Unlimited Fantasy Online ~カス共の狂騒曲~ (普通の燃えないゴミ)
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Episode:001【風に揺れるビニール袋】

はじめましての方ははじめまして
そうでない方はどこから来た!言え!


pixivに上げてたけどこっちでは上げてなかったなと思って


「来たぜ来たぜ。ついに来たぜこの時がァよォ」

 

 自分でもよくわからないハイテンションでPCの前のリクライニングチェアに深く腰掛け直し、頭部に鈍い銀と黒のVRヘッドセットを装着する。

 現在時刻は午前0:00。日付が変わった今この瞬間からが、待ちに待ったゲームの正式サービス開始日だ。フルダイブ型VRMMORPGと呼ばれるジャンルのオンラインゲーム、『Unlimited Fantasy Online(アンリミテッド・ファンタジー・オンライン)』、略して『UFO』。それがゲームの名だ。残念ながらベータテストの時はVRのヘッドセットを持っていなかった為に参加出来なかったが、ツイッターのフォロワーや、仲のいい動画投稿者の間で話題になっていて、普通に楽しそうだったのでコツコツお金を貯めてこの度購入した。それなりに高性能なものを買った為、20万近い金が吹き飛んだが。しかし、それを補って余りあるほどのリターンと言ってもいいだろう。

 『UFO』は、他のゲームとは一線を画すリアルさを誇る。何せ、痛覚以外の五感がほぼ現実通りに再現されているのだ。痛覚は大体、死ぬ程の大怪我=タンスの角に足の小指をぶつけたぐらいとなっているが、他の4つは95%以上現実通りなのだ。画質に関しても、下手をすれば現実より綺麗な可能性もあるほどだ。

 また、自由度に関しても評価が高い。RPGによくある職業という概念はなく、基本的に誰でもどんな武器や防具でも装備出来、どんなスキルでも使える。基本的に、というのは、ゲーム内でのレベルや、ステータスによって装備出来る・使えるものに多少条件がある為だ。が、普通にやっていればそう気になる程の制約でも無いらしい。精々、物理特化型のプレイヤーが上級魔法を使えなかったり(使えても弱かったり)、魔法使い系のプレイヤーが大剣を持てなかったり、鎧を着込めなかったりする程度だ。それも専用のビルドをすれば大体は回避出来る。

 まぁ要は、とんでもなく楽しいらしいゲームなのだ。

 

「―――イントゥ・ザ・ブレインズ!」

 

 掛け声と共に、PCのモニターに表示されたゲーム開始ボタンにカーソルが合わせられたマウスをクリックする。そして、意識が1度途切れた。

 

 

 

 意識が戻ると、そこは全く違う場所だった。視界に広がるのは、一面の白。上も下も左も右もわからない、真っ白な空間。誰一人、何一つ存在しないその空間。

 ここは所謂、プラクティスルーム。アバターの制作、初期スキンの変更、ステータス分配、装備選択を行う、チュートリアル場所だ。

 

『この世界についての説明は必要でしょうか?

 YES / NO』

 

 目の前にそんなウィンドウが表示された。世界観の説明から入るあたり、ザ・チュートリアルって感じだ。

 

「…YESで」

 

 一応調べたので多少知ってはいるのだが、折角なので聞くことに。長いので大まかにまとめると以下のようになる。

 まず、この世界には、魔法と科学が普通に混在するとのこと。

 人々は田畑を耕し、家畜を飼い、機械(電子機器ではない)を作り、森や遺跡を冒険し、モンスターを狩って生活している。

 古代より続く魔族との争いとか、そういうのは無いらしい。

 RPGらしく、斬撃・貫通・打撃の3つの物理属性と、炎・氷・水・地・風・雷・光・闇の8つの自然属性がある。属性間に相性は存在せず、モンスターによって得意・不得意な属性が違うらしい。覚える事が多そうだ。

 とまぁ、全体的に見ればよくあるファンタジーものとそう変わらない。ここまでは。

 この世界は、もしかするとポストアポカリプスな世界なのかもしれない、と各所で言われている。と言うのも、明らかに文明水準の違う機械類や高層ビルの残骸などが見つかっているらしい。PVなどでも背景にそれらしきものが映っているのを見た事がある。未だ公式からは何も言われていないので、この先ゲーム内イベントで何かがあるのだろう。

 

『ステータスについて説明しますか?

 YES / NO』

 

 世界観の説明が終わると、またウィンドウが出た。今度はNOを選択する。今更説明されるまでもない。それは調べた。

 『UFO』には、HP、TP、STR、VIT、INT、POW、DEX、AGI、LUCの9つのステータスがある。HPとTPは言わずもがな、STRが物理攻撃力、VITが物理防御力、INTが魔法攻撃力、POWが魔法防御力、DEXが器用さ、AGIが素早さ、LUCが幸運といった具合だ。POWが魔法防御というのは少しばかり珍しい気もするが、特にこれと言って特殊なものはない。

 

『アバターの制作を行います。

 リアルデータを元に制作したアバターを使用しますか?

 YES / NO』

 

 今度出たのはそんなウィンドウ。リアルデータとは、現実世界での肉体をスキャンしたアバターデータの事だ。フルダイブ型のゲームは、現実と大きく離れた体格にすると、個人差はあるが感覚のズレなどで動かしにくい場合があり、こうして現実世界の肉体とほぼ同じデータを再現してくれるものが多い。やりやすさを考慮し、ほとんどのプレイヤーはこのリアルデータを元にしたアバターを使用する。が、そこは自由度が売りの『UFO』。所謂「亜人種」と呼ばれる人型・非人間のアバターを使用することが出来る。エルフやリザードマン、ドワーフといったよくいる種族だ。―――しかし、何事にも例外はある。

 

「もうこれしか選択肢ねぇよな、うん」

 

 表記名、スライム。辛うじて人型をしている、青紫〜ピンク色のナニカ。顔と思しき所には黒で塗り潰したような目と風穴のような口があり、その他生体器官っぽいものは見受けられない。半透明ではなく、完全に濁っている泥人形のような見た目。常に泥が体のあちこちからボタボタ溢れており、そのエフェクトは空中で消えている。どう考えてもゲテモノだ。若干可愛げがあるのがまた腹が立つ。ちなみに色はRGBバーで変更可能らしい。変なところに力を入れているのかなんなのか。

 迷わずスライムを選ぶ。色もまた迷わずコールタールのような黒に変更。テケリ・リ!テケリ・リ!一気に名状し難い見た目になった、だがそれがいい。

 見えている腕や体がスライムに変化する。どうやら匂いは無いらしい。腐臭でもしたらどうしようかと思ったが、杞憂だったようだ。同時に再現してくれなかった事が少し残念なように思えたが、いくらゲーム内とはいえ臭いのは嫌なので、これでいいと自分を納得させる。

 

『ステータスの配分を行います。

 exの値を各ステータスに自由に分配して下さい。

 チュートリアル中、この数値は何度でも配分のし直しが可能です。

 STR:0 VIT:0 INT:0 POW:0 DEX:0 AGI:0 LUC:0

 ex:100』

 

 ここだけで数時間かかる人も居ると聞く、最大の難関だ。後からレベルアップで獲得した分の数値には影響しないので安心して振れるが。

 公式が推奨しているのは以下の3パターン。

 ①:1つのステータスに40、残り6つのステータスに10ずつ割り振る一点特化型。

 ②:2つのステータスに25、残り5つのステータスに10ずつ割り振る二刀特化型。

 ③:3つのステータスに20、残り4つのステータスに10ずつ割り振るバランス型。

 この3つのどれかから、配分を少しずついじり、自分の好みに近付けていくのが通例だ。ちなみにステータスが0だと、そのステータスに応じて色々とデメリットが働く。らしい。極振りなんて、よほどのバカかドマゾか変態でもない限りはしない。

 前々から決めていたので、一切迷わずDEXに100ポイント全て振る。

 そう、よほどのバカでドマゾな変態は、ここに居たのである。ちなみにHPは500、TPは300が初期値だ。

 

『装備の選択を行います』

 

 そうして、初期の武器と防具の選択画面へ。

 案の定と言うかなんというか、STRとINTが0のせいで重そうな武器や魔法の杖らしきものは軒並み装備不可表示が出ていた。装備可能な武器はせいぜいがナイフと小型の杖ぐらいだ。しかし、画面の一番下の列にそれはあった。『コルト・シングルアクション・アーミー』。どう見てもシリンダー式の拳銃だった。明らかに浮いている。そして当然のように迷うこと無くそれを選択。だって銃って、格好いいじゃん?

