よるがあけるよ【NieR:Automata】 (凡て)
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第1章 常闇のアンドロイド

夜の地帯のアンドロイドは太陽に憧れ夜明けを探した。


 

『ねぇポッド、朝日って見たことある?。』

 

随行支援装置ポッド107の放つ光に照らされながら、少女の姿形をしたアンドロイドがそんな質問をした。

『地平線からお日様が顔を出して草花や人類に挨拶してまわるんだって書いてあるよ。』

つい先程拾ったボロボロの絵本には太陽の昇る様子が描かれている。かつては当たり前のように繰り返されていた現象であったが、地球は長い長い時を経て地軸が歪み、自転周期や公転周期の奇跡的な噛み合いによって完全に夜の地帯と昼の地帯に分かれてしまっていた。

それ故、生まれてこのかた一度も夜の地帯以外に配備されたことのない10Dは地球から臨む太陽を見たことがなかったのだ。

「否定:随行支援している10Dが見たことのない景色はポッド107も見たことがない」

触覚を手のように動かしながらポッド107が答える。

『夜の地帯と昼の地帯の境目に行けば、似たようなものが見れるかなぁ……。』

「警告:任務と関係のない地域に行くことは任務放棄と捉えられる可能性有り。即ち10Dが脱走兵として罰則を受けることは容易に想定可能」

無機質なポッド107の言葉に10Dは諦めきれない素振りでうーんと唸る。

『司令官かオペレーターに連絡してから行くのは?。』

「否定:任務と関係のない行動の申請は却下される可能性大。推奨:大人しく与えられた任務を完遂する」

ポッド107が早く進めというように10Dの背中を本体で押した。

『ちぇっ……まぁいいや。また今度行く機会をもらえるかもしれないし、それまでは我慢しとこう。』

そう言うと、10Dはポッド107の機体に掴まり建物から飛び降りた。

フワフワとゆっくり地面に落ちていく。暗くて地面まであとどれ程あるのかよく分からないが、複数の機械生命体の目から滲む赤い光の粒を視界に捉えて着陸に備える。

『ポッド、ガトリングにプログラムチェンジ。』

「了解:ガトリングにプログラム変更」

地に足が着くより少し前にポッドから手を放し背負っていた武器を素早く構えた。

湿った土とコンクリートの感触が足に伝わるのを合図に機械生命体の群れに突っ込んでいく。細身の小剣でダメージを与えては距離を取るのを繰り返して地道に数を減らしていく。

D型はディフェンダーのDだ。耐久性の他に回避能力も優れている。

傷付けるテクニックが低くとも、相手の攻撃を受けないようにすることを優先して戦えばほぼ無傷で帰還でき壊れて修理する手間も無くなる。

特攻して揉み合いになりながら敵を倒すよりも比較的安全で、たまにしかバンカーに戻らない彼女にとっては効率の良い戦法だった。

ろくに見えない視界の中、ポッド107の灯りと勘を頼りに敵の攻撃を避けていく。

仮に避け損ねてしまってもポッド107がガトリングやレーザーで援護をしてくれるから、10Dは敵に囲まれながらも臆せず剣を振るった。

機械生命体の数は徐々に減り、あとほんの数体で片が付く。

『……ポッド、目的の資材は?。』

「回答:残り1種。目の前の機械生命体から回収できる確証は無し」

『面倒だなぁ……ちゃんと拾えればいいんだけど。』

余裕が出て来たところで言葉を交わしながら倒していく。

たまに足元に崩れ落ちた機械生命体の破片に躓きながらも、順調に数を減らした。

「報告:被害軽微」

『いえーい。』

周辺の機械生命体を全て破壊し終えた彼女らは拳を互いに重ね合わせた。

『じゃあ、とっとと回収してキャンプに戻ろう。』

ポッド107に周りの地面を照らさせながら目的の資材を探した。

『あ……あった。これかな?。』

「回答:目的の対象ではあるものの、欠損が見られる。推奨:比較的破損・欠損の少ない資材を探す」

『そっかぁ。もうちょっと丁寧に倒せば良かったな。』

10Dは壊れた資材を投げ捨ててまた探し始めた。

「疑問:丁寧な倒し方とは」

『えー?。なんかこう……部品と部品の境目に刃を入れて的確にトドメを刺すとか……。』

「疑問:10Dの戦闘能力の低さと理想とする方法の精密さ」

『そういうのいいからー。』

ポッド107をぺしぺし叩きながら10Dは足元を見回した。

「報告:機械生命体のコアを発見」

『あ、本当だ。良い値で売れるからこれも持って帰ろう。』

拾い上げた機械生命体のコアを小脇に抱え、また目的の資材を探し始める。

『あった。』

「報告:こちらにも落ちている。推奨:拾う」

『そっちにも落ちてる。1度見つけると、案外すんなりと探し出せるもんだね。』

面白いほどに次々と見つけ出しては目的の資材を拾っていく。

今回の目的の資材である形状記憶合金は最低でも5個は集めておきたい。

たまに大きな傷や欠けのある物も見つかるので、使えそうな物だけをポシェットの中に収めた。

集まった形状記憶合金は全部で7つ。

『レジスタンスキャンプに行こうか。』

収集物の数に満足した10Dは拠点に戻ることを提案した。

地図で現在地を確認してから目的地へ向かう。

景色が把握しにくいせいで毎日のように走っている場所だとしても土地勘に自信が無くなるのだ。

「警告:目的地のレジスタンスキャンプは走っている方向と反対にある」

『え、また?。』

「報告:ここに配備されてから目的地についての警告は通算169回目」

暗いのに加えて10Dは他のアンドロイドよりも地形の認識能力が低くすぐに道に迷ってしまう、いわゆる方向音痴という欠陥があった。

今まで何度もバンカーの開発部や地上のメンテナンス屋に診てもらったが、どういうわけか何処にも異常はないらしい。双方から匙を投げられ、ただ単純に「個性」として扱われるハメになった。

『こっち?。』

「否定:そっちは崖。推奨:地図を再度確認」

面倒そうな顔をしながら10Dは端末の地図を表示した。

「目的地をマップにマーク。ゴーグルに反映」

ポッド107が10Dの戦闘用ゴーグルに方向案内のデータを転送する。

『あ……すごいね、これ。視界に矢印が出たよ。』

「報告:迷子を繰り返す10D向けに製造されたオプション。10Dがスリープモードに入っている際にレジスタンスキャンプに居るメカニックに依頼し追加。メカニックへの報酬は10Dのポシェットから徴収した」

『どうりで財布が軽いと……まぁいいや。これならちゃんと辿り着けそう。ありがとね、ポッド。』

新しい機能に感心しながら10Dが矢印の方向へ颯爽と走る。随行しているポッド107の照らす範囲から飛び出す勢いだ。

『………ぐあぁッ!?。』

突如、進行方向から10Dの悲鳴が上がった。

「報告:ビルの壁」

『いたた……この矢印、直線でしか表示してくれないのか…………。』

障害物にぶつかり倒れ込んだ10Dをポッド107がライトで照らし出す。

出端を挫かれた10Dはヨロヨロと立ち上がり、ポッドの灯りで建物の有無を確認しながら進んだ。

 

 

 

 

 

レジスタンスキャンプに着くと、真っ先にキャンプのリーダーを担っているアイビスの元へ行く。

『アイビス、またバンカーに打ち上げる物を持って来たよ。』

女性型アンドロイドのアイビスは一斗缶に焚かれた火に当たって本を読んでいる最中だった。

視線をこちらに向け、部屋の隅にあるコンテナを指差す。

「あぁ、そこに入れておいてくれ。急ぎではないんだろ?」

『そうだよ。でも仲間や機材を作るための資材でもあるから早めが良いかな。』

ポシェットから収集物を出して数を確認する。

綺麗なケーブルとナット、新品のネジとボルトがそれぞれ30個。あとは先程集めたばかりの形状記憶合金が7個。袋にまとめて入れてからコンテナに収めた。

『じゃあ、また来るね。』

手を振って部屋から出ていく。

それをアイビスは無言で見送った。

10Dの行き来しているバンカーのヨルハ隊員のいくらかはここのレジスタンスキャンプを頼りにしている。

主に物の売買や所有物の保管、休憩の場所など様々だ。

勿論10Dのようにバンカーへ物資を届ける役目の代行を頼んだりすることもよくある。

代わりとして賃金を要求されたりレジスタンスの雑用や依頼を任されたり、機械生命体が攻めてきた時の救援だったりと、お互いを利用し合う関係だ。

バンカーから主に資材集めを任されている10Dがおそらく一番キャンプに馴染んでいるだろう。

ほぼ全員に顔と名前を覚えられているし、10Dもまた彼らの事を個々として認識している。

利用し合う立場といっても、そこそこの信頼は得ていた。

〈オペレーター14Oより10Dへ。進捗はどうですか?〉

『今済んだところだよ。レジスタンスに預けたから届くのはまだ先かな。』

端末に表示されたオペレーターにそう返すと、満足そうに頷いた。

〈今回は思っていたより早めに終わりましたね。あまり迷ってもいなかったようですし、偉いです。この調子で次も頑張ってくださいね〉

迷ったっちゃ迷ったんだけどな……と10Dはここ数時間の出来事を思い返しながらオペレーターの褒め言葉をやや複雑な気持ちで受け取った。

通信を切るとアクセスポイントへ行き、新しいメールを確認する。

『あれっ……渡す物があるから1度バンカーに戻るようにって指令が来てる。』

「推測:新しい装備品」

『装備品……?。』

取り敢えず飛行ユニットをキャンプのすぐ外に呼び、飛び乗る。

離陸すると、あっという間に地面が離れていった。

地上にはちらほら明かりが見える。アンドロイド達の集まる場所と、所々に設置された外灯だ。

長い目で見れば、場所が変わっていたり減ったり増えたりしているソレ。最近は機械生命体が少し強くなったようで、キャンプ及びレジスタンスの数は減少傾向にあった。

大気圏からぼんやりとした疎らな明かりを眺めながら10Dはバンカーを目指す。

軌道に乗っている宇宙ゴミを避けながら上昇を続けていく。

昔は人類の打ち上げた人工衛星が沢山あったらしいが、もうほとんど全部が役目を失い落下したそうだ。今は隕石の欠片や朽ち果てた人工衛星の残骸が漂っているだけだ。

やがて10Dはバンカーに辿り着くと、自分の属しているバンカーかどうかをよく確認してから入った。

軍用基地としてのバンカーは全部で9基あるから気を付けなければいけない、と生まれた当初オペレーターや司令官から口酸っぱく言われたものだと10Dはつい数年前の事を思い出す。

自分の部屋がないことや自分の担当のオペレーターが居ないことを自覚して初めて間違いに気付いたりするほど、バンカーは見分けが付きにくい。加えて司令官も見た目がほとんど同じだから、間違いに気付かずに報告しに行くと話が噛み合わないなんてこともしばしばあった。

飛行ユニットから降りて、格納庫の通路を歩く。

戦闘特化型のヨルハ達がこれから任務に赴くために持ち物の確認をしていたり、洗濯班が隅に寄って雑談をしたりしている。

それを横目に見ながら出口まで行くと、エレベーターから誰かが出てきた。

『5B、君もバンカーに戻ってたんだね。』

「久し振り、10D……四肢のサブプロセッサーの調子がおかしかったから、直しに来ていたのよ」

まだゴーグルを身に着けていない5Bが10Dを薄目で見つめる。

5Bはアンドロイドながら自身の目付きの悪さを気にしているのだ。だからなるべく目を細めて、ほぼ瞼を閉じているようにみせている。

『格納庫に来たってことは、今から地上に行くの?。』

睫毛に埋もれた5Bの眼を覗きながら10Dが訊く。

「そうよ。丁度入れ替わりになってしまったわね……ゆっくり話したいところだけれど、早速新しい任務が入ったからもう行かなければ……」

『うん、今度また会ったとき話そう。じゃあ任務気を付けてね!。』

ばいばーい、と10Dは手を大きく振って5Bを見送った。

そして自分の目的を思い出し、早く行かなければと閉まりかけのエレベーターに駆け込んだ。

降下したエレベーターを出て、緩やかな坂のような廊下を走る。

バンカーは長い廊下が1本で繋がっている円形の基地だ。司令室まではそんなに距離はないはずだが、なかなか着かない。

円の中心から見て格納庫と司令室の最短が90度の角度で済むところを逆方向に進んでしまい、結果180度分も余計に走ることになっていた。

それを知らずに、バンカーがいつの間にか拡張されたのではと考え10Dは無駄にワクワクしながら司令室に入る。

リフトを下りて司令官まで近寄る。

『司令官、ただいま戻りました。10Dです。』

大きなモニターを見上げていた司令官がゆっくりと振り返り、10Dに目を向けた。

「あぁ、待っていたぞ。渡す物があるんだ」

司令官は近くのオペレーターに何やら小箱を持って来させ、蓋を開けた。

10Dが気になってそれを覗き込もうとする。

『それは一体……?。』

「イヤーカフだ。GPS機能が搭載されている。これからはこれを耳に付けて活動しろ」

目隠しで覆われるから滅多に落とすこともないだろう、と10Dに箱ごと渡した。

「お前はすぐに道に迷って帰って来れなくなることが多いからな。いざという時、仲間が助けに行けるように動向が分かる状況にしておきたいんだ」

『ありがとうございます。……なるべく迷わないよう気を付けます。』

受け取ったイヤーカフの箱をそっと撫でる10Dに司令官が続ける。

「これからは物資の調達だけでなく、周辺環境の調査や特殊な機械生命体の排除なども任せようかと考えている。方向音痴以外はそれなりに褒められたものなのだし……期待しているぞ」

『はい、ご期待に添えるように尽力致します。』

そう告げると、司令官はまたモニターに向き直った。

話は終わったと10Dはその場から離れる。

リフトに乗って出口に行こうとしたところ、オペレーターの活動スペースから14Oが声を掛けてきた。

手招きで「こちらに来い」と指示している。

『どうしたの?。』

階段を下りて14Oの元へ行く。14Oは手に戦闘用ゴーグルを持っていた。

「10D、この前修理を依頼していたゴーグルが先ほど戻ってきたので渡します」

『この前って……半年前じゃん。そんなに時間かかったの?。』

10Dの疑問に14Oが短く首を振る。

「いえ、修理自体は依頼してから1週間で完了していたそうなんですが、この数ヵ月は別のバンカーの倉庫に保管されていました。発注先をこことは別のバンカーの開発部にしていたのですが、完成後に処理を間違えたらしく全く異なるバンカーに送り届けられたそうで」

『何だか今更だねぇ。』

「でも見つかって良かったです。件のバンカーの倉庫番が持ち主を調べてくれなければ、いつまでも戻って来なかったでしょうし……。あ、今の仮のゴーグルは私に下さい。こちらで処分しておくので」

14Oからゴーグルを受け取り、今着けているものと替える。

新品同様になった昔のゴーグルは何だか他人の物のようだった。

慣れない感触に少し不満を抱くも、仕方ないといった様子で10Dは外した方のゴーグルを14Oに手渡す。

『新しいゴーグルありがとね、14O。』

「はい。ではまた後で連絡しますので、早く地上に向かってください」

用件は以上です、と14Oはさっさと席に戻ってしまった。

オペレーター達は担当機体の管理以外にもやることがあるから、皆それ相応に忙しそうだ。

素っ気ない14Oの振る舞いに納得しながら10Dは格納庫に向かう。

『ねぇ、ポッド。』

廊下を歩きながら10Dがポッド107に話しかける。

『ポッドの予想当たってたね。』

「回答:10Dの迷い癖の対策について前々から司令官に相談を受けていた。それに対して当機ポッド107がGPSの搭載を提案」

ヨルハタイプのアンドロイドはブラックボックス信号の反応で位置を特定できるが、位置が近くないと正確な居場所は特定できない。

新しく着けられたGPSであれば遠かろうとブラックボックスの反応がなかろうと、常に場所を掴めるそうだ。

『……ポッドって私の知らないところで結構動いてるよね。』

「回答:当機は10Dを支援する為の随行ユニットである。10Dの問題点を解消するのも役目の内に入っている」

預かり知らないポッドの行動はよくあった。詳細を知らない身としては怪しくも感じられるが、方向案内機能の付け足しやGPS機能などこれまでの全て随行支援対象である10Dの為にしていることなのは間違いない。

「推奨:ポッド107を労う」

『はいはい。いつもありがとね、ポッド。』

ポッド107の本体をポンポン撫でながら10Dは格納庫へのエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

司令室にはモニターからの通知音と、オペレーター達の声とキーボードを叩く音ばかりが響いていた。

「………………」

司令官は手元の端末に映るGPSのマークの位置を確認する。マークは数分格納庫に留まり、やがてバンカーから素早く飛び出していった。

まだ10Dは耳に装着してはいないが、既に機能しているので効果は同じだった。

「方向音痴……か。それだけで済めばな」

騒音のなか一言小さく呟いて、端末を一旦閉じた。

いつか、迷い癖に乗じて脱走を謀るかもしれない。

その時こちら側は「また迷って変な所に行ってしまっている」としか思わないだろう。

そうなっては遅いのだ。狡猾さなど10Dからは微塵も感じないが、可能性があるならば出来る限りの対策はしなければ。

ここのバンカーは隊員が少ない。1人居なくなっただけでもかなりの痛手になる。

自身を慕い日々任務を忠実にこなしてくれている部下を疑うのは気が引けるものだが、仕方がないのだ。

10Dの身の安全の為にも、裏切ったときの早急な対処の為にもこの機能は必要なのだ。

「(……悪く思うなよ)」

司令官は胸の内でただ一度、そう唱えた。

 

 

 

 

 



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第2章 壊された電灯


宇宙空間は少し好きだ。地上よりも障害物が少ないから。



廃墟都市の屋上で飛行ユニットから降りる。

「確認:修理したゴーグルの調子」

飛行ユニットにセットされていたポッド107が出て来ながら10Dに問いかける。

『うん、大丈夫そうだよ。景色が前よりはっきり見える。』

仮のゴーグルにはなかった暗視機能が戻ってきた。

半年も待ったおかげで暗闇には慣れたものだが、やはり見えないより見える方がいい。

色味のない風景を眺めながら現在地の確認をした。

『あっちがレジスタンスキャンプだよね。』

「回答:可も無く不可も無い。指差す方向が大雑把過ぎるため」

『じゃあ大体あっちで合ってるかな。』

ポッド107に掴まり建物の屋上から飛び下りる。

今なら地面までの距離も周りの建物もよく見える。着地点には機械生命体は居ないみたいだ。

安心してボロボロのアスファルトを踏みしめる。

ポッド107にキャンプのある方向をゴーグルに表示してもらってから目的地に向かった。

 

 

 

 

 

レジスタンスキャンプに着くと、10Dはヨルハのアンドロイド用に貸し出されている部屋に入る。

現在10D以外に利用する者は居ないようだ。

武器とゴーグルを外し、自分のベッドに腰掛けた。

ポシェットから先程司令官にもらったイヤーカフを出し、付け方を確認する。

『耳に着けるんだよね?。』

太短い筒のような形状で、耳たぶの形に沿うように少しだけ曲がっている。耳に挟み込む為の隙間があり、穴の方向から見たら繋がりそこねた円のようだ。

「報告:人類のデータによると、その形のタイプは薄い金具などで作られており、隙間の大きさを指で調整していた物が主流。10Dの与えられた物は随分と厚い」

『そうだね。1.5~2㎜くらいかな……硬いし調節出来そうにないね。』

「推測:GPSが内蔵されているため」

『じゃあ、仕方ないから無理やり嵌め込むか。』

剥き出しになった耳たぶの上部にイヤーカフを力任せに差し込む。

人体でいう軟骨のような柔らかい素材は使われていないため、人工皮膚の僅かな柔軟さに頼るしかなかった。

多少苦戦し、ポッド107が見守るなか目一杯時間を掛けて装着し終える。

『よし、やっと付い……痛っ!。』

10Dが達成感に思わず立ち上がった瞬間、痛みを訴えて踞った。

イヤーカフを装着している方の耳を押さえている。

どうしたのかとポッド107がおそるおそる10Dに近寄る。

『な……なんか、イヤーカフから出てきた……。』

10Dがポッド107に見せようと手を退かした。

「報告:耳に差し込む為の隙間だった部分から針のような細い金属が数本出て耳たぶを貫き、イヤーカフを繋げている。人類データにある耳飾り"ピアス"の構造と類似」

痛がる10Dにポッド107が淡々と答える。

『痛いのに、外せない……。』

「推奨:装着の続行。イヤーカフの装着は司令官からの命令である。推測:痛みは一時的なもので、やがて治まる」

『……………。』

司令官からの命令と聞いて、10Dは諦めてゴーグルを頭に結んだ。

 

 

 

 

 

じわじわと続く耳の痛みに耐えながら10Dが部屋を出ると、レジスタンスの一員が駆け寄ってきた。

「10D! 帰ってたんだな、丁度良かった!! さっきリーダーが10Dに頼みたいことがあるって言ってたから! とにかくリーダーの所に行ってあげて!」

「否定:10Dの本拠地はバンカーでありレジスタンスキャンプではない。「帰ってた」という表現は不適切」

「いいじゃないか! キャンプのベッドで寝たことあるなら皆家族だ! なぁ、そうだろ10D!」

大きな声で捲し立てるように男性型アンドロイドが言う。

『ヒルマイナ……。』

相手のテンポに引きながら10Dが男の名前を呼んだ。

「なんだなんだ、機嫌悪そうだな! それとも具合が悪いのか? 人類の女は1ヶ月に1度は精神不安定になりやすい時期があるってデータで見たけど、もしかしてアンドロイドの女型もそんなのがあるのか? どっか痛いところあんなら俺が診てやるから、いつでも頼れよ!」

『…………。』

10Dはヒルマイナの言葉にイヤーカフに手をやりそうになるが、痛みよりも掛けられる声の方をより鬱陶しく感じたため無視してさっさと離れることにした。

「じゃあな10D! ちゃんとリーダーの所に行くんだぞー!!じゃないと、伝言を頼まれた俺が叱られるんだからなー!」

背後でヒルマイナが叫ぶ。いつもに増して大きな声だから多分リーダーであるアイビスの耳にも届いてしまっているだろう。

10Dは耳をそっと擦りながらリーダーの部屋に入った。

『アイビス、来たよ。』

「あぁ、ご苦労。すまないな……ヒルマイナが煩かったろう」

煩いからヒルマイナと名付けたのか、ヒルマイナと名付けたから煩くなったのか……とアイビスが冗談のような口調で呟いた。

『ヒルマイナがお喋りなのはいつものことだから今更気にしないよー。それで頼み事って?。』

「あぁ、取り合えずこっちに来てくれ。」

アイビスがカンテラを手に部屋を出る。

少し歩き、キャンプの隅っこのゴミ置き場に連れてこられた。

「これを見ろ」

アイビスがカンテラを持つ手でゴミを指差す。

それはアンドロイドより一回り小さく、胴回りが太く、頭部が大きくて丸いガラクタだった。何故か胴も頭も1㎝弱の大きさの穴が大量に空けられている。

『これって……機械生命体?。手足がないし、もう壊れてるね。』

「そうだ。でもこれを壊したのはアンドロイドではない……機械生命体達だ」

『えっ、何で機械生命体が?。』

単純な思考しか持たないはずの機械生命体が同胞を殺すなんて、と10Dは驚く。

「……そもそもこれは、機械生命体の部品を利用して機械生命体に似せて作られた電灯だったんだ。ほら、外でたまに見るだろう」

10Dはそう言えばあった、と小さく頷いた。

「同じ機械生命体の姿なら、敵も我々の設置したものを攻撃して壊したりしないだろう……と思ったんだが、この様だ。もう既に何台もやられている。アンドロイドが改造したものだと気付いたのか、それとも敵味方の区別がつかずに壊したのか……」

いずれにしろ新しいものを設置し直さなくては、とアイビスは溜め息を吐いた。

「お前には、機械生命体がどういった理由で電灯を壊しているのかを調べてきてほしい。特定の機械生命体だけが電灯を壊すようならソイツを倒してくれ」

『了解。場所の指定は?。』

「廃墟都市中央の高架下付近がいい。壊された電灯もそこの近くにあったから、別のもまた犯人が壊しに来るだろう」

相手は雑魚だろうが気を抜くなよ、とアイビスは10Dに忠告する。

『うん、何か分かったらすぐ戻って報告する。じゃあ行ってくるね。』

アイビスと別れ、レジスタンスキャンプを出た。

直後にバンカーから通信が来る。

〈こちらオペレーター14O。さっそく司令官から10Dに調査の依頼が入っています〉

『あ、14O。その黒い布ってさっきの……。』

端末に映る14Oを指差す。

こちらで処分しておく、と言われて渡したはずのゴーグルは現在14Oの金髪にくくりつけられていた。

〈黙りなさい。最近、地上の至るところで人語を使う機械生命体の存在が多数確認されています。この地域にも言葉を喋る機械生命体が居ないか調べてきてください。以上。」

指摘すると、14Oは強い口調で牽制し用件を述べるだけ述べると通信をすぐに切ってしまった。

『用途が違うけど、似合ってたね。』

「疑問:処分するはずのゴーグルを所持し、髪にくくりつける意味」

『えー?。……分からない。』

ほんの少しだけ考えて、10Dは諦めた。

「提案:人類のデータベースから似たような案件を探し、14Oの真意を探る」

『やってみて。少し気になる。』

ポッド107はしばしキュルキュルと音を立てた後、端末に画像を表示した。

「報告:人類は好意を持つ相手と同じ格好をする、または同じものを身に付けることで新密度を高めていた模様。通称"ペアルック"と呼ばれていた」

画像には同じ衣服を着て隣り合って歩く2人の男女の姿があった。

『へぇー……制服みたいな感じ?。ヨルハなら大体みんな同じような服装してるじゃん。』

「否定:制服はまた違う意味が込められている。推測:14Oの行動は10Dに対する「親愛」の感情から行われている」

『親愛………?。』

いつもツンケンしている14Oがまさかそんな、と10Dはポッド107の言葉を疑う。

『でも14Oが人類の習慣の真似事をするとは考えにくいから、自ら芽生えた思考で無意識に人類と同じ事をしているのか……つまり模倣なんかじゃない本物の感情ってこと?。』

「同意:恐らく14Oはペアルックを知らない。だがアンドロイドにも人間と同じような思考回路が組み込まれているため、ある程度の強い好意があれば同じ事をする可能性は十分にある」

『そっか。………親愛か。』

「推測:ヨルハ部隊は感情を出すことを禁止されており、14Oは特にその規則を守ろうとしている。だが、抑えられた感情がこのような形で表に出ているということは、14Oは10Dに気付いてもらいたいと思っている可能性が高い」

全然気付かなかったな……と10Dがやや俯いて腕を組む。

『私……どうするべき?。』

「推奨:14Oに何かしらの形で気持ちを返す。10Dからも親愛を表現すれば14Oの想いも報われる」

『何かしらの形でって……いきなり言われても思い付かないなぁ。』

いまいち想像力に欠けるアドバイスをもらい、10Dの俯きの角度が深くなる。

「14Oへの日頃の感謝の心を持って考えることが重要。そんなに悩む必要はない」

『うん……まぁ何か考えて、何か決まったら14Oに何かするよ。』

まとまらない思考のままに曖昧に答えて、10Dは取り敢えず廃墟都市中央の駅廃墟方面に行くことにした。

 

 

 

 

 

『ねぇ、ポッド。最近駅廃墟って機械生命体の巣になりかけてるらしいね?。』

走りながら10Dが訊く。

「報告:レジスタンスキャンプのアンドロイドの数人が、複数の機械生命体が様々なガラクタを手に駅廃墟に入っていくのを目撃したと証言」

『ついでに倒しておいた方がいいかな……。』

「推測:目的地の近くではあるが、10Dの1機のみでの侵入は非常に不利。返り討ちにあう可能性大」

確かに、と10Dは頷く。

危険を察知した場合すぐに逃げられるような立地であればいいが、駅廃墟内は入り組んでいる為いざという時に脱出できなくなる心配があった。

『……まぁ、こっそり覗いてあまりにも危険そうな集まりだったらバンカーに情報だけ送ろうか。そしたら数日後にはヨルハの戦闘部隊が来て一掃してくれるだろうし。』

「同意:今回は様子見だけにしておく」

『何にしろまずはアイビスの依頼を済まさなきゃね。』

廃墟都市中央まで走り、駅廃墟から南へ伸びる高架の下に着いた。

錆びたり変形したりで原型を失ったフェンスが風に揺れてギシギシと軋む音を立てる。

高架下には10メートルおきに電灯が置かれていて、その中の数台が機械生命体の形をしている。

ゴミ置き場にあったものと同様に頭部や胴体に無数の穴が空いており、その穴から内側に備えられた電光が漏れ出て周囲を照らしていた。

『ここら辺を見張っとけばいいんだね。』

「推奨:近くの低い建造物の屋上に身を潜める」

ポッド107に従い、高架下の電灯がよく見える建物の屋根に登る。ポッド107のライトも消して気付かれないようにした。

近くにも機械生命体が数体見える。しかしそのどれもが何をするでもなくボーッとしていたり、トボトボ歩き回っているだけだ。

他の機械生命体がやったんだな、と10Dは座りながら思った。

来るかも分からない相手をひたすら待つ。

たまに2機で「来ないね」だの「寒いね」だの話して過ごしたが暇潰しにすらならなかった。

どれくらい経っただろう。飽きてきた10Dが訊くとポッド107は待機を始めて38時間21分経過していることを告げた。

『……待ち伏せは止めた方がいいのかな。』

取り敢えず端から倒していこう、と10Dは武器を手に立ち上がる。

そのまま飛び下りて周辺に敵意のある機械生命体が居ないかどうか見回した。

『ポッド、明かり点けて。』

「了解」

暗闇に自身の姿を照らし出す。探すのが面倒なので寄ってきた奴からしばき倒そうと考えた。

すると、少し離れた所からガシャンガシャンと音がする。

音のする方を振り返ると、小型短足の機械生命体が両腕を振り回しながら近付いて来ていた。

「オノレ、同胞のカタキー!」

『…………!?。』

突然聞こえてきた聞き慣れない声に10Dは動揺し、近くに自分以外のアンドロイドが居るのかと辺りを確認する。が、そんな人影は一切ない。

『今の誰?。』

機械生命体に武器を構えながら10Dがポッド107に目を向ける。

「推測:司令官からの依頼にあった「人語を扱う機械生命体」の類い」

『えっ、まさかアレが喋ったの?。』

段々と距離を詰めてくる機械生命体にまた注目する。

「我々の仲間ノ死体をハリボテにしオブジェとシテ飾ルトは何ト悪趣味な! コノ変態アンドロイド! 恥ヲ知れ!」

なるほど確かに機械生命体から聞こえてくる、と10Dは納得した。

『ってか、それ設置したの私じゃないんだけど!。』

当たりそうになった敵の腕を避けながら10Dが反撃を繰り出す。

刃先は胴体をかすり、左腕を打ち壊した。

「下劣ナ悪魔メ! コノ私のコトもモレナく光るオブジェにスルつモリなノダロウ!」

残った腕を全力で振り回し特攻する機械生命体。

『ちょっと待って……! 喋れるってことは会話も出来るってこと?。』

向かってくる機械生命体と一定の距離を保ちながら10Dが話し掛ける。

「ナメるな! 貴様らアンドロイドだトテ言葉ヲ扱うダロウ! ソレと同ジ事だ!」

『じゃあ教えて。どうして同じ機械生命体の形をした物を壊したの?。』

アイビスが知りたがっていたことを聞き出そうと問いかける。

「ハッ、タワケ! 壊シタノは私デハナイ! 私の仲間が壊しタのだ! 仲間はオブジェにサレタ同胞を壊すコトデ、同胞のオブジェとしての役目ヲ終ワラセようトしたノダ! 言うナレバ解放だ! そしタラ、仲間はオブジェを壊シたカラと貴様ラアンドロイドに殺されテシマッたのダ! ダカラ私はソノ仇を討ツノだァー!!」

