煉獄さん生き返れ生き返れ (ヨフカシACBZ)
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煉獄さん

二次創作の呼吸・壱の型

『勢任書捨』


「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

薄暗い部屋の中、スマホの画面が点灯する。

 

『着信57件』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

『無断欠勤三日目……流石に擁護できん。君はクビだ』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

『君は真面目な部下だと思っていたが……一体何があったんだ?相談してくれれば私も……』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

『ちょっと!彼女ほったらかしにして一週間って酷くない!?もうイヤ!別れて!!』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

『よっ、最近飲みに行ってねえよな。暇なら一緒にどうだ?ほら、先月行った……』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

『たかし元気?りんごを送ったから食べてちょうだいね。身体にいいから。……忙しいとは思うけど、三ヶ月に一回くらいは連絡くれると、母さん嬉しいな』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

ドンドンドン!

 

『ちょっと○○さん!?居るんでしょ!?半年も部屋から出てないでしょ!?お家賃はもらってるけど、顔くらい出して……』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

『警察の者ですけどもー。部屋から異臭がするということなので、ちょっと開けさせていただぎますねー?』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ」

 

ガチャッ……

 

『うっ……なんだこの臭いは……ガスか?』

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ生き返れ生き返れ生き返れ生き返れ」

 

『奥の部屋から何か……』

 

「生き返れ煉獄さん生き返れ煉獄さん煉獄さん生き返れ煉獄さん」

 

『○○さーん、こんにちはー。いますかー?』

 

カチャ キィィ……

 

「生き返れいききききいきっぃききぃっきききき煉獄すすすすすすすわわわわわんれんごっ」

 

『○○さん!?大丈夫ですか!?それにこの臭いは……!?』

 

「れんごくさんれんごくさんれんごくさんれんごくさんれんごくさんれんごくさんれんごくさんれんごくさん」

 

カチッカチッカチッカチッ

 

『この臭い、やっぱりガスだ!危険ですよ!○○さん!』

 

「れれれれれれれれれれれんごっごごごごごごおごごごごぐぐぐぐぐぐざざざざざざざ」

 

『!?それは、ライター!?まさか!!!!』

 

「いのちをおおおおおおおおお!!!!

燃やせえええええええええええ!!!!

れんごくさああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

『やめろおおおおおおおおお!!!!』

 

シュボッ

 

ガスに満ちた部屋は大爆発を起こした。

 

警官は水道管が破裂したことで火傷を免れ、軽傷ですんだ。

 

部屋の主である男は、死んだ。

 

 

ーーーーーーー

 

『この世界を企業に例えるなら、『人間』は部下、『神』は上司だ』

 

「煉獄さん……」

 

真っ白い空間に男は立っていた。

先程までの薄暗い部屋ではない。

 

神は語る。

 

『とはいえこの企業はブラックじゃあない。部下の意見はちゃんと聞くし、採用する。風通しのいいホワイト企業さ。終身雇用だし』

 

「煉獄さん……」

 

『ただまあ、自主性を認めるとはいえ、やっぱり企業なわけだから、何かする時は上司に一言入れて欲しいんだよね。報告、相談、連絡のほんれんそうは聞いたことあるでしょ?』

 

「煉獄さん……」

 

『世界を変えるのはいいことだ。部下の成長を大いに喜ぼう。この企業をどんどん変化させていこうじゃないか。君は奇跡を起こす力を持った人間だった訳だ』

 

「煉獄さん……」

 

『異世界転生。まあ神にとっては人事異動でしかない。適材適所さ。君は『鬼滅の刃』の世界に異動した方が能力を発揮できる』

 

「煉獄さん……」

 

『そこで好きなだけ原作に介入するといい。推しキャラを生存させるも良し、オリジナルの呼吸で無双するも良し、ヒロイン複数を囲んでハーレムルートも良しだ』

 

「煉獄さん……」

 

『でも最近の人間は信仰心がないよねぇ。せっかくの奇跡をおこす力を、異世界転生にばっかり使ってさあ。昔の人間はもっと、魔術的な儀式で神に語りかけて、コミュニケーションを取ろうとしてくれてたのに』

 

「煉獄さん……」

 

『ほんと、悪夢みたいだよ』

 

「……え」

 

男はゆっくりと顔をあげる。

するとそこには、燕尾服を来た青年が立っていた。

顔には特徴的な痣が出ている。

 

「……魘夢?」

 

『うん?ああ、この姿ね。君の記憶から適当に姿を借りたんだよ。君が認識しやすいように。君の記憶に強く残ってた、無限列車編?に出てくる魘夢?というキャラクターのね』

 

「…………煉獄さん」

 

『すーぐそうやって自分の殻に閉じ籠る!

君はこれから鬼滅の刃の世界に転生できるんだよ!?その煉獄さんとやらが死ぬ前の時点に!

君も相当の強者として転生できるんだから、煉獄さんとやらが死なないように原作介入すればいいじゃないか』

 

「煉獄さんは」

 

『うん?』

 

「煉獄さんは死んだ」

 

『うん。だから、死なないように』

 

「煉獄さんは死んだんだ」

 

『いやいや、生き返ってるんだって。これから……』

 

ドスッ

 

神の脇腹に包丁が突き刺さる。

 

『あえっ……?』

 

「煉獄さんは」

 

男が突き刺したのだ。

 

「煉獄さんが生き返る訳ねええええええええええええだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

『はあああああああ!!!??』

 

ズボォッ!!

 

乱暴に包丁を引き抜く。

 

『うげええええええ!!!』

 

苦しそうに身体をくの字に居る神。

吐血しながら、男を睨みつける。

 

『おまっ、おまお前が生き返れって言ったんじゃないか!生き返って欲しいんだろう!?君にはそれを実現する力がある!君は選ばれた人間なんだ!』

 

「スゥゥゥゥゥーーー

フゥゥゥゥゥーーーーー」

 

男は肺から空気を吐き出す。

 

「鬼め」

 

『は?』

 

神すら追い付かない、包丁を持った男の言葉と思考。

 

「お前は神なんかじゃあない。鬼だ。俺は騙されんぞ」

 

『いや……いやいやいやそこ疑う!?

普通異世界転生ものって、神様の言うことはいはい軽く流して、手早く転生するもんじゃないの!?最近の子はそういうのがいいんでしょ!?』

 

「人を生き返らせるなんて甘言で道を誤らせる……まさに鬼のやりそうなことだ」

 

『あ、もうロールプレイング始まってるんだね!?すっかり鬼殺隊に成りきってる訳だ!ああーーそう!ならそう言ってくれれぶ』

 

ザシュッ

 

神の頸に包丁がめり込む。

 

「煉獄さんは死ななきゃいけない。だから、それを拒むお前は、死ななきゃいけない」

 

『なん……で……?』

 

ドボドボと吐血し、出血する神。

 

突然だが、コミュ障には陰と陽が存在する。

陽のコミュ障とは、自分の意見を通しきる、心に一本の芯が通った者のことである。

こちらは言葉数が多く、普通に会話もできる。明るく前向きな意見を多く述べるため、自然と良好な人間関係を築いていける。

原作で言うなら竈門炭治郎である。

 

一方、陰のコミュ障とは、あまりにも言葉数が少なく、真意を伝えられない者のこと。

伝えられないだけならともかく、湾曲して伝わったり、相手の理解を妨げることも多々ある。

原作で言うなら冨岡義勇である。

 

さて、神を包丁で刺した男は、間違いなく陰のコミュ障であった。

 

彼の言いたいことは簡単に説明するとこうだ。

 

煉獄さんは人が死ぬことを受け入れていた。

死を拒むことは人の道を外れることであり、人を生き返らせるのは良くないことである。

つまり煉獄さんを生き返らせることは良くないことだ。

しかし自分は煉獄さんに生き返って欲しい。

ジレンマを抱えている。

ならば時間を巻き戻し、異世界転生し、煉獄さんを死の運命から開放すればいいのか?

 

答えは否だ。

何故か?

 

男こそが、煉獄さんの死が無くてはならないものだと理解しているからだ。

 

煉獄さんの死こそが主人公達を強くし、あの作品の世界観を強く再認識させてくれた。

煉獄さんの言葉の重みを実感させてくれた。

 

煉獄さんの死は覆すことができない。

 

男が生きている限り、男は煉獄さんが生き返る未来を望まない。

 

ならばどうするか?

 

なんてことはない。

 

自分の記憶を消した上で、世界を崩壊させ、煉獄さんと煉獄さんが好きな自分だけを再構築する。

記憶を消した状態で煉獄さん生存二次創作を読むという方法で自己の願望の達成を望んだ。

 

それこそが、男の掴みたい未来であり、彼のおこす奇跡。

 

男がおこす奇跡とは煉獄を生き返らせることではなく、世界を作り直すこと。

つまり、神を殺すことである

 

「煉獄さんを生き返らせるために俺は……」

 

包丁を振り上げる。

 

 

「世 界 を 壊 す」

 

『(こいつヤバイ)』

 

神は寒気を覚えた

 

ザクッザクッザクッザクッ

 

男は神に馬乗りになって包丁を刺し続けた。

 

『やべろおおおおおお!!!それ以上はああああああ!!!本当に死ぬうううううううう!!!死んでしまううううううう!!!!!』

 

「全集中……『煉獄さん生き返れ生き返れの呼吸』!!!!!」

 

『語呂悪すぎぃぃいぃいい!!!』

 

「壱の型!!!!」

 

『やべろおおおおおおおおお!!!!

世界の法則がああああああああああ!!!!

乱れるうううううううう!!!!!』

 

 

 

「『映画化万々歳』!!!!!」

 

 

ザンッ!!!!!

 

 

神は死んだ。

 




兄上、心配はいりませぬ。
こんな駄文より面白い鬼滅二次作品が、今にも産声をあげる。(皆も投稿、しよう!)


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煉獄さん煉獄さん

煉獄さん二十歳って これマジ?
どんだけ精神成熟してんの……


時刻は夜。

草木も眠る丑三つ時、山奥にある中規模の村は、ひっそりと寝静まっていた。

村の中央を一陣の風が通り抜ける。

死臭だ。

死臭が風に乗って流されていく。

 

肉が腐り、血が溶解し、糞と小便が醸されたような臭い。

 

村は死臭に満ち満ちていた。

 

村人は皆、死んでいた。

無残にもその命を奪われていた。

そして、その尊厳すら弄ばれていた。

 

そこら中に倒れていた村人達の遺体は、一斉に動き出した。

 

村人は死んでいたが、立ち上がった。

覚束無い足取りで歩き、焦点の合わない視線をさ迷わせている。

口からは涎、腹部から内臓を零れさせ、大も小も垂れ流しながら、意味のない呻き声を漏らす。

 

屍(しかばね)の、鬼。

 

村は村人を屍鬼に変え、その営みを再現し始めた。

 

村の外れにある、大きな倉の中で、一人の少女は震えながら身を潜めていた。

締め切った倉の中にも、屍鬼達の呻き声が聞こえてくる。

少女は恐怖で叫び出しそうな口を必死に押さえ、小さく踞る。

 

(やっぱり……やっぱり、やっぱり!お墓の中に鬼が隠れてた!)

 

少女は異変を事前に気づいていた。

今日の朝早く、陽の光が差す前、墓参りに行った時、あの男はいた。

青白い顔をした、幽霊のような男。

 

あの男は墓を掘り返していた。

そしてあろうことか、陽の光から逃れるように、土の中に隠れていったのだ。

 

(あの男が鬼だったーーー!)

 

少女は墓に不審な男がいたと皆に話した。

村の男が、その鬼が隠れたという場所を掘り返したが、何も出てはこなかった。

もっと深くに潜って逃げた。

そう主張する少女を、村人は誰も信じなかった。

 

その穴の中から、むわりと死臭が溢れてきた。

 

その死臭を嗅いではいけないーーー

少女は本能で理解した。

 

あの黒い靄のようなものを吸ってはいけない。

そう叫ぶ少女に、大人達は呆れたような顔をするだけ。

 

結局、少女は一人だけで窓の無い倉に逃げ込み、扉を固く閉じて隠れていた。

 

その結果が……今だ。

 

あの男が鬼だった。

穴から吹き出した靄を吸うと、皆が死に、屍鬼になった。

 

「うっ……うう、うううう」

 

ポロポロと涙が流れる。

恐ろしかった。

早く、早く夜が空けて欲しい。

ただそれだけを願った。

 

「うるさいな」

 

「!?」

 

少女がビクリと動きを止める。

 

男の声がした。

冷たく、生気の無い声。

人のものではないとすぐに理解できた。

 

「食事は一人で、静かにしたい……」

 

倉の外から聞こえてくる。

少女は衣擦れの音すら立てずに、壁に耳を押し当てる。

 

「トク、トク、トク、トク。

心臓の鼓動の音だ。

俺はこれが死ぬほど嫌いだ」

 

倉の外に、あの男がいるのだ。

そう考えると鳥肌が立った。

まさか、自分を探しているのだろうか?

 

ごくり、と唾を飲み込む。

 

「ごくり?ごくりだと?

きっっったない音を立てるなよ……

誰が食事中に、下痢の放り出る音を聞きたがる?ガキだからって許されねえぞお前」

 

自分だ。自分に言っているんだ。

 

恐ろしくて涙が出てきた。

 

「今度はポロポロ。何の音だこれ?

あぁ、眼球から小便を漏らす音だな」

 

もう聞きたくなかった。

少女は壁から耳を離し、倉の奥へと逃げようとした。

その瞬間、壁から腕が生えてきて、少女の口を押さえつけ、壁に押さえつけた。

 

ひきつった悲鳴をあげる。

 

「おいおいおいおい

どうしたどうした

身体がガクガク震えているぞ」

 

するりと壁をすり抜けて、あの男が倉の中に入ってきた。

墓にいた屍鬼。

暗闇の中でも、その赤い瞳が光っていた。

 

少女は恐怖のあまり失禁した。

 

「おいおいおいおい 勘 弁 して くれ」

 

屍鬼は顔を押さえる。

 

「そう怖がるなよ。自分の価値を下げるなよ。俺は人を喰わないよ」

 

優しげに微笑む表情すら、あまりにも不気味だった。

 

「俺が喰うのは死体だけ。何故だか分かるか?」

 

少女は首を振った。ただガタガタと震えただけかもしれないが。

 

「俺の名は蝋屈(ろうくつ)。ちょっと話を聞いてくれよ」

 

蝋屈は語り出した。

 

「鬼になって、俺はすごく耳が良くなった。そしてびっくりした。人という生き物の煩さに。

先ず心臓の鼓動だ。

これがもううるさくてうるさくて嫌になる!

なあ、人間だって飯を食うだろう?肉でもおはぎでも何でもいいよ。

想像してみてくれよ!?口にしようとする食材が、ドクドクドクドク音を立てるんだぜ!?耐えられねえよ!

食えるか!?お前食えるか!?下痢の音や呪詛を唱えるおはぎを、お前口にできるか!?

無理だろ!?

次が内臓だ!ギュルギュルブリブリ屁をこきやがる!体内で屁をこいてやがるんだ!!食欲が失せるったら無いぜ!

血管も地味にうるせえなぁ!!血をちょろちょろと流してやがるんだ!脈!脈ってのがもう無理!

何より肺!!肺がおかしい!

フーフーフーフー不気味な音を立ててやがる!!

もう俺は無理だった!!人間なんて食べられない!!

こんなうるさい食材、食べたら絶対お腹を壊す!!

だから首を切ることにした!

首から上なら、静かにできるはずだろう?

でも駄目だった!!

知ってるか!?人って殺しても生きてるんだよ!!

首を切って殺してやっても、ビクビクビクビク痙攣するんだ!

デロリと舌を垂らすし、瞬きを止めない奴もいやがる!!

静かになるのは夜が明ける頃だ!

人は殺して一晩置かないと、静かになってくれないんだ!!

でも!でも一晩立ってその場所にいってみるとどうだ!?

誰かが回収してやがるんだよおおおおおおおおおおお!!!!

人が人を埋葬したのか!?獣が喰っちまったのか!?

分からねえ!俺にはもう分からねえ!!

人間という食材の調理法も保存法も!!

もう何も分からねええええええええ!!!」

 

そこまで唖然としていた少女が、心の底から思った。

 

(こいつ おかしい……)

 

理解などできるはずも無かった。

完全に沙汰の外だった。

 

「喰うものに困った俺は、ついに墓を掘り返した。

惨めだったぜえ……

野山で芋でも掘ってる気分だ。

物乞いに逆戻りしたような、無様な気分……

残飯漁りのさ……

けど、それが運命の分かれ道だった」

 

蝋屈はうっとりと目を閉じる。

 

「綺麗だったぁ……」

 

死蝋化した少女を見た蝋屈は、この世のあらゆる芸術品を上回る美しさに、信仰心すら覚えた。

 

「静かだった……すごく……おいしそうだった」

 

生者にある煩さが、死蝋少女には無かった。

脂肪は蝋のように変化し、腐るでも崩れるでもなく、形を保っていた。

 

「うまかったぁ……」

 

ボタボタと涎を垂らす蝋屈。

 

「餅みたいに柔らかくって、口の中に広がるんだ。噛めば噛むほど美味しくてさ、濃厚なんだ。うま味が凝縮されてて、なにより風味が……ね?」

 

蝋屈の口から匂いたつ、死臭。

頬が裂けたような笑顔と、鋭い牙。

 

鬼と称するに相応しい相貌だった。

 

「だからこの村を厨房にしたいんだ」

 

蝋屈はにっこりと微笑んだ。

村人を悉く屍鬼にし、自身の食べ頃にまで調理する。

 

「俺は特別だ。

俺は最強だ。

俺の血鬼術、『霧中土葬』は世界で一番美しく、尊く、完成されている」

 

あの黒い靄のようなものは、蝋屈の異能だった。

 

「話を聞いてくれてありがとう。一緒に食事する友達もいなくてね。会話に飢えてたんだ」

 

殺される。

少女は心臓を押し潰される感覚に襲われた。

蝋屈は少女の目の前に、布で巻かれた何かを差し出す。

 

「お礼にあげるね。口に合うといいんだけれど」

 

布をほどいて、出てきたそれは肉の塊だった。

蝋屈の話を聞いた後では、それが何の肉なのか、嫌でも想像させられる。

そこで、その布の柄に目が向く。

 

「これ、君の大好きな」

 

「ヒッ……」

 

あの布は、服だ。着物の布だ。

そしてあの着物は……

 

「おっかさん、おとおっさん」

 

「いや……

いや…………

 

イヤァアアアアァアアァアァアアア!!!!!!」

 

「アハハハハハハハハハ!!!」

 

倉に響き渡る鬼の狂笑。

少女の悲鳴。

 

この国のあらゆる場所でおきている、悲劇の一端であった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

大きな衝撃音。

木材と瓦を破壊し、崩れる音が響く。

倉の中央に、土砂のように屋根が崩れ落ちてきた。

 

「なんだっ!?」

 

押し寄せる煙を払いのけ、蝋屈は叫ぶ。

 

「下見だよ」

 

土煙の真ん中に、ぼんやりと人影が現れる。

そこに居ると分かるのに、はっきりと認識できない。

鬼の夜目ですら、煙の中の男の顔が見えなかった。

天井に開いた穴から、月明かりが差し込む。

 

その場に男は居なかった。

 

「!?」

 

激痛に下を見れば、自身の腕が斬られている。

少女の姿も無かった。

 

「この世の万物は3つに大別できる」

 

いつの間にか、その男は少女を抱え、倉の真ん中に立っていた。

 

「ぁ……えっ」

 

困惑する少女を下ろし、男は天高く腕を上げた。

指を一本、突き立てるように伸ばす。

 

「ひとぉつ!!」

 

腹に響く、強烈な声だった。

蝋屈も少女もびくりと震える。

 

 

「煉獄さんを引き立てる舞台装置と役者!!!」

 

 

固まる蝋屈と少女。

理解が追い付かない。

 

「ふたぁつ!!」

 

指が二本に増える。

 

 

「煉獄さんの命を奪う危険因子!!!」

 

煉獄さんって誰?

そんな呟きすら許されない異様な空気。

 

「みぃぃいっつ!!」

 

指を三本に増やす。

その指を畳み、人差し指だけを伸ばし、腕を下ろす。

蝋屈を指差す。

 

「ゴミだ」

 

蝋屈の額に青筋が走った。

 

「上等ぉぉぉ……」

 

蝋屈の身体が膨張する。

ありえないほど肥大化した筋肉と、鋭く伸びた爪。

その姿はまるで熊。

 

異形に目を見張る少女を、男は両腕で抱える。

 

「てめぇをゴミにしてやるよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

凄まじい早さで飛び、薙ぎ払うように男を切り裂く。

人間を八つ裂きにする恐ろしい一撃。

 

しかし、蝋屈には手応えがなかった。

空を切ったような感覚。

 

(外したーーー?いや、しかし、こいつは……)

 

避けられたのだろうか?

そんな疑問を振り払う蝋屈。

何故なら、目の前に、あの男と少女の姿があるからだ。

 

(こいつは、ここに居るのにーー!!

何故、当たらない!?)

 

さらに引っ掻いてみても、幻のようにすり抜ける男。

 

(これは、これはまるで……)

 

「『陽炎の呼吸』」

 

蝋屈の背後から声が聞こえる。

蝋屈は合点がいった。

 

(そうだ、これは かげろう……陽の光に地面が焼かれて……そして……)

 

「壱の型」

 

蝋屈の首が、ずるりと前に滑る。

暗闇に、緋色の炎が、幻のように揺れるのを見た。

 

「『鬼火』」

 

 

鬼が現れると共に照る灯り。

有名な怪奇現象の一つ。

 

だが鬼火と鬼を同一視するのは早計だ。

 

鬼が出ると同時に現れる。

それは、直ぐ様鬼に斬りかかる、剣の光の瞬きかもしれない。

 

「き、さつ……たぃぃいぃぃ……」

 

 

ーーー鬼を殺す者達かもしれない。

 

蝋屈の身体はボロボロと崩れた。

 

「一つ目は、ほどほどに殺す」

 

煉獄さんを引き立てる舞台装置、役者。

煉獄さんが駆け付けるに足る、歯応えのある状況になるように、調節する。

 

「二つ目は必ず殺す」

 

煉獄さんの命を脅かす輩はどんな手段を用いようとも絶対に殺す。

 

「三つ目は、まあ……」

 

散っていく蝋屈の身体を眺めながら、男は目を細める。

 

「殺すわな」

 

少女は一瞬だけ、男の持つ刀、その刃を見た。

緋色に輝くその刀身。闇夜の中でも輝いて見える。

鬼すら簡単に殺してしまう刀と、男。

 

「ごめん、この村で、『熱』は君しか感知できなかった」

 

男は少女に向き合うと、深々と頭を下げた。

 

「他はもう、冷たくなってる。助けられなくて、すまない」

 

生き残ったのは、少女ただ一人。

悲しみはない。実感が湧かないからだ。

一度に色んなことがありすぎた。

心が麻痺しているのかもしれない。

 

「俺は影満。君の名前は?」

 

「華燐」

 

「かりん!いい名だ!!

かりん、もう大丈夫。もう心配ない」

 

影満と名乗った鬼殺隊は、満面の笑顔で言った。

 

 

「煉獄さんが来てくれる!!!」

 

 

どこまでも安堵と希望に満ちた声だった。

煉獄さんというのは、日の神様か何かなのだろうか?

 

少女はぼんやりと思い、緊張が解けた反動から、影満に倒れ込むように気絶した。

 

「おっと、煉獄さんが来てくれると聞いて、眠ってしまったか。まあ無理もない」

 

影満は華燐を抱え上げると、、倉から出ようと出口に向かう。

 

「……ん?」

 

ふと見ると、蝋屈の首が消滅せずに残っていた。

 

「……」

 

よくよく見ると、先程までの身体と、首の大きさが合わない。

 

「まさか」

 

首をすげ変えていたのかーーー

 

影満は華燐を抱え直すと、急いで倉から飛び出した。

 

ーーーーー

 

月に手が届くのではないかというほどの高度。

雲の上の空に、漆黒の翼を持つ怪鳥が飛んでいた。

 

大鴉。

 

伝令に使われる鴉から生まれた特異な個体で、人を数人乗せて軽々と飛び上がる巨躰を持つ。

 

その上に、一人の男が立っていた。

強風が吹き付ける中、堂々と仁王立ちしている。

 

「影満め!まさか着陸を待たずに飛び降りるとはな!!

天晴れあっぱれ!その意気や良し!!」

 

燃えるような髪と、業火のような羽織り。

かっと見開かれた瞳は、どこか遠くを見ているかのようだ。

 

「奴こそ鬼殺隊の鑑!!

俺も負けてはおれんな!!!」

 

そう言うや否や、その炎のような男は足を一歩踏み出した。

 

当然、雲の上ほどの高さから真っ逆さま。

 

「はははははは!!!

 

この煉獄杏寿郎!!!

 

19年生きてきて!!こんな高さから落ちるのは初めてだ!!!

 

あははははははははは!!!!!」

 

煉獄杏寿郎、炎の呼吸の剣士が、戦場へと舞い降りていく。

 

 




煉獄さんヤッターーワー!!!


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
ゾンビ村
陽炎の呼吸
煉獄さんヘイロー降下


空高くから飛び降りる時、真っ先に心配すべきは墜落死の危険ではなくーーー息が出来ないこと、そしてとても寒いことである。

 

一人の剣士が雲を突き抜けて降下していく。

 

低酸素、強烈な気圧の変化、そして極寒。

 

これほど厳しい状況に晒されながらも、その炎のような男ーーー

煉獄杏寿郎は笑みを崩さなかった。

 

風が彼の金髪と赤髪を激しく揺らす。

 

彼が感じているのは苦痛ではなく、懐かしさ。

修行中の過酷な環境を思い返していた。

低気圧、低気温で自らの身体と肺を鍛える日々。

 

特殊な呼吸法。

人体の機能を極限まで使い切る呼吸法。

その中でも、炎のような性質の技を会得した煉獄は、空から急降下しても何一つ体調を崩すことはなかった。

 

視界が開け、森と、その中に村が見えてくる。

 

「うむ!そろそろか!!」

 

煉獄は背負っていた落下傘を開く。

一気に開帳された風呂敷のような布で、空気を受けて減速し、ゆるやかに落下していく。

 

「ははは!なんだこれは!ハハハハハッ!!!」

 

風に飛ばされる綿毛のような感覚をしばし楽しんだ煉獄であったが、急に飽きが来た。

 

「うむ!じれったいな!!このまま飛び降りよう!!」

 

眼前に村が迫った所で、落下傘を脱ぎ捨て、自由落下に身を任せる。

地面に叩きつけられる直前、煉獄は神経を集中させ、炎のような吐息を吐く。

 

(炎柔術ーーー)

 

受け身を取る。

 

(平野太鼓!!)

 

腕を地面に叩きつける。

衝撃を地面に分散。さらに、前方に回転することで、勢いを流す。

結果、煉獄が着地した場所には小さなクレーターのような陥没ができ、当の煉獄は回転しながら家屋に突っ込み、大きな穴を開けた。

 

土煙と、木材が崩れる音が響く。

 

家屋に開いた大穴とは別の、その家屋の正規の扉を勢い良く開け、煉獄は叫ぶ。

 

「邪魔したな!!!」

 

壁の修理代は後で払う!

そう言い放つと、先程まで自身が居た上空を見上げる。

 

「いや、人間、やれば出来るものだな!あの高さから落ちて、無傷で居られるとは!!」

 

雲の上から飛び降りた煉獄だったが、落下傘があったとはいえ、無傷で着地できるとは思っていなかった。

 

「出来ないと思っていたことが、できる!!

これほど楽しいことはない!!」

 

ハッハッハッ!と豪気に笑う煉獄。

 

「さて、影満と合流せねばな!」

 

そう言って周囲を見渡すと、煉獄を取り囲むように人だかりができていた。

ここの村人であろう。

しかし、村人達の顔に生気はなく、屍のように虚ろな表情をしている。

 

「……」

 

頬を吊り上げて笑っていた煉獄だったが、彼らを見るや黙り込み、口を真一文字に結ぶ。

 

スゥ……と空気が静かになった。

 

「遺体を操られ、鬼にされたか……労しい。まこと、労しい姿だ」

 

雰囲気が変わった。

彼の双肩には義憤の炎が揺れ、瞳には深い哀愁が見える。

 

チキッ、と鋭い金属音。

煉獄が日輪刀を抜く。

鞘から少し見えた刀身は、火のような赤色。

 

「死者の尊厳すら弄ぶ悪鬼……許せん。

せめて安らかに」

 

亡者となった村人達が襲い掛かる。

煉獄は居合いの構えで、腰を落とす。

 

「『炎の呼吸』ーーー壱の型」

 

竹が爆ぜるような音と共に、煉獄は跳んだ。

鋭い踏み込み、前方に掛けながらの斬撃。

 

「『不知火』」

 

屍鬼達は一瞬で首を斬られ、ボロボロと形が崩れていく。

あまりに一瞬のことで、苦痛を感じる暇も無かっただろう。

 

「鬼殺」

 

たとえ無理矢理鬼に変えられたものであろうと。

その首を落とさねばならない。

 

鬼殺隊の炎柱として。

 

煉獄杏寿郎は炎のような残像を残し、鬼を斬るために走り出した。

 

ーーーーーーーーーー

 

「かりんちゃん」

 

ペチペチ

 

少女の柔らかな頬を、影満は軽く叩く。

 

「んん……」

 

つい先程気を失ったばかりの少女は、まだ目を覚まさない。

 

「かりんちゃんかりんちゃん」

 

ペチペチペチペチ

 

「んんん……」

 

頬をペチることをやめない影満。

やや不機嫌そうに眉をひそめるも、まだ起きない華燐。

 

「かりんちゃんかりんちゃんかりんちゃん」

 

ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ

 

「んんんんんあああああ!!!!もう!!!」

 

額に青筋を浮かばせながら、かりんは覚醒した。

目の前には、鬼殺隊の剣士、影満と名乗った男の顔があった。

 

「わっ」

 

「ごめん、鬼なんだけどさ」

 

影満がすぐ近くにいたことにも驚いたが、その背後から、屍鬼が襲い掛かってきたことに悲鳴をあげる。

 

影満は振り返ることすらせず、右腕を後ろに振るってみせた。

すると屍鬼の首は、棚から食器が落ちるように、簡単に転げ落ちた。

 

「まだ倒せてなかった」

 

「えっ」

 

鬼とは、この村の住人を屍鬼に変え、倉で華燐を襲った『蝋屈』のことだろう。

 

「で、でも……首を斬ったじゃない?」

 

「あの首、別人のだったらしい」

 

胴体は蝋屈本体のものだったようだが、首だけは替え玉だった。

 

鬼は日輪刀で首を斬らないと殺せない。

逆に言えば、首から上をどこかに隠しておけば、殺される心配はないということである。

 

「そんなことって……」

 

信じられない、という表情をする華燐。

 

「んで、どえらいことになってさ。ほらあれ」

 

影満が指差す方向を見る。

華燐は息を呑んだ。

 

村の上手には大きな墓がある。

その墓を中心に、山を覆うような黒い集団が蠢いていた。

それはよくよく見ると、人の集団だった。

まるで軍勢。

戦を前にした大軍勢のようだった。

 

「ざっと見、数は一万」

 

一万体の屍鬼が、山の上に蠢いているのだ。

 

「あの『蝋屈』の能力……生者を屍鬼に変え、さらに死者すら屍鬼として蘇らせる……か」

 

あの墓荒らしの鬼は、村人だけでなく、墓の下に眠っていた全ての死者を起き上がらせ、操っているというのだ。

華燐はあまりにも現実離れした状況に、再度気を失いそうになった。

 

「それほどの力。奴め、『十二鬼月』かもしれん」

 

「じゅうに……きげつ?」

 

「うん。この世の鬼の中で、最も強い十二体。その内の一体が蝋屈かもしれない」

 

ますます絶望的な状況。

しかし影満は浮き立つような表情をしている。

 

「そこですまないが、かりんちゃん。あの墓のことを教えてくれないか」

 

「えっ」

 

「今からあそこに行くんだけど、やっぱり情報があるに越したことはない。何か攻略の糸口になるかもしれないだろう?」

 

あそこに行くと言ったのか、この男は。

あれほどの屍鬼の軍勢。

そこに斬りかかるというのか。

 

自殺行為だ。

 

「無理だよそんなの……」

 

「かりんちゃんは逃がしてあげるから心配いらんよ」

 

さらりと告げる影満。

 

「この村の伝承とか、地質とか。なんでもいい。どんな小さなことでも、可能性を見逃したくないんだ」

 

ギラギラと光る影満の眼。

この男は腕っぷしが強いとか、そんな時限の話ではない。

心が、人間を越えている。

そう思えてならない。

 

「あ、あのお墓は、『一ノ谷の戦い』の戦死者を奉るお墓で……」

 

「源平合戦の!!あ、鵯越の逆さ落とし!!」

 

「そ、そう。山の頂上に、祠があって、そこに……」

 

「山頂に祠!!」

 

華燐からいくつか説明を受けた影満は、満足げに頷いた。

 

「蝋屈の能力は厄介だが、鬼である以上、必ず首はある!!

話をまとめると、その山頂の祠から土を汚染し、源平合戦の埋葬者達を目覚めさせたと考えるべきだな!!

ならば目指すは山頂!!」

 

バッと山頂を見つめる影満。

 

「ここから掛け上がるのみ!!!」

 

華燐はその姿を気圧されたように見つめるしかなかった。

 

そんな時、影満の横に、巨大な鴉が舞い降りた。

華燐はまたも悲鳴をあげる。

 

「かりんちゃん!心配するな!こいつは大鴉!俺と煉獄さんを運んでくれた猛者だぞ!!」

 

そう言うや否や、影満は華燐を摘まみあげ、大鴉の背中に放り捨てる。

 

「ひああぁ!!」

 

裏返った悲鳴をあげる華燐。

 

「蝋屈の出す霧を吸うと危険だ。大鴉と共に、上空にいてくれ!」

 

「あ……あぅ、あ、あの!」

 

舌が回らず、上手く声が出ない華燐。

 

「貴方は……」

 

貴方は大丈夫なんですか。

 

そう言い切る前に、影満が地を揺らすような大声をあげた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

墓の軍勢が一斉に鬨の声をあげたのかと思ったが、それは影満の喉から発せられた声だった。

一体どんな声帯と肺をしているのだろう?

耳を塞いだ華燐は、影満の視線の先に、炎のうねりを見た。

 

闇夜でも輝く炎の舞い。

鮮やかな剣劇。

 

赤い刀身。

 

羽織から刀まで、まるで炎のような装いの男が、こちらに歩いてくる。

 

 

影満は跳び跳ねながら叫んだ。

 

 

「煉獄さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!」

 

煉獄と影満が合流した。

 

 




源平合同屍鬼軍 一万

VS

煉獄杏寿郎と影満

うん、最高やな!!


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
煉獄さん着地成功
源平合戦の死者でゾンビ軍団
影満と煉獄さん合流


立て付けの悪い扉の、軋むような音。

祠の扉が開かれる。

ご神体が祀られるべき場所には、鬼の首がすっぽりと入っていた。

その鬼の首の断面からは肉の触手が伸び、うねうねと蠢いている。

触手を手のように操り、また足のように身体を支える姿は、まるで蛸のようだ。

 

その左目には文字が刻まれていた。

 

『下弦 肆』

 

「鬼殺隊とて人だ。個だ。消耗品だ」

 

屍鬼を操る『蝋屈』は、ニヤリと笑う。

 

「一万もの軍勢を相手にしては、一溜まりもあるまい……クククククッ!」

 

個の力を高めようと足掻いている人間も、他の十二鬼月の連中も馬鹿ばっかりだ。

こうして、死体を操って敵を消耗させていけば、どんな猛者だろうといつかは力尽きる。

 

「俺の『霧中土葬』は最強だ」

 

敵はたったの二人。

雪崩のように押し潰して終わりだ。

 

蝋屈は勝ちを確信していた。

 

ーーーーーーーーーー

 

しゃれこうべの軍勢。

土と石と木材と木の葉で練り上げた鎧。

骨を削って作られた剣と槍。

土気色の屍武者達は、隊列を組んで山を降り始めた。

 

その数、一万体。

 

首を斬らない限り死なない異形の怪物達が、一斉に進撃を開始した。

骸骨の骨が大地を踏みつけ、山びこのように音が響く。

 

その進行先には村がある。

村の入り口となる大門の前に、二人の剣士が堂々と仁王立ちしていた。

 

一人は炎のような出で立ちの男。

大きく見開かれた、梟のような目と、豪気に笑う口元が特徴的。

 

もう一人は陽炎のように特徴がなく、認識し辛い見た目をしている。

ただその顔は、もう一人に劣らぬ満面の笑顔だ。

 

「来ましたよ煉獄さん!」

 

「うむ!山津波のような軍勢だな!」

 

炎柱 煉獄杏寿郎。

その幻影のような男、影満。

 

彼らは屍鬼の軍勢を相手取り、今宵殲滅せしめんと意気込んでいる。

 

「煉獄さん煉獄さん!」

 

「うむ!なんだ!」

 

影満は陽気に煉獄を呼ぶ。

 

「煉獄さん煉獄さん!」

 

「うむ!だからなんだ!!」

 

煉獄は首をグルリと向け、影満の顔を見る。

影満は狂ったように煉獄の名を叫んでいた。

 

「煉獄さん!煉獄さん!」

 

「影満!!」

 

「ハイッ!!!」

 

インコ鳥のように言葉を繰り返していた影満が、ピタリと動きを止める。

 

「一度呼べば分かる!!」

 

「ハイッッッッ!!!!」

 

煉獄に注目してもらいたいあまり、煉獄の名を連呼することが日常茶飯となった影満。

煉獄も扱い方が手慣れていた。

 

そうこうする内に、屍鬼軍は槍を前面に構え、突撃体勢で突っ込んでくる。

影満は額に手を当てて、遠くを見るような仕草。

 

「ありゃあ、意外と統率取れてますね」

 

「うむ!ただ暴れまわるだけかと思ったが、隊列を組んでくるとはな!」

 

村に徘徊していた屍鬼とは一味違うらしい。

物量で押し潰しに来るかと思いきや、大軍の勢いを利用して、確実に煉獄と影満を殺す気のようだ。

 

さらに、屍鬼の筋繊維から作った弓で、尖らせた骨の矢を、雨霰と打ち込んでくるではないか。

夜空の墨のような黒に溶け込んで、数百数千の矢が飛来する。

 

「矢ですよ!矢ぁ!煉獄さん!!」

 

「先ずは遠距離攻撃!合戦の常識だろう!」

 

「おお!煉獄さんは戦術学にも精通しているのか!俺も精進せねば!」

 

「精通というほどではないがな!俺に指揮できるのは、せいぜい小隊程度だ!」

 

「いやいや!煉獄さんになら、数百数千の剣士が付き従いたいと思うはずですよ!」

 

「それはいいな!」

 

ハッハッハッハッ!

二人して大笑い。

数百の部下どころか、今の自分達は二人だけ。

ここを生き残らなければ、その夢物語も妄言となり果てる。

 

「じゃあ……」

 

矢は目前まで迫る。

風切り音の反響。

 

「行きましょかい!」

 

「うむ!押して参る!!!」

 

二人同時に抜刀!!

 

煉獄は目にも止まらぬ速さで刀を振るう!!

 

「『炎の呼吸』ーーー肆ノ型」

 

ゴオォ、と炎のような呼吸。

彼の闘気が燃え上がり、真っ赤な炎を幻視する。

 

「『盛炎のうねり』!!!」

 

炎の渦のように刀を振るう。

前方から降り注ぐ矢を次々と斬り落としていく。

広範囲を隈無く切り裂く、濃密な剣撃はまさに神業。

 

ホオォ……と鯨の鳴き声のような呼吸音。

 

「『陽炎の呼吸』ーーー肆ノ型」

 

影満の身体がぐにゃりと揺れる。

 

「『蛟の息吹き』!!!」

 

竜が息を吐き出すかのように、全てを薙ぎ払う斬撃。

 

嵐の雨粒が屋根を叩くかのような、連続で金属の弾く音が響く。

 

数千という矢を斬り裂いた。

二人の足元には夥しい矢の残骸が転がる。

 

遠距離攻撃を凌ぎきった。

次は槍で横一列に並んだ刺突攻撃!

轟音と共に突き進んで来る大軍!

 

「『陽炎の呼吸』ーーー参ノ型」

 

煉獄の前に出る影満。

 

「『透明炎』!!!」

 

串刺しにされた影満。

しかしその姿は煙のように消える。

 

残像すら残す高速の足捌き。

 

月明かりに照らされ、影満は飛んだ。

まるでイルカが水中から跳び跳ねるように、槍武者達の頭上に飛び上がる。

そこから急降下。

槍武者達の首を次々と切り裂いていく。

 

飛び上がり、上から攻めた影満。

対して煉獄は、地に足を付けたまま、真っ向から受け止めた。

 

「『炎の呼吸』ーーー弐ノ型

『昇り炎天』!!」

 

太陽が昇るかのように、下から斬り上げる攻撃。

炎の呼吸ならではの高威力の斬撃によって、槍は両断される。

それだけではない。槍を持っていた屍鬼は、股から上に真っ二つに斬り裂かれた。

 

煉獄は縦に両断した屍鬼をすり抜け、陣形内に飛び込む!

 

瞬く間に隊列を乱された屍鬼軍。

陣形のど真ん中に潜り込んだ二人。

そこからは大乱闘。

 

四方八方から襲い掛かる屍鬼の群れ!

刀を避け、槍を避け、矢を避ける!

首を斬る!手を斬る!足を斬る!!

 

視界が流れるように高速で動いていく!

一瞬も気を抜けない激戦!!

 

刀を振るう度に血飛沫が乱れ舞う!

土塊に還る屍鬼武者達の断末魔!!

月光に照らされる日輪刀の輝き!

美しい型!精錬された力と技!

鬼狩りの剣士達!!

 

似て非なる二つの光!

炎と陽炎!!

 

お互いの背を守り、剣を振るう!!

両者とも、張り裂けんばかりの笑顔だ。

 

刀を無造作に振るう屍鬼の武者達。

煉獄は突きの構えを取る。

 

「『炎の呼吸』 伍ノ型」

 

その闘気は白虎の如き猛々しさ。

 

「『炎虎』!!」

 

その名の通り炎の虎が顕現するほど強力な突き。

屍鬼武者達は消し飛んでいく。

 

煉獄を飛び越え、影満が追撃を叩き込む。

 

「『陽炎の呼吸』 伍ノ型」

 

現れては消え、猛威を振るっては静観し。

その戦い方は正に幻獣。

 

「『幻竜』!!!」

 

視覚も出来ないほどの斬撃の波。

雲の中を泳ぐ幻竜のような太刀筋。

屍鬼武者達は総崩れ。

しかし、敵の数はまだまだ大量にいる。

 

また背中を合わせて、防御の構え。

 

「死ぬなよ、影満!」

 

「勿論です煉獄さん!」

 

煉獄は燃えるような笑顔。

影満も山火事の空気の揺らぎのような笑顔をしている。

 

「命を燃やせ!」

 

「はいっ!!!」

 

弾かれるように、二人は斬撃を繰り出した。

 

 




煉獄!煉獄!(わっしょい!わっしょい!)
煉獄!煉獄!(わっしょい!わっしょい!)


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
蝋屈、下弦の肆だった
影満と煉獄のコンビネーション
屍鬼軍勢のど真ん中で大乱闘


ふいごのように空気を吐き出す。

暖まった体内から吐き出される息は、炎のように赤く揺らめいている。

 

大きく吐き、大きく吸う。

身体全体に酸素を、血を行き渡らせる。

睡眠中ですら呼吸法を止めたことはない。

これが自然体。

多くの酸素を取り込んだ結果、一番恩恵を受けるのは、腕でも脚でも肺でもなく、

『目』だ。

 

煉獄杏寿郎の両眼がギラリと輝く。

 

前方から数体の屍鬼武者が、刀を振り上げて突撃してくる。

左右からは槍で脇を突こうと迫ってくるし、後方から背中を斬りつけようと接近する暗殺屍鬼。

さらに後方、他の屍鬼武者の肩を踏みつけて跳躍しようとしている小屍鬼は、飛び上がって上空から煉獄を斬りつける魂胆か。

 

それらを目で認識した瞬間、煉獄は動いていた。

 

炎の呼吸ーーー弐の型

『昇り炎天』!

 

狙うは前方の敵。

下段から弧を描くように斬り上げる。

真ん中にいた屍鬼が真っ二つに斬り裂かれる。

踏み出した足に、もう一方の足を直ちに引き付け、体勢を維持。

正しい足構えのまま、屍鬼武者に体当たり!

屍鬼武者達に感情はない。仲間ごと槍で貫くことに躊躇はない。

屍鬼の臓腑を突き抜けて迫り来る槍の切っ先を、刀身で払い落とす。

槍の動きが止まった所で、一気に接近して首を切り落とす。

 

片足を軸にして、ぐるりと回転する。

上部から襲い来る小屍鬼を、避けるでも受けるでもなく、攻め倒す。

 

炎の呼吸ーーー参の型

 

それはまるで大車輪。

赤い光が残像を作るほどの、強力な斬撃!

 

『火炎車輪』

 

胴を真っ二つに斬り裂かれる小鬼。

全方位を一度に斬りつける技。

周囲にいた屍鬼も軒並み斬殺される。

 

軸足を狙う暗殺屍鬼。

しかし、あれほどの大技の直後にも関わらず、煉獄の構えと足捌きに乱れはない。

 

サッと足を引き、敵の刃は空を切る。

振り返り様に暗殺屍鬼の首を跳ね、また煉獄は走る!

 

(『攻め』だ!『攻め』のみに集中する!!)

 

圧倒的物量差の敵を前に、煉獄は攻撃最良主義を貫いた。

 

錯綜する刃の火花が散る。

次々と屍鬼を切り裂く煉獄!

 

「攻めるのだ!攻めもせず刀を振るっても!鬼を討ち負かすことはできない!!」

 

屍鬼武者達の方針は徹底している。

煉獄と影満を消耗させて、数で押し潰す。

 

二人には、逃げれば袋小路、受ければ圧迫死という陣形を維持して攻撃してくる。

壁を崩さなければ、待っているのは行き止まりならぬ息止まり。

呼吸すら許さぬ総攻めが襲い来る。

 

「『攻め』で活路を開け!!

相手を崩して初めて!首を跳ねる好機が訪れる!!

壁を壊してこそ!光明が射すのだ!!」

 

炎の呼吸ーーー肆の型

 

前方から山雪崩れに迫り来る屍鬼武者に対し、煉獄は連続の斬撃で斬り倒す。

 

『盛炎のうねり』!!

 

炎が大蛇のように動き、屍鬼を切り裂く。

防御に使うことが多かった『盛炎のうねり』だが、ここでは攻撃に重宝する!

 

前方に集中する煉獄。

その背後に、暗殺屍鬼の刃が躍り出る!

 

ーーーーーーーーーー

 

(あまりにも煉獄さん)

 

『陽炎の呼吸』は『炎の呼吸』から派生した呼吸である。

 

捉え所のない動きで、揺らめくように刀を振るう『影満』を、屍鬼武者達の刃では追いきれない。

斬殺、撹乱される屍鬼軍。

 

(月に煉獄、華に煉獄)

 

『陽炎の呼吸』は煉獄から教えを受けた影満の我流であり、彼以外に使い手はいない。

 

煉獄との分断を狙う屍鬼軍によって、外へ外へと圧迫される影満であったが、そんなものはどこ吹く風といった顔で、ピタリと煉獄の近くに陣取り、屍鬼武者を斬り伏せる。

 

(この世界で煉獄さんーーー貴方は太陽だ。

日の光の生まれ変わりなのだーーー)

 

煉獄を崇拝する影満の産み出した技。

『陽炎の呼吸』は、『炎の呼吸』との連携を想定し、練り尽くされている。

 

煉獄が炎の呼吸・壱の型『不知火』を放つ。

一直線に踏み出し、敵を一閃し斬り裂く居合い斬り。

 

(陽炎の呼吸ーーー壱の型)

 

『鬼火』は目にも止まらぬ接近で鬼を斬り裂く早業。正に先手必勝を地でいく攻撃なのだが、その真の目的は、

 

『煉獄に追い付く』

 

離れた位置に移動した煉獄に追い付くために編み出された技である。

 

その障害として鬼が立ち塞がるから、瞬時に首を斬れるように鍛練し、練り上げたというだけのこと。

 

『鬼火』

 

屍鬼武者は瞬殺され、影満は煉獄の近くにまた陣取る。

その両眼に灯る狂気の火こそが、本当の鬼火。

 

(空に浮かぶだけの太陽とは違う。

地の日、それこそが炎。

炎は日の派生などではない。新たなる希望……

煉獄さんは炎。

炎は人々に直接語りかける。人々に恩恵をもたらす!!

闇を照らし邪悪を焼き尽くす!!!)

 

煉獄が炎の呼吸・弐の型『昇り炎天』を繰り出す。

下段から上段への高速の切り上げ。

 

ホオォ……と鯨の鳴き声のような呼吸音。

 

(陽炎の呼吸ーーー弐の型)

 

縦の斬撃だけでは、強力な鬼の回復力では数秒後には回復しているかもしれない。

追撃が必要だ。

煉獄の隙を埋め、尚且つ敵への連続攻撃。

 

つまり横への斬撃!

 

(『陽光斬り』)

 

山の切れ間から日が射すような斜めの斬撃。

水平線の彼方のような横一筋の斬撃。

 

巧みに使い分け、敵への追撃とする。

まさに昇り炎天の副産物、陽光そのものである。

 

十字に斬られた鬼は堪らず爆散し、塵となり消滅する。

 

(雑魚が!!!)

 

影満にとって、この世界の万物は三つに大別できる。

煉獄を際立てる役者。

煉獄を脅かす危険因子。

煉獄の関わるのも烏滸がましい、ゴミ。

 

それら万物の上に煉獄を据え置き、この世界は完成する。

 

(この俺とて、煉獄さんを輝かせる舞台装置の一つーーー煉獄さんの近くにいたいーーーただそれだけ!!!!)

 

炎の呼吸・参の型『火炎大車輪』

独楽のように回転する技は、上部からの攻撃に脆い。

 

陽炎の呼吸・参の型『透明炎』は上空に大きく飛び、煉獄の頭上を守る。

さらに降下して、後退した敵への追撃。

頭上から敵の陣形を眺めることもできるなど、援護技としての価値は高い。

 

(俺を強くするのはこの『空気』だ)

 

ほのかに温かい、熱を持った空気。

煉獄と共に戦う戦場、この空間こそが、影満の糧となる。

 

(ここには 『煉獄さんの吐き出した空気』 があるーーー!!!)

 

一度煉獄の身体に取り込まれ、血肉となり、力となり技となった空気が、役目を終えて外界に吐き出される。

煉獄の温もりと共に。

 

(そ れ を 俺 は 吸 う!!!!)

 

異常なまでに発達した彼の肺筋は、余すことなくその『空気』を吸う。

 

瞬間、影満の姿が幻のように消えた。

 

視覚では捉えられぬ、光すら超越した動き。

 

炎の呼吸・肆の型『盛炎のうねり』

前方を濃密な斬撃で攻撃する技。

当然、後方が空いてしまうため、煉獄の背後を守らねばならない。

 

必然、陽炎の呼吸・肆の型『蛟の呼吸』は、後方への連続攻撃も兼任できる。

 

しかし、影満は煉獄の前方に躍り出た。

 

煉獄の斬撃の邪魔をせず、尚且つ敵への攻撃を繰り出す。

熟練の連携攻撃。

一歩間違えば同士討ちか、太刀筋の邪魔となって足を引っ張る。

だが二人の攻撃に淀みはない。

 

まさに蛟の息吹。吐き出された吐息は何物の障害にならず、ただ揺らめき、そこに在るだけ。

 

無形の幻と呼ぶに相応しい型。

剣術の極みである。

 

(日ノ本において煉獄さんは最強!!

そして煉獄さん在る限りこの影満ーーー)

 

斬り倒した屍鬼の数が今、3000を越えた。

 

(無敵!!!!!)

 

 

そんな影満の炎に、薪を投げ込む言葉。

 

「『攻め』で活路を開け!!

相手を崩して初めて!首を跳ねる好機が訪れる!!

壁を壊してこそ!光明が射すのだ!!」

 

(ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛煉獄さん)

 

影満は白目を剥いて煉獄を感じていた。

 

心の中で煉獄さんと唱えてみよう。

それだけで気持ちが温かくなり、やがて熱くなってくる。

煉獄さんと唱えるだけで、気持ちが「しゃん」とするんだ。

だって、煉獄さんと唱えれば、煉獄さんの顔を思い出す。

煉獄さんの言葉を思い出す。

煉獄さんの姿を思い出す。

煉獄さんの強さを思い出す。

 

(煉獄さん 煉獄さん)

 

影満は居合いの構えを取った。

陽炎の呼吸音は、深海に鳴り響く巨鯨のような音を立てる。

 

(煉獄さん 煉獄さん 煉獄さん)

 

襲い掛かる屍鬼武者の群れ。

全包囲から蟻地獄のように流れ込む。

 

(煉獄さん 煉獄さん 煉獄さん 煉獄さん)

 

影満の背中に羽が開いた。

バサリ、と異形の影の触手。

羽のように見えた、それは、なんと六本の腕だった。

 

影満の背中に四本の腕が生え、その全てに刀を持っていた。

 

両手にも刀を持っている。

合計六本の刀を振るい、屍鬼武者達を消し飛ばす勢いで切り裂いた。

 

(煉獄さん 煉獄さん 煉獄さん 煉獄さん 煉獄さん)

 

腕は幻影だ。

 

「煉獄さウウウオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」

 

影満は鬼ではない。

だから、腕が生えてくることはない。

この多腕は幻影であり、残像。

影満の速すぎる太刀筋が、腕の残像を生んだのだ。

 

幻影は、なにも敵だけを騙すものではない。

煉獄に追い付きたいという強力な念が、影満の肉体と精神を極限まで研ぎ澄ました。

 

究極の自己暗示。

 

(お れ は つ よ い)

 

その結果ーーー瞬きの間に、六回の斬撃を可能とした。

 

これこそが陽炎の呼吸の真骨頂。

腕が六本になった影満は、まさに阿修羅の如き勢いで屍鬼武者を斬り殺していく。

まるで果物を押し潰して飲み物を作るかのように。

 

(煉獄さんは太陽ーーー

俺は太陽にはなれない。

だから、太陽に照らされて、ゆらり揺らめく地平線ーーー)

 

 

影満という男は

 

 

(陽炎であればいい)

 

ーーーーーーーーーー

 

煉獄が大きく息を吸う。

 

「俺が道を開く!!!!」

 

屍鬼武者の包囲網を突破する。

そのために、一点突破の超強力な一撃が必要!!

 

「炎の呼吸・玖の型」

 

 

それは炎の奥義!!!

 

 

「『煉獄』!!!!」

 

爆裂する踏み込みと共に、闘気が炎の流星となって迸る!!

攻撃に全てを集中。

その他の感覚は全て閉じる。

ただ強力な一撃を繰り出す!!!

そのことに神経を費やした!!

 

結果、屍鬼武者達は粉々になって吹き飛んでいく。

 

『斬る』のではなく『削る』ことを主眼とした、乱暴とすら言える攻撃。

 

煉獄の渾身の力を込めた攻撃。

ついに屍鬼武者達の陣形に、大きな穴が開いた。

 

「やった!!煉獄さん!!!」

 

影満も急いで走り出す。

屍鬼武者達は崩された陣形を建て直そうと足掻く。

再度二人を飲み込もうと、陣形の穴を塞ぐ動き。

まるで顎を閉じようとする狼。

 

煉獄はそれを食い止める。

影満は速度を落とさぬまま走り抜ける。

 

一万の軍勢相手に、突撃を突き破って陣形の内側に侵入。

内部で暴れまわった後、後方へ突き抜けて脱出。

 

最早人間技ではない。

 

影満が脱出し、煉獄も走り抜けようとした瞬間、空から巨大な何かが落ちてきた。

ヒュン、と風切り音がして、直後に地面に叩きつけられる音。

 

衝撃に目を細める煉獄。

 

落ちてきたのは体長三メートルはある巨体の屍鬼武者。

その数は二体。

 

「煉獄さん!!」

 

影満は叫んだ。

強い屍鬼が二体。

 

(しまったーーー)

 

分断された。

 

巨屍鬼武者が刀を振るう。

 

(こいつは!)

 

煉獄はその力量を瞬時に察知した。

 

(強い!!)

 

煉獄の日輪刀と打ち合い、火花が散る。

その強大な威力に、堪らず煉獄は吹き飛ばされる。

 

「むぅっ!」

 

地面を擦るように着地。

 

今までの屍鬼とは比べ物にならない斥力、速度、そして鬼気!!

そんな強者が二体も!!

 

影満は顔を青くして叫ぶ。

 

「れ」

 

「行け影満!!!」

 

煉獄は雄叫びのような声を出す。

巨屍鬼武者二体と対峙しても、微塵も闘気が揺るがない。

 

「鬼を倒せ!!」

 

背後からは追撃してくる屍鬼軍の群れが黒い波のように襲い掛かる。

容赦のない巨屍鬼武者の連撃!!

 

「鬼殺隊ならば!!!」

 

「…………ッ!!」

 

ギリリと唇を噛む影満。

 

やがて言葉を呑み込むと、振り返るのをやめて、走り出す。

 

「ハイッッッッ!!!!」

 

自分は煉獄の陽炎。

煉獄を引き立て、煉獄を守り、煉獄を煩わせない露払い。

しかし、それ以前に。

煉獄と同じーーー

 

鬼殺隊なのだ。

 

目指すは山頂。

 

屍鬼の王、蝋屈のいる場所へ!!

 

 

「命を燃やせ、影満」

 

影満の後ろ姿を満足げに見つめた後、煉獄は刀を構え直した。

 

「鬼殺隊 炎柱

煉獄杏寿郎ーーー貴様らを骨まで焼き尽くす!!!」

 




???「死体を生き返らせるんだよね?」

蝋屈「え?あ、はい」

???「千年前に殺しちゃった善良な医者……いるんだけどさ。できる?」

蝋屈「あー、死体(もの)があれば直せますよ」

???「無いが?」

蝋屈「じゃあ無理でうごぼぼぼぼろろろ!」(吐血)

???「貴様には失望した」

蝋屈(なんだこのブラック企業……やめよ……)


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
炎と陽炎 大連発
屍鬼軍勢突破。煉獄と影満分断
走れ影満!蝋屈を討て!!


山頂に続く石造りの階段を、息も絶え絶えに歩いていく。

 

「やれやれ、やれやれだ」

 

フラリフラリと陽炎のように揺らめく身体。それとは裏腹に、一歩ずつ確かに踏み出す足。

 

「最終決戦は煉獄さんに譲るつもりだった。

部下が命を賭けて煉獄さんを送り出す。

それを背負い、煉獄さんは前を見据えて走り出していく。

素晴らしいと思わないか?」

 

煉獄さん引き立て役の化身、影満。

彼は戦局の行く末を読み、一番美味しい所を煉獄さんに食べさせる算段だったのだが。

 

「けど……煉獄さんの「鬼を倒せ!鬼殺隊ならば!!」が格好良すぎて……ウフフフハフ」

 

恍惚の表情を浮かべる影満。

逆に煉獄に促され、影満が主敵を倒しに行く事となった。

配役が入れ替わっても、煉獄は格好良かった。

それが分かっただけでも、十分価値はあったと言えよう。

 

長い階段を上りきる。

山頂から望む夜の景色を背景に、影満はニヤリと笑った。

 

「お前もそう思うだろ?」

 

最早強要に近い聞き方。

肯定以外は受け付けていない。

 

山頂には境内があり、石造りの通路の先に、一つの祠があった。

その扉が立て付けの悪い音と共に開く。

 

「相変わらずイカレてるな」

 

中には鬼の生首が入っていた。

 

日輪刀の刀身が煌めく。

祠を真っ二つに切り裂く。

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

『鬼火』

 

長い通路を瞬く間に走り抜け、祠まで駆け付けて斬りかかる影満。

階段の前には、まだ彼の残像が漂っている。

 

祠の中に鬼の生首は居なかった。

境内の真ん中に、ボトリと首の落ちる音。

 

影満が振り返ると、青白い男の生首が落ちていた。

その首の断面からは、タコの触手のようなものが何本も生えており、それを収縮させて跳躍し、祠の中から脱出したらしい。

 

屍鬼の王、『蝋屈』

 

一万もの屍鬼を甦らせ、操っている元凶。

その左目に、『下弦 肆』と刻まれているのを見て取った。

 

「やはり十二鬼月!!」

 

影満は刀を地に水平に振るう。

 

陽炎の呼吸・弐の型

『陽光斬り』

 

陽炎の斬撃は、境内の通路を突き破って出てきた『巨大な手』に阻まれ、金属音が響く。

 

「むっ!」

 

地面から出てくるのは手だけではない。

影満は間合いを取る。

出てきたのは人の骨ではない。

もっと武骨で荒々しい。

 

巨大な熊の骨だった。

境内の広場を埋め尽くすほどで、その巨大さもさることながら、背中から他の死者の腕の骨を幾つも生やし、ガチャガチャと鳴らしている姿は正に妖怪『がしゃどくろ』

 

「でかいな!あれだけの屍鬼軍勢を操り、まだ余力を残すか!

なるほど十二鬼月と名乗るだけはある!」

 

これでこそ、煉獄さんに促された自分が闘うに相応しい相手。

この戦いの締めに相応しい。

 

「だが殺すぞ!殺してみせる!それが俺の、煉獄さんに与えられた使命だから!!

鬼殺隊である俺の役目!!」

 

屍鬼熊の胸に埋め込まれた蝋屈の生首。

それが口を開く。

 

「俺に言わせりゃ言い訳だよ」

 

「はん?」

 

影満は構えを解き、首を傾げる。

 

「『鬼殺隊』……鬼を殺すと吠えるはいいが、それが端から良く見えるとでも?」

 

「……」

 

「鬼とはなんだ?

人智を越えた存在だ。

その超越者達を討つという意気込み。そりゃあ自らの鼓舞になるだろう。誇りに思っているのだろうな。

だが……俺には闘う前から言い訳しているように思う。

これだけ強い鬼と闘うんだ我々は。だから負けても仕方ない。だから死んでも笑われない。

そういう保身、負けを認めない往生際の悪さが見え隠れするんだが……どうか?」

 

「…………」

 

蝋屈の問い掛けに、思案顔の影満は無言だった。

 

「鬼を大したことないと思っているなら、『鬼』なんて大袈裟な名では呼ばないはずだ。

つまりお前らは鬼殺隊なんて名乗ってる時点で、内心怯えた草食獣!萎縮した心臓なんだよお!!」

 

「ウンコ野郎!!!!」

 

影満はいきなり叫んだ。

それはそれは大声で、真面目な顔で叫んだ。

 

「……は?」

 

呆然とする蝋屈。

影満は、満足気に頷く。

 

「お前の言にも一理ある。

お前に『鬼』とは分不相応。

最早お前を『鬼』とは呼ばぬ。

 

今宵 お前は ウンコ野郎」

 

「ハ……ハハハ……ハハッ」

 

蝋屈の顔に血管が浮き出る。

 

「つくづく……癇に障る奴だなぁテメェは……」

 

空気が軋むような感覚。

お喋りは終わりに近い。

影満も刀をゆっくりと構え直す。

 

「テメェだきゃあ、死んでも屍鬼にしてやんねぇ」

 

「こっちからお断りだウンコ野郎」

 

「へっ。だが、あっちで戦ってる柱……煉獄だったか?」

 

ピクリと影満が反応する。

その隙を見逃さず、屍鬼熊の身体は前足を振るう。

地面に叩きつけられた前足は、石造りの境内を破壊し、大きな陥没を作る。

影満は少し離れた場所に着地した。

 

「ハハハッ!分かりやすく動揺したなぁ!

そうさ!あいつはいい!あれほど強い者を見たことがない!きっと最強の屍鬼になる!!俺の手駒として使い潰してやろう!なぁ!光栄だろお!?ええ!?ハハハハハハハッ!!!」

 

下卑た笑いとは裏腹に、蝋屈は冷静に相手の反応を見ていた。

蝋屈の経験上、誰かを尊敬している者は、その者を罵倒すると、撤回させようと躍起になる。

結果、動きは単調、硬くなり、狙いも読みやすい。

 

この影満という男の実力は未知数。

まるで陽炎のように動き、こちらの攻撃が当たらない。

正直、不気味だった。

 

だから精神的に揺さぶりをかけることにした。

 

「煉獄を屍鬼にした後は、他の柱の相手をさせようか!

どんな気持ちだろうなあ!?かつての仲間が腐乱した姿で襲い掛かってくるってのはさあ!?ヒャハハハハハハッ!!」

 

(さあ、怒れ、憎め、馬鹿になれ。

その余裕ぶった顔を、醜く歪めてみせろーーー!)

 

俯いていた影満は顔をあげた。

 

満面の笑顔で。

 

 

「屍鬼化した煉獄さんーーーー

 

良き!!!!!!!!!」

 

「………………は?」

 

「無情に破れ、その身体を操られた煉獄さん!!

ああなんと悲しい姿!!

そして!それをかつての仲間であり部下であるこの影満が!!涙ながらに討つのだ!!

あらゆる苦痛から解放され、一瞬だけ笑顔になり昇天する屍鬼煉獄!!

あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛見たい!!

いや見たくないよそんなの!!

でも見たい!!!見たくない!!見たい!見たい見たい見たい!

煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん!!!!!!!!

ででででも見たいなく!やっぱ見たい!!

見たい見たい見たいィイイイいいぃいイい異いいいいいいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!」

 

「頭大丈夫かお前」

 

頭をブルンブルンと振り回す影満。

それはもう、『狂人』と呼ぶしか他に無い姿だった。

 

蝋屈が精神的な揺さぶりを諦めた時、影満はフッと正気に戻った。

 

「生きている方が正しい」

 

影満は刀で蝋屈を指差す。

 

「この戦い、どちらかが死に、どちらかが生き残るだろう。

たった今、俺たちは言葉を交わした。

生きて、立っている方の意見が後世に伝えられる。

気に入らないなら殺せばいい」

 

ここはそういう世界だ。

 

そう言うと、影満の姿が消えた。

 

刹那、日輪刀が走り、屍鬼熊の首を一刀両断する!

 

陽炎の呼吸・参ノ型

『透明炎』

 

高く飛び上がってからの急降下。

気持ちがいいほど綺麗に切り裂かれた断面から、ドス黒い血が吹き出す。

 

「生きているから 正論だ!!!」

 

「そうか!なら死ね!死んで無意味になれ!イカれのまま消えてなくなれ!!!」

 

蝋屈の骨の腕と、影満の日輪刀が激しく打ち付けられた。

 

ーーーーーーーー

 

奇妙な伝説がある。

 

その『刀』を鞘から抜くと、使用者の顔に、奇妙な『痣』が浮き出るのだと言う。

 

刀を抜いている時だけ痣が出て、刀を鞘に仕舞えば痣は消える。

 

他にも、刀身に映った自身の顔を見ると、そこには痣が見えるのだと言う。

はた目には痣などないというのに。

 

そんな逸話と共に、その刀は

 

『あざ丸』と呼ばれている。

 

 

横に振るわれた剣撃。

煉獄は上体を反らして回避。

一瞬の間、集中した目は敵の刀を見つめた。

時間がゆっくり流れるかのような錯覚。

 

それもすぐに終わり、屍鬼の連続攻撃をかわし続ける。

 

炎の呼吸・弐の型

『昇り炎天』

 

下から振るい上げる斬撃で、敵の腕を斬り飛ばす。

屍鬼は後ずさるが、地面に落ちた腕を断面にくっつけると、土がこねくり回されるような音がして、接着した。

 

「能や歌舞伎に目がなくてな!」

 

煉獄はクワッと目を見開く。

彼の趣味は能や歌舞伎を見ること。

その中で、特に好きなものが「影清物」だ。

 

「名刀『あざ丸』!貴様は!悪七兵衛!!『平影清』と見受ける!!」

 

二体いる巨屍鬼のうち、一体は実在した偉人。

平影清であった。

屍鬼に成り果てたとはいえ、生前の強靭さを異様なほどに再現した姿は、まさに剛力無双。

 

そしてもう一体。

 

後ろにどっしりと構える巨屍鬼。

見た目からして他の屍鬼とは違う。

骸骨のような不細工な作りではない。

まるで蝋人形のように、丹念に時間をかけて修復されたことが伺える。

鎧も整備が行き届いている。

紫色を基調とした上等な装い。

そして、名刀『童子切り』。

 

「らいこう……っ!」

 

煉獄は武者震いが止まらなかった。

今、目の前にいるのは英雄の幻影。

 

「源頼光!!」

 

鬼の頭目、『酒呑童子』を斬り殺した伝説はあまりにも有名。

源頼光が生きたのは今からおよそ九百年ほど前。

 

(鬼がまだ伝説だった時代のーーー鬼狩りの英雄か!)

 

鬼という存在も、その元凶も認知されていない。

当然、鬼を討つための呼吸法も生まれていない。

ただ闇夜の帳が広く、深かった時代の英雄だ。

 

鬼狩りの方法が確立した現代とは違い、全てが手探り、絶望の淵で足掻いていた狩人達。

予期せぬ大先輩との邂逅に、煉獄は全身全霊で敬意を表した。

 

「こちらも全力!命を燃やし切り、その輝きを見せねば!無作法というもの!!」

 

煉獄は鋭い踏み込みから、屍鬼頼光に向かって飛んだ。

 

炎の呼吸・伍ノ型

『炎虎』

 

虎のような勇猛な突き!!

屍鬼頼光は『童子切り』を抜き、炎虎を正面から受けてみせた。

激しい衝撃波と轟音。

 

煉獄は自らの愛刀と童子切りが鍔迫り合いをする光景を目に焼き付けた。

その飛び散る火花の美しさたるや!

 

ギリギリと力任せに押し合う。

その時、煉獄は屍鬼頼光の身体に違和感を覚えた。

 

(肺が膨張しているーーー!?)

 

屍鬼頼光の口から、洞窟内に空気が流れるような空虚な音がした。

 

(ま、さかーーーこれ は!)

 

屍鬼頼光の身体が膨張する。

その土くれの肉体に、活力が溢れるではないか!!

 

(呼吸法!!!??)

 

煉獄は目を充血するほどに見開いた!

一挙一動も見逃すまいと!!

全身の細胞が叫ぶ!!

これは危険だ!!!

 

 

屍の呼吸ーーー

 

脹相ノ型

 

(左から一閃!!!)

 

全身が総毛立つ。

咄嗟に刀を両手で持ち、左側を防御!

 

『鬼首狩り』

 

凄まじい衝撃!!

首を跳ね飛ばす、横からの斬撃。

その威力を殺し切れず、煉獄は車輪のように回転する。

 

「ーーーーーッッッ!!!」

 

脳内が撹拌されるような衝撃!

臓腑の中身を撒き散らしてしまいそうだ。

 

(くびっ! をっ! 狙ってきた!!)

 

地に足をつけ、滑らせながら勢いを相殺。

炎をあしらった肩掛けが揺れる。

 

「なんと!鬼が!!屍鬼が呼吸法を!!!」

 

悪夢のような状況だ。

人が鬼に対抗するために編み出した呼吸法を、鬼である屍鬼が使用している!!

 

ぞわり、と背中に悪寒。

煉獄の背後に回った平影清が、腕を前方に突き出す攻撃!!

 

屍の呼吸ーーー壊相ノ型

 

『千鳥喰啄』

 

連続の突き!

あざ丸の切っ先が煉獄を襲う!

 

炎の呼吸・肆の型

『盛炎のうねり』!!

 

これを煉獄は捌く!!

前方への濃密な打ち込みによって、屍鬼平影清の千回もの刺突を弾き落とした。

常人には目にも止まらぬ刀のぶつかり合い!火花が花畑のように咲き乱れる!!

 

平影清の腕は破壊された。

当然だ。いくら屍鬼とはいえ、人体に似た構造を持つ。

千回もの強烈な刺突を短い間に打てば、腕に負担がかかりすぎる。

 

竹刀が爆ぜて壊れたように、散々な壊れ様。

屍鬼頼光とて同じ。

静から動への変化が急激すぎた。

煉獄すら反応が遅れそうなほどの剣撃。

その代償は、腕、腰、膝の損壊という痛々しいものであった。

 

しかし、新たな土くれを補充すると、屍鬼頼光と屍鬼影清の肉体は再生されていく。

 

「なるほど!これが屍の呼吸!そして、屍鬼の戦い方か!!」

 

人体の限界を度外視した動き。

そして急激な再生。

この二つがあって初めて『屍の呼吸』は成り立つ。

 

 

「いいだろう!屍鬼の肉体と!この煉獄杏寿朗の肉体!

炎の呼吸と屍の呼吸!

千年前の鬼狩り師と鬼殺隊!!

 

どちらが上か!!!

雌雄を決する!!!!」

 

 

煉獄杏寿朗は炎のような吐息と共に、炎刀を構えた。

 




あり得たかもしれない未来

無惨を討伐したものの、柱と鬼滅隊はほとんど死亡。
炭治郎は煉獄と会っていないため、煉獄の存在を知らない。
無惨が死んだ後すら、その呪いは解けず、屍鬼として長い年月さ迷い続ける屍鬼煉獄。

満月の夜、屍鬼煉獄は年老いた弟と出会う。
煉獄千寿朗である。

「お労しや……兄上……」

弟だけは兄を覚えていた。
剣才に恵まれず、一度は剣の道を諦めた千寿朗。
しかし兄の無念を晴らすため、長い長い年月を、ただ愚直に剣を振るうことだけに費やした。
そう、費やしたのだ。浪費と言ってもいい。

涙を流す老人の顔に、屍鬼煉獄は心の臓腑が熱を帯びるのを感じる。
最早面影すら朧気な、弟の姿を思い出す。

炎の呼吸・壱ノ型。

人生を棒に振って、千寿朗が会得した技は一つだけ。

『不知火』

鋭い踏み込みからの薙ぎ払い。
その一撃は見事、屍鬼煉獄の首を跳ねる。

全てが終わった。
あまりにも呆気ない、一瞬の出来事。

「兄上……」

だらりと腕を下ろす千寿朗。
青白い屍鬼煉獄の首を見下ろし、千寿朗は呟いた。

「疲れました…………」

千寿朗は兄の形見である炎刀を、その首に突き刺した。


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
山頂にて影満対蝋屈
煉獄 対 平影清、源頼光
屍の呼吸


(速く……もっと速く!!)

 

影満は大きく息を吸い、全身に酸素を行き渡らせる。

彼の五感は研ぎ澄まされている。

 

巨大な熊の死体を生き返らせた『蝋屈』は、その前足で影満の命を刈り取りにかかる。

大きく振るわれた鉤爪を、影満は幻影のように揺らめき、かわす。

 

(はやくーーー速く速く速く!!!)

 

影満は五感の中で、特殊な『温感』を持っていた。

触覚の一種で、字の通り、温かさを感じる器官が鋭敏なのだ。

 

影満は『煉獄』の体温を感じていた。

これほど遠くに離れたとしても、煉獄の体温の上昇をはっきりと知覚していた。

誰に言っても信じられはしなかったが、影満は煉獄を感じている!!!

 

(煉獄さんの戦闘は燃え上がっている!!!)

 

あの二体の屍鬼は、やはり相当な猛者だった。

煉獄と屍鬼との戦いは、すぐに絶頂を迎えるだろう。

だというのに、影満と蝋屈の戦いだけが長引くなど、あってはならないことだ。

 

少なくとも、小手技の打ち合いを長引せるつもりはない。

 

(速く!!!!!もっと速くしろ影満!!!!!

お前はいつもいつもいつもいつも!!!

遅きに失するばかりではないか!!!!)

 

煉獄杏寿朗という豪傑に追い付くには、一日二十四時間の修行では全く足りない。

もっと、もっと速く、効率的に身体を動かせ。

さもないと、煉獄の引き立て役など到底不可能ーーー!!

 

(は や く!!!!)

 

影満の腕が六本に分裂。

速すぎる腕の動きが生み出した幻影。

 

『陽炎零式』

 

これこそが、本気になった影満の基本の形態。

残像も残せないで、何が鍛練だ。何が速く動くだ。

そんな自己を鼓舞する心が可能とした。

 

陽炎の呼吸ーーー陸ノ型

 

影満は屍鬼熊の前足を踏み台にし、その背中に飛び上がる。

背中から生えた骨の触手が一斉に襲い掛かる!!

 

『摩利支天』

 

身体が先に動くのではない。

脳にしっかりとした動きの心象があるからこそ、それを追って身体が動くのだ。

 

影満の脳内には、煉獄のあらゆる動きが色濃く刻み込まれている。

煉獄の技。

煉獄の心。

煉獄の力。

 

影満はただ、その心象風景に身を委ねるだけ。

 

『摩利支天』は煉獄に可能なあらゆる動きを高速で打ち出す技。

その思いが強ければ強いほど動きは滑らかになり、速度も上がる。

 

切り刻まれる骨の触手!!

炎の閃光!!幻のような斬撃!!

 

斬る!斬る!斬る!斬る!斬る!!!

 

熊の身体は輪切りにされ、ズタズタに斬り裂かれる。

影満は高速の足さばきで疾走する。

 

屍鬼の回復も追い付かない。

再生した端から斬り落とされていく!

蝋屈は冷や汗を流す。

 

(なんだーーーこの動きは!?)

 

胴体以外の全てを斬り落とされた熊屍鬼。

影満はその正面に姿を現し、抜刀の構えを取る。

 

(とどめだ)

 

陽炎の呼吸・玖の型

 

影満、熊屍鬼、そして境内。

この場の全てが揺らめき、蜃気楼に覆われたように、輪郭が曖昧になる。

 

(俺の名前はーーー煉獄さんに貰った)

 

陽炎の奥義

 

『影三つ』

 

瞬間、三重の斬撃。

熊の屍鬼は両肩からバツ印に斬られ、さらに縦一文字に斬り落とされた。

 

肉が地面に落ちる僅かな時間、蝋屈は今の技に思考を巡らせた。

 

(馬鹿なーーー今、たしかに、『三回』同時に攻撃されたぞ!?)

 

影満の技は連続攻撃。

一撃と一撃の間が限り無く短い連撃であったが、完全な同時攻撃などなかった。

新手の出現を疑ったほどだ。

 

斬られた蝋屈の体感からして、影満の剣速はーーー

 

(音の速さを越えていたーーー!?)

 

直後に三回分の斬撃音が、遅れて鳴り響く。

 

砂利道に着地する影満。

空気の揺らめきが晴れていく。

 

「この境内を「影」で「満たす」ほど……それが理想だが。

今は影三つが限界だ」

 

まるで分身。光の領域にまで達せるほどの速度。

 

影満。

 

日の光の先駆け。

日の光とは煉獄。

その光を浴びるのが世界。

日と世界があるから影がある。

 

つまり煉獄がこの世にある限り、影満はどこにでも現れる。

 

「いつか玖の型『影満』で、炎の呼吸『煉獄』と肩を並べたい。

それが俺の目指す、剣の極致」

 

バラバラに斬り裂かれた熊屍鬼の下、地面の中から、首の無い死体が起き上がる。

熊屍鬼から脱出していた蝋屈は、その肉体に飛び移り、首を接合する。

タコのような触手で首を縫い合わせる姿は冒涜的な不気味さがあった。

影満はニヤリと笑う。

 

「それがお前の切り札か」

 

あの肉体も、ただの屍鬼ではあるまい。

おそらく生前は猛者だった。

 

影満は相手の変身が終わるまで待つほどお人好しではない。

だが、あの鬼気溢れる死体の正体を見定めなければ動けない。

繰り出す技を間違えれば、初手で殺される可能性すらある。

 

肉体の構築が終わる。

体格は小さい。まるで少女か、小柄な男。

その細身の身体は、巨大な熊屍鬼の後では遠近感覚が狂うようだ。

その右腕には、一振りの刀。

 

「『薄緑』……」

 

その名を知らぬ者は、日ノ本の国にはいないのではなかろうか。

 

「そうか、そうだよなぁ。ここは一ノ谷。当然、お前がいなきゃなあ」

 

影満は納得したとばかりに頷く。

 

「出てこないのかと心配したぐらいだ」

 

華燐にこの墓の伝説を聞いた時から、その名は予想できたはずだ。

 

「源義経!!!」

 

みなもとのよしつね。

今から八百年ほど前の人物。

武将として名を馳せた英雄。

 

「いや、童児のようなその姿。

『牛若丸』と呼ぶべきか?」

 

小さな身なりに油断はしない。

あの矮駆からどれほど残虐で強烈な技が繰り出されるか。

鬼を相手にする以上、見た目に騙されることはない。

 

『牛若丸蝋屈』を前に、刀を構え直す。

少し刀身を下段へ。

 

次なる技を繰り出すべく息を吸う。

影満の頬と首筋に、斑模様の『痣』が出現した。

 

ーーーーーーーーーー

 

屍鬼武者の軍勢を吹き飛ばしながら、その三人は戦っていた。

 

最早別次元の闘い。

並みの屍鬼では舞い散る木っ端にしかならない。

 

炎柱・煉獄杏寿朗は、人の身にありながら伝説上の英雄と肩を並べていた。

 

 

煉獄の背後から屍鬼『平影清』が襲い掛かる。

 

屍鬼影清は刀を後ろに引く。

その腕は異常なほど膨張していた。

全身の血液を右腕に集中させ、筋肉を膨張。爆発的な威力を生み出す!

 

屍の呼吸・血塗相ノ型

 

『黄泉ノ道筋』

 

大砲のような音と共に、突きが打ち出される。

煉獄は振り返り様に下から刀を振るう!

 

炎の呼吸・弐ノ型

 

『昇り炎天・夜深』

 

下段から斬り上げる技、昇り炎天を、片足を軸に振り返りながら放つ派生技。

まるで夜更け、地の底にいる太陽が高速で天に昇り、強制的に朝を迎えるように。

 

屍鬼影清の刀『あざ丸』を打ち払い、威力を受け流す。

煉獄の斜め上を空振った刀身。

受け流したとはいえ、煉獄の腕にはミシミシと軋むような衝撃。

しかし煉獄は歯を喰い縛り、刀の柄頭で屍鬼影清の顎を叩き割る。

 

骸骨のような顔は、歯が砕け散り、顔の下半分が大きく吹き飛んだ。

 

屍鬼のくせに呼吸をする。

ならば、呼吸の要である口と鼻を潰せば、少なくとも連撃はないかもしれない。

 

屍鬼影清の伸びた腕目掛けて、煉獄は横に回転しながら刀を振るう!

 

炎の呼吸・参ノ型

『火炎大車輪』

 

紅い炎が回転する。

屍鬼影清の両腕は轢かれたように両断される。

手に握られた『あざ丸』を取り落とす。

しかし屍鬼影清は足で『あざ丸』を掴む。

その足の先にも手が生えていた。

屍鬼影清は喉を裂いて空気を取り込む。

 

(喉で呼吸とは!!)

 

屍の呼吸・脹相ノ型

『鬼首狩り』

 

顎を砕こうが腕を落とそうが、この屍鬼は止まらない!

 

回し蹴りの要領で、刀を叩きこんでくる。

それを刀の腹で防御。火花が散る。

後ろに飛ばされた煉獄。

 

煉獄の正面から、もう一体の屍鬼が迫ってくる。

 

源頼光の遺体。『屍鬼頼光』は居合いの構えを取る。

その刀、『童子切り』は、背後から数十体の屍鬼がしがみついている。

 

屍の呼吸・膿爛相ノ型

 

『生死一如』

 

原理はデコピンと同じだ。

中指を丸め、親指でおさえる。中指を前に伸ばす力をぐっと溜めた状態から、瞬時に親指を離す。すると中指は高速で前に突き出される。

 

数十体の屍鬼に押さえられていた刀は、その力を瞬時に開放し、恐ろしい速度の抜刀技となる。

煉獄の胴を真っ二つにせんとする斬撃。

 

炎の呼吸・肆の型

『盛炎のうねり』

 

煉獄は刀を斜めに構え、相手の刀を滑らせる。

攻撃技である『盛炎のうねり』を、防御技へと転用した!

鉄と鉄が擦り合う火花!

怪力の技を、技量で受け流した!

腕に鈍い痛みと衝撃!!

 

刀を振り抜いた状態の屍鬼頼光、その脇へと潜り込む。

間髪入れずに技を打ち込む!

 

炎の呼吸・壱の型

『不知火』

 

鋭い踏み込みからの強力かつ高速の斬撃。

胴を斬り落とす一撃!

しかし煉獄の炎刀は止められた!

屍鬼頼光は片腕の肘と片足の膝で、炎刀を白羽取りのように挟みこんでしまったのだ。

 

(見事ーーー!!!)

 

技を止められても煉獄の闘争心は揺るがない。

片足立ちとなった屍鬼頼光の、軸足を蹴りつける。

バキリと骨が折れる音。

 

体勢を崩す屍鬼頼光。

その首に容赦無く追撃を打ち込む。

 

炎の呼吸・弐ノ型

『昇り炎天』

 

下段から高速で斬り上げる。

屍鬼頼光は紙一重のところで『童子切り』で防御。火花が顔に振りかかるが、骸骨の無表情は変わらない。

宙返りしながら後退する。

 

屍鬼影清は煉獄の背後を狙う。

 

屍の呼吸・青淤相ノ型

 

『自業苦』

 

骨と骨の繋がりを外し、筋肉をちぎり、皮膚を限界まで伸ばした技。

屍鬼影清の腕は数十倍の長さに伸び、蛇のようにうねりながら急接近。

煉獄は目をギラリと光らせる。

 

炎の呼吸・肆の型

『盛炎のうねり』

 

前方へ高速で刀を振るう。

炎の渦は毒蛇の牙を打ち払った。

 

「蛇の呼吸は手合わせしたことがある!」

 

柱稽古に感謝だ!!

煉獄はそう叫ぶ。

 

遠距離攻撃を防がれた屍鬼影清は、自身の腕を元に戻すと、一気に加速して間合いを詰めてきた!

 

屍の呼吸・噉相ノ型

 

『蛆湧裂傷』

 

目にも止まらぬ太刀さばき。

煉獄は刀で防御し、幾重にも火花が散る。

しかし敵の攻撃に違和感を覚える。

 

(む!?ーーー浅い!)

 

屍鬼影清の踏み込みは浅い。

刀の先で斬り、わずか数センチの斬り傷をつけるような攻撃。

命を奪うために、一撃必殺を必要としない斬撃だ。

人が鬼を殺すには首を断たねばならないが、鬼が人を殺すには、少しずつ血を流させ、体力を消耗させればいい。

元々は刀に毒を塗り、僅かでも傷がつけば決着がつくような剣技。

まさに屍鬼らしい技である。

 

搦め手に翻弄されると分かってはいるが、それでも煉獄は真っ向から受けて立つ。

一撃も食らうまいと防御し続ける。

 

煉獄の側面から屍鬼頼光が迫る!

屍鬼影清の攻撃も止まらない!

 

煉獄は背中に寒気が走る!

 

(禍々しい殺気!!)

 

屍鬼頼光は下段から煉獄の足を切り裂く攻撃。

 

屍の呼吸・散相ノ型

『達磨落とし』

 

足を股から斬る攻撃。

煉獄は飛び上がって回避。

その煉獄に、右腕と左腕を狙った斬撃。

 

炎の呼吸・参ノ型

『火炎大車輪』

 

これらを回転しながら弾き落とす。

屍鬼頼光は煉獄の胴体をバツの字に斬りつける。

煉獄は刀を前に置き、的確に防御。

 

『凶』の字に人間を切り裂く技。

一瞬でも気を抜けば、即座に達磨のようにされていただろう。

 

冷や汗が流れる。

技の連発で鼓動も早くなっている。

 

「ハァ ハァ ハァ ハァ」

 

煉獄は身体が燃え上がるような感覚を味わう。

命を燃やしていると、実感できた。

これが凄く、心地いい。

 

屍鬼影清は腕の骨が数十倍に太く変形していた。

まるで竜の胴のようだ。

あるいは城壁を崩す攻城兵器。

 

物理攻撃に全てを費やした形態!

 

煉獄は目を見開く!!

全身の産毛が開く感覚!

 

(肌を刺す死の圧力!!)

 

屍の呼吸・骨相ノ型

『黄泉醜女』

 

横に振るわれた一撃は、まさに城を破壊するほどの威力!

煉獄は身体をひねり、上に飛ぶことで回避した!

肩のギリギリを攻撃がかすめる。

 

煉獄の太い腕の上に乗ると、刀を両手で持って振り上げる!

火山口のように熱い吐息が漏れる!!

 

炎の呼吸・漆ノ型

 

『炎天直下』!!!

 

炎の球が落ちるような光景!

煉獄の炎刀が力強く振り下ろされる!!

まるで兜割りのように、屍鬼影清の腕は叩き斬られた。

 

炎の呼吸の強みである『攻撃力』

威力の高さを惜し気もなく披露した一撃!!

 

骨を集中した腕が切り落とされるとは思っていなかった様で、屍鬼影清の動きが硬直する。

その隙を煉獄は見逃さない!

 

(とどめだ!!!!)

 

炎の呼吸・壱ノ型

 

踏み込む度に炎が巻き上がる。

熱風と共に駆け抜けた一撃!

 

『不知火』

 

赤き炎刀が、屍鬼影清の首を斬り落とした!!

