欠点だらけの恋愛に攻略法はありますか? (もちもちスイカ)
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プロローグ 急募、攻略法求ム

勇者の使命とは何だろうか。

 

俺の思う勇者とは世の中を支配する邪悪な魔王を倒し、世界に平穏をもたらすことだ。決して冒険の過程で出会ったお姫様や仲間たちとイチャイチャすることではない。

 

だからこそ、魔王討伐を心がける俺に恋をする必要なんてないと思うのだ。

 

 

とある日の放課後。訓練学校が終了し、英雄候補生たちは各々思い思いの時間を過ごす中、俺は悲しくも教室にて居残りをくらっていた。

 

そして、教室には俺の他にも女子生徒の姿が。

 

「ほ、ほら黒坂(くろさか)...恥ずかしいから早くシてくれ.....」

 

夕日に照らされた教室に艶めかしい少女の声が響き、彼女の柔肌の感触がシャツ越しに伝わってくる。荒い息遣いは高まる鼓動の証だろうか。

 

「んなこと言われたってな...肝心の剣がうんともすんとも言わないんだからしょうがないだろ?」

 

少女の言葉に俺はため息交じりにそう答える。

事を起こすためにはこの剣をどうにかしなければならない。

 

しかし、俺の剣は一向にやる気を出す気配がない。

魔を切り裂くはずの刃はふにゃふにゃのペラペラ。これじゃあ手の方が幾分もマシである。

 

「ったく...なんでこんな事に時間を使わねえといけないんだ。あー、ゲームやりたい」

 

椅子に座り続け、妄想に妄想を重ねること3時間。好きな事ならまだしもつまらない事にこれだけの時間を割くのは苦痛でしかない。思わず心の声が漏れてしまう。

 

「なっ、私がここまで体張ってるんだぞ!? もっと集中してくれ!」

「体張ってるって...ただ抱き着いてるだけでしょうが。ぶっちゃけそれ効果ないと思うぞ」

「はぁ!? それ本気で言っているのか!?」

 

驚いた顔で少女がそう尋ねてくる。

いきなり顔をぐいと近づけるもんだから、押し付けられた胸が余計に背中を圧迫してきやがった。乳で攻撃するなよ....ったく。

 

「はぁ...やっぱさ、俺無理だわ。多分このまま続けても一生キミを好きになることはない」

 

大きなため息をついて、俺は女子生徒を押しのけるようにして立ち上がった。

 

「つか、そもそも密着するだけで相手を好きになるとか...恋愛ってそんなに単純なのか? もしそうならとっくに俺はこの力を使えてる」

 

やれやれと肩をすくめる。そんな俺を見て、少女はわなわなと震え始めた。

 

「......黒坂は本当に人の心が分からないのか?」

「まあな、別に分かろうともしてないし。どうでもいいだろ他人の事なんて」

「そんな.....」

 

慎太郎の非情な言葉に少女は驚きを隠せなかった。

 

クラスで一人、嫌われながらも誰よりも強い青年がいた。

自分だけは味方になってあげようと歩み寄るも、その仕打ちがこれ。

 

「もう帰ろうぜ。今日ちょうど新作のゲームの発売日なんだよ」

「.........」

 

少女の浮かべた涙に気付くこともなく、慎太郎は何事もなかったかのように話を切り出した。

 

ここ最近は少女と二人で揃って帰るのが当たり前になっていた。だから、今日も一緒にゲームショップに行こう。そう思っていたのだが____

 

パチン。痛みを感じる前に、慎太郎の耳にはそんな乾いた音が聞こえた。

 

「.....じゃあな」

 

少女は小さくそう言うとそのまま教室を後にした。

 

「......」

 

教室にただ一人残された慎太郎。脱力するように近くにあった席に座り込む。

 

「分かんないな....」

 

ゲームならば、俺は誰よりも上手くできる。攻略法だっていくつも生み出してきた。

 

だが、恋愛に関しては全くの素人。というか、興味がない。

モンスターを倒すよりも。きっと、魔王を倒すことよりも難しいだろう。

 

(誰か俺に恋愛の攻略法でも教えてくんねえかな....)

 

俺は今日も今日とて恋に悩むのであった。

 

 

 



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第1話 新作ゲームをプレイしようとしたら

春真っ盛り。辺り一面に咲き乱れる花々は新たな季節の始まりを人々に告げる。

 

「さっむ....」

 

久しぶりに家から出た俺は、まだ仄かに残った冬の気配に体を震わせた。冷たい春風に外出が嫌になるも仕方なしに歩を進める。

 

2027年3月5日。今日は世界初のフルダイブ型のVRMMOゲームである『レジェンドラヴァーズ』のクローズドβテストの日だ。

 

「まさか、優勝賞品の中にこんな特典もあるなんてな...」

 

俺は自分でも言うのも何だがかなりのゲーマーである。

簡単に程度を表すのであれば、三大欲求よりもゲームが好き。金女酒なんかよりもゲームが好きな男だ。

 

そして、今から3か月ほど前に出たとあるゲームの大会にて優勝した際に、このゲームのテスターとしての権利を貰った。俺を含めて世界でたったの50人しかその権利を持っていないというのだから驚きである。

 

「しかしながら、恋愛要素とRPGを主軸に作られたVRMMOか....想像できないぞ」

 

世界初の新技術を用いたゲーム。当然今日の発売日に至るまでに随分と情報をかき集めた。PVなんかも1000回は見た。もう浴びるほどに見た。

 

レジェラヴァは現代をベースとしたファンタジーもの。剣と魔法と科学が共存し、そこに魔王の存在も加わってくる。さらに恋愛要素もあるというのだから、もう今までにないゲームであるに違いない。

 

「...っと、ここで合ってるのか?」

 

指定された場所に到着すると、目の前には天高くそびえ立つ巨大ビルの姿があった。

もはやただのゲーム会社とは思えない佇まいに若干気圧されてしまう。俺は今日、ゲームを遊びに来たんだよな??

 

ビルの中に入るとすぐに受付のお姉さんが対応してくれた。

促されるままにエレベーターに乗せられ、地下へと向かう。ドアが開いたその先にはよくアニメや漫画なんかで見る研究施設みたい景色が広がっていた。

 

周りの機材に興味津々になっていると一人の男が話しかけてきた。

 

「やあ、よく来たねミスター・クロサカ。私は『レジェンドラヴァーズ』開発責任者の三船だ」

「....どうも」

 

差し出された手に応え、握手を交わす。

 

三船俊彰(みふねとしあき)。VR技術の第一人者、研究者としてもその名をとどろかせる今世紀一の天才。

 

現在流通しているVRゲームは彼によって作られたと言っても過言ではなく、今回のレジェラヴァに関しても主な技術開発は彼によるもの。俺が関心を寄せる数少ない有名人の1人だ。

 

「君の噂は聞いているよ。ゲーマーとして有名になるずっと前からね...」

「そうですか、アナタにそう言ってもらえるのは光栄です。ですが、今は」

 

ゲームをやらせてくれ。俺のそんな気持ちを察したのか、三船はコクリと頷いた。

 

「それでは、こちらへどうぞ」

 

大男の後に付いて行くと、とある一室に通された。

 

いかにも高級そうなリクライニングチェア。見たことのないVRデバイス。どうやら、ここがテストを行う場所であるようだった。

 

「今回キミに行ってもらうのはあくまでもベータテスト。ファーストステージのボスまでだから、気楽にプレイしてくれ。もし何か気になるところがあればメモ機能を使って記録をしておいて欲しい」

 

プレイ中は外部とのコンタクトが出来なくなるからね。三船はそう言うと、俺にデバイスを手渡してきた。

 

「あ、そうそう。実際にサーバーに接続するのは今日が初めてでね。もしかしたら、ゲーム起動時に頭にチクリと来るかもしれないが...まあ、死にはしないから安心してくれ」

「......」

 

どうして今になってそんな話をするんだ...

リアクションに困る俺に三船は苦笑いを浮かべた。

 

「で、君から何か質問はあるかい?」

「特にないです。早くテストを始めましょう」

「オーケー。それじゃあ、デバイスを装着して楽な姿勢で座っていてくれ。カウントダウンを始めるよ」

 

用意された椅子に腰かけ、背もたれに身を預ける。

大きく深呼吸をして体は極度のリラックス状態。準備は万端だ。

 

「では、これよりダイブを開始する...」

 

三船によるカウントダウンが始まった。5、4と数字は進んでいく。

 

「3、2____」

 

この瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。

 

カウントダウンが済む前にゲームが始まったのは、俺の気のせいだろうか。

 

 

 




本日20時に次話投稿します!!