右腕を振り被りながらも機械生命体は律儀に返答をした。

『……そっか、教えてくれてありがとう。』

10Dは求めていた情報が手に入った為、容赦なく目の前の機械生命体を破壊した。

喋れても喋れなくとも弱い奴は弱いままなのだと戦いの終わりを呆気なく思うと同時に、アイビスと司令官の依頼を一気に解消出来た、と10Dは内心喜ぶ。

早くバンカーの14Oに連絡し、アイビスに結果を報告しよう。

一息吐いた10Dはキャンプに戻るためにマップを表示しようとする。

……だが、何か嫌な予感がした。

何やら音がする。少し離れた所から、こちらに向かって近付く音がする。

ガシャン、ガシャンと少しずつ、音が大きくなっていく。

「…………カ………ノ……………」

声が聞こえる。

「ア……ド………ロイ…………ド……」

誰の声だ、と10Dは周辺を見回す。

もう分かっている。アンドロイドとは違う声質だ。

「報告:複数の機械生命体を確認」

周囲に赤い光の粒が現れ始める。

「カタキを……ウツ、ノダ……」

「敵ヲ……討ツ……仇を……カタキヲ……」

10Dは既に無数の機械生命体に囲まれていた。

武器をギュッと握り締め、周囲の敵に向ける。

「アンドロイド……討つ………」

「同胞ノ、仇ヲ……仲間ノ、死ヲ……」

「殺……ス……アンド、ロイド……殺ス……」

「殺ス……殺す……壊ス………」

「死ね、死ネ、償え、悔ヤメ」

ポッド107がガトリングの砲口を構え10Dの命令を待つ。

想定外の数の敵に囲まれた10Dはいつ口火を切ろうか逃げようかとパニック寸前の頭で考えた。

機械生命体がにじり寄り、互いの距離は少しずつ縮まっていく。

『どうする?。』

「推奨:戦う。多少時間は掛かるが、不可能な数ではない」

『……わかった。』

ポッド107の意見を聞き、すぐに敵の懐目掛けて斬りかかった。

背後でポッド107の射撃音が響く。

10Dは敵の攻撃と流れ弾を避けながら機械生命体を打ち倒す。

最初は怯んでいた10Dではあるが、いつも通りに戦えば何ということはなかった。

「殺ス! 殺す! アンドロイド! 殺ス!」

「今度は! キサマをオブジェにシテ! ヤる!」

固まって襲撃してきた機械生命体達をポッド107がレーザーで一掃する。

2機共に攻撃の手を弛めない。こちらに敵意を向ける機械生命体をただひたすらに倒し続けた。

一体どれ程の時間武器を振るっていたのだろうか。

気付けば声は少なくなっていた。

周辺の機械生命体は残りほんの数体だ。

『一気に畳み掛ける。』

「御意」

ポッド107のプログラムをスローに切り替え、機械生命体達の動きをほぼ封じた状態にする。

10Dはその隙に剣で一体一体殴るように斬った。

暫し静まり、爆発音が響く。

衝撃で機械生命体の部品が辺りに飛び散った。

『………はぁー、やっと全部倒せた。』

10Dは疲弊した様子で地面にへたり込む。

「推奨:キャンプかバンカーに行きメンテナンスを受ける」

『キャンプでいいや。もう少ししてから戻ろう。』

無数の機械生命体の残骸に囲まれたまま、オペレーターとの通信を始める。

端末が少しローディングした後、14Oの顔が表示された。

『こちら10D。14Oに依頼の報告をするよ。』

〈お疲れ様です。どうでしたか?〉

相変わらずお古のゴーグルを髪に結わい付けている14Oを見て、10Dはポッド107からのアドバイスを思い出す。

『…………。』

けれど何も考えていなかったため別の機会に持ち越すことにした。

〈黙り込んでどうしたんですか? 前回私が言った「黙りなさい」はもう無効ですよ。それとも何か疚しいことでもあるんですか」

『……ううん、何でもない。』

首を小さく左右に振り、10Dは状況報告に集中しようとする。

『あのね、レジスタンスキャンプのアイビスからの依頼を請けてたんだけど、その時に喋る機械生命体に遭遇したよ。』

〈あら、まだ依頼してから丸2日と経っていないのに仕事が早いですね。偉いじゃないですか。きっと司令官からも称賛のお言葉を頂ける筈ですよ〉

『ありがとう。戦った時のデータを送るね。音声もちゃんと撮れてると思う。』

10Dは14Oの扱うコンピューター宛てに戦闘データを送った。

〈どうも。このデータは私が確認した後で司令官や他のヨルハ隊員達にも共有しておきます。10Dは引き続き周囲の調査を………ッ後ろ! 危ない!!〉

突然画面越しに14Oが恐ろしい剣幕で叫んだ。

叫ばれた言葉の内容より、怒鳴り声に驚いて肩を大きく震わせた10Dは反応が遅れてしまった。

『(…………え)。』

背後には機械生命体が居た。

会話に集中するあまり10Dもポッド107も気が付けなかったのだ。

座ったままの10Dは避ける動作も忘れて唖然と機械生命体を見上げた。

ギュイイン、と機械生命体のサーキュラソーが音を立て10Dの体を無惨に切り刻む。

人工皮膚はリアス式海岸のように破れ、回路は飛び立つ鳩の群れのように四方八方へ飛び散り、コードは食べかけの糸蒟蒻さながらに千切れる。

辺りは多量のオイルで真っ赤に染まり、14Oはバンカーで泣き叫び復讐の為に自身の機体をB型へ移行することを決心し、ポッド107は随行対象を失ったショックで全データの削除を開始したのち鬼畜な弾幕クレジットで延々救済もなく打ち砕かれる。

――そんな未来が待っている筈だった。

グシャッと何かがめり込む金属音がした後、細い溜め息が10Dの頭上で漏れる。

「……もう、ちゃんと全部死んだかどうか確かめてから通信しなさい」

ゆったりとした穏やかな口調で誰かが声をかける。

『…………?。』

「確実に殺される」と思い込んで諦めていた10Dが声を辿って、すっかり潰れてしまった機械生命体からおそるおそる視線を上にやった。

『……あっ、5B!。』

「マップに10DのGPSの位置情報があったから何となく来てみれば………これ全部10Dが倒したの?」

『そうだよ。でも最後の最後で気を抜いちゃったみたい……。』

5Bの手を借り立ち上がる。さっきまで見上げていた機械生命体が今となってはガラクタに成り果て足元に転がっている。

〈……5B、私の担当ヨルハ機体10Dの窮地を救ってくれたことを心より感謝します〉

端末からオペレーターが5Bに声を掛けた。

「えぇ、間に合って良かったわ」

武器に付着した汚れを払い落としながら5Bが返す。

〈……こんなことになったのも私の不注意のせいです。危険地帯からの通信だと知った上で会話を続けてしまった……! ごめんなさい、10D!〉

『14O……。』

申し訳ない、と頭を下げるのを見て10Dが端末に映る14Oに手を伸ばす。当然伸ばした先には端末があるだけで14Oの本体はない。

やり場のない手をそのままに、10Dは14Oに言う。

『謝らないで、14O。そもそも私がここで休むついでに通信したのが原因だから、14Oは悪くない。そんな悲しそうな顔しないで。』

「報告:当機ポッド107も近くに居ながら全くの不注意であった。不覚」

普段なら無表情を貫いている筈の14Oが、他者に見えるカタチで10Dの無事に安堵し10Dを危険に晒した自身の愚かさを悔やんでいる。

抑えられぬことのない感情を目の当たりにし、10Dは少し戸惑いながらも14Oの気持ちを理解しようとした。

今の14Oにどんな言葉をかけてあげればいいのか皆目検討がつかないが、自責の念にかられないでほしいと10Dはただ思う。

「……もういいじゃない。今回は死ななかったんだし、お互い次に活かせばいいでしょ? また何処かから機械生命体が攻撃してくるかもしれないし、早く安全な場所まで移った方が良いわ」

5Bが周囲を警戒しながら言った。

〈……そうですね。一旦通信を切っておきます〉

『14O、また後で連絡するね。』

〈はい……10D、迷わないように気を付けてキャンプに戻ってくださいね〉

『うん、ポッドと5Bが一緒だから大丈夫だよ。』

14Oに向けて笑顔で手を振り、通信を終わらせる。

10Dは落ち込んだままの14Oが気にかかったが、気の利いた励ましの言葉など思い付かなかったので、微笑み掛けることしか出来なかった。

『…………うーん。』

何か良い言葉は無かったのかと10Dは納得いかずに首を捻る。

「ほら、行くわよ。迷いそうなら手でも繋いで引っ張ってあげるから」

『……いや、遠慮しとく。』

迷い癖もいつかは直さなければ、と10Dは先導する5Bの後を追いながら考える。

『(14Oにもポッドにも余計な負担をかけないように、一人で何処にでも行って戻ってこれるようにならなきゃならないんだ……)。』

いつもマップに目的地を表示するだけでは迷ってしまう10Dに必死に道案内をしてきた2機の苦労を10Dも何となく分かっている。

そもそも10Dがいつも単体行動なのも方向音痴が原因だった。

他の隊員のように要領良く道を覚えられないせいで作戦部隊に入れてもらえない。気が付いたら1機居なくなってたなんて事態があったなら探す手間がかかる上に、作戦に支障をきたし混乱を招くからと司令官から外されたのだ。

その時に地理に詳しいオペレーターと最新の随行支援ユニットを割り当ててもらったが、それでも10Dの迷い癖は手に余ることも少なくなかった。

それについて、10Dも悪気がある訳ではないので申し訳なく思うことも多々あった。

最近でこそキャンプ周辺は大まかに把握出来ているが、やはりマップやポッド無しではスムーズに行動できない。

14Oも他に仕事があるのに、頻繁に10Dに連絡を入れ道に迷って困ってないかを確認してくれている。

ちゃんと方向音痴を克服出来たなら、こんな厄介は無くなる筈だ。

直らないと匙を投げられても、改善の努力はするべきだ、と10Dは改めて思った。

「……ちゃんと付いてきなさい。考え事ならキャンプでいくらでも出来るわ」

走っていると、5Bから首根っこを掴まれて止められた。

『あれ?。』

10Dは先導してくれていた筈の5Bがいつの間にか背後に居るのを見て、はぐれかけていたのだと気付く。

「何も考えないのも駄目だけど、考えに集中し過ぎて注意散漫になるのは良くないわ。ポッド036、107と一緒に10Dを見張っておいて」

5Bのポッド036が3機全て10Dの周囲についた。

4機の随行支援ユニットに囲まれ、複雑な気分になりながら10Dは5Bと共にレジスタンスキャンプに向かう。

「……10D、あなたどうしてGPSの信号なんて出してるの?」

『えっ、あぁ、5B知らなかったんだ……。司令官から付けるように言われたんだよ。』

知らないのに来てくれたんだ、と10Dは少し驚く。

「プラグイン・チップにそんなのあったかしら」

『ううん、司令官が特注してくれたみたい。耳に付けてるの。』

10Dがゴーグルをずらし5Bにイヤーカフを見せる。

もう大体痛みは薄れて、ほとんど気にならない位だ。

5Bは物珍しげに耳に嵌め込まれた飾りに目を向ける。

「それが発信源だったのね……マップにいつの間にか"10D"って書かれたマークが入ってたのよ。任務の合間にマークの場所を確かめに来たのだけど、まさかそのままの意味だとは……」

5Bがマップを端末に表示し、件のマークを指差した。

丸い記号の中に確かに"10D"と書かれている。

『あーね、こんな感じなんだ……ちょっと恥ずかしいな。』

「まぁ恥ずかしいわね。何処に居ても仲間に場所が割れてしまうんだもの。でもそのおかげで助かったんだから我慢しなさい」

5Bに嗜められながら進んでいくと、やがてレジスタンスキャンプに着いた。

『案内ありがとう、5B。』

「どういたしまして。さすがにキャンプ内で迷うことはないわよね?」

『もー、からかわないでよ。』

少しムッとした顔になった10Dを見て、5Bは静かにクスリと笑う。

「……じゃあ、私はもう自分の任務に戻るからここでお別れよ。またね」

『うん、わかった。任務頑張ってね。』

自身のポッド3機を連れてレジスタンスキャンプから出て行く5Bの背中に手を振り見送った。

『……えーと、まずはアイビスに報告に行って、それから14Oに連絡を入れてー……。』

「推奨:メンテナンス」

『あ、そうそう。メンテナンスも。』

予定を指折り確認して、10Dは早速リーダーの部屋へ向かった。

『アイビス、戻ったよ。』

「あぁ、おかえり。成果の程は?」

本にしおりを挟みながらアイビスが振り返る。

『何か喋る機械生命体が居てね、そいつから聞いたんだけど……機械生命体の形の電灯のことを「悪趣味なアンドロイドによってオブジェにされてしまった仲間」って捉えてるみたいで、それを壊すのはオブジェとしての役目を終わらせる為って言ってたよ。』

「なるほどな……我々自身が設置した物は壊れたら撤去するから、機械生命体の行動は合理的だ。だが、機械生命体が言葉を発し、しかも死に晒しを屈辱と考える概念があるとは思いもしなかった」

アイビスは信じられないといった様子で口元に手を当てた。

「前までは単純な動きしかしないような奴ばかりだったんだが……最近は特殊な個体が増えてきているな」

「推測:機械生命体の進化」

『進化?。』

ポッド107の言葉に10Dが首を傾げる。

「進化……か。そういう考えも有りだな」

「報告:先程遭遇した機械生命体には、まるで感情があるかのような発言や行動が多く見て取れた。それに復讐という、ただの機械にはおよそ出来ない行為にも及んでいた。推測:本来持っていなかった能力を長い時間をかけ体得した。もしくは今の今までアンドロイド側が気付けていなかっただけ」

「隠していた可能性もあるのか? じゃあ何故今頃……」

「報告:機械生命体達はネットワークで繋がっていて、ネットワークでの通信を元に命令やデータの共有が成されているらしい。しかし中にはネットワークから外れてしまった個体も複数存在する、という情報がある。推測:特殊な個体とは、そのネットワークから外れて自由な行動を始めた個体のことではないか」

ポッド107が2機に淡々と説明する。

アイビスは「その可能性もある」と頷き、10Dは『へぇ……?。』とポッド107とアイビスを交互に見た。

「まぁ、我々は数百年生きていても未だに機械生命体を理解出来ていなかった訳だな……。取り合えず、言葉を扱ったり高度な思考が出来る機械生命体が存在するという事を、他のアンドロイド達にも伝えておく。10D、ポッド、貴重な情報をありがとう」

これは礼だ、とアイビスが報酬を手渡す。

『わぁ、欲しかったやつだ。ありがとうアイビス!。』

綺麗な水が数個入ってるのを見て、10Dが喜んだ。

「推奨:当機ポッド107のパワーアップ」

「強化素材だったのか。入れておいて良かったよ」

さっそくメンテナンス屋に行っておいで、とアイビスが10Dとポッド107を部屋から送り出す。

綺麗な水は少しずつ集めていたがなかなか効率良く手に入らなかったため、今までポッド107の強化が出来ていなかった。

欲しがっていた物が一気に手に入った10Dは勿論、ポッド107の飛び方も心なしか浮かれて見える。

『プラヴァ、素材揃ったよ!。』

バタバタ走りながら10Dがメンテナンス屋に駆け寄った。

「…………」

座り込んでいる女性型アンドロイドのプラヴァが面倒臭そうな表情で10Dを見上げた。

『ポッドの強化をお願いしたいんだ。ほら、お金も素材もちゃんとあるよ。』

「……そう」

10Dがしゃがんで素材をプラヴァの前に並べる。

「推奨:当機ポッド107の強化及び、10Dのメンテナンス」

『あ、私のメンテナンスもやらなきゃいけなかったね。それもお願い。』

「2人分とかめんどくさ……とりあえず道具持ってくる」

プラヴァが立ち上がり、傍らに立て掛けていた松葉杖を突きながら倉庫に入っていった。

倉庫の入り口まで付いていった10Dが覗き込む。

『手伝おうか?。』

「じゃあ、この工具箱を持ってって。あとついでに明かり点けて」

『ポッド、出番だよ。ライト点けて。』

「了解」

それを聞いて、プラヴァが首を横に振る。

「ポッドは駄目だ。作業しにくいから他の灯りが良い」

『はーい。』

工具箱を持ち上げ、プラヴァの後ろを歩く。メンテナンス用のスペースに行き、10Dはそっと工具箱を作業台に置いた。

それから作業台の隅にカンテラを設置する。

「まずはポッドからだ。10D、さっき置いてきた素材持って来て」

『うん、わかった。』

10Dがすぐさま走り、あっという間に両手に荷物を抱え戻ってくる。

「よし。始めるぞ、ポッド」

「報告:よろしく頼む」

どんな風に作業をするのかと気になり、10Dが作業台の横に立つ。

「……10D、気が散るからあっちで待ってな」

『えー、ダメなのー?。』

「駄目だ。邪魔」

手で追い払われ、10Dは渋々その場を離れた。

1時間位かかると聞いて、10Dはキャンプのヨルハ部屋で14Oに連絡をすることにした。

すきま風があるようで、部屋の隅にある蝋燭がゆらゆら揺れている。

『こちら10D。14O、さっきの通信の、機械生命体から襲撃される直前に言い掛けてた続きをお願い。』

〈こちら14O。「引き続き周囲の調査をお願いします」と言うつもりでした〉

『……あれ、それだけだったんだ?。』

次の任務があるんじゃないかと思っていた10Dは拍子抜けした様子で端末の14Oに訊く。

〈特にこれと言った任務はまだ何も入ってきてません。担当地区を見て回り、資源を集めたり機械生命体を倒したりしておいてください〉

『了解。』

14Oはいつも通りに喋っていた。落ち込んでいる姿を見たくなかった10Dは安堵するが14Oの冷静沈着で思っていることをなかなか表に出さない性格なのを知っている為、普通を装っているだけなのではと勘繰る。

〈今回の依頼の報酬はメールボックスに送っておきましたから、後で確認をお願いします。他に連絡や質問等がなければ、以上で通信を終了します〉

『あっ、待って。……ちょっとだけ待って。』

〈何でしょうか〉

言葉はまだ出てこないし、出たとして今更言ってもなぁと10Dは思う。代わりにポッドから言われた事を応用してみようと考えた。

『……ねぇ、14O。何か欲しいものとかない?。』

〈欲しいもの……?〉

突然の問い掛けに14Oは首を捻る。

『ほら、好きなものとか、地上にしかないもので気になってたりするものとか、ない?。』

〈……いいえ、特にはありません〉

14Oが喜ぶ贈り物が何なのか分からないなら本人から訊けばいいと考えた10Dだが、返答がプレゼント選びの難易度をより一層上げてしまった。

『そ、そうなんだ……。』

〈私はただ、あなたが無事に過ごしていれば満足です。くれぐれも無茶や危険な真似は止めてください。それだけです〉

穏やかな声で14Oが言う。

『うん……ありがとう、14O。』

10Dは膝の上で手をギュッと握り締めながら答えた。

 

 

 

 

 

情けない。

通信を切った後の薄暗い部屋で10Dはベッドに突っ伏してそう思った。

『(情けない……不甲斐ない……?。人類はこの感情を何て表現したんだろう)。』

自分は何も14Oにしてあげれてないのに、14Oはいつも言葉でも行動でも自分へ何かしてくれるのだ。

『(悔しい……でも、ない。……よく分からない)。』

10Dは14Oへの気持ちを考える。

感謝をベースにした別の何か。

自分だって14Oの役に立ちたいのに、それが出来ずに空回りする。

プレゼントは何にしよう。このままじゃ永遠に何も渡せない。

なにしろ気持ちを別の媒体で表現しなくてはならないのだ。何だったら伝わるんだ。何をしたら14Oは喜ぶんだ。

――無事で居てくれたら、なんてそんなの私の伝えたい気持ちの形になる気がしない。

10Dはふて寝するように枕を抱いて顔に押し付けた。

人類のデータベースで贈り物の例を見たけれど、花や食事などの馴染みない物ばかりだ。

ここの地域は花はおろか、まともな植物すら生えていない。夜の地帯では光合成のしようもなく、動物も植物も日光を必要としなくても生きていけるよう進化した種類しか残らなかった。

簡単に手に入ったとしても、空気のほぼ無い場所に持って行かないと渡せないため有機物は基本プレゼントに選べない。

溜め息を吐きながらあれでもない、これでもないと思考を巡らせているとプラヴァが部屋に入って来た。

「ポッドの強化終わったから、次10D来て」

『あ、うん。すぐ行く。』

起き上がり、プラヴァの後を追いかける。

メンテナンススペースに着くと、作業台に座っていたポッド107が10Dを見るやフワリと浮き上がり近寄った。

「報告:強化完了」

『あんまり見た目変わってないね。』

「基本機能は全部向上してるから心配するな。見た目は変わらない方がいいだろう」

ポッド107の機体を触りながら10Dは「まぁね」と返す。

「ほら、10D。さっさと寝台に横になりな。あと今度はポッドもライトを点けて照らしてくれ」

「了解」

ポッド107に照らされる。ゴーグルを外したので眩しくて堪らない、と10Dは目を細めた。

「スリープモードの準備しといて」

『わかった。』

10Dは言われるままに瞼を閉じ、休眠状態に入る。

暫くするとプラヴァが声を掛けてきた。

「……始めるぞ」

頷いて応える。久し振りのメンテナンスだから、少し落ち着かない。

「おいポッド、10Dの耳に付いているのは何だ?」

「回答:GPS搭載の耳飾り」

「ふぅん……GPSねぇ」

聴覚だけがはっきりとしている。どうやらメンテナンスの合間でプラヴァとポッド107が会話をしているようだ。

「これはもしかして……いや、やっぱ何でもない」

「疑問:言葉の続き」

「気にするな。たぶん思い過ごしだ」

『(…………?)。』

耳を触られた気がした。

10Dもプラヴァの言いかけたことが気になったが、訊いても教えてくれそうな雰囲気ではなかったから止めておいた。

またメンテナンスに集中する。

「……10D、どこか体に異常はないか?」

『特にないよ。』

掛けられた声に答えた。こんなこと訊いてくるなんて、何かあったんだろうか。

「じゃあ、メンテナンスは以上だ」

『えっ、早い。』

10Dはあまりの短さに思わずガバッと上体を起こす。ものの数分で終わってしまった。

「D型なだけあって、特に問題になるような損傷もない。金はポッドの分だけにしといてやる」

さっさと出せ、とプラヴァが手を差し出す。

『……ちょっと手抜きされた気分だけど、まぁいいや。ありがとね。』

「報告:感謝」

お金を渡すと、メンテナンススペースを出た。

アクセスポイントからメールで報酬を確認し、そのままレジスタンスキャンプの外へ走る。

『ポッド、どれくらい強くなったのか見せてよ。』

「了解」

近くにいた機械生命体にポッド107がガトリングを浴びせる。

激しい金属音を撒き散らし、機械生命体の体を簡単に穴だらけにしてしまった。

事切れた機械生命体の様子を見に近寄る。

『前より射撃音が大きかったし早くなってたね。』

「同意」

『これなら今よりもっと戦いやすくなるよ。強化出来て良かった。』

ポッド107の機体をポンポン撫でながら10Dは嬉しそうな顔をした。

「質問:次の任務」

『あぁ、そう言えばポッドはその話の時は居なかったね。次はまだないから好きに動き回ってていいんだってさ。』

14Oの言葉を都合良く解釈しながらポッドに説明する。

「提案:駅廃墟の偵察」

『あー、まだ見てなかったね。あの時はそれどころじゃなくなってたし、すっかり忘れてた。』

じゃあさっそく駅廃墟に行こうか、と端末にマップを表示し目的地までの道を確認する。

「目的地をマップにマーク。ゴーグルに反映」

すかさずポッド107が10Dの戦闘用ゴーグルにデータを転送させた。

例の如く視界に矢印が現れる。

道に迷って困らないように、とポッド107が自ら考えた10Dの為のオプションだ。

迷い癖が酷いからこそ付随されたものだが、他のヨルハ隊員には無い、自分だけの為にポッド107が用意してくれたものだと思うと10Dは堪らない気持ちになる。

ヨルハ1機分くらい強くて、ナビゲーションも的確で、気の利いた機能も付けてくれる。それに何があってもいつも一緒に居てくれる。

たとえ自我もなく、そう行動するようにプログラムされているだけだとしても、ポッドを敬愛せずには居られない。

10Dは自身の随行支援ユニットを誇らしく思いながら暗闇のなか軽い足取りで駆け出した。

 

 

 

 

 



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第3章 平和主義者

ヤメテ! コロサナイデ!


