天災と魔王の青春 (倉崎あるちゅ)
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一話 彼と彼女の関係


 ちょっと最近また俺ガイルを見始めて、最近私の性癖に陽乃さんがぶっ刺さりました。

 昔は、出てきたな! 魔王はるのん!! って感じだったんですが今じゃ陽乃さん出てきた! うおぉぉぉぉ!! っていう感じで推してます。

 見切り発車です。よろしくお願いします。




 

 

 

 まだ彼と彼女が幼い頃。

 県議会議員兼有名建築会社社長の雪ノ下氏。ならびにその雪ノ下氏と友の有名電気設備会社社長の逸見(いつみ)氏が合同で開いたパーティで彼らは出会った。

 逸見遊理(ゆうり)、雪ノ下陽乃。それぞれ逸見家の次男と雪ノ下家の長女である。この二人の才能は周囲の子供よりも図抜けている。

 まず雪ノ下陽乃。彼女は成績優秀、幼いながらも眉目秀麗、運動神経良しの才女である。

 次に逸見遊理。彼もまた雪ノ下陽乃同様、成績優秀、容姿端麗、運動神経良し。しかし、彼の土台となる部分は雪ノ下陽乃とは全く異なる。

《完全記憶能力》。一般的に完全記憶能力といえば、見るだけだが、彼のそれは少々異なる。視覚はもちろん、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、全てにおいて一度覚えれば二度と忘れることはない。

 二人の父達は息子、娘を自慢し合っている。

 

「……」

「……」

 

 そんな雪ノ下家の長女は、というとちらりと遊理を見て、親達の会話の空気を読んで年相応の笑みを浮かべていた。対して逸見家の次男はつまらなさそうに会話を聞き流してニコニコ笑う陽乃を見つめている。

 その後、自慢話は終了し、二人の父達は仕事の話に移ろうとしていた。

 

「遊理、陽乃ちゃん、お父さん達は仕事の話をするから、工理(こうり)と雪乃ちゃんのところで遊んでおいで」

 

 遊理の父にそう言われ、遊理と陽乃は素直に頷いて、彼の兄、工理と彼女の妹、雪乃の下へ向かう。

 一番歳が上の工理が一番歳が下の雪乃の面倒を見ていたのだ。

 二人の下に着いても、遊理と陽乃は何も話さない。兄と妹が遊ぶ姿を笑って見つめているだけである。

 

「ねぇ」

 

 ふと、遊理が口を開く。声量からして隣にいる陽乃に言葉を投げかけている。

 

「なにかな」

 

 陽乃は笑みを浮かべたまま遊理の方へ向く、すると、呆れたような顔をして彼は陽乃の柔らかな頬を軽くつねる。

 

「っ!? ちょっ」

「なにそのつまらない顔。空っぽすぎ」

 

 そんな遊理のつまらなさそうな声。

 

「──」

 

 むにむにと陽乃は頬をつねられたまま、そんな彼の言葉に唖然とする。

 初めてだった。まだ未完成とはいえ、この仮面を見破られたことは一度もなかった。周りの大人達も不審がることはない。目の前にいる少年の父でさえ見破ったことはなかった。

 

「なんだ、驚いた顔はできるんだ。せっかく可愛いんだし、()()()()やめて笑えよ」

 

 全てを見透かしたように、光の反射で紫色に見える瞳で陽乃を捉えて言う。

 ニィ、と彼は笑って、頬に伸ばしていた手を離して差し出した。

 

「改めて、俺は逸見遊理。君は?」

「……雪ノ下、陽乃。知らなかった? 遊理くん」

「いいや知ってる。他の人達からの紹介より自己紹介して欲しかったんだよ。その方が正確に覚えられる」

「へぇ、面白いね遊理くんって」

 

 その人がどんな人なのか、正確に記憶しておきたかった彼は興味のある人に対してはこうして会話をする。興味がなければ耳に、視界にすら入れない。

 彼が認めるのは尊敬する兄と、とてとてと歩み寄ってくる幼い雪乃、父と母、雪ノ下夫妻……そして、

 

「これからよろしく、陽乃」

 

 

 

 ──己と、同等の存在のみである。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 大学生になって早二年。俺は今、大学の学食の席に座って本を読んでいる。

 一般的な文庫本は有名どころは全て読んでしまい、もう既に本の一字一句全て頭の中に刻まれている。今読んでいるのはライトノベルと呼ばれる架空の都市や世界を舞台にした、恋愛からアクションまである本だ。

 

「なぁなぁ遊理」

「ん」

 

 ライトノベルのページに目を落としていると対面に座った同学年の男が俺の名前を呼ぶ。

 

「ここわからねーんだけど、どうやったら解けんの」

 

 ペラ、と本のページをめくる。

 ちらりと本から目を離して、見せてくる問題集のページ数を見た。

 

「問四だな」

「おう」

「それは教科書百二十ページの公式を応用して使えば解ける」

「えーと、百二十ページ……百二十ページ……。お、これか」

 

 本に視線を戻してまた読み始める。

 教科書の内容も、この男がやっている問題集も全て記憶している。もう読み返したり解き直したりすることはない。

 

「おお! できたー!」

「そっか、よかったな」

 

 喜ぶ男に適当に賛辞を送る。

 

「ありがとう遊理助かるぜ!」

「ん」

 

 そういえば、こいつの名前は覚えていたな。なんだったか。

 基本的に俺は興味のない奴やどうでもいい奴は、例え記憶したとしても、記憶の奥深くにしまい込む。人間の脳には限界がある。その限界を超えないために、俺は必要最低限の情報しか必要としない。

 しかし、今回ばかりは比較的俺とよく話す奴のため記憶の浅いところにしまっていたようだ。

 青葉(あおば)(りん)。それが対面に座る男の名前だ。

 

