【#コンパス】とりあえず、卑怯に行こうか (ねむりたいねこ)
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オープニングというにはあまりに以下省略

 フルーク……ディーバ……うっ、頭が……!


 皮膚を焦がすようなまぶしい日差し。

 頬や体に浮かぶ、玉のような汗。

 身につけているのは、学校指定のクソダサ運動服。小豆色のジャージとか、誰が着たいと言い出したのだろう。美的感覚が私たち人間とは異なっているのではないのだろうか?

 

 必死に現実逃避をする私に、男は何のためらいもなく()()()()()()()()をふるう。

 

「死ね!」

「ああっ! あっぶなぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 すさまじい炸裂音が背後で響く。私は、全力で駆け抜けることでそれを回避した。

 鼻につく潮風。まぶしい太陽。さざめく波の音。砂浜と水着があれば、私はきっと海にでも逃げていたはずだ。まあ、見えない壁があるせいで絶対に無理なのだが。

 

「避けるな、小賢しい!」

「避けるわ、バーカ!」

 

 怒鳴り声を上げる日本刀を持った男性に、私は思わず怒鳴り返す。

 男はそんな言葉が返って来るとは思っていなかったのか、一瞬だけポカンとした表情をしたあと、口角を上げてニッと笑った。だが、目は決して笑ってはいない。

 

 さっきのは何だった? フルーク? ぶれいすどらごん? それとも始龍? どれにしたって直撃すれば今の私のHPでは耐えきれない。私のHPは残り半分。

 後方のリスポーン地点でうずくまり、震えているガンナーとアタッカーの二人に向かって私は大声で聞く。

 

「ねえ、せめてアイツのデッキ構成くらいは教えてよ!」

「ひぃっ?!」

「怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖いいやだ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い……」

 

 だめだ。まともな返答が返ってくる気がしない。だが、ある程度は予想できている。どうせわからない残りの一枚は近距離攻撃カードだ。

 

「カノーネドア臣ガブリエル持ち……!」

 

 今のところ見えたのは、その3枚。桜華忠臣だったらケルパーズ(ノーマル)でも積んでおけよ、モチーフカードだろ。私は一度も使ったことが無いけどさ……!

 視界の端を意識してみれば、残り時間はあと一分半。さすがに冗談だろ? まだあと一分半も続くの?

 

 私のHPは残り半分。デッキにガブリエルが入っているが、使()()()()()()()()()からただの紙切れに過ぎない。対する男はHPバーに欠け一つない。

 

「タイマン番長に回復不可ダメカなし低耐久スプリンター一人とか……どんな地獄だよ!」

 

 そう全力で逃げながらそう叫ぶ私に、男は笑いながら言う。

 

「はっはっは! 我が貴様に真の地獄を見せてやろうぞ!」

「煽ったの怒ってる! ってか、それ、グスタフじゃない?!」

 

 こんなことになったのは、数分前にさかのぼる。



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日常は簡単に崩れるというけれども、これはさすがにないと思う

 個人的にはポロロッチョがすごく好き(うまく使えるとは一言も言っていない)。


「よっしゃ、勝ったぁぁぁぁああ!」

「うるさいわよ、ミツル。HS切りミスった戦犯は黙って勝ちを喜んでくれる?」

「容赦ない!」

 

 私、朝日南(あさひな) ミツルが学校でだべりながら、いつも通り親友の夕凪(ゆうなぎ) アズと#コンパスのバトルアリーナで遊んでいた時のこと。

ようやくS3の大台に乗りあがることができ、固定を組んでくれたギルドメンバーにお礼を言っていると、私の使用キャラのデビルミント鬼龍デルミンが迎えてくれる……わけでもなく、唐突にスマホの画面が切り替わった。

 

 真っ暗な画面に、赤の文字列。びっしりと並んだそれは恐怖の一言でしかなかった。

 さらに、スピーカーがいかれたのか、エントランスBGMのダンスロボットダンスにノイズや金属のこすれあうような気味の悪い音が交じる。

 

「え? え? なに?バグった?」

 

 せっかくS3までいったというのに、スマホが損傷したの?

 そう思った私は、ホームボタンを連打するが、一向に反応は帰ってこない。文字化けした赤文字が少しずつスクロールしていくだけだ。しかも、BGMも音量を変えていないにもかかわらず鼓膜を揺さぶるような爆音に変貌していっている。

 

「ミツル、どうしたの?」

「い、いや、スマホがバグって……!」

「わ、私のも……っ?!」

 

 次の瞬間。

 

 

 私たちの意識は消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、私たちは緑色の線が大量に走った固い床の上で寝転んでいた。

 意味が分からなくて床に手をついて体を起こす。床は大理石のようにひんやりとしているが、触り心地がどう考えても石ではない。緑色の線も相まって、本当に謎素材だ。不思議と固い何かの上で寝転がっていたのに、体に痛みはない。

 

 あたりを見回してみると、私たちと同じように床に座り込んだり、寝転がったままの人たちがざっと百人ほどはいた。

 意味が分からず茫然としていると、突然、声が聞こえてきた。

 

「カピカピッ?! ナニゴトデスカ?!」

 

 そこにいたのは、流線型の白いボディに青い光がぼんやりとともるロボット……私は、彼女(?)をよく知っている。

 

「voidoll……本物?」

 

 そばにいた誰かがそう呟く。

 そう。あれは、どこからどう見ても……それこそ、声も、#コンパスに出てくるスプリンターのvoidollなのだ。

 私たちは突然虚空から出現したvoidollに困惑を隠しきれない。

 

「システムチェック__カピピッ?! ウィルス発見?! サーバーシステムガ占拠状態!」

 

 目元のディスプレイを丸くして、voidollは驚きを表現する。

 ……ちょっと待って、『ウィルス』?

 voidollは、自身の正面にいくつかのディスプレイを表示し、確認していく。

 

「30% 80% 99%……確認完了。オマタセイタシマシタ。現在ノ 状況ヲ 説明サセテイタダキマス。」

 

 そう言うと、voidollは説明を始めた。

 

 カタカナだと読みにくいため、要点をまとめると、以下のようになる。

 

・#コンパス内部で、重大なバグが発生した。

・バグによってプレイヤーが無理やり#コンパスの世界に転移させられてしまった。

・帰還方法は存在しているが、バグがメインシステムを占拠している現状だと、危険すぎて行使できない。

・バグを一掃したあかつきには、即座に現実世界に返すことを約束する。

・ついでに、バグ退治を手伝ってくれれば、給料をBMで支払い、現実世界帰還時に日本円に変換して支払う。

 

 だそうだ。二番目の時点で「は?」となったが、これ以上考えても意味はないだろう。とりあえず、私は手を上げてvoidollに質問する。

 

「現時点で何人くらいのプレイヤーがここに来たのですか?」

「S1らんくカラノいべんと二サンカシテイタ プレイヤーノミガ転移サセラレタノデ、1324ニンデス。」

「あ、あんまりいないのね。」

「エエ。転移命令ガクダサレタトキニ ログインシテイタ人数デスノデ。」

 

 私の今のランクはS3のなりたて。ちょうどバトルアリーナで遊んでいたところだったため、バグに巻き込まれたということになる。……あ、一緒にプレイしていたフレンドもどこかにいるってこと?

 

 私のメイン使用キャラクターはデルミン……デビルミント鬼龍か、ポロロッチョだ。ようするに、基本的にはアタッカーしか使わない。ただ、長距離攻撃がうまく使えないため、マリアや忠臣は使っていない。「セェン」が当たらないのだよな……

 

 悪友、もとい親友のアズは13をメインに、ルチアーノ、リリカを気分で使うガンナーだ。一度ふざけてタイマンをしたことがあったが、彼女はめちゃくちゃ長距離攻撃を当てるのがうまい。何度オシオキ狙撃で殺されたことか。次は絶対キルする。

 

 フレンドは、リアルではあったことはないけれども、ジャスティス使いのタンカーだ。一度だけジャンヌを使っていたことがあったが、ガチキルジャンヌ編成でアタッカーのようなことをしていた。あれは本気ですごかったなぁ。敵グスタフや敵ジャスティスがゴルフボールの如く打ち飛ばされてナタデココに変わっていく……一種の趣さえ覚えた。だが、本人曰く火力が低くて使いにくいとのことで、すぐにジャスティスに戻った。要するに、彼は技術派キルタンクなのだ。

 

「いるかな、『眠り羊』くん。」

 

 私のプレイヤーネームは変えるのが面倒だったためミツルのままだ。よく男と間違われる。親友のアズはas。そのまんまじゃないか。取り合えず、周囲を見回してみるが、親友らしき人は見当たらない。

 そうこうしている間に、しばらくパラパラと質疑応答が続き、voidollはそれらに答えていく。

 

Q,現実世界ではどういう状況になっているの?

A、肉体ごと引きずり込まれたため、行方不明となっている。

 

Q、仕事があるから今すぐに帰りたい。

A、ウィルスにデータを消去……つまり、殺される可能性があるため、やめておいた方がいい。オンライン環境は確保できるため、外部と連絡を取ることはできる。

 

Q、どれくらいで家に帰れるの?

A、未定。

 

Q、食事はどうすればいい?

A、こちらで提供します。トイレ、風呂もある上に、希望するなら服も提供する。ただ、高級品はBMと交換とする。

 

Q、1BMは日本円でいくらに換算する?

A、1BM=1円とする。

 

Q、ウィルスを一体倒すごとにどれくらいのBMがもらえる?

A、ウィルスは三段階評価……弱いほうから1、2、3と分け、1は十万BM、2は百万BM、3は状況に応じて値段交渉とする。正直、3はプレイヤーには倒せないものだと判断していい。

 

「ウィルスト 闘ッテクダサルカタハ、チュートリアルヲ受ケルコトガデキマス。モチロン、戦ワナイトイウカタハ コチラノ扉ヲトオッテイタダクコトデ 宿泊施設ニ案内サセテイタダキマス。」

 

 voidollは、そう言うと右手(?)を動かし、ポリゴンのようなエフェクトとともに、扉を作成する。小さな歓声が沸き起こり、数人がその扉へと向かう。

 そんなとき、誰かが口を挟んだ。

 

「え、チュートリアルって絶対に受けなきゃいけないのか? #コンパスはずいぶんやって来たし、面倒なんだが。」

「ああ、確かに、チュートリアルで時間かけているよりはBM稼ぎたいな。」

 

 そう言う彼らに対し、voidollは少しだけ思考した後、返答する。

 

「デシタラ、ヒーローヲ仲間ニスルタメニ、一度バトルアリーナ二移ッテイタダク必要ガアリマス。彼等ニモ性格ガアルタメ、確実二仲間二ナルカハ保証デキマセンガ、ウィルスト戦ウ前二経験ヲ積ンデイタダキマス。コチラノ扉ヲ通ッテクダサイ。__アマリ、オススメハシマセンガ。」

 

 voidollがそう言うと、何人かの人々が出現した扉の前に集まった。チュートリアルを飛ばそうと考える人々だろう。

 私は正直にチュートリアルをうけようと思っているため、その場に残ろうとする。

 

 が、現実は非情であった。

 

 ガコン!

 ガガガガガガガガガガガガ!

 

「うわっ!?」

 

 金属の擦り切れるような大音量が響き渡る。私は思わず声を上げてしまった。

 慌てて音のもとを見てみると、そこには、黒いポリゴンのような何かがいた。

 

『ギ、ガ、譏斐???√≠繧九→縺薙m縺ォ縺翫§縺?&繧薙→縺翫?縺ゅ&繧薙′荳九j縺セ縺励◆縲』

「……!」

 

 耳をつんざくような、いびつな音声。背筋を震わせるような気持の悪い音に、私は思わず耳をふさぐ。

 周囲にいた人たちは、慌ててその奇妙な存在から離れようと駆け出すが、思いっきりあの音を聞いてしまった私は、動くこともできなかった。

 

「重大ナバクヲ発見。排除シマス。」

 

 

 その宣告とともに、voidollの雰囲気が一変した。

 

 

 

 ピリピリと近づきがたい雰囲気を惑わすvoidoll。

 その瞬間、広大域に緑色のエリアが敷かれた。

 

「3,2,1,ゴー!」

 

 直後、私の体が吹き飛んだ。



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私のチュートリアルは⁈

 中の人は13とリリカを交互に使うタイプのプレイヤーだが、持っているカード的に忠臣が最適解という悲しみにあふれるスタイル。アバカン欲しいな……


 気が付くと潮の匂いのする場所に立っていた。

 まぶしい日差しが全身に降り注ぎ、さざめく波の音が耳を撫でる。

 

 私は、ここを知っている。だが、来たことがあるわけではない。

 

「嘘だろ……」

 

 私の頬を、汗が伝う。暑いからじゃあない。冷や汗だ。

 

 ここは、チュートリアルの場所ではない。

 私は、ちゅら海リゾートの青色リスポーン地点に立っていた。

 

 

 

 どうやら、私のチュートリアルは文字通り吹っ飛んだらしい。

 

 

 

 

 戦々恐々としながら回りを見ると、私以外に二人の男性がいた。

 

 一人はおもちゃの銃を持ち、どこぞのニートのようにパーカーを着た男性。

 もう一人は、紺色の着物に刀を持った男性。銃刀法違反もいいところじゃない?

 見た目的にNPC(ノンプレイヤーキャラクター)ではなさそうだ。というか、こんなヒーロー、見たことがない。

 彼らは、ここにこれたことに驚きと喜びを感じているのか、あたりをきょろきょろと見回していた。

 

「あのー」

 

 私が彼らに声をかけると、二人はこちらを見て、きょとんとした表情をした。

 

 おもちゃのような銃を持った男が、眉をひそめて私に言う。

 

「お前、何だ? アタッカーかなにかか?」

「……What?」

 

 意味が分からず、私は思わず質問する。

 

「えーっと、役職って、どうやって判断するのですか?」

 

 そう質問した私に、おもちゃの銃を持った男が、呆れたように言う。

 

「何だ、お前、ガードロボの話を聞いていなかったのかよ。右手の手の甲見ろよ。マークがあるだろ? っていうか、自分で決めた役職ぐらい覚えておけよ。」

 

 私は慌てて両手の甲を見る。そうすれば、右手の甲に靴のマークが印されていた。

 

「スプリンターか……思いっきり苦手な奴引いた……!」

 

 最悪だ。私は、とにかくスプリンターのロールが苦手だ。スプリンターをするくらいならHA(ヒーローアクション)ノーコンガンナーをした方が楽なくらいには苦手だ。なにせ、ダッシュアタックが決まらないのだ。

 私の反応に、刀を持った男が、眉をひそめて不快感をあらわにしながら質問する。

 

「……お前、カードはセットしただろうな?」

「し、仕方があるのですか?」

 

 思わず私がそう聞くと、二人は明らかに面倒くさそうな表情をした。

 

「あるっての! ガードロボが説明してたろ!」

「あー、めんどくせー。思いっきり地雷じゃん。」

 

 二人はそう怒鳴ると、そっぽを向く。

 どうすればいいかもわからず、とりあえず左手でそのスプリンターのマークに触れる。すると、目の前にいきなりカードが四枚、透明な板に張り付けられた状態で、ばっと現れた。

 

「うわっ!」

 

 あまりに唐突な現れ方に、私は思わず声を上げる。

 

 セットされていたのは、『手持ち花火』と『チェーンソウ』、『ドリームステッキ』『武器商人』のオールノーマルだった。チュートリアルのデッキそのままか。

 カードに恐る恐る触れてみると、『変更しますか?』という文字が浮かび上がる。私は、ためらうこともなく「はい」の文字をタップした。いつも使っていたカードが使えるのかな?

 

 そうすると、目の前にカードの一覧が現れた。どうやら、私の手に入れたカードではないらしく、コラボカードを除いた全カードが表示されていた。空駆け……まあ、持っていなかったけれどもさ。

 

 とりあえず、役職の変更ができないかを考えるも、やり方が全く分からない。

 

 だったら、とりあえずカードの変更だけしてしまおう。

 そう判断した私は、適当にカードをスクロールする。『ガブリエル』、『全天』『秘めたる』……

 そこまで変えたところで、私は一瞬戸惑った。

 

 スプリンターって、何を使えばいいのだろう? いつもならフルークを積んで攻撃力を増すところだけれども……。とりあえず、属性変化のためにできれば赤色カードが欲しい。

 

 そんなことを考えていると、電子音が聞こえてきた。

 

『バトル開始まで、あと十秒』

「うそん、ど、どうしよう!」

 

 パニックになりかけ、私は慌てて指を滑らせる。そして、あるカードが目についた。

 それは、URの赤色カードだった。だが、持っていなかったうえに、いつも使っていたロール的にも触れたことのないカードだった。

 だが、もう時間がない。とりあえず、これでいいか!

 

 適当にカードをそろえ、私は慌てて前に向き直る。あわただしく準備をする私に対し、男性二人はすでに悠々と武器を構え、前を見ていた。

 私も、緊張を抑えるために軽く息を吐きだして、ダサい体操服の胸を抑える。……まな板と言ったのはどこのどいつだ!

 

 バトル開始5秒前といったところで、ちゅらうみリゾートに設置されたスピーカーから、突然、BGMが流れてきた。

 聞き覚えが無いわけではない。むしろ、何度も聞いたことがある。

 

 これは……

 

「『残響』……敵は桜華忠臣か。ルチアーノがよかったな……」

「やりぃ、俺の使用率ナンバーワンのキャラが選ばれた!」

 

 そう喜ぶのは、刀を持った男性。ああ、なるほどね、だから刀なのか。

 

『バトルの開始です』

 

 無機質な電子音声とともに、バトルの開始が宣言される。

 私には、不安しか残っていなかった。



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VS桜華忠臣!(1)

前回のあらすじ
・チュートリアルがすっ飛ばされた上に、ちゅら海リゾートにいた。
・自陣編成はガンナー、アタッカー、スプリンター
・敵陣編成は桜華忠臣一人


『バトルの開始です』

 

 無機質な電子音声とともに、バトルの開始が宣言される。が、私は走り出すことができなかった。

 

「……え? リスポーン地点から地面って、案外高くない?」

「おいコラ、スプリンター! さっさとCを目指せよ!」

 

 怒鳴り声がしたから聞こえてくるが、リスポーン地点の高さはおおよそ2メートルはある。コンパスヒーローたちのようにあんなにも簡単にジャンプして飛び降りることなど、無理なものは無理だ。『どこでも行けるドア』を入れておけばよかったと後悔しつつ、私はゆっくりとリスポーン地点から降りて、全力でCポータルへ向かおう……と思ったその次の瞬間。

 

「さあ、我を恐れよ!」

『Cを奪われました』

 

 響き渡る男性の声と、電子音声。ちゅら海リゾートでは、リスポーン地点のすぐ側であるここからだとBポータルの段差で見えることはないが、Cエリアが敵……桜華忠臣によって回収されてしまったらしい。

 こんな放送を聞いたガンナーの男は、額に青筋を浮かべて私に怒鳴る。

 

「奪われちまったじゃねえか、スプリンター!」

「え?! いや、忠臣ってそんなに足が速かったっけ?!」

「ちげえよ、ドアだ!」

 

 

 同色オール足3忠臣か何か? と困惑していた私に、アタッカーの男が怒鳴る。ドアこと「どこでも行けるドア」は、指定したポータルに転移できるカードだ。桜華忠臣が採用することは正直あまりないが、まあゼロではない。とはいえ、いきなりCに行くか?!

