が出来る人が好みです」

 

「都合良すぎ」

 

「夢見すぎ」

 

 皐月とグレカーレが辛辣に言った。

 

「な、なんだお前ら! 別に夢見たっていいだろう!」

 

「夢と言いますが、無難すぎるなのもどうかと」

 

「し、不知火まで言うのか……」

 

「はい。全ては司令のため。もっと具体的に言うべきだと思います」

 

「具体的?」

 

「はい……た、例えば目付きの鋭い女の子は好みかどうか……とか」

 

「ん?」

 

「それならボクは金髪の女の子が好きかどうかも必要だと思うな!」

 

「江戸っ子口調がいけるかどうかも聞かなきゃいけないねぇ!」

 

「れ、レディーに興味があるかどうかも……」

 

 皆が口々にそんなことを言い出した。

 

「な、なんか凄い個人的且つ限定的な質問になったな」

 

金髪で江戸っ子口調で目付きの鋭いレディーとか属性盛り過ぎじゃなかろうか。

 

「えーと、それらの特徴があっても胸が大きくて美人なら許せまぐほっ!?」

 

「懲りないですね、貴方も」

 

 不知火の一撃が決まり、思わずむせ返す。だってしょうがないだろ。他にどう答えろって言うんだよ。

 

「しれーかん、相手の人もいるんだから、失礼なこと言っちゃ駄目だよ」

 

 精神的最年少である清霜に素のトーンで言われてしまう。何だろうこの辛さ。

 

「え、えっと、お見合いは自分もですけど相手のことも気を付けないといけないと思います」

 

 さすがに不憫と思ってくれたのか、五月雨がフォローしてくれる。ええ娘や……

 

「相手のことか……確かにお見合いだから相手がいるもんな」

 

「そうだよ。テートクも相手のことを考えて、トークしないと嫌われちゃうよ」

 

「トークねぇ……確かに何を話せばいいかわからんな」

 

 ずっと本土から離れた孤島にいたから、流行りのものとか全くわからないからな。

 

「そういう時は相手を誉めればいいんだよ!」

 

「誉める?」

 

「そう! 女の子は男の人に誉められると嬉しいものだよ」

 

「そうかなぁ。赤の他人にいきなり誉められても、戸惑うかもしれないしなぁ」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「そうでぃ! た、ためしに谷風さんたちで試してみたらどうだい?」

 

「うーん……」

 

「とりあえず、目の前の五月雨さんを褒めてみたらいいんじゃない?」

 

「ふぇっ!? さ、五月雨ですか!?」

 

 ビクっと大きく肩を震わせて五月雨が言った。

 

「ええ、とりあえず五月雨を褒めればいいのか?」

 

「うん、五月雨さんの良いところを褒めていけばいいよ」

 

「ぐ、グレカーレちゃん……いきなり何を……」

 

 五月雨はあたふたしているが、これも練習だ。

 

「うーん……」

 

 俺は五月雨の顔をじーっと見ていくつか思いついた点を挙げていく。

 

「優しいところが可愛い。控えめで俺をたててくれるところが嬉しい。小動物みたいで愛おしい……」

 

「はわわわわわわわわ……」

 

 顔を真っ赤にして五月雨は両手をわたわた振った。

 

「こんな感じでいいのか?」

 

「あう……」

 

 耳元まで真っ赤にして五月雨は俯いてしまった。

 

「し、司令官! ボクのこともお見合い相手だと思って、やってみようよ!」

 

「谷風さんも頼むぜぇ! ゆっくり時間をかけてもいいからよ!」

 

 他の皆も一気に立候補しだした。

 

「な、なんか変な雰囲気じゃないか? お見合いにこういうのって必要か?」

 

「勿論だよ! どんな女の人が来るか分からないでしょ?」

 

「そ、それもそうか」

 

「そうそう! 実戦のために谷風さん達で練習しとくべきさ!」

 

「うーむ」

 

 正直、皆ではアクが強すぎてどうかとは思うが、練習に付き合ってくれるのはありがち。

 俺は一人ずつ相手を決めて、相手をお見合い相手だと思ってお世辞を述べる。

 

「皐月は元気で一緒にいると楽しくなるな」

 

「えへへへ……そう?」

 

「谷風は意外としっかりしてて頼りになるな」

 

「へへ、嬉しいもんだねぇ」

 

「長月はしっかり者で頼りなるな」

 

「む、むう……嬉しいな……」

 

 酒も入っている事もあり、普段は言えない皆への感謝を述べていく。

 なんかお見合いの練習になっていない気もするが、皆喜んでいるのでまあいいだろう。

 そんなことを考えながら、皆を褒めていたときだった。

 

「えっと後は清霜とグレカーレだが……」

 

 残った二人であるが、司会のようなことをやっていたグレカーレとは違い清霜は最初に素で突っ込まれた以降あまり会話に参加していなかった。

 そんな清霜であるが、俺が視線を向けると彼女は何故かテーブルに突っ伏していた。

 

「だ、大丈夫か清霜?」

 

「うう……ぐすん……」

 

 すると清霜からすすり泣くような声が聞こえてきたのだった。

 よく見ると彼女の近くに空き缶が一本転がっている。最初はジュースかと思ったがよく見ると。

 

「大人のジュースだな」

 

「不知火のカクテルだね」

 

 酒に強くない不知火が飲むための缶カクテルである。見た目はジュースに見えなくもないので、間違って飲んじゃったのかもしれない。

 

「申し訳ありません、不知火の落ち度です……」

 

「清霜、大丈夫? お水飲んで?」

 

 目を離していた不知火が反省を述べ、姉貴分の暁が清霜に水を持ってきていた。

 そんな中。

 

「うううう……しれーかぁん……」

 

 ガバッと顔を上げた清霜の両目からは涙がこぼれ落ちそうになっっていた。

 

「ど、どうした清霜。酔ってるのか?」

 

「うう……」

 

 鼻をすすってしゃくりあげながら清霜は、俺の顔をじっと見て言った。

 

「しれーかん、けっこんしちゃやだぁぁぁぁ……」

 

「え……ど、どうした清霜」

 

「ぐす……だって……しれーかんケッコンしたら本土にいっちゃうんでしょ……」

 

「え……いや、まだ肝心のお見合いもしてないし、そもそもお見合い自体もリモートで出来るから、ここから出ることはないぞ」

 

「そーなの!?」

 

 グレカーレが素っ頓狂な声をあげた。

 それはさておき。

 

「でも……ケッコンしたらここからいなくなっちゃうんでしょ……」

 

「…………まさか、俺はこの流刑鎮守府の提督だぞ。俺の仕事場はここさ」

 

「ほんと?」

 

「ああ、本当だ」

 

 どうやらお見合いして結婚すると俺がここから出て行ってしまうと思って、泣いてしまったらしい。

 子供らしくて何とも可愛らしいが、当の清霜は本気なので俺も真面目に答えてやる。

 あと間違って飲んでしまった酒で、清霜が悪酔いしてしまったのもあるしな。

 

「だから俺は結婚しても流刑鎮守府にいるから大丈夫だ」

 

「うう……よかったぁ……」

 

 優しく肩を叩いてやると、清霜は安心したように笑った。

 

「それならよかった」

 

「ええ、一先ず安心です」

 

 五月雨と不知火も何か小さな声で呟いた。

 ようやくこれで一安心……

 

「でもしれーかんが知らない女の人とケッコンするなんて、ヤダ!」

 

 と安心していたら別の意見を言い始めた。

 

「そうだよ! ボク達を差し置いて他の女とケッコンなんて許せないよ!」

 

「全くでぃ! 谷風さん達の目の黒い内は絶対にお見合いなんてさせねぇぜ!」

 

「レディーというものがりながら、勝手にお見合いしてケッコンするなんて駄目よ! 駄目なんだからぁ!」

 

 酒に悪酔いした皐月谷風コンビと、酒は一切飲んでいないが清霜と同じお子様メンタルの暁が急に絡んできたのだ。

 

「ちょ、お前達、なんでそんなに絡んでくるんだ……し、不知火! 長月! どうにかしてくれ!」

 

 俺は皆の中でまともな方である二人に救援を求めたのであるが。

 

「……今回はあまり司令官の肩を持てんな」

 

「同感です」

 

 まさかの拒否。

 

「さ、五月雨……」

 

「あ、あははははは……」

 

 頼みの五月雨も苦笑いするのみ。

 

「グレカーレ……」

 

「テートク、皆の意見を聞いた方がアタシもいいと思うよ」

 

「皆の意見って……」

 

「ケッコンだめー」

 

「ケッコン反対!」

 

「お見合いは禁止でぃ!」

 

「レディー以外と付き合うの駄目っ!」

 

 俺に人並みの家庭を持つのを諦めろというのか……

 

「お、お前達! 今日は聖夜だぞ! もうこんな騒動は……」

 

 体に纏わり付いてくる駆逐艦たちをあしらいながら、俺はなんとか逃れようともがくも相手が複数なので多勢に無勢だ。

 残りの皆もこちらを助ける気は無いようで、ここには俺の味方はいない。

 

「……まあ、何にせよメリークリスマス」

 

「メリークリスマスですね」

 

「メリークリスマス、ミスターローレンス」

 

 長月がグラスを捧げ、困ったように笑う五月雨と何故か某映画のパロディを始めた不知火がそれに続いた。

 

「テートク。これが民意ってヤツだよ」

 

 グレカーレの最高に理不尽な台詞を吐かれながら、俺はくっついてくるちびっ子達を引き剥がしていくのだった。

 

 ……お見合い、真剣に考えてみようかな。

 



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作戦会議だよ! 全員集合!

新年明けましておめでとうございます

今年もおっさんな提督と癖はあるけど可愛い艦娘達のドタバタを書いていこうと思いますので、どうかよろしくお願いします。


 ――家具コイン

 

 艦これのゲームをプレイしていた時から存在したアイテムである。遠征などを行うと貰えるそれは、貯めると家具と交換できる。その家具でホーム画面の内装を変えられるのであるが……

 

「こっちの世界にもあるとはなぁ」

 

 備品などを発注する機械。その画面に映し出された『家具交換』の文字を俺は指でトントンと叩いた。

 戦意高揚のためなのかは分からないが、任務をこなす毎に本部から、家具ポイントが貰えこれを貯めればポイントの数に応じて、様々な家具が本部から送られてくることになっている。またかなりポイントを使えば、内装もリフォームできるとのことだった。

 

「で、このポイントをどう使うかなんだが」

 

 普段は全く使われない会議室で、俺は集まって貰った艦娘達に問うた。

 

「うーむ。そもそも私達の鎮守府は既に限界近い。ここはこの家具コイン、いやポイントを使ってリフォームするのが得策だと思うが」

 

 真っ先に手を挙げて、反論の余地も無い正論をぶつけてきたのは長月だった。

 

「確かに、この鎮守府の老朽化は不味い。たまに歩いているだけで、床に穴が空くからな……」

 

 このご時世に木製、しかも相当経年劣化している建物だ。学校の怪談にそのまま出しても違和感が無い位の、老朽化物件なのである。

 

「外観は無理にしても、中身はリフォームしたいですね」

 五月雨の言葉に皆がウンウンと頷く。流刑鎮守府はそれほど限界だったのだ。

 

「まあ、床と壁は直して貰うとして……後は風呂とかトイレとか?」

 

「はいはいはい! ボクたちの部屋を広くしてほしいっ!」

 

 勢い良く立ち上がったのは皐月であった。

「清霜とグレカーレが入ってから、部屋も狭くなったしね。今度は8人皆が入れる広い部屋が欲しいよね!」

 

 皐月の発言に、何人かがうんうんと頷いた。確かに皆の寝室は三段ベッドを二つ、部屋の両端に置いていて、その真ん中に布団を二枚敷いて清霜とグレカーレが寝ているのだ。そりゃ狭く感じるだろう。

 

「狭く感じるならあたしが出て行きましょうか? テートクのベッドでアタシが寝ればいいわけだし」

 

 こちらをチラリと見てから、グレカーレは意味深げに微笑んで言った。

 

「グレカーレが俺のベッドで寝るとして、持ち主である俺はどこに寝ればいいんだ」

「ふふふ、それは大丈夫! テートクもあたしと一緒に寝ればぶべべべべっ!?」

 

「グレカーレ、冗談が過ぎるわよ」

 

 不知火がグレカーレの頬をむにっと伸ばして、黙らせた。俺はそれを華麗にスルーしてから、話題を戻した。

 

「でもリフォームはともかく、部屋の広さって変えられるのか?」

 

「それくらいなら、バッチリとのことです」

 

 いつの間にか五月雨の肩に乗っていた妖精さんが、得意気に胸を叩いた。艦娘の装備などを作り出すことが出来る妖精さんなら、それくらい朝飯前なのかもしれない。

 

「じゃあ、とりあえず床と壁の張り替えと寝室の拡張。他に希望はあるか?」

 

「あるよっ!」

 

 今度は元気良く谷風が挙手した。

 

「はい、谷風」

 

「鎮守府のお風呂を温泉に改造しないかい?」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

「何言ってんだい! そこの家具一覧にもちゃんとあるじゃねぇか!」

 

 ぷんすか怒る谷風を宥めつつ画面を確認してみると、確かに『温泉岩風呂』の項目があった。

 

「そういえば、ゲームの頃からあったけど……マジか」

 

「いいだろう? 殺風景な我が家のお風呂が露天風呂に早変わりだよ!」

 

「……確かに、それはいいな」

 

 温泉が嫌いな日本人などいない。特にココは本土から離れた未開の僻地。そんな場所で露天風呂に入れるなんて最高じゃないの。

 

「それなら暁はこのドレッサーが欲しいわ!」

 

「清霜は武蔵さんの桐箪笥が欲しい!」

 

「『皐月の窓』に『皐月の机』……これはもうボクが持たないわけにはいかないね!」

 

「それなら長月シリーズもあるのだが……」

 

「じゃーあたしはこの煎餅布団をぶべべべべべっ!?」

 

「いい加減にしなさい、グレカーレ」

 

「あの……それなら、皆で欲しい家具を一個ずつ挙げていったほうがいいんじゃないでしょうか」

 

 各自が欲しい物をどんどん推挙し始めたので、五月雨がそう提案してきた。

 確かにその方がいいだろう。

 

「よし! ならこれから少し時間を作るから、一人一つずつ欲しい家具を考えてくれ。その後皆で話し合って、何を頼むか決めようじゃないか」

 

 そういうことになった。

 

 …

 ……

 …………

 

「……と、言うわけで。とりあえず皆が欲しい物をまずは明らかにしよう」

 

 数分後、再び作戦会議室の席に座った俺たちは、皆真剣な面持ちで口を開いた。

 厳選に厳選を重ねた、希望の家具はこのような感じだ。

 

 俺、『鎮守府カウンターバー』

 五月雨、『艦娘専用デスク』

 長月、『模様替えお掃除セット』

 皐月、『皐月の窓&机』

 谷風、『温泉岩風呂』

 不知火、『教室セット』

 暁、『ドレッサー』

 清霜、『武蔵模型と桐箪笥』

 グレカーレ、『リゾートハンモック』

 

「……まあ、とりあえず司令官の提案は却下で皆、いいよね?」

 

「おい、何を言いやがる! やめろ、皆も頷くな!」

 

 皐月の突然の暴言に、俺は激高する。

 

「そもそも何が駄目なんだ! いいじゃないかカウンターバー」

 

「これ以上、呑兵衛に酒を飲ませる口実を作らせはしないよ。はい、次々」

 

「さ、皐月だってこんなお洒落な所で酒を飲みたいだろう!」

 

「提督さんよぉ。谷風さんたちが皆で飲んでいる時、こんなお洒落な雰囲気で飲んでるかい?」

 

「…………」

 

 俺と皐月と谷風。三人で馬鹿笑いしながらのドンチャン騒ぎ。確かにこのカウンターバーには相応しくない。

 

「……だが、俺と長月なら……」

 

「む……確かにそうだな。私と司令官が二人で飲むときにはぴったりの家具だ」

 

「余計駄目だよ! ふ、二人きりって! 兎に角、これは却下! 皆、いいよね?」

 

 皐月の言葉に、長月以外の駆逐艦達が憩いよく頷いた。

 くそ……カウンターで裕次郎みたいに格好よく、ブランデーを飲みたかったのに……

 

「むう……残念だ」

 

 長月が不満げに言った。堅物の彼女が賛同してくれそうだったのに……残念だ。

 

「その理屈なら皐月の窓と机も別にいらなくないか?」

 

「はぁああああああああっ!? 何、馬鹿な事言ってるの!? このボクの名前とデザインが入った家具なんだよ!?」

 

「それなら長月のもあるのだが……」

 

「皐月の名前が入った家具を、皐月たるボクが使わないでどうなるのさ!」

 

 長月の呟きを無視して皐月は拳振るって熱弁する。確かに気持ちは分からなくはないのだが……

 

「でも実用的かと言われれば、そうでもないわね」

 

「そうよ! それに皐月だけ名前入りなんてずるいわ!」

 

「し、不知火……暁……」

 

「とりあえず保留で、次にいきましょうか」

 

 苦笑しながら五月雨が話題を次に逸らした。

 

「五月雨は『艦娘専用デスク』か。実用的だな」

 

「うん。秘書艦のお仕事に便利かなと思って」

 

 長月の言葉に、五月雨が嬉しそうに頷いた。

 そういえば普段、五月雨は執務室のソファーと来客用のテーブルで書類仕事をしていた。

 この艦娘専用デスクがあれば、仕事はもっとスムーズになるだろう。

 

「でも実用性なら長月ちゃんの『模様替えお掃除セット』もいいかもね」

 

「そういえば掃除道具もガタがきていたわね」

 

「ああ、この際に一新しようと思って、これを挙げたんだ。だがこの不知火の『教室セット』も中々いいな」

 

「ええ、これなら普段おざなりな座学も皆、気合いが入るでしょう」

 

 真面目な三人が会話の花を咲かせている。が、それに待ったをかけたのが谷風だった。

 

「ええい、ロマンが無いねぇロマンが! 確かにそいつらは実用的かもしれねえが、つまんねぇ! やっぱりここは遊び心が必要だよっ!」

 

 大見得を切ってそう主張する谷風に、皐月や暁がうんうん頷いた。

 

「確かにそれらは生活の中で必要なもんだろうさ。だがねぃ! やっぱり生きるのに必要なのは娯楽! 心のビタミンよ!」

 

「言わんとすることは分かるが……何故、露天風呂なんだ?」

 

「馬鹿言ってんじゃねえ、長月! 温泉は日本人の心だろうがぃ!」

 

「イタリア人のあたしはどーすればいいの?」

 

「それに提督も露天風呂は好きだろう?」

 

 グレカーレの素朴な質問を無視して、谷風は俺に聞いてきた。

 

「確かに俺も温泉は好きだ……最近、腰が痛いしな」

 

「そう! 温泉は疲れをとる!」

 

「確かに美容にはいいわね……」

 

 暁が食いついた。女の子としては美容も重要な点であろう。

 

「ちょっと待って、露天風呂ってもしかして混浴?」

 

 そんな時、皐月がふと尋ねてきた。

 

「いや……そもそも、今までも皆、基本俺と皆は別れて入ってただろう……」

 

「混浴!? じゃあテートクと一緒に入れるってこと?」

 

「ええっ!? 司令官とお風呂!?」

 

「は、はわわ……」

 

「ぐ、グレカーレ。一体何を言っているの……」

 

「え、不知火さん。テートクと一緒に裸のおつきあいだよ?」

 

「ばっ……な、何を言っているの! そ、そそそそんなこと……」

 

 ませたグレカーレに顔を真っ赤にした清霜と五月雨。激しく狼狽する不知火。

 何だか大変な事になってきた。

 大浴場と温泉でこうも印象は変わるのだろうか。

 

「これは新しい火種になる……辞めておこう」

 

「そ、そんな……酷い言いがかりだよぉ……」

 

 長月によってバッサリと切られ、谷風は崩れ落ちた。

 

「ふっふーん! なら暁のドレッサーが一番ね!」

 

 そこへここぞとばかりに暁が自身の提案をねじ込んできた。

 

「ドレッサーこそ、いるのかな? ボク達、おめかしすることなんて無いし」

 

「コスプレならするけどねぇ」

 

「もーっ! レディーがそんなんじゃ駄目でしょ! 女の子はお洒落にしないと!」

 

「確かに皆さん、全然お洒落に気を使ってないですよね」

 

「清霜もお洒落したーいっ!」

 

 暁三姉妹がいつにも増して結託し、一気に攻めかかる。

 皆、女子だけあってお洒落に興味はあるだろう。

 

「でもお洒落しても、見せる人がこれじゃあねぇ……」

 

 ジトっと……皐月が俺の方を見てきた。

 

「な、なんだ皐月。その目は……ちょ、皆もどうした」

 

 何だか皆の視線が厳しい。

 いつもは優しい五月雨ですら、冷たい笑みを浮かべている。

 

「と、とりあえずドレッサーは保留にして次にいってみないか」

 

 雲行きが怪しくなってきたので、俺は話題を変えることにした。 

 

「というかグレちゃんの『リゾートハンモック』って何に使うの?」

 

 すると素朴な疑問を清霜がグレカーレにぶつけてきた。

 

「ふふふふっ、これはね清霜姉さん。テートクの部屋の天井に引っかけるんだよ。それであたしが水着姿でテートクを誘惑してね……」

 

「誰か他に?」

 

 これ以上は変な事になりそうなので、すぐに流した。

 何か言いたそうにグレカーレが立ち上がったが、不知火がすぐに後ろに回り込んで押さえ込んでいた。

 

「えーっと、清霜は桐箪笥か……」

 

「うん! 武蔵さんの格好いい模型が付いてるんだよ!」

 

 清霜は戦艦武蔵に憧れてるからなぁ。

 

「それに箪笥がもうパンパンなんだよね。清霜とグレちゃんの服も増えたから」

 

「確かにそれは大変だな」

 

 義姉や妹分が挙げた家具に比べて、遙かに実用的だ。

 

「何だかんだで実用的なモノに落ち着くよなぁ」

 

「確かにな。それに私達の部屋も、広げるわけだしな」

 

「うーん、本命清霜。対抗馬五月雨。次点に長月。大穴で不知火ってとこか」

 

「ちょっと! ボクの机と窓はどうなったのさ!」

 

「温泉だって谷風さんはまだ諦めてないよ!」

 

「だったら俺のカウンターバーだって可能性あるだろ!」

 

 喧々諤々の論争の末、我が流刑鎮守府が迎えた新しい家具は――

 

「結局、桐箪笥か」

 

「まあ無難ですね」

 

 清霜発案、『武蔵模型と桐箪笥』であった。

 

「それにしてもボクたちの部屋も広くなったよね!」

 

 皐月が改装された寝室を見て言った。

 

「天井を高くすることは出来ないので、横を広くしたようです」

 

「清霜とグレちゃんのお布団が、綺麗に並ぶね!」

 

「心なしか、ベッドの幅も広くなった気がするわ!」

 

「衣服も全て入るようになったから整理も楽になったな」

 

 皆、喜んでいるようだ。

 俺たちの判断は間違っていなかったのだ。

 

「でも、よかったんですか提督?」

 

 横にいた五月雨が尋ねてきた。

 

「ああ……大丈夫さ」

 

 そう。建物自体は広がっていないので、部屋を広げると別の部屋が狭くなるのである。

 

「俺の寝室なんて、無かったんだ。無かったんだよ……」

 

 執務室の部屋の隣にあった専用の寝室は消滅し、ベッドは物置のあった場所に移されていた。

 床や壁も綺麗になって、皆の寝室も一新された。それでいいじゃないか……

 

「テートク。寂しいならあたしが夜、遊びに行ってあげよーか?」

 

「不知火、やれ」

 

「かしこまりました」

 

「ちょっ……もっと手加減して……」

 

 不知火に追いかけられていくグレカーレを見ながら、俺は艦娘が増える度にどんどん立場が低くなっていく自身の行く末を案じるのであった。

 おかしい、俺って提督だから一番上のはずなのに……



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楽園追放

お久しぶりです
リアルで忙しくて中々書けなかった社畜です。
 
ウマと艦これの二刀流は結構忙しいです。


「わーいっ! ごろごろごろごろーっ!」

 

「清霜! はしたないわよ!」

 

「よっし、枕投げしよーよ!」

 

「やらいでか!」

 

「あんまりはしゃぐなよ、お前たぶぐっ!?」

 

「な、長月ちゃん大丈夫?」

「……くっそぉ! やるな!」

 

「ふふふ、そうこなくっちゃ!」

二階から聞こえてくる楽しげな声。部下である駆逐艦たちのモノだ。この前のリフォームで、彼女たちの寝室が拡張された。清霜とグレカーレが増えた分、必要なスペースが増えたため部屋を広げたのだ。そしてその判断は間違っていなかったのだと、聞こえてくる歓声を聞けば分かる。

 

「そう、俺は間違っていないのだ」

 

俺は人知れず、ベッドの上で呟いた。

その回りには様々な書類や備品が山のように積まれ、端の方には俺がこの鎮守府にやってきてから購入した嗜好品が寂しげに纏められている。

一階の端にある物置。そこが俺の新しい寝室だった。

いくらリフォームしたといっても、建物の面積は変わったわけではない。どこかの部屋を拡張すれば、別の部屋が煽りを受けるのは当然の事。皆の寝室を拡げた分、俺の寝室が消滅したのも必然の事なのだ。

でも俺は間違っていない。艦娘たちのためにやったこと。間違っていないのだ……

 

「なんか味気ねぇ……」

 

だが窓一つ無い物置暮らしは流石に気が滅入る。俺はベッドに転がってポツリと呟いた。

 

「暇そうだね、テートク」

 

すると横からそんな声が聞こえてきた。

 

「……なんだグレカーレ。こんな時間に」

 

時刻は夜9時を迎えていた。消灯時間も近づいてくる頃だ。

 

「ふふふふ、一人離れたトコにいるテートクが寂しくないかなって思ってさ」

 

グレカーレは妖艶に微笑むと、そのまま俺が横たわるベッドに上がってきた。桃色の可愛らしいパジャマがよく似合っている。

 

「もうすぐ寝る時間だぞ。早く部屋に戻りなさい」

 

「もー、そんなつまんないコト言わないでさ。この部屋って、あたし達の寝室から離れててさ。ちょっと大きな声出しても聞こえないんだよねぇ」

 

「へえ、そうなのか」

 

「うん♪ だーかーらーさぁ? 二人でイケナイこと、しちゃう?」

 

「出ろーっ! 不知火っ!」

 

「は、ここに」

 

シャイニングガンダムよろしく指をパッチンと鳴らすと、不知火がすぐにやってきた。やっぱり、部屋が離れたといっても壁が薄いから声は届くみたいだな。

 

「え、ちょ、不知火さんどうして……」

 

「戻るわよグレカーレ。司令、失礼しました」

 

「ああ、おやすみ」

 

「ま、待って不知火さん! これからテートクとぶべべべべっ!?」

 

「お仕置きは部屋に帰ってからにするわ」

 

グレカーレを抱えながら、不知火は速やかに部屋を出ていった。

 

「はぁ……」

 

一人残されると、途端に静寂が襲ってくる。騒がしいグレカーレでもいないよりはいたほうがマシだったかもしれない。今度来たら、酒盛りくらいはしてみようか。

そんなことを考えながら、俺はぼぉーと周りを見渡した。様々な資料や弾薬。どれだけここがのどかでも、本来の姿は軍事基地であることが分かる。しかしこれだけあっても使うことはほとんど無いからな……そう思ったときだった。

 

――あれ……そういえば庭に倉庫無かったっけ?

 

以前、清霜が間違って三連装砲の出来損ないを工廠で開発した時があった。我が流刑鎮守府では使い道の無いその巨砲を、外にある倉庫へと俺たちは封印したのである。

その時に倉庫の中も整理して大分スッキリさせたのであるが……もしかしたらこの物置部屋にある不要な物も、全部あっちに入るんじゃないか?

俺はそう思い、ベッドから降りた。そのまま部屋から出て、中庭の方へと進んでいく。倉庫はすぐ近くにある。ギシギシ音のする扉を開けると、それなりにスッキリした空間が広がっていた。

 

「中央に鎮座する三連装砲に目を瞑れば、中々広いな」

 

俺はそれを確認すると無言で部屋に戻り、要らない書類や使わない備品などを次々と倉庫へと持っていった。そして……

 

「おお……広い」

 

思いの外、我が寝室スペースは広くなったのであった。広さは大体、八畳くらいか?

一人で過ごすなら充分なスペースだ。そしてこうして見ると、俺の中の男の子成分がムクムクと沸き上がってくる。

物置を自分の部屋にするって、何か秘密基地みたいでワクワクするのだ。また以前の俺の寝室は執務室の真横にあり、艦娘たちの目がすぐ近くにあった。だがここは皆の生活スペースから少し外れた位置にあり、皆が立ち寄ることは少ない。さっきみたいにグレカーレが侵入するくらいだ。

 

「……ここに俺の城を創ろう」

 

その日から俺の部屋(仮)の大改造計画は始まったのであった。

 

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

 

「うーむ。中々いい家具があるじゃないの」

 

 翌日、俺は執務室でスマートフォン片手にそう呟いた。

 鎮守府の家具は家具コインと交換であるが、それはあくまで艦娘用。一般向けの家具は俺の給料から出さないといけない。だがそこは腐っても官軍。それなりの軍資金が俺の通帳には入っていた。

 

「小さいテーブルと椅子。テレビにエアコン、あと小型の冷蔵庫も欲しいな」

 

 結構な値段だがそもそもお金を使うことの少ないこの流刑鎮守府なら、この出費でも回復は可能だ。そんなことを考えていると。

 

「うふふ、楽しそうですね提督」

 

 五月雨がコーヒーを持ってひょっこり顔を出した。

 そういえば時刻はもう10時。

 五月雨がコーヒーを持ってきてくれる時間だった。

 

「ああ、ありがとう五月雨」

 

 俺はお礼を言ってからコーヒーカップを受け取った。今日もいい香りだ。

 

「何を見てらっしゃったんですか?」

 

 五月雨はソファーに腰掛けて尋ねてきた。

 

「ああ・・・・・・実はな・・・・・・」

 

 俺も自然にそう切り出そうとしたときだった。

 ・・・・・・あの部屋のリフォームのこと、内緒にしておいたほうがいいのでは? そう考えてしまった。

 何せ俺の秘密基地だ。

 内装や家具は全て俺の好みであることは勿論、皆に内緒でこっそり買ったお酒や、ムフフなDVDや写真の隠し部屋としても使う予定の場所だった。

 極力、皆には今の部屋に立ち寄って欲しくない。

 酒が見つかれば没収、R-18な商品が見つかれば私刑だ。

 ならばあの部屋のことは隠し通して平静を装うべきだと、俺は判断したのであった。

 

「実はな、とあるゲームで家の内装をやっていてな」

 

 とりあえず無難な言い訳で逃げることにした。

 まぁ五月雨なら本当の事を言ってもいい気がするが、彼女は残念ながら隠し事が苦手だ。

 もしポロッと皐月や谷風、グレカーレなどの悪ガキたちにバレたら滅茶苦茶にされそうだし、長月や不知火といった堅物に見つかるとモノを隠すのが難しそうだし・・・・・・

 俺はそんなことを考えながら、五月雨と他愛も無い会話をしてお茶を濁した。

 後日、いつもの定期便で食料に紛れて俺はいくつかの家具を部屋に密輸することに成功。

 今回の荷物は椅子とテーブルだ。

 テーブルはシックな感じの一人用ダイニングテーブル。椅子は木製のパーソナルチェアだ。

 それを夜中に組み立てて、部屋に置いた。

 んん・・・・・・いい感じだ。

 

「やっぱり木造建築だけあって、木の家具がよく似合うな」

 

 内装とか風水の話はよく分からんが、俺の好みにはピッタリ合っている。

 あと殺風景だった部屋が自分好みの内装に変化していくのは、秘密基地を改造しているみたいで楽しい。

 俺はとりあえず第一陣に満足すると、ベッドの下に隠していたブツを取り出した。

 

「あとはついでに買ったこのロックグラスとウイスキーだ」

 

「へぇ、中々いい趣味してるじゃん」

 

「だろ? あとはテレビと冷蔵庫とエアコンが揃えば完成だな」

 

「どうせなら他のインテリアもウッドでレトロな感じにしたら?」

 

「確かにな! そしたらもっと雰囲気がよくな・・・・・・る・・・・・・」

 

 俺はそこでようやく違和感に気が付いた。

 誰もいないはずの部屋に聞こえる少女の声。

 まさか幽霊の類いか・・・・・・いや、それならどれだけ楽だったか・・・・・・

 

「さ、皐月・・・・・・」

 

「やっほー司令官」

 

 いつの間にか部屋に侵入していた皐月がヒラヒラと手を振った。

 

「な、なんでここに」

 

「何でって、漫画読みに来たんだよ。ほれ」

 

 皐月はそう言ってずいっと片手に持ってきた単行本を突き出してきた。この前購入したキン肉マンの新刊だ。

 

「い、いや・・・・・・漫画は執務室に置いてるんだから・・・・・・何でここに来る必要がある・・・・・・」

 

 皐月や暁は俺の漫画を許可無く借りていくのが日常茶飯事のため、俺は部屋への侵入を回避するためにわざわざ執務室に多くの本を置いていたのだった。

 

「だって、ボクの漫画読みスペースがここに移動してるんだもん」

 

 そう言って皐月は俺のベッドを指差した。確かに皐月はよく俺のベッドで寝っ転がって漫画を読んでいたが・・・・・・

 

「しっかし・・・・・・最近、妙にコソコソしてると思ったらここのリフォームしてたんだ」

 

 キョロキョロと周りを見渡しながら皐月は感心したように言った。

 

「こんなに綺麗になるなんて、司令官頑張ったんだね!」

 

「・・・・・・あ、ああ。そうだな」

 

 落ち着け、俺。

 よく考えたら自室を整理して新しい家具を買う事なんて、別に変な事じゃ無いじゃないか・・・・・・

 

「これならボクの遊び部屋として、ちょうどいいかもね」

 

「ちょっと待て」

 

 聞き捨てならんことを口走った睦月型5番艦に、俺は詰め寄った。

 

「ここは俺の部屋だぞ。変な事を言うんじゃない」

 

「まぁまぁ、司令官の部屋ならボクの部屋みたいなもんじゃん」

 

「何を言ってるんだお前は」

 

「落ち着きなよ、提督。熱くなったって、何かが変わるわけじゃあるめぇ」

 

「そうそう! 一旦深呼吸して、リラーックスだよ」

 

 そんな俺の左右に谷風とグレカーレが突然現れた。

 

「いやお前達、今皐月はちょっと待った何でおまはいはい――」

 

「えっへへ~来ちゃった♪」

 

 まるで単身赴任している彼氏の元にやってきた彼女のように、グレカーレは言った。

 だが俺の心境は真逆で、ウルトラマンとブラックキングが戦っている最中にナックル星人がやってきたような思いであった。

 

「き、来ちゃったじゃないだろ。何で三人がこの部屋にいるんだ」

 

「可愛い女の子がやって来たんだよ? もっと嬉しい顔しなきゃ駄目じゃん?」

 

 グレカーレはそう言って俺の首に腕を絡めてくる。少女特有のミルクのような香りが鼻孔をくすぐるが、今はそれどころではなかった。

 

「可愛い女の子? 俺は三人の侵略者に見えるが」

 

「またまたぁ、テートクってば。美少女三人に囲まれるなんて、ハーレムじゃん」

 

「とりあえずテレビとゲーム機が必要だよね」

 

「ここにスペースがあるから谷風さんの鎧擬亜でも置こうかね」

 

「ほら! もう侵略が始まってるぞ!」

 

 勝手に俺の部屋の内装を相談している皐月と谷風の姿に、流石のグレカーレも目を逸らす。

 

「言っておくがここは俺が自分の部屋代わりに掃除して、ここまで綺麗にしたんだ。お前達がなんと言おうとここを明け渡す期は無いぞ」

 

「そんなぁ~。話くらい聞いてよぉ~」

 

「だーめーだ」

 

 縋り付いてくるグレカーレを俺は手で引き剥がしていく。

 

「まぁまぁ、司令官。ここは冷静に話そうよ」

 

「皐月、何を言おうと俺は・・・・・・」

 

「ちょうどお土産にビール持ってきたんだよね」

 

「話くらいは聞いてやろう」

 

 頭ごなしに決めるのは悪いからな。俺はそう思い、椅子に腰を降ろした。

 皐月たちはベッドに腰を降ろし、持ってきた缶ビールを渡してくる。

 

「・・・・・・ぷはぁーっ! さて、と・・・・・・この部屋の事なんだが・・・・・・」

 

「瓶ビール1本」

 

「っ・・・・・・」

 

「一ヶ月、瓶ボール1本。これでどうかな?」

 

「その話、詳しく聞かせてくれ」

 

「え・・・・・・ちょろっ・・・・・・」

 

「言うなグレカーレ。あれが提督でぃ」

 

 結局、谷風からは日本酒二合。グレカーレからはワイン1本を一ヶ月毎に献上することを条件に、俺は三人が部屋を使うのを受け入れたのだった。

 

 そして一週間後。

 

「・・・・・・何コレ?」

 

 俺の部屋を見渡しながらグレカーレはポツリと言った。

 

「よっしゃーっ! スコア更新ーっ!」

 

 皐月が部屋に置かれたテレビに繋がったゲームに熱中していた。

 専用の座布団に陣取り、傍らにジュースとスナック菓子を常備している。

 

「やっぱり鎧擬亜は烈火から水滸まで揃えないとねぇ」

 

 部屋の奥に鎮座する五つの鎧甲冑。

 さらにその手前には模造刀やDX日輪刀が並んでいる。

 それらを谷風がホクホク顔で眺めているのである。

 

「ふっふっふ、買っちゃったぜ・・・・・・ビール用冷蔵庫。長年の夢だったんだ・・・・・・」

 

 そして俺も届いたばかりのビール用小型冷蔵庫の前で、感慨に浸っていた。

 この中には俺がわざわざ取り寄せた瓶ビールや缶ビールたちが揃っている。さらにグラスも一緒に冷やしているのだ!

 

「・・・・・・ねぇ、テートク。この部屋、貴方の部屋よね?」

 

「そうだな。まあもう完全に俺たちの秘密基地みたいになってるけどな」

 

「いや、秘密基地って・・・・・・ちょっと・・・・・・」

 

 グレカーレは不満げにそう言うと、俺の体に寄りかかってきた。

 

「折角、あたし達の秘密の部屋なのに何もしないのおかしくない?」

 

「何もって・・・・・・何をする気だ?」

 

「そーれーはー、男と女。分かってんでしょ?」

 

 意味ありげにぐりぐり頭を押しつけてくるグレカーレに嘆息しつつ、俺は言った。

 

「俺とお前達がそういう関係になるわけなだろ。それに最初はお前達に秘密がバレて、ヤバいと思ったが・・・・・・」

 

 俺は皐月と谷風、そしてグレカーレの顔を見渡した。

 

「やっぱり皆でワイワイやるのが楽しいな!」

 

「テートク、酔ってんの?」

 

 呆れたようにグレカーレは俺から離れると、嬉しそうに烈火を磨く谷風に近づいていく。

 

「第一、谷風さん! このヘンな鎧は何? 意味が分かんないんだけど!?」

 

「てやんでぃっ! サムライトルーパーも知らねぇのか!」

 

「知らないよ! それにこんな大きいモノ、テートクだって邪魔でしょ?」

 

「・・・・・・そうだぞ。谷風。これは何か間違ってないか?」

 

「え・・・・・・そうかい?」

 

「ああ。この五つを揃えたのなら、輝煌帝も無いと駄目だろう!」

 

「何言ってんのテートク!? 頭、茹だったの!?」

 

「かーっ! 谷風さんとしたことが、やらかしちまったぜ! こりゃ頼んどかないとねぇ!」

 

「ちょ、ちょっと谷風さん! 折角テートクの部屋に自由に出入りできるんだよ! それなのに遊んでばかりで・・・・・・」

 

「ねぇ、皆! スマブラやろうよ!」

 

「おお、やらいでか! 提督もやるだろう?」

 

「・・・・・・おいおい。言っておくが俺は64時代からの古参だぞ? ベテランのテクニックってもんを見せてやるよ」

 

「あ、ちょっと・・・・・・」

 

「グレカーレもやるよね?」

 

 コントローラーをずいっと差しだした皐月にグレカーレは深い溜息をついて、

 

「遠慮します」

 

 とだけ言って出て行った。

 

「なんだよ。一緒にすればいいのに」

 

「おい皐月、折角だしビール賭けないか?」

 

「いいね! 言っとくけど賭け事ならボクも本気だよ? メタナイト使っちゃうよ?」

 

「ならば谷風さんも伝家の宝刀、勇者を使うしかないね」

 

「見せてやるよ・・・・・・初代からルイージを使ってきた俺の底力をよ!」

 

 というわけでゲーム大会になった。

 当初の俺専用プライベートルームという建前は崩れたが、結果的に楽しいので良しとしよう。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・皐月さんも谷風さんもおバカだけど、テートクはもっと馬鹿ね。ていうかほとんど子供・・・・・・」

 

 頬を膨らませながらグレカーレは一人廊下を歩いていた。

 彼女からしてみれば折角、提督の部屋に入り浸れる権利を得たのだ。ならばこれを機に提督に接近するチャンスであるのに、遊び呆けている皐月と谷風が信じられなかった。尤も、一番馬鹿なのはそれに全力で乗っかっている提督であるが・・・・・・

 

「あ、グレちゃん! ここにいたんだ!」

 

 そんな声がかけられ、グレカーレは顔を上げた。

 

「き、清霜姉さん・・・・・・」

 

 姉貴分の清霜が手を振りながらこちらへやって来た。

 

「グレちゃん! 今から暁お姉様と一緒にお茶会するんだけど、一緒に行かない?」

 

「お、お茶会・・・・・・」

 

 お茶会、という名のおしゃべり会なのだが、暁はよく妹分である二人とよく行なっていた。

 本来ならグレカーレも喜んで参加するのだが・・・・・・

 

「うーん・・・・・・今はチョット・・・・・・」

 

「どうしたの? 何かあるの?」

 

 心配そうに清霜が顔を覗きこんでくる。

 

「グレカーレ! 最近、付き合いが悪いわよ!」

 

 さらに暁が清霜の後ろからひょっこりと顔を出してきた。

 

「あ、暁姉さん・・・・・・」

 

「確かにグレちゃん、この頃夜はずっと何処かへ行ってるよね。そういえばどこに行ってるの?」

 

 清霜が顔を覗きこんでくる。この純粋無垢な瞳が、グレカーレには眩しかった。

 

「う・・・・・・姉さん、それはね・・・・・・」

 

 目を泳がせてグレカーレが気の利いた言い訳を思案し始めた時であった。

 

「おーい、グレカーレ! 厨房から瓶ビールの追加持ってきてくれ!」

 

 そんな彼女の背後から気の抜けた声が聞こえてきた。

 

「あれ、司令官?」

 

「どうして司令官が?」

 

 ほろ酔いで顔を出した流刑鎮守府最高指揮官に暁と清霜が反応する。グレカーレは大きく溜息をついた。

 

「おう、二人とも。どうした、こんなところで?」

 

「今から皆でレディーのお茶会するの!」

 

 暁が小さな胸をえっへんと張って言った。

 

「お茶会! そりゃあいいや! 今俺たちもアルコールスマブラ大会してるんだわ!」

 

「何、その最低なパワーワード」

 

 思わずグレカーレは嘆息した。

 

「あれ、でもなんでそっちから?」

 

「そういえば、司令官の部屋ってこの奥の物置に代ったんだっけ?」

 

 あちゃー、とグレカーレは頭を抱えた。

 

「おう、そうそう! お前らも来い来い!」

 

「ちょ、テートク! あの部屋には極力人を近づけないんじゃなかったの!?」

 

「何言ってるんだ、グレカーレ! 宴は大人数に限るだろう!」

 

 そう言いながら暁と清霜の肩を抱いて提督は秘密の部屋への方へと歩いて行く。

 あ、この人、根っからのお祭り気質なんだ。騒ぐのが好きなんだ。

 グレカーレはそう悟り、諦めに近い気持ちを抱きながらその後を着いていくのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 そして一週間後。

 

「・・・・・・何コレ」

 

 グレカーレは提督の部屋で呆然としていた。

 一応、秘密だったはずの俺の私室は最初とは恐ろしい程、様変わりしていた。

 テレビに繋がれた幾つものゲーム機。

 部屋の奥に鎮座する和風の装飾品。

 戸棚に飾られた大量の酒。

 可愛らしい装飾の施された小物入れやぬいぐるみ。

 一体誰の部屋かそもそも何の部屋か分からない程、様々なモノが混在し、カオスな空間が出来上がっている。

 それはまるでアメ横の端っこにある多国籍他民族がごっちゃになった雑貨屋のようであった。

 

「テートク、いいの? もう完全に侵略されきって植民地化しちゃってるけど・・・・・・」

 

 グレカーレがそう尋ねると、最近購入したソファーにどっかり座ってビールを呷っていた俺はむむむと唸った。

 

「確かに俺のプライベートルームだったんだが、いつの間にか溜まり場になっているな・・・・・・これはちょっと・・・・・・」

 

「まぁまぁ、提督! ポン酒でも飲みねぃ!」

 

「おっ! さすが谷風! 気が利くじゃねえの!」

 

「て、テートク・・・・・・」

 

 何か分からないけどグレカーレはドン引きしていた。

 

「ぐ・・・・・・清霜、中々やるね!」

 

「ふっふーん! これでここら辺一体は買い占めたよ! 清霜、大商人!」

 

「ああっ! 暁にボンビーが!」

 

 桃鉄に興じている三人も楽しそうだ。

 まあ当初の予定とは変わってしまったが、結果的に楽しいからいいだろう。

 いずれ五月雨や長月たちにも・・・・・・と思った時だった。

 

「・・・・・・一体、何ですかコレは」

 

 背後から冷たい声が聞こえてきた。

 思わずぞくっと背筋に走る。

 

「し、不知火・・・・・・」

 

 ゆっくりと振り返ると、部屋ので出入り口に不知火が怪訝な顔で立っていた。

 その後ろには苦笑いする五月雨と呆れたように腕組みする長月が続いている。

 

「これ、あの物置ですか?」

 

「もはや原形を留めていないな・・・・・・」

 

「あ、いや・・・・・・これはな・・・・・・」

 

 俺はすぐさま立ち上がり、三人に弁明を試みる。

 

「不知火の知らない間に部屋の内装が大きく変わっていますね。見覚えのない私物も増えています。コレは一体、どういうことですか?」

 

 氷のような視線で不知火はずずずっと詰めてくる。

 いや、俺はおかしいことはしていないハズだ。自分の金で自分の部屋を模様替えしたに過ぎない。きっと大丈夫なはずだ。

 

「随分と皆で無駄使いしたようですね」

 

 駄目かもしれない。

 不知火の視線は俺が購入した冷蔵庫や酒瓶に向けられている。

 

「まーまー、落ち着きねぃ不知火。とりあえず駆けつけ一杯ぐえっ!?」

 

「谷風。あの珍妙な武者甲冑は何? また浪費したのかしら?」

 

「うううう・・・・・・」

 

「皐月も暁も清霜も・・・・・・ゲームは一日一時間のはずだけど」

 

 さらに不知火の怒りの矛先は皐月たちにも向いた。

 

「ひっ・・・・・・不知火・・・・・・」

 

「お、お姉様怖い・・・・・・」

 

「だ、大丈夫よ清霜・・・・・・暁が・・・・・・不知火落ち着いて・・・・・・」

 

 三人も後ろめたい気持ちがあるのか、不知火の視線から目を逸らした。

 

「司令官、これ全部あんたが買ったのか?」

 

「いや、皆が持ち込んできたモノもあるけど・・・・・・いや、そんな問題じゃないみたいッスね・・・・・・」

 

 無表情でずんずん来る不知火に俺は言葉を濁した。

 

「とりあえずこの部屋はとりあえず封印ね。こんな場所を野放しにしていたら、堕落する一方よ」

 

「なっ! そ、それは・・・・・・それは酷いだろ! 俺がここまで部屋を整理して・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・すいません」

 

 俺は不知火の怒気に屈した。

 情けないけど怖いんだもん。

 

「ほら撤収よ撤収。皆、準備しなさい。そのゲームや鎧も一旦預かるわ」」

 

「そ、そんなぁ~」

 

「後生でい! 堪忍してくれぃ!」

 

「酒は・・・・・・せめてビールだけは・・・・・・」

 

 鬼の執行官と化した不知火たちにより俺の部屋の物品が次々と差し押さえられていく。

 

「ま、待ってくれ! この部屋が使えないとなると俺はどこに寝ればいいんだ!」

 

 元の寝室は消滅。この物置も使えないとなると、俺が寝る場所はなくなってしまう。

 

「・・・・・・そうですね。今回の一件で司令は野放しにしておくのはいけない事だと、不知火は悟りました」

 

 不知火はそう言うと俺の肩をポンと叩いた。

 

「こちらで新しい寝床を用意します。今日からそこでお休みになってください」

 

 こうして俺のエデンは僅か一週間弱で崩壊したのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・なあ、ここは流石におかしくないか?」

 

「いえ、ここならばもし司令の身に何かが起こっても、すぐに不知火達が馳せ参じられます」

 

「でもでもでもさ、でもでもさ」

 

 俺は無造作に置かれたベッドの哀れな姿を見下ろして言った。

 

「廊下は流石に酷いんじゃないの?」

 

 不知火があてがった俺の新たな就寝スペースは流刑鎮守府の廊下。それも艦娘専用の寝室の前であった。

 

「寒いし・・・・・・部屋ですらないし・・・・・・酷く無い? 人権侵害じゃない?」

 

「・・・・・・司令、貴方にまだ人権があるとでも思っているのですか?」

 

「あっ、お前! それはさすがにいかんだろ! 仮にも上官だぞ!」

 

「落ち着け司令官。あの私物を片づけて、ほとぼりが冷めたら戻してやるさ。監視付きでな」

 

「長月、お前まで・・・・・・」

 

「ドアの向こうに提督が寝ているなんて、少しドキドキしますね」

 

 朗らかにいう五月雨だが、俺はそれどころじゃなかった。

 

「お、お前達も共犯だろ! 助けてくれ!」

 

 俺は不知火の後ろにいた皐月たちに助けを請うた。しかし。

 

「・・・・・・ごめん。ボク達も色々失ったし・・・・・・」

 

「谷風さんじゃ何も出来ねえ。すまねえ・・・・・・」

 

「司令官ごめんなさい・・・・・・」

 

「寒いなら清霜のお布団で一緒に寝る?」

 

 糞の役にも立たなそうだった。

 

「テートク、諦めなよ。もうアソコは無いんだよ」

 

 グレカーレが慰めるように肩を叩く。

 こうして俺は寝室を失い、新たな拠点も失い、最終的に廊下で寝るという悲惨な事態に陥ったのであった。

 ・・・・・・提督って何だろうか。



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少年時代

お久しぶりです。
リアルが多忙過ぎて全く書けていませんでした。
艦これイベントにも行けなかったし……

今回の話はファンタジーです


 世間がGWに突入し、多くの人たちが大型連休を利用して羽を伸ばしている頃、我が流刑鎮守府は怠惰の極みを迎えていた。

 そもそも俺たちは軍人であるからカレンダー通りの休みなんて無い。つまりGW中もバンバン軍務がある。たがかと言って流刑鎮守府自体が平和な海域そのものなので、俺たちはいつもと変わらない日々を送っていた。

 割と税金泥棒に片脚突っ込んでると思う。

 

 今日も午前中にあらかた任務を終えた俺は昼食をとると、午後から執務室でコーヒー片手に寛いでいた。執務室には秘書艦である五月雨と対面のソファーで読書をしている不知火がいるだけであった。

 

「しれーかんっ! 今日はこどもの日だよっ!」

 

 そんな時、勢いよく扉が開いて執務室に清霜が入ってきた。見れば新聞紙で作った兜を被り、玩具の刀を腰に差している。よく漫画とかで見る、こどもの日にいる少年スタイルだ。

 

「そうか、今日は5月5日か」

 

 普段、あまり気にしないから気が付かなかったが本日はこどもの日らしい。そして我が流刑鎮守府のこどもといえば清霜だろう。

「この兜ね、谷風さんが作ってくれたんだ」

 

「成程、谷風か。通りで」

 

 上手いわけだ。ああ見えて意外と手先が器用だからなぁ。

 

「今、お姉様と谷風さんと皐月さんがこどもの日の飾り付けをしてるの! 司令官たちもいこっ!」

 

 お祭り行事が楽しいのか、清霜はハイテンションで俺の手を取った。俺は立ち上がって、横にいる五月雨の方へ顔を向けた。彼女も苦笑して立ち上がる。チラリと不知火の方を見たが、彼女は動く様子がなさそうだ。

 

「それじゃーレッツゴー!」

 

 そう言って勇ましく出発した清霜だったがそもそも狭い鎮守府内なので、ものの数秒で目的地である食堂へ辿り着く。そこには五月人形と張子の虎、そして鯉のぼりが飾られていた。

 

「す、すごい本格的じゃないか……どうしたんだこれ」

 

「へっへーんっ! ボク達が準備したんだよ!」

 

 中へと入って驚いている俺と五月雨に、皐月が得意顔で近づいてきた。

 

「おお、それは凄い……でもこんな立派なモノ、ウチの鎮守府にあったっけ?」

 

「いえ、五月雨も記憶にありません」

 

 俺は思わず五月雨に尋ねるも、彼女も心当たりが無いようで首を捻るだけである。

 

「ふっふっふ……それはねぇい……この谷風さんが用意したのよ!」

 

 ねじり鉢巻きを巻いた谷風が皐月の後ろからドヤ顔で登場する。

 

「じゃあこれら、皆谷風が買ったのか?」

 

「あたぼうよ! 何せ清霜とグレカーレのためだからねぇ」

 

 清霜とグレカーレ。

 確かに二人とも、見た目も知能もみなと同じ位であるが、よく考えてみればこの鎮守府で生まれたばかりの艦娘である。こどもどころか実年齢は赤ん坊といっても差支えない。

 

「二人の親にはなれねぇが、せめて家族らしいことをしてやろうと思ってね」

 

 谷風はそう言って照れくさそうに、鼻の頭を指でこすった。

 

「……確かにそうだな。ありがとう谷風」

 

 本来、こういうことをしなければならないのは鎮守府の責任者である俺のはずだ。

 だが俺はあまりそういった行事に無頓着であり、谷風にその役を押し付けるような形となってしまった。

 本人にそのつもりはないだろうが、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、谷風に頭を下げる。

 

「ちょ、ちょっとそんなにかしこまらなくていいって。谷風さんが勝手にやったことだしさ」

 

「いや、それでも申し訳ない。せめてこの五月人形の金は出させてくれ」

 

「いいっていいって。それよりも飾り付けを手伝って欲しいね。谷風さん達じゃ届かないとこもあるからさ」

 

「……勿論さ」

 

 俺は大きく頷くと、谷風や皐月と飾り付けを始めた。

 五月雨やいつの間にか来ていた暁もそれに参加する。

 和やかな時間が暫し過ぎた時だった。

 

「しかし、今までこどもの日に何かするってことなかったな。意外といえば意外だよね」

 

 皐月がそんな事を言い出した。

 

「まぁ、端午の節句といや男の子の祭ってイメージがあるからねぇい。谷風さん達艦娘は女だし」

 

「たんごのせっく?」

 

 清霜がぱちくりと目を見開いた。

 

「清霜、端午の節句ってのはね。こどもの日の昔の名前なの」

 

 横にいた暁が得意げに解説した。まあ、暁だって一応軍学校を出ているわけだからこれ位の常識は知っているか。

 

「昔は男の子の健康と成長を願ったお祭りだったんですよ」

 

 五月雨も補足するように続ける。

 

「へぇーっ! じゃあ何でそれがこどもの日になったの?」

 

 すると清霜は純粋にそう質問する。すると途端に暁の顔色が変わった。

 

「え、えーと……うーん……さ、五月雨……」

 

「ごめんね、暁ちゃん。五月雨も分からないの……」

 

「まあ、いいじゃないか。どっちにしろ皆が大きくなることを願ったお祭りなんだから」

 

 二人の助け船を俺は出して、そのまま清霜の頭を撫でた。

 

「えへへ・・…そうだねっ! それにいつか清霜は戦艦になるんだから、ここでいっぱいお願いしておかないと!」

 

「うんうん。そうだな」

 

 どんな成長を遂げようと戦艦には100%なれないと思うけど、そこは言わないでおこう。

 

「まあ男なんてこの鎮守府には一人しかいないしねぇ」

 

「しかも30手前のくたびれたおっさんが一人だし」

 

 谷風と皐月がそう言って、ケケケと笑った。

 

「おい、俺はまだおっさんじゃないぞ。心は少年のままさ」

 

「それ、誇って言えることじゃないでしょ」

 

「腰痛に悩む少年は嫌だねぇ」

 

「それに少年はお酒を飲まないわ!」

 

「あ、暁、お前まで……」

 

 確かに俺はもう三十路手前で体のあちこちにガタが出始めた成人男性である。

 しかし目の前ではっきりと年寄り扱いされると、それはそれで不本意であった。

 

「まだまだ若いつもりだ……な、五月雨?」

 

「……あははは……」

 

 俺の問いかけに五月雨は具体的な返答をせず、困ったように笑うだけだった。

 

「大丈夫だよ司令官! 清霜は司令官がおじいちゃんになっても大好きだよ!」

 

「……ありがとう、清霜。そうか……おじいちゃん……おじいちゃんか……」

 

 清霜から見れば俺は彼女の三倍近く生きている大人。感覚的にはお父さんとかおじいちゃんなんだろうな……というか清霜が成人する年齢まで成長したら、俺五十路やんけ……

 

「……はぁ、年は取りたくないな……」

 

「そんなテートクに朗報だよ!」

 

「うおっ!?」

 

 突然、グレカーレがにゅっと俺の前に現れた。その小さな手には何やら白い紙袋が握られている。

 

「ど、どうしたのグレちゃん。さっき探しに行った時にはいなかったのに」

 

 同じく驚いた清霜がそう尋ねると、グレカーレはにやぁ~と不敵に笑った。

 

「ふっふっふ。それはね。通販で頼んだこれを探してたんだよ!」

 

 そう言いながらグレカーレは袋から何かを取り出した。あれは……瓶だ。しかも小さい。市販で売っている栄養ドリンクみたいなサイズである。中身は液体らしい。

 

「これぞ! 若い頃の力が甦る明石さん特製・レインボーマムシドリンク! どう? いいでしょ?」

 

 自信満々に紹介したグレカーレだったが、俺の体はその名前を聞いただけで警戒信号を鳴らし始めた。

 

「あ、明石さん特製?」

 

「うん、そーだよ。艦娘専用の通販で売っていたの」

 

 ……確かに軍人及び艦娘専用に作られた、独自の通販ネットワークが軍には存在する。そしてそこで本部にいる工作艦・明石が自作した怪しげな発明を販売しているという噂も、耳にしたことがあった。

 

「でもそれって確か、何があっても自己責任でしょ?」

 

 流石の皐月も心配したように言った。

 

「大丈夫大丈夫! 飲むのはテートクだから」

 

「おいちょっと待て」

 

「確かにそうだね! ボクが間違ってたよ」

 

「おい皐月……」

 

 瞬で掌を返した皐月に俺は突っ込みをいれるが、それと同時にグレカーレはその怪しげなドリンクをこちらに勧めてくるのである。

 

「いいでしょテートク。これを飲むだけで若さが取り戻せるんだよ?」

 

「いや、でもこれ怪しすぎるし……」

 

「確かに司令官は最近、肩と腰が痛いって言ってたわ!」

 

「もう夜更かしできないって言ってた!」

 

「あ、暁……清霜……」

 

「年齢による衰えをそろそろ隠しきれなくなってきたねぇ……」

 

「さ、五月雨は今の提督もす……好きですよ」

 

「谷風……五月雨まで……」

 

 部下たちに面と向かってはっきりと『老いた』といわれる指揮官ってどうなんだろう。老兵は消え去れという意味だろうか。

 でも確かに最近、自分でも体の衰えを感じ始めた。

 もし若さが取り戻せるんなら、それに越したことはないが……

 

「これをぐぐっと飲み干せば、若い日の姿を取り戻せるって書いてあったよ! ……多分」

 

「多分!?」

 

「まぁまぁ、騙されたと思って飲んでみようよ! これさ、あたしがテートクのためお小遣いで買ったんだよ?」

 

「もっと有意義に使えよ……」

 

 こんな出自の怪しい薬に使ってどうすんだ。

 

「ささ、ぐいっと!」

 

「飲んで飲んで飲んで!」

 

 谷風と皐月も悪乗りしてくる始末だ。

 だが俺としてはこんな得体の知れない危険物質、体内にいれるわけには――

 

「司令官、男なんでしょ? ぐずぐずするなよ」

 

 ――皐月の言葉に俺は思わず息を呑んだ。

 

「若さ、若さって何かな?」

 

「……ふりむかないこと」

 

「愛って何だい?」

 

「ためらわないこと……」

 

 皐月の言葉に俺がそう返した直後。

 

「でででででででででで、でーでれってでれでれでーっ♪」

 

 谷風が軽快な宙明節を口ずさみだしたのだ。

 マズイ。非常にマズイ。

 このままでは俺は……

 

「お姉様、あの三人は何を言っているの?」

 

「分からなくていいわ清霜。レディーには関係の無い事よ」

 

 呆れたように暁と清霜が言う中で、グレカーレは俺の手にドリンクを渡してきた。

 

「司令官、ダイナミック……はっ!?」

 

 そして俺はそのノリに流されて、うっかりそれを飲んでしまったのだ。

 

「て、提督! 本当に飲んじゃったんですか!?」

 

 心配そうに五月雨が言った。

 

「ま、まさか本当に飲んじゃうとは……」

 

「相変わらず乗りやすい体質だねぇ」

 

 煽った二人もそんなこと言い出す始末。だが……

 

「司令官、大丈夫?」

 

「ああ……味は別に……」

 

 同じく心配するように覗き込んできた清霜に、俺は笑顔で返した。

 

「テートク、体に何か変わりは無い?」

 

「……いや、別に」

 

 味もエナジードリンクみたいな味で不味くなかったし、体に異変もない。

 

「ホントに、何も無い?」

 

「無い」

 

「その……体が熱くなったり、何となくムラムラしたりしない?」

 

「……グレカーレ、まさかこれ精力剤の類じゃないだろうな」

 

「ぎ、ぎくっ……ま、まさかぁー。そんなことあるわけないじゃーん」

 

 白々しくそう言って誤魔化すグレカーレ。だがその態度でバレバレであった。

 

「でも日中で皆がいる所で飲ませても意味ないじゃん」

 

 皐月が至極真っ当な突っ込みを入れる。

 

「それは大丈夫! テートクは真面目だから、効き目が出てくれば平静を装ってこの場から離れずハズ! そして一人になったところをあたしが……」

 

「いでよ不知火!」

 

「はっ、ここに」

 

「え、ちょっ……何で不知火さんがここに……」

 

 俺の言葉と共に現れた不知火に、グレカーレが驚愕する。

 だが当の不知火は無表情のまま彼女の首根っこを掴んでいく。

 

「さ、グレカーレ。こちらで少しお話しましょうか」

 

「ちょ……ちょっと待って! これは別にそんな……ね、姉さん助けてっ!」

 

 ずるずると引きずられていくグレカーレは咄嗟に視界に入った、暁と清霜に手を伸ばす。だが二人は気まずそうに視線を逸らした。

 

「全く、あいつは……」

 

 そしてその様子を俺が苦笑しながら眺めていた時だった。

 

 ――ドクンっ!

 

 心臓が大きく鳴った。

 気のせいか? と思った直後に再び、ドクンっ! と動く。 

 やがてその鼓動は感覚を徐々に速めていき、たちまち俺の心臓は飛び出してしまうかのように大きく鳴動し始めた。

 

「ぐぅぅぅぅうううううっ!」

 

 体が一気に熱くなり、俺は思わず地面に膝を着いた。

 

「て、提督! 大丈夫ですか!?」

 

 五月雨が駆け寄ってくる。

 俺は彼女を心配させまいと顔を上げたが、視界がぼやけて見えなかった。

 これは熱による意識の朦朧か、それとも滝のように噴き出した汗のせいか。

 体が熱い。焼けるようだ。

 力が入らない。もう……

 そこで俺の意識は途切れた。

 

 …

 ……

 …………

 

「……はっ」

 

 気が付くとよく知る天井だった。

 流刑鎮守府の廊下、俺のベッドが置かれている場所だ。

 なんだか頭がぼーっとする、どうしてここに……

 そんなことを思っていると。

 

「し、司令官!」

 

 横から声が聞こえた。

 見るとベッドのそばで清霜がこちらを心配そうに見つめている。

 その大きな瞳は涙で潤んでいる。

 よく見ればその隣には暁がいて、同じような表情でこちらを見つめていた。

 

「おお……俺は一体……」

 

「しれーかーんっ!」

 

 俺が言い切る前に清霜が胸に飛び込んできた。

 泣いているのか、身体を小刻みに震わせながら体を擦りつけてくる。

 

「よかった……本当によかった……」

 

 暁も傍らで泣いていた。

 

「目が覚めたか……」

 

 さらに長月がその奥で言う。

 よく見れば鎮守府の皆が俺のベッドを取り囲むようにして、こちらを覗き込んでいた。

 皆、心配そうにしているが同時に安堵したような表情も浮かべている。

 

「皆……どうして……俺は確かグレカーレの変な飲み物を飲んで……あ……

 

 そこでようやく俺は自分が気を失って、ここに運ばれたことを理解したのである。

 

「ごめんなさい、テートク。あたし……こんなことになるなんて思わなくて……」

 

 真っ赤になった両目を擦りながら、グレカーレは頭を下げた。

 いつもの勝気で陽気な姿はなりを潜め、弱々しく萎れた彼女がそこにあった。

 恐らく本気で心配してくれたのであろう。元々悪気があったわけじゃないし……いや邪な心があることはあったが、こんなに大事になるとは思っていなかったはずだ。

 

「……まあいいさ。たまにはこんなこともある。でももう二度と怪しげなものを買うんじゃないぞ」

 

 俺はそう言って笑うとグレカーレは無言で頷いた。

 これで一件落着……と思った時。

 

「…………」

 

 猛烈な違和感を感じた。 

 何かがいつもと違う。

 まだ頭が完全に戻っていないからか分からないが、とてつもない異変を感じる。

 

「ほ、ほんとに大丈夫なの?」

 

 皐月がそういってこちらを覗き込んでくる。

 ああ、大丈夫だよと俺が言おうとした時であった。

 

「……皐月……何か……大きくなってない?」

 

 いや、皐月だけじゃない。

 今俺に抱きついている清霜も、周りを囲む他の皆も。

 明らかに以前より大きくなっている。

 皆、俺の肩くらいしかないはずなのに、今は俺と同じ……いや少し高いか?

 直近で抱きついている清霜は鎮守府で最も小柄であるが、一番背の高い俺と同じ目線であった。

 

「な、なんだ……何が起こってるんだ……」

 

 自身の異変に俺が気付いたことを、皆は察したのか一斉に気まずい空気が流れ始める。

 

「て、提督。落ち着いて、落ち着いて見てくださいね」

 

 その中から五月雨がスッと前に出てきて、俺に手鏡を渡してきた。

 震える指先で俺はそれを受け取ると、ゆっくりと自分の顔をそこへ映していく。

 まず目に入ったのは、あどけない少年の顔だった。

 目は大きく、鼻は小ぶりでまだ思春期を迎えていない位であろうか。

 でも何故少年がここに。

 でもどこかで見たことある気がする……

 そう考えながら、俺は自分の頬を手ですっと撫でた。

 すると鏡に映った少年も全く同じ動きをしたのである。

 

「…………」

 

 俺は茫然としたまま手鏡を置くと、目の前の清霜を見た。

 俺より少し背が高い。

 ちょっと見上げるようにして俺が清霜の目を見ると、彼女は悲しそうに頷いた。

 

「……皆がでかくなったんじゃない。俺が小さくなったのか……」

 

「正確に言うと、司令が若返って十代未満の子どもに戻ったというべきでしょうか」

 

 気まずそうに不知火が言った。

 

「若い日の姿を取り戻せるってそういうことか……」

 

「まるで漫画だねぇ」

 

 皐月と谷風も信じられないといった様子で、相槌を打つだけだ。

 

「……だが、現実だ。司令官、あんたは子供になってしまったんだ」

 

 長月が言い聞かせるように言うと俺の肩をポンと叩いた。

 

「……嘘だろおい」

 

 人間、本当に驚いた時は意外と取り乱したりしないものだ。

 ただ状況に着いていけないだけかもしれないが。

 

「……どうしようコレ」

 

 念願の若さを取り戻した俺は、ベッドの上で途方に暮れるのだった。




ショタ提督は賛否両論ありますが、私は嫌いじゃないですよ。


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ロスト・チルドレン

前回の続きです。


他にも書きたいことはありましたが、これ以上書くとR-18に突入しそうなので止めました。


「……さて、今後どうするかなんだが……」

 

 作戦会議室で俺は真剣な面持ちで皆に言った。

 時刻は既に午後六時を迎えており、普段なら入浴して夕食に行く時間であるがそんな状況では無かった。

 

「……そもそも俺は元に戻れるのだろうか」

 

 あの後、何とか状況を整理した後、俺は体のどこにも不調が無い事を確認するとベッドから降りた。

 そして谷風が使っている浴衣を借りて、そのまま会議室へ足を運んだのである。

 ……しかし、背が低くなったからか見える世界も全然違うな。

 皆、俺よりでかいし……

 

「あれ、司令官声変わった?」

 

 清霜が首を傾げた。

 

「恐らく第二次成長期以前に戻ったから、声が高いんだろう」

 

「成程、本当に若返ったんだねぇ」

 

 しみじみ言う長月と谷風だが、意外と自分自身の声など分からないモノで、俺はあまり違和感を感じなかった。

 だが今重要なのはそういうことじゃない。

 何時までこのままであるかどうかということだ。

 

「一応、本部の明石さんにも聞いてみましたが、そもそもあれは実験用なので人間が使ったのは初めてというコトです」

 

 そんな危険なもんを堂々と発売していたのか……とんでもないな……

 

「確かに自己責任って書いてあった……」

 

 ぽそりと言ったグレカーレの言葉に俺は頭を抱えた。

 

「青いキャンディー食べれば元に戻るんじゃねぇか?」

 

「谷風、いくらなんでも古すぎるぞ……まあ、記憶はちゃんと残ってるしタッパは縮んだが、提督の仕事は基本デスクワーク。軍務自体は問題ないだろう」

 

 自分に言い聞かせるように俺は言うと、そのまま顔を上げた。

 

「問題は日常生活と元に戻れるかどうかだ」

 

 いきなり子供に戻れば生活に支障はでるのは明らかであるし、もし元に戻れなかったらそれこそ一大事だ。

 その場合、このまままた成長していくのだろうか。それとも一生、このままなのだろうか。

 明石さんの作った薬であるからそうなることも否定できないのが怖い。

 

「とりあえず、暫くはこの身体で過ごすしかないな……谷風、浴衣ってまだあるか?」

 

「無いことは無いけど、妖精さんが今提督用の服を作ってくれてるみたいだよ」

 

 そのまま谷風は妖精さんと親しい五月雨の方に視線を向けると、彼女は大きく頷いた。

 

「はい、部屋着と下着くらいならすぐに出来るみたいです」

 

「それは助かる」

 

 しょうがないとはいえ女の子の服を借りるのは気が引けるしな。たとえそれが谷風だろうと。

 

「……でも何だか新鮮だね。鎮守府に男の子がいるなんてさ」

 

 すると皐月がこちらをじっーと見て、そんなことを呟いた。

 

「おい、俺の性別はずっと変わらないぞ」

 

「同じ男でもおっさんと男の子は違うよ」

 

皐月にバッサリ斬られ、俺は肩を落とした。おっさん……そうかおっさんか……

 

「こんなにカワイイのに、将来はあんな風になっちゃうのか……」

 

 しみじみ言う皐月に俺は一言、言ってやろうと思った時であった。

 

「うん! 確かに司令官カワイイね!」

 

 後ろからぎゅっと柔らかい感触に包まれた。少女特有のミルクのような香りと、暖かい身体。思わず胸が高鳴る。俺は出来るだけ平静を装いながら振り返ると、そこには満面の笑みでくっつく清霜の姿があった。

 

「こ、こら清霜。やめなさい」

 

 思わず声が上擦ってしまう。いつもは清霜にドキドキしたりしないのに今日は何故か妙に意識してしまっている。

 そういえば普段なら彼女たち駆逐艦は俺よりも頭数個分ちっちゃい。だが今は俺自身が縮んでしまったため、同じ位の身長になっていた。

 

「えへへ……司令官、今なら清霜のこと『お姉ちゃん』って呼んでもいいんだよ?」

 

 それどころか恐らく鎮守府で最も小さな清霜より俺は小さかった。

 そのせいか妙に清霜に気に入られたらしい。まあずっと鎮守府の最年少ポジションだったしな。後から来たグレカーレより明らかに精神年齢が低かったし……

 

「誰が言うか。早く離れなさい」

 

 出来るだけ彼女の顔を見ないように俺は目を逸らしながら、清霜を体から離した。

 不味い……同じ頭身だとこんなにも異性として意識してしまうのか……

 清霜でこれなのだから、比較的背が高い方の五月雨や不知火とかやばいのではないか……

 

「と、とりあえず汗かいたから風呂行ってくるわ」

 

 俺は逃げるようにその場を後にするのだった。

 

 …

 ……

 …………

 

「……つるつるになってた……」

 

 色んな所が……地味にショックだった。

 男子の子供用下着なんて無いから、裸の上に浴衣を羽織ってから俺は食堂に戻っていく。

 今日は飲んで酔ってさっさと寝よう。

 そう決意して扉を開けた瞬間であった。

 

「あ、司令官くん! こっちこっち!」

 

 清霜が満面の笑みで、手でこっちこっちと誘っている。

 

「……司令官くん?」

 

「だってそう呼んだほうがしっくりくるし」

 

「……俺はお前の30倍近く生きているぞ」

 

「でも清霜より小さいじゃん」

 

 そう言って間に入ってきたのは皐月だった。

 彼女もまた俺よりも目線が上なので、猛烈に違和感がある。そしてそれ以上に、皐月ってすげー顔が整ってるんだなって……

 

「いかんいかん!」

 

 俺は雑念を払うようにこめかみを両手でパンパンと叩いた。

 やばい……本当にヤバイ……同じ頭身の子供にとって駆逐艦の艦娘は、同世代の美少女なのだ。

 

「大丈夫ですか、提督」

 

「やめなさい清霜。司令が困っているわ」

 

 五月雨と不知火に至っては、年上のお姉さんといった雰囲気だ。

 年上好きとしてこの二人は本当に不味い。

 

「だ、大丈夫さ二人とも。とりあえず風呂上がりのビールをぐぐっと飲み干せば……」

 

 俺はそう言って冷蔵庫を開けて冷しておいた缶ビールを手に取った。

 よし、これを一口飲めばもう大丈夫……

 

「司令官! 子供がお酒を飲んじゃダメ!」

 

 と思っていたが暁に腕を掴まれた。

見た目は子供でも俺は立派な大人。すぐに反論しようとしたが。

 

「あ、暁……何……を……」

 

 そこで思わず俺は言葉を失った。

 あの暁が。娘のように思っていた暁が。

 とても可愛らしい女性に見えるのだ。

 

「司令官は心は大人でも体は子供なんだから、お酒を飲んじゃ駄目よ! はい、ジュース!」

 

 そう言って暁が渡してきたオレンジジュースを俺はこのドキドキをごまかすように、飲み干した。

 

「さあ、司令官。夕食だぞ。今日は私が腕によりをかけて作ったんだ」

 

 そのままテーブルについた俺の元に長月が晩御飯を持ってきてくれる。

 彼女の作る料理は絶品で、俺にとってはこの絶海の孤島における数少ない楽しみの一つだ。

 さて、今日の献立は……おお、ポテトフライにハンバーグ。ソーセージにチキンライス。デザートにプリンまで……

 

「お子様ランチじゃねえか!」

 

 実年齢30手前の俺に何て献立を出しているんだ。

 

「いや、外見と同じで味覚も子供に戻ってるのかと思ってな……すまない」

 

 申し訳なさそうにする長月に俺も流石に心が痛んだ。

 真面目な彼女のことだ。きっと俺の事を考えてくれたはずだ。

 

「すまん、言い過ぎた。長月なりに考えてくれたことだもんな。ありがとう」

 

「……いや、いいさ。司令官の言う通りだ」

 

 長月はそう言って柔和な笑みを浮かべると、優しく俺の頭を撫でた。

 ……これまだ子供扱いしてないか?

 

「司令官くん! 清霜が食べさせてあげようか?」

 

「だ、大丈夫だ。これくらい一人で出来る」

 

「ふふふ、顔赤くなってる。テートクかわいい〜」

 

「ぐ、グレカーレ……元に戻ったら覚えていろよ……」

 

 さんざん皆にからかわれた挙げ句、俺はなんとかお子様ランチを完食した。長月が作っただけあってとっても美味しかったです。

 そして俺はそのまま歯を磨いて、ベッドへ向かった。

 何だかドッと疲れた。

 体が子供になるというアクシデントは勿論、周りの艦娘たちが急に異性として映るようになったためこれ以上、彼女達と必要以上に接したく無かったためである。

 

「はあ……ここが本土ならこの容姿を利用して、女湯に行ったり出来るんだが……」

 

 こんな アホなことを考えながら、ベッドに転がった直後であった。

 

「司令官くん! 一人じゃ寂しいでしょ? 清霜が一緒に寝てあげる!」

 

いきなりパジャマに着替えた清霜がベッドに飛び込んできたのである。

 

「こ、こら清霜! やめろ……」

 

 水色のパジャマに身を包んだ清霜は楽しそうに俺の体へ引っ付いてきた。

 その度に小さくて柔らかい感触を体感し、顔が熱くなるのを感じてしまう。

 

「いいでしょ? 昔一緒に寝たし、今日も一緒に寝よう!」

 

「あ、あの時は……と、兎に角離れ――」

 

「もう! わがまま言っちゃ駄目じゃない、司令官!」

 

 後ろからむにゅっと心地いい肉質が俺を捕らえた。

 

「あ、暁……」

 

「暁お姉様でしょ、司令官」

 

 そう言ってぎゅっと後ろから抱きしめてくるのは暁だった。

 真っ白の子供用ネグリジェを着た彼女は、そのままその柔らかい体を密着してくるのである。

 

「今の司令官はお子様なんだから、大人のレディーの言うコトきかないと駄目よ」

 

「そうそう! 大人しく暁お姉様と清霜お姉ちゃんと一緒に、おねんねしようねー」

 

 ……こいつら……普段から皆に年下として扱われてるからか、初めて出来た自分たちよりも幼い存在に駄々甘である。

 だが俺は見た目は最年少だが、中身は最年長なのだ。

 そんな俺が幼女に連れ添われて就寝するのは、流石に恥ずかしい。

 それに今の状態だと二人の事を意識しすぎて大変な事になりそうだし……

 

「ご、ごめんトイレ!」

 

 俺は二人を強引に引き剥がすと、そのままベッドから飛び降りた。

 そして呼び止める二人を全力無視して、一気にその場から走り去っていく。

 このまま二人から離れて体の火照りが無くなるのを待つしか無い。俺はそんなことを考えながら、とりあえず談話室へ逃げ込んだ。

 

「あ、司令官!」

 

「提督じゃねえか! ほら、こっちこっち!」

 

 そこには酒盛りして出来上がった皐月と谷風がいた。

 床には幾つものビールやチューハイの空き缶が転がり、つまみらしきお菓子の袋が散乱している。

 

「ささ、ここに座って! 谷風の姐さんがお酌してやるぜぇ」

 

 ほろ酔いの谷風が手招きする方へ俺は向かった。

 正直、酒でも飲まないとやってられないからな。そう思いながら、谷風の隣に腰を降ろした直後だった。

 

「うぇへへ~、司令官はカワイイなぁ~」

 

 皐月が突然抱きついてきた。

 酔っているのか呂律が回っておらず、顔もだらしなくふやけている。 

 平時であればこれ位なんともないスキンシップなのであるが……

 

「う……さ、皐月……」

 

「えへへ、カワイイねぇ。とってもカワイイよぉ」

 

 ほっぺたを擦り合わせてくる皐月の体温に。息づかいに。俺は早くもドキマギしてしまっていたのだ。

 うう、皐月って近くで見ると普通に美少女だな……

 

「確かにまるで弟が出来たみたいで、めんこいねぇ」

 

 さらに谷風がそのまま肩を寄せてくる。

 顔の左右を皐月と谷風に挟まれ、二人の整った顔が間近に迫るのである。

 

「あ……お、おれもう酔っちゃった……」

 

 普段なら絶対に感じない二人の色気に俺は場酔いしてしまい、顔を赤くして立ち上がった。

 

「まぁまぁ、そんなこと言わずに一緒に飲もうぜぃ」

 

「ボクがいけない遊びをいっぱい教えてあげるからね」

 

 だが既にほろ酔いの二人は、そんなに簡単にやって来たおつまみを離そうとはしない。

 俺は必死に逃れようとするも、二人がかり。さらに艦娘のパワーも相まって簡単に捕縛されてしまうのだ。

 

「や、やめて……助けて……」

 

「へへへ、よいではないか。よいではないか」

 

「嫌がる顔もカワイイね! ボクの弟としてたっぷり可愛がってあげる」

 

「いい加減にしなさい二人とも」

 

 瞬間、風を切る音と共にそんな声が聞こえ、気が付いたときは皐月と谷風が倒れていた。

 掴んでいた二人の手を体から離すと、俺の頭上から細い手が伸びてきて優しく頭を撫でる。

 

「し、不知火か?」

 

「おけがはありませんか、司令?」

 

 俺を助けてくれた少女――不知火は珍しく柔和な笑みでそう尋ねてくるのだった。

 

「う……」

 

 前述した通り不知火は他の子達より少しだけ背が高い。だからこそやけに彼女が大きく見えた。

 

「全くこの二人は……司令がこの状態という事を考慮しないのでしょうか」

 

 あきれ顔で溜息をつく不知火だったが、俺は助けられた事も相まってか心臓が更に激しく動き始めるを感じた。

 昔、幼い頃に感じた年上のお姉さんへの憧れ。それを不知火に対して感じてしまうなんて……

 

「さ、行きましょうか司令」

 

 すると不知火は俺の手を取った。純白の手袋に包まれた指から、ほのかな温かさを感じてしまう。

 

「ど、どこへ行くんだ?」

 

 そんな胸の内を隠すように、俺は彼女に聞いた。すると不知火は微笑して答える。

 

「勉強の時間ですよ」

 

 …

 ……

 …………

 

「就寝時間まで、まだ時間は残っています。なのでそれまでこの不知火がご指導ご鞭撻を行なうのでよろしくお願いしますね」

 

 数分後、俺は会議室の机の前に座っていた。

 目の前には教科書とノートが置かれ、隣には不知火が何故か教師が持つような指示棒を手にして腰を降ろしたのだ。

 

「あ、あの……不知火……これはなんだ?」

 

「司令にはこの機に、提督として最低限の教養を身につけて貰おうと思いまして」

 

 淡々と言う不知火だったが、その思いが本気であることは目で分かった。

 

「ま、待て不知火。俺は見た目はガキだが本来は30手前のおっさんだ。これ位の知識はある、多分」

 

「いえ、幼いときの方が脳は柔軟で知識を詰め込めます。現状の状態が一番勉学にベストかと」

 

「いや、だったら元に戻ったら意味が無くならないか。ひょっとして忘れてしまうかも」

 

「……司令、これは司令のためでもあるのです」

 

 不知火は真っ直ぐ俺の目を見て言った。

 その水晶のような瞳と美しい切れ目は、不知火の整った顔立ちを上手く合わさって怜悧な美貌を醸し出している。

 

「もしかしたら元に戻らず、再び少年時代からやり直す可能性もゼロではありません。ならば司令が立派な提督になるための教育を行なっていくのが部下の務めかと」

 

「な、何を言っているんだ」

 

「安心して下さい。この不知火、司令につきっきりで勉強を教えますので、共に勉学に励みましょう」

 

 ……や、ヤバい。目に一切の悪意が無い。純粋な善意で不知火は言っているのだ。

 彼女からしてみれば、俺を少しでもまともに育てようとしてくれているのだろうが、はっきりしってありがた迷惑である。

 だが逃げようにも相手は不知火。

 流刑鎮守府単機白兵戦最強の女だ。

 終わった……俺はここで勉強漬けにされるしかないのか……

 そう絶望しかけた時。

 

「ここにいたのか司令官……」

 

 長月が会議室へと入ってきた。

 俺はすかさず、彼女へ飛びついて助けを求めた。

 

「長月、助けてくれ!」

 

「な、何をいきなり出すんだ。それに不知火も、ここで何を……」

 

 そう言って長月は部屋を見渡し、山積みになった教科書や参考書を見て状況を概ね察したようだった。

 

「不知火。すまないが司令官は借りていくぞ」

 

「な、何を……これから司令は勉強の時間ですよ!」

 

「普段冷静なお前まで、少年の司令官に惑わされてどうする。ほら、いくぞ」

 

「ま、待ちなさい! 不知火の……不知火の子ですよ!」

 

 違うよ! 何かお姉さん気取りだった清霜や暁がマシに見える暴走っぷりだ。疲れているんだろうか。

 だが不知火は諦めきれないようで、こっちに距離を詰めてくる。

 

「……ああ、もう。司令官、先に行っていろ」

 

 めんどくさそうに長月は言うと不知火と対峙する。

 

「な、長月は?」

 

「私はここで不知火を食い止める。司令官は五月雨と所に行け」

 

「……ありがとうな。長月は正気で良かった」

 

「ああ、私は年上好きだからな。子供の司令官にはあまり興味が無い」

 

 ……それ何か違うくない? 

 だが不知火に捕まればヤバいので俺は長月の言うとおり、部屋を出た。

 そしてそのまま五月雨を探すべく動き出す。

 いつもならもう寝室にいるはずだ。だが彼女らの寝室の前には俺のベッドがあり、そこにはお姉ちゃん化した暁と清霜が待ち構えている。二人に捕まる前に、寝室へ行くか? いや、そもそも五月雨がそこにいる保証はないし……

 

「隙だらけだね、テートク」

 

 そんな声が耳元で聞こえた。

 同時に俺の体は宙に浮き、そのまま首根っこを掴まれて何処かへと引きずりこまれる。

 

「ぐおっ!」

 

 そして背中を床に強打し、苦痛から大きく息を吐き出したのだ。

 ここは……談話室だ。ふと横を見れば、酔い潰れて寝ている皐月と谷風の姿が見えた。

 

「ふふふふ、テートク捕まえた」

 

 そしてそんな俺に覆い被さったのは、グレカーレであった。

 頬を朱く染め、息も妙に荒い。

 

「い、痛いじゃないか。何をする」

 

「うっふふふー、体は子供でも頭は大人なテートクなら、わかるでしょ?」

 

 そういうとグレカーレは俺の両手を地面に縫い付けるように押さえつけた。

 

「わぁ……ホントに子供だから力弱いんだ……」

 

 恍惚の表情でグレカーレが吐息を漏らす。仄かにワインの香りが漂ってきた。

 

「お、お前、飲んで……」

 

「うふふ、さ、脱ぎ脱ぎしましょうね-」

 

 俺の言葉を無視すると、そのままグレカーレは着物の帯へと手を伸ばしていくのだ。

 

「や、やめろ、なにをするんだ」

 

「もー、分かってるくせに-」

 

「お、俺はお前の妖しい薬を飲んでこんな姿になったんだぞ! 少しは反省くらい……」

 

「うん。だからこうやってグレカーレお姉さんが責任とろうと思って」

 

 間近にグレカーレの顔が迫る。

 子供と大人が混ざり合ったアンバランスな表情。それが彼女の美しい容姿と綺麗に溶け合って、蠱惑的な魅力を放っていた。

 

「や、やめるんだグレカーレ。これ以上は……」

 

「安心してよテートク。お姉さんがちゃんと気持ち良くしてあげるから――」

 

「この不埒者!」

 

 そんな声が響き、直後にグレカーレが横に吹っ飛んだ。

 

「不知火の息子に何をやっているんですか……」

 

 なんと不知火であった。

 長月を実力で突破してきたのか、肩で息をしている。

 というか息子って……コイツ素面だよな? 一番ヤバいのではないか。

 

「大丈夫ですか、司令官」

 

「あ、ああ」

 

 心配そうに俺の顔を覗きこむ不知火に返事をすると、彼女はほっとした表情で微笑んだ。

 

「よかった……ではお勉強に戻りましょうか……」

 

「ひっ……」

 

 俺は逃げようとするも足が震えて上手く動かない。

 これまでか、と思った時だった。

 

「待て不知火!」

 

 ボロボロになった長月が俺を庇うように現れる。

 

「な、長月!」

 

「大丈夫か司令官……ちょっと油断してなすまなかった」

 

 まるでヒーローのように、いや今の俺にとってはヒーローそのものである長月は不敵に笑った。

 

「長月。邪魔をしないで下さい。これは全て指令のためなのです」

 

「それは出来ないな。私は部下として司令官を守らなければならん」

 

 長月はそう言って俺の方をチラリと見た。

 

「走れ、五月雨は食堂にいる」

 

「っ」

 

 俺は震える足に鞭打って、何とか立ち上がるとそのまま部屋を出ようと試みる。

 

「あ、ま、待ちなさい!」

 

「行け司令官! お姉ちゃんが守ってやるからな!」

 

 俺は長月に背を向け走りだした。

 ありがとう長月。この恩は一生忘れない。

 最後に口走った『お姉ちゃん』という単語は聞かなかったことにしておこう。

 

 そのまま俺は走った。

 ただ無我夢中に、食堂に向けて走った。

 押さない体だからか息はすぐに上がり、足が痛んだがそれでも懸命に足を動かした。

 そして。

 

「あ。提督。どうなされたんですか?」

 

 食堂に辿り着いた。

 中に入るとパジャマ姿の五月雨が冷蔵庫からお茶を取り出して飲んでいた。

 

「…………」

 

「あ、あの、提督?」

 

 黙って息を切らす俺に五月雨は首を傾げた。

 そして。

 

「う、ううううううう……さみだれぇ~」

 

 俺は泣いた。

 思わず泣いた。

 小さくなって心細かったのもあるが、それ以上に年上となった艦娘達の態度が心底恐ろしかったのだ。主に不知火。

 

「あらら……大丈夫ですか提督」

 

 五月雨はそんな俺をぎゅっと抱きしめてくれた。

 温かい感触が心地いい。

 

「怖かったですね。頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」

 

 優しく頭を撫でながら五月雨は、子供に言い聞かせるような口調で言った。

 ああ……なんて気持ちいいんだ。

 まるでお母さんみたいな感覚。

 緊張から解放された安堵からか、体中の力が抜けていく……

 

「……提督? ふふふ、おねむですか。仕方ないですね。五月雨がベッドまで連れていってあげます。おやすみなさい、提督」

 

 なんだかとても心地よかった。

 

 …

 ……

 …………

 

 翌朝。

 目が覚めると俺は普通に元に戻っていた。

 ベッドの上で前と変らない体に、ガッツポーズを取る。

 やった……戻れた……元に戻らなかったらどうしようと本気で悩んだけど戻って良かった……

 

「あ、司令官……元に戻っちゃったの……」

 

 すると横から清霜の残念そうな声が聞こえてきた。

 

「折角起こしに来たのに……」

 

「……すまないな、清霜。でももう大丈夫だ」

 

「……もう一回、あのドリンク飲まない?」

 

「飲まない!」

 

 もう子供に戻るのはこりごりだ!  

 すると俺と清霜のやり取りを聞いたのか、他の皆がぞくぞくやって来た。

 長月だけ妙に疲れた顔をしている。今度何か買ってあげよう。

 

「なんだ、戻っちゃったのか」

 

「残念だねぃ」

 

「折角、司令官可愛かったのに……」

 

 心底残念そうに言う皐月、谷風、暁。彼女らには悪いがやはり元の姿が一番しっくりくる。

 

「そんな……不知火の教育計画が……」

 

「オネショタ確定だったのに……」

 

 それ以上に落ち込んでいるのは不知火とグレカーレだ。と言うかグレカーレはどこでそんな言葉覚えたのか。

 

「やっぱり司令官はこうじゃないとな」

 

「はい、安心しました」

 

 長月と五月雨だけは喜んでくれている。

 この二人が今回の騒動で唯一、まともだったな……

 

「……色々言いたいことはあるけど、これだけは言わせてくれ」

 

 俺はそのまま皆の顔を見て言った。

 

「今後、明石さんの発明を買うことは禁じる」

 

 もう二度とこんな悲劇を繰り返さないためにも、そうするしかないだろう。

 こうして今回の騒動は終わりを告げた。

 その後暫く、不知火や清霜がまたあのドリンクを買ってくれとせがんだが、俺は断固拒否した。

 

 ……それにしても。

 皆ってあんなに可愛くみえるもんだな。

 よく考えれば駆逐艦とはいえ、屈指の美少女なのか。

 今後、彼女達を見る目が変るかもしれない。

 そのことに戸惑いを覚えながらも、俺は日常生活に戻っていくのであった。



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ナツウメッシュナイト

暑いのでそれっぽい話を書きました。

今年の夏は長編を上げられたらいいなぁ(願望)


「暑い……」

 

 執務室で俺は人知れず呟いた。

 現在、季節は初夏。ここ流刑鎮守府では日本のような四季は無く、一年中温かいのであるが何だか最近妙に暑いのだ。

 

「本土では例年よりも遥かに早く、梅雨明けしたみたいですよ」

 

 秘書艦の五月雨がそう言って冷たい麦茶を持ってきた。氷の入ったグラスの中に注がれており、表面が結露していて涼し気な外観となっている。

 

「ありがとう五月雨」

 

 俺はそう言って麦茶を一口啜る。キンキンに冷えていて爽やかな味が喉を通り抜けていく。なんとも心地よかった。同じ麦でもビールだったらもっと美味しかったのだろうけど。

 

「こんなに暑いと夏になったらどんなに気温が上がるんだ……」

 

「また皆で海に行きたいですねぇ」

 

 去年、皆で海に行った事を思い出したのか、五月雨は懐かしそうに微笑んだ。

 水着……出来る事なら五十鈴さんみたいなパイオツの大きい人のが見たいな……

 そんな事を考えている時だった。

 

「テートク、みんな帰ってきたよーおつかれだよねー」

 

 遠征に行っていたグレカーレが帰ってきた。

 

「おおグレカーレお帰り……」

 

 そこで俺は思わず動きを止めた。

 遠征から戻ってきたグレカーレであるが、明らかにその姿に違和感を感じたのである。

 

「ん? どうしたのテートク?」

 

「いやどうしたってお前……」

 

グレカーレはいつもの白いワンピースと違って、水着姿となっていた。

カラフルなホルターネックビキニと、デニム地のホットパンツ。

髪型もいつもと違い、左でサイドテールに結んでおり、髪の根元には赤いハイビスカスが着けられている。彼女らしい大人びて派手なスタイルなのだが……

「どうして水着なんだ?」

 

「ん、知らないのテートク? 艦娘は夏の制服に水着が認められてるんだよ」

 

そういえば確かにゲームでは水着モードがあったけど、リアルだとこういうことなんだろうか。

 

「そうなのか? 五月雨?」

 

「え、あ、はい。でも恥ずかしいので五月雨はとょっと……あと冷房でお腹冷えちゃいますし」

 

「確かに執務室だと寒く感じるかもな」

 

オンボロであるが、一応流刑鎮守府にもクーラーがあり、各部屋を冷やしている。廊下や工廠みたいに冷房が無い場所は兎も角、基本冷えている各部屋でずっと水着姿だったら身体を悪くするかもしれない。

 

「テートク、見て見て! どう、どうかな?」

 

「暁、清霜。遠征の成果は?」

 

色っぽい流し目で俺の腕に絡むグレカーレ。しかし俺は鋼の心でスルーして、同じく遠征から帰った暁と清霜から任務完了報告を受け取っていく。

 

「バッチリよ! これで燃料は暫く大丈夫!」

 

「そうか、よくやった。よしよし」

 

「ちょっ……また子供扱いして……」

 

「えへへ……」

 

頭を撫でてあげると暁は顔を赤くしてぷんすか怒り、清霜は目を細めて喜んだ。

 

「……こら、そっぽ向くな! ちゃんと見てよぉ!」

 

「おお、グレカーレもご苦労さん。よしよし」

 

「うう、なんか違う……」

 

文句を言う彼女だが、俺も大人として駆逐艦に手を出すわけにはいかないのだ。グレカーレは一応、この鎮守府だと最年少なのだが年長の暁や清霜よりも色気があるのが困る。

 

「遠征終わったよー、あー暑い」

 

「カンカン照りたぁ、まさにこのことだねぃ」

 

すると汗まみれになった皐月と谷風が部屋に入ってきた。

 

「おうお疲れ、二人とも。不知火はどうした?」

 

「艤装の手入れしてるよ。暑いのによくやるよ」

 

 皐月はそう言うと懐から何かを取り出した。

 

「さーてとお仕事終わったし、一服一服」

 

 カポシュっ! と小気味いい音と共に皐月が一気に呷ったのは何と缶ビールだった。

 

「ちょ、おま・・・・・・どうしてビールを・・・・・・」

 

「ここに来る前に厨房で貰ってきたんだよ・・・・・・ぷはぁーっ! おーいしいっ!」

 

喉をゴクゴク鳴らしながら彼女は美味しそうに冷えた缶ビールを飲んでゆく。

この炎天下で飲む冷たいビールはさぞ旨かろうなぁ・・・・・・

 

「さ、五月雨。俺も今日は仕事をここらへんで・・・・・・」

 

「駄目ですっ! まだお仕事は残ってますよ!」

 

 真面目な五月雨に強く言われ、俺はしゅんと肩を落とす。

 

「皐月さん、いきなりお酒は体に良くないよ」

 

「いいのいいの! 酒は百薬の長! ぷっはーっ!」

 

 まるで俺に見せつけるように・・・・・・いや実際に見せつけているんだろう。皐月は俺の方をチラチラ見ながら、ビールを飲み干していく。

 俺は鋼の自制心でそれを無視すると、書類に目を落とす。くそ・・・・・・悔しくなんてないぞ・・・・・・

 

「谷風さんは飲まないんだね」

 

「まぁな。このまま熱い一番湯船に浸かって、風呂上がりに一杯が粋だからねぇ」

 

 そうだ。風呂上がりまで我慢だ。

 俺はそう決意しつつ、仕事を再開していく。

 

「・・・・・・五月雨、ちょっと席を外すよ」

 

「はい。お酒を飲んじゃ駄目ですよ」

 

 ・・・・・・最近、五月雨も俺の扱いが少し酷くなった気がする。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

「まぁ、我慢できんわな」

 

 俺はすぐさま食堂に向かった。そこにある冷蔵庫の中に、ビールが冷やしてあるのだ。

 厨房からは長月が料理をする音が聞こえてくる。忍び足で食堂に侵入し、冷蔵庫の扉を開ける。

 中には様々な飲み物が冷やしてあるが、俺はすぐに一番上の棚にある缶ビールを・・・・・・

 

「何を飲む気ですか、司令」

 

 直後耳元で冷たい声が聞こえ、同時に首に細い指が当てられた。

 

「し、不知火・・・・・・」

 

「五月雨から連絡がありもしや・・・・・・と思いましたが・・・・・・まさか仕事も終わらせていない昼間から飲酒するつもりではありませんよね?」

 

 やばい。顔は見えないけど不知火が怒っているのは分かる。

 

「ま、まさか・・・・・・炭酸水を飲もうと思ったんだよ」

 

 ハイボールや焼酎のソーダ割りに使うペットボトルの炭酸水を俺は手に取った。

 

「申し訳ありません、不知火の誤解でした」

 

「そ、そうさ。俺だっていつも酒ばかり飲んでるわけじゃないさ」

 

「よかったです。もしお酒を手に取ったら、その場で気絶させてお仕置き部屋へ連行する所でした」

 

 さらっと恐ろしい事をいう彼女に戦慄しながら、俺は炭酸水を持ってそのまま食堂から逃げるように撤退する。

 これは暫くあそこには近づけんな・・・・・しかし。

 

「嗚呼・・・・・・酒が飲みたい」

 

 皐月のせいで喉が完全にアルコールモードになっているのだ。

 このまま引き下がれないが、不知火の目をかいくぐって何とか酒を飲みたいのだが・・・・・

 

「前の隠してたのは全部捨てられたし、うーむ」

 

「どうしたの、司令官?」

 

「うぉっ! あ、暁か・・・・・・」

 

 急に話しかけられ、思わずヘンな声が出てしまう。見れば暁と清霜、そしてグレカーレが荷物を持って立っていた。

 

「これは・・・・・・笹か?」

 

「そうよ! 今度ある七夕パーティーに使うの!」

 

「ああ、もうそんな時期か・・・・・・そういえば前にも七夕パーティーをしたな」

 

「前には清霜とグレカーレはいなかったから、今回は皆で楽しむの!」

 

 暁はそう言って、むふーっと胸を張った。

 何だかんだ言ってお姉ちゃんしているなぁ・・・・・・と思った時だった。

 

「七夕パーティー・・・・・・」

 

 思いだしたのだ。

 去年の七夕パーティーで振る舞われたある飲み物。

 

「・・・・・・そうか・・・・・・あれがあった」

 

「あれ?」

 

 首を傾げる暁達を尻目に、俺はくるりと踵を返した。

 

「すまない。用事を思いだした」

 

「え、ちょ・・・・・・」

 

 困惑する暁を尻目に、俺は急いでその場から離れた。

 向かう先は鎮守府の建物内にある倉庫。そこには・・・・・・

 

「・・・・・・やはりあったか」

 

 瓶に入った梅酒があった。

 これは長月が漬けたモノで、俺が鎮守府に着任する前からあったものだ。

 俺が自分で持ち込んだ酒ではない。だからこそ皆もノータッチだったのである。

 

「この際、梅酒でもいい。何なら炭酸水もあるし梅酒ソーダに・・・・・・」

 

「成程、そういうことか-」

 

 瞬間、背後からかけられた言葉に俺は思わず硬直した。

 そのままゆっくりと首を後ろへと向ける。

 

「ぐ、グレカーレ」

 

「はぁい、テートク。ciao♪」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、グレカーレはニヤリと笑った。

 

「ど、どうしてここに・・・・・・」

 

「さっき様子が変だったから着けてきた・・・・・・それ、お酒?」

 

「・・・・・・ハハハ、まさか。これはジャパニーズ梅ジュースだよ」

 

「ふぅーん」

 

 明らかに信用してない顔で、グレカーレは俺と奥にある梅酒の瓶へ視線を交差させる。

 

「これ、ジュースなんだ」

 

「・・・・・・そ、そうさ。日本古来からある、果実ジュースだぞ」

 

「そーなーんだー。ところでそのジュース、飲むと酔っちゃうんだよね」

 

 駄目だ。完全に見抜かれている。

 

「・・・・・・グレカーレ・・・・・・見逃してくれ・・・・・・」

 

 俺は恥も外聞も捨てて頼み込む。

 プライドよりもアルコールだ。

 

「んー、どうしよっかなー」

 

 それに対してグレカーレは人差し指を唇に着けて、楽しそうに返した。

 ぐ・・・・・・面倒な奴にバレてしまったぜ。

 暁や清霜のように騙すことは出来ないし、皐月や谷風のような懐柔は不可能だろう。万事休すか・・・・・・

 

「ねーテートク。あたしさぁ、欲しい物があるんだよね」

 

「な、何だ・・・・・・」

 

「えーと、指輪?」

 

「な・・・・・・ば、馬鹿! おま・・・・・・」

 

「ぷっふふ。ジョークだよ。やだ、カワイイ♪」

 

「く・・・・・・」

 

 不味い。完全に手玉に取られている。

 だがこの場で大声を出されて、不知火や長月辺りが飛んでくれば俺の命はない。

 何とかしてグレカーレを口止めしなければ・・・・・・

 

「そ、そうだ。グレカーレ。一緒に飲むか?」

 

「うーわ、買収? それって卑怯じゃない?」

 

「どこでそんな日本語を憶えてくるんだ・・・・・・」

 

「ふふふ、内緒。それよりもテートクはあたしに何をしてくれるの? それ次第なら不知火さんに黙ってあげてもいいよ」

 

 ・・・・・・コイツ、上官を公然と脅してきやがった。小悪魔みたいな表情しやがって・・・・・・

 

「もう、グレちゃん! 何時まで油売ってるの!」

 

 そんな時、グレカーレの背後から清霜がひょっこり顔を出した。

 

「わっ! き、清霜姉さん!」

 

 グレカーレも予想外だったのか、素で驚いている。

 清霜は眉を少しだけ吊り上げて、腰に手を当てていた。

 

「あれ、テートク? どうしてここに?」

 

「う・・・・・・それは・・・・・・な」

 

「ん? それなぁに?」

 

 すると清霜は俺の後ろにあった梅酒の瓶に気がついたのか、こちらへと近づいてきた。

 

「こ、これはな。えーと、梅ジュースだよ」

 

「梅ジュース!? 何それ、飲みたい!」

 

「う・・・・・・」

 

 清霜って確か酒弱かったよな・・・・・・いやそれ以前に幼い彼女に酒は不味い。

 

「こ、これは今作っている最中なんだ。ほら、中に梅が入っているだろう? こうやって味を染みこませてるんだ。だからまだ飲めなくて――」

 

「ええーでもテートクは今、飲もうとしてたよね?」

 

 グレカーレ・・・・・・! コイツ、楽しんでやがる・・・・・・

 

「そ、それは味見だよ。どれくらい漬かってるか、味を見ようと思って」

 

「いいなー! 清霜も味見する!」

 

「う・・・・・・えーと・・・・・・」

 

 正直、清霜に酒は飲ませたくないが、ここでこれ以上ごねられたら、それこそ暁とか不知火が様子を見に現れかねない。

 俺は溜息をつくと、瓶の蓋を開けた。

 

「指にチョット着けて、舐めるだけだぞ」

 

「はーい!」

 

 少しなら大丈夫だろう思い、俺は梅酒の瓶を二人に差しだした。

 さっさと清霜にはお帰り願おう。

 

「んん・・・・・・あっ! 美味しい!」

 

「思ったよりも甘いのね。んん~美味しいっ♪」

 

 二人には結構好評だった。

 まあ梅酒は他のお酒に比べて甘いからな・・・・・・飲みやすかったのだろう。

 

「さ、これで満足しただろう。もう二人とも部屋に帰りなさい」

 

 俺はそのまま蓋を閉めて二人が倉庫から出て行くように促した。

 

「待って! 暁お姉様にも飲ませてあげたい! 今から連れてきてもいい?」

 

「だ、駄目だ・・・・・・それは・・・・・・」

 

 暁は梅酒を知っている。それは避けなくては。

 

「えーなんでー」

 

「何でって言われても・・・・・・」

 

「そうだよ、テートク。そんなこと言っても、分からないよ」

 

「グレカーレ・・・・・・貴様は分かっているだろう・・・・・・」

 

 にししと楽しそうに笑うグレカーレに怒りを覚えつつも、俺は二人を梅酒から引き剥がしていく。

 だが。

 

「いいの、テートク。そんな態度で」

 

 グレカーレは全く悪びれず、そう言って俺の腰に抱きついてくるのである。

 

「や、やめろグレカーレ・・・・・・」

 

「まぁまぁ、ちょっといちゃつくだけだから辛抱してよ」

 

 そう言って体を擦り付けてくるグレカーレ。柔らかい感触とミルクみたいな香りが、俺の心をざわつかせた。

 

「そうだよ司令官! 折角美味しいジュースなんだから、皆で飲もうよ」

 

 さらにグレカーレの真似をして清霜まで抱きついてきた。

 この子は色情イタリア駆逐艦と違って純粋な分だけ、その小さな体をめいいっぱい押しつけてくる。

 それもまた、危険だった。

 や、やばい。

 何か体が暑い。

 夏のせいか、それとも・・・・・・

 

「提督! ココにいましたか、早く仕事にもど・・・・・・

 

 なかなか帰ってこない俺を心配した秘書艦の五月雨が、ここへ探しにやって来たのはその時だった。

 

「あ・・・・・・」

 

 清霜とグレカーレに倉庫で抱きつかれる俺の姿を見て、五月雨の顔はみるみる紅潮していった。

 

「も、申し訳ありません! お取り組み中!」

 

 五月雨は顔を伏せ、踵を返すとその場から駆けていく。

 

「ち、違う! 違うぞ、五月雨!」

 

 ヘンな誤解を生んでしまった! 

 このままでは不味い! 

 

「うわ、ロリコンじゃん」

 

「一番幼い娘に手を出すたぁ、提督も物好きなもんだねぇ」

 

 さらに皐月と谷風まで現れた。

 不味い、万事休すだ。

 もう俺に残された道は、幼児趣味の変態として烙印を押されるか、勤務中に酒を飲もうとしてバレて懲罰を受けるか二つに一つだ。

 

「ン? その瓶」

 

 すぐに勘のいい谷風は、俺の足元にある梅酒に気が付いたようだ。

 もはや時間の問題である。

 ならば・・・・・・

 

「・・・・・・どうせ死ぬなら・・・・・・俺は大好きな酒の元で死にたい」

 

 肉体的な死か、立場的な死か。

 どちらかを選ぶなら、俺は誇りをとろう。

 そう決意した俺は梅酒の瓶の蓋を開けた。

 

「ジャスティス!」

 

 そして一気に梅酒をストレートで喉に流し込んでいく。

 どろっとした感触と濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、梅の香りが鼻孔を突き抜けて――

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「馬鹿だな」

 

「馬鹿ですね

 

 数時間後、俺はベッドの上で目を覚ました。

 胃と頭がガンガン痛い・・・・・・二日酔いの感覚だ・・・・・・

 

「あの量の梅酒を一気飲みするとは・・・・・・司令官、暑さで頭までやられたか?」

 

 呆れたように長月に言われ、俺はさすがに肩を落とす。

 ベッドの周りには鎮守府全員が集まっており、俺を心配して・・・・・・くれてそうなのは五月雨と清霜だけで、後の皆は呆れかえっている様子だった。

 

「勤務中に飲酒は許さないといいましたよ、司令。後でお仕置きですね」

 

 そして不知火から死刑宣告が下される。

 もはや逃げる気も言い訳する気も無く、俺は黙って掛け布団を被った。

 

「美味しかったね、グレちゃん!」

 

「うん、確かに美味しかった。日本の果実酒って凄いね」

 

 梅酒を堪能したちびっ子二人は楽しそうに話している。

 俺と違ってアルコールにはやられていないようだ。まあ少量だったしな。

 

「梅酒は別の場所に隠しておく、もう隠れて飲むようなセコい真似はよせよ」

 

 長月にキツく言われ、俺はただ項垂れることしか出来なかった 

 

 ・・・・・・その後、七夕パーティーで長月の梅酒は皆に振る舞われた。

 飲みやすいように炭酸水で割られたそれは、皆に好評でちょっとしたブームになった。

 ・・・・・・まぁ、俺は一口も飲ませて貰えなかったんだけどね・・・・・・

 

 夏の始まりを示す七夕。

 それが終わると、いよいよ流刑鎮守府にも夏が来ようとしていた。



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Trust You Forever

思う事があって書きました。


「あれ、不知火ちゃん。どうしたの?」

 

 とある日の午後。

 提督の確認済み書類を運んでいた五月雨は廊下の曲がり角で、不知火にばったり出くわした。

 

「五月雨、丁度よかったわ。皐月を知らないかしら」

 

 そう尋ねる不知火の手には艤装の主砲が握られていた。

 

「それ、不知火ちゃんの艤装?」

 

「いえ、皐月のよ。間違えて持って行ったみたいなの」

 

 困ったように言う不知火に五月雨は苦笑した。

 

「そういえば……提督が仕事終わった後に会いに行くって言ってたような……」

 

「……もうお酒かしら。困ったものね」

 

 提督は度が過ぎた酒好きで、昼間から飲む事などザラである。

 皐月もそれなりの酒豪であるので、明るいうちから飲み始めることも今まで何度もあった。

 それを知っているからこそ、不知火も溜息をついたのである。

 

「とりあえず、行ってみるわ。ありがとう、五月雨」

 

「ううん、大丈夫。あんまり提督に酷いことしちゃだめだよ」

 

 五月雨にひらひらと手を振って、不知火は別れた。

 そしてそのまま彼女は、よく宴会が行われている娯楽室へと向かって行く。

 目的地に近づくと、部屋の方から賑やかな声が聞こえてきた。

 不知火は大きく息を吐くと、ドアを勢いよく開いて中へと入っていく。

 

「皐月! ここにいるのかし……」

 

「でろぉおおおおおおおおおおっ! がんだぁあああああっむっ!」

 

 パチン! と小気味よく指を鳴らした皐月は、そのまま決め顔でポーズと取った。

 それが不知火が部屋に足を踏み入れて最初に見た光景である。

 これだけでも頭が痛くなりそうな光景だったが、事態はさらに悪化していく。

 

「でけでけでーん! ででーででででーでけでけでーん! でーでーでーでーでーででっででででーでー! どりゅるるるーん!」

 

 部屋の端にいた清霜がノリノリで鼻歌を歌いだした。

 燃え上がれ闘志、忌まわしき宿命を越えてという曲だった筈だ。

 清霜の鼻歌に合わせて、皐月は突然苦しみだしたと思うと、いきなり空手の型のように正拳突きや蹴りを虚空に向かって放ちだす。

 

「ふっ……ならばガンダムファイトーっ!」

 

 すると皐月の真正面にいた谷風が同じくファイティングポーズを取って、大物感たっぷりに言い放った。

 

「レディ……」

 

「ゴーっ!」

 

 瞬間、皐月と谷風はポカポカと戦い始めた。

 その後ろでは清霜がアカペラで我が心 明鏡止水を奏でだす。

 不知火は頭痛で頭を押さえた。

 

「……何をやっているの、真昼間から」

 

「新手っ!? 喰らえ、ばぁーくねっつごっとふぃ……ぐえええええええええええっ!?」

 

 調子に乗って不知火へアイアンクローを決めようとした皐月だったが、さすがに見切られた挙句、逆に同じ技を決められてしまう。

 

「怒るわよ?」

 

 冷酷に言い放つ不知火に、谷風と清霜も黙ってしまう。

 

「ど、どうしたんでぃ不知火。何か用かい?」

 

「ええ、ちょっと皐月に……ってそういえば指令がいると聞いたけど、いないのかしら」

 

 不知火がざっと部屋中を見渡したが、今ここにいる四人以外の人影は無かった。

 と、思っていると。

 

「ドモン! 怒りのスーパーモードはいかんと言っただろうが!」

 

 そう言いながらドアから登場したのは、ドイツの国旗を模した覆面を被った男であった。

 しかし身につけている服装は純白の第二種兵装。これだけで正体は分かる。

 背中には新聞紙をまるめで作った刀が挿してあり、哀愁を誘う。

 そんな彼はノリノリで登場したものの、何故かこの場にいる不知火を見て、目を丸くさせた。

 

「楽しそうですね、司令」

 

 不知火の凍りつくような声色に、男の顔は見る見る青くなっていく。

 

「ちょ、なんでここに不知火が……というか、空気がヤバ……」

 

「司令、不知火とガンダムファイト致しましょう」

 

 ニッコリと微笑んだ不知火に、司令官は完全に固まってしまった。

 そして、処刑が始まった。

 

 …

 ……

 ………

 

「全く、いい年齢してなにをやっているんだ」

 

 数分後、不知火のファイトと称した一歩的な暴行によって負傷した俺は、執務室で呆れ顔の長月に傷を手当てをされていた。

 部屋の端では皐月・谷風・清霜が正座しており、その横には不知火が無言の圧力をかけて仁王立ちしていた。

 その様子を苦笑して見つめる五月雨に暁。不思議そうなグレカーレと、皆が集まっていた。

 

「……久々にGガン見たらテンションあがっちゃって……」

 

「あんたもう30手前だろう。年相応の落ち着きは身につけないとな」

 

 外見だと小学生にしか見えないのに、長月の精神年齢は大人だ。下手すりゃ俺より高い。

 

「ねえねえ暁姉さん、じーがんって何?」

 

「えっとね、機動武闘伝Gガンダムってアニメのことよ」

 

「アニメか……」

 

 グレカーレも呆れたような顔になった。元々、俺や皐月たちが集まって酒飲みながらアニメ見たり映画観たりするのに難色を示してたからな。

 

「でもよぉ……Gガンダムは俺にとって、特別な作品なんだ……リアルタイムで初めて観てハマったガンダムなんだよ……」

 

「歳がバレるぞ司令官」

 

「でもね、グレちゃん! Gガンダムは面白いんだよ! 清霜でもお話が分かるもん!」

 

 怪訝な顔をする末妹に、清霜が拳振るって力説した。

 確かにガンダムシリーズは基本的に設定が複雑かつシリアスだから、まだ幼い清霜には合わないかもしれない。

 一方、Gガンダムはガンダムシリーズの基本を押さえつつも、子供にも分かり易いストーリーだ。

 当時まだ幼かった俺が前番組のVガンダムの話を理解できなかったのに対して、Gガンダムはちゃんと理解して楽しんでたからな……

 他のガンダムシリーズの良さに気が付けたのはもうちょっと大きくなってからだ。

 しかしGガンダムを見ていなければ他のガンダムシリーズに興味を持つことはあっただろうか……

 

「そうだ! グレちゃんも一緒に見ようよ! イタリアのガンダムも出るよ!」

 

「えっ!? ちょっと待って、どういうこと?」

 

 突然出された祖国の名に、グレカーレは驚きを隠せないようだった。

 

「……Gガンダムはな、四年に一度に地球で行われる『ガンダムファイト』っていう大会で、優勝した国が全宇宙の主導権を握るって設定なんだ」

 

「まあオリンピックみたいなもんさ」

 

 皐月と谷風が饒舌に語り始めた。

 

「だから世界各国がそれぞれ自国のガンダムを持ってるんだ! そしてボクらのネオジャパンがMF! シャイニングガンダムにゴッドガンダム!」

 

「谷風さんはやっぱマスターガンダムだね! 師匠が渋くて最高なんだ……」

 

「分かってないわね! 大人のレディーは、ガンダムローズよ!」

 

「ええっ、そうなの……清霜はドラゴンガンダムが好きなのに……」

 

 ここぞとばかりに始まったGガンダム推し機体談義。

 Gガンダムが好きなら盛り上がるだろが、未視聴の五月雨、不知火、グレカーレは困惑必須である。

 

「……ま、大体わかったわ。で、あたしの祖国のガンダム……ってのはどんななの?」

 

 グレカーレの一言に、一瞬だけ周りが静まった。

 清霜だけがニコニコして、スマホを弄り始める。

 

「これだよグレちゃん」

 

「へー……て、何よこのねろす……ガンダム? 全然イタリア要素ないじゃん! 隣りのへぶんずそーどに至っては鳥みたいだし……」

 

「……違うんだ。ネロスガンダムもガンダムヘブンズソードもカッコイイし、ネオイタリアのガンダムファイター・ミケロもいいキャラしてるんだ……」

 

「でもイタリア要素は少ないかもね……」

 

 皐月が苦笑して言った。

 

「司令、不知火はそう言う事をいるのでは無いんですよ。いい大人がアニメのごっこ遊びとはどういうことかと言っているのです」

 

 ピシャリと言い放った不知火だが、正論なので俺は何も言い返せない。

 皐月と谷風も目を逸らしてしまった。

 

「大体、アニメとは子供の見るモノ……それを成人男性が見てどうするんですか」

 

「なっ……そ、それは言い過ぎだぞ不知火!」

 

「不知火に何か落ち度でも?」

 

「大有りだ! アニメが子供のモノだと誰が決めた! 大人の鑑賞に堪えうるアニメ作品だってあるはずだ!」

 

「あくまで両方とも個人の意見だぞー深く考えるなよー」

 

 ナイスフォロー長月。

 

「そうだよ! それに不知火はGガン見た事無いんでしょ? そう言う事は見てから言おうよ!」

 

「そうでぃそうでぃ! 百聞は一見にしかずさ!」

 

「よし、そうなったら今夜は上映会だな。Gガンフルマラソンだ」

 

「な……何を勝手に決めているのですか……そんな一晩かかりそうな健康に悪い事、不知火は……」

 

「いや、あたしも不知火さんも参加するよ!」

 

「ちょ、ちょっとグレカーレ……」

 

 断ろうとする不知火の肩をガッシリと掴んでグレカーレが言った。 

 そして彼女は何やら不知火の耳元でコソコソ話し始める。

 

「……どうせこの三人はお酒を飲んで酔い潰れちゃうよ。そしたら、寝落ちしたテートクと色々出来るよ?」

 

「なっ……何を言うのです貴方は……そんな不誠実な事……」

 

「テートクと添い寝出来るかもよ?」

 

「…………」

 

 暫くして顔を朱くした不知火と楽しそうに笑うグレカーレが戻ってきた。

 

「OKだって!」

 

「そうか、よし決まりだな!」

 

「しれーかん、清霜もいい?」

 

「駄目よ清霜! 夜更かしはお肌の天敵! 今度一緒に暁が見てあげるから、今日は我慢しなさい!」

 

 こういう時、ちゃんと止めてあげる暁はいいお姉ちゃんだと思う。

 

「五月雨はどうする?」

 

「私もあまり夜更かしは得意でないので……でも気になりますから今度貸してくださいね」

 

「長月は?」

 

「私も遠慮しておこう。朝の仕込があるからな。でも私は好きだぞ、Gガンダム」

 

 こうして流刑鎮守府で徹夜アニメマラソンが行われることになった。

 

 …

 ……

 …………

 

『かんぱーいっ!!』

 

 ガチャンと5つのグラスが重なった。

 

「……夜遅くにお酒を飲むのはあまり褒められたものではありませんね……」

 

 不知火は少し不満そうだったが、やっぱり徹夜でアニメや映画を見る時は酒が必要だ。

 ちなみに俺と皐月と谷風はビール。グレカーレはワインで、不知火はお茶だ。

 

「よーし! じゃあ早速始めようよ!」

 

「おつまみもあるよっ」

 

 ノリノリの皐月と谷風が手際よく準備を進めていく。

 この二人とは定期的に宴会を開いているから、こなれている。

 

「いい? さっさと酔わせて寝落ちさせるよ」

 

「う、うう……わ、わかったわ」

 

 グレカーレと不知火は何やら話しているが、それを遮るようにGガンダムのOpの象徴であるゴングの音が鳴った。

 

「おっ! 始まったな!」

 

「初期の映像もいいねー」

 

「一人で歩いてくるドモンがいい味出してるねえ」

 

「え、なんでこの人は全身タイツになってるの?」

 

 グレカーレが素朴な疑問を口にした。

 

「まあ、見てれば分かるさ」

 

 俺はそんな彼女の肩をポンポンと叩くと一気に缶ビールを呷った。

 オープニングが終わりいよいよ本編が始まっていく。

 いつしか俺達の会話は減り、未来世紀の世界へと心が入り込んでいった。

 

 …

 ……

 ………

 

「あ、おはようございます提督。それに皆も」

 

 翌朝。

 眠気眼を擦りながら現れた五月雨が俺達を見てペコリと頭を下げた。

 

「……あれ、どうしたの皐月ちゃんと谷風ちゃん。目が真っ赤だよ?」

 

「いや、ちょっと師匠の最期でね……」

 

「谷風さんはその前のシュバルツでもう辛抱ならなかった」

 

 皐月と谷風がガッツリ楽しんだようだった。

 

「不知火ちゃんとグレカーレちゃんはどうだったの?」

 

 五月雨は次に後ろにいた不知火とグレカーレに尋ねた。

 今回のフルマラソンの目的はこの二人にGガンダムを見て貰う事だったので、ある意味主役の二人である。

 

「……面白かったよ」

 

「ええ。最後は少し……恥ずかしかったですが……」

 

 グレカーレと不知火は少し恥ずかしそうに言った。まああの最終回は所見だと恥ずかしく感じることもあるかもな。

 

「でもガンダムって思ってたより面白かった。今度はテートクが一番好きって言ってたZも見ようかな」

 

「ははは……ちょっとZは待とうか」

 

 ファースト見てないと理解できないし、Gガンとはかなり毛色が違うからなぁ。

 

「ええ、不知火も同じ意見です。それでも司令のごっこ遊びは容認できないけど……」

 

「う……まあそれはな……」

 

 完全に悪乗りの域であったし。

 

「でもとてもよかったのは本当ですよ……そういえば以前から司令が酔った時に口ずさんでいる歌は、Gガンダムのオープニングだったんですね」

 

「あ……うん、そうだな」

 

 聞かれていた……というより歌っていたのか俺。何だか恥ずかしいな」

 

「まあ、Gガンのopは両方とも神曲だからしょうがないね」

 

「わかるねぇ。谷風さんはFLYING IN THE SKYが好きだねぇ。爽やかに熱い感じが好きなんだ……」

 

「正統派でいいよね! でも司令官は後期の方が好きなんだっけ」

 

「ああ、どっちも好きだけど強いて言うならTrust You Foreverの方が好きだな。初めてopが変わった時は興奮したな……」

 

「あの腕組みしたゴッドガンダム、かっこいいよね……」

 

「谷風さんは師匠とシュバルツがくるくる回る所も好きだね」

 

「あたしは最後にレインが出てくるとこかなぁ……テートクは?」

 

「うーん、映像も素晴らしいんだけどやっぱり歌詞がいいよな」

 

「いいですね。不知火も好きです。それに歌っている人の声も透き通るようで素晴らしいですね」

 

「ああ、前期後期同じ人だけど、どちらも最高だった」

 

 やっぱりいいアニメにはいいopがセットである。

 そして素晴らしい作品というものはいつか時代が変わっても、忘れないモノなのだ。

 

「皆、ごはんだぞー」

 

 長月から声が聞こえた為、皆は食堂に集まっていく。

 今日も流刑鎮守府は平和だった。




Gガンダム大好きです

op大好きです。


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激ファイト! 流刑VS孤島鎮守府

お久しぶりです!

今回は親交のある画面の向こうに行きたい先生の作品『孤島鎮守府の奮闘』とのコラボです!

自分の思い付きからでた企画で完全にパロディ全開を作風を許してくれた向こう先生、ありがとうございます。

なお前後編です


 暦上では10月を迎え、いよいよ流刑鎮守府は秋を迎えた。

 だからといって、いつもと変わらない。遠征と演習を行ったことを本部に伝える書類を作成していた時に、見慣れないメールが届いているのを発見したのだ。

 

「合同演習……?」

 

 俺はそう尋ねると五月雨は、はいと首を縦に振った。

 部屋の中には任務を終えた皐月と谷風が、胸元のリボンを解いてソファーにどっかり腰を降ろしていた。

 完全に仕事終わりモードである。

 

「いくつかの鎮守府が一緒になって演習をするんです」

 

「へえ、そんな行事があるのか……」

 

 そういえば俺がいた元の世界ではアーケード版の艦これで、そういうモードがあったんだっけ。

 俺はアーケードの方はプレイしていなかったから分からないが、提督同士でワイワイ演習するのは楽しそうだな。

 

「年に何回か近くの鎮守府同士で行うのですが、私達は隣がとても遠いので……」

 

「あー確かにな」

 

 そもそも我が鎮守府は流刑鎮守府と呼ばれるだけあって、絶海の孤島である。

 近くにある鎮守府どころか、人が住んでいる最寄りの島ですら大分遠くにあるのだ。

 

「あとそれこそ呉や舞鶴のような大きい鎮守府は観艦式並みの一大イベントになるみたいだよ」

 

「戦艦や空母の演習はド派手で面白いだろうねぇ」

 

「成程なぁ……で、俺達はずっとそれに参加していなかったわけか」

 

「しょうがないじゃん。そもそも指揮をする提督がずっといなかったんだよ?」

 

「それに一番近い孤島鎮守府だって、数日はかかるんだよ。そんな時間も余裕も、零細鎮守府には無理な話さ」

 

「確かにそうだな。仮にもこの近海を護らないといけないし」

 

 腐っても鎮守府は鎮守府。ごく稀にだがこんな田舎にも深海棲艦は現れるのである。

 さすがに留守には出来ないだろう。

 

「断る……しかないよなぁ」

 

「そうですね……ちょっと残念ですが……あれ?」

 

 書類に目を通していた五月雨の動きが止まった。

 

「あ……代わりの人が来てくれるみたいです」

 

「え、マジかよ」

 

「はい、本部から来てくれるみたいです」

 

「本部案件だからか、リカバリーはちゃんと用意しているんだな」

 

 そうなると尚更、合同演習に行かなくちゃいけないな。

 えーと場所と相手は……

 

「孤島鎮守府か……」

 

 ウチ程では無いが、本土から離れた場所にある小さな鎮守府だ。

 所属する艦娘も、駆逐艦のみと俺達と色々似ている。条件はほぼ同じで、演習には持ってこいだろう。

 

「孤島鎮守府には時雨ちゃんと夕立ちゃんがいますね」

 

「そういえば、望月がいたっけ」

 

「あの雪風も今は確か孤島鎮守府だったねぇ」

 

 皆の姉妹艦も何人か所属しているらしい。それなら演習もやりやすいだろう。

 

「ねえ、司令官。孤島鎮守府の指揮官ってどんな人なの? 広島で会ってるでしょ?」

 

 皐月が聞いてきた。

 

「うーん、確か会議の時に隣だったけど、あまり話す機会は無かったからな」

 

 正直、俺より若いってことくらいしか分からない。会議の時は喋れないし、終わったあとはすぐに不知火と飲みに行ったからな。

 

「まあ何とかなるだろう。本部に了解しましたと伝えておこう」

 

 俺はそう言って書類に判を押した。

 他の鎮守府の艦娘も見てみたいし、何より普段外に出ない皆を外出させてあげたい。

 こうして流刑鎮守府初めての総出でのお出かけが決まったのであった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 孤島鎮守府は本土東京と沖縄本島、グアム島からそれぞれ1200~1300kmほど離れた場所にある。

 一応、本土の領海内にある火山島であるのだが、完全に四方は海に囲まれ見渡す限りの水平線。

 鎮守府の建物自体も、ウチほどではないがそんなに大きくなく、なんとなく親近感を覚える造りである。

 

「お疲れ様です。ようこそ孤島鎮守府に」

 

 孤島鎮守府の司令官は俺たちを出迎えに、波止場までやって来てくれた。彼の後ろにはこの鎮守府に所属する艦娘が揃っている。

 小綺麗で若々しく、いかにもヤングエリートといった雰囲気だった。

 奥に控えている艦娘も時雨や夕立、雪風と駆逐艦ながらも武勲艦が揃っている。

 しかし・・・・・・ウチと同じ駆逐艦だけの鎮守府とはいえ、色々と違うな・・・・・・

 一部がたわわで、ボリューミーだぜ・・・・・・

 

「司令、先方に失礼はいけませんよ」

 

 不知火に背中をぎゅうっと摘ままれ、俺は慌てて視線を逸らした。

 

「五月雨ちゃん! 久しぶりっぽい!」

 

「わぁ、夕立ちゃん! 時雨ちゃんも久しぶり!」

 

「ふふふ、本当にね五月雨」

 

「望月~、何年ぶりだっけ? 相変わらずカワイイね!」

 

「ちょ、やめてよ~うざ絡み反対~」

 

「望月、お前相変わらず覇気が無いな。それではいかんぞ。大体お前は昔から・・・・・・」

 

「雪風、元気そうじゃねえか」

 

「谷風ちゃん・・・・・・不知火ちゃん・・・・・・」

 

「色々あったと聞いていたけど・・・・・・元気そうでなによりだわ」

 

「雷、久しぶりね!」

 

「暁、本当にね! あれ、後ろの子達は・・・・・・」

 

「ふっふーん、暁の妹分! 清霜とグレカーレよ!」

 

「暁お姉様の妹って事は・・・・・・雷お姉様?」

 

「・・・・・・ふふふ、そうよ! 雷お姉様にもーっと頼っていいのよ!」

 

「・・・・・・やば・・・・・・暁姉さんより圧倒的姉力が高い・・・・・・」

 

 孤島と流刑に所属する姉妹艦同士の再会。普段会うことはほとんど無いから、その感動も一入だろう。

 

「漣たちは姉妹艦がいないんだな」

 

「朝潮型は確かにいませんね」

 

「ふん。別に構わないわよ。むしろ姉妹艦がいない分、思いっきりやれるわ」

 

 残った三人の艦娘と孤島提督は話していた。

 何時もの倍近い人数が集まっている。

 その光景に何となく不思議な興奮を覚えつつも、俺と孤島提督は演習の予定をまとめ始めた。

 

「演習は8対8の艦隊戦でやろうと思っています」

 

「ん、それだとそちらが一人、余りませんか?」

 

「はい、そこでその一人――雪風には審判をやってもらおうと思いまして」

 

 孤島提督がそう言うと、雪風がこちらにやってきて敬礼した。

 

「雪風、実は孤島鎮守府の中で一番戦歴が長いんです! 演習の審判も前いた鎮守府で何度かやっていましゅ!」

 

 最後に噛んでしまったが、彼女の言っていることは恐らく本当なのだろう。この鎮守府に着任したのは一番後らしいが、どことなく戦い慣れたような感じがある。

 

「では30分後に始めましょう。それまでは作戦会議と準備体操をあちらでお願いします」

 

 そう言って孤島提督が案内してくれたのは、ここの鎮守府の一室だった。

 

「え、広い……」

 

「ボクたちの鎮守府と違って綺麗だ……」

 

 カルチャーショックを受けつつも、俺たちは案内された小部屋に荷物を降ろした。

 

「さて……早速だが、今回の作戦だが……そもそもこんな大人数の演習は初めてだからな」

 

 普段は数人に分かれて戦うか、全員で陣形の練習をしているような小規模鎮守府だ。全員で同じ人数で戦うというのが未知の経験だった。

 

「それに今回の相手は油断なりませんよ。時雨と夕立がいるのですから」

 

「それに駆逐艦最速の島風もいる。また本気を出せば望月は私よりも強いぞ」

 

「え、長月ちゃんより!?」

 

 驚いた五月雨に長月は重々しく頷いた。

 

「ま、望月は基本やる気無いから大丈夫。むしろボクは漣や曙とかが怖いな。よく知らないし」

 

 確かに漣と曙は綾波型、朝潮は朝潮型と流刑鎮守府には姉妹艦がいない艦娘たちだ。情報が無いため、不気味に感じるのもやむ無しだろう。

 

「待て、俺たちの中で一番の武勲艦って誰だ?」

 

 瞬間、沈黙が場を支配した。

 誰もが目を背け、口を開こうとしない。

 

「強いて言うなら皐月じゃねぇかい」

 

 谷風が重々しく口を開く。こういう時、普段の皐月なら全力で調子に乗りそうだが、苦笑いをするだけなので余程のことなのだろう。

 谷風の言うとおり、皐月は活躍した駆逐艦であるのだが、まあ佐世保の時雨やソロモンの悪夢と肩を並べるにはな……

 

「ええい! くよくよしても始まらん! ここはいつも俺たちがやってきたことをぶつければいい!」

 

 俺はこめかみをパンパンと叩いて、皆を鼓舞した。

 

「旗艦は長月、補佐に不知火。複縦陣で航行して、相手を叩く。これでいこう」

 

 俺はそう決めると旗艦である長月の肩を叩いた

 

「……ああ、そうだな。グダグダここで言い合っても何も始まらない。相手が誰であろうと、私達はやれることをするだけだ」

 

「そうだね! ボク達流刑鎮守府の力を見せてやろうよ!」

 

「時雨や夕立がなんぼのもんでぃっ! あっちが武勲艦なら、こちとら根性の船よ!」

 

「妹に負けるわけにはいかないわもん! 一人前のレディーとして、絶対に勝つわ!」

 

 流刑鎮守府でもどちらかというと好戦的なメンバーが、拳握って立ち上がった。

 それに続いて他の娘たちも立ち上がる。

 

「よーし! 流刑鎮守府、出撃!」

 

『えい! えい! おーっ!!』

 

 9つの声が重なり合う。

 初めての対外演習。気合は十分だった。

 

 …

 ……

 ………

 

「てーとく! 勿論、この島風が一番槍ですよね!」

 

 孤島鎮守府の執務室でも、これから行われる演習の作戦会議が開かれていた。

 元気よく手を挙げてそう言ったのは駆逐艦最速である島風である。

 確かに抜きんでた速さを持つ彼女なら、一番槍に最適だろう。

 

「うーん、そうしようか……島風と先頭とした」

 

「待って、提督」

 

 孤島提督の言葉を遮ったのは、時雨であった。

 

「どうしたんだ時雨」

 

 提督が時雨に尋ねると、彼女は無言で後ろを指差した。

 

「ふぅー……ふぅー」

 

 そこには戦いに向けて息を整える夕立改二の姿があった。

 

「夕立さん、大丈夫ですか?」

 

 彼女の顔を覗き込んで朝潮が言った。

 

「ぽい……元気が有り余ってるっぽい……うずうずするっぽい! ぽーいっ!」

 

「ご覧の通りさ。普段戦いが無い分、夕立の闘志が爆発寸前でね」

 

「う……」

 

 日頃から孤島鎮守府には戦闘らしい戦闘は無い。そのため『ソロモンの悪夢』と呼ばれて恐れられた夕立も、陸地で座敷犬のように穏やかに暮らしている。

 だが彼女は戦場で狂犬と称されるほどの戦闘力と好戦的な性格を持つ、武勲艦なのだ。

 

「こうなったら夕立に好きにやらせるのが一番いい。島風を突っ込ませて相手の戦列を乱した後、交代で夕立を送り込んで暴れさせる。そして散り散りになった相手を各個撃破すればいい」

 

「た。確かに名案だけどそれは夕立に頼り過ぎじゃないか」

 

「大丈夫さ。雪風を除いて、孤島・流刑の艦娘を合わせても夕立は二番目に強い」

 

「え? 一番は?」

 

 提督の問いに、時雨は微笑を浮かべた。

 

「ボクさ」

 

 …

 ……

 …………

 

 作戦会議が終了した後、俺は皆と分かれて再び波止場の近くへと向かった。

 そこには椅子が二つとテーブル。そして小さなテレビが置かれている。

 

「ここにこれから行われる演習が映し出されます」

 

 孤島提督と一緒にやってきた雪風がそう説明する。

 その傍らには小さなドローンが数機ほど置かれている。

 

「龍驤さんや隼鷹さんの艦載機を参考に造られた小型の偵察機です。これが演習の様子をリアルタイムで撮影して、ここに映すんです」

 

「へぇ、凄いな」

 

 流刑鎮守では考えられない設備だ。

 

「制限時間内に相手を全滅させた方が勝利。勝負が時間内につかなかった場合は、残った艦娘の数が多い方が勝利です」

 

 雪風が演習のルールを簡単に説明する。俺と孤島提督はそれを聞いた後、どっかりと席に腰を降ろした。

 

「お互い、正々堂々。悔いの無い勝負にしましょうね」

 

 孤島鎮守府はにっこりと笑うと、右手を差し出してきた。

 

「そうですね。互いに頑張りましょう」

 

 俺はその手を取った。

 

「あ、司令官! 待って!」

 

 すると後ろから突然、声がかけられる。振り返るとそこには皐月が立っていた。

 

「どうした皐月、もう演習は始まるぞ」

 

「それはそうなんだけど……ちょっと主砲の調子が悪いんだ。メンテしてもいいかな?」

 

「おいおい……あれほど事前に確認しろと言っただろ」

 

 俺の言葉に皐月はえへへと苦笑した。

 

「結構かかりそうか?」

 

「うーん、そうかも。何だったら先に初めててよ」

 

「……大丈夫ですか、孤島さん」

 

「ええ。自分は構いませんよ」

 

 孤島の提督は朗らかに言った。

 他の艦娘は既に海面で待機している。流刑鎮守府だけならともかく、孤島のメンバーもいるのだから待たせるわけにはいかなかった。

 

「すいません。では、そうしましょう。皐月、早くしろよ」

 

「うん! 分かった!」

 

 皐月は踵を返すとそのまま哄笑の方へと駆けて行った。

 

「申し訳ありません、段取りが悪くて……」

 

「ふふ、構いませんよ」

 

 こうして何だかしまらないものの流刑鎮守府VS孤島鎮守府の演習は始まったのであった。

 

 …

 ……

 …………

 

「皆、準備はいいな? さぁ、行くぞ!」

 

 長月が右手を挙げると、孤島鎮守府の艦隊は出撃した。

 前方に長月と谷風、後方には五月雨とグレカーレといった布陣で、出来るだけに前側に戦闘向きの艦娘を配置している。

 

「全く、皐月の奴め……肝心な時にポカをして……」

 

 長月が不機嫌そうに言った。

 

「全く、終わったら説教ね」

 

 不知火もそれに続き、周りから苦笑が漏れる。

 

「海域も広くないし、そろそろ接触するかな」

 

 先導する長月が言うと水平線の先に人影らしきものがポツポツと見え始めた。

 

「くるぞ……三時の方向」

 

 長月の貌が変わった。

 

「待て」

 

 そのまま先行しようとした長月を谷風が遮った。

 

「ここは谷風さんにまかせてくれ。嫌な予感がする」

 

「勘か」

 

「勘だね」

 

 谷風は大真面目にそう断言するのである。

 戦場において勘、いわゆる本能的な危機察知能力は時に大きな影響をもたらす。

 それを理解しているからこそ、長月も谷風の言葉を無碍にしない。

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「分かんない」

 

 グレカーレと清霜はほとんど実戦経験が無いため、あまりよく分かっていない。

 一方、不知火や五月雨などは険しい顔で演習相手のいる方向をしきりに観察している。

 

「分かった。任せる」

 

「ありがとよっと! なぁに、谷風さんは一番この中ですばしっこいんだ。簡単にゃやられないよ」

 

 瞬間、砲撃が始まった。

 

「迎撃!」

 

 長月の掛け声で皆は迎撃の構えを取るが、孤島鎮守府の初弾は戦闘の谷風たちよりも前方に着弾した。

 

「へっ……どこ狙ってん……」

 

 谷風はそう言った直後、顔を強張らせた。

 幾つもの砲弾によって水飛沫が舞い、視界を遮ってしまったのだ。

 

「しまった! これが狙いだ!」

 

 長月が叫んだ瞬間、波間から黒い影が勢いよく飛び出した。

 敵。

 それを理解した谷風は全速全身で距離を取ろうとする。

 だがその人影は恐るべき速度で谷風に肉薄した。

 

「おっそーい!」

 

 島風の声が聞こえた。

 瞬間、轟音と共に谷風の身体が黒煙に包まれる。

 

「た、谷風さーんっ!」

 

 清霜の叫びが響いた時、既に島風は谷風の間合いから離れ始めていた。

 

「に、逃がすか!」

 

 長月が、さらに不知火達が一斉に主砲を放つ。

 だがその砲撃を全て避けきって島風は白波の中へと消えていった。

 

「な、何て奴だ・・・・・・」

 

 絶句する長月の傍ら、グレカーレと五月雨が谷風の元へ駆け寄った。

 動かない。大破脱落である。

 

「き・・・・・・きっと谷風さんはいやな予感がしてたんだ・・・・・・そ、それで皆の代わりに・・・・・・ち・・・・・・ちくしょう・・・・・・テートクになんていえばいいんだ・・・・・・」

 

 肩を震わせながらグレカーレは言った。

 彼女にとって実戦演習含めて他勢力と戦うのは初めてである。グレカーレは実戦の空気を直に感じて、体が震え出す。

 そんな中、ようやく一時的に出来た霧が晴れ始めた。

 

「ふふふ、ようやく夕立の出番っぽい・・・・・・」

 

 その中から紅の瞳が見えたとき、鈴を鳴らすような可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「さあ、ステキなパーティーしましょ・・・・・・」

 

 夕立の全身から戦いの空気が充満する。

 張り詰めたような圧迫感が一瞬で、流刑鎮守府の艦隊を包み込んでいく。

 

「そ・・・・・・そんな・・・・・・」

 

「う・・・・・・うわあああ・・・・・・」

 

「こ・・・・・・これほどまでとは・・・・・・」

 

 夕立の気迫に五月雨と清霜が震え、長月ですら固唾を飲み込んだ。

 

「さーて・・・・・・まず何から撃とうかしら?」

 

 獲物を狙うような鋭い視線で、夕立は流刑鎮守府のメンバーを見渡していく。

 

「シグー、本当にあれでいいの?」

 

「ああ。今までのフラストレーションを全部解放させた夕立だ。並の駆逐艦じゃ無理さ」

 

 夕立より遙か後方。戻ってきた島風がその気力を持て余して、周りをグルグル回る中、冷静に時雨は言うのである。

 

「夕立の取りこぼしをボク達は確実に狩っていけばいい。それで勝てる」

 

「動くわ」

 

 曙の呟きで、孤島鎮守府の面々も夕立の所作を注視する。

 

「く・・・・・・くるぞ・・・・・・」

 

 長月が構え、流刑艦隊が陣形を組み直そうとした瞬間だった。

 

 ――ドンっ!

 

 爆音と同時に夕立が一気に加速する。

 主砲を構えながら高速で移動し、その照準を標的に合わせるのである。

 

「よけろっ!」

 

 長月が叫んだ直後、夕立の主砲が暁に被弾した。

 暁の主砲部分に直撃したのか、左手部分がが一瞬で燃え上がる。

 

「きゃぁあああああああああーーーーーーーーーっ!!」

 

「お姉様ーーーーーーーーーっ!!」

 

 清霜の絶叫が響き渡る。そんな中で夕立は大きく弧を描いて旋回しながら、再び主砲を暁へと向けた。

 

「まず一人っぽい!」

 

「くっ……そぉおおおおおっ!」

 

 それでも暁は何とかその場から離れ、夕立を迎え撃とうとする。が。

 

「ぽいぽいぽーいっ!」

 

 さらにその動きを上回り、暁の背後に回ると数発、主砲を放った。

 

「うっ・・・・・・」

 

 背面を撃たれ、暁はそのまま黒煙と共に水面を転がっていく。

 直撃と同時に身体を捻ったのか、大破まではしていないもののもはや虫の息と言った有様であった。

 

「何という威力と速さだ・・・・・・」

 

 戦慄する長月の横をグレカーレが横切った。

 

「姉さんっ!」

 

 主砲を突き出して姉の元へ向かうグレカーレだったが、それを細い腕が制した。

 

「不知火さんっ!? なんで・・・・・・」

 

 直後、グレカーレの目の前に砲弾が飛来した。

 見れば後方に控えている朝潮と雷が放ったものであった。

 

「敵はそうやって動くモノを狙っています・・・・・・夕立にばかり目を向けず周りを見なさい・・・・・・」

 

「で、でも・・・・・・暁姉さんが・・・・・・」

 

 不知火は悔しそうに俯いた。

 

「っ・・・・・・清霜ちゃん!? 清霜ちゃんがいないっ!」

 

 五月雨から悲鳴に近い叫びが木霊する。

 すぐに皆は周囲を確認するが、確かに清霜の姿が見えなかった。

 

「ま、まさか今の攻撃で・・・・・・」

 

 最悪の想像がグレカーレの脳裏を過ぎる。

 その間にも夕立は旋回しつつ、次の標的を品定めしているのだ。

 しかし。

 

「夕立、うしろっ!」

 

 時雨が叫んだ。

 

「ぽい?」

 

 そこで後ろを夕立が振り返った瞬間、小さな影が彼女の背中にくっついた。

 

「清霜っ!」

 

 姿の見えなくなっていた清霜に相違なかった。

 

「ぽいっ! 離すっぽい・・・・・・」

 

 夕立は身体を動かして振り落とそうとするが、清霜はぴったり張り付いて離れようとしなかった。

 

「な、何をする気なの・・・・・・清霜・・・・・・は、早く逃げなさい・・・・・・」

 

 何とか立ち上がった暁が妹分にそう言った時であった。

 

「さようならお姉様・・・・・・どうか死なないで・・・・・・」

 

 絞り出すような清霜の声を聞いた瞬間、暁の顔がサッと青くなった。

 

「ま・・・・・・まさか・・・・・・清霜・・・・・・」

 

 震える姉に向かって、清霜は目尻に少しだけ涙を浮かべながら儚く微笑んだ。 

 

「や、やめてーーーっ! 清霜ーーーーーーーっ!!」

 

 そして――目も眩むような閃光と共に夕立と清霜の身体は包まれ、爆発と共に消えた。

 

「き・・・・・・きよ・・・・・・きよしも・・・・・・」

 

 自爆して果てた妹の姿を暁は呆然と見つめていた。

 

「清霜ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 そして彼女の脱落を理解し、虚空に向かって叫んだのだ。

 

「自爆して相打ちとはな・・・・・・思い切ったことをしたな清霜・・・・・・だがこれで夕立も・・・・・・」

 

 そこまで言った長月の顔が一瞬で強張った。

 

「あ、あああ・・・・・・」

 

 五月雨の口から絶望的な声が漏れる。その視線の先には・・・・・・

 

「ふーん、何それ? 新しい遊びっぽい? どうやらまだ夕立達の強さが分かっていないっぽい?」

 

 そこには小破すらしていない夕立改二の全身があった。

 

「そ、そんな・・・・・・へ・・・・・・平気だなんて・・・・・・清霜ちゃんは相打ち覚悟だったのに……」

 

 五月雨の言葉は流刑鎮守府全員の気持ちを代弁していた。

 一方。

 

「あーあれは不味いね」

 

 前線で暴れまわる妹を観察しながら時雨は、ボソリと言った。

 

「何が不味いんですか?」

 

 素直な朝潮が尋ねると、時雨は苦笑しながら続けた。

 

「夕立、今ので完全にスイッチが入っちゃったぽいね。あれはもう僕たちでも下手に介入できない。暫く様子を見よう」

 

「乱れた戦列を狙わなくてもいいんですか?」

 

「下手をすると夕立に誤射しちゃう。それ位、今から夕立は暴れちゃうよ」

 

「ひええ……絶対に敵に回したくないですなぁ」

 

 冷や汗交じりに言う漣に、孤島鎮守府のメンバーが全員頷くのであった。

 

「うふふ……ソロモンの悪夢、見せてあげる」

 

 夕立はそういうと再び行動を開始した。

 狙いは一直線に暁。

 手負いのものを襲う、戦術の常套句である。

 

「ば、馬鹿にして……」

 

 暁が憤慨しながらなんとか構えた時、向かってくる夕立の側面から砲撃が行われた。

 

「ぽいっ!?」

 

 長月の主砲、バランスを崩した夕立へさらに不知火が追撃を加えた。

 

「やっぱり頭に血が上って周りが見えてないね。いつもの夕立だったらあれくらい避けれるのに」

 

 時雨の視線の先には二発の砲撃で海面を滑る夕立の姿があった。

 

「今だ、二人とも! 撃てー------っ!」

 

「はいっ!」

 

「Fuocoっ!」

 

 長月の叫びと共に、後方で控えていた五月雨とグレカーレが主砲を放つ。

 タイミングは良い。しかし。

 

「……っぽい!」

 

 夕立は驚くべき動物的勘でそれを回避した。

 

「な、なんて奴だ……」

 

「んんー、もうちょっとやっちゃうっぽい?」

 

 体勢を立て直した夕立がそのまま主砲を長月たちに向けた。

 だがこの僅かな間で、暁は密かに所持していた弾薬を動く右手の主砲に詰めていたのだ。

 

「清霜……仇は討ってあげる……そして暁も逝くわ……貴方だけに寂しい思いはさせないんだから……」

 

 その照準が夕立に向けられる。

 暁は最後の力を振り絞って引き金を引いた。

 

「暁の攻撃……見てなさい!」

 

 命を懸けた、暁最後の砲撃。

 執念の反撃は夕立を襲い、爆炎が一気に舞い上がった。

 

「……ふぅ、びっくりしたっぽい……」

 

 だが煙が晴れて姿を現した夕立は、小破しただけであった。

 

「……む、無念だわ……」

 

 妹の仇も討てず、自身も力尽きた暁はその場に倒れた。

 

 …

 ……

 …………

 

「暁ちゃん、大破。失格です」

 

 鎮守府の波止場に雪風の冷静な声が響いた。

 現在、俺と孤島提督は互いの艦隊の演習を見守っていたのが、流刑鎮守府の戦績は凄惨たるものであった。

 谷風、清霜、暁が大破。

 対して孤島鎮守府はほぼ全員が無傷で、唯一小破している夕立ちが、一人で立ち回っている状況なのである。

 皐月の姿は見えない。

 まだ準備が終わらないのであろうか。

 せめて彼女がくれば……そう思い、俺は拳を握りしめて叫ぶのであった。

 

「皐月ーっ! 早く来てくれーっ!!」




DBファンの皆様、すいません。

どうしてもやりたかったんです。


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色々ギリギリ! ぶっちぎりの艦娘達

後編です。

僕はDB、ピッコロ大魔王編とサイヤ人編が好きですが、映画だとボージャックが一番好きです。


「皐月ーっ! 早く来てくれーっ!!」

 

 俺の絶叫が響き渡る頃、演習場では生き残った流刑鎮守府のメンバーがじりじりと夕立に追い詰められていた。

 

「ま、まさか・・・・・・奴は不死身か・・・・・・?」

 

「そ・・・・・・そんな・・・・・・暁姉さんまで・・・・・・ひどい・・・・・・悪夢だよ・・・・・・」

 

「うふふ、また一人倒したっぽい・・・・・・提督さん、褒めてくれるかな?」

 

 そう言いながら夕立は残りの流刑メンバーをじっと見渡した。次の標的を探しているのかもしれない。

 

「どうするの、長月・・・・・・」

 

「通常の砲撃戦では勝てん・・・・・・一度、白兵戦に持ち込んでみるしか無いな・・・・・・」

 

 不知火と長月は小声で五月雨とグレカーレに聞こえるように言った。

 

「まず不知火が囮になり、その隙に私が夕立の間合いに飛び込む。そして私と不知火で夕立を倒す。そこまで接近してるなら敵も援護射撃は出来んだろう」

 

「で、でも勝てなかったら・・・・・・」

 

「その時は私達ごと撃て。いいな・・・・・・」

 

 長月の言葉に五月雨とグレカーレはコクンと頷いた。

 

「さ、次は誰の番かしら?」

 

 夕立は余裕たっぷりに言いつつも、主砲に弾を装填している。抜け目の無い艦娘である。

 それを確認した直後、不知火は一気に加速した。

 

「いきなり突っ込んできたっぽい!」

 

「何か作戦を考えたようだね」

 

 遠くでコトを見守っていた時雨が呟いた。

 

「はっ!」

 

 不知火はそのまま一直線に夕立の方へ向かって突っ込むと、直前で主砲を眼前の水面に向かって撃ち抜いた。

 

「ぽいっ!?」

 

 目の前で突然水飛沫が上がり、夕立の視界が白い霧に覆われた瞬間であった。

 

「いまだっ!」

 

 不知火を囮にして密かに進んでいた長月が一気に夕立に肉薄した。

 

「よ、よし・・・・・・」

 

 それを見てグレカーレと五月雨が主砲を構え、不知火も迂回しながら夕立に突っ込もうとした瞬間だった。

 

「ぽいっ!」

 

 そんな声と共に、鈍い音が聞こえてきた。

 

「が・・・・・・」

 

 見ると不知火のしなやかな足が、長月の腹部に突き刺さっていた。

 

「なっ・・・・・・」

 

 慌てて不知火がブレーキをかける。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・」

 

 長月はそう言いながら、ゆっくりと崩れ落ちていく。

 大破はしていないが、虫の息だ。

 

「・・・・・・ふふふ、計算違いだったね。夕立は白兵戦でにも秀でているのさ」

 

 時雨の言う通り、夕立は一撃で長月をダウンさせた。そしてそのまま長月に主砲を向けていく。

 

「これでまた一人倒したっぽ・・・・・・」

 

「はっ!」

 

 が、直後に不知火の主砲が火を噴き、夕立を側面から襲った。

 

「むっ・・・・・・ぽいぽいぽーいっ!」

 

 しかし流石は夕立、体勢を崩しながらもすぐに不知火へと反撃する。

 

「ぐうっ・・・・・・」

 

 咄嗟に身体を庇い、不知火はそのまま後方へと吹き飛んだ。

 そこへ夕立は主砲を向けた。

 

「これでトドメっぽっ!」

 

「やぁーっ! たぁーっ!」

 

 五月雨がかけ声と共に主砲を放ち、夕立の土手っ腹に直撃した。

 

「ぬぅうううっ・・・・・・これで・・・・・・どうっ!」

 

 すぐに夕立は反撃に移った。主砲を構え、五月雨のいる方へと向けて放っていく。

 

「っ・・・・・・まだまだこれからです!」

 

 だが、五月雨も一気に後方へと引き、夕立の砲撃を紙一重で回避していく。

 

「へえ、動きだけはたいしたもんだ」

 

 それを見た時雨が感嘆の声をあげる。

 

「・・・・・・けど夕立には敵わないな」

 

 が、瞬時に時雨は口角をニヤリと上げた。

 

「きょ、挟叉!」

 

「その通りっぽい!」

 

 砲弾によって挟まれた五月雨に、照準が向かう。

 

「きゃあっ!!」

 

 中破し、後方へと五月雨が吹き飛んでいく。そんな彼女に夕立の主砲が向いた。

 

「これでおしまいっぽい!」

 

「はっ!」

 

 瞬間、背後からそんな声が聞こえると共に、夕立の背中に主砲が被弾した。

 

「ぽ・・・・・・い・・・・・・」

 

 夕立が慌てて振り返ると、そこにはボロボロになりながらも主砲を構えた長月の姿があった。

 

「む・・・・・・もう起きちゃったぽい・・・・・・」

 

「はーはっはっは! 随分と手こずっているようだね、夕立!」

 

「・・・・・・流刑を・・・・・・舐めるなよ・・・・・・」

 

 笑う時雨に拳を握りしめながら長月は言った。だが彼女の決死の攻撃も夕立を倒すまでには至らなかった。

 満身創痍の長月に、同じくボロボロの不知火と五月雨。

 なんとか無事なグレカーレも、夕立のあまりのタフネスっぷりに攻めあぐねている状態であった。

 そんな時。

 

「な、なんだこの気配は・・・・・・」

 

「何となく懐かしい気分・・・・・・近づいてくる・・・・・・」

 

 長月と五月雨が天を仰いだ。

 

「・・・・・・朝潮」

 

「あっ・・・・・・はい、確かにこの海域に機影が一つ、近づいてきます」

 

 何かを感じたらしい時雨も、索敵担当であった朝潮に尋ねた。

 

「成程・・・・・・真打ち登場って訳か・・・・・・」

 

「んんんん・・・・・・確かに感じるっぽい・・・・・・新しい子がここに向かってきてる・・・・・・」

 

 夕立も野生的勘でここに何かが近づいてくることを悟ったらしい。

 そしてにっこりと笑うと、生き残っている流刑メンバーに視線を向けた。

 

「・・・・・・だったらその子が来る前に、皆倒しちゃうっぽい?」

 

 ――ゾクッ!

 

 長月達の背筋に冷たいモノが走った。

 実際、ほとんどが手負いの状態であるがそれでも夕立に勝てるとは思えないのが現状である。

 そんな中、一人だけまだ被弾していないグレカーレは、密かに主砲に弾を入れ始めた。

 

「み、皆さん休んでて・・・・・・皐月さんが来るまでアタシが食い止めるよ・・・・・・皐月さんと力を合わせればきっと夕立さんを倒せると思うから・・・・・・」

 

 グレカーレは最年少でありながら、未だに無傷である自身に後ろめたさを感じていたようであった。 

 五月雨を追い越し、じっくりと前に出て行く。

 

「いくっぽい!」

 

 そして夕立が再び動いた。

 標的は近くにいる長月か。それとも不知火か。否、彼女の次の標的は、五体満足のグレカーレであった。

 

「いくわよっ・・・・・・」

 

 夕立も構えた瞬間であった。

 

「・・・・・・だっ!」

 

 グレカーレは瞬時に、横へとずれると、自身に向けられた狙いをずらした。

 そして夕立の初弾を回避すると、そのまま主砲を砲撃のあった方向へと放った。

 

「ぽ、ぽいっ!?」

 

 夕立もそれを見て避けようとした。が、回避しようと動いた方向へとグレカーレは放っていたのである。

 これには夕立も予想外であったのか、被弾してそのまま体勢を崩した。

 

「ちゅ、中破だ・・・・・・」

 

 遂に夕立を中破まで追い込んだのである。

 だがその代償はあまりにも大きかった。

 

「・・・・・・ぽい。これまでよ・・・・・・」

 

 すぐに体勢を立て直した夕立はその真紅の瞳を、真っ直ぐにグレカーレに向けた。

 

「あ、ああ・・・・・・」

 

 まるで蛇に睨まれた蛙のようになってしまったグレカーレに、夕立は狙いを定めた。

 

「ソロモンの悪夢・・・・・・見せたげるっ!」

 

 主砲一閃。

 直近にいたグレカーレは避けられない。はずだった。

 両手で己を庇うように丸まったグレカーレだったが、その視界に一瞬だけ影が現れた。

 

「え・・・・・・」

 

 グレカーレを庇った小さな影。その正体を理解した直後に、閃光が視界を覆い尽くした。

 

「不知火さんっ・・・・・・」

 

 耳をつんざくような爆音が響き、当たりが黒煙に包まれた。

 やがてその煙が晴れていくと、そこには満身創痍の不知火の姿があった。

 

「・・・・・・に、逃げなさい・・・・・・グレカーレ・・・・・・」

 

 絞り出すように言うと、不知火は崩れ落ちた。

 

「し、不知火さん・・・・・・あ、あたしを庇って・・・・・・な、なんで・・・・・・」

 

「に、にげろと言ったでしょう・・・・・・い、一旦、体勢を立て直すのよ・・・・・・早く・・・・・・なさい」

 

 不知火は大破した状態で虫の息であった。

 

「な、情けない話だわ・・・・・・貴方を、か、庇って負けるなんて・・・・・・でもね、グレカーレ・・・・・・鎮守府で貴方と馬鹿をやるのは、不思議と心地が良かった・・・・・・」

 

「し、不知火さん、しゃべらないで・・・・・・もうすぐ皐月さんが来てくれるよ・・・・・・」

 

 必死でそういうグレカーレに、不知火はふっと優しく微笑んだ。

 

「貴方と過ごした数ヶ月・・・・・・わ・・・・・・悪く無かったわ・・・・・・」

 

「不知火さん・・・・・・」

 

「負けないで・・・・・・グレ・・・・・・カーレ・・・・・・」

 

 そこまで言って、不知火はガクンと頭を垂れた。

 

「うわぁああああああああああああああああああああっ!!」

 

 悲しみに満ちた絶叫が海域に響いた。

 悲痛な叫び声をあげたグレカーレは、涙の溜まった両目で夕立を睨むと主砲を彼女へと向けた。

 

「Fuocoーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 凄まじい轟音と共に、一筋の閃光が夕立へと迫った。

 

「うおおおおおおおおおっ、ぽいっ!!」

 

 が、夕立はその砲撃を右手に力を込めて思いっきり弾き飛ばした。

 

「・・・・・・ぽい。凄い攻撃だったぽい・・・・・・ちょっと腕が痺れちゃった・・・・・・」

 

 震える右手を庇いながら、夕立は不敵に笑った。

 

「そ、そんな・・・・・・グレカーレちゃんの全てを込めた一撃だったのに・・・・・・」

 

「つ、強い・・・・・・あまりにも強すぎる・・・・・・」

 

 五月雨と長月も戦慄する中、グレカーレはその場でへなへなと尻餅をついた。

 

「・・・・・・ゴメン、不知火さん。カタキ、とれなかった・・・・・・」

 

 もはや立ち上がる気力も無いのか、グレカーレは諦めたような笑顔を見せる。

 そんな彼女の頭上で、夕立は主砲をゆっくりと向けていく。

 

「これでまた一人、撃墜っぽい!」

 

 夕立の指が引き金を引こうとした瞬間であった。

 

「・・・・・・ぽい?」

 

 夕立が何かに気づいたように上を向いた。

 孤島鎮守府のメンバーも何かに気が付いたのか、しきりに周囲を見渡している。

 瞬間、水平線の彼方から一筋の光が現れ、一気に夕立へと肉薄した。

 

「ぽいっ!」

 

「遂に現れたね・・・・・・」

 

 現れた一つの影。

 それは流刑鎮守府の皆が待ち望んだ艦娘であった。

 

「皐月・・・・・・」

 

 怒りで拳を振るわせながら黄金の髪を靡かせて、一人の艦娘が戦場に現れた。

 

「ぽい、わざわざ何をしに来たっぽい? まさか夕立達を倒すためなどという下らんジョークをいいにきたんじゃないでしょう?」

 

 夕立はそう言ったが、皐月はそれを無視すると倒れている不知火へと手を伸ばした。

 

「不知火・・・・・・」

 

「不知火さんはあたしを庇って、やられたんだよ・・・・・・」

 

 皐月は不知火の状態を確認すると、その視線をゆっくりと移していく。

 

「暁・・・・・・」

 

 力尽き倒れた暁の姿、そしてさらに皐月の視線は奥へと動いていく。

 

「た、谷風・・・・・・」

 

「へっへっへ・・・・・・皆、リタイアしてショックですか? そういえばもう一人、夕雲型がいましたねぇ!」

 

「あんた・・・・・・いい加減にしないと、色んな方面から本気で怒られるわよ・・・・・・」

 

 悪ノリが過ぎる漣を曙が窘める中、皐月は夕立を鋭い視線で睨み付けた。

 

「そうか、清霜まで……ゆるさんぞ・・・・・・きさまら~っ!!」

 

 皐月の静かな怒りが爆発する。

 今、正に。

 流刑鎮守府の大逆襲が始まろうとしていた!

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「という訳で演習お疲れ様! かんぱーいっ!」

 

『かんぱーいっ!!』

 

 俺の乾杯の音頭に駆逐艦達が・・・・・・正確に言うと流刑鎮守府のメンバーと孤島鎮守府の漣、夕立、雷といったノリのいい艦娘が杯を重ねた。

 

「ちょ、ちょっと何でいきなり仕切ってるんですか・・・・・・」

 

「何を言ってるんですか孤島さん! 戦いが終わったら宴会! 麦わらの一味だってやってるでしょう!」

 

「そ、それは漫画の話で・・・・・・それにウチはアルコール禁止なんですよ・・・・・・」

 

「今日限りは無礼講! 無礼講ですよ!」

 

「そうですよご主人様! 折角遠方からはるばる来て下さったんですから、ここは無礼講で行きましょうぞ!」

 

「さすが孤島の秘書艦! わかってるー!」

 

「イエーイっ! 皐月ちゃんカンパーイっ!」

 

 すっかり意気投合したのか皐月と漣が杯を交わしていた。

 

「しかし、タイムアップとはな」

 

「まぁね。準備に時間かかっちゃったし」

 

 皐月はあっけからんと言った。

 満を持して現場に登場した彼女だったが、そこで無念の時間切れ。流刑鎮守府の敗北であった。

 

「ちなみに時間があれば勝てたのか?」

 

「ああ無理無理。夕立を倒したとしても、まだ時雨たちが控えているからね」

 

 皐月がハッキリと断言した。まあ実際、皐月以外満身創痍だったし、あっちは夕立以外無傷だったからな。多勢に無勢であろう。

 

「ねえねえ提督さん! 夕立頑張ったっぽい! 褒めて褒めて~」

 

「ああ・・・・・・うん頑張ったっていうか・・・・・・無双してたな・・・・・・」

 

 膝に飛び乗って甘えてくる夕立の頭を撫でながら、孤島の提督は苦笑していた。

 

「望月、お前何もしなかったな」

 

「いいじゃん。ていうか長月が動きすぎなんだよ」

 

「清霜、グレカーレ! 欲しい物はある? お代わりは? うふふ、もっと私に頼っていいのよ!」

 

「雷お姉様・・・・・・」

 

「雷姉さん・・・・・・」

 

「ちょ、ちょっと雷! 二人は暁の妹分なのよ!」

 

 流刑と孤島のメンバーも何だかんだ仲良くしているようだ。

 

「夕立ちゃん強すぎじゃない?」

 

「うん・・・・・・まぁ、同じ白露型でも大分違うよね・・・・・・」

 

「何言ってんだい、五月雨。君だって夕立に攻撃を当てたんだ。胸を張りなよ」

 

「ううううう・・・・・・時雨ちゃん」

 

 同じく白露型であるが五月雨は夕立や時雨と違って、そこまで強くは無い。

 そのことを気にしているのか五月雨は肩を落とし、時雨に慰められていた。

 

「島風さん、あのスピードはどうやって維持しているんですか?」

 

「んーと、兎に角、速く動けば大丈夫だよ?」

 

 島風に強さの秘密を尋ねる不知火や。

 

「雪風~ここは姉妹艦同士無礼講と行こうじゃないかい!」

 

「えへへ、無礼講だね、谷風ちゃん!」

 

 姉妹艦同士で旧交を温める者たち。

 

「流刑さん、どうぞ!」

 

「ああ、ありがとう朝潮さん。いやぁ孤島さん。良い子が多くてこの鎮守府も安泰ですね!」

 

「ええ、まぁ・・・・・・」

 

 皆、何だかんだで和やかに過ごしていた。

 俺も朝潮ちゃんにお酒を注いで貰って満足である。

 しかし孤島鎮守府は素直でいい子が多い。ウチの問題児共はちょっと彼女達を見習って欲しい・・・・・・

 

「孤島さん、杯が空になってますよ」

 

「え、ああ。すいません」

 

 俺はそう指摘すると漣さんが目ざとく動いた。

 

「ほら、ぼのたん! ご主人様にもお代わりを注いであげないと!」

 

「ちょ・・・・・・やめなさいよ! 何で私がクソ提督になんて・・・・・・」

 

 すると漣に背中を押された曙がこちらへやって来た。

 どうやら孤島鎮守府の杯が空になったので、おかわりを注いでくれるみたいだ。

 

「まあ、曙にわざわざ注いで貰わなくても自分で入れるから大丈夫だよ」

 

「このクソ提督! ふんっ! もういいわよ!」

 

 だが孤島の提督は変に気を使ってしまい、曙さんは怒って離れて行ってしまった。

 

「全く、ご主人様は本当にこういう所、駄目駄目ですね」

 

「君も大変だな」

 

「ええ。全く。提督になる人っていうのは皆、どうして鈍感なんでしょうねぇ」

 

 ビールを呷りながら漣さんは言った。

 確かに彼女の言う通り、孤島の提督は俺でも今見ただけで大体把握できた曙さんの好意を気づいていないらしい。

 

「漣さ、あんたも大変だね」

 

「いえいえ皐月ちゃんこそ」

 

 いつの間にか現れた皐月と漣さんが意味深げに杯を交わしていた。

 しかし孤島鎮守府の提督はある意味大変だな。見たところ、所属している艦娘たちが異性として好意を持ってるっぽいし・・・・・・

 

「頑張って下さい、孤島さん」

 

「え? 何が・・・・・・」

 

「まぁ、飲みましょう飲みましょう」

 

 孤島提督に曙さんの代わりにビールを注いでいく。

 滅多に無い鎮守府同士の交流会だ。今日くらいは飲み明かしても、お天道様は許してくれるだろう。

 

「さぁ、燃料が入ってきた所で一曲、いってみようか!」

 

いつの間にかほろ酔いとなった皐月がどこから取り出したのか、マイクを持って言った。

 

「おっ! なら俺も十八番の『お富さん』、行くしかないな!」

 

「ちょっと流刑さん、流石に羽目を外し過ぎでは……」

 

「ご主人様! ここで乗るのが、出来る大人ってもんですよ!」

 

「ボクもそう思うな! 孤島司令官の歌も聞いてみたいし!」

 

ここぞというときに手を組んだ漣と皐月が便乗してきた。

 

「そんなこと急に言われてもな……」

 

「提督。僕、尾崎豊の『I Love You』が聞きたいな」

 

「時雨の提案は置いておくとして……というか俺、その曲知らないし」

 

「では孤島さん! ここは二人で『兄弟船』といきましょう!」

 

「さっきからやたら古くないですか!?」

 

孤島さんに突っ込まれながらも、一夜限りの大宴会は続いていった。

次に会えるのはいつの日か分からないからこそ、盛大に楽しまなければならない。普段は交わらない2つの鎮守府。今夜限りは飲み明かそう。

 

いつかまた再会することを誓い合いながら、二人の男と17人の艦娘達は杯を重ね合うのであった。

 




画面の向こう先生、ありがとうございました!



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クリスマスデート大作戦

中々更新できずに申し訳ありません。

早いモノでもう年末。

クリスマス回前哨戦です。


 12月に入った流刑鎮守府。とある昼の事。

 この鎮守府最大にして唯一の派閥、暁姉妹……暁・清霜・グレカーレの三人は昼の寝室でお茶会を行っていた。

 定期的に行われるこの催しは、三人が集まってお菓子を食べながら駄弁るだけのイベントである。

 だが今日のお茶会は、いつもと雰囲気が違っていた。

 

「今年のクリスマス……暁は……大人のデートをするわ!」

 

 立ち上がって拳握って暁はそう宣言した。

 

「おーっ!」

 

 元気よく拍手する清霜と神妙な顔のグレカーレ。

 彼女らの手元には湯気立つ紅茶の入ったカップと、お菓子の袋がいくつか置いてあった。

 

「大人のデートって……暁姉さん、本気?」

 

「勿論よ! 今年こそ、司令官とレディーはロマンチックな聖夜を過ごすの!」

 

 むふーっと鼻息荒い暁であったが、対照的にグレカーレの視線は冷ややかだった。

 

「でも姉さん。この鎮守府のクリスマスって、ロマンの欠片も無いよ」

 

 グレカーレは昨年のクリスマスを思い浮かべて溜息をつく。

 彼女にとってクリスマス、特にイヴはカップルが仲を深め合う大切な日。

 この鎮守府だって、数少ない提督と距離を縮めるチャンスだと思っていた。

 だがグレカーレが思っていた以上に、この鎮守府の仲間たちは無邪気でお祭り気質だったのだ。

 ご馳走にプレゼント交換会。

 その後に行われる二次会という名の飲み会は、楽しかったのだがロマンチックなムードなど皆無であった。

 

「皆、普通にご飯食べてプレゼント交換して……その後、皐月さん谷風さん長月さんは何かすると思ったら、お酒飲んでホームアローン観てただけ……」

 

 遠い目でグレカーレは思い出す。

 折角の聖夜に酒盛りをする先輩たちの姿。そしてそれにノリノリで便乗して酒を呷る提督の姿を。

 

「清霜たちはすぐに寝ちゃったんだよね」

 

 清霜もしょんぼりして言う。

 暁と清霜はパーティーが終わった後、五月雨や不知火と一緒に眠りについたのである。

 

「確かに去年の暁は、まだお子様だったわ……でも、今年は違うわ! 司令官とイブに大人のデートをする作戦だって、ばーっちり立ててるだから!」

 

 だが小さな胸を大きく張って、自信満々に暁は宣言した。

 その姿に清霜は尊敬の視線を送るが、グレカーレの視線はより冷ややかになっていく。

 念のために言っておくが、グレカーレは暁の事を慕っている。

 しかし暁を慕っているからこそ、彼女がまだまだ幼い事をグレカーレは理解しているのだ。

 

「ちなみに姉さん。その作戦ってのは何なの?」

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれたわね! 特別に教えてあげる! 暁の大人なクリスマスデート大作戦をね!」

 

 ビシっ! と人差し指を立てて暁は語り始めた。

 

「まず司令官とご飯を食べた後、外で待ち合わせをするの!」

 

「ふんふん」

 

「でね、あえて暁は待ち合わせ時間に行かずに、司令官を待たせるの」

 

「ほうほう」

 

「そしたら夜更け過ぎに、降っている雨が雪に変わるのよ!」

 

「……うん?」

 

「で、きっと暁は来ない……そう考えた司令官の前に暁がドレスを着て現れるの!」

 

「……えっと」

 

「そして司令官は暁を抱きしめて……」

 

 その場面を脳裏に思い浮かべたのか、暁はうっとりして言った。

 

「す、すごい……すごいよお姉様……何て大人なの……」

 

 両目をキラキラさせながら、清霜も姉を称える。

 そんな二人をグレカーレは頭を抱えながら見つめていた。

 

「……とりあえず姉さん」

 

「ふふふ、何? グレカーレ? 暁の作戦のあまりの完璧さにびっくりしちゃった?」

 

「ちょっとそこに正座して」

 

「え!? ど、どうしてよ?」

 

「そうだよ、グレちゃん。すっごく大人な作戦だよ?」

 

「いいから二人とも、そこに正座!」

 

 お茶会はグレカーレの説教タイムと化した。

 

 …

 ……

 …………

 

「確かにあの曲は名曲でテートクもこの時期によく口ずさんでいるけど……カップル的には駄目な歌だからね」

 

「うう……ぐすん」

 

「それにこの鎮守府じゃ雪なんて降らないし、そもそも暁姉さんが深夜まで起きてられないでしょ」

 

「ううう……そうです……」

 

「もう辞めてグレちゃん……お姉様が限界だよ……」

 

 数分後、グレカーレの正論に滅多打ちにされた暁がは涙目で打ち震えていた。小さな背中を暁が優しく擦っている。

 

「あとドレスって何? 姉さん、ドレスなんて持ってたの?」

 

「うん……前にサンタさんから貰ったの」

 

「見てもいい?」

 

 グレカーレが尋ねると暁はコクンと頷いて、そのまま箪笥の方へと向かった。

 そして一番下の棚を開けて奥から大事そうに保管してた箱を取り出してくる。

 

「じゃーん、これよ!」

 

 もう機嫌が治ったのか、暁は満面の笑みでその中から真っ赤なドレスを取り出した。

 

「おおー、凄い! お姫様みたい!」

 

「でしょ! 去年のクリスマスにサンタさんが暁にくれたのよ!」

 

 清霜に絶賛され、むっふーと得意げな暁だったが、グレカーレは難しそうに目を瞑った。

 

「確かに素敵なドレスだわ……でもね、姉さん。このドレスには致命的な欠点があるの!」

 

「え……な、何よグレカーレ……」

 

「それは……今の暁姉さんじゃ着れないことよ!」

 

 ガガーン! とまるで稲妻に打たれたような衝撃が暁を襲った。

 

「た、確かに暁お姉様はちょっと大きいよね」

 

 清霜も気を遣いながら、そう指摘する。

 

「どんな可愛い衣装も着こなせなきゃ意味が無いわ。そのドレスじゃ姉さんは、正装どころかだぶだぶのコスプレ……」

 

「ううう……」

 

 剃刀のように鋭い指摘に、暁は再び涙目となってしまう。

 そんな姉の肩をグレカーレは優しく叩いた。

 

「大丈夫よ姉さん。あたしが姉さんにバッチリなコーディネートをしてあげるから!」

 

「ほ、ほんと?」

 

「ええ、姉さんがテートクと最高のクリスマスデート出来るように、あたしがプロデュースするわ!」

 

 力強く宣言するグレカーレに、暁は感激しその手を握った。

 

「暁はいい妹を持ったわ。ありがとう……」

 

「すごいよ、グレちゃん! 清霜も手伝うから、一緒に頑張ろうね!」

 

 ガッシリ手を取り合う三人の駆逐艦。

 暁三姉妹クリスマス大作戦が今、まさに始まろうとしていた!

 

「……でも、グレちゃん。どうしてお姉様に、こんな肩入れするの?」

 

「……あたしがクリスマスデートしようなんて誘ってもテートクはOKしないの。でも暁姉さんなら……そこで駆逐艦の魅力に気が付いてくれれば……」

 

 多少の下心はありつつも、三姉妹は準備を始めていくのであった。

 

 …

 ……

 ………

 

「もうすぐクリスマスですねー」

 

 五月雨が壁にかかっているカレンダーを見て、朗らかに言った。

 本日の仕事もあらかた終わり、俺と五月雨はまったりとホットコーヒーを嗜んでいる。

 

「もうそんな時期か。早いもんだなー」

 

 そう言いながら熱い珈琲を啜った。豆から惹いているだけあって、コクがあって美味い。元の世界ではインスタントと缶コーヒーばかりだったから、余計に美味く感じてしまう。

 しかし歳取ったからか、一年が随分と早く感じる。このままじゃあっという間に30かな……

 自嘲気味に笑って、俺は珈琲を飲み干した。

 

「今年も皐月ちゃん達がパーティーを開きますし、皆で楽しみましょうね」

 

 クリスマスパーティー……そういえば去年もやったなぁ。

 皆のクリスマスプレゼントで俺のボーナス吹き飛んだっけか……と、当時の事を思い出していると執務室の扉が勢いよく開いた。

 

「し、しれいかみゅっ!?」

 

 真っ赤な顔をして噛み噛みの台詞を言いながら入ってきたのは、暁であった。

 

「お姉様頑張って!」

 

「姉さん、落ち着いて」

 

 後ろには妹分の清霜とグレカーレの姿もあった。

 何となく、長女の暁を応援しているようにも見える。

 俺はコーヒーカップを机に置くと、彼女の方へと姿勢を正した。

 

「どうした、暁。俺に何か用事か?」

 

「し、ししし司令官! イヴのパーティーの後……よ、予定ありゅっ!?」

 

 林檎みたいになった暁は、拳をぎゅっと握りってそんなことを口走った。

 呂律が回ってない上に挙動不審であるが、暁が何を言いたいのかは大体察せられる。

 どうやらイヴのパーティーの後の事を聞いているようだ。

 

「うーん、確かイヴの後は皐月たちと飲む予定だな」

 

 去年もその前も皆でパーティーした後は、酒が飲める勢で二次会もとい宴会が恒例行事だった。

 

「今年は『ビーロボカブタック クリスマス大決戦』を見る予定だぞ」

 

「か、カブタック・・・・・・」

 

 ごくり、と暁が生唾を飲み込んだ。

 

「ちょっと姉さん! 何揺らいでるの!」

 

「でもグレちゃん、クリスマス大決戦はビーファイターが出てくるんだよ?」

 

「何を言ってるの清霜姉さん・・・・・・」

 

 諭すように言う清霜に、困惑するグレカーレ。当の暁は悩んでいるように見えた。

 

「まあ、カブタックはすぐ終わるから、その後『燃えろ!! ロボコンVSがんばれ!! ロボコン』も見る」

 

「ろ、ロボコン・・・・・・」

 

「落ち着いて暁姉さん! そんなもの見てる場合じゃないでしょ!」

 

「でもグレちゃん。エンディングは水木一郎さんのお歌が流れるんだよ?」

 

「さっきから何を言っているの、清霜姉さん・・・・・・」

 

 妹達が後ろで何かわちゃわちゃやっている間、暁はうんうん唸って悩んでいた。

 

「・・・・・・我慢、我慢、ガマン・・・・・・し、司令官っ! イヴの夜にあ、暁と・・・・・・」

 

 が、拳を再び握りしめると何かを決意したような力強い眼差しで俺を見つめて言った。

 

「暁と、デートしましょ!!」

 

 大声で言い放った暁。

 暫し、執務室は静寂の波に包まれる。

 先程まで珈琲を嗜んでいた五月雨は、目玉をまん丸に見開いてフリーズしている。

 

「・・・・・・俺とかい?」

 

 俺は暁の目を見ながら、出来るだけ穏やかに尋ねた。

 すると暁は目をぎゅっと閉じて、頷いた。

 

「そうか・・・・・・分かった。暁、デートしようか」

 

「え・・・・・・ほっ、本当!?」

 

 暁は顔をぱぁっと輝かせて言った。

 

「ああ。約束だ」

 

 俺は小指を立てて、暁の前に差しだした。暁はその小さな指を俺の小指へと絡ませる。そして嬉しそうにうでをぶんぶんと振った。

 

「約束よ司令官! 約束だからね!」

 

 笑顔で何度も念を押すと、暁はぱっと手を離す。そして妹分達に顔を向けた。

 

「行くわよ清霜! グレカーレ! 大人のデートには準備が必要よ!」

 

「あ、待ってお姉様!」

 

「姉さん、走ったら危ないわ!」

 

 ハイテンションで執務室を出て行く暁を妹たちは追っていく。

 何とも慌ただしく、そして嵐のように三人は去って行った。

 

「・・・・・・提督、ほ、本気ですか?」

 

 クイクイと袖が引っ張られる。振り向くと五月雨が心配そうに見上げてきた。

 

「どう、どうしたんだ五月雨」

 

「提督、本気で暁ちゃんとデートするんですか?」

 

「・・・・・・まぁな」

 

 頭をポリポリ掻きながら俺は答えた。

 

「あの暁があんなに真面目に誘ってきてくれたんだ。俺もそれに応えないといけないだろう」

 

 何時もの冗談や遊びではなく、真剣な表情だった。

 それに対して子供をあやすような態度で返しては駄目だ。真摯に暁が俺を誘ってくれたのだから、俺も彼女に真摯に向き合うべきだと思ったのだ。

 

「て、提督・・・・・・提督は暁ちゃんのこと・・・・・・」

 

 五月雨は何かゴニョゴニョ言っていたが、やがて大きく息を吐くとグッと拳を握り込んだ。

 

「頑張って下さい、提督! 五月雨、応援してます!」

 

「おう、ありがとう。さてと、俺も準備しないとな・・・・・・」

 

 俺は空になったコーヒーカップを五月雨に渡すと、ぐっと腕を伸ばす。

 昨年までとは違うクリスマスが始まろうとしていた。

 




クリスマス編に続きます。


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白い恋人達

クリスマスですね

作者はクリスマスから大晦日まで仕事です


 

 12月24日。

 世間ではクリスマス・イブであり、宗教心の薄い日本人にとっては年末のお祭りイベントの一つである。家族や恋人と過ごす聖夜。この流刑鎮守府も毎年皆でパーティーを行うのが通例となっている。

 

「メリークリスマス! かんぱーいっ!」

 

『かんぱーいっ!!』

 

 9つのグラスがガシャン! と重なった。

 流刑鎮守府の食堂はクリスマスツリーやリースなどが飾られ、華やかな雰囲気が彩られている。   

 テーブルには長月手作りの料理やお菓子、クリスマスケーキが並べられ、ワインやシャンパンなども揃えられていた。

 

「そら、長月サンタからのプレゼントだ」

 

「わ、ローストチキンだ!」

 

「照り焼きに手羽先! 今年は鶏尽くしだね!」

 

谷風の言う通り、今年のメニューは鶏肉料理ばかりだ。本場では七面鳥を食べるそうだが、ここでは手に入らないので代わりにこうなったらしい。だが清霜の喜びようを見ると、どうやら正解だったようだ。

 ちなみに長月はサンタ。谷風はトナカイの衣装を身に纏っている。ゲームでもお馴染みの期間限定グラと同じものだ。

 

「プレゼントもありますよ〜」

 

 五月雨もクリスマスプレゼントを持ってやってきた。流刑鎮守府恒例のプレゼント交換会だ。

 

「メぇぇぇ~~リぃぃぃぃぃクリっスマぁぁぁ--スぅ!! ひゃーはっはっはっはぁーっ!!」

 

「テンション高いね、皐月さん」

 

「あまり飲みすぎては駄目よ、皐月」

 

 開幕からシャンパンを痛飲し、そのままビールをチャンポンして上機嫌な皐月に、グレカーレと不知火が突っ込んでいた。

 華やかで楽しい雰囲気。

 俺もその中で、蒸し鶏を肴にシャンパンを嗜んでいた。

 

「あれ、司令官? ビールかワインじゃないの?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 去年は一杯でシャンパンを終えて、すぐにビールへと切り替えたからな。皐月が不思議そうに尋ねるのも無理はない。

 だがこの後、大事な予定がある。

 そのために今日は飲む量をセーブしているのだ。

 

「ん?」

 

 どこからか視線を感じたので、その方向へ視線を向ける。すると暁が頬を紅くして、サッと顔を反らした。

 いつもこういったパーティーではテンション高めな暁であるが、今夜は後のことを考えてか、妙に大人しい。

 

「聞いたよー、しれーかーん」

 

 すると酔った皐月が俺に絡んできた。缶ビール片手に俺の体に寄りかかって、耳元で彼女は囁いた。

 

「この後、デートって本当?」

 

「・・・・・・酒臭いぞ、皐月」

 

「ああ、それブーメラン~。司令官、いつも酒の匂いしてるよ」

 

「人をアル中みたいにいうな」

 

「もう予備軍みたいなもんだろぅ?」

 

 更に別の方向から谷風が絡んでくる。こちらもほろ酔いのようで、シャンパン片手に上機嫌である。

 

「酷いよね~、ボク達との約束があったのに」

 

「それはすまないって言っただろう。今度、埋め合わせするよ」

 

「・・・・・・だったら谷風さんとも、でーとしてくれるのかい?」

 

「うーん・・・・・・」

 

 今回の暁は本気だったから、俺も本気で応えた。だか今の皐月たちは酔った状態だし・・・・・・でももし皐月たちが暁のように本気で誘ってきたら、俺もそれに向き合わないといけないのか・・・・・・

 

「こら、二人とも。司令官を困らせるな」

 

 俺が考え込んでいると、長月が二人を掴んで引き離していく。

 

「ほーら、二人とも。ケーキもあるよ~」

 

 五月雨も更に切り分けたクリスマスケーキを持って現れる。

 

「ケーキ!」

 

「おお、怖い怖い。熱い紅茶も怖いねぇ」

 

 酔っぱらい二人は目の前に出された甘味に瞳を輝かせて、ホイホイ付いていった。こういう所は女の子らしい。

 

「すまないな、二人とも」

 

「かまわん。それより、しっかりとやれよ」

 

「そうですよ。暁に悲しい思いをさせたら、不知火も怒りますよ」

 

 後ろから不知火がにゅっと生えてくる。

 どうやらこの後の事は、皆に筒抜けになっているらしい。元々、末っ子扱いで皆から可愛がられていた暁だから、皆保護者のように心配しているようだ。

 

「ていうか、テートクにデートの経験なんてあるの?」

 

「やれ、不知火」

 

「はっ」

 

「え、ちょっと、やめぶべべべべべ!」

 

 失礼なことを言ったグレカーレを、不知火に始末させる。

 あるさ・・・・・・コントローラーを握ったデートなら何度も・・・・・・広島の不知火とのアレはどっちかっていうと呑みだしなぁ。

 

 そんなこんなで皆でのクリスマスパーティーは、滞りなく進んでいったのだった。

 そして宴もたけなわとなり、皐月たちが酒を持ってテレビのある執務室へと移動し、長月や不知火がパーティーの後片付けをしている中で俺は着替えに物置へと向かう。自室がもう無いのと、よそ行きの服がそこにあるためだ。

 デートなんだからお洒落しないと・・・・・・となるが、元の世界から一張羅でやって来た上に、絶海の孤島じゃお洒落もクソもない。

 何時も来ている軍服の他には、広島に行くときに使った背広くらいである。それでも毎日着ている海軍服よりはましだろうと、背広を選んだわけだ。

 ワイシャツとズボンを身につけ、ネクタイを絞めた所でコンコンとドアを叩く音がした。

 

「提督、準備はどうですか?」

 

「五月雨か、どうした」

 

「えっと・・・・・・気になっちゃいまして」

 

 恥ずかしそうに頬をかきながら、五月雨は答えた。

 

「もしかして、心配?」

 

「そ、そんなことはありませんよ! ただ、ちょっと・・・・・・」

 

 口元をゴニョゴニョさせながら、五月雨はぎこちない様子で答えるのである。

 

「あ・・・・・・ネクタイが曲がってますよ」

 

「おう、すまない」

 

 五月雨は少しだけ背伸びして、俺のネクタイを直してくれた。

 

「・・・・・・本当にデートするんですね」

 

「ああ、約束したからな」

 

「・・・・・・頑張って下さいね」

 

 五月雨は何だか、寂しそうに言う。

 そういえば五月雨はずっと秘書艦として一緒にいたけど、こういうことはしたことがなかったな。

 

「いつか皆ともデートできたらいいな」

 

「え、ええ!? そ、そうなんですか?」

 

「そりゃ、暁だけってのも贔屓になっちゃうしな」

 

「そ、そうですか・・・・・・そうですよね・・・・・・ふふ」

 

 五月雨は少しだけ笑うと、上着を俺に手渡してくれた。

 

「暁ちゃん、待ってますよ。入り口です」

 

「ああ、ありがとう」

 

 俺は上着に袖を通すと、そのまま歩き出したのであった。

 待ち合わせは鎮守府の入り口。

 同じ所に住んでるのだから待ち合わせとは妙な話だが、暁曰くそうするほうがデートっぽいらしいとのことだ。

 俺は背広の襟を整えながら、待ち合わせ場所へと向かった。

 

「あ……」

 

 待ち人は玄関の所で一人、佇んでいた。

 不安そうに俯いていた彼女は近づいてくる俺を発見すると、顔を輝かせてこちらに駆けてくる。

 

「クリスマス使用のレディーよ! どうかしら!」

 

 暁はそう言ってクルリと一回転してみせた。

 

「ああ、とっても似合ってるぞ」

 

「ふふん! そうでしょう!」

 

 余程嬉しかったのか、胸を張る暁であるが口端がにやけていた。

 いつも彼女のセンスでは無いから、多分グレカーレあたりのコーディネイトだろうな。

 そう思いつつも、俺は暁へと手を伸ばした。

 

「じゃあそんなレディーを俺にエスコートさせてくれませんか?」

 

「あ……」

 

 すると暁の顔は一転、真っ赤に茹で上がり、俯きながら右手を差し出してきた。

 俺はその小さな手を握った。柔らかい掌が汗でじっとりと濡れている。

 緊張しているのかもな。

 俺が少しだけぎゅっと力を込めると、暁もぎゅっと握り返してくれるのだった。

 

 …

 ……

 ………

 

 さてデートであるが、流刑鎮守府は僻地中の僻地にポツンと佇むような場所だ。

 周りにあるのは雄大な自然だけで、デート出来るようなスポットは皆無である。

 灯りなどもないため、暗い夜道で迷わぬよう、俺と暁は鎮守府の明かりが届く範囲を二人で歩いていた。

 

「暑い……」

 

 汗を滝のように流しながら、暁はぽつりと呟いた。

 ここ流刑鎮守府は基本的に年中温暖で、今の暁のような冬服では熱が籠ってしまうのである。

 

「マフラーとコートは取った方がいいんじゃないか?」

 

「ううん……駄目よ。これは暁の無敵コーデなんだから……」

 

 そう言いつつも、足取りがふらつき始めた暁の身体を俺は両手で支えてやる。

 

「それでデートが駄目になったら本末転倒だろう。持ってってやるから」

 

「ん……」

 

 観念したのか暁はマフラーを取って、コートを脱いでいく。

 下に着ていたのはいつもの制服で、それでも汗で湿っているようだった。

 

「ふー、すっきりした」

 

「それはよかった」

 

 熱が籠った衣服を脱いで少し楽になったのか、暁は元気を取り戻した。

 そのままホテホテと二人で歩いて行く。

 

「綺麗……」

 

 ふと暁が呟いた。

 彼女の視線の先を見ると、そこには満点に輝く夜空があった。

 

「本当だな……」

 

 僻地中の僻地だからこそ、この島では星が大きく見える。

 都会では街の灯りなどで見えないが、この鎮守府にはそういったモノが無いからだ。

 

「……ロマンチックな夜景を二人で歩く……これは……大人のデートね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 それくらいしかやることが無いのであるが、それでも暁は楽しそうだし、俺もそんな彼女を見るのが嬉しい。なのでこのままもう少し歩こう。

 鎮守府の周りをぐるりと一周。

 小さな建物なので、すぐに終わってしまう。

 そんな短い間で俺と暁は星を見ながら色々と話した。

 日常のささいなことや、演習や遠征の事。

 暁が清霜とグレカーレ相手にいかに姉として慕われているか。

 サンタさんに何を願ったか。

 レディーとは何をするかとか。

 暁は楽しそうに話してくれた。

 普段、こういったことを一人相手にじっくりと話すことはあまりなかったので、会話が弾む。

 デートと言うようなムードでは無かったが、それでも暁とかけがいのない時間を過ごせたことは間違いなかった。

 

「うん……」

 

 玄関口近くに戻った時、暁は眠そうに目を擦った。

 本来なら寝てる時間が近いので、身体も休むモードに入り始めているようだ。

 

「眠いか?」

 

「だ、大丈夫よ! 暁はまだまだ元気よ!」

 

 暁はそういうものの、うとうとし始めていた。こういう所はまだまだ子供だと思ってしまう。

 

「鎮守府に戻ろうか」

 

「……まだ大丈夫だもん」

 

 本人はそう言うがもう無理そうである。

 足取りは千鳥足でおぼつかない様子だ。

 

「無理するな、ほら」

 

 俺はしゃがんで背中を暁に差し出した。

 

「むぅ。暁、子供じゃないもん」

 

「子供扱いなんてしてないさ、最後までレディーをエスコートするのが大人の男だ」

 

「なら、いい」

 

 暁はそう呟くと、そのまま俺の背中に乗ってきた。柔らかい感触が背後から伝わり、細い腕が首元に回される。

 こうして体重をかけられると、暁に信用してもらっていることがわかってなんだか嬉しい。

 俺はゆっくりと立ち上がると、鎮守府のある方向へ歩き出した

 

「ねえ、司令官。また来年もデートしてくれる?」

 

 後ろから暁が尋ねてきた。

 

「ああ、勿論」

 

 俺がそう答えると、暁は嬉しそうに体を密着させる。

 

「えへへ、来年も再来年も。ずっとよ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 来年も再来年も。

 暁の言葉に少しだけ胸が苦しくなる。

 彼女の気持ちは嬉しい。

 このままずっと暁や皆と楽しく過ごしていく。そんな思いは確かにある。

 しかしそのことを考える度に脳裏を過ることがあるのだ。

 俺は元々、この世界の住人ではない。

 理由が分からないが、気がつけば艦娘のいる世界へとやってきていたのだ。そして運良く提督になったに過ぎない男である。

 生まれ育った世界へ未練が無いといえば嘘になる。辛いことばかりだったが、それでも20年以上過ごしてきた場所なのだ。両親や、少ないが友人もいる。

 もう帰れないのだろうか。

 そして帰れるとしたら、この鎮守府の艦娘たちを置いていくことになるのか。

 そして、もし帰れないとしたら俺はこの世界で今後どうやって生きていくのか。ずっとこの鎮守府で生活するのか。戦争が終わったらどうなるのか。

 いくら目を逸らそうとしても、避けては通れない現実が山積みになっている。

 それを理解しているからこそ、俺は心から暁に同意できなかったのだ。

 

「……ん」

 

「暁?」

 

 気がつくと、暁は俺の背中で寝息を立てていた。 俺は起こさないよう慎重に彼女を運び、鎮守府へと戻っていく。そのまま艦娘たちの共有寝室に向かうと、扉の前に丁度グレカーレがいた。

 

「Ciao、テートク。デートはどうだった?」

 

「見ての通りさ」

 

後ろの暁へ顎をしゃくると、グレカーレはクスクスと笑った。

 

「まあ、姉さん張り切ってたもん。疲れたんでしょ」

 

そう言いながらグレカーレは暁の顔を覗き込んだ。

 

「でもこの顔は……うふふ、上手くいったみたいね」

 

「まあな。さ、ベッドに運ぶぞ」

 

「いいよ、ここであたしに任せて。中で清霜姉さん達も寝てるし」

 

それもそうかと思い、俺は暁をグレカーレに預けた。

 

「清霜姉さんも暁姉さんが帰るまで待ってたんだけど、寝落ちしちゃってね」

 

「そうか……暁は妹たちに慕われているな」

 

「当たり前じゃない。あたしたちの姉さんよ」

 

 グレカーレはにししと笑う。艦種が違っても三人は強い絆で結ばれているのだろう。

 

「じゃ、お疲れテートク」

 

「ああ、お休み」

 

「……ありがとうね」

 

 ボソリとグレカーレは呟くと、そのまま中へと入っていった。

 ……出来ることなら彼女たちとずっと一緒にいたい。俺の生きてきた時間の中ではまだ僅かであるが、それを覆すほどの濃密な時間を彼女たちと過ごしてきたのだ。

 

「そろそろ真面目に考えるべきなのかもな」

 

 これからのこと。

 

 そう俺が思った時であった。

 

「司令官、お疲れ様! 次はボク達の番だね!」

 

「もう一杯、やってるよ!」

 

 皐月と谷風がほろ酔いでくっついてきた。

 

「お前たち、折角のクリスマスなんだからもっとムードってもんをな」

 

「まあまあ、ボクらにそんな飾り気は必要ないでしょ!」

 

「提督と谷風さんらの仲だしねぇ!」

 

 こうやって慕ってくれてるのも嬉しいが、そのために先程の悩みもまた色濃く浮かんでくるのである。

 

「二人共、騒がしいぞ」

 

 すると後ろから現れた長月が、絡んでくる二人を引き剥がしていく。

 

「デートのこと、色々聞かせてもらうぞ」

 

 小声で長月がそういった。無骨な彼女もなんだかんだできになってるらしい。

 

「ああ、今いくよ」

 

 皐月と谷風をぶら下げて歩く長月の後をついていく。

 皆と一緒にいるために、ちゃんと今後を考えよう。

 俺はそう思いながらも、小さな背中を追いかけていくのであった。




本年も『流刑鎮守府異常なし』を愛読いただきありがとうございました。

皆さま、よいお年を。


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流刑鎮守府大喜利 

明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!

新年一発目はいきなりパロディです。




 テンテケテケテケテンテン♪

 小気味よい音楽が鳴るのと同時に、舞台袖から小さな影が飛び出してきた。

 水色の着物を着た谷風が胸を張って。

 桃色の着物を着た五月雨が照れながら頭を下げて。

 黄色の着物を着た皐月が元気よく。

 黄緑色の着物を着た長月が礼儀正しくお辞儀し。

 紫色の着物を着た不知火が軽く会釈して。

 オレンジ色の着物を着た暁がちょっとむくれた顔で。

 最後に赤い着物を着た清霜が満面に笑みを浮かべて。

 色とりどりの着物に身を包んだ艦娘達が登場し、それぞれが綺麗に並べられた座布団に腰を降ろしていく。

 

 そして最後に紺色の着物に身を包んだ青年が、お辞儀して現れる。

 彼はそのまま艦娘達の後ろを一直線に進んでいき、一番端にある席へと腰を降ろした。

 

 ――パン!

 

「さて、お正月特別企画『流刑鎮守府大喜利』の時間がやってまいりました。司会の提督です。まずは晴れ着に身を包んだ、可愛い艦娘達の挨拶からどうぞ!」

 

 扇子で司会の台座を叩いて提督はそう言った。

 すると谷風が軽快に語り始める。

 

「笑点で青い着物といえば、三遊亭小遊三師匠。小遊三師匠が大月のアラン・ドロンなら、谷風さんは鎮守府のオードリー・ヘップバーンってか!? 陽炎型・谷風です」

 

 谷風が大きく頭を下げると、次に五月雨が軽く会釈した。

 

「えへへ、お正月スペシャルで笑点のパロディーです。皆で色とりどりの着物を着ると、何だかワクワクしますね。幸せ気分の五月雨です」

 

 はにかみながら五月雨がお辞儀すると、次に皐月が元気よく手を挙げる。

 

「かわいいボクが! 今回は黄色の和服で登場だよ! これからバンバン笑いも座布団も取るから期待していてね! スパースターの皐月でーすっ!」

 

 笑顔で挨拶を終えた皐月。だがその直後、長月が軽く溜息をついた。

 

「何がスーパースターだ、全く・・・・・・」

 

 そう悪態をつきつつも、長月は自己紹介を始めた。

 

「さて、皆様明けましておめでとう。皆で大喜利ということで、私は緑の着物を着ている。緑といえばかつては桂歌丸師匠。今は桂宮治師匠の着ている由緒正しき色だ。師匠方に少しでも近づけるように、頑張っていくつもりだ。長月です」

 

 長月が礼儀正しくお辞儀をすると、隣の不知火が静かに頭を下げた。

 

「昨年、六代目三遊亭円楽師匠が旅立たれました。不知火達にとって笑点で紫の着物といえば、楽太郎師匠もとい円楽師匠です。そんな偉大な紫色をパロディーとはいえ、着させて頂きました。偉大なる師匠に捧げる大喜利を目指します。不知火です」

 

 不知火が挨拶を終えると。暁がむっとした表情で口を開いた。

 

「ちょっと! 暁がなんでオレンジ色の着物なのよ! オレンジっていったらチャーザー村の田舎者とか、秩父の花火師じゃない! レディーのイメージじゃないわ!」

 

「へえ、じゃあここはレディーっぽい挨拶。一つお願いしようか」

 

 提督が意地悪くそう言う。すると。

 

「えっ・・・・・・えっと・・・・・・あの・・・・・・ちゃっらーんっ! 暁でーすっ!」

 

 ヤケクソ気味に万歳して暁は挨拶を終えた。

 

「さあ、続いては座布団の清霜の挨拶をどうぞ」

 

「ざっざっ座布団運びます~♪ 清霜は今回、座布団運びだよ! お姉様たちに負けないくらい頑張るよ! 横断歩道は手を挙げて! 清霜でーっす!」

 

 清霜は挨拶を終えると、そのまま袖へと戻っていった。

 

「えー、いい答えをすると座布団をあげます。悪い答えだと取ります。最後に座布団が一番多かった娘には素敵な商品をプレゼント。では第一問。清霜、皆さんに例のモノを配ってください」

 

「はーい! かしこまりましたー!」

 

元気いっぱいに清霜は返事をすると、大きなフリップを持って現れた。

そこには、

 

 ふ――

 ね――

 

 と書かれていた。

 

「えーと、艦娘とはいえば古の船の魂を受け継いだ存在。そこで問題。皆さんまずはヒントを言って、『ふ』と『ね』を頭文字にして一言申して頂きたい。はい、早かった長月」

 

「私の指標だ。

 

 ふ――不屈の闘志

 

 ね――熱血驀進」

 

「おお、キレイだね。清霜、長月に座布団一枚、やってくれ」

 

「よし!」

 

 長月はぐっと拳を握ると、立ち上がった。

 

「はい、次は不知火」

 

「はい。今の不知火の思いです」

 

 不知火は一息ついて答えた。

 

「ふ――不戦の誓い

 

 ね――願うは世界平和」

 

「うーん、そうだなぁ。最近、世界情勢がきな臭いからな。平和が一番だよ、ホントに。清霜、不知火に座布団一枚」

 

「はーい!」

 

「綺麗な答えが続いてるな。はい、では皐月」

 

「はいっ! 司令官です」

 

「ほう! 何ですか?」

 

「ふ――普段から酒浸り

 

 ね――年内に体壊しそう」

 

「余計なお世話だ! 清霜、皐月の座布団、取って!」

 

「そんな!」

 

「最近は休肝日もつくってんだよ! はい、気を取り直して谷風」

 

「おうさ! 谷風さんの心意気だね!」

 

「ほう、何でしょう」

 

「ふ――風林火山!

 

 ね――年功序列」

 

「何が心意気だよ、知ってる四字熟語並べただけじゃねえか。清霜、谷風の座布団持ってって」

 

「チクショウ!」

 

「はい、暁」

 

「はい! レディーの振る舞いよ!

 

 ふ――フランスでティータイム

 

 ね――熱っぽい、周囲の視線」

 

「うんうん、可愛いぞ。清霜、暁に座布団一枚」

 

「・・・・・・何か釈然としないわ」

 

 暁はちょっとむくれながらも、座布団を受け取った。

 

「よし、では五月雨」

 

「はい。えへへ・・・・・・流刑鎮守府の皆です」

 

「お、流刑鎮守府の皆。何でしょう?」

 

「ふ――フレンドリーで

 

 ね――根は優しい」

 

「ああ、いいねえ。五月雨に座布団一枚!」」

 

「ちょっと! 何かボク達だけ厳しくない?」

 

「谷風さん達と扱いが違うぞ!」

 

「最初に言っただろ。良い答えを言えば座布団を上げます。悪いと取ります。俺は公平に審査しているから。座布団欲しければもっとカワイイ答えをだしな」

 

 抗議の声をあげる皐月と谷風を切って捨てると、提督は次の回答者を差した。

 

「気を取り直して、暁」

 

「はいっ! カワイイモノよ!」

 

「ほう、なんでしょう」

 

「ふ――ふわふわな

 

 ね――猫さん!」

 

「あー、可愛いなぁ。暁も可愛いぞ。清霜、座布団一枚やって」

 

「はーいっ! さっすがお姉様!」

 

「ふっふーん、当然でしょ!」

 

 得意顔で座布団を貰う暁とそれを讃える清霜。その様子を提督は穏やかな笑顔で見つめていた。

 

「うんうん、姉妹が仲いいのはいいことだ・・・・・・はい、長月」

 

「ああ、昨年のワールドカップだ」

 

「なんでしょうか?」

 

「ふ――震える試合の連続

 

 ね――ねぎらう日本代表」

 

「おおーっ! 確かに日本代表は素晴らしい健闘だったな。清霜、長月に座布団一枚・・・・・・何だ谷風」

 

「へーん、べっつにぃ」

 

「そうか。じゃあ、はい。谷風」

 

 拗ねたようにそっぽを向きながら谷風は答えた。

 

「提督の司会です」

 

「ほう、なんでしょう」

 

「ふ――不平等な采配

 

 ね――根っこから依怙贔屓」

 

「何を! おい、清霜、う・・・・・・」

 

「へっへっへ、残念だったね提督! 谷風さんは座布団0だからノーダメージだよ!」

 

 扇子で床を叩いて谷風が得意げに言う。

 

「・・・・・・清霜。谷風に一枚やってくれ」

 

「おっ! くれんのかい!?」

 

「座布団無いと何言うか分からんからな。はい、次。不知火」

 

「はい。皐月と谷風です」

 

「お。何でしょうか」

 

「ふ――不真面目です

 

 ね――熱意が感じられません」

 

「なんだとぉっ!」

 

「あーっ! 言ったな!」

 

「あっはっは! こりゃいいや! お、皐月怒ったか、じゃあ皐月」

 

 激高する谷風と皐月に、爆笑する提督。すると勢いよく皐月が手を挙げたので、提督は皐月を差した。

 

「はい! 不知火です!」

 

「何でしょう」

 

「ふ――ふしだらな!

 

 ね――根暗!」

 

「な、何を言うの!」

 

「あっはっはっはっはっは! これは皐月の方が上手だわ!」

 

「司令、笑いすぎです」

 

「清霜ー、皐月に三枚やってくれ」

 

「っしゃぁ!」

 

「三枚!?」

 

「納得いかないですよ!」

 

 ガッツポーズを取る皐月に、驚く長月と抗議する不知火。

 ここで皐月が座布団数一番に躍り出たのである。

 

「ははははは・・・・・・あー笑った。さてと二問目にいきましょう。清霜、皆さんに例のモノを配って下さい」

 

「はい、かしこまりましたー!」

 

 清霜が次に持ってきたのはマイクだった。

 

「えー流刑鎮守府年始、発表会。皆さん、マイクを手に今年の抱負を発表して下さい。私が『頑張って』と応援しますので、さらに一言」

 

 マイクを渡された艦娘達はマイクを手に取って少し考えた後、続々と手を挙げ始めた。

 

「はい、では長月」

 

「はい。私、長月は今年こそ、この鎮守府で一番の艦娘になるぞ」

 

「頑張って!」

 

「・・・・・・もうなってるな」

 

「清霜! 長月の一枚持って行ってくれ!」

 

 周囲を見渡して言った長月に、提督から座布団没収の命が下る。

 

「駄目だぞ、長月。本当の事は言っちゃ駄目!」

 

「ちょっと、どういうことだよ!」

 

「提督、さっきから失礼じゃないかい!?」

 

「五月蠅いぞ、馬鹿コンビ。はい、五月雨!」

 

 皐月と谷風の抗議を無視して、提督は五月雨を差した。

 

「はいっ! 五月雨は今年、ドジをしないように頑張ります!」

 

「頑張って!」

 

「はい! そのためにみょわあう・・・・・・」

 

 ここぞの所で五月雨は噛んでしまい、そのまま真っ赤になって俯いてしまった。

 

「・・・・・・頑張ろうな、五月雨」

 

「はい・・・・・・」

 

「では気を取り直して、不知火!」

 

「はい。今年こそ不知火は提督に禁酒させます」

 

「誰か他に?」

 

「あーっ、逃げた!」

 

「司令、不知火はお体を想ってのことですよ」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ、俺の座右はノーアルコールノーライフよ! はい、暁!」

 

「はーいっ! 今年の暁は一人前のレディーとして、司令官にご飯を作ってあげるわ!」

 

「おお、頑張って!」

 

「・・・・・・そうでもしないと司令官、死んじゃいそうだもん」

 

「・・・・・・」

 

 これには流石の提督も絶句したようだった。

 

「確かに晩酌の量、ヤバいよね」

 

「日に日に多くなってるもんな」

 

「夕食の後、お酒と肴を痛飲しますからね、健康的に悪いにも程が・・・・・・」

 

「清霜ーっ! 皐月と谷風と不知火の座布団、一枚ずつ持って行ってくれ!」

 

 暁の答えた後に色々言っていた三人が一斉に没収を喰らう。

 

「全く、余計なお世話だってんだ、たく。気を取り直して、長月」

 

「ああ、今年は皆、笑顔で幸せに暮らしていきたいな」

 

「頑張って!」

 

「そうウクライナで心から言える日が来ると良いな」

 

「あ・・・・・・本当にそうだよな。何というか、真面目な木久扇師匠みたいな答えだ。清霜、長月に一枚やってくれ」

 

「はい、かしこまりましたー」

 

「はい、次は谷風!」

 

「おうよ! 谷風さんは今年! 第十七駆逐隊の皆を、鎮守府に連れてくるぜ!」

 

「・・・・・・マジ?」

 

「マジマジ」

 

「本当に? 約束する?」

 

「谷風さんに任せときな」

 

「清霜、谷風さんに座布団三枚やってくれ」

 

 問題ガン無視で提督は命じた。

 

「ちょっと谷風! おっぱいで気を引くなんて卑怯だわ!」

 

「お子ちゃまだなぁ、暁。勝てばよかろうなのだ!」

 

「司令官もこんな見え見えの嘘に騙されないでよ!」

 

「たとえ嘘だろうと・・・・・・可能性が0でなければかける価値はあるんだよ・・・・・・浜風・・・・・・浦風・・・・・・」

 

 まだ見ぬ第十七駆逐隊の巨乳駆逐艦に思いを馳せる提督に、長月が冷静に言った。

 

「多分、隣の孤島鎮守府から雪風を連れてきてお茶を濁す気だぞ」

 

「ばっ! あははは、長月よぅ。つまんねぇこと、いうんじゃないよ」

 

「清霜、やらなくていい」

 

「そ、そんなぁ!」

 

 長月に内情を暴露され、谷風は崩れ落ちる。

 

「危ないところだったぜ・・・・・・そういう手もあるよな。怖い怖い」

 

「おっぱいのことしか頭にないからそうなるんだよ、スケベ」

 

「清霜、皐月の座布団一枚持ってってくれ!」

 

「ちょ!? それは酷くない!?」

 

「上官侮辱罪だ。ほら、誰か次にいないのか?」

 

「じゃあ、はい!」

 

「おう、皐月」

 

「今年こそボク達は! この鎮守府一番の敵を倒すよ!」

 

「頑張って!」

 

「お前だよ、ばーか!」

 

「てめ、皐月、この野郎! 清霜! 全部持ってけ! 全部だ!」

 

「おちつけ二人とも! ここはマジの喧嘩する場所じゃないぞ!」

 

 長月に止められ、とりあえず提督と皐月の戦争は一旦落ち着きそうだった。

 

「全く・・・・・・はい、不知火」

 

「はい。不知火は今年こそ、この鎮守府の風紀を正します」

 

「頑張って!」

 

「はい。まず皐月と谷風とグレカーレの性根を叩き直します」

 

「おい、どういうことでぃ!」

 

「不知火、ボク達に上から目線過ぎない!?」

 

「観客席のグレちゃんも抗議してるよ」

 

 怒る皐月と谷風に、客席を指差す清霜。

 ちなみに人数があわないのでグレカーレは観客であった。

 

「えーと、これ以上続けると荒れそうなのでこの問題は終わりにします。さて、そろそろお時間がやってまいりました」

 

「もう!?」

 

「早すぎじゃねぇかい? 普通は三問だろ?」

 

「大喜利の問題と解答作るのすげー難しいんだよ! これを毎週やってる師匠方は化け物だと思う。というわけで、座布団が一番多いのは長月と暁かな・・・・・・」

 

「ふっ・・・・・・やはり私を凌駕する艦はいないようだな」

 

「えっへん! 暁が一番だわ!」

 

 積み上がった座布団の上で、二人は小さな胸を張った。

 

「というわけで、商品ですがお正月なので二人にはそれにちなんだモノをお渡しします。清霜、持ってきてくれ-」

 

「はーいっ! かしこまりましたー」

 

 清霜が商品を持って現れる。

 だがそれを見た暁と長月は随分と怪訝な顔をした。

 

「お正月と言えば、御神酒! というわけで、日本酒と言いたいところですが飲めない子もいるので御猪口と徳利をプレゼントだ! どうだ、粋だろ?」

 

「ちょっと、これのどこが豪華な賞品なんだよ!」

 

「何を言う皐月。最高の賞品じゃないか」

 

「暁お酒飲めない・・・・・・」

 

「大丈夫だよ暁ちゃん。ジュースを入れて一緒に飲もうね」

 

「五月雨に気を使わせてるじゃないか・・・・・・」

 

 呆れたように皐月と谷風が言う。

 

「・・・・・・これで司令官と二人で一杯・・・・・・悪く無いな」

 

 一方、長月は満更でもないようだ。

 

「はい。というわけで流刑鎮守府大喜利はここいらでお開きとします。本年もどうか今作をよろしくお願いします。それではまた来年!」

 

 ――テンテケテケテケテンテン♪

 

 テーマソングが流れ出し、皆が一斉に頭を下げる。

 

 今年も1年、よろしくお願いします。



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帰ってきたウルトラマン

2023年3月22日に、『帰ってきたウルトラマン』で主役・郷秀樹を演じた団時朗さんがお亡くなりになりました。

私にとっては永遠のヒーロー。一番好きなウルトラマンでした。

心からご冥福をお祈りいたします。

役者さん本人と役自体を一緒にすることは憚られますが、それでも私にとって団さんは郷さんで、大好きな主人公でした。

光の国へと帰っていった郷さん。どうかゆっくりお休みください。

さようなら郷さん。そして、ありがとう団時朗さん。


「うわぁあああんっ!! ウルトラマンが……ウルトラマンが負けちゃったよぉっ!」

 

「チクショウ……許せねえ……許せねえぞ、ナックル星人!」

 

「…………ねえ、五月雨さん。あそこの人達は一体何してるの?」

 

「えっと……皆で『帰ってきたウルトラマン』を見てるみたいだよ」

 

 グレカーレの問いに、五月雨は困ったような笑みを浮かべてそう答えた。彼女達の視線の先には、テレビの前で拳握って叫ぶ人影が三つ。

 一人目は清霜。二人目は谷風。そして――

 

「郷さん……うっ……」

 

 ――三人目は提督、つまり俺だった。

 現在、俺たちは執務室のテレビで名作『帰ってきたウルトラマン』を視聴していた。

 ちなみに今見ている回は第37話『ウルトラマン夕陽に死す』……ネタバレになるため多くは語らないが、主役であるウルトラマンが敗れるショッキングな回だ。

 

「いや、そうじゃなくて……清霜姉さんは分かるけど、谷風さんはもう結構大人だし。提督に至っては30手前のおじさんだよ? それがなんで子供向け番組をあんな熱心に見てるのさ」

 

「うっ……」

 

 胸にグサリと痛みが走る。確かにグレカーレの言うコトは正しい。

 本来、ウルトラマンなどの特撮作品のメインターゲットは子供……それをもう三十路になろうとする人間が本気で見るのは確かに変な話だ。しかし。

 

「でもなグレカーレ。子供の頃のヒーローは、いつまで経ってもヒーローなんだ」

 

「分かる……分かるよ……」

 

 俺が振り返ってグレカーレにそう言うと、谷風が肩をポンと叩いて同調した。

 

「大人になると辛い事なんてのは幾らでもある。そんな時は、こうやって少年時代のヒーローを見るのさ」

 

「あの……それ……現実逃避……」

 

「しれーかん! 谷風さん!」

 

 戦慄するグレカーレを尻目に、清霜が勢いよく叫んだ。

 

「ウルトラマンとセブンが!」

 

「なにぃっ!? ソイツは見逃せねぇ!」

 

「ハヤタとダンか! それは熱いぜ!」

 

 続く38話の名シーンに清霜が声をあげ、俺と谷風が勢いよく画面に戻っていく。

 その様子をグレカーレは呆れたような視線で見つめていた。

 

 …

 ……

 ………

 

 その夜。

 グレカーレは尿意を催し、むくりと起き上がった。

 胡乱な目を擦りながら横を向くとスヤスヤ眠っている清霜の姿。

 周りを見れば三段ベットに眠る先輩達……その中で一つだけ空いているベッドがあった。

 

「谷風さん……まだウルトラマンみてるんんだ……」

 

 酒を飲みながら全話視聴すると息巻いていた提督と谷風の顔を思いだし、グレカーレは溜息をついた。

 尊敬する二人であるが、あのマニア趣味だけは理解出来ない。

 そんなことを考えながら、グレカーレが廊下へと出て用を足した後だった。

 奥の方から漏れる光が見える。執務室の方だ。恐らくあの二人がいるのだろう。

 

「…………」

 

 怖い物見たさでグレカーレはゆっくりとその方へと近づいていく。

 

「うわ……」

 

 そして中を覗き見て絶句した。

 散乱した空の缶ビールとおつまみ。メニュー画面で止まっているテレビ画面。そして死んだように倒れている提督と谷風。

 二人とも床に突っ伏して豪快にイビキをかいている。正に死屍累々といった感じだ。

 

「こんなになるまで飲むかな……普通」

 

 呆れ顔でグレカーレは言うと、散らかった部屋を見渡し、ふとあるモノを見つけた。

 

「へえ、こんなモノまで持ってるのか……」

 

 そう言ってグレカーレが手に取ったモノ。それはウルトラマンのお面であった。

 

「ホント、子供がそのまま大人になったというか……」

 

  ため息混じりのグレカーレだったが、ふと戯れにそのお面を着けてみる。

 

「ジュワッ……なんちゃって」

 

 恥ずかしげにそう言った直後であった。

 

「ん……」

 

 提督が目を覚ました。しかも運悪くウルトラマンのお面を被ったグレカーレと、バッチリ視線が合ってしまう。

 やらかした。グレカーレがそう思い、恥ずかしさから耳まで真っ赤になってしまった時であった。

 

「……う、ウルトラマン?」

 

「へ?」

 

 提督は朧気だった両目を大きく開け、即座に起き上がった。

 

「ウルトラマン……郷さんが何でこんなところに……」

 

 うわぁ、マジかぁ――それがグレカーレの率直な気持ちであった。

 いくら泥酔しているからとはいえ、目の前のお面被った駆逐艦を本物のウルトラマンだと勘違いしたのである。

 あまりの出来事に苦笑したグレカーレであったが、目の前で瞳を輝かせる提督を見ていると、ムクムクと悪戯心が湧き上がってきた。

 

「ゴホン……やぁ、テートクくん。そうだ。私がウルトラマンだ(裏声)」

 

「っ……やっぱり……本物……本物のウルトラマンだ……」

 

 感極まった様子な提督に、内心爆勝しながらグレカーレは続けていく。

 

「キミが頑張っているようだから、ココにやって来たよ」

 

「そんな……俺なんかのために……あ、あの、握手して貰ってもいいですか?」

 

「ぷっ……あ、いいよ、構わないよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 提督は飛び上がって喜ぶと、グレカーレが差しだした両手を思いっきり握りしめた。

 手に汗がじんわりと滲んでいる。本当に嬉しそうだ。

 

(ていうか今握っている手を見て、分からないのかな……)

 

 グレカーレのウルトラマン部分はお面のみ。両手はしっかりと褐色色の細腕が、ありありと見えている。だがアルコールで脳が完全に麻痺しているのか、提督は少年の如くはしゃいでいるのだ。

 

(……今なら何してもいけるかも)

 

 仮面の下でグレカーレが悪い笑みを浮かべ始めた。

 

「ところでテートクくん! 空の上から見ていたが、キミは部下の扱いが悪いな」

 

「えっ……ソ、そんなことはないと思いますが……」

 

「いや、キミは自分の部下達が女の子という事を忘れてはいないかい?」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「彼女達は常にキミから女の子として扱われたいと思っている。妹や娘じゃなくて、異性として接してあげなさい!」

 

「は、はい……郷さんが言うなら……」

 

「それと女の子がアピールしてきたら、ちゃんとそれに答えてあげなさい! いいね、ウルトラマンとの約束だ」

 

「わ、わかりました……」

 

 驚くほど素直に頷く提督の姿に、グレカーレは何度も吹き出しそうになるが、頑張って堪えながら話し続けた。

 

(うぷぷ、もう限界……これ以上やると爆勝しちゃうよ)

 

 そう感じたグレカーレは話を切り上げて退散することにした。

 

「ではそろろそろ3分経過するから私は帰るよ。今言ったこと、ちゃーんと実行するんだよ」

 

「は、はい! 分かりました……あの、それで……最後に一つ頼んで良いですか?」

 

「ん、何だい? 何でも言ってごらん」

 

 グレカーレは調子に乗っていた。今の状態の提督なら大体騙し通せると。

 

「最後に……俺……いや、僕と『ウルトラ5つの誓い』を一緒にして欲しいんです!」

 

「う……ウルトラ?」

 

 だがファンですらないグレカーレには分からない話を振られ、完全に固まってしまう。

 

「僕、最終回の郷さんと次郎くんの約束、大好きなんです……俺もあの誓いを守って……ほとんど守れませんでしたけど……郷さんが言ってくれるなら……」

 

「え、えーと」

 

 困り果てたグレカーレ。その空気は瞬時に伝わったのだろう。

 

「郷さん、どうしたの?」

 

「う、うーん。そ、そうだ、私はキミの口から聞きたい――」

 

「ん? あれ、郷さん。そういえばウルトラブレスレットが無いような……」

 

 不味い。バレる。

 そう感じ取ったグレカーレはそのままこの場を逃れようと背を向けた。

 

「も、もう時間だ! 行かなくては! さらば!」

 

 踵を返し一気に退散しようとした時であった。

 

「……待て」

 

 ガッシリと提督がグレカーレの腕を掴んだ。

 

「……ウルトラ5つの誓いを言えない上に、ブレスレットが無い……偽物だな?」

 

「な、なんのこと……」

 

「ザラブ星人か!? それともサロメ星人のロボットか!? 正体を現せ!」

 

 提督はそのままグレカーレをチョークスリーパーを固めると、ファンじゃ無いと分からない固有名詞をあげながらニセウルトラマンを絞め始めた。

 

「ちょ……やめ……しぬ……」

 

「正体を現せ! ニセウルトラマンめ!」

 

 手加減一切無しの絞め技である。グレカーレの意識が徐々に薄れ始め、本当に光の国へ帰ってしまいそうになる直後であった。

 

「夜中に何騒いでるんですか」

 

「ぐぼっ……」

 

 突然現れた不知火が、提督の首筋にチョップを放ったのだ。

 そのまま提督は崩れ落ち、その隙にグレカーレは技から脱出する。

 

「ごほっ……ごはっ……あ、ありがとう、不知火さん……」

 

「全く……深夜まで起きている谷風を注意しにきたら何をしているのよ……」

 

 呆れたように不知火は言うと、床で転がっている妹艦と上官に視線を落とす。

 

「明日お説教ね」

 

 それだけ言うと不知火は爆睡する谷風を抱えあげた。

 

「ベッドに入れてくるわ。グレカーレは司令に何かかけてあげなさい」

 

「あ……はい」

 

 手際よく場を処理して去って行こうとする不知火の背中を見ながら、グレカーレは喉を押えて立ち上がった。

 そして近くにあった毛布を提督の腹の上にかけると、そのまま無言で退室した。

 暫くして、執務室からは提督のイビキが聞こえてきた。

 

 …

 ……

 ………

 

「うう、頭痛ぇ……」

 

「二日酔いだぜ、チクショウ……」

 

 朝。俺と谷風は食堂で頭を押えて苦しんでいた。

 

「大丈夫? お水飲む?」

 

「ありがとう、清霜……」

 

 昨日徹夜で酒を飲みながら帰ってきたウルトラマンを見ていた俺と谷風だったが、途中で酔い潰れてしまったのだ。

 

「無茶苦茶な飲み方をするからだ。いい加減、二人とも年齢を考えろ」

 

 呆れた顔で長月が朝食を並べていく。皆にはほかほかの白米だが、俺と谷風には食べやすいお茶漬けを用意してくれる優しさが染みる。

 

「……テートク」

 

「ん、なんだグレカーレ」

 

「気になることがあって……『ウルトラ5つの誓い』って分かる?」

 

「ん、ああ分かるけど。どうした急に」

 

 何だかぐったりしたグレカーレガ変な質問をしてきた。

 

「グレちゃん! ウルトラ5つの誓いを知らないの? なら清霜が教えてあげるね!」

 

 すると清霜が妹分の前でぱっと顔を輝かせて現れた。

 

「ウルトラ5つの誓い! 

 

 ――1つ! 腹ぺこのまま学校に行かぬこと!

 ――1つ! 天気の良い日に布団を干すこと!

 ――1つ! 道を歩くときは車に気をつけること!

 ――1つ! 他人の力を頼りにしないこと!

 ――1つ! 土の上を裸足で走り回って遊ぶこと!

 

 これがウルトラ5つの誓いだよっ!」

 

 胸を張って5つの誓いを言い切った清霜。それを聞いたグレカーレはげっそりした顔で「うん……凄い教育的」とだけ答えた。

 

「……聞こえるかい、郷さん」

 

 俺は顔を上に向けてそう呟いた。

 永遠のヒーロー、帰ってきたウルトラマン=郷秀樹に思いを馳せて。

 

「おい、何をしている。早く食べろ」

 

『はーい』

 

 長月の言葉に皆で食卓に着いていく。

 これからも頑張っていこう。そう思いながら俺は箸を持って朝食を口にするのであった。



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流刑鎮守府に乾杯

お久しぶりです。
お待たせして申し訳ありません。
今回を持ちまして著作『流刑鎮守府異常なし』は五十話を迎えることが出来ました。
これも日頃から愛読していて頂いている読者様のおかげです。
これからも遅筆ですが、どうかよろしくおねがいします。






「お疲れさまー! 乾杯ーっ!!」

 

『乾杯ーっ!!』

 ガシャンと9つのグラスが重なった。

 場所は流刑鎮守府の食堂。そこでささやかな宴会が開かれている。

 

「よーっし! すき焼きすき焼き! 」

 

「うへへ、たまんないねぇ」

 

 皐月と谷風が舌舐めずりしながら、箸を伸ばす先にはグツグツと煮える鉄鍋が一つ。その中にあるのは日本人のご馳走、すき焼き。絶海の孤島にある流刑鎮守府では貴重な牛肉や、白菜・春菊・椎茸といった野菜類。さらには豆腐やシラタキなどいった王道の具材が揃っている。

 

「こんなご馳走初めてですね!」

 

「ええ、不知火も久しぶりよ」

 

 五月雨と不知火も滅多に食べられないすき焼きに、随分と上機嫌のようだ。

 

「これがジャパニーズ・スキヤキ……上を向いて歩こう……」

「グレちゃん、こうやって溶き卵で食べるんだって!」

 

「二人共、お肉ばっかりじゃ駄目よ。レディなら、ヘルシーに白滝も食べなきゃ」

 

 すき焼き初体験であるグレカーレと清霜に、いっちょ前にお姉さんぶる暁に微笑ましさを感じながらも、俺はジョッキに並々注がれたビールを一気に呷った。

 キレのある苦味と喉越しが体に染み渡っていき、細胞の一つ一つが活性化していくのを感じるのだ。

 

「かーっ! 堪らねぇな!」

 

「おう、いい飲みっぷりだね提督! こりゃ谷風さんも負けてられねぇ!」

 

 そう言って、谷風も一気にビールを飲み干していく。それを見た俺はチラリと不知火の方を見る。いつもは飲み過ぎと注意する彼女だが、今日は『まあ、許してあげましょう』といった感じでスルーしていた。俺は安心して五月雨におかわりを頼み、二杯目をイッキする。今日はめでたい日なのだ。これくらい無礼講だろう。

 

「しかし、まさかこの小説が50話までいくとわねぇ」

 

 谷風がメタメタなことを言ったが、今回は許そう。何せ、今やっている飲み会は『流刑鎮守府異常なし』50話記念の飲み会なのだ。

 

「全くだ。これもひとえに読んで下さる読者の方々のおかげだ」

 

「何だかんだで、作者の連載最長ですね」

 

「ああ。シリアスで行き詰まって始めた作品だが、いつの間にか最長になってしまった」

 

「おいやめろ」

 

 不知火と長月がぶっちゃけ始めたので、一応釘を刺すが今日はもう何でもありな気がしてきた。

 俺もすぐに三杯目のビールを喉に流し込み、大きく息を吐く。

 

「だけど、何だかんだで清霜とグレカーレが増えたくらいで、あんまり変化の無い鎮守府だよなぁ」

 

 俺がそう言うと、皆もウンウンと頷いた。

 

「元々場末の鎮守府だしさ、仕方ないよ」

 

「そもそも最初は指揮官すらいなかったからな」

 

「よくそれでやっていけたな」

 

 俺は当たり前であるが、指揮官がいない流刑鎮守府の事を知らない。今では俺が最高指揮官として采配をしているが、昔は艦娘だけでどうにかしていたのだろうか。

 

「まあ、ぶっちゃけ遠征と演習しかやることないから、指揮官いなくても何とかなるんだよね」

 

「戦闘なんて滅多にないしな」

 

「谷風さん達だけで、どうにでもなったからねぇ」

 

皐月と長月がしみじみと言い、谷風もうんうんと頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待てお前ら。俺の存在意義は?」

 

五十鈴さん曰く、皆この鎮守府に提督が着任するのを心待ちにしていたのでないのか!?

 

「まあ、お飾りは必要だよね」

 

「責任を取る立場の人間がいないとな」

 

「お上からの防波堤として必要さ、もしもの時は腹を切って貰うぜ」

 

「むしろ司令が来てから酒代は増えるし、遊んでばかりだし、負担が増えたわね」

 

 皐月たちに好き放題言われた挙げ句、不知火からバッサリと切り捨てられる。

 部下の少女達に散々酷評され、俺のガラスハートは限界寸前だった。

 

「わ、私は提督が来てくれて嬉しかったですよ……」

 

「さみだれぇえええええええええっ!!」

 

 気を使うようにそう言った五月雨の胸に俺は飛び込んだ。

 

「司令官、大丈夫? お肉食べる?」

 

「清霜は司令官の事、大好きだよ! 元気出して」

 

「うう……ありがとう。皆」

 

 暁と清霜も励ましてくれる。心折れそうだったが、何とかギリギリで俺は正気を保っていた。

 

「テートクも小さい子に庇って貰っちゃおしまいだね」

 

「ちょ、グレカーレ! 言葉を選びなさい!」

 

「グレちゃん! 本当の事は言っちゃ駄目!」

 

 辛辣なグレカーレに姉たちの怒声が飛ぶ。でも実際そうだよな。俺を擁護してくれるのはちびっ子と優しい五月雨だけだもの……

 

「くそう……本当なら戦艦や空母に囲まれて、きゃっきゃうふふな鎮守府生活が始まるはずだったのに……どうして貧乳駆逐艦まみれの鎮守府なんかぐふっ!?」

 

「すいません、提督。五月雨、ドジしちゃいました」

 

「司令官の馬鹿!」

 

「サイテー!」

 

 五月雨から投げ捨てられ、暁や清霜も俺の脇腹に蹴りを入れていく。艦これ史上、これほど情けない指揮官が他にいただろうか……

 

「というかさ、テートク。もう諦めた方がいいんじゃない? こんな僻地に戦艦や空母なんて来ないでしょ」

 

「うううう……そんな……折角、提督になったのに……」

 

 グレカーレの非常な正論に、俺は地面に突っ伏して男泣きに泣いた。

 だって折角、艦これの世界に来たんだからさ。赤城とか金剛とかメジャーなキャラと会いたいじゃない。

 でもこの世界に来てからまともに会えた巨乳艦娘って五十鈴さんだけなんだもん……

 

「実際さ、何で司令官はそんなにおっぱい好きなの?」

 

 そんな時、皐月にそう尋ねられ俺は真剣な顔で返答する。

 

「あそこには、夢と希望が詰まっているんだよ。男にとって、おっぱいは、無限のフロンティアなんだ……」

 

「ちっ!」

 

「はぁ……」

 

「かぁー、ぺっ!」

 

 皐月は舌打ちし、長月は溜息をつき、谷風に至っては唾を吐いていた。

 他の娘たちも白い目で見てくるし、不知火は何故か指をポキポキならしている。一体、何をするつもりなのだろうか。

 

「第一さ! 司令官はボク達の事を色々言うけど、ボク達だって言いたい事あるからね!」

 

 皐月がそう言うと、周りもそうだそうだと同調した。

 

「な、ど、どういうことだよ皐月……」

 

「もっと格好いい司令官が良かったよ!」

 

 皐月がそう叫ぶと、更に他の娘達もどんどん口を開き始めた。

 

「ちょっとだらしなさ過ぎるな。司令官は……」

 

「もうちっとしっかりして欲しいよな」

 

「提督としての資質はかなり低い部類ですからね」

 

「ダンディな大人の人が良かったわ!」

 

「もういいだろ。俺が一体何をしたって言うんだ」

 

 数々の言葉のナイフが俺の胸を抉り、俺は失意のままグラスをテーブルに置いた。

 

「逆にテートクはさ。あたし達の事、どー思ってるの? 割と可愛いと思うんだけど」

 

 そんな時、グレカーレが後ろからワイン片手に絡みついてきた。

 少女特有の柔らかい感触と甘酸っぱい香りが鼻孔を突いて、ちょっとドキドキする。

 

「……まあ、可愛いとは思うさ。でも俺がお前達をそういう目で見るわけにはいかんだろ」

 

 ただでさえ上司部下の関係の上に、年齢差もある。

 彼女らを異性として見るわけにはいかんだろう。

 

「でも今日は折角の50回記念だよ? たまには忖度無しのぶっちゃけた話聞きたいじゃん」

 

「ぶっちゃけかぁ……」

 

 皐月に言われて俺は暫し、考える。

 そしてとりあえずビールを一気に呷った。

 

「ふー……」

 

「お酒の力に頼るのは良くないぞ」

 

「偶にはいいじゃえか、ほら提督。日本酒もあるぜ」

 

「そうそう、ワインも!」

 

 谷風とグレカーレが両脇から酒を出してくる。チャンポンになってしまうが、この際仕方ないだろう。

 

「ほら、司令官の好きなたこわさだ。日本酒に合うぞ」

 

「赤ワインにはチーズだよね! はい、司令官あーん!」

 

 長月と皐月も酒に合う肴で絶妙なアシストを加えてくる。酔いが回るには、そう時間がかからないだろう。

 

「ちょっと皆、あまり司令に飲ませるのは……」

 

 不知火が止めようとするが、その手を暁と清霜が防いだ。

 

「不知火、今日の所はお願い」

 

「清霜からもお願いします」

 

「む、むう……」

 

 不知火はなにか言いたそうな表情を浮かべるも、諦めたようにため息をついた。

 その隙に俺は二杯目、三杯目と空けていく。

 チャンポンしているからか、酔いがたちまち回りだし自然と全身が弛緩し始める。

 脳内に酩酊時特有の多福感が湧き出し、呂律も次第に乱れ始めていた。

 

「ふふふ、いい感じに準備運動が出来て来たぜ」

 

 自分でもテンションが上がっていくのが分かる。俺はその事を踏まえた上で、さらに杯を重ねていく。

 

「だ、大丈夫ですか提督?」

 

 五月雨が水を持ってきてくれて、優しく聞いてきてくれる。その優しさが妙に体へ染みる。

 そう言えば俺が皆のことをどう思ってるか、知りたいって言っていたな。今なら酒の力で恥ずかしさも薄らいでいる。

 

「ああ、いつもありがとう五月雨。俺は、君に助けられてばかりだ」

 

 俺はそう言って彼女の頭をポンポンと叩いた。

 

「へ……」

 

 五月雨は驚いたような声をあげると、顔を真っ赤に染める。

 

「こんな感じでいいかな?」

 

 俺も少し恥ずかく感じてしまい、思わず頬をポリポリ掻いた。

 

「あ、あうう……」

 五月雨はそのまま林檎のようになって、ゆっくりと下がっていく。

 恥ずかしがりやな所もあるし、悪かったかな……

 

「し、司令官! もっと呑んで!」

 

「ほれほれ、ぐいっと!」

 

 すると皐月と谷風が両脇からお代わりを勢いよく注いでくる。 

 皐月はビール、谷風は日本酒だ。

 俺はそれを交互に飲み干す。すると体がぶるるっと震え、全身が火照っていく。

 

「ねね、ボクのビール美味しい? 今日は特別にまだまだお代りあるよ?」

 

「おお、すまんな。よしよし」

 

「えへへへへ」

 

 自然と皐月の頭を撫でていた。やはりこの鎮守府にいる艦娘は駆逐艦の中でも幼い方だから、無意識に子供のように思ってしまうのかもしれない。

 

「ね、ボクかわいいでしょ?」

 

「ああ、かわいいぞ。皐月の笑顔を見ていると、元気が出てくる」

 

「う……」

 

 皐月の頬が朱が混じる。酌をする動きも止まってしまった。

 

「俺にとって皐月は太陽みたいな子だよ。一緒にいて色々大変な時もあるけど、楽しい時も多いさ」

 

 酔っているからか素直な気持ちが言葉に表れる。

 ただ俺も少し恥ずかしい気持ちが残っているのか、顔が熱い。皐月も同じ気持ちなのか、顔を赤らめたまま俯いてしまった。

 

「ちょ……急にストレートは反則だよ……」

 

 小声で彼女は何か呟いたが、俺の耳には届かなかった。

 

「て、提督……谷風さんは……」

 

 すると谷風が酒瓶片手にクイクイと袖を引いてきた。

 期待半分不安半分といった表情だ。

 

「谷風かぁ……うん、谷風はからっとしていて気兼ねなく付き合えるし、趣味も合うから、一緒にいると楽しいな」

 

「お、おう。そりゃ良かったよ。へへへ……」

 

「それに昔は第十七駆逐隊の中じゃあ、一番印象が薄かったけど……」

 

「な、なんでい……結局、胸の話かい……」

 

「いや、今では第十七駆逐隊の中で一番好きだぞ」

 

「あぅ……」

 

 ポン、と谷風の顔が真っ赤になった。

 俺も照れくさいが、本当なんだからしょうがない。

 勿論、おっぱいスキーな俺にとって浜風や浦風は大変魅力的な艦娘だ。けど直に触れ合って、一緒の屋根の下で暮らしてきた谷風が、いつの間にか俺の中で大きな存在になっていたのだ。

 

「好き、か……すき……へへへ」

 

谷風は頭をポリポリかきながら、照れくさそうに笑った。

リアクションが他の娘に比べて、ちょっと古いのも俺には合っている。

 

「ほ、本当に素直に言っているな」

 

「め、珍しいですね」

 

長月と不知火が驚いたように、俺の方を伺っている。

 

「し、しれーかん! レディー……あ、暁のことはどう思ってるの?」

 

すると暁が緊張した面持ちで、俺の前までトテトテやって来た。

「清霜も! 清霜も気になるよ!」

 

さらに清霜も遅れて続いた。

 

「おー、暁に清霜か。俺にとっては可愛い妹分だよ」

 

「……いもーと……いもうと……」

 

「妹……司令官のいもうと……えへへ」

 

清霜は嬉しそうに微笑んだが、暁は納得していないような複雑な表情を浮かべてきた。まあ、普段から大人のレディーになりたいと背伸びをしている子だ。妹扱いは不服なのかもしれない。でも暁は幼いから、どうしても妹や娘のように見てしまうんだよなぁ。

 

「まあ、二人共俺の家族みたいな子だ。これからも一緒にいような」

 

そう言って頭を撫でてやると、暁は少しだけ笑った。

 

「そっか、ずっと一緒なんだ……」

 

暁のそんな呟きが聞こえてきた。

 

「司令官。私のことも忘れてもらっては困るぞ」

 

俺がチビっ子二人の相手をしていると、長月が瓶ビールを持って現れた。

長月か……彼女は流刑鎮守府の食卓を一切切り盛りしてもらっているから、感謝してもしきれない。俺は受け取ったグラスに注がれたビールを一気に飲み干すと、彼女の目を見て言葉を紡いだ。

 

「長月にはいつも頼りになってるよ。ありがとう」

 

「そ、そうか。て、照れるな」

 

「いや、毎日皆のために3食ちゃんとした献立を考えてくれるんだ。長月がいないと流刑鎮守府は崩壊する」

 

「お、大袈裟じゃないか? そ、それに私は司令官が長月の料理をどう思っているか、気になるんだが……」

 

珍しく長月が恥ずかしそうに尋ねてくる。普段の凛々しい彼女とのギャップが凄まじいが、俺は極めて真面目に答えた。

「長月の料理は美味しいよ。俺は大好きだ」

 

「そ、そうか……」

 

「確かに長月さんのご飯美味しいよね! いつもありがとう!」

 

「全くだ、感謝しかないねぇ」

 

清霜と谷風もうんうんと頷いている。皆、毎日長月の手料理を食べているんだから、きっと同じ思いだろう。

 

「ふふ、報われた気分だ」

 

長月は満足そうに頷いて、席へと戻っていった。さてと、あと残っているのは……

 

「ほらほら、不知火さん! テートクに本音を聞き出すチャンスだよ! ぐいぐいいかなきゃ!」

 

「や、やめなさい、グレカーレ! 不知火は別に……」

 

グレカーレに背中を押されてやって来た不知火だ。彼女はこういう話題に関しては、結構恥ずかしがり屋だからなぁ。でもこんな機会あんまり無いし。

 

「し、司令。し、不知火は別にいいですよ。何もありませんし……」

 

それこそ先程の五月雨並みに顔が赤い不知火だが、どこか気になっているような素振りも見えた。ならば俺がやるべきことはただ一つだ。

 

「まあ、不知火にはこの中で一番殴られたな。厳しいし真面目だし、とっつきにくいし……」

 

「う、うう……」

 

「でもそんな不知火だから信頼出来るんだよな」

 

「えっ……」

 

俺の言葉に不知火は顔を上げた。

 

「これからも頼むぞ、不知火」

 

激励のために俺は不知火の肩をポンと叩いた。

いろいろ怖い時もある彼女だが、この鎮守府には無くてはならない人材だ。

 

「ふぅ、結構恥ずかしかったな。普段はここまで言わないし」

 

とりあえず一段落ついたので、俺はさらにビールを飲む。体も暑いし、ここは冷やすために冷たい酒を飲もう。

 

「というわけで、すき焼きパーティー再開だ!

呑んで食べて騒ぐぞ!」

 

『おーっ!!』

 

俺の掛け声に皆が同調し、拳を上げた。出来ればこんな楽しい時間がずっと続けばいいな――

 

 

……

………

 

「寝ちゃったね」

 

「ああ、大分チャンポンしたからな」

 

「だらしない顔ね。でもレディー的にはOKよ」

 

「……あのさ、皆さん。よく考えたらテートクに肝心な事聞かないで終わっちゃったけど……」

 

「え、何かあるっけグレちゃん?」

 

「テートクがあたし達のこと異性として見てるかってコト! なんか妹とか家族とか、明らかにそういう目で見てなさそうだけど」

 

「いいじゃねえかい、今はそれでもよ。谷風さんたちも、提督が来てから楽しいし」

 

「そうそう! それにボク達はこれからもずっと一緒なんだから、チャンスはまだまだあるよ!」

 

「ふふふ、そうですね。五月雨達は提督とこれからも一緒です」

 

「不知火達がいないと、この人は危なっかしいですからね」

 

「ああ、ドジで間抜けで大酒飲みのスケベだが……私達の大事な司令官だ」

 

長月がそう言って杯を突き出すと、残りの艦娘達も同じようになった前へと杯を突き出した。

 

「流刑鎮守府の提督に」

 

気持ちよさそうに眠る提督の頭上で、8つの杯が一つに重なる。

どうやら彼の望みは叶いそうだ。

 




次回はまたギャグに戻ります


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FX戦士皐月ちゃん

前話から凄く間が空いて申し訳ありません…

艦これもウマも中々アイデアが出てこなくて……

ちなみに筆者のFX知識は本編の提督並みです


 ある日の昼下り。

 俺は執務室で五月雨と共に書類仕事を片付けていた。

 同室のソファーには午前中で演習任務を終えた皐月と清霜がいる。皐月はスマホでゲームし、清霜は漫画を読んでいた。穏やかな午後である。

 

「ええっ!? このキャラ今実装するの!?」

 

 皐月が大声で叫ぶまでは。

 

「うあああ、どうしよ〜! 全然お金無いよ〜」

 

 頭を抱えてチラリ、と皐月は俺の方を見た。

 

「今月のお小遣いはもうあげたぞ」

 

「まぁまぁ、そんなコト言わずにさ。来月のお小遣い、チョットだけ前借りさせてよ! このとーり!」

 

 平服して頼み込む皐月に、俺は大きく溜息をついた。

 

「ダーメーだ。キチンとお金を管理出来ない子に、お小遣いはあげません。そもそも一応お前軍人なんだし、給料も出てるだろう」

 

「もう使っちゃったよ! ねぇねぇ、お願〜い!」

 

「ますます駄目だ。ここで自制というものを覚えなさい」

 

「でもさ、司令官。ボク達は軍人、それも前線に立つ艦娘だよ? いつ深海棲艦にやられてもおかしくないんだよ? どれだけ貯金してても、戦死したらオシマイなんだし、それだったら悔いを残さず生きることが大切だとボクは思うんだ」

 

「むっ、一利あるな……」

 

 確かに昔の軍艦乗りは港に着く度に派手に遊んでたらしいしな。皐月の言葉にもそれなりの理は感じられる。

 

「何、言いくるめられようとしてるんですか司令。駄目なものは駄目でしょう」

 

「うぉっ、不知火いつの間に」

 

 気づけば不知火が隣にいて、ジト目で俺と皐月を見下ろしていた。相変わらず、存在感を消して現れる奴だ……

 

「貴方も谷風もお金を簡単に使いすぎなのよ。少しは我慢して、自制心を持ちなさい」

 

「うう、煩いな〜まるで小姑みたぶべべべべっ!?」

 

「失礼よ、皐月」

 

 無表情のまま皐月に制裁する不知火に俺は苦笑すると、俺は書類作業を再開した。

 暫くは皐月の悶える声が聞こえてきたが、よくあることなので俺と五月雨はスルーするのだった。

 

 …

 ……

 ………

 

「うーん、何か手っ取り早く稼ぐ方法ないかなぁ」

 

 夜、流刑鎮守府の駆逐艦達が皆で眠る寝室で皐月は人知れず呟いた。

 

「そんな方法、あるわけないだろう。真面目に働け」

 

 そして姉艦のあまりにも世の中を舐めた発言に、妹艦の長月が苦言を呈する。

 現在、この寝室には流刑鎮守府に所属する艦娘たちが全員、集まっていた。皆、寝間着に着替え、消灯時間までまったりと過ごしている最中である。

 ちなみに提督は酒を飲んでもう寝ている。

 

「大体、お前は無計画に散財し過ぎだ。もっと将来のことを考えろ」

 

「もー、長月まで司令官や不知火みたいなこと言うのキツイよー。ボクが稼いだお金をどうしようがボクの勝手でしょ」

 

「そうそう! 宵越しの銭は持たねぇってやつさ!」

 

 皐月に便乗し、谷風が見得を切る。

 江戸っ子リスペクトの谷風は、貯金など以ての外で、給料が入れば散財をするという生活をしていたのだ。

「姉さん、どういう意味?」

 

「グレカーレも清霜も、谷風の言うことを真に受けちゃ駄目よ」

 

 無計画に金を使いまくる谷風は暁にも問題あると思われているらしい。年少組のシビアな扱いに、谷風も苦笑した。

 

「そもそも軍人は副業はできないハズよ。諦めなさい」

 

「うがーっ! うるさいよ、不知火! ボクはやるぞ! こんな安月給で命張る仕事、やってられないよ!」

 

「長月ちゃん、私達のお給料って少ないのかな?」

 

「いや充分あるぞ五月雨。皐月が馬鹿なだけだ」

 

 拳を握って一人興奮する皐月に、長月は冷ややかな視線を向け、五月雨は苦笑いしていた。

 しかしここにいる仲間たちは皐月の行動力を甘く見ていたのだ。

 彼女が元来持つ、その行動力を……

 

 … 

 ……

 ………

 

「王手っ!」

 

 ピシャリ! と小気味いい音が、執務室に響く。

 見れば来客用のソファーに座った男と少女が将棋を指し合っている。男は勿論、俺自身であり少女は谷風だった。

 

「ぐうううう、待った!」

 

「おっと! もう三回目だよ提督! 待ったはもう無しだよっ!」

 

「む、むぅ」

 

「へへへっ! これでキリ◯ビール三本頂きかな」

 

「真っ昼間から賭け将棋とは、精がでるな」

 

 呆れたように長月が俺達の盤上を覗き込んで言った。

 そう、この将棋にはお互いの瓶ビールが賭けられているのだ。だから負けるわけにはいかないのだが……現実は非情であった。

 

「というか、司令官弱すぎだぞ。飛車角落ちだろう?」

 

「う、うるせー。谷風が強すぎんだよ」

 

「はっはっは、参ったねこりゃ」

 

 得意げに笑う谷風だが、実際にこの鎮守府将棋ランキングでは三本指に入る実力者だ。一方俺は下から数えたほうが早いばかりか、下にはルールをいまいち把握できてない暁や清霜しかいないので実質最下位……いや、もうよそう。

 

「提督のビール、谷風さんの総取りだね! いやー、うめぇ商売だ」

 

「ぐ、くそう……くそう……」

 

 谷風が笑い、俺が歯噛みし、長月がため息をついて五月雨が苦笑する。そんないつもの日常が繰り広げている時であった。

 

「はっーはっはっは! 随分と低レベルな話をしてるだね! スーパー貧乏人の皆!」

 

 突然、扉が開いて皐月が高笑いしながら入ってきたのである。

 さらに俺達は皐月のいつもと違う格好に、目をパチクリとさせた。

 サングラスをかけ、何故か動物の毛皮で作ったコートを羽織っている。その下はいつも身につけている制服であり、違和感が凄い。

 なんというか、必死で成金のコスプレをしている小学生といった外見だった。

 

「どうした皐月? 白鳥麗次のコスプレか?」

 

「ち、違うよ! 失礼しちゃうな!」

 

「皐月ちゃん、その毛皮どうしたの?」

 

「お、流石、五月雨! よく気がついたのね! これぞお金持ちの代名詞! ミンクのコートだよ!」

 

「また随分と前時代的なイメージだな」

 

「う、うるさいなぁ! お金持ちっていったら動物の毛皮なの!」

 

 長月の突っ込みに顔を真っ赤にして反論する五月だが、残念だけど俺も同じ思いだった。

 

「皐月、また無駄使いしたのか?」

 

「いや提督よ。多分メイドイン台湾とかの紛いもんだぞ、きっと」

 

「司令官も谷風も酷すぎない? ボクを何だと思ってるのさ」

 

 辛辣な言葉の数々に皐月は早くも気概を削がれたようだった。

 

「そもそもその下に着ているのは制服のままだしな。金持ちって見えない部分にも気を遣うんじゃないか?」

 

「典型的な成金ってやつだねぇ」

 

「ふ、二人とも言いすぎですよ」

 

「うううう、五月雨。君だけだよボクの味方は」

 

 流石に哀れと思ったのか、五月雨が優しくフォローしてあげた。

 彼女の優しさに涙しながら、皐月は懐から何かを取り出していく。

 

「うわーん! こんなの飲まなきゃやってられないよ!」

 

 それは缶ビールであった。皐月はそのプルタブを開くと、中身を一気に呷っていく。

 

「ぷっはー! 全く、やってられないよ!」

 

 そしてビールを一気飲みすると空になった缶を放り捨てた。

 行儀が悪いぞ、と注意しようとした俺だったが、床に転がったビールの空き缶を見て思わず体が硬直してしまう。

 

「さ、皐月……お前、これ……エ〇スビールじゃないか!」

 

「な、なんでこんな高級品をイッキ出来るんだい!?」

 

「え……ふ、ふっふっふ、気づいたんだね! スーパー貧乏人諸君! そう! 今のボクはエビ〇を水道水同然に飲むことができるのだよ!」

 

 驚愕する俺と谷風に気を持ち直したのか、皐月は再び胸を貼ってお金持ち自慢を再開し始めた。

 

「お前達の思う、金持ちの基準値がエ◯スビールなのか……」

 

 呆れたように長月は言うと、そのまま皐月へと訝しむような視線を向けた。

 

「しかしどうしたんだ、皐月? ちょっと前まで金欠に喘いでいたお前が、随分と羽振りがいいじゃないか」

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた、妹よ! ボクはね、現代の錬金術を手に入れてんだよ」

 

 皐月は自信たっぷりに話すと、まるで舞台女優のような身振り手振りで語りだした。

「軍の薄給じゃ、遊べない! そこでボクは新しい稼ぎ口を見つけたのだよ! そう! それは……FX!」

 

「超電動ロボ?」

 

「なんでぃ、皐月。突然鉄人28号の話なんかして」

 

「違うよ! 外国為替証拠金取引のことだよ!」

 

『…………』

 

「ちょ、ちょっと! 五月雨と谷風は兎も角、大人の司令官が何も知らないのはヤバくない?」

 

「す、すまん、外国文化はどうも……」

 

 谷風と五月雨、そして俺は揃いも揃って口をポカンと開いていた。

 残念ながらここにいるみんなが知らなかったようだ……と思ったが。

 

「な……さ、皐月……正気か!?」

 

 皐月の口にした単語に長月だけが大きな反応を示したのだった。

 

「ふふふ、長月は知っているようだね」

 

「し、知っているが……分かっているのか皐月。あれは危険なものだぞ。間違っても軽い気持ちでやるものではないぞ!」

 

「それは凡人の話でしょ~? 見てよこのボクのこの勝ちっぷり! たった数か月でもう司令官の年収以上のお金、儲けちゃったもんね!」

 

 むふーっと鼻息荒くして喋る皐月だったが、それに対して長月は本気で窘めているようだった。

 しかし皐月の言った数か月で俺の年収超えているっていう言葉が本当なら、確かに凄い。だがそんな短期間で大金を得られると聞けば、怪しく感じてしまうのもまた事実だった。

 

「な、なあ長月。FXって何だ?」

 

「ん、FXというのはな……外国通貨を売買して行う取引でな……真面目に説明すると本当に長くなるから『FX戦士くるみちゃん』を読め。大体のことが書いてある」

 

「鋼鉄天使くるみ?」

 

「ぱわふるみらくるいまくるってかい?」

 

「ああもういいよアンタらは。きっと幸せな人生を送れるさ」

 

 吐き捨てるように長月は言うと、俺と谷風を無視して再び皐月へと向かい合った。

 

「今は偶然上手くいっているかもしれないが、あんなもん勝ち続けれるような代物ではないぞ。今のうちに辞めておけ」

 

「はーっ……遅れてる人はこれだから……ボクは今の所、百戦百勝! 最高のトレンド読み! 華麗にトレード! これをやってのけてるからね!」

 

 どうやら上手くいっているというのは本当らしい。皐月は調子に乗りに乗っている。

 だが長月の話を聞く限りはいろいろ危なさそうだ。保護者として止めといたほうがいいだろうと思った矢先、皐月の視線が俺へと向いた。

 

「司令官? 今ならこの錬金術。特別に教えてあげてもいいよ? ちょっと授業代は貰うけど、簡単にその倍は稼げるよ」

 

「……そういう商売は感心しないぞ皐月。第一、そんな怪しい話に乗るやつが――」

 

「ええっ!? 司令官は習わないの!?」

 

「清霜たちと一緒に勉強しようよ!」

 

 皐月の後ろから暁と清霜が颯爽と現れて、声を上げた。

 どうやら彼女たちは皐月の口車に乗る気らしい。

 

「二人とも、あんまり皐月の言う事を信用しないほうが良いぞ」

 

「ちょっと長月! ボクの生徒たちに変な事、言わないでよ!」

 

 幼い二人が巻き込まれるのを防ごうと長月が優しく言った。俺も彼女に全く同感なので、それに続けさせて貰おう。

 

「そうだぞ二人とも。そもそもお給料とお小遣いがあるだろう。それじゃ不服か?」

 

 少なくとも同年代の少女よりははるかに多くのお金を暁達は持っているはずだ。

 二人はあんまり無駄使いはしないし、お金が必要ということもないだろうに。

 

「だって……お金があれば夢だったドレスや宝石が買えるんだもん……」

 

 すると暁は恥ずかしそうに顔を赤めながら答えた。

 

「清霜はね! いーっぱいお金を貯めて、本土に大きなお屋敷を建てるの! それで戦争が終わったら、皆で住むんだよ!」

 

 一方、清霜は胸を大きく張って自身の野望を教えてくれた。その微笑ましさに俺は頬が緩んでしまう。

 だがこんな純真な二人を、聞くからに危なそうな世界へ足を踏み込ませてはならない。

 長月も同じ思いなのか俺と視線を合わせて小さく頷いた。

 

「いいか、二人とも。お金はな。楽して儲けるものじゃないんだ。真面目にコツコツと貯めるモノなんだよ」

 

「そうだぞ、二人とも。皐月の馬鹿の言う事は信じるな。あぶく銭はすぐに消える。それに上手い儲け話などこの世に存在しない」

 

 俺と長月は滾々と暁と清霜に伝えた。

 しかしやはり現金という魔力は、人を狂わせるようだった。

 

「二人ともいいの? 簡単にウン十万、ウン百万、手に入るんだよ? やらなきゃ損だよ?」

 

「皐月、お前……」

 

 悪魔の道に皐月は二人を道連れにしようとする。きっと一人だと寂しいから仲間に入れたいのだろうけど、これ以上は看過できない。

 俺も強く言おうとした矢先、暁と清霜は焚きつけられたように拳を握りしめて言った。

 

「そ、そうよ! レディーはチャンスを逃さないわ!」

 

「清霜もやるよ! えっふえっくすでお金を合浦合浦――」

 

「この馬鹿チンっ!」

 

 ――ポカン!

 

 と小気味いい音と共に暁と清霜の頭にチョップが振り下ろされる。

 見れば突然現れたグレカーレが姉二人へ渾身の一撃を放っていた。

 

「い、いきなりなにするのよグレカーレ……」

 

「ひ、ひどいよぅ、グレちゃん」

 

 涙目で抗議する二人だったが、グレカーレはそんな姉たちの首根っこを引っ掴むとそのまま引きずって部屋から出ようとする。

 

「ほら、行くよ! ピザトーストの作り方教えてあげるから!」

 

「な、何するのグレカーレ! 放しなさい!」

 

「そうだよ、グレちゃん! お金持ちになれるチャンスだよ!」

 

 暁と清霜は必死に抵抗するも、グレカーレも本気なのかそのままズルズルと連行されていく。

 

「あのね、ああいうのはいっぱい勉強した頭の偉い人が、長い時間をかけてようやく儲かるようになるの! いきなりやっても失敗するだけ!」

 

 普段のグレカーレからは想像できない事を言って、彼女は退室しようとする。

 

「いいの、グレカーレ。キミにも教えてあげてもいいんだよ?」

 

「……皐月さん。姉さんに変な入れ知恵したら、本気で怒るからね」

 

 その背中に皐月は誘惑の言葉をかけるも、当のグレカーレは冷たい言葉を吐き捨てるとそのまま姉を連れて出ていった。

 

「……グレの奴、案外真面目だねえ」

 

「妹なのにしっかりしてますねぇ……」

 

「ああ、ちゃんと姉の事を考えてるな……」

 

「ちょっと! 皆、ひどいんじゃない!? 折角ボクが親切で教えてあげようとしてるのにさ!」

 

 谷風と五月雨と俺がグレカーレの行動を感心していると、皐月が大声で叫んだ。

 まあ確かに自信満々で登場したはいいが、誰からも相手にされない現状は哀れではあるが……

 

「いいか、皐月」

 

 俺は立ち上がって皐月の目の前に座って、彼女の目をじっと見て言った。

 

「俺は無学だからそのRXって奴は知らんが……」

 

「FXな」

 

「え、FXってのは知らんが……」

 

「締まらないねぇ」

 

 長月と谷風に突っ込まれつつも俺は皐月の肩をがっしりと掴んだ。

 

「楽して儲かる商売なんて、この世には存在しないんだ。傍目には簡単に見えても、それはそれまでの積み重ねがあるからそう見えるだけだ」

 

 俺もここに来る前は一応、社会人だった。労働の辛さとそれで給料を稼ぐ事の難しさは、少しくらい知っているつもりだ。

 

「今は上手くいっているかもしれないが、そんな危ない商売は必ず落とし穴がある。それに落ちてからじゃ遅いんfだ」

 

「…………」

 

「それに皐月は公務員だから福利厚生はしっかりしているし、そんなに……」

 

「ふんだ! もういいもん! ボク一人で大金持ちになって、皆をギャフンと言わせてやるんだから!」

 

 俺の腕を振り切ると皐月はそう宣言して、部屋から走り去っていった。

 

「皐月……」

 

「馬鹿は死ななきゃ治らない~っと」

 

「コラ! 谷風! しかし、どうする気だ司令官」

 

「どうにか辞めるようには言うつもりさ……ていうか谷風は皐月の話に乗らなったな。意外だ」

 

「てやんでぇ、よくわかんねえ博打じゃ気合入らねぇだろ」

 

「そういうものなのか……」

 

「皐月ちゃん、どうするんでしょうね……」

 

「このままだと不味いかもな」

 

 心配そうに尋ねる五月雨に、長月は嘆息しながら答えた。

 

「お疲れ様です。兵装の整備終わりました……どうかしたんですか?」

 

 すると不知火が入れ替わりで入ってきた。

 彼女も室内の異様な雰囲気に気が付いたのか、怪訝そうな表情で聞いてきた。

 

「いや……色々あって……そういえば不知火、皐月に会わなかったか?」

 

「あ、はい。成りあがってやるーっ! と叫びながら走っていきました」

 

「そ、そうか……」

 

 割と心配だが俺自身がFXに疎いので、どうすればいいのか分からない。

 長月なら知っていそうなので、彼女へと視線を向けるが……

 

「まあ、見ていろ司令官。あれはビギナーズラックだ。早々に頓挫するさ」

 

 そう言い放つだけだった。

 

 …

 ……

 ………

 

「くっそー! 皆で寄って集って馬鹿にして! こうなったらメッチャ稼いで、この鎮守府を買っちゃうもんね!」

 

 皐月は気合を入れてPCへと向かっていく。

 

「渾身の逆張りからの一攫千金! 今のボクなら、出来る!」

 

 だが長月の言う通りだった。所詮、付焼刃の知識で為替取引など出来るはずもない。

 

「そ、そんな……どうして……一気に……」

 

 無茶苦茶なトレードを重ね失敗し、その失敗を取り戻そうとさらに危険な賭けに出て……

 

「と、溶ける……」

 

 … 

 ……

 ………

 

 あれから数日が経過した。

 日は暮れ、夕食を済ませて俺は執務室で残業を行っていた。

 だが皐月の事が気になって中々作業が進まない。

 彼女は近頃あまり姿を見せず、ご飯もすぐにかきこんですぐに食卓を立つことが多くなった。

 仕事以外の時は部屋に閉じこもり、今もPCとにらめっこだという。

 そろそろ何とかしないとと思った矢先のことであった。

 

「…………しれーかーん」

 

「うおっ……さ、皐月か!?」

 

 気が付くと入り口に皐月がぬるっと立っていた。

 だがいつもは太陽のように明るい皐月の顔に生気が全くない。

 いつもは騒がしい彼女が幽鬼のような立ち振る舞いをしている異様さに、俺は息を呑んだ。

 

「ど、どうした皐月……顔色が悪いぞ」

 

 これは不味いと思い俺が立ち上がって、皐月の元に駆け寄った時だった。

 

「お……お金……ぜんぶ……溶けちゃった……」

 

「え? ど、どういうことだ」

 

 俺は尋ねると皐月の瞳にじわっと涙が滲んだ。

 

「全財産……無くなっちゃった……もうおしまいだよぉ……」

 

「おい……ほ、本当か……」

 

 元々貯金が少なかった皐月であるが、それでもそれなりの貯えがあったはずだ。しかも件のFXで稼いでいたはずなのに……

 

「っ……で、でもまだボクは戦える……戦えるんだ……お金さえあれば……」

 

「お、おい……」

 

「だから司令官! お金貸してよ!」

 

 直前までの無気力な表情から一転、鬼気迫る顔で皐月は俺に抱き着いてきた。

 

「お、落ち着け皐月!」

 

「頼むよ! すぐに何倍にもして返すから!」

 

「そ、そういうことを言ってるんじゃない! とりあえず落ち着け!」

 

「貸してくれないなら、ボクを買ってよ! ボク、司令官相手ならどんなことだって――」

 

「正気に戻れ!」

 

「この阿呆が!」

 

「ぶべっ!?」

 

 俺は思わず皐月の眉間にチョップした。それと同時にいつの間にか現れた長月が、彼女の後頭部に同じく手刀を打ち込んでいた。

 

「長月……いつの間に」

 

「皐月の様子が明らかにおかしかったからな。後をつけてきたんだ」

 

 俺に対して長月はそう言うと、蹲る皐月の肩を抱いた。

 

「案の定、有り金を溶かしたか。予想は出来ていたが……」

 

「ううう……もうおしまいだよう……」

 

 あまりの絶望に皐月はその場でへたり込んで啜り泣き始めた。

 

「よくわかったろう、皐月。あんなもの、素人が手を出すものじゃないんだ。しかも破産した挙句、乱心して司令官に言い寄るとはな」

 

「うっ……うっ……」

 

 ガチで号泣する姉に対して正論のナイフを妹が振りかざしていく。

 自業自得はいえ、その光景は不憫に感じてしまうが……

 

「皐月。これに懲りたらもう変な気は行さないことだ。真面目にコツコツ頑張ろう。それに金は無くなったけど、皐月がまだ五体満足なら、それでいいじゃないか」

 

「う……司令官……」

 

 皐月が顔を上げた。その大きな瞳には宝石みたいな涙がいっぱい溜まっている。

 

「それに皐月がもし破産したら、それこそ俺が食わせてやるさ。だからもう変な商売に手を出しちゃダメだぞ」

 

「う、ううううう、しれーかんっ!」

 

 感極まって抱き着いてきた皐月を俺は抱きしめて、背中をポンポンと叩いた。

 皐月はそのまま暫く泣き続け、落ち着くと俺から離れた。

 

「ごめん……ボク、もう二度と変な気は起こさないよ。真面目にお仕事する」

 

「そうだ、えらいぞ」

 

 そう言って頭を撫でてやると、皐月の顔にようやく笑顔が戻った。

 

「ありがとう、司令官。長月も迷惑かけてごめんね」

 

「構わん。むしろよくギリギリまで踏みとどまってくれた」

 

 長月がそう言うと皐月は涙を拭いながら深々と頭を下げて、寝室へと戻っていった。

 これにて皐月のFX騒動は幕を閉じたのであった。

 めでたしめでたし……

 

 …

 ……

 ………

 

「しかし途中から偽のデータをでっちあげるなんて妖精さんはすごいな」

 

 皐月が眠った後、深夜の執務室では俺、長月、そして五月雨がひそかに集まっていた。

 

「妖精さんは機械にすんごく強いですからね。これくらいのことは出来ますよ、ね?」

 

 五月雨はそう言ってニコリと笑うと、肩に乗っていた妖精さんの頭を指で撫でた。

 

「しかしネットバンクから何から全部嘘のデータを作って、皐月を丸ごと騙すなんてな……よく思いついたな長月」

 

「ああ、人外である妖精さんの技術力もあるが……皐月は基本注意力散漫で深く考えないからな。簡単に騙されてくれた。それにここは離島だから、外からの情報もシャットダウンできるしな」

 

「で、でもやりすぎじゃない? 皐月ちゃんが可哀想だよ」

 

「アレはこのくらいしないと骨身に染みん。荒療治だが、しょうがないだろう」

 

 長月はそう言って苦笑した。

 そう。

 皐月が自信満々にFXの勧誘に来たあの日から、長月は妖精さんと親しい五月雨と相談し、壮大な茶番劇を仕掛けたのだ。

 PCやスマホなどの電子機器の全てを妖精さんが掌握し、偽の為替相場をでっちあげて、皐月が大損したように見せかけたのである。

 こんなことが簡単に出来る妖精さんって凄い。

 

「皐月の口座も軍人特権で差し押さえたし、これは将来のために残しておこう」

 

「ああ。皐月はお金があるとすぐに使ってしまうからな。終戦までは隠しておいた方がいいだろう」

 

「二人ともお父さんとお母さん見たいですねえ」

 

 五月雨はそう言うが実際に皐月とか谷風とか危なっかしい艦娘が多すぎて、どうしても保護者みたいになってしまうのは事実だった。

 そしてそのトバッチリは長月や不知火といった真面目な艦娘にいくのだ。

 

「だが、恐ろしいなFXって。こんな大金が簡単に動くのか」

 

「司令官、変な気は起こすなよ?」

 

「まさか」

 

 俺は自分の器を把握しているつもりだ。

 無学で無知な俺は辺境の鎮守府で、のんびり酒を飲んでいるのが性に合っている。

 

「とりあえず、お疲れさまってことで一杯飲むか。しかし結構演技って疲れるもんだな」

 

「ふふふ、まあな」

 

「お疲れ様ですねぇ」

 

 一気に肩の荷が下りた俺たちはそのままゆるやかに乾杯していく。

 こうして皐月のFX騒動は真の意味で終わりを迎え、流刑鎮守府には平穏な日常が戻ってきたのだった。

 めでたしめでたし。

 

 …

 ……

 ………

 

「……積み立てNISA……これだ! これでボクも堅実に儲けぶべっ!?」

 

「まずは調べてからやるこったな」

 

 まあ人はそんな簡単に変わるもんじゃないよな。

 



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清霜ちゃん大ショック

清霜改二の時に書き始めましたが、すっかり遅くなってしまいました。


『清霜、改二実装おめでとーっ!!』

 

 8つの声が重なると共に、ガチャン! とグラスがふつかった。

 鎮守府の食堂、そこに流刑鎮守府の艦娘全員が集まっている。

 その中心、所謂お誕生日席に座っている少女がその声に対して、満面の笑みで返した。

 

「ありがとーっ!!」

 

 彼女こそ本日の主役、夕雲型19番艦駆逐艦・清霜である。

 テーブルにはオムライスやビフテキといった清霜の好物が並び、真ん中には長月の手作りケーキが鎮座していた。

 本当に清霜の誕生日のような状況だったが、実際は冒頭の通り彼女の改二実装祝いである。

 事の始まりは夏の終わり。

 流刑鎮守府のPCに本部から一通のメールが届いたのだ。

 軽い気持ちで開いてみると、そこには『清霜改二実装』という文字が書かれた書類一式がデータで送られてきたのであった。

 改二……艦娘が一定のレベルに達した時、改造して生まれる強化形態である。

 俺が前の世界でやっていたゲームではそんな感じであったが、艦娘が現実に存在するこの世界では改造というより強化フォームへと変身といった感じである。

 詳しい理屈は妖精さん関係なのでよく分からないが、用意された書類と必要な資材を合わせることで改二へとパワーアップできるというのだ。

 必要な物さえあれば……

 

「いやぁ、めでたいねぇ。清霜も遂に改二実装とは!」

 

「ホントだよ! ボク達と同じ改二待ち組へようこそ! 歓迎するよ!」

 

「いつか暁とお揃いで、改二になりましょうね!」

 

 清霜に祝辞を送る谷風たちだが、その言葉にはどこか棘がある。主に俺への。

 

「すまないな、清霜……勲章が足りないんだ……」

 

 本部から届いたのはあくまで『改二実装のお知らせ』のみ。実際に改装する時に必要な改装設計図も戦闘詳報などは用意されていないのである。

 それらの必要書類は勲章と交換する事となっており、艦娘達のモチベーション向上のためにそういう形態にしているらしい。

 ゲームの時も確かにそうだったけど、こっちでも同じ仕様にしなくてもいいじゃないか……

 

「仕方ないだろ。こんな場末では勲章など貰える機会は無い。どうしても改二になりたいのなら、もっと前線に近い鎮守府に行くんだな」

 

「ええっ! やだよ! 清霜はずっと皆と一緒だもん!」

 

「うんうん、清霜はいい子だなぁ」

 

 天真爛漫な清霜の言葉に俺は感動し、その小さな頭を撫でた。

 サラサラな髪と柔らかい感触が気持ちいい。清霜も満足そうに目を細めていた。

 

「そもそも、貴方達は設計図も戦闘詳報もいらないでしょう。単に練度が足りないのよ」

 

「ちょっと、不知火! 酷くない!?」

 

「そうでぃ! 第一、不知火だって改二になれる練度じゃ、ぐべっ!?」

 

「失礼よ谷風」

 

 不知火の無慈悲な眉間チョップに、谷風は激しく悶絶した。

 確かに不知火の言う通り、皐月と谷風は改装設計図のような面倒くさいモノが無くても改二になれるのだ。

 ただ単に、この流刑鎮守府が僻地過ぎて、実践もほぼ皆無なために練度が上がらないのである。

 まあ、演習や遠征だけじゃ限界があるからな……

 

「そもそも改二になってもこの鎮守府じゃ、その能力を生かす機会は無いだろう。そのままでいいと思うぞ」

 

「うーん、そうかなぁ」

 

 長月にそう言われ、清霜は訝し気に首を傾げた。まあ、折角パワーアップ出来るならしておきたい気持ちはあるだろうな。

 

「ね、しれーかんは清霜に改二になってほしい?」

 

 すると清霜は俺の方に顔を向けて、上目遣いで尋ねてきた。

 

「うむむ……俺は今のままの清霜でも充分だぞ」

 

「えへへぇ、よかったぁ」

 

 顔をふにゃふにゃにして微笑む清霜を見ると、こっちも何だか嬉しい気持ちになってくる。

 今のままだろうと改二になろうと、清霜が清霜であることに変わりはない。

 俺にとっては何時までも可愛い部下なのである。

 

「でも、清霜姉さんの改二ってどんな感じだろ? 改二になったら、確か見た目も変わるんだよね?」

 

 ワインをチビチビやっていたグレカーレがふと聞いてきた。グラスを回す姿が妙に似合っている。

 

「確かに五十鈴さんは色々大きくなったよね」

 

「孤島鎮守府の夕立ちゃんも大きくなってましたねー」

 

 皐月と五月雨が身近にいる改二になった艦娘の姿を思い浮かべて言った。

 五十鈴さんは皆の教官。夕立は五月雨の姉艦だから色々知っているのだろう。

 しかし五十鈴改二に夕立改二か……確かに大きくなったよな、色々と……

 

「司令、何かいやらしい事を考えていませんか?」

 

「えっ……な、何のことかな……」

 

 ジト目の不知火に急に言われて、俺は平静を装った。

 でも確かに改二になると胸部装甲が増す艦娘が多かったよなぁ……

 

「でも皐月改二も暁改二も胸はおっきくならなかったし、正直清霜もぐばっ!?」

 

「失礼ですよ指令」

 

 不味い。心の声が漏れてた。すかさず不知火にぶん殴られた俺は、激痛に悶えながらも何とか耐えてテーブルへと戻っていく。

 しかし待っていた周りの目は思った以上に白かった。

 

「本当にサイテーだよね、司令官」

 

「胸しか頭にないのかねえ、嘆かわしい」

 

「清霜、グレカーレ。あんな大人になっちゃ駄目よ」

 

 皐月と谷風が嘆息し、暁が妹たちに注意する。本当に俺だけ厳しい気がする……

 

「でも清霜ちゃんの改二ってどんな姿なのか、気になるよね?」

 

 流れを変えるように五月雨が皆に尋ねた。

 ええ子や……五月雨の厚意に感謝しつつ、俺は話題を変えることにした。

 

「改二っていえば吹雪とか阿武隈とかウルトラマンガイアみたいに黒い装飾が増えるイメージがあるな」

 

「最後のは違うだろ」

 

 長月に注意されたが、俺はそのイメージが強いからな……

 

「というと、清霜ちゃんが黒い服を?」

 

「清霜BLACKRXってことかい?」

 

「黒といえば、武蔵さんの色だよね!」

 

 嬉しそうに清霜が言った。確かに艦これの武蔵は色黒で、着ている服も黒いイメージがあるな。

 

「きっと清霜も武蔵さんとお揃いの服と艤装で小さな戦艦として、二人で大暴れするんだ……うおおーっ!」

 

 感極まったらしい清霜が拳を握って雄たけびを上げた。

 確かに清霜は常々『戦艦になりたい』と言っていたし、武蔵への憧れも日頃から口にしていた。

 清霜にとって改二へパワーアップは、戦艦になれるチャンスへと映ったのだろう。

 

「テートク、駆逐艦が戦艦になれることってあるの?」

 

「軽巡が水上機母艦や軽空母になることはあるけど、流石にそれは無いかな……」

 

「うわーん、お姉様! しれーかんとグレちゃんが虐めるー!」

 

「ちょっと二人とも、それはロジハラよ!」

 

 清霜が義姉に泣きついた。俺と義妹のマジレスが相当効いたらしい。

 でも駆逐艦が戦艦になるのはかなり無理があるしなぁ……

 

「でも戦艦になれなくとも、凄い火力を出せるようになるかもしれないよ。夕立ちゃんや時雨ちゃんみたいに」

 

 五月雨がフォローするように言った。

 確かに白露型の艦娘達は改二になると凄まじい火力を出すイメージがある。

 それに清霜は駆逐艦の中でも後期に建造された高性能艦。姉艦である夕雲改二や長波改二もかなり強かった記憶がある。清霜も改二になれば、今よりずっと強くなる可能性は高い。

 

「確かに強くなれれば戦艦になることはできないが、戦艦と肩を並べて戦えるかもしれんな」

 

「そうね。私達の本来の仕事はそういった大型船舶を護衛する事だもの」

 

「長月と不知火の武闘派コンビが言うと説得力があるな……」

 

 二人の言葉に清霜の瞳に輝きが戻り始めた。

 まあ改二になるなら以前より弱くなることななんて無いだろうし、長月たちの言い分も間違ってないだろう。

 

「チッチッチ……分かってないなぁ、二人は! 火力も大事だけど、一番大事なのは見た目だよ!」

 

 だがそこに皐月が待ったをかけた。よく見ると隣で谷風もうんうんと頷いている。

 

「どんなに強くなっても! 見た目が悪かったら、使って貰えないよ! 人間は見た目が大事!」

 

「身も蓋もないことを言うな……」

 

「でも司令官。例えばゲームのロボットとかでさ。満を持して来た二号機がいくら強くても、カッコよくないと好きになれないでしょ?」

 

「うーん、でも使ってると愛着湧いてきそうだしな……」

 

「いや……見た目は大事だぜ、提督。現にあんたは見た目で谷風さん達に差をつけているぜ」

 

「な、何っ!?」

 

 聞き捨てならない発言だ。

 俺は常に皆を公平に扱ってきた自負がある。決して容姿で誰かを贔屓するなんてそんなことは――

 

「提督は胸が無い艦娘を粗雑に扱うからなぁ」

 

「は? おっぱいは全てにおいて優先だろ。何を言ってんだごふっ!?」

 

「清霜、こんなめでたい席にすまないな。今から、このゴミを捨ててくるからちょっと待ってくれ」

 

「清霜もこんなゴミの言う事、聞いちゃだめだよ」

 

 長月と皐月の一撃が炸裂し、たまらず俺は床に倒れこんだ。そこへすかさず谷風と不知火が追撃に入り、汚いモノを小さな子に見せないためかそのまま俺は部屋の端の方へ蹴り出されてしまう。

 

「きっと清霜姉さんも、他の夕雲型の改二みたいなファッションになるんじゃない?」

 

「武蔵さんみたいな黒衣装に指ぬきグローブなんてどう? かっこいいわよ!」

 

「えへへ、気になるなぁ」

 

 そんな俺を完全に無視して和気あいあいと清霜たち義三姉妹。彼女たちも最近、俺のぞんざいな扱いに慣れてきたな……

 

「でもよく考えたら、皆改二になれてないんだよね」

 

 俺をゲシゲシ蹴りながら皐月がしみじみと言った。

 すると他の改二実装済みでありながらまだなっていない艦娘たちがうんうんと頷いた。

 

「確かに不知火も改二になれるならなりたいわね」

 

「あのグローブかっこいいもんね!」

 

 暁がやたら指ぬきグローブに食いついている。確かに中二心をくすぐるものがあるが、憧れているのだろうか。

 

「ボクも改二になれば対潜・対空で大暴れ出来るのになぁ」

 

「谷風さんは厳密に言えば改二じゃねぇんだが、丁改だと大発が装備出来て便利になるねぇ」

 

「暁も改二で探照灯を持ってこれるわ!」

 

 皆が口々に現在の鎮守府では幻状態である改二に夢を膨らませる。

 やはり自分が強くなるのは嬉しいようだ。

 

「ま、私達は関係無い話なんだけどな」

 

「ホントだね……来るといいね」

 

 盛り上げる皆を尻目に長月と五月雨が暗い顔でグラスを重ねていた。確かにこの二人は最初組なのにまだ改二が無いもんな……

 そんな中、床に転がっている俺に清霜が近くへトコトコとやってきた。

 

「ね、司令官」

 

 耳元で清霜が囁いてくる。

 なんだろうと耳を傾けると、清霜は小声で尋ねてきた。

 

「もし改二になって、ホントにお胸が大きくなったら……清霜をお嫁さんにしてくれる?」

 

「…………」

 

 これは恐らく幼い娘が『パパの嫁さんになる』的な言葉だろう。

 なんだか微笑ましくなって、俺は清霜の頭を優しく撫でた。

 

「ああ、いいよ。頑張って改二になろうな」

 

「……うんっ」

 

 清霜は花のように笑うと、そのまま元気に皆の輪に戻っていった。

 彼女の改二がどんなものかは分からないが、きっと可愛い姿になるだろう。

 胸は残念ながら期待できないが、いつか必ず改二にしてあげられるように俺も頑張らないとな。

 そんな事を考えながら鎮守府の夜は更けていくのだった。

 

 ……余談だがこの時の軽い返事を俺が死ぬ程後悔することになるのは、また別の話である。

 




冷静に考えたらもう50話もやって改二がいないというのは大丈夫かと思いましたので、参考までにアンケートをします。
よろしければ是非。


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ハロウィン事変

ハロウィン回です。

改二のアンケートのご協力、ありがとうございました!

今の所、改二になる方の票が多いので、いずれ改二回を書こうと思っています。


「ええっ!? ここではハロウィンパーティーやらないの!?」

 

 10月某日。流刑鎮守府内にある艦娘達の寝室でそんな言葉が響き渡った。

 現在、時刻は午後8時を回り夕食を終えた艦娘たちは、部屋着に着替えてゆったりとした時間を過ごしている。そんな中で、姉貴分たちと話していたグレカーレの口から発せられたのが、その言葉だった。

 ちなみに提督はすでに酒を飲んで就寝している。

 

「ええ、パーティーはやったこと無いわ。お菓子は司令官から貰えたけど」

 

「あれ、でも去年……皆で南瓜食べて柚子のお風呂に入ったような……」

 

「清霜、それは冬至だ」

 

 長月に言われ清霜はああ……と思い出したようだ。それくらい曖昧なイベントなのだろう。

 

「元々、西洋の風習だからあんまりイメージが湧かないよね」

 

「ああ、本土では盛り上がってるって聞くけどねぇ」

 

 皐月と谷風がのんびりと言った。元来お祭り好きの二人があまり乗ってこないというのは、やはり印象が薄いせいだろう。

 

「ハロウィンをやらないなんて、勿体ないわ! 折角のお祭りなのに!」

 

 一方イタリア艦であるグレカーレにとっては、ハロウィンに思い入れが強いらしい。反応の薄い義姉や先輩たちに、拳握って主張する。

 

「皆で可愛い仮装して! お菓子やお酒を飲んでパーティーして! テートクにイタズラする! こんな楽しいイベント中々無いよ!」

 

「最後のはいらないわね」

 

「とにかく今年はハロウィンのイベントやろうよ! テートクにも許可とってさ!」

 

 不知火の指摘をスルーしながら、グレカーレは そう主張するのである。

 

「確かに面白そうだよね。夕立ちゃんも前にオオカミの仮装してたし……」

 

 そこに助け舟をだしたのは五月雨だった。

 五月雨は姉艦である夕立がハロウィンで仮装した事があるのを知っているため、想像がしやすかったのだろう。

 それなりに肯定寄りの言葉であった。

 

「流石、五月雨さん! 分かってるね! 実際一度みんなでやってみよ! きっと楽しいからさ!」

 

「グレちゃん! 清霜は武蔵さんのコスプレしていい?」

 

「それは趣旨に外れそうだからどうかな……」

 

 そんなこんなで流刑鎮守府でグレカーレ仕切りのハロウィンパーティーが行われることになった。

 だがその流刑鎮守府の最高責任者にはそのことを一切知らず、廊下の隅に置かれたベッドの上で爆睡しているのであった。

 

 …

 ……

 ………

 

 10月31日。世間ではハロウィンが賑わっているが、うちは今日も平常運転だ。

 特にすることもなくいつも通り艦娘に遠征と演習を行わせ、俺は書類仕事。

 一応、皆にあげるお菓子は用意したが本当にその程度だった。

 しかし……

 

「テートク、ほら、ひーらひら♪ 今、見た? 見たでしょ♪」

 

 仕事を終わらせ、日も暮れた頃。

 俺がひと風呂浴びてから食堂へと向かった時、進行先に人影が一つ現れたのである。

 それはよく知る艦娘の姿であったが、外見がいつもと違っていた。

 

「どうした、グレカーレその恰好は」

 

「もー、テートクったら。今日はハロウィンでしょ? 精一杯仮装してきた女の子に何か言う事があるんじゃないの?」

 

 そう言ってグレカーレはスカートの裾を摘まんでひらひらと揺らす。

 確かにグレカーレの格好はいつもと違っていた。

 黒を基調とした露出度の高い衣服で、フリルがついたミニスカートが特徴的だ。

 悪魔をモチーフにしているのか、角付きのヘアバンドに羽や尻尾、さらにはトライデントまで持っている。

 右足にだけ履かれたオーバーニーソックスと、対照的に露出した太腿が妙に艶めかしい。

 

「おー、よく似合ってるぞ。可愛いな」

 

 可愛いのは事実なので俺は褒めて頭を撫でた。

 

「でしょでしょ! もーエッチなんだから、このままあたしに悪戯する気……て、あれ、どこ見てるの。ちゃんと見てよ! こっちよこっち!」

 

「さて飯だ飯」

 

 撫でられて喜んでくれるのは嬉しいが、その後に変なことを言い出したので俺はそのまま距離を取った。

 しかしグレカーレの衣装、近くで見るとかなり煽情的だな……下手すれば児童ポルノ一歩手前になってしまうのではないだろうか。

 

「ちょっとテートク! 今日はハロウィンだから特別な趣向を用意してあるの!」

 

「特別な趣向? また変な事考えているんじゃないだろうな?」

 

「もー、あたしの事なんだと思ってるのよ! 前にやったコスプレ大会に近い感じだから大丈夫!」

 

「お前、その時まだいなかったじゃん」

 

「暁姉さん達から聞いたのよ! ほらほら、いこいこ!」

 

 グレカーレに後ろから背中をグイグイ押され、俺はそのまま食堂の方へと連行されていく。

 中に入るとテーブルと椅子が一個置かれており、その上には様々なお菓子が乗っていた。

 

「と、いうわけで! 第一回流刑鎮守府ハロウィンコンテストの開始! はい、拍手!」

 

「何をやらせる気だ?」

 

「ルールは簡単! これから皆が仮装して出てくるから、テートクはそれを採点して点に応じてお菓子をあげる! 簡単でしょ?」

 

「そんなことしなくても、ちゃんと俺は皆にお菓子をあげるぞ」

 

「もーっ! それじゃ、面白くないでしょ! こういう方がスリリングでしょ!」

 

「そんなもんかねぇ……」

 

 個人的には皆を平等に接したいのだが……いや、でもこれはあくまでレクリエーションみたいなものだから、それでもいいのだろうか。

 

「でも、採点ってどうすればいいんだ?」

 

「それはね、テートクの審美眼で仮装の出来を判断して、点数によってあげるお菓子の量を変えるんだよ。で、一番多くお菓子を貰った人が優勝!」

 

「成る程。ちなみに、優勝したら何かいいことがあるのか?」

 

「んふふふふふ、勿論! 優勝者にはテートクからイタズラしてもらえぐえっ!?」

 

「下らんことやってないで、さっさと飯にするぞ」

 

 駆逐艦にイタズラなんてした日には、憲兵さんに連行されて打ち首獄門であろう。俺はすぐにこのイベントを打ち切って酒でも飲もうとしたが……

 

「とりあえずテートク、ビールでも飲みなよ」

 

「しょうがねぇな。少しだけだぞ」

 

 グレカーレが瓶ビールを出してきたので、一旦は相手の思惑に乗ってみることにした。まあ、やることは審査員みたいなもんだし、そんな変なことが起こることはないだろう。俺は椅子に腰を下ろすと、グレカーレに注いでもらったビールに口をつけた。

 

「じゃあ早速! 一人目、いってみよー!」

 

 グレカーレの掛け声と共に奥から人影が一つ、勢いよくやってきた。

 

「トリック・オア・トリート! 吸血鬼になった、可愛いボクだよ!」

 

 一番槍は皐月であった。

 黒いシルクハットを被り、裏地が赤の黒マントを身に着け、口には牙が着いている。

 

「おお、すげぇテンプレなドラキュラ衣装」

 

 昨今では逆にあまり見られない衣装に、思わず感嘆の声が出てしまう。それに金髪の皐月に黒いコスチュームは自然と似合っていた。

 

「ふっふっふ……お菓子くれないと、司令官の生き血をチューチューしちゃうよ!」

 

「おう、それは困る。そら、お菓子だ」

 

「やった! 司令官の血って、ドロドロで不味そうだからよかったよ」

 

「やっぱりお菓子返せ」

 

「えー! 酷いよ! 本当の事を言っただけじゃん!」

 

「テートク、採点は?」

 

 おお、そうだった。一応、これに点数をつけないといけないんだ。といっても、何だかんだ言って皐月の衣装は可愛いし、そもそも何点くらいが平均か分からないしなぁ……

 

「とりあえず80点で」

 

「いきなり高いね!?」

 

「似合ってるからな」

 

「そ、そう? 嬉しいな、えへへ」

 

「テートク、いきなり高い点つけると、後から困るかもよ」

 

 はにかむ皐月と、釘を刺すグレカーレ。しかし今回のイベントはそれくらい緩い方がいいと思ったので、俺はそのままの点数で続けることにした。

 

「じゃあ二番目だね! どうぞ!」

 

 グレカーレの言葉と同時に次の艦娘が現れる。

 

「と、とりっくおあとりーと、です!」

 

 慣れない外国語を披露しながら現れたのは五月雨であった。

 その頭には狼を模したフードが被さり、両手にも大きな肉球が特徴的な手袋を嵌めている。

 あれ、これどこかで見たような……

 

「夕立ちゃんから借りたオオカミさんです! ど、どうです、似合いますか?」

 

 ああ既視感があると思ったら夕立がハロウィングラで身に着けていた衣装と同じか。そういえば夕立は孤島鎮守府にいて二人は面識があることを今、思い出した。

 

「ああ、とっても似合ってるぞ五月雨。85点」

 

「ふわっ…え、えへへへ」

 

 頭を撫でるとふわふわの毛がとても気持ちいい。五月雨も嬉しそうな顔で目を細め、幻の尻尾をぶんぶん振っているのが見えるようだ。

 

「確かに五月雨さんって何か犬っぽいよね」

 

「ボクに言わせてもらえば、白露型は何か全体的に犬みたいな雰囲気なんだよね。五月雨はチワワかな」

 

「えへへ、怖い狼さんより可愛いワンちゃんですね!」

 

 五月雨自身も犬と表現されるのが嫌では無いのか、嬉しそうにおどけている。

 やっぱり元が可愛いと何を着ても様になるのかもしれない。

 

「では続いて三人目! いってみよー!」

 

 グレカーレが指をパチンと鳴らす。すると、三人目の艦娘がコスプレして現れ……

 

「あれ? 不知火、いつもと変わらないんじゃないか?」

 

 現れた不知火は普段通りの格好をしていた。

 

「司令、よく見てください」

 

 そう言うと不知火は自身の顔を指ですーっとなぞった。そこをよく見て見ると、手術の縫い目のようなペイントがあった。

 

「フランケンシュタインの怪物です」

 

「ああ……」

 

 言われてみれば確かにそうだ。しかし……

 

「ちょっと手抜き過ぎないか?」

 

「そう言われまして……不知火はこういうのが苦手でして……」

 

 一切表情を変えず淡々と不知火は言う。

 まあ確かに不知火はこういう派手なイベントは苦手な気がする。

 

「ちょ、不知火さん! 折角のチャンスなのに……」

 

「まぁまぁグレ。とりあえず司令官の点数を聞こうよ」

 

 不知火の余りのやる気の無さに、グレカーレが飛び出してきたが、それを皐月が制止して尋ねた。

 

「うーん、70点かな。仮装としてはアレだけど、素体がいいから」

 

「む……」

 

 『素体が良い』の部分で不知火の頬がちょっとだけ朱くなった。堅物の彼女でも褒められると嬉しいようだ。

 

「ううう……アピールできるチャンスなのに……勿体ない……」

 

「ちっちっち! グレカーレ。肩を落とすのにはまだ早いよ! 今回のコスプレはこのボクのプロデュースしてるんだからね!」

 

「皐月が考えたのか……それにしては杜撰だな……」

 

 人差し指をピンと立てて意味深げに微笑みながら、皐月はグレカーレからマイクを奪い取った。

 

「そういう言葉は次の子を見てから言ってほしいな……と、いうわけで四番手! 出てこいやっ!」

 

 某プロレスラーの真似で皐月が叫ぶと、勢いよく次の艦娘が飛び込んできた。

 

「じゃーん! 清霜だよーっ!」

 

 出てきたのは清霜だった。

 カラフルな防止に黄色いシャツ。緑の短パンに赤いソックスを履いているという姿で、いかにも腕白な少年といった風貌だが……

 

「ちょっと、清霜姉さんまで! 今回は可愛い仮装をしようっていったじゃない!」

 

 現れた義姉の格好に不満を爆発させたグレカーレだが、それも予測済みなのか清霜は動じずに皐月の元へ駆け寄っていく。

 ん……そういえばこの清霜の姿には既視感が……

 

「グレカーレ! ここからがボク達の本気だよっ!」

 

 皐月の号令に清霜を中心にこれまで登場した艦娘たちが集まっていく。

 一体何を始める気だと俺とグレカーレが注目していると、四人は突然ポーズを決めて口を開いた。

 

「さあ、始まるザマスよ!」

 

「い、いくでがんす……」

 

「ふんがー」

 

「うるさーいっ!」

 

「……満点だよ、お前達」

 

 俺は清霜たちに山盛りのお菓子を渡して言った。

 

「なんでだよっ! 意味が分からないんだけど!?」

 

「何を言っているグレカーレ。こんなに愉快痛快な仮装は無いぞ」

 

「ふふふ、ただ可愛いだけじゃ、高得点は狙えないんだよ」

 

 激昂するグレカーレに皐月は言い放つ。

 まぁ初めの趣旨とは違う気もするが、俺は大満足なので満点でいいと思う。

 

「ぐぬぬ……納得いかないけど、まあ良し! 次に行こう、次!」

 

「グレちゃん頑張れー」

 

 既に勝利を確信したのか、清霜がお菓子をポリポリやりながら応援する。

 よく見ると他のメンバーもまったりと観戦モードに入っていた。不知火に至ってはもう顔の線を消している。あまり乗り気じゃななかったのだろうか。

 

「さてと今度は可愛い艦娘登場ーっ! …………あれ?」

 

 勢いよく言ったグレカーレだったが、誰も出てこようとしない。

 怪訝な表情を浮かべたグレカーレが奥の方へ視線を向けると、その方向から低く啜り泣くような声が聞こえてきた。

 

「い~ちまぁ~い……にぃ~まぁ~い~……さぁ~んまぁ~い……」

 

 辛く苦しそうな女の声がゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてくる。

 

「ひっ……何!? 何なのっ!? ね、姉さんっ!」

 

「き、清霜にも分からないよぉ……」

 

 恐怖からグレカーレは司会の仕事を放りだし義姉の背中に隠れてしまう。だが肝心の義姉も顔を真っ青にしてぶるぶる震えていた。

 そんな中、何かを数えるような声がさらに音量を増していく。

 

「はぁ~ちまぁ~い……きゅぅ~まぁ~い……」

 

 おどろおどろしい声がすぐ近くまで迫るも、その声の主は姿を現さないまま言葉が止まった。

 暫しの静寂が場を支配し、そして――

 

「いちまぁい……たりなぁああああああああああいっ!!」

 

『ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 姿を現したのは白装束と天冠を身に着けた谷風だった。

 両手をだらんと垂らし、髪を振り乱して近づいてくる。

 あまりにもオーソドックスな幽霊像だが、それ以上に目を引くのは彼女の顔である。

 右目の部分が焼けたように醜くただれているのだ。

 そのあまりの生々しさに清霜と五月雨は悲鳴をあげて蹲り、グレカーレも顔を真っ青にして目を背けた。

 

「だーはっはっはっは! どうでい! 怖かったろう? 妖精さん特性のリアル恐怖メイクでぃ!」

 

 そんな仲間たちの反応に手ごたえを感じたのか、谷風は素に戻って快活に笑った。

 

「やりすぎだ、タコ!」

 

「あでっ!?」

 

 得意顔で近づいてきた谷風の額を指でピンと弾く。

 谷風は可愛い悲鳴を上げて仰け反ってから、涙目になって俺に抗議した。

 

「な、なにしやがんでぇ!?」

 

「確かに凄いが、やりすぎだ。見ろ、ちびっこが泣いちゃっただろ」

 

 俺の後ろに隠れてぶるぶる震える清霜と五月雨。そして顔面蒼白で立ち尽くすグレカーレを指して言う。

 その様子を確認した谷風はあちゃーっと舌を出して苦笑した。

 

「あと四谷怪談と番町皿屋敷が混じってるぞ」

 

「お菊さんじゃパンチが弱いと思ってね、お岩さんの顔を取り入れたんだが、確かにやりすぎだったねぇ」

 

「早くメイクを落としてこい」

 

「はいよっ」

 

 元気よく言うと谷風は洗面所へと駆けていった。

 

「……二人とも大丈夫か?」

 

 俺は振り返って腰を抜かしている清霜と五月雨の背中をさすった。

 

「う、うううう怖いよぉ……」

 

「申し訳ありません、提督。五月雨は腰を抜かしてしまいました……」

 

 俺は皐月と協力して二人をそのまま椅子に座らせた。相当ショックが大きかったらしいな。

 

「……て、テートク……採点は……」

 

「……リアル恐怖なら100点満点だけど、ちょっと傷跡残しすぎたから60点で」

 

 何とか気を取り直して司会を続けるグレカーレは真面目だと思う。

 

「……え、えーっと……じゃあ次に行ってみよっか! もう流石にあのレベルは出ないでしょ……出ないよね?」

 

 おっかなびっくりなグレカーレだったが、流石にもう無いだろう。残っているのは長月と暁だし。

 そんな風に考えていると勢いよく、小さな影が飛びだしてきた。

 

「じゃーん! 暁は魔法使いよ!」

 

 とんがり帽子に黒マント。魔法のステッキ片手に現れた暁はその場でクルッと一回転した。

 

「…………」

 

「え、ちょっと……し、司令官!? い、いきなり何を……」

 

「いや、急に愛おしくなって……」

 

「い、いとお……むぎゅう……」

 

 さっきの谷風があまりにもリアルすぎた反動か、魔女っ娘暁がすごく健全に見える。

 俺はそのまま彼女を抱きしめて頭を撫でると、暁は顔を真っ赤にして照れていた。

 

「やっぱりお姉様が一番だよ……」

 

「ホント、癒される……流石姉さん」

 

 義妹コンビも同じように暁に抱き着いた。相当、谷風の仮装が怖かったんだろう。

 

「司令官、暁は難点?」

 

「んー満点。いい子いい子」

 

 俺と妹達にもみくちゃにされた暁は借りてきた猫のようになってしまっていた。

 俺たちは暫く暁のやわこい身体を堪能すると、お菓子を両手いっぱいに溢れるほど渡してあげた。

 

「さてと最後は長月か……」

 

 長月って『ハロウィン? くだらない』とか言うイメージがあるからな。バレンタインでも似たような事を言っていたし。

 そんな事を考えながら、待っていた時だった。

 

「死神の長月だ。ふふふ、怖いか?」

 

 天龍の台詞で登場した長月はちゃんとハロウィンの仮装をしていた。

 漆黒のマントに大きな鎌。

 髑髏を模した髪飾りで綺麗な緑髪をツインテールで纏め、いつもの制服では無くレオタード風の黒い衣装にストッキングを履いている。

 可愛さと煽情さが同居した、独特の出で立ちであった。

 

「ど、どうした長月……かわい……いや、珍しくノリノリじゃないか」

 

「ふふ、前にチャイナを着た時が好評だったからな。今回は頑張ってみたんだ。どうだ?」

 

「お、おお……」

 

 俺はまじまじと長月の全身に視線を向けていく。

 普段真面目で制服もきっちり着こなす彼女が、かなり攻めたデザインの衣装を着ているのだ。

 いつものギャップと相まって、とても魅力的に見えるのである。

 

「か、かわいいな……ほんとに……うん……」

 

 不味い。年甲斐もなく鼓動が激しくなってきた。

 相手は部下で駆逐艦……そんな娘にドキドキするなんて、あってはならない……

 あってはならないのだ……

 

「ど、どうした司令官? 変だったか?」

 

「い、いや、そんなことないぞ。似合ってるし……」

 

「んふふ~どうしたのテートク? 目が泳いでるよー」

 

「う、うるさいぞ、グレカーレ」

 

 グレカーレは俺の心境を悟ったのか、にやにやといやらしい笑みを浮かべながら胸をツンツンと突いてくる。

 俺はそれを振り払うと、ゴホンと咳払いした。

 

「と、とても似合ってるぞ長月。95点だ」

 

「ほう、中々高得点だな。頑張った甲斐があった」

 

 長月は満足そうにそう言うとお菓子を受け取って、皐月たちの方へと移動した。

 あぶなかった……これ以上近くにいたら、ホントにやばかった……

 

「さーてと。これで全員が終わったね。じゃ、テートク。今日の一番を決めてもらおっかな」

 

 俺が気を静めていると、グレカーレがそう言ってマイクを渡してきた。

 

「採点だけじゃないのか?」

 

「えーそれだけじゃ面白くないでしょ? やっぱり一番を決めて欲しいかなーって」

 

 グレカーレは上目遣いでそう尋ねてきた。チラリと皆の方を見ていると、心なしか期待して俺を見ているようにも思える。

 

「んーと……」

 

 俺は暫し沈黙し、思考を巡らせた。

 そして目を開くと俺は近くにいた少女の頭をポンと触れた。

 

「優勝はグレカーレだな」

 

「え……」

 

 グレカーレは一瞬、何が起きたのか分からなかったのか、目を真ん丸に見開いた。

 

「ちょ、ちょっと、あたしは今回、司会で対象外っていうか……」

 

 流石に面食らったか、グレカーレはしどろもどろになってそう言っていく。

 だが俺も本気だった。

 

「いや、グレカーレが今回のイベントを企画してくれたから、皆の可愛い姿が見れたんだ。君のおかげだよ」

 

 俺はそう言うと山盛りのお菓子を彼女に渡していく。

 

「わ……わ……」

 

 予想しなかった事だったのか、グレカーレは顔を真っ赤にしてあわあわしていた。

 

「おめでとう、グレちゃん!」

 

「よかったわね、グレカーレ!」

 

 そんな彼女の両側から義姉たちが抱き着いて、勝利を讃えていた。

 グレカーレは照れたように笑うと、恥ずかしそうに頬をかいていた。

 いつもは飄々としている彼女もこういうところは年相応である。

 

「ふ、ふふふふふ……つまりあたしがテートクの一番って事ね! じゃあ早速今晩、イタズラをぶべべべべべっ!?」

 

 まあ調子に乗りやすいのが玉に傷であるが。

 不知火に制裁される彼女を横目で見ながら、俺は皆の仮装も見渡して楽しんだ。

 

「……うまく逃げてないかい?」

 

 メイクを落として戻ってきた谷風がそう呟いたがそんなことは無いぞ。

 グレカーレの衣装も可愛かったし。

 

「皆、料理の準備が出来たぞ!」

 

 長月の掛け声で皆が食卓へと集まっていく。

 テーブルの上には長月手作りのハロウィン料理、ジャックオランタンの模したパプリカの肉詰めや、パンプキンケーキが並んでいる。

 

「今日は西洋の行事だしワインで乾杯しようよ!」

 

 皐月の提案で人数分のグラスが用意され、白ワインが注がれていく。酒が飲めない娘にはジュースが代わりに支給される。

 

「じゃあ、優勝者。乾杯の音頭を」

 

 俺がスッと指名してグレカーレを真ん中に案内する。彼女ははにかみながらもグラスを手に取った。

 

「では皆の代表として……ハッピー、ハロウィーンっ!」

 

『カンパーイっ!!』

 

 9つのグラスが小気味いい音と共に重なった。

 流刑鎮守府初めてのハロウィンパーティーはそのまま和やかな雰囲気で進められたのだった。

 

 …

 ……

 ………

 

「長月さんの時さ、テートクって結構ガチでグラついてたよね。あたしたちもちゃんと可愛くすれば、ケッコーイケるんじゃない?」

 

「む……そ、そうかな……」

 

「確かに、ボクたちもまだチャンスがありそうだよね」

 

「善は急げだ。谷風さん達も頑張らねぇとな」

 

 夜。艦娘たちは水面下で動き始めていた。

 



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流刑鎮守府忠臣蔵

今年最後の投稿になります。

そして白状します。
クリスマスネタが思いつかなかったので、忠臣蔵ネタになりました。


 時は元禄十四年。

 流刑藩・藩主、浅野不知火頭(あさのしらぬのかみ)は大本営の高官の接待役を将軍に命じられ、その礼儀作法を高家筆頭の吉良提督之介(きらていとくのすけ)に指導して貰うべく江戸城に向かったのでした。

 提督之介は酒好き・女好きの怠け者として、評判芳しくない人間でありました。

 

「成程、お前が今回の接待役ねぇ」

 

 上座で威張り散らす提督之介に不知火頭は内心、イライラしていましたが相手は格上。

 しかも今回は指南係であり、彼の機嫌を損なうと奉公にも支障が出るためにじっと耐えていたのでありました。

 

「まあ、いいだろう。将軍徳川五十鈴(とくがわいすず)様にも重用され、大本営にも顔の効くこの俺に任せておきなさい」

 

「はは、ありがとうございます」

 

 恩着せがましく言う提督之介に不知火頭は青筋を立てながらも、平伏してお礼を言います。

 そんな彼女に彼はソソソっと近づくと耳元で、囁きました。

 

「……ところでさ。俺の藩も何かと入用でね……まあ、分かっていることだとは思うけど……」

 

「はぁ」

 

 提督之介は水木しげる先生の漫画に出てくるねずみ男のような表情を浮かべると、さらに小声で囁くのです。

 

「分かっているだろう、ぬいぬい? ぐぼっ!?」

 

「ぬいぬいはやめて下さい」

 

 あまりの馴れ馴れしさに思わず一発入れてしまった不知火ですが、提督之介はめげません。

 扇子を広げて取り繕うと、わざとらしくいうのです。

 

「俺は多忙の身。しかも我が藩は財政が厳しい。接待役の指南をする時間も限られているのだよ明智君」

 

「不知火です。それでは困ります」

 

「だろう? だから……ほら、ね」

 

 バチンとウインクする彼に不知火は必死で怒りを抑えつつも、持ってきたお土産を差し出しました。

 

「我が藩の特産品。鰹節でございます」

 

「ほぅ……これは美味しそうな鰹節だ。早速頂くとするか……んんん?」

 

 重箱に入った鰹節を嬉しそうに受け取ると、提督之介は箱を開けて中身を確かめます。

 中にはそれはそれは綺麗に削られた鰹節。しかし提督之介の顔はみるみる曇っていくのです。

 

「不知火頭くん? ここで素直に鰹節を出す艦娘がいるかね?」

 

「はぁ……」

 

「分かってるんだろう? 俺が欲しいモノをさ」

 

「と、いいますと……」

 

「分かんない奴だなぁ……頭に『お』が付く金色のモノとか……頭に『さ』が付く飲むと気持ちよくなるものとか……または頭に『きょ』が付くむちむちのアレとか」

 

 賄賂を貰い、ただ酒を飲み、巨乳の女性に接待させる。

 日頃から提督之介が格下に求める賄賂フルコースでした。

 しかし不知火頭は元来、真面目な性格でそういった汚職には縁がありません。

 当然、そのような事は知らず首を傾げるばかりでした。

 

「……ふん。いやしくも大本営の接待を預かろうとする者がこの程度の脳みそとはな。胸に栄養がいっていない奴は、頭にも栄養がいっていないようだ」

 

 不知火頭の平坦な胸部を見てそう言うと、提督之介は不機嫌そうに退室していきました。

 そしてその日から、彼の教育という名目で不知火頭への嫌がらせが始まったのです。

 

「提督之介様、ここはどのようにすればいいでしょうか」

 

「何でそんなこともわからないの? これだから貧乳は……」

 

「…………」

 

 またある時は。

 

「おいおい、前に教えたのとやり方が違うぞ! 無い乳はこれだから……」

 

「…………」

 

 さらにある時は。

 

「おい、前にここはこうしろと教えたよな!」

 

「い、いえ、聞いていません」

 

「はぁ、全く。そもそも不知火みたいな無愛想で乳の無い女が接待役など笑止千万! バストアップして出直してきな」

 

「…………」

 

 度重なる嫌がらせの上、セクハラ紛いの胸いじりの数々。

 不知火頭は必死で耐えてきましたが、遂に堪忍袋の緒が切れてしまいました。

 時は3月14日、江戸城の松之廊下。

 

「提督之介! この間の遺恨、覚えたるかっ!」

 

 不知火頭は提督之介がやってくるのを待ち伏せして、小刀で斬りつけたのでした。

 

「ひ、ひいっ! 乱心したか貧乳!?」

 

「不知火は乱心などしていません……貧乳でも無いっ……!」

 

 怒り心頭の不知火頭は逃げようとする提督之介を追いかけます。

 

「ろ、狼藉だ! であえであえっ!」

 

「殿、殿中です! 殿中ですよ!」

 

 提督之介の絶叫を聞きつけて江戸城の家臣たちが一斉に集まってくる。

 その中には不知火頭の家臣である清霜兵衛(きよしもべぇ)もおり、何とか取り押さえられました。

 この事件はあっという間に江戸中に広がります。

 江戸城内での狼藉、それも刃傷沙汰とあって将軍・五十鈴のお怒りは大変なモノでした。

 

「不知火頭は切腹。流刑藩は取り潰しとする!」

 

 本来なら喧嘩両成敗という事で互いに裁かれる筈ですが、今回はお家断絶の憂き目にあった不知火頭に対し、提督之介にはお咎め無し。

 その片手落ちの判決に、流刑藩の者たちは憤りました。

 しかしそれでも裁きは裁き。

 桜舞い散る中、不知火頭は切腹することを受け入れたのです。

 

「清霜、無念だわ」

 

「と、殿……」

 

 白い装束に身を包んだ不知火頭の傍らで、清霜は涙ぐみます。

 

「不知火は悔しいわ。この恨みは必ず……必ず晴らしてほしいわ」

 

 そして不知火頭は辞世の句を詠みました。

 

 ――風さそふ 花よりもなほ 我はまた でも胸は関係ないでしょう 司令は絶対許さ――

 

 無念の最後を不知火頭は迎えました。

 

「な、何だって!? 殿が切腹!?」

 

「はい、大石皐月助(おおいしさつきのすけ)様! 流刑藩は断絶! お城は取り壊しの上、清霜達は皆失業しちゃいますっ!」

 

 江戸から戻った清霜兵衛の言葉に流刑藩の艦娘たちは激震が走りました。

 

「そんな……信じられないよ! 第一、あのセクハラ野郎には何のお咎めも無いの!?」

 

「な、納得いかないです!」

 

「悔しいわ!」

 

「全くでい! このままじゃ腹の虫が収まらないぜ!」

 

 五月雨、暁、谷風たちは激昂し、やがて一つの言葉が彼女たちの口から飛び出しました。

 

「仇討ちだ」

 

「仇討ちよ……」

 

「皐月助ちゃん! 仇討ちしよう!」

 

 流刑藩の家臣たちが仇討ちを主張します。

 

「……皆の気持ち、ボクはよく分かる……でも、今はまだその時期じゃないよ」

 

 しかし皐月助は首を横に振りました。

 

「なんでい、皐月助! 仇討ちに怖気づいたのかい!?」

 

「そうだよ! こんな目に遭わされて悔しくないの!? 暁は許せないわ!」

 

「……今の状況で何が出来るのさ。今は耐えてお金を貯めるんだ。そして、時期が来たら必ず殿の仇討ちを取ろう!」

 

「さ、皐月助……」

 

 こうして流刑藩の家臣たちは復讐を胸に誓い、城から離れていきました。

 筆頭家老の皐月之介は単身、京都へ。

 表向きは隠居ですが、この場所は交通の便が良く、浪士たちと連絡が取りやすいという利点がありました。

 そして五月雨・谷風・暁。清霜は各地に散り、来るべき時のために備え始めました。

 そしてあっという間に1年が経過しました。

  

「……で、流刑藩たちの残党は何をしているのだね?」

 

 江戸にある吉良のお屋敷の最奥で、日本酒片手に言うのはこの邸宅の主であり、不知火頭の仇である提督之介です。

 彼は自身以外に誰もいないはずの和室でそう言うと、天井の方から声が聞こえてきました。

 

「はっ……元筆頭家老の皐月助は京都で放蕩の限りを過ごしています。他の者も各地に散ってすっかり町人と同じに」

 

「へへ、まあ生きるには金が必要だし。もう義理人情の世界じゃないしな。だが用心に越したことは無い。引き続き、監視を頼むぞ。イタリアンくノ一のグレカーレ」

 

「はっ……どうでもいいけどイタリアンくノ一って何? 無理ありすぎじゃない?」

 

「ゲルマン忍者がいるんだし、イタリアにだってくノ一くらいいるだろう。日独伊三国同盟。悪の枢軸繋がりだぞ」

 

「ホントに刺されるよテートクノスケ様。ま、行ってきます」

 

「おう、行ってこい。さーて酒と芸者だ。公務は忙しいのう」

 

 臆病者の提督之介は流刑藩の事を忘れておらず、未だに監視を続けていました。

 ですが元来の不真面目さと適当さで、肝心な所はグダグダだったのです。

 

「ちょっと、飲みすぎですよ皐月助さん」

 

「うるさいなぁ……お金払ってるんだからいいだろぉ」

 

 一方、京都の町で皐月は飲み屋で吞んだくれていました。

 

「全く、酒癖が悪いんだから……そんなんじゃ、不知火頭様がお嘆きになしますよ」

 

「なーにが不知火頭だ。あの頑固頭。冗談の一つも通用しない、鉄面皮だよ!」

 

 散々酒を飲んでぐだを巻く皐月助の姿に、誰もがもう仇討ちは諦めたのだろうと思っていました。

 しかし。

 

「久しぶりに集まったね、皆」

 

 ある夜、皐月助の家には散っていった流刑藩の面々が集まっていました。

 

「皆、長い間ご苦労をかけた。いよいよ殿の無念を晴らす時期が来た」

 

「いよいよだね! 谷風さんが苦労して金を貯めた甲斐があった……」

 

「暁、服もお菓子も我慢して、いっぱい貯金したわ!」

 

「清霜も! お金いっぱい稼いだよ!」

 

「五月雨は妖精さんたちに協力して貰う事を約束しました! 既に江戸に集まっています!」

 

「よーし、あとは提督之介の屋敷の間取りなんだけど……」

 

 皐月助がそう言った直後、天井から一筋の何かが降ってきました。

 

「ぬ、このイタリア国旗は!」

 

 それは一本の竹串でした。その上には紙に書かれたイタリアの国旗がくっ付き、その下には手紙が結ばれていたのです。

 

「風車の弥七かよ……」

 

 谷風が思わずそう言う中、皐月は結ばれた手紙を広げていきます。

 

「間違いない。放っている密偵から来た提督之介の屋敷の間取りだ。これで必要なものは全部揃ったよ!」

 

 皐月助はぐっと拳を握りますと、皆もそれに同調しました。

 

「じゃあ、皆! 江戸に向かおう!」

 

『おー!!』

 

 こうして皐月助率いる五人の浪士達は、江戸にいる妖精さん達と合流するべく密かに屋敷を発ちました。

 当然、監視の目を警戒しながら江戸へ向かいます。

 イタリアンくノ一のグレカーレだけでなく、多くの監視役を提督之介は放っていたのです。

 

「垣見長月兵衛(かきみながつきべえ)?」

 

「うん。何でも偉い人らしくて、今京都から江戸に向かってるんだって」

 

 江戸に向かう道中の中で、皐月助はこの名前を語って宿を取っていました。

 

「宿屋も街道もいっぱいあるし、相手がボク達を本物と確認を取る方法も無い。大丈夫さ」

 

 この名前を名乗れば、関所などをスムーズに突破できる。皐月助らの正体を隠しながら進むにはもってこいの偽名だったのですが……

 

「た、大変よ! この宿に長月兵衛がやってきたわ!」

 

 江戸まであと少しという時の宿屋で、なんと本人たち一行と出会ってしまいました。

 当然、長月兵衛は自身の名を語る偽物に怒り心頭です。

 

「ここに垣見長月兵衛がいると聞いたが、どこにいるんだ?」

 

 皐月助らが泊まっている部屋に入ってきた長月兵衛は、そう言って中を見渡しました。

 

「ボクがその長月兵衛だよ」

 

「……ほう、そうなのか」

 

 目の前に本人がいるにも関わらず、堂々としらを切る皐月助に長月兵衛は青筋を立てているようでした。

 

「お前が本人と名乗るなら、通行手形を見せて貰おうか。本物なら幕府の手形を持っているはずだ」

 

「う……」

 

「どうした? 見せれないのか?」

 

「ぐ……み、見せてあげるよ」

 

 皐月助はそう言うと懐から手形の入った巾着を取り出していく。

 そこに刻まれた家紋を見た瞬間、長月兵衛の顔が変わった。

 

「あ……あんた……いや、貴方様は……」

 

 長月兵衛はそう言うと、苦し紛れに偽の手形を出そうとした皐月助の手を止めた。

 

「……成程、確かに本物の垣見長月兵衛。偽物は私の方だった」

 

「な、なが……」

 

 驚く皐月の手に、長月兵衛はそっとある物を握らせる。

 

「ならば本物には本物の手形が必要だろう。持っていくがいい」

 

「……ありがとう……」

 

 そこに握られていたのは本物の通行手形。

 皐月助は思わず涙しました。

 

 そして江戸にたどり着いた皐月助は皆を隠れ家に使っていた長屋に集めました。

 

「ボク、五月雨、谷風、暁、清霜。密偵のイタリアンくノ一……そして!」

 

「助太刀の妖精さん、四十一人!」

 

「合わせて流刑四十七士でい!」

 

 五月雨の要請で助っ人に現れた妖精さん達。全員が皆、拳を振るった。

 

「討ち入りだよ! 殿の仇を取る!」

 

『おーっ!』

 

 かくして元禄十五年十二月十四日夜。

 主君、浅野不知火頭の仇を討つべく、流刑四七士は堂々と進撃を開始したのであります。

 真っ白な雪が降りしきる江戸の道を、黒い火消し装束に身を包んだ艦娘たちが進んでいきます。

  

 そして提督之介の屋敷の前まで進軍した時、皐月助は一呼吸すると五月雨が妖精さん達の一部を連れて裏口へと周ります。

 

「火事だ―っ!」

 

 暫くして五月雨の叫び声が響き、屋敷の中から喧騒が起こった直後でした。

 

「突撃ーっ!!」

 

 皐月の号令共に正面から流刑浪士達が抜刀して突撃します。

 

「う、討ち入りだーっ!」

 

 屋敷内にいた用心棒や家臣たちが叫びますが、それをかき消すように四十七士達の掛け声が冬の空に木霊します。

 皐月助が叩く太鼓の音がドンドンと響く中、白刃が舞い、浪士達が屋敷の奥へと殺到するのです。

 

「夜中になんかうるさいなぁ。こっちは晩酌中だっていうのに」

 

 ですが当の提督之介はお酒に夢中で、事の重大さを理解していません。

 

「殿! 討ち入りです! 流刑藩浪士の討ち入りです!」

 

 襖が勢いよく開き、部下の一人がそう告げました。

 

「な、何っ!? そ、それで連中は今、どこに!」

 

「す、すぐ傍まで……ぐえっ」

 

 そこまで言った所で、その家臣は突っ込んできた谷風に斬られてしまいました。

 

「提督之介、神妙にしなぁっ!」

 

 谷風に続いて次々と四十七士が提督之介の私室へと集まってきます。

 

「見つけたぞ、提督之介! 殿の仇!」

 

「ぐうう、来たか皐月助! だが俺には切り札があるのさ……であえであえ!」

 

 提督之介が手をパンパンと叩くと、天井から人影が一人降りてきた。

 

「イタリアから呼んだ用心棒のグレカーレ! さあ、グレ公! やあっておしまい!」

 

 余程実力を買っているのか、提督之介は座したままそう言ったのですが。

 

「……ふん!」

 

「ぐべっ!?」

 

 参上したグレカーレは振り返ると提督之介をぶん殴ったのです。

 

「な、ななな、ら、乱心したか、イタ公!」

 

 あまりの事に提督之介が驚いていると、グレカーレは懐からイタリア国旗のついた竹串を取り出しました。

 

「乱心も何もアタシは初めからあちら側だよテートク。部下の身辺調査はちゃんとやろうね」

 

「ぐ、おのれ……小賢しい貧乳どもめ……」

 

 歯ぎしりする提督之介の前に皐月助が進んでいきました。

 

「吉良提督之介! 我らが主君・浅野不知火頭の仇! そしてボク達の胸を揶揄した罪! ここで償って貰う!」

 

「む、むねって俺は本当の事を言っただけ――」

 

「かかれーっ!」

 

 皐月助の号令と共に、艦娘たちが提督之介に殺到します。

 そして私刑が始まりました。

 

 …

 ……

 ………

 

 そして夜が明け、雪が止んだ朝空の下、ボコボコにした提督之介を磔にした四十七士が堂々と行進してきます。

 

「おおっ来たぞ! 流刑四十七士だ!」

 

 討ち入りを聞きつけた町人たちが集まり、彼女たちを讃えます。

 これから彼女らは不知火頭の墓の前で提督之介の首を捧げようというのです。

 そんな彼女たちの前に見知った顔が現れました。

 

「あ、長月……」

 

「事はなったようですな、皐月助様。だがこの先の道は狭い。あちらの道から堂々と墓前に向かうといいだろう」

 

 そう言ってにやりと笑った長月兵衛に、皐月助も同じように笑って返した。

 

「そうさせてもらうよ、いこう! 皆!」

 

 四十七士はそのまま一番大きな道を進んで不知火頭の墓前へと向かったのでした。

 

 その後、幕府の裁きにより四十七士は切腹。

 しかし彼女たちの忠烈と覚悟は江戸の民草達によって末永く語られたという一席。

 今宵はこれまでにしたいと思います。

 




今年も流刑鎮守府異常なしを読んで頂きありがとうございました。

皆さま、よいお年を


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流刑鎮守府ざ・むーびー

あけましておめでとうございます……
色々あって二月になってしまった……
今年も本作をよろしくお願いいたします。


 

 古来より軍事とプロパガンダは切っても切り離せない関係にあった。

 そもそも宗教戦争が盛んに行われた時代からその概念は存在し、第二次世界大戦の頃には各国が挙って戦意高揚のための広告や記録映画などを制作した。そして現代でもプロパガンダは数多く作り出されている。

 現在、世界は深海棲艦という人類規模の敵勢力が存在する。そのためか、対深海棲艦のプロパガンダが各国で制作されているのである。

 我が国日本でもそれは同様で、吹雪を主人公にしたドラマとドキュメンタリー映画がメガヒット。味を占めた軍部はさらに時雨が主人公のドラマも制作し、またしてもヒットを飛ばしたのだった。

 

「そして各鎮守府がそれぞれ自主映画を作って発表する、映像コンペが催されることになった」

 

 皆が集まった会議室。俺は黒板に大きく『自主映画』と書いて、それをトントンと叩いた。

 

「大体、10分から30分の時間で内容は基本、自由。本部の偉い人と艦娘が審査員で、これから軍に配属される海防艦の娘にも見せるらしい」

 

 本部から送られてきた概要をざっくりと皆に説明していく。

 一応、本部主導の企画であるため対象に選ばれれば、それなりの報奨金もでるそうだ。

 

「しっかし、畏れ多くも大日本帝国海軍が自主映画なんて暇なもんだね」

 

「何を言うんでい、皐月。軍隊に気持ちのゆとりがあるってのは、平和な証拠じゃねえか」

 

「ああ、谷風の言う通りだ。戦争や災害があるときは、こうもいかんからな」

 

 まあそれだけ深海棲艦たちとの戦いも有利なのだろう。俺たちは僻地故、大局的な戦闘に関わることが無い。だがこういうイベントがあれば、何となく今は平穏な方なのだと実感できるのだ。

 

「と、いう訳で皆に集まって貰ったのはこの映像コンペで、どんなのを撮影するか。まあざっくりで良いから何かアイデアがあれば聞かせてくれ」

 

 今回の会議の主題はコレだった。

 自作で映像作品を作れと言われても、そもそもどんな内容を作ればいいのかすら分からないのだ。

 だからこうやって皆で集まって決めようという話になったのである。

 

「はいはいはいはい!」

 

 一番最初に元気よく手を上げたのは皐月であった。

 先程までのやる気なさげな様子が嘘のようだ。

 

「よし皐月」

 

「ふふん! 映画といえば、やっぱり鮫とゾンビだよ!」

 

「そうか、アサイラム村に帰れ」

 

 鮫とゾンビ。低予算Z級映画の定番である。

 

「何だよっ! パニック映画といえば、鮫とゾンビでしょ!」

 

「軍のコンペにパニック映画出してどうすんだ」

 

「まあ、待て司令官。内容は自由だったはずだ。折角だし、話くらい聞こうじゃないか」

 

 長月にそう言われ、確かにと思い皐月に目線を飛ばす。すると皐月は得意顔で語り始めた。

 

「ふふっ、まずはね! 深海棲艦との戦闘中、突然現れた大鮫に襲われボク達はとある孤島に何とか辿り着いた。だけどそこは、ゾンビ達が徘徊する死の島だったのだ!」

 

「凄く……B級です……」

 

 ホームセンターにワンコインで売られてそうな映画の内容だった。

 

「いいじゃん! サメにゾンビに美女! これさえ揃ってれば、皆満足だよ!」

 

「それで満足するのはニッチな層だけだぞ。それにサメやゾンビのセットとかどうやって用意するんだよ」

 

 いくら低予算で作りやすいといっても、それは映画業界内の話。完全な素人である俺達では、それらのセットを作ることすら難しいだろう。

 

「それは大丈夫です! 大体の事なら妖精さんが何とかしてくれます!」

 

 すると五月雨が元気よく手を上げて言った。よく見れば彼女の肩には妖精さんが一人、ちょこんと座って胸をポンと叩いていた。

 

「やった! ならもうボクの案で確定だね!」

 

「待て待て、それは無い……いや、まだ早い。他の意見も聞かんと駄目だろ。誰か他にアイデアはないか?」

 

 このままだと本気で皐月の案が押し通されかねないので、俺は他の娘にも聞いてみることにした。

 

「はいよっ! 谷風さんに妙案あり!」

 

「谷風かぁ……」

 

 皐月とは別ベクトルで怪しい企画をあげそうだ。

 

「で、どんな映画にする?」

 

「へへへっ……谷風さんが発案するのは、ズバリ! 流刑鎮守府の時代劇よぉ!」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

「時代劇だよ、時代劇! 提督も好きだろう?」

 

「見るのは好きだけど、作るとなると別問題だろ。それこそサメやゾンビよりも遥かにセットや衣装が重要だし……」

 

 和服に刀に背景…時代劇には予算が必要なのだ。

 

「そこはほら……木枯し紋次郎みたいに野外メインでやりゃいいだろ」

 

「それはちょっと寂しいな……」

 

「ならラブ・ロマンスはどうかしら? それならセットも特殊メイクもいらないわ!」

 

 すると暁が横から入ってきた。

 

「大人のジェントルマンとレディーの淡い恋物語……流刑鎮守府版ローマの休日……これだわ! 勿論、主演は暁と司令官よ!」

 

 うっとりした様子で提案する暁であるが、それに突っ込みを入れたのは身内だった。

 

「姉さんとテートクの外見で恋愛とか不味くない? 小さな子に悪戯するおじさんにしか見えないよ?」

 

「ちょ、グレカーレ! それどういう意味よ!」

 

 ぷんすか抗議する暁だが、残念だが俺も同じ思いだ。

 外見小学生の暁と30代の俺じゃあなぁ……

 

「そういうグレカーレは何かアイデアあるのか?」

 

 順番にグレカーレにも振ってみる。

 

「ふっふん、それは勿論。あたし主演でエマニエル夫人の流刑鎮守府版を……」

 

「不知火やれ」

 

「はい司令」

 

「ちょっ……流石に冗談ぶべべべべっ!?」

 

「ふーんふふんふーんふふんふーふんふふふふふん」

 

 エマニエル夫人のテーマを口ずさみながら不知火がグレカーレを粛清していく。

 俺たちはそんな二人を尻目に議論を再開した。

 

「五月雨は何かアイデア無いか?」

 

「え、えーと……折角ですし私達の鎮守府に関係する内容はどうでしょうか」

 

 五月雨の提案はこれまでのアイデアに比べてかなりまともな内容だった。

 

「私達の鎮守府のいい所を紹介すれば、新しい子も来てくれるかもしれませんし……」

 

「これ以上来られても、仕事は無いぞ」

 

「それにボクたちの鎮守府のいい所ってどこ?」

 

 だが長月と皐月の言葉にも一理ある。

 俺は五月雨の言葉を反芻して考えた。

 

「ウチの鎮守府のいい所って何だろう……」

 

「えーと……自然が多いです」

 

「……他は?」

 

「えーと、海が綺麗です!」

 

「…………」

 

 観光地や自然公園ならいいのだけど……五月雨の声も徐々に尻すぼみしていった。

 

「何か面白み無いよね。やっぱりボクの案の方が盛り上がるって!」

 

「いや、それは無い。どうだ、ここは私達の普段の演習や遠征をドキュメンタリー風にだな」

 

「いや、それこそ駄目でしょう。普段の私達なんて見せたら本部に何を言われるか分からないわよ」

 

 長月がかなり真っ当な案を出したが、それをお仕置きを終えた不知火が戒めた。

 

「流石にそのままは無理だから、ある程度盛るさ。私達が普段いかに頑張っているかを本土に伝えなくては」

 

「正しくプロパガンダだなぁ……」

 

 ぶっちゃけそれが一番簡単な気がするが……何か面白みが無いな。

 

「それじゃ面白みがないねぇ……やはり時代劇のインパクトで一発かますしかないさ」

 

「それこそ意味不明でしょう」

 

 俺の気持ちを代弁したように谷風が言った。だがその言葉に対して、不知火の対応は辛辣であった。

 

「何でい、不知火! そう言うからには何か案があるんだろうな!」

 

「もう棄権でいいんじゃないかしら。所詮、この小規模な鎮守府では満足のいく撮影なんて出来ないんでしょうし」

 

「かぁーっ! 詰まんないこと言うねぃ!」

 

「そうだぞ不知火。仕事の中にある遊びで全力を出せない奴は出世しないぞ」

 

「司令官……妙に感情が入ってるな」

 

 ……いかん。社畜時代の感情が出てきてしまったか……

 

「では司令。貴方は何か妙案があるのですか?」

 

「うーん、ここは流行りに乗っかって、俺が居酒屋を一人で巡る短編を……」

 

「誰か他に?」

 

「おい、せめて話くらい聞け! やめろ、皆も頷くな!」

 

 侃々諤々の議論を長く続き……

 

「ねぇーもう深夜だよ……」

 

「全然決まらないな……」

 

「暁姉さんと清霜姉さんがもうおネムよ……」

 

「不毛な議論だわ……」

 

 時刻は既に22時を迎えていた。本来なら消灯時間である。

 しかし議論に議論を重ねた結果、ここまでかかってしまったのだ。

 

「爆発……もう爆発しかないですよ……」

 

「正気に戻れ、五月雨……」

 

「流石にもう皆限界か……」

 

 黒板には意味不明な文字が並び始め、全員意識が朦朧としている。

 ここまで皆が色んなアイデアを出してきたが、これといったモノが出ずにだらだらと時間だけが過ぎてしまった。

 駄目なブラック企業の会議みたいだ。

 だがそろそろ終わらせないと体力がもたないな……

 

「よし、もうくじ引き方式でいこう。一人ずつ自分のアイデアを紙に書いて箱の中に入れる。その中から選ばれたのを採用するぞ」

 

 これまでの議論は何だったんだという決め方だがこれ以上続けても何も進まないだろうし、撮影する時間を考えたら今日のうちに内容くらいは決めておきたい。

 

「もう、それでいいや……」

 

「異議なし……」

 

「姉さん起きて。もう少しで終わるよ……」

 

 皆も同じ思いだったんのだろう。

 作業はスムーズに進み、そして内容は決定した。

 ついでに選ばれた人が監督・脚本も兼ねることになり、ようやく流刑鎮守府の映画撮影の撮影が始まったのだった。

 

 …

 ……

 ………

 

「中々今回の作品は皆、レベルが高いわね」

 

 映像コンペ当日。

 審査員として選ばれた軍人たちと艦娘たち。その中に五十鈴はいた。

 これまで数多くの鎮守府が作り上げた作品を見てきたが、軍部のエリートである提督と艦娘、そして妖精さん達の尽力もあってかなり完成度の高い作品が多い。

 中にはプロ顔負けの作品もあり、かなりレベルが高いのだが……

 

「でも海防艦の子達は退屈そうだね」

 

 隣にいた名取が小声で言った。彼女が言う通り、まだ幼い海防艦たちは映画の面白さを理解出来ないようであった。

 ほとんどの作品は自分たちの鎮守府を紹介するPVに近く、それ以外の作品は芸術に比重を置いた作品である。

 審査員はお偉い方ばかりなので当然ではあるが……

 

「まあ、子供向けの作品なんてないからしょうがないんでしょうけど……」

 

 そこまで言った五十鈴の顔は一気に強張った。

 

「あれ、どうしたの五十鈴ちゃん」

 

 心配そうに名取が顔を覗き込んできた。

 

「る、流刑鎮守府……」

 

 次に上映される作品の制作陣に五十鈴は不安を覚えたのだ。

 

「あ、そこって確か五十鈴ちゃんが教官をした……」

 

「ええ……そうよ……」

 

 問題児たちの顔が一気に脳裏に浮かぶ。

 いや大丈夫だろう。流石に公的な行事に変な物は送ってこないだろう。

 そう五十鈴が自分に言い聞かせた直後に、上映は始まった。

 部屋が暗くなりスクリーンに映像が映し出される。

 

〈制作〉流刑鎮守府

 監督・脚本・演出 清霜

 

 その文字を見た時、五十鈴の顔がサッと青くなったが周囲の暗さに名取は気づけなかった。

 

 ――そこから見せられた作品はかなり滅茶苦茶で、一体何を見せられているのかと思ったわ。

 内容は……数十分延々と戦っているだけとしか言えないわね……

 おおまかなあらすじも……

 

 流刑鎮守府のエース暁三姉妹の元に遠方の海域からSOSが届く。

 とある貨物船が深海棲艦の襲撃を受けているのだ。

 早速、現場に急行する暁、清霜、グレカーレの三人。しかし指定された場所には貨物船などいなかった。

 なんと送られてきた救難信号は深海棲艦を束ねる悪の深海提督(演・流刑鎮守府提督)の罠であり、暁三姉妹を倒すためのモノだったのだ。

 彼女らを囲むように現れた深海棲艦(と言い張るライダー怪人のような集団。造形・清霜。演・他の駆逐艦たち)に袋叩きにされ、絶体絶命のピンチなる三姉妹。

 その時、奇跡が起こり暁の艤装とグレカーレの艤装が清霜の艤装に集合合体。

 戦艦・清霜にパワーアップした彼女のビーム攻撃により、深海棲艦たちは一網打尽。

 だがそこに決着をつけようと深海提督がサーベルを抜いて立ちはだかる。

 だが清霜も戦艦武蔵から賜った(という設定の)日本刀を抜刀。

 正義と悪の壮絶な一騎打ちが今まさに始まる……

 

 ――上映が終わった時の上官たちが見せた表情は上手く説明できないわ……とにかくすごかったわよ。

 

「……ホント、申し訳ありません。深夜テンションで決めた企画をそのまま撮影したので……」

 

 後日、俺は電話口で五十鈴さんに謝り倒していた。

 確かに今にして思えばノリだけで作った作品だったが、あの時の俺達にそれを止めるという発想は誰にも無かった。

 本当に勢いだけで作って送ったのである。そしてそのまま本部へ送り、現在に至る。

 

「…………はぁ」

 

 謝り倒した後、俺は受話器を置いた。

 その様子を周りで心配そうに見守っていてくれた皆が口を開いた。

 

「大丈夫だった、司令官?」

 

「ああ。怒られはしなかったし、上の人達から処罰とかも無い。ただ『自分たちは一体何を見せられてるんだろう』と思ったらしい」

 

「あははは……」

 

 皐月が苦笑し、他のメンバーも苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 

「清霜の脚本、よかったでしょ! きっと分かってくれるよ!」

 

 唯一、清霜だけは元気だったが……まあもういいだろう。

 

「あとあの映画を見た佐渡と大東が流刑鎮守府入りを熱望しているらしい」

 

「……誤解させちゃったね」

 

「悪いことしたねぇ……」

 

 完全に誤解させてしまったらしく、胸が痛む。

 後でお断りの電報を送らないと……

 

 こうして流刑鎮守府の一大プロジェクトは幕を閉じた。

 とりあえずその場のノリと勢いだけで行動すると大変なことになるという教訓を俺たちは得たのであった……

 

 



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いつでもスマイルしようね

最近、何もない日常が好きになってきた。
年ですかね……


「う~……」

 

 とある日の事である。

 俺は朝、執務室のソファーに横になっていた。

 

「しれーかん、大丈夫?」

 

「提督、お水ですよ」

 

「すまん……」

 

 仰向けになってうなされている俺を、清霜と五月雨が心配そうに見下ろしていた。

 二人は優しいなぁ……

 

「いい年齢して学生みたいな飲み方をするからだ」

 

 一方、長月は呆れた顔をしながら二日酔い止めの薬を持ってきてくれた。

 俺は申し訳なさを感じながらも、長月から薬を受け取って口に放り込んでいく。

 現在、俺は二日酔いに苦しんでいたのである。

 胃がムカムカし、頭がズンと思い。時折、吐き気まで込み上げてくる。

 典型的な二日酔いの症状であった。

 

「長月さん、司令官はそんな酷い飲み方したの?」

 

「皐月と谷風と焼酎の飲み比べをしたらしい」

 

「うわぁ……」

 

 駄目な大人を見る目で清霜に見られるのは、流石に辛い。

 だが自業自得なので、俺は何も言えずに薬を飲み込んだのであった。

 

「司令、不知火がいつも言っているではないですか。健康のために飲酒は控えて下さいと」

 

 そんな俺を不知火が冷たい瞳で見下ろしてくる。

 普段から無表情な彼女だが、今日はいつも以上に怜悧な視線を俺にぶつけてきた。

 

「やはり禁酒……お酒を断つことが最良と不知火は進言します」

 

「……まあ、それはそうとて五月雨。今日の任務だが」

 

「司令、逃げないで下さい。不知火の目をじっと見て下さい」

 

 ずいっと……険しい表情で迫ってくる不知火に俺は思わず顔を背けてしまう。

 だが彼女は逃がす気は無いのか、俺へさらに詰め寄ってくるのである。

 

「まあ、待て不知火。確かに司令官は酒を節制した方が良いが、いきなり禁酒ではな……」

 

「長月! 貴方が甘やかすから司令が駄目になるんじゃない!」

 

 間に割って入ってきた長月を不知火が怒鳴った。どうやら今日は相当お冠らしい。

 

「う……そ、そうか……なぁ……」

 

「ええ、甘々だわ。昔の剃刀のような長月からは考えられない程ね」

 

「……五月雨さん、長月さんって昔怖かったの?」

 

「うーん……五月雨には違いが分かんない……」

 

「ともかく! 今の司令官は堕落しきっています! ここは鎮守府! 仮にも前線の指揮官がこれでは部下も……」

 

 不知火が拳振るってそう言った瞬間であった。

 

「うう~、気持ち悪いよ~」

 

「もう、飲みすぎよ皐月」

 

「ばーろい……江戸っ子は後のこたぁ考えず飲むもんさ……」

 

「はいはい。次はそうならないように飲んでね」

 

 暁に抱えられて皐月が。グレカーレに抱えられて谷風が部屋に入ってきた。

 どうやら二人もかなり二日酔いで参ってるらしい。

 

「あー司令官。ボク達こんなだから、今日はお休みでオナシャス……」

 

「不甲斐ねぇが、これじゃ演習も遠征も無理さぁ……」

 

「しょうがないなぁ……じゃあ今日は定休日で……」

 

「貴方達。ちょっとそこに正座しなさい」

 

 不知火の説教は三時間に及んだ。

 

 …

 ……

 ………

 

「全く……たるんでるわ。ぶったるんでるわ」

 

 その日の夜。

 皆が集まる寝室で不知火は愚痴っていた。

 夕食が終わり、消灯時間までの自由時間。

 いつもなら各々、好きな時間を過ごしているのだが、皐月と谷風は今もグロッキーな状態でベッドへ横になっている。

 暁と清霜はオセロで対局し、それをグレカーレが観戦し、五月雨は読書。

 長月は朝食の仕込みで席を外していた。

 

「もういいでしょ、ぬいぬい~。ボク達反省したからさぁ~」

 

「いい加減、しつこいぜぇ」

 

 うんざりした様子で皐月と谷風は答えるが、不知火はさらにご立腹のようだ。

 生真面目な彼女は、皐月たちのゆるい雰囲気が気に入らないのだろう。

 

「不知火さん。気持ちはわかるけど、ちょっとキツ過ぎじゃない?」

 

 姉たちの対戦を見ながらグレカーレが口を挟む。

 不知火はそれを聞いてギロリと睨むが、グレカーレは気にせずに続けた。

 

「そんなんじゃ愛しのテートクに嫌われちゃうよ?」

 

 普段ならグレカーレの軽口には動じない不知火だが、今回は少しだけ押し黙ってしまう。

 

「な、何を言うのよ……別に不知火は……」

 

「確かに不知火っていつも仏頂面よね」

 

「うーん、確かにそうだよね」

 

 思わず反論しようとする不知火だが、暁と清霜もグレカーレに同意する。

 

「う……暁、清霜……」

 

 幼い二人の言葉は純粋で直球であるため、不知火も思わず押し黙ってしまう。

 

「まあボク達がいうのもなんだけど……不知火って、いつも怖い顔してるよね」

 

「綺麗な顔してんのに、もったいないよなぁ」

 

「な……そ、そんなことは……」

 

 皐月と谷風にも同調され、不知火はすっかり余裕を失ったようだった。

 

「そ、そんなこと……無いわよね……五月雨?」

 

「え……え、えっと……」

 

 不知火は咄嗟に五月雨に視線を投げかけるも、五月雨は気まずそうに目を逸らした。

 それだけで不知火は五月雨の真意を悟って黙ってしまう。

 

「ほーれ、不知火さん。スマイルスマイル~」

 

 グレカーレが不知火の後ろに回り、彼女の頬をむにっと上げた。

 無理やり口角を上げるような形となり、歪な笑顔が出来上がる。

 普段ならすぐに反撃する不知火であるが、思う事もあったのかそのままで立ち尽くしていた。

 

「ちょ、駄目よグレカーレ。やめなさい」

 

 暁に言われグレカーレはすぐに行動をやめたが、不知火は思った以上にショックだったのかそのままの状態であった。

 

「珍しいね、不知火が落ち込むなんて」

 

「結構気にしてたのかねぇい」

 

 説教を受けていた皐月と谷風も心配そうに言う有様だ。

 

「……不知火は……やはり……可愛げが無いのでしょうか……」

 

 ずーんと落ち込んだ様子の不知火に、暁と清霜は対局を辞め、五月雨も読んでいた本を閉じてしまう。

 思った以上に不知火は自身の事について思うところがあったようであった。

 

「し、不知火ちゃん……まずはちょっとでも笑ってみたらいいんじゃないかな……」

 

 気まずそうに五月雨が言う。

 不知火は何とか懸命に口角を上げて、笑顔を作った。

 

「…………なんか、モアイの一部が動いたみたいな……」

 

「企みが上手くいった悪代官みたいだねぇ」

 

「う、うう……」

 

 しかし不知火渾身の笑みは不評だったようだ。

 五月雨や暁も困った顔をするほどである。

 

「……司令が不知火の進言を聞いてくれないのも……やっぱり、可愛げが無いからかしら……」

 

「いや、あれはテートクがアル中なだけだよ」

 

「でもあれが暁や清霜だったら……素直に聞いてくれたかも……」

 

「ほら、その二人は娘枠だし」

 

「ちょっとグレカーレ! どういう意味よ!」

 

「これは重傷だね」

 

「結構、前から考えてたんだろうねぇ」

 

 怒る暁を宥めつつ、皐月と谷風も珍しい不知火の様子に色々思うところがあるようだった。

 

「おい、そろそろ消灯時間だぞ……どうした皆、神妙な面持ちをして」

 

 そこに長月が現れた。

 どうやら朝ご飯の仕込みは終わったらしい。

 

「お、丁度仏頂面二号が来たね」

 

「なんだ皐月。藪から棒に」

「実はね長月ちゃん。かくかくしかじか……」

 

「……ほう、不知火の笑顔か」

 

 五月雨に状況を聞き、長月は神妙に不知火の方を見た。

 

「確かに固い表情が多いかもな」

 

「な、長月だってそうじゃない……」

 

「いや、意外と長月さんは笑うこと多いよ」

 

「グレの言う通りだよ。結構、長月は表情豊かだ」

 

「微笑むって感じだよね」

 

 グレカーレ、谷風、皐月の言葉に不知火はますます自信を無くしてしまう。そんな彼女の肩を長月がポンと叩いた。

 

「不知火、お前は気を張りすぎなんだ。もっと余裕を持てば、自然と笑みが出るさ」

 

「そんなこと言われても、簡単には出来ないわ」

 

「大丈夫! テートクみたいに気楽に人生考えてみようよ!」

 

「あの人の感性を真似したら人生終わるわよ、グレカーレ」

 

「まあ考えすぎも良くないぞ。暁や清霜くらい楽観的でもいいだろう」

 

「ちょっと長月! それどー言う意味よ!」

 

「お姉様、清霜たちって楽観的なの?」

 

 色々と侮られることの多い暁は憤慨し、清霜は首を傾げたが、不知火はそんな二人をまじまじと見つめていた。

 

「確かにこの二人は人生楽しそうね」

 

「ひ、酷い……レディーに対して屈辱だわ」

 

 怒りでぷるぷる震える暁に対し、不知火は真面目な表情で尋ねた。

 

「ねえ、暁。貴方が笑顔になる時ってどんな状況?」

 

「え、えーっと。綺麗なお洋服やアクセサリーでお洒落した時かしら」

 

 不知火の迫力に気圧されたのか、暁は戸惑いながらも真面目に答えた。

 

「不知火ってファッションに興味あったっけ?」

 

「前に広島へ行った時、お洒落してましたねぇ」

 

「あれは谷風さんたちが考えてコーディネートしたもんだぞ」

 

「アクセサリーは?」

 

「……あまり興味がないわ」

 

「年頃のレディーとして、それはどうなのよ不知火」

 

 年少組の暁から呆れられ、不知火はますます落ち込んでしまう。

 

「き、清霜ちゃんはどんな時、笑いますか?」

 

 不穏な空気を悟ったのか、五月雨が清霜にパスを投げかけた。

 

「えーと、清霜は毎日楽しいからいっぱいあるよ! 朝ご飯に、演習に、皆とおしゃべりに!」

 

「……ふふっ、貴方が羨ましいわ」

 

 優しい表情で不知火は清霜の頭を撫でる。無邪気な彼女は、不知火にとっても可愛い存在なのだろう。

 

「えへへっ……あ、司令官にこんな感じでナデナデされるときも、嬉しくて笑顔になっちゃうよ」

 

「だってさ、不知火さん。テートクになでなでしてもらえばきっと笑顔にぶべべべべっ!?」

 

「ありがとう、清霜。参考になったわ」

 

 グレカーレに制裁を加えながら、不知火は笑顔で言った。

 

「なあ、不知火。確かにお前は感情が希薄な方かもしれんが、それが原因で司令官が邪険に扱うことなど無い」

 

「そうそう! それに司令官は何だかんだいって不知火と出張にまで行ってるんだから、きっと大丈夫だよ。言う事を聞かないのは単にだらしないだけ!」

 

「提督は自分に甘々だからねぇ」

 

 長月の言葉に、皐月と谷風がうんうんと頷いた。

 結局、提督の意志が弱いのがそもそもの原因であるので、不知火は気負いしなくていい。

 その事を皆、分かっているのだ。

 

「……皆、すまないわね。ちょっと疲れていたみたい」

 

 仲間の優しさが伝わったのか、不知火はようやく立ち直ったようだ。

 

「ありがとう、落ち着いたわ。ちょっと、喉が渇いたから水を飲んでくる」

 

 不知火は表情を和らげてから、頭をぺこりと下げて外へと出たのだった。

 

 …

 ……

 ………

 

「あ……」

 

 そんな声をが背後から聞こえ、俺は思わず振り返った。

 視線の先、そこには寝間着姿の不知火が立っている。

 それは別にいい。

 問題は今、俺が冷蔵庫から缶ビールを取ろうとしている所に、彼女が出くわしたという事だ。

 

「…………」

 

 不知火は無言で俺の方をじっと見据えている。

 まずい……昼にあんだけ起こったのにも関わらず、また酒を飲んでますよこの人は、みたいな表情している。

 違うんだ。素面だと寝つけないだけなんだ……

 

「…………はぁ」

 

 呆れたような溜息が不知火の口から漏れ出る。

 不味い。これは殺されてしまうかも……そんな事を思いながら俺が構えた時だった。

 

「…………体壊しますよ」

 

 不知火はそれだけ言うと俺の横を通り過ぎ、冷蔵庫の中にある麦茶を取り出した。

 そしてコップに少しだけ注ぐと、一口で飲み干した。

 

「え……お、怒らないのか……」

 

「……不知火だっていつも青筋を立てている訳ではありませんよ」

 

「そ、そうか……」

 

 だがそう言われて流石にその場でビールを開けるほど、俺も精神が太くなかった。

 そのままビールを冷蔵庫に戻して、そのまま扉を閉めた。

 

「……司令官」

 

「は、はい、何でしょうか……」

 

「不知火は貴方の健康を心配しているんですよ?」

 

「う……」

 

 いつもの無慈悲に責めてくる感じでは無く、諭すような言い方に俺は何だか申し訳なく感じてします。

 部下で年下の少女に、ここまで言われるのは大人として辛い……

 

「もう30なのですから、お体を労わって下さい」

 

「お、おお……す、すまない……」

 

「……全く……なんだか真面目に考えてた不知火が馬鹿らしくなってきました……ふふっ」

 

「む……」

 

「……む、どうしました?」

 

「あ……いや、珍しく笑ったなって……」

 

「……や、やはり……不知火には笑顔が足りませんかね……」

 

 あまり笑わない不知火が微笑んだので、思わず出てしまった言葉だ。

 特に深い意味は無いのだが、本人は何やらショックを受けてしまったようである。

 

「い、いや……そんなことは無いぞ。まあ確かにあまり笑う方ではないが……」

 

「そ、そうですよね。やはり……」

 

「でもそれも不知火の個性だからな。笑顔が無くたって、不知火は不知火だぞ」

 

「え……」

 

 俺の言葉に不知火は目をぱちくりとさせた。

 

「それに不知火はクールな顔の方が似合ってるぞ」

 

「…………」

 

「あ、いや、別に茶化しているわけじゃなくてな……」

 

 俺の言葉に不知火は顔を赤くして俯いてしまったので、思わず慌ててしまう。

 だが不知火は少しすると、いつもの不知火に戻ってぺこりと頭を下げた。

 

「……いえ、こちらも少々力を入れすぎました……では先に休みますので、失礼致します」

 

 それだけいうと不知火はそのまま食堂を出て行った。

 残された俺は……

 

「……休肝日作ろうか……」

 

 そんなことを思いながら、麦茶を取り出して啜るのであった。

 

 …

 ……

 ………

 

「ふふ、クールな方が似合いますか……ふふふ……」

 

 不知火は少しだけ口角を上げながら、足取り軽く寝室へと戻っていく。

 自分には自分の強みがあるのだ。そう思うと、なんだか自信が付いたようであった。




以前のアンケート、ご協力ありがとうございます。
艦娘たちは今年中には改二にしたいと考えています。


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