タルブの森のシエスタさん (肉巻き団子)
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ギンガ、大地に立つ

にじファンからの引越しです


頭に衝撃を受けたと思った時には全身が固いアスファルトに叩きつけられていた……

 

でもって気を失い、目覚めたら真っ暗な場所

 

目に異常があるわけでも夢の中にいるわけでもない

 

でも自分の隣にいる鳥っぽいものをモフモフしつつ、やっぱり夢かなぁ……とも思う。鳥っぽいものと言ったのは見かけが〇ァイナル〇ァンタジーのデブチョ〇ボに似たものだったからだ

 

モフモフ

 

これはひょっとして怪奇現象の類ではなかろうか?

 

モフモフモフモフ

 

よし、家に帰ったら自分より無駄に長生きしている姉たちに話すことにしよう

 

モフモフモフモフモフモフ

 

しかし、ただ真っ暗な空間でチョコ〇っぽいものをモフるだけってのもなぁ

 

モフモフモフモふもっふモフモフモフ

 

やべー、〇ョコボ(仮)モフモフするの全く飽きねー。十メートル以上ある巨体によじ登り頭頂部でうつ伏せになって…………おや?これはコブかな?こんもりと盛り上がったそれにそっと触れるとプルプルと巨体が揺れた

 

頭頂部から身を乗り出し顔を覗いて見ると、閉じた瞳からうっすらと滲む水滴が……

 

ごめんね。触ったら痛かったよね。早く治るといいね。なんて思ってたらば突然、声が響いてきましたよ

 

その声の内容を纏めるとこう

 

 

 

仕事が忙しくてペットの散歩をしなかったらペットが脱走した。次元穴なるものに落っこちて地球の日本に紐無しバンジー

 

たまたま落下点にいた自分はぺしゃんこ。かろうじて人間の死体と判断できる程で新聞やニュースで世間を賑わせることは必至

 

脱走したペットはすぐさま連れ戻し鉄拳制裁。地球に干渉したことになった声の主は給料三ヶ月カット。ペットのやったことは飼い主の責任ですからね

 

そのカットされた給料が自分の転生費に当てられるとのこと。転生させる世界には魔法や魔物が存在するファンタジー世界だそうです

 

そんな世界なので、自分が一番やりこんでたゲームのデータを能力、所持品、環境に反映してくれるとのこと

 

 

 

いやはや、殺されたとはいえここまでしてもらうと申し訳なくなってきますね。至れり尽くせりというか、多分ですがこの声の主は神っぽいものだと思うのですが、人間相手に随分な高待遇ではないでしょうか?

 

まあ、仕事とか給料なんて言葉が出てきましたから神様の世界もいろいろとあるのかもしれません。絶滅危惧種をうっかり殺してしまって責任を取らされるようなものなのかな?

 

そんなことを思って顔をあげると・・・

 

「えっ?」

 

そこはさっきまでいた真っ暗な空間ではなく緑が生い茂る森の中

 

 

 

『ハルケギニア』

 

 

 

それが、今から私ことギンガが生きていく世界の名前だと知るのは随分と後になってのことでした

 

 




ギンガは主人公ではありません
こやつは引きこもりの自宅警備要員ですw

にじファンでたくさんの励ましをくれた方々、本当にありがとうございました
足は完治してませんが、とりあえず退院したのでぼちぼちと改訂しながら引越し作業を進めていきます



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村人、化物と出会う

タルブ村の静かな日常は村はずれにある森の中に一人の女が現れたことにより一変した

 

森で遊んでいた子供たちが長い黒髪の耳長な女を見たと言うのだ

 

それを聞いた時、震えながらも地面に立ち村中の男たちに知らせるよう伝えた自分を褒めてやりたい

 

村中に耳長の女のことが伝わると、すぐさま村の力自慢や腕の良い猟師が集められ探索に出された。自分も力自慢の若者として一員に加わった

 

とはいえ、力があるといっても自分たちは魔法が使えない低階級の平民だ。もしも森で子供が見たという耳長の女が噂で聞いたあの化物だというなら、腕っ節の強いだけでは心もとない

 

噂で聞くあの化物どもはとにかく残忍な上、貴族が使う魔法よりも恐ろしい力をもっているという

 

さらにその化物は人間を喰らい、好物は幼い子供の血肉ときている

 

横にいる中年の猟師を不意に見る。彼は村一番の猟師だ。先月は大きなイノシシをたった一人で仕留め、村中に振る舞い小さなお祭騒ぎをした

 

猟師の腕は村の誰もが認めるところであり、誰もが認める村の英雄だ

 

だが、今の彼の表情からは不安と未知なるものに対する恐怖が見て取れる。見渡すと探索隊の誰もが同じような表情をしていた

 

おそらくは自分も同じような表情をしているのだろう

 

もしも本当にこの先に化物がいるというなら、この中で何人が生き残れるのだろうか。この中で何人が化物に殺され食われるのだろうか

 

今すぐにでも村に引き返し、想いを通じ合わせたばかりの恋人を連れてどこか遠くへ逃げ出したい

 

他の奴らも似たようなものだと思う。愛する妻がいる者。何をしてでも守るべき子がいる者。大好きな恋人がいる者

 

夫であり、父親であり、好きな人を守ろうと……

 

だからこそ森を進む。逃げ出したいほどの恐怖を愛しき者への想いで上塗りをして進む

 

それに理解もしていたのだ。貴族の魔法から逃げられない自分たちが、さらに貴族よりも強い力を持つ化物から決して逃げられはしないのだということを……悔しいほどに自分も含めて皆は理解しているのだ

 

願わくばどうか子供の見間違いであってくれと願いながら

 

だけど皆の視線の先に女が現れる

 

悪いここというより、何かたちの悪い冗談を思わせた。子供たちの言ったように、長い黒髪をした耳長の女だった

 

「こんにちは」

 

女の言葉を理解するのに数秒の時を要した

 

「もしよろしければ」

 

挨拶されたのか?笑顔で?この愛らしい容姿をした女に?

 

「少しで構いませんので」

 

安堵した。あまりに安心しすぎて涙がこぼれそうになった。噂に聞いていた化物と随分と違う。もしかしたら少し耳が長いだけの普通の少女なのかもしれない

 

「こども……、食べ物を分けて頂けないでしょうか」

 

女の言葉を理解するのにまた数秒の時を要した。きっとこの先、俺はこの少女の姿をした化物の顔を一生忘れないだろう

 

優しそうな顔だった。良い印象を与える柔らかい笑顔だった。そんな表情で女は言った

 

噂では化物の好物は幼い子供の血肉ということだった

 

「その分、あなたたちの力になりますよ」

 

誰かが小さな声で化物の名前を呟いた

 

『エルフ』…………と

 

 

 

 

 

 

 

 




うっかり発言が長々と続く溝になっています


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村人、生贄を選ぶ

女エルフは子供を要求する代わりに村のために働くと言った

 

自分たちは村にすぐさま引き返し女エルフの言葉を村長に伝えた

 

村の大人たちを集めて開かれた話し合いは、女からは嘆くような叫びがあがり、男からは怒号があがった

 

だが女エルフの要求に逆らう者は誰一人としていない

 

やがて重苦しい静寂が広間に満ちる

 

誰も喋らないし誰も顔を上げようとしない

 

この場に身を置く者は子を持つ親たちだ

 

そんな親たちがこれから決めるのは誰の子供を生贄にするかということ

 

ひどく単純で誰の子供を殺すか

 

誰もが自分の子供を守るために誰の子供を犠牲にするか考え沈黙していた

 

不安と焦燥…

 

集まった者たちは早くこの場を終わらせたい

 

自分の子供でなければ誰の子供でもいい

 

ある男は低く嗚咽を漏らす妻の肩を抱き寄せた

 

ある女は奥歯を噛み締め夫の胸板を揺すった

 

草木さえ眠るような深い夜

 

頼れるのは己の夫、或いは妻のみ

 

自然と夫と妻は寄り添い、他者との間に見えない壁をつくる

 

やがて

 

唐突にドアが開いた

 

取っ手をつかんでいる手は指が白ずむほどの力が込められている

 

「生まれたんだ!」

 

男が笑いながら叫んだ

 

「俺の『娘たち』が生まれたんだ!」

 

子供のような邪気の無い笑顔で男は続けた

 

「きっと俺の娘たちは美人になるぞ!」

 

男を見つめる村人たちの思考がぴたりと一致した

 

男の表情が強張るのにさして時間は必要なかった

 

その日、男の家に一人の娘が生まれた

 

そういうことになった……

 

 

 

 




短いですねー……


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ギンガ、育てる

腹が空いた、おむつが気持ち悪い、そんな理由でやかましく泣き叫ぶ

 

最初に見たときは可愛いと思ったものだが、一緒に生活していると鬱陶しくもなる

 

赤ちゃんは先日、村人らしき集団と出会った場所にぽつんと存在していた。早朝の白く冷たい空気の中に置き去りにされていた

 

唖然としていたが、慌てて抱き上げる。毛布に包まれているとはいえ、冷たい地面にいつまでも置いてはおけない。あたりを見回しても人の気配は無く、面倒事を押し付けられたと思った

 

人見知りしない子なのか、赤ちゃんはきゃっきゃと声を上げている。まだ何にも染まっていない無垢さと無邪気さをもって、ただ声を上げていた

 

赤ちゃんを包む白地の布には見たことのない字で『シエスタ』とだけ書かれている。見たこともないのに読めたのは転生のサービスのようなものだろう

 

他に何かないかと探してみたが、布オムツがあるだけで手紙らしきものも無い。おそらくはシエスタというのが赤ちゃんの名前と推測して、この子を捨てたであろう親に小さな怒りを覚えた

 

その怒りを抱いたまま寝床にしている古びた小屋に戻ってきたのだが、一日が終わる前には怒りの矛先は赤ちゃんに向かっていた

 

鬱陶しいと思いつつ赤ちゃんを抱き、細かくしたプリンを口に運ぶ

 

夜中にも関わらず泣き出すと、いらいらとした気持ちで抱き上げてあやす

 

お腹もふくれやっと静かになったと思えば、おむつを替えろと再び喚く

 

最初に抱いた同情が鬱陶しさに塗りつぶされるのに数日とかからなかった

 

いっそ魔物の餌にでもしてしまおうかと邪まな考えすら浮かぶ

 

二度目の人生だというのに赤ちゃんにかかりきりでまだ何もしていない

 

いつも泣き喚くのを眠るまで抱きしめて宥め、自分の眠りは泣き声で奪われる

 

いなくなってしまえばいい。もともと自分の子供でもなんでもない

 

ふとそんなことを思ったのは、いつも聞こえてくる泣き声が聞こえてこなかったからだ。そんなことを思えなくなるほど自分の生活は赤ちゃんの鳴き声に支配されていた

 

泣いてない赤ちゃんを覗き込み、思わず絶句した

 

赤ちゃんの顔色が目に見えて悪い。いつもやかましく泣き喚いている口からは弱々しい息しか漏れていない

 

触ってみるといつもより体温が高い。赤ちゃんが熱を出した。熱を下げる術など自分は知らない

 

このままでは命に関わると確信できるほどに赤ちゃんの顔色は悪い。何も知らないまま死のうとしている。いなくなってしまう。一つの命が失われるかもしれない瞬間だった

 

あれほど自分が望んだものだった。何度もなぜ自分がこんなことをと思った

 

だけど湧き上がるのは微塵の嬉しさもなく大きな消失感と焦燥だけ

 

おそるおそるその小さな手を握る。あまりにも小さな手は熱かった。小さいながらも必至に死に抗っている熱だ

 

唐突に思う。もっと大事にしてやればよかったと……もっと好きになってやればよかったと……

 

本物の後悔というものを、こんな小さい生き物から思い知らされた

 

だけど、どうかと願う

 

小さな手をそっと握りながら請い願う

 

全てを投げ出してでも、ただこの子の…『シエスタ』の未来を奪わないでくれと

 

たくさん泣いてもいいから、何度でも眠りを妨げてくれていいから、まだ生きていてと。明日も明後日も自分の腕に抱かれてくれと

 

 

 

 

 

そして、夜が明けた

 

 

 

 

 

シエスタは昨日からは想像もつかないような安らかな寝息をしている

 

「ははは……よか……よかった」

 

シエスタの眠るベッドの横で、涙と鼻水に汚れた顔で力無い笑いと共につぶやく

 

どれだけ煩くても鬱陶しくても、そんなことはもう関係なかった

 

今日も明日も自分のそばで生きていてくれる

 

座り込み、こみ上げてくる笑いをかみしめながら

 

 

 

 

 

ただひたすらに自分の『娘』を眺めていた

 

 

 

 




エスポワール使っとけよとか突っ込んじゃ駄目w
きっと気が動転していたのです


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ギンガ、現状を確認する

シエスタを育てるのに夢中になってて忘れてたけど、こっちの世界に来る時にチョコ〇の飼い主にいろいろと特典貰ってたんだよねー

 

なんで今更そんなことを思ったかというと、目の前に転がっている魔物(?)たちのせいだね

 

シエスタを背負って森を散歩してるといきなり棍棒のようなもので殴られましたよ。慌てながらもシエスタを庇った自分を褒めてやりたいです

 

この世界の住人はいきなりが多くて困ったものです。最初に出会った子供たちは自分を見るなり蜘蛛の子を散らすように逃げるし、次に出会った大人たちは食べ物を要求した途端逃げるしね!

 

ひょっとしたら子供が気になったけど空腹が勝った自分のことを見透かされたのではなかろうか……子供のことを聞こうとして結局は食べ物くださいだったもんなー。野党の類と勘違いされてないといいけど……

 

まあ考えるのはこのくらいにして、軽い衝撃を受けた後にうっすらと目を開けて見ると、そこにいたのはニメートルはあろうかという醜い容姿の生き物。凶暴な強面の豚を太らせて二足歩行させたらこんな感じになるのかなぁ

 

とりあえず、頭上に振り下ろされていたというか添えられていた巨大な棍棒を払いのけ、隙を見て逃げるべく拳を握りしめて突き出したのですが……

 

消し飛びました

 

跡形もないですわー。背中でシエスタがきゃっきゃと声を上げているのがなんかあれです

 

もしやと思い、呆然と立ち尽くしていた魔物の一匹に近付いて今度は軽く拳をその太い脚に振り下ろしてみる

 

やはりというべきか、魔物の脚が吹き飛びました。周りにいる魔物たちが一層身を固くする中、次々と検証をするべくそのことごとくを拳のみで打ち倒していきます

 

その途中で先日お会いした猟師っぽい人が木に隠れてこちらを覗っていたので、『大丈夫だよー』と手を振ると真っ青な顔をして逃げるように去っていきました。そろそろシエスタ以外とちゃんとした会話がしたいものです

 

まあそんなこんなで目の前には死屍累々とした魔物の山ができています。多分だけどこれって村人たちに迷惑をかける魔物とかそういうのですよね?これだけ退治すればご飯貰いに行ってもいいですよね?プリンやらチョコやらパフェやらでお腹を膨らますのはそろそろ限界なのですよ

 

でもご飯を貰いに行く前に小屋に戻ってまずは自分のこの馬鹿げた能力の確認だね。容姿からして女になったのは判っていたけど、それだけじゃなさそうだもんなぁ

 

思い返してみると、一番やりこんでたゲームのデータを反映させるって言ってたもんなぁ

 

とすると、おそらくは自分の容姿は『ぽこん』こと銀河魔法使い。名前は『ギンガ』。総Lv23万超えの現Lv9999のキャラになってる可能性が高い。高いっていうかほぼ確実にそうなんだろうけどさ……

 

所持品も小屋のタンスを開ければプリンやエクレア出てきていた。ゲームの能力と所持品の反映。声が言っていた通りのことだ

 

とすると、最後の環境の反映。もし自分が思っている通りならばと考えて、ついつい悪戯な笑みが浮かぶ。この世界はさっき見たような魔物がいる世界なのだ。ならば他の魔物がいようとおかしくはない

 

そう自分に言い聞かせて足取り軽く小屋に向かう。まずは何をおいてもシエスタを強くする。さっきのような魔物に襲われても死なないように、どんな事態に陥ってもそこから生きて生還できるように

 

私の全てはシエスタのために使う。それがきっと、自分がこの世界ですべきことなのだ

 

疲れたのか穏やかな寝息をたてるシエスタを背に、まずはどの職業にしようかなと思考しながらゆっくりとした足取りで家路についたのでした




猟師視点では武器も持たずにオークを殴り殺していくギンガはさぞかしあれだったんでしょうねー……


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シエスタさん、人助けをする

背中まで伸びた母さまと同じ黒一色の髪を揺らして不満げに相手を見下ろします

 

私の知っている魔法と眼下で胃液を吐いている男の魔法は随分と違ったものでした

 

呪文の詠唱中に軽く殴っただけで卑怯者呼ばわりされ、ならばと今度はとんできた魔法を避けて腹を死なない程度に蹴ります

 

そもそも魔法とは避けられたものだったでしょうか?魔法とは詠唱が必要だったでしょうか?

 

母さまが使用するものと違う魔法を見るのは久しぶりだったので、長い詠唱を我慢して聞いてみれば、ただの風の刃でした。ウインドカッターなんて名前の割りに母さまのウインドには遠く及びません

 

そんなことを思いながら斜め頭上から振り下ろされたショートソードを反射神経の命じるままに回避します。引き戻され横殴りに襲ってきた剣を下から蹴り上げると、相手の剣はあっさりと折れて宙を舞いました

 

散々こちらを卑怯呼ばわりしたくせに私のような小娘相手に魔法使いが三人、雇われの護衛が八人がかりとは貴族が聞いて呆れます

 

「き……貴様!」

 

胃液を吐いていた貴族様の顔は憤慨で真っ赤になっています。怒りは冷静な判断力を失わせる原因になるというのに、この貴族様がそれに気付く時はないのでしょうね

 

性懲りも無くまたもや詠唱を始めたのでその隙に近くにいた剣の折れた護衛の一人に狙いを定めます

 

直線的な動きに渾身の二部ほどの力を拳に乗せて男の軽鎧に叩き込みます。あっさりと鎧を貫通し男の腹を突き破ると、男は盛大に吐血し前のめりに倒れて動かなくなりました

 

それを見て動きの止まった残りの護衛に素早く移動して脚で首をへし折り、拳で顔面を吹き飛ばし次々と絶命させていきます。残りは魔法使いの貴族様三人だけですね

 

「きさまああああああぁぁぁぁああああああああああああああ!」

 

だというのに貴族様の行動は魔法ではなく、喚きながら杖を振り回して殴りかかってくるという恐慌に陥った者がとる行動でした

 

なんなく振り下ろされた杖を避けるついでとばかりに貴族様の首を手刀で切り裂きます。膝から崩れ落ちるただの肉塊からすぐさま目を移します

 

残りはあと二人。なのですが杖を地面に投げ捨てこちらに大きく両手を上げて降参の体勢をとっていました。情報ではさっき殺した貴族様が主犯だったので、依頼主が殺されて降参するといったところでしょうか?

 

まあ素人ならごまかせたでしょうが、こういった裏家業をしている者をごまかすには工夫が足りませんね

 

上げた指の間にある黒光りする針。おそらくは私が油断したところを襲うつもりなのでしょう

 

貴族様と思っていましたが、没落かなんらかの理由で汚れ仕事を引き受ける傭兵家業に堕ちたようですね

 

「降参だ!あんたもそこの悪党貴族を殺すのが依頼なんだろう!有り金は全部置いていくから俺たちは見逃してくれ!」

 

まあそれも仕事の一部ですね。貴族様の上下関係を理由に娘を奴隷同然に弄ばれた方からの依頼の一つが貴族様を殺してくれというものでしたから

 

「あんたも雇われ者なら無駄なことはやりたくないはずだ!なんなら俺たちはあんたの前にはもう二度と姿を現さない!」

 

でもそういうわけにはいかないのですよね。受けた依頼はきちんとこなさなければ今後の仕事に差し支えます。なので…

 

「私が受けた依頼の一つはあなたの言ったようにこの貴族様を殺すこと」

 

「だろう!だから俺たちのことは」

 

「次に貴族様に弄ばれた娘の始末」

 

「なっ…!」

 

娘が貴族様に弄ばれていることは黙認され、影でこそこそと話題になっていますからね。傷物にされた娘など名のある家では百害あって一理無しとされるのが貴族様の世界です

 

「最後の依頼内容は」

 

今回の仕事はやや疲れてしまいました。魔法学院に戻ったらゆっくりと身体を休めることにいたしましょう

 

「今日の出来事を都合のいい脚本に書き換えるため、この屋敷にいる者全ての命です」

 

本当に、一日で三十も人の死を見ると疲れるものなのですよ

 

疲れるだけで罪悪感などは感じないのですけどね……

 

 

 

 




てわけで主人公始動


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シエスタさん、お仕事をする

振り下ろされた棍棒が叩いたのは地面でした

 

さっきまで棍棒と地面の直線上にいた私の姿は見失ったようです。さっきまで私を取り囲んでいた他のオーク鬼も見失ったらしく、「ぶひ」、「ひぐ」と理解できない言葉で会話をしています

 

もしかしたら私のことをメイジだと勘違いしているのかもしれませんね。八匹に囲まれていたのに、その包囲から一瞬で姿を消すなど魔法と思われても仕方ないのかもしれません

 

実際はオーク鬼が棍棒で巻き上げた土煙を利用して死角に潜んだだけです。嗅覚するどいオーク鬼ならばすぐに私の場所も探り当てられてしまうでしょう

 

まあその前に固く握り締めていた拳を突き出し、オーク鬼の背中から前腹に大穴を空けます。雄たけびも何かの感情を抱く間もなく倒れたそれを見ながら眉をひそめました

 

身の丈は五メイル近くはあるでしょうか。醜く太った豚のような身体を、人間から剥ぎ取った鎧を繋ぎ合わせたもので覆っています

 

トライアングルのメイジ二人を返り討ちにしたオーク鬼の集団と聞いていたのですがリーダーらしきオーク鬼は先の一撃で息絶えています

 

もしや場所を間違えたかと軽い焦りが芽生えましたが、目の前には言われていた通りの廃墟となった寺院があります。オーク鬼に襲われたせいで領主に討ち捨てられた村の名残……

 

このような場所はハルケギニアにははいてすてるほどありますし、日々その数を増やしています

 

学院長から頼まれた今回の仕事はそんな村の一つを占領しているオーク鬼の討伐の『手伝い』です

 

オーク鬼を討伐したとして褒め称えられるのは学院の上級生徒、或いは教師であり、私がやったとされるのはあくまでもその手伝いです

 

払うものさえ払ってくれるのなら不満はありませんが、証拠となるオーク鬼の首を一人で持ち運ぶのは骨がおれます

 

ここから遠く離れた馬車で待機している貴族様もそれくらいはしてくれないかと一人ごちて怯んでいるオーク鬼の群れに意識を戻します

 

やはり目の前で死体となったオーク鬼がリーダーだったようで群れの中には私を恐れてか後ずさりをしているオーク鬼もいます

 

もちろん逃がすつもりはありません。依頼はできるだけ多くのオーク鬼の首です。ならば私はその依頼通りのことをするだけ

 

それから私は集合時間までに、森に潜んでいたものも加え二十五匹のオーク鬼を全滅させたのでした

 

 

 

 




オーク鬼が強化されているのは理由があるのでそのうち書きます


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シエスタさん、貴族を語る

鍛え上げた身体に黒を基調としたスカート丈の長いメイド服を纏う。あの娘に言わせると小さな紅色の唇をかたく結んだ隙のない顔は美人なのだそうです

 

私からすればいつも仏頂面で不機嫌そうな顔をしていると思うのですがね

 

さらにあの娘が言うには、きつい表情に騙されがちだけど、メイド服とカチューシャがよく似合う可愛らしさを秘めた少女でもあるそうです

 

はぁ……、なぜあの娘が言ったことを思い出しているかというと、あの娘と顔を合わせた時のように私が不機嫌になっているからです

 

人気のない場所で三人の貴族様に呼び止められ振り向いた瞬間、またかと思ってしまいました

 

私がこの学院でちょっとした噂になっていることは知っています

 

トリステイン魔法学院の院長オールド・オスマンがどこからか直々に雇ってきたメイド。下世話なものでは学院長の若い愛人だそうです

 

学院にいる他のメイドと比べると物腰がやたらと落ち着いていて物静かだが、いつも不満げな表情をうかべている

 

それは例え貴族を前にしても変わることがない。貴族の不興を買い、いかめしい顔で怒鳴られても変わらない

 

学院のノリのいい男子学生の間では、誰が私の笑顔を見ることができるか賭けすら行われているようです

 

それも馬鹿げたことに手段は問わずで…です

 

学院の生徒は魔法が使える貴族様

 

メイドの私はただの平民

 

学院の生徒が私をどうしようと誰からも咎められない。このハルケギニアではそういうふうになっているのですから

 

人気の無い場所で呼び止められ、ゆっくりと腰から抜いた杖を突きつけられたのはこれで三度目のことでした

 

「笑え」

 

命令口調でそう言った生徒も、後ろで見ていた他の二人も卑しい笑い声でした。三人とも貴族という身分でありながら粗野な笑い方でした。杖を突きつけたのは怯える様を十分に堪能するためなのでしょう

 

昔、母さまが懐かしむように、愛おしむように話してくれた貴族を馬鹿にされた気がして、久しぶりに貴族様たちに対して気がささくれ立ってしまいました

 

三人の不快な笑い声と違い、私の声は自分でも静謐と思えるほど冷たいものでした

 

「さて、貴族様」

 

「なんだメイド」

 

「魔法が使えるものを、貴族と呼ぶのではありません」

 

それは母さまが話してくれた言葉。母さまが何度も話してくれた、とある姫様の物語。貴族とは……

 

「その身に気高き誇りを宿すものをこそ、貴族と呼ぶのです」

 

目の前の三人が貴族を名乗るのを許せない。こんな誇りのない行為をする者たちに貴族と名乗って欲しくはない。だからこれは三人への私の返答

 

「忍法・魔封陣」

 

あなたたちが貴族だということを私は認めません

 

 

 

 

 

 

 

 




忍法・魔封陣=特殊スキル封印

マスタークノイチ
転生回数31回 総Lv15128
SPD極振り
シエスタ
Lv82
ATK 1170
DEF 639
INT 1116
RES 752
HIT 973
SPD 4499

できるだけ前と同じくらいのデータを作ってみました


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貴族令嬢、救済される

学院に入学したばかりのせいか、魔法学院の一般的な制服に身を包んだ自分の姿はまだどこかぎこちなく感じる

 

そんなことをぼんやりと考えていたせいか、どうやら寮への道から外れ。人気の無い場所に来てしまっていた

 

建物の壁と学院に植えられた木に囲まれなにか暗い雰囲気を醸し出しているこの場所は、女が一人で歩くには似合わない

 

自信の間抜けさに呆れ、引き返そうとしたところに・・・・・・声は聞こえてきた

 

『魔法が使えるものを、貴族と呼ぶのではありません』

 

心臓が止まったのかと思った。小さな手を胸に当ててみるとちゃんと動いている。いつもよりドクドクと激しく脈うち、呼吸を乱す。よかった、生きている

 

ならばさっき聞こえた女の声は現実のものだ。なぜか足音を忍ばせて声の聞こえてきた方に向かう

 

建物の角を曲がった先に女はいた。自分の桃色がかったブロンドの髪と違い、黒色の艶やかな髪をしたメイドだった。そのメイドを三人の男子上級生が囲んでいる

 

状況はだいたい察することができた。おそらくさっきの声はメイドのせめてもの抵抗なのだろう。だが、言い方が悪い……あれではいいように乱暴されたあと殺されてしまうかもしれない

 

家名を出してでも止めようと足を踏み出そうとして・・・

 

『その身に気高き誇りを宿すものをこそ、貴族と呼ぶのです』

 

棒立ちのような姿勢で黙然と立ち尽くしていた

 

ただ、いつの間にか鳶色の目からは涙が溢れ流れていた。頬の上を一滴ずつ落ちては流れていく

 

ただただ涙が溢れた

 

何も考えられなくなって泣いてしまっていた

 

その一言に震えるような喜びを感じて、ただ泣くことしかできなくて

 

「ありがとう」と、彼女に伝えたいのに口からは小さな嗚咽しか出ない

 

しあわせだった、彼女の言葉は自分を肯定してくれた

 

否定しかされなかった自分の存在を、家族以外では彼女だけが認めてくれた

 

ぐしぐしと制服の袖で涙を拭い、彼女を助けようと顔を上げた頃にはすでにその姿はなく、なぜかうつ伏せに倒れ全身を小刻みに痙攣させながら気絶している三人の男子生徒の姿しかなかった

 

その三人を起こそうとして、ずっとそのままでいればいいのにと思いなおして踵を返す

 

彼女を汚そうとした三人に触れるのも、彼女のことを聞くのも嫌だった

 

寮に戻ったら見かけたメイドにでも彼女のことを聞いてみよう。そうして彼女に会いにいこう

 

まるで踊るような軽やかな足取りで、後に聖女と呼ばれることになる私は寮への道を進んでいったのだった

 

 

 

 




にじファンが閉鎖された際、なろうのユーザーページにデータだけは保管されてる
自分しか見ることが出来ない

て場合でもマルチに引っかかるのかな?
もし引っかかるようならマルチ解禁される中旬まで待機します


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シエスタさん、観察される

見られている

 

食堂の人に紛れて、廊下の角の影から、広場の木に隠れて、あからさまな時にはドアの隙間から見られていた

 

本人は隠れているつもりなのでしょうが、他のメイドや貴族様も彼女の奇行には気付いています

 

燃えるような赤毛と豊満な褐色の身体を持つ女貴族様などは指を差して彼女のことを笑っています

 

だけど馬鹿にされようがからかわれようが彼女は私を観察することを止めず、この奇行が始まってすでに十日あまりが経過しています

 

彼女の正体は同僚のあの娘が聞いてもいないのに教えてくれました。ルイズなんとかという名前で、よりにもよってあのどうしようもないクズがいるヴァリエール家の三女だそうです

 

そんな少女がなぜ自分のことをストーカーのように嗅ぎ回っているのか疑問でなりません。赤毛の女貴族に理由を聞かれましたがこちらが教えてほしいくらいです

 

いつもの仏頂面に不満げな私の顔を見ても少女が私の観察をやめることはありませんでした。それどころか食堂で朝食などの給仕をする際には、少女は決まって私の先回りをしてその給仕を受けます

 

何度か私に話しかけようと身を乗り出したこともありますが、私の纏う人を寄せ付けない空気やあの娘に邪魔されたりと、結局話しかけられたことはありません

 

同僚のメイドや周りの貴族様たちから漏れ聞こえてくる声には少女を侮辱するような言葉が幾つも飛び交っていましたが私には何の関係もありません。その噂について何を思うでもなくいつも通りの仕事をする日々を過ごしています

 

いつも通り過ごしていただけなのに、なぜか少女の私を見る目は日増しに輝いているように思えます

 

赤毛の女貴族様曰く、少女の噂や現状を知っても全く少女への態度を変えなかった私のせいということでした。わけがわかりません……

 

日々輝きを増していく少女の鳶色の瞳はいつも私を追いかけ、物陰やドアの隙間からは柔らかそうな桃色の髪が見え隠れしています

 

何か用があるのならはやく言ってくださいと言いたくなるのを我慢して、今日も私は少女に観察される

 

期待に満ちた顔で少女は私を追いかけてくる

 

そんな私と少女を見て赤毛の女貴族様は可笑しそうに笑い声をあげるのでした




『あの娘』や『どうしようもないクズ』はちょっとした伏線です

ネタバレ ダメ ゼッタイ



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シエスタさん、買い物する

虚無の曜日だからといってメイドに休みなどありません

 

休みなのは魔法学院の生徒や教師だけで、下働きをするものにとって貴族様の世話をするのに変わりはありません。むしろ授業がない分、暇を持て余した貴族様たちの対応に追われていつも以上に忙しかったりします

 

そんなわけで虚無の曜日の今日こそ私と親しくなろうと意気込んでいた桃色の髪の少女は、あの娘に私がトリステインの城下町に仕事で買い物に言ったことを告げられてガックリと肩を落としていた・・・というのが帰ってきた私に同僚のメイドが教えてくれたことでした

 

 

 

 

 

仕事の買い物をするべくメイド服に身を包みトリステインの城下町を歩いています

 

大通りは老若男女が行き交い、道端では商人が声を張り上げて雑多な商品を売る姿が見られ活気に溢れています

 

声を掛けてきた青年には学院長の名前を出し仕事中だと丁重にお断りの返事をし、飾り物を勧めてきた商人には持ち合わせが無いと断わりながら目当ての店を探します

 

シュヴルーズの話では確かこの辺りのはずでしたが……っと、盾の前で剣と槍が交差した胴の看板。どうやらここのようですね

 

店の中に入っていくと中は昼間だというのに薄暗く、壁や棚には所狭しと剣や槍が並べられています

 

店の奥でパイプを加えていた中年の男性がこちらを胡散臭げに見つめましたがそれも一瞬のことでした。おそらくはこの店の店主でしょう。シュヴルーズの言っていた通りなかなかの慧眼をもっているようです

 

例えメイド服姿だろうが店に入って私が纏った雰囲気は戦闘経験者にしか持ち得ない類のものです。それは貴族様が使う魔法などでなく手にした剣で、槍で、弓で敵の肉を貫いた者しか手に入れることができません

 

「いらっしゃい、入用は何だ」

 

きちんと客として認められたようでなによりです。それでは

 

「投擲用短剣三十にそれを吊るせるベルト、暗器として使いたいので胸当てに収納できるものか腿に巻いて使えるものをお願いします」

 

店主はこちらの要求に驚くこともなく待っていろと一言つぶやくと店の奥に消えていきます。奥から聞こえてくるガチャガチャという音を聞きながら店内を見渡します

 

シュヴルーズが稀に武器を卸しているだけあって棚には矛先の鋭い槍が並び、隅の樽にも隠れた業物の長剣が無造作ながら手入れの行き届いた状態で入れられています

 

その樽の中にあった一本の長剣。気付けば私はそれをまじまじと凝視していました。刀身が薄く、薄手の長剣でした。表面には他の剣や槍とは違い錆びが浮き見栄えはいいとは言えません

 

ですが私はその剣をじっと見つめていました。樽の中にある剣は一律千エキューと書かれています。何かの冗談かと思いましたが、もしこの剣が千エキューで売られているのならこの店の主人は随分と良心的な商売をしているものです

 

樽の傍まで近寄ると上から見下ろし、しゃがんでから横から眺め、樽の中から取り出して柄を握ってみます。自然と感嘆の息が漏れました

 

「魔剣良綱やエクスカリバーには届かなくても魔王の剣と同等といったところでしょうか?中に入っているものに関すれば私では手に負えないかもしれません」

 

錆び付いたこの長剣をそう評価します。ハルケギニアの武器ではこれまで見てきた中で間違いなく最高のものでした。ですがこの剣をどうこうするつもりは私にはありません

 

私が一番信頼しているのは自身の鍛え上げた肉体であり、母さまが授けてくれた技の数々。武器の無い状態でも抗い生き抜く術です

 

そう思いながら剣を樽の中に戻すとちょうど店の奥から主人が戻ってきました。手には注文通りの短剣とベルトがあります

 

その会計を済ませるともう一度だけあの剣を見つめ店を後にしたのでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて私の気配が店の周辺から完全に消えると、樽の中でそれはカタカタと愉快そうに音を立てます

 

『おでれーた、まったくなんて嬢ちゃんだ!』

 

カタカタとそれは続けます

 

『ありゃー剣だけじゃなく他の獲物の素質もありそうだーな!』

 

樽の中でカタカタとそれは喋ります

 

『それにしても……』

 

カタリ・・・と、僅かに無念の音を響かせて

 

『伝説を三等賞呼ばわりたぁ、怖い世の中になったもんだぁな!』

 

 

 

 




伏線ちょこちょこ入れつつ書いていきます


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シエスタさん、運送する

助けなんてなくても大抵のことはすぐに覚えてこなせる。欠点はとっつきにくいことくらい。貴族様や商人の子供でもないのに字の読み書きが出来て達筆。わかりやすくいえば部下にするには優良物件

 

それが赤毛の女貴族様が私に付けた評価でした。『だからツェルプストーの家に雇われない?』と続けて言われたことに即答で『お断りします』と告げるとなぜか愉快そうに笑っていました

 

ええ、分かっていますよ。ドアの隙間から赤毛の女貴族様を射殺さんとばかりに睨んでいる桃髪の少女をからかっただけなんですよね

 

だからあなたもそんな顔はやめてくださいと少女の顔を見ると、視線が合うなり顔を真っ赤にさせて走り去ってしまいました

 

そんな走り去っていく少女の姿を見て赤毛の女貴族様はさらに声を出して笑い声をあげました。とはいってもその笑い声は少女を馬鹿にした粗野なものではなく、私に軽い悪戯をする時の母さまの温かい笑い声にどこか似ています

 

「好きな娘にちょっかいを出す男子みたいですね」

 

そう言うと、赤毛の女貴族様は朱に染まった頬を逸らして少女が去っていった方にズンズンと歩き去ってしまいました

 

 

 

ということが先日あったのですが、実を言えば貴族様に雇用関係で声を掛けられたのは女貴族様で七人目となります

 

女貴族様以外は全員が今期卒業を控えている上級生の生徒たちでした。彼(女)らが言うには、平民出なのに有能そうなので卒業後に実家に戻る土産の一つとして私を連れ帰ろうとしたとのことでした

 

中にはやや強引な手段で迫られたこともありました。幸い、ことが大事になる前に学院長が間に入り、私は学院長に直に雇われていることを説明して事無きを得たのですが、にも関わらず諦めない方もいます

 

諦めるというよりは、学院長が直に雇うような人材を横から奪おうという気概が感じられます

 

こういった貴族様は学院長の名前を出しても話を聞いていただけません。黙って言うことを聞けと杖を掲げ、こちらを威嚇してきます

 

そういう貴族様は丁重に人気のない場所にご案内し誠意ある対応をとらせてもらっています

 

まず喋ろうとした顔面に拳を打ち込み、倒れたら踵で喉を踏み潰します。貴族様の制服を裂いたそれで手足をきつく縛って全身を束縛していきます。身体をしばるのに余った布地は口に詰め込み、その上から再び顔面と心臓の真上に拳を振り下ろすと終了です

 

ぴくりとも動かなくなった塊を「よいしょ……」と肩に担ぎ向かうのはメイドたちが洗濯をするのに使っている水場です

 

そういえばと思い周囲を見渡します。視界に桃色の髪は見えません。さすがに授業中は少女も私を追いかけられないかと嘆息して小川を渡ります

 

水のせせらぐ音がだんだんと遠ざかっていく。学院からそれほど離れていない場所にそれはあります。木々に覆われたちょっとした規模の林。モノを隠したり保管するには都合のいい場所です。そこに担いでいた塊を無造作に投げ下ろします

 

「これでトロル鬼を誘き寄せる餌はなんとか用意できましたね。できればあと一人は用意したいところですがなかなかに肥えた貴族様なので一人でも十分かもしれませんね」

 

敵は殺す。それが母さまから教えられた最も確実な身の守り方です

 

「しかし、母さまが話してくれた誇りある『貴族』とは違って貴族様の相手をするのは気疲れしてしまいます」

 

目を瞑り腕を伸ばして背伸びをする私と日光を不意に遮る影。空を見上げると雲ではなく遠目に一匹の竜とそれに跨っているメガネをした青いショートヘアの少女

 

空高く遠目なので確かではありませんが桃髪の少女より小柄なのではないでしょうか?

 

ふと二百メイルは上空にいるその青髪の少女と私の視線が交わった気がしましたがきっと気のせいでしょう……

 

なんて甘い考えは身を滅ぼすかもしれないので、後できちんとあの青髪の少女のことを調べることにいたしますか

 

 




任務帰りのハシバミさん見たくないものを見てしまったの巻でした


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シエスタさん、噂をながす

「名誉の戦死ですか……」

 

体中を不快めいたものが流れていくのを十分に自覚しながら、いつも浮かべている不満げな表情ではなくはっきりとした不機嫌のそれを浮かべます

 

目の前には重厚なつくりのテーブルに手を置いてため息をもらしている、白い口ひげと長い白髪を持つ老人

 

私が下働きをしているトリステイン魔法学院の学院長を務めているオールド・オスマンです。加えて私の裏の仕事の仲介役をしている人物でもあります

 

表向きはこの魔法学院のメイドとして日々働いていますが、貴族様が手に負えなくなった事柄、亜人討伐の手伝い、汚れ仕事などが学院長を通じて私に依頼されてきます

 

この学院長との出会いは、とある森で野生の飛竜に襲われていた学院長とそのお供を気まぐれで私が助けたというものです。以来、学院長に誘われて学院でメイドとして働くきながら裏の仕事もこなす日々を送っているのです

 

そして今回の仕事の依頼は『名誉の戦死』をした貴族様の調査とのこと

 

学院の生徒だった彼らは、いずれもオーク鬼やトロル鬼がいた集落の近くで発見されています

 

『どこからともなく流れた噂』では、亜人による被害を見過ごせなかった誇りある彼らは平民のためにその身を犠牲にしてまで戦ったと言われています

 

発見された周辺では亜人は打ち倒されていて、命を賭して平民のために散った彼らは民衆の間で誇りある貴族としてうたわれ、その死は名誉の戦死と崇められています

 

「それでじゃ……それなりの家柄の子息もいたようでな」

 

「詳しい調査を依頼してきたと?」

 

「うむ……」

 

はぁ……、まったく死んでも私を煩わせてくれるものです。貴族様の好きな誇りだの名誉だのを付けた話にしたのに何が不満なのでしょうか。それとも、やはり五人も続けて名誉の戦死をすれば不審に思う貴族様もいるということでしょうか

 

「なんにせよ親としては息子の最後が気になるのじゃろう……」

 

最後と言われましても、強引に言い寄られたので動けない状態にしてオーク鬼を誘き寄せる生餌にしたというだけなのですがね。学院ではあまり良い噂のない貴族様でしたので、あの世では最後に名誉の戦死をさせてくれた私にひょっとしたら感謝しているのかもしれません

 

「それでは若い女性を庇ったということも話に加えましょうか」

 

「ふむ、若い女性が生徒の親に殺されるじゃろうな」

 

「魔法の練習も兼ねて平民の助けをしていたというのはどうでしょう」

 

「ちと盛り上がりに欠けるかの」

 

「戦いの最中にトライアングルに成長した」

 

「確かメイジとしてはドットじゃったな。英雄譚としてはラインメイジじゃ格好がつかんのぅ」

 

本当になぜこんなくだらないことに付き合わねばならないのでしょうね。それから学院長と私は貴族様にとって都合のいい話を作り上げるため、夜が更け始めても長々と英雄劇の脚本を作り上げていったのでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マルチ解禁されたので更新再開しまーす


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シエスタさん、出かける

我慢できずにちらりと後ろを振り返ってみると、嬉しそうに「なに?」と問い返してくる丸い鳶色の瞳があった

 

見知った少女だ。そんなことはとりあずどうでもいいのですが、なんとなく森にいたウェアウルフの親子を思い出してしまいました

 

母ウルフの後をついて回る子ウルフの姿が少女と重なる。世話をするという点においてはあの親子と似ているのかもしれません

 

足を止めずに時々振り返ってみると、少女は何を言うわけでもなくずっとついてきていました

 

いつからか少女は隠れることをやめました。私の近くにいるようになりました。睨みを利かせて追い払っても次の日にはまた傍にいます。最近では睨んでも後ずさる程度で、どうやら少女が耐性をつけてしまったように感じます

 

いつも少女と私を見て大笑いしていた赤毛の女貴族様も、今では微笑ましいものでも見るような表情で少女をからかうでもなく「頑張りなさいよ」と一言を残していかれます

 

気配を消してこちらの様子を窺っている青髪の小柄な少女は今のところ害はないので放置しています。一度だけ視線が交わったことがありましたが、すぐにふいと外すと去っていきました。あの日、竜の背にいた少女と目が合ったのは間違いなさそうですね

 

 

 

 

 

学院の入り口には私を迎えにきた馬車がすでに止まっていました。歩く速度をそれとなく緩め、またちらりと後ろを振り返る

 

明日には二年生に進級するというのに、少女はそんな時でもいつもと変わらない

 

今日から仕事で数日はいないのに、明日も少女は私を探している気がする

 

馬車の手前で立ち止まり、しばらく迷ったあと体ごと振り返った

 

「仕事で数日は戻ってきません」

 

「っ!」

 

言わなくてもいいことを言ってしまう。理由は本当になんとなく・・・・だった

 

さすがにもう少女に振り返ることなく止まっていた馬車に乗り込む。意識せずにため息がもれた時に……その声は聞こえてきた

 

耳を澄まさなくても少女の声はよく耳に響いてきた。貴族令嬢らしからぬまるで叫ぶかのような、だけどとても澄んだ声で

 

「いってらっしゃい!」

 

いつもの不満げな表情を浮かべながら、意図せずに

 

「・・・・いってきます」

 

とだけ誰にも聞こえないようにつぶやいた

 

 

 

 




ちょいデレ?