 

「ア……ガ」

 

塵となり消滅していく屍鬼影清。

 

炎のような吐息を吐く。

 

「影清と死闘が叶うとは、剣士の誉れ。この胸の高鳴りは!墓まで持っていく!!」

 

残りは屍鬼頼光のみ。

 

ふと煉獄は自身の手を見る。

するとそこには、青い斑模様の『痣』が出ていた。

 

「む!なんだこれは!!」

 

ーーーーーーーーーー

 

「なんだ……?これは!?」

 

影満は蝋屈を無視して横に走っていく。

境内にあった湧き水、そこに映った自身の顔を見ていた。

蝋屈は追撃してこない。

むしろニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「これは、痣……?」

 

「ハハハハハハハハハッ!!!」

 

蝋屈は高らかに笑う。

 

「ようやく効いてきたようだなぁ。

俺の血鬼術、『霧中土葬』の毒がぁ」

 

「毒……だと?」

 

影満は怪訝そうな顔をする。

蝋屈の出す霧が、人を屍鬼に変えるということは知っている。

しかし、影満は妙な霧が出ていないか注意しながら戦っていた。

一度も霧を吸っていないはず。

 

「ごく少量に薄めた『霧中土葬』を、この戦場にばら撒いていたのさ!

それこそ、土煙と見分けがつかない程度になあ!!」

 

無味無臭の透明な霧を、音もなく散布していた。

 

「『呼吸』をすると分かってるんだから、空気に細工するのは当然だろおおおお!!?

お前らホント馬鹿じゃねえのかア!?あぁあん!?」

 

呼吸法こそが鬼に対抗する唯一の手段。

それを毒という手段で防ぐ。

あまりにも有効な戦法だ。

 

「あの村から即座に逃げなかった時点で、お前らの負け、屍鬼化は確定していたのさ!!

俺は適当に相手をしているだけで良かった!

どうだ!?理解したか!?最初から戦いにもなってなかったんだよお!!

無駄な努力!徒労!!ご苦労様々噛ませ犬!!」

 

影満は呆然としている。

その姿は蝋屈の嗜虐心を大いに満たした。

 

「痣が出たならもう終わりさ!

お前も、あっちの柱も屍鬼になる!これは確定!!

俺の操り人形!

なあ!お前は最初に何をさせると思う?

何を命令しようか!?

人の虐殺?仲間の暗殺?それとも糞を喰わせてやろうか?

んざああああんねん!!

 

『自害』!!

自害!!じがいじがいじがいじがい自害だ!!

手前で手前の首をかっ斬れ!!

自殺しろ!!

だあああああああれがお前みたいなイカレ野郎を仲間にするか!!

死ねッ!!死ねッッ!!!

自殺すりゃあ極楽にも行けねえ!

鬼の道にも通じねえ!!

どこでもない永遠の暗闇で、一人フラフラ漂ってろお!!!!!」

 

影満は絶叫した。

 

「ぃやったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

歓喜を叫んだ。

拳をグッと引いて、天高くまで声を張り上げた。

 

「煉 獄 さ ん 入 院!!!!!」

 

「…………は?」

 

れんごくさんにゅういん。

 

早口で叫んだ言葉の意味を、蝋屈は理解できなかった。

 

「いやーーーーー煉獄さん、なっかなか負傷してくれないからさあ!!

病気にもならないし!

おかげで入院しないんだよ!医者要らず!

そのせいで病衣を着た煉獄さんが見れなくて歯噛みしてたんだ!!」

 

「なに……何を言ってんだ?」

 

影満は身振り手振りを交えて語り続ける。

 

「試合で負傷させようにも、俺はまだまだ未熟だろ?

食事は美味しいもの食べてもらいたいから毒盛るとか論外だし、かといって任務をサボったり鬼をけしかけるなんて頭が無残な証だろう?

だから、毒という搦め手で煉獄さんを病院送りにしてくれたこと……」

 

影満は満面の笑顔で言い切る。

 

「心から感謝する」

 

蝋屈は硝子が割れるような音を幻聴した。

紛れもなく、蝋屈の心に罅が入る音だ。

 

「『死』が確定したんだぞ……?」

 

多くの人間の絶望した顔を見てきたから分かる。

 

影満は、絶望なんてしていない。

空元気でも自棄でもない。

本気で希望を見ている。

未来を確信している。

 

「なぜ 絶望 しないんだ……?」

 

蝋屈は顔が歪み始めた。

 

「鬼殺隊には優秀な医者がいるし、毒に長けた者もいる。

『血鬼止め』を知っているという事もある。

わざわざお前が時間を稼ぐということは、効果が出るまで吸わせ続けないといけない、と予想もできる。それに……」

 

影満は刀を上げ、ピタリと蝋屈の首を指差す。

 

「お前が死ねば、この血鬼術は解除されるんだろう?」

 

蝋屈は顔面に血管が浮き出る。

 

(なぜ……)

 

「当たりか」

 

影満は満足そうにフフンと笑う。

 

「なぜ そこまで 明るく ものが 見えるんだ」

 

(頭がイカれた異常者だから)

 

蝋屈は自身を納得させる言い訳を探す。

しかし、どうしても理解できない。

受け入れられない。

 

絶望に埋め立てられても、こいつらは希望の息を止めない。

 

「……うめてやる」

 

蝋屈が影満に感じたもの

 

それは『まぶしさ』

 

「埋めてやる」

 

こいつは自分とは違う

 

「埋めてやる」

 

埋められて、そこで諦めてしまった自分とは、違う。

 

「埋めてやる」

 

地の底で動かなくなった自分とは、何もかも違う。

 

「俺はお前が……お前という存在が!!」

 

蝋屈は『薄縁』を構える。

 

「身体の芯から受け付けねえ!!!!」

 

陽炎とは日の光だ。

日光をたっぷり浴びて、暖まった空気の揺らめきだ。

 

「日の光なんて!!!!生まれてこのかた!!!浴びたこともねえんだよお!!!!!!!!」

 

牛若丸の肉体を限界まで強張らせ、蝋屈は飛び出した!

 

影満は油断なく構える。

 

(来るか!!)

 

本気の蝋屈の技、能力。

全くの未知数。

さらに牛若丸の肉体の技量も底が知れない。

 

影満はどんな攻撃にも対応できるよう、自然体で待ち構えた。

 

突撃してくる牛若丸の肉体、その肺が大きく膨らんだ。

 

(呼吸法!!!???)

 

影満は完全に虚を突かれた。

血鬼術に関心を寄せておいて、鬼が呼吸法を使うという盲点!

心理的に影満を崩す算段!

 

屍の呼吸・脹相ノ型

『鬼首狩り』

 

首を狙った斬撃!!

常人の目には、光が瞬いたようにしか見えない速業!!

 

陽炎の呼吸・参ノ型

『透明炎』

 

影満の首を『薄縁』の刃がすり抜ける。

それは残像。

上へと高く飛び上がった影満。

 

(首を狙ってきただと!?)

 

しゃがんで避けなくて正解だった。

蝋屈の踏み込みは凄まじく、砂利が爆散し、散弾銃のように飛び散っている。

 

上から刃を振るう!

 

蝋屈は振り向きもせず、腕を限界まで振り抜いた。

その腕は数十倍の長さに伸びる!!

 

屍の呼吸・青淤相ノ型

『自業苦』

 

蛇のように伸びた腕、そこに握られた『薄縁』の切っ先が影満を襲う!

 

「ぐぅ!!」

 

空中で幾度も刃が叩き合う。

影満は身体をひねり、強引に着地。

鞭のように襲いかかる斬撃を弾き返す。

 

(肉体の異常なまでの酷使……そして瞬時の再生……)

 

肉と皮がズタズタになった腕も、土を補給して即座に回復する。

牛若丸の肉体は数秒で全快した。

 

「厄介だな!!」

 

影満は突きの構えを取る。

 

陽炎の呼吸・伍ノ型

『幻竜』

 

技で肉体が破壊されるというのなら!

さらにこちらの攻撃で破壊すれば!破壊の二乗で再生は追い付かないはず!

 

つまり絶え間無い攻撃こそが、屍の呼吸への攻略法!!

 

鋭い突きの連続攻撃。

水平線を揺らめく幻影の竜。

突きでありながら固さのない、変幻自在の攻撃。

蝋屈も果敢に防御するが、牛若丸の肉体には数多くの傷がつく。

 

屍の呼吸・壊相ノ型

『千鳥喰啄』

 

こちらも連続の突き!!

まるで千羽の鳥が一斉に啄むかのごとく、容赦のない刺突攻撃!!

 

千鳥と幻竜のぶつかり合い!!

切っ先と切っ先の弾き合い!!

激しい火花が散り、まるで溶鉱炉のように熱く輝く!!

 

影満の目がギラリと光る!

蝋屈の技を見切った!!

スルリと間隙を抜ける!!

懐に入り込む!!

 

陽炎の呼吸・肆ノ型

 

『蛟の息吹・噴火』!!

 

まるで間欠泉!!

視界が揺らめき、空気がブワリと巻き上がる!

下から斬り上げ、敵を上空に叩き上げる技!!

蝋屈は空中に放り出される。

 

(空中なら土の補充は無い!!!)

 

牛若丸の肉体は右腕が負傷!

その回復を封じる!!

 

陽炎の呼吸・参ノ型

 

『透明炎』

 

こちらも飛び上がり、一気に勝負をつける!!!

 

屍の呼吸・散相ノ型

『達磨落とし』

 

禍々しい殺気に、影満は冷や汗が吹き出す。

追い詰められたのは自分だ!

空中に誘い込まれた!

回避不可の殺人剣が影満を襲う!!

 

『凶』の字に人体を斬り落とす斬撃を、透明炎の勢いを使ってなんとか弾き返す!

殺意が具現化したような剣の軌跡!

それを緋色の陽炎が相殺する!!

 

牛若丸の左腕は破壊された。

 

屍の呼吸・青淤相ノ型

『自業苦』

 

牛若丸の右足が鞭のように伸びる。

影満を狙うのではなく、地面に深く突き刺さった。

伸びた足を瞬時に縮め、影満より先に地面に着地。

 

(しまった!!!)

 

土の補給と同時に、地面に着地した影満に襲い掛かる!!

 

屍の呼吸ーーー

陽炎の呼吸ーーー

 

蝋屈は腕を引いた!

その腕は血液が圧縮されており、異常なほど膨らんでいる!!

 

影満は前に踏み出した!!

呼吸法の恩恵を、足に注ぎ込む!!

 

血塗相ノ型

 

『黄泉ノ道筋』

 

大砲が炸裂したような音と共に、高速の突き!!!

屍の呼吸で最も速い攻撃!!

 

壱ノ型

 

『鬼火』

 

残像を生むほどの高速の居合い!!

陽炎の呼吸で最も速い攻撃!!

 

結果、蝋屈の突きは虚空を突いた!

蝋屈の接近が早すぎたため、影満は間合いを測り間違え、刃がまだ前に出ていない!

刀の柄で牛若丸の胸を突いただけ!

 

「ガヒュッ!」

 

「ぅぐう!!」

 

蝋屈は口から泥混じりの空気を吐く!

牛若丸の肺を突かれた負傷!

 

影満は聴覚が圧迫され、平衡感覚が狂う!

黄泉ノ道筋の真近くにいたため、その爆音による負傷!!

 

バッと離れる二人!

 

 

屍の呼吸!!!

陽炎の呼吸!!!

 

振り返り様に相対する呼吸と呼吸!!

 

噉相ノ型

 

『蛆湧裂傷』

 

浅い踏み込みの連続攻撃!!

平衡感覚の狂った影満には特に効く!!

全身に小さな切り傷が無数に刻まれる!!

出血する影満!!!

 

弐ノ型

 

『陽光斬り』

 

牛若丸の肉体を真っ二つ!!!

陽光のごとき薙ぎ払い、その威力は凄まじく、蝋屈は牛若丸の上半身ごと横に吹き飛ばされる!!

 

蝋屈は口に『薄縁』を突っ込んだ!!

内臓の踏ん張りによって刀を押さえつける!!

 

影満は深く踏み込んだ!!

 

(今度こそ逃さない!!!)

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

 

『鬼火』

 

揺らめき消える影満の幻影!!

鬼の首めがけて振るわれる緋色の刃!!

 

屍の呼吸・膿爛相ノ型

 

『生死一如』

 

内臓で押さえつけた負荷を解き、一気に刀を振るう!!

 

日輪刀と薄縁がぶつかり合う!!

 

夜空を照らすほどの火花が散り、両者はすれ違った。

 




牛若丸……ちちが……まろび出る……


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あらすじ
影満の切り札『影三つ』、蝋屈の切り札『牛若丸』
煉獄さん、屍鬼影清を倒す
屍鬼化の痣


屍鬼化の痣が発現しても、煉獄は正気を失うことはなかった。

 

「俺の命はーーー弱き者を守るため」

 

例え明朝に死ぬとしても、今夜鬼を倒せるのなら本望。

この程度の逆境など。

 

「諦める理由にはならない!!」

 

煉獄は上段に刀を構え直す。

その闘志は微塵も揺らいでいなかった。

 

屍鬼頼光は大木のように立っている。

屍鬼影清が討ち取られても、動揺した様子はない。

影清との連携を前提に戦っていたため、単騎になった今、戦い方を変えねばならないはず。

その意識の切り替えによる隙は感じられない。

影のように、そこにあるだけ。

 

まるで『死』そのもの。

ただ静かに存在する。

 

一方、他の屍鬼達は煉獄と頼光をぐるりと取り囲む。

円形に包囲された煉獄。

 

(数で押し潰しに来るか!)

 

一万体いた屍鬼軍も、今や数百体にまで数を減らしていた。

それでも囲まれれば厄介だ。

 

炎の呼吸ーーー

 

大きく息を吸い込む煉獄。

 

その瞬間、周りの屍鬼達が一斉に燃え上がった!

 

「!?」

 

驚愕の表情の煉獄。

赤黒い、血と泥を混ぜたような炎。

 

「人体自然発火か!!」

 

屍鬼軍はそれぞれが兵器だ。

人の形をしているから兵士として使えるというだけで、本来ならばこのような「使い捨て」の方法が最適。

 

(腸内で可燃性の燃料気体を生成したか!確か菌の働きがどうとか、影満が言っていたな!)

 

炎の渦は円形に煉獄を取り囲む。

周りは一面の炎。

最早逃げ場は無い。

 

屍鬼軍捨て身の戦法

 

『背炎の陣』

 

しかし煉獄は焦らない!!

 

(元より退く気などーーー無い!!!)

 

問題は空気。

一瞬で酸素を燃焼したこの場所は、既に呼吸で利用できる空気が無くなっているのだ。

火事場で息を吸う訓練も積んでいるが、流石にこの規模は猛毒。

つまり、もう息は吸えない!

 

(肺に残った空気で一撃出せる)

 

煉獄はスゥ……と腰を落とし、神経を尖らせる。

 

(この一撃で 決める!!!)

 

屍鬼頼光が発火した。

全身が火だるまと化し、炎の奥に覗く骸骨はまさに地獄の悪鬼。

その炎は『童子切り』にも燃え移る。

燃える刃、炎刀。

その刀身は紅く揺らめいていた。

 

山火事の真っ只中、闇夜を照らすほどの業火。

燃える魔剣を携える屍鬼。

その揺らめきを見据えて、炎柱・煉獄杏寿朗はニヤリと笑う。

 

相手にとって、不足無し。

自身の全力を刀に乗せる!!!

 

(一日に二度は初めてかーーー)

 

炎の呼吸・玖ノ型

 

煉獄杏寿朗最高の奥義!!

 

「『煉獄』!!!!」

 

巨大な爆発と共に、煉獄は飛ぶ!!

煉獄の渾身の一撃!!

 

対するは屍鬼の呼吸最後の技!!

 

焼相ノ型・『黄泉比良坂』

 

生者と死者の世界の境界。

生者でも死者でもない屍鬼の奥義!!

 

刃と刃が!!

奥義と奥義が!!

炎刀と炎刀がぶつかり合う!!

 

空気が押し出されるような爆音!

落雷のような閃光!!

生み出される衝突熱!!

 

周りの炎屍鬼は衝撃で消し飛んだ!!

 

業火に肌を焼かれ、火傷を負う煉獄!!

思わず目を細める!!

酷使した肉体は悲鳴をあげている!!

 

しかし手応えはあった!

屍鬼頼光は『煉獄』の威力を真っ向から喰らい、両腕が吹き飛び、顔面の半分が消し飛び、胴体も削れ飛んだ!!

 

(勝機!!!)

 

『童子切り』も腕と共に飛んでいった!

屍鬼頼光は丸腰!!

首を跳ねることは造作も無い!!

 

(あと一撃ーーーあと一撃!!!)

 

肺に空気は残っていない。

 

(それがどうした!!!血を燃やせ!!筋肉を燃やせ!!!命を燃やせ!!!!)

 

屍鬼頼光は顎で煉獄の首に噛み付こうとしてくる!

その殺意は驚愕に値する。

しかし、それでも煉獄が一手速い!!

 

炎の呼吸・壱ノ型……

 

煉獄が最後の一撃を打ち出そうとした瞬間、地面の中から数体の屍鬼が飛び出し、煉獄の身体を掴んだ!!

 

(しまった!!!)

 

屍とは本来、動かないものだ。

動き、戦い、気配を発している現状こそが異常なのだ。

つまり、屍鬼にとって「死んだふり」とは得意中の得意技。

屍鬼頼光に気を取られ、地中にまで気が回っていなかった!!

 

(動けない!!!)

 

固定された!

 

行動回数は一回が限界。

屍鬼達を振りほどけば、それだけで煉獄は力尽きる。

そうなれば、屍鬼頼光に首を噛まれて終わりだ。

 

眼前に迫る屍鬼頼光。

 

(死ぬーーー!!!)

 

全身の細胞が叫ぶ!

 

死が襲い掛かる一瞬。

煉獄はとある記憶を思い起こした。

 

ーーーーーーーーーー

斬り合った影満と蝋屈。

交わったのは一瞬。それだけで勝敗と生死は別れた。

 

影満は肩を斬られ、出血する。

しかし傷は浅い。

 

(手応えあり)

 

刀身に映る、背後の蝋屈の姿。

上半身を両断した状態から、さらに半分に両断した。

右肩から袈裟斬りにされた牛若丸の肉体は、最早左腕と蝋屈の首しか残っていない。

しかも肉体は空中にある!

 

(まだだ!首をーーー頸を落とすまでは!!!)

 

影満は息を吸い込む!

足先で地面を穿ち、反転しながら刀を振るう!!

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

 

『鬼火・帰り道』

 

急停止からの急反転、再突撃の早業。

着地点には影満の残像が揺らめいたまま。

 

隙を見せた蝋屈に襲い掛かる!

蝋屈は『薄緑』を手裏剣のように投げつけた!

 

(なに!?)

 

影満は虚を突かれ、技の発動が止まる。

顔を反らし、飛んできた『薄緑』を避ける。

 

(刀を投げたーーー!?あれほどの業物を……)

 

背後から襲い掛かる牛若丸の下半身を、影満は振り返ることすらせずに両断した。

 

(万策尽きたか!!)

 

蝋屈は左手を地面に突き刺す!

新たな刀を取り出すつもりか。

影満は蝋屈に迫る!

 

だが名刀『薄緑』に匹敵する刀があるのだろうか?

影満は刀の柄を強く握りしめた。

 

(舐めるな)

 

付け焼き刃で防げるほど、影満の技は温くない。

炎の呼吸の派生技、陽炎の呼吸を貶める訳にはいかない。

 

(刀ごと叩き斬ってやる!!!)

 

影満は日輪刀を振り上げる!!

 

腹部にじわりと冷たい熱!!

嫌な空気の揺らめきを感じる!!

それは『死の熱』!!

 

陽炎の呼吸・漆ノ型

 

『日光時計』

 

棒を地面に突き刺すと、太陽に照らされて一本の影ができる。

それは日の出から日が沈むまで、左右に半円を描く。そこから時刻を割り出すことができる。

 

影満は眼前の蝋屈を基点に、右に半円を描くように滑りながら駆け抜けた。

曲がるスライングと言ってもいい。

 

攻撃を、回避したのだ。

 

影満は熱を感知する。

その感度は鋭敏で、わずかな空気の揺らめきさえ全身で捉えるほど。

温度差によって万物の動きを先読みする。

それが影満の回避能力の正体。

戦闘経験を積んだ影満は、自身を死に至らしめる攻撃の「熱」を熟知していた。

 

ひゅんひゅんと風切り音。

目で追えないほどの速度で回される刃。

その切っ先が、影満に襲い掛かる!!

 

(く さ り が ま!!!)

 

命を刈り取る形をした、『鎖鎌』

新武器は刀ではない!!

遠距離斬激の二つのカマ!!

 

(まずい!!鎖は不味い!!!)

 

影満は鞭や鎖のような縄状の武器に、ことさら警戒心を抱いていた。

 

(巻き取る気か!!!)

 

素早い動きと捉え所の無さが陽炎の呼吸の強み。

一度捕まってしまえば、技は発動できない。

 

上半身を修復した蝋屈は、その腕を数十倍にまで伸ばす!!

 

屍の呼吸・青淤相ノ型

 

『自業苦』

 

高速で回転する鎖鎌が、蛇のように延びる腕に振り回されながら飛んでくる!!

 

(武器が変化ーーー技がーーー)

 

それはもう出鱈目な攻撃範囲と軌道!!

暴れ狂う鎌鼬!!!

 

(変わる!!!)

 

『自業苦・因果』

 

最早感覚だけで回避し、防御していた。

刀を振るった先で鎌とぶつかり、火花が散る!

汗が吹き出す!!

 

蝋屈は下半身を修復!!

 

「くそっっっ!!!」

 

影満は焦るが、攻撃目標だけは冷静に絞り込む!!

 

(鎖を砕く!!)

 

二つの鎌を繋ぐ鎖の部分を破壊すれば、その変幻自在さは失われる!!

影満は一瞬だけ、二つの鎌のそれぞれに「伊邪那岐」「伊邪那美」と彫られているのを見た。

 

(目も慣れ……慣れた!!)

 

言霊とは大切だ。

慣れたと思い込むことで、眼球は予想以上に仕事を果たしてくれるものだ。

 

陽炎の呼吸・肆ノ型

『蛟の息吹き』

 

柔らかく、素早い太刀さばきで、鎖鎌を後方へ弾き飛ばす。

『蛟の息吹き』を舞いながら駆け出す!

影満は雄叫びを上げる!!

 

「おおおおおおッ!!!」

 

蝋屈は右腕に血液を集中させ、膨張させた。

大砲のような音と共に突きを打ち出す技!

 

屍の呼吸・血塗相ノ型

『黄泉ノ道筋』

 

それを自身の後方に打ち出した。

 

(はーーー?)

 

影満は思考が真っ白になる。

鎖鎌の鎖を持った腕を、後方に突き出した。

それはつまり……

 

鎖を後ろに引いたということだ。

強烈な力で!!!

 

背後に熱ごてを押し当てられるような『死の熱』!!

 

『黄泉ノ道筋・後ろ髪引き』

 

影満は海老ぞりのように後方転回。

直立した影満の残像、その背中を高速で鎖鎌が通過していった。

 

帰還した鎖鎌は、牛若丸の胸に深く突き刺さった。

蝋屈すら受け止めるのを諦める速度と威力。

それを、牛若丸の肉体を受け皿にして強制的に手元に戻した!

 

屍の呼吸・壊相ノ型

『千鳥喰啄』

 

千に及ぶ高速の突き!!

 

(ば)

 

鎖鎌は牛若丸の腕の動きに合わせ、前に飛び、後ろに戻り、また前に飛び出していく。

武器の変化による技の変化!!

それは「昇華」と言える!!!

 

『双竜頭喰啄』

 

「かァあああぁあアかっ!!

てめぇえええええええええええ!!!!」

 

影満は幻影によって腕を六本に増やす!

その高速斬撃で漸く弾き、打ち返せる手数!!

 

鎖が帰ってくる度に、牛若丸の身体に突き刺さり、乱暴に引き抜く。

最早牛若丸の肉体はボロボロだった。

 

破壊と再生。

人間には到底出来ない戦法。

蝋屈は虚ろな無表情。

屍鬼というものの闘い方は悪魔じみていた。

 

屍の呼吸・膿爛相ノ型

『生死一如』

 

牛若丸の胸に深く突き刺さった鎌。

胸の筋肉で負荷をかけ、一気に解放して高速の居合い!!

 

影満は地面に寝そべるように身を低くして回避!!

 

『生死一如・破り捨て』

 

一度で終わりではない!!

 

『日光時計』!!!

 

二度目は半円状に滑って回避!!

残像の影満も苦い表情!!

 

(『透明炎』は使えない!!逃げ場のない空中に飛べば、手数と力技で切り裂かれる!!!)

 

真っ直ぐ伸びた鎖を辿って、列車のように走り続ける。

一歩近づくだけで、『死の熱』は肌を焼く。

足を踏み出す度に死の可能性が濃くなるのを感じる!!

 

(心の中で)

 

屍の呼吸・脹相ノ型

『鬼首狩り』

 

横から一閃!!!

身を捻って低く飛び、ギリギリで回避!!

 

影満の背中に切り傷!!

飛び散る鮮血!!

 

「ガ ぁっ!?」

 

『鬼首狩り・血風』

 

鎖で軌道が揺れる横薙ぎの一閃。

ついに影満を斬りつけることに成功する!

 

(煉獄さんと唱えてみよう)

 

影満の身体がバランスを崩す。

 

蝋屈は一撃加えたからといって油断はしない。

手を変え技を変え、影満を斬り崩し、殺すつもりでいる!

 

屍の呼吸・噉相ノ型

『蛆湧裂傷』

 

「ぐぅうううう!!!」

 

浅い踏み込みの連続攻撃。

見えない速度の鎖鎌と、間合いの読めない攻撃の相性は抜群で、影満の全身に斬り傷が走る!!

 

『蛆湧裂傷・オオカムヅミ』

 

出血!!

精度が上がる攻撃!!

しかし影満にとって、不利なことばかりではない!!

 

「はっ、はは」

 

二つの鎖鎌!

その刃についた自身の血!!

その体温が、刃の在処を伝えてくれる!!

 

「はははハはははははハハハ!!!!」

 

鎖の動きも!刃も感知できる!!

蝋屈は自身の有利を確信しているだろう!

だがそれは影満も同じ!!!!

 

蝋屈は寒気を覚える。

 

(笑うか……この状況で)

 

影満の真っ黒な目。

その奥の闇の深さは、正に蝋屈が言った、永遠の暗闇そのもの。

恐怖も闘志もない。狂気と混沌。

あの中で、煉獄とかいう柱のことを念じているのだろう。

 

(イカレてやがる……)

 

(煉獄さん

煉獄さん

煉獄さん

煉獄さん

煉獄さん

煉獄さん

煉獄さん

煉獄さん)

 

屍の呼吸・散相ノ型

『達磨落とし』

 

『凶』の字に人体を切り裂く技。

しかしその軌道は地面をも豆腐のように切り裂き、軌道が読めない!!

 

『達磨落とし・大凶字』

 

土砂崩れかと見間違うほどの大斬撃!!

影満はあろうことか

 

真っ向から受けた!!!

 

陽炎の呼吸・弐ノ型

『陽光斬り』

 

揺らめく影満の刀身!!

鎖鎌「伊邪那岐」は砕け散った!!!

それだけではない!!

鎖に沿うように刃を走らせる!!

 

『陽光斬り・滑走』

 

「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

地鳴りのような怒声!!

鎖を縦に両断しながら接近するという離れ技!!!

舞い散る火花と、軽々と鉄が切り裂かれる美音!!

 

蝋屈は腕に骨を集中させる!!

 

屍の呼吸・骨相ノ型

『黄泉醜女』

 

攻城兵器と錯覚するほど巨大化した腕、そこから放たれる超強力な一撃!!

 

『黄泉醜女・一風千殺』

 

影満は煉獄の言葉を思い出す。

自身と煉獄を同一視して、その力を借り受ける技!

神降ろしの如く!!

 

陽炎の呼吸・陸ノ型

『摩利支天』

 

煉獄の技を再現することで得られる恩恵

 

これは『攻撃力』!!!

 

千石の城すら砕ける威力の鎌を!!!

真っ二つに両断する!!!

 

割れるような破砕音!!

バラバラになった鎖の欠片が宙を舞い、銀色に輝き、夜空を彩る!!

影満の勢いは止まらない!!

 

蝋屈に急接近!!

日輪刀を!!蝋屈の首に叩きつける!!

 

重い金属音。

蝋屈の首に食い込んだ刃は、途中で動きを止めた。

首の骨が異常に硬い。

まるで鉄の芯でも入っているかのように。

 

蝋屈の頭から、槍の切っ先が突き出してきた。

 

(こいつは!!!!)

 

地面から真っ直ぐに突き出した『大槍』は、牛若丸を股から突き刺し、体内を進み、首を縦に突き抜けた。

自身を磔にするような愚行。

しかし今回のみ、影満の斬撃から、首を守ることに成功した!

 

おじぎするように首を下へ振るう。

その力で槍の切っ先を影満に振り落とす。

 

即座に横に避ける影満。

 

(これほど自身の肉体を酷使する鬼をーーー俺は見たことがない!!)

 

身体を再生できる鬼とて、好き好んで身体を破壊したりはしない。

特に鬼狩りとの戦闘中に、わざわざ行動の妨げになることはしないだろう。

 

いっそ自己破滅願望とすら言える。

ーーー自分の身体が嫌いなのか?

進んで自分の身体を破壊しているようにも見える。

 

蝋屈が取り出したのは大きな槍。

『弁慶の薙刀』

 

長さは三メートルを越える。

 

(また武器が変化!!)

 

屍の呼吸・脹相ノ型

『鬼首狩り・七首滑落』

 

影満は身体を後ろに飛ばしながら防御!

激しい火花が散る!

しかし衝撃を殺しきれず、堪らず後方へ吹き飛ばされる。

 

境内の奥にある神木の幹に叩きつけられる。

 

「ガハッ!!!」

 

幹が大きく凹む。

背中が猛烈に痛い。

 

痛みに視界が揺れる。

膝をつく影満の眼前に、『弁慶の薙刀』を振り抜く蝋屈の姿。

 

『鬼首狩り・不死殺し』

 

横に一閃。

空間が削り取られたように歪む。

樹齢百年は越える太い神木が、バキバキと壊滅的な音をたてて倒れる。

影満は横に車輪のように回転し、腕で地をついて着地。

 

『鬼首狩り・幻影斬り』

 

三度の斬撃!!

 

『陽光斬り』

 

呼吸の力を全力で使い、渾身の一撃!

しかし腕が上に上げられ、胴ががら空きになる!

蝋屈は槍をくるりと回転させる。

槍の柄で影満を突く気だ。

柄端にも短い刃がついている。

蝋屈の力で突かれれば人体を貫通するだろう。

 

(死ぬーーー)

 

時間がゆっくりと流れる。

 

(煉獄さん……すみません……俺の力だけでは……勝てない)

 

弱音と謝罪。

煉獄さんに聞かれれば喝を入れられそうだ。

普段の影満ならば絶対に言わない。

心の中でも言わない。

 

しかし、自身の命を奪うほどの強敵に追い詰められ、影満は一つの枷を外した。

 

(煉獄さん……

 

使 わ せ て も ら い ま す)

 

 

金属音。

影満の心臓を貫くはずだった刃は、日輪刀によって防がれた。

 

蝋屈は目を見開く。

 

(馬鹿なーーー)

 

影満の腕に握られたーーー

 

赤い刃の日輪刀!!!

 

「二刀流だとぉ!!!!???」

 

影満の日輪刀は橙色!!

二本目の赤い日輪刀は!!!

 

「煉獄さんの刃!!!!!!!」

 

振り上げた橙色の刀身と、下段に構えた赤い日輪刀が、車輪のように回転する。

鮮やかな色の残像が、蝋屈の目を焼く!!

 

「なぜ!!!!」

 

蝋屈が叫ぶのは、影満という存在の理不尽さ。

自分の常識が悉く破られる不条理を嘆く声だ。

 

「なぜ なぜ なぜ!!!!!!」

 

刀を隠し持っていた。

あると分かっていたのに使わなかった。

それはつまり、余力を残して戦っていたということだ!

蝋屈は本気の全力だったというのに!!

 

「ふざっっっけんじゃねええええぇぇえぇぇええええええ!!!!!!!」

 

蝋屈は両腕を切断される!

 

「廃刀令!!」

 

影満は蝋屈の「なぜ」という言葉に、馬鹿正直に答える。

 

「帯刀が禁じられた時代!!」

 

影満は煉獄よりも立場が下だと思っている。

実力も精神も身分も、煉獄の方が上だ。

今でこそ煉獄は、影満を隣に置いてくれているが、自分は煉獄の家来の域を出ないと思っている。

 

(初めから図々しく、煉獄さんの周りでうろちょろしていたと思うか?)

 

「煉獄さんは由緒正しき武家の出だぞ!!!!!」

 

影満は夜空を仰いで叫ぶ!!!

 

 

「『刀持ち』の奉公人がいるのは当然だろうがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

「こ……こいつうううううう!!!」

 

 

あ た ま が お か し い!!!

 

道理の通らぬイカレじゃない!!!

 

理論の通ったイカレだ!!!!!

 

 

影満は二刀流で腕を六本に増やす!!

武器が変わって強さが変わる!!

蝋屈が身を以て証明したことだ!!

 

「『陽炎零式・双刀』」

 

伊達や酔狂で言っているのではない。

 

(こいつの強さは自己暗示)

 

影満の身体が揺らめく。

今まで見た中で最も鮮明で、鮮やかな残像。

 

(まだ強化する気か!!!??

 

これ以上強くなるのか!!!??)

 

「う……うおおおおおおおお!!!」

 

蝋屈は影満の姿を見失う!

出鱈目に大槍を振り回す!!

 

屍の呼吸・壱ノ型……

『鬼首

 

「陽炎の呼吸」

 

蝋屈が見たものは。

 

「玖ノ型」

 

二本の刀を振るう影満。

 

 

「『影満』」

 

宿敵・影満の残像が数百体。

あらゆる技を振るった影満の残像が境内を埋め尽くすという、地獄のような光景だった。

 

 

熱が吹き上げる!!

地面を舐めるような空気の奔流!!

 

陽炎の雪崩れ!!!

 

牛若丸の肉体は数百の斬撃によってバラバラに斬られた。

 

蝋屈の首も、八等分に切り裂かれる。

 

「ア……ガ……」

 

(し……死ぬ……!?)

 

蝋屈は消滅していく身体と自我に、呆然と夜空を見上げた。

 

(こ、こんな気違いに負ける!?

こんな所で終わる!?

消える!?

そんなことは耐えられない!!!)

 

 

蝋屈は怨念の篭った声で叫ぶ!!!

 

 

(死を認めない者よ!!!!!

この山の亡者達よ!!!!

日の当たる世界の剣士を!!!

道連れにしてやりたい!!!!!

 

俺に手を貸せ!!!!!!!!)

 

地面に落ちた瞬間、蝋屈は土と一体化した。

 

「なっ!?」

 

まだ蝋屈が生きていたことは完全に予想外。

影満は不意を突かれ、接近を許してしまう。

 

蝋屈の首は蛇のように長く伸びた!!

 

そして影満の身体に巻き付き、万力のような力で締め上げる!!!

 

「ぐぁっ……が!?」

 

「つぅぅぅぅかぁぁぁぁまぁぁぁぁえぇぇぇぇたぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

血走った蝋屈の目。

眼球の『下弦 肆』という文字が怪しく光る。

 

「首を斬られて……死なない!?」

 

影満は腕も足も動かない。

首に巻き付かれ、刀を刺すこともできない。

 

「俺はもう死ぬ!!!」

 

蝋屈の首は、端から塵のように崩れはじめていた。

 

「だがテメェだきゃあ道連れだあああああああああああああああ!!!!!!」

 

十二鬼月の底力か。

あるいは蝋屈の怨念か。

この山の、人ならざる夜の力か。

 

首を斬られて消える間際に、これほどまでの力を出した鬼はいない。

 

「死ねえええええええええ!!!!」

 

メキメキメキメキッ!!

 

「ぐあああぁぁああああぁあ!!!!」

 

影満は絶叫と共に、肺の空気を吐き出した。

 




煉獄さん、そして影満 大ピンチ!
死なないで煉獄さん!貴方が死んだら劇場版はどうなるの!
次回・影満 死す!!

デュエル・スタンバイ!


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煉獄賛

あらすじ
玖ノ型『煉獄』にて頼光撃破!しかし屍鬼に捕らわれ煉獄さん大ピンチ!
玖ノ型『影満』にて牛若丸撃破!しかし蝋屈に巻き付かれ影満大ピンチ!
走馬灯タイム入ります



その男は空から降ってきた。

木の枝にひっかかって速度が落ちていなければ、首の骨を折って死んでいただろう。

しばらく葉っぱまみれで倒れていたが、ゆっくりと立ち上がった。

 

「????さん」

 

もつれるような言葉。

 

「????さん????さん????さん」

 

その男は外見的特徴が無かった。

だが、その中身さえも蜃気楼のように消えていた。

彼は記憶が無くなっていたのだ。

 

「あ え お あ お 

 

そんな……そんな、????さん

俺は????さんだけを……

????さん生き返れ生き返れ……

 

あおあ  

 

あああああああ……」

 

生き返れ生き返れって、どういう意味だっけ?

 

「あああああああああああ!!!!!」

 

男は血まみれの包丁を振り回しながら、夜の山の中を走り去っていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ハァ……ハァ……ハァ」

 

一人の少年が森の中を駆けていた。

その手には日本刀が握られている。

 

「くそっ……こんな所で七日間なんて……正気じゃないぞ……」

 

彼の名は薪木斧太(まきぎおのた)

十五歳の少年でありながら、その肉体は鋼のように鍛えられている。

 

「けど……俺は鬼を狩るんだ。鬼殺隊に……入るんだ」

 

彼は今、鬼殺隊への入隊試験を受けている最中であった。

その試験内容とは、鬼が徘徊する山の中で七日間生き残ること。

 

「これくらいの逆境、乗り越えてみせ……ん?」

 

前方の茂みがガサゴソと揺れる。

刀を構える薪木少年。

 

突如、茂みから男が飛び出してきた。

一瞬見えた形相は血走っており、手には包丁が握られているではないか。

間違いない、こいつも鬼だ。

薪木少年は咄嗟に刀を振るい、男の首を狙う。

 

しかし薪木少年の刀は虚空を斬る。

男は陽炎のように身体を曲げ、攻撃をかわした。

そして薪木少年の肩を掴む。

 

「神様知りませんか!!!」

 

「うわっ!!」

 

男の異様さに悲鳴をあげる。

男は顔を近づかせて、至近距離で叫ぶ。

 

「確かに俺が殺してやったはずなんですけどもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

薪木少年はあまりの恐ろしさに涙を流し、男を突き飛ばして逃げていった。

一人残された男は頭を掻きながら、ブツブツと呟いている。

 

「????さん……」

 

男は「その名」を呼ぼうとしたが、舌が上手く動かせない。

何故か「その名」を思い出せない。

 

「????さん!!????さん!!????さん!!……????さんんんんんんん!!!??

あれえええええええええええ!!!??

おかしいなああああああああ!!!!

????さんが分からないぞおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

完全に正気を失っていた。

 

「畜生おおおおおおおお!!!!

絶対これ神様のせいだあああああああ!!!

俺が????さんを忘れるはずないだろおおおおおおおお!!!馬鹿にするのも大概にしろおおおおおおおおおお!!!!

あああああああああああああ????さん!!!!????さん????さん????さん????さん????さん????さん????さん????さん????さん????さん!!!!!」

 

声に釣られて、数体の鬼が寄ってくる。

 

「なんだァこいつ……」

 

「恐怖のあまり狂ったか?」

 

「????さんってなんぞ?」

 

その鬼達にすがりつく男。

 

「あああああああああああああすみません!!????さん知りませんか!!神様でもいいですうううううう!!!!手がかりだけでもおおおおおおおおお!!!!」

 

鬼ですら引いていた。

 

「知らねえよ!!」

 

サクッ

 

その瞬間、鬼の眉間に包丁が突き刺さった。

 

「じゃあ死ね!!!!!!!!!」

 

男は恐るべき早業で鬼三体をバラバラに両断した。

 

「「「ぐがああああああああああああ!!!!」」」

 

死ぬことはないものの、ここまで身体を斬られたことがなかった鬼達は恐れおののいた。

 

「こ、こいつ!なんて力だ!」

 

「人じゃねえ……鬼だ!!」

 

「ひぃぃ!!」

 

鬼達は逃げていく。

残された男は、虚ろな目で空を見上げた。

 

「????さん……」

 

人に聞いても、鬼に聞いても駄目だった。

神様は自分が殺してしまったし、手がかりは無しだ。

 

「????さんが居ない世界って……なんだろ……

というか俺って誰……?名前は?

神様って誰だっけ……あぁ……もう、どうでもいいかなぁ……」

 

人生に意味を見出だせ無くなった瞬間、男の眼球は上を向いた。

 

「あぴっ」

 

目の焦点が合っていなかった。

眼球をぐるぐると回す姿はカメレオンのようだ。

 

「あぴっ!あぴぴぴぴぴぴぴっ!

いぴっ!ぴぴぴぴぴぴぴぴぴっ!!」

 

口だけは釣りあがったような笑顔で、両手を怪鳥のようにバサバサと広げる。

 

「あっぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ!!!!!」

 

男は発狂した。

 

ーーーーーーーーーー

 

煉獄杏寿朗、十五歳!!!!

 

鬼殺隊入隊試験!!!!

 

数十人いた受験者の中で唯一、「たのもう!!」と言って試験会場に現れた男!!

 

受験者達は皆怯えや緊張が見えるが、煉獄は違う!

彼だけは纏う空気が違っていた!!

それもそのはず!

彼の生家、煉獄家は代々『炎の呼吸』の使い手、さらに炎柱を輩出してきた名家であり、杏寿朗はその長男なのだ!!

 

彼は既に鬼を倒したことがあるし、炎の呼吸の技も数個会得している!!

 

いざ試験が始まると、煉獄の強さを見抜いた他の受験者達が彼の周りに集まった。

 

「うむ!俺がまとめて面倒を見てやる!!」

 

煉獄を頭とした部隊編成で動くこととなった。

それが一番生存率が高そうだったからだ。

 

「皆で一丸となって、七日間生き残ろう!!!」

 

おお!!と皆も雄叫びをあげる。

 

その半数は死んだ。

 

初日にして強力な鬼と遭遇し、恐慌状態になった受験者達が散り散りになったのだ。

 

その鬼は倒したものの、煉獄は人を守り抜くことの難しさを知った。

助けられなかった悔しさ、無力感。

その苦味を知った。

 

「あぴぴぴぴ!ピピピピピぴぴぴ!!」

 

そんな時だ。

奇妙な男を見た。

顔は完全にイカレており、行動も奇怪。

甲高い声で鳥の鳴き声のように叫び回っている。

 

あれも鬼だろうか。

 

「????さん」

 

煉獄は刀を構える。

 

じっと男を観察する。

鬼ならば、これ以上被害が出る前に斬らねばならない。

しかし、その男に隙はない。

煉獄には、有効打を打ち込む想像ができなかった。

 

その男は、実体が無いかのように揺らめいていたからだ。

 

(むぅ……)

 

二人は動かない。

木々がざわつく音が吹き抜ける。

 

どっしりと構えた煉獄。

ふらふらと覚束無い男。

 

手は炎のように赤い刀

血まみれの包丁

 

似ても似つかぬ二人。

 

煉獄は深く息を吸い、気合いの怒号を叫ぶ!!

 

「ハアッ!!!!!」

 

火薬の爆発のような発声。

男はびくりと身体をすくませる。

 

(今だ!!!!)

 

炎の呼吸ーーー壱ノ型

 

その炎の揺らめきを、男は目に焼き付けた。

 

『不知火』

 

煉獄の刀はぴたりと止まった。

男の首の皮一枚を斬った所で、刃を止めたのだ。

 

煉獄は刀を伸ばしたまま、男の顔を見た。

 

男は、初めて日の光を見たかのように、眩しそうに、煉獄を見ていた。

 

(鬼ではない……)

 

煉獄の直感は告げていた。

刀を首から離す。

 

「お前は人だ!」

 

鬼と人の区別が付かなければ、鬼殺隊にはなれない。

その事を痛感した瞬間だった。

 

「あぴ……」

 

「どうしてこんな所にいる!?迷いこんだのか!?」

 

「ぴぴ……」

 

「名前はなんという!?ぴぴ男か!?」

 

「いぴぴぴぴっ!!」

 

「そうか!ぴぴ男!ここは危険だ!!俺たちと一緒に来い!七日間生き残れば、安全な所に連れていってやる!!」

 

「ぴぴぴーーー!!!」

 

男は嬉しそうに手をバサバサと振るう。

一緒に包丁も揺れて、周りの受験者達は戦々恐々としていた。

男は煉獄に抱きついた。

煉獄は変わらず自信満々の表情。

 

野良の子犬(狂犬)を拾ったような心境だった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「煉獄杏寿朗、試験を突破し、晴れて鬼滅隊となりました!」

 

整然とした和風の館、白い砂利が敷き詰められた庭に、煉獄は膝をついていた。

 

「うん、よくぞ生き残ったね、杏寿朗」

 

「ありがとうございます!御館様!!」

 

舞い散る桜のように儚げな、しかし見る者を魅了する、そんな不思議な雰囲気の男が立っていた。

鬼滅隊の頭領、産屋敷耀哉。

煉獄家は代々、炎柱を輩出する名家であるため、御館様との繋がりも強かった。

こうして入隊後には直接報告を入れるほどに。

 

「杏寿朗、君の努力は無駄ではなかった。こうして生き残ったことが、君の正しさの証明となる」

 

独学で『炎の呼吸』を習得した煉獄。

師から「修行の完了」を言われていない煉獄は、ずっと自分の技術は中途半端なのではないかと不安だった。

そこに、御館様から直々に認められたことで、煉獄の心は軽くなった。

 

ブルブルと歓喜に震える煉獄。

 

「鬼殺隊のため!御館様のため!!人のため!!!

この身を粉にして働くことを誓います!!」

 

「うん。期待しているよ」

 

煉獄の入隊報告は終わり。

続いて、煉獄の横にいる男の話に移る。

 

「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」

 

小鳥の群れのような奇声を発する男。

 

「入隊試験の場に、突如現れた男です!名前はぴぴ男!!」

 

「ぴぴぴぃ!!」

 

「話は聞いているよ」

 

試験の場にいた試験官(元柱)の話では、周囲に人が入ってきた形跡はなかったという。

つまり、この男は試験場に突如として現れたということになる。

 

「君はどこから来たのかな?」

 

「ぴぴぴぴぴぴ!ぴーぴぴぴ、ぴぴぴぃ!!」

 

身振り手振りを交えて奇声を発する男。

 

「……うん」

 

産屋敷耀哉は笑みこそ崩さないものの、曖昧な反応だった。

 

(御館様が引いている……これは珍しいものを見た!!)

 

「ぴぴピぴぴぴぴ!!ぴ!ぴぴぴぴぴぴ!!ぴぃーーーーーっ!!!!」

 

煉獄が珍しいものを見て喜んでいる様子を見て、興奮したように奇声をあげる男。

 

御館様は人差し指を口元に伸ばす。

 

「しぃーーー」

 

「ぴ……」

 

静かに。

分かりやすい指示。

決して乱暴ではないが、有無を言わさぬ圧力があった。

 

「君には特別なものを感じる」

 

御館様はこの男に、この世ならざるものの気配を感じた。

 

「人を害するものではないと思う。

今の君は、雛鳥のようなものだ」

 

「……ぴ」

 

男は黙って聞いている。

 

「杏寿朗、彼は君の近くにいた方がいいように思う」

 

「ぴ!」

 

男が期待を込めた表情で煉獄を見る。

 

「このまま彼の面倒を見てあげてくれないかな」

 

「分かりました!!」

 

「ぴぴぴぃーーー!!!!」

 

こうして、男が煉獄の下で過ごすことが決定された。

 

狂喜乱舞する男。

 

自信満々に笑う煉獄。

 

穏やかな笑みの産屋敷。

 

皆が笑顔であった。

 

影からこっそりと見ていた大男

『岩柱』悲鳴嶼行冥は、

 

(煉獄……押し付けられただけでは……

憐れな……南無阿弥陀仏……)

 

煉獄の行く末の多難さに涙を流した。

 

ーーーーーーーーーー

 

男は呼吸法を覚えた。

 

煉獄に付き従い、彼のすること全てを吸収しようとした。

特に煉獄が吐き出した息を吸うという奇怪な性癖から、常人よりもはるかに肺活量が増大した。

 

「いいぞ!ぴぴ男!!この世の全てを飲み干す勢いで、空気を取り込め!!」

 

「ぴ スゥゥゥゥゥーーーーーー」

 

メキメキメキメキメキ

 

剣の腕も上達した。

狂気的なまでの攻撃力と、異様な動きによる回避能力。

 

「良し!もっと足腰に力を入れろ!そうだ!その剣筋を忘れるな!!」

 

「ぴぃ!!ぴぃ!!」

 

メキメキメキメキメキ

 

煉獄から出されたものは良く食べた。

修行で傷付いた身体を癒すのは食事だ。

煉獄は大食間だったが、男もそれに負けず劣らずに食べた。

より一層強靭な肉体が育まれた。

 

「うまい!!やはり、さつまいもの味噌汁は最高だな!!」

 

「ぴぴい!!」

 

メキメキメキメキメキ

 

炎の呼吸の基礎を会得した。

 

「おお!『不知火』が打てるようになったか!!いいぞいいぞ!!」

 

「ぴぴぴぴぴっ!!!」

 

メキメキメキメキメキ

 

煉獄は長い修行を共にし、男が「炎の呼吸」ではなく、それに近い別の呼吸法を模索した方が身体に合っていると気付いた。

 

「ぴぴ男!お前は我流の呼吸法を探すといい!」

 

「ぴぴ!?」

 

「お前による、お前だけの、お前のためだけの呼吸法だ!!」

 

「ぴぴぴぃ!!!」

 

「む?名前か?うーむ……」

 

煉獄はしばし考え込む。

 

「炎の呼吸は、「ひの呼吸」と呼んではいけないと言われている!

ぴぴ男の剣術は、日の剣術に近いものを感じる!

そこでだ!!」

 

「ぴ?」

 

「「ぴの呼吸」というのはどうだ!?」

 

「ぴぴぴぴぴーーー!!!」

 

「そうかそうか!良し!では「ぴの呼吸」を極めるといい!」

 

「ぴ!!!!ぴ!!!!ぴ!!!!」

 

メキメキメキメキメキ

 

野原一面を燃やし尽くす業火。

野焼きの季節に行われる、煉獄家我流の修行法。

 

「この野原一面の炎を!吹いて消してみせろ!

ただし!!吹くのは一度限りだ!!」

 

一回の呼吸だけで、このただっ広い野原の火事を消す。

それが呼吸法の奥義、『常中』を極めた証となる。

 

「しかも今回は特別な油を撒いておいた!ちょっとした微風ではびくともせんぞ!!」

 

男はギョロギョロと辺りを見渡す。

 

「どうした?ここから一息で消すのだ!」

 

煉獄も最近、この試練を乗り越えた。

修行仲間であるぴぴ男も、きっと乗り越えられると信じていた。

 

するとぴぴ男は、ふらりふらりと炎の中へ歩いていった。

 

「あっ!……おい!!」

 

ぴぴ男は常に裸足だ。

服も絹のもとで、耐熱性などあろうはずもない。

 

だがぴぴ男は燃える油を避け、火の粉を避け、焼け野原の奥へと進んでいく。

それはまるで火の妖精。

 

「……踊っているかのようだ!!

まるで演舞!!」

 

ぴぴ男は炎の熱に揺らめいて、まるで陽炎のようだった。

彼の足下には、影が三つ伸びていた。

煉獄はそれに気づいていた。

ぴぴ男は常時、昼だろうが夜だろうが、影が三つ伸びている。

 

この世のものではないのかもしれない。

 

この世界ではない、どこかから来た異形。

 

化け物なのではないか。

 

 

修行仲間に、僅かでも畏れを抱いた自分を吹き飛ばすように、煉獄は叫ぶ!!

 

「かげみつ!!!」

 

煉獄は男をかげみつと呼んだ。

隠し通すのは難しい。嘘をつくのは疲れる。

彼の影について、異形だと噂する者も出てくるだろう。

 

ならばいっそ、自分から名乗ってはどうか。

周りもそう呼べばどうだろうか。

 

仮に影が三つだと噂されても、こう言い返せる。

「もう言っていただろう!俺の名前は影三つ!!」

 

「かげみつ!!!」

 

その時、焼け野原に一陣の風が吹いた。

かげみつは高く飛び上がった。

彼は大きく息を吸うと、車輪のように回転しながら息を吹いた!!

 

ごうごうと燃える炎は吹き飛ばされる!!

 

煉獄は熱気に目を細めた。

 

「これは!!!」

 

煉獄自身が、その方法で試練を乗り越えたから分かる。

 

『炎のゆらめき』が同時になる、その一瞬を狙った!!

 

炎の形や強さがバラバラでは、かける息も調節せねばならない。

一度しか息を吐けない以上、炎の方に整ってもらうしかない。

それをじりじりと身を焼かれながら待った煉獄。

しかしかげみつは、自ら炎の中に入り、揺らめきが重なる瞬間と場所を探した。

 

「炎のあり方が分かるのか……!」

 

黒い野原の真ん中に、かげみつは立っていた。

煉獄はかげみつに駆け寄る。

 

「良くやったぞかげみつ!!凄いぞかげみつ!!」

 

「ぴぴぴぃ!!!」

 

満面の笑みのかげみつ。

 

煉獄が彼を子犬や要介護人としてではなく、一人の偉人として見始めた瞬間でもあった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『日呑みの滝』

 

自殺の名所である。

 

断崖絶壁から恐るべき水量が流れ落ちるその場所は、政府から立ち入り禁止が発令されるほどである。

その水底は日の光すら呑まれてしまうほど暗く、深い。

その水面を眺めているだけで、常人は気が狂うのだという。

 

そこに煉獄と影三は向かっていた。

 

「つまり、炎そのものの吐息を感知していたと言うのか!?」

 

「ぴぴぴぃ!!」

 

影三との意思疎通は、言葉では不可能なので、紙に絵を書かせていた。

絵の具でぐちゃぐちゃと書いた絵は冒涜的で、政府に見られれば即発禁となるような異形の絵巻だったが、煉獄はそこに、とある規則性を見つけた。

 

温かいものを『赤』

冷たいものを『青』で書くのだ。

 

分からなくはない。

赤は炎の色。温かさを連想するのは容易。

青は水の色。冷たさを連想させる。

 

赤と青を使い分け、影三は絵を書いていた。

つまり、『温度』で世界を見ていた。

 

「それであの絵か!」

 

初めて絵を書かせた時、影三は煉獄の似顔絵を書いた。

眼球、脳、血管が浮き出て、頬はやや青く、唇は赤く……とにかく異様な絵を書いていた。

 

「あれは、俺を『温度』の観点から見た絵だったのだな!」

 

だとすれば、影三は皮膚や服を見透かし、身体の内部まで『視て』いたことになる。

 

気になることがもう一つ。

 

「呼吸の使い手は、色が違うのか!」

 

「ぴぴ!」

 

炎の呼吸の使い手と、水の呼吸の使い手は、体温が少し違うのだ。

正確に言えば、体温上昇の時期、長さ、間隔、上がり方などなど。

 

項目に分けると切りがない。

 

「呼吸法によって、体温に差がある!

なるほど!!それは盲点だった!!」

 

他人の体温、それも内臓や骨、血流に至るまで細部の変化まで意識していなかった煉獄にとって、まさに目から鱗であった。

 

そして、そこから導き出せる結論が一つ。

 

「日輪刀」

 

煉獄は自分の刀を見る。

灼熱のように赤い刀身。

 

日輪刀は、呼吸の使い手によって刀身の色が変わる。

その理由の、仮説を立てるとすれば。

 

「拳から伝わる体温が、刀身……鉄の性質を変化させている……?」

 

つまり、『呼吸法』の影響が最も強いのは『拳』!!

 

「大発見だぞ影三!!」

 

「ぴぴぴーー!!」

 

ぴょんぴょんと跳び跳ねる影三。

今更だが、煉獄よりも歳上の風貌の男が、無邪気な子供のようにはしゃぐ姿は異常なのだが、煉獄は気にしなくなっていた。

 

「俺もこれからは、体温を意識して呼吸をしよう!

……そうだな、人生で一番高熱を出した時を思い出しながら、稽古をしてみるとしよう!」

 

体温と心拍数を意識して修行する。

影三がいなければ、やろうとも思わなかったことだ。

 

「さて、着いたな」

 

日呑みの滝の火口についた。

 

影三の目に、その滝は宇宙の穴のように見えた。

 

温かさなど微塵も感じられない。

冷たい青ですらなく、闇夜の黒に近い。

その水面を覗くと、こちらの体温まで吸い込まれてしまいそうだった。

 

「ぴ!」

 

影三は恐ろしさのあまり、尻餅をついた。

 

「影三はそこで待っていろ」

 

煉獄はずんずんと進んでいく。

煉獄ならば水面の上を走り、滝まで駆け寄ることも可能だろう。

 

「ぴぴぴぃぴ!!」

 

影三は煉獄の足元にすがり付く。

あんな場所に行ったら死ぬだけだ。

そう目で訴えかけていた。

 

「心配するな影三!!」

 

煉獄はいつもの、太陽のような笑顔だ。

 

「この滝は代々、煉獄家の者が『柱』になるための最終試験に使っていた所だ!!」

 

この滝を叩き割る。

それが炎柱になるための条件だ。

 

「ぴぴぴ!!!」

 

無理だ。人の身で出来ることじゃない。

誰もがそう言った。

だが偉大なる先人達はやり遂げた。

今は若き煉獄も、そこを乗り越えねばならないのだ。

 

煉獄の目には灼熱の闘志。

 

「影三!俺は強くなりたい!

お前を見て、強く思った!!」

 

ぐんぐん成長し、新しいことに気づく影三を見て、煉獄は感化されたのだ。

さらなる高みへ登りたい。

 

「だが強くなるのは自分のためではない!

何故人は強くなるのか!

強き者の使命とは何か、分かるか影三!!」

 

「ぴ……」

 

首を横に振る影三。

 

「弱き者を守るためだ!!!」

 

煉獄は影三を見据える。

 

「初めてお前を見た時、お前は子犬だった!

実態のない陽炎だった!

しかし今は違う!強くなり、大きくなり、確かにここに居る!!その体温を感じられる!!」

 

影三は涙を流した。

影三の存在が確立したのは、煉獄が側にいてくれたからだ。

 

「????さん……」

 

「強さとは温かさと見つけたり!!

俺の体温が周りを温め、命が育まれる!!

そしてその命の温かさが、また他の命を温める!!

俺の体温が高いほど!!より多くの者を守れる!!温められる!!

それが見たい!!

俺はもっともっと強くなりたい!!!」

 

「れ???さん……」

 

「そのために、立ち止まる暇などないのだ!!」

 

そう言うや否や、煉獄は滝に向かって飛び出した。

爆発のような跳躍!!

 

「れん??さん!!!」

 

煉獄は上段への抜刀の構え。

燃えるような吐息を吐く!!

 

(炎の呼吸・玖ノ型ーーー)

 

それは炎の奥義!!!

 

「れんご?さん!!!」

 

滝に呑まれた煉獄!!

無情にも人体は押し潰され、果実のように砕かれる!!!

 

 

『煉獄』!!!!!!!

 

 

滝が真っ二つに叩き割られた。

まるで火山の大噴火!!

滝の帳が縦に引き裂かれ、水は空へと飛び上がる!!

爆発というに相応しい轟音。

 

滝壺の真ん中に、日輪刀を空高く、真っ直ぐに振り抜いた煉獄がいた!!

 

「れんごくさん!!!!!」

 

影三は言葉を口に出した!

それはまるで産声のように!!

 

水飛沫が舞い散る。

七色の虹が幾重にも差し掛かる。

暗闇の冷たい滝を切り裂く、鮮烈な『赤』!!!

 

これが煉獄の体温だ!!!

 

これこそが日の光だ!!

 

影三が歌うのは、煉獄賛歌!!!

 

『男』が影三として生まれ変わった瞬間であった。

 

ーーーーーーーーーー

 

父上の心から炎が消え、教えを乞うべき師を失った煉獄杏寿朗は、自宅の書斎から、初代炎柱の手記を読み、独学で修行を始めた。

 

その中で、ずっと気になる文面があった。

 

『透き通る世界』

 

それは、骨や筋肉までが透けて見え、血液の流れすら見て取れるのだという。

 

煉獄は半信半疑であった。

それほどまでに集中した感覚、確かに武の極致と言えるだろう。

だが『透き通る世界』を見ている者は誰もいない。

煉獄にも見えない。

自分に見えない物を理解することはできない。

 

だがーーー

 

見える者を見つけた。

 

影三。

温かさで血の流れ、風の流れを読む男。

 

煉獄は確信した。

 

あの男は、自分とは違うものを見ている。

 

『透き通る世界』は、あるのだ。

まだ見えぬというだけで、自分にも見える時が来るはずだ。

 

影三は、煉獄の世界を、高くしてくれた。

雲を晴らし、空が高くなったかのように。

煉獄の心から、限界を取り除いてくれたのだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

心頭滅却すれば火もまた涼し

 

心の中から雑念を取り払えば、清らかな視界で世界が見える。

 

煉獄杏寿朗は弱き者を守るため、常に周囲に気を配っている。

だが今のように、周囲を炎で囲まれ、目の前に敵。

自分は無駄に動けないという状況に陥り、「周りを気にしなくていい」ほどに追い込まれていた。

 

敵と自分だけに、集中。

 

 

影満という男を、最初は哀れに思った。

自分のことすら分からず、ただ鬼を憎んで刃物を振るう。

言動は意味不明。

 

『助けたのが煉獄だった』という理由で煉獄に付き従う姿は、最初に見た者を親だと思う雛鳥のようで、酷く小さく、弱々しく、儚いものに思えた。

 

ーーー煉獄さん!

 

奴が最初に口にした言葉だ。

影満は自分の心に火を灯した。

 

自分の存在が、誰かの心に火をつけられると知った。

 

それを嬉しいと思った。

 

だから煉獄は影満に技を教え、そして煉獄もまた、影満から技を教わった。

 

影満は温度で世界を見ている。

それこそが、煉獄の連想する『透き通る世界』に最も近い。

 

炎の呼吸から『透き通る世界』への道筋を、影満は示してくれた!

 

影満の言う『温かい世界』を知ることで、『透き通る世界』に入る下準備はできていた。

 

(集中!!!!)

 

煉獄は意識を極限まで研ぎ澄ませる。

無駄な感情も感覚も閉じた。

 

今はただ、敵と自分だけを見る!!

 

瞬間、時間の流れがゆっくりになった。

捉える情報が濃密になり、全てを知覚できている証拠だ。

 

フッと景色が変わる。

 

(見えたーーー!!!)

 

自分の身体を見る。

煉獄の筋肉、煉獄の血管、煉獄の骨、煉獄の内臓、煉獄の脳。

全てが見えた。

 

煉獄は今、自分の全てを認識していた!

 

先ずはしがみついてくる屍鬼を振り払う!!

 

肉体を透視し、じっくりと眺めることができた煉獄は、周りにいる屍鬼の数を数えた。

 

(九、十……十一か)

 

十一体の屍鬼が、自分の身体にまとわりついている。

 

そのうち、足にしがみついているのが四体。

胴に抱きつくのが一体。

腕を掴むのが二体。

あとの四体は、炎の羽織や服を掴んでいるだけで、実質無害だった。

 

(なんだ、意外と少ないではないか!)

 

もっと雁字搦めに固定されたかと思っていたのだが。

 

(大したことはないな!!)

 

絶望的というほどではない。

対処は可能だ。

 

「むん!!!」

 

屍鬼の手から逃れる身体の動き。

炎の肩掛けと、しつらえてもらった隊服が破けるが、仕方がない!!

 

ビリビリと布が破れる音と共に!!

煉獄は!!!

 

屍鬼の拘束から逃れ出た!!!

 

鍛え抜かれた上半身が露になる!!!

 

ごぅ、と炎のような吐息!!!

上がる体温!!早まる脈拍!!!

 

服を脱いだからだろうか。

煉獄は清々しさを感じていた。

 

(身体が燃えるように熱い)

 

命を燃やしているという実感がある。

これこそ、最高の生の実感と言えるだろう。

 

煉獄の広い背中には

 

 

燃えたぎる炎の『痣』が発現していた!!!!

 

 

屍頼光の攻撃を回避!!!

しかし煉獄の体内に酸素はない!

 

奇跡を起こしても、それは一度きり!!

人体の限界!!あとは死を待つのみ!!

 

(影満……)

 

煉獄は友の顔を思い浮かべる。

 

(使わせてもらうぞ!!!!)

 

破れた服の中から、小さな水筒を取り出す!!

 

中に入っているのは水ではない!!

 

「スゥゥゥゥ」

 

空気だ!!!!

圧縮された酸素!!!命の源だ!!!!

 

影満が考案した『空気筒』!!

隠し手札を煉獄は使った!!!!

 

あと一度、奇跡は起こる!!!!

 

「炎の呼吸!!!」

 

日に三度となると、後にも先にも今日だけかもしれない。

 

「玖ノ型!!!!」

 

それは炎の奥義!!!

 

屍頼光は雄叫びを上げながら襲い掛かる!!

 

瞬間、炎に囲まれた円陣内が、炎に包まれた。

赤い灼熱の炎!!

屍鬼の炎は瞬く間に消し飛び、清浄なる炎のみが残る!!

 

煉獄の一閃。

 

屍頼光の首は落とされた!!

 

「ア……ィ……ミ」

 

崩れ落ちる屍頼光は、煉獄の背中を見る。

 

「ミ……ゴ、ト」

 

「!!」

 

煉獄が振り返る時にはもう、屍頼光は塵となって消えていた。

 

夜風が吹き抜ける。

それは死臭ではなかった。

回生の摂理に従う、正常なる風であった。

 

「フゥ……!」

 

煉獄は体温の上昇を止める。

頭がぐわんぐわんと揺れるが、不思議と身体の調子はいい。

 

だが屍鬼化の痣は消えていなかった。

 

「こちらは全て倒した。あとは頼むぞ、影満!!!」

 

煉獄は全身が筋肉痛で、仁王立ちの体勢から指一本動かせず、ただ痙攣するだけであった。

影満の加勢に行くのは無理そうだ。

 

「頼むぞ影満!!」

 

このまま屍鬼化の痣が広がって終わりという結末もあり得る。

全ては影満の勝敗にかかっている。

 

「頼むぞ影満!!!!!」

 

大切なことなので三度叫んだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

影満は意識を失いかけていた。

 

蛇のように伸びた蝋屈の首は影満を締め上げ、殺しにかかる。

 

「ァ……ガ……」

 

動きを封じられた影満に許された行動は。

 

(煉獄さん)

 

心の中で

 

(煉獄さん)

 

煉獄さんと唱えることだけだった。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

思い描くのはあの日の光景。

暗い滝を切り裂いた煉獄の勇姿。

 

煉獄のことを思うだけで、心がしゃんとする。

意識が鮮明になる。

身体を力が入る。

もっともっと強くなれる!!!!

 

蝋屈はもう何度目かも分からない、影満の笑みを見た。

絶望をものともしない、その不敵な笑み。

 

こちらが理攻めで追い詰めていっても、それを飛び越える理不尽な力。

 

(こいつは……まだ何か……!?)

 

否、と自身を奮い立てる。

 

(こいつを殺せば、俺は鬼として昇華する!!闇の者として死ねる!!

希望なんて光は、絶望で埋め立てられると証明できる!!!)

 

蝋屈の命ももう消える。

だが影満だけは道連れにする!!

 

「陽炎の……呼吸」

 

「なん……だと」

 

蝋屈は青ざめた。

影満の口から零れるのは、命乞いの懇願か、後悔の叫びか、あるいは絶望の悲鳴だと思っていた。

 

しかし、この男は、技の名前を口にした!!

 

「『拾ノ型』」

 

「じゅうのかたが何だってんだ!!!!!!!」

 

蝋屈は狂乱しながら叫び、締め上げる。

 

「てめぇの背骨 折るのが先だよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

背骨を折る感触が伝わる直前。

 

影満が爆発した。

 

蝋屈は衝撃で粉々に吹き飛ばされる。

 

(ガッッッッッッ!!!???)

 

 

はるか上空に吹き飛ばされた蝋屈。

かろうじて無事な眼球が、下にいる影満の姿を捉える。

 

 

「『煉 獄 賛』」

 

 

影満は刀を天に振り上げた。

ただそれだけだ。

 

火山のような炎の濁流。

下から上へと刀を振るう、ただそれだけの技。

岩のように硬く締め上げていた蝋屈の首を破壊し、上空に打ち上げる威力!!

 

それこそが、影満の中にある最強の情景。

 

煉獄。

 

煉獄を歌う賛歌。

 

『煉獄賛』である。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

蝋屈はあまりの熱さに、叫んだ。

熱い!!熱い!!熱い熱い熱い!!!!!

 

なんだこの熱は!?

なんだこの炎は!?

なんだこの威力は!!!

なんだこの理不尽は!!!!

 

影満とて無事ではない。

この強力な威力の代償は大きい。

 

先ず利き腕である右腕は複雑骨折。

全身は筋肉痛で動けなくなる上に、肺の空気を全て吐き出すために呼吸難となり、今すぐ死ぬ可能性もある。

 

何より。

 

ばたりと後ろに倒れる影満。

 

何よりも、『煉獄賛』を打った後の影満は、満足したように眠りについてしまう。

 

蝋屈を仕留めきれなければ、無防備を晒す危険な技である。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア畜生おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

蝋屈は空高くにて、叫ぶ!

 

(こんな理不尽に負けるのか!!

こんな意味不明に終わるのか!!!

こんな高い所で消えるのか!!!

俺は!!俺は!!俺はあ!!!!!)

 

俺はまだ死んでない!!!

俺はまだ死んでない!!!

俺はまだ死んでない!!!

 

「俺は!!!!」

 

その時、背後から冷たい女性の声がした。

 

『ーーーもう死んでるよ、その子』

 

動きが止まる蝋屈。

その瞳から、涙が溢れた。

 

 

「ーーーおっかあ」

 

 

僕はまだーーー死んでないよ?

 

 




ぴぴ男「さては無惨だなオメー」


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蝋屈

あらすじ

煉獄さん痣発現!!
煉獄さん透き通る世界入門!!
煉獄さん 完 全 焼 利!!!

蝋屈の走馬灯タイム入ります


(身体が動かない!!!)

 

赤子が最初に覚える言葉は何だろうか?

 

(身体が動かない!!!)

 

赤子が初めて口に出す言葉は何だろうか?

 

(身体が動かない!!!)

 

赤子が初めて感じる喜怒哀楽は?

 

(身体が動かない!!!)

 

赤子が人生最初に動かす身体の部位など誰が知っているのだろうか?

 

(身体が動かない!!!)

 

知っている者がいるとすればそれは神様だけで、神様は俺をこんな身体でこの世に産み落とした。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ひっ……」

 

子を取り上げた産婆は悲鳴をあげた。

助産婦として経験豊富な産婆であったから、死産にも何度か立ち会っている。

事切れた赤子を取り上げたこともある。

 

しかし、生きていながら死んでいるかのような、目の前の赤子は異質に見えた。

 

「奥様……」

 

周りの者は絶句していた。

その赤子は身体の中に針金でも入っているかのように固まったまま、ぴくりとも動かない。

にも関わらず、腹部や喉は動いている。

瞼もぴくぴくと痙攣している。

 

産婆、医者、そして実の父親すら恐怖させたのは、

 

その表情だ。

 

赤子は苦痛に染まったような顔のまま固まっていた。

頬の筋肉まで固まっていたのだ。

母親のお腹のなかで何があったのだろうか?

そんな恐怖すら覚える。

 

皆が固まる中、出産の疲労で朦朧とした母親が手を伸ばす。

産婆は少しの迷いの後、へその尾を切り、適切な処置をした後、母親に子を抱かせた。

 

「可愛い……」

 

母親は我が子を抱き締めた。

盲目的な愛。

この場で、赤子が動かないことを知らないのは、実の母親だけであった。

 

ーーーーーーーーーー

 

暖かさを知らなければ、寒さなど知覚できようはずもない。

人生最高の温度を知ってしまったからこそ、その後の寒さが身に染みる人生になった。

 

俺は身体が動かなかった。

生まれた瞬間からだ。

まるで火に炙られて身を硬直させた獣。

見るもの全てを畏怖させ、忌避させる。

見るもの全て、だ。

 

実の母親ですら、俺に恐怖した。

 

「どうして……」

 

母親は泣くばかりで、二度と俺を抱くことはなかった。

父親は俺を暗い部屋に閉じ込め、家政婦か何かに世話をさせた。

 

最低限の食事、最低限の衛生、最低限の関わり。

 

俺は暗い部屋でじっと過ごした。

 

(身体が動かない!!!)

 

おっとう、おっかあ、

まんま、わんわん、ばーば。

 

普通の赤子がそんな言葉を覚える時期に、俺はそればかりを思い、心の中で叫んでいた。

 

時折、喉から掠れたような呻き声が出て、しかもそれは夜中が多くて、余計に周りを怖がらせた。

だがそんなこと、赤子の俺が気づくはずがない。

助かりたい一心で、赤子の俺は叫んだ。

 

(助けて!!)

(腕が!)

(足が!)

(首が!)

(目が!)

(口が!)

 

(動かない!!!!)

 

(助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて)

 

ただひたすら気持ちが悪く、不快で、心細い日々。

自分の身体が心底嫌いになった。

 

そんな俺が7年も生き永らえたのは、やはり「死んだら化けて出るかもしれない」という恐怖が、家族を消極的に動かしていたからだろう。

それほどまでに俺が怖かったのか。

 

人は極力、人を殺したくないらしい。

そして、自分達を不快にさせる存在は、自然と消えていって欲しいものらしい。

 

生きているのに、死んでいる。

そこに居るのに、居ないのと同じ。

 

死んだ方がいい。居ない方がいい。

なのにここで生きている。ここに居る。

 

(ーーー何故?)

 

好奇心からの疑問符ではない。

 

絶望からの、純粋な疑念であった。

 

ーーーーーーーーーー

 

俺を生かしていたのは、結局は家族の「余裕」であり、その余裕が無くなれば、人は驚くほど残酷になれる。

 

流行り病。

 

俺の住んでいた町にも、死人が出るほどの悪質な病が広まった。

 

そんな時、常に悪臭を放ち、不気味な呻き声をあげる存在が、殊更恐ろしく見えるのは仕方がないことだろう。

 

災いを呼ぶのではないか。

 

遂に耐えられなくなった両親は、俺を医者に見せた。

 

最初から医者を呼ばなかった理由は、どうやら家と母親の名誉や意地が関係していたようだ。

 

さて、その医者なのだが、腕は良かったらしい。

この町であちこち飛び回り、診療していた名医だった。

流行り病への知識も深い。

 

その分、自分が流行り病に感染する危険性も跳ね上がる。

 

事前に俺のことを聞いていたのだろう。

七年間密室で生かした赤子。

その不衛生さが、どれほどの病原菌を持っているか。

 

医者が俺を見る目は、正に化物を見るようなものだったが、すぐに「無」に徹するようになった。

 

手早く診察を済ませる。

それが医者の選んだ方法。

 

家族の無言の「願望」も、医者を後押しした。

 

その医者は俺の身体を見た。

「悪い所」を探すという意味では、普通の診療と変わらない。

だがその目的は、「生きていると判断するため」ではなく、「死んでいると判断するため」のものだった。

 

意図的な誤認。

 

死んでいると判断出来れば、これ以上生かす理由もない。

 

なんてことはない。

人を殺す理由を探していたのだ。

 

家族も、医者も。

 

俺は恐怖した。

少しでも、生きている証明をしたかった。

 

 

でも身体が動かない!!!!!

 

 

 

診療は淀見なく進み、恐るべき速さで医者は部屋を出た。

 

終わった。

 

俺の人生はそこで終わった。

 

「お子さんですが……」

 

医者が気まずさと媚びを混ぜ合わせたような声で、「診療結果」を伝える。

だがそれを、女の声が遮る。

扉の前で、七年振りに見た母親は、冷たく言い放った。

 

「もう死んでるよ、その子」

 

生きているのに身体が動かないから近づかなかった。

だが、死んでいるから動かないとなれば、近づかない理由はない。

 

そんな狂った理由で顔を見せた母親は、俺の「死」を確定させたのだ。

 

「おっかあ……」

 

俺の初めての言葉は、誰が聞いてくれたのだろうか。

 

よく分からないが、人は狭い場所に急に閉じ込められると、気を失うらしい。

 

木製の棺に入れられた俺は、即座に気絶した。

葬式も無かったのだろう。

診療の後、すぐに棺桶に入れられ、墓地に埋葬された。

 

親が埋葬を選択しなければ。

この町に火葬場があれば。

俺が酸欠か何かで死んでいれば。

医者が毒か何かで本当に殺してくれていれば。

俺が、このまま目を覚まさなければ。

 

幾つもの分かれ道があったはずなのに、常に最悪の道に続く方に流れていった俺は。

 

「ぁあアあアあぁあ……」

 

埋葬された後に、目を覚ました。

 

ーーーーーーーーーー

 

「あ、あっあっあっ、あヒっ……」

 

何かの間違いであってくれと、懇願しながら目を動かす。

暗い。何も見えない。

土の匂いと木の匂いが強烈で、鼻が曲がりそうだ。

空気が重い。息を吸う度に肺が潰れそうだ。

耳が痛い。目が痛い。頭が痛い。

 

横に寝かされた状態で、全く動けない。

身体が動かないのは同じなのに、空間が閉ざされているだけで、これほど圧迫感に襲われるものなのか。

 

「……ふ、……ふ、……ふ、

 

あ、」

 

自分の呼吸音だけが聞こえる。

 

感情の決壊が近い。

まるで波が引いていくように何も感じなくなり、浜に静寂が訪れる。

しかし、次に押し寄せるのは恐怖の大津波。

 

「あアあああアァああ阿ああぁあああぁああああああ亜あアあああああああぁぁあああああaああああぁああ!!!!!!」

 

無から混沌への流動。

たった七歳の少年は、恐怖のあまり発狂した。

 

「あぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!

いぎききききぎぎぎぎきき奇きききききき!!!!」

 

歯ぎしりとは苦痛を和らげるための技法でもあるが、恐怖のあまり歯ぎしりをすると削り合わせが悪く、歯が砕けてしまうことが多い。

 

恐怖のあまり叫ぶというのは非常に喉に悪い。

会話の経験が無かった少年に、音量や声域の調整など分かるはずもなく、ただ力の限り叫び続ける。

 

辛うじて動く指先で、木製の棺桶を引っ掻く。

カリ、カリ、カリ、カリ、カリ……

引っ掻く、引っ掻く、引っ掻く。

爪が剥がれようと指が釣ろうと関係ない。

木に引っ掻き傷が出来るだけで、何の意味がなくても、恐怖と焦りを誤魔化すために止められない。

 

目はギョロギョロと動き回る。

涙は恐怖のためだけではない。

謝罪していた。

 

母に、父に、家政婦に、医者に。

この世の全てに謝罪していた。

 

ーーーごめんなさい

 

自分が悪いから、こんなに恐ろしい目に遭うんだ。

これは罰なのだ。

 

だから、何が悪いかは分からないが、とにかく謝る。詫びる。

自分が悪いということだけは、常に漠然と分かっていたから。

 

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……)

 

誰に教えられるでもなく、少年は「ごめんなさい」という言葉を覚えた。

 

小便を漏らす感覚は、家に居た時も経験したことがあった。

しかし、何日も身体を拭かず、生きたまま腐っていく苦痛は未体験で、常に少年を苛んだ。

 

極端に空気が薄く、気を失い、少しだけ目を覚ましては、さらに腐った身体の苦痛を味わい、また気を失う。

そんなことを繰り返した。

 

だが少年は全てを諦めた訳ではなかった。

 

家に居た時の唯一の「外的刺激」を、地下でも探ろうとした。

 

「音」だ。

 

少年は耳が良くなっていた。

良くならざるを得なかったと言うべきか。

 

暗く冷たい土の中で、必死に音を拾った。

 

全神経を集中させた聴覚は、並みの人間のそれを軽く凌駕し、地面の中に反響する僅かな音すら拾いあげた。

 

風の音、草木の揺れる音、水の音。

墓地を歩く人の足音、話し声。

 

そして気付いてしまった。

 

誰も、自分の墓に近づこうとはしないことに。

 

助かる可能性など、もう無いのだということに……

 

ーーーーーーーーーー

 

俺は誰も恨んでいない。

苦痛と恐怖に満ちた棺桶に入れられたことも。

俺を消極的に見捨てたことも。

俺を部屋に放置したことも。

俺に暖かさを教えて、その後は二度と与えてくれなかったことも。

 

俺は恨んでいない。

 

生きることは諦めていないが、死ぬことも受け入れ始めていた。

 

仕方がないことだ。

身体が動かないことも、死ぬことも。

どうしようもないことなのだ。

 

無力でちっぽけな俺が、どうこう出来るものじゃない。

 

この『早すぎる埋葬』に至るまでを、俺は何一つ恨んではいない。

 

だが、その後はどうだろうか。

 

(どうして、誰も、ここに来ない)

 

俺が悪かったのは、俺が「生きている」ということで、俺が「居る」ということだろう!!

今は「死んでいる」し、もう「居ない」のだ!!

俺に悪い所は無いはずだ!!!

死んだことで、俺の悪性は取り除かれたはずだ!!!

 

(なのに どうして 家族は

 

俺に会いに来てくれない!!???)

 

俺は理解していなかった。

 

『人は二度死ぬ』ということに。

 

肉体の死、そして、残した物の消滅。

簡単に言えば、誰からも忘れられた瞬間、この世から本当に消えてなくなるのだ。

 

俺は一度死ねば、もう殺されることはないと油断していたのだ。

俺は自分の身体が大嫌いだった。

この動かない身体が原因で、家族に嫌われ、家族に人殺し紛いのことをさせてしまった。

本当に、家族に迷惑をかけた。

だから、肉体が死ぬことは一向に構わない。

むしろ早く捨ててしまいたい。

「死」は肉体の放棄であり、それは俺にとっての救いであり、祝福だ。

 

死なないまま死んだことにされて、「死」を偽装することで、生前の罪を償おうとした。

「死」とは御祓であり、洗浄なのだ。

 

土汚れが落ちて綺麗になったはずの自分なら、家族も受け入れてくれるはず!

土の下からでもいい。

家族に会いたい。家族に認められたい。

家族と繋がっていたい。

 

なのに、誰も会いに来てくれないではないか。

 

(あ い つ ら……)

 

そこで始めて、俺の心が濁った。

 

(墓参りにも来ないのか…………)

 

精神が怨霊になった瞬間だった。

 

「……てやる」

 

聞いたこともない言葉が、口から零れる。

無から有が産まれる。

カビの存在を知らない過去の学者は、無から命が産まれる瞬間を奇跡と呼んだ。

だが墓の下の、死んだはずの亡者が怨念を生むことを、人は怪異と呼ぶ。

 

「……ろしてやる……」

 

これは俺じゃない。

俺が言った言葉じゃない。

化け物の言葉だ。

 

「ころしてやる……!!」

 

 

 

 

『可哀想に』

 

 

 

「……ッ!?」

 

声がした。

若い男の声が聞こえた。

落ち着いた声量でありながら、まるで伽藍のように空っぽな、不気味な声。

 

俺は困惑した。

音は注意深く探っていた。

足音なんてまるで無かった。

 

人の気配なんて、何も無かったはずなのに……!

 

「た、たすっ……助けて!!」

 

俺は堪らず、助けを乞うた。

 

『親に捨てられ、やぶ医者に匙を投げられ、待てども待てども助けは来ない』

 

「おっ、おねはいします……っ!

たふけて……!たすへへ!!」

 

『愚かな人間どもは、見た目だけで判断する。

見た目が違えば反応も違う。

お前の……』

 

男の声が切っ掛けで、俺の視界は鮮明になっていく。

 

『その見た目で』

 

雲が晴れ、月明かりが照らすかのように。

俺は、俺の身体を見た。

 

腕は腐り落ち、骨が見えているではないか。

 

「あ、ア ァ ア ァ」

 

頬肉も腐り落ち、歯が剥き出しだ。

眼球は落ちくぼみ、髪は剥がれ落ちた。

 

「死」がこんなにも穢いものだとは知らなかった。

こんなにもおぞましく、恐ろしいものだとは!!

 

『家族は助けてくれるかな?』

 

「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァ゛ァ゛ァ……」

 

 

絶対に助けてくれない。

考えなくても分かる。

 

こんな化け物、誰が助けてくれるだろう。

 

俺は「死」を勘違いしていた。

俺は「愛」を勘違いしていた。

俺は「生」を勘違いしていた。

 

もう何も分からない。

何が生きていて、何が居ることで、何が死んでいて、何が居ないことなのか。

何が良いことで、何が悪いことなのかすら。

 

だがこれだけは分かる。

 

家族が、俺をこんな姿にした。

 

家族が、俺を化け物にした!!!

 

 

家族が、俺を鬼にした!!!!

 

 

『可哀想に』

 

 

男が動いたのが分かった。

腕を前に出したのだろう。

 

『私の血を供えてあげよう』

 

男の指先から、赤黒い血がぷくりと溢れた。

小さな血の滴は、そのまま俺の上、墓土の上に落ちる。

 

「ああ、ああああああああ……」

 

まるで世界の万物がその「血」を拒むかのように、土すら血を止めることなく道を開ける。

おかげでその血はするすると流れ落ちていき、木の棺桶すらすり抜けてきた。

 

「アァあアァあアァあ」

 

俺は舌を出し、口を開けて、その血が落ちてくるのを待った。

餓え、渇いた俺にとって、その血は天の滴、甘露に見えた。

 

血の滴が落ちる瞬間。時間がゆっくりに感じられた。

落ちてくる血の滴、その音。

地獄の門が開く音は、存外小さく、風情のある音であった。

 

舌に落ちたその血を、俺は。

 

ゴクリと呑み込んだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

月が妖しく照らす、夜。

人が寄り付かない寂れた墓に、一人の男が立っていた。

 

『矮小な人間どもでは、知りもしないことが溢れている』

 

少しくせのある長い髪が、風に揺れる。

白い帽子に隠れた目。

牙の覗く怪しげな笑み。

 

その男の足下から、ずぼりと音をたて、腕が生えてきた。

地面の下から、突き上げるように。

 

『だがそれらを知った風に装う愚昧ぶり、傲慢で身の程知らずが溢れている』

 

腕は地面に手をつき、踏ん張る。

爪は剥がれた先から生え伸びてきた。

土を押し上げて、ぼろぼろの髪の少年の、首が、姿を現す。

 

『奴らに教えてやれ。貴様らの知りもしない恐怖が、ここにはあると』

 

土から這い上がり、うずくまるような体勢。

砕けた歯は、まるで牙のように尖っていた。

その少年の目は、男と同じ、真っ赤な瞳の色だった。

 

 

『お前の名は『蝋屈』だ』

 

 

少年は怒号とも泣き声ともつかぬ絶叫をあげた。

まるで赤子の産声のように。

 

少年は鬼になった。

 

ーーーーーーーーーー

 

蝋屈は過去の記憶を見た。

小さな木製の棺桶に入れられていた頃。

今もその記憶の中にいる。

鬼になった今ですら、この棺桶の中は暗く、狭く、息苦しい。

 

(どうして、こんなことに……)

 

俺は家族を皆殺しにした。

そしてその瞬間、鬼血術『霧中土葬』を発現した。

死者を屍鬼に変える魔術。

これで俺は、束の間の平穏を得た。

家族ごっこを楽しんだ。

 

だが夜が明け、俺は土の中に逃れた。

家族の屍鬼は、土に潜るほどの身体能力がなく、その場に放置した。

 

また夜になり、家に帰ると、家族の死体は消えていた。

太陽の光に触れ、消滅したのだ。

 

俺は家族を二度失った。

 

(おっかあ……おっとう……)

 

涙を流す蝋屈。

 

(もう俺は……ここから出ない方がいい……)

 

この小さな棺桶から出なければ、家族は誰も死ななかっただろう。

蝋屈は鬼になったことを後悔しながら、そっと目を閉じた。

 

「そうか……」

 

「ッ!!??」

 

横から声が聞こえて、蝋屈はびくりと目を開いた。

するとすぐ隣には、蝋屈を倒した鬼殺隊が横になっていた。

蝋屈に添い寝するような体勢である。

 

「おまっ……影満!!」

 

「およ、名前覚えててくれたのか」

 

「……!!」

 

陽炎の呼吸の使い手、影満。

超人的な肉体と、化け物のような精神力で蝋屈を圧倒し、ついに首を斬った相手。

そんな影満と、棺桶の中で二人きり。

蝋屈が混乱するのも無理はない。

 

「なんで、ここに……!?」

 

「俺にも分からん」

 

「はぁ!?」

 

あっけらかんと言い放つ影満。

蝋屈の走馬灯の中にまで追い掛けてくる鬼殺隊という存在に、蝋屈は改めて恐怖した。

 

「お前を倒した、『煉獄賛』って技。

あれを撃つと、何故か倒した鬼の記憶の中に入れるんだよ」

 

「……は?」

 

技を撃つと記憶の中に入れる?

全く意味が分からない。

 

「俺は陽炎通心って呼んでる」

 

「お前、頭、大丈夫か?」

 

影満はくいっと顎をしゃくる。

蝋屈に対して、後ろを向けと言っているのだ。

 

「この技のいい所が、あれだ」

 

「……ああ?」

 

蝋屈は渋々といった風に、寝返りをうち、後ろを見る。

するとそこには、もう一つの棺桶があり、その中に、赤と金色の髪の鬼殺隊、煉獄杏寿郎が入っていた。

 

「!?」

 

蝋屈は理解が追い付かない。

 

「なん……」

 

「しー!静かに!煉獄さんの反応を見よう!」

 

蝋屈の肩に手を置き、一緒に煉獄を見つめる影満。

蝋屈も目が離せない。

 

「むっ!?なんだここは!!むうう!!身体が動かん!!」

 

煉獄は腕を組んで横になった状態から、指一つ動かない。

 

(身体が……?まさか、これは……)

 

蝋屈は気付いた。

あの煉獄という男は、『蝋屈と同じ状態』になっている。

 

影満がそっと耳打ちする。

 

 

「『煉獄さんなら どうするか』」

 

蝋屈は目を限界まで見開く。

蝋屈の最悪の人生、蝋屈だけが味わう苦痛を、あの煉獄という男も味わっている……?

