究極生命体カーズ 襲来 (僕は悪いスライムじゃないよ)
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序章 帰還??
投稿するか迷いましたが、書いた分だけ出します。
とある動画を見て思いついたネタ作品です!
今回はかなり短め。
この宇宙の片隅には様々な生物を生み出した奇跡の惑星、地球が存在している。そして、その周りでは無数の星が数えきれない程の年月、途絶える事なくまばゆい光を放ち続けている。この光景は、これからも長い年月変わることがないだろうと思われていた。
しかし、この日はいつもと違っていたのであるッ!!
この地球に一つの隕石が向かっていたのだ。だが! この隕石は他の隕石とは明らかに違う!
言葉では言い表す事の出来ない奇妙な存在感を放っていたのだッ!!
近づいてよく見てみると、人の顔のような模様が物体の表面上に存在しており、なんと信じられない事に生命活動を行っているではないかッ!
何なのだこれは!? まるで記憶の奥底に眠っていた
そうだ! 我々はこの存在を知っているッ!!
いやッ! このギリシャ彫刻のような美しさを基本形とする生命体を知っているッ!
かつて幾人もの波紋使いを葬り去り、最終的には弱点である太陽すらもわが物としたこの生命体を!
あらゆる生物を超越する生命体へと進化を遂げ、とある物語の主人公でさえも生きる事を諦めさせた存在を!
その名はカーズ!!
かつて石仮面と深い因縁を持つ一人の波紋使いによって、宇宙空間に放逐された存在が...... 永遠に宇宙空間をさまよう宿命にあったと思われる存在が長い年月を経て————今地球に向かって来ようとしているのであるッ!!
もし、あの有名な解説王がこの光景を眺めていたら「おお、神様……」と絶望にうちひしがれていたであろうッ! その光景を我々は今見ているッ!
それは地球に近づくにつれ速さを増していた。地球の大気圏を突き抜ける頃には音速の五十倍以上の速度、それに加え10万度という超高熱により少しずつ表面が気化しつつも向かってきている! アジアの島国、日本に!
まばゆい光を放ちながら、轟音と共にそれは落ちた。いや、落ちてしまったのだ……
落ちた周辺には巨大なクレーターが出来、生命力に満ち溢れた草木は見る影もなく獄炎のごとく燃えている。
もし、周りに人間がいたら目を合わせられないような惨劇に見舞われていたであろう。
しかし、今はその惨状はどうでもいい事なのだッ! 注目するべき所はそこではない! クレーターの中心に存在するものだッ!!
時間の経過とともに、鉱物であったと思われるそれは、脈打つように鼓動を始める。表面も物質特有の光沢は鳴りを潜め、少しずつ人間みたいな血色へと変わっていく。高熱と衝撃によって欠損していた箇所もすでに治っている。信じられないッ!!
やがて、何もない平原を一人の男が長い髪をなびかせながら、太陽を背に立ち尽くす。
男は周りを一瞥し、少しの間を開けて言葉を発する。
「 RRRRRRRYYYEEEEEEEE!!」
カーズは、空気震える程ハイテンションに叫んだのであった! はたから見れば 「……頭おかしいやつがいる……」と思われるような叫びを誰もいない平原のど真ん中で!
しかし、今のカーズには関係ない。再び生を謳歌できる喜びに震えているこの男にはッ!!
やがて喜びをかみしめ終えたカーズは、かつて自分を宇宙へと放逐した一人の男を思い浮かべて言った。あらゆる感情を込めて言い放ったのだッ!!
「JOJO! このカーズが地球に戻ってきたぞ!! 待っておれ貴様だけは必ずケジメとして殺してやるぞ!!」
だが、まだこの時カーズは知らなかったのであるッ!!