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第2話 異世界に飛ばされることになりました。

「_____ん、ここは...?」

 

気づけば、俺は地面に横たわっていた。

先ほどまで座っていたことを考えるとゲームが始まったのだろう。

 

しかし、辺りを見回すもそこには何もない。

舞台に即した建築物も、ゲームのチュートリアルが始まる気配もない。ただ視界の中に自身のHPとMPを表す表示だけは確認することが出来た。

 

「参ったな....さっそくバグってんのか?」

 

開始早々こんな調子ではこの先が思いやられるというもの。

俺はさっそくメニューを開いてメモにこの状況を記入。このままじっとしていても、事態が改善する様子はなかったのでログアウトの措置を取ろうとするのだが....

 

「.....ログアウトボタンがない」

 

どこを探してもログアウトボタンが見当たらない。

 

「はぁ...嘘だろ。こんなんバグで済ませられるレベルじゃないぞ?」

 

没入型VRMMOにおいてログアウトができないというのは致命的すぎる。

先の三船の言葉といい、このゲームは思っていたよりも杜撰な開発環境で生まれたのかもしれない。

 

「しゃーねえ。一先ず歩き回ってみるか__って!?」

 

フルダイブの感触を確かめようと背後に向き直った瞬間、俺の視界に小学生くらいの小さな少女が飛び込んできた。

ご丁寧に背中から立派な羽を生やしたロリガールはこちらをジッと見つめている。見定めるように、品定めをするように。

 

先ほどまでここには誰もいなかったはずだ。時間差で現れるようになっていたのだろうか。

 

「び、びっくりしたな...NPCか?」

 

姿勢を低くして尋ねると少女はゆっくり首を横に振った。

 

「いいえ、私は神です。強いて言うならば女神です」

「......そうきたかぁ」

 

何だコイツ。そういう設定なのか?

しかし、現段階で俺に残されたのはこのロリっ子女神様だけ。俺は渋々設定に乗っかることにした。

 

「どうも、女神様。あんたみたいな人が俺に何の用です?」

「ふふ...喜びなさい黒坂慎太郎(くろさかしんたろう)。不慮の事故に巻き込まれたアナタは別世界に転移することになりました」

「.....こうなるのかぁ」

 

なるほど、このゲームのストーリーがようやく見えてきた。

物語は今流行りの異世界転生?とやらから始まるらしい。その他のジャンルには詳しくないが、移動した先がゲームのメインステージってことだろう。

 

「分かったよ神様。俺が異世界転生するのは良いとして...問題は何をすればいい? 魔王を倒す? それとも逆に俺が世界を侵略する?」

「呑み込みが早くて結構です。アナタの言葉を借りるのであれば、アナタの使命は『魔王を倒すこと』です」

 

ほうほう、ラスボスは魔王か。いち早くゲームがプレイしたいので話をどんどん進めていく。

 

「それでそれで。俺はこの後どうすればいいんです?」

「そうですね...私としてはすぐにでも魔王討伐へと向かっていただければと思っています。もう既に転移は始まっているようですし」

 

既に転生は始まっている...? どういう事だろう。

疑問に首を傾げる俺をよそに女神さまはそそくさと何かの作業を行い始めた。

 

「既に覚悟は決まっているようですので、早速転移に移らせてもらいます。特典に希望があればお早めに」

「特典か......」

 

RPGにありがちな初期アイテムの事を言っているのだろうか。

お決まり通りなら指定されたリストの中から選ぶはずだが、さすが最新技術の結集したゲームだ自由に選択ができるらしい。

 

しかし、個人的にベータテストくらいは効率云々を考えずにプレイしたい。ここはデバックという側面も含めてこう答えることとしよう。

 

「特典は要らない。というか、装備無しでもいいぐらいだ」

「そうですか...その答えは予想外でした。ならば、()()()()()()()()()()『レジェンドラヴァーズ』の仕様をそのまま引き継ぐという形でいかがでしょう?」

「仕様を引き継ぐ? プレイするはずだった??」

 

何だろう、この女神さまとはどこか会話がかみ合っていないような気がする。

 

本質的な部分で大きな齟齬が生じているような.....

 

「最後の質問です。アナタの望みを教えてください。魔王を討伐したその後、黒坂慎太郎はなにを望むのですか?」

 

何もない空中でキーボードをはじくように指を働かせていた女神は突然そんな事を聞いてきた。

 

「急に言われてもな...異世界転生するんだろ? だったら、元の世界に戻るのが目的なんじゃないか?」

「『元の世界に戻る』ですか。なるほど、良い願いです」

 

女神はうんうんと頷き、最後に付け加えるようにこう言った。

 

「願いを叶えたくば、誰よりも賢しく、誰よりも強くなるのです....アナタには期待していますよ」

「誰よりも? そう言えば、さっきから気になってたんだが...俺たちって何か勘違いを______」

 

勘違いをしているんじゃないか。そう言い切る前に、俺の視界は再び闇に沈んだ。

 

 



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第3話 豆腐も切れない聖剣

目覚めると、そこは見知らぬ世界でした。

 

...なんて事もなく意識を取り戻した俺を待っていたのは、非常に馴染み深いコンクリートジャングルだった。どうやら問題なくゲームは始まったらしい。

 

レジェンド・ラヴァーズの舞台は現代をベースにして作られている。だから、林立する高層ビルや辺りを行き交うサラリーマンたちの存在はおかしくない。

 

HP、MPバーの表示が突然なくなり、メニューが開けなくなったとしても。俺はきっと無事にゲームをプレイできているに違いないのだ。

 

「____んな事を思っていた頃もあったな」

 

フン。部屋で一人、俺は乾いた笑みを浮かべた。

 

あの女神様に訳も分からないままに異世界転生させられてから、はや1年。既にこれがゲームではなく紛れもない現実である事は嫌でも理解していた。

 

俺の生きていた世界と実によく似ているが、根本的な部分が異なる世界。

人類の明確な敵として魔王が存在する。魔物たちによる殺人事件がニュースで放送され、異能力者どもの輝かしい戦いっぷりに人々は熱狂する。そんな世界であった。

 

「世界の支配を企む魔王と、それに抗う英雄(ヒーロー)たち......いかにもな舞台設定だ」

 

こんな世界にただの人間である俺がやってきて大丈夫なのか。俺も最初はそんな不安に駆られたが、俺にも特異な変化が起きていた。

 

それは、あの女神から与えられたもの。愛を司る聖剣『ラヴァーズブレイド』の存在だ。...ああ、分かってるよ。たまらなくダサいよな。俺もそう思う。

 

この武器は元々俺がプレイするはずだったレジェラヴァに存在していたものだ。

本来のゲーム同様の能力を秘めたこの剣は、プレイヤーの専用武器。バディ(恋人?)との親密度に応じて強さが変化していくというもの。

 

ここがレジェラヴァの世界であれば、魔王討伐のRPGパート。仲間との恋愛を行うギャルゲパート。この二つが上手い具合に重なって剣を強化しつつ、魔物を倒していくという流れでストーリは進んでいくはずであった。

 

が、しかし、現実の世界にRPGパートも恋愛パートもない。

俺が動かなければ魔王退治のRPGも恋愛だって始まらない。

 

そんなわけで、俺の持つラヴァーズブレイドはレベル0。

この剣は俺の体の中に取り込まれていて、必要に応じて具現化する事ができる。

だが、刃の部分がふにゃふにゃで豆腐だって切ることができない。ゴミ同然の状態であった。

 

「はぁ...どうしたもんかねぇ......」

 

あの女神は本物だ。という事は、俺が魔王を倒せば元の世界に戻る事は可能だろう。

 

しかし、俺には魔王を倒す武器がない。恋愛なんてする気もないからこの先も期待はできない。

 

よって、俺に残された道は、たった一つ。

 

「_____この拳で魔王を殺す。それしか無い」

 

 




今日中に何話か更新します!