 パニックになりかけながらも、私は敵が三人ではなく一人であることを思い出す。

 

「放送が入ったのは、Cだけ……DEに向かいます!」

「さっさと行けよ!」

 

 刀を持った男性がそう怒鳴りながらBポータルを奪取する。

 戦況は、Aポータルをとって広げているガンナー、Bポータルをとって広げているアタッカー、どうやったのかCポータルをとって様子見をしている忠臣。3対1の変則バトルとなっている。まあ、このメンバーではまずゲームに敗北することはないだろう。

 

__相手は忠臣だし、ガードブレイクのカノーネが入っている可能性があるから、ギリギリまで全天は使いたくない。

 

 ステータスは確認できなかったが、スプリンターである私に、対した耐久力があるとはとても思えない。避けられる攻撃は避けるに越したことはないだろう。ガブリエルのクールタイムは意外と長いのだ。

 走り出すと、いつもよりも体が軽く感じられた。私は、体力があるため長距離走は得意なのだが、瞬発力が足りず、短距離走はどうしても遅くなってしまう。けれども、今はそんな気がしない。今なら百メートル走で11秒を切れそうだ。

 

 Aポータルを通り抜け、Bポータルの階段を昇れば、Cエリアからこちらを眺める緑色の軍服が見えた。ポータルを盾として使っている以上、中身がいつものポンコツAIよりも賢いらしい。私は、AI回復なしグスタフの悲劇を忘れてはいない。バターよりも溶けやすかったぞ、あれ。

 BポータルからCを通過してEFに向かいたいところだが……ここの段差は、リスポーン地点のあれと大差ない。つまり、かなり高いのだ。飛び降りたとしても、足首をひねる未来しか見えない。

 

「階段から行きます!」

「はぁ?! そこから降りたほうが速いだろうが!」

 

 アタッカーの男性の罵倒を無視し、私はBポータルを通過してリスポーン地点から見て右側に位置する階段へ向かう。このステージは左右対称にできているため、まっすぐ突っ切ったほうが速いことくらいは理解している。でも、できるかどうかは別問題でしかない。

 

 階段を半ばまで降りたところで、忠臣の様子を確認する。すると彼は、こちらの方を向いてタメ攻撃……妖華穿突刃の構えをしていた。うっへ、そのまま出て行ったら、ワンチャン死ぬやつ。少なくとも味方に見捨てられているから助けてはもらえないはず。

 

 とはいえ、桜華忠臣のHAである妖華穿突刃の避け方は、割と簡単だったりする。というか、当たり判定がガバイので、当たったと思っても当たっていなかったり、避けきったと思ったら壁まで吹っ飛ばされていたりすることもある。HAは多段ヒットであるため、コクリコを使っているとHPが消し飛ぶこともある、わりと凶悪な技だ。

 

 ……まあ、当たればなのだが。正直、突進タメ攻撃は遠くまで届くことが売りなのだが、遠くからくる分には十分に避けられる。近距離なら牙突を食らう前にカードでキャンセルかHPを削り倒すことができる。要するに、相手を倒すための牙突で恐ろしいのは、中距離からだ。

 でもまあ、相手を倒すためなら、タメ攻撃を当てるよりも、近距離攻撃カードをぶち当てて残ったHPを通常攻撃で削れば良かったりする。

 

 ごちゃごちゃ言っているが、忠臣のタメ攻撃を避ける方法は簡単である。

 

 私は、階段を曲がる……直前で体を止め、そのまま後ろに二歩下がる。その直後。

 

「死ねぇぇぇええ!」

 

 そうすれば、忠臣の一撃は私に掠ることもなく、そのまま目の前を通過していった。ゲームでも思っていたけれども、タメ攻撃の素通りほど間抜けな状況ってなくない?

 煽る気も煽る暇もないので、私は忠臣のHA硬直が終わるよりも先にEポータルを目指して走り出す。背後から舌打ちの音が聞こえてきたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。

 

 ちなみに、タメ攻撃回避の方法にはダメージカットを張るとか、近距離攻撃カードを合わせて吹っ飛ばすとかほかにもいろいろある。ルチアーノの逢瀬並みに対応がとられているのではないのだろうか。

 

 スプリンターになっている影響か、いつもよりも軽く動く体で、私は階段を駆け上り駆け下りてEポータルに触れる。

 

『Eを獲得しました』

 

 響く無機質な放送。ドアでCポータルへ移動した忠臣は、Eポータルは触られてすらいなかった。

 

 Cエリアから離れ、Bエリアへと移動した忠臣が誰かにキルされることも予想し、私はその場に留まってEポータルを広げる。広げ始めたところでしばらく銃撃音や忠臣がカードを切る音などが聞こえてきた。まだ誰かやられたという放送が流れてこないので、気にせずある程度ポータルが広がったと判断したところで、私はDに向かう。いつものマップが表示されないの、地味に不便だな……

 

『Dを獲得しました』

 

 Dポータルに触れたところで、無機質なアナウンスが再び流れる。少し高い位置にあるDエリアからは、Bポータルの周囲で合戦をしている三人の様子が確認できた。優勢なのは人数差のおかげかガンナーとアタッカーの二人だが、微妙に様子がおかしい。

 

「……カードを出しつくしたの?」

 

 通常攻撃とHAらしき攻撃で対処する二人は、カードを出していない。出し惜しみしているという感じではない。何せ、二対一であとはCポータルなのだ。キルをとるのが最善手だが、そうでなくとも近距離カードを切ってふっとばし、Cポータルを制圧することだってできるはずだ。

 そこまで考えたところで、あることに気が付いて、頭から血の気が引いた。

 

「……私、カードの使い方、知らない……。」

 

 私は慌てて右手の靴の紋様を左手で触る。

 その直後、4枚のカードのイラストが目の前に透明なディスプレイのような状態で出現した。。試しに『秘めたる』を上方向にスワイプすれば、カードが1枚の紙切れ、10×7センチくらいの小さめのカード状態となって表れた。

 

 えっと、これをどうしろと?

 

 私は思わず目を見開く。実体化した『秘めたる』のカードがあった場所には、待機時間が表示されるばかりだ。手元に残ったカードは、しばらくすると何事もなかったかのように消失してしまう。……これは、まずくないか?

 

「げっ、HAミスった!」

 

 そうこうしているうちに、おもちゃの銃を持った男性が、相手にノックバック効果を与えるHA……おそらくバックショットをミスしたらしく、忠臣の接近を許してしまう。ガンナーで低耐久である故か、通常攻撃を嫌がった彼は慌てて全天を引く。すると、円筒状の金色、ダメージカットが発動する。

 

 だが、それを見た瞬間、私は思わず「あ」と小さく声を上げてしまった。忠臣相手にダメージカットは悪手でしかない。

 

 凶悪な笑みを浮かべた桜華忠臣は、刀を振りかぶり、高らかに宣言する。

 

「食らうがいい!」

「ぐ、うわぁぁぁ!!」

 

 使用したカードは、『反導砲 カノーネ・ファイエル』。ダメージカットの効果を叩き割り、特大ダメージを与えるカノーネの餌食となったガンナーは、ダメカが割れる独特な高音とともにナタデココ、もとい、ポリゴンの破片に変わる。

 

『味方がやられてしまいました』

 

 無機質なアナウンスとともに、忠臣は、その様子を見て固まった刀持ちのアタッカーに向かって余裕の笑みを見せ、言う。

 

「斬ってやる、近う寄れ。」

 

 ニッと不敵に笑まれた口元から、犬歯がちらりと除く。端正に整った顔から凄艶とも取れるような笑みを浮かべた彼を見て、私の顔が引きつる。まずい。おかしい。

 

「あ、アピールをやるAI何て、見たことない……」

 

 変だ。何が変だかは私には理解できない。だが、確実におかしい。残り時間はあと2分を残し、状況は少しずつ悪くなっていった。




【現在分かっている敵陣営情報】
キャラクター
 桜華忠臣:アタッカー
 使用カード
 ・どこでも行けるドア(UR)
 ・反導砲 カノーネ・ファイエル(UR)
 ・不明
 ・不明
 使用メダル
 ・不明
 ・不明
 ・不明


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VS桜華忠臣!(2)

前回のあらすじ
・桜華忠臣戦
・敵カードは「カノーネ」「ドア」が確定、残り二枚は不明
・ポータルは4-1有利でA、B、D、Eが自陣。Cのみ忠臣に回収されている



 ダメカが砕け散る音が響き、ガンナーがナタデココ……否、ポリゴンの破片に変わる。目の前にいるアタッカーに向かって大胆不敵にもキルアピをして見せた桜華忠臣は、味方が砕け散った衝撃からまだ返ってこれていないアタッカー相手に、合戦を再開しだす。

 

 それを見た瞬間、私は理解した。

 ボーっとしている暇はない。何が起きたとしても、残っているポータルはあとCが一つだけだ。Cをとればその瞬間に勝利の確定であるし、2分間耐え忍んだとしても勝ちである。

 

 そして、何よりも、現状は2対1だ。通常であれば私たちの有利は動いていない。

 だが、勘が、本能が、このままだとまずいと伝えてくる。頬に一筋、冷や汗が伝う。

 

「……!」

 

 Cをとって、最速で試合を終わらせる。

 私は、思い切ってDエリアからCエリアへ飛び降り……それでも、気が付けば、階段を駆け上って合戦を行っているBエリアのアタッカーの元へと急いでいた。

 

 分かっている。カードの使いかたが分からない以上、一撃の被弾も致命傷になりえる。何なら、HSの使い方も私は知らない。ガードロボの説明を聞けなかったから、勝利したところで何があるか知らないし、負けて何があるのかも知らない。ついでに言うなら、リスポーン時に何があるのかも知らない。

 そんな私が、乱戦に介入するのは、悪手だということくらい。

 

 それでも、私は、呆けているアタッカーに攻撃しようとする忠臣に向かって走り出す。

 私は、HAの仕方もわからない。だが、この時ばかりは私の役職がスプリンターでよかったと思った。

 

 スプリンターのHAは、ダメージ量、効果に差はあれど、全員固定である。

 それは、ダッシュからの強打。ダメージカットやその他効果を合わせていない限り、ノックバックが付与されるあれだ。

 

「そぉい!」

「ぐっ!」

 

 刀を振りかぶり、完全に油断していた忠臣の後頭部に、私の一撃がたたきこまれる。

 HP減少量は、アタリのHAと大差ない。忠臣のデバフの台詞がないあたり、コクリコのように攻撃力減少効果もついていないらしい。忠臣がひるんでいるすきに、私はアタッカーに向かって言う。

 

「アタッカー、最短で勝利を! 長期戦はこっちの不利になる!」

「……! お前が指示を出すなよ!」

 

 アタッカーはそう叫ぶと、近距離攻撃カードであるフルークをきって忠臣を狙う。

 

「チィッ!」

 

 ダッシュアタックのひるみで避けきれなかった忠臣は、フルークにかちあげられ上空に吹っ飛ぶ。キルを狙えるが、そんなことをしている暇があったら、とっととCをとって試合を終わらせたい。そう判断して、吹っ飛ぶ忠臣を横目にBエリアから降り、Cポータルに触れる。

 

 Cポータルは前半で広げきられていたようで、三種類のポータルの中で一番狭いながらも、奪取し返すには数秒かかる。

 

 そして、赤色に染まったCポータルに触れて、私は気が付いてしまった。

 

「ど、どうやってポータル奪取の効率を上げるの?!」

「説明効いていなかったのかよ! いいからとっとと触れ!」

 

 雑過ぎるアタッカーの台詞。私にどうしろと?!

 

 Cポータルのエリアはゆっくりの速度で狭まる。その奪取の遅さが致命となり、忠臣が空中から地面に向かって落ちてくる。残念なことに一撃でキルをとれなかったようだ。だが、アタッカーが一撃二撃与えればキルできるくらいにはHPは大きく損傷している。

 ポータルの奪取はまだ済んでいない。

 

「くそ、でも、勝てる!」

 

 男がそう言ってミリ体力の忠臣めがけて刀を振りかぶる。だが、忠臣は依然として笑みを浮かべたまま、言う。

 

「慈悲を与える。」

 

 その瞬間、着地と同時に忠臣のHPが全回復する。背後に見えたカードは……『魂を司る聖天使 ガブリエル』だった。

 

 短い回復エフェクトが消え、HPバーが全回復した忠臣を前に、アタッカーは絶望したように立ち尽くす。そんなアタッカー相手に、忠臣は眉をひそめて怒鳴る。

 

「刀をきちんと振らんか!」

 

 そう怒鳴った後、彼は己のもつ妖刀でアタッカーの刀を弾き飛ばす。あっさりと彼の手元から離れた刀は、くるくると宙を舞って、Bポータルエリアの端に落ちる。

 

 間抜けな金属音が、アリーナに響く。

 

 反射的に私はCポータルから手を放し、Bエリアに向かって走っていた。

 

 手元の武器を失ったアタッカーは、茫然とすることしかできない。それが、彼の一番の選択ミスだった。

 

「行くぞ……セェェェェン!」

「えっ、ちょ、わぁぁぁあああ?!」

 

 茫然とするアタッカーに、忠臣のタメ攻撃が突き刺さる。しかも、壁に垂直になるように計算したのか、HAでの壁ハメが発生しゴリゴリとHPが減る。……え? そんなの、あり?

 

 転倒状態のアタッカーに向かって、ついでカードを切ろうとする忠臣に、ギリギリ間に合った私は慌ててダッシュアタックを当てる。ひるみが入ったため、カードの使用がキャンセルされたらしい忠臣が、こちらを睨んで舌打ちをする。

 

 やっぱり、あの舌打ちは気のせいじゃなかったのか。

 

 反射的に拳を構えた私だったが、想定外なことに、桜華忠臣はそんな私には興味を示さず、アタッカーに向かって怒鳴った。

 

「我を一番に選んだものがいるからと戦ってやれば……何たるザマだ、貴様!」

「……へ?」

「……あ?」

 

 意味が分からなかった。AIがなぜしゃべる?

 ほぼ反射的にアタッカーを守ったため、疑問に思える時間が足りなかったが、ついさっきもアタッカーに向かって怒鳴っていた。

 

 瞬間、脳裏に悪い予感がよぎる。これ、もしかして、『チュートリアル』、もしくは、『ガードロボの説明』がめちゃくちゃ大切な奴じゃあないの?

 

 冷や汗が背中を伝う。思えば、二人は当たり前のように戦っていた。おもちゃの銃で、いったいどうやって戦ったというのだ。そもそも、タメ攻撃などどうやって発動させろというのだ。持ったこともない刀を、どうやって振り回せというのだ。そして、なによりも、あのガンナーはカードを使っていたじゃあないか。

 

 つまり、私は、見ていなかったBポータル合戦で思い違いをしていた。

 もしかして、目の前にいる男は……普通のコンパスのAIなどではないのじゃあないのか?

 

 ぞくりと嫌な予感が背筋を通り抜ける。そして、あまりにも絶望的すぎる状況に、視界の彩度が下がる。

 

  HA以外の攻撃手段ゼロという事実に、気が付いてしまった。刀や銃なら、まだわかる。だが、素手でどうやって忠臣にダメージを与えろと? いや、HAの使い方が分かっただけまだましと考えればいいのか?

 

 私が何も言えずに考え込んでいると、返事がなかったことに怒りを覚えたのか。忠臣がアタッカーに向かって吐き捨てるように言う。

 

「期待外れだ。もうよい。失せろ。」

「……! 逃げ……!」

 

 私の喉から、声が漏れる。

 

 既にミリ体力のアタッカーは慌ててダメージカットをはり、そして回復カード……ちらっと見えた絵柄的に、『打ち上げ花火』だろうか、を使用する。

 

 ガードブレイクのカノーネは先ほど使われたばかりだから、通常攻撃を耐えるためならば、その選択はよかったのだろう。

 ただ、結果としては、即時回復でないことが、あだとなった。私は、カードのレベル上げ以外でのキャラクター強化方法を忘れていた。

 

「死ねぇえ!」

 

 忠臣の咆哮とともに、カノーネが発動され、悲鳴を上げる暇すら与えられず、アタッカーのダメカは砕かれる。輝く黄金のバリア片が空気に溶けていき、同時に、砕けたポリゴンと化して消えるアタッカー。嘘だろ……!

 

 思い出すのは、忠臣のキャラクターデータ。確か、近距離カードの再使用時間が短くなり、威力が上がるというものだったはずだ。だからこそ、ほぼすべてのキャラクターで忠臣とのタイマンは注意して行われるし、ガンナーはできるだけ忠臣がこちらに接近するよりも先に倒そうと努力する。

 

 だとしても、早すぎる。まだ、十五秒もたっていないはずだ。

 脳裏に、ある映像がよぎる。「同色足3ジャスティスで遊んでみた」という、所謂検証映像のようなものだ、もしかして……

 

「メダルにクールタイム短縮+3か……!」

 

 その言葉を聞いた忠臣が、二ッと口元を歪めてこちらを見た。どうやら、正解だったらしい。

 

 ありかよ、そんなの!




【現在分かっている敵陣営情報】
キャラクター
 桜華忠臣:アタッカー
 使用カード
 ・どこでも行けるドア(UR)
 ・反導砲 カノーネ・ファイエル(UR)
 ・魂を司る聖天使 ガブリエル(UR)
 ・不明
 使用メダル
 ・カード使用時のクールタイム短縮+3(白)
 ・カード使用時のクールタイム短縮+3(白)
 ・カード使用時のクールタイム短縮+3(白)


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VS桜華忠臣!(3)

前回のあらすじ
・桜華忠臣戦
・ガンナーとアタッカーが撃破される
・桜華忠臣のメダルが同色クールタイム短縮+9で確定


 ……こうして、話は冒頭に戻る。

 

「食らうがいい!」

「ああっ! あっぶなぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 近距離カードを使用した時特有の、すさまじい炸裂音が背後で響く。私は、全力で駆け抜けることでそれを回避した。

 

「避けるな、小賢しい!」

「避けるわ、バーカ!」

 

 怒鳴り声を上げる日本刀を持った男性に、私は思わず怒鳴り返す。男はそんな言葉が返って来るとは思っていなかったのか、一瞬だけポカンとした表情をしたあと、口角を上げてニッと笑った。だが、目は決して笑ってはいない。

 

 さっきのは何だった? フルーク? サンバルン? それともアッパー? どれにしたって直撃すれば今の私のHPでは耐えきれない。

 

 後方のリスポーン地点でうずくまり、震えているガンナーとアタッカーの二人に向かって私は大声で聞く。トラウマになってしまったのか、こちらに来る気配は一ミリもない。

 

「ねえ、せめてアイツのデッキ構成くらいは教えてよ!」

「ひぃっ?!」

「怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い嫌だ怖いいやだ怖い嫌だ怖い嫌だ怖い……」

 

 だめだ。まともな返答が返ってくる気がしない。だが、ある程度は予想できている。

 

「カノーネドア臣ガブリエル持ち……!」

 

 今のところ見えたのは、その3枚。そして、あともう一枚もおそらく近距離攻撃カードだ。忠臣だったらケルパーズ(ノーマル)でも積んでおけよ……!

 

 視界の端を意識してみれば、残り時間はあと一分半。さすがに冗談だろ?! もし同色クールタイム短縮が入っていたら、ドアがもう一度使えることになるじゃないか!