「凛、お前は地頭はいいんだからもう少し頑張れ」

「遊理に言われると嬉しいものがあるが……なんというか、オレはそこまで良くねーよ」

「何言っているんだ。お前がやったその問題、公式を使ってもそんな簡単に解けるものじゃない」

「え?」

 

 不思議そうな顔をしているが事実だ。ひっかけもあるし簡単に解ける問題ではない。

 そのあとも凛はわからないところを俺に質問してきた。流石にあまりにも簡単な問題の時は無視したが、難しそうなものは教科書のページ数を答えるだけにしておいた。

 本を読んでいると、廊下の方が騒がしくなってきた。

 

「はー、まーた囲んでるよあいつら」

「……飽きないんだろ」

「普通飽きるだろ、あんな美人でも」

「さてな」

 

 視線を向けた先には一人の女性を囲んで男女複数で談笑する光景が視界に映る。その囲まれている女性は艶やかな黒髪をセミロングにしたスタイルの良い眉目秀麗な女性だった。

 名前は、雪ノ下陽乃。

 幼い頃に見た()()の完成度を増した笑みで周りを魅了し、完璧な理想の女性を体現している。

 

「お前はいいのか、凛」

「オレは半年見てりゃいいかなって。なんか飽きるんだよなー雪ノ下さんの笑顔って」

 

 綺麗なんだけどさ、と付け足して、凛は再度問題集に取り組み始める。

 

「遊理はどうよ、雪ノ下さんは。入学当初からずっと興味なさそうだけど」

「そうか、知らないんだったな」

「何が?」

 

 納得した。俺がこいつを他の奴らとは違う対応をしていることを。こいつはそもそも俺と雪ノ下陽乃との関係を知らないのだ。だから俺はこいつに多少目をかけているのだろう。

 

「俺と雪ノ下陽乃は幼馴染だ」

「……え?」

「聞こえなかったか。俺と雪ノ下陽乃は幼馴染だ、と言ったんだ」

「…………マジ?」

 

 無言は肯定、と言わんばかりに俺は本を読み続ける。

 

「なんでお前、雪ノ下さんと一緒にいねーの?」

「高校卒業の時に少しな」

「仲、わりーの?」

「俺はそう思っていないが、あいつはどう思ってるのかね」

 

 そう。雪ノ下陽乃とは小学から今まで一緒の学校だ。

 小学生の頃は互いに興味なんてないため名前は知っていても挨拶なんてしなかった。だが、初めて親に連れていかれたパーティで雪ノ下陽乃を見た時、俺は彼女をとてもつまらない奴だと思った。

 未完成ながら大人を騙すほどの外面。愛想を振りまく笑顔は一見、可愛らしい少女だ。

 俺はそんな彼女に呆れ、少しちょっかいをかけた。そうしたら簡単に素の彼女に戻った。素の彼女はとても魅力的で、可愛らしく、美しいとさえ思えた。

 ──まぁ、囲まれている今の彼女を見るととてもそうは思えないのだが。

 

「付き合ったりとかは?」

「してた」

「ほー、それは羨ましい限りだ。あんな美人と付き合ったことがあるなんて最高じゃないか」

「なにが最高だ。突発的に行き先を指定されるわ家に来るわ仕事の邪魔をしに来るわ」

「……あぁ、大変だったんだな」

 

 まぁいい。あれはあれで俺も楽しませてもらった。

 

「それより、それ、解かなくていいのか」

「あ、そうだった」

「それはこの公式な」

 

 とん、と教科書に書かれた公式を叩く。

 できることなら、高校の時のようにあいつと接したい。こんな退屈な日常に埋め尽くされる記憶なんぞ必要ない。

 話しかけようとしても、雪ノ下陽乃の周囲には人が集まる。人がいない間に話を済ませたいが何故か上手くいかない。携帯を使って連絡を取ろうにも彼女は着信拒否をし、メールも一切返事がない。

 

「……完全記憶能力なんて持っても、肝心なことができなきゃ意味なんてないよな」

 

 小さく呟き、俺は本に栞を挟んでパタン、と音を立てて閉じた。

 

「なんか言ったか、遊理」

「なんでもない。俺は帰る。お前は」

「あ、オレも帰る! もうこの後講義もないし。帰りにタピオカドリンク買おうぜ。オレ、カフェモカにする」

「あのデンプンか」

「おいおい、言うほど不味くないんだぞ。むしろ美味しい」

「そうか。チョコはあるか」

「あるある! たぶん遊理の好みだとチョコミルクだぜ」

 

 そういえば、高二の頃にあいつがくれたバレンタインのチョコ、美味しかったな。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「それでさ──」

 

 いつも通り、私──雪ノ下陽乃は友達、とも言えないような人達を相手に笑顔を見せて会話をしている。

 正直会話なんて言うレベルではないけれど。一方的に相手が喋るだけのもの。こんなの会話なんて言わない。

 

「雪ノ下さんも──」

 

 あはは、と笑ってやれば相手は気分を良くする。ずっとそう。

 学食の前を通り、ふと私は席に座って本を読む紫かかった白髪の男性を見た。

 

「っ……」

 

 その男性、逸見遊理は対面に座る人に質問され、本を読み続けながら質問に答えている。

 相変わらず、彼はマルチタスクが得意みたいね。

 通常、マルチタスクは脳の領域を短期間で切り替えることで複数の作業を行う。しかし、彼、逸見遊理だけは違う。本当に同時並行で作業できる。

 

「雪ノ下さん?」

「あ、ううん、なんでもないよー! それで、このあとどこに行くんだっけ?」

「ほら、最近できたタピオカ専門店とか!」

 

 あぁ、あそこか。ホントは遊理と行きたかったなー。ちょっとオシャレだったし、遊理と仲直りしたら……って思ってたんだけど。

 しかし、遊理は今の私に興味などないだろう。このような仮面をつけた私なんて見向きもしないに違いない。

 