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第4話 現在に至るまで

魔王を素手で殴り殺すことに決めた俺は、その術を身に着けるために早速街へ出た。

 

この世界には魔王の手先として魔物がいる。そして、その魔物から人間を守る存在もいる。それが英雄と呼ばれる魔物退治のスペシャリストだ。

 

『只今より、第27期英雄候補生の入学式を執り行います_____』

 

英雄になるためには訓練学校に通い、英雄候補生として訓練を行わなければならない。剣技、体術、魔術。魔物を倒す技術を学ぶのだ。

 

そんな訳で、俺もこの国立第一訓練学校に入ることにした。

それが今から3か月前の事。入学資金やら生活費やらを工面していたら思っていたよりも時間がかかってしまった。

 

学校に入学してからは刺激的な毎日であった。

候補生になってからまだ少ししか経っていないのに、もう何年もここで過ごしたみたいだ。日常の密度が濃いんだよな。

 

「___おいコラ、黒坂。テメエ調子乗り過ぎなんだよ」

「...ん? 俺に何の用だよ黒崎くん」

「放課後体育館裏に来い。誰にも言うんじゃねえぞ?」

 

おっと、彼の紹介を忘れていた。彼の名前は黒崎誠人(くろさきまこと)、同じクラスだ。

 

一見、クラスをまとめるイケメン男子のようにも見える黒崎。が、その裏の顔は自分の気に入らない人間は誰であろうと排除する独裁主義の危険な男。俺もその餌食となった。似たような苗字だから、ライバル視でもしていたんだろう。

 

でも、黒崎は頭がそこまでよくない。

 

「おりゃぁああああ! 死ねや死ねやァ!!」

「俺のが体術の成績良いの分かってるだろ...?」

 

いざ喧嘩が始まると真正面から殴りかかってきた。実力差があることは日頃の授業の様子からも明らかなのに。たった一人で俺に挑んできたのだ。

 

そして、俺にボコボコにされた。

正直言って黒崎は勝負ごとに向いてない。思考が単純すぎる。

 

「ぐ、ぐがぁ....覚えてろ黒坂ァ.....てめえの日常ぶっ壊してやるからなァ.....!」

「....捨て台詞が悪役すぎる」

 

喧嘩は俺の圧勝だった。だが、黒崎の真価が発揮されたのは次の日からだった。

 

「.......」

 

俺は人付き合いを積極的にする方ではない。人間強度が何とかだから。

それでも何気ない挨拶や日常会話程度であればクラスメイト達と行っていた。授業には班行動も多い。そもそも学校は集団行動が基本であるのだし。

 

だが、黒崎をボコボコにした次の日から俺は誰にも口をきいてもらえなくなった。それどころか視線すら合わせようとしない。

 

こうなってしまったら俺も開き直る他になかった。孤独は苦痛じゃない。ただ不便なだけだ。

 

しかし、人生とは面白いもので。たった一人だけ俺に話しかけてくる奴がいた。

 

「な、なあ....よかったら今日の班は私と組まないか?」

「....物好きな奴だな。俺に関わると仲間外れにされるぞ??」

「仲間外れ上等だ! そういうのには慣れっこなんだ」

 

彼女の名前は東雲久遠(しののめくおん)。やけに長い髪をブラブラとぶら下げる元気な奴だ。

 

東雲はその日から積極的に俺にコンタクトを取るようになってきた。俺の武器について説明した際には自ら進んで協力してくれた。帰宅の際には勝手に付いてきたり、ゲームも何回か一緒にやった。アイツはシューティングが死ぬほど下手なんだ。

 

どんな魂胆で俺に近づいてきたかは今も分からない。知ろうとも思わない。多分、東雲は体術が苦手だったから俺に教えて欲しかったのだろう。

 

だが、結局そんな機会もなかった。ついさっき俺は彼女からビンタをくらった。

 

「分かんないな....」

 

彼女が怒る理由は分かる。そりゃあ散々俺に付き合わされているというのに、一向にリターンを得る様子が無いからだろう。利益も無しに協力関係が築けるほどに人間は優しくはない。

 

ただ、俺が分からないのは自分の事だ。誰かに喧嘩以外で殴られるのは初めてだ。

怒りの感情を向けられることは合っても。こうしてその思いをぶつけられるほどにコミュニケーションを重ねた人間などいなかったのだ。

 

「こんなんだったら、ギャルゲーもやっとけばよかったかな.....」

 

そんな事を呟きながら、俺は東雲の後を追うように帰路に就いた。

 

回想はここまで。ここから先は現在の話だ。

 




もう一話投稿します!


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第5話 英雄候補生クロサカ

 

「こんな時間からご苦労諸君! 本日執り行うのは実践体術授業だ。日頃の復習はもちろん済ませて来ただろうなぁ?」

 

体育館に響き渡るのは担任教師の声。

朝早くから集められた俺たちを待っていたのは、手加減無しの模擬戦であった。

 

「ねえ、どうする...?」「一緒にやらないか? バレないように加減するから...」

 

本気の殴り合いは生徒たちには不評のようで。クラスメイトたちは如何にして楽をしようかとひそひそ話をし始める。

 

「はぁ......」

 

どうせ俺の組み分けは余りものペアだ。それにコイツらと違って楽をする気なんて無い。

こちとら、魔王ぶっ倒しに来てるんだ。強くならなくてどうする。

 

「しっかし...アイツ、なんなんだ?」

「......ハッ!?」

 

模擬戦よりも俺の注目を引いていたのはチラチラとこちらを見てくる東雲。

自分から視線を向けてくるのに、合わせればすぐに逸らしてしまう。まだ怒っているのだろうか。

 

「前回までは自由にパートナーを決めさせたが...今回は私が各々の実力に合わせた組み分けを用意した。負けた生徒は減点、勝てば加点。死ぬ気でやれよ」

「「はぁ.....」」

 

ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて先生は生徒たちにとどめを刺した。誰も声には出さなかったが、あちらこちらからため息が聞こえてくる。

 

「それでは各ペアに分かれた試合開始だ。試合は制限時間15分の7本勝負。7時半スタートだ。それでは、移動開始!」

「「はぁ......」」

 

教師の掛け声と共に生徒たちは重い足取りで館内に散らばっていく。

 

「俺のパートナーは誰だ....?」

 

最後までここに残っていた奴が俺の相手だろう。そう思って残り続けていたのだが、俺を残して全てのクラスメイトがいなくなってしまった。

 

もしかして、いよいよ学校側まで俺の事を無視し始めたのか? だとしたら学費返せよバカ野郎! なんて思っていると。

 

「よし、黒坂。お前の相手は私だ」

「...マジですか? 俺と先生が殴り合い??」

「そうだ。だって、お前は対人戦に関して言えばもう一流だからな。生徒とやらせたんじゃ話にならん」

 

何か間違ったこと言ってるか? 先生はそう尋ねてくる。

 

「いいえ。俺もそれでいいですよ。てか、ありがたいです」

「よく言った黒坂。ご褒美に私からありがたいアドバイスをやろう。もちろん、戦いながらだがな?」

 

言い終わると、先生は即座にこちらに向かって距離を詰めてきた。

 

「____っ、まだ開始時間じゃないんですけど?!」

「いいんだよ! お前と私はルール無用、制限時間無しのサドンデスだ」

 

嬉々とした表情でこちらに殴りかかってくる担任。俺はそれを難なく避けていく。

左肩が後ろに下がれば右ストレート。沈めば左フック。動きは完全に見切れていた。

 

(......ここか?)

 

攻撃を避けるだけでは話にならない。こちらからも仕掛けるべく時折カウンターを挟むものの。

 

「おおっと、危ない危ない!」

 

それは中々当たらない。流石に相手も場数を踏んでいる。

 

「ったく...どうして動きが見切られてんだよ。ゲームオタクの動きとは思えんぞ?」

「そりゃどうも。ゲーマーにだって運動が得意な種族もいるんですよ」

 

この学校で教わる体術は完全にマニュアル化されている。それに体術の構成がボクシングや空手など既存の格闘技術を参考にしているために繰り出される技に意外性が無い。

 

言ってしまえば、俺にとって先生は繰り出される技を完璧に把握された状態。

相手の持つ技が分かっていれば後は読み合いの問題だ。読み合いなんて格ゲーで何万回とやって来た。

 

ある意味、俺は場数を踏んでいるわけだ。

 

「それで先生。アドバイスって何です?」

「んあ? ああ、そう言えばそんなこと言ってたなっ!!」

 

渾身の右フックが避けられたことに苛立ちながらも、担任は渋々口を開いた。

 

「暮坂、お前の異能力は恋愛が関わってくるって言ってたよなっ!」

「っと...ええ、そうです。愛情の大きさと強さが比例する感じですね」

「だよなぁ! それでその恋愛に関することなんだがっ!」

 

凄い。話ながらも先生の攻撃は全くキレが落ちていない。さすがイケイケな先生だ。

 

「東雲とトラブってたろ、お前」

「......見てたんですか。教師がのぞき見とか道徳に反するんじゃないですか?」

「教室は公衆の面前だぞ? モラルを疑うなら、まずは自分の胸に手を当ててみたらどうだッ!」

「_____っ!?」

 

危なかった。まさか、そこでそうくるとは...珍しく読みがはずれた。

 