この世界にはジョジョはおろか、波紋戦士や柱の男によって作り出された吸血鬼でさえも存在しないということに……
そして、自らが想像もしない出来事に遭遇することになるとは……
今一人の男、いや生命体によって多くの人間の運命の歯車が狂い始めたのである! これが功となすかはまだ誰にもわからない。
次回の投稿は明日か明後日となります。
次話からは、この後書きの欄にQ&A形式での物語の補足や作者の余談を書くので、よろしければぜひ見て下さい。
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第一話 違和感
この作品は初めて書く小説となるため、感情表現・描写などでかなり拙い部分があると思いますが、どうかよろしくお願いします。
雲一つ存在しない大空の中で、地球が誕生した時から全生命に暖かな光を届ける存在を我々は知っている。それは日常的な光景であり特に珍しくないものと言えだろう。
しかし、それをこの上なく感慨深く見つめる一人の男がいた。
なぜこのように男は感慨にふけているのだろうか? その理由は、この男が空気に含まれる酸素・窒素・二酸化炭素などの濃度、温度、重力などを瞬時に把握、分析し地球にいることを確実に実感したからであるッ!
「まさか地球に戻り、再びあの美しい太陽を眺める日が来ようとはな…… フフフッ。どうやらJOJOに味方していた運がこのカーズに向いてきたようだな!今度こそ、貴様を死という暗黒の淵に突き落としてやるぞッ!!」
——だが、先ずは自分がいる場所を把握しなければならないようだな。おそらく、ここがイタリアである可能性はとてつもなく低いであろう。都合よく同じ国に落下したとは到底考えられんからな。
やはり、情報を集めるために近くの街を探すのが手っ取り早い。そこにいる人間や町にある文字さえ見れば、とりあえずは自分のいる国や地域は把握できるはずだからな。
そして、おそらくは私が地球を離れてから、いくばくかの年月は経過しているはずだ。2000年の眠り程ではないにしろ、車や航空機などの機械が発明されていたことから推測すると、人間社会はさらに機械が発達し、今までの常識が通用しないところが表れるかもしれん……
あの時の機械人間はさほど脅威ではなかったが、技術の発達でさらに面倒な輩が存在しているかもしれんな。一応、警戒もした方がよかろう。
人間は短命で脆弱な生き物であるが、その分生への執着が強く、思いもよらぬ方法で痛手を食らわてしてくる可能性が有る……
苛立たしいが、あのJOJOとの戦いで嫌という程このカーズは理解させられてしまった。その点だけは認めようJOJO!
「だが、今はこのカーズの帰還祝いが先だ! 究極としての生命をこの上なく味わおうではないかッ!!」
カアアア――――ッ!!!
耳をつんざくような咆哮をあげ、大気を震わせる。手の甲から鋭い鎌のような
それは、ほんの一瞬であった。コーラを一気飲みした時に出てくる無自覚のゲップくらいの刹那の瞬間で変わったのだ!
カーズの両腕は、褐色の肌をまったく覗かせない程の羽毛で包まれる。
だが、その色は黒ではないッ!!
淡い白と紺碧がうまく調合している蒼天と一体化するようなものである!
その変化に伴い、カーズの総身も同じ色合に彩られた。
「これならば、姿を晒されることもないか」
誰にも見られないためのカムフラージュを行ったのだ。
自然界を生きる動物の中には、敵を欺くために擬態するものや自然光に当てられて皮膚の色を変える生物などが存在している。それらの遺伝子情報を有するカーズにとっては造作もないことであった。
「いや、まだ不足だ。とどまっている状態であれば、これで足りる。だが、動いている状態では、背景と微妙なズレが生じてしまう。ならば……」
固い何かが皮膚を貫き通すような音と合わせて、骨のように角ばった管を胸から四つ作り出す。やがて、風のような音を立てながら、カーズの姿は消える。
肺からの水蒸気を体表にある管から噴出し、それらを纏う事により、全身の光の屈折で姿を見えなくしたのだ。
「擬態と風のプロテクターの両方ならば、飛行している航空機にも見つかることはなかろう。では、行くとしよう」
脚を弦のように曲げ、力強く大空へと羽ばたく。
人間に対する警戒心を胸に抱きながら……
しかし、これらの予想が全て外れていた事を後に思い知らされるのであるッ!!
