次元世界の魔導士は最弱の錬成師と仲間達共に行く (ウィングゼロ)
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第1章 Restart 再開は祝風と闇夜と共に
1話


ふと思ってしまった此で良いのかと……そう思ったらリメイクで考えてしまったもう……後には退けない


世界はいつだってこんなことじゃなかったbyクロノ

 

そうクロノは言っていた。

実質クロノの言うとおりなのだ。

世界の行く末なんて個人の思うように行くわけがない。

いつだって世界を変えるのは大きな力であった。

その力に人々は抗えず時代の波に流されていく。

そんな俺もまたそんな人のひとりでしかない

もっと力があればと何度も渇望した。

嘗て関わり魔法と次元世界という広大な世界を知ることが出来たジュエルシード事件。

親戚であったはやての身近にあった魔導書。闇の書の起動から始まった。闇の書事件。

その戦いを経て関わった俺以外のみんなは魔導士として時空管理局に入り、今もいくつもの世界を守るために尽力しているのだろう。

そんなみんなと違い俺は時空管理局には入らなかった。理由は力不足と描いていた理想と違う結果を見る恐怖。

当初みんなから驚かれたっけ…そんなこと無い!っと何度か説得されたが俺の意志は折れなかった。

「気が向いたらいつでも連絡して、即戦力で雇うから」っとリンディさんにぐいぐいと押されたが多分そんなことは無いだろう。

 

こうして俺の一生忘れない不思議な物語は終わった。あれから7年、はやて達とも色々と差を付けられ彼女達はエリートコースをまっしぐらにする中。俺は高校に入学して普通の生活をエンジョイしていた。

 

「ふあっあ~…まだ眠い」

 

普通の高校生らしいといえば呼べなくもないが今は通学途中で電車に乗って高校の最寄りへの駅へと向かっている。

しかも通勤ラッシュという朝の眠い人達にとっては嫌な時間。

電車は大勢の乗客で占めていて気を確り持っていないと他の乗客に迷惑をかけそうだ。

そんな俺もいつもならラッシュ時期に乗ることはなくもう少しすいた時間帯に乗るのだが…今回はいつもとは違った。

 

「ユーノと付き添ってあんなに時間かかるとは…」

 

俺のバイト先、時空管理局本局内にある全ての英知が眠る場所といわれる管理局のデータベース無限書庫の司書長でありユーノ・スクライアの趣味である遺跡探索に付き添ったのだ。

結果、中々仕掛けにこった遺跡で金曜の放課後に直行で支度してユーノの所に行き土日通して探索したのだ。因みに帰ってきたのは日曜の深夜。

疲れが物凄く残っており、体が重い。

一般の高校生には見えないハードスケジュールだ。

そんなことを考えていると最寄り駅に到着。此処からは徒歩だ。

疲れが蓄積した体でふらつかないように気を引き締めながら歩くこと15分ほど、俺の入学した高校にやってくる。

校門から見える時計で時間を見てみるとチャイムが鳴るギリギリ、校門前には遅刻者を取り締まろうと生活指導の先生が身嗜みをチェックしていた。

俺も少し緩んでいるためについこの前衣替えで冬制服を整えて、出せる力で早めに教室へと向かう。

階段を上り1年生の教室が並ぶ通路を歩いていると見慣れた男子生徒を発見。

 

「おはよう、ハジメ」

「あっ、正人くんおはよう」

 

この黒髪の少年は南雲ハジメ。高校に入ってから友達になったクラスメイト。

引っ込み思案でアニメやゲームを愛するオタク。

だが他人を思いやる優しい男でもある。

ハジメとあったのは中学の頃、幼馴染みに連れられ(幼馴染みにとってはデート)町を歩いていたとき、柄の悪い男達に公衆の面前で子供とお婆ちゃんのために土下座していたのがハジメとの出会いだ。

あんな劇的な出会い恐らく二度もないだろうと思えるそれは今も正確に思い出す。

そんなハジメを見て俺も黙っておらず。柄の悪い男達を優しく護身術でねじ伏せ鎮圧してハジメを助けた。

あの時お礼を言われ。もう会うことはないだろうと思えば…この高校の合格発表の時にまさかの再会。

ハジメも俺のことを覚えており。偶然の再会に笑みを浮かべ入学前なのに数少ない高校の友達になったのだ。

 

「正人くん、眠そうだけど…実家の手伝いで疲れてるの?」

「いや、小学校の友達の趣味に付き添ってな2日ぶっ通しのアドベンチャーをしてきたところだ」

「あはは、なにそれ」

「そういうお前も目に隈できてるぞ。大方両親の仕事の手伝いか?」

「ああ、わかる?」

 

ハジメの両親は父親がゲーム会社の社長。母親が少女漫画の作者と結構凄い家庭でオタクのなんたるかは父親から叩き込まれたらしい。

そんな両親の仕事のバイトをしているハジメは将来その手の分野で有能。既に未来設計を充実させて不測の事態に陥らない限りは生涯安泰だろう。

因みに俺の実家は海鳴市で神社を営んでいる。初詣や七夕などはかなり人が来て繁盛していて、あまり公言も出来ないが山の中には千年以上生きている妖狐の久遠も居たりする。

 

ハジメと雑談を交わしながら教室に到着し中に入ると俺達を視認した殆どのクラスメイトから良く思われない嫌な視線を向けられる。

俺はかなり馴れているがハジメはやはりあまり馴れないのだろう乾いた笑みを浮かべている。

俺とハジメはあまりクラスメイトから良い印象を持たれていない。 

ハジメはオタクということを隠していないことからそういうオタク=キモイという印象を持たれ。俺はそのハジメの友人だということからハジメほどではないがあまり印象をもたれない。

しかもそんなハジメを目の敵にする奴もいる

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

ギャハハッと笑い出す男子生徒。

このクラス小悪党…檜山とその取り巻きだ。

あいつら何かとハジメに対してああ言った誹謗中傷を言う。

しかもハジメに当たるのは俺への当てつけ、直接しないのは俺に敵わないとわかっているからだ。

 

「正人くん!南雲くんもおはよう!今日も遅かったね!」

「おはよう、白崎さん」

「香織おはよう。にしても相変わらずの人気だな…全く気付いてないが

「ふぇ?」

白崎香織、俺の小学校前からの幼馴染みで付き合いが1番長い。容姿端麗で面倒見が良い、このクラスのマドンナみたいな立場で男子からの人気も凄まじい。

そんな香織はなにをいっているのかわからず首を傾げる。香織とやり取りをしていると男子生徒の殺意が倍増。ハジメはビクッと体を震わせるが幾度の戦いを生き残った俺にはその程度の殺気全然動じない。

ようは香織に馴れ馴れしい俺達を目の敵にしているのだ。

呆れた男子どものしっとはさておき香織が来るならやってくる何時もの3人も来た。

「正人、南雲くん、おはよう、いつも大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、よく遅刻寸前に来る二人に何を言っても無駄と思うけどなぁ」

「雫、いつものことだ気にしてない、天之河、お前の目は節穴か?坂上…は言い返す言葉がない」

「言い返さないの!?」

 

ハジメのツッコミをさておき……黒髪をポニーテールで纏め、実家で剣術を学び剣道の全国優勝を果たしゴシップから現代の剣道小町称され男女問わず多くの人気を誇る。八重樫雫

文武両道、容姿端麗、カリスマ性もあり、完璧超人に見えるが実は自己解釈とご都合主義の化身である天之河光輝。

高校一年だというのに190㎝の巨体で努力と根性が信条の坂上龍太郎

幼馴染みの香織の幼馴染みだ。俺は別の学校で知り合ったのも闇の書事件後、あった当初で天之河とは犬猿の仲だ。

 

「節穴?八坂は俺の何処が節穴だって言うんだ?ただ俺はいつまでも香織に頼って居てはいけないと言っているんだ」

「はぁ、まあ天之河に言っても無駄なのは知ってるからもう良い。それじゃあそろそろチャイムなるから……席に行かせてもらうからな」

 

それじゃあっと手を上げてふらふらと振り自身の机へそして直ぐさま意識がフェードアウト。

 

端的に目覚めては眠りを繰り返し昼休み。既に購買組や学食組は教室から出て行っており。教室には居ない顔を起こし辺りを見ると10秒チャージのあれを飲むハジメを発見。いつも屋上にいるハジメにしては珍しかった。

そんなことを考えていると香織がやってくる。何故か弁当袋を二つ持って

 

「あっ、正人くん授業中は眠っちゃ駄目だよ。一緒にお昼食べるよね?いいよね?」

「別に構わないけど……ふあっあ…そのもう一つの弁当は何だ?」

「実は正人くんの分作ってきたんだ」 

 

えへへと笑みを浮かべながら恥ずかしげに言う香織。それにより周りの男どもの嫉妬がバーストしたのは言うまでもない。

だが俺が弁当を持参しているのは香織も知っているはずだ。なのに何故?っと俺は鞄の中身をあさるがすぐにあるものがないのを気付く。

寝ぼけていたから弁当を持ってきていなかった。

何やってるんだ俺っと心の中で悔やむ中、香織の顔を覗う。

まだえへへと笑っているがちょっとベロを出して悪戯をした子供のようにも捉えられた時俺は全てを察した。

 

完全に嵌められた!!

 

間違いなく母さんもグルだと悟り、頭を抑える。 

どういう風の吹き回しだ?っと思っていると香織は俺の前に弁当を置き、その直後教室内に入ってくる人影が二人……金髪と紫色の髪の少女が一目散に俺と香織の元へ

 

「ヤッホー!正人に香織、来たわよ!」

「正人くんも香織ちゃんもおはよう」

 

金髪で活発な少女はアリサ・バニングスに紫のおっとりした少女、月村すずか。

小学校からの付き合いで香織とも俺との繋がりで親友だ。たまにこうやって別のクラスだがやってくるのだ。

 

「アリサちゃん、すずかちゃんもこっちだよ」

「香織ちゃん、もしかして正人くんに作ってきたの?」

「うん、頑張って作ってきたんだ」

「へえ、正人、あんた本当に幸せ者よね」

 

このこのっと俺の肘で脇をつつくアリサ、そんなアリサに止めろっと軽く言い、すずかと香織は苦笑いの笑みを浮かべる。

仲睦まじい空気を他所に外部は殺気の嵐で吹き荒れていて。その矛先は俺に集中、蚊帳の外のハジメは乾いた笑みでこっちを見ていた。

 

かなりカオスな空気の中、そんなもの気にしないとあの男はこちらに近づいていく。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。八坂はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

本当にお前…空気読めないよな……

本当にそう思えずには居られなかった。

アリサとすずかに目配せで同じことを思っていることを意思疎通した後。

香織も天然が発動した。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

その言葉に俺は体制を崩し机に頭を激突、よく見れば雫の奴も口から吹き出してるし……天然って恐ろしいとしみじみと思った。

 

しかしそれでも天之河には通じない。あれやこれやと言っているが香織にとっては効果などあまりない。

 

そんな光景を他所に俺は窓から空を眺める。

 

これが今の俺だ。

完全に一線から引いてのどかな生活を送っている。

この先もしかしたらミッドに移住するかもしれないが…こういった平穏は続くのだろう。

そんなことを思いくすりと笑みを浮かべる。

 

しかしそんな時間はすく間に終わりを向かえた。

 

「正人!」

「アリサ、どうし……っ!?」

 

外を見ているとアリサの大声が響く。振り返り見ると俺も絶句した。

魔法陣だ。

しかも見たこともない術式。その魔法陣が天之河の足元に展開している。

勿論幻ではない。現にクラスにいる全員がそれを凝視して固まっているのだから。

しかもその魔法陣は教室全体まで拡大し生徒の短い悲鳴が上がると、生徒と話して残っていた畑山先生が大声で教室から出るように叫ぶ。

しかしそれではもう遅かった。

その直後、魔法は発動クラス内は光に包まれ、何度も感じた感覚…転移の感覚に体を任せるしかなかった。

 

 



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2話

 

転移の感覚が治まると直ぐさま目を開きそこはもう既に俺がいた教室ではなかった。

見渡す限り何処かの大聖堂のような大理石の造り。

しかも、俺達の周りには法衣を着た恐らく司教の用なのに囲まれ、手を合わせ祈っているのが分かった。

彼らからの敵意は見られない。しかし何かを期待している視線を向けられていることに俺の中で嫌な予感が増長する。

辺りを見渡すとあの教室にいた全員が転移に巻き込まれていて、近くにはアリサとすずか、香織…ついでに天之河も近くにいた。

アリサとすずかはまだこういうことに幾分か耐性があるからまだいい。しかし香織はそんなことも知らない一般人…完全に今を認識しておらず放心状態にある。

生憎なことに闇の書事件で共に戦った愛機であるオリオンは訳あって手元になく。ある程度の魔法しか使えない。

その上あちらの戦力が分からない以上、強引な方法は取れないし全員を守り切れる保証など全くない。

先ずは相手の出方を見る。そう思い、あの集団のリーダーと思われる老人を見つめた。 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

イシュタルと呼ばれた教皇は好好爺とした笑みを浮かべるのであった。

 

それから、多少混乱が冷めない中移動を開始。

正気に戻った天之河が先導の元。大広間へとやってきた。

俺やアリサ、すずかなんかはもう平気だが多少混乱している天之河。他はまだ現実と認識できていない。

用意された椅子に座り全員が着席したことを見計らかうようにメイド達が飲み物を持ってやってくる。

地球ではあまりお目にかかれない。メイドに殆どの男子どもは釘付け。そして女子から冷たい視線を向けられる中。俺も飲み物を渡されてどうもっと会釈しただけで終わる。

他の男子達とは違いそういうのには見慣れていた…すずかの家で…

そんなことを考えていると俺に向ける視線を感じる。目線を向けるとそこには香織の姿がどうやらほっとした表情で俺と目が合うと手を軽く振っていた。

 

「愛されてるわね正人」

「うん本当にね」

 

両隣にいるアリサとすずかにそんなことを言われながらイシュタルは飲み物が行き届くのを確認すると漸く事情を説明するために口を開けた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

これから語られたイシュタルの話はあまりにもよくある話であり。身勝手すぎる話だった。

トータスのこの大陸は今3つの勢力がある。

大陸の北半分を持つ人間族、逆に南半分を持つ魔人族、そして東の樹海に潜む亜人族

そして人間族と魔人族は数百年に渡り戦争しており、人間族は数で魔人族は個々の能力で戦力は拮抗していた。

だがここに来て魔人族は魔物を大量に使役する手立てを手に入れたらしい。

それにより数の差もかなり覆り人間族が劣勢に滅亡の危機に瀕していた。

 

「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という救いを送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

おおよその話を聞き俺がまず最初に抱いた感想は胡散臭いだ。

どうも納得できないしなにより何故俺達であったのかということも分からない。

イシュタルはそれがエヒトの意志であると一貫するだろうしこれ以上の情報は出て来ないだろう。

その上イシュタルの表情を見るにその時の神託を受けたときのことを思い浮かべているのかトリップ状態。

俺にはとてもこの世界含めて普通では無いと理解してしまった。

 

「胡散臭すぎよ…」

「うん、それになんか怖い…」

 

両隣のアリサとすずかも同意見、気味悪いと言った感想。

しかも戦争させる気満々のイシュタルに当然抗議するのは今俺達の保護責任者である先生だろう。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

そうプンプンと愛らしく怒る畑山愛子先生、御年24才。

生徒のために疾走するが大抵空回り。生徒の中では愛ちゃんという愛称までつけられ、威厳のある先生を目指しているらしいのでその名前で呼ばれるとうがー!っと怒るのだ。

畑山先生の必死な抗議にも生徒達は愛ちゃんが頑張ってるっとほんわかな気持ちで和んでいるがイシュタルは思いもならない言葉を口にした。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

そう平然とした顔でイシュタルは言う。此処で漸く今の状況をみんな実感できたようだ。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

畑山先生が声を荒げて抗議する。送還の定義だ。召喚される際、必ずそれらがないとこうなるのは明白だ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

脱力して椅子に座る畑山先生…この帰還不可能という…しかも訳も分からない神の気分次第という最悪なケースに打つ手がなかった。

遂に現実を認め嘆き始める生徒達、遠くに居るハジメはそんな中、至って冷静で…いや内は何処か堪えているように見える。

隣のアリサは最悪っと頭を抱え、すずかは正人くんっと俺に打つ手があるかと相づちで聞かれたが首を横に振り、無理があるというと暗く俯いた。

 

そんなパニック状態の中、俺はイシュタルを見た。

彼の顔はまるで信じられないという表情で捉えられる。

あそこまでトリップしていたような男だ。エヒトの意志がどれだけ偉大なのか分からない俺達とは違い。エヒトの言葉を絶対としているのだろう。

それ故に身勝手にエヒトに選ばれたということに喜ばない俺達を不思議がっているようだ。

そう考えているとバンッと机を叩く音が聞こえる。

先程の騒がしかったのも何処へやら静まり返り立ち上がっていた天之河が喋り出した。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

そうカリスマ性をフル活用して拳を握りしめ戦う決意を示す天之河、何故か奥歯がキランっと光ったような気がするが気のせいだろう。

そして、周りの不安などが嘘かのように活気と冷静さを戻す生徒達。その光景を見て俺は嫌な予感を更に強くする。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

天之河の言う言葉を予想していて、そんな天之河に付き添うことを決める坂上。

異世界に来て、今は参加するほかないと選択の余地がないことを悔しみながら、戦争に参加する雫。

そしてそんな雫に同調して香織も参加と言ってしまった。

 

お馴染みのメンバーが続いて参加を表明、それにより芋づる方式で生徒達は参加を表明していく。

それを見て最悪と項垂れるアリサとど、どうしようと困惑する。すずか

この流れを何としてでも止めなければと俺は立ち上がった。

 

「俺は戦争は反対だ」

「正人くん?」

 

俺の一声で湧き上がっていた声は静まり、全員が俺の方に視線を向ける。

香織も俺の方に顔を向け不思議がっている

そんな静まり返った大広間に天之河が信じられない顔で言葉を喋る。

 

「八坂?君は何も聞いていなかったのか?」

「聞いていたさ、だがそれがどうした。それは俺達には関係のない話だ。」

「関係ない!?八坂はこの世界の人間が滅亡するかもしれないのに関係ないって言うのか!?」

「そうだこの世界のことはこの世界の人々が解決しなければならない問題だ。俺達が介入する余地なんてない」

 

冷徹に徹する。例え周りからどう言われようが構わない。今、やらなければならないのは何としてもこの流れを断ち切ることだ。

仮に管理局がこの世界の事情を知っても介入しないだろう。この世界の事情だから

信じられないという罵声や理解できないという視線を一点に集中しながら俺は平然と立ち続ける。此処で折れるわけにはいかないからだ。

 

「八坂、落ち着くんだ。この世界に来てきっと混乱しているんだ。よく考えるんだ、この世界には俺達の力が必要だから神様は呼んだんだ。なら俺達で…「世界はいつだってこんなことじゃなかったことばっかりだ!」っ!?」

 

まだグチグチ言う天之河や野次を飛ばす生徒達に一喝で押し黙らせると一度息を整え、再び話し始めた。

 

「…俺の知り合いの言葉だ。ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ。こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ。だけど、世界の勝手な出来事に無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!」

 

例えそれが神であったとしても

そう付け加えるとイシュタルの顔が顰めっ面になっている。

エヒトに対してどういう口の利き方かといったようなものだろう。

他は完全に黙っている。俺の一喝が効いているのだろう。

 

「滅ぶのもそれは世界の摂理だ。その戦争で人間族が負けたとしても滅ぶして滅んだ。ただそれだけだ」

「……人の考えじゃない……」

そんな言葉が天之河の口から聞こえた気がする。

他がどう思おうが関係ない。戦ったこともない人間に無理矢理戦わせようとする。世界が間違っているのだから 

もうあんな悲劇を引き起こさないためにも此処で粘らなければならない。

 

「それにお前らは「そこまでで良いでしょう」っ!?」

 

戦争を理解しているのかを説こうとしたときにイシュタルに止められる。恐らく言えば二分するかもしれないからだ。

 

「これからの予定も詰まっていますので明日また言われてはどうでしょう。皆様も頭の整理もつくはずですから」

 

今言わなければならないが、かといって此処で強行すればどうなるか分からない。

俺は此処で押し黙り。分かりましたと頷いた。

これでどうなるか……どれだけの人に響いたのか……俺にはわからない。

 



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3話

 

 

大広場でトータスについて話し終わった後、俺達の身を教会と親密な関係のあるハイリヒ王国に置くことになった。

流石に戦闘訓練なしで最前線ということはなかった。流石にそれでは何にも意味がないから。

そういうわけでイシュタルが先導で教会の通路を歩いている俺達クラス一行だが、俺の周りには誰もいない

天之河を初め、殆どの生徒は俺を歪な者を見る目で見て避けている。

そんな中、俺のことを心配しているのは俺のそこらへんの事情を知るアリサとすずか、ハジメやそして香織…

幼馴染みの見たこともない顔を見たからか困惑している表情で頭の処理が追いついていないのであろう。

後は生徒の身の安全を考える畑山先生と……どっちか分からないが微妙なのが雫か

どちらにしても今の俺は周囲から危険人物扱い。そうなると分かっていながらだが……致し方ないことだった。

 

長い廊下を歩き、教会の外に出ると見えてきたのは雲海の海

この教会どうやら雲より上に造られていて、普通に生活することも困難といえるのにそれが平然なのは魔法で空気を整えているからだろう。

他は雲海などに見とれていたが直ぐにイシュタルの後を追い、円形の大きな白い台座、中央には魔法陣も刻まれていてぱっと見てで俺の知るどの術式にもあてはまない。

未知の術式……隅々まで調べたい…

……… 

……

はっ!?つい、未知の探究心を湧き出してしまった。

うっかりしていた気を確りもちクラスメイトはほぼ全員、中央に固まり俺はというと外周の柵にもたれながら雲海を眺める。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん 天道」

 

イシュタルは魔法詠唱を唱えると白い台座が動き出しロープウェイのように雲海の中へと降下し始める。

クラスメイト達が魔法を見てはしゃぐ中動き始めた瞬間俺は膝を曲げて手を地面をつける。

 

「おいおい、見ろよ、突然動いたのにびびって膝曲げてやがるぜ。ギャハハッ!」

 

そんな俺を見て檜山が馬鹿にしてきて、周りの奴らも一部を除いて見栄張った手前であれとはと馬鹿にしているようだ。

そんな光景に香織むっとなって抗議しようとしたが雫に止められ、アリサとすずかが体制を崩さないように俺の元へとやってくる。

 

「正人、あんた大丈夫?疲れてるんだったら…ああ…」

「そういうことなんだね…」

 

心配して俺に声を掛けたアリサだが途中であることに気付きじと目で俺を見て、すずかも苦笑いの笑みを浮かべる。

俺は単に体制を崩したわけではない。ただ単に…

 

「この術式、やっぱり術者の詠唱で発動するタイプか、この魔法も恐らく物体をマーキングされている位置まで操作する魔法…この世界の魔法はモーションパターンはないのか?だとすると詠唱を省略や破棄する方法も……」

 

と地面に描かれている術式に没頭していて小声で呟く。

そんな俺に近づいたアリサ達が呆れたのは言うまでもない。

そうこうしているうちにハイリヒ王国の王都へと到着した俺達は台座から降りて王城の玉座の間へと真っ直ぐ向かう。

煌びやかな内装の長い廊下を歩きながら、中世の騎士や内務の文官、使用人であるメイドなどにすれ違っては期待された目で会釈している。

恐らく、俺達が来るのを知っていたからだろう。

俺は最後尾ハジメの後ろを少し離しながら進むと玉座の間の扉前まで到着。

警備の近衛兵か二人が俺達の到着をこの先にいる王に大声で叫ぶと返事を待たずして玉座の間の扉を開門する。

国の王だろうと内心眉をひそめて玉座の間に入るとこの国の王と思われる初老の男が玉座に座っておらず立って待っていた。

それだけじゃない、隣に控えている王妃や王女、王子など他にもそれなりの地位にいる武官や文官まで佇んでいるのだ。

「…この世界では国より宗教ってことか」

そう思わざるをえない光景に歯を食いしばる。

そしてイシュタルが王の隣へと行きおもむろに手を差し出すと王はその手の甲にキスをした。

 

それからこの国の王や王族、重鎮達の紹介が終えた後、神の使徒が降臨したことによる晩餐会が開かれた。

イシュタルやハイリヒ王の言葉によれば親睦を深めるようにとのことだ。

だが、どうやらイシュタル辺りに俺が戦争に反対というのは聞いているのか既に何人か俺に向けている感情は良くないものというのが分かる。

そんな視線に溜め息を吐きながらも俺は虹色の液体を飲む。

色合いはあれだが美味だ。

辺りを見渡し生徒達の様子を見るがみんな何処か楽しそうで自分達が戦争をするという自覚はあまりないように見受けられ

そんなことを考えながら辺りを見ていると香織が幼い子供に言い寄られている姿があった。

確かあの子供はランデル王子…大方香織に一目惚れでもして熱烈なアピールをしているのだろう。それなアピールにも気付かず香織は確りと受け答えする。

 

あれは多分弟とかそんな感じに思ってるんだろうな…

遠くでそんな光景を少しにやけて見ているとアリサとすずかがやってくる。

 

「正人、そんな部屋の隅で、あんまり食べてないじゃない」

「啖呵を切ったとしても、ちゃんとおもてなしは受けなきゃ駄目だよ。」

 

俺が晩餐会の持てなしに消極的なのを見て、注意してくる。

 

「良いんだよ、何人かは俺を警戒してるし、寧ろ施しを受けたら図々しくも見える。」

 

だからこそ施しは最低限にっと留めており。それを聞いたアリサは気にしすぎよっとまた俺に注意した。

 

「多分明日からは座学と訓練が始まるわ」 

「だろうな」

 

やろうとしているのは戦争だ。戦況は刻々と変化するし追い込まれればすぐさま戦力を投下するという苦渋も強いられることになるかもしれない。

だからこそ時間は有限で明日から始まるのは当たり前と俺は思った。

俺はアリサとすずかの顔を見ると無理矢理を強いられるというのに満更な顔でなかったのに気付き首を傾げる。

 

「……どうした?」

「実はいうと羨ましかったのよ。正人やなのはたちが」

「うん、私達、正人くん達みたいに魔法が使えなかったから……でもこの世界に来て力が使えるのなら正人くんと一緒に戦うことだって出来るよね?」

 

そう微笑みながら自分達の心中を口にするアリサ達

意外…ではなくやっぱりと長年親友をやっていることからアリサ達が抱えていた俺達に対する気持ちが少し晴れたことに嬉しく思うが今の現状も相まって素直には喜べなかった。

 

「安心しなさい。戦争なんてまっぴらごめんだから。あくまで力を付けるのは自衛のためよ。」

「うん、何がおきるか分からないしそれぐらいは付けないとね」

良いよね?と言って不安気に見つめるすずかに俺は短く別に良いっと言葉を返すとやったっと素直に喜び合う二人。

この二人なら力を持つことの意味を直ぐ理解できるだろうから問題ない。

それにアリサ達なら無闇に力を振りかざさないと信用もできるし安心も出来た。

そんなことを思っている他所に香織がその光景をこちらを見ていたのは俺は知らない。

その後晩餐会は何事もなく終了、王宮で衣食住を過ごすことになっているために使用人達に案内され部屋へとやってくる。

 

一人1室で天蓋付きベッドなど庶民にはお目にかかることもない高級感に少し気を引ける。

 

「さて、早速はじめますか」

疲れから寝てしまいたいのは山々だがそうもいかないっと気を引き締め。早速、部屋の中をあさり始める。

先ずは盗聴及び盗撮が無いか見つけるため。

神の使徒と讃えられているとはいえ何があるかは検討もつかないために何もないことを確認した後、漸くほっと出来るだろう。

壁や天井、本棚や机など至るところを調べ、最後に魔法的な術式や物がないか調べた後、漸く落ち着き椅子に座ると制服の懐から取り出すのは電子辞書レベルの大きさの平らな機器

機器の側面のスイッチを押すと俺の目の前に空中に浮かぶウインドウとパネルが現れる。

これは俺が管理局に緊急用と用意してくれていた電子端末。 

空中投写型でスペックも並の据え置きPC以上、電力ではなく、魔力で稼動するので空気中の魔素さえあれば機器に内蔵されている魔素を吸収するバッテリーでこんな異世界でも使うことが簡単な端末だ。

 

「さてと、先ずは今日のことを報告書に纏めておかないと…」

 

そう呟いた後、空中に浮かぶパネルを手慣れたタイピングで打ち込んでいく。

すらすらと今日あった出来事や俺の独自の見解と予想。今、分かる世界なことなど分かることを余すことなく打ち込んでいく。

そんな中、並行で通信機能を使いオープンチャンネルでSOSを発信。これで見つけてくれて救助してくれたら助かる。

来たら来たで天之河辺りがだだこねそうだけど物理的に黙らせて、全員にトータスに関する記憶と知識に記憶閉鎖をかけて、親族やメディアには管理局の力を借りよう。

気の早い救出後のプランを立てを頭の中でたて、月が真上に昇り傾き始めたぐらいの位置になったとき俺はベッドに横になり目を閉じ、疲れから直ぐに意識は眠りに落ちていった。

 



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4話

今回はいつもの倍はあります。

それとWEB版のありふれが新章突入です!
本当に楽しみです


トータスに転移されて一夜が明け俺は起きてベッドから離れるとまず電子端末の確認を行う。

手慣れた手つきで起動しあれから受信している情報は無いか確認するが残念ながら何一つ更新はされていない。

 

「駄目か…」

 

このトータスという世界、本局でも聞いたことの無い世界で恐らく未発見な世界だということは直ぐに分かる。

つまりこの辺りを巡回している航空艦は無いのかもしれない。

だがこんな所で挫けているわけにも行かない。

何か手があるはずだ。必要最低限の訓練と座学を終えたら情報を収集すべきだろう。

そう思って何度か端末で救難信号をオープンチャンネルで送り続け、使用人から呼ばれるまでそれを続けた。

 

使用人のメイドに呼ばれ、早朝に訓練所にやってきた。

既に俺以外のクラスメイトと畑山先生も揃っていた。

 

「俺が最後か?」

 

お前らどんだけやる気あんだよっと目を細めて昨日の俺の言葉は無意味だったかと溜め息を吐き、クラスメイトの元へと行く。

勿論俺が最後だったわけで視線も集中して険悪な視線を殆どのクラスメイトから向けられるがそんなこといざ知らず。アリサとすずかの元へ行く。

 

「アリサとすずかもおはよう。その様子じゃあ、ぐっすり寝たみたいだな」

「正人くんもおはよう」

「おはよう。ええ、おかげさまで……っでどうだったの?

 

軽い挨拶の後、アリサが小声で俺が行っていた。成果はあったのかと訪ねると俺は首を横に振り。そうっとアリサは落ち込むがまだ無理だと決め付けたわけじゃないっと付け加え、そうねっといつものアリサに戻る。

 

そんな俺達に何かの意を決した香織がこっちに近づいてくる。

俺もそれに気付き香織に体を向け何を言ってくるのか待ち構える。

 

「正人くん、おは…「八坂」」

 

香織は挨拶に来たのだろう。しかしそれを遮るように香織を守るように立ち塞がったのは天之河だった。

いきなり立ち塞がった天之河に香織もむっとした表情で見ていて怒っているのが分かるが残念ながら天之河が後ろを向いているため…というか、真っ正面目でも分かりそうにない。

 

「天之河、おはよう…らしくないな…香織が話しかけてきたのに遮るなんて」

「それについては後で謝るさ…それで考えは改まったのか?俺達と一緒にこの世界を…」

大方、天之河の頭の中では俺が召喚されたことによる混乱で一時的な発狂をしていたと思い。一夜明けた今日、改めて聞きに来たのだろう。

 

辺りの視線が集まる中、俺は一度息を吐き、変わらぬ態度で天之河に見て口を開けた。

 

「考えは変わらない。俺はこの世界がどうなろうと構わない。帰還する方法を模索する。以上だ…それじゃあ香織が話あるみたいだから、どいて「駄目だ」…は?」

 

話を切り上げ、香織に話を聞こうと天之河に退くように話そうとする矢先、天之河は何をとち狂ったのか、本人の意志など無視して香織を俺に話しかけないように立ち続けた。

 

「香織をそんな危険な奴に近づかさせない。俺が香織を守る!」

「光輝くん!?私は」

「大丈夫だ、香織、俺が香織を守る。もう八坂に無理に世話を焼く必要は無い」

 

安心しろ、っと何処か格好良く言っているが、ここまで来ると最早末期としか思えなかった。

これは何を言っても無駄だろうと内心溜め息を吐き。他にいらないとばっちりが起きないように立ち回ろうとしたが遅かった。

 

「バニングスも月村ももう大丈夫だ。これからは俺がいる。八坂に従うこともない!」

さあっと力強く言う天之河、すずかはそんな天之河におどおどして後退り、アリサはすっごく不機嫌に体を怒りで震わせているのがよく分かった。

爆発数秒前、何とかアリサの怒りを静め、天之河の自論を止めなければと頭をフル回転にして頭を回しているとコツコツと鎧が地面を踏む音が聞こえてくる。

どうやら教官殿のご登場のようだ。

 

なら答えは1つ。今の天之河を黙らせアリサを落ち着かせる方法を取る。

 

「天之河どうやら、教官殿が来たみたいだ。いがみ合ってる場合じゃない」

「話を逸らすな!俺は…」

「話してる場合じゃないだろう。お前が世界を守りたいんなら強くなるしかない。そのために教官の教えを請うのは必然的に必要なことだ…違うか?」

「…っ!」

 

俺は確りと正論で余裕ぶって言い放つと天之河も言い分が分かるのか苦虫をかみつぶしたように悔しそうに俺から離れていく。

後ろのアリサを見るとすずかが必死に宥めている。後で俺も宥めないと駄目そうだ。

となると問題は…遮られて話せなかった…香織か…

 

「……香織、もう俺とは話しかけないほうがいい……それが両方都合が良いだろう」

 

そう告げると、見たことないぐらいに落ち込み暗く俯く香織。

俺もこんな言葉言いたくは無かった。

自然に拳を握る力が強くなり。それを言い残してアリサを宥めに向かった。

 

それから数分後何とかアリサの怒りを一定値まで抑え込み俺達を指導するメルド・ロンギス……この国の騎士団長が俺達の前に立つ。

何故この国の騎士団長がこんなことを買ってでたのかというと。

何でも勇者様一行にそんな生半端な者に務めさせるわけにはいかん!っと自ら勝って出たのだが……その後、面倒な雑務を副長に押しつけたとかなんとか……多分そっちが本音だろうな…… 

多少見た限りでも気さくな人で接しやすいとは思う。俺のことを知っても敵視している視線はしてないし

 

そんなメルド団長は俺達に12㎝×7㎝の銀色のプレートを配り全員に行き渡ると説明を始める。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

つまりゲームでいうならメニュー画面でステータスを見るようなものか…

能力の数値化されるなんて一体どういう原理で出来るんだ?これ?

それにステータスプレートは証明書にもなってるようだ。無くしたら終わりだな

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 ステータスオープンと言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

やり方は分かった。だがアーティファクトという新しい名称、当然だが俺達も知らないし天之河が代表で訪ねるとメルド団長が直ぐに答えてくれた。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

なるほど、俺から見たらアーティファクト=ロストロギアという考えで良いようだ。

他の全員も納得したのかなるほどという顔をして、俺は渡された針で指を傷つけ血を言われた通りに垂らし、ステータスプレートを起動する。

すると……

 

――――――――――――――

八坂正人 16才 男 レベル:1

天職 弓使い

筋力:13

体力:25

耐性:10

敏捷:22

魔力:12569

魔耐:10

技能:魔力操作・ベルカ適性・風属性適性・弓術・双剣術・遠目・並行思考・指揮・魔力感知・念話・覚醒者・言語理解

 

――――――――――――――

 

といった感じだった。

ぱっと見で魔力と技能が凄いことに…他の人のものをみてみたい。

そう思い横にいるアリサに聞いてみた。

 

「アリサ、今俺ステータスがどれだけ凄いか気になってるんだ。見せてくれ」

「ああ、やっぱり、はいこれ」

 

――――――――――――――

アリサ・バニングス 16才 女 レベル:1

天職 闘気士

筋力:90

体力:105

耐性:120

敏捷:70

魔力:45

魔耐:25

技能:火属性適性・獣来・活迅・縮地・金剛・言語理解

 

――――――――――――――

 

といった感じで、アリサはぱっと見、前衛タイプだな

 

「火属性、私にぴったりだと思わない?」

「ああ、そうだなアリサ・バーニング」 

「ちょっと!フルネーム!しかも故意で間違えるな!っで正人…より、すずかは?…すずか?」

 

アリサのステータスを見た後、和むようにわざとらしく名前を間違え、いつもののりでやり合っていると最後の1人すずかのことが気になりすずかに顔を向けると神妙な顔つきでステータスプレートを眺めていた。

 

「すずかどうした?」

「あっ、正人くん、アリサちゃんもちょっとこれ見てくれないかな?」

 

そういってすずかのステータスプレートを見ると…

 

――――――――――――――

月村すずか 16才 女 レベル:1

天職 氷結師

筋力:55

体力:60

耐性:15

敏捷:90

魔力:115

魔耐:105

技能:氷属性適性・回復魔法・高速魔力回復・夜の一族・言語理解

 

――――――――――――――

 

すずかはアリサと正反対で後衛の術者タイプか

しかし気になるのが1つだけ技能がぼやけていること…

 

「ステータスプレートの故障かしら?」

「多分これ新品だからそれはないだろう…何か心当たり…すずか?」

「え!?なにかな?正人くん?」

 

今、物凄く考えていたのか俺の声に直ぐに反応しなかった。

 

「いや心当たりとか」

「うーん、全然…能力も、今分かったばかりだし…もしかしたら時期に分かるかも」

「…そうだな」

 

まあ、すずかがいうならそれでいいだろう。見た感じでもアリサとすずかが組めば良いコンビになるだろうし

 

「さて、すずかも見たし、最後は正人ね」

「正人くんはどんなステータスなの?」

 

2人のステータスを見て、次は俺が二人に見せる番になり、別に隠しているわけではないのでステータスプレートを見せると直ぐに2人の言葉が返ってきた。

 

「「やっぱり、バグってる」ね」 

 

2人とも同じ気持ちだろう。俺も二人のステータス見て思ったし

 

「でも、どうして他のステータスは私達より下なんだろう?」

 

魔力と技能以外、二人より低いことにすずかは首を傾げる中、メルド団長が話の続きを話し始めた。

 

「全員見れたか?説明するぞ?まず、最初にレベルがあるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

「レベル1…ねえ、誰かさんはレベル1っていうのも不思議な話ね」

「アリサ…それ誰か分かっていうのやめろ」

 

ニヤニヤと俺に笑みを浮かべてツッコみたいところをつついてくるアリサに俺はじと目でみる。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

「救国っていうか俺は反対なんだが…」

「あははは……ねえ、正人くん。もしかしたら正人くんのステータスが低いの分かったかも…ちょっと魔法使ってみて…強化系」

「……ああ、そういう…わかった。」

 

メルド団長の説明の後、すずかがステータスの秘密が分かったのか俺に魔法を使うように促し、俺は軽く身体強化を使いステータスプレートをみると……

 

――――――――――――――

八坂正人 16才 男 レベル:1

天職 弓使い

筋力:560

体力:420

耐性:10

敏捷:650

魔力:12569

魔耐:10

技能:魔力操作・ベルカ適性・風属性適性・弓術・双剣術・遠目・並行思考・指揮・魔力感知・念話・覚醒者・言語理解

 

――――――――――――――

 

ビンゴだった。

筋力や体力、敏捷もやばいぐらいに跳ね上がってるのがわかる。

 

「やっぱり、正人くんは私達と違ってリンカーコアを持ってるから」

「ああ、魔力が内側から溢れてる私達とは違って魔力がリンカーコアでセーブされてるから魔力の補助がないんだ。なるほどね……」

 

俺のステータスが低い秘密がわかり納得する二人。

俺もそれで納得したが、やっぱりこの中でもステータスが抜きん出ているのは他のステータスを見て明確だった。

 

「次に天職ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。末尾にある技能と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

「私達、全員戦闘職なんだけど…」

「なんか、変に可笑しいよね」

「だな…」

 

本当に偶然か?そう言いたくもなる結果だ。何か仕組まれてる気がして他ならないんだが……

そんな不安に駆られながらまだ続くメルド団長の話を聞く。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

メルド団長の話も言い終わり。各自ステータスプレートをメルド団長に見せに行く。まずトップバッターの天之河は勇者とテンプレでステータスもALL100だったとか明らかなテンプレ勇者だ。

それから次々とステータスプレートを見せに行き、俺達も当然その出番は回ってくる。

 

「ほう、闘気士か、これはレアな戦闘職の天職だな。この天職は自身のステータスを上げて戦う前衛の職業だ。しかも見る限り3つもある。これは有望だな」

「ど、どうも」

「次は…氷結師か…この戦闘職は氷属性魔法に長ける。しかも回復も使えるというのも素晴らしい。だがしかし…このぼやけているのは…」

「あははは…それが全く…こっちも困ってるんです」

「次は…ほう…弓使いか…見ての通り弓に長けた職業だ。むっ!?このステータス、それにこの技能の数は一体……それに、この技能は」

「…えっと…」

アリサとすずかは順調に終わり、次は俺の番、やっぱりというかメルド団長は眉をひそめ俺のステータスに釘付けになっている。

だがなにやら気になる技能もあるのか小声でぶつぶつと言っていてうまく聞き取れない。

 

「いや、将来有望だなっと思っただけだ。次…」

 

どうやら下手に検索はされなかったようだ。

内心ほっとして元いた場所に戻ると戻る途中何故か周囲を見渡しあたふたするハジメの姿を捉える。

 

「ハジメ?」

 

一体どうしたのだろうと気にはしたがハジメの番になり。その疑問は直ぐに解消された。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

ハジメは錬成師…つまり生産職だった。

これまで戦闘職ばかりで嬉しそうだったメルド団長も歯切れが悪い。だがそれだけなら良いが…香織の件で目の敵にしている檜山達がこの時を見過ごすわけがない。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

嫌な性格してやがる。

檜山はわざわざ分かっていてそんなことを言ってきてハジメに詰め寄る。

そしてステータスはどうなんだと檜山はニヤニヤとハジメに肩を組み、ハジメも明らかに見栄を張っているのがわかる。

すると檜山はハジメのステータスプレートを奪い取りステータスプレートを見て爆笑。

それによってハジメがどれだけ悲惨な事になっているかは察しがついた。

 

周りも香織や雫、アリサやすずか以外はハジメをニヤニヤとみている。非常に腹が立つ。

 

すると檜山がいつもの取り巻き達にハジメのステータスプレートを投げる。

ステータスを見せるためだ。流石に見過ごせないため、俺は足に力を入れて踏み込んで取り巻き達に渡る前にステータスプレートをキャッチする。

 

「八坂、お前何しやがる!」

「何するってハジメのステータスプレートを回収しただけだ。」

 

いつものいじりを邪魔されたことに苛立ちの声を上げる檜山、他の取り巻きも同じで、ハジメは目を丸くして俺を見ていた。

 

そんな俺だが回収する時にハジメのステータスを見てしまった。

 

――――――――――――――

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

――――――――――――――

 

全て平均で技能も錬成と言語理解のみ。

理不尽過ぎるステータスだった。そりゃあ焦るし顔も暗くなるわけだ。

 

俺は頭をかいた後ハジメに近づきステータスプレートを返す。

ハジメからありがとうとお礼を言われたがハジメの顔は暗い。

ハジメの理想としていた能力とはかけ離れた平凡さに落ち込んでいるのだ。

しかも檜山に知られた他の全員に知られるのも時間の問題。

だからこそ俺はハジメの肩に手を置き、こう助言した。

 

「ハジメ、俺もさっきステータスは見た。ハジメが落ち込むのもわかる。だが諦めるな」

「え?」

「周りがどう言おうが気にするなハジメはハジメが出来ることをしろ。自信を持て俺は…信じている」

 

そう言い残し励ましの言葉を告げて手を離すと、直ぐに怒ってますっと言わんばかりの畑山先生がやってきた。

 

「南雲君、気にすることはありませんよ!先生だって非戦系?とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

そういって畑山先生は自身のステータスプレートを見せる。俺も畑山先生のステータスプレートを眺めると顔が凍りついた。

 

――――――――――――――

畑山愛子 24歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

――――――――――――――

 

あえて言おう…先生もチートだよ。

 

確かにステータスは魔力以外平凡だが、技能がえげつない。俺とどっこいと言っても過言じゃない。

 

それを見た俺が顔を凍らせるのだから。ハジメに取ってはそれを見て死んだ魚の目をしている。

折角励ましたのに教師がトドメ刺しに行くのはどうかと思うぞ本当に…

この先どうしようと頭を悩ませる。

まだ今日は始まったばかりだ。

 



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5話

 

 

「…はぁ…」

 

そう溜め息が溢れるのを耳にする。

俺は読んでいる本から視線を外しその溜め息を吐いた本人を見る。

 

「ハジメ…大丈夫か?」

「あ、うん…ごめん…」

 

見るからに大丈夫ではないな。

トータスに来てからより落ち込みが酷くなっているのは日に日に悪化しているのは明らかだった。

トータスにやってきて既に2週間…

SOSサインも相変わらず空振り…だから趣向を変えて自由時間ではこの王立図書館に来て、帰還方法の模索やトータスに関する情報や記述を調べていた。

やはり気になるのは神代魔法か…

今のトータス式の原点とも言える魔法で凄まじい力だとか…それを解析すれば地球に帰れるのではないか…

これが今、俺が出している結論で確証は何処にもない。

空振りになる確率はあるし危険な旅になるだろう。

それなら俺一人と言いたいがあの二人がそれを許すとはとても思えない。

それに今はハジメの問題が最優先だろう。

ハジメが1人能力が平凡となった問題、それはクラスメイトに味方があまりいないハジメにとって、とてもいいものではなかった。

周りはどんどん強くなる中、完全に取り残されたハジメ…それをあざ笑う檜山を初めとする小悪党達。

何か打つ手を打った方が良いかと頭の中で考え、ふと本を閉じて語りかけた。

 

「ハジメ…この世界、旅行するなら何処行きたい」

「え?」

 

いきなりのことで、ぽかーんとするハジメ、だが直ぐに質問されていることから慌てて考えて、行きたいところをいう

 

「や、やっぱり、亜人の国の樹海かな~」

「ああ、ウサミミか…ハジメそういうの好きだったもんな」

「ちょっ!?それ言わないでよ……でも亜人族は海人族以外は差別されて樹海の奥地から出て来ないみたいだし……西の端のエリセンかな…でもその前にグリューエン大砂漠があるから無理か…っとなると帝国かな…でもあそこは奴隷制度があるし…流石に正気を保てる気が……」

 

この2週間、休み時間に知識を詰め込んでいるのは伊達ではなかった。

次々と出てくるこの世界の地名。どれも亜人族に関わりのある所だ。

 

「ってどうして正人くんはそんなこと聞くの?」

 

熱弁していた。ハジメは正気に戻り、どうしてと聞き返した。

 

「そりゃあ、俺がしばらくしたら此処から離れるのは知ってるよな?だったら旅は道連れだ。ハジメも連れて行こうかなと」

 

この2週間で分かったことは今の環境はとてもハジメにとって悪影響しかない。

成長を伸ばすなら世界を知るべきなのだと俺は理解した。

だったら元からこの王国から出るつもりの俺に付き添う形でハジメもつれだそうと考えたわけだ。

 

「でもいいの?僕なんて付いてきて足手まといだよ?」

「別に構わん、アリサとすずかも付いていくって言ってるし、一人増えたところで問題は無いだろう。」

 

因みにアリサとすずかは自主練習中、俺に付いてくるために必死に力に研きをかけているのだ。

天之河はそれを戦争のためにと勘違いしているのは余談である。

 

メルド団長にもそのことは伝えていて、「戦争に関しては強制はしておらん。正人達の努力が実れば光輝達も帰る手立てを得ることに繋がるのだから止めはしない」っと認めているため、出ていっても問題は無いだろう。

ハジメを旅に連れていくことを決め、休憩時間ももうそろそろ終わりに差し掛かり俺達は訓練所へと戻る。

訓練所には生徒達が自主練や談話しているのが目立つ。

「行くわよ!すずか」

「うん!アリサちゃん!」

 

その中にはアリサとすずかもいた。

2人とも戦闘用の服に着替えており、アリサは赤とオレンジを強調するジャケット型で下は激しく動くためにズボンで利き手の右腕にはガントレットを装着しておりその手には身長と同じぐらいの大剣を悠々と振り回す。

多分、筋力と体力を強化しているのだろう。あれだけ動いているのに息が乱れていない。

そんな大剣をすずかは紫を強調する服で何処かの貴族のようなだが動きやすいドレスで確りとアリサの大剣の軌道を見て回避している。

この2週間、まだまだ改善の余地はあるが荒削りながら連れて行っても問題はないだろう。

そんなアリサ達を眺めていると隣のハジメが短い悲鳴と共に前のめりで倒れた。

咄嗟に後ろを振り向くとそこにはニヤニヤした檜山達の姿があった。

それを見て俺は目を細め、ハジメは倒れたのではなく。倒されたということは檜山の顔を見て明白だった。

 

「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が訓練しても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

無様な姿を晒すハジメをあざ笑う4人に苛ついた目で様子を覗う。

トータスに来てからこの4人のハジメに対する横暴は日に日に激化していった。

やはり力を突然与えられれば今までの自制が外れているのか、隠れて暴力を振るおうとする。

そうなる前にいつも俺はハジメを庇い、ハジメに実害はない。

 

「お前ら…よくもまあ、こりないな…いい加減、ハジメに構うの止めたらどうなんだ?」

「なんだよ八坂、俺達は南雲の特訓に付き合ってやろうって言ってんだよ」

「それにしては、さっきの不意打ちはとても特訓には見えないな…それと南雲には俺がついてる。檜山達に心配される必要なんて無い」

「はぁ?いつまで舐めた口、聞けると思ってるのか?」

 

舐めているわけでは無いが檜山達からはそう聞き届いたのだろう。固まっていた檜山達は左右に移動して拳をポキポキと鳴らし、ニヤついた笑みを浮かべる

一触即発、いつでも仕掛けられるように体制を整え、周りも巻き込まれないように遠ざかっていく。

 

足に力を入れ懐に飛び込もうと思った矢先俺は目にしてしまった。

横からくるくると回転しながら飛んでくる長方形の何か、研き抜かれた鉄はきらんっと光る。

その何かが飛んできた先を見ると、明らかに投球フォームの姿勢でいる。アリサの姿とあわあわしているすずかの姿。

俺は思わずあーっと頭に手を当てる。

檜山達は俺にしか見えてなくて飛んできている何か……っというかアリサの大剣が振ってきているのに気付いてない。

 

「檜山…聞き分けてはくれないと思うが一応いっておく…絶対に動くなよ?」

「何指図してやがるんだよ!!」

 

俺の忠告も檜山達にとっては挑発に捉えたのか、今にも襲いかかろうとする檜山達が動き出そうとした瞬間、俺と檜山達の間にアリサの大剣が地面に落ちた衝撃で土煙が舞う。

俺以外、いきなり飛んできた大剣に尻餅を付いて唖然とする中、駆け足でやってくる元凶の姿。

 

「ごめん、つい、手から大剣がすっぽ抜けちゃって…怪我は…してないみたいね」

 

どの口で言うかこのやろう…!