 

 私のHPは忠臣から逃げ回る際に通り抜けざまに通常攻撃を何度か食らってしまったため、残り半分。デッキにガブリエルが入っているが、使い方がわからないからただの紙切れに過ぎない。対する忠臣は先ほどもう一度ガブリエルを使ったため、HPバーに欠け一つない。

 

「タイマン番長に回復不可ダメカなし低耐久スプリンター一人とか……どんな地獄だよ!」

「はっはっは! 我が貴様に真の地獄を見せてやろうぞ!」

「煽ったの怒ってる! ってか、それ、グスタフじゃない?!」

 

 叫び返す私は必死に階段を駆け下りて忠臣とタイマンしないように避け続ける。

 

 もう、これは試合ではない。ある意味命がけの鬼ごっこだ。当然、鬼は忠臣、捕まってキルされたらおそらくトラウマだ。ついでに、ワンチャン試合に負ける。絶対に近距離カードが届く間合いに入るわけにはいかない。さっき避けれたのは、かなり運の要素が強かった。再度アレをしろと言われても、できる確証は一ミリもない。

 

 ゲームの中である影響か、ずっと全力疾走を続けているというのに、息は切れない。CポータルからBポータル、そこもきつかったため、今はAポータルエリアの広場で忠臣の攻撃を避け続けている。

 

 早く時間が過ぎてほしい。早く終わってほしい。

 緊張が常に心臓を握り、汗腺は馬鹿になったのか冷や汗ばかりを流し続ける。

 

__キルされたくない。死にたくない。

 

 そんな気持ちばかりが私の心を支配し、心臓に過剰な血流を送り込む。アズがそばにいたなら、これが恋? とでもふざけた気がするが、今はとてもそんな気分ではない。吊り橋効果何て多分存在しないぞ、今あの二人のうちどちらかが私を助けたとしても、罵倒する未来しか見えないもの。

 

 Bポータルにつながる階段を背にした忠臣は、逃げ続ける私を不愉快そうに一瞥した後、目を閉じ、深く息を吐く。そして、その口を開いた。

 

「貴様は……戦う気概はないのか?」

 

 威圧混じりの、低い声。思わず足が止まりそうになる。

 が、その言葉に、ゲーマーとしての意地が働いた。

 

「うん。無いよ。」

 

 私は、そう言って笑う。忠臣の眉がピクリと不愉快そうにゆがめられた。

 

 正直、めっちゃ怖い。だって、目の前にいるのは、刀を持ったいかつい男だ。ルールだとかカードだとかを抜いても、恐怖しか覚えない。

 だが、そんなので引く気にはなれなかった。

 

「あと一分ちょっと耐久出来たらルール上は私の勝ちでしょ? __別に、戦う必要なんてなくない?」

 

 このゲームにおける、スプリンターとしての役割。素早い動きで敵を翻弄し、序盤有利展開を創り出してから、自陣を守る。キルはあくまで防衛の一手段でしかない。__今、アタッカーもガンナーもいない状態で、私がすべきなのは、忠臣を倒すために四苦八苦することではない。逃げ回って、勝利をつかむことだ。

 

 私の台詞を聞いた忠臣は、しばらくポカンとした後、うつむく。

 何をしたいのか一瞬わからなかった。だが、その声が聞こえてきて、理解ができた。

 

「……ク、くくくくくっ、はっはっはっはっは!」

 

 耐えきれないとでも言うように大爆笑する忠臣。大口を上げて笑う彼は、ひとしきり笑った後、犬歯を見せて微笑み、そして言った。

 

「そんなくだらない幕引きを我が認めるとでも?」

「認知して?」

「ふふっ、ずいぶんと余裕そうだなぁ?」

「いや、だってこのやり取りしている間に残り1分切ったし」

 

 凶悪に笑む忠臣に、私は軽口を返す。私は、基本的に煽りチャットというものが嫌いだ。だが、友達とゲームをするときには煽るような言葉を言う。要するに、見えない相手に対して罵倒するのは気分が悪いが、見える相手に対して、発破をかけたり、楽しんだりするために煽るのは、文化としてあっていいものだと思っているのだ。

 

 今も、互いに笑っている。私のは恐怖をごまかすための笑みで、相手は怒りをこらえるための笑みであるという事実を除けば、素晴らしく平和そうじゃあないか。奴は抜き身の刀を持っているけれども。

 

 硬直状態に陥り、先に動いたのは、忠臣だった。

 

「良いだろう。貴様の覚悟を見届けてやる。__我の真の力を開放する。」

「げぇっ、Cエリアしか広げていないのに、もう溜まっていたの?!」

 

 その言葉は、まぎれもなく桜華忠臣のヒーロースキル『グリート拘束術式開放』のセリフだった。

 

 あのHSの特徴を一言で言えば、回避できる理不尽、といったところだろう。100%カットかカウンターを張らずにHSに触れれば、その瞬間にカンストダメージが与えられ、即座にリスポーン地点に送られてしまう。面積もそこそこ広く、油断していると一発で盤面をひっくり返されてしまうこともある。

 

 依然ちらっと見た忠臣の短編アニメではだいぶヤバそうな技に見えたが、この世界ではどうなのだろうか。いや、でも、アニメは大体誇張されていたか。スプリンタードア難民ジャスティスとか、ガブリエル(タイオワ)キルジャンヌとか、夢落ちアタリくんとか……。個人的にはノホたんのアニメが一番カオスで面白かった。

 

 いや、くだらないことを思案している暇はない。

 

 今の立ち位置は、Aポータル付近で乱戦を行っている状態だ。桜華忠臣は自陣リスポーン地点を背中にCポータル方向に向かってHSの構えをとっている。対する私は、背後にBエリアの段差、その右隣に階段がある。

 

 回避方法はいくらだってある。横に逃げてしまえば、まずHSには当たらない。

 

 それでも、私は、これをチャンスだと判断した。

 

 即座に走り出し、Bエリアに続く階段を駆け上がる。HSのタメで膠着した忠臣の目が、一瞬怪訝そうに顰められた。

 

「3、2、1……」

「死ね、童!」

 

 後ろを見ず、全力疾走でBエリアに躍り出る。その次の瞬間、顔半分が異形となった忠臣が吼え、グリート拘束術式が、開放される。

 

 迫りくる、異形の手のひら。私の体を優に超えるどころの大きさではないそれ。まっすぐ、くる。

 そう判断するとほぼ同時に、私はBエリアからCエリアにつながる段差を飛び越える。焦って跳ねたためにロクに着地することができず、ほぼ前転のような形で向かいの壁に激突する。

 

「痛った……!」

 

 苦鳴が口から漏れる。それでも、あの緑の異形の手のひらは、私にかすめることもなくCポータルの方向へと向かって行った。__成功だ。

 

 HS後の硬直が終わる前にすぐ近くのCポータルに触れる。HSの膠着時間を利用して、敵陣に近づく。失敗すれば、一番かっこ悪いよけ方のあれだ。この技は、デルミンのHSでも同様なことができる。まあ、デルミンの方が扇状に攻撃が広がるためよけにくいけれども。

 

「ははっ、ざまぁみろ!」

「……。」

 

 硬直で動くことのできない忠臣を横目に、私は全力でCエリアに足を踏み入れる。鬼ごっこをしている間に、忠臣に何度か踏まれてしまっていたため、少しだけ広がってしまったCエリアだが、この距離からなら確実に忠臣がこっちに来るよりも先にポータルを回収しきれる!!

 

 そう思って、私の口元に、笑みが浮かぶ。

 

 それでも、ふと、なにか、心にもたげるものを感じ取る。

 

__何か、私は忘れていないか???

 

 そう思った瞬間、私は反射的に右手のスプリンターの文様に触れる。最初にカードを選択する時に選んだ、『ガブリエル』、『全天』『秘めたる』。そして、最後に焦りながらも選んだ、赤のURカード。

 ここからは、ほぼかけだ。右手の模様を左手で撫で、そして、赤色のカードを実体化させる。

 

「使い方なんてわかったものじゃあないけど……あってますように!」

 

 出てきた赤色カードをCエリアのすぐそばに投げ捨て、そして、Cポータルに手を付ける。

 

「早く……早く!」

 

 あと半ブロックのポータルは、じわじわとその範囲を狭めていく。が、私は失念していた。

 

 突然、ポータルから手が、弾かれる。そして、私のすぐ横に転移してきたのは、緑色の軍服。そして、聞こえてきた、無慈悲なセリフ。

 

「時間の無駄だ」

 

 あと少しだったCポータルの赤の陣を踏みにじり、彼は、茫然とする私に対してニッと、不敵に笑い、言う。

 

「はは、ザマを見るがいい。」

 

 私の頬を冷や汗が伝う。

 

 そうだ、あいつ、ドア臣だった。

 確かに、AエリアからはすぐにCエリアには向かえない。しかし、彼は、どこでも行けるドアを使用することで、即座にCエリアに転移したのだ。

 目の前が真っ暗になり、緊張で細くなった喉から「ひゅっ」と短い息が漏れた。

 

 茫然と立ち尽くす私に向かって、桜華忠臣は口元に笑みを浮かべ、一歩近づいてからカードを切り……それを見て、今度は、私が不敵に笑った。

 

 

 

 

 

「__勝った。」

 

 

 

「遠慮なく死ぬが……ぐうぅぅっ?!!?」

 

 忠臣は、地面に落ちていたカードに気が付くことなく踏み抜き、そして宙を舞った。赤色のURカード。焦ってたまたま選んだカード。それは、『祭りの目玉!ドラゴン花火』だった。

 爆罠を踏んだ忠臣は、すさまじい炸裂音とともに階段方向へと吹っ飛ぶ。彼が陣地から吹っ飛んだ瞬間、再びポータルキーに触れるようになっていた!

 

「よっしゃぁぁああ! あ、起き上がりに時間かかってくださいいやマジでまじで!」

「く、屑の考えそうなことだ……!」

 

 騒ぐ私に、忠臣がそういう。デバフはかけた記憶がないな? どうしたの? ねえねえ、どうしたの? あ、待って待って待って、起き上がりはもっとゆっくりで大丈夫だから!

 『ガブリエル』を切って着地を決めた忠臣が、急いで徒歩でCポータルに向かい……あと2ブロックといったところで、赤色だったポータルの色が青に変わった。

 

 ぱあん、という、乾いた音とともに、無機質なアナウンスがあたりに響く。

 

『Cを獲得しました__バトル終了です。』

 

 振りかぶりかけた刀をおろし、茫然とした表情でこちらを見る忠臣に、私は右手をひらひらと振り、笑顔で挑発する。

 

「『つまらない幕引き』で、ごめんねぇ?」

 

 

__『チュートリアルスキップ:桜華忠臣戦』

 勝者、青チーム 5-0

 ベストプレイヤー 朝日南(あさひな) ミツル




【青チームの使用カード】
・ガンナー(モデル:ルチアーノ)
 レオン(SR) アバカン(UR) 全天(UR) みみみ(UR)
・アタッカー(モデル:桜華忠臣)
 フルーク(UR) カノーネ(UR) 全天(UR) 打ち上げ花火(UR)
・スプリンター(モデル:十文字アタリ)
 秘めたる(SR) 全天(UR) ガブリエル(UR) ドラゴン花火(UR)


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笑顔でさんはい(白目)

前回のあらすじ
・赤UR『ドラゴン花火』を使用
・桜華忠臣に勝利


「『つまらない幕引き』で、ごめんねぇ?」

 

 青に変わったCポータルを前に、私は不敵な笑みを浮かべて言う。内心ハラハラだったが、『ドラゴン花火』がきちんと作動してくれてよかった。何か忘れてると思ったんだよ。今回の忠臣はクールタイム短縮型だったし、ドアは一番最初に見ていた。ヒントはきちんとあったのだ。……まあ、『ドラゴン花火』は本当にたまたまだったわけだが。

 

 すがすがしいほどの煽りを見た忠臣は、一瞬だけ口をポカンと開けたが、やがて口元を歪め、口角を持ち上げた。

 

「……ふっ、ふはははははは!」

 

 腹を抱え、盛大に笑う忠臣。どうした? 気でも触れたのか?

 そう思っていたが、どうやら彼は違ったらしい。

 

「いいだろう。貴様の仲間とやらになってやる。」

 

 ニッと楽しそうに笑って言う桜華忠臣。そんな彼に対し、いい笑顔で、私は答える。

 

「別に大丈夫です。っていうか、何の話?」

「……貴様、不敬だぞ?」

「いやいやいやいや、私、そもそもチュートリアル受講希望者なんだけど。本気で話の流れがつかめなくて今現状だからね?」

「……ふむ?」

 

 私の言葉に、忠臣は眉を寄せて首をかしげる。そして、ちゅら海リゾートの透き通るような青空に向かって声をかける。

 

「ぼいどおるとやら! こやつはどうなっておる!」

「カピ? 確認イタシマス」

 

 忠臣の声に反応してか、空に青色のエフェクトが発生し、エリア内にvoidollが現れる。

 真っ白なボディがリゾートに照り付ける太陽に反射して眩しいvoidollは、空間をふよふよと飛んで私の側へやってくると、首をかしげて平たい手で何かを読み取るように縦にスライドする。そして、そのディスプレイの目を動揺で揺らして、高い声を上げる。

 

「カピピッ?! 何故チュートリアル受講希望者ガコチラニ?!」

 

 voidollは私を見て、驚いたように電子音を震わせる。

 

「え、そんなの分かるの?」

 

 思わず声に出してしまった私に、voidollは首を縦に振って言う。

 

「ハイ。がいどろぼニヨル説明ヲ受講シタ履歴ガゴザイマセン。ちゅーとりあるヲ選択シテイル方ニハがーどろぼノ説明ヲ省クヨウニ設定シテオリマシタノデ、説明ノ受講履歴ガ無イトイウコトハ、何ラカノ事故ガ発生シタト考エルノガ自然デスカラ」

 

 voidollの説明に、私は、思わず表情を引きつらせる。……つまり、あの時のバグの強制転移に巻き込まれた人は、何の説明もなくヒーローとの戦闘に放り込まれている? ……すぐ近くに、私の友達もいたのに?

 

「アズは……夕凪アズは、大丈夫ですか?! 私の友達で、このバグに巻き込まれたかもしれないんです!!」

「確認中デス。……大変申シ訳アリマセン。ばぐノ強制転移ニ巻キ込マレタちゅーとりある希望者ハ三名。現在試合中ナノハ、一名。ぷれいやー夕凪あずハ、既ニげーむ二勝利シテイル模様デス。残リ一名ノ試合ヲ緊急停止イタシマ……イエ、時間切レデ終ワッテシマイマシタ。勝利シタヨウデス。」

 

 どこかほっとしたような表情でそう言うvoidoll。なるほど、アズは勝ったのか。それでも、私の口からは、どうしても不安が漏れた。

 

「怖い目に、あったりしてないよね?」

「……大変申シ訳アリマセン。 アナタ方ニ対シテ、後デ賠償ヲサセテイタダキマス。」

 

 深々と頭を下げたvoidollはそう言うと、来た時と同じように、青いエフェクトとともにどこかへ消えてしまった。

 私は、深くため息をつくほかなかった。

 

 こうして、クソダサジャージを身に纏った私は、#コンパスの初バトルを終えたのだ。

 

 

 

 

 ゲームを終えた直後、私はとりあえず、忠臣とともにチュートリアルを受けなおす。チュートリアル会場は普通の体育館を四等分にしたくらいの狭さの窓一つない広場で、板張りの地面には何もなく、中央に白色のサンドバックが一つ、置いてあるばかりだ。そのサンドバックの隣にガードロボが一体いて、どうやらこのロボガチュートリアルを進めてくれるらしい。

 

 一番最初に習ったのは、ロールの変更方法……というか、キャラクター選択だった。

 

 私の右手には今、スプリンターのあの靴のマークが張り付いている。これに触ることで今セットしているカードデッキを確認できるわけだ。ロールの変更……というよりも、キャラクターの変更方法は、ゲーム開始前にデッキ確認画面を左にスライドすることである。右にスライドすると、メダル変更画面になってしまうようだ。

 

 先ほどのゲームで私が使用していたヒーローは『十文字アタリ』。デフォルトヒーローのままであったらしい。当然、メダルは無しだ。

 バトル参加者はコラボを除いたコンパスヒーローのステータスを引き継ぐことになるらしい。オリジナルなキャラクターになることはできないようだ。

 

 ちなみに、衣装は選択可能だ。私が一番最初にジャージだったのは、学校にいたときの恰好を少しだけシステム側がいじったらしい。もうちょっとカッコイイ格好にしてくれても良くない?

 

 ひとまず、いつもゲームで使用しているキャラクター、デルミンをキャラクターとして選択する。それを見た忠臣が、残念そうに眉を下げた。

 

「何だ貴様、アタッカーを使うのに、この我を選ばないのか?」

「HAが苦手なんだよね。当たったためしがない。」

「下手くそか。」

「さっきの試合でHA外した人は黙っててくれますー?? 後隙が嫌いなんですー。」

「ほう、再戦を希望か? すぐにでも叩きのめしてくれよう!」

 

『ピピピ……リカイ フノウ』

 

 今にも殴り合いを始めそうになった忠臣と私を前に、ガードロボが呆れたように機械音声を流す。その音声を聞いて、私は咳ばらいをして、首を横に振った。

 

「うん、とりあえず、キャラクター変更はできたね。で、これで、どうやって攻撃するの?」

「普通に殴る蹴るをすればいいだけだ。しすてむとやらのせいで、首を切っても一撃で殺せんのは、やや不可解ではあるが……」

「うーん、物騒……」

 

 忠臣の台詞に、私は思わずそう言いながら、ガードロボが用意してくれた電子サンドバックに軽く拳を当てる。ヒーローとしての特性か、かなり軽く体が動き、そのまま二撃、三撃と拳が流れるように動き、四発目、少しのタメ時間のあと、強い一撃が加わった。

 

 ぱしん、と大きな音が鳴って、サンドバックが大きくノックバックする。無限と表記されたサンドバックのHPも、今回ばかりは少しだけ減少し、持続回復でじわじわと回復していった。

 そう、これこそがデルミンのアビリティ『秘奥義・デルミンしゅーと』である。デルミンのプレイングは簡単。HAの瞬間高速移動で敵に近づき、拳で仕留める。それを繰り返すだけだ。……しかし、ここで問題が出てきた。

 

「……HAの高速移動って、どうやるの?」

「む? 貴様、さっきは普通にだっしゅあたっくができていただろう?」

 

 不思議そうに首をかしげる忠臣。ヒーローアクションについては、ガードロボも説明が難しかったのか、「がんばればできます」とだけ言われ、私は茫然とすることしかできなかった。そんな私に、忠臣は刀を鞘から抜いてあっさりと言う。

 

「まあ、一度実地で試してみればいいだろう。__喰らうがいい!!」

「うわぁぁあああ?!!??」

 

 唐突にフルークのカードを発動し、近距離攻撃を放つ忠臣。反射的に私は後ろに向かって瞬間移動し、近距離カードの間合いから逃げ出していた。

 素振りと化したフルークに忠臣は小さく舌打ちをするも、肩をすくめて言う。

 

「何だ、できたではないか」

「殺す気か!!」

 

 バクバクと激しく動く心臓をそのままに、私は思わず忠臣に叫ぶ。彼はただ「はっはっは」と高笑いするばかりだ。ふざけるな、後で覚えてろ……!

 そして、理解した。今の私には、デルミンは使えない。

 

 緊急回避はできると判明したが、デルミンのように瞬間移動を繰り返すことで擬似スプリンターのようなことをすることができない。そうである以上、強みはかなり失われてしまうのだ。一番得意なヒーローが使えないと分かり、私はがっかりしてしまった。まあいいか、とりあえず、他のヒーローも試してみようか。

 

 

 ……数分後、既に飽きて体育館の壁に寄りかかって眠っている忠臣の脛を蹴る。

 

「?!」

 

 敵襲を警戒した彼が振り下ろした日本刀を『ディーバ』で受け止め、私は、頭を抱えて叫んだ。

 

「スプ以外全部できないんだけど?!!??」

「貴様、いい加減消し炭にするぞ?!」

 

 脛キック(1ダメ)を喰らった忠臣は、額に青筋を浮かべて私に向かって怒鳴る。待ってくれ。私は今、それどころじゃないんだ。

 嘆き悲しむ私を置いて、ガードロボは無言で忠臣に向かって先ほどまでのチュートリアルのリプレイを見せた。

 

 デルミンがダメだと判明してからすぐに、ガンナーに転向。結果は、通常攻撃が動きもしないサンドバックに当たらず、断念。

 タンクに転向するも、重量武器のジャスティスのハンマーは持ち上がらず、ヴィオレッタのオルガンは弾けず、トマスのトランクは言うことを聞かず、ジャンヌのHAはできず、おまけにグスタフはHAができなくてあえなくナタデココと化した。初のデスが自爆って何?

 

 私がナタデココとなる場面を見た忠臣は、一瞬茫然としたものの、頭を抱えてうずくまった。え、何? 私の心配してくれた?