「あるある! たぶん遊理の好みだとチョコミルクだぜ」

 

 これからどこかに行くのだろうか。遊理と一緒にいる人が機嫌良く言う。

 いいな、遊理とどこか行くんだー。私も一緒に行きたい。……チョコといえば、遊理にあげたバレンタインチョコ、喜んでくれてたな。

 

 

 





 いやー、俺ガイル書き始めるとホント書きたいものが多いのにどれから書いていいのかてんわやんわ。
 あと、あらすじですが後々気に食わない場合改変、加筆します。


感想、評価お待ちしております。


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二話 雪ノ下陽乃は複雑である



 お待たせしました。
 まさか一話で評価バーに色がつくとか思っていませんでした……。ありがとうございます。


 

 

 

 

 

「お待たせしました、チョコミルクとカフェモカになります」

 

 タピオカ専門店に来た逸見遊理と青葉凛はそれぞれ注文したドリンクを手に取って店内に設置されているテーブル席に座ってドリンクを飲み始める。

 

「んっまー! 最近できてから大学の帰りには必ず寄ってるけどやっぱうめーぜ……」

 

 遊理の対面に座った凛がタピオカを口に入れてモグモグと口を動かす。

 

「ん、甘い」

 

 テンションの高い凛に対し、遊理はいつも通りの低いテンションだが、甘いものに目がない彼は味わうようにチョコミルクのタピオカドリンクを飲み進めた。

 店内は女性客が多いが、そんな事を憚らずに男二人は堂々としている。むしろ凛の方は慣れてすらいた。

 

「お前、結構来るんだな」

「一人でだけどね。何回も遊理のこと誘ってるのにこねーんだもん」

「チョコがあるなら早く言え」

「ははっ、ほらお前とこうして遠慮なく喋り出したのなんてホントの最近じゃないか。好みなんて先週チョコ美味そうに食ってるのを見て初めて知ったくらいだ」

「言ってなかった俺が悪いか」

 

 自分に非があると認めた遊理は再度ちゅる、ちゅる、とタピオカとチョコミルクを口に入れる。

 

「美味い」

「お気に召したようで何より」

「甘いものは疲労をとるからな。特に俺の場合、膨大な量を記憶するから」

「大変だな、完全記憶能力ってのも」

「慣れればそうでもない。興味のないものを記憶の奥にしまえば、必要な時に本を取り出すみたいなもんだ」

 

 さらりととんでもないことを言う遊理に凛は頬を引き攣らせながら自分のタピオカドリンクを飲んだ。

 ふと、凛は視線を店のレジの方に移した。するとそこには先程大学で見た集団の姿がある。その中心にいるのは、雪ノ下陽乃。

 その集団は購入したドリンクを持って席に着こうと、遊理達の方へ歩いてくる。

 

「あれ、逸見くん?」

 

 一人の女子大生が遊理に気付き、チョコミルクを飲む彼に声をかけた。

 

「わ、逸見くんってこういうところ来るんだね!」

「……」

 

 しかし、女子大生が語りかけても遊理は黙ってドリンクを飲み、口に入れたタピオカをモグモグと咀嚼するだけだ。

 何も言わないのはまずいと思った凛がすかさず、そうそう、と声を上げる。

 

「オレが誘ったんだよ」

「そうだったんだー! あ、ねぇよかったらあたし達近くに座っていい?」

 

 再度遊理に視線を向ける女子大生。何も言わない彼に、困惑したのか、たじろいでいると後ろから肩に優しく手を置かれた。

 

「ダメダメ、逸見くんは甘いものに目がないんだから。話しかけてもダメよ」

 

 現れたのは雪ノ下陽乃。女子大生に笑みを浮かべて言うと彼女はそうだったんだ、と驚く。

 

「ね、逸見くん」

「……」

 

 陽乃の声かけにも反応せず、遊理はチョコミルクを飲み進める。

 これには流石の陽乃もイラつき、周囲に気づかれない範囲で頬をひくつかせた。

 ──こいつ……! あくまで()()を付けてる私には興味ないっていうのね。

 

「あ、あはははは! いいと思うぜ? みんな座れよ」

 

 気まずい雰囲気に耐えきれなくなった凛が、不自然に笑いだして集団に向けて笑みを見せて椅子を引いてみせる。

 ──少しくらい反応しろぉ? 雪ノ下さん少し雰囲気怖いからなぁ!?

 視線で遊理に文句を言うと、彼は凛の視線に気付き、携帯をいじり出す。

 ポコン、と凛の携帯が鳴り、画面を見ると遊理の名前が浮かび上がる。それをタップしてメッセージを開くとそこには、

 


 

 

『なんかあった?』

 

 


 

 青葉凛はキレていい。

 お前のことで気まずい雰囲気になりそうになったんだよ、と声を大にしてキレていい。そんな凛は苛立ちを抑え、メッセージを返信するため文字を入力し、送信ボタンに指を叩きつけた。

 


 

 

『お前のせいで気まずい雰囲気になりそうだったんだよ!!!!!』

 

 


 

 遊理はそんなこと知るか、と言いたげに眉をひそめて少なくなったチョコミルクをちびちび飲む。

 

「凛、チョコミルクもう一個」

「お前な……」

 

 ほら、金、と五百円をテーブルに置く。あまりに自由な遊理に最初はイラッとしたが、凛は一周回って呆れてしまい、しぶしぶ五百円を持って再びレジに向かっていった。

 

「いいのかなー、パシリみたいに使っちゃってー」

 

 うりうり、と隣に座った陽乃が肘で遊理の腕を突く。

 

「別に」

 

 最後に残ったタピオカを口に入れ、凛が帰ってくるまで待つ。

 ──そろそろうざいな、こいつのこれ。

 肘で突かれるのが鬱陶しくなり、手で防いで辞めさせた。わざとらしくちぇー、と不貞腐れるが陽乃の演技である。

 

「はいはい、買ってきたよ」

「ん、ありがとう」

 

 頼んでおいたチョコミルクが来て、遊理はストローに口をつける。陽乃はそれを見て相変わらずだな、と頬杖をついて眺めて自分のドリンクを飲む。

 ──昔なら一口もらうんだけどなー。でも今は、ね。

 陽乃の脳裏に高校三年生の時のとある光景が過ぎる。そのことがあり、彼女はなにもできない。

 

「そういえば、雪ノ下さんって逸見のこと知ってたんだ?」

 

 派手な髪の色をした男子大生が遊理を見て陽乃に話しかける。

 

「まぁねー。小学校からずっと同じだよ、逸見くんとは」

「へぇ、幼馴染ってやつ?」

 

 男子大生はやけににやついた笑みを浮かべ、遊理を流し見る。それにはもちろん遊理、陽乃は気付き、内心呆れ気味に溜息をつく。

 ──この男、そんな長く一緒にいるのに苗字呼びなのか、って顔してるな。というよりそう思っている。声音と目の動き、表情でわかる。

 嫌だ嫌だ、と面倒くさそうにタピオカドリンクを飲む。

 ──はぁ、ホントならこんな人いらないのに。まだ遊理に話しかけてるあの子の方がまだマシよ。

 そう思い、陽乃はチョコミルクを飲む遊理に未だに話しかけている女子大生を見る。必死に気を引こうとしているのがバレバレだが、陽乃は見ていて微笑ましくなった。

 

「あ、そうだ! 明日休みだしよかったらこのメンバーで飲みに行かない?」

「お! それナイスアイデア! 行こーぜ」

 

 その声に他の大学生達も賛成した。

 

「逸見くん達も、どうかな?」

 

 女子大生にそう質問され、遊理はタピオカと一緒にチョコミルクを吸い上げる。またしても話さない彼に、凛が声を上げる。

 

「遊理、行こうぜ?」

「……わかった」

「本当!? 良かったー」

 

 あまりそういう飲み会は行かないが、凛の手前もあり、遊理はしぶしぶ頷いた。

 

「たまにはこういうのもいいだろ、遊理」

「面倒臭いがな」

「ははっ、確かに」

 

 トントン拍子に進む会話を聴きながら、遊理と凛は小声で話す。

 ──そういや、横にいるこれは来るのか?

 すぅ、と遊理は隣の席に座る陽乃をちらりと見る。男子大生にしつこく誘われ、陽乃は若干引き気味だった。しかしそれは遊理からの目線であり、他から見ると引いているようには見えないのである。

 

行きたくないなら素直に言え

「っ!」

 

 遊理の極小さな呟きに反応し、陽乃は一瞬彼を見る。遊理もまた彼女を横目で見ており、二人の視線が絡む。

 遊理の、俺は行くけどお前は来ないんだ、という挑発気味な眼に陽乃は思わずイラッとした。

 ふいに出そうになる素の顔を抑え、彼女は男子大生に笑みを浮かべる。

 

「仕方ないなー。私も行ってあげるよ」

 

 視線は男子大生に向けているが、その言葉はまるで遊理に宣言しているようだった。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 突然決まった飲み会。金曜日ということもあり、居酒屋の予約など取ることは難しいと思われたが運良く予約することができた。

 別に取れなくても良かったんだがな。俺は凛の顔を立てただけであって来たくて来ている訳ではない。

 しかし、来てしまった以上何も言うまい。仕方のないことだ。だが、なぜ隣に雪ノ下陽乃(こいつ)がいる。

 

「遊理、お前何飲む?」

 

 皆注文をし、凛が何にするか俺に訊いてきた。

 

「ん、ウィスキー」

「オッケー、ビール一杯とウィスキー一杯追加で!」

 

 成人してから家の行事で酒を飲むことがある。その時にいろいろな酒を飲まされたが、その中でも好きになったのはウィスキーやワインだ。如何にも高級そうなワインを飲まされたが、飲酒ド素人の俺でも美味いとわかるほどのものだった。

 

「私はミモザもらおうかなー」

 

 注文を取りに来た店員に雪ノ下陽乃が自然に酒を注文する。

 おい、お前はまだ誕生日来てないだろ。

 黙って視線を隣に向けていると、彼女は気付き、俺の視線を受け流す。

 ミモザというのは若い女性に人気のある、オレンジジュースにシャンパンを加えた黄色の色合いを持つカクテルのことだ。男子ウケもいいとされており、この場にいる男達に印象付けるものになるだろう。

 お前に合う酒はミモザなんていう可愛げのある酒じゃないだろう。ビールでも飲んでろ。

 

「すごいな、逸見くんって最初から強いお酒飲むんだね!」

「たまにな」

 

 嘘だ。飲まされたあと、ウィスキーにハマっているため割とよく飲む。ただ、居酒屋と取引先から貰ったウィスキーでは違いもあるだろうしちゃんと飲めるか定かではない。そこが少し不安ではある。

 飲めなかったら凛に丸投げしよう。家でもよく飲むらしいし、こいつなら大丈夫だろう。

 

「そうだそうだ。ごめんね逸見くん、ちゃんと自己紹介してなかったよね」

 

 注文したものが来るまでの間の繋ぎだろう。目の前に座る、今日、よく俺に話しかけてくる女子大生がそう言う。

 そんな彼女に、俺は手で制した。

 

「大丈夫だ。全員知ってる」

「え?」

 

 驚く女子大生を無視し、俺はこの場にいる大学生全員の名前を挙げていく。もちろん、凛と雪ノ下陽乃を除いてだが。

 名前を挙げたあと、すごいすごいと褒められるが全然、まったく、これっぽっちも嬉しくない。

 ただ記憶していることを声に出して言っただけじゃないか。そんなもの、なにもすごいことではない。

 

「自己紹介してないのになんでわかったの?」

「学食や他の場所で話しているところをたまに聴こえてくるからな。声と名前を呼んだ時の返事、それと同じ学部なら教授に指名された時に最低限苗字はわかるだろう」

「……それを覚えたの?」

「あぁ」

 

 間違えて覚えることもあるが、それは先程言った教授に指名された時にすでに修正されている。

 それにこいつらはどうでもいいからな。自ら自己紹介してもらわなくても結構だ。

 

「ふふっ、逸見くんは完全記憶能力を持ってるからね。簡単に覚えられるもんね」

「……そーだな」

 

 ちっ、今のは無視したら不自然過ぎる。しかもなんでそんな上機嫌なんだお前。

 隣に座る雪ノ下陽乃が笑って言う。それを聞いた学生達はまたしてもすごいと言い出し始めた。しかも今回は完全記憶能力なんていうことまで露見してしまったことで奇異の目に晒されている。

 雪ノ下陽乃(こいつ)の近くであんなことをしたのは迂闊だったかもしれない。

 

「お待たせしましたー!」

 

 少し後悔していると店員がそれぞれの酒とつまみを持って現れた。正直助かる。あのままだったらどんな質問をされていたのやら。

 皆それぞれ注文した飲み物を手にし、一人の男子大生がかんぱーい、とアホかと言うくらいのテンションで音頭をとった。

 そこからはどんちゃん騒ぎ。凛が調子に乗って俺を除く男子大生全員で飲み比べをし、見事勝利を納めたが吐きに行った。

 アホだあいつ。

 他の男子大生も吐きに行ったり外の空気に当たってきたりなどの行動をしていた。

 そういうこともあり、今現在は男子大生は俺一人ということになる。周りにはまだほろよいの女子大生数人。もちろんその中に雪ノ下陽乃もいる。

 

「あむ……」

 

 ウィスキーを三杯ほど飲んだあと、俺は赤ワインに切り替えてローストビーフをお供にして飲んでいた。

 居酒屋で食べる料理ってなんで美味く感じるんだろうな。

 

「おぉぉぉ……」

 

 女子大生達の話をBGMにしながらワインを楽しんでいると、ゆらりとこちらに近寄ってくるゾンビが見えた。

 

「気分はどうだ、バカ凛」

「最悪」

「だろうな」

 

 胃袋に何も詰めていない状態で飲み比べなんてするからだ。

 周りの女子大生達が凛に大丈夫か訊いているが、放っておけばすぐに回復する。

 

「いいの遊理? 具合悪そうだけど」

 

 凛を指さして隣の雪ノ下……いいや、陽乃がそう訊いてくる。

 誰も今は陽乃を見ていないからだろう。分厚い外面ではない素の彼女だ。

 

「別にいいんだよ、こいつのことは。それより、陽乃こそ、飲みすぎんなよ」

「わかってるわよー。こう見えて強いんだぞ〜私は」

「お前は見るからに強いよ」

「なにを……!」

 

 酒が入っているせいか、彼女の頬は赤く染っていた。いや、これは怒りか。昔ならこの勢いだとヘッドロックをかましてきたが、流石に周りに他の人もいるため行動できないようだ。

 いつも素の顔を見せてくれてたら可愛いのに。

 そうこうしているうちに他の男子大生達も戻ってきたようだ。凛は壁に寄りかかってダウンしている。

 

「なぁなぁ、皆の好きな人のタイプってどんなの?」

 

 酔いが覚め始めて、また酒を飲む男子大生が全体に問いかけた。

 出たな、お決まりの質問。幾度となく取引先のオヤジ共が質問してきたからうんざりしているんだ俺は。やめてほしい。

 皆ああだこうだと自分の好みの異性の話をしていく。途中、凛がガバッと起きて胸が大きい人! と言ったのは面白かった。俺は珍しく腹を抱えて笑い、陽乃は外面など忘れて爆笑していた。

 

「ねぇ、雪ノ下さんは? どんな人?」

 

 下品な笑みを浮かべて、陽乃の目の前に座る男子大生が彼女に質問する。俺は赤ワインが入ったグラスを傾けながらチラリと陽乃を見る。

 

「あー、私は()()()いるんだ。だからパス」

 

 婚約者。その言葉でシン、と音が消えた。

 それもそうだろう。好きな人のタイプは、と訊いたら婚約者がいる、などと言われれば誰しも黙る他ない。

 俺は何も言わずにくい、と残りの赤ワインを飲み干す。

 ごめんねー、と申し訳なさそうな顔を作って、雪ノ下陽乃はあはは、と笑った。

 

「へ、へぇ婚約者かー」

「婚約者かぁ、なんだかいいなぁそういうの」

 

 婚約者がいると知れば下手に雪ノ下陽乃に手を出そうなどという考えもなくなるだろう。早々に去年のうちからその手を打てばキャンパス内の大勢の男子大生から告白を受けることもなかっただろうに。

 女子大生達からはいいな、など羨ましがる発言が出てくる。それに対しての返答は、というと、

 

好きじゃない人と結婚なんて、嫌よ……

 

 俯いて、陽乃は誰にも聴こえないように小さく呟いた。そのあと彼女は残っている酒を飲み干す勢いで飲み始める。

 まったく、こいつは……。

 

「あ、逸見くんはどんな人なの?」

 

 あぁ、次は俺か。俺の答えはいつも同じだ。

 

「俺は、素を見せてくれる人が好きだ」

 

 ──その前に、俺と同等の存在、っていうのが付くがな。

 俺は残り一枚のローストビーフを箸で取って口に放り込んだ。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「私、帰るね」

 

 いいだけ騒いだあと、ほのかに頬を赤く染める雪ノ下陽乃が自身のカバンを持って立ち上がった。確かに、もう既に時刻は日を跨いでいた。

 それに反応して一人の男子大生が声をかける。

 

「送ろうか」

「大丈夫だよー、迎え呼んでるから」

「あ、そうなんだ……」

 

 速攻で玉砕した。

 思わず笑いそうになり、誰にも見えないところで凛を殴る。

 

「ぐふっ……!!」

「え、青葉くん!?」

「ちょ、大丈夫か凛!?」

 

 いけないいけない。雪ノ下陽乃に玉砕する男子なんて腐るほど見てきたが、久しぶりに見たせいか笑いそうになってしまった。

 流石に失礼だろうと思い、笑いをこらえるために凛を殴ったが今のでノックダウンしたようだな。

 

「俺も帰る。凛を頼んだ」

 

 せめての詫びで自分と凛の分の代金をテーブルに置いて立ち去る。出ていく途中に呼び止められたが無視した。

 家の方角に体を向けると、少し先にふらつく人影が見えた。

 

「はぁ……」

 

 ひとつ、溜息をつく。

 スタスタとその人影の近くまで早めに歩いて、ふらつくその人物の肩を抱いた。

 

「っ!? って、ゆ、遊理……?」

「……」

 

 ふらついていたのは雪ノ下陽乃。彼女は迎えを呼んだと嘘をついて歩きで帰ろうとしていたのだ。

 無視してそのまま帰ったら、ふらついて電柱にでもぶつかられて次顔を見る時に怪我でもされてたら後味が悪い。

 

「……お酒臭い」

 

 肩を抱いて歩いていると陽乃が呟く。

 

「陽乃こそ酒臭い」

 

 俺と同じくらい飲んでいたと思う。というより、俺と競うように飲んでいたのではないだろうか。

 

「女の子に臭いとか言う?」

「はっ。何言ってるんだか」

 

 陽乃が女の子? 何とぼけたことぬかしているのやら。こいつは例えるなら魔王だ。それは小学生からずっと隣で見てきたから断言する。女の子ではない、魔王である。

 

「……肩」

「ん?」

「触り方、いやらしい」

「そんなことない。自意識過剰だな」

「なんだとこのっ」

 

 陽乃は俺の頬に手を伸ばして引っ張った。

 

「あにすんら」

「あははっ、変なのー!」

 

 俺の頬を引っ張って、彼女は楽しそうに笑う。おそらく今日一番楽しそうな笑みだ。

 

「なぁ、陽乃」

「んー? なーにー?」

「都築さん呼ばなかったのか?」

「こんな時間に呼んだら迷惑でしょ」

「なん……だと……?」

 

 陽乃が他人の気遣い、だと?

 驚愕だ。彼女が他人を気遣うなんて今まであっただろうか。いやない。俺に対して気遣いなんてないし、他の人にしたってそうだ。そんな陽乃が気遣い……? 俺は一体誰と話しているのだろうか。

 

「ねぇ遊理、今すごい失礼なこと考えたでしょ」

「別に」

 

 不満げに少し頬を膨らませる。

 わざとらしいが、これが素の彼女だ。外面の場合だとこれにプラスして肘で突いてくるししつこい。

 

「あのさ」

「ん」

「工理さんとの婚約って……どうなったの」

「さぁな。俺にはわからない」

「……そう」

 

 陽乃の婚約者の名前は逸見工理。つまりは俺の実の兄だ。

 高校卒業式の日。その日に俺は、陽乃と兄貴の婚約が決まったと知らされたのだ。

 

 

 ──それが、俺と陽乃との関係を崩すきっかけになった。

 

 

 






 うげ……7000文字……。
 長かった……。

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三話 逸見遊理は夢を見る

 遅くなりました。三話目です。




 

 

 

 

 とある教室にて、黒い長い髪を揺らす白衣を着た女教師が工具箱を一人の男子生徒に手渡す。

 

「では、頼むぞ遊理」

「ったく、人使いの荒い……」

「何か言ったかね?」

 

 悪態をつく男子生徒、逸見遊理の目の前で、女教師は両手でゴキゴキと指を鳴らした。

 

「なんでもねーよ、静ちゃん」

「教師をちゃん付けするんじゃない。……ではよろしく頼むよ」

 

 女教師、平塚静はそう言ってくるりと反転して教室から退室していった。その姿を見送り終えた遊理ははぁ、と溜息をついて工具箱からプラスドライバー、ペンチ、電工ナイフを取り出す。

 静に頼まれたのは、今遊理がいる教室のコンセントやスイッチ、蛍光灯を嵌める灯具、蛍光灯の交換である。

 この教室は特別棟の端に位置し、一通りも少ない。それ故にそういった設備の交換が遅れているのだ。

 

「生徒にやらすか、普通」

 

 動きやすいスマートなゴム手袋を履きながら独りごちる。

 遊理は先にコンセントから手をつけ、手早く交換する。教室の壁に設置されたコンセントのプレートのネジをプラスドライバーを使って取り出し、静が用意した箱に容赦なくぶち込んだ。

 

「うわ、ケーブル古いな」

 

 コンセントごとケーブルを取り出すと、白い電線が黄色く変色していた。遊理は嫌悪感抱いて目を細めながらマイナスドライバーを手元に持ってきて、コンセントの裏に空けられた小さな縦穴にマイナスドライバーを差し込む。

 パキッ、と小さな音がなりコンセントに刺さっていた電線が抜け落ち、二口コンセントだけになった。それを再び箱にぶち込み、新しい二口コンセントにそのまま白と黒の二本の電線を突き刺す。

 次に新しいプレートで蓋をしてひとつの作業を終わらせた。

 その一連の作業を全て終わらせ、壁に設置されていたコンセントは全て新しいコンセントに変わっていた。教室の入口近くに設置されているスイッチもまた同様である。

 

「んー、やっと終わったか」

 

 最後のコンセントを設置し終え、遊理は固まった体を伸ばした。

 すると、

 

「ゆ・う・り〜!」

 

 ガバッ、と遊理が工具を置いた瞬間に、遊理の後ろから誰かが抱きついた。突然抱きつかれ、彼はビクリと肩を震わせる。

 顔を後ろに向けると、目の前にはニコニコと笑う美少女がいた。

 

「陽乃、危ない」

「ちゃんと工具置いたの待ったんだから許してよー」

「わからないぞ、もしかしたらまだマイナスドライバー持ってるかもしれない」

 

 そう言って雪ノ下陽乃の目の前に小さなマイナスドライバーをにやりと笑って見せびらかす。

 

「陽乃の顔にグサッ、ってなったら大変だもんなー」

 

 遊理がそう言うと陽乃は顔を青くさせるが、彼から離れようとしない。

 

「次、蛍光灯やるから離れてくんないか」

「嫌だ」

「なんでだよ」

「なーに、こんな美人つかまえてその反応」

 

 陽乃はうりうりと手を伸ばして面倒臭そうに顔を歪ませる遊理の頬に指で突く。どうにか離れてもらおうと、遊理は体をよじるが彼女は胸の前まで腕を伸ばして話そうとしない。

 はぁ、と溜息をついて遊理は諦めた。

 

「なんか用?」

「別にー? なんもないけど」

「なら来んなよ」

「なにそれひどーい! こんなに可愛い彼女を邪険にするなんてっ!」

 

 わざとらしく泣き真似をし、遊理の後ろでしくしくと言う。

 ──うざっ。

 

「ま、用はあるにはあるんだけどね」

「なに」

「帰りの途中、カフェ寄るから」

「はぁ?」

 

 良さげなところ見つけたんだよねー、と呑気なことを言って遊理の少し長めの白い髪を弄ぶ。

 

「拒否権は」

「あると思った?」

「あーはいはい。行きますよ」

「ふふっ、素直な遊理は好きだな」

「お前のその傍若無人は嫌いだよ」

 

 そんな軽い言い合いをして、陽乃はぎゅ、と強めに抱きしめてから離れた。

 

「早く終わらせてよね」

 

 私のために、と付け加えてから教室の奥に積まれていた椅子を引っ張り出して座る。鞄から文庫本を取り出して読み始める姿を見て、遊理は頭を搔く。

 

「あくまで手伝わねーのな」

「蛍光灯くらいなら渡してあげるわよ」

「できれば灯具も渡して欲しい」

「気が向いたらね」

 

 ──その綺麗な顔に蛍光灯ぶっ刺してやろうか。

 流石にイラッとする遊理だが、なんとかその苛立ちを抑えて脚立を持って教室の蛍光灯を外し始める。灯具も外し、新品の灯具と交換して天井に設置した。

 チラリと陽乃はその作業を見た。洗練された職人のような速さで作業をこなす遊理の姿を見て、へぇ、と感心する。

 

「陽乃、蛍光灯取って」

「自分で取ればー」

「……ちっ」

 

 遊理はドライバーでネジを締めながら舌打ちをし、自分で蛍光灯を取ろうと脚立から降りようとした。すると、目の前に、ズイ、と新品の蛍光灯が目の前に現れた。

 すました顔で蛍光灯を差し出す陽乃に、遊理は困惑する。自分で取れと言った彼女が、こうして蛍光灯を取ってくれたことに疑問を抱いているのだ。

 ──なに考えてんだこいつ。

 裏があるのでは、と彼は嫌そうな顔をしつつ差し出された蛍光灯を受け取った。

 

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 陽乃は手渡したあと、再び文庫本に目を落とした。

 なにかあるのかと陽乃を遊理は見つめるが、彼女はなにもせず本を読み進めるだけだ。不思議に思いつつ作業を続けて次の蛍光灯へ移る。

 次のところでは、わざわざ立って蛍光灯を渡してスタスタと椅子まで戻っていった。加えて、蛍光灯を渡すタイミングが示し合わせたようにピッタリだった。

 

「陽乃……何企んでる」

 

 不気味過ぎて遊理はうっかり訊いてしまった。すると、陽乃は本から目を離して不満そうに口を尖らせる。

 

「カフェ行くんだから、早くして」

 

 ──そんなに行きたいのか。

 遊理はそう思い、溜息をついて頭を搔いた。

 その後、テキパキと遊理が作業をして完全下校前には教室に設置されたコンセント、スイッチ、蛍光灯、灯具の交換が終わった。

 古い灯具と蛍光灯は新品が入っていた箱に入れて、教室の端に積んで放置する。

 

「よし、終わり。ありがとな陽乃」

「別に」

 

 振り返って遊理が微笑すると、陽乃はすました顔をして教室を出ていく。彼女を追いかけて教室を出ると、廊下で待っていた。

 

「ほーら、もう完全下校になるし早くカフェにいこ」

「わかったよ」

 

 脚を前に踏み出し、遊理は陽乃の隣に並ぶ。すると彼女は遊理の腕に自身の腕を絡ませて引っ付く。

 

「陽乃、歩きづらい」

「いーじゃんいーじゃん」

「良くない。つか下駄箱で離れるんだからもう離れろ」

「それじゃ楽しくなーい」

「楽しむな」

 

 下駄箱に近づく度に生徒の数が少し多くなっていた。

 国際教養科、学年ツートップ、学校一の美男美女の二人を見て生徒達はざわめく。

 

「ほら、こうなる」

「どのみちこうなるけどね」

「外でもやるつもりか」

「もちろん」

 

 遊理の目を見つめ、陽乃はにやりと艶美に微笑んだ。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 目覚ましの音で目が覚めた。

 

「……」

 

 ずいぶんと懐かしい夢を見たようだ。

 あれはまだ俺と陽乃が高校二年の頃だったか。あの時は担任の静ちゃんに命令されて特別棟の空き教室のコンセント類を交換したんだ。

 

「ホントに懐かしいな……」

 

 なんで今頃になってあんな夢を見たんだろうか。

 ベッドから這い出て寝巻きをベッドの上に放り出しながらそんなことを考える。

 きっと、つい先日陽乃と久しぶりに会話をしたからかもしれない。高校卒業時から大学二回生の先日まで、俺と陽乃の間に会話は一切ない。それで昔の記憶が刺激されたのだろう。

 

「陽乃のやつ、あれから吐いてねーよな」

 

 ふと、朝ご飯の味噌汁を飲み終えたあとでそんなことを思った。

 一応あいつを家までしっかり送ったが、あの後大丈夫だったんだろうか。もし吐いてたらおじさんおばさん驚いたろう。

 いけないいけない、陽乃みたいな美人が吐いているなんて想像したら面白くなってきた。テレビでよくある光が陽乃から出てくるとか抱腹ものだ。

 食器を全て片付け終えて大学に行く準備を済ませる。

 今日は一限から講義があるのだ。

 家の鍵を閉め、俺はマンションの廊下を歩き始めた。すると、俺の家の隣の扉が開く。中から出てきたのは艶のある黒い髪を長く伸ばした女の子。

 

「おはよう、雪乃」

 

 女の子──雪ノ下雪乃に挨拶をし、鍵を閉める彼女の近くで歩みを止める。

 

「あら、おはよう遊理さん」

 

 俺に気づいた雪乃が小さく笑みを浮かべて挨拶を返した。

 雪ノ下雪乃。俺と陽乃の三つ下の陽乃の妹だ。陽乃似で容姿も整っていて頭脳明晰。運動神経もいい。欠点といえば体力がないことと、長く一緒にいた俺に似たのか交友関係は比較的最小限。

 そしてなにより俺がいいと思う点は、性格が陽乃に似てないところだ。外面をつけないところが最高だと思う。

 

「遊理さんは今日は一限からなのね」

「ん、まぁな」

 

 俺と陽乃が卒業した高校、総武高校の制服に身を包んだ雪乃と同じ時間帯で家を出る時は一限のみだ。

 

「最近はどうだ、学校」

「父親みたいね、その台詞」

「……確かに」

 

 少しおっさん臭かったかもしれない。

 

「ふふ、いつも通りよ。心配することなんてなにもないわ」

「そっか」

 

 よかった。入学式初日に雪乃が乗った車が事故にあったと聞いたから心配だったが、そのあとも何事もないようだ。

 報復と称し、雪乃にちょっかいをかけたら後がどうなるか……報復したやつが可哀想なことになる。社会的に潰され、生きる場所を失うに違いない。

 

「遊理さん、なにか失礼なこと考えてないかしら」

「気のせいだ」

 

 陽乃並に察しが良くなってきたな。これからは気をつけよう。

 二人でマンションを出て道を歩く。その最中、雪乃がそういえば、と声を上げた。

 

「部室に変な焦げ跡があったのだけれど……あれは遊理さんがやったものなの?」

「ん? 部室って……あぁ、特別棟の。そうだな。あれは昔、半田ごてで作業してたんだけど陽乃が蹴ったんだよ」

 

 静ちゃんに命令されて教室の電気系統を俺が一新した。その作業の時に陽乃が乱入して俺の邪魔をする。

 あの時は本当に危なかった。半田ごてを使った作業をしていることを気づかなかった陽乃がいつものように抱き着いてきて、俺は手を軽く火傷をし、それを見て珍しく焦った彼女が床に落ちた半田ごてを蹴り飛ばしたのだ。

 

「ま、陽乃にはそのことを訊いてやるなよ」

「そうね、何をされるかわからないもの」

 

 嫌そうにその綺麗な顔を歪める。

 

「姉さんで思い出したけれど、最近はどんな様子なの?」

「いつも通り、つまらない外面をつけてる」

 

 俺がそう言うと雪乃は驚いたように俺の顔を見上げた。

 

「どうした?」

「驚いた。珍しいわね、貴方がそう言うなんて」

「……あぁ、そうだな」

 

 基本的に俺は雪乃のこの問いには、さぁなや知らない、などといった返答をしている。それがいつもと違う返答で驚いたのだろう。

 俺は外面を被っている陽乃のことなんて興味がないから、彼女のことを見ているような発言はしない。

 

「ついこの間、あいつを含んだ数人で飲みに行ったから、嫌でもあの外面が見えるんだよ」

 

 隣だったしな。

 

「……そう」

 

 そう言って雪乃はふっ、と笑っていつの間にか着いた総武高校の校門前で立ち止まった。

 

「それじゃあね遊理さん」

「あぁ、またな」

 

 彼女は長い黒髪を払って優雅に高校の校門を通り過ぎて行く。俺も大学に行こうと歩き始め、ふと少し前を自転車を押して歩いてくる少年に目がいった。

 どろりと濁った目が俺の目と合う。

 少し警戒したような色を滲ませながら、少年は冷や汗を垂らしてすぅ、と目を逸らした。俺も目を離して前を向いて彼と通り過ぎる。

 

「……ふぅん」

 

 ニィ、と口の端が吊り上がった。

 

「面白そうだな」

 

 これは、陽乃も興味を持つかもしれないな。

 きっと彼は雪乃と知り合いだろう。次はちゃんと自己紹介をしたいところだ。雪乃との関係を勘ぐられたら雪乃が可哀想だ。

 俺は陽乃ほど構って殺す傾向はない。むしろ彼に助力する方だ。もし陽乃が構うようであれば助け舟くらいは出してやろう。

 

 

 

 





 途中、プロットを見ててこの部分書いていいのか? ってなり消したりしてて躓いてました。なんとか一話捻り出しました。


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