 

「それが『陽炎通心』の最高の見所だ」

 

「ふざけんな……」

 

蝋屈はギリリと歯を食い縛る。

 

煉獄さんならどうするか、だと?

 

「どうしようもねぇよ……!!」

 

当事者である蝋屈は、その状態が完全な詰み、打つ手無しだと知っている。

 

「煉獄さんなら、とか、そんなんじゃねえ!!!

あれはもう!!どうしようもねぇんだよ!!!」

 

蝋屈は血を吐くように吠える。

しかし、その目は煉獄から離せない。

 

煉獄は騒ぐこともなく、ただ、指先を曲げては伸ばし、曲げては伸ばしを繰り返していた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

長い沈黙が流れる。

 

「おい……なにを」

 

「しっ!」

 

影満はいつもの血走った目で、煉獄の一挙動も見逃すまいと刮目している。

 

何時間経過しただろうか。

小さいながらも、変化はあった。

指先が曲がるだけだったのが、拳を握れるようになり、手首が動くようになり、肘と肩もピクピクと震え始めた。

そして遂に、煉獄の右腕が、痙攣したように跳び跳ねた。

 

「ふう!やっとこさ右腕が動くようになったか!!」

 

煉獄の額は汗で溢れていた。

仰向けに眠ったまま動かないにも関わらず、身体は熱く火照っていた。

 

蝋屈は信じられないという顔をしている。

 

「今……なんで、」

 

動かないはずの身体が動いた。

蝋屈がどれ程もがいても動かなかった身体が。

一瞬だけとはいえ、動いたのだ。

 

「呼吸法の使い手は、人体の可能性を引き出せる」

 

煉獄がやっていたのは単純なこと。

柔軟体操だ。

 

先ずは辛うじて動く指先から解きほぐす。

影満は蝋屈に後ろから腕を回す。

まるで抱きつくように。

そのまま蝋屈の指を揉み始める。

整体やあんまのようなもの。

俗に言う、手技療法である。

 

鬼殺隊の内では、「機能回復訓練」とも言われるものの一貫。

 

「あの硬直は、極度の緊張からくるものだ。だから、脳を柔らかくするつもりで身体の強張りを和らげる。

呼吸法で血の巡りを操作するのも忘れずにな」

 

蝋屈は愕然とした。

脳の障害すら緩和する呼吸法の技術の真髄。

そして、それを決行する煉獄の集中力。

人が数秒出せるか出せないかという集中力を、一時も切らすことなく持続させる。

集中力の線を繋ぐのは強烈な精神力。

 

煉獄杏寿郎。

あの男の技量と心は、肉体が蝋屈と同じになったとしても、蝋屈以上の奇跡を起こせるのだ。

 

「なんなんだよ……俺を、馬鹿にしてんのかよ……」

 

蝋屈は屈辱と無力感に打ちひしがれた。

影満による治療も、陵辱と変わらない。

 

「俺にはできねえよ!そんなの!!」

 

結局は才能と人格の違いを見せつけられただけだ。

蝋屈には出来ないが、煉獄になら出来たぞ、と。

 

「俺は……」

 

蝋屈の声を、大きな打撃音が掻き消した。

煉獄が、動くようになった右腕を上に打ち出したのだ。

棺桶の蓋を殴り付けた。

 

「ふん!!」

 

再度の打撃。

狭い棺桶の中だから、振りかぶって殴りつけることは出来ない。

肘を直角に曲げた状態から、わずかな間合いで拳を打つ。

 

「ふん!!!」

 

硬く握り絞めた拳は鋼のようだ。

しかし皮膚は破れ、血が飛び散る。

 

「おい、何やってんだよあいつ……止めろよ」

 

蝋屈は狼狽する。

折角動くようになった身体を、あんな風に酷使するのが信じられない。

 

影満は蝋屈の肩を揉む。

 

「煉獄さんは呼吸法を知っていた。だから人体の限界を越えられた。

けど昔のお前はそんなことを知らない。

だから真似できないのも仕方がない」

 

影満が淡々と事実を語る。

影満の言う「煉獄さん」とは、一度あの領域まで強くなった煉獄のことで、仮に煉獄が何も知らない赤子の状態で埋められれば、普通に死んでいただろうということ。

 

「だがお前は、あの煉獄さんを見た」

 

確固たる信念を持って、影満は言う。

 

「今のお前になら、出来るはずだ」

 

煉獄さんなら どうするか

 

それを知った今なら、対処法は分かるはずだ。

 

「この世の全ての不幸は、煉獄さんを知らないことが原因だと俺は思う」

 

「は?」

 

まるで理解できない結論。

しかし蝋屈は知っている。影満は、無から狂気を生み出す性質の狂人ではない。

全てに理由があって、体験と知識があった上で、そのイカレた答えにたどり着いたという狂信者だ。

 

「どんなに酷い状況も、困難も!

『煉獄さんならどうするか』を知っていれば!それが心の支えとなって!打開に繋がるはずなのだ!!」

 

心の中で、煉獄さんと唱えてみよう。

 

「俺自身がそうだったんだ!よく覚えていないが、昔の俺はどうしようもないほど頭が空っぽで、馬鹿で、異常者だった!

自分の名前も思い出せないほどに!

けど煉獄さんに出会えたから!俺の運命は変わった!!

煉獄さんを見ているだけで!煉獄さんならどうするかを思い描くだけで!!

俺の心は「しゃん」とするんだ!!」

 

煉獄さんを思い出すと、心が暖かくなる。

無から有を生み出すんじゃない。

煉獄さんという種火が、自分の心を燃やして、火を大きくして!

炎を強くしてくれるんだ!!

暖かくしてくれるんだ!!

強さとは増幅する温かさなのだ!!

 

「だからもっと多くの人に、煉獄さんを見て欲しいんだ!

全世界に煉獄さんの生きざまを届けることが、世界平和に繋がると!!

 

俺は信じてる!!!」

 

「お前 頭 イカレてるな」

 

蝋屈は散々同じことを言ってきたが、改めて、心の底から、まるで称賛のように、言った。

 

「お前ほんとにおかしいよ」

 

「うん、よく言われる」

 

肯定も否定もしない。

影満にとって、煉獄の生きざまを伝えた時点で、その役割は終わっているのだ。

生殖を終えた蜜蜂の雄が、その後すぐに死ぬのと同じ。

煉獄の生きざまをどう捉え、どう反映していくのかは、見た本人達が決めること。

影満はその選択を否定もしないし、肯定もしない。

 

実際には肯定しまくっているのだが、それは影満の心理という付属品であり、娯楽に近い。

本来の役割とは切り離された、余暇のようなもの。

 

それが、影満の人格と行動を構成するもの。

「人間性」とも呼べるものである。

 

バキッ、と木の壊れる音がした。

煉獄が、棺桶の蓋を突き破った音だ。

 

「なっーーー」

 

蝋屈にとって、限界の象徴だった棺桶が、破壊された。

絶望の化身として、蝋屈の心に巣食っていた壁が、破壊されたのだ。

 

そこから先は早かった。

蓋に穴を開け、土を掘り進み、身体を起こし、また土を掘る。

 

何日かかったかは分からない。

ゆっくり、ゆっくりとした作業。

だが蝋屈も影満も、それをじっと見ていた。

 

そして遂に、煉獄の腕が地上に出た。

ズボッと心地いい音をたて、煉獄が墓の下から這い出てきた!!

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!」

 

煉獄が雄叫びをあげる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」

 

影満は大歓声をあげた。

前にいる蝋屈の鼓膜が痺れるほどの声量。

 

蝋屈はただ呆然と、それを見ていた。

何もかもが違う。

俺が絶望と決めつけていた状況から、生きて脱出する存在がいた。

生存できる未来も、あったのだ。

 

その可能性を見られただけで、蝋屈の考え方は大きく変わった。

 

「けど……」

 

蝋屈はどうしても納得できなかった。

 

「その右腕じゃあ……」

 

煉獄の右腕は、過度に酷使したことにより、骨は剥き出し、血管は千切れ、恐らく二度と拳を握れない状態になっていた。

 

「身体が酷すぎる。空気のない所で肺を酷使しすぎだ……内臓もボロボロだし、血の巡りだって……

そう、そうだよ!俺だってそうだ!身体が腐ってたんだ!!もう治療の仕様がない!!

剣士としての復帰なんて夢のまた夢だぞ!!

日常生活だって出来るか分からないぞ!!

それにお前、目が見えてないんじゃないか!?視力が落ちているな!?

そもそも!!ここから生還できるのか!?」

 

墓から這い出たところで、生還できなければ意味がない。

 

何より蝋屈には、どうしても問いたい疑問があった。

 

「そんな身体で!!幸せになれるのか!?」

 

五体満足の身体への、羨望。

 

「そんなボロボロになって、幸せになんかなれるのかよお!?」

 

蝋屈の想像する幸せとは、五体満足で、自由に動ける身体だ。

その逆の不幸せの渦中にいたからこそ、そう思う。

 

「なんで、腕を犠牲にしてんだよ!?

幸せになるために幸せを犠牲にしたら、意味ないだろおおおおお!!!??」

 

だからこそ、「五体満足」を切り売りして戦う鬼殺隊が理解できない。

傷付き、敗れ、死んでいく鬼殺隊は、恵まれた「幸せ」を浪費し、使い捨てる異常者にしか見えない。

 

「煉獄さんは、ああした」

 

影満は、そっと語りかける。

 

「お前は、どうしたい?どうしたかった?」

 

「俺は……」

 

蝋屈は涙を流す。

 

埋められた時。

部屋に放置された時。

生まれた時。

 

どの時間でも、彼の願いは変わらなかった。

 

「幸せに、なりたかったよお!!!」

 

滝のように涙を流す蝋屈。

 

「家族と一緒に、動いて、遊んで……構われたかった!!!

 

幸せになりたかったんだよ俺はあああああああああああああ!!!!!」

 

蝋屈は泣いた。

泣いて、泣いて、泣いて。

少年に戻った。

 

煉獄の生きざまと、影満の言葉が、まるで手技療法のように、蝋屈の心を解きほぐしたのだ。

 

「なら、打て!!少年!!」

 

影満は発破をかける。

 

「……え?」

 

「煉獄さんのやり方を見ただろう!!

お前はお前の思いを!!この「限界」にぶつけろ!!そして打ち破れ!!

お前なら出来る!!!」

 

棺桶を打ち破る。

煉獄を見る前の少年なら、一笑に付しただろう。

しかし、今の少年は違う。

 

「……」

 

少年は右手を構え、それを思いっきり、蓋に打ちこんだ。

ゴン、と固い音と感触。

骨から伝わる衝撃と、遅れてやって来た痛み。

 

「痛い」

 

少年は涙を流す。

 

「いてぇよ、バカ」

 

身体が腐り落ちる苦痛とは、また種類の違った痛み。

だがそれは、初めて自分から動いた結果であり、初めて、自ら得た外的刺激だった。

 

その痛みすら、少年はいとおしかった。

 

「……ちくしょう、バカ、馬鹿野郎!!」

 

少年は自棄になりながら、二度、三度と蓋を殴る。

 

「馬鹿野郎!!!馬鹿野郎!!!馬鹿野郎!!!!」

 

ガン、ガン、ガン、ガン。

限界を受け入れるのではなく、馬鹿野郎と罵り、叩く。

その行為こそ、人間性だと言える。

 

「おっかあの馬鹿野郎!!!俺を捨てやがって!!俺を見捨てやがって!!!

馬鹿!!畜生!!お前の方がよっぽど化け物だ!!馬鹿!!畜生!!馬鹿やろおおおおおおおおお!!!!」

 

バキリ、と木の壊れる音。

それは、少年の心の隔たりが割れた音でもあった。

 

ーーーーーーーーーー

 

大量の土が、少年の顔に降ってきた。

 

「ぶへっ!ぶはっ、うごぁ、ぺっ!ぺっ!ぺっ!」

 

それは、少年が受け止めるべきもの。

長年、目を反らし続けてきた感情や、鬼となって人を殺した、罪。

それらが降りかかり、少年を窒息させようとしているのだ。

 

「……なんでお前はなんともねえんだよ!」

 

横にいた影満は、何故か身体が透けて土を被っていない。

 

「いや、ここはお前の記憶の中なんだから、俺に被害はないよ」

 

「ふざけんじゃねえ!!」

 

少年が土を投げつけると、影満の顔に容赦なく叩きつけられた。

油断していた影満は、目や鼻や口の中にまで土が入り、もう顔中土まみれだった。

 

「ぶほぉ!!!ぶへっ、え、なんでえ!!?」

 

「知るか馬鹿!!ハハッ、オラ食らえバカ!!土食えオラッ!!」

 

「うわ、やめろ馬鹿!!やめ、やめろおおおお!!!」

 

少年と影満の土の押し付け合い。

まさに泥試合、泥沼の土合戦である。

 

お互いにぐちゃぐちゃになりながら、なんとか土を掘り進んでいく。

 

「温かい……少年、今は朝だ!もうすぐ外だぞ!!」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 

少年も影満も、息も絶え絶えになりながら、地上を目指す。

 

その時、掘り進める少年の手が、草の根を掴んだ。

それを力一杯引き抜く。

 

暗がりの中でも、その生命力の鱗片が伺える。

その雑草を、少年は頬張った。

土が口に入ることなど、最早気にも留めない。

バリバリと雑草を食する。

それは、少年が初めて、自分の手で取って食べた食事だ。

 

「草、うめえ」

 

「偉いぞ少年。自分で出来たじゃないか。良くできた」

 

「うめえ。草、うめえよ畜生」

 

誰も赤子の頃など覚えていないだろう。

だが赤子が初めて自立し、自らの手で成し遂げた瞬間を、誰かが見てくれていただろう。

少年にとってのそれが、影満だった。

 

少年は照れ隠しに、何度も何度も雑草を褒めた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

ズボリと土を突き破り、少年の手が、地上に出た。

そこが体力の限界だった。

まるで犬に掘り起こされた死体のようだ。

だが少年に後悔はない。

 

手だけでも、あの絶望の淵から這い出ることができた。

それだけで、少年は救われた。

 

その少年の腕を掴み、影満は引っ張りあげる。

土を押し退け、少年は全身を地上に出し、咳をしながらへたりこんだ。

 

「げほっ……なんでお前、外に出てんだよ」

 

「俺は記憶に紛れ込んだ陽炎だからな。景色が変われば、見え方も変わる。ま、御都合主義ってことだ」

 

「意味、分から……いや、もう、いいわ」

 

少年は力なく呟く。

ここは記憶の世界。なんでもありなのだ。

特に影満という男に、常識なんて通用しない。

 

「俺はもう逝く」

 

少年ではなく、蝋屈として。

鬼として、地獄に落ちる。

 

「そうか」

 

鬼を討った影満は、頷くだけだ。

 

「けど、悪くない気分だ」

 

蝋屈はふっと笑う。

朝日が上り、温かい光が世界を包む。

その中に、蝋屈は居られない。

 

「この清々しさを持って、地獄へ行くよ」

 

限界を破った爽快感を手土産に、地獄へ旅立つ。

影満に出来ることは全てやった。

蝋屈が全てを受け入れ、答えを出したのならば、影満に変えることはできない。

この別れは、運命だった。

だから後は、見送るだけだ。

 

「じゃあな」

 

「ああ。左様なら」

 

蝋屈も、影満も、墓が並ぶ世界も、陽炎のように消えてなくなった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

上空に飛ばされた蝋屈。

心地好い風が、頬を撫でる。

 

眼前に広がる山の景色。

村落、人の営みの集まりがいくつも見える。

この世界に、人の生きる活力は、至るところに存在している。

それは上空から見れば、すぐ近くに寄り添っているもの。

さらに、山を越えた先に、広大な海。

 

知らなかった。

世界がこんなにも広く、吹き抜けのように広がっているなんて。

 

朝日が昇る。

山の景色の境界線から、太陽が姿を現す。

ここには土の中の圧迫感もない。

あれほど恐れた太陽も、今は、怖くない。

 

生まれて初めて見る太陽の光。

蝋屈は涙を流す。

 

「き れい、だ……」

 

蝋屈は灰となり、風に乗って流され、

 

消えていった。

 

 

 

 



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華燐

お願い煉獄♪ めっちゃ燃えたーい♪
お願い煉獄♪ めっちゃ燃えたい YES

スゥー(ガチギレ)
ハァー(覚悟ガンギマリ)

ハイッッッッッ!!!!炎の呼吸!!!!!!


影満は自分の体温を、まるでサーモグラフィーで撮影したかのように詳しく知覚している。

これによって体調や負傷箇所などを客観的に見ることができる。

自分の身体が今どうなっているのか、それを認識することは、武人にとって重要な課題の一つ。

 

陽炎の呼吸・拾ノ型『煉獄賛』を撃ち、丸一日眠っていた影満。

眠っている間も、ぼんやりと体温から体調の管理は行っている。

覚醒する直前の微睡み。

影満は体温に違和感を覚えた。

 

腹部に暖かい塊が存在している。

小さい、まるで腹が膨れているかのようだ。

 

寝惚け半分、夢見ごこちで、影満が導きだした結論は。

 

(俺が、煉獄さんの子を……妊娠!?)

 

ぱちくりと目を開いた。

 

「産まねば」

 

ギョロリと目玉を下に動かすと、影満の腹部に、一人の少女が覆い被さるように眠っていた。

身体の強張りが解ける。

 

「なあんだ、かりんちゃんか」

 

華燐。

村人が屍鬼にされた村で、ただ一人生き残った少女。

 

煉獄さんの子を妊娠したという誤認からか、母性本能のようなものが目覚め、華燐の髪を優しく撫でる。

 

「んん……」

 

華燐が薄く瞼を開いた。

屍鬼村でも、この山の情報を聞き出すために無理矢理頬をペチペチして起こしたことがあった。

つい昨日の出来事だが、遠い記憶のようにも思う。

 

「煉獄さん、俺の子を身籠ってくれないかな……」

 

「はぇ……?」

 

影満の謎の願望に、寝起きの華燐は困惑するだけ。

 

「おぞましいことを言うな!影満!!」

 

突然の大声に、華燐がビクリと身体を震わせる。

影満も同じく歓喜から身体を震わせる。

 

「煉獄さん!!」

 

影満はガバリと起き上がった。

そこには上半身裸で、包帯をぐるぐる巻きにされた煉獄杏寿郎が立っていた。

 

「煉獄さん!信じてました!!」

 

無事でいること。勝利すること。

煉獄が煉獄のまま、再び顔を見せてくれることを信じていた。

だから影満も生き残ることができた。

 

「うむ!俺も信じていたぞ!!」

 

煉獄とて同じだ。

必ずや、影満が蝋屈を打ち倒すことを信じていた。

 

ガバッと熱い抱擁をする影満と煉獄。

お互いの背中をポンポンと叩く。

 

それを見た華燐は、

 

(お、男の人同士で抱き合ってる…/////)(ドキドキ)

 

新たな扉に手をかけていた。

 

「ん?」

 

影満は煉獄の背中に回した手を、触診するように撫で回し始めた。

 

「んん?これはなんだ……?」

 

煉獄の背中に、感じたことのない体温を感じ取った。

影満は煉獄の肩を掴み、くるりと後ろを向かせると、一気に包帯を引っ張り、破り捨てた。

 

(そ、そんな帯回しみたいな……)(ドキドキ)

 

白い包帯が紙吹雪のように舞う。

 

煉獄の逞しい背中が露となった。

 

「おおお……」

 

影満は天啓を得た信徒のように、神々しい煉獄の背中を見入っていた。

 

その背中には、業火のような『痣』があった。

背中一面に『炎の痣』が浮かび上がっている。

まるで蒸気機関車の機関部のように熱を発しており、今にも湯気が出そうだった。

 

「お゛ お゛ お゛ お゛ お゛ お゛煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん」

 

影満は白目を剥き、涙を流しながらその背中を眺めていた。

 

「ふ つ く し い……」

 

感極まって、凄くいい声で感嘆の溜め息をつく。

 

当の煉獄も、誉められて満更でもないのか、両腕を上げ、肩甲骨を寄せ、身体を弓なりに引き、背部の筋肉を収縮させる体勢を取った。

実戦に使う構えではなく、観賞用、身体を見られる時用の構えである。

上腕二頭筋をこれでもかと主張していた。

 

膝をつき、両手を合わせてぶつぶつと祈りを捧げる影満と、直立して背中で雄弁に語る煉獄。

神像とその信徒という図式であった。

なんとも非日常的な光景である。

 

影満と煉獄の裸の絡みに、新たな扉に手をかけた華燐であったが、その狂信的な光景を見て、(あ、やっぱり違うかも……)と手を離してしまった。

 

華燐は意を決し、大きく息を吸うと、二人に声をかけた。

 

「あの!」

 

「「ん?」」

 

影満と煉獄がギョロリと顔を向ける。

この二人、どこか雰囲気が似ていると思ったら、そのどこを見ているか分からない大きな目が似ているのだ。

影満に至っては煉獄以外、正しく認識しているかも怪しい。

 

気圧されながらも、華燐は言葉を紡ぐ。

 

「お二人に……お願いしたいことが!あります!!」

 

ーーーーーーーーーー

 

大烏の背に乗り、上空から影満の戦いを見守っていた華燐。

何度も窮地に立たされながらも、影満は蝋屈を打ち破り、勝利した。

 

影満が蝋屈に巻き付かれた時は肝を冷やしたが、刀を振り上げる大技で、蝋屈の首を上空に吹き飛ばした。

 

その時、華燐は蝋屈の表情を見た。

 

地獄に堕ちる鬼の顔だった。

 

しかし、直後に幼子の顔になったのだ。

華燐よりも歳は下の、弟くらいの子供の顔。

それも、酷く悲しく、寂しく、絶望した表情だった。

 

鬼は恐ろしいものだ。

だが、鬼になる人間は、とても悲しい存在なのだと、華燐は思った。

 

山の向こうから日が昇る。

陽光が射すと共に、蝋屈は一瞬だけ、救われたような、晴れやかな表情になって、塵となって消えていった。

 

あれほど強大で、底の無い闇、硬い岩のようだった鬼が、儚い幻のように消えていったのだ。

その光景は、華燐の中の価値観を覆した。

 

 

その後、大烏と共に気絶した影満と煉獄を引きずり、村に帰って家で寝かせて療養した。

汗を拭いたり傷口に湿布を貼ったりと献身的に治療していた華燐だったが、自身も疲れからか眠ってしまっていた。

 

 

次に気がついた時、家の扉に一人の男が立っていた。

影満と煉獄はまだ眠っている。

夕日を背後に、その男は手を前に出した。

 

「心配いらない。怪しい者じゃない」

 

その男の服装は、影満や煉獄と同じ、黒い隊服と、腰に差した刀。

 

「俺も鬼殺隊だ」

 

そう言うと、一歩建物の中に入ってきた。

外には何人もの黒ずくめの人間達が動き回っているのが見えた。

彼らはてきぱきと村の片付けをしている。

 

「彼らは『隠』。鬼の被害に遭った人や村の後始末をしてくれている。

……君はこの村の生存者かな?」

 

「……あ、あぅ、え、はい。

あの、影満……さんと、れ、煉獄さんが……」

 

「そうか。俺は薪木斧太。

ここまで走ってきた。そっちの二人は大烏で先行してもらったんだ。そのおかげで、君だけでも助けられたのなら……良かった」

 

薪木は玄関の段差に腰を下ろした。

 

「あ、あの……影満さんが」

 

「ああ、二人を治療するよ。君も見てもらえ。……おい!後藤!!」

 

薪木が外に向かって声をかけた。

すると、若い男(黒ずくめな上に垂れ幕のようなもので顔を覆っている)が入ってきた。

 

「煉獄さんと狂人を診てやってくれ。あとその子も」

 

「了解!

よお、嬢ちゃん、どっか痛い所とかあるか?擦りむいたとことか」

 

「あの、えっと……」

 

後藤と呼ばれた「隠」は、華燐を軽く診断し、目立った怪我がないことを確認すると、何か暖かいものを持ってくると言い残し、忍者のような素早い挙動で家から出ていった。

 

華燐はおそるおそる聞いた。

 

「あの、村のみんなは……」

 

「残念だが」

 

短い一言で全てを察した華燐は、無言でうつ向いた。

屍鬼になった村人達は、蝋屈と同じく、朝日に照らされて塵になった。

もうこの村には、華燐しか生き残りはいない。

彼らを覚えているのは、華燐しかいないのだ。

華燐は途方に暮れたが、己の使命を思い出す。

 

「あの、お葬式を……」

 

「ん?……ああ、勿論。弔いはさせてもらう。鬼の犠牲になった人達の魂を、少しでも安らかに」

 

「はい。えっと、あの」

 

華燐はどうしてそう思うのか、自分でも分からなかった。

だが口に出してみた。

 

「鬼の人の……お葬式も……」

 

お願いできませんか。

そう言い終わる前に、薪木の険しい顔が眼前にあった。

 

「ぃ」

 

「駄目だ」

 

却下された。

有無を言わさぬ硬い声で。

 

「鬼の一番罪深い所は、人の姿を真似ている所だ。

その見た目ゆえに、人は鬼の言葉を信じてしまう。その結果、被害が深刻なものになる」

 

まるでその目で見てきたかのように断言する薪木。

 

「鬼は人ならざるもの。

そう認識していなければならない。

だから、鬼に人の常識を当て嵌めてはいけない。情けをかけてはいけない。

鬼を弔うなど以ての他だ」

 

「あぅ……」

 

矢継ぎ早の言葉責め。

華燐は目に涙を溜めて、口をもごもごと動かした。

 

「俺が非情なんじゃない。鬼殺隊なら誰でも同じことを言う。

……俺たちは、ただ鬼を斬るため、この世から滅殺するために生きている」

 

そういう道を選んだ者達だ。

だから、正しき鬼殺隊ならば、華燐の願いは受け入れられない。

 

「……けど、正しくない鬼殺隊なら、それも通るのかもな」

 

「え……?」

 

真意が分からない華燐は、薪木の顔を見る。

薪木はちらりと、布団でやすらかな寝息を立てている影満の顔を見た。

 

「イカれた鬼殺隊のそいつなら、鬼殺隊としてあり得ないことをしてても、それが正常なんじゃないか、ってことだ」

 

ポリポリと頭を掻く薪木。

常に異常な行動ばかりの影満が、さらに異常な行動をしていても、それは「影満の正常」と言えるのだ。

 

薪木は話題を反らそうとしたのか、例え話を切り出す。

 

「温かい島でもさあ」

 

「はい……?」

 

「突然寒くなるかもしれないじゃないか。

皆が暖かい場所に咲く『花』だと、冬になれば、皆が枯れちまう。

一輪くらい、寒さに強い花がいてもいいのさ」

 

影満は夏場の冬服と同じ。

皆が薄着な中、彼だけが厚着なのだ。

 

一つの価値観、強さにばかり頼っていては、急激な変化に対処できない。

だから、変種というものは、受け入れるとまではいかなくとも、存在を許してやってもいいのだ。

 

そんな柔軟さを、薪木は持っていた。

 

「『花』……ですか?」

 

「え?あ、いや……」

 

薪木はあたふたと慌て始める。

 

「人がそう言ってたのを聞いたのさ」

 

「女の人ですか?」

 

華燐の素朴な疑問は、薪木の急所を的確に刺した。

 

「はっ!いやいや、別にそんなんじゃないから!違うから!!そんな疚しい感じのあれでは」

 

「お茶漬け持ってきたぞー」

 

絶妙な時期に後藤さんが帰ってきた。

湯と米の香りが鼻孔をくすぐる。

思えば、丸一日何も食べていない華燐は、お腹がぎゅるぎゅると鳴り出した。

 

「じゃ、俺は見回りいくから。元々「隠」の護衛が任務だし」

 

薪木はそそくさと立ち去ろうとする。

華燐はハフハフ言いながらお茶漬けを食べていた。

後藤さんは手慣れた手付きで影満と煉獄に包帯を巻いている。

 

「煉獄さんには挨拶したかったが、狂人とは出来るだけ関わりたくないしな……」

 

「あ、影満さんと何かあったんですか……?」

 

逆に影満と何事もなく人間関係を築ける方がおかしいと思いつつも、華燐は聞いてみた。

 

「神様殺してやったんだけど知らないかって包丁突きつけられた」

 

「えっ なに それはぁ……」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「私の家は……葬儀屋なんです」

 

華燐の家系は代々、死者を弔う儀式に従事してきた。

 

「ほう!」

 

「ああ成る程、それで「朝から墓にいた」って言ってたのか」

 

華燐に話を聞いた時、朝っぱらから少女一人で墓に行ったという点に、若干の不自然さを感じていた影満。

体温から鬼ではないと分かってはいたが、華燐こそが蝋屈を上回る黒幕であり、疲弊した煉獄さんを人質に取るという展開を一瞬でも考えた自分を反省し、心の中で謝罪していた。

 

(お詫びになんでも言うこと聞いてあげる)

 

「ずっと、葬式の家だって悪口言われて……私も、葬式なんて嫌いで……嫌だった……でも」

 

真っ直ぐ前を見る華燐。

 

「最後を……ちゃんとしてあげたいって、思ったんです!

村のみんなも、蝋屈も……最後は、人生の最後に、納得してないと思うんです」

 

人として終わることを拒んだ。

あるいは、終わらせて貰えなかった不条理の果てが、鬼という姿なのだ。

 

「鬼の人の……蝋屈の、お葬式をしてあげたいんです」

 

ぎゅっと唇を噛む華燐。

影満と煉獄が最後の頼み所だ。

彼らに断られれば、誰も蝋屈を悼んでやる者は居なくなる。

 

しばし沈黙する影満と煉獄。

華燐はただ待った。何か口にして、楽になりたかった。

だが耐えた。

 

二人はカッと目を見開いた。

 

「「いいと思うぞ!!」」

 

二人同時に言い放った。

 

「あ、ほ、本当ですか!?」

 

華燐は嬉し半分、困惑半分だ。

 

「俺は奴の過去を見た」

 

「え?」

 

影満は語った。

陽炎の呼吸・拾ノ型『煉獄賛』を打つと、蝋屈の記憶と影満の精神が混ざり合い、お互いの過去を見たこと。

その中で、蝋屈が生き埋めにされ、孤独と恐怖に窒息したこと。

誰よりも人の愛を、そして日の光を渇望していたことを語った。

 

「そんなことが……」

 

 

華燐は、上空で見た蝋屈の表情、その真意を知れた気がした。

そして、より一層、蝋屈を弔ってやりたいと思った。

 

煉獄が布団の横に置かれていた刀を取った。

愛刀、日輪刀とは違う、もう二本の刀。

屍鬼として蘇った、源頼光の『童子切り』。そして平影清の『痣丸』。

 

「頼光と影清も弔いたい!彼らのおかげで、俺はさらなる領域に足を踏み入れた!!」

 

屍鬼達との戦いで死ぬ直前まで追い詰められた煉獄は、『透き通る世界』と『痣』を発現した。

鬼殺隊として、炎柱として、目覚ましく腕を上げたと言えるだろう。

 

「く わ し く」

 

ここで食い付いたのが影満だ。

影満は煉獄の体温を感知することで、彼の体調と激戦っぷりは知っていたのだが、その強敵との白熱の勝負の詳細までは知らなかった。

歴代の偉人と煉獄杏寿郎との戦い。

影満にとって、これほど心踊る話もない。

 

「あ と で な!!」

 

「かしこまり!」

 

脱線しそうだった話の流れ。

煉獄の一言で強制的に線路上に戻ってきた。

煉獄のせいで暴走する影満だが、その煉獄の言葉で沈静化するのもまた影満である。

寒暖差が激しすぎる。

 

「それを言うなら、牛若丸も弔ってやりたいな。蝋屈も喜ぶだろ」

 

すんなりと決まったことで、肩から力が抜ける華燐。

 

「だが一ついいか?」

 

影満が華燐に向き合う。

華燐は緊張し、身構える。

 

「俺たちに葬儀の作法を教えて欲しいんだ」

 

煉獄も頷く。

 

「うむ!そういえば俺も、葬儀のやり方を何一つ知らん!!これは日の本に生きる者として、あるまじき無知だ!恥じ入るばかり!!」

 

「恥じらう煉獄さん可愛い!!」

 

影満の合いの手。

 

「今までずっと、「隠」に任せっぱなしだった!やろうともしなかった!知ろうともしなかった!それでは駄目だ!」

 

「そうそう!機会が来たら、どんどんやるべきだよ!遅くはないよ!

やってみよう!

煉獄さんを拝むことに今更遅いなんてことはないよ!」

 

新しい知識を得ることに積極的な二人。

 

影満と煉獄は膝をつき、華燐を頭を下げた。

 

「「どうか我々に、葬儀の作法を教えてもらえないだろうか」」

 

「あ、あぅあぅあ……」

 

大の男二人に頭を下げられるなど初めてのことで、華燐は慌てふためいた。

 

「あっ、はい!いいですよ!あ、えっと……その、お願いします」

 

自分が頼む側だったはずが、逆に頭を下げられ、どちらの立場が上なのか分からなくなってしまった。

言葉の選択が上手くいかない。

 

影満と煉獄は、華燐を子供だからと下に見てはいない。

対等に接してくれている。

 

「俺は蝋屈に、何もしてやれなかった」

 

影満は蝋屈に、あり得たかもしれない未来を見せ、負の感情を吐き出させただけだ。

少し気を楽にしてやっただけ。

 

何かを残してやれたとは、思っていない。

 

「かけるべき言葉も、なかった」

 

蝋屈が地獄に堕ちることを、

『左様なら』と見送ることしかできなかった。

何も、形に残ることはしていない。

ただ陽炎のように消えてしまう、不確かなものばかり。

 

「だが君が、葬儀という形にしてくれれば……心の儀式にしてくれれば、俺も、蝋屈も、一つの区切りにできる」

 

蝋屈にまつわる物語の、区切りにもなる。

 

「葬式は俺たちに絶対必要なものだ」

 

影満は華燐の肩に触れた。

 

「俺は君に会えたことを誇りに思う。

ありがとう、華燐ちゃん」

 

ーーーーーーーーーー

 

ずっと後ろ指を指されてきた。

葬儀屋の娘。年中喪服の女。

遊びに誘っても墓参りばかり。気が滅入る。

仕事ばかりでおかしくなったんだ。

陰気な子供。

死人の匂いが染み付いている。

 

……その通りだと思っていた。

 

他所の不幸ばかりと関わる仕事。

笑ったり、寝ぼけたり、間違えたりすることも許されない。

常に完璧を求められた。

子供の華燐には辛い日々だった。

 

墓参りは嫌いじゃないが、それが逃避であることは気付いていた。

生きているのに、墓場しか居場所がない。

泣きそうだった。実際に泣いていた。

 

葬儀屋に生まれたことを不幸だと思った。

 

だが、今は葬儀屋の経験と知識を必要とされている。

自分がやるべきだと心から思える。

 

自分の使命だと思える。

 

影満の前向きな言葉は、華燐にやりがいを与えてくれた。

彼が肩に触れた手から、温かさが伝わっていく。

それは華燐の胸の内に、小さな火種をつけた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

煉獄さんの活躍を本にして全国に売り出す。

この国の総人口がどれくらいかは知らないが、まあ一億人いるとして、一人最低一冊は買うとして、一億冊が売れるという計算になる。

そこから海外にも輸出し、日本の主要輸出品として名を連ねる。

ざっと三十億冊は売れるだろう。

 

さて、そんな大人気の煉獄さん武勇伝の本だが、そこで重要になってくるのが『葬式』だ。

 

煉獄さんも人だ。人はいつか終わる。

その終わりをきっちりと締めてくれるのが『葬式』という儀式だ。

 

仮にだが、煉獄さんの本の中で、煉獄さんの葬式が描写されないなどということは、あってはならないことだ。

もし「杏寿郎の葬式は済んだだろう」なんて一言で説明でもされた日には、影満はその本を破り捨てるだろう。

 

そして破り捨てたことを若干後悔しつつ、修復し、添削するだろう。

 

煉獄さんの葬式は大事にする。

少なくとも三ヶ月は葬式の話で引っ張る。

そうでなければおかしい。

 

煉獄さんの葬式は大切。

そして何より、葬式を取り仕切る者が重要になってくる。

葬儀屋が登場人物として出てこないから、葬式も物語として描写しにくくなってしまうのだ。

 

(素晴らしい子を見つけた。これは思わぬ拾いものだぞ)

 

華燐に煉獄杏寿郎専属の葬儀屋になってもらう。

それが影満の思惑であった。

 

ただの専属ではない。

煉獄に命を救われ、葬儀屋としての矜持に目覚め、煉獄の人生を長年見守ってきた。

そんな人物でなければならない!

 

華燐ほどの適任を見たことがない!

彼女は奇跡のような存在だ!!

 

年齢的にもぴったりだ!

煉獄さんが御臨終の頃、華燐ちゃんも老齢になっているだろう。

熟練の葬儀屋である華燐が、煉獄さんの半生を思い返しながら送り出す。

 

そこに感動的な物語が生み出される。

 

(うふ……うふふ、ふふふふふふふ)

 

影満の言葉に嘘はない。

華燐に会えたことを、心から感謝している。

 

(うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!!!

煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

影満と華燐。

全く思い違いをしながらお互いを見つめる二人。

そんな二人を見て、煉獄は

 

(美しきかな!!)

 

どこを観ているか分からない瞳で、ニコリと笑った。

 

ーーーーーーーーーー

 

浄めの炎を焚いて、魂を弔う。

 

身体が動かない赤子から、屍鬼の王にまで堕ちた、一人の鬼の魂。

 

「その魂が地獄の炎の道筋を歩き抜き、また、人としての生を許される時まで」

 

パン、と手を合わせ、その永い地獄の先にある安らぎを祈る。

影満、煉獄、華燐は、山の頂上の祠の前で、手を合わせて黙祷した。

 

まだ戦闘の跡が残るものの、土砂崩れによる村の壊滅と処理される予定だ。

村も、祠も、鬼も、何もかも無かったことにされる。

その僅かな時間に、三人は葬式という儀式を行うことができた。

 

「どうか、安らかに」

 

清らかで、凛とした声。

華燐は見違えるように立派になった。

黒い服装が彼女を大人びて見せているのかもしれないが、それ以上に、使命に尽くす姿は、言い表れないほどに美しかった。

 

(これは本当に、原石を拾ったな。

みるみる輝くぞ、この子は)

 

影満は大いに満足していた。

 

(そんな子に見送られて、お前も嬉しかろ?)

 

蝋屈に語りかける。

焚き火の火の粉が、夜明けの空に流れていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

漆黒の羽が舞い降りた。

バサバサと忙しない羽音。

カラスの声で人語を喋る奇怪な声。

 

「カァーーーーー!!!

伝令ーー!!伝令ーー!!!」

 

華燐がびくりと驚いていた。

 

「むう!あれは俺の鎹烏!!」

 

「華燐ちゃん!心配するな!あれは伝言を伝えてくれる、喋るカラスなんだ!」

 

「へ、へえぇ……」

 

三人の頭上をぐるぐると回る。

 

「死亡ーーーーッ!!!

 

『鳥柱』佐々木眞一郎

死亡ーーーッ!!!」

 

影満、煉獄の目が限界まで見開かれる。

 

「『上弦の壱』との戦闘の末 死亡ーーー!!!

敵の能力は『月の呼吸』ーーーッ!!!

剣の斬撃上に月の形の斬撃が無数に飛来ーーーッ!!!」

 

「上弦の……壱」

 

影満がギリリと噛み締める。

 

「上弦の鬼には、あの佐々木でも負けるのか!!」

 

煉獄は並々ならぬ闘志を燃やす。

佐々木眞一朗は煉獄も認める実力者であり、現代の柱の中では、悲鳴嶼行冥に次いで任期が長かった人物である。

 

鎹烏は叫び続ける。

 

「影満ーーーッ!!

『虚淵影満』!!!

『下弦の肆』を撃破!!!

虚淵影満は『柱』になる資格ありーーー!!!」

 

煉獄はギラリと目を光らせる。

 

「影満!!!!!」

 

山に響き渡るような声で叫んだ。

 

 

「お前も『柱』になれ!!!!」

 

 

日の光が差し込んでくる。

夜明けだ。

黄金の輝きに照らされ、影満の足元に三つの影が映る。

影満はゆっくりと顔をあげた。

 

 

「佐々木さんの代わりになるつもりはない」

 

 

柱に欠員が出た、という理由では動かない。

 

だが、煉獄と隣で、同じ『柱』として戦う機会が巡ってきたのならば!!!

 

煉獄から『柱』になれと言われたならば!!!

 

 

「俺は俺として『柱』になる!!!

鬼殺隊のために!!!

俺のために!!!!

 

煉獄さんのために!!!!!」

 

煉獄の隣に立つために、死にもの狂いで修行してきた。

まだ弱いんじゃないか、まだ早いんじゃないか。

そんな弱気なことばかり考える。

 

だが現実はあまりにも早く、無情に過ぎていく!

すぐにでも自分が動くべき時が来る!!

 

影満にとって、今がその時なのだ!!!

 

 

「煉獄さんと肩を並べて!!!!

戦うために!!!!!」

 

 

影満は覚悟を決めている。

 

「よぅし!!大烏!!!」

 

煉獄の声に呼ばれ、大烏が舞い降りる。

ぶわりと風が舞う。

 

「急ぎ、お館様の元へ向かう!!

さあ乗れ!!!」

 

煉獄が大烏の背に飛び乗る。

 

「さあ華燐ちゃん!」

 

「ふえええ!!?」

 

ガシッと華燐を掴み、一緒に大烏に飛び乗る影満。

 

「えっ、ちょ!わたしも!?」

 

「そうだ!華燐ちゃんは見た所、『稀血』の可能性がある!!

一緒に来てもらうぞ!!」

 

「え、ええええええ!!?」

 

「よし!!飛べ!!!」

 

『カアアアアアアッ!!!!』

 

 

煉獄の掛け声と共に、大烏が羽を広げ、一気に上空へ飛び上がった。

 

祠のまえに、大きな黒羽が舞い散る。

 

 

雲を突き抜け、三人と一羽は風のように飛び去っていく。

 

物凄い速度。

煉獄は仁王立ち。

華燐は影満の小脇に抱えられたまま、半泣きである。

影満は新たな舞台に立つ役者の顔をしていた。

 

「いざ、鬼殺隊本部へ!!!!」

 

 

 

 

 

 

煉獄さん生き返れ生き返れ

 

『屍鬼山編』 完

 

 

 

 




影満、華燐ちゃんの心に種火をつける。
略して種つk(ベベン♪)
や ら れ て い る!?(通報→即お縄)


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
華燐ちゃん、葬儀屋としての使命に目覚める
蝋屈と村の人々を供養
鳥柱死亡!影満よ『柱』となれ!


語られる武勇伝。

 

 

「平影清の突き技『黄泉ノ道筋』!

まさに死に直結する技を、俺は『昇り炎天』で弾き上げた!!」

 

「おお!」

 

「背後から源頼光の居合い、『生死一如』!!俺は『盛炎のうねり』で防御する!」

 

「おおお!」

 

「さらに『火炎大車輪』で影清の両腕を斬り落とした!」

 

「おおおおおお!!」

 

「しかし影清は足から手を生やし、『痣丸』で斬りかかる!」

 

「うぐぅぅ!」(じりじり)

 

「さらに頼光の大技『達磨落とし』!これには背中がひやりと冷えた!!」

 

「おおおお!!」(冷や汗)

 

「影清の両腕が龍の鱗のように硬直!『黄泉醜女』の大打撃!!」

 

「ぎぃぃぃ……!」(歯軋り)

 

「間一杯で回避し、俺も大技を打ち込む!龍の首を断つ気で打った!『炎天直下』!!」

 

「おおおおおおお!!!」

 

「影清の腕を両断!!」

 

「おおおおおおおおおおお!!」

 

「すかさず『不知火』!!

影清の首を斬り落とした!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 

晴れ渡る昼の空。

雲よりも上の天高く、空中を飛行する黒い影があった。

それは人よりもさらに大きな鳥。

黒い羽を広げ、悠々と空を飛ぶ。

 

『大烏』と呼ばれる、カラスの変異種である。

 

その背には三人の人間が乗っていた。

一人は炎のような金髪と赤髪を風に揺らせ、堂々と直立している男。

 

煉獄杏寿郎。

 

鬼殺隊の最高峰である柱、『炎柱』の若き獅子。

 

もう一人は陽炎のように輪郭が曖昧で、これといった特徴の無い男。

煉獄の前で正座しており、彼の話に熱心に耳を傾けては、大きな身振りで一喜一憂している。

煉獄にそっくりな、ぎょろりと見開いた目は、無垢な子供のように輝いている。

 

虚淵影満。

下弦の肆、蝋屈を倒し、柱になる資格を得た男。

 

さらにもう一人は、故郷の村を鬼に襲われ、全ての住人を殺された少女。

 

燈台華燐。

『稀血』と判断され、影満によって半ば強制的に大烏に乗せられた。

 

 

華燐はじっと二人を見ている。

煉獄は自分と戦った強敵との戦闘を語り、影満はそれを聞いて喜んでいる。

やんややんやと宴会のような雰囲気である。

 

つい先程、喋るカラスから仲間が戦死したと伝えられ、緊張感を持っていたとは思えない。

だがそれは、必要以上に落ち込まないことで、精神の安定を保っているのだと理解している。

些細な心の機微が、実戦では取り返しのつかない失敗に繋がる。

影満と蝋屈の戦いを見ていた華燐は、剣士達の心の鍛え方、扱い方の鱗片を感じ取っていた。

 

だからこそ、彼らについて質問することは気が引けた。

鬼殺隊とは何なのか、鬼とは何なのか。柱とは何なのか。

煉獄とは。影満とは。

 

彼らの精神統一の邪魔をして、気を悪くしてしまうことを恐れ、沈黙していた。

 

「多数の屍鬼に組みつかれ、動けない!」

 

「ひぃ!ひぃ!ひぃぃ!!」(過呼吸)

 

「瞬きの間に首を斬られる!死を覚悟した!!」

 

「   」(白目)

 

「そこで俺は!!『透き通る世界』を見たのだ!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

大の大人が、子供の様にはしゃいでいる。

影満は真面目な時と不真面目な時の落差が激しい。

 

華燐は話題に悩んだ末、自分のことについて聞くことにした。

 

「あ、あの……」

 

「「うん?」」

 

ぎょろりと目を向けられる。

反応速度まで同じとは恐怖を感じるが、華燐はおずおずと口を開いた。

 

「私の、「まれち」って何なんですか?」

 

影満が答える。

 

「ああ、特殊な体質を持った者のことだ!

稀にある血と書いて、『稀血』だ」

 

影満は指で空にスイスイと字を書く真似。

煉獄はうんうんと頷く。

 

「稀血の者は少ないが、鬼を引き寄せる体質の者が多い!鬼が嫌がる『藤の花』の御守りを持たせるか、こうして鬼殺隊が保護して回るのだ!」

 

特に身寄りのない華燐は、影満の強い意向で、煉獄家で預かることになった。

良ければ鬼殺隊でも葬儀屋として働いて欲しいとのことだ。

華燐としても、自分の役割を果たしたい。

天から与えられた使命を感じた。

それを実感させてくれたのは影満だ。

煉獄にも、村の大門の前で屍鬼軍と戦い、村の破壊を防いでくれた恩がある。

 

「まあ、鬼を引き寄せると言うと縁起が悪いから、『変な奴に好かれる』くらいで丁度良いと思うぞ」

 

「あはは、凄く分かります……」

 

一夜にして蝋屈、影満、煉獄という個性豊かすぎる者と知り合った華燐。

変な奴という言葉で一括りにした方が楽でいい。

 

「しかし……」

 

影満は真面目な声になる。

 

「煉獄さんの背中に現れた『痣』……

これは『稀血』とも違う、さらに特異で珍しいものですよ」

 

煉獄の背に発現した、業火のような痣。

煉獄にも、この痣が何なのか心当たりがない。

一言「知らん!」と言って終わりである。

パッと影満が手を上げる。

 

「煉獄さんあれやってくださいあれあれ!!」

 

「うむ!特別だぞ!!」

 

「やったぜ!!」

 

影満はぐっと拳を握る。

煉獄は炎をあしらった肩掛けを脱ぐと、制服のボタンを幾つか外し、がばっと上半身をはだけさせた。

同時に背中を見せつけて構えを取る。

 

「この『痣』が目に入らぬかッ!!!」

 

「は……ははぁーーーーーーーッッッ!!!!!!」

 

影満は深々と頭を下げた。

美しいまでの土下座である。

 

(時代劇とか好きなのかな……この人達……)

 

華燐は男子達のノリについていけず、ただただ困惑するばかりである。

 

「その痣が出た時、何か変わったことはありましたか?」

 

華燐は質問してみる。

いつもと違うことに心当たりがあれば、それが原因かもしれない。

 

煉獄は当時の身体の変化を伝える。

 

「ぐあっっっ!!」

 

煉獄が叫ぶ。

まるで爆薬が炸裂したかのような衝撃。

その気迫に影満と華燐が身を引く。

 

「グッと来たのだ!!

身体の芯からこう、ぐぉっ!ぐあっ!!と!!

引き締まる感じと膨張する感じが一度に、

ぐ あ あ あ あッ!!とな!!!」

 

握り拳を震わせながら、まるで演歌を歌うように熱く語る煉獄。

華燐は頭の上に「?」の文字が浮かぶ。

 

「心臓の鼓動が高鳴り、熱を帯びているのが分かった!感覚がどんどん鋭敏になって、正確無比!単純明解になっていった!清炎が余分なものを焼き落としてくれたかのように!」

 

「すごいよおおおおおおお!!!!

すごすぎるよおおおおおおおおおお!!!」

 

影満だけが狂喜乱舞していた。

煉獄の昂りは影満の昂りなのだ。

華燐は呆然とした表情だったが、煉獄はそんなことを気にしない。

むしろ誇らしげに笑っていた。

 

「煉獄さんの身体が凄いことになって、それから?他にはありました?」

 

煉獄節の理解を早々に諦めた華燐。

影満の言うように「とにかく凄い」と割り切るのが正解だと気付いてしまった。

 

「あの時は確か、敵の血鬼術にかかりかけていたな!」

 

「ああ、『霧中土葬』ですね。吸い込んだら屍鬼になる毒の霧」

 

「全身に屍鬼化の『痣』が出たのだ!」

 

「俺も出ました。おそろいですね!」

 

「そうだな!」

 

影満の謎のこだわり。

煉獄とのペアルックに異常なまでの喜びを覚える。

それを軽くいなす煉獄の方が異常なのでは、と華燐は気づき始めた。

 

「じゃ、じゃあ、煉獄さんの『痣』は、屍鬼化に対抗するために出てきたってことですか?」

 

「ふむ……」

 

考え込む二人。

 

「鬼に対抗するために……

なるほど、常に鬼と戦うために限界を越えてきた鬼殺隊だ。

人体の新たなる可能性を開いたという可能性もあるか……」

 

「鬼も痣のような紋様が浮かんでいることが多いしな!」

 

多くの鬼には、顔や腕などに紋様がある。

煉獄の背中の痣も、これに似ていると言えば似ている。

 

「だが煉獄さんは鬼じゃない。人だ。

こうして太陽の光を浴びているのが一番の証拠」

 

鬼は日の光に当たると塵のように消滅する。

それは華燐も目の当たりにした。

 

「それに、煉獄さんには痣が出て、同じく『霧中土葬』を吸った俺には出ていない。これも謎だな……」

 

血鬼術の影響下にあったのは二人とも同じ。

影満と煉獄の違いは他にある。

そこに痣出現の条件がありそうだ。

 

「死の間際だったというのが原因か!あそこまで追い詰められたことは、今までなかったからな!」

 

「火事場の馬鹿力ですか。人は無理して肉体が壊れないように、出せる力の限界を設けているらしいです。

でも死の淵において、そんなことは言ってられない」

 

「限界を越える!それだな!!」

 

煉獄さんが影満を指差す。

影満はそれだけで嬉しそうだ。

 

「痣が出た時、自分でも信じられないくらいの力が出せた!

身体の調子がすこぶる良くなった!」

 

枷を外したということだろう。

屍鬼が使っていた、『屍の呼吸』から着想を得た。

限界を越えた禁断の力は、思いもよらない強い力を生み出す。

 

「まるで蝋燭の火ですね」

 

影満はぽつりと呟く。

人の寿命を、一本の蝋燭に例えたもの。

蝋燭は溶けやすい蝋でできている。

火がついている、つまり生きている間、蝋という寿命は溶け、減り続ける。

蝋燭が完全に溶け、火が消えた時こそ、人が寿命を迎えた時である。

 

煉獄はこの蝋燭の火を、ごうごうと燃やすことで、更なる熱と輝きを放つ。

 

「確かにな!あれは正に、命を燃やしている感覚だった!!」

 

「では『痣』は、限界突破の証……あるいは、肉体を酷使したことによる……内出血?」

 

刺青のように、外部から墨を入れたりしていないのであれば、痣とは本来、皮膚の内部で出血して出来るものだ。

 

「でも、それがあんなに、綺麗な形になりますかね?」

 

「そうだよね!超綺麗だよね!さすが華燐ちゃん分かってる!!」

 

急に手を握ってブンブン上下に振るわれる。

内部出血ならば不均等な斑模様になるのが通例だろう。

だが煉獄の背中は、まるで熟練彫物師による刺青かと思えるほど芸術的な形だ。

 

「刺青といえば、「識別」に使われることが多い。任侠の忠義や、罪人の証とか。

煉獄さんを識別するとすれば、それは『鬼殺隊』、『炎柱』としてだ。

つまり、『炎柱』として覚醒した者に現れるのかも」

 

「ふむ!それは至極光栄だな!!」

 

明快に笑う煉獄。

しかし、それならば過去の炎柱や、現代でも鬼殺隊最強と目される『岩柱』悲鳴嶼行冥にも、痣が発現していていいはずだが……

 

「あるいは『神』が、煉獄さんを識別するために彫りこんでくださったのかもしれません」

 

その他の有象無象とは違う、鬼殺隊の主役。

神が煉獄さんをお気に入りとして、分かりやすいように目印をつけたのだとしたら。

 

「煉獄さんの背中には『神』が宿っている!!!」

 

(それ言いたかっただけなんじゃ……)

 

華燐の的確な指摘。

煉獄を持ち上げる機会を逃す影満ではない。

仮説だろうとなんだろうと、煉獄万歳を唱えられるだけ唱える。

 

「うーむ!よもや神にまで背中を押されるとはな!これほど魂が燃えることはあるまい!」

 

煉獄も煉獄で肯定的な意見だ。

物事を明るく見るのはこの二人共通の才能かもしれない。

 

「俺も煉獄さんのことはどれだけ離れても感じてますからね!千里眼ならぬ千里肌で!!」

 

「うむ!俺から目を離すなよ!!」

 

常に離れた相手を知覚するというのが、華燐には想像できない。

華燐にとって情報とは、自分で感じる近くの物か、他人から聞いた遠くの物に分けられる。

だからこそ、自分で感じる遠くの物という感覚に興味がある。

 

「煉獄さんに痣が出た時、影満さんにはどう見えました?」

 

影満は腕を広げて表現する。

 

「ぐお」

 

「あ、具体的にお願いします」

 

「具体的にか……」

 

ピシャリと華燐による駄目出しが入り、影満は腕を組んで考え込む。

 

「この痣が出た時、煉獄さんは体温が39度を上回り、心拍数は200はいっていたな」

 

まさかの数値化した情報。

具体的にとは言ったが、よもやこれほどまでに精密とは驚いた。

 

「え、なんでそんなこと分かるんですか?」

 

影満は無意味な嘘をつく男ではない。

というか嘘をつかない。

分かると言うからには本当に分かっていたのだろう。

問題は、何故分かるのかということだ。

 

「ああ、俺は気温や体温が見えるんだよ。温感が視覚と混ざってる、共感覚っていうらしい。

で、煉獄さんの体温とか心拍数は、常に把握してるんだ」

 

「いや……えっと、はい……」

 

影満が温度を敏感に読み取っていることは知っている。

だがその能力が、距離の離れた煉獄の体温まで認識できるほどに強力な理由が分からない。

 

「俺は煉獄さんの補佐だから、体調管理と把握くらいは日課だ。これくらい出来て当然だろう?」

 

「あぁー……」

 

普通は出来ないことを、出来るのが普通でしょ?という顔で言ってくる。

狂気である。

 

つまり、近くでいつも見ている通りに、遠くの物も見えるというのだ。

 

目の前で舞い落ちる木の葉と、遠くの山で舞い落ちる木の葉。

この二つが同じように、焦点が合って見えるのだという。

 

なるほど、それは千里眼だ。

 

「煉獄さんの、透き通って見える視界と、影満さんの温度の視界……共感覚」

 

「うむ!透き通る世界を見られたのは、影満の見ている世界を知っていたからだ!つまり俺が生き残れたのは影満のおかげだ!

感謝するぞ!影満!!」

 

「れ、煉獄さん……」

 

ぶわりと玉のような大粒の涙を流す影満。

 

「『痣』出現の条件は、体温と心拍数にあるかもしれないってことですね」

 

「うむ!現状はそう考えられる」

 

「その透き通る世界も、痣が出たことで感覚が鋭くなって、見えるようになったと」

 

とりあえず痣への仮説は立った。

しかし、華燐には「透き通る世界」が分からない。

 

「煉獄さんは、今も透き通って見えているんですか?」

 

「いや、今は普通の視界だ。集中すればまた透けて見えるはずだ!」

 

見え方の切り換えも可能らしい。

まるで昼と夜で、瞳の形が変わるように。

 

「透けて見えるっていうのは、例え話なんですか?そう感じるってこと?

それとも本当に……?」

 

「うん?」

 

華燐の言いたいことが分からず、首を傾げる煉獄と影満。

 

「あ、あの、お二人の刀から、炎が出たりするように見えたんですけど」

 

「おお!型の幻影が見えるのか!筋がいい!」

 

「あれは本当に炎が出てる訳ではないんですよね……?」

 

鬼殺隊の剣士達が使う、刀の『型』

その太刀筋は炎や水の流動に見えるほど美しく、力強い。

しかし実際に炎や水が刀身から出現する訳ではない。

あくまで炎の如き刀なのである。

 

「ははは!本当に炎が出せるなら、もっと簡単に鬼を倒せたであろうな!」

 

煉獄は豪快に笑う。

 

「あぁーーー……燃える刀を振るう煉獄さん見たいいいいいいいい」

 

影満は影満でいつも通り妄想の世界に入り浸っている。

よだれを垂らしながら。

 

人間の目と脳は、案外いい加減なのだ。

目で見た情報を、適当に処理して認識していることが多い。

特に、「盲点」がその典型例だろう。

人間の目は、構造上映像として認識できない点がある。

その部分は暗闇として写るはずなのだが、周囲の景色から情報を切り取り、それを継ぎ接ぎのように埋め合わせることで、視界の穴を感じることなく目が見える。

 

緑ばかりの景色なら、見えない盲点も緑色で塗り潰し、一面が緑だと認識するのである。

 

鬼殺隊の『型』も、その動きの情報が、自分達の持つ炎の情報としか認識できないから、炎が出ているように見えるのではないだろうか。

 

華燐が言いたいことは二つ

炎としか認識できない『型』への称賛。

「透き通る世界」もまた、視界の「誤認」、あるいは例えではないかということ。

 

「お二人の見ている世界が、よく分からなくて……どうしても、精神論みたいに聞こえちゃって」

 

考えれば考えるほど答えは出ない。

やはり、自分の見えないものを理解することは難しい。

透き通る世界という言葉も、例え話のように聞こえてしまうのだ。

 

だが煉獄はそれだけで気を悪くするような狭量な男ではない。

 

「なるほど、『心の眼』か……」

 

影満も満足そうに頷く。

 

「いい発想だよ華燐ちゃん。

『痣』が『肉体』のたどり着く境地

『透き通る世界』が『精神』のたどり着く境地だとすれば……

煉獄さんは肉体、精神共に至高の領域に足を踏み入れたことになる!!!」

 

『痣』と『透き通る世界』の原因を、肉体と精神に分けて考えるという発想。

これは影満と煉獄だけでは生まれなかった。

 

「心・技・体の充実か!武者として基本に忠実で良い!」

 

肉体が痣。

心が透き通る世界。

ならば技とは?

 

鬼殺隊の使う技は、当然、『型』。

呼吸法と剣の型こそが技に当たる。

 

「心と体が進化した煉獄さんは、その炎の呼吸も格段に進化していると考えていいはずですよ」

 

煉獄が最後に辿り着く『型』、これほど影満の心を沸き立てるものはない。

そして、心技体の例え話は、重要なことにも気づかせてくれた。

 

「心技体は三つの両立が大切だ。一つだけずば抜けることは感心しない」

 

心だけが昇華しても、肉体がついて来ないのでは意味がない。

肉体だけが昇華しても、心がついて来ないのでは、歯止めが効かない。

 

「なら、やっぱり『痣』は肉体の限界を突破することで、危険なこと……」

 

「人間の可能性を全て引き出すのだから、その操作には緻密な情報処理が必要になる!」

 

「千里眼のごとき心眼で、肉体を超精密に動かすことが、究極の強さに繋がると……そういうことか!!」

 

炎の蝋燭の例えが一番だろう。

強烈になった炎は、そのまま燃えていれば蝋を溶かし尽くし、早くに消えてしまう。

炎の出力を、僅かな揺らめきすら逃さず操作する。

一秒たりとも気を抜かない状態を自然体とするのだ。

 

長く、強い光を放つ蝋燭の完成である。

 

「なら、痣と透き通る世界が同時に発現することが正解ってことですね」

 

「そうなるな!」

 

 

痣と透き通る世界への仮説は完成した。

 

「俺には何も出来ていない……透き通る世界、痣、そして型の昇華」

 

影満は歯噛みする。

煉獄に追い付くために、死に物狂いで修行してきた。

なのに煉獄は、またも先に進んでしまった。

煉獄と肩を並べるつもりで、『柱』になる覚悟を決めたというのに。

影満は煉獄の背中ばかり見ている。

 

「だがこれでいい」

 

影満の心は折れていなかった。

むしろ闘志がめらめらと燃えている。

 

「俺が追求した『煉獄さんだけを見る心』。これは間違いじゃなかった!煉獄さんの進化を促したことも!これで良かったんだ!」

 

影満は嬉しかった。

自分の存在が、考え方が、見え方が、煉獄を先を進ませたのだ。

煉獄の背中を押したのだ。

煉獄の追い風になれた。

これほど嬉しいことはない。

 

そして、影満の走ってきた道は、間違っていなかったのだと確信できた。

 

「だからこのまま!

『煉獄さんだけを見る身体』と!

『煉獄さんだけを見る技』を追い求めれば!!!」

 

心、技、体は完成し……

 

「俺は『至高の領域』に辿り着く!!!!」

 

影満は両手を広げて叫ぶ!

天に轟け地に響けとばかりに叫ぶ!!

 

 

「『煉獄さん』という答えに辿り着く!!!」

 

 

煉獄さんという理想が、いよいよ武の極地を越え、異次元にまで達した瞬間であった。

華燐は改めて、心の中で思った。

 

(この人 頭 おかしい……)

 

煉獄は武者震いした。

 

(俺ももっともっと強くならねば!!)

 

三人の意識が更新された瞬間だった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「あの……鬼って何なんですか?」

 

華燐は蝋屈という恐ろしき鬼を見た。

そして、その裏に隠された、生前の悲惨さも垣間見た。

相反する二面性を持った鬼という存在。

その答えが欲しいのだ。

 

影満は無言で煉獄を見る。

 

煉獄は炎柱として、他の鬼殺隊から教えを請われることが多い。

だが、「鬼とは何か」という基本的で、ある意味最も重要な質問をされたことがない。

少なくとも影満は見たことがない。

だからこそ、煉獄が語る姿を見たかった。

無言で期待の眼差しを向ける。

 

「『血の河』だ」

 

「血……?」

 

「連綿と続く流血の河。

鬼とは、鬼の血が人に入ることで生まれる!」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

ならば、村人全員を鬼に変えることだって、簡単に出来るはずだ。

鬼とはあれほど強大で恐ろしい存在でありながら、容易く産み出すことができる。

 

「鬼が死を産み、死が鬼を産み……世界の歪みと同調し、さらに世界を歪ませていく!幾重にも分岐し、広がっていく様は血の河だ!!」

 

切りがない負の連鎖。

世界を歪める元凶。

 

「その血の河を塞き止め、干上がらせようともがくのが、我ら鬼殺隊だ!!」

 

血の濁流の中にいながら、河の流れを止めようというのだ。

自らの力の限り押し、肉体を盾にして、血の河を蒸発させる。

さらなる流血を止めるために。

 

血の河を屍の山で塞き止めようとする。

 

ぞわりと冷や汗をかく華燐。

 

「そして、その河の源流……全ての鬼の始祖となるのが

 

『鬼舞辻無惨』」

 

「むざん……?」

 

何故そんな物騒な名前を自分につけるのか?

全く理解不能だ。

おそらく頭がおかしいのだろう。

影満とは違った意味で、救いようのない狂い方をしているのだ。

 

「無惨を倒すことこそが、鬼殺隊最大の悲願!!!」

 

煉獄は魂を燃やしながら叫ぶ。

 

「そして、鬼殺隊の最前線で戦う使命を負った者……!!それが『柱』の者達なのだ!!!」

 

「柱……」

 

華燐が聞くに聞けなかった、柱について話題が上がってしまった。

影満が補足説明に入る。

 

「鬼殺隊を支える九人の剣士達!

それはまさに家を支える『柱』!

彼らの存在なくして鬼殺隊はあり得ない!!」

 

柱は実力だけでなく、剣士達をまとめる指揮官、そして精神的支柱ともなっている。

 

「その柱達を紹介していこう!!」

 

影満が意気揚々と叫ぶ。

 

「炎の呼吸と共に、最も歴史が古い型、

水の呼吸の使い手!!

 

『水柱』鱗滝錆兎!!

 

斬撃を風の如く飛ばす!!

 

『風柱』不死川実弥!!

 

岩の如き防御と荒ぶる攻撃!!

 

『岩柱』悲鳴嶼行冥!!

 

雷の呼吸から派生!轟く雷鳴の如き!!

 

『音柱』宇髄天元!!

 

花の如き可憐さ!!

 

『花柱』胡蝶カナエ!!

 

炎の呼吸からの派生!!

煉獄さんの教えを受けた期待の女剣士!!

 

『恋柱』甘露寺密璃!!

 

水の呼吸からの派生!!

まるで蛇の如き剣技!!

 

『蛇柱』伊黒小芭内!!」

 

そこで言葉を区切り、遠くを見るように話す。

 

「そして、風の呼吸からの派生

 

『鳥柱』佐々木眞一郎」

 

鬼との戦いで命を落とした。

彼と入れ替わる形で、影満が『柱』となることが決まったのだ。

 

「そして最後に大本命!!」

 

ぱっと明るく切り換える影満。

 

「炎の如き熱き心!!その剣は鬼を骨まで焼き尽くす!!

彼らが居なければ今の鬼殺隊は無かった!!

 

『炎柱』煉獄杏寿郎!!!

うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

一人で盛り上がる影満。

華燐は情報の波に押し流されていた。

 

「す、すごい人達が一杯いるんですね……」

 

世界の広さを実感した華燐。

彼女の脳中では、紅い月を背景に、影で表情が見えない九人の剣士達が並んでいる光景が浮かんだ。

その真ん中は狐の面をつけた水柱の男である。

 

「あ、錆兎くん、ちょっとどいてもらえるかな」

 

(!?)

 

影満が華燐の脳内に侵入。

錆兎の背中を押して配置変え。

 

「気にするな華燐!影満は人の妄想に入り込んでくるからな!」

 

「え、えぇ……」

 

もはや悪夢である。

影満の『陽炎通心』という特殊技能。

 

「やっぱり中心は煉獄さんじゃないとね!!」

 

額の汗を拭う仕草。

満足げな影満。

柱達の集合風景は、煉獄が最前線でなければならないというこだわり。

 

「じゃあもう一回想像してもらっていいかな!!」

 

人の想像にまで口を挟む影満。

狂気である。

 

ーーーーーーーーーー

 

空が曇り始めた。

先程までの明るさが嘘のように、どんよりと空が覆われていく。

雲よりも高くにいたが、その高さにも雲があるのだと、華燐は幻想的な気分になった。

 

煉獄と影満は、相変わらず煉獄の武勇伝に花を咲かせている。

 

華燐は鬼や柱の話を思い返しながら、ぼんやりと空を見ていた。

 

「……?」

 

すると、遠くの方に、一つの浮遊する物体を見つけた。

雲ではない。何か、生き物のように思える。

 

「ねえ!あれ、なにですか!?」

 

「「うん?」」

 

華燐の指差す方向を見る。

そこには、一匹の『魚』がいた。

 

「あれ、魚ですか?」

 

「あれは『鮫』だな!!」

 

「サメ……うわ、初めて見た!」

 

華燐は目を輝かせる。

 

「華燐ちゃん山育ちだもんね。海は行ったことないの?」

 

「ないですー。ずっと行ってみたかったんです!」

 

「しかしデカイな!あれは本当に鮫か!?」

 

煉獄が興味津々といった風に叫ぶ。

 

「あれはー……『ホオジロザメ』ですね。体長は人間の数倍。牙はぎざぎざの鋸状。獲物に血を流させて弱らせてから食べる狩人です」

 

「詳しいな!影満!」

 

「はい!昔なにかの書で読んだんだと思います!!」

 

「あの、サメって人を食べるんですよね?寄ってきたりしませんか……?」

 

やはり子供にとって鮫は怖いのか、影満の服の袖を無意識に掴んでいる。

 

「鮫は確かに肉食だが、進んで人は襲わないはずだ。

海中の人間を襲うのは、海豹と勘違いして襲ってくる場合らしいぞ」

 

「へえ……」

 

人が主食ではないと分かっても、やはりあの見た目は怖い。

口回りなどは血で赤黒く変色しているし、何より目が怖い。

 

「鮫は鼻がいいらしいから、血の匂いに寄ってくるんだ」

 

「水の中で匂いがするんですか?」

 

「匂いってのは漂うものだからな。それが空中だろうと水中だろうと変わらない」

 

「え、じゃあ影満さん達怪我してるから、血の匂いが……」

 

「大丈夫だって!今はこっちが風下だし、結構距離もある。バレやしないって」

 

影満は片目をぱちりと閉じる。

 

「しかし、一匹だけとは!群れからはぐれたのか?」

 

煉獄はきょろきょろと周りを見るが、鮫の姿はあの一匹しか見当たらない。

 

あの鮫自体、どこからやって来たのかも不明だ。

 

「この下が瀬戸内海だから、そこからはぐれたのかもしれませんね」

 

「なるほどな!」

 

「はえー……」

 

三人はしばし、無言で浮遊する鮫を見ていた。

大烏がいるのだから、大鮫がいても不思議ではない。

三人はそう思った。

 

「ま、潮の流れで紛れ込んできたってことでしょ」

 

「そういうこともあるか!」

 

「珍しいものが見えましたね!」

 

「儲け者だな!」

 

「ですね!」

 

「ハハハ!」

 

一瞬の間。

 

 

「「「鮫が 空 飛んでるううううううううううううううううう!!!!????」」」

 

 

三人同時に叫んだ。

正気に返った彼らは異常事態に狼狽した。

 

「鮫が空を飛ぶ訳がないだろういい加減にしろ!!!」

 

煉獄ですら狂乱している。

 

その声に反応したのか、浮遊ホオジロザメの目が、ギラリと光った。

 

影満が顔を真っ青にして叫ぶ。

 

「こっちを狙ってるぜぇ!!?」

 

 

 

 

 

 

煉獄さん生き返れ生き返れ

 

『鮫嵐』編 はじまり

 




煉獄さんB級映画巡りの旅 第二段
はーじまーるよー!


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
痣と透き通る世界への考察
イカレた鬼狩りの柱達を紹介するぜェ!
空飛ぶ人喰い鮫が襲ってくる!!

デーデン……
デーデン……♪
デッデ デッデ デッデ デッデ
(デン♪デン♪デン♪デン♪)


地獄の門が開いたかのような、赤黒く、ギザギザの牙で覆われた口。

巨大な身体にぽつんと、闇のように暗い目が二つ。

圧倒的な重量感と威圧感。

 

海の底を血に染める鮫

『ホオジロザメ』が大空を浮遊している。

 

身体をくねらせ、速度を急速に上げて接近してくる!

 

その牙が狙う先には、黒い羽の大烏の背に乗った剣士達。

 

虚淵影満は叫ぶ。

 

「来た来た来た来た来た!!!

鮫 来た こっち!!」

 

「きゃああああああ!!!」

 

燈台華燐は恐怖の余り、狂乱する。

 

「大烏ッ!!」

 

煉獄杏寿郎は大烏の背を叩いた。

 

『カアアアァッッ!!』

 

大烏は嘴を開け、咆哮する。

風を羽で受け止め、身体を斜めに逸らす。

 

右方向に急速飛行。

真っ直ぐに飛んできたホオジロザメを回避した!

 

大烏は弧を描くように水平に飛行。

ホオジロザメを正面に捉える。

 

一方ホオジロザメは直角に上昇。

そのまま宙返りするように反転し、再度煉獄達を狙ってくる!

しかも今度は高度があるため、落下の速度と威力が段違い。

回避も難しくなる。

 

急激な飛行、慣性に振り回される感覚に、華燐は身を伏せ、大烏の背にしがみつくので精一杯だった。

歯を食い縛り、目を閉じて耐える。

風圧と慣性が収まり、顔を上げると、靴とズボンのすそが見えた。

 

煉獄杏寿郎

虚淵影満

 

二人の剣士は直立していた。

二人に挟まれる形の華燐は、二人を交互に見上げる。

 

煉獄は日輪刀を鞘から引き抜く。

チャキ、と精錬された金属の音。

その炎刀は雲の中でも輝きを放っている!

 

「魚類といえど、人に牙を剥くなら斬らねばならぬ!」

 

炎をあしらった肩かけが風に揺れる。

 

影満は包帯で右腕をきつく巻いた。

包帯の端を口で引く。

蝋屈との戦いで複雑骨折した右腕だ。

今回は固定して使う。

主攻は左腕に持った長い鎖。

その端を、自らの日輪刀の柄と鍔に巻き付ける。

これも蝋屈との戦いで手に入れた武器だ。

 

「煉獄さん対空飛ぶ人喰い鮫!

最高だなッッッ!!!」

 

煉獄との夢の対戦に狂喜乱舞。

 

「身体は平気か影満!?」

 

蝋屈との戦闘から三日しか経っていない。

連戦となる訳だが、煉獄の体力は全快だ。

影満は頭上でブォンブォンと日輪刀を振り回す。

 

「もん だい なし です

煉 獄 さん!!」

 

「ぃよぅし!!」

 

二人の剣士は刀を構える。

 

「かりんちゃんは伏せていてくれ!」

 

「あわわわ……」

 

気付けばホオジロザメは眼前に迫る!!

 

「大烏!」

 

煉獄は足を踏み鳴らす。

大烏は鋭い起動で、ホオジロザメの大砲のような突撃を回避する。

交差する刹那、背をホオジロザメに向ける。

つまり、煉獄達の射程に敵を入れる!!

 

『炎の呼吸』ーーー

 

煉獄の口から赤い炎が迸る。

熱を帯びた吐息が後ろに流れる様は、正に蒸気機関車!!

 

『陽炎の呼吸』ーーー

 

緋色の吐息が揺らめく!

空気が熱せられて湾曲し、幻を見せるが如き技!!

 

「「弐ノ型!!!」」

 

言葉や合図など不要。

示し会わせたかのように、二人の呼吸、二人の技は重なった。

 

『昇り炎天』!!!

『陽光斬り』!!!

 

ホオジロザメのエラ部分へ同時斬撃!!

煉獄の一太刀は硬い鮫肌を切り裂き、深々と斬り傷を与えた。

さらに影満の驚異的な補佐斬撃。

煉獄の斬撃に合わせる形で、少し斜めに斬り傷を入れた。

するとどうなるか。

『V』の字に鮫肌は斬られ、切り分けられた林檎のように滑り落ちる。

肉を削ぎ落としたのだ。

 

鮮血が舞う!!

交差し、逆方向に飛んでいく大烏とホオジロザメ。

 

この斬撃には二つの効果がある。

一つは、斬り傷の回復を遅らせること。

あの巨体だ。斬り傷を入れたとしても、あっという間に回復してしまうだろう。

だが肉ごと削ぎ落としてしまえば、その部分を一から再構築することになる。

回復には時間がかかるはず。

 

さらに、あの鮫にとどめを刺すために必要なのだ。

 

あの巨体だ。

首を斬るには、日輪刀の刃の長さでは足りない。

二撃、あるいは三撃は必要だ。

 

だが交差する刹那、一方向からしか攻撃できない状況。

導き出される結論は、右と左の肉を削ぎ落とし、首を斬るという単純なもの!

 

(な、なんで……)

 

華燐はただただ困惑した。

あの混乱状態から、的確かつ大胆な戦法を編みだし、合図もなく合わせられる二人の戦い。

 

煉獄は刀をぎゅっと握り締めた。

身体が熱い。

呼吸の精度、技の冴えが段違いだった。

階段を素早く掛け上がるのではなく、天井をぶち抜いて階を上がったかのような感覚。

 

馴らさねばならぬ。

突如として手に入れた強大な力。

この使い方を習得しなければ!!

 

影満は恍惚の表情を浮かべていた。

 

(煉獄さんと合わせ技……最高ううううううううううう…………)

 

トロンと蕩けたような表情。

自分の技が、煉獄の攻撃に更なる効果をもたらすという事実に、言い表せない快感を得ていた。

 

再度旋回する大烏。

この高度な戦闘についてきている。

大烏の精密かつ力強い飛行能力がなければ、今頃は皆揃って鮫の腹の中だ。

 

雲が一面を覆い、視界が悪い。

ホオジロザメが雲の中に姿を消した。

 

時折背ビレが雲の中から見える。

まるで綿を刃物で斬っているように。

 

「隠れたか!!影満!!」

 

「畏まり!!」

 

影満は指を眉間の前に立て、精神集中の構え。

温度で世界を見ている影満にとって、雲の中から鮫を見つけることなど容易いこと。

 

赤と青で構成された視界。

低温の上空に、一部だけ高い温度の塊がある。

鮫は他の魚類に比べて体温が高い。

発見は容易であった。

 

「右下!!」

 

「大烏!!」

 

影満が指差す!

煉獄は手で大烏を叩く。

 

華燐は大烏の背に全力で掴まった。

 

大烏は反転し、身体を逆さにする。

煉獄と影満は鎖で足を大烏に固定。

振り落とされることを防ぐ。

そして大きく振り上げる構え。

 

雲を突き抜けて飛来するホオジロザメ!!

 

二人は大きく息を吸う!!

 

『炎の呼吸』

『陽炎の呼吸』

 

多くの面積を削ぎ落とすーーー

そのために、これ以上の技はない。

 

渾身の一撃!!!

ーーーその名を身体に刻め!!!

 

((玖ノ型ーーー奥義!!!))

 

炎が上空を満たす!!

そして陽炎もまた入り乱れる!!!

 

『煉獄』!!!!

『影満』!!!!

 

繰り出された二つの奥義!!!

その刃はホオジロザメの首を深々と斬り裂いた!!!

 

首を落とされた鮫は力を失い、鮮血と共に下へと堕ちていった。

それを三人は大烏の背から見た。

 

「や……やった……」

 

華燐はへなへなと力を抜いた。

 

「ああ、やった。やったな……!!」

 

影満は悲願の成就を、心の底から喜んだ。

 

ーーー完成した奥義『影満』で、いつか奥義『煉獄』と肩を並べたい

 

蝋屈に語った夢の一端が、今ここに叶ったのだ。

 

影満は生に感謝した。

この身体に、この心に、この巡り合わせに、この世界に感謝した。

 

左腕を天高く振り上げて叫ぶ!!

 

「俺は生きているぞ!!!!!」

 

雷が鳴った。

稲光の雑音が耳を刺す。

 

嵐だ。

風が渦を巻き、回転する巨大な渦となっている!

 

「よもや……嵐が鮫を呼ぶとは!!」

 

煉獄は目を大きく見開いた。

 

大烏の眼前に広がる巨大な嵐。

その風に乗って、巨大な鮫が浮遊しているではないか!!

それも一体や二体ではない!

夥しい数のホオジロザメ、人喰い鮫が高速で空を泳ぎ回っている!!

 

「なに……?なに、あれ!?」

 

華燐は涙を流しながら恐怖した。

 

「奇怪!あまりに複雑怪奇!これは夢か!?」

 

煉獄ですら夢かと疑う光景。

 

「そのままでなんですが、『鮫嵐』と呼びましょう!!」

 

「鮫嵐!!」

 

「さめあらし……」

 

影満の命名。

鮫を巻き起こす嵐。

暴食の地獄風である。

 

「に、逃げようよお!!」

 

「「それは無理だ」」

 

華燐の泣きべそに、煉獄と影満は即答した。

影満は語る。

 

「もう台風の腕に捕まってるんだ。後退はできない。大烏の羽が折れちゃうよ。そうなったら下に真っ逆さま」

 

パタパタと天に召される真似。

 

煉獄も語る。

 

「あの鮫どもが人里を襲うかもしれん!空から襲われたら一堪りもないぞ!」

 

人々を守るための鬼殺隊。

炎柱の使命だ。

 

「正面突破!!俺達に退路はないッ!!!」

 

影満の叫びこそ、鬼殺隊の精神論の真髄。

鮫嵐に正面から突っ込み、風の流れに沿って回避することが、唯一の生き残る方法。

 

煉獄も叫ぶ。

 

「一匹でも多くの鮫を狩る!!

そしてあわよくば、鮫嵐の原因と対策を見つける!!

こんな現象、血鬼術以外に考えられんからな!!」

 

指揮官としての洞察と行動方針を定める力強さ。

戦場でこれほど頼りになるものはない。

 

「煉獄さん!戦い方で一つ提案が!」

 

「よし!言ってみろ影満!!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

巨大な鮫嵐。

そこに真っ直ぐに飛んでいく大烏。

 

その背には、炎柱、煉獄杏寿郎が仁王立ち。

その後方に、鎖で固定された華燐が寝そべる。

そして影満は……

 

「素晴らしい……完璧だ!!完成したのだ!!完全なる芸術だよこれは!!!!」

 

 

大烏の足に、逆さ吊りになっていた。

自身の足と大烏の足を鎖で繋いでいる。

 

大烏の死角となる足下を、影満が受け持つ構え。

まるで時計の零時と六時。

 

「太陽と月……ッ!!

煉獄さんある所に影のように俺は在る!!!!!

これが、これこそが、俺の正しき在り方だアあああぁああぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

影満は人生最高の瞬間を感じていた。

 

(ア゛ア゛ア゛ア゛煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

華燐は冷や汗をかく。

 

(この人 おかしい……)

 

常人にとっては狂気の沙汰。

しかし影満にとっては理詰めで導き出した答えであり、

 

「大正解!!!!!!!」

 

正しき答えなのである。

 

 

ホオジロザメの群れが一斉に飛びかかってくる!!

 

煉獄は叫ぶ!!

 

「影満!!!

華燐!!!

大烏!!!!

 

行くぞ!!!!」

 

『ガアア!!』

 

「ひえええええ!!!」

 

「う お お お お お お お お お お お お 

お お お お お お お お お お お お お お お お お お お おッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

三人と一羽は鮫嵐に突っ込む!!

 

 

「瀬戸内海に叩き落としてやる!!!!」

 

 




シャークネード

VS

煉獄&影満 ride on 大烏

うん!!!!
美味しい!!!!!!!!


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ
空飛ぶジョーズを真っ二つにして撃破
逆さ十字に吊るされる影満
鮫嵐に突っ込むぜ!!

シャークネード1914
ブレードオブデモンスレイヤー

『邦題』
鮫嵐 煉獄の炎

キャッチコピー①
『イカレてやがるぜ!こいつら!!』

キャッチコピー②
『チェーンソーがねぇだと!?なら日本刀を使え!!』


はるか上空には風が渦巻き、日の光も通さない厚い雲が回り続ける。

 

人智を越えた巨大な嵐。

 

その嵐の勢いに乗り、血に飢えた人喰い鮫が空を飛んでいる。

木ノ葉のように乱れ舞う鮫達は、体重が100キロを越える巨体だ。

そんなものが顎を開いて飛び込んでくる。

 

悪夢のような光景だ。

 

その地獄の真っ直中に、臆せず飛来していく黒い影。

 

人を数人背に乗せて余りある、巨大なカラス。

『大烏』は風の流れに逆らわず、嵐の中心に吸い込まれていく!

 

狂暴な鮫達が、その黒い瞳をギラリと輝かせる。

狩り場に飛び込んできた獲物。

その肉を喰らい千切ろうと、一気に32匹ものホオジロザメが飛来する!

 

大烏の背には二人の人間。

一人は、大烏の背にしがみつき、鎖で固定された少女。

『燈台華燐』

 

そしてもう一人は、鬼殺隊が誇る燃える獅子!

炎柱『煉獄杏寿郎』。

襲い来る鮫を迎え討つため、日輪刀を構える。

 

さらにもう一人。

こちらは奇怪。

大烏の足に自身の足を鎖で縛り付け、逆さまの状態で固定された男。

 

『虚淵影満』

 

この三人と一羽で、『鮫嵐』を乗り切る!!

 

 

「正面突破だ!!」

 

煉獄は足で大烏に合図する。

そして大きく呼吸。

その口からは赤い炎が燃え上がる!

 

『炎の呼吸・伍ノ型』

 

獰猛な獣のような覇気を纏い、強力な突きを放つ技!!

 

『炎虎』!!!

 

炎の虎が浮かび上がる!

その虎は、大烏の下から出現した竜と混ざり合う!

影満は緋色の吐息!

 

『陽炎の呼吸・伍ノ型』

 

煉獄がどのような技を出すかを正確に予想!

自身もそれに合う技を出す!

陽炎の呼吸は、炎の呼吸との連携を想定して練り上げられているのだ。

 

『幻竜』!!!

 

竜の吐息の如き、流れるような突き技。

 

二人の『突き技』を、さらに強化する存在があった。

大烏だ。

大烏は移動のためだけに空を飛ぶのではない。

『戦闘用』飛行方法の修行も積んでいた。

その中で開発した数々の、飛行の型。

 

『黒翼舞・壱ノ型』

 

自身を矢に見立て、高速で真っ直ぐに飛び込む技!!鋭い嘴で敵を突く!

その羽の黒さしか認識できないほどの速度!!

 

『漆黒鳥』!!

 

一人一人、一羽の単発技ではない。

炎と陽炎、そして烏の技は相互に混ざり合い、より強力な大技となる!!

 

『炎虎』『幻竜』『漆黒鳥』

 

赤の虎、緋色の竜、黒の烏が混ざり、鋭利な刃先を形作る!!

決して折れない破魔矢となる!!

 

『『『竜虎烏三矢』』』!!!

 

鮫の群れを突き破り、肉と血が乱れ舞う!!

刃先で突き飛ばされた鮫達は、その尋常ではない威力に、ズタズタに引き裂かれていた。

 

血風、肉吹雪を抜けた先にも、鮫、鮫、鮫の波!!

小魚が集まって巨影を作るように、鮫が密集して壁を形成していた!

大口を開く無数の鮫達!まさに地獄のような光景!!

 

鮫どもの凶悪な喰欲が、その技を打ち出す!!

 

『千切り喰いの嵐』!!!

 

正面からでは押し負ける!!

 

「大烏!!」

 

煉獄は上へ飛ぶように合図する!

襲い来る大量の鮫達を、斬り上げるように倒す算段だ。

 

ギリギリのタイミングで鮫の津波を回避!

上空に直角に飛び上がると同時に、煉獄と影満も斬り上げの技を撃つ!!

 

『炎の呼吸・弐ノ型』

 

日が出ずる景色の如き剣技!!

 

『昇り炎天』!!!

 

美しい円を描いて斬り上げ!!

 

『陽炎の呼吸・参ノ型』

 

影満は鎖で大烏と繋がれているため、飛び上がっても生還可能だ。

自身を鞭のようにしならせ、大烏の軌道に合わせて斬り上げる!!

 

『透明炎』!!!

 

海上で跳ねるイルカの如き剣筋!!

 

大烏は炎上する煙を元にした飛び方!!

 

『黒翼舞・肆ノ型』

 

灰の中から飛び上がる不死鳥の如く!!

 

『火鳥』!!!

 

弧を描く炎の上昇!!

赤、緋、黒の射す虹のよう!!

それは暗闇の終わりを告げる光!!

 

『『『夜明け焔』』』!!!

 

太陽そのものと言っていい斬撃!

鮫の津波は大きな斬り傷を開く!!

まるで海を割る神話のように!!

 

鮫は頭から真っ二つに両断される!

首を斬らずとも、真っ二つに斬れば死亡するようだ。

衝撃でバラバラになった場合も同様。

 

煉獄は呼吸を整える。

 

(身体が熱い……!動きが精錬されていく!まるで熱されて打たれる刀のような……!!)

 

煉獄に疲労は全くない。

むしろ、身体から無駄な動きが取り払われ、先鋭化されていく感覚は、非常に心地いいものだった。

 

「煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん」

 

舌を噛みそうな高速移動でも、流暢な発音と早口で煉獄の名を唱える影満。

もはや倍速の読経である。

 

そんな影満の胸中は、煉獄、影満、大烏の三連技への称賛で溢れていた。

 

(す、すごいよおおおおお!!!