 

 そう思ったのもつかの間、彼の口から、怨嗟の声が漏れた。

 

「我は、こんな雑魚に負けたのか……何たる屈辱……!」

「めちゃくちゃ失礼!!」

 

 

 

 

 すべてのチュートリアルとチュートリアルスキップ者のバトルを終え、voidollは小さくため息をついて、ガードロボからの報告を受け取る。そして、がっかりしたようにつぶやいた。

 

「カピ……ニンゲンハ 無駄ガ好キ……知ッテハイマシタガ、ココマデトハ。……期待値ヲ、下方修正シテオキマショウ」

 

そう呟いたvoidollは、記録したデータを反芻する。

 

 

 バグによる転移人数 1324人

 

 チュートリアル受講者 820人 

 チュートリアル受講者の勝率 72.844% 戦闘継続拒否者 22.451%

 理由の抜粋

 ・人を殺すことにためらいが出た

 ・戦闘に向いていないと判断した

 ・仲間と協力し合うことができないと判断した

 

 チュートリアルスキップ者 211人

 チュートリアルスキップ者の勝率 3.246% 戦闘継続拒否者 93.825%

 理由の抜粋

 ・戦闘に向いてないと判断した

 ・キルされることに耐性が付いておらず、トラウマとなった

 

 戦闘拒否者 290人

 その他 3人

 

 特筆事項

・チュートリアルを希望したものの中で、ウィルスの乱入により強制チュートリアルスキップを引き起こされた事案が発生。それによって3名がチュートリアル及びガードロボによる設定作成、ルールチェックが終わらぬまま試合に巻き込まれた。しかし、3名とも勝利し、トラウマになることなく戦闘継続を決意。

・チュートリアル受講者はゲームに敗北しても戦闘を継続する意思を見せたものが多かったが、チュ―トリアススキップ者は多くの場合戦闘継続を拒否した。

 

 結論

・転移者の保護を最優先に、バグの掃討を進める必要がある。よって、サポートAIシステムの確立、修正が必要であると判断。プログラム構築を急がなくてはならない。

・転移者のうち戦闘継続の意思のある人間は、『絶望』に弱い。できるだけ『希望』を見せ続けるべき



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ろんぐろんぐちゅーとりある

前回のあらすじ
・忠臣「仲間になってやろう!」
・ミツル「スプリンターしかできないんだけど???」


「くそっ! なぜこうなった……!」

「わ、私が知っているわけがないでしょう?!」

 

 目の前に立ちふさがる真っ黒なそれを前に、私と忠臣は思わず頭を抱える。

 こんなことになるとは、思いもしていなかった。こんなことになるとは、考えもしなかった。

 

 こうなるなら、素直にvoidollの意見を聞いておくべきだった。だが、後悔したところで、もう遅い。

 私は、奥歯を噛みしめ、ひどく悩みながらも、忠臣に言う。

 

「……私が、これを何とかする。」

「……! き、貴様、正気か?! 止めておけ!」

 

 忠臣は、焦ったような声色で私に怒鳴る。だけれども、私は首を横に振る。ここで折れるわけにはいかない。

 

 

 

 

 これをつくってしまったのは、私と忠臣なのだから。

 

 

 

 

 

 

 私は、箸を右手に、それをつまみ上げる。

 

 真っ黒に焦げた卵焼き。生卵で卵かけご飯にすれば、この卵も浮かばれただろう。まあ、無精卵だろうけれども。

 息を深く吐き、覚悟を決め、それを口に入れる。

 

「???!!?!?!?!」

 

 悲鳴すら、上げられなかった。

 何だこれ? いや、マジでなにこれ?

 

 苦い。ひたすら苦い。そして、油っぽくて、しょっぱい。

 反射的に噛みしめると、よりその味が口の中に広がり、そして、「じゃりじゃり」と、意味の分からない触感が耳に触れる。卵焼きの食感じゃねえよこれ!!

 まずい。飲み込めないくらい、まずい。

 だが、人がいる手前、吐き出すという手段もとれない。透明な水の入ったコップを片手に、その卵焼きだった物体を飲み込む。

 

「う、うぐぁぁあああ?!??」

 

 唐突に、全身にしびれるような痛みが走り、右手から箸が落ちる。

 視界の端を意識すると、私のHPが少しずつ削られていくのが見えた。うっそだろ、お前。プログラムにすら毒判定されているじゃないか。

 

「くっ、だ、大丈夫か?!」

「……」

 

 ゴリゴリと減っていくHPに気が付いたのか、忠臣が私の肩をつかみ、揺さぶる。しかし、口を開くことができない。今開いたら正直吐く。

 頼むから回復カードを切ってほしい。このままだとリスポーンしそう。初リスポーンの原因が料理にキルされたとか、本当に意味が分からないから。

 

「朝比奈? 朝比奈!!」

 

 私の名前を必死に呼ぶ忠臣。しかし、無情にもHPは半分を切った。マジかよ、この毒判定いつまで続くの?!

 

「さ、流石に、こんなんで、死にたくない……!」

「貴様は我の認めた仲間ぞ! 勝手に死ぬなど許さん!」

「そ、それ、ジャスティスじゃあないの……?」

 

「……うるさいわね、何やってんの……いや、マジで何やってんの?!」

「あらぁぁぁ~?! チェリーパイたち、大丈夫~?」

 

 隣の部屋で朝食を終えたらしいアズが、私たちに声をかけてくる。後ろからはかなり刺激的な……いや、過激な衣装を着たオネエ、ヴィーナス・ポロロッチョが付いてきているようだ。

 冷静なポロロッチョによって持続回復カードとポータル回復、そしてパーティ回復が引かれ、料理にキルされるという事案は何とか未然に防げた。こんなのでデスポーンしたら、voidollに何を言われるかわからない。

 

 ダークマターと化した卵焼きを見たアズは、明らかにドン引きした表情を浮かべてから、私に聞く。

 

「何であなた達、料理なんてしているの? 食堂あるじゃない」

「……出禁になっちゃって☆」

「あら、バットチェリーパイね」

 

 笑顔で口元に手を当て言うポロロッチョとは反対に、信じられないという表情でアズは声を上げることもできずに頭を抱える。当事者である忠臣は、全力で目を逸らしていた。

 

 こうなったのは、つい先日の戦いの直後にさかのぼる。

 

 

 

 

 忠臣が仲間になるならないという話は置いておいて、私はチュートリアルを少しずつ受けなおすことにした。

 

 チュートリアルではリスポーンの精神負担についてを説明してくれた。#コンパスの世界のヒーローたちと違い、私たちプレイヤーは死になれていない。まあ、当然である。死んだらそのまま死んでしまうわけだし。

 

 そのため、リスポーンの際、初めての『死』を経験するため精神的な負担が大きいのだ。チュートリアルでは『死』の中でも比較的穏やかなvoidollのHS、強制転移でリスポーンの体験をしてから練習に移るため、比較的トラウマにならないようにしているのだとか。いやー、キルされなくてよかったわ。

 

 チュートリアルの受けなおしでカードの使い方を教えてもらった私は、デスの経験をするべく、再びバトルエリアに移動していた。会場はたかさん広場。空を飛ぶ魚のモニュメントが美しいエリアだ。人知の色は青。敵の人数はフルの3人。今回のバトルは勝敗ではなく私が一発でもデスすれば、その時点で終了だ。

 

 そのゲームに、何故か、忠臣とともに参加する羽目になった。

 

 聞こえてくる試合開始のカウントダウン。

 当然のように隣で抜き身の刀を振り回している忠臣を一瞥し、私は思わず声を漏らす。

 

「せめてデルミンが味方であれば心にゆとりと潤いができたのに……」

「なんだ、貴様。我では不足だと?」

 

 不満げにそう聞く忠臣に対し、私は鼻で笑う。

 

「野郎はお呼びじゃない」

 

 私がそう言って首を振ったところ、忠臣は容赦なく牙突の構えをとった。よっし、こちとら近距離カードの使い方をマスターしているんだ、合わせてやるよこのやろ……あ、タメはや。もしや貴様短編アニメ版忠臣だな……

 

『バトルの始まりです』

「セェェェェン!」

「よ、ようしゃねえええええ!」

 

 壁ドン(壁ハメ)されなくてよかったと喜ぶべきか。無機質なアナウンスが青の自陣から吹っ飛ばされた私は、敵陣から斜め手前に位置するBポータルに頭をぶつけてその勢いを止める。近距離カードを合わせる暇なく吹っ飛ばされた私は、深くため息をついて減ったHPに対して回復カードを切った。

 

 

 

 ……うん、結論から言おう。

 たかさん広場での二対三のバトルは、5-0で私たち青チームが勝ってしまった。

 

 言い訳をさせてほしい。私は普通に死ぬのは怖い。NPC相手でも本気の殴り合いになると足がすくんだし、リリカをうっかりキルしてガチ切れしたルルカとタイマンする羽目になった時は、流石に三途の川が見えた。……だが、何故だかわからないが、その瞬間に、全力で戦ってしまったのだ。

 

 戦ったのが忠臣のような高精細AIではなく、一般的なAIだったのも良くなかった。AIって基本アホだから、人数不利でも割と各個撃破に持ち込めて勝てるんだよね。

 後は、はっちゃけたドア臣のアホが自前の高速充填フルカノでマルコスと時々リリカをキルしまくってくれたおかげで、序盤から有利展開を維持し続けることができた。……できてしまった、ともいえる。

 

 その結果、まさかの開始1分時点でノーデス完全勝利をキメてしまったのだ。『リスポーンの訓練』とは???

 

 

 その後も、いざ実践となれば、絶対に殺されそうなデキレ差でバトルを組まされても、アホみたいな不利状況でも、スプリンターの足の速さの利用の仕方とカードキャンセルが意味が分からないほどに上達しており、負ける気がしなかった。スプリンターの中盤から後半の役割は、『死なないこと』である。死なずに自陣を足で守り、援護し、機会があれば、キーを回収して盤面有利を作る。

 その役目をきっちり果たせば、割と勝てるのだ。

 

 その後も順調に3試合を実質0デスで勝ち抜いたあたりで、仲間として同行していた忠臣がいら立ってきた。

 

「いい加減にせよ、貴様! NPCにキルされてぼいどおる以外の原因のリスポーンも経験しろと言ったではないか!」

 

 最終試合の直後、5-0で格上に勝利したという事実を噛みしめていた私に、忠臣から怒鳴り声を押し付けられる。青の自陣から見える工事現場には、青色のポータルだけが広がっている。

 私は思わず頭を抱えて怒鳴り返す。

 

「さっき投身自殺したじゃん! それでいいじゃん!」

「身投げ? 死にそうにもない貴様を我が蹴落としたのだろうが! リスポーンの練習だというのにも関わらず、往生際が悪いわ!」

「やっぱりそうかこの野郎! あのタイミングで蹴り落としてきたの、やっぱりアダムの氷柱じゃなかったな! っていうか、一陣から一歩も動かないのは戦犯すぎでしょ! アンタドア臣だろ?! 本当に何で私デキレ80で200のアダムに勝てたんだ?!」

「やかましい! 我もどれだけ戦いたかったと思っている! だいたい、貴様があ奴に勝てたのは、ここが工事現場だったからだろうが!」

 

 口論する私と忠臣。話の流れでもわかるように、デキレ差120鬼アダムに勝利した。ぶっちゃけ、勝因は敵がAIアダムだとわかっており、戦闘場所がつっぺるになるとわかっているためのメタ読みだ。具体的には、吹っ飛ばしの近距離カードを一枚と、回復カードにみみみ、近距離カードブレイクを積んでから、最後に低速罠を積んだ。

 

 アップデートによってだんだんマシになってきているが、AIはぶっちゃけ、アホである。『つっぺるinAI』というだけで絶望を禁じ得ないレベルだ。簡単に言えば、アダムはさんざん投身自殺をかましてくれた。そして、私自身も吹っ飛ばしカードで身投げさせた。

 

 正直、デキレ差の関係上アダムのHPを削るという発想はなかった。しいて言うなら、ダメージカットが張られた状態だと吹っ飛ばしができないためカノーネを突っ込んだが、それ以外にまともに攻撃手段となるカードは入れなかった。これが本当のバトルだったら戦犯ものだろう。

 

 低速罠を踏んで勝手に投身自殺をしてくれるAIアダムを横目にAI特有のろくに広げられていないポータルを回収し、5-0で私の勝利となった。デス数は、忠臣に蹴落とされて工事現場の下に落ちた一回だけ。近距離の殴り合いでワンパンで八割削れるなど割と何度も死にかけたが、接近戦を回避さえすればあとは吹っ飛ばしで時間を稼いでみみみを連発するだけの簡単なお仕事だった。相手に『ひめたる』か『オイタワ』がなくて本当によかった。アイシクルコフィン? AIにHSをためるという発想があるとでも?

 

 とりあえず、つっぺるでの投身自殺はキル判定にはならなかったが、リスポーンの経験にはなったため、問題は無いと判断されたようだ。醜い喧嘩がベストプレイヤーのアピールに変わったのか、無機質なアナウンスの直後、転移が発生しやっとホームエリアに戻ることができた。

 

 時間がかかりすぎてしまったため、voidollの判断で残りのチュートリアルは翌日以降に持ち越しとなった。いつの間にか、時間は夕食時を一時間ほど過ぎてしまっていた。

 

 食堂の方へ移動する道すがら、不機嫌そうな忠臣を見て、私も少しずつイライラしてくる。

 確かに、キルをされなれるという目的は果たせなかったが、さっきのは確実に神試合だった。というか、こっちはすごく楽しかった。そこに正論とはいえども水を差されれば、イラっと来るものなのだ。

 いまだにねちねちと説教を続ける忠臣に、私は思わず言い返す。

 

「正直さ、死ななかったのは悪かったと思うけれど、何もそこまで怒鳴る必要ないじゃん。こっちだって命がけで戦って何とか勝ったんだよ?」

「貴様がさっさとキルをとられれば、我はここまで長時間拘束されぬわ。」

「……確かにそうだけどさ、やっぱ死ぬの怖いじゃん。心を病まないためにも、リスポーンの練習が必要だってのはわかる。けれども、死になれるっていうのはどうなの?」

「どうも何も、死になれなければ戦いは始められんだろうが。」

 

 不服そうな顔をする忠臣を横目に、私は深くため息をつく。これ以上の言い合いは、お互いにささくれだった心を逆なでするだけだ。……そして、今回ばかりは流石に私が悪い。ぐっと言いたいことを飲み込み、謝罪の言葉を吐こうとした、その時だった。

 

「すっげー、ユーメージンじゃん!」

「あ?」

 

 かけられた軽薄な声に即座に返事とばかりに投げ返されたのは、不機嫌極まりない忠臣の低い声。声をかけてきた13の装備の色違いのような恰好をした男は、小さく悲鳴を上げる。

 私は、そいつの言葉の意味が解らず、あたりを見回す。そして、気が付いてしまった。

 

 廊下に定期的な距離で配置された、空中に浮かぶディスプレイ。そこに、試合の様子が移されていたことに。

 

「あ゜」

 

 私の喉の奥からアホみたいな声が漏れる。丁度、人だかりの出来ている廊下のディスプレイには、初戦に私が忠臣にまさかの味方からのHAを喰らって吹っ飛んだところが映りこみ、あたりには観客者たちの爆笑が広がった。




『現在の勝率』
朝比奈ミツル
5戦5勝(全プレイヤートップ)
バグ討伐回数 0回
キル数 0回(つっぺるの突き落としはキルに含まれない)
デス数 0回(つっぺるの落下はデスに含まれない)


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出禁の経緯

前回のあらすじ
・チュートリアルを受ける
・ミツル「蹴落とされたんだけど」
・忠臣「貴様往生際悪すぎだ」


 互いにささくれだった心持の中、食堂前のディスプレイには人だかりができている。三メートル近い大きさのディスプレイには今、丁度私が忠臣の牙突で吹っ飛ばされているところだった。味方の攻撃で冗談みたいに吹っ飛んだ私を見て、観衆は大爆笑である。

 

「あ゜」

 

 馬鹿みたいな声が喉から漏れ、思わず表情を引きつらせる。

 

 Aポータルを回収してからドアを使用して移動し、悠長にDポータルでHSをためていたマルコスを瞬殺した忠臣の後ろで、直接Bポータルにやって来たルルカ相手に鬼ごっこをかますという戦犯に近い立ち回りをする私が映し出され、思わず頭を抱えた。デスを避けるばかりに、コンパスでは避けるべき立ち居振る舞いをしてしまっていたのだ。

 

「見たか、さっきの遠距離キャンセル! エグイぐらい生き汚ねえ!」

「ポータル盾にしてリリカ罠に誘い出してるのか。卑怯だなー」

「着地用秘めたるwww」

 

 私のあまりにも生き汚い戦い方に、周囲の人間は思わず笑う。場面的にはちょうど、リリカ相手にダッシュアタックによるカードキャンセル三回連続を成功させたあたりだ。

 

 交代とばかりに忠臣が一撃でリリカをキルし、次の瞬間ガチギレルルカが後ろから迫ってくる。Bエリアにドアで回避し逃げた忠臣に、ディスプレイの向こうの私は間の抜けた悲鳴を上げる。

 

 今から自分で見返してもかなりコミカルな……うん、正しく言うと無様な動きをしている私の姿が映し出される。そして、隣から伝わって来た怒気に、サッと顔が青ざめる。

 

 ぎぎぎ、と、さび付いた機械のような感覚を覚えながら、私は、隣に立つ忠臣の方を見る。

 

 桜華忠臣は、口元に美しい笑みを浮かべ、まっすぐとディスプレイの方を見ている。しかし、手元を見れば、ぐっと握られた指の内側、異形の手のひらから出る口はギリギリと絞られており、よくよく顔を見てみれば、目だけは確かに怒りをたたえていることがよくわかった。

 

「ひえっ」

「……どうした、貴様?」

 

 思わず悲鳴の漏れた私に、美しく笑んだままの忠臣が、声をかける。私は恐怖のあまり、無言で首をぶんぶんと横に振った。

 そんな私の反応を見た彼は、嫌に優しい声で、言葉を紡ぐ。

 

「そうか。我の気のせいか。それはそうと、我の目には今、多くの愚者がいるように見えているのだが。」

「き、気のせいじゃないかなー? ほ、ほら、試合終わったっぽいし?」

 

 私はそう言って、ルルカが爆弾罠で吹っ飛んでいる隙に敵一陣の回収が終わり、勝利した場面を指さす。ベストプレイヤーをとってどや顔をしている忠臣をよそに、ディスプレイは次の試合を映し出す。

 

 ……なんと、それは、つっぺる工事現場であった。

 あんまりにも嫌な予感がして、私は表情をひきつらせた。

 

 そして、次の瞬間、キャラクター紹介が始まる。最初に赤チームのヒーロー、アダムがうつされ、次に、青チーム。……案の定と言うべきか、そこに映し出されたのは、私と忠臣。

 

 試合開始直後、HAを行ってスプリンターよりも早くAポータルを回収した彼は、不満そうな表情を浮かべて、その場に座り込む。そこからは、私だけがゲームを続ける。

 どこからどう見ても、最終試合の様子だ。

 

 あまりのことに言葉も出ない私をよそに、次第に忠臣は、クツクツと、喉奥で笑い声をあげる。その笑いは、少しずつ大きくなり、丁度彼が私をつっぺるの地面下に蹴り落とした場面で観衆の笑いが最高潮に達した瞬間、腹を抱えて笑い出した。

 

 ひゅ、と、喉から声が漏れた。

 同時に、反射的に右手のスプリンターマークを触れて、カードの確認を行っていた。__今の手持ちは、最終試合と同様、近距離吹っ飛ばしが一枚、カノーネが一枚、低速罠が一枚、そしてみみみだ。

 

 忠臣のデッキは、変更する隙が無かった以上、『フルーク』『カノーネ』『ドア』『ガブリエル』の四枚だ。なんと、カノーネが死にカードになってるじゃないか。ド畜生!!

 

 しどろもどろになりかけながら、私は、できるだけ冷静に、忠臣に声をかける。

 

「えーっと、総帥? 大丈夫そう?」

「……愚者に死を、我に勝利を!!」

「だめそう!!」

 

 バトル開始時の台詞を口にした忠臣。その瞬間、彼は武器の日本刀を鞘から引きずり出した。

 反射的に、私もカードを切る。

 

「『カノーネ』!」

「ちっ!」

 

 ドアを引こうとしていた忠臣に、カノーネを発動させて行動をキャンセルする。カノーネ・ファイエルはガードブレイクの効果を持っているが、ガードを張っていない相手に対してはさしてダメージを与えられない。が、緊急時のカードキャンセルは行うことができる。

 

 見た感じ、ドアか? ポータルないけど、どこ飛ぶつもりだった君?