カシャン、カシャン、と一定のリズムで金属がコンクリートをかする音が響く。

1体で駅廃墟に向かって歩いている機械生命体の両手には、何処からか集めてきたらしいガラクタが乗せられている。

金属板や鉄筋など、大きめの物が多い。

10Dは建物の陰に身を潜め、駅廃墟に入っていく機械生命体の様子を伺った。

『……尾行してみよっか。』

ポッドと共に、機械生命体の後を追いこっそり侵入する。

巣になっているという噂があった割りには追跡対象以外の機械生命体の姿がない。

これなら余裕を持って探索できそうだと思い、10Dは緊張するのを止めた。

暗視機能のお陰で構内はよく見える。所々に太い柱があるから、仮のゴーグルのままだったら絶対にぶつかっていただろう。

『そう言えば駅廃墟に入ったの初めてだね。』

考えてみれば、以前は瓦礫が出入り口を覆い尽くして入ることが出来なかったのだ。瓦礫を退かしたのも機械生命体達なのだろうか。

そんなことを考えながら10Dは足音の方向を見る。

遠くを歩いている先程の機械生命体は左の曲がり角へ消えた。

足音を忍ばせて曲がり角手前まで走る。覗いてみると、腰辺りまでの高さの直方体が平行に並んでいた。

機械生命体の胴の太さでは直方体の間を通るには狭すぎるようだが、慣れた様子でピョンと飛び跳ねて越える。

『あれは何?。』

10Dが声量を抑えて訊く。

「回答:自動改札機」

『改札機?。』

「報告:そもそも駅とは列車というレール上を走る乗り物に乗車する為の施設であり、乗車する際には賃金を事前に支払い乗車券を得て係員に見せなければいけなかった。だがあまりに利用客が多い場合は効率的な運営が出来ない為、無人でも乗車券を確認出来る機能を持つ機械を設置。それが自動改札機である」

ポッドも10Dと同様にボリュームを抑えて話す。

目の前の機械生命体はまだこちらに気が付いてないようで、のんびりとした足音を鳴らしていた。

『ふーん、これも人類がつくった機械なんだ……。』

アンドロイドと違って愛想の無い形状だね、と言いながら10Dは改札機の間を通る。

改札の後に続く階段を上がると、通路を挟んで4つに分かれた階段がまたあった。

強い風が吹き込む。どうやら外に繋がる出口になっているようだ。

4つの出口にそれぞれ2つずつ数字が乗り場ごとに割り振られている。全部で8つの乗り場があるらしい。

機械生命体が上る階段は目の前の3、4番乗り場だ。

気付かれないように一定の距離を保ちながら進む。

上りきった機械生命体が見えなくなると一気に駆け上がり、10Dはおそるおそる外の様子を確認した。

幅8メートル程の道があり、30メートルから先は途切れている。その道は高い段のような形状になっているようで、道から外れた所はよく見えないが、自身の身長くらいの深さはあるのではないかと10Dは推測する。

『何ここ……。』

「回答:プラットホーム。旧人類はこのホームと呼ばれる場所から列車に乗車していたという記録がある」

『こんな所から……?。』

カシャンカシャン、と機械生命体の歩く音が重なって聞こえた。微かに話し声も耳に届く。

どうやら機械生命体は複数この場所に集まっているようだ。

「だいぶカタチになッテきたナ……」

「アア、思エば長カッタ」

耳を澄ますと、そんな会話が聴こえてきた。

一体何のことだろうと気になって10Dは顔を覗かせる。

少し離れた所に数体の機械生命体がいて、ホームの外には見慣れない大きな影があった。

機械生命体達の元に先程の機械生命体が近寄り、手に持っていたガラクタを置いた。

「今回ハコレダケダ」

「ゴクロウ、コレデまタ作業ガ再開できル」

「サッソク取り掛カロウ」

機械生命体達は各々ガラクタを拾うと、側にあった大きな影に充てがい金槌で打ち付けた。

トンカントンカンと絶え間ない騒音が暫く続く。

『何作ってるんだろうね……。』

「推測:旧人類の文明の模倣。あれは列車の外見を真似して作られた物だと思われる」

『じゃあ、特に兵器とか危ない物を作ってる訳ではないんだね。それなら簡単に倒せそう。』

そう言って10Dが武器を手に物陰から出る。

近寄ると、機械生命体達は気配に気付きこちらを見た。

「ア……ア……」

金槌の音が途絶える。

「皆ノモノ!アンドロイドだ! 隠レロ!」

機械生命体の内の1体が叫び、他の機械生命体も一斉に動き出す。

『え……襲ってこないの……?。』

背を向けて撤退していく機械生命体の様子に唖然とし10Dは構えていた武器を下ろす。

「逃ゲロ! 退ケ!」

「アンドロイド、怖イ!」

ガシャンガシャンと騒がしい音を立てながら、機械生命体達は列車の中へと入っていった。

10Dが列車と思わしき製造物に目を向けた。

錆びかけた金属板がツギハギのように外側を覆っている。模様も付けたかったらしく、鉄筋を短くしたものを沢山貼りシンボルマークのような形にしていた。

おまけに最前に煙突が生えていて、何とも珍妙だ。

『これが列車……。』

「報告:形状からして、列車の歴史の中でも最初の方に生まれたモデルの蒸気機関車に近い」

『蒸気?。電気やガスで動かせばいいのにね。』

ただの煙がどうやってこんな大きな物を動かすんだ、と10Dは不思議に思った。

「報告:蒸気機関車が作られた当初、動力の主流は蒸気機関であり電気やガスで走る列車の実用は可能ではなかった。やがて技術の発展に伴い燃料や形状を変え、長距離を短時間で移動できるようになっていったとある」

『ふーん……とりあえず、中に入ってみようか。』

縦長の穴が入り口らしい。機械生命体達ももれなくそこから入っていった。

10Dは奇襲の可能性も考え、車内に武器の先端だけを入れ雑に小さく振る。

すると内部の少し離れた所から怯えたような声が聞こえた。

どうやら入り口付近には何も居ないらしい。

奇襲はない、と安心して10Dは入る。

床を踏むとギシッと軋む音がした。どうやらあまり耐久性の無い金属板を何重かに重ね合わせて造っているようだ。

金属板同士の間が少し浮いているようで、抜けやしないかと警戒する。

ギシ……ベコンッ……と耳障りな音を聞きながら先へと進む。

ポッドがライトで一番奥を照らした。

車内と同じ色をした機械生命体達が団子になって震えている。

互いの手を取り合うもの。頭を抱えて何も見ないようにするもの。

私に恐怖している……機械生命体みたいな破壊兵器にもそんな感情があるんだな、と10Dは同じ破壊兵器ながらに思った。

痛覚や恐怖は危機回避の為にある。けれどアンドロイドと違い、幾らでも生産出来る機械生命体なら特攻する戦法の方がいいから、恐怖なんて要らないのではないか。

少しずつ近付く度に、機械生命体達の震える姿が鮮明になっていく。

「コ……コロサナイデクレ……」

「死にタクナイ、死ニタクなイヨォ……」

「オ願イ……助ケテ……!」

声もはっきり聞こえ始める。何を言っているのかもよく分かる。

命乞いだ。

殺されたくない。死にたくない。助けてほしい。

『……………。』

10Dは機械生命体達の数メートル手前で立ち止まった。

「ドウカ……ドウか、殺サナイデ。僕達ハ、君達アンドロイドに危害ヲ与エヨウだナンテ、思ッテナインデス……」

一番前の機械生命体が床に手を突いて頭を下げた。

土下座だろうか。

他の機械生命体もおずおずとした声で喋り出す。

「私達はタダ平和ニ、安全ニ暮ラシテイたいダケナんデス……ココデ人類ノ乗リ物ヲ造ッテ遊ンデイタダけナンデス……許シテクダサイ……」

その場の機械生命体達が全員、同じように頭を下げだした。

10Dはその様子を見て1種の恐怖を覚える。

"罪悪感"という新しい感情が芽生え始めていることを自然と自覚出来た。

『……ポッド、戻ろう。』

「疑問:機械生命体の排除の放棄」

ポッド107がガトリングの銃口を剥き出し、機械生命体達に向けた。

排除しろと催促している。

ポッド107がそう言うのなら殺すべきなんじゃないかと迷うが、機械生命体達の怯えきった様子を見るとどうにも殺した後に悔やみそうな気がする。

それかもう吹っ切れてこの先どんな残酷な判断でも躊躇せずやりそうな気もする。

義体が壊れるのはまだ良いけれど、感情まで壊れるのは嫌だった。

10Dはポッド107の銃口を塞ぐように手を当て、そのまま機械生命体達の方向から反らす。

『……敵意のない機械生命体は殺さなくていいよ。いつもと同じ。』

そうだ。廃墟都市をいつも上の空のようにほっつき歩いている機械生命体達にだって、何か目的がない限り私たちは積極的には攻撃を仕掛けないじゃないか。

ただ喋るか喋らないか、感情があるかないかの違いでしかない。

だったら、殺す必要なんて微塵もない。

「推奨:機械生命体の排除。機械生命体及びエイリアンは人類の故郷である地球を奪った仇であり、永遠の敵である」

『もうっ……私が殺さないって言ったら殺さないの!。』

車内から出て行こうと踵を返す。

ポッド107の意見を却下するのは久し振りだ。

正しいことを示してくれているのは分かるけれど、今回ばかりは10Dは聞き入れたくなかった。

「ア……アノ……」

背後で機械生命体の声がして、顔を向ける。

「見逃シテクれて、アリガトウゴザイマス……アノ、ヨカッタらマタ来テ下サイ。僕達ハ機械生命体同士ダケデハナク、アンドロイドとモ仲良クシタイノデ……」

再度頭を下げる機械生命体の言葉は先程より落ち着いた調子だった。

まだ少し怯えを孕んではいるが、殺される恐怖は薄れている。

『うん、わかった。……そもそもどうして列車なんて造ってるの?。』

帰ろうとはしたものの、好奇心が疼き10Dは訊きながら機械生命体に近寄った。

「アノ……ソレハデスネ……」

向かってくる10Dに後退りしながらも機械生命体は答えようとする。

「格好良カッタカラ、ダヨ!」

10Dの背後から別の機械生命体の声がした。

振り返って見ると、その機械生命体は古びた本を開いた状態で持っていた。

そのページには蒸気機関車らしきイラストが載っていて、今入っている列車とは似ても似つかぬ程立派な造形をしている。

「ドウヤッテ動クノカ分カラナイケド、スゴく速ク走レルンダッテ書イテアル。ソレニ"煙ヲ噴イテ汽笛ヲ鳴らし、ガタゴト揺レテ何処マデモ"ッテ。コレ完成シタラ、キット楽シイ! ミンナ喜ブ!」

「ダカラ造ッテルノ!」と本を見せつけながら機械生命体がはしゃぐ。

警戒心のない個体だな、と思いながら10Dは本を受け取った。

本はかなりボロボロで、大部分が滲んだり破けたりしていて小汚ないが、原型を留めている時点でかなり保存状態が良い。

『動かす方法ねぇ……これには載ってないのかな。』

ペラペラと捲りながらそれらしき項目を探す。

『ポッド、人類のデータベースに何か情報はある?。』

「報告:蒸気機関及び蒸気機関車の仕組みに関するデータはあるが、このハリボテに応用できるものではない」

ふーん、と頷きながら10Dは捲っていた本を閉じる。

『例えば?。』

「回答:蒸気機関車の主流であれば、可燃性の資材を燃やしボイラーで作った高圧の水蒸気をシリンダーという筒に送り込んでピストン運動をさせる方法がある。ポッド107にもこれらのデータの理解は難解で、構造についてはより詳しく解析する必要がある。」

「燃ヤシちゃウンデスか?」

「壊レテシマウナ……」

「火、コワい!」

周りに機械生命体が集まる。

皆一様に列車を動かすヒントを聞こうと興味津々だ。

『本当に熱なんかで動くの……?。』

「回答:多量の水と燃料を燃やして発生した火、熱で水蒸気が出来る。それを実用性のある熱エネルギーに変換する為にこのような仕組みが設けられている。動く原理を風で例えると、よそ風程度では軽い物を揺らすことしか出来ないが、災害にも等しい強風であれば大きな重い物でも吹き飛ばすことが可能である事と同義」

風なら馴染みがあるだろう、とポッド107が10Dや機械生命体達にも理解出来そうな例えを用いる。

だが機械生命体に風を感知するセンサーが付いているか不明な為、伝わっているかは定かではなかった。

「推測:この車体は蒸気機関と呼ぶに相応しい構造をしていない為、燃やしても走ることはない」

それを聞いて機械生命体達は悄気たような反応を見せた。

見兼ねた10Dがポッド107に再び問い掛ける。

『……他に方法はないの?。』

「報告:該当する項目を検索中」

10Dは自分で訊いたもののあまり期待はしていなかった。ただの金属板の貼り合わせを乗り物として動かすなんて、きっと人類にも無理だろう。

暫く沈黙を続けたポッド107が、端末に画像を映し出した。

「報告:ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどのオイルを燃料とする内燃機の構造がやや現実的ではあるが、1から造るとなると機械生命体にはかなりの難題である」

『うーん、そっか……。部品とかを造る工場も機械生命体用のしかないだろうし………あっ機械生命体の構造を真似るのはどうかな。』

閃いた、と10Dが提案する。

『速く走るかどうかは分からないけど、内部に機械生命体の構造を応用したものを仕込めば動かすことは可能になると思う。』

周りの機械生命体達に説明すると、少し困ったような態度を取った。

「ソレ……モウヤッテル」

「見エナイ箇所デはアリマスガ、既ニ私達ノ中身と同ジようナ造リヲ取リ入レてイルノデス」

「デモデモ、材料ガ足リナクテ……」

モジモジしながら機械生命体は控え目に話す。

『材料?。何が足りないの?。』

「機械生命体ノコアガアレバ動くト思ウ!」

本を返してと言うように10Dの手に向かって腕を伸ばしながら幼げな機械生命体が言った。

『そっか、機械生命体のコアなら私が持ってるからそれをあげる。』

「ホント? アリガト、オネーチャン!」

「アリガトウゴザイマス。生キてイル仲間カらコアヲ取ルノハ気ガ引ケルモノデシたのデ……本当ニ助かりマス」

『今、レジスタンスキャンプに置いたままにしてるから取って来るね。』

機械生命体達に手を振り、車内から降り元来た道を駆け出した。

『何だか楽しそうなことになって来たね。』

「推測:敵性反応を持った機械生命体から採取したコアの使用は、新しい機体にセットした際に暴走する可能性がある。推奨:計画の中断」

『……確かに、全ての機械生命体の自我データが平穏を求めているとは限らないもんね。でもそんなことはやってみなきゃ分からないじゃん。走れば良いし、そうでなければ壊すよ。』

「推測:もし暴走した際、分類としては大型に含まれる。10Dのみの1機では片付けられそうにない」

軽快な足取りで改札を通り抜ける10Dの後をポッド107が説得しようと追いかける。

危険なことをしようとしている随行対象に忠告するのも役目の内だが、強制的な制止は随行支援ユニットとしての役割を越えてしまう。

「……推奨:友好的な機械生命体の存在を司令官に報告する」

ポッド107は10Dの背中にそう投げ掛けた。

それを聞いた10Dはどこか嬉しそうな顔で振り返り『分かった。』と一言返す。

駅廃墟から出て少し立ち止まる。

『ポッド、キャンプまでの道標を出して。』

「了解」

一刻も早く戻ろうと10Dは走り続け、やがてレジスタンスキャンプに辿り着いた。

ヨルハ用の部屋に入り、バンカーの司令官に通信を繋ぐ。

『10Dから司令官へ。駅廃墟構内で、友好的な機械生命体の集団が居ることを確認しました。』

「報告ご苦労。友好的な機械生命体か……まだまだ機械生命体には謎が多い。今度詳しい調査の為に少数の部隊をそちらへ送る。10Dもその時は現場に居てくれ」

『はい、承知いたしました。』

短い通信を終えると、10Dはすぐにベッドの下に手を突っ込んだ。

手探りで機械生命体のコアを掴み、引っ張り出す。

少し埃が付いてしまっているのを払い落としながら外に出た。

『このコア、売らなくて良かったね。』

「推奨:早急な売却」

ポッド107が10Dの手からコアを拐い、店の方へ飛んで行こうとする。

『あー、まだ心配してるんだ。でももう約束しちゃったから絶対に売らないよ。』

暫くの追いかけっこの末なんとか機械生命体のコアを奪い返すと、10Dは諦めたポッド107と共にキャンプの外に出て再び駅廃墟を目指した。

 

 

 

 

 

『やぁ、戻ったよ。』

コアを抱えて駅廃墟のホームに戻る。

機械生命体の数は先程より増えているように思えた。

「ワァイ、コレデ列車ウゴク!」

「アりガトウござイマス。コアを入レル箇所ハこちラデス」

誘導されたのは車体の先頭部分だった。

どうやら先端部分に内蔵機器が集中しているらしい。よく見ると中心に開閉出来そうな金属板の蓋があった。

「ココカラジャ難シいでス。一旦降リマシょウ」

言われるがままホーム下に降りる。蓋には背が足りず届かなかった為、中型の機械生命体が踏み台代わりになって10Dを下から支える。

『ここに入れるんだね?。』

「ソウデス。オ願イシマス」

蓋を開け、10Dがコアを中に嵌め込む。

周りの端子や銅線を傷付けないようにそっとコアから手を離して蓋を閉めた。

『入ったよ。これで動くかな?。』

「アリガトうゴザいまス。一旦、様子ヲ見テミましョウ」

そのまま足場になってくれていた中型の機械生命体がホームの上に10Dを戻す。

コアを入れた後の微調整を機械生命体が済ませ、起動を待った。

ポッド107だけが、少し不満気にその一部始終を見守っている。

『ポッド、まだ納得いかない?。』

「報告:どこか言い知れぬ不安のようなものが付きまとっている」

『悪い予感がするって?。らしくないよー。』

10Dは珍しく主観的に述べるポッドを抱き寄せて、心配することはないと宥めた。

あえて最悪の事態は考えまいと10Dは明るめに振る舞う。

どうせなら楽しい方がいいのだ、と機械生命体の群れに近寄って列車の反応を待った。

十数分経った頃、キイィィン……と車体から鈍い音が聴こえた。

「ア……アア……ウアァ………」

続いて籠った声を出す。思考が纏まらないのか言葉になっていない、ただの音のような声だった。

機械生命体達が近寄り、車体に声を掛ける。

「大丈夫カ? ネットワーくカラハもウ外レテイルか?」

「マダ話セナイカ。メンテナンスヲシテヤラネバ……」

「レッシャ! レッシャ!」

「走ッテ! 煙噴イテ!」

大人びた機械生命体の横で幼げな機械生命体がキャッキャとはしゃぐ。

車体の方は相変わらず自我を感じられないような反応しか見せない。

でも活動を始めたのは確かだ。

10Dは少し期待しながら機械生命体と車体の様子を見守った。

「動ケルカ? 足ヲ動カシテミテクレ」

「ア……アアア………ア……シ……」

ゆっくりと重厚な音を立てて車体が動く。

『列車も足で動くの?。』

「報告:本来は車輪であるが、機械生命体の製造したこの列車は壊れた機械生命体から採取した手足を使用している模様」

ポッド107の説明を聞いて10Dが見易い位置に移動し車体を確かめる。

地面に面している所に無数の脚が生えていた。数十本分の脚が全長15メートル程の車体を支えている。

気持ち悪い、と10Dはやや引き気味に目を背けた。

ズズズ……と地面に鉄が擦れる音が続く。

動きは緩慢で、まるで這いずっているように見えて格好が悪い。でも動こうとしている。

それだけでも成功した内に入るんじゃないかと思った。

『動いて良かったねぇ。』

近くに居た機械生命体に話しかける。

「ハイ……デモ、モウ少シ調整ガ必要デスネ。結構時間ガ掛カリソウデス」

『そっか、じゃあ今日はもう戻るね。また来るよ。』

そう言い残し10Dはポッド107と共に駅廃墟の外に出て、そのまま高架下沿いに南へ向かった。

外灯に照らされながら10Dが歩いていく。幾つか電灯が減っている気がした。

おそらくあの機械生命体の形を模した電灯が撤去されたんだろう。仕事が早いものだ。

暫く進むと、少し前に倒した機械生命体達の残骸がまだ辺り一面に転がっていた。

10Dはその場にしゃがみこんで、機械生命体から出た部品を拾い始める。

「疑問:換金も出来ないような粗末な部品を集める理由」

ポッド107が10Dの頭上でそう問い掛けた。

『んー……駅廃墟の機械生命体の真似。』

手探りで利用できそうな部品を探す。

暗視機能にも限界がある。あまり小さい物ははっきりと見えない。

10Dは戦闘用ゴーグルを下にずらし首から提げた。

すかさずポッド107がライトを点灯する。

『ありがとう、ポッド。』

歯車やネジなどを掌一杯に集めてはポシェットの中に放り込む。動く度にザリザリと部品同士が擦れ合う音がした。

ポシェットにぎりぎりまで詰め込むと、10Dはゴーグルを元の位置に戻す。

『終わったよ。今度はキャンプに行こう。』

ポッド107を連れてまた移動する。

レジスタンスキャンプに着くと、10Dはヨルハ部屋に行きベッドに座った。

部屋の隅にある小さめのテーブルを近くまで引き寄せ、その上でポシェットの中身を出す。

殆ど錆の付いたものばかりだが何とかなるだろう。ポシェットの内側に残った錆のカスを払い落としながらそう思った。

『蝋燭だけじゃ暗いね。ポッドのも点けて。』

「了解」

ポッドが先程のように手元を明るくしてやる。

10Dが端末を出し、保存していた画像をフォルダから探して表示した。

その画像には意味ありげな形をしている置物のようなものが複数並んでいた。歯車やナットなどの廃棄部品を組み合わせ何かしらのモチーフに仕立てた作品らしい。

『14Oに何かあげるって話があったよね。何すればいいかよく分からなかったけど、手作りするのも良いかなって思って……。』

「賛同:頑張れ」

『うん、頑張る。』

何の形にするかを決める為に候補を絞ろうとするが、画像に写っているモチーフではいまいちパッとしないらしく少し困ったような顔をした。

『……ねぇ、どの形が良いと思う?。』

「推奨:既存の情報内での模倣ではなく、画像の方法を応用して別の形を生み出す。報告:14Oは以前花に興味を示していた」

『そっか……でも花って独特な曲線ばっかりだから円形の歯車とかじゃ再現は難しいかな。金属板とか曲げたり切ったりしてみよう。』

10Dは先日捕まえてそのまま放置していた魚型の機械生命体も数匹出して分解し始めた。

『あ、あと花の種類も決めないと。ポッド、14Oは何の花が好きとか言ってた?。』

「回答:好きと言っていた訳ではないが、百合のような形の白い花の画像を暫く見つめていたのは見た」

『じゃあそれにしようか。その花と同じ画像を探して。』

「了解」

すぐにポッドが画像を表示した。

『へぇ……こんな形した花もあるんだ。画像は一応保存しといてね。』

早速10Dが画像の花を見ながら構想を練っていく。

不器用なものだから普段はこんなことはしたがらない筈だが、14Oの為に一肌脱いでいるようだ。

人類はこのような行動を「いじらしい」と表現していたな……といつか見たデータベースの記録を思い出しながら、ポッド107も手伝って作業を進めた。

 

 

 

 

 

『よし、完成!。……かな?。』

「報告:似てない」

『だって~……。』

製作物を自他ともに似いてないと感じている原因は明確だった。花弁の部分に使用した金属板が思いの外硬くて10Dやポッド107の力では曲がらなかったのだ。

辛うじて切断は可能だったが断面はボロボロで、作っている途中に何度か指の人工皮膚を裂いてしまった。

花弁が閉じたままの状態の品を持って外に出る。

プラヴァに工具でも借りようかと考えたが、外出中のようでキャンプ内の何処にも見当たらなかった。

「よぉ! 何うろうろしてんだ?」

『あ、ヒルマイナ。』

少し離れた場所からヒルマイナが近寄ってきた。

「その茶色いの何?」

「報告:錆」

「いやそうじゃなくって!」

10Dの持つ製作物を指差す。

『花……のはずなんだけど、金属板が上手く曲がらなくって。曲げられる工具を貸してもらおうと思ってプラヴァを探してるんだけど今は居ないみたい。』

「要は……工具でも何でも曲げられりゃ良い訳だな! 貸してみ!」

サッとヒルマイナが10Dの手から茶色いのを取ると、金属板の蕾を強引に広げようとした。

「あ、これなら曲げられそう」

逞しく作られている男性型アンドロイドなだけあって、ヒルマイナは余裕のある調子で言った。

『あっ、待ってヒルマイナ。ちゃんとした見本を見せるから、それの通りに曲げてみて。』

「任せろ~ッ!」

画像を覗き込みながら似たような曲線を作っていく。

意外にも器用だ、と10Dは少し驚いた様子でヒルマイナの手元を凝視した。

「……よしっ、こんなもんだろ!」

『ありがとう。よく出来たね。』

「錆が酷いから割れるかと思って何度もヒヤヒヤしたぜ!」

そう言うもあっけらかんに笑いながら10Dに花の形になったものを渡した。

「……ちょっと指先が荒れたな。10D、端のギザギザを無くさないと怪我しちまうぞ! プラヴァの工具に金ヤスリもあった筈だから、俺が取って来る!」

赤茶色の鉄屑が所々に刺さった自身の手を見るや否や、ヒルマイナは倉庫に向かって走り出した。

プラヴァからの承諾を得ずに持ち出してもいいのかと10Dはやや躊躇する。

だがヒルマイナがあっという間に持ってきてくれたのと本人が不在でいつ帰るか分からない状況からその躊躇いも消え、プラヴァが戻ってきたら返す時に一言添えようとだけ思って金ヤスリを使うことにした。

薄暗い部屋に戻り、また作業を始める。

ヒルマイナが持ち出した金ヤスリで尖った部分を少しずつ削っていく。

気を付けないと大事な箇所も一緒に削り取ってしまうから慎重に進めていた。

手元を照らすポッド107も、なるべく10Dを刺激しないように振る舞う。

2機共おし黙ったままで、部屋の中にはヤスリで錆びた金属を削る音しかしていなかった。

ある程度削っては指で擦り、感触を確かめる。

プレゼントした物で14Oが怪我をしてしまっては元も子もない。

なるべく尖った部分を無くさなくては、と10Dは休む暇もなく手を動かした。

何度も何度も同じ動作を繰返し、出来る限り引っ掛かりの無い断面にしていく。

やがて文句の付けようもないくらい綺麗に仕上がった頃、部屋に誰かが訪ねてきた。

「入るよ」

ドア越しから聞こえるのは馴染みのある声だ。今手に持っている工具の持ち主だろう。

『プラヴァ、おかえりー。工具勝手に借りちゃってごめんね。』

金ヤスリを軽く振りながらプラヴァを迎え入れる。

「ヒルマイナから聞いた。何か変なものを作っているらしいな」

『うん、プラヴァの工具のおかげでしっかり削れたよ。すごくキレイになった。』

ありがとう、と10Dはプラヴァに金ヤスリを返す。

「あぁ。それは……見慣れない形だが何なんだ?」

『花の形を真似したんだ。夜の地帯で咲ける花なんて本当に稀少で、咲いてても暗くて気付けないから見たことないのが大半だろうし、知らなくても仕方ないけどね。』

「花か……。私が文献で見たのはもっと平たくて放射状に伸びているものだったが、そんな形状のものもあるんだな」

プラヴァに実際の画像を見せた。

10Dは目当ての花に似せて造ることが出来たことを改めて確認し、得意気に画像と金属製の花を並べてみせる。

「推奨:バンカーに戻り、14Oへの贈与を完了させる」

善は急げ、とポッドが誘導した。

「そうだね。早めに渡しとこう」

金属製の花をポシェットに大事にしまい込み、立ち上がった。

『じゃあもう行くね、プラヴァ。協力ありがとう。』

「あぁ、工具が必要になったらまた貸し出してやる。じゃあな」

プラヴァと別れ、レジスタンスキャンプの外に出る。

飛行ユニットを呼ぼうと端末を出した時、バンカーから通信が入った。

『あっ、司令官だ……こちら10D、いかがしました?。』

〈廃墟都市担当の10Dに告ぐ。先の駅廃墟で確認された特殊な機械生命体の調査に、少数部隊を送ることが決まった。到着の予定時刻はそちらの地上時間で15時30分頃になるだろう。その時刻に駅廃墟の問題の場所で待機しておいてくれ〉

思っていたより調査に入るのが早いな、と10Dは思った。

調査目的なら緊急事態でない限り一週間は放っておかれるものだった。

『承知しました。駅廃墟内は多少いりくんでいるんですが、到着したメンバーを案内しなくても大丈夫なんですか?。』

〈それについては10DのGPSがあるから問題ない。マップで確認すれば辿り着ける筈だ。だがそれには10Dがちゃんと目標地点に待機しておく必要がある。分かっているな?〉

『任せてください。事前に友好的な機械生命体達と合流しておきます。』

司令官と通信を終わらせ、10Dはポッドに確認する。

『いま何時?。』

「報告:現在地点の時刻は9時28分42秒。予定の時刻まであと6時間1分18秒」

『あとちょっとしかないね。14Oに会いに行く時間はもう無いか……。』

出端を挫かれたとばかりにがっかりした様子で10Dは項垂れるが、すぐに気を取り直した。

『……早い内に駅廃墟のホームに行こうか。何か変わってるかもしれないし。』

列車がどうなっているのか気になり矢印に向かって走っていく。

たまに襲いかかってくる機械生命体を撒きながら駅廃墟へ急ぐと、ホームの方からゴウン……という重厚な音が響いた。

10Dは改札を抜け階段を駆け上がる。

列車と、それに群がる機械生命体達を確認する。

機械生命体の数は最後に見たときよりもまた増えている気がした。

「ア、オネーチャン!」

本を抱えた機械生命体が飛び跳ねてこちらに向かってくる。

『列車は動いた?。』

「少シ進メルヨウニナッタヨ!」

機械生命体に手を引っ張られながら10Dは列車に近寄る。

「経過ハ順調デス……アナタがコアヲ持ッテキテクレタオカげデ、他ノ皆モ大変喜ンデおりマス」

アリガトウアリガトウと感謝の合唱が一斉に聴こえた。

普段直球で褒められることのない10Dは少し照れくさそうに笑みをつくり頬を掻く。

こんなに友好的な機械生命体と危険のない改造機械生命体なんだからヨルハの仲間達に見せても大丈夫だろう。

どこか誇らしい気持ちでそう思った。

列車は無数の脚をガクガク動かしながらゆっくり前後に進んだり退いたりする。

「ア"……ア"ア"ア"ア"………ア"ア"………」

体の色んな部位を軋ませながら動く姿は何だか不気味な印象だった。

起動したのはついさっきなのに、まるで壊れる寸前のような状態なのだからそう感じるのだろう。

アンドロイドで言えばロールアップして与えられた義体が使い古しのボロボロだったなんて状況とほぼ同じだ。

いずれにしろ機械生命体の機体なんてどれも錆びてるから何とかなるだろう、と10Dは気にしないことにした。

煙も噴けないし汽笛も鳴らせない。でも皆満足しているのだ。取り敢えず問題なく動いたことを喜んでおこう。

『そう言えば、あと何時間かした後に私の仲間が来るんだ。その時はよろしくね。』

「ナカマ? ナカマッテ何?」

『え……仲間知らないんだ。君らみたいな集団と同じかな?。』

集まって同じ目的を果たそうとしている訳だから、ほぼ同類だ。

「ジャア、家族ダネ! オネーチャンノ家族来ルノタノシミ!」

声を弾ませる機械生命体の言葉を聞き、今度は10Dが疑問を浮かべる。

『……かぞく?。』

「報告:家族とは、夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団のことである」

人類のデータベースから見つけたものを何も捻らず述べるポッド107。

10Dはあまり理解出来ずに更に首を傾げた。

『確かに集団で共同生活をしてるのが大半だし、血……っていうかオイルは同じものを使ってるだろうけど、ポッドの言う家族はアンドロイドとも機械生命体とも違うよ。』

どちらかと言えば、機械側は1つの木に茂る枝葉の集まりのような存在である気がする。

「報告:家族とは様々な状況でも成立し得るものであるらしい。推測:機械が人類や他生物への憧れを抱いて模倣している」

『模倣……そう言えば、ヨルハの中にもパートナーとの関係を深くしたがる仲間は何人か居たね。真似だけで何か満たされるのかな。』

親しみのある名前を考え呼ばせようとする者、体に手を這わせ抱き付き合う者、情報交換とは関係のない言葉を囁き合う者と様々だ。

感情を出すことは禁止だと表向きは皆守っているが、他者の目の届かない所に行けば好き放題出来る。忠実に守る奴なんてほぼ居ない。

普段感情が抑制されているからこそ、気持ちが入り易く何かしら相手との繋がりを必要以上に求めるのかもしれない。

ただ一緒に居たい。ずっと側を離れたくない。何なら同じ時に死にたい。

人類もそうだったのだろうか。子孫繁栄の目的以外に他者を必要とする概念があったのだろうか。

一緒に居たいとも離れたくないとも同じ運命を歩みたいとも違うが、自分に良くしてくれる相手へ何か施しをしたいと考える心はそれと同類になるんだろうか。

……14Oは?。

ふと思った。14Oはどうなんだろう。あの髪にくくりつけたゴーグルも似たような意味を持つのではないか。

例のヨルハ同様に14Oも繋がりを求めているのかもしれない。

10Dは腕を組み俯きながら唸る。

「オネーチャン、ドウシタノ?」

『うーん…ねぇ、君にとって家族って一体何?。』

気に掛けてくれる機械生命体に参考がてら質問をする。

無垢そうな子からどんな意見が聞けるんだろう。

「家族ハネ……タカラモノ! トッテモトッテモ大切デ大好キナモノ!」

『……宝物?。』

「ソウ! ココニ来ルマデ僕ハ、ズット寂シカッタ。友達ハタクサン居タケド、僕以外ネットワークニ繋ガッタママダッタカラ全然馴染メナカッタ。デモ今ハモウ違ウンダ! 家族ガ居ル! 支エ合ッテ守リ合ッテ、愛シ合ウ!「オハヨウ、オヤスミ、イッテラッシャイ、オカエリ」ッテ、チョットシタ言葉ノ掛ケ合イガ堪ラナク愛シインダ! 」

興奮した様子で機械生命体が語る。

なんだ、その程度の言葉の掛け合いならアンドロイド同士でも多少親しければ交わしているじゃないかと10Dは最初思ったが、どうにも違う。

堪らなく愛しいとは感じた事がない。そう感じる程に機械生命体達はお互いを強く尊重し合い丁寧にコミュニケーションを図っているのか?。

それともアンドロイドとは異なる思考を持っていたりはしないのか。

はたまた自身が他のアンドロイドより鈍いのかもしれない。

10Dは情操に関して機械生命体より劣っていると自覚してしまい眉間に浅く皺を寄せる。

自分にとっての仲間は、機械生命体の思うような家族の存在には釣り合わない。

ただ、人類の為に戦うことを運命付けられた同じ境遇の兵士というだけだ。

大事な個体など自分に深く関わりを持つほんの数体のみ。だがその数体に対してすらあまり感情的になれない。

同じじゃない。仲間と家族は全く同じものじゃない。

10Dは小さく奥歯を噛み締める。

こんな機械生命体達が羨ましく思えた。

ヨルハは感情を出すことは規則で禁止されている。だから家族になるなどという馴れ合いの意識も全体的に見て存在しない。

結束を固めるのは推奨されるのに、絆を深めるのは許されないのだ。

矛盾はしていないだろうか。情にやられて作戦に支障をきたす前例があるとしたって、上層部は感情を目の敵にしすぎではないか。

そんな疑問を見つけ、10Dはまた腕を組んで黙り込む。

ポッド107は横でふわふわ浮かびながら悩む10Dをただただ見守った。

 

 

 

 

 

あと少しで、ヨルハの少数部隊がここに来る。

駅廃墟で過ごし数時間が経った。

待っている間、オイルを列車に足すのを手伝ったり、機械生命体達と雑談したりなどした。

少し前に抱えていた疑問など機械生命体達と接している内にすっかり霞んでしまった。

難しいことなんて考えなくていい。今までのやり方で何も不満なんてなかったんだから、改めて無理に結論を出さなくても良いのだ。

思考を巡らせるのが面倒になってしまった10Dは開き直って、あと数時間の内にやってくる仲間達を迎える準備に集中した。

件の機械生命体達は皆穏やかでコミュニケーションもしっかりと取れる。列車も、何にも危害を加えることなく前後に動き、幼げな機械生命体を数体乗せて楽しませている。

その様子を確かめ、10Dは安心した。

これならヨルハの隊に見せても大丈夫だ。始末されることなんてない。

せっかくアンドロイドを敵と認識せずに友好関係を持とうとしてくれる機械生命体を、普段通りに壊してしまうなんて残酷なことだ。

こんなに愛想が良いんだから、殺す必要なんてないだろう。寧ろ殺さないでおいてほしい。

アンドロイドと機械生命体が仲良くなれば戦わなくていいんだ。

人類と機械とエイリアンで平和に過ごせたら一番素敵だろう。

少しでもそんな理想に近付くために、今回は機械生命体の良い印象をヨルハ隊員達に与えなければ。

10Dはそう意気込み、空を見上げた。

真っ暗な頭上には、隊列を組んだ飛行ユニットの光が星々に紛れるように流れている。

きっと上手くいく。根拠のない自信を持って10Dはホームの階段の前から下を見下ろし仲間を待った。

 

 

 

 

 

複数人分の声と足音が聞こえる。

潜めるように。囁くように。だけど何処か乱暴な調子で、闇に紛れて遠くから響いてくる。

もうすぐだ。すぐに近くに迫ってくる。

階段の上から改札へ続く通路を眺めた。吹き抜けていく風が10Dの人工皮膚を撫で、髪やスカートを揺らす。

いつもなら冷たいはずの風を、妙に生温いと感じた。

僅かに緊張している。今から来るのは仲間だと云うのに、何故強張る必要があるのだろう。

嫌な予感を掻き消すように、10Dは階段下に見えた人影に手を振った。

「お前が10Dだな……司令官から話は聞いている。早速調査に取り掛からせてもらおうか」

ズカズカと複数のヨルハタイプのアンドロイドが階段を上ってきた。

10Dは胸元に手を構え敬礼をする。通り様に足を踏まれそうになり、咄嗟に避けた。

同じバンカーに所属しているものの、どれもあまり馴染みのない顔だ。恐らく精鋭部隊だろう。機械生命体の調査にしては大袈裟な気がする。

全員で5機居るらしい。揃って10Dを囲むように立ち、見下ろす。

皆ヒールの高いブーツを履いているため、S型と同じブーツを着用している10Dとは視線の高さが違いすぎる。得も云われぬ威圧感に畏縮しながら現状報告をした。

『ゆ……友好的な機械生命体は、この近くに居ます。総数は約50体……言語能力があるので、どうぞ声を掛けてあげてください。レール上には人類文明である「列車」を模した製造物もあります。今のところ安全に作動しているようです。』

「了解。危険かどうかはこちらで判断する」

そう告げると、5機はさっさと機械生命体の群れが居る方へ歩いていった。10Dとポッド107がその後に続く。

B型が3機とE型が2機、見た目はほぼ同じようなものだが纏っている雰囲気と身に付けている装備で何となく目測を立てた。

アンドロイドの隊が来たことに気付いた機械生命体達が少しずつざわめき出す。

無数のざわめきが重なり、すぐに雑音で溢れ返った。

「オネーチャン、イッパイ!」

雑音の中、聞き慣れた声が耳に入る。よく話しかけてきてくれた子のものだ。

「ふん……本当に喋るんだな」

「すっごぉーい。12Sも来れば良かったのにね、ハッキングし放題だよ!」

はしゃぎながら跳ねるB型が不穏なことを言う。

ハラハラしながら10Dがヨルハ隊員と機械生命体の間に割って入り、波風を立たせまいと促す。

『えっと……機械生命体にも私達のように個体差がありまして、この子は特に明るくて元気な個体なんですよ。他にも穏やかだったり、いたずらっ子だったり、慎ましやかだったりと様々なタイプが居ます。言語能力に関しては私達アンドロイドより語彙が劣っている個体も少なくはないので、どうかご了承ください。』

緊張で関節の駆動がどうにかなりそうだ。

自分だけが察知している張り詰めた空気に、寧ろこちらの言語能力が著しく下がってしまいかねない。

ギクシャクしながら駄弁を続ける10Dを、リーダー格のE型が掌で押し退ける。

「我々はお前の調査報告を聞きに来たんじゃない。大人しく座っていろ」

『でも……っ。』

「何だ、疚しいことでもあるのか? お前が指揮を執らないといけないことでもあるというのか。これ以上調査の邪魔をするのならば命令違反の罪で始末するぞ、D型」

尋常ではない剣幕で凄まれ、返す言葉が無くなった10Dは直ぐ様口を閉じた。

「分かったなら、さっさとあっちへ行くんだ」

手で追い払われた10Dは肩を落としながらヨルハ隊員と機械生命体達から距離を取る。

『……はぁ、気が重い。』

せっかく友好関係を築き始めることが出来た機械生命体が危険に晒されていることも、ヨルハ隊員にD型風情と扱われることも、ほぼ同格なのに敬語を無理して使っている自分にも嫌気が刺す。

ポッド107の本体に頭を寄せながら10Dが項垂れた。

『ポッド、どうしよう………やっぱり私が間に入ってた方が良かったのかな……。』

「推奨:なるべく黙って穏便に事を済ませる」

『そっかぁ……それもそうだね。』

変に騒ぎ立てても疑われるだけだろう。

今までも特に何も無かったんだ。何もしなければ何も起こらないはず。

確かにポッド107のアドバイスは納得出来る、と10Dはヨルハ隊員の様子を窺いながら座り込む。

『あーあ、早く終わらないかなぁ。バンカーに戻りたくなった時に限って面倒事がある気がする。』

「推測:気のせい」

何やらヨルハ隊員が各々機械生命体に囲まれながらやり取りをしている。

声は聞こえるが離れているせいで何を言っているのかは理解出来ない。

まぁ今のところ問題はないだろう。そう思いながらも、もしもの時の為にいつでも立ち上がって武器を取れるような体勢で座り緊急事態に備えた。

ヨルハ部隊が来る前の意気込みが虚しく萎んでしまったな。そう思いながらもまだ希望があるのではないかとヨルハ達にあるかどうか分からない良心にすがる。

敵とは、自分や人類に仇成す対象のことを指すことだと10Dは思っている。

だが大部分のヨルハ及びアンドロイドの認識はもっと単純なものだ。「機械生命体だから壊す」だけだ。

そもそも機械生命体は襲ってくるのが大前提であり、他の皆も敵意のない機械生命体の存在に戸惑っているだろう。

目の前のヨルハ達が機械生命体を破壊するかしないかなんて考えるのは恐らく今回が初めてだ。

どちらに転ぶのか皆目見当も付かないが、10Dはただただ良い方向に進むようにと念じた。

 

 

 

 

 

「……この鉄屑は何だ?」

31Bが怪訝そうな顔つきで車体に触る。

「先程10Dが人類文明である列車を模したものだと言っていた。確か列車は人や物を高速で遠くに運ぶ乗り物の筈だが、こんなハリボテでは何も出来そうにないな」

リーダーの6Eが車体に付いている機械生命体の頭のパーツに目を向けた。車体端の上には太い筒が伸び、そこから機械生命体が顔を覗かせているかのような置かれ方をしている。 頭をキョロキョロと回し、たまに瞬きのように目の光を点滅させた。

他にも前面や側面の所々に頭や手足などが付いているのが確認できる。

「きゃははっ、気持ち悪~い!」

42Bがゆっくり前後に動く車体の下の無数の脚を見て楽しそうな調子で言った。

オロオロしながら機械生命体達がアンドロイド達に話しかける。

「ワ……私達ハ平和ヲ愛シていマス。コノ列車モ、ミんなガ楽シメルヨウにト力ヲ合わせテ造リマシタ。ヨカッタラ、ドウゾ乗ッてミテ下サイ。私達ハ貴方ガタあンドロいどトモ仲良クナりたイのデス」

「平和! 家族! ナカマ!」

「ドウゾ、ヨロシクオ願イシマス」

手を伸ばして握手を求める。

が、6Eはそれを拒否し自身の腕を組んだ。

「まだ認めていない……貴様ら機械生命体の危険性が取り払われるまでは手など握ってやるものか」

目も合わせずにそう返す。

言葉でどんなに良いことを言おうと、内心では別のことを考えているかもしれない。アンドロイドだってそうなのだ。

考えて喋ることが出来るのなら、嘘を吐くのも不可能ではないだろう。

潔白を確証するまでは何処までも疑うべきである。

6Eはそう考え、周りを取り囲む機械生命体を睨み付けた。

 

 

 

 

「オネーチャン、ドーシテソンナ隅ッコニ居ルノー?」

カシャンカシャンと音を立てながら1体の機械生命体が10Dに近寄った。

『それはね、除け者にされちゃったからだよ。』

「ノケモノッテ何ー?」

『邪魔者ってことー。』

少し不貞腐れた様子で10Dがポッド107を支えに頬杖を突く。

「ナカマナノニー? 家族ナノニー?」

『…………。』

「回答:ヨルハ部隊には仲間意識はあったとしても、家族のような深い絆は基本存在しない」

ポッド107は10Dがバランスを崩さないように高度を保ちながら浮かんだ。

機械生命体はポッド107の言葉に首を傾げながら手に持つ本を開く。

『……私の仲間とはもう交流しなくていいの?。』

10Dは隣に座って本を読み始めた機械生命体にそう訊いた。

「ナンカネー、チョット恐カッタノー。ダカラオネーチャンノ所ニ来タンダ!」

安心デキルカラネー、と言いながらページを捲る。

『そっか……安心か。』

もしもの時は守ってやらないと。

ヨルハ隊員が攻撃態勢に入ったら自分の力じゃ止めることはできないから、せめて逃がすくらいはしてやりたい。

そう思いながら、好き勝手に動き回るヨルハの隊員達を見据えた。

 

 

 

 

 

22Eが足元に群がる機械生命体を踏みつけないようにそっと歩く。

「困ったなぁ……」

普段なら蹴散らして進めるのに。

簡単に壊せてしまうのに、下らない調査のおかげで下手に手を出すことができないジレンマを抱える22E。

「コンニチハ、ゴキゲンヨウ」

「一緒ニ遊ボウヨ」

「ドウシテソンナコワイカオスルノ」

色んな声が交ざり合う。22Eは落ち着かない様子で拳を握り締めた。

機械生命体と云えば暴力的な印象しかない。

この場の機械生命体は襲っては来ないものの、機械生命体に対する恐怖を暴力で捩じ伏せることで掻き消していた22Eにとってはかなりのストレスになった。

周りを取り囲まれる恐怖。手を出せない焦り。

敵意はないと分かっていても、この嫌悪感はどうにも出来ない。

「ど、退いてほしい……私はリーダーの近くに移動したいんだ」

恐る恐る言うと、機械生命体達はもたもたと道を開け始めた。

意外と話が通じるものだと思いながら作られた細い通路を抜け、仲間の元へ行く。

「リーダー、この件どう判断されますか?」

22Eが後ろから付いてきた機械生命体達を気にしながら6Eに問い掛ける。

「今のところ敵性反応は見られないな。無理に倒す必要はない……かと言って生かしておく必要もなさそうだ」

6Eが辺りを見回しながら述べる。害も利も無い機械生命体はどう扱うべきなのだろう。

「取り敢えずもう少し様子を見よう。どのような結果になろうとも新しい個体データを入手出来るだろうし、マイナスにはならないさ」

「そ、そうですね……」

いっそ蹴散らしてしまいたいと思っている22Eは期待とは違う6Eの言葉に俯きながら返事をする。

「きゃー! このハリボテ壊し甲斐がありそう!」

22Eから少し離れた所で、ボコッと何かが凹む音がした。

列車の先頭付近で42Bが愉快そうに車体を蹴ってはしゃいでいる。

「オヤメクダサイ! オヤメクダサイ!」

「壊サナイデクレー!!」

42Bを阻止しようと機械生命体が集まる。

「あはっ、喋る機械生命体なんてキモいだけかと思ってたけど、こんな面白い反応とかしてくれるんだ~! 楽しーい!」

そう言って車体が凹む程度に力加減をしながら42Bがボコボコと殴る蹴るを繰り返す。

「くぉらッ!! 中が揺れて居心地わりーんだよ! ちったぁ気ぃ遣えやゴミカスが!!」

車体の中に居た17Bが出て来て、42Bに怒鳴り散らした。

「いや~ん、そんなに怒ったらホウレイ線が深く刻まれていつも以上にドブスになっちゃうよ~?」

「チッ、戦えりゃ顔なんてどーでもいいんだって毎回言ってんだろ性悪女!」

どちらも喧嘩腰で口汚く罵り合いながら距離を詰める。

お互いの胸ぐらを掴み合って、今にも殴り合いが起きそうだ。

「推奨:早急な和解。アンドロイド同士の諍いは無意義である」

17Bの随行支援ユニットであるポッド029が両者に呼び掛ける。

「ポッド手伝え、この糞アマをスクラップにしてやる」

「やれるもんならやってみれば~? 壊されたら一足早くバンカーに戻ってアンタの残りの義体全部に悪戯してやるんだから」

双方のポッドがオロオロしながら見守っていると、そこに6Eが割って入った。

「いい加減にしろ。任務とは関係ないことをするな」

2機は6Eから武器を持つ手を掴まれ、不服そうに武器を下げる。

「喧嘩しないようお互い距離を置け。そうすれば調査に集中出来るだろう」

「はぁ~い……」

「……わーったよ」

6Eに聞こえないように、42Bは歯軋りをし17Bは小さく舌打ちをする。

「うむ、では引き続き調査を頼むぞ」

そう言って6Eは2機から背を向けた。その途端、背後から大きな音がする。

「………!」

反射的に振り返ると、今しがた仲裁した2機が激しく殴り合っていた。

「死ね死ね死ね死ね死ね!」

「テメーが死ねよ、今日こそそのふざけた自我データをぶっ壊してやる!!」

17Bが42Bの槍を避け、肩を掴み車体に押し付けた。

42Bの体が車体にめり込む。

「ぐぁ……!」

傷付いた42Bはもがいて反撃をする。押し付けられた衝撃で車体の凹みが割れ、鋭利な角になっていた。

17Bの頭部を掴んで引き寄せ、その勢いのままに尖った破片に突っ込ませる。

暴れる2機を、機械生命体達は離れた所で怯えながら見ていた。

6Eが2機を止める為、急いで自身のポッド027に放電をさせる。

「い"ッ……ア"ア"ァ"……!!」

「ひぎぁぁあーー!!!」

バリバリと2機と車体に高圧な電流が流される。

ほんの一瞬の刺激だったが2機ともに大人しくなった。

「まったく……何度言えば分かるんだ」

返事をする気力もない2機は車体から崩れ落ちる。42Bは肩口が破損し、17Bの頭部には刺さった金属板が抜けることなく車体から折れて付いてきていた。

「反省しろ、さもなくば謹慎もしくはチームから離脱して……」

言いかけた時、6Eは何かに気付き周囲を見回した。

「……ア"……ァ"ア"…………」

近くで呻き声がする。低く掠れたような声だ。

「ア"……ア"ア"ア"……ア"ンド、ロイド……」

すぐ近くの車体が揺れ始める。下から激しくガチャガチャと動く音も聴こえた。

「アンドロイド……危険……壊ス……壊ス、殺ス………」

「なっ……コイツも喋るのか!?」

6Eは咄嗟に武器を取り、列車に向ける。

列車や6E達の様子を見て、22Eと31Bが駆け寄った。

「何事だ?」

「報告:敵性反応あり。推奨:特殊機械生命体の破壊」

「さっきまでそんな反応は無かった筈なのに……!」

負傷した42Bと17Bを引きずり機械生命体から遠ざけながら、3機は武器を構えた。

 

 

 

 

 

何やら大きな音が聞こえた後、E型とB型のヨルハが慌ただしく先頭へ走って行くのを見て10Dが立ち上がる。

『……何の音?。』

「報告:敵性反応あり。機械生命体及び10Dの造った列車から出ている模様」

『そんな……。』

数時間前にポッド107が予測していた悪い状況が今まさに起ころうとしている。

10Dは足元に座る機械生命体に目を向けた。

「オネーチャン、ドウシタノ?」

『……こっちに来て。隠れるよ。』

機械生命体の腕を引っ張り、誰も居ない側の線路に下ろした。ホームの下には空洞が空いている。ここなら身を隠せるだろう。

「ドーシテ隠レルノ?」

『いきなりでごめんね。お願いだから、しばらくは何も考えずにここでジッとしてて。』

「ワカッター」

本を抱き抱えたまま機械生命体が踞る。

それを確かめると10Dはすぐにホーム上に戻って走り出した。

『列車の機械生命体を止めなきゃ……!。』

ヨルハ隊員や機械生命体達の居る場所に行く。

列車型の機械生命体が目を赤く光らせ、ギシギシと機体を軋ませながら動いていた。

『何をしたんですか?!。』

リーダー格のE型に10Dが声を掛ける。

「この機械生命体が本性を現しただけだ」

傷付いた仲間のヨルハ隊員2機を物陰に横たわらせ、10Dにそう返した。

「報告:6Eに攻撃され刺激を受けたことにより、コアに内蔵されていた戦闘の記録及び敵認識システムが復旧した模様」

「報告:10Dが破壊した機械生命体から採取されたコアである為、アンドロイドへの敵対視が確立している」

E型の随行支援ユニットが述べた後に続いてポッド107が報告をする。

「……フン、敵性反応が出ようが出まいが、どのみち機械生命体は敵だった訳だ。とっとと壊すぞ」

そう言うと、E型は列車の機械生命体に向かって斬りかかった。

「アンドロイド……殺ス……我等ガ主タル存在ハ、地上ニイル全テノ知的生命体ヲ抹殺スルヤウニ我々ヲプログラムシタ……オ前達ハ、知的生命体デアル人類ガ創造シタ、人類ノ模造品……ヨッテ、オ前達アンドロイドモ敵ナノダ」

列車の機械生命体が雑音の混じった声を響かせながら言う。

車体から飛び出したサーキュラソーを避けながらE型が命令を下した。

「……22E、31B。お前らは周りの機械生命体を排除しろ!」

その声で近くの2機が大人しい機械生命体達に向け武器を振り回す。

『……!?。何故そんなことを!。彼らは危害を加えてないじゃないですか!!。』

10Dは機械生命体の群れとヨルハ隊員の間に割って入り、自身の小剣で仲間を牽制する。

「危なくないからとか……私には関係ありません」

「そうだ。そもそもあの大型機械生命体を造ったのはコイツらだろ? 十分危険じゃないか」

目の前の2機を警戒しながら背後の機械生命体に距離を取るように促すが、機械生命体達も混乱しているらしく蜘蛛の子を散らすように思い思いの方向へ逃げ出した。

「ワアァ、ボウリョクハンタイ!」

「逃ゲロ! 煮ゲロ!」

「仲間割レ良クナイ!!」

ヨルハ隊員の近くへ逃げてしまった機体は洩れなく破壊される。

列車の近くに逃げてしまった機体は攻撃に巻き込まれ瞬時に鉄屑に変わる。

『ダメ……ッ!。落ち着いて!。』

逃げ回る無数の機械生命体達に呼び掛けるが、荒れ狂う現場で冷静になれる者など居る筈がなかった。

ヨルハ隊員を止めようにも、識別信号があるため妨害が出来ない。

機械生命体の断末魔が聞こえる度に強い罪悪感が心を蝕んでいく。

自分が司令官に報告しなければこんな事態にはならずに済んだのに。

絶え間なく減っていく機械生命体達を見て、成す術がない10Dは力を失ったようにその場にへたり込み大粒の涙を溢す。

『やめて……殺さないで……っ。』

震える声で訴えるが、その言葉は誰にも届くことはなかった。

無限に続くように思える破壊音が自責の念を駆り立てる。

――私が司令官に友好的な機械生命体の存在を報告しなければ。

――私が機械生命体達の列車にコアを与えなければ。

――私がもっと上手く隊員を説得して穏便に事を済ませられていれば。

踞って泣いている場合ではない。それは10Dもよく分かっているが、どうしようもない悲しい絶望に呑み込まれ思考が停止しかけていた。

「くっ……奴め、飛行もするのか。これではポッドでの攻撃しか出来ないな」

リーダー格のE型の焦る声が聞こえた。

その直後にミサイルの発射音が空へと舞い上がる。

「あと少しだ。残りはアタシがやるから22Eは6Eの方に行ってこい」

「了解。……リーダー、手伝います!」

どうやら列車型の機械生命体は空も飛べるらしい。

10Dは涙を拭いながら頭上を見上げた。

「推奨:退避」

ポッド107が10Dの首根っこを引っ張って移動させようとする。

雨のように降り注ぐ大量のエネルギー弾が迫っていた。

本当に泣いている場合ではなかった、と10Dは直ぐ様エネルギー弾を避けながら屋根のある場所まで走る。

『まさか、こんなことになるなんて……。』

エネルギー弾の当たらない所から状況を確認しようとした。

先程までレールの上に居た列車型の機械生命体が空を飛んでエネルギー弾を放っている。

それを2機のヨルハ隊員が随行支援ユニットで射撃し、別の1機は逃げる機械生命体達を追いかけ回している。そこから少し離れた所に中破した2機のヨルハ隊員が戦闘に復帰しようとしていた。

「報告:頭上の大型機械生命体は膨大なエネルギー出力により浮遊している模様。推奨:討伐は他のヨルハ隊員に任せ、10Dは離脱する」

『そっ、そんなこと出来ないよ!。とにかく残りの機械生命体達を守って、大型機械生命体を止めなきゃ。』

焦った様子で10Dは機械生命体を破壊しているB型の元へ走り出す。

自分の撒いた種だ。自分が何とかしなくちゃいけないんだ。

『……これ以上はさせません!。』

武器を振るうB型の前に躍り出て、受けそうになった攻撃を自身の小剣で流す。

攻撃を受け止めるだけなら識別信号は反応しないようだ。

目の前のB型は識別信号機能が反応したらしく、ほんの一瞬ビクッと体を硬直させた。

「……邪魔立てするか。何故そこまで機械生命体を庇うんだ?」

『彼らは確かに大型の機械生命体を造りはしましたが、貴女方が来るまでは彼らも頭上の列車も、何も問題なかったんですよ!。彼ら自体は敵ではないんです、今倒すべきなのは貴女方が暴走させた列車の機械生命体の方でしょうが!!。』

頭上を指差して示す。相変わらずエネルギー弾が上から降っていた。

「知るか! こっちはリーダーの命令でやってるんだ。お前の意見なんて聞く必要はない!」

『何でそう分からずやなんですか!?。優先順位くらい自分で判断してくださいよ!。リーダーが全て正しいと思ったら大間違いなんですからね!。』

お互いキレ気味に言葉を交わす。周りはミサイルやガトリングなどの射撃音が響いて会話が聞こえにくい為、自然と大声になる。

「何をやっている、避けろ!」

少し離れた所からリーダーのE型が10DとB型に叫んだ。

その声に2機は上を見上げる。

頭上で飛んでいた筈の列車の機械生命体が、まっすぐこちらに向かって来ていた。

『うわ………っ。』

「はぁ……!?」

2機は焦った様子でほぼ同時に走り出す。

目の前に迫る機械生命体から距離を置こうと逃げるが、敵の接近に気付くのが遅すぎたため間に合わなかった。

10Dのすぐ横で、B型の姿が消える。

車体の下に付いた無数の手足が彼女を拐ってしまったのだ。

「31Bーーー!!」

機械生命体を追いかけながら部下のE型が仲間を大声で呼ぶ。

B型を捕らえた機械生命体はまた空へ上昇した。

「リーダー、どうしましょう。これではポッドの攻撃が31Bに当たってしまいます!」

ポッドでの射撃を中断し、E型がリーダーのE型に判断を求める。

「かまわん、やれ。今のところポッドでしか攻撃する手立てがないのだ」

「ですが……!」

下された判断に納得いかない様子でE型が反論する。

躊躇うE型は上空でもがくB型に目を向けた。

「31Bはもうずっとデータのアップロードを行ってないんですよ? 次の義体になったら私達の知る31Bじゃなくなるんです。助ける方法を探しましょうよ!」

「22E、お前の気持ちはよく分かるぞ。だが正直ポッドでの攻撃もあまり効果がなく、この一方的な状態が長く続けば我々が全滅してしまうかもしれないんだ」

狭いホームで降り頻るエネルギー弾を避けながら、ポッドのみで攻撃を行う。

1機が人質に取られ、2機は立つのが精一杯。随行支援ユニットは最初の6機のままだが、戦えるアンドロイドは3機のみになった。

「せめて接近戦が出来れば……12Sが居れば……!」

E型が悔しげに呟く。

10Dが生き残った機械生命体の数体を物陰に誘導しながら考える。

スキャナータイプならあの距離でもハッキングが出来る。爆破も訳ないだろう。

ハッキングで飛行能力を無効にすれば他のヨルハも攻撃でき、より有利な戦いに持ち込める。

だがS型以外の型番は他者へのハッキングを原則禁止されていた。免疫のないアンドロイドがハッキングをすると論理ウイルスに感染するリスクが高いためだ。

論理ウイルスに感染すれば、自我を失いウイルスを撒き散らしながら暴走することになる。それは近くのアンドロイドも危険に晒されるということでもあった。

『…………。』

10Dは飛行する列車の機械生命体を見上げる。

コアを取りに行く最中のポッド107との会話を思い出した。

――全ての機械生命体の自我データが平穏を求めているとは限らないもんね。でもそんなことはやってみなきゃ分からないじゃん。走れば良いし、そうでなければ壊すよ。

自分は確かにそう言っていた。

『そうだ……自分で壊さなきゃ。』

物陰に隠れさせた機械生命体から離れて、E型2機の近くまで行く。

『6Eか22E、論理ウイルスワクチンの用意をお願いします。』

「は? ちょっと待て、まさかお前……」

列車の機械生命体になるべく近寄ろうと走る10DをE型が引き止めようとするが、10Dは振り返りもせず機械生命体に掌を向けた。

グンッと引き寄せられるような鈍い感覚が義体に走る。

セルフハッキングとは違う、雑踏の中を歩くかのような窮屈な不快感を覚えた。

スキャナータイプよりも内部のプロテクトが弱い為、攻撃を受けながら進むしかなさそうだ。

『(何がどうなってるのか分からない……。とにかく核らしいものを手当たり次第壊していこう)。』

弾幕を避け、障害となる回路を破壊していく。

重要そうなものから狙い、少しでも影響を与えようと闇雲に攻撃する。

2、3個壊したところで突然限界が訪れた。

近くで大きな音がする。

何かに強く弾かれたような衝撃で10Dはハッキングモードから強制的に解除された。

音のした方を確認すると、そこには頭上を飛んでいた筈の列車の機械生命体が墜落していた。

ホームから十数メートル離れたレールの上で横転している。

その好機を逃さず、E型の1機が武器を手に走っていくのが見えた。

どうやらハッキングは成功したようだ。これなら、後は別のヨルハ達が倒してくれることだろう。

『ヨ……よかッタ………。』

ふと違和感を覚える。

『(あぁ……これが論理ウイルスの症状なのか……)。』

薄れていく自我を他人事のように思いながら、いつの間にかノイズが混ざってしまった視覚センサーを遮断する。

音も視界もよく分からなくなってしまった。ウイルスのワクチンを頼んだE型はどうしたのかな。

義体と思考が剥離してしまったように、まるで体が云うことを聞かない。

痛みも温度も何にも感じない。何にも聞こえないし、何にも見えない。

10Dは傍らに居る筈のポッド107を探したが、もはや気配すら捉えられなかった。

 

 

 

 

 

「馬鹿者がぁッ! 無謀な真似をするんじゃない!」

リーダーのE型が、もがき苦しんでのたうち回る10Dを押さえつける。

『あああアアぁああアアア"ア"ア"!! ……あ"ア"ア"あ"あ"ッア"ア"ア"ッッ!!!。』

錆び付いた声で叫び、義体を軋ませて暴れるのをE型の随行支援ユニットとポッド107も手伝って地面に伏せさせた。

『pぉドdd何処ヘ行ッチゃっタ之淋シぃよ御願ゐだヵWマっtttえワタ氏独リジャ何コ557777711ヶ乃オ居て行カなイデ狂苦しイ助丈助ケテ弌人にシナイなイないなイななnnnなnnnnnn。』

割れた音声が絶えず10Dの口から垂れ流される。言語中枢の異常は深刻だった。

「推奨:早急な論理ウイルスワクチンの投与」

「わかってる!」

E型が随行支援ユニットから論理ウイルスワクチンを受け取り、直ぐ様10Dに投与する。

『nnnnnnなnnなァアア"ッァ"ア"………!!ッ………………。』

義体が一瞬激しい痙攣を起こした後、すぐに意識を失い動かなくなってしまった。

「報告:ウイルスの除去を確認」

「……了解。107は10Dの様子を見ておけ」

E型が10Dをその場に寝かせると、急いで随行支援ユニットと共に仲間の元へ走って行く。

もう既に事切れた列車は、2度と起動しないようにとバラバラに壊されかけていた。

 

 

 

 

 



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第4章 水族館廃墟

海辺の水溜まり


再起動したら、駅廃墟に居たはずがバンカーの自室に戻っていた。

 

「1週間の謹慎です」

『……え。』

ほんの一瞬、10Dは「何故」と思って口にしようとしたが、機能停止する前の自分の行いを思い出し言うのを止める。

「現在確認されている10Dの処罰対象となる行為は、機械生命体との過度な接触を図ったこと、機械生命体の製造物に自ら手を加え起動を可能にさせたこと、戦闘中に機械生命体を擁護したこと、あとは……あなたの型では禁止されていたハッキングを行ったことです」

ことこと煩いな、と10Dは話し半分に14Oの声を聴いていた。

「反省してください。今回の件は複数のヨルハ隊員も巻き込んだ騒動なんですよ」

加えてヨルハ隊員はわざわざ飛行ユニットで10Dの義体をバンカーまで運んでくれたのだと14Oは話す。

詫びを入れなければならないが、会話をしたくないなと10Dは思う。

殺す必要のないものを殺した。安全だったはずの機械を暴走させた。彼女らはよく調べもせず、ただ倒す理由を探してばかりいた気がする。

「………ちょっと、聞いているんですか?」

『もう1回お願い。……します。』

不機嫌に見える14Oをベッドの上から仰ぐ。不思議な圧力を感じ、畏縮して取り付けたように「します」と加える。

呆れから出た溜め息が頭上から微かに聞こえた。

「……駅廃墟で10Dと共闘したヨルハ隊員達は現在バンカーには居ないので、後であなたからメッセージを送っておくように。それとメンテナンスが終わったら司令官に所に行ってください。話があるそうです」

『はぁーい……。』

目覚めたばかりというのもあって気乗りのしない10Dは、適当に返事をした。

14Oの言う通りメンテナンスはしなければな、と各部位の駆動を簡単に確かめる。

「……10D、私が言ったことを覚えてますか?」

『言ったこと……?。』

自身の目線を10Dに合わせるように14Oはしゃがみ込む。

10Dはいつのことを聞かれているのか見当が付かず、眉間に皺を寄せている14Oの顔を見て少し焦った。

「無茶や危険なことをせず、無事で過ごしなさいと言ったはずですよ。つい先日言ったばかりなのに全く守る気がないじゃないですか」

この前の欲しいものを聞いたときに言われた言葉だ、と10Dは思い出す。

『ご、ごめん……収拾がつかない事態だったから、つい。』

「そうは言ってもハッキングだなんて……6Eの判断によっては最悪感染直後に殺されていたかもしれないんですよ。代わりの義体があるとは云え、あなたの分の義体はもう残り少ないんですから慎重に行動してもらわないと……」

14Oがよく言い聞かせるように10Dの両肩を掴む。

方向音痴が発覚した10Dは義体を新しくしても欠陥が直ることはなかった為、義体が無くなり次第自我データ諸とも廃盤にすることが決まり少ロットしか用意されなかった。

残りはあと一桁程度だろう。ディフェンダーでなかったらとっくの昔に消えていた筈だ。

『うん……ごめんなさい。もうハッキングはしないし、義体が壊れるような無理もしないから。』

「本当ですか? ……約束ですよ」

『わかった、約束する。』

10Dが頷いたのを確認すると、14Oは立ち上がって今後の予定をまた繰り返し聞かせた。

「いいですか。くれぐれも忘れぬようにお願いします」

『了解。……そう言えば、ポッドは?。』

「ポッド107は現在論理ウイルスの感染の有無を確かめる為にメンテナンス係に預けています。後でこの部屋にメンテナンス係が来る予定ですから、その時一緒に戻ってきますよ」

そう言って、14Oは部屋から出て行こうと背を向けた。

見送る10Dは14Oの後頭部で揺れるゴーグルを見てハッとする。

『あ……。そうだ、花……!。』

10Dがベッドから飛び下り、机の上に置いてあった自身のポシェットを開け中身を取り出す。

「……どうしたんですか?」

急に慌ただしくし始めた10Dの様子に、14Oが振り返る。

『あのね、私ポッドと一緒に14Oへのプレゼントを作ったの。でも、これ………。』

14Oにポシェットから出した物を見せた。

駅廃墟での戦闘でぶつけてしまったのだろう。茎を模した部分は完全に折れ、レジスタンス達に手伝ってもらった花弁の部分は所々欠けてしまっている。

『いつも14Oにはお世話になってるからお礼がしたくて……ポッドから14Oは花が好きって聞いたから人類データにあったものに似せて作ったの。だけど壊れちゃったから、また……新しく、作らなきゃ……。』

みるみる声のトーンが下がっていく10D。

せっかく作ったのに。14Oが喜ばせることができると思ったのに。

渡す直前でこんなことになるなんて……いっそレジスタンスキャンプに置いてくれば良かった、と後悔ばかりが募る。

「……いえ、これで結構です」

落ち込む10Dの手から14Oが花を模した金属を拐う。

「私はこれで十分満足ですから、作り直しなんてしなくて大丈夫ですよ」

『え、でも……。』

壊れてるから駄目だと10Dは取り返すために手を伸ばした。

すると透かさず14Oがその手を掴み上げる。

「10Dは細かい作業が嫌いでしたね。きっと普段なら絶対にしないような手間を掛け、時間を掛けて完成させたんでしょう」

この傷はその時についたものですよね、と14Oが指先の傷を親指の腹で撫でた。

「私の為に苦手なことでも真剣に取り組んでくれたんですね。私が何を見たら喜ぶか、どうしたらお礼になるのかをちゃんと考えて行動してくれたんでしょう。あなたのその気持ちがとても、とても嬉しいんです」

花の模造品を優しく掌で包みながら、14Oは10Dに微笑みを向ける。

「ありがとうございます、10D。大切にしますね」

『こちらこそ……いつもありがとう、14O。これからも、私が全機無くなるまでよろしくね。』

「縁起でもないこと言わないでください。私とポッドがしっかりサポートしますから」

14Oが10Dの頭をそっと撫で、それに応えようと10Dが14Oを抱き締める。

探り探りの不器用な動きだったが、10Dは確かに14Oへの気持ちを伝えられたような手応えを感じていた。

「ンー、オホンッ……!」

廊下側でわざとらしい咳払いが聞こえ、2機が部屋の出入り口の方を見る。

「失礼します」

いつの間にか開きっぱなしになっていたドアからメンテナンス係の27Sとポッド107が入ってきた。

「あら、まだ通路に突っ立ったままでも良かったんですよ?」

「気付いてたんなら早く切り上げてほしかったですね……」

27Sは数分前から既に来ていた様子だった。14Oも早くからそれに気付いていたらしい。

くっついたままの10Dと14Oの元にポッド107が近寄った。

『ポッド、おかえり。』

「報告:ただいま。検査の結果、当機に論理ウイルスの感染は無し。引き続き10Dを随行支援する」

『よかった。無茶してごめんね。』

10Dはポッド107も抱き締める。14Oと同じくらいポッド107のことも大切なんだと気持ちを示したかった。

「ちゃっちゃとメンテナンスしたいんで、いい加減離れたらどうです?」

呆れた口調で27Sが手で隙間を割るようなジェスチャーを取る。

年がら年中バンカーに居るメンテナンス専門員だ。この程度のアンドロイド模様は見飽きているのだろう。

「……じゃあ10D、私はこれで仕事に戻りますね」

『うん、いってらっしゃい。』

花の模造品を両手で包み込みながら14Oは出ていった。

それを10Dが手を振り見送る。

「10D、D型のくせして機械生命体相手にハッキングを行ったって本当ですか?」

『本当だよ。S型はいつもあんな意味分かんない方法で攻撃してるんだね。』

セルフハッキングならもっと単純な構造してるのに、と10Dは列車型の機械生命体をハッキングした時の複雑さを思い返した。

「駄目じゃないですか。D型が得意な回避は物理攻撃にしか通用しないんですよ」

何の為にスキャナータイプが居ると思っているんだと軽く文句を言いながら27Sが10Dをベッドに戻らせる。

「論理ウイルスはワクチンのおかげで治まったでしょうけど、投与される前の感染の影響で破損した部分があるかもしれないので入念にチェックします」

『わかった。』

27Sの掛ける言葉に従って、手足の駆動を確かめたり各機能に異常が無いかを調べていった。

メンテナンスを受けながら、迷い癖も何かのきっかけで治らないものかと期待を寄せる。けれど27Sからはそのことについて何も言われなかった為、少々がっかりした様子で27Sを部屋から送り出す。

メンテナンスの結果、パーソナルログデータが更新不可になっていることが分かった。

パーソナルデータ自体の破損は無いものの、バックアップを取る機能が壊れているらしい。厳密には壊れていると言うより失われている状態に近いようで、修復するのは大変困難だと言っていた。

タイミングからしてやはりウィルスが原因だろうと27Sは推測している。義体を新しい物にしたらまた更新可能になるかもしれないそうだ。

けれどどのみちアップロードしていない今のデータは消えるため、現在使っている義体を極力壊さないようにするしかない。

最後に更新したのは1ヶ月程前だ。10Dが14Oに何かしたいと思って行動してからまだ少ししか経ってない。

せっかく上手くいったのに、忘れてしまうのだ。

14Oを喜ばせたいと思った気持ちも、14Oの為に考えて作った花の模型も、渡した時に見せてくれた優しい微笑みも。

『タイミングが……悪いな。』

溜め息を吐いてベッドに寝転がる。

特殊な機械生命体との遭遇や14Oとの急展開はここ十数日間に起こったことだ。それまでは物資の調達がメインの活動だったため代わり映えのしないデータしかなく、消えてもあまり惜しまない内容だったというのに。

『ポッド、私今月の記憶は失いたくない……。』

10Dは枕元に浮かぶポッド107に助けを求める。

「推奨:日誌を書く。これまであった印象深い記憶を、感情なども含め書き残していく。そうすれば、新しい義体になりデータを失った時に読み返すことが出来る」

『日誌……?。』

ポッド107は枕元から部屋の外を指差す。指は転送装置のある方角に向いていた。

「推奨:端末にメール用の文章作成ツールがある。そこに日誌を書き留め、バンカーにあるメールBOXに送信する。この方法なら何時何処でも記入でき、新しい義体になってもバンカーから確認することが可能」

『あー、それなら良さそう。用事済ませたらやってみる。』

バンカーから出られない1週間の暇潰しになる、と10Dは端末を出し目的のウィジェットを開いて確認する。

いつもリアルタイムの通信ばかり行っているため、指で一つ一つ文字を打ち込む作業は馴染みがない。ほぼ触らなかったせいでアプリケーションの存在すらあやふやだ。

『結構単純なシステムだから簡単に使えそうだね。……じゃあ、さっそく司令官の所に行って、それから6Eの隊に連絡を入れよう。』

それが終わったら取り掛かろう。端末を閉じるとベッドから立ち上がり、ポッド107を連れて部屋を出た。

 

 

 

 

 

『……ようやく始められるね。』

司令室で司令官に叱られ、端末越しで6Eに呆れられ、うっすら謹慎中の身であることに自覚を持ちながら部屋に戻った。

ベッドに座って端末を操り、先程確認した文章作成ツールを再度開く。

『まずは日誌を書く経緯を簡単に書こう。新しい義体になったら最後の更新の次の日くらいにしか感じないから、説明が必要だよ。』

「推奨:年月日の記載。日時が曖昧な場合は大まかな表現でいい」

『わかった。今日は何日?。』

11945年3月と打ちながら10Dが訊く。

「報告:本日は10D担当地区の地上時間で4月4日」

『えっ、そんなに経ってるの?。駅廃墟に居たときはまだ3月だったのに……。』

どうやら運び込まれてからも暫く寝たままだったらしい。駅廃墟で気を失ったのは3月の終わり頃だった。

今日の日付と共に、更新不可のことを書く。

次の自分がメールBOXを確認する確証がなかった為、ベッドの足側の壁に日誌の存在と専用のファイルを開くためのパスワードを小さく彫った。この方向なら他の人には気付かれにくい。

それから数時間掛け日誌を書きまとめ、メールBOXに送信した。

「推奨:正しく送られているかの確認」

『そうだね。メールBOXを見に行ってみよう。』

部屋を出てすぐのアクセスポイントに向かう。

メールBOXを操作し、自分用のフォルダを開いた。確かに先程綴った文が指定の所に入っている。

『これでいつ壊れても安心だね。』

「非難:油断禁物。10Dの義体が減ることに変わりはない」

『分かってるよ。なるべく気を付けるから。』

パスワードの設定を見直してからメールBOXを閉じる。

不安を全て解消出来たような顔をして、10Dは軽い足取りでアクセスポイントの前から離れた。

 

 

 

 

 

謹慎4日目に入った頃、日誌を書き足しながら過ごしていると何やら聞き慣れない音が自室まで響いてきた。

『うわ……。何だろうね、今の音。』

「報告:司令室の方で鳴っている」

サイレンを聞き付け、10Dとポッド107が司令室を覗きに行く。

大きなモニターは全面真っ赤に、エイリアンの出現を告げるアラートが表示されていた。警報に釣られて他のヨルハ隊員も数体集まっている。

『エイリアン?。どこで?。謹慎してる場合じゃないね!。』

リフトの横から、少し興奮気味に司令室を見下ろす。

オペレーターの活動スペースでは、14Oを含むほとんどのO型がPCに向かい忙しそうに手や口を動かしていた。

司令官も通信機を通して誰かと会話をしている。恐らく他のバンカーの司令官とだろう。

下に降りようか迷っていると、エイリアンについてのアナウンスが流れた。

〈地上にて、超大型機械生命体との交戦中に地面が広範囲に渡り陥没。そこからエイリアンの反応がありました。場所は昼の地帯なので、当バンカーの皆さんは命令があるまで部屋で待機してください。繰り返します……エイリアンの反応があったのは昼の地帯ですので、当バンカーの皆さんは……〉

それを聞いて、集まっていた隊員はぞろぞろと通路へ出ていった。10Dも後に続く。

『昼の地帯かー、私も行きたいな。今混乱状態だからこっそり抜け出せないかなぁ。』

「警告:命令違反は罰則の対象となる。推奨:自室での待機」

『はぁーい……ちぇっ。』

返事はしたものの、往生際の良くない10Dは格納庫に行く。

「警告、警告」

後ろからポッド107が追いかけて止めようとする。

『見るだけ!。見るだけ!。』

襟首を掴んで阻むポッド107はそのまま10Dに引っ張られていった。

『……あれ?。』

目の先を見て突然立ち止まった10Dはポッドに声を掛ける。

『ポッド、格納庫ってこんなに狭かったっけ?。』

「……報告:10Dの入ったのは格納庫ではなく、サーバー室である」

室内を見回した後でポッド107が答える。どうやらポッド107も気が付いてなかったようだ。

「推測:方向音痴」

『今更だから推測しなくてもいいよ。』

「推奨:自室へ戻る」

ポッド107は再度10Dを引っ張って帰らせようとする。

『イヤ。格納庫に行く。』

エレベーターの前で言い合う2機を見て、サーバー室に居た隊員が近寄った。

「10D。10Dじゃないですか。僕のメンテナンスに見落としでもありましたか?」

サーバー室の主である27Sだった。10Dは滅多に27Sのメンテナンス屋での購入をすることが無かったため、今回も別の用だろうと思ったらしい。

『あ、いや……メンテナンスは完璧だったよ。違う問題でここに来ちゃって……。』

「あぁ、さてはまた入る部屋を間違えたんですね?」

「正解」

生まれた当初はしょっちゅう自分の元に方向音痴を直してもらおうと通い詰めていたものだ、と笑う27S。

最近はメンテナンス屋や開発部に頼ることを諦めた為、進んでサーバー室に行く頻度も減ってしまっていた。

「少し聴こえたんですが……格納庫に行きたいんですか?」

「報告:10Dが昼の地帯を見てみたいと言って聞かない」

『あっ、ポッド……!。』

告げ口をするな、と10Dがポッド107のボディを掴んで音声を出す部位を塞ぐ。

「ポッド、心配しなくても大丈夫ですよ。謹慎中の隊員のIDが登録されている飛行ユニットは機能に制限がかかるので、謹慎期間が終わるまで飛べないんです」

『えっ、そんなの初めて聞いた。』

「そりゃあ、謹慎中は皆部屋で大人しくしているものですからね。知る必要もなかったんですよ」

ガッカリしたように溜め息を吐く10D。

「結果的に企みは失敗した訳ですが……夜の地帯担当にも関わらず、しかも謹慎中に勝手に抜け出して昼の地帯に行こうとしていたのは赦しがたいことですね。このまま見逃せば謹慎明けの地上に降りるタイミングで昼の地帯に逃げるかもしれませんし」

『その手があった。』

「ダメですよ。あなたに限ってはGPSも付いているんですから、すぐにE型が飛んでくる筈です。あなたは廃盤になることが決まっているので、この機会に残り全ての義体が処分されることも有り得るんですから勝手な行動は極力控えてください」

27Sの推測を聞いて10Dはハッとする。処分されたら14Oとの約束を破ってしまうことになるのだ。

それに殉職ならまだしも、逃亡の末の処罰だなんて恥でしかない。

『……諦めよう。』

「賛同:お利口さん」

ようやく気持ちを落ち着かせた10Dの頭をポッド107が褒めながら撫でる。やれやれ一息ついた、といった様子だ。

それを煩わしく感じた10Dは、頭部に触れるポッド107の手をゆっくり叩き落とした。

 

 

 

 

 

エイリアンの騒動があった2日後。

バンカーの歪曲した通路で、アンドロイドとその随行支援ユニットの2機が窓から景色を眺めていた。

『ねぇ見て、ちっちゃい隕石。』

「推測:このまま大気圏に突入し燃え尽きる」

浮かんで流れる石を差した指で追いかけていく。

暫くすると見えなくなった。

遠くなったからか、消えてしまったからか。

そんな事はどうでも良かったらしく、10Dはまた別のものに興味を示し始める。

『ねぇ、私たちの担当区域真っ暗でほとんど見えないけど、うっすら白い膜が張ってるように見える。』

「報告:大きな雨雲。推測:現在地上では多量の雨が降っている」

『珍しいね、最近は全然だったのに。……あっ、いま雲が光ったよ!。』

「回答:光の正体は雷。大量の静電気が集まり、一気に放出することであのような膨大な光エネルギーになる」

『へぇ、雷って上から見たらあんな感じなんだ……。』

10Dは今度は昼の地帯に視線を移した。

昼の地帯にも雲は幾らか見られる。でも雨は恐らく降っていないだろう。

『エイリアンの反応が出たのはどこら辺?。真ん中の方?。』

「報告:極東の辺りとの情報が入っている。そこは昼の地帯の中央ではなく、昼と夜の境目でもなく、その中間辺りに位置する地域である」

太陽の光や熱が一番届く中央の地域は灼熱地獄のようで、その逆の光も熱も届かない夜の地帯中央は氷の国になっていると聞く。

暑すぎず寒さのない温暖なその地帯はさぞかし快適な環境なのだろう。エイリアンが拠点に選ぶ程の土地なのだ。

内部が凍結しないよう機体に保温装置を仕込まなければいけない地域とは大違いである。

『……そう言えば、エイリアンの反応があったとは聞いたけど、エイリアンと交戦があったなんて報告は全然ないよね。』

エイリアンの反応があったというアナウンス以降、進展は何も知らされていていない。動きがあっても一部にしか公開されていないか、それか調査に向かった隊員が返り討ちにでも遭い消息を絶ったか。

倒したのなら既に全ヨルハに通達がある筈だ。長年アンドロイドが戦ってきた宿敵を打ち倒したなんて、これほど大きなニュースは他にないのだから。

故にエイリアンは存命である可能性が高い。末端の隊員が考察できるのはこの程度だ。

「あら、最近マップに表示されないと思ったら……」

聞き馴染みのある声が背後から掛けられる。

窓ガラスに誰かの影が写った。青みのある銀髪が暗闇に反射する。

『久し振り、5B。』

すぐさま振り返って名前を呼んだ。10Dの予想通り、5Bの姿がそこにあった。

「そうね、久し振り。あなたの謹慎の噂はあったけど本当だったのねぇ」

『まぁ、1週間くらい。期間は明日で終わりだよ。それより……何だか湿ってるね?。』

しっとりとした違和感を10Dが指摘する。

「推測:雨」

「そうよ。私の居た地域で結構な雨が降ってたの。ずぶ濡れだったけど、飛行ユニットで飛んでる内に粗方乾いたわ」

スカートの裾を持ち上げながら5Bが答える。

「失礼だけど、このタイミングで謹慎してて良かったかもしれないわね。何十時間も続く酷い雨なのよ。強すぎて防水も信用ならないし、任務どころじゃなかったんだから」

『そっか……。今回の任務はどんなの?。』

「リストアップされた破壊済みのヨルハ隊員の義体を回収することよ。最近は資金難でもあるみたいだから、破損の少ない部品を再利用したいらしいわ。身元の特定可能な義体なら持ち物も本人に返すことになってる」

そこまで言うと、5Bは溜め息を吐いた。

「思ったより上手くいかないものだけどね……」

『何かあったの?。』

「リストに載ってたのは最近壊れた隊員ばっかりだったから、その隊員達の任務の記録を見て場所を割り出していったの。大体は難なく見つかったんだけど……でも、1人だけ見つからなかったわ。どんなに探しても何処にもなかった」

5Bの随行支援ユニットであるポッド036が端末に何やら表示した。

赤毛の少年の画像がプロフィールと共に写し出される。おそらく他の少年兵の例に洩れずスキャナータイプだろう。

「報告:十二号S型。我々と同じバンカーに所属している12Sは小規模部隊γの構成員でもある。このヨルハ隊員は3週間程前に部隊での任務で死亡しており、当時の義体は放置されたままだと部隊長の6Eが記録に残している」

「場所は駅廃墟から東の方にある高台らしいんだけど、それらしい義体はなかったわ。落ちたんじゃないかと思って下の方も探したんだけど、双子のアンドロイドしか居なかったしお手上げ状態よ」

両手を上げ肩を竦める5B。表情から疲労が滲み出ていた。

『双子のアンドロイドって真っ赤な髪の毛の?。』

「そうよ、2人ともそっくりな顔立ちと服装をしていたの。私が話しかけようとしたら逃げちゃったけどね」

『デボルとポポルだ。あの2人は他のアンドロイドとは見知った仲じゃないと交流しようとしないから……。』

10Dは過去1回だけレジスタンスキャンプの伝達係について行って会ったことがある。

デボルとポポルは迫害にあった経験のせいで他のアンドロイドを酷く警戒していた。

実際デボルとポポルに何らかの恨みを抱いているレジスタンスもキャンプの半数は居るようで、キャンプには受け入れられない状況だ。

デボルとポポルの双子モデルは世界各地に配備されていて、どこかの1セットが暴走を起こしたのが原因で他のデボルとポポルも信用を失い迫害を受けるようになってしまったらしい。

唯一デボルとポポルに頻繁に会っているレジスタンスの伝達係であるピジュンがそう言っていた。

『義体が探しても見つからないってことは誰かが持ち去ったってことだけど……デボルとポポルはその現場を目撃したりとかはしてないのかな。』

「……もしかしたら何か知ってるかもしれないわね。今度降りたとき訊いてみるわ」

それから暫く他愛のない話をしてから、5Bは自室に戻って行った。

何もすることのない10Dはまたポッド107と共に窓の外を眺め始める。

夜の地帯にうっすら見えていた雨雲はいつの間にか消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

「やぁ、ポッド。来てくれましたね」

「疑問:随行支援対象ではなく当機のみを呼び出した理由」

ポッド107はサーバー室に来ていた。

10Dがスリープモードに入ったら来るように27Sに言われていた為だ。

「ポッドだけに伝えておきたいことがありましてね……。今から教えることを10Dに言うかどうかは君に任せますよ」

27Sはサーバー室に2機以外誰も居ないことを確認するとなるべく扉から離れた所に移動した。

「この前のメンテナンスで見つけたんですけど、10Dって今耳に電子機器付けてますよね?」

「回答:司令官から着けるように云われた耳飾り。GPSが搭載されている」

「あぁ、やっぱり司令官が。……いいですか、ポッド。くれぐれも10Dに違反行為を起こさせないようにしてください。たとえば任務放棄や担当地区からの離脱なんかは絶対に避けるように」

「了承:そもそも随行支援ユニットとしての義務にその項目は含まれている。疑問:わざわざ当然の内容の伝達をする理由」

「少し調べてみたんですが、どうやらただのGPSではないみたいで……。何らかの違反行為を犯したと司令官が判断した場合、GPS機能が変化するシステムが働くらしいんです。おそらく排除用の………」

サーバーから盗み見た情報らしく、27Sはポッド107に口を寄せ小声で伝える。

「………ですので、何か出来心で事を起こしそうになった場合は全力で止めてやってください」

「……了承した」

 

 

 

 

 

空には雲1つ無く満天の星が輝いていたけれど、やはり雨の影響は残っていた。

『1週間ぶりだね、地上。』

「否定:正確には13日間バンカーに滞在していた為、謹慎中の1週間のみのカウントは不適切」

久し振りに来た廃墟都市はどこもかしこも水溜まりが出来ている。

飛行ユニットから下り、泥濘の中を進んでいく。

『ポッド、駅廃墟の方角教えて。』

「了解」

ゴーグルに表示される矢印に従って駅廃墟へ向かう。

今日は足元があまり良くない。戦闘で不利になるだろうと10Dは機械生命体に見つからないように気を付けながら走った。

駅廃墟に到着すると、この前行った3/4ホームへの階段を上る。

冷たい風が吹き込んできた。ホームはとても静かだ。

機械生命体の足音もない。

『(隠した子はどこだろう……)。』

匿わせた場所を覗き込んでみたが、何も居なかった。

『おーい……誰か居るー?。』

あの機械生命体に名前を教えてもらえば良かった、と10Dは少し悔やむ。

何処となく呼びづらいものだ。呼称がない為あやふやな表現しか出来ないまま虚空に呼び掛ける。

そもそも機械生命体に個々の名前が与えられているのだろうか?

地上のアンドロイド達は好き勝手に名付け合っているが、ヨルハ部隊に関しては番号とアルファベットのみだ。

大方、機械生命体も無機質な文字と数字の羅列での判別になっているだろうが、ネットワークから外れた機械生命体であればレジスタンス達のように愛称を付け合っていてもおかしくない。

『名前……。』

羨ましい訳ではなかった。10Dは"十号D型"が自分そのものを差す名前だと認識している。

けれど何故人類とは欠け離れた無個性な呼び方をヨルハ隊員全員に強いているのかと前々から疑問には思っていたのだ。その抱いていた違和感が微かに思考ルーチンを掠めた。

「推奨:目当ての個体が発見出来ないのであれば諦める。今回の目的は現在地より12.6km先の水族館廃墟にあり」

10Dの思慮を余所にポッド107が誘導する。

『……えっ、あ……うん、そうだね。』

ハッとして10Dはポッド107と共にホームからレールの上に降りる。

鉄屑にされた嘗ての列車の横を通り過ぎ、高架線を南に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

走り続けて約30分。10Dとポッド107は廃墟都市の駅廃墟から6駅先の付近にある水族館廃墟に到着した。

「報告:水族館とは、海洋生物を中心とした人類以外の生体を飼育・研究し展示品として人々に観覧させるアミューズメントパークである」

『魚型の機械生命体を飼ってる人ならヨルハにもレジスタンスにも数人居るけど、人類も同じようなことしてたんだね。』

そこら辺の川や湖畔で釣れる機械生命体はメダカ型やフナ型、ウバザメ型など様々だ。ただ10Dが本物の魚を釣り上げたことは1度もない。アンドロイドでは誰も潜れないような深海に未知数溢れ返っているらしいが、浅瀬には機械生命体の魚ばかりだった。

『水族館には今はもう何も居ないんだねー……どんな感じだったんだろう。前に見た愛好家は、メダカ型機械生命体を鑑賞しやすくする為にガラス製の箱に入れてたね。やっぱり人類も箱に入れて並べてたりとかしてたのかな?。』

「否定:水族館の多くは、目を見張る程の大きな水槽をメインに海中と同じような環境を作っていたとされる。娯楽目的だけの観賞ではなく、海中の状況を観る者に学ばせる目的もあった」

ポッド107が端末で動画を再生させる。多種多様な生物が広い空間を遊泳している様子が見てとれた。

画面から見切れている水槽の隅には小さく人類も写り込んでいる。人類とアンドロイドが同等の大きさであることからも考えて、比較する対象が大きめの立派な建物くらいしかないことは一目瞭然だった。

『この大量にいる小さいのは?。』

「回答:カタクチイワシ。群れになって行動する習性がある。外敵からの被害を最小限に抑える為。補足:魚にも上下関係が存在し、内側を泳ぐ狙われにくい個体ほど高い位だと考えられている」

『この大きいやつは?。』

「回答:シロワニ。サメの一種で、比較的穏やかな性格。同じ水槽の魚も捕食対象ではあるものの飼育員によって充分な餌が与えられる為、水槽内で食物連鎖を起こさせない仕組みになっている」

『この平たいのは生き物?。』

「回答:ホシエイという生き物。サメとエイは共に軟骨魚網にあたる仲間であり、その判別は鰓孔の位置でしか決められていない。側面に縦線が入っているのがサメ、腹面に横線が入っているのがエイとなる」

資料を見ながらポッド107が淡々と答える。

10Dは動画が終わるまでモニターを凝視していた。

「推奨:そろそろ水族館廃墟内に入る」

端末を非表示にし、ポッド107が急かす。

『それもそうだけど……先にあっちに行きたい。』

10Dが指差したのは水族館廃墟から少し離れた砂浜だった。

「推奨:任務の遂行」

『お願い、少しだけ。そんなに長居はしないよ。』

「……了承」

少しだけと聞いてポッド107が折れる。

ポッド107の経験上、10Dには説得するよりも願望を叶えてやった方が時間を無駄にせずに済む。禁止事項でない限りは多少多目に見るのもいいだろう、という考えだ。

『わぁ、砂浜なんて初めて。海だっていっつも飛行ユニットで素通りするだけだもん、すごく楽しみ。』

嬉しそうに海沿いの道路を走って行く10D。

ポッド107は後を追いかけて飛ぶ。

砂浜の近くまで走ると10Dはポッド107の腕部を掴み、錆びたガードレールを跳び越えた。

数メートル下の砂浜まで一気に降りていく。

着地した瞬間、湿った砂の柔らかくも固い奇妙な感触が足裏に伝わった。

『土とは違うんだね。変なの……。』

ブーツで何度か足踏みをしながら沈む加減を確かめる。歩けはするが、すぐに慣れるものではない。

波打ち際まで近寄り、水平線を見つめる。

『ポッド、久し振りに月が見えるよ。』

低い位置に浮かぶのは刺さりそうなほど鋭い三日月だった。

『何週間かずっと新月だったのにね。』

どの星よりも目立つ月は自転周期のせいか全く見えなくなる時期が在る。

太陽の光が当たらないか、昼の地帯にあるかだ。

『やっぱり地上から見る月はバンカーからとは一味違うね。』

「同意」

細い月の光が微かに海面に反射している。波に揉み消されては現れる白い影を見つめた。

『ねぇ、ポッド。前に資料で見た海と月の画像では反射する光が1本の道みたいになってたけど、今見てる実物は何だか頼りない感じだね。』

疎らで曖昧だ。光量が足りなさ過ぎる。

「推測:現象の発生する条件が満たされていないため。旧人類の時とは法則が違うため、再現は困難」

『えー、残念。もしかしたら旧人類の資料と同じものが見れると思ったのに。』

不貞腐れて砂浜にしゃがみ込み、足元に落ちていた貝殻を拾う。

『ポッド、これ何?。』

「推測:アサリ貝。旧人類が食用に捕獲していた記録がある」

『ふーん、食べれるんだ……。』

何の疑いもなく口に運びそのまま噛み砕いた。

『固いね。ジャリジャリする。』

「報告:アサリは二枚貝であり、旧人類は貝殻の中にある身の部分のみを食べていた。10Dの食べている箇所はゴミ」

『えー、早く言ってよ。奥に砂が入り込んじゃった。』

細かくなってしまった貝殻を吐き出しながら文句を垂れるが、ポッド107はさっさと任務に戻れと促すように道路へ向けて上昇した。

『待ってよ。』

10Dはやや傾斜のあるコンクリートの壁を自力で登ってポッド107を追いかける。

模様のような溝が沢山あるから登りやすい。

ガードレールを飛び越え、また元来た道を戻り水族館廃墟の前に辿り着いた。

「推奨:早く入る。合流する予定の隊員はもう既に来ている」

『そうなんだ。えーっと、確かS型の?。』

ガラスがすっかり割れてサッシだけになってしまった玄関口を抜けながら仲間の確認をする。

「報告:十二号S型」

『あぁ、そうそう。何だかタイムリーだね。ついこの前5Bに12Sの話を聞いた気がする。』

「報告:その12Sは破損した義体のことで、今回任務を共にする12Sは新しい義体になった12Sである」

『まぁ今日が初対面だから、どっちだろうと関係ないよ。』

広いエントランスを進む。道が幾つか分かれていて、上へ昇る階段や地下へ続くスロープなど様々だ。

『ねぇ見て、大きいよ。』

10Dがエントランス中央にあるガラクタを持ち上げてポッド107に見せる。

「報告:巨大な海洋生物の骨。推測:哺乳類クジラ目に属するいずれかの種類。保存状態から見て骨格標本だと考えられる」

『骨?。こんな大きな魚がいるの?。』

10Dが持ち上げているのはザトウクジラの肋骨の内の1本だった。

骨は30メートル位にわたり散らばっているが、位置は派手に変わってはいない為かなりの大きさだったと推測できる。

「否定:クジラは魚類ではない」

『さっき言ってた哺乳類ってやつ?。』

「報告:人類もクジラと同じ哺乳類である」

ポッド107は胸ビレの位置の近くへ飛び、触角で骨を並べる。

「報告:人類の手や指と同じようなパーツが多く見られる。推測:共通の祖先である生物の名残を哺乳類全般が受け継いでいる」

『あ、本当だ。指の関節似てるね。』

ヒレ先の骨と自身の手を見比べながら10Dが少し感心する。

ほぼ異形でしかない生物同士にこのようなはっきりとした繋がりが存在するなど、想像もしなかったことだ。

『人類もこんなに大きくなれるのかなぁ……。機械生命体みたいに色んな大きさがあっても良さそう。』

「否定:重力の関係もあり、地上では大きくなる限界が定められている。報告:種類にもよるが、水中の生物は生きた年数だけ成長を続ける生体が多く存在する」

陸上生物は大きすぎると自身の重さを支えるのに精一杯になってしまうため人類は今の大きさで充分である、とポッド107は説明する。

『そうなんだ……まぁ大きさが統一されてた方が何かと便利だもんね。服とか建物とか大きすぎたら入らないし。』

骨を元の位置に戻してから適当に奥へと続く通路を進む。埃だらけの足下で掠れた矢印が道順を示していた。

そこら中にガラス片や砂や、何かが干からびたものが散らばっている。

壁に嵌め込まれた小さめの水槽が等間隔に並ぶ通路を過ぎていくと、その先に底の深い水槽を見つけた。

『大きいね。これが巨大水槽?。』

「報告:アザラシやアシカなどの生体を展示するためのプール。巨大水槽はもっと大きい」

割れたガラスから底を覗き込むと、3メートル程下に機械生命体が数体倒れていた。

どうやら水の引かれたプールに落ちたまま上がれずに燃料切れで力尽きたらしい。

どう頑張っても這い上がれない場所で延々暇を持て余すのはさぞかし辛かっただろう。

『……不憫だね。』

同じようにはなりたくない、と10Dが恐々水槽から離れる。

更に進んでいくと、折り返しのあるスロープを下った先で広い空間に出た。

『うわぁ……大きい。これが巨大水槽?。』

「肯定。推測:目測は幅約39m、奥行き約87m、深さ約9m、水量約24t」

『超大型機械生命体みたいなスケールだね。今は瓦礫と砂ばっかりだけど、平和だった頃はすごく迫力があって綺麗だったんだろうな。』

老朽化して割れた分厚いアクリルガラスの上に立ち、水槽内を見回す。

『昔はこんな所で生きてる魚がたくさん泳いでたのか……ねぇ、24tってどれくらい重いの?。本当にこの中にそんな数が入るのか信じられない。』

「報告:24tは司令官およそ143体分の重さである。ちなみに当機36kgの場合はおよそ666体分となる」

『夥しい数だね……分かりやすい例えではあるけど、そんなに要らないよ。』

数字に辟易しながらガラス片の上から飛び下り、12Sと合流する為に次の通路へ向かう。

ブラックボックス信号は少しずつ反応を強めていた。

次の通路を進むと「水中トンネル」と書かれたプレートが見えた。

しかしそれらしき展示はなく、床が透明な板張りの幅1.8m程の通路には大量の瓦礫が道を塞いでいた。

天井も崩落したようで、トンネルに使われていたであろうガラスや展示のハリボテ岩の山の上に天井のコンクリートや鉄筋が乗っかっていた。

『ここから上の階に行けそうだね。』

瓦礫を踏み台にし、天井に空いた穴から1つ上のフロアに侵入する。

入った部屋は今までの内装とは打って変わり、随分と質素なものだった。

剥き出しの配管や適当に塗られた白いペンキの壁は何とも無愛想で、とても迎え入れるような部屋には見えない。

『ここは?。』

「推測:従業員通路」

黄ばんだり剥がれたりしている壁を触りながら先へ進む。

幾つかの部屋を通過すると、先程の巨大水槽が階下にあるであろう場所まで来た。錆びた柵が囲む下には幅3m程の丸い穴が開いている。

その穴から50cm程の短い梯子が垂れていた。水槽に人類も出入りしていたと考えると、この梯子に掴まって自力で上に上がれるくらいたっぷりの水が張られていたことになる。

『下は深いね。ポッド無しで降りたら壊れちゃいそう。』

「否定:下に降りる必要はない。下には12Sは居なかった」

『もー、ただの仮定の話だよ。』

真面目に返さないで、と10Dはポッド107を連れて通路に出る。

更に進んだ先で朽ちかけた防火扉をポッド107のレーザーで強引に開けると、また水槽が並ぶ黒い空間に戻った。

『あ……っ!。今あっちで何かが動くのが見えた。』

10Dが通路の先を指差し、その方向へ走っていく。

通路から出るとそこは屋内ではなく、大きく拓けた会場のような場所だった。

大きな水溜まりを中心に階段と座席が放射状に広がっている。

急に吹き付けた潮風が10Dの髪を乱した。

10Dは見たことのない景色を奇妙とすら感じながら呆然と眺める。

「疑問:動くのが見えたという何者かの正体」

『あ……そうだった。でも、それらしいのは何処にも居ないね。』

隠れる場所はあるのだろうか。見晴らしはとても良く、誰かが居そうな気配はなかった。

『見間違いだったのかな……。』

風に何かが煽られただけだったのかもしれない。

首を傾げながら10Dが階段を下りていく。

『ここは何なの?。』

「報告:イルカショー等のイベント用プールと、その観覧席であったもの」

2m程の壁のあるプールの縁に登れる台を上がり、中を覗き込む。

ここは他の水槽とは違った。

『水がたっぷり張られてるね。』

「推測:先日続いた雨の影響」

『そうなんだ……。何だか薄汚れてて、底がよく見えないね?。』

呑気に話している最中、10Dは風に靡いてゆらゆらと揺れる波紋の奥に黒ずんだ大きな影を見た。

『…………?。』

目を凝らすがよく見えない。でも黒っぽいそれなりの大きさのものと云ったら……と嫌な予感が自然に掻き立てられた。

『ねぇ、もしかしたら探してる12Sは………。』

恐々とポッド107に目を向けて何か言葉を貰おうとする。

その瞬間、視界の端で黒い影が段々鮮明に、より大きくなって見えた。

『………?!。』

アンドロイドの大きさではない、と10Dが驚いてプールに目を向ける。

それと同時にプールの中央が高く盛り上がり、水面を突き破るような勢いで茶黒い鉄の塊が現れた。

尖った頭と胸や背中にあるヒレ、大きな尾。

間違いなく魚型の機械生命体である。

「報告:敵性反応あり。今回の討伐対象の機械生命体」

『遅いよっ!。そういうのは敵の姿が見える前に教えて!。』

水上に飛び跳ね、また水中へ打ち付けられるように潜る魚型機械生命体。その衝撃で上がった飛沫から逃げるように10Dは急いで台から降り機械生命体から距離を取る。

「報告:ホオジロザメ型機械生命体。推測:釣りには向いていない」

『魚型を倒すなんて初めてだよ……。ホオジロザメってどんな魚なの?。』

「回答:鮫類の中で最も凶暴で獰猛であることで有名。旧人類にとって海に潜む脅威の対象であった記録がある」

高いところから様子を伺おうと階段を上がる。

するとサメ型機械生命体がまたプールから飛び出した。

『ポッド、ガトリング。』

出て来たところをポッド107に命令し、タイミング良く射撃させる。

すると重力に従い落ちるだけな筈のサメ型機械生命体が水中を泳ぐようにして飛び、そのままこちらに向かってきた。

『えぇっ………?!。』

どうやらこのサメ型機械生命体にも戦闘用機械生命体と同じ飛行機能を登載されているらしい。

列車型の機械生命体と同じだ、と10Dは近付いてくるサメ型機械生命体から逃げる。

遠くから少しずつ攻撃することの繰り返しになるかと思ったが、そう楽には倒せないようだ。

「推測:10D1機での破壊は困難。推奨:早急に12Sと合流する」

『どこに居るかもよく分からないのに……。』

建物が要り組んでいるせいでブラックボックス信号で場所を特定する方法もあまり意味がない。

12Sなら10DのGPSの発信をマップで確認出来る。多少拓けたこの場所なら見つけられないこともないだろう。

今狭い場所に逃げ込めば、走っている内に追い詰められて死ぬ可能性が高い。

ここは12Sがこちらに気付いて駆け付けてくるのを待つ他ないと考え、10Dはポッド107になるべく派手な音の出る攻撃を続けるように命じた。

『ポッド、あいつ結構速いね。』

逃げ回りながら10Dがポッド107に言う。

「報告:本物のホホジロザメは時速25kmで泳ぐ。このサメ型機械生命体はそこまで速くない。推測:油断しなければ捕まりはしない」

『そっか。弱点とかはない?。』

「推測:見たところ頭や背は分厚い装甲で覆われている模様。腹部であれば普通の機械生命体と強度は同程度であるが、何らかの方法で身動きが取れない瞬間を狙わなければ攻撃は困難である」

『身動きを取れなくする方法……ポッド、スローやってみて。』

「了解」

ポッド107がプログラムをスローに切り替える。

照準にサメ型機械生命体を捉えると、間髪入れずに放った。

『ありがと、ポッド!。』

しめた、と10Dがサメ型機械生命体の懐に潜り込み破壊しようと刃を入れる。

しかし内部の何処かに引っ掛かってしまったようで、思うように振ることは叶わなかった。

『…………!。』

もうスローが切れてしまう、と10Dは直ぐさま武器から手を放して逃げる。

足場を蹴りサメ型機械生命体から距離を取ろうとしたが、ほんの一瞬間に合わなかったらしく大きな尾で弾かれた。

『うぁ………っ。』

何とか足を踏ん張り転倒を避けるが、すぐに追撃が迫る。真正面から突っ込む気だ。この距離では逃げられない。

ポッド107がレーザーで援護射撃を行い、サメ型機械生命体に命中させる。

すると少し軌道が逸れ、サメ型機械生命体は10Dに当たるか当たらないかという所に衝突した。

『……っ。』

寸での所で大破せずに済んだ10Dだが、服がサメ型機械生命体の歯に引っ掛かってしまい逃げようにも動けない。

破こうとするが、すぐに動き出したサメ型機械生命体が10Dを振り払おうと暴れた。

『しまった……!。』

破けずに絡まったままの服に引っ張られ、10Dは地面に叩き付けられる。

衝撃と痛みのなか受け身を取ろうとしたが、絶えず暴れるサメ型機械生命体のせいで叶わずそのまま宙吊りにされた。

逆さまになった上体を戻す為、サメ型機械生命体の頭部にしがみつこうと勢いをつけ身体を起こす。

ボルトや金属板の凹凸に指を掛けて体勢を固定した。

すると当然サメ型機械生命体は暴れ、顔面にしがみついた敵を振り払おうと壁に向けて突っ込む。

『…………っ!。』

避けられない、と10Dが迫り来る壁に焦り、成す術なく目を瞑った。

「ハッキング……!」

何処からか誰かの声が聞こえた。

女型とも男型とも捉えられない独特なその声で、10Dは仲間が駆け付けたことを知る。

光の粒子が見えた直後、サメ型機械生命体の動きが鈍り出した。

しかし壁まであと少しだ。鈍くなろうがどのみち壁には激突する。

好機を逃すまいと10Dは服を力一杯引き裂いた。

ベルベットが悲鳴を上げたような音を出し繊維の方向に沿って破け、サメ型機械生命体の歯からすり抜ける。

支えるものが無くなった10Dの機体は床に零れ落ちた。

間一髪の所で解放され、頭上のサメ型機械生命体が壁に己のみを衝突させる。

『……12S?。来てくれたの!?。』

急ぎサメ型機械生命体から離れた10Dが声のした方に呼び掛ける。

声のした方――自分達が入ってきた場所の反対側の通路に1機のアンドロイドとその随行支援ユニットの姿があった。

「報告:十号D型と合流。討伐対象の機械生命体と交戦中の模様。推奨:加勢する」

「大きな機械生命体だ……間に合ってよかった」

サメ型機械生命体と10Dを確認し、12Sが武器を手に構える。

傍らのポッド085も銃口を向け攻撃に備えた。

『ポッド、12Sの近くに行こう。』

ポッド107を連れて10Dが走り出す。

すると体勢を持ち直したサメ型機械生命体がまた10Dを狙って突進した。

「10D! 後ろ!」

『えっ……うわ、危なっ!。』

猛進するサメ型機械生命体を横に退いて避ける。サメ型機械生命体は止まることなく進み、12Sへと向かった。

「僕がハッキングで動きを止めるから、その隙に急所を攻撃して!」

12Sが前に手を突き出して構えた。

「了解」

「ポッドじゃない! 10D!」

言いながらサメ型機械生命体をハッキングする。一瞬の間、金色の粒子が規則的に舞い散りサメ型機械生命体の動きがまた鈍くなった。

『……いいよ、任せて。』

10Dが背中に1本残った大剣を抜く。大剣は力が要る上に素早く振ることも出来ないから滅多に使わないのだが、敵が身動きが取れない今なら何とかなりそうだ。

ハッキングを受けて少し傾いているサメ型機械生命体の腹面を狙って叩き切る。

奥まで刺さっている愛用の小剣の一部に擦れて嫌な音を立てた。運良くコアを破壊できるといいけれど、何処にあるのか把握出来ていない今手探りに刃を入れる他ない。

比較的薄い装甲を突き破った大剣を深く刺し込んでから薙ぎ払うようにスウィングさせる。

内部を丸ごとぶちまける気で、重い手応えをなけなしの腕力と遠心力に任せて振りかぶった。

腹部の金属板はメリメリと音を立てて砕け剥がれていく。その間から茶黒い内容物が飛び出し辺りに散っていった。

大剣に重心を持っていかれバランスを崩すも、再度両腕を振り上げて追撃を行う。

これで最後だ、真っ二つにしてやる。

10Dはそう意気込み勢い良く大剣を振り下ろした。

「……………、……」

その時、目の前のサメ型機械生命体が妙な音を出したことに10Dは気が付く。

『…………!?。』

サメ型機械生命体へ振り下ろした大剣は空を切り、手応えの無かった10Dの体は余力で宙に投げ出された。

大剣の柄が握った手から離れ、義体が地面に叩き付けられるまでの最中に10Dは信じられないと云った表情で景色を眺めていた。

確実に当たる距離にいたのに。外すなんて有り得ない所まで来ていたのに。

何故、と思考を巡らせようと思ったところで10Dの義体は硬い床に激突した。

『(一体何が……?)。』

義体の損傷を気にしながら10Dが直ぐさま起き上がる。

何が起こったのかよく分からないが振り下ろす間際、奇妙な音と共に物体が左右に分離したような気配を感じたことを思い出す。

空中に浮かぶサメ型機械生命体は確かに真っ二つに割れていた。

しかし10Dの思っていた割れ方とは違うようだ。

裂かれた筈の双方の断面からは何かが盛り上がるように出てきている。

「10D、早く離れるんだ!」

トランスフォームを始める機械生命体に警戒し12Sが10Dに呼び掛けた。

12Sの声に10Dは落ちた武器2本を回収し、ポッド107と共に急いでその場から離れる。

『何がどうしたの、アレっ。』

「僕にもよく分からない……ハッキングも何故か中断させられた」

2機は目の前の分離した機械生命体を見つめた。

機械生命体は宙に浮いた状態で変形しながら、そのままゆっくり降下してきている。

『今の内に攻撃しとく?。』

「いや、迂闊に手を出さない方が良いんじゃないかな」

『わかった。ヤツが変形を終えたらね。』

双方は随行支援ユニットに射撃の準備をさせながら様子を窺う。

断面だった箇所からは細い脚のようなものが沢山出ていて、その内の2本は蟹のハサミのような特殊な形状をしていた。

『一体何になるの?。』

「報告:節足動物の十脚目に分類される生物に似ている。推測:ヤドカリ」

ポッド107が照準を機械生命体に合わせながら答える。

「変形する機械生命体なんて珍しい……後でバンカーに報告しとかないと」

地に着いた機械生命体が2体、こちらを見据えた。

ハサミを振り上げたのを戦闘態勢に入ったと捉え、4機は武器を構える。

「ポッド、撃って」

「了解」

相手の反応を見るため遠距離から刺激する。

するとヤドカリ型の機械生命体が弾を避けるように走り出し、12Sや10Dの方に向かってきた。

『えっ、速い……っ!。』

無数の脚を忙しなく動かし迫ってくる様子に怯み、距離を取ろうと逃げる2機。

サメの頭の方と尾の方の2体は別れ、各々1機ずつ追いかける。

走る度に地面にカカカカカッと金属が擦れる音が鳴り、実際よりも早く近付いてきているような錯覚を起こした。

『ポッド、何かして!。』

「推奨:具体的な指示」

『えっと、えーっと……じゃあデコイ!。』

異常に速い機械生命体に追い付かれまいと全速力で逃げる10D。

初めて見るタイプだからどんな攻撃を食らうか分かったものではない。

形勢逆転を狙う為ポッド107に命令をした。

「A100:デコイ起動」

ポッド107が下部から10Dのホログラムを投影し、ヤドカリ型の機械生命体を誘き寄せる。

その間に10Dは十分な距離を取り、機械生命体に向き直る形で立ち止まった。

サメの尾を被ったヤドカリ型の機械生命体は読み通りホログラムの方に突進している。

10Dとポッド107の距離は5メートル強程だ。

接近する機械生命体に小剣を構え攻撃のタイミングを見計らう。

囮のホログラムに機械生命体が辿り着く直前を狙い、僅かな距離に勢いをつけて走る。

『喰らえっ!。』

自身のホログラムごとヤドカリ型の機械生命体を横一閃に薙ぎ払う。

力強く振り被った小剣は機械生命体の体を持ち上げ、少し離れた所まで投げ飛ばした。

『やった?。』

「報告:敵性反応の増減無し。推奨:12Sの応戦をする」

『え、どうして……?。』

優先するべきは今倒し損ねたサメ尾のヤドカリ型機械生命体を追うことだろうと疑問に思う。

「報告:12Sの現在地は、10Dがヤドカリ型機械生命体を投げた方向である」

『それ、早く言ってよ!。』

ポッド107の報告を聞き、急ぎ12Sの元へ向かう。

「10Dー! 退避! 退避!」

色味のない視界の奥に動く物体が3つ。ゴーグル越しにこっちへ走ってくる12Sが見えた。逃げるよう叫んで警告している。

『は……またぁ?。』

慌てて踏み留まりながら、「勘弁してくれ」といった調子で10Dが呟く。

12Sの背後で、再度1つになろうと蠢動するサメ型機械生命体の頭と尾が見えた。

「10D、僕がまたハッキングで止めるから今度は分離しない箇所を壊してほしい」

『いいけど、厳密に言えばどこら辺?。』

地べたで変形を続ける機械生命体と距離を取りつつ、随行支援装置で射撃する。

「そうだな……脳天とか?」

『無理だよ、あそこ装甲分厚いもん。』

「や、さっき僕が戦ってるときに外装が裂けたんだ。そこの隙間から差し込んでみて」

『きわどいね。でもやってみるよ。』

12Sは手をかざし、10Dは武器を構えた。

変形を終わらせつつある機械生命体は機体をうねらせ2機を睨む。

そしてそのまま這うようにして勢いよく10Dと12Sの元へ向かってきた。

飛ぶためのシステムを期せずして破壊できていたらしい。先程とは違う、ズシンズシンと床が壊れそうなくらいの重厚な音を立て足場を揺らして迫ってくる姿に少しだけ怯む。

腹部を中心にダメージを受けている為ボロボロではあったが、まだ充分余力があるようだ。

「10D……いくよ!」

『了解っ。』

12Sがハッキングを開始する。

合図に応え10Dはポッド107の灯りを消して走り出した。

頭部の亀裂の入り具合からして後ろからの方が攻撃しやすい。

ハッキングで隙を作れるのはほんの一瞬だ。油断してかかれば先程のように想定外な痛手を受ける可能性がある。

まずはサメ型機械生命体の死角になる場所まで回り込まなければ、と少し離れたところを気付かれないように慎重に進む。

幸い機械生命体は12Sに気を取られている。

好機を逃すまい、と10Dはサメ型機械生命体の斜め後ろまで移動した。

12Sがサメ型機械生命体をハッキングして、動きが鈍った瞬間を狙う。

単純なことだ。落ち着いてやれば難しくはない。

緊張しないよう自分に言い聞かせ、10Dは小剣を握り直す。

「10D、今だ!」

12Sの声を合図にサメ型機械生命体の背に飛び乗り、頭部に刃を向ける。

『(……見えた。コアがある)。』

薄く光る機械生命体のコア目掛け、10Dは小剣を突き刺した。

その瞬間、グラリと足元が揺らいだ。

崩れるようにサメ型機械生命体は力無く横転する。

『やった?。』

「やった! 10D、爆発させるから離れて!」

12Sの呼び掛けに従い、小剣を引き抜きその場から飛び退く。

一瞬の間の後、サメ型機械生命体の頭部がハッキングにより爆破された。

『良かった……倒せたね。』

「うん、データも取れたし倒せもした。悪くない結果だ」

頭部の焼け焦げた機械生命体に近付き、戦利品に相応しい部品を拾っていく。

光を失ったコアの欠片を拾い上げ、10Dは先日の駅廃墟での事をふと思い出した。

自分にとって哀しく悔しい記憶だ。きっと機械生命体のコアを見るたびに思い返すことになる。

コアの欠片を捨てるかポシェットに収めるかで迷っていると、近くで錆びた金属が軋む音がした。

多分12Sが機械生命体の内部を開いているんだろう、と考え振り返りはしなかった。

「10D、危ない!」

予想もしなかった言葉と機体にぶつかる衝撃に、理解出来ないまま少し離れた所まで突き飛ばされる。

自分の手のサイズと同じ、掌と5本の指でしっかりと押された感触が背中にくっきりと残っている。

12Sは危ないと言って突き飛ばした。

後ろでグシャリと何かが潰れる音がする。

何かって。振り返って見ないと。多分、12Sが。

「報告:12Sが敵の攻撃を受け戦闘不能」

ポッド107が銃口を後方へ向けた。

『……12Sっ!。』

素早く起き上がり、10Dは地べたを這いずるサメ型機械生命体に小剣を構える。

尾だけが元気に動いていて、頭部は壊れたまま引き摺られているようだ。

気味が悪い。あんな状態で動くだなんて考えもしなかった。

思えば頭と尾で分かれて動けるのだから、コアが2つあると考えても何の違和感もない。気付くのが遅すぎた。

10Dはサメ型機械生命体を気にしながらも、12Sの様子を窺う。

『12S、大丈夫?!。』

左半身が潰れ、手足が千切れかけている。もしかしたらブラックボックスごと破壊されているのかもしれない。

心配して10Dが声をかけ、反応を見る。

「10D……無事か……?」

絞り出したような声が10Dの耳に届いた。

どうやらあまり良い状態ではないらしい。

『12S!。待ってて、倒したらすぐ助けるから。』

「……ポッド、10Dを………支援しろ……」

「了解」

ポッド085が直ぐ様10Dの傍らへ移動する。

『ポッド107、ポッド085、行くよ。』

10Dがサメ型機械生命体を指差し、ポッド2機を誘導する。随行支援ユニットをそれぞれ両サイドからガトリングで攻撃させた。

目のない機械生命体なら標的が何処にいるのか分からずに混乱するだろう。

『両機、もっと敵に近付いて!。照準はなるべく金属板の境目を狙うように!。』

10Dが少し離れた所から指揮を執る。

こんな戦い方は初めてだ。他者に指示を送るのだってポッド107以外にはしないことなのに、随行支援ユニットを複数操るなんて以ての外である。

やや緊張気味に双方に命令し、10Dはタイミングを見計らう。暴れる尾びれから3機とも充分に距離を取り射撃を続けた。

やがてサメ型機械生命体の装甲が弱り、隙間が見え始める。10Dはそれを確認すると2機に声を掛けた。

『ポッド107と085、レーザーを撃って!。』

随行支援ユニットの2機が前方の機械生命体の尾に向かって強力なレーザーを放つ。

貫きそうな程の衝撃に機械生命体は堪えられず、力尽きたように尾びれを地面に垂らした。壊れて開いた外装から微かにコアの輝きが漏れ出ている。

クールダウン中のポッド達に攻撃停止の合図を送り、機械生命体へ駆け寄ると10Dはそのまま外装の隙間に小剣を刺し入れた。

コアの光が消え、完全に死んだことを確認すると10Dはすぐに12Sの元へと走る。

『12S、ごめん。大丈夫?。』

10Dが12Sの機体を起こし呼び掛ける。

「あぁ、なんとか……でもこれじゃあ動けない。せっかく新しい機体にしたばかりなのに、残念だ」

置いていけ、とばかりに12Sが力なく微笑んだ。ブラックボックス信号が切れればバンカーでまた復活することが出来る。12Sが今のうちにログデータを更新したら、ここ数日の任務内容と今日の10Dとの共闘も忘れずに済む。