すご……すごすぎるよおおおおおお!!!

煉獄さんと俺の合わせ技だけでも最高なのに!

大烏の上で戦う煉獄さんだけで超最高なのに!!

今度は俺と煉獄さんと大烏の組み合わせだよおおおおおおおお!!!??

超絶最高すぎるでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!??

いいのおおおおお!!?こんなに豪華絢爛で贅沢三昧な状況が実現していいのおおおおおおおおおおおおお!!!!??)

 

現状の特異っぷりに狂喜乱舞していた。

鮫への恐怖や焦りは欠片もない。

目だけが血走っていた。

 

雲ゆきが怪しくなってきた。

鮫どもは下方から飛び上がってくる!!

広く間隔を開けて、面攻撃を仕掛ける。

まるで床が持ち上がるかのように、平行になって鮫が襲ってくるではないか!!

 

『破滅の水位・窒息鮫』!!!

 

蜘蛛の糸を上り、地獄から脱出を試みた罪人。

その蜘蛛の糸には、魍魎どもがしがみつき、我先にと上ってきたという。

大烏と煉獄達を襲う魍魎が、空飛ぶ鮫どもなのだ。

 

「叩き落とす!!!」

 

煉獄は大烏に合図する!

 

大烏はその場で停止し、高度を維持。

この強風の中、同じ場所に留まり続ける技術は神業。

体勢は少し斜めで保持する。

その黒翼の成せる奇跡である。

 

『黒翼舞・弐ノ型』

 

太陽に見える黒い穴、黒点の如く!!

 

『黒煌星』!!!

 

その停止した状態で、煉獄と影満が迎え討つ!!

足場がブレないというのは、これから連続攻撃を撃つ上で非常にありがたいことだ。

 

『炎の呼吸・肆ノ型』

 

迫り来る鮫の上昇水位を、手数で斬り落とす!!

まさに暴れ狂う炎!!

 

『盛炎のうねり』!!!

 

影満は脳内の煉獄の動きを全て模倣する大技!!

その動きは捉えどころが無く、まさに陽炎の如き!!

 

『陽炎の呼吸・陸ノ型』

 

煉獄の技、力、心を表現する。

影満の心象風景を具現化するかの如き技!!

 

『摩利支天』!!!

 

噴き上げる鮫たちを斬り続ける。

それはまるで、天空の神が罪人の魂を叩き落とすかのような光景。

 

『『『暁の星』』』!!!!!

 

鮫の上昇が海なら、煉獄達は空である。

お互いに押し合い、拮抗状態。水平線が広がるように互角の戦い!

次々と襲いかかる鮫どもを、煉獄、影満が斬り裂き、斬り伏せ、斬り落とす!!

 

砂時計の砂が下から上に行き、斬られてまた下に落ちていくかのようだ。

 

血飛沫が舞う!日輪刀が輝く!!

煉獄と影満の呼吸と技は止まらない!!

 

 

北風と太陽が力比べをする寓話がある。

その勝負方法に納得がいかなかった『神』が、こうして新たな勝負の場を作ってくれたのだ。

 

煉獄達が太陽、鮫嵐が北風である。

 

「大烏!!」

 

煉獄が足で合図!

 

鮫の吹き上がりに隙が出来た。

ここをすり抜けて包囲網を突破する!!

 

「ガアアアッ!!」

 

大烏は鳴き声を響かせる!

 

横に滑るように滑空。

そこからジグザグに細かく加速しながら急降下。

『破滅の水位・窒息鮫』を構成する鮫の列、その隙間を的確に抜けていく!

 

『黒翼舞・漆ノ型』

 

まるで雷の呼吸の剣技!!

 

『闇色濡羽』!!!

 

すれ違う鮫どもは皆殺し。

 

『炎の呼吸・参ノ型』

 

煉獄杏寿郎の全方位攻撃は一匹も逃さない!!

 

『火炎大車輪』!!!

 

大烏の背で回転しながら刀を振るう!!

まるで回転するノコギリの刃だ!!

影満は煉獄の援護!!

 

『陽炎の呼吸・捌ノ型』

 

陽炎の呼吸の中で唯一の『防御技』

 

『ゆらめき』!!!

 

刀で敵の攻撃を受け流し、任意の場所へと移動させる技。

移動させられたことすら気付かせない。

相手からすれば狐に摘ままれた気分であり、まるで蜃気楼のよう。

 

影満は鮫どもを全て煉獄の方へと飛ばしていた。

煉獄の『火炎大車輪』の斬撃の軌道上へと飛ばす!!

 

これにより煉獄が一匹残らず掃討できる体勢を作り上げる!!

 

『『『太陽車』』』!!!!

 

闇を撃ち払う太陽の光!!

その威光を体現する大技!!!

 

影満は鮫嵐に感謝していた。

 

痣と透き通る世界を体得した煉獄。

その力を身体に慣らし、馴染ませるためには、じっくりとした反復訓練が必要だ。

簡単に言えば「素振り」である。

 

新しいことを覚えた直後こそ、慎重にならねばならない。

今まで覚えたことと、新しく覚えたことのすり合わせ。

完全なる融合を成し得てこそ、成長と言える。

 

しかし、煉獄ほどの実力と技量。

ただの素振りでは効果が薄い。

煉獄の訓練行程を考えていた影満。

丁度近日、柱を全員集めた柱会合が行われる。

そこで全ての柱と手合わせしてもらい、煉獄の反復訓練にするつもりだった。

 

だが、この鮫嵐を撃退するための死闘。

巨大鮫を一匹一匹斬り裂いていく、実戦的な「素振り」。

命を賭けた訓練こそ、最高の訓練である。

 

(最高だ……この戦い、この斬撃の数々が、煉獄さんを強化する糧となる!

この戦いで煉獄さんは強さと同化する!!

煉獄さんの強さは磐石となる!!!

煉獄さんが世界最強に近づく!!!)

 

影満にとって、この世界の万物は三つに大別される。

 

「ひとぉつ!!」

 

煉獄さんを引き立てる舞台装置と役者。

 

「ふたァつ!!!」

 

煉獄さんの命を奪う危険因子。

 

「みぃぃぃっつ!!!」

 

煉獄さんと関わる価値もない、ゴミ。

 

 

灰色の嵐の中、煉獄の炎の肩かけが良く映える。

鮫嵐は世界の危機と言っていい大災害。

しかし影満にとっては、

実利と見た目を兼ね揃えた名場面!

 

激化する影満の剣撃!!

残像が産み出され、ブレていく影満の顔はまさに狂人!!

鮫の血が飛び散る!!

 

「お前らは煉獄さんのための贄だぁあぁあぁぁあぁあぁあああッッッ!!!!

煉獄さんを強くするための餌!!踏み台!!最高の舞台装置ぃイ!!!

安心しろお前らは無駄死にじゃない!名誉ある死!!!!

煉獄さんの血肉となり!!!その経験の一部となり!!!その剣の錆となり!!!その伝説の礎となるッッッ!!!!

お前らは煉獄さんを魅せるために生まれてきたんだああああああああああああああああああああああああ!!!!!

あはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!

ひゃはっ!!

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!」

 

狂笑が嵐の中に響く。

華燐は顔を真っ青にした。

 

(この人 おかしい……)

 

影満の狂気から目を逸らしたくて、華燐は嵐の上空を見つめた。

 

(……?)

 

一瞬、華燐の視界に、小さな物体が見えた。

この嵐の中で、明らかに異彩を放っている物体。

 

「あの!あっちに何か……」

 

「なにぃ!?聞こえん!!」

 

この強風の音で、華燐のか細い声など聞こえない。

他にも鮫の奇声と断末魔、斬撃音が鳴り響いている。

あと影満の笑い声がうるさ過ぎる。

 

すぐ近くに居る煉獄すら、眉をひそめて耳を向けてきた。

 

「上に!遠くの方に!!」

 

「全然聞こえん!!!!!!!!!」

 

煉獄の声の方が遥かに大きい。

大烏に吊るされていた影満が、煉獄の声を聞いて察する。

 

「華燐ちゃん!腹から声を出せ!!息を吸うんだ!!」

 

大きな声を出すには、先ず呼吸が必要。

華燐の子供の高い声なら、二人にも聞こえるはずだ。

 

「ここには煉獄さんの吐いた息がある!!!それを腹に吸い込むんだ!!!覚醒できるぞ!!!」

 

(なに言ってるのこの人……?)

 

影満には煉獄の吐息を吸い込む性癖がある。

華燐はそれ初耳である。

困惑を通り越して理解を放棄した。

 

「華燐ちゃん!!全力で吸え!!腹と胸!両方に息を回せ!!そして解放しろ!!吐くんじゃない!!解き放つように声を出せ!!」

 

言っている内容はまともだが、その前提が狂気。まさに影満という男そのものである。

 

華燐は大きく息を吸った。

吸い込み、その息を身体の中で保持する。

顔に血管が浮き出るほどに力を溜め込んでいる。

 

影満は唇が吊り上がっていくのを自覚した。

煉獄の吐息は神の息吹!!

その命の炎が今、少女の胸に吸い込まれていくではないか!

神話の一幕として飾りたいほど美しい光景である。

 

煉獄さんの吐息、華燐ちゃん。

この二つが重なりあった時、何が生まれるのか!?

きっと凄いことが起こるはずだ!

さあ見せてくださいよ一世一代の奇跡の業を!!!

 

「はっはーーーーーっはっははぁーーーーーーっ↑↑↑↑!!!!」

 

逆さ吊りになっているせいか、頭に血が上り、いつにも増して影満の精神は狂気である。

 

服を強く握りしめる。

華燐は口を大きく開け、声を解き放った。

 

「うえ!!!!つぼ!!!!」

 

((ツボ……??))

 

煉獄は上を見上げる。

影満も大烏の羽元に捕まり、上を覗き込む。

鮫を回避しながら、数秒じっと見つめる。

 

「「あ」」

 

はたして、嵐の中心の上部には、確かに一つの「壺」があった。

その壺は嵐の中で浮遊しており、中心から少しも動いていない。

明らかに異常な物体だ。

 

煉獄はあの壺こそが元凶であると予想した。

 

「あれこそ鮫嵐の発生源と見た!!」

 

「煉獄さんに賛成!!賛成!!

賛成八千万票!!!!!」

 

大正時代の日本人口よりも多い。

とんだ不正選挙である。

 

「よくやったぞ華燐!お手柄だ!!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……んぐっ」

 

華燐は慣れない大声からの疲労と喉の痺れ。

 

「煉獄さんの吐息かける華燐ちゃんの肺!!

それは奇跡!!!!!

証明完了!!!!!!!」

 

影満は来たる煉獄学会での発表論文を書き終えた。

 

「よし!!あの壺を破壊するぞ!!」

 

煉獄は大烏に足で合図する。

大烏は翼を広げ、大きく飛翔していった。

 

ーーーーーーーーーー

 

鮫との攻防は激しさを増した。

影満は滝のように汗を流している。

煉獄ですら身体が火照り、汗が飛び散る。

 

その汗の数億倍の鮫の血が流れた訳だが。

 

「当たりが強くなった!こいつらあれを守ってるんだ!!」

 

「うむ!やはり壺が血鬼術で確定か!!」

 

鮫嵐の心臓部である壺に近付いている。

さらに強くなる風と鮫の大群。

 

煉獄は斬った鮫の数を覚えていた。

 

「2895体!!まだまだ!屍鬼軍に比べれば少ないな!!」

 

「あ゛ あ゛ あ゛ あ゛煉獄さん!!!

俺はどんどん贅沢になって……もう駄目かもしれません!!!!」

 

先程は鮫嵐に感謝し、鮫の鼻先に口づけしてやってもいい気分だったが、今はさらなる舞台を所望していた。

蝋屈の血鬼術。霧中土葬。

あの屍鬼山での、源平合同軍との死闘。

あそこに鮫嵐を組み合わせることで、さらなる混沌の戦場で煉獄を戦わせようと欲しているのだ。

 

『炎柱』対『屍鬼軍』対『鮫嵐』!!!

 

三つ巴の大乱闘!!

もう滅茶苦茶だよ!!!!

 

 

鮫が最後の抵抗に出る!!!

鮫が全て集まり、巨大な一匹の鮫になったのだ!!!

 

「「「合体した!!??」」」

 

合体鮫の地獄の底のような唸り声!!!

 

『星呑み大鮫』!!!!!!!!

 

「突き破る!!!!

影満!!!奥義を出すぞ!!!!」

 

「はいっっっ!!!煉獄さんっっ!!!!」

 

(ーーー煉獄さんは太陽だ)

 

太陽は空を回る。

太古の昔から、太陽が動く理由について考えられてきた。

太陽が自力で動いているのではなく、何か太陽を動かす存在があると考えられた。

 

多くの場合、馬車であったり、牛車であったり、狼や竜、鳥といったものも信じられてきた。

 

その中で、日本では『カラス』が太陽と強く結びつけられて見られていた。

 

理由としては、カラスの体内時計が太陽を基準としているため、日の出と共に起き、日が沈む頃に巣に帰る。

この習性から、烏が太陽を背に乗せて運んでいるのだという言い伝えが広まった。

 

そして、太陽を運ぶ烏としては、三本の足を持つ黒烏。

 

『八咫烏』(やたがらす)が有名。

 

「大烏……誇れ。胸を張れ。

お前はただの移動手段なんかじゃない。

もはや神話の一部。かけがえのない存在。

太陽を背にする偉大なる神の使い……

俺が、俺がお前の足だ!!

お前の『三本目の足』だ!!

俺とお前で!煉獄さんを背にして『八咫烏』になろう!!!!」

 

大烏の足にぶら下がる影満。

自身を大烏の三本足に例えることで、八咫烏を顕現しようというのだ。

 

狂気。

狂気の精神統一儀式。

 

影満の強さは自己暗示。

 

そして、彼の得意な技能がもう一つ。

『陽炎通心』

 

影満は他者の心に自身の幻影を撮し出せる。

 

今回は大烏の心に、脳に、魂に暗示をかけた。

 

ーーー俺たちは八咫烏

 

大烏は渾身の力を振り絞り、上空に槍のように飛んでいく!!!

 

『黒翼舞・最終奥義』ーーー!!

 

煉獄と影満も全力全開!!!

出し惜しみなど無しの最大出力!!!

 

『炎の呼吸・玖ノ型ーーー奥義』

 

『陽炎の呼吸・玖ノ型ーーー奥義』

 

赤い吐息と緋色の吐息が大烏を包みこむ!!!!

大烏の毛色が変化!!

それは黄金の毛並みと化す!!!

 

眼前には大鮫の漆黒の口!!

まるで地獄の門!!!

剣士達は刀で立ち向かう!!!

 

『煉獄』!!!!!

『影満』!!!!!

『八咫烏』!!!!!

 

三つの奥義が紡ぎ合わされる!!!!

 

バクン!!!!

 

『星呑み大鮫』が大烏達を飲み込んだ!!!

丸飲みだ!!!

万事休す!!!

やはり人は鮫には敵わないのか!!!!

 

 

星呑み大鮫の背ビレ付近が爆発した!!!!!!!!!!

響き渡る大鮫の断末魔ぁ!!!!

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!』

 

大鮫の内臓をブチ破り飛び出したのは鬼狩りの剣士達と大烏!!!!

見事!!!その技の名は!!!

 

『炎々三千世界』!!!!!!!

 

 

星呑み大鮫は死亡!!!!

 

影満は鎖を伸ばして飛び上がる!

間合いの内に『壺』が入る!!

影満は刀を振るう!!!

 

「これが煉獄さんの力だ!!!」

 

ザンッ!!!!!

 

 

影満は『壺』を真っ二つに斬った!!!

 

その瞬間、鮫嵐に亀裂が走り、稲妻が暴れ狂う!!!

雲が乱れ、風は統一性を失った!!!

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……

 

重い気圧の音が響き渡る!

 

「やった!!」

 

影満は大烏の背に戻る。逆さ吊りは終わりだ。

煉獄と華燐も喜びの表情。

 

煉獄と勝利の抱擁をしようと腕を広げた影満。

しかし、背後に不自然な温度を感じた。

 

シュゴ……シュゴ、シュゴ……

 

異様な風の音。

割れた壺の中には、灰色の風の塊が渦巻いていた。

 

(しまっーーー)

 

影満は血の気が引いた。

温度で世界を見る影満には分かる。

あの温度の塊は、一気に解放されようとしている!!

 

「ばくは」

 

直後、風の塊は破裂。風の大爆発を起こした。

 

「ーーーッ!!!」

 

「ギィ~~~~ッ!!!」

 

不意打ちで吹き飛ばされる大烏。

その背に乗る三人も、歯を喰いしばって大烏にしがみついている。

 

壺の破片が炸裂弾のように襲いかかり、煉獄が見事に刀で弾き返した。

しかし破片の一つが、華燐を大烏に固定していた鎖に命中。鎖は砕かれてしまう。

 

宙に浮く華燐!

 

「ーーーあ」

 

青ざめて手を伸ばす影満。

 

「かり」

 

その前に、煉獄がその身を投げ出し、華燐を思いっきり大烏の方へと突き飛ばした。

影満が華燐を受け止める。

次いで、煉獄を見る。

 

煉獄は空に居た。

大烏の背に乗っていない。

鎖も外れている。

 

時間が止まり、煉獄と影満は精神内で会話をする。

 

「あ…………え、煉獄さん……?

大丈夫ですか……?」

 

「うーむ……さて、困ったな!」

 

ちょっとしたお悩みに思いを巡らせるような、困ったような顔の煉獄。

影満は表情が真っ白になり、呆然としている。

 

「れ、煉獄さん落下傘って持ってましたっけ?」

 

「いや、屍鬼山に使ってそれっきりだな!」

 

「あ、です、ですよね!俺もあれ一つしか……あっと、空気筒ならありますよ!あと十二個!……あ、いやあと十個でした!」

 

「俺も持っているぞ!あと二つ!」

 

「そうですか!じゃあお揃いですね!」

 

「そうだな!」

 

「「はははっ!」」

 

しばし沈黙が流れる。

 

影満は周りを見渡す。

動きが止まった世界だ。

大烏は体勢を崩し、とても煉獄を救える状態ではない。

煉獄は大烏から離れすぎている。

鎖も落下傘も無い。

 

…………助かる方法が、ない。

 

 

「どうするんですか…………?」

 

影満が思考停止し、泣きそうな顔になって、懇願するように尋ねる。

 

「影満」

 

「はい」

 

煉獄は影満をまっすぐ見つめて、言った。

 

「あとは頼む」

 

時間が動き出した。

煉獄は逆さまになって落ちていく!

 

「……ッ!!!!」

 

影満は急いで鎖に手を伸ばすが、右手に電流が走る!

 

「ぐっ!?」

 

蝋屈との戦いで骨折した右腕が、即座に動かなかった!!

身体をくねらせ、左手で鎖を掴み、投げる!!!

 

しかし煉獄には届かず、鎖は宙を舞った。

 

煉獄は雲の波の中に消えていく。

 

「あ…………あ あ あ ぁ」

 

影満の心は後悔と自責の念に覆われた。

 

何故もっと早く気づけなかった!?

何故もっと早く動けなかった!?

何故怪我など無視して右手で鎖を掴まなかった!?

何故、自分が身を呈して華燐を助けなかった!?

何故、破片を弾けなかった!?

何故、予想できなかった!?

そもそも何故怪我などした!?

何故、何故、何故、何故、何故……

 

「アァアア゛゛゛゛ ア゛ア゛ア゛アァアアアアぁアアアァ……」

 

影満の喉から迸る懺悔と無力感の苦い声!!

 

(何が……なにが「どうするんですか」だ……

お前が……俺が自分で、死ぬ気で動けば良かったんだろうが……

根性があればできたはずだろ……

そもそもの考え方がなってなかったんだ……

俺は馬鹿だったんだ……根本的な所が甘ちゃんだったんだ……

煉獄さんならなんとかしてくれるって……

煉獄さんがやってくれるだろうって……

煉獄さんに任せっきりのクズ……

口ばっかりの下等なゲス野郎……

俺の言葉なんて、俺の行動なんて何一つ信用できない……

その場その場で適当に言ってるだけだ……

無価値……空っぽすぎる……

何一つ……昔から何一つ成長してない……

俺は本当にカスなんだ……

生まれついての阿呆……改善しようがない……

俺なんかのせいで……

駄目だ……最後の最後で……

土壇場で、結果が出せない……

最悪の結果を産んでしまう……死ねばいいんだ俺なんて……

もう取り返しがつかない……もう、もう、もう……

やり、やり直したい……神様、どうか……五分でいいんです。時間を戻して……書物で言えば一枚前の紙まで戻してくださ……

ああ、今度は神頼み……

なにが柱になりますだ……

なにが煉獄さんの隣に立ちますだよ……馬鹿野郎オレは

なんだよその自信に満ちた顔は……殴り潰してやろうか……

やめろ……やめろやめろお前になんか出来っこないもうやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ

 

ごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さんごめんなさい煉獄さ……)

 

「あ」

 

影満は白目を剥いた。

 

ん!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

その叫びは嵐の中に消えていった。

 

 




影満「うわああああああーー!!
落としたぁーーー!!!
煉獄さん(人類の希望)落としちゃったーーー!!!
どうか逝かないで……(懇願)
ウワァァァァァァァァァ↑↑
マァァァァァァァァァァ↑↑↑↑」

ヨフカシ「どうかぁ、しましたかぁ?」

影満「はい!!(即答)
煉獄さんを落としえつ、落としてしまったのえすが!!(噛み噛み)」

ヨフカシ「あっ、ほんじゃ次回で一発逆転しますから。ね?
貴方も死ぬ気で頑張ってくれる?」


影満「絶対に諦めない!!!!!」(誇り高き主人公)

ヨフカシ「それでこそやで」(神の微笑み)


攻略本とかにずらりと載ってるやつ

表記方法
(例)炎の呼吸・壱ノ型→炎・壱

炎・壱『不知火』
陽炎・壱『鬼火』
黒・壱『漆黒鳥』

=『月夜鳥』


炎・弐『昇り炎天』
陽炎・参『透明炎』
黒・肆『火鳥』

=『夜明け焔』


炎・参『火炎大車輪』
陽炎・捌『ゆらめき』
黒・漆『闇色濡羽』

=『太陽車』


炎・肆『盛炎のうねり』
陽炎・陸『摩利支天』
黒・弐『黒煌星』

=『暁の星』


炎・伍『炎虎』
陽炎・伍『幻竜』
黒・壱『漆黒鳥』

=『虎竜烏三矢』


炎・玖『煉獄』
陽炎・玖『影満』
黒・終『八咫烏』

=『炎々三千世界』


最初はシンプルだったのにシリーズが続いてゲームシステムが複雑になり、隠しパラメーターとか環境とか個体値とか強化アイテムとか相性で効果倍増とかで最早何が何やら分からなくなるやつ。

でも結局は初代のゲームハードの仕様を利用した『バグ』が最強ってやつ。

緑壱「辿り着く場所は同じだ。皆が『バグ』という答えに辿り着く」

兄上(存在自体がバグみたいな奴が何言ってんだ……)


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ

鮫の嵐VSエフェクトの嵐!!
嵐の壺を破壊!鮫嵐崩壊!!
煉獄さん落としたァーーー!!!



煉獄さんが死ねばこの世界は消える。

 

 

 

 

 

濃霧と雨で視界が悪い。灰色の世界。

鮫嵐の根源たる嵐の壺を破壊した鬼狩り一行。

しかし弾けた風に飛ばされ、少女を庇った炎柱が上空から投げ出されてしまう。

 

『煉獄杏寿郎』は雲の下へと落ちていった。

 

「あぴぴぴぴぴぴ!!あぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!!!!!」

 

『虚淵影満』は己の不甲斐なさを悔い、発狂した。

 

『大烏』は真っ逆さまに落ちていく。

 

『燈台華燐』は……

 

「しっかりして!!」

 

ゴンッ!!

 

「ぶへぇ!!」

 

影満の顔面に頭突きした。

頭突きされた影満は、鼻からボタボタと血を流しているが、上にひっくり返った眼球は元に戻った。

正気を取り戻したのだ。

 

「おぁっ……え、あ、う……

かりんちゃ…………

 

煉 獄 さん はぁ!?」

 

「落ちちゃったよ!!」

 

ハァ、ハァ、と荒い息をする華燐。

呆然とした表情の影満。

 

華燐は自分を助けるために、煉獄が無理をしたことを理解している。

自分のせいで煉獄が落ちた。

その罪悪感から、すぐに泣きそうな顔になり、小さな声で呟いた。

 

「どうしよう……」

 

最早、華燐の力ではどうにもならないと知っている。

もう取り返しがつかないのだ。

 

影満は、口の中で煉獄さん……と呟くと、自身の隊服を両手で掴んだ。

 

「煉獄さああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」

 

ビリバリビリビリベリバリッ!!!!

 

「きゃあああああああああ!!!」

 

影満は隊服をビリビリに引き裂いた。

特殊な繊維で編まれた、頑丈な隊服をである。

上半身が露になる。

 

「な、なんで脱いだの!?」

 

華燐は顔を赤らめて叫ぶ。

 

影満は無言で、大烏の後方にくくりつけていた鞄から、三人分の水筒を取りだし、頭から水を被った。

 

「煉獄さああああああああああああああああああ!!!!」(バシャーーッ!!)

 

「いや意味分かんない!!意味分かんない!!!」

 

困惑して叫ぶ華燐。

水浸しになった影満。

うつむいた状態から、バッと顔を上げる。

水滴が落ちる髪をかきあげる。

 

「煉獄さんを探す!!!!」

 

影満は目を見開いて叫んだ。

髪を後ろに流しているので、いつもの髪をバサバサ揺らしながら煉獄さんと連呼する狂人の雰囲気はない。

髪型で印象が変わる。

 

「大烏!!このまま下に行ってくれ!!」

 

「ガアア!!」

 

影満が足で大烏に合図する。

華燐は大烏に意識があったことを知り、少し安堵した。

 

影満は指を額の前に立て、意識を集中。

 

鮫嵐の壺があった場所の高度は、おそらく高度5000メートル以上。

そこから体重70キロほどの煉獄が落ちた。

空気抵抗があるため、落下速度の上限は時速180キロほどとして、地上までの落下時間は……

 

影満は脳内でそろばんを弾き、瞬時に計算式を繰り出した。

 

「あと60秒はある!!!」

 

煉獄が地面に墜落するまで、あと60秒の猶予がある。

 

影満は心に一本の芯を入れた。

 

「煉獄さんを助ける!!!」

 

無力さを悔いている時間はない。

時間は待ってくれないし、一緒に悲しんでもくれない。

自分の力で道を切り開くしかないのだ。

 

影満の目には炎が宿っていた。

 

 

ーーー煉獄が墜落するまで60秒

 

「華燐ちゃん協力してくれ!!」

 

「あ、わかっ、分かった!」

 

「俺の尻に手を!!!」

 

「わかっ…………ハア!?」

 

ーーー煉獄が墜落するまで55秒

 

「俺はぴぴ男になる!!」

 

「ぴっ、ぴぴおって」

 

「ぴぴ男だと喋れないんだ!!」

 

「ぴぴ男って誰!?あ、ぴぴぴってさっき」

 

ーーー煉獄が墜落するまで50秒

 

「大烏に場所が伝えられない!!」

 

「影満さんが」

 

「煉獄さんの居る方に走り出すようになってるから!!」

 

「誰が!?何が!?」

 

ーーー煉獄が墜落するまで45秒

 

「尻の筋肉の動きで方向を指示してくれ!!」

 

「えっ、あぇ、えっ、れ、れんごっ」

 

「頼む!!時間が無いんだ!!この通り!!!」

 

影満は華燐の前にひざまずき、頭を下げた。

 

ーーー煉獄が墜落するまで40秒

 

「お願いします!!!煉獄さんを助けたいんだ!!!」

 

「ど、げ……ざ……?」

 

華燐は生まれて初めて、大の男に土下座された。

 

影満は華燐の両肩を掴む。

 

「煉獄さんを助けるためなんだあああああああああああ!!!!!」

 

「分かった!!分かった!!やればいいんでしょやれば!!!!!」

 

半狂乱で受け入れる華燐。

 

(この人 おかしい……)

 

ーーー煉獄が墜落するまで35秒

 

突然だがコミュ障には『陰』と『陽』が存在する。

 

『陽』のコミュ障は太陽の日差しの如く、明るく眩しすぎるが故に起こるもので、情報が多すぎるために意図が伝わらない場合が多い。

 

『陰』のコミュ障は闇の如く、何も見えず、情報が少なすぎるために、意図が全く伝わらない場合が多い。

 

影満は間違いなく『陰』のコミュ障であった。

時間がない切迫した状況なので仕方がないことなのだが……

 

影満の言いたいことはこうだ。

 

影満は『温度を見る目』で、煉獄の体温を探して彼を見つけ出す。

風も温度の流れであるため、この嵐の中では、特に集中して探さねばならない。

服を破いて素肌面積を増やしたことで、感覚を少しでも鋭くした。

水を被ったのも感度を上げるためである。

 

さらに集中を極めるには、「ぴぴ男」と呼ばれる状態になる必要がある。

「ぴぴ男」状態だと、「あぴぴぴ」しか言葉を喋れなくなるため、意思の疎通ができなくなる。

そのため大烏に煉獄の居場所を伝えることができない。それでは意味がない。

 

しかし「ぴぴ男」状態の影満からでも、煉獄の居場所を知る手がかりは得られる。

本来、「ぴぴ男」は帰巣本能のように煉獄の元へ帰ろうと走り出す。

だがここは大烏の背中。

飛び出せば死ぬどころか煉獄を助けられずに無駄死に。

そこは「ぴぴ男」状態でも分かっている。

だから動かない。

だが本能なので筋肉は動く。

つまり、尻の筋肉は痙攣するのである。

 

右に進もうとすれば右の尻が。

左に進もうとすれば左の尻が。

前に進もうとすれば両方の尻が動くだろう。

 

尻の動きを見ることで、影満の意図は分かる。

 

つまり、煉獄の場所が分かるのである!!!

 

 

 

ーーー煉獄が墜落するまで30秒

 

垂直に降下する大烏の上には、影満が十字架に磔にされたように両手を広げている。

少しでも高さを伸ばすため、直立している。座ったままでは精度が落ちるからだ。

その背後には、困惑と混乱と恥じらいが入り混じった表情の華燐が、影満の尻に両手を当てている。

 

影満は叫ぶ。

 

「よし、狂うぞ!!」

 

「えっ!?そんな簡単に」

 

「あぴぴぴぴぴぴぴぴ!!!」

 

「そんな簡単に……」

 

ーーー煉獄が墜落するまで25秒

 

 

影満は極限まで集中した。

彼の意識は研ぎ澄まされ、一秒が何千倍にまで引き伸ばされる。

空間認識が膨張し、まるで立体図のように脳内に映像として流れ出てくる。

 

熱の流れ。

巨大な渦を巻いた、鮫嵐の風の名残を、神の視点で眺める。

 

全体を見たら、次は焦点を絞っていく。

 

先ず上空に飛ばされた可能性は低いから、現在地より高度が上の部分は切り取る。

 

さらに、気流によって煉獄が飛ばされる可能性がある空域のみに焦点を当てる。

 

全体図から見れば、およそ一割にまで捜索範囲を絞ることができた。

 

この中から、煉獄の体温を探っていけばいい。

 

 

ピクッ……

 

影満、いや、ぴぴ男の右尻が動く。

 

「うぇっ!?……あ、ぇあ、みぎ!!右右右右大烏くん右みぎ!!」

 

「ガアア!!」

 

バシバシと大烏の背の右側を叩く華燐。

 

大烏は右方向に進行を調整。

さらにぴぴ男の尻が動く。

 

ピクピクッ……

 

「ぅあ、真っ直ぐ!!まっすぐまっすぐまっすぐまっすぐまっすぐ!!!!」

 

バシバジバシ!

 

「ガアア!!」

 

 

ーーー煉獄が墜落するまで20秒

 

地上まであと1キロメートルほど。

乱気流による雨と濃霧で、下はまだ見えないが、海よりも地上に寄っているのか、森の緑色が見えた。

 

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

ぴぴ男の脳内にはびっしりと「煉獄さん」という文字が書かれていた。

まるで耳無し芳一の身体に書かれた般若心経のようである。

 

影満は無限の煉獄さんが溢れる空間に居た。

 

 

眠っている煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん)

 

目覚めたばかりの煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん)

 

顔を洗う煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

歯を磨く煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

朝御飯を食べる煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

修練に燃える煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

誰かと話をしている煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

隊服に着替える煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

鬼を追う煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

鬼と戦う煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

鬼を討った煉獄さんの顔。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

朝日を浴びる煉獄さんの、顔。

 

(ア゛ア゛ア゛ア゛煉獄さん……)

 

煉獄さんこそが、宇宙なのだ。

この世界の中心なのだ。

 

地球の周りを太陽が回るという学説を聞いたが、それは違う。

 

煉獄さんの周りを、世界が回っているのだ。

 

煉獄さんが中心にあるからこそ、この世界は存在している。

 

(煉獄さんは太陽であり、この世界の中心だった……)

 

影満は悟りを開いた。

 

そこで自問する。

 

ーーーならば何故、お前は煉獄さんじゃないんだ?

 

(……え?)

 

ーーーそれほどまでに煉獄さんを求めるのならば、何故自分が煉獄さんになろうとしない?

 

(俺が……煉獄さんになる……?)

 

ーーー何故煉獄さんに生まれ変わらなかったんだ?

 

(俺が、煉獄さんに、生まれ変わる……???)

 

ーーー何故お前はお前なんだ?何故煉獄さんじゃないんだ?

 

(俺は……俺で……いや、俺は……)

 

 

ーーーどうしてお前は生まれてきた?

 

 

(生まれてきた……意味…………)

 

 

影満は自問する。

自分は煉獄を愛し、崇拝し、追い求めてきた。

煉獄の全てを吸収し、近づこうと努力してきた。

だが、完全なる煉獄になろうと思ったことはなかった。

影満は影満のまま、煉獄に近づこうとしていたのだ。

 

それは何故か?

 

ーーー煉獄以外の万物は、所詮煉獄の副産物で、後追いで、劣化物なんだろう?

煉獄に近づこうとして、しかし煉獄にはなろうとしない。

そんなお前は何なんだと聞いている

 

(俺はなんのために生まれてきた……?)

 

影満は呆然とした。

 

人のため。

鬼を倒すため。

 

そんな当たり前の動機が出てこない。

言葉にならないのだ。まるで話し方を忘れてしまったかのように。

 

言語すら失ってしまった影満。

もっと奥底の、影満の根底にある「存在意義」を探さねばならない。

 

(教えてください……煉獄さん……)

 

影満は記憶を掘り進む。

 

屍鬼山のこと。

修行時代のこと。

初めて煉獄と出会った時のこと。

 

 

ーーーその男は空から降ってきた

 

(う゛っ……!?)

 

ズキッ、と頭蓋骨に響く痛みが走る。

 

(なんだ……!?この、記憶は……!?)

 

『煉獄さん生き返れ生き返れ』

 

(ッ!!??)

 

影満は困惑した。

脳内に、血のように流れてくる記憶。

 

(これは……俺!?いや、俺じゃ……)

 

『たかし元気?りんごを送ったから食べてちょうだいね』

 

『ほら、先月行った……』

 

『相談してくれれば私も……』

 

(誰!?だれだお前ら!!!)

 

靄を払うように暴れる影満。

そんな彼に、突き刺すような言葉。

 

『君はクビだ』

 

『もういや!別れて!!』

 

(誰なんだ……なん、なんだよ…………)

 

次々と溢れてくる、見知らぬ人間の声。

 

『やめろおおおおおおおお!!!!』

 

怒号と共に、歪な炎が影満を襲った。

 

(うわっ!!)

 

影満は後ろに仰け反った。

 

(俺は……どうして生まれてきた……?)

 

影満の中には煉獄さんのことしかない。

 

改めて自分を客観的に見ると、人として終わっていることに気づいてしまった。

 

記憶も混濁し、出自も不明で、生きている理由も謎。

 

ただの精神異常者だ。

 

(俺は……俺は……)

 

煉獄さん。

 

何一つ確かなことがない影満。

彼にできることは、心の中で、煉獄さんと唱えることだけだった。

 

(煉獄さん)

 

そうだ、煉獄さんだ。

 

(俺が人として生きているのは……煉獄さんが、俺と、出会ってくれたからだ)

 

もし煉獄と出会わなければ、影満は影満ではなかっただろう。

あるいは、鬼になっていたかもしれない。

 

『煉獄さんが生き返る訳ねぇえええええだろおおおおおお!!!!!』

 

(そうだ!!失われた命は二度と戻らない!!

だから俺は!!!煉獄さんを失わないために!!!!)

 

影満は顔を上げた。

 

この世の全ては煉獄さんの副産物。

だがそれでいい。

 

煉獄さんが素晴らしいのは、その『意思』と『覚悟』。

生きざまにこそ素晴らしさがある!!

身体が煉獄さんになっても意味がない!!

 

煉獄さんの発する熱を!!

吸収してこそ!!!意味がある!!!

 

この世の万物は三つに大別できる。

 

煉獄さんを引き立てる舞台装置。

煉獄さんの命を脅かす危険因子。

煉獄さんに関わる価値もない、ゴミ。

 

それらの上に煉獄さんを置いて、この世界は完成する。

 

(そうか……これら三つから煉獄さんに与えるだけじゃない……

煉獄さんからも、これら三つに光を与えてくれていたんだ!!!)

 

太陽を見上げるばかりの人は、太陽から注がれている温かさに気付かない。

やがて下を向き、闇に落ちてしまう。

 

こちらから一方的に与えていると思うのは傲慢だ。

 

(煉獄さんとこの世界は……

お互いに与えて、与えられていたのか……)

 

煉獄さんの全てが循環する世界。

 

影満はこの世界の全てを感じた。

 

(俺は……この美しい世界が愛しい)

 

煉獄さんを中心にした世界。

 

そこに生まれ落ちたことを、心から感謝した。

 

(なら、俺が生まれてきた意味は)

 

煉獄さんに答えを聞くのは簡単だ。

だが、「それ」は自分で導き出すもの。

自分の答えを出して初めて、他人に問いかけることができる。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

華燐は濃霧の中に、赤くたなびく肩掛けの色を見た。

 

「あーーーーーー!!!」

 

甲高い声で叫ぶ。

 

「見つけた影満さん!!あっち!!」

 

華燐は影満の尻をバシバシと叩く。

 

「煉獄さんいた!!煉獄さん!!」

 

華燐は影満にしがみつくようにして、彼の身体を揺さぶる。

見上げると、影満は首を上げ、上空を見つめていた。

広げていた両手を曲げ、顔を覆っている。

 

「影満さん!!ねえ!!影満さん!!!!」

 

影満に教えてもらった腹式呼吸で、ひたすら大きな声を出す。

 

ーーー煉獄が墜落するまで15秒

 

 

ーーーーーーーーーー

 

自分の生まれてきた意味は?

自分が人でいられるのは何故か?

 

『影満!!お前の名は影満だ!!』

 

煉獄さんが俺に名をつけてくれたからだ。

 

煉獄さんが与えてくれた。

 

ならば俺も、煉獄さんに与える。

恩を返すんだ!!!

 

 

(煉獄さんを救うために生まれてきた!!!!!!!!!!!)

 

 

煉獄さんの振り向いた姿が見える。

炎の肩掛けが見える!!

煉獄さんの笑顔が見える!!!!

 

『影満!!』

 

煉獄さんの声が聞こえる!!!!!

 

 

影満は両手を顔から下ろした。

その目からは滝のように涙が流れている。

 

 

「俺は  影満!!!

 

虚淵影満!!!!!

 

煉獄さんを助けるために生まれてきた!!!!!!!!」

 

 

影満が覚醒した!!!!!

 

ーーー煉獄が墜落するまで10秒!!!

 

大烏が落下する煉獄の後を追う!!

 

「影満さん!!!」

 

華燐が涙ながらに叫ぶ!!

 

ーーー煉獄墜落まで9秒

 

 

影満は鎖を掴む!!

 

(蝋屈!!!使わせてもらうぞ!!!)

 

影満は鎖を煉獄へと投げた!!

 

ーーー煉獄墜落まで8秒

 

鎖は煉獄の腕に巻き付いた!!

 

「ふっ!!!!」

 

影満は鎖を引く!!引き寄せなければ意味がない!!!

 

ーーー煉獄墜落まで7秒

 

「ぐうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

影満は渾身の力で鎖を引く!!!

風圧が邪魔をしてくるが、関係ない!!!

 

「頑張って!!!!」

 

華燐は目を瞑り、影満にしがみついて、叫ぶ!!!

 

ーーー煉獄墜落まで6秒

 

白目を剥く影満。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

煉 獄 さん!!!!!!!」

 

体温と心拍数が極限まで上がり、かつてないほどの力を引き出す!!!!!

 

ーーー煉獄墜落まで5秒

 

眼下には森!!!!

あと数秒で墜落死!!!!!

 

影満は煉獄を引き寄せた!!!!

 

煉獄の身体を抱き止める!!!!

 

 

「やった!!!」

 

「やったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

華燐と影満が全力で叫ぶ!!!!

 

影満は煉獄を力強く抱き締める!!!

 

ーーー全員墜落まであと3秒

 

大烏は垂直降下から軌道を斜めに寄せる。

衝撃をできるだけ緩和するためだ。

 

影満は煉獄を大烏にくくりつけ、華燐を抱き寄せる。

 

「きゃっ!!」

 

ーーー全員墜落まであと2秒

 

「突っ込むぞ!!!掴まれ!!!!」

 

三人と一羽は森の木々の中に大砲のように突っ込んでいった。

 




ヨフカシ「本日はハーバード大学人間力学教授、マイケル教授に来ていただいております。本日はどうぞ、よろしくお願いします」(ペコリ)

教授「よろしくお願いします」(ペコリ)

ヨフカシ「本日来ていただいたのはですね、今月公開となった映画、『シャークネード1914 ブレードオブデモンスレイヤー』についてなのですが」

教授「はい」

ヨフカシ「元々この映画、岡山県のとある村に伝わる伝承がストーリーのモデルになったそうで」

教授「はい」

ヨフカシ「空飛ぶ鮫に襲われた村をですね、これまた空から降ってきた鬼狩り達が日本刀で戦って救うという内容なんですけどもお」

教授「はい」

ヨフカシ「この映画の見所の一つにですね、上空5000メートルから投げ出された主人公を、仲間の一人が見つけ出して助けるというシーンがあるのですが」

教授「はいはいはい」

ヨフカシ「これは実際に可能なんでしょうか?」

教授「いや不可能ですね」

ヨフカシ「あぁー……」

教授「温度を見るという共感覚は存在するのですが、それを台風の中から一人の人間を見つけ出すというのは、まさに砂漠から針を見つけ出すようなもので」

ヨフカシ「成る程。ではサーモグラフィーなどの機械ならどうでしょう?
米軍は暗資装置で、数キロ先の敵を見つけ出すと聞きましたが」

教授「米軍の観測機器をフル稼働すれば可能でしょう。
宇宙、上空、地上、海上、全ての観測装置を使えば、それも可能です。
実際、スカイダイビングの事故防止のために、人間を感知する設備はあります」

ヨフカシ「事故って行方不明とかありますもんね」

教授「そうですね。航空機事故などの突発的な事故ならもとかく、そこでスカイダイビングをすると分かっているなら、その範囲を捜索する設備は作れます。
なので、「その範囲でなら可能」という答えになりますね」

ヨフカシ「つまり、このロケーションで人を探すと分かっていれば、入念な準備をすれば可能だと」

教授「そういうことです。
ただ、やはり人、モノ、カネが動きますから、莫大なコストになる訳ですね。時間もかかりますし」

ヨフカシ「ああー」

教授「最初の質問、「実際に可能なのか?」なのですが、このコストを考えると、現実的ではないと言わざるを得ません。だからこそ、「実際」には不可能です」

ヨフカシ「では、やはりフィクションの中でしか出来ないのでしょうか……」

教授「いえいえ、ここからが人間の可能性の面白いところでしてね」

ヨフカシ「ほお」

教授「ただの人間が、あと1分で台風の中から人を見つけろと言われても出来ません。
それは準備が全く足りないからです」

ヨフカシ「はい」

教授「逆に言えば、普段から準備をし、修練を積んでいれば、出来てしまうんですね」

ヨフカシ「はい!」

教授「この映画のキャラクターのように、普段から主人公のことだけを考え、助けようと思い、ひたすらに修練を重ねれば、今回の無理難題も成し遂げてしまえる訳です」

ヨフカシ「おおお!」

教授「とは言え、やはりギリギリのタイミングには変わりありませんし、何より落下速度に追い付くデッカイ烏が居なければ、見つけられたけど助けられませんでした、で話は終わっていたでしょうね」

ヨフカシ「今回のMVPは大烏くんという訳ですね!」

教授「そうですね。個人的に好きなのは、やはりセクハラを強要されても献身的に情報共有をしてくれた少女ちゃんですね。
特別な才能を持った人物は、外部との意思疏通が難しい。外部と内部が違いすぎますから。それを理解して言語化してくれる人材は、いつの時代にも必要ですね」

ヨフカシ「なるほどお!今回の偉業は、二人と一羽が力を合わせたからこその奇跡、ということですね!」

教授「そうなりますね」

ヨフカシ「よく分かりました!ありがとうございます!」

教授「いえいえこちらこそ、ありがとうございます」

ヨフカシ「では最後にですね、現実にこの男がいた場合、教授はどんな感想を抱くでしょうか?」


教授「こいつ 頭 おかしい」


  終
製作・著作
ーーーーー
 R i i


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ

60秒で煉獄さんを救え!
狂人、ケツ肉、急降下
華燐ちゃんセクハラ回
森の中に突っ込むぞ!!


影満は華燐を包むように抱き締め、森の中へと突っ込んでいく。

大烏からは投げ出された。

木々の枝を突き破り、バキバキと音をたてながら落ちていく。

 

「…………ッ!!!」

 

華燐はぐるぐると回転する感覚と、鈍い衝撃を感じていた。

 

影満は枝の波を越え、地面に叩きつけられる。

しかし独特の受け身を取り、衝撃をできるだけ逃がす。

それでも勢いは止まらず、車輪のようにゴロゴロと転がりながら進んでいく。

 

草むらを抜けて、大きな岩に背中からぶつかった。

 

ドゴッッ!!!

 

「ぐへあ!!!」

 

影満は内臓が飛び出すような悲鳴を出す。

そのまま寿命が尽きた蝉のように、ボトリと地面に落ちた。

 

「…………」

 

ピクリとも動かない影満。

その身体をモゾモゾと押し退けて、華燐が身を起こした。

 

「いたたたた……

あっ……えっ

か、影……満、さん……?」

 

鮫嵐での激戦、大烏の急降下からの、大胆な着地。

これまでの派手な飛行が積み重なり、三半規管が麻痺している。

華燐はフラフラと揺れながらも、影満の身体を揺すった。

 

「かげ、影満さん!ねえ!影満さん!」

 

静かな影満ほど不気味なものもない。

まるで死体のように見えた。

華燐は心底不安になり、泣きながら影満を揺すった。

 

「影満さん!影満さん!ねえってば!影満さんん!!」

 

ペチペチと背中を叩く華燐。

 

すると、突然影満が起き上がった。

 

「煉獄さん!!!」

 

ガバリと顔をあげる影満。

 

「きゃあああああ!!!」

 

悲鳴をあげる華燐。

無理もない。

影満の顔には、木の枝が無数に突き刺さり、顔が血で真っ赤に染まっていた。

人面イソギンチャクとでも呼ぶべきか。

影満の狂人顔と合わさり、まさに妖怪のような見た目だった。

 

「か、かげみ……かおっ!顔大丈夫なんですか!?」

 

「おお、華燐ちゃん!無事で良かった!

俺なら大丈夫!

目とヤバイ血管は避けたから!」

 

そう言って、にっこりと微笑む影満。

華燐は安堵よりも恐怖を感じた。

 

「煉獄さんを……よっこいしょ」

 

影満は膝を押して立ち上がる。

 

「煉獄さんを……うぐっ」

 

影満は全身が火傷したかのように痛んだ。

 

(いたたたた……全身が痛い。これは神経が過敏になってるのか……?)

 

嵐の中から煉獄を見つけるため、温度の目を全開にした影満。

その反動から立ち直れていない。

 

「あ、だ、大丈夫?」

 

華燐が心配そうに声をかける。

影満は彼女の頭にポンと手を置いた。

 

「大丈夫だ。ありがとうな、華燐ちゃん」

 

華燐が居なければ、ぴぴ男となった影満が大烏に指示を出すことができず、煉獄を助けることもできなかった。

 

華燐が影満の尻の動きを言語化してくれたからこそ、影満、華燐、大烏、そして煉獄は生きている。

 

「煉獄さんは生きてる。あっちに居るから、会いに行こう。

歩けるか?」

 

「うん!」

 

華燐は達成感で心が満ちていた。

自分の存在が、超常的だった影満と煉獄の助けになった。

誰かを助けることの充実感。

今までの人生では、味わったことのない楽しさだった。

自然と笑顔になる。

 

影満は顔面の枝をプチプチと抜きながら、華燐と手を繋いで森の中を歩いた。

 

「煉獄さん!!」

 

森の開けた場所に、煉獄と大烏はいた。

大烏は地面にへたりこんでおり、煉獄はその看病をしている。

 

「むう!影満!!華燐!!無事だったか!!」

 

「煉獄さん!!よくぞご無事で!!」

 

煉獄は立ち上がり、影満は駆け寄る。

ガバリと熱い抱擁を交わした。

 

影満は全身で煉獄の体温を感受する。

 

「煉獄さん!!良かった……もう駄目かと……」

 

「うむ!!俺もここまでかと腹を括ったぞ!」

 

大烏の背から落ちた時は、いよいよ煉獄が死んだかと思い、発狂するにまで至った影満。

煉獄も、上空から落下し、ほぼ何も出来なかった。

 

「俺にできることと言ったら、心の中で、影満と叫ぶことだけだったぞ!」

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん」

 

影満は白目を剥いて感激に震えた。

影満こそ、心の中で煉獄さんと叫び続けていた。

その煉獄も、影満の名を叫んでいたとなれば。

 

影満は連戦の疲れが吹っ飛んだ。

肌はツヤツヤ、筋肉は張りを保ち、体力ははち切れん程に溢れている。

 

影満と煉獄は身体を離し、ポンポンと肩を叩きあった。

 

「礼を言うぞ影満!ありがとう!!!」

 

「いいえ……礼を言うのは、俺の方なんです、煉獄さん」

 

影満は滝のように涙を流している。

 

「俺が……俺が存在しているのは、煉獄さんのおかげなんです」

 

きょとんとした顔になる煉獄。

 

「俺が人間でいられるのも、影満でいられるのも、全部煉獄さんのおかげなんです!!

ありがとう……煉獄さんありがとう」

 

影満の中にあるのは、ひたすら煉獄への感謝であった。

 

「煉獄さんに与えられて、存在させてもらえて……だから、俺も煉獄さんに返す。俺の存在がある限り、煉獄さんを救う!

俺は煉獄さんを救うために生まれてきた!!」

 

生まれてきた意味を見出だしてからが、人生の本当の始まりだと言う。

影満は己の人生の、始まりと終わりを定めた。

 

煉獄さんに始まり、煉獄さんに終わる。

煉獄は豪快に笑う。

 

「そうか!!それは嬉しいことだな!!

与えて、与えられる!この繰り返しこそ、世界を回すものだ!」

 

強さとは暖かさだ。

相手を暖めて、自分も暖められる。

その繰り返しで、世界は回っている。

 

「ありがとう、影満」

 

煉獄を模倣するばかりだった影満。

しかし、自分の考えと行動で、煉獄と同じ人生のあり方を得た。

これほど嬉しいことはない。

 

影満が本当の意味で、煉獄の意思を受け継いだのだ。

そして、与えるばかりだった煉獄が、始めて「返された」と実感できる瞬間でもあった。

 

弟子が一人前になるというのは、感慨深いものだ。

 

煉獄は影満を、一人の『柱』として認めた。

 

「ありがとう、華燐」

 

煉獄は華燐を真っ直ぐ見据え、礼を言った。

 

「あっ、いえ……私も、煉獄さんに、恩返しできて、良かったです」

 

恥ずかしさと嬉しさが混ざり、目線が泳ぎながらも、華燐は微笑んだ。

自分達は煉獄を救ったのだ。

 

この世で最も偉大な任務を成し遂げた。

そんな誇大妄想までしてしまうほど。

 

「ガアァ」

 

大烏がしゃがれた鳴き声を上げた。

 

「あ、大烏くん、大丈夫?」

 

華燐が大烏を見ると、その右の羽が不自然に固まっていた。

 

「どうやら折れているらしい」

 

診察していた煉獄が言う。

 

「急降下と急停止で、かなり無茶させたもんな。ごめんな大烏。ありがとう。今回の大金星はお前だよ。胸を張れ」

 

「ガア!」

 

影満が優しい笑顔で、大烏の背を撫でた。

片方の羽が折れている以上、しばらく飛行はできない。

だがそれを責めることはない。

名誉の負傷だ。ゆっくり休んでもらうつもりでいる。

 

煉獄は影満、華燐、大烏をがっしりと肩で抱いた。

 

「うおお!煉獄さん!」

 

「きゃっ!」

 

影満は歓喜から、華燐は恥じらいから声を出す。

 

「四人が生きていることを祝おう!!

めでたい!!いやめでたい!!!!」

 

「めでたい煉獄さん!!!めでたい煉獄さん!!!!めでた煉獄さん!!めで煉獄さん!!めで煉さん!!」

 

「う、うん!!おめでとう!皆お疲れ様!」

 

「ガアアア!!」

 

鮫嵐を破壊し、四人とも生きている。

これは煉獄達の大勝利といっていい。

労をねぎらい、生を喜ぶ。

 

単純だが、人として当たり前の感情。

皆が笑顔であった。

 

「さて、取り合えず……近くの村にでも泊まって」

 

影満が今後の予定を考えようとした時、異様な温度を感じ取った。

煉獄もまた、血と破壊の気配を感じた。

 

バッと二人同時に振り返る。

 

「え……?」

 

困惑する華燐。

 

「火事だ」

 

影満が感じたのは、民家が燃える火事の温度。

火の熱だった。

煉獄は流血と悲鳴の、禍々しい気配が肌を焼いた。

 

「人里が襲われている!」

 

ここまで気配が伝わるということは、かなりの規模で騒ぎになっている。

 

鬼による仕業と考えるべきだ。

煉獄はカッと目を開く。

 

「行かねば!!」

 

即座に刀を握る煉獄、影満。

 

「華燐ちゃんは大烏とここに居てくれ!」

 

負傷した大烏はここに置いていく。

非戦闘員の華燐も、連れていくのは危険すぎる。

 

「周りに鬼の温度はしない。鮫もいない。ここで居た方が安全だ!」

 

そう言うや否や、すぐさま走り出す二人。

一分一秒の差で、救える命は増える。

 

ならば時は値千金。

躊躇している暇はない。

 

「あっ!!か、影満さん!!」

 

華燐もそれを分かっているが、咄嗟に声を上げた。

腹式呼吸を覚えてから、大きな声を出すのが上手くなった。

 

「ん!」

 

影満は遠くから振り返る。

こんな時でも、自分に意識を向けてくれる影満。

誰かに救われたのだと自覚できる大人で、

誰かを救うために戦える人格者。

そんな彼に、華燐は伝えたいことがあった。

 

「死なないでね!!」

 

影満は自分が死ぬことを恐れていない。

煉獄を救うためなら、喜んで命を差し出すだろう。

 

だからこそ、影満の命を心配する者が、必要だと思った。

 

影満はニカッと笑う。

 

「煉獄さんの葬式見るまでは死なんよ!」

 

「縁起でもないことを言うな!影満!!」

 

「どぅははははは!!」

 

冗談みたいな笑い声をあげて、影満は走っていってしまった。

残された華燐は、胸に手を当てる。

 

煉獄が死ぬまで死なない。

煉獄は自分が死なせない。

だから自分も死なない。

 

理屈の上で、影満は不死身なのだろう。

 

命がどうでもいいから戦えるんじゃない。

命を大切にしているからこそ、精神が成熟しているのだ。

 

(あの人、すごい)

 

影満のイカレた精神を見続けて、圧倒されるばかりだった華燐。

今は一周回って、感心すら覚えた。

影満の心の強さは、無から生じたものではない。

確かに積み重ね、練り上げてきたものなのだ。

 

自分も、あんな風に強くなって、笑える人になりたい。

華燐はそう思った。

 

華燐と大烏。

木々の揺れる音が、彼女たちを静かに包んでいた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ぎゃああああああああああ!!!!」

 

漁業で栄えた村は地獄と化していた。

嵐による雨によって、足元が浸かるほどの浸水。

これはよくあることだった。

だが、空から鮫が降ってくるというのは、村の歴史から見ても始めてのことだった。

 

「ひっ、ひぃいぃいいいい!!!」

 

飛来した鮫は大口を開け、村人を頭から飲み込んでいく。

その後は、灰色に濁った水の中に潜る。

村全体が浸水しているため、そこら中に鮫が泳いでいるのだ。

鮫の背ビレがいくつも見える。

村人は怯え、混乱し、絶叫しながら逃げ惑っていた。

 

水をザブザブとかき分け、苦労しながら歩いていく。

 

「家の中に逃げるんだ!!二階に上がれば助かる……ぐべあ!!?」

 

建物の中に避難した者達は、天井を貫いて落ちてきた鮫に喰われた。

木造の建物では、落下する大重量の鮫に耐えられない。

 

「頑丈な建物に避難するんじゃあああああ!!倉や鉄骨の建物へぇ!!」

 

必死に村人達に指示を出しているのは、この村の長である老人だ。

白髪を雨に濡らしながら、一人でも多くを救おうと叫ぶ。

 

そんな彼の背後から、鮫が急降下で襲い掛かってきた。

 

「村長危ねえ!!」

 

ドンッ!

 

村長は若い男に突き飛ばされ、鮫に喰われることから逃れた。

 

「ッ!?元木ぃ!!」

 

村長を庇った青年は、鮫に噛みつかれて水の中に沈んだ。

村長は彼の足を掴み、連れていかれるのを防いだ。

 

「元木ぃぃぃぃ!!今助けるからなああああ!!死ぬなあああああ!!!」

 

バシャバシャと鮫の尻尾が水飛沫を上げる。

赤黒いモヤが水面を染める。

出血しているのだ。早く助けなければ。

村長は渾身の力で、青年の足を引っ張った。

 

ブチブチブチブチッ!!!

 

村長は後ろに引っくり返る。

手応えがなくなった。

鮫が引っ張るのを諦めたのかと思い、手元を見れば、そこには青年の千切れた右足が残されていた。

 

「もひっ……元木いいいいいいいいい!!!!!!」

 

絶叫する村長。

そんな彼に、新たな鮫が狙いを定める。

水面を静かに泳ぐ鮫。

 

「村長危ない!!」

 

パァン!!

 

直後、銃声が鳴り響く。

鮫の背に弾丸がめり込み、鯨の潮のように血が吹き出す。

鮫は死んだ。

 

南蛮銃を持った青年が、村長を引っ張りあげた。

 

「村長!逃げましょう!!」

 

「吉田ぁ……」

 

青年は南蛮銃に弾を込め、さらに鮫を撃ち殺す。

 

「地下に避難施設があります!そこなら安全です!!」

 

なんとか建物の中に入り、地下へと続く扉に手をかけた青年。

 

「さあ!村長こちらへ!!」

 

青年が扉を開けると、そこには水に浸かった地下施設が広がっていた。

唖然とした表情になる青年。

 

「なん……で……?水が……」

 

どこからともなく水が入り込み、避難所は使えなくなっていた。

そして、水があるということは、当然ながら鮫もいる。

扉から鮫が飛び出し、青年を頭から補食した。

 

「いぎゃあああああああああああ!!!!!」

 

「吉田あああああああああああああ!!!!!!!!」

 

吉田は死んだ。

村長と、吉田に助けられた僅かな村人達は絶叫した。

 

(も、もう御仕舞いじゃ……)

 

村長は絶望し、涙を流した。

 

「どうして……どうしてこんなことに!!」

 

陸で鮫に襲われるなど、前代未聞だ。

常識では考えられない。

 

何故、自分達がこんな理不尽な目にあうのか理解できない。

 

鮫が徐々に近づいてくる。

村長は生き残り達を背に隠し、身を盾とする。

 

(くそぅ……こんな、こんなこと、あんまりじゃあ!!)

 

ただ普通に生きてきた。

魚を乱獲したこともなかった。海の幸に感謝を忘れなかった。

幸せに暮らしていた村人達が、唐突に命を奪われた。

その不条理に、怒りが沸き上がった。

 

「誰か……神様仏様……奴らを……鮫を斬ってください……!!!」

 

「村長あぶねえ!!!」

 

拝むことしかできない村長に、鮫が一斉に襲い掛かる!!!!

 

 

『炎の呼吸』!!!!!

 

燃え上がるような息吹きの音!

 

ーーー壱ノ型!!!!

 

村長の眼前に、赤い炎が直進した!

ほの暗い空間を照らす、赤い刃の輝き!!

炎のゆらめき!!

 

「『不知火』!!!」

 

荒津波のように水を巻き上げながら、炎の斬撃が鮫を一刀両断した。

あまりの勢いに、村長は身を屈める。

 

「無事か!!」

 

足元の浸水をものともせず、炎の肩掛けの剣士は村人達を守る。

灰色の水面には、赤い日本刀、金と赤の頭髪がよく映える。

薄暗い曇天下でも、太陽のように輝きを放っている。

 

炎柱、煉獄杏寿郎が到着した。

 

「あ、あんたは……!?」

 

「俺のそばから離れるな!!」

 

鮫を一撃で真っ二つにした豪傑。

煉獄の近くに居た方が安全と判断し、皆がその場に留まる。

 

鮫は周りをぐるぐると泳ぎ回り、隙を窺っている。

餌場に現れた天敵に、警戒心を露にしているのだ。

煉獄も足場の悪さと、村長達を背にしていることから、一体ずつ斬っていくこともできない。

膠着状態に近い。

 

周囲から悲鳴が聞こえてくる。

村長は痺れを切らした。

 

「まずい!他にも逃げ遅れたもんが……!」

 

「大丈夫だ!!外にも『鬼殺隊』がいる!!」

 

「き、鬼殺、隊……?」

 

村長は聞き慣れない単語に、困惑を隠せない。

村人の中の一人が、ぽつりと呟いた。

 

「まさか、鬼狩り様……!?」

 

鬼狩り。

文字通り、この世ならざる『鬼』を斬る者達。

あの炎のような男が、鬼狩り師なのだろうか。

鬼狩り師が何故『鮫』と戦っているのか。

この鮫は鬼なのか?

 

疑問だらけの状況。

 

逃げ遅れた村人達に鮫が襲い掛かる。

 

水面が音もなく割れる。

 

『陽炎の呼吸』

 

村人達は恐怖のあまり目を閉じる。

大口を開ける鮫の群れ。

しかしそれらは、空間の揺らぎが巻き起こり、縦に真っ二つに両断されていく。

 

壱ノ型ーーー『鬼火』

 

幻のように一瞬で、変幻自在で、美しい。

 

煉獄の爆発するような踏み込みとは一味違う。

水飛沫すら立てずに走り、血飛沫すら飛ばさずに斬る。

 

まさに陽炎の如き剣術。

 

虚淵影満が到着した。

 

「膝まで水に浸かった煉獄さん…………

 

最高だな!!!!!」

 

いつもと違った戦場、新しい煉獄の姿。

影満は通常通り、煉獄を戦場の中心として見ていた。

 

「ていうか鮫がまだいるんですけど!!なぁんでだぁ!?」

 

影満は困惑する。

 

「煉獄さんが鮫嵐を倒したのに!!」

 

その叫びに、煉獄が推察を語る。

 

「嵐の方は消えたが、鮫まで消える訳ではなかったか!

つまり!鮫の発生源があるはずだ!!」

 

嵐が鮫を巻き上げていた。

ならば、鮫はどこから来たのか?

 

「なるほど!『嵐の壺』は破壊したけど、『鮫の壺』はどこかにあるかもしれない!!」

 

「そうだ!!鮫も壺かは分からんが、温度を探れるか!?影満!!」

 

「お待ちを!!」

 

影満は指を額の前に立て、精神集中。

村の周囲を探知する。

 

広範囲を瞬時に調べる技は、煉獄を見つけるための一連の出来事で、コツを掴んでいた。

 

その時、水の中にいた鮫達が、一斉に飛び上がった。

 

「「!!」」

 

鮫はヒレを羽のように広げ、羽ばたきながら宙を飛んでいくではないか!

 

「げえ!?」

 

「むう!飛べるのか!!?」

 

鮫達は鷹のように宙を旋回した後、バラバラに散らばって飛んでいく。

 

煉獄達と戦わず、弱い人間だけを狙っている。

当然だ。鮫は戦いためのではなく、餌を食べたいだけなのだから。

 

「くそっ!こいつら自体に飛行能力があるのか!!」

 

「厄介だな!!散らばられては手に負えん!!」

 

鮫嵐の時は、煉獄達に真っ直ぐ襲い掛かってきていた。

だから数の脅威は物量の脅威だった。

しかし、今のように一体ずつ分散されると、数の脅威は手数の脅威となる。

二人だけでは手が足りない。

助けられない人命が出てきてしまう。

 

それでもやれるだけやるしかない。

 

煉獄は足に力を入れ、踏み込まんと身体を傾ける。

 

 

上空に緑色の風が通り抜けた。

吹きつける斬撃の風。

 

目に見えるのは鋭い気流の跡!

 

飛ぶ斬撃が入り乱れ、空飛ぶ鮫どもを斬り落としていく。

 

「「!?」」

 

煉獄、影満は驚いた表情で空を見上げる。

 

煉獄はその技を知っている。

刀身に風を纏わせ、遠距離にまで攻撃を飛ばす離れ業。

そして、あの威力、あの精度。

 

(あの技は……まさか)

 

同じく影満も、その技と、その剣士の体温を感じていた。

 

(この体温は!!)

 

鬼殺隊の剣士は、使う呼吸法の種類で体温が違う。

影満にはそう見えている。

そして、その先にいる人物は……

 

『風の呼吸』

 

ヒュウウ、と木枯らしのような呼吸音!!

 

肆ノ型

『昇上砂塵嵐』!!!!

 

吹き上げる竜巻のような斬り上げ!!

鮫嵐を叩き割る『斬嵐』!!!

 

響き渡る鮫どもの断末魔!!!

 

バラバラに斬り刻まれた鮫の死肉が、赤黒い雨のように降り注ぐ。

 

風の呼吸の剣士は、ひときわ高い建物の瓦屋根の上に着地した。

 

「どうなってやがるぅぅ……」

 

銀色の短髪をたなびかせ、充血した目をギョロリを向けている。

その目は鬼への憎しみに溢れていた。

 

「なぁんで鮫が空飛んでんだぁ……???」

 

緑色の刀身の日輪刀をギリリと握り締める。

 

その姿を見て、煉獄は大きな声を上げた。

 

 

「不死川!!!」

 

「ああ……?」

 

振り返り、地上の煉獄と目が合う。

 

「おお……おお、煉獄かィ!!」

 

 

鬼殺隊『風柱』

 

『不死川実弥』参戦。

 

 




大統領こちらです!

鮫まみれのシェルター

ギャアアアアア!!

この流れ様式美でホントだいすこ(笑)


影満「鮫嵐は煉獄さんが倒したのに!!」

嵐の壺を破壊したのは影満なのに、煉獄さんの手柄ってことになってるのナチュラルにサイコパスでだいすこwww
記憶すら煉獄さんが活躍したって風に改竄されてるのいいよねwww狂っててwwwwww

鮫嵐VS風柱

うん!!!美味しい!!!!!!


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ

全員無事着陸成功!
降鮫量100トンの朝井村!
『風柱』不死川実弥、参戦!!


虚淵影満は親指と人差し指で窓枠を作り、その二人を俯瞰する。

 

「戦場に吹き降りた風の柱!!

夢の共演、炎柱と風柱!!

この、屋根の上にいる不死川と、地上にいる煉獄さんという構図がね!!映えること映えること!!」

 

影満は早口で捲し立てる。

 

風柱と炎柱。

赤い鮫肉の雨を背景に、振り返り見下ろす不死川。

灰色の水に膝まで浸かり、見上げる煉獄。

 

対照的な状況にいる二人。

それを嬉しそうに目に焼き付ける影満。

 

『風柱』不死川実弥すら、煉獄杏寿郎の引き立て役として見ているのだ。

 

煉獄の顔を見て、僅かに明るい顔になった不死川だったが、影満の顔を見るや、一気に不機嫌そうな表情になる。

 

チッ、と舌打ちをする。

 

「テメェも居たのかァ……このイカレがよぉぉ……」

 

瞬間、瓦屋根の上から不死川の姿が消えた。

影満の前の水面が爆発する。

灰色の氾濫水が弾け飛び、一瞬だが地面が見えるほど。

不死川がそこに着地したのだ。

 

あまりの『風圧』に、影満は身を仰け反らせる。

最初に会った時は吹き飛ばされた。

今はなんとか持ちこたえることができた。

影満はニヤリと笑う。

それが不死川は気に入らないらしく、額に青筋を浮かべる。

忌々しげに指を指す。

 

「なんだぁテメェその有り様はぁ?

ボロッカスの布きれじゃねえかあ、ああ!?

弱っちいくせに出しゃばってくんじゃねえ!!!」

 

不死川が指差す影満の姿といえば、顔面は穴だらけで血まみれ。

目は充血し(いつも通り)、隊服は破り捨てられ、上半身が露になっている。

右腕は折れているため包帯で固定し、刀は片手持ち。

影満は二刀持ちも習得しているが、やはり片手では威力が落ちる。

身体の軸もブレており、よく見れば痙攣している。

鮫嵐から落下し、広範囲感知をした反動だろう。

 

それでも影満は元気一杯だった。

不死川の言うことは理解できる。

 

『煉獄の足手まといになる』

 

これだけは絶対に避けなければならない。

だから体調が万全でない時は、大人しく後方支援に回るべき。

 

「俺はまだ、やれる!!!」

 

影満は高らかに言い放った。

煉獄のために。

この命ある限り、煉獄と共に戦う。

 

「狂人がぁ」

 

不死川はゆらりと身体を揺らすと、一瞬で間合いを詰め、影満の首を絞めた。

 

「……っぐ!!」

 

堪らず息を詰まらせる影満。

 

「てめぇが『柱』になる資格ありと聞いた時はぁ、自分の耳を疑ったぜぇぇ……」

 

下弦の肆、蝋屈を倒した影満。

同時期に『鳥柱』佐々木眞一郎が戦死。

それと入れ違う形で、『柱』になることを命じられた。

そのことは他の『柱』達の耳にも入っていた。

 

「金魚のフンみてぇに煉獄の後をつけ回してた、薄気味悪い狂人が、鬼殺隊の頂点の剣士ッ!?冗談じゃねえ!!

 

俺は認めねえよッ!!!」

 

ドンッ!

 

乱暴に影満を突き飛ばす。

バザバザと水面が波立つ音。

影満は苦しそうに咳をする。

 

「てめぇ以外にも『柱』になるべき奴はいるんだよぉ……それを差し置いて、鬼殺隊の規範と真逆のてめぇが…………ハッ!

どうせ下弦を倒したのも、てめえ一人の力じゃねえんだろお!?

煉獄のおこぼればっか喰い荒らしやがってよおお!!この狗っころがぁ!!」

 

不死川は充血した笑顔でがなりたてる。

 

影満が一人で何かを成し遂げたという話は聞かない。

いつも煉獄と共に戦い、煉獄と手柄を立てていた。

それが不死川には認められない。

 

何故、自分の時とは違うのか。

 

「そんなんじゃあ鬼殺隊全体にぃ……

御館様にご迷惑がかかるんだよお!!

それぐらい頭湧いてても分かんねえもんかねえ!?あぁあん!?」

 

「そこまでだ不死川!!」

 

煉獄の凛とした声が割って入る。

影満には反論の暇も与えなかった不死川が、即座に意識を煉獄に向けた。

無言で続きを促す。

 

「影満は狗でもフンでもない!

俺は影満に命を救われた!!」

 

「な……」

 

呆然と口を開ける不死川。

煉獄が命に危機に瀕するほどの窮地。

それを影満という異形の存在が救った!?

にわかには信じがたい話だった。

しかし煉獄は嘘や誤魔化しを言う男ではない。

本当に影満が居なければ死んでいたのだろう。

 

「影満は言った!!

佐々木の代わりになるつもりはない!

自分は人のため、仲間のために『柱』になると!!」

 

屍鬼山で影満は誓った。

煉獄に並ぶ剣士になると。

自分は『柱』として使命を全うすると。

 

「それに影満は、俺の強さを受け継いでくれた!!

俺はそれが嬉しい!!

 

俺は全力で!!!!

影満を『柱』に推薦するッッッッ!!!!!!!!」

 

「……っ!」

 

歯を喰い縛る不死川。

まさかの煉獄による推薦。

煉獄が影満を認めており、柱に推すというのだ。

これは無視できない意見だ。

 

「煉獄さんありがとうございます!!」

 

パッと笑顔になる影満。

影満の大きな声が、不死川の頭上を飛び越えていく。

ギロリと影満を睨む不死川と、彼に向き直る影満、その視線が重なった。

 

「不死川も、ありがとう!!」

 

「あぁ……?」

 

不死川は眉を潜める。

 

「俺は『柱』になって、煉獄さんの教えを鬼殺隊に広めていく!

『柱』としてのあり方、鬼殺隊としてのあり方、人としてのあり方。

それを世に伝えることこそが俺の役目!

『柱』になってもそれは変わらない!いや、より一層励んでいく所存!!

口だけではなく!成果で!あり方で示していく!

だから心配しないでくれ!!」

 

「………………」

 

己の使命を間違っているとは思っていない。

『柱』という重大すぎる立場につくことで、その使命が疎かにならないか、そのことを指摘されたのだと理解した。

だから影満は、心配しないでくれと言った。

 

影満は『柱』になっても、煉獄の教えを広めていく。

それこそが影満の生き甲斐であり、存在証明なのだから。

 

『柱』という立場すら、煉獄教の布教としか見ていない。

『柱』になったからといって、狂った態度を改めるつもりもない。

 

ただ『煉獄の教え』が、皆が認めるまともなものだというだけで、影満本人がまともだとは誰も思っていない。

 

まるで肉体は魂を乗せるただの乗り物で、その人格に意味は無いとでも説法された気分だ。

 

影満という男は、たまたま『良きもの』を崇めている「狂信者」で、それが『悪しきもの』だった可能性もあるのだ。

鬼になっていた可能性すらある。

 

そんな不安定さを持つ影満。

一本の堂々とした『柱』としては、やっていけるのだろうか。

 

「俺は認めねぇよ……」

 

煉獄の手前、先程よりは小さくなったものの、それでも抗議する不死川。

 

「俺はお前が好きだぞ」

 

「はァ?気色悪いこと言ってんじゃねェ!」

 

突然の影満の告白。

 

「不死川は煉獄さんが好きだろう?」

 

謎の質問に、口をへの字に紡ぐ不死川。

 

「俺は煉獄さんが好きな人が好きだ」

 

影満の人間関係はその一言に収束される。

影満は煉獄さんが大好き。

そして、煉獄さんを尊敬し、影響され、助けられた者も大好きなのだ。

煉獄さんの素晴らしさを世に広めていくという目的上、それは当然の結果である。

 

その影満の審美眼が、不死川の胸中、煉獄への評価を的確に見抜いていた。

 

「『煉獄はつえぇ。技も人格も見事なもんだぁ……上弦の鬼にだって負けるはずはねえぇ……』と思っているな!!!!」

 

「うるせえよ!!!!」

 

ビシッと指差してきた影満の手を、乱暴に弾き飛ばす不死川。

 

「付き合ってらんねえ!

俺はもう行くぜ」

 

踵を返し、残りの鮫を探しに行く。

不死川が空中の鮫を全て斬ったため、今の所は鮫の姿はない。

 

「む!そうだな!鮫の出所を探らねば!影満!見つかったか!?」

 

「はい!!ここから……」

 

影満が鮫の出現場所を言おうとした時、遠くから声が聞こえた。

 

「おぉーーーい!!」

 

手を振りながら走ってくる隊士。

その姿を見て、不死川が声を荒げる。

 

「匡近ぁ!!おせぇぞぉ!!」

 

「いや、ごめんごめん!

俺足遅いからさあ!!

それに足場が水没してるし!」

 

笑顔で走ってきたのは、頬に二本の爪痕と、左の額に大きな傷がある鬼殺隊。

不死川と同じ、『風の呼吸』の使い手。

 

『粂野匡近』(くめのまさちか)であった。

 

煉獄がクワッと目を開く。

 

「熊野か!!」

 

「粂野だよ!!」

 

相変わらず人の名前を覚えるのが苦手な煉獄。

 

「よく来てくれた!鮫が空飛ぶ異常事態だが、共に戦おう!」

 

「ああ!勿論だ!遅れて来た分も働くぜ!」

 

粂野と煉獄は肩をポンポンと叩き合う。

影満がそっと近づく。

 

「くめっち!」

 

「かげちゃーん!」

 

手を上げ、手のひらをパシーンと叩く。

 

「「いえーい!」」

 

粂野は不死川よりも一歳歳上だ。

影満も煉獄より歳上であるため、年長者同士、仲が良かった。

 

「おい匡近ぁ!そいつと仲良くすんじゃねえ!!」

 

不死川の兄弟子である粂野。

額の大きな傷は、不死川と共に下弦の壱を倒した時の負傷だ。

腹部にも重症を負ったが、今は完治している。

 

「かげちゃん『柱』になるんだってな!おめでとう!

あ、実弥の奴が何か言ってたか?

こいつなぁ、俺が『柱』にならなかった事、怒ってんだぁ」

 

笑いながら不死川を指差す。

その不死川は額に青筋を浮かべる。

 

「おいい!!余計なこと言ってんじゃねええ!!」

 

好きな相手が嫌いな相手と仲良くしているのを見て、不機嫌になる心境。

不死川はそれをさらに濃縮したような心持ちだった。

煉獄も話に入る。

 

「ふむ!粂藻も十二鬼月を倒したなら、『柱』になれたのだろう?辞退したのか?」

 

「くめ「の」な!

いやいやぁ、俺も風の呼吸だから、『風柱』が二人もいる必要ねえだろ?

それなら有望で、俺より若い実弥が適任だと思っただけだよ!」

 

からからと笑う粂野。

その笑顔は自然と周りを明るくする。

煉獄と影満も、釣られてニパーッと笑った。

 

「で、この鮫騒動の元凶は?」

 

粂野の言葉に、遮った言葉を復唱する影満。

 

「ここから北の山の中です!

そこに鮫を産み出してる奴がいる!!」

 

華燐達がいる方とは逆の山に、鮫の親玉が居る。

 

「二手に分かれよう!!」

 

煉獄が提案する。

 

「鮫から村を守らねば!村人を放置はできん!!」

 

虚淵影満

煉獄杏寿郎

不死川実弥

粂野匡近

 

ここに四人の鬼殺隊士が揃った。

鮫の親玉を倒す攻撃班と、村を守る防衛班に役割分担。

 

「ここには俺が残る!!水に潜る鮫は、俺の技の方が有効だ!!」

 

煉獄の強力な踏み込みは、水中の鮫を倒すことができる。

相手を翻弄する影満の技は、足下が水で遮られる場所ではやや不利。

 

「それと一人、風の呼吸の使い手が必要だ!」

 

空中の鮫は風の呼吸でなければ倒せない。

 

「なら俺が残るよ。実弥はかげちゃんと鮫の親玉を倒してくれ!」

 

粂野が防衛班に立候補した。

 

「了解した!!」

 

「チッ……分かったよぉ」

 

影満は元気良く快諾。

不死川は影満と組むことに不満そうな顔をするが、鬼を倒すために私情を抑える。

ここに人選が決定した。

 

『攻撃班』

虚淵影満

不死川実弥

 

『防衛班』

煉獄杏寿郎

粂野匡近

 

「煉獄さん!これを!!」

 

影満は身体に巻いた鎖を煉獄に投げ渡した。

 

「む!これは!」

 

「煉獄さんを救った鎖です!必ずや煉獄さんの助けとなるはず!」

 

「うむ!しかと受け取った!!」

 

頭上を見れば、新たな鮫の軍団が村に狙いを定めていた。

暗雲が立ち込め、雨粒のように鮫が降ってくる!

 

「匡近ぁ!こっちは頼むぜえ!!」

 

「ああ!実弥も頑張ってくれ!!」

 

風の呼吸の二人は、掛け声で奮い立たせ合う。

 

「武運を祈る!!」

 

「「「おう!!」」」

 

煉獄の発破を皮切りに、影満と不死川は風のように走り出した。

 

二人の姿が消え、鮫との戦闘が始まった。

 

煉獄と匡近の目の前で爆発が起きる。

 

ボン、ボン、ボンと花火のような音と光。火と衝撃。

 

「むぐぅ!?」

 

「うおっ!?」

 

二人は腕で爆風を防御する。

煉獄は花火大会の火薬玉が暴発した事故を見たことがあった。

それと同じか、それ以上の火力だ。

 

建物がまるまる一軒破壊され、木材の破片が飛び散る。

黒い煙がもうもうと立ち込める。

 

「上か!」

 

煉獄が頭上を見上げれば、そこには気球のように身体を膨らませた鮫がいた。

その巨大な鮫は、口から小さな鮫を数匹吐き出す。

その小鮫が砲弾のように降り注ぐ!

 

ーーー風の呼吸、弐ノ型!!

 

粂野は緑の刀身の日輪刀を、右に伸ばして構える。

そのまま風を幾重にも纏わせ、獣の爪のように斬撃を飛ばす!!

 

「『爪々・科戸風』!!」

 

粂野の斬撃は見事、砲弾小鮫を全て切り刻む!

切断された小鮫は、その場で爆発した。

 

「何故爆発するんだ!?」

 

「おそらく!奴の腹の中で可燃性の気体を作り出しているのだろう!!」

 

煉獄が思い出すのは、屍鬼達が自然発火した『背炎の陣』。

あれも腐敗した死体であることを利用した技だった。

 

地上で最も繁栄した肉食生物といえば、人間と言えるだろう。

一方、海の中で最も繁栄した生物とは。

無論、鮫である。

地上など、この星の三割ほどの広さしかない。

その狭い場所の人間ですら、人体発火ができるのだ。

ならば、広い海中を統べる鮫の体内でなら、爆弾に転用できるほどのガスが産み出されていても不思議ではない!

 

人間の可能性の幅は広い。

鮫の可能性の触れ幅は、人が思う以上のものなのだ。

鮫がどんなことになっていても、それはあり得ないことではない。

 

煉獄はそのことをかいつまんで説明した。

それを聞いた粂野の反応は。

 

「????????????」

 

疑問符に溢れていた。

 

「つまり!あの『爆弾鮫』を倒さぬ限り、村の被害が増す!!」

 

「ばくだんざめ……?

いや、でも、あの高さでは……!

俺の斬撃でも届かない……!!」

 

粂野は悔しそうに歯噛みする。

村を守るため、空中の敵を倒すためにここに残ったのに、肝心の爆弾鮫を倒せない。

 

爆弾鮫から吐き出された「魚雷鮫」は容赦なく二人を襲う。

 

広範囲が爆発し、灼熱の光が煉獄の顔を照らす。

背中の炎の肩掛けは影になり、黒く煉獄の背を染める。

 

脅威は爆弾鮫だけではない。

他にも通常の空飛ぶ人喰い鮫が、上空から降りてきている。

 

打つ手なしか。

そう思いかけた瞬間、煉獄は手元の鎖を見た。

 

「待てよ!そうか!そういうことか!!」

 

影満に託された鎖。

これを使って、この状況を打破できるはず。

 

「組野!!鮫を一匹捕まえるぞ!!」

 

「く、め、の!!

え、捕まえてどうするんだ!?」

 

粂野は困惑した。

鮫は倒すものだと固定観念があった。

煉獄は殺すのではなく、生け捕りにしろと言う。

 

「空が飛べぬなら、鮫に空を飛ばすのみ!!」

 

「え、乗るのか!?鮫に!!??」

 

粂野は煉獄の顔を見る。

それは曇りなき眼。

 

本気で言っている目だった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

背後から爆発の音が聞こえる。

不死川は後ろの粂野達を案じ、後ろを見ようとした。

 

「振り返るな!!」

 

「!?」

 

不死川の後ろをついてくる影満が、声を荒げた。

 

「任せると言ったんだ!俺たちは俺たちの仕事をする!!」

 

ブチリと血管が切れる音。

 

「うるっっっせえよ!!!!」

 

不死川は激情のままに叫んだ。

 

何故こんな奴に説教されなければいけないのか。

もっともらしいことを言いやがって。

どうせそれも煉獄の受け売りだろう。

 

(くっっっそ腹立つなぁチクショオ!!!!)

 

下に見ていた者に怒られた。

嫌いな奴に怒られた。

受け入れられない奴に怒られた。

 

仲間を信頼するという点で、怒られたのだ。

鬼殺隊の使命に対して。

 

不死川にとっては耐えがたい苦痛だ。

 

(ボケがぁぁぁ……

ちょっと振り返ったぐらいで怒鳴りやがってよぉぉぉ……

こちとら後ろ向きでもテメェより早く走れるんだよぉぉ)

 

不死川は走る速度をさらに早めた。

 

「あっ!不死川!!」

 

「ここまでくりゃあ、匂いで分かるんだよお!!匂い!!」

 

そう、森の中は、潮と生臭い匂いで溢れていた。

魚臭さで鼻が曲がりそうだ。

 

この異臭の中心部に、鮫を産み出している元凶がいる。

 

木々を抜け、開けた場所に出た。

そこには『魚肉の塊』があった。

薄い肌色の肉は、繭のように中央に鎮座していた。

 

ブヨブヨの肥大化した腹は、不気味な呼吸に合わせて上下している。

これも鮫だ。

生きているのだ。

 

まるで妊娠している豚のような、腹が膨れて横たわっている状態。

 

巨大な鮫の顔が、ごろりと不死川の方を向く。

 

『シャアアアアアアァアアアァアァァアッッ!!!!』

 

母胎鮫が威嚇の咆哮。

不死川は臆さず刀を振るう!!

 

風の呼吸、壱ノ型

 

不死川は身体を回転させ、竜巻そのものとなって直進する!

 

『塵旋風・削ぎ』!!!

 

鮫の巨大な腹部を、竜巻が消し飛ばす。

 

『ギギャアアアアアアアアアア!!!!!』

 

母胎鮫の歪な悲鳴!!

 

まるまると膨れ上がっていた腹部は、ほぼ原型を残さず吹き飛んだ。

母胎内の体液が飛び散る。

 

胎内にあった鮫の幼体はパクパクと口を閉会している。

それを乱暴に踏み潰す。

 

鮫の幼体の他にも、人の頭ほどの『卵』が散乱していた。

 

(あ……?鮫って卵なのかァ?……まあいい)

 

「死ねよ」

 

不死川は刀を構える。

 

風の呼吸・参ノ型

 

その時、追い付いてきた影満が叫んだ。

 

「刀で斬るな!!!」

 

その言葉が脳内に滑りこんでくる。

嫌いなやつの言葉だ。

それはヤスリのように脳の表面を削る。

気分が悪い。

 

馬鹿が何か喚いている。

そう捨て置くことは簡単だ。

 

だが、不死川の歴戦の感覚が、その言葉の意味を理解した。

 

(『刀で』斬るな……?)

 

つまり、刀身に被害をもたらされる可能性。

 

不死川は直前で構えを変える。

 

……弐ノ型、『爪々・科戸風』!!!!

 

四本の爪のような風の斬撃は、母胎鮫の顔面を切り裂いた。

 

母胎鮫の血液が大量に吹き出す。

それは赤色ではなく、緑色だった。

 

不死川は後ろに飛び退く。

母胎鮫の体液が地面に落ち、釜が噴き出すような音がして、土を溶かしていく。

人の腕が入りそうなほどの穴が開いた。

 

「血が……溶けるやつかぃ」

 

溶ける吐瀉物を吐く鬼は見たことがある。

しかし血そのものが腐食性なのは初めて見る。

あのまま母胎鮫を斬っていたら、日輪刀が溶けていただろう。

 

「不死川、大丈夫か!?」

 

「…………おう」

 

母胎鮫と引き換えに、愛刀を失っていたかもしれない。

命の恩とまではいかないが、愛刀を救われた「借り」ができてしまった。

 

「あいつ温度が変だ!!まだ何か出してくる!注意してくれ!!」

 

影満が不死川の隣に立つ。

 

見れば、母胎鮫の腹の中にあった「鮫卵」から、人の指を重ね合わせたような小さな怪物が這い出ていた。

 

「気をつけろ!!『顔面寄生鮫』だ!!」

 

「がんめん……きせいざめだぁ?」

 

顔面寄生鮫は飛び上がり、二人の顔面に組みつこうとしてくる。

不死川は風の遠隔斬撃でそれらを叩き斬った。

 

顔面寄生鮫の体液もまた酸性で、地面が溶ける音と匂いがする。

 

『シャアアアアアア!!!!』

 

母胎鮫が口から小さな鮫を吐き出す。

 

影満は輪郭が揺らぐような動きで防御!!

 

陽炎の呼吸・捌ノ型

 

『ゆらめき』

 

吐き出された小鮫は地面や木々に突き刺さる。

頭部が鋭利な刃物のように尖り、なおかつ頭が六つもある、歪な形だ。

生命に対する冒涜と言っていい。

 

多頭の小鮫。

 

「『手裏剣鮫』だ!!!」

 

「はああ!?」

 

『ボシャアアアアアアアアア!!!!』

 

母胎鮫は大量の手裏剣鮫を吐き出す。

二人の剣士は顔面寄生鮫をさばきつつ、その手裏剣の嵐を回避する。

 

「あるぞ!あいつの中に壺がある!!