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シエスタさん、少女を思う

敵を目前に一呼吸してから、足を大きく真横に振りぬいた

 

蹴り飛ばされた巨大百足は森の木に叩きつけられ無様に仰向けにひっくりかえる。不気味に足を動かして寝返ろうとしましたが、私の細い足が巨大百足の頭を踏み抜く方が早かった

 

巨大百足の全長はおよそ三メイルほど。その群れがぐるりと私を取り囲んでいます

 

頭部を持ち上げ威嚇するようにギチギチと牙を鳴らす。その牙に冒されると身体が麻痺し生きたまま餌になるしかない。身を覆う甲殻はラインメイジの魔法を弾くほどに硬いというのだから大したものです

 

この巨大百足を討伐したと賞賛を受けることになる貴族様はいつものようにどこかで待機しているのでしょう。手助けするつもりも、応援すらする気がないのでしょう。そのくせ、しっかりと口だけは出してきます

 

いちいち口止めされなくても報酬さえ貰えれば言うことはありません。名誉なんて目に見えないものはいりません

 

私が欲しいのは『あの森を買える』だけの金貨だけです

 

巨大百足の牙が私の足を狙って伸びてきましたが、意識するまでもなく反射的に身体は動いていました

 

伸びてきた顎を力任せに蹴り上げ、無防備になった頭を拳で突き破る

 

体液が飛び散り毒の刺激臭があたりに満ちる

 

次の瞬間には足を動かし背後から襲い掛かってきた巨大百足を蹴り飛ばしていました

 

「あと二十一匹……」

 

いつものように仕事をして報酬を貰う

 

そして次の仕事まで学院でメイドをやる

 

そう、いつものように…………

 

ふと思う

 

こんな自分の姿を見てあの少女はどう思うのだろうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、トリステイン魔法学院の広場では

 

「なんでシエスタさんじゃないのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

異国の服を着た黒髪の平民を召喚した少女が叫び声を上げていたそうですが、私にとっては割とどうでもいい話ですね

 

 

 

 




シエスタさんの行動原理


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シエスタさん、撫でる

大粒の激しい雨が降り、遠くの方では雷鳴が轟いています

 

雨が外壁や窓を打つ音を聞きながら編み物をしていた私は不意にその手を止め、ベッドの上にいる少女に視線を移します

 

両膝を抱えてうずくまったまま、ぴくりとも動かない。その様子に思わずため息をついてしまいました

 

私と少女がいるのは学院にある平民用の宿舎の一室。学院の生徒がいるような場所ではないのですが、少女はなにかにつけて部屋を訪れる。理由がなくてもいつの間にか部屋にいる

 

今日は前者で、おそらくは少女が午前中の授業で教室を半壊させたのが理由でしょう

 

「また失敗した」

 

うずくまったままひとりごとのように少女がつぶやきます。私は少女のすぐ傍にいますが、だからといって声を掛けたりはしません。慰めたりはしません。そんなこと少女も私も望んでいない

 

ただ、私が近付きベッドに腰掛けると後ろから少女の指が伸びてきてメイド服をそっと摘みました

 

まるでそうすればこの世のあらゆる問題はすべて解決するのだとでもいうように、メイド服に手をかけ私を見上げてくる

 

鳶色の瞳はいっぱいに開かれ、その視線の先に映るのはおそらく私だけ

 

もう一度だけため息をつきます

 

これは決して慰めではありません。こうしないといつまでたっても少女が部屋から出て行きそうにないからです

 

腕をそっと上げると少女の目がそれを追いかける。何かを期待するように。急かすように。少女の抱えていた膝は開かれ、その空間に少しだけ身をよせる

 

手のひらに押し付けられた繊細な桃髪の感触に何を思うでもなく、少女が笑顔になるまでしばらくそうしていたのでした

 

 

 

いつも浮かべている不満げな表情ではなく微笑みにも似た表情をしていたのは、私ですら気付いていない少女だけの秘密…………

 

 

 

 




いつの間にやら部屋に入り浸るようになってた桃色の子w


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シエスタさん、お泊りする

部屋には体中に包帯が巻かれた少年がベッドに寝かされています

 

少女が学院の授業でいない間、この少年の面倒を見るのが私の役目です。とは言っても、下の世話をし体を拭き包帯を取り替えてしまえば他にやることはありません

 

少年の怪我の治療は教師の治癒の魔法によってすでに行われていて、あとは少年が目覚めるのを待つだけです。厨房に足を運ぶ度に怪我の容態を聞かれるので早く目覚めて欲しいのですが、三日経った今日も目覚める気配はありません

 

決闘で負けた金髪のナルシスト貴族様は五体満足で授業を受けているというのに、勝者の少年はこの有様

 

決闘の理由もしょうもないもので少年はとばっちりを受けたと言う他ありません。たしかとある女生徒が落としたハンカチを少年が拾いその女生徒に渡したというだけです。女生徒は笑顔で少年に礼を言い、少年はその笑顔に照れくさそうにしていたというだけ

 

だけど、たまたまそれを目撃してしまった女生徒の恋人が勘違いして少年に突っかかっていきました。それから貴族様と少年の言い争いが過熱して決闘に発展してしまったと……

 

それにしても最後に少年が見せたあの身のこなしは何だったのでしょうか。あの速さを最初から見せていれば苦もせずに決闘には勝てたでしょうに

 

そんなことを考えていると扉が乱暴にノックされました。返事をする間もなく急に扉は開かれ、少女が飛び込むように部屋に入ってきます。ベッドと扉のちょうど中間あたりに立っていた私は真正面からぶつかられ、抱きとめるような体勢になってしまっていました

 

ぎゅうっと自分の胸が少女の頭に押しつぶされる感覚。嫌な感じはしませんが、どこか落ち着かない気分にさせられてしまいます

 

そんな感覚に戸惑っていると少女の身体が離れ、私を見上げた後、その視線はベッドの上で寝息をたてている少年に移りました

 

「使い魔のくせにご主人様のベッドをいつまで占領する気かしら」

 

そうやって少女はクスリと笑う。長い桃色がかったブロンドの髪が揺れ、深い鳶色の瞳がどこかイタズラっぽく輝く

 

恨めしげにベッドの少年を睨む。怪我は治っているのだからいっそのこと蹴り起こしてやろうかとも思う

 

裕福な貴族の家で育った少女に少年の世話などできるはずがない…………というのが少女の言い訳でした

 

つまりは、私がこの部屋で寝泊りするようになって今日で三日目という、ただそれだけのことでした……

 

 

 

 




突然ですがなぞなぞです

月に帰ったかぐや姫からお爺さんとお婆さんに手紙がとどきました
『つけたきもけいたいわけよ』
さてなんと書いてあったのでしょうか?


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シエスタさん、窓を拭く

寮の廊下をモップ掛けした後、窓を雑巾で磨いていると、学院の門から馬に乗って出て行く少女と少年の姿がありました

 

窓を拭きながらしばらく二人の姿を追う。慣れた様子で馬を乗りこなしている少女とは違い、少年の方はまるで初めて馬に乗ったかのように危うい。あれではすぐに腰を痛めてしまうでしょう

 

向かった方角からおそらくはトリステインの城下町にでも向かったのでしょう。虚無の曜日に少女が自分の傍にいないのを素直に珍しいと思ってしまいました

 

少女は虚無の曜日にはよく私の部屋にきます。それどころか、深夜、眠れないからと言って枕を抱えて部屋を訪ねてくることもしばしば。多分、四日に一度は少女と一緒に寝ている気がします

 

少女がなぜ、こんなになついてくれるのか私にはわかりません。出自がやや特殊とはいえ私は平民で、少女はトリステインでは知る人ぞ知るヴァリエール家のご令嬢です。貴族社会の常識で言うなら少女と私の関係は異常です

 

少女はことあるごとに自分の傍に寄ってきて、ただ一緒にいる。正直に言えば、今でも少し戸惑っている。こんなふうに手放しで誰かに好かれたことは、本当に久しぶりのことだったから

 

そうして今では、深夜に尋ねてきた少女が一方的に話をして寝入るまでの間が、不思議と心が軽くなる時間になってしまっていた

 

少なからず、情は移った……と思う。けれども、それ以上の想いを抱くことはない。ここは安住の地ではないし、安住の場にはなりえないのだから

 

そんなふうにして、気が付くと今度は二人の女生徒を乗せた風竜が空を駆け上がっていく姿が見えました。よく少女をからかっている赤毛の女貴族様と、よく私のことを見ている眼鏡をかけた青髪の少女

 

二人を乗せた風竜は空高に上がると、少女と少年を追いかけるように同じ方角に飛び去っていきました

 

「母さま……」

 

私にもあの竜のような翼があれば、今すぐにでも森で静かに暮らしている母さまの元へ飛んでいきたい

 

好きなように好きな場所で生きたい。自分が最も心地よい場所で自分らしく生きたい

 

あの森で母さまや家族たちと静かに暮らせればいい。その考えはこれから先も変わることはない

 

だけどふと思う

 

あの少女の元気な声が聞けなくなるのは、少しだけ寂しいなと……

 

 




ガールズラブにはなりません

ならなかったよね?


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シエスタさん、狩りをする

中庭の物陰から一部始終を見ていました

 

オスマン学院長の秘書をしているミス・ロングビルが長い呪文の詠唱を始め杖を振るのを。するとすぐに土が盛り上がり巨大なゴーレムが姿を現しました

 

『土くれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れている神出鬼没の大盗賊フーケ。おそらくはトライアングル以上の土系統のメイジで、身の丈三十メイルはある巨大なゴーレムを使う

 

見上げ確認する。私の持つフーケの情報とミス・ロングビルの作ったゴーレムがぴたりと一致する

 

もしフーケでなかったとしてもこれだけのゴーレムを学院の敷地内で作るのは問題でしょう。鎮圧すれば学院長から幾ばくかの褒賞があるはずです。まあ、フーケで間違いないとは思いますが

 

長く青い髪を夜風になびかせ悠然とゴーレムの肩で佇むその様に、知らず口元が緩んでしまいます

 

夜中だというのに中庭から聞こえる少女の声に様子を見にきてみれば、思いがけない幸運が待っていました。そこにはトリステイン中で手配されている高額の賞金首がいたのですから笑みも漏れるというものです

 

すぐさま物音を立てないように屋根伝いにゴーレムに近付いていく。少しも慌てずに落ち着き払ったいつもの調子で獲物を狙う

 

話し合うつもりなど全くありません。フーケにとって貴族様が貯めた財宝がそうであるように、私にとって賞金首はただの獲物でしかない

 

それも、オーク鬼やトロル鬼とは違い高値が付いた極上の獲物です。決して逃がしはしない

 

屋根から飛び上がりゴーレムの腕に乗り移ると、ようやくフーケは私の存在に気付いたようで、その身体がこちらに向きます。一瞬だけフーケの顔に驚愕の色が浮かびすぐさま呪文を唱えようとしましたが、一瞬さえあれば私には十分です

 

身軽にフーケの杖を蹴り飛ばすと、すぐに杖を失った腕をねじ上げます。骨の折れる音が闇夜に響き、次いでフーケの身体をゴーレムに押し付ける。そこへ私の拳が振り向いたフーケの顔面に振り下ろされてからしばらくすると、フーケの身体から力が抜けると同時に巨大なゴーレムは徐々にその巨体をただの土へと姿を変えていきました

 

ゴーレムが崩れる前にフーケの体を肩に担ぎ屋根へと飛び移る。フーケの口からは呼吸と思わしき微かな息遣い。上手く手加減できてなによりです

 

死体よりも生け捕りにした方がたしか賞金は高かったですからね。まあ、フーケにとってはすぐに死ぬか散々恨みを買った貴族様に後々殺されるかの違いでしょう

 

或いは良い体つきをしているので一生貴族様の慰みものというのもあるかも知れませんね。トライアングルのメイジなので優秀なメイジを生む母体としてもそこそこの価値はあるでしょう

 

さて、それでは学院長に報告に行くとしましょう。加えてフーケを秘書にしていたことの口止め料も要求しますか。トリステイン王国にばれれば学院長の首が問答無用で飛ぶ事ですからね。出来るかぎり値段をつり上げることにいたします

 

そうしてフーケを担ぎながら移動する途中、青髪の少女ならまだしも、いつも私の傍にいる少女と目があったような気がしました

 

それも一瞬だけではなく、少女は首ごとこちらを見ています。まるで視界を奪う深い闇と辺りに広がるゴーレムの粉塵にも関わらず、正確にこちらの姿を捉えているかのように

 

こんなことをしているのが少女に見られるのがなぜかひどく嫌で、私は出来る限り足を速めて学院長室へと向かったのでした

 

 

 

 




『し』と打つだけで『シエスタさん』まで変換できるようになりましたw

前に使ってたNPCは事故の際に天に召されてしまったので……


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シエスタさん、呼ぶ

いつも貴族様が食事を採るのに利用しているアルヴィースの食堂の上の階は大きなホールになっています。フリッグの舞踏会はそこで行われていました

 

楽団の美しい音色に合わせ、国内外の貴族様が優雅にステップを踏む。豪華な料理が盛られたテーブルの周りでは歓談している貴族様の姿があります

 

美酒と美食と音楽。学院長の無礼講でとの趣向から、くだけた雰囲気で時間は進んでいきます

 

そして貴族様たちの間で交わされる噂。一瞬不愉快な顔はするものの、怪盗フーケが捕らえられたことを聞くと一変して貴族様特有の高慢な笑みを浮かべます

 

赤毛の女貴族様はたくさんの男性に囲まれ、青髪の少女はテーブルの上の料理に夢中のようです。何度かテーブルの上に料理を追加しましたが、一体あの小さい体のどこに料理が入るのでしょう……

 

遠めには少女が召喚した使い魔の少年がバルコニーで剣を片手になにやら騒いでいます。少年の傍の枠には、同僚のあの娘が差し入れた料理の皿とワインが見えます。だけど主人の少女の姿は近くにありません

 

ふと注意深く会場を見渡しましたが少女の姿はどこにもありません。少女を探そうと使用人用の出入り口から出ようとしたところに、ホールの門に控えていた呼び出しの騎士が少女の到着を声高々に告げる

 

ホールの壮麗な扉が開き少女が姿を現す。細い腰に、しまった体、それにすべらかな白い肌を一層強調するようなホワイトドレスに身を包んでいました。肘までの白い手袋が、少女がもつ清楚な美しさをさらに際立たせています。目元は涼しげで、鳶色の瞳は生気に満ちて輝かしい

 

少女の美しさに惹かれるようにすぐさま男性が群がり、さかんにダンスを申し込んでいます。中にはさっきまで赤毛の女貴族様に群がっていた男性もいて、だけど女貴族様は特に嫉妬するでも怒るでもなく、やはりいつものように柔らかい微笑みを浮かべて少女を見つめたあと、近くにいた青髪の少女と談笑を始めたようでした

 

さて、少女に視線を戻すと何人もの男性にダンスを申し込まれながらもその全てを断わり、きょろきょろと会場を見渡しています。まさかと思いしばらく見守っていると、少女の鳶色の瞳が私を捉えました

 

群がる男性には構いもせずにまっすぐに早足でこちらに近寄ってきます。男性たちの私を見る目が少し煩わしいものですね

 

「フーケは学院の当直をしていたシュヴルーズ先生が捕らえたそうよ」

 

意図して少女から目を逸らす。夜中で良かったと思う。いつもと同じく表情は変えない

 

「……まぁ、シエスタさんがいいなら私もそれでいいわ」

 

見られてはいないはずです。よほど夜目でも利かなければ三十メイルもの高さにいる人影を特定するなど不可能です

 

「踊られないのですか……」

 

話を変えようと目を逸らしたまま言った

 

「つりあう相手がいないのよ」

 

そう言われて、たしかにそうだなと納得してしまう

 

「ねえ」

 

今度はなんでしょう

 

「今夜泊まりに行ってもいいかしら」

 

いきなりの少女の言葉に少し戸惑った。思えば、少女には少なからず流されているような気がする。だから本当になんとなく言ってみただけだ

 

「お好きなように」

 

いつもの不満げな表情を顔に浮かべて、なんとなく少女を驚かそうと思って……

 

 

 

 

 

「ルイズ」

 

 

 

 

 

少女の名前を呼んだ

 

 




少女卒業w

原作の巻の間にはギンガサイドの話をちょこちょこ挟んでいきます
なので次話はギンガ(母さま)の話です

脇役なのににじファンではシエスタさんよりも人気だったっていうね……


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ギンガ、育てる2

とりあえずミルクはスプーンで飲ませればいいのか?」

 

オムツを替えて気持ちをよくしたのか、シエスタは元気にあぶあぶ喋っている。うん、理解不能な言語だ

 

シエスタを片手で起用に抱き直しながら、もう一方の手で村人からもらった育児用品の山を物色する。その仕草が自分でも妙に馴染んできたように感じて、つい苦笑が漏れた

 

「おお、哺乳瓶だ!」

 

森で人目を忍ぶように育児用品をくれたおっちゃんグッジョブだ!伊達に黒髪はしてなかったな!

 

「あぶぶぶぶ」

 

「はいはい、もうちょっとまっててな」

 

Lv100超合金ロボスーツ一着を犠牲にして作った鍋?の中でミルクを入れた哺乳瓶を暖める。適当に温まった哺乳瓶を手に取る。布で水滴を拭き取り、抱いたシエスタの口に近づけるが……

 

「ぶええ、ええええ、えええええええええええええええええええええええ……!」

 

小屋全体を揺るがすほどの声でシエスタが泣き始めた。どうしたものかと困惑しつつ、育児用品の中に何かないかと漁る。ん?数枚の紙片が出てきたな。書かれているのは簡潔にまとめられた育児方法のようなもの。えーと、なになに……

 

 

 

 

 

まとめるとだ

 

生まれたばかりのシエスタはまだ離乳できていない

よって離乳食だと不安がり泣き喚く

離乳食と母乳を併用しないといけない

どうしても泣き止まない時は乳をしゃぶらせて安心させること

 

 

 

 

 

要するに、まだ十分に離乳の終わっていないシエスタを安心させるためには乳房が必要らしい。思い返せば、腹が膨れたのに母親の乳房から口を離さない赤ん坊の姿など、さして珍しいものではなかった。あれは母親がそうやって赤ん坊を安心させていたのだろう

 

しばらく、「なるほどなー」なんて関心してみる。ただただ関心して、半ば現実逃避じみたことをしてみる

 

だけど、シエスタは腕の中で今も泣き続けている。自分の腕の中で苦しそうにひくひくと息継ぎをする嫌な音が耳に届く

 

シエスタが何を求めているのか十分にわかっている。出なくても口に含ませてやれば安心するのだろう。ためらっている間もシエスタの泣き声は止まない

 

「おのれ……、プリンさえ無くならなければこんなことには…………」

 

プリンがなくなるまではこんな事態にはならなかったのになぁ……。どんなに泣いてもプリンやればおとなしくなってたのに

 

まあでも苦渋の決断とまでは不思議と思わなかった。シエスタが求めるならば仕方ないと開き直った自分がいる

 

片手でシエスタを抱き、仕方ないんだと自分に言い聞かせながらもう片方の腕で胸元をめくる

 

それは『俺』が『私』になり、シエスタの『母』となった、記念すべき一歩を踏み出した日となったのだった




ギンガサイドはこんな感じで育児やら過去話やらをやっていきます

プリンと乳房しゃぶらせとけは実姉の体験談からw

超合金ロボスーツ
ディスガイア2における最強防具の一つ

ディスガイアの装備はLv200まで成長させることができる


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シエスタさん、仮病につきあう

明日から六日ほど学院を留守にします」

 

昼休みのアルヴィースの食堂でそう聞かされた後のルイズの行動は早いものでした

 

突然、謎の腹痛を訴え学院の医務室に運び込まれると、午後の授業は大事をとって休むことになりました。そして今はルイズの部屋のベッドでおとなしくしています

 

その間、ルイズの一番近くにいたメイドの私がずっと付き添っていました。今もいつまた具合が悪くなるかわからないので、できるだけ付き添っていてほしいとのことです

 

よくもまあ、ここまでやるものだと思います。とりあえずルイズに付き合っていたのですが、もう夜も更けてきました。窓の外には二つの月が光り、室内を静々と照らしています

 

自室に戻ろうと腰を浮かすと毛布の隙間から覗くルイズの顔が不安そうに歪み、呆れたため息と共に腰を下ろすと逆にその顔は、ぱあっと笑顔になる。さっきからその繰り返しです

 

言われなくてもわかっています。これはもう泊まっていかないと駄目なのでしょう

 

頭からカチューシャを取り外し、次いでエプロンを外すとルイズの顔が期待に溢れた。四日に一度だったものが三日に一度になり、こうやってたまにルイズの部屋にもいつの間にか寝泊りするようになっていた

 

学院の女学生の間では、私とルイズが色めいた噂になっていることも知っています。隣の部屋の赤毛の女貴族様などは冗談でルイズに祝いの言葉を送るほどです

 

いちいち説明するのも面倒なので噂については無言を貫いていますが、ルイズはどういった対応をしているのでしょうか。ふと気になりベッドに顔を向けると同時にルイズの言葉が飛んできました

 

「明日は早いの?」

 

「はい、早朝に迎えが来るようになっています」

 

「ふーん……、メイドの仕事って大変なのね」

 

「大変ですが貴族様のお手伝いが出来るのは身に余る思いです」

 

ええ、本当に。いろいろと身に余る思いをしていますよ。そんな身に余る今回の仕事は賊の討伐です

 

最近、港町ラ・ロシェール周辺の山道に山賊が頻繁に出没するようになりました。その山賊を討伐する貴族様のお手伝いをするのが今回の依頼です。仕事ついでに山賊が溜め込んだ金目のものは拝借するつもりでいます。どうせ全員死ぬのですから私が代わって有効に活用させてもらうことにいたしましょう

 

そんなことを考えながらルイズが寝転んでいるベッドにゆっくりと近付く。ルイズが半身をあけた位置に潜り込み毛布を被る

 

「おやすみなさいませ、ルイズ」

 

「おやすみなさい、シエスタさん」

 

ルイズはなんだか布団の中でもぞもぞと動き、いつものように軽く手を握ってくる。しばらくルイズは布団の中で唸っていましたが、そのうちに小さな寝息をたてておとなしくなりました

 

そういえばルイズの使い魔の少年も、ルイズが用意した平民用の男性宿舎ではなく同僚のあの娘の部屋によく泊まっていますね。などとどうでもいいことを思い出しながら、私も眠りについやのでした




『あの娘』はもうちょっと先で出てきます


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シエスタさん、巻き込まれる

港町ラ・ロシェール周辺の山道によく出没していた山賊は、空に浮かぶ国アルビオンから流れてきた傭兵の集団くずれでした。内戦状態のアルビオンで王党派についていたのだが、敗北がほぼ決定的になった会戦のおり、ラ・ロシェールに逃げ帰ってきたそうです

 

当然、報酬は前金しか支払われていない。それで、山賊のようなことをして金を稼ぐついでに憂さ晴らしをしていた……、というのが山賊の最後の一人から聞きだした話でした

 

それをラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に待機していた貴族様御一行に伝えた後は、一階の酒場でつかの間の休息をとっていました。そう、とっていたのです……

 

ルイズ、使い魔の少年、赤毛の女貴族様、青髪の眼鏡をかけた少女、金髪を巻き髪にした女貴族様、トリステイン魔法騎士隊グリフォン隊隊長のワルド子爵たちが現れるまでは

 

つい眉をひそめてため息をついた私を誰が責められるでしょうか。やはり私に一番最初に気付いたのはルイズでした。一瞬浮かべた驚愕はすぐさま笑顔に変わり、躊躇することなく無防備に私のテーブルに駆け寄ってきました

 

使い魔の少年は何かを訝しむようにこちらを窺い、三人の女貴族様たちは未だ驚きの表情を浮かべています

 

そしてワルド子爵はどういうわけかこちらに突き刺すような視線を……、いや、突き刺すなんて生易しいものではありません。あれは身から溢れ出る殺意を宿した瞳の色です

 

反射的に目を細めてルイズを背に隠す。しかし、そうした時にはワルド子爵の瞳からその色は消えていました。ただ異様に光る意志を宿した瞳が逸らされることなく私を捉えています

 

「シエスタさん、こちらトリステイン魔法騎士隊グリフォン隊隊長のワルド子爵よ」

 

その情報は知っていましたが、そう言ったルイズを思わず見つめてしまいました。使い魔の少年は分かっていないようですが、女貴族様たちの口端も心なしかひくついた見え、ワルドの眉がピクリと跳ねます

 

貴族様にメイドを紹介するのではなく、メイドに貴族様を紹介する。しかもルイズはワルドを指差して言っているのです

 

どうやらルイズの中ではグリフォン隊隊長よりもメイドの方が格付けが上のようです。ワルド子爵も予想外だったのか形のいい口ひげが驚きで揺れていました

 

続けてルイズは言います

 

「じゃあキュルケとタバサとモンモランシーが相部屋ね。そしてサイトとワルドが相部屋」

 

仕事は終わり、後は学院に帰るだけだったのですが

 

「わたしとシエスタさんが同室よ」

 

しばらく学院には戻れそうにありません。形だけの抵抗も次のルイズの言葉に封じられてしまう

 

「大事な話があるの、二人きりで話したいわ」

 

せめて学院のメイドより高い給金を払ってもらわないと割りにあいそうにありませんね……




ギーシュとモンモンを入れ替えました


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シエスタさん、付き合う

ルイズから話を聞くと、どうやらトリステインのアンリエッタ姫殿下から直々に頼みごとをされたそうです。詳しい内容は言いませんでしたが、なんでもアルビオンのウェールズに密書を送り届ける役目を仰せつかったそうです

 

内乱状態のアルビオンは危険ということを理解しているのでしょうか?まあ、もしものことがあってもルイズ一人くらいならなんとかなるでしょう。それに学院でも有名な三人のトライアングルのメイジにワルド子爵もいるのです。肉壁にするにはもってこいのメンバーですね

 

さて、私がルイズから頼まれたのは『一緒に来て』、という何をすればいいのかよくわからないものです。ですが、それでアンリエッタ姫殿下からの報酬の半分をくれると言うのだから旨みのある仕事です

 

早く仕事を終わらせたいものの、アルビオンに渡る船は明日にならないと出港しません。ならばとルイズは私を宿から連れ出して二人でラ・ロシェールの町を歩いているところです

 

ルイズが言うには、使い魔のの少年は練兵場で朝早くから汗を流しているとのこと。少年は身体能力こそ高いものの剣の腕はまるっきり素人で、それを知ったワルド子爵が短期間ながら剣の基礎を教えているそうです

 

品行方正で平民にみ分け隔てなく接するグリフォン隊隊長のワルド子爵。グリフォン隊には平民も混じっていて、結果さえ出せば身分は問わないのが隊の風潮

 

少年にしているのは噂通りの振る舞いですが、私を見ていたあの瞳が少し気になっています。いずれ何らかの行動をして私に接触してくるに違いありません

 

一方の女貴族様たちは昨夜に飲み食いして騒いでいたのがさわり、宿のベッドで唸っています。『ダーリンをメイドに取られた!』だの、『ハシバミサラダおかわり』だの、『ギーシュの浮気者』だのと部屋まで騒ぐ声が聞こえていましたからね

 

店の主人も貴族様相手の宿をしているだけあって慣れたもので、女貴族様たちをおとなしくさせるよりも飲み食いさせて金を落とさせていました。もっともおとなしくさせようにも、三人のトライアングルのメイジ相手では骨が折れることでしょう

 

さて、ルイズに注意を戻せば、濃厚な胃袋を刺激する匂いに誘われて一軒の店の前で足を止めていました。店の中から外まで聞こえてくるざわめきは活気に満ちて、漂ってくる匂いと合わせて一層人を引き寄せるものになっています

 

振り向いたルイズに小さく頷き店に入る。酒樽の形をした看板には『金の酒樽亭』と書かれ、店内には『人を殴るときはせめて椅子をお使いください』と冗談の効いた張り紙がしてあります

 

路地裏の一角にあった小汚い外見から、傭兵やならず者たち専用の店かと思っていたのですが、店内は船員と思われる風体のものや町の住人らしきものたちで埋め尽くされていました。しかし、注意して見れば隅の席やあるテーブルにはそれらしき者の姿もある

 

アルビオンの玄関口と言われるだけあって、こんな店にも様々な人種がいるものですね。そしてルイズはそんな店内を空いてるテーブルに向かってズンズン進んでいく。「なんでこんな店に貴族が?」という周囲の視線を全然きにしていませんねあれは……

 

注文も私がいるにも関わらずルイズ自身が頼み、出てきたクリームシチューと地鶏の丸焼きをはぐはぐと頬張っています。その対面で呆れてオムレツの皿をつつきながら、店の隅の席から一瞬感じた視線を無視します

 

手を出されない限りはただ働きはしたくありませんし、まだトリステインのどこにも手配されていなかったはずです

 

気配が遠ざかったのはすでに気付いている。気配の主も私が気付いていたことを知っている

 

そして、悠然と椅子に腰を下ろし、はぐはぐと食事をするルイズを見ながら思う

 

一体、どうやってフーケはあのチェルノボーグの監獄を脱獄したのだろうと

 

あるいは、誰がフーケを脱獄させたのだろうと……

 

 

 

 




こっそりモンモン強化

強化している理由は後々~


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シエスタさん、様付けされる

赤、青、黄の女貴族様たちは昨夜も飲み食いして騒ぎ、昨日と同じようにベッドの上で唸っていました。具合が良くなり次第、後を追ってくるそうですがそれはどうやら難しくなるかもしれません

 

なぜかというと、少しばかり厄介な事態に遭遇しています。ルイズ、使い魔の少年、ワルド子爵、そして私が乗るアルビオン行きの船が空賊に襲われたのは、青空に浮遊大陸アルビオンが姿を現してすぐのことでした

 

舷側に空いた穴からは大砲が並んで突き出ており、黒塗りされた船体は戦う船を思わせます。その黒船から進路上に大砲の威嚇射撃が放たれると、こちらの船の船長は空賊の停船命令に従うほかありませんでした

 

たとえこちらにスクウェアメイジのワルド子爵がいようと船体に大砲を打ち込まれればdぷしようもありません。もしそうなっても私だけは助かる自信はありますが、傍で寄り添っているルイズの無事は保障できない

 

停船した自選の様子に少しも怯えることなく、微塵の不安さえない瞳でルイズが見上げてくる

 

「シエスタさん」

 

だけど、繋いだ手に込められた弱い力。繋いだ私にしか知りえないうっすらと手のひらに浮かんだ汗。そうしたら自然と決めてしまっていた。ルイズに害があれば空賊を皆殺しにすることを葛藤もなく決めてしまっていました

 

スカートに忍ばせておいたゴッドハンドを装着して拳を硬く握り締める。深く静かに呼吸を繰りかえす。繋いだ手に安心させるように軽く力を込める。ルイズと一度だけ視線を合わせ、ゆっくりと空賊たちに視線を移す

 

空賊たちは武器を手に次々と船に乗り移ってくる。その中で一層派手な格好をした眼帯の男がおそらくは空賊の頭でしょう。空賊たちに大声で指示を飛ばしながら荒っぽい仕草で辺りを見渡しています

 

やがて船長に船ごと略奪することを宣言すると、甲板に佇んでいたルイズと私に気付きました。嫌な笑みを顔に張りつけながらこちらに近付いて…………、おや?まさかとは思いましたが間違いなさそうですね。それでは、顎を手で持ち上げられようとしたところで……

 

「母さまとの約束を違えるとは良い覚悟とだけ言っておきます」

 

その手がぴたりと止まる。片目の視線が交わる。もう片方の手で眼帯を外すと、今度は両目でまじまじと凝視されました。そうして私の姿を十分に確認すると顔を蒼白にしてうずくまってしまいました

 

「あなたがどこで何をしようとかまいませんが、母さまとの不干渉との約束を破ることだけは見過ごせません」

 

「いっ、いや違う!私はギンガ様との約束を違えるつもりなどない!」

 

「つもりもなにも今も弓や銃で狙われ、剣を持った賊に囲まれているところですが。なんだかこうしていると昔を思い出してしまいますね」

 

「っ!……総員ただちに武装を解除せよ!ウェールズ・デューダーの名のもと命じる!総員ただちに武装を解除し『シエスタ様』に頭を下げよ!」

 

ああ、そういえばルイズはこれに密書を届けるのが役目でしたね。そう思い出して振り返ると、ルイズは口をあんぐりと空けていました。使い魔の少年もぼけっと呆けたように立ち尽くしています。ワルド子爵だけが鋭い目つきで睨んでいました

 

空賊たちが……いえ、アルビオン王党派が余すとこなく膝を付き私に頭を下げる中、いつものようにメイド服を引っ張られる

 

「シエスタ……さん?」

 

「たいしたことではありません」

 

思ったよりも早くルイズの極秘任務とやらも終わりそうです

 

「昔、アルビオンという国がたった一人の魔女に敗北した。ただそれだけのことです」

 

はぁ……、いっそ母さまが世界征服でもしてくれたらタルブの森を買う手間も省けるのですがね。まあ平和主義者の母さまがそんなことをするのは私に何かあった時になりますか




土日は通院とリハビリで気力がごっそり持っていかれるので更新する気力が残っていませんorz

ゴッドハンド
拳武器、準最強装備



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シエスタさん、決闘を申し込まれる

てっきりルイズが密書を渡せば任務は終了と思っていたのですが、ニューカッスルの城まで足を運ばないと終わらないそうです

 

空賊の船を装おっていた軍艦『イーグル号』に船を乗り換え、しばらくして城に着いたのですが、城に着くまでのあいだ敵の貴族派からの襲撃は一切ありませんでした。内乱が起きているにしてはおかしい話です。ワルド子爵も腑に落ちないのか難しい顔をしていました

 

途中で反乱軍と思わしき巨艦と遭遇したものの、大砲も魔法も打ち込んでくることなく、上空からイーグル号を眺め下ろしていただけです

 

船を乗り換える際に、水兵たちが星を形取った巨大な旗をイーグル号のあとこちに掲揚していたことと何か関係あるのでしょうか?

 

そんなことを考えながら、バリーと名乗る老侍従に案内された部屋は平民のメイドに用意されたとは思えないほど豪華な造りの部屋でした

 

磨き上げられた床には上等な絨毯が敷かれ、繊細な意匠がされた天蓋付きのベッド。お茶用の小さなテーブルとセットの椅子が二脚。壁には空に浮かぶアルビオン大陸が描かれた絵画が飾られています

 

あまりの居心地の悪さにすぐに部屋を出てしまいました。傍にルイズでもいれば気が紛れて違ったかもしれませんが、ルイズたちは任務のためウェールズに付き従い、今は別行動を取っている。はずなのだが……

 

「君ならアルビオンを救えるのではないかね?」

 

「一介のメイドには過ぎた仕事でしょう」

 

薄暗い廊下の先には、壁を背に俯き加減で立ち尽くしているワルド子爵がいました。交わらない瞳にははっきりと敵意の色が浮かんでいます。ルイズや使い魔の少年に向けていた優しい色は微塵も見えません

 

「アンリエッタ姫殿下は悲しまれるだろうな」

 

「皇太子を亡命させては如何ですか」

 

「それはできない。貴族派にトリステインに攻め入る格好の口実を与えるだけだ」

 

「たいした忠誠心ですね……」

 

「咎人に忠誠を誓われても迷惑だろうがね」

 

「……ひょっとして、フーケはあなたが?」

 

「ああ」

 

「あなたのような方がなぜ?」

 

「あれは石才を組んで作られた薄暗い石牢にいた」

 

私に向けた言葉ではない。ワルド子爵の視線は壁を越えて遥か先にある何かにむけられている

 

「頑丈な造りの鉄製の扉。部屋の隅には用を足すための壷が一つ。あるのはそれだけで他には何もない牢獄だ」

 

ふとワルド子爵は顔を上げる

 

「あれはその中でさらに鎖で繋がれた状態で殴られ、鞭で打たれ、罵声を浴びせられ、時には犯されていた」

 

とても当たり前の話です。見目の良い罪人が捕まった時の典型ですね

 

「トリステイン内でフーケが起こした事で私は幾度と取調べを行った」

 

ワルド子爵ならば至って普通の取調べをしたのでしょう

 

「日々、あれが弱っていく様子が手に取るようにわかった。薬付けになった身体を毎日のように貴族たちにいいようにされていたのだ。声からは徐々に生気が失われ、老婆のようなしわがれたものになっていった」

 

それでよく自害しなかったものです。なにか心残りでもあったのでしょうか

 

「禁制の薬が連日投与された。貴族たちは尋問とは名ばかりの虐待を彼女に続けた。私はそれをとめることなく、ただひたすらに……忠実に己の仕事をした」

 

ワルド子爵の中でいろいろとせめぎ合っていたのでしょうね。口を出そうにもフーケはトリステインを騒がせた大罪人です

 

「取調べの中、呼びかけても答えが返ってくる回数が減り、答えが返ってくるまでにかかる時間が増えていった。そして、干からびた頬に一筋の涙を流して小さく掠れた声で彼女は言った……」

 

助けて、なんて言葉ならワルド子爵が揺れることはありません。罪人を助けるほどこの男は揺れやすくありません

 

「大事な妹を頼むと……私にしか頼める相手はいないと……」

 

……………………

 

「気付けば彼女の手を取り、あの監獄から連れ出していた……」

 

「馬鹿なのではないでしょうか?」

 

「ああ、まったくもってそのとおりだよ。しばらくして彼女を愛おしいと感じ、彼女の妹と三人で静かに生きたいと想っている私は愚かですらあるのだろう」

 

『ワルド』が私に敵意を抱く理由がようやくわかりました。それならば仕方ありません。完全なる私怨だろうと、正面から受けてたちましょう

 

「これは私の勝手な私怨だ。彼女が悪いとわかっていながら、彼女をあの境遇に落とした貴公を私は許せないのだ」

 

ワルドの決心はかたく、どうあっても私を討ちたいのでしょう。理不尽なのはワルドも十分に理解している。いまさら何を言っても何も変わりはしないでしょう

 

ワルドは一度目をつむった後、身体ごと真っ直ぐにこちらを見つけて言いました

 

「魔女の娘シエスタ、貴公に決闘を申し込む!」

 

正確には殺し合いになるのでしょうね……




就寝時、冷え込むようになってきましたね

冷えるとまだ治っていない右足様が涙余裕な痛みを訴えてきやがりますので勘弁してもらいたいものです……


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シエスタさん、眠る

翌朝、ニューカッスルから疎開する人々に混じって、ルイズと使い魔の少年、そして私の三人は船に乗り込むための列に並んでいました

 

「どこに行ってたの……」

 

隣にいるルイズが、こそっと呟く。繋いだ手はぎゅうっと握られ、見上げてくる顔はどこか不満げだ。そして、昨晩の出来事に関していえば私も大きく不満でした

 

「ずっと部屋で待っていたのに」

 

それにしても罪人となってなおワルドのトリステインへの忠誠心には呆れるばかりです。昨晩、決闘の介添え人にウェールズを読んだかと思えば、その心臓を一突きして易々と殺してみせたのですから……

 

アルビオン王家の人間をトリステインに亡命させないためとはいえ、その心中は如何ほどだったでしょうか。姫殿下とトリステインに忠誠を誓うがゆえに、姫殿下の想い人を手にかけた忠臣ワルド

 

「そういえば、ワルドはどうしたのかしら」

 

とどめを刺す前に逃げられました。床に叩きつけとどめを刺そうとした瞬間、床下から現れたフーケに連れ去られた。ワルドの腕を固めて動きを封じていたのですが、フーケは躊躇することなく魔法の刃で切り落とすとその身を抱えて地中深くに消えた

 

逃げられた。敵を殺せずに逃げられた。追う……という思考に至った時にはすでに二人の姿は闇の奥。身動きの取れない穴の中で、土のトライアングルを相手にするほど頭に血は上っていませんでした。だけど……

 

「女に溺れて任務を放棄し姿をくらましました」

 

これくらいの嫌がらせは言わせてもらいます。ルイズの口から王宮にはそのように伝わるでしょう。トリステイン最高の忠臣が最後の任務で起こした笑い話として伝わっていくはずです

 

フーケは自力でチェルノボーグの監獄から脱獄して、ワルドは任務中に女と逃げた。泥棒が脱獄して、貴族が任務を放棄したという本当にどこにでも転がっているありふれた話です

 

「……そう」

 

ルイズはしばらく考え込んだあと、そう言っただけでした。学院に戻ったら少しだけルイズとの時間を取ってやろうと、なんとなくそんなことを思ってしまいました

 

そうして、船に乗り込む順番が回ってくる。ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれていましたが、何とか隅に三人が座れる場所を確保して腰を下ろす。すぐにルイズが右腕の中に潜り込んできた。そのまま私の右肩を枕代わりにすると間もなく小さな寝息が聞こえてくる

 

おそらくはさっきルイズが言ったように、ずっと部屋で待っていたのでしょう。ワルドとの決闘を終えた私が今朝方早く部屋に戻るまで……

 

そんな風にルイズの寝顔を見ていると、私もいつの間にかま微唾み始めていました。閃光のワルドとの決闘のせいで、全身が休息を欲している。使い魔の少年が何かを囁いていたようだったけど、身体は疲弊していて、隣にルイズがいたのでは眠ってしまうほかなかった

 

その身に気高き誇りを宿していた男を思いながら、次に合う時には絶対に仕留めることを決意しながら、私もルイズと同じ夢の中に落ちていったのでした




シエスタさんの属性耐性は炎0、風-50、水50です

ちょっとだけ風が苦手なのです


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ギンガ、育てる3

最近、アルビオンなる国から私を倒そうとメイジがいらっしゃる

 

最初にやってきたトライアングルさんはファイアで消し炭になった

 

次にやってきたスクウェアさんはウインドで細切れになった

 

でもって現在やってきている三百人規模の軍隊は、さっきからシエスタが一人で頑張って蹂躙している

 

「やきぶたー!」

 

おー、元気だねえ。プリニースーツ着て暴れるシエスタちゃんテラかわゆす。あれだよ?多分うちのシエスタ世界一可愛いよ?こないだ尋ねてきた、なんとかエール家の次女なんて目じゃないね!でも一緒にいた桃色髪のお母さんちょっぴりタイプだったなぁ……

 

「かにみそー!」

 

しかしアルビオンさんも暇だよねえ。なんでも自国にいたエルフを殺したからって、調子に乗って隣国の私のとこまでくるなんてなんともまあ。殺しにきて殺されてたんじゃ意地にでもなってるのかね。ていうか私エルフ違うし

 

「はーっはっはっはっは!」

 

あ、シエスタのレベル上がった。ペンギンの着ぐるみのようなくちばし部分から満面の笑顔を浮かべて、嬉しそうに手をふりふりするシエスタに軽く手を振り返してやる。シエスタちゃーん、魔法やら弓から放たれた矢が当たってますよーっと。もっとも、せくしーぱんつ+プリニースーツ+アルカディア装備のシエスタにダメージなんて通りませんけどね!

 

「ちぇすとー!」

 

そして、お昼寝邪魔されて何気にシエスタ怒っています。私が魔法を放つ前に指揮官らしきおっさん殴り倒してたもん。私の娘ながら、この子アグレッシブすぎるわー。私には笑顔なのに、アルビオンさんたちを無表情で殴り倒していく美少女こわいわー。でも世界一可愛いわー

 

「ぽこん!」

 

首が宙を舞っていようが、身体がねじ切れていようが、ぽこんって可愛い響きだよね。さらに、ぽこん言ってるのが私の愛娘なの。シエスタってば私の真似してるの全私が萌えた!プリニースーツが返り血で赤黒く染まっていようがシエスタの萌え力は微塵も減ったりしませんな!

 

と、残り三十人切りましたか。アルビオンのみなさんお疲れ様です。あっ、そうだ……

 

「シエスター、王様に伝言してもらわないといけないから数人は生かしておきなさーい」

 

「はーい、母さまー!」

 

だけど、あおれからもアルビオンからの部隊はちょくちょくやってきてはシエスタのお昼寝の邪魔をした。ついでに夜襲されて寝不足の日もあった。そんなある日、シエスタが泣いた。アルビオンの兵から汚らわしいエルフの子どもだと言われて泣いた。エルフなんかに育てられた子どもは幸せになれないと言われて泣いた

 

声を押し殺してシエスタは涙を流していた……

 

立ち上がり、手のひらを兵たちに向けて唱える

 

「スター」

 

空を引き裂くかのように、アルビオン兵たちに次々の光が降り注ぐ。炎さえも遥かに凌駕する爆発が敵を肉片すら残さずに消滅させていく。轟音を発しながら空気が渦を巻く

 

親としてやることは決まっている。とても単純なこと。断固とした抗議をアルビオンにする必要がある。でないと、シエスタの母親として胸を張れそうにない

 

「とりあえずアルビオンの首都に行って、メイジや兵士を見かけ次第殺していけばいっか」

 

話し合う必要なんてない。だってそうだろう?

 

始祖の血筋だか白の国だか知らないが、アルビオンはうちのシエスタを泣かせてくれたのだから……

 

 

 

 




シエスタ(子ども時)
Lv478   転生回数0
ATK 4072
DEF 1503
INT 3898
RES 2160
HIT 3216
SPD 7756

せくしーぱんつ
DEFとHITに優れた装備

プリニースーツ
DEFとRESに優れた装備。見た目はペンギンの着ぐるみ

アルカディア
全てのステータスが上昇する装飾


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シエスタさん、観察される

ラ・ロシェールで女貴族様たち三人と合流して学院に戻ってきた翌朝から、周囲の様子が変わった。一言で言うなら一人になれなくなってしまいました

 

朝起きれば当たり前のようにルイズの寝顔がある。自室にはいつの間にかルイズの私物が置かれるようになっていました

 

「平民のメイドの部屋なんかに泊まっていると悪い噂になりますよ」

 

そう言うと、ルイズは拗ねたように唇を尖らせ横を向く。どうやら怒っているようだ。それでも私の傍に居続けるのだからため息も出る

 

「わたしが好きで泊まっているの。いいでしょ」

 

駄目と言うには今さらでした。まあ、このくらいはいつものことでした。ですが、ルイズが学院の授業に出ている間も一人にはなれない事態が起きました

 

ルイズの使い魔の少年……、彼がこちらの様子をずっと窺っているのです。まるで昔のルイズのように。違うのは話しかけるでもなく、近付いて傍に来るのでもなく、何か気まずそうな顔でこちらを観察しています

 

どうせあの娘に事情でも聞かされたのでしょう。私のことは無視してあの娘と仲良く恋人をやっていればいいものを、いらぬ世話をやいてあの娘と私の仲を取り持つつもりのようです

 

はっきり言ってしまうと、今すぐにでも始末してしまいたい。それをしないのは彼があの娘の恋人という理由ではなく、彼がルイズの使い魔だからです。彼にずっとルイズの使い魔でいて欲しいからです。彼に死んでもらうわけにはいかない

 

彼が死ねば、次は絶対に私がルイズに召喚される。なぜかそんな確信を持っています。おそらくルイズもそう思っているでしょう。だから絶対に彼に死んでもらうわけにはいかない

 

もしルイズに召喚でもされれば、私はルイズがどうなろうと自由を手にしてしまうでしょう。ルイズをこの手にはかけたくない。そう思う程度にはルイズの事を意識してしまっていました

 

そんなことを考えながら空を見上げると風竜と目が合います。この風竜も私を一人にさせてくれない原因の一つです。青髪の眼鏡を掛けた小柄な少女の使い魔

 

使い魔の少年と違って『きゅいきゅい』と話しかけてくるし、傍にも寄ってくる。ただし、それは青髪の少女の命令で私をずっと監視している

 

人気のない場所で始末しようとしたら『殺さないでほしいのね!』と言われたので生かしています。今度、トリステインの魔法アカデミーに持っていって買い取ってもらう予定です。ハルケギニアでは喋る竜なんて珍しいですから高値で買い取ってくれるでしょう

 

そうやって一日を過ごし、精神的に疲れて自室に戻る。もはや自室だけが一人きりになれる場所です。扉を開けて、今日もかと嘆息した

 

「おかえりなさい、シエスタさん」

 

ルイズはベッドの上で古ぼけた大きい本を読んでいました。皮の装丁がされた表紙はボロボロで、羊皮紙のページは茶色く色あせている。なんの本だろうと思ったが、また揉め事に巻き込まれそうな気配がしたので本に触れることはやめておきました

 

触れるとしたら今のルイズの格好です。いつもの薄いキャミソールに白地のパンティ。そして頭には黒いネコ耳のようなもの

 

「学院にきた商人から買ったんだけどどう?可愛い?」

 

それを可愛いと言うのは、なんだかルイズに負けた気がするので言ってやらない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言わないと泣くと無言で訴えられたので仕方なく言った……




あの娘については、『村人、~』の話の中にヒントがあります


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シエスタさん、酔っ払いに付き合う

学院のヴェストリの片隅にある、見慣れないテントを撤去しろと言われてきてみれば、テントの中からは知った気配がしました。テントの横には人も入れそうな大きな釜が置いてあり、溜まった水の中では一匹のカエルが我が物顔で泳いでいます

 

いったいどうやって穏便に済まそうと考えるものの、中から聞こえてくるのは男女一人ずつの酔っぱらったような声。話が通じればいいのですが

 

「おんにゃはバカばっかりら!」

 

「あんのうわきもんがー!」

 

小さく息を吐きテントの中を覗き込む。そこには予想通り使い魔の少年と金髪を巻き毛にした少女がいました。そして、なぜか赤毛の女貴族様のサラマンダーまで。夜は冷え込むので暖房の代わりにでもしているのでしょうか

 

「あによ、ルイズの恋人じゃにゃい」

 

「セスタ!」

 

二人は私にそう言いましたが、私はルイズの恋人でもあの娘でもないと心の中で否定しておきます。テントの中はワインの瓶と食べかすらしい骨や果物の皮が散らばっていました。それを片付けるのは私です。再び小さく息を吐き、二人に向き直ります

 

「あの娘に部屋から追い出されたのですが」

 

少年はそれであの娘ではないことに気付きました。なぜか正座になり背筋を伸ばして神妙に頷いています

 

「それで貴族様と一緒になって酒宴を開いていたと」

 

もう一度神妙に頷く。そんな少年を見て、どこか心配そうな表情を浮かべている金髪の少女

 

「そちらの貴族様はまた恋人様が浮気でもなされましたか」

 

「あんなやつもう恋人でもなんでもないわよ!」

 

「そうですか」

 

「そうよ、ギーシュなんてあの年下の子と仲良くしいぇればいいのよ……」

 

されにしては寂しそうにワインを飲むものです。目が少し赤くなっているのはワインのせいだけではないでしょうに

 

…………そういえば、狭いテントの中で少年と少女が酔っぱらっているこの状況は、二人にとってあまりよいことではない気がします

 

「あら、メイドの次はモンモランシーなの。ダーリンもなかなかやるじゃない」

 

このような誤解が生まれますから。ちらりと振り返れば、赤毛の女貴族様がテントを覗き込んでいました。それから微笑みを浮かべて、少年と少女を言葉巧みに誘導していきます

 

これから暇つぶしに宝探しに行く

もしかしたら大金を手に入れられるかもしれない

その大金でメイドにプレゼントをしてやればいい

その大金で女を磨いて男を誘惑してやればいい

 

そうして二人をその気にさせてから、私をまじまじと見つめてきます

 

「あなたのことはあたしの『友達』からよく聞いてるわ」

 

ルイズのことでしょうか?だとしたら、ルイズと同じようになにかとんでもないことを仕出かすかもしれません

 

「そうね……、学院から貰っている給金に色を付けた程度は払うから、しばらくあたしたちに付き合ってもらえないかしら」

 

この間のアルビオンでの件で王宮に行って留守にしているルイズには書置きでもしておけばいいか。そんなことを思いながら赤毛の女貴族様に了解の意を告げたのでした




あの娘の名前はセスタ

安直な名前ですねーw


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シエスタさん、解読される

赤毛の女貴族様改めツェルプストー様が宝探しをするにあたって注意したことは、地図に記されている廃墟、遺跡、森、洞窟には危険が潜んでいて怪物や魔物がわんさかいるとのことでした。その分、金銀財宝やすごい秘宝が眠っていると力説していると

 

それを聞いてごくりと喉を鳴らしたのは、ルイズの使い魔のヒラガ様と金髪の少女モンモランシ様。一方、青髪の少女『オルレアン』様は関心がないのか、風竜の背でずっと本を読んでいます。オルレアン様を背に乗せた風竜は始終怯えるような瞳でこちらを見ていましたが……

 

その風竜に乗って宝探しに出て数日後の夜、とある廃墟の中庭跡らしき場所で焚き火を囲んでいます。私以外の誰もかれも、おもしろくなさそうな顔をしている。それもそのはず。宝どころか銅貨の一枚すら発見できていないのですから

 

ツェルプストー様たちが訪れた場所は全て、『私が訪れた後』のものです。めぼしい宝などは持ち去り換金済みです。そもそも最深部まで細部に渡ってマッピングしてある地図を見て早々に気付かなかったのでしょうか?

 

「ちょっとキュルケ、これで七件目よ!お宝どころか銅貨すらないじゃない!あったのは意味の分からない記号のようなものだけよ!」

 

「うるさいわね。ちゃんと言ったじゃない。大金が手に入るかもしれないって」

 

ツェルプストー様に喰ってかかっているモンモランシ様。オルレアン様は風竜を背もたれに本を読んでいて、ヒラガ様は遺跡や洞窟の最深部で発見した七つの記号を真剣な表情で見ています

 

「皆様、お食事ができました」

 

焚き火で焼いていた野ウサギの串肉の加減を確かめ、一人ずつ渡していく。雰囲気が悪かろうと私は与えられた仕事をするだけです。ですが、ヒラガ様の呟きが、私さえ含めたメンバーの動きを一変させる

 

「星の魔女ギンガ」

 

時が止まった……、と錯覚するほどの衝撃をヒラガ様の呟きは私に与えてくれました。ツェルプストー様は緩慢な動きでヒラガ様を見つめている。モンモランシ様は突然様子の変わった周囲に戸惑っている。オルレアン様は手に持っていた串肉と本を落とし、じっとヒラガ様を睨んでいる

 

「いや、それとも魔女の星ギンガか?まさか星魔の女ってことはないだろ」

 

まさか戯れで各所に残してきた文字を全て集められ解読されるとは思ってもいませんでした。ドクドクと、早鐘のように脈打つ鼓動を悟られぬように目を瞑り呼吸を整える

 

「ね、ねえダーリン。今ひょっとして星の魔女って言わなかったかしら……」

 

否定しろ……、だけどヒラガ様はあっけなく返します

 

「なんだキュルケ、このギンガって人のこと知っているのか。てか星の魔女で合ってたんだな」

 

ふと夜空を見上げて、この使い魔が死んだらルイズは悲しむだろうかと思う

 

「遺跡や洞窟で見つけた七つの文字は俺の国の言葉なんだ。それで文字を組み合わせると星の魔女ギンガになる」

 

ヒラガ様はツェルプストー様に詰め寄る。真顔になって両の肩を押さえた

 

「これは俺の国の文字だ。この文字で書かれたギンガって人は誰なんだ?知っているなら教えてくれ、キュルケ」

 

ツェルプストー様はヒラガ様の真剣な様子に軽くため息をつくと

 

「ギンガ、二つ名は星。通称、星の魔女ギンガと呼ばれていて、数年前にアルビオン貴族の約六割をたった一人で殺しつくした女エルフよ」

 

なつかしいですね。私も頑張ったのですが、母さまの戦績にはとても及びませんでした

 

「ちょっと待ちなさいよキュルケ!過去にアルビオン貴族の大半が命を落としたのは、地下にあった風石が暴走してそれを抑えるために身を挺したからのはずよ!」

 

「トリステインではそう教えられているみたいね。なんたって星の魔女が居を構えているのはトリステインにあるタルブの森なんですもの」

 

「だからっ!」

 

「だからね、モンモランシー」

 

まるで幼い子どもに言い聞かせるようにツェルプストー様は続ける

 

「アルビオンをたった一人で制圧した力をもつ星の魔女をトリステインは絶対に敵にしたくないの。星の魔女がタルブの森にいることは秘密にしてるのよ。だってそうでもしないとプライドだけは高いトリステイン貴族のことだもの、きっと星の魔女に喧嘩を売っちゃうでしょ」

 

そこにオルレアン様が補足する

 

「おそらくはアルビオンが星の魔女に全面降伏しなければ、アルビオン大陸そのものが消滅したと言われている。実際、星の魔女の攻撃でアルビオン大陸の二割が消滅した」

 

なるほど、だからトリステインの貴族様は母さまのことをあまり知らなかったのですか。タルブ出身の私やあの娘が貴族様に何も言われることなく学院で働ける理由がこれで分かりました

 

「噂ではスクウェアクラスのメイジが死力を尽くして放った魔法を受けても傷一つ負わなかったそうよ」

 

「大砲が直撃しても歩みすら止められなかった。それどころか、詠唱も無しに放った一発の魔法で巨大軍用艦を撃墜されている」

 

ゲルマニアやガリアには母さまのことが正しく伝わっているようですね。モンモランシ様は冗談などではなく本当のことだと理解したようで顔を青ざめさせています。この様子では不用意に触れ回ったりはしないでしょう。だというのに……

 

「行こう!」

 

ヒラガ様は言いました

 

「星の魔女ギンガに会いにいこう!」

 

さて、この空気の読めない人をどうしたものでしょうかね

 

 




ツェルプストーって変換し辛い……


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シエスタさん、泣きつかれる

オルレアン様が眠りの魔法でヒラガ様の意識を奪ったあと、モンモランシ様が何かの薬品を染み込ませたハンカチを鼻孔に添えると、ヒラガ様の身体から完全に力が抜け地面に崩れ落ちました。打ち合わせもないのに中々の連携ですね

 

「森には行かずに学院に戻る。ということでよろしいですか」

 

申し合わせたように三人の女貴族様は黙って首肯しました。ヒラガ様のさっきの様子からすると、意識を取りも戻せばまた母さまに会いに行こうと言い出すに決まっています。女貴族様たちはそれに付き合いたくはないでしょう。私はといえば、かなり母さまに会いたかったのですけどね……

 

そういうわけで宝探しを中断して学院に戻ってきました。意識の無いヒラガ様はずっと風竜に咥えられています。そのヒラガ様を見つけて慌てて駆け寄ってきたのは、あの娘。カチューシャで纏めた黒髪とそばかすを持つタルブ出身のメイド。ヒラガ様が食べられると思ったのか風竜の主のオルレアン様に平伏してお願いしています

 

「お願いします!サイトを殺さないでくださいませ!」

 

地面に頭を擦り付ける様にオルレアン様は表情を曇らせてこちらに視線を向けてきます。似た容姿をしているので勘違いされているようですが、あの娘がどうなろうと私にはなんの関係もありません。関係ありませんが……

 

「ヒラガ様がいなくなるとルイズが困ります」

 

「わかった」

 

風竜がヒラガ様を解放すると、あの娘はすぐさまその身体を引きずって去ろうとします。途中で厨房のコックたちが駆け寄ってきて、あっという間にヒラガ様を担いで行ってしまいました。姿を消す前に、あの娘がオルレアン様ではなく私に深く頭を下げていたが無視する

 

あの娘にはもう関わる気はありません。関わっている時間などない。なにせ、こちらにも向かえがきたのですから

 

「シエスタさんのばかあああああああああああああああああああああああ!」

 

なんというか、大泣きするルイズが現れたと思ったら抱きつかれました。わけがわかりません

 

「一週間以上も、どこ行ってたのよ。もう、ばか、きらい、だいすき」

 

ずるっ、えぐっ、ひっぐ、とルイズは顔をメイド服に押し付けながら泣いている。ちゃんと、しばらく留守にすると書置きしていったはずですが……

 

「泣かないでください」

 

そう言って柔らかい髪を撫でると、ルイズはますます強く泣き始めてしまいます。生徒たちの注目を集めるのでそろそろ離れてくれないものでしょうか

 

「きらい、だいっきらい、だいすき」

 

母さまに泣いた子どもの泣き止ませ方を教えてもらっておけばよかった。生徒たとの人垣が出来始めたのを横目にそんなことを思う

 

モンモランシ様は泣いているルイズと抱きつかれている私を見て可笑しそうに言います

 

「やっぱりあなたたちデキてるんじゃないのよ」

 

ツェルプストー様が微笑ましそうに

 

「あらまあ、まったくルイズったらおもしろいわね」

 

オルレアン様がぽつりと

 

「お幸せに」

 

と言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、ルイズは枕を抱えて部屋を訪ねてきた。ドアを開くと当たり前のように入ってきてベッドの上に寝そべる

 

「授業を休まれていたそうですね」

 

あの後、戻ってきたあの娘が聞いてもいないのに教えてくれた。ずっと部屋に閉じこもり、外に出ようとしないルイズの世話をずっとしていたと

 

「どこかからだの調子でも悪かったのですか?」

 

だけどルイズは黙って毛布を被ると、全身をベッドに潜り込ませてしまう。近寄って揺すると、中からくすくすと笑い声がこぼれる。毛布の隙間から入れた手はすぐさま捕まり、ルイズはくすくすと楽しそうな声音で私の手に頬をすり寄せてきた

 

甘えん坊な子だ。そして、そんなルイズをどこか受け入れている私がいる。せめてこの学院にいる間くらいは、ルイズに付き合ってみようかと思う。そんな感情は、今まで抱いたことがなくって……

 

とりあえず、私の横で寝息を立て始めたルイズの髪をそっと撫でてみた




ツンどこいった……


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シエスタさん、覚醒させる

トリステインの魔法学院にアルビオンからの宣戦布告の報が入ったのは、アルビオンがタルブ領手前の草原に陣を敷いた翌朝のことでした

 

宣戦布告をしたもののタルブ領に進軍してこないアルビオン軍に混乱して連絡が一日遅れたと、タルブ領主アストン伯爵からの使いは私に言います

 

ルイズ御指名のお付メイドとして、これから一緒にゲルマニアに向かうところでしたのに、次から次へとアルビオンはやってくれるものです。おそらくは、こんな情勢ではアンリエッタ姫殿下のゲルマニア皇帝への輿入れは延期になってしまうでしょう

 

「タルブ領にはまだ侵攻してきていないのですか」

 

「はい、アストン伯爵様率いる隊とにらみ合いをしたまま動きはありません。それと、巨艦レキシントン号から下船した数人のアルビオン兵が人目を避けるようにタルブの森に入っていく目撃されています」

 

賢いやり方です。敵意を持って接しなければ、母さまは害にはなりません。領主と交わした約束もタルブ領を魔物や略奪者から守るもので、トリステインを守ることではありません。森に入って行ったアルビオン貴族の目的は、タルブには手を出さない代わりにタルブ上空を通過させてもらうことでしょう

 

よく母さまのことを調べたものです。どうせ、いつの間にかタルブの森に住み着いていたうちの誰かがアルビオンの諜報員だったのでしょう。他の流れ者もどこかの密偵のはずです。そうでもなければ、あの村の住人の一部を除き、私たちに話しかけてくることなどないのですから

 

願わくば母さまが問答無用でアルビオン艦隊を撃墜させてくれると話は簡単なのですが、相手が話し合いを望むのであれば、甘い母さまのことです。害がなければ関与しないでしょう。そうなると……

 

「ルイズ、タルブに行きますよ」

 

「え…」

 

近いうちにここは戦場になる。トリステインで戦地にならずに安全が確証されているのはタルブだけです。ルイズだけでも共に連れていく

 

「数年前の『事故』のせいでトリステインと同等にまで国力が低下したとはいえ、戦艦の技術力はアルビオンの方が遥かに上です。制空権を支配されればトリステインに勝ち目はありません」

 

だから、トリステインが戦火に包まれる前にルイズとタルブに避難する。魔法も使えない無力な…………いや、違う。私に好意を抱いてくれている友達をここには置いていけない

 

「アルビオンはタルブにだけは絶対に気概を加えません。ですから戦争に巻き込まれる前にタルブに避難します」

 

ルイズの手を引いた瞬間、その手がはねのけられた。初めてルイズに拒絶された。そう感じて、全身が固まって、ルイズもあの娘のように私を傷付けるのかと思って……

 

「わたしは逃げないわ!」

 

目が真剣だった。何を言われようと決して己の意思を貫こうとする色

 

「アルビオンは早ければ明後日にでも攻めてきます。ここに留まれば辱められ殺されるだけです」

 

「その時は噛み付いてでも多くの敵を道連れにしてやるわ」

 

そう言って、ルイズはぐっと私を見つめる。そこには、いつも私に甘えるだけだったルイズの姿はない

 

「シエスタさん、言ったもの」

 

「……何をですか」

 

「男子生徒たちに囲まれたとき、堂々と言ったじゃない」

 

いつのことでしょうか。心当たりが多すぎてわかりません

 

「わたしはシエスタさんが言ったような誇りある貴族になりたい。ここで守りたいものも守れず逃げたんじゃそんな貴族には絶対になれない!」

 

あぁ……あの時のことでしたか

 

「ですが、武術の心得もなく魔法も使えないルイズに何ができるというのです」

 

「確かに私は魔法を使えない!剣も握ったことなんてない!だけど想い描く貴族として在るために絶対にわたしはここで逃げない!」

 

はぁ……これはもう何を言っても無駄ですね」

 

「その身に気高き誇りを宿す貴族たらんとするために、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールは絶対に敵に後ろを見せたりしない

 

そう言った瞬間、ルイズの指に嵌められた指輪と手に持っていた古ぼけた本がまばゆい光を発したのでした




ただの蛮勇ですなー…


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シエスタさん、雇われる

ルイズは早馬から身を乗り出すようにして、先にある上空のアルビオン艦隊を睨んでいます。どうやら母さまとの交渉は上手くいったようですね。そして、アルビオン艦隊が目指すのトリステインの活気溢れる城下町と王宮。ルイズの守りたいもの

 

すでにタルブ領を抜けたアルビオン艦隊は容赦なくトリステイン軍に砲撃を浴びせています。トリステイン軍も応酬して幾ばくかの成果を挙げているものの、やはり制空権を奪われていては被害は広まる一方ですね

 

敵軍はアルビオンで見かけたあの巨艦レキシントン号に、戦列艦が確認できるだけで十数隻。陸戦兵は数えるのも無駄なほどたくさん

 

さてルイズ、この状況をあなたはいったいどうす…

 

「シエスタさん、貴方をたった今この場で言い値で雇います!」

 

ると思えばそうきましたか。ヴァリエール家の者ですから私のことは聞いている可能性も考えてはいましたよ。私の最初の依頼主はヴァリエール家でしたからね

 

「私は高いですよ」

 

「少しはまけてくれると嬉しいわ」

 

「仕事の内容によります」

 

「アルビオン艦隊をどうにかして!」

 

「エキュー金貨で一万」

 

「ちょっとした城が買えちゃうわね……でも、うん。それで雇うわ」

 

ルイズは笑って言った。本当ならこの内容なら五万は貰わないと割りに合いません。でもルイズからの初依頼ならこんなところでしょう

 

「それじゃあシエスタさん…………どうしよう?」

 

「船を落とすのなら船が必要です」

 

トリステインの主要艦隊がラ・ロシェールの艦隊戦で全滅したことは使者からの報告で聞いていました。ならば、トリステインにあるのは艦隊とは名ばかりの間に合わせの船の群れです。とても期待はできないでしょう

 

「ルイズ、タルブの森まで馬を走らせますよ」

 

「シエスタさんっ!」

 

「落ち着きなさい。逃げるわけではありません。言ったでしょう、船を落とすなら船がいると」

 

母さまなら船など必要ないのでしょうね。むしろ船など邪魔なだけでしょうか。せっかくの故郷のものなのに私にくれるくらいですから

 

「だから船を取りにいきます」

 

「え……、だって森に船なんか」

 

「それがあるのですよルイズ。タルブの森にはあの上空に浮かぶ巨艦を墜とせるだけの性能をもつ船が存在するのです」

 

まあルイズにいろいろと聞かれるかもしれませんが、『カトレア』のことを引き合いに出せば黙っていてくれるでしょう。もしそれでルイズとの関係が変わってしまっても、私はやれるだけのことをやるだけです

 

「なんなのよ、そのわけわからない船は」

 

私用にと大事な家族たちが徹底的に改造してくれた船です。母さまにも乗りこなせない私だけの愛機

 

「ルイズ、あなたに本当の空中戦というものを見せてさしあげましょう」

 

そう、私の愛機

 

「ゼロセン・プチオークカスタムで」

 

 

 

 




改造済みのゼロ戦w


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シエスタさん、操縦する

雲を抜けた瞬間、いつも全ての悩みを忘れることができた。どこまでもひろがる青い空。まばゆい光を惜しげもなく降り注いでいる太陽。空にいる者だけが、この鮮やかな光景を見ることが見ることができる。雲を見下ろし、その合間から地上を確認した時、どうしようもなく私は空を好きなことを感じました

 

しかし、そんな悠長なことを考えている時間は長くは続きませんでした。視界の先にある敵影。派手な塗装が施されたアルビオン艦隊。見渡せば敵だらけの空です。なんだか空を取られた気がして、不満を越して不快ですね。さっさと掃除することに致しましょう

 

急上昇してきた私を迎え撃つため、三騎の竜騎兵が降下してきましたが、竜のブレスよりこちらの機銃の射程の方が遥かに長いのです。竜騎兵が降下してくるのを確認した瞬間、機体に取り付けられた二挺の機銃メギドシューターに火を噴かせます

 

業火を纏った魔弾を受け、何も残さず空中消滅した竜騎兵からすぐに視線を外し、すぐさま他の敵に注意を向けます。空にはまだ何匹もの竜騎兵と艦隊がいるのです。のんびりしてはいられません

 

「さすが黒翼ね……、空中では敵無しと謳われるアルビオンの竜騎士がゴミのように消えていくわ……」

 

黒翼では無くゼロセン・プチオークカスタムです。鬱憤が溜まってきた時、憂さ晴らしに空を飛んでいるのをあちこちで目撃されて、どうやら私の愛機は黒翼という名でトリステインでは有名になっているそうです。魔王の鎧製の素材で覆われた全身黒塗りの機体が目立たないように真夜中しか飛行せず、空を夜間警備していた船や竜騎兵に遭遇しても何もせずに撒いていたのにおかしな話ですね

 

「うん、シエスタさんだもんね。黒翼の主でもおかしくはないのよ。そうよ……」

 

だのと私の後ろの複座でぶつぶつと呟くルイズ。そういえば、母さまと家族の他に複座に座らせたのはルイズが初めてです。あの娘やあのどうしようもないクズはともかく、姉ですら座らせたことはなかったのですがね。なんの抵抗もなく、防護服代わりにプリニースーツを着せてルイズを複座に座らせていましたよ

 

っと、近付いてきた竜騎兵を急降下で撃ち下ろし、半回転と急上昇で一気に竜のブレスの射程から離脱します。まるで自分の身体の一部であるかのように急激に降下してはまた舞い上がる。機体との一体感。歓喜で胸が高鳴るのを感じます。やはり空を飛ぶのは良いですね。いつも機体の整備をしてくれるプチオークさんには一生頭が上がりません

 

「それにしても、シエスタさんの家族に会えなかったのは残念だったわ。一度きちんと挨拶しておきたかったのに」

 

そうなのですよね。私も久しぶりに母さまに会えると思っていたのに残念でした。基本的には森からあまり外に出ない母さまなのに、こういう時に限って外出しているのですから。家にあった書置きには私と母さまにしか……ヒラガ様もでしたね、しか読めない文字で『湖の友達のとこに数日遊びに行ってきます』とありました。いつ帰ってくるか知れない私のために律儀な母さまです

 

「ギンガ様にきちんと挨拶したかったのに」

 

一瞬、操縦桿を握る手から力が抜けた。え…………

 

「まあ黒翼に乗れたし、また一歩シエスタさんに近づけたから良しとするわ」

 

慌てて操縦桿を握り直す。横滑りに横倒し。急降下。宙返り。急上昇。背面飛びからの強襲。持てる全ての技術を駆使して速やかにアルビオン軍を殲滅していく。そう、できるだけ速やかに事を終わらせるべく気を張り直す。早くルイズと話さなければいけないことができました

 

「でもこんなにびっくりしたのは、ちい姉様の病気が完治した時以来ね」

 

おそらくは、ちい姉様というのは、あのカトレアのことでしょう。唇をぎゅっと結び、ゆっくりと開く

 

「いつから、私のことを知っていましたか」

 

「出会った初日に寮にいたシエスタさんに似たメイドに名前を聞いてからね」

 

ルイズのその言葉に唖然とした。知っているはずです。ルイズは全て知っているはずです。だけど……

 

「私が星の魔女ギンガの……エルフの娘だと知りながら傍にいるのですか」

 

「そうだけどそれがどうかしたの?」

 

即答でした

 

「命の借りは末代まで語り継げ。星の魔女ギンガとその娘シエスタには最大の敬意を持って接すること。ヴァリエール家は如何なる時もかの親子の力となれ」

 

戦闘をしているのに、それがどこか遠いことのように感じる。竜騎兵を全滅させて、上空にある巨大戦艦めがけて舞い上がっているこの状況も、ルイズの言葉の前では希薄なことでした

 

「でもそんなこと関係なく、わたしはシエスタさんが好きだから傍にいるのよ」

 

そう言ったルイズを振り返り見て、自分でも珍しく大きく息を吐いた。悪く思われていないのはよかったけれど、少しはその好意を隠してくださいと思う

 

「これからもよろしくねシエスタさん!」

 

全ての動きを一瞬止め、思わず宙に視線を投げ、ひそやかに再び大きく息を吐く

 

なんだかどうでもよくなってしまう。でもとりあえずは、気が抜けた瞬間に被弾させてくれた上空の巨大戦艦を落とすべく、空を見上げたのでした

 

 

 




ほぼ書き直し
飛行大好きシエスタさんにしてみましたw

ゼロセン・プチオークカスタムの動力はSP
SP=稼動時間
機銃一発につきSP5消費


メギドシューター
銃武器、準最強装備。地獄の業火を打ち出す銃

魔王の鎧
鎧防具、準最強装備。


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ギンガ、育てる4

ぎゅっとつむった目の裏側には、さっきまで見ていた夢の残照がある

 

温かい手、優しい声、大好きだった人の優しい笑顔

 

ゆっくりと目を開けると、夢の残照は瞬く間に消えてしまった。昔の幸せな記憶も、今はただ懐かしいだけだ。戻りたいとは思わない。今の私には何よりも愛おしい娘がいる

 

女になってしまったことも、もう慣れた。シエスタを育てるためには女の方が都合がいいと思えばすんなり受け入れられた。女の体に戸惑っていたのも最初だけで、今ではすっかり馴染んでしまっている

 

世界もどこか自分の知っていたものとは違う。貴族と平民という特殊な身分ならではの人間関係や、はてには魔法や魔物なんてのも実在する。まあ魔物に関してはこの世界のよりもやばそうなのが小屋のゲートの中にいっぱいいたりするんだけどね

 

まあそんなことは置いといてだ・・・

 

「学校がないってどういうことなの?馬鹿なの?死ぬの?」

 

うん、ファンタジー世界とはいえ学業機関はあるだろう。いずれシエスタ入学させよーって思ってたんだよ。したらば、平民は学校なんて行かない。学校に行くのは貴族くらいだですってよ!

 

一応、平民には寺院の神父さんやらが字の読み書きを教えてくれたりすることもあるらしいけど、そんなんじゃいけません!このままではうちのシエスタがお馬鹿になっちゃう!というわけで、学校に入れないなら私の持つ知識だけでもシエスタに教えることにしました

 

足し算と引き算はシエスタがちっこい頃から教えていたのでほぼ完璧です。満点とったら一日にプリン二個食べていい言ったら、シエスタってば満点しか取らないでやんの。プリンの力おそるべし……

 

掛け算と割り算もプリンをえさにしたら、二十日くらいでマスターしました。九九の七の段をたまに間違えるのはご愛嬌です。うん、でも十九×十九まで暗記させたのはちとやりすぎだったかもしれないと反省。まあそれからも、各三角形や四角形と円の面積の求め方やら、辺の比率やら、方程式やらを教えていったわけなのです

 

あ、なんかシエスタによく似た黒髪の娘が半年くらい一緒に私の授業を受けた時期があった。あの頃のシエスタの顔はいつも笑顔で、初めてできた友達のことを毎日のように満面の笑顔で話してくれてたっけ。その娘と一緒にどこからか日本の戦闘機もってきて私を驚かせたこともあったなぁ……

 

だけど、どうやら喧嘩別れをしてしまったようで、ある日を境に全くその姿を見かけなくなってしまった。早く仲直りしてきなさいって言う私にシエスタは初めて反抗した。泣きながら、あんな娘とはもう友達でもなんでもないと。あの娘はなんの関係もないただの他人だと

 

でもって、仲直りしなさいって言う私から逃げるように、プチオークさんが改造したばかりの戦闘機に乗って家出を敢行してくれましたよ。いやー、必死に探したねー。それこそ寝る間も惜しんで、寝るという言葉さえ忘れてハルケギニア中を探したよ

 

そうして、陸路が通じていない、とある孤島でシエスタが乗って行った戦闘機を発見した時は安堵で涙がこぼれそうだった。その孤島にあった小さな修道院と宿舎。シエスタはそこで保護されていた

 

面倒を見てくれていた人たちに礼を言うなりすぐさまシエスタを抱きしめたまま小屋に帰ってきたよ。後で失礼だったと思い返し、月に数度、お菓子を持っていったりお話を聞かせにいったりしている。みんな私を怖がらずにいてくれるのでちょっと嬉しかったりするのだ

 

まあそこからシエスタを連れ帰ってきてしばらく経ってからだったかなー。塞ぎこんでいたシエスタが突然この森を買い取って家族だけで静かに暮らしたいって言い出したのは……

 

いやー、間違っているとはすぐに思ったよ。でもシエスタの目があまりにも真剣で、あまりにも真っ直ぐで、どうしようもないほど思いつめたものだったから好きにさせることにした

 

きっと失敗すると思う。失敗して悔しい思いをする。叶わないことを思い知らされて挫折する。あるいは成功するかもしれないけど、どちらにせよ好きにやるといい。可愛い娘には旅をさせよってやつだ

 

どういう結果になるにしても、私はそれまで何も知らない振りでもしますかね。いずれ、そう遠くないうちにシエスタは望みを叶えるためにこの森を出て行くだろう。それまでは、今まで通りシエスタをめいっぱい愛してやればいい

 

 

 

でもどうしよう、シエスタが森からいなくなったら私絶対泣いちゃうだろうし……




シエスタさんが家出した孤島はかなーり先で出てくるあの場所ですw

過去に接点もたせてみました


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シエスタさん、もやもやする

戦勝で沸くトリステインの城下町とは別に、多少は浮かれた雰囲気はあるものの魔法学院ではいつもと変わらぬ日常が続いています。そう、いつもと変わらぬ日常が……

 

陽光香るベンチに腰掛け、遅めの昼食のパンをかじる。そこから十五メイルほど離れた背後から感じる視線。母さまが持たせてくれた手鏡で気取られないように確認すると、地面にぽっかりとあいた穴からヒラガ様がいつものように私を観察していました

 

主人のルイズを放っておいて何をやっているのでしょうか。てっきりトリステインの王宮に呼ばれたルイズに付いていったと思っていたのですが、今日も飽きずに私をストーカーするようです。こんなことをしていると、またあの娘に誤解されるということに気付いていないのでしょうか?私に浮気していると誤解されても今度はもう相手にしたりしませんよ……

 

はぁ…

 

せっかくルイズがいないからと休みを取り、オルレアン様の使い魔の風竜を売り飛ばそうとしたのに、オルレアン様も風竜も学院を留守にしていました。ならばと今日は一人でゆっくり心身を休めようと思った矢先にヒラガ様のこれです。身体は休めても、これでは心の方はちっとも休まりません

 

なのでベンチの下にあった手ごろな大きさの石を拾います。こぶし大のそれを、ヒラガ様を背にしたまま手首の力だけで宙へと投げます。ちょうどベンチからベンチから腰をあげた時に、宙で放物線を描いたそれは狙い通りに的へと当たりました

 

背後で『ぼごんっ!』と大きな音がして、ちらりと背後を覗くと穴の中で頭から血を流して倒れているヒラガ様の姿が見えました。うまく気絶してくれたようでなのよりです。すぐに

 

「サイトしっかりぃ!」

 

と半泣きでわめきながらヒラガ様を介抱するあの娘の声が聞こえてきたので大事には至らないでしょう。それにしても、ヒラガ様の横で穴から顔を出している巨大モグラはどこかの貴族様の使い魔ではなかったでしょうか?

 

前にツェルプストー様の使い魔で暖を取っていた時といい、同じ使い魔としてなにか通じるものがあるのかもしれませんね

 

そこまで考えて小さく嘆息する。なにをくだらないことを考えているのだと思う。よし、と軽く気を入れなおし、周囲の喧騒をよそに自室へと向かう。廊下に人影は無く、どこかの部屋から話し声が漏れ聞こえてくるようなこともないのはちょうどいい。これなら自室でゆっくり休めるし、ゆっくり考えごとをすることもできる

 

考えるのはいつも私の傍にいる、柔らかい桃色の髪と鳶色の瞳をもつ少女のこと

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

一度だけなんとなく呟き、長い名前だと思う。その長い名前をそらで言えるようになってしまっている。覚えようとしたわけではなかった。だけど、いつの間にか覚えてしまっていました。いつの間にかルイズが横にいるのが自然と感じるようになっていました。ごく自然なこととして……

 

今更、従順なメイドと学院にいる一生徒と言うには無理がありますね。私はいつからこんなにあっさりとルイズを受け入れるようになってしまったのでしょう。まったく、わけがわかりません。それどころか、もやもやして頭が痛くなってきました

 

唇を知らずに尖らせ、眉をひそめる。ため息まじりにルイズへの愚痴をこぼす。自室のベッドに倒れて枕に顔を埋め……たところで、ベッドにあったルイズの残り香のせいで余計に頭がもやもやした

 

ルイズの馬鹿…




ガールズラブにはなりません!

多分!


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シエスタさん、挨拶する

陽光眩しい学院のアウストリの広場には、地面にはいつくばり激しく身震いするヒラガ様の姿がありました。そして目の前にいるあの娘を指差して叫びます

 

「セスタ最高ぉおおおおォォォォ!」

 

人気があまりないとはいえ何をしていることやら。そして、あの娘が着ているのはアルビオンの水兵の軍服と学院の女生徒がいつも穿いている制服のスカートです。最初は正直頭が狂ったのかと思いましたが、なるほど

 

よく見ると軍服を上手いこと仕立て直して女性が着ても様になるようになっています。むしろあれを男性が着れば気持ち悪いだけでしょう

 

というより、そういうことはあの娘の部屋か、ルイズがヒラガ様にと用意した平民用宿舎の一室でやってください。今のヒラガ様の様子から察するに、部屋で二人きりになると確実に色めいたことになるでしょうが、恋人なら特に問題はないでしょう

 

でもせめて声は抑えるように願います。メイドたちの噂になっているのは二人のせいでも、あの娘と似た容姿の私までそういう噂にされるのははっきり言って不快です

 

せっかく人気のないところで休憩していたのにまったく台無しです。私が腰を下ろしている大木の枝の下とはまさか狙ってやっているのではないでしょうか。二人が上を見ないことを祈るばかりです

 

「くるりと回ってくれ。そしてそのあと、『先輩!』って、上目遣いで言ってくれ」

 

……関わる気はありません。関わる気はありませんが、本当にヒラガ様が恋人でいいのかとあの娘に問いかける人はいなかったのでしょうか。呼吸を荒げ、血走った目で小刻みに体を震わせている今ののヒラガ様は、幼い頃、関わってはいけないと母さまに教えられた変態紳士そのものです

 

そんなことを思っていると、どこかぎくしゃくとした足取りの貴族様たちがこちらに歩いてきます。金髪の巻き髪にフリルのシャツを着たモンモランシ様の恋人様と、ぽっちゃりと太った体格をした男子貴族様たち

 

たしかグラモン家の末子にグランドプレ家の跡取りだったはずです。どちらの家も私の仕事の御得意様ですね。ただの御得意様ではなく、グラモン家は子息のうち誰かの嫁にするとまで言って私を迎えようとし、グランドプレ家は私設部隊の隊長にと私を欲していました。まあ、あの御子息様たちはそんな話は聞かされていないでしょう

 

「けしからんな!ぜひとも僕も先輩などと呼んでもらおうではないかッ!」

 

「脳髄がッ!溶けるじゃないかッ!」

 

さすがあの両家の血を引き継ぐだけあって御子息も変わっていました。これ以上変なのが増えないといいでですけどね。愛想笑いを浮かべて対応しているあの娘を陰ながら応援するくらいはしてやってもいいかもしれません。いえ、しませんが……

 

あの娘は不気味な足取りと怪しい手つきをして近付いてきた貴族様たちに身の危険を感じたようで、『それでは、仕事に戻りますっ!』と一声告げて走り去ってしまいました

 

その後ろ姿を貴族様とヒラガ様たちは、『可憐だ……』、『まったくもってけしからん格好だった……』、『今日はあのセーラー服を着せたまま……』だのと呟きながら見送っています。服も脱がずに男性を虜にするとはあの娘もなかなかやるものですね

 

それにしても、ニホンゴを解読できることといい、母さまに私も作ってもらったセーラー服のことを知っていることといい、加えて黒髪黒目ならこれはひょっとするかもしれません。ヒラガ様が一人になった時を見計らって話をしてみようと思います

 

あら、ちょうどよく貴族様たちと分かれてヒラガ様が一人になってくれました。それでは……

 

『こんにちはヒラガ君、なかなかにおもしろい見世物でしたよ』

 

木の枝に腰掛けたまま、満面の作り笑顔でヒラガ様にニホンゴでそう話し掛けたのでした




今まで空気だったサイトの出番は増えるのか!?(増えません)



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シエスタさん、飲む

三度目だなと思いました。何がというと、いつものように枕を抱えて私の部屋を訪れたルイズがヒラガ様とばったり遭遇した回数です

 

一度目はルイズが唖然としている隙にヒラガ様を退出させてうやむやにしました

 

二度目はヒラガ様を発見するやいなや、機嫌を悪くしたルイズがご主人様特権とやらを行使してヒラガ様を部屋から叩き出しました

 

そして三度目の現在、床にヒラガ様を正座させ、その前で仁王立ちしているルイズの姿があります。そういうことはルイズの部屋でやってくれないものでしょうか

 

「ねえ犬、少し話があるの」

 

「はい……」

 

犬ときました。ルイズが人の尊厳をここまで気にしない発言をするのを、私は初めて聞きましたよ。ひょっとすると、ヒラガ様とはいつもこんな調子なのでしょうか

 

「あんたがあのメイドと何をしようとそれは自由だわ。恋人だものね。でも恋人でもない女性と部屋で二人きり。これは駄目だわ。まずいなんてもんじゃないわ。恋人じゃなくてシエスタさんと二人きりでお喋り。なんなの?」

 

ルイズの全身がプルプルと震えています。ここが私の部屋でなければ暴れていたかもしれません

 

「ルイズの使い魔はいつもメイドとよろしくやっている。毎晩のようにメイドの部屋でけしからんことをしている。主人を放っておいて毎日遊んでいる。そんなことを噂されるのはいいの。それくらい言われるのは我慢してあげる。あんたは発情期の犬だものね」

 

正座しているヒラガ様の膝の上にルイズは足をかける。そのまま前かがみになり、じわじわと重みをかけていった

 

「でもこの部屋は駄目だわ。ご主人様はね、ストレスが溜まっているの。姫様から無理難題を押し付けられて参ってるの。その気分転換をするためにシエスタさんといろいろとやらなきゃいけないことがあるの」

 

やることというか、いつも私がルイズにしているだけの気もしますね

 

「それなのに、どこかの恥知らずの発情使い魔ときたら、その貴重で大切な時間を無遠慮に奪ってくれるわ」

 

「ル、ルイズ?」

 

それにしても、こんなルイズを見るのは本当に初めてです。まあこれは、私をヒラガ様に取られたような気がして当たり散らしているだけですね。あとでルイズの機嫌を取ることにいたしましょう

 

と、ドアの向こう側で誰かが立ち止まる気配がしました。間をおかずにドアがノックされます。まさかこの部屋をルイズとヒラガ様の他に訪れる人がいるとは思ってもいませんでした。ルイズが一方的にヒラガ様を責め立てる声を背にドアを開けると、そこにいたのは先日に一緒に宝探しをしたモンモランシ様でした。そしてその手に、昼にあの娘が来ていたのと同じセーラー服を抱えています

 

「何か御用でしょうか、モンモランシ様」

 

そう言うと、モンモランシ様は顔をやや紅潮させて、ぽつぽつとした小さな声で用件を伝えてきました。ええと、この服をモンモランシ様の体型に合わせて仕立て直せばいいのでですか?わかりましたが、なぜ私のところへ……はあ、この前一緒に宝探しをしたので声を掛けやすかったと。口が堅そうだからモンモランシ様の体型について他の使用人たちに言いふらしたりしないですか。それはそれは……、では他のメイドに気付かれないうちに私の部屋で…はルイズたちがまだ騒いでいるのでどうしましょうか。それにルイズが例外なだけで、平民の部屋に学院の生徒が入るのは抵抗があるでしょう。さて、どうしましょうと尋ねればモンモランシ様の部屋でですか。わかりました、それでは今からお伺いさせていただきます。帰ってくる頃にはルイズの頭も冷えていることでしょう

 

「ありがとう、助かったわ。また機会があればよろしく頼むわね」

 

そうしてモンモランシ様の部屋で採寸をして出来上がるのは二日後だと告げました。部屋を後にする際、モンモランシ様から眠気がとれる薬とやらをいただきました。あまったものだから気にしないでいいそうです。今日はもう夜中ですし、早速朝にでも使ってみましょう

 

 

 

 

 

その翌朝、息を切らせて青い顔をしたモンモランシ様が洗濯をしていた私の前に現れました。なにやら、間違えた!だの、何滴飲み水に入れた!だの勢いよく聞いてきます。そして、最後に薬を飲んだあと最初に見た人を聞かれたので……

 

「妹のセスタです」

 

そう答えたのでした

 

 




モンモンの栄光への道始動(笑)


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シエスタさん、薬に抗う

「妹のセスタです」

 

自分の口から出た言葉に、しばし唖然と立ち尽くした。目の前では、息をきらし青い顔をしたモンモランシ様の表情に驚愕の色が加わりました

 

なるほど、先程モンモランシ様が間違えたと騒いでいたのは、今朝に私が飲んだ薬のことでしたか。モンモランシ様の慌て様からして故意ではないようですが、これはどうしましょうかね。口止めをするか息の根を止めるか迷いどころです。でもまずは……

 

「モンモランシ様」

 

「な、なに……」

 

気まずげな表情しながらも目を逸らしはそませんでした。貴族様にしては珍しい反応です。自分のやったことに目を逸らさず向き合うとは、モンモランシ様は少しだけ他の貴族様とは違うのかもしれません。かといって、今のこの状況を見過ごすことはできません

 

「私が飲んだものは何ですか?」

 

モンモランシ様はしばらく困ったように頬を掻いていましたが、やがて盛大な息を吐くと悪びれた声で言いました

 

「……惚れ薬」

 

「……禁制品ですね」

 

モンモランシ様も私の声も注意しなければ聞き取れないほど小さい。それからモンモランシ様は、なぜ禁制品の惚れ薬を作ったのか説明してくれました

 

モンモランシ家の使用人の若いメイドがとある貴族様と恋に落ちた。お互い想い合っているのにメイドは貴族様からの求婚を拒み続けている。その理由は貴族様には婚約者がいて、その女性と結ばれた方が貴族様が幸せになれるから自分は身を引くとのこと。貴族様は婚約を解消すると言っているらしいが、メイドは貴族様の幸せを願って婚約を解消しないよう説得すらしていると言うのです

 

「それでうちのメイドも相手も半ば意地になっちゃってね。もうこれは薬でも使わないと進展しそうにないんだもの」

 

モンモランシ様はそう言って小さな笑みをおとしました。いやはや、ルイズに負けず劣らずの変わった生徒もいたものです。たかが使用人のために高価な惚れ薬を用意するとはどうなのでしょう。それにメイドのことを話すモンモランシ様はどこか楽しげで、ずっと柔らかい笑みを浮かべていました

 

「っと、いけないいけない。こんな話してる場合じゃないわね。すぐに解除薬を調合するから、しばらく待っててちょうだい。それと今回のお詫びもいずれさせてちょうだい」

 

 

 

 

 

そうしてさらに翌日の夕方、モンモランシ様の部屋でひそやかにため息を吐きました。セス……の娘を少しでも意識する度に構いたくなる衝動をなんとか押さえ込みここまで過ごしてきたのですが、解除薬が作れないとはどういうことですか?

 

「解除薬を調合するのに必要な秘薬が売り切れていたわ。加えて、入荷も絶望的なようね」

 

冗談ではありません。今日だけで四度もセスタの、ではなくあの娘の名前を呼んでしまい、あの娘も勘違いして私を姉さま呼ばわりする始末。私はあの娘の姉などという気持ち悪いものではありません

 

「秘薬の名前は水の精霊の涙。ラグドリアン湖に住んでる水の精霊様から譲り受けられる貴重なものよ。でも最近、水の精霊様と連絡が取れないどころか姿さえ現さなくなっちゃったらしいわ」

 

なんだ、母さま曰く『モノマネ精霊』ではないですか。それならラグドリアン湖まで行きさえすればどうとでもなります

 

「それならば取りに行って参ります。幸いあれとは連絡を取る方法がありますので」

 

「え?」

 

でも、また数日は学院を留守にすることになりますね。今度はルイズが拗ねないように手紙ではなく口頭で伝えることにしましょう

 

「え、ちょ、本当に水の精霊様と?」

 

そうと決まれば、明日の早朝にでも出発することにします。え、モンモランシ様も付いてくるのですか?たかだかアレに会えるというだけで、すごい慌てっぷりですね




知人に教えてもらった『まおゆう』なる小説を読んでいたら10時間以上が経過し夜が明けていた

な、何を言っているのかわからねえと思うが俺も(ry…


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シエスタさん、驚かせる

久方ぶりに訪れたラグドリアン湖はなぜか水位があがっていました。近隣の村は水没し、水面の下にはいくつもの家や寺院が沈んでいます

 

「どういうことなの、水の精霊様がこれほどお怒りになってるなんて」

 

水に指をかざしていたモンモランシ様が立ち上がり、困ったように首をかしげました。それからなにやら呟きながら考え事をしだしてしまいます

 

私はそのモンモランシ様の横を通り越して水面に指先を沈めます。すると間をおかずに、少し離れた水面が光り出しました

 

「え……そんな、嘘」

 

後ろでモンモランシ様が騒ぐ中、目の前ではキラキラと光る巨大なアメーバが水面から姿を現します

 

「お久しぶりです。私のことは覚えていますか?」

 

巨大な水の塊がぐねぐねと形を取り始める。やがて水の塊は私とそっくりの姿になると、満面の笑みを浮かべました

 

「覚えている。我がお前のことを忘れることなどないであろう。我が愛しき者の娘よ」

 

「では早速ですが水の精霊の涙とやらをわけてください」

 

「よかろう。シエスタよ」

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 

モンモランシ様うるさいです。少し静かにしてください

 

「ねえねえ!ちょっと待ってよ!おかしいでしょ!なんなのこのやり取り!」

 

そう言いながらモンモランシ様は私の肩を揺すってきます。目的の秘薬が簡単に手に入るのになにが不満なのでしょうか

 

「なんであっさり水の精霊様が姿を現したの!なんであっさり水の精霊様はあなたのいうことを聞いたの!」

 

そんなもの水の精霊が母さまに御執心だからに決まっているからではないですか。母さまを射るにはまず娘からというやつです。まあ、私個人も水の精霊には好感を持たれているとは思いますが

 

「ところでシエスタよ、今日はギンガは来ておらぬのか」

 

私の肩を掴んでいたモンモランシ様の全身がビクリと硬直しました。そういえば、以前の宝探しの旅でツェルプストー様とオルレアン様から母さまの名前と偉業を聞かされていましたね

 

「先日ギンガが遊びにきた時もそうだったが、お前たち『親子』が別々に行動しているとは珍しいことだ」

 

さて、私をまじまじと凝視しているモンモランシ様をどうしましょうか。水の精霊が嘘をつかないことはトリステイン貴族なら誰もが知っていることです

 

「話は変わるがシエスタよ。時間が許すならば我の頼みを聞いていけ。お前の力なら大した手間にはならぬ」

 

ふむ、高価な秘薬代と思えば妥当かもしれません。モンモランシ様のことは後々考えることにいたしましょう

 

「わかりました。頼みとはなんでしょう」

 

「うむ、最近我を襲撃してくる者がいる。お前にはその対処を頼む」

 

「生死は如何しますか」

 

「些細なことだ。襲撃がなくなれば我はそれでよい」

 

生死を問わないなら本当に大した手間にはなりそうにありません。水の精霊から詳しい話を聞くに、襲撃者は二人組みのメイジのようですし、待ち伏せて奇襲でもすればそう時間も取られることはないでしょう

 

それでは、襲撃者が現れる夜までゆっくりとモンモランシ様と有意義なお話でもして待つことにいたします

 

「さてモンモランシ様、少しお話があります」

 

「はい!なんでしょうかシエスタさん!」

 

ルイズのようになぜか『さん』付けでモンモランシ様は私のことを呼んだのでした

 

 




モンモンとの二人旅


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シエスタさん、交渉する

ラグドリアン湖の岸辺に人影が現れたのは、モンモランシ様を誠意ある説得で口止めをしてから、およそ二時間が経った頃でした

 

水の精霊が言っていた通り人数は二人。漆黒のローブを身にまとい、深くフードを被ってはいましたが、その隙間から見える体の線は若い女性のものです。それにしても襲撃者の身長差がありすぎです。あんな特徴があっては隠密行動には向かないでしょうに

 

やがてその二人組みは水辺に立つと杖を掲げました。呪文を唱えているらしく、これはもう間違いないでしょう。潜んでいた木の陰から一気に躍り出ます。すぐに二人組みはこちらに気付きましたが、すでに三歩足らずの距離です。と、おや?もしかして……

 

まずは背の高い方の襲撃者の懐に潜り込み、軽く鳩尾に拳を叩き込みます。杖を落とし、口から吐血しているその体を地面に叩きつけます。念のため両腕を折ったところで気を失ったのか、体から力が抜けぐったりと地面にうつ伏せになっているだけの状態になってしまいました

 

「こんばんはツェルプストー様。それにそちらはオルレアン様ですか?」

 

小さい方の襲撃者、オルレアン様の行動はすばやいものでした。杖を後ろに投げ捨てると両手を高々と上げて敵意がないことを示してきます。まさか何もせずに投降してくるとは予想していませんでした

 

「話がある」

 

「なんでしょうか」

 

オルレアン様は私の足元で痙攣し、こぷっ、こぷりと吐血しているだけのツェルプストー様を見ながら言いました

 

「なぜあなたが私たちを襲うのかその理由が知りたい」

 

「水の精霊に危害を加える襲撃者の排除が私の仕事です」

 

本当は頼まれただけですが、仕事と言った方がオルレアン様も気付いてくれるでしょう。もしわからないようでも私が損をするわけではありません

 

「私は襲撃者がいなくなればそれでいいのです」

 

じっとツェルプストー様を見つめたまま、やがてオルレアン様は口を開きました

 

「キュルケを連れていく。二度と水の精霊を襲撃しないことをあなたに約束する」

 

まだ足りませんよオルレアン様。ツェルプストー様の身柄は現在は私の預かりです。ツェルプストー様の顔を踏みオルレアン様に向かって指を突き出します

 

「四千」

 

「……ッ!高い、三千」

 

「三千七百」

 

「三千二百」

 

「三千五百、これ以上は下げません」

 

「わかった。それでいい」

 

まあこんなところですか。生死問わずの依頼も意外なところで臨時収入に結びつくものです。戦争のせいで仕事が極端に減ってしまったので、稼げる時に稼いでおかないとこれから先どうなるかわかりませんからね

 

いつも無表情だったオルレアン様の顔は憤怒に歪み、厳しい目つきで私を睨んでいます。ガリアの汚れ仕事専門部隊、北花壇騎士団でその人ありと囁かれているあなたも、私情をそんな風に表情に出したりするのですね

 

「モンモランシ様、出てきてくださいませ」

 

モンモランシ様の名を呼ぶと、隠れていた木陰から姿を現しました。足元のツェルプストー様を見て低くうなったあと、慌てて駆け寄ってきて水の魔法で治療を始めます

 

「ちょっとシエスタさん、さっきのはなんなのよ!ってああもうどうしよう、キュルケの怪我が大変!」

 

何と言われても身代金の交渉としか答えられません。ツェルプストー様は戦場で私に捕らえられたのですから、解放してほしかったら身代金を払うのが当然のことです。本来なら五千は要求するところですが、だいぶ割り引いてしまいました。仮にも学院の生徒だったので情でも湧いてしまったのでしょうかね

 

ラグドリアン湖でちょっとした働きをしただけで三千五百エキューですか。結果からすればモンモランシ様が薬を間違えたのは、やや吉だったかもしれません。あの娘のことを名前で呼んだのは……おや?あの娘のことを意識してもなんともありませんし、ましてや妹と思ったりもしません。ひょっとして自然に治ったのでしょうか

 

ということは高価な秘薬も手に入ることになりますね。私がもっていても仕方がないのでモンモランシ様にでも買い取っていただきましょう。モンモランシ様が薬を間違えたのが原因とはいえ、一応はお世話になった身です。こちらも多少の値引きはするべきですね

 

とりあえずは三千五百エキューと高価な秘薬を入手することができました。これでまた森を手に入れる夢に一歩近付きましたよ。これからも日々まじめにお仕事に励んでいきたいと思います




ルイズへの態度が異常なだけで通常はこんなものです

お金のためなら割となんでもやるのです



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シエスタさん、遭遇する

翌朝、昨日と同じように水面に指を入れると、すぐに水面が盛り上がり水の精霊が姿を現しました。あいかわらず私のすがたを模し笑顔を浮かべています

 

「襲撃者は撃退しました。二度とあらわれることはないでしょう」

 

そう言うと、水の精霊は細かく震えだしました。やがてその体の一部がはじけ、こちらにとんできます。きゃっ!きゃああ!と叫んで、モンモランシ様が持っていた瓶でそれを受け取りました。ああ、そういえば……

 

「一つお聞きたいしたいことがあります。どうしてラグドリアン湖の水かさを増やしているのですか?」

 

オルレアン様がツェルプストー様を連れていく際、水かさが増すのが止まらないなら別の刺客が送られると言っていたのですよね。モンモランシ様からも、できれば水の精霊に水かさを増やすのを止めるよう話をしてほしいと言われたので、ものはついでです

 

「ふむ、シエスタならば信用できよう。先日ギンガにも話したのだが……」

 

へえ、水の精霊が守っていた秘宝を盗み出した者がいるのですか。トリステインの者が水の精霊にそんなことをしでかす可能性は低いので、予想ではガリアかロマリアあたりでしょうか。ラグドリアン湖に近いガリアが有力でしょうね。それで盗まれた秘宝を取り返すために水かさを増やしていたと。いずれは秘宝に届くと言われても、なんとも気の長い話です

 

それに、今回のツェルプストー様やオルレアン様のように刺客が送られていては秘法を取り返すどころではないでしょう。最悪、存在を消されているかもしれません。精霊と言えども死は存在するのです。あなたが死ぬと母さまが悲しむのですよ。はあ……、これは仕方ありませんね

 

「機会があれば私が取り返しておきますので、水かさを増やすのはもう止めてください。それで、どういった秘宝なのですか?」

 

「アンドバリの指輪。我と共に、長い時を過ごしてきた指輪だ」

 

「アンドバリの指輪ですって!」

 

知っているのですかモンモランシ様?偽りの生命を死者に与える伝説級の魔道具ですか。野心ある者が手にすれば脅威となる代物ですね。思いつくのは王族を殺した後、それを意のままに操って国を事実上支配するといったところでしょうか

 

「誰が盗んでいったか手がかりはあるのですか?」

 

「たしか、我から秘宝を盗み出して行った者たちの一人がこう呼ばれていた。クロムウェルと」

 

思わずモンモランシ様と顔を見合わせてしまいました。どうやら同じ結論に至ったようです

 

「アルビオンの新皇帝の名前ですね」

 

「きっと指輪の力を使って今の地位を手に入れたのよ!夢や願いは自らの力で叶えてこそ尊いものとなるのに、なんて恥知らずな行いを!」

 

つまりは、指輪の力に固執しているアルビオンの皇帝をぶん殴って指輪を取り返さなければいけないわけですか。まったく、面倒なことです

 

それからすぐに帰ろうとすると水の精霊に散々引き止められ、母さまの話をせがまれました。私の横でずっとモンモランシ様が聞き耳を立てていましたが、もう親子だと知られているので今更どうこうはしません。気付けば夜が明け朝日が昇り昼を過ぎていました。別に不思議なことではありません。たかが一日で母さまのことを語れるわけがないではありませんか

 

でもそろそろ学院に戻らないと学院長から小言を言われるかもしれません。戦時中の学院を外敵から守ってくれみたいなことを言われていた覚えがあります

 

まだ引きとめようとした水の精霊に別れを告げ、モンモランシ様と一路学院を目指します。あいにくの雨で馬足が鈍ってしまい、これでは急いでも学院に着くのは真夜中か夜明け前になりそうです。それをモンモランシ様に伝えようとした時、前方からいくつもの馬足が聞こえてきました。数はおよそ十.その先頭の馬上には……

 

「死んだはずのウェールズ皇太子にアンリエッタ姫殿下、いえ、もう女王でしたか」

 

「…………ッ!アンドバリの指輪ね!」

 

さすが座学ではルイズに次ぐ次席だけあって理解が早いですね。そういえば、操られているウェールズは私を見てどういった反応をするか気になります。ということで呼び止めてみましょう。かどわかされたであろうアンリエッタ様を助けたとなれば褒賞も貰えるでしょうからね




暇つぶしに図書館に行ったらセロ魔が全巻揃ってて笑った

外伝の烈風の騎士姫?だけなかったからリクエストしておきましたよw


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シエスタさん、魔拳を放つ

呼びかけの返答は、炎の玉と風の刃と氷の槍でした。足元から生えた太い土の針に貫かれて乗っていた馬があっけなく息絶えています

 

モンモランシ様を肩に担ぎ、射程圏外まで飛びのいたのは咄嗟の行動にしては中々だったと思います。私はどうということはありませんが、モンモランシ様に今の魔法が命中していれば重傷を負っていました。モンモランシ様も水の盾の魔法を完成させていたものの、それが気休めにしかならないことはわかっていたでしょう

 

私に小さく礼を言うモンモランシ様をよそに、魔法を撃ってきた四人の額を、短剣を投擲して正確に貫いたのに悲鳴の一つも上げず起き上がってくるということは、やはりアンドバリの指輪の力なのでしょうね

 

「これはこれはシエスタ様ではありませんか。先程は部下がとんだご無礼を」

 

これは意志のない偽りの生命を与えられた操り人形確定です。私を認識しても微笑みを崩さないなんてウェールズらしからぬ所業です。記憶にあるウェールズはいつもこちらの顔色を窺い、絶えずおどおどした態度でした。したがってこんな堂々としたウェールズなどありえません。それに私に攻撃しておきながら笑うとは、この人形たちを操っている者はアルビオン貴族というものを理解していません。まるで出来の悪い演劇でも見ているようです

 

「姫様を返しなさい!」

 

肩に担がれたままモンモランシ様が怒りの声を上げました。ああ、そうでした。一掃するにはアンリエッタ様が邪魔ですね。まずは蕩けた顔をしてウェールズに寄り添っているアンリエッタ様をどうにかしなくては。まあ、気絶させてモンモランシ様に任せるのが無難でしょうか

 

「アンリエッタ様!早くこちらにいらしてください!その男はアンドバリの指輪の力で操られているだけの、ただの抜け殻です!」

 

モンモランシ様がそう叫ぶも、アンリエッタ様はウェールズに腕をからませたまま離れようとしません。ならばとモンモランシ様は私の肩から降りて呪文を詠唱しました。三匹の水の竜がウェールズの体を食い破ります。その隙に私はアンリエッタ様の意識を当身で奪い、その身をモンモランシ様に預けます

 

「まったく、淑女らしからぬ行いではないかね」

 

いやはや驚きました。モンモランシ様の水の竜にあちこちを食い破られていたウェールズの体の傷が見る間に塞がっていきます。その様子にモンモランシ様の表情が険しくなります。アンドバリの指輪には修復効果もあるようですね

 

「キュルケがいないのが惜しまれるわね」

 

「雨を味方にしたモンモランシ様でも無理ですか」

 

「ええ、相性が最悪だわ……」

 

古今東西、こういった手合には火が有効な反面、水に対しては強い抵抗力を持っていますからね

 

「でもキュルケがいてもこの雨ではどうかしらね」

 

結局ツェルプストー様がいても変わらないではないですか

 

「あなたの体術もメイジ殺し並だとは思うけど、連中相手じゃ効果は薄そうだしこれはまずいかも」

 

む、まだ余力を残しているとはいえ、母さまに鍛えてもらった技を過小評価されたようで気に障ります。そのせいか、モンモランシ様のこちらを見る目が、『どうにかできるならやってみせなさい』と語っているようで、つい一番使いたくなかった技を選択してしまいました

 

過去にタルブの森で使用した際、森の一部を草木一本も残らない焦土と変え、母さまに本気で怒られた辛い思い出のある技です。三日間もプリン禁止はやりすぎだと今でも思います母さま……

 

「モンモランシ様。八秒だけ一人で耐えてください」

 

右腕を腰ために構える。身体中の筋肉に力を込め、さらに全身に灼熱の気を走らせる。私の周囲を白い熱が陽炎のように燃え盛る

 

「この!雨を得たわたしを甘くみないでよね!」

 

腰にためた右腕に強烈な放熱が発生した。白い光の渦がほとばしる。降り注ぐ雨が宙で沸騰して蒸発していく

 

「ああもう!痛いじゃないのよ!女の肌に傷をつけてただで済むと思ってないでしょうね!」

 

身体中が紅蓮の炎に、あるいは白き炎に包まれる。灼熱の業火に身を包まれながら、だけど私が業火に焼かれることはない。全身の熱をただ一点に収束させる。膨大な魔力の熱を右腕一点に集める

 

「ちょっとシエスタさん!まだなの!」

 

モンモランシ様の声を受けた時には、まばゆい発光を右腕に携えていました。目で斜線上から避難するよう促し、その一瞬後に叫ぶ

 

 

 

「魔拳ビッグバン!」

 

 

 

光と熱がなにもかもを覆いつくし、衝撃が周囲の木々を根こそぎ消滅させていく。光と熱が収まったあとの周囲は、ウェールズたちは一人残さず蒸発し、道には無数のヒビが入り、どこもかしこも黒焦げの惨状でした。その視界の隅に、アンリエッタ様に覆いかぶさり身を挺して守ったであろうモンモランシ様の姿があります。背中が少し焼け爛れているのが痛ましいですね

 

さて、とりあえずは気を失っている二人を……、モンモランシ様だけ起こすといたしますか。アンリエッタ様を起こすと碌なことにならない気がします

 

雲間から差し込む月明かりを浴びながら、モンモランシ様を起こすべくそっとその肩を揺り動かしたのでした




魔拳ビッグバン
拳系スキル、炎属性の範囲攻撃

モンモンの受難の日々はまだまだ続きますw


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ギンガ、育てる5

あれ、ひょっとしてシエスタってば泳げないんじゃない?

 

うんそうだよ。お馬鹿って言われないように義務教育と同程度?の学力を身に付けさせ、百メートルを三秒で走れる身体能力を持ってるけど泳ぎは教えたことなかったよ

 

でもシエスタのことだから教えてなくても泳げたりしないかな?シエスターちょっとおいでー。一緒にお風呂入ろー。うちのシエスタちゃんは十歳になるというのに、少しも嫌がることなく一緒にお風呂入ってくれるのです。可愛いです。テラぷりちー

 

んでもって、魔王の鎧を材料にして作った大きめのお風呂にて、湯船に顔を付けさせてみたのだけど、、十秒も持たなかったし目も開けれてない。これは泳ぐ以前の問題だねー

 

うーむ、ハルケギニアに遊泳私設なんてあるのだろうか。お幾らくらいするのだろうか。まあなかったらなかったらで綺麗な湖か海にでも行ってシエスタに泳ぎを教えればいっか。たまには親子で旅行もしたいしね

 

そんなわけで毎度お馴染み、タルブの村で私たち親子に良くしてくれる黒髪のおっちゃーん!どこかそんな場所知ってたら教えてー!……ほうほう、ラグドリアン湖ってとこが綺麗で有名とな。おっちゃんさんくすー

 

ということでやってきましたラグドリアン湖。おおー綺麗だわー。湖面の蒼が生い茂る緑豊かな森を映していて人では生み出せない芸術品だね

 

しかし、有名観光地って聞いてたわりに人いないのね。てっきり水浴びしてる人でにぎわってると思って帽子で耳隠してたのに全くの無駄じゃん。誰もいないことをもう一度確かめると、被っていた帽子をとる

 

「それではシエスタ。水泳教室のお時間です!」

 

「はい!母さま!」

 

森の木陰で水着に着替え元気よく叫ぶ親子。ついでに私の水着は黒のセパレーツタイプで、シエスタは紺色の俗に言うスクール水着です。はっはっは!十年も母さまやっていれば裁縫の腕も上がりますよ。今では大概の服は自作できちゃうもんね!

 

で、水泳教室だけど

 

あはははは!母さまこっちー!」

 

「まてー!シーエースーター!」

 

水の弾ける音と、きゃいきゃいとはしゃぐ親子の声がラグドリアン湖に響く。…………だってしょうがないじゃん!シエスタときゃっきゃうふふしたかったんだもん!まあ泳ぎを教えるには、最初に必要なのは水に慣れることだから無駄にはならないでしょ

 

「母さま母さまー!なんか水の中にいるー!」

 

おお、シエスタってばいつの間にか水中でも目を開けれるようになってる!えー、でなになに?魚でもいたのかなーと私も水中に顔を潜らせたらば……うん、なんかいた。なんだあれ?濃い水の塊みたいのがうにうにしてる

 

そして、一切の前触れもなく、その水の塊が私に突っ込んできた。湖面を突き破ってくるくる回りながら宙高く飛ばされ、ぼちゃん、と大きな水柱をあげて水没する。視界の端でシエスタが、『私も!私もー!』なんて水の塊にせがんでるけど、これこれシエスタよ。人外になつくの早すぎじゃありませんかね……

 

「よくぞ参った。呼び寄せる者よ」

 

ちくせう、シエスタの姿を模してなければファイアで攻撃したのに。だって見るからに水属性のなにかっぽいもんね!

 

「ダメージなんてないけど驚いたわ!」

 

浮上して叫んだ私は悪くない。今の普通の人間だったら下手したら死ぬでしょに。それに何だ、この湖の主っぽいのは?

 

「すまぬ。お前に会えたのが嬉しくて我慢できなかった」

 

え、なに?今の攻撃じゃなくて抱きついたみたいなものだったの?それにしたってこう、他にやりかたがあるんでないの?あからさまに、胡散臭いものを見る目で眺めた私は間違ってないと思うんだ!

 

「なんにせよ、お前たちを我は歓迎しよう。我らが神を呼び寄せる者よ」

 

それから自己紹介したりされたりしたんだけど、ラグドリアン湖に古くから住んでる水の精霊だそうな。シエスタのモノマネするただの魔物じゃなかったのね。ちょうどいいんでシエスタに泳ぎを教えてくれるようお願いしてみたり

 

そいじゃ帰るねー、となったところで水の精霊が寂しそうな顔をシエスタの姿でしてくれたので、あれからちょくちょくシエスタを連れてラグドリアン湖に遊びにきてます。精霊のくせに私に睦言を囁くなどなかなかに冗談のわかる、私の大切な友達となりました

 

え、なになに。大事なやからが盗まれたって?私に任せておきなさい!誰が相手だろうときちんと取り返してきてみせますとも!




水の精霊とは家族ぐるみのお付き合いー

ギンガは魔界の神を召喚して攻撃する魔法を持っています
テラファイア、テラウインド、テラクールなどなど(PS2版なのでペタは無し)

世界は違えど各属性の神を呼ぶことができるギンガは精霊から好感を持たれやすいという御都合設定ですw


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シエスタさん、牢に入る

「ねえ、牢屋に入るのなんて初めてなんだけど」

 

硬質な石床に座り込み、モンモランシ様が涙に濡れた目でこちらを見上げながら言いました

 

「そうですか」

 

私はかれこれもう六度目です。モンモランシ様に適当に相槌を打ちながら、いずれくるであろう兵士を待ちます

 

「アンリエッタ様をお救いして城に送り届けたのに、牢に入れられるってどういうことなのよっ!」

 

それは有無を言わさず私たちを連行したヒポグリフ隊にでも聞いてください。おそらくですが、今の状況から察するに利用されるのは確実でしょう

 

宮廷にいたアンリエッタ様を易々とさらわれた挙句、それを救出したのはヒポグリフ隊ではなく一介の女学生と従者と思わしきメイド。宮廷を警護していたヒポグリフ隊の面子は丸つぶれです。これから先、今回の事件のことで絶えず嫌味や陰口を囁かれることでしょう

 

きっと間もなくヒポグリフ隊による取調べが始まります。彼らのトリステインへの忠誠心がワルド並にあればいいのですが、私たちを連行した際、彼らの身体から酒の匂いがしたことを思えばとても期待はできそうにありません

 

そうして、私たちが牢に入れられてから半日も経って始まった取調べでは……

 

「なぜアンリエッタ様をさらった」

 

やはりそうきましたか。私たちはアンリエッタ様を救ったのではなく、アンリエッタ様をかどわかした賊として扱われるようです。その賊を捕らえ、アンリエッタ様を救出したのがヒポグリフ隊ということになるのでしょうね

 

別室に連れて行かれたモンモランシ様は今頃どんな思いをしているでしょうか?モンモランシ様は私が知る貴族様とはどこか違った心の在り方をしていましたから、もしかすると魔法騎士隊を相手にしても一歩も引いていないのかもしれません

 

まあ名の知れた貴族様ですからモンモランシ様に命の危険はないでしょう。それとは違って、ただの平民の私は明日にでも縛り首が濃厚です。この取調べはただの茶番で、彼らの威厳を保つためというかただの自己満足に過ぎません。私が何を言ったところで釈放されたりはしないでしょう

 

「ふん……だんまりか。ならばその身体にでも効聞くとするか」

 

ふう、とため息をつくと目を細め、胸元に手を伸ばしてきた貴族様の眉間に短剣を突き入れました。ざくりと肉をえぐる音。取りしらべ室にいた残りの二人が『えっ……?』と目を瞬かせて崩れ落ちた男に視線を降ろして愕然としています。その隙に、同じく深々と短剣を突き入れて絶命させます

 

メイド服ほど暗器を忍ばせやすい服はないというのに、それを調べもしないとは職務怠慢ですね。それと私の肌に勝手に触れていいのは家族だけです。まして犯そうなどと死をもって償ってください

 

さて、もうここにいても良いことはないので帰るといたしま『トリステイン貴族とあろう者がっ!恥を知りなさい!』…………隣の部屋だったんですねモンモランシ様。それと言っていることは立派ですが、彼らに聞く耳はありませんよ。彼らはその恥を隠したいがために、今こうして恥の上塗りをしているのですから

 

ついでとばかりに扉を蹴り開けると、モンモランシ様を組み敷いていた二人の首を蹴り砕いていきます。とどめとばかりに顔面を踏み抜いたところで、壁を背にしてモンモランシ様が組み敷かれているのを厭らしい目で見ていた男が我に返り杖を握りました。しかし、モンモランシ様に股間を蹴り上げられ卒倒してしまいます。モンモランシ様はさらに男を踏みつけ、がしがしと蹴りを入れています

 

「ひどいことをなさいますね」

 

「躊躇なく人の急所を狙って殺しをするあなたに言われたくないわよ!」

 

乱れた服を直しながら震える声でモンモランシ様は言います。どうやら純潔は守れたようでなによりですね

 

「それで、こんなことになってどうするつもりなのよ……」

 

「そうですね、私に一つ考えがあります」

 

敵対した相手に私がすることなど一つです

 

「兵士を見かけたら一人残らず殺していくというのはどうでしょう。そうすればきっと私たちを黙って見過ごしてもらえると思います」

 

「もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!誰でもいいから早くわたしをシエスタさんのいないところに連れて行ってよおおおおおおおお!」

 

モンモランシ様、恩に着せるつもりはありませんが、これでも数度あなた様の身を守っているのですよ。そんな私に対してその言いようはあんまりなのではないでしょうか?




ほぼこっから、『金髪の子かわいそう』展開が続きますw

その分、たまにいいこともあります(多分)!


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シエスタさん、書簡を読む

あまりにもお粗末な戦い方でした。陣形と呼べる様なものではなく、ただ数にまかせて押し寄せてきただけです。それに呪文を詠唱することに夢中になって、詠唱中に攻撃を受けることに注意が全く向いていませんでした

 

この貴族様達は本当に王国の騎士なのでしょうか?正式な訓練を受けたのならば如何なる状況下でも必要な行動が取れるよう、意識しなくても身体そのものに刻まれているはずなのですが……

 

全員がワルドに近い実力を持っていると仮定して身構えていたこちらとしては、肩透かしというか呆れるというか、モンモランシ様も私の背後で何度も失望のため息をこぼしていらっしゃいました

 

結局は三十に近い肉塊を築きあげたところで、騒ぎに気づいた枢機卿が黒髪の若い兵士一人だけを伴って私たちの前へと姿を現しました

 

即金で千エキュー金貨。後々追加で四千エキューを支払って頂けるということで話は丸くおさまりました。その後はモンモランシ様と堂々と城門から出て、用意されていた馬車に乗って学院へと帰ってきたのが数日前のことでした

 

そんなことを学院にある自室のベッドでぼんやりと思い出していると扉を叩く音が聞こえます。扉を開けるとそこにいたのは何やら思い悩んだ顔のルイズ。手には上質な紙とひと目でわかる手紙が握り締められています

 

「……シエスタさん。これ」

 

「なんですか?」

 

ルイズが差し出してきた手紙に目を通すと、なんともまあ……ウェールズ皇太子を殺害したモンモランシ様を極秘裏に捕らえよですか。実際に皇太子を殺したのはワルドで、火葬したのは私なのですからモンモランシ様にとっては災難なことです

 

まあ事情を詳しく知らない上に、モンモランシ様が皇太子を魔法で攻撃した直後に気絶させたのでモンモランシ様が殺したのだと勘違いしていてもおかしくはないでしょう

 

それにしても、知人とはいえ一介の学生のルイズに頼むにしてはやや大仕事すぎではないでしょうか?アルビオンの時といい、アンリエッタ様の考えは理解できません

 

手紙の内容にしても、任務自体はたったの三行で書かれ、あとに続くのはどれほどウェールズ皇太子を愛していたか、どれほどモンモランシ様が憎いか四枚に渡って書かれた手紙には苦笑するばかりです。城で被害が拡大しないようにと尽力した枢機卿の爪の垢でも煎じて飲ませたいものです

 

おや、手紙の最後に私のことが書かれていますね。モンモランシ様の従者。シエスタ様と呼ばれていたことからアルビオン王家と親交のあった者と思われる。話がしたいので丁重にお連れするようにですか。この手紙をモンモランシ様にお見せしたらさそおもしろい反応を見せてくれることでしょう

 

「ねえ、モンモランシーと何をしていたの?」

 

「水の精霊に秘薬を分けてもらいに行っただけです」

 

その途中でいろいろあり、そのあともいろいろあっただけです

 

「それでモンモランシーのことだけど……」

 

「書かれている通り連行すればいいのでは?」

 

モンモランシ様がどうなろうと私には関係ありません。しばらく共に過ごし、モンモランシ様が他の貴族様と違うとわかっても、ただそれだけのことです。モンモランシ様の気骨にはやや関心すれど、別に親しくなったわけではないのです

 

「あ、それとルイズ。私を王宮に連れていこうとしたら、たとえルイズでも全力で抵抗しますのでそのおつもりで」

 

そう言うとルイズは何か言おうとして表情を歪め、しかし思いとどまったように黙り込む。ただ無言でうなだれている

 

トリステインに忠誠を誓っているルイズとしてはアンリエッタ様には容易に逆らえない。かといって、薄々は無実と気付いているモンモランシ様を連行するのはルイズの誇りが許さないといったところでしょうか

 

腕を組んで何やら表情を険しくさせるルイズ。ルイズはその日、いつものように私の部屋に泊まり、いつも以上に私の傍にいたように感じました

 

そうして夜の闇が訪れ学院全体が静寂に包まれる深夜。自室の窓から目を凝らして外を見れば小さな人影が暗がりに二つ

 

私は手の中にあるルイズの置手紙にもう一度目を落とす

 

『モンモランシーが逃げたから追います。心配しないで待ってて』

 

そして再び窓の外へと目を向ける。ルイズがモンモランシ様の手を引っ張り先導しているように見えるのは、きっと私の見間違いなのでしょうね……

 

 

 

 

 

 




退院したと思ったら再入院させられていた。な、何を(ry…

とりあえず日曜に退院していろいろごたごたやっていましたw


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シエスタさん、お茶をする

夏季休暇が始まったばかりの魔法学院では幾人もの貴族様達が暇を持て余しています。大半の生徒は帰郷しているものの、およそ一割の学生は学院に残り思い思いに過ごしています。ツェルプストー様とオルレアン様も学院に残った内の二人で、なぜか私を指名して身の回りの世話をさせられています

 

だけど今日はそんな二人の世話をすることなく、トリステインの城下町へと足を運んでいます。白いパラソルの下で四つの椅子が備えられているテーブル。オープンカフェに七つあるテーブルの内の一つに私と彼女が使っている

 

歩みよってきた給仕に軽食とお茶を注文して、彼女に向かい合う。白色の薄手のワンピースが風に裾をなびかせる。清純そうな童顔。金髪のセミロングの髪は両脇で三つ編みにしている。それに標準よりやや大きめな胸が合わさってくすぐるような色気を振りまいています。顔と身体のアンバランスさが、いわゆるその手の趣味の男性には受けることでしょう

 

実際、上流貴族の目に留まって毎夜のように身体を弄ばれていましたからね。彼女との付き合いは、私が仕事でそれを助けてからのものです。まあ助けてからは面倒だからとワケ有りの女性が働く店に放り込んだきりだったのですが、彼女から定期的に送られてくる手紙に気になることが書かれていたので、こうして二人で休みを合わせて会うことにしました

 

「息災で何よりです、シエスタ様」

 

「あなたこそ身体に異常がないようでなによりです」

 

母さまから貰った貴重なエリクシールを彼女に使用したので異常などあろうはずがないでしょう。まっすぐに私を見つめながら彼女が笑う

 

「それにしても驚きましたわ。わたしの働いている店でヴァリエール様とモンモランシ様が働きだしたこともそうですけど、シエスタ様から会いたいと言われるなんて」

 

両肘をついて組み合わせた手の上に彼女が顎を乗せた。金髪の髪が波打つように風に揺れている

 

「ただでさえシエスタ様と似た顔立ちのセスタさんがいて戸惑っていますのに」

 

私はなにも言わずに軽く息を吐いただけ。なのに、彼女はなにかの返事を貰ったかのように微笑んでいます

 

「みんな元気にやっていますわ。最初は戸惑っていらしたみたいですけど、モンモランシ様などはすぐに順応されてしまわれて今では他の娘と比べても遜色ありません」

 

彼女はそこで言葉を切った。パラソルの作り出す日陰の中に給仕が入ってくる。パンにサラダ。それにアップルパイと紅茶が置かれた。一礼した給仕はトレイを小脇に抱え歩み去る

 

「ヴァリエール様はそうですね……、魅惑の妖精亭の癒しでしょうか。見たことのないような着ぐるみをいつも着ていらっしゃって、それが可愛らしくてお客様にも好評ですわね。店の娘も可愛らしさに釣られてよくヴァリエール様に抱きついていますわ」

 

そういえばルイズにプリニースーツを預けたままでした。見た目は可愛い装備ですが、並みのメイジや戦士の攻撃では傷一つ付かない性能を持っていますからね。変な客がルイズに絡んでもきっと無事でしょう

 

「それでセスタさんは……」

 

彼女は僅かに微笑みを崩して

 

「あの人は他人に全く心を開いていませんわね」

 

そう言った

 

「怒りもします。笑いもします。だけどそれだけですわ。悲しんだり嬉しがったりすれど、それはどこか劇の役者と似たものを感じます。恋人のサイトさんと一緒にいる時でさえそう感じました。きっとセスタさんは……」

 

そうですね。私はそのことに学院で初めて気付いたのです

 

「他人がどうなろうと何も感じない人なのだと思いますわ」

 

まったくその通りですよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また何かあればお呼びください、シエスタ様」

 

私を見つめながら彼女が笑う。夕日に照らされて、彼女の金髪は燃えるように輝いて見えた。きらきらとなびく髪は、まるで火の粉のように舞っている

 

「あなたもなにか困ったことがあれば言ってください。せっかく助けたあなたにもしものことがあれば目覚めが悪くなります」

 

不意に彼女の瞳がまっすぐに私を捉えた。ひどく力の籠った眼差し。そして、何でもない風を装って彼女は笑みを浮かべて言った

 

「そういえば、シエスタ様はなぜ私を殺さずに助けてくれたのでしょうか?」

 

「ただの気まぐれです」

 

即答しても、彼女はまっすぐに私をみつめたまま、やがて諦めたように深い息を吐いた

 

「シエスタ様は意地悪です……」

 

そうして彼女は私に背を向けて歩き出す。その背に私は……

 

「またいつか会いましょう」

 

彼女を助けた理由を告げる……

 

「『ロザリー』お元気で」

 

そう言って、私は金髪を持つロザリーと別れたのでした

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、あの娘の本質を見抜くとは彼女も人を見る目が養われたものです。彼女が言った通り、あの娘は他人に全く心を開いていない。他人がどうなろうと何も感じない。学院で見せるあの娘の笑顔も全て見せかけ。恋人のヒラガ様への愛ですら見せかけ

 

だけど、私はあの娘の本当の笑顔を知っている。あの娘が心から悲しみ流した涙を知っている。言い換えるならば、私だけがあの娘の剥き出しの心を知っている

 

ずっと昔に私はあの娘と一番近い場所にいた

 

『セスタ』、『姉さま』と大切なもののように互いのことを呼び合っていたあの日々を……

 

 

 




彼女については『シエスタさん、人助けをする』参照

彼女の名前『ロザリー』はギンガの師匠と同じ名前です。でもって金髪でロザリーなものだからシエスタさんはつい助けてしまったとかそんな感じです



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シエスタさん、決別する

その少女に出会ったのはアルビオンが母さまに全面降伏してから間もない頃でした

 

濃く深い緑の森にに霧雨が降りしきるなか、少女は雨宿りをしている木から少しだけ首を伸ばして灰色の空を見上げると、『はあぁ…』と大きなため息をついた。そうして先に雨宿りをしていた私に、『早く止めばいいのにね』と笑顔でこぼした

 

最初の印象としては、私に似ていると思っただけでした。だけどその日、少女に出会ってから私の日常は劇的に変化した

 

セスタと遊べる喜びを知った。セスタと喧嘩する悲しみを知った。セスタと仲直りした時の安堵を知った。セスタに姉さまと呼ばれる幸せを知った

 

信じられる者は家族だけだった私の世界に、セスタはいつの間にか加わっていた

 

いつもいつも、セスタが森に遊びに来ることを期待していた。家のドアを開けるとそこにセスタがいて、『姉さまあそぼー』と言ってくれるのではないかと。そんな小さなドキドキがいつも心の奥で騒いでいた。さらに、セスタに実際に会うことで湧き上がる大きな感情と、おへその下あたりを急激にに通り抜けるくすぐったい微熱

 

セスタに出会ってから、心が絶えずざわついていた。自分でも抑えることのできない、何か得体の知れないものが心に住み着いたかのようだった。でも、それはとても暖かなもので……とても柔らかなもので……、大事に育てていこうと自然に思えた

 

それが、いったいなんでこんなことになってしまったのだろう。そう、思い返せばそれはセスタの口からぽつりと飛び出た思いがけない言葉からだった

 

「姉さまはいつ私の家に戻ってくるの?」

 

思わず口からふっと息が漏れる。二つ分けにして結った髪が大きくはね、私の体が小さく揺れた。その時、私のどこかで何かに亀裂が入る音を確かに聞いた……

 

「姉さまは本当の家族の私と一緒に暮らすべきだよ」

 

それはたまらないくらいの鋭さで心の奥に突き刺さった。お願いだからもうこれ以上はやめてと泣き出してしまいそうな痛さで……、冗談だよって言ってくれたらまだセスタを好きでいられるから……、今ならまだセスタのことを……

 

「先生はいい人だけど姉さまとは本当は他人だしエルフなん…」

 

「だまれっ!」

 

セスタに姉さまと呼ばれるのが心地よかった。ちょっと姉さまぶったりとか。そういうのもいいかなって。セスタは家族だって。私の大切な妹だって。そう思えるようになれていたのに……、そうしようとしていたのにっ!

 

セスタは私の一番大切なものをいつもの無邪気さと柔らかい笑顔をもって汚したのだ

 

母さまが私の母であることは不変のものとして心に刻み込まれている。他人から見ればとても親子には見えないことは知っている。母さまと私に血の繋がりがないことも十分に知っている。それでも母さまが親であることを疑う気持ちは微塵もない

 

ずっと私と一緒にいてくれた。ずっと私を愛してくれた。言葉にすればただそれだけのことだけど、ずっとそうしてくれたのだ。この身には過ぎた贅沢と幸せを母さまだけが与えてくれた

 

頭に血が上って顔が熱くなるのがわかる。突き上げる激情に握った拳が震える。あっけにとられた『あの娘』が、はっとしてこちらに手を伸ばしてくる

 

いつも繋いでいた手だ。小さいけれどあたたかみのある手。繋ぐと、ぎゅうっと握ってくる感触にいつもドキドキしていた

 

だけど、もうどうしようもないほどその手もあの娘も無価値なものにしか見えない。そうとしか見えなくなってしまっていた

 

だから、その手をはねのけても何も思うこともなかった。とたんに顔を青ざめさせたあの娘を心配する気持ちも全く湧かなかった。ただ、こんなつまらない存在のために母さまと一緒にいられる時間を削っていたのかと、ただただ後悔した

 

泣きむせびながらあの娘が何かを喚いていた。どんな小声でもさっきまでははっきりと聞き取れていたのに、あの娘の声がただの雑音としか聞こえなくなっていた

 

立ち去る私に向かってあの娘がまだ何か喚いているようだったけど、そんなどうでもいいことを気にかける必要はない。私には母さまと家族だけいればいい。もう、それだけでいい……




シエスタさんがあんな風になったのは、だいたいこいつのせいw

母さまはギンガのことで、家族についてはそのうち書きます


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シエスタさん、姉さまと呼ぶ

学院の仕事は今日は休み。ツェルプストー様とオルレアン様もどこかに出かけたらしく学院にその姿はない。モンモランシ様の恋人のグラモン様が、モンモランシ様がいないのをいいことに一年生の女生徒を口説いている大声さえ無視してしまえば、学院は概ね平穏でした

 

だが、誰かが扉を叩く音が鳴った。不可思議に思い一瞬動きを止める。自室の扉をノックするような知り合いは今日は学院にはいない。もしかして暇を持て余した貴族様がメイドにちょっかいでも出しにきたのでしょうか?それならばまだ納得できたのですが、扉を開けた先にいる人を見た瞬間、思考が止まってしまいました

 

背中の半ばまで伸びた金髪の下、優しげな青い瞳が泳ぐ。武神の鎧に身を包み、百合の紋章が描かれたキラキラと輝く精霊のマントをその上に羽織っている。その腰に下げられている大振りの剣は魔剣バルムンク。間違えようがない。この女騎士は……

 

「姉さま…」

 

「少し……痩せましたね。シエスタ」

 

そう言って苦笑しながら私の頬を撫でる。我慢しないと照れ笑いをしそうになる。我慢しないと涙が溢れそうになる。頬を撫でていた手が頭の後ろに回され、ふんわりと抱き寄せられた

 

「遅くなってごめんね。だけどシエスタが喜びそうな話を持ってきたから許してね」

 

私の大切な家族。私の敬愛する姉さま。アニエス姉さま……

 

何もかも忘れてしまいたくなる。姉さまの腕の中で子どもみたいにわんわんと泣き喚いてしまいたくなる。そんな私に姉さまはきっと言ってくれる。好きだよって。愛してるって。世界で一番シエスタが大事だよって。私が泣きつかれて眠ってしまうまでずっと……

 

そんな甘い誘惑をなんとか頭を振って霧散させて、姉さまの抱擁から身を離す

 

遠目に顔見知りのメイドがそそくさと廊下の角に消えていくのが見えた。またくだらない噂になるのだろうと小さくため息をつき、部屋に入るよう姉さまを促す

 

「それで……話って」

 

「ええ、それがね、今日は陛下の命令でシエスタを向かえにきたの」

 

姉さまがごそごそと懐から書簡を取り出すと、『はい、これ…』と私に差し出す。普段ならば王宮からの書簡など処分して無視するのですが、姉さまが私に持ってきたものです。読む価値はあると思っていたのですが……

 

内容を見て呆れてしまいました。自分のこめかみをぐにぐにとさする。要約するとウェールズ皇太子の話が聞きたいので城まで来るようにとのことでした。その案内人が姉さまということです

 

「シュバリエになったとは噂で聞いてたけど…」

 

「ええ、国の中である程度の地位を持ってた方がシエスタの為になると思ったの。最近のシエスタの行動も気になっていたし」

 

行動と言われましたが表向きは行儀見習いとして学院で働いていることになっています。間違っても裏の仕事をやっているなんて知られてしまったら……

 

「フーケを脱獄させた裏切り者のワルドを倒したことといい、だまし討ちのような形でトリステインに侵攻してきたアルビオン艦隊を殲滅したことといい、先日はアンドバリの指輪で操られたウェールズ皇太子から陛下を救ったことといい……、まったくもう、心配ばかりかける子なんだから」

 

………………どうしましょう。なにか全部ばれていませんか?アルビオン艦隊戦はゼロセンが大勢に目撃されたのでアニエスなら容易に気付くのはいいです。陛下を救ったのは枢機卿あたりから聞いて推測したにしても、なぜウェールズ皇太子がアンドバリの指輪に操られていたことを知っていたか。そして、ワルドがフーケを脱獄させたことなどは私しか知らないことだと思っていたのですけどね……

 

「それでね、シエスタ。ここからがシエスタが喜びそうな話なんだけど」

 

姉さまが言う

 

「陛下に進言したの。ウェールズ皇太子と親交のあった者を何の見返りもなく呼び出して話をさせるのは失礼にあたるって」

 

いつも私のことを一番に考えてくれる姉さまが言う

 

「シエスタを城に呼ぶ条件として、小規模の土地なら無償で譲渡するという条件を取り付けてきたわ」

 

「……え?」

 

頭が真っ白になったのは比喩でもなんでもなかった。本当に真っ白になってしまっていた

 

「じゃあシエスタ、城に行きましょうか。そうしたら、家族みんなであの森で幸せに暮らしましょう」

 

こぼれそうになる涙をぐっとこらえて、優しい笑みを浮かべている敬愛する姉さまに……、私の最高の弟子に小さく頷いた

 

 




姉+弟子=アニエスw

アニエスがこうなった話は次のギンガ視点でー



以前の話を覚えている方はアニエスについてはスルーの方向でw


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シエスタさん、きれる

病院もういやああああああああああああああああああああああああああ><

感想の返信は後回しにさせていただいて、できるかぎりあげていきます……




トリステイン王宮の通路石床を一切の足音を立てずに姉さまと歩く。行き交う貴族や親衛隊のメイジたちが遠巻きに聞こえよがしの中傷をささやきあっていましたが、私も姉さまも一瞥もくれず、ただアンリエッタ様の下へ急ぐ

 

「しかし、本当に森を手に入れることが出来るのでしょうか」

 

「陛下にはギンガ様の情報を曲解させて伝えているわ。おそらく訳ありの土地だと考えて、厄介払いよろしく手放してくれるでしょう」

 

「母さまの情報を曲解させてって……」

 

「タルブの森にはスクウェアクラスのメイジが束になってかかってもどうすることもできないエルフの魔女が住み着いている。無駄な犠牲を出すよりも、魔女の機嫌を損ねることはせずに放置しておく方がいい。幸いなことに魔女は平穏を望んでいると」

 

心持ち弾んだ声で姉さまは言った。森の家で母さまと姉さまと私の三人で過ごした日々を思い出しているのかもしれません。姉さまがあの家にいたのは短い間だったとはいえ、思い出すだけで幸せな気持ちになれるような思い出は数多くあるのです

 

「私はね、シエスタの望みならなんでも叶えてあげたいの。武勲をあげて、陛下が新設なされた銃士隊の隊長に就いたのも、騎士の身分があれば何かシエスタにあった時、力になると思ったから」

 

復讐をやり遂げた姉さまは生きる意味を失っていました。復讐だけが姉さまの生きる力でした。リッシュモンとメンヌヴィルを撃ち殺したあの瞬間から姉さまは生きる意味を失ったのです。だから、そのすすけて見えた背中を思わず力を込めて押し飛ばしてしまいました。せっかく仲良くなった姉さまが生きているのに死んだような目をしているのは嫌だったのです

 

そうして、ある時は姉さまをポカポカと叩き、ある時は姉さまに四六時中くっつき、姉さまが前みたいに私に笑いかけてくれるのを待っていたら、いつの間にか姉さまは泣きながら私のことを強く抱きしめていました。だけど、その力強い抱擁の中に私への確かな愛情を感じ取って、私も一緒になって大泣きしてしまいました。それからでしょうね、私と姉さまが師弟としてではなく姉妹となったのは……

 

と、姉さまが王家の紋章が描かれたドアの前で立ち止まりました。どうやらこの先にアンリエッタ様がいるようですね。ドアの前に控えた兵士に姉さまが目通り許可を伺って……、なにやら様子が変です。兵士に何か耳打ちされた姉さまが苦々しい顔でこちらを振り向きます。姉さまがそんな表情を私に見せるのはよほどのことです

 

「どうしましたか」

 

顔を寄せて姉さまが耳打ちしたのは…

 

「陛下がまた何者かにかどわかされたみたい。警護をしていたメイジの警備隊を強力な風の魔法でなぎ払い陛下をさらっていったと」

 

「ふふ……」

 

つい笑い声がでてしまいました。どこの誰かは知りませんがやってくれたものです。ああ、そんな申しわけなさそうな顔をしなくても大丈夫ですよ姉さま。姉さまに責任はありませんし、まして嫌いになることなどありません。むしろ今回の話で姉さまのことがもっと好きになったのですから

 

「わかりました。アンリエッタ様の捜索に私も加わります」

 

そして、アンリエッタ様をこのタイミングでさらった賊は、私が責任をもって対処することにいたします

 

「わかった。私も一緒に行かせてもらう」

 

姉さまが一緒なら願ったりです

 

「賊の乗っていた竜は警備隊のメイジが一矢報いて堕としたそうよ」

 

「それなら、まだ遠くへはいっていないはずです。夜明けまでにはかたをつける」

 

「そうね」

 

隠れるというのは非常に神経を使う。どこまで偽装をしたところで完璧はない。いずれ耐えられなくなって尻尾を出すはずです。なるべく早く見つけるので待っていてください。その時がきたら、できるだけ生きてきたことを後悔させてさしあげますから




アニエスの職業は次話


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シエスタさん、脅す

焦る気を静めて周囲の消えている気配を探る。やがて周囲に滑らせて視線をとある宿屋の前でぴたりと止めた。妙な気配を感じて……、いえ、その逆です。周囲の気配があまりにも薄すぎます

 

宿屋を含め、周囲には幾つもの建物が並んでいます。その建物のなかには当然人が居て、眠っているにせよ、起きているにせよ、気配を発しているはずなのです

 

しかし、この宿屋の周囲はまるで廃屋のように気配がありません。宿泊者の馬などを繋いだりするための簡易な馬小屋からは動物の気配は感じられますが、少なくとも人間の気配がほとんどしません。街中でありばがらもここに漂っている空気はどこか廃墟のそれに近いのです

 

すぐ後ろをついてきていた姉さまをちらりと見て言いました

 

「空に一発撃ってください」

 

姉さまは腰の後ろに手をやり、忍ばせていた名銃ドラグーンを抜くと夜空に向けて引き金を引きました。銃声が響くと同時に宿屋内に瞬間的に発生して消えた気配。確信には至らないもののこの宿屋が極めて濃厚です

 

姉さまに目配せをして宿屋の扉をくぐると不可視な風の刃が飛んできました。不可視な上に、微妙ににタイミングをずらして飛んでくる風の刃。それを体捌きでかわし、姉さまに直撃しそうだったものを宙で掴み握り潰し、爆風にまぎれて姉さまを宿屋の外に蹴り飛ばします。ダメージはありませんが手のひらが少しだけヒリヒリします。それにしてもまた風系統のメイジですか……

 

「『足』を確保しに宿へくればこれはこれは!」

 

そう言って姿を見せたのは、長い黒髪に、漆黒のマントを纏った男。ですが、あれはおそらく風の偏在でしょう。どうやらかなりの使い手のようですね。それはこうして相対していると肌でわかります。少なくともこの男はワルドと同等の魔法を使っているのですから

 

「私の魔法をああも容易く退ける者が誰かと思えばシエスタ殿ではないか」

 

そうして見えた男の素顔。まったく、顔見知りとこういった状況で相対するものではありませんね……

 

「それはこちらの言葉です」

 

学園の教師ともあろうものがこんなところで何をしているのですか

 

「疾風のギトー。あなたこそアンリエッタ様を誘拐するとはどういうことです」

 

「……ふむ、説明はいるかね」

 

「できればお願いします」

 

「なに、簡単なことだ。アルビオンとトリステインの此度の戦争だがトリステインの勝ち目は薄い。ならば手土産をもってアルビオンに乗り換えるのは、そうおかしな話でもあるまい」

 

そういうことですか。この疾風のギトーという男は裏社会ではそこそこに名の知れた者です。国への忠誠心などというものはないのでしょう。学院長は何を思ってこんな男を学院の教師にしていることやら。まあ、私がいうのもあれですか…

 

「それでは次はこちらの番だ。シエスタ殿は如何様でここに来たのだ」

 

「モンモランシ様からの密名でアンリエッタ様救出の任を受けて参りました。おとなしくアンリエッタ様の身柄を引き渡していただけると助かります」

 

「ほう!シエスタ殿がか!!」

 

「ええ、モンモランシ家特務氷精霊部隊≪セルシウス≫の一員として今回の救出任務に就いています」

 

とっさにしては中々の内容でしょう。代々、水の精霊との交渉役を務めてきたモンモランシ家なら、そんな私設部隊があってもそうおかしい話ではないでしょう。それにモンモランシ様と私が一緒にいる姿は最近では学院の生徒や教師にも目撃されていましたしね

 

「ですのでお早くアンリエッタ様の身柄をこちらに引き渡してください」

 

ここまでくればもうアンリエッタ様を救出するのが早いか遅いかの違いだけです。ギトーにとってみればそうですね……

 

「疾風のギトー、殺されてアンリエッタ様を奪われるか、速やかにアンリエッタ様の身柄を引き渡すか選んでください」

 




アニエスはマスターシーフ

そのうちステ公開


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シエスタさん、苛立つ

正直に言ってしまえば私が疾風のギトーにしていたのは交渉でも脅しでもなく、単なる時間稼ぎでした。そして、アンリエッタ様の身柄を盾になんとか有利に話を持っていこうとしていたギトーは五分も経った頃、偏在が何の前触れも無く消滅しました

 

軽く息を吐き、眉間をぐにぐにともみほぐす。そうして現れた姉さまの気配を辿り宿屋の裏へ足を進めます

 

そこで見たものは、馬の背に括り付けられぐったりと気絶している街娘風な姿のアンリエッタ様と、姉さまによって意識を盗まれ熟睡しているギトーの姿でした。そのギトーの後頭部には姉さまがぴたりとドラグーンを向けています

 

「どうする?」

 

「私の邪魔をしたのです。アンリエッタ様を攫った賊として王家に高く買い取っていただきます」

 

アンリエッタ様を護衛して、もうすぐだ。もうすぐ念願が叶う。母さまたちと一緒に平穏に暮らせる。母さまと家族だけが私を愛してくれた。母さまと家族だけが私に生きる意味を教えてくれた。だから母さまたちと生きる。他には何もいらない。ずっとそれだけを求めてきた

 

だけど、なぜだか知らないけれど不意にルイズのことが頭に浮かんだ。時間があればいつも私の傍にいる少女

 

ロザリーからの知らせでは貴族にも関わらず、すぐに魅惑の妖精亭で働く少女たちと打ち解けたらしい。まったく貴族らしくないルイズ

 

彼女はどう思うのだろうか。学院を離れ、ルイズの傍にいない私のことをどう思うのだろうか。そこまで考えて、なんとなくだけどこう思ってしまっていた

 

傍にいるんだろうな……、と

 

例え学院だろうと、星の魔女が住み着いた森だろうと、ルイズは私の傍にいるんだろうなと。まるでそれが当たり前のことのように

 

だからだろうか、なんとなくだけどルイズに会いたくなった。城に向かう最短路を外れ、私の足は魅惑の妖精亭へと向かう

 

ええと、疑問を浮かべていた姉さまには、あらぬ疑いを掛けられた知り合いがいるので、この機会にそれを払拭してあげたいと

 

モンモランシ様と一緒にアンリエッタ様を救出したことにしておけば、誤解をとく場もあることでしょう

 

ええ、わかっていますよ。言い訳だってことも。本当は理由なんて無いってことも。私がただルイズに会いたくなっただけなんだって

 

魅惑の妖精亭が見えて、客引きをしているロザリーがいて、店の外から中を覗くとすぐに目が合った。すぐに駆け寄ってきた

 

そして私は久方ぶりに、ルイズの匂いと体温を感じて、自分の中の何かが満たされていくのを感じたのでした

 

 

 

 

 

 

 

そうして三日後……

 

いつものように学院で働いていると姉さまが自室に姿を見せました。その横にはなぜかモンモランシ様の姿もあります。おや?モンモランシ様の羽織っているマントはひょっとしてシュバリエのものではないでしょうか

 

「シエスタ。どうか落ち着いて聞いて」

 

そう言った姉さまは浮かない顔をしています

 

「タルブの森の件だけど、陛下が二度も攫われたことでアルビオンへの対策が優先され一時凍結となったわ。アルビオンとの戦争が終わるまではこのままだと思う」

 

ギシリと知らず拳を握り締める

 

「次いでこちらのモンモランシ様だけど、誤解も解け陛下を救ったとしてシュバリエを授かったの。その際、陛下直々にある頼みごとをされ、枢機卿からは厳命を受けている」

 

「もうやだああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「陛下がされた頼みごとはシエスタとウェールズとの関係を調べ逐一報告すること。枢機卿からの厳命は今回の件が凍結したことで気を害したシエスタへの……ようは『生贄』よ」

 

瞬間、空気が固まりました。ぴりぴりと、部屋の中の緊張が一気に高まります。ええ、きちんと自覚していますよ。あと一歩のところでするりと指の間から抜けていった夢と生贄にされたモンモランシ様。いろいろと思うことがあり、ついぶつけどころのない怒気が漏れてしまいました

 

あ、モンモランシ様。とりあえずこれからよろしくお願いいたします

 

せいぜい死ぬまで私の役にお立ち下さい




モンモンはひどい目にあいながらものし上がっていきます


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ギンガ、拾う

今日もタルブの森で人目を忍んで黒髪のおっちゃんと物々交換。村で収穫された野菜や穀物を分けてもらう代わりにエクレアとチョコレートをどっさりと渡す。こないだ村人が流行り病で具合悪くしたって言ってたから追加で妖精の粉を十個渡しておく

 

気をつけてねー、なんておっちゃんに手を振りつつ別れた。そして……

 

「……ん?」

 

ふと立ち止まって眉をひそめた。思い出深い場所。シエスタを拾ったのと同じ場所に、ぐったりと横たわっている少女がいた。見たところ十歳といくつかな。痩せた身体に、粗末なボロ布を引っ掛けるようにして着ている。服というより布に穴を開けただけの代物だ。ボサボサの金髪も伸ばしているというより、単に切っていないだけに見える

 

いかにも孤児と見てわかる少女だった。だが、それだけならばいちいち構ったりはしなかった。まだ近くにいるおっちゃんでも呼んで村に保護してもらえばいいだけだ。でも、少女はこの場所に横たわっていた。シエスタが捨てられていたこの場所に……

 

この少女をおっちゃんに任せるのは、なんだかあの日のシエスタを他人に任せるようで嫌だったのだ。気付けば、顔をしかめて少女を背負っていた。家に帰る道すがら、シエスタにどう説明しようか頭を悩ませる

 

「素直に拾ったって言うかねー」

 

まさか、捨て犬よろしく元の場所に戻してきなさいとは言われまい。だけどなんとなくシエスタが不機嫌になるのはわかる。私にべったりなシエスタ。ある日、私が少女を拾ってくる。私が少女の世話をする。私にべったりできなくなるシエスタ。うん、プリンでもシエスタの機嫌が直らないのがはっきりとわかってしまう

 

可愛いんだけどね。すっごく可愛いんだけどね。おそらくハルケギニア一可愛いんだけどね!あまりの可愛さに時々鼻から愛が駄々漏れになるけどね!!…………まあシエスタが可愛くて笑顔ならそんだけでいいや

 

「起きた?」

 

でもって背中でもぞもぞしてる少女に一言

 

「……森のエルフ……」

 

一瞬、それが私のことだとは分からなかった。シエスタは母さまと呼ぶし、おっちゃんはギンガさんと呼ぶ。おっちゃんから、私のことがタルブの森に住み着いたエルフとして他国でも噂になっていると教えてもらっていなければ、少女が私を呼んだことに気付けなかっただろう

 

「ギンガ。それが私の名前よ」

 

「アニエス……」

 

「それがあなたの名前?」

 

背中で少女…アニエスが小さく頷く。それからアニエスは、ぽつりぽつりと細くはかない声で話し出した

 

問答無用に村を焼き払った者たちに復讐したいと

家族と恩人を焼き殺した火のメイジに復讐したいと

私のことを噂で聞き、復讐できる力を求めて訪ねてきたと

村の唯一の生き残りである自分がみんなの仇を討つと……

 

なんともまあ、こんな小さな女の子がよくここまで決意しているものだ。復讐を遂げるためには異端であるエルフの力を借りることも躊躇しないほどに

 

「なんでもします。復習した後なら私の体を食べても構いません。切り刻んで薬の材料にしてもらっても構いません。私の血と肉、魂すら捧げます。だから私に力をくださいっ!」

 

いやいや、そんなグロいことしないからね私。でもそっかー。アニエスちゃん今なんでもするって言ったよね

 

「それじゃあ、アニエスちゃんにはまずはうちのお姫様の面倒でも見てもらおうかな。食べるのは復讐が終わってからでいいわ」

 

知ってるかなアニエスちゃん?子どもの世話をするってとても大変なんだよ。忙しくて、自分のことを考える暇なんてなくて、世話してる子どものことが最優先になっちゃってたりするんだ。いつの間にか自分より大切になっちゃってたりするんだ。いつの間にか愛おしく思えるようになっちゃってたりするんだ

 

だからね、アニエスちゃん……

 

 

 

 

 

 

 

「殺さないでください!」

 

復讐は終わったのになぜ?

 

「まだシエスタと生きたいのです!」

 

涙に濡れた声でアニエスちゃんは続ける

 

「あの子の笑顔をまだ見ていたいのです!」

 

じゃあしょうがないね

 

「ずっとシエスタと一緒にいたいのです!」

 

これからも妹のことは任せたよ

 

「シエスタが私に生きる意味を教えてくれたのです!」

 

シエスタのお姉さま♪

 

 




アニエスが家族入りした話でした


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シエスタさん、帰郷する

アルビオンへの侵攻作戦が魔法学院に発布されたのは、夏休みが終わって二ヶ月が過ぎた頃でした。正直遅すぎます。それに、いくら仕官不足だといっても貴族学生を仕官として登用するとは正気でしょうか?王軍の将軍たちはともかく、トリステインの最後の良心と呼ばれている枢機卿も賛成したというのだから少し驚いてしまいました。何か考えでもあるのでしょうか

 

「シエスタさん!旅ってわくわくするわね!」

 

隣に座っているルイズは、そう叫んで腕を絡めてきます

 

「わくわくというより、びくびくよ!」

 

向かいに座っているモンモランシ様が泣きはらした眼でやけっぱちに叫びます。二人とも大きい声を出しすぎですよ。馬車の中に響いて少しうるさいです

 

「星の魔女の愛娘ってなんなのよもおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

そんなに大声を出さないでくださいモンモランシ様。貴族様とあろう者がはしたないですよ、と言えば

 

「こんな現状から逃げられるなら貴族なんてやめてやるわよ!」

 

とまったく間をおかず赤くなった目で言うのです。御者をしているヒラガ様と私たちしかいないとはいえ、モンモランシ様がこんなことを言うとは意外でした。いろいろと溜まっているようで、やはり上辺だけの優しい言葉でもかけるべきでしょうか

 

このままでは役に立つ駒どころか邪魔になってしまうかもしれません。姉さまほどは望めないにしても、せめて身体を使って要人から情報を引き出すくらいのことは出来るようになって欲しいものです

 

「そんなことを言うものではありませんよ。モンモランシ様はトリステインの中では中々の気骨を持つお方です。モンモランシ様を失うのはトリステインにとって大きな損失となりましょう」

 

急に腕に力を入れてどうしたんですかルイズ。頬を膨らませて睨んでも可愛ら……いえ、なんでもないです

 

「モンモランシ様は私が気にかけているお方です。その気骨ある魂を穢すような発言はお止めください」

 

そう言って頭を下げる。ここまで言えばモンモランシ様も少しは気持ちを持ち直すでしょう。それに、別に嘘をついたわけでもないのです。まあそれでも、モンモランシ様がどうなろうと構わないのですが

 

あ、タルブの森が見えてきました。モンモランシ様を幾分か強化するのが目的ですが、やはりこの森を見ると頭の中が母さまでいっぱいになってしまいます。考えてみると長いこと母さまには会っていません。会ったらルイズがいようがモンモランシ様に見られようが母さまにとことん甘えるつもりです。最優先事項です。最低でも五泊するのは決定事項です。ルイズたちはタルブ村にでも押し込みましょう

 

やがてヒラガ様が操る馬車が森に入ります。街道から細い枝道をたどって、およそ半時間。森の中に、まるで世界から切り離されたように、その丸太小屋は建っていました…………おかしいですね。母さまの姿はまだしも、家の警護をしているネコマタさんたちの姿がありません。母さまの留守を狙ってやってくる物取り対策に、常時、家の警護をしているはずなのですが…

 

気配を探ると……なんだ、家の中にいるのですか。よく知るネコマタさんたちの気配と母さ…まの気配ではありませんねこれは。それどころか私があまり会いたくない者の気配です。よし、学院に引き返しましょう。そうルイズたちに言おうとしたところで、背中からバタンと扉が開く音が聞こえました

 

「まあ!ネコマタさんたちが外を気にしていると思ったら嬉しいことがあったわ!」

 

桃色がかったブロンドが揺れる。ルイズと同じ髪の色。それはそうでしょう、だって彼女は

 

「ちいねえさま!」

 

ルイズが言ったように、ルイズの姉なのですから……

 

 




カトレアの病気は完治済みです


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シエスタさん、へこむ

床で目を覚まして、驚きました。となりにモンモランシ様が寝ていたからです。すやすや、と心地良さそうな寝息を立てています。どうして起きるまで気付かなかった……といぶかしみましたが、姉さまと似たなにかを感じ思い出しました

 

「そういえば転生させたのでした」

 

嫌がるモンモランシ様を連れて家の奥にある家の奥にあるゲートに一緒に入り、弟子にしたのでした。ここまで接近を許したのは師弟だからでしょう。モンモランシ様に敵意を全く抱けなくなっています。とはいえ、敵意を抱けないだけで、モンモランシ様を攻撃しようと思えばそうすることにためらいはありません

 

しかし散々嫌がったわりに転生した途端、態度を一変させたものです。嬉しそうに覚えたての魔法を精神力が尽きるまで使い続け、そして師匠としての最初の仕事は倒れたモンモランシ様を家に運び込むことでした。まあ、あのどうしようもないクズな弟子よりは幾分、いやかなりマシだと思うことにしましょう

 

モンモランシ様から視線を外し、その弟子とルイズが寝ているベッドを見ます。ふかふかのベッドの中、子猫を抱くようにルイズを抱きしめているカトレア。昨日、半泣きだったルイズのまぶたはまだ赤味を残しています

 

モンモランシ様を転生させたついでにルイズにも言ったのです、『ルイズもやりますか?魔法が使えるようにようになりますよ』と

 

『やる!』と即答したルイズは、しかし転生どころかゲートをくぐることもできませんでした。そこで、母さまが言っていたことを思い出しました

 

『大きな役割を持って生まれた者は、その個人こそが一個のクラスなんだよ』と。母さまの師匠様もそんな人で、誇り高い魂を持つ姫様だったと懐かしそうに話してくれたものです

 

しかし、ゲートの中に入れないと言った話は聞いたことがありません。再度ルイズにゲートをくぐらせようとしたら、まるで拒むかのようにゲートから力が溢れルイズを弾き飛ばしてしまったのです

 

唖然として戸惑っている私に対して吹き飛ばされたルイズが言ったのは

 

「シエスタさんの嘘つきっ!大っキライ!」

 

でした。あの時のルイズの流した涙を思い出すと心に鈍い重みを感じます。正直に、素直に言いますとルイズにそう言われて心が沈んだ私です。衝撃を受けて、ルイズを慰めるどころか、立ち尽くすだけで精一杯でした。あれ以上ルイズになにか言われていたら無様に膝を付いてしまっていたかもしれません

 

結局その場にいたカトレアにルイズを任せるしかありませんでした…………と、そういえばなぜカトレアはこの家にいたのでしょうか?昨日のルイズの件で動転してそのことを失念していました

 

ルイズを起こさないようにカトレアの頬をぴしゃぴしゃと叩きます。それでも起きなかったのでカトレアを持ち上げ家の外に放り投げました

 

「ひどい起こし方をするのね。わたし、びっくりしたわ」

 

カトレアは少し唇を尖らせてつぶやく。できるなら絶壁の崖にでも投げてやりたいところです

 

「いろいろあって聞くのを忘れていました。なぜここにいるのですか?」

 

それを聞いて、カトレアはきょとんとしたあと微笑んだ

 

「てっきりルイズのことを聞きたいのかと思っていたわ」

 

それもあとで聞くことにします。今はカトレアのことです

 

「そうね。聞いてもらえるシエスタ。お父さまったらひどいのよ。急にわたしに嫁に行けなんて言うのだから」

 

ヴァリエール公爵に大賛成です。嫁いだまま二度と顔を見せないでもらえると幸いです

 

「だからここに逃げてきたの。わたしガリア王妃になんてなりたくないわ」

 

…………はい?

 

 

 

 




カトレアと聞くと、ツンデレな金髪ツインテールを思い出すのは自分だけだろうか


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シエスタさん、弟子の幸せを願う

いい度胸ですジョゼフ様。母さまに求婚しておきながらカトレアを娶ろうとするとはかなりお灸が必要のようです。もちろん母さまとの結婚なんて許しませんが、母さまに恋焦がれているのに他に女を作ろうとするその考えが我慢できません。今すぐにでもジョゼフ様を殴りにいきたいです

 

「父さま、急に結婚しろだって。わたしそんなの嫌だわ。ギンガさんのお嫁さんになるんだもの」

 

カトレアに襲いかかりそうになってとっさに自分の身体を抱きしめました。右手で左腕を、左手で右腕を、指が深く食い込むほど強く握り締めます

 

今すぐにどうにかしてやりたい。肉片すら残さず消し炭にしてやりたい。ルイズの姉だろうと、私の弟子だろうと関係ない。簡単です。私の拳をカトレアの体に打ち込むだけでいい。あるいは蹴り込んでもいい。どちらにせよ、たった一撃でいいのです

 

でも、私はカトレアを絶対に傷付けられない。母さまが救った命を、娘の私が奪うわけにはいかない。カトレアがどんなに度しがたい発言や行動をしても母さまが救った命である以上、カトレアを害することはできない

 

「シエスタも嫌でしょ?わたしがギンガさん以外の人と結婚するの」

 

やわらかい目つきで、ふんわりとした天使のような微笑でカトレアがつぶやく。どうかどこの馬の骨ともわからない輩にでも嫁いで…………そうです、ジョゼフ様とカトレアが結婚すれば丸く収まるのではないでしょうか。なのになにを逃げてきているのでしょうこの魔物使いは。少しは人の迷惑も考えてほしいものです。それに母さまと結婚するですか。カトレアは女性で母さまも女性だなんて言いませんよ。ただですね……

 

「母さまとの結婚相手として私を納得させる条件はご存知ですよね」

 

「ええ、もちろんよ」

 

カトレアは頷く

 

「シエスタを納得させる方法は一つだけ。シエスタを打倒する、それだけよ。それだけなんだけど、ねえシエスタ、母さまのスクウェアスペルを全身で受けて無傷だった子をどう思う?」

 

「さしてめずらしくもないでしょう」

 

私の家族なら全員それくらいのことはやってのけます。カトレアは唇を尖らせて、うーうー唸っています。こんな子どもっぽいところはルイズに似ているなと、そんなどうでもいい感想を抱いてしまいます

 

さて、カトレアには全く悪いと思いませんのでヴァリエール領までお連れすることにします。さっさとガリア王妃になってもらい、ずっとガリアにいてもらいましょう

 

ジョゼフ様もカトレアも母さまに言い寄れなくなってすっきりします。母さまは浮気や不倫は絶対に許さない人ですからね

 

それにしても、なぜジョゼフ様はカトレアを娶ろうとするのでしょうか。それともヴァリエール家がカトレアをガリアに送り込もうとしているのでしょうか。まあどちらにせよジョゼフ様とカトレアがくっつくのなら二人も邪魔な者がいなくなってくれて清々します

 

「ほら、カトレア。ルイズとモンモランシ様を起こして、あなたの幸せのために早く行動を開始しますよ」

 

「シエスタ!」

 

抱きつかないでください。殴りたい衝動を我慢するのが正直きついです

 

「シエスタ!わたし立派な親になるからね!」

 

はい、親は親でもカトレアがなるのはジョゼフ様の一人娘イザベラ様の親ですけどね。多くの未婚女性が夢見るガリア王妃です。きっとあなたも幸せになれますよ

 

『どうしようもないクズ』なお弟子さん

 

 




病気治ってるので無駄に元気なカトレア


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シエスタさん、誓う

逃げられた、と気付いたのは翌朝のことでした。ヴァリエール領へと続く街道の途中にある宿泊村の一室、そこでふらつく頭で昨日のことを思い出します

 

カトレアが持ってきたワインを飲んで、ルイズの両頬を手ではさんだところで記憶が途切れました。それ以降の記憶がまったくありません

 

現在、ベッドで私に腕枕されているルイズと、部屋の隅で毛布を頭まら被り丸まっているモンモランシ様と、モンモランシ様とは逆の隅であちこちに傷を作って倒れているヒラガ様に繋がる記憶がないのです。そしてカトレアの姿、気配がどこにもありません

 

妙に鋭いカトレアのことです。私の目的に気付いて逃げたのでしょう。でも、いつカトレアに一服盛られたのかがわかりません。記憶がないことから即効性の睡眠薬をおそらくワインかグラスに仕込んだのでしょうが、昨晩、カトレアがそんな仕草を見せたことはありませんでした。カトレアといる時はいつも言動に注意しているのでこれは間違いないです

 

「あふ、おはようシエスタさん……」

 

ちょうどいいです。起きたばかりのルイズには急な話かもしれませんが、昨晩何があったのか聞いてみましょう

 

「おはようございますルイズ」

 

そう挨拶するとルイズは腕枕されたままこちらを向き、それから、はっ!と今の状況に気付き、一気に顔を赤らめました。この反応は少し変ですね。慣れたとはいかないものの、ルイズに腕枕をしてこれほどの反応を見せたのは最初の頃以来です。初めて腕枕をした時のルイズは、恥ずかしそうにはにかんだ笑みを見せてくれたものでした

 

「シ、シエスタさん、昨日はっ!あのっ!」

 

「はい、その昨日のことが知りたいのです。どうやらカトレアに一服盛られたようで記憶がないのです」

 

「…………え」

 

しばらく時間が過ぎて、ようやくルイズはそれだけを口にしました。それからなんだか分からない複雑な表情をしたあと、顔を真っ赤にしながら起き上がり、枕で私の顔をぽふりぽふりと叩きました

 

「シエスタさんはわたしと二人きりの時しかお酒飲んじゃ駄目!」

 

ルイズは床に転がった酒の瓶を指差して言います。そういえば母さまからも同じようなことを言われたことがあります。たしか、『親しい人としか飲んじゃ駄目!』です。あの時の母さまも顔を真っ赤にさせていました。すごく可愛かったです

 

そしてルイズは顔をそらして、『使い魔は別にして初めてだったのに…』だの、『モンモランシーにもした時点で気付くべきだった…』だの、『今度二人きりの時に飲ませよう…』だのとつぶやいているのはなんなのでしょう。知りたいのは昨日のことなのに関係のない話しか聞けません

 

しょうがないです。部屋の隅で寝た振りをしているモンモランシ様に聞くことにしましょう。ベッドから降りて近付くと、ガタガタと毛布ごと揺れ始めました。そのモンモランシ様の慌てっぷりに少し驚いてしまいます。記憶がなくなる前は、モンモランシ様とも良好とはいえないながら会話できていたのですが……

 

「わたしは何も知らない!」

 

モンモランシ様、それは知っているといっているようなものですよ

 

「わたしは何も聞いてない!」

 

震える毛布を剥ぎ取ると

 

「ガリア王が星の魔女に御執心なことも!あなたがカトレアさんとガリア王を結ばせようとしていたことも!お酒を飲むと素直でキス魔になる人のことなんかわたしは知らないんだからああああああああああああああああああああああああ!」

 

聞き逃せないことばかりですね。ちょっと人気のないところで詳しく聞かせてもらいましょうか

母さま以外とは二度とお酒を飲まない。そう固く心に誓った日でした……




知りたくもなかった情報を知ってしまったモンモンでした


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シエスタさん、逃げる

まともな授業の時間が減った魔法学院に、姉さまが率いる銃士隊の一団が現れたのは、カトレアを逃がし忌々しい気持ちで学院に戻ってきた翌日のことでした。いったい何事でしょうと首を傾げます。姉さまからは何も聞いていません

 

「アニエス以下銃士隊、ただいま到着いたしました」

 

「お勤め、ご苦労さまなことじゃな」

 

オスマン学院長が迎えにきたということは事前に連絡は取っていたようですね。姉さまは学院長との会話を早々に切り上げると、洗濯物を運んでいた私のところに一直線に歩いてきます

 

「そこのメイド!学生が授業を受けている教室までの案内を頼む」

 

姉さま……演技をするならもっと上手くやってください。学院長からは見えないでしょうが、正面からは女性でさえ見惚れるような穏やかな微笑みが丸見えですよ。隣で洗濯物を運んでいるあの娘も不思議な顔をしています。まあ不思議に思っているのはそれだけではないのかもしれませんが……

 

「すみません、私はこちらの貴族様の案内をしてきます。残りの洗濯物はお願いします」

 

「え…あの、うん」

 

あの娘の足元に洗濯かごを下ろして姉さまを見上げます

 

「こちらです。ご案内いたします」

 

「ああ」

 

さて、それでは教室までの道中ゆっくりと話を聞くことにしますか。そうして廊下を進み、人気がなくなったところで申し合わせたように足を止めました

 

「男子学生を仕官として登用しただけでは仕官不足は解消されず、女子生徒も予備仕官として確保し、アルビオンとの戦で仕官が消耗すれば、逐一投入せよとの王政府の方針よ。そのため、学院に残った女子生徒たちにも軍事教練を施せよとの指令よ」

 

「始祖の血を引くヴァリエール家、代々水の精霊との交渉を任されてきたモンモランシ家、ガリア王家筋オルレアン家、その他の他国からの留学生がいると理解しての方針ですよね?」

 

「私は一介の末端貴族だもの」

 

姉さまはそう言って苦笑しました。心底トリステインの愚かしさに呆れているような笑いです。私も姉さまと同じ気持ちです

 

なんでしょうか…ひょっとしてトリステインは反乱でも起こさせたいのでしょうか?それとも本気で魔法学院にいる各事情ある生徒を『トリステインの兵』として戦場に送るつもりなのでしょうか?前者でも後者でもアルビオンとの戦時中にもかかわらず新たな火種をばら撒いていることになるのですが……

 

「そろそろ本気で仕事場をトリステインから替えた方がいいかもしれません」

 

「その時は言ってちょうだい。陛下の首でも手土産にしてあげるから」

 

今度は柔らかい笑みを姉さまは見せてくれました。聞きたいことは聞きました。それでは教室までの案内でしたね。だけど数歩歩いたところで姉さまが立ち止まったままなのに気付き振り返ります

 

「シエスタ」

 

「なんですか」

 

そこには我慢しきれないという様子で身を乗り出している姉さまがいました

 

「さっき一緒にいたメイドはひょっとして…」

 

「他人です」

 

自覚する。今まで向けたことの無いような不機嫌な目で姉さまを見ていると。だけど姉さまは一歩も引いてくれませんでした。少しも目を逸らさずに穏やかな目で私を見返してくるのです

 

「ねえシエスタ」

 

頬を撫でられる

 

「穏やかな気持ちになったことはないの?」

 

びくりと震えた

 

「心が安らいだ時はなかったの?」

 

姉さまはやめてくれない

 

「さっきのメイドと一緒にいて」

 

「っ!」

 

「そう感じたことは一度もなかったの?」

 

姉さまとあの娘はさっき初めて顔を合わせたはずです。なのに、どうして全てを知っているかのように私に踏み込んでくるのです

 

「シエスタ」

 

これ以上は無理でした。姉さまのまっすぐにこちらを見てくる瞳が直視できずに

 

「シエスタ!」

 

姉さまの制止の声を振り切って私はただ逃げたのでした……

 

 




逃げました

でも次話ではあっさりと戻ってきます


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シエスタさん、伝える

月明かりの元、銃士隊の宿舎として割り当てられた火の塔に向かっていると、警告無くいきなり発砲されました。暗闇に目を凝らすと、火の塔の前にいる二人の歩哨がこちらにマスケット銃を向けています。鉛の玉を避けられたことに微々に顔をしかめたものの、すぐに銃口に火薬と弾を詰めるとまた無言でこちらに発砲してきました

 

私のために王宮に潜り込んだとはいえ部下の教導はきちんとやっているようです。こんな夜中に連絡もなく現れる者は警告無しで撃たれても文句は言えません。姉さまに連絡していなかったこちらに落ち度があるので歩哨の二人に危害は加えられません

 

銃弾を最小限の動きで回避しながらゆっくりと前進して二人の歩哨に敵意がないことを伝えるべく両手を上げて頭の後ろへとやりました。それでようやく銃撃は止んだものの、銃口の先はぴたりとこちらに向けられたまま外れることはありません

 

塔の中からは最初の銃声で気付いたのか、幾人か増援の気配が近付いてきます。本当に姉さまは良い教えをしているようですね。昼間、姉さま率いる銃士隊に軍事教練を受けていた女子学生たちとは大違いです

 

「シエスタが自室で待っているとアニエス様にお伝えください」

 

それだけ告げて素早く退散してきました。避けれるとはいえ銃口を向けられるのはあまり気分のいいものではありません。私を狙撃可能な窓からは余すことなく銃口が向けられていましたからね

 

魔法を使えない者のみで編成された姉さま率いる銃士隊。ワルドのグリフォン隊がなくなった現在、トリステインの編隊の中ではかなりの実力をもっているのではないでしょうか

 

「シエスタ」

 

…………っ!姉さま、お願いですから気配を消すのはやめてください。隠密行動に関しては私より姉さまの方が上なのですから

 

「……どうぞ」

 

自室のドアを開けると、やや疲れた表情を見せる姉さまの姿

 

「ふう、部下たちにシエスタのことを説明するのに苦労したわ」

 

「すみませんでした……」

 

でも連絡の取り方は知らなかったのです。貴族様相手だと若いメイド姿で簡単に油断を誘えるのですが、姉さまの銃士隊は構わず警告無しで撃ってきましたからね。初発はこちらに傷を負わせ身動きできなくさせるための銃弾。それが回避されたと認知するや、次弾からはこちらを殺す銃弾にすぐに切り替える判断の早さ

 

姉さまがその気になればトリステインの軍隊改革が起こるのではないでしょうか。まあ考え事はこのくらいにして本題です。というより日中のことを追及されないための目くらましです

 

私がこの学院で働くにあたり、学生はともかくいろいろと調べたのです。働いている平民の中に母さまを利用しようとする者がいないか。学院に在籍している教師の中に母さまを利用しようとする者がいないか。独自にしっかりと調べたのです。そうして怪しい経歴をもつ者を数人見つけたものの、母さまに関わろうとしなかったので放っておいたのです

 

そんな中の一人を姉さまが学院に現れたことと、いかに昼間の件をうやむやにするか考えていたことで思い出しました

 

「元魔法研究所実験小隊隊長、『炎蛇』と呼ばれた男」

 

姉さまの気を引くには絶好の相手です。だって昔、姉さまの生きる意味はただ復讐のためだけだったのですから

 

「今はコルベールという名前でこの学院で教鞭をとっていますよ」

 

ほら、周囲の空気がしんと凍りついたように深く静まりました




伝えるというより、ちくりです


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シエスタさん、静観する

先導するように走り出した軍服姿の姉さまの後を追い、自室から飛び出す。廊下で私の部屋を訪れてきたであろうルイズとすれ違いましたが、今は姉さまの後を追うのが優先です

 

心中穏やかではないものの、疾駆しているにも関わらず気配を無にし足音すら消している様はさすが姉さまと言わざるをえません

 

やがて、魔法学院のとある研究所の前で姉さまの足が止まります。どうやら学院の見取り図と各教室、生徒の部屋は頭に入っているようです。それから姉さまは、深い息を吐くと目の前の研究所を見つめて……

 

……え?ノックですか?そして

 

「出てきなさい。元魔法研究所実験小隊隊長、炎蛇のコルベール」

 

怒鳴ることもせずに平坦な声で扉の向こうにいるであろう炎蛇のコルベールへと呼びかけたのです。ですが扉は開かず、だけど姉さまと私には扉の向こうの気配は察知済みです

 

「メンヌヴィルが死の間際に私に託したあなたへの言葉があります」

 

なんでしょうか。私が想像していた事態とはかなり違った展開です。扉を強引に破り、炎蛇のコルベールを手に掛ける姉さまの姿がさっきまでははっきりと浮かんでいたのですが、今では先の展開がまったくわからなくなっています

 

そして、研究所のドアが音をたててゆっくりと開き、姿を見せたのは学院の教師コルベール。私の調べでは姉さまの故郷の村を焼き、多くの命を焼いた者です

 

「聞こう、あいつは何と言っていたのだ」

 

ですが、本当にこの男がそれをやったのでしょうか。生気は無く、今にも泣き出しそうに顔を歪めているこの男が

 

「一字一句違えることなく伝えます」

 

「ああ……」

 

「『隊長殿、俺が確認もせずにあんな仕事を請けたのが間違いだった。あんたを尊敬し追い付きたかったばかりに焦って隊長と隊員たちに多大な傷を作ってしまった。全て俺の責任だ。俺が全て悪い。悪いのは俺に嘘を言って村を焼かせたリッシュモンじゃねえ。リッシュモンの嘘に騙された俺が全部悪い。なあ知ってるか隊長。俺たちが焼いた村に一人だけ生き残りがいたんだ。まだ小さい女の子だった』」

 

姉さまはそこで一息入れると、拳を固く握りしめて続きを語る

 

「『みんなの目を盗んで俺が逃がしたんだ。俺が逃がした。助けたわけじゃねえ。いずれ俺たちを殺してもらうために逃がした。だってそうだろう隊長殿。騙されたとはいえ無実の人間を焼いた俺たちが生き長らえてちゃいけねえ。俺たちはあの女の子の恨みを十分に受け入れて殺されてやるべきだ。だから隊長、もしその女の子が隊長の目の前に現れたらおとなしく殺されてやってくれ。なあ隊長殿、俺は先に地獄で待っている。みんなが来るのを地獄で待っている。なあ隊長殿。あんたは地獄にきたら俺を叱ってくれるか。未熟者だって叱ってくれるか。あの戻れない昔みたいに、馬鹿者って笑いながら俺を殴ってくれるか。あんな嘘に騙された俺のことを、まだ殴る価値がある奴だって思って殴ってくれるか。なあ隊長殿。俺はまだあんたに部下だと思われているか。俺は隊のみんなにまだ兄弟だと思われているか。なあ隊長殿……、俺はまだあんたのことを兄だと思っていいのか……、ああ、くそったれ、死にたくねえ……、まだ生きていてえ……、またみん……』」

 

そこで言葉は止まる

 

「以上がメンヌヴィルが死の間際に私に託した貴方への言葉よ」

 

「どこだ…」

 

なにがでしょう?

 

「どこで……あの馬鹿はその言葉を吐いた」

 

それは私も気になります。姉さまからは復讐は終わったとしか実は聞いていないのです

 

「貴族の屋敷が並ぶ高級住宅街のとある一角。リッシュモンの屋敷でよ」

 

「どうして……あの馬鹿はそんな場所にいた」

 

それは答えなくてもわかる問いかけ。だけど、コルベールは村の唯一の生き残りである姉さまから答えが聞きたいのでしょう

 

「小隊の生き残りたちと共にリッシュモンの首をとるため」

 

「姉さま、もしかしてメンヌヴィルは……」

 

「ええ、リッシュモンの雇った傭兵を全てなぎ払い、リッシュモンの心臓を貫いたあと勝手に死んだわ」

 

そこに復讐を遂げにきた姉さまが居合わせたのは奇跡だったのかもしれない。復讐を遂げたのは姉さまだけじゃない。騙されて村を焼かされたメンヌヴィルたちの復讐も遂げられたのだ

 

「メンヌヴィルは生きている隊の生き残りは全て集めたと言っていたわ。もしそれが本当なら、もう生き残っているのは炎蛇のコルベール、あなただけよ」

 

「殺してくれ……」

 

地面にはいつくばり、大粒の涙を流しているコルベール

 

「嫌よ」

 

「殺してくれ……」

 

「嫌よ。私の復讐はもう終わったの」

 

「殺してくれ……」

 

「メンヌヴィルの最後の願いを聞くのなら、あなたは私に殺されなければいけない」

 

「殺してくれ……」

 

「だけど、私はもうあなたを殺してあげない。あなたは私に殺されるしか死ぬ方法がない」

 

「殺してくれ……」

 

「無様に生き長らえなさい。これから長い間、村の者たちに死ぬまで謝罪し続けなさい」

 

「殺してくれ……」

 

「嫌よ。あなたを簡単に仲間たちの所へなんかいかせてやらないわ」

 

「殺してくれ……」

 

「ダングルテールの村の跡地に村人全員の墓と、騙されて人生を狂わされた愚か者たちの墓があるわ」

 

「頼むから……」

 

「あなたは毎年そこに花をやり、祈りを捧げて、一生罪悪感に苛まれるといいわ」

 

「わたしを殺してくれ……」

 

「嫌よ。私は妹の世話をするのに忙しいんだもの」

 

コルベールを殺してやった方がいいんじゃないかと思った私は、きっと非情なのでしょうね……

 

 




蛇年なのでコルベールさんイジリ倒してみました


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ギンガ、育てた

真っ青な空には雲一つなく、眩しい陽光が緑の森に破片のような煌めきを与えている。シエスタが森から出るには十分な良い天気だった

 

「母さま、行ってきます」

 

あぁ、もう駄目だ、と思う。今シエスタと目を合わせたら、恥も外聞もなく泣き声をあげ、娘に抱きついてしまう

 

「無理はしちゃ駄目よ。なにかあったら……すぐに駆けつけるからっ…」

 

毅然として言ったつもりの言葉尻が震えた。爪が食い込むことを気にせず拳をにぎり、こぼれそうになったものをぐっと堪える。シエスタの旅立ちを涙で鈍らせたくはない……それが、母親のちっぽけなプライドだ

 

「母さま」

 

シエスタに呼びかけられて顔をあげた瞬間、視線と視線が絡みあった。握り締めた拳にさらに力を込める

 

「……最後に……一つだけ、一つだけお願いがあります」

 

「…?いいよ、言ってごらん」

 

母親として微笑みを浮かべたまま、シエスタを見た。シエスタは恥ずかしそうに目をそらし、大人びた美貌を紅潮させる

 

「む、昔みたいに……抱きしめ……て、欲しい……」

 

言い終わらないうちに、シエスタの顔はさらに火照りを増した。なんだか、そんな可愛い娘の態度に全身の力が抜けてしまう

 

「おいで。っていうか」

 

笑ってシエスタを見ると、シエスタも笑ってたんだ

 

「私もシエスタを抱きしめたい」

 

「……母さま」

 

シエスタの顔に感極まった激情が一瞬だけ走ったように見えたのは、きっと気のせいなんかじゃない。セスタちゃんとの一件以来、シエスタってば感情を中々顔に出さなくなっちゃってもうね。でも長年母親やってきた私にはシエスタの微細な変化もお見通しですよーだ

 

両手を広げてシエスタに近付くと、その華奢な身体をそっと抱き寄せる。やがてその両手に切ない力が漲り、シエスタの身体を思い切り掻き抱いてしまう。シエスタは短く吐息を漏らしながら、されるがままに身を任せている

 

なんとも言えない満ち足りた想い。その感情の名を数え切れないほどシエスタに教えて貰った。最初に教えてもらったのは、病気が治ったばかりのシエスタを抱き上げた時。何をしても、自分よりもシエスタの幸せを優先させると誓った。自分の娘を幸せにしろと自分自身に命じた

 

溢れてくるシエスタへの愛情

 

それがいつの間にか私の生きる理由になっていた

 

「元気でね。困ったことがあったら、すぐに助けにいくからね」

 

「はい。ありがとうございます……母さま……」

 

小さく娘の名を呟くと、シエスタはそっと目を閉じた。その頬に触れるだけの唇を落としていく。そうしてからシエスタから離れ、憎々しげに空を見上げる。雨だったらシエスタの出立は延期になったのにと考え、そんなことくらいで私の娘が予定を変えるわけがないと思いなおして苦笑が漏れた

 

「母さま、行ってきます」

 

もう一度シエスタは言った

 

「行ってらっしゃい、愛娘」

 

シエスタは私に背を向けて歩き出した。一度もこちらを振り返ることなく、シエスタの姿はあっという間に小さくなり、やがて視界から消えた。膝から力が抜け、ぺたりとその場に座り込む

 

「あーあ、行っちゃった……行っちゃったなぁ……」

 

ぽたり……ぽたり……と瞳からこぼれる

 

「……行っちゃったから、もう我慢しなくてもいっか」

 

『えぐ……えぐ……』とうなり、大きな双眸からボロボロと涙を流す。幼い子どものように泣き声を上げてうずくまる。唇が震える……顔がくしゃくしゃになる……握っていた拳は開かれ、弱々しく地面を引っ掻く

 

顔を上げたくなかった。上げるのが怖かった。シエスタは行った。もうここにはいない。それを確認したくなかった。見たくなかった

 

泣いた。声を上げて泣いた。地面に顔を埋めて泣いた。自らの弱さを呪って泣いた

 

涙を拭った。息を詰めた。でも、熱い感情が胸の奥から突き上げてきて、もう止めようがなかった……

 

雲一つない青空の下、しばらく森の大地に大粒の雫が滴った

 

 




過去編はこれで終了

でもそのうちなんか書きます


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シエスタさん、護衛させる

トリステイン・ゲルマニア連合艦隊がアルビオン艦隊に勝利したとの急便が学院に届いたそうです。まさか勝てるとは思っていなかったので素直に驚いてしまいました。ですが学院長に呼び出されて、勝てた理由を聞いて納得してしまいました

 

ダータルネス方面に突然現れた国籍不明の巨大戦艦。その船には魔物を操る女エルフが乗っていたというのです

 

なんというか、ほんとに何をやっているのですか母さま?

 

アルビオン軍が母さまに気を取られている間に、トリステイン・ゲルマニア連合軍が上陸して布陣した港町ロサイスは、アルビオンの首都ロンディニウムから南方三百リーグに位置しています。連合軍がアルビオンを攻撃するにせよ、アルビオンが連合軍に反撃するにせよ両者とも都合の悪い距離ではないでしょう

 

しかし、アルビオン軍の反撃は行われませんでした。母さまと次元船ガルガンチュワの登場に吸い寄せられるようにダータルネスから引き返したアルビオン軍主力は、現在首都ロンディニウムに立てこもっているのです

 

どうやらアルビオンは篭城して長期戦の心積もりのようですね。加えて、アルビオンの特殊部隊がトリステイン本国から兵糧や軍需物資を前線に運ぶ補給部隊を襲い、ジワジワと連合軍に損害を与えているのです

 

久しぶりのお仕事は、そのアルビオンの特殊部隊から補給部隊を護衛する『モンモランシ様のお手伝い』です。最近アルビオン周辺に現れるという母さまの真意を確かめたかったので、アルビオンに近付けるこの仕事はちょうど都合がいいのでした

 

ゼロセン・プチオークカスタムさえあればこんな面倒はないのですが、いつも整備してくれるプチオークさんが母さまに付いていっているのでどうにもなりません。私だけで整備するなんてとても無理なのですよ。さて

 

「だからなんでわたしがいつの間にか護衛隊の隊長なんてものになってるのよ!」

 

「それはモンモランシ様の貴族としての格が隊の中で一番高かったからではないでしょうか」

 

「だからなんでわたしがいつの間にか護衛任務を受けたことになっているのよ!」

 

「それはモンモランシ様の貴族としての誇りが自ずとそうさせたのではないでしょうか」

 

「もうやだああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「と言いつつもこれまでの襲撃者はきちんと撃退しているではないですか」

 

そうなのですよね。これまでの襲撃者は私が出るまでもなく、全てモンモランシ様が一人で撃退しているのです。他の護衛たちが杖を掲げ、剣を抜く頃にはモンモランシ様の氷魔法が襲撃者を氷付けにしていました

 

なので、補給部隊の先頭で私とモンモランシ様が喚いていても、事がおこればモンモランシ様が守ってくれると経験から知っているので、補給部隊の面々は今ではやれやれと笑みすら浮かべています。それに、護衛初日にモンモランシ様は身分問わずに補給部隊全員に自作した水の秘薬を送った上、モンモランシ様の従者となっている私は補給部隊と他の護衛たちに毎日そこそこの手料理を振舞っているのでモンモランシ家とモンモランシ様の評価は彼らの中では高いものとなっているはずです

 

いずれ使い潰すつもりなのでモンモランシ様の評判を上げていて損はないでしょう。まだ役に立つ駒とは言えないまでも、傍において目障りとまではなくなってきましたしね。まあ、私に怯えながらもしっかりと言いたいことを言うのは煩いといえば煩いのですが……

 

と、港町ロサイスの入場門が見えてきましたね。門の脇には軍服に身を包んだ数人の門番、門の奥には補給を待ちかねた前線部隊らしき軍人たちの姿が見て取れます。ここまでくればもうアルビオンからの襲撃はないでしょう

 

ふと隣を見るとモンモランシ様は安堵した柔らかい笑みを浮かべていたのですが、私の視線に気付くと慌てて赤くなった顔をそらしてしまいました

 

やや強引に任務に就かせたとはいえ、愛するトリステインの役に立てて嬉しいのでしょう。操られていたとはいえ躊躇なくウェールズを攻撃したことといい、心からトリステインを想っていることとい、モンモランシ様の誇りの在り方はどこかワルドに通じるものがあるかもしれません

 

そんなことを考えながらロサイスの門を補給部隊と共にくぐります。ここでようやく肩の力を抜きました。とりあえず任務達成です。さて、これからは母さまのことですね。補給物資を運んでいく兵たちを横目にモンモランシ様とその場を離れようとして……

 

「そこの美しいお二方。補給が届いた祝いに、間もなく小さいながら宴会が開かれるというのに参加しないのかい」

 

長身、金髪の少年が声を掛けてきたのです



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シエスタさん、命じる

なかなかの美形ですね。細長い色気を含んだ唇に長い睫毛。化粧をして女装でもすれば女性にしか見えなくなる顔立ちをしています。彼の左眼はルイズと同じ鳶色でしたが、右眼は透き通るような碧眼をしていました。左右の瞳の色が違うそれが彼の色気をさらに高めています

 

まあ、それがどうしたという話ですよね。隣を見るとモンモランシ様も胡散臭げな顔をして彼を見ていました。私も表情は変えないながらも、心中はモンモランシ様と似たようなものです

 

学院にいる女生徒なら彼の容姿に惹かれたかもしれませんが、私もモンモランシ様も外見に惹かれるような在り方はしていません。だからこそ私たちに『美しい』などと声を掛けてきた彼を警戒しているのです

 

「おっと、そう警戒しないでくれよ。ぼくはロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレだ。以後お見知りおきを……」

 

その彼の言葉で警戒度をさらに高めます。大っ嫌いなロマリアの神官がなぜこんなところにいるのでしょうか?正直に言うと今すぐにでもオークの餌にでもしてやりたいです

 

「あなたがロマリアの神官?僧籍に身を置いているのに女性に積極的に声を掛けたみたいだけど」

 

「なあに、神ならたまに目をつむるという慈悲深さも持ち合わせているさ」

 

モンモランシ様にこの返しよう。いつの間にかタルブの森に住み着いていたとある国の密偵にそっくりです。特徴としてガリアの密偵は遠巻きに母さまと私を観察する。ゲルマニアの密偵は気安く接触してくる。トリステインは密偵は使わず枢機卿とタルブ領主アストン伯を通じて正式な手順で手紙を運んでくる。そしてロマリアの密偵は平民をタルブの村に溶け込ませ偶然を装い接触してくるのです

 

なのでタルブの村で見かけただけではロマリアの密偵だけは区別が付きません。しかし見分ける方法はいたって簡単です。母さまか私に接触してくるか否か。ジュリオと名乗った今の彼のように……です

 

ジュリオの相手はしばしモンモランシ様に任せて、目を閉じて集中します。感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、風の唸りや木々の葉がたてるざわめきにすら注意して、建物軋み、賑やかな街中の雑音の中から普通に紛れた異物を拾い出します。ある程度の距離をとっていても、集中すれば距離と方向をある程度は把握できる自信はあります

 

そうして眉をひそめながらゆっくりと目を開ける。わかったのは六人。それが私とモンモランシ様から一瞬たりとも注意をそらさなかった者の数です。ある者は恋人を装って人の群れから、ある者は迷彩装束をまとい木々の上や物陰から、ある者はさっきまで護衛していた補給部隊の中からと……ジュリオという分かりやすい囮に注意を向けさせて、影から私とモンモランシ様の動向を探るのが本命のようですね

 

母さまがアルビオン周辺に度々現れ、その娘の私までアルビオンの膝元に現れたとあっては動向や思惑を探られるのも仕方ないかもしれません。なにせ昔に母さまはほぼ一人でアルビオンを降伏させたことがあるのです。母さまがもしアルビオン側にいるのならこの戦争の勝敗などすでに決まったも同然なのですから

 

「モンモランシ様」

 

しかし、だからといって監視されるのは我慢できません。呼びかけられ振り向いたモンモランシ様に告げます

 

「私たち二人を監視している『敵』が最低でも六人います。あなたの腕でも敵う力量ですので見つけて始末してきなさい」

 

それがロマリアの神官とくれば『敵』とするには十分すぎるほどです。だってロマリアは母さまのことを……私が誰よりも愛する母さまのことを『悪魔』などと国ぐるみで罵ってくれたのですから。昔のアルビオンのことだってロマリアが裏で暗躍していたのは調べでわかっているのです

 

顔色を一気に変えたジュリオとは逆に、モンモランシ様は顔を引き締めて周囲の気配を探り始めました

 

私が敵をどうするか……それは弟子のモンモランシ様にもよく伝え実行するようにさせています。モンモランシ様の魔法が密やかに静かに最初の一人目を氷付けにしたのはそれから間もなくしてのことでした




まだギンガが悪魔だと知らないシエスタさん


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シエスタさん、弟子に困る

シティオブサウスゴータの城壁から、一リーグ離れた突撃開始地点で、私とモンモランシ様が臨時入隊した集団はラッパの合図を待ち構えていました

 

ロサイスにいる間も母さまが出没したというアルビオン首都ロンディニウムに早く行きたかったのですが、兵でもない私たちが戦時中にアルビオン行きの船を利用できるはずもなく、仕方なく今はこの隊に臨時入隊しています

 

当然のことながら表立って入隊したのはモンモランシ様で、私はその付き人となっています。そのことをモンモランシ様に告げた当初はいつものように私に噛み付いてきたものでしたが、この隊の隊長が恋人のグラモン様だと教えると、打って変わってやる気を漲らせていました

 

ちなみに学院を出てから今まで二十日ばかりの旅費、滞在費はジュリオを娼館に売り飛ばしたことでお釣りがくるほどになりました。手と足の腱を斬り、喋れないように喉を潰したにしては中々の値段でした。やはり見た目が良いとなにかとお得ですね

 

そのジュリオを売ったお金で身支度を整え、隊のみんなに美味しい料理や酒を振舞ったおかげでここでもモンモランシ様と私は好意的に隊に受け入れられています

 

「シエスタさん」

 

「なんでしょう?」

 

傍にいたモンモランシ様が私にしか聞こえない声でそっと呟いてきます

 

「遠くにいるせいかもしれないけど、人の兵隊が見当たらない気がするわ。見えるのは槍や棍棒を担いでいる大柄な亜人ばかり。それに……」

 

「一匹一匹がトライアングルメイジを上回る力を持っていますね。それがざっと見ただけで三桁に達してそうですね。まともにぶつかれば敗色が濃厚でしょう」

 

「……じゃあ、この戦いって」

 

「サウスゴータの敵戦力を分析するための捨て駒部隊」

 

そう言うとモンモランシ様はうつむいた後、まっすぐに前を見つめました。視線の先にいるのは老兵軍曹と笑みを浮かべて話しているグラモン様の姿です。モンモランシ様の視線に気付き軽くこちらに手を振ると、また軍曹となにやら話を再開しました

 

「戦争では情報が重要です。たった五十人程度の中隊の犠牲でサウスゴータの敵戦力が測れるならば犠牲にするに越したことはありません」

 

だから私はこの中隊に潜り込んだのです。全員戦死したということになれば、これから先は単独行動が取れますしね。もっと言ってしまえば、アルビオン大陸のサウスゴータまで運んでもらった今、この中隊は私の中ではすでに価値のないものになっているのです

 

空には味方の艦隊は無く、中隊五十人の他には、ここからさらに一リーグ離れた場所から敵戦力を測ろうとしている竜騎士が数名いるだけです。中隊の者も捨て駒にされたことはもう全員が気付いていて、悲壮さを通り越して逆に清々しい顔をしていました

 

「シ……シエスタさんならっ!」

 

「先程グラモン様から命令されたではありませんか。突撃開始のラッパが鳴る前に私とモンモランシ様は伝令として引き返せと。この手紙を家族に届けてくれと」

 

伝令として私とモンモランシ様は逃され、荷物の中に収められているのは手紙ではなく遺書です。短い間とはいえ同じ食事をした人たちです。トリステインに戻った暁にはきちんと家族の元へと届けさせていただきますよ

 

モンモランシ様が涙目で睨んできますが知ったことではありません。そんな反応の私をどう思ったのか、モンモランシ様は右手で目をごしごしと拭うと何かを吹っ切ったかのように、さばさばとした口調で言いました

 

「トライアングルメイジでも敵わない亜人が百以上。上等じゃないのよ!」

 

はあ……ルイズといいモンモランシ様といい、どうして私が気に掛ける貴族は逃げるということを知らないのでしょうか。ほら、今のモンモランシ様の声を聞いたグラモン様の顔色が目に見えて泣きそうなものになってきましたよ

 

「ごめんなさいねギーシュ!わたしは伝令なんて仕事やってあげないわ!」

 

考え直してくださいモンモランシ様。私は面倒なことは極力遠慮したいのです。あなたは私の弟子なのですよ

 

「だからギーシュ!わたしはみんなと戦う!ねえ聞いてるギーシュ!」

 

はらりと、グラモン様の瞳から雫が流れて地面へと落ちた

 

「わたしはあんたと一緒に死んであげる!」

 

ああもう……面倒なことになりました。母さまの教えとして、私は見えるところで弟子が死の危機にいるのならそれを助ける義務があるのです

 

だから私はいつも言っているではありませんか。私のいないところで、私の見えないところで勝手にしてくれと




弟子は見える範囲でなら助ける

ギンガの師弟関係における教えです


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シエスタさん、弟子を助ける

手応えななんら珍しいものではありませんでした。拳が皮膚を突き破り、肉を引き千切り、骨を砕いて生命を奪う感触。いつもの仕事と変わらないことです。ただし、いつもの仕事と違って、これがただ働きということに小さな苛立ちを感じていました

 

サウスゴータに単独潜入してからもう四十匹のオーク鬼、或いはトロル鬼を殺しています。特筆すべき点は別にありません。いつものように亜人を殺す。それ以上でも以下でもない

 

遠くでこちらのペースにやや遅れて断末魔が聞こえてきます。おそらくはモンモランシ様が上手く中隊の援護をしてサウスゴータの亜人の数を徐々に削っているのでしょう

 

突然、陽がかげりました。背後から私の身の丈の五倍はありオーク鬼が振り下ろした棍棒を振り返ることなく身をひねってかわし、回転した勢いのまま裏拳でオーク鬼の腹部を吹き飛ばしながらモンモランシ様のことを思い出します

 

いつも真摯に接してくれる姉さま。弟子にしたことをなかったことにしたいカトレア。今は関わりたくないあの娘。そして、納得いかないことには決して従わないモンモランシ様。母さまから聞かされていた貴族に近しく感じるものの肝心なところではあつかいにくく……

 

「あげくには己の命をかけて師匠の私を働かせるですか……こんなことなら学院に残しておいた方が良かったかもしれません」

 

本当に考えれば考えるほど効率ではない行動ばかり最近やっています。思い返せば私はずっと一人でやってきたのです。一人きりでいろんなことをやってきたのです

 

なのになぜ私はルイズといると穏やかな気持ちになるようになってしまったのでしょう。なぜ私はモンモランシ様をわざわざ弟子にして視野を広げさせようとしているのでしょう

 

わからないことばかりです。母さまに相談すればこの答えを教えてくれるのでしょうか。母さまと一緒にいればこんな煩わしい悩みなど感じなくなるのでしょうか

 

私は早く母さまに会いたいです……

 

 

 

ゲルマニア・トリステイン連合軍がシティオブサウスゴータを制圧したのは、それからわずか四日後のことでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにシティオブサウスゴータの解放を宣言する!」

 

連合軍総司令官がシティオブサウスゴータの広場に設けられた段上でそう宣言すると、現アルビオン政府ぬ不満を抱いていた住民から歓声が上がりました。そんな中、唇をやや尖らせモンモランシ様を睨みます

 

「えー、諸君に偉大なる戦乙女たちを紹介する。彼女たちはこの解放戦において輝かしい武勲を立てたものたちである。彼女らの努力によってのみ、この勝利がもたらされたわけではないが、帰するところは大きい。よって大将権限において彼女らに杖付白毛精霊勲章を授与する」

 

サウスゴータの七割の兵力を削った後になってノコノコ出てきた大将がよくも言えたものです。拍手が沸き、呼び出し役の仕官が受勲者の名前を読み上げました

 

「ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊、第二中隊副中隊長、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ!」

 

「はい!」

 

隊長のグラモン様を差し置いて表彰されるほどモンモランシ様の活躍は際立っていたのでしょう

 

「彼女とその中隊は勇敢にも街への一番槍を果たした。その際にオーク鬼の一部隊『以上』を片付けるという戦果を上げている。その後も順調に制圧任務を務め、解放した私設は数十余にのぼる。彼女とその中隊に拍手!」

 

割れんばかりの拍手が鳴りました。モンモランシ様は引きつった笑みを浮かべながら、勲章を首から下げてもらっています。グラモン様が出てきて、モンモランシ様に抱きつきました

 

あちこちで、グラモン元帥の末っ子だそうだ。表彰されたのは婚約者で……、これでグラモン家は安泰だ。等々の言葉が飛びました

 

はあ……、さてと、これだけモンモランシ様のために骨を折ったのです。これからは存分に役立ってもらいますよ

 

そんなことを考えて段上のモンモランシ様を見ると、ばっちりと目が合いました。遠目にもわかるほどモンモランシ様は顔を歪め、ぎこちない笑顔でこちらに手を振ったのでした




原作主人公ペアが空気という……


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シエスタさん、手伝う

まだ戦争中だというのに、街は妙に浮ついた空気に包まれていました。まあ戦争中だとはいえ今は休戦期間中です。新年を祝う始祖の降臨祭が始まるためとのことですが、この休戦期間中にトリステイン軍の指揮が緩みきらないことを願います

 

はぁ……、それにしても急に寒くなったものです。トリステインよりも随分と冬が訪れるのが早いのではないでしょうか。もう一枚か二枚は厚着をする必要があります。だからなのでしょう、モンモランシーが私に頭を下げたのは

 

胸を張って目の前を通り過ぎて行く兵隊をよそに、私は大量の食料と毛布を積んだ荷馬車を緩い速さで走らせます。ぎゅうぎゅうに詰めてもこれで三日分といったところでしょうか。それに薬や包帯はどこも品切れで、どうしても手に入れたいのなら軍が横流しするそれを相場の倍の値段で買うしかありません

 

そんな風に考えていると、小走りで寄ってきた女性に声を掛けられました

 

「シエスタ様!」

 

一瞬、何でこんなところにいるのだろうと思ってしまいました。だって彼女がこの街にいるのは全く想像もしていなかったのです。前に見た両側で三つ編みにされたセミロングの髪は、今は一本の紐で後ろに束ねられている。変わってないのは童顔と金髪。そして顔と不釣合いな大きな胸だけです

 

「ロザリー」

 

馬車を停止させると彼女はすぐに隣の御者台へと飛び乗ってきました。それから荷馬車を再び走らせます。それで話を聞いたのですが

 

「慰問隊ですか?」

 

聞けば王軍に兵糧を送るついでに慰問隊が結成されたとのこと。そこに白羽の矢がたったのが魅惑の妖精亭。それだけならばそんなこともあるという話だったんですけどね……、なぜか慰問隊にはルイズ、ヒラガ様、あの娘も付いてきているというのです

 

ルイズとヒラガ様は慰問隊の護衛として、あの娘は学院が休みに入ったので魅惑の妖精亭で働いていたところをですか

 

それはそうとロザリーは私とこんな話をしていていいのかというと、今日は休みだそうで街を歩いていたところ私に気付いたとのことです。それにロザリーの顔は貴族様には広く知られているので、貴族様が闊歩している場所には長くいられないとも

 

「それでシエスタ様は何をしていらっしゃるのですか?」

 

ちらりとロザリーは馬車の荷物を一瞥する

 

「物資の運送ですか?」

 

「似たようなものです」

 

そう言って馬車を走らせていく。やがて人気が段々となくなっていくにつれロザリーの顔には疑問が浮かんできた。街の中心から遠ざかり浮かれた雰囲気もざわめきもない街の端へと向かう。にぎわっている場所とは違い、建物は破壊され、汚泥とかれきに埋もれた荒涼な風景。それが延々と続いている

 

馬車を止めると、砂埃と、焦げたような匂いにロザリーの顔がこわばる。ここが私の目的地です。廃墟になる前の教会

 

おそらくは爆風にやられて横倒しになったブリミル像。教会の内部もひどい有様です。窓は破れ、壁は崩れ落ち、床はすべて負傷した兵によって埋め尽くされています。聞こえるのは苦悶と怨嗟の声。ここにいるのは重傷を負い、戦力にならないと捨てられた者ばかり。おそらく半数以上は死を避けられないでしょう

 

だけど、そんな目をそむけたくなるような風景の中、兵士たちの傷の看病をする女性がいる。懸命に治療を施しながら、患者が呻くと、優しく微笑んでなにか言葉をかけていく

 

背後で絶句しているロザリーはこんなものを見るのは初めてなのでしょう

 

「負傷したからといって治療してもらえるのは貴族様くらいなものです。戦死したからといって国が弔ってくれるのは貴族様くらいのものです。最前線で重傷を負った平民は見殺しにされ、ただ死をまつだけだったのですが」

 

私に頭を下げたモンモランシーを思い出す。地面に頭をこすりつけ、目の前にある命を救いたいと言った姿を想う

 

「そんな兵士たちに心を痛め、自分にできることはなにかないかと思い悩んだ結果がこれです。まったく、一エキューにもならないことになぜここまで力を注げるか私には理解できませんが、モンモランシーからの仕事の依頼ですから手伝っているのです」

 

一生私に仕えると言った。一生私の命令は聞くと言った。だから力を貸して欲しいと。自分のすべてを捧げるからお願いしますと……

 

なんでしょうね、まったくもって理解していないようです。モンモランシーを弟子にした時点で一生私に仕えるのも命令を聞くのも決まっているのです。こんな場所にいると病気になってしまうのでモンモランシーが死なないよう助けますよ。すべてを捧げると言われましてもすでに貰っています。いちいちそんなことを再確認させないでください

 

まあ不満を言えばこの場所が廃墟同然とはいえロマリアの教会なのが気に入りません。ここには祈りもブリミル像もいりません。祈りよりも、ブリミルなんかよりも、兵士たちにとってモンモランシーの存在こそが救いになる

 

この教会には生身の聖女がいる。一心に尽くしてくれるモンモランシーがいる

 

そのモンモランシーのために仕事をする。ただ働きなのに、ただ森を手に入れるために仕事をしているいつもとは違い、なぜかほんの少しだけ気分がよかった




ロザリー再登場したけどメインはモンモン

この話から何かを変えています


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シエスタさん、再び呼ぶ

一年の始まりを告げる夜空に打ち上がった満開の花火に、シティオブサウスゴータのあちこちで歓声があがります。ハルケギニア最大のお祭である降臨祭。気が早い者たちは花火が上がる前から飲めや歌えやと騒いでいました

 

ですが、まだ母さまに会えていない私は浮かれるはずもありません。サウスゴータに来てからすでに十日以上。母さまが次元船ガルガンチュワとともに現れるのはアルビオン首都ロンディニウムに集中していて、なかなか接触する機会に恵まれません。さすがに少し疲れがたまってきました

 

そんな時、降臨祭くらい悩むのはやめてくださいと言うロザリーに連れ出され、広場に設けられた魅惑の妖精亭の天幕の隅に今は陣取っています。連れ出したにも関わらず裏方に回って姿を見せないロザリー。見覚えのある王宮仕官の面々もあるので仕方ないですね

 

遠目で離れた席でヒラガ様たちとワインを薄めてちびちびやっているルイズを見て、対面に座っているあの娘をなるべく視界に入れないようにします。そんなあからさまな態度にも負けることなく、あの娘の目は私から少しも離れません

 

こんなことならあの教会でモンモランシーの手伝いをしているべきでした。グラモン様が訪れてきたので気をきかせて出てきたのですが、そもそもあの負傷兵だらけの教会では雰囲気もあったものではありませんね

 

軽くため息を吐き、顔を背けたまま渋々声を出す

 

「こんなところで何の話です。ロザリーに私を連れ出すようにしてまでする話ですか」

 

あの娘の眉がビクッと動き、初めて視線が外れる。うつむき、テーブルの下で拳を握ったような仕草をしました。そして、ぼそっと……

 

「先生……」

 

顔を正面に向け睨みつける

 

「先生は姉さまが森を出て行ったあと、村の人たちにいろいろなことを教えてくれました……」

 

…………初耳ですね。母さまがそんなことをしていたなんて

 

「最初は姉さまがいなくなったあとの先生の様子を見に行った私と父さまが相手でした。読み書きから始まり、簡単な計算の仕方まで無償で先生は父さまに教えてくれました」

 

母さまならありえます。絶大な力を持っていることで恐れられがちな母さまですが、その性格は涙もろくてお人よしなのですから

 

「それから村で希望者を募って、学校の真似事みたいなことを先生は始めました」

 

嘘ではないのでしょうね。私に嘘を言う必要がありません

 

「村の子どもは普通の平民では受けられないような授業を先生から無償で受けています」

 

母さまの知識が世に広まればあちこちでなんらかの変化が起きるでしょうね

 

「今では村のみんなが先生のことを『星の魔女』ではなく、『森の先生』と呼んでいます。親しみを込めてギンガ先生と呼ぶ子もいます」

 

あの娘のうつむいていた顔があがる。視線が交わった

 

「エルフだって話せばわかる。先生とだったら共存できる。村のみんなはようやくそのことに気付いたんです」

 

遅い……気付くのがあまりにも遅い……

 

「話せばわかる。だから、私たちと先生で話し合いをしたんです」

 

一体何を……

 

「姉さまを返してくださいって。姉さまを私たちに返してください……って」

 

ああ……、その場にいたら母さまが何と言おうと我を無くして暴れていたかもしれません。私にとって家族とは、母さまと姉さまと、そしていつも私を可愛がってくれる魔物さんたちだけです。それが私の家族です

 

「だけど……先生は嫌だって。それだけは駄目だって。シエスタは私の娘だって……お願いだからシエスタを奪わないでくれって、何でもするからシエスタの母親でいさせて下さいって、何度もそう言ったんです」

 

話しているうちに何を想ったのか、ぽろぽろと涙をこぼし出す。反射的にハンカチを取り出そうとして、その手を押さえた

 

「たった一人で軍を追い返すような先生が…長い間みんなから恐れられてきた先生が…地面に頭を擦り付けてお願いしますお願いしますって何度も言ったのッ…」

 

ポケットの中でハンカチを握り締めた指先が震えた

 

「そこでようやく私が間違ってたんだって気付いたの……姉さまと心を通わせていたあの頃の私の発言も、先生を泣かせていた私たちも、仲睦まじい親子を引き裂くただの悪者だって」

 

そう言って泣きながら、またうつむいてしまう

 

「姉さまと一緒にいたかった!大好きな姉さまのそばにずっといたかった!」

 

知っていますよ。私を追って学院にきたことも、いつも構って欲しそうに私を見ていたことも十分にわかっていました

 

「そんな風に想ってて、だけど、姉さまをいつも怒らせて…話してもらえないのがすごくつらくてッ」

 

ぐしぐしとあの娘は涙に濡れた目を手で拭う

 

「……ごめんなさい」

 

呟いた

 

「……先生と本当の親子じゃないって言ってごめんなさい」

 

あの時それをあなたがわかっていれば、きっと今も私はあなたの隣にいたのでしょう

 

「先生は姉さまのたった一人の母親です……」

 

そんな言葉に、知らずなにかが溢れそうになった

 

「姉さまは先生の愛する娘です……」

 

ルイズとはまた違う、遠い昔の感情の残り香が小さく胸を締め付ける。会うたびに溢れんばかりの嬉しさだけを感じていた。私の最初の友達……私のたった一人の……

 

「セスタ」

 

弾かれたように顔をあげてまじまじとこちらを見てくる、私のたった一人の妹。同じ日に生まれ、ともに産声をあげた姉妹

 

「私のいない森で母さまが何をしていたのかもっと聞かせてください」

 

昔に戻るつもりはありませんが、ほんの一歩だけ昔に歩み寄る。ただ名前を呼ぶだけ。そう、たったそれだけのことだ

 

たったそれだけのことだけど、セスタは……私の妹は真っ赤な瞳で花の咲き誇るような笑顔を向けてくれたのでした

 

 




姉妹の和解

しばらくしたらセスタも話によく絡んでくるようになります


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シエスタさん、緊急依頼を受ける

サウスゴータに駐屯していた連合軍は、まっったく予想すらしていなかった反乱で指揮系統が混乱し、崩壊の憂き目をむかえていました。降臨祭と休戦期間を終え、アルビオンの首都ロンディニウムに進軍しようとしていた隊がこぞって反旗を翻し、進軍してきた道を引き返してサウスゴータの防衛線を次々と破っているそうです

 

将軍が反乱軍を組織して裏切った、未知の魔法で操られている、第三の軍勢が興りトリステインとアルビオン両国を相手にしている、等の噂が飛び交う街中をモンモランシーを連れて進みます。我先にロサイスに逃げようとしている人の群れとは全く逆の方向。目指すのは北東の街道です

 

連合軍がこうなってしまった以上、独自でロンディニウムを目指すことにしました。先にはアルビオン軍がいるものの、わざわざ遭遇するつもりはありません。確かサウスゴータには人が寄り付かない気味の悪い森があるので、そこで軍をやり過ごし先を急ぐつもりです

 

「このままだと……トリステインは……」

 

「サウスゴータとロサイスを押さえられればあとは攻め込まれるだけでしょう。蹂躙されると言い換えてもいいかもしれません」

 

とぼとぼと後ろを歩くモンモランシーに言います。反乱で数が膨れたアルビオンを止める術はもう今の連合にはありません。なにせロンディニウムを落とすべく進軍していた主力部隊のほぼ全てが反旗を翻したのです

 

そして、真っ先にその標的にされるトリステインの未来は明るいものにはならないでしょう。連合のゲルマニアに助けを求めても、対応を引き伸ばされて見捨てられるのがおちです。トリステインが攻められている間に軍備を固め対抗措置をとる。きっとゲルマニアならそうするはずです。始祖の血筋の国が滅ぼうとゲルマニアには関係ないのですから

 

それにしても、この戦争に一度も介入していないガリアが少し気になります。始祖の血を引くアルビオンとトリステインが争っているのに、同じ始祖の血を引くガリアが静観しているのはどういうことなのでしょう。ジョゼフ様にしてはこんな『面白そう』なことに介入しないのはおとなしすぎる気がするのですが……

 

「いたぞ!あのお二方だ!」

 

頭上で声がしました。グリフォンに騎乗した兵たちが、『どけどけ!』と地上にいる人にどなりながら着地します。全部で五人。その全てが隙のない顔立ちに、なにか刃物のような鋭さを秘めた瞳をしています

 

グリフォンに乗っていて、この油断のない雰囲気。おそらくはワルドの元部下たちでしょう。グリフォン隊は解体されたそうですが、散り散りになっても要職に近い位置に属しトリステインのために日夜励んでいるとの話です

 

「タルブの森のシエスタ様、その従者のモンモランシ様とお見受けします」

 

ひょっとしたら私に接触してくるかもしれないと片隅で思ってはいました。だけどそれはトリステインがなりふりかまっていられなくなったことを意味しています

 

「はい、そうです」

 

僅かな距離を隔てて黒髪をした若い少年兵と向かい合います。見覚えのある顔立ち。若い平民の出でよくここまで出世したものです

 

「これを。トリステイン女王アンリエッタ様、マザリーニ枢機卿の御両名からの緊急嘆願書です」

 

黒髪の少年はこちらに一礼して、書簡を手渡してきました。服に忍ばせていた短剣で封を開き、中の手紙を取り出し読み始める。その手紙の内容に……目が大きく見開いた。手紙に施されたトリステイン王家の紋章が本物かどうか何度も確かめ、食い入るように手紙を読み返す。間違いない

 

「シエスタさん……?」

 

それまで黙って事態を見据えていたモンモランシーが声をあげる。そうですね、さすがに今回はモンモランシーを助ける余裕はなさそうです

 

そう結論付けてモンモランシーの首筋を打って意識を奪う。地面に倒れたモンモランシーを一瞥だけして、少年に告げる

 

「トリステインの魔法学院に放り込んでおいてください。あとで取りにいきます」

 

その言葉に少年の背後から男が出てきてモンモランシーの身体を肩に担いでいく。さて、これであとは予定の通り北東の街道に向かうだけです。そのついでに、いつものように仕事をこなすことにいたしましょう

 

「死なないでください」

 

歩き始めた背に少年の声がかかる

 

「あなたが死ぬとセスタ姉が悲しみます」

 

死んでたまるものですか。ようやくなのです。やっと夢が叶うのです

 

少年たちに見送られながら、暗くなり始めた道をまっすぐに走り出す

 

受けた仕事は、アルビオン軍と反乱軍が進んでくる街道の死守

 

そして、その報酬はタルブの森なのでした




少年兵の正体はジュリアン
セスタの弟です
前にもちょこちょこ出てます


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シエスタさん、死地の赴く

―――――――武技言語開始

 

「I am Never Defeat」

 

我は不敗なり

 

「My Assault is White Howling」

 

我が一撃は白き咆哮

 

「My White Howling is Never Defeat!」

 

我が白き咆哮は不敗なり!

 

 

 

 

 

大地を蹴り一気に加速した

 

談笑していた歩兵の頭を横殴りにすると脳液があたりに飛び散る。隣で談笑していた男がその飛沫を浴びて唖然としている間に蹴りで首を折り一撃で絶命させる。そこでようやく周りの視線が集中した。騎兵が槍を握る前に拳で体に風穴を開け、靴に仕込んだ刃物で声を上げようとした男の喉を切り裂く。動かれる前にできるだけ数を減らす。敵が我を取り戻し、槍を構えた頃にはすでに捜索騎兵隊の数は十を切っていた

 

銃に弾を装填し、一纏まりに隊列を組んだ銃兵隊は、その引き金を引かれる前に投擲短剣で正確に眉間を貫く

 

次々に飛んできた魔法を走りを止めることなくかわし続ける。散開を命じた隊長格を真っ先に狙ったあと、風の魔法を使うメイジを率先して倒していった

 

駆ける。ひと時も足を止めずに駆け続ける。止まっている余裕などない。手紙に書かれていたアルビオン軍は最低でも六万だ。足を止め狙われたらおそらく死ぬ……

 

敵の間を滑りながら、一撃で確実に命を奪っていく。しかし、かわしきれなかった剣の群れが皮膚を破り、槍の群れが身を削っていく。直撃はしていないものの、敵の攻撃が徐々に身体を蝕んでいく

 

腕が久方ぶりの激痛を訴え、足が休ませろと悲鳴をあげる。でも、そんな願いは聞いてやらない。逆にもっと速く動けとわが身に命令する

 

自分がどれくらい駆けているのか分からない。歯軋りの一つもしたい気分だが、余計なことをする余力はなかった。本当になかった。全身のありとあらゆる神経を集中しないと、泣いてしまいそうな予感さえあった

 

駆ける。敵しかいない戦場を駆け回る

 

『びじっ……』

 

異音が左腕から聞こえた。抉られたというより、腕の中で爆薬が爆発したかのようだ。青く変色し始めた傷口周辺をナイフで削ぎ落とし、肉片を撒き散らす。敵が同士討ちすら気にかけず投射武器を使用しだしたのは夜が明けてからだ。加えて今は毒が塗られるようになった。すぐに傷口を除いたものの即効性のものだったらしく、左腕を上げると鋭い痛みが走った

 

とかった。まだ動く。痛いけれどまだ動いてくれる。その腕でマンティコアの硬い毛に覆われた身体を突き破り、跨っていた騎士を鎧ごと殴り砕いた

 

ぎらりと陽光を跳ね返しながら鋼の槍が踊る。身を低くして前へと駆けると、頭頂のすぐ上を鋼の一撃が薙いだ。その動きから身体を浮かせて拳を突き出す。鎧を突き破り肉を引き千切っていく感触……は、すでに左腕からは感じられなくなっていた

 

にぶく重い足音が近付いてくる。もう回避できないと思っているのか、嬲るかのようにゆっくりとした足取りでオーク鬼の集団は近付いてきた。荒い息をつきながら巨大な斧を振りかぶり、渾身の力で振り下ろす。地面が弾ける鋭い音とともに右手でオーク鬼の身体をぶち抜いた。……が、『まずい!』、瞬間的に本能が警告を発した。すぐに離れようとして、オーク鬼が自分を囲むように進路を塞いでいる。その中心にいる私を目掛けてオーク鬼の倍はある岩が投石機から飛んできた

 

咄嗟にオーク鬼の死体を盾にしたものの、身体の内側から痛みがあふれ出してくる。岩の直撃は防いだが、衝撃までは受け流せていない。また肋骨の何本かは折れているでしょう。すぐさまオーク鬼の体から抜け出すと、それを待っていたかのように矢じりの雨が降り注いでくる

 

駆ける。駆け続ける。いつものように殺し続ける。おそらく死体の山は一万に達しているだろうが、それをいちいち数えるような趣味はない。そんなものが介入する余地などない。感情とは無縁の行為。敵はただの数だと割り切る

 

日が沈み再び夜を迎える。痛みと疲労で止まらなくなった涙を流しながら、知らず咆哮を上げて敵に踊りかかる

 

そして、再び夜が明ける頃、アルビオン軍はようやくロンディニウムへと撤退を始めたのでした…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が重く暗い。痛みを通り越して身体が崩れ落ちていくような感覚。どの程度のダメージを受けたのか自分でもよくわからない。決して軽くはないでしょう。でも、よくやったと我ながら思います

 

これでようやく帰れる。母さまのところへ。愛する母さまがいる場所へ。そうして母さまと生きる。手を繋いで母さまといつまでも一緒に生きよう

 

血を流し、脚を引きずりつつも一歩ずつ進む。泣きながら笑う。幸せなこれからの未来を想像して。幸せなだけのこれからの生活を夢見て。一歩ずつ帰る。母さまがいる故郷と呼ぶべきあの森へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど

 

 

 

身体感覚の

 

 

 

ほぼ全てを失っていた

 

 

 

この時の私は

 

 

 

自分が地に倒れ

 

 

 

虚しく手足を痙攣させているだけにすぎないことさえ

 

 

 

もはや

 

 

 

自覚できなくなっていたのです……




武技言語

簡単に説明すると暗示による肉体強化
元ネタは『影技(シャドウスキル)』

このあとはもちろんあの人がシエスタさんを拾います


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ギンガ、我を忘れる

「ふい~、やっと終わったぁ」

 

床掃除を終えて、額にうかんだ汗を拭う。この無駄に広い部屋を一人で掃除するのは、かなりの重労働だった。いくらこの身のポテンシャルが高かろうと、モップだけで隅々まで綺麗にしていれば相応に疲れもする。だいたい一部屋が私の家より広いってどういうことだよもう!

 

「うん、綺麗!これで文句もないでしょ」

 

と、ちょっと得意気になりながらも、心の片隅で何をやっているんだかと苦笑いを浮かべる。アルビオン首都ロンディニウムにある城でモップ片手に部屋掃除。今度シエスタに会ったら笑い話として聞かせてやろう

 

「さて、と……次は、お風呂場でも掃除するか」

 

クロさん曰く、指輪は人に預けていて、いま手元にはないそうだ。いつその人が帰ってくるかも分からない。ならばと二日おきくらいに次元船に乗ってこの城を訪れていたら立派な部屋を用意されてオブラートに『おとなしくしてやがれこんちくしょう』みたいなことを言われたんだよねー

 

でもってクロさんが指輪を預けている人なんだけど、メイドさんたちが囁いている話ではどうやらクロさんの愛人ぽい。ひょっとして持ち逃げされたとかはないよなー。そうでないといいなぁ……、そこそこ有名だったクロさん見つけるのにも手間取ったのに、貴族でもない一般女性を見つけるなんてめんどくさすぎる

 

「にしても戦争にもメイドさん連れていくんだもんなあ」

 

食や身の回りの世話というより、男を世話する女として連れて行ったんだろうけどさ。えっとなんだっけ?慰安部隊だったかな?

 

「でも若い子ほとんど連れて行くってどうなのよ。残ったメイドさんそこそこなお歳なのに仕事のしすぎで倒れそうじゃん」

 

うん、突然やってきた私の世話をいつもしてくれているロングビルさんも、今日は頭がゆらゆらしてたもんね。いつも私の娘自慢を嫌な顔せずに笑顔で聞いてくれるロングビルさんが困ってるとあっては、シエスタのために鍛えた私の主婦スキルで助けざるをあなかった

 

てなわけで、まずは遠慮するロングビルさんをベッドで寝かしつけ、あとは適当にメイドっぽい仕事をしている。適当だけど、多少の助けにはなってるでしょ

 

まあでも寝かしつける時に一騒動あったんだよねえ……、なんというかあれだよ。私ロングビルさんのこと五十過ぎのおばちゃんだと思ってたんだよね。だって顔には皺が幾つも刻まれてたし身体の肌はあちこちがひび割れて黒ずんでるんだもん。髪も白髪が目立ってたしどこからどう見てもおばちゃんだったんだよ

 

それが私がヒールかけてエスポワールかけたらば理知的な凛々しい顔が現れたんだもん。顔から皺なんてなくなり、肌のひび割れも消えたよ。もちろん髪からは白髪が消え淡く綺麗な緑が見えるだけ

 

一瞬、どうしてこうなった?とか思ったよ。んでロングビルさんに話を聞くと貴族に体を弄ばれて、見た目が悪くなってからは危ない薬の実験体にされてたって……、なんかもう重すぎてねー

 

悪い夢だったんだよって優しい言葉をかけながらシエスタにやるみたいに頭を撫でながら頬に唇を落とし、手を握って子守唄を歌ってやると、はらはらと涙を流しながらロングビルさんは眠りについた。眠りながらも握った手には小さく力が込められていて、なんだかロングビルが少しだけ愛しくなってしまったのだ

 

仕事だろうけどロングビルさんいつも私に付き合ってくれてるからね。シエスタの子どもの頃の話を笑顔で聞いてくれた。ロングビルさんも大事な妹がいるって話してくれた。それが、アルビオンでの唯一の楽しい記憶になった

 

うーん、クロさんに頼んでロングビルさん引き抜いちゃおかな。授業を受けに来る村の子どもも増えてきたし、お手伝いさんが欲しかったところなんだよね。ロングビルさんの話を聞く限り貴族をあまり良くは思っていないみたいだし、私のとこにきてくれるかな?あっ、でも妹がいるとか言ってたっけ。う~ん、妹さんの面倒も見るって言ったら首を縦に振ってくれるかなぁ

 

よし、クロさんの愛人から指輪回収したらロングビルさんに話を持ちかけてみよう。もし上手くいったら帰ってきたシエスタをビックリさせてやろ!そういえば……

 

「シエスタったらなかなか家に帰ってこなくなったけど元気にやってるかな。危ないことしてないといいんだけど」

 

思い込みが割りと激しい子だから心配だよ。あまり激しすぎて昔聞かせただけの技を自力で再現させた時は、この子どんだけー?!って思っちゃったね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この五日後、ロングビルさんからアルビオン軍が敗北したことを知らされた。たった一人の少女に敗北したことを聞かされた。兵から聞いた話では黒髪を背中半ばまで伸ばした十六、七の少女だったそうだ。身体中から血を流し、幾多の傷を負いながらも殺戮を続けたそれは、少女の姿をした悪魔だったと……

 

兵の記憶を頼りに描かれた少女の姿絵をクロさんに見せてもらった

 

ロングビルさんのことも、指輪のことも、なにもかもどうでもよくなった

 

ただただシエスタを想う。傷だらけになって戦い続けたシエスタを想う

 

それでもう、我慢の限界をあっけなくむかえた

 

その日のことを私はよく覚えていない

 

ただ城から生き延びた数名のメイドがその日のことを震えながらこう言ったそうだ

 

殺戮の饗宴…………と




ギンガのステータス

ギンガ  銀河魔法使い(天才)
炎0 風50 水-50
Lv9999
HP 968981
SP 321702
ATK 218981
DEF 332936
INT 1148027
RES 287988
HIT 244077
SPD 211458


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…………さん、目覚める

目は覚めたが急に起き上がるようなことはせず、視線だけで周囲の状況を確認する

 

小さくまとまった部屋だった。ベッドの脇には窓が一つあり、その反対側にドアがある。部屋の中央には丸い小さなテーブルが置かれ、木の椅子が二脚添えられている。私が寝ているベッドは温かみのある木製のもので、清潔感のあるシーツに、柔らかい毛布がかけられていました

 

次に自身の状態を確認する。包帯が幾重にも身体を覆っている。試しに腕に力を込めてみると小さくも鈍い痛みが走り、万全とは程遠い状態でした

 

「ようやくお目覚めね」

 

そして、ベッドの横で私を見つめている金髪の少女。美しい……と素直に思う。ただし、少女が身に纏う雰囲気は驚くほど温かみに欠けています

 

「三日も眠ってたから……ちょっと不安になったの」

 

『心配』ではなく『不安』。おそらくは私の怪我の手当てはこの少女がしてくれたのでしょう。使っていたベッドを譲り、ずっと看病してくれたのでしょう。でも、善意からではありません。そこに私を心配する気持ちは微塵もありません。あるのは損をしないだろうかという不安です

 

「一応聞いておきます。私を助けてくれたのはあなたですか?」

 

少女はきょとんと動きを止めたあと、口元に手を添えてクスクスと笑った

 

「ええ、そうよ。わたしがあなたを助けたの。死んだ母から貰った大切な形見の指輪の力を使って。おかげで今は何の力も無いただの石になっちゃったわ」

 

恩に着せる気満々の言い方ですね。まあ命の恩人のようですし、一度くらいなら少女……、世の少女に失礼ですね。彼女のために尽力しましょう

 

「森の入り口にあなたが倒れているのを見たときは本当に嬉しくて、久しぶりに心から笑えたのよ!」

 

おそらくその時の私は重傷を負って死に掛けだったはずですよね?まあそれはこの際おいておくことにします

 

「私のことを知っているのですか?」

 

「姉さんからよく聞いてるわ。絶対に関わるなって」

 

「なのに助けたのですか?」

 

「そうよ。いくらあなたでも命の恩人に危害は加えないでしょ?」

 

彼女はベッドに腰掛けると、片手を私の顔の横に着いて見下ろしてきました

 

「星の魔女様にお願いしたいことはあるの」

 

…………?

 

「あなたから言ってもらえないかしら」

 

窓から漏れる陽光を反射して彼女の金髪がきらきらと輝く。その長い髪が私の頬を撫でていくほど彼女は顔を近づけてくる

 

「アルビオンを消してもらいたいの。人も大陸もみんなみんな吹き飛ばしてもらいたいの!」

 

よりにもよって狂人に助けられてしまいましたか。いっそここで彼女の命を奪ってやる方が彼女のためにもいいのではないでしょうか

 

「魔女様なら簡単でしょ?」

 

暗い感情が宿る翠眼でじっとこちらを見下ろしながら彼女は続ける

 

「命の恩人の頼みよ。あなたから魔女様に頼んで頂戴」

 

…………はぁ

 

「何点か聞きたいことがあるのですが」

 

「どうぞ」

 

「まず、あなたの名前を」

 

「そういえば名乗ってなかったわね。ティファニアよ。今はただのティファニア」

 

今は……ですか。ならば今後、彼女の名前にどんな言葉がくっつくのでしょうね

 

「それではティファニアさん、次の質問です」

 

どちらを先に聞こうかと考えて……

 

「星の魔女……でしたか?アルビオンというのは街の名前だと思うのですが、個人でそのアルビオンを落とすのは到底無理な話です。となると、星の魔女というのは軍隊か傭兵団のようなものでしょうか?」

 

私の言葉にティファニアさんは、はっ!と目を見開き、僅かに後ずさりました

 

「最後に」

 

ティファニアさんの顔がみるみるうちに悲嘆に染まっていく

 

「その星の魔女の者たちと親しかったと思われる……

 

両手をぎゅっと握り、ティファニアさんは唇を苛立たしげにきつく歪めました

 

「私は一体何者ですか?」

 

自分が誰かも分からないのに割と冷静な私は本当に何なのでしょうね……




てわけで記憶喪失ネタ


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シエスタさん、相槌を打つ

目覚めてから十日が経過しました。テファがしてくれた治療はたいへん効き目があったらしく、今では身体の傷はほぼ完治しています。しかし、どうしても治らないものもありました……

 

「星の魔女が私の育ての親と言われましても……」

 

テファの家の裏手にある丸太に腰掛けて深々と息を吐きました。目の前には大量に割られた薪があります。大の大人がこの量の薪を割ろうとしたら、おそらく私の倍以上の時間がかかるのではないでしょうか?目覚めてから自分の身体能力の高さに驚くばかりです

 

「テファが言っていた星の魔女の娘ならこれも当たり前なのかもしれません」

 

浮遊大陸アルビオン王国をたった一人で降伏させた星の魔女。それも政治の駆け引きや戦略などない純粋な力だけで……全く持って規格外な存在です。そして……

 

「それが私の母親ですか…」

 

テファにそう教えてもらいましたが実感がありません。母親と言われても『へー、そうなのですか』と他人事のようにしか思えないのです。そこまで考えて、頭を振って思考を無理やり中断させました

 

テファは私のことを魔女の『愛娘』と言っていた。たとえ実感がなかろうと、その娘が母親のことを他人と思っていては、なんだか星の魔女に悪い気がしたのです

 

「シエスタ!」

 

そして星の魔女の愛娘こと私の名前はシエスタというそうです。後ろにある家の中からテファが私を呼ぶ声が聞こえてきます。しばらくすると家の窓が開き、そこからテファが顔を覗かせてきました

 

「あら、巻き割りなんて人形たちにやらせておけばいいのに」

 

「ちょっとしたリハビリですよ」

 

テファが言う人形とは四日前にこの場所に現れた盗賊たちの成れの果てです。どうやったかは分かりませんが、テファは盗賊たちの記憶を消去すると新たな偽りの記憶を埋め込みました。テファの言うことなら何でも聞くように。テファのことを命がけで守るように。テファはそんな人形をアルビオンのあちこちに放っているそうです。その人形を使って食料や日用品、情報はこの家に運ばれてきます。ほんとに大した命の恩人です……

 

「ねえねえ、それよりも聞いて!さっき人形がおもしろい話をもってきたの!」

 

私はこの時、初めてテファのあどけない笑顔を見ました

 

「魔女様がね、アルビオンの貴族をまたたくさん殺してくださったの!」

 

あどけない笑顔でとんでもないことを言いました

 

「魔女様がまたアルビオン貴族をやっつけてくださったの!」

 

熱に浮かされたように……今のテファはまるで恋する乙女のように可愛らしく輝いて見えました

 

「あのね!まだ先の話だけど魔女様がわたしの夢を叶えてくれそうなの!」

 

「それは良かったですね」

 

「うん!」

 

キラキラと輝く瞳は、本当にあどけない少女のようです。記憶なんて奪わなくても、今の上気したテファの笑顔を見せれば大抵の男性は言うことを聞いてくれるでしょう

 

木漏れ日を浴びながら、テファはただただアルビオンが早くなくなればいいのにと言って嬉しそうに満面の笑みを見せています。時折はにかみながら、うっとりとした声で『魔女様』と囁く。そんなテファに適当に相槌を打ちながら、ぼんやりと丸太に座って空を見上げました

 

そこには何の変哲もない空が静かに広がっているだけ。どこまでも果てのない青があるだけ。そしてその中をゆっくりと雲が流れていく。一切のしがらみから解き放たれた領域。ただその遠い領域を見上げて、『あと二日したらここを出て行こう……』発作的にそう決めてしまいました。言うとテファに止められそうなので黙って行くことにします

 

行き先はそうですね…………、あっ!ロンディニウム城跡にいる星の魔女にでも会いにいきましょうか。もしそれで記憶が戻るなら良し。記憶が戻らなければフラフラと当てのない旅でもすることにいたします

 

「やっぱり魔女様はわたしの運命の人なんだわ!」

 

「それは良かったですね」

 

「うん!」

 

短い間でしたけどテファのことはわりと…………

 

わりとどうでもいいですね




ここのテファはだいたいこんな感じ

その分、次話からでてくるお人はヒロイン級w


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シエスタさん、御者をする

「あとどのくらいでロンディニウムに到着しますか?」

 

「そうね……ゆっくり行ったとしても、あと五日もすれば到着するわ」

 

馬車の荷台から尋ねると御者台で手綱を握っていたミューズさんからすぐに返答がありました。がらがらと街道を転がる車輪の音が、暖かな日差しの中に響いています

 

街道には惜しげもなく陽光が降り注ぎ、のんびりと穏やかな時間を過ごせています。自然とおおらかな気持ちにさせてくれる風が頬を撫でていく。テファとの生活では感じられなかったのどかな時間。一時の安らぎです

 

テファの家を出ることを決めた二日後。予定通り家を出、森を抜けて街道に出たまでは良かったのですが、ロンディニウムがどこにあるのかテファに聞くのをすっかり忘れていました。自分のうっかりさに呆れまじりの息をこぼし、とぼとぼと歩き始めた私の前に偶然馬車で通りかかり拾ってくれたのがミューズさんでした

 

丈の長い商人風の服に身を包んではいますが、見るものが思わず背筋を伸ばしてしまうような気品と大人の魅力を身に宿らせている女性です。腰近くまで伸びたつややかな黒髪がミューズさんをさらに魅力的に見せています。歳は二十代半ばでしょうか?宝玉のように赤い瞳を優しく緩めて……

 

『女の子が一人きりでこんなところにいたら危ないわよ。ロンディニウムまで行くけど乗っていく?』

 

首をこくんと縦に振りました

 

そんなわけで都合よくロンディニウムに行けることになった上に、このミューズさんテファとは段違いに付き合いやすい人でした。名前や好きな食べ物、お腹は空いていないかと簡単な質問はするのに、私の素性やロンディニウムに行く理由などは全く聞いてこないのです。私の聞かれたくないことを全く聞いてこないのです

 

わけありとは気付いているでしょうに、人が良すぎますよ。でも、単に人がいい女性というだけではないのですよね。のんびりと馬車の手綱を握っているのに、その姿にはどこか隙がなく、よく観察すればミューズさんの視線はあとこちに飛び周囲の索敵を片時も怠っていません

 

そしてこの馬車。荷台を覆うのはただの布ではなく、おそらくは魔獣の皮です。加えて皮と皮の間には注意すると鋼を編みこんだ防刃繊維が見て取れます。馬車は全体が薄黒く、日が落ちれば夜の闇に同化して人目を避けることが可能です。さらに馬車を黒く彩っている塗料は耐火性のもので国軍の装備にも使われているものです。この馬車一台の値段は小さな城なら二つか三つ買えるほどです……はぁ、私はなんでこんな知識だけは覚えているのでしょうね

 

まあ乗せてもらっている身としては深く詮索しないものの、いろいろと推測をしてしまいます。一番有力なのは、私をロンディニウムまで護送することでしょうか。次点で私をどこかに運んで利用するといったところですか

 

私はなんといっても星の魔女のまな娘らしいですからね。星の魔女に取り入る、或いは利用しようとする者にとっては私を抑えるのが一番です

 

だけど、なんとなくミューズさんはそのどれにも当てはまらないような気がしているのです。だって、ミューズさんは……

 

『ぐぅ~……』

 

御者台から聞こえてきた腹の虫音

 

「あの……私……」

 

心持ち恥ずかしそうな表情を浮かべて、ミューズさんは荷台を振り返ります。ミューズさんの魅力は積極的に他者に訴えかける派手なものではなく、野の花がもちような清楚な

ものです。美人だと誰もが認めるものの、美人にありがちな近寄りがたさはミューズさんにはありません。長く艶やかな黒髪がさらりと揺れます

 

「荷台から……パンを取ってくれないかしら……」

 

まだ完全に気を許したわけではありません。でも、ミューズさんが休憩している間くらいは私が働こう。そう思う程度には彼女のことを好ましく思っているようです

 

『いや……でも』と遠慮するミューズさんを強引に荷台に押し込み、御者台に座る。ふと荷台に顔を向けると、とろんと緩んだ幸せそうな笑顔をして手に持ったパンをちょこちょこ食べているミューズさんの姿がありました

 

美しさよりも可愛らしさの方が印象に残る……そんな荷台から顔を正面に戻し、手綱を握って馬車を前進させる

 

パンを食べ終えて、陽光を浴びながらうとうとと寝入り始めたミューズさんを起こすことなく、ゆっくりのんびりロンディニウムへと馬車は進んでいくのでした

 

 




こんなミョズさんがいたっていいよね

テファとミョズさんでバランス取れてるからいいよねw


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シエスタさん、揺らぐ

得体の知れない者たちに追いかけられる。表現としては陳腐な部類に入るかもしれません。負ってくる者に男女や装備の違いはあっても、その目的ははっきりとしています。得体は知れませんが、彼らが何であり、誰の命令で動いているかははっきりとしているのです

 

「……一体なんでしょうね……あれ……」

 

猛烈な勢いで馬車を追いかけてくる奇怪な連中を振り返りながら、ミューズさんは首を傾げました。奇怪な連中の操る二台の馬車に追われている状況なのにミューズさんの顔には焦りはなく、いつもと同じおっとりした雰囲気を纏っています

 

なんというか、やはりミューズさん只者ではありませんね。たんに肝が据わっているというだけではなく、場慣れしているというべきでしょうか。熟練の兵士でも緊迫する場面なのですけどね……

 

「盗賊の類には間違いないでしょう」

 

「でもただの盗賊にしてはおかしいわよね」

 

そう。ミューズさんの言う通り、彼らはただの盗賊ではありません。私が荷台から放った矢を胴体や手足に受けながらも手綱を放さない常識外の存在です。彼らの存在には心当たりがありすぎます。まあ十中八九テファの人形たちでしょう

 

もうかれこれ一時間近く逃げ回っているのに一向に諦める気配がありません。工作のため、わざわざ筆跡を変えて、『魔女の娘はいただいていく』と書置きしてきたせいか、おそらくミューズさんが私を誘拐したとでも勘違いしているのでしょう。それで魔女の娘を取り返すために人形たちを送ってきたと……いやはや、ご苦労なことですね

 

だからといってテファのところに戻るつもりはありません。そうするくらいならミューズさんと世界の果てまでも逃げ続けます。ミューズさんなら苦笑しながらも付き合ってくれるでしょう。私を助けてくれたのがテファじゃなくミューズさんなら良かったのに……

 

「シエスタ」

 

御者台で手綱を握っていたミューズさんに呼びかけられます

 

「しばらく手綱をお願いしていいかしら」

 

即座に御者台に移り手綱を掴みます。そしてミューズさんはゆったりと荷台に移ると、隅に立てかけていた木箱を床に下ろし蓋を開きました。手綱を握りながらちらりと覗くと、小さな人形がそこにはやくさん収まっていました

 

「お願い、お人形さんたち。力を貸して」

 

ミューズさんの前髪に隠れた額が一瞬眩く輝いたあと、箱に収まっていた人形が次から次へと飛び出し、槍や剣、そして斧矛を持った人間大の戦士になってテファの人形たちに襲い掛かっていきました。そんな数十体もの人形を操り、ミューズさんは言う

 

「これでもう大丈夫だと思うわ」

 

「そうですね」

 

馬車の背後を確認すると、ミューズさんの人形たちに次々と身体を串刺しにされていくテファの人形たちの姿がありました

 

「わたしはね、あらゆるマジックアイテムが扱えるの」

 

「そうですか」

 

ただミューズさんにそう返しただけなのに、何がおかしかったのかにっこりと微笑む

 

「あなたは『前』もわたしにそう言ってくれたわ」

 

そう言って隣の御者台に座ってきました。ということは、ミューズさんとの付き合いは私が記憶を失う以前からのようですね

 

「ガーゴイルや魔道具の力に怯えていたわたしに、そんな力なんてぜんぜん大したことないって顔で『そうですか』って言ってくれたの。自分の力に怯え、我を失い狂いそうだったわたしをあなたが止めてくれたの」

 

ふむ、とりあえず昔の私よくやりました。ミューズさんが狂ってテファのようになっていたかと思うとぞっとします

 

「だけど、そんなあなたにとてもひどいことをわたしはしてしまった」

 

「覚えてないので構いません……」

 

「記憶を失ったのがわたしのせいだとしても?」

 

一瞬だけ体が硬直しました。思うところはいろいろありますが……

 

「構いません」

 

「でもわたしは構うわ」

 

ミューズさんは笑顔で

 

「たとえ主の命令に背く行動をしていようと、わたしはあなたの記憶を取り戻させる」

 

いつもの周囲にまで幸福感を与えるような微笑で

 

「たとえ記憶を取り戻したあなたに」

 

ミューズさんは言った

 

「わたしが殺されるとしても」

 

…………ロンディニウムなんかに向かわずにこのままミューズさんとどこか遠くに旅に出たい。この時の私は半ば本気でそんなことを思ったのでした




人形vsお人形さん

記憶を取り戻したシエスタさんが敵のミョズさんを見逃す可能性はほぼありません


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シエスタさん、発見される

アルビオン首都ロンディニウムに近付くにつれ、行き交う人々の顔から段々と笑顔がなくなっていきました。差異はあれど、みんな疲れきりなにかを諦めたような顔をしています。中には何度もロンディニウムがある方角に振り返り涙をにじませている人もいました。まるで生まれ育った故郷との別れを惜しんでいるかのようです

 

平民、貴族関係なく長蛇の列はロンディニウムに背を向け反対方向に力なくただ前進する。向かう先はおそらく港街ロサイス。目的はアルビオンからの脱出。だけど……

 

「どこに行こうと同じですのに」

 

街道脇に馬車を止め、人形劇を披露しているミューズさんを見ながら呟きました。星の魔女、私の母親がアルビオン・トリステイン・ゲルマニアと戦争を開始するまであと八日。ミューズさんの話では、三国がどれだけ軍備を固め協力体制をとっても星の魔女を打破するのは不可能とのことでした。戦争ではなく一方的な蹂躙、ただの殲滅戦だとも……、私の母親はどれだけ規格外なのでしょうね

 

三国に宣戦布告した理由が、娘の私が戦争に巻き込まれて生死不明になっているからでしたっけ。なんというか、本当に私は母親に愛されているようです。だけど、かなり親馬鹿すぎる気もしているのですよ

 

「それを止める唯一の方法が私の生存確認」

 

苦笑が漏れてしまいます。さぞかし各国は私の捜索を血眼になってしているのでしょうね。星の魔女によってすでに首都ロンディニウムが壊滅させられたアルビオンはともかく、トリステイン・ゲルマニアなんかは……

 

ひょっとしたら私の捜索をしていた人の中にはテファに人形にされた者もいるかもしれません。テファの人形たちの中に軍服らしきものをまとったのがちらほらいた気がするんですよね。テファはアルビオンの消滅を望んでいましたから、私の生存を確認させて星の魔女を止めるようなことはしないでしょう。テファからすれば私を捜索している者は邪魔者でしかないのです

 

はあ……、星の魔女もテファも少しはミューズさんのあり方を見習ってほしいものです。道行く人たちに人形劇を披露しているミューズさんのようにあってほしいものです

 

『せめて少しでも慰めになってくれたらいいの』

 

『別に優しくなんかないわ。やりたいことをやっているだけだもの』

 

『わたしはお人形さんたちを操れる。だからわたしの人形劇で少しでもみんなを笑顔にさせたいなって思っただけ』

 

『わたしのつまらない偽善行為なだけよ』

 

そう言って人形劇を披露し始めてから四時間あまり。足を止めてくれる人は稀で、多くは素通りしていく。中には苛立ったように人形を足蹴にしていく者もいた。つまらない因縁をつけて怒鳴り散らす者もいた。だけど、ミューズさんは絶対に笑顔を崩しませんでした。休むことなく人形を操り続けました。ただ静かに微笑んでいるだけで周囲まで幸せにさせるようないつもの表情を浮かべて、一心腐乱に劇を続けています

 

でも、今やっている劇が終われば強引な手段をとってでも止めさせることにします。平気そうな顔をしていようと、額や首筋にうっすらと浮かんだ汗粒からミューズさんがかなり疲弊しているのは分かっているのです。二時間前にせめて休憩するよう言ったのですが聞き入れられず、馬車の荷台からこうしてミューズさんを見守っていました

 

と、竜の人形を倒した剣士の人形が見物客に向かって一礼しています。やられ役だったメイジや竜も立ち上がり手を振っています。荷台から降りてミューズさんに近付いていく

 

すると、拍手をしていた金髪の少女と、肩口で揃えられた黒髪をした少女の二人がこちらに気付くなり……

 

「あ」

 

「え!」

 

……あ?……え?

 

「シエスタさん!」

 

「姉さま!」

 

そう叫んだのです。知り合いだとは思うのですが、懐かしさも喜びも感じません。でも、私のなかのなにかが明確に二人をこう位置付けたのです

 

二人の少女は敵には絶対にならないと。彼女たちは私の仲間なのだと……




再会

でもまだ記憶喪失なう


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シエスタさん、膝枕する

神聖アルビオン共和国と、トリステイン・ゲルマニア連合軍の戦争は、降臨祭が終結した少し後になって終わりをむかえた

 

シエスタの犠牲によって連合軍がロサイスに無事に留まれたあと、突如現れた星の魔女は、クロムウェルをロンディニウムの城の一画ごと吹き飛ばし、ロンディニウムに駐屯していたアルビオン軍を目に付いた先から滅ぼしていった

 

圧倒的な暴力と、たった一時間足らずでロンディニウムを壊滅させられたことで、アルビオンは心底絶望を味わった。その上、星の魔女はロンディニウム城跡の廃墟に今も居座り続け、とある要求をしてきた。要求が叶えられない場合、アルビオン大陸を消滅させるという最悪のおまけつきでだ

 

その要求とは

 

『アルビオンと連合軍の戦争に巻き込まれた娘の生存確認』

 

この一点のみ

 

要求が叶えられない場合はアルビオンを消滅させたあと、戦争に参加していたトリステイン・ゲルマニアに対しても同様のことをすると

 

アルビオンでそう宣告したあと、星の魔女は自らが所有する戦艦でトリステイン・ゲルマニアの王城に乗りつけた。城にいた兵たちをなぎ払い、アンリエッタ女王、ゲルマニア皇帝の元までたどりつくと、アルビオンとまったく同じ要求を両国に突きつけた

 

つまりは、二十日以内に娘の生存が確認されなければアルビオン・トリステイン・ゲルマニアはハルケギニアからその名前が消える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのが目の前に座っている黒髪の少女から教えてもらったことでした。もう一人の金髪の少女はなにやらミューズさんと話をしています

 

「それで『姉さまと一番縁のある私』と、いつも一緒にいた『だけ』のモンモランシ様が女王陛下の勅命で捜索隊に加えられました」

 

なにか含む言い方と感じるのは私の気のせいでしょうか?それに説明するのに、わざわざ腕を組んでぴったりと身体を密着させる必要があるのでしょうか?妹…………なのですよね?ただの仲の良い姉妹なだけなのですよね?

 

「それにしてもびっくりしました。まさか姉さまが記憶を失っているなんて……、だから『一番仲の良かった』妹の私のこともわからなかったんですね」

 

私の肩に顔を預け少女は言います。まるで人目も気にせず語らう恋人のようだと思いましたが、仲の良い姉妹ならこのくらい普通……だと……思います……おそらく……。別に嫌だと思っているわけではないものの、何か違うような気がしているのですよね……

 

「シエスタ、モンモランシーさんたちも一緒にロンディニウムに行くことになったわ」

 

ミューズさんにわかりましたと手を振りながら言うと、隣の少女が足を踏んできました。踏むというより足を乗せて注意を自分に向けさせたんでしょう。どれだけお姉ちゃん子なのでしょうかこの少女は……

 

「えー……、セスタ…でしたか」

 

名前を呼ぶと少女はそれだけで嬉しがり、さらに身を寄せてくる。手を取られ、その甲に頬を押し当てられる。……姉妹にしては仲良すぎませんか?まあそれはともかく

 

「そろそろ出発します。モンモランシーさんとセスタは荷台の方へ移動してください。私はミューズさんと御者をしますので」

なんで私はこんなことをしているのでしょう?二人分の荷物が増えたことで少し狭くなった馬車の中でそんなことを思ってしまいました

 

荷台の床に座った私。その膝枕で横になってうたた寝しているセスタ。それを御者台から微笑ましそうな顔でちらちらと見てくるミューズさんとモンモランシーさん

 

温かい陽光が降り注ぎ、遠く空を行く鳥の声が聞こえる。心地よい天気なのに妹とべたべたべたべたしていてちっともおおらかな気持ちにはなれない

 

だけど、この状況をどこかで懐かしいと感じている私がいて、せめて今日くらいは妹の好きにさせてもいいかな……と、日和ってしまいました

 

がたがたと進む馬車に揺られながら、なんとなく誰にも聞こえない声で

 

「セスタ……」

 

私の妹の名前をそっと呼んでみたのでした……




ここぞと攻めるセスタ

そして微妙にシスコンかもしれないシエスタさん


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シエスタさん、到着する

いつも柔らかい微笑みを浮かべているミューズさんとは逆に、モンモランシーさんはいつも物憂げで疲れた表情をしています。可愛らしい顔立ちをしているのですが、このどこか苦労人を滲ませた雰囲気のせいでモンモランシーさんは妙に老けて見える時があります

 

それが、ミューズさんと一緒に御者台に座っているうちに、目に見えて変化してきました。小柄な顔には歳相応の無邪気な笑顔が浮かび、小気味良い声音でずっとミューズさんと楽しく会話をしているのです。荒削りだけど気品のあるモンモランシーさんがそうしていると、膝の上で撫でられ可愛がられている猫を連想してしまいます

 

ちなみにセスタは荷台でずっと私の髪の手入れというか、髪をいじって好き放題しています。首の後ろで束ねていた紐はセスタの手で解かれ、今は頭の右側で髪を一房束ねるのに使われています。その紐がまた解かれ、セスタが私の長い髪を今度は三つ編みに結い始めた時点でさすがに煩わしくなってきました

 

セスタを無表情で見つめ、吐き捨てるように息を漏らす。これだけすれば煩わしいと思っていることが伝わったでしょう。だけどセスタは何事もなかったように髪を結う手を動かし続けます。まるでそんなことされても気にしない。そんなことには慣れているといった調子で触れてきます。さすが私の妹だけあって図太いですね……

 

「ねえシエスタ」

 

「なんでしょう」

 

廃墟同然と化した首都ロンディニウムを馬車が行きます。アルビオンの首都といっても、もう誰も信じないほどに壊滅した街の中を進みます

 

「あと少しで星の魔女がいる場所に着くわ」

 

「そうですか」

 

「もっと苦労するかと思ってたのよ。なんだか気が抜けたわ」

 

となると、私が記憶を取り戻すまでもうすぐですね。アルビオンをたった一人で壊滅させた魔法の破壊力に注目されがちですが、星の魔女は治癒の魔法の腕もすさまじく、知られていないところで多くの命を救ってきたそうです。その腕前は『死んでさえいなければ何でもこい!』とセスタに言い放ったこともあると

 

なので私の記憶喪失も星の魔女に会いさえすれば治るも同然。セスタが自分のことでもないのに誇らしげにそう話してくれました。そういえば私の妹ということは、セスタも星の魔女の娘になるのではないのでしょうか?

 

「シエスタさんの母親……」

 

「先生に会うのは久しぶりです」

 

生唾をごくりと飲み込んで緊張したモンモランシーさんと、まったく様子を変えずに私の髪で遊んでいるセスタ

 

「ここまで来たらもう話してしまうけどね、わたしの主からはシエスタを保護したら城まで連れて来いって命令されていたの」

 

「アルビオン、トリステイン、ゲルマニアではあり得ない話ですね。戦争に参加していなかった河リアかクルデンホルフ、ロマリア……先生の娘の姉さまをロマリアが保護なんてしないから、ガリアかクルデンホルフですか?」

 

私の髪に触れながらセスタがミューズさんの方を一瞥もせずに言います。ええとですねセスタ、その青い光を発するその大剣はどこから取り出したのですか?

 

「それは内緒よ」

 

「あなたって私には優しくないです」

 

「お互い様でしょう。あなた出会った時からずっと私のこと警戒してるんですもの」

 

クスクスとミューズさんが笑う

 

「ここまできてもあなたはずっと警戒を解かない。私がそんなに信用できない?」

 

「いいえ、信用してますよ」

 

セスタは私の髪にそっと唇を落とす

 

「あなたが姉さまに少しでも変なことをしたら、即座に斬り殺す程度にはあなたのことは信用しています」

 

「あらこわい。じゃあ姉妹が仲良くしているのを邪魔しちゃ駄目ね」

 

またミューズさんはクスクスと堪えきれずに小さく声を漏らす

 

本当にお姉ちゃん子すぎますよセスタ……、あなたが私にずっとくっついていたのは、ひょっとして私を守っていたからなのですか?母親だけではなく、妹からもすごく想われているようで、今の私は嬉しいというより、それを重く感じてしまいますよ……

 

その間にも馬車は進む。やがて大きく抉り取られた城壁を横目に、原型を留めていない城門をくぐる。ミューズさんはそこで馬車を停めました。停車を知ってモンモランシーさんは横を向き、セスタはようやく私の髪から手を放す

 

「ここからはシエスタ一人で行ってちょうだい。しばらく行くと廃墟の中に小さなテントがあるわ。星の魔女はそこにいる」

 

馬車から数歩歩いたあと、ミューズさんに尋ねます

 

「一緒には行かないのですか?」

 

御者台に座ったままのミューズさんは珍しく顔を歪めて……

 

「今の状態の星の魔女に他人が近付くのはただの自殺行動」

 

と言いました。だけどですねミューズさん……

 

「シエスタアアアアアアァァァァぁぁぁあああああああ!」

 

奥から聞こえてきた幼い声にどうしようもない懐かしさと狂おしいほどの愛しさを感じながら思います

 

向こうからきた場合はどうするのですか?……と

 

 

 

 

 

 




一言だけどシエスタサイドで登場のギンガ

セスタがシエスタさんにずっとべたべたくっついてた理由は素性の知れないミューズさんを警戒してのことでした


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ギンガ、抱きしめる

駆け寄る

 

「オメガヒール」

 

抱きしめる

 

「エスポワール」

 

ずっと心配していた

 

失うかもしれないと気が狂いそうだった

 

寝てはうなされて起きた

 

泣いて泣きつかれて眠った

 

そしてまたうなされて……

 

そんな日々だった

 

ようやく満たされた飢えにシエスタをむさぼるように抱きしめる

 

「シエスタ」

 

シエスタの手が私に触れる

 

温かい手……ちゃんと生きてる……

 

耳元でする呼吸の音

 

「母さま……」

 

シエスタが呼んでくれた

 

また母さまと呼んでくれた

 

足から力が抜けてしがみつく

 

涙がこぼれる

 

シエスタが力を込めて抱き返してきた

 

「母さま……」

 

シエスタの肩に顔を埋める

 

匂いがした

 

ずっと嗅ぎたかった匂いだ

 

「顔を見せて」

 

離れるのは嫌だったけどちゃんと顔を見たかった

 

手触りのいい黒髪を撫でる

 

両の手で頬をはさむ

 

泣いていた

 

涙に潤みぐしゃぐしゃになった娘の顔

 

同じ気持ちなんだと思った

 

もうどうでもいい

 

シエスタがこの腕の中にいる

 

もうそれだけでいい

 

会いたかった

 

離れているのが苦しかった

 

誰よりも愛してる

 

「ちゃんと生きてる」

 

こくりとシエスタの首がゆれる

 

「ねえシエスタ」

 

幸福に胸を詰まらせたまま

 

「愛してる」

 

涙を拭ってやった

 

シエスタは無理に笑おうとして……失敗した

 

出てくるのは涙と嗚咽だけ

 

シエスタの肩を強く抱き寄せる

 

強く抱きついてくる

 

そうして親子揃ってみっともなく

 

胸に顔を埋めてしばらく泣いていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うわー、恥ずかしいわー。シエスタの知り合いの前で何してるの私……

 

シエスタも恥ずかしいのか、私と背中合わせに座ってみんなから顔を見られないようにしている。なものだから正面の私の顔は丸見えなんだよねー。涙で赤くなった目とか涙のあととか恥ずかしさで赤くなってる顔とかもう丸見え状態ですよ!

 

セスタちゃんは可笑しそうに笑ってるわ、金髪の娘は苦笑いしてるわ、黒髪お姉さんは穏やかに微笑んでいるわとね……うん、セスタちゃん少しは遠慮しようか。そんなだとまたシエスタと喧嘩になるからね

 

あ、なんでしょ金髪ちゃん?えー……、トリステインへの攻撃は中止?そういやそんなこと勢いで言っちゃってたねー。はいはい、もうそんなめんどくさいことしないって。シエスタもこの通り元気で可愛いからあんなもんもう無効です

 

いやー、あの時はシエスタのことで気が気でなくてねー。ついついトリステインとゲルマニアに乗りこんじゃったよ。そうそう、もし怪我した人とかいたら今度お城まで治療しに行くよ。来なくて結構ですなんて遠慮しなくてもいいてば。死んでさえなければ割りとなんでも治せちゃうんだよー……うん、そうだよ。死んでなかったら四肢の欠損部位とか毒の後遺症なんかもちょちょいのちょいですとも

 

なに?弟子になる人間違えた?またまた冗談ばっかり。うちのシエスタは優しくて思いやりのある娘だから良くしてくれてるでしょ。私なんかよりシエスタの方がすごく待遇がいいって。お、どしたのシエスタ?ちょっと金髪ちゃんと話がある?そいじゃ見えるところにいてねー。いってらー。金髪ちゃんの首根っこ掴んだりしてシエスタってば照れ隠しかな

 

で、セスタちゃんはなにかな。へー、やっとシエスタと仲直りできたんだ。昔みたいに姉さまと呼んでも返事してもらえるようになったと。ほうほう、膝枕でお昼寝ですか。それは羨ましいなー。ここまで恋人みたいにイチャイチャしながらきたと。はっはっは、セスタちゃんがもし男だったらぶん殴ってるんだけどねー

 

お、なになにセスタちゃんてば彼氏いるの!今度紹介しなさいよもー、え?でも束縛する人なの?自由にしたいって言ったら大勢の前でも暴力を振るわれた?…………うん、そんな男とは別れなさい!別れたら慰めてあげるから私のとこきなさい!セスタちゃんの好きな神酒ソーマだしたげるからね!でもシエスタには内緒だよ。シエスタお酒入るとキス魔になるからね……

 

黒髪さんもうちのシエスタがお世話になりました。みょずにとにるんさんですか?これはご丁寧にどうもです。ご存知かもしれませんがシエスタの母のギンガと申します。この度はあなたにシエスタが随分とお世話になったそうで重ね重ねお礼を言わせていただきます。いえ、大げさなどではありませんよ。大事な娘が世話になったのなら誰だろうと頭は下げさせていただきます

 

それならば頼みたいことがある?この手紙をあとでシエスタに渡せばいいのですか?わかりました。責任をもってシエスタに渡しておきます。まだなにか……、シエスタと楽しい時を過ごせたお礼に指輪を?そこまでしてもらうと……ラグドリアン湖の土産物屋で販売されているアンドバリの指輪のレプリカだから大したものではないですか。それならば手紙と一緒にこれもシエスタに渡しておきます

 

うん、すっかり水の精霊のこと忘れてたよ。私、アンドバリの指輪探してアルビオンきてたんじゃん。うわー、指輪どこいったんだろ!

 

あーもー……、水の精霊のとこ行って相談するしかないかー。大口叩いた結果がこれだよ。ちくせう……

 

あ、なにシエスタ?早くトリステインに行きたいの?王宮に行けばいいんだね。そいでは、アルビオンをとっとと出発してトリステインに向かうとしますかね!

 

 

 

 

 

 




オメガヒール
回復魔法

エスポワール
状態異常回復魔法



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シエスタさん、認識する

トリステイン王城に次元船ガルガンチュワで乗り付けると、船から降りて来た私とモンモランシーにその場にいた全員が片膝を地に着け頭を下げてきました。城仕えの平民などは地面に頭を擦り付けて小刻みに震えています

 

なんと言いましょうか、全体の三分の一程を切り取られたように消失させている王城と、こちらを見る怯えが混じった者たちの視線。母さまの持つ力と私の正体がすでに広い範囲で知られているようです。これで母さままで次元船から降りてきていたら混乱して城が恐慌状態になっていたかもしれません

 

まあそうなろうとどうでもいいんですけどね。私は貰うものさえ貰えればトリステインをどうこうするつもりはありません。労働に対して報酬をきちんち支払ってもらえるなら感謝すらいたしましょう。ですが、トリステインのために働くのももう終わりです。しばらくは森に籠って母さまに十分甘えることにします

 

「セスタさんのことだけど」

 

「セスタがどうかしましたか」

 

王城の通路を誰にも阻まれることなく進みます。セスタなら今頃は次元船の中で母さまの話し相手になっているはずです

 

「セスタさんも普通じゃなかったのね」

 

「普通の娘が私の妹を名乗って無事なわけがないでしょう」

 

モンモランシーは呆れるというより諦めるといった声音で続けます

 

「シエスタさんのことに詳しいって理由で、アンリエッタ様の命令でしばらく一緒に行動してたの」

 

「そう言ってましたね」

 

そういえばその間ヒラガ様はどうしていたのでしょう?セスタが危険な仕事をするのを平和ボケしたヒラガ様が納得するとは思えません。戦地跡のアルビオンにセスタを行かせるのに賛成はしなかったでしょう

 

「それでアルビオンに行く前に恋人の……サイトーンだったかしら?あのルイズの使い魔の少年」

 

「サイト・ヒラガ様ですね」

 

「そうそう、そのサイトと学院の広場で大騒ぎしたのよ」

 

それは珍しいですね。一介のメイドとして学院に溶け込むことで私の傍に居続けたセスタが騒ぎを起こすなんて……

 

「アルビオンにどうしても行くっていうメイドと、そんな危険なところには絶対に行かせないって言うサイト。言い聞かせようにも主人のルイズはシエスタさんのことでふさぎこんで一歩も部屋から出てこない。ルイズったらわたしが無理やり食事を採らせなかったら病気にでもなったんじゃないかしら」

 

そうは言っても、どうせモンモランシーのことです。手厚く面倒を見ていたのでしょう。容易にモンモランシーが甲斐甲斐しくルイズの世話をしている光景が想像できました

 

「ルイズがそんなだからサイトを止める人が誰もいない。召喚されて間もない頃、サイトがギーシュのゴーレムを切り裂いて勝利したのはみんな覚えてたもの。止めに入ってもし斬られでもしたら貴族の恥になると思って傍観していたんでしょうね」

 

私もよく覚えていますよ。グラモン様に勝利したとはいえ、傷だらけでずっと意識を失っていたヒラガ様の面倒を見ていたのは私なのですから

 

「言い争いは段々と熱を帯びていって……とうとうサイトが力付くでも止めるって剣を取り出したわ。あ、もちろん私はいつでも止められるようにしてたわよ」

 

ヒラガ様は馬鹿なのですか?セスタの前で剣を抜くということは、セスタの敵になるということなのですよ……

 

「するとセスタさんもどこに隠し持っていたのか一振りの立派な大剣を取り出したの。青い光を帯びた……遠目からだったけど、今までわたしが見てきたどの剣よりも業物だと感じたわ」

 

あぁ……ヒラガ様からは引き出したい情報がまだたくさんありましたのに残念です。セスタの前に敵として立ったが本当に残念でなりません

 

「気がついたらセスタさんはサイトの背後にいつの間にか移動していて、サイトは胸から鮮血を噴きながら力なく地面に倒れた。不意にセスタさんと目が合って、あ、わたしと一緒だって気付いたの」

 

そうなるとヒラガ様が持っていたあの剣だけは気になりますね。もしかしたらセスタが回収しているかもしれません。あとで聞いておきましょう

 

「一緒にシエスタさんを探している間も襲ってきた賊は一刀で切り伏していくわ、野生の凶暴な亜人を見ても顔色一つ変えずに惨殺するわ、あげくにはアルビオン兵を発見すると出してもいない『モンモランシ様のご命令』とやらで斬りかかるわ……」

 

セスタも上手くモンモランシーを使うことを覚えましたか。と、見覚えのある扉が見えてきました。王家の紋章が描かれたドアの前にはロサイスで見た黒髪の少年兵の姿があります

 

「せめて死に掛けだったサイトを治療するのに使った水の秘薬代を誰でもいいから払ってくれないかしら……」

 

思わず足を止めモンモランシーを凝視してしまいました。セスタは敵を斬ったはずです。ならばセスタは敵を殺しているはずです。セスタは敵に情けなど絶対にかけません。敵はきちんと殺すよう、私がそう教えたのですから……

 

だとすると……モンモランシーは分かっているのでしょうか。母さまですら無理だと言った大業を成したことに気付いているのでしょうか

 

モンモランシー、あなたは死んだ人間を生き返らせることに成功しているのですよ

 

「な、なにっ?」

 

「…………いえ、モンモランシーが使える弟子だと認識しただけです」

 

なにか喚いているモンモランシーを無視して、黒髪の少年兵に『依頼人』との取次ぎを頼む

 

さて、モンモランシーのことはひとまずおいておいて、待ちに待った瞬間が間もなく私に訪れようとしていたのでした




無自覚ハイスペックなモンモン



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シエスタさん、しがみつく

黒髪の少年兵に促されて執務室に入ると、トリステイン女王アンリエッタ様が直々に出迎えてくださいました。美姫と評判には嘘偽りなく、花が咲き誇るような邪気のない笑顔が私たちを出迎えます。背後にいるマザリーニ枢機卿は目を固く瞑り不安そうに首を振っているのですけどね……

 

「シエスタ様、わたくしはあなたさまに、まず最大の感謝をさせていただきます」

 

「もったいないお言葉です」

 

社交辞令は結構ですから早く報酬を下さい……、そう言いたいのを我慢して床に膝をつきます

 

「シエスタ様の働きがなければトリステインが未曾有の危機を迎えていたのは戦争に疎いわたくしでも分かります。トリステインに生きる全ての者たちを代表してお礼を申し上げます」

 

本当に心から感謝している『ような』顔で、アンリエッタ様は私の手を取り続けます

 

「本当に感謝しています。シエスタ様はまさに『トリステインの英雄』でいらっしゃいますわ。シエスタ様が『トリステインに居を構えている』のはこの国の誉れです」

 

そうきましたか。ご自分で考えられたのか誰かに入れ知恵されたのか存じませんが、どうやら私を囲うつもりのようです

 

「本当にシエスタ様が生きていてよかった。あなたを失うのはトリステインにとって大きな痛手となります……」

 

アンリエッタ様の笑顔が少しだけ崩れる。どうやら今の言葉は台本にはない本心だったようです。まあ私が生きてなかったら母さまがトリステインで暴れる予定だったそうですからね

 

「本当にありがとうございました。シエスタ様がいなかったらトリステインは」

 

アンリエッタ様は両手で顔を覆う。再び現れたアンリエッタ様の両目は涙で潤み、その美貌と合わさって庇護欲をそそるには十分だったでしょう。相手がよほどの能無しであれば……

 

まさかこんな演技で私がアンリエッタ様に靡くと思っていたのでしょうか。これならモンモランシーを人質にして要求を突きつける方がまだましです。アンリエッタ様の背後で居たたまれない顔をしている枢機卿が哀れでなりません

 

「そんな祖国を救ってくれた英雄にささやかながら感謝の気持ちを用意させていただきました」

 

感謝なんていりません。私は七万の敵を止め、トリステインは報酬を用意しておく。それだけの契約だったはずです

 

「どうぞお受けください」

 

膝をついたまま受け取る

 

数枚の羊皮紙でした。左上にはトリステインお受けの花押が施されています。正式な手段で手に入れた公式書類。そこに書いてあった。タルブの森を星の魔女ギンガとその娘シエスタに永久に明け渡すと……トリステインには属するものの王家の命令にすら拒否権を有すると……トリステインが重大な危機に瀕した時のみ助力することを条件にタルブの森を引き渡すと……そう書いてあった

 

「シ、シエスタさん!?」

 

横からモンモランシーの声がする。そちらを振り向こうとして視界を横切った水滴にようやく気付いた。はは……なんでしょうかこれは……、私泣いてるではないですか。アンリエッタ様の前だというのに、弟子のモンモランシーが見ているというのに、こんな情けなくみっともなくぼろぼろと涙を流してどうしたのですか私。あ、駄目です。立ち上がり、去ろうとして失敗した。足から力が抜け、隣にいたモンモランシーにしがみつく

 

「え……ちょっと、シエスタさん?」

 

モンモランシーに何か言おうとして、だけど何も口から出てこなくて、ただしがみついて泣いていた。モンモランシーはしばらく慌てていましたが、やがて『しょうがないなぁ……』と苦笑して頭を撫でてきます

 

「まったく、わたしはギンガさんじゃないのよ……」

 

だけど突き放すことなく、私が泣き止んで正気を取り戻すまでモンモランシーは優しくいたわるように抱きしめていてくれたのでした

 

 




次話にて原作主人公レギュラー復活


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シエスタさん、捕まる

アンリエッタ様はぜひ城で身体を休めて言ってくださいとはいいましたが、本音はさっさと姿を消して欲しかったのだと思います。断わりを入れるとすぐに『それでは仕方ありません』と作り笑いで私たちを執務室から退出させたのです。ドアを閉めた直後に聞こえてきた枢機卿のアンリエッタ様を説教する大声は、時間があったら聞いていたかもしれません

 

あ、モンモランシーは何かまだ報告することがあるらしく、城に残るそうです

 

さて、森は無事に母さまと私のものになりましたので、私をトリステインに縛り付けるものはありません。学院で働くことも、貴族様のお手伝いも、もうやる必要はありません

 

あとは学院でオスマンに別れの挨拶でもして森に帰るだけ……だったのですが

 

捕まりました

 

何にかというと、鳶色の綺麗な瞳をした桃色の髪の少女にです

 

人目につかないよう学院のかなり手前で次元船から降りたというのに、大きく開かれた学院の門の傍にぽつんと佇む人影がありました。一緒にいたセスタはそんな少女を見てヒラガ様のことをようやくおもいだしたらしく『先生もああ言ってたし……』とやや急ぎ足で平民用宿舎の方角へ向かっていきました

 

少女の眼は誰かを待っている眼でした。おそらくは誰かがくるまでそこを動くつもりはないのでしょう。ひょっとすると長い間こうしてここに立っていたのかもしれません

 

そう他人事のように自分に言い聞かせて少女の前を通過しようとして……服の裾を掴まれました。少女は静かに立ち、ただひたすら真摯な瞳で見上げてきます。こんなことを言うのはあれですが、この服から早く手を放した方がいいですよ。この服はテファのものなので、なにか少女に移ってしまわないか心配です

 

…………はぁ、いえ分かってはいましたよ。泣いていたら頭を撫でてやるくらいはしてもいいと思っていました。不安な様子だったらあやして安心させてやろうと思っていました。一日だけなら森に帰るのが遅くなっても傍にいてやろうと思っていました

 

「シエスタさん」

 

だけど、通告のように断定的な口調でそう言うと、腕を掴んだまま正面へと回り込んできました。ふと脳裏に生じた嫌な予感。ゆっくりと視線を下げてルイズの鳶色の瞳を覗きます

 

「わたしはシエスタさんがアルビオンの大軍に単騎で向かったと聞いて船の上で泣き叫びました」

 

泣いていたら頭を撫でてやろうと思っていたのです

 

「シエスタさんがいつまでも帰ってこなくて不安で胸が潰されそうでした」

 

不安だったら安心させてやろうと思っていたのです

 

「だからもう離れないと決めました」

 

一日だけなら…………え?

 

「幸い、わたしは三女。婿はエレオノール姉さまが取るし、ちぃ姉さまはどこかに嫁ぐはず。でも魔法も使えないゼロのルイズは、魔法の血統を重んじるトリステイン貴族世界ではガラクタも同然だわ」

 

「…………あなたをガラクタ呼ばわりされるのはあまり気分のいいものではありません」

 

それを聞くとルイズはようやく表情を緩め……だけど、『んふふ♪』と笑っているルイズの表情はなにかいたずらを思いついた子どものようです

 

「ありがとうシエスタさん。でもわたしは考えてみたの。魔法を使えないわたしがどうしたら役に立つんだろうって頑張って考えてみたの。そしたらあれよね……もう偉い人の身の回りをお世話するくらいしか思いつかなかったわ」

 

アンリエッタ様の侍女でもするつもりでしょうか。学院主席のルイズが考えたにしては安直すぎませんか?

 

「そこでわたしはアンリエッタ様に掛け合ってみたわ。魔法を使えないけど役に立ちたい、トリステインのためにこうしたい、熱心にそう訴えたの。すごく反対されたけど、お母様も味方してくれて、シエスタさんがいない間に許可をもぎ取ってきたわ!」

 

ルイズ、あなた一体、誰の世話をするとアンリエッタ様に掛け合ったのですか……

 

そう疑問に思った私に、ルイズは懐から取り出した紙を見せてきました。ついさっきも私が見た王家の花押が施された羊皮紙。加えてアンリエッタ様の署名があるということはまさか直筆ですか。それに紙のあちこちに飛び散っている滲んだ染み……いえ、考えるのはやめましょう。きっと書いている途中にインクが飛び散っただけです。血痕だと思った私は少し疲れているだけなのです……

 

「はい、シエスタさん」

 

なになに……

 

「トリステインを救ってくださったささやかなお礼として、星の魔女ギンガ様・愛娘シエスタ様に、トリステイン貴族より選びし乙女、ルイズ・フランソワール・ド・ラ・ヴァリエールを世話役としてお送りいたします……って、なんですかこれは!」

 

「苦労したのよ?魔法が使えないといっても始祖の血が流れているヴァリエール家の娘にそんなことさせられない!……なんて言う頭の固い人たちもいてね。だけどそういう人たちはお母様が誠意ある説得をしてくれたわ」

 

ふとヴァリエール家の家訓が脳裏に蘇りました

 

「そんなわけだから、これから末永くよろしくね」

 

星の魔女ギンガとその娘シエスタには最大の敬意を持って接すること、ヴァリエール家は如何なる時もかの親子の力になれ

 

「シエスタさん!」

 

それはつまり、一生ヴァリエール家の者に付きまとわれるということなのではないでしょうか……




捕まりました


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シエスタさん、お留守番する

学院を去って十日あまり経ちましたが、やりたいことがやれず暇を持て余しています。母さまに思う存分甘える予定だったのに、九日前からアルビオン復興諸国会議とやらに出席していて、母さまは今は遠いアルビオンのサウスゴータにいるのです

 

一人でも大丈夫だと言う母さまの万が一、億の一を考えて、森の警護をする最低限の魔物さんだけ残して、他はすべて母さまのお供にさせました

 

寒い日はいつも温かくしてくれる邪竜族(火属性攻撃無効)のバハムートさん、暑い日は涼をとってくれる水魔族(水属性攻撃無効)のダゴンさん、私を背に乗せて野を駆けてくれた幻獣族(風属性攻撃無効)のフェンリルさん、私のことを想ってしかってくれた聖竜族(無属性スキル攻撃無効)の神竜さん、私といつもお昼寝してくれた銃魔神族(攻撃を必中させる)のマルキダエルさん、私の健康をいつも気遣ってくれる死竜族(物理ダメージ半減)の冥竜さん、私に男の扱い方を教えてくれた夜魔族(男に与えるダメージ上昇)のリリスさん、他にも次元船を操るプチオークさんたちと、これだけの家族がいれば安心です。まあ出席者の大半は男性でしょうから、リリスさんの魅了だけで事足りるかもしれませんね……

 

…………それにしても

 

「ねこ……むにゃむにゅ…………」

 

森の木陰でネコマタさんの膝を枕にして昼寝をしている小柄な少女を見ます。ネコマタさんはすぐに視線に気付いて反応したものの、膝の上のルイズを気遣って体を動かしはしませんでした。それどころかうっすらと微笑みすら浮かべてルイズの髪を優しく撫でています

 

……いえ、いいんですけどね。このネコマタさんの役目は家の警護ですから、進入者さえいなければ昼寝をしようとルイズを愛でようと自由です。私のいない間にネコマタさんたちの警戒区域も大きく変わったらしく、いまでは家にいるのはネコマタさん一匹だけです

 

他の二匹はそれぞれ、タルブ村の警護、タルブ領に出没する賊の討伐をしていてその姿は久しく見ていません。家にはいつも三匹のネコマタさんたちがいるのが当たり前だったので、しばらく経った今でも少し違和感を感じてしまいます。これも母さまが村人と歩み寄った影響でしょうか……

 

『なあ、シエスタ』

 

『なんでしょうサイト君』

 

サイト君にニホンゴで話しかけられたのでこちらもニホンゴで返します。二人きりの時はニホンゴで会話するのが当たり前になっています。そうするとサイト君はなにかほっとした顔になるのですよね

 

『どうしたらセスタとやり直せるんだろう……』

 

『謝り続けるしかありませんね』

 

というかなぜサイト君はここにいるんでしょうね。セスタと別れて部屋に入れてもらえなくなったとはいえ、ちゃんとルイズがあなたのために平民用宿舎の一室を用意してくれていたでしょう。使い魔だからとルイズに付いてこずに、学院に残ってセスタに謝り続ければいいものを……

 

もちろん、私にとってはサイト君から情報を引き出す時間は多いほどいいので忠告なんてしてあげません。ニコニコとサイト君の話に付き合いながら、今日もこつこつとニホンの情報を集めます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感じでお付世話役とは名ばかりのルイズの世話を逆に焼き、うじうじセスタのことで悩むサイト君からニホンの情報を引き出す日々を過ごしています。あ、サイト君は明日になれば学院に行ってみるそうです。セスタに会いたくなったのか、それとも野宿が堪えてきたのか……母さまと私の家にルイズはともかく男なんて入れるわけがありません

 

そうそう、数日前に少し変わった出来事がありました。いきなり私の目の前に、光る鏡のようなものが現れたのですよね。そんな現象には初めて遭遇しました。隣にいたサイト君が使い魔の召喚ゲートだと叫ばなければうっかり干渉してしまうところでした。もし触れでもして飲み込まれたら面倒なことになりそうです

 

まあでもこのゲートはおそらくサイト君を召喚するためのものです。私の正面に現れたのも誤差に違いありません。だというのに鏡はサイト君を無視して私に向かってくるのです

 

無論避けます。ひらりひらりと回避しながら歩を進めます。そうですね、間違いは誰にでもあると思います。私も間違えたことはたくさんあります。その度に母さまが、あるいは魔物さんが間違いを指摘してくれて私は間違いに気付くことができたのです。だから私もそうするべきなのでしょう

 

そうやって森の散歩から家に帰ってきてみれば、思った通りルイズが召喚の儀式をしている最中でした。すでに近付いてくるというより襲い掛かってくる速さになった召喚ゲートを最小限の動きで回避しながら、私は間違いを指摘してやるのでした

 

「ルイズ、狙いがずれて召喚ゲートがヒラガ様ではなく私の前に現れていますよ。一度日を改めた方がいいのではないでしょうか?」

 

その後、ゲートを閉じたルイズがすこぶる不満そうな顔をしていましたが私は何も悪くありませんからね




シエスタさんの召喚ゲートトレイン


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報告&おまけ

更新再開できるのは早くても1月中旬になりそうです。

 

理由は言ってもあれなんで、活動報告の方にこれからの大まかな流れだけ載せています。

 

ネタバレなんで1月まで我慢できる方は見ないように注意です。

 

 

あとは文字稼ぎのvs7万ホーキンス視点

 

 

 

 

 

「気に入らないな」

 

己めがけて突っ込んでくるメイドを見つめた。本当に気に入らない。そしてこの状況は本気で悪夢に思える。

 

自分の周りに群れている兵士達を見回し、、彼らの瞳が輝きを失ないながら揃って頭上を見上げていることに気付いた。

 

自分も空を見上げそうになるのをぐっとこらえる。あの少女から目を離してはいけない。戦闘中に敵から目を離さないことは兵士としての基本だ。

 

もっとも彼らを責める気はない。自分も昔はそうだった。

馬鹿らしくなるほどの戦力差を見せつけられ、憤慨から絶望へ、絶望から諦めへ、眼前の敵から目を逸らし空を見上げて一心に祈るのだ。

 

戦うでもなく、逃げるでもなく、立ち止まって祈る。

 

「まったく気に入らない」

 

悠然と地を駆けるメイドの姿を見てそんな感想を漏らす。

単騎よく大軍を止める。言うなれば英雄だ。何時の時代も男は・・・子供大人関係なくそういうのが好きだ。

 

神話や伝説の中にその存在を語られる英雄。少女はそれをやっている。間違いなく少女の行動は英雄のそれだ。

 

明らかに異常な武力でありながら、均衡のとれたその姿は美しいとさえ言える。

まったくもって気に入らない。

 

爆音。猛烈な衝撃と爆風が兵士達の体を駆け抜ける。悲鳴すら上げずに命が消えていく。

 

本当に馬鹿馬鹿しい。有り得ない。一騎当千どころか7万を処女は相手にしているのだ。

 

閃光。

舐めるように爆炎が兵士達えお飲み込んでいく。一瞬遅れて光の走った後を追うようにして、大量の爆発が連鎖し火炎と爆炎を噴き上げた。

 

見渡してみれば、そこに気心の知れた仲間達がいた。

仲間達だったものが。

 

「…………」

 

鎧をまとった重歩兵は衝撃と爆風で吹っ飛ばされ、近くにあった岩と同化していた。鎧は魔法に備えてある程度の固定魔法による強化を施されているが、たった1発で限界を迎える攻撃など想定されていない。

 

一瞬で50人近くが死んだ。生き残っているのは空を見上げずに少女から目を離さなかった歴戦の兵士だけだ。

 

「……ホーキンス将軍……」

 

生き残った護衛の騎士が弱弱しく自分を呼ぶ。だが言葉を発せるだけまだましだろう。ついさっきまで一緒に行動していた兵士が物言わぬ物体となったのを見て、立ち竦んでりる者もいる。

 

気に入らない。

 

「走れ!足を止めるな!誰かが殺されているその隙をつけ!」

 

近くにいる者に呼びかけ、場合によっては尻を蹴り上げ、身体で押して激を飛ばす。

 

「走れ!走れ!止まるな!走り続けろ!」

 

叫ぶ。

英雄か……まったくもって気に入らない……

 

「あの悪魔の首は必ず獲るぞ!」

 

そして……




結局足は治らなかったなあ・・・

歩けるけど走るの無理!子供と一緒に運動会出れないじゃん>△<。


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シエスタさん、魔法学院に行く

チョコよりも深雪乃を求めてゲーセンに行くどうも私です


「スレイプニィルの舞踏会?」

 

学院に向かう馬車の御者台で隣に座っているモンモランシーに尋ねます。

 

「ええ、今度、新学期が始まるでしょ?まあシエスタさんには関係ないでしょうけど」

 

新学期と言われて、隣にいるモンモランシーが今朝早くに森の警護をしていたネコマタさんに連れられてやってきたことを思い出します。

 

なんでも、今年分のルイズの長期課外授業申請をしなければいけないらしく、ネコマタさんに縄でぐるぐる巻きにされた状態・・・まるで蓑虫のようでした・・・でルイズとの朝食中にやってきたのです。

 

ネコマタさんがモンモランシーの身にわずかに残る私の残り香に気づいていなければどうなったいたかは言わずもがなというやつでしょうか…

今年もタルブの森には早くも31体の肥料が撒かれ、実り良い森の恵みが期待できそうです。

 

まあそんなわけで、ならばモンモランシーと一緒に学院に向かうようルイズに言ったところ、『私はシエスタさんの侍女よ、シエスタさんが行かないなら私も行かないわ!』と意思が強いといいますか我儘といいますか・・・そんなこんなで今に至るというわけです。

 

そして私の侍女はといえば、簡単な家事はできるようになったものの御者などはやれるわけもなく、後ろから小さくも気持ちよさそうな寝息を発しています。始祖の血を受け継ぐ貴族の娘がメイド服に身を包み平民に仕えてていいのでしょうかね。

 

「新学期で舞踏会とは暢気なことですね」

 

そうこぼすと、隣に座ったモンモランシーが呆れ口調ながらも説明してくれます。

 

「新入生の少女たちは社交界が初めてという子も少なくないのよ。それを先輩たちが歓迎も兼ねて親切に教えるのが慣例となっているわ。シエスタさんが言うように戦火がまだ燻ぶっている時期に何をやっているんだって気もするけど」

 

手綱を握るモンモランシーに危なっかしさはもうありません。視線は私に向きながらも周囲の警戒を怠らない様子には私も少しだけ気を休められます。

 

「きっとみんな楽しいことをして戦争を忘れたいのよ」

 

ああ、と納得しんがらモンモランシーと見ると、彼女はすでに前を向いていました。

 

「学院の男子たちの多くは戦争に参加してた。少ないけれど女子もいたわ。無事に帰ってきた者もいれば腕や足を失って帰ってきた者もいる」

 

後ろから聞こえていた寝息は聞こえなくなり、息を潜めて何かを考えているようなものに変わっています。

 

「勇ましく戦って名誉の戦死をした者もいれば誰にも気づかれずに死んでいった者もいる。そうそう…」

 

そこでモンモランシーは小さく噴き出して、

 

「中には敵に寝返ってシエスタさんの敵になった子もいたかもね」

 

「いちいち敵の顔なんて覚えていません。私が生きているのだから敵になったのなら大体は死んでいるのでしょう」

 

そう言うとモンモランシーは本当におかしそうに笑いました。後ろからもルイズの笑い声は聞こえてきます。

 

2人は楽しそうに笑っている。なんというか落ち着かない。これなら魔法と矢が飛び交う戦場のほうが落ち着くというか……いや別に嫌というわけではありませんが、ただただ落ち着かない。

 

「ルイズ」

 

「なによモンモランシー」

 

楽し気な声のまま2人は続ける。

 

「シエスタさんはすごいわね」

 

「私のご主人様だもの!」

 

本当に何なのでしょうこれは……人との会話なんて仕事上でしかしてこなかった私には2人が思っていることは理解できない。ならば直接聞こうにもこの空気ではそれも難しい。

 

森の道中はそこそこの斜面があるにも関わらず、まるで軽やかなステップを踏むようにモンモランシーは手綱を握っていて、手綱を握るのは右手のみ。左手は杖を握っていて不測の事態に備えている。

 

それなのに、楽し気なまま、時折調子の外れた鼻歌が聞こえてきて、これまたルイズがそれに合わせる。

 

車体が揺れる。隣のモンモランシーが『上手くなったもんでしょ?』と誇らしげに声を弾ませます。長めのポニーテイルを揺らしながらの動作はなかなかにさまになっていて風がその髪を撫でていく。

 

 

 

思い出す。

いつも穏やかに微笑んで、落ち着いた雰囲気には見えるけれど、不意に見せる表情はどこか子供っぽい。

差し出された手からものを受けとるたびに満足そうに笑った。

彼女の存在をいつもあたたかく感じていた。

 

 

 

「ここにミューズさんがいてくれたらいいのに」

 

もれた私の声に隣から『そうね』とだけ相槌があり、また鼻歌へと戻った。

 

ルイズとモンモランシーの鼻歌を乗せ、馬車はゆっくりと学院への道をすすんでいくのでした。

 




短いけど前からこんなもんだったしね!w

『し』と入力するだけで『シエスタさん』と変換できてたXPノートパソコンが恋しいの・・・


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