「祝え!」
巨大な本を片手に、男は高らかに宣言する。けして大きな声ではない。だがしかし、不思議とよく通る声だ。
「博麗の名を受け継ぎ、人妖を超え、人と幻想を守護する博麗の巫女。その名も博麗霊夢。今まさに、その歴史が幕開ける瞬間である」
臆面もなく、長台詞をペラペラと謳いあげる目の前の男によって凍りついた空気の中、博麗霊夢は深く、それはもう深くため息をついた。
この男、これからずっとこうするつもりか?
と。
~数時間前~
「やあ、昨日ぶりかな?霊夢君」
「あんた、飽きもせず毎日毎日精が出るわね」
マフラーをたなびかせ、本を片手に微笑む男へ霊夢は、言外にこの暇人め、と悪態を込めつつ言うが、男に堪えた様子はない。
「ようやく、私の仕えるべき人物が見つかったので、報告に来たんだ」
気色ばんだ男の言葉に対して、霊夢は適当に生返事をすると、ふと考えてみた。
この男が仕えるべき人物についてである。
この男はつい数年前、外の世界からやって来た外来人であり、妖怪に襲われているところをたまたま霊夢によって救われたのだ。本来ならばそのまま外の世界へと送り帰される筈が男の謎の能力を見たどこぞのスキマ妖怪が「少し調査するから保留」と主張し、幻想郷にしばらく滞在することになった。
まさに数年かかるとはその時霊夢は思ってもみなかったのだが、外にいたころから主を探す旅の途中だった男は、これ幸いとそのまま幻想郷で主探しを続けていた。
「ま、一人でここに通えるあんたなら引く手数多でしょうね」
霊夢の言う通り、彼女が巫女をしているここ、【博麗神社】は人間の里から離れた幻想郷の外れに位置しており、距離だけならば1日で行き来できる程度なのだが、道がそれなりに険しい上、道中で人食い妖怪がよく出没する。それらを片手間にあしらえる実力がなければここへは辿り着けない。
男にはその実力があった。年中首に巻いている焦げ茶色と白灰の混じったマフラーを用いてそこらの妖怪など、いとも容易く欺けるのだ。そんな男だから、人里ならば何処へでも就職できるだろうと霊夢は考えた。
「人間の里の者ではないよ、私が仕える主は。そしてかなりの有名人だね」
そう言われて霊夢は再び考える。
人間の里の者ではないのならば誰か?
幻想郷で著名な者の名前は大体頭に入っている。
妖怪の賢者、冥界の主、地底の主、天狗はあり得ないのでこの三人の誰かだとは思うが。
「八雲紫、西行寺幽々子、古明地さとり。どれも私の候補ではあったが不正解だ」
「じゃあ誰よ」
もうお手上げだ、と霊夢が問うと、男はどこか自慢気に口を開いた。
「私が選んだのは博麗の巫女。つまり博麗霊夢、君だよ。我が主」
そう言って、霊夢を指差した。
…………
………
……
「は?」
霊夢が再起動するのにたっぷり十秒ほどかかった。そして、どういう事かと詰め寄ろうとした瞬間であった。
「ッ!これは!」
「おや?どうやら異変、とやらのようだね」
空が紅い霧に覆われた。
「ちょっと行ってくるから、後で詳しく話しなさいよ」
「喜んで承るよ。我が主」
流石は博麗の巫女と言うべきか、質問を即座に切り上げ霊夢は紅い霧の発生源へと飛び立っていった。
「さて、もうすぐ祝福の刻かな」
その場に、怪しく微笑む男を置いて。
前書きでも書きましたがジオウロスが半端ないので書きました。
ゼロワンはゼロワンで面白いですし、続きも気になるんですが、ロスが抜けきらない悲しみ。
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EP02
神社を勢いよく飛び出した霊夢は、持ち前の直感を頼りに霧の発生源とおぼしき場所へ飛ぶ。
「お~い!霊夢!」
途中で襲いかかってきた妖精やら妖怪やらを容赦なく叩き潰しながら進んでいると、少女が声をかけてきた。
「魔理沙じゃないの。何か用?」
「何か用って、今は一つしかないだろ。異変を解決しに来たんだ」