 

「おおおおお、落ち着こうじゃないか。争いはあんまり何も生まないよ?」

「力でしか救えぬ者もいる。悲しいことだな」

「救うっていうか、滅ぼそうとしてない?」

「不敬罪だ。滅ぼすほかあるまい。」

「だめそう(二回目)!!」

 

 残忍な笑顔を浮かべて言う忠臣に、私は思わず悲鳴に近い声を上げる。そして、始まる乱闘騒ぎ。砕け散るディスプレイに、響き渡る観衆の悲鳴罵声怒声。

 

 全力で観衆を守るために立ち回るあまり、うっかり私が食堂に向かって忠臣を吹っ飛ばしてしまい、ありとあらゆる食堂内の器物を破損。響き渡るサイレンに、集まるガードロボ。地獄かな?

 

 数分間の殴り合いの末、やって来たvoidollに強制的に止められ、結果として、無許可でチュートリアルの映像を流していた運営側にも非があると判断され、一定期間の食堂の出禁処分以上の罰は与えられなかった。

 

 

 

 

 そう言った事情を友人のアズに話すと、彼女は頭を抱える。

 

「アンタたちねえ……特にミツル。アンタは死ぬほど向こう見ずなんだから。一回考えてから動きなさいよ。」

「頭使ってたら、多分あの場にナタデココが転がりまくる惨状が起きてたと思うけど。」

「最悪その状態なら忠臣ならともかく、ミツルは出禁にならずに済んだでしょう?」

「それじゃアホ総帥止められないからね。周りに迷惑かかるくらいなら、多少割食ってもしょうがないよ」

「……ホンット馬鹿ね。」

 

 あきれたように言うアズ。しかし、彼女の瞳は軽蔑しているのではなく、どこか仕方ないか、と、納得しているようにも見えた。

 

 転移者各位に振り分けられた部屋の中は、1LDKが基本であり、仲間になっているヒーローがいる場合には同性ならもう一部屋増え、異性なら別部屋となる。もちろん、忠臣と私は別部屋だが、食堂出禁は同時に食らったため、どうにか食事をするために私の部屋で料理を試みたのだ。……結果は散々だったが。

 

 冷蔵庫の中身を一通り見たアズは、私に質問する。

 

「卵。どこで買ってきたの?」

「えーっと、売店があるから、そこで買った。チュートリアル強制スキップの賠償金あったし」

「なら、そこでお弁当買ってきなさい。あなた達二人は自炊禁止よ。」

 

 アズのその言葉に、忠臣は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「……いいだろう。早いところ、料理の出来る配下を作れば、問題なさそうだ」

 

 がっかりしたようにそう呟く忠臣に、首を傾げたポロロッチョが声をかける。

 

「あらあら、チェリーパイたちは、料理はできないのかしら? 美と筋肉には自炊はマストよ?」

「うん?」

 

 にっこりと優しく微笑んだポロロッチョは、そっと焦げ付いていないほうのフライパンを手に取った。

 

 

 数分後。私の部屋のテーブルの上には、蒸し鶏のサラダや白米、キノコとたっぷり野菜のスープ、豆腐の卵とじなどが4人分並ぶ。茫然と彼女(彼?)の料理する様子を眺めていた私に、ポロロッチョはぱちんと綺麗なウィンクをすると、茶目っ気たっぷりに言う。

 

「内面の美しさこそ外見にあらわれるものよ。日々の食事にこだわることがチェリーパイへの第一歩よ!」

「ちぇりーぱいとやらがどうかは知らんが、感謝する。」

「お礼は熱烈なキッスで構わないわ♡」

「あとでBMで返礼させてもらおう。払っておけ、朝比奈」

「ああうん、支払いはするけど、ナチュラルに私を財布扱いしてるね???」

 

 両手を広げ、ハグの体勢をとるポロロッチョをスルーし、健康的で文化的な食事を前に私たちはそんなことを言い合いながら、各自椅子に座った。アズたちも私たちの騒動で食堂を利用することができなかったらしい。うん、すまんかった。

 

 こうして、私たちは食事のできる環境を手に入れた。




【現在の所有BM】
・チュートリアルスキップバトルに勝利 +5000BM
・チュートリアル強制スキップの賠償 +10万BM
・食堂前での乱闘(桜華忠臣の分も含む) -5万BM
・食事の材料費 -1万BM

所持BM 4万5千BM


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食後のティータイム

前回のあらすじ
・ミツル「食堂出禁になっちゃった☆」
・ポロロッチョ「ワテクシが料理作るわよ」


 ポロロッチョの作った晩御飯を食べた私たちは、そのまま部屋でお茶を飲む。皿洗いは一通り終わったため、とりあえずこれからのことを考えるために話し合いを始めたのだ。……うん、そのつもりで話し合いを始めたのだ。

 

「まさか、総帥が皿洗いもできなかったなんてね……」

「や、やかましい! 我の本業は軍を指揮することと民を導くことだ! 料理は仕事の内でないわ!」

 

 アズの指摘に、忠臣は言い返す。

 シンプルに馬鹿力で皿を何枚も割った上に、手についた異形の口に洗剤が入ってしまうらしく、早々にできないと判断された。何気にその手、不便そうだね……

 

 私? 皿洗いくらいなら流石にできる。

 

 とりあえず、私と忠臣は双方料理ができないことが分かったため、食堂の出禁が解除されるまで対価を支払ってできるだけポロロッチョに頼み、無理そうなときは売店で購入することにした。

 

 アズたちは食堂を利用できるが、ポロロッチョ曰く食堂よりも自炊の方がチェリーパイな食事ができるとのことで、基本は食堂を利用せず、料理をしてくれるとのことだ。……フリフリエプロン姿のポロロッチョはなかなか見た目にインパクトがあるが、気にしたら負けだろう。

 

 とりあえず、真面目に話し合いを始める。

 

「チェリーパイたちは、バグ退治に参加するのでしょう? なら、私たち四人のうち交代で三人ずつ戦えばいいのかしら?」

「それなんだけどさ……ねえ、アズ。アズのロールって何?」

 

 緑茶をすすりながら、私は確認目的でアズに問いかける。彼女は、少しだけ目を逸らして答えた。

 

「私はアタッカー。使用ヒーローは忠臣よ。」

「お前の選択は正しい、安心しろ。」

「今回ばかりはその選択が安心できないんだよなぁ……」

 

 ドヤ顔でサムズアップする忠臣に、私は思わずそう言う。

 ムッとした忠臣だったが、ポロロッチョは気が付いたらしい。

 

「そう言えば、チェリーパイ……ミツルちゃん以外、全員アタッカーじゃない。チームのバランス、悪いわね。」

「そうなんだよね……」

 

 そう、ポロロッチョのロールはアタッカー。アタリを使用している私以外全員がアタッカーという戦うにはやや偏った編成なのだ。

 

「私はキルスプできないし、できればタンクかガンナーが欲しいよね。そっちの方が安定するけど……」

「剣道やってたから、私はできれば刀を使うヒーローの方が動きが安定するのよね。ガンナーできないわけじゃないけど……」

 

 私の言葉に、アズはそう言って言葉を濁す。

 どうやら、アズはアタッカーを希望するらしい。刀を使うのはアタッカー以外だと佐藤四郎だが、彼はコラボキャラであるため、使用することはできない。

 

 アズは少し考えた後、口を開く。

 

「とりあえず、忠臣でかぶってると後々面倒そうだから、私は狐ヶ咲に転向しておく。カウンター使えるの便利だし」

「な……?!」

 

 あっさりと使用ヒーローを変えられた忠臣は、愕然としたような声を漏らす。そんなにショックだったのか。

 

 忠臣は少しだけ不貞腐れた様子のまま口を開く。

 

「他のロールなら……グスタフはどうだ? あやつがいれば、アタッカー、タンク、スプリンターでチームを組むことができるぞ」

「ガンナーなら、ルチアーノにイスタカ……いいチェリーパイがそろってるじゃない」

 

 舌なめずりをするポロロッチョに、ヒクリと体を震わせる忠臣。盟友相手が襲われかねないと思ったのだろう。ちょっと同情する。

 デザートの羊羹を上品につまむポロロッチョを横目に、私は口を開く。

 

「それもアリだけど……アズ、眠り羊くんがジャスティス使いだったよね」

 

 私の言葉に、アズは小さく頷くも、困ったように口を開く。

 

「転移者ね……でも、私もミツルも普段使ってるロールとは違うのを選んでるじゃない。眠り羊君がタンクとは限らないわよ?」

 

 彼、性格的にアタッカーが得意そうじゃない? と言葉を続けるアズ。確かにそうかもしれない。

 

「ふむ、転移者か? 悪くは無いと思うが、朝比奈はキルスプリンターではないだろう。ジャスディスではバランスが悪いのではないか?」

「連撃ジャスティスが得意みたいだから、キルとれるのよ。」

 

 忠臣の質問に、アズは答える。スプリンターの私が援護カードを持っておけば、問題なくチームを組むことができそうだ。

 

 私たちの話を聞いたポロロッチョは、大きく頷くとこう結論を付けた。

 

「なら、明日以降はチュートリアルを受けながら、眠り羊くん、って子を探す方針でいいかしら?」

「賛成!」

「あいわかった。見つからなければ、我がグスタフに声をかけておこう。」

「うん、そうしようか」

 

 そうして、私たち四人はこれからの方針を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、冗談だろ? お前さん、何でこんな弱っちいのにタンクなんて選んだんだ?」

 

 挑発混じりにそう聞くのは、深紅の鎌を背中に、二丁拳銃を持った男。顔の大半を黒色のマスクで隠し、ニマニマと笑みを浮かべるヒーロー。

 

 その前に膝をつき、荒く呼吸を繰り返すのは、身の丈ほどの大きさのハンマーを持った少年。色白で、目の前の男と比較するのが哀れになるほど、その体は細い。

 

 ここはつっぺる工事現場のAエリア。状況は敵一陣であるEポータルとDポータルが回収され、自陣一陣であるAポータルをどうにかタンクの少年一人が守っているという状況だった。

 

 HPバーは既に何度も空になり、3対1だというのに、この男は彼ばかりを狙って執拗なキルを繰り返した。

 いや、そう言うと語弊がある。彼以外の二人は、すでにリスポーンエリアの前からうごかず、がくがくとその体を震わせるだけだった。

 

 序盤はほかのポータルは3人で回収し、4-1で勝っていた。だが、開始1分でその状況はひっくり返り、あわや敗北一歩手前のところまで追いつめられていた。

 

 カード一枚切れない少年は、必死になって男の放つ銃弾からハンマーを盾にすることで身を守った。だが、他二人は奇妙なまでにそのような動きをせず、カードを切ることでダメージカットをはったり、何なら度々響く銃声に悲鳴を上げたりしていた。

 

 カードの使い方どころか、今何のデッキを使っているのかすらわからないような状況のさなか、少年はハンマー一本で目の前の男と渡り合っていた。……HPは残すところ半分、といったところだが。

 

 ヒーローはニマニマと不敵に笑い、挑発を繰り返しながらも中身は狡猾であった。ガンナーというロールを理解し、少年の攻撃射程範囲外からのみ攻撃し、Aポータルを広げきられない程度に陣を踏む。それを繰り返す。

 だが、少年は諦めなかった。

 

「ボクが、タンクを選んだのは……かっこよかったからだ!」

「え? カッコいい? ジャスティスのおっさんか、それともグスタフ? 大穴でトマス爺さん?」

 

 目の前の男は、ジャスティスのHAの姿勢を真似して少年をからかう。だが、少年はそんな挑発には乗らなかった。

 

「……君が何をしようと、ボクは君にここを通らせない。仲間に、手出しはさせない……!」

「ははっ、できるもんならやってみろよぉ!」

 

 ゲラゲラと笑い、HAのため打ちをタンクに打ち込むヒーロー。その瞬間、少年のHPは全損し、ポリゴンへと変わった。

 

 #コンパスにおいて、デッキレートの差ほど恐ろしいものはない。

 だが、デッキレートの差以前の問題であることもある。

 

 ヒーローにとって得意でないカードを使ってしまっていること、カードの使い方を間違っていること、それに、カードのレアリティが低すぎること。

 

 少年のデッキは、初期デッキを変えることができなかったがために、『手持ち花火』、『チェーンソウ』、『ドリームステッキ』、『武器商人』と、見事にオールN(ノーマル)のデッキである。そして、使用しているヒーローの適性カードである連撃カードは、一枚足りともない。

 

 オールノーマルカードで、URデッキに勝利することは、まずできない。そもそものカード性能の違いというのもあるが、まず、ステータスに大きく差がついてしまうためだ。事実、少年の最大HPはタンクというロールを使っているにもかかわらず、2000ほどしかない。中ダメージを与える効果のカードで沈んでしまうだろう。貫通射撃攻撃を使われればそれまでだ。

 

 絶望的な状況の中、リスポーンした少年は諦めることなく、ただただ前を見据える。その瞳の奥に、勝利を望みながら。




【現在分かっている敵陣営情報】
キャラクター
 不明:ガンナー
 使用カード
 ・不明(UR)
 ・不明(UR)
 ・不明(UR)
 ・不明(UR)
 使用メダル
 ・不明
 ・不明
 ・不明

【試合状況】
Aポータル 青(3割)
Bポータル 青(5割)
Cポータル 青(MAX)
Dポータル 赤(1割)
Eポータル 赤(8割)


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眠る羊は夢を見るのか?

前回のあらすじ
・ミツル「アタッカーばっかりでバランス悪くない?」
・忠臣「我がグスタフに声をかけておこう」
・工事現場で戦闘中……?


「あー、めんどくせぇ……」

 

 ヤンキー座りをして白髪頭を掻きながら、13はため息混じりにつぶやく。

 今日も今日とてバトルかと思えば、ウィルスが侵入しただとかなんだとかで予定は白紙、そして、倍以上の重労働が舞い込んだ。

 

 voidollに押し付けられた仕事は、チュートリアルスキップ希望者の相手。どうも3対1での闘いらしい。当然、1が13である。

 3人のうち、気に入ったプレイヤーの仲間になれと指示されたが、正直、チュートリアルをスキップしようとする連中、つまり、戦いをなめて考える連中の仲間になりたいとは欠片も思えなかった。

 

 だが、仕事は仕事。ほかのヒーローたちも同様にして戦っているとのことだったので、バックレるわけにもいかなかったのだ。二丁拳銃を構え、13は目を細めて試合開始を待つ。

 

 会場はつっぺる工事現場。がこんがこんと聞こえてくる足場の崩れる音を聞きながら、13は大きくあくびをする。たとえ不利でも、負けるつもりはなかった。

 

__人数差的に正攻法で殴り掛かってもまず勝てねえ。……心をへし折るまでボロボロすれば、それでいいか。

「相談がある。__負けてくれないか?」

 

 不敵に笑みを浮かべ、バトル開始の合図とともに13はリスポーンエリアから飛び降りた。

 

 

 

 少年……秋葉 ヨウスケが戦い始めたのは、数分前。チュートリアルを受けようと待機していたところ、voidollの転移に巻き込まれてバトルアリーナに飛ばされた。

 ガンナーとスプリンターの仲間二人に質問することで、何とか使用キャラクターをいつも使っているジャスティスに変えることができたが、カードの変え方までは教えてもらえなかった。当然、使い方も。

 

 チュートリアルスキップ希望者の二人は、試合が始まると早々にAとCを回収し、陣地を広げていく。その様子を見ながら、ヨウスケは必死にBへと向かう。タンクは、どうしても足が遅いのだ。普段ならドアかぶじゅつかを入れて加速するところだが、あいにくカードの使い方がわからない。加速なし徒歩タンクでBへと向かう。そして、あることに気が付いて、喜びのあまり小さく息を飲んだ。

 

__歩けている……!

 

 少年、ヨウスケは、6歳のころ事故に遭い、それ以来足の大部分の筋肉といくつかの内臓器官を失ったため、ほぼ寝たきり同然の生活を送っていた。走ることはおろか、一人でまともに移動することすら大変だったというのに、今は呼吸器なしで運動ができている。それが、驚きだった。それどころか、重そうに見えるハンマーが持てているということも驚きだった。

 

 見た目も大きさもヒーロー、ジャスティスハンコックが使っているものそのままであるため、柄だけでも軽く少年の体の大きさを超え、さらに体の細さからよりハンマーの大きさが際立って見えていた。

 寝たきり同然の生活の中で、一番の楽しみがゲームをすることだった。

 

 ゲームで友達ができた友達二人は、大丈夫だろうか。巻き込まれてしまっていないだろうか。

 ヨウスケは心の中でそんな心配を抱えながら、味方の煽りに近い怒鳴り声を聞き流す。

 

 

 

 敵は、三人。ジャンプのできるスプリンターが一人に、13と同じく鎌と拳銃を持ったガンナーらしき人物が一人、そして、巨大なハンマーを抱えて徒歩移動するタンクが一人。

 

「俺とキャラ被ってんじゃねえか。」

 

 13は思わずそう呟きながら、手前のEポータルに触れる。接近戦を強いられるアタッカーがいなくてよかったと喜ぶべきか、ロールが全員ばらばらで戦いにくいと嘆けばいいのか、微妙なところだ。

 開始数秒、足場が崩れ落ちていくのを見ながら、一陣であるEポータルに手をつける。

 

「いいオブジェだな、部屋に飾りたい。」

 

__タンクは置いておいて、とりあえずスプリンターとガンナーが前に来る前にどうにかDを回収したいところだな。タンクにドアが入ってないと良いんだが。

 

 Eポータルを赤く広げながら、13はそう考える。

 今回のバトルが1対3である以上、スプリンターによる裏取りは警戒に越したことがない。むしろ、こちらが敵を倒しているときに裏取りをされて負けるほうが恰好が悪い。赤色の陣地に変えたEポータルを適当に広げつつ、落ちた足場が復活するのを待つ。

 

 数秒後、足場が戻るとほぼ同時に駆けだしたスプリンターは、案の定13の二陣であるDポータルに向かって走って来た。ガンナーは13を使用ヒーローとしているため、HSがたまる速度が速い。ドアが入っていなかったらしいタンクに変わってCポータルを回収しに行っているのだ。

 

 防御力の極大アップカードである【ドルケストル】を使用し、Dに触れたスプリンター。

 そんなスプリンターに対し、13は容赦なくタメ攻撃をしてノックバックを加える。

 

「食らいやがれ!」

「いって!」

 

 悲鳴を上げてノックバックを喰らい、ポータルから距離の離れるスプリンター。それを見た13は、即座に『マジカルスクエア』をスプリンターに向かって使用し、足が遅くなっているスプリンター相手に『フルーク』を使用し、吹っ飛ばす。

 

 ドルケストルが使われていたため、スプリンターには1ダメージしか通らなかったが、これでDポータルは回収可能となった。13はCエリアにいるガンナーに注意しながら、Dポータルに触れる。キルにこだわっていると、ガンナーが援護に来てしまうと判断したのだ。

 

 『みみみ』を使って着地とダメージを回復を行ったガンナーとにらみ合いながら、適度にエリアを広げたところで、13のヒーローゲージがたまり切った。それを皮切りに、彼は攻勢に出ることにした。

 

「景気づけに一発いっておくか。」

 

 そう呟きながら、13はヒーロースキル……【堕天変貌】を発動させる。

 

「輪切りにして、盛り付けてやるよ!」

 

 タイムは現在試合開始から三十数秒。

 二丁拳銃から真っ赤なデスサイズに持ち替え、アタッカーモードの転換した13は、不敵に笑んで【連合宇宙軍 シールドブレイカー】を発動させる。全体にデバフがかかったところで、不用意に近づいてきていたガンナー相手にHA……堕天の一撃を食らわせる。

 

「んなっ……?!」

「ぐっ……!」

 

 6割方が削れたガンナーと、巻き込まれたスプリンターのHPがほぼ7割えぐり取られる。

 ヒーロースキルの堕天変貌の効果で、一時的なバフのおかげで強烈な一撃を喰らった二名は、大きくノックバックし、表情を引きつらせる。

 

 それでも即座に回復カードを使用する。

 しかし、スプリンターの回復カードはHPの30%回復しか行えない【みみみ】だ。即座にみみみを発動させても、回復するのはHPの6割。

 

「そぉい!」

 