「おっ、やりい!」

「....やっちまったか」

 

何とか回避できたと思ったが、頬に軽く擦っていたようで。顔を拭ってみると少しばかりの出血がみられた。

 

「へへ...まずは一発。頬切れてるぞー黒坂!」

「生徒の血を見て喜ぶなんて酷い教師だ...」

 

思い切りガッツポーズを取って喜ぶ担任に俺は軽蔑するような視線を送った。

 

が、当然相手はそんなもの全く気にしない。

 

「オラオラ、休ませてやるほど優しくねえぞコラァ!」

「....くっ!」

 

再び猛攻。激しいラッシュに咄嗟に両腕でガードする。

 

体の大きさは俺よりも小さく、体重だって軽いはずなのに。この無限のスタミナは一体どこから湧き出ているのだろう。

 

「それで、だ。話を戻すぞ黒坂。お前教室で準わいせつ行為してんじゃねーよっ!」

「......わいせつ行為? もしかして、抱き合ってたことですか?」

「そうに決まってんだろうがっ!!!」

 

別にいかがわしいことではないだろう。ただ東雲が俺の背後から覆いかぶさるようにして抱きしめていただけなのだ。性行為をしたわけでもあるまいし。

 

というか、俺発案じゃない。あれは東雲がやろうと言い出したんだ。

 

「...何か問題でもありましたかね? 別に抱き着くぐらい外国では日常茶飯事ででしょう」

「どこの国に女子がほぼ下着姿で抱き合う挨拶があるんだ...世間知らずにもほどがあるぞ......」

 

呆れたように言う担任。確かに、そう言えば東雲はあの時服を少しばかり脱いでいたんだっけ。特に印象深い出来事ではなかった為に忘れていた。

 

「一個人としては、お前みたいな実力者には思う存分能力を発揮してもらいたい。だから、積極的な恋愛は推奨するが...教師としては注意せざる負えないぞ。節度を持て節度をっ!」

 

力強く言い切るとともに。担任は常人とは思えない足捌きで太ももめがけてローキックを放った。

 

「___っ痛ぇ!?」

 

マニュアル頼りの見切りでは対応が追い付かず。重い一撃に思わず心の声が漏れた。

 

いくら鍛え始めたといえど、未だ体は発展途上。激痛のあまり右足からくずれ落ちてしまう。

 

「はっはっは! まだまだ甘いな黒坂。こう見えても私だって体術には自身があるんだ。隠し玉くらい持っているに決まってるだろ!」

「......」

 

やられた。教育者ってのは教科書至上主義だと思っていたのに、この担任教師は実践派であったか。完全に油断していた。

 

「それじゃあ、最後のアドバイスだ。東雲にはさっさと謝れよ? あらはどう見てもお前が悪い。年頃の乙女はデリケートなんだよ」

「...そうっすか。なら、謝っておきますよ」

 

年頃の乙女がデリケートってのはいまいち理解が出来ないが、リターンを与えていない俺に非があることは分かる。ちょうどチラチラ見られるのにも嫌気がさしていたんだ。

 

素直に承諾した俺に担任はうんうんと満足げに頷いた。

 

「よおし、いい子だ。そんなよいこの黒坂にはコイツを食らわせてやろう」

 

そう言うと担任は大きく拳を振り上げる。標準は身動きが取れなくなっている俺の顔。とても加減をしてくれるような様子には見えない。

 

「......ちょっと待ってください。俺もう右足動かないんですけど。試合終了のはずなんですけど...!?」

「うるせえ奴だな! ルール無用って言っただろ! 私が勝ったと思うまで試合は終わらん! 終わらせん!!」

「.......」

 

最低だ。この教師最低の人間だ。

 

「くたばれ黒坂ぁああああ!!!」

 

俺はこの日、黒崎の行った陰湿ないじめではなく。

 

物理的でド直球の暴力という名のいじめを受けた。

 

 




今日はここまでです!いやぁ、戦闘描写が苦手です....笑



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第6話 欠点だらけな二人

授業が終わり、俺は目覚めると見知らぬ天井を眺めていた。

 

...すまん、嘘だ。この天井は保健室の天井。単に一度『見知らぬ天井ごっこ』をしてみたかっただけなんだ。

 

そう言えば、俺は担任の拳をもろにくらってしまったんだっけ。意識が覚醒するにつれ記憶が鮮明になる。そして、痛みもじわじわと広がって来た。

 

が、痛みの他にも感覚を刺激するものが一つ。

 

右手に感じるこの温もりはいったい...

 

「......なんで???」

 

視線を右に向けると、そこにいたのは先日俺を殴った東雲久遠の姿があった。

 

「先日は済まなかった! 頬の傷は治ったか!?」

 

ジャージ姿の少女は俺が意識を取り戻したことを認識するなりすぐに頭を下げてきた。

 

こちらから謝ろうと思っていたのに、まさか相手から先に謝られることになるとは。予想外の事態に俺はただただ困惑した。

 

それにジャージのままってことは...授業終わりからずっとここにいたのか?

 

何のために? 担任にでも頼まれたのか??

 

「ああ!! こんなに大きく腫れてしまうなんてな...それも私がビンタしたところ以外にも傷が出来てるし......うぅ」

 

担任に付けられた傷は見てくれが悪いらしい。瞼を痙攣させる俺を見て、東雲は涙目になりながら手を強く握ってきた。

 

「い、いや...この傷は東雲じゃなくて.....」

「申し訳ない!申し訳ない! たいっへん申し訳ない!」

 

東雲の誤解を解こうとするも、彼女は完全に聞く耳持たずな状態。ただひたすらに謝罪の言葉を吐き出すだけ。

 

「あの日以来ずっと気がかりだったんだ...私もあんな風に男子に肌を晒すのは初めてで少し気が動転していてな.....」

「いや、だから。東雲は何も悪くないって...っ!」

 

痛みを我慢してよく聞こえるように喋る。こりゃ、あの担任(バカ)何発も殴りやがったな...口を開くのもしんどいぞ...

 

「そもそも人付き合いが苦手なんだ...友達なんていなかったし、黒坂だけなんだ。こんなに仲良くなったのは......」

「........」

 

人付き合い、か。俺も嫌いだ。そこは同感だな。

 

「頼む、許してくれ! いくら何でも暴力に訴えるよな間違っていた!」

 

もう頭を下げるだけでは気が済まない。東雲はその場に土下座をしようとする。

 

「ちょ、ちょっと待てって!?」

 

慌てて止めるも本人は納得していない様子であった。

 

「勘弁してくれ東雲。謝らなきゃいけないのは俺の方だ」

 

小さくため息をついて、渋々俺も頭を下げる。

 

...ったく、人に謝るなんて人生始まって以来初めてだぞ。

 

「お前が俺を気遣ってくれていたことは分かってる。だから、俺も本来であればリターンをあげるべきだったんだ....すまない、東雲」

「り、リターン....? よく分からないけど、黒坂は謝ってくれているのか?」

 

せっかく謝ったというのに、肝心の東雲は首を傾げ不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「んだよ、これじゃあ足りないってのか? 土下座でもしてやろうか? 別にプライドもねえしやってやんよ.....!」

「ち、違うぞ! 別に私はそういう意味で言ったんじゃないんだ...」

 

なら、どういう意味なのだろう。今度は俺が首を傾げる。

今のはどう考えても『謝罪ってのは土下座に決まってんだろバカ』と遠回しに煽られていたんじゃないのか?

 

「黒坂も...ちゃんと謝れるんだな」

「はあ? 俺が他人に謝罪もできないガキだと思ってたのか??」

 

意味は違えどやっぱり煽りか。俺が眉を細めると、東雲は頬を緩ませた。

 

「あははっ、違う違う。他人の事なんてどうでもいいー、なんて言ってた黒坂がまさか謝ってくれるなんて思ってもなかっただけだ」

「.....ガチで煽りじゃねえか」

 

何でこんな奴に謝ってしまったのだろう。俺は数分前の自分の行動を後悔した。

 

「でもまあ、いいじゃないか! これで私と黒坂は晴れて仲直り。早速放課後はゲーム三昧だな!」

「........」

 

何だか複雑な気持ちだ。

 

コイツに殴れらたと思ったら、自分から謝ってきたり。かといってこっちが謝れば笑われる。慣れない事ばかりで俺の頭はパンクしかけていた。

 

____俺は東雲という女に振り回され過ぎじゃないだろうか。

 

「...実に気に食わないが、ゲームに罪はない。仕方ないな付き合ってやるよ」

「やった! 今日こそストレートファイターでお前に勝ってみせるからな!」

 

そう言って力強く拳を握る東雲にやれやれと肩をすくめる。ストレートファイターなんて俺の十八番中の十八番、世界大会の常連だぞ?