声をかけてきたのは金髪の少女だった。白黒の服に魔女のような帽子を被った彼女は霧雨魔理沙という。人でありながら魔法使いを自称する彼女はどうやら霊夢と同じく、異変を解決するためにここへやって来たらしい。
「とにかく、異変の元凶は霧の湖で確定だぜ」
彼女の話によると、異変解決のために聞き込みに次ぐ聞き込みの末に、最初に霧が発生した場所を特定したようだ。
ちなみに、霊夢が直感に頼ってやって来たことを告げると、魔理沙はどことなくやるせない表情をした。何とも言えない敗北感があったらしい。
ともかく、こうして紅い空を全力で飛翔する二人の目に紅い屋敷が映った。湖に建つ屋敷の門の前に着地すると内部へ入るべく進む。その際、中華服を着た、紅美鈴と名乗る女の妖怪に阻まれ、戦闘になったが、幻想郷における決闘ルールである【弾幕ごっこ】に不馴れであったことが災いし、霊夢と魔理沙に一蹴されていた。
「邪魔するわよー」
「邪魔するぜ。って思ったより広いな、どうする霊夢」
こうして侵入した屋敷の中は、二人が想定したものより広く、また薄暗かった。
「どうするって、勘を頼りに行くしかないでしょ」
「だよなぁ、んじゃ、手分けしようぜ」
「わかったわよ。私はこっち行くから」
「おう!」
魔理沙の提案に乗った霊夢は、魔理沙と別れ、一人探索に入った。
「お嬢様の前に少しでも……!」
探索に入ってすぐ、霊夢は屋敷のメイドに幾度も強襲を仕掛けられていた。
一度目の強襲では梃子ずらされたものの、流石に三度目ともなると多少手間が増える程度というレベルだが、それでもよく食い下がって来るものだと霊夢を思った。それが忠誠心故かどうかは知らないが。
「まったく。そろそろ出てきたら?」
「気づいてたの?」
ようやく意識を失ったメイドを一瞥し、いつの間にかたどり着いていた玉座を見やりながら問うと、声と共に玉座に霧が集まり人の形を取った。
一瞬の後に現れたのは少女だった。銀の髪と赤い瞳を持つ彼女は一見人間の少女のようだが、その背から生えるコウモリの翼が彼女が人外の者であることを如実に表していた。
「私は紅魔館の主にして、誇り高き吸血鬼。レミリア・スカーレットよ」
窓から覗く紅い月をバックにレミリアは微笑む。
「私は博麗霊夢。一応訊くけど、外の霧。迷惑だからやめてくれる?」
「嫌よ。だって日光が鬱陶しいもの」
その答えに、霊夢はさほど驚きもせず嘆息すると無言でお払い棒を構えた。
「少し待ってもらえるかな?レミリア・スカーレット。私には一つ、どうしてもやらなければならないことがある」
一触即発。今にも激戦が始まろうと言うとき、男の声が響いた。
「あんた。いつの間にここに」
「あら?私がここまで気づかないなんて」
霊夢とレミリア。驚いたのか二人揃って男を見つめる。霊夢の隣にいつの間にかたっていた男は何時ものようにマフラーをたなびかせ、巨大な本を片手に飄々と立っていた。
「突然すまないが、どうしてもやらねばならないことがあるのでね。十数秒ほどいただけるかな?」
「……まあ、いいでしょう」
いざ決闘!という。ところを邪魔されてレミリアは多少不機嫌だったが自分に気づかれずにやって来たこと、この場で声をかける勇気に免じて許すことにした。王は寛大なのだ。カリスマを感じる。
「では、いこう」
男は、手元の本を開くと意気揚々と口を開き、不思議とよく通る声で言葉を発した。
「祝え!」
「博麗の名を受け継ぎ、人妖を超え、人と幻想を守護する博麗の巫女。その名も博麗霊夢。今まさに、その歴史が幕開ける瞬間である」
空気が凍った。
霊夢は、言葉を発することができなかった。この男、誰からも望まれていない祝福をわざわざ流れを中断してまでやったのだ。どこからか、カマシスギィ!と幻聴すら聞こえた気がした。
レミリアは、言葉を発することができなかった。この男、レミリアに殺される危険を侵してまで、心の底から博麗の巫女を祝福するためだけに現れたのだ。なんというか、イカす。うちにもそういう奴が欲しいと思った。
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