 即座にスプリンターに対してヒーローアクションを行う13。ガードカードを使う暇もなく大鎌による前方範囲攻撃を喰らったスプリンターは、砕け散ってポリゴンと化した。

 真っ赤な大鎌を軽く振るい、ポリゴンをふるいおとした。

 

「ひ、ひぃっ?!」

 

 人が突然砕け散る様子を目の当たりにしたガンナーは悲鳴を上げる。彼は追撃対策として【ディーバ】を使用してから【ガブリエル】を利用していたために、13のターゲットにはならなかったのだ。

 

 戦局はBポータルを回収したタンクがCポータルへと向かっており、ガンナーは発砲することさえ忘れてCポータルから離れて13から逃げようとしている。

 ならば……

 

「近づくやつをぶっ殺す、ガンナーは射程範囲に入ったらぶっ殺す、それでいいか。」

 

 そうして、有利状況から一転、13による攻勢が始まる。

 シールドブレーカーで減った防御力は、タンクの割にはHPの少ないジャスティスには突き刺さった。

 

 逃げたガンナーを置いて、Cポータルを回収するために青色のポータルに触る。その瞬間、ギリギリでポータルを踏むことができた秋葉に向かって、13はニッと不気味に笑む。そして、カードスキルを発動させた。

 

「考えんな、感じるんだ。」

「ぐぅっ?!」

 

 【フルーク】を使用された瞬間、秋葉は反射的に巨大なハンマーを盾に防護を行う。その行動は奇跡的にジャスティスのヒーローアクション【多層型ヘキサバリア】を発動させる。黄金のバリアにフルークの強烈な一撃が加わり、ダメージは大幅に減少する……はずだった。

 

「えっ?!」

「……あ?」

 

 強化カード一枚発動していないにもかかわらず、13のフルーク一発で秋葉のHPが残り数ミリまで減った。動揺する秋葉と、困惑する13.先に動けたのは、秋葉だった。

 原因がカードレアリティであると気が付いた秋葉は、即座に口を開く。

 

「ガンナー、立て直しを! 多分僕はしばらくしたら、リスポーンする!」

「……ふざけんなよ! 何で屑デッキで来たんだ!」

 

 罵倒されるが、気にしている暇はない。とどめの一撃を放とうとする13を前に、ポータルを盾にした回避を行い時間を稼ぐ。あまりにもわかりやすすぎる時間稼ぎに、13はイラつきを隠せず舌打ちをする。そして、そのいら立ちのまま弾を秋葉に当てようと狙いを定めるも……

 

「っ?!」

 

 鳴り響く警戒のブザー音と、つっぺる工事現場の巨大電子蛍光版にうつりこむカウントダウンの音。試合開始から一分が経過したため、再び床の崩落が始まり始めていたのだ。そのブザー音に13は盛大に舌打ちをする。

 

 そして、この時点であることに気が付き、青チームのリスポーン地点の方を見た。

 

 壁に挟まれて見えにくいが、確かにわかることが一つ。__もうとっくの昔にリスポーンしたはずのスプリンターが、前線に戻ってこない。

 

「……何だ?」

 

 変則デッキでドアが入っていることを警戒した13は、不審なスプリンターの挙動を警戒し、崩落が始まると同時に秋葉から離れ、赤チームの一陣であるEポータルへと移動した。

 その隙に、秋葉は急いで青チーム一陣のAポータルに戻る。

 

 そして、彼はスプリンターが前線復帰しなかった理由が、理解できてしまった。

 

 リスポーンエリアの上で、膝を抱えて震えるスプリンター。彼は完全に怯えきっており、その行動からもわかるように、戦闘を拒否していた。アタッカーもよく見ると体がかすかに震えており、このまま戦闘が継続できるか不安な状態である。

 

 秋葉は、小さく息を飲む。

 戦況は、少しずつ悪くなっていた。




【現在分かっている敵陣営情報】
キャラクター
 13†サーティーン†:ガンナー
 使用カード
 ・機航師弾 フルーク・ツォイク(UR)
 ・ドリーム☆マジカルスクエア(UR)
 ・連合宇宙軍 シールドブレイカー(UR)
 ・不明(UR)
 使用メダル
 ・不明
 ・不明
 ・不明


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VS 13†サーティーン†!(1)

前回のあらすじ
・バトルに乗り気ではない13
・スプリンターがキルされる
・スプリンターとガンナーが戦闘継続できなそう


 アタッカーモードの13は、Eポータルを踏んで広げながら、戦況を確認する。

 

 現状の手持ちポータルは、赤チーム一陣のEポータルと二陣のDポータル。範囲は現在踏んでいるA()()()()()()1()()()()B()()()()()()2()()()()

 

 もう少しで溜まるHSを確認してから、13は小さくつぶやく。

 

「いつでも殺せるタンクは無視で良いな。スプは……放置か? 俺は放置は嫌いなんだよなァ」

 

 ゲームの放棄を意味する【放置】、そして、【タスクキル】。煽りは13自身がする側であるためあまり強くは言わないが、少なくとも前者二つに関しては、唾棄すべき行為だと思っていた。

 熱くなった思考をごまかすように、13は乾いた笑い声をあげ、自身に言い聞かすように言葉を紡ぐ。

 

「……嫌だねぇ、マジになっちゃって……。やっぱぶっ殺すか」

 

 凶悪に笑む13。その次の瞬間、ブザーが鳴り響き、崩れ落ちていた地面が復活する。

 

 

 

 ところ変わり、青チームでは、戦闘の現実を知って恐怖に包まれつつあるガンナーと、Nカードデッキのせいで回復ひとつできないタンクがAポータルでHSを貯めていた。

 

「ガンナー、落ち着いて。試合は3分間で、もう1分経過してる。一応3陣持ってるから、逃げ続けても勝てる。あっちはアタッカーモードになってるから、間合いにさえ入らなければ、攻撃は喰らわないはずだ」

「うるせえ! 俺はもうゲームを降りる!」

 

 励ますタンクの言葉を遮るように、ガンナーは怒鳴る。

 目の前で人間がポリゴンと化して消えたのだ。その光景に恐怖を覚えるなというのか。そんなの無理に決まっている。そんな彼に、秋葉は、そっと目を伏せる。

 

「……わかった。無理しないで、Aポータルを守ってほしい。」

 

 そう言って、ほとんど残っていないHPのまま、復活した地面の方へ走り出す。

 Cポータルへ移動すれば、13はDポータルを踏み、自陣を広げているところだった。

 

__裏取り対策……? それにしては、Eポータルは全然広がっていない……

 

 困惑する秋葉をよそに、13は笑って宣言する。

 

「__二丁拳銃ってリロードどうすんだ?」

「……えっ???」

 

 空高く飛びあがり、真っ赤な鎌から二丁拳銃へと持ち替える13。あまりにも唐突なヒーロースキル【堕天変貌】を発動させた13に、秋葉の口から驚きの声が漏れる。

 

「何で……ヒーロースキルが溜まるのが、早すぎる……!」

「うん? ああ、お前、回復カード切らなかった感じ? 舐めプでもしてんのか?」

 

 二丁拳銃に持ち替えた13は、そう言って銃口を茫然としている秋葉に向ける。ひりつく殺意を感じ取った秋葉は、即座にCポータルの裏へと逃げ出し、頭をフル回転させる。

 

 確かに、13のヒーロースキルの溜まる速度は、他のヒーローよりもかなり速い。それでも、ここまですぐに溜まるはずではない。その原因に、秋葉はようやく気が付いた。

 

「まさか、ヒーローメダル……?」

「お、正解。俺様のメダルは『ヒーロースキルゲージの増加量アップ』+9だ。同色でそろえるの、結構めんどかったのよ?」

 

 からかうように言う13。その台詞に、秋葉は表情が引きつる。

 13のヒーロースキル【堕天変貌】は、ロールの変更のほか、使用するとHPの60%回復と攻撃、防御、移動速度にバフがかかる。ただでさえノーマルデッキでステータスが低く、耐久の無い秋葉にしてみれば、最悪の敵である。

 

 先ほどと同じように、ポータルを盾にして13の攻撃から逃げようとした秋葉に、13は【マジスク】を利用して移動速度を遅くする。

 

「じゃあな。」

 

 禍々しい笑顔で、13は二丁拳銃の引き金を引く。

 体力がほとんど残っていなかった秋葉は、その一撃に耐えきることができず、ポリゴンに変わり、砕け散った。目を見開き、恐怖の感情をにじませた彼のいた場所に、13はゲラゲラと下卑た笑い声を上げながら宣言する。

 

「はい残念、ボクちゃんの勝ち!」

 

 

 

 

 砕け散った肉体が、青色のエリアで再構築される。

 同時に、己の胸を貫いた弾丸の痛みを思い出し、秋葉は口元に手を当てた。吐き気すら催すような、恐怖だった。

 

 確かにあの時、秋葉は死んだ。マジスクの行動速度低下の影響でバリアを発動させる暇もなく、13の通常攻撃が突き刺さった。その時の恐怖を、言葉にすることが、できない。

 

 足が、震える。体が、動かない。先ほどまであんなに軽々と持てていたハンマーが、酷く重く感じられた。

 

 隣で震えているスプリンターは、三角座りのまま、がくがくと体を震えさせている。その感情が、死んでようやく理解できた。

 

 立ち上がることさえ恐怖を覚える、疑似的な死。長く寝たきりの生活を送っていた秋葉にさえ理解できた、あまりにも生々しい『死』を前に、一般人はまず、立ち上がることはできないのだ。

 

 動けず、立ち尽くす彼。

 それでも、戦況は動く。

 

 タンクを屠った13は、一旦自陣2陣に戻ると、ヒーロースキルを貯める。もはや誰も前線に出る気配がなく、ガンナーは震えてAポータルに居残っているばかりだ。

 そんな状況の中、メダルの効果もあってあっという間にスキルゲージを貯めた13が、心底楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「__よっ、俺はいつでもいけるぜ。」

 

 そして、死神は、Cポータルを通り抜けて、Aポータルへと移動する。

 

 悲鳴を上げるガンナー。もはや、彼に戦闘継続の意思はない。

 それでも、死神は、慈悲を与えることなどないのだ。

 

「何? 全員放置しちゃう感じ?」

 

 不愉快そうに表情を歪め、死神はAポータルにやって来た。

 慌ててリスポーン地点の方へと逃げ出すガンナー。明け渡されたAポータル。もはや戦うことのできない彼等ならば、反撃を気にすることなくポータルを強奪することなど容易だっただろう。

 

 ……しかし、13はポータルを無視して、逃げ腰のガンナーの方へと歩み寄る。

 

 にっこりと笑った13は、攻撃さえしてこないガンナーに向かって言う。

 

「おいおい、僕ちゃんを使ってる転移者って聞いてたのに、戦う気すらねえのか? そいつはねえんじゃねえの?」

「ひ、ひぃっ……!」

 

 怯えきったガンナーは、13の煽りの言葉に反応を返すことさえできない。

 そんなガンナーに飽きたのか、13は二丁拳銃の銃口を彼に向ける。

 

「__!」

 

 反射的にガンナーはガードカードを発動させる。そんな彼を13は鼻で笑うと、カードを使用した。

 

「ハッ! 隙だらけだ」

「ひっ……!」

 

 砕け散るガード。九割方消し飛んだHP。

 使用されたカードは『カノーネ』。ガードを破壊し、相手に大ダメージを与えるカードだ。

 

 あと一撃でも喰らえば、ガンナーはリスポーンする。しかし、攻撃で転倒し地面で這いつくばっているガンナー相手に、13は攻撃せず、むしろ視線を合わせるようにしゃがみ込み、笑ったまま言う。

 

「もっと頑張れるよな、な? お前がガブリエル持ってるところ見えてたし、回復、できるだろ? HS使ってもいいぜ? 6割は回復できるもんな?」

 

 そう言って、ガンナーを拳銃で小突く。

 その姿を見て、秋葉は、己の心臓が、強く動くのを感じた。

 

 __ああ、リスポーン地点には、敵ヒーローが上がってくることはできない。ここは、安全圏なのだ。

 

 それでも。__それでも!

 

 ぐ、と、ハンマーを握る。

 そして、強く、ハンマーの柄を己の頭に打ち付けた。

 

 ご、と、鈍い音が響く。

 ガンナーを煽るのに忙しかった13は、音こそ聞いたものの、その音がどこからなったのかまでは、気が付かなかった。

 

__せっかく動けるようになったのに。何で、僕は動かなかった!! そんなの、恰好が悪すぎる!

 

 己に対する怒りで、不甲斐ない己に対する憎しみで、秋葉は、立ち上がる。

 病院では明日の命さえわからないような絶望に震える人がたくさんいて、そんな中でも強く生きている人がいて、『動けないだけで済んでいた』僕は、そんな人たちに助けられた。

 助けを求めている人がいる。恐怖にふるえている人がいる。__今の己には、そんな人たちを助けられる体がある!

 

 泣くな。逃げるな。絶望するな!

 

「僕は__!」

 

 小さな小さな英雄願望。それが、彼の心を突き動かし、前に動く動力を、与えた。

 

 青色の安全圏から踏み出し、タンクのマークの刻印が記された右腕に手を添える。

 

 みんなを守るタンク。そんなヒーローを体現したような、『ジャスティス ハンコック』。誰を救うどころか、自分さえ救えなかった己が、ゲームの中では味方を守ることができた。その経験が、どれだけ鮮烈だったことか!

 

 誰かを守れる人になりたいなら、今、前に進まなければならない!

 

「僕は、戦える……!」

 

 自陣から飛び降り、2枚のカードを切る。

 

「【武器商人 エンフィールド】、【血濡れチェーンソウ】!」

「どわっ!?」

 

 折れてしまいそうなほどに細い体に、力が宿る。

 武器商人 エンフィールドの効果で、攻撃力にバフがかかった状態で振り抜かれた、小ダメージ近距離攻撃。まったくもって反撃を予知していなかった13は、間の抜けた悲鳴を上げて、吹っ飛ばされた。

 

 まだ、恐怖からは逃げられない。色白の白くて細い体は、まだ震えている。

 

 それでも、それでも!

 彼は、己の恐怖を振り切るように、逃げ出したくなる本能をかなぐり捨てるように、あこがれるヒーローの言葉を口ずさむ。

 

「安心して、僕が守る!」




【武器商人 エンフィールド】(N)
自分の攻撃力を12秒間中アップ

【血濡れチェーンソウ】(N)
前方の敵に小ダメージ


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VS 13†サーティーン†!(2)

前回のあらすじ
・ガンナーが試合を放棄
・13のメダルがヒーロースキルゲージ増加量アップ+9
・秋葉が覚醒


 死から自力で立ち上がった秋葉は、ハンマーを握り締めて転倒した13の方を見る。現在の残り時間は1分45秒。あと15秒すれば、再びBポータルからDポータルまでの直線の地面がなくなる。

 

__皆の近くに13が来ないように、前線をCに戻す。

 

 そう判断した秋葉は、動きの遅い足を動かして、Cエリアに13を誘導すべく、転倒状態から起き上がろうとしている13の方へ駆け寄る。

 

 13のカードデッキは、【マジスク】【シールドブレイカー】【フルーク】【カノーネ】の四種類。回復なしではあるが、13のヒーロースキルで回復できることや、アビリティで敵をキルすればHPの半分を回復できることを鑑みると、元々必要としていなかったのかもしれない。

 

 13のデッキのうち、カノーネはガードカードを持っていない秋葉には効果がなく、シールドブレイカーもあったところでステータスがそもそも低い秋葉にとってはさほど意味がない。

 

 警戒すべきは、バリアを張っても大きくHPを削られてしまう【機航師弾 フルーク・ツォイク】と、行動速度を下げられてしまう【ドリーム☆マジカルスクエア】の二つ。そもそも、HAでバリアを張っても、通常攻撃をどれだけ耐えきれるかどうかすらわからないのだが。

 

 感覚でカードの使用方法を理解した秋葉は、改めて自分のデッキを確認する。

 

__『手持ち花火』、『チェーンソウ』、『ドリームステッキ』、『武器商人』……武器商人以外は全部前方小ダメージだから、ガード入ってない13には刺さると言えば刺さる……のかな?

 

 立ち上がった13は、秋葉を睨むと、吐き捨てるように言う。

 

「クソみてえなデッキを使ってるみたいだな。……俺様を舐めてんのか?」

「……いいや、君を侮るわけがないよ。デッキはただの事故だ」

「そうかよ。それはそれで腹が立つな。」

 

 13はそう言うと、【シールドブレイカー】を使用して、秋葉の防御力を下げる。

 そして、13は即座に二丁拳銃を向ける。

 

「死ね!」

「__死んでも、みんなを守るだけだ!」

 

 銃弾をバリアで防御しながら、一歩ずつ、一歩ずつ、秋葉は13の方へと歩み寄る。

 突き抜ける赤の弾丸は、容赦なく秋葉のHPを減らしていく。それでも、彼の眼の奥の闘志は、消えはしない!

 

 もうすぐ近距離カードの間合いになるというところで、先にしかけたのは、想定外の意志の強さに若干の焦りを見せた13の方だった。

 

「考えんな、感じるんだ!」

「__!」

 

 振り抜かれた近距離カード。カードが見えた瞬間、秋葉は後ろへ飛びのいた。

 空振りした大ダメージカード。できたこの隙を、秋葉は見逃しはしない。

 

「外し……」

「あた、れぇぇぇ!」

 

 近距離攻撃カード【ドリーム☆ステッキ】をカウンターとばかりに発動させ、秋葉は目を見開き動揺する13をCエリアの方へと吹っ飛ばす。

 

 Cエリアに戦線を持っていきたい秋葉は、削れたHPのままためらうことなくCエリアへと向かう。

 カノーネを切って着地を決めた13は、鳴り響くブザー音のさなか、盛大に舌打ちをすると、吐き捨てるようにつぶやいた。

 

「死にかけの癖に……!」

 

 残り5秒で床が落ちる。比較的短距離で着地を決めたため、13の位置は丁度右手にCエリアがあるあたりだ。

 ……勝とうと思えば、勝てる。秋葉をキルし、Cを回収すれば、秋葉が13をキルできる手段がない以上、勝ちは確定する。

 

 だがしかし、それでは、何故か、腹に据えかねた。

 

__コイツしか戦っていなくて、コイツはクソデッキで、他の野郎どもは戦ってねえのに……!

 

 ぐしゃぐしゃの思考の中、13は誰に対するモノなのかもわからない怒りを腹に抱え、ギリギリと奥歯を噛みしめる。そして、腹の中の訳の分からない感情に対し、こう結論付けた。

 

__クソタンクの、悔しがる面が見たい。心をへし折れば、俺様の勝ちだろう?

 

 そう判断した彼は、ぐっと歪みそうになる表情をこらえ、強く拳銃を握り締める。ギシリと嫌な音が小さく響き、こめかみに薄く血管が浮き出る。もはや、勝負に勝とうという気概はなく、ただ、ある種の仕返しをしたいとでも言いたいかのような、幼稚な思考が、彼を支配したのだ。

 

 鳴り響くブザー音の中、13は迷いもなく秋葉の方へと歩み寄る。銃は構えない。構える必要はない。

 

 距離を利用しないらしい13の行動に、秋葉は心の中で首を傾げる。

 前方攻撃のフルークは先ほど使用していた。カノーネも着地に使っていたため、すれ違いざまに一撃を食らわせるということはできないはずだ。

 

 訳が分からないが、とりあえず、好機だ。

 地面がなくなった空間に吹っ飛ばせれば、13をキルできるかもしれない。火力という武器がない秋葉は、そう判断して真正面から近づいてくる13に対してカードを切る。

 

「【手持ち花火】!」

 

 しかし、その瞬間、13もカードを切っていた。

 

「そらよ」

 

 ほぼ同時にカードが切られたため、13は吹っ飛ばず、甘んじて小ダメージを受ける。代わりに、秋葉の表情が、ひきつった。

 

 13が使用したカードは、【マジスク】だった。動きが遅くなり、脇を通り抜ける13に伸ばした手が、空を切る。

 

「そこで一生引きこもってな、クソタンク」

 

 煽る13は、通り抜けざまバックショットを放ち、Cエリア側に秋葉を押し込む。落ちる地面を駆け抜け、Aエリアへと踏み込んだ13を見て、秋葉は、即座に、行動できてしまった。

 

 Cエリア横の安全地帯から離れ、Cエリアへ近づいてくる崩落の音の方へ、駆け出す。

 

 ほぼ投身自殺のような状態で虚空へと落ちた秋葉は、リスポーンすると同時に、ガンナーへ銃口を向けようとしていた13の前に立ちはだかる。

 

 自死すら厭わない、ある種の狂気すら孕むその行動に、流石の13も表情が引きつる。

 

「おいマジかよ」

 

 その言葉に、秋葉は、言葉を返さない。ただ、リスポーン地点から降り、巨大なハンマーを構えて、それを答えとした。

 

 

 

 

 そして、話は冒頭に戻る。

 

「おいおい、冗談だろ? お前さん、何でこんな弱っちいのにタンクなんて選んだんだ?」

 

 挑発混じりにそう聞くのは、深紅の鎌を背中に、二丁拳銃を持った男。顔の大半を黒色のマスクで隠し、ニマニマと笑みを浮かべるヒーロー。しかして、彼の額にはうっすらと汗がにじんでいる。

 

 あまりにも諦めが悪すぎる。絶望的なステータス差でも立ち上がり続け、たとえ数秒で散ったとしても何回でも立ち上がるタンクを前に、もはや言うべき煽り文句も尽きかけている。

 

 13の前に膝をつき、荒く呼吸を繰り返すのは、身の丈ほどの大きさのハンマーを持った少年。色白で、目の前の男と比較するのが哀れになるほど、その体は細い。

 

 秋葉は、Aポータルをどうにかタンクの少年一人が守っている……というよりも、後ろにいるガンナーとスプリンターを守るべく、立ち上がり続けていた。。

 

 HPバーは既に何度も空になり、3対1だというのに、この男は彼ばかりを狙って執拗なキルを繰り返した。

 いや、そう言うと語弊がある。彼以外の二人は、すでにリスポーンエリアの前からうごかず、がくがくとその体を震わせるだけだった。

 

 ヒーローアクションを使いカードキャンセルをされ続け、距離をとらされ続け、カード一枚切れない少年は、必死になって男の放つ銃弾からハンマーを盾にすることで身を守った。だが、他二人は奇妙なまでにそのような動きをせず、カードを切ることでダメージカットをはったり、何なら度々響く銃声に悲鳴を上げたりしていた。

 

 圧倒的なレアリティの差を理解しながら、圧倒的な力量の差を理解していながら、少年はハンマー一本で目の前の男と渡り合っていた。渡り合えてしまっていた。あまりにも、精神的に強すぎたのだ。

 

 ヒーローはニマニマと不敵な笑顔で動揺を隠し、ひたすらに狡猾であり続けることを選ぶ。ガンナーというロールを理解し、少年の攻撃射程範囲外からのみ攻撃し、Aポータルを広げきられない程度に陣を踏む。それを繰り返す。

 

__早く、諦めろよ! お前じゃ俺様には勝てねえだろ……?!

 

 心の中でそう叫ぶも、少年は諦めなかった。

 

「ボクが、タンクを選んだのは……かっこよかったからだ!」

「え? カッコいい? ジャスティスのおっさんか、それともグスタフ? 大穴でトマス爺さん?」

 

 目の前の男は、ジャスティスのHAの姿勢を真似して少年をからかう。だが、少年はそんな挑発には乗らなかった。

 

「……君が何をしようと、ボクは君にここを通らせない。仲間に、手出しはさせない……!」

「ははっ、できるもんならやってみろよぉ!」

 

 ゲラゲラと笑い、HAのため打ちをタンクに打ち込むヒーロー。その瞬間、少年のHPは全損し、ポリゴンへと変わった。

 

 #コンパスにおいて、デッキレートの差ほど恐ろしいものはない。

 だが、デッキレートの差以前の問題であることもある。

 

 ヒーローにとって得意でないカードを使ってしまっていること、カードの使い方を間違っていること、それに、カードのレアリティが低すぎること。

 

 少年のデッキは、初期デッキを変えることができなかったがために、『手持ち花火』、『チェーンソウ』、『ドリームステッキ』、『武器商人』と、見事にオールN(ノーマル)のデッキである。そして、使用しているヒーローの適性カードである連撃カードは、一枚足りともない。

 

 オールノーマルカードで、URデッキに勝利することは、まずできない。それでも、彼は絶対にあきらめない。

 

 絶望的な状況の中、リスポーンした少年は諦めることなく、ただただ前を見据える。その瞳の奥に、勝利を望みながら。

 

 その瞳の先にいる13は、どうしようもなく、ただ、気圧されているのを理解した。

 

__有利なのは、俺だ。その、はずなのに……!

 

 13はAポータルに触り、エリアを狭めていく。

 それでも、取りきる前に戻って来た秋葉にエリアを踏まれ、取りきることができない。

 

 執着にも近いタンクのその行動に、13は盛大に舌打ちをする。

 

「いい加減、諦めろよ!! てめえに勝ち目なんざないだろうが!」

「ああ、そうさ。でも、負けたくない。勝てるかもしれないのに、負けたいわけがないだろう!」

 

 バリアを張って叫ぶ秋葉。その瞳に、『諦め』の感情はかけらも見えない。

 そうこうしているうちに、残り時間はもう後数十秒になる。

 

「テメエのあきらめの悪さは認めてやる。だが、勝つのは俺様だ!」

 

 残り十秒。振り抜かれたフルークはバリアを貫通し、HPを消し去る。ポリゴンに変わって消えて行く秋葉。青ポータルは後2割で、足の遅いタンクでは、もう間に合わない。

 

 これで、勝ちだ。心はへし折れなかったが、試合上勝ちならそれはそれでいい。

 そう思って、急速にポータルの回収を進め__

 

 その時、突然、13の手が、ポータルから弾かれる。

 

「……は?」

 

 茫然とする13。彼が見たのは、デスサイズを背負い、二丁拳銃を持った、涙と鼻水でどろどろになった男。先ほどまで、戦闘放棄をしていた、ガンナーだった。

 

「テメエ……!」

 

 訳が分からず、13は、ぎっと情けない面のガンナーを睨む。

 しかし、ガンナーは恐怖で震える体をそのままに、涙声で叫ぶ。

 

「俺より小さい子が、俺より頑張ってるの見てて、何もできねえほど、落ちぶれたくないんだよ!!」

「クソがクソがクソがクソがクソが!!!!」

 

 いら立ちのまま叫ぶ13。ノックバック付きのHAで無理やりポータルから引きはがそうとしたその瞬間、ガンナーは引きこもっていた間に貯めていたヒーロースキル__【堕天変貌】を使用する。

 HSの無敵時間中は、攻撃ができない。同時に、秋葉相手に【フルーク】を使用してしまった13は、無敵時間が終わった後もガンナーをポータルから引きはがす手段がない。

 

__詰んだ。

 

 13が敗北を理解すると同時に、試合終了のアナウンスが響く。

 

『バトル終了です』

 

 だらりと二丁拳銃を地面に下げ13は、震える体で大鎌を構えるガンナーを茫然と見つめる。

 

 少年の無謀で命を捨てるような献身は、別の人間の勇気を、奮い起こさせたのだ。

 

__『チュートリアルスキップ:13†サーティーン†戦』

 勝者、青チーム 3-2

 ベストプレイヤー 秋葉(アキバ) ヨウスケ




【現在分かっている敵陣営情報】
キャラクター
 13†サーティーン†:ガンナー
 使用カード
 ・機航師弾 フルーク・ツォイク(UR)
 ・ドリーム☆マジカルスクエア(UR)
 ・連合宇宙軍 シールドブレイカー(UR)
 ・反導砲 カノーネ・ファイエル(UR)
 使用メダル
 ・ヒーロースキルゲージ増加量アップ+3(黄)
 ・ヒーロースキルゲージ増加量アップ+3(黄)
 ・ヒーロースキルゲージ増加量アップ+3(黄)


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馬鹿と阿呆と羊

前回のあらすじ
・サーティーン戦
・何度も立ち上がる秋葉の姿を見て、ガンナーがギリギリで自陣を守る
・青チームの勝利


 翌日、アズと一緒の部屋に泊まった私は、すさまじいノックの音とインターホンを連打する音に叩き起こされた。

 

「何、うるさい……」

「マジでアンタ何でそんなに油断できてるのよ……」

 

 今だ眠気でベッドの上をゴロゴロしている私に、いつの間にか刀を構えていたアズが呆れたように言う。いや、物騒だね???

 

 明らかに殺意あるアズをよそに、私はとりあえず、大あくびを噛み殺しながらモニター付きインターホンを確認する。

 

「はいどちらs」

『朝比奈ぁぁぁぁぁああ!!』

 

 インターホンのマイクどころかドアを貫通して響き渡る絶叫。そして、モニターいっぱいにうつったのは、生まれたままの姿をさらす忠臣。思わず、私は馬鹿みたいな声を上げていた。

 

「へ、変態だぁぁぁあああ!!」

「二人とも、うるさいわよ!!!」

 

 かなりご近所迷惑な三人分の大声があたりに響く。

 恐れるものなど皆無そうな恰好をした忠臣は、『変態』の言葉でこっちが何かを理解してくれたと思ったのか、ひきつった声を上げる。

 

『話が早い、さっさと扉を開けろ!!』

「開けるわけないでしょ??」

 

 構えていた刀を下げてあきれたように言うアズ。もはや警戒する理由もないと判断したのだろう。

 

 やけに焦ったような様子の忠臣に、私もつられてパニックになりかける。が、存外冷静なアズは眠たい目をこすりながら、追加で質問をする。

 

「とりあえず、二つ質問がある。一つ、朝っぱらから何があったの? もう一つ、何で全裸なの?」

『全裸……? いや、ふんどしは身につけているが』

「帰ってくれる??? できれば土に」

「一つ目の質問の内容次第にしてあげてよ」

 

 刀を構えばっさりと言い捨てるアズに、私は思わずそう言う。このあたりで、大分忠臣も冷静になって来たのか、インターホンにカメラが付いていることに気が付き、慌てだす。

 

『ま、不味い、朝比奈はともかく、もう一人は婦女子だったな。我の体はともかく、奴はマズい!』

「私はともかくって何? 喧嘩売ってる??」

 

 流石に不本意だった私は、表情を引きつらせて忠臣に言い返す。

 緑がかった黒髪を整える暇もなかったのか、若干寝ぐせのある忠臣は、少し考えた後、短く言う。

 

『とりあえず、部屋に入れろ。話はそれからだ』

「まず服を着てから出直してもらえるかしら。話はそれからなのよね」

『そんなことをしている暇があるように見えるのか?』

「大抵人の部屋を訪ねる時はそうしてからくるものなのよ!!」

 

 額に青筋を浮かべたアズが、忠臣の要求に対して言い返す。

 そうこうしているうちに、周囲の騒音に気が付いたらしい向かいの部屋が扉を開ける。出てきたのは、寝ぼけたままのサーティーンだった。

 

『何だよ、朝っぱらからうるせえな……うわっ?!』

『お、13! 貴様に我を匿う名誉をくれてやろう!』

『近寄んな、金とるぞ!!』

 

 全力で扉を閉めようとする13よりも先に忠臣がドアに足を挟む。素足だったようで普通にダメージボイスが聞こえてきていた。なんだか酷いことになってないか?

 

 そんな混沌とした状況の中、ずいぶん遠くから、聞き覚えのある声が、まるで地の底から這うように聞こえてきた。

 

『目覚めるなりワテクシに近距離カードを使用してきたバットチェリーパイは、どこに居るのかしらー?』

『ぬっ……! 眠っている我の部屋に無断で侵入したのは、どこのどいつだ!! しかも、我の布団に忍び込みおって……!』

 

 怒鳴り返す忠臣。

 聞こえてきた声に、13は思い出したようにカードを切る。

 

『ハッ、隙だらけだ!』

『ええい、貴様のステータスならギリギリ耐久出来るわ、たわけが!』

「マジかよ総帥、気合いでフルークの吹っ飛ばし耐えやがった」

「そんなことできるの?」

 

 私の心からの感想に、アズは心底あきれたようにつぶやく。

 アタッカーにしては耐久のあるステータスの忠臣に、13はひきつった声を上げる。

 

『畜生、【シールドブレイカー】使っておくべきだった!! つーか、いい加減ドアから手ェ放せ! 壊れるだろ!』

『我を匿う名誉をくれてやると言っているだろうが!』

『馬鹿みたいに上から目線だな?! 友達いないだろ?!』

『少なくとも盟友はいるぞ!!』

 

 馬鹿みたいな喧嘩をする二人。哀れなのは、彼ら二人のほぼ全力の引っ張り合いに巻き込まれている玄関ドアである。君ら、攻撃ステータス高めなのだから、ちょっとは手加減してあげたら?

 

 そんなことをしている間に、地の底を這うような声が、近づいてくる。

 

『バットチェリーパーイ……!』

『ええい、こうなれば、貴様も巻き添えだ!』

『俺様はマジで関係ないだろ!!』

 

 叫ぶ13。しかし、そんな彼も、廊下を見た次の瞬間、間の抜けた悲鳴を上げた。

 

『ワン、トゥ、オラァァア!!』

 

 すっ飛んできた沈黙効果の遠距離攻撃が、外開きの扉をぶっ飛ばす。サイレントがかかるギリギリで【ガブリエル】を使用できたらしい忠臣は、何とか耐久に成功する。

 

 しかし、声の主……ポロロッチョのヒーローアクションを、忘れてはいけない。

 

『__ベイビー、まるでチェリーパイね?』

『ぐっ……!』

 

 突然背後から現れたポロロッチョ。そう、ポロロッチョのHAの背後転移攻撃だ。ターゲットマークの付いた忠臣は、数秒間ノーダメージでポロロッチョから逃げ切るかキルをされるかしない限り、このターゲットマークが消えることはない。

 

 そして、カードクールタイム速度+9のメダル効果は、先ほどのサイレント攻撃で無意味になった。……いやもう、こんな戦術的なあれこれは何もなかったことにしていいだろう。少なくともそれ以上に衝撃的なことを私は目撃してしまった。

 

「うわ、全裸ァァア!」

「ま、眩しくてよく見えないけど裸なのはわかった!!」

 

 __そう、忠臣を追いかけていたのは、ヘアセットとお化粧は完璧に済んだ状態の、ポロロッチョだったのだ。

 

 

 

 

 数分後、あまりのうるささにガードロボを伴ってやって来たvoidollにキレられ、ほぼ全裸二人が廊下に正座をさせられるという地獄のような状況が2,3時間続き、ようやく事情聴取から解放された私とアズは、とりあえず玄関を大破させてしまったお向かいさんに謝罪をしに行くことにした。

 

 少なくとも、お向かいさんの住人は13であることは分かっている。誰かの仲間になっているのなら、同室の人もいるかもしれないが。

 

 壊れたドアがぶら下がる玄関横のインターホンを押し、家主が出てくるのを待つ。

 

 部屋の奥から「はーい」という返事とともにやって来たのは、13ではなく色白の少年だった。

 

「えっと、どちら様ですか?」

「すみません、向かいの住人です。今朝は本当にすみませんでした。」

 

 頭を下げて謝罪するアズ。つられて頭を下げる私に、向かいの少年は、困ったように笑って言う。

 

「僕は特に何もなかったので、大丈夫ですよ。サーティーンはまだvoidollとやり取りをしているみたいで帰ってきていませんが……」

「あとで彼にも謝罪します。あのアホ総帥が何かほかに壊したものとかありますか?」

 

 丁寧な対応をするアズに、私は思わず尊敬の念を隠し切れず、口元に手を当てる。

 私の方を見てもいなかったはずのアズは、ノールックで私の脛を蹴って来た。マジか痛い!!

 

 そんな私たちのくだらないやり取りを見て、色白の少年はあいまいに微笑んで言う。

 

「えっと、特には無いはずですね。あと、その、勘違いだったら申し訳ないのですが……」

「どうしました?」

「もしかしてなのですが、asさんと、ミツルさんですか?」

 

 その質問に、私は思わず目を丸くする。

 

「え、何で名前を?」

「えっと、僕は『眠り羊』です。」

 

 こうして、私たちは、いつものゲーム友達と再会したのだった。

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

 ため息をつき歩くのは、巨大なタンクを背負った男。戦場ではないため、排気口から毒が漏れることはないが、腕に巻き付いたチューブには紫色の靄がうごめいていた。

 

 ……多くのヒーローは、勝者のうち一人を選んで仲間となることを選んだ。しかし、このタンクは、チュートリアルをスキップした人間どころかきちんとチュートリアルを受けたプレイヤーまでもを殴殺し、全ての試合で勝利を収めてしまったため、単独行動をしていたのだ。

 

 __まだ、絶望が足りない。

 

 一足先にバグの処理を行い始めたそのヒーローは、機材のメンテナンスを行うために、自室へと向かう。

 ふと、彼の脳裏に、同名相手の顔が思い浮かぶ。

 

 彼ならきっと、己と同じように向かい来る敵をなぎ倒し、仲間を作らずにいるかもしれない。

 バグの対処は己一人でもどうにかならないわけではないが、人数は多いに越したことはない。ついでに、タイマンに強い彼と、範囲攻撃が得意な己となら、効率よく敵を排除できるだろう。

 

 そう思った彼は、少しだけ軽い足取りで廊下を進む。

 

「む?」

 

 ふと、己の視界の端に、言い争うvoidollと13の姿が映る。

 

「ふざけんなよ、マジで何なんだよあの総帥は!!」

「ソレハ 私ノ せりふ デスガ……トモカク、賠償金二1億BMヲ オ渡シスルコトハ デキマセン」

「けちけちすんなよ、それくらいいいだろ?」

 

 総帥。己の同名相手の渾名でもあるその名前を聞いたヒーローは、思わず二人に問いかける。

 

「忠臣がどうかしたのか?」

「お……? ああ、グスタフか。お前の同盟相手、どうなってんだよ。朝っぱらから俺の部屋のドアをぶっ壊していきやがって!」

「……何かお前がいらないことをしたのではないのか?」

「俺は悪くねえ!」

 

 朝から戦いっぱなしだったヒーロー……グスタフは、まるで状況がつかめずに首を傾げる。目の前の13は苛立った様子で額に青筋を浮かべており、手には包帯がまかれている。

 

 とりあえず、何かあったのだろう。何があったのかはわからないが。

 だがしかし、わかることはある。

 

「忠臣の居場所を知っているか?」

「……うん? お前さん、廊下通ってたなら、見たんじゃねえの?」

「すれ違ったか?」

「いや、違う。ほら、あそこ」

 

 そうやって13は、先ほどグスタフが通り過ぎた道を指さす。そこにいたのは、ふんどし一枚で『私は朝から大きな音を立てた上に器物を破損しました』という札を首から下げて正座をしている誰かの姿。

 

 隣には、忠臣が首に下げている札__こっちの札には『私は忠臣の居室に不法侵入した上に器物を破損しました』と書かれている__で光り輝く股間部分を隠したポロロッチョが同じく正座をしている。なお、彼(彼女)は一糸まとわぬ姿である。

 

 ……なにも見なかったふりをしたが、一度認識してしまうと、理解せざるを得なかった。

 

「……この世は絶望に満ちているな」

「本当二、 ソウデスネ」

 

 訳の分からない状況に、グスタフは頭を抱えてつぶやいた。voidollは大きく首を縦に振って、彼の独白を肯定した。




【恐れるものなど皆無そうな恰好】
 あのコスチュームを作った運営は、最高に阿呆だと思う(誉め言葉)


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レッツバトル

前回のあらすじ
・茶番回
・グスタフとニアミス


 全裸ドア破壊事件という地獄のような事件のあと、私たちは残りの細かいチュートリアルを受講し、いざ実践として一番弱いバグの討伐を行うことになった。

 

 流石にバトルとなれば衣装は着替えるらしく、『恐れるものなど皆無』な恰好からいつもの緑の軍服に着替えた忠臣は、無機質な金属製の机を指でトントンと叩きながら、私に向かって言う。

 

「で、何故バトルだというのに、バトルエリアに向かわないのだ?」

「事前情報もらえるのに、対策しないアホってあんまりいなくない?」

「ほう、我を阿呆だと?」

「対策する気なかったんか総帥」

 

 そんなことを言い合う私たちが今いるのは、ドアを修理中の眠り羊……ヨウスケ君の部屋の中にいる。ドア破壊犯の忠臣とポロロッチョを胡散臭い目で見ながら椅子で足を組んでいる13は、2丁拳銃をコツコツと指で叩きながら、私の方をじろりと見る。

 

「何で俺様の部屋で会議してんの? よそでやれよ」

「ミツルと忠臣は食堂出禁で使えないし、廊下を占領するのもマナー違反じゃない。私たちの部屋は女子の部屋だからって遠慮されたし……」

「我の部屋は機密書類が詰まれているからな。一般人を踏み入らせるわけにはいくまい」

「ワテクシの部屋なら大歓迎なのだけれども、総帥様が嫌だって駄々こねてねェ……」

 

 部屋から緑茶を持ち込んだアズはそう言って首を横に振る。

 ヨウスケと13の部屋は、基本的に13の荷物が大部分を占領しているらしく、大量の段ボールが置いてある。中身はエナジードリンクやら未開封のチップやらが雑多にしまい込まれているようだ。

 

 ベッドルームは別部屋であるため、二人の部屋は見えない。が、ドアが開きっぱなしだった13の部屋は荷ほどきし終わっていないらしい段ボール箱がいくつも重ねられていたのが見えていた。

 

 不服そうな13に申し訳なさそうに微笑んだヨウスケは、体の大きさ程あるハンマーをそっと壁に立てかけながら、改めて金属製の机の上に広げた紙を覗き込む。

 

「とりあえず、今回のバトルについての話し合いをしましょうか。敵編成はアタッカーが2、タンクが1で接近型が多い印象ですね」

「使用可能カードはNからURまで。デッキレベルは双方20レベル固定。コラボカードは使えんようだな」

 

 忠臣は二人掛けのソファを一人で占領するように腰かけながら、書類をつまみ上げる。横柄で傍若無人な行動ながら、彼がすると様になるのは、顔がいいからに他ならない。

 

 土産として持ってきたクッキーを食べながら、13は首を傾げる。

 

「アタッカーは両方ヒーロースキルもアビリティもアクションも無し。タンクだけ周囲に回復を与える効果をアクションとして持っている、か。向こうが使えるのは通常とカードだけって、俺たちには結構ヌルゲーじゃねえか?」

「その代わりにどの子もHPが1.5倍みたいよ。結構ハードなチェリーパイなのかしら」

 

 派手な衣装をまとったポロロッチョはそう言って顎に手を当てる。バグたちは何かのヒーローをモデルにしているのか、攻撃の間合いはある程度規則性がありそうにも見える。しかし、資料を見る限り、ステータス倍率はおかしなことになっていた。アタッカーで体力倍率が1.5のキャラクターは確かいなかったはずだ。

 

 アズは紙を覗き込みながら口を開く。

 

「今回は遠距離攻撃ができる人中心でチームを組んだ方がいいと思う。具体的には、ガンナーは絶対必要ね」

「カード編成の紙どこだ? 敵のカード確認できたよな」

「我が持っている。アタッカーの一人が連撃、連撃、回復、ガード、もう一人が近距離、近距離、回復、ガード、タンクは転移、回復、回復、強化だな。カード名はわからん」

 

 忠臣はそう言って敵陣営の上方の乗った紙をテーブルの一番上に置いた。その紙を覗き込んでみると、写真が三枚横並びに張り付けてあるのが分かった。

 

 写真を見てみる限り、バグは黒いマネキンのような見た目であり、アタッカーは小柄なアタッカーと、大柄で何か細長い棒のようなものを持ったアタッカー。そして、先が槍になった大きな旗を持ったマネキンの姿が映っている。

 

 三枚横並びに張り付けられた写真の下には、それぞれのロールやステータス、特徴などと一緒にカード編成が4枚並べて書いてある。

 

 具体的なカード名は書いていないが、バグたちのカード編成はなんとなく理解できた。

 グレーの4つ並んだ四角に指をあてながら、私は推測する。

 

「タンクの転移はドアかな? 多分回復はポータル回復のミロ―ディアか全体回復が入っていそうだよね。連撃のアタッカーはどっちかの連撃に貫通は入っているはず」

「タンク以外全員にガードが入っているなら、カノーネを入れたほうがよさそうね。タンクの強化は全体強化かしら? それだともしキルしてリス地に送り返しても、援護される可能性が高いわね」

 

 アズは緑茶をすすりながら言葉を紡ぐ。そんな彼女に、13は問いかける。

 

イデア(バフ消し)入れるか?」

「そうね……タンクに持続回復もありそうだし、余裕があったら検討でいいんじゃないかしら。」

「マストはカノーネ、アタッカーの近距離にカノーネ入ってそうだし、貫通連撃警戒目的でカウンターがあると良い感じ、ですかね?」

 

 ヨウスケはそう言ってクッキーをポリポリと食べる。

 そして、私はバトルエリアとなる場所……立体交差点のエリア図面を引き出し、最終確認作業を行う。

 

「メンバーは、13は確定として、後誰行く?」

「ワテクシはイデアとの相性イイから、参戦しようかしら。タンクにガードが入っていなければ、ただのカモよ♡」

「あとは、スプ来いよ。貫通連撃入ってんなら、ジャスティスモデルのソイツよりも、足で避けられるスプの方がいい」

「おっけ、13、ポロロッチョ、私ね。スプリンタータンク編成にしておくかぁ」

 

 全員でそう同意した後、忠臣はちらりと残りの二人を見て、声をかける。

 

「我はバトルには出れないのか。なら、そこの二人。我とともに木っ端みじんの雑魚どもを蹴散らしに行くぞ!」

「アタッカー2人だとちょっとバランス悪くないかしら?」

 

 狐ヶ崎甘色に転向したアズの指摘に、忠臣は首を横に振って言う。

 

「妖華穿突刃とドアがある。我が擬似スプリンターをすればいいだろう」

「ドア二枚ですか……偏ってはいますが、あんまり無茶苦茶な敵じゃなければ何とかなりそうな感じがしますね」

 

 ハンマーに座ったヨウスケはそう言って忠臣の言葉に賛同する。忠臣が二人掛けのソファを一人で占領しているため、椅子の数が足りなかったのだ。

 

 クッキーをかじり、私は口を開く。

 

「なら、メインのバグ戦は私たちが、メイン級じゃないバグ掃討の手伝いを3人が、って形で別れようか。」

「まあ、負けてもvoidollの保護システムが働く。死にはしないから、あまり気張りすぎるなよ。」

 

 ソファに思いっきりもたれかかり、手をひらひらと振って言う13。その言葉に、私は親指をぐっと立てて言う。

 

「オッケー、死なない程度に頑張るね。」

「貴様はできるだけスポーンして来い。生き汚すぎる。」

「あー、あー、何も聞こえませーん!」

「……voidollにデッキロックされたのが悔やまれるな。今すぐにでもフルークを振り回したい気分だ。」

 

 あきれたように言う忠臣から全力で顔を逸らし、私は逃げるようにさっさと椅子から立ち上がる。そんな私にアズは頭を抱え、ヨウスケも苦笑いする。

 解散ムードになった全体に、鞘の付いた日本刀で床をついた忠臣は、不敵な笑顔で宣言した。

 

「愚者に死を、我に勝利を。出陣!!」

「さー、いえっさー!」

 

 こうして、私たちは、それぞれの戦いに向かって行った。




【現在分かっている敵チームの情報】
・アタッカー(モデル:???)
 近距離 近距離 回復 ガード
・アタッカー(モデル:???)
 連撃 連撃 回復 ガード
・タンク(モデル:???)
 転移 回復 回復 強化

バグによる試合条件
・カードは恒常URまで
・デッキレベルは双方20レベル固定
・敵陣営のステータスはどのヒーローをモデルにしているに関わらず、体力は1.5倍固定


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VS バグLv.1@ぐれーとうぉーる(1)

前回のあらすじ
・作戦会議
・13、ポロロッチョ、朝比奈の三人でバグ討伐に挑戦


 私とポロロッチョ、13の三人は、voidollの指示に従い、黒と紫に染まったポータルの描かれたパネルの前に移動する。

 この空間にはちょうど少し大きめの玄関ドアくらいの大きさのパネルが大量に浮かんでおり、現状はそのパネルの7割近くが紫と黒に染まっている。他は赤か青だ。

 

「本日ノばとるハ コチラノ 入リ口ヲゴ利用クダサイ」

 

 空中をぷかぷかと浮かびながら、流線型の手でパネルを指し示すvoidollに、13は二丁拳銃を持ったまま首の後ろに手を組みながら、軽口をたたく。

 

「へいへい、わかりましたよ。報酬は1億ビットマネーで良いぜ?」

「れべる1ノ ばぐデスノデ、報酬ハ一体アタリ 10万BMデス。三体同時出現ナノデ、一人当タリ 10万BMデスネ」

「けちけちすんなよォ、もうちょっと増やしてくれたっていいんだぜ?」

「貴方ダケ、れべる3ニ挑戦シマスカ? オソラク イブツ ガ でりーとサレルダケデショウガ」

「そいつは勘弁させてもらおう」

 

 肩をすくめて言う13。その言葉に、私は思わず問いかけた。

 

「そう言えば、説明でちらっと聞いたけど、レベル3のバグってどんなの? そんなにヤバいの?」

「ヤバいっつーか、まあヤバいんだが……」

 

 私の素朴な質問に、13は困ったように言う。

 見かねたポロロッチョが、困ったように微笑んで私の疑問に答えた。

 

「突然やって来たバットチェリーパイなのだけれども、あの子ったらとんでもないルール破りの苦いチェリーパイでね。バグをまき散らしたかと思ったら、いきなりシステムロックを始めて、バトルに敗北したヒーローを次々使用不可能にしたの。だから、voidollの手元に詳細なデータの残っていたオリジナルヒーロー以外のヒーロー……コラボヒーローたちは軒並みロックされちゃったみたいでね。その影響で、コラボカードも使えないみたいなの」

「詳細データの少なかった新規ヒーローも一部ロックされてるみたいだぜ。あんまりたくさん戦った相手じゃねえから、記憶に残ってねえけど」

 

 ポロロッチョと13の補足説明に、私は小さく頷く。強力なカードもあったから、少し残念だけれどもね、とつぶやくポロロッチョに、13も同意するように頷いた。

 なるほど、今のところ兵長だとかデズだとかを見ないのは、そもそもコラボヒーローが今回のバグ討伐に参加できないからか。

 

 そんな雑談を行っている間に、voidollは「ソレデハ ヨロシクオネガイシマスネ」と言って空中をすさまじい速度で飛んでいった。ゲームで見るよりも移動速度が速いような気がする。

 

 私は改めて、紫色のポータルが描かれた黒色の画面の前に立つ。

 

「ステージどこだろうね」

「……つっぺる工事現場じゃなけりゃどこでもいい」

 

 肩をすくめた13は吐き捨てるように言う。聞いた話によると、13はヨウスケとつっぺる工事現場で戦闘し、敗北したらしい。ちょっとトラウマになってんじゃん

 

 ポロロッチョはニコニコした表情を浮かべたまま、今回の作戦を反復する。

 

「開始直後、サーティーンちゃんは二陣に、朝比奈ちゃんは一陣に移動。敵タンクがCにドアを使用したら、ワテクシがアミスター使って背後転移で仕留めるわ♡」

「りょーかい。体力倍率があるから、朝比奈はアタリくんのHSを有効活用しておきな。敵の前でうろうろしてるだけで火力支援になる」

「へーい。13も適宜シールドブレイカーよろしく」

 

 そんなことを言い合いながら、私たちは、紫色のポータルマークに手を伸ばした。

 

 __一瞬視界が歪み、やがて真っ黒な世界に飲み込まれる。voidollの強制転移とは異なる、気分が悪くなるような強制移動だ。

 

 そうして、私たちは、バトルエリアに転移した。

 

 

 

 

 水の落ちる音が、響く。

 目を開けると眩しい太陽の日差しと、少し遠くにそびえたつ壁が見えた。足元は青色のエリア。壁の中央には、Cポータルが一つ。間違いがない。ここは、グレートウォールだ。

 

「お、今回は俺がアイサツする番か。つっても、今部屋にドアが無いから、鍵もクソもねえんだよな……」

 

 リスポーン地点の中央で、13が頭をかきながらつぶやく。そんな彼に、私は思わず首を傾げた。

 

「え? もうドア直ってるでしょ。ヨウスケが新しい鍵持ってるの見たよ?」

「おいマジかよ! 鍵かけ忘れてんじゃねえか!!」

「いえ、ヨウスケちゃんがしめてるはずだから、むしろ締め出されているのじゃないかしら?」

「畜生!!」

 

 ポロロッチョの冷静な指摘と、地団太をふむ13。これがキャラ紹介場面ってマジ?

 そんな私たちとは反対に、赤エリアのいびつなマネキン三体は、うねうねと不気味にうごめき、形を変貌させる。

 

 三体のうち、後ろ二体はそれぞれ巨大な二枚刃のチェーンソーと真っ黒な氷でできた剣を持った姿に代わる。モデルは双挽乃保とアダムだろうか?

 

 そして、三体のうち一番前にいたマネキンの手に、旗が握られる。真っ黒に塗りつぶされてよくわからないが、おそらく、タンクのジャンヌダルクの旗だ。

 

「……ヒーローの能力を使えるのは、参加者(プレイヤー)だけじゃないってことかな?」

「だろうな。しっかし、ジャンヌモデルか……あいつアビリティ使えたっけか?」

「資料には何も書いていなかったはずよ」

 

 13の疑問に、ポロロッチョは肩をすくめて言う。明確にHAもHSアビリティも使えないと分かっているのは、アタッカーの二体だけだ。

 

 ジャンヌのアビリティは『私が死んでも あきらめないで』という自身の死亡時に味方のHPを全回復させるというものだ。#コンパスでは何回デスしても復帰することができるため、倒さなければHAで味方を回復させられ、倒せば削っていた敵のHPが全回復してしまうというなかなか厄介なアビリティである。

 

「ジャスティスならシールドブレイカーがよく通るし、そっちの方がよかったんだが……」

 

 ぐっと眉を寄せて言う13に、私は軽く手を振って言う。

 

「妨害カードがないだけマシだと考えようか。どうせ倒すだけだよ」

「……いいなその考え。乗っからせてもらうぜ」

 

 何故かわからないが、凶悪な笑みを浮かべ、13は前を向く。

 その時、アナウンスが流れ始めた。

 

『ブルーチームの皆さん、準備はよろしいですか?』

 

 例の無機質なアナウンスの声に、13は笑顔で親指を立てる。

 

「良いぜ、とっとと始めな」

「失礼よ、サーティーンちゃん。いつでも大丈夫よ♡」

「準備オールオーケー!」

 

 13のサムズアップにつられて、私とポロロッチョも親指をたてる。全員が不敵な笑みを浮かべているようだ。……多分私も、ここに鏡があったら不敵な笑みを浮かべているのが見えただろう。

 

『バトルの始まりです』

 

 アナウンスのその言葉が聞こえた瞬間、赤チームと青チームの両チームが、リスポーンエリアから飛び降りる。……否、一人、赤チームのタンクだけはリスポーンエリアから『どこでも行けるドア』を使用し、直接Cエリアへテレポートした。

 

「御旗ヲ掲ゲヨ」

 

 無機質な発声の直後、『Cを奪われました』というアナウンスが響き渡る。しかし、その直後、ポロロッチョのカード『紅薔薇の副団長 アミスター』が炸裂した。

 

「クッ、ウウッ……」

 

 ポータルキーの周囲に対しスタンを行うその攻撃をまともに食らったタンクのバグは、スタンボイスを上げる。

 

「流石に回収前に刺すのは上手くいかなかったわ……美しくないわね」

「そんなこと言ってる暇あったら、敵と合流される前にとっととタンク溶かせ! 【シールドブレイカー】!」

「わかってるわよ、チェリーパーイ♡」

 

 二陣のBエリアに向かって走りながら、そう言う13に、ポロロッチョは心底楽しそうにHAの背後転移攻撃を行う。ポロロッチョのHAの条件は、敵にダメージを与えること。アミスターのようなポータル攻撃でもヒットさえさせれば、ターゲットにすることができるのだ。

 

 改めてすごいヒーローアクションだよな、と思いながら、私は自陣一陣のAポータルに触れる。

 

『Aを獲得しました』

『Eを奪われました』

 

 連続してアナウンスが響き、どちらのアタッカーがとったのかまではわからないが、敵が一陣を確保したのを理解する。足の速さから、少し遅れて13がBポータルを確保。数秒遅れて、敵二陣のDポータルが奪取されたというアナウンスが響く。

 

 そして、ほんの少し遅れて、ポロロッチョの勝利の雄叫びが聞こえてきた。

 

「ヘイカモーン♡」

『ブルーチームが敵を倒しました』

 

 同時に響く無機質なアナウンス。そう、#コンパスのゲームは、3分間という超短時間での勝負で、コロコロと変化する戦況もかなりの魅力である。……逆に言うと、序盤に有利をもぎ取っても、逆転負けすることもある、ということなのだが。

 

 バグタンクが回収してすぐに背後転移攻撃をしたため、そこまでポータルが広がっていなかったのだろう。数秒後にはポロロッチョがCポータルを獲得した旨のアナウンスが流れた。

 

「ここまでは完全に想定内。__こっから、一気に行こう!」

「お前待ちだけどな」

「それは言わない約束じゃない?」

 

 Bポータルを確保した後、ポータルをむやみに広げないようにAポータルへ移動した13は、既にHSを貯めたのか、体が薄く発光している。今回はヒーローを近づけさせないために、ガンナーメインで戦闘を行う予定なのだ。

 

 とはいえ、スプリンターだというのに真っ先にAポータルを回収させてもらえれば、かなりのスピードでヒーロースキルゲージは溜まる。もうすでにあと半分だ。

 

「サーティーン、アタッカーが来てるわ。念のため、前線移動よろしくね♡」

「了解だ!」

 

 壁の上から声をかけてくるポロロッチョの言葉を聞き、13は前線へ移動する。私もさっさと向かいたいところだが、これからの計画に、私のHSは必須だ。ここは我慢だ。

 

 Cエリア付近では、やって来たアダムみたいなバグとタイマンをしているポロロッチョ。13もCエリアへ向かっているが、おそらくバグノホもどきの到着に間に合うか間に合わないか、というくらいだろう。

 

 Aポータルを広げきり、Bエリアを踏んだところで、HSゲージがマックスに溜まる。

 

「ヒーロースキル切ります!」

 

 そう宣言してから、私は右手のスプリンターの模様に触れ、ヒーロースキル【モンスターサーカス】を発動させる。

 このヒーロースキルは、自分の周囲にドットのモンスターを展開し、周囲に自動攻撃を行うというものだ。一定以上のダメージを喰らうと自動で解消されてしまうが、逆に言えば、ダメージさえ喰らわなければ半永久的にモンスターサーカスは展開されたままだ。

 

 敵に即死HSを使う者がいると時々詰むのだが、今回のアタッカー二人はHSの使用はできない。カード攻撃と通常にだけ気を遣うだけで済むのだ。大変ありがたい限りである。

 

「目指せ5-0完全勝利!」

 

 私は不敵に笑んで、レンガ造りの地面を走り出す。

 状況は、完全に青チーム有利だった。




【現在の試合戦況】
 3-2 (青チーム有利)
Aポータル 青(MAX)
Bポータル 青(3割)
Cポータル 青(MAX)
Dポータル 赤(6割)
Eポータル 赤(4割)

【現在分かっている敵陣営情報】
 バグ(モデル:ジャンヌ):タンク
 使用カード
 ・どこでも行けるドア (UR)
 ・回復(不明)
 ・回復(不明)
 ・強化(不明)
 バグ(モデル:アダム):アタッカー
 使用カード
 ・近距離(不明)
 ・近距離(不明)
 ・回復(不明)
 ・ガード(不明)
 バグ(モデル:ノホ):アタッカー
 使用カード
 ・連撃(不明)
 ・連撃(不明)
 ・回復(不明)
 ・ガード(不明)


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