 

「無理だな。奇跡が1億回起ころうがお前は俺に勝てない」

「はあ!? 戦ってもいないのにその言い方はないだろっ!!」

 

事実を言ってないが悪いんだ。俺は鼻で笑う。

 

「よぉし、だったらもし私が勝ったら何でも言うことを聞いてもらうからな!」

「いいぞ。望むところだ」

 

こうして、俺と東雲は紆余曲折ありながらも無事にトラブルを解消した。

 

...と言えるのだろうか。

 

結局東雲は何のリターンも得ていない。これで元通りになるのか?

 

(人付き合いってのは分からないな....)

 

慎太郎の悩みは尽きる事がなかった。

 

 




おっすオラ慎太郎! いきなり東雲が謝ってくるなんてオラおでれーたぞ! いったいどんな思惑があるってんだろうな....オラワクワクすっぞ!

次回、「英雄候補生シノノメ」ぜってえ読んでくれよな!



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第7話 英雄候補生シノノメ

 

私の名前は東雲久遠(しののめくおん)。英雄候補生だ。

 

自己紹介を求められる時はいつも困る。私には誰かの興味を引くような特技も面白い話もない。むしろその逆、私には誰かに疎まれる話しかないのだ。

 

_____だから、今回私が語るのはただの自分の人生だ。

 

 

「お前には力がない。だから、何も得られんのだ」

 

父のそんな言葉が実家を離れた今でも脳裏に焼き付いている。

思えば、私は生まれながらに孤独であった。

 

東雲家はその手の人間なら誰もが知る格闘集団。全国になん十万人と弟子を持ち、古くから続く由緒正しき一族だ。元は暗殺や雇われ兵を生業としていたようだが、現在は魔物の討伐の最前線を担っている。

 

強さに拘る東雲一門において、当主は最も強い存在でならなくてはいけない。現に私の父である東雲龍三は魔法を使用できないという制限を持ちながらも、『魔族殺し』とその名を多く知られている。

 

そんな中、私は東雲家初の女子として生まれた。

 

東雲家は世襲制だから次期当主は私になる。その為に幼い頃から厳しい戦闘訓練が強いられることとなった。幼稚園や学校には通うことなく、ただただ己の力を鍛える毎日が始まったのだ。

 

「右左左右ッ! 遅いぞ久遠、気を抜くな!」

「は、はいっ!」

 

早朝起床。訓練生とひたすらに殴り合う。そして、寝る。この繰り返し。

 

別に嫌だと思ったことはなかった。外部との関わりを殆ど遮断していた私にとってこの生活が世間一般のものであると思い込んでいたからだ。

 

そんな生活が10年ほど続いた頃だろうか。私の人生は180度大きく変わることとなる。

 

「お前の名は東雲万世(しののめばんせい)()()()()として、日々精進せよ」

「はい。万世の名に恥じぬ男になれるよう精進いたします!」

 

東雲万世、それが彼の名前。私に弟ができたのだ。

 

弟は私が6歳の頃に生まれたそうだ。誰にも知られないように生まれ、姿を隠しながらひっそりと生きてきたらしい。というのも、私の母は既に他界しており弟は腹違いの子供であったからだ。

 

では、何故今になって現れたのか。それは私が落ちこぼれであったからだ。

 

実を言うと、私には致命的なほどに戦闘センスがなかった。

不器用というかグズというか。頭で考えることに体がついていかない。相手の攻撃を避ける時も反撃する時も、常に行動がワンテンポ遅れてしまう。

 

男社会にいきなり現れた女の私。それだけでも周囲からの目は厳しいものだった。だと言うのに、肝心な戦闘能力すら持っていない。虐められることなど日常的だった。

誰もが次期当主に私は相応しくない。そう思っていただろう。

 

そんな中、弟に類稀なる格闘センスがある事が明らかとなる。

その事を知っていたのは父だけであったが、『力』に固執する父は弟に機会を与えた。

 

「久遠と戦え。勝てば、お前に名をやろう」

 

弟は名を得る為に私と戦った。手も足も出ない、二人の実力差は明らかだった。

 

こうして私は家を追われた。与えられたのは『東雲家の恥』という肩書きだけ。

弟には力があり、私にはなかった。力があったから弟は名前と場所を手に入れた。ただそれだけの話だ。......本当に簡単な話だ。

 

親から教えられたのは友達の作り方でもましてや恋人の作り方でもない。どうやって人を殺すか、ただそれだけ。全寮制の学校に入学できたのは運が良かった。

 

だが、学校での生活も慣れないことばかりで困難の連続だった。

どうやって人とコミュニケーションを取ればいいのか分からない。授業にだってついていけない。そんな私はすぐに一人ぼっちになった。

 

生きているのか死んでいるのか分からないような毎日を繰り返し、学校を卒業。気づけば英雄候補生になっていた。自分に戦いの才能がないことは誰よりも分かっているのに。

 

そんな時だ、彼に出会ったのは。

 

「...どーも、好きな物はゲーム。嫌いな物は人付き合い。以上。みんなよろしく」

 

とてもよろしくできるとは思えない彼の名前は黒坂慎太郎。

実戦演習では誰にも負けず、座学の成績もトップクラス。何を取ってもパッとしない私とは全くの正反対だ。

 

しかし、たった一つだけ。私と黒坂には共通点があった。

 

彼もまた孤独であったのだ。

 

そして、ある日。私は思いきって黒坂に話しかけてみた。

 

「な、なあ....よかったら今日の班は私と組まないか?」

「....物好きな奴だな。俺に関わると仲間外れにされるぞ??」

「仲間外れ上等だ! そういうのには慣れっこなんだ」

 

その日から私に初めての友人ができた。

 

黒坂は物知りだった。私が疑問に思うことの答えを全て知っていた。

そんな中でもゲームというものに関しては取り分け他にはない情熱を持っていた。

 

「いいか? ゲームこそ至高なんだ。想像力、判断力、決定力、生きる上で重要なこれらの力は全てゲームをプレイする事によって成長する!」

 

おまけにストレス発散にもなるのだから最高だ。それが黒坂の口癖だった。

 

彼の誘いもあって私はよくゲームをするようになった。

 

「いいか...足音を聞くんだぞ? 耳を澄ませろ。神経を研ぎ澄ませ...」

「お、おう...足音...足音ぉ.....ハッ、敵か!?」

「バカっ! それは自分の足音だぞ!? ったく...角待ちしてろって言ったのに.....」

 

ゲームは本当に楽しい。やはりこれも苦手なのだが面白いものは面白いのだ。

今まで娯楽から縁遠い生活を送っていたからだろうか。黒坂と一緒にゲームを遊んでいる時、私は初めて幸せを感じた。こんな世界もあるのかと感動した。

 

黒坂は私がゲームに誘うといつだって付き合ってくれた。三時間でも四時間でも、一日中付き合ってくれる事だってあった。

 

それが私は嬉しかった。

私だけじゃない。黒坂も自分を友達だと思ってくれている、そう確信していた。

 

そんな時に彼が恋をしたがっていることを知った。

友達を助けるのは友達の役目だ。私は喜んで彼の手助けを申し出た。

しかし、つい最近まで友達のいなかった私に恋愛経験なんてあるはずもなく。恋の仕方なんて分からない。人付き合いすら苦手なんだ。

 

でも、年頃の男子が異性の身体に興味を持つことは一般常識として知っていた。だから恥ずかしながらも文字通り一肌脱いだ。私の唯一の友人の為に。

 

なのに______

 

黒坂は私を否定するように、私を虐げた者たちと同じように拒絶した。

私はこんなにもお前の為を思って行動しているのに...どうして分かってくれないのだ。

 

『黒坂には人の心が分からない』

 

噂で聞いた事があった。クラスの奴が話していた。嘘だと思っていた。

 

「......黒坂は本当に人の心が分からないのか?」

「まあな、別に分かろうともしてないし。どうでもいいだろ他人の事なんて」

「そんな.....」

 

私は絶句した。

私と黒坂は友達同士ではなかったのか。彼にとって私はただのクラスメイト。いや、もしかしたらそれ以下だったのかもしれない。

 

多分、私は悲しかったんだと思う。全部は私の独りよがりだったんだ。やはり私は誰にも認めてもらえないんだ。そんな思いが心の中に広がっていって、気づいたら黒坂を殴っていた。

 

「あぁ...私はバカだ....なんで、どうしてあんなことを......」

 

その日の夜。死ぬほど後悔した。

 

何もない部屋に置かれた何本ものゲームソフトを見るたびに、黒坂との楽しい時間が脳裏に浮かんだ。巨大なモンスターを二人で狩りに行って...そうだ、あの時初めて一回も死ぬことなくモンスターを倒せたんだ!