そんなことをじと目の目線だけで語る俺だが、アリサも助かったでしょ?っと片目でそう訴えている。

確かに一触即発だった状況に魔が入ったお陰で事なきを得たがもう少しやり方があったのではと本当に思ってしまう。

 

「あなたたち!何をしているの!」

 

そんな状況の中、天之河一行が登場、その中の雫が声を上げて、やってくる

 

「や、やべえ」

 

流石の天之河達の登場に不味いと感じた檜山達は俺達から離れていき。

これでちょっかいをかけられることは無いだろう。

そんなことを思いほっとする俺は近づいてくる天之河をどう対処するか頭の中で考えるのであった。

 



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6話

 

 

「メルド団長、正人です。」

「うむ、入れ」

 

そういって王宮の一室…将や宰相など、上層部に与えられる執務室に俺はやって来た。

扉の前で声を掛け、中にいるメルド団長の許しを得た後、入室すると中は一見整理されているように見えるが、所々から紙の山が隠れ見えていることから慌てて片づけたのだろう。

 

「あの、やっぱりもう少し遅かった方が良かったですか?」

「いや、呼び出したのは俺だ。そこに腰をかけてくれ」

 

そう言われて執務室に設置されていた椅子に腰掛けメルド団長が紅茶に似た何かをカップに注ぎ俺の前に置くと俺はいただきますと言って紅茶もどきを口にする。

紅茶にしては味が薄い。水に少し何か混じったという方がしっくりくる。紅茶もどきを一口含んだ後、カップを置き、俺は話を切り出した。

 

「それで、どういった件で呼び出されたんですか?」

 

そうメルド団長に訪ねると執務机に肘を乗せ、エヴァの例のあれのような姿勢で目を閉じる。

何故こうなったか、訓練も問題なく終わり、夕日が沈み夕食を食堂で食べた後、帰りの廊下にてメルド団長に呼び出された。

俺と一対一で話がしたいとのことで、少し警戒はしたが、メルド団長に限ってそういったことは無いだろうと少なからずの信用を信じてやってきたのだ。

 

「正人、お前…光輝達のことをどう見ている?」

「天之河達?」

 

メルド団長から出てきた言葉は天之河達のことだった。

それなら、毎日訓練を付けているメルド団長も分かっていることだろうと思ったが…メルド団長は続きを言い始める。

 

「そうだ、俺の目線からしてではなく。学友である正人から見ての視線だ。俺より、しっかりと見ているのではないか?」

「……あくまでも自分の偏見がありますが…良いですか?」

 

そんな言葉にメルド団長は構わんと迷うことなく言い切り、俺はその迷いのない言葉に応えるように思っていることを言った。

 

「まず、全体的に言わせてもらいます。舐めきってます戦いを」

「ほう?それはなぜだ?」

「まず、前提的に俺達のいた世界は基本そういった戦いとかは無縁の世界です。加えて、突然与えられた力に気持ちが浮き足立っている。」

「なるほどな、確かにそういった感じは見受けられるな」

 

メルド団長も思い当たる節がいくつもあるのか腕を組み頷く。

だがそれだけでならまだ良い…

頭の中にはあの日、転移させられた日を思い浮かべる。

 

「それ以上に殆どの全員が天之河の思想に依存している。きっと予測外なことが起きれば…たちまち勇者一行は瓦解します。」

「言い切るのだな…」

「はい、一見、天之河が起点に結束しているように見えますが全然結束も出来ていません。あくまで天之河に付いていけば何とかなるだろうと甘く考えている。依存と信頼は…全然違いますしね」

 

今の天之河達を偽りなく答え、顔を顰めるメルド団長。分かるのは分かるが如何したものかと考えているのだろう。

 

「言われると頭が痛くなるな…正人は誰を信頼している?当然何人かはいるのだろう?」

「そうですね…まずアリサとすずか、この2人は元々力がなんたるかを自覚していますし俺の考えにも賛同してくれているので信頼出来ます。次に香織とハジメ、少し戦うことに自覚は無いでしょうが、香織は幼なじみでよく知っていますし、ハジメに関しては力を驕ってはいないので問題ないでしょう…後は…雫と畑山先生かな?」

 

勿論、メルド団長もですと付け加える。

言わないとふて腐れるというわけでも忘れてきたわけでもない。

大体、信頼していなければこんな話もしないだろう。

そんなわけで俺の数少ない信頼できる人物を口にするとメルド団長はそうかっと、信頼されていることからも嬉しいのか頰がつい上がっているのがわかる。

 

「それで、以前から話していた件ですが」

「ああ、帰るための方法を探す旅に出る件だな…それに関しては前に行ったとおり、それが光輝達のためにもなる。しかしだ」

 

話題を変えて俺達が旅に出る話を切り出す。

メルド団長には話していたために驚きもせずにその話を受けて他のクラスメイト達の帰還にも繋がることから、引き留める感じはないがそれに付け加えるように言葉を続けた。

 

「あくまでそれは、お前達が確りと自衛できればの話だ。自衛も出来ずにみすみす死に行かせる訳にはいかん」

 

泰然とした姿勢で腕を組み直すメルド団長。勿論、その言った言葉は理解できるため俺は頷く。

自分の身は自分で守れ、それはこの世界で旅をして生きていくには絶対的な条件だ。

それは旅に出るということを発案した当初から課せられていた課題でアリサもすずかもそれで熱心に訓練に取り込んでいた。

 

「そのためにも2日後のオルクスでの演習で改めて最終確認をするということですか…問題は無いはずです。それとメルド団長にもう一つ頼みがありまして…」

「む?お前から頼みとは珍しいな。どう言ったものだ?」

 

 

 

「ハジメです。ハジメを旅に同行させたいと思っています。」

「坊主をか?」

「はい、今のハジメに必要なのは訓練や勉学ではなく。この世界を旅し見て聞いて実感することこそが最良だと思います。メルド団長も今のハジメの境遇はご存じでしょう?」

 

メルド団長もその言葉に確かにっと頷く。

どうにかしたいがどう接すれば良いか分からないしハジメだけに時間を割ける訳にもいかない。

メルド団長もどうすべきか悩みの種だったのは間違いは無い。

 

「確かにな…坊主も仲間達からもあまり良く思われていないようだし、その中で仲の良い正人に頼むのが1番かもしれん。ただまあ、一人増えるのだから評価の方は…」

「厳しくする…でしょ?分かってますよ」

 

メンバーが一人増えるのだ要求される難易度も上がるというもの。

それはわかりきっていた話なのでそれほど悩むことも無い。未だに解消できていない…というよりほぼ不可能な厄介ごとが一つだけあった。

 

「だけど、クラスの連中はいい顔をしないでしょうね」

 

そうクラスメイト達だ。

一部を除いて俺は周りからとても良い印象を持たれてはいない

故に極一部しか俺が旅に出ることを知らせておらず。きっと知れば天之河が反発するだろう。

 

「………正人をあまり良く思っていないのは知っている。それにこのまま野放しにするわけにもいかんしな…」

 

ふむっと悩んでいるメルド団長、出来れば団結して欲しいということもあり、何か良い案がないか頭を悩ましているが、あの天之河に有効な手なんて無さそうな気がする。

 

「……ならば、こういうのはどうだ?」

 

なにやら思いついたのか、メルド団長は俺に向かって思い付いた方法を説明する。説明した内容は可能性としては捨てがたくあまりにも強行しすぎな方法だった。

 

………

……

 

翌日…

 

夜も明け、日差しが王都に差し込む中、王宮前ではオルクス大迷宮前にあるホルアドという町に向かう馬車や騎士団、そして俺達が集まっていた。

 

出発の準備は騎士団が準備しているので俺達は待つだけ、少し離れたところで観察していると殆どのクラスメイトはまるで遠足に行くかのようにはしゃいでいるのがわかり。それは危機感のなさと自分達が優れた力を持っているという慢心からの余裕だろう。

 

「本当に大丈夫かよ…」

 

ふと脳裏に昨日もメルド団長とのやり取りを思い出し、少し頭が痛くなる中、アリサとすずかがやってくる。

2人は他と違い気を張っていて、覚束ない様子で俺は少しだけ助言を出した。

 

「アリサもすずかも気を張りすぎだ。今からだとオルクスに辿り着く前に倒れちまうぞ」

「え、ええそうね…ありがとう正人」

「そうだね…正人くんに話しかけられて少し落ち着いたかな?」

 

少しの助言で緊張をほぐれた2人に感謝されどういたしましてと返事をした後、王宮からハジメがやってくる。

少し寝坊したのか慌てた様子だ。

 

「おはよう、ハジメ。よく眠れたみたいだな」

「あはは、おかげさまで…正人くんは大丈夫?メルド団長に呼び出されていたけど、もしかして僕の件で?」

 

僕のせいで揉めたの?っと心配するハジメに首を横に振り否定し、それに続くように言葉を喋った。

 

「ハジメの件は簡単に纏まったよ。まあ、問題はその後だったんだが…」

 

またそれを頭の中で思い出すと頭が痛くなった。

本当に流石にそれはないだろうと…言いたいというか既に言ったがその後のメルド団長の言葉を思い出す

(「正人、俺はお前がみんなを導く司令塔になると思っている。他とは違い冷静に感情に囚われずに物事を見極め、それの最善の手を打つ。お前達を纏める光輝に導く正人…お前達が一致団結したとき、真価を発揮するのかもしれん」)

っと言って、俺は何も言えなかったがあの天之河がもう少し思考的にまともならその手も合ったかもしれない。

 

「……正人くん?」

 

そんなことを思いだしているとはつゆ知らず。ハジメは首を傾げて心配する表情で俺を見ている。

 

「いや、大丈夫だ………そろそろ出発の準備も整いそうだな、整列するぞ。後、もうすぐ俺が何に頭悩ましてるかも直ぐ分かる。」

 

辺りを見て馬車の積み込みも終わりかけているのを見てメルド団長もそろそろかという雰囲気を出しているのを見て俺達もクラスメイト達の元へと向かう。その行く前に俺が悩んでいる疑問について直ぐに分かると言い残して歩き始め、後ろにいる3人は何のことか分からずに俺の後を付いてくるのであった。

 

そしてメルド団長の前で整列する俺達、ハジメやアリサ達は後ろ側だが俺だけ天之河達と同じく最前列でクラスメイトから奇怪な目で見られているがこれには訳がある

 

「よし!全員集まったな!これから先日行ったとおり、オルクス大迷宮への遠征演習を行う。初めてということで緊張していることもあるだろう。今回の演習は20階層までとする。俺達騎士団も同行するが、訓練通り出し切ればお前達なら問題ないだろう。」

 

此処でオルクス大迷宮について説明しておこう。

この世界には七大迷宮という大規模なダンジョンが存在する。いつ誰が造ったのから定かではなく。神代の時代の産物と言う者も少なくはない。

オルクス大迷宮もその一つで地下へと続く百階層の大迷宮で過去最高でも65層までしか到達できず。最下層までは辿り着いた者は誰もいない。

 

他にも大迷宮は存在するようだが文献が古すぎて場所は定かではないようだ。

明確に分かっているのは先のオルクス大迷宮に西のグリューエン大砂漠にあるグリューエン大火山、東の亜人族の国の樹海、ハルツェナ樹海もそれに含まれている。

後は明確ではないが南北を隔てる大峡谷であるライセンや魔人族領内のシュネー雪原の氷結洞窟などが候補として当てられている。

オルクス大迷宮は階層を降りて行くに連れて魔物の脅威も強くなっていく。今回の二十層までというのもハジメのことを考えてのメルド団長の配慮だ。

 

「しかし、ダンジョンは何がおきるかは分からん。下手をすれば我々もお前達に指示を出せなくなるかもしれん。正人」

「……はい」

 

メルド団長がもしもの事を話す中、クラスメイトも不安で顔を強ばせる中遂に俺の名前を呼び。少し躊躇ったが返事をしてメルド団長の横に立った。

いきなりメルド団長の下へ呼ばれたことに全員から不思議そうな目で見られる。

 

「我々が有事の際に備え、昨晩話し合った結果、正人にお前達を指揮する臨時の指揮官として任命した。」

「なっ!?」

 

メルド団長の言葉に響めく天之河達、騎士団も何故という動揺が見え、まだ話してなかったのかと頭を痛くしたが、天之河が案の定前に出て来た。

 

「メルドさん!どういうことですか!?どうして八坂が俺達に指示を出すことになるんですか!?」

「これは総合的に判断しての俺の見立てだ。八坂は指揮官としての才能に恵まれている。俺は正人を指揮官として育てるのが最良であると見込んだのだ。」

「ですが八坂は俺達とは違い不真面目に訓練を怠っています!そんな男に俺達を任せるというですか!?」

 

案の定、俺について噛み付いてくる天之河、メルド団長も予想していて冷静に対処するが天之河は俺が訓練にあまり心身に打ち込んでいないことを指摘してきて、任せられないと断言する。

そんな天之河を見て、俺もそろそろ話を切り出す。

 

「天之河、俺だってメルド団長に頼まれて、不本意だが臨時の指揮官を任された。それにあくまで今回限りだろう。この演習が終われば…俺やアリサ達は王国から出ていくつもりだ」

「ど、どういうことだ…」

「俺達は戦争なんて反対だし、かといって手を拱いてる訳にもいかない。だから神頼みじゃない別の方法を模索するためにトータスを旅をする。アリサとすずかも付いてくると言っているしハジメに関しても俺が誘った」

「嘘だ!そんなこと言ってアリサ達を無理矢理…」

「強制したつもりはない。アリサ達は自分で付いてくると言ったんだ。…それに国を離れるのに天之河の承諾がいるのか?」

 

そう突きつけると天之河は押し黙るしかなかった。

他のクラスメイト達も殆ど、不満なだと、何であいつがといわんばかりの視線を俺に向けてくる中、ふと香織に目がとまる。

明らかに動揺している目だ。大方、俺が国を飛び出すとは思っていなかったのだろう。

 

「それに、あくまで臨時だ。そういった状況に陥らなければ、俺だってお前達を指揮することもない。俺もそんなことにならないように祈りたいしな」

「よし!それでは全員馬車に乗り込め!乗り込み次第、出発する!」

 

俺の言葉を終えると状況を見計らったメルド団長が乗車の指示を出し俺は視線を無視しながら真っ先にしていされている馬車へと乗り込んでいく。

全員乗り込むと走りだす馬車、遂に俺達は王都の外へ…ホルアドへと向かうのであった。

 

 

 



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7話

 

 

馬車に揺られ、ゴツゴツした岩石が目立つ荒野を走り抜ける。

朝に出発したが既に太陽が真上へと昇っていて、かなりの時間、馬車に揺られているのが分かる。

そんな俺が乗る馬車は俺の他にハジメやアリサとすずか、それと天之河、坂上、雫、香織の8人にメルド団長とかなり豪勢なメンツが揃っている。

ただ豪勢とはいえ空気は物凄く重い。

主に俺と天之河のせいなのだが

何でまた同じ馬車に乗せたのかその犯人はおおかたメルド団長なのだろうが、そのメルド団長も苦い顔をしていた。

 

「どうするのよ、正人…物凄く空気が沈んでるわよ!」

「知るか!寧ろ俺がこの状況どうにかしてと言いたいぐらいだ」

 

隣にいるアリサが周りに聞こえない位に小声でこの状況の打開を俺に訪ねるが寧ろ俺が聞きたいことでありその言葉をそのまま返した。

 

そんなこそこそ話をあの男が見過ごすわけがない。

 

「何をこそこそと話しているんだ?俺達にも関係のあることなら教えてくれないいか?」

 

天之河だ。

天之河が自分が原因の一つだとはいざ知らず、アリサに訪ねてくる。

俺でないのは単に話を聞いても教えてくれないだろうといういつも通りの自論からだろう。

といってもアリサとすずかもこれまでの天之河の奇行を見てきたことで信用の欠けらもない。

しかしアリサという少女は物事はハッキリという少女だ。故にアリサは天之河であってもはぐらかさず。話し出す。

 

「ただ単に空気が重いってだけよ!あんたと!正人のせいで!」

「…アリサ、直球だな……俺はともかく、あっちがその気がなければどうしようも無いぞ」

「八坂?それはどういうことだ?」

「俺が何を言おうが俺を悪だと切り捨てるだろ?」

「なっ!?そんなことはない!?」

 

そう断固否定するが天之河だが、とてもじゃないが説得力に欠けている。

現に俺を切り捨てている辺りを考えれば、自ずとそういう考えに行き着いてしまうのだ。

重い空気は晴れるどころか更に重くなっていき、流石に見かねたハジメが意を決して話し始めた。

 

「あの…天之河くんと正人くんって…結構付き合いが長いけど…昔からこんな感じだったの?」

「んあ?光輝と八坂か…いつもこんな感じだった気がするが…」

「そうね、言われてみれば、あった当初から犬猿の中だった気がする。」

「私が紹介したんだよね…確か…」

 

坂上が頭の中の記憶を振り絞り、初めて会った日のことを思い浮かべ、雫も当初から俺と天之河が仲が悪かったことに改めて頷く。

そして香織が初めてあわせたあの日のことを思い出したのか、明確な日時を思い出そうとすると俺が先に口が開く。

 

「6年前の1月の上旬だ。わざわざ八坂神社まで来ただろ?」

「そうそう、正人くん、覚えててくれたの?」

「……覚えていたというより、あの時期は色々ごたついていて、記憶に残ってただけだ。」

「…あの事件の後か…」

「仕方ないといえば仕方ないよね…」

 

正確な日時を教えるとそんな昔の出来事を良く覚えていることに香織は不思議がり俺は上手く誤魔化すが小声で話す。事情を知っているアリサとすずかを見て、他に聞こえていないのを見渡しほっとする。

あの事は今回のことに関係のない話だ。香織やハジメであっても教える気はない。

そして香織達が俺と天之河の初めて顔合わせしたときのことも少し思い出した。

 

出会ってすぐはそこまで険悪では無かった。

だけど天之河の自論や正義論を聞いて、あの事の俺…というより今の俺でもどうしてもそんな考えを認めることは出来ず。強く反発した。

それっきり天之河とは犬猿の仲で衝突することが多かった。

 

「そうだったんだ……」

 

ハジメも聞くべきものではなかったと顔を暗くして俯かせる。

後で少しフォローもしてやるかと考えながら、俺はまた外を眺めるのであった。

 

 

それから日が地平線に沈み始めた頃、何度か休憩を挟んで停車しながら進み続け、俺達はオルクス大迷宮前の町。ホルアドに辿り着いた。

ホルアドは王都との城下町とは違い、荒野の岩場ということもあってか大きな岩壁を掘ってくりぬきそれを施設として利用している。所も一つ二つでは無く。騎士団御用達の宿に向かうまでに往来する人達を見ても多くは冒険者が目立つ。

 

そして宿に到着し食事をとった後の深夜、割り振られた部屋で寛ぐ。

部屋は訳あって1人部屋で備え付けられた椅子に座り、持ち出してきた情報端末を机に置いて明日のことを考える。

明日は遂にオルクス大迷宮へと挑むことになる。

既に明日に備え寝るべきなのだが、臨時とはいえクラスの指揮官として動くことを想定して、情報端末に備えられているシミュレーターでシミュレートしていた。

 

「……やっぱり不確定要素が多すぎる」

 

シミュレートしているウィンドウを見て顎に手を添え、深く考える。

幾ら精巧に出来ていてもシミュレートなのは変わらない。その事態に直面するのは実際の場合は機械では無く人だ。

それらに直面する人の感情や思考、性格などはどうしてもその時でなければ分からない。

かといって何もしないわけにはいかなかった。

持ちうる全ての可能性を考慮しその中での最善を導き出す。それが今俺がやるべき仕事だ。

 

「………7年前を思い出すな…」

 

あの時もこんな感じだったか…

迫る時間の中、持てる全ての力を出して最善を模索し動いていたあの時期…

自分を偽り、他人を欺き…裏切って…ただ一つの目的のために邁進した。

それが最悪の過程を生み出してしまった。

 

「…………」

 

何を今更、ぶり返してるのだろうか……もうあの結果は変えられないというのに……

そんなことを思いながら条件や行動を変えながら最善に適した戦略をシミュレーターで模索する。

どことなく没頭して嫌な気持ちを晴らしたいからかタイミングスピードも早くなっている気がする。

 

「………駄目だ!」

 

タイミングが早くなったが何処か感情が高ぶっている。

 

「…紅茶もどきでも飲むか」

 

こういうときは落ち着くのが1番だろう。

そう思い備え付けられているティーポットに紅茶もどきの茶葉とお湯を入れて、紅茶もどきを作る中、外からノックする音が聞こえてくる。

 

「こんな夜更けに誰だ?」

 

既に時刻は深夜…しかも俺を訪ねてくるなんてアリサ達かメルド団長か…訪れる人物は限られている。

そんなことを思っていると外から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「正人くん?起きてる?香織だよ」

「香織?」

 

香織だ、正しくこの声は香織で間違いない。

しかし、あんなことがあったのでお互い不干渉という取り決めを決めてからはあまり話さないでいたが、こうやって香織が来るなんて何を考えているのだろう。

しかしこのまま無言で返すのも忍びない。

少し、頭をかいて面倒臭がりながらドアノブを捻ってドアを開けると…

 

「こ、こんばんは」

 

顔を赤くし、純白のネグリジェを身に纏う、恥ずがしがっている。香織の姿があった

そんな香織の姿を目の辺りにした俺は追い返そうとした言葉など遠くの彼方へと飛んでいき、唖然としていると、香織は今の姿を見られるのが恥ずかしいのか手で、露出している部分を出来るだけ隠しながら下から覗き込むような姿勢で口を開けた。

 

「ま、正人くんあんまりじろじろ見ないで…それとお邪魔だったかな?」

「い、いや…別にまあ入れよ。流石にそんな格好で廊下に立たせるわけにはいかないし」

「う、うん」

 

お邪魔しますと俺は香織を部屋の中に入れると、取りあえずと紅茶もどきを振る舞おうとカップをもう一つだしポットから紅茶もどきを注ぎながらふと香織に紅茶もどきをいるか訪ねた。

 

「香織、紅茶もどきいるか?」

「…………」 

「……香織?」

 

返事が無いことにポットを机に置き、香織の方へと視線を向ける。

当の香織はちゃんと部屋の中にいる。

しかしその表情は信じられないものをみて固まった表情を見せていた。

なんだ?っと香織が固まる視線の方向を見てみるとそこにあったのは先程まで俺が先程までシミュレーターとして使っていた情報端末だった。

 

「っ!?」

 

俺は咄嗟に駆け出して、情報端末を片手で持ち電源を切るとすかさず隠す。

多分無理だろうなっと思いながらも俺は香織の顔を伺った。

香織が見ていたときは、先程まで絶賛使っているためにウィンドウやパネルは投影されている。ただの板とは最早言い逃れることも無理だろう。

どうすべきかと思考を回していると、固まっていた香織が動いた。

 

「えっと、正人くん……もしかして見ちゃ駄目な…ものだったのかな?」

 

そうもじもじと顔色は困惑している。

俺は少し考えた後、盛大に溜め息を吐いた。

絶対にあやふやに出来ないと…香織になら端末程度なら話して良いだろうと俺は隠していた端末を机に再び置き椅子に座った。

 

「別に…見られたのは俺の不注意だし…天之河や他の奴らなんかよりかはマシだな」

 

天之河に見つかった日には絶対にどうして黙っていたんだ。とか言われそうだし他の奴らも同じくで嫌な予感がする。

因みにアリサやすずか、後はハジメと雫辺りはそれからは除外している。あいつらならまだ見せてもいい。

香織に関してもそれに含まれる。まだ香織で良かったよ本当に…

そんなことを考えながら俺の向かいの椅子に座り紅茶もどきを入れたカップを差し出すとありがとうと香織はお礼を言って紅茶もどきを少し飲む。

 

俺も紅茶もどきを飲んで少し落ち着き、どうするか考えていると先に香織の方から話しかけてきた。

 

「ねえ、正人くん…さっきの空中投影型の端末だよね」

「ああ、そうだな」

 

高くなかった?っと値段のことを口にしたがこれは管理局が用意してくれたものなので値段などは知らなかった。

取りあえずまあなっと言葉を濁して誤魔化すが、端末のことがバレたのは事実。

いくら、あの事件で地球の技術水準が上がったとしても、一学生が持っているにしては些か不自然でもあった。

 

「正人くん、端末で何してたの?」

「明日に攻略のシミュレート…有事の際どう動かすか考えていたんだ」

 

そういいながら端末を再び起動しスリープモードだったので画面は閉じる前のままで、ウィンドウに映るシミュレートを香織に見せる。

 

「考えられる最悪のケースをセッティングして、そこからどうすれば最善なのかを模索していたんだ。ただその時の感情や性格までトレース出来るほど精密に出来てないからこの通りに行くとは言えないが」

「そっか…正人くん私達のために必死に考えてくれてたんだ…」

 

俺が何をしているのかを説明し納得する香織は笑みを浮かべ何処か嬉しそうに思えた。

 

「香織?」

「……よかった」

 

俺は少し気になって訪ねると短い言葉と共に安堵の表情を見せる香織が言葉を続ける。

 

「……正人くん、やっぱり変わってなんてなかった」

「俺が?」

「うん……この世界に来て直ぐ、正人くん……凄く怖かったから…正人くんがあんなこと言って…私の知ってる正人くんじゃないって思えて……でも、アリサちゃんや南雲くん達に対する正人くんの接し方がいつもと同じで……どっちが本物の正人くんなのか分からなくて…不安で眠れなかったから……だから確かめたくて」

「それで俺の部屋まで来たのか」

「うん、でも、もう大丈夫、正人くんはみんなのために一生懸命なんだって分かったから」

 

そういって語っていたときは顔を暗くして神山での俺を思い出していたのか震えていたが、今は嬉しそうな顔をして俺を見ている。

そんな香織に俺は心配させられていたんだなっと自覚。ありがとうとお礼を言う。

それから少し2週間というギクシャクしていた時間を埋めるようにお互い語り合い。一時間ほどして香織はすっきりしたのか、部屋のドアノブに摑み俺を見た。

 

「それじゃあね、正人くん、明日…頑張ろうね」

「ああ、また明日」

 

そうお互い頑張ろうと言い残し、香織は自室へと戻っていった。

 

「……さて俺も少ししたら寝るとするか…」

香織が出ていったのを見て、寝不足でコンディションを損なわないようにシミュレートを一区切りしてからベッドに入り、俺は眠りについた。

 

この時俺は気付かなかった。こんな夜中に香織が俺の部屋から出て行く光景を目撃していた人物がいたなんて…

 



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8話

 

 

翌日…香織と久しぶりに話し合った夜から一夜が明け、俺達はオルクス大迷宮前のホルアドの大広間にやってきていた。

辺りは出店があっちこっち立ち並び商売競争でしのぎを削っているのがわかる。

そんな中、俺達はメルド団長が現在オルクス大迷宮に入るための受け付けを済ませている最中なために広間で待機していた。

 

辺りで点々と集まり談話しているクラスメイトを見るととてもこれから実戦をする顔つきではない。

ふと、天之河パーティーが集まる場所にいる香織と目が合い軽く手を振ると、香織も天之河にバレないようにこちらに微笑みかけて軽く手を振る。

ちょっとしたやり取りだが地球にいた時と同じようなやり取りが出来て頰が吊り上がるが俺の周りにいたアリサ達にそれは気付かれる。

 

「正人…なに、にやけてるのよ」

「アリサ!?た、ただ未知への探求に心が躍ってるだけで…」

「でも正人くん、香織ちゃんを見てたよね?」

「正人くん、誤魔化しても無駄だと思うよ」

 

アリサがニヤついた顔つきで俺がニヤついていることを問いただし肘で俺の脇をつつく中、俺は咄嗟に誤魔化したがすずかに俺が向いていた目線から香織を見ていたことを当てられ、ハジメですらそれは分かっていたようで、乾いた笑みと共に無駄だと告げる。

 

「でも良かったわ。あんたと香織がまた少しでも昔みたいに戻れて」

「やっぱり、正人くんと香織ちゃんはこうでないとね」

 

にやけてきたアリサも本当に安堵した表情で俺と香織の関係が少しでも修復しているを喜び、すずかも俺と香織の関係を心配していたのだろう。アリサと同じことを言う。

 

「アリサ……すずか……済まなかったな…天之河の一件はまだ片づけてないが……安心してくれて構わない」

 

俺と香織の件で心配させていたことを謝罪し、問題ないと伝える。

そんな中、俺に向けてドロドロした黒い感情を感じ、直ぐに臨戦態勢を取る。

この感じは7年前にも感じたことのある殺気だがここまで醜悪なものは浴びたこともなかった。

俺が直ぐさま臨戦態勢を取ったことでその視線は無くなってしまったために正確な方向までは分からない。

一体誰が……大体の絞り込みでクラスメイトの中にいるということはわかるが理由が分からない。

警戒はして損はないだろう

 

「正人?どうしたの?」

「……殺気だ…誰なのかは判らないが…どうやら恨みを買ったみたい」

「はあ?……どこのどいつよ全く……まあ襲われててもあんたなら大抵大丈夫だと思うわよ?」

「一応俺だけだと思うが…周りが狙われるってこともあり得るからアリサ達もそのことを頭の隅にでも置いておいてくれ」

一応の警告にアリサ達は真剣な表情で頷き。そのしばらくして直ぐに俺達はオルクス大迷宮への受付を終えたメルド団長が戻ってきて直ぐさま俺達はオルクス大迷宮へと入っていった。

 

香織SIDE

 

オルクス大迷宮の中はホルアドの街とは雰囲気が一変していた。

賑やかだった人の歓声は何一つ無く。あるのは薄暗く壁に埋まっている石から発せられる続く通路と異様な気配。それが私達をいつもの日常から隔離された空間なのだと実感させるには充分だった。

メルド団長を先頭に私達は付いていき、しばらくして広間へと出る。

それから先に動いたのは正人くんだった。広間に来てから直ぐに正人くんの表情が険しくなり持っている弓を強く持って、背中の矢筒から矢を取り出して構えている。

すると直ぐに広間の隙間から灰色の毛玉みたいなものが至るところから出てくる。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

早速私達の出番だ。

光輝くんと龍太郎くん、雫ちゃんが前に立ち、自分達の武器を構え、私と鈴ちゃん、恵里ちゃんの3人は後衛だから魔法の詠唱を始める。

ラットマンが雫ちゃん達の間合いに入ると雫ちゃん達は迎撃を始める。

3人とも練習通りで後衛の私達に敵を寄せ付けずにいると私達の詠唱も完了する。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ……螺炎」」」

 

私達が唱えた、火属性の魔法、螺炎は螺旋状に渦巻く炎がラットマンを吸い上がるように巻き込んで焼き尽くす。ラットマンの断末魔も聞こえ、炎が治まると吸い上げられたラットマンの姿は塵一つも無くなっていた。

辺りを見渡しても敵は居ないみたい…あれで全部だったということだろう

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

取りあえず、私達は交替かな?魔物を倒したことにちゃんと強くなれていることを実感しつつ頰上げている。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

肩を竦めたメルド団長からやり過ぎの言葉をもらい少し顔を赤くする私達、後衛……

それから他のクラスメイトと交替しつつ私達は階層を降りていった。そして次は正人くん達のパーティー

前衛にアリサちゃんが身長と同じ程の大剣を構え、中衛に正人くんと南雲くん、後衛にすずかちゃんという4人パーティー

アリサちゃんとすずかちゃんはよく訓練で凄いのは知ってるけど、南雲くんは天職が戦闘向けじゃないし、正人くんに至っては訓練をしているところをあまり見たことはない。

周りは正人くんと南雲くんを蔑んでいるし、私も心配…

だけど正人くんはクラスのために色々と考えてくれているから大丈夫!

 

そしてその時は来た。

現れた魔物大型犬の魔物で見るからに十体以上は居るように見える。

 

「正人、大丈夫か?流石に魔物の数も多いし俺達も…」

「ご心配なく…問題なしです。アリサ…相手は犬だが…大丈夫か?」

「私が犬好きだからって舐めないで!それぐらい割り切ってるわよ!!」

「そうか…」

 

敵を目の前にしても軽い口を叩く正人くんとアリサちゃん、そんなやり取りを少し気が抜けているのでは無いかとメルド団長も肩を竦めて注意しようとした直後、正人くんの声質が変わった。

 

「アリサ!前方にいる魔物を四体ほど抑えてくれ!すずかは初級の氷魔法でアリサの援護!俺とハジメは抑えきれない魔物の処理だ!敵魔物は強靱な牙を持っている!噛み付かれたら一溜まりも無いので注意!」

「「了解!!」」

「りょ、了解!」

 

先程まで軽く話していた正人くんが一変して凜々しく見え、鋭い眼光と共に矢継ぎ早にアリサちゃん達に指示を出しアリサちゃんとすずかちゃんは二つ返事で了承し南雲くんは少し狼狽えながらも返事をする。

そして周りのみんなはというといきなり雰囲気が変わった正人くんの覇気っていうのかな?そんな迫力にやられて唖然としている。

しかもそれは魔物も同じで正人くんに対して物凄く警戒しているように思える。

 

そしてまず前衛のアリサちゃんが大きな大剣を一振りで2体の魔物を切り裂く。

でもアリサちゃんしかいない前衛はやっぱりそれほど多数は抑えきれない。そのためノーマークの魔物がアリサちゃんに襲いかかる。

だけどアリサちゃんに魔物の牙は届くことはなかった。

 

「氷の矢よ敵を穿て! 氷矢!」

 

そう詠唱するのは後衛のすずかちゃん、耳に付けているイヤリング型のアーティファクトで氷の魔法は強化されていることで氷の矢は魔物を凄い勢いで貫いていく。

 

「すずか、助かったわ!」

「アリサちゃんは目の前に集中して!フォローは私がやるから!」

 

信頼しきっている会話にアリサちゃんとすずかちゃんは更に奮起だけれど前衛を抜けて正人くんと南雲くんの方にも敵はやってくる。

 

「き、来た!」

「ハジメ、あの孤立している一体相手が出来るか?やり方は自由だ……出来るか?俺は固まってる3体をやる」

「う、うん!」

 

接近する魔物に怖じ気づく南雲くんだが正人くんはいたって冷静、そんな南雲くんに少し距離のある魔物一体を任せるというと並列して正人くんに向かってきている魔物に向けて弓を構え矢を引いて放った。

放たれた矢は正人くんの持つ弓のアーティファクトの力で風が纏っていて凄い勢いで魔物の眉間に直撃し一体を倒す。

驚くのは此処からだ。

正人くんは矢を放った直後、迫る魔物に向けて駆け出していた。

正人くんの天職は弓使い…つまり距離を置いての戦闘が主なのにわざわざ距離を詰めようとする行いにメルド団長を含め、顔を強ばらせる。

 

「っ!」

 

正人くんと魔物がお互い間合いに入り、狼二体が地面を蹴って正人くんに噛み付こうとする直前正人くんが地面を蹴って飛び込み魔物の真上に飛び越えていく。だがそれだけでは終わらない。

 

「っ!」

 

真上を飛び込んでいる間に矢を持ち弓を構えている正人くんは敵の背面を狙いほぼゼロ距離射撃でまた一体倒す。

残り一体となった狼も背中を飛び越えて背後へと回られたことにUターンしようと足を止めたがそれ以上に正人くんの反撃の方が早かった。

二体目を倒した後飛び込む形の姿勢を空中で一回転して立て直し上手く地面に着地、飛び込みの勢いで着地してもブーツが火花を散らすほどの摩擦を起こしながら滑るがその間にも最後の一体を狙おうと矢を取り出してすぐさまに照準を合わせて射撃

魔物が足を止めた時には既に矢は魔物の目の前、避けることなど出来ずに三体目も正人くんの前に倒された。

これだけのことが僅か数十秒という出来事…

昔から正人くんの家の物置にある弓を使って遊んでいたのは知っているから正人くんが弓の扱いについてはこの中で右に出る人はいないことは知っている。でもここまでとは思えず私は言葉を出せずに絶句した。

ただ一つ言えること……正人くんの実力は私達より既に格段上にいるということだ。

 

そんな正人くんにみんな釘付けになっているが、狙われていたのはもう一人いる。

 

「錬成!」

 

南雲くんだ。正人くんはあの時一体だけ南雲くんに任せていた。

目前に迫ってきている魔物に南雲くんは錬成で目の前に落とし穴を作り出すと避けきれなかった魔物は落とし穴に落ちていき、動きを封じると持っている剣で確実に仕留める。

他とは違い地味だけど錬成師ならではな戦い方に、メルド団長や騎士団のみんなは感心していた。

そして魔物は南雲くんが倒した一体が最後でもう周りには魔物の姿は無い。

 

「状況終了……お疲れ」

「何とかなったわね」

 

周囲を警戒し敵が居ないことを見計らうと漸く警戒を解いた正人くんはアリサちゃん達を労うとアリサちゃん達も警戒を解いて一息を付いた。

 

「よし!良くやったぞ、お前達…だが、正人……何故弓を使うお前がわざわざ距離を詰めたのだ?」

「え?ああ……つい体が反応を……」

「司令塔なのだから無闇に近づくな……よし!先に進むぞ」

 

メルド団長に体が反応して距離を詰めたと供述する正人くんに少しお叱りを受け、気を取り直してまた私達は先へと進んでいく……これならきっと大丈夫だと私はそう思った。

 

 



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9話

 

 

正人SIDE

 

俺達の戦闘が終わった後も順調に階層を降りていき、次は今回の終点である20階層。今はその上の19階層で一時的な休息を取っていた。

演習で張り詰めすぎるのは良くないためにメルド団長が労ってくれたのだろう。

 

「ほら、ハジメ、これ飲んどけよ」

「ありがとう」

 

俺達も準警戒態勢で休憩中、いくら労われても此処はダンジョン内なのは変わらないために警戒を解くつもりも無かった。

アリサとすずかも少し離れて二人して談話中……内容もいつもの女子らしい話では無く、先の戦闘での反省会といったものだった。

 

「そういえば、正人くん、どうしてあの時、矢を放った後相手に接近したの?普通は距離を取らないといけないのに……」

 

ハジメはどうやらメルド団長にも指摘された距離について気になっていたようだ。

 

「メルド団長にも言ったけどつい、反射的にだよ」

 

誤魔化してはいるが嘘でもない。

元々7年前の闇の書事件で染みついてしまった戦闘法で矢を射かけ追撃するように弓から双剣に変えて切り裂くという基本的な戦術。

しかしオリオンが無いためにその戦術は使うことはそれを思考が考える前に体が反応して先のような感じになってしまった。

オリオンが現状無い以上、矯正しないと駄目なのだが……中々難しそうだ。

 

「うーん、何か違う気がするけど……正人くんがそういうならそうなんだよね」

 

そう悩んだ顔で首を傾げるハジメ、以外に鋭いが確信までいっていないのでほっとしていると、再びあの気配を感じた

 

「っ!」

 

憎悪に満ちた視線……広間で感じた憎悪より更に研ぎ澄まされていて体が反射的にびくつくが今度は平常を装い気付いていないように振る舞う。

この憎悪がまた来るであろうと見越していただからこそどこに誰がいるのかは把握していた。

今度は逃さない。そう俺は憎悪が感じる方向と頭の中に叩き込んでいた全員の位置をすりあわせて憎悪をぶつけているのかは誰なのかを絞り込む。

 

「……なるほど大体絞り込めた」

「この嫌な視線が誰か分かったの?」

「ハジメ?まさかハジメにも向けてきてるのか?」

 

俺だけだと思っていたがまさかハジメにまで……

もう大凡は特定出来たために視線に気付いた素振りを見せて視線を消すと再びハジメと話し合うがアリサとすずかも2人で話し合っていた話を打ち切り、視線の正体か気になるのか目線を俺に向けていた。

 

「檜山達だ……感じた方向から大体は割り出した。ただ視線は一つだからその誰かまでは……」

 

檜山達の4人の中の誰かまでは絞り込めたがその中の誰かというのはわからない。

 

「またあの4人なのね……わかったわ、その4人をマークして警戒しておけば良いのね?」

「ああ、何もしてこなかったんならそれでいい……もし何かをしてくるんだったら……遠慮なんてしない」

 

そう断言し、アリサ達もそれに頷くとメルド団長から休憩の終了の号令の声が聞こえて俺達も緩んだ気を確り整えると迷宮の奥へと行軍を始める。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合入れろ!」

 

遂に今回の終点である20階層へと足を踏み入れ、メルド団長が号令により一層、気を引き締めさせようとするが、やはり何処か余裕といった表情が浮き彫りに見える。

 

「正人、少しこっちに来い」

 

そんなクラスメイトの状況を眺めているとメルド団長からの呼び出しでメルド団長の元に向かう。

 

「えっと、何かありましたか?」

「呼んだのは他でもない。此処からは今組んでいるパーティーで戦うのでは無く。他のパーティーのバックアップを頼みたい。」

「メルドさん!?そんなことをしなくても俺達は…」

「自惚れるな、これはあくまでも措置だ。正人には不味い状況にならない限り手は出させん…それで良いな、正人」

「…まあそれで問題なければ」

 

メルド団長の提案に一個人としての感情は押し殺し承諾する。

といっても次に組むパーティーのリーダーである天之河は全然いい顔をしていないのだが…かなり先が思いやられそうだ。

周りに見られないように溜め息を吐き、天之河パーティーのバックアップを任されたので香織の隣に立ってメルド団長の後ろ歩く。

道は狭く横列の布陣を縦長に変えなければならなかった。

そんな通路の途上、俺達は足を止め素早く戦闘態勢に入る。俺とメルド団長は魔物がいることに気付いているが他は止まったから、魔物がいることに気付いたようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルド団長の忠告が飛び、天之河達は辺りを警戒するとせり出ている壁が突如として変色して動き出す。

姿はさながらゴリラで擬態というカメレオンの特性を持つゴリラだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

メルド団長からの忠告が飛ぶ、今回、前に出るのは天之河達、俺も香織達と同じく後衛の位置でいつでも迎撃できるように待機している。

 

前衛の3人、まず壁役の坂上がロックマウントの攻撃を捌き、天之河と雫が囲もうと動くが道幅は狭く上手く囲えない。

しかしロックマウントも同じ坂上がどっしり構えているために崩せないという状況。

見事に膠着状態ではあったがそれは直ぐに崩れた。

後退するロックマウントに詰め寄る天之河達しかし、ロックマウントの咆哮が天之河達を襲う。

あの咆哮は図書館の資料で読んだことがある

あれは威圧の咆哮…喰らった相手はしばらく動けなくなるだったか

しかも悪いことに前衛が全員行動不能に…これは手助けした方が良いかと思った矢先、ロックマウントは前衛を突破してくるわけでも無く。横にある岩を持ち上げてこちらに向けて全力投球。

天之河達の頭上を飛び越え飛来する岩石…横にいる香織達も準備している魔法で迎撃しようとしているが……多分気付いてないんだろうな……飛んできている岩は擬態しているロックマウントであることに

俺は魔力感知であれが擬態したロックマウントであることは見破っている。

生憎、危うい状況にならなければ手も口も出せないので俺は構えているだけ……

さあ、どうするのかと見物しているとついに飛んできている岩であるロックマウントが動き出した。

両手を大きく広げ、何故か目が血走り、鼻息も荒い……まるで三世ダイブのようにそれを見た香織達が放とうとしていた魔法を中断して怯えている。

それを見てこれは駄目だと溜め息を吐くと構えていた矢を放った。

勿論狙いはぶれずにロックマウントの眉間に直撃、ヘッドショットで一撃死だ。

ロックマウントの亡骸はそのまま地面へとダイブ、その後ぴくりとも動かない。

 

「…すいません、メルド団長…状況が状況だったので手出しました。」

「いや、良くやった正人…それとな…怖じ気づいて魔法中断してどうする」

 

一応、手を出したことをメルド団長に謝ると、逆に良い判断だったと誉められるが香織達は魔法を中断してしまったことを指摘されしゅんと落ち込んでいる。

 

「あう~正人くん助けてくれてありがとう」

「どういたしまして…でも本来俺が手を出してる時点でアウトだからな。次は気をつけろよ」

 

香織がお礼を述べると俺も素直に受け取り、その後俺が動いたことを指摘してメルド団長と同じく注意するとまたはいっと落ち込んだ様子の香織、さてこれならまた俺は傍観かな?っと目線を前衛に向けると…漸く動けるようになった天之河達の姿が捉える。

だが何故か天之河がキレている。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

その言葉で大凡香織達が死の恐怖で怯えたと勘違いしているようだ。

その怒りに呼応するように天之河の聖剣が輝きだして俺は血の気が引くと同時にこの場にいる全員に咄嗟に指示を飛ばした。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ 天翔閃!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

「全員!!離れろ!!天之河が大技ぶっ放すぞ!!衝撃による落石の可能性があるために頭上注意!!」

 

その咄嗟の全員に対する指示に動けたのは騎士団と俺のパーティーぐらいで他は訳がわかっていないような顔をしていていた。

天之河はメルド団長の静止も聞かずに上段から聖剣を大きく振りかぶって振り落とすと光の斬撃が見事にロックマウントを両断し奥の壁に激突。

その衝撃で迷宮自体が大きく揺れて天井からはパラパラと破片が振っているが…どうやら幸運にも落石にはならなかったようだ。

 

「あの…バカ…周りのこと気にせずに…!」

 

流石にこれは見過ごせない。仮にもリーダーならなおのことだ。

そんなことを思っているが当の本人は脅威が去ったこれで良いとこっち…正確には香織達に笑顔を向けているがその前にメルド団長の拳骨が下された。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

 

流石の天之河も珍しく反省の色を見せており、自覚してくれたようだ。

そして香織達も天之河の元へ向かっていくのを俺も付いていき、するとメルド団長がこちらに顔を向けてくる。

 

「正人……光輝達の動きを見てどこが悪かったか…いって見ろ」

「え?良いんですか?」

 

その問にメルド団長は構わん、戦いの後の反省会のようなものだと言い切ると俺も今回は言いたかったのでお言葉に甘えて遠慮無くいわせて貰う。

 

「まず、天之河の大技の件は言わずも知れていることだが……2つほどダメ出しするところを言うと……1つは後衛が魔法を中断してしまったこと……もう一つはロックマウントの固有魔法を受けて前衛が全員一時的とはいえ行動不能に陥ったこと……この2点だな」

「それは……言い得て妙すぎて……反論できないわ」

「だ、だが…囲もうにも道が狭かったんだ!あれじゃあどうすることも……」

「天之河達がその気になれば瞬殺できていた……囲む意外性にも方法はいくらでもある。まず坂上が敵の攻撃を捌き敵の体制を崩す。その後坂上は後退して入れ替わるように雫と天之河が切り込めば倒せていた」

 

俺が言うダメ出しに雫はうっと指摘されている部分がよくわかるようでぐうの音も出ない表情。天之河は俺に言われるのが嫌なのか苦し紛れに反論するがそれをまっとう正論で論破して頭の中で組んだ戦術を口にすると天之河は最早言葉も出せなかった。

 

「それと後衛の件に関してはこれからもああいう後衛攻めもあり得ると仮定することだな……一々怖じ気づくと正直話にもならなくなってくるし」

「う~ごめんなさい」

 

後衛の問題に関しても一々怯えて魔法がキャンセルされては話にもならないために注意すると香織は図星だとわかっているために一層に落ち込む。

 

「そういえば正人…あなた投げられたロックマウントについてあんまり驚いてなかったけど…気付いていたの?」

「ああ、戦闘に入る前からな」

「なっ!?ならどうして教えてくれなかったんだ!?」

「天之河…俺からは口出しは出来なかったのわかってるよな………それにお前気配感知と魔力感知、両方持ってるのに気付かない方が可笑しいんだよ!もう少し目で見えるものだけじゃなく気配にも気をつかえ!」

 

雫が俺がロックマウントに眉一つ変えずに撃破したことに薄々気付いていたのではと指摘すると俺は正直に答える。

それに対してまた天之河がくいついてきたがこれも論破。

 

言いたいことは全て言ったために香織達が天之河を慰めているのを見ているとふと香織が天之河の攻撃で露出した壁に生えている鉱石に目を囚われる。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

青く光る鉱石に香織は目を奪われているようで香織が指を指した方向…鉱石の方向に全員の視線が向くとメルド団長が興味深く、鉱石について説明する。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石…メルド団長の話によるとどうやらイヤリングや指輪などの女子にプレゼントする装飾品などで人気のある宝石とのこと……

青白く光るグランツ鉱石に女子達はうっとりしていて香織も素敵っと口から零すとチラチラと俺の方を見て頬赤くしている。

俺にどうしろと?っと内心危険なトラップの可能性を考慮して取りには行かない俺だが……他の男に限ってはそうというわけではない。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そういったのは檜山だ。

檜山はグランツ鉱石に向かって走りだし崩れた壁の瓦礫を登っていく。

勿論メルド団長はトラップの可能性があるために静止させたが檜山の奴は聞こえないふりをしてグランツ鉱石に目指す。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」 

 

メルド団長と騎士団員の話に俺は青ざめた、咄嗟に檜山を止めようとしたがもう遅い、檜山はグランツ鉱石に手を当てるとトラップが作動。

魔法陣は部屋全体に広がり輝きが増しているのがわかる。

しかもこれは恐らく転移術式…俺達は何処かへ飛ばされるということだ。

勿論安全な場所とはほど遠い危険な場所に…

咄嗟にメルド団長は後退を指示するが時既に遅し…

俺達は光包まれ…転移トラップに巻き込まれた。

 



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10話

 

転移トラップに巻き込まれた俺達は一瞬、足に地面が付かない浮遊感を感じた後、直ぐに足が地面に着いた感触を感じる。

眩い光も治まり始め、俺は直ぐに辺りを見渡す。

俺達がいるのはどうやら橋の中心辺りで、殆どのクラスメイトは尻餅を付いており前衛タイプの天之河達やメルド団長を筆頭に騎士団は既に辺りを警戒している。

先程以上に張り詰めている空気…それで此処は不味いと直感。直ぐさまにメルド団長に言おうとしたところ同じことを考えていた。メルド団長が直ぐさまに撤退を促す。

 

その号令にわたわたと慌て出すクラスメイト達。しかしこのトラップそれだけで終わらなかった。

撤退する上層に続く階段側に魔法陣から大量の魔物が出現、さらに奥に進む通路がある反対側からはそれとは比べものにならないほどの大きい魔法陣から巨大な魔物が一体出現。

 

その巨大な魔物を見てメルド団長は唖然とした声でその魔物の名前を呟いた。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 

状況は最悪と言って良かった。

退路である階段側は百を超える数え切れないほどの骸骨戦士…トラウムソルジャー達によって阻まれ…

反対側はメルド団長によるとベヒモス…書物で見た歴代最大階層である65層にいると言われる魔物が居座っていて。俺達はその橋の中心で板挟み状態という状況……予想はしていたケースだが……敵の強さまでは視野に入れて無かったことを悔やむと同時にベヒモスが咆哮を上げた。

この空間に響き渡るベヒモスの雄叫びにメルド団長は正気に戻り急いで指示を出した。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!正人、後のことは全てお前に任せる!頼んだぞ!!」

「っ!」

 

矢継ぎ早に指示を出すメルド団長、最後に俺に向けて言った言葉に俺は顔を強ばらせた。

後は任すつまりは有事の際の指揮権の譲渡するという出発前にメルド団長が告げたあの言葉を意味する。

そしてメルド団長達は今……自らを捨て石にして俺達を救おうとしている……

考えていなかったわけではない……元々そういったことも想定してシミュレートの時もメルド団長達騎士団の数は入れていなかった。

分断され……もしくは囮となってたという前提条件で……

だが現実に直面してはいそうですかっと俺も割り切るわけにはいかない。

 

「っ……!!」

 

今すぐにでもメルド団長の元へ加勢に向かいたい……加勢してベヒモスと戦えるのは恐らく俺だけであるのは間違いないから

俺が全力でベヒモスに当たれば倒すことも出来るかもしれない。しかしそれはメルド団長はいい顔をしないだろう。

それは何故か…理由は俺が持つ魔力操作…またはリンカーコア保有者であることが起因だ。

この世界では魔力操作を使えるのは魔物だけという限定されていて、不用意にその力を使えばたちまち周りは俺のことを人間と見なくなるということだ。

別に俺1人が被害に遭うのであればそんな忠告も無視して全力で戦うのだが…そうも行かない。

その被害が俺だけではなくアリサやすずか、そして香織や他のみんなにも飛び火したら…そう思うと思うように動けない。

 

またあんなことは二度とごめんだ…

だからこそ俺は本心を殺し最善を打つ。

 

だがしかし現状は最悪と言って良い。

トラップによる挟撃にクラスメイトはパニック状態、まとめ役の天之河は情に流されて…未だにメルド団長の元にいてだだをこねている。

そんなことをしているうちにベヒモスは咆哮を上げて突進してきていた。

こんな狭い道幅では回避することも通常では困難。

だがベヒモスの方にはメルド団長と騎士団がいる。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず 聖絶!!」」」

 

使い捨ての紙に描かれた魔法陣を触媒に発動する多重障壁、それによりベヒモスの突進を受けきるがその衝撃で俺達がいる石の橋が大きく揺れて撤退中のクラスメイト達もその振動で転倒する者達が相次ぐ。

前門に大群の魔物、後門には破格な魔物という逃げ場もない戦況、クラスメイトの殆どは恐怖心で訓練で身につけたものは何処へやらとパニックに陥っている。

 

どうするかと悩む俺に目先でクラスメイトの女子…確か、園部優花が転倒していて目の前にトラウムソルジャーが一体…

それを見てしまったとき俺は考えるより速く。体が動いていた。

恐怖で動けない園部とトラウムソルジャーの間に割り込み零距離で矢を放ち。撃破

思考で考えて動いたというより、体に染みついた技法で勝手に動いたと言ったほうがいい。

 

「……何、うじうじ悩んでいるんだか……俺は…」

「あっ……」

「無事か園部…」

 

そういって園部に手を差し伸べる。

園部も俺の手を摑み、手を引いて立たせると辺りを見渡す。

先程と変わらず。混乱しているのは変わりは無い。

その中で混乱せずに戦えているのは騎士団を除けばアリサとすずかぐらい…

そんなことを考えているとハジメがこっちにやってくるのがわかる。

 

「正人くん!」

「ハジメか…無事で良かった……」

 

この乱戦状態でも尚、未だに冷静さを保っていたことに驚く中、ふとベヒモスの居る場所を見る。

 

そこにはベヒモスの突進を死力で守るメルド団長率いる騎士団とわがままに残っているあの天之河(バカ)とそれに同調しようとして居るであろう坂上、その2人を止めようとする雫にどうすれば良いかわからない香織の姿がある。

 

こんなときに限ってリーダーがあんなわがまましてもらうと困る。直ぐにでも強引に行って連れ戻したいのだが生憎、階段の敵の対処でいっぱいいっぱいだった。

 

ならハジメに頼むかと矢を携えて放ち前方のトラウムソルジャーを風を纏った矢が何体か貫く中そんな考えをしているとハジメから意外な言葉が飛び出した。

 

「正人くんは天之河くんの所に行って!」

「ハジメ!?今の状況わかってるか!?とてもじゃないが……」

「わかってるよ、けど僕が行ったところで多分何も出来ないから…それなら正人くんが行った方が良いに決まってる」

「だがな……」

「何うじうじしてるの!」

 

ハジメの言葉に一理あると自分でも思うがそんな身勝手なことをするわけにはと自分を押し殺そうとしたが別の声に遮られた。

 

その声のする方を見ると、そこにはアリサがいた。

大剣を振るい何体もトラウムソルジャーを一気に倒す中、息の荒らくしながら目は俺に向けていた。

話している余裕などないのだがそこはすずかがフォローしてアリサに敵を寄せ付けていない。

 

「いつまでも守られてる側じゃないわよ!!正人の穴はあたし達でちゃんとカバーしてやるわ!!だから……行きなさい!!」

「……アリサ……」

 

そうだな…俺は何処かでこいつら全員を守らなければと自身に課せていたのかもしれない。

そうだ、アリサ達も今は自衛できる。

少しぐらい自分を優先しても…良いよな?