 

「お、古くせぇ革製のホルスター。わかってんじゃん」

 

 手元に現れた鈍い銀色の拳銃と、右腰にベルトで巻かれた茶色のホルスターを見て呟く。

 装備効果としてはSTR+15だけでスキルもないシンプルなもの。初期装備なので仕方ない。装弾数は6発で、予備の弾丸も36発ある良心的設計。もっとも、戦闘になれば乱射する事になり、すぐに残弾が尽きるのは目に見えているのだが。しかし浪漫には変えられない。ゲームをする事において、楽しさと浪漫の追求は何者にも勝るのだ。

 武器を選択すると、今度は防具の画面へ移り変わった。だがこちらも鎧などは装備出来ず、布製の普通の服っぽいものしかない。これはもう極振り故仕方が無いと割り切る。頭装備に白のキャップ、体装備に灰色のローブ、腕装備に灰色の手袋、腰装備に灰色のズボン、足装備に黒い運動靴を選択する。スライム―――わかりにくいので今後は粘液人形―――体でも問題なく装備出来るらしい。今まで全裸だったのかと少し戦慄する。

 

『スキルの選択を行います』

 

 そうして表示されたのは全部で50個ぐらいあるスキルの選択画面。初期状態では最大10装備出来るらしいが、今回くれるのは3つだという。少ない。しかもスキルは店の販売だとアホみたいに高いらしい。キレそう。

 

「うーん…何かこう、ピーキーだったりエキセントリックだったりするのは無いだろうか…」

 

 とりあえず、全ステータスにそれぞれある、ステータスを+5%するパッシブスキルのDEX版、《器用(小)》を1つ目に選択。これでDEXは105だ。流星のBK(バカ)みたいな数字だ。

 他にも探してみるものの、特に目を惹かれるような頭の悪そうなスキルは無かった。初心者用のものだから当然と言えば当然なのだが。

 そうして、この虚弱貧弱無知無能なゴミクソステータスで使えそうなものをピックアップ。候補に入ったのは以下4つ。

 《投擲の心得》。投擲物(銃弾、矢含む)の命中精度を微上昇するパッシブスキル。銃火器や弓を使うなら取っておいて損は無い、普通に有用なスキルだ。惜しむべくは、初心者用だけあって効果量が少ない事か。

 《ガンマン》。遠距離武器(投擲物含まず)の威力を上昇するパッシブスキル。これもあって損は無い有用なスキル。ただし、初心者用なので上昇量は少ないが。

 《バレットポケット》。銃弾を1スタック分入れておける簡易アイテムポーチが使えるようになるパッシブスキル。銃弾は種類によってスタック出来る数が違うが、初期装備であるコルト・シングルアクション・アーミーの弾丸、.45ロングコルト弾は96個で1スタックらしい。それだけの弾丸を、アイテムポーチを圧迫せずに持ち歩けるのはリターンが大きい。

 《ファーストエイド》。応急処置が出来る初級の治癒魔法。このステータスで唯一使える魔法であり、アクティブスキルだ。HPを200〜300程度回復する。数値はPOWによって変動するらしい。ただし、POWが0でも最低値を下回る事は無く、200は確実に回復出来る。TP消費は50と嵩むが、熟練度を上げると回復値が上昇し、消費TPも軽減されるらしい。確かベータ版だと熟練度最大ではTP消費20で600~回復とかだったか。

 

「でも私の耐久じゃ回復する間もない、か。となると…」

 

 伊達にVITもPOWも0じゃない。恐らくだが、適当な雑魚モンスターの攻撃を1発受けただけでもアウトだろう。なので《ファーストエイド》はパス。これで候補は3つ。

 

「…待てよ、極振りしてるんだから、スキルに頼らなくても充分当たるんじゃね?」

 

 遠距離武器の命中率は基本的にDEX依存だ。武器毎の規定値以下だと適正射程・威力が半減する上に弾が逸れやすくなるが、高ければその逆だ。ボーナスが入るのは規定値の2倍以上のDEXが必要で、効果量も高くないらしいが。しかしそこは極振りステータスと初期装備。規定値はDEX15。なんとぴったり7倍だった。射程・威力・弾道補正にそれぞれ60%のボーナスが入る事がしっかりと表示されていた。

 ちなみに遠距離だろうが銃弾だろうが物理攻撃なら威力はSTR依存だ。ただし、投擲物などには本体の威力(固定値)があり、いくらSTRが低くとも、それを下回る事は無い。勿論、STRにも振った方がダメージは出る。しかし、どれだけ威力が出ようとも当たらなければ意味は無い。威力を追求するなら、それこそSTRに極振りして剣でも担げばいいのだ。

 まぁつまりは、DEX極振りならばSTR振りほどではないが威力が上がり、ついでに命中も射程も上がってウッハウハなのだ。極振りはいいぞ。その代わり紙耐久なのは忘れてはいけない。

 

「《投擲の心得》は要らないか」

 

 そうして選択したのは《ガンマン》と《バレットポケット》。決定ボタンを押し、スキルの選択を終了する。

 

『チュートリアルを行いますか?

 YES / NO』

 

 うるせぇそんなもん実戦で慣れりゃいいんだよ!とコンマでNOを叩き付ける。

 

『キャラクター名に、ワールドヴィジョンのアカウント名を使用しますか?

 YES / NO』

 

 ワールドヴィジョンとは、UFOを開発・運営している企業の事だ。一応事前にアカウントの登録が必要だが、IDが共通なのでアカウント名とキャラクター名が違ってもいいらしい。特に不都合とかは無いので、YESだ。

 

『UFOアカウント、「ビニール袋」を登録しました。

 これより、Unlimited Fantasy Onlineでの冒険をお楽しみ下さい』

 

 ネット上でいつも使っているハンドルネームが無事登録された事を告げるウィンドウが出ると共に、真っ白な空間が閉じていく。どこに果てがあるかもわからないのに閉じていっているのがわかるとは、不思議な感覚だった。

 そして、視界が暗転する。

 

「おお…すっげぇ…」

 

 次に目に映ったのは中世ヨーロッパ的な街並みだった。

 オレンジや赤、白などの明るい色のレンガで作られた建造物が建ち並び、石畳の地面が広がっている。今居る広場と思しき場所には大きな噴水を中心とした円形構造で、そこから四方に大きな道が伸びている。道のあちらこちらでは露店がやっているようで、そこで売っているものも果物から小型の刃物、野菜に肉と様々だ。また、街を行き交う人々も、エルフやリザードマンをはじめとし、カエルや鳥などの様々な動物の亜人種が入り混じっている。まさにファンタジー世界って感じだ。

 ここは始まりの街と呼ばれるスタート地点、その名も『ジャンシット』。一応イギリスとフランスとイタリアをまぜこぜにした街らしい。説明文にはそう書いてあった。

 ジャンシットの南から東にかけては広大な草原、西に森、北には荒野が広がっている。第2の街は北北西にあるらしいが、敵が強いのでまずは森や草原でレベルアップするのが先らしい。

 

「ついに私も、UFOデビューなんだな…」

 

 一人喜びを噛み締めてゆっくりと空を見上げていると、遠く―――本当に遠く、恐らくは街の外のフィールド―――から、一筋の蒼い閃光が上がった。雲を引き裂いて空に昇ったそれはすぐに空気に溶けるように掻き消えたが、どっかのプレイヤーのスキルモリモリ攻撃である事は間違いないだろう。

 

「心当たりが無い訳じゃないけど、いやでもなぁ…」

 

 よく一緒にゲームして遊んでいるネッ友に1人、大体どのゲームをやっても火力一辺倒の極振りマンが居るのだ。ベータテストにも参加しており、その時稼いだ経験値や装備品、アイテムをいくらか持ち越しているので、サービス開始から数時間も経っていないこの瞬間にバ火(馬鹿)力ぶっぱしていてもおかしくないのだ。

 

「…とりあえずあっち行くか。さんゴミだったら挨拶しないといけないしな、うん」

 

 通称さんゴミ、正式名称粗大ゴミ。それがネッ友のいつものアカウント名だ。確か高校生ぐらいの少年だったと記憶しているが、よく考えたらネット上だけの付き合いなので顔を知らないので見てもわからないから挨拶が出来ない。フレンドじゃないプレイヤーは見かけただけでは名前が表示されないのだ。

 困ったなと唸りつつも、いつまでも噴水広場に経っていては時間が勿体無いので足早にフィールドへ向かう。クソ鈍足(AGI0)のせいで、その辺を歩いているプレイヤーの半分程度のスピードしか出ていないが。