 

「あの時、黒坂が初めて私を褒めてくれたんだ.....」

 

その時確信した。私には黒坂が必要だ。彼がいない生活なんて考えられない。

 

だから私は、彼に謝ることにした。

 

例え彼が私を友人だと思っていなくとも。黒坂が私と一緒にいてくれれば、それでいい。そう思ったのだ。

 

「....黒坂は、また私を褒めてくれるだろうか?」

 

私には何もない。もう、彼以外に何もないのだ。

 

 

 





次回から魔王退治始めます!




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第8話 人の世界を脅かすモノ

学校生活のトラブルも無事解消、俺の心はこの快晴のように澄み渡っていた...というわけでもなく。俺はいつも通りの面持ちで登校していた。

 

そして、HR前のクラス内もいつも通りの喧騒に包まれている。

 

「黒崎くん...今日もカッコいいなぁ」

「おい黒崎、聞いたぜ? この間最新のトレーニングマシン買ったんだって?」

 

俺の世界では朝の学校とは比較的静かなイメージであった。

生憎小学校までしか経験していないから、確かなことは言えないが...ここまでエネルギッシュではないはずだ。

 

東雲なんてエネルギーに満ち溢れているのか、さっきから口が開きっぱなしだ。言葉の濁流。話題の宝箱状態である。

 

「___というわけでだなぁ...私は昨日もオンライン部屋から追い出されてしまったんだ.....」

「なるほどな。だが、見知らぬ相手に『ハチミツください』は地雷確定ムーブだ。俺だって他人だったら追い出してる」

「うぅ...ハチミツぐらい分けてくれもいいじゃないか.....」

 

東雲はMH、モンスターハンティングの事を言っているのだが困ったものだ。

プレイスキルのなさによる回復アイテムの不足は俺にも予測できる問題だ。しかし、まさかオンラインでハチミツ乞食をする程だとは...

 

「俺が渡したハチミツはもう無くなったのか? 確か、数百個は渡したはずだが」

「うむ! 全て調合に使ってしまった!」

「おいおい...しっかり植生研究所で増やせって言ったはずだろ?」

「はっ!? そういえば!?」

 

忘れていたぞ。東雲は目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべる。コイツ...人のアドバイスをすんなり記憶から消去しやがった。

 

俺がやれやれと肩をすくめていると、東雲は突如思いついたように口を開いた。

 

「なあ黒坂! そう言えば、今日しーおーでぃー? にアップデートがあるみたいだぞ!!」

「COD? それは俺の世界のゲームだ。こっちではDOCだろ」

「俺の世界...? それも何かのゲーム用語なのか??」

 

俺の言葉に不思議そうに首を傾げる東雲。俺は慌てて口を閉じた。

口を滑らせるなんて普段なら絶対にありえないのだが...つい聞き馴染みのある言葉に反射的に返答してしまった。

 

「ん...すまん。聞かなかったことにしてくれ」

「分かった。黒坂がそう言うなら忘れる」

 

そういえば。東雲の奴、ここ最近変に物分りが良くなったような。

 

前は何かと意見がぶつかることもあったのだが、思いつく限りこの数日間でそんなことはない。何か彼女の心持を変えることでもあったのだろうか。

 

そんな事を考えていると、なるべく関わりたくない人間の姿が視界に入ってきた。

 

「おーおー、黒坂さん東雲さん! もうすっかり仲良くなったみたいですなぁ!」

 

担任がこちらに近づいてくると、東雲は会話を避けるように席を外した。そのまま自分の席に戻り突っ伏してしまう。

俺も東雲のように逃げたかったが、そうもいかない。

 

「...なに言ってんですかアンタは。まだ顔の傷が痛むんですけど?」

「んな小さい傷でガタガタ言ってんじゃねーよ、男だろ? つか、私がボコボコにしなけりゃあ『保健室で二人っきり』なんて状況にはならなかったんだぞ?」

 

感謝したまえ若者よ。自慢げにそういう担任は実にウザかった。

 

「ふっふーん、いいねえ青春って。恋愛とか羨ましい限りだぜ...」

「ちょっと...先生のそう言う話は勘弁してください。ほら、それそろHRでしょう?」

「あらら、いっけねえ! 恋路の妨害に夢中になってすっかり忘れてた...」

 

時計を指さすと、わざとらしくそう言って担任は教壇へと向かっていった。

本当にウザい大人だ。今度の演習では絶対に一発ぶん殴ってやろう。俺は静かに闘志を燃やす。

 

「おーし、そんじゃあHRはじめっぞー!」

「「はーい」」

 

こうして、何気ない日常は変わりなく始まるのであった。

 

 

________________________

 

 

訓練学校の最終目標は魔物を討伐する事の出来る英雄を育成すること。

その目標の為に我々人類の敵である『魔のモノ』に関しての授業が毎日設定されている。一般教育機関には無い、特別な座学だ。

 

俺の世界には魔物なんてものはいなかった。

だから、この授業は他の授業なんかよりもずっと興味が沸く。スライム一匹の倒し方を学ぶことでも魔王討伐への道は一歩進むのだ。

 

「ワーウルフにオーク...ゴブリンにクラーケンか.....ほんと、RPGの世界だよな」

 

大まかなこの世界を取り巻く魔物情勢を知り得た俺は、一人帰路に就きながらも頭の中で知識の整理を行っていた。

 

俺が魔物、そして魔王について学んだことで最も興味深かったのは『この世界における魔王の在り方』だ。

 

俺たちのイメージする魔王は、強大な力を持っていてその力で世界を支配する、みたいな感じだろう。パワータイプとでも分類してみようか。

 

しかし、この異世界における魔王はそうではないらしい。

 

世界侵略を目的としているのは同じだが、魔王自体に世界を滅ぼすほどの力はないそうなのだ。むしろ、その力量で言えば人間に近いらしい。

 

では、いったい何が問題なのか。この世界の魔王を魔王たらしめているのは、その特異な性質。『魔物を生み出す』という能力だ。

 

「全ての魔物は魔王の元から生まれた子供...そういうことだ」

 

いったい魔王がどれだけの期間でどの規模の魔物を生み出すのかは不明。分かっているのは魔物たちはみな魔王から生み出されたということだけ。

 

倒さねばならぬ対象の戦闘力が低いというのは、俺にとって悪い話ではない。素手で殴り殺すという考えも現実味を帯びてくるというものだ。

 

が、俺にとって不幸なのは戦闘能力の低さ故に魔王が前線に現れないということ。あの野郎はこの地球のどこかに潜み、魔物の生成に励んでいるのだ。

 

「まあ、普通に考えればそうなるよな...ったく、自信満々の魔王なら殺りやすいんだが......」

 

はあ、とため息をつく。この世界での暮らしも悪くはないが、やはり俺は元の世界の方が好きだ。ゲームの馴染みが違う。

 

「ドラクエがドラマチッククエスト...こういうの違和感ありすぎて嫌になるんだよな。内容が同じならタイトルが違ってもいい、なんて思うほど俺は単純じゃねえ」

 

そういうわけで、俺は魔王退治に向けて本格的に動き出していた。

 

というのも、魔王の居場所を突き止める算段は既に思いついていたのだ。

 

「姿をみせない魔王。だが、その魔王の居場所を知っているヤツがいる。それはもちろん......魔王から生まれた魔物たちだ」

 

どのように生まれてくるのかは分からんが、魔王について聞くのであれば魔物に聞くのが一番手っ取り早いだろう。俺はそう考えた。

 

そして、行動を開始していた。

 

「____よお、元気にしてたか。吸血鬼(ヴァンパイア)

 

実は、俺は家に吸血鬼を監禁しているのだ。

 

 




明日or明後日には次話投稿します!


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第9話 吸血鬼

今回少し長いです!


「よお、元気にしてたか。吸血鬼(ヴァンパイア)

 

リビングへと続く戸を開き、俺はさながら歴戦の勇者のようにそう問いかける。

 

のだが。

 

「もちろん、お陰様でね。凄い良い生活送らせてもらってるわぁ...」

「.......」

 

なんだこの違和感は。うん、別に吸血鬼(コイツ)の返答は間違ってない。間違っていないのだが...