・
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・
・
飛び始めて、一刻もせずに眼下に町を捉える。情報を集めるために天体望遠鏡並みの目を駆使し、町の様子をはるか上空から窺う。
「町の大きさは、そうだな。スイスのサンモリッツよりも規模が大きいな。木造の建築物や街を歩いている人間の顔や髪の色から判断すると、やはりここはイタリアではなかったか。いや、それどころか私がいる地域はヨーロッパでもなさそうだな」
街の大通りは行き交う人々でごたごたしており、道の両端では店を構え商いをする者たちが見て取れる。
その姿は多種多様であり、着物や野良着を着用している者、学生服を纏う者、稀に全身を洋服で包む者もいる。
だが、そこには共通点がある。それは、髪や眉毛が黒く染まっている点、カーズの顔と比較して少し平面的な顔立ちであるところだ。
「ここから見える人間は、かつて訪れた中国にいる人間と同じ色の髪や特徴を持っている。おそらく、ここは中国もしくはその周辺のどこかの国であろう」
かつての仲間と訪ねた地を思い浮かべてそれらを考察する。その顔には、ほんの少し哀愁が込められ、目はどこか遠くを移しているようであった。だが、それらを頭から振り払い、目的を見詰める。
「この地域に来るのも約2000年ぶり…… 情報収集も兼ねて、人間社会の変化ぶりを存分に見学させてもらおうではないかッ!」
その気配を誰にも悟られる事なく、土埃をわずかに立て、地上へと舞い降りる。そこは、道幅が狭く、かつ薄暗い裏通りであったので、人目は全くない。
己の現状を再確認するカーズ。その視線は自分の足から、胴体へと移る。
「現在の状況を把握する為に、人間との接触はおそらく避けられん。だが、さすがにこの姿のままで接触したらまずかろう…… 確か上空から見えた人間の姿は、今までに見たことのないような服を着ていたな。どこかで服を早急に調達しなければ」
そう。カーズはJOJOと戦った時の服装のままであったのだ。つまり、マフラーとフンドシだけを体にまとった状態なのであるッ!
この状態のまま街の大通りに入ってしまえば、人からの第一印象は変態となり、人間との最初の接触が警官による職務質問という屈辱的なものとなってしまうだろう。そのようなことは究極生命体としてあるまじきことッ!
羽の生やした腕をもとの逞しい腕へと戻し、表通りへと進む。もちろん、完璧な迷彩の姿のままでだ。
最小限の風を纏ったプロテクターと擬態により、行きかう人々に存在を認識されることはない。
約半刻後。
自分に合う服はすぐに見つかるだろうと考えていたカーズ。だが、そんな思いとは裏腹に、自分の体に合いそうな服はいくつもの店を訪れても見つかることはなかった。
「ちっ、この店もこの国の人間にあわせた服しか見当たらんではないか。このままでは擬態を解くことが出来ぬ!」
この時代の日本人は、食生活の影響などにより、成人男性でも平均身長は約160cm前後である。そして、日本への外国人の観光もまだ非日常的な事であった。
特注品でなければ、カーズに合う服はほぼ見つかることはない。
だが、カーズの苛立ちが頂点に達する前に、この辺りでは珍しい洋式の建物を発見する。
その建物の扉から、見た目が豪奢な洋服を纏った夫妻が現れ、自分たちが今買った服について語り合っていた。その様子を眺める。
「ここならば、私の求めているものがあるかもしれん」
扉を誰にも気づかれぬよう静かに開き、中を見渡す。
中は三階建ての構造であり、天井には豪華なシャンデリアが掲げられ、かなりの種類の洋服が商品として置かれている。そこには、西洋の服だけに留まらず、店の看板である『世界ノ宝石箱』の名に恥じぬジャンルの服——中東やアフリカで着られる衣服なども並べられていた。
全部を見て回るには相当な時間が必要なほどであったが、服を必要としているこの男は、それらをくまなく調べまわる。
そして、見つけたのである。あの服をッ!