『………。』

しかし10Dは納得しなかったようで、しゃがみこんで12Sの右腕を掴むとそのまま背を向けて12Sの機体を引っ張った。

「あっ……10D、駄目だ。下ろしてくれ」

武器をポッド107に持たせて、10Dは12Sを背負い込む。

『大丈夫。雑魚ならポッドだけで倒せるし、強いのが居たら一旦安全な場所に下ろして戦うから心配いらない。』

「それは頼もしい……だけど、この損傷じゃ新しい機体にした方が合理的だ。君も僕を背負って帰らずに済む」

両手が塞がった状態で行動するなんて危険だ、と12Sが下ろすように促す。しかし10Dにはそんな気は毛頭無く、立ち上がって歩き始めた。

「……本当に連れていく気なのか」

『もちろん。まだどうにかなる見込みはあるでしょ。』

「はは……粘るなぁ……」

10Dの説得を諦めた12Sは大人しく背負われる事にした。

『12S、出口までどの通路が近い?。』

「そうだな……あそこから入って真っ直ぐ行った先のスロープを降りたらホールに繋がる。探索のときに確認した」

『分かった。』

10Dが指し示された方向へ進む。足場は所々濡れているため、滑らないように気を付けた。

「10D……」

『何?。』

「そっちじゃない、あっちだ」

12Sは少し呆れた様子で再度指差す。

「……本当に方向音痴なんだな」

『愛嬌だと思っといてよ。』

今度こそ指定の通路に入った10Dはそのまま直進を続け、言われていたスロープを降りてホールへと抜けた。

先刻10Dが弄んだクジラの骨が視界の端に確認できる。入ってきた所まで辿り着いた、と10Dは一息吐く。

『ポッド、最寄りの駅までの道標をお願い。』

「了解。目的地をマップにマーク。ゴーグルに転送」

それと同時に10Dの目の前に矢印が映る。

「あぁ……ちゃんと方向音痴の対策はしてるのか」

『まぁね。私のポッドが付けてくれた機能なの、すごく助かってるよ。』

背中の12Sに返答しながらポッド107に頭を寄せ、塞がった手の代わりのスキンシップを取る。

ポッド107と10Dが寄り添う様子をポッド085が何と無しに見つめた。

『じゃあ、廃墟都市に戻ろうか。』

10Dが他3機と共に水族館廃墟を出る。

石畳と道路の境目を踏み越え、駅廃墟の方を指す矢印を追いかけた。

 

 

 

 

 



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第5章 見知らぬS型

遠くに見えた人影は、どことなく自分に似ていた。


『はぁ……やっと着いた。』

行きも見掛けた列車型機械生命体の骸を見て呟く。

歩いてきた1つのレールが枝分かれし、各々が複数のプラットホームの両脇に並んでいる。

真っ直ぐ歩いた先のホームの上に12Sを一旦置き、10Dもまたホームへ上がる。

ポッド達に支えられながらまた12Sを背負い直す。

改札へ続く階段を降りようとしたその時、カシャーン…カシャーン…という金属の擦れる音が微かに聞こえた。

『………!。』

聞き覚えのあるその音に10Dは何やら期待して周辺を見回す。

「10D、どうした?」

12Sが訝しげに問いかける。

『ちょっとね……。』

10Dはホームを歩きながら音の正体を探した。

足元には破壊された機械生命体の残骸がたくさん転がっている。

それを見て、10Dはこのホームが先日6E達と合間見えた場所だと気付いた。

朽ちたエレベーターの横を通り過ぎ、更に進む。

反対側の階段まで行き着くと、またカシャーン…と機械生命体の足音が聞こえてきた。

『ポッド085、何か居てもまだ撃たないでね。』

「報告:権限は12Sにあるため、現在10Dからの命令は承諾出来ない」

サメ型機械生命体の時は12Sに支援しろと言われたから従ったまで、とポッド085が拒否を示す。

「ポッド、攻撃は僕か10Dが良いと言うまでするな」

「了承した」

『ありがとう。助かる。』

10Dが耳を澄ます。音は階段の底から響いていた。

それを確認し、10Dは階段を降りていく。

階段の先には他のホームと繋がる大きめの通路があり、その通路を横切って進むと更に下りの階段がある。

どうやら上がって来た方の階段と対称になっているようだ。同様にこちらにも改札があるのが見える。

人類ってどうも左右対称が好きなんだよな、と深い理由を特に考えもせずに通路を歩いた。

機械生命体の足音は段々と近くなっている。恐らくこの通路の付近には居るはずだ。

12Sを背負ったまま少し彷徨く。

「……10D、さっきから何を気にしているんだ?」

足音からして、おそらく個体は小型短足の機械生命体だろう。腕を振り上げて飛ぶ独特な足音が特徴的だ。

小型短足のような弱い敵を、しかも姿も見てない相手をこんなに探し回っているのは何故なのかと12Sが問い掛ける。

『この前ね、この駅廃墟のホームで敵対心のない機械生命体の群れと出会ったの。結局は6Eの小規模部隊の隊員たちに壊滅されちゃったんだけど……。でも1体だけ庇った個体が居たんだ。もしかしたら生き残ってるんじゃないかと思って。』

10Dが足音の方向を探りながら答える。

通路は中途半端に広く、音の反響しやすい構造になっているからか居場所が掴みにくいようだ。

『そう言えば、どうして12Sは今6Eの部隊と一緒に行動してないの?。』

「え? そりゃあ、四六時中同じメンバーで任務をするわけじゃないからな。必要な時だけ収集が掛けられる特殊編成だ。10Dはやったことないのか?」

『私は方向音痴だから、最初の任務が最後の集団行動になっちゃった。』

苦笑いを浮かべながら12Sに返す。迷子になったのがきっかけで部隊が混乱状態になり、結果的に任務は失敗に終わってしまったのだ。

「……10Dの言う6Eの部隊、本来ならその日に僕も参加してた筈だったんだ。でも任務の数日前に死んだせいでプラグイン・チップなんかが全部外れて機体が弱体化してた。それで任務から外されたんだ」

『あぁ、そういや6E達も12Sが居ればなぁって戦闘中に言ってたような。』

プラグイン・チップは死んだ機体から回収しなければならないが、5Bが散々探しても12Sタイプは見つけられなかったそうだからもう無理だろう、と10Dは密かに思った。

「君ら、大型機械生命体とも戦ったそうだな。6Eから任務後に聞いた報告ではその場に居た機械生命体は全部破壊したって内容だったよ」

『全部……。』

隠した機械生命体がその時に出て来てしまっていたら、もう既に壊されていることになる。

論理ウイルスの感染後のショックで気絶していた為、後半のことを全く知らない状態だ。憶測で生死を判断するのは止めた方がいいだろう。

『まだ生き残ったのが何体か居るかもしれないから、そう簡単に諦められないよ。6Eたちがほぼ全部の機械生命体を壊したのは確かだけど。』

「ソレ、ホントウ……?」

不意に幼い声が聞こえて、10Dと12Sがその方向に目を向ける。

1体の機械生命体が、赤と青の人類のピクトグラムが掲げられた仕切りから顔を出していた。

その手には朽ちかけた本を抱えている。

『あ……君は!。』

10Dがその機械生命体を見て声を上げた。

「うわ、本当に喋るのか……」

12Sの少し驚いた声が背中から聞こえる。

『無事だったんだね、良かった。』

声を掛けながら近寄ると、隠れるように壁の向こうに引っ込んでしまった。

『……どうしたの?。』

機械生命体の居る場所を覗き込む。足元では本を持った機械生命体がこちらを見上げていた。

探していた機械生命体の他にも生き残りが何体か居るようで、奥へと数体逃げていく姿が見える。

「オネーチャンノ家族ガ、ボクノ家族ヲミンナ殺シチャッタノ?」

寂しげな喋り方だった。

10Dは先程ホームで見た機械生命体達の残骸を思い出す。

「ボク達ヲ殺スタメニ、オネーチャンノ家族ハ来テタノ?」

『それは………そう、じゃない、けど。』

口ごもる。過程も結果も凄惨だった。

言い訳なんて意味を成さないだろう。

『ごめん……。全員助けたかったけど、無理だった。』

俯きながら謝る。

『も……もう、ここには来ない。これからはヨルハの仲間にも君らの存在は伝えたりはしないよ。私のせいで、危険な目に遭わせちゃったから……。』

無事だったことばかり喜んで、相手がどう思っているかなんてことは露ほども考えていなかった。

きっと憎んでいるはずだ。顔も合わせたくない程に嫌っているはずだ。

「……ホームノ下デモ、オネーチャンノ声、聞コエテタ。ヤメテ、殺サナイデッテ。ミンナノ悲鳴ガシタトキ怖クテ動ケナカッタケド、オネーチャンガ助ケテクレルンダッテ思エタ。オネーチャンノ家族ハ酷イコトシタケド、オネーチャンハボクノ家族ヲ庇オウトシテタカラ」

機械生命体が右手で10Dのスカートの裾を控えめに引っ張る。

「オネーチャンノ家族ノシタコトハ許セナイケド、オネーチャンハ違ウ」

『でも……。』

「ボクト残リノ家族ダケジャ寂シイカラ、マタ遊ビニ来テネ?」

機械生命体がスカートを放し、前屈みの10Dの顔に手を伸ばす。

『………ありがとう。……ごめん。』

頬に添えられた手から逃れるように姿勢を正し、機械生命体を見下ろした。

『……もう、行くね。』

ばつの悪い面持ちで改札の方へ歩いていく。

「オネーチャン、マタネーッ」

『じゃあね……。』

背後から掛けられる声に控えめに振り向いて、小さく手を振る。

許されたことが逆に辛い。

でも恨まれ怒りをぶつけられても落ち込むだろう。

階段を降りながら10Dが溜め息を吐いた。

何をされてもどのみち納得のいく再会にはならないわけだ。

「10D……大丈夫か?」

『うん、大丈夫……。』

機械生命体との会話ですっかり悄気てしまった10Dを12Sが心配する。

「推測:10Dはあの機械生命体に対して後ろめたい気持ちを持っている」

「ポッド……言わなくていいよ」

ポッド085の言葉に12Sが制止をかける。

「野暮だな、まったく……。ごめん、10D」

『別にいいよ。当たってる。』

改札を通り抜けながら10Dが返した。

その先の広間に出ると、しばし左右を見回し立ち止まる。

『……ポッド、レジスタンスキャンプはどっち?。』

「報告:左へ曲がり、外へ出て西へ進んだ先にある」

『ん……じゃあこっちか。』

ポッド107が示す方向とは逆に進む。

「報告:レジスタンスキャンプは反対の方向にある」

『いや、キャンプには行かないからいい。』

東側の出口に向かって歩いていく。

この駅廃墟は鉄道駅と百貨店が合体した巨大な複合商業施設だったらしい。天井から埃まみれの看板があちこちに垂れ下がって道案内をしている。

レジスタンスキャンプが幾つあっても足りないくらいの広大な敷地に10階以上の高さで建てられているこの施設は他の建造物に比べて随分頑丈だ。

故意に破壊された箇所はコンクリートが割れ鉄筋が折れ曲がったりなどしているが、経年劣化での崩壊はそれほど目立っていないようだった。

風化した床のタイルの隙間に躓かないように気を付けて歩く。

出口まで近付くと、強い風が吹き込んできた。

駅の前の大通りを挟んで並ぶビル群が風の通り道を作っている。少しふらつきながらも踏ん張りをきかせて外へ出ていく。

暗視ゴーグル越しにチラチラと動く影が見えた。

多分あれは機械生命体だ、と10Dはポッド107とポッド085を自身より前に行かせる。

『危なくなったら攻撃よろしくね。』

敵意があった時だけ、と釘を刺す。

もしかしたら先程見かけたように友好的な機械生命体の残りが居るかもしれない。安易に攻撃して彼の仲間を殺してしまったら申し訳ないだろう。

これ以上あの機械生命体が悲しむことをしたくない思いで10Dは人気のない道を進む。

目指すのは高台の方にある双子のアンドロイドが隠れ住む建物だ。

以前レジスタンスのピジュンに連れて行ってもらった時は高架下の壊れたフェンスを通って左斜めに向かっていったから、今回も同じ方向に行って問題ないはず。

安直に考えて10Dが歩いていく。

『…………。』

見覚えのある景色が一向に見えてこない。10Dは自身の欠陥を認めたくないようで、忙しなく右に曲がり左に曲がり、路地に入り大通りに出て……を繰り返していた。

「10D……目の前に駅が見えてることは分かってるか?」

『………今わかった。』

「そもそも何処に向かってるんだ?」

背中の12Sが少し呆れた様子で問いかける。自身を助けるために必要なものがこの地区にあるとは思えないと溜め息を吐いている。

『ここから少し離れた高台の下に治療やメンテナンスに特化したアンドロイドが住んでるんだ。そこに行くの。』

「報告:目的地をマップにマーク。ゴーグルに転送」

『あっ、私だけの力で辿り着こうと思ったのに……。』

ポッド107が道案内を始めてしまったことに10Dは不満を示す。

「推奨:一刻も早く12Sの損傷を直す」

『止血もワクチンもしてるし元気そうじゃん……?。』

「警告:一刻も早く12Sの損傷を直す」

『うっ……わかったよ。わかったって。12S、少し走るから気を付けて掴まっててね。』

ポッド085の威圧に怯んだ10Dが直ぐさま考えを改め目的地へ急ぐ。

ビルの間を駆け抜け、高台の方へと順調に進んでいった。

「ん………?」

途中、ふと12Sが何かを気にした様子で唸るのを聞いた。

『どうしたの?。』

「いや……何でもない。多分僕の見間違いだ」

軽く首を振りながら返す12Sの声色は少し不穏な調子だ。

『大丈夫?。引き返そうか?。』

「いや、いいんだ。あるはずないことだから、きっと気のせいだ……」

『……そっか。』

気になって立ち止まるも却下され、また矢印に向かって走り出す。

高台の麓に1つ、小さな灯りが見え始めていた。

 

 

 

 

 

目的地のすぐ傍まで来た。

建物の窓から部屋を照らすランプの灯りが洩れ出ている。

『よし、ほぼ到着……っ。』

走っていた10Dは減速し、動作を徒歩に変えた。

『外出してないといいんだけど、どうだろう。』

「報告:窓のカーテンが閉められた。住人の存在を確認」

『本当だ。居るね。』

足音と声でアンドロイドの接近に気付いたのだろう。カーテンの隙間から覗いた光もすぐに消えてしまった。

相変わらずの警戒ぶりだ、と10Dは少し身構える。

デボルとポポルは護身用の武器を持っていた筈だ。今は両手が塞がっているため万が一勘違いで襲われた場合、回避は難しい。

『……デボル、ポポルー!。私は10D。覚えてる?。前にピジュンの紹介で会ったことあるでしょ。』

建物に向かって声を掛ける。

心当たりがあったようで、赤い髪のアンドロイドが窓と扉から各々顔を出した。

「久し振りね」

「何の用だい」

ポポルがランプを点け直し、デボルが持っている武器を後ろ手にやりながら訊いた。

『今日は頼みたい事があって来たの。仲間の治療なんだけど、お願いできる?。』

10Dの背負っているアンドロイドを双子が一瞥する。

「またヨルハか……どうする?」

「困ってるみたいだし看るだけ看ましょうよ。……あなたたち、入ってちょうだい」

短い相談の後に招き入れられる。

『ありがとう。お邪魔します。』

「どうも……」

10Dと12Sが入り際に礼を言う。

「ここに寝かせて」

ポポルに誘導され、普段はテーブルに使われているらしき台に12Sを横たわらせる。

『腕と脚ひしゃげてるけど大丈夫かな?。』

「代わりのパーツ用意出来るなら完璧だけど、無くても一応機能するようには出来る」

『本当?。すごいね。』

「とは言っても限度はあるんだが……ちょっと見せな」

デボルが12Sの左半身を確かめる。

「まぁ、これならなんとか………んん?」

不意にデボルが12Sの顔を見ると、少し驚きも含んだ調子で唸った。

そのまま断りも入れずに12Sのゴーグルをむしり取る。

「お前……また怪我したのか! しかもこの前より酷いじゃないか」

「え……?」

デボルの様子に12Sが戸惑う。デボル・ポポルタイプとの対面は今日が初めての筈だけれど、デボルの発言は間違いなく面識があることを踏まえた内容だった。

『どうしたの?。』

声を荒げたデボルの様子を10Dとポポルが気にする。

「ポポル、見なよ。12Sだ」

「……あら、本当ね。何処でこんな大怪我したのかしら」

『12S、前に会ったことあるの?。』

双子の様子に10Dは首を傾げながら訊く。

「いや……初対面だ」

「何言ってるのよ、2時間前に出掛けて以来じゃない」

「や、本当に……」

「頭も打っちまったらしいな。ポポル、早く直してやろう」

食い違いながらも一方的に直す方向に進んでいくさまを10Dがおろおろした様子で眺める。

初めから直してもらうのが目的だったが、どうにも状況が変だ。把握しきれていないことがあるらしい。

「10Dは暫く待ってて。あっちの棚にある本も好きに読んでくれていいから」

『分かった。じゃあ……12Sをよろしくね。』

いざこざは機体が直ってから確認すればいいかな、と10Dはやや心配しながらもその場を離れる。

ポッド085は10Dに付くのを辞め、12Sの傍へ飛んで行った。

仕切りのある向こう側の部屋へ進む。暗がりの中、2つの寝台と大きめの棚があるのを確認した。

『ポッド、光を強くして。』

「了解」

辺りを照らして棚を物色する。古びた本が数冊並んでいる。おそらく拾い物だ。

小説や詩集が多い。棚に埃が積もりかけていることから、最近は手に取られていないと窺える。

『マザぁ……グース?。』

「推測:詩集」

『詩か……あんまり馴染みがないな。』

何となく手に取りページをパラパラとめくる。

空白を大胆に取り入れた紙に短い文と小さな挿し絵が付いている。ほぼ全ページに渡ってそれが繰り返されていた。

『うーん……よく分からない。これ人類は普通に理解出来たの?。』

例えば見てよこれ、と10Dがポッド107にとある項を見せつける。

「疑問:ハンプティ・ダンプティとは」

『塀から落ちちゃったらしいんだけど、誰も元通りに出来ないんだって。でもこんなこと書く意図が分からない。』

短い文章を率直に読み取る。

挿し絵には大きな丸い頭の人類がちょこんと塀に腰を据えていた。

「報告:人類の文学には何気ない事柄に何らかのメッセージを籠め教訓とする手法が多く存在する。」

『メッセージねぇ……分かりやすくズバッと提示してくれればいいのに。』

 

ハンプティ・ダンプティ 塀に座った

ハンプティ・ダンプティ 転がり落ちた

王様の馬をみんな集めても

王様の家来をみんな集めても

彼を元には戻せない

 

落ちたものは壊れた。壊れたものは誰であろうととも元通りにすることは出来ない。

『どんなに地位が高くても不可能があることとか、形ある物の儚さを表現してる……みたいな感じ?。』

「報告:当機はこの詩についての答えを持っていない。……強いて云うならばハンプティを卵に置き換える」

ポッド107がチカチカと光りながら返す。

『たまご?。』

「報告:主に日照地帯で見られる鳥類、爬虫類、両生類などの生き物が子孫繁栄の為に産み落とすもの。多くは白い球状。生まれるまでの子を守る甲殻である」

資料として見せた画像は鶏の卵だった。割れて中からドロリとした黄色と透明な粘液が漏れ出ている。

『断面が薄くて脆そう……。』

ふーん、と唸りながら10Dは本を閉じた。

『……まぁ、いいや。本はやめる。暫く寝て過ごそう。』

本を棚に戻してから、双子のどちらかのベッドに寝転がる。

緩みきったベッドのバネが揺れ、ギシギシと嫌な音を立てた。

壊れたものは元に戻せない。

先程の詩の内容を何となく思い出す。

次に挿し絵と駅廃墟の機械生命体と重ね合わせた。

10Dにとって特別な機械生命体。同じ型の機体はいくらでもあるけれど、パーソナリティに関しては唯一無二だ。

あの機械生命体が死んだら、同じ自我を持った機械生命体には2度と出会うことはない。

更に考え、10Dは自身についても考える。

ヨルハ部隊員は替えの義体とログデータのおかげで何度でも同じ個体として復活できるが、結局機体が壊れていることは変わらぬ事実だ。

長いことデータの更新をしないまま死んだら過去の自分に戻ることになり、それまで手に入れた情報や経験が失われる分ある程度変化した人格も退廃してしまう。

壊され消えた自身の人柄もまた唯一無二。同じ自我データと同じ型番の義体だからといって、また同じ成長をするとは限らない。

死んでしまえば、壊れてしまえば、もう同じものは手らないことになる。結局は脆い。

『(14Oは私が死ぬ度に困惑しただろうな……他の隊員達だって多分みんな同じ経験をしてるはず)。』

出来事を共有した筈の片方は思い出を持っていない、というのは寂しいことなのかもしれない。

喜びも悲しみも憂いも愛憎も分け合えないなら虚しさに変わってしまう。

『たまごと私や機械生命体は一緒なのかな……。』

「回答:世界中の全てが当てはまる」

『ポッドも?。』

「肯定」

『そっか……。』

無くなったら嫌なものばかりだ、と10Dは溜め息を吐く。息を深く吐く動作で背面のバネが大きくギシリと鳴いた。

向こうの部屋で施術を受けている12Sはどうだろう。

もう少し前に出会っていたら、また違う彼と会えていたかもしれない。

プラグイン・チップなんかで強化された義体だろうから6E達みたいな威張った態度だったのかも、などという想像をした。

『あ、そうだ……日誌も書かなきゃ。』

ヨルハの少数部隊と駅廃墟での事を考えてふと思い出す。

暇なら書くべきだろう。いずれは壊れるのだから、次の自分へ伝えなくては。

起き上がり、端末を表示して文章作成用のツールを開いた。

『前はバンカーでエイリアンのこと書いたよね。』

「肯定」

『今回は色々ネタがあるから書き甲斐がありそう。』

浜辺や水族館廃墟のことを思い出しながら10Dが綴っていく。

思ったことを書こうとしているが、どうしても報告書のような仕上がりになってしまうなと文を読み返す。

暫く日誌を書いて過ごしていると、ポポルが声を掛けてきた。

「10D、一段落着いたわ。今ソファで寝かせているところよ」

『お疲れさま。随分早いね。』

端末をしまいながら10Dが目を向ける。

「さっきまで喋ることしか出来ないくらい損傷が酷かったじゃない。でも色々復旧させられたから、あと少し休めば十分よ」

『さすがー。直してくれてありがとう。お礼は何がいい?。』

「いえ、お礼なんていいの。12Sは私達が助けたくて治したんだから」

言いながらポポルが10Dの横に腰掛けた。

「疑問:12Sのデボルとポポルとの関係性」

ポッド107がポポルに問いかける。

「初めて会ったのは数週間くらい前だ」

答えたのはデボルだった。デボルも寝室に入り、2機の向かい側のベッドに座る。

「ここからそう遠くない場所で壊れてるとこを発見して、私達で直したのよ。見つけた時はもう死んじゃったのかと思ったくらい損傷が酷かったのだけど。存外丈夫なのね、ヨルハの機体って」

「ははっ。埋葬しようってポポルが提案して、手ぇ伸ばしたらガッツリ掴まれたよな。あの時の吃驚したポポルの叫び声ときたら、今思い出してもおかしくって……」

「あの時はデボルもキャーッて叫んでたでしょっ! 随分と可愛い悲鳴だったわね?」

思い出話に華を咲かす双子の様子を10Dが何となく眺める。

『……ねぇ、ポッド。5Bとバンカーでした話思い出せる?。』

「推測:見つからなかった12Sの義体の話」

『そう、それ。』

数週間ほど前、この付近の高台で戦闘中に12Sがロストして、6Eはそのまま置いていった筈だけど5Bは見つけることが出来なかった。

誰かが持っていったんだろうね、という会話が蘇る。

そうだ。5Bは双子に聞きに行く、と言っていた。

『ねぇ、5Bっていう銀髪のヨルハ隊員がここに訪ねて来なかった?。』

訊くと、デボルとポポルはぴたりと談笑を止めて10Dに目を向けた。

「あぁ……あの背の高い女のアンドロイド?」

「背っていうかヒールが高いのよね。あの時は地面が泥濘んでたから歩きにくそうだったわ」

『やっぱり来たんだね。12Sについて聞かれなかった?。』

鉢合わせたなら旧12Sはもう既に連れて行かれている筈だ。

でも2時間前に出掛けたという言葉があるから、その可能性は低い。

まだ5Bが近辺に居るなら、外で生存を確認して司令官に報告していることもあるだろう。

「あのヨルハなら追い返しちゃったわ。機械生命体がバラバラにして何処かに持っていっちゃったんだろうねって伝えたの」

「少し疑う素振りはあったけど、まぁブラックボックスの調子が悪くて良かったな。信号が出てないからとか何とか言って、匿ってないって信じてすぐに帰って行ったよ」

双子の言葉に10Dは唖然とした。

隠す理由は何だろう。他者を騙して楽しむような人格でもないから、生きていることを知らせるなと旧12Sに口止めでもされているんだろうか。

直って動ける状態にも関わらず、他のヨルハとコンタクトを取らないうえ地上のアンドロイドと一緒にひっそり過ごしているのは何故だろう。

デボルとポポルは現在居間にいる12Sを旧12Sだと思い込んでいるが、旧12Sが帰ってきたらどうなるんだろう。

「ねぇ、何でそんなこと聞くのかしら?」

「お前に何か関係があるのかい?」

双子にそう聞かれ詰め寄られた。

5Bが12Sを探しに来たことを気にしたからか、先程から双子に朗らかさが消えている。

『……いや、ちょっとね…………。』

身を引きながら若干焦る10Dの背後で、ポッド107が銃口を構える時の音が聞こえた。

ポッド107から見てもあまり良い雰囲気じゃないらしい。

ほんの数秒間の長い膠着状態が続き、部屋は奇妙な静けさで包まれる。

デボルとポポルの出方次第で対応が変わる。

双子は武器を手放しているから幸いにも10Dとポッド107に分があった。

「お前も5Bと同じか?」

「負傷もあなたが12Sを捕らえるために攻撃したからじゃないの?」

「やり過ぎたから私らの所に来たわけか」

「12Sが直ったら連れていこうって言うのね」

距離がどんどん詰まり、ベッド上で壁際に追い詰められる。

弁解する余裕もなく、にじり寄る双子にたじろぐ。

『…………っ。』

伸ばされた手にびくつき咄嗟に背の小剣の柄に手を掛けた。

「何してるんだ」

不意に背後から掛けられた声にデボルとポポルが反応し振り返る。

声の主である12Sが目の前に立っていた。

「12Sったら駄目じゃない。まだ寝てなきゃ」

ポポルが駆け寄り、12Sをソファに戻そうとする。

「あら……あなた、服まで元通りにした覚えはないのだけど。デボルがしてあげたの?」

「いや、私はやってない。……ていうか、左足付けたばっかりで歩ける筈ないし、しかも落とした筈の泥とか埃がまた付いてるのは何でなんだ」

デボルも近付き、12Sの姿を確かめる。

「ところで……居間のアレは何のつもりだ?」

その言葉で双子の表情が訝しげなものから凍りついたものに変わった。

揃って慌ただしく隣の部屋のソファへ走っていく。

遅れて10Dがベッドから立ち上がる。

「お前が持ってきたのか」

『え……そうだけど。まさか君が居るとは思わなかった。』

睨むように見つめる旧12Sに10Dは不穏なものを感じた。

やはり此処に留まっているのは都合の悪い理由があるからと考えて間違いは無さそうだ。

「丁度良い、ポッドが恋しかった頃だ。これを機に返してもらおう」

そう呟くと、隣の部屋へ歩いていく。

ソファには12Sが休眠状態で寝かされていた。その傍らにポッド085が待機している。

戸惑っているデボルとポポルを押し退け、旧12Sはポッド085を抱き寄せる。

「ポッド、僕だよ。ごめんな。今まで寂しかっただろ」

言いながら武器を振り上げ、12Sに突き刺した。

『…………!。』

止めようと駆け寄ると、旧12Sが手をこちらに向ける。ハッキングの構えだ。

「お前、10Dだろ。残りの義体はあと数える程しかないんだってな? 僕のこと黙っててくれるなら見逃してやってもいい」

S型と戦うのは厄介だ。ハッキングを仕掛けられてしまうし、こちらは識別信号で攻撃がままならない。

「僕の事をどれだけ把握しているか知らないが、どちらにしろヨルハの指令部に僕の生存が知れたら拙い。ここでお前を殺してもいいが、処理が面倒だ。だから黙っておけ」

「拒否:無断での部隊の離脱は違反行為に値す……」

『ポッド、ちょっと黙ってて。』

後ろから付いてきたポッド107の返事を10Dが途中で遮る。

『分かった。……この事は秘密にしておく。でも私を逃がすなら、そっちの12Sも一緒で良かったんじゃない?。君が生きてない証拠みたいなものだったのに。』

壊れかけた12Sを指差して聞く。

「デボル、ポポル……君ら、コレを僕だと思って話し掛けたりしただろ?」

「え、えぇ……したわ」

「考えてみたら、あの時の12Sは私達に動揺してたな……」

旧12Sの質問に少し怯えた様子で双子が返した。

「ほらな、それなら生かしててもバレるだけだ。コレと僕の思考能力は同じだからどうなるか分かるんだ。少し冷静に考える時間があればほぼ正解に近い状況を仮定できる。僕と対面させずに逃がしてもすぐ推理して真実に辿り着くだろう」

『私みたいに黙らせるのはダメだった?。口は堅くないの?。』

「あぁ、確実に告げ口をするだろう。僕自身そうだ。他者の不正は問答無用で上に報告する。だから生かしておけない」

そう言ってもう一度武器を振り下ろし12Sの胸を刺す。

漏れ出たオイルがソファを伝い落ち、床に広がった。

10Dは二の句を告げられぬままその様子を眺める。

「報告:ブラックボックスの停止を確認」

ポッド085の言葉で旧12Sは武器を引き抜き、愛しげにポッド085の本体に顔を擦り寄せた。

「ポッド、これからは仕事なんて忘れて僕と過ごそう。デボルとポポルと一緒に楽しく自由に生きよう」

「拒否:当機の随行支援対象は今刺し殺された12Sである為、旧義体の勧誘には応じられない」

「そうか……じゃあ要らないな」

つれない返事を聞き、言葉と共にポッド085を12Sの上に放り捨てる。そしてそのまま12Sと同様に刺し壊した。

あまりの切り換えの早さに唖然とした10Dだが、すぐ我に返り自身の背後にポッド107を隠すように立った。

旧12Sの仕打ちにデボルとポポルも引き気味なようで、テーブルの向こう側で震えながら身を寄せ合っている。

「もう出ていけ。お前がここに居る理由はもう無いだろ」

突き出された掌に脅され、出口へ誘導させられる。

『……最後に1つ質問していいかな。』

「何だ」

『どうして部隊から逃げたの?。』

ドアから出た際に訊くと、旧12Sは不機嫌そうに肩を竦めた。

「逆に、何でお前は部隊に居続けるんだ? 毎日毎日こき使われて、何度死んでも復活させられて痛くても辛くても戦い続けなきゃいけないなんて地獄じゃないか」

ヨルハ部隊員は優秀であればある程、仕事量や難易度が増す。

精鋭部隊に所属していた旧12Sも相当な事をさせられていたのだろう。

「麻痺してたのか、部隊に居たときはそれが当然だと思ってた。僕らは与えられた職と仕事に尽くすのが当たり前だと思ってた。あの双子に直してもらって平穏に過ごす前まではな」

デボルとポポルに目をやる。

「2人には感謝してるよ。何せ僕に新しい生き方を与えてくれたんだからね。人類の為なんかじゃなく、自分達の為だけの生活を送る日々はとても充実している。何もかもから解放された気分だ」

『そう……。』

「お前も自分が本当はどう在りたいのか考えてみろよ。他人に与えられた任務がどんなに壮大で名誉な事だったとしても、自ら望まない限り自分を犠牲にしてまでやる必要は欠片もないんだ。他人の為に殉職なんてもう真っ平だね」

溜まっていた鬱憤でも晴らすかのように次々と言葉を連ねていく。10Dは半分何を言われているのか理解出来ないまま相槌を打っていた。

「そういう訳で僕は今後一切ヨルハと関わらず生きると決めたんだ。僕を邪魔しないでくれよ、絶対に。絶対にだ」

それを最後にドアは閉められる。

ドアの向こうで旧12Sが怯んだ双子を宥める声が微かに聞こえた。

10Dは双子と旧12Sの住み処から踵を返し、静かに駅の方向へと向かう。

『…………。』

旧12Sに言われた言葉を思い返す。

本当はどう在りたいのか、というのがピンと来ない。

私はヨルハ部隊員として生まれた。だから最後の最後までヨルハの為に活動するものだと認識している。

人類の悲願である地球の奪還に貢献するのは生まれた意味そのものだろう。

元は旧12Sもそう思っていたようだが、今はその考えに異論を唱えている。

新しい生き方。自分の為の生活。

よく分からない……地上で暮らすレジスタンスに憧れているんだろうか。

10Dは首を捻りながら進む。

「報告:道を間違えている」

ゴーグルに道標を出したにも関わらず駅から遠ざかる10Dにポッド107が声を掛けた。

『あ……うん、こっちかぁ。』

ぽんやりとしながら方向を変え、矢印を追いかけて歩く。

12Sを助けられなかったのは残念だったけれど、それよりも旧12Sのことが衝撃的で悲観には及ばなかった。

今頃バンカーで新しい12Sが準備されている所だろうか?

取り敢えず14Oに任務達成の報告をしなければ。

水族館廃墟から出てかなりの時間が経っている。あと何故12Sがロストした場所が任務と関係の無い地区なのか聞かれるだろう。

通信で終わらせるべきか、直接報告に行くべきか。

旧12Sの事も黙っておかないといけない。約束しなければ面倒な嘘を考えずに済んだのだろうけど、そうしないと自分が殺されていたのだ。仕方がない。

色々考えながら進み、とうとう飛行ユニットが待機している場所まで来てしまった。

『…………。』

「推奨:バンカーへ戻る」

『うん……。』

別に絶対に戻らなくてはならない訳ではないが、端末越しにちゃんと話せる気がしない上、10Dはメンテナンスが必要な程度の軽傷を負っていた。バンカーへ帰還した方が良い状況だった。

2機が飛行ユニットに乗り込み離陸する。

星空に向かって上昇を続ける最中、ポッド107が10Dに報告を行った。

「報告:14Oに向け、先ほどの旧義体の12Sとの会話の映像データを送信した」

『えっ……?。送ったの!?。』

薄い雲の間をすり抜けながら10Dが驚いて声を上げる。

『どうして?。言わないって約束したのに……。』

「推奨:司令官に包み隠さず報告する。推測:12Sの件はいずれバレてしまう可能性があり、その場合は黙認した10Dも共犯者として処分される確率が高い。それに脅しで交わさせられた口約束をわざわざ守る必要もない。隠し通したところで、10Dのメリットはゼロである」

約束を守る事がいつでも正しいとは限らない、とポッド107が諫める。情報処理能力もそんなに良くない10Dは冷静な判断が出来ていない中、浅はかにも「取り敢えず約束は守ろう」と考えてしまった。

自ら危険な状況に陥ろうとしている。成り行きで違反行為に及ぶ前に10Dを裏切り者の告発者に仕立て上げようと思い、ポッド107は独断で映像をバンカーへ送ったのだった。

「推奨:違反者に加担しない。違反者に手を貸すという事は、規則違反を犯したも同然」

『そうかな……。まぁ………そうだね。』

何となく理解したらしく、10Dは浅く何度か頷いた。

『……でも、旧12Sは殺されちゃうよね。』

「肯定:殺されるだけの事をしたということ」

『うん………そうだね。』

呟くような返事のすぐ後、映像データを受け取った14Oから通信が来た。

〈10D! 今何処ですか? 大丈夫ですか!〉

『14O……バンカーに向かってるところだよ。』

慌てた様子の14Oが端末に映る。空気が薄い高さまで来ているからか、少し聞き取りづらかった。

〈無事ですね、良かった……! 映像は司令官に見せてもいいですね?〉

『え、あっあぁ……うん、お願い。詳しくは後で司令官に説明するから。……じゃあまた後で。』

司令官に見せることを一瞬躊躇うも、10Dは已む無しといった表情で14Oに任せる。

バンカーはもう目に見える位までの距離に迫っていた。

 

 

 

 

 



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第6章 目覚め

塀から落ちたタマゴ、崖から落ちたアンドロイド。


バンカーに戻った10Dは司令官から色々聞かれ、全てを正直に話した。

一通り報告を終えると司令官は「この問題は別の者に片付けさせるから廃墟都市の東側には一時立ち入るな」と10Dに告げた。

注意されたことと云えば、戦闘不能の仲間をわざわざ地上で修理しようと試みた判断力の低さについてだけだった。よく無事に帰って来たと労われ事情聴取は終わった。

意外な程あっさりとした対応を受け、10Dは少し腑に落ちないなと首を傾げながらその場を後にする。

そのままリフトを上ってオペレーターのブースへ入った。

「10D」

接近に気付いた14Oが席を離れて10Dに駆け寄った。

『やぁ、14O。さっきぶり。』

「10D、27Sにメンテナンスを頼んでおきました。軽度とはいえ油断はいけません。後でちゃんと部屋に行ってください」

『うん、わかった。心配してくれてありがとう。』

少し話をした後、司令室を出た。

14Oは以前より私に気に掛けていることを言葉にして伝えようとしてくれている気がする。

『最近の14Oは少し優しくて、なんだか人が変わっちゃったみたいで変な感じ。』

親密度が上がったようで嬉しい、というのに近い感情はあるけれど、印象の変化に対する多少の戸惑いがあった。

昔から素っ気ない言動が多かったことで、自分は14Oに大事に想われていないものだと10Dは決めつけていたからだ。

「報告:他者の内面が計り知れないというのは今更な疑問である。本心を隠したり、考え方が変化したりするのは不思議なことではない」

『まぁね、今地上で生きてる12Sもすっかり変わっちゃったみたいだし。』

「規則に反する程の変化は推奨されない」

雑談を交わしながら廊下を歩いていく。

自室に着くと、既に部屋の前で27Sが待機していた。

『お待たせ。メンテナンスお願いね。』

「ええ。任せてください」

3機が部屋に入ると、10Dはベッドに寝そべり27Sに体を委ねた。

「噂で聞きましたよ、なんだかイレギュラーな事があったんですってね」

『噂が早い。』

「情報収集はS型の十八番ですから。……それにしても、ブラックボックスの信号が無いにも関わらず活動が止まらないなんて、僕は初めて聞きましたよ」

メンテナンスを進めながら27Sが興味深げに言う。

「まぁ、実際はブラックボックスは停止しておらず信号を送る機能のみが壊れていた、ということでしょう。ピンポイントでそんな事が出来るかどうかは知りませんけど、他にあるとしたら……」

脱走兵を増やさない為にもこの事例は表沙汰にしない方が良い、と途中で呟きながらも27Sは現実味のある可能性を次々と思い付く限り挙げていく。

さすがはメンテナンス担当なだけあって、機体の仕組みについて詳しい。

一方10Dは己の構造を全く理解しておらず、27Sの考察をぼんやりと聞き流していた。

ブラックボックスが破壊されたり、義体の中心部が大破したら死ぬ。戦う上で知っておけばいいのはこの程度だ。義体をどう弄くればどうなる、なんて話は他人事と同じように思えていた。

「……よし、完了です。僕はサーバー室に戻るので、何か不具合があったら言いに来て下さい」

『ありがとう、今のところ良さげだよ。』

手をグーパーしながら10Dが答える。

部屋を出ていく27Sをベッドに座ったまま見送ると、入れ替わりで14Oが入ってきた。

自然な動きで10Dの横に腰掛ける。

「10D、次の任務について司令官から通達がありました。暫くの間はまた物資の収集をメインに活動を続けてほしいとの事です」

『わかった。もう地上降りた方がいい?。』

降格されたような気分になって、14Oに対して少し申し訳無く思った。

与えられた任務は殆ど達成させてきたが、最近は立て続けに余計なことをしていたから「大人しくしろ」ということなのかもしれない。

『やっぱり資源回収とかが分相応なのかなぁ……。』

「気を落とさないでください。収集活動だって重要な仕事ですよ。それに比較的危険の少ない任務ですから、私は安心してあなたをサポート出来ます」

慰める14Oの肩に項垂れた様子の10Dが凭れかかる。

『そりゃあ、なるべく危ない目には遭いたくないよ。でも頼りにされなくなるのも、ちょっとね。』

「頼られなくなった訳ではありませんよ。緊急時は討伐の要請を出す可能性もあるそうですし」

『本当かなぁ……。』

凭れ掛かった体勢から更に傾き、肩から滑り落ちるように10Dは横たわった。

「ほら、起きてください。仕事が待ってますよ」

10Dの頭を撫でて宥める14Oが地上に降りるよう促す。

『まぁ、頑張るよ。少し前に戻るだけだし……。』

ベッドから這い出るように起き上がり、10Dはポッド107と共に部屋を出る。

「格納庫まで送りましょうか?」

『うーん……大丈夫。14Oも忙しいでしょ。』

部屋の前で14Oと別れ、10Dは地上へ向かった。

 

 

 

 

 

任務内容が物資の収集に戻ってから1週間が経った。

あれ以来10Dはバンカーに戻っていない。

元に戻った日々をそれなりに過ごしながら任務をこなしていた。

その日も滞りなく仕事が済み、リーダーの部屋に物資を預けて14Oに任務達成の報告をメールで送る。

メールボックスから離れてヨルハ部屋に入ろうとしたとき、落ち込んだ様子で戻ってきたレジスタンスを見かけた。

ピジュンだ、と10Dが一瞥しながら部屋のドアを開ける。

確か月1程の頻度でピジュンはデボルとポポルに会いに行っていたはず。日頃の機械生命体の動きや周辺環境の変化などの情報交換を主な目的として交流しているのを知っている。

司令官からの命令で10Dはデボルとポポルの住み処のある東側に入れないため、双子のその後の様子をピジュンから聞き出そうと考えた。

『ピジュン、やけに元気がないね。何かあった?。』

近付いて話し掛ける。声に反応し力無く振り返ったピジュンは、10Dを見て少し驚いたように後退りをした。

「あ……あぁ、あんたか。すまない、少し気分が悪くて」

無意識に厭がってしまった態度を言い訳するようにピジュンが眉間の辺りを押さえる。

『ねぇ、私デボルとポポルのこと聞きたくて……今日会ってきたの?。』

10Dが聞くと、ピジュンは目を伏せて首を振った。

「……死んでた」

『え……。』

「デボルとポポルと、あとヨルハっぽい背の低い男のアンドロイドが家のすぐ傍で倒れてた。男の方はバラバラに壊されてて、デボルとポポルは……首と腹部に深い傷を負わされてて………機械生命体とは明らかに違う襲われ方だった」

ピジュンの話を聞いて犯人に心当たりのある10Dは、旧12Sのついでに双子も殺されてしまったかと小さく唇を噛んだ。全く懸念していなかった訳ではないが、実際に起こった今、少し後悔が滲む。

「なぁ……やったのはヨルハだろ? デボルとポポルはそっちの問題に巻き込まれただけなのに、何で殺されなきゃいけなかったんだ?」

『それは………。』

いきなり両肩を掴まれて詰問を受ける。咎めるような眼には余裕が無く、悲しみと怒りの混ざり合う相手の形相に10Dは言葉を詰まらせた。

「推測:デボルとポポルは指名手配対象の隊員を匿っており、2機は執行役が隊員を処罰する際に激しく抵抗した可能性がある。その場合であればやむを得ず加害に及んだと考えるのが自然」

ポッド107が理由を淡々と告げる。

それを聞いたピジュンは力が抜けたように10Dの肩から手を下ろした。

「…………そうか」

『えっと………。』

虚ろな目になったピジュンを心配し、10Dは言葉を掛けようとする。が、どう慰めていいのか分からずまた中途半端な沈黙が生まれる。

「……結局あんたらヨルハってのは規則だけで動いてる、血も涙もない連中なんだな」

失望した、とでも言いたげな眼で10Dを睨むとピジュンは足早にその場を去っていった。向かったのはリーダーのアイビスの部屋がある方向だ。

おそらくデボルとポポルの死を報告しに行くのだろう。

「……否定:血も涙もないのは全てのアンドロイドに共通することであるから、機械同士で使うべきではない。推奨:別の表現を用いる」

『涙なら辛うじて出るよ……何故かは知らないけど。』

いつもなら間髪入れずに訂正をするポッド107が珍しく本人が居なくなってから発言した。

空気を読んだのかは定かではないが、10Dはそっとポッド107を撫でておいた。

理不尽に憤りをぶつけられたような気もするが、ピジュンも多分どこに感情をぶつければいいのか分からないだけだ。10Dと処刑役のヨルハは全く別の個体だけれど、同じヨルハを名乗るなら責めてよしとなってしまうのだろう。

『…………。』

どことなくデボルとポポルの立場に似ているな、と10Dは小さく溜め息を吐いた。

一部の地域を管轄していた双子のアンドロイドの暴走により、全世界のデボルとポポルが災禍のような扱いを受けているらしい。

直接的な関係はないもののリスクと責任を負わされ冷遇される状況が、いずれヨルハにも起こるのかもしれない。

そう思うと、やるせない気持ちになった。

 

 

 

 

 

少女の姿形をしたアンドロイドと、その随行支援ユニットが廃墟都市の大通りを歩いている。

依頼された収集物を預けるため、レジスタンスキャンプに向かっている最中だった。

〈オペレーター14Oより10Dへ。新たな任務が追加されました〉

14Oから通信が入る。

『はーい。あ、頼まれてた資材集まったよ。今から預けに行くところ。』

〈では預けてからでも結構です。完了したら折り返してください〉

一旦通信を切り、またレジスタンスキャンプに向かう。

『新しい任務だってさ、ポッド。』

「推奨:走る」

『そうだね。たぶん次の任務は収集じゃないよ。』

意気揚々と駆け、あっという間に収集の任務を終わらせた。

〈こちら14O〉

『14O、任務終わったよ。』

〈早くて助かります。次の任務は多少緊急性のあるもののようなので、すぐにでも現場に向かってください。目的地に印を入れておきます〉

直後、10Dのマップにマークが付いた。

目的地は廃墟都市の北側の方だ。近くに崖がある。

矢印を出してもらい、道を走っていく。

〈………10D、すぐに向かえと言いましたが、考え直したので撤回させてください。この任務は少し危険です。他の隊員が来るまで待った方がいいと思います〉

『えっ、でも緊急なんでしょ?。私だって戦えるんだからすぐにでも行かないと。』

足を止めずに目的地へ進む。あと500メートル程で着くという表示がゴーグルに映された。

〈任務の内容は、大量発生した怪獣型機械生命体を殲滅することです。現在目的地の近くには10Dしか居ません。あなただけでは心許ないので至急、周囲の隊員に応援要請をします。ですからもう少し待機していてください〉

『怪獣型なら毎日倒してるよ。心配なのは分かるけど、私は自分の出来ることで少しでも部隊に貢献したい。大丈夫だから、私に任せて。』

〈待ってください、10D。お願いです、待ちなさい……!〉

『ごめんね。14O。』

勝手に通信を切った10Dはそのまま走って目的地に向かう。

久し振りの資材収集以外の任務に舞い上がっている様子の10Dをポッド107も止めようとしたが、結局10Dは聞かずじまいだった。

目的地周辺まで来ると、武器を手に取り様子を窺う。

『……確かにいっぱい居るね。』

「推奨:応援部隊の到着まで隠れて待機」

『却下。少しずつ倒せばいける。』

怪獣型は1区間に1体見るくらい普通に出てくる機械生命体だ。

だけど今回は見える範囲だけでも10体は居る。

『まぁ……いつもに比べればすごく多いけどさ、慌てずに戦えば私だけでも大丈夫だよ。』

重厚な足音が絶え間なく聴こえる。

囲まれるといけないから、なるべく少しずつ群れから離して倒すのがいいだろう。

その際に複数の機械生命体がこちらに気付いてしまったら、戦うどころではなくなる。

気を付けなければ。

『…………。』

気配を消して物陰から様子を窺う。

一番近い怪獣型がこちらに向かって歩いてくるのが見えたが、どうやら10Dの存在には気付いていないようだった。他の怪獣型はどれも別の方を向いている。

チャンスだ、と10Dはポッド107に指示しライトを点滅させた。

暗闇で不規則に光る明かりを見つけた怪獣型が思惑通りに10Dの潜む物陰にゆっくり近寄ってくる。

『……よしよし、いい感じ。』

足音が目前まで迫るタイミングで10Dはライトを消させ、別の建物の陰に移った。

怪獣型は正体不明の光を見失い、辺りを見回して探している。

また物陰からライトを出し、誘き寄せる。

ここまで来たらもう大丈夫だろう。順調に群れから距離を置いたところで10Dは小剣を握り締めた。

『ポッド、行って。』

その言葉に従ってポッド107が物陰から飛び出した。

強めにライトを灯し、怪獣型の注意を反らす。

挑発するように飛ぶポッド107を追い掛けようと怪獣型が10Dに背を向けた。好機を逃すまいと10Dは死角から急所を狙って小剣を振るう。

直後、攻撃を食らった怪獣型が10Dの存在に気付いて奇声を上げた。金切り声のような汚い咆哮だ。

紫色の光が怪獣型の機体から薄く洩れる。

それを見て10Dはポッド107に灯りを消してこちらに戻るよう指示をした。すぐさま飛んで来たポッド107を連れて怪獣型から距離を取る。

『来るよ。』

10Dがポッド107に合図し、慣れた様子で怪獣型の後ろ側へ回り込むように走った。

途端、10Dの背後を紫色の光線が突き抜けていく。

同じ場所に立ったままで居たら確実に当たっていた。光線を気にもせず10Dは走り続け、怪獣型との距離を見計らって高く跳んだ。

怪獣型は、背中で溜めたエネルギーを口から放射した後の戦闘体勢に戻るまでのインターバルが少し長い。

その数秒間を利用して、10Dは無防備な怪獣型の機体目掛けて武器を突き立てた。

重力を伴った一撃が怪獣型機械生命体の心臓部を貫く。事切れた敵が爆発する前に10Dは小剣を引き抜き、怪獣型の背中から飛び退いた。

『まずは1匹。どんどんやっつけよう。』

破片が散らばる音を歯牙にもかけず、群れの方へ威勢良く向かう。

〈こちら14O。……10D、大丈夫ですか?〉

また誘き寄せようとポッド107の明かりを付けた直後、14Oからの通信が入った。

『大丈夫。今のところ順調だよ。』

〈応援要請に3名の隊員が応えてくれました。あと30分もしない内に全員揃うはずですから、物陰に隠れて待機していてください〉

光に気付いた1体を先程と同様に誘導しながら答える。

『まだやれるよ。なにも敵を一斉に相手する訳じゃないんだからさ、特に問題ないよ。いつもとちょっと違うだけ。』

心配する14Oを宥めるように10Dが余裕たっぷりに微笑んでみせた。

〈はぁ……くれぐれも無茶だけはいけませんよ。危なくなったらすぐに逃げなさい〉

そう言い残し、14Oが通信を切った。

今回は強く止めることもなく手短だ。10Dが敵と対峙している真っ最中だということは多分バレているだろう。

『心配いらないよ……っ!。』

怪獣型の飛び蹴りを避けながら10Dがポッド107にレーザーを撃たせる。バランスを失い横転した怪獣型の両脚を大剣で圧し壊す。

立ち上げれなくなった怪獣型が無い脚をバタつかせ、むやみやたらに光線を放った。横一閃に通る光線を間一髪飛び跳ねて避ける。

『危な……っ。』

ポッド107に一瞬だけ掴まり、エネルギーを吐き終えた怪獣型に目掛けて小剣を振り下ろした。

金属を擦り合わせたような鳴き声を上げ、そのまま爆破して飛び散る。

そうしてまた次の怪獣型を誘き寄せては倒すのを繰り返し、最初に確認した数の半分は減らすことが出来た。

「報告:順調ではあるものの、注意散漫になり始めている。推奨:待機もしくは退避」

『もうすぐ加勢来るんでしょ?。だったらあと少し頑張って良いところ見せよう。』

「不同意」

ポッド107のつれない返事を聞きながらも尚10Dは同じような作業を続け、遂には最後の1体を残すのみとなった。

『アイツで最後かぁ。みんなが来ないうちに任務終わっちゃいそうだね。』

ポッドも14Oも心配しすぎだよ、と10Dが揚々たる態度で笑う。

『一気に突っ込むよ!。』

今回は物陰に隠れることなく、広場を1体で彷徨く怪獣型に向かってまっすぐ走って向かう。

『ポッド、レーザー。』

まだこちらに気付いていない怪獣型にレーザーを放った。

衝撃で重心がズレ、怪獣型が少しよろけて傾く。その瞬間押し倒すように10Dが飛び掛かり、小剣を怪獣型の機体に刺して切り払った。

1発で仕留めたと10Dは確信し、流れのままに敵の亡骸を蹴って更に奥へ跳ぶ。

回転して着地を決めたと同時に背後で爆破音が響いた。偶然にも十字路の真ん中でそんな事になったため、10Dは自然と得意げな表情になっていた。

やってやった、と満足げに10Dが振り返る。

「警告:敵機械生命体の増加」

後ろから追いかけてきていたポッド107がそんな事を言う。ガトリングの照準は定まっていなかった。

10Dの両側の通路から紫色の光が溢れる。

次の瞬間、10Dを貫こうとばかりに鋭い光線が射出された。

『…………っ!!。』

後ろ返りで避け、すぐさま通路を窺う。

左右の通路から合わせて5体の怪獣型機械生命体が現れた。

『しまった……!。』

言葉と共に10Dがポッド107を連れて走り出す。元来た道は塞がれてしまった。

「報告:そっちは崖」

『わかってる。でも他に道がないの。』

走りながら後ろを窺う。5体とも10Dに向かって迫ってきている。

射たれる光線や火炎放射を寸でのところで避けて先へ進んだ。

『あぁ、もう崖が見える……。』

焦った様子で立ち止まり、10Dは仕方無しに怪獣型の方に向き直る。

『ポッド。戦ってる内に元来た向こう側に行き着けるだろうって算段はどうかな。』

「報告:低確率かつ無謀」

『はは……同感。でもやらないよりマシでしょ?。』

「同意」

『あーあ、待機しとけば良かった。』

乾いた笑い声の後に溜め息がこぼれた。

10Dは小剣を構え、迎撃体勢に入る。ポッド107もまたクールダウンを済ませてレーザーの準備を整えた。

眼前で紫の光がほとしばる。

『……こういう時に限って、応援って来ないよね。』

放たれた光線を避け、10Dは敵の懐に潜り込んだ。内部のコアを貫き、振り返る動作のままに腕を大きく振るう。スウィングの動きで近くに居たもう1体にも斬撃を浴びせた。

火炎と光線が高頻度で放たれ、それを避ける10Dを追撃しようと尻尾や飛び蹴りが襲う。

激しい攻防を繰り返していた10Dは疲れ果てた様子で一度距離を取った。ポッド107も忙しなく稼働しているため、クールダウンに時間が掛かっている。

『はぁ……キリがない。』

さっきから守ってばかりで、敵にダメージを与える機会が回ってこない。

来た道側へ行きそのまま逃げる作戦も思い通りにいっていない上、怪獣型に少しずつ押され崖の際に一層近付いていた。

距離を取ったものの、怪獣型はすぐに追い掛けてきて次々に攻撃を浴びせていく。

1体だけなら何の問題もないのに、と10Dは悔しそうに顔を歪めた。

勝算は駆け付けてくれる応援の仲間でしか望めない状況だ。一緒に戦えば、あっと言う間に片付けられるだろう。けれど未だに来る気配はない。

避けることに精一杯になっている10Dは自爆して切り抜けようかとも迷うが、それでトドメを刺せるかどうかは甚だ疑問であり非常に不確実な方法なため即決には至れなかった。

今は戦えるだけ戦おう。手足がもげたら自爆しよう。

絶え間なく続く猛攻を紙一重に躱す。大きな外傷はないものの、少しずつダメージが蓄積していった。

人工皮膚が所々裂け、スカートの端が焦げて崩れていく。

大丈夫。四肢が動く限りは大丈夫だ。武器が握れるのならまだ救いはある。どうにか生き延びて拠点に戻らなくては。

私はまだ壊れるわけにはいかない。

いつか14Oと交わした約束を思い返しながら、10Dは小剣を握り直した。

 

 

 

 

 

まさかこんなに時間が掛かったなんて。

散々走ってようやく駆け付けた隊員がボロボロになった仲間の姿を目の当たりにする。嘆息しながら、こちらに気付いていない怪獣型機械生命体の背を四〇式拳鍔で叩き潰した。

怪獣型が悲鳴を上げて絶命していく最中、応援要請をしていた仲間が驚いた様子で隊員を見た。

『5B!!。』

次の怪獣型を攻撃しながら呼び声に応える。

「元気そうで何よりよ、10D」

2体目を倒して次を殴りにいく。足蹴を真っ正面から拳で受け止める。重いけれど、圧し勝てばいいだけだ。

壊れた3体目に踵を返して5Bは10Dに近寄る。

残りはたったの1体。10Dだけで倒せるはずだが、義体の損傷や疲弊もあってか手こずっているようだった。

「大丈夫なの?」

『5B!。大丈夫じゃないっ……来てくれないかと思った!。』

寸でのところで攻撃をかわしながら返事をする10Dは少し怒っているように見えた。けれどその口は安堵したような笑みも浮かべているようにも思える。

いずれにしろ、疲れきった表情からは正しい感情など読み取れない。

「だらしないわねぇ。さっさと倒して帰るわよ」

間に合って良かったわ。

そう思いながら5Bが怪獣型に向かって拳を振りかぶる。

その時、最後の怪獣型が光線を放ちポッド107を撃ち抜いた。

呆気に取られた様子の10Dと、少し遠くへ弾き飛ばされていくポッド107を視界の隅で捉える。

『……ポッド!。』

10Dがポッド107へ手を伸ばすのと5Bが怪獣型を叩き潰すのはほぼ同時の事だった。

「10D、諦めなさい!」

そっちは崖よ。急いでそう伝えようとしたが、既に10Dは崖の縁を蹴飛ばして空中でポッド107を掴まえていた。

飛び散る怪獣型の部品と爆発に視界を遮られる。

けれど5Bは確かにその目で、崖に落ちていく2機の姿を確認した。

あの崖はかなり深い。底が見えないくらいだ。落ちたらきっと衝撃で義体は破壊するだろう。

けれどポッドが居るならおそらく大丈夫だ。ゆっくり着地し、やがてポッド107が10Dをサルベージするはず。

そう見込んだ5Bは直後に到着した他の隊員と共に崖下を覗いて待機したが、いくら待っても淵の景色は暗く沈んだままだった。

 

 

 

 

LOADING - システム起動中…

 

 

システムチェック開始

メモリーユニットチェック:グリーン

戦術ログ:初期化

地形データ:ロード開始

バイタルチェック:グリーン

MP残量チェック:100%

ブラックボックス温度:適正

ブラックボックス内圧力正常

IFF起動

FCS起動

ポッド通信接続不可

DBUセットアップ

慣性制御システム起動

環境センサー起動

装備認証:完了

装備状態チェック:クリア

システム:オールグリーン

戦闘準備完了_

 

 

 

 



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