 

呆然と立ち尽くす俺の視界に見えるのはプレイシチュエーション(PS)4で遊ぶ制服姿のギャル系少女。頭部に生えたコウモリのような耳、スカートから覗かせる尻尾は彼女が人間ではなく吸血鬼であることの証明であった。

 

つまり、つまるところ。俺の家で敵であるはずの魔物が楽しそうにゲーミングライフを送っているという事だ。

 

「違和感ハンパねえなぁ! おい!!」

「むぅ...クロくんうるさい」

「.......」

 

俺がこのヴァンパイアを見つけたのは数日目まで遡ることになる_____

 

 

「_____あー、そろそろ魔王退治始めますかぁ...」

 

ゲーム三昧の毎日に流石の俺も焦りを感じていた。

 

いくら訓練学校に通っていると言っても、他の訓練生と違い俺は魔王を討伐せねばならない。いつまでも副業程度に魔王討伐ゲームを進めているのでは目的達成は夢のまた夢。この世界に骨を埋めることとなってしまう。

 

そんなわけで、俺は夜な夜な街を徘徊し人間社会に溶け込む魔物どもの捜索を行っていた。

 

『魔物の中には人間に極めて似た外見を持つものもいます。連中は私たちの習慣すらも模倣し、ほぼ完ぺきに人として生きることも可能です』

 

授業の中で聞いた言葉を脳内で何度も復唱する。

ようするに、魔物の中には『人間社会密着型』も存在するという事だ。

 

有名どころで言えば、吸血鬼に狼男。

前者は飢餓(血液の不足)状態でなければ容姿の特徴である耳や尻尾を意図的に体内に隠すことが出来る。後者はもちろん満月の夜以外を除いて自由に人に化けられる。

知能のないスライムなどに比べて、こいつらは考える脳みそをもっている。既に多くの魔物たちが人間社会に溶け込んでいる可能性は十分にあるのだ。

 

「手っ取り早く見つけて、魔王の居場所を聞き出す。もしくは、ソレに繋がる有益な情報を得る...これがベストだな」

 

剣と薬草片手に成り行きまかせで旅に出るのは旧世代の勇者のやること。現代の勇者はもっと知的に魔王退治を行うのである。

 

ということで、最終的に俺が取った手段は自身を囮にした魔物の誘い込み作戦であった。

 

「....あれ。これ成り行き勇者の考えるような作戦じゃね???」

 

まあ、そんなことはどうでもいいわけで。問題なのは実際に成果を出せるか出せないか。そこで有能な勇者か無能かがハッキリする。

 

定めたターゲットは吸血鬼。奴らは飢餓による正体バレを恐れているはず。腹が減ったら血液確保...なんて行き当たりばったりなことはしないはずだ。

定期的な血液を確保する方法を持っているのか、はたまた人間態を維持できる間に獲物を襲い血液を保管しておくか。主にこの二択だろう。

 

後者の存在は、ここ最近で起こった変死体の事件を調べることで容易に知ることができた。

 

新聞記事を見てみると、少なくとも数ヶ月の間にある地区内で6件もの路地裏通り魔事件が発生していた。そして、その犠牲者の体からは何故か多量の血液が失われていたと。

 

「秩序維持の為に通り魔事件に偽装したのか...にしても、いかにも吸血鬼が関わっていそうな事件だな」

 

パニックを避ける為に魔物が人間社会に潜んでいることは一般人には伏せられている。その為の偽装であった。

 

最も新しい事件で28日前。事件の発生周期は約1ヶ月。英雄たちにより犯人の吸血鬼が殺られてなければ、そろそろ次の殺人を行うはず。

 

「...まあ、夜の歓楽街を歩くのも暇つぶしにはなるか」

 

こうして、俺は吸血鬼たちに都合のいいターゲットになることを決めた。

 

 

______________________

 

 

都合のいいターゲット、といっても思い当たるのは人気のない場所をあてもなく彷徨い歩くだけだった。

 

自分が狙われるか、もしくは他人が襲われている現場を発見できるか。睡眠とゲームの時間を削って俺はひたすらに街を歩きまわった。

 

 

街を歩き続けること、はや5日。その時はきた。

 

「よお、そこのにーちゃん。ちょっといいか?」

「...きたか」

 

呼ばれる声に振り向くと、そこにいたのは二人の男女。

ジャージ姿の男の年齢は30代後半。制服姿の少女は10代後半あたりか。耳、尻尾共に確認できないが吸血鬼の可能性は十分にある。

 

だが、攻撃するにはまだ早い。もう一押し、俺がコイツらを殴る確証が欲しい。

 

「どしたのさ、そんなに怖い顔しちゃって。にーちゃんも噂を聞いてきたんでしょ?」

「噂...? まあ、そんなところだ」

 

男とは話がよく噛み合っていないようだったが、俺は促されるままに近くの路地裏に入って行った。

 

「とりま一発やっとくかい? にーちゃん童貞っぽいから2でいいよ」

「...???」

 

男の言っている事はよくわからないが二人の行動を目で追い続ける。

 

すると、男が少女の耳に何かを囁いた。少女はコクリと頷くと、どういうわけかそのまま服を脱ぎ始める。

 

「おい...なんで服を脱ぎ始めたんだ? ここは公衆の面前...でもないか」

「あら、にーちゃんは着衣派だったの。美空(みそら)オプション変更だ」

「オプション...? どういう事だ?」

 

さっきから展開がいまいち読めない。

吸血が目的ならさっさと襲いかかってくればいいのに、コイツら何をしたいんだ?

 

俺が困惑していると、男はニヤニヤしながら耳打ちしてきた。

 

「へへっ、もう少しの辛抱だからよ。ちゃんとアンタの好みに合わせてヤらせてやるからな?」

「殺らせてやる、だと.....!?」

 

コイツ、まさか俺の目的に気づいていたのか!?

 

男のまるで俺の目論みを知っているかのような口ぶりに、俺は思わず動揺する。それに、この男はこちらの好む状況に合わせて戦おうと提案してきやがった。

 

戦闘によほど自信があるのか...それともただの馬鹿なのか。

 

(やるのか...? 今、ここで?)

 

考えている時間はない。既に先手は取られている。

 

「まっ、そう身構えんなって。すぐに天国に_______ぐぎゃ!?」

 

俺はニヤニヤ笑う男の顔に思い切り肘を入れる。

顔を押さえてその場に倒れ込む男。すかさず頭を蹴り飛ばした。

 

「ど、どうひてバレ...ぶぎぃ!?」

 

鼻を潰され、その上顔を強く蹴り付けられる。鼻腔に切り傷でもできたのか足下には小さな血だまりが出来上がっていた。

 

「いぎ....ぎぐがぁ.....」

 

言葉にならない声を漏らす男。両手両足を踏み付けられた後はもう一言も喋ることなく沈黙していた。呼びかけてみるもピクリと体を痙攣させるだけで返事はない。

 

「...拍子抜けだな」

 

先手を取られたと焦っていたが、蓋を開けてみれば別段普通の人間となんら変わりがなかった。『殴って転倒。四肢を潰され抵抗を止める』こんなもの勝負にすらなっていなかった。

 

吸血鬼には並外れた再生能力があると聞いていた。

コイツにはその能力がないのだろうか。少しの間男の姿を眺めみるも確かに血の凝固速度は人並み以上ではあったが、脅威になるような回復力ではなかった。

 

「それで、お前はどうするんだ? さっきから見てるだけだが...吸血鬼ってのはやっぱり冷酷なのか?」

 

一人は無力化。残るは、少女のみ。俺は視線を彼女に向けた。

 

仲間がやられているというのに、コイツは助けようとしなかった。逃げ出すこともなくただ行われた暴力を静観していたのだ。

 

普通なら加勢するだろうに、疑問に首を傾げる。少女はそんな俺を見て面白いものでも見ているかのように笑った。

 

「ねね、おにーさんって私たちが吸血鬼だって知ってたの? 初めからこれが目的?」

「...まあな。一応言っておくが、この男にもお前にも。俺は聞きたい事がある。その気は無いのかもしれないが逃がすつもりはない」

 

少女との距離は僅か数m。50m走世界一の選手でもなければ取り逃すことはないだろう。不敵な笑みを浮かべる彼女に俺は威圧の意を込めて言い放った。

 

が、しかし。少女の返答は予想外のものであった。

 

「よかったー! ようやく気づいてくれたんだー!」

「......あ?」

 

嬉々としてそう答える少女。大きく万歳してトコトコとこちらに近づいてくる。

 

「全部私のよそーどーり! でも、ちょっとヒーローの登場が遅すぎるかなぁ」

「...どういうことだ? お前の行動には辻褄が......待てよ、そういうことか」

 

笑顔で抱きついてくる少女の様子に俺はハッとさせられた。

 

よくよく考えてみれば、この状況に至るまでが簡単すぎる。

吸血鬼のものだと分かりやすい事件。読みやすい犯行周期。最初、俺はこれらが実行犯の吸血鬼の馬鹿さ加減の表れかと思っていたが....

 

「全部お前が仕組んでたのか?」

「そゆこと。早く英雄さんたちに気づいて欲しくって、めちゃくちゃ分かりやすく事件を起こしてたんだー」

 

ピースピース。誇らしくえっへんと胸を張る少女...いや、吸血鬼か。

一見、おつむの悪そうな見た目をしているが、他人を動かせるぐらいの頭脳は持ち合わせているらしい。気にくわないが俺はまんまと乗せられたようだ。

 

だが、分からない。俺たち英雄側は吸血鬼にとっては敵だ。敵にわざわざ狙われるような行動をとる理由が分からない。コイツの行いは自殺行為以外の何ものでもない。

 

「ね、今どうしてコイツは自分から狙われるような事をしたんだ? って、思ったでしょ?」

「...ああ、意味が分からんな。俺がお前の立場だったらそうはしない。見つかったら殺されるんだぞ? コソコソ生きるのが嫌になったとしか思えん」

「確かに。おにーさんの立場から見れば...そうだよね」

 

そう言うと、少女はくるりと後ろに向き直る。そしてボソリと呟いた。

 

「_____私、実は数ヶ月前までは人間だったんだ」

 

 

 

 



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第10話 吸血鬼『ちゃん』

忙しくて中々更新できませんでした...ちゃんと生きてます笑


「人間だった、か...少し待て。そうか...人間が魔物に変わることがあるのか......」

 

俺は顎に手を当て考え込む。これはどうしたものか。

 

少女の言っていることが嘘である可能性は大いにある。理由はコイツが敵だからだ。

だが、自殺行為としか思えない行動の数々やこのタイミングで告白する意味を考えれば真であるという可能性も...

 

仮に少女の言っていることが真だった場合。それは俺の魔王討伐に大きな弊害となる。

人間を魔物に変えるという事は()()をも魔物に変えることが出来る、という事になるからだ。

 

英雄が敵になるのは俺にとって厄介極まりない。

ただでさえ、形勢はこちらが不利だというのに。一つの戦力としても、こちら側の重要な情報を知る情報源としても。彼らが敵側に落ちるのは人類にとって大ダメージとなるだろう。

 

「こんな事授業で習ってないぞ...英雄側はこのことを知っているのか...?」

 

『人間が魔物になり得る』という信じがたい現象。

俺が単に入学して間もない訓練生だから知らないだけなのか。はたまた、英雄たちはこの真実に気づいていないのか。どちらが正解なのかは現段階で俺には知りようがない。

 

「...情報の収集が必要だ」

 

いち早く、この男と少女から()()を聞き出さねばならない。

 

「場所を変えよう吸血鬼。お前には聞きたいことがたっぷりある」

 

運の良い事に、情報を聞き出す技術に関しては知識があった。

 

「いいよ。私はもうおにーさんに付いてくって決めてるし」

「.......」

 

出会ったばかりの敵によくもまあそんな事が言えるものだ。

恐れ知らずというか、楽天家というか。元人間だか何だか知らんがこの少女は魔物という生き物の中でも一際変わったやつであることは明らかだろう。

 

「...分からないヤツだな」

 

俺は読めない少女の心象に首を傾げながらも歩き始めた。

 

 

____________

 

 

「_____そうか。それが聞けて良かった。それじゃあ、用済みだ」

 

暗闇に支配された部屋で俺は静かにそう呟いた。

情報さえ手に入れてしまえば敵である魔物には用はない。

 

手に持つ刀を鞘から抜きだし、思い切り___振り下ろした。

 

ボトリ

 

重たいモノが自由落下する。刀身は間違いなく人間の首を切り裂いた。

 

「........」

 

部屋の明かりをつけると、大きく目を見開いた男の生首がそこにはあった。

断面を見てみるも吸血鬼特有の回復は見られず。胴体、頭共に生命活動を完全に停止していた。不思議なことに断面から出血は見られなかった。

 

「吸血鬼は首を切り落とすと死ぬ...情報通りだな」

 

先ほど本人から聞いた情報通りに事が進んだようで俺は満足げに頷いた。

 

吸血鬼の存在については学校で既に学んでいた。が、その討伐方法はまだ習っていない。回復能力が高い吸血鬼を手っ取り早く殺害する方法は俺にとって必要な情報の一つだった。

 

「どうどう? 私の言ってることはあってたでしょ?」

「...おい部屋に入ってくるんじゃない。向こうで待ってろって言っただろ」

 

興味深く吸血鬼の死体を見ていると、少女が勝手に部屋に入り込んでくる。

すぐに出ていくように言うも、少女は聞く耳持たず。俺の横に腰を下ろして同じように死体を興味深く見つめ始める。

 

「へえ...吸血鬼って死ぬとこうなるんだ......」

 

同族の死体を面白そうに見るその様子は、少女の『元人間』という言葉を俺にさらに信用させた。

 

「初めて見るのか? 仲間の死体ぐらい見る機会ありそうだが」

「ううん、全然。うちはボスが厳しいからね。ただでさえ、今は繁栄の時期だって仲間集めに励んでるのに」

 

同族で争ってる場合じゃないらしいよ。少女は他人事のようにそう言った。

 

路地裏で一悶着あってから。少女を先頭に俺たちは近くのホテルに移動していた。

どちらかを、もしくは二人とも殺すことは確定していた為に汚れてもいいような場所にしたい。そんな俺の希望を少女が聞き、ホテルを提案してくれたのだ。

 

男を殺したこの刀だって、少女が教えてくれた男の隠しロッカーに入っていたもの。情報だってすんなり話してしまうし...やはり、コイツの考えが全く読めない。

 

「なになに? まだ私のこと疑ってるの?」

「...疑うというよりも、理解ができないんだ。仮に元人間だとしても、それが今の仲間を売ったり英雄に接触する理由にはならないだろ?」

「そう? 普通、人間として生まれたらずっとヒトの味方になるでしょ。多分それはおにーさんも同じだよ」

 

気味の悪いものでも見るような俺に少女は笑顔で語りかけてくる。

 

「どうだかな。俺は吸血鬼じゃない...つか、大事なことを聞き忘れてた。人間を吸血鬼化させるには、どうするんだ?」

「あー、実はそこに関しては私にもよくわからないんだよね....」

 

男友達と遊んでいる際中。ふと、意識がなくなり気づいた時には耳が生え尻尾が生えの吸血鬼になっていた。少女はそう語った。

 

「今さっき殺された私の先輩も知らないみたいだったから、結構秘密なことなのかも。やっぱりボス...アルファに聞くのが一番なんじゃないかな?」

「アルファか......」

 

情報を得る際に俺は少女と男、二人から個別に話を聞いた。別口でのやり取りならば裏を取ることもできるからだ。その結果として俺が真と思えた情報は大きく分けて3つ。

 

・吸血鬼の殺し方

・ここら近辺で活動する吸血鬼の拠点

・アルファと呼ばれる元来の吸血鬼と元人間の吸血鬼が存在していること

 

つまりは、アルファのみが魔王の手によって生み出され、アルファ以外は魔王と接触する機会が無い。吸血鬼化の条件。魔王に関する情報。知りたい肝心な情報はまだ残ったままだ。

 

(吸血鬼一人捕まえて魔王の居場所ゲット...なんて上手くはいかないか)

 

魔王討伐を第一に考えるのならリスク覚悟でアジトへの単独潜入だろう。

理由は簡単、仲間を引き連れていけば俺に情報が回って来る前に本部の連中に確保されてしまう。そもそも俺はまだ訓練生なのだから。

 

リスクと効率、いち実力派ゲームプレイヤーにとってこの二択は愚問。

 

「...武器だ。もっと多くの武器が必要だ」

 

俺はそう静かに呟いて、少女の方へと向き直る。

 

「お前の考えは理解できない。が、役には立つ。短期間の共同戦線だ」

 

この少女は吸血鬼たちの内情を知っている。オトリにもなるし役には立つ。

それに...吸血鬼化した人間の経過観察もしておきたい。コイツも今は人間気分らしいが、いつ内面まで吸血鬼になるか分かったもんじゃない。

 

「りょーかい! あ、役に立つと思ったらぜひ長期でのご利用も検討してね...?」

「......」

 

しかしまあ、この吸血鬼ちゃんは暫く人間の味方を続ける気のようだった。

 

 

 

 

 



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