「ほぉ。まさか、スイスで着ていたものと同じようなモノが置かれているとはな。この店は品ぞろえが素晴らしいな。背丈もほぼあっている。とても気に入ったぞ」
胸の部分を二つのボタンで止める黒のロングジャケットと黒の衣服。そして、服と同じ色を持つズボンとベルト。それらは、とあるドイツ兵と戦った時の格好とほぼ一致していたのだッ!
その二つが置かれている横には、カーズの到来を待っていたかのように、ツバが長い黒の中折れ帽子も鎮座している。
「後は…… あれが、必要だな」
西洋の衣服が陳列している部屋を抜け出し、別の部屋へと向かう。そこは、先ほどまでとはまったく違うものが並べられている。
中東で着られる白いカンデゥーラ、花の模様が描かれている黒のアバヤが目に移り込む。
「やはり、ここにあったか。この滑るようになめらかな生地——かなり良い素材を使っているな」
カーズが手にしたもの。それは、黒のターバンである!
「フハハハッ。人間もたまには良い物を見繕ってくれるではないか。このカーズが存分に使ってやろうッ!」
ターバンを頭に巻き、選んだ衣類を音を立てずに粛々と着こなす。最後に、帽子を手に取り、頭へとはめる。もちろん迷彩も事前に解いている。服が勝手に街を歩いているとなれば、大騒ぎになるからだ。
やがて、自分に見合う服がなかった店に対する腹いせ——ではなく活動資金として盗んだ金を誰もいない所を見計らってカウンターに置き、買い物を終える。
誰にも姿を見られぬまま、クールに店を去るのであった。
このようにカーズは人間社会の見学だけを楽しんでいるように見えるが、もちろん情報収集も怠ってはいなかった! 人間では到底持ちえないIQ400を使って周りの細かい状況もしっかり観察していたのであるッ!
——店にある看板などを見るに漢字などを使っている所もあるが、それ以外にも違う言葉が頻繁に使われているな。
「この文字は…… そうだ。確か極東にある日本という国が使っていたはずだ」
聡明な諸君らは、なぜカーズがこの言葉を知っていたのか疑問に思っているだろう。それは、目覚めた時には、居場所のわからないエイジャの赤石を探す際に必要だと感じていたからだ。
人間社会を見学した際にその天才的頭脳をもって、あらゆる言語を会得したのである!
「まさか、イタリアからこれ程までに離れている国にいようとは……」
自分が、宿敵とどれだけ離れているのかを実感する。必ず復讐を誓ったあの男と。
深呼吸をし、辺りを見渡すカーズ。考察を終えたかのようであったが、観察はそれだけでは終わらなかった。それは、ある違和感を覚えたからであるッ!
「確か我々が目覚めた西暦1939年の時点では、日本は戦争に突入し、工業に力を注ぎこんでいる国のはず。つまり、イタリアやスイスと同じくらいの車が街で日常的に見られてもおかしくないはずだ。
だが、実際はどうだ。車がほとんど見当たらない。私が追放されて、かなりの年月が経っているはず。だというのに、あのような使い勝手の良い機械が人間社会で普及していない……」
道幅のある大通りにいるというのに、人は徒歩で目的地へと向かい、車が走っていればいやでも目に付くほどであったのだ。
カーズは、
だからこそ、それらを補うために人間は発明を繰り広げ、より多くの、より優れた性能を持つものを作り出すと考えていたのだッ!