 

「あとで高速移動手段も考えないとなぁ」

 

 魔法が使えれば多少無理矢理にでも加速出来るのだろうが、残念ながら今は魔法どころかアクティブスキルすらない。だってSTRとかINT依存の攻撃スキル取ったって意味無いからね!涙が出そうだった。

 

「ポーションはHPとTP用のがそれぞれ10個だけか…まぁ、普通だな」

 

 歩きながらメニューを漁る。アイテム欄には2種類のポーションと弾丸。弾丸は先述した通り、装備している武器のものだ。ポーションはHPとTPの対応する方を200回復するらしい。HPは言わずもがな、TPを使うタイプのスキルも無いので正直要らない気がする。

 アイテム欄はどうやら初期状態では10スタックしか入らないようだった。少ない気もするが、レベルが上がると容量も増えた気がするので、気長にやっていけばいいだろう。増加量は確かレベルの10分の1ぐらいだっただろうか。後で調べてみよう。

 ちなみに所持金は5000円だった。ここ日本だったのか。

 そうしてマップを見たり戦闘方法やこれからの事を考えつつ、非常にゆっくりと時間をかけて街の端にある門へと辿り着いた。ここから1歩でも外に出ればそこはモンスターの沸くフィールドエリア。一瞬も気を抜けない…かもしれない。何せ風が吹けば吹き飛ぶような紙耐久なのだ。

 

「とりあえず野ウサギとか適当に狩って、戦闘方法やらを覚えなきゃな」

 

 いつでも撃てるように銃を手に取り歩く。が、門を出てすぐのところではエンカウントもそうそう発生しないようで、特に何事もなく森のエリアに辿り着いた。ちなみにここを選んだのは、1番敵が弱いからだ。奥に行かなれけば、の話だが。

 

「弾尽きる前に倒せるかな…大丈夫かな…?」

 

 ガサ、ゴソ、と草木の揺れる音。森の入口付近、どうやらモンスターが現れたようだ。

 ピョン、と草の間から飛び出してきたのはリス。茶色の毛に覆われた、赤い目をした齧歯類。しかしただのリスではない。巨大なのだ。大体腰ぐらいまでの高さがあるので、体長は約1mといったところだろうか。

 

「いやなんでそんなデカいねん!」

 

 つい、関西弁でツッコミをいれてしまった。しかしそれがよくなかった。巨大リス―――モンスター名、ジャンガリアンリス―――がこちらに気付き、その大きな尻尾を利用したジャンプでとびかかってきたのだ。

 

「回避ぃぃぃ!」

 

 ズサァ、と無様に地面を滑って突進を回避。ジャンガリアンリスは尻尾を上手く使って着地し、その赤い目で睨んでいる。

 

「やったらクソが!現代兵器の力ァ思い知れ!」

 

 急いで振り返って上体を起こし、コルト・シングルアクション・アーミーを発砲―――しようとした時には既にジャンガリアンリスが目の前に迫っていた。その姿を認識した直後、大きな尻尾による打撃が頭部を襲う。

 一切の抵抗をする暇もなく、パリン、と音を立てて体が脆くも砕け散った。

 

 

 

「…まぁ、うん。そうだよなぁ」

 

 1回見た街並みがビニール袋の前に広がる。所謂リスポーンだ。確かリスポーンポイントは、最後に立ち寄った街の中央にあるワープゲート付近だったか。ワープゲートとはその名の通り、行ったことのある別の街のワープゲートにぱっと行くものである。要するにそらをとぶとか大翼の歌のようなものだ。

 他にも街の4方の門に移動する事も出来るらしいので、さっそく利用する。これも行った事のある場所限定のようで、西門しか選択出来なかった。本当は街の中を見て回って行き来して欲しいのだろう。その気持ちはよくわかるが、クソ鈍足なので遠慮なくワープする。

 

 そして再び来たる森。今度は出現の時点で潰す。そんな意気込みで周囲に注意を払い、ゆっくりと森の中に足を踏み入れる。

 

「ッ、来たか」

 

 右後方より、ガサガサと草の揺れる音。そして現れたる、見覚えのある茶色の毛玉。ジャンガリアンリスだ。先程同じ個体かどうかはわからないが。

 

「先手必勝!」

 

 飛びかかり突進が来る前に発砲。流石規定値の7倍のDEX。まったくの初心者が撃った弾丸は、さも当然のように命中した。減少したHPバーは、2割より少し少ないぐらいだ。

 

「っし、効果有りだな」

 

 しかし一瞬怯んだかと思いきや、直ぐに持ち直したジャンガリアンリスの突進が発動。一直線につっこんでくる。

 寸での所で回避するものの、掠っただけでも150のHPを持っていかれた。残り350、カス当たりでもあと3回で落ちるだろう。恐ろしき巨大リスだ。

 とは言えHPが残っているんだから一応回避には成功したのだ。着地の隙を逃さず、再び引き金を引く。銃声とともに発射された鉛の塊は、綺麗にリスの背へと命中した。HPバーは残り3分の2。あと4発といったところだろう。

 

「いい音だ。余裕のステータスです。火力が違いますよ」

 

 ビニール袋は嬉しくなってついつい口調がブレる。本来のダメージ計算式であればここまでの火力は出ないのだが、遠距離武器にはDEXをSTRに加えて計算を行うという特性がある。勿論全部ではなく一部だ。事前に調べた情報によれば、DEXと威力・射程・命中率への補正値に応じた数値が加算される。現在は+60%の補正なので、DEXの60%がSTRに加算される。よって計算上STRは78、中々エグい数値だ。一点特化型より高い可能性もある。ただ、素のSTRが0なので与えるダメージが半減してしまっているのだが。

 

「避けんなクソが!」

 

 バンッ!バンッ!

 走ろうとする動き出しを潰すように2連射。内1発はヘッドショットになったらしく、ほぼ倍のダメージが出ていた。HPは残り少し、あと1発で勝負が付く。

 だがリスもそのままやられてくれる訳もなく、今までより少し速くなった動きで駆け、たいあたりを繰り出してきた。

 先程発砲した反動で反応が遅れてしまった。

 

「ッ!」

 

 ヒットの寸前…には間に合わず、遅れて構えた銃に当たるのと同時の発砲。

 

「ギュッ!」

 

 ジャンガリアンリスが吹き飛ぶ。HPが0になった事によって霧散し、後に残ったのはいくつかの素材アイテムだけ。

 

「いやあかんてこれ…死ぬ…」

 

 対してビニール袋はと言うと、ほぼ相殺だったとはいえ攻撃をモロに受けてしまったせいで残りHP41という、今の防御力や極振り故の被ダメ倍増も相まって足掻き用のない瀕死状態。

 

「リス1体倒すのにこの体たらく。まったく、先が思いやられるな」

 

 けれどもリビルドは絶対にしない。1度決めたら…とかそういうのではなく、単純に銃火器で火力が出るのが楽しくて仕方が無いからだ。

 折角勝ったのにいつまでも凹んではいられない。課題がわかったのなら次はそれを直すだけ。そう自身を奮い立たせ、まずは地面に落ちた金とアイテム―――『齧歯類(げっしるい)の前歯』と『リスの尻尾』―――を回収。次いでポーションを出してHPを回復。勿体ない気がして3本目を使わなかったので現在のHPは441。どうせ直撃は1撃で死ぬだろうが、それでもカス当たり程度は耐えられる事がわかったので回復する。

 

「さて…次はどうしようか」

 

 このまま森の奥へ進むか、外縁付近をウロウロするか。奥へ行った方が敵の実入りはいい。勿論それだけ敵も強くなるので今の状態では勝てる確率はかなり低い。外縁付近ならば敵のレベルも低く、今のようなリスがほとんどだろう。勝率は高い。

 

「今日はこのまま地道にレベル上げでもするか」

 

 今は効率が悪くても地力を上げる時。ゲームの序盤なんて大体そうだ。適当に歩いてレベル上げをしよう。

 そう思い、リロードしていた時だった。

 

 ズン… ズン…

 

 聞こえたのは重い足音。距離はまだ遠い。音源と思しきものは視界に無い。

 

「…?」

 

 さて、ここで1つ、ゲームシステムの話をしよう。多くのゲームには、レアエンカウント―――通常のフィールドエネミーよりも強力なエネミーとの遭遇、例えばきらめくパンジーさんとの遭遇―――というものがある。『UFO』もVRMMORPGというジャンルである為、勿論このレアエンカウントが採用されている。そして森にて聞こえた重い足音。もうおわかりだろう。

 振り向いた先、森の奥側に、それは居た。

 薄汚れた茶色混じりの灰色の(たてがみ)、全身には無数の小さな傷が刻まれ、4本の足でしっかりと地面を踏み締める、高さ2mはあろうかという大きな獣。そして何より目を引くのは、口からはみ出し、上方に湾曲した巨大な白い双牙。

 

「えっ、何アレ、ドスファンゴ?」

 

 モンスター名、ビッグボア。初ログインから凡そ1時間程度。通算3回目のエンカウントにしてレアエンカウントしたのであった。

 

「ブモォォォォォ!」

 

 咆哮。大猪は今、貧弱な狩人に狙いを定め、猛進する。

 




ビニール袋
・本編主人公
・DEX極振りのアホ


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Episode:002【血みどろレア泥アオミドロ】

はい、2話目です
こっちは大分短いよ


 猪突猛進。その言葉通りにビッグボアはビニール袋を轢き殺さんとばかりに駆ける。木の根ででこぼこした地面も何のその、転んでくれる気配は無い。

 発砲するも、威力が足りないのかスーパーアーマーなのか、怯む気配も無い。

 

「マジかよ!」

 

 効かないなら避けるまで。というより避けないと死ぬ。問答無用で一発アウト、擦り硝子のように砕け散ってお陀仏だ。幸い(?)な事に相手の攻撃方法は突進、ひとまず横に走る。走るしかない。

 

「退避!!」

 

 10メートル程はあった彼我の距離があっという間に縮まったが、なんとかギリギリで避けることに成功。真横に走れば回避は可能のようだ。相手が一直線に走る猪で助かった。

 ビッグボアは大きな音を立てて後ろにあった大きめの木に激突、なぎ倒して停止した。避けられた事に腹を立てたのか、こちらを向いた時に目付きがよりキツくなっていた。避けたらキレられるとか理不尽が過ぎる。

 

「逃げよう、うん。今の私じゃまず勝てない」

 

 踵を返し、全力ダッシュ。しかし悲しきかな、ビッグボアの突進の方が速度は早いのである。AGI0(クソ鈍足)が獣の走りに勝てる訳が無い。そんなことは火を見るより明らかだ。

 再び開始されるビッグボアの突進。予備動作として2,3回前足で地面を引っ掻くように蹴るので発生がわかりやすい。軌道も走行開始時に向いていた方向へ一直線で回避行動も取りやすい。その代わり当たったら問答無用で即落ちするが。

 だからといって諦める理由にはならない。

 

「…HP減ってる?」

 

 回避時にふと見えたHPバー。ビッグボアの頭上に表示されているそれは、僅かながら減少していた。緑のバーが削れて、右端が白くなっている。先程から木に激突していたからだろうか。

 

(とっしんやすてみタックル系?)

 

 ヒットの度に反動ダメージを受けているのか、実は防御力が低いから気にぶつかる度にダメージを負っているのか。何にせよ相手のHPが大体1割ぐらい減っている。

 

(2回の突進でおおよそ1割…って事は、あと18回木にぶつければワンチャン…?)

 

 少しでも避けやすくする為、全力で距離を取りながら思考する。視線は常にビッグボアの挙動に注がれている。だからといって思考力が落ちる程ヤワな頭でもないのだが。

 ビッグボアが1度鳴き声を上げ、突進開始。そしてそれを全力で横に走ってギリギリ回避。ビッグボアは勢いそのまま、木に突撃しへし折る。

 

(よし、減ってる…あとはこれをこのまま…)

 

 減り具合から見ると残り17回。予備動作を見逃さないようにビッグボアを注視しつつ、木の根っこで凸凹した地面を全力ダッシュ。

 

「いや無理だよ畜生!」

 

 もたない。UFOにはスタミナという概念が無い為このまま全力でダッシュし続ける事は別に問題無い。無いのだが、敵が自滅するまで逃げて避け続けをこのままというのはとてもしんどい。ゲーマー精神的に。ついでに言うと、

 

「ヴェッ!?」

 

 ビッグボアから目を逸らせないので、こうして木の根っこに躓いて転んでしまう。さらには衝撃でHPが441から200にまで減少するという体たらく。

 そして極めつけは、走り出したビッグボアだ。

 

(あっ、死んだわコレ)

 

 回避は、間に合わない。残念だがもう1回リスポーンかぁ。

 そうして、諦めた瞬間だった。

 

「《フリーズスピア》!!」

 

 氷塊を纏い冷気と共に高速で飛来する、1本の槍。ガラスが割れるような大きな音を立てて、一直線にビッグボアの側面へと突き刺さった。

 

『ボモォォァァァ……』

 

 倒れ伏し、動かなくなるビッグボア。HPバーは空になっていた。

 一応弾丸でダメージが入っていたようで、経験値だけはしっかりと貰えてしまった。流石はレアエンカウント、経験値も多く、レベルが一気に2つ上がった。

 

「一撃っておま…マジかよ…」

 

 一体誰が。レベルアップによって増加したステータスポイント20を全てDEXに振りつつ、槍が飛来した方向に首を向ける。

 最初に目に入ったのは白。全体的なシルエットでいえばずんぐりむっくりとした体型。白い布地の胸部に大きな蜘蛛のような赤い紋様が刻まれている。頭部は兎で、返り血まみれで舌を出してウィンクしている腹立つ顔だ。遊園地で子供達に風船を配っているような、デフォルメされた着ぐるみだった。左手にはチェーンソーを持っていた。

 間違いなくさっきの氷槍を投げた人物だろう。

 

「子供泣くぞ…」

 

 そんな微妙にズレた感想を呟きながらビニール袋は立ち上がる。何はともあれ助けてもらったお礼を言わなければならないので。

 

「ん、やっぱプレイヤーだったか。すみません獲物取っちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。倒せなくて逃げ回ってただけなんで」

 

 そう言って彼―――低くて格好良さげな男声に聞こえるので便宜上彼とする―――はビッグボアが消えた位置に落ちている槍を拾う。西洋のものでも東洋のものでもない、機械チックな見た目の槍だ。ただ、どういう訳か所々ひび割れている。

 

「ならよかったです。…そういえば、1人なんですか?」

「あぁ、はい。友達はテスト版からのプレイヤーなんで、レベル上げがてら少し慣れてから合流しようかな、と。多分この森のどっかに居ると思うんで」

「なるほど。じゃあ合流まで一緒にやります?」

「え、いいんですか?」

 

 思いがけない誘いだった。どう考えても足でまといにしかならないプレイヤーと一緒に居たいなんて何を考えているんだろうか。

 

「ええ、大丈夫ですよ。実を言うとこっちも似たような感じで。製品版からの友達が居るんですが、連絡取れなくて。多分ここら辺りに来てると思うんですよねー」

「なるほど。人探しなら2人の方がいいですね。じゃあ、よろしくお願いします」

「はい。じゃフレコ交換しますか」

「ですね」

 

 メニュー画面を開き、目の前の相手にフレンド申請を送り―――

 

「…え」

 

 ―――言葉を失った。

 

「…く」

「…ふ」

「「あっはっはっは!」」

 

 2人して大きな声を上げて笑う。

 

「マジか。おまっ、マジか」

「そう来たか。そっかー、そう来ちゃったかー」

「ビニールさんっ、初対面の相手には、あんな感じなんだ」

「それ言ったら、さんっゴミも、ひっ、結構ちゃんとした敬語、使うんだね」

 

 笑いながら互いに感想を述べる。

 そう、この血みどろの着ぐるみこそが探していたさんゴミ…正式名称、粗大ゴミ。気付かぬうちに合流し、互いに気付かないままパーティを組もうとしていたのだ。

 

「そりゃだって、初対面だし」

「顔見知りだけどな」

「ほんそれ」

 

 くつくつと笑いを抑えつつ話す。ひとしきり笑って、肩で息をする。

 

「あ、そうだ聞きたいことがあるんだけど」

 

 唐突にビニール袋が口を開く。

 

「えっ、何」

「さっき…いやさっきって言う程さっきでもないんだけど…この辺から空に向かって青い斬撃みたいなのがとんでったの見てさ。アレもしかしてさんゴミの仕業?」

「あーアレか。うん。やったやった。見る?」

「マジ?いいの?見たい見たい。さんゴミの格好いいとこ見てみたーい」

「ふっふーん。しっかったなっいなぁ。次あのビッグボア出たらな」

「いぇーい、そうこなくっちゃあ!」

 

 パチン、笑顔でハイタッチする。

 こうして晴れて合流した2人は正式にパーティを組む事となった。

 

「は?DEX極振り?えっ、正気?」

「正気で同人活動が出来るか」

「ゲームだよこれ」

 

 途中、ステータスの話になったのでビニール袋が振り方を明かした。おかしいとしか言いようのない振り方に、粗大ゴミも笑う。

 しかしこの男、笑ってはいるが自分も準極振りなのである。割合はSTRとINTに1:1。既にレベル21にして、装備品の分も含め200を超えている。ちなみに一般的なバランス型のプレイヤーであれば高くても100と少し程度である。

 

「しかしDEXでどう戦うんだ?銃火器にボーナスが入るとはいえ、火力足りる?」

「足りないに決まってるでしょうが。寄生すんだよお前に」

「寄生宣言は草だわ」

「いや実際ね、命中率はいいんだけどね、ダメージ全然伸びないの」

「でしょうねぇ」

 

 本当に困った事に、ザコ敵なら兎も角、レアエンカウントとなると分が悪いってもんじゃない。ある程度レベルが上がってスキルや装備が整うまでは寄生するしか選択肢はないのだ。

 

「まぁ別にいいけどさ、寄生したって。とりあえず他のメンバー探さない?」

「ダンボールハウスの?」

「そう」

 

 粗大ゴミは首肯する。ダンボールハウスとは、ビニール袋や粗大ゴミの所属するとあるゲーマーチャットのサーバーの事だ。正式名称は「燃え盛るダンボールハウス」。火事だ。バーニングダンボールという名で活動している動画投稿者が管理するサーバーであり、よくゲームしては録画や生放送をしている。

 

「構わぬぜ。ニャルさんとチキンさんはもう居るんだっけ?」

「あとおソイくんももう居る筈」

「おソイくん名前入ったのかな…?」

「どうだろう…?」

 

 ニャル、チキン、おソイ。いずれも燃え盛るダンボールハウスのメンバーであり、ゲーム仲間だ。フルネームは順に、✝無貌の堕天使()✝、七色チキン味噌、おしゃれクソガイジ。酷いネーミングセンスである。内、✝無貌の堕天使()✝は粗大ゴミのリア友であり、無貌からかの這い寄る混沌を連想され、そう呼ばれるに至った。他の2人は四半期に一冊のペースで同人誌を作っているらしい。ニッチなジャンルらしく詳しくは聞いていないのでわからないが。そしてそんな2人がこんな時間のかかるゲームをするような余裕があるのかはわからない。もしかすると寿命を削ってでも自感を生み出している可能性もある。良い子も悪い子も絶対に真似をしてはならない禁忌だが。

 他にも燃え盛るダンボールハウスには色んなメンバーが居るものの、今回は割愛する。が、マトモな名前をしている者は稀である事だけ補足しておく。リーダーの名前がリーダの名前なので、仕方が無いといえばそれまでだが。

 

「ッ、居たな」

「あー…さっきのドスファンゴ」

 

 前方右奥。丁度木々の陰になっていて向こうの視線は通っていないようだが、はっきりと敵影を確認した。

 

「よーっし、約束通りカッコイイとこ見せちゃうかな。…ところでビニールさん、アレ撃てる?」

「んー…多分いける」

「じゃお願い。一応近接技だから、突進して来て欲しいんだ」

「OKOK任せておくんなし」

 

 腰のホルスターからコルト・シングルアクション・アーミーを取り出し、広く射線の通ったところで発砲。有り余るDEXによって射程と威力が上昇したそれは見事にビッグボアの頭部に命中し、そのHPを僅かに削る。

 そして攻撃がヒットした事により、ビッグボアがこちらを捕捉。戦闘開始だ。

 咆哮をあげ、3度地面を引っ掻く。突進の予備動作だ。それを確認するとビニール袋は数歩下がり、粗大ゴミの邪魔にならない位置まで離れる。同時に、ビッグボアは突進を開始した。

 

「《蒼填》」

 

 腰だめに構え、チェーンソーを起動。殺意の篭った音が鳴る。さらにアクティブスキルを使用。刃を蒼いオーラが包む。名前の所に表示されているアイコンから見るに、STRとINTにバフをかけているようだ。ちなみにこのチェーンソー、見た目が独特なだけで、分類上片手半剣にあたるらしい。

 ビッグボアが迫る。彼我の距離は、あと1メートル。

 

「《星霜一閃》!」

 

 攻撃スキルの名前を叫び、発動。唸りを上げるチェーンソーを、太刀を抜刀するように逆袈裟に振る。回転する刃はビッグボアの頭部へと牙を折り、根元から食い込み、強化された膂力を以て頭部及び首、胴体の首に近い部分までをも断ち切り、巨体を蒼い衝撃波と共に打ち上げる。内側から爆ぜるように裂けたビッグボアは鳴き声1つ上げることなく、空に伸びる柱の中で消滅した。

 ドロップアイテムと経験値が落ちて、戦闘は終了。僅か数秒、1ポイントもダメージを受けずに勝利した。

 

「かっこいいかよ…」

「へっへ、だろう?火力は正義だ。楽しいぞー?」

「確かに楽しそうだが私はDEX極振りから変えん」

「まぁ、そう言うとは思ってたけど」

 

 ビニール袋はレベルアップしたのでDEXに20ポイント割り振り、147となった。いい具合に伸びていっている。一方の粗大ゴミは元々レベルが20を超えているのでまだまだレベルアップには遠いようだ。

 

「で、素材出たの?」

「出たけど足りない」

「じゃまだまだ探す感じか。綺麗に居たけどあれってレアエンカウントでしょ?気が遠くなりそうだなぁ」

「そうでもない」

「マージー?」

「まーじー」

 

 粗大ゴミは1つのアイテムを取り出す。『シンボル・ポーション』という、小瓶に入ったアイテムだ。使うと通常エンカウント確率が下がり、レアエンカウント確率のアップするアイテムを使っているんだとか。使用者のレベルがレアモンスターのレベルより高ければ高い程効果も上がるらしい。それならばまだ楽そうだ。

 

「そんじゃあ、頑張っていこー」

「おーー」

 

 気の抜けるような雑なテンションで、森の奥へと踏み込んでいく。期待に胸を膨らませ、しかし警戒は怠らず。ゲーマー達の長い夜は更けていく。しかし、この時彼ら2人は知る事はなかった。

 

 ―――2人共LUCが0なばかりに、素材アイテムのドロップ率が半減しているという事に。




粗大ゴミ
・STRとINTに振ったアホ
・血みどろのウサギの着ぐるみ


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Episode:003【淑女、美少女、お嬢様?】

前回投稿から1週間、気付いたら何か出来てた。
褒めてくれても良いんだぜ?

今回からキャラが沢山出始めます。
頑張って覚えて欲しい。
私も頑張る。


「ごめんくださーい」

「「「ィラッシャァセァァアアアア!!!」」」

「ぅひぃ」

 

 製品版サービス開始から19時間後、一応1日目の夜19時。始まりの街ジャンシット北部に拠点を構えるギルド、【ドワーフの鉱山】にビニール袋と粗大ゴミの姿はあった。洋風のシンプルな作りの外見からは想像も出来ない程に熱気の篭った場所だ。中にはその名の通りの背が低く筋肉質な、所謂ドワーフ然としたプレイヤーの数々。入口付近にはカウンターや数席の椅子やら机、そして壁には武器や防具の飾られた棚。奥はそのまま工房となっていて、煌々と燃える炎が店内を照らしている。金属を打つ音、風を起こす音、ドワーフ達の楽しそうな声が絶えず響いている。まさに王道と言った感じの工房だ。

 

「…ねぇ、粗大ゴミさん?」

「はい、なんでしょう?ビニール袋さん」

 

 ビニール袋は粗大ゴミに声をかけた。連れてこられたはいいのだが、理由と場所の事を聞かされていないのである。

 

「大体想像つくけど、ここって?」

「武器の制作をお願いしたギルドだよ。昨日というか今日手に入れた素材を使って新しい武器を発注してあるんだ」

「いつの間にそんなことを」

「今朝寝る前」

「マジか…あの後まだそんな余裕あったとか…若いってすげぇな…」

 

 実は昨晩(日付としては今日になったタイミング)から朝まで、ビッグボア狩りをしていたのだ。あの後、朝までかかって狩ったビッグボアは30体。一晩で30以上も相手をした事になる。そして何より厳しいのは、3時を回ったあたりでエンカウント率を上げるポーションや、TPが尽きてしまった事だ。そこからは酷かった。少しでもエンカウント率を上げる為、スタミナの概念が無いのをいい事に走り回り、見つけ次第屠っていった。TPが無い為に通常攻撃を何度も打ち込み、反撃をいなしてはまた殴るの繰り返し。

 そうして狩り終わったのが午前7時。言い逃れのしようのない徹夜だった。しかし見返りとしての大量の経験値と金、ドロップアイテム(レア素材は案の定とても少ない)が手に入った。お陰でビニール袋のレベルは11まで上がっている。

 そして、UFOではプレイヤーがアイテムや武器、防具等を製作する事が出来る。しかし大半のプレイヤーは戦闘を前提としたビルドの為、生産などはほぼ出来ない。仮にしたとしても、既製品を超えるものが作れるとも限らない。その為こうした装備品の生産が好きでたまらないプレイヤーが集まって作られたギルドに素材やゲーム内マネーを渡す事で生産を依頼したり、既に置かれているものを買ったりするのだ。ここ【ドワーフの鉱山】のそんな生産型ギルドの1つ。第一の街ジャンシットで武器の生産を専門に行っている。基本的には初心者に向けて安く扱いやすさを重視した武器を扱っているのだが、1人、たった1人だけ、変人が居るのだ。

 

「船長ちゃん!居ますか!?」

「はいはいなんでしょうなんですかぁお呼びですかお呼びですね!?であらば出ましょう行きます姿を見せたるは華麗で綺麗なお姉さん!」

 

 店の奥へと大声で呼ぶと、やかましい返事が返ってきた。

 奥から仰々しい身振り手振りを交えながら出てきたのは小柄で細身な女性。赤茶色の長い髪を大きな三つ編みにしており、腰まで届く長さだろう。瞳は藍色で、大きく可愛らしい目をしている。上半身の衣類は分厚そうな手袋と白い丈の短いタンクトップだけで、下半身は白と赤を基調としたゴツいロボパーツのようなものだった。恐らくそういう見た目の防具だろうが、上半身と下半身のアンバランスさが逆に艶めかしさを醸し出している。薄着なのは肉体美を見せ付けたいのかと思ったが、筋肉質なようには見えても別に腹筋は割れてはいなかった。声も自然な女声なので、本当に女性プレーヤーだと思われる。しかし、ドワーフの鉱山の名にそぐわず、彼女は人間の女性のようだ。余談だが、その胸は豊かだった。

 

「おやまぁおやおや誰かと思えば!粗大くんじゃないですか!あの武器ですか!?あの武器ですね!?いやぁあの武器にはまだすこーし時間がかかりますのでお待ち頂きたいんですけどよろしいですね!?そうですねざっと10分ほどで完成ですね!それで他に御用がありそうな顔ですがどうされましたさぁどうしたんです言ってご覧なさいお姉さんが聞いてあげますよ!っと、おや?どちら様でしょうかお隣のドロドロしたのは!まさかアレですかお客さんですかお客様ァ!ですねわかりますともはいはい了解しました武器ですね武器をご所望なんですね!?」

 

 そう早口で捲し立てる。非常にやかましかった。こいつ一人で原稿用紙が1ページ埋まるんじゃないかってぐらいのマシンガントークっぷりに、ビニール袋は圧倒されていた。こういうタイプの人間は身内に居ないので耐性が無いのである。

 

「話が早くて助かります。こちらはビニール袋さん。製品版からのプレーヤーで、昨日というか今日というか合流した友達です」

「どうも。ビニール袋です」

「流石は粗大くんの友達!ネーミングセンスがキてますねぇ!はいどうも!ギルド【ドワーフの鉱山】サブマスター、リップ船長です!お姉さんの事は親愛を込めて気軽に船長ちゃんと呼んでもらっても構いませんよ!ビニーくん!」

「お姉さんなんだ…」

「今年で25ですよ!まだまだ若いんです、私!」

「本当にお姉さんだった…」

 

 25だったらもう少し落ち着いていてもいいような気がしたが、ビニール袋はあえて気にしない事にした。好きな事して楽しんでる時ぐらい、はっちゃけてもいいと思ったのだ。これから先、自分もヒャッハるつもりではあるので。

 

「あとビニールさんDEX極振りの馬鹿です」

「えっ、馬鹿言われた…えっ、STRとINTの二振りに馬鹿言われた…」

「DEX!!極振り!!」

 

 カッ!!と、書き文字を幻視する程の目の見開きようだった。

 

「いい響きですね!DEX極振り!なるほど理解しましたよ!武器はそのコルト・シングルアクション・アーミーと見受けました!初期装備はやはりそうなりますよね!はい!大丈夫ですよピーキーなものもエキセントリックなものもすべからく作ってみせましょうとも!私達に不可能はありません!きっと宇宙までもが私達の味方です!さぁ望みはなんです火力ですか命中率ですかそれとももてる全てですか!?」

 

 ぐい、ぐい、と話す事に早口になり声も大きくなり距離が近付いていく。やかましさが7割ぐらい増しそうである。

 

「じゃ連射力で」

「連射力来ましたァ!弾幕ですか弾幕ですね!?はいミニガンからサブマシンガン、ライトマシンガンもありますよ好みの武器はどんな種類ですか!?」

「スナイパーライフルとか無いですか」

「んんん!?連射の出来るスナイパーライフルが欲しいと!?」

「はい」

「無茶おっしゃる!」

 

 どっ。腹に手を添え、上を向いて笑い声を上げるリップ船長。本当に楽しそうに笑っている。非常に愉快といった感じだった。

 

「やっぱ無いですよね」

「ええ!勿論イケますよ!」

「あんのかよ…」

 

 笑い声はそのままにリップ船長は2つの大きな銃をカウンターに勢いよく置いた。スコープの付いた長い形。どう見てもスナイパーライフルだが、少々変な部分もあった。

 片方は、脚のある、パッと見アンチマテリアルライフルのようなもの。どういう訳か、やたらと銃口部分が大きく装甲が盛られており、トリガー付近にドラムマガジンが付いているが。

 もう片方は、アンバランスなレベルで大きなマガジンボックスの付いた、銃身をそのまま細長いミニガンに変えただけのような、非常にトチった見た目のもの。スコープが必要以上に大きいようにも見える。

 

「これは…」

「頭悪そう」

 

 どういう頭でどういう作り方をすればこうなるのか。そしてこれは構造的に大丈夫なのか。耐久力とか考えられているのか。そんな疑問が次々と浮かぶ。

 

「頭が悪いとは随分な!褒め言葉として受け取りますよありがとう!こちらの武器はですねぇ試作武器No.11遠距離射撃型連射銃、その名も『オキシオンP-G-99』です!」

 

 バーン!と豊かな胸を揺らしてドヤ顔で説明を始めるリップ船長。こういう、何かを作るタイプの馬鹿は留まる所を知らないのでスイッチが入るとこうなるのだ。ちなみにオキシオンP-G-99という名前に特に意味は無い。

 

「この子はですねぇその名の通りドラムマガジンを搭載する事により連射が可能になったスナイパーライフルです!残念ながらアンチマテリアル程の威力と射程は付けられませんでしたが、そうですねぇその辺の一般的なプレイヤー程度ならすぐに蜂の巣に出来ると思いますよ!タンク型もさしたる驚異ではありませぇん!オプションとなりますがサプレッサーを付けることも出来ますよ!はい!で、ですね!ドラムマガジンの装填数なんですが、なんと200発です!モリモリですよ!ただ少し重いのと連射する関係上武器の耐久力がグングン減るのと、あと1マガジン分打ち切るとオーバーヒートしちゃって暫く鈍器にもならないのが欠点ですね!」

「わぁ…」

 

 良い笑顔で説明を終える。シンプルに扱いにくそうだった。少なくとも多くの雑魚戦で長く使うには向かない武器だ。使うならボス戦のラッシュがいいだろうか。

 

「もう片方の子は試作武器No.19長距離掃射型7連砲改二、『スピンバレルS-p-t-222』といいまして!見た通り連射力を増す為にミニガンの機構を取り入れたスナイパーライフルです!こちらはオキシオンP-G-99よりも安定した継続戦が行えますが、あちらよりもさらに重量があり、機動力は皆無と言ってもいいでしょう!しかしどうせDEX極振りなんてクソ鈍足なんですから気にするこたぁありませんね!あ、マガジン容量は256発です!1発あたりの火力は落ちてしまいましたが、7連砲にする事でさらなる連射力の向上及びオーバーヒートの発生を除去する事に成功しました!いぇーいパチパチパチ〜!そしてなんと、実はこの子ベルトリンクに対応していてですね、バックパック型の大容量マガジンを用いる事でな、な、なんと!最大で4096発ノンストップでぶっぱなせます!これはもう革命と呼ぶ他ありませんね!ちなみに命中率はお察しです!が、DEX極振りならまぁ当たるでしょう!なぁに、下手な鉄砲数打ちゃ当たります!」

「…ねぇ、さんゴミ」

「なに」

「この人天才だな」

「あっちゃー、そっち側だったか」

 

 ビニール袋の心に、魂に深く刺さったのだ。余りにも頭の悪い発想により生み出された、余りにも馬鹿な武器。実用性や使いたいという事ではなく、作りたいから作った珍兵器。例え失敗作と(なじ)られようとも、太く短く暴れ回る。そういう匂いがするのだ。

 

「これ、買いで。オプションのベルトリンクもお願いします」

「まいどぉ!お会計19万8500円です!」

「たっか…出せるけど」

 

 そうして選んだのはスピンバレルS-P-T-222。財布の中身が3分の2程消えたが、困る事は無い。どうせビッグボア1頭あたり1万円程度の収入となったのだ。

 

「確かに受け取りました!はいあと5.56mm弾3000発付けときますね!大丈夫ですお代に入ってますからお気になさらずっとそろそろ時間ですね!粗大くんの武器が出来ましたのでね少々お待ち下さいねぇ今お持ちしますよ!」

 

 こちらが反応する暇もないままリップ船長は1度奥の工房へと引っ込んで行った。どうやら粗大ゴミが頼んでいた武器が完成したらしい。

 

「どんなん頼んだの」

「力任せにぶん投げたり叩きつけてもそうそう壊れないガンランス」

「ガンランス」

 

 あの槍随分機械チックだと思ったらガンランスだったのか、とビニール袋は納得した。ビッグボアを1撃で沈めたというのに使われなかったのは、耐久力がミリだったかららしい。現状量が手に入る素材の中で最も耐久力を伸ばせそうなものがビッグボアの牙だった為に、一晩中集めていたのである。

 

「お待たせ致しました!『獣牙銃槍ドスガンス』!どうですどうです!?カッコイイでしょう!?」

 

 リップ船長が重そうに抱えた武器を渡す。

 獣牙銃槍という名に恥じぬ、ビッグボアの牙を丸ごと使った武器だった。鉄製のオーソドックスなガンランスの、柄に近い方から順に4、3、3本ずつ互い違いのようにして牙が付けられている。牙は刺しやすくする為に鋭さも上げてあるらしく、攻撃力としては結構なものだ。また、牙自体の硬度がある為、武器本体の耐久力も大幅に上昇していると言う。しかし、形状的に流石に斬るのは難しそうだ。そもそも槍は斬るものではないと言われてしまえばそれまでだが。

 

「パーフェクト。流石は船長ちゃん」

「でしょう?我ながらいい仕事をしましたよ!本当に!あと、チェーンソーの方も修復と端材での耐久値の底上げをしておきましたので!こちらはサービスです!」

「何から何まで助かります」

 

 もう1つの武器であるチェーンソー―――武器名は『テキサスDDD』―――も受け取り、代金の支払いを済ませる。30万とか聞こえたが、気の所為では無いだろう。

 

「いいんですよ、いつもご利用頂いてますから!お得意様特典って奴ですよ!さて御用の程はこれで全てですかね!?でしたら私からも1つ良いでしょうか!?良いですね!?ありがとう!では単刀直入に言います!ビニーくん、私の所へ来ませんか!?」

「え、私?」

「はい!えぇ、実はですね!このギルドは武器の生産がメインなのですが!私はもっとこう、ピーキーなものを作っていきたいんですよ!勿論ですね、初心者の手助けは好きですし楽しいのでそれはそれで構わないんですけどね!こう、何と言いましょう!ドワーフの鉱山は基本、DEX特化型なだけの普通のプレイヤーなんですよね!その点ビニーくんは極振りと言うじゃあないですか!そのステータスは直ぐに私達を追い抜く事でしょう!私と一緒で中々キマった頭みたいですしね!という訳で、ここではあまり多くを生産出来ない数々の兵器や、余りにも特異な防具達を生み出す為、我がサークルへ来ませんか!?」

 

 UFOにはギルドとサークルという、2つのプレイヤーグループがある。

 まず、ギルド。各プレイヤーが、1つだけ参加出来るグループだ。1つのギルドの定員は30名。5人のフルパーティ6つ分だ。ギルドはどこかの地点に拠点を1つだけ構え、その拠点は参加しているプレイヤーのリスポーンポイントとして設定が出来る。今後予定されている大型イベントでは、イベント期間中に集めたイベントポイントをギルド毎に集計して競争し、上位に行けば行く程更なる報酬を貰う事が出来ると運営から発表がされている。また、ショップを運営する事で、その利益をプレイヤーの資金源とする事も可能だ。

 次に、サークル。参加数・定員共に上限は無し。ギルドが常日頃行動を共にする仲間であるのに対し、サークルは同好の士が集う情報共有の場に近い。サークル集会所という簡易拠点をどこかの街に1つ置く事が出来、ギルドや街毎のワープゲートから移動も出来る。ギルドよりも緩い雰囲気の集まりだ。

 簡単に纏めると、リップ船長率いる装備生産サークルへのスカウトであった。生産には高いDEXが必要だ。得るポイント全てをDEXに注ぎ込むビニール袋なら、直ぐにトップクラスの生産者となる事も可能だろうという、有名ギルドサブマスターのお墨付き。喜ばしい事だ。

 

「よかったじゃん、ビニールさん」

「まぁ、いい事だし、私は構いませんけど…」

「ぃよっしゃあ!ありがとうございますそう言ってくれると思っていましたよ!はい!君となら楽しい生産ライフが送れそうです!お前もそう思うだろ!?ハム太郎!」

「ワイトもそう思います。で、サークルってどう参加すれば?」

「まだ作ってません!」

「「は?」」

 

 驚きの発言に、ビニール袋も粗大ゴミも揃って顔を(しか)める。まだ作ってもないサークルに入るよう勧めたのか、いくらなんでも脊髄で生き過ぎだろ、脳味噌もっと稼働させろよ、と。

 

「あっはっは!いやぁ本当に今さっき思い至ったものでして!あと申し訳ありませんが今日はお夕飯の準備をせねばならぬのでこのあたりで失礼しますね!今日は肉じゃがなんでね!サークルは作り次第ゲーム内チャットで連絡しますよ!フレンド申請はしておいたので!あぁそうだ!ビニーくん!これ餞別です!お古ではありますが是非使ってください!バター王!」

 

 そう言ってビニール袋に何かを投げつけると、いい笑顔でサムズアップをして、ログアウトした。今回の出来事を受け、嵐のような人だったと、後にビニール袋は語る。

 

「…で、何貰ったの?」

「えーっと…毒・麻痺・睡眠・筋力低下の状態異常投げナイフが各10本、手榴弾8つと投げナイフと手榴弾の製造レシピ、あとこれは…コートと…耳飾り?」

 

 大きな布の塊を広げ、首を傾げる。煤けた灰色の、使い古し感満載のトレンチコートと、マグナム弾のような形の耳飾りだった。コートは装備中、DEXに+10%、耳飾りは弾丸の基礎威力に+15のボーナスが入るらしい。防御力自体はそう高くはならないが、しかしこちらは元より極振り。どうせ紙耐久なのだ。さしたる問題ではない。

 

「それ確かベータ版の時にリップ船長が作ってた奴だな」

「てことはあの綺麗なお姉さんの着古したコートとアクセサリーって事だな?」

「そういうとこだぞ」

「大丈夫、私が好きなのは同い年の可愛い女の子だから」

「聞いてねぇよ」

 

 早速装備を変更する。似合うかどうか心配だったが、そもそもが人型の泥のようなスライムの為、似合うもクソもなかった。

 

「で、これからどうするの?私一旦装備を整えたいんだけど。スキルも覚えたいし」

「んー、そうだな…今20時だから…じゃあ21時に北門で。ニャルさんもそのぐらいには居るらしいし、こっちから伝えとくね」

「了解した。また後で」

「また後でー」

 

 一旦粗大ゴミと別れ、NPC運営のショップへ向かう。第一の街にある防具の販売を行うギルドにはDEXが増えるような装備品は無いというのを既に聞いているからだ。

 半袖のTシャツ型の看板のショップに入る。思った通り防具、その中でも服や帽子などの衣類系のものを扱っているようだった。ラインナップを見ても効果量の大きいものは置いていない。だが、帽子、手袋、ズボン、靴にそれぞれDEX+2%の効果の物があったので、購入して装備する。丁度、西部のガンマンのような出で立ちだ。少し古ぼけていて、それっぽく見えるだけの安いコスプレのような気もするが。何にせよ防具はこれでいいので、次はアクセサリーを探す事に。

 そうして次に入ったショップ、服屋の隣の建物内には、多種多様なお守りや指輪が置かれていた。しかしどれも大した効果では無い。空いているアクセサリー装備枠4つを折角だから埋めたいので、何かないかと探す。が、精々基礎ステータスのどれかを+1%する程度のものしか見つからなかった。種類が豊富なのは、単純に見た目を選べるというだけのようだ。ビニール袋自身は特にこれといって見た目を重視していないので正直どうでもいいのだが。取り敢えず無難に『器用のお守り』を4つ購入して、装備する。少量ではあるが、元が多いのでこれでも上昇量は多いのである。

 

「あとはスキルだな。スキルショップはちょっと遠いんだっけか」

 

 UFOでは、レベルが10の倍数になる度に、レベルに応じてスキル交換チケットが手に入る。スキルショップにいけば、チケットのランクに応じたスキルを習得する事が出来るのだ。今ショップへ向かうのも、早速手に入れたものを使い、さらにDEXを伸ばしたいと考えた結果である。

 一般的なプレイヤーなら走ってすぐなのだが、何せビニール袋はAGIが0なので。亀のようにてくてく歩いてゆっくりと向かいつつ、スキルをどうするか考えていた。

 そうして辿り着いたスキルショップ。ハードカバーの本や巻物などの書物が沢山置かれたショップだった。どうやらスキルは全て何かに記された状態で置かれるらしい。便利なシステムだ。

 

「さて《器用(中)》とかは…んー…流石にないか」

 

 現状装備して効果のあるものに、これ以上DEXを増やせるものは無い。つまり装備ボーナスは全部合わせてDEX+27%が限度だ。辛い。

 何か有用な物は無いかと探すが、パッシブスキルにはさして惹かれなかったので、今度はアクティブスキルを探す。一応キャラメイク時には《ファースエイド》程度なら使えそうだったが、ワンチャンDEXへのバフとかあるかもしれないと思ったからだ。結果から言うとショップの交換にはなかった。効果の見込めるスキルは3つ。

 《ファーストエイド》。キャラメイク時にも解説した為、割愛。

 《バリア》。文字通りバリアを張る魔法系スキル。POWが高ければ高い程、強度も増すらしい。最初級のこのスキルには、展開時間や範囲を指定する機能は無いとのことだ。

 《リカバー》。パーティメンバー1人の状態異常を1つ回復する魔法系スキル。あって損するようなものではない。しかしビニール袋はヒーラーではないので、優先度としては少々低いが。

 他にも使用自体は出来るスキルはあったが、ロクな効果が出なさそうだっただけである。しかし地味に使えるアクティブスキルが増えているのは、DEXが伸びた事による器用ボーナスだ。本来必要なステータスが不足していても、DEXが高ければ判定に成功したりするボーナスである。仮に不足していなくても効果が上がったりするので、あって損するボーナスではない。もっとも、必要な他のステータスを特化して伸ばした方が単純な強さは上だ。それは覆らない。これはあくまで、オールラウンダーなど様々な系統のスキルを使い分けるようなプレイヤー向けの、微量なサポートなのだ。ビニール袋の場合、微量ではないのだが。

 

「合流したらボス戦だったっけ…アタッカーは居るからサポートに回るか…?」

 

 しかしここで問題が1つ。合流するメンバーの傾向を聞いていないのだ。下手するとサポーターが被る。

 

「…困ったな」

 

 悩むような物言いとは逆に、手は《バリア》を選んでいた。最悪、銃火器担いでサブアタッカーになればいいのだ。《バリア》は手や動きが必要無い為、撃ちながらでも発動出来、自衛出来ればあとは何とかなるだろうと思ったというのもある。有り余るDEXのお陰で多少防御力も上がる筈ではあるので。

 

「よし」

 

 時刻は20時31分。思ったより早く終わっていた。しかし、確か北門はショップエリアからなら10分かそこらで着くという話だったので、クソ鈍足な事を考えるとそろそろ向かった方がいいかもしれない。時間が余ったら待っておけばいいだけの話なので。

 

「あ、さんゴミだ」

 

 店を出てきっかり20分。予想通り大幅に時間がかかって北門に着くと、もう見なれてしまったウサギの着ぐるみを発見した。わかりやすくて目印には丁度良すぎる。向こうもこちらを発見したようで、手を振っている。

 歩いて行くと、どうやら他の人達も居るようで、見覚えの無いアバターが2体近くに居た。

 1体は、馬の被り物を被った、黒を基調としたゴスロリメイド。もう1体は、薄い緑色の甲冑を身に纏った、ピンク色の骸骨。奇抜が過ぎる。

 

「もう揃ってたのか、早いな」

「うん。思ったより早く終わって。じゃフレンド申請でもしといて。パーティ申請するから」

「はいはい。で、そういえばどっちが誰?」

「私が✝無貌の堕天使()✝です。よろしくビニさん」

「そしてワタクシがおしゃれクソガイジですわ」

「ブフッ」

 

 馬ヘッドゴスロリメイド、ピンク骸骨の順に名乗る。馬ヘッドは頭装備らしいが、どういう訳か口が連動して動いていた。

 

「その喋りやめて。おっさんの声でお嬢様言葉はキツい」

「実際箱入り娘ではありますので…」

「だったらわざわざボイチェン使ってまでおっさん声にすんの本当やめて。いきなり聞いた時腹筋に悪い」

「めっちゃわかる」

 

 腹を抱えてその場に膝をつくビニール袋と、首肯する✝無貌の堕天使()✝。だが笑っていてもしっかりとフレンド登録は済ませる。そうしている内に粗大ゴミがパーティ編成を申請し、全員で受理して4人のパーティが成立。マトモな見た目のプレイヤーが居ない、カオスなパーティだった。一応、粗大ゴミと✝無貌の堕天使()✝は頭装備を外せば人の頭が出てくるのだが。

 ちなみに✝無貌の堕天使()✝とおしゃれクソガイジの2人は女性である。本人たっての希望で、おソイくん、と君付けで呼ばれているだけなのだ。知り合いでもない限りは女性だと思われたくない、との事。一度それで厄介事があったらしい。地雷臭しかしなかったので詳しくは聞いていないが。

 

「そういえば、チキンさんは?」

 

 当初の粗大ゴミの話では5人だったのだが、残る1人の姿が見えない。まだ集合時間にはまだ時間があるので、来ていないだけかと思い尋ねる。

 

「30分ぐらい前に『俺を起こさないでやってくれ。死ぬ程疲れてる(追伸:すまない。本当にすまない。明日は絶対行く)』って」

 

 連携しているゲーマー用チャットのチャット画面が見えるように、✝無貌の堕天使()✝が自らのメニューを操作する。ビニール袋は基本的にあらゆる連絡手段が通知オフ状態なので気付かなかっただけらしい。名指し呼び出し指定が付いていれば通知もあるのだが。

 

「それ死んでる奴じゃん…」

「今日もお仕事辛かったんだろうね…」

「可哀想ナリィ」

 

 4人で、七色チキン味噌が涙を流しながら白目でサムズアップする姿を幻視する。具体的な職業は聞いていないが、よく変な客が来るタイプの接客業らしい。絶賛転職先探しをしているとの事だ。少し前に、酒を煽っては嗚咽混じりの仕事の愚痴を聞いた事もある。その場に居た全員、強く生きて欲しいと願った。

 何はともあれ、現状動ける4人が揃ったので、早速ボス戦へと向かう事にした。ジャンシットより北に進んだ所、荒野の中心に居るボスを倒さないと、第二の街へと入事が出来ないからだ。ビニール袋以外の3人はもう突破しているが、友人が挑戦するなら、と快く手伝いを申し出た。本音としては早くゲームの最前線で一緒に巫山戯まくりたいだけだが。

 

「それでは、行きますわよ皆さん!ビニキを前線へと連れ行く為に!」

「やめろもう!ボイチェン切れ!」

「いとおかしですわね」

「日本語的に色々違う」

「何なんこいつホンマ」

「銀杏」

「頼むから口を閉じてくれ…」




リップ船長
・ギルド【ドワーフの鉱山】サブマスター
・やかましい

✝無貌の堕天使()✝
・馬ヘッドゴスロリメイド
・INT極振り

おしゃれクソガイジ
・甲冑姿のピンクの骸骨
・POW極振り


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