 

そう思うと意を決した俺はアリサ達に指示を出そうと口を開けた。

 

「アリサ、すずか、ハジメ俺から言う言葉は一つ……絶対に死ぬな…必ず誰も死なせずに生き残れ!!」

 

自分でも言っていて相当無茶な発言をしていることはわかっているのだが、3人とも苦笑いを浮かべて俺の指示に答えた。

 

「「「了解!!!」」」

 

迷うことのない言葉に俺は頰を釣り上げる中、未だに放心状態である園部を見た

 

「園部」

「ひゃ、ひゃい!」

 

声を掛けると何故か可愛らしい返事をする園部…此処が戦場であることを忘れているのだろう……なんとも間の抜けた声だった。

 

「園部は自分のパーティーを何とかしてくれその後上手く防戦しておけばいい、俺が天之河を連れてくるから問題ない」

「わ、わかった」

 

園部に手短に作戦の趣旨だけ伝えて理解してもらうと俺は全力で香織達の元へと走る。時間は余りない。

 

 

香織SIDE

 

私は……どうすれば良いのだろう…

頭の中は混乱と恐怖でいっぱいだった。

檜山くんの行動で罠にはまってとんでもない場所に転移させられ目の前には私達が戦ってきた魔物より比べものにならないぐらいに強そうな魔物が私達を襲ってきた。

今は団長さん達が守ってくれているけど多分時間は余りない。

この障壁も長くは続かない私にはそう思えた。

 

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

自分も防御に参加し私達を逃がそうとする団長さん、だけど光輝くんはそれを拒む。

多分此処で逃げれば囮になった団長さん達は助からない。だけどこの魔物を野放しにすれば私達もただじゃ済まないのも目に見えていた。

 

「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

雫ちゃんは状況がわかっているみたいで光輝くんの肩を摑み諌めようとするけど龍太郎くんの言葉に助長して戦うことへの気持ちを強くし雫ちゃんは舌打ちをする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

声を荒げて叫ぶ雫ちゃん、わたしはそんな状況を見ていることしかできなかった。

こういうとき…正人くんならどうするだろう…

自然に自然は目の前から後ろへと移るとこっちに向かってくる人物を見て目を大きくした。

それは私が今思い浮かべた人物…正人くんだったからだ。

 

「天之河!!」

「なっ!?八坂!どうして君が!?」

 

予想外な人物の登場に光輝くんの意識も正人くんに向く。

そして付いた瞬間に正人くんは直ぐさまに私達に声を掛けた。

 

「直ぐに階段方に来い!お前らが来ないせいで戦線が押したくても押せない状況なんだよ!」

「っ!いや、こいつを倒してからだ。それから後ろの魔物も…」

「そんな悠長な時間があるか!!」

 

私達が此処にいるから押し切れないっと主張する正人くんに光輝くんは先ずは目の前の魔物を何とかしてからと言うがその途中で気迫に満ちた声で光輝くんは押し黙った。

 

「状況が見えてないのか!?後ろはガタガタいつ犠牲者が出ても可笑しくない状況だ。そんな状況でお前のわがまま一つで事態を深刻化させるな!!」

 

指を指し事態の深刻を認識させようとする正人くん、それには光輝くんもぐうの音も出ないようだが、それでも光輝くんは認められなかった。

 

「じゃあメルドさん達を見捨てろって言うのか!?そんなこと俺には……「ああそうだ」」

 

それは前で魔物を抑えてくれている団長さん達を見捨てると同じことだと主張する光輝くんだけど、そこでまた暗く重い声で光輝くんの言ったことを肯定した。

 

「忘れたか、天之河、俺はこの世界の命運なんて興味なんてない。俺はクラスメイトを元いた世界に帰すために動いているんだ。」

 

鋭くなった目つきと重い声、その二つで私は金縛りにあうように体が硬直し、

正人くんは利き手の右手を力強く握り締める。

 

「大体、メルド団長もそれを見越して有事の際の指揮権を譲渡したんだ。今回ばかりは俺の指示に従ってもらう」

 

横暴にも聞こえるそれは何処か正人くん自体にも言い聞かせているような気がしてならない。

そんな風に見える中龍太郎くんも雫ちゃんも何も言えず。ただ光輝くんはそれでも俺はっとまだ諦めきれないのか、反抗的な目で正人くんを見ていると団長さんから叫びが聞こえた。

 

「下がれぇーー!」

 

その叫びと共に遂に障壁が砕け散る。

暴風とも思える衝撃波が迫り来る中、正人くんが前に立ち、私を衝撃波から庇ってくれる。

衝撃波が収まると周りを見て思わず私は叫んだ。

 

「光輝くん!雫ちゃん!龍太郎くん!!」

 

衝撃波をまともに受け、起き上がれない友達の姿。

団長さん達も光輝くん達と同様動けない。

私は正人くんが守ってくれたから大丈夫だったけど、動けるのは私と正人くんだけとなっている。

こんなの……打つ手なんてない……

私の心は迫り来る圧倒的な脅威に絶望していた。

どうして……どうしてこんなことにっと少し前の楽観的だった私を怨みたくなるくらいだ。

もう私達は助からない……そう思うとふと私は正人くんの背中を見る。

死ぬぐらいならいっそ…

正人くんにずっと言えなかった私の心中を打ち明けようと口を開けようとしたとき、はあっと言った溜め息が溢れる。

溢したのは正人くんだった。どうしてと疑問が沸くが顔を私に向けると何処か寂しそうで困った顔をしていた。

 

「どうやら……生き残るにはこの選択しかないみたいだ。1番最善で……そして1番危険な選択を」

 

そういって立ち上がった正人くんは何処か覚悟を決めた顔つきで前に居る魔物を見据える。

 

「香織、俺が時間を稼ぐその間にメルド団長や天之河を回復して後退してアリサ達と合流退路を確保してくれ」

 

正人くんは淡々と指示を飛ばし持っている弓の弦と矢筒の中の矢の本数を確認。

そんな正人くんを不安がりながらも何処か安堵する気持ちが湧いてきた。

 

「メルド団長には後で色々と言われるだろうな……」

「え?」

 

どうしてそこで団長さんが?っと正人くんから口に出た名前に目を丸くするが雄叫びを上げた魔物が遂に突進してきた。

 

もう誰も守る人もいない、まず始めに死ぬのは私達だろうと思った矢先、正人くんが魔物に立ち塞がり右手を突き出す。すると無詠唱で見たこともないシールドを張って魔物の突進を防いで見せた。

突然のことで戸惑いを覚える私、しかし正人くんはまた私を名前で呼ぶと正人くんに任せられた指示のことを思い出し近くにいる団長さんのもとへと向かおうとする。

そんな最中、私は正人くんに声を掛けた。

 

「正人くん!死なないでね」

「…誰に言ってる…俺は死なないさ…死ぬわけにはいかないからな」

「?」

 

かっこつけているようにも思えるその言葉には何処か正人くんの悲痛な何かが見えたようなそんな気がした。

 



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11話

な、長かった…
オリジナルを入れると1週間もかかるとは…思わなかった。
此処から原作ブレイクします!どうぞ!!


同時刻…オルクス大迷宮とある階層…

 

薄暗い明るさの中、凹凸が激しい岩肌をつたいながら彼女はゆっくりとした足取りで奥へと進んでいた。

時々彼女の歩く体勢が僅かに崩れることからかなり弱り切っていることも目に見える中…彼女はある場所へと向かっていた

 

「早く…伝えなければ…」

 

掠れた声だがその声質はどこか凄まじい気迫が込められていた。

彼女がどこに向かっているのか…その先に待つものを知るのは…あと少し…

 

 

 

オルクス大迷宮65階層にて…100を越えるトラウムソルジャーとパニック状態に陥った異世界転移組+αの乱戦が未だに起きている中、ベルカ式のラウンドシールドでベヒモスの突進を抑える正人。

だがその顔は何処か優れていなかった。

別に正人が抑えるのに必死になっているわけではない。

ただ単にこれからのことを正人は考えていた。

メルドから言われていたとおり、正人は本来使ってはいけない無詠唱で魔法を公に行使してしまった。その場は大事にはならないのだが後々めんどくさいことになることは明白だった。

しかし最早それ以外今、全員が生き残る術がない。

 

「天恵よ、遍く子らに癒しを 回天」

 

そんな正人がベヒモスを防ぐ中、少し離れたところにいる香織が回復魔法、回天を唱えメルドを始め近くに倒れている光輝達全員の怪我の治療を開始した。

回天は1人ではなく複数人を回復する魔法…倒れている仲間が複数人居る今この魔法は1番この状況に適していた。

香織の魔法で回復して次第に立ち上がるメルド達、そしてメルドはいち早く現状を改めて確認し正人が魔力操作を使っていることに目を大きくして驚いた。

 

「正人…お前…!」

 

あれだけ注意して、自分達がいなくなったときのことも任せていたというのにも関わらず、正人は力を使ってしまった。

しかしメルドはそんな正人を責めることはできなかった。彼がその力を使った理由は紛れもなく自分達にあるのだから

もう少し持ちこたえられればと自分達の実力を悔やむメルド、そして他の回復されていた面々も立ち上がれるほどに回復すると一同にベヒモスを防いでいる正人にメルドと同じく驚いた目で見ていた。

 

「な、なんだよあれ…」

「ま、正人?その力は一体」

 

龍太郎と雫が唖然とした声を上げる中、正人は意識をベヒモスに向けながらもメルド達に向けて話し始める。

 

「回復できたみたいだな…ならさっさと立って退路を確保!!ベヒモスは俺が抑えておく!」

 

早く!っと迷いのないその声に二人は頷き返事をしたがここに来ても彼は納得できなかった。

 

「そんなこと、できるはずがない!」

 

そういって正人に食ってかかったのは光輝だった。

それを見越していた正人も予測通りの言葉に少し頭を痛めるが予想していたことで直ぐに言葉返した。

 

「だから!そんな悠長なこと言っている場合か!坂上!雫!天之河…いやもう天之河(バカ勇者)でいい!力ずくでも良いから連れて行け!」

「バカとは何…は、離せ雫!龍太郎!俺は八坂に話が…」

「そんなこと言ってる場合!?さっさと行くわよ!」

「あっちもやばそうだし急ごうぜ」

 

わがままをいう光輝に正人は一切の慈悲もなく下した命令に龍太郎も雫もクラスメイトを助けるために正人の命令に素直に受け入れて二人がかりで光輝を下がらせるとメルド達もまた正人に頼むと一言だけ言って去って行き、そんな中、香織だけはまだ残っていた。

 

「香織、香織も早く…」

「正人くん…手見せて」

「…手?なんだよいき「いいからはやく!!」お、おう」

 

鬼気迫る、鬼の形相の香織の気迫に押され手を見せようとするが突き出している右手を戻せばシールドも解除されるために今はそれができなかった。

しかしこのまま見せないのも香織が納得するわけもないと少し頭の中でどうするかと考える正人は直ぐに次なる手を打った。

 

弓を持つ左手を使うため、一度弓を地面に落とし左手を使えるようにすると正人は左手の手の平に小さいベルカ式の術式を展開、すると前方のベヒモスに突如として出現した紺色の鎖により縛られる。

これにより先程から衝突していたシールドを維持することも無くなり右手を香織に向けて突き出すとようやく正人は香織がそこまで言っていたのかを理解する。

 

手の平を開けた右手は普通の肌色ではなく赤く染まっていた。

正確に言うと手の平に傷ついている傷から血が滲み出ている。

一体何故と傷ついていたことに気付いていなかった正人は少し思い返そうとするも直ぐに香織がその疑問を解消する。

 

「私達に怖い声で命令したときだよ。握り締めてたときに爪を立ててたんじゃないかな?天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん 天恵

香織に指摘されると確かにと思い当たる節があった正人、無意識ながらもそんなことをしていたのかと自分で驚く中、香織は正人の手の平の傷を回復させる。

 

手の平に付着している血は採れるわけもないが傷を直ぐに塞がれて、正人はありがとうっと短くお礼を言い。そして視線をベヒモスの方に向け香織に光輝達の元に向かうように促すとやはり躊躇いもあるがこれ以上何も出来ないのも理解できていたために口惜しい気持ちを抑えながら、正人の元から離れていった。

 

「さて…アリサ達が退路を確保するまで時間稼ぎをしないとな」

 

そう意気込む正人は遂に砕け散ったバインドにより自由を取り戻したベヒモスを見て次なる一手を打ち出した。

 

そしてベヒモスに対して時間稼ぎをする正人の後方…光輝が来るまでの足止めをしているアリサ達

アリサ、すずか、ハジメ、そして正人が助けた優花の奔走の甲斐もあって、未だ死者は0

だが長期戦に縺れ込むに連れて地の利的にも物量的にも上のトラウムソルジャーの大群の方が有利になっていくのは目に見えていた。

 

「燃えさかれ! 火焼閃!!!」

 

アリサは短い詠唱をすると燃えさかる炎を纏った大剣を横に一閃しトラウムソルジャーを4体を一気に

切り裂く。

 

「きりがない!すずか!そっちは大丈夫!?」

「大丈夫!南雲くんは!?」

「僕も一応大丈夫だよ!」

 

アリサの近くにいるすずかとハジメに生存確認し眼前に見えるトラウムソルジャーの群れを見ながらきりがないと吐き捨てる。

3人とも死なない程度とはいえちらほらと衣服が切られて浅い切り傷もちらほら見えた。

ならば回復魔法が使えるすずかに治癒を頼めば良いのでは?っと思うがそう簡単にはいかない。

確かに才能があるすずかは使えるには使える。

だがしかし、現在乱戦もあり回復に魔力を割ける余裕などなく多少の怪我は我慢して戦うしかなかったのだ。

そんな満身創痍な状態が続くのかと思いきや直ぐに終わりが来た。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 天翔閃!」

 

その声と共にトラウムソルジャーの大群をまかり通っていく曲線状の光の斬撃

それを目にしたハジメ達は直ぐに事態が好転しているのを理解した。

 

「皆!諦めるな!道は俺が切り開く!」

 

なんとも頼もしい言葉だろうか混乱に陥っていたクラスメイト達に活路切り開ける気力を湧き上がらせる光輝

そしてそれに続くようにメルドもまた頼もしい言葉と共に近づいたところにいるトラウムソルジャーを倒す。

 

「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか!馬鹿者共が!」

 

メルドの叱咤でようやくクラスメイト達も冷静さを取り戻し、先ほどのパニック状態が嘘のように連携しだして、トラウムソルジャーの大群に波状攻撃で瞬く間に倒していく。

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

 

光輝に続くようにアリサや雫、龍太郎といった前衛メンバーがトラウムソルジャーの群れへと切り込んでいく。

瞬く間に階段前に確保したがこの時ハジメはあることに気付いた。

 

「あれ?正人くんは?」

 

辺りを見渡すハジメはその中に正人の姿がないことに漸く気付き、そしてメルドや騎士団が居ることに不自然さを覚える。

メルドや騎士団はベヒモスを抑えていたのを覚えていたために、じゃあ今は誰がっとベヒモスの方向を振り返えり、たった一人で抑えている正人の姿を目にしたのだ。

 

「ま、正人くん!!」

 

姿を見て思わず叫んだハジメ、そのハジメに釣られて他のクラスメイト達も後方の状況を漸く知ることになる。

 

 

「な、なんだよあれ?」

「鎖が巻き付いて、動けなくなってる?」

 

たった一人でしかも訓練にすらまともに受けておらず。自分達より格下と思っていた正人が余裕で抑え込んでいる姿にクラスメイト達に動揺が走る。

そんなクラスメイトにメルドは状況を知らせるために正人の作戦を話し始めた

 

「そうだ!今、正人が1人で、ベヒモスを抑えてくれている!前衛組トラウムソルジャーを近寄らせるな!後衛組は遠距離魔法の準備!正人が撤退するのを見計らって一斉射で足止めをするぞ!」

 

メルドの指示をクラスメイト達は早くこんな場所から逃げたい一心、しかし早くしろっと!メルドの叱咤にクラスメイト達は従うしかなかった。

 

正人の撤退支援の準備を行う中、自分では何も出来ない、ハジメは正人を見守ることしかできず。支援の準備を眺めているとふと不審な動きをする人物を捉える。

 

「…檜山くん?」

 

 

「…もうすぐ、準備が整うな」

 

自分の撤退する支援の準備が着実に行われているのは正人も確認できていた。

正人もバインドが壊れそうになればまた新しいバインドで固定するといった繰り返し作業を片手間にやっていて、クラスメイト達の準備ができ次第動くつもりでいた。

 

(魔力はまだ有り余ってるし、高速魔法を使えば直ぐの距離だが…これ以上手の内は晒したくないからな…)

 

内心では正人はこれからのことを考えていた。

既に公に魔力操作を使ってしまったために言い逃れはできない。

メルドも善意で正人の能力を隠し通していたがもう庇いきれないだろう。

だからこそ早めの行動をしようと正人は内心でこれからの方針を決め、後衛組の準備が完了したのを見計らってもう一度、バインドでベヒモスを縛ると直ぐさま階段へと駆け出した。

 

だが直ぐに状況が動く。

バインドで縛っていたベヒモスが動き出したからだ。

バインドを砕き遂に自由の身になったベヒモスは怒り狂った雄叫びを上げて縛り続けてた元凶(正人)を殺意が増しましで睨みつけている。

その当の本人は逃げることを優先してバインドの構築を甘くしすぎたことに舌打ちを打ち、逃げる速度を緩めずにもう一度迎撃するかと思考するが次の瞬間、メルドの号令が響き渡る。

 

「今だ!撃てぇ!!!」

 

その号令と共に放たれる無数の魔法。それは雨のようにベヒモスに目掛けて降り注ぎ、ベヒモスは動きを鈍らせ正人との相対距離を伸ばしていく。

 

(よし、これなら問題なく…!)

 

逃げ切れると確信する正人、他の全員もそれを確信していた…

だが此処で悪意は牙を向いたのだ。

 

「ここに焼撃を望む…」

 

その不自然さに気付いたのはその言葉を呟いた近くにいたハジメだった。

ハジメはどうしてと意味がわからない表情でその男…檜山を見ていた。

一般的に見ればただ単に正人の援護をしているだけと特に気にはしなかったが、問題点はそこではなく、使おうとしている魔法…火球だったことだ。

 

(どうして…適性の魔法を使わないの?)

 

檜山の適性属性は風…今、放とうとしている火属性ではない。

こんな緊急時に何をやっているんだとハジメは思うが直ぐに転移する前に正人達と話していたことを思いだした。

 

(「檜山達だ……感じた方向から大体は割り出した。ただ視線は一つだからその誰かまでは……」)

 

正人やハジメに殺意を向けていた話…正人はその視線と休憩していた位置から檜山達だということを割り出した。

そして今も不自然な行動をしているのもそのグループ…基、リーダー的な人物。

 

(もしかして、あの視線は檜山くん?)

 

そういった答えを導き出すのも自然だった。

そして今、檜山は不自然な行動に出ている。ハジメも嫌な予感がして注視して見ていると直ぐにそれは檜山の薄気味笑う表情を見て、これから起こるであろうことを直ぐに理解した。

 

「第二射!撃てぇ!!!」

 

「っ!!正人くん!避けて!!!」

 

ハジメは直ぐに正人に聞こえるように大声で叫んだ。しかしもう遅く、メルドの号令と共に二射目の一斉射が放たれたのだ。

その直後ハジメの大声で近くのクラスメイト達は騒然としたがハジメは既に動いていた。

大声と同時にこれ以上、正人にお粗末な悪意を向けられてたまるかと檜山を取り押さえようと駆け出していて檜山も大声に気付きハジメに振り返ったが完全に不意を突かれ、ハジメは全身全霊を使ったタックルで檜山を倒す。

 

「ぐほっ!?南雲!?」

「これ以上!正人くんの邪魔はさせない!!」

「っ!!アリサちゃん!!!」

 

タックルを受け転倒した檜山はハジメに怒りを覚え、周りはいきなりのことで呆然、だがハジメの言葉にすずかは檜山が悪意を持って何かを仕掛けたということを瞬時に理解すると階段前を抑えているアリサに大声で呼び、気付いたアリサも今の現状を見て直ぐに理解して前衛から離脱してハジメの加勢に向かう 。

 

(そうきたかよ!檜山!!)

 

そしてハジメの声は確りと正人の耳に届いていた。

二射目がベヒモスに向かう中、一つだけ不自然にコース変更し自分に目掛けて向かってきている火球が1つ。

正人からも檜山がハジメと取っ組み合いになっているのは見えていて悪意の正体が檜山であったことに気付く。

そしてその悪意の体現しているかのように火球をどう対処すべきか思考する。

高速魔法で避けるか?っと無難な対応をしようと考えたが後々の追求が怖いために保留…

ならばどうすれば良いか、正人は考え…頭の中で直ぐに纏めるともう火球は目の前までやってきていた。

 

「正人くん!!!」

 

後衛組と同じく魔法の準備をしていた香織が危機に瀕している正人に対して悲鳴のように叫ぶ。しかし、香織が想像する結末にはならなかった。

 

正人に向かってきた火球は正人が手を振るい当たっているのにも関わらず力尽くで火球の軌道を逸らし直撃を避けたからだ。

 

それを見ていた全員がまた唖然とする。

正人が何をしたかというと、手に小型のシールドを展開しそれで無理矢理軌道逸らしたのだ。

受けとめるバリア系では防ぐことは出来るが火球を爆発させて足を止めなければならないしフィールド系の魔法も身に纏う騎士甲冑ならさほど問題ないが防御もせずに突っ走ったとあればメルドやクラスメイトからの追及材料になりかねなかった。

故に正人は既に露見しているラウンドシールドの応用を使い檜山の悪意を退けたのだ。

 

そしてその直後、石の橋か遂に限界を向かえた。

ベヒモスの猛攻を耐え続けていた橋に亀裂が走り、橋は決壊

正人もそれに気付き、走り幅跳びの容量で高くジャンプする。

距離ももうそれほど離れていないのでジャンプで無事に足場に着地できそうであった。

 

もちろん、その光景は檜山とハジメも目にする。

檜山はありえないと自らの作戦が呆気なく失敗に終わったことに呆然とし、反対にハジメは正人が無事に生還できることに安堵した。

 

「正人くん、よかった」

 

そんな安堵の声を呟くハジメに今も取っ組み合いをしていた檜山がその呟きで正気へと戻る。

 

「おまえぇぇぇぇっ!!」

「ぐっ!」

 

邪魔をされたことでハジメに殺意を剥き出しで激情する檜山は自分の力を最大限発揮しハジメを押し切って逆にハジメの体に馬乗りとなりマウントを取る。

 

「お前さえ…おまえさえいなければぁ!!!」

 

完全に怒り狂った檜山は持っている曲刀を両手で持ち今にもハジメに振り落とそうとしており、ハジメも死の恐怖から思うように体が動けず周りのクラスメイトはそんな檜山の狂行に悲鳴を上げて愕然とし急いで向かっているアリサもまだハジメを助けるには距離が遠く、すずかも離れているためにハジメを助けられない。

メルドも事態に気付き止めろと声を荒げたが檜山を止めることは出来ない。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

その掛け声とともに檜山はハジメに目掛けて曲刀を振り下ろす。

だがしかしそれは叶わなかった。

なぜなら檜山の曲刀を弾き飛ばしたからだ。

ハジメを助けたのは周りのクラスメイトでもなく駆けつけているすずかやアリサでもなく、監督者のメルドでもない。

 

檜山の曲刀を弾いたのは風を纏った1本の矢だった。

それが檜山の曲刀に当たりその重い衝撃で曲刀が檜山の手元から離れていく。

 

いきなりのことで訳もわからなかったが檜山やハジメは直ぐに理解した。

 

この中で矢を使う人間は一人しか居ない。

檜山は悍ましい顔でその邪魔者を見た。

その邪魔者は滞空しているのにも関わらず冷静に弓を檜山へと向けていた。

 

「八坂ぁぁぁぁっ!!!」

 

その人物は正人だった。

正人はただ単に奈落に落ちないように跳躍したわけではない。

檜山の狂行も正人の考えでは想定内でその狂刃が近く居るハジメに向けられているのも想定していた故にこちらから援護したかったが、走りながらだと弓の照準がぶれる。

その上橋の決壊まで起きて正人は跳躍して滞空状態で檜山の力を無力化するという考えに至ったのだ。

元々魔導士として空を飛び交い、滞空になれきっている正人にとってそんな射撃は朝飯前といってもいい。

 

だからこそ咄嗟に檜山の曲刀を弾き飛ばせたのだ。

そして檜山の狂行を止めるものも遂に檜山を間合いへと捉えた。

 

「うらあぁぁぁっ!!!」

「ぐぺぇ!?」

 

そんなアリサの掛け声とともに大剣は檜山に振るわれる。勿論殺さないように当てるところは刃ではなく剣の腹でだ。

フルパワーの力を使うアリサに剣の腹を叩きつけられた檜山は変な悲鳴とともに五メートル以上、吹き飛ばされ、直ぐにメルドも駆けつけて檜山を捕縛に取りかかる。

 

「南雲、大丈夫!?」

「う、うん、ありがとう」

 

捕縛される檜山を見て、ハジメの安否を確認するアリサはほっとし、滞空していた正人も無事に足場に着地して勢いを前転で殺して立ち上がり、ハジメの元へやってくる。

 

「危なかったなハジメ…全く無茶なことをする。」

「ご、ごめん…でも」

「ああ、ありがとな…檜山の狂行を教えてくれて」

 

少し、ハジメを注意したが助けてくれたハジメにお礼を言う正人、そんなやり取りがある中、正人は檜山を睨みつける。

 

「さてと…脱出前に…やることはやっておかないとな…」

 

そんな重い声で正人は捕縛されている檜山に向かって歩き始めた。

 



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12話

 

「それで…何か言い訳あるか?…檜山」

 

そういって腕を組み眼前にアリサとメルドにより組み伏せられている檜山を見る正人は怒りに満ちていた。

周りはというと正人の放たれている異様な怒気に気圧され周囲からは離れていた。

 

「………別に俺に悪意を向けられたことに対して怒ってるわけじゃない………こんな生死をかける場面で何バカなことしてるんだということだよ」

「バカな…こと…!?」

「ああ、バカだよ……大方、俺が気に入らないからこんな狂行に及んだんだろ?」

 

正人は自分に降り掛かる火の粉に関して苛立っておらず、檜山の起こしてきた行動に正人の怒りはそちらに向いていた。

メルドの静止も聞かずにグランツ鉱石のトラップに引っかかり、クラスメイトやメルド達をを危険にさらした。

当然無視できる事態ではないために正人は淡々と愚かな行為と蔑み檜山を見下ろす。

ここまで言われて檜山も黙ってはいなかった。

 

「ふざけんじゃねえ!!」

 

それは憎悪に満ちた叫びだった。燻り隠しきれていなかった殺意を前面に出し今にも正人を殺したいと言わんばかりに体を激しく動かすがアリサとメルドによってそれは叶わない。

 

「そうやって、何もかもわかってるような顔しやがって!そんなお前がどうして白崎と!」

「………それが俺を狙った理由か?」

「無能なお前なんかが白崎と釣り合うはずがない!なんか脅したんだろ!だから俺が」

「……くだらない」

「なっ!?」

 

まるで俺は正しいと言わんばかりの檜山の言い分に正人は戯れ言と一蹴り。それには周囲も動揺して、トラウムソルジャーの群れを叩き終わり正人達の周りにいた光輝が周りから一歩出て正人に向かって喋り出した。

 

「なんてことをいうんだ!檜山は香織のことが心配だったんだ。それなのにくだらないなんてそんなこと…」

「天之河…少し黙っていてくれないか?」

 

水を差す天之河に間も空けずに注意を入れる正人。それだけ天之河の言葉には予測が簡単と言えるのだろう考える間など一切なかった。だが檜山も天之河の言葉に乗じて正人に食ってかかった。

 

「そ、そうだ!俺は知っているんだぞ!!昨晩白崎がお前の部屋から出ていくのを!きっと無理矢理呼び出したんだろ!」

「そうなのか!?八坂!あれだけ香織に近づくなと…」

「檜山、論点をずらすな…それとようやくわかった。お前の視線が今朝から殺気だっていたのは香織が俺の部屋から出て行くのを偶然見たってわけだ。安心しろお前が想像していることは何もなかった。」

 

論点をずらす檜山に何も動じることなく……寧ろ納得のいった正人はこれ以上、口答えをする檜山に何も言わせないために口を開けた。

 

「檜山……もしかして俺に嫉妬しているのか?」

「しっ、と?」

「ああ、手に届かない高嶺の花である香織に気にかけられている俺のことが、だからこそ、今回消せると思ったんだ。消えたことによる失意の香織を慰めて、あわよくば自分のものにといったところだろう」

 

自分の仮説を述べながら檜山の顔色を見る正人。勿論的確に言い当てている檜山の顔は着実に青くなっており、それがズバリ言い当てられている証拠でもあった。

明らかに言い過ぎている気もするが周りも誰も…否、光輝はそんな正人を非難しようとしたが周りから…というより雫によって止められていた。

正人も本当はここまで言うつもりなどなかった。だがこれから檜山が再び危害を加えることを考えると此処でトドメを刺した方が良いと正人は思い他の全員の安全を考慮して言うしかなかった。

ここまで言えばもう檜山にどうすることもできない。そう感じて正人も此処までに終えようもしたが正人達に近づく足音に気付き正人は振り返ると俯いている香織がゆっくりと近づいていた。

 

「か、香織?」

「………」

 

俯いて顔の表情が伺えないために少し戸惑いの声を上げて香織に声を掛ける正人だが香織はその言葉に返答せずに正人ではなく取り押さえている檜山に近づいていく。

流石に止めようと正人も動こうとしたが動くことはなかった……なぜならどことなく香織から発せられる何かに体が硬直して動けなくなっていた。

 

正人も動くこともなく檜山の目の前にやってきた。そこで檜山はこれが最後のチャンスだとばかりに香織に情けない顔を見せながら叫んだ。

 

「し、白崎!助けてくれ!俺は悪くねえ!八坂の奴が勝手にいちゃもん付けてきやがるんだ!!俺はただ白崎を八坂から離そうと……「………てい」へ?」

 

檜山の悲痛の叫びの中香織が何かを呟いた。檜山も聞き取れなかったのか聞き返している。

そんな香織は未だに俯きながら下唇を噛み、手には力が入っている。

この時ようやく正人は今の香織の心境がわかった。

あれは怒っているのだと。

そして香織は俯いている顔を上げると涙ぐみながら檜山を睨む香織の表情そして言葉と共に力が入った平手打ちが檜山の頰に炸裂

 

「最っ低」

「…………」

 

たった短い言葉だというのにそれは檜山にとって絶大だった。

好いている女性からの1番言われたくない言葉。そんな言葉をかけられれば最早、反抗する意思など完全に砕け散ったのだ。

意気消沈した檜山を見て香織は無言のまま踵を返して檜山から離れていき、場が完全に戸惑う中、話を切り出したのはメルドだった。

 

「そのくらいにしておけ……正人、今は此処で責めている場合ではないぞ。一刻も早く脱出しなければ」

 

メルドの声に加えてどこからか、もういや!という叫び声も聞こえてくる。

正人も改めて周囲を見てみると殆どのクラスメイトは先の戦いに加えて檜山の狂行で生まれた切羽詰まった状況に完全に根を上げたのだ。

 

「………これが他人任せに流された結果か……」

 

そんなクラスメイトを正人は冷静に見た。檜山の狂行は予想外ではあったものの、正人の考えていた不測の事態でクラスメイト達は簡単に瓦解するという予想は当たっていた。

これからどうなるのか…そう頭の中で考えながらも騎士団に縛られながら連れて行かれる檜山を尻目にメルドが正人へと近づいてくる。

 

「正人、本当にすまん。本来なら我々が足止めをしなければならなかった。大介に関しては我々が責任を持つ、お前は香織の元へ行ってこい」

「え?香織?」

「ああ、少し慰めてやれ、それに関して正人が適任だと感じただけだ。」

「…わかりましたありがとうございます」

 

そういって、脱出するために動き始める中、正人は香織の元へと小走りで向かう。

そんな中、雫によって動けなかった光輝もまた動き出した。

 

「雫!どうして止めたんだ!」

「光輝、ならあんたはあのまま止めなかったら何をしていたの?」

「そんなの決まってる!正人は間違ってる!あんなに檜山を責め立てて檜山を一方的に悪人に仕立て上げたじゃないか!だから俺が…」

「はぁ…光輝、何も聞いてなかったの?檜山くんは私達も危険な目にあわせてその上で正人も殺そうとした。これは立派な犯罪よ……正人があそこまで糾弾しても可笑しくもないわ。それでも光輝は正人を責められる?」

「それは…だが元々は八坂が…!」

「そう……」

 

正論を述べる雫だが光輝はそれでも正人が悪いのではないかとあれやこれやと思い浮かぶものを言うがどれもこれも雫には付け焼き刃の言葉にしか思えなかった。

 

階段を上がっていく中クラスメイト達の足取りは重かった。

先程の死に直面した戦闘……それがクラスメイトの自惚れていた心をズタボロに引き裂き、入って直ぐの楽勝感は微塵も存在していなかった。

あるのはただ1つこんな場所から早く脱出したいという渇望だけだった。

しかし、ただ戻れるわけもない度々現れる魔物とは戦わなければならない。

 

「てりゃあぁぁぁっ!!!」

「氷矢!!」

「っ!!!」

 

現れた魔物を大剣で切りつけるアリサに氷の矢で貫くすずか、そして正人も正確に一撃で敵を屠る。

 

今この場でまともに戦える転移組はこの3人だけだった。

後は光輝や龍太郎も戦うと言ったがメルドから直々に休めと言われ渋々引き下がるしかなかった。

(やはりあの3人は他から抜きん出ている。正人も1番に信頼していると言っていた2人だ。だがしかし…正人のあの戦い馴れている動きは一体…)

 

後ろで前衛で戦う3人を改めて観察するメルドは他とは抜きん出ていることを改めて再認識するがその中でも正人の戦い馴れている動きに疑問を持ち出す。

メルドも正人達がいる世界は戦いとは無縁の世界であると聞いていたのだ。

だがしかし、正人の動きはとても無縁の世界で生きている人間の動きではなかったことからメルドの正人に関する疑念は強まる。

 

「……状況終了……アリサもすずかも連戦で大丈夫か……疲れているなら下がって良いぞ。後は俺だけで前線を支えるから」

「バカ言うんじゃないわよ、あんた一人に任してられないわよ」

「そうだよ、先は長いんだからね」

 

辺りを見渡して敵が居ないことを確認すると正人はアリサとすずかに連戦からの疲労を考えて正人一人で戦おうとするがアリサもすずかも正人が一人で戦うことを良しとしておらず疲労が見える中でも意地を張って引き下がることはない。

 

「全く……こんな所で意地を張るな。正人、アリサ、すずか、一度下がれ、光輝、龍太郎、雫。悪いが前に出れるか俺達も何人か前に出る」

「了解……お言葉に甘えます」

 

メルドの指示に正人は少し考えた後、頷き先頭から下がり、光輝達と交替する。

正人と光輝がすれ違う際、光輝から気に食わない顔つきで睨みを正人はあえて無視して戦っていた3人は体を休める。

 

「3人ともお疲れ、本当に大丈夫?」

 

そういいながら回復薬を3つ持ってきたハジメが正人達に声を掛けた後1つずつ回復薬を正人達に渡すとお礼を言った後回復薬を飲み。からからな喉を潤わせる。

 

「3人とも凄いね……あんなことがあったのに……あれだけ動けるなんて。僕はまだ怖くて仕方ないのに…」

 

そういいながら未だに恐怖心を振り切れないのか手が震えているのを見せるハジメ。正人達とは違いあれだけの激戦に加え檜山にも殺されかけたのだから無理もなかった。

 

「別に人それぞれなだけだ。回復薬助かった。俺は少し香織の元に行くよ」

「うん、わかった」

 

からの瓶をハジメに受け渡すと正人は香織の元へ。軽快な動きで動く正人を見てハジメは凄いなっと感心した。

 

「僕もあんなに強かったら良かったのにな…」

 

ハジメはポツリと呟く。それはハジメの心の底から思ったことだった。

無能と蔑まれている自分……本当はあんな力が欲しかったと渇望する中、そんな呟きを聞いたアリサ達はじと目でハジメを見るなりアリサが軽くチョップした。

 

「あっいた!」

「あんたはあんた正人は正人よ…南雲には南雲しかない強さがあるわよ」

「バニングスさん」

「それに正人だって…そんな力を持ってても守れなかった者もあったんだから…」

「え?」

 

 

一瞬俯いて呟いたアリサの言葉はハジメの耳にはなにをいっているのか聞こえなかった。アリサも表情を戻すと何でもないわっと気にならないように茶を濁しその意味を知っているすずかは少し哀しい顔で香織の隣に立つ正人に目を向けた。

 

 

「…………」

「香織……大丈夫か?」

 

無言の香織を心配する正人、あれ以来、香織は口を閉ざし光輝達共に前に出ることもなかった。

その上近寄りがたいオーラまで出しているためにクラスメイト達は誰も近寄ろうとせず。正人もどうしたものかと考える

 

「檜山の件は気にするな…他人に優しい香織だから色々気負っているものもあるだろうけど、あれは檜山の自業自得で因果応報だ」

 

やはり檜山の件が堪えているのかと考えた正人は気負いするなと語り香織の悩みを減らそうとしたが漸く口を開けた。

 

「違う…そんなことじゃない」

「え?じゃあなんで…」

 

そんなに口を閉ざしていたんだと当てが外れた正人は聞くと香織は語り出した。

 

「正人くん…正人くんは自分のことどう思ってるの?」

「俺のこと?どう思っているって言われても…」

「自分のこと大事にしてる?」

「っ!?」

「やっぱり…どうして…どうして自分を大事にしてないの!?」

 

いきなり声を荒げる香織に何事かとクラスメイト達は一斉に正人と香織に向けて視線を向け、先程の深刻な顔から変わって心配した顔つきで正人に再び話した。

 

「あの巨大な魔物の時も檜山くんの時もついさっきの戦いの時も自分のことなんてどうでも良いって感じで動いてたよね!?全部他人のために動いているのはわかるけど…少しは自分を大切にしてよ!」

 

ベヒモス時は、初めはメルド達を切り捨てて周りからの罵声も覚悟の上で脱出を指揮しようとした。その後、色々あって全員助けることになったが正人だけベヒモスを足止めするという無茶な作戦で自分の身など気にしていないように香織は思えた。

檜山の時もまるで自分に向けられた悪意など蚊帳の外で周りに対する被害の方を矢面に立てて自分に関しての被害を責めることはなかった。

そして脱出するために戦えないクラスメイト達のために前線で戦い周りを守ろうとしている。その間もアリサやすずか以上に動き疲労の蓄積も二人以上に蓄積している。それは明白であった。

それら全てが自分のためというより他人のためでありそれが香織にとって琴に触れることになったのだ。

 

「香織……」

 

胸に秘めた悲痛な叫びを聞いた正人は後ろめいた顔で後退る。

香織の言ったことは全て言い得ていて周りからしたらどうしてと言われても、しかたがないことだった。

だがしかし正人も引き下がれない。正人にも正人の意地があるのだから

 

「ごめん……けど俺は止まれないんだ…」

(俺の命は誰かのために使う……そう決めたんだ)

 

香織達は知らない正人の決意、あの事件を経て生まれてしまったそれは香織の叫びでもその決意は変わらなかった。

 

「……もうすぐ交替か……悪いな香織、そろそろ前線に戻る」

「正人くん!」

 

香織に正人を呼び止めようとするがそれは叶わない。正人はアリサ達の元に戻るとアリサ達も複雑な顔つきで正人を見ていた

アリサとすずかは正人のそういった経緯を知っている。だが自分を大切にして欲しいという香織の願いもよくわかるのだ。

 

「……正人……あんたはまだ」

「それ以上言わなくても良い……わかってるさ…でも俺は…」

 

正人も香織の言いたいことはわかっていたがそれはできなかった。

この場にいるただ一人のベルカの騎士として自分のことを顧みず。香織達を無事に地球へと送り返さなければならない。戦うものとして…そして嘗て起こしてしまった悲劇に対する贖罪として正人はそれを曲げるわけにはいかなかった。

 

 

それから直ぐに息を上げた光輝達と交替で正人達が前線に上がり道を切り開き三十階層も上り元いた階層まであと少しといったところでそれは現れた。

 

「…?」

「全員まて」

 

それに気付いたのは正人とメルドだった。

階段を上り再び帰る道を戻ろうと足を動かしていたがその階層に覆うように感じた謎の威圧に正人は気付き、メルドも雰囲気可笑しいことに気付き全員の行軍を止める。

静まり返った迷宮内にコツコツと何か歩いてくる足音

足音から二足の人間のような気がするが気を抜けず近づいてくるそれを待ち構えるとそれは現れた。

 

「へえ~熱烈な歓迎だね」

 

そいつはとても悠々とした感じで正人達を見て現れた。

姿は正人達と同じ年ぐらいの少年で白い髪に血のような赤い瞳が目立つ。

 

「っ!!!」

 

だが、そんな少年をみただけで正人は自分でもわからないが体が勝手に動き身構える。

正人の思考以上に体が訴えたのだ。あれは危険だと……

だがしかし正人はもう一つ少年を見てから腑に落ちないものがあった。

 

(どうしてだ……あんな奴初めて見たけど……とても初めてと思えない……何処かで会ってる?)

 

何処か身に覚えのおる気配そして感覚に首を傾げる正人、そんな正人を見ている少年は不敵に笑った。

 

「久しぶりだね~八坂正人」

「っ!?」

 

少年から出た言葉はこの場にいる全員に衝撃を与える者だった。

少年の口から出た名前それは正人のフルネーム。だが正人は少年に関して会った覚えがなかった。

周りは突然の正人の名前が出たことで正人に視線が行き、正人も恐る恐る訪ねた。

 

「お前……誰だ…」

「あれ?忘れちゃった?やだな…あれだけ一緒に居たっていうのに…」

「一緒にいた?お前と?」

 

更に困惑する正人、それに追い打ちをかけるように少年は口を開けた。

 

「忘れたとは言わせないぜ……あれだけ俺を大人数でボコボコにしたんだからよ」

「大人数で……ボコボコ?」

「八坂!なんて酷いことをしているんだ!彼に謝「天之河少し黙ってろ!!」っ!」

「最後は塵も残さず蒸発させて……あの時は本当に死ぬかと思ったぜ」

「……………」 

 

少年から出される正人が行ったといわれる行為集団リンチの上に殺しかけたという事実……そんな非道な行いに正人にむけて困惑と軽蔑の目を向けられるが正人は押し黙るままだった。

 

「正人くんがそんなことするはずない!」

「あ~ちょっと黙っててくれる?外野は引っ込んでて」

 

いきなり正人が行ったという非道な行いを信じられない香織は少年に向けて威勢に反論するが特に気にとめていない少年は面倒臭そうに香織をあしらう。

 

「何で…」

 

そう呟いたのは黙っていた正人だった。

この言葉には怒りと困惑の感情が含まれていて閉じていた瞳は開くと怒りに満ちあふれ、体も同じく怒りで震えているのがわかる。

それを見て不敵に笑う少年は怒りに満ちた正人を見て喜びながら喋り出す

 

「ようやく思い出したみたいだな……そうさこんな身になったが俺だ……こうやって会えて嬉しいぜ……偽りの王よ」

「何でお前が生きているんだ……何で…!」

「ん?ああ……そうか…そりゃあ会いたいならあいつの方だよな……」

 

怒りに震える正人に対して少年はわざわざ言えば爆発するのがわかっている中でその言葉を口にした。

 

「黒羽じゃなくて…悪かったな」

 

「っ!ナハトヴァールゥゥゥゥゥッ!!!!!」

 

嘗て討ち滅ぼした災厄の闇…ナハトヴァールの名を正人は叫び持っていた弓矢をナハトヴァールに向けて怒りに満ちた矢をナハトヴァールへと解き放った。

 

 



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13話

 

 

ナハトに怒りの叫びを上げながら正人が放った矢はナハトの肩を捉え片腕を吹き飛ばした。

普通ではそんな威力は出ないのだが魔力による強化で割り増しされたことによりできる芸当だった。

いきなりのことで全員が固まったがナハトの一部が吹き飛び破損した箇所から多量の血が噴き出していることを確りと認識したことで悲鳴が上がった。

 

「八坂!いきなりなにを!?片腕を吹っ飛ばすなんて正気じゃない!殺す気か!?」

「…………そんなんで死んでくれればこっちは万々歳なんだがな」

 

正人の突然の狂行に真っ先に反論したのは勿論光輝だった。

ナハトに向けて攻撃したことに激しく非難する光輝だが正人はそんな戯れ言を聞き流し自分で思っていることを呟くと光輝は絶句した。

「人殺しが嬉しい?そんなのあるはずがない!八坂、やはり君は間違っている!」

 

そういいながら未だに弓を構えている正人を強引に止めようと剣の柄に手をかける光輝だが、そんな光輝のことなど眼中にない正人は次弾を既に手に持っていて止めろ!っと光輝の静止も聞かずにナハトに再び放った。

風の力が纏ったそれは一直線にナハトへと向かっていく。

だがしかし今度は正人の思うようにはいかなかった。

放たれて進んでいた矢はナハトの胴体に当たることはなくその直前でナハトの残っていたもう片方の手で掴まれる。

その上ナハトの表情は多少は痛がっているように見えるが片腕を失ってそんな表情しか見せないのを見て正人は思わず舌打ちを打つ。

 

「いったいな……いきなり不意打ちなんて卑怯じゃないか?ベルカの騎士の名が泣くよ」

「お前の存在自体が卑怯の塊だろうが……おい、さっさとしたらどうだ?今のお前を見ていると他の奴が正気を保てなさそう何でな……」

 

そんなやり取りに周囲は話についてこれず困惑な表情を浮かべたが次の瞬間顔が凍りつくことになる。

 

ナハトの欠損した部分の肉が盛り上がりあろうことか腕が新しく生えたのだ。

衣服は吹き飛んだことで裸肌で露出しているが生えてきた腕は新品そのもの神経も確りと通っているようで指を動かして五体満足なのを確認している。

 

「……再生能力は健在か……」

 

正人は忌々しい者を見る目でナハトを睨みつける中、ナハトもあははっと笑った後正人を見た。 

そんなナハトと正人の二人で話が進む中、メルドが正人の隣に立ち、ナハトに警戒心を強めながら横目で話しかけた。

 

「おい、正人……あれはなんだ……あれは本当に人間か?」

「さっきのを見てそう思いますか?メルド団長…俺がナハトを引き付けます……その間に脱出してください。みんなのこと……後のことは頼みます」

 

完全に腹を括っている正人はメルドにそう言い残すとナハト目掛けて駆け出し跳び蹴りを繰り出す。

仕掛けたことに笑みを浮かべて立ち向かおうとするナハトは正人の跳び蹴りを受けとめはじき返すと直ぐに体制を立て直した正人は着地した直後間合いを詰めてナハトに組み付く。

するといきなり黒色の魔法陣が正人達の足元に出現し正人とナハトの姿は魔法陣と共に何処かへと消えた。

 

「正人くん!!」

「これはまさか転移させられたのか……」

 

転移により姿を消した正人を見て香織は叫び…瞬時に正人が消えた現象が転移によるものだとわかり苦虫をかみつぶしたような顔つきのメルド。

他の面々もいきなりのことで未だに理解に追いつけていなかった。

だが嘗て災厄と呼んでも良いナハトヴァールがこの程度で終わるはずがなかった。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 

突然と誰かの悲鳴が聞こえる。

何事かと全員がそちらに振り向くとその視線の先に見える現象に再び顔を凍りつかせる。

 

ぶくぶくと膨張していく肉の塊…それはあろうことは形を変え人間のような化け物へと変貌していく。

両腕には肉を裂く斧のような形状のものがついており、特に頭部の形状が何処かの宇宙の帝王の第3形態目の細長い頭のしておりむき出された歯は鋭い牙のように研ぎ澄まされている。

 

「全員!下がれ!!!」

 

最初に正気に戻ったのはメルドだった。

規格外な化け物だと理解したメルドは即座にその化け物に距離を取るように指示を出しその叱咤で正気に戻ったみんなは我先に下がっていく。

 

「くっ!この!」

「アラン!下がれ!!」

 

転移組の殆どが未知の恐怖で下がっていく中、騎士団達は転移組を守るために下がらずアランが果敢にも前に出て化け物に剣を振るい頭を跳ね飛ばす。

 

それを見てそこまで強くないとアランは見かけ倒しだと高をくくったがナハトの恐ろしさはこの程度ではない。

頭をはねられしばらく動かなかったが突如、化け物は目が見えていないのに関わらず両手でアランの体を摑がっちりとホールド。突然のことで避けることもできなかったアランは振りほどこうと藻掻くが確りとホールドされているために振りほどけない。

そして化け物が頭が再生する中、アランの体が化け物から突如として生えた棘のような鋭利なものにいくつも貫かれる。

 

「っ!アラン!!!」

 

メルドはそれを見てアランに向かって叫ぶがそれに反応することはなく貫いている棘が向けるとアランは前のめりで倒れその後ピクリともアランの体動くことはなかった。

 

アランの戦死でさらに混乱を巻き起こす中、アランが切り落とした頭が膨張して化け物が2体へと増え…更に状況が悪化することになったことにメルドは苦い顔をして剣を構えるのであった。

 

一方ナハトヴァールと転移で別の場所に飛ばされた正人は転移が終えると一旦ナハトと距離を取り視線をナハトに向けながらも今居る場所を確認する。

先程のような細い通路ではなく。どこか大きい広間で魔物もナハトの殺気にあてられてか鳴りを潜めている。

 

「これで邪魔者はいなくなった…改めて久しぶりだな…八坂正人」

「…何でお前が生きている…お前はあの時アルカンシェルで死んだはずだ…完全に再生されないように…リィンフォースも…」

 

正人の脳裏に浮かぶのは7年前の忘れられないクリスマスでの出来事…あの日の結末は正人にとって治ることのない傷を深く刻まれていた。

 

「黒羽か…確か八神はやてや守護騎士達を守るために自ら消滅する道を選んだったな…」

「っ!!」

「あいつに目を付けられなければ…全て終わったことになっていた。黒羽も不運だよな」

 

明らかに挑発する言動に今にも仕掛けようとする正人は何とか怒りを爆発するのを踏み留めながら。ナハトから出てくる言葉を確りと聞きあることに気付いた。

 

(あいつって誰だ…それにナハトがどうしてリィンフォースの消滅を知っている?まさか…)

 

ナハトはリィンフォースが消滅する前にアルカンシェルで蒸発して倒した。

つまりその後のことはナハトヴァール自体知らないはずの情報。

それに疑問に思った正人だがもう一つの仮説も浮かんだ。

 

(ナハトが蘇っているのなら…リィンフォースも…!)

 

雲を摑むような話で何も確証のない上手すぎる考えだが正人にとってはリィンフォースさえ居れば今抱えている問題を解決できると断言することができた。

 

(それにリィンフォースとナハトヴァールが分離して存在しているのなら不幸中の幸い。ナハトを倒せばリィンフォースを取り戻すこともできる)

 

正人にとってリィンフォースが取り戻せるのであればとみるみると戦意を高めていく中そんな正人を見てナハトは微笑みを浮かべた。

 

「いい気迫だ。それと1つだけ言っておかないとな…今頃、あっちのお荷物達がどうなっているか…」

「お荷物?まさか香織達?」

「そうそう転移する前の場所に居る奴らのこと……ここに来たのも元々ある指示だったんだけどね…指示を出すあいつにとって全員生還するのは不都合みたいだから…何人か殺せって言われていたけど…今頃全滅してるかもよ」

「っ!まさか!?あのちぎれた腕が!?」

「気付いたみたいだな、器には俺の力が馴染みこんでいる。俺という意思から離れればたちまち見境なく破壊と殺戮を繰り返すだろう。俺の腕を千切ったのは早計だったな」

「っ!!香織、みんな…!だがその力の核となるコアは体内に埋め込まれているはず…それを破壊すれば」

「いい勘と冷静な判断だな…我を忘れて飛び込んでくるかと思ったが思い違いか」

「………」

(焦るな…相手は自分のペースに持っていこうとしているだけだ。だが香織達に危機に瀕しているというのは捨て置けない。ナハトヴァールも分離して嘗ての力の片鱗しか感じられない。オリオンなしでやれるか…!)

 

ファイティングポーズを取りながら正人の周りには魔力でできた弾丸を4つ生成されいつでも射撃可能に持ち込むとナハトは正人が逃げることなく。戦うことを選んだことに歓喜する。

「さあ、こい八坂正人!」

 

ナハトのその言葉と共に正人はナハトへと向かって踏み込み。正人の周囲に浮かぶ魔力弾もナハトに目掛け飛んでいった。

 

 

 

「カイル、イヴァン、ベイル…くそ!」

 

事態は最悪の方向へと加速していた。

横たわる死体は1つだけではなく。メルド以外の騎士達は皆ナハトの分身体の餌食となり。誰も生きてはいなかった

メルドは悲痛な声で自身の部下の名前を呟き悔いる。

アランの戦死は人の死を直面した転移組はさらに混乱を招くことになった。

完全に統制が取れなくなった転移組はメルドが何とか纏めて一箇所に留めることはできたがそれまでにカイル達の命と引き替えとなってしまった。

 

その上厄介なのは分身体が2体ではなく4体に増えてしまっていること。

騎士団も何とか倒そうと持てる力全てを出し切ったが体の一部を切ってしまえば分裂し、魔法による攻撃もナハトの分身体は魔耐性が高いのかメルド達は疎か光輝達の攻撃もあまり意味をなさない。

不死身といっても過言ではないナハトの分身体に心身ともに疲弊していく転移組達、既に持つ無理だと諦めている生徒が殆どで未だに戦えているのはアリサとすずか…そして正人の元へと行きたいと躍起になっている香織や諦めを知らない光輝ぐらいだった。

 

「どうすれば…」

 

防戦一方の状況を耐え凌ぐアリサは荒い息づかいを少しでも息を整えながら大剣を構えるがナハトの分身体を傷つけることはできないために攻めることができない。

 

「みんな!諦めるな!力を合わせれば必ず倒せる!」

 

ここまで来ても何も変わらない光輝が相変わらずの自論を口にしているが最早誰も光輝の自論を聞いているものなど誰もいなかった。

 

(正人なら…こういうときどうする!?)

 

アリサの脳裏には本体を抑えるためにいなくなった正人ならどうするか思考する。

もしこの場に正人が居れば全員を下がらせ戦闘に支障のない広い場所まで防戦しながら後退し分裂できないほどに砲撃などで肉片を残さずに消滅させるだろう。

だがそんなこと魔導士である正人ぐらいしかできない芸当で、何も出来ない自分に苛立ちで顔を歪める。

何か打開策を模索しなければと頭の中で模索しているとアリサが応戦しているナハト分身体が右腕を肘を曲げて胴体より後ろに引っ込めるモーションを取る。

 

(ま、まず!)

 

アリサはそのモーションを取った分身体を見て血の気が引く。

次の瞬間下げていた右腕をアリサに向けて突き出すと右腕が伸びてアリサに迫っていく。

アリサ達はこの攻撃を見たのは二度目でその腕に掴まれれば最後、手の平から生える突起物により串刺し、それで騎士団の一人が頭を掴まれ死亡したのだから冷静にいられないのも無理もなかった。

 

(ここは横に避けて!)

 

真っ直ぐ後ろに後退しても恐らくはいつまでも付いてくるのだろうとアリサは手が掴まれる直前に横に避ける。

しかしそう簡単に上手くはいかなかった。

アリサがいた場所を腕は通り過ぎたが直ぐに腕が屈折して曲がり再びアリサへと向かっていく。

横に飛び避けたアリサは着地した直後で再度の回避は不可能で近づいてくる魔の手を振り払うことができない。

 

「アリサちゃん!!!」

 

アリサに迫る魔の手を見て叫びを上げる。すずかも助けに行きたいがすずかも分身体の一体を氷付けにして動きを封じ込めることしかできず動くことができない。

 

(ヤバイ、やられる……!)

 

着実に迫る死期に恐怖で顔を歪ませるアリサ。

皆、自分自身で精一杯のために助けなど来るはずもない。そんな中、迫る腕はアリサに届かず。数メートル先で止まった。

何がおきたと直ぐに理解できなかったアリサだが伸ばしている本体の状態を見て目を大きくした。

本体が盛り上がった地面により挟まっていて、何度も剣で分身体を突き刺しているあるものの姿。

アリサは思わず声を上げて名前を呼んだ。

 

「南雲!!」

「死ね!死ね死ね死ね死ね!!!」

 

ハジメだった。今のハジメは半ば狂乱状態で生きることに必死だった。

何をすれば自分は助かるそう恐怖で頭をフル回転にして思考するとアニメやゲームの知識もフル活用して考えると直ぐにあることに結論づいた。

ああいった再生する敵には核となるコアが体の何処かに存在してそれを壊さない限り何度でも再生する。

そう考えるとハジメはアリサに攻撃を集中する分身体に目を付け錬成で身動きを封じ込めると両手で持った剣で一心不乱に体を滅多刺し。

 

反撃を喰らうということもあるのだが既にハジメの今の状態ではそんなことすら考え付かず。今はこの状況の打破だけしか頭になかった。

 

「このまま、消えろぉぉぉぉぉっ!!!!」

息を荒くなりながらも剣の滅多刺しを繰り返すと体内を突き刺していた剣が途中で止まり切っ先に何か硬い物が当たると分身体がいきなり苦しみだし、ハジメはそれが分身体を形成するためのコアだと直ぐにわかると無理矢理ねじりこませると肉を抉る音の他に何が砕けた音が響き。分身体が突如悲鳴にと聞こえる声を上げながら小刻みに痙攣を起こし体が徐々に消滅していく。

 

「や、やった……僕があの化けものを…」

 

南雲も一体倒したことで狂乱状態だった精神も少しは落ち着いたのか手が震えながらナハト分身体を倒したことに未だ信じられない様子でうわごえを上げる中、光輝もまた信じられない様子で南雲を見ていた。

 

「南雲が……倒したのか」

 

今苦戦を強いられているナハト分身体を初めに倒したのが最弱であるハジメだったという事実。それは光輝にとって認めることができないことで視線を対峙するナハト分身体から目を離す程だった。

 

「っ!光輝!!」

 

目を離したのが悪手だった。

雫に注意されたが既に遅く。フリーになってしまった分身体があろうことか対峙していた光輝ではなくハジメに向かって突進。

同じ同素体がやられたのを見て真っ先に殺す標的を分身体を倒したハジメと見定めたからだ。

 

「南雲!逃げなさい!!!」

 

アリサも叫びながらハジメに向かう分身体に向かっていくが分身体の方が距離は近かった。

一体倒してしまったために腰が抜けたのかハジメは身動きが取れず。ただ迫り来る分身体の魔の手を再び襲ってきた恐怖を味わうことしかできず。ハジメは震えた声で呟いた。

 

 

 

「だれか…たす…けて…!」



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14話

 

 

時は少し遡る。

正人とナハトヴァールの戦いは二人の熾烈さを極めていた。

二人とも認識が難しい速度で周りから見れば紺色の光と黒色の光が幾度も衝突している用に見えるだろうが二人ともただぶつかり合っているわけではない。

衝突の最中、繰り出される拳や足は人の域を越え圧だけで壁や地面を抉るほどしかも魔力弾も飛び交っているために激しさは更に高まる。

 

(中々有効打が当たらない)

 

そんなことを思う正人は高速魔法でナハトの魔力弾を避けながら生成した魔力弾を一気にナハトへと飛ばし直撃を狙うも魔力弾はナハトの生成された魔力弾で相殺されたり。避けられたりとナハトには届かない。

 

(このまま、長期戦に持ち込めば、経験や魔法戦に分があるナハトの方有利…となれば…!)

 

そんな考えをしながら正人は降り注ぐ魔力弾を避けると立ち止まって魔力スフィアを生成しスフィアから更に小型の魔力弾が勢い良く霰のようにナハトを中心に広範囲に撒き散す。

 

(威力を落として当てに来たのか?だがここまで広範囲で拡散しても…)

 

ナハトも広範囲で避けんことはできなくなったが魔法を拡散していることから威力が落ちたそれはナハトに当たりはしてもダメージといえるものにはならない。

拍子抜けと思いながら魔力弾を身に受けながら立ち止まっている。正人にむけて砲撃のチャージを開始する。

砲撃がチャージをし始めたのは勿論正人にも見えている。しかし正人は動じることはなくその場から動く気配も見せない。

それはナハトも不思議に思い正人を観察すると正人の表情はしてやったりと微笑んでいた。

 

爆けろ(バースト)

 

正人のその一声と共に拡散させていた魔力弾が一斉に輝き出し弾けるように爆発する。

拡散していた魔力弾もかなりの数で凄まじい爆音と爆風が部屋全体を覆い尽くす。

 

(くそ!始めから俺の動きを封じるためじゃなく広範囲で目眩ませをさせるためか、だがこの煙の中に魔力カスが至るところに散布されている。あっちも俺も場所は特定するのは……)

 

正人の撒き散らした煙の中を移動するナハトは煙に紛れているために正確な場所の特定は至難の業だと。単なる時間稼ぎで煙さえ晴れればこちらのものと高をくくるが何が煙を切りながら接近しているのに気付き咄嗟にシールドを張る。

煙の中を突き抜けてきたのは紺色の大型の魔力弾、それはナハトのシールドと衝突し拮抗する。

 

(どうやって特定した!?今の八坂正人はデバイスを持っていないはず。それなしでの魔力感知は…)

 

ナハトはシールドで防ぎながら焦りを見せる中真横から何が来るのを感じシールドに意識を向けながら視線をそちらに向けると煙の中から正人が向かってきて右手には魔力を纏いナハトへ向けて繰り出そうとしていた。

 

「…取ったぞ」

 

そう短い言葉と共に繰り出された右手はナハトの顔面を捉え煙も風圧で吹き飛ぶほどの轟音と共にナハトの体が砲弾のように地面へと叩きつけられそのまま何度もバウンド。そんなナハトに正人は魔力スフィアを生成して追撃を仕掛ける。

 

(拮抗を崩せた!まさかこの世界で与えられた能力が役に立つとはな…)

 

何故、正人が煙でナハトの姿を見えない中正確に捉えることが出来たのか。それはこのトータスに来てから得た。技能魔力感知によるものだった。

これによりデバイスなしでの魔力感知が簡単に行えるようになりナハトの位置もハッキリとはしないが大体の位置は把握することができた。

 

(後は一気に畳みかけるだけ!)

 

魔力弾を発射させ何とか体制を立て直したナハトは咄嗟にバリアを発生させ魔力弾を防ぎ爆発で煙が舞う。

 

「ミーティア…!」

 

ナハトがバリアで受けたのを確認すると正人は再び魔力弾を波状攻撃に発射して、高速移動魔法、ミーティアを使いもう一度魔力を纏ったパンチによる強襲を狙う。

 

前方から魔力弾、側面からは高速移動で接近する正人が近接戦闘。

 

二段構えの戦術で仕掛けた正人だがナハトは正人の姿を確りと捉えていて、余っている手を正人へと突き出黒色の魔法陣が展開し紺色の光線が正人に向かって飛んでくる。

 

「っ!?」

(あの魔力光は俺の……まさかあれはバリアじゃない!?反射型(リフレクター)!!初弾をバリアで受けとめて爆発の煙でカモフラージュして上手く切り替えたのか!?)

 

戸惑いを見せる正人だが直ぐさまミーティアを解除、魔力弾の波状攻撃を中止して回避行動を取り紙一重で回避。咄嗟の回避行動で畳みかけていた正人の攻撃は止まってしまい。それを好機と見たナハトが高笑いしながら正人に魔法陣を突き出し魔法陣からはアンカーが飛び出して避けていた正人の左足を捉える。

 

「そらよっ!」

 

正人の足をアンカーが捉えたのを確認するとアンカーの魔力の鎖をナハトは摑みそのまま一本背負いのように反対側に大きく振り落としそれによりアンカーに捕まっている正人も引っ張られるアンカーに身が空中に乗り出す。

このままだと地面に受け身も取れずに叩きつけられる。苦し顔で波状攻撃のために作った魔力スフィアを動かしアンカーの鎖を撃ち抜き、左足に付いていたアンカーが消え自由になった正人は空中で体制を立て直し地面に無事に着地したがその間に高速魔法で迫ってくるナハトのパンチに対応が遅れ胴体に受け後方に後退り体制を崩す。

 

「うぐっ!?」

「ほらほら、どうしたどうした!」

攻守が完全に入れ替わるように畳みかけてくるナハトに正人は苦い顔で防ぎきっていく。

 

(くそっ!このままだと)

 

何か打開しないととナハトの攻撃を防ぎながら模索する正人だが考えてるのが読まれたのか更に攻撃を激しくして蹴りを1発お腹に当たり後ろに吹き飛ばされる。

 

数メートル転がり後ろに立ち上がろうとする正人、それに追い打ちをかけるようにナハトは接近し手の平には黒い魔力の塊がスパークしてそれを正人に打ち込もうと突き出した。

 

「終わりだ…八坂正人…!!」 

 

 

 

それは突然現れた…

ナハトの分身体と相対するアリサ達、半狂乱で奇跡的に分身体を倒したハジメが光輝と雫が相手をしていた分身体が隙を付いてハジメへと向かいハジメを殺そうと襲いかかる。

アリサ達も助けに入りたいが間に合わない。そんなとき、アリサ達やってきた通路から何者かが横切りハジメに向かっていたナハトの攻撃を防いだ。

突如現れたことに騒然となる中、ハジメはうわごえで呟いた

 

「たす…かっ…た?」

 

自分が生きていることさえ半信半疑になっているハジメ。そんな中、ハジメの守った人物…長い銀髪に赤い瞳の女性を見てアリサとすずかは狼狽えた。

 

「…嘘…でしょ?」

「あの人って…」

「懐かしい気配を辿って見れば…ナハトの分身か…少年…無事か?」

「は、はい!」

 

女性はハジメの無事を確認した後、ナハトの分身体を見る。それを見る目はとても悲しそうな瞳をしていた。

 

「ナハト…お前もこの場に来ているのか…ならば…!」

 

何かを決意したのか意を決した瞳で女性は化け物を突き飛ばす。化け物も後退りはしたが腕を伸ばそうとするけどその前に白い剣が出現して何本も化け物に突き刺さりそのまま化け物は消滅した。

 

「な、何が…」

 

突然のことで訳もわからず戸惑う香織、女性の視線は香織とメルドが相手をしているナハトへと目を向ける。

 

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。」

 

女性の足元に濃い紫色のベルカ魔法陣が出現して周囲には白い光の槍が4本出現する。

それを見てメルドも巻き込まれると判断し素早く下がるとナハト分身体が動く前に女性は手を上に伸ばして振り落とした。

 

「石化の槍、ミストルティン!」

 

その名と共に放たれる光の槍はナハト分身体の体を刺し貫き、刺されている部分から体が石化していき数秒後には完全に石に変わりバラバラに砕け散った。

 

「石化させたのか…それにこの威力なんという…」

「…………」

 

自分達が苦戦を強いられた敵を難なく倒した女性に対しメルドは畏怖し、香織は唖然とする。

 

「後一体!っ!?」

「アリサちゃん!!」

「任せなさい!てりゃあぁぁ!!!」

 

そんなメルド達他所に女性は最後の分身体に視線を向けたが最後の一体は今正に決着が付こうとしていた。

 

足止めしていたすずかが氷付けで分身体の身動きを封じ込める中。アリサが分身体を大剣で刺し貫く。

 

大剣は突きの繰り出す面積も大きいために一撃でコアを破壊することに成功。最後の一体は女性の手を加えずに倒すことに成功した。

 

「や、やったね……アリサちゃん」

「ええ……何とかなった……」

 

4体の分身体それを全て倒すことに成功したことに漸く気を落とせる事になった。

だが未だに戦いが終わってはいない。

正人が抑えているナハト本体をどうにかしなければ次に襲われれば一溜まりも無い。

しかしアリサ達は2週間ほど前までは一般人だったそのためにずっと気を張り詰めることは叶わなかった。

 

「すまない、私がもっと早く駆けつけていれば」

 

そんなアリサ達を見てか女性は自分を責めるように気を落とす。

 

「いや謝る必要はない。、寧ろ助かった。この場の全員を代表して礼を言う……見たところ一流の冒険者か何かか?」

「いや……私は……」

 

自分を責めている女性をメルドは気にするなと言い逆に代表してお礼を言う。

そして女性が何者なのかと訪ねると女性は言葉を濁す

どうすれば良いか悩む女性にアリサとすずかは恐る恐る近づく。

 

「あ、あの……リィンフォース……さんですよね?リィンフォース・アインス」

「えっと、覚えてますか?私達……その」

「ん?君達は…………っ!そうか君達はあの時の……!」

 

アリサとすずかの問に女性……アインスは少し始めは何のことか理解することが出来なかったが直ぐに2人があの日一般人ながらも結界に巻き込まれた2人であると理解すると目を大きくして驚く。

だがそのやり取りがわかるのはアリサ達3人だけで、他は何のことかさっぱり、メルドが追求しようとするがそれは叶わない。

 

「きゃっ!?」

「な、なんだ!?」

「じ、地震!?」

 

突如として迷宮内が大きく揺れる。

それに取り乱すクラスメイト達は先程の恐怖心も相まってパニックに陥り、それを見かねたメルドが混乱の収拾のために動く。

 

「上で魔力と魔力がぶつかっている……ひとつは……ナハトか!もう一つは……」

「っ!正人くん!!」

「ま、待つんだ!香織!」

 

魔力を感じ取ったアインスは直ぐにその魔力が誰なのか理解する。

1つ同じ同胞と言ってもいい存在であるナハトヴァール、そしてもう1つも、アインスにとって知っている気配だった。

だがアインスがその名を口にする前にナハトの名前を耳にした香織がもう一人がこの場から消えた正人であることに気付き居てもたっても居られなくなり単身で奥へと駆け出す。

光輝も呼び止めたが今の香織には聞こえるはずもなく光輝も後を追いかけようとするが雫に止められた。

 

(やはり、この懐かしい気配はあの時の小さき騎士か)

「私が行こう君達は少し休んでから来るといい」

 

アインスの脳裏に辿ってきた気配の正体が正人だとわかり納得。独断先行する香織を放っておくわけには行かずアインスは自分が追いかけると言い切るとメルド達の状態を見て此処で休むように促すと急いで香織の後を追う。

 

(正人くん!)

 

メルド達から離れ独断先行し始めた香織の頭の中は正人の心配でいっぱいだった。

たった一人で分身体以上の脅威であるナハトの本体を一人で抑えている。それだけでも思い浮かべれば香織は居てもたっても居られなくなった。

そんな馳せる香織を後ろから肩を摑かんでくる。

後ろから香織を摑んだのは追いかけていたアインスだ。

 

「離して!正人くんが!一人で!」

「落ち着け!君ひとり居って何になる。行ったところで正人の足手まといになるだけだ。」

「そんなこと…!」

 

ないと言い切りたい香織だがナハトの化け物じみた光景を目にしている香織はその言葉を詰まらせる。

正人の元へ行きたいという気持ちが心を占めているがその反面でナハトへの恐怖心がそんな香織の心を締め付けていた。

 

「……今更、引き返せと無茶なことは言わない。共に引き返している時間もないからこのまま行こう」

 

アインスは仕方なしに香織を同行させオルクス大迷宮の帰りの道を歩いて行く。

香織も未だに正人の元に行きたい気持ちが強いため先走る行動が強いがそれはアインスが止め、出来うる限りで早く進んでいく。

 

出会す魔物はアインスが魔法で瞬殺していき戦闘には何も支障もなく。奥へと進んでいくがアインスはふと聞き耳を立てて周りの不自然さに首を傾げた。

 

(可笑しい、もうすぐ気配を感じた場所なのに戦闘音がまるでない。それに魔物達も何かに怯えている?)

 

香織達と出会った場所からでも地響きが起きるほど激しかったというのに今となってはその音すら聞こえずアインスが気付く魔物達も何かを恐れているように縮こまって襲ってくる気配がない。

そんな不安にかりたたれながらも歩く速度を緩めず道を進んでいくと広間にでる。

広間は壁には無数の亀裂に地面も抉れていて此処で激戦があったことを思わせるものでそんな中、広間に佇む人影を見て香織は目を大きくして声を漏らした。

 

「あっ…」

 

香織の瞳の先にいた人物は顔が俯いていて表情は見えないが至るところ服の破損が目立ち、かなりダメージを負っていてやってきたアインス達を気付く素振りを見せない。

 

 

「正人くん!」

 

香織はそんな正人の姿を見て居てもたっても居られず正人の元へと走りだす。

しかしアインスはそこから動くことはなく正人を観察する。

 

「…………」

「大丈夫!?今回復するから」

(なんだ…この違和感は…)

 

黙り込んでいる正人に香織は直ぐに回復魔法の準備に取りかかる中、アインスは正人を見て感じた違和感を感じていた。

正人なのは間違いないが何処か違う感じもすると曖昧な感じだった。

 

そんな考えをするアインスを他所に香織は回復しようとするが漸く正人が動きを見せる。

 

右手がピクリと動くと手の平が魔力を放出し始め正人がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「え?」

 

呆気に取られる香織に迫る正人の手の平。その手の平が香織に接触する手前で駆けつけたアインスにより腕を払われて香織を抱えて正人から距離を取った。

 

「ま、正人くん?」

「違う!」

 

困惑する香織にアインスはきっぱりと否定し下唇を噛み悔しそうに正人を見る。

 

「あれは正人であって正人ではない!」

「ハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハっ

 

アインスの言葉になにをいっているのかわからない香織、そんな中香織に攻撃を仕掛けた正人は不敵に笑い出した。

黒髪だった髪は突如白髪に変色し、開かれた目の色は黒ではなく血のような赤い瞳が眼前のアインス達を捉える。

 

「……そういうことか……」

「ああ……そういうことだ、黒羽……」

 

漸く違和感の正体に気付いたアインスは体を震わせながら言葉を出すと正人はニヤリと笑みを浮かべながら今の状態がどういったことなのか理解したアインスを見る。

もし本来の正人であるならばアインスのことを黒羽とは呼ばずリィンフォースと呼ぶだろう。

アインス達に立つ正人は外見は正人であって中身は正人ではない者……その者は睨みつけるアインスを見て口を開けた。

 

「一足……遅かったな」

 

正人…ナハトヴァールは悔しそうに睨むアインスを見て微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

第1章Restart 再開は祝風と闇夜と共に end

 



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第1章ネタ集(1話~4話)

今回気分転換のネタ集です!他作品の要素をぶち込んでます。セリフ多めで台本形式ですのでお楽しみに


 

 

1話より『もしも』

 

檜山「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

近藤「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

ハジメ(はぁ…放ってくれないかな…)

香織「おはよう!南雲くん!」

ハジメ「おはよう白崎さん…あれ?正人くんは?」

香織「まだ来てないみたいで、さっき正人くんのお母さんに聞いたんだけど…家にも帰って来てないって」

ハジメ「どこに行ったんだろう…正人くん…今日は欠席かな?」

 

そして正人が来ることなくお昼休み…ハジメ達はトータスへ…その後彼らの行方を知るものは誰もいなかった(全滅END)

 

同話 もしもその2

 

香織「あっ、正人くん授業中は眠っちゃ駄目だよ。一緒にお昼食べるよね?いいよね?」

 

正人「別に構わないけど……ふあっあ…そのもう一つの弁当は何だ?」

 

香織「実は正人くんの分作ってきたんだ」 

正人「そうだったのか…母さん嵌めやがったな…香織天気も良いし屋上でも行くか?」

香織「あっ!そうだね!アリサちゃんとすずかちゃんも一緒で良いよね」正人、香織教室から離脱

その後正人達がクラスに戻ってきたとき、天之河達は忽然と姿を消していた。(正人、香織、アリサ、すずかトータス転移回避ルート)

 

2話 召喚失敗?

 

 

イシュタル「ようこそ、トータスへ……むっ?勇者様は?まさか召喚に失敗した?ん?なんだこの揺れは?これは地下から?」

オレンジ郷「オール!ハイル!ブリターニア!!」教会の地面を突き破りながらオレンジのような機体と共に出現

イシュタル「(・0・)」

その後…聖教教会総本山が壊滅という一方が人間族全体に流れるのであった。

 

同話 召喚失敗?その2

 

イシュタル「ようこそ、トータ「この星を消す!!」ス」

 

一方別並行世界、某緑色の肌色の集団がいる星にて

 

孫○空「ど、どうなってやがる…あいつが突然消えちまった」

その後、召喚者が放った攻撃によりトータス自体に深刻なダメージを負い数時間後トータスという星は消滅した。

 

 

同話 締まらない言葉

 

天之河「八坂、落ち着くんだ。この世界に来てきっと混乱しているんだ。よく考えるんだ、この世界には俺達の力が必要だから神様は呼んだんだ。なら俺達で…「世界はいつだってこんなことじゃなかったことばっかりだ!」っ!?」

正人「…俺の知り合いの言葉だ。ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ。えっと…チラ こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の…チラ 自由だ。だけど、世界の勝手な出来事に無関係な人間を巻き込んでいい権利は…チラ どこの誰にもありはしない!」スマフォを持ちながら

クラスメイト+愛子(厳しいこと言ってるのに全然締まらないよ!)

 

3話 あってはならぬもの

 

勇者様歓迎の晩餐会にて…

 

正人(みんな…完全に脱けてる…あれじゃあいつか痛い目に…っ!?)

正人「な、なんで…ここに…」見つけたそれを手に持ち体を震わせる

正人「リ…リンディ茶…!」

 

 

同話 そいつはどこにでもいる 

 

正人「さて、早速はじめますか」

「どこから聞かれたり覗かれたりされていたら色々と面倒だからな」タンスの扉に手をかけて開ける。

 

QB「やあ、僕の声が聞こえるかい?突然だけど僕と契約して魔ほ」ダン!!←扉を閉める音

正人「………スゥーハァー、色々あったから疲れてるのかもな」

 

 

 

4話 着信あり

 

(起きたことだし通信出来ているか確認するか)

「えっと着信は…ある!直ぐに折り返して救援を!!くそ!ノイズが酷い…ノイズをクリーニングして……修まった…誰か聞こえないか!?こちら時空管理局嘱託魔導士の「あ・な・た・は」?」

 

「あ・な・た・は・そ・こ・に・い・ま・す・か・?」

 

その後、メイドが正人の部屋にやってきたが中には正人の姿はなく地面に翡翠色の結晶がばらまかれているだけだった

 

 

 



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第1章ネタ集(4話~6話)

 

4話 教官

 

正人「……香織、もう俺とは話しかけないほうがいい……それが両方都合が良いだろう」

 

香織「正人くん…」

 

正人(これで良い…さてと教官はっと…)

 

エルヴィン「集まっているようだな…この度君達の教導を任されたエルヴィン・スミスだ。これから君達を確りと教導していくためよろしく頼む」

 

正人(…あれ?なんか違う気が)

 

 

同話 ステータスプレート

 

メルド「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

正人「救国っていうか俺は反対なんだが…」

 

すずか「あははは……ねえ、正人くん。もしかしたら正人くんのステータスが低いの分かったかも…ちょっと魔法使ってみて…強化系」

 

正人「……ああ、そういう…わかった……どうやらビンゴだったみたいだ」

 

QB「やはり、僕が見込み通りだ」どこからともなく正人の足元に現れる

 

正人「…………」足元にいる白い何かをじと目で見つめる。

 

QB「1つだけ願いを叶えてあげるよ。その代わり僕と契約して魔法しドーンッ!ムギュッ!」

 

メルド「ど、どうした?いきなり足を地面に叩きつけるとは…思いっきり地面に罅が入っているぞ…」

 

正人「すいません…少し力を実感したくてつい足が出てしまいました」

 

同話 ステータスプレートその2

 

メルド「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

檜山「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

 

メルド「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

檜山「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?貸してみろよ…どうせしょぼいステータスなん…だろ?」

 

――――――――――――――

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

天職:錬成師

 

筋力:10

 

体力:10

 

耐性:26000

 

敏捷:10

 

魔力:10

 

魔耐:10

 

技能:錬成・絶対防御・瞑想・大盾適性・念力・悪食・毒竜・言語理解

 

――――――――――――――

 

檜山「……………」固まって動かない

 

正人「他人のプレートを勝手に取るなっての…うおっ!?なにこの極振りステータス」

 

ハジメ「あはは、なんだろうね…本当に…」

 

5話 そこまで聞いてない

 

正人「ハジメ…この世界、旅行するなら何処行きたい」

 

ハジメ「ええ!?旅行って…」 

ハジメ(どこに行きたいか…うーんやっぱり亜人の国に行きたいな~それでリアルウサミミをもふもふしたいし…そういえば兎人族って普段どんな服装で生活してるのかな?賭博場みたいなバニースーツ?それとも別の似合った…ブツブツブツブツ)

 

数分後

 

ハジメ「ねえ…」

 

正人「ん?ああ、それで決まったか?随分、時間掛かったな…

 

ハジメ「正人はバニースーツか、セーラー服どっちが似合うと思う?」モジモジ

 

正人「…そんなこと聞いてないんだが…というか、どうしてそういう結論に至った

 

 

同話 やり過ぎ

 

正人「それにしては、さっきの不意打ちはとても特訓には見えないな…それと南雲には俺がついてる。檜山達に心配される必要なんて無い」

 

檜山「はぁ?いつまで舐めた口、聞けると思ってるのか?」

 

正人(やっぱ聞き分けてくれないか…ん?あれはアリサの大剣?このまま俺達の間に割って入りそうだな…)

 

正人「檜山…聞き分けてはくれないと思うが一応いっておく…絶対に動くなよ?」

 

檜山「何指図してやがるんだよ!!」

 

ドーン!!!←大剣が降り落ちてくる音

 

檜山「………」顔真っ青

 

正人(これでギリギリ回避かな?後で感謝はするが大剣投げるのはどうか……)

 

アリサ「…………」超特大の火球を両手で持ち上げ飛び上がる姿

 

正人「ア、アリサ!?もういい!?その技は何となくやったら駄目な気がするし、これ以上はやらなくても…「ガイアフ○ース!!!」待て、ああああああっ!?」

 

その後天之河が駆けつけるとそこには全身火傷を負い倒れ込む6人の姿があった。

 

 

6話 導き手と纏め役

 

メルド「……ならば、こういうのはどうだ?」カクカクジカジカ

 

正人「それ、寧ろ天之河達に反感を買いそうなんですけど大丈夫ですか?」

 

メルド「心配するな…それに俺はな…導き手の正人と纏め役の光輝、2人が協力しあえばどんな逆境も覆すと思っている」

 

正人「俺と天之河…でね」顎に手を当てて深く考える

 

正人の脳内

 

正人「行くぞ!天之河!」

 

光輝「ああ、みんな!まだ俺達は負けちゃいない!みんなで力を合わせるんだ!」

 

雫「あの2人あんなに啀み合ってたのに…」

 

香織「うん。まるで夫婦みたいだね」ニッコリ

 

 

現実

 

正人「!!?」顔真っ青にし口元を手で抑える

 

メルド「お、おい、どうした急に…!?」

 

正人「だ、大丈夫…です。ウプッ 少し思考が変な方向に…」悪寒から体を震わせながら

 

同話 頭上のそれ

 

メルド「よし!全員集まったな!これから先日行ったとおり、オルクス大迷宮への遠征演習を行う。初めてということで緊張していることもあるだろう。今回の演習は20階層までとする。俺達騎士団も同行するが、訓練通り出し切ればお前達なら問題ないだろう。」

 

メルド「しかし、ダンジョンは何がおきるかは分からん。下手をすれば我々もお前達に指示を出せなくなるかもしれん。正人」正人を呼び寄せる

 

正人「……はい」メルドの元へ

 

メルド「我々が有事の際に備え、昨晩話し合った結果、正人にお前達を指揮する臨時の指揮官として任命した。」

………………… シーン

 

メルド「これは総合的に判断しての俺の見立てだ。八坂は指揮官としての才能に恵まれている。俺は正人を指揮官として育てるのが最良であると見込んだのだ。」

 

………… シーン

 

メルド「しかし、あくまで臨時の指揮官だ。何事もなければ、正人がその役を受け持つわけではない。一層に気を引き締めてくれ!」

 

……………シーン

 

メルド「本当に聞いてくれているのか?これは?」

QB「凄いね、やはり君は才能に満ちあふれているようだ。僕の目には狂いはなかったようだね。その気になれば彼らを元いた場所に帰すことも出来るかもしれない…ねえ、聞こえているだろ?僕と契約して魔法…」正人の頭上に座る白い物体

 

一同(なんだろう…あの白いの)正人の上にある物体に気を捉えすぎて、話が全く耳に入っていない模様。

 



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第2章 Rebirth 雛鳥達の旅立ち
15話


あけましておめでとうございます!!

年を跨いでかなり更新が遅れてしまったことをお詫び申し上げます。

今年もコメントや評価などよろしくお願いします。



「終わりだ…八坂正人…!!」 

 

迫り来るナハトヴァール。打ち込もうとしている攻撃は魔力の一部電気に魔力変換されていて喰らえばバリアジャケットを着ていない俺は一溜まりない。

だが直ぐさま避けること体が痛みでいうことを効かず飛び退くことは出来ない。

端から見れば絶体絶命…だがしかし俺はまだ諦めてはいなかった。

 

「終わるのはお前だ」

 

ナハトヴァールとの相対距離が一メートル未満になり俺は呟くと隠していた奥の手を繰り出す。

 

「幻影剣・抜刀!」

 

それは実体のない刃、魔力で出来た刃を形成し腰から刀を抜刀する要領で手を振り上げナハトヴァールの体を切り込む。

切り込まれたナハトヴァールは悲痛に顔を歪め。体はそのまま俺の頭上を放り投げられるだが此処で追撃しないわけにはいかない。

 

「ミーティア!!」

 

そう思い痛みを堪えながら体を動かして高速魔法でナハトヴァールの頭上を取るとそのまま直角降下で幻影剣をナハトの体に突き刺しそのまま地面に叩きつける

 

凄まじい速度での地面との衝撃と上からの俺からの攻撃でナハトは口から血を吐き出し俺はそれを少し意外そうにみた。

 

「流石のお前でもその器では血を吐くんだな」

 

別に他人を虐めるそういった趣味はないが単にそう思っただけだ。

魔力感知で捉えたコアを幻影剣で切っ先を当てるがコアを刺し貫くことはない。

 

「さて、お前からは聞きたいことが山ほどあるが…お前を蘇らせた奴は誰だ?そいつは今どこにいる」

「教えたら…どうする?そいつらを叩き潰すか?」

「場合によってはな」

 

ナハトヴァールを復活させたのだ。あれだけの悲劇を生むこいつを蘇らせた。見過ごすことはとても出来ない。

他にも色々聞きたいことがあるがこいつを長らくこの状態に置いておくのも危険だ。

 

「話は以上だ…今度こそ…永遠に眠れ!」

 

そう言い残す幻影剣を持つ手に力が入る。そしてそのまま幻影剣の切っ先をナハトヴァール体に食い込ませコアを砕いた。

 

「…そう簡単に…」

「?」

「そう簡単に…自分の都合で…ことが進むと思っていたのか?」

 

そのナハトの言葉に俺はぞっとした。

咄嗟に離脱しようとしたがそれより先にナハトの体に異変が起きる。

体が黒い霧のようなものに変異すると俺の周囲を漂う。

 

“フハハハッ!?俺のコアを破壊したのが失敗だったな”

 

どこからともなくナハトの声が聞こえるすると霧は俺へと向かっていき俺の体内へと吸収する形で入っていく。

驚きを隠せないが次の瞬間俺の身に異変が起きる。突如として俺の体が内側からの激痛に受けその場で倒れ伏せる

 

「うっがぁぁっ!?これ…は…」

“どうだ?体内から蝕まれる感覚は?今はお前のリンカーコアに浸食している。そのままお前の体を乗っ取ってやる”

「がはぁッ!?そんなことさせる…わけには…」

“もう遅い…俺が体内に侵入しリンカーコアに干渉できたできた時点で時間の問題だ”

 

激しい激痛に苛まれながらも何とかナハトを追い出そうと抵抗するが全く意味をなさない。

 

“抵抗しても無駄だ…もうすぐ体の主導権はこっちが…ん?この魔力は…接近する魔力が2つ1つは低いが…もう1つは…ハハハッ!そうかこれは良い再会になりそうだな!!”

 

ナハトに言われたとおり確かに感じた。

誰かはわからないが…しかし1つ…ずば抜けて強い魔力は懐かしさを感じる。

しかもナハトまで歓喜するということは…

 

「リィン…フォース」

 

駄目だ今来てはいけない…

掠れた声で俺はリィンフォースの名前を呼ぶ。

そして浸食を強めたナハトに俺の意識はどんどん刈り取られていき…抵抗も虚しく俺の意識は暗闇へと落ちていく。

 

 

NOSIDE

 

「何故だ…何故正人を!」

 

アインスは正人の体を使うナハトヴァールを見て憤る。

その瞳には殺意が迸り今にも飛び出しそう程だ。

しかし飛び出せばナハトヴァールの思うつぼなのもあるが体は正人のものであることから攻撃することを渋っていた。

そんな正人の体を扱うナハトは高笑いをしながらアインスを見つめた

 

「簡単な話だ。八坂正人と黒羽…お前達二人が合流されると今の俺じゃあ厄介極まりないからな。だからこそどちらかを潰す必要があった。」

 

今のナハトは嘗て無限に近い再生能力を秘めていた防衛プログラムとは違い。あるものによって用意された器やアインスと分離したことによって再生能力と戦闘能力は従来の力を下回り。

もし正人がオリオンを所持して使っていたのであればナハトヴァールは既にこの場で消滅させることも可能だった。

それ故、正人とアインスの合流は何としてでもナハトヴァールは避けたかった状況だった。

だからこそナハトヴァールは戦闘の最中妙案を思い付いたのだ。

戦っている八坂正人を取り込む形で自らのパワーアップを計るという算段を…

結果は正人の体を掌握されアインスの目の前に立ち塞がる事になった。

 

「だが…まだ足りない…」

 

そういって見つめる手を閉じたり開いたりと正人の体のコンディションを確認するナハトの表情は未だ物足りないという不服を隠せない。

 

「セットアップ」

「っ!!」

 

ナハトがその言葉を呟くとアインスは警戒を強める。

先程の正人が着ていたボロボロの軽装の装備から黒を強調する導士服*1へと早変わりし右手の手首に禍々しい色をしたパイルバンカーが装着される。

 

「これじゃあ駄目だ。やっぱりお前を取り込まないと話にならないんだよ…黒羽…」

「……っ!」

「あの圧倒的な力!それが今俺が欲しているものだ。そのためにも今一度1つとなり完全なる闇の書の再誕を!」

 

そういってパイルバンカーの矛先をアインスに向けるナハト。

いつでも撃てると言わんばかりの姿勢にアインスももはや戦いは避けられないと苦い顔を浮かべて臨戦体制へと拳に力を入れる。

そんな一触即発の中、香織はただその場に座り込み変わり果てた正人を見て呆然とする。

 

(なに……これ……)

 

もはや、香織の頭では追いつくことが出来ず。今の現状を受け入れることが難しかった。

 

「下がっていろ……下手をすれば巻き込まれる」

「え?」

 

 

そんな呆然に座り尽くす香織の前にアインスは立ち少し顔を香織に向けて下がるように促すがどういうことか理解できない香織はその場から動かない。

改めて説明をしようとするがナハトヴァールはそんなもの待ってはくれずに地面を蹴ってアインスへと迫り。咄嗟に香織を右腕で抱き寄せて左手でシールドを展開するが突き出されたパイルバンカーの矛先から放たれる閃光との衝突により、アインスと香織は衝撃で後方に吹き飛ばされる。

 

「ぐっ!!」

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 

シールドを保つために堪えるアインスに衝撃を受けて悲鳴を上げる香織。

二人は壁際まで吹き飛ばされるとシールドを解き、追撃を警戒しながら一緒に吹き飛ばされた香織の容体を見る。

 

「…………」

「先程の衝撃で気絶したか」

 

無理もないと、先程の攻撃による外傷ないことを確認すると香織の体を壁にもたれさせ。守るための結界を張る。

これにより気絶している香織に戦いの余波から守ってくれるとアインスはナハトへと意識を集中する。

そのナハトはパイルバンカーの切っ先から黒混じりの紺色の魔力で出来た矢が連続でアインスに向けて放たれそれをアインスは後ろにいる香織のことを気にかけて回避せずにバリアでナハトの攻撃を防ぐ。

バリアで防ぐ中アインスはナハトの攻撃に眉をひそめる

 

(この魔法…正人のソニックアロー!やはり正人の魔法を)

 

ナハトの使っている魔法が正人が使う魔法だとわかるのにそれほど魔法に洗礼さが欠けている。

それがナハトに体を乗っ取られたために使い慣れた魔法も付け焼き刃の急造品と成り果てていた。

 

「バルムンク!!」

 

正面から来るソニックアローをアインスがバリアで防ぐ中周囲に白い剣を生成するとソニックアローの左右を通過してナハトへ目掛けて飛んでいく。

それを見てナハトも射撃を中止し空高く飛び上がりバルムンクはナハトがいた地面へと突き刺さる。

だがそれだけでは終わらない。更にアインスはバルムンクを生成しナハト目掛けて飛んでいきそれをナハトがソニックアローで撃ち落としていく。

 

(くっ!このまま膠着が続けるわけには)

 

何とか起死回生を計りたいアインスだがそれはアインスの思惑よりも直ぐに拮抗が崩れ去ることになる。

 

「な、なんだこれは!?」

「っ!?」

「おいおい…もう追いついてきたのか」

 

アインス達がやってきた下層へと続く通路から勢い良く飛び出してきたのは光輝だった。

しかしそれだけではない。それに続くようにアリサ、すずか、ハジメ、正人に近しい人物達もやってくる。

何故彼らだけやってきたかというと、アインスとナハトとの戦闘音が原因だった。

少しだけ休息を取っていたメルド達は直ぐに脱出のために移動を再開した。

といってもやはり動きはナハトと接敵する前より遅く。その理由は先の分身体との戦った惨状を目にしてしまったからだった。

目の前で死んでいく様を見た転移組はとても正気を保つことは難しく何人も嘔吐するほどでそれらのケアをしながらとなると思うように進まなかった。

進みたくない…その上立ち止まりたくもないとジレンマに欠けられる転移組を率先して導いたのはメルドで誰も脱落しなかったのは彼のいたおかげてあろう。

そんな中上層から再び戦闘音が鳴り響くと一行は慌ただしくパニックになる。それをメルドは収拾しようとしたがここに来て一団から飛び出していったものが現れる。

光輝だ。彼は精神的に消耗しきっている中、先に行った香織のことを気にしていた。

早く香織の元へ行かないと…!そんな馳せる気持ちを抑えながらも香織の安否を気にしていた光輝にとってその戦闘音ははせる気持ちの自制の枷が砕け散るには充分すぎる材料だった。

光輝は香織の名前を叫ぶとメルドや雫の静止も聞かずに上層へと続く道を走りだし香織の元へと向かう。

それに便乗するように正人の安否が心配だったアリサ達も光輝を追いかけるという大義名分で後を付けていき、正人の元へいち早く辿り着いたのだ。

 

「な、何をしているんだ。八坂、その人は俺達を助けてくれた人なんだぞ!?」

「無駄だ…今の彼はナハトに体を乗っ取られている…!」

 

困惑しながらアインスを攻撃する正人を見て攻撃を止めさせようと光輝は説得するが光輝はナハトが操っていることに気付いていない。

そのことをアインスは手短に説明してアリサ達は驚くが光輝は未だにピンとこないのか首を傾げた。

 

「そんな…それじゃあ正人くんは…」

「ああ、あいつの意識が目を覚ますことはない。そして…!」

 

正人の意識がないことをうわごえで呟くすずかにナハトは返事を答えるとパイルバンカーを装着する右腕を空高く上げる。

 

「お前達はここで終わる…俺の手によってな!!」

 

パイルバンカーの先端から正人の幻影剣とは比べものにならないほどの長さの魔力刃が形成され魔力刃からは注ぎ込んでいる魔力が溢れ出しているようで刀身が魔力で波打っている。

 

「逃げ場なんてない。防ぎきれるなら防いでみな!」

(不味い、恐らくあれには着弾後周囲に拡散されるように広域術式が組み込まれている。バリアで防ぎきれるかもしれないが他の者達は…!)

 

自分一人なら気絶している香織のもとへ行き守ることは出来たしかし、光輝達の到着により場所が離れていることから全員を守るきることは難しくなった。

呼びかけて一箇所に固まろうもそんな時間をナハトが与えるとは思えず。苦渋の決断を強いられるアインスだが突如として展開していたナハトの魔力刃が飛散する。

 

「っ!?」

「うっ…ぐっ!?お、お前…まだ…!?」

「な、何がおきてるの?」

 

突如として苦しみだしたナハトに戸惑いの声を上げるハジメ。

頭を抑え何かに抗っている正人の姿を見て終始釘付けで見ていると息を荒くしながら俯いていた顔を上げる正人の瞳は先程の赤い瞳ではなく黒色の瞳をしていた

 

「はぁ…はぁ…リィン…フォース…」

「っ!正人!!」

 

掠れた声でアインスを呼ぶそれは正人本人であるとわかるとアインスは思わず駆け出そうとするがそれは正人が苦しそうに静止させる。

 

「はぁ…はぁ…いつまた…ナハトに体が乗っ取られるかわからない……だから頼みがある…………討て、リィンフォース……俺ごと……ナハトヴァールを…討ち滅ぼしてくれ……!」

 

掠れながらと必死に満ちあふれた正人の言葉はあまりにも残酷な言葉だった。

その言葉にアインスも含め周囲は凍りつく中、一足先に動いたのはアリサだった。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ!あんた今何言ったかわかってるの!?」

「そうだよ!正人くん!そんな……自分を殺してくれって……!」

 

アリサに続くようにすずかも反対の声を上げる。

しかしその言葉は正人に響いているのに関わらず正人は意思は固いのか考えることなく。内から迫るナハトに耐えながら声を絞り出す。

 

「わかってる……でも…もう駄目だ。ナハトは今度こそ俺を完全に飲み込み…体を掌握するだろう………そうなればアリサ達が……危険に曝される。それだけは嫌なんでな」

「正人くん駄目だよ……そんなの……」

「ハジメ……悪いな……約束は守れそうにない……だけど安心しろリィンフォースがいれば……直ぐにみんな元の世界に帰ることが出来る……」

「正人……もうそれ以外方法がないのか?お前が助かる道は必ず」

「……あるかもな…」

「ならば!「でもさ」っ!?」

「ナハトヴァールの目的は完全な状態に戻ること…つまりはリィンフォースを取り込むということだ…あいつが完全な状態に戻れば…それが何を意味するかは…語らなくてもわかるだろ?」

「それは…」

 

わかってしまう。正人の言うことは正論だった。

いくつもの理不尽な猛威を振るってきた闇の書その元になってしまったナハトヴァール…それが完全に復活したとなればトータス処の騒ぎではなくなる。地球やミッドチルダ…果てには多くの無関係な世界までナハトヴァールの爪痕を残すかもしれない。

そう考えれば正人の言い分は正論で簡単に否定することはアインスには出来なかった。

 

「それに…今ならわかる気がする…7年前のあの日のリィンフォースの気持ちが…さ…ぐっ!」

「正人!?」

“まさかまだあれだけの力を温存していたとはな、八坂正人!道連れなんてさせるわけには行かないな!!”

「ぐっ!リィンフォース…早く…またナハトヴァールの奴がぁ…!」

 

胸を抑え呼吸が更に荒くなる正人を見てナハトヴァールがまた表に出てくるのが間近になっているのを理解するアインス。少し歯を食いしばり複雑な顔を浮かべたあと、やり切れない表情で言葉を出した。

 

「…わかった」

「っ!ああ、リィンフォース…後のことは…頼むぞ」

「待って!リィンフォースさん!?正人は…」

 

腹を括ったアインスは完全に倒すために魔力スフィアをチャージし始め、それを見たアリサは正人を殺す気だと察し急いで止めようと駆け寄ろうとしたがそれは叶わなかった。

突如としてアインスを除くアリサ達周りに出現した紺色の鎖がアリサ達を束縛し動きを封じ込める。

 

「悪い…な少しだけじっとしていてくれ」

「正人!?」

 

アリサ達四人の動きを止めたのはナハトと内側で戦っていて顔色を悪くしている正人。本来ならナハトに抵抗するために力など使うわけにはいかないのだが、無理をして力を割いたのは明白で最早アインスがトドメを刺すことを自らが望んでいるのは明白だった。

 

「行くぞ…正人…」

「ああ…最後にお前が生きていてくれて本当に良かった…後のことは…頼む」

 

魔力スフィアのチャージが完了しアインスの瞳から涙が零れながら最後の言葉を交わす。正人もこれで終わりなのだと清々しい表情でアインスの復活を喜ぶと共に後のことを任せると言うとゆっくりと目を閉じる。

 

「っ!!」

 

お互い最後の言葉を交わしアインスが正人へ向かって飛び出す右手の手の平には高密度に圧縮された大型の魔力スフィアがありそれを至近距離でぶつけ正人の体を塵も残さず消滅させようとしていた。

必死に足掻いて鎖を壊そうと躍起になるアリサやすずか、止めてと必死に叫ぶハジメ。今もなお状況が読み込めず呆然とする光輝。

誰も邪魔をするものはいない。待つのはナハトヴァールと共に正人も消えるという結果。

正人もアインスもそれはわかっていた。しかし止めることは出来なかった。

…これ以上誰も邪魔者がいなければ…

 

「だめぇ!!!」

それは突如として正人とアインスの間に割って入った。

両手を大きく横に開きアインスをこれ以上進ませないと言わんばかりにアインスに涙目ながらも睨みをきかせる中、体は恐怖で竦んでいる。

アインスも咄嗟に正人へ飛び出した足を止め彼女の前で停止。驚いた顔で彼女を見た。

 

「君は…」

「か…おり」

 

アインスに立ちはだかる少女は香織だった。

気絶していた香織は実は少し前に意識を取り戻していた。

だからこそ正人の自身の命共にナハトを滅ぼそうとしていることも知り居てもたっても居られずに間一髪二人の間に割って入ったのだ。

 

「正人くんは…殺させない!」

 

香織も意地だった。香織にとって正人は無意識ながらも特別だと思っており、それの喪失は彼女にとって見過ごすことは出来ないものだった。

だが香織の行動は本人の思いを裏腹に事態を悪化させるのであった。

 

「…危なかったな…思わず死を覚悟したぐらいだ」

「正人…くん?」

 

結果的には間に合わなかった。世界のことを思えば割って入らず正人がナハトと共に消滅するべきだった。

 

「感謝するぜ…おんなぁ…!」

「っ!!」

 

既にそこには先ほどの正人の面影はないあるのは邪悪な笑みを浮かべた正人の体を操る。ナハトヴァールだけだった。

 

「ここまでまた一戦…っと言いたいが不確定要素が多すぎる…今回は諦めるしかないな」

「転移魔法!?待て!?」

 

そういってナハトは諦めきれない表情を浮かべながらも後方にバックステップで飛び退くと着地と同時にベルカ式の魔法陣を展開。アインスがそれが転移魔法だと気付くと焦りながらナハトへ向かって駆け出す。

 

「今回は見逃してやるが次は必ずお前を手に入れる。絶対だ!じゃあな黒羽…」

 

そう言い残すとナハトは眩い光共に姿を消しナハトがいた場所にアインスが辿り着いたときには魔法陣も消えていた。

 

「正人…私は…っ!くそ!!」

 

ナハトヴァールを取り逃がしその上、正人という現時点で1番信頼出来る人物を取られたことに唇を噛み締めながらその場で立ち止まることしかアインスは出来なかった。

 

 

*1
テイルズのスレイの服の黒版のイメージ



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16話

今回は短くしてます。いつも通りすると更新速度が遅くなるな…やっぱり


 

 

 

もうここに来て数日が経ったか…

備え付けられている豪勢なベッドから体を起こし近くにある窓からは変わらぬ景色が広がっていた。

 

「………誰かいないか?」

 

扉の方に顔を向けて声を掛ける。しかし誰も返事はない。

しかし気配でわかる。扉の向こう側に警備している兵士が二人いることに気付いている。恐らく私に関わりたくないのかそう厳命されているのか…もしくは両方か。

 

どちらにしてもここに来てから周りから阻害されているのは事実。唯一交流があるとすれば…

そう考えていると外からカートを引く音が聞こえてくる。もうそういえばそんな時間になっていたかとこの場所には時計がないためにそんなことを思っていると部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

 

「失礼いたします」

 

部屋の外からあの子の声が聞こえ、扉が開く。開いた扉の向こうにはやはり警備している兵士と目が合ったが直ぐに兵士が視線を切る。恐らく私のことを恐れているのだろう。そんな中外からミント髪をショートヘアで整えたメイド姿の少女が私に向き合って微笑んだ。

 

 

「お食事をお持ちしました」

「そうか、いつもすまない」

 

軽く会釈をしたメイドは部屋に備え付けられている机にテキパキと食事の準備を執り行う。

外で警備している兵士とは違い、その振る舞う様子には私に対する恐れなどはない。

 

「その少し聞きたいことがあるんだが…」

 

私の問にはいっとカップに飲み物を注ぎ終えたメイドは私に体を正面に向けて如何様ですか?と訪ねてくる。

 

「他の者達は…どうしている?」

「他の方々ということは勇者様達の今の状態ということでしょうか?私はあなた様の専属でお世話を任されていますので他の方々の状態を見たというわけではございませんが…妹が…」

 

 

 

NOSIDE

 

王宮内のクラスメイト達が泊まっている部屋が立ち並ぶ廊下を水色が掛かった白銀の髪を後ろで纏めた幼いメイドが食事を乗せたカートを押してある1室の部屋の前で止まる。

 

「失礼いたします」

 

声を掛けたが返事がない。しかしメイドはあまり取り乱すこともなく入室する。

中は殆ど使われていないような清潔感が保ちベッドには今もそこにいるであろう人物の膨らみが見えた。

 

「香織様お食事をお持ちしました」

「…………」

 

メイドの言葉に対してベッドに横たわる香織は無言。それでもメイドは気にせず持ってきた食事を机に置き飲み物を注ぐ。

 

「それでは失礼いたします」

 

香織を向けて軽く会釈をしてメイドは部屋から出て行く。

 

香織の部屋から出たメイドは再び廊下に置いてあるカートを押し始め、次の部屋に籠もる人物の元へと向かっていく。

 

「失礼いたします」

「は、はい」

 

扉前でメイドが中にいる人に声を掛けると今度は返事が返ってきて、扉を開けると椅子に座り机に何かを広げて考えていたであろう。少年…ハジメの姿があった。

 

「お食事をお持ちしました。」

「あ、ありがとう。えっと…そこに置いておいてくれないかな?」

 

トレーを持ってどこに置いて奥か訪ねるメイドに言葉を詰まらせながら指を指した机に置いておいてというとメイドは畏まりましたと食事の準備を整える。

 

「お食事の準備が整いました。えっと…他に何か不自由なことはございませんか?」

 

ハジメに対して他に何か訪ねるメイド。

そんな献身的なメイドにハジメはとても居心地が悪かった。

元々王宮での生活や奉仕されることにも馴れていない。その上自分より幼いハジメの見立てでも中学に入るか入らないかの幼げを残す少女に献身に奉仕されることにもどことなく罪悪感を覚えていたのもあった。 

 

「だ、大丈夫だから、食事を持ってきてくれてありがとうね」

「はい!お役に立てて光栄です」

 

咄嗟に不安がっているメイドを見て食事を持ってきてことにお礼を言うハジメにメイドは花が咲くように先程と違い笑みを浮かべる。

 

「それでは、私はこれで何か御用でしたら食堂までお越しください」

「あ、待って!?」

「はい?何でございましょう」

「えっと…白崎さんのことなんだけど…彼女大丈夫だった?」

「香織様…ですか?…先程お部屋にお食事をお持ちましたが…ご就寝されていました。ただお持ちするお食事を少しだけしかお召し上がってなくて…」

「そ、そうなんだ」

「あっ、気を悪くしてしまい申し訳ございません。それでは私は失礼いたします」

 

香織の現状を聞いて俯き、それをみた慌ててメイドは謝罪した後。ペコリと怖じ気をした後部屋から出て行く。

そんなメイドの姿に少し気が和らいだ。ハジメは香織のことを思う。

 

「もうあれから数日経つんだよね…アインスさんから聞いた話。今でも信じられない気持ちだけど…」

 

あれは夢だったのではないのかとしみじみ思うハジメ。ハジメの脳裏にはあの日正人がナハトヴァールに乗っ取られて何処かへ転移していった直後のことを思い浮かべるのであった。

 

 



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17話

 

 

本当に色々と有りすぎた。

ナハトヴァールの分身と戦って、リィンフォースさんが現れて助けてくれて…後を追いかけて追いついたら正人がナハトヴァールに乗っ取られていて連れ攫われて…

この短時間でどれだけヤバイ場面に出会すんだかと嫌気がするほど味わった。

あの後私は正人がかけたバインドを強引に破って体の自由を取り戻し、他のみんなはリィンフォースさんがバインドを破壊したお陰でんな体の自由は取り戻している。

その後追いついてきたメルド団長達とも合流した。

 

「光輝!アリサやすずか達も無事だったか!全くいきなり飛びだしていくものだから。心配したぞ!」

「ご、ごめんなさい…その居てもたっても居られなくなって」

 

少し怒ってますと強面の顔つきで溜め息を溢すメルド団長にすずかが落ち込んで謝る。

それに関しては私達も反省するべき点だから致し方ないわね。

 

「む?そういえば正人の姿が見えんようだが…」

 

辺りを見渡し正人のことを心配になって先に飛び出した香織とリィンフォースさんの姿を見つけたけど正人だけいないことに不自然に思ったメルド団長は口に出すと思わず私は俯いた。

ここはどう伝えるべきか…

いらぬことを言って正人の立場を悪くしてしまうかもしれない。ここは慎重に…

 

「そうだ!メルドさん聞いてくれ!八坂が俺達を殺そうと…」

 

このバカはぁ!!!

確かに端から見たらそう見えるけど明らかに異常だったのはすぐにわかるでしょ!?

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!?光輝いくら何でも正人がそんなことするはずが…」

 

それに反応するのは一歩前に出てきた雫だ。慌てている表情を浮かべこのバカの話を疑い深く訪ねた。

しかし、真偽はともかく、正人が離脱もしくは裏切ったと聞けば周りがざわ付かないわけがない。

擦り切っている精神が更に追い打ちをかけてもはや発狂しそうな人物も何人か見て取れる。あのバカが滑らせた言葉は悪手としか言いようがない。

 

「ま、待って天之河くん!確かに正人くんが可笑しかったけど…それでも正人くんが本当に僕達を攻撃しようと思ってたとは思えないよ」

 

南雲も正人の豹変を受け入れられないようだけど正人を擁護していた。

 

「正人に一体何が……アリサとすずかもそこにいたんだったな?どういった状況だったか説明できるか?」

「いや、私が説明しよう」

「っ!リィンフォースさん」

 

どう説明しようか考えていると私の隣に歩み寄ってくるリィンフォースさんが代わりに説明すると言い、メルド団長もアリサ達より先に来ていたからよりわかるかと納得するとリィンフォースさんの声に耳を傾けた。

 

「長い話になる。他の者達の体調も考えればここで休息を取るのが良いだろう」

 

恐らく正人が隠していることを話すんだナハトヴァールのことや夜天の書のこととか…最早隠し通せる事態じゃないのも確かだから私達が口を挟んでいい内容ではないだろう。

 

「聞きたいのは山々だが…ここでは魔物が」

 

メルド団長の言い分は分かる。

 

ここで寛いでいたら間違いなく魔物がやってくるだろう。それを懸念するメルド団長だがリィンフォースさんがいれば問題ない。

 

「そうか…わかった」

 

そう二つ返事で言葉を返すとリィンフォースさんの足元に魔法陣が展開リィンフォースさんを起点に結界が拡大していきこの広間全体を覆った。

 

「これでこの結界内には悪しきものは入れない」

「そ、そうか…」 

 

こうも簡単に問題を取り除かれたことにメルド団長も戸惑いの声を上げる中、魔物の気配を感じないのを確認してリィンフォースは話を語り出した。

 

「先ずは私のことを話さなければならないな。私の名はリィンフォース…夜天の書の元管理人格だったものだ」

「夜天の書?それに管理人格とは一体…」 

「厳密に言えば、私は人間ではない…夜天の書というシステム、そのプログラムの一部と言えばわかりやすいか…」

「なっ!?」

 

みんなリィンフォースさんが人間ではなく。プログラムであるということに目を大きくして動揺する。

どこからどう見たって人間としか見えないのだから仕方がないといえば仕方ないのだ。私達は普通に人として接しているし問題は無い

 

「そして夜天の書とは…様々な世界を旅し情報を蒐集し蓄積していく魔導書……」

 

そういってリィンフォースさんは腕を突き出し念じると突き出した手の平の上に一つの書物が…はやての持つ夜天の書とほぼ瓜二つの魔導書が出現する。

 

「それが…夜天の書?」

 

南雲が突如として出てきた書物がリィンフォースさんがいう夜天の書ではないのかと訪ねたけどその回答にリィンフォースは首を横に振って否定した。

 

「違う…これは嘗て夜天の書と呼ばれていたものの残りカス…受け継がれた夜天の書はふさわしい主に託してある…この書の権限も損傷が酷すぎて、使い物にならないし…今や膨大な機能がある大型のストレージといったところだろう」

 

リィンフォースさんの説明通り、夜天の書に傷が付いているし表面には付いているはずの剣十字がなくて浅い窪みが見える。

 

正直大半の人間は何のことかわからずに付いてこれていないといったところ。

 

「えっと、リィンフォースさんの素性は理解できたんですけど……正人やアリサ達とはどういった関係だったんですか?3人のこと知ってる感じでしたけど」

「…3人のことを言う前にナハトのことを話さなければならない。ナハト…ナハトヴァールは私と同じ夜天の書のプログラムの一部だ。嘗ては夜天の書自己防衛プログラムだった…しかし先代のマスターの悪意により悍ましい存在へと変貌してしまったがな…」

 

リィンフォースさんの脳裏にはきっと7年前に私達も見たあのナハトヴァールの姿が思い浮かんでいるのだろう

 

「それで…どうして正人くんがそんな魔導書に関わってくるの?」

 

そこから言葉を詰まらせていたリィンフォースにずっと口を閉ざしていた香織が正人との関わりが何なのか問うと少し躊躇いがあったがリィンフォースさんは口を開けた。

 

「…夜天の書はプログラムが改悪されたことにより闇の書という呪われた魔導書と呼ばれるようになり魔導書が完成すればナハトヴァールが主を飲み込んで暴走…そして次の主の元へと向かうそんな最悪なループを繰り返し…地球の日本にに辿り着いたのだ…」

「日本…に!?」

 

リィンフォースさんの話を聞いてみんな顔を真っ青にする。

聞く限りでそんな危険物が地球の日本に流れ着いたのだ。無理もないわね。

 

「選ばれた主は先代の主達とは違い…力を求めなかった。主は魔導書と平穏な日々を過ごすことをお望みになられた。しかし闇の書はそんな主の願いも飲み込もうとした。蒐集していなかった闇の書は主の肉体を蝕み…命の危機に瀕していました。そして…夜天の書の騎士達と彼は主に内緒で独断で行動を始めた」

「まさか…彼って…」

「ああ、正人だ。正人は敵を欺くため偽りの主として戦場に出ていた」

 

勘づいた雫の言葉に返したリィンフォースの言葉は周囲を響めかす。無理もないだろうと私とすずかは割り切ったが周囲はそうも行かない。

少なくても正人は実戦経験があった。そう確信付けるものがリィンフォースさんの言葉には存在した。

 

「なるほどな…だからこそあれだけ動けるわけか…」

 

腕を組み何処か納得した表情を見せるメルド団長。他のみんなは自分達が住んでいる世界でそんなことがともはや頭がパンクしているように見える。

 

「色々と正人とは情報を共有しておきたかったのだが…まさかナハトに乗っ取られるとは迂闊だった…正人がいれば主や騎士達とも連絡を取れると思ったのだが…」

「あのリィンフォースさん、それが正人も連絡は試みてたんだけど…音信不通で…リィンフォースさんなら転移魔法で世界を飛び越えられないんですか?」

「残念だがそれは叶わない…転移を試みたことはあったがこの世界に覆われている結界のようなものに阻まれてこの世界から出ることが出来ない。連絡を取り助けを呼ぶことが出来ればと思ったがもしかすればジャミングもされている可能性は高いだろうな」

 

なるほど、それなら正人が必死に通信を試みて成果がないのも頷ける。

だけどそれを聞いた私とすずかも顔に陰を落とす。

次元転移も無理、通信も邪魔されて使えない。リィンフォースさんと合流できたけど、正人は復活したナハトヴァールによって体を乗っ取られて連れ攫われる始末…殆ど詰んでいる状態といって良いかもしれない。

どうすれば良いのよっと項垂れる私を他所に俯いた香織がリィンフォースさんに近づいていく。

 

「香織ちゃん?」

 

すずかも不思議がり恐る恐るで香織に訪ねたが返事は返ってこない。そのままリィンフォースさんの目の前に立ちそこで掠れた声でリィンフォースさんに話しかける。

 

「…どうして……巻き込んだの?」

「なに?」

「正人くんをどうして巻き込んだの…!そんな危険なことに…!」

 

俯いた顔を上げた香織の表情は睨みつけながらも瞳からは涙が流れていた。

そして口を開けて言った憤りを感じる一声は正人のことだった。

 

「香織落ち着きなさい、正人は…「いやいい」リィンフォースさん?」

「………すまない…全て私のせいだ…夜天の書が私とナハトという存在が八坂正人を戦場へと駆り立てた…それは紛れのない事実だ」

「っ!!」

「香織!?」

 

流石に不味いと思って水を差そうとしたけどリィンフォースさんに呼び止められ、そのまま自分の責任だと淡々と口にするリィンフォースさんに香織は胸ぐらを摑んだ。

 

香織らしからぬ行動に雫が声を荒げるが次に香織が口をする言葉でそれを止めることは出来なかった

 

 

「…返してよ…私の知ってる正人くん……大好きな正人くんを…返してよぉ!!!

 

それは悲痛な叫びだった。

香織のその気持ちは香織の奥底で擽っていた気持ちだったのだろう。当たり前と思っていた正人と一緒にいることが崩れ去り、その気持ちが爆発したのだろう。

周りは誰も止めない…いや止められないのだ

香織の悲痛の叫びを誰も反論することはない。ただみんな…癒えない傷跡にその言葉は染みるように痛く感じた。

 

 



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18話

 

香織の悲痛な叫びの後私達は無言のままその場で止まった後残り少ない階層を上がり、漸く迷宮から抜け出すことが出来た。

 

漸くホルアドまで戻ってこれた私達の中にはその場で座り込み生きている心地を噛み締めたり、お互い生き残れたことを抱き合って慰め合ったり。そんなことをする光景が多かったその後受け付けとやり取りをしているメルド団長、リィンフォースさんのことや正人のことでやっぱり気が重たいのか足取り重いように思えた。それと檜山も今の状況とメルド団長が離れた隙を見て逃げだそうとしたが私が直ぐに取り押さえた。

檜山からは恨み言葉をかけられたがこれ以上都合の悪い連鎖を広げないためにもこいつだけは逃がすわけにはいかなかった。

その後戻ってきたメルド団長に檜山を引き渡し、ホルアドで1泊した後、私達は王都へと戻ってきた。

 

それから言うもの私は空いた時間に自らの大剣を振るう日々が続いていた。

ただ我武者羅に…嫌なことを忘れたいために…というか

 

「いい加減にしつこいのよ。あのバカどもはぁ!!!!!」

 

恨みつらみをぶちまけた怒声と共に振るわれた一撃は訓練所の地面を抉った。

 

「はぁ…はぁ…何なのよ王宮の重鎮ときたら、気晴らしで振るっているってのに訓練に精が出ているなとか、部屋に引きこもる者とは大違いで流石は勇者様のお仲間とか、アリサがここまで頑張ってるんだ。俺達も負けていられないなとか、本当にふざけんじゃないわよ!!!」

 

訓練所で振るっていたら私を見かけた者はそういって去って行く。因みに最後のはあのバカ(天之河)だ。結局あいつには正人の思いは届かなかった。 

寧ろ、力を隠していた卑怯者と扱う始末だし、憤って本気で手を出しそうになったぐらい。

実際すずかがいなかったら間違いなくぶっ飛ばしてたと思うし、すずかがいてくれて本当に助かった。

 

「凄い鬱憤が貯まってたのね…それと光輝が本当に迷惑かけてごめんなさいね」

 

同じくじっとしているのが無理で気晴らしに剣を振るっていた雫が天之河のことで頭を下げてくる。

本当に損な役回りを務めてるわねっと思いながら私は雫に顔を向けた。

 

「別に雫が謝ることじゃないでしょ?」

「それでもよ…ねえ、アインスさんとは会えたの?」

「……残念ながら通してはくれなかったわ…この中は危険なのでお下がりくださいの一点張り、城の衛兵以上に私の方がリィンフォースさんのことは知ってるって言うのにね」 

 

此処で少し今の現状を説明しておこう…

まず私達の状況なのだが、クラスの殆どが戦いへの恐怖から引き籠もっている状況で王宮はそんな状態を看過することが出来ず。ことあることに戦わせようとさせたけど、オルクス演習に参加していなくて、正人の離脱を深く後悔した畑山先生が猛抗議して、先生のレア天職と実績から王国や教会も無視することは出来ず自主性での参加という形をもぎ取り。取りあえずの強制参加は免れた。

そして、今現在私達のように自主練しているのは私やすずか、雫に天之河と坂上のたった5人だけで今や六分の一のメンツしかいない。

そして唯一行方不明扱いになっている正人はというと隠していた魔力操作等がバレ裏切り者、異端者と王国や教会からも罵声を上げる始末でその顛末をきいた私は胸くそ悪いと思ったのは言うまでもないだろう。

そしてそんな正人と同じ力を持つリィンフォースは危険人物と見なされて王宮の1室に完全に監禁状態…面会すらさせてくれないのが現状だ。

 

因みに檜山だけど今は神山の牢獄で幽閉されているらしい。

私達に対する見せしめ兼人質、下手なことをすれば命の保証はないと別に檜山に関してはどうでも良くなってきたけど畑山先生やあいつの家族のことを考えると迂闊には動けなくなった

 

「香織ちゃん…大丈夫かな?」

「正直、1番精神的にまいってるのは香織だからね…」

 

少し離れた場所で正人の端末を持ちながら私と同じ香織の心配をするすずか。

香織に関しては無理もない突きつけられた真実に正人の離脱…その上汚名まで背負わされたのだ。それで開き直れるほど香織は強くはない。

今現在は部屋に引き籠もっている状態が続いている。

 

「そろそろ光輝達も来ると思うわ。」

「天之河とあったら一悶着あるだろうしね…そろそろ切り上げるわ。行きましょうすずか」

「うん、またね雫ちゃん」

 

こちらも天之河と鉢合わせるのは避けたいため雫の言葉を聞いて私達は訓練所を後にする。

それから天之河達とはすれ違うことなく王宮の長い廊下を歩いていると少し離れた所で見知った人物が見えた。

 

「優花様!?お体がフラついてます。今すぐに誰をお呼びしますからその場でお待ちください」

「大丈夫って言ってるでしょ!?私に構わないで!私はだい…じょう…」

 

近くにカートがあるから部屋に食事を持ってきているメイドだろう。道端で見かけた優花を見て身を案じているみたいだけどそれを優花は声を荒げて突っぱねているようだ。

だけど離れている私達ですら優花がフラついているのが判るほど疲れているように見えて、その後案の定その場で倒れてしまった。

 

「優花様!?お気を確かに!?優花様!!」

「アリサちゃん」

「わかってる行くわよ!」

 

流石に見かねた私達も優花の元へ駆け寄る。

 

「あっ、アリサ様にすずか様」

「優花を部屋まで運ぶわ」

「は、はい!」

 

優花を抱き抱えた私は急いで優花の部屋へ。メイドも慌てて付いてきて、抱えた優花をベッドに安静に寝かせると私は一段落と息を漏らした。

そんな中暗い影を落とすメイドがポツリと語り出す

 

「優花様…あまりお眠りになられてなかったようで」

「なるほどね…無茶をといいたいけど…多分原因は王国の勧誘か…」

 

例え畑山先生が抗議して自主性ということになっていたけど…勧誘がなくなったわけではない。

上手く自分で参加するように巧みな話術で誘導をさせようとしたのは現に優花だけでなく引き籠もっている全員が受けている。

それによる過度なストレスにメイドが指摘したように睡眠不足が重なれば優花らしくない態度や倒れたことにも説明はつく。

これを出しに王国に抗議して止めさせようと思ったけどそれでなくなりそうにない。

 

「はぁ…どうすれば良いのよ」

 

現状を何が打開しないと私達に安息はないと溜め息を溢す私はふと正人ならどうするかと脳裏に浮かべた後、微かな呻き声が聞こえてくる。

 

「優花?」

「…ぁぁ……っ!」

 

何かに魘されているようで顔には汗が滲み出て苦しそうな表情を見せ流石にただ事ですまない光景に少し呆然としたが、優花は目を覚ますと同時ベッドから上半身を起こし上げ荒い息遣いで悪夢に魘されていたことは直ぐにわかった。

 

「優花、落ち着きなさい。悪いけど飲み物を淹れてくれない?」

「はい、ただいま」

 

優花に落ち着くように優しく抱きしめ、メイドには一息入れるためにあの紅茶もどきを淹れてせるように言うと慌ててメイドはお茶を淹れた。

 

次第に落ち着きを取り戻した優花…これなら話も出来ると思った私は優花に訪ねた。

 

「優花…魘されていたみたいだけど…良くない夢を見てたの?」

「……うん、あの日から…あんまり眠れないなって…ね……八坂が…血だらけになりながら私を責めてくるの…お前達のせいで俺はこんなにボロボロだ。足手まといだから合わせるのに苦労するとか…実際八坂が言ったわけじゃないけどさ…胸に突き刺さるものがあって……それはそうだよね……八坂は私達より強かった足引っ張ってて調子に乗ってた私達なんて迷惑だったに決まってるよね」

「優花ちゃん……それは違うよ…正人くんは迷惑だったんじゃない。きっと心配していたんだと思う」

「え?」

 

優花の言葉は確かに間違っていない。けど私達が知ってる正人はそんなこと一度だって思ったことはないはずだ。

だからこそすずかは違うときっぱり言えた。正人がみんなに向けていたのは苛立ちなんかじゃない。心配という優しさだったということを

 

「正人くんお人好しだから……きっと……優花ちゃんのことも責めてないよ」

「……そうなの……かな…」

「うん、そうだよ」

「……ありがとう…気が楽になったから」

 

少しは肩の荷も下りたわね。それから仰向けになった優花はそのまま眠りにつき…暫くしても魘されているようには見えないから漸く、安息に眠られるようになったのだと一安心した。私達だが現状は未だに八方塞がりだ。

 

「せめて、正人の端末が開けられればね」

 

そう愚痴を呟きながらすずかが持つ正人の端末を見る。

正人が管理局から支給されている端末で他世界への通信ができる。私達にとっての唯一の鍵。

あの日の翌日、言い方は悪いが遺品回収ということでメルド団長に見つかった端末は全員の前に晒された。

そして私は端末について洗いざらい話しそこで何故それを教えてくれなかったんだ!?っと勿論天之河は反発し騒動になった。

そしてこれは八坂が残した情報だと端末を使おうとしたが結果使うことは出来なかった。

 

「まさか、魔力識別で開くなんてね…まあ…セキュリティとしては万全よね」

「でも、それじゃあ正人くんしか扱うことが出来ないんだよね?」

「そうね…表向きは」

 

そういうとすずかが端末を起動し少し操作するとウィンドウが開かれる。

そしてそこに表示されているのは

 

ID ***********

 

PS

 

パソコンとかで見るログイン画面。

この端末は支給品なのだから当然魔力識別だけというわけではない。勿論他の人間でもアクセスすることは可能だ。しかし天之河達にはそれは教えてない。教えたら躍起になって端末を弄るだろうし、後々面倒だから…教えるつもりはない。

しかし私達もここで問題があった。

端末のパスワードを知らないということだ。

端末の登録は恐らく正人が管理局で手続きをして発行されている。

つまり正人がパスワードを登録しているはずだけど……思い当たるパスワードは全て打ち込んだのだが全て空振り。

あと1つだけ思い当たる節があるけど……

 

「リィンフォースさんならわかるんだけど……」

 

だけどリィンフォースさんは軟禁状態で会うことも出来ない。

何とかリィンフォースさんと会えればと考えていると意外なところから声を掛けられる。

 

「あの…」

「ってあっ!?ま、まだいたのね…」

「も、申し訳ございません。神の遣いであるお二人の会話を盗み聞きしてしまい…」

 

優花を運ぶときに連れて来たメイド。ずっと黙っていたから出ていったと思っていたが確りとまだ部屋にいた。

取りあえず口止めさせるべきよねっとメイドに声を掛けようとしたとき先にメイドの方が提案を持ちかけてきた。

 

「どのようなことかはわかりませんが…その…リィンフォース様に要件をお伝えしてその事がお分かりすればよろしいのですか?その…出来るかも…しれません」

 

メイドから出た提案はこの膠着を打開する言葉だった。

 



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19話

 

 

「可能って……そんなことどうやって……」 

 

いきなりのメイドの提案に私達は驚いて若干詰め寄るとそれが迫力があったのかメイドは水色が掛かった白銀の髪をゆらゆらと揺らしながら慌て始める。

 

「アリサちゃん落ち着いて…怖がってるよ」

 

すずかに迫りきって怯えていることを指摘され、冷静になった私はごめんと謝った後、再びメイドの話を聞いた。

 

「えとえと、実はお姉様がアインス様の身の周りの世話を勤めておりまして…私がお姉様にお話しをお通ししてアインス様にお伝えすれば後日アリサ様達にお伝えすることが出来ます」

 

つまりはこの子の姉がリィンフォースさんと接触している一人でこの子が今回の件を姉に伝えてその姉の伝手でリィンフォースさんに話を聞いてそれを私達に教える。

確かにそれなら王国に怪しまれることなくパスワードに関して聞くことは出来るけど少し不信感はある。

 

「話はわかるけどどうしてそんな話を乗る気になったの?王国には内緒の話なんだけど」

 

最悪はこの子に口止めしなければならない内容だ。幾ら幼いとはいえ王国から雇われている身のはずなのにと当然の疑問を向けるけどメイドは至って普通に手を胸に当てて口を開けた。

 

「これも主のお導き、神の使いであるお二方のお役に立てるのでしたら喜んでお受けします」

 

あくまでエヒト神の導きってわけね 。別に私達が気にすることではないけど……こんな幼い子供でも神様を敬愛しているこの世界の歪さを改めて感じさせられるわ。けど、讃えている神の名前が出ているということは少なからずは信用は出来るということ…その上八方塞がりということもある。ここは少しの不安要素を鵜呑みにして頼むべきだろう。

 

「そうね、それじゃあお願いできるかしら?」

「はい!お任せください!」

 

そう頼まれたことに満面の笑顔で受け答えする。

正直こんな子を巻き込むのは気が引けるんだけどね

 

「ねえ、そろそろ戻らないと心配されるんじゃないかな?」

「え?あっ!そうでした!!それで失礼いたしまっ!?」

 

自分の仕事を忘れていたようで慌ててお辞儀をした後急いで仕事に戻ろうとしたがメイド服のスカートの裾をばたつく足に引っかけてしまいそのまま顔面から地面にダイブ。

私達は終始無言で心配して倒れたメイドを見ていると直ぐにむくっと顔を上げて起き上がり、失礼しましたっと顔を真っ赤にしてお辞儀すると部屋から逃げるように去って行った。

 

「さて…私達も部屋に戻りましょう。此処にいたら優花の安眠を妨げそうだしね」

「うんそうだね」

 

そうして私達も追うように部屋をでていき、当て振られた自室へと戻っていった。

 

 

 

NOSIDE

 

トータスと繋がりのある別次元の世界、その世界の傍ら傾いたビルのような高層の建物の真ん中ぐらいの場所に彼はいた。

 

「はぐっ!うん、ん、ん…」

 

彼はビルの外周で座り荒れている世界の残骸を見ながら手製のバーガー豪快に頬張り空腹の腹を満たしている。

 

「全く、前までは空腹すら感じない体だったのに…やっぱり本物は違うってことか」

 

頬張っていたバーガーを飲み込んだ後自身の思ったことを口にする彼。

彼…正人の体を乗っ取ったナハトヴァールは空腹に悩まされていた。

本来なら空腹という概念自体彼には存在しなかったのだが、正人の体を使っていることから体は人間というカテゴリーに当てはまることになり。何も食べなければ空腹になるし眠りたくなったら寝るとまるで人間のような行動を取るようになった。

 

「ならば、そんな体捨ててしまえば良いでしょう」

 

そんな正人の体に興味を持っているナハトの後ろから突如として声がかけられる。

ナハトはゆっくりと視線を後ろに向けるとそこには銀髪の修道服をきた絶世のシスターがいた。

 

「なんだ、お前か…」

「不躾なものいいですね。ナハトヴァール…貴方はエヒト様に救われたというのにその敬意すら感じられない。」

「いやいや、ちゃんと感謝してるって……そう感じない?……ああ、エヒト様の人形であるお前にはわからないか」

 

虎視眈々とした表情でシスターはナハトの不服点を指摘するがそれを軽く流しシスター自身の批判をするナハトだがそれを聞いたシスターの顔つきは何一つ変わらない。

 

「それに、エヒト様の要望通り、誰でも良かったとはいえ八坂正人を舞台から引きずり下ろしただろ?後は上手く世界をかき乱して戦争を助長させすれば自ずと人間族と魔人族は遠くない未来ぶつかり合う。その中で八坂正人は勇者側でのイレギュラーだった。そんな不確定要素を取り除いたんだ……その体を報酬で使っても罰は当たらないだろ?」

「まあいいでしょう。それでは私は次の神命があるので」

「その神命って例のエヒト様が召喚した覚えのない人間達のことか?」

 

そういって眉1つ変えないシスターはナハトに背を向けて立ち去ろうとするがナハトはその命令がどのようなものか憶測で訪ねると無言でシスターは無視して立ち去っていった。

 

「……全く、顔色1つ変えないな……エヒトによって生み出された真の神の使徒……いいや、都合の良いように動く人形か…なあ、どう思うよ」

 

誰もいなくなった後、ナハトは上の空を眺めながらそう呟く、勿論誰も答える人間は近くにはいない。しかしナハトは確実に返答してくるのを確信していた。

 

“どう言うつもりだ。ナハトヴァール、何故俺にこんな話を聞かせた”

「話し相手が居なくてな…八坂正人」

 

その声は外からではなく。ナハトの内側から響いてきた。

正人が意識を覚醒させていて、先程のやり取りを全て聞いていたのだ。

 

「どうだ?外側からボードの盤上を特等席で眺めている感想は……」

“……今俺達がいる状況が大体理解できた……信じるならな”

 

先程の情報を理解できないほど正人はバカではない。

元から今回のトータスに連れてこられた件が胡散臭いとは感じており。

そして今事実を知り、歪みの根元が見えたがそう簡単にナハトの話を鵜呑みにすることは出来なかった。

何故敵に塩を送るようなことをしているのかナハトに何のメリットがあるのか…そもそもナハトの真意は何なのか…疑問に尽きなかった。

 

「慎重だな…まあ、前のように目的のために突っ走る子供だった頃とは違うってことか…まあいい…くれぐれも変な気を起こさないことだ。この神域からはお前は出られないし万一お前が表に出てきたらあの人形達は一切の慈悲もなくお前を消しにするだろう」

“…だから今は大人しくしてろと?”

「ああ、現に今のお前じゃあ何も出来ない」

 

言い当てられたその言葉に正人は何も言えなかった。

話しは終わりとナハトはもう一つ用意されていたバーガーを手に取り食べ始める中。正人はただ、香織達のことを思う。

 

(香織…みんな…頼むから無事でいてくれ)

 

今の正人にはそう願うことしか出来なかった。

 



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20話

此処から他作品キャラが色々と登場します。


 

 

一夜が明け、私はすずかと合流しいつも通り訓練所で鍛錬しようと王宮の廊下を歩いていると不自然なことに気付く。

 

「ねえ、アリサちゃん、お城の人達が慌ただしくない?」

「ええ、何かあったのかしら?」

 

見る限り兵士が慌ただしく鎧音を鳴らしながら行き来していて、ただ事ではないことがわかる。

これは誰かに聞くべきかと辺りを見渡すと深く考えているメルドさんの姿を捉える。

 

「メルドさん!」

「むっ?アリサとすずかか…どうした?すまんが今は忙しくてな…後で」

「その何かあったんですか?お城の人達が慌ただしいみたいですし…良ければお手伝いも出来ないでしょうか?」

 

私達に構っていられる暇がないのに神の使徒だから流石に無視するわけにも行かず困った顔を浮かべる。

そんなメルドさんにすずかがお手伝いしたいと願いこむとまた考えた表情を浮かべ…少し溜め息をはいた。

 

「ここで特別扱いするのは…野暮な話しか…先程教会から緊急の連絡が来てな…また異界から救世主が召喚されたらしい」

「召喚…ってまさか私達と同じ!?」

「うむ、そうだろうな…しかし教会に召喚される予定だったが召喚される位置がずれたらしい」

「ずれたって……それじゃあ危険な場所に転移させられてるってことですか!?」

 

確かにそれは慌ただしくもなるわけだ。しかしメルドさんは頭を横に振ると再び口を開けた。

 

「いや、転移された先は幾分か魔物の出現が少ない場所でここからもそう遠くない。しかし万が一ということもあるから急いで向かう仕度をしてきたところだ」

 

メルドさんの話だと一刻を争う。出来るだけ早く少数精鋭での探索することになるだろう。

 

「なら尚更私達も行きます。」

「うむ……それはありがたいが…大丈夫なのか?」

 

少し、心配している表情で私達を見てくるメルドさん。

やっぱり正人の一件を気にしているのか私達のことを気にかけているのだろう。だけどいつまでもうじうじしてるわけには行かない。

 

「「はい!大丈夫です!」」

 

そうすずかと息の合った返事に少しくすりと顔を見合わせて笑みを浮かべ。それを見ていたメルドさんも少し困った顔で見ていた。

 

「まあそこまで断言できるのだ。俺が心配する必要もないか」

 

やれやれと集合場所と時間を言い残すとメルドさんも準備があるのか急ぎでこの場から立ち去っていき。私達も何も言わずに頷くと来た道を引き返す。

大迷宮以来の実戦なるかもしれない。しかも頼み綱とも言えた正人はいない。

前より危険性は高くないとはいえ、何がおきるかはわからない。十分警戒しておかないと

 

「ねえ、アリサちゃん…このこと天之河くんには…」

「あいつに言ったら色々話が抉れそうだからなしで…でも誰にも言わないのはあれよね…雫には一応言っておこうかしら」

 

雫の気苦労が加速しそうだけど…まあ後で何か手を貸そう。

淡々と事後承諾だが雫のことを考えながら取りあえず…先ずは支度をしに部屋へと戻った。

 

 

NOSIDE

 

王都から東へ十数㎞

ナルティガラ盆地という大小の山々に囲まれたその地に意図せず転移に巻き込まれた3人の転移者がいた。

 

「いっくん、どうだった?」

「駄目だ。ケータイも繋がらないし当たりを見てきたけど人がいる気配もなかった。」

「それに私達、此処に来る前は町の路地裏にいただけでこんなところにいる説明にはならない。となると…やっぱり…」

「私達が巻き込まれた変な陣?」

「うん。それが1番怪しいね…一夏くん、榛名ちゃん、ここは一緒に行動して人のいそうな場所を探そう」

 

1人は黒髪にロングヘアーな少女…榛名は黒目を不安がりながらも少し見回っていた少年…一夏にどうだったか訪ね。一夏は首を横に振り収穫はなかったと答えると榛名の顔が俯く。

そして最後の1人である2人より少し年上のような少女は深慮深く考えて何故自分達が此処にいるのかを考えると突如として一夏の足元に出現した転移陣が怪しいと睨む。

元々一夏達は地球の東京にいつも通りの生活をしていた。地球の時世はとある事件をきっかけに急激な発展を相対して急激な女尊男卑に傾く中、仲の良い3人は一緒に行動していた。

そんな中少し近道と路地裏を人気の少ない路地裏を通っていると転移に巻き込まれトータスへと流れ着いた。不幸か幸運なのか人気のなかった路地裏には3人以外誰も居らず転移直後騒ぎになることはなかった。

 

そして早速行動を開始した3人は取りあえず辺りを見渡し比較的に低い山の方へ向かうことを決めると移動を開始する。

彼らの道中は段差が激しいところを避けて体力を出来るだけ温存しつつ着実に目的の山へと向かっていく。

 

「よっと、榛名大丈夫か?」

「うん、大丈夫!いっくんこそ大丈夫?持ち上げて体力使ってると思うけど…」

「問題ねえよこれくらい」

 

多少の段差もあって先に上った一夏が腕を伸ばして榛名達を引き上げ時間をかけながらも着実に進んでいくが、一般人の彼らにはかなり堪えるもので直ぐに息の根が上がった。

 

「はぁ…はぁ…一夏くんも榛名ちゃんも少し休憩しよっか」

 

少女の言葉に直ぐに頷いてその場で座り込み体を休める。

 

「一夏くん、榛名ちゃんも…これは私の仮説なんだけど…」

「ん?永和姉?」

「此処は多分、地球上の何処でもない…異世界で私達はさっきの陣によって世界そのものを飛び越えた…」

「そんなことありえるのかよ…」

「俄には信じられない気もするけど…あれも昔から見れば信じられない物の1つだったと思うよ」

「……」

 

 

自分達が異世界に飛ばされたことに頭が付いてこれない一夏はその事を否定するが永和は間近な例を棚に上げて指摘すると一夏は思うところがあるのか何も言えなくなる。

暫くして疲れもほどほどになくなり、再び3人は動き出そうと立ち上がった直後物音がした。

 

「っ!?誰だ!」

「ちぃ、石を蹴り飛ばしちまった」

 

永和と榛名を守るように一夏は構えると岩陰からひょろっとした男と小柄な男、そして太った男が各々の獲物を手に持ち薄気味悪い笑みを浮かべながらじりじりと近づいてくる。

 

「おい、ガキ死にたくなかったらその後ろの女と金目の物置いて逃げなさもないと…」

「さもないと殺すってか?」

 

一夏は恐る恐る脅してくる男達を警戒しながら訪ねるが男達は返事を返すことはなくその代わり獲物をちらつかせてきたために断ればどうなるかは言わずも明白だった。

 

「……わかりました。私が要件を受け入れます。だけど2人は見逃してくれないでしょうか」

 

そんな男達の要件に永和は一歩前に出て一夏と榛名を見逃す代わりに永和が男達の要件に従おうとした。

当然後ろにいる一夏達は反対だが他に打開策があるかと言えば逃げ切れるとは思えない悪足掻きをするぐらいしかなく。何も力の無い自分に一夏は憤るしかない。

 

一歩また一歩と永和は不気味な笑みを浮かべる3人に怯えながらも近づいていく。

 

「永和姉!」

 

一夏の涙ぐんだ叫びが響き渡る中、榛名はあのものに気付く

 

「あれ……なに?」

 

指を指し自然に全員が指す方向へと視線を向ける。

 

それは空中に滞空しながらあろうことか彼らへと近づいてくる。

金属類いなのか光が反射してその物体がなんなのか上手く視認することが出来ない。

しかし近づくにつれてその物体がなんなのか明確にわかってきた。

 

「大きな……剣を持った女の子?」

 

榛名は目を細め、降ってきているは大剣で確りと柄を持っている女性がいることを呟く。

その間にも女性は近づいてきていて、漸く危ないと感じたのか慌てた声を上げてその場から退避すると先程までいた岩場が凄まじい着弾音とともに土煙が舞い次に何が来るのかと両者土煙が舞う方向に視線が向けられると土煙を大剣の一振りで吹き飛ばし男達に向けて剣先を向ける金髪の少女

 

「ちょっと無理しすぎたわね……まあ、間に合ったから良いけど……」

 

ちょっと苦笑いの笑みを浮かべながらも何か起きる前にこの場に間に合ったことに安堵する少女……アリサは男達に視線を向けるのであった。

 

 



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21話

 

 

「おうおう、生きの良い嬢ちゃんじゃねえか…威勢がいいが…俺達三人相手できるのか?」

 

男達と一夏達の間に割り込み、剣先を男達に構えるアリサにひょろっとした男がけんか腰でアリサに楯突く。

アリサの登場に呆気にとられていたこともあったがすぐに正気に戻り、一夏達が丸腰だということ気付くと数的有利を仄めかせアリサに劣勢であることを突きつける。

しかしそんな言葉にアリサは一切顔色を変えなかった。

 

「その言葉そっくりそのまま返してあげる。今にも此処に王国軍の精鋭が迫ってるわよ…急いで逃げないと命もないわよ」

 

ここに来たのはアリサだけではない。すずかにメルドといった王国軍もこの場に召喚された転移者を捜索するために人海戦術で散らばっている。

そして偶然にも一夏達を見つけたのがアリサであれだけの轟音を響かせたことにより周りにいた他の誰かはその音を聞きつけただ事ではないと他のみんなにも伝えられる。

そのために他の騎士達やすずかが来るのも時間の問題時間が経つにつれアリサの方が分があった。

 

突きつけられた情報に動揺を隠せないチビとデブは慌て始めるがひょろっとした男だけは舌打ちをしてアリサを睨みつける。

 

「ど、どうするよお頭!」

「流石に王国軍と戦うのは厳しいんだな」

「慌てんな!俺達にもまだ分があるぜ、そこの嬢ちゃんを人質に取ればな」

「な、何でそうなるですか、お頭」

「王国軍と一緒にいて見たところ普通の騎士とも違う。ってことはだ…こいつはあの神の使徒ってことになるだろ?」

「へ!?神の使徒っていうと…一月前に召喚されたあの!?」

「ってことはこいつは王国からしても大切に扱われている人間。こいつを人質にすれば逃げることぐらい簡単だってことだ」

「すげえ!流石は頭だ!」

「ならさっさと捕まえるんだな」

(さっきまで慌ててたのにあのリーダー格…頭が回るわ。狼狽えてるところを隙を付いて倒そうと思ったけどもう無理ね…一対三…ステータス的には有利だけど…こっちは対人戦なんて始めて…どこまで持ちこたえられるか)

 

ひょろっとした男の一声で冷静さを取り戻した面々を見て内心辛い顔を浮かべるアリサ。

緊張で柄を持つ手の平に汗が滲む中、相手の出方を伺う。

 

「囲め囲め!」

 

リーダー格の男が余裕のある声で指示を出すとチビとデブが左右に別れる。これによりアリサの警戒する範囲が広くなりより守りにくくなる。

 

「おらっ!」

 

最初に仕掛けてきたのはリーダー格の男だ。持っている片手剣の曲刀を力強く振り落としアリサはとっさに大剣の腹で防ぐ。

だがリーダー格が動いたことで他の仲間も動きだす。

 

「ひゃっはぁ!!」

 

奇声を上げながらチビがアリサの真横に短剣の突きを繰り出しアリサはまずリーダー格の男の曲刀目掛けて大剣を最小の動きで振るい次の攻撃を未然に防ぐとチビが迫る中、逆の方向に飛び込むが、その飛び退いた方向には太った男がいた。

 

「うらっ!なんだな!」

「ぐっ!うっ重っ!」

 

そんな声と共にハンドアックスが振り落とされアリサも避けきれないと判断すると大剣で受けとめる。

直ぐに弾き飛ばそうと考えていたがそれは叶わない。

相手が卓越した技術を持っているからではない。単に己の体重をかけてアリサに身動きを取らせないでいた。

 

「良くやったデッブ!そのまま抑えておけよ」

「うぐぐぐっ!我が身に猛烈の力を……剛力!!

 

抑えつけられその隙に捕縛しようと近づく2人、アリサもこのまま捕まるわけにはいかないと剛力で自身の筋力を上げて体重をかけてくるデブを空高く打ち上げ自由に動けるようになると直ぐさま体を振るい大剣で迫るチビに攻撃を仕掛けようとしたが直前に大剣を止めてしまう。

大剣の刃はチビの数㎝前で停止、男も恐怖で顔を凍らせている。

もしも大剣を止めていなければ男の命は尽きていただろう。しかしアリサはそれを理性で止めた。未だに命を奪う覚悟を出来ていなかったのだから。

それが決定的な隙を生んでしまう。膠着していたアリサに炎が襲ってきた。

精確言えば下級魔法である火球が真横から飛んできた。

火球はアリサの肌を焼き、アリサは痛みで顔を歪めながら蹌踉めき、火球が飛んできた方向をみる。

そこに見えたのはリーダー格の男が両手を突き出し撃ったと思わせるように笑みを浮かべていた。

 

「危ねえ危ねえ…おい生きてるか?」

「た、助かったぜ……なめたことしてくれたなこの女……頭!人質につかうだけじゃ物足りねえ!この恐怖の付けは体で払ってもらうぜ!」

「っ!」

 

リーダー格の男は頃されかけた仲間の状態を訪ねると殺されかけたことに怒りを露わにするチビはアリサをただ人質にするだけでは鬱憤がはれないと気が済まないのかアリサを卑猥な目で見てアリサも直ぐに離れようと体を動かすが先程の攻撃で動きが鈍る。

 

「や、止めろ!!」

「あっ?少し黙ってろ!」

「うわっ!?」

 

それを見て一夏は無謀にもリーダー格の男へ向かって拳を突きだすが子供の悪足掻きと吐き捨てるように腹に蹴りを入れられる。

 

「捕まえたんだな」

「い、いや!」

「榛名ちゃん!?離して!?」

 

そしていつの間に榛名と永和の背後に回っていたデブが片手で服の襟を摑み持ち上げて2人を宙ぶらりんにひて捕まえる。

 

「っ!榛名!永和姉!!」

 

一夏は痛みで蹲る中、捕まっている2人を見て叫ぶ。

アリサもじりじりと近づくチビを警戒しながら悔し顔を浮かべ先程の直前で止めてしまったことを悔いた。

 

 

(何やってるのよ。私は……あそこで止めなかったら……こんなことにならなかったはずなのに…私は…!)

 

後悔後を絶たず。後悔しても既に遅かった。怪我負った自分が幾らステータスが上だとしても3人を相手にすることはもう不可能だろう。

 

拳を握り締め湧き出てくる悔しさを露わにする。アリサ……危機的状況の中一振りの振るう音と生々しい切る音が響く。

 

「……あれ?」

「きゃっ!?」

 

そう呟いたのはデブだった。

摑んでいた永和と榛名を不意に落とし突然のことで尻餅を打って痛そうな顔をする中デブは咄嗟に背中を手を当て手の平を見ると血がこべり付いていた。

 

「悪いな…隙だらけだったから切らせてもらったぜ」

 

後ろから聞こえてくる男の声しかしその声は彼には届くことなく前のめりに力尽きて命は絶えた。

デブの背後にはいつの間に立っていたのかグレーの髪とバンダナか目立つ青年は右手に持つ2本の剣が柄どうし連結している双刃剣と呼ばれる武器を構えながら男達を睨む。

「デッブ!!くそ!なんなんだお前は!?」

「悪いが答えるつもりはねえよ…それよりいつまでも此処にいて良いのか?あっちから何人か来てるぞ」

 

仲間の死に憤りを覚える男は敵意を剥き出しにして現れた青年を睨みつける中、そんなのお構いなしに青年は指を指し男達以外はその方向に視線を向けると青年の言うとおり鎧に身に纏った騎士達が向かってきていた。

その中で前頭に走ってきている人を見てアリサは嬉しそうに口を開けた

「あれは…メルドさんに…すずか…!」

 

「か、頭!?」

「っ!!ここまでか…おいお前!デッブの仇は必ず討ってやる!覚悟してろよ!!」

 

そう吐き捨てて男達は騎士団が来ている逆方向へと直ぐに走り去っていくのであった。

 

 



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22話

作者の呟き
……あれ?何このスピードは……視点が違うだけでここまで筆が進むなんて……深夜テンションも入ってるかもしれないな……


 

「たす…かった」

 

心の底から私はそう思えた。緊張が解けて辛くも立っていた足は先程までの恐怖で立っていられずにその場で座り込む。

何とか乗り越えた安堵と同時に私は自分自身不甲斐ないと思ってしまう。

あの時私が止めていなければ危機的状況にはならなかっただろう。

いきなり現れた男性のお陰で誰も外傷がなかったけど次はどうなるか…

正人ならきっと躊躇わずに切ってたと思う……人を殺す…傷つける覚悟なんて……昔に決めているのだから……それと比べれば私達は……

躊躇した自分自身を思って表情に影を落とす私、周りも人が死んだということで気分が悪い中、漸くメルドさんとすずかが私達の元へやってきた。

 

「アリサちゃん!大丈夫!?火傷してるよ!?直ぐに治すから!」

 

すぐに私の元に駆け寄り火傷の具合を見て回復魔法を詠唱するすずか、打って変わってメルドさんは厳しい顔つきで私を見ていた。

 

「無事で何より……といいたいところだが…1人で突出してどうする!1人でどうにもでもなると思ったのか…!」

「……すいません」

 

メルドさんの説教に私はただ頷くしかない

そんなメルドさんも私の心情を察してそこまで怒ることはなく。視線は私から助けてくれた青年へと向く。

青年も視線に気付いたのか少し警戒しているように私達を覗っている。

 

「この度、アリサが世話になった…私はメルド・ロンギス、ハイリヒ王国の騎士団の団長を勤めているその風貌からして冒険者か何かか?良ければ素性を聞かせて貰えないだろうか?」

 

メルドさんはやや警戒して青年に素性を問い掛けると青年はへっと軽く笑うと双刃剣を地面に刺し交戦の意思がないことを示し一歩前に出る。

 

「クロウ…クロウ・アームブラスト…あんたの見立て通り傭兵だ。此処らじゃあまり知られてはいねえけどな」

「そうだろうな、それだけ特殊な武具を扱っているのなら噂ぐらい耳にするが……どこから来たのだ?」

「遠い異国からな……此処には鉱石を取りに来てたんだ。にしてもこんな所に王国の騎士団長様ねえ……ってことはそっちにいる嬢ちゃん含めて神の使徒っていう召喚者って所だな」

 

目を細めて私やすずか…転移してきた3人を順に見て私達が転移したことを見抜く。

 

「ほう?中々の洞察力だな…腕も良いと見える。お前ほどの腕なら王国でもそれなりの地位に就けるだろうな」

「悪くはないが堅苦しいのは嫌いでね…傭兵として気ままに動いてる方が性に合ってる…それに助けに来た嬢ちゃん達はともかくそっちの襲われてた3人にはかなり警戒されてるからな」

 

そういって横目でアームブラストさんは襲われていた3人を見ると警戒しているというより怯えている3人を見てやんわりと王国に行くことを断り地面に突き刺した双刃剣を回収するとこの場から離れていくが何か思い当たることがあるのか足を止めて顔を少し後ろに向ける。

 

「そうだ…こいつは忠告だ……これからも戦うんなら……そんな半端な覚悟じゃ仲間も自分も危うくなる。やるんだったらそれ相応の覚悟をしとけ」

「っ!!」

 

……この言葉の意味は語らずともわかってしまう……

私はその言葉を真摯に受け止め俯き再びアームブラストさんが歩き出した瞬間、怯えていた少女の1人が前に出てアームブラストさんに向けて口を開ける。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「た、助けてくださってありがとうございます」

 

例え人殺しをした人でも助けてくれたのは事実。

怯えながらも声を出したあの子は凄く勇気を持ってその言葉を出したんだろう。

そんな言葉に振り向くことはなかったけど軽く手を振り今度こそアームブラストさんは何処かへと行ってしまった。

 

 

 

NOSIDE

 

「さてと……これで視界から外れたかな?」

 

クロウがアリサ達と別れて10分ほど…入り組んだ岩を軽く飛び越えアリサ達から完全に見えなくなると岩壁にもたれながら懐から小型の端末を取り出すと操作して耳に当てる。

 

 

「おう、俺だ…………悪いな、先を越されちまった……ああ、一応無事だ、まあ手を貸したのは事実だかな……安心しろ、手の内は晒してないさ……多少腕の良い傭兵としか見られていないからそこまで注目されてねえよ………っでそっちは?……そうか、わかったこのことは他の奴らにも伝えておく……ああ、お前らも頑張れよ……ああそうだ、悪いんだが金貸し…って切りやがったあいつ…」

 

周りから見れば誰かと通信を行っているようだがこの場には誰もその事を不思議がる物はいない。

 

「旦那の守銭奴も相変わらずだね…蓄えは一応あるのに…」

「なんだ、雛…来たのか、あれは俺らの食費だろ?俺が使う金がねえだろ。あっちは快適だしな余ってる金を兄貴分料金としてお裾分けしてもらっても罰はあたらないだろう」

「っで、そのお金で何処かでギャンブルして溶かすんだよね」

「おい、それは誰から聞いた?」

「勿論旦那の弟分から、結構嘆いてたし他のみんなにも言いふらしてたよ」

「あいつ……既に先手を打ってやがったか…」

通信後、突如として岩陰から現れた薄紫色の髪に身軽な絹で出来た着物を着る雛と呼ばれた少女はクロウが守銭奴でギャンブルに明け暮れるだろうと指摘しクロウは何故知っているか目を細め訪ねると口を閉ざすことなく軽く口を割ると此処にいないクロウの弟分のことをちょっとだけ怨みそうになったのは言うまでもない。

 

「はっ!まだまだあいつにはギャンブルの面白みがわからないお子様だからな…まあその話はいいとしてだ…雛がいるってことは…」

「フウもいるよ。ほら」

 

クロウの弟分が子供ということで一蹴し先程の話しを纏めると雛がやってきたことはもう一人来ているのかとクロウは訪ねると雛は指を指しその方向には雛と同じく着物を着て翡翠色の髪を靡かせ空をぼーっと眺めている少女がいた。

 

「脳天気なんだかね…おーい…そろそろ引き上げるぞ」

「……うん」

 

クロウの言葉に少し間を開けて頷くフウと呼ばれる少女……軽い身のこなしでクロウの元へやってくると3人は同じ方向を歩き出す。

 

「っで……上の空だったが何か感じてたのか?」

「……ん?……風が吹いてた」

「風がどうかしたのかよ」

「とても良い風…きっと私達にとっていいことがある」

「……なるほどな…」

 

あまりにも信じられない話だがクロウは少し納得した表情で静かに笑みを浮かべ彼らは何処かへ去って行った。

 

 

アリサSIDE

 

無事…とはいえないけど目的を終えた私達は馬車に戻り王国に戻る帰路の中馬車内には私とすずか後は救出した3人が乗っている。

 

「さっきは助けていただいてありがとうございます。私神崎永和って言います。それでこっちの2人は……」

「鈴木榛名です!」

「……織斑一夏です。よろしく」

 

まず始めに茶髪の子…神崎さんが自己紹介をすると次に鈴木さんが元気よく名乗り最後の織斑くんは名前に躊躇いがあるのか間を開けて名乗った。

3人の名前を聞いた後私は2つの名前に心当たりがあったために恐る恐る聞くことにした。

 

「えっと……神崎さん……神崎ってもしかして…あの神崎コーポレーションの?」

「え?その神崎だけど……もしかして貴方達も?」

「はい、アリサ・バニングスです。その手の業界なら私の名字も心当たりがあると思いますが…」

「月村すずかです。私も両親が大手の重工会社だから多分知ってますよね?」

 

「バニングス社に月村重工だよね?ってことは…2人はもしかして先月行方不明になったっていう…」

「多分その行方不明者であってます。」

 

神崎さんの口ぶりからやっぱり大騒ぎになっているのは明白だった。

その事は追々聞くとしてもう一つ気になった織斑くんの方に顔を向ける。

 

「えっと織斑くんで良いかしら?織斑ってもしかして」

「っ!」

「だ、駄目!」

 

そう大声を上げたのは鈴木さん。織斑くんと私の間に割って入り涙目で私のことを睨む。

 

織斑くんのことでここまで過敏に反応するということは恐らくあの織斑で間違いはないのだろう。

 

「ごめんなさい。タブーならもう聞くことはしないわ」

「……バニングスさんも月村さんもごめんなさい……理由は察してくれたみたいだけど……こっちもそういう人達じゃないことはわかったから」

 

気分を害したことに私は謝ると鈴木さんが大丈夫、大丈夫だからと織斑くんを励ましそれに何度も織斑くんは頷く。そんな中、神崎さんが織斑くんのことで直ぐに身を退いたことから、その辺を気にしている人間ではないということを理解してくれたのか安堵して少し微笑みを浮かべていた。

「さてと…王国まで少し時間もあるしある程度情報を交換すべきかしらね」

「そうですね……私達も一ヶ月で日本で会ったこと教えることが出来ます。」

「勿論、ぜひ教えてください……まず…この世界について……この世界は……」

 

馬車に揺らせながらも私達はお互いの情報を共有し始めた。

 

 



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23話

 

 

王国に向かう馬車の中で私達はこの一ヶ月の地球とトータスの情報を交換した。

先にこれからトータスで過ごすことから私達から説明を喋ることにして

まずこの世界に何故呼ばれたのかの経緯、文化や歴史、魔法や現状など簡潔に纏めて話した。

 

「そっか……やっぱり此処って地球じゃなかったんだね。周りの景色やあの人が使った魔法を見れば否定も出来ないよね」

 

神崎さんは私達より年下なのに確りしているのかちゃんと現実を受け入れているし、気がまいってる織斑くんと鈴木さんのフォローも事細かくに目を配っているために私達よりかは問題はなさそう。

 

そして神崎さんから地球のことについて聞くこともできた。

まず私達がトータスに転移されたことはやはりテレビで現代のメアリー・セレスト号事件と大きく取り上げるほどになっているらしい。

一クラス丸々が忽然と消えたのだから騒ぎにならないという方が可笑しな気もするけど…神崎さんの話だとちょっと看過できない事態も動いていたらしい。

 

当初警察も私達の行方を追っていたけど何一つ手掛かりもなく。捜査は滞り…保護者達からの顔も暗くなる一方……それにはくしをかけるように何処かのテロリスト集団が私達の身柄を預かっていると嘘をついて身代金を要求。政府はそれに反発し鎮圧隊を向かわせてテロリストを殲滅、その折に私達は死んだというデマまで流したらしい。

何故助けなかったのだと保護者一同と今回の事を反発する人々のデモ隊が抗議する中。ネットである書き込みがされた。

それは政府が私達がテロリストに捕まっていたという嘘を言っていたという証拠。

それがネットにばらまかれ気付いた政府は慌てふためいて火消しに回ったけど…煙立ったものが元から無くなるわけがなく。保護者達は私達に対する不当な扱いに対しても追求。今も混乱が覚めないとのことだ。

 

地球側のことはこれぐらいで置いておくとして……

今、考えなければならないのは神崎さん達のその後のこと

難しい顔をして深く考えている

神崎さんの頭の中では既に今後のことを試行錯誤しているのだろう。

 

「……正直に言わせてもらって…仮に魔人族と戦争に勝ったとしても、確りと帰してくれる保証は何処にもないよね。話を聞く限りだと確約ではないみたいだし」

 

私の話の中でイシュタルさんが言った帰れるという言葉が曖昧であることを見抜き、私はそんな神崎さんの洞察力に驚きながらも今後のことを考え視線を織斑くんに向けた。

向けられたことに織斑くんは首を傾げるが、その織斑くんが今1番に問題となりそうだから。

 

「えっと。織斑くん、不快かも知れないけど、織斑くんに関しては苗字は伏せておいた方が良いわ…」

「え?どうしてですか?」

「もしかしなくても…天之河くん?」

 

私の言葉に戸惑う織斑くんにすずかは私の意図を理解したのか天之河の名前を出し私は頷き肯定する。

 

織斑くんの境遇は風の噂程度だけど聞いたことがある。

優秀すぎる姉と兄に比べられ肩幅狭い思いをしているという。

普通ならそんな織斑くんを守ってあげないとと思うのだけど…あの天之河は違う。

善意しか信じないあのいかれた思考持ちに悪意より質の悪い言葉が織斑くんを襲い心を傷つけるだろう。

ならば天之河に気付かれないよう…苗字を伏せてしまった方が安全な気がした。

 

勿論、私の勝手に決めるわけにもいかないから3人に天之河のことを説明…話し終えた後、3人とも物凄く驚き戸惑っている様子が窺えた。

 

「そっか…そんな子がいるんだね…うん、確かにいっくんを守るためにはそうするしか…でも名前だけ名乗るのは寧ろ不自然過ぎるし………あっ!それなら私の苗字を使えばいいんじゃないかな?」

「永和姉の?」

「うん、それならいっくんが蔑まれることもないし、姉って慕ってくれてるから違和感もあんまりないでしょ?」

「……確かにそうだな…神崎一夏…あいつと同じ苗字っていうのもなんか不思議な感じだな…」

 

織斑くんが何処か懐かしく感情に浸りながら目を閉じ、2人は知っているのか織斑くんのように思い当たるような表情を見せていた。

 

 

 

「アリサ!すずか!!勝手に外に行くなんて2人とも何を考えているんだ!?」

 

………最早語ることも無いだろうけど、王宮に無事戻ってきた私達に待ち構えていたのは天之河だ。

 

大方、城の誰かに聞いたのだろう…絶対伝えていた雫ではないのは間違いないから、内心止めに入れなかったのかと頭を痛くする。

 

「光輝、何も2人は勝手に付いてきたわけではない。俺も同意の上で同行させたのだ」

「メルドさん……2人ももう身勝手なことはしないで、あんなことがあったから不安なのはわかる。だけど俺が絶対に不安になんてさせない強くなって2人を守るから!」

 

………相変わらず的を射てない物言い…横目で見たら神崎さん達はめちゃ引いてるしメルドさんに関しては手を頭に当てて、項垂れてる様子。

 

「アリサちゃん…」

「もう私は何も言わないわよ。いったところで通じないのはわかってるし」

 

言い争うだけ無駄だというのはわかっているためこれ以上無駄な浪費はしたくなかった。

 

天之河の視線が私達に釘付けなのは不幸中の幸いの中、王宮の奥からパタパタと急ぎ足で昨日頼んでいたメイドが私達の元へやってきた。

 

「し、失礼します!」

「っ!?」

「む?どうした慌ただしく…何かあったか?」

「はい、イシュタル様が謁見の間でお待ちです。帰還次第、新たにこの地に舞い降りた神の使徒様を連れてくるように、申しつけられました」

 

メイドは息を整えるとメルドさんに神崎さん達を連れてくるようにと伝えるとメルドさんは頷き神崎さん達を見る。

突然有無も言われずに召喚され近場にいた山賊に襲われ、その表情には疲弊が目立っていた。

それを見てメルドさんも致し方ないと腹を決めるとメイドに顔を向ける。

 

「すまないが、神の使徒である彼らの心身が優れない…先に休ませるべきだろう。教皇様達には俺から説明しておく。そうだな…この3人を部屋まで案内を頼めるか?」

「よろしいのですか?……承知いたしました。神の使徒様方、どうぞこちらへお部屋にご案内させていただきます」

 

メイド服の裾をつまみ礼儀良くお辞儀をして、メルドさんに言われたとおり神崎さんを寝室へと案内をしようとするメイドだがまだ3人はメイドを見ていた。

流石にずっと見られているからか人前だというのにメイドは顔を赤くしてあたふたし始める。

 

「あ、あのその…」

「…ふー、全く…おい坊主確りしろ!」

「っ!!あ、ああ…ありがとうございます。いこう永和姉、榛名」

「う、うん、そうだね」

「…うん」

 

見かねたメルドさんが織斑くんに声を掛け正気に戻すとその織斑くんが神崎さんと鈴木さんに呼びかけて、先導でメイドに付いていく。

 

取りあえず。織斑くん達のことはメルドさん達に任せるべきよね。そんなことを考えていると今度はメルドさんは光輝に向けて口を開けた。

 

「光輝もそこまでだ。アリサもすずかも何分疲れ切っている。休ませてやれ」

 

そう優しくメルドさんに言われた天之河は何も言えず。ただ頷くしか出来ず。

 

私達も部屋へと戻っていくのであった





見た目に反して
王国の帰りの馬車にて
すずか「神崎さんって確りしてるよね」

アリサ「私も思った。織斑くんや鈴木さんを引っ張っていたり、冷静で物事を考えたり私達より年下だとは思えない」

永和「……………」

一夏「…あ、えっと…」

榛名「あははは…」苦笑い

永和「……です」

アリサ「神崎さん?何か言いましたか?」

永和「私…これでも…大学生…です」涙目で

アリサ「………」
すずか「………」

その後馬車の中では気まずい空気が長く続いた


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24話

部屋に戻った私は出ていく前との変化に気付いた。

 

恐らくあの子が部屋の清掃で入っていたのだろう。

他人が部屋を清掃すること自体、私の家でもありきたりなことだから気にしないけど、それだけじゃなかった。

 

「…メモ?」

 

徐に机に近づき、二枚のメモを手に取り書かれている文章を目に通す。

 

“アリサさまへ

アリサさまが先に召喚された方々の捜索に出られたということでこちらのメモを残させていただきます。先日お伝えした通り、お姉様に先日の件をお話ししアインス様のメッセージが書かれたもう一枚のメモを置かせていただきました。”

 

っと言った内容だ。このメモの差出人はあのメイドだろう。そしてもう一枚のメモは私が頼んでいたリィンフォースさんからのメモで間違いはないだろう。

リィンフォースさんのメモにも目を通し、これはゆっくりはしていられないと私はメモを片手に部屋をでてすずかの元へ向かった。

部屋を出て隣の部屋がすずかの部屋なので直ぐに到着した。

ノックもせずに入るとベッドに腰掛けるすずかの姿。突然入ってきたことに目を丸くしているけど私はお構いなしにすずかに近づいていく。

 

「アリサちゃん!?どうかしたの?もしかしてまた天之河くんがなにかしたの?」

 

最早天之河の名前が此処で出てきている時点ですずかの中では天之河=面倒事という図式が出来上がってるのだろう。

まあ、そうじゃないから私は首を横に振ると直ぐに持ってきたメモを見せる。

メモを見せて昨日言っていたパスワードだと直ぐにわかると持っていた正人の通信端末を手に取り起動させログイン画面が映し出される。

そしてメモに書かれている文字をホログラムキーボードにすずかが打ち込んでいく。

 

ID ***********

 

 

 

PS NC6512M25D

 

 

「っ!アリサちゃん!開いたよ!」

「……やっぱりこれだったのね」

 

ロックが解除されたことですずかは嬉しそうに笑みを浮かべ私も私達の推測は間違っていなかったことに自然と頬緩む。

 

正人が付けたこのパスワード…これは正人の魔導士としてのことを知っている人物しか解除できない。

NC65(新暦65年)12M(12月)25D(25日)

正人が何故このパスワードにした重みは重々理解できる。ただ私達はあちら(次元世界)のことは疎いからあの日が新暦何年だったのかそれだけがわからなかった。

 

「どう?正人のことだから多分色々情報を保存してると思うけど…」

 

すずかがロックを解除した真剣な表情で端末を操作するが一度指を止め首を横に振る。

 

「だめ、やっぱりファイルに違うパスワードが掛けられてて開けない」

「やっぱり機密事項って奴でしょうね……ここ最近で作ってるファイルは?」

「ちょっと待って……あった!ファイル名もトータス……だからこれだと思う…うんロックもかかってない」

「ならそれで決まりね……後は行くわよすずか」

「うん、でもどこに行くの?」

「正人の残した情報を私達2人だけで独占するわけにも行かないし…正人の知る情報を私達なりに伝えたい人物を集めるわよ」

 

そういうとすずかは頷き私と共に部屋を出て人を集めるために別れた。

 

 

雫SIDE

 

「今日、私達と同じ地球から召喚されたらしいみたい…」

「……」

「アリサとすずかもその人達を探しにメルドさんと一緒に出て行っちゃったわ」

「………」

 

今日も駄目みたい。

いつものように香織の部屋に来て今日起きたことを部屋に閉じこもっている香織に話している。

私が来ると上半身を起こして話を聞いてくるけど…見れば丸わかりというぐらいに目の色が消えていて髪も手入れが行き届いていないのもわかるその上返事はあれ以来返ってくることはない。ただ聞いてくれるだけの毎日

ふと机の方を見ると親切に用意されている食事にも少しだけ手にしているようだがあまり食べていないのは丸わかりだ。

 

「香織、また食事も取ってないでしょ?ちゃんと取らないと」

「………」

 

食事促すけど全く動きを示さない。壊れた綺麗な人形のような……

 

「お願いだから……返事をしてよ」 

 

私は思わず本音を口にする。

普段の私なら考えられないだろう弱々しい掠れた声で…

しかし香織は返事を返さない。 

その時私は悟ってしまった。私じゃあ香織を助けることは出来ないと

私では香織を救うことは出来ない。

何も出来ない…… 

 

気分が暗くなる中……私はふと名前を呟いた

 

「お願い……香織からこれ以上何も奪わないで…香織を助けて…!」

 

もう縋るしかなかった。

唯一香織を助けられそうな人物の姿が脳裏に浮かぶけどその人は此処にはいない。

何も出来ない自分に涙が流れる中ドアからノックする音が聞こえてくる

 

「香織、入るわよ」

 

この声はアリサ!

私は咄嗟に目の涙を拭うと扉が開きアリサが入ってくる。

 

アリサは私を見て驚く中、次に香織を見て目を細める。

 

「雫の部屋に行ってみたら居なかったしもしかしてと思って香織の部屋に来たら案の定だったわ」

「え?それじゃあどうして驚いたの?」

「目元が赤くなってる……泣いてたんでしょ?そこまでだ思い詰めてたんだなって驚いて」

 

アリサに言われてちらっと備え付けられている鏡を見るとアリサの言われたとおり目元が赤くなっていて泣いていたと直ぐにバレる位に

 

「まあ、仕方がないと言えば仕方ないでしょうけど……2人が此処にいるのなら丁度良かったわ…」

「丁度良いって…」

 

一体何をする気なのだろう。首を傾げる私だがまた部屋の扉がノックされ、それに気付いたアリサが来たわねっと呟き、入ってと促すとすずかと優花、南雲くんの3人が入ってくる。

 

「アリサちゃん連れて来たよ」

「僕、本当に此処にいて良いのかな?流石に男が僕だけだし…」

「それいったら、私の方だから……」

この場に男が1人だけということに体を縮こませる南雲くんに優花はこの場にいる自分以外ある共通点に気付き、自分こそ蚊帳の外だと指摘する。

 

「これで全員ね」

「ね、ねえ……アリサ、話なら部屋の外でしない?此処は香織の部屋だし……その香織だって……」

 

とても受け答えできる状態じゃない。横目で反応を示さない香織を見て、あれ以来見ていなかったすずか達は今の香織を見て驚きの顔を隠せない。

 

「ごめんだけど、それはできないわ……それに1番聞いて欲しいのは香織だから……正人のことよ」

「…………!」

 

正人、その言葉が出た瞬間、反応を示さなかった香織の指がピクッと動いた。

アリサもそれを見て周りに良いかしらっと確認して私達は頷く。

 

 

「正人が通信端末を持っていたってことは……あの日に知ったわよね」

「うん、聞いたけどあれは正人くんしか扱えないんだよね?だから正人くんの端末がどうかしたの?」

「ああ、正人の魔力で開く仕組みね…表向きはそれしかなかったけど……実はそれ以外にも端末を開ける方法があったのよ……そして……ついさっきロックを解除できたわ」

「え、ええっ!?」

 

アリサの告げた言葉に南雲くんは驚きの声を上げる。

私や優花も同様だ。私達も正人の端末に関してはどうしようもないと思っていたから

アリサはすずかに呼びかけるとすずかも呼びかけに答え、電子辞書のような端末を出して少し操作すると全員に見えるように大きなホロウィンドウが投影される。

 

「本当に……解除できてる……」

「アリサ。どうして正人しか解除できないなんて嘘をついたの?」

「そりゃあ、まあ厄介な人達に情報を渡すわけにはいかないし」

 

その言葉に私は納得してしまった。

光輝辺りが知れば間違いなく他のみんなにもその事はバレるだろう。

 

「けど、殆どのファイルは別のロックが掛かってて開けられないから、トータスに来てから作ったファイルならロックは掛かってなかったんだ」

 

そう言いながらホログラムのキーボードをタイピングするすずかはこれで良しっと呟くと別の小型のウィンドウが出現し画面にはサウンドオンリーっと英語で書かれていた。

 

≪どうやら、上手く繋がっているようだな≫

「え?この声って……」

「アインスさん?」

 

この声は間違いなく、アインスだった

一体どうしてとアリサとすずかに顔を向けるとすずかがその事について口を開ける。

 

「実はねパスワードと一緒にリィンフォースさんの持っていた魔導書のアドレスもあってね正人くんの端末と魔導書で通信回線を繋げたの」

≪月村すずかの言うとおりだ。何とか通信機能が復旧し無事に出来て何よりだ…≫

「さてと…それじゃあ見ていきましょう…正人がこの世界にやってきてから記していた…正人から見た大迷宮に入る前までの情報を」

 

アリサがそういうと私達は投影されている巨大なホロウィンドウに視線を映した。

 

 



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25話

1日目

それは突然起きてしまった。

俺はいつも通り学校で過ごしていたのだが、お昼休みに突然見たこともない術式の転移に、同じく部屋にいた者達と巻き込まれて管理局も認知していない世界へと飛ばされたのだ。

転移した場所は聖教教会と呼ばれる宗教の総本山。そこで教皇イシュタルから何故俺達が呼ばれたのか説明をしてくれた。

 

この世界の名前はトータス、そして何故俺達が呼ばれたかと言えば人類が滅亡に瀕しているから、力のある俺達を彼らが崇めるエヒトと呼ばれる神が勝手に召喚したらしい。

全くもって身勝手な物言いだったがこの世界に召喚された男、天之河光輝の発言によりクラスの殆どが天之河光輝の言葉に釣られて賛同してしまった。

俺も言葉をきつくして反論して自分達が何をしようとしているのかの恐怖感を煽り、戦いに賛同するクラスメイトの意思を挫こうとしたが、反論途中で教皇イシュタルに遮られ…色々と有耶無耶にされた。恐らくイシュタルは俺が戦争に参加させる天之河光輝達の邪魔者だと判断し横槍を入れてきたのだろう

 

それから聖教教会から出て親しい間柄のハイリヒ王国に身を寄せることになったが、既に情報が早かったのか何人かの視線には良く思えない視線も混じっており、その上クラスメイトからも距離を置かれた。

どちらも自業自得だが致し方ないことだろう。俺個人の関係性がどうなろうと構わない。早く帰還する方法を手に入れなければならない…誰かが死ぬ前に

 

2日目

早朝起きた俺は直ぐに端末を確認したが着信を受信した形跡はない。

名前も聞いたことの無い世界なのだ。おおよそこの近海には時空航空艦が巡回していないのかもしれない。

まず訓練所に辿り着くと天之河光輝との関係は修復不可能なほどに亀裂を生じた。

元から天之河光輝と袂を連ねるつもりもなかったために対したことではないが、クラスメイトを止められなかったことは悔やみたかった。

 

 

15日目

もうこの世界に来て半月、すめば都という言葉もあるように王宮暮らしにも多少慣れてきた。

訓練前に檜山大介達との一悶着があったが直ぐに収拾し、メルド・ロンヌスから明日からオルクス大迷宮へと演習に出かけることになると伝えられた。

初めての実戦だというのに緊張感がなく……向けているように見える。

取りあえず、この演習が無事に終われば俺は信頼できる人物とトータスを巡り帰還する方法を模索する旅に出る。メルド・ロンヌスには事前に話を通し結果次第で認めるという約束をしていた。

この人ならばクラスメイトを残して俺は安心して調査することが出来る。

明後日は何があっても成功させなければ

 

16日目

 

早朝、予定通り俺達は王国からオルクス大迷宮入り口前の街であるホルアドへと向かう。やはりというべきか、メルド・ロンヌスからの提案であった臨時指揮官の件は、天之河を筆頭に殆どが良く思っていないような視線を俺にぶつけてきた。

そんな不穏な空気のままホルアドまで馬車で移動し…その日の夜。白崎香織が俺の元に訪ねてきた。

香織は俺のことを確認したくてやってきたようだ。

どうやら不安だったらしい。その日は久しぶりに香織と話した。今はこうやって密談のように話すことしか出来ないけど…いつからまた元通りに戻れるように頑張らなければ

 

 

 

「……此処でレポートが終わってるわ」

 

正人の残したレポートを読み終わった後、部屋の中の空気は重く、みんな言葉を詰まらせるように固く閉ざしている。

正人が残していた情報は自分達にとってやはり有益なものだった。

同じ日時をこの世界で過ごしたというのにこれだけの差があることに、この場にいる全員が正人の凄さを改めて再認識する中、ふと雫は香織の方を見るとあっと口を漏らした

 

「……正人…くん」

 

そう掠れた小さい声で呟き、瞳からは涙が流れ落ちる。先程何も反応を示さず壊れた人形のようななっていた香織だった。

 

未だ反応は鈍いものの、先程に比べれば明確な反応を示していることに、雫はやはり正人でなければ駄目なのかと誰にも気付かれないように表情に影を落とす。

 

「もう一つ音声データがあるみたい」

 

正人が書いていたレポート以外にファイルの中に音声データが入っているのを確認し、どうするか確認するすずか。アリサもここまで来たのだからと再生するように頷くと、意図をくみ取ったすずかが音声データを再生させた。

 

 

“このデータが流れているということは今俺はその場にいないのであろう。”

 

「っ!これって八坂の!?」

「保存日時を考えるとトータスに来て初日の夜に録音してるみたい」 

「……つまりこれは……」

 

正人にとっての遺言

そうアリサが呟く中、再生された正人の声は止まることなく続く。

 

“俺の名は八坂正人……第97管理外世界地球に住む。時空管理局の嘱託魔導士だ”

“このデータが再生されているということは、俺が持っていたこの端末は運良く管理局……もしくは魔導士としての俺を良く知る人物に渡ったということだろう”

“毎日身の回りで起きたことはきっちりとレポートには書き込んでいるが……改めて今の心境を言わせてもらいたい”

“状況はとても良い状況ではない…同じく召喚された殆どが、この戦争の意味も深く理解せずに賛成してしまったからだ”

“この世界に来て混乱して縋る気持ちになるのも無理はない。しかし縋った人間がまともでなければ……その先に待っているのは険しい茨の道……縋りつく手は何人もすり落ちて……最後には共倒れなんてケースもあり得る”

“なんとか回避できるよう出来るだけのことはするつもりだが……この声を聞いているということはそれすら叶わなかったと…そういうことだろう”

“せめて、俺の友達や大切な者が無事で…地球に帰ることが出来れば俺はそれだけで良い……7年…贖罪として前線からは引いていたブランクはあるが、俺の全身全霊を使って守るつもりだ”

“それでも………このデータを聞いた人達へ頼みがある。”

“トータスに未だ取り残されて居るであろうクラスメイトの生き残りをどうか…見つけ出して故郷へと帰してやって欲しい。願わくば俺自身がそうしたいのだが……それはもう叶わない……願い事だから……”

 

そこで正人の言葉は終わり、音声は途絶えた。

 



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26話

正人の言葉が終えるとそこに待っていたのは更に部屋の空気が重くなった事実だった。

正人が残した遺言は部屋にいるすずか達の心を締め付ける

  

《正人……やはりお前は過去に囚われているのだな》

 

そんな静粛な部屋の中、通信越しでアインスが呟く。

 

「過去って…その、正人が贖罪って言っていることに何か関係が?」

 

アインスの呟きにたいして雫が憶測で先程の再生されたときの正人の言葉が繋がっていると予想し訪ねると、アインスは間を開けて口を開けた。

 

《正人が偽りの主として戦っていたのは以前話していたな……当時正人は闇の書の完成と同時に主を飲み込み暴走することを知らなかった。》

「確かそんなこと言ってたっけ……でもありえるの?」

《改変されてかなりの年月が経ち守護騎士達の記憶にも欠落が大きかった。あの当時夜天の主側に真実を知るものは少なくとも私だけ…そしてその私も魔導書の中から出ることが叶わず伝えることすら出来なかった…だが正人は心優しい少年だ…闇の書に蝕まれる主を見過ごすことなど出来るはずもなかった》

 

重々しい口調で当時のことを振り返るアインス…破滅へ近づくことを誰も知らなかったのか改めて優花は訪ねると嘗ての夜天の書の状況を知るアインスは当時は自分1人しか知らなかったと断言する。

その後、アインスが向こう側で何か操作しているのか押している電子音が響く中、電子音が鳴り止むと徐にアインスが口を開ける

 

《……当時の映像がある》

「リィンフォースさん、それは本当なの!?」

《ああ、魔導書に残っていた記録…色々と断片的だが見せることが出来るだろう話すより見て貰った方が早い…どうする?》

見るか見ないか、どっちにするか訪ねるアインスに雫や優花、ハジメはすずかに向けて頷き、それ意志を組み取るとすずかは意を決して口を開けた。

 

「お願いします。」

《わかった、多少なりに私なりに補足する》

 

そう、言うとアインスは向こう側で再び操作すると投影されているホロウィンドウに映像が流れる。

 

どことなくノイズが入るが次第に修まっていき映しだかれたのは何処かのビルの屋上で空は夜だということがわかる。

 

「此処って海鳴市の何処かだよね?」

 

そういう優花を尻目に映像は流れていく。

 

“…来たか”

 

その響いた声は凜とした女の声だった。

映像の視線が動くと近くに桃色の髪をポニーテールで纏め上げた女性が映る。

そのうつり出した女性を見て雫は目を丸くして声を上げる

 

「えっ!?この人って…確か」

「知ってるの?雫?」

「ええ、昔だけど偶に私の道場に顔を見せてくれてお父さんやお爺ちゃんと互角に渡り合っていたから物凄く印象に残ってるのよ。確か名前は」

「シグナム…さん」

 

掠れた声で香織が呟く…正人の幼なじみである彼女にとっても覚えのある人物だった。

 

《彼女はシグナム…夜天の魔導書の守護騎士プログラム、烈火の将と呼ばれるヴォルゲンリッターのリーダーだ》

「っ!?」

 

アインスの補足に雫は大いに驚く、まさか昔通ってくれていたシグナムがアインスと同じプログラムという衝撃の事実に更に衝撃を覚える。

更に映像が続くとシグナムの視線の先にゆっくりと近づく三体

赤髪の三つ編みの少女に優しそうな金髪の女性、そして青い髪の大型犬?

その3人ともシグナムと同じく強い意志があるのか瞳には一切の迷いがない。

 

《鉄槌の騎士ヴィータ、風の癒し手シャマル、楯の守護獣ザフィーラ…彼女達もまたシグナムと同じくヴォルゲンリッターの守護騎士であり、今彼女達は1つの目的のために動こうとしていた》

「そん…な、それじゃあ…」

《ああ、彼女達ヴォルゲンリッターの主…夜天の魔導書に選ばれた少女…それは君の知っている八神はやてという少女だ》

「えっ!?はやてが夜天の主!?」

「園部さん知ってるの?」

「う、うん、私の小学校と中学生が八坂やアリサ達と一緒でね…確かすずか達と仲良かったわよね?」

「うん、この時はまだあってなかったけど」

《主は生まれながら原因不明の神経麻痺で足が不自由だった。だからこそ学校なども通うことが出来なかったのだ》

「えっと、もしかしてその神経麻痺って魔導書の副作用ってこと?」

《鋭いな、その通りだ。主は夜天の書が起動し魔法のことを知ってもなお、魔力の蒐集を望まなかった。それ故の反動で当時の魔導書は主を蝕み始めた。それを知った騎士達は今主の約束を破り独自で蒐集を行おうとしているのだ。そして彼も》

アインスそういうと同時にまた1人シグナム達の元へやってくる人影、それはホロウィンドウを見る彼女達にとって見慣れた顔をした少年だった。

 

“お前も…来てしまったんだな八坂…私達を止めに来たか?”

“…俺一人じゃ止められるわけないだろ?……シグナム改めて聞くけど……はやての病気の正体は未完成の闇の書が原因なんだよな”

“ああ、その通りだ。そして我が主を助けることが出来る方法は闇の書を完全な物にし闇の書の主として覚醒させる”

“……そっか、なら人手は多い方が良い。俺も加わるよ”

 

そういって不敵な笑みを浮かべシグナム達の元へ歩み寄る正人、その手には弓形のデバイスが握り締められていてシグナム達と同じ決意の目をしていた。

 

“……正気か?私達に与すれば……下手をすればお前は”

“もうまっとうな方法じゃはやては救えない……はやては俺にとって従兄弟であり家族なんだ……だからはやてが死ぬことを俺もみすみす見過ごすわけにはいかないんだよ……!”

“迷いはないんだな”

“ああ、俺は家族のために……世界を敵に回す…!”

 

《こうして、正人とヴォルゲンリッターは主はやての意思を無視して闇の書の完成のため動き出した。正人の加入により自らを闇の書の主と呼称し管理局の目を主に向けないための情報攪乱も兼ねられていて……主の正体が露見する運命の日までバレることもなかった》

 

「……正人くん、世界を敵に回したんだ」

《ああ、たった1人の少女のために世界を敵に回す。言葉で言うことは簡単かも知れないがそれを行動に移すのは並大抵なことではない……》

 

ハジメは呟くとアインスもあの時のことを思い浮かべているのか懐かしげに語り、映像が切り替わると今度は真夜中の違和感を覚える空間の中、町中を飛び回る光がいくつもあり…その中にはヴィータとシグナム、ザフィーラが各々の敵と相対していた。

 

“さてっと、あの白い子からなんとか魔力を蒐集出来れば良いんだけど”

“シャマル、待たせた”

“あっ正人くん…忙しいなら来なくても良かったのよ”

“そうも言ってられない…っで海鳴で高魔力保持者を見つけたって”

“ヴィータちゃんが倒したけど…別の子が現れて今、シグナムとザフィーラも参戦して迎撃中”

“……フェイト、ユーノ、アルフか……シャマルの言う白い子っていうのは、なのはか”

“もしかして知り合い?”

“ああ、一緒に戦ったことがある…あの3人が来てるってことは管理局も直ぐ近くに来てるかも……シャマル蒐集したら早々に引き上げる準備を今後はそう簡単に集まらないと考えた方がいいな”

“わかったわ。でも大丈夫?”

“問題ないよ…別に殺すわけじゃない……いつかはこうなることも考えていたさ!”

 

そういいながらシャマルの横に立っていた正人も光が飛び交う戦闘地域に飛んでいく。そんな様子をシャマルは複雑な表情で見てから自分のやるべきことをやり始める。

 

《12月の上旬だろう……遂に正人とヴォルゲンリッターは彼女達とぶつかった。この戦いは彼女達の惨敗で終わるがその後新しい力を手にし正人達と何度も激闘を繰り広げることになる》

 

「正人にとって知り合いが敵になってるんだよね……知ってる人と戦うってどれだけ辛かったんだろう……」

「………」

「………」

「えっと、八重樫さん?」

「優花ちゃん?」

 

知り合いのなのはたちと戦うことになったことを知り、どれだけの覚悟を胸に秘めていたのか実感するハジメを他所に雫と優花は映像を見た後黙りしていて気になったハジメとすずかが訪ねると2人は我に返って何でもないと言い切る。

 

《そして運命の日……主の死期が迫る中ついに主の存在がバレ、少女達と正人達はお互い退けない戦いをする……その末に闇の書は完成し主を取り込み形で私は姿を現し地球を滅ぼそうとしたのだ。》



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27話

 

 

ハジメSIDE

 

アインスさんが語った後、ホロウィンドウも閉じられる。今回は映像もなかった。

 

「映像はなかったんですか?」

《……ああ、その辺りの損傷が酷く……修復も不可能だ。重要な所なのだが……すまないな》

 

そう謝罪するアインスさんだが、その言葉が嘘であることは何となくわかった。

恐らくだけど、映像には僕達が想像だにできないことが巻き起こったんだろう。

そしてそれは見せられないほどの何かで、バニングスさんも月村さんも知らないことではないのだろうか

 

そんなことを頭の中で思っていると月村さんが口を開ける。

 

「この事件をきっかけに正人くんは第一線から身を退いた……多分だけど今も気にしてるんだと思う…自分のせいで世界を滅亡一歩手前まで追い込んだこと……」

「で、でもそれは正人くんだけの性じゃないわけだし……それに望んでやってるわけじゃないんだよね?」

「それでも…正人くんは他と一番責任感がのしかかってるんだと思う……この当時から正人くんはなのはちゃん達や管理局とは交友もあったし……もしかしたら…意地を通して蒐集していたけど……もしかしたら手に取り合う別の道があったかも知れないって……後悔しているのかも……」

 

確かに聞く限りだけど……それもありうる可能性なのだろう。だけど、あくまで可能性で、そうならない確率もあるためにそういった軽率な行動は出来なかった。

 

改めて考えると正人くんは僕らのことを確りと考えていたんだと実感もできる。

 

《本来、そのような業を正人が背負うこともなかった……その業を背負わせたのは紛れもなく夜天の魔導書である私のせいでもある…》

「リィンフォースさん」

 

正人を根本的に歪めた原因は自分にあると責める。

そんなアインスさんの言葉にそんなことないと言いたげな月村さんを眺めていると、僕はふとバニングスさんに視線を向ける。

 

そういえば、バニングスさんはあのレポートを読み終えた後一言も喋らなかったことに気付き、どうしてだろうと気になって向いたのは良いけど…直ぐに顔を引きつった。

 

バニングスさんは、なぜかイライラを募らせたのか、体を震わせてもうすぐ爆発寸前のように見える。

そしてくわっと目を大きく開かせ、ついに募っていたのが弾け飛んだ。

 

「あっの!大馬鹿がぁぁぁぁぁっ!!!」

 

その怒号は部屋全体どころが外にまで聞こえるような大声が響き、全員が驚いてバニングスさんの方へ顔を向ける。

 

「なのはもフェイトもはやても正人も!!なんでこんな重いものを1人で抱え込んで誰にも頼らないのよ!何!?魔導士って生き物は他人に頼らない生き物なの!?」

「あ、アリサちゃん?」

「確かに今までは私やすずかに相談したところで何も役には立てなかったわよ!だけどね!私達だってもう戦えるってのに正人のバカはこんだけ抱え込んで…!少しは私達にも相談しろぉ!!」

マシンガントークのように飛んでくる正人くんに対するバニングスさんの本音、始めは唖然としてたけど…僕も少し同感だと思えるものがあった。

 

「はぁはぁ…私決めたわ」

 

大声と矢継ぎ早に息を切らしたバニングスさんは、何か決意した表情で握り拳を作り口を開ける。

 

「意地でも正人を連れ戻して、あいつの顔面に1発ぶん殴る!もうそうしないと気が済まない!」

 

そう決意したバニングスさんの背後には燃え上がる炎と阿修羅のような背後霊が見えるのは、僕の錯覚だろう。

「あ、アリサちゃん、落ち着いて…でもアリサちゃんの言葉にも同意かな…私もちょっと許せないかも」

 

乾いた笑みを浮かべる月村さんも、僕と同じで正人くんの行動に思うことがあるのか、その表情に笑顔ながら正人くんに対する苛立ちが見え隠れているようにだった。

 

「僕も…少し嫌だな…」

 

そして僕もつい口を滑らせバニングスさんと月村さんに顔を向けられる。

僕も咄嗟に口を閉ざしたけどもう手遅れだ。

僕は乾いた笑みを浮かべながら正直な言葉をみんなに打ち明けることにした。

 

「僕もこのままじゃ納得できないかなって…僕が行ったところでどうにかなるとか思えないけど…」

「そんなことないよ!南雲くんの気持ち、確りと伝わってきたから!」

「あはは、ありがとう」

 

錬成師である僕ではやれることが限られる。行ったところで足手まとい……けど納得がいかないのは確かだった

 

「……っで、あんたはどうするの?」

 

少し一区切り間を開けてから、バニングスさんは白崎さんの方を向き訪ねる。

何を訪ねているかはもう言わなくてわかってる。

訪ねられた白崎さんは、頰に涙の跡が残る中「えっ?」と言葉を零し、バニングスさんを唖然として見ていた。

 

「だからあんたはこれからどうするかを聞いてるのよ。正人の残したものと過去を聞いて香織はどうしたいの?」

「わ、わたし…は…」

「確かにさ、正人の隠してたことがどんどんとわかって……その上その本人は嘗てのヤバイ奴に体を乗っ取られて私達の元から離れていった。香織にとってのショックはとんでもないと思う…けど」

 

此処で喋りを一区切りした後、バニングスさんは思い詰める香織を優しく抱きしめる。

 

「このままじゃ駄目なのよ……だけどあんたの選択を選ぶのは私じゃない……だから選んで欲しい……このまま現実から目を背けてこの部屋で待っているか……危険だと承知で私達と一緒に正人を助けに行くか……強制はしない……香織の意思を尊重するわ」

 

そういいながらバニングスさんは白崎さんから離れると、俯く白崎さんは「私は」と小さい声で呟いて顔を上げ、その瞳は涙が溜まっていた。

 

「正人くんを…助けたい!」

 

白崎さんの悲痛な心の叫びが木霊する。

 

「こんなの…絶対嫌だよ…」

「……そうよね……なら助けましょう……独りよがりで身勝手な行動をした正人を…そんで思い知らせましょう!私達は正人のお荷物じゃないってことを!」

 

「………うん」

 

涙声でバニングスさんの言葉に頷く白崎さん。その光景を見て僕達ももらい泣きしそうになる。

漸く止まっていた僕達の歩みもまた歩き出すってことでいいんだよね。

 

 

「………香織」

「雫……ちゃん……ごめんね」

「香織が決めたことでしょ?ならもう止められないわ……光輝のことは任せておきなさい。」

「うん……けど私のけじめだから私が光輝くんに言うよ」

 

 

少し落ち着いた後、八重樫さんが白崎さんに声を掛ける。これからは白崎さんは僕らと行動を共にすることになる。つまりは天之河くんのパーティーから離脱するということ…天之河くんは簡単に認めないだろうし、八重樫さんもそれは重々承知の上で何とかすると言ってくれたけど、白崎さんは自分でけりを付けたいのか決意した表情で八重樫さんを見ている。

その決意を組み取った八重樫さんも、少し驚きはしたけど「そう、わかったわ」と頷き、付け足すように「一応フォローはしておくから」というと、ありがとうと笑みを浮かべた。

 

「…………みんな……強いな」

「優花?どうしたの?突然」

 

そんな光景の中俯いていた園部さんが弱音を吐くと、自然にみんなの視線が園部さんに向く。そしてバニングスさんが気になって訪ねると、重々しく園部さんは口を開けた。

 

「私は……もう戦うのが怖い…みんなみたいにもう一度って……そんな勇気がないの」

 

体を震わせ、あの時のことを思い出しているのか園部さんの顔色は悪く体も震えていた。

それに気付いた月村さんは、震えている園部さんの手を握ると優しく声を掛けた。

 

「……仕方ないよ…怖いのは当たり前だし……それでも私達は前に進むって決めたの…だから優花ちゃんは優花ちゃんなりの答えを出して…ゆっくりでも良いから相談したいときは相談に乗るから…ね?」

「……ありがとう…すずか」

 

そういって優しくされた月村さんに弱々しくお礼を言う園部さん。

正直言って僕だって怖いし弱い…けど…何でかな…僕達ならやれるって、どこからかわからないけどそんな勇気が湧いてくるような、そんな気がしたんだ。

 

「さて、今日は解散ね……もう夕方になってるし…明日から色々と忙しくなるわよ……」

「あっ、すずかちゃん少し残って欲しいんだけど…いいかな?」

「え?うん別に良いよ」

バニングスさんは外を眺めるといつの間にか夕暮れ時になっていた。

時間がかなり経っていたことに驚きつつも、僕らはそれぞれの新しくした決意を胸に部屋から出て行き解散となった。なぜが白崎さんに月村さんが呼び止められていたけど……きっと白崎さんが前に進むための第一歩になることなのだろう。



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幕間 香織&アリササイドストーリー

 

「ん~今日も疲れたわ」

 

つい、溜まった疲れから、脱けた声を上げながら両手を上に伸ばして、体を伸ばしながら王宮の廊下を歩く。

既に外は真夜中で、廊下も壁に備え付けられている燭台によりうっすらと明るくなっているだけで、歩くだけでちょっとした恐怖感にも駆り立てられる。

廊下の往来の人の数も深夜だということで少なく、会う人が私が通ると立ち止まってお辞儀をする。

そんな畏まられる人間ではないのだが…あちらからしたらそういうことになっているために歯がゆい気持ちでしかたがない。

 

「調べ物なら南雲も連れてくるべきだったかしら」

 

彼なら正人と一緒に図書館に何度も通い詰めでいたから、あそこの勝手はわかってるはず。だけど部屋に籠もって何かやってるらしい。

詳しくは知らないけど、僕も足を引っ張らないように頑張りたいからと言って何かを作っているみたい。何故かこの頃すずかも南雲の部屋に入っていくのを見かけるけど……あの二人に限ってないわね

 

「ふっ!はあぁっ!!」

「…ん?」

 

そんなことを思いながら歩いていると、微かに聞こえてきた声に足を止め、聞こえてきた方向に顔を向けてその先にある場所を呟く。

 

「訓練所?」

 

この声の主はどうやら訓練所にいるのだろうか、こんな夜中に一体誰がいるのだろうか…

私は興味本位で訓練所の方向へ足を運ばせていく。

訓練所に近づくに連れて徐々に声はハッキリと聞こえてきて、この声の主が誰なのかも近づくに連れて直ぐにわかってきた。

そして訓練所を視界に捉えると、そこには…制服姿で舞う少女の姿。

手に持つ棒を振り回し、辺りを新体操選手顔負けの身体能力で飛び回る。

バク転や側転、宙返りなど多彩に動き回り、まるで妖精が舞っているようにも思えるその姿に見とれた後、上手く着地し一息吐くのを見計らい、私は拍手でそれを賞賛する。

その拍手の手の音で私に気付いたのかビクッ!っと体を震わせ、スカートの裾を摑んで下に抑え、恥じらいで真っ赤になった顔を向ける。

そりゃあそうよね、さっきまで全力で跳んだり跳ねたりと、誰もいないのを良いことに恥じらいを無視して動き回っていたんだから。

 

「お疲れ…こんな真夜中に何やってるのよ…香織」

「あ、アリサちゃん」

 

じと目で見つめる私を見て赤くして恥じらう香織の姿。

それから香織が落ち着いた後、手頃な場所で座り込む。

 

「香織、あんたもしかして、あれから毎日こんな遅くに密かに練習してたの」

「うん、ちょっと人前だと使えないから」

「だからってあそこまで羽目を外す?」

「うぅ…」

 

可愛い声を出しながら、顔を赤くして頰を膨らませる香織。アリサちゃんのバカ~っと愚痴も言われるけど、あまり気にしないことにする。

 

「それで?あんたはどうしてこんな夜中で練習してたの?それにあの動き、どう見たって治癒士の動きじゃないわよ」

 

本題に切り込む私に香織は少し考えた後、アリサちゃんならいっかとステータスプレートを私に見せてきて、その書かれているステータスに私は目を疑った。

 

====================================

 

白崎香織 16歳 女 レベル:8

 

天職:治癒師

 

筋力:12

 

体力:15

 

耐性:14

 

敏捷:11

 

魔力:8530

 

魔耐:250

 

技能:回復魔法[+回復効果上昇]・光属性適性[+発動速度上昇]・高速魔力回復・言語理解・魔力操作・覚醒者

 

====================================

 

化けてる…

しかも後半に付け加えられている技能には物凄く身に覚えのある技能だった。

 

「このステータスに覚醒者と魔力操作ってあんたまさか」

「えへへ、うん正人くんみたいだよね」

 

驚いて訪ねる私に香織は少し正人のようだと笑って話す。

 

「気付いたのはあの後解散した後でね…久しぶりにステータスプレートを見てみたら、いつの間にか付いてたのだから気になって、アインスさんに相談してみたんだ」

≪その通りだ≫

 

経緯を話す香織が懐から取りだしたのは、正人の端末。それを起動すると通信機能が起動したままだったのか、先程の話を聞いていたアインスさんが直ぐに言葉を返してきた。

 

≪あの後直ぐに通信を入れてきてな。訳を聞いてそれがリンカーコアが覚醒しているのは直ぐにわかった。正直、正人やあの白と黒の少女達と同等の才能を持っていると言って良い≫

「……ねえ、確か地球で魔法に目覚めるのは極希なのよね?」

≪ああ、そうだ≫

「更に言えば、高魔力保持者は更に希なのよね?」

≪その通りだ≫

「どうして、海鳴にそんな希の存在が四人も居るわけ?」

≪……私に聞かれても困る≫

「まあ、そうよね」

 

やっぱり海鳴って、何か奇怪なものを呼び寄せる力でもあるのかしら。そんなことを遠目になりながら本気で思っていると、話し合っていたことを理解できた香織は乾いた笑みを浮かべていた。

 

「あははは……えっと話を戻すね。アインスさんに相談した私はね、魔導士としての戦い方をこっそりと教えてもらってたの…それで今日漸く、魔力操作の扱い方にも慣れてきたってところかな」

「そうだったの」

 

そんな密かに特訓しているとは知らなかったけど…着実に力を付けていくのは良いことだわ…いつ事態が動き出すかもわからないし、短時間で急速に実力を付けなければならない。

 

「私も頑張らないとね…同じパーティとしても親友としても」

「うん…同じパーティ…か…私、光輝くんのパーティから脱けてアリサちゃんのパーティに入ったんだもんね…」

そう星空を見上げながら、数日前のことを思い浮かべているのか目を閉じて黄昏れている香織を見て、私もあの日のことを思い浮かべる。

 

香織は天之河のパーティから正式に私達のパーティに加わった。

香織の言うように、香織がきっちりとけじめを付けて…

 

本当に鮮明に覚えてるわ…

切り出したのは勿論香織、そして口頭は…

 

 

数日前…

 

 

「光輝くん、私パーティ抜けるね」

 

直球だった。

香織のその言葉は訓練所にいた全員を凍らせた。

事情を知らない天之河達を始め、事情を知る私達まで

因みにいるのはこの場にいるのは私とすずか、天之河パーティに永山パーティ…

オルクス大迷宮に参加したメンバーの半数になってしまったが、あれだけのことがあったのだ。仕方ないと思う。

そんな中、少しは変化球で切り出してくると思ってたけど、ど真ん中ストレート…真っ向で切り出したことに、私達まで思考が固まった。

 

「か、香織…いきなりどうしたんだ……部屋から出てきてくれて嬉しいが…」

 

戸惑う天之河、やはり受け入れられないのか、勝手に自分に都合の良い解釈をしようとしているのだろう。そんな中、場の空気が凍ったことに首を傾げていた香織は、言葉足らずだと言うことを理解して言い直す。

 

「あ、ごめんね…戦いから抜けるわけじゃなくて、まさ…アリサちゃんのパーティに加わるから光輝くんのパーティから抜けるって意味だよ」

 

勘違いさせてごめんねっと訂正して謝る香織、それを聞いてほっとしていると、落ち着いた天之河は香織に向けて爽やかな笑みを浮かべる。

 

「そうだったのか…でも何故そんなことを?バニングスに頼まれたのか?それなら俺が…」

「別に私は頼んでないわよ…全部香織の意識よ」

「そんなはずが…」

「光輝くん」

 

やっぱりと思っていたけど一筋縄ではいかない。香織のことを全く理解していないのか、香織の意思を否定しようとする天之河。それを遮るように香織は声を被せると、真剣な眼差しで天之河を見る。

 

「全体的に見てもアリサちゃんのパーティは人数も少ないし、正人くんがいなくなったことで戦力も低下してる。」

「その穴は誰かが埋めなきゃ駄目だよね?」

「それはそうだが…香織がやるべきことじゃないだろ?それなら…」

「無理矢理誰かに任せたくないの…それにアリサちゃんと仲良いのはこの中で私だよ?それなら仲のいい私が行くべきだよ。」

 

理解していない天之河とは違い、譲らない香織。決意した目は一切の迷いがない…今の香織はテコでも動かないだろう。

それを見かねた雫は二回手を叩く。

 

「はいはい、光輝あんたの負けよ。」

「なっ!?雫!?香織が離れるんだぞ!?それでいいのか!?」

「良いもなにも、香織の意思を無碍にはできないわ。」

「それにここは香織の言うことが正しい」

 

雫が昨日言ったように香織を送り出すフォローをする中、それでも駄々を捏ねる天之河に、訓練所にやってきて話を聞いていたのだろうメルド団長が香織の意見に肩を持つ。

 

「光輝、いつまでも同じとは限らん。香織の言うとおり…此処で送り出すのも上に立つものとしての務めだと思うがな」

 

その言葉が決定打になったのか、未だ駄々を捏ねる天之河を他所に、香織の私達のパーティに加入する方向に進んでいき…晴れて香織をパーティとして向かえることが出来た。

 

 

そして現在…

 

「本当…良かったわ」

「うん、メルド団長もわかってて言ってくれたと思う」

 

私達のことを正人の件で結構気にしていた。

だから私達のこと少し擁護してくれたのかな

 

「…ねえ、香織…その特訓私も手伝うわ。一人で特訓するより二人の方が良いでしょ?」

「アリサちゃん…うん!」

 

私も負けられない。勝手な闘争心だが、後れを取るわけにはいかないから香織の特訓に付き合おうというと、二つ返事で笑みを浮かべて頷く。

 

私達に残された時間は思っているより少ないだろう…だからこそ備えないと

そう胸に決意すると、私は香織と共に月の光が照らす深夜の中、二人で特訓に勤しんだ。

 

 



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ハジメ&すずかサイドストーリー

 

 

「……よし、これでこの部品は完成。あとは」

「南雲くん…いる?」

「あっ、月村さん。開いてるよ」

 

そういって扉が開くと月村さんが馴れた表情で入ってくる。

お邪魔しますと軽く笑みを浮かべて手の指を軽くもじもじと恥じらっているのを見ると少し悩殺してきてない?っと疑いたくもなるのもしばしば…

 

そんな中、僕はというと椅子に座って机に置かれている自作した物を見ている。

月村さんも間近に近づいてきてその部品を見ると柔やかな笑みを浮かべる。

 

「凄いよ!南雲くん!確りと出来てるよ!」

「あはは、ありがとう月村さん…」

 

完成している出来を見て素直に賞賛してくれる月村さんに照れる。

 

「でもあくまで部品だから完成品ってわけじゃないんだよ?」

 

喜ばれるのは嬉しいがまだまだ完成品ではない。

今作ったのはその完成させる物のあくまで一部分。

完成まではまだまだ道程も遠い。

 

「それでもだよ。きっちり設計図まで作ってるし、南雲くんって物作りの才能に恵まれてるよ」 

 

月村さんに誉められ、ありがとうっと言葉を返し僕は机に置いていたステータスプレートに目を移す。

 

 

――――――――――――――

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:11

 

天職:錬成師

 

筋力:20

 

体力:20

 

耐性:20

 

敏捷:20

 

魔力:20

 

魔耐:20

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+複製錬成][+圧縮錬成]・言語理解

 

 

――――――――――――――

 

僕のレベルは既に二桁に入ったというのにやはり小刻みにステータスが上がっていくだけで他のみんなとは明らかに劣っている…しかし錬成においてだけ派生形が付いて凄まじいことになってる。

 

ここまで来ると錬成師らしく支援に徹するべきだろうけど……無理だろうな… 恐らく天之河くんが認めないだろう。

そんなことを考えて机の上を見る僕。これが完成すれば少なくとも弱い僕でもまともに戦うことができるだろうと…

いつか来る戦いに備え完成させなければならないのだが……此処で問題が発生している。

極めて……重要な案件だ…

 

「月村さん…」

「南雲くん?どうしたの?そんな深刻な顔をして…」

「実は…」

 

 

……

 

「南雲くん、この鉱石とかどうかな?」

「……確かに、質も良いし強度も申し分ないけど……これをフレームに使うとなるとね……」

 

商店が立ち並ぶ王国の大通り、そこは人間族の象徴とも言える神山があることから様々な代物が取りそろえられていて……此処でなら目当ての鉱石も見つかるかも知れない。

と思っていたがそう簡単ではなかった。

どれもこれも一般的な物ばかりでレアな鉱石はなかった。

そこそこ良い鉱石もあるんだけど今作ろうとしているもののスペックを考えるとそれでも物足りないのだ。

 

「はぁ、何とか王宮から出て良い鉱石がないか探してみたけど全然ないな」

 

これじゃあ駄目だ。

みんな正人くんを助けるために動き出しているのに僕だけこんな所で頓挫しているようでは付いていくことなんて……

 

「南雲くん?どうしたの?」

 

落ち込んでいると僕の表情に気がついた月村さんが下から覗くように僕を見上げる。

 

「ご、ごめん心配させちゃって……このままじゃ駄目なのに」

「ううん、私達こそ無茶なこと言ってるって自覚してるし……」

 

無理は承知だと自覚している月村さんは申し訳ない表情で問い掛ける。

今錬成で制作している武器の素材となる鉱石が底をつき。今の作っている武器に見合う鉱石を探しにこうして街まで繰り出しているのだ。

普通に王国に貯蔵されている鉱石などを使ってするべきなんだろうけど……王国の重鎮の殆どから軽視されていて僕が使うことは不可能。となればこういった露店の掘り出し物でいいものを自ら調達する以外に道はなかった。

 

(でもやっぱりいいものはないよな……)

 

色々と見て回ったけどそれでも僕が求めているレベルの鉱石は見つからなかった。

 

「どうしよう。質は落ちるけど手頃の鉱石で済ませるしかないのかな?」

「もう少し探してみない?あ、あそこの露店はどうかな?」

 

そう言われて月村さんが指さした方向に視線を向けると露店の一角……さっきまでそこには露店はなかったはずだけど今はカーペットが敷かれ扱っている商品が立ち並んでいる。

 

一目見ただけでも他のお店とは見たこともない鉱石を取り扱っているのがわかる。

 

「いらっしゃい」

 

そんな商品に釘付けになっていると露天の店員が声をかけてくる。

中々低い男性の声で一度顔を上げるとすぐに視線はその男性に釘付けになった。

一回りもでかい巨漢でドレットヘアーにサングラスと明らかに一目見ればヤが付くやばい職業の人だと思ってしまうほどの風格があり僕は視線がその人に向けられて固まるのは仕方ないことだ。

 

「え、えっと……」

 

何か話さないと僕は怖じ気づく感情を抑えながら話そうとするが上手く声にでない中、横にいる月村さんが至って普通に話し始める。

 

「あの、硬度の高い貴重な鉱石を探してるんですけどありませんか?」

 

月村さんってやっぱりこういう風な人達とも元の世界で交流とかあったのかな……

そう思えるほどに普段通りの喋っている月村さんを傍らに眺めていると屋台の奥から巨漢と似た服装を着る飄々としたサングラスを掛けた男性がやってくる。

 

「レオ、もうちょう愛嬌良くしいひんとお客逃げてまうやろ?」

「俺に押しつけておいてよく言う。そこまで言うならば、ゼノお前が変われ」

「ゼノは胡散臭いと思われるからゼノもレオもどっちもどっちだと思うけど」

 

巨漢の人……レオと呼ばれた人はやってきたゼノと呼ばれた男性に店番にそこまで言うなら替われといったけど奥の方にいた少女が二人のことを知っているからこそどっちもどっちだと言い切り二人とも図星なのか言い返せない。

 

「でも、レオの強面を前にして普通に話してるのは普通に驚いた。肝が据わってるねお姉さん」

「え?そうかな?」

「それはワイも思うたで、それで確か硬度の高いレアな鉱石やったなちょうまっとき」

 

そういってゼノと呼ばれた男性は露天の奥に向かい、荷物の中を探しはじめる。

これは期待できるかな?と思った矢先、横からの響く声に視線を向けるとなにやら警邏隊の騎士が何名か巡回しているのがわかる。

 

「あれ?巡回してるのかな?」

「うーん、露天だし。無許可で売買してる可能性があるから」

 

警邏隊を見て月村さんの呟きに僕は思ったことを口にして月村さんは確かにと納得する表情を見せ、今いる露天を見るとレオと呼ばれた人が腕を組み警邏隊を見ていて少女はそんなことお構いなしに平然としている。

 

「……こっち来るね」

「ああ」

 

そうしていると警邏隊は僕達のいる露天までやってきて先頭にいた騎士が露天の店員であるレオに話しかける。勿論見た瞬間怖じ気づいていたが話しかけた。

 

「ステータスプレートと商売権利証の提示を」

 

そう促すとレオと呼ばれた巨漢が露天の奥から商売権利証とステータスプレートを手渡すとそれに続くようにレオと呼ばれた男性と少女もステータスプレートを見せる。

 

「……確かにステータスプレートもこちらで管理している一覧と一致しています。権利証も偽造された形跡はありません」

 

お返ししますと問題ないことを確認すると何事もなく返されて、次の露店に行くと思いきや今度はこちらに顔を向けてくる。

 

「申し訳ないがあなた方もステータスプレートの提示をよろしいですか?」

「ええっ!?」

 

そのまま露店に行かないの!?と内心で思った僕は取り乱すとそれが怪しいと思われたのか警邏隊も僕を警戒して自然な形で取り囲み始め、僕と月村さんは直ぐにステータスプレートを見せるとそれを見た警邏隊の人は顔を青くしその場で土下座した。

 

「し、使徒様!?も、申し訳ございません!ま、まさか使徒様だとは知らず」

 

大声で僕達のことを使徒だと言い放ったことにより周りからの視線は僕達に集中する。

 

(最悪だ)

 

今回の件は勿論お忍びで来たから周りから見れば僕達はお店の商品を買いに来たお客にしか見えなかったのにこれでは買い物という話ではない。

 

どうしようと内心で焦り始める中、口を開けたのは思わぬ人物だった。

 

「……神の使徒か……それにしては可笑しいと思うがな……」 

「そだね。その人達って王宮に住んでるはずだからこんな露店にわざわざ買い出しに来るより、王宮にある鉱石を使うはずだしね」

「まあ、なんや……顔が似とって名前も似とったら咄嗟に見たら驚くのもしゃないわな」

 

そういって僕達を神の使徒ではなく似ている他人と擁護してくれた露店の店員達。それを聞いていた周りも何だ他人かと興味が無くなったのか集中していた視線が飛散し警邏隊も確かにそうだなと何処か無理矢理納得している表情を見せる。

 

その後、警邏隊はこの場から去っていき離れたのを確認して店員は僕らに鉱石を見せる。

 

「ほれ、これなんてどうや?此処じゃあんま出回ってない代物やと思うで」

 

そういって見せてくれたのはほかの店では見たこともない頑丈そうな鉱石。僕はその鉱石を一度手に持つと鑑定スキルで鑑定すると申し分ないほどに高性能な鉱石であることがわかった。

 

「どう?南雲くん」

「うん、この鉱石なら問題ないよ」

「そっか!それじゃあこれでいいよね。この鉱石を……」

 

そういって月村さんが手持ちのお金を出して買える分だけ購入しようとお金を渡す。

恐らくかなりのレアものだから買えても数個だろう。と思っていたがそれとは裏腹にその鉱石が入った木箱一つを僕らの前に置いた。

 

「え?こんなに……」

「別に構わんよ。坊主らが何かのためにこないな露天まで来とるちゅうことはそれほど大変なことをしようとしとるんやろ?やったらまけたるさかい。これだけ持ってき」

「ありがとうございます!」

「なんやったらこれからも贔屓してくれると助かるわ」

 

数個なら不安だったけどこれだけあればと笑みを浮かべお礼を言う僕に対してしれっとまた買いに来るように催促するところを見れば抜け目がなかった。

 

それから僕らは鉱石の入った木箱を何とか王宮まで持っていき(その過程で何度か疲れて月村さんにも手伝ってもらった)休憩した後直ぐに僕は製作作業に取り組む。

 

そして試行錯誤して数日が経過し……

 

「で、出来た」

「やったね!南雲くん!!」

 

僕の部屋で作り続けていた物が漸く完成したことに歓喜して呟き傍らにいた月村さんも完成したことで僕を誉めてくれる。

 

「けど、まだ確りと使えるか試さないと」

 

完成はしたけど実際に扱い設計通りに動くかのテストをして問題なければ晴れて完成と呼べる。

 

「南雲くんが一生懸命作り上げたものだもん。絶対に大丈夫だよ」

「月村さん……ありがとう。きっと月村さんが居なかったらこれの完成までたどり着けなかったと思う」

 

これで僕も……!と漸く足手まといからは脱したと実感する僕は月村さんと一緒に訓練所に向かっていく。

 

 

 



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28話

 

 

「くっ!」

 

後方に飛んだアリサは後退りながらも水蒸気の霧の中から出て来る天ノ河の一太刀を大剣で防ぐが力の差で押し切られる。

 

「これで勝負あったな。」

「まだ、終わってないわよ!」

「アリサちゃん!」

 

既に勝ったと断言する天ノ河に苛立ちを募らせながら大剣を振るい天ノ河と打ち込む中。後方からすずかが声を上げ、それを合図にアリサは後方に飛ぶと空から氷の雨が天ノ河に向かって降り注ぐ。

 

「なっ!?」

「聖絶!!」

 

降り注ぐ氷雨に戸惑うが後方に待機していた鈴が唱えた聖絶のバリアにより天ノ河は守られ氷雨が振り終えた後。聖絶のバリアも解除される。

 

「流石は結界師ね……香織の聖絶より強度が堅いわ。すずかの二人の調子は?」

「うん、もうすぐ終わるはずだよ」

「よし、じゃあそれまであのバカの視線を……」

 

そう意を決したアリサは天ノ河がいる方向へと突撃し再び切り結ぶ。

 

何故このような状況に発展しているのかそれは数時間前に遡る。

 

香織が正人救出パーティーに加わって二週間が過ぎた。

各々が正人を助けて自身達の意思を示すために力を付け今日も訓練所でアリサとすずかが訓練していたがアリサの表情には物足りなさ感が漂っていた。

 

「やっぱり……このまま訓練だけで追いつけるわけないわよね」

「そうだね……」

 

アリサに言われてすずかも訓練だけでは追いつけない。実戦を重ねていくことに同意する。

 

「やっぱりまた行かないとね……オルクス大迷宮に」

「……アリサちゃん」

 

そう呟くアリサの脳裏にはベヒモスやナハトの分身体との激闘を思い浮かべて俯き、その心中を察したすずかが呟くがそれをアリサの近場にいた彼の耳にも聞こえてしまった。

 

「ちょっと待つんだバニングスさん」

「げっ……天ノ河」

「今、大迷宮がどうかって聞こえた気がするんだが…」

 

気のせいかな?っと爽やかフェイスでアリサ達に語りかけてくる天ノ河に二人とも嫌な顔で言葉を返した。

 

「別にあんたの気にすることじゃないでしょ?」

「そんなわけないじゃないか。仲間のことをほったらかしになんて俺は絶対しない」

 

誰が仲間よ。誰がとアリサは更に嫌な顔をして天ノ河を見ているとこのまま平行線になるのも嫌だったアリサは思い切って話す。

 

「……はぁ……訓練だけじゃ物足りなくなってきたからオルクス大迷宮に行きたいって行ったのよ」

「そうだったのか。確かに今の俺達なら絶対に大丈夫だからな!なら……」

「ごめん。言い方が悪かったわ。私のパーティーだけでオルクス大迷宮に行きたいの」

 

誤解されるのも嫌だったアリサはきっぱりとアリサ達だけで向かいたいことを伝えるとそれを認識するまでに少し口を閉ざしたが直ぐにアリサに向けて言い放つ。

 

「駄目だ!何を考えているんだ!そんなこと俺は絶対に認めないぞ!」

「いや、あんたの許可なんて要らないでしょ」

 

そんな言葉を言い放つ天ノ河にアリサは予測できていたからか少し頭を抱えて反論する。

それからも二人は言い争いをするのだがそこにメルドが来てこの場を収めるために二人にこう告げた。

 

ならばお互いのパーティで決闘すればいいのではないか? 

 

そのメルドの一言に二つ返事で二人とも同意し時間を空けてアリサパーティと天ノ河パーティの決闘が行われることになった。

 

 

暫くして決闘の噂を聞きつけてきたクラスメイトや同転移者。王宮住まいの騎士やメイドなどが集まり始め訓練所の両端には各々のパーティメンバーが集まっていた。

 

「さてと、香織も南雲もごめんねいきなりこんなことになって」

「私は別に構わないよ。どちみちこうなるんじゃないかなって予想していたから」

 

だから気にしないでといつもと変わりない笑顔でアリサの独断を許すとそのことにアリサもお礼を言い次にハジメの方に顔を向ける

 

「僕も別に良いよ。それとメルド団長にはもう言ったけど、この決闘に勝てば僕達は天ノ河くん達より先に大迷宮に挑戦できる。パーティ戦にしたのもそのことがあったからだと思うし」

 

他にも色々了承もらったよ。と他にもメルドに相談してきたのかハジメはそのことをみんなに伝え、考えている作戦も説明し始めた。

 

 

その頃一方訓練所の周りに居る観客勢の中に優花がいた。

優花の周りには親友の菅原妙子、宮崎奈々など、同じパーティだったメンバーが揃って訓練所を眺めていた。

 

「……大丈夫かしらアリサ達」

 

いきなり天ノ河のパーティと決闘するという話を聞いて飛び出してきた優花。アリサ達の心配をする中。妙子達はというと天ノ河たちと戦おうとするアリサ達にどうしてと疑問を感じていた。

どうして戦おうとするのか、メンバーから見ても勝てる要素なんて皆無に等しいというのに。そんな気持ちで見ていると優花はそんな様子の妙子達に気づき口を開いた。

 

「アリサ達だってバカじゃないし、始めから負けるって分かって決闘なんてしない。」

「優花っち凄い自信だよね」

「それはまあ、アリサ達とは付き合い長いからね」

 

そう言いつつもあの夜のことを思い出す。

アリサ達は正人を助け出す。その目的のために強くなろうとしている。

だからこそこの戦いは譲れない一戦、アリサ達から感じられる意気に優花は頑張れと口には出さないがアリサ達に応援を送ると園部さんとここ最近になって交流が出来た少年の声に顔を向けると後続転移者である一夏と榛名、永和。そしてそれに付き添うように水色の入った白銀のメイドもやってきた。

 

 

「一夏くん達も来たのね」

「はい。アリサさん達が決闘するって聞いたから居ても立ってもいられなくて」

 

まだ始まってなくて良かったと後学のために始めから見学が出来て良かったとほっとする一夏。ほっとしたらちょっと喉が渇いたなと急ぎで来たからか飲み物が欲しくなったと呟くとそれにすかさず反応したのは付き添っていたメイドだった。

 

「今お飲み物をお持ちしますね。一夏様。あ、他の使徒の皆様も……何か必要なものがあれば……私にお命じください」

 

そうメイドは恐る恐るといったあまり初対面な人達と話すのに抵抗があるように奈々達と言った関わりのない人間にはまだ歯切れが悪かった。

 

そんな彼女にあまり刺激しないように飲み物を注文した後。畏まりましたと礼儀正しい作法で一夏達の前から離れていくメイド。

それを見た奈々達は優花に顔を向けてあのメイドについて話を聞く。

 

「優花っち、あんな小さなメイドっていたっけ?」

「え?ああ奈々も妙子も知らないわよね。ユーリ・イーグレットっていって私達がここに来てからお姉さんと一緒にこの王宮に住み込みで仕事させてもらってるんだって」

「今は私やいっくんに榛名ちゃんの側付きメイドとして一緒に居ることが多いんだ。ユーリちゃん少し取り乱したりすることもあるけどお仕事も確りこなせる良い子だよ」

 

そう優花の言った言葉に補足する形で永和は笑みを浮かべながらユーリのことを話す永和。一夏や榛名とは同い年で直ぐに打ち解けたこともあり永和とも親しかった。

 

そんなユーリのことを誉める永和の前に笑みを浮かべながら近付いてくるミント髪のメイド。

 

「ふふ、それは姉として微笑ましい限りですね」

「え?あなたは?」

「先程、話に出てきたユーリの姉。ミュゼ・イーグレットと申します。一夏様や榛名様、ユーリと関わりのある他の使徒の方々のことは毎晩ユーリから聞き及んでいます」

 

優花の問に答えると共にメイド服の裾を少しつまみ上げお辞儀するミュゼと呼ばれたメイド。

まさかユーリのことを話していた直後に姉であるミュゼがここに来るなんて思いもしなかった一夏達は少し驚いているとミュゼは何処か面白そうに一夏を見つめてくすりと笑みを笑みをこぼす。

 

「なるほど。これはユーリの言ったとおりですね。」

「え?俺に何か……」

「ユーリは一夏様のことを想っているようですから」

「ええ!?」

「い、一夏くん!?」

 

ミュゼの言葉に優花達の視線はいきなりそんなことを言われて戸惑う一夏に向けられ、一夏のことを想っている榛名は少し声を荒げて一夏の名前を呼ぶ。

そんな一夏を玉井達優花パーティの男子組は「くそ!幼馴染みの次は同年代のメイドかよ!」と異性に好かれている一夏に対して嫉妬の視線と恨み言を言い優花達女性陣に冷ややかな目で見られる中。ミュゼの話は終わらない。

 

「はい。それはもう身も心も全て捧げたいぐらい一夏様のことを……「ミュゼお姉様!?」あらあら」

 

ユーリがどれだけ一夏に対して好意的なのかということを笑みを浮かべて淡々と語るミュゼの前に飲み物を準備し終えたユーリが取り乱しながら帰ってくる。

 

「お姉様は皆様にどうしてそのことをお話しするのですか!?」

「使徒の皆様方に姉としてユーリのことをもっと知っていていただけると思ったからです。ユーリはそういうことに関しては奥手ですから♪」

 

楽しげにユーリのことを指摘するミュゼにユーリは的確な指摘だったから何も言えず。

固唾を呑む中、周囲の歓声が響き渡り。遂に決闘が始まろうとしていることに優花達は気付いた。

 

「もう始まるみたい」

 

優花達一同は視線を訓練所の方に向け、そして審判役のメルドの号令と共に今後を左右する決闘が始まった。

 

 



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29話

 

 

「これより、天ノ河光輝率いるチームとアリサ・バニングス率いるチームの決闘を執り行う!」

 

メルドの一声に観戦しに来た人達の歓声が響く中、訓練所の中央にアリサチームと天ノ河チームが対面するように一列に並ぶ。

しかし、アリサは並んでいる天ノ河チームの中で雫が並んでおらずに後方に下がっている気づき、天ノ河とはあまり話したくはない気持ちを抑えながら訪ねる。

 

「ねえ……どうして雫は後ろに下がってるのかしら?」

「5対4なんて不平等じゃないか……だから雫には悪いが今回の試合には抜けてもらった。」

「ああ……そう……」

 

正々堂々と。そんなしょうも無い理由で数の利を捨てた天ノ河に、物凄くあきれながら言葉を返すアリサ。

この場に正人がいたのなら、問答無用でそのことを指摘したのは間違いないだろう。

その上で雫を抜いたのも天ノ河のミスとも言える。アリサ達のパーティは前衛1に後衛3と、後衛陣に集中している。

このことから天ノ河は一人でアリサを抑え、その隙に雫と龍太郎の二人で後衛攻めといった戦法を取ることが最も最適だった。

未だに戦いと試合の区別も付かない天ノ河では、そのことに気づくこともなかった。

 

思わぬ幸運でアリサ達に勝率が上がったと天ノ河達が知らない中、数分後には試合が始まるために、ポジションにお互い付き始める。

 

アリサ達の陣形は、前衛には唯一の前衛職のアリサ、中衛には魔法主体だが運動神経もいいすずか、後衛には香織とハジメが配置されている。

無難な配置にメルドも悪くないと呟き、続いて天ノ河達の陣形を見ると表情が固まる。

 

前衛に勇者である天ノ河、そして後衛には降霊術士と結界士の恵里と鈴、そして龍太郎

何故龍太郎が後衛にはいるんだと、何を考えている光輝と、内心で全く意図が読めない天ノ河の考えに戦慄する。

 

そんな天ノ河達の作戦というと、アリサを倒せばそれで終わりというもの。

前衛はアリサ一人であり、アリサさえ倒せば後の3人は負けを認めるしかない。つまりアリサを倒せば俺達の勝ちだ!といった物凄く浅い考え。その上2対1なんて卑怯者がすることだと、少なからず幼馴染みとして助言した雫の言葉も無視してアリサとの1対1に望む天ノ河。あくまでサポートしてくれればそれで良いとの天ノ河の言葉に龍太郎もそれに頷き、鈴や恵里は苦い笑みを浮かべながらも渋々頷く。

 

そうしてお互いの陣形も整ったことで、半ば天ノ河達にため息を溢しながらもメルドは始め!の声と共に試合の合図を出した。

 

 

「アリサちゃん!」

「すずか!」

 

先に仕掛けたのはアリサとすずかだった。

 

アリサは天ノ河と交戦せずにその場で詠唱を始め、それに呼応するようにすずかも詠唱を始め、天ノ河が動き出す前に魔法を発動する

 

「氷界!」

「火球!!」

 

すずかの氷界が天ノ河を中心に周囲を凍り付かせ、ブーツや鎧が徐々に凍結して天ノ河の動きを鈍らせるなか、特大の火球が天ノ河めがけて放たれる。

 

しかし高スペックな天ノ河は、氷界をものともしないように、火球を避けるために後ろに飛ぶと、凍り付いた地面に火球が着弾して、大量の水蒸気の煙で訓練所を覆い隠した。

 

「こ、これは……っ!」

 

周囲が水蒸気の煙により見えなくなって困惑する天ノ河に、一直線に飛び出して大剣を切りつけるアリサ。咄嗟の反射神経で攻撃を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

「くっ!こんな小細工を」

「生憎ね、あんたと真っ正面から斬り合うつもりはないわよ!」

 

 

そうアリサは天ノ河に向けて言い放つと一度後方に飛び、もう一度すずかの氷界とアリサの火球を放ち、水蒸気の煙がまた発生する。

 

一方水蒸気の煙の中でアリサと天ノ河が斬り合う中、観戦している人達は殆どが困惑していた。

晴れ晴れしい勇者様の戦う様を見れるということで、騎士や使用人、貴族の子女も見に来ていていたが、それが突然水蒸気の煙で見えなくなり、剣戟だけが鳴り響く状況。

たまに空中から放たれる凍雨が降り注ぐのは見えるが、それだけではあまり盛り上がらない。

 

そんな中、優花達は他の人達より神妙な顔つきで水蒸気の煙を見ていた。

 

「アリサ達、仕掛けたわね」

「でも、どっちが押してるかこれじゃあ分からない」

 

水蒸気の煙の中で響く剣戟でアリサが天ノ河と交戦していることは優花達にも分かるが、それがどういう風に戦っているのかは検討が付かない。

 

「水蒸気の煙自体、バニングスさんや月村さんが作ったものだから、元々立てていた作戦だと思う。きっと……あの中でも動ける方法があるんだと思う」

 

そんな中、永和はアリサ達が煙を発生させたことから、何かしらの対策を取っていると考える。

そしてその永和の考えは当たっていた。

 

「(アリサちゃん、今いるところから正面5メートル先に光輝くんがいる。すずかちゃんはアリサちゃんが2回ほど斬り合った後、光輝くんのいるところを中心に凍雨で攻撃してくれるかな?こっちは後2カ所ほどしたら準備が終わるから、それまで頑張って)」

 

その言葉はアリサとすずかの二人の脳内に響き、小声で了解と小さく相槌をするアリサとすずか。

水蒸気の煙の中、ここまでアリサ達が連携を保てているのは香織の存在があったからだ。

 

香織はリンカーコアに目覚めてから、正人を助けるため強くなることに勤しんでいた。それもトータスの魔法だけではなく、正人やリィンフォースが使っているベルカやミッドの魔法も、リィンフォースから口頭の説明で教えてもらっていた。

今回、アリサ達が視界が遮られているのにその中で見事な連携ができるのは、教えてもらった一つである念話によるものだった。

 

特定の素質を持つ人物にテレパシーを送るというただそれだけの能力だが、視界が煙で遮られ、声も大きな声を出せば特定されるためあまり出せない今の状況に置いて、念話は最大限発揮された。

香織は魔力感知で味方と敵の居場所を把握し、味方であるアリサ達に的確に天ノ河の居場所を念話で教えて、アリサ達はその情報を元に煙の中迷うことなく攻撃していた。

始めは慌ただしく対応していた天ノ河は煙の中でも慣れてきたのか、最小限の対処でアリサの攻撃を防ぎ、遂には剣圧で水蒸気の煙を吹き飛ばす。

 

「アリサちゃん!!」

「っ!!一度下がるわよ!」

 

水蒸気の煙が無理矢理吹き飛ばされたことで、アリサ達は後ろに跳び、香織の元へ着地する。

 

「ごめん、ここまでみたい。で、準備は?」

「うん、ついさっき整ったよ」

 

そっか、と何とか間に合ったことにほっとするアリサの前で、天ノ河は聖剣を2回ほど振ってまだ少し漂っていた煙も払うと、剣先をアリサ達に向ける。

 

「もう小細工も終わりだね。バニングスさん達の負けだ」

「何言ってるの?まだ私達は負けたって言ってないわよ。というかあんた、私達に本気で切りかかってこないじゃないの。私達のことなめてるわけ?」

「なめてるわけじゃない。俺はただ傷つけたくないだけだ!」

「それをなめてるっていうのよ!はぁ、本当に呆れるわ。正人なら加減はされるでしょうけど、少なくとも斬り合いに応えてくれるわ」

「っ!!八坂、また八坂か!あいつは俺達を裏切ったんだ!そんな八坂より俺が負けているっていうのか!」

「なら、私達にそれを証明してみなさいよ」

「ああ、言われるまでも!」

 

そういって、アリサの口車に乗ってうおおおっ!と叫びながら一直線に突撃する天ノ河。

そんな天ノ河に、何やってるんだかと審判役のメルドもため息を溢すと、突如として天ノ河の姿が消えた。

忽然と消えたわけではなく、地面に吸い込まれるかのように天ノ河が地面へと消えていき、叫びが悲鳴へと変わり、土をおもいっきり擦る音が鳴り響く

いきなり消えたことに唖然とする観客は言葉が旨く出ず、後方に下がっている龍太郎や鈴達もいきなりのことで戸惑い、更に後ろに控えて観戦していた雫はなんとなく何が起きたのか分かったのか、なるほどと納得する。

 

「上手く挑発して、一直線に突撃してくれたおかげで上手く嵌まったわね。ナイスよ南雲!」

「あはは、どちらかというと白崎さんの魔法のおかげだと思うよ」

「ううん、そんなことないよ。錬成師の南雲くんがいなかったら、そもそもこの作戦は立てられなかったから」

天ノ河が消えたことで、この作戦の要だったハジメを賞賛するアリサと香織。ハジメは逆に自分ではなく香織こそが要だったと言うが、ハジメも香織もどちらも同じぐらいに重要な要だった。

 

お互いに賞賛する中、他のみんなが天ノ河がどこに行ったのか困惑する。その疑問に答えるのは、消えたはずの天ノ河だった。

 

「いっつ……!なんだこれは!?落とし穴!?こんなものが、どうしてこんなところにあるんだ!?」

 

天ノ河が消えたところからそんな大声が響く。

龍太郎も「光輝そこにいるのか」と聞こえるように叫ぶと、それに答えるように返事をする。

 

観客も、いなくなったわけではなく見えなくなっただけだとわかり、ほっとする中、優花がそういうことかと納得して口ずさむ。

 

「何か分かったの?優花っち。」

「あの天ノ河が消えたトリックよ。天ノ河は落とし穴っていったわよね。そんなの決闘前にはなかった。つまり決闘中に掘ったってこと」

「で、でもそんなのできるんですか?」

 

本当にそんなことがと一夏が疑問を投げるが、奈々や妙子、優花のパーティやメイドのミュゼ、ユーリはなるほどと納得した表情を見せる。

 

「アリサ達のパーティには、一人だけそれを可能とする人間がいるわ。それが南雲よ」

「南雲様は錬成師。鉱石や鍛冶に携わる職業ですが、穴を掘るということにも応用が利きますね。ですが穴は何所にも……」

「もしかして白崎の光魔法じゃねえか?」

 

優花の答えに付け足すように、ユーリがハジメの錬成師としての能力を付け足すが、落とし穴の表面が見えないことを考えると、そこの疑問を答えたのは玉井だった。

 

「ほら、白崎なら表面をカモフラージュして隠すことぐらい楽勝だろうしよ」

「そうね。玉井のいうとおりだわ。きっとアリサとすずかの作った水蒸気の煙も、その作業を隠すための一手に過ぎなかったんじゃないかしら?」

 

これは勝負あったかもねと、アリサ達の作戦が完全に上手くいき、戦況はアリサ達が有利と見る優花。

そんな中下がっていた龍太郎も、これは拙いと独断で前線へと向かう。

 

「さてと、三人で何とかしねぇぇぇぇぇっ!!!?」

 

これは天ノ河一人に任せた責任もあると、劣勢の中残った3人で何とかするかと意気込むが、踏み抜いた地面に飲み込まれるように、龍太郎も地面の中へと吸い込まれる。

あれだけアリサとすずかが天ノ河と交戦して時間を稼いだのだ。落とし穴が一つな訳がない。この訓練所には、複数の落とし穴が香織の魔法でカモフラージュされて存在していた。

その中の一つに龍太郎は嵌まった。因みに深さは7~10メートル。簡単によじ登って来れる高さではない

完全に前衛を失い、残ったのは鈴と恵里。

ど、どうすればと二人ともあたふたとするが、恵里はふと気づいた。

 

「だ、大丈夫だよ!鈴。多分至る所に落とし穴があって、あっちも身動きが取れない。なら私達は魔法で遠距離で……」

「ねえ、恵里……バニングスさん。こっちに跳んできてるよ」

「え?」

 

身動きが取れないならこっちに肉薄するつもりはないのだろうと、アリサ達の作戦を逆手に取って遠距離からの魔法攻撃を仕掛けようと鈴に向いて薦める恵里だが、アリサ達を見ていた鈴が指を指してアリサが近付いてきていると呟くと、恵里もアリサ達の居る方向を見る。

 

鈴のいうとおりアリサは近付いていた。だが、落とし穴に引っかからないように、走るのではなく火魔法を駆使して得た跳躍で、一気に鈴達の居る場所へ飛び越えてだ。

 

「あれなら落とし穴……意味ないよね……」

「…………」 

「よっと、さてと前衛二人はなくなったけど……まだやる?」

 

完全に黄昏れている鈴に言葉を失う恵里。そんな二人の目の前にアリサは着地すると、大剣の剣先を突きつけまだ戦うかと訪ねる。訪ねられた2人は言うまでもなく。

 

「「降参です」」

 

両手を挙げて降参し、アリサパーティ対天ノ河パーティの戦いはアリサ達の作戦勝ちに終わった。

 

 



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30話

「さてと、これぐらいで良いかしら」

 

荷物を大きめなリュックに詰め込み一息つくアリサ。

何か忘れているものはないかとこまめにチェックして、問題ないと分かると漸く肩の荷が下りたのか、割り当てられている部屋のベッドに倒れ込む。

少し休憩と体を少し休ませていると、コンコンとノックする音が鳴り響いて、体を起こして誰?と呼びかける。

 

「アリサ。私だけど」

「優花?開いてるから入ってきていいわよ」

 

ノックしたのが優花だったために、アリサは優花を入れる。入ってきた優花も纏まった荷物を見て、旅支度がもう終わったことを察する。

 

「もう、準備できたんだ」

「まあね。明日にはここから出てホルアドに行くことになるわ」

「そっか……」

「大丈夫よ。必ず強くなって戻ってくる。そんでもって正人も取り戻す。それに……確りとお礼をしたいんでしょ?」

 

何処か心配の表情を見せる優花にアリサは大丈夫と言って、改めて正人を取り戻すと決意の言葉を告げる。

付け足すように片目でウィンクしながら優花を茶化すと、顔を赤くして「ち、違うわよ。べつにそんな……」と動揺しながら否定したものの、俯いてぶつぶつ呟き出す

 

オルクスの檜山が引き起こした事件の時、正人によって九死に一生を得た優花。戻ったらお礼をしようと意気込んでいたが、当の正人はナハトによって体を乗っ取られ、優花達の前から姿を消してしまい、結局お礼すらできなかった。

その後、アインスから正人の事情を聞かされ、自分を責める正人の悪夢に精神を摩耗したりもした。漸く落ち着いた時、自分は正人に対して何ができるだろうと思った。

最早、お礼の言葉を言うだけでは収まらないほどに正人に助けられた優花は、正人のことを考えれば長考するほどになっていた。本人はまだ自覚はないが、優花と行動する奈々や妙子、アリサ達なんかはそのことについて「これは堕ちてるわ」と察している。

 

 

それから暫く話し込み会話に花を咲かせていると、ふと今の時間を確認した優花が短い声を漏らす。

 

「もうこんな時間。ごめんアリサ、もうすぐあたし達訓練の時間だから」

「ええ、優花達も頑張りなさいよ」

 

この数日間、前に進んだのはアリサ達だけではない。

オルクスの大迷宮以来、武器を持つことすら躊躇っていた優花達もまた、訓練を受けるようになっていた。

優花達が何故そうするようになったか。それは数日前のアリサ達の……ハジメの戦いぶりを見てだった。

錬成師、非戦闘職と舐めていたハジメが、天ノ河達の決闘では錬成師ならではの戦いぶりで勝利に貢献した。

 

そんなハジメを見て、閉じこもり何もしない自分達と比較して恥ずかしくもなった。

だから少しでも頑張ろうと、自衛のためということで、優花達は再び訓練を受けることにした。

 

(着実にあんたの元へ近付いてる。待ってなさい正人。必ずあんたを助け出して見せるから!)

 

 

 

「うーん。ダンジョンに挑む道具はこれぐらいかな?」

「そうだね。まだお金はあるから、欲しいものは買っておいた方がいいかも」

 

王宮内でアリサが心の中で正人の救出を意気込む中、王都の城下町ではすずかとハジメが冒険に役に立つアイテムを買いそろえており。購入したものを見て、これで充分かな?と呟くハジメに、すずかは王宮が用意した軍資金はまだ残っていることから、役に立ちそうなものを購入しておこうとハジメに薦める。

周囲から見ればさながら恋人が買い物しているように見えるが、当の二人はあまりそう言った自覚がない。

そんな二人が店の並ぶ城下町を歩いていると少し遠くに見慣れた露店が見える

「あ、あのお店」

「覗いてみようか」

 

二人はその露店を見て立ち寄ることにして、近付いてみると並べられている商品は少なく、荷物も何処となく纏まっている様子がうかがえる中、露店の絨毯の上で猫のように丸くなり、眠っている銀髪の少女の姿

幾ら何でも無防備過ぎないかと、露店で寝ている少女を見て苦笑いを浮かべる二人。そんな二人の視線に気づいたのか、少女は閉じていた目を開けて寝ていた体を起こして、背筋を伸ばし少しぼうっとしてからハジメ達に顔を向け。

 

「いらっしゃいませ」

 

と、ふわふわと寝起きな声で来店しているハジメ達に声をかけ、それを聞いて、二人とも心の中で相変わらずだなと呟く。

 

「二人ともまた来たんだ」

「うん。買い物ついでにね。所でお店に並んでるものが少ないけど」

「そのことか……別に明日ぐらいに此処でのお店も閉めて、別の所に行くから」

 

だから、並べてる商品も少ないと少女は付け加えて言うと、ハジメ達も納得し、その反面で何処か寂しい気持ちにもなった。

 

他でも買えない鉱石などが此処に色々並んでいて、ハジメは他の店など気にせずに一目散に向かうほどに常連客になってしまった。

だからこそ、店員である少女や強面の男性、何処か抜け目のない飄々とした男性とも会えなくなる寂しさがあった。

 

「……寂しいの?」

「え?いやその……」

「ふーん、そうなんだ」

 

ハジメの顔を見て少女はハジメの心中を言い当てると、慌てるハジメは言葉を詰まらせるなか、少女は笑みを浮かべてハジメの反応を見て楽しんでいる。

 

 

「おお、なんや来とったんやな。ボン」

「小僧にツキムラも一緒か」

 

そんな中、色々旅支度のために物資を買っていたであろう荷物を持つ男性二人が帰ってきて、露店の前にいる

ハジメ達を見て声をかける。それから暫く他愛のない話が続き。そろそろ戻ろうとした時、少女に呼び止めれる

 

 

「待って」

「どうかしたの?」

「これ」

 

そういってハジメに渡されたのは、正方形の形をした箱。

「何だろう、開けていい?」とハジメは少女に答えたが、少女は首を横に振り「帰ってから見て」と忠告する。 

親しくなったことから危険なものではないだろうと判断したハジメは、少女の忠告に頷く。

それから店から離れ、夕方頃に王宮に戻ってきて箱の中身を確認したのだが、中には信じられないものが入っていて、次の日城下町に向かったのだが、彼らは既にこの街からいなくなっていた。

 

その日の夜。

月が雲に隠れ王都が魔法の明かりに照らされる中、王宮の一室では3人の少女が談笑していた。

 

「明日から香織とは暫く会えなくなってしまうのね」

「明日の朝にはここを出て、ホルアドで一泊してから迷宮に入るだったわね」

「うん、また大迷宮に潜ることになるから。大丈夫だよリリィ。強くなって戻ってくるから」

 

そういってキングサイズのベッドの上で座るパジャマ姿の香織と雫。そしてこの国の王女であるリリアーナ・S・B・ハイリヒ。通称リリィ

香織と雫は元から親友の間柄だが、リリィに関してはこの世界に来てからの仲。

召喚初日の晩餐会で話し合ってから交流を重ね直ぐに仲良くなった。

 

「……香織、本当にごめんなさい。元々、私達の問題だというのに」

 

香織の強くなるという言葉に、リリィは俯き謝罪の言葉を述べる。

元々リリィは勇者召喚で勇者が召喚されることを良く思っていなかった。

何処ぞの分からない異邦人という侮蔑の意味合いではなく。単にこちらの身勝手な理由で呼び出される罪悪感から。

本来ならこの世界の住人であるリリィ達がどうにかしなければならないことを、見ず知らずでこちらの事情など知らない香織達を巻き込んだことを後ろめたく思っていた。

 

「そんなに気にしないでリリィ。自分で決めたことだから」

「ありがとう香織……その言葉だけでも少し気が軽くなったわ」

 

そんなリリィに対して、香織は押しつけられたことではなく自分の意思だとはっきりと告げると、リリィはその言葉でのしかかっていた重みが少し軽くなる。

 

それから他愛もない談笑を交わす三人だが、気づけば雫は横になって眠っていた。

 

「雫?眠ってしまってますね」

「雫ちゃん。訓練が厳しくなってたから疲れてたのかも。」

 

眠ってしまっていた雫に気づき、反応する二人。

香織は眠ってしまった原因は、訓練が今まで以上に厳しくなったことからのものだろうと指摘する。

あの決闘以降、訓練内容はかなり厳しいものになった。

決闘で見せた天ノ河の単独行動に無茶苦茶な戦略。流石のメルドも頭を抱え、戦いが何たるかということを教えるために、心を鬼にして鞭を取った。

完全にとばっちりを受けたことで、雫の心労を更に増えたのは言うまでもなく。香織もケアのために一緒にショッピングに出かけたりと気を利かせていた。

 

「香織も朝が早いみたいだからもう眠りましょう」

「うん、そうだね」

 

雫も寝てしまったため、香織の旅立ちのことも考えて自分達も眠ろうと提案するリリィに香織も頷くと、そのまま体を寝かせて雫に続くように川の字で眠りに落ちた。

 

そうして旅立ちの前日が終わり、翌日香織達はオルクスへと旅立った。

 

 



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幕間『蠢く者達』

 

 

香織達がそれぞれの休日を満喫し、旅立ちを翌日に控えた夜。

 

魔法の力で明かりを照らす町並みの、ある宿屋に備え付けられた酒場のテーブル席で、ある三人が晩食に舌つづんでいた。

 

「いやぁ……ほんまあんま売れへんかったな」

「仕方あるまい。あまり知られていない鉱石などを売りに出していたんだ。奇怪に見られて売れないのは当初から分かっていたことだ」

「でもあの二人には好評だった」

 

長くはないがこの王都で露店を出していたことで、話の内容として売れ行きの話で談笑する三人。

しかしあまり取り扱っていない鉱石ばかりだということで売れ行きは伸びなかったが、それでもその鉱石の価値を見抜いたハジメやすずかに好評だったことを、少女が微笑んで答える。

 

「売れ行きに関しては仕方あるまい。あれはオルクスの誰も到達されていない下層で手に入れたものだ。一目で価値を判別することは難しいだろう」

「ほんまやな……仕入れてきたアームブラストや風帝には感謝しとかなな」

 

そう言いながら酒を飲む大人二人を見て、少女はふーんまあそっかと納得する。

そんな少女だが、少し目を細め腰に隠してある獲物に手を掛ける中、少し顔を後ろに向けると、そこには黒いフードコートで顔を隠している人物が立っていた。

 

「気配を殺して近付かないで欲しい」

「気を触ったみたいですね。そちらの二人は初めから気づいていたみたいですけど……同席、良いですか?」

「そこまで近付かれて気づかないとは、まだまだだなフィー」

「もうちょい精進しいやフィー。それと同席かまへんで氷帝」

「では失礼します」

 

そういって開いていた席に座る氷帝は、作業員に飲み物を頼むと、暫くして飲み物がやってきて、それを一口飲んだ後一息を吐く。

 

「お疲れみたいやな」

「ええ、それはもう……四六時中気が抜けない状況が続きますから」

「しかし、そのお陰で我々は怪しまれることはなかった。ステータスプレートと商売権利証の手配には感謝している」

「ほんま手際が良かったわ。苦労したんやないか?」

「ステータスプレートは隙を見て入手しましたし、登録と商売権利証に関しても、内政官に暗示を掛けて正式に認めさせましたから、怪しまれませんよ」

 

そこまで疲れてませんと、フードから見える表情から口を吊り上げる氷帝。

普通なら周囲に人がいる酒場でそんな話をするのは異常なことだが、周囲の人間はまるでそんな話は聞こえていないように気づくことはない。

暫く談笑する中、さてととゼノが呟くと、先程の緩んでいた目が真剣な眼差しに変わって氷帝に向けられる。

 

「それで、まさかそないな話するために接触してきたわけやないやんな?」

「まさか……本題はこっちです」

 

そういって氷帝の懐から取り出したのはUSBメモリー

それをゼノが受け取って見て良いか?と問うと、氷帝は頷いたので、持っていた小型情報端末に差し込み中にある情報を確認する。

 

「これは……」

「まだ骨組みだけど……大筋はこんなところだと思います」

「なるほどな……これはおもろいことになるんやないか?」

 

これは楽しみやなと、不敵な笑みを浮かべるゼノ。隣にいるレオも内容を見て興味を示している。

 

「それで……こちらに来るのはどれぐらいですか?」

「まあ、こっちに来て直ぐに王都に向かったから、無理はないわな」

「大凡1500人といったところだ。」

「……思っていたより多いですね」

「そこのところは纏め役が説得していた。その者達に感謝することだ」

 

人数を聞いた氷帝は、1500という数字に考えていた予想より上回る人数だったことに少し驚く中、レオが上に立つ立場の人間が説得してくれたと説明し、氷帝も内心で感謝し微笑みを浮かべる。

 

「所で他の選抜隊メンバーは?クロウと風帝の足取りは知っていますけど……後は神速と黒兎……」

「ああ、あの二人か……つい先日までは王都におったんやけど。先日の決闘を遠くから見てから興味が失せたみたいでな。ホルアドに向かうちゅうておらんようになったわ」

「ああ、そういうことですか」

 

なるほどと納得する氷帝は、行き先が分かっているなら問題ないかと二人の行動について押し黙る。

 

「それじゃあ、西風。本隊への連絡お願いしますね。流石に連絡しようにも遠すぎて繋がらないので」

「任せておけ」

「まあ、巻き込まれた身や。依頼主からの報酬も出してくれるんやから、問題もあらへん」

「そっちも頑張ってね」

 

そういって席を立つ三人は店員に金を渡すと、泊まっている二階の部屋へと階段を上っていく。氷帝もまた持っている飲み物を飲み干すと宿から出て行く。

 

香織達が旅立つ前夜に起きた出来事。これが何を示しているのかは……まだ彼らしか知り得ない



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31話

 

オルクス大迷宮……

遙か昔から存在する7大迷宮の一つにして、王国や冒険者から訓練として扱われることが多い。

そんなオルクスに先月、王国に召喚された勇者達が訓練のために入ったが、結果は王国の騎士が一人を残して全滅し、神の使徒の一人が行方知れずになるという悲惨なものだった。

このことから、神の使徒からはオルクス大迷宮に関して、名を聞くだけで震えが止まらなくなる者も存在するほどに、彼らにとってはオルクス大迷宮は畏怖の存在だった。

 

だがそんな大迷宮にアリサ達は臆することなく挑む。胸の奥に決めた友人を助け出すために……

そんなアリサ達がオルクス大迷宮に潜って数日が経ち……彼女達は64層に到達していた。

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SIDE香織

 

「…………」

「香織」

 

漸くここまでたどり着いた。

64層……あの日私達は生き残るために上がっていった。

あの時も私は足手纏いで、何もできずにただ身を顧みなかった正人くんの背中を見ていることしかできなかった。

でも今は違う。正人くんを取り戻すためにここまで来た。強くなるために……

そんな思いを胸に秘めながら、私は休息を取っている場所から少し離れた所にある大穴を見下ろす。

もうこの下はあの時の場所……あの時は何もできなかった。でも今の私達なら

 

「大丈夫だよ。アリサちゃん」

 

奈落を見下ろしている私に心配して声をかけるアリサちゃんに、私は大丈夫と答えて、奈落を見下ろしていた視線をすずかちゃんや南雲くんのいる方向に向ける。

この下はあの時の場所ということもあって二人とも入念に準備している。

 

「いよいよだね」

「ええ。ここからが正念場……すずか、南雲も準備は良い?」

「大丈夫だよ。アリサちゃん」

「僕も大丈夫。この前立てた作戦通り動いたら良いんだよね?」

「ええ、確実に奴が復活している想定で立ててるから……みんな、ここからが正念場よ!」

 

アリサちゃんの一言に私達は力強く頷き、休憩を終えて下の階層……65層へと足を踏み入れる。

 

そしてそこに広がる光景は……崩れ落ちた石の橋が掛けられていて、通れるようになっていた。

 

「橋は修復済みなのね。ということは十中八九……」

 

そう言いつつ橋の中心にたどり着くと橋の両端に魔法陣が展開される。

私達が来た入り口には無数の魔法陣からトラウムソルジャーが出現し、反対方向からは無数の魔法陣と比べて巨大な魔法陣からベヒモスが現れる。

 

「以前と同じ状況……でも!」

「うん!今回は逃げるためじゃないもんね!」

「こいつらを倒して……」

「正人くんを取り戻すために!」

 

私達の覚悟は決めている。そのためにもここで躓いてなんていられなかった。

そんな決意を胸に臨戦態勢を取ると、ベヒモスが雄叫びを上げて突進し、反対側のトラウムソルジャーも次々と前に進んでくる。

 

「香織!ベヒモスを!」

「わかった。天鎖縛!

 

先ずはベヒモスの動きを封じ込めるために私は魔法を唱えると、空間に出現した魔法陣から光の鎖がベヒモスへと巻き付き、突進していたベヒモスの動きを封じ込める。

それでもなお、前に進もうと足掻いている。だったら……

 

ホーリーランス!

 

このままだと鎖が砕け散ると判断した私は、足元にミッド式の魔法陣を展開すると、ベヒモスの周囲に魔力でできた槍を4つ生成して、槍はベヒモスの足に突き刺さる。

 

「これでよし!すずかちゃん!」

「うん!…………氷界!!これでダメ押し!」

 

ホーリーランスがベヒモスの足を貫通して地面に突き刺さると、突き刺さったホーリーランスのお陰で足は動かせなくなり、それにダメ押しと言わんばかりにすずかちゃんの氷界でベヒモスの足を氷付けにする。

 

「これでベヒモスは当分は動けない。先ずは後方のトラウムソルジャーを倒すわよ!」

「ベヒモスは抑えておくから……みんなお願い!」

 

ベヒモスを封じ込める魔法の維持のために他に余力を出せない私は、アリサちゃん達にトラウムソルジャーを任せて、魔法の維持に専念する。

 

ハジメSIDE

 

ベヒモスは白崎さんが止めてくれている。ここまでは立てていた計画通りに上手くいっているから大丈夫だ。

 

「いくわよ!すずか!南雲!」

 

バニングスさんの掛け声と共に、僕と月村さんは呼応すると直ぐさま腰に付けているガンホルスターから僕の獲物を取り出して、先ずは手近なトラウムソルジャーを三体ほど撃破する。

本来の僕なら絶対に出来ない芸当だけど、今の僕には作り上げたこれがある。

僕の両手に握られている黒光りしたマガジンタイプの拳銃。

拳銃はこの世界では存在しない武器で、僕が必死になって作り上げた一品。

これがあれば低いステータスの僕でも魔物とまともに戦うことが出来る。

それに加えて、バニングスさんが前に出て火焼閃で複数体を焼き切り、月村さんが凍雨を拡散させて放ち、広範囲でトラウムソルジャーにダメージを蓄積して倒していく。

 

「バニングスさん。下がって!」

「っ!分かった!」

「月村さんは足止めを!」

「うん!」

 

僕はタイミングを見計らってバニングスさんに下がるように指示を出すと、指示に従ったバニングスさんは後退して、トラウムソルジャーの動きを止めるために月村さんが氷界でトラウムソルジャーの足を凍らせて動けなくする。

それを見た僕はポーチからあるもの……お手製手榴弾を取り出し、安全ピンを外すとそれを複数個、トラウムソルジャーが固まる数カ所に投げる。

投げてから直ぐに爆発してトラウムソルジャーを纏めて吹き飛ばすと、爆発が収まった後にバニングスさんと月村さんがまた攻撃を再開する。

そして暫くして後方に現れたトラウムソルジャーは全滅し、僕達は後顧の憂いを断ったことで白崎さんが抑えるベヒモスに集中することにした。

 

 

NOSIDE

トラウムソルジャーを掃討したアリサ達だが、その間に足止めをしていたベヒモスを封じ込めるのも遂に限界を達した。

縛り付けていた天鎖縛の鎖とホーリーランスは砕け散り、氷付けられていた氷も砕き自由を得たベヒモス。

その眼差しは今まで動きを抑えていた香織に対して怒りの眼差しを向け、今にも食い殺そうと激昂の雄叫びを上げて香織に向かって突進してくる。

しかし、後ろを気にすることもなくなったアリサ達は臆することなく、動き出した。

 

顕現せよ。氷の守り氷壁!!

 

すずかが特大の氷で出来た厚い壁をベヒモスとアリサ達の間に作り上げる。

ベヒモスはそれに構うことなく氷壁に向かって突撃して氷壁を砕け散らせるが、アリサ達にとっては氷壁によって突進の速度が衰えただけで充分だった。

 

氷壁が砕け散る中、氷壁の向こうから駆け出すアリサと香織。どちらも身体強化で動く二人は、落下してくる氷塊を避けつつ、ベヒモスの左右の前足に向かっていく。

 

燃えさかれ!火焼閃!!

ライトザンバー!

 

アリサの炎を纏った大剣と香織の杖の先端から伸びた魔力刃が同時に左右の前足を切りつけると、突進していたベヒモスは前足を切られたことで前のめりに転倒し、顔を地面に擦り付ける。

そして漸く止まると目の前にはハジメの姿があり、手には手榴弾が持っている。

 

「多分、銃じゃダメだろうし、これで!」

 

そういってハジメは手榴弾の安全ピンを外して投擲して、ベヒモスの開いている口の中に投げ込む。

すると手榴弾が口の中で爆発した。

 

「まだだよ!ここに氷を望む。悪しき眼前の敵に氷の鉄槌を……氷槌!!

 

口の中で爆発したことで悶絶するベヒモスに、追い打ちと言わんばかりにベヒモスの直上に氷で出来た特大のハンマーができあがり、それがベヒモスめがけて振り落とされるとベヒモスは悲鳴を上げる。

 

「さて、とどめといくわよ!香織!燃えさかれ猛々しい炎よ

「うん!聖なる加護を与え、清浄なる炎で浄化せよ!

 

最後の一撃とアリサは香織に掛け合うと詠唱を始め。それに呼応して香織も詠唱するとアリサの大剣に炎が纏う。

しかしその炎は赤い炎ではなく白い炎で、纏ったそれは5メートル以上も長く燃えさかっていた。

 

「「セイクリッドフレイム!!」」

 

二人の掛け声が合わさる中、振られたその一撃はベヒモスの全体を白い炎で焼き尽くし、炎が治まった後、そこにはベヒモスの姿はなく、完全に焼き尽くされたことが分かる。

 

「はぁ……はぁ……やったわね」

「…………うん」

 

力を使いすぎたのかアリサは息を荒げながら倒したのを確認し、それに応じるように香織も頷く。

 

後ろにいたハジメとすずかも同じく倒したと確信し、アリサと香織の元へ向かう中、アリサと香織はお互いハイタッチしてベヒモスを倒したことを喜んだ。

 

 



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32話

 

「さて、ここからは完全に未開の階層だけど……」

 

ベヒモスとの戦いを終えた後、階層を降りたアリサ達はモンスターのいないエリアで休息を取っていた。

ここからは誰も到達したこともない未開の階層。それだけに一層の警戒を必要だということは、この場にいる全員が承知していることだった。

 

「回復薬は充分まだあるから大丈夫だよ。南雲くん、銃弾の残弾はどれくらいなの?」

「えっと、マガジンに込めているのが8個でバラでも100発はあるよ。それにここの鉱石で作れるから弾の問題は大丈夫かな」

 

そういってハジメはガンホルスターから拳銃を取り出し、グリップ部分に内蔵されているマガジンを一度外してマガジンの残弾を確認する。

 

「それにしても南雲が銃を作ったって聞いたときは驚いたわ。よく銃の構造なんて知っていたわね」

「あはは、ゲーム製作の時に銃の大百科事典なんかも見てたから、それで何とか作れたんだ」

 

偶然だよ偶然。そう笑みを浮かべてアリサが賞賛することを鼻に掛けないハジメ。

そんなハジメにすずかは充分凄いよとハジメの凄さを素直に褒める中、ハジメは付けているガンホルスターに触れる。

 

「でも、本当にどうしてこんなものをプレゼントしたんだろう」

「……普通ありえないよね?この世界には銃なんてないのに、完全に銃を想定してる構造……」

「偶然なのかな?」

 

あの日、露店経営者の娘であるフィーから貰った荷物の中にあったガンホルスター……見たときはハジメは物凄く取り乱し混乱して、その日の内に訪ねたかったが夜分遅くそれは叶わず、翌日の朝に向かったが見つかることはなかった。

結局、プレゼントの真意は掴めず。疑問が残った旅立ちとなったハジメだが、貰ったガンホルスターは有用に扱っており、プレゼントされたこと自体にはハジメも物凄く感謝していた。

 

「取りあえず、その疑問は置いておきましょう。香織も魔法を結構使ってたけど問題ない?」

「うん。まだまだ魔法も使えるよ。アリサちゃんも大丈夫?合体技の負荷で疲れてたけど」

「もう大丈夫。さて……ここからは一層の気を引き締めていかないとね。」

 

ここからは誰も到達していない未探索エリア。どんなものが待ち構えているかと、一同は奥へと続く通路に視線を向けた。

 

そしてそれから20日の日時が流れ、ペースは落ちてはいながらアリサ達は99層に到達した。

 

「ここのボスも倒せたわね」

 

そう言いながら、倒した巨大な白骨のムカデの一部に腰を下ろし息を荒げるアリサ。

その姿は服がボロボロになっていて激戦だったことが伺える。

他のすずか達も満身創痍で疲れており、その場で倒れ込む中、香織は何とか結界を張り、魔物に襲われないように考慮する。

 

「流石に……きつかったわね」

「うん、何とか倒せたって感じだった」

 

先程の激戦を思い浮かべているのか、一度二度と経験した死の恐怖に青ざめるアリサとすずか。それでも挫けてられないと自身を奮い立たせる。

 

「南雲くん、さっきはありがとう……南雲くんが後ろで相手の分析と援護をしてくれたお陰で、誰も死ななかったから」

「僕はそれぐらいしか出来なかったし……」

「出来なかったじゃないわよ。南雲が指示してくれたお陰で何とか勝てたんだから」

 

自分を過小評価しなくて良いわよと、アリサが先の戦いで敵の動きの分析や、的確な援護と指示を出していたハジメを賞賛する

それから魔力が回復した香織に全体回復で傷を癒やして貰った後、準備を整えて最下層へと動こうとしたとき、奥の方から微かな音にすずかが気づく

 

「ねえ、アリサちゃん。奥から音がしない?」

「音?」

 

肝を冷やすすずかの問に、アリサは首を傾げながらも耳を澄ますと、すずかの言うとおり微かに聞こえてくる音を聞き取るが、その音は徐々に大きくなっているのが分かり、その音も大きくなるにつれて分かってくる。

 

「足音?でもこれって……」

「足音が軽い……大型な魔物じゃないみたい」

「100層から上ってきてるんだから、ただ者じゃなさそうね」

 

アリサ達は自身の獲物に手に取って構えて、徐々にはっきりとしてくる足音に危機感を駆り出たせる。

そしてその足音が目前まで来ていて、暗がりな通路から薄らと上がってきたそれの姿を捉えると、ハジメが短い声を上げた。

 

「え?…………女の子?」

 

徐々に姿を現すそれは魔物ではなく人間で、翡翠色ののゆるふわウェーブにエメラルドグリーンの瞳、日本でよく見られる緑を主張とした着物だが、ミニスカートという日本ではあまり見れない服装。

そして上の空で何を考えているのか分からない様子の彼女とアリサ達は目を合わせる。

 

「………………」

「………………」

 

両者、無言のまま時間が流れる中、先に口が開いたのは女の子の方だった。

 

「……こんにちは」

「え?えっと……こんにちは……」

 

ぽつりと呟くように喋った言葉が挨拶で、いきなりのことで戸惑うハジメも挨拶を返し、それで緊張がほぐれたアリサが少し呆れた表情で女の子に話しかける。

 

「えっと、あなた……ここで何してるの?」

「…………散歩?」

 

アリサの問に間を置いて首を傾げながらも答える女の子に、周りは苦笑いの笑みを浮かべる。

 

「ねえ、ここにはどうやって来たの?」

「…………?」

「あの時みたいな転移で飛ばされたのかな?」

「流石にそうじゃないかな?こんなところまで飛ばされるなんて……魔物に襲われなかったのが不幸中の幸いだったかも」

 

続いてすずかがここまでどうやって来たのかと訪ねるが、意味を理解していないのか首を傾げる彼女を見て、ハジメと香織がかつて自分達が味わった転移トラップの類いにかかって不運にも100層まで飛ばされたと推測する。

だが不幸中の幸いで魔物が現れることはなく、アリサ達から見ても汚れがないことから今まで息を潜めていたと考えればしっくり来る。とアリサ達は結論付けると次に女の子をどうするかという話になる。

 

「考えるまでもなく。引き上げるしかないわね」

「そうだね。名残惜しいけど人命とは比べられないしね」

「……別にいいよ」

悩むこともなく即決で出口へと向かうという方針を決めるが、そこに割って入るように女の子が口出しをする。

 

「いいって……強い魔物がいっぱいいるのよ。武器も持ってない女の子を一人に……」

「……武器は持ってるよ?」

「えっ?」

「……それに風はフウの味方」

「風?」

 

突拍子のない言葉を口にするフウと名乗る女の子にアリサとすずかも戸惑いを見せる中、それを他所にフウは上に向かう通路へと早走りで向かっていく。

それを見て慌てて追いかけようとするアリサ達だが、通路直前にフウは足を止めてアリサ達の方へ向き直る

 

「ま、待って!」

「……フウなら大丈夫。それより下に行った方が良い」

「え?」

「……そうした方があなた達に良い風が吹くよ」

 

そういって通路へと消えていったフウ。アリサは追いかけようとするも既に近くにはフウの姿はなく、追いかけた後に道に迷ってしまっては本末転倒だと割り切り、元の場所へ戻る。

 

「あの子……大丈夫かしら」

「うーん、確証は持てないけど大丈夫じゃないかな?本人も言ってるし、何より最下層なのに全然怯えてる様子も見れなかったし」

「確かにそうだよね……何処か不思議な子だったな」

 

フウのことが心配になるアリサにハジメは彼女の様子から本当に大丈夫なのではないかと推測すると、それに同意するように香織も頷く

 

「それより、あの子が言ってた。下に行った方が良いって……」

「確かに言ってたわね……この下って最下層なんだけど……」

「やっぱり何かあるってことなのかな?」

「悪いことじゃないみたいだし、取りあえず行ってみようよ」

 

フウが言っていた言葉に疑問を持ちながらもハジメの行こうという言葉に三人は頷き、下の階層へと向かう。

そして下の階層に到達した直後、アリサ達は足を止め、目の前にある信じられないものを目の当たりにする。

 

それは以前戦ったベヒモスと同じ種族ながらも、明らかに格上と言わんばかりの風格を漂わせる魔物。

しかしそれは動くことなく横たわっていた

 

「これ……死んでるの?」

 

アリサは戸惑いながらそう呟く。

彼女達の前に倒れるベヒモスは既に息が絶え、死骸とかしていた。

「下に降りる階段からここまで一直線だったし。これ……まさかさっきの子が?」

「体全体に無数の切り傷が出来てる。それにさっきの女の子がやったのなら、外傷もなかったし無傷で勝ったことになるよ」

 

すずかと香織もそれぞれ気になったことを上声で呟く中、あの空間から下に向かって直ぐにたどり着いた場所で、辺りを見渡しても横穴も進む道もなく行き止まり。そして恐らく最下層のボスであろう魔物がいとも簡単に倒されている光景に頭が付いて来れない。

 

唯一分かることは、彼らの先程のフウと呼ばれた少女が何者だったのかという疑問が強まっただけだった。



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33話

 

「八方塞がりね」

「うん、完全に手詰まりだもんね」

 

お手上げと息を吐きながら項垂れるアリサ。

それを見て苦い笑みを浮かべるすずか。

 

フウという少女に勧められて、オルクス大迷宮の最下層にたどり着いたものの、待ち構えていたボスは倒されていて、進む道もない。あるとすれば、壁に埋め込まれている市販では見られないレアな鉱石と、奥の方にある祭壇と、その前にある起動していない転移陣ぐらいだろう。

終着点なのだからもう少しあっても良いだろうと、来た当初はアリサもそう叫んだが、祭壇の石碑に書かれている文字を見て、その心境も一変する。

 

〝他の大迷宮を制した証を示せ、さすれば真なる迷宮は開かれん〟

 

この言葉を意味するものは、他の六大迷宮の内一つでも攻略して、攻略すると手に入れられる証というものをここで使えば、先に進めるということ。

つまりはここから続きが存在するという、残されている古い記述とは異なる内容に、嘘でしょ?と鳩が豆鉄砲を喰らったように唖然とした。

 

現状、これ以上は進めないことから、ここに留まっても時間を浪費するだけなのだが、ある理由でここに一日だけ留まっていた。

 

「南雲くん。いっくよ~えい!」

そんな軽い声を出しながら、この空間を揺らすレベルで、両手に持つハジメ特製のピッケルを壁に打ち付ける香織。

壁に罅が入り、鉱石が取れると、ヒャッハーと奇声を上げながら鉱石をかき集めるハジメ。

 

ここに留まっている理由、それはハジメがここでしか取れない希少な鉱石に目を奪われ、大量に採取しているからである。

ハジメが扱う、拳銃の元になっている鉱石、タウル鉱石が一面に広がっていることに気がついたときは、普段のハジメから考えても想像できない歓喜の雄叫びを上げたのは、アリサ達の脳裏に鮮明に覚えている。

 

それから様々な鉱石をリソースも考えずに乱獲していたことで、ここに一日ほど留まることになった。

 

「でも、まあ……もう良いでしょう……南雲!香織も!休憩したら……地上に戻るわよ!」

 

「うん。そうだね……南雲くんもこれだけあれば充分だよね?」

「うーん……当分は問題ないかな?」

 

このままだと一生をここで永住しそうなハジメに帰ることを言うと、山のように積み上げられている鉱石を横目に渋々といった表情で了承し、ハジメは指に付けられた指輪を鉱石に向けて突き出すと、鉱石の山がその場から姿を消す。

 

「本当に凄いわね……その宝物庫っていうアーティファクトは……」

「そうだよね。これで大量の物資を幾らでも収納できるから、持ち運びが楽だもんね」

 

填めている指輪……宝物庫を見ながら、その備えられている能力に感謝しつつ、喉を潤すために水を口をするハジメ

 

この宝物庫と呼ばれるアーティファクトはこの最下層の石碑に埋め込まれていて、ご丁寧なことに取り扱い方も書かれていたことから直ぐに扱うことが出来た。

これで、持ってきた食料や素材などをバックなどで詰めて背負って体力を消耗しなくて良いと喜び、武器や最低限のアイテム以外は全て宝物庫に収納した。

「それにしても……本当に僕がこのアーティファクト持ってて良いの?」

「当たり前じゃない。どう考えても素材とか消耗品を扱う南雲に渡した方が適任なわけだし」

 

こんな凄いアーティファクトを僕なんかがと、ハジメは受け取っている今でも引け目を感じて、それをアリサはハジメが持っていることが適任と断言する。

ハジメに宝物庫を持たせることは他の香織やすずかも同意で、トントン拍子でハジメが所持することになったが、当のハジメは未だに自分の力を過小評価していることから、宝物庫を持つに見合ってないと思っている。

宝物庫の所持者云々の話が少し続いた後、そろそろ行きましょうかというアリサの声と共に、上層へと上がる階段を上がっていく。

 

「あ、そういえば……」

「どうしたのよ。すずか?」

「10日前に一度地上に戻ったときに聞いたんだけど、雫ちゃん達、もうここに来て迷宮で訓練をしているって話」

「雫ちゃん達が?」

「……なんでかしら。その件に教会が絡んでるような気がするんだけど」

 

アイテム補充のためにホルアドに戻っていた際に聞いた、勇者一行がオルクス大迷宮に再び訓練で遠征に来ているという情報をアリサ達に話すと、アリサはその行動の裏に教会が絡んでいるのではないのかと、嫌な表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 



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34話

 

 

アリサ達が100層から戻る帰路に着いた同日。

オルクス大迷宮の65層では復活したベヒモスが倒れ、その前に先頭に立つ天ノ河光輝率いる勇者一行。

 

「勝った?」

「マジ?」

 

自分達にとって悪夢とも呼べたベヒモスを倒したことに半信半疑で見ている勇者パーティーを前に、光輝が聖剣を掲げ声を上げる。

 

「俺達の勝利だ!」

 

光輝のその声を皮切りに、迷宮内ということも忘れて歓喜の声を上げるクラスメイト達。

あるものは倒したことの喜びで抱きしめあい、またあるものは涙目で嬉しさのあまり雄叫びを上げる。

そんな光景を見て、雫とメルドはなにをやっているんだかとため息を溢すが、ベヒモスを倒したことについては正直に嬉しく思ってはいた。

 

(コウキ達はこの短時間で良くここまで成長したものだ……しかし……)

 

本来ならありえないスピードでの成長に、やはり神の使徒かと選ばれた者達という特別な存在だと認識するメルドだが、その反面で分かっている事実に素直に喜べないでいる。

 

(このままで良いものだろうか……マサトの言うとおり、戦いが何たるかということを未だに理解していない。)

 

正人が王都にいた時にメルドが訪ねた光輝達への評価。それは戦いを甘く見ているという厳しい評価だった。

だからこそ、何処かで山賊を嗾けてきっちりとそういうことを教えようと思った矢先、教会からのオルクス大迷宮へ向かえという指示がまいこんできた。

そのことで時期尚早と渋るメルドだが、教会の命令は王命よりも絶対とされる神命。逆らうことは許されず、メルドは志願者を募りオルクス大迷宮へとやってくることになった。

 

(このままコウキ達を野放しにするわけには)

 

いつかとんでもないことになりかねんと、先ずは弛んでいる気を引き締めさせるために、光輝を戒めようと声を掛けようとした矢先、何処からか声が響き渡る。

 

「そうは問屋が卸しませんわ!!」

「っ!全周警戒!」

 

響き渡った女の声に、咄嗟に光輝達に周りへの警戒を促すと、光輝や他のみんなも慌てた状態で周りを警戒し始める

 

警戒し始めた矢先、その声の主が突然襲いかかってくることはなく、下の層へと続く道から歩いてくる。

 

茶髪の髪に騎士甲冑を纏い、盾と騎士剣を携える女性。

その後ろを着いてくるように、幼い銀髪の少女と先日アリサ達と出会したフウと呼ばれる少女が姿を現す。

 

それを見て、光輝は女の子?と警戒心を解く中、光輝を注意する余裕もないメルドは最大限の警戒心で女性達に訪ねた。

 

「貴様達……何者だ。こんなところにいるのだ。ただ者ではないことぐらいわかる」

「メ、メルドさん。相手は女性ですよ?そんなに警戒する必要は……」

「馬鹿者!!この階層の先は前人未踏の未開探索エリアなのだぞ!その先から出てきた者がただの女性だと思うな!」

「メルドさんの言う通りよ。光輝……正直あの鎧を着ている人、あんな平然としてるけど隙がないわ」

 

異様に警戒心を抱くメルドに対して、光輝は見るからに普通の女性に明らかに過剰すぎる警戒心を抱いていることを困惑しながら指摘するが、下の階層から現れた時点で普通ではないと一蹴され、付け加えるように、雫は女性が戦闘態勢に入っていないというのに隙がないと警戒を強める。

 

「対象の敵意を感知。些か警戒心が足りていないようですが……いかがいたしますか?」

「正直、今の反応を見ただけで試す気も失せてしまいましたが…………どうやら本命が来たみたいですわね」

 

そういって甲冑の女性はメルド達に背を向け、自身達が来た下層に体を向けると、奥からこの場所へ向かってくる複数の足音。そして通路からアリサ達が飛び出てくる。

 

「アリサ達か!」

「メルドさん!?それに雫達まで……」

「漸く、来たようですわね。」

「あっ、あんた達ね!この下の階層に待ち構えさせていた敵を用意したのは!」

 

 

叩き切るのに時間かかったわよ!とうんざりとした表情で女性に文句を言うアリサに、女性もしてやったりと笑みを浮かべる。

 

「あの程度に負けていればその程度と鼻で笑う所でしたが……見所は一応あるようですわね」

「そりゃあどうも……で、あんた達は何者なわけ?下にいたあれも含めて、あんた達がこの世界とは別の世界から来たってことはなんとなく分かるんだけど」

「なんだと!?」

 

アリサの言い放った言葉に驚きの声を上げるメルド。

別世界。それはつまり、アリサ達や一夏達のようにこの世界に召喚されたということ……しかしそんな(神託)は、聖教教会から何も聞かされていない。

目の前にいる彼女達は一体何者なのか、メルドは思考を巡らせていると、近くに居た光輝が待ってくれと言いながら女性に問いかける。

 

「……何か?」

「つまりは、君達も元の世界に帰れなくて困ってるってことですよね?だったら俺達と一緒に居れば良い!魔人族を倒せば返してくれるって……」

「はぁ…………なんとまあ……あの決闘を見たときから思ってはいましたが、熟々甘い男ですわね」

「え?は?」

「誰が、赤の他人の言う言葉を鵜呑みにすると思っているのですか?答えはNOですわ。そちらの騎士団長から同様の提案があったとしても、答えは変わりありませんが」

「ど、どうしてだ!?」

(そりゃあ、まあ……ねえ)

(信憑性ないもんね)

 

光輝は仲間になるように提案するも即答で一蹴されて狼狽える中、内心で一蹴した女性の気持ちに共感して苦い笑みを浮かべるアリサとすずか

 

「そもそも私たちは現在、そちらが敵対している魔人族と協力関係にあります……ですからあなた方と組するつもりは毛頭ありません」

「なん……だと!?」

 

魔人族と組しているという言葉に、メルドは目を大きく開けて真偽を疑う。

その言葉は本当なのか……仮に真実だとしても、人間族を根絶やしにしようとする魔人族が異世界から来た人間と組するなど、容易に想像が出来ない光景だった。

 

「他愛のない話もここまでに致しましょう。」

 

そういって、女性はアリサ達に向かって持っている剣と盾を構えると、それまで発していなかった殺気を発する。

 

「っ!」

「これ……は」

「殺気!」

 

女性の殺気に当てられ、仕掛けてくると踏んだアリサ達は、直ぐに動き出せるように武器を構える。

 

「待つんだ!落ち着いて話し合おう。戦い合うなんて間違っている!あなたたちは魔人族に騙され……」

「クラウ・ソラス」

「へ?ごふぅっ!?」

「光輝!!」

 

一触即発の雰囲気に光輝は自論で止めようとするが、それを遮るように銀髪の少女が動き、一言呟いた直後に少女の後ろに出現した、クラウ・ソラスと呼ばれた黒い謎の物体から繰り出されたパンチで顔面を殴り飛ばされ、後ろに吹き飛ばされる。

 

いきなりのことで悲鳴と戸惑いの声を上げる勇者パーティー。龍太郎が光輝の名前を呼ながら掛けよって、光輝の状態を確認する。

光輝はというと、パンチで顔面は腫れて少し脳震盪も起こしていた。

そんなプチパニックを引き起こしている勇者パーティーを他所に、引き起こした少女はというと、何一つ表情を変えず冷静に言葉にする。

 

「これ以上の口論は無意味と判断します。」

「その通りですわ。では黒兎にそちらは任せてもよろしいですわね?」

「特に問題はありません」

「ではお頼みしましたわ。それで……風帝の娘は……」

「…………一応フウも参加かな?」

 

そういって、手を背中に組みながらのんびりとした表情で勇者パーティーの前に出るフウ。

問題ないでしょうと、二人の実力を知っている女性は勇者パーティー達を二人に任せると、アリサ達に剣先を向け名乗りを上げる。

 

「ベルカ帝国にその人とありと言われる槍の聖女に仕える鉄騎隊……その筆頭隊士を務める神速のデュバリィ……どれほどの実力か……この剣で測らせて貰いますわよ!」

 

そう言いきった直後、地面を足で蹴って一気にアリサ達の距離を詰めると、剣をアリサに向けて振るった。

 

 



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35話

色々、迷走していましたが、久しぶりの投稿です


 

 

(どうすれば……)

 

ハジメは困惑していた。

いきなり戦いの火蓋が切って落とされ、戦闘が始まったのはまだ良かった。

しかし相手の動きがあまりにも速すぎた。

デュバリィと呼ばれる女性に二人がかりで攻めるアリサと香織。

お互い連携して畳みかける二人の攻撃を、デュバリィはいとも簡単に捌ききっていく。

 

「アリサちゃん!香織ちゃんも一度下がって!!」

「そういって下がらせると思ったら大間違いですわ!」

 

このままでは拉致が明かないと踏んだすずかが、二人を一度下がらせるように指示を出して、凍雨を放とうと詠唱し始めたが、下がった二人の距離を直ぐさまに詰められて、広範囲に降り注ぐ凍雨を放つことが出来なくなり、これにはすずかも下唇を噛む。

ハジメもできうる限りのことを尽くそうと頭をフル回転させて考えるが、自分に出来ることは錬成と援護射撃程度。

援護射撃しようにも、敵があそこまで素早く動かれてはハジメも銃の照準を定めることが出来ず、がむしゃらに撃ったとしても、デュバリィと打ち合っているアリサ達にフレンドリーファイアする可能性を考えて、撃つことを躊躇われる。

 

「っ!すずか!そのまま撃ちなさい!」

「アリサちゃん!?……うん!」

 

押されている状況に、アリサは味方に攻撃が当たることで躊躇するすずかを一喝して攻撃を促すと、戸惑いながらもすずかは意を決して凍雨を放つ。

 

「聖絶!!」

 

氷の雨が降り注がれる直前に、香織がアリサの隣に立って聖絶でバリアを張った上で、更にプロテクションを展開してバリアの二重障壁を作り上げる。

 

降り注がれる凍雨は三人に襲いかかるが、香織のバリアに包み込まれているアリサと香織は凍雨を防ぎきる。

 

「なんのこれしきで!!」

 

障壁などで防ぐすべのないデュバリィは、盾と剣を巧みに使い降り注ぐ。凍雨を全て斬り落としたり、盾で防いだりと1発を当たることはなかった。

 

「ありえない……1発も直撃しないって、普通に考えれば無理でしょう」

 

あまりの超人ぶりに、アリサは信じられない表情で唖然として言葉を溢し、凍雨が降り終わると、あれだけ激しく動いていたデュバリィは息一つ乱すことなく、剣先をアリサ達に突きつける。

 

「先程の連携は見事と言っておきましょうが、まだまだ未熟ですわ!」

 

先程の攻撃を少し褒めながらも戦う手を緩めることはなく、デュバリィはアリサ達に斬りかかる。

 

一方、アリサ達と戦うデュバリィの露払いとして、天ノ河達勇者パーティーを引き受けた黒兎と風帝。

だが戦いは殆ど一方的なもので、黒兎が操るクラウ=ソラスによって天ノ河達は蹂躙されていた。

 

「そこです」

「うわあぁぁっ!?」

「野村!!うおっ!?」

 

感情もこもらない単調な言葉と共にクラウ=ソラスの巨大な拳が野村を吹き飛ばし、そのパーティーのリーダーである永山は野村のことを叫ぶが、更に繰り出されたクラウ=ソラスの攻撃が永山にも襲いかかり、野村のことでよそ見をしていた永山は短い悲鳴と共に吹き飛ばされる。

 

「やめるんだ!こんなことをして何になるんだ!!」

「やめろ!コウキ!いくら言っても……!」

 

未だ、剣を交えず言葉だけで説得しようとする光輝にメルドは無駄だと吐き捨てるも、聞く耳を持たない光輝には届かない。少し冷めた視線で光輝を見る黒兎は、クラウ=ソラスの攻撃対象を光輝に移す。

 

「少し、黙っていてください。ブリューナク……発射」

「拙い!避けろ!コウキ!」

「え?うわぁっ!」

 

クラウ=ソラスから光線が発射されて光輝達の前方で着弾すると、着弾点から起きた爆風に防御が間に合わず、光輝はおもいっきり吹き飛ばされる。メルドは咄嗟に光輝に避けるように叫ぶと同時に回避運動を取るが、回避が少し遅れていたこともあって、光線の熱に皮膚が少し焼かれる。

 

「ぐっ!」

「光輝くん!暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ……螺炎!」

「クラウ=ソラス」

 

光輝が光線に吹き飛ばされたのを見て、恵里が黒兎に向けて螺炎を放つと、それに気づいた黒兎がクラウ=ソラスの名前を呟いたら、直ぐに炎の渦に巻き込まれる。

 

「やった!」

 

確実に焼き殺したと恵里は確信してそう呟くが、炎の渦がおさまったあと、その確信は消え失せる。

クラウ=ソラスから張られる障壁が黒兎を包み、螺炎の攻撃を完全に防ぎきっていたからだ。

 

「先程の攻撃を脅威として判断、攻撃対象を変更……攻撃開始」

 

 

そういって障壁を解き、クラウ=ソラスの正面を恵里に向けると、クラウ=ソラスの頭部から光線が放たれる。

 

 

「えりりん!」 

 

クラウ=ソラスの光線を受けた恵里を見て、離れた場所でフウに相対していた鈴が声を荒げる。

今まさに、友人が敵の攻撃をもろに受けてしまったことから、鈴の意識は恵里に向いてしまう。

本来なら、敵を目の前に意識を他に向けるのはあってはならない行為だが、相対しているフウは仕掛ける素振りを見せない。

 

「大丈夫、威力は抑えてある」

「そう、相手の言葉を鵜呑みに出来ると思ってるのかしら?」

「フウは嘘ついてないよ?」

 

横目で黒兎との戦闘を見るフウは、光線を直撃したが威力は抑えられていると言うが、彼女に切っ先を向ける雫は、敵の言葉を真に受けることは出来ずに言い返す。

そんな雫の言葉にフウは可愛らしく首を傾げた。

 

デュバリィ、黒兎と65層のベヒモスがいた広間で戦いが繰り広げられる中、フウと相対する雫、龍太郎、鈴の戦いは他と比べて穏やかだった。

というのもフウ自身、一切攻撃をしてこないということもあり、積極的に攻めようとする龍太郎を抑えつつ、慎重に攻撃している雫達とは未だに何合かしかぶつかり合ってはいない。

 

(この子、全く隙がない)

 

のほほんとして隙がありそうだが、実際は隙がない。

全く持っての素人なら気づかないが、八重樫道場で剣を習った雫だからこそ気づいた。

 

(それに、さっきから攻撃するたびに何かに阻まれてる)

 

見えない何か……フウは他の人達から見たら、何も武器も持たず、かといって格闘戦を仕掛ける様子もない。しかし、雫の剣が彼女の体に当たるたびに何かに遮られて防がれた音が響いて、目に見えない武器を所持していることがわかった。

だが、彼女がいったいどんな武器を持っているのか、それは未だにわからなかった。

 

(これは長期戦になりそうね)

 

そう思って下唇を噛む雫。このまま行けば、今でも不利な状況が更に不利になるのは明白。なんとか打開策を打ち立てなければ負けると思い、雫はフウ目がけて剣を振るった。

 

 



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36話

 

 

アリサSIDE

 

どうすれば……!

目の前で斬り合っている格上の剣士に、私達は為す術もなかった。

こちらの攻撃は全て捌かれたうえで、的確に攻撃を当ててきて、体中が痛い。

それを見かねて、香織が回復魔法で傷を癒やしてくれるけど、その時の痛みは身にしみているから、体が震えて思うように動かない。

 

「虚勢を張るのも止めた方が良いですわよ。所詮はこの世界に来る前までは、戦いのたも知らぬ民間人……切り裂かれた痛みなど体験もしたこともない以上、体の方が正直に震えていますわよ」

「…………」

 

この人の言うとおりだ。

完全に思っていることを見透かされ、ここまでなのかと挫けそうになる中、後ろから香織の声が聞こえる。

 

「確かに……あなたの言っていることは間違ってないと思います。戦うのは怖いし、傷ついて痛いのも……いや……だけど、私達は選んだの!戦うって!そして取り戻すって!」

 

香織の言葉に自然と震えが止まって、体の内から力が溢れてくる。

そうよ、こんなところで躓いてちゃ、正人を助けるなんて夢のまた夢じゃない。

挫けかけていた意思を再び立て直した中、それを見た剣士は少し笑みを浮かべて剣を構え直す。

 

「いいでしょう。その威勢に対してどれほど私に立ち向かえるか……見せて貰いますわ!」

 

「言われなくても!」

 

そう叫んだ直後、後方から香織のホーリーランスが飛来して、剣士とその周辺に降り注ぐ。

これを何一つ表情を変えずに剣と盾で弾いていく。

さっきのすずかの氷雨と同じ、いとも簡単に弾かれている。だけどそれはこっちも承知のはず。

 

氷界!!

 

すずかの氷界で剣士の足元が凍てつき始め、止めていた足が徐々に氷に凍てつかれていく。

 

「くっ!小細工か!しかしこの程度で……「錬成!!」っ!?」

 

いくら足を凍らせたところでこの人は止まらない。力尽くで拘束を解こうとするが、それを遮るように私の横で南雲が叫んだ。

 

錬成を使うと剣士の足元の地面が盛り上がり、剣士の足を固定する。

 

本来なら、錬成は地面に手を付け、目の前の地形を変えるぐらいの能力だったが、南雲は新たに遠隔錬成という技能を覚えた。

その名の通り、離れていても錬成することが出来るというもの。

これにより危険を冒すことなく、剣士の足の拘束を強化することが出来た。

 

「バニングスさん!」

 

南雲が私の名前を叫び、その意図を読んだ私は直ぐさま剣士に向けて駆け出す。

動けない今しかない。みんなからチャンスを託された私は両腕に力を込めて大剣を剣士に振るい、動けない剣士を捉えることができた。

 

「うおおりゃああぁぁっ!!」

「ぐっ!っ!!」

 

剣士も盾で防ぐが、これまでのようにいなすことは出来ずにぶつかり合い、そのまま力が勝った私の一振りで、剣士は拘束から抜けるほどに勢いよく吹き飛ぶ。

空中に身を乗り出した剣士だが、流石というか……空中で受け身を取って、綺麗に着地していることからまだ余力があるのがわかる。

 

「中々の連携ですわ。私に一撃与えたこと、褒めてあげます。ではここからは少し本気で……「そこまでです。神速の」っ!!?」

 

更に本気で戦おうと、剣士は先程とは段違いの覇気をぶつけてくるとともに、足に力を入れた着後、第三者の声で留まる。

 

声からしてフウっていう子や黒兎っていう子でもない。全く聞き覚えのない第三者の声に戸惑う中、その声の主は上層へ続く道から現れた。

 

全身を黒いフードコートを纏い、右手には機械仕掛けの槍……なのは達と同じデバイスらしきものを持っている。

体格からして私達より年下……だけど、その子から発せられる覇気は、あの剣士と同等レベルで感じられる。

というか、それを差し引いても、今の劣勢にまた一人追加されただけでも辛すぎる。

 

「ああ、安心してください。別に戦いに来たわけではないので」

「っ!?」

 

そんな私の思考を読んだのか、あの子は何も言っていないのにも関わらず、私の心中を言い当てる。

動揺する私を他所にあの子は全体を見渡した後、この空間に聞こえる位の声音で発した。

 

「神速の、黒兎、フウ……撤退しますよ」

「なっ!?ここで撤退するのですか!?もう少しは……」

「少し本気になって、手の内を見せるつもりで?」

「うっ……!」

「実力を測る位ならこれで充分でしょう……あなたの剣技を明かすほどではありませんよ」

「む~っ!!わかりました!ここはあなたの言葉に従います」

「了解。これより交戦を停止し撤退します」

「うん、わかった」

 

不満げにあの子の指示を飲んだ剣士は、私達を警戒しつつ、あの子の元へ歩いていく。

他のフウという子や黒兎も、一言言った後、同様に近付いているのはわかる。

 

「さて……こちらの三人がお世話になったみたいで……ではこれにて」

 

そういってお辞儀した後、あの子の足元に魔法陣が展開される。陣の大きさは、他の三人も入るほどに大きく拡大する。

 

「転移ですか?この世界では転移は不安定ではありませんでしたか?」

「ちゃんとマーカーは設置してきているので、問題ありませんよ」

 

剣士とあの子が軽いやり取りをする中、私達はそんな四人の周りを囲う。

 

「逃がすと思っているのか?」

「まあ、それが普通でしょうね……」

 

満身創痍ながらも絶対に逃がさないと気迫に満ちたメルドさんが問いかける中、黒フードの子は当然かと言わんばかりにメルドさんの言葉に頷くと、左手の指をならす。

 

その瞬間、上層に続く道から幾つもの光線がこちらに飛んでくる。

 

「な、なんだ!?」

「アリサちゃん、まさか……!」

「そのまさかでしょうね!」

 

突然の攻撃で取り乱すメルドさん。すずかも心当たりがあるのか私に問いかけてくると、私は直ぐに頷いた。

 

通路から攻撃してきたのは、丸みのある長方形の、この世界では全く持って見られない鋼鉄のフレームを纏い、浮遊している機械仕掛けの無人兵器。

それが計八機ほど現れると、一定の距離で立ち止まり、中央部分に設置されているカメラから光線を放ち始める。

いきなり、この世界にはない機械が現れたことに、メルドさんより機械を知っている光輝達の動揺が激しい中、この下の階層でこれと全く同じものが待ち構えていたことから動揺しない私達は、光線を避けつつ剣士達の方を警戒する。

 

「それでは我々はこれで」

「あ、少し待って」

「……どうかしたのですか?フウ?」

「……そこの剣士さんに」

「わ、私?」

 

転移しようとした直前、フウに呼び止められて発動を少し待つと、フウは雫に向けて話しかける。

 

「フウはフロウリア・フォン・アウスレーゼ……剣士さんは?」

「は?え?……八重樫雫……だけど……」

「ん、雫……覚えた。それじゃ、雫、次は本気で戦う」

 

そうフウは言いきったあと、止めていた転移を発動させて、四人はこの場からいなくなった。ここに残っているのは、突然のことで混乱している私達と、敵の無人機だけになった。

 

 



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37話

オルクス大迷宮の外、冒険者などで栄えるホルアドのとある宿屋の一室。

かつてアリサ達と会ったクロウ・アームブラストが寛いでいるなか、部屋の開いたスペースに立てられている大きい紙の魔法陣が輝き出し、光が溢れた直後、オルクス大迷宮の内部にいた四人はその場に転移された。

 

「よう、お疲れだったみたいだな」

「クロウ、見張り番ご苦労様」

 

四人が無事に帰ってきたことを見て、労うクロウ。そんなクロウに、黒フードの人物は、丁重語を崩してこの部屋にいてくれたことを感謝する。

 

「さて、少し休憩したいところですが……そうもいってられませんね。彼等が地上に帰ってきたら、直ぐにデュバリィさんやフウ、黒兎も指名手配されるでしょうから……心配……しなくても大丈夫だとは思いますけど、上手く隠れてくださいね?多分、今夜中には戻ってくるでしょうし」

「言われるまでもありませんわ。作戦に備えて王都の近郊にでも身を寄せるつもりではいますが……あなたは直ぐにでも王都に戻らないといけないのでは?」

「一応、連絡できなかった3人の安否確認のために来ましたから、手は打ってきています。それに、あれを使えば王都には3時間程度で帰れますし」

 

これからの段取りを詰めていく四人。これからの方針を纏めていく。

 

「そうだ。神速、お前らから見てどうだったんだよ……神の使徒様って言うのわよ。直接戦ったんだろ?」

「……正直言って、殆ど甘ちゃん揃いですわ。何より、あの天ノ河という少年は、少し剣に覚えはあるようですが、剣士として……いいえ、人としてどうかしています」

「前情報の評価から、一部以外は許容範囲内かと」

 

天ノ河達を見て厳しい評価を下すデュバリィと黒兎に、クロウも苦い笑みを浮かべて見ていると、フウだけは二人とは違う言葉を出す。

 

「雫は戦ってみて楽しかった」

「おいおい、風帝に目を付けられた奴がいたのか?」

「彼女達を除いて、あの神の使徒の中では一際抜きん出ていたのは、八重樫雫だった……のは、前もって知っていましたけど……」

「今度あったら戦っていいよね?」

「ええ、良いですよ」

 

これは何言っても聞かないなと周りは理解し、暫くしてからクロウを除く四人は、この宿にいたことすら悟られずにホルアドを後にした。

 

 

アリサSIDE

 

「これで……全部ね」

 

漸く落ち着ける。そう思って大剣を背中に担ぎ直して辺りを見渡すと、あの無人機の残骸と、疲弊の色が濃く見えるメルドさんや雫達の姿。

 

私達も雫達ほどではないけど疲労していて、少しは休憩を取らないといけないだろう。

因みに香織は、戦闘が終わったら直ぐに負傷したみんなの治療に回っている。まだまだ余力はあるみたい。

そんな周りの様子を見ていると、メルドさんが近付いてくる。

 

「メルドさん」

「アリサ達も無事で何よりだ。しかしこの魔物は一体……あの者が操っていたように見えたが」

「これは魔物……じゃない……機械っていう、私達の世界では当たり前に普及している、日常や戦うためにも精通する技術で……恐らく、私達が逃がさないことを想定して、前もって準備して出していたんだと思います」

「ふむ、だからこそ……あの者達が、この世界の住人ではないと言い切れたのか……しかしあの剣士、ベルカといったか……そんな国が、お前達の世界に存在するのか?」

 

メルドさんの問に、私は首を振って違うと否定して、続けて話し始める。

 

「ベルカっていうのはアインスの生まれた国……です。厳密には大昔になりますけどね。私達の世界でもあんな兵器、実在しませんし……あれも異世界の技術で出来たものだと思う」

「そうか……これは一度王都に戻る必要が出てきたな……魔人族だけではなく……ベルカという異世界の住人までも敵となったのだ……対策を練らねばならん。アリサ達も悪いが来て貰うぞ」

「……はい」

 

これはもう仕方が無い。

どちみちあれ以上奥に進めなかったし、戻るつもりだったからいいけど……この件で、私達の嫌な方向に向いていかなければ良いけど

 

 



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幕間『少年達の日常』

「…………ま、お…………さい」

「ん……」

 

微かに声が聞こえる。

朧気の意識が次第に覚醒していく。ゆっくりと瞼を開けて視界に入ったのは、水色の入った白銀のメイド。

 

「一夏様、もう朝ですよ」

「ん……ユーリ……」

「はい、お食事の用意も、出来ております。」

 

そういって微笑むユーリの顔見た後、俺……織斑一夏のこの世界での一日が始まる。

 

普段の服に着替えて食堂に辿り着くと、既に椅子に座って目の前に王宮料理が広げられている榛名と、それを用意しているユーリの姿が見える。

 

「おはよう、一夏くん」

「ああ、おはよう」

「一夏様、こちらのお席におかけになって下さいませ」

「えっと……ありがとう」

 

手を振って俺に挨拶してくる榛名に挨拶を返し、その横の席を後ろに移動させて座るように勧めてくるユーリに、そういった施しを受けたこともない俺は小恥ずかしくなりながらも、ユーリが引いてくれた席を座る。

 

そうして用意されている王宮料理を堪能している。一足先に食べ終えた榛名が、後ろに控えているユーリに声を掛ける。

 

「いつも思ってたけど、ユーリちゃんはいつご飯とか食べているの?」

「それは……一夏様達や皆様がお食事を終えた後、間を見て……とお答えするしか」

「そうなんだ、ユーリちゃんと一緒にご飯食べたいんだけどな」

「そ、そんな私には恐ろしいですよ」

 

アワアワと取り乱すユーリに、流石にちょっと罪悪感を覚えた榛名も、ごめんごめんとユーリに軽く謝る。

 

そんなほのぼのしたやり取りを見て俺も微笑みを浮かべ、ふと昔のことを思い出す。まるであの時の三人のような……

 

「……?一夏様?お食事が進んでいませんが……」

「え?ああ、ごめん」

 

食事の手が止まっていたことに不安な表情を浮かべるユーリに、誤解を生ませたことに軽く謝罪する。

だがその心中は口にはしない。だってもうあの時の三人には戻れないから……言ったら榛名も落ち込むから……

 

 

食事を終えた俺達は少し一服した後、訓練所にやってきた。

勿論、理由は自衛のために力を付けること。

この世界は地球とは違って、戦いというものが身近に存在する。

この世界に来て直ぐに、山賊に襲われたこともあるから、それは身にしみてわかっていた。ならばこそ自分で自分を……そして、榛名や永和姉を守れるくらいには強くならないといけなかった。

そして訓練の内容は、駐屯している騎士などとの手合わせが殆ど、たまに王宮にいる優花さん達とも手合わせすることがある。今日は騎士との手合わせだ。

 

「はぁっ!」

 

俊敏に動き、掛け声と共に振るわれた一振りで騎士の剣を弾き飛ばす。

騎士の人も始めは手加減をされていたけど、今となっては俺の方が上手で本気でかかってくる。

 

「流石は使徒様……お強いですな。これならば魔人族など恐れるに足りませんな」

「……どうも」

別に魔人族と戦うなんて、一言も言ってないんだけどな。

そう心の中でぼやきつつ、俺は腰に付けている鞘に、ハジメさんに作って貰ったタウル鉱石製の太刀の刀身を収める。

この世界には刀というものが存在せず、困っていたときにアリサさん達に相談したところ、錬成師のハジメさんがこの太刀を作ってくれた。

ハジメさん曰く、アーティファクトじゃない、ただ硬度が高い太刀とのこと。だが別に特殊な能力を秘めた武器より、少しでも使い勝手がある武器の方が良かったために、迷うことはなかった。

その使い勝手があの場所での賜物ということは、どうも釈然としないが……

始めは周りから奇怪な目で見られたけど、今はそんな視線もない。

でも同じ天職の雫さんは、太刀を見て羨ましそうに見てたっけ

因みに榛名は付加術士で、今は王宮魔導師に魔法を教えてもらっている。始めの頃は一緒だったけど、今は別々のことが多い。

 

「お疲れ様です。一夏様」

 

そう言って、いつの間にやってきていたユーリが、俺の前にやって来て、持っていたタオルを俺に受け渡しそれで汗をかいた体を拭う。

 

「見事な剣捌きでした。流石は一夏様です」

「え?見ていたのか?」

「はい、とても美しい剣捌きでした。」

 

率直に褒められて、少し恥ずかしい気持ちに顔を赤らめた。

 

そして訓練を終え、昼過ぎには王立図書館で、みんなとこの世界の知識を勉強する。

基本的な座学はもう頭の中に入っているため……昼からは自主的な行動になるのだが、この世界についてもっと知っておいた方が良いと考え、優花さん達と一緒に図書館の片隅で書物に目を通す。

 

「ねえ、これで何冊目だったけ?」

「えっと、今日で四冊目」

 

向かい側で書物を閉じて、読み上げた本の上に置く。優花さんは隣にいる友人の妙子さんに、読み上げた本は何冊かと訪ねると、少し戸惑いながらも四冊読み終えたことを告げる。

 

「その四冊とも、少し脚色は違うだけで、中身は殆ど変わらないんだけど……」

 

こういうのを読みたいんじゃないのにと、優花さんは落胆し、ため息を溢す。

戦争には参加しないけど、別の帰る方法を模索する。きっと方法があるんじゃないかと、図書館にある古い文献を頼りに、手に入れていた言語理解で、この世界の住人でも読めない字を読み解いていたが、結果はぜんぜんだった。

 

「……やっぱり、都合の悪い文献は捨てられているのかしら」

「え?」

「なんでもないわ。さてと次は……」

 

何かを呟いたみたいだけど、それに反応すると、優花さんは慌てて次の本を読み始める。

その後、日が落ちるまで読み漁り。結果は貧しいものだった。

王宮に戻り、浴場で体を洗った後、みんなで食堂で晩食を食べる。

 

「そっか、いっくん達も大変だったみたいだね」

「うん……でもきっと変えれる方法があるはずだから」

「そうだね……だけど根を詰めちゃダメだよ?」

 

詰めすぎて体調を崩したら大変だからと、永和姉に軽く注意されて俺は素直に頷く。

 

「でも、永和さんの方は大丈夫なんですか?……ほらリリィの補佐を……」

「そっちは別に大丈夫だよ。最初は凄い仕事量だから驚いちゃったけど、別に捌けない量じゃなかったから。でも王女殿下自身が無理をされているから……今日も軽く注意したし」

 

平気な顔で今やっている仕事を無理にしていないと断言してほっとする俺と榛名。

 

俺や榛名は訓練や座学と言った力や知識を身につけている中、天職がなかった永和姉は、こっちに来てからの当初はあまりよく見られていなかった。

召喚されたはずなのに、天職すら無いと周りは落胆し、あまりにも身勝手が過ぎるのではと俺や榛名は憤ったが、直ぐにそれは解消された。

 

永和姉の処遇を一部が決めようと話し合っていた中、それに待ったをかけたのが王女であるリリィ。

リリィは雫さんや香織さんといった友人から、少しだが地球のことを聞いていて、こっちの世界の平民などは貧困から文字を書けないという人間もいる中、地球は義務教育から最低限の知識を収めていると聞いていた。それに目を留めたリリィは、永和姉に自分の政務を手伝って貰うという待遇を与えた。

 

ステータスプレートのステータスに一応あった言語理解で言葉や文字がわかることから、言葉の点ではクリアしていたし、何より永和姉が物凄く優秀なのはよく知っていた。

リリィやその補佐をする人達から始めは教えられたりもしたらしいけど、今では今までの二、三倍の早さで仕事が終わっていくと、この前リリィが絶賛していた。

このことから永和姉の事務能力を遺憾なく発揮したことで、天職がないと落胆していた者達は目を丸くして、本当に天職ないの?と疑っていたのは今にも鮮明に覚えている。

 

 

それから、永和姉や榛名、他のみんなと他愛もない話をしつつ、晩食を終えて与えられている寝室に戻り、疲れていたからか直ぐにベッドに横になって眠りに落ちた。

 

 



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幕間『少年達の休日』

 

 

空は……青いな……

見上げると雲一つない晴天の空。遮るものはなく照らす太陽の日は俺の体を温めてくれる。

ああ、清々しい日常なこと……

 

「あの……現実逃避されては困るのですが……」

 

そういって困った顔を向けて、現実を見るように促してくるユーリ。

俺も現実逃避を止めて、今ある光景を目の当たりにする。

 

王都の片隅にある下町、下町の孤児を集める孤児院の前で子供達と遊ぶ榛名と永和姉……そしてアーティファクトを使って髪色と瞳の色を変えて変装しているリリィ。

明らかにここに居てはダメな人物が一人いるが、当の本人は全然に気にしていない。

何故このような事態になってしまったのか、思い返せば今日の朝……

 

「ねえ、一夏くん。永和お姉ちゃんに呼び出されたけど……どうしたのかな?」

「さあ……一応思い当たりそうなのは考えたけど、検討がつかないんだよな。それに俺と榛名だけじゃなく。ユーリまで」

 

突然、永和姉に呼び出され思い当たる節が全く見当たらないことに首を傾げながら、王宮の通路を堂々と歩く、俺と榛名。

ユーリも俺と榛名の数歩後ろを付いてくるように歩いている。

そうして、永和姉に割り振られている部屋に入る前にノックをすると、部屋にいる永和姉の声が聞こえてくる。

 

「開いてますよ~」

「永和姉入るよ。それで何の……えっ!?」

「もしかして……リリィ!?」

「ミュゼお姉様まで!?」

 

俺達は部屋の中に入り、中にいた人物を見ると、そこには部屋の主の永和姉は勿論、ユーリの姉のミュゼさんや、何故か金髪ではなく茶髪の髪に藍色の瞳で、王族が着るドレスではなく少し裕福そうな家庭の服を着こなすリリィの姿があった。

 

「三人とも待ってたよ」

「ふふ、ちゃんとユーリも来てくれてよかったです」

「急に呼び出してしまって、ごめんなさい一夏さんに榛名、ユーリも」

 

既に部屋にいた永和姉達は三者三様の言葉をこちらに向ける中、直ぐに気になっていたことを訪ねる。

 

「別に良いけど……リリィだよな……その髪と瞳は……」

「これですか?これは髪色と瞳の色を変えることが出来るアーティファクトを付けているからです」

「それは……わかるけど」

「えっとね、三人を呼び出したのは、私と一緒にリリアーナ王女の付き添いをして欲しいからなんだ」

「つ、付き添い……ですか?」

 

永和姉の言葉に首を傾げながら答えるユーリ。

それに続くようにリリィが胸に手を当てて話し始めた。

 

「はい。私は王女という身分もあって軽はずみに王宮から出ることが出来ません……ですが、偶にですがこうやって変装して王宮の外に出来ることもあったんです。

今回は溜まっていた執務も終わりましたし、外へと行きたいところなのですが……クゼリー辺りが心配するので、一人で出歩くわけにも行きません。なので一夏さん達もご一緒にと思いまして」

だめ……でしょうか?と、首を傾げて不安そうにこちらを見上げるリリィに、流石に断るのは気が引けた。

そもそも今日は休日で何かするつもりもなかったから、付き添うぐらい問題ないだろう。

横にいる榛名も同じなのか、言葉を言わなくとも相槌だけでお互い意思疎通を取るが、反対側にいるユーリはというと少し顔を青くしていた。

まあ、無理もないか……いきなり王女様から付き添えと言われたら

 

「そ、そんな……一介のメイドである私に姫様の付き添いなど……」

「そう畏まらなくてもいいですよ。年も近いことですから、あなたとはお話をしてみたかったので」

「~っ!!む、無理です!申し訳ございません!姫様!こ、これで失礼します」

 

リリィの言葉を受け止めきれなかったのか、ユーリは顔を更に青くすると、大きくお辞儀した後部屋から出て行く。

俺達はともかく、この国の人間からしたら恐れ多いことなのはよくわかる。

 

「あらあら、逃げてしまいましたか」

 

そんなことを考えていると、ミュゼが頬に手を当てて部屋から出て行ったユーリのことを口にする。

 

「ご安心ください。姫様に皆様。ユーリに関しては私がしっかりと説得してまります」

 

「では失礼いたします」とミュゼは裾を上げお辞儀すると、落ち着いた表情で出て行ったユーリを追いかける。

 

それから暫くして、顔を赤らめるユーリと笑みを浮かべるミュゼが戻ってきて、「行き……ます」と声からわかるほどに恥ずかしがっているユーリが口にする。姉の説得はどうやら上手くいったようだった。

 

 

そして、お忍びということで重鎮しか知らない王宮の隠し通路から城下町へ出てきた俺達は、露店などを見て回って休日を楽しみ、昼下がりに平民や貧困な人達が住まう王都の下町までやって来た。

リリィはどうしてもここに来たかったらしい。

そして、以前にもここには来たことがあったリリィが歩き慣れた足取りで下町を歩くと孤児院へと辿り着き、それから孤児の子供達と遊び始め今に至る。

リリィ自体、偽りの身分でここに何度も足を運んだことがあったみたいで、子供からの信頼も厚く、見ていて微笑ましく思える。

 

「珍しいかい?」

 

眺めていると、横から孤児院の院長をしている女性が飲み物を持ってやって来て、リリィを見ていた俺達に声を掛けてくる。

 

「もう何年も前だったか、商家の娘のリリィちゃんがここにやって来てからは、子供達も笑顔が増えたのよ。みんなリリィちゃんに会いたがっててね、別れ際はいつも子供達が泣きついて、もう大変なくらいに。それでいつも、リリィちゃんが困った笑みを浮かべて、珍しい甘味を持ってまた来るからって約束して行くの」

「……本当に慕われているんですね」

 

リリィと子供達との間にあった昔話を聞いて、ユーリは心の底から慕われていることを理解して微笑みを浮かべながら呟くと、それを聞いた院長は「まあ、リリィちゃんより甘味の方がっていうことも少なくはないんだろうけどね」と、冗談なのか事実なのか、いまいちわからないが、その言葉を聞いて苦い笑みを浮かべた。

 

「だからこそ、何事もなければいいんだけどね」

「……??」

「今何か……」

「ああ、ごめんなさいね。さてと子供達はリリィちゃん達に任せるとして、今のうちにお洗濯しないと……」

 

言葉を濁すように院長はその場からいなくなり、不思議に思った俺とユーリだが、リリィ達にこっちに来て子供達と遊んで欲しいと誘われて、言われるままにリリィ達の元に向かった。

 

 



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幕間『少年達の非日常』(前編)

子供達と遊び……リリィが持参したお菓子をみんなで食べた後、院長に言われたとおり、帰ることで泣きじゃくる子供達にリリィが宥めてまた来ると約束をして下町から離れていった。

もうすぐ夕暮れになりそうな時刻。そろそろ王宮に戻らないといけない。

 

「一夏さん、榛名も今日は楽しめてくれましたか?」

「ああ、楽しめたよ」

「ありがとうね。リリィ」

 

今日は楽しめたかとリリィは俺達に確かめ、間を開けずに本心を言葉にすると彼女も「そうですか」と微笑む。

更に後ろにいる永和姉とユーリも表情からも楽しめたことは伺える。

 

「明日から、また訓練などの忙しい日々が続くと思いますが、頑張ってください」

 

「私も応援しております」と、リリィはまた明日に行う訓練に励むように応援され、もちろんと頷く俺と榛名。

それを何処となく不安そうに言いたげな永和姉の表情を見て、きっと俺と榛名が無理矢理戦場に立たされたらと、俺達の心配をしてくれているのだろう。

 

「……あっ」

 

もうすぐ王宮への隠し通路に辿り着くといったところでリリィが短く声を漏らし自然と俺達はリリィに顔を向ける。

 

「ごめんなさい。孤児院に忘れ物をしてしまったみたいです」

「それじゃあ、孤児院に戻ります?」

 

永和姉が孤児院に引き返すかとリリィに訪ねると直ぐにそうですねと、返事を返したことで孤児院から来た道を引き返した。

暫く歩き続け、下町の孤児院に辿り着くとリリィが孤児院の扉をノックする。本当なら誰か出てきてもいいのに誰も出てこない

 

「可笑しいですね。誰かいるはずなんですが……」

「……中に気配が感じるから、間違いない。何かあったのか?」

 

気配探知の技能で孤児院内に人がいることがわかったために、ノックしているのに出てこないのは何かあったのではないのかと、疑問に思っていると後ろから声を掛けられ振り向くと、そこにいたのは明らかに平気じゃない孤児院の院長だった。

 

院長の姿からただ事ではないことが起きていると確信した俺達は孤児院近くのベンチに院長を座らせて、事情を聞いた。

 

「そんな……子供達が攫われた!?」

「少し前から近隣の村やこの王都でも子供が居なくなるということが起きていて……私が……目を離したから」

「……院長さん。どうかお顔を上げてください。子供達は必ず私達で助けます」

 

リリィの言葉に院長は驚く中、リリィは決意した瞳で俺達を見る。

俺達に何も聞かずに事後承諾になってしまったがここで断る理由もない。

俺達も手伝うと頷き、孤児院を出ると直ぐさま、これからどうするかを話し合う。

 

「それで……リリィは心当たりはあるの?」

「……すみません。誘拐されていたことは今始めて知ったぐらいです」

 

ごめんなさいと浮かない顔をするリリィに榛名は大丈夫だよと、慰める。

そんな中、顎に手を当てて頭の中で思考している永和姉、考えが纏まるとリリィに向かって口を開けた。

 

「ということは、ことは複雑な状況かも」

「永和姉?どういうこと?」

「下町ではこれだけ騒ぎになっているのに王宮には噂も届かないということは、誰かが口止めしてるってことだよ」

「……それって」

 

永和姉の問に考えられるのは三つ

人々の平穏を守る警邏隊

この国の楯であり剣でもある王宮騎士団

そして三つ目は…… 

 

「貴族……でしょうか」

 

永和姉の問に答えたのは神妙な顔つきをしているユーリだ。

思わず呟いた答えに俺達の視線がユーリに集中し顔を赤らめる中、その続きを永和姉が喋る。

 

「可能性としては一番あり得ることだと思う。貴族なら下町で起きていることを隠蔽することも出来るし、警邏隊なんかにも圧力をかけられるしね」

「はい。永和様の言うとおり一番納得のいく推測だと思います」

「それじゃあ、貴族街に向かうの?」

「ううん、流石に貴族街で調べていたら犯人に気づかれちゃう。だからまず二手に別れよう。私とリリアーナ殿下は1度、王宮に戻って少し事情を話して装備なんかを取ってくるから三人は王都の入口の門番さんから色々聞いてみて」

 

そういって永和姉とリリィは王宮へと戻っていき、俺と榛名、そしてユーリは王都の入口である。門近くの詰所へと足を運んだ。

 

「あの、すみません」

「あ?なんだ、ガキか……仕事の邪魔だ」

 

「帰れ帰れ」と手を振り厄介払いされる。もうすぐ、閉門の時刻だからか、厄介ごとに絡みたくないといった表情だ。

でもここで引き下がるわけにはいかない。強引に話を切り出そうとしたとき、後ろに控えていたユーリが前に出る。

 

「ユーリ?」

「一夏様、ここはお任せを」

 

そう一言、俺に向いて呟いた後、再び顔を門番に向けてから、スカートの裾を軽く持ち上げ会釈する。

 

「お初にお目にかかります。私、王宮でメイドを務めているユーリ・イーグレットと申します」

「あ?王都のメイドだと?それにしては質素な服装を……」

「今回、お忍びでということで身なりを整えているだけです。それでお聞きしたいことがあるのですが……少し前より下町の子供が行方不明になったという話はご存じで?」

「ああ……あの件か……もう何件も起きてるって話だな……だがあの話は……」

 

ユーリは王宮勤めのメイドという身分を利用して誘拐の件を切り出すと、門番は少し言葉を詰まらせながらユーリから目を逸らす。

挙動不審から明らかに何かあると踏んだユーリは更に言葉の追い打ちをかける。

 

「此度の件、リリアーナ王女殿下はとても心を痛めておいでです。この王国の未来とも言える子供達が拐かされ……平然としていられるなど誰がおりましょうか」

「リ、リリアーナ王女様に……し、しかし本当にリリアーナ王女様の使いなのか?それを証明するものは!?」

「はい。あります」

 

リリィの名前が出ると顔を真っ青になる門番だが、俺達が本当にリリィの遣いなのかと半信半疑で証明する証拠を求めたがその言葉を待っていたのかユーリは顔を俺達に向けて微笑みを溢して俺達に向けて言った。

 

「一夏様、榛名様、ステータスプレートを」

 

言われるまま俺と榛名はステータスプレートを門番に提示すると先程の態度が一変した目を大きくして取り乱した。

 

「か、神の御遣いさま!?」

「はい。このお二人は我らが主に選ばれた方々。これが何を意味するか……主を敬愛する方ならおわかりいただけますね?」

 

にっこりと笑みを浮かべて問うユーリだが表情とは裏腹にやっていることがえげつない。

神の使徒の身元は教会と王国が保護しているという体制な上、その神の使徒を動かしているとなればそれほどの立場の人間ではないとありない。

そして先程のユーリが口にしたリリィの指示で動いているという言葉にも信憑性が増す。

 

「も、申し訳ございません!」

「信じてもらえて何より、それで先程の問ですが……」

「はい。実は我々も調査を開始しようとした矢先、貴族の召し抱える騎士達が現れ、この件は我々が引き受ける……と」

「……そうですか……もう一つ、一時間ほどぐらいで何処か可笑しい馬車は出て行きませんでしたか?」

「一時間ですか?使徒様がくる少し前に貴族御用達の商会の馬車が出て行きました。こんな時間だったのと中を改めさせて貰いましたが馬車にはあまり荷物が入っていませんでした」

「…………」

 

やっぱり永和姉の推測通り貴族が絡んで……しかも少し前に貴族関連の馬車が出て行った。これは結構怪しい。

けど中は連れ攫われた子供がいないとなるといったい……

 

「ありがとうございます。リリアーナ王女殿下の勅命とは言え、お時間を割いていただいて……」

「と、とんでもない!で、ですが……使徒様に不躾な態度で……」

「いや、別に気にしてないから」

「大切な情報ありがとうございます」

 

流石は神の使徒、彼にとって雲の上のような存在だからか不躾な対応をしたことに負い目を感じていた門番に俺達は別に気にしていないことを伝え、門から離れる。

そして門番から見えなくなった所でユーリは気を張っていたのか、途端に気を抜けその場でよろめいた。

 

「だ、大丈夫!?」

「は、はい……大丈夫です。榛名様」

「それにしてもユーリっていつも人見知りであまり初対面の人には接しないのに……今回は悠然としていたな……さっきの駆け引きもだけど」

「あれは……内心では怖かったのですが……皆様のためにお役にたちたかったので……それとあれは……ミュゼお姉様の入れ知恵です」

 

ああ、ミュゼさんの……確かにこういう駆け引きとは上手そうな気がするな……

 

「と、ともかく、情報は手に入れましたから、あまり時間は残されていませんが1度、リリアーナ王女殿下の元へ戻りましょう」

 

先程の悠然とした態度は何所へやらあわあわと取り乱すユーリの言われたとおり俺達はリリィ達との合流を急いだ。

 

 



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