まいひめ―姫子IF― (どんタヌキ)
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1,切っても切れない絆

姫子を主人公とした新作でございます。
長さとしては、恐らく三~四話程度の長くない、中編を予定。




 ある人物が目覚めれば、そこは昔その人物の人生のターニングポイントともいえる場面だった。

 その人物は、未だ何で自分がここにいるとか、私死んだはずじゃとか、そもそもこれって時代遡ってるとか、頭の中が混乱という言葉では片付けられないほどごちゃごちゃしている。

 

 だが、そんな物などお構い無しにその人物の先輩は、語り始める。

 

 

 

「……高校でも、一緒に全国ば目指さんか?」

 

 そう、それは昔言われた事と全く同じ言葉。

 

「いや、全国ば目指すだけじゃなか。狙うはトップ……その為には姫子の力がきっと必要になると思うし、姫子と一緒に狙いたか」

(……どうなっとると、これ)

 

 

 鶴田姫子、身を持ってタイムリープという不可思議現象を経験する事に。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 姫子は福岡に存在する新道寺女子高校に通う、麻雀部員であった。

 そこは北部九州で最強と呼ばれるほどの名門校、その中でも姫子はレギュラーを掴み取り、更にはダブルエースと呼ばれる存在の内の一人でもあった。

 

 そして二年生の時の全国インターハイ。

 憧れでもありお互いに信頼を寄せ合う先輩との最後の全国の舞台。

 

 自分、いや自分達の実力で絶対に優勝の二文字を掴みとるんだ、そんな思いで挑んだ大会。

 ――――だが、その願いは叶わなかった。新道寺は、準決勝で破れ姿を消す事となる。

 

 

 

 負けてから泣くだけ泣き、チームメイトの元後輩が何故か差し入れに持ってきてくれたタコスを泣きながらかぶりつき、それをおいしいと感じながら、泣き疲れる。

 涙が枯れるほど泣くなんてそんな馬鹿な、と今までは思っていた姫子であったが奇しくも自身がそれを体験する事となった。

 

 それから決勝戦を見た後に東京から福岡へと帰る、そんな予定であった。

 だが、不運にも――――本当に不運にも、無慈悲な出来事が起きる。

 

 先輩と二人でチームメイトが皆泊まっているホテルから出て、気分転換に散歩をしていた時だった。

 歩道を歩いていたのにも関わらず、猛スピードで車がこちら側に突っ込んできたのだ。

 

 

 

「なっ――――!?」

 

 その先輩は突然の出来事に反応が出来ず、逃げたいのにも関わらず身体が硬直してしまった。

 だが、二人歩いていた内の一人は反応出来た。身体が動いた。

 

 

 

「ぶちょぉおおおおおっ!!!」

 

 姫子はその先輩の身体を強く押し、安全圏内へと突き飛ばす事に成功する。

 だが、自身の身体はデッドゾーン――――勿論、既に車は突っ込んできていて逃げ切る事など出来るはずもなかった。

 

 

 

(……ああ、これは死んだと)

 

 もうこれから起こる自身の運命を、姫子は悟る。

 そして、きゅっと小さく目を瞑った。

 

 

 

(ぶちょーが無事でよかったとです……こんな私を可愛がってやぐらしか見てくれて、嬉しかったとですよ)

 

 ずっと面倒を見てくれて、そんな思い出が一瞬の内に頭の中をよぎり、姫子は思わず笑顔を浮かべてしまう。

 そして――――

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ねえねえ、姫子の進路ってもう決まっちょるん?」

「麻雀で推薦取れる高校が何校かあるけん、後は選ぶだけばい」

「おー、流石姫子は全国常連だけあって凄かねー」

 

 今、姫子は生立ヶ里中学校の三年生であり、進路を決める季節でもある。

 その事を、友人と話していた。

 

 

 

(……車に跳ねられたと思ったらぶちょーがいて、ばってんそこは知っとるはずの、だからこそおかしか場所で。一年たった今でも、実感が沸かんと……)

 

 姫子は死んだと思ったら昔懐かしい、だからこそおかしいはずの場所にいて、そして流れに身を任せるように一年が過ぎた。

 その懐かしい場所にいた時の姫子は中学二年生。そこから一年がたち、現在中学三年生となっている。

 

 高校二年生から、時代を遡ってきたという事になるのだ。

 そしてそれを実際に身をもって経験しているのは、姫子本人だけ。

 

 

 

「ばってん、推薦はそれなりにあっても行く高校は決まっとるけん」

「新道寺、だっけ?姫子の知っとる先輩でもあり、ここの卒業生でもある人に誘われとるって前に言っとったような」

 

 そして姫子は前の自分と同じように、新道寺を受ける事を既に決めている。

 

「……ん、もう二度と離れたくなかと」

「姫子は大げさやけん、二度とってオーバーすぎと。一年離れとっただけで、今生の別れって事でもなかろうに」

 

 友人からすれば、憧れの先輩であろうとたかが一年離れただけで二度と離れたくないという言葉が聞こえてくるのはいくらなんでもオーバーすぎるだろ、と軽く突っ込んだだけの台詞である。

 

「……」

「姫子?」

「……ん?あっ!な、何でもなかと」

 

 ただ、今の姫子からすればその台詞というのは決してオーバーな物ではない。

 現に、今生の別れをしそうになっていたのだ。いやむしろ、ならなかったという事実が奇跡である。

 

(もう、あんな怖い思いしたくなか……二度と会えない、そんなの絶対嫌と……)

 

 少し身体を震わせながら、あの時のシーンを思い返してしまう姫子。

 二人の手を完全に引き離す瞬間のシーンだ。完全なトラウマになっていないだけ、マシと言えるだろう。

 

 

 

「おーい、進路調査のプリント回収するから後ろから回してこーい」

「ほら姫子、プリント前に回して」

「……あっ、ごめん」

 

 

 

 担任の声が教室内に響く事で、再び姫子は正気に戻る。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「うあー、今日の部活も疲れたばい」

「……本当にいっつも部活終えた後仁美は飲み物ば飲んでばっかやね」

 

 ある日の新道寺の麻雀部の部活が終了し、二人の一年生部員がお互いに会話していた。

 一人は、羊の毛のようなパーマが特徴の江崎仁美。

 

「もうこいが習慣になっとるけん、仕方なかー。何より疲れた後のジュースは、うまか」

「いや部活終了後どころか常に飲んでる姿しかイメージなかと」

 

 仁美は部活が終わった後だけどころか、他者から見ればいつでもジュースを持っているような姿しかイメージされない。

 故に、突っ込まれる。

 

 

 

「もうじき二年生かー……しっかり者で実力もトップの哩はともかく、私が先輩になると考えると、不安やけん」

「心配なか、仁美も徐々に校内ランク上げてきたやろ?それに心配せんでも、何だかんだ何とかなる」

 

 仁美は自身が強豪校で先輩になる立場になる事に少しながら不安を抱えていたが、もう一人の一年生――――白水哩からは、大丈夫との声。

 ちなみに哩は、一年生ながら既に新道寺のエースであり、全国屈指の実力者である。

 

 

 

「今年はどげな新一年生が入部してくるかねー。とんでもなか有望な選手は入るっちゅー情報はなかと?」

「私の後輩が特待生で入部してくると。実力も申し分なか」

「哩の後輩……あっ、あのインターミドルで哩と共に有名になっとったあの子か!名前は、えっと……」

「鶴田姫子な、ばってん……」

 

 仁美は新たな一年生はどんなのが入ってくるか気になっている所に、哩が自分の後輩であり、実力もある姫子が入ってくると伝える。

 だが、どこか歯切れが悪い。

 

 

 

「ん?何か問題でもあるんか?」

「……こいば見てくれ」

 

 その歯切れの悪さが気になり仁美が気になり、哩に問いかける。

 それに応じるように、哩は自身の携帯の画面を仁美に見せた。

 

「……?別に普通じゃなかと?」

「いや、こいは明らかに異変ばい。何故ならいつもならある絵文字が全くなか。こんな文字だけの文、普段なら姫子は送らん」

「……いや、そげな事知らんと」

 

 哩が仁美に見せたメールの内容は、多少寂しいが特に違和感もないような短文。

 それにも関わらずやたらありえない、と強調する哩に仁美は呆れるだけだった。

 

 

 