前方から、灰色の煙を吐く自動車が近づいてくるのに気づくカーズ。
その車は、人混みを避けながら己の隣をゆるりと通りすぎる。
自分の視界の横を通る車を見やり、一瞬だけ手のひらを車に置く。
そして己の聴覚、視覚、触覚を使い、車の性能を分析する。エンジンの振動や自動車の表面を伝わる熱で、内部の構造が設計図を見ているかのように明瞭になる。
それに、今見えている車もどうだ? 見た目や中身もより簡素であり、速度も燃費も私が知っている車よりも数段劣っているように感じるではないか……
車以外にも違和感がある。当然技術が発達するほど、より優れた機械が作られ、それらの影響で街などにも大きな変化が見られてもおかしくないはず。
だがこの町を見渡すと、逆に場所によっては古めかしいと思わせる場面もある……
カーズが思い描いた未来、街の通りに溢れんばかりの電光掲示板や車が交差する世界。航空機は音速に到達し、街をけたましい轟音で揺らす世界。文明の利器がひしめき合う世界は存在しない。
「まさかな。だが、ありえん……」
そう! カーズはくだらないと思っていたが、一つの仮説を導き出してしまったのだ。しかし、それは宇宙の法則を度外視して辿りつく結論であったのだ! どんな生物も決して逆らえない宇宙の法則ッ!
「結論を下すには、まだ早いが。何か年代を知る手がかりはないのか…… む?」
視線を泳がせ、あたりを見渡す。
カーズの視線がある一点に止まる。そこには一人の少年が新聞を配っており、周りに大人の人だかりができていたのだ。
これを見逃すはずもなく、すぐにそこへと足を向かわせる。
人だかりは雑多な声に包まれ、大の大人が我先に新聞を得ようと必死でいた。しかし、突然表れた巨漢に言い知れぬ威圧感を感じ、蜘蛛の子を散るように自然と道を譲る。
「おい、小僧! その新聞を一部渡してもらおうか」
性格のよさそうな少年は、六尺を優に超える大男の異人に驚くが、『ほら号外の新聞だよ。どうやら、えらい事件が起きたらしいよ』と言い、快く渡してくれた。
カーズの行動は素早く、新聞を受け取るやいなや緊張した面でそれを眺める。もちろん記事の内容には興味を示さず、すぐに目を移したのは発行年月が書かれている欄である。
そこには……
To be continued>>>>
*Q&A
①なんで、カーズは風のプロテクターを纏えるの?
カーズが地球に帰還しようとした際に背から管のようなものを生やして、高圧の空気を排出していたから、ワムウの風のプロテクター擬きはできるのではないかという発想から来ました。
本当は擬態だけでも良かったのですが、それだけだど人に見える可能性が有るので苦肉の策としてこの方法も採用しました。
②なんで車の構造を触っただけで分かるの?
柱の男の時点で、温度差でドイツ軍がいた室内の様子を正確に読み取った場面があったからです。(ジョジョのアニメ18話参照)
触覚以外の五感も向上したカーズなら、瞬時にわかるのではないか?という発想からくるものです!
③自動車って、そんなに珍しいものなの?
詳しい年代はまだ言えませんが、当時車を乗りこなしていたのは、一部の上流階級のみだと思われます。それも輸入車をメインに。カーズが時代を知る良い手がかりだと思いこれを採用しました。
日本初のガソリン車 1907年
自動車工場の設立 1911年(乗用車第一号の完成は、その三年後)
日本初の本格的な自動車生産 1925年
④カーズって中国に行ったことあるの?
ジョジョとエシディシとの戦いで、エシディシが孫子について語り、訪れたことがあるような発言をしました。ですので、カーズも同様に行ったはずです。
*筆者の余談
次回の話は長めとなっております。金曜か土曜の投稿となります。
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第二話 邂逅
皆様は、作者がどの場面を見てそのように感じたのかわかりますか?
次の投稿はおそらく金曜。
そこには……
『明治四十五年』と掲載されていたのである。
一瞬の静寂がカーズの脳裏で潮流した。
——明治45年。さすがにこの国の元号が西暦何年を指すのかわからぬが、なぜだ? 今までに感じたことない身の毛もよだつような感覚がこのカーズを襲っている! しかし、聞かなければならない。そして、その事実を受け止めなければ……
「おい、小僧! 明治45年とは西暦何年を示すのか教えろ!」
「え、なんで急にそんな事聞くの?」
「理由など話す必要はない。早くしろ」
口調の荒いカーズの質問に、少年は呆れながら答える。
「わかった。わかった。何をそんなに焦ってんだか…… えーと、確か父さんが戦った日露戦争が七年前に終わったから、今は1912年だよ」と大きく息をつきながら。
身を硬直させ、口を小刻みに震わせながら息を思わず飲み込む。
その言葉を聞き、カーズは耳を疑った。疑わずにいられなかったのであるッ!!