首の下ぐらいの場所!!」

 

急所に「鮫の壺」を避難させたらしい。

 

母胎鮫は破損した腹部を乱暴に引きちぎると、細長い脚部で自重を支え、立ち上がった。

 

「なっ……」

 

直立した母胎鮫は十メートルほどの巨体だ。

腹部を切り離した姿は細く、引き締まっている。

灰色の硬質な肌と、女性的な細い体型の巨人。

鮫の頭には王冠のような三本の角が生えていた。

 

「この威厳……こいつは、『女王鮫』か!!!」

 

「どうでもいいぜえ!!!」

 

女王鮫が走り出す!!逃走を謀ったのだ!!

 

「逃がすかあぁぁ!!!!」

 

不死川は驚異的な脚力で駆け、女王鮫に接近する!!

 

風の呼吸・捌ノ型

 

『初烈風斬り』!!!!

 

まさに竜巻の如き斬撃!

女王鮫の全身を取り囲む風の斬撃は、その脚、腕、胴を斬り裂いた。

 

『ギィィヤアアアアアアアアア!!!!!』

 

緑の流血で地面が沼のように溶けていく。

そのなかで溺れるようにもがき苦しむ女王鮫。

女王鮫の尻尾が不死川を襲う!

 

風の呼吸・参ノ……

 

防御の技を繰り出そうとした瞬間、影満が割って入る。

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

 

『鬼火』・峰打ち!!!

 

刀の背面、刃が無い方で尻尾を叩き落とした。

これならば流血による刀の腐食は無い。

 

「行け不死川!!」

 

不死川は影満の背中を踏みつけ、飛び上がる。

尻尾を橋のように駆け抜け、女王鮫のうなじ目掛けて登っていく。

そして肩を踏みつけ、女王鮫の頭上へと飛び上がる!!

 

風の呼吸・伍ノ型!!!

 

不死川が急降下しながら刀を振るう!!

 

女王鮫は首を回転させ、空中の不死川に大口を開ける!!

 

「!!」

 

女王鮫の口から、勢い良く吐瀉物が吐き出された。

 

女王鮫・奥義

『血風嘔吐・鮫嵐』!!!

 

緑色の血が混じり、直線上に撃たれた吐瀉物は、まるで光線のようだった。

 

「不死川あああああああ!!!!」

 

影満は叫ぶ!!

血と手裏剣鮫の鮫嵐に飲み込まれ、不死川の姿が見えない!!

まさか跡形も無く消し飛ばされてしまったのか!?

 

『木枯らし颪』!!!!

 

嘔吐鮫嵐が内側から引き裂かれる!!

爆裂する嵐の中から、さらに練り上げられた嵐が飛び出す!!

 

不死川の嵐の方が上だった!!

 

女王鮫の首へと刃が振るわれる!!

 

影満は女王鮫の首に違和感を感じた。

 

蝋屈が首の中に槍を忍ばせ、斬首されることを防いでいた。

あれ以来、影満は敵の首の温度を特に注意深く「見る」ようになっていた。

 

女王鮫の首の中に、小さな「鮫の口」がある!!

おそらく首を斬るか、女王鮫の口から高速で突き出される!

 

あの体温の高さ!

おそらく筋肉は異様に収縮している!

そこから繰り出される速度は、不死川でも反応できるか分からない!!

 

「おおおおおおおおお!!!!」

 

影満は駆け出し、飛び上がった!!!

 

陽炎の呼吸!!!

参ノ型!!!!

 

 

不死川の刃が首へと届く!!

女王鮫の隠された刃「鮫顎」も、不死川を射程に収める!!

不死川はビリビリと殺意を感じるが、たとえ相討ちになっても女王鮫の首を斬る!!!

 

 

影満は女王鮫の後頭部まで飛び上がった!!!

 

『透明炎』・峰打ち!!!!

 

夜海のイルカのように、幻想的な飛び上がり!!

影満は女王鮫の後頭部を、刀で殴り付けた!!

 

女王鮫の顔は横に反らされる!!

瞬間、攻撃が交差する!!!

 

突き出された「鮫顎」は不死川の肩をかすめる!!

やはりとてつもない速度だったが

 

当たらなければどうということはない!!!

 

ザンッッッッ!!!!

 

不死川の斬撃は女王鮫の首を斬り落とした!!!!

さらに「鮫の壺」も破壊!!

 

『ボギャアアアアァァァァァァアアアアッッッ!!!!!!!!!』

 

女王鮫は断末魔を上げながら、その巨体を消滅させた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「よし!!!」

 

煉獄は鎖を思いっきり引っ張った。

 

左手に鎖、右手に日輪刀。

そしてその足は、鮫の背中を踏みしめている。

 

煉獄は鮫の上に乗っていた。

地面に叩きつけた鮫に飛び乗り、その口に鎖を巻き付け、馬のように調教。

乗り物と化した人喰い鮫。

 

あまりに常識から外れた光景に、粂野は叫ぶことしかできない。

 

「煉獄が 鮫に 乗ってるううううう!!!!??」

 

煉獄が思い出すのは影満の狂気の勇姿。

鎖を自らの脚に巻き付け、大烏の脚と同化していた。

 

「爆弾鮫が上空にいるというなら!こちらも空を飛べばいい!」

 

大烏は煉獄達のために奮闘し、羽を痛めてしまった。

ならば、そこら辺の鮫を利用して空を飛べばいい!

 

「一撃で決める!!」

 

ジャラリと鎖を引く煉獄!!

 

鮫に騎乗した煉獄杏寿郎!!!

 

鮫は空へと飛翔する!!

 

「飛んだ!!!

煉獄が空飛んだぁぁぁ!!!!

鮫乗って空飛んだあああああああ!!!」

 

粂野は煉獄の行動を実況する機械と化した。

 

「うおおおおおおおおお!!!!!」

 

煉獄は雄叫びを上げる!!

鮫は煉獄の言うことを聞かないが、日輪刀を頭に突き刺し、レバーのように操作することで制御できてきた!!!

 

「鎖意味あるそれ!?」

 

「おおおおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!!!」

 

爆弾鮫へと飛び上がる煉獄!!

対する爆弾鮫は小技に頼らず、大技で一撃のもとに煉獄を消し炭にするつもりだ!!

 

爆弾鮫の尻尾が変形する!!

 

細長い魚雷と化し、後方から火を吹いて加速する爆弾!!

 

この時代にはまだ存在しない兵器。

 

『ミサイル』と呼ばれる爆裂兵器である!!

 

爆弾鮫・奥義

『爆嵐大魚雷』!!!!!!

 

ボッッッ!!!!

 

爆嵐大魚雷が発射される!!!

狙いは煉獄の心臓!!

跡形も無く吹き飛ばすつもりだ!!

 

 

粂野は一番高い建物の屋根へと上る。

 

刀を鞘に仕舞う。

 

膝を突き、頭を下げるように腰を落とす。

左手で鞘を支え、右手は力強く柄を掴む。

 

ギリギリギリギリ……

 

身体中をねじのように力ませる。

 

居合いの型。

渾身の力を込め、粂野の周りから音が消えた。

 

風の呼吸・『拾ノ型』!!!!!!

 

それは死の淵をさ迷った粂野が、地獄から持ち帰った技!!!

 

彼が編み出した、粂野匡近だけの技!!!

 

 

『神風』

 

 

一閃。

風の刃は煉獄の身体を通り抜けた。

そして、その先の『爆嵐大魚雷』だけを斬った。

 

斬る相手の取捨選択が

 

自由自在!!!

 

まさに神域の斬撃!!

 

そして、『爆嵐大魚雷』は真っ二つに割れ、煉獄の左右を通りすぎていく。

 

爆発鮫は驚愕する。

 

爆発しない。

斬られた『爆嵐大魚雷』は、その瞬間に爆発するはずだ。

 

粂野の斬撃に常識は通用しない。

そもそも『神風』は斬撃ではない。

 

 

『斬ったという結果』を作り出す

 

 

その過程に意味がない。

 

あまりにも静かな神風。

 

嵐とは対極となる風の奥義である。

 

 

ゴオォ、炎の息吹。

煉獄は鮫から刀を引き抜く。

 

世界から音が消えた。

時間が止まったような空間で、爆弾鮫と煉獄は目を合わせる。

 

「炎の呼吸・玖ノ型」

 

煉獄も奥義を繰り出す。

 

 

『煉獄』

 

 

爆弾鮫は身体の大部分を消し飛ばされ、首を両断された。

 

瞬間、世界に音が戻る。

 

『ジギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!!!!!』

 

響き渡る爆弾鮫の断末魔!!!!

 

直後、爆弾鮫の身体に火花が散る!!

 

「ッ!! 煉獄!!!!」

 

粂野が叫ぶが、もう遅い!!

 

「むぅ!!!」

 

爆弾鮫の最期の足掻き!!!!

 

 

それは『自爆』!!!!!!

 

自らを兵器として、華々しく散る!!!

 

 

爆弾鮫は大爆発を起こした!!

夜空を光で覆い尽くすほどの爆発!!

村は爆風に晒される!!

 

「れ……煉獄ううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!」

 

 

粂野の叫びは爆煙の中に溶けていった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

女王鮫を倒した。

普段の影満なら狂喜乱舞しているところだが、今は大人しい。

 

同じく沈黙している不死川。

 

勝利を祝うほど仲良くない、気まずい達成感があった。

 

ともかく、目標は達成した。

 

「助かったよ、不死川」

 

影満は短く礼を言う。

 

「おう」

 

不死川も短く応答。

影満はニヤリと笑う。

 

返事を返してくれた。

今はそれで良しとしよう。

 

灰色の霧が出てきた。

まるで地の底から沸き出したかのような不吉な霧。

その温度は生暖かく、生きながら腐敗しているかのような臭いだ。

 

「チッ……くせぇなぁ」

 

「煉獄さん達の所へ戻ろう」

 

瞬間、遠くから大爆発の轟音が響いた。

 

「「!!??」」

 

村の方角からだ。

この爆発の大きさは尋常ではない。

 

「煉獄さん!!!!」

 

不死川に動揺するなと諭しておきながら、自分が一番混乱している影満。

 

すぐさま走りだそうとする。

 

その足がぬかるんだ地面に滑った。

 

二人の背後から、コトリと石器的な音がした。

 

「「…………」」

 

無言で振り返る影満と不死川。

 

そこには一つの「壺」があった。

 

「あぁ……?」

 

不死川は怪訝な顔をする。

さっき見た時は、こんな壺は置いていなかった。

異様な雰囲気に鳥肌が立つ。

 

影満はその壺を、食い入るように見ている。

 

(なに……)

 

言葉にならない不安、危機感。

 

その壺から、汚ならしい水の音と共に、魚の化け物が顔を覗かせた。

 

「ヒョッヒョ!」

 

気持ちの悪い笑い声とともに、「それ」は影満と不死川を見た。

 

「鮫嵐の総合芸術を理解せんとは……

これだから見る目のない凡夫どもは……」

 

頭からもぞもぞと小さな腕が伸び、瞳があるべき場所には唇があり、口と額には眼球が開いている。

 

その眼球には

 

 

「だがそれもまたいい……」

 

 

『上弦』

 

『伍』

 

凶悪な二文字が刻まれていた。

 

 

((上弦の鬼!!!!!!))

 




朝井村。
鮫に襲われた村の名前。
今回の騒動を記録して100年後に映画化する。

あさいむら……
アサイムラ……

……アサイラム?(製作会社)

鮫嵐への対抗策、ダイナマイト。
内側から爆発させるはずの武器が鮫と同化。
どうだ世界よ、これが絶望だ

女王鮫
クイーンシャーク。
エイリアンかな?

粂野さん強すぎません?

しまった……
鮫嵐なのに水着美女が出てこない……
華燐ちゃんを脱がすか……?
いや、でもこの時代ってあんまり女性が素肌を晒さないし……
そもそも水着美女は短命だしなァ……

あっそうだ(ひらめき)


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ

防衛班、煉獄と粂野!爆弾鮫を撃破!
煉獄大爆発!?
攻撃班、影満と不死川!女王鮫を撃破!
上弦の鬼、玉壺出現!!


「先ずご紹介しますのはこちら!」

 

壺から出てきた異形の鬼『玉壺』は、顔面の横に生えた小さな手から、これまた壺を取り出した。

 

相手は『上弦の鬼』。

影満と不死川はジリジリと間合いを取る。

 

その壺の中からゴポリと音をたて、肉の塊が放り出された。

二人は目を見開く。全身の鳥肌が立った。

 

「“鮫血飛沫水着美女”でございます!」

 

そこには、鮫に全身を喰い千切られて絶命している、素肌を多く晒した水着姿の美女達の遺体が、それぞれの髪の毛で繋ぎ合わされるようにして固められていた。

頬はまだ赤い。つい先ほどまで生きていたのであろうことが見て取れる。

 

それだけではなく、鮫が彼女らの遺体に噛み付くと、絹を裂くような悲鳴をあげ、魚のように身体を痙攣させた。

見る者を畏怖させ、それでいて不様で滑稽な、「死」を軽視した冗談のような「作品」。

 

「何故鮫嵐と水着美女が調和するのか?

それは人間の感性の「美」を、魚類の「美」が荒々しく破壊するから!破壊と想像の融合!それこそが本当の芸術なのですよ!ヒョヒョヒョ!」

 

パチパチと小さな手で拍手をしている。

死者の尊厳すら冒涜する、下劣極まりない行為。

影満と不死川は、頭の中でブチリと、糸が切れるような音が聞こえた。

 

地面が爆発するように土が跳び跳ねた。

影満と不死川は目にも留まらぬ速さで走り出した。悪鬼を斬り伏せるため刀を振るう!!

 

玉壺はニヤリと笑った。

 

直後、不死川は歴戦で培われた『直感』で、影満は『温度感知』で「それ」を察知した。

玉壺の前に、透明な膜のようなものが広げられている。

これに飛び込めば、おそらく捕縛されていただろう。

 

「ヒョッヒョ!」

 

玉壺が密かに張っていた『血鬼術』

『波間海月』(なみまくらげ)

 

巨大で透明な海月の罠。

激昂させて突撃してきた鬼殺隊士を、この技で何人も殺してきた。

 

不死川は刀を振りかぶる。

風の遠隔斬撃で、透明な膜ごと切り裂くつもりだ。

 

ーーー風の呼吸・弐ノ型

 

影満は海面を飛ぶイルカのように、上空に飛び上がった。

透明な海月の膜を飛び越え、一気に刀を振り下ろす!

 

ーーー陽炎の呼吸・参ノ型

 

爪のような風の遠隔斬撃と、無色の炎のような振り下ろし斬撃が十字に重なり、玉壺へ同時攻撃!

 

『爪々・科戸風』!!!

『透明炎』!!!!

 

緑色の刀身と、緋色の刀身が壺を砕くが、しかし玉壺の首はなかった。

消えたのだ。

 

二人の背後から、壺が置かれる音がした。

 

「きぃぃ!作品紹介の途中で斬りかかるとは!この野蛮人どもめがぁ!」

 

玉壺が姿を現す。

壺を割られたことに怒っているらしく、顔には薄気味悪い血管が浮き出ている。

その両横には、目が飛び出した巨大な金魚が二体、周りを浮遊している。

 

不死川は怒りに身を任せ、叫びながら身体を回転させた。

 

「イカ臭せんだよぉダボがぁ!!!!」

 

風の呼吸・壱ノ型

『塵旋風・削ぎ』!!!!

 

横にうねる竜巻のように、斬撃の渦となって突撃する。

 

玉壺も金魚の口から無数の針を吐かせて迎撃。

『千本針・魚殺』(せんぼんばり・ぎょさつ)!!!

 

長い箸ほどの針を高速で打ち出す。

しかし不死川の竜巻『塵旋風・削ぎ』は止まらず、針を全て跳ね返した。

 

玉壺に刃が迫る瞬間、紅色の宝石のような輝きの珊瑚が、枝を伸ばすように生えてきた。

 

『宝壁・紅珊瑚』(ほうへき・べにさんご)!!!!

 

『塵旋風・削ぎ』と『宝壁・紅珊瑚』がぶつかり合う!!

不死川の攻撃力が玉壺の防御力を上回り、紅珊瑚にヒビが入り、粉々に砕け散った。

しかし、壁を越えた場所に、玉壺は居なかった。

 

「チィイ!!」

 

珊瑚の破片が舞い落ちる中、不死川は歯噛みした。

速度も攻撃力も自分の方が上。

しかし血鬼術のせいで翻弄される。

 

 

影満は今尚苦しめられている女達の遺体、その首を斬り落とした。

悪趣味な置物にされたとはいえ、元は人間。

人を斬ることは、影満の精神に多大な負荷を与えた。

腹の中のものが流動し、嘔吐してしまいそうになる。

まるで自分が斬られたかのように、苦悶に満ちた表情の影満。

 

「すまない………」

 

慚愧の念に苛まれる。

影満の背中には、無力感がのし掛かっていた。

やがて、その背中は怒りに燃え上がり、勢いよく振り向いた。

 

「斬る!!!!」

 

鬼を斬り殺す。自分にできることはそれだけだ。

そのために、玉壺の能力を解明する必要がある。

影満は指を額の前に立てて精神集中。

この場に隠されている「壺」の温度を探る。

 

(壺から壺へ移動する能力………なら、それを逆手に取って、出現位置を先読みできれば!)

 

影満は「壺」の位置を割り出した。

 

「不死川!!」

 

ススス、と指文字で合図を送る。

草むらや木の上に隠されている壺は、全部で七つ。

 

「しゃあ!!」

 

(これを破壊すれば、奴は逃げ場を失う!!)

 

玉壺は新たな使い魔を産み出し、二人を襲わせる!

それは巨大な殻と鋏を持つ、多脚の怪物!!

 

『断首・蟹坊主』(だんとう・かにぼうず)!!!

ジャキジャキと凶悪な音をたてながら、鉄をも切り裂く鋏が二人に迫る!!

 

影満と不死川は広範囲を攻撃できる技を構える!!

 

風の呼吸・肆ノ型

『昇上砂塵嵐』!!!

 

陽炎の呼吸・陸ノ型

『摩利支天』!!!!

 

吹き上げる砂嵐のように、荒々しく広範囲への斬撃!

煉獄の全ての動きを模倣し、高速で再現する連続斬撃!!

 

それらは蟹坊主もろとも、玉壺が隠した壺を悉く破壊した。

 

蟹坊主が泡を吹きながら絶命!!

玉壺も悲鳴をあげる!

 

「な、なにぃぃい!!?」

 

巧妙に隠していたはずの壺が、いとも容易く発見され、一瞬で破壊されたのだ。

その狼狽した玉壺の背後から、陽炎のように影満が姿を現す!

狙うのは玉壺の首!

 

(とどめ!!!)

 

横払いの斬撃!!

しかし、玉壺はまたしても姿を消した。

 

「なにっ!?」

 

影満と不死川は驚愕の表情。

二人から距離が離れた場所に、玉壺は姿を現した。

 

あの場所に壺は無かった。

透明な膜で隠している訳でもない。

つまり、何もない場所から壺が現れたということになる。

能力解明はまだ足りない。

 

「グギギギ………私の壺をバリバリと斬りおってぇ!

だが、これほどの実力者を加工し、作品に取り入れられれば、さらなる高みへと上れるはず!それもまたいい!」

 

どうやら玉壺は、鮫嵐を破壊した影満達を、新しい「作品」の材料にしようとしているらしい。

壺を割られるのも、その必要経費だと言うのだ。

 

しかし二人の実力を、並の『柱』以上であると知り、決して近づかず、使い魔での攻撃に専念するようになった。

 

(ヒョッヒョ!相手が『柱』となれば、こちらも命がけ。下手を打てば即死もあり得る緊張感……それもまた、いい)

 

不死川は挫けることなく、攻撃を続行する。

玉壺が繰り出す使い魔を、次々と斬り倒していく。

 

玉壺は壺から奇怪な人間を取り出した。

 

「先ほどの「水着美女」!お子様には刺激が強かったと見える!

という訳で次の「作品」はこちら!!」

 

頭からノコギリが生え、顔は鮫のようになった少年の遺体。

心臓部には電気を発する魚が動力源として埋め込まれている。

 

「こちらはンなぁんと!ノコギリザメと人間を融合させた「武器人間」!!

さらに心臓部には「電気うなぎ」を埋め、発電させることによって、ノコギリの刃を回転させているのです!どうです、素晴らしいでしょう!

名付けて『電動回転・鋸鮫男』でございます!!!」

 

ヴォン!!と駆動音と鳴り響かせ、頭と腕からノコギリザメを生やした少年の遺体が、不死川に襲い掛かる!!

 

「キャアアアアアオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

狂ったような雄叫びと共に、回転ノコギリが振るわれる。

不死川の日輪刀と、血みどろの回転ノコギリがぶつかり合い、火花が散る!

緋色の火花が二人の顔を照らす!

鍔迫り合いとなり、鮫の頭になった少年の目と、不死川の充血した瞳、視線が交差する!

その背後から、玉壺が更なる使い魔を送り込む!

 

『蛸壺鮫地獄』(たこつぼさめじごく)!!!

 

壺から巨大な蛸の足が飛び出し、視界を埋め尽くす!!

鮫に蛸の足と吸盤が取り付けられた異形の怪物!

不死川はノコギリザメ男を押し退け、風の刃を振るう!

 

風の呼吸・参ノ型

『晴嵐風樹』!!!!

 

前方への猛烈な斬撃!!

巻き起こす風は分厚く、鋭い。

刀を通さない蛸の足をすんなりと切り裂き、ノコギリザメ男の両腕を切り裂いた。

 

「い゛っ゛っ゛っ゛てぇぇぇぇぇ!!!」

 

ノコギリザメ男が絶叫する。

死体になっても痛覚は残っているらしく、苦しそうに叫んでいる。

しかし他の鮫に噛みつき、血を飲むことで回復する。

 

斬った蛸足の影から、小さな爆弾鮫が飛び出し、至近距離で爆発した。

不死川は高速で後ろに後退。

その間に回復したノコギリザメ男、蛸壺鮫、そして小判爆発鮫が連携して不死川に襲い掛かる!!

異形の鮫、鮫、鮫による組み合わせ!!

 

「ちぃっ!!」

 

不死川は舌打ちする。

玉壺が壺を無限に産み出せるのなら、手数で押し負けてしまうだろう。

 

「次から次へとォ」

 

ノコギリザメ男の腕が、超高速で回転する。

不死川の風の呼吸を真似して、回転ノコギリで『風』を起こそうとしているのだ。

金属が限界まで高速回転する音!!

回転ノコギリが風を発生させる!

ノコギリザメ男は腕の回転ノコギリを天高く掲げ、一気に振り落とした!!

 

『電動回転・鋸・斬風』!!!!

 

空気が谷のように割れる!

ギザギザの斬撃が衝撃波のように不死川を襲う!!

 

「上等だァ!!」

 

彼も風の斬撃を繰り出す!!

 

風の呼吸・陸ノ型

『黒風烟嵐』!!!!!

 

斬撃の端が黒く染まるほど、鋭利で細かな斬撃が伴う風!!

二つの風がぶつかり合う!!

まるで鉄と鉄を叩き合わせたかのような衝突音!!

派手な爆発を引き起こし、風はうねりを起こしながら弾け飛ぶ!

不死川の斬撃が一枚上手だったか、その威力は相殺しきれず、ノコギリザメ男や蛸壺鮫に降り注ぎ、彼らの肌を切り裂いた。

 

 

一方、影満は神経を極限まで集中させていた。

 

(なにかカラクリがあるはずだ………手がかりはないか……!?)

 

温度を見るという影満の視点で、玉壺の能力を解明できないか。

せめて、「影満の能力では玉壺の能力は解明できない」という情報だけでも欲しい。

必要なのは現状を打破する手がかり!

 

鮫嵐から落下した煉獄を探し、自分の探知能力の限界を突き破った影満。

彼の研ぎ澄まされた温感が、空気中の僅かな異変を察知した。

 

(!?)

 

玉壺の周りや、この場には、小さな熱の「粒」が見える。

極限まで集中しなければ見えなかっただろう。

 

その粒があった場所から、次の瞬間には壺が現れたではないか!

 

「見えた!!」

 

影満は玉壺の能力の手がかりを見つけた!

 

(あの粒を飛ばして、壺が生まれてくるのか!)

 

まるでイクラの卵のように小さい粒。

それはいわば「壺の卵」。

 

影満は刀を握り締める!

今度こそ、玉壺を殺せる!!

 

「不死川ァ!!!」

 

影満は走りだし、不死川へと指文字で合図を送る!!

先程よりも大幅に出現予想範囲が広がり、「壺の卵」の考察も謎が残るが、それでも不死川は頷いた。

 

「ぶっ殺してやるぜェ!!!」

 

先ずはノコギリザメ男、蛸壺鮫、爆弾鮫の三位一体を倒す。

ノコギリザメ男は影満に狙いを変えた。

蛸の足の弾力で加速し、急接近してきたノコギリザメ男と、影満の日輪刀がぶつかる!

影満は力で押され、後ずさりする。

その身体が幻のようにぼやけた。

 

陽炎の呼吸・捌ノ型

『ゆらめき』

 

陽炎の呼吸で唯一の防御、受け流しの技。

輪郭が揺らめくような独特の動きと力の流し方で、ノコギリザメ男のノコギリを空振りさせ、地面に突き刺させた。

そのまま心臓を狙うが、なんと胸から回転ノコギリが何本も生え、刃を通さない。

それを見た玉壺が笑う。

 

「ヒョッヒョッ!全身から回転ノコギリを出せるのですよ!これなら心臓の壺は斬れない!弱点は無いのですよ!」

 

それを聞いた影満は、いや、と呟く。

 

『ゆらめき』の動きでノコギリザメ男を翻弄し、その腕を掴む。

そして心臓から生えた回転ノコギリに押し当て、自分で自分の腕を斬らせた。

 

「ギャアアアアアアアア!!!」

 

「な、なにぃ!?」

 

驚く玉壺。

影満はノコギリザメ男の両腕を切断する。

 

「手足以外から生やすのはおすすめできない」

 

陽炎の呼吸・弐ノ型

『陽光斬り』

 

影満はノコギリザメ男の胴を両断した。

 

「あ゛っ」

 

短い断末魔と共に、ノコギリザメ男は心臓部と壺を切断され、サラサラと消滅していった。

その塵を掴み、影満は玉壺を睨みつける。

 

「お前は人体を玩具としか見ていないから、こんな失敗をする。奴なら俺にも勝てたかもしれないのに。

お前は宝の持ち腐れだ」

 

「ほ………ほおぉ、言いますねえ猿の分際でぇ」

 

玉壺は額に青筋を浮かばせながら、静かな怒気を滲ませた。

だが影満の怒りは、それを遥かに凌駕していた。

人の尊厳を弄び、雑に使い捨てる外道。

 

「お前は生きてちゃいけない奴だ」

 

一切の慈悲なく、玉壺を殺す。

煉獄の心構えを正義と信じる影満にとって、玉壺は悪の権化だ。

 

その影満の瞳を見て、玉壺はどこか共感できるものを見つけた。

 

(この男………なにか、『神』と信じる物を持っている。そして、それを芸術品のように愛し、世に広めようとしている)

 

影満は煉獄の教えを信じ、布教しようとしている。

その生きざまを、同じ「芸術家」としての玉壺の感性が、鋭く嗅ぎ取ったのだ。

 

(折ってみたい………この男の信じるもの、作り出した芸術品を、私の芸術品に作り替えてしまいたい!塗り潰してしまいたい!!!)

 

玉壺は芸術家としての対抗心から、影満に狙いを定めた。

 

一方、不死川は細かな斬撃が風の周りを埋め尽くす恐るべき技を打ち出す!!

 

風の呼吸・陸ノ型

『黒風烟嵐』!!!!!

 

その斬撃は爆弾鮫の爆風すら切り裂き、蛸の足を微塵切りにしていく!!

黒く染まった風の斬撃が道を開く!!

 

風の呼吸・漆ノ型

『勁風・天狗風』!!!

 

不死川が放つ技は、「継続的に攻防力を引き上げる風」を纏わせる技!!

それを自身へ纏わせた状態から、さらに技を撃つ!!

 

風の呼吸・壱ノ型

『塵旋風・削ぎ・二重嵐』!!!

 

強化された塵旋風によって、蛸壺鮫と爆発鮫が粉微塵に切断される。

その勢いのまま、不死川は一瞬で玉壺に近づき、首を斬りかかる!

玉壺は壺に身を潜らせ、別の場所に姿を現す!

不死川、影満の目がギラリと光った。

 

((そこか))

 

その場所は、影満があらかじめ目星をつけていた場所。

不死川は、全身に纏わせた風を、足へと集中させる!

風の爆発を推進剤にして、大砲のように打ち出される不死川!!

 

「ヒョッ!?」

 

玉壺は驚愕の表情!

 

「殺った!!!!」

 

不死川は確信と共に、その刃を玉壺の首にめり込ませた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「煉獄ーーーーーーッッ!!!!」

 

鬼殺隊の剣士、粂野匡近は、瓦礫の山と化した村の中心で、共に戦った「煉獄杏寿郎」を探していた。

巨大な爆弾鮫を見事に撃ち取ったのだが、その爆弾鮫が自爆。

大爆発に巻き込まれ、生死不明になってしまった。

 

だが、粂野は諦めていなかった。

爆炎の中から、黒い塊が落ちていくのを見たのだ。

それが煉獄なら、まだ息があるかもしれない。

 

「くそっ、煉獄!どこだ!」

 

瓦礫を素手で押し退け、懸命に煉獄を探す粂野。

その時、瓦礫を中から、一匹の鮫が飛び出した。

粂野は後ろに飛ぶ。

 

「くっ!こいつ、まだ……!」

 

刀を抜く粂野だったが、その鮫の様子がおかしいことに気づいた。

体を暴れさせているが、どうも「生きている」からこその動きではなく、腹の中で何かが暴れているような動き方だ。

 

「まさか………」

 

粂野が凝視する前で、その鮫の腹が切り裂かれ、赤い日輪刀が突き出す!!

血が雨のように吹き出し、鮫の腹をぶち破って、炎の肩かけをした男が飛び出してきた!

 

「ぷはあっ!!!」

 

「煉獄ぅ!!」

 

炎柱、煉獄杏寿郎が、鮫の腹の中から登場した。

 

「おお!亀野!無事か!」

 

「粂野だよ!!!無事だよ!お前こそ大丈夫か!?」

 

隊服が鮫の血まみれで、少し焦げてしまっているが、煉獄自身は無傷だった。

 

「あの時、爆発する寸前、この鮫に丸呑みされたのだ!」

 

鮫を鎖でぐるぐる巻きにして、馬の手綱を引くように操っていた煉獄。

その鎖を引っ張られ、空中で丸呑みにされてしまったのだ。

 

「え、丸呑みにされたら、普通は死んじゃうんじゃあ………?」

 

「うむ!俺も万事休すかと思ったが、この鮫が爆発から身を守ってくれたのだ!」

 

鮫に丸呑みされ、腹の中に隠れることで、爆発の熱や衝撃から身を守った。

「鮫に喰われる」ことで一番恐ろしいのは、その牙に噛みちぎられることだ。

あるいは腹の中に長時間入れられることにより、消化液で溶かされること。

今回の煉獄のように、噛まれずに丸呑みにされ、短期間で脱出できたのなら、それは「生存」に有効な方法にもなり得るのだ。

粂野は腑に落ちないらしく、抗議を続ける。

 

「普通は逆じゃないのか!?丸呑みされたら死ぬだろ普通!普通さあ!!」

 

「残念だが鮫が空を飛んでいる時点で「普通」ではない」

 

完全な理論によって説き伏せられる粂野。

力なく項垂れてしまった。

煉獄は彼の肩をポンと叩く。

 

「あの爆発で、他の鮫も全滅したようだ。「防衛班」としての仕事は果たした。

影満達を助けに行くぞ」

 

「え、助けに……?」

 

煉獄は影満達が向かった山の方角を見ている。

 

「ああ、何やら邪悪な気配がする。

影満達が危険だ」

 

その言葉を聞き、粂野が鬼殺隊の顔になる。

むくりと立ち上がり、二人は影満と不死川が戦っている場所へと走り出した。

 

ーーーーーーーーーー

 

不死川は玉壺の薄ら笑いが張り付いた「顔面の皮」を、忌々しげに地面に叩きつけた。

 

「糞が!!!」

 

不死川の刀は玉壺の首に命中した。

だがあの数センチで両断というところで、玉壺は皮だけを残して上空に逃げた。

 

(脱皮しやがった!!)

 

不死川はあと一歩で玉壺を倒せた。

しかし、脱皮した玉壺に、「異様な気配」を感知し、身を引いてしまったのだ。

 

「くそがぁぁぁ………」

 

例えどんな能力であろうと、鬼と刺し違えようとも、上弦の鬼である玉壺を倒すことができれば損はない。

自分を駒として見れば、ここで仕留められなかったのは痛い。自分の落ち度だ。

 

「不死川!!大丈夫か!!?」

 

影満が叫ぶ。影満も玉壺の異様な気配を感じているのだ。

木の上を見ると、玉壺の不気味な笑い声が聞こえた。

 

「お前達には私の真の姿を見せてやろう」

 

木の上に登った玉壺は、まさに『魚人』と呼ぶに相応しい異形の姿をしていた。

 

全身は煌めく鱗に包まれ、両手には水掻きのようなものがついている。

 

「この姿を見るのは貴様らで三人目、四人目だ」

 

「能書きはいい」

 

影満は玉壺の台詞を遮り、彼が登った木を、根本から両断した。

バキバキと音をたてて木が倒れる。

 

その先に不死川が待ち受ける。

玉壺は頬をつり上がらせて笑った。

 

「ヒョヒョヒョ!!愚かな!!」

 

玉壺が登っていた木が、一瞬にして、『粘魚』の群れへと姿を変えた。

 

「「!?」」

 

予想外の現象に、影満と不死川の表情が固まる。

木があった場所に固まっていた粘魚達が、雪崩れ落ちるように二人を襲う!

 

風の呼吸・弐ノ型

『爪々・科戸風』!!!

 

鍵爪のような斬撃が、粘魚の群れを引き裂く!

両断された粘魚から、毒の霧が撒き散らされる。

 

不死川は全身の回転と刀を振るう力で、風を巻き起こして毒霧を吹き飛ばした。

『霞の呼吸』にも受け継がれている、風を産み出す身体捌き。

 

影満も即座に対応する。

 

陽炎の呼吸・肆ノ型

『蛟の息吹き』!!!

 

竜の吐息のように、透明でいて力を持つ炎。

刀身すら見えない早さの斬り払いが、粘魚を切り裂いていく。

毒霧の微妙な温度と気温の違いから、最小限の動きで毒霧を回避する。

 

「なんだ!?木が突然………」

 

影満が敵の能力を掴めずにいると、その背後から、高速で玉壺が跳び跳ねてきた。

 

「ぐっ!!!」

 

陽炎の呼吸・捌ノ型

『ゆらめき』

 

影満は威力を受け流して防御する。

全身のバネを利用し、魚が跳ね回るように乱舞する玉壺。

不死川も迂闊には近付けない。

 

「どうだ!この体のやわらかくも強靭なバネ!そして鱗の波打ちにより!縦横無尽!自由自在よ!!!」

 

『陣殺魚鱗』(じんさつぎょりん)!!!!

 

硬い鱗と跳ね回る攻撃で、周りの木々は薄い板のように破壊され、倒れていく。

 

不死川は回避し、影満は『ゆらめき』で攻撃を受けた。

 

玉壺の右腕が迫り、影満は日輪刀でそれを受ける!

 

「ヒョッ!!!」

 

玉壺の口を裂くような笑み。

影満は全身の毛穴がブワリと開いた。

 

刀が、消えた。

 

刀身の半分が、「粘魚」に姿を変えたのだ。

 

「なっっっ」

 

影満は脳を揺さぶられるような感覚に陥った。

 

(触れたものを………魚に!!???)

 

影満の身体がぐらりと揺らぐ。

不死川が叫ぶ!

 

「影満ぅ!!!」

 

(日輪刀が………まずい!!!!)

 

玉壺の腕が影満に迫る!!

さらに左右からは粘魚が迫る!

 

「ヒョヒョ!死ねえ!!」

 

影満は上半身を後ろに反らし、玉壺の下顎を思いきり蹴り上げた。

 

「グベェ!!」

 

玉壺は汚ならしい悲鳴をあげる。

その腕は影満の頭をかすめ、髪の毛の先が粘魚に変えられた。

左右の粘魚は影満の腕と脇に噛みつく。

影満は歯を食い縛り、横に飛び退いた。

 

不死川がすかさず援護に入る。

 

風の呼吸・伍ノ型

『木枯らし颪』!!!!

 

上方から斬り下ろす竜巻!

玉壺は素早く身を引いた。

影満の噛みついた粘魚達は、不死川の斬撃でバラバラにされる。

 

「ぐっ……!」

 

影満は転がりながら場を離れ、体勢を立て直す。

 

(くそっ………噛まれた!!)

 

鮮魚の麻痺毒が、血管に入った。

 

「おいぃ!立てるかぁ!?」

 

「すまん!なんとか!」

 

指先が痺れるが、まだ戦闘は可能だ。

日輪刀も長さが半分になってしまったが、残った刀身の切れ味は落ちていない。

 

「俺はまだ!やれる!!」

 

「おお、死ぬまで戦えボケぇ」

 

不死川なりに影満を鼓舞する。

玉壺は高らかに笑った。

 

「ヒョッヒョッヒョッ!!!

どうかねこの「神の手」の威力は!

この拳に触れられたものは全て!愛くるしい「鮮魚」に変わるのだ!

どうだ恐ろしかろう!!」

 

不死川は風の呼吸・漆ノ型、『勁風・天狗風』によって、影満の折れた刀身に風を纏わせた。

 

「不死川!ありがとう!」

 

「一つ貸しだぜぇイカレ野郎」

 

不死川は自らの刀で、右腕に斬り傷を入れた。

刀身に血が通い、伝っていく。

緑色の刀身に、怪しい血の光が上乗せされた。

 

「行くぜェ」

 

不死川は不敵に笑い、刀を構えた。

玉壺も彼の行動が理解できず、嘲笑した。

 

「ヒョヒョ!何をしている?血で切れ味でもあがるのかぁ!?」

 

そう言うや否や、『陣殺魚鱗』による広範囲攻撃を再開した。

目まぐるしい体当たり、そして触れたものを鮮魚に変える特殊能力!

玉壺は勝利を確信している!

 

不死川は血を乗せた風の斬撃を繰り出す!

 

風の呼吸・肆ノ型

『昇上砂塵嵐』!!!!

 

斬撃が玉壺を斬るが、鱗の防御力は高く、腕や首を切り落とすまで深くは切れない。

 

「ヒョッヒョッ!無駄な足掻きを………を?」

 

その瞬間、玉壺の動きがガクリと鈍った。

 

「ヒ、ヨ??????」

 

動きに規則性が無くなり、千鳥足のように跳ね回ってる。

これでは陸に打ち上げられた魚のようだ。

玉壺は困惑し、冷や汗を流している。

体内の血が急速に回り、意識が浮かんだり沈んだりする。

 

(視界がかすみ、手足が震える………

これは………酔っている、のか???)

 

酒に酔う感覚が最も近い。

戸惑う玉壺に、風の斬撃は容赦無く襲い掛かる!!

 

風の呼吸・捌ノ型

『初烈風斬り』!!!!!

 

不死川が擦れ違いざまに、玉壺の右腕を、肩口から斬り落とした!!

 

「ギ、ぎぃぃぃやあああああああああああああああああ!!!??」

 

金剛石よりも硬いと自負していた鱗は、不死川の斬撃によって両断された。

 

(なんだ!?一体、何がおきているというのだあぁぁぁあアあぁあああ!!???)

 

「ありがとなァ」

 

狂乱する玉壺に、不死川が悪役の笑顔を向ける。

 

「わざわざ「腕が能力の源」だって教えてくれてよお」

 

だから俺はぁ、と前置きし、不死川は息を大きく吸う。

 

風の呼吸・伍ノ型

『木枯らし颪』!!!!

 

上段から一気に切り落とす斬撃!!

これで玉壺のもう片方の腕も斬り落とした!

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 

「腕だけ斬れば安心って訳だぁ」

 

強さを誇示したつもりが、逆に弱点を露呈してしまったのだ。

 

「き、貴様の血があああああああ!!!

汚ならしい血がああああああああ!!!!」

 

両腕を失った玉壺。

自身に起きた体調不良の原因が、おそらく不死川の『血』にあるのだと勘づいた。

だがもう遅い。

 

鬼を酩酊させ、動きを鈍らせる『稀血』。

特異な稀血の中でも、さらに稀少で有効的な血の効果。

不死川は稀血の持ち主だったのだ。

 

だが、憤怒の不死川は、それを説明する時間すら惜しいとばかりに、玉壺を殺しにかかる!

 

「死ね!!」

 

不死川が首を狙う!

 

「まだだ!!!!」

 

玉壺は起死回生の秘策がある。

切り落とされてしまった両腕だが、その断面から尻尾を生やし、即席の鮮魚として生き返らせる!

そのまま空中を泳いで不死川の脇を突けば、そこで決着がつく!!

不死川に「神の手」が迫る!

その時、空気が陽炎のように揺らめいた。

 

 

陽炎の呼吸・伍ノ型

『幻竜』!!!!!

 

 

陽炎のようにフラリと姿を現した影満。

風を纏った強力な突き技は、玉壺の「神の手」をズタズタに突き刺し、斬り刻んでしまった。

 

目の前で誇りを破壊された玉壺は、涙を滝のように流しながら絶叫した。

 

「わ た し の 神 の 手 があああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

その神の手の底力か、拳に「触れた」自身の血を鮮魚に変えて、影満と不死川に襲い掛からせた。

無力化したと思った神の手が、まさかの捨て身の特攻となったのだ。

 

「ちぃ!!」

 

大技を打った後の二人は、後ろに下がって防御する。

 

(くそっ!『ゆらめき』で叩き落とすのが正解だった!!)

 

影満は己の失敗を恥じた。

わざわざ切り裂く必要は無かった。

不死川への妨害を止めればいいのだから、神の手を遠くに蹴飛ばすだけで良かったのに!

 

「あと一歩で!!」

 

それでも影満は自暴自棄になったりはしない。

失敗は取り返す。挽回すればいい。

「神の手」は無くなったのだ。次の攻撃で仕留められる!

 

玉壺は全身から壺を出現させた。

 

「んあああああああああああ!!!!!」

 

自身の全てをさらけ出すかのように、身体を海老ぞりにして、壺から鮮魚の群れを吐き出す。

 

『一万滑空粘魚』(いちまんかっくうねんぎょ)!!!!

 

影満と不死川は念魚を切り裂いていく!

 

「呑み干せえ!!!!」

 

玉壺は上空から、超巨大な鮫を出現させる!

それは、鮫嵐の中心で、影満と煉獄を襲った、鮫達の集合体!!

 

『星呑みの大鮫』!!!

 

その巨体の影が、影満と不死川の顔を覆う。

二人は目を見開いた。

上空から大口を開けて落ちてくる鮫。

まさに絶望と形容するしかない光景。

 

「ぐっ!!」

 

万事休すか、二人が回避しようとしたその時、一陣の風が吹いた。

それは星呑みの大鮫をすり抜けていく。

 

風の呼吸・拾ノ型

『神風』

 

縦に一刀両断される星呑みの大鮫!!

その巨体はパックリと綺麗に切断された!

「斬ったという結果」を作り出す、神域の斬撃。

 

血の雨が降り注ぐ。

不死川は唇を吊り上げて叫んだ。

 

「匡近ァ!!!」

 

森の木々の先には、兄弟弟子である粂野匡近が、居合いの構えを取っていた。

視界に入っていれば、どれだけ距離が離れていても切断可能な技。

まさに星呑みの大鮫を切り裂くのに最適な大技だ。

 

鬼殺隊の増援。

玉壺は形勢が一気に不利になるのを感じた。

 

(こんな無教養の猿どもにぃぃぃ………!この私の作品と神の手を破壊したクズどもにい!背を向けることなどおおおおお!!!)

 

玉壺が自身の意地と矜持を捨てきれず、逃走という選択肢を取れずにいた。

その時、玉壺の背後に、流星のように大きな衝撃音をたてて、何者かが落下してきた。

 

「!!?」

 

あまりの衝撃派に、玉壺は顔を歪める。

山を揺らすほどの勢いだった。

土煙の中から、炎のような男が姿を現した。

 

「煉獄さん!!!!」

 

影満が叫んだ。

鬼殺隊・炎柱『煉獄杏寿郎』が、この場に到着したのだ。

 

「奴は上弦の鬼です!!」

 

煉獄は影満の表情を見た。

瞳の奥に、強い怒りを感じる。

いつもとは雰囲気が違う。

 

(あの影満が本気で怒る相手………この禍々しさ。なるほど、これが上弦の鬼!)

 

煉獄は透き通る世界の視点で、玉壺の姿を見た。

 

「むう!なんと奇怪な!貴様が鮫嵐の親玉か!!」

 

煉獄は玉壺の異様な姿に、いつもより大きく目を見開いた。

全身は腐敗した魚の肉や眼球が押し込められ、肉体を形作っている。

周りを浮遊する壺の卵。

時空を歪めて、異空間を作り出す壺の中身。そこにはぎっちりと、異形の魚達がひしめき合っていた。

見ているだけで気持ち悪くなりそうだった。

 

対して玉壺は、煉獄から溢れ出す炎のような闘気に気圧され、畏怖した。

 

(こ、こいつは………強い!!

この私が居竦むほど!!)

 

玉壺は即座に、自分の持ちうる全ての力を使わねば、煉獄を止めることはできないと理解した。

 

煉獄と粂野が加勢に駆けつけ、この場に四人に鬼殺隊士が集まった。

影満は言葉の力を信じている。

だからこそ、自分や仲間を鼓舞する自己暗示として、叫んだ。

 

「四対一だ!!!!!」

 

炎と、陽炎と、二つの風が、玉壺に同時に襲いかかる!!

玉壺も己の切り札をさらけ出した。

玉壺を中心として、数えきれないほどの「壺」が出現する!!

 

「これが私の!!!!全ての作品だアああああぁアぁああぁあぁあ!!!!!!!」

 

玉壺が壺の中に所有している、全ての使い魔、364461体を一斉に召喚する大技!!

 

最終奥義・『魚神の呼び声』!!!!

 

三十六万匹の魚介類の大行進!!

まさに魚の百鬼夜行!!

 

鬼狩り達は全身全霊の力で刃を振るう!!!

 

炎の呼吸・玖ノ型

『煉獄』!!!!!!

 

陽炎の呼吸・玖ノ型

『影満』!!!!!!

 

風の呼吸・玖ノ型

『韋駄天台風』!!!!!

 

風の呼吸・拾ノ型

『神風』!!!!!!

 

皆がそれぞれの奥義を繰り出す!!

煉獄の全てを消し炭にする破壊力の斬撃が!

影満のこの場全てを自身の影で満たすほどの連続斬撃が!

不死川の四肢を台風のように暴れさせ、目にも止まらぬ速さでの斬撃が!

粂野の有象無象の区別無く、全てを両断する斬撃が!

 

圧倒的物量の魚の群れを切り刻んでいく!!!!

 

「「「「おおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」

 

腹の底から声を上げる!!

凄まじい轟音と斬撃音!!

乱れ舞う使い魔魚介類!!

血飛沫と鱗が星のように煌めく!!

 

「むん!!!!」

 

煉獄が『魚神の呼び声』を突破する!

次いで不死川も突破した!!

二人の刀が玉壺を狙う!!

 

玉壺は壺から、人間の子供を取り出した。

「使い魔」は全て出したが、「人質」はまだ残っていたということだ。

突き飛ばされてきた子供を、煉獄は咄嗟に抱き止めた。

その横を、不死川が走り抜ける。

 

「少年!大丈夫か!?」

 

煉獄が少年の身体を、透き通る世界で認識する。

少年の体内、心臓の横に、禍々しい魚の卵が寄生しているのが見えた。

 

(まずいーーー)

 

煉獄は即座に危機を察知した。

この卵は、少年の命を吸って生まれてくる!そして油断した煉獄を喰い殺す罠なのだ!

 

「御免!!!」

 

煉獄は詫びの言葉と共に、日輪刀で少年を刺した!

 

「煉獄さん!!??」

 

煉獄が一般人を殺傷するはずがないと分かっていても、かなり衝撃的な光景だ。

煉獄は少年への傷と苦痛を最小限に抑えつつ、体内の卵を刃先で突き刺し、そのまま引き抜いて摘出した。

 

刃先の卵が、少年の体内から出た瞬間、大きく弾けた。

煉獄は少年を影満の方へと投げる!

 

「むう!!」

 

少年を庇った煉獄は、卵から孵ったイソギンチャクの化け物に巻き付かれ、拘束された。

触手は煉獄の四肢をがっちりと掴み、煉獄の日輪刀を遠くに放り投げた。

 

「煉獄さん!!!!」

 

影満が顔を青ざめさせて絶叫する。

 

不死川は玉壺の首を薙ぎ払った。

しかし、首を斬りきる瞬間、玉壺は頭から「壺」を被った。

 

「な、にぃ!?」

 

首を斬られる瞬間、首だけを壺の中に収容し、転移させたのだ!

影満が煉獄に気を取られ、どこに転移したか指示がない!

影満に代わり、少年の止血をしていた粂野の背後に、玉壺は出現した。

 

「『黒門壺』」

 

首と壺だけになった玉壺は、黒塗りの壺を取り出した。

その壺は、掃除機のように全てを飲み干そうと吸い込みをかけてくる!!

少年の身体を抱き寄せ、粂野は奥義を繰り出す!!

 

風の呼吸・拾ノ型

『神風』

 

神域の風が黒門壺を両断する!

その瞬間、黒い穴は制御を失い、大きくなって吸引力を増した!

周りの木々や岩までもが吸い込まれていく!

 

「うっ、わ!!!」

 

粂野は地から足が離れ、少年と共に黒い穴に吸い込まれてしまった。

 

「匡近ァァァァァァーーーー!!!!」

 

不死川が目を充血させながら叫ぶ!!

玉壺は狂ったように笑った。

 

「ヒョッヒョッヒョッヒョッ!!!

無駄だ!!『黒門壺』はこの世のどこか、宇宙の穴へと繋がっている!!

こうなってしまえば、この私ですら制御できん!」

 

鮫嵐が外側に拡散する力ならば、ブラックホールは内側に閉じていく力。

この世の終わりのような光景が広がる。

山肌を抉り、どんどん周囲を吸収していく黒門壺。

玉壺の血鬼術だが、既に玉壺の力の越えていた。

 

『この世の理に反する』のが好きという、玉壺の歪んだ願望が具現化し、暴走したような血鬼術。

 

不死川の背後から、首を失った玉壺の胴体が、水の壺に姿を変えた。

 

「!!!」

 

そのまま匡近に気を取られた不死川を包み込む。

黒門壺に吸い込まれまいと踏ん張っていた所を狙われた。

即座に水の壺を斬ろうとする不死川。

しかし、その水の壺の上から、さらに幾重にも水の壺を被せていく!

まるでマトリョーシカと呼ばれる外国の玩具のように!

 

『五重・水獄鉢』(ごじゅう・すいごくばち)!!!!!

 

不死川は口から空気を吐き出した。

 

(ぬかった!!!出られねえぇ!!!)

 

そして、影満は地に膝を付いていた。

 

「あ………れ………?」

 

視界が霞む。

粘魚に噛まれた麻痺毒が回ってきたのだ。

 

(動け………動け動け動け動け!!!)

 

影満は必死に自己暗示を繰り返す。

やっとの思いで立ち上がった影満を、玉壺の飛び蹴りが容赦なく叩きこまれた。

 

その勢いは凄まじく、遠くの木の幹に叩きつけられ、吐血した。

 

「ガッッッ ハッ!!!??」

 

影満は地面に倒れ伏す。

顔をずりずりと動かし、煉獄を見る。

 

煉獄は海魔に拘束されたままだ。

 

煉獄杏寿郎 戦闘不能

不死川実弥 戦闘不能

粂野匡近  戦闘不能

 

虚淵影満………戦闘不能

 

「題目は『絶望』」

 

玉壺はニッコリと黒い笑みを浮かべる。

 

「こんな具合で、如何かな?」

 

この状況そのものが、玉壺の作り出した『芸術品』なのだ。

 

二度と戻ってこれない粂野。

溺死を待つばかりの不死川。

海魔に生殺与奪の権を握られた煉獄。

無様に地を這う影満。

 

鬼殺隊は敗北した。

 

「まだだ!!!!まだ!!!!」

 

影満は顔を歪めながら叫んだ。

額には汗が玉になって流れている。

震える手で、腰にくくりつけた『刀』を握る。

 

(煉獄さん………使わせてもらいます!!)

 

それは『煉獄の刃』。

煉獄の予備の日輪刀である。

煉獄の部下である影満が、常に持ち運んでいるのだ。

 

「んんー?さてはコイツだなぁ?貴様が崇める『芸術品』はぁ」

 

玉壺が品定めするように、煉獄の顔をじろじろと見つめる。

煉獄は鋭い目で睨み返した。

 

影満は煉獄の刃を杖のようにして、痺れる身体に鞭打ち、なんとか立ち上がった。

足は生まれたての小鹿のように震えている。

鬼殺隊最大の武器である「呼吸」すら覚束ない。

 

「煉獄さんを………離せ」

 

「ヒョッヒョ!やはりそうか!ではでは!貴様の大好きなレンゴクサンを、私が美しく改造してやろう!

貴様の目の前で!!!!」

 

玉壺は煉獄の頬に、ベロリと舌を這わせた。

 

「むぐ……!」

 

煉獄は気持ち悪そうに顔を歪める。

 

「やめろ!!!!!」

 

影満は煉獄の刃を握りしめた。

 

 

 

 

さあ、虚淵影満。

お前の「煉獄さんへの愛」が本物ならば。

 

ここから逆転してみせろ!!!!!!!

 




ライブ中継を見ている無惨様
「無理だろ」

作者「いや無理か分かんないだろやってみなきゃさぁ!!」

案の定大ピンチに陥ってしまう影満。
ウェーーイ影満くん見てるぅー?みたいな状況。
果たして影満は煉獄さんを救うことができるのか!?
ここから一発大逆転の秘策!お待ちしてナス!!
(急募・ここから逆転する未来)

偽夏油=玉壺説すき。
半天狗=パワーちゃん説の次に好き。

チェンソーマン好きすぎて自作にも玉壺の使い魔として登場していただくことに。
チェンソーウイングカッター好き。
これが風の力だァ!!!

玉壺の神の手の能力、原作で読むとギャグでしたけど、よくよく考えたら強すぎるよね。
初見で対応できっこない。

刀に鬼対策の血を塗る不死川さんかっこいい。
blood+かな?
音無小夜ちゃん大好き。

不死川さんの稀血、他の上弦の鬼相手ならもっと効果あったよね?という感想が今回の参戦理由だったりします。
ビチビチ飛び跳ね攻撃を酔わせて封じるの凄い。

倒すのに柱三人は必要とされる上弦の鬼。
柱クラスの実力者四人が一堂に会する奇跡。
これは勝ったな。風呂入ってくる。

いや実際、鬼滅の世界はどこに鬼が出るか分からない上、被害が広範囲に出ているため、実力者達は分散して闘うことが多く、戦力集中ができにくい。

この四人が集まれたのは本当に奇跡。

子供の体内から海魔が飛び出るってそれFate/Zeroのジルドレさんの戦法なんじゃあ………(ガクブル)

水着美女(死体)も登場したし、今回は言うこと無し!

次回、影満、死す!!!(大嘘)


最後に、鬼滅最終話を読んだ私。


と、ととととと、とぅ………と

桃 寿 郎!!!!!!!!!!

ア゛ッッッッッ!!!!!!(浄化)


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幻陽赫刀

あらすじ

玉壺VS影満、不死川!
電気鋸男との死闘!!
煉獄、鮫の腹の中で生きてた!
玉壺の卑劣な罠により、全員が戦闘不能に!
煉獄が捕まってしまう!

影満!奇跡をおこせ!!


「髪の色が気に入らないですねェ」

 

上弦の鬼「玉壺」は、海魔で拘束した煉獄の髪に噛みつき、髪のふさを乱暴に引き抜いた。

 

ブチブチブチィッ!!

 

身の毛のよだつ音がして、煉獄の金と赤が特徴的な髪が千切られる。

玉壺がぞんざいに吐き捨て、煉獄の髪がハラハラと地に落ちた。

頭部の肉まで纏めて抜かれたため、血が滲み出て、顔に垂れてきた。

 

「てめぇえええぇええぇえええエええええぇぇえッッ!!!!!」

 

影満が鬼の形相で叫ぶ。

愛する煉獄が、目の前でなぶり殺される。

自身は粘魚の毒が回り、立つので精一杯。

煉獄の予備の刀を杖のようにして、ただ叫ぶことしかできない。

 

「ヒョッヒョッ!負け犬の声は大きいですねぇ。それもまた良し!」

 

パチパチと頭部の手を叩く玉壺。

胴体を失った玉壺は、今や首から上が壺の上に乗っているだけで、彼に戦闘能力はない。

しかし戦える者もいないため、玉壺がこの場の主導権を握っている。

 

「炎のような頭髪……いやはや趣味が悪い!見ているこっちが渇いてしまう!」

 

そう言うと、蟹のはさみを取りだし、煉獄の耳元でシャキシャキと鳴らした。

 

「伐採だ」

 

出鱈目にハサミを振るい、煉獄の髪をズタズタに切り裂いていく。

 

「や゛め゛ろ゛オ゛おおぉ゛おおお!!!!!

な゛に や゛っ゛ てん゛だ テメ゛え゛ええ゛えええ゛え゛ええ゛ええ゛えええあァ!!!!!!!!」

 

影満は痺れる身体に鞭打ち、走り出す!

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

しかし、身体は思うように動かず、痙攣して固まり、棒のように倒れた。

 

「ぐっ!!………ご」

 

顎から地面に倒れ伏す影満。

それでも煉獄の刃だけは手放さない。

その刀身は影満の目の前にあり、彼の目が映っていた。

 

「ヒョヒョッ!うるさいうるさい。……それに引き換え、あなたは静かですねぇ」

 

煉獄は口を真一文字文字に固めたまま、無言と無表情を貫いていた。

その煉獄の頬に、鋏で斬り傷をつける。

 

「さてさて、どう料理したものか………手持ちの魚達も放出してしまいましたし、この腹の中で養殖するというのも良し。ヒョッヒョッ!」

 

煉獄は不敵に笑った。

 

「散髪は終わりか?」

 

玉壺は煉獄の下唇を、鋏の刃でジャキリと斬り裂いた。

縦に切り裂かれた唇から、鮮血が流れ出る。

常人なら飛び上がるほど痛いだろう。

しかし煉獄はピクリとも反応しない。

代わりに影満が声を枯らして絶叫した。

 

「ア゛ぁあ゛ああ゛ああ゛あ゛ああ゛ああ゛!!!!」

 

森を揺るがすほどの叫び。

もし影満が鬼となったら、このような異形の表情になっていただろう。

 

「ええ、ええ。散髪なんて適当でいいのですよ。肝心なのは、貴方の苦悶の声を!あの男に聞かせることなのですから!」

 

玉壺は海魔を操作し、煉獄の右手に触手を伸ばした。

指を絡め取ろうとする動きに、煉獄は拳を握り絞めて抵抗する。

ギリギリと力勝負を続け、やがて煉獄の人差し指を掴んだ。

 

バキリ、と斜め方向に折り曲げた。

 

「………………」

 

煉獄は顔色一つ変えず、

 

「ヒョッヒョッ!全く声もあげないとは!なかなか根性がありますねえ!」

 

その光景を見ていた影満は、痙攣するように震え、食い縛った歯の間から嗚咽が漏れた。

 

「いい゛いぃ゛いい゛ぃい゛いい゛いぃ゛ぃいい!!!!」

 

目を充血させながら怒りの声をあげる。

身体は電流を浴びているかのように痙攣していた。

口から泡を吹き、手は煉獄の刀を握りしめる。

 

(煉獄さん!!!)

 

いよいよ身体の自由が効かなくなってきた。

最早立つことすら出来ない。

肉体は限界を迎えている。

 

そんな影満が這いつくばる姿を見ながら、玉壺はニヤニヤと笑った。

そして煉獄に向かって、小さな壺を差し出す。

 

「喉が渇いたでしょう?」

 

そう言うや否や、小壺を煉獄の口に押し付けた。

 

「ぐぉぶ!!」

 

煉獄の口へ、大量の水が流し込まれる。

常人が飲む水の量をはるかに越えている。それが濁流のように流し込まれるのだ。

生理反応として、煉獄は嗚咽を漏らす。

 

「ヒョヒョ、安心してくださいねぇ!毒なんて入っていませんよ!これはただの海水、塩水です。飲めば飲むほど喉が渇くでしょうがねえ!ヒョッーーヒョッヒョッ!!」

 

「ごぉ………ぶっ、ぐぼぉぉオぉォオオオッ!!!!」

 

臓物が破裂するほど海水を飲まされる煉獄。

目は限界まで開かれ、充血している。

それを絶望の表情で見つめる影満。

 

(あぁぁぁ………………煉獄さん、煉獄さん………煉獄さん!!!)

 

夏場に外に出された氷のように、ドロドロに溶けていく影満の表情。

毒の影響で視界が黒く狭まっていく。

結局、地べたから起き上がることすら出来ず、煉獄がなぶり殺されるのを見ているだけ。

 

肉体は限界を迎えている。

そんな影満にできることは。

 

(煉獄さん)

 

心の中で

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

煉獄さんと唱えることだけだ。

 

(煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん)

 

影満は己の全てを、煉獄さんと唱えることに費やした。

 

 

その手に握られた煉獄の刀が、ギシリと軋んだ音を出した。

 

「吐け!!!!」

 

海魔が煉獄の腹を殴り付ける!

衝撃で、煉獄は流し込まれた海水を一気に吐き出した。

 

「うぉぐぼぉおぉおっおおおぉおおお!!」

 

胃液混じりの海水をベシャベシャと吐き出す。吐瀉物のツンとした匂いが広がる。

 

その吐瀉物と海水と泥が混じった地面に、煉獄の顔を叩きつける。

水面がはぜる音が響く。

 

「母なる海の水を吐くとは!なんと恩知らずな!これは命の源ですよ!?あの憎き日の光すら、広大な海の底には届かない!まさに桃源郷!最も安全な避難所なのです!!」

 

海底こそ鬼の生息圏だと熱弁する玉壺。

煉獄の頭をぐりぐりと押し付ける。

煉獄の端整な顔が、吐瀉物と泥で汚れる。

それでも、煉獄の目は死んでいなかった。

 

「ヒョッ!頭が空っぽでは理解できませんか。ならこうしましょう!

頭蓋骨を割って、中の海綿状のスカスカ脳ミソを取り換えるのです!どうです!?いいでしょう!

代わりに数億の卵を産み付ければ、命の尊さが分かるかもしれませんよ!?ヒョッヒョッヒョッヒョッ!!!」

 

ギシリ……

 

どこかから聞こえる鉄の異音。

その騒音をかき消そうと対抗するように、玉壺は声の音量を上げる。

 

「そうだそうだ!あの男と脳ミソを交換してみてはいかがです!?お互い尊重し合う者同士、お互いの身体と視界を共有できるのですよ!?素晴らしいでしょう!ああ勿論、脳髄は生きたまま新鮮な状態で保ちますので!養殖とはいえ生きていられるのですよ!ヒョヒョ!塩漬けよりはいいでしょう!いやそれもまた良い!!」

 

ギシ、ギシ、ギシ………

 

鉄が捻り曲がるような歪な音。

玉壺には、それが不快で堪らない。

見ないふり、聞こえないふりでやり過ごそうとしている。

無意識に、その音を避けていたのだ。

だが、その音が気になって仕方が無い。

 

鬼にとっての『根源的恐怖』が、その音には含まれていた。

 

「ああそうそう!!貴様らが必死になって壊していた『鮫嵐』なんですがねえ!あれは幾らでも作れるものなんですよ!ほら!!」

 

そう言うと、玉壺は『嵐の壺』を出現させた。

 

「ヒョヒョヒョ!!この通り、成長させる手間さえ掛ければ、あの規模の鮫嵐、何度でも起こせるのです!つまり貴様らの奮闘は茶番!無駄な努力だったと」

 

ギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシギシ!!!!!!!

 

いよいよ玉壺の声すら塗り潰す音量となった。

これには堪らず、玉壺も顔を上げた。

 

「ええい五月蝿い!!!なんだというのです騒がしい!!!」

 

地面に倒れた煉獄は、その大きな目で彼を見ていた。

 

「影満………?」

 

影満は直立していた。

顔は影になっていて、その表情は窺えない。

陽炎のようにぼんやりと、すぐ消えてしまいそうな立ち姿。

揺らめく身体が握っているのは、明々と輝く煉獄の刀。

 

圧倒的な存在感を放つ、赤い日輪刀。

 

その刀身は、『赤』よりもさらに濃縮された、『赫』と形容する色に変化していた。

 

(陽炎通心ーーー!?)

 

煉獄はその異常事態の原因を即座に理解した。

 

影満には、他者の心に幻影を映し出す特殊能力がある。

自身の想いを、念を、他者の心に流し込むのだ。

影満の煉獄を想う気持ちが成せる奇跡。

 

影満は、『煉獄さんへの愛』を、煉獄の日輪刀に注ぎ込んだのだろう。

影満という怪物の、膨大な感情を、あの細い刀身に送り込んだ。

 

影満の精神は異常だ。その「念」は他者を呪い殺すことすら可能なほど強力で、歪な力。

一念岩をも通す。

影満の精神力は、万力の握力よりも強く、日輪刀を圧縮し、物理的な影響力となり………

 

日輪刀を赫く変色させた!!!!

 

それは鬼を殺す最強最上の武器形態!!

 

『赫刀』!!!!!!!!

 

影満が人類で初となる、『精神力のみでの赫刀発現』を成し遂げた!!!!!!

 

それは人類にとっての夜明け!!

希望の福音となる!!!!!

煉獄はその姿を瞳に焼き付けた!!!

 

 

対して、鬼である玉壺は『赫刀』を見て、「存在しない記憶」が沸き起こった。

 

 

ーーーこの程度か、呼吸を使う剣士とやらも。

 

(ヒョッ!?無惨様!?)

 

それは、鬼の始祖である、『鬼舞辻無惨』の声。

 

ーーーなら、もう一人の『呼吸を使う剣士』も、大したことはないのだろう。見つけ出して殺すとするか。

 

玉壺の脳内に流れるのは、数百年前の、無惨の記憶。

 

竹が生い茂る石造りの道にて、無惨と、『その男』は相対した。

 

ーーー鬼を殺し回っているのはこいつか。私の手駒を随分殺し、気分を害してくれたな?

 

無惨の記憶から感じられるのは、慢心、嘲笑、そして楽観視。

 

自分が負けるはずがないと。

そんな発想すらないという自然体。

 

ーーーどれ、愚かな人間に、格の差というものを『分からせて』やるか………

 

無惨が力任せに腕を振るう。

それだけで、この世の万物は切断され、命を奪われる。

それがこの世の摂理であり、法則なのだ。

 

あの男は死んだ。

客観的に見ているはずの、玉壺ですらそう思った。

 

次の瞬間、日の光のように強烈な炎が舞ったかと思うと、全身に耐え難い痛みが走った。

 

ここからが、鬼の血に刻まれた恐怖と屈辱の記憶。

 

(ーーーーヒョ?????)

 

もはや玉壺では理解すら出来ない。

 

無惨は全ての脳と心臓を切断され、首をも斬られ、その場にペタリと座り込んだ。

 

(ーーーえ????む、無惨様?????????)

 

かろうじて首だけは押さえている、無様な死に損ないに落ちぶれた無惨。

全身が焼けるような怒りの感情に燃えるが、最早抵抗する力は無い。

 

その時、あの世界の法則を破壊する怪物が、目を光らせながら言ったのだ。

 

日の耳飾りの剣士が!!!

 

『失われた命は回帰しない 二度と戻らない』

 

死を超越した無惨に対して、『死』の不可逆性を説く。

それはつまり、『死』を届けてやるぞと脅迫しているのだ。

 

ーーー恐ろしい………

 

その時初めて、無惨は根源的恐怖、『死』を理解した。

いや、思い出したというべきか。

 

『生身の者は鬼のようにはいかない

なぜ奪う?なぜ命を踏みつけにする?』

 

ーーーならば何故、生身の人間であるはずの貴様が、鬼の王である私を倒す!?

 

無惨は不条理に対し、血ヘドのような怒りを吐いた。

 

ーーーこの………化け物!!化け物!!!化け物!!!!!!!!!

 

脳を破壊された無惨には、日の耳飾りの剣士を、化け物と形容することしかできなかった。

 

『何が楽しい?なにが面白い?』

 

ーーーこいつは、世の理を外れた力で………この私を追い込んで楽しんでいるのか!?

 

無惨は理解した。

この男の言葉は、『煽り』なのだと。

無惨を生殺しにし、煽って楽しんでいるのだと。

 

『命を なんだと 思っているんだ』

 

静かな怒りが燃え上がるのを感じた。

次の瞬間にはあの赫刀が振るわれる!!

 

その瞬間、無惨の『命』は、生きることへの最善策を選択した。

 

つまり、この場からの逃走を選んだ。

 

身体が爆散する衝撃と共に、玉壺の意識は現実へと引き戻された。

 

陽炎の呼吸、その型の中で、『壱ノ型』こそが基本中の基本となる技だ。

 

陽炎の呼吸は影満が産み出した。

その影満の基本といえば。

 

煉獄の元へと馳せ参じる。

 

それこそが影満の基本思考であり、本能なのだ。

 

ホオォ、と鯨の鳴き声のような呼吸音。

影満の目には、煉獄しか映っていない。

その瞳には煉獄の顔が浮かび上がっている。

 

影満は『赫刀』を構える。

 

陽炎通心によって産み出した赫刀。

影満による、影満だけの技。

その名も。

 

『幻陽赫刀』!!!!!!!!!!

 

影満は最後の力を振り絞り、一息に駆けた!!!

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

『鬼火・赫』

 

赤い炎の幻影と、鉄を引き裂く異音を引き連れ、影満は煉獄の元へと走った。

まるで光のような速さ。

 

「ヒッーーー」

 

玉壺は恐れをなし、煉獄から離れる。

だが影満は玉壺など眼中に無い。

 

影満は煉獄を拘束する海魔を、赫刀で一刀両断した。

その威力は凄まじく、勢いで煉獄まで宙に浮いた。

海魔は切断面から焼けるように焦げていき、一瞬で灰となって消えた。

 

煉獄と影満の目が合い、世界が動きを止める。

時間が限りなくゆっくり流れている。

 

「煉獄さん」

 

影満は清々しい笑顔で、煉獄の日輪刀を差し出した。

 

「あとは、頼みます」

 

煉獄はその言葉を全身全霊で受け止める。

 

「しかと」

 

煉獄は日輪刀を握る。

影満が繋いでくれた想いを、確かに握り締める。

 

「しかと受け取った!!!!!!」

 

煉獄の手に赫刀が受け継がれる!!!!

 

そして時は動き出す。

煉獄は幻陽赫刀を構えた。

影満は地面にベシャリと倒れ伏す。

 

玉壺は即座に逃走した。

壺の中に身を引っ込める。

逃げる先は数十キロ離れた場所。

壺の中に入った瞬間に、玉壺の不戦勝は確定した。

 

「むん!!!!!」

 

煉獄は赫刀を壺の中に突っ込んだ。

すると、ボコボコと水が沸騰するような音がして、勢いよく壺が弾け飛んだ。

そして、少し離れた場所から、熱湯に流されるように玉壺が現れ、地面を滑っていく。

 

「グゲエエエエエエッ!!????」

 

潰れた蛙のような悲鳴をあげる玉壺。

恐怖と混乱の極致にいた玉壺であったが、鬼の血は冷静に、この異常事態の原因を推測していた。

 

赫刀の特殊能力

『血鬼術の無効化』

 

まるで太陽の光だ。

日の当たる場所では、あらゆる血鬼術は消滅する。

 

玉壺の壺の中は、赫刀によって強制解除され、破壊された。

もう玉壺に壺による移動能力は残っていない。

 

「ば………こんの化け物がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

煉獄は進行方向にあった、水獄鉢に囚われた不死川の元へと走る!

内側から不死川が斬れなかった五重の水獄鉢を、果物を斬るかのように鮮やかに切断する!

ただの水と化した水獄鉢から、不死川が咳き込みながら放り出される!!

 

「グオホッ!!ゲホッゲホ!!」

 

口元を拭う不死川。

煉獄は粂野と人質の少年が吸い込まれた黒穴へと飛び込んだ。

これを見て笑ったのが玉壺だ。

 

「ヒヨッヒョッ!!愚かな!!そこは宇宙のどこかに繋がる穴!血鬼術とは別の次元にある!!赫い刀であろうと破壊は不可の………」

 

火山が噴火するような炎の濁流音と共に、黒穴が内側から一刀両断される!!!!

黒穴を破壊して、右手に赫刀を振り抜いた煉獄が飛び出した!!

その左手には、人質の少年を抱いた粂野を掴んでいる。

 

摂理の埒外を破壊する、正真正銘の化け物。

鬼の玉壺よりも、煉獄という人間の方が、よっぽど化け物ではないか。

 

空間の歪みが溶け、元に戻っていく。

煉獄は華麗に着地し、粂野と少年を、柔らかそうな草むらに放り捨てた。

 

形勢は逆転した。

最早玉壺に有利な点は一つも無い。

玉壺はキッと影満を睨んだ。

 

(あいつだ!!!!!!)

 

この一発大逆転劇は、影満から引き起こされたものだ。

特に、赫刀を発現し、維持し続けているのも、影満の力に違いないと推測する。

 

つまり、影満を殺せば、赫刀は消え去るかもしれないのだ。

 

赫刀さえ消えれば、『血鬼術強制解除』という反則技も使えなくなるはず!!

 

「キエエアアアアアアアアアア!!!!」

 

玉壺は身体を魚のように変えて、倒れている影満に飛びかかる!!

 

「糞ったれえええええ!!!!!」

 

不死川が全力で駆け付け、影満を掴んで攻撃を回避した!!

勢い余って木にぶつかる不死川と影満!

 

「キィイイィイイ!!!!!!」

 

高音の歯軋り、青筋を浮かべる焦燥の玉壺!!

鬼殺しの煉獄が、自身の奥義にて上弦の鬼を葬らんとする!!!

 

炎の呼吸・玖ノ型ーーーー

 

影満はギンと目を開いた。

煉獄が悪鬼滅殺する、最高最上の見せ場を刮目するために!!

 

ーーー奥義!!!!

 

玉壺は己の死を確信した。

だが同時に、起死回生の方法が目に入った。

 

『嵐の壺』だ。

 

直前に召喚した嵐の壺だけは、この場に留まり続けていた!!!

 

煉獄の刃が首元に迫る!!!!

 

ーーー『煉獄・赫』!!!!!!!

 

瞬間、嵐の壺が爆発した!!!

突風が煉獄、影満、不死川、そして玉壺に襲い掛かる!!!!

 

「むぐぅ!!!!!」

 

はるか上空に吹き飛ばされる鬼狩りの剣士達。

玉壺を取り逃がしてしまうと肝を冷やしたが、当の玉壺までもが一緒に飛ばされている。

 

森の景色が一瞬で遠退き、空を滑るように飛んでいく三人と一鬼。

玉壺の狙いが逃走でないとすれば、落下による殺害を試みたのだろうか。

 

煉獄が予想される着地点を見ると、そこには、闇夜と一体化した海が見えた。

 

玉壺の目的は、戦いの場の変更。

 

三人を海の中へと落とすつもりだ!!!

 

「海!!!!!」

 

煉獄が叫ぶ!!!!

玉壺のつり上がった笑み!!

 

呼吸を封じられる海中!鬼殺隊は不利!!

魚に変身できる玉壺が有利!!

まさに相手側の土俵!

 

その時、影満がズボンのポケットから何かを取りだし、煉獄と不死川に投げた!

 

「煉獄さん!!!!!(とついでに不死川)!!!!」

 

煉獄と不死川はそれを受けとる!!

 

海面が目前に迫る!!!!

 

「ここが貴様らの死に場所だ」

 

玉壺の嘲笑と共に、三人と一鬼は、夜の海へと飛沫をあげて飛び込んでいった。

 




これが最終回でもいいぐらいの満足感あります。
まあまだまだ続くんですけどね!

という訳で見事、一発大逆転を果たした影満。
それでこそ男や!!真の主人公や!!!
イヤッフーーーー!!!ブラボーー!!オオ!!ブラボーーーーーーゥ!!!!!

鬼滅の刃、原作では陰惨な弱者へのいたぶり、拷問、強姦などもたくさんあるはずなのに、読者へ配慮してか、そのようなシーンはふんわりカットしてますね。

個人的に一番強烈なのが、手鬼による真菰ちゃん四肢ぶちぶち発言。
しかもそれだけに止まらず「それから……」と言いかけてる辺り、少年誌ではとても描写できないエグいことをされてそう。

という訳で煉獄さんにも鬼による拷問シーンを書かねば!という鬼の血が迸った今回。
決して煉獄さんが嫌いになった訳ではないのですが、煉獄さんをいたぶるシーンは書いてて最高に楽しかったです!
もっとじっくりねっとり書きたかった………(欲張り)

指折られるのはどんな勇猛な男だろうと軍人だろうと痛い。泣き叫ぶよこれは………

しかし拷問に屈せず表情一つ変えない煉獄さん、やだ、高潔すぎ!惚れちゃう!(トゥンク………)

弱者の叫びは「やめろおおおお!!」よりもちょっと弱った「やめて………くれぇぇぇぇ………!」の方が好き。

望みが絶やされた、正に絶望的な状況にて、影満の煉獄ラブパワーが引き起こしたミラクル。

赫刀☆発現

対蝋屈戦でも不利をひっくり返してくれた、予備の煉獄の日輪刀。
そこに限界を越えた「煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん」を注ぎ込んでスーパー日輪刀へと覚醒するのホント大好き。

この流れは最終回用に暖めていたシーンでして、無惨強襲→影満役立たず→煉獄大ピンチ→煉獄を庇って影満瀕死→赫刀を発現、手渡して息絶えるという構想だったのですが、ヒャア!我慢できねえ!投稿だあ!!という我慢を知らない現代っ子っぷりを曝してしまった具合。

そもそも『赫刀』とは?

作者の結論としては、日輪刀に強烈なエネルギーを加えることで、刀身の猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石が性質を変える、あるいは『本来の性質』を発現することで赫刀となる。

エネルギーとは、作中のように『強く握って圧縮する』『日輪刀同士を打ち付ける』『爆血を纏わせる』などの他にも、

『電気を流す』『音速を越えて振るう』『虫眼鏡で日光を集中して当てる』なども通用するのではないかと思っております。
まあ常軌を逸した電力、速度、光量じゃないと発現しないと思うので、フィジカル最上の鬼殺隊としては、やはり上記二つが一番やりやすいのかもしれません。

さてさて、今回影満が引き起こしたのは、これらのどの方法とも違う、

『精神エネルギーを注ぎ込む』という頭のイカレた力技。

常人なら耐えられないほどの膨大な『念』、もはや呪いレベルの煉獄さんへの愛。
それを一点に集中することで成し遂げた奇跡。

これによって、
影満の『煉獄さんへの愛』は縁壱さんの握力と同等

ということが証明されてしまう。

お前頭おかしいよ………

世界の法則壊れちゃーう!

ま、細かいことはいいんだよ!
肝心なのは、

赫刀を持った煉獄さんによる無双!!
大進撃!!!!!
敵をバッサバッサと斬り払い、仲間達を次々救う煉獄さん!!!

最高やな!!!!!!!!!!

確かな手応えと満足感を噛み締めております。

これによって煉獄さん、透き通る世界、痣、赫刀と、いよいよ縁壱さんのステージに上る準備が整った状態。

あと玉壺の視界をライブ中継していた無惨様が椅子からひっくり返るのを妄想すると楽しいwwwwww
最悪のトラウマを、最凶に頭おかしい狂人によって原作再現されるのを見る無惨様wwwねえ今どんな気持ち?www

あと描写はしてないですが、煉獄さんが吐いた吐瀉物の上に自ら倒れこんでいく影満、気持ち悪いを通り越して怖いですね………

ホント頭おかしいよ………

玉壺の領域、海中にて最終決戦!!
鮫嵐編もクライマックス!!!

鮫と化した玉壺を討て!!!
待て次回!!!!!!!!!


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煉獄赫炎斬

あらすじ

玉壺による煉獄への拷問!!
影満、煉獄さんへの愛を日輪刀へ!!
幻陽赫刀発現!!!
煉獄さん無双!!

海へと落ちていく影満、煉獄、不死川!!
「鮫嵐編」最終局面だ!!!!!!


冷たい水の中へ飛び込んだ。

真っ暗な夜の海に沈んでいく。

空気の泡が視界を覆う。

塩水だろうと即座に対応し、目を開く不死川。

ゴポゴポと水流の音が耳に響く。

 

海に落とされた鬼殺隊三人を、玉壺の攻撃が襲う!!!

 

全身を鮫に変化させた玉壺!

その鋭利な鮫肌で体当たり!!!

 

超高速での遊泳!!

海中では人体より魚体の方が圧倒的に有利!!

 

ーーー血鬼術『陣殺鮫鱗』!!!!

 

夜の海中に、日輪刀と鮫肌がぶつかり合う火花が散った!!

 

(ぐうぅ!!)

 

不死川は全力で防御する!!

煉獄も赫刀で防御。影満は陽炎のような動きで回避した。

 

「ヒョヒョヒョヒョヒョ!!目に追えまい!動けまい!!息もできず、技も出せまい!

この玉壺の最後の力を振り絞った鮫形態!!とくと味わえ!!」

 

玉壺は勝利を確信していた。

血鬼術を無効化する赫刀は恐ろしいが、それよりも海中という絶対有利な場に移動した優越感が勝った。

 

なにより、玉壺の中の「鬼の血」が、赫刀の持ち主を殺せと怨念の呪詛を唱えている。

 

『殺せ、殺せ、殺せ…』

 

(勿論ですとも無惨様!!)

 

玉壺は使命感に燃えていた。

赫刀の使い手と、赫刀を産み出した者。そして赫刀を知った者。

この三人の鬼殺隊は生かして帰さない。

 

おそらく鬼殺隊は、この『赫刀』の存在を認知していない。

あるいは記録が失われ、忘れ去られている。

でなければ、皆が躍起になって赫刀を産み出そうとしたはずだ。

 

血鬼術を無効化する赫刀の情報を、他の鬼殺隊に共有させてはならない。

ここで殺し尽くし、闇に葬る。

それが鬼のため、無惨のため、自分のためになる。

 

(あの赫刀を破壊しなければ、私の壺も復活するか分からない!

それでは死活問題!!

私の芸術が世に送り出せなくなってしまうぅぅ!!)

 

玉壺は不死川に狙いを定めた。

 

(先ずは風の柱から仕留める!!)

 

風を纏わせる剣技も、水中では使えないと見た!

 

玉壺は海中を縦横無尽に泳ぎ回り、不死川の背後に回り込む!

人体を容易く削り取る鮫肌が、不死川を襲う!!

 

不死川は大きく空気を吸い込んだ!

 

『風の呼吸』!!!

 

振り向き様に刀を振るう!!

玉壺は驚愕に目を見開く!!

 

「ヒョッ!?」

 

弐ノ型 『爪々・科戸風』!!!!

 

四本の風の斬撃が、海水を切り裂きながら玉壺に傷を負わせる!

出血する玉壺!

対して不死川は舌打ちした。

 

(チィィ!やはり水中では射程が半減しやがるぅぅ!)

 

水中での戦闘を想定している『水の呼吸』とは違い、『風の呼吸』は水中で使える技が限られている。

その真価を発揮できるとは言えない。

 

玉壺は予想外の出来事に困惑した。

人間が海中で呼吸をできるはずがない。

だから呼吸を使う鬼殺隊は、手も足も出ずに死んでいくはずなのだ。

 

すれ違い様に不死川を凝視する。

 

不死川は『筒』のようなものを持っていた。

上端から生えた小さな竹筒から、僅かに気泡が漏れている。

 

(なんだあれは……!?)

 

不死川はニヤリと笑った。

 

(こいつはいい!!海中でも息が吸えるぜぇ!!)

 

不死川が手に持っているのは、中に酸素が圧縮された『空気筒』。

これ一本で、一回の深呼吸と同じ量の空気が吸える。

つまり、一度だけ全力の技が出せるということだ。

 

海に落ちる直前、影満から投げ渡された『空気筒』。

 

不死川はチラリと懐を見る。

 

影満から渡された空気筒は、3つ。

そのうち一つは玉壺への攻撃に使った。

海に落ちる前に肺に吸い込んだ空気は、最初の玉壺からの攻撃を防御することに使った。

 

つまり、不死川に残された行動回数は、二回。

 

(あと二発、技を撃てるか……いや、移動に一本は消費するか?

奴がまた近づいてくるとは限らねえ)

 

「攻撃」「防御」「移動」

 

どれかに呼吸を消費する。

行動できるのは二回だけ。

 

この戦い、短期決戦で決着となるだろう!

 

 

玉壺は冷静に空気筒を分析した。

 

(筒の中に空気が………ええい小癪な!

あれ一本で一度技を使えるというのか!?

奴等はあれを何本持っている!?)

 

海に落ちる時、影満が二人に渡したのだろう。

不覚にも、何本渡したのかは見ていなかった。

 

(いや、だが筒ほどの大きさ。

奴の袴の中に仕舞っていたとして、100本も持てるはずがない。

多くとも10本程度か………)

 

三人で均等に分けたとして、一人につき、三、四回は行動できるということになる。

 

「ヒョッヒョッ!ならば!!」

 

玉壺は結論を出した。

 

「呼吸を無駄使いさせるのみ!!!」

 

玉壺は海底に深く潜っていく。

鬼殺隊達も、玉壺を逃すまいと下に泳いでいく。

 

玉壺は海底にて、自身の血を広範囲に拡散した。

普通の魚や貝が、鬼の血を飲み込み、異形の怪物に変えられていく。

 

「さあ!!小魚ちゃん達!!鬼狩りどもを喰い散らかしてしまいなさい!!」

 

即席の小魚鬼の群れが、鬼狩り達に襲い掛かる!!!

 

「上等ォ」

 

不死川は決死の覚悟で、空気筒を「二本」同時に吸った。

肺を上質な酸素が満たす。

 

不死川は自身の身体を切り裂きながら、ぐるりと身体を回転させた。

 

風の呼吸・壱ノ型

『塵旋風・血迅』!!!!

 

横に蛇行する竜巻のように、不死川は海中を舞った。

小魚鬼達を斬り落としながら、自身の血を周囲に広げていく。

 

不死川の特殊な体質。

その血は鬼を酩酊させる『稀血』。

 

稀血で海水を染め上げていく。

玉壺は再び動きが鈍り、思考も混濁する。

玉壺と不死川、両者の流す血の海、赤い夜の海底。

出血と空気筒の使いきりにより、体力の限界が近づく不死川。

それを見て玉壺が笑う。

 

(ヒョッヒョッ!風の柱は空気を使い切ったか!ならば、やはり一人あたり三つの空気筒といったところ!)

 

煉獄は玉壺を追って移動した。

つまり空気筒を一つ消費。

ならばこちらも、あと二、三回行動させれば空気が枯渇する。

 

手駒にできる小魚達は全滅した。

あとは玉壺自身が手を下す。

 

(ヒョッ!炎の柱は無視だ!!)

 

玉壺は執拗に不死川を狙い続ける!

 

煉獄は強靭な脚力で海中を泳ぐ。

空気筒を消費し、玉壺に接近する。

 

『炎の呼吸』!!

 

さらに一つ空気筒を消費!

玉壺に赫刀を突き出す!!

 

伍ノ型・『炎虎・赫』!!!!

 

超強力な刺突!

灼熱の炎を纏った虎が、玉壺に迫る!

 

玉壺はヒレを操作し、後ろへ大きく飛び退いた。

通常の魚類には考えられない動き!!

 

ギリギリの所で、煉獄の攻撃を回避した!

そして身体を分離させ、鮫鱗を弾丸のように撃ち込む!!

 

血鬼術・『鮫鱗散弾』!!!

 

煉獄はそれらを全て弾き返した!!

 

(ヒョヒョヒョッ!!これで四回行動したな!!)

 

煉獄は「移動」に二本

「攻撃」に一本

「防御」に一本の空気筒を消費した。

 

(これで柱の二人は無力化した)

 

玉壺は煉獄の横をすり抜け、影満へと狙いを変えた。

影満と煉獄達は距離が離れている。煉獄達も、空気筒による息継ぎ無しで追ってくることは不可能だろう。

 

影満の空気を浪費させれば、最早彼らに戦う術はない。

溺死するのを眺めるも良し、なぶり殺すも良しだ。

 

玉壺の高速の体当たりを、影満はヒラリとかわしてみせた。

水流に乗った木の葉のように、水中を舞っている。

 

(小癪な!!)

 

玉壺は再度攻撃を仕掛ける。

しかし、それすらも回避される。

陽炎のように実態のない、捉え所のない動きだ。

 

(攻撃が当たらん……まるで蜃気楼のように、触れようとしても消えてしまう)

 

玉壺は影満の顔を見た。

その表情は、高揚しているようにも見え、安息の笑みのようにも見えた。

 

三度目の攻撃で、影満のズボンを掠めた。

その衝撃で、空気筒が2つ投げ出された。

 

(馬鹿が!!!!)

 

すかさず玉壺が空気筒を切り裂く。

 

(馬鹿め!馬鹿め!!大馬鹿だ!!!

命綱である空気の筒を、取り落とすなどと!!ヒョヒョヒョヒョ!!!)

 

「回避」に三回。

そして落とした筒が二つ。

これで影満が吸う空気は無いだろう。

 

玉壺は高速移動を辞め、口を大きく開いた。

鮫が大口を開いたような、底知れぬ闇の入り口。

 

攻撃が避けられるのならば、その周囲ごと飲み込んでしまえばいいだけのこと。

 

玉壺の異形の大口が、影満に迫る!!!

 

ーーーーーーーーーー

 

「後継をどうするつもりだ?」

 

良く晴れた昼下がり。

共に修行を重ねる中、煉獄が影満に尋ねたことがあった。

 

影満の『陽炎の呼吸』は『炎の呼吸』からの派生。

影満の編み出した我流である。

『炎の呼吸』や『水の呼吸』などの五つの基本の呼吸と違い、継承者の数は少ないだろう。

 

『陽炎の呼吸』を拾ノ型まで編み出した影満。

その技を「継子」に受け継がせる気はあるのだろうか。

 

「はい!煉獄さん!!

俺は陽炎の呼吸を、煉獄さんと共に戦うために練り上げました!

この技と心意気を、全人類に知って欲しいと思ってます!」

 

「そうか!!全人類と来たか!!これは魂消た!!」

 

スケールの大きさに驚く煉獄。

全人類に知らせるとなると、「後継」というより「布教」と言った方がいいかもしれない。

 

「しかしそうなると、全人類に呼吸法を伝授するのか!?」

 

「あ、いえ、はい!そうですね!それが一番なんですけども!」

 

影満は困ったように笑う。

 

「俺が伝えたいのは、勿論煉獄さんの強さもあるんですけど、その心のあり方なんです!

陽炎の呼吸は、煉獄さんの精神を奉るものにしたいんです!」

 

煉獄を炎神として崇め、感謝と畏敬の念を込める武闘法。

 

「俺は煉獄さんと一緒に闘うために、陽炎の呼吸を戦闘用に仕上げたんですけど………

なんていうか、闘うだけが陽炎の本質じゃないと思うんですよね」

 

「ほう!」

 

煉獄とて、影満の言わんとすることは分かる。

武の作法とはつまり、人としての礼節の極致。

煉獄が今まで学び、修行してきたことは、ただ強くなるだけではなく、人々を守るためだ。

戦いだけが全てではない。

 

「陽炎の呼吸を、煉獄さんの教えや生きざまと共に語り継いで欲しい。

そのために、「武」である必要はないと思うんです。

鬼のいる時代だから、戦わざるを得ないってだけで」

 

「もし鬼のいない平和な世界になったならば、伝承の仕方も変えると?」

 

「そうです!例えば「舞い」とか、劇とかでもいい」

 

武とは関わりのない一般人でも、手軽に陽炎の呼吸を実践できる方法を模索している。

 

「『陽炎の舞い』か!」

 

「いいですねそれ!いただきです!名前は『陽炎の舞い』で決定!」

 

その方法として、「舞い」として後世に伝えていくことを考えていた。

 

影満は刀を構える。

ホオォ、と鯨の鳴き声のような呼吸音。

 

鋭い踏み込みで、残像を残すほどの速い居合い斬り。

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

『鬼火』

 

地平線から差し込む朝日。

横一閃の斬撃。

 

陽炎の呼吸・弐ノ型

『陽光斬り』

 

夜海を跳ねるイルカのように、上空に飛び上がり、斬り下ろす技。

 

陽炎の呼吸・参ノ型

『透明炎』

 

幻を映し出す、竜の吐いた息のように。

柔軟で変幻自在な全方位攻撃。

 

陽炎の呼吸・肆ノ型

『蛟の息吹き』

 

現れては消え、猛威を振るっては沈黙し。

まさに竜の如き身体捌きの突き技。

 

陽炎の呼吸・伍ノ型

『幻竜』

 

煉獄の動きを模倣し、影満の心象風景を具現化する動き。

 

陽炎の呼吸・陸ノ型

『摩利支天』

 

半円を描くように滑り込みながら駆け抜ける。

 

陽炎の呼吸・漆ノ型

『日光時計』

 

相手の攻撃をいなし、受け流す技

 

陽炎の呼吸・捌ノ型

『ゆらめき』

 

地を自身の影で満たすほど、高速かつ密度のある動き。

 

陽炎の呼吸・玖ノ型

『影満』

 

そして、影満の心の中だけにある最終奥義

 

陽炎の呼吸・拾ノ型

『煉獄賛』

 

『煉獄賛』を撃つと影満は気絶してしまうため、軽く太刀筋をなぞるだけに留める。

 

これら十個の技を、陽炎の舞いとして伝授していく。

 

「普通の人でも踊れるくらいに簡略化したものと、武術にも転用可能なもの、そして呼吸法を会得していることが前提のもの。個々の実力に合わせて広めていけばいいと思ってます」

 

「ふむ、ならば、鬼と闘う呼吸法としては、どの程度で皆伝とする?」

 

陽炎の舞いをどれほど上手に舞えるかで、鬼との戦闘に通用するかを測れる。

 

「そうですね…生半可なことでは煉獄さんと肩は並べさせられない………

しかし、戦闘だけのために陽炎の呼吸を覚えるもの、少し違う……うーん」

 

影満は顎に手を当てて考え込む。

陽炎という現象の本質を考える。

 

「……陽炎とは、そんなに長い時間現れるものじゃない。

だから一晩中躍り続けるという試験法や、実際に戦闘で試すという試験法は間違ってる。

なので………」

 

陽炎は一瞬。

陽炎は目に見えて、触れられないもの。

 

「五分間、無呼吸で陽炎の舞いを躍り続ける。

これが『陽炎の呼吸』継承権の達成目標とします!!」

 

「息をするのを禁止か!五分間!それはなかなかキツイな!」

 

ワハハと笑う煉獄。

ただじっと息を止めるだけでも、五分間というのは長い。

そのうえ、陽炎の舞いの目に追えない高速かつ変幻自在の動き。

 

陽炎の呼吸を継承するには、とてつもない難関が待ち受けているようだ。

 

 

「無理に闘う必要はないんです。

ただ生き延びて、煉獄さんの教えを広めてくれればいい」

 

陽炎の呼吸の基本は、煉獄の隣に立ちたいという気持ち。

そしてその真価は、『回避』にこそ発揮される。

 

ーーーーーーーーーー

 

玉壺はどこかで道を間違えたかのような、言い様のない不安感に襲われた。

玉壺はその元凶である影満を見る。

 

影満は笑っていた。

玉壺を嗤っていた。

それは自分達の勝ちを確信した笑いだった。

 

玉壺は首を振るう。

 

(否ーーーただのハッタリ。痩せ我慢だ!私が間違うはずがない!何の見落としもない!私の勝ちは確定している!!

こいつは今ここで、殺す!!!!)

 

顎を閉じようとした瞬間、玉壺の背後から、火山の噴火のような勢いで、何者かが急接近してきた!!

 

炎の吐息が泡と共に吐き出される!!

 

煉獄杏寿朗が、玉壺の背後に回り込んだ!!!!

 

(馬鹿な!!!????)

 

玉壺は完全に予想外の事態に狼狽した。

煉獄がこんな激しい動きをできるはずがない。

そんな空気は残されていないはず……

 

煉獄の背後に浮遊する、今しがた吸ったのであろう空気筒の残骸を見て、玉壺は己の勘違いを理解した。

 

煉獄が今吸った空気筒は、五本。

先程の無駄使いさせた空気筒四本とは、別物!!!

 

(まさか……まさかこいつ!!!)

 

玉壺は影満を睨み付ける!!!

影満は唇を吊り上げて笑っていた!!!

 

(俺は煉獄さんに言ったんだ)

 

ーーーあとは、頼みます

 

そして煉獄は答えた。

 

ーーーしかと受け取った!!!

 

(俺の全てを背負ってくれた。

ならば、俺も自分の全てを煉獄さんに捧げる!!!煉獄さんの活躍を目に焼き付ける!!!!煉獄さんの魅せ場を作り出す!!!!!!そのためなら囮だろうと何だってやってやる!!!!!!!)

 

玉壺は単純明解、そして最高に訳の分からない答えにたどり着いた。

 

(こいつ!!!!息を吸っていなかった!!!!!!!!!)

 

陽炎の呼吸の継承者ならば、無呼吸での五分間遊泳が可能!!!!!

 

影満の『陽炎の舞い』の精度は、上弦の鬼の目すらも欺くものだった!!!

 

影満は『陽炎通心』にて、玉壺の心に大音量の声を叩きつけた!!!!

 

(煉獄さんに『空気』を全て託すぐらい!!!!!!

 

当 た り 前 だ ろ う がアああああああああぁあああぁああァあぁあああああぁああああぁあああああアアあああぁああぁああああぁあああ!!!!!!!!)

 

「こいつうぅうううううぅううううう!!!!!!!!!!!!!」

 

愚かにも玉壺は!!!!

最も警戒するべき煉獄から意識を外し!!!!

呼吸を必要としない影満に対し、呼吸の無駄使いをさせようと躍起になっていた!!!!

 

玉壺は知る由もない。

 

影満が落としたように見えた空気筒、あれは屍鬼山で煉獄が使った空気筒である。

 

煉獄が吐いた息を吸うという奇妙な性癖の派生として、煉獄の使用済み空気筒を収集していた!!!!!!!!!!!!

 

全ての空気筒を消費し、全身の血管に酸素が行き渡った煉獄!!

その身体は筋肉が膨張している!!!

炎のような吐息!!!

夜海に煌めく幻陽赫刀!!!!!

 

玉壺の敗因はたった一つ。

 

(頭 が お か し い の か!!??)

 

それに気付くのが遅すぎた。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

玉壺は叫ぶ!!

自分はこんな所で死んでいい鬼じゃない!!

もっともっと芸術品を世に送り出し!!美を追求し!!世界を彩らなくてはならない!!!!

だというのに、こんな、こんな訳の分からない輩に躓いて、自らの土俵の海中で死ぬだと!!??

 

あの恐ろしい赫刀で斬られるのだけは絶対に嫌だ!!!!!!

 

影満は特殊能力を発動する!!!!

 

『陽炎通心・眺天』!!!!!

 

陽炎通心は煉獄を想う気持ちが成し遂げた洗脳術。

それは上弦の鬼にまで作用する呪いと化していた。

 

陽炎通心『眺天』の効果は一つ!!

 

その術をかけられた相手は!!!!!

 

『煉獄を見ることしか出来なくなる』!!!!

 

自身の視覚!!!聴覚!!!嗅覚!!!

ありとあらゆる感覚、全神経、全細胞、全集中力、全身全霊を、煉獄にのみ向けさせる

 

究極の洗脳術!!!!!

 

恐怖を操る悪魔の業!!!!!!!

 

「あ!!!!!!!!あ!!!!!!!!!

あぁあ!!!!!!!!!

ああああアああぁああああああああああああああああああああああああイヤあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

自身を殺す赫刀を振り上げる煉獄の姿を!!!!!!!!!!!

 

「煉獄さんの勇姿を!!!!!!!!!

 

その魂に焼き付けろ!!!!!!!!!」

 

『炎の呼吸』・玖ノ型!!!!!!!

 

赫刀奥義!!!!!!!!

 

海の水を相手に、一本背負いを極めるように!!!

一帯の水までもが引っ張られ、押し流され、斬り裂かれる!!!!!!

 

煉獄は思いっきり赫刀を振り下ろした!!!!!!!!!!!!

 

 

『煉獄赫炎斬』!!!!!!!!!!

 

 

地獄の業火の如し、赫色の炎が!!!!

夜の海を朝日のように照らした!!!!

 

究極奥義にて首を両断された玉壺!!!

 

その断面から灼熱の亀裂が走り、玉壺を!!!

 

内側から大爆発させた!!!!!!

 

「ギャ゛ア゛ァアア゛アアア゛アア゛アア゛ァアアア゛アア゛アアア゛アア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアア゛アアアア゛アアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアァアアア゛アアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

玉壺が爆発四散!!!!!!

全身を灼熱の炎に焼かれ、灰すら残らない!!!!!!

 

不死川の稀血で鬼の血を。

煉獄の赫刀で血鬼術を。

影満の狂気で玉壺の狂気を。

 

全てにおいて上回った!!!!

 

煉獄とその仲間達による

 

 

完・全・焼・利!!!!!!!!!!!

 

 

その爆発の勢いは凄まじく、うねる海水は渦となり、影満達を呑み込む!!!

 

「煉獄さゴボボボボボゴボゴボゴボ!!!!!!」

 

「影みゴボボボボゴボゴボブクブクブクブクブグオボボッボグボボボボ!!!!!」

 

「息が……限界ッ…グボボボボゴボボゴボゴボゴボゴボアボボボボボボボッッ!!!!!!」

 

激しい水掻きの泡に包まれ、影満、煉獄、不死川は、夜明けの海へと流されていった。

 




勝ち確タイトル好き。
あとはもうどれだけド派手に玉壺を爆発四散させるかだけ考えればいいので、今回は書くの楽だし一層楽しかったですね(笑)


さてここで答えあーわせー♪

玉壺撃破の鍵となった空気筒の残数計算。

先ず海に落ちる前の所持数は

影満『10本』
煉獄『2本』
不死川『0本』

そして前回のラストで影満はどう分配したか

煉獄さん!!!に『七本』渡す
とついでに不死川!!に『三本』渡す。

これにより、海に落ちた後は

影満『0本』
煉獄『9本』
不死川『3本』

となります。

これを玉壺は
影満『3本』
煉獄『4本』
不死川『3本』と予想。

ここから玉壺による空気の浪費作戦が始まり、影満の回想シーンが入った時点で

影満『0本』
煉獄『5本』
不死川『0本』+大量出血

という状況になる訳でございます。

不死川の稀血による思考力の低下があったからこそ、玉壺が空気筒オールインの可能性に気付けなかったというのも密かなここ好きポイント。
やはり不死川の稀血は強い。便利。

ていうか五分間の無呼吸運動って最凶死刑囚の一人『スペック』さんかな?

原作よりも早い上弦の鬼の退場に、健康な御館様、無惨様など各方面のリアクションも気になるこの頃。

そして煉獄さんの魅力を理解しないまま死ぬことを絶対に許さない、影満の超絶洗脳術『眺天』。
煉獄を太陽の光に例える影満ならではのネーミングセンス。
太陽の光を眺め続けたら健常者ですら視力がやばい。
鬼にとっては尚更やばい。

顔をがっちりホールドして目線を反らさせない鬼畜の固定洗脳術。
感覚としては金縛りが一番近い。


炎の呼吸奥義『煉獄』×『赫刀』=

『煉獄赫炎斬』

うん、最高やな!!!!!!!!


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煉獄さんありがとうの会

あらすじ

空中戦、地上戦と来て、最後に海中戦!!
空気残量を計算しながらの高IQ対決!
影満の秘策発動!

煉獄さんがビシッと決めたあーーー!!!!
かっこいいいいいいいーーーー!!!!!!


淡い朝日が射し込む。

空は澄みきっていて、雲一つない。

嵐の明けた、穏やかな空気。

薄明に照らされた海は透明で、波はゆるやかだ。

 

ヤドカリのような小さな生き物が、濡れた砂浜を這っていく。

波打つ音と、遠くに海鳥の鳴き声が聞こえる。

 

静かで穏やかな、朝の海岸。

 

そこに、肩で息をしながら、一人の青年が歩いてきた。

黒い鬼殺隊の隊服。顔には爪の傷跡。

風の呼吸の使い手

『粂野匡近』である。

 

「ハァ……ハァ……ハァ………実弥、煉獄………影ちゃん!」

 

粂野と、他の三人の鬼殺隊は、鬼の上位格である上弦の鬼、玉壺と戦闘になった。

その後、玉壺の卑劣な罠により、粂野は異次元に飛ばされ、意識を失っていた。

あのままいけば、自分は帰ってこれなかっただろう。

しかし、朧気ながら、煉獄に助けられたということは認識していた。

赤い刀で空間を切り裂き、自分と、自分が助けた少年を救い出してくれた。

 

朦朧とする意識の中、煉獄達三人が、玉壺の嵐の壺によって、海の方へと飛んでいった所までは見た。

 

少年を村へと返し、急いで海岸へと駆け付けた頃には、空が白み始めていた。

 

(あれからどうなった……!?実弥達は無事なのか!?)

 

戦況も分からず、怨敵を討てたのか、仲間が生きているのかすら分からない。

当てもなく砂浜を歩き続ける。

そんな粂野の視界に入るものがあった。

波に打ち上げられた木材のように、二人の人間が倒れていた。

その姿には見覚えがある。

 

「実弥!!!煉獄!!!!」

 

急いで駆けつける粂野。

仰向けに倒れている不死川を抱き寄せる。

 

「おい!実弥ぃ!しっかりしろ!実弥!!」

 

不死川はぐったりと寝そべっており、身体中に傷跡がある。

海の塩水に浸かりながら凝固しており、赤黒いかさぶたが痛々しい。

不死川がうっすらと目を開けた。

 

「ぉ……匡近かぃ」

 

「実弥!大丈夫か!?」

 

あの強靭で頑丈な不死川が、ここまで疲労困憊になっている姿を見たことがない。

余程の激戦だったことが窺える。

 

「上弦ん…斬り殺したぜぇ……煉獄がなァ」

 

「おあ!そうか!倒したのか!奴を!!」

 

上弦の伍、『玉壺』。

野良の鬼とは比べ物にならない、禍々しさと厄介さを持つ強力な鬼だった。

下弦の鬼ですら敵わない。やはり上弦の鬼は「格」が違う。

 

それを、煉獄が討ち取った。

鬼殺隊の歴史に残る、多大な功績。輝かしい戦果だ。

 

「煉獄!」

 

粂野が煉獄に声をかける。しかし煉獄は石像のように固まり、ピクリとも動かない。

困惑する粂野、不死川。

 

「え……煉獄、息してないんじゃないか!?」

 

「おいおいおいおいおい」

 

不死川を浜に寝かせ、急いで粂野が駆け寄る。

煉獄は穏やかな寝顔のまま、呼吸を忘れたかのように固まっていた。

 

「煉獄!!ヤバイ!!心肺停止だ!!」

 

「煉獄ぅうう!!」

 

海水を飲み過ぎたか、煉獄の呼吸は止まっていた。

急いで蘇生を試みる。

人工呼吸をしようと、粂野は煉獄の胸に手のひらを重ねて置いた。

 

そこで粂野は違和感を感じた。

煉獄が死に瀕している時、『彼』が何もしないのはおかしい。

煉獄がここにいるのに、『彼』がここにいないとは思えない。

『彼』は煉獄のある所に、影のように現れるのだ。

粂野は冷や汗をかいた。

 

波が音もなく引いていく。

 

彼は必ずやってくる。

来る。

うぅ、きっと来る………きっと来る……煉獄の元へ………

 

ザパァーーッと叩き付けるような波の音、水飛沫と共に、全身が海草に覆われた黒い化物が、海から這いつくばってきた。

 

「ぇん■■ご■■ぐば■■■■ン!!!」

 

「出たああああああ!!!」

 

「出やがったなバケモンがあぁ!」

 

粂野、不死川の悲鳴と絶叫。

判別不能な言語を叫ぶ化物。

まさか玉壺以外の上弦の鬼が新たに出現したのだろうか。そう思ってしまうほどの禍々しさ。

 

黒い化物はスクッと立ち上がると、海草ごと髪を後ろに掻きあげた。

 

「煉獄さん!!!!!!!!!」

 

朝日を逆光に浴びながら、陽炎のように揺らめく男が、煉獄の名を叫んだ。

煉獄、不死川、粂野と同じ鬼殺隊士でありながら、その誰とも違う異端児。

 

『彼』こそが煉獄布教のヤベー奴

 

『虚淵影満』登場。

 

 

「煉獄さん息してなくないですか!!????」

 

早速煉獄の異常を察知する影満。

滴り落ちる海水をバシャバシャ言わせながら、煉獄に駆け寄った。

 

「か、かげちゃ…」

 

その鬼気迫る様子に、粂野は身を引いてしまう。

影満は煉獄にすがり付いた。

 

「煉獄さんンンンンン!!!!こ………こんな所で死んじゃ駄目だ!!!!!」

 

煉獄はまだまだ高みへ昇ってゆける存在。

こんな所で終わっていいはずがない。

 

影満は煉獄の胸元に手を置くと、上半身ごと体重をかけて、心臓を押し始めた。

煉獄の強靭な胸筋と肋骨には、生半可な力では通らず、心臓を刺激できない。

 

影満は呼吸法を駆使し、全身全霊の力で煉獄の胸を押した。

 

ドッドッドッドッドッ

 

煉獄の身体が揺れる。

それは、日々影満が「見て」いる、煉獄の鼓動と同じ間隔。

 

粂野と不死川は、煉獄の蘇生を祈って見守るしかない。

 

やがて影満は、煉獄の顎を持ち上げ、鼻をつまみ、その口から息を吹き込んだ。

緋色の呼吸が、煉獄の肺へと急速に送り込まれる。

 

すぐに心臓圧迫を再開。

 

「煉獄さん!!!!!!」

 

煉獄への呼び掛けを繰り返す。

仲間の声が、煉獄の意識を取り戻すと信じている。

不死川と粂野も、必死になって呼び掛けた。

 

「煉獄!!!」

 

「煉獄ぅ!!!!」

 

「煉獄さん!!!!!!!!」

 

呼び掛けと心臓圧迫が繰り返される。

押しては引いていく波の音。

 

「煉獄さん!!俺は………俺の肺には、貴方が吐き出した吐息が入ってます!!!」

 

影満は涙を流しながら語り出した。

 

「俺はその息で、力を貰った……!

それを今、貴方に返します!!!

受け取って………………」

 

影満が煉獄と唇を合わせ、煉獄に貰った命、酸素という名の活力を、煉獄の肺へと注ぎ込んだ。

 

粂野は青い顔をして、ひきつった表情。

 

「煉獄の吐息を………吸ってた?」(初耳)

 

「………」(噂には聞いていたけど気持ち悪すぎて無視していた)

 

不死川はそっと目線を反らした。

 

影満は心臓圧迫を続ける。

 

「煉獄さん!!どうか蘇って………!!

煉獄さん!!煉獄さん煉獄さん!!!

目を開けて!!息をして!!起きて!!煉獄さん!!!!!!!」

 

影満は懇親の力で胸を押した!!

 

 

「煉獄さん生き返れ生き返れ!!!!!」

 

 

煉獄が海水を吐き出した。

 

「ゴぁっは!!!」

 

粂野と不死川はパッと顔を輝かせた。

 

「煉獄!!」

 

「煉獄ぅ!!息ィ吹き返したかあ!!」

 

蘇生は見事に成功。

煉獄は呼吸を再開した。

 

影満は構わず人工呼吸を繰り返す。

それだけではなく、今度は体内の海水を吸い出すために吸飲まで行っている。

凄まじい吸飲音が鳴り響く。

煉獄は白目を剥いていた。

 

ズヂュルルルルルルズビズババババブチュルルルズズズボボズボボボ!!!!!!

 

不死川と粂野が堪らず悲鳴をあげる。

 

「何やってんだテメェ!!??

なにやっってんだァテメェえええ!!??」

 

「やめろやめろやめろ!!!絡みつくような接吻やめろ!!!舌を入れるな舌を!!!」

 

煉獄と合法的に唇を合わせられる機会など滅多にやってこない。

影満、執念のディープキス。

 

「う゛゛゛」

 

煉獄の裏返っていた眼球が元に戻り、影満を突き飛ばした。

煉獄はその場で寝返り、うつ伏せになると、盛大に嘔吐した。

 

「おボおえぁあぁアぁぁあぁあァア!!!!!!!!」

 

玉壺による拷問でも顔色一つ変えなかった煉獄が、苦悶に満ちた表情で胃の中のものを吐き出している!

やがて口の周りを拭くと、周囲を見渡しながら叫んだ。

 

「おぞましい気分だ!!ここは地獄か!?」

 

「現世です!!煉獄さん!!!」

 

影満は煉獄の肩を掴んで自分の方へと向かせると、そのまま強く抱き締めた。

 

「影満!!そうかお前か!!」

 

煉獄はポンポンと影満の背を叩く。

 

「煉獄さん!!!信じてました!!!」

 

煉獄の勝利、煉獄の生存を信じていた。

 

不死川、粂野は呆気に取られるばかりだったが、これこそがこの二人の関係なのだと、すとんと理解できてしまった。

 

「影満!!お前の、俺を想う心………確かに感じたぞ!!!」

 

「煉獄さん…!ありがとう!!!

俺の全てを受け取ってくれて…ありがとうございます!!!」

 

影満の「煉獄への愛」が『幻陽赫刀』を生み出し、上弦の鬼を倒すことができた。

 

それは不死川、粂野も認める事実。

影満の精神力が奇跡をおこし、それを受け止めた煉獄が、上弦の鬼を倒した。

全員が五体満足で生き残れたのは、影満のおかげだ。

粂野は脱力したように笑った。

 

(この……二人は)

 

鬼殺隊が始まって以来、最高の組み合わせかもしれない。

 

100年の膠着を崩すほどに。

 

やがて抱擁を解くと、煉獄は不死川に、影満は粂野へと手を伸ばした。

肩を掴み、身体を引き寄せる。

四人は円陣のように肩を組み、生き残れたこと、勝利したことを喜びあった。

 

「不死川!梅野!よくやってくれた!ありがとう!!!」

 

「おぅよ!」

 

「粂野な!皆お疲れさま!凄いお手柄だよこれは!」

 

煉獄からの称賛と礼の言葉に、ついつい嬉しくなる不死川、粂野。

 

「二人のおかげで、また煉獄さんの勇姿が映えた!ありがとうな!!!」

 

「…チッ」

 

「うんうん!そうだね!煉獄が一番だよ!お疲れさま!」

 

不死川と粂野すら煉獄の引き立て役だったと、一切の悪意なく言い放つ影満。

その笑顔に対して不死川は舌打ちし、粂野は賛同して話を流した。

 

煉獄による勝利宣言。

 

「上弦の鬼を討ち取ったのは!俺たち『四人』の勝利だ!!!」

 

影満は両手を合わせて祈るように、煉獄を崇めていた。

粂野はニパーっと満面の笑顔。

不死川ですら、照れ臭そうに横を向いていた。

 

一度死線を共に掻い潜った経験は大きい。

四人の間には、確かな絆が結ばれていた。

 

不死川は唇を吊り上げて笑った。

 

(やっぱり煉獄は強ぇ。モノが違ぇ……上弦の鬼すら倒しちまった。

そしてこの狂人、影満……『煉獄を活かす』ということに関しちゃ、こいつ以上の策士はいねぇ……発想がバケモンだぁ……)

 

影満の性格は認めていないが、彼の実力と功績は認めざるを得ない。

その狂気が鬼殺隊の利益になるうちは、認めるしかないだろう。

 

煉獄がこの戦いの主役ならば、影満は文字通り、影の立役者だ。

これまでも、ずっとこれからも、そうあり続けるのだろう。

 

粂野は死を覚悟したことが何度かある。

下弦の壱との激戦時や、玉壺の異空間へ飲み込まれた時だ。

 

(死の運命すら覆す……やはり煉獄は凄い。神に愛されているんじゃないだろうか)

 

神の寵愛を受け、どんな逆境も覆す。

それが煉獄杏寿郎を見た感想だった。

 

影満の心は、充足感で一杯だった。

 

(煉獄さん最高!!最高!!!最高!!!!!最高!!!!!!!!)

 

つまりいつも通りだった。

煉獄への評価だけがうなぎ登りに上がっていく。

影満の望む通りに世界が動く。

 

「ところで一度村に戻らないか?さっきちょっとだけ寄ったんだけど、怪我人が大量に居てさ」

 

粂野が提案してきた。

鬼の被害にあった人々を手助けする。

それも鬼殺隊の役割の一つ。

 

影満は思い出したように口を開いた。

 

「あ、それなら先に行っててくれないか?俺たちは華燐ちゃんと大烏を迎えに行かないと」

 

「そうだな!待ちくたびれていることだろう!!」

 

鮫嵐の騒動、その前半に活躍してくれたのが華燐と大烏だ。

山の中に置いてきてしまったので、迎えに行って安心させてやりたい。

 

膝に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がる四人。

服も身体もボロボロだが、その顔は晴れやかだった。

 

四人で並んで、朝日が登る水平線を見つめる。

柔らかな日差しに、目を細める。

金色にも見える輝きが、四人を照らしてくれる。

大きな変化の始まり。

それは人類にとって、明るいものになると予感していた。

 

「よし!じゃあ煉獄と影ちゃんは村で合流ってことで!」

 

「うむ!また後でな!!」

 

手を振りながら、四人は一旦二手に別れた。

 

ーーーーーーーーーー

 

夜のうちは爆発音や嵐の風が吹いていたが、空が明るくなるにつれて静かになり、何も聞こえなくなった。

 

大烏に寄りかかり、うとうとと微睡んでいた華燐。

そこに影満の大きな声が聞こえた。

 

「おーーーい!!華燐ちゃーーーん!!大がらーーーーす!!!」

 

バッと飛び起きる華燐と、のそりと起き上がる大烏。

木々の先から、上半身裸の影満と、ボロボロの煉獄が姿を現した。

 

「影満さん!!煉獄さん!!」

 

『ガアァ!』

 

傷だらけだが、無事に帰ってきてくれた二人。

その姿を見て、笑顔になる華燐。

 

影満は華燐に駆け寄り、思いっきり抱き締めた。

 

「きゃっ!!え、ええっ!?」

 

顔を真っ赤にして、困惑する華燐。

その反応を見て、思い出したように言った。

 

「あ!ごめんごめん!皆と喜びの抱擁をし過ぎて、挨拶みたいになってた」

 

気分が高揚しているのと、煉獄や不死川達と何度も抱き合っていたため、軽い気持ちで抱き締めてしまった。

すっと華燐を離す。

 

「喜べ華燐ちゃん!大烏!!

煉獄さんが見事!!鮫嵐の元凶を討ち取ってくださったぞ!!!」

 

腕を掲げて宣言する影満。

 

手柄は煉獄のもの。

この騒動を解決してくれたのは、煉獄であると熱弁する。

煉獄は大烏の首もとを撫でていた。

 

「待たせたな二人とも!鮫嵐は成敗した!もう大丈夫だ!!」

 

拳を握り締めて宣言する煉獄。

それを聞いて、華燐と大烏も安堵の表情だ。

 

『鮫嵐』は解決した。

 

「取り合えず村に寄ろう!少しは休まないと身体がもたん!」

 

「そうですね!流石に連戦で疲れました!!」

 

上空で鮫嵐に襲われてから、鮫との戦闘三昧だった。

ずっと刀を振るって走り回っていたような気がする。

 

「大烏、歩けるか?」

 

『ガア!』

 

「よしよし、もうひと踏ん張りだ」

 

嵐の壺を破壊し、落下する煉獄を救うために急降下し、不時着の衝撃で足を痛めてしまった大烏。

片足でピョコピョコと、巨体に似つかぬ可愛らしい動きで跳ねていた。

 

「それと、不死川と粂っちが来てるから。華燐ちゃんびっくりするかも。不死川顔やばいし」

 

「あ、はい。大丈夫です」(影満さん以上にヤバイ顔なんてないと思うし………)

 

影満の配慮に対し、華燐はサラリと返事をした。

 

「なら何の心配もないな!お粥喰って寝よう!!!!!」

 

「うむ!!!俺は味噌汁が飲みたい!!!薩摩芋の!!!!!」

 

「いいですねえ!!!!!でもパッと見、漁業の村だったんで、薩摩芋ありますかねえ!!!!!」

 

「無ければもう粥でいい!!!!!!」

 

「焼き卵ごはん食べたいですう!!!!!!!お焦げがちょっと入ってるやつぅ!!!!!!!」

 

「うむ!!!!!腹が!!!!!!!!!!減った!!!!!!!!!!!!」

 

疲れからか、食欲がかなり強調されている。

腹の虫が一斉に鳴り出す。

徹夜で戦闘していた若い隊士がなりやすい状態である。

 

そんな二人を見て、気押されたような笑顔の華燐。

 

(元気だなあ)

 

三人と一羽は、朝井村へと歩いていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

鮫嵐の被害にあった「朝井村」にたどり着くと、そこには人だかりができていた。

村人達は煉獄達の姿を見ると、わっと歓声をあげて走り寄ってきた。

 

その勢いに面食らう煉獄達。

華燐は影満の後ろにさっと隠れた。

 

煉獄達を取り囲む村人達。

 

「赤と金の髪!!あんたが煉獄さんか!」

 

「村を救ってくれてありがとう!!」

 

「鮫どもを斬ってくれたんだってなあ!大したもんだあ!!」

 

皆が笑顔で、称賛と感謝の言葉を投げ掛けてる来る。

 

「うむ!うむ!元気だなお前達!!」

 

煉獄は一人一人に返事をしつつ、不死川と粂野を探す。

村人達が煉獄の名を知っているということは、あの二人が説明したのだろう。

 

「おう、ちょっと通るぜぇ」

 

人だかりを押し退けて、その不死川と粂野が姿を現した。

 

「これは何事だ!?」

 

煉獄が二人に問う。

ここまで一般人に崇められたことは初めての経験で、煉獄も困惑している。

粂野が頭を掻きながら説明した。

 

「いや、ごめん。この人達が、鮫を斬った英雄達だーって、凄い歓迎してくれてさあ」

 

海の仕事を生業としているため、死が付きまとうのは日常茶飯事。

それよりも、漁業の成果と、生きていることを祝福するのが、この村の住民の心構えなのだ。

 

「た、逞しいですね…」

 

華燐が影満に話し掛ける。

しかし、そこに立っていたのは影満の残像だった。

 

「あれっ!?」

 

華燐はキョロキョロと周りを見渡す。

いつの間にやら、影満は木箱を積み重ね、高い台座を作っていた。

その上に立ち、皆の頭上から声を張り上げた。

 

「聞け!!!!!

煉獄さんに救われた者達よ!!!!」

 

村人達が影満に注目する。

影満は腕を掲げた。

 

「ここにいる『煉獄さん』が!!!

鬼殺隊『炎柱』煉獄杏寿朗さんが!!!!

鮫の嵐を切り裂き!!鮫の親玉を爆破し!!!海もろもと鮫の鬼を斬り倒してくださったのだああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

「「「おおおおおおお!!!」」」

 

鬼殺隊の存在を喧伝することはおすすめできないが、バレてしまったのなら仕方がない。

 

この状況、最大限に利用するのみ!!!!

 

「彼こそがああああああああああ!!!

この村を救った英雄なのだああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

「「「「おおおおおおおおおお!!!!!!」」」」

 

「村ぐるみで煉獄さんを讃えるのだああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「「「おおおおおおおおお!!!!」」」

 

身内の死や村の被害の悲しみは、敵を討ち取った英雄譚の興奮で上書きする。

それは薬物に頼るように危険な行為でもあるが、混乱を早期に押さえ込める効果もある。

影満とて、趣味だけで煉獄布教をしている訳ではない。

 

村人の精神抑制が3

趣味が7といった割合だ。

 

「犠牲になった人達の無念は!!!!

煉獄さんが仇を討ってくれた!!!!!!!!

村は救われた!!!!!!

死者は安心して、あるべき場所へと還るだろう!!!!!」

 

死者への鎮魂。生者への救済。

煉獄という英雄の存在が、この村の全ての人を救うだろう。

 

突然、訳も分からず奪われた命。

しかし、ただ無為に闇の中へと消えたのではない。

その「死」に、少しでも花を添えることができた。

 

「村の修復と葬儀を行う!!!煉獄さんの名の元に!!!!!」

 

村人達の目に、光が戻った。

 

「そしてその後はああああああああ!!!

宴を催すのだああああああ!!!!!」

 

煉獄さんへの感謝を表す、祝勝会。

 

それこそが影満の一番の目的であった。

 

ーーーーーーーーーー

 

『壺』の中から、空洞の風切り音のような音声が聞こえた。

 

『鮫嵐は天上と海底を繋ぐもの』

 

巨大な嵐の道は、雲の上と海の下を直通する風の力なのだ。

 

『これだけ探して見つからぬ『青い彼岸花』。

おそらく地上には咲かぬものなのでしょう』

 

上質な皮のソファに座るのは、黒いくせっ毛の青年。

黒い洋服を着こなし、上品な雰囲気を漂わせている。

その唇は僅かに緩んでいる。

瞳は垂れ下がる髪に隠れて見えない。

 

『そこで『鮫嵐』を起こし、天上と海底を探索することにしました』

 

その青年の膝元には、年端もいかぬ少女が抱きついている。

 

「これなにー?」

 

少女の頭をポンと撫でる青年。

 

「しー」

 

指を唇に当て、上機嫌に微笑んで見せた。

少女も釣られて笑い、ぎゅっと口をつぐむ。

 

『先ずは私の得意分野である海底を探索しましたところ』

 

壺の中からゴボリと音を立て、一本の『花』が吐き出された。

 

『見つけましてございます。

『青い彼岸花』………

お納めください』

 

壺から出てきたのは、一本の特異な花。

 

『青い彼岸花』であった。

 

 

「      」

 

 

青年は言葉にならない呟きを唱えると、ふらりと立ち上がった。

もたれかかっていた少女がずり落ちてしまうが、気にも留めない。

 

『日の届かぬ海底の、鉄岩の上に咲いておりました』

 

フラフラと机の前へと歩いていく青年。

 

『興味深いことに、鬼殺隊どもが刀に使う、「猩々緋鉱石」に根を張っておりました。

愚考しますところ、『青い彼岸花』とは『鉄の華』。

決して枯れず、散らず、変わらない、不変の象徴』

 

「素晴らしい」

 

青年が夢見こごちで独り言を言う。

壺の前の青い彼岸花へと、ゆっくりと手を伸ばした。

 

青年に無視されたことが気に入らない少女は、むくれて、彼の邪魔をして気を引こうとする。

 

彼の手元の青い彼岸花へと走っていく。

 

『「日輪刀」とは猩々緋鉱石が陽光を吸い込んだもの。

そして『青い彼岸花』は、猩々緋鉱石が、全く陽光や空気に触れず、闇の中で保管されたものではないかと』

 

パッと青い彼岸花を奪い取った少女。

チラリと青年の顔を見上げると、そこには赤い瞳の血走った眼球が二つ、自分を見下ろしていた。

 

「ひっ」

 

『「日輪刀」と『青い彼岸花』を、対極の性質を持つ猩々緋鉱石と仮定し、

さらに『青い彼岸花』を鬼の血の主成分と仮定すると、

鬼が日輪刀で首を斬られると死ぬ理由も、一応の説明はつきます。

この二つの性質が打ち消し合い、相殺してしまう。あるいは、鬼の血の中の猩々緋鉱石が変質してしまう、ということでしょう』

 

日輪刀が「陽」の猩々緋鉱石であり、

青い彼岸花が「陰」の猩々緋鉱石とするならば。

「陰」の鉄の磁場が集中する線、脳と心臓の中間、つまり首が重要な場所であり、

ここを「陽」の猩々緋鉱石が通ると、磁場が乱されて崩壊する、

あるいは「陽」に釣られて性質が変化してしまう。

 

それこそが、鬼が殺される理由。

 

 

少女の視界が暗転した。

 

『予想される対策は二つ。

一つは、体内の猩々緋鉱石を「陽」に適応させること。

二つ目は、より純度の高い「陰」の猩々緋鉱石を蓄積することで、決して変質しない 猩々緋鉱石となることです』

 

少女が目を開けると、そこには部屋を出る扉があった。

 

「今日はもうお休み」

 

見上げると、優しく微笑む青年の姿があった。

自分の手からは、青い彼岸花が消えている。

 

「ほら、開けて」

 

促されるまま、少し背伸びをしてドアノブを掴み、下に引き、扉を押した。

視界が開き、通路には母親が立っていた。

暗い通路を、赤い電灯が照らしている。

 

娘と旦那の仲睦まじい姿を見て微笑んでいる。

 

『地上にそれが生息できるとすれば、日の光が僅かでも残らぬ時と場所』

 

夜と、あらゆる地上を探したが見つからなかった。

 

『夜にも太陽光の残滓が残り、それにも耐えられぬほど脆いというのであれば、地上で生える条件は』

 

 

『皆既日食』

 

 

別名「日蝕」

 

青年はつり上がるように微笑んだ。

 

「そうだったな」

 

自分は病床に伏せていたので関係ないことだったが、確かにあの時。

彼の中で、情報が噛み合い、繋がっていく。

 

それを見た妻が、困ったように笑った。

 

「どうしました?」

 

娘が母親に抱きついた。

 

「パパねー、綺麗なお花を一人占めするのー」

 

「あら、お花?」

 

妻が嬉しそうに青年の顔を見た。

その鬼のような目と笑顔が、彼女の最期に見た光景だった。

 

 

『平安時代 天延三年 京の日隠れ』

 

およそ1000年前

あの時、地上でも日の光が届かない瞬間が発生したのだ。

そして、その幸運を掴んだのがあの男。

自分を受け持った医者。

 

名は確か………

 

少女が母を見上げると、そこには、上半身が消し飛び、壁に叩きつけられている姿があった。

断面から赤黒い血が噴き出し、少女の顔を染める。

 

「ママ?」

 

「『安倍晴明』……だったか?」

 

上半身を失った母とは対照的に、

少女は下半身が消し飛んでいた。

 

既に息絶えている母の足にしがみついているだけで、自分ももう死ぬ。

そう理解した時、身体から力が抜け、ずるずると滑り落ちていく。

目からは光が消え失せていた。

 

ーーーあの男が一人占めしていたのだ

 

『皆既日蝕』で産まれた『青い彼岸花』を!!!!!

 

妻が横向きに倒れ、娘が海老反りになって崩れ落ちても、青年は微笑みを崩さない。

 

広がっていく血が部屋に入ってくる前に。

ゴミ箱のフタを閉じるように、無感情に、無感動に、無関心に、扉をパタンと閉めた。

 

「鳴女」

 

青年は短く、低い声で、闇の配下の鬼を呼び出す。

 

琵琶の鳴る音がして、景色が部屋から無限の城へと変わる。

 

「『十二鬼月』を集めろ」

 

「畏まりました」

 

青年は手元の『青い彼岸花』をいとおしそうに見つめる。

 

「全ての鬼をここに集めろ」

 

「畏まりました」

 

彼はゆっくりと振り返る。

 

「『玉壺』…お前は本当によくやった………

お前の名は永遠に遺してやろう」

 

『青い彼岸花』を掴む、赤い目の男が正面を向いた。

 

彼こそが鬼の始祖

 

『鬼舞辻 無惨』

 

この世全ての災禍の根源

 

 

「私は太陽を克服する!!!!!」

 

 

鬼舞辻無惨は血の沸き立つ激情のままに、高らかに宣言した。

 

ーーーーーーーーーー

 

虚淵影満は高らかに宣言した。

 

「これより!!!!『煉獄さんありがとうの会』を開催します!!!!!!」

 

 

玉壺討伐から半日たった。

鬼殺隊士達は疲れからか眠ってしまい、その間に村人達は村の修繕と死者の埋葬を済ませ、英雄である煉獄をあがめる祝いの席を用意していた。

 

旅館の大部屋にて、座卓の前に座っている。

主席に煉獄杏寿朗

その隣に華燐、大烏

不死川、粂野は向かいに座る。

 

彼らの目の前には、豪華な海鮮料理がずらりと並ぶ。

色とりどりの魚料理が目を楽しませてくれる。

芳醇な海鮮の香りが鼻腔をくすぐる。

 

「いやいやいやいやちょっと待てぇ」

 

不死川が耐えきれずツッコミを入れる。

 

「これ『鮫』の肉じゃねぇのかぁ!?」

 

「そうだよ?」

 

「けろっとしてんじゃねえ!!」

 

影満が小首を傾げながら答え、不死川は額に青筋が走る。

 

「血鬼術で出てきた鮫だろうがあ!!こんなもん喰えるかぁ!!!!」

 

今にもちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いの不死川。

それを「食べ物粗末にしちゃ駄目だよ」と諫める粂野。

 

「ちゃんと日干ししたから問題ないよ!!」

 

「そういう問題じゃねえ!!」

 

鬼の血は太陽の光に当てれば消滅する。

この鮫の肉は太陽に当てても残っていたため、食べても鬼になる心配はない。

 

「血鬼術だろうと鮫嵐だろうと、命を奪った以上、それを糧にして生きていくしかない。

だから、いただくんだよ」

 

「………」

 

命を粗末にしてはいけない。

その理屈は分かるのだが、だから食べて己の血肉にするというのは、なかなか勇気のいる決断だ。

 

「だからって…なんで俺らまで喰う必要があんだぁ」

 

「まあまあ、折角だからいただこうよ」

 

宴会という形なのが、不死川には浮わついたように見えるのだろう。立ち去ろうとしたものの、粂野に説得され、渋々と席に座る。

 

「お館様も許してくださるよきっと」

 

上弦の鬼の討伐に貢献したとなれば、これぐらいの褒美はあって然るべき。

影満は熱弁する。

 

「そう!寧ろこれぐらいした方が!後発の隊士達への士気発揚にもなるし!鬼殺隊全体にいい刺激を与えるんですよ!!!」

 

「テメェはただバカ騒ぎしてぇだけだろがぁ」

 

影満の理屈は結局、煉獄を崇めて宴会を盛り上げたいだけ。

 

煉獄は力強く頷いた。

 

「うむ!!!早く食べたいぞ!!!!!

早くしろ!!!!!!!!!」

 

「分かりましたあ!!!!!!」

 

煉獄からの催促に追われ、影満は宴会の始まりを告げる。

 

「この度はね!!鮫嵐という災害に見舞われたんですけども!!

煉獄さんという英雄のおかげで!元凶である鬼を滅殺することができました!!

犠牲になった方達へ追悼の意を示すと共にですね!!

煉獄さんへの感謝!!畏敬を込めて!!朝井村名物鮫料理を振る舞っていただくことになりました!!

それでは皆さん杯を持って!!」

 

二十歳を越えている影満、粂野、ちょうど二十歳の不死川、大烏、村長は酒。

19歳の煉獄と、子供の華燐ちゃんはお茶。

 

「煉獄さんに!!!!乾杯!!!!!!」

 

「「「「「かんぱーい」」」」」

 

 

『煉獄さんありがとうの会』!!!!!!

開演!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

煉獄は箸を取り、鮫の唐揚げに手をつけた。

こんがりきつね色の、適度な揚げ具合の一品。

ヒョイと箸でつまみ、パクリと食べる。

 

皆がそれに注目していた。

 

「うまい!!!!!!」

 

鮫肉を頬張りながら、今日一番幸せそうな声で叫ぶ。

その声で、皆の中の緊張が解ける。

 

(この鮫、どうやら本当にうまいらしい)

 

そこからは、皆が箸を取り、思い思いに食べ始めた。

 

「俺も唐揚げ食べる!」

 

煉獄と同じ食品を口に運ぶ影満。

モグモグと咀嚼する。

 

「うん!弾力があって、身がぎっちり詰まってる食感!ぷるっとしてて鶏肉っぽいかな?

カリカリの衣とあっさり風味がいい塩梅!クセもないし、パクパク食べられる感じで………美味い!!!!!」

 

それなりにちゃんと味の解説をする影満。

影満の特殊技能「陽炎通心」によって、皆の脳内に海鮮料理の新鮮な味覚情報が流れ込んだ。

 

「ほら華燐ちゃんも食べて食べて」

 

「あ、はい。いただきます」

 

影満は華燐に唐揚げをすすめる。

 

鮫唐揚げ一つを半分に分けて食べる華燐。

お口が小さくて可愛い。

 

「うん、おいしい」

 

「可愛い」

 

味の感想もシンプルで可愛い。

 

「匂いも全然ないですね」

 

このコメントに対し、村長が答える。

 

「臭み取りにいい塩を使ってるからねえ」

 

「へえー」

 

漁業で栄えた村だからこそ、海鮮料理は観光客を呼び寄せる要となる。

培われてきた調理技術が光る。

 

「これ、赤身を使ってるんですか?」

 

「そうだよ」

 

華燐ちゃんと村長、まさかの組合わせ。

意外な話の盛り上がりっぷりを見せる。

 

「華燐ちゃん山育ちだもんね。海の魚食べるの始めてじゃない?」

 

「そうですー!これが始めてです」

 

華燐、人生初の海鮮料理が鮫の唐揚げ。

 

一方、不死川も鮫料理に手をつけていた。

 

鮫の刺し身を醤油にピトリとつけ、口に入れる。

食事の作法はかなり丁寧であった。

おそらく気質的にしっかりしておかねば気が済まないのだろう。

 

「!」

 

不死川がピクリと反応する。

 

(確かにうめぇ……味は淡白であっさりして、近いとすればマグロ…か?

言われてみりゃあ鶏肉みてぇな食感。

鮫肉っていうからもっと硬くて喰えねえのを想像してたが、普通に白身魚として喰えるじゃねぇか)

 

もぐもぐと熟考しながら食べる不死川。

 

(…っつうことはよぉ)

 

本来甘党である不死川にとって、淡白な味わいは少し物足りない。

濃い味付けを好む不死川は、お望みの料理に目を向けた。

 

『鮫肉の煮付け(甘辛だれ)』

 

「お、それはですね」

 

目ざとく村長が見つけて、鮫肉煮付けの解説を始める。

 

上質な上白糖をふんだんに使い、濃い目の煮汁が染み込んだ鮫肉は柔らかい。

落とし蓋のおかげで煮崩れもなく、ふっくらとボリューミーな見た目が素晴らしい。

芳醇な香りが不死川の食欲をそそる。

パクリと口に運ぶ不死川、彼の口内に甘辛だれの味が吹き荒れ、脳内では濃厚な風の流れを感じた。

 

目を閉じて呟く。

 

「うめぇ………」

 

絞り出すような一言であった。

 

「うまい!!うまい!!!うまい!!!!」

 

煉獄は美味いと叫ぶだけの山彦と化している。

それをにこやかに見つめる影満。

ふと粂野に顔を向けた。

 

「くめっちもどうだ?美味いか?」

 

「うん!うまいよ。美味いということは分かるけど具体的にどれくらいどう美味いのかは全然分からないけどとにかく美味いということは分かるうまい。うまい、これはうまい」

 

「お………おお、」

 

影満が引いていた。

粂野は幼少期にあまりいいものを食べていなかった経歴から、貧乏舌になっていた。

質素なおにぎりを仲間と食べてる時が一番幸せ。そんな人種だった。

 

ちなみに大烏は味とか食感とかではなく、鮫肉を丸飲みしていた。

 

「も、もっと味わって………」

 

豪快に丸飲みしていく大烏。

彼にとって鮫肉とは飲み物だった。

 

さらに、大きめの杯につがれたお酒をガブガブと飲む。酒豪のような勢いである。

 

粂野が影満に話しかける。

 

「あ、大烏って酒飲んで大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫。意外と消化器官強いから、酒も分解できるんだよ。

鎹烏もたまに飲んでる奴いるし」

 

「そうなの!?

いや、そうじゃなくて、帰りの空輸は大丈夫か?飲酒運転になるんじゃあ?」

 

上空を飛ぶ大烏を捕まえられるものは居ないが、酔った状態のフラフラ飛行では命の危機に陥るし、なによりお館様にバレた時の反応が恐い。

 

「大烏は羽を痛めちゃったから、ここで休んでもらうことにした。残りの移動は馬を使うよ」

 

大烏はこの朝井村で療養する。

酒は鮫嵐で頑張ったご褒美だから、じゃんじゃん飲んでいいという訳だ。

 

不死川は半透明な四角い料理を見つける。

プルプルしていて、菓子の「ういろう」のようにも見える。

 

(へえ…)

 

興味本意で、パクリといただく。

 

『鮫肉の煮こごり』

 

鮫肉の煮汁が冷えてゼリー状に固まったものだ。

鮫肉の風味が凝縮され、うまみが口の中に広がる。

うまい。

うまいが、ういろうのようだったので甘味を期待した不死川としては、ちょっとがっかりするパターンだった。

 

「今って夏ですよね?煮こごりできるんですか?」

 

「地下に倉があってね。冷蔵庫になってるんだよ」

 

朝井村のぶっ壊れ超高性能設備。

大正の世でありながら平成の時代並みの冷蔵設備がある。

地下水路でひんやりしている場所は確かにあるが、煮こごりを量産できるのは本当に反則。

 

「実はここ凄いのか?」

 

「いやいやそんな」

 

尊重は謙遜するが、鮫嵐に襲われて全滅しない辺り、村民もなかなかしぶとい。

 

華燐は野菜類を探す。

 

『鮫の皮の炙り焼き』と夏野菜のサラダ

レモン添え

 

おやさいさんを笑顔で頬張る華燐ちゃんかわいい。

 

「ちゃんと野菜食べて偉い」

 

影満が華燐の頭を撫でる。かわいい。

影満も鮫皮の炙り焼きとてんぷらを食べる。

トゲトゲの部分は取り除かれており、独特の歯応えが心地いい。

新鮮な野菜と食べると清涼感もある。

 

「てんぷら最強かな?」

 

鬼殺隊の皆にも食べさせてやりたい美味しさである。

 

「魚と油は相性がいいですからねえ」

 

「はぇー」

 

村民が補足する。

 

鮫皮炙り焼きにレモンかけると、後を引く味わいとなり、箸が進む。

 

「煉獄さん「レモン」って漢字で書けますか?」

 

「うまい!うむ!書けるぞ!!うまい!!」

 

煉獄は右手で箸を、左手で筆を取り、紙にさらさらと文字を書く。

 

『檸檬』

 

「正解!!正解!!正解!!正解!!」

 

「「「おおー」」」

 

パチパチと拍手があがる。

 

「不死川は?」

 

「馬鹿にすんじゃねェ」

 

『檸檬』

 

「「「おおー」」」

 

パチパチパチ。

 

「華燐ちゃんは?」

 

「えっ」

 

『れもん』

 

「「「かわいい」」」

 

可愛さにパチパチパチ。

 

 

鮫の皮はあるが、鱗は捨ててしまったのだろうか?

 

「あ、ウロコ料理はそちらですね」

 

小さなおつまみのような、こんがり焼いた鱗が大皿の上に乗っていた。

 

『鮫の鱗焼き』

『鮫の鱗揚げ』

 

すき引きしたウロコを干し、まんべんなく焼いた素朴な料理。

村としても昔からある料理法らしい。

 

食べてみると、しゃりしゃりとした歯応えが楽しい。

油であげて塩を振ったものもあり、酒のつまみに無限に食べられる。

 

「ひょっとして鮫の部位全部食べる気ですか?」

 

「勿論ですとも」

 

村長が力強く頷く。

どうやら村に落ちた鮫を全匹、全部位を余さず食べるのだという。

なかなかの狂気である。

 

「鱗だけでえぐい量ありません?」

 

「10人分が10年分くらいありますねえ」

 

「ひええ」

 

鮫嵐の別方面の恐ろしさを垣間見る。

食品の廃棄を減らし、消化していこうとする朝井村の執念を感じる。

 

鮫の乱獲も問題として認識され始めてはいたが、鮫嵐が起こると乱獲どころの話ではなく、あっちから大量発生して突っ込んでくるので堪ったものではない。

 

一方粂野は、うまいことはうまいのだがその凄さが分からず、質素な味わいを求めていた。

そこで吸い物に目が向く。

 

『鮫の胸ビレのお吸い物』

 

だしが良く出る胸ビレを活用した一品。

生姜汁をしぼって香りを足すことでより楽しめる。

かまぼこ、豆腐、ふを食べ、心暖まる粂野。

 

「うま……」

 

影満が飲んでいる酒も、鮫のヒレを使ったもの。

 

『鮫のひれ酒』

 

尾ヒレを干してから塩をまぶして焼き、熱燗を注いだもの。

鮫の尾ひれなのでショッキングな見た目かと思ったが、意外に落ち着いた見映え。

鱗の鱗揚げと合わせると最高だ。

 

「湯注ぎもご用意できますので、食後にどうぞ。

お腹に収まりがいいです」

 

食後のことまで考えてくれる村長の評価がウナギ登り。

 

 

「お、こっちはもしかして、骨?」

 

「はい、鮫の中骨でございます」

 

『鮫骨の障子焼き』

 

鮫を三枚におろしたとき、背骨を中心とする骨と、周りの肉を均等に焼いて作った料理。

大きな魚だろうと焼いてから揚げればパリパリになり、全部食べられる。

骨の中には油やコラーゲンの旨みが隠されていて、焼いたり揚げたりすることで旨味が外に出てくる。

 

骨と肉が障子のように見える、粋な一品である。

 

「マジで全身喰うんだなー」

 

「うまい!うまい!うまい!」

 

バリボリと障子焼きを食べる影満、煉獄。

その食べっぷりは見ていて気持ちがいい。

 

一方、不死川が食べているのは鮫の卵巣。

卵巣はビタミン豊富であり、フグ以外の大概の魚で食べられる。

知らないうちにお肌ツルツルになる不死川。

煮物と塩漬けと、代表的な卵巣料理を味わう不死川。

香りがよく、上品なコクがあり、くせがあまりないので抵抗なく食べられる。

最早鮫であるということへの忌避感は無くなっていた。

 

粂野は鮫肉の端肉から作られたさつま揚げを食べながら、禍々しい赤色の肉を見つけた。

 

「これはどこの肉ですか?」

 

「ああ、それは胃袋ですね」

 

(((うわぁ………)))

 

ついに来てしまった、鮫の暗黒部位。

数々の人間を噛みちぎり、飲み込んできた悪魔の器官といっても差し支えない。

 

『鮫の胃袋の塩辛』

 

村長による料理説明。

 

「数ある塩辛のなかでも、美味の部類に入ると思いますよ」

 

「ほんと~?」(懸念)

 

酒のツマミにしてよし、お茶漬けにしてよし、鍋料理に加えてよしと、意外に幅広く使える部位である。

 

「中身は取り除いて、水洗いしておりますのでご心配なく」

 

中身とはつまりグチャグチャになった吉田の死体や元木の死体である。

 

「うん…まあ、うん。いただきます…」

 

パク、と食べて大烏に渡す者、意外といけるので食べ続ける者。反応は二分した。

 

襖が開き、追加の料理が運ばれてくる。

皆がその料理を見て、我が目を疑った。

 

皿に乗っていたのは、こんがりと焼けた鮫の頭。

白濁した目玉と半開きの口がおどろおどろしい。

 

「でけぇ……」

 

巨大な鮫の頭料理

 

『鮫頭の兜煮』

 

酒に醤油塩、みりんを混ぜた特製調味料に浸し、こんがりと焼いた料理。

 

誰もが唖然とする中、煉獄は豪快に箸を突き刺し、ホロホロと崩れる肉を味わっていた。

 

あまりにボリュームがありすぎる料理だったが、大烏は容赦なくつつきまくって身を崩し、丸飲みしていく。

 

「鳥獣海獣対決かな?」

 

大烏と大鮫の怪獣バトルに見えなくもない光景であった。

 

そろそろ腹も膨れてきた頃合い。

 

スーッと襖が開き、奥さん達が追加の料理をもってきてくれる。

 

その皿の料理を見て、影満は驚愕する。

 

「ま………まさか」

 

村長の自信に満ちた表情。

 

「鮫料理の最高峰」

 

机の上に並べられたそれは………!!

 

 

『ジンベイザメのフカヒレ』

 

 

「出たアアアアアアアア!!!!

フカヒレきたああああああああ!!!!」

 

大興奮の影満。

 

「ふかひれ?」

 

山育ちの華燐はフカヒレの存在を知らない。

 

「説明しよう!!」

 

フカヒレとは!!

大型の鮫のヒレを日干しして乾燥させた料理!

中国三大珍味として、アワビ、ツバメの巣と共に極上の食材として扱われる!!

元の鮫の全身から約1パーセントにも満たないほどしか取れず、高い調理技術と手間が要求される!

 

そのため高級食材として昔の日本にも存在している!!

 

そのフカヒレの中でも、ジンベイザメのフカヒレが最も貴重で美味とされる!!

 

おそらくこれが、この宴の主菜!!

メインディッシュ!!!

 

 

「あ?おい待てぃ」

 

そこで不死川が声をあげる。

 

「フカヒレってのぁ一ヶ月くらい干すんじゃなかったかァ?

昨日の今日でできるもんじゃねェだろぉ」

 

疑問にお答えする村長。

 

「朝井村直伝の超濃縮太陽光乾燥促進波紋流潮技法がありましてね。一ヶ月干したものと同等の品質と味を引き出せるのです」

 

「すげぇな朝井村」(感覚麻痺)

 

不死川を黙らせ、ついにフカヒレ料理が行き渡る。

一皿にフカヒレが3つほど乗っているものもある。

 

「一ヒレ三万円くらいとして、一皿十万円くらいするぞこれ………」

 

「ひえええ」

 

金額の大きさに気押される華燐。

粂野は最早感覚が麻痺していた。

 

「つまりあれだろ?『本物の味』ってやつだろ?俺そういうの全然分かんないけどいいかな?」

 

「大丈夫大丈夫!」

 

フカヒレ自体に味はない。

軟骨魚特有の歯応えと食感を楽しむもの。

むしろ「スープ」こそがフカヒレ料理の真骨頂といえる。

 

本日のメインディッシュとなっております

 

『フカヒレの姿煮』

 

その黄金の輝きを放つスープ。

熱々の湯気すらも煌めいて見える。

 

「おおぉ……」

 

あの煉獄ですら箸を止め、その輝きに見入っている。

 

朝井村の高級食材、老鶏、豚赤身肉、金華ハム、薬膳香草を大量の水で炊き、半分になるまでじっくり煮詰め、だしを超濃縮させたスープ。

贅に贅を重ねた贅沢品。

 

その黄金の色彩、透明感、広がる香り。

フカヒレスープがこの場を完全に「支配」していた。

息を飲む鬼殺隊士達。

 

「黄金の輝きに照らされる煉獄さんのご尊顔!!最高だな!!!!!」

 

影満だけはフカヒレより煉獄を見ていた。

 

「ささ、煉獄さん!一番最初に味をきいてもらっていいですか!?」

 

「うむ!いただくぞ!」

 

じゅるりとヨダレを垂らしながら、煉獄がれんげを持ち、黄金のフカヒレスープを掬った。

 

口に運ぶ前に、その匂いをスーッと吸い込む。

 

「これは……」

 

なんと濃密な味彩の香りだろう。

老鶏、豚赤身肉、金華、薬膳香草。

それらの食材が煉獄の脳内を通りすぎる。

間違いない。

これらの食材は、このスープの中に生きている。

 

煉獄の唇とれんげが触れ、口内へと黄金スープが流れ込む。

それを皆が刮目している。

 

煉獄は目を閉じ、舌の上を流れて進んでゆく味わいの波を楽しみ、ゆっくりと飲み込んだ。

 

「うん」

 

煉獄は笑顔になった。

いつもの目を見開いた豪快な笑顔とは違う、目を閉じてはにかむような優しい笑顔。

 

「うまい」

 

それを聞いて皆が笑顔になった。

 

極上スープが染み込んだフカヒレを箸で取る煉獄。

黄金の波紋の中から出てくる姿は正に「王の財宝」。

 

フカヒレの形を綺麗に保ったまま提供する「姿煮」こそ、フカヒレ料理の真髄、奥義といえよう。

形を美しく保っているからこそ、フカヒレの美味しさ、素晴らしさを余すことなく味わえる。

 

口に入れた瞬間、フカヒレの量が倍増したかのような錯覚に陥る。

その圧倒的なボリューム。

弾力があり歯応えのある食感を楽しみ、その度に染み込んだスープの味わいが溢れだす。

 

「うん。うん。」

 

最早言葉はいらない。

 

(うまい………)

 

煉獄は感嘆の溜め息をはいた。

 

影満は感涙の涙を流す。

 

ここまでの苦難の道のり。

特に屍鬼山や鮫嵐、上弦の鬼との激戦など、煉獄の人生は波乱万丈だった。

その「ごほうび」に今回の煉獄さんありがとうの会を開いた訳だが、本当に煉獄が幸せを噛み締めている姿を見て、影満は込み上げるものがあった。

 

(煉獄さん……もっと幸せになって!)

 

 

「さあ!煉獄さんが美味しいとおっしゃっているのだ!!俺たちも食べようじゃないか!!」

 

「「「おおー!」」」

 

 

影満に促され、それぞれフカヒレ料理に手をつける。

 

生まれてはじめてのヒレ料理を食べる華燐。

値段を気にしているのか、最初はぎこちなかったが、その食感を味わってからは笑顔でもぐもぐ食べている。かわいい。

 

食欲のままに丸飲みを繰り返していた暴食の大烏ですら、だしの効いたスープを味わい、フカヒレを啄んで食べていた。

 

不死川も満足そうに食べている。

そこで、いくつかのフカヒレに違いがあるのを見つけた。

 

「おお、これ違う部位かい?」

 

「はい!各ヒレの食べ比べ、またいくつかの鮫の食べ比べも出来るようになっております」

 

尾ヒレ、背ビレ、胸ビレなど、各部位の食べ比べコースはあるのだが、さらに鮫の種類ごとに食べ比べとなると、贅沢ここに極まれりである。

 

「違いは全く分からんけどとにかく美味しい」

 

それこそが粂野の出した答え。

黄金のスープの味わいを純粋に楽しんだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

「フーーーー……」

 

満腹の溜め息をつく一同。

皿は全て空になり、ゆったりとした空気が流れていた。

 

不死川は爪楊枝で歯を弄っている。

粂野はとにかく満腹になれたことに喜ぶ。

華燐ちゃんは食器の片付けを手伝おうとしたが、お客の立場ということで優しく席に戻されていた。かわいい。

大烏は懐妊祝いが必要かと思うほどに腹が膨れていた。

煉獄は頬についたご飯粒を取って食べた。

 

影満はやや飲みすぎたと自嘲するも、幸福感を存分に味わっていた。

 

「美味しかったですね煉獄さん!」

 

「うむ!うまかった!腹が一杯だ!!」

 

普段から十人分の食事を取ってケロリとしている煉獄。彼が満腹というのだから本当によく食べたのだろう。

 

煉獄が影満の方を見る。

 

「ところでお前、影満。目をどうした?」

 

「め?」

 

影満はパチクリと瞼をしばたかせる。

 

「目っていうと…え、鮫の目玉ですか?」

 

「違う!お前の目だ!」

 

影満の目に異変を感じたらしい。

 

「目ですか……いや、特に何も」

 

影満本人は異常を感じていないらしい。

 

皆が影満の目に注目し、覗きこんできた。

これには影満、気恥ずかしいのか、目線をさ迷わせる。

 

「なに、なに?照れる」

 

影満の目を見ていた一行だが、確かに、その眼球に違和感を感じる。

 

普段から底知れない闇のような目をしている影満だが、その眼球に、何やら「色」と「模様」が浮かびあがっている。

 

さらにじっと見つめる一行。

 

影満の目に浮かぶ色は、「赤」「金」「肌色」

それは何かの模様に見える。

はて、どこかで見たことがある形なのだが………

 

皆の背筋にうすら寒いものが走る。

 

ーーーお分かりいただけただろうか………

 

影満の眼球に浮かぶ模様、それは

 

 

『煉獄杏寿朗の顔』であった。

 

 

「「「「うわあああああああああ!!!!??」」」」

 

騒然となる宴会場。

皆が悲鳴と絶叫をあげる。

 

「きめえええええええええ!!!!」

 

「え!?え!?え、気持ち悪う!!」

 

「なんだぁてめぇそれぇ………」

 

粂野、華燐、不死川がドン引きしながら影満を見ていた。

手鏡で自分の眼球を見る影満。

しばし凝視していたが、それを視認するや、パッと明るい顔になる。

 

「なんか眼球に煉獄さんの顔あるんだけど!!!!」

 

自分でも今気づいたらしい。

 

「いやいやいやいやいや気持ち悪すぎるだろ!!」

 

「何かの呪いですか?」

 

「医者を呼べ医者をぉ」

 

謎過ぎる眼球煉獄模様。

これは一体何なのか?

 

煉獄が推測を言う。

 

「『痣』だな!!」

 

「「「あざ?」」」

 

皆が聞き返す。

 

「影満、鮫嵐に襲われる前、話していただろう!」

 

「ああ!煉獄さんの背中に出た『痣』ですね!死の淵に瀕した時、破格の力を引き出せるきっかけの!」

 

『痣』がいつ出たのか、影満本人も、一緒に戦っていた煉獄、華燐達も分からない。

 

だがこうして発現している以上、どこかで条件を満たしたのだ。

 

虚淵影満、『痣』を発現。

 

「お揃いですね!煉獄さん!」

 

「うむ!そうだな!!俺も鼻が高いぞ!!」

 

心底幸せそうな笑顔の影満。

冷や汗を流すその他の者達。

 

「お揃いとは」(哲学)

 

「痣…痣ねぇ……」

 

実力以上の力が引き出せるというのなら垂涎の能力だが、その代償に不気味すぎる眼球芸術を刻みこまれるというのは少しだけ気が引ける。

 

「陽炎の呼吸の痣が煉獄の顔なのか?

それとも影ちゃんだったから煉獄顔なのか?」

 

「そもそも眼球に痣って浮かぶのかァ?」

 

この摩訶不思議現象にも考察を広げる不死川と粂野。

流石は血鬼術というこの世の理に反する能力と戦う者達である。

 

「まあまあ!食事も終わったし!ここらで二次会に移行しようかな!!」

 

影満がパンパンと手を叩く。

 

「ああ?行かねえよ!んなもん!」

 

不死川は二次会拒否。

命に配慮して食事は頂いたので、これ以上戯れるのは時間の無駄だと思っているのだろう。

 

「ええ~~なんでぇ~~行こうよお~~」

 

「ぐねぐねすんじゃねぇ!!ぶち殺すぞぉ!!」

 

眼球煉獄模様の影満が軟体動物のような動きで迫ってくるのは普通にホラー映画のクライマックスである。

平手打ちで迎撃するのも仕方がない。

 

瞬時に立ち直る影満。

 

「まあいいや!二次会は行ける人だけ参加ということで!!

一旦ここで「煉獄さんありがとうの会」を区切りにさせてもらっていいかな!?」

 

「「「はーい」」」

 

大騒ぎだった煉獄さんありがとうの会も、ここでお開きとなる。

 

「ではですね、締めの挨拶を煉獄さん、お願いできますか?」

 

「うむ!」

 

煉獄が立ち上がり、影満が座る。

 

「此度の会、非常に楽しかったぞ!!

料理も旨かった!!感謝する!!」

 

煉獄が幸せならそれで万事解決である。

 

「それでは皆!手を合わせろ!!」

 

両手を合わせる体勢。

この食事会を締め括るには、やはりその挨拶が一番だろう。

 

皆も手を合わせたのを見て、煉獄が大きく叫んだ。

 

 

「ごちそうさま!!!!!!!!!!」

 

「「「「ごちそうさまでした!」」」」

 

「ガア!」

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄さん生き返れ生き返れ

『鮫嵐』編 完

 




鮫に食べられそうになって始まった話が鮫を食べて終わりっていうのホント大好き(自画自賛)

鮫映画を見た後って本当に「ごちそうさまでした」っていう感想しか出てこないんですよね(笑)
食べてる最中(見てる最中)こそピークというか、食べ終わったら満腹感があるだけ。
もう一本行けと言われても「お腹一杯です………」と答えてしまうニワカのヨフカシ。

鮫嵐編の総キャストが集まって宴会するのホント大好き。
前半のMVP、華燐&大烏コンビ。
後半のお助けキャラ、不死川と粂野。
朝井村村長、鮫に喰われた元木、吉田(名前だけ登場)
そして何より、斬り殺した鮫達をただの敵役として処理するのではなく、宴会の食事にするリサイクル精神。
ここ半年くらい書いてた鮫嵐編の全てがここにある。

食事シーンでキャラの個性っぽいものを書けたのも楽しかったですね。
無限列車編のごとく「うまい!」を叫ぶ装置と化した煉獄さん。
とにかく煉獄さんの食事シーンを見つめる影満。
彼の陽炎通心で味をイメージとして皆の心に伝える能力、初期の焼きたてジャパンかな?

実家が葬儀屋だから宴会の裏方ばかりしてきた華燐ちゃん、料理を作る側からの視点が鋭い。あと可愛い。
魚を丸飲みする大烏、ほんとに烏って感じ。海鳥かな?

不死川、一番まともに食レポしてて草。
飯テロの第一級テロリストに指定しながら書いてました。

粂野、バカ舌なのか、どれだけ美味しいものを食べても「おいしい」としか感じられない悲しき業を背負う。
味の幸福の上限はあるのに下限だけはない無下限バカ舌の術式を持つ男。
ある意味一番庶民的感覚に近いので、感情移入しやすいかな?

最後に殺した鮫を食べてシメの鮫映画って無くないですか?(リサーチ不足)

影満、ついに『痣者』へ。
模様は陽炎とか関係のない『煉獄さんの顔』というイカレっぷり。
呼吸音とともに眼球に煉獄さんを浮かび上がらせる主人公………
書いておいて何ですが、

なんだこれはたまげたなぁ………

これにて鮫嵐編、完結です。
こんな訳の分からない二次創作を読んでいただき、誠にありがとうございます!

はてさて、影満、煉獄を次に待ち受けますものは!?


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煉獄零巻

煉獄さんかっこよかったです~❤

今回の話は映画特典である「煉獄零巻」のネタバレを多く含みます。
というかネタバレしかねえ!!

でも煉獄さんかっこいいから是非ともオリ主を介入させたかった。

本作の前章譚のようなものとして、どうぞごゆるりとお楽しみください


煉獄杏寿郎の記憶。

 

最終選別を終え、煉獄家に帰った時のことだ。

車椅子に座る父親、煉獄槇寿郎の姿を見た杏寿郎は、高鳴る胸を押さえながら、その背中に声をかけた。

 

「父上!ただ今帰りました!!」

 

キイ、と車椅子の車輪の音がする。

槇寿郎は無言だ。

 

「最終選別を終え、御館様にも御目通りいただきました!俺も炎柱を目指し、精進致します!!」

 

精神が高揚していた杏寿郎は、そこまで矢継早に喋った。

それに対して、槇寿郎は冷たい声で言った。

 

「お前も」

 

名前で呼ばれなくなった事に、ズキリと胸が痛む。

 

「千寿郎も、たいした才能はない」

 

才能、という言葉に込められた、圧倒的強さへの羨望。

槇寿郎を含め、そこには辿り着けないという絶望が感じられた。

 

「くだらん夢を見るな。炎柱は俺の代で終わりだ」

 

父のように、炎柱になりたいという杏寿郎の言葉を、くだらないと一蹴する。

自分が積み上げてきた実績や、先代達の残したものすら、彼にとっては捨ててしまっていい物なのだろう。

 

「ぴい!」

 

杏寿郎の隣に座っていた、呂律の回らない男が声をあげた。

最終選別の場に突如として現れ、杏寿郎が引き取ることになった男だ。

お館様から直々に預かるように指示された。

杏寿郎からは「ぴぴ男」と呼ばれている。

 

槇寿郎は鼻を鳴らす。

 

「いっそ犬のように暮らせたら、くだらない夢を見ずに済むのかもな」

 

「ぴー?」

 

首を傾げるぴぴ男。

 

「憐れな奴だ。家で飼うのは構わんが、部屋を荒らしたら放り出すぞ」

 

「ぴぃ!」

 

槇寿郎の威圧に押され、杏寿郎の背に隠れるぴぴ男。

無言で立っている杏寿郎と目も合わせず、ただただ突き放すように言い放つ。

 

「お前は炎柱にはなれない」

 

最後に杏寿郎の全てを否定して、槇寿郎は車椅子を漕いで部屋に戻ってしまった。

ぴぴ男はおそるおそる杏寿郎の顔を見上げる。

 

杏寿郎は考える。

 

全てにおいて完璧な人間だけが正しく、その他の人間は、夢を見ることすら許されないのだろうか。

才気で劣る人間は何をしても実を結ばず、その努力や心のあり方は、時間の無駄だというのだろうか。

 

(俺はそうは思わない)

 

杏寿郎は俯きがちになりながらも、自分の尊いと思えるものを大切にしたいと思った。

 

庭では、弟の千寿郎が竹刀で素振りをしていた。

手のひらは豆が潰れており、血が持ち手に染み込んでいる。

愚直にも繰り返し鍛練していたのだろう。

父の言う通り、千寿郎に卓越した武の才能がある訳ではない。

しかし、その真摯に取り組む姿勢は、心構えは、堪らなく愛おしく、かけがえのないものに思える。

 

千寿郎の姿を見たぴぴ男が、全速力で駆け出した。

 

「ぴぴぴぴぴぴぴぴーーーー!!!」

 

そのまま千寿郎に飛び付き、地面に押し倒した。

 

「うわあああああ!!!??」

 

千寿郎の悲鳴に、杏寿郎は思わず笑ってしまった。

ぴぴ男は千寿郎に頬ずりしている。

 

「ぴ!ぴぴ!ぴいい!!」

 

「うわわわわ!!誰!?誰ですか!?何するんですかあ!?」

 

見た目は成人男性であるぴぴ男が、年端もいかぬ少年である千寿郎を押し倒して頬ずりしている絵面は非常に危ない。

警察を呼ばれてもおかしくない。

しばらく悪戦苦闘していた千寿郎だったが、杏寿郎の姿を見て、ばっと立ち上がった。

 

「あっ!兄上!おかえりなさい!」

 

「うむ!頑張っているな!」

 

一人でも稽古に励む千寿郎を称える。

千寿郎はワタワタと顔を赤くした。

 

「気配に全く気づきませんでした…恥ずかしいです」

 

杏寿郎は声を大きくして言った。

 

「何も恥ずかしいことはない!それだけ千寿郎は稽古に打ち込んでいたのだ!素晴らしいことだ!」

 

心からの感想だった。

苦難も才能の壁も乗り越えようと足掻き、努力する姿は素晴らしいと思う。

 

千寿郎はパッと顔を明るくした。

兄に努力を認められることは、彼にとって最高の喜びだった。

 

「あ、あの、ところでこの人は……?」

 

未だに千寿郎に抱き付いて匂いを嗅いでいる変質者、ぴぴ男を困惑しながら見つめている。

 

「うむ!最終選別に突如として現れたのだ!お館様から、うちで面倒を見るように頼まれた!」

 

「ぴぴぴい!!」

 

腕をあげるぴぴ男。

 

「あっ、はあ、そうですか……ちょっと怖いですけど、兄上がそう言うなら……」

 

「ぴい!ぴい!」

 

嬉しそうに千寿郎の背中を擦るぴぴ男。

杏寿郎は弟の頭を撫でた。二人から撫でられる千寿郎はくすぐったそうに笑った。

 

「俺はこれから初めての任務に向かう!その間千寿郎は家を守っていてくれ!!」

 

「はいっ!」

 

千寿郎は嬉しそうに返事した。

 

鬼殺隊となった以上、すぐにでも任務につく必要がある。

それだけ鬼による被害は増大しているからだ。

 

「では行ってくる!!」

 

ダッと走り出す杏寿郎。

ぴぴ男もそれを追う。

 

「あっ!兄上!」

 

千寿郎が兄を呼び止めた。

腹に力を入れて、顔を赤くして叫んだ。

 

「頑張ります!俺きっと兄上みたいになります!」

 

振り返り様に、その言葉は杏寿郎の記憶を刺激した。

 

「兄上みたいに」

 

杏寿郎はつい最近の、最終選別の夜を思い出していた。

壮絶な戦いで、顔についた返り血にも気づかなかったほど。

 

「俺、貴方みたいになりたいです」

 

綺麗な瞳の少年だった。長い髪を後ろに纏めている。

煉獄の戦いぶりを見て、いたく感心し、煉獄を崇めるようになった。

 

「俺も貴方みたいに強くなって、仲間を……みんなを助けられる人になりたい」

 

真っ直ぐ向けられた称賛の言葉。

父上から口も聞かれなくなって以来、久しく聞いていなかった言葉で、嬉しさと気恥ずかしさが沸き出す。

それでも煉獄は元気に返事をした。

 

「うむ!俺はまだ柱でも何でもないのでこそばゆいが、一緒に頑……」

 

涙を溢しながら、すがるような表情の彼に、言葉が詰まってしまった。

 

「一緒に頑張ろう!!」

 

それでも最後まで言いきると、パッと顔を輝かせて、彼は何度も頭を下げた。

 

彼の名は安達アスム。そして妹の安達アスカ。

鬼に家族を殺され、たった二人残った兄妹なのだそうだ。

 

彼は俺と同じ15歳だった。

 

鬼に折られた刀を震えながら握り締めていた。刀身の色も変わっていなかった。

いつもなら言えるはずの「頑張ろう」が、一瞬詰まってするりと出てこなかったのは、彼が、どうしてか死んでしまいそうだったからだ。

 

「俺が面倒を見てやる!!」

 

そう言って引き連れていた者達は、半分が命を落とした。

守りきれなかった。取り零してしまった。

 

17人居たはずの最終選別の受験者達は、煉獄を合わせて9人しか残っていなかった。

半数が命を落としたのだ。

煉獄が鬼を斬った背後で殺され、指示を出した先で殺され、狂乱して逃げ出した挙げ句殺され。

 

それでも多い方だと言われた時、この戦いの途方もない死者の量に、愕然とした。

 

彼の、安達アスムの「誰かを守りたい」という意思は、とても素晴らしいものだと思う。

しかし、当の本人が死んでしまいそうな儚さを纏わせていた。

 

(死んで欲しくない)

 

美しい志も、肉体が死ねば失われる。

人は簡単に死ぬのだ。

寿命で、怪我で、病気で。

鬼と戦う剣士なら尚更。

 

これほど美しく素晴らしいと思える心を持つ人間が、理不尽に命を奪われる。

「誰も奪われたくない」という理由で。

そっくりそのまま、彼に言いたかった。

君にも死んで欲しくないと。

 

「ぴぴっ!ぴっ!」

 

ぴぴ男が周りでうろうろしているが、それも気付かず早足で歩く。

 

言えるはずがない。

それは彼の意思を否定することになる。

結局その時は何もできず、ただ困ったような笑顔で見送ることしか出来なかった。

 

戦場に出したくないなら、冷たく突き放すのが正解だったのだろうか。

 

『くだらん夢を見るな』と。

 

「ぴぴぃー!!ぴっぴっ!ぴー!」

 

この先どれ程の命を、取り零していくのだろう。

失うと分かっていながら、見送るしか出来ない焦燥感を味わうのだろう。

 

俺はどれだけの人を守れるのだろう?

 

そしてどれくらいの人を守れないのだろう?

 

「ぴぴぴぴぴぴぴぴ!!」

 

最終選別を生き延びた者の名前は覚えている。

安達アスム

安達アスカ

神吉友也

森井あいみ

浜辺比留子

堂本光壱

金条敬樹

薪木斧太

 

対して、死んでしまった者の名前をお館様から聞いても、はっきりと認識することが出来なかった。

音として覚えてはいるが、それがそれぞれの顔と重ならない。

 

なんて薄情な人間だと打ちのめされた気分だ。

 

「ぴぃぴぴぴいいい!!ぴぴいいーー!!!!ぴいいいいいぴいいいいいいい!!!!!」

 

自分はまだ未熟者だ。

だが完璧超人が居るのなら、その人が戦いの場に出るのが一番だ。

鬼ですら傷を負わせられず、鬼を簡単に切り裂き、あの鬼舞辻無惨ですら倒せてしまうような、神の御技を持つ者が。

 

「ぴーーーーーーーー!!!!」

 

仮にそんな完璧超人ですら、この世界の理不尽を止められないというのなら、美しい志が失われていくことは誰にも止められず、鬼殺隊のやっていることは、ただの悪足掻きであり、徒労ということになる。

 

俺のやっていることも、結局は無駄な…

 

「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!!!!!」

 

「うるさいぞぴぴ男!!!!!!!!!

だ ま れ!!!!!!!!!!!!!」

 

「ぴぎぃーーーーーーーーっ!!!!??」

 

沈む思考を中断され、思わず煉獄は怒鳴ってしまった。

ぴぴ男は天を仰いで、ポロポロと大粒の涙を流して大泣きしている。

まるで童のようだ。

 

「うむう!悪かった!俺が悪かったぴぴ男!ちょっと考え事をしていたのだ!許してくれ!!」

 

頭をポンポンと撫でてやると、ぴぴ男は嘘のように泣き止み、笑顔を見せた。

 

完全に子犬のあやし方である。

 

ふと、父上の言葉を思い出す。

 

「いっそ犬のように暮らせたら、くだらん夢を見ずに済むのかもな」

 

フッと笑う煉獄。

 

「そうですね。考えても仕方のないことは、考えない方がいい」

 

「ぴー?」

 

首を傾げるぴぴ男。

煉獄は胸を張る。

 

「俺たちに必要なのは覚悟だ!!そして行動だ!!答えの出ないことを考える暇はない!!」

 

「ぴぴー!」

 

ぴぴ男は腕を突き上げて賛同する。

 

鬼殺隊に必要なのは、この世の全てを受け入れ、挑み、打ち勝つこと。

ぴぴ男のおかげで、少しだけ早く、そのことに気付けた。

 

「礼を言うぞ!ぴぴ男!!」

 

「ぴぴぴーーー!!!」

 

気を取り直し、煉獄とぴぴ男は、初の任務となる鬼の出没地点まで駆けていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「おや増援か。たった一人でご苦労な……ん?なんだその狂人は?」

 

木々の生い茂る森の道。

石造りの階段や祠には苔が生え、覆っている。

雅楽装束のような着物を着た細い老人が、階段の先に腰かけていた。

煉獄とぴぴ男を見ても余裕を崩さず、にこやかに笑っている。

その瞳は赤く、鬼であることを隠そうともしていなかった。

 

「寂しくはない、安心せい。

今ならまだ、仲間達が三途の川で待っておる」

 

煉獄とぴぴ男が見たものは、血を流して倒れ伏す鬼殺隊の仲間達の遺体だった。

 

「ほれ、ひい、ふう、みい……九つかの?転がっておる鬼狩りの死骸は」

 

(死骸。

死骸と言ったか?この鬼は……

 

俺の仲間を!!!!!)

 

まるで虫けらのような言いぐさに、煉獄は溶岩が沸き立つような怒りを覚えた。

彼らの顔には見覚えがある。

 

安達アスム、安達アスカ、神吉友也、森井あいみ、浜辺比留子、堂本光壱、金条敬樹。

そして名も知らぬ二人の剣士。

おそらくは新人の鬼殺隊士を先導していたのだろう。

 

「儂が内臓を啜った童の死骸が5つある。おっとまだ童が一匹生きとるのう」

 

わざとらしく聞こえるのは、この鬼が、鬼殺隊がその子を守ろうとして動きが限定的になることを見越しているからだろう。

人質に取ったようなものか。

 

「まあ皆仲良く手でも繋いで、三途の川を渡るが良い」

 

歌うように喋る鬼に、腸が煮えくり返る。

 

「ぴぎ…!」

 

ぴぴ男も歯軋りをして、与えられた日輪刀を握りしめた。

ぴぴ男の姿が消え、刀を振りかざして特攻を仕掛けた。

 

「ぴぴ男!!!」

 

煉獄も駆け出す。

幸い、『攻略の手がかり』は知っている。

あとは臨機応変に対応するのみ!!

 

ぴぴ男の攻撃をヒラリとかわし、老人鬼は笛を口に当てた。

 

「ぴぴ男!耳を閉じろ!!」

 

煉獄は言いながら、己の耳を両手で塞いだ。

勢いよく叩いたため、バンと大きな音がする。

 

老人鬼の不気味な笛の音が響く。

 

言われた通り耳を塞いだぴぴ男だったが、さらに踏み込もうとした足が滑った。

 

「ぴぎぃ!!??」

 

ぴぴ男はその場に転倒し、手足をジタバタと暴れ回らせていた。

 

「ほほほっ!不自由なものよなあ」

 

老人鬼の前に、二匹の餓えた犬が姿を現す。

煉獄はジッとぴぴ男、犬、老人鬼、そして仲間の遺体を見ていた。

 

「儂の笛の音は神経を狂わせる。足を動かそうと思えば頭が動き、手を動かそうと思えば足が動く」

 

血鬼術にかかったぴぴ男は、身体の操作が思うように効かず、汗を流しながら右往左往していた。

 

「お前達人間が日々重ねてきた鍛練も、儂の笛一つで全て無駄」

 

無駄。

死んで、消えて無くなるから、何をしても無駄。

心も、努力も意味がない。

無情に消える人間達を嘲笑う鬼。

 

「ひっくり返された虫けらのようにのたうち回っておる内に…」

 

老人鬼が笛を構え、二匹の犬を繰り出した。

 

「犬に喰われて死ぬとは喃」

 

一匹は倒れたぴぴ男に、もう一匹は、立ち尽くした煉獄へと飛びかかった。

 

ーーーーーーーーーー

 

煉獄杏寿郎は思う。

 

人生は選ぶことの繰り返し。

けれども選択肢は無限にある訳ではなく、考える時間も無限にある訳ではない。

 

刹那で選び取ったものが、その人を形作っていく。

 

ここで戦い、もがき、守ろうとした仲間を想う。

 

誰かの命を守るため、精一杯戦おうとする人は、ただただ愛おしい。

 

清らかでひたむきな想いに、才能の有無は関係ない。

 

誰かに称賛されたくて命を懸けているのではない。

どうしてもそうせずにはいられなかっただけ。

 

その瞬間に選んだことが、自分の魂の叫びだっただけ。

 

ああ、この叫びを、どう表したらいいのだろう。

 

まるで炎のような志を。

自分の全てを出しきる想いを。

 

 

「心を 燃やせ!!!!」

 

煉獄杏寿郎は叫んだ。

心のままに刀を振るった。

 

(そうだろう!みんな!!!)

 

煉獄は襲いかかる犬の首を斬り落とした。

 

ぴぴ男は煉獄の声に反応し、弾かれたように刀を振るった。

その刃は犬の首を斬った。

 

「は?」

 

老人鬼は、この異常事態に放心した。

その間に、煉獄の炎の刃が迫り、鬼の首を斬った。

炎の虎のような猛烈な斬撃。

 

「ほ……」

 

宙を舞い、地面に落ちる老人鬼の首。

 

鬼は納得がいかず、未練がましく思考する。

 

(何故じゃ!?耳を塞いでも笛の音は聞こえたはず!)

 

自分の血鬼術に絶対の自信を持っていたから、破られた理由が分からない。

 

(いや!そうかあの時じゃ!こやつ…)

 

煉獄が耳を塞いだ時のこと。

 

(平手で強打し、己の鼓膜を破ったのか!!)

 

笛の音が聞こえなければ、術にかかることもない。

致命的な弱点があったことに気付かなかった。

しかし、何故煉獄は、老人鬼の血鬼術の攻略法を知っていたのだろうか。

 

「仲間が指文字で、お前の能力を示してくれていた。

みんな体が思うさま動かない中で。

断片的な情報だったが、俺には充分だった」

 

仲間の遺した手がかりを、煉獄は見逃さなかった。

彼らの意思を受け継ぎ、為し遂げるために。

 

「糞!!糞ッ!!儂は!!」

 

老人鬼は疎まれ続けた己の人生を垣間見た。

夜に口笛を吹けば蛇を呼び、お前の笛は不幸を呼ぶと。

人々を不安にする不協和音だと。

その笛の音が、あの御方を呼び寄せたのだ。

 

「儂は!!この笛の音で『十二鬼月』に…!!」

 

老人鬼は往生際悪く叫びながら、塵となって消えた。

 

煉獄は生き延びた子供を抱きしめた。

 

「もう大丈夫だ!」

 

生きている娘の温もり、安堵の泣き声に、煉獄の表情もほころぶ。

 

「ぴぴ男!無事か!?」

 

「ぴ……」

 

子を抱き上げ、ぴぴ男の元へ駆け寄る。

ぴぴ男は倒れたまま、夜空を仰いでいた。

自分は何も出来なかったと、無力感にうちひしがれているのだ。

 

「お前は奴の血鬼術に勝った!!」

 

「ぴ?」

 

ぴぴ男が身体を動かし、刀を振るえたのは、狂った神経の動きを全て把握し、身体の動かし方を再調整したからだ。

 

「術にかかった上で、その対策を実行した!お前は凄い奴だ!誇りに思う!!」

 

「ぴ……ぴ……」

 

ぴぴ男は涙を流した。

煉獄を見るだけでは駄目なのだ。

煉獄の生きざま、その見ているものを見なければ、自分は、いつまで経っても弱いままだ。

 

煉獄は仲間の遺体を整えてやり、木にもたれかからせてやる。

安達アスム、安達アスカの兄妹は隣合わせて。

 

(みんなのお陰で命を守れた)

 

かれらの戦いの足跡、仲間を信じて指文字を残してくれたことに、心の底から感謝と、畏敬の念を覚える。

 

(ありがとう。最期まで戦ってくれて。

自分ではない誰かの為に)

 

安達の、残った手を掴む。

そこに残る、僅かな熱を受け取るように。

 

(助けてくれてありがとう)

 

言葉には出さずとも、煉獄は彼らに語りかけるように。

 

(君たちのような立派な人に、いつかきっと、俺もなりたい)

 

己の人生の目標として、彼らの生き様を、心に焼きつけたのだった。




同期組全滅イベント好き。

これで煉獄さんと一緒に最終選別を生き延びたのはぴぴ男と薪木斧太くんだけ。
鬼滅世界の残酷さが味わえて楽しかったあ……(魘夢風)

映画も最高だから皆、見て!(宣伝)


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煉獄杏寿郎 外伝 前編

あらすじ

劇場版鬼滅の刃・無限列車編公開
煉獄杏寿郎の過去を描いたスピンオフが掲載
乗るしかない、このビッグウェーブに!!!


ほの暗い闇の中、黒光りする拳銃を撫でる男は、忌々しげに口を開いた。

 

「奴についてどこまで話したか…ああ、思い出した」

 

一人の憐れな鬼殺隊が、影の中にほぼ全身を沈ませ、首だけが浮かび上がっていた。

その周囲に、影で構成された狼が数匹、舌舐めずりをしていた。

 

「あの雄鳥のような不気味な目。

鶏冠のような不快な顔。

奴だけは許せん。復讐してやる……」

 

黒い軍帽、黒いマント、軍服のような格好の男。

顔面には三角が並んだダンダラ模様が浮かんでいる。

 

「クソッ!!奴の姿が今でも脳裏にこびりついて……離れない……クソクソクソクソ!!!!!

クソあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

ブルブルと震えた男は、唐突に拳銃をこめかみに当て、頭を撃ち抜いた。

 

「!?」

 

その瞬間、影の狼が一斉に鬼殺隊の少年に噛みついた。

 

「ぎぃ!!ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

肉を引き裂く異音と命を貪られる絶叫が響く中、自害した男の頭部は修復されていく。

 

「ふううううう……助かった…

危うく憤死するところだった……」

 

ヨロリと立ち上がったその鬼は、既に何も聞こえなくなった部屋で一人、呟く。

 

「ええと…それで、奴についてどこまで話したか……」

 

その瞳には、『下弐』と刻み込まれていた。

 

「必ず殺してやるぞ……煉獄!!!」

 

ーーーーーーーーーー

 

よく晴れた朝。

煉獄家の門の前で、一人の男がホウキで掃き掃除をしていた。

サッ、サッ、と枯れ葉を掃く音が聞こえる。

男の顔は特徴がなく、陽炎のように曖昧だった。

しかし大きく開かれた目だけが、爛々と輝いていた。

 

その男の前に、一人の来訪者が姿を現す。

 

「あら、ぴぴ男さん」

 

明るい女の声がする。

桃と黄緑色の髪をした、発育のいい体型の少女。

 

『甘露寺蜜璃』である。

 

「あっ!甘露寺ちゃん!久し振りだな!」

 

煉獄家の掃除をしていた男は、パッと顔を輝かせた。

対して、甘露寺はポカンとした表情になる。

 

「ぴぴ男さんが喋ってるわ!!」

 

口に手を当てて驚いている。

ぴぴ男と呼ばれた男は、ああ、と納得したような表情。

 

「いや、実はね?」

 

男はホウキを旗のように地に置き、胸を張った。

 

「この度ぴぴ男は!煉獄さんの威光で正気を取り戻しました!!

そしてなんと!喋れるようにもなりましたあ!!」

 

「わあ!おめでとうございます!」

 

パチパチパチと拍手する甘露寺。

 

「そしてえ!誠に光栄なことにいい!!

煉獄さんから「影満」という名を頂いたのです!!!」

 

「まあ!師範が名付け親だなんて素敵だわ!」

 

男の名は『影満』。

『煉獄杏寿郎』に拾われ、彼の生きざまを見ることに喜びを見出だす者。

 

「という訳で、これからは俺のことを影満と呼んで欲しいな!」

 

「分かりましたぁ!影満さん!」

 

パァーっと笑顔の影満と甘露寺。

 

「あ、それじゃあ、影満さんは「煉獄影満」が本名になるんですか?」

 

「ん、いや、苗字は「虚淵」だよ。虚淵影満」

 

甘露寺は意外に思った。

ぴぴ男の頃から煉獄さん大好きっ子な影満なら、煉獄家の苗字を欲しがると思ったからだ。

 

「いやー、煉獄さんの苗字を頂くなんて畏れ多いし、何より……」

 

影満は懐から包丁を取り出した。

 

「ひゅい!?」

 

突然の凶器に、甘露寺は飛び上がる。

 

「あ!ごめんごめん!驚かせちゃったね」

 

影満は刃先が相手に向かないように持ちかえ、持ち手の部分を見せた。

 

「この包丁、俺が唯一身につけてた物なんだ」

 

「ああ、影満さん記憶が無いんでしたよね?」

 

甘露寺が気遣うように言った。

 

「そうそう。んで、この包丁に名前が書かれててさ。虚淵って。たぶんこれが俺の苗字なんだと思う」

 

「ふむふむー」

 

甘露寺が包丁に刻まれた名前を見た。

確かに虚淵と書かれている。

その包丁は何かの血がべっとりと染みついており、甘露寺は顔を青くした。

 

「こ、これ、お料理用の包丁じゃないと思うんですけど…」

 

「ああ、なんか血ぃついてるよね。たぶん豚か何かでしょ」

 

影満は包丁を懐に仕舞う。

 

「改めまして、ようこそ煉獄さんの家へ!!ささ、どうぞ中へ!」

 

「あ……ありがとう、ございます」

 

甘露寺が申し訳なさそうに顔を下げる。

その表情を見て、影満は足を止める。

 

「何か悩み事か?」

 

「へ!?」

 

胸中を見抜かれたような気がして、甘露寺は顔を上げた。

影満は得意気に胸を張る。

 

「俺は「温度」を触ることなく見ることが出来てな!人間の体温の変化から、その人の感情までが読めてしまうのだ!」

 

「へええー!本当ですか!?凄いです影満さん!」

 

共感覚を持つ影満。その珍しさに甘露寺も興味津々。

影満はギンと目を見開く。

 

「俺にかかれば体温で体型が丸分かりだから、服なんて透けて見えるぞ!!」

 

「ひょええええ!!?そ、それは犯罪です!!すけべなのは駄目ですー!!」

 

身体を抱くように隠す甘露寺。

影満は大口を開けて笑う。

 

「はははっ!冗談冗談!!」

 

「もー…どこまで本気なんですかー?」

 

気の抜けたような笑顔になる。

しかし、すぐに迷うような表情になってしまう。

自分では解決できそうにない問題だと、影満は察するも、煉獄さんなら解決してくれるという絶大な自信があった。

 

「煉獄さんは朝の特訓中だ!それが終わったら昼ごはんだから、一緒に食べていくといい!」

 

「えっ!」

 

昼ごはんと聞いて、甘露寺の顔が輝く。

人より数倍の食欲を持つ彼女は、食事こそが何よりの生き甲斐であった。

しかしお年頃な少女。ここはおしとやかに返すべきと理性が諭す。

 

「そんな…急に来て申し訳ないです……

いただきます!!」

 

「どっちだよ」(素)

 

影満すら突っ込み役に回す、甘露寺の独特の明るさ。表情の多彩さ。

これには影満も敵わない。

 

「あ、だったら、代わりにホウキ掃除しといてくれないか?俺は昼ごはん大盛りに注文しとくよ」

 

「やります!やらせていただきます!!」

 

大盛りと聞き、目を輝かせてホウキ掃除をする。

 

影満は中に入ると見せかけて、チラリと甘露寺の背中を見た。

 

煉獄家の玄関でホウキ掃除をする美少女。

これほど映えるものはない。

煉獄さんを彩るものを血眼で探す影満にとって、甘露寺は天から降ってきた奇跡のような存在だ。

 

(煉獄家玄関、美少女、ホウキ……最高すぎる……)

 

可愛らしい甘露寺が居るだけで、煉獄家が華やかになる。

影満は口を押さえて涙ぐんだ。

 

「うっ…うう、う……」

 

嗚咽を漏らして泣き始める。

その声に反応して甘露寺が振り返った。

 

影満は甘露寺の美しさに震え、感涙した。

唇を噛むように、喉から言葉を零れ落とす。

煉獄を引き立てる存在として。

 

「君は美しい…」

 

「はえええ!!?」

 

甘露寺は顔を真っ赤にして叫んだ。

年上の男からの大胆な告白。

実際には影満にそんな気はなく、煉獄を彩る要素としてしか見ていなかった。

 

ーーーーーーーーーー

 

煉獄家の修業所で、木刀をぶつけ合う激しい音が響いている。

 

「どうした!どうした!しばらく稽古をつけないうちに!身体が鈍っているぞ!!」

 

大声量で打ち込み続ける男。

その熱量に違わぬ炎のような男で、金と赤の燃えるような髪色をしている。

表情は力強い笑顔だ。

 

「そんな打ち込みでは剣士としてやっていけないぞ!頑張れ!甘露寺!!」

 

健康的な汗を流しているのは、煉獄家長男であり鬼殺隊の剣士

 

煉獄杏寿郎である。

 

階級は『甲』(きのえ)

 

鬼殺隊の階級は十段階あり、煉獄の『甲』は一番上。柱を除けば鬼殺隊最上位の役職である。

鬼殺隊は実力主義だ。

煉獄のように若い人間だとしても、実力が本物ならどんどん上の階級に昇れる。

 

そんな煉獄の打ち込みを防御し、さばいているのは甘露寺だ。

かなりキツいのか、顔は真っ青、口はぐにゃぐにゃで涎が垂れかけている。

 

「ひゃい~!で、でもお腹ぺこぺこで……」

 

「なにぃ!?」(威圧)

 

「ひいい~!お腹と背中がくっつきそうなんです~~!!」

 

煉獄の攻撃と威圧にも負けない胆力。

それでいてお腹がすいたと言える抜けっぷり。

 

甘露寺蜜璃

階級は『癸』(みずのと)

十段階の中で一番下。まだ入りたての新人であり、部下を持つこともない。

 

「甘味休憩を所望します!」

 

「さっき昼餉を取ったばかりだぞ!!」

 

つい一時間ほど前に特盛ごはんを食べていたはずなのだが、煉獄との修業で消化してしまったらしい。

 

その時、煉獄の横から、影満が薙ぎ払うような攻撃を仕掛けた。

 

「むっ!」

 

煉獄はすかさず防御。木刀同士がぶつかる音がする。

 

「煉獄さんと甘露寺の修業!!ごはんが進む!!!」

 

「何を言ってる!?」

 

同じく修業を積む影満。

煉獄は二人を相手取り、より一層打ち込みを激しくした。

『甲』の立場である煉獄は、他の鬼殺隊士に教えを受けさせることも多くなった。

ただ、煉獄の性格と炎の呼吸の難しさから、その修業は非常に過酷で、脱落者が後をたたなかった。

そんな中、甘露寺、そして影満だけが、煉獄の『継子』として修業を積んでいた。

 

虚淵影満

階級は『庚』(かのえ)

下から四番目であり、十段階のうちの下半分ということになる。

そこまで偉くない。

影満は煉獄と同時期に鬼殺隊に入った。

同期で階級が著しく違うというのは珍しくない。

というのも、鬼殺隊の昇級基準は「どれだけ強い鬼を倒したか」であり、倒した鬼の強さに応じて数値が貯まるような計算になる。

「経験値」のようなものか。

その昇級数値は人数で割られるため、例えば三人で倒した場合、数値は三人に分散される。

逆に一人で強い鬼を倒し続ければ、昇級数値は独り占めできるので昇級も早い。

煉獄は単騎で強く、たった一人で多くの鬼を倒してきた実力が認められ、甲にまで登り詰めた。

 

しかし影満は煉獄にべったりとついて離れないため、必然的に昇級数値の溜まりも悪い。

 

そのため『庚』で止まってしまっていた。

 

「影満!!お前もやっと喋れるようになったのだから!一人で任務につくべきだ!!」

 

「ええーーー!!!やだやだやだやだあ!!!!」

 

「うふふ!頑張れ頑張れ影満さん!」

 

未だに煉獄離れが出来ない影満を、煉獄は自立しろと諭す。

当の影満は子供のように泣き叫んで嫌がった。

「ぴ」しか喋れないぴぴ男状態ならともかく、折角正常な精神を取り戻したのだから、一人の大人として振る舞ってもらわねばならぬ。

甘露寺は朗らかな笑顔で笑った。

 

「甘露寺!呼吸が乱れているぞ!!なんでもいいから技を撃て!!」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

甘露寺は気を引き締め、強く足を踏み出した。

彼女の口から、ゴオォと小さな炎が吹き出す。

胸を大きく膨らませ、全身に力を入れる。

 

ーーー炎の呼吸・壱ノ型

 

道場の床が軋む。

強烈な踏み込みからの居合い斬り!

 

『不知火』

 

煉獄は木刀を盾にして受け止めた。

 

「むぐ!」

 

ギシリと木刀が悲鳴をあげた。

煉獄の身体が揺れるほどの威力。

甘露寺の細腕から繰り出される怪力は、煉獄の全力の踏ん張りと同等だ。

 

「うむ!いい一撃だぞ!!」

 

「わあ!ありがとうござ」

 

木刀でコンと頭を叩かれる。

 

「あいたっ!」

 

「技を打った後も油断するな!」

 

ぎゅっと目を瞑る甘露寺。

一発の技を打って戦闘が終わるとは限らない。

むしろ技と技を繋ぎ、止まる隙のない動きを身体に染み込ませなければならない。

 

「ううう…成功すると、つい油断しちゃいます~」

 

しょんぼりした表情の甘露寺。

彼女は炎の呼吸を使えるが、それは煉獄に比べると、中途半端と言わざるを得ない。

 

そんな時、影満が陽炎のように揺らめき、深く呼吸をした。

 

ホオォ、と鯨の鳴き声のような音。

 

ーーー陽炎の呼吸・壱ノ型

 

影満もまた、煉獄に向かって技を打つ!!

 

『鬼火』!!!!

 

残像が残るほど速い踏み込み、視覚できないほど低く身を屈め、一気に居合い斬りを放つ!!

 

「!!」

 

甘露寺は影満の技を認識できず、影満の残像と煉獄を交互に見ていた。

 

ギチリ、と木刀同士が鍔迫り合いをする音。

 

顔を近付け、木刀を押し合う煉獄と影満。

 

「素晴らしい速度と威力だ!影満!!」

 

「ありがとうございます!煉獄さん!!」

 

バッと間合いを取る二人。

甘露寺は影満の技名に首を傾げる。

 

「陽炎の……呼吸?」

 

「ああ!俺の、俺による、煉獄さんのための技だ!!」

 

「なるほど????」

 

甘露寺が疑問符を大量に浮かび上がらせる。

そこに煉獄による補足が入る。

 

「『陽炎の呼吸』は影満の我流だ!

『炎の呼吸』よりも影満に適した形に、自分で一から作り上げたのだ!」

 

「自分の…呼吸……」

 

『陽炎の呼吸』は『炎の呼吸』の派生。

 

影満が煉獄に追い付くために、煉獄との共闘を念頭において練り上げた型。

 

「すごい……凄いわ影満さん!自分で自分の居場所を作ったのね!」

 

きゃいきゃいと笑って跳ね踊る甘露寺。

影満も照れ臭いのか、身体をぐねぐねさせて躍り出した。

 

「こら!修業は終わってないぞ!!あと打ち込み千回だ!!!」

 

「はい!!!」

 

「ひゃ」(ぐうううう)

 

愛想良く返事する影満と、返事より腹の虫の音が遥かに大きい甘露寺。

 

「腹の音で返事をするな!!!!」

 

これには煉獄も全ギレである。

 

そんな時、道場の襖が開き、煉獄の弟、千寿郎がちょこんと座っていた。

 

「お疲れ様です兄上、影満さん、蜜璃さん。

お菓子を作って参りました。どうですか一息…」

 

兄の杏寿郎と違い、大人しめの雰囲気の少年。

その千寿郎に、甘露寺と影満が飛び付いた。

 

「ありがとう千寿郎く~~ん!」

 

「千寿郎くんペロペロペロペロ!!!」

 

「わわわわわ!」

 

甘露寺と影満に左右から抱き締められる。

美少女と小さい少年が抱き合う甘露寺の方は微笑ましい光景だが、大の男が少年の頬を舐める影満の方は完全にヤバイ絵面である。

 

「こらこら!まだ修業は終わってないぞ!!」

 

すぐ休憩を挟もうとする弟子達に困り顔の煉獄。

 

「あ…兄上もいかがですか?薩摩芋の菓子もありますよ?」

 

「!」

 

薩摩芋と聞いた途端、煉獄の表情が変わる。

 

「休憩だ!!!!」

 

修業終了のお知らせ。

 

「やったー!!」

 

「ヒャッハーーーー!!!!」

 

甘露寺は跳び跳ねて喜び、影満などは世紀末の暴走族のような奇声をあげた。

 

 

桜の舞い散る縁側に並んで座り、甘露寺は頬についた餡子に気付かぬほど、ぱくぱくと桜餅を頬張っていた。

 

「ん~!おいしい~!!無限に食べれちゃうわ!」

 

彼女がその気になれば那由多永劫に桜餅を食べ続けるだろうよ。

 

「良い香りだ!」

 

煉獄は渡された薩摩芋のお菓子を見る。

 

「「すいーとぽていと」という洋菓子です。蜜璃さんに作り方を教わって作ってみました」

 

「めっちゃ横文字じゃ~ん。うける~」

 

影満などは気が緩みすぎて口調が平成初期のギャルのようになっている。

ちなみに彼が食べているのは中にカスタードクリームが入ったロールパイ。

美味しい。

 

「千寿郎くん凄いわ!なんでも作れちゃうんですもの!」

 

「菓子職人になっても喰っていけるよ!」

 

「えへへ…」

 

女子力の高い会話をする甘露寺と千寿郎、千寿郎を誉めちぎる影満。

 

スイートポテトを食べた煉獄が、化学反応を起こしたように叫んだ。

 

「わっしょい!!」

 

「でたー!師範の「わっしょい」だー!」

 

「ヒャアァッハーーーー!!!!」

 

美味しさの余り祭りの掛け声を叫ぶ煉獄。

煉獄家ではこれが名物と化していた。

影満は気が触れたように喜び叫んだ。

 

「そうだ!千寿郎、あれを」

 

「はい!」

 

煉獄の合図に、千寿郎が元気に立ち上がる。

どこかにトテテテと歩いてき、箱を持って戻ってきた。

 

「?」

 

甘露寺は桜餅を頬張りながら、首を傾げた。

箱を開けると、質のいい無地の羽織りが入っていた。

 

「仕立てに時間がかかってしまった。

遅くなったが、鬼殺隊士になった御祝いだ!」

 

煉獄からの、甘露寺への贈り物。

煉獄は甘露寺の目を真っ直ぐ見て、激励の言葉を送った。

 

「改めておめでとう!甘露寺!!

僅か半年で最終選別を突破するとは凄いことだ!!

これからは師弟ではなく仲間として!共に歩み頑張っていこう!!」

 

心へと直接響く、燃えるように熱い言葉。

煉獄から認められた嬉しさに、甘露寺は胸が打ち震える。

 

「師範……いや、ありがとうございます!煉獄さん…!!」

 

嬉し涙を流しながら、羽織りを抱き締める。

 

「私、頑張ります!!」

 

「うむ!」

 

背中をぽむちぽむちと叩く煉獄。

それを影満は滝のような涙を流して見つめていた。

 

(なんて……尊い光景なんだ……これはぁ……)

 

煉獄さんの弟子が最終選別を突破し、一人の鬼殺隊の仲間として成長する。

煉獄さんの教えが、こうやって広まっていくのだ。

 

「ウッ、素晴らしい……ウぅおッ」

 

嗚咽を漏らす影満。

千寿郎は困ったような笑顔で、影満に手拭いを渡していた。

 

「あっ!ちょっと待っててください!」

 

甘露寺は席を立ち、別の部屋に行ってしまう。

少し経つと、甘露寺は隊服を着込んだ上に羽織をかけて戻ってきた。

 

「えへへ、ぴったりです!煉獄さん!」

 

はにかむように笑う甘露寺。

その胸元は大きく開いており、足はズボンではなくスカートのようになっている。

その上に先程の羽織りを着ている状態だ。

 

しばし固まっていた煉獄が、カッと目を見開いて叫んだ。

 

「なんだその格好は!!」

 

「ええっ!?」

 

甘露寺は予想外のコメントに顔を青くする。

 

これには千寿郎も戸惑う。

 

「え…?鬼殺隊ってこれが普通なんじゃ?」

 

千寿郎は隊服の違いや、鬼殺隊の常識を知らない。

煉獄と甘露寺の反応の違い、常識の温度差があった。

 

「あられもないな!!」

 

「素肌面積多すぎるんじゃない?(笑)」

 

煉獄と影満が笑いながら感想を言う。

 

「そんな!でもこれが公式だって隠の人が~!」

 

「なんと!」

 

甘露寺の話では、ゲスそうな眼鏡をかけた隠と呼ばれる隊員が、隊服を渡す際に言っていたそうだ。

 

「公式なら仕方がないな!」

 

「で、ですよね!」

 

パッと笑顔になる甘露寺。

騙されているという可能性を考えない辺り、煉獄達の人の良さと愚直さが窺える。

 

「煉獄さんが公式と言ったものが公式!当たり前だよなぁ!!!」

 

煉獄至上主義の影満は相変わらず。

 

穏やかに時間が過ぎる中、煉獄の鎹烏が青空から舞い降りた。

 

「カアァ!!伝令!伝令ィ!!

炎柱ァ!柱合会議に至急向カエェ!!」

 

空気が張りつめる。

炎柱、つまり杏寿郎の父、煉獄槇寿郎のことだ。

杏寿郎は無言で立ち上がる。

 

「あっ…兄上」

 

「すぐに戻る!」

 

そう言うと、杏寿郎は父の部屋へと歩いていってしまった。

父親の状態を知っている千寿郎は、不安そうに視線をさ迷わせた。

甘露寺にも察しはついた。

何度か槇寿郎の姿を見たことがあったが、キツい視線を向けられるだけで、あまり話をしてくれたことはない。

 

ーーーお前にも、才能などありはしない

 

その冷たい言葉が、頭に残っている。

 

沈黙を破るように、影満が膝を叩いた。

 

「こっそりついて行こうか!なっ!」

 

千寿郎の背中をポンポン叩き、杏寿郎の後を追うように促した。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「俺は行かない」

 

お館様からの召集がかかっても、槇寿郎は応じなかった。

布団の上に横たわり、部屋着のまま書物を読んでいる。

その部屋には、炎柱の羽織りだけが丁寧に飾られていた。

 

「行きたければお前が行け。俺にはどうでもいい」

 

無気力に答える槇寿郎。

影満達は襖の前に四つん這いで忍び寄り、こっそりと話を聞いていた。

 

「……」

 

しばしの沈黙。

両の脚を失った後も、義足をつけて炎柱として戦っていた槇寿郎。

しかし、最近では任務に出る気力すら無くしてしまったようだ。

鬼殺隊、柱であるにも関わらず、お館様の召集に応じないというのは、流石に話が通らない。

 

「……しかし父上」

 

「うるさい!!!」

 

杏寿郎が口を開いた瞬間、槇寿郎は酒瓶を投げつけた。

背後の襖に当たり、瓶が割れる音がする。

 

「ぴぎぃ!!」

 

襖に耳を当てていた影満は飛び上がった。

 

「俺に話しかけるな!!どうせお前も大した人間にはなれないのだ!!

炎の呼吸も!柱も!!全て無駄なことだ!くだらない!!」

 

全てを否定して喚き散らす槇寿郎。

そこには柱としての威厳は残っていなかった。

 

ふと、炎をあしらった羽織りを見て、母親である瑠火の言葉を思い出す。

 

ーーーいいですか杏寿郎。

あれは炎柱だけが纏うことを許されている羽織り。

貴方も父上のような、立派な炎柱になるのです。

 

(母上……)

 

煉獄は無言で立ち上がり、酒瓶の破片を手で集めてから、一礼して部屋を出た。

 

ーーーーーーーーーー

 

手入れされた砂利が広がる、上質な屋敷の庭。

鬼殺隊の本部であり、その頭目である『産屋敷耀哉』の住み家でもある。

巧妙に隠されたこの場所は、これまで一度も鬼に特定されていない。

 

ここで半年に一度、『柱』が集まって報告をし合う『柱合会議』が開かれる。

 

庭には6人の『柱』が横一列に整然と並び、膝をついて頭を垂れていた。

 

『岩柱』悲鳴嶼行冥

『音柱』宇髄天元

『風柱』不死川実弥

『水柱』鱗滝錆兎

『花柱』胡蝶カナエ

『鳥柱』佐々木眞一郎

 

鬼殺隊の最高戦力が集結。

錚々たる顔ぶれである。

 

影になった屋敷の中へ、子供達と共に、お館様『産屋敷耀哉』が姿を現した。

美しく儚げで、桜の花を連想させる人物だ。

 

「半年ぶりだね、私の可愛い剣士たち。

皆息災だったかな?」

 

穏やかな声音が響いた。

風柱、不死川実弥が真っ先に挨拶をする。

 

「はっ。お館様におかれましても、ご健在で何よりでございます」

 

不死川にとって、この世で唯一最大に尊敬できる存在。

言葉の一つ一つにまで誠意を込めて話をしていた。

 

「前回より随分と寂しくなってしまったね。鬼舞辻の勢力は依然強まるばかりだ」

 

鬼殺隊の殉職率の高さは依然として変わらないが、『柱』にも死者が出ている。

 

「申し訳ないが、自ずと君たちに頼る機会も増えていく。皆、今以上にお互いを支え合い、任務に励んでほしい」

 

労り、勇気づけ、激励する。

産屋敷の言葉には、人の底から活力を産み出させるような力があった。

 

「御意」

 

皆が心から平伏し、頷く。

 

「…ところでお館様」

 

不死川が視線を下に向けたまま、少し離れた場所に正座する、煉獄杏寿郎へと意識を向けた。

その後ろに当然のように正座している影満には、驚きと怒りが一周回って虚無となり、無視することにしたらしい。

 

「何故『柱』でもない者がここへ?『炎柱』煉獄槇寿郎殿はどうされたのですか?」

 

髪の色や顔立ちからして、杏寿郎が彼の息子であることは窺える。

杏寿郎は口を開いた。

 

「父上は……」

 

「おい」

 

その言葉を、不死川の冷たい声色が凍りつかせた。

血走った目で煉獄を睨み付ける。

 

「お前に柱の代わりが務まんのかァ?」

 

肌を刺すような威圧感。ビリビリと空気が揺れている。

 

(これが『柱』!なんという圧!!)

 

煉獄は身体を強張らせた。

しかしその表情は晴れやかだ。

 

(強い鬼と戦った猛者は佇まいからして違う!

文字通り彼らが鬼殺隊を支えているのだ!

尊敬する!!)

 

煉獄の真っ直ぐな心は、不死川の圧にさえ負の感情を抱かず、畏敬の念すら覚えた。

立場の違いから、一方的に絡んでいる構図を、産屋敷が割って入る。

 

「実弥、あまりいじめちゃいけないよ。

その説明をしてもらうために杏寿郎を呼んだんだ」

 

不死川は即座に頭を下げる。

先程までの殺気が嘘のように消えた。

煉獄の意識もまた、産屋敷に釘付けになる。

 

(鬼殺隊当主 産屋敷耀哉様…

やはり不思議な声色だ。穏やかな春風に身を任せているような気持ちになる)

 

産屋敷と会うのは数年ぶりだが、その独特の雰囲気は変わっていない。

こちらの心を開放したいと思わせてくれる。

 

「皆、槇寿郎を心配しているんだ。彼の家での様子を教えてくれるかい?」

 

炎柱の私生活を知る者はいない。

仲の良かった隊士や同期は皆死んでしまった。

 

「……確証はありませんが」

 

杏寿郎は静かに語り始める。

 

「母「瑠火」が昏睡状態になってから、槇寿郎は気力を保てなくなったように思います。

任務に酒を持ち込むようになり、現在は自室に籠り、任務前でも断酒できなくなりました。

呼吸法の鍛練も止めてしまい、何をしても『日の呼吸』の劣化だと」

 

任務を放棄し、鍛練すら止めたとなれば、鬼殺隊として死んだも同然。いや、それよりも酷い悪性の腫瘍となる。

悲鳴嶼は盲目の瞳から涙を流した。

 

「ああ、おいたわしや……槇寿郎殿は『柱』古参。本来ならば皆を纏めねばならない立場だというのに」

 

現状、最長年である悲鳴嶼が『柱』を束ねている状態だ。

彼の次に任期が長い、佐々木も切なそうな顔をしている。

 

「彼を尊敬する隊士は多い。残念に思うだろうね、私を含め」

 

『柱』としての喪失を嘆く声に、唯一の女性である胡蝶カナエが同情の意見を述べる。

 

「大切な人が倒れたんですもの。心の支えが揺れてしまうのも、『人』として仕方の無いことです」

 

「『人』としては正しいが、我らは『柱』だ。死ぬ時まで倒れる訳にはいかないのだよ」

 

胡蝶と佐々木の会話に、鱗滝錆兎が入り込む。

 

「同感だな。『柱』ならば、男ならば、戦うことから逃げては駄目だ。

『日の呼吸』とやらは知らないが、呼吸も意思も、使う人間によって変わる」

 

自分の意思を貫く姿勢こそ、『柱』としてあるべき姿だと説く。

槇寿郎個人の話をしている中、宇髄天元は鬼殺隊全体への影響を考える。

 

「隊員にも示しがつかねえし、地味に士気に関わる。派手に引退を推すぜ俺は」

 

『柱』としての機能を失ったのなら、即座に引き摺り下ろすべき。

自分達を武器や部品として冷淡に計算している。

それでいて「人の心」が組織に及ぼす影響を理解している。それが宇髄天元という男だ。

 

「『柱』が足りねえ。酩酊状態じゃお館様も任務にやれねえ。どうしたもんか……」

 

人員不足は鬼殺隊の性だが、重役である『柱』の数が減っては、任務遂行に支障が出てしまう。

思案する不死川に、煉獄が明るく声をかけた。

 

「それは問題ない!!俺も『炎柱』になれば!父もきっとやる気を取り戻してくれるでしょう!!」

 

煉獄の中では、それは既に決定事項だった。

しかし他の者にとっては、若者の空虚な意気がりに聞こえる。

宇髄に至っては、嘲笑半分、期待半分の笑いが零れた。

 

「はっはっはっ…へぇ」

 

他の『柱』達は判断しかねる様子だった。

多かれ少なかれ、彼らは見てきた。

『柱』を志し、修練し、戦い、無念のうちに死んでいった者達を。

その無情さを知ってしまい、無邪気に応援することが出来なくなってしまった。

自分が『柱』であれば尚更だ。

 

「おい 煉獄杏寿郎」

 

不死川だけは、明確な殺意をもって、その態度を破壊しようとした。

 

「随分自信があるようだなァ…そんなホイホイなれるほど、『柱』は甘くねぇんだよ」

 

「勿論『柱』の昇格条件は理解しています!」

 

元気に答える煉獄。

十二鬼月を倒すか、鬼を五十体倒すか。

今の自分なら、そのどちらも成し遂げられると思っている。

 

「ならお前の腕前見せてみなァ」

 

ゆらりと不死川が立ち上がった。

錆兎は自分が煉獄を試そうとしたのを抑え、さらに不死川を止めようとするのも抑え、ぐぐっとその場から動かなかった。

胡蝶カナエは困ったような表情。

佐々木はチラリとお館様を見る。

宇髄は面白そうだと期待を込めて静観。

 

「不死川」

 

隣に座る悲鳴嶼だけは制止した。

 

「悲鳴嶼さん、頼む」

 

不死川にも譲れない所である。

 

「お館様、お許しください」

 

理性的な言葉はそれで最後。

不死川の姿が消えたかと思うと、次の瞬間には煉獄に回し蹴りを喰らわせていた。

 

その強力な風圧に、後ろに座っていた影満は木っ端のように飛んでいく。

 

「ぴぎぃいい!!??」

 

豚のような悲鳴とともに、後方へゴロゴロと転がっていった。

一方、煉獄は腕を前に構え、不死川の打撃の猛攻を防御していた。

 

まさに風の如き速さで殴り付ける!

 

「早く『柱』になれ!!駆けずり回って鬼を探せ!!」

 

煉獄の「『柱』になる」という言葉に、一番感銘を受けたのは不死川だった。

父であり師でもある槇寿郎の心の炎が消えても、杏寿郎の炎は消えなかった。

 

不死川は煉獄が眩しく見てた。

 

「『柱』の席は空きっぱなしだ!お前はいつ来る!?いつ座る!?

さっさとしやがれ馬鹿野郎がァ!!」

 

だからこそ、『柱』の資格がない煉獄を許せない。

もっと死に物狂いで戦うべき。

その激情を拳に乗せて振るう!!

 

「オラァどうした!やり返してこいやぁ!!」

 

大きく振りかぶって顔面に叩きつけようとした拳を、煉獄が始めて掴んで止めた!

 

「ッ!!」

 

まるで岩盤に手を突っ込んだような重圧。

そして、ついに煉獄が反撃を開始したことに身構える。

だが煉獄の反応は、予想の斜め上を行くものだった。

 

「殴る訳がないだろう!!隊員同士の喧嘩はご法度だぞ!そもそも人を殴ってはいけない!!」

 

「!?」

 

まさかまさかのド正論、全力説教である。

殴り返してこいという挑発に、真っ向から、それも正論で言い返されたのは始めての経験だった。皆が不死川を恐れ、嫌い、離れていってしまうからだ。

 

「それに俺は君を殴りたくない!ツンケンしているが熱い心の持ち主だと見た!」

 

それどころか、清々しい笑顔で語りかけてくる。

こんなに馬鹿正直な人間は始めてだ。

先程の暴言も殴打も、不死川なりの激励だったと受け取ったようだ。

 

「ありがとう頑張るよ!!」

 

不死川の肩をぽむっ!と叩く。

 

「じ……」

 

不死川は両者間のズレに、全身からぐにゃりと汗をかいた。

 

「自分に殴りかかってきた奴に!感謝してんじゃねェェェ!!」

 

良く言えば底知れない度量。

悪く言えば愚直なまでの心意気。

あの不死川さえもツッコミ役に回す、煉獄杏寿郎という存在を、他の『柱』も一目置くようになった。

 

「不死川の攻撃を受けきったぞ!

髪の色も派手だし、やるぜあいつ!」

 

「やるな!「漢」だ!!」

 

特に宇髄と錆兎からの評価が高かった。

 

「弥実」

 

産屋敷の静かな声が、不死川の頭を下げさせた。

不死川は絞り出すように謝罪する。

 

「…申し訳ありません。熱くなりすぎてしまいました」

 

「うん」

 

その一言で、この騒動は終決したと分かる。

穏やかで、有無を言わさず、分かりやすい。

会議の進行としてはこの上ない。

煉獄はひれ伏す不死川を、驚いたように見つめていた。

 

(暴れ馬のような彼を、一言で制した!)

 

改めて、産屋敷の偉大さを感じ取った一幕だった。

 

「杏寿郎」

 

その声がこちらに向いた瞬間、自分は産屋敷に呼ばれ、質問を受けている立場だと思いだし、その場に正座した。

 

「柱になるための条件、君ならよく知っているね」

 

「はい!」

 

「実は帝都で、十二鬼月である可能性が高い鬼の情報が入った。

君にはその討伐任務に当たってもらう」

 

これには『柱』達にも動揺が走る。

『柱』でない者に十二鬼月の討伐を課すのは稀だ。

煉獄は実際に戦うこととなった途端、墨のように不安が心を染めていく。

 

(『十二鬼月』……

鬼舞辻直属の部下で、『柱』を葬るほどの力を持つ……

俺に……?)

 

誰もが経験する、直前になって自信が揺らぐ心境。

胡蝶カナエが進言する。

 

「お言葉ですがお館様、十二鬼月の可能性があれば、我々が向かうべきかと」

 

煉獄という貴重な若者を失う訳にもいかない。

しかし、産屋敷は首を振った。

 

「君たちには空席になった『柱』の警備地区も担当してもらわなければならない。それに……」

 

ただ否定するのではなく、きっちりと理由と対策を述べる。

 

「元は槇寿郎殿の担当地区だからね」

 

東京、帝都を守るのは誉れ高き『炎柱』の使命。

 

「自分が『柱』足りえると言うならば、言葉だけではなく実績で。

そうすれば皆、おのずと認めてくれる」

 

実力主義、実績主義を掲げる鬼殺隊。

彼らの判断基準は明解だ。強さを示せばいい。

 

「君の実力を示しておいで、杏寿郎」

 

「はい!!!!」

 

煉獄は笑顔で返事をした後、深々と一礼し、柱合会議を退場した。

 

不死川はブツブツ言いながら自分の席に戻る。

その時、煉獄の周りをうろちょろしている影満と目が合った。

影満はニコリと笑った。

その笑顔を見て、不死川は血管が浮き出るほど怒りを覚えた。

 

(笑ってんじゃねええええええぞおテメェ!!!!!???

クソ部外者の雑魚があ!!!!??)

 

自分を嘲笑っているように見えて、不死川は影満と一言も言葉を交わすことなく、彼を心底嫌いになった。

悲鳴嶼はチラリと影満の声を聞いた。

 

(あの狂人…随分とハキハキ喋るようになった)

 

そして産屋敷に問い掛けた。

 

「お館様には、あの青年が十二鬼月を倒す未来が見えているのですか?

それとも勘…ですかな?」

 

産屋敷が煉獄を特別扱いしている理由は、彼の超直感で何かを察知したからだと見た。

 

「勘というより、確信に近いものを感じるんだ」

 

産屋敷は煉獄と影満の背中を思い浮かべる。

 

「煉獄杏寿郎、そして虚淵影満。

彼らは近いうちに、鬼殺隊の『運命』を変えてくれるだろう」

 

千年の戦いに終止符を打つ。

鬼を滅する刃となるだろう。

 

ーーーーーーーーーー

 

日ノ本の国、その中心『東京』

東京の中でも特に物資、人材、情報が集まり、瀟洒な建物が並ぶ町。

大いに栄えた帝都は、日が落ちてさえもランプの灯りが絶えず、都市を明るく照らしていた。

 

そこに、漆喰の隊服に身を包んだ若い鬼狩りの剣士達が、円陣を組むように集まっていた。

 

その中心にいるのは煉獄である。

 

「では手筈通りに!二人一組になって鬼の捜索に当たってもらう!!」

 

階級が『甲』である煉獄が一番偉いため、この12人の部隊を指揮していた。

 

「鬼を発見しだい応援に駆けつける!市民の避難を最優先にすること!」

 

参加した隊士達は真剣に煉獄の指令を聞いていた。

彼らは皆、覚悟を胸に秘めた剣士達だ。

 

「帝都の平穏を俺たちで守るぞ!!」

 

「「「「「はい!!!!」」」」」

 

煉獄の発破に、皆が全力で応える。

それを甘露寺はうっとりと眺めていた。

 

(指示を出している煉獄さんも素敵!羽織りもお揃いで嬉しいわ!)

 

即座に散開して鬼を探す隊士達。

 

「ではな!影満!お前の温度感知にも期待しているぞ!」

 

「はいっ!!」

 

煉獄に背中をポンポン叩かれ、上機嫌な影満。

 

「影満さん、頑張りましょう!」

 

「ああ!頑張ろう!煉獄さんのために!」

 

先輩風を吹かせて胸を張る。

甘露寺は頼もしそうに微笑んだあと、

煉獄と共に鬼の捜索に行ってしまった。

 

残された影満は、ハンカチを噛みながら涙を流していた。

 

「お゛れ゛も゛れ゛ん゛ご゛く゛さ゛ん゛と゛ひ゛と゛く゛み゛に゛な゛り゛だ゛い゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

顔を梅干しのようにしわくちゃにして、歯茎剥き出し、欲望だだ漏れの影満。

煉獄さんの隣にいるのが甘露寺だから許したものの、やはり煉獄と一緒に帝都を歩きたかった。

さっきまで上機嫌だったにも関わらず、子供のように表情を変える。

 

「まあまあ影満さん」

 

そんな影満に、彼のバディとなる人物が話し掛けてきた。

 

「主役と合流する機会があると思えば、離れた方が意外と美味しいかもしれませんよ。見せ場を譲るという意味でも」

 

「そっか…!煉獄さんの危機に颯爽と現れる役があるんだ!ありがとうございます!伏さん!!」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

笑顔で首を振るのは、短い白髪の男。

年齢は三十代で、頬の痩せた中肉中背の体格。

影満が二十代後半なので、彼よりも歳上だ。

 

鬼殺隊として現役で戦う「伏」(ふし)という名の隊士。

十代や二十代が戦う中、数少ない三十代の隊士である。

 

彼は元々、国営の狩猟士として働いていたが、山奥で鬼に襲撃され、同僚を全員殺害されてしまう。

鬼殺隊に救われ、自身も最終選別を終えて隊士として戦うことに。

 

倒した鬼の数は43体。

階級は上から二番目の『乙』(きのと)。

 

若者が才能を早く開花させていく中、伏は時間をかけて昇級していった遅咲きの人材。

 

煉獄の次に階級が高いため、影満という一番の問題児(狂人)とバディを組む役を請け負った。

 

「今回はンなあんと!煉獄さんにお館様から!直々に!任命された任務なんですよ!」

 

「それは凄いですね。私も煉獄さんは『柱』足り得る強さだと思いますよ」

 

「そうでしょうそうでしょう!」

 

仲良く東京の町を歩く影満と伏の二人組。

日本国自体、あまり裕福とはいえないものの、やはり帝都の発展ぶりは目を見張るものがある。

温度を見る影満にとって、この町は眩しかった。

 

「それでね!お館様がおっしゃったんですよ!「杏寿郎…彼は十二鬼月を全て倒し、あの鬼舞辻無惨ですらも倒し、世界を救う英雄になるだろう」って!!!!」

 

「へえ、それは凄いですね」

 

「凄いなんてもんじゃないですよ!!

煉獄さんこそ最強最良最優の鬼狩り!!かの『始まりの剣士達』をも越える実力だろうとおっしゃったんですよ!?」

 

「本当に言ったんですか?」

 

「言いましたよ!!!!!!!!」

 

言うまでもなく影満による記憶改竄、誇張捏造、都合のいい妄言である。

しかし伏は、それを嘘だと切り捨てたりはしなかった。

 

「なら、この任務は、煉獄さんが『鬼殺隊最強』になるための第一歩、といった所でしょうか」

 

「その通り!!!!」

 

影満がピョンピョンと跳ね回る。

 

「ま、煉獄さんに掛かれば、十二鬼月なんてちょちょいのぱーですけどね!」

 

影満が微笑んだその時、帝都で大爆発が起こった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「爆発……!?」

 

空気の震動がここまで伝わってくる。

爆炎が夜空を照らし、もうもうと黒煙を吐き出している。

帝都の賑わいは、一瞬で阿鼻叫喚に変わった。

 

「煉獄さん!私、救助に向かいます!!」

 

甘露寺が駆け出した瞬間、煉獄は刺すような殺気を感じ取り、彼女の手を引いた。

 

「待て!!」

 

風切り音が通り抜け、甘露寺の頭があった場所に、銃弾が炸裂した。

石造りの壁に穴が空いている。

 

「……ッ!!」

 

甘露寺は顔を真っ青にして、その弾痕を見ていた。

一方、煉獄は狙撃された建物の上を振り抜く。

 

 

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」

 

建物の屋上にて、膝をついて小銃を構える鬼の姿があった。

黒い軍帽、マント、革靴と軍人のような服装。

その顔には三角形が並んだダンダラ模様がある。

 

深く息を吸い、自分を落ち着かせる。

 

「落ち着け……落ち着くんだ。

この日を…………この日をどれほど待ちわびたか……」

 

薬莢を排出し、新しい弾丸を手で込める。

大正の時代において最新といっていい小銃、「有坂銃」の精度と威力は質が高い。

 

「貴様に復讐するこの日を!!!」

 

再び遠方の煉獄に照準を合わせようとするも、部下とおぼしき女しかおらず、煉獄の姿は無かった。

 

「!?……いない」

 

次の瞬間、五階建ての高さを駆け昇り、煉獄の赤き炎刀が煌めいた。

 

『炎の呼吸・壱ノ型』

 

篝火が建物の窓を照らし、夜空に炎の軌跡を残す。

建物を駆け上がる踏み込みから、強力な斬り払い!!

 

『不知火』!!!!!

 

炎の斬撃は、鬼の胴を斜めに斬り上げた。

鮮血が舞い、鬼は後ろにどうと倒れる。

屋上の端を足で踏みつけ、煉獄杏寿郎が躍り出た。

銃器の離れた間合いを、強力な踏み込みで詰めてきた煉獄。

呼吸法を修得した者だから可能な離れ業。

 

鬼はゆっくりと立ち上がる。

 

「そうだ、全てはこの日のために……!」

 

月が照らし、悲鳴が響き、爆炎が香る帝都にて、煉獄杏寿郎と『下弦ノ弐』の鬼が対峙した。

 

「貴様に復讐するために……!!」

 

下弦ノ弐は牙を見せて邪悪に笑った。

眼球に刻まれた文字を見て、煉獄は底冷えするような怒りと緊張を覚えた。

 

十二鬼月。鬼舞辻無惨直属の、強力な鬼だ。

 

「無辜の市民を巻き込む無差別攻撃。極悪非道…断じて許せない」

 

鬼の言動にはヘドが出る。

煉獄が鬼殺隊として最初に倒した笛鬼に始まり、胸糞悪くなる性根の鬼を数多く見てきた。

だが、目の前の鬼の邪悪さと陰湿さは段違いだ。

 

下弦ノ弐はクククと喉を鳴らした。

 

「何を偉そうに。忘れもしない…貴様から受けた屈辱」

 

煉獄はじっと鬼の顔を見つめた。

 

「あの日復讐を誓い、何年も何年も力を蓄え続け…今じゃ十二鬼月だ!!」

 

そっと懐に手を入れ、拳銃を取り出した。

 

「今夜が貴様の最期だ!!覚悟しろ煉獄!!!」

 

口上と共に拳銃を向けるが、しかし、煉獄の反応は冷たかった。

 

「誰だお前は!!」

 

下弦ノ弐は面喰らったように固まり、喉に言葉が詰まったように口を開けっぱなしにしている。

 

「……え?」

 

ポカンとした表情が、やや困惑したような色になる。

 

「きっ、貴様まさか、忘れたのか?」

 

「忘れたとかではない!俺とお前は一切面識はない!初対面だ!!」

 

会話に齟齬が生じ始める。

無言で震える下弦ノ弐を置いて、煉獄は畳み掛けるように言った。

 

「常識で考えろ!鬼と関わる隊士などいるわけがないだろう!!」

 

極悪非道の鬼に協力するような輩は、鬼殺隊には居ないはずだ。

 

下弦ノ弐はギリリと歯を食い縛ると、奇声をあげながら拳銃を口の中に突っ込み、頭を撃ち抜いた。

 

「キェ!!キエエエエエエエエ!!!!」

 

頭部から血と脳みそが弾け飛ぶ。

 

「!?」

 

煉獄は驚愕する。

いきなり目の前で自害する鬼は始めて見た。

鬼は太陽の光に当たるか、日輪刀で首を斬る以外では死なないので、拳銃自殺しても死ぬことはない。

 

「落ち着け……冷静に、冷静に……」

 

仰け反った体勢のまま、フゥフゥと荒い吐息をしている。

 

「忘れたならば、思い出させてやるまで」

 

不吉な言葉を呟いた瞬間、煉獄の後ろの建物が閃光と共に爆発した。

 

「!!」

 

煉獄はそちらを振り返る。

先程と同じ爆発。被害は拡大している。

 

「時限爆弾だ…帝都のあちこちに仕掛けた」

 

煉獄は血管を浮き出させ、憤怒の表情で斬りかかろうとする。

そこに、幾重もの銃声と共に、煉獄を凶弾の雨が横殴りで襲いかかった。

 

咄嗟に銃弾を刀で弾く煉獄。

夜空に火花が舞い、地面に流れ球が跳ねた。

 

下弦ノ弐の体内から、多数の小銃が生え伸びていた。

 

「貴様のせいで犠牲者は増える」

 

再び一斉射撃!!

大量の弾丸が煉獄を襲う!

煉獄は横に走りながら銃弾を弾く。

大きな看板の影に身を潜め、射線を切った。

 

壁際から敵の姿を見る煉獄。

 

(一瞬で大量の銃が出現した……

体内から武器を出す血鬼術か)

 

敵の能力を推察した時、煉獄の足元がガクンと下に落ちた。

見れば、石造りの床に黒い影が這い、銃が伸びてきた。

 

(影から武器を出す能力!!)

 

死角からの不意打ちの銃撃を受ける煉獄。

下弦ノ弐は次弾を装填。

 

(さあ来い!!!)

 

炎の嵐が吹き荒れ、看板はバラバラに斬り刻まれた。

 

『炎の呼吸・肆ノ型』

 

剣圧に押され、腕で顔を覆う。

炎の濁流にしか見えない圧倒的な剣技が、多数の銃撃を弾き落としながら迫る!!

 

『盛炎のうねり』!!!!

 

煉獄が刀を振るう!!

下弦ノ弐が雄叫びを上げながら小銃を放つ!!

その凶弾は煉獄の頬を切り裂く!!

押し勝った煉獄の斬撃が鬼の首に喰い込む!!

 

煉獄の背負った無地の羽織りが揺れる!

火の粉が散る中、煉獄は刀をぎりぎりと押し、目を見張る。

下弦ノ弐は首から血を吹き出しながら笑った。

 

「ククク……惨め、惨めだなぁ…

怒りで視野が狭まっているぞ、煉獄……」

 

鬼の首がダンダラ模様の影になっている。

斬った感覚は無く、底無し沼に突っ込んだように、刀が重くて引き剥がせない。

 

「戦いは常に冷静であらねばな?」

 

首に日輪刀を食い込まされても余裕綽々の態度。

 

(異空間の影……これがこいつの血鬼術か)

 

下弦ノ弐のマントの中から、導火線に火のついた包爆弾が大量に転がり落ちた。

銃器を使えば、鬼殺隊は間合いを詰めてくると分かっていた。

煉獄が近づいた所を影で足止めし、爆弾で自身もろとも吹き飛ばす!

鬼は爆発で死なないが、人は爆発で死ぬ!!

 

「さあ」

 

(絶望の表情を見せろ!!!)

 

一斉に閃光を放つ!

建物を巻き込むほどの大爆発を起こし、屋上は崩れ落ちた。

 

ーーーーーーーーーー

 

市民の避難指示に当たっていた甘露寺は、煉獄が向かった先で大爆発が起こり、焦燥に顔を青くした。

 

「れ……煉獄さん!」

 

加勢せねばと駆け出す。

瓦礫が落ちる建物の中に、上半身を失っても立ち上がろうとする鬼の姿が見えた。

脇目もふらず走る甘露寺の手が、何者かに絡め取られた。

そのまま地面に引き倒される。

 

「ッ!!」

 

「貴様やはり、煉獄の部下か?」

 

甘露寺の額に銃口が向けられる。

銃への恐怖で、甘露寺は凍ったように動けなくなった。

 

「奴と同じで品のない髪色をしている……」

 

さらけ出した足はカクカクと震えている。

最早戦う気力はない。

鬼は口端を吊り上げて笑う。

 

「心配せずとも奴は生きている…虫の息だがな」

 

寸前で刀を引き剥がし、後方に引いていた煉獄。その執念と力は称賛に値する。

 

「そう簡単に死なれては困るからなぁ……奴にはもっともっと苦しんで貰わねば」

 

甘露寺は頭上で邪悪な笑みを浮かべる鬼に、心底恐怖を感じた。

闇そのものと呼べる邪悪さ。

彼女の中の常識も良識も通用しない、真の悪性。

これが、これこそが鬼なのだ。

 

「奴の目の前で家族、同僚を惨たらしく殺す。

自慢じゃないが、俺はそういうのが人間の頃から得意だったんだ……」

 

死を意識しなかった訳じゃない。

だが、悪意と愉悦に浸けられながら責め殺されるなどと、彼女の脳では到底予想できなかった未来だ。

 

「今からお前を、お前が一生かかっても思い付かないような方法で殺す……

お前の人生は、煉獄への復讐のために消費される。

ククク……惨めだなぁ、惨めだなぁ!

誰にも知られず、誰にも認められず、貴様ら鬼殺隊は惨めに死ぬだけだ」

 

「……ぅ」

 

甘露寺は絶望の余り涙を流した。

 

「貴様に居場所なんて無いのさ……惨めに死ね、鬼狩り」

 

甘露寺の四肢に銃口が向けられる。

その瞬間、顎を開いた勇猛な炎が、下弦ノ弐に喰らいつく!!

 

『炎の呼吸・伍ノ型』!!!!

 

『炎虎』!!!!!

 

超強力な突きからの斬り払い。

これには鬼も苦渋の顔で後退し、大量の血を流した。

 

甘露寺は絶望の淵から、希望の光を見た。

 

「煉獄さん!!」

 

羽織りと隊服がズタズタに切り裂かれ、あちこちから血を流す煉獄杏寿郎が、甘露寺を庇うように立ち塞がる。

その背中は義憤に燃えていた。

 

「たとえ認められずとも……」

 

下弦ノ弐の見立てでは、立つことも出来ないはずの煉獄が、こうして刀を構えている。

鬼は忌々しさで腸が煮えくり返りそうだった。

 

「鬼から人を守るために戦う!!

それが鬼殺隊だ!!!」

 

額から血を流しても、強気な笑みを絶やさない。

鬼も嘲笑を止めない。

 

「惨めに死ぬのは変わらないさ!!」

 

煉獄の脳裏によぎる、やりきれない記憶。

信じ、尊敬する父の変わり果てた姿を見ても。

言葉の交わせぬ母を見ても。

弟の悲しげな表情を見ても。

 

決して絶やすことのなかった、心の炎!!

 

「どれだけ惨めだろうと!!」

 

炎の鍔、赤き炎刀を握り締める!!

 

「俺は俺の責務を全うする!!!!」

 

煉獄の気迫に押され、下弦ノ弐は言葉を失う。

 

「煉獄さん……!」

 

甘露寺がよろよろと立ち上がった。膝はまだ奮えているが、煉獄の言葉が心を再起させてくれた。

 

「立てるか甘露寺。指令を変更する」

 

この状況でも、正確に部下に指示を出す。

隊を任されている役割は忘れていない。

 

「今、帝都には奴の爆弾が仕掛けられている。甘露寺は他の隊員と解除に当たれ」

 

甘露寺は一言も聞き逃すまいと、必死に耳を傾けていた。

 

「影満と合流しろ!!奴の温度感知が役に立つ!!!」

 

「はいっ!!」

 

甘露寺が走り去ると、煉獄は静かに刀を構えた。

 

「お前は俺が倒す」

 

「倒す?倒すだと……?」

 

この世の理に愚か者に説法するように、下弦ノ弐はこんこんと言い聞かせた。

 

「どれだけ剣を極めても銃には勝てないように、人剣は銃鬼に勝てないんだよ」

 

煉獄の心には、鬼の言葉ではなく、愛する母の言葉が浮かんでいた。

 

『いいですか杏寿郎。

煉獄家は代々続く鬼狩りの一族。

『炎柱』の雅号は我らの誇りでもあります。

貴方も父上と同じように、立派な『炎柱』になるのです』

 

あの真っ直ぐな母の瞳が、今でも煉獄の心を掴んで放さない。

 

『心に炎を宿すのです』

 

強さとは寄り添い輝きを増す篝火!!

己を内側から奮い立てることこそ、煉獄家の強さ!!人間の強さ!!!

 

「誰と勘違いしているのか知らないが…」

 

煉獄からすれば身に覚えのない怨恨。

しかし、それを不条理と嘆きはしない。

 

『悪鬼の連鎖を燃やし尽くし』

 

「俺の名は煉獄杏寿郎だ!!!」

 

託された想いと、守りたい命を思えば。

柄を握る力は強くなる。

 

『人を優しく照らしだす、太陽のような炎を心に宿した』

 

煉獄杏寿郎は炎の意思をたぎらせながら、真っ直ぐに炎刀を構えた。

 

「来い!!!!

お前の怨恨ごと!!!俺が斬り伏せる!!!!!!!」

 

その輝きに、下弦ノ弐の影が深くなる。

決して斬れない影と、闇を断ち斬る刃!!

人と鬼の戦い!!!

 

『炎柱になるのです』

 

炎の鬼狩りの姿がそこにはあった。

 




「1900年 列車」で気が狂うほど検索をかけた結果、ついに見つけたアメリカ版煉獄さん、煉獄スピリットを持つプロフェッショナリズムの意匠。

その名も『ジョナサン・ルーサー・ジョーンズ』。
愛称はケイシー・ジョーンズ(何故『ジョジョ』じゃないの?)

1900年4月30日、アメリカ、テネシー州メンフィスを出発し、ミシシッピ州カントンへと向かう旅客列車『キャノンボール・エクスプレス』。
機関車運転手だったジョナサン。
彼は優秀だったが、その日の運行には二つの不幸があった。
一つは気候。
雨と深い霧が広がり、前方が確認し難い状況だった。
二つ目は運行の遅れを取り戻すため、いつもより速度を上げて走っていたこと。

線路上に存在するはずのない、立ち往生した別の列車が見えた時、既にブレーキは間に合わない距離だった。

ジョナサンは仲間を飛び降りさせて逃がし、自身は乗客に危険を知らせる汽笛を鳴らす。
そして執念を燃やしながら、必死の覚悟でブレーキレバーを引いた。

列車は衝突したが、ジョナサンの決死のブレーキによって死者は出なかった。

正面衝突し、前方の運転座席は粉砕され、ひしゃげて潰れた。

残骸の中からジョナサンを引き出すと、彼は僅かに息があり、ブレーキのレバーを離さなかったという。

結局、列車が脱線横転するほどの大惨事となりながら、死者は一人も出なかった。

……ジョナサン以外は。

彼は乗客全ての命を守りきったのだ。

ほぼ最初に危機に気づいたジョナサンなら、列車から飛び降りて助かることが出来たはずだ。
汽笛だけ鳴らして、途中で投げ出すチャンスもあった。

しかし彼は命を賭して己の責務を果たし、守るべき乗客を守った。

その自己犠牲の精神は現代でも語り継がれ、敬意を払うべきヒーローとして人々の心に残り続けている……



煉獄家の前でホウキ掃除する甘露寺ちゃん、本当に涙が出るほど美しいですね。
尊い……

「ベニスに死す」のラストをなんとかして本作に取り入れたいと考えた結果、ヒャア!我慢できねえ!投稿だあ!!!と外伝にかこつけて導入。
ドロドロに溶けて死ぬ影満と、光り輝く煉獄さんという構図がやりたかったけど、まあ甘露寺ちゃんにキャストを変えても映えたから、ヨシ!(現場猫)

前編ではまだ名前の分からない影と銃の鬼。
ありそうで無かった、銃火器を使う鬼、すき。
鬼殺隊とて人だ…銃には勝てんだろう……

我慢できなくてチェンソーマンに登場する悪魔狩人、伏さんに登場していただくことに。高IQデビルハンターの礎となった伏さん好き。

銃VS刀!!
影VS炎!!
堕ちた新撰組VS鬼殺隊の若き獅子!!

うん!!!!最高やな!!!!!!!

後半へ続く!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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煉獄杏寿郎 外伝 後編

祝!劇場版鬼滅の刃『無限列車編』

興行収益 400億円 突破!!!

()”ってたぜぇ!!!

この“瞬間(とき)”をよぉ!!!!!!!!


災炎に照らされる帝都。

 

少し時間は遡り、日本橋前にある八階建てビルの入口にて、一人の老人が両手を広げていた。

 

彼の名は火比翁助(ひびおうすけ)

和服を商う参越(みっこし)呉服店の社長である。

 

彼はこの国で初めて、一つの大きなビルの中に、様々な店舗を置くことで大勢の客を招く形態を作った。

 

今までは横に長い一階建てか二階建ての店舗が続く商店街形態が主流だったのに対し、いわば縦に長い商店街という逆転の発想。

まさに画期的と言えた。

 

従来の商売方式は、店員が商品を蔵から出してきて、それを畳に座った客に見定めてもらうという「座売り」形態だったのに対し、彼は商品を棚にずらりと並べて、客にそれらを見渡してもらうという「陳列」形態に変えた。

初めて見る客からすれば、商品が百も二百も並んでいるように見えたことだろう。

 

参越呉服店の社名を「参越百貨店」に改名

 

日本に吹いた新しい風、大手『百貨店』の誕生である。

 

「ついに完成したわい」

 

火比は満足げに百貨店ビルを見上げる。

 

彼の発令した「デパートメント宣言」は、参越百貨店の社運、ひいては日本の商業界を牽引するターニングポイントとなるだろう。

 

「いよいよ参越百貨店が開店ですね!」

 

参越百貨店見習いの少年、岡田繁(おかだしげる)が嬉しそうに話しかけた。

それを火比はピシャリと叱った。

 

「馬鹿者!これからはグローバルな時代じゃ!

店でも欧米の言葉を使うぞ!

呼ぶなら参越百貨店(デパート)じゃい!!」

 

「おおお!デパート!!!」

 

無邪気にはしゃぎ回る岡田繁少年。

 

「でも、今は夜ですから、開店は明日ですよね?」

 

「物は試しじゃ!先ず24時間営業を試してみるぞ!

夜でも開店するんじゃあ!!!!」

 

「ええ!?」

 

夜だろうと帝都で爆破テロが起ころうと関係無い。

この記念すべき参越百貨店の第一歩を止めることはできない。

 

「じゃあ、社長が宣言してくださいね!「めでたく開店」って!」

 

「馬鹿者!!欧米の言葉を使うと言ったじゃろう!!

ここは横文字で……」

 

遂に開かれる参越百貨店(デパート)

高らかに開店の宣言をする!

 

「参越百貨店(デパート)!!

 

でっかく開店(グランドオープン)じゃいいいいいいいいいいい!!!!!!!」

 

 

その時、火比社長の頭上を、高速で通り抜けるものがあった。

それは参越百貨店の二階の壁を突き破り、店内へと転げこんでいく。

 

「いらっしゃいま……はあ!!!??」

 

一瞬だけ店員として対応した火比社長も、これには驚愕する。

 

 

 

 

 

瓦礫が落ち、土煙が舞う参越百貨店2階、婦人服売り場前の通路。

 

記念すべき参越百貨店お客様第一号

 

煉獄杏寿郎は、日輪刀を握り直して立ち上がる。

 

「ぐむぅ…」

 

少し焦げた鬼殺隊の隊服に身を包む彼は、帝都を脅かす鬼との戦闘中である。

鬼の攻撃をくらい、ここまでフッ飛ばされてきた。

 

壁の大穴からは、混乱する帝都の町が見える。

急いで駆け出そうとした瞬間、足元から影が動き、長銃が数十本も伸びてきた。

ぐるりと煉獄の周りを囲み、一斉に弾丸を射出する。

 

煉獄はゴゥと吐息を吐いた。

 

ーーー炎の呼吸・肆ノ型

 

『盛炎のうねり』!!!!

 

台風のような炎の太刀筋が、銃弾を叩き返し、その上に銃身すらも切り裂いてみせた。

 

技を撃った後の一瞬の隙。

天井に張り付くように接近していた鬼、

 

下弦ノ弐『佩狼(はいろう)』が、ギザギザの歯を見せて笑った。

 

階下に設置した時限爆弾が起爆し、煉獄の立っていた床を崩落させる。

退避が間に合わず、煉獄は一階へと落ちた。

落下する瓦礫の間を縫うように、佩狼の血鬼術『鹵獲腔・影狼』が襲い掛かる。

液状の影形態と、鋭利な牙を持つ狼形態を柔軟に変化させ、死角から煉獄に噛みついてくる。

 

煉獄は独楽のように回り、全方位に炎の斬撃を放った。

 

炎の呼吸・参ノ型

 

『火炎車輪』

 

車輪に轢き潰されるように、影狼達は斬り払われていく。

周囲の瓦礫も吹き飛ばすが、足元の瓦礫を蹴り上げ、頭上の佩狼からの銃撃の盾とした。

佩狼の銃撃による攻撃は厄介だが、一撃ごとの攻撃力は高くない。

あくまで人間の武器を多数取り揃えているだけ。

瓦礫を貫通するような一撃必殺の技は来ない。

その代わり、全方位から多彩な攻撃を仕掛けてくる。

煉獄の周りに、火炎ビンが投げつけられた。

焦げた油の匂いと、肌を焼く熱、視界を覆う黒煙が襲う。

そこにまた影狼が襲い掛かるという無限地獄。

煉獄はジリジリと消耗戦を強いられていた。

 

 

佩狼は炎柱『煉獄』に復讐を誓う。

かつて自身をなます切りにしたあの男は、今でも悪い夢に見る。

弱い自分に植え付けられた「恐怖」と「屈辱」は、彼の精神を苛む疾患となっていた。

思い出す度に正気を失い、拳銃で自身の頭を撃ち抜くほどに。

そうでもしなければ憤死してしまう。

 

このトラウマを払拭するには、あの男を殺してしまう以外に方法が無い。

 

自分の抱えた問題を解決するため、もはや戦うことしか残されていないのだ。

 

 

 

煉獄もまた、己の不安と恐怖、弱い気持ちが沸き起こっていた。

 

厳格な父が酒に溺れ、戦うことを辞めて、自分達にも冷たく当たるようになったこと。

 

不安そうな弟を励ますものの、自分とて不安であったこと。

 

その暗い記憶を拭いさるには、剣を振るい、戦う以外に道はない。

 

 

雨霰と銃弾が撃ち込まれる。

これには煉獄も堪らず、後ろに飛び退さる。

流れ弾は煉獄の後ろ、大理石で作られた広い玄関を破壊し、豪華な柱を砕き、壁紙ごと穴を開け、大理石の床をめくれ上がらせる。

参越百貨店の顔となる豪華絢爛な玄関広場は地獄のような有り様となった。

換気の問題から匂いの強い化粧品も並べられていたが、ガラスのショーケースは粉々に砕けて宙を舞う。

 

煉獄が横に走れば、彼に照準を合わせた銃弾も横に薙ぎ、一階玄関と化粧品売り場を戦場に変えていく。

真珠のネックレスや金銀装飾、指輪などが花火のように舞い、火炎ビンの明かりに怪しく照らされ、煉獄に降りかかった。

 

煉獄はそれらごと銃弾を弾き、影狼を切り裂いていく。

 

佩狼は手榴弾を投げた。

気前良く分けて回るモチのように。

 

煉獄は中央の階段へと飛び退き、階下へと落ちていく。

頭上を爆風が通りすぎ、佩狼が煉獄を追う。

つかず離れず、有効射程から煉獄を逃がさない。

 

 

その光景を、参越百貨店社長、火比翁助は悲鳴をあげながら見ていた。

 

「やめろおおおおおおお!!!!!!!

ここをどこだと思うとる!!????

天下の参越!!!日本初のデパートメントストアじゃぞおおおおおおおおお!!!!?????」

 

火比もまた、多額の投資をしてデパートを建てた、いわば「戦う者」であり、このデパートで売り上げを伸ばす以外に生き残る道は存在しなかった。

佩狼や煉獄と同じ、退路を閉ざされた者。

 

そのための武器であり、念願の夢の具現化でもある参越デパートが、火の海と化している。

 

これが叫ばずにいられるだろうか?

 

「や゛め゛ろ゛お゛おおお゛おおおお゛おお゛おお゛ぉぉ゛ぉぉ゛ぉぉ゛ぉぉ゛ぉぉぉ゛ぉぉぉ゛ぉぉ゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

その叫びは帝都に響き渡った。

 

日本有数の百貨店を舞台に、人剣と銃鬼の戦いは続く。

 

 

 

虚淵影満は爆発に巻き込まれて気絶していた。

 

頭からは血を流し、眠るように目を閉じている。

それを同じく鬼殺隊の隊士、伏さんが肩を揺すっていた。

 

「影満さん!起きてください!!貴方の力が必要だ!!」

 

帝都には下弦ノ弐が時限爆弾を設置している。

影満の「温度感知」の共感覚があれば、隠された爆弾を探すのも容易いだろう。

 

影満は伏さんを庇って重症を負ってしまった。

影満が身代わりにならなければ、伏さんは死んでいただろう。

 

「くっ…!私が弱いせいで…!!」

 

伏さんは自責の念に苦しむが、今は影満を起こす手段を考えなければ。

知能指数が人並みより上ということだけが、伏さんの密かな自慢であった。

なんとかして現状を打破して、帝都の人々を救いたいと思う。

 

(そうだ!煉獄さんの声を聞けば、いつだって影満さんは起きる!!

しかし煉獄さんは戦闘中……ならば!!)

 

伏さんは意を決し、煉獄の物真似をすることにした。

仁王立ちで目を見開き、町中に響き渡るように大声を出す。

 

「うむ!!!!影満!!!!目を覚ませ!!!!!人々を守らねば!!!!!」

 

「…………」

 

そこそこ似ていたはずだが、影満は全くの無反応。

伏さんはひざまづき、地面を叩いた。

 

「くそっ!!!こんなことをしている場合ではないのに!!!!!!」

 

やはり影満を目覚めさせられるのは、煉獄杏寿郎以外にいないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

その頃、煉獄の継子、甘露寺蜜璃は、自身の刀を影狼に呑み込まれかけていた。

 

(あぁ……駄目だ!私じゃ斬れない!)

 

彼女は半端な炎の呼吸しか使えず、ただ力任せに刀を振るうだけだ。

そして影狼は力押しでは切り裂けない。

 

狼狽えている間に、他の影狼達が彼女の素足に噛み付き、鮮血が滴る。

 

「痛ッ!!」

 

痛みと恐怖で尻餅をついてしまう。

途端に心が折れて、涙が溢れた。

 

彼女は戦いしか残っていない者ではなく、己の居場所を探している者だ。

自分が存在していい場所を求めている。

 

(煉獄さん助けて!!)

 

そんな時、同じく影狼に襲われている母子を見た。

彼女らの悲鳴と、助けを求める声を聞いた瞬間、彼女の恐怖は消え、考えるよりも早く身体が動いた。

 

身体のバネと柔軟さを行かした斬撃は、影狼を見事に斬り裂く。

 

自分でも自分のした事が信じられない。

 

(え……ええぇ!?斬れた!?

どうやったのかしら私!?)

 

驚いて固まっている甘露寺に、遠くから影狼の群れが押し寄せてきた。

一匹でも恐ろしい影狼が、雪崩のように迫ってくる。

恐怖で口があんぐりと開いてしまう。

 

しかし、母親を守るために木の棒を握り締める少年を見て、ぎゅっと身体を引き締めた。

少年の背中をポンと叩く。

煉獄さんがしてくれたように。

 

「ボク!よくお母さんについてたね!偉いぞ!」

 

その心の強さと高潔さを誉める。

煉獄は他者の良い所を照らしてくれる。

 

「待っててね!あの悪いワンちゃん、お姉ちゃんがやっつけちゃうからね!」

 

そして、弱きものを守る。

力を持つ者の責務であり、自分で自分を肯定する最高の証明だ。

 

煉獄の言葉を思い出して、甘露寺は身体が軽かった。

踊り出すように地を跳ね、腕を振るう。

刀を自分の一部として、全身で自己を表現する。

 

(そうだ!思い出した!

私は素敵な殿方を探すのと同じくらい!

自分らしくいられる場所を探していたんだ!!)

 

煉獄に肯定された経験が、彼女に一生の自信と誇りを与えた。

自分は存在していいと思える。

そんな胸の高鳴りを、呼吸へと昇華した!

 

燃えるような恋心を、剣に乗せる!!!

 

目まぐるしい斬撃の鞭が、影狼の群れを瞬く間に斬り倒した。

後ろで見ていた母子は、ただ呆然と座りこんで眺めていた。

 

受け身すら取れずに倒れた甘露寺であったが、興奮が抑えきれずにいた。

 

(や、やった…!これが私の呼吸……!)

 

後に『恋の呼吸』と呼ばれる、甘露寺のオリジナルの呼吸だ。

 

甘露寺はバッと立ち上がり、母子の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「……え、えぇ…息子も無事です」

 

常識からは考えられない見た目と動きで、悪しき影狼を切り裂き、命を救った恩人。

先程まで嫌悪感すら抱いていた、珍妙な甘露寺の雰囲気に圧されている。

かけるべき言葉は多々あるが、声が出ないのだろう。

 

甘露寺は少年が髪の色を珍しがっていた事を思い出した。

 

「さっきは言いそびれちゃったけど、私、桜餅が大好きでね?いっぱい食べ過ぎて、髪の色まで変わっちゃったの。

ふふ…へんてこだよねっ」

 

はにかみながら笑う彼女は、自分を恥じるのではなく、受け入れているように見えた。

 

「もう大丈夫だからね!

すぐに隠って人達が助けに来てくれるから!

お姉ちゃんはやらなきゃならないことがあるから、もう行くね!」

 

そう言って、手を振りながら走り出す甘露寺。

その背中に、少年と母親からの、「ありがとう」という声が響いた。

 

初めて自分を認められた。

自分の頑張りを肯定された。

 

胸が震え、涙が溜まる。

心の中で、煉獄さんへ語りかけた。

 

(認めてもらえましたよ……煉獄さん!)

 

 

影狼は甘露寺を危険因子と見なし、帝都を荒らしていた全戦力を彼女の元へと集結させた。

おぞましいほど多数の狼の群れ。

千の牙の怪しい煌めき。

喉をグルグルと鳴らす音圧は、重い殺気として甘露寺にのし掛かる。

 

「うっ……!」

 

思わず引いてしまう甘露寺であったが、気を引き締め、呼吸を整える。

 

(大丈夫。私は強い子!負けない子!!)

 

その時、影狼達の死角から、残像を揺らして緋色の斬撃が炸裂した。

次々に影狼の群れを斬り裂く日輪刀。

影狼は爆発し、炎がその場を爛々と照らす。

 

陽炎の呼吸・壱ノ型

 

『鬼火』

 

あっと驚く甘露寺の前に、虚淵影満が刀を振るって躍り出た。

煉獄の元へと馳せ参じる影満の技。

その足取りは、甘露寺の所へと吸い寄せられてきた。

 

「辿り着いたようだな…甘露寺ちゃん。

俺と同じ『領域(ステージ)』へ」

 

「はぇ……?」

 

刀を肩にトンと担ぎ、自信満々な笑みを浮かべる影満。

爆炎の明かりを逆光に、その姿は神々しさすらあった。

 

「煉獄さんに教えを受け、自らの『個』を伸ばす。その両立が成し遂げた新たな『高み』……それこそが『炎の派生』!!!」

 

そう。影満と甘露寺は、共に煉獄から炎の呼吸を教わった兄妹弟子。

そして影満は、煉獄を崇拝する気持ちを昇華させ、炎の呼吸からオリジナルの技を編み出した。

甘露寺とて同じだ。

 

影満は緋色の炎。

甘露寺は桃色の炎。

 

それが彼らの出した『答え』

 

甘露寺が炎の呼吸から派生した我流を使ったことで、彼女の体温が変化。

それを影満は察知し、気絶から寝覚めて飛び起きたという訳だ。

 

既に鬼殺隊士達には、伏さんを通じて爆弾の隠し場所を教えてある。

優秀な彼らなら、根性で見つけ出してくれるだろう。

あとは、危険な影狼を引き付ければ、煉獄さんが下弦ノ弐を倒してくれる。

 

万事解決だ。

 

そう信じて疑わない、煉獄布教のヤベー奴

 

虚淵影満は、甘露寺と背中を合わせて刀を構えた。

 

「さあ、見せてやろうぜ甘露寺ちゃん」

 

華々しい妹弟子の門出だ。

 

 

『恋の呼吸』と

『陽炎の呼吸』

 

 

「『炎の派生』の輝きを!!!!!!」

 

「キラキラよ!!!」

 

 

二人は千の牙の津波へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

参越百貨店地下一階、食品を扱う店舗がずらりと並ぶ。

店員は避難指示に従って全員退去していた。

 

色とりどりの果物が並ぶフルーツコーナーを、煉獄は身を低くして走った。

その軌道を猛烈な銃撃が追う。

リンゴやみかんなどの果物が弾けて爆散。

果汁が花火のように舞い散る。

 

陳列棚は吹き飛んで倒れ、破砕音と射撃音が混ざり合って轟音となる。

佩狼は自身の周りに、車輪のついた移動回転式ガトリング銃を8門召喚した。

 

陣を組み、影狼に銃身を回転させ、一個の軍隊並みの火力を放出する。

銃火が火炎放射器のように吹き出させ、薬莢はビー玉を袋から転がしたかのように床に広がる。

 

洋菓子コーナーのガラス棚、いかに果物やデコレーションを上に乗せるか、職人が知恵を搾って考え尽くした、絶妙なバランス感覚によって成り立つ精巧なケーキ達。

そのふわふわシフォンとスポンジケーキの脆弱な土台に、容赦なく鉄鉛弾丸が貫通し、小麦粉と生クリームのミキサーシェイク品へと変えていく。

吐瀉物のように床に巻き散らかされたドイツパティシエ直伝、自慢の洋菓子の数々は、煉獄の足を滑らせ、姿勢を崩させた。

8門のガトリング銃がここぞとばかりに猛威を奮い、デパ地下洋菓子コーナーは蜂の巣と化した!!

 

銃弾を悉く弾き落として防御する離れ技。

煉獄は一個騎士団を壊滅させられる集中砲火を浴びながら、未だに致命傷を負っていなかった。

 

ドンッ!と鋭い踏み込みの足音!

煉獄はあろうことか前に出た!!

 

その口からは炎の吐息が漏れる!!

 

炎の呼吸・伍ノ型

 

『炎虎』!!!!!!

 

猛獣が噛みちぎるかのように強烈な突きと切り払い。

 

佩狼は回転式ガトリング銃を槍のように投げ、煉獄の技とぶつける。

金属の重い激突音と、耳をつんざく切断音!

八連式に並ぶように放たれたガトリング槍は、煉獄の攻撃力によって粉々に砕け散った。

距離を詰められた佩狼は、爆弾を置き土産にして後ろへ飛んだ。

地面に散らばる薬莢が、爆風に煽られて煉獄に襲い掛かる。

それだけで即席地雷の機能を果たす。

 

一瞬で数千の薬莢弾を弾き落とした煉獄。

佩狼は昇降機(エレベーター)に乗り込み、酸素焼却の火炎ビンを辺りに撒き散らしていた。

 

煉獄は腕で目を防ぎ、迷わずに掛け出した。

エレベーターの扉を斬り、蹴り飛ばす。

中に入った瞬間に動き出す。上を見ると、天井板を破って佩狼がケーブルをよじ登っていた。

 

影狼が襲いかかり、高速上昇する壁へとぶつけようとするも、煉獄は容易に斬り捨てた。

そして自身もケーブルを掴み、一気に上へ飛んだ。

 

不意を突かれた佩狼は、拳銃で応戦するものの、煉獄を懐へ入れてしまう。

刀の柄で佩狼の側頭部を殴りつける。

そのまま壁面へと叩きつけ、押し込む。

エレベーターが上昇しているため、壁面に擦られて削り取れていく顔面。

 

ゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリッ!!!!

 

まるで紅葉おろしのように顔面が磨り落とされ、もはや右耳が残るのみとなる。

 

しかし鬼はこの程度では死なない。

扉を突き破り、佩狼は参越百貨店五階の吹き抜けへと走った。

煉獄による猛烈な追撃!!

まるで兎に喰らいつく狼!!

 

首を回復した佩狼は、天井にぶら下がる豪華なシャンデリアの上に飛び乗った。

躊躇なく手すりから飛んでくる煉獄を、拳銃で狙い撃つ。

空中では無防備になることが確実。

そして拳銃は囮であり、本命は階下の影狼から飛び出した狙撃銃である。

横と下から一斉射撃を放つ。

これには佩狼も手応えを感じた。

 

炎の呼吸・漆ノ型

 

『炎天直下』!!

 

空中でも広範囲に斬撃を降り下ろす技!!

狙撃を弾き落とし、佩狼の胴を斬り、シャンデリアの鎖をも切り裂いた!!

炎の残像が視界を覆う!!

 

落下していくシャンデリアと佩狼。

三階の踊り場、中央に置かれた特注パイプオルガンの上に、シャンデリアごと高速で叩きつけられた。

 

凄まじい轟音!!

演奏楽器であるパイプオルガンからは地獄の絶叫の如き不協和音が鳴らされ、聞く者全てにこの世の終わりを予感させた。

硝子製のシャンデリアは爆散、四方八方に破片を飛ばして、花弁を開いたかのような姿で壮絶な最後を遂げた。

佩狼は煉獄によって日輪刀を胸に突き立てられ、地面に叩きつけられる衝撃で、全身に大きなダメージを受けた。

 

大量に吐血する佩狼。

煉獄を引き剥がすため、自分の身体ごと爆弾で吹き飛ばす。

さらに狙撃影狼によって煉獄の背中を撃つ。

煉獄はそれらを全て防ぎきる。

ゴロゴロと転がった佩狼は、這々の体で逃げた。

上半身だけが腕を使って移動する様は、妖怪てけてけのようで恐ろしい。

 

2階、3階の婦人服売り場、4階の紳士服売り場に並べられていた、和服や洋服の数々が、爆炎に晒されて火炙りになっている。

元は呉服店であった参越百貨店は、品質の高い和服を多数取り揃えていた。

一階のルネサンス式大理石の玄関や、地下の食品店に並び、参越百貨店の主力商品がずらりと並ぶ。

参越百貨店の強みであり、歴史が並べられているのだ。

 

その和服は炎の衣を纏ったかのように燃え、焦げていく。

商品立て、ハンガーから飛び出し、爆風に飛ばされる燃えた和服の数々は、幽霊のように不気味でおどろおどろしい。

空調が狂ったのか、吹き抜けの空気の流れは渦を巻き、佩狼と煉獄の周りをくるくると廻る。

燃える和服の幽霊が列を成し、まるで踊っているように見えた。

この世ならざる光景である。

 

佩狼は電動階段、エスカレーターに這い寄る。

上りエスカレーターに倒れ、ゴウンゴウンと運ばれていく。

日本初の百貨店用エスカレーターにも、炎はまとわりついていた。

土台が木製のエスカレーターは、熱せられて木材が悲鳴をあげ、ミシミシと異様な音を立てていた。

 

佩狼は足を再生させる。

エスカレーターに寝そべる姿勢で、足の先から、階下へと視線を移すと、瞳を炎のように輝かせた煉獄杏寿郎が、今まさにエスカレーターに足をかけていた。

 

佩狼は自分が居る場所を起点にして、爆弾でエスカレーターを真っ二つに破壊した。

掛け上がる煉獄はエスカレーターごと階下に落下するも、空中の瓦礫を踏みつけて上まで飛び乗ってきた。

 

(化け物が……)

 

内心で舌打ちしつつ、佩狼は参越百貨店六階へと舞い戻る。

この時代の日本では珍しい、火災時に発動する水撒き機、スプリンクラーが雨のように水を降らせた。

佩狼の髪から水滴が落ちる。

 

バシャバシャと濡れた床を歩く。

佩狼の使う爆弾は、水をかけたぐらいでは消火できない、特殊な油を使ってある。

スプリンクラーは水蒸気が出やすいようにお湯を使っているようだが、足元には炎がチロチロと蛇の舌のように揺れている。

これもまた異常な光景であった。

 

バシャリ!と踏み込む音がする。

振り返れば、煉獄が水に濡れながら歩いてくる。

頭上の雨、足下の炎。

 

佩狼は上の階に先行させていた影狼に、天井を爆破させた。

煉獄の頭上から、瓦礫が雪崩を打って落ちてくる。

佩狼は城壁を崩すための大砲を召喚し、一斉に煉獄へと砲撃した。

鼓膜が破れても気にならない。

何故なら佩狼は鬼であり、これぐらいの傷はすぐに治るからだ。

 

瓦礫に埋まった上に砲撃まで喰らい、フロアの端まで吹き飛ばされた煉獄。

 

佩狼は口を吊り上げて笑う。

 

「惨めだなぁ、惨めだなぁ。

どれだけ足掻こうと、最期は虫のように潰されて死ぬ。

お前も所詮は、ただの人間だったんだよ」

 

そう言いつつも、佩狼は焦りと恐怖を必死に隠しきれずにいた。

まさか大砲を使うことになるとは思いもしなかったからだ。

いかに鬼殺隊とはいえ、銃があれば殺せると思い込んでいた。

 

目の前の男は、既に何千発と銃弾を撃ち、何百個の爆弾を投げても死ななかった。

軍隊どころか、一つの城ほどの耐久値を持っている。

これを化け物と言わずに何と言おうか。

 

頭上に空いた穴から、7階書店売り場に並べられていた本や巻物に火がつき、ごうごうと燃えていく。

火の粉のように舞う紙のページ。

棚が倒れ、大量の炎紙が紙吹雪のように流れていく。

 

瓦礫を吹き飛ばして、煉獄杏寿郎が再起した。

口からはゴウゴウと炎のような吐息。

 

「ば……か、な」

 

佩狼はよろめいた。

煉獄は不死身なのか?そんな考えが脳をよぎる。

そんな惰弱な脳みそを拳銃で撃ち抜き、気持ちを切り換える。

 

いける。あと少しだ。

そう自分に言い聞かせ、銃撃の手を緩めない。

 

煉獄は佩狼の前まで距離を詰めてきた。

 

炎の呼吸・壱ノ型

 

『不知火』!!!!!!!

 

佩狼の持った銃は斬り裂かれ、首を半分ほど斬られた。

苦悶の表情を浮かべる。

対する煉獄は、この激しい戦いの中で成長し、銃の射線を見切ることが可能となっていた。

容赦なく追撃を放つ!!

 

炎の呼吸・弐ノ型

 

『昇り炎天』!!!!!!!

 

下から斬り上げる攻撃は、佩狼を逆袈裟掛けに斬り裂き、頭上まで吹き飛ばした。

あまりの威力に天井を突き抜け、8階のレストラン街をピンボールのように跳ね回る。

硝子ショーウィンドウや、整然と並べられた皿を盛大に割り、粉々に破壊していく。

参越百貨店名物となるはずだった御子様ランチも、ぐちゃぐちゃのミンチと化していた。

 

佩狼は最後に残った爆弾で、天井を爆破した。

瓦礫を煉獄に落とすことよりも、自分が屋上に逃れることが目的である。

 

 

 

 

 

参越百貨店、屋上。

炎に照らされた赤い夜空。

地上は大騒ぎだが、爆発の音は全く聞こえてこなかった。

 

(まさか……帝都に仕掛けた爆弾を、全て見つけたのか!?どうやって……

不味い。他の隊士が来る前にケリをつけねば……)

 

屋上に空いた大穴から、煉獄が勢い良く飛び出してきた。

ぶわりと背に纏う羽織りが揺れる。

焦げて千切れて、炎を現しているように見える。

 

「どこまでも忌々しい……ッ!!」

 

参越百貨店屋上、遊園地のように陽気な場所。

そこに見合わぬ剣士と鬼。

もう逃げ場は無い。

彼らの戦いも終盤だ。

 

佩狼は愛用の拳銃の引き金を引く。

 

ガチン、と激鉄が落ち、空を切る音。

 

(弾切れ!?

これが最後の一丁だったはず……

奴一人に手持ちの武器を全て使ったのか!?)

 

影の武器庫にある銃器、爆弾等を全て使いきった。

配れば一個の軍隊が完全武装し、敵の軍隊を一個全滅させられるほどの、充実した数と性能の武器達だ。

 

佩狼の背に冷たい汗が流れる。

影が差した煉獄の顔。表情は窺えないが、目だけが光っていた。

 

「どうした……もう終わりか?」

 

その言葉を聞いた途端、佩狼の頭の血管が破れた。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

冷静になるためのルーティン動作である拳銃自殺をしようと、額に銃口を向ける。

しかし幾ら引き金を引こうと、弾切れを起こした愛銃はうんともすんとも言わない。

 

「ギィイイィイイイイィイイ!!!!!」

 

癇癪を起こし、愛銃を地面に叩きつける。

ガチャンと虚しい鉄の音。

 

佩狼は自身の腹の中に腕を突っ込んだ。

 

(まだだ!まだ何かあるばずだ!)

 

影の武器庫の中を探し回る。

 

(一秒でも早くこいつを否定したい!!

そうでなければ憤死してしまう!!!

何でもいい!俺に力を!!!)

 

その瞬間、彼の手に触れるものがあった。

躊躇いなくそれを掴み、腹から引き抜く。

 

出てきたものは、鞘も柄もボロボロな、一本の刀であった。

 

彼の頭の中で、混濁した記憶が形を成し、鮮明に浮かび上がる。

血塗られた、死に伏す直前の屈辱を。

 

(惨めだなぁ。誠だの武士道だの。

いつまでも時代遅れな…)

 

かつては自分も刀を持ち、武士として戦った。

戦いたかった。

けれども敵は銃器を初めとする新戦法を駆使し、自分達を狩っていった。

自分は何もできなかった。

 

銃になど負けはしない。

武士道の誇りは失われない。

 

そう信じて鍛練を積み、殉じてきたというのに。

 

今際の際に吐き捨てられた言葉が、脳裏にべっとりとこびりついて離れない。

 

佩狼が呆けている間に、煉獄は刀を振り上げて斬りかかった。

首元へと刃が迫る!!

 

その瞬間、今までの佩狼からは考えられない強力な斬撃と風圧が放たれた。

 

銃器ではない、刀による攻撃!!

堪らず日輪刀で防御し、火花が散る。

 

見れば、だんだら模様の影が、佩狼の身体を泥のように包んでいた。

 

(影を全身に纏わせたのか…)

 

煉獄は冷静に敵の能力を分析する。

触れれば刀を取り込む影。

それを濃縮した鎧を纏い、全く隙のない形態と化したのだ。

 

 

血鬼術『鹵獲腔 戦禍陣狼』

 

 

巨大な狼男のような風貌。

ボロボロの刀にも影が纏い、妖刀の如き禍々しさを放っている。

 

覚醒した佩狼が、煉獄に話し掛けた。

 

「確か、煉獄……杏寿郎…だったな?」

 

「ああ」

 

過去に自分を追い詰めた炎柱ではなく、一人の剣士として、煉獄を認めた。

 

「そうか……

俺は『佩狼』

煉獄杏寿郎。ここからは一人の武士として、お前を殺す」

 

「……ああ。望む所だ」

 

まるで武士道を重んじる剣士のようだ。

先程までとはうって変わった冷静さ、底知れなさがある。

 

二人はじりじりと間合いを詰めた。

 

煉獄は敵の能力を改めて思考する。

 

(奴の纏わせた影は、取り込む力が今までと段違いだ。

生半可な斬撃では歯が立たない。そして二度目は無い。

ならば、より強く刀を振るう!!)

 

一撃必殺。

次の一手に全てを賭ける。

 

刀を担ぐように構えを取る。

呼吸を整え、全身に力を込める。

あらゆる体勢から技を放てる煉獄が、居合い斬りのように、この構えからしか打てないという縛りを課す。

それは莫大な威力として発揮される。

 

煉獄の口から漏れる吐息は火山のようだ。

 

一瞬の静寂。

 

視線を絡ませた両者は、同時に刀を振るった。

 

佩狼は煉獄の首を狙う。

彼の記憶の奥底に眠っていた、かつての仲間達の剣技。

 

新撰組の、泥臭くも華やかな斬撃!!

 

『佩狼剣』!!!!!

 

煉獄も己の最終奥義を放つ!!

 

炎の呼吸・玖ノ型

 

奥義『煉獄』!!!!!!!!

 

 

渾身の一撃同士。

刀と刀がぶつかる。

 

燃える刀と影の刀。

その雌雄は決した。

 

佩狼の刀は真っ二つに折れ、煉獄は擦れ違い様に佩狼の首を斬り落とした。

 

煉獄の勝利だ。

 

がくりと膝を付く両者。

煉獄は肩で息をして、佩狼は、フッと笑うように息を吐いた。

 

(そうか……負けたか)

 

あれほどまでに拒んだ『敗北』。

首を斬られ、身体が消滅していくのを感じても、怒りや喪失感は無かった。

 

(清々しい、気分だ)

 

かつての愛刀、『和泉守兼定』を見る。

自分の中に残っていた、武士道の残り香。

 

永らく使われていなかった刀は、錆び付き、折れてしまった。

 

それでも、刀は刀として、寡黙に役目を全うしてくれた。

錆びるよりも燃え尽きた方が、ずっと良い。

 

(そうだ……俺の望んだ生き方は……そういうものだった)

 

一人の武士として、正々堂々と戦い、胸を張って仲間の所へ行きたかった。

 

今こそそれが叶う。

 

「礼を言う…煉獄……杏寿郎…………」

 

「ああ。さらば」

 

煉獄は敬意すら払い、その最後を見届けた。

 

たった一人で銃器の隊列に立ち向かい、そして死に損ない、鬼となった男は、ようやく死に場所を見つけることができた。

 

灰塵と化し、佩狼はこの世から消滅した。

 

煉獄は宣言通り、十二鬼月を倒したのだ。

 

 

参越百貨店が揺れる。

 

「ぐっ……!?」

 

煉獄は足腰が震え、刀を杖のように突き刺した。

建物全体が揺れている。

佩狼との戦闘で骨組みが傷付き、今まさに崩れようとしているのだろう。

 

ゴゴゴゴゴゴゴ、と岩石の破砕音。

 

倒壊は一気に起こった。

トランプを重ねた塔を、下段から打ち崩したかのように。

地面に吸い込まれていると見間違うほど、一瞬で参越百貨店は倒壊した。

 

煉獄は体力を使い果たしている。

とても倒壊から逃れられない。

 

死か、と諦めたその時。

 

黒い翼が羽ばたき、巨大な鳥『大烏』が、その背に煉獄を受け止めた。

 

「「煉獄さん!!!!」」

 

その背には二人の人間が乗っていた。

 

煉獄を絶対に探し出して救おうとする男

『虚淵影満』

 

そして煉獄の継子、『甘露寺蜜璃』である。

 

「煉獄さん!よくご無事で!俺は信じてました!!」

 

「よかった~~!煉獄さん!」

 

ひしと煉獄に抱き付く影満と甘露寺。

疲労で動けない煉獄はされるがまま。

しかしその表情は明るい。

 

「うむ!!お前達もよくやった!!嬉しく思う!!!」

 

背に手を回し、ぎゅっと抱き合う。

 

勝利と生還を喜ぶ煉獄達を乗せ、大烏は夜明けの帝都の地平線へと飛翔していった。

 

 

 

 

 

烏の羽が舞い散る一瞬。

 

参越百貨店が音をたてて崩壊。

 

「あ……あぁ……ぉああ」

 

参越百貨店社長、火比翁助は、絶望に顔を歪め、そして叫んだ。

 

「あ゛あぁああ゛ああ゛あああ゛ああ゛あああああああああ゛ああ゛あぁああ゛あああァああああ゛あああ゛ああ゛ああああ゛ああ゛あァあああああ゛ああああああ゛あああああああ゛ああ゛あああああ゛あああ゛ああァああああああ゛ああああ゛あああああ゛あああああ゛あああああ゛あああああ゛ああああァああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

崩れ落ちる絶叫が、帝都に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

後日談を少々。

 

帝都の復旧は、御館様の尽力もあり、速やかに行われている。

負傷した隊士も多いが、幸いにして死者はいなかった。

 

煉獄杏寿郎は十二鬼月を討ち取った功績を認められ、『柱』になることを認められた。

他の『柱』達にも認められ、鬼殺隊を支える一員となった。

影満、甘露寺、千寿郎はこれを大いに喜んだ。

父である槇寿郎は、どこか遠くを見るような目で、また酒を飲んでいた。

 

 

 

そして、煉獄と佩狼の決戦の舞台となり、倒壊した参越百貨店の社長、火比は、借金取りの男二人の前で、机に座っていた。

 

百貨店ビル倒壊と言う前代未聞の大損害。

 

そして抱える多額の負債。

 

会社の財産は全て負債の返却に当てられる。

それでも尚

 

 

借金額 『400億円』!!!!!!!!

 

 

400億を突破した負債に頭を抱える火比。

 

「もう充分だ……もう充分だろう?」

 

青い顔をして、その体躯は一層痩せ細って見えた。

 

だが借金取りの男は無情にも言い放つ。

 

「いいえまだです。これからです」

 

「借金返済完遂なさるまで、帰れませんよ?」

 

思考がぐるぐると渦巻いて、内臓が締め付けるようにズムズムと蠢いた。

 

あまりの精神的ストレスに耐えきれず、火比社長は嘔吐した。

 

「オォ…ボェエエェ!!!!」

 

酸っぱいゲボの胃液臭。

しかし借金取りにとっては、同情を誘う演技か、この場を逃れるための仮病にしか見えない。

 

「ここで吐かれては困りますので」

 

「これでは参越百貨店の名が泣くな?お前もそう思うよな?」

 

「全くでございます。これでは埒が開きません」

 

火比社長はフラフラと這い蹲い、出口の扉へと進んだ。

 

「カハッ!ガハゲボ!帰らせてくれぇ…」

 

「火比様逃げては駄目ですよ!!」

 

がっちりと肩を押さえられる火比社長。

このままでは参越百貨店は解体されてしまうだろう。

 

そんな時、勢い良く扉が開かれ、一人の男が腕を伸ばして立っていた。

 

「話は聞かせて貰った!!!!!」

 

虚淵影満がそこに居た。

底無しの闇のような瞳。狂ったような笑み。

常人には理解できない発想と、尋常ではない行動力。

 

そんな影満は、御館様からの命令を受け、参越百貨店の建て直しに着手していた。

先ず手始めに、参越百貨店の株を買い占め、産屋敷家の配下とする。

影満は鬼殺隊として貰った報酬金を全て注ぎ込み、参越百貨店の社名変更権を購入。

 

そして命名。

 

「今日からお前はァ!!!!!!!!

『煉獄百貨店』!!!!!!!!!!」

 

本来ならあり得ない歴史の改編。

運命の歪み。

 

それも全て、虚淵影満という男が、煉獄の名を広めるためだけにやった事だ。

 

こうして、参越百貨店は財政を建て直し、後年には新たに百貨店ビルを建設するほどまでに回復した。

そして「参越」から「煉獄」へと名を変えた。

 

 

 

煉獄さん生き返れ生き返れ

『煉獄杏寿郎 外伝』編 終わり

 




予言のナユタ「煉獄虐殺拷問……」

影満「ん?今煉獄さん最高って言った?」

ナユタ「違和…」

影満「そうかそうか!キミも煉獄さんが好きなんだな!!」

ナユタ「難聴!精神崩壊異常者!!」

ナユタを抱えて肩に乗せる影満。

影満「いやー、今回は甘露寺ちゃんも覚醒したし!ナユタちゃんも煉獄さん推しだし!煉獄さんの未来は明るいなぁ!!」

ナユタ「解放!救助要請!狂人!!神殺しーーーー!!!!!!!」

影満「あーーーっはっはっはっは!!!」


そのまま影満とナユタは煉獄さんの元へと歩いていった……

予言のナユタボイスコミック版好きだよ。
やはり、内田雄馬さんと小松未可子さんのコンビは……最高やな!!!!!!!!!


ようやく煉獄外伝後編が終了。
投稿が遅れたのではなく、400億円突破記念の瞬間を待っていたのですよ!!(言い訳)

遅くなりましたが、無限列車編、興業収益400億円突破おめでとう!
信じてましたよ!煉獄さんが一番になるって!!
そして映画を見にいった皆!ありがとう!
キミ達も仲間だ!共に煉獄さんを見届けた同志だ!!

とはいえ、煉獄さんを生き返らせるために狂った男が主人公の本作。
ただ400億を祝福するのでは味気ない。

そこで、私は『逆』をいこうかな、と。

世の中が400億円の儲けに浮かれるならば、本作では400億の負債でゲボを吐かせよう。
それこそが私の書く作品の持ち味!

という訳で白羽の矢が刺さったのが、大正時代に初の百貨店として誕生した参越百貨店(流石に名前そのままは不味いので3を大字に変更)。
この会社に怨みはないのですが、煉獄さん対佩狼のバトルフィールドとしてこの上ない派手さと小道具に溢れた好物件だったために爆破炎上。

鳴女も居ないのにここまで派手な室内戦、目まぐるしく部屋が変わる戦闘シーンが書けて楽しかったです。
ありがとう○越百貨店……

佩狼=土方歳三さん説好きだよ。
函館でラストサムライして死んだ彼なら鬼にもなるでしょう。
このままドリフターズの世界にトリップするのもオススメだよ!


次回からようやくオリジナル展開に戻ります。
ああ早くB級映画まみれになろうぜ!
完成された構成の名作もいいが、やはり狂ったシナリオが一番や!!

コロナに気をつけて、生きようね!!!!!!!!!!!


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

新聞の番組欄に煉獄さんの似顔絵載ってるらしいですね。
いいなー(ネットニュース派)


よく晴れた昼下がり。

 

煉獄家の屋敷の前に、『炎柱』煉獄杏寿郎と、その仲間ご一行が到着した。

 

煉獄さん大好き人間である「虚淵影満」が、ずいっと前に出る。

 

煉獄家の匂いを肺に取り込むように、大きく息を吸う。

 

「煉獄家よ!!!

わ た し は

帰っ て き たあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

空気を震わせる大音声。

木々から鳥が一斉に飛んで逃げ出した。

 

「うるっさ……」

 

屍鬼村から救出された少女、燈台華燐が耳を塞いで縮こまった。

 

「うむ! 久しぶりに帰った気がするぞ!!!」

 

煉獄もいつもより上機嫌で声が大きい。

 

屍鬼山にて下弦ノ鬼のゾンビ軍団と戦い、浅井村にて上弦ノ鬼「玉壺」のサメ嵐と戦い、死線を乗り越えてきた。

 

柱合会議も終え、ようやく帰宅。

やはり実家は安心するのだろう。

 

パタパタと足音がして、木製の門が開く。

 

ひょっこりと煉獄千寿郎が姿を現した。

 

「兄上!影満さん!」

 

杏寿郎にそっくりな弟、千寿郎。

少し身体が大きくなっていたが、まだまだ影満達よりは小さい。

 

「んばあああ!!千寿郎くん久しぶりぃぃぃぃいぃいい!!!!!!!」

 

「うわわっ!」

 

影満がガバリと千寿郎に抱きつき、身体を持ち上げる。

 

「んんんん千寿郎くん可愛い可愛い!!」

 

完全に子供扱いだが、厳しい戦いを切り抜けた影満にとって、プチ煉獄さん成分である千寿郎という「癒し」を我慢することが出来なかった。

 

「千寿郎!息災か!?」

 

杏寿郎が頭をポンポンと撫でる。

千寿郎は照れ臭そうに笑う。

 

「兄上!

はい!すこぶる元気です!」

 

影満という狂人を間近で見ているためか、千寿郎も気持ちが強くなっていた。

影満が「大人」として成立するような世界なら、自分も少しはやっていけるだろう、と。

 

年長者二人に可愛がられて微笑んでいると、それをじっと見ている華燐の視線に気付いた。

 

「あっ!ど、どうもこんにちは!初めまして!煉獄千寿郎です!」

 

千寿郎は慌てて表情を取り繕う。

 

「こ、こんにちは!燈台華燐です!」

 

久しぶりに会う同年代の子供に、華燐も嬉しそうだ。

 

(尊い!!!!!!)

 

尊い空気を察知した影満が、そっと千寿郎を下ろす。

背中をポンと押し、華燐と引き合わせた。

影満はニッコニコ顔である。

 

華燐は何時になくモジモジしている。

 

「あの、私、影満さんと煉獄さんに、助けられて……」

 

「そうだったのですか!お二人は凄いですからね。

……つらかったですね」

 

「いえ……」

 

家族が鬼に殺されたことを察した千寿郎が、しっとりとした空気にしてしまう。

華燐も表面上は気丈に振る舞っているが、たまに泣いている。

 

「心配するな華燐!!影満が面倒を見てくれる!

勿論、俺も華燐を気にかけているぞ!!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

パアァ、と明るい笑顔になる華燐。

それを見てさらに笑顔になる千寿郎。

 

影満は「(^ω^)」という表情をしていた。

 

 

燈台華燐は影満が正式に引き取った。

 

彼女は葬儀屋の娘で、その作法を修得している。

将来、煉獄杏寿郎の葬式を行う際、専門の葬儀屋として育てるため、影満が目をつけたのだ。

 

煉獄杏寿郎を尊敬し、崇めることに心血を注ぐ男、影満。

 

「あれ、影満さん……その目は……」

 

遅ればせながら、千寿郎が影満の眼球の異常に気がついた。

 

玉壺との激戦中に、影満は『痣』を発現した。

その『痣』は彼の眼球に現れた。

 

……煉獄杏寿郎の顔の模様として。

 

「えっ なにそれは……」

 

困惑する千寿郎。

 

「まあ、そうなるよねえ……」

 

困惑に共感する華燐。

 

影満が「ぴぴ男」だった頃から修行をしていた煉獄は、「またいつものあれか」と広い心で受け止めていた。

思考停止とも言う。

 

当の影満は、「凄いでしょ?」という表情をしていた。

 

千寿郎は目線を逸らした。

 

「まあ、旅の疲れもあるでしょうから、どうぞ中へ」(自然な話題転換)

 

「やったー!」

 

影満は無邪気な少年のように、嬉々として煉獄家の敷居を跨いだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「イカレが……まだ生きていたのか」

 

煉獄家の家長、煉獄槇寿郎が廊下に立っていた。

無精髭を生やし、手には酒の入った壺を引っ提げている。

 

目付きは悪いものの、全体的に覇気がなく、幽鬼のようだった。

 

「は!煉獄さんと最後の時まで、俺は死にません!!!」

 

「くだらん……」

 

ぷいっ、と顔を背ける。

 

その背中に、息子である煉獄杏寿郎が声をかけた。

 

「父上!ただ今帰りました!」

 

「……」

 

煉獄杏寿郎の、ハツラツとした声が響く。

 

自慢の息子であるはずなのだが、返事もせず、無言で立ち去ろうとする。

 

その足元に、影満がズザーッと滑ってしがみつく。

 

「お義理父さん!一つ!一つだけ!」

 

食い下がる影満が報告を入れる。

 

「煉獄さんは上弦ノ鬼を倒しました!

鬼殺隊として、100年以上ぶりの快挙です!!」

 

鬱陶しそうに足で蹴られ、鼻血が噴出するが、口を止めない。

 

「御館様も認めてくださいました!煉獄さんは!この停滞した戦況を動かす存在だと……ぶほっ!!」

 

いよいよ本気で蹴られ、壁に激突する影満。

それを杏寿郎が腕を引き上げて立たせる。

 

「あとついでに!俺、『柱』になりました!!」

 

ピクリ、と一瞬だけ槇寿郎の動きが止まる。

 

「俺も、煉獄さんに救われた者の一人です! 甘露寺ちゃんも「柱」になったし、煉獄さんは凄いんです!!」

 

煉獄杏寿郎を崇拝して褒めちぎることに命を燃やす。

たとえ刺されたとしても煉獄讃歌を止めはしない。

 

「伊黒くんも元気でした!お義理父さんに挨拶がしたいと……」

 

「気色の悪い呼び方をするな」

 

それだけ言って、今度こそ自室に戻ってしまった。

 

華燐は煉獄の父親のイメージと違ったことに驚き、呆然としていた。

チラリと影満を見ると、意外にも笑っていた。

 

槇寿郎をお義理父さんと呼んだことにツッコミを入れられたことが嬉しいのだろう。

いつもはガン無視されるので、反応してくれたら勝ち、という謎の達成感を味わっていた。

 

「今日は……まだ機嫌がいいです。なんだかんだ、玄関まで出迎えに来てくれましたから……」

 

千寿郎くんがポツリと補足を入れた。

 

「……さて、いつまでも突っ立っていても仕方がない!あがろう!!」

 

杏寿郎が手を叩くように声を出し、ようやく、皆が煉獄家へと入ったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

荷物を置き、お茶を飲んでから、杏寿郎と華燐は、奥の部屋まで来た。

廊下に座ったまま、扉をそっと開く。

 

そこには、一人の女性が眠っていた。

 

華燐はハッと息を呑む。

 

時間が止まったかのような、静かな眠りについている女性。

 

その凛とした顔立ちから、煉獄兄弟の母なのだろう、と予想がついた。

 

「母上、ただ今帰りました」

 

「あ……はじめまして。燈台華燐と申します!」

 

華燐は深々と頭を下げる。

 

眠っているのは煉獄 瑠火。

 

脳の病で寝たきりになってしまい、いつ帰らぬ人になるかも、正確には分からないそうだ。

 

「母上が意識を失ってから、父上は気力を失ってしまった。己の無力さを悔いているのだろう」

 

「そう……だったんですか」

 

自分の力ではどうしようも無いことはある。

鬼に家族を殺された華燐には、世の中の残酷さ、止めることの出来ない流れを理解していた。

だが槇寿郎は戦う力があった分、愛する人を救えなかった無力感に耐えられなかったのだろう。

 

複雑な家庭環境に想いを巡らせる華燐。

煉獄はそれらを既に呑み込んでいるようで、母上に旅の成果を伝える横顔は、晴れやかで明るいものだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

影満と千寿郎は庭を目指して歩いていた。

 

「介護師さんは?」

 

「つい先程までいらしたのですが、入れ違いですね」

 

「そうか。あの人にもご挨拶したかったけど、まあ明日でいいか」

 

寝たきりの瑠火を介護するために、専門の人を雇っている。

介護師の女性だ。

筋肉をほぐして床擦れを防止し、日々の世話をしてくれる。

 

槇寿郎が最小限にしか妻に触らせようとしないため、ずっと煉獄家に居る訳ではない。

 

影満とも面識があり、友好的な数少ない理解者でもあった。

 

「で、あいつは?」

 

影満が声のトーンを落とす。

 

「あの人は、ずっと庭にいます。

先日、「柱」が一人亡くなったと聞いた時から、かなり荒れてました」

 

「そっか……仲間想いだからな」

 

影満は土産にと持って帰ってきたサメ肉寿司詰め合わせセットを持って、庭へと到着した。

 

修行用の木製の的が、ズタズタに切り裂かれていた。

 

その奥には、『燕尾服(えんびふく)』を着た少年が立っている。

 

髪の色は独特で、暗い藍色だ。

 

その背中に、影満は明るい気持ちで声をかけた。

 

「おーい! 縁夢(えんむ)! 一緒にお寿司食べよう!!」

 

 

 

 

 

煉獄さん生き返れ生き返れ

 

『炎舞』編 始まり

 




今回はプロローグなので短めです。
次話は明日投稿いたします!

アナベル・ガトーさん、あの見た目で25歳とか草。
痣出してもギリギリ生き延びるの草バエルwwwwww

おや……?えんむという名前、どこかで?


誰も彼も焼けて死ね!
業火の中で狂い死ね!!

『炎舞』は人を救うか、あるいは人を滅ぼすか?

踊れ踊れ 地獄を見せろ この私に!(とびっきりの笑顔)

煉獄さんB級映画巡りの旅 第三段!
今度はダンス映画!

ダンス・ダンス・ファイアダンス!

はーじまーるよー!



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元神縁夢

あらすじ

煉獄家へ帰還!
えんむ……はて、どこかで見た顔ですねえ……
たしか、前世で……?


やあ、『神』だよ。

 

生きてたよ。

 

一回死んだけどね。

 

まあ神様のミラクルパワーでちょちょいのぱーさ。

 

具体的には、世界の支配権を失って消滅する寸前、新しい世界の住人として受肉することで、なんとか存在を保つことができたよ。

 

ゲーム風に例えるなら、ゲームマスターの権限を奪われて退室を強制されたけど、プレイヤーとして参加することで退室を免れた、といった所かな。

 

この世界を企業に例えるなら、『神』であった私は社長だ。

けど人事異動を命じた幹部候補の社員に刺され、企業の最下部、平社員に落とされて再スタートという訳さ。

 

こんなことある?(困惑)

 

天界から地獄に落とされたルシファーさんですらドン引きするような上げ落としだよ。

こち亀かな?

 

 

そんな訳で、今日も今日とて、この『鬼滅の刃』の世界で、

 

元神縁夢(もとがみえんむ)として生きていくよ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「そこで煉獄さんが覚醒!

上弦ノ鬼をズバッと斬り払い、大爆発がどばばばばばばああああーーーうわわっわわわわあああああああ!!!!!!!!!!

こっちにも衝撃が来たあ!!!!!!」

 

 

縁側に座り、真ん中にはサメ肉寿司詰め合わせセット。

 

木漏れ日が美しい煉獄家の庭。

普段なら静かで素敵な空間だ。

 

「やっぱ煉獄さんかっけえぇぇ!!

最高に格好いいぜえ!!」

 

今日は煉獄布教のやべーヤツ、

『虚淵影満』が帰ってきている。

 

両手を寿司ざんまいのように伸ばし、煉獄の武勇伝を語り聞かせてくる。

 

私はモシャモシャとサメ肉寿司を頬張って聞き流していた。

 

「旨いか縁夢!?」

 

「うん、うまいよ」

 

一見、元神である私と影満は仲が良さそうに見えるだろう。

 

だが私は恐ろしかった。

 

あの時の記憶が甦る。

 

 

 

『煉獄さんを生き返らせるために俺は……』

 

包丁を振り上げる。

 

『世 界 を 壊 す』

 

(こいつヤバイ)

 

ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ。

 

男は神を包丁で滅多刺しにし、ついに首を切り落とした。

 

 

 

 

ブルリ、と身震いする。

 

(お……恐ろしい……)

 

虚淵影満、こいつこそが、神である私を包丁(どこから出した?)で28箇所も刺し、確実に殺しにきた狂人。

 

 

彼が現代の『神』だ。

 

 

私から世界の支配権を奪い、この世界を再構築した。

 

『神』でありながら自身も受肉し、鬼殺隊として活動している。

 

見た所、記憶を失っているようだ。

 

前世の男の目的は、煉獄杏寿郎を生き返らせた上で、自身の記憶を消して、煉獄生存ルートを突き進むというもの。

 

そのために心の拠り所であった煉獄の記憶を消し、人格が崩壊、記憶もまとめて失った、という流れだ。

 

頭おかしいのかな?

 

 

影満の目を見てみる。

 

その瞳には煉獄杏寿郎の形をした『痣』が発現していた。

影満は気の良い青年のような笑顔で、自分の分のサメ肉寿司を渡してくる。

 

「おかわりもあるぞ?」

 

その黒い瞳孔は、深く、どこまで深く、闇のように真っ黒だった。

 

(こいつ頭おかしい……)

 

私は心の底から、そう思った。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

私は立ち上がり、膝の上をパンパンと叩いた。

 

「さて、食事も済んだことだし……」

 

影満の方を振り返る。

 

「修行しようか?」

 

「望む所だ!」

 

彼も意気揚々と立ち上がる。

 

 

 

私が『神』に戻る方法は、2つある。

 

1つは、現在の『神』である虚淵影満を殺すことだ。

 

他者に殺させては意味がない。

私が直接手を下し、神の支配権を奪い取る必要がある。

まるで内臓を引き抜くように。

 

しかし影満自身も修行によって『柱』クラスの実力と特殊技能を備えている上、強い『運命力』に守られている。

 

主人公は絶対に死なないという、あれだ。

 

下手に殺そうとして、『神』としての記憶が戻ることの方が厄介だ。

 

なにより、私は影満が恐い。恐ろしい。

トラウマを植え付けられているので、一歩も退かない本気の殺し合いをする自信がない。

 

 

そこで2つ目の方法だ。

 

私が『神』の支配権を奪われた「平成」の時代。

あの時間になった時、この改編された世界が、元の世界とほぼ同じ状態になっていた場合にのみ……

 

 

私に『神』の支配権が戻ってくる!!

 

 

保険に用意していたバックアップ機能が作動する訳だ。

 

同じ状態とは、つまり「鬼が存在しないこと」。

 

現実世界から鬼滅の刃の世界に改編し、大きく変わった点といえば鬼の存在だけだ。

 

歴史を変える悪い鬼、『鬼舞辻無惨』を倒すことさえ出来れば、あとは誰が生き残っていようが関係ない。

 

世界の修正力が働き、細かいことは気にせず、「元の世界に戻った」と判断される。

 

そうなれば、『神』の地位も元通りだ。

 

 

『虚淵影満』を殺すか、

『鬼舞辻無惨』を殺すか。

 

神の天秤にかけた結果、微差で『無惨』を殺す方がまだマシという結論に至った。

 

 

 

そのために、私も鬼滅の刃の原作改編に取り掛かった。

 

先ずは優秀な人材の保護。

 

原作では死亡した錆兎や真菰、胡蝶カナエ、粂野匡近などの鬼殺隊の死亡するタイミングで介入し、ギリギリ死なないように運命を変える。

 

充実したメンタルクリニックと、情報共有の充実化。

大烏などの移動手段の強化。

 

原作知識を活かした血鬼術への対策方の伝授。

それらを、不自然さのない範囲で浸透させた。

 

鬼殺隊を大幅に強化した。

 

それが無惨を倒すための正攻法だからだ。

 

 

無惨がうっかり死んでくれるよう、「絡め手」も用意したが……これはあまり期待していない。

 

 

私には元『神』として、世界を見渡す力がある。

地図アプリでマップを開いて、各登場人物達の居場所と状態、会話シーンなどが見える。

 

しかし運命力を歪まされた強力な鬼は見ることが出来ない。

上弦ノ鬼などは居場所が分からない。

 

その力に加えて、元の世界の知識、つまり「鬼滅の刃」の情報をダウンロードできる。

 

実は、私はまだ完結まで読めていない。

 

本編完結までのダウンロードに時間がかかっている。

 

影満に包丁で刺された衝撃で、神としての機能に障害が残ったのか、あるいは元神ではこれが限界なのか。

 

まるで通信制限を1000年分くらっているかのような、遅々としてページが進まない感覚だ。

 

イライラし過ぎて顔面に血管が浮き出る。

 

ピキッ……メキッ……(血管が浮き出る音)

 

なので、黒死牟の死に様は見ているが、無惨の倒し方までは分かっていない。

 

つい最近、ようやく無惨の戦闘スタイルが明かされる所までダウンロードできた。

 

早速、これを参考に、影満達を鍛えることにしよう。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「む? 縁夢か。久しいな。早速修行か?」

 

「ええ、煉獄さん。貴方も一緒にどうぞ」

 

丁度良く煉獄杏寿郎も現れたので、二人同時に修行することになる。

 

広い庭に、影満、煉獄、元神が立った。

 

 

元神は長い(ムチ)を取り出した。

 

バラリと鉄製のムチが地面に落ちる音。

まるで電線のように野太く、特殊な外観をしていた。

 

ムチの先端を枝分かれさせることができ、二つのムチのはずが、まるで十本以上のムチが動き回るように操作できる。

 

「日輪刀と同じ材質だったか」

 

「ええ、雑魚鬼なら秒殺できます」

 

ひゅん、と音速を越えた速さで振るって見せる。

常人では目にも止まらぬ速度。

 

刀鍛冶師に作らせた特注品。

元神はそれを手足のように操る。

 

ヒュンヒュンと振り回される鞭は、斬撃の結界と化していた。

 

「お二人の今ある力、全て使ってください」

 

そう言うと、元神は鞭を振り下ろし、二人に襲い掛かってきた!

 

影満は横に走って回避。

 

煉獄は木刀で弾き返してみせた。

 

衝撃派が周囲に飛び散り、地面が大きく裂ける。

 

枝分かれした鞭が、風を斬ってうなり声を上げながら、煉獄に迫る!

煉獄はそれら全てを『透き通る世界』を視る目で認識し、的確に防御する!

 

炎の呼吸 肆ノ型

 

『盛炎のうねり』!!!

 

木刀で鉄製の鞭を斬り落とした!!

常識を超越した凄まじい剣技!!!

 

一方、影満は、幻のように姿を消し、鞭の嵐の中を掻い潜っていた。

 

陽炎の呼吸・漆ノ型

 

『日光時計』

 

スライディングするように地面を滑り、攻撃を全て回避してみせるという離れ技。

 

そしてあろうことか、元神に急接近し、攻撃しようとする気概。

 

「うん。見事だ」

 

元神は満足そうに呟き、懐から「拳銃」を取り出す。

そして躊躇いなく影満を撃った。

 

「うおっ!?」

 

影満は海老反りになって弾丸を回避。

予想外の攻撃にも、問題なく対応できている。

 

「銃による不意打ちも避けるか」

 

「当たり前だ!!」

 

影満が木刀で斬りかかるが、元神は鞭で防御する。

 

「煉獄さんは銃鬼とも戦ったことがある!

だったら俺も!銃器への対策を怠る訳がないだろう!!!」

 

「フッ……」

 

影満は煉獄に追い付くために限界を越える。

 

無惨の戦闘スタイルである、腕を触手の刃にして振り回す戦法にも、この修行で慣れてもらいたい。

 

「では、私も本気を出すか」

 

元神が、聖歌を奏でる楽器のような、美しく神々しい呼吸音を発する。

 

その瞬間、影満と煉獄の背中に、ゾワリと寒気が走った。

 

 

(かみ)の呼吸!!!!!!!!!!!!」

 

 

((神の……呼吸!!!??))

 

 

全くの初耳。

そんな技があるなど聞いたことがない。

 

だが考える暇はなかった。

 

壱ノ型が放たれると同時に、この場にある全ての物質、それこそ小石一つ砂粒一つに至るまで、全てを狙った斬撃が放たれた。

 

 

壱ノ奇跡 『天地創造』

 

 

太陽の爆発のような光が、この場を包んだ。

 

光を発するほどのエネルギーを持った超高速の斬撃。

並の人間なら目が焼き潰れているだろう。

 

元『神』である縁夢が、その神秘を惜しみ無く呼吸法として打ち出した技。

 

アメリカ軍による爆撃かと思うほどの轟音と衝撃!!

 

影満は壁に叩きつけられ、吐血した。

 

「グボェア!!!??」

 

驚愕と絶望の表情。

 

煉獄とて、防御の体勢のまま、かなり後ろまで吹き飛ばされていた。

両足で衝撃に踏ん張っていた跡が残り、まるで列車のレールのようだった。

 

「ぐっ、うぅ!……よもや、よもや!縁夢に呼吸が使えたとはな!!」

 

鞭で鬼を殺せる実力者だとは知っていたが、我流の呼吸を産み出し、これほどの力を持っているとは知らなかった。

 

(威圧感だけで言えば……あの上弦ノ鬼よりも……強い!!)

 

元『神』としての技能を解放した縁夢は、玉壺よりも強いだろう。

 

ただし、運命の改編には問題が多いため、縁夢自身は手を下せない。

 

だからこうして、煉獄達を鍛えるのだ。

 

「げほっ」

 

影満が口の血を拭い、完全な戦闘体勢になる。

 

「おそらく鬼舞辻無惨はこれ並か、あるいはこれ以上の速さと威力で打ってくる。

体力も無限、手数も数多(あまた)、傷は瞬時に回復し、手加減も無しだ。

……それでも、勝てると思うか?」

 

やや挑発するような言葉に、煉獄と影満は、ニヤリと牙を見せて笑った。

 

「勝つとも!!勝たねばならん!!」

 

「やってやんよお!!!!!」

 

闘志を燃やす若き『柱』達。

 

元神はフワリと回転し、鞭をプロペラのように回した。

その風圧で、元神は20メートル以上も上空へと飛び上がった。

 

「「はあ!?」」

 

あきらかに人間技ではない。

 

手の届かない上空から、一方的な攻撃が射ちこまれる!

 

 

神の呼吸・弐ノ奇跡

 

『海空分断』

 

可視化できるほど強力な斬撃。

 

地面を谷のように割り、爆音を轟かせる。

まるで天災だ。

 

煉獄はその斬撃に対し、技で対抗した。

 

炎の呼吸・伍ノ型

『炎虎』!!!!

 

ぶつかり合う神と炎の剣技。

威力は相殺され、空気が破裂する音。

 

煉獄の技と相討ち。

しかし身体は後ろへと吹き飛ばされる。

木刀を地面に刺して踏ん張る。

 

影満は斬撃を受け止めることを諦め、回避に専念した。

 

陽炎の呼吸・参ノ型

『透明炎』!!!!!

 

自身も上空へと飛び上がり、斬撃を回避。

そして鞭を踏み台にして、上空にいる元神にすがり付こうとする。

 

しかし、鞭を自在に操れる元神は、敵の足場にするような事はしない。

 

すぐに鞭をぐらつかせ、影満は登るのを諦める。

鞭を蹴り、空でイルカのように一回転した。

 

そして履いていた(くつ)を、缶けりのように蹴り飛ばした。

 

「ふん……」

 

元神は靴を叩き落とす。

どう見ても悪あがきだが、敵への攻撃を諦めない姿勢は好評価だ。

 

褒美として、連続で技を打つことにした。

 

 

神の呼吸 参ノ奇跡

 

『果樹撒種』

 

 

鞭の高速の攻撃は、先程と同じだ。

だが今回は、その斬撃に加えて、リンゴのように赤い液体が飛び散り、二人に掛けられる。

 

煉獄と影満は技で防御したものの、液体までは防ぎ切れず、赤い染みが肌や服にこびりついた。

 

元神が依然として上空に浮かびながら、冷たい目で見下ろしてくる。

 

「鬼化する血を斬撃に混ぜこむのは当然だろう?

今のが本番なら、お前達は身体が鬼化し、戦闘不能になっている」

 

「うむう……!」

 

「ぺっ!ぺっ! 口ん中入った!」

 

対無惨戦で気をつけるべきなのが、その鬼の血の凶悪な性質。

傷口に入るだけで、人体を蝕む猛毒となる。

 

「透き通る世界」を体得した煉獄ですら、避けるので精一杯だ。

 

 

元神コーチによる地獄の修行メニュー。

その最終目標とは……

 

「二人は、自分の力を120パーセント引き出すことは出来ている。

その上で、無傷を保ったまま、『一晩中』戦い続けることが必要となる」

 

出力120パーセントを、12時間。

負傷は0に抑える。

 

「それこそが、『炎舞(えんぶ)』の真髄だ」

 

「えんぶ……」

 

「炎舞か!!」

 

 

『炎舞』の修得。

それが今回の最終目標。

 

その第一歩となるのが、今しがたの戦い。

 

「これからずっと、この鞭の攻撃を無傷で回避できるようになるまで修行する。

何日何ヵ月かかろうと、最低限それぐらいは出来るように、強くなってもらう」

 

今見せられた3つの技、それらを完全に見切り、回避と防御が出来るようになればクリアだ。

 

「それが終われば、次はこの技」

 

元神が本気で殺す気の目をした。

 

「ッッ!!?」

 

影満は煉獄を守る。

たとえ死ぬことになろうとも。

 

 

神の呼吸 肆ノ奇跡ーーー

 

 

「煉獄さん!!!!!」

 

影満は直感のままに走り出し、煉獄を庇った。

 

 

幾星霜(いくせいそう)

 

 

パギャ!! という音が庭に響き渡り、影満は意識が途切れた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「はっ!?」

 

 

影満は布団で横になっていた。

煉獄家の影満に割り当てられた部屋。

見知った、天井。

 

ガバリと起き上がる。

戸の隙間から見える空は暗闇。

夜になっていた。

 

「ええーー!!?」

 

影満は声をあげる。

夜になった、ということは。

 

「ごはんはぁ!?」

 

五歳児か痴呆老人のようなことを叫んだ。

 

影満にとって、久しぶりの煉獄家での食事。

揃って晩御飯という美味しいイベントを逃してしまい、絶望の表情をしていた。

 

カラカラカラ、と戸窓が開き、千寿郎が晩御飯を持ってきた。

 

「影満さん、身体は大丈夫……」

 

「ああああああーー!!!

晩御飯があああ!!!

晩御飯が終わっているうううううう!!」

 

両手で顔を覆い、顔の皮をダルンダルン震わせながら悲しみの涙を流す。

 

千寿郎になだめられながら、温め直して貰った晩御飯を食べる。

 

もぐ……もちゅ、もっちゃもっちゃ……

 

「美味しいごはんのはずなのに……塩辛いのは、なんでだろなあ……」

 

「影満さん……」

 

涙でグチャグチャになりながら、無念のボッチめしを喰らう影満。

 

聞けば、もう既にお風呂も済ませているという。

 

二大宿泊イベントを逃した影満の後悔たるや。

 

「まだだ……まだ終わらんよ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「うえっ!?」

 

影満は千寿郎を抱き抱えたまま立ち上がり、俺たちの戦いはこれからだ!と言わんばかりの背中で走り去っていった。

 

 

風呂あがりで髪を乾かしていた華燐ちゃんも風の如く拉致する。

 

「きゃあああああああ!!」

 

いたいけな少女の悲鳴もどこ吹く風。

 

鞭の手入れをしていた元神を引き連れ、煉獄の自室の戸をスパーン!と開いた。

 

「枕投げ大会だあああああああ!!!!」

 

「やっと起きたか影満!!待っていたぞ!!」

 

まさかの歓迎ムードの煉獄。

ノリがいい。

 

最強の枕投げ大会が開催された。

 

「枕投げなんてしたことないです……」

 

「そもそも枕が足りますかね……」

 

ちびっ子二人の千寿郎くんと華燐ちゃんが早くも不安を漏らす。

 

影満は倉庫から大量のまくらを持ってきた。

 

影満が買収した参越デパートの寝具コーナーの売れ残り枕を、投げ枕専用として格安で発注していた。

 

「いい大人が枕投げて」

 

元神もあまり乗り気ではなかったが、ハイテンションの影満が制する。

 

「バカ野郎!!俺らは明日をも知れぬ身だぞ!!枕投げせずに後悔なんてしたくないだろ!?」

 

「取り敢えず投げろ!!!!」

 

華燐はビーチバレーのように軽く、千寿郎は麻袋を出荷するように投げる。

 

大の大人である影満は両手持ちで回転してブーメランのように投げるという大技を披露し、煉獄は一球入魂の美しいフォームから豪速球を放つ。

元神は枕に被弾しまくっていた。

 

煉獄家での初日の夜は、賑やかに過ぎていく。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「そろそろ……寝ます……」

 

ボサボサになった頭を指ですきながら、華燐が眠そうな顔で言った。

 

「ハァ……ハァ……うん、おやすみ華燐ちゃん!」

 

影満は激戦を終えた後のようにボロボロになっていた。

部屋も滅茶苦茶である。

 

埃が凄いので窓を開けて換気している。

 

 

部屋の掃除を済ませてから、影満、杏寿郎、千寿郎の三人が川の字に並んで眠っていた。

 

まだまだ眠るつもりはない。

 

千寿郎に旅の話をたっぷりと聞かせてあげる予定だ。

 

「あの……影満さんも、『柱』になったんですよね?」

 

「うん! 光栄なことにね!!」

 

「柱合会議というのは、どんなものでしたか?」

 

千寿郎は父や兄が参加する柱合会議に興味があった。

 

「ああ、今回の議題は、煉獄さんが上弦ノ鬼を倒したことへの称賛が主だったから、俺の柱任命はついでだよ」

 

「アハハ……影満さんらしいです」

 

何よりも先ず、煉獄を崇めることを優先する。

 

「で、その柱合会議だったんだけど……」

 

 

影満による回想が始まろうとした。

 

その時。

 

「「……ッ!!」」

 

煉獄と影満が、ガバリと起き上がった。

 

「え? ど、どうしました?」

 

その表情からは、先程までのふざけた空気は感じられない。

 

「なんだこの気配……?」

 

怪訝そうな顔をする影満。

 

煉獄は短く呟いた。

 

「誰か来た」

 

「……え?」

 

 

真夜中に、何者かが訪問してきた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

廊下を進んだ先。

 

外の、正面の門の方から、物音がする。

 

影満は日輪刀を持ち、寝巻き姿のまま廊下を歩く。

煉獄杏寿郎は千寿郎を元神の所へと連れていった。

影満一人で、玄関へと進む。

 

すると、外からの音が良く聞こえてくる。

 

 

ドンドン。

 

 

門を叩く音。

 

それと同時に、無機質な声色が聞こえる。

 

『ごめんください』

 

 

誰かが、煉獄家を訪ねてきたのだ。

深夜であるということを除けば、特別おかしい所はない。

表面上は。

 

ーーードンドン!

 

『ごめんください』

 

先程と一文字一句変わらず、声色も大きさも同じに、声と音がする。

 

ドンドン!

 

『ごめんください』

 

ドンドン!

 

『ごめんください』

 

ドンドン!

 

『ごめんください』

 

影満は温度を目で見える特殊技能を持つ。

それがあれば、門を透かして、向こう側の人物を視ることができる。

 

(なんだ……こいつ)

 

影満の目に映ったのは、異様な人影だ。

 

たった一人、人間が立っている。

 

しかし、その人影には、体温がなかった。

 

 

ドンドン!

『ごめんください』

 

 

影満は柱合会議にて、御館様に言われたことを思い出した。

 

『杏寿郎と影満は、無惨をも倒せる可能性を示した。

今後は君たちに……』

 

冷や汗が流れる。

 

『『刺客(しかく)』が送り込まれるかもしれない』

 

刺客、つまりは暗殺者。

 

無惨の手先。

 

ドンドン!

 

『ごめんください』

 

体温も感情もない、氷のような鬼が、煉獄と影満を暗殺するために、門の前にいる……?

 

 

「影満……」

 

その時、煉獄が影満の元へと合流した。

 

ドンドン!

『ごめんください』

 

影満は振り返り、煉獄に指示を乞う。

 

ドンドン!

『ごめんください』

 

「煉獄さん……」

 

ドンドン!

『ごめんください』

 

門を指差す。

 

ドンドン!

『ごめんください』

 

「開けますか……?」

 

 

 

ドンドン!

 

『ごめんください』

 

 




門の向こうの音と書いて『闇』になるの大好き。
何も分からない恐怖、闇。

ちょっとホラーテイストな終わり方になって草。

ドンドンと『ごめんください』言い過ぎ。
それしか言えんのか猿ぅ!

地上波無限列車編のCMみたいにしつこく繰り返されるのも草バエルwww

一体誰なんだ……!?

銃野郎がわざわざ……俺に挨拶に来るわけねえよな?
マキマさんの冗談だよな……?
なあ煉獄さん?


何気に約2年ぶりの登場となった『神』様。

生きとったんかワレぇ!!

いや実際、影満に馬乗り滅多刺しされて首斬られたのに生きてるの凄すぎて草。
受肉してでも生き残る生き汚さ、好きだよ。
これで影満は「神殺し」じゃなくて「神殺し未遂」に罪が軽くなったから、作者としても嬉しい限り。

死ぬな。キミが死んだらオリ主が人殺しになってしまうぞ(理不尽)

あれだけのことをされたら、影満を恨んで鬼堕ちしてラスボス化しそうなものですが、今回は鬼殺隊強化をせっせと進めてくれていた裏の功労者となってくれていました。
これって……勲章ですよお?

元神の存在なくして『煉獄さん生き返れ生き返れ』は成立しなかったと思うので、これからもケツに火ぃついた馬車ウマのように走り回って❤(ブラック企業)

神の呼吸とかチート過ぎて草バエルwwwwww
無惨様の技を完コピできるの凄い。
ちょっと強すぎませんか????
パワーバランス大丈夫??

まあ肝心の上弦ノ鬼にはタイムパラドックス的な制限が発生するために使えないという縛りがあるので、いざという時に使えない正真正銘の役立たず。
はぁー……つっかえ!ほんま使えんわお前ぇ!

ま、練習用としてはこれ以上ないほど有意義なので、さらなるレベルアップのための当て馬になってくれたまえ。

鹵獲したザクを訓練用に修理して新米ガンダムパイロット用のサンドバックにするみたいで草。


新たな仲間を加え、影満たちの戦いは加速していく!

門の先にいたモノとはーーー!?

次回もどうぞお楽しみに!(^ω^)


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煉獄ゼロズ

あらすじ

元神さん味方なの嬉しい
神の呼吸、地獄の修行コース
闇夜の訪問者……


「誰だ!」

 

煉獄は大声を出した。

 

シンと静まり返り、鼓膜が痺れる。

 

門の向こうの訪問者は、門を叩くことも、声を出すこともしなくなった。

 

煉獄と影満は、無言で刀に手をかけた。

 

チキッ、と鞘から刀身を抜く音。

 

闇と静寂が支配する中、シャリリリ、と刀を抜く音が、耳に響いてくる。

 

二人は同時に抜刀した。

 

「「……」」

 

無言で目配せをし、頷く。

影満が上から攻め、煉獄は門を開いて攻める。

二方向からタイミングをずらして総攻撃。

 

影満は息を吸った。

 

 

陽炎の呼吸 参ノ型

 

『透明炎』

 

 

イルカのように大きく飛び上がり、門を山なりに飛び越え、

門前の来訪者に斬りかかった。

 

 

ーーーーーーーーーー 

 

 

煉獄愼寿郎は、妻の眠る部屋の前に立ち、自分の日輪刀を抜いていた。

両脚は義足をつけているため、歩く度に音がする。

 

「なんだ……何が来た?」

 

心底迷惑そうに顔を歪める。

先程まで酒を飲んでいたらしく、顔は赤い。

 

元神は不安そうな千寿郎と華燐の背中をポンと叩く。

 

「離れないで」

 

元神は武器である鞭を装備していた。

元『神』として、一つだけ心配することがあった。

鬼滅の刃の原作を改編することで、予期せぬ出来事が起こるということ。

まるで歴史の修正力とでも呼ぶべきか。

改編への「抑止力」が働き、より強力な敵となって現れる。

しわ寄せが来ているのかもしれない。

 

「あの二人が見にいってくれてます。大丈夫でしょう」

 

励ますように言った。

 

その瞬間、金属がぶつかる音が鳴り響いた。

 

ギャリィィン!!と大きな音。

 

本気の戦闘音だ。

 

皆に緊張が走る。

 

その後、影満の叫び声が響いた。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」

 

尋常ではない、魂の叫び。

全力で咆哮するほどの強敵が現れたのか。

 

(まさか……運命改編の「歪み」が、ここで!?)

 

元神は冷や汗を流した。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

煉獄は勢い良く門を開いた。

 

「影満!!」

 

影満の咆哮を聞き、ただ事ではないと感じた。

 

見れば、影満は地面に膝をついていた。

四つん這いで、頭を地面に擦り付けている。

 

(やられたのか!? あの一瞬で!?)

 

影満ほどの実力者が、一瞬でやられる強敵。

煉獄はもう一人の人影を見る。

 

頭巾を被った相手の顔を見た時、煉獄に衝撃が走った。

その顔を、自分は知っている……

 

「貴様……貴様は!?」

 

 

来訪者の正体は……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

良く晴れた朝。

 

チュンチュンとスズメが鳴き、澄んだ空気が肺に流れ込む。

 

煉獄家の洗面所にて、華燐は顔を洗っていた。

 

そこに寝ぼけまなこの千寿郎が入ってきた。

 

「あ、千寿郎くん、おはよう」

 

「おはようございます……」

 

目をこすりながら、並んで顔を洗い、歯を磨く。

 

昨晩は騒ぎがあったために、神経が高ぶってしまい、眠れなかった。

 

「華燐ちゃんは眠れた?」

 

「うん。まあまあ寝た」

 

華燐はこの短期間で屍鬼山や鮫嵐という地獄のような修羅場を体験したことで、胆力がついていた。

 

食堂に行こうと庭の前の廊下を通ると、庭には影満と煉獄杏寿郎が立っていた。

影満はハイテンションで独り言をブツブツと呟いている。

 

「兄う……」

 

千寿郎が声をかけようとして、すぐに止めた。

 

「じゃ、なかったです」

 

なんとも言えない表情になり、顔を伏せる。

 

影満と共に庭にいた人影。

 

 

それは『人形(にんぎょう)』だった。

 

カラクリ人形。

 

煉獄杏寿郎そっくりに似せた、背丈や体格、服装まで真似た人形。

 

影満はその人形を物色し、満足げな笑顔を浮かべていた。

 

「ふつくしい……ええ素材やこれは」

 

昨晩の訪問者の正体は、煉獄杏寿郎そっくりの人形だったのだ。

 

人形だから体温もない。

影満の温度を視覚化する技能では、人形だと分からなかったのだ。

意外な弱点だった。

 

煉獄人形が、千寿郎達の存在を感知する。

 

『おはようございます』

 

グルリと首を180度回し、千寿郎に挨拶する煉獄人形。

口がパクパクと動いて、不気味なことこの上ない。

 

「ひぇっ……」

 

たじろく千寿郎。

 

まだ製造して間もないため、覚えている語彙が少ないのだ。

 

だから昨晩は『ごめんください』しか言わなかった。

言語をインプットしていなかったから。

 

反応できる状況も数が少なく、門を叩く動作を何度もしたり、振り返るために首だけ回転したりと、まだまだ改良の余地が残る。

 

ただし、影満の攻撃を一度防御する程度には戦闘力が高い。

 

影満は一睡もせず煉獄人形を弄っていたため、目の下にクマが出来ている。

爛々と輝く眼光が不気味だ。

 

 

「煉獄人形」を発注していたのは影満だ。

 

だが到着はまだ先になると聞いていたため、昨晩は驚きの余り叫んでしまった。

 

以上が、煉獄家闇の訪問者事件の顛末である。

 

ーーーーーーーーーー

 

玄関では、煉獄慎寿郎が客を出迎えていた。

 

「この度は、大変ご迷惑をおかけしました」

 

朝食の前に、また煉獄家を尋ねてくる者がいた。

今度は普通の人間だ。

 

長い黒髪の女性。

着物姿で豊満な体型。

視力が悪いのか、丸眼鏡をかけている。

 

煉獄家の玄関で、深々と頭を下げた。

 

 

島津(しまづ)まい

 

島津製作所(しまづせいさくしょ)』の副社長。

 

彼女は整体師であり、煉獄瑠火の介護を担当している。

 

そして裏の顔は、動くマネキンを作り出す『人形師』でもある。

 

若くして島津製作所の副社長にまで上り詰めた敏腕人形師。

人体に対する知識は現代最高峰。

まさに国宝級の人材である。

 

煉獄愼寿郎が、妻の介護に許可を出した唯一の人物。

 

愼寿郎の義足を作り、手入れしているもの彼女である。

 

妻の整体師ということで、同じ女性である島津が選ばれた。

 

 

「では、お世話させていただきますね」

 

「……」

 

ペコリと会釈し、愼寿郎の隣を歩く。

妻を愛している愼寿郎としては、家に若い女が入ることも嫌がるのだが、島津の整体師としての技術は本物なので、文句は言わない。

 

華燐はジッと島津を見つめた。

 

目が覚めるような美人。

決してわざとらしくない、気品のある美人だった。

 

扉の隙間から盗み見ていたのだが、すぐに華燐に気付いて、ニコリと微笑んだ。

 

非の打ち所のない人格者に見えた。

 

ーーーーーーーーーー

 

瑠火へのマッサージが終わり、島津まいが庭へやってきた。

 

「お師匠さん!」

 

「ああ、影満くん。お久し振りです」

 

影満が嬉しそうに島津に話しかけた。

この狂人影満がまともな人間関係を築くことができた数少ない人物であり、その尊敬っぷりから「お師匠さん」と呼ぶほどだった。

 

「いやあ、驚きましたよ。既に完成していたとは!」

 

「ええ。思ったより順調に進みましてね。あなたが任務から帰ってくると聞きましたので、今日連れていく予定だったのですが……」

 

訪問する日付は設定したが、時間までは設定しておらず、夜に日付が変わった瞬間、煉獄家に行くという命令が起動してしまったのだ。

 

「うっかりでした」

 

「ハハ、まあびっくりしましたけど、素晴らしい出来映えでしたので、嬉しい限りです!」

 

完璧超人に見えて、意外とうっかり屋な島津。

それを笑って許す影満。

和気あいあいとしていた。

 

 

影満は、島津に「煉獄人形」の開発を依頼していた。

 

人間でいう背骨などの「骨」には、日輪刀と同じ「猩々緋砂鉄」と「猩々緋鉱石」を使用している。

 

また、頭脳部には影満の刀と同じ猩々緋鉱石を使用している。

 

影満は日輪刀を精神力で赫刀化できる。

つまり、物質に記憶を流し込むことも可能なのだ。

その力を使って、頭脳部に煉獄杏寿郎の行動パターンを流し込んで欲しい、というのが、今回島津まいが訪れた理由だった。

 

現代最高峰の島津まいでさえ、特定の人物の行動パターンを完全再現したカラクリ人形を作ることは難しい。

 

島津まいが所属する「島津製作所」は、科学製品やカラクリなどを作る技術者集団。

乾電池を動力源にした自動で動くマネキン人形などの開発にも成功した、まさに人外レベルの科学力をもった組織である。

 

人形自体は、刀鍛冶の里にあった、古びた人形を参考にして作られた。

 

その人形の名は「縁壱零式(よりいちぜろしき)」。

 

この技術を元に、煉獄人形は作られた。

 

ちなみに影満は元の人形に興味がないらしく、

 

縁壱(よりいち)? 知らない人ですね……

それより煉獄さん人形を作るべきだ!!」

 

と、煉獄人形の製造に注目した。

 

 

煉獄人形を物色していた影満が、頭部の異変に気付いた。

 

「あの、頭の部分に傷やヘコミがあるんですけど、既に戦闘訓練をしたんですか?」

 

「ああ、いえ。頭脳を組み込んだ際に、少々「暴走(ぼうそう)」してしまいまして」

 

「暴……走……?」

 

不穏な単語に恐怖を抱く影満。

曰く、突然咆哮をあげて暴れ回り、壁に頭を叩きつけ続けるのだという。

 

「大丈夫です。理論上は問題ありません」

 

「そうですか!お師匠さんがそう言うなら大丈夫でしょう!」

 

コロリと安心する影満。

うっかり暴走する可能性もあるが、実力的には影満の方が断然上なので、力づくで止めることも出来る。

つまり安心していいということだ。

 

「ところで、この人形の名前はあるんですか?」

 

いつまでも「煉獄人形」と呼ぶのも味気ない。

島津まいは静かに、はっきりと命名した。

 

「『煉獄零津(れんごくゼロズ)』です」

 

その時、歴史が動いた。

影満は全身の鳥肌が立つ。

 

「『煉獄ゼロズ』!

か、かっこいい……!!」

 

名前が分かると、心なしか更に格好良く見えた。

キュピーン☆と輝いてさえ見える。

 

「やっぱ煉獄さんかっけえ!」

 

子供のように喜ぶ影満。

 

「あっ、そうだ!あの、「ゼロ」は試作機の「零」って意味で分かるんですけど、「づ」っていうのは」

 

「島津の「津」です」

 

「なるほどお!」

 

ポンと手を叩く影満。

 

煉獄の意思と島津製作所の技術が融合した最高傑作。

まさに歴史のターニングポイントと言える。

 

この機体はあくまで「おためし」だが、影満は非常に満足していた。

 

「試作機でこれほど素晴らしい出来映えなら、量産化計画の方も、是非進めていただきたい」

 

「ええ。既に量産化の準備も整っていますよ」

 

「さすがお師匠さん!」

 

一体で満足する影満ではなかった。

参越デパートを買収し、得られた巨額の収入を、全て煉獄人形の製造に予算投入していた。

狂人に資金力を与えてはいけないという好例である。

 

「けど一体どうやって?自分で言うものなんですが、短期で量産化というのは、今までの製造方法では難しいんじゃ……」

 

骨格(フレーム)と動力源の作り方を同じにして、そこに装甲を加えていくという単純明快な製造過程にしました。

やり方さえ分かれば、別の人でも比較的簡単に作れるので、時間は短縮されます」

 

「フレーム? 欧米の言葉で「炎」ですか?」

 

「ああ、いえ。「炎」はフレイムですね。

フレームは「骨格」、つまり骨を意味します」

 

「はえー」

 

分かったような、分からないような顔をする影満。

島津は量産化のための規格骨格にも名前をつけることにした。

 

「では、『煉獄骨格(フレーム)』と呼びましょうか」

 

「煉獄フレーム……!!」

 

煉獄杏寿郎の骨子を形にするという基本理念。

それを本当に骨格から形にしてしまう画期的なアイデア。

それこそが煉獄フレームの力!

 

「煉獄フレームを元にして、72機の量産が可能です」

 

「な、ななじゅう……に……」

 

この煉獄家の庭にずらりと並ぶほど大量の煉獄人形を想像し、涎を垂らす影満。

そしてプルプルと震え、額を押さえながら笑い始めた。

 

「ふ、ふふふふ……あは、はは

あははははははははははは!!!!

 

スフィー(息継ぎ)

 

いぃ やっったああぁぁああぁあああああーーー!!!!!!!!!」

 

影満は頭を掻きむしりながら狂笑した。

よほど嬉しかったのだろう。

爽やかな朝に、狂った笑い声がいつまでも響いていた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「では早速、教育を始めて貰えますか?」

 

「勿論ですとも!」

 

影満による煉獄ゼロズへの教育プログラムが始まる。

 

その教育の方法とは。

 

影満は独特の足さばきで地面を滑り、煉獄ゼロズの前に立ち、ペコリとおじぎをした。

 

「わたしと おどって いただけ ませんか?」

 

ダンスだ。

 

躍りは動きと思考を最大限に、そして自然に覚えさせることの出来る魔法の手段。

 

ダンスによって、煉獄の動きを覚えさせようというのだ。

教育にはぴったりと判断した。

 

韻を踏んだ影満の言葉。

これに返事を出来るのなら、知性は十分ということになる。

 

煉獄ゼロズもまた、ペコリと屈んでおじきをした。

 

『よろこんで』

 

「んふっ」

 

嬉しさの余り、笑みが溢れる影満。

 

影満と煉獄ゼロズの手が触れ合う。

 

 

飛びはね、足でステップを踏み、腕を組み、引き、押し、離れ、また近付く。

 

目まぐるしく動きを変えながら、お互いに出来ることを全て実行するつもりで、舞い踊る。

 

影満は煉獄人形と(おど)り続けた。

 




役者が揃いつつありますね。

島津の「づ」は「DZU」だからゼロズの「ず」の「ZU」とは違うのですが、まあこの作品中ではづもずも同じ世界線ということでオナシャス!

厄祭戦末期(大正時代)、長きに渡る戦乱で疲弊した人類。
この戦いに終止符を打つ存在が必要だった。

消耗の激しい人材に頼らない、完全無人型汎用人型決戦兵器。

それが『煉獄フレーム』。

刀鍛冶の里にあった謎のカラクリ人形、『縁壱零式』をベースにして、島津まいの手によって製造される(どう考えても縁壱零式を強化量産した方がいいと思うのですがそれは……)
(ガンダムヘッドみたいに顔だけ縁壱の顔にするだけでも無惨の精神にダメージを与えられそう)

試作機となる零号機、『煉獄ゼロズ』を先行製造機として運用し、得られたデータを元に、72機が量産される予定。

ガンダムフレームかな?

島津製作所をアナハイムエレクトロニクス社か何かと勘違いしてる影満、好きだよ。


Q、島津製作所の社長は島津の名前をもらっただけで、島津家との血縁関係はないはずでは?

説明しよう!
島津製作所の創立者「島津源蔵」の祖先、「井上惣兵衛尉茂一」(以下、井上と呼ぶ)は、播磨領地(ピラミッド姫路城の近く)に住んでいました。

そこへ姫路の領地をゲットした『島津義弘(しまづよしひろ)』がやってきました。

この島津義弘は強さと優しさ、正気と狂気を併せ持った戦国名将。
あだ名は「鬼島津」。
あの「妖怪首おいてけ」こと島津豊久(しまづとよひさ)のおじさま。

義弘が遠路はるばる姫路にやってきた所を、井上がせっせと働いて気に入られます。

義弘「はー……遠征とかダル……
神戸ー鹿児島間が22000円くらいで渡れる時代、こねぇかな」

井上「無理でしょ……」

義弘「そっか。ところでお前、よく働くねえ!」

井上「あざっス!」

義弘「気に入った。私の血を……じゃなかった、私の「島津」の名前をやろう」

井上「マジすか!?バリあざます!」

という訳で、同じ名前を名乗って良いと言われるほどに仲が良くなりましたが、島津と血の繋がりはありません。

ここまでが正史。


A、井上さんに娘がいて、義弘さんと一晩限りの濃厚なベロチューセックスの果てに娘が産まれ、その子から本当に島津家の血が混ざっていった……という展開にしましょう!

つまり!この作品での初代島津製作所社長は、島津義弘の孫の孫の孫の……孫ぉ!

あの豊久と同じ血筋の人間!!

これが俺の出した答えや!!!!

うん!美味しい!!!!!!!!

本来の歴史では実現しなかった、好きなカップリングを成就させ、その子らに歴史を好きなように改変させる。

これこそ二次創作の醍醐味だよ。

その島津家の血が流れた美人「人形師」島津まいの手によって完成した煉獄ゼロズ!

最高やな!!!!!!!


島津まいさん、「傷んだ赤色(スカーレッド)」と呼んだ人を例外なくブチ殺しそうな見た目してますね。好きだよ。
介護師だから禁煙してるけど、ほんとはヘビースモーカーなのかもしれない。


Q 瑠火さんは意識不明のはずなのに、その介護師である島津まいさんが昨晩家に居なかったのはおかしいのでは?

A ストーリー進行上の都合です……申し訳ない。
許せサスケ。(シナリオ構成ガバは)これで最後だ(大嘘)

早めに影満にダンスを踊ってもらわないと、章タイトル詐欺になってしまう恐れがあるので、これで良かった……良かったんだ……(ニアサードインパクト時のシンジくんのような顔)

次回から本格的に修行とダンス!
青春かな?

私だって『ダブルアーツ』は連載再開して欲しいと思ってるよ


次回もどうぞお楽しみに!(^ω^)


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煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん煉獄さん

あらすじ

煉獄を模したカラクリ人形!
美しき人形師、島津まい!
狂人と人形は高らかに踊る……


元神による地獄の(ムチ)回避修行を続ける日々。

 

 

翌日、煉獄家に新たな人物達が訪れてきた。

 

四人組だ。

 

その内の二人は鬼殺隊の隊服を着ている。

 

 

桑井眼刃(くわいがんじん)

 

階級は上から二番目の(きのと)

 

帯一卦伸(おびいちけのび)

 

階級は下から四番目の(かのえ)

 

 

「あっ!桑井さん!お久し振りです!」

 

影満が嬉しそうに駆け寄る。

桑井はニコリと穏やかな表情を浮かべた。

 

「『柱』になるとはな。おめでとう。精進せねばならんぞ」

 

「はい!」

 

桑井は老齢でありながら剣士としての腕を失っていない。

もう一人の若い剣士は、彼の「継子(つぐこ)」だろう。

 

「炎柱殿が修行に専念できるよう、露払いは任せて欲しい」

 

桑井はドンと胸を張って言った。

 

御館様の予想では、無惨が煉獄と影満を殺すために鬼を送り込んで来る可能性がある。

 

上弦ノ鬼を倒した影満の「狂気」は、煉獄と二人で居ることで成立する。

 

つまり、他所で鬼の騒ぎを起こし、二人を引き離しにくるかもしれない。

桑井と帯一は頭数を増やすための人員であり、煉獄の護衛として派遣されたのだ。

常に人手不足の鬼殺隊としては、破格の待遇である。

 

影満はチラリとその後ろを見た。

 

 

もう二人は格闘家だ。

 

一人は老齢のどっしりとした、静かな凄みを見せる達人。

もう一人は若き絶盛期の肉体を持つ、俊敏そうな青年。

 

武人らしく、静かに頭を下げて礼をしてきた。

影満もペコリと頭を下げる。

 

そこへ元神が歩いてきた。

 

「彼らは「拳撃(けんげき)」の使い手だ。己の肉体を武器にして戦う。クマとかも余裕で殺せる」

 

「へえ」

 

生身の人間が熊と戦ったら絶対に勝てない。

その昔、人を喰らう異形の物は、全てクマの仕業とされてきた。

 

「彼らも縁夢(えんむ)が育てたのか?」

 

「まあそうだな」

 

影満の予想は当たった。

元神縁夢が鬼殺隊強化のために厳選し、育てあげた人材。

 

若者の格闘家は「三浦博之(みうらひろゆき)

元は空手の有段者で、軍に所属していた所、鬼に部下を殺され、元神経由で鬼殺隊の存在を知る。

 

老人の格闘家は「渋皮號(しぶかわごう)

柔道の歴史的な実力者だったが、ある時フラリと居なくなり、姿を見せなかった。

彼もまた元神に発見、説得されて、鬼殺隊強化要員となる。

 

煉獄との挨拶も済み、庭に一同が揃う。

 

 

元神コーチによる新しい訓練メニューの追加。

 

「今日から「拳撃使い」の格闘家とも戦ってもらう」

 

うむ、と頷く煉獄。

 

「何故だ?」

 

分からないことはしっかりと質問できる煉獄。

 

「今しているムチの回避訓練……これが遠距離、中距離戦とするならば、彼らとの戦いは近接戦、極近の肉薄戦を経験できる」

 

「なるほど、そうか!」

 

すぐに納得する煉獄。

実際、元神は嘘をついていない。

 

距離別に分けた訓練が、あらゆる鬼との戦闘に活かせるのは本当だ。

だが、元神の狙いは、ピンポイントで対策したい相手がいる。

 

 

煉獄と、拳撃使いの二人が相対する。

 

影満、煉獄人形は近くで見稽古。

桑井と帯一師弟も見学だ。

 

2対1だが、異論を挟む者はいない。

煉獄と影満は一万体の屍鬼と戦ったこともあるし、数えきれない鮫の嵐の中心に突っ込んだことまである。

 

ただ、その二人の並び方には違和感を覚えた。

 

若い拳師「三浦」が前に出て、いつでも動ける構えを取った。

 

その後ろに、老人の拳師「渋皮」がどっしりと防御の構えを取る。

 

真っ直ぐ一本線上、真後ろに渋皮がいるので、姿が隠れた。

「2対1」という有利を活かす隊列には見えない。

 

「では、はじめ!」

 

元神が唐突に合図する。

始まりはいつも突然だ。

 

 

先ず、三浦が飛びかかった。

 

残像ができるほど、目まぐるしい突き。

煉獄は木刀で叩き返す。

鉛のように硬い拳だった。

木刀の方が悲鳴をあげているくらいだ。

 

空気のように透明で、それでいて重く、腕に衝撃が響く。

 

次の拳撃は、さらに速度を上げた!

 

黄色いカミナリの光が舞う!!

 

雷ノ拳(いかづちのこぶし)春雷雹(しゅんらいひょう)』」

 

爆竹のような勢いと音!

目にも止まらぬ拳撃が煉獄を襲う!

 

炎の呼吸 肆ノ型

『盛炎のうねり』!!

 

咄嗟に型を使って防御した。

激しい衝突音が鳴り響く。

 

三浦の拳に、バチバチと紫電が走った。

 

煉獄は素直に驚嘆する。

 

「呼吸による技が使えるのか!」

 

三浦は呼吸法を使っていた。

 

性質としては、『雷の呼吸』が近い。

 

(雷の呼吸の踏み込みは、炎の呼吸にも通じる所がある! 俺は尊敬する!!)

 

カミナリの如く素早い踏み込み、そして居合い斬り。

圧倒的なスピードを強みとする呼吸法。

煉獄の警戒度も一気に上がった。

 

煉獄の木刀に炎が舞い上がった。

三浦が拳は悉く弾き落とされ、跳ね返されていく。

 

煉獄の炎と三浦の雷では、その量も密度も違う。

はっきりと、力量の差として視覚できた。

まともに戦えば、煉獄の方が上だ。

 

煉獄が斬りかかれば、三浦は即座に後ろへ下がる。

軽く攻めて、すぐに退く戦法。

 

それを追撃しようと距離を詰める。

 

三浦はほぼ逃走に集中して、反撃もしなかった。

 

そして後ろの老人拳師「渋皮」とバトンタッチするように、立ち位置を変えた。

 

渋皮が前に出る。

 

(くるか!)

 

この老人も只者ではないのだろう。

煉獄は油断なく、木刀を振り下ろした。

 

その煉獄の木刀を、手で受け流し、横に逸らさせる。

 

水ノ拳(みずのこぶし)水竜拳(すいりゅうけん)』」

 

あまりにも滑らかな動きだったので、端から見ていた者には、煉獄がわざと横に逸らしたのかと思ったほどだ。

 

「受け流し! 見事!!」

 

それは柔術に近い。

水の流れを制するような「流し」技。

 

渋皮の周りには、ゆるやかな水の盾が見えた。

 

『水の呼吸』と拳撃の合わせ技。

 

渋皮が動きを止めると、三浦が鋭い攻撃を繰り出してきた。

 

水と雷の拳による連撃!!

 

煉獄は後ろに退く。

 

「なるほど!」

 

煉獄は理解した。

この二人は連携している。

精密に熟練された連携。

 

若い三浦が素早い攻撃技。

老人の渋皮が重い防御技。

 

(二人で一つの使い手として完成している!)

 

 

煉獄と拳撃使いの戦いを見ながら、元神は考える。

 

上弦ノ参『猗窩座(あかざ)』を倒すために、煉獄杏寿郎には拳法家との戦いをたっぷりと経験してもらう。

 

そのために見繕い、呼吸法まで教えて強化した拳撃使いの二人。

元神が直々に指導した。

 

三浦と渋皮は、二人で仮想 猗窩座(あかざ)を演じる。

三浦が飛ぶ衝撃波、渋皮が受け流し技を担当すると思えばいい。

 

全ては、煉獄と影満を鍛えるため!

 

 

影満はじっとしていられず、木刀を掴み、煉獄の隣に躍り出た。

 

「ヒャア!! 我慢できねえ!!

俺も助太刀します!!!!!!」

 

 

血走った目の影満が、後ろから援護に入る。

 

「俺は落ち着きがなく!我慢弱い男だからなあ!!!!」

 

我慢を知らない現代っ子っぷりを披露してしまう影満。

 

これで2対2だ。

 

「炎の呼吸!!」

 

「陽炎の呼吸!!」

 

陽炎の呼吸は、煉獄杏寿郎と連携して戦うことを前提に練られている。

数々の死線を乗り越えた二人は、まさに息がぴったりだった。

 

「伍ノ型 『炎虎』!!」

 

「伍ノ型 『幻竜』!!」

 

(ほのお)陽炎(かげろう)が舞い散り、横向きの火山噴火のように突き進む!

 

「ぐっ……! 雷ノ拳(いかづちのこぶし)感電(かんでん)』!!」

 

飛んでくる三浦の衝撃波を影満が打ち払う。

 

(いかづち)ノ拳は掻き消されて吹き飛んだ。

 

「ごはっ!!」

 

三浦は横に叩き伏せられた。

 

煉獄は悠々と歩を進め、力強く踏み込み、老人に木刀を打ち込む!

 

水ノ拳(みずのこぶし)水爆(すいばく)』!!!」

 

炎の剣と水の拳がぶつかり合う!!

威力は拮抗していたが、衝撃を受け流しきれず、渋皮が呻き声をあげた。

 

「ぐぅお!!」

 

渋皮も尻餅をつく。

 

圧倒的だ。

(あざ)』や『透き通る世界』という武の極致にある煉獄と影満。

 

「二人でなら、勝てる!」

 

この二人が組めば、上弦ノ参にも勝算はある!!!!!

 

元神は満足そうに頷いた。

 

「そうだ。二人で協力して、どんな鬼にも勝てるように、強くなれ」

 

「うむ!」

 

「オス!!」

 

二人は元気良く返事をした。

 

 

その後も、煉獄、影満に拳撃使いとの戦闘経験を積ませる。

 

 

対無惨用の「神の呼吸」の回避訓練

猗窩座(あかざ)用の「拳撃使い」との訓練

影満は煉獄人形への教育

 

元神の見立てでは、この修行メニューの成果が出るのは、おそらく一ヶ月先といった所だろう。

 

(それまで、大きな変化はないだろうな)

 

 

ーーーーーーーーーー

 

夜は座学の時間だ。

 

影満と煉獄人形は向かい合って机に座り、紙に文字を書いていた。

影満が何やら数字を呟く。

 

「1320と600は?」

 

『……120』

 

「正解。じゃあ2520と310は?」

 

『……10』

 

「うん!正解!」

 

そこに、家事の手伝いを終えた華燐が廊下を通りかかった。

 

「……何してるんですか?」

 

「おお、華燐ちゃん。うるさかったか?」

 

「いえ、別に」

 

数字だけブツブツと呟く声が永遠と聞こえてくるのは、いつもの影満とは違ったタイプのホラーである。

 

「ちょっと煉獄ゼロズの教育をしててね。

最大公約数を書き出しているんだ」

 

「最大……なに数?」

 

最大公約数とは、二つの数字を割り切れる共通の数値、その中で最大のものである。

例えば12と15を割り切れる数の中で、共通しているのは1と3である。

最大公約数は3ということになる。

 

それを脳内で計算させて答えさせている。

 

賢さは文字で表せる。

どれだけ煉獄ゼロズの知能があるのか、文字に残す形で進めている。

全うに知能を育てていた。

 

後ろから島津まいが声をかけた。

 

「ほう……最大公約数ですか。大したものですね」

 

「ファッ!?」

 

気配がなかったので、華燐が肩をビクリと震わせる。

島津は出題者である影満にも問い掛けた。

 

「では影満さん、9408と504は?」

 

「168」

 

瞬時に答える影満。

その間僅か0.02秒。

 

パチパチとそろばんを弾く島津まい。

 

「正解です」

 

「えっ、キモ……」

 

華燐には何が何やら分からず、咄嗟に本音が漏れた。

 

「キモいとか言うなよ」

 

何気に高い計算能力を持つ影満。

煉獄と関わらない所でなら普通にハイスペックな人材なのだが、狂っているので社会復帰は不可能である。

やはり異常者……

 

影満は真面目な表情になる。

 

「行動とは「選択」の連続だ。いくつもの可能性を探し、その中から答えを選ばねばならん」

 

鬼との戦闘ともなれば、瞬時に考え、選ばなければいけない。

その能力は、煉獄ゼロズを育てる上で、必ず上達させねばならない点だった。

 

島津まいは頷いた。

 

 

 

「ええ。時間は有限。考えるべきことを取捨選択することは大切です。

 

考えなくてもいいことを考えて、思考が停止(フリーズ)してしまわないように」

 

 

 

「はい!胆に命じておきます!」

 

笑顔で返事をする影満。

煉獄人形への教育は続く。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

就寝時刻となり、煉獄兄弟と影満が布団に入る。

 

「さて、いよいよ煉獄さんが柱合会議に出席した時のことを話そう」

 

前回は煉獄ゼロズの訪問によって中断された、「柱合会議」について。

 

影満が得意気に語り始めた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

死國(しこく)

 

徳島県の山中

 

鬱蒼とした森が広がる。

 

そこに巧妙に隠された基地がある。

 

鬼殺隊の本拠地であり、その頭目、お館様の居住区でもあった。

 

その地に、煉獄杏寿郎と虚淵影満が辿り着いた。

 

ザッ、と足音を立て、颯爽と道を歩く二人。

 

(かくし)」と呼ばれる、隠密に動く者達が、煉獄の顔を見て、おお、と声をあげる。

 

「あの人が……「炎柱」煉獄杏寿郎!」

 

「上弦ノ鬼を倒したっていう、「あの」煉獄さん!?」

 

「すげえ……本物の煉獄さん初めて見た!」

 

「やっぱ迫力が違うな……」

 

「煉獄さんかっけぇわ……」

 

上弦ノ伍『玉壺』を倒したことは、すでに鬼殺隊全員に伝わっている。

百年以上、誰も討ち取る事が出来なかった上弦を倒したとなれば、有名になるのも頷ける。

 

煉獄を特別視する雰囲気に気を良くした影満が、大股で先頭を歩く。

 

「おらあああーー!!どけええええーー!!!

煉獄さんのお通りじゃあああああ!!!」

 

まさに英雄の凱旋。

 

お館様の屋敷の前、白い石の敷き詰められた端麗な庭。

そこに通された。

白い暖簾をくぐり、視界が開ける。

 

「来たか」

 

そこには既に、「柱」達が揃っていた。

一斉に視線が向けられる。

 

ジャリン!と音が響いた。

 

数珠を鳴らしながら、涙を流した短髪の大男が歓迎してくれた。

 

「よくぞ、やってくれた。柱が誰も死なずに上弦を討ち取れたのは、とても尊いことだ」

 

『岩柱』 悲鳴嶼行冥。

 

鬼殺隊最強と名高い、猛烈な攻撃と防御の使い手だ。

他の「柱」をまとめる役どころでもある。

 

その横から、ズズイと近寄ってくる者がいた。

 

「ド派手に決めたらしいなオイ」

 

きらびやかな石の装飾具をつけた、筋肉質な男。

煉獄の肩をポンポンと叩いた。

 

『音柱』宇髄天元。

悲鳴嶼と共に柱としての経歴が長く、安定して強い男でもある。

 

悲鳴嶼も宇髄も、煉獄に一目置いており、態度や言葉に尊敬の念が滲み出ている。

 

それを見て気を良くする影満。

渾身のドヤ顔であった。

 

他にも「柱」は全員揃っていた。

 

『水柱』鱗滝錆兎

『風柱』不死川実弥

『花柱』胡蝶カナエ

『恋柱』甘露寺密璃

『蛇柱』伊黒小芭内

 

皆、煉獄と親しい者達であり、次々に声をかけてきて、煉獄に称賛の言葉を送った。

 

影満はそれを、一歩引いた所で満足そうに見ていた。

 

そこに「風の呼吸」の使い手、粂野匡近(くめのまさちか)が話し掛けてきた。

 

「よっす、影ちゃん」

 

「くめっち! あれ、なんでここに!?」

 

柱合会議は基本的に「柱」のみで行われる。

粂野は柱に準じる強さを持つが、柱ではない。

 

「さあ? 俺も上弦討伐に参加したから、何かご褒美もらえるのかなあ」

 

アハハ、と快活に笑う粂野。

その笑顔は周りをも笑顔にする。

 

ふと見れば、粂野以外にも、柱ではない隊士が何人かいた。

 

水の呼吸の使い手、冨岡義勇や鱗滝真菰。

髪の長い双子、風の呼吸から派生した「霞の呼吸」の使い手、時透兄弟など。

 

「なんか、一杯いるな」

 

「それなー。こんなに集まって、他の地区の警護は大丈夫なのかな」

 

上弦ノ鬼を討たれて、鬼の動向が変わるかもしれない。

今回の柱合会議でも、そのことが議題に上がるに違いないと考えていた。

 

まだお館様が姿を現すには早いと思っていて、皆が煉獄の周りでワイワイ言っていた。

 

その時、二人の着物の女の子が、息を合わせて言った。

 

「お館様の、お成りです」

 

 

皆が一列に並び、サッと頭を下げる。

影満も端に綺麗に並んだ。

 

いつもより現れるのが早い。

皆、少なからず動揺していた。

 

邸の奥から、子供らに手を引かれ、一人の男が歩いてきた。

雰囲気が変わったのを感じた。

 

「お早う皆、今日は爽やかな朝だね。

元気そうで嬉しいよ」

 

何故か心が安らぐ。

特別な『声』を持っている。

影満ですら、畏敬を覚える荘厳さ。

 

彼こそは鬼殺隊の頭目、『産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)』。

 

少しだけ、いつもより気が急いて見える。

それに圧倒され、他の「柱」が一瞬だけ言葉を詰まらせている。

煉獄は動じずに挨拶した。

 

「お館様におかれましても!ご壮健で何よりです!!

益々のご多幸を切にお祈りいたします!!」

 

「うん、ありがとう」

 

ニコリと微笑むお館様。

 

この最初のご挨拶は早い者勝ちであり、皆が内心で狙っていた会話ポイントでもある。

 

(お館様にご挨拶する煉獄さん……かっけえ!)

 

影満はそこでも嬉しそうな顔をしていた。

前置きもそこそこに、お館様が本題を切り出す。

 

「さて、皆も聞き及んでいると思うが、上弦ノ鬼を討ち取ってくれた隊士がいる」

 

お館様は、鮫嵐との戦いに参加した四人を見渡す。

 

実弥(さねみ)匡近(まさちか)影満(かげみつ)……そして杏寿郎(きょうじゅろう)。本当に、よくやってくれたね」

 

「「はは!」」

 

深々と頭を下げる四人。

不死川はジーンと感極まっていた。

目端に涙すら浮かべている。

 

煉獄も顔圧が上がっている。嬉しいのだろう。

 

「これも全て、煉獄さんのお(ちから)!!」

 

手柄を全て煉獄のものにしようとする影満。

相変わらずであった。

 

他の柱は、素直に上弦討伐を尊敬し、誉める気持ちと、お館様に誉められているのを嫉妬する気持ちとが混ざり合い、複雑な表情をしていた。

 

「上弦すらも倒す、杏寿郎と影満が目覚めた力……」

 

「お館様、そのことについてですが」

 

そこで悲鳴嶼が口を挟んだ。

他の柱は珍しそうに見ている。

 

「うん」

 

お館様には話が通っているらしく、すんなりと頷いた。

そして煉獄へと顔を向ける。

 

「杏寿郎、君のその力を、是非とも見せて欲しいんだ」

 

「は!」

 

快諾する煉獄。

そして、悲鳴嶼がゆっくりと立ち上がる。

皆が膝をついているので、その巨体が余計に目立つ。

岩壁のように荘厳で頑丈そうな威圧感。

 

「煉獄……私と一戦交えろ」

 

「む!」

 

悲鳴嶼がクイッと指で合図する。

ただならぬ雰囲気に、煉獄のみならず、この場の全員が緊張した表情になる。

 

ただ一人、虚淵影満を除いて。

 

「煉獄さん 対 悲鳴嶼さん!!

 

 

御前試合(ごぜんじあい)だあ!!!!!!!!!

 

 

御館様の観覧する中で、

 

『炎柱』煉獄杏寿郎

 

 

『岩柱』悲鳴嶼行冥

 

 

「鬼殺隊最強」の座を賭けた『御前試合』が、始まる。

 

 

 




唐突に始まるバトル展開は週刊誌の名物!

悲鳴嶼さんってこんなに血の気の多い人だったっけ……?
キャラ崩壊とか言われて叩かれるの恐いなー……(臆病者)

まあ鬼殺隊は鬼だらけの山にいたいけな少年少女を放り込んで一週間放置する異常者戦闘狂集団だから……

御前試合……盲目の片足を引きずる剣士と、隻腕の剣士が戦ったりしそうな響きですね(シグルイ)

新しい登場人物達、モデルはスターウォーズエピソード1のクワイガン=ジンとオビワン・ケノービ。
この作品ではクワイガンさんが一番好き。
ライトセーバーで斬りつければ上弦ノ鬼とて再生は難しいと思いますね。

拳撃使いの二人、若い方の三浦さんは映画イップ・マンに出てきた三浦閣下。
「やめんかあ!!!!!」とか言いそう。
あと「私が負けることなどありえん」と勝負前に言い放つ姿が見える見える。

技名がいちいち米津玄師の曲名だったりする。

渋皮さんは漫画バキに登場する渋川剛気さん。
実力者のはずなのに、他が人外ファンタジーすぎてイマイチ活躍が少ない系のキャラクター大好き!
だからこそ二次創作で使い甲斐があるってもんよ!!

影満による煉獄ゼロズの知能教育。
ダンスをしろ(切実)
人呼んで影満スペシャル!

賛否両論、というか否論しかなさそうな、鬼殺隊本部住所→徳島設定。

というのも、あの無惨すらドン引きさせたお館様の狡猾さ、食わせ者っぷり、化け物じみた化かしっぷりから、この人はタヌキっぽいな……と思っておりまして、

タヌキといえば「平成狸合戦ぽんぽこ」が思い浮かび、モデルの一部となった阿波狸合戦、つまり徳島をチョイスしたという流れになっております。

阿波狸合戦が語られ始めたのは1910年ごろからとのことなので、つまりお館様自爆テロ作戦こそが、この伝承の始まりであった……

自分でも何を言っているのか分からなくなってきましたぜぇ!

とにかく、吸血鬼は流れる水の上を渡れないとも聞きますし!
本州から四国に渡れる鬼はいなかったんだよ!(ヤケクソ)
だから鬼殺隊の本拠地としては最適だったんだよ!!

(議論)終わりぃ!!閉廷!!!


「柱」達によるバトルトーナメント柱一舞闘会の始まりだあ!!!!!

次回、最強の称号を奪うか、それとも渡さないのか。

煉獄VS悲鳴嶼の熱き戦い!
見逃すな!!!

どうぞお楽しみに!(^ω^)


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