「……前から思っちょったけど、哩って凄く真面目そうに見えてどこかポンコツたい」

「んなっ!?ど、どこがポンコツと!」

「パッと見は凛々しいと、ばってん私生活はどこか抜けまくっとる」

 

 周りから見ればとても凛々しく、しっかり者のイメージを持たれるような哩。

 だが中身を知る者からすれば哩はたまに、お前大丈夫かと言いたくなるような行動を見せる事もあるのだ。

 

 

 

「っと、ジュース飲み切ったけん。んじゃ、ポンコツ哩さんまた明日ー」

「それだけ言っておいてただで返すと思っとると?そこに直れ!その羊毛狩りとったる!」

「羊毛じゃなかっ!?」

 

 ギャーギャー喚き合う一年生部員が二人。

 本日も、新道寺麻雀部は平和であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、本格的に春を迎える時期。

 そしてこの日は、四月から新たに入学する生徒達が入寮してくる日でもあった。

 

 

 

「……むう、落ち着かん」

 

 既に寮生活を送っており、もうすぐ二年生へとなる哩はうずうずしていた。

 

 その理由として、哩の部屋に新たな一年生が入ってくる事。

 

 基本的に、新道寺の寮生活というのは一つの部屋につき二人の生徒で生活をする事となる。

 今までは二つ上の先輩と共に生活を送っていたのだが、その先輩が卒業し新たに新入生がその代わりとして入ってくる事になるのだ。

 

 

 

(しかし、先輩か……中学ん時はそこまで強く上下関係意識せんかったばってん、高校は大人っぽくしっかり先輩らしさ見せんといかん)

 

 中学生の時は先輩後輩の関係と言っても、哩はそこまで特別意識などしていなかった。

 だが、高校生となるとその意識も変わってくるのかしっかりした所を後輩に見せないと、と意気込んでいる。

 

(……くそっ、誰がポンコツと。私はポンコツじゃなか)

 

 少し前に、仁美に言われた事を哩は思い出す。

 あくまで自分はポンコツではなく、まともな人間だと心の中で主張する。

 

 

 

(そういや、姫子もこん寮に入寮か。まさかこん部屋に……いや、なか。そんなわずかな確率)

 

 ふと、後輩の姫子の事を哩は思い出す。

 姫子も哩と同じように、今年から寮生活を送る事になるのだ。

 

 新一年生という事で、姫子が哩と同じ部屋で同居をする可能性もある事にはある。

 だが毎年結構な数の一年生が入寮してくるこの新道寺では、その可能性もかなり低いだろう。

 

 

 

(……もう、一年も会ってないんか)

 

 哩からすれば姫子はいつもそばにいた後輩だ。

 離れてから寂しさを感じ、気がつけばあっという間に一年が過ぎていた、そんな感じである。

 

 

 

(……ま、別の部屋でも同じ寮なら会えるし。まずは元気か確認するために顔合わせんといかんな)

 

 もし部屋が別々であろうと、同じ寮での生活なので会おうと思ったらすぐに会う事だって出来る。

 更に言えば、姫子も麻雀部に入部してくるので部活でもしっかり顔を合わせる事は出来るのだ。

 

 

 

「……ん?」

 

 ピンポーン、と不意に音が部屋中に響く。

 哩の部屋の、インターホンが鳴った音だ。

 

「あっ、その……今年から入寮する事になって、こん部屋に決まって……」

(ついに来たか、これから生活を共にする後輩が……!しっかり、先輩らしさば見せんと)

 

 もう一度気を必要以上に引き締める哩。

 その顔は、わずかではあるが強張っていた。

 

 もし哩が変に緊張感を持っていないで普段通りならば、その声の人物にも気がつくことが出来ていたかもしれない。

 だが今の哩は、気づかなかった。

 

「はいはーい、ちょっと待っとれー」

 

 そのまま哩は座っていたソファから立ち上がり、玄関へと向かう。

 そして、ドアを開け――――

 

 

 

「ようこそ新道寺へ、歓迎する……と?」

 

 哩は目の前の人物を見て驚愕する。

 何故なら、そこにいたのは自身の中学校の後輩でもあり、よく知る人物。

 

 

 

「姫……子?」

 

 姫子が、そこに荷物を持って立っていた。

 僅かな確率の壁を超えてきて、同室への入寮が決まっていたのだ。

 

 

 

(……いかん、不意打ち過ぎてかける言葉が浮かばん)

 

 本当なら哩は姫子に言いたい事はたくさんあるはずなのに、はっきりとした言葉が浮かんでこない。

 

 

 

「その……遠路遥々、お疲れ。中、入らん?」

 

 やっとの思いで搾り出した言葉が、これ。

 何にせよそれなりの距離を移動してきた姫子をずっと立たせるのも悪いので、哩は部屋の中に入れる事を提案した。

 

 

 

 ――――だが。

 

 

 

「ぶちょー……」

「ん、どうした?」

「……ぶちょおおおっ!!」

「ッ!?!?!?」

 

 姫子は大泣きする。

 そして、そのまま哩の胸に顔を埋めながら泣き続ける。

 

 

 

(どどどどうなっとると!?今は部長じゃないとかそういうのは置いといて、こん状況でどうすればいい!?)

 

 突然の出来事に、どうしていいのか頭が回らない哩。

 いくら久々に会ったとはいえ、こんな状況に陥るとは夢にも思わないし無理も無い場面ではある。

 

 

 

「と、とりあえず落ち着くと?大きな声出しすぎると、周りにも迷惑やけん、な?」

「も、もう二度と……離れたくなかとです……!」

「あー、離れん!離れんから、落ち着くとー!」

 

 とにかく、哩は姫子を慰める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「……ほれ、お茶飲んで落ち着くと」

「ありがとーございます……」

 

 それからというものの、哩は少し強引にではあるが何とか姫子を部屋の中に入れて、泣き止ませる事に成功した。

 今はソファに座らせて、温かいお茶を用意し更に心を落ち着かせようと努力している。

 

 

 

「……ごめんなさい、ぶちょー。入った途端迷惑ばかけてしまって……」

「ん、その程度なら心配はなか。……流石に、多少驚いたけどな」

 

 姫子も迷惑をかけてしまったことに関して自覚があるので、素直に謝る。

 それに対し哩はそんな事気にしていない、と優しく声をかけた。

 

 

 

 実は前の時間軸でも、哩と姫子は同じ寮で、同じ部屋だった。

 その時は久しぶりに会えた事、そして同じ部屋になれた事を喜び合い、こんな重たい空気にはなっていなかった。

 

 そしてその事実を知っているのは姫子のみ。哩は知る由も無い。

 

 

 

「それにしても、どうしてあんなに泣いて……いや」

「……ぶちょー?」

 

 姫子がここまで泣いた理由を聞こうとして、哩はその口を閉じる。

 姫子自身もその事を聞かれると思っていたため、途中で口を閉じた事に対し不思議に思った。

 

 

 

「そん事は喋りたくなってから喋れ。こん一年間、姫子の事はメールや電話でのやりとりくらいしかしとらんから、何があったかまでははっきりわからん」

 

 この一年間で、姫子は何を、どう思って生きてきたのかは哩はメールでのやりとりなど、僅かな部分でしかわかっていない。

 

「そげな事よか、大事な事がある。とりあえず、笑っとけ」

「……笑え、ですか?」

「こん部屋来てから、姫子に会ってからまだそん笑顔ば見てないと。辛かった事があったのかもしれん……ばってん、私は笑ってる姫子が見たか」

 

 この部屋に入ってからずっと辛そうな表情を見せる姫子に対し、哩は笑え、との一言をかける。

 その理由もシンプルだ。哩が、姫子の笑顔を見たかったからというだけ。

 

 

 

「……ぷっ」

 

 その聞く人によっては臭いとも思えるような哩の台詞に、姫子は思わず笑ってしまった。

 

(ぶちょーは、あの事ば知っとらん。ばってん、ここにいるぶちょーも優しい、あの時と何も変わらん私の尊敬していたぶちょーばい……)

 

 ここにいる哩は、姫子がタイムリープをしている事など知らない。

 だが、本質は姫子の知っている、優しく憧れの人物でもある哩そのものだ。

 

 

 

「……ぶちょー、そんな台詞言って恥ずかしくなかとですか?」

「……なっ!こっちは姫子の事を心配して……」

 

 少しムスッとした表情をしながら哩はそんな事を言い、そしてその後お互いに笑い合う。

 ようやく、和やかな空気が部屋を包み込んだ。

 

 

 

「……姫子」

「何です、ぶちょー?」

「とりあえず言うと、今は別に部長でも何でもなか。……無理だけは、せんでほしい」

 

 それでもなお、哩は姫子の事を気にかける。

 大切な後輩でもあり、もし悩みがあるのなら無理はしないで先輩である自分に相談して欲しい、そのように哩は思い込む。

 

 

 

「……大丈夫です!ぶ……せんぱいに会えて、たくさん元気貰ったとですから!」

「そうか、ならいいが……頼むから、部活の時に部長と間違えないで欲しいと……」

 

 今度は別の問題に頭を抱える哩であった。

 それでも笑っているのは、最初に会った時よりも随分と元気になった姫子を見れているからであろう。

 

 

 

「さて……元気になった所で、改めて言わせて貰う」

「……?」

 

 また改まって真剣な表情を見せる哩に対し、姫子はどうしたのだろう、と疑問の表情を浮かべる。

 

「ようこそ新道寺へ、歓迎すると」

「……ありがとうございますっ!じゃあ、私からも一つ言わせて頂いてもよかとですか?」

「ん?」

 

 改めて、哩は姫子に対し入学する事への歓迎の言葉をかける。

 それに対し、逆に姫子が哩に対し言いたい事があると声をかけた。

 

 

 

「全国優勝ばするために新道寺に来ました、よろしくお願いします!」

「……ふっ、こんなに心強い後輩も他におらんと。ありがとう、姫子。新道寺に来てくれて」

「ぶ……せんぱいと一緒に優勝したかったから。その思いは、全国のどんな猛者よりも負けてなか!」

 

 

 

 姫子のその思いの強さというのは、終わってしまったはずの哩と共に再び全国を目指すというチャンスを再び手にする事が出来たため、前よりも一層強い。

 それは高校一年生とは思えないくらいの、高い意識であった。

 

 

 

 こうして、一度は失ってしまったはずの夢を再び叶えるたの少女の。いや、少女達の物語は再び歩み始めていく事となる――――




こうして始まった新道寺の物語。

実は、元々ちゃんとした主人公ポジとしてしっかりとした長編を書くつもりではいたんです。
だけど無理だと悟って諦めました←
方言とかいう無理ゲー。

でも書きたかったので、中編程度の物を書こうと決意したというわけでございます。

今は全く絡んではいませんが、連動要素も予定しています(実際にやるかどうかはわからない)


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2,変化

今思うと新道寺の小説は少ない気がする。
新道寺はかなり好きなのに……


「おはよーございますっ、せんぱい!」

「ん、おはよ」

 

 寮生活がスタートし、一つ屋根の下二人で生活する事となった姫子と哩。

 姫子は自分より先に目覚めていた哩に、元気に挨拶をした。

 

 

 

「今日は朝食作っちゃる、やけん今ん内に顔ば洗ってきんしゃい」

「ありがとーございます!」

 

 まだ寮生活の細かいルールなどはお互いに決めていない。

 料理当番もいずれは決めようとしているが、今日くらいはまあいいだろうと哩が率先して現在朝食を作っている。

 

 

 

「んっ、つめたかー」

 

 洗顔クリームで顔を洗ってから冷水をバシャバシャと何度か顔にかける。

 泡を完全に洗い落としてからタオルで顔を拭き、その後化粧水、乳液と肌の手入れは欠かさない。

 

 そして洗面所から出てきた姫子の鼻が感じ取ったのは、部屋に広がるいい匂い。

 

 

 

「お、終わったか。簡単な物しか作っとらん、勘弁な」

「……十分すぎますよ!」

 

 テーブルに広がるはハムと卵のサンドイッチ、ワカメとオニオンスライスのスープ。

 部屋のいい匂いはこのスープによるものだった。

 

 

 

「スープとってもおいしそうですっ、いい匂いが広がって……」

「それ、インスタントやぞ」

「……サンドイッチ、おいしそうですね!」

「おい」

 

 こんなコントのようなやりとりもあって。

 お互いに笑いあいながら両手を合わせ。

 

 

 

「「いただきます!」」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 本日は新道寺の入学式である。

 朝食を取った後、姫子と哩は二人で学校に向かい、現地で一度別れた。

 

 

 

「んー、こん光景も懐かしか」

 

 ほぼ変わらないこの入学式の光景。

 校内に入り、自分の割り振られたクラスを確認する。

 

 

 

「……三組」

 

 掲示板を見て自分の名前を見つける。

 それは前と変わらない、一年三組であった。

 

 クラスを確認した姫子は他の生徒とは違い慣れた足取りで教室に向かい、そして入って自分の席を見つける。

 

 

 

(そういえば、隣には花田がおったなあ……)

 

 いきなり隣に標準語を喋る、逆に浮いていた存在。

 後に打ち解けあい、同じ麻雀部という事もあり親友となった花田煌という人物だ。

 

 そんな親友をまた久々に見る事が出来るだろうと、少しワクワクしながら座って待つ姫子。

 

 

 

(……あれ?)

 

 だが、隣には別の女子生徒。

 おかしいな、と姫子は周りを見るが煌の姿は無い。

 

 

 

「よーし、全員揃ったなー」

 

 そのまま煌は教室に来る事は無く、クラス全員の席が埋まるのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 夜になり、部活を終えた哩が帰宅する。

 まだ一年生は入部していないため、姫子は先に寮に戻っていた。

 

「おかえりなさいですー……」

「ん?テンション低かね、何かあったと?」

 

 元気が無い、という訳では無いが少し声が沈んでいる姫子の様子を見て哩は尋ねる。

 入学式、面白くなかったのかな?という的外れな疑問を持ちながら。

 

「んー、何かあったという訳ではなかとですがー……」

「……よし!」

 

 入学したのにも関わらず、いまいちテンションの上がりきっていない姫子を見て哩は何かを決意したかのように声を出す。

 

「夕食、美味いもん作っちゃる!座って待っとれ!」

「え?先作って食べちゃいましたけど……」

「……うっさい、食え!高校生の胃袋は強か!」

「ちょっ、食べれなくは無いですけど……太りたくなかとですー!ぶちょー……ぶちょー!」

「先輩と呼べ!」

 

 意地でも二人分の夕食を作ろうとする哩と、止めようとはするがいずれ諦め何だかんだ座って二度目の夕食を待つ姫子。

 食べた時は哩の作ってくれた夕食のおかげでテンションが上がってはいたものの、その後カロリーを気にし逆にテンションが下がってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 少し日は経ち、この日は新一年生が様々な部活動に入部する日。

 勿論、姫子は麻雀部に入部するわけである。

 

 

 

(クラスは違う、ばってん恐らく麻雀部に入ってくるであろう花田とようやく顔合わせ出来ると)

 

 恐らく今日煌と出会えるのではないかと姫子は楽しみにしていた。

 自分のクラスにはいない、だがどこかにはいるだろうという安易な考えで姫子は他クラスの名簿には全く目を通していない。

 

 

 

 そして授業が終わり、いよいよ放課後の部活が始まる時間帯。

 

 

 

「生立ヶ里中学校から来ました、鶴田姫子です。よろしくお願いしますっ!」

 

 新一年生はそれぞれ自己紹介をする所から始まる。

 五十音順で自己紹介が進んでいき、姫子は真ん中よりもやや後の方で出番が来た。

 

 

 

「お、哩の後輩かー。インターミドルでも大活躍しとったな、期待してると」

「はい!」

 

 現在の部長から声をかけられ、元気よく応える姫子。

 自己紹介のため立っていた姫子はそのまま座り、チラリと哩がいる方向を見る。

 

 

 

「姫子ちゃん、やっぱ期待されっとねー。やっぱり、かなり実力持っとるん?」

「当たり前やけん、姫子は強か。私も負ける時は普通にあると」

 

 姫子には聞こえないくらいの声ではあるが、自分が褒められているわけではないのに何故かドヤ顔をしている哩を姫子の目からは確認できた。

 

 

 

(……あれ?)

 

 そのまま自己紹介は普通に進行されていく。

 何も違和感は無い――――が、姫子だけが感じ取った違和感があった。

 

 花田、という名前を聞く事も無く、は行の新入生の自己紹介は終了した。

 

 

 

(何で……おらんと?)

 

 おかしい、といるはずだった親友の姿を確認できないまま自己紹介は終了する。

 今までは何事も無くほぼ同じ世界を自分が回っているつもりだった。だが、この時姫子は僅かではあるが改変された世界である、という事を確信する。

 

 

 

(……辛いなあ)

 

 冷静に受け入れはするものの、それでもその親友がいないという事実を受け入れるのは辛いのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(うーむ……)

 

 何があったかはわからないが、見るからに落ち込んでいる姫子を見て哩は悩む。

 

 朝の時点ではついに部活が始まる、という事でテンションも高かった姫子であるが終わってみれば何故かそのテンションは真逆へ。

 その原因を探るべく、哩は考える。

 

(部員と合わない……なんて事は考えられんしなあ、でも落ち込んどるんは部活が終わった後……いや、途中か)

 

 特別部員が姫子を嫌っていたわけでもなく、むしろ歓迎ムードだった。

 故に部活で落ち込んでいる訳ではないと考えるが、落ち込んだのは明らかに部活の途中なので矛盾しているのだ。

 

 

 

(……わからん!)

 

 現在哩は学校のすぐ近場のコンビニにいる。

 一緒に帰宅してから、姫子を元気付けるために甘いお菓子でも買おうと考え、一人で行ったという模様だ。

 

(……ん?)

 

 その時、たまたま一つの雑誌が哩の目に入る。

 

(Weekly麻雀TODAY……今週は宮永照特集か)

 

 麻雀の雑誌、表紙を飾っているのは同じ高校生である宮永照であった。

 

 

 

(こいつも買っとくか、姫子も読むと思うし)

 

 そして哩はそのまま雑誌もかごに入れ、レジに向かうのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「姫子ー、お菓子買ってきたと」

「あっ、わざわざ……えっと、今お代出しますね」

「よか、こいは私んおごりやけん」

 

 そして様々なお菓子が入ったコンビニのレジ袋を手に持ちながら、哩は帰宅する。

 お金を出そうとした姫子を制止し、そのままテーブルに袋を置いた。

 

 

 

「わー、プリンおいしそーです!」

「よくあるコンビニんやけどな」

 

 色々なお菓子の中から、プリンを選択する姫子。

 哩は杏仁豆腐を取り出し、ついてきたプラスチックのデザート用スプーンを手にとってお互いに食べ始める。

 

 

 

「あれ、そういえばこん雑誌何です?」

「麻雀ん奴と、姫子も読むか?」

 

 今度は最初に食べていた物を交換して姫子が杏仁豆腐を頬張っていた所、哩の読んでいた雑誌が気になり始める。

 そして表紙を見て照の姿を確認し、やっぱり化け物と改めて感じた後に、姫子は何か違和感を覚えた。

 

「宮永照は本当に凄か、清澄なんて普通ん高校に進学したんが信じられん」

「清……澄?」

「ああ、長野ん所……せめて長野なら風越とか行けばよかと思うが、まあ無名ん高校から出てくるチャンプっちゅうんも一種ん格好良さば感じるっちゃ感じるが」

 

 哩からすれば清澄の照は凄い奴だ、というだけの話なのだが姫子からすれば違う。

 何故、白糸台にいないのか。これもまた変化なのか、と。

 

 

 

「……姫子?」

「……え?あ、はい!」

 

 少しボーっとしていた姫子に哩は呼びかける。

 その言葉に対しハッと目覚めるかのように姫子は返事をした。

 

「元気出すと……何があったかは知らん、ばってん部活ん途中から見るからに元気無くなってた。私じゃ相談に乗れんかもしれんが……」

「……せんぱい」

 

 姫子は哩に心配をかけさせていた事に気づく。

 

(確かに内容が内容やけん、相談は出来ん……ばってん、だからといって心配かけさせてよかかと言えば、違う)

 

 前の世界にいた親友がいなくなっていましたなどと、相談は出来ない。

 だからと言って、ここまで自分に親身になって接してくれる哩に心配をかけさせていいのかといえば違う、と姫子は考えた。

 

 

 

「心配かけさせて申し訳なかとです、ばってんもう大丈夫です、吹っ切れました!」

「ん……無理しとらんか?」

「無理しとらんですよ、というか何か一つ目標が生まれました!」

 

 突如芽生えた姫子の新たな目標。

 それは絶対に達成したい目標であった。

 

 

 

(全国ば行って花田に会う……きっとどこかで花田も麻雀やっとるはず、だったら会う事が出来る機会なんていくらでもあると!)

 

 今まで持っていた全国優勝という目標と完全に被ってはいるが、それでも新たな目標である。

 麻雀をやっている以上、そこの繋がりは必ずあると姫子は思っていた。だったらより麻雀に打ち込んで、必ずどこかにいるはずの親友に出会うんだ、という決意。

 

 

 

「必ず全国優勝しましょう、せんぱい!」

「お、おう……というか、それ前も言っとらんかったか?」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ロン、12000!」

 

 更に少し日が経ち、ある日の新道寺の麻雀部。

 姫子は絶好調で、この日はほぼ部内での対局は一位であった。

 

 

 

「ここんとこん姫子ちゃん、絶好調とね」

「お、美子……ああ、元々ん実力に加え……麻雀に勢いがあると」

 

 そんな姫子の対局を見ていた二人の二年生部員――――安河内美子と、哩。

 周囲から見ても、ここの所の姫子の強さというのは上級生にも引けを取らない、それどころか部内でもトップクラスの成績であった。

 

「流石哩ちゃんの後輩とー……これなら、今年んインターハイのメンバーにも選ばれるんじゃ?」

「まだわからん……ばってん、最近ん姫子は他んメンバーに比べても麻雀に対する熱が段違いと。私は団体戦に入ってくると、信じとる」

 

 強豪校という事もあり、部員の麻雀に対する打ち込みっぷりというのはかなり高い。

 その中でも今の姫子は、際立って高いのだ。

 

 

 

(……姫子は素の実力もかなり高い。ばってん、それだけじゃなか……)

 

 哩の目から見ても、中学二年生の時に見た姫子よりも相当強くなっていると感じ取れるほどであった。

 素で打っても、一年生でありながら全国でもかなり通用するクラス。だが、姫子の強さというのは――――否、自分と姫子の強さというのは、素の強さだけではない。

 

 

 

「……哩ちゃん?」

「美子、監督って今どこにおる?」

「え、職員室にいる……あ、ちょうど来たと」

 

 哩がどこにいるのか美子に尋ねるタイミングとほぼ同時に、監督は部室に顔を出してきた。

 そして哩はその監督の下に真っ先に向かい――――

 

 

 

「監督!」

「お、白水か。どうした?」

「……ちょっと、話したい事があります」

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「んー、うまか!」

 

 部活終了後に自動販売機でジュースを買い、誰の目から見てもおいしそうに飲む姫子。

 本人としても、疲れた後に飲むジュースというのはより一層おいしさを感じる所があるのだ。

 

 

 

「お、そんジュースに目をつけるとは中々ばい」

「あっ、江崎先輩おつかれさまです!」

 

 そこに、姫子と全く同じジュースを手に持っている仁美が現れる。

 

「部活は慣れたか?」

「勿論です、いいせんぱいと同級生がおって恵まれてますー!」

「中々嬉しい事言っとくれるね、ばってんその先輩ってのはほとんど哩やろ?」

「な、なな何言っとるですか!?みんなです、みーんーなー!」

 

 先輩である仁美にいじられる姫子は、少し焦りながら否定する。

 最も、姫子の中の先輩という言葉の7割以上は哩なのであるが。

 

 

 

「それにしても姫子は強かね、団体メンバーにも選ばれるんじゃ?」

「ありがとーございますっ、そうだと嬉しかですね……」

 

 仁美は実力から姫子が選ばれるであろう事を確信しているが、姫子は控えめに応えるだけであった。

 前の世界でも姫子はこの時期で既に団体メンバーに組まれてはいたが、それでも何が起こるかわからない。意外と姫子は謙虚であった。

 

 

 

「実はまだ、必殺技を隠し持っとーですよ」

「必殺技?麻雀で?」

「はい、ただ……」

 

 姫子には素の力だけではなく、まだ他に力を秘めている。

 そしてそれはかなり強力なもので、プロでも破る事は出来ないほどのレベルだ。

 

 

 

「それに頼り切るんは、もう止めようかと思っとるんです」

「……何で?強か技じゃないんか?」

「んー、強力ですけど……ばってん、それに頼ったら自分が成長しない気がするとです。ある程度までなら勝てる、ばってん本物ん実力者には届かんと」

 

 姫子はその技をしばらくは使う事は避けようと考えていた。

 理由としては確かにその技自体は強力であるが、本物の実力者と当たった場合通用するかと言われたら微妙なのだ。

 

 発動してしまえばこっちの物なのだが、その発動条件というのが中々難しい。

 本物のエースクラスの実力者と当たった場合、その発動条件が成立するかと言われたら、チャンスは少ない。

 

 だったらまずは素の実力をもっと伸ばそう、今の姫子はそう考えている。

 

 

 

「ふーん、見た事ないけんよくわからんが……ま、姫子がそう思っとるんならそれでよかじゃなかと」

 

 仁美はその姫子の能力という物を直に見た事が無いためよくわかってはいないが、これだけ麻雀に対し打ち込んでいる姫子が考えて出した結果ならば間違ってはいないだろうと勝手に結論付ける。

 

「というか、あれか?それに頼ったらという事は、普段はナメプしとると?生意気な後輩やね」

「ち、違います!私一人じゃ成立しないってだけで」

「……?ますます訳がわからんと」

 

 一人じゃ成立しない、じゃあどうやったら成立するんだよと仁美は突っ込もうとして止める。

 

 

 

「あ、姫子ちゃんこんな所におったと?」

「ん、どうしたと?」

 

 その時、姫子を探していたであろう同級生が声をかけて来る。

 もう部活は既に終了しているので、何で自分を探しているのか姫子は検討がついていなかった。

 

 

 

「監督が呼んどると、職員室に来いって」




今回のまとめ

煌がいない新道寺
姫子、徐々に変化を受け入れる

ここの新道寺にはすばらなお方はいないようで。
姫子は姫子で新たな方向に成長しようとしています。


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3,能力と実力

オータムについて独自設定あり。
全国大会というより、全国に出るためのそこそこ大きい大会といった感じ。


「失礼します、鶴田です……監督、何か呼んでいると聞いて……って、せんぱい?」

「おお、来たか。じゃあ、早速話したい事があるんだが」

 

 同級生に呼ばれ、職員室を尋ねた姫子。

 そしてそこにいたのは監督だけではなく、哩の姿もあった。

 

 

 

「入学したばかりの一年生にとっては本当に急な話になってくると思うが、近いうちに他校との合同練習試合があるのは知ってるな?」

「はい、スケジュール表にも書いていましたし……」

 

 まだ四月は始まったばかりではあるが、近いうちに何校かが集まっての練習試合が組み込まれている。

 というのも、地区予選は六月から。早い所ではオーダーを五月までには固めたい高校もあるので、この他校との実戦形式で実力を見極め、ある程度構成を考えていく所も少なくは無い。

 

 

 

「そこでだ。練習試合というのは時間も限られている、つまりレギュラー候補を絞って連れて行くことになるが……」

(……あ、何となく思い出して来たと)

 

 何校かが集まるといっても場所と卓の数には限りというのがあるので、たくさんの人数を連れて行けるわけではない。

 レギュラー陣、補欠、それにプラスアルファで数名、つまり多くても十人程度がいい所であろう。

 

 

 

「鶴田、お前も連れて行くからな」

「……はいっ、ありがとうございます」

 

 姫子はその限られた人数の枠に、堂々と抜擢される。

 大勢の部員がいる強豪校で、一年生で既に選ばれるという事自体がかなり凄い事なのだ。

 

 

 

「何か質問とかはあるか?」

「……えっと、何で自分はわざわざ呼ばれたんですか?失礼かもしれませんが、部活の時に全員がいる前で発表すればいいのでは……」

 

 姫子は既に、これから何を言われるのかを知っていた。

 何故全員のまで発表すればいい事をこうして個人的に呼ばれたのか、そして哩がこの場所にいる理由もだ。

 

 

 

「……鶴田には、特別な力があるらしいな」

 

 監督が言う、姫子の特別な力。

 

「白水が中学校時代の牌譜を持ってきて私に多少説明してくれた。まあ言われなくても団体戦時の異常な火力というのは気になっていたがなるほどな、繋がっている、か……」

 

 リザベーション。

 哩と姫子が団体戦で同じチームにいて初めて発揮される力。

 

 

 

「二翻の時は四翻、三翻の時は六翻……なるほどな、これは成立すれば強力だ」

 

 これは哩が姫子よりも先に対局をする事が前提の条件としてある。

 哩が仮に東一局に二翻で和了ったとしよう。そうすると姫子は自身の東一局の際にその二倍、四翻になるような好配牌、好ツモになるのだ。

 

 そしてこれは絶対ではないがほぼ確実に和了れるといったかなり強力な能力である。

 

 

 

「デメリットは?何も無しに白水が和了った時だけ発動するといった都合のいい物には思えないが」

 

 監督は全ての牌譜を見直してからこのような質問を哩に対してする。

 

 哩が和了った時でも姫子が和了っていなかったり、和了っていたとしても二倍にはなっていない対局もちらほらとあった。

 つまり、絶対にこの能力が発動されるわけではないと監督は感じていた。

 

 

 

「……発動するかしないかは、配牌時に私の任意で出来ます。最初に翻数を決めて……いや、縛るという表現が正しいでしょうか。条件を設定して、クリアしなければなりません」

 

 まず哩は配牌時に見てから能力を発動するかしないかを決める事が出来る。

 そして翻数を縛る――――例えば、二翻に設定したとしよう。

 

 その時哩は必ず二翻以上で和了らなければならない。以上なので、三翻や四翻でも可能ではあるが。

 そしてその条件を達成して初めて、姫子はその二翻の二倍である四翻での和了が可能になってくるのだ。

 

 

 

「もし能力を発動した時に私が和了れなかったり決めた翻数未満だったら……姫子はほぼ和了れません。出来たとしても一翻の手がやっとです」

 

 そして監督が予想していた通り、その能力には大きなデメリットもあった。

 哩が能力を発動した時に和了れなかったり、三翻縛りで二翻の手だったりすると姫子はほぼ和了する事が出来なくなる。

 

 二翻程度の縛りならそこまで気にする必要は無いかもしれないが、三翻、四翻となってくると手を進めるのが難しくなってくる。

 というのも配牌時で全てを見極めなければならないからだ。その縛りはドラを含んでもいいという条件ではあるが、ツモの良さというのはやってみなければわからない。和了れる手であっても思ったように火力が伸びない手で縛り未満であったならばどうしようもない。

 

 故にこの能力は任意発動が可能とはいえ、かなりのハイリスクハイリターンとなり難しい物である。

 

 

 

「なるほどな……だが、お前達は中学生の時はこれを武器に、暴れまわっていたんだな」

 

 だがそこは哩の相当高い麻雀センス、上手く能力を発動させ全国でもかなりの成績を残してきた。

 生立ヶ里のまいひめコンビというのは、全国でも有名なコンビであった。

 

 

 

「よし……今度の練習試合の団体形式の時にはお前達二人には出てもらう。そしてその能力を実際にこの目で見させてもらう」

(あー……やっぱ、そうなるとですか)

 

 以前もそうであった。

 練習試合は午前中は用意された数卓で自由に他校と打ち合うといった感じで、午後からは団体形式で五名を選び、一つの卓で順番に打っていくといった模様だ。

 

 この団体形式の練習試合で姫子は哩と共に能力を初披露する。

 そしてそのままずっとそれを武器に戦ってきていた。

 

 だが今の姫子は少し考え方が違う。

 

 以前ならその能力を誇りにし、そして頼ってきた。

 しかしそれだけでは勝つ事は出来ないと、全国の舞台で身をもって知ってきた。

 

 化物クラスに対抗するには、まずは自分が本当の意味で強くなる事が一番の道。そう姫子は考えを改め直した。

 故に、この練習試合で能力に頼りきって打つのはあまり喜ばしくないと姫子自身は感じていた。

 

 

 

「だが、能力は東場だけに限定する」

(……あれ?)

 

 だが、ここで初めて以前とは違う台詞が監督の口から発せられた。

 

 

 

「確かに、能力を使った二人の麻雀というのは強力かもしれない。だが私は、鶴田。お前の素の実力も高く評価している。それこそ既に団体のメンバーを張れる程のな」

「……え?あ、その……」

「そしてそれを評価しているのは白水、お前もだろう?」

「そうですね、姫子は強いです。中学生の時も中々でしたが、ここまで伸びているとは思ってもいませんでした。お世辞抜きで」

 

 以前には無かった、素の姫子を褒める言葉。

 姫子はそこまで自覚はしていなかったが、この時間軸に来てから自身の実力を伸ばすべく、相当ストイックに練習してきた。

 

 そしてそれは周りからもこのように認められるほど、高い物へとなっていたのだ。

 既に、能力だけを認められるような存在ではない。

 

 

 

「能力も勿論この目でしっかりと見たい。だが、鶴田自身の麻雀というのも見たいんだ。練習試合、楽しみにしているぞ」

「……はいっ!ありがとうございます!」

 

 そんな姫子の姿を自分が褒められたかのように嬉しそうに見る哩、そして褒められた張本人は言わずもがな笑顔であった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、季節は秋。

 既にインターハイは終えている。

 

 

 

「ロン、11600!」

「あっ!うう……今日も姫子ちゃん強かー……」

「最近はずっと絶好調ばい!ふっふーん、いっぽんばー♪」

 

 夏の大会では、新道寺は中々の健闘を見せベスト8入りした。

 強豪校、と言われても恥じない成績、そして対局内容だったと言えるであろう。

 

 特に哩と姫子は二年生と一年生ながら、最もチームを引っ張っていたといっても過言ではない。

 以前よりも要所でしか能力を使わず、必要以上に無理に攻めようとはせず堂々とした打ちを見せた哩は他のエース格とも先鋒戦で互角以上に戦い合い、姫子は要所でのリザベーションによる和了、そして素の爆発力を武器に次鋒戦で荒稼ぎした。

 

 元々全国的に有名な存在であった哩と共に、姫子は期待の新一年生としてマスコミや雑誌にも以前よりも取り上げられるようになった。

 

 

 

「はい、一度手を止めて注目!今からオータムのメンバーを発表するからな」

 

 オータムは全国を北海道東北、関東、関西、中国四国九州と四つにブロック分けし、春季大会に出る高校を選考するための大会だ。

 ブロック分けといっても中々大きいブロックに分けられるため、新道寺が出場するブロックには全国でも強豪と言われる出場校も多数ある。

 

 九州方面では永水女子、九州赤山、さらには中国、四国方面から鹿老渡、讃甘、更には沖縄から真嘉比といった全国でも実力のある高校ばかりだ。

 永水に限っては今年のインターハイで決勝まで進出しており、新道寺よりも格上と周囲からは見られている高校である。

 

 

 

 当然ここでも哩と姫子はメンバー入りし、オータムへと挑むのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「あー、対局した後は喉が渇くばい」

 

 オータムの一回戦を難なく突破した後、姫子は会場内にある自動販売機を探しにうろついていた。

 いくつか高校の控え室はあるが、新道寺の控え室のそばには自動販売機が無かったのだ。

 

 

 

「……って?なんなん、いくらなんでも人気が無さ過ぎる気が……」

 

 会場にはたくさんの高校生が大会に参加しているため、適当な廊下とはいえここまで人気が無いのもおかしい、と姫子は軽く違和感を覚えた。

 だが、向かいから一人姫子のいる方向へと歩んでくる人物が出てくる。

 

 

 

(……ん?あん巫女服と容姿……神代小蒔?)

 

 制服を着ている者が多いこの会場では一際異色である巫女服を身に纏った人物、このオータム優勝候補の一角である永水女子のエース、神代小蒔。

 姫子と同学年であり、そして全国でも数少ない魔物と呼ばれる実力者の内の一人であった。

 

 

 

(ん?なーんか、目がうつろ……ッ!?)

 

 その時、姫子は感じ取ってしまった。

 目の前の人物――――否、人と呼べるのかわからない存在が放つ気を。

 

 

 

「ほう……気づいたか、人の子よ」

(声も違うっ……!?女の子が出すような声じゃなか、なんなんこん存在は!?)

 

 とても女の子が出すような声ではない、明らかな異質の目の前の存在。

 

 

 

「……時を超え再び頂を目指す強き熱き者の一人よ」

(ッ!?こいつ、今何て……!?)

 

 姫子は小蒔の口から出てきた言葉に驚く事しか出来なかった。

 何故なら、そんなありえない事を知っているのは本人である姫子しかいないはずなのだから。なのにも関わらず小蒔は、姫子がタイムリープしている事を知っているかのような口ぶりである。

 

「非常に力が上昇しているのがわかる、本当に人の子という者は面白い。だがまだ足りぬ」

「さっきから黙って聞いてれば……神代だったら失礼かも知れん、ばってん……神代の皮を被った誰かにしか見えん。誰だ、お前は」

 

 姫子は語気を強めて小蒔にそう言い放つ。

 姫子には何故かはわからないが、この者が人間以外の何かではないのかと確信を持っていた。

 

 

 

「もうわかっているのだろう?」

 

 小蒔から返ってきた答えは言わなくてもわかるだろう、と言ったような内容。

 姫子はその言葉に反応するように目力を強める。

 

 

 

「次の夏……原点の地、全ての強き力が集結する。だからもっと実力を上げ、我を楽しませよ。それが自身の為にもなる」

「なっ……!?こっちはまだ、聞きたい事が山ほど……って?」

 

 それだけを言い残し、小蒔は消えるようにどこかへと移動した。同時に重苦しい空気も無くなっていく。

 少し経った後に、廊下にもちらほらと他校の生徒が出入りするようになる。

 

 

 

(あん存在……実際に対局した訳でもなか、ばってん過去に戦った事がある宮永照と同等……いやそれ以上……!)

 

 同じ卓で麻雀を打っている訳でもないのに、姫子はその強さを肌で痛いほど感じ取っていた。

 それは過去にかつて戦った事のある高校生チャンピオンである照を超えるほどの物であった。

 

 

 

(神代が常にあん力を発揮出来とるかと言えば違か……過去ん牌譜では打ち筋がとにかくぶれてたと。ばってん、瞬間最大風速は恐ろしいという言葉一つじゃ足りん……!)

 

 小蒔はあの小蒔ではない状態を維持出来るわけではない。それは姫子の目からもわかる事であった。

 そしてこの会場を覆っていた気が雲散した事を考えると、今日の対局では小蒔はその力を発揮する事は無いのではないかと、姫子は何となくではあるが予想した。

 

 

 

「っと、いたいた。姫子、どこ行ってたと?もうすぐミーティング始まる……ってなんなんそん汗は!?」

「……え?あ、ぶちょー……いや、ちょっとですね」

 

 帰ってくるのが遅かった姫子を探しに、哩がやってきた。

 ただうろついていただけでは掻くはずの無い姫子の尋常な量の汗を見て、哩は心配する。

 

 

 

「色んな意味で、世界は広かー……って思ったとです。そしてまだまだ、私は弱か……」

「……?」

 

 小蒔の特別な気に圧倒させられた姫子は、本当の実力者には勝てないと痛感させられる。

 

 

 

 この年、新道寺はオータムで優勝するのであった。




今回のまとめ

哩と姫子、相乗効果で強化
ラ ス ボ ス(違)
新道寺、オータム見事優勝!(キンクリ)

新道寺は徐々に結果を残し全国でもかなり上位のチームになってきています。やったぜ。

姫子の実力が飛躍的に伸びていくことで、哩が無理やり和了りにいく事が少なくなる。
哩は原作よりもどっしり且つ高火力(新道寺って皆高火力なイメージ)、姫子に関しては言わずもがな。強いですね。

というか照が姫子の素の実力も評価しているくらいだから、個人的には能力なしでも強キャラだと思うんですよね。原作のあの点差で無理やり攻めなければならなくて振込が多かったから、少し過小評価されてるのかなーと思います。

また、今までタイムリープ→努力→強化的な流れでしたが、その根本的な所に初めて触れていますね。本編ではまだ触れて無いんですけど。


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4,新しい風

新メンバー加入。
知る人ぞ知るあの人。


 時は過ぎ、春。

 姫子達のいる新道寺は春季大会に挑み、見事結果を残す。

 

 先鋒というエース区間を任された哩は強敵相手でもかなりの点数を稼いで後ろに繋ぎ、一年生ながら大将に抜擢された姫子はその実力で荒稼ぎ。

 準決勝で敗れはしたものの、その実力は優勝してもおかしく無いと周りに言わせるほどの物であった。

 

 そしてここ最近の好成績が重なり合い、今では新道寺は全国ランキング五位まで上昇する。

 強豪校と言われ続けながらしばらくいい結果を残してこれなかった新道寺ではあるが、今のチームは歴代でもトップクラスと充実した戦力である。

 

 

 

 春季大会が終わり少したった今。

 一つずつ学年が上がる時期でもあり、そして新一年生が入学してくる時期でもある――――

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ぶちょー?」

「ど、どどどうしたと姫子?」

 

 既に入学式も終わり、姫子と哩はそれぞれ学年が一つずつ上がっていた。

 そして今日は、新入生が入部する日でもあった。

 

「……どうしたはこっちんセリフですよ。さっきからそわそわして……」

「べ、別にそわそわ何かしとらん!いつも通りばい」

(……今日ぶちょーが作った卵焼きに殻入っとるけど黙っとこ)

 

 現在二人は寮で朝食を食べている時間帯。

 そして明らかに様子のおかしい人物がいた。哩である。

 

 この様子、昨夜から続いているのである。そして今日の朝食でも卵の殻を入れるという初歩的なミスをしてしまうやらかしっぷり。

 姫子はその明らかに動揺している哩に対し、思い当たる節が会った。

 

 

 

「今日から新入生が来る日ですねー、ぶちょーはやっぱり緊張しとります?」

「……そんなもんはしとらん。いつも通り、堂々としてればいいだけの話と」

(明らかに緊張してて真顔で強がって箸震えさせておかずポロポロこぼすぶちょーかわいい)

 

 要するに、今日の部活に対し昨夜から緊張していたという事だ。

 哩は緊張をしている、とは自分の口からは言わないがその様子は誰の目から見ても明らかに緊張していた。

 

 元々、哩は意外と物事に対し緊張してしまうタイプである。故にこのような場面もあまり得意ではない。

 普段は割と何でも出来る哩の、数少ない苦手分野と言えるだろう。

 

 

 

「仁美に散々言われた、部長で一年生を前にしたら絶対に何かやらかすと。……そげな事はせん、一年生に完璧に見られるように振舞うっ……!」

「……ぶちょー、何か頑張る方向性若干間違っとりません?」

 

 自分でいつも通りと先ほど言っておきながら、どこか変に意識してしまう強豪新道寺の部長の姿がここにあった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「えー、新入部員の皆様……あー、私達麻雀部は皆様を歓迎します。……あー、その、これだけの多くの部員が入部してくれた事に対し非常に嬉しく思い……」

(……ぶちょー、あがりすぎばい)

 

 大勢の新入部員を前に、麻雀部を代表して部長である哩が挨拶をする。だが、その話す言葉というのは非常に歯切れが悪かった。

 三年生は一部が笑いを堪え、姫子達二年生は心配そうにその様子を見つめ、新一年生はイメージとの違いに複雑そうな表情を見せる者も。

 

 しばらくそのテンポの悪い挨拶という物が続いていき、監督がため息をついた所でようやく終盤を迎える。

 

 

 

「……うちは全国優勝を目指しとる。練習も勿論並の高校に比べ相当きつか。ばってん、きつさ故に辛か思い持っても……各々が麻雀を打ち始めた時の気持ち、それだけは忘れるな。以上!」

 

 最後は哩が思っている事を素直に新入部員、いや、全体に伝える。

 その言葉に惹かれるように、部員全てが拍手で哩の挨拶に応えた。何だかんだ、しっかりと最後は締めるのが部長である。

 

 

 

「じゃあ、今日は特別な内容の部活動だ。一軍メンバーはそれぞれが別卓に移り、そこに二軍以下も混ざるように。三人一組になり、そこに新入部員はガンガンぶつかっていけ!肌で新道寺の強さを感じ取れるいい機会にしよう」

 

 監督から今日の練習内容が指示される。

 元々内容を知っていた二年生以上の部員達はすぐにバラつき、三人一組を作り新入生を待ち構える体勢になる。

 

 その中で青いリボンをつけたポニーテールの一年生が真っ先に――――哩のいる卓へと向かっていった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「ロン、12000……おつかれさまでしたっ!」

 

 姫子のいる卓。

 実力を遺憾なく発揮し、三軍の二年生部員を飛ばして終了。

 

 対局した一年生はその打ちっぷりに感心しながら、ありがとうございましたとお礼を言って別の生徒と交代する。

 

 

 

(さーて、ぶちょーがいる卓はっと……ん?)

 

 そこで姫子は哩のいる卓が何やら騒がしい事に気がつく。

 それも同学年部員の茶化し、といったあまりいい内容の物ではなかった。

 

 

 

(えー……ぶちょー、何やってるとですか。情けなかー……)

 

 その卓を見ると現在東四局、何と哩は全然稼げておらず三位であった。

 二軍の選手が一位、三軍の選手が二位、新入部員が四位といった現在の状況。

 

 ちなみに、現在全ての部員が対局しているわけではない。

 設備が優れている新道寺ではあるが、かなりの量の部員がいる為に全員が打てるほど余裕は無いのだ。

 

 姫子も打ち終えてから卓を離れ、現在は周りの様子を見ている状態である。

 

 

 

(うわー……)

 

 同じく一軍の三年生部員、仁美が部長が二軍落ちするぞー、などと言い放題であった。

 それほどまでに、今の哩の対局内容というのはピリッとしないものがある。

 

 

 

(……ッ!?)

 

 東四局が流れたと同時に、姫子は違和感を覚える。

 

(なんなん、今ん風は……?あんポニテの一年生部員から……?)

 

 南場に突入したと同時に、姫子は暖かい風を感じた。

 それと同時に、この対局はまだまだこんな物では終わらないと悟る。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(まずか、完全に頭ん中真っ白で打ちがブレブレと……)

 

 哩は対局に突入してもその悪い意味での緊張感が抜けきっていなかったのか、いつもの力を発揮出来ていなかった。

 東四局、自分よりも格下の部員にリードされる現状。

 

 

 

(あん羊毛、うるさか……ばってん、言っとる事は事実なんが……姫子までそいな目でこっちを見んでほしか……)

 

 仁美の茶化しに苛立ちを感じていながらも、全てを否定出来ずにいる哩。

 そして姫子にまで情けない、と言わんばかりの目で見られていたため余計に落ち込む。

 

 

 

 そして南場に突入しようとした時、異変は起きた。

 

 

 

(……ッ!?)

 

 哩は力を肌で感じ取った。

 それは他の二、三年生の新道寺の部員ではなく新入生である部員から。

 

 

 

(……なるほど、これは面白か)

 

 哩の長い事麻雀をやってきたからこそわかる強い者が出す独特の感覚、それをこの一年生部員は出していた。

 それこそこのままだと、本当に負けてしまうくらいの。

 

 

 

(こっちもこんなグズグズしとる場合じゃなか。こん一年を……全力で叩き潰す!)

 

 先ほどまでの固い表情で対局していた哩は既におらず、相変わらずポーカーフェイスながら獲物を狩るべく闘志を秘めた戦士へと変貌していた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(……東場は耐えました。後は南場、この点差なら十分に逆転は可能)

 

 新一年生、南浦数絵――――哩のいる卓へと真っ先に向かっていった人物である。

 ここまでの対局は四位ながら、新道寺の先輩部員相手に勝ちをほぼ確信していた。

 

 

 

(新道寺部長、白水哩――――ここのエースでもあり、全国でもトップクラスの打ち手と言っても過言ではない、はずなのですが……全く持ってそれを感じさせない現在までの流れ)

 

 数絵もその実力を知っているからこそこの卓に誰よりも早く向かっていったのだが、現在まではその期待を裏切られたかのような流れ。

 

(このままなら本当に、私が大差で勝ってもおかしくない……よし、聴牌)

 

 南一局六順目、数絵は聴牌。

 そこからすべき事は決まっている。ダマなどしない、この流れのまま押せ押せで、リーチをかけ和了るだけ。

 

 

 

「リー……」

「通らんな。それロン、3900」

「ッ!?」

 

 しかしその数絵の切った牌が哩に刺さってしまう。

 数絵としてもこれはかなり予想外の事であった。

 

 

 

(南場の私を……軽々と上回ってきた?和了られて気がつきましたが、この人の気迫が東場とは全然違う……!やはり、強い)

 

 南場の数絵というのはかなり手が進み、聴牌速度、和了率共に相当の物である。

 だからこそ、数絵は南場に入ってからはよっぽどの相手が来ない限りはほぼ勝てると自負していた。それにも関わらず、哩はあっさりと南場で和了。

 

 その、よっぽどの相手であると数絵は認めざるを得ない――――否、再確認させられたと言うべきか。

 

 

 

(でも、相手が強いからといって私が弱くなったわけではない……南場の私は自分でも強者であると自覚している。だったら……引く理由などどこにも無い!)

 

 強者との対局を喜ぶかのように、数絵の闘志も上昇していくのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「今日の部活も終了、お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたっ!!」

「あー……二年生部員は一年生に部活が終わってからの事とか色々教えるように」

 

 一年生部員が入部してから初の部活も無事終了、哩は締めの挨拶と共に二年生達に指示する。

 一年生達は疲れきった表情の者やこれからの部活も楽しみ、と笑顔の者など色々な表情を見せる。二年生達は指示通りすぐに一年生達の下へと向かい指示を出していく。

 

「ふいー、今日もつっかれたー……ん?あの子は……」

 

 一軍メンバーであっても、二年生である以上姫子もその指示していく立場というのは例外ではない。

 適当に目がついた一年生に教えようと姫子は考えていたら、一年生の中で一番興味を持った人物がすぐ近くにいた。

 

 

 

「えっと……南浦さんだっけ?お疲れ、これからやる事教えるとー」

「鶴田先輩、お疲れ様です。別に私はさんとかつけなくても大丈夫ですよ」

「じゃあ、下の名前の確か……数絵でいい?」

 

 流石にいきなり下の名前で呼ばれるとは数絵も思っていなかったので、少し面食らったような表情の後に了承の頷きをする。

 

「ん、今日は一年生は空いている更衣室自由に使ってって言われたと思う、ばってん今後はちゃんと個人で分けられるばい、一応頭に入れといて」

「はい」

「後は……んー、牌磨きとか部室掃除とか、そのうち一年生で何組かに分けられて、当番制になると思う。今は二年生……つまり私達がやっとるから、後でやり方とかしっかり見とって」

「了解です」

「他には……」

 

 姫子はこれから一年生がやっていくべき事を次々と教えていく。

 今はそれを二年生がやってるから、見て学んでと言葉をしっかり付け加えて。

 

「自動販売機ん場所はわかる?部室出て、角ば右に曲がった所に」

「それは見てきました。思ったのですが……凄く種類多くなかったですか?」

「……種類豊富、ばってん地雷も多か。私ん個人的おススメはアセロラジュースやけどね」

「珍しいものもありますよね、ドリアンジュースって……」

「……あれだけは飲むな。江崎先輩っていう人がおいしそうに飲んでるけど、あれだけは飲んだらいかんと」

 

 一年生が義務付けられる事以外にも、利用するものなど姫子は教えていく。

 多少くだらないような豆知識的な事も含まれて入るが。

 

 

 

「そういえば数絵はどこ出身?明らかに地元出身ではなかよね」

「えっと、長野です」

「長野?わざわざそんな所から……あ、でも二年にも長野出身が」

「本当ですか?ちなみに名前は?もしかしたら私も聞いた事のある名前かもしれません」

「名前はは……あっ」

 

 言おうとして、止まる。

 その者は確かに長野出身ではあったが、今のこの場所にいるわけでは無いと。

 

 

 

「ゴメン、勘違いだったと」

「はあ……まあ、長野から九州に行く人なんて家庭の事情とかで引越し以外では中々無いですよね」

「そういう数絵も、引越しとか?」

「いえ、私は……」

 

 今の流れからてっきり数絵も親の都合で引越しで九州に移ってきたのかと姫子は思ったが、そうでは無いらしい。

 だったら何なのかと、それはそれで疑問を抱く。

 

 

 

「こんな理由で来る人も珍しいかもしれませんけど、お祖父様に勧められて新道寺に来たんです」

「お祖父様?数絵のお祖父様は新道寺に何か関わりでも持っとるん?……ばってん、男で女子高に関わりを持っとるんもそれはそれで」

「いや、そういうわけじゃ……数ある高校からここがいいと言われただけで、他は特に何も」

「ふーん、そうやって言われるんは嬉しいけど……ちなみに数絵んお祖父様は麻雀には詳しいん?」

「まあ、有名とまでは行かないですけどプロですから」

「プ、プロ!?」

 

 まさかの数絵のお祖父様がプロ雀士である事に姫子は驚く。

 

 姫子はプロにこの高校に進学しろ、と勧められたという事実が嬉しいと思った反面、何故新道寺なのかという疑問も抱いた。

 確かにここ数年実力はかなり上がってきているが、悔しい事にまだトップではない。東京や大阪の強豪校を勧めるならまだしも、わざわざ九州の学校を勧めるのか?と。

 

 そして、その疑問を持っているのは姫子だけではなかった。

 

 

 

(確かにこの高校は強い、白水先輩や鶴田先輩にもいい流れで南場に突入しても勝てなかった……やりがいはあります、けど)

 

 今日の対局で哩との熱戦は結局競り負け、後に当たった姫子にも負けた。

 強い先輩がいるからいい環境は整ってはいるだろう。

 

(お祖父様がいる地元の平滝高校に勧めなかったというのは部員がいなかったのでまだわかります。別に私はお祖父様の指導が受けれれば個人戦だけ出れればよかったのですけどね)

 

 数絵の地元の長野、そして一番近い高校の平滝。

 そこは南浦プロとの関わりのある高校であり実際に指導しに行ける場所ではあったのだが、他に部員がいなかった。

 

(ならば何故地元の強豪である風越、東京や大阪の強豪校を勧めずにここ、新道寺を勧めたのか。……個人的にはチャンピオンのいる清澄も少し興味がありましたが)

 

 その勧めた真意というのを、勧められた数絵本人もわかってはいなかった。

 数ある中で新道寺に行けと言われただけで、何故とまでは聞かされていない。自分で探せ、という事なのだろうかと数絵は考える。

 

 

 

(……まあ、改めて思いますが環境はいい。自分を高める場所、という点では悪くはありません)

 

 まだ掴みきれてはいないが、なるようになるしか無いだろうと数絵はとりあえず一生懸命頑張る事を強く思ったのであった。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

「はふぅー……」

 

 時刻は深夜、間もなく寝る時間。

 ボフッ、と姫子は自分のベッドの枕に顔をうずめる。

 

 

 

「数絵……か」

 

 以前は見る事のなかった面白い一年生が入ってきたと姫子は楽しみな部分を持ちつつも、複雑な気持ちであった。

 まさか、長野出身で煌と入れ替わるように入ってくるとは思ってもいなかったからだ。

 

 

 

(今日、対局してて思ったと……まだまだ未熟やけど、それでも強か。数絵が全国までに実力ば伸ばす事が出来れば……メンバー入りもあるばい。そしてそいが、新道寺の実力の底上げに繋がると)

 

 何故これだけの実力なのにインターミドルでは何も名前を聞く事が無かったのか、と感じるくらい数絵の実力は高かった。

 それこそ、新道寺の秘密兵器になる可能性だって秘めている。

 

 

 

(……全国ん舞台が楽しみと。数絵が育ち、全てのピースがはまれば本当にトップば狙える)

 

 この一年でメキメキと実力を伸ばし、全国でもかなりの強豪になれた新道寺に更にプラスアルファが加算されれば、本当にトップの可能性があると姫子は考えた。

 そしてその為にこれからすべき事も全て頭の中に入っている。

 

 

 

(自身の底上げ、後輩達ん指導……燃えてきたと。よし!)

 

 明日も部活を必死に頑張ろう、そう決心した姫子は一日の終わりである言葉を口にする。

 

 

 

「おやすみなさいー……」

 

 新道寺の麻雀部に新しい風が吹いた一日も、こうして終わりを迎えた。




今回のまとめ

哩、あがりっぱなし
新入生、加入

南浦さん加入。実は一期のアニメ見ていなかったので、南浦さんが出てる部分の所全部見ました。
煌が抜けた穴、どう埋めようかずっと考えていたんですよね。候補としては帰国子女の森垣友香、元々いた友清(オリキャラっぽくなってしまう)、更には憧や穏乃何かも。後者二人は、すぐに違うなと却下しましたけど(笑)

まだ書けて無いですけど、多分この話もあと一話か二話程度で終わるかな?って感じです。



話の本筋には関係ないですけど、最初ドリアンジュースをドドリアジュースって書いていて、それを投稿しかけた。危なかった……


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