あまりにも信じられない出来事であり、自分でさえもこの仮説が思い浮かんだが、ありえないと考えていたからだ。
「——1912年だと……」
過去に遡っているだと!? こんなことがあり得るのか? 未来ではなく過去だと……にわかに信じ難い。
だが、あの小僧からは、嘘をついている音や熱は感知できなかった。目の動きも表情も至って自然であるし、そもそも私に嘘をつくメリットもない。
周りの様子もこの小僧の証言通りであれば、納得もいく。
地球以外の惑星とも一瞬考えてしまったが、これ程までに地球と同じ条件の星に都合よくたどり着けるとも思えん。
やはり……
「ここは過去の世界だ」
カーズは認めたのだ。本来ならば、究極生命体ですら逆らえない宇宙の法則から、過程はどうであれ自分が逸脱してしまった事を!
そして、自分が今置かれている現状が奇跡であり、新たな希望へと繋がっているかもしれないと気づく。
それは…………
エシディシとワムウが生きているかもしれない……という希望に!
「フワッハハハッ! アハハハッ!!」
端麗な顔を破顔させながら、再び友とまみえる
自らの信念である「あらゆる恐怖の克服」を求め、弱点が存在しない究極生命体の追及に賛同した仲間に再び会える
「まさかエシディシやワムウに再び出会える可能性があろうとはな。これ程までに愉快なのは、究極生命体になった日以来だぞ!」
そして、自らの宿敵に対する懸念も吹き飛んだ事にも浮かれていた!
「ジョジョ! 私は貴様ほど憎いと思ったものはいない。長年、連れ添った仲間を倒した貴様を! しかし、私はいま安心しているのだよ。なぜなら、このカーズが追放されている間に貴様が死に、二度と復讐できないという懸念も消えたからだ!」
そう。カーズは宇宙に追放されてからも、再び地球に戻る方法を模索し続けていたのである。
だが、たとえ究極生物であろうとエネルギーは必要であった。他の生物と比べ、長い期間食べる必要性はないが活動するにはエネルギーは必要不可欠であったのだ!
しかし、宇宙へと放逐された事により、新たなエネルギー源を確保することは不可能。そのためカーズは、脳とそれを活動させるための最小限の機能だけを残し、他はわざと物質化させたのである。
そのおかげで、考え続けることが出来たのだ。
だが、体の機能は最小限に留める事により他は機能せず、どれくらいの年月が過ぎたのかを正確に把握できず、ずっと思い悩んでいたのである。それが消えたのだ。天地万象がまるで自分の手の上で転がっている心地であっただろう。
それに最も良い効率で脳のみにエネルギーを長年使用したおかげで、カーズは自らの身体能力のすべてを理解するのであった。
あらゆる生物のすべての能力を身につけており、すべての生物の遺伝子情報を保持し、創造できるという事は、誕生する以前の生物や現存しない生物にも変化可能だという事にッ!
自分の体を柱の男である時と比較して、より広い範囲であらゆる物質に変化できる事にも気づいてしまったのだッ!!
それだけには留まらず。かつては敵視していた波紋でさえも、強さを持つだけではなく、それを完全に自分の思いのゆくままにコントロール出来るようになってしまったのであるッ!!
まさに、無敵・不老不死・不死身の究極生命体(アルティミット・シイング)になったのであるッ!!
だが、悲しきことかな。今は1912年。柱の男が目覚める年どころか、ジョジョすらもまだ生まれてきてすらいない。
「二人が目覚めるまで、二十年以上の月日があるな…… 2000年の眠りを強制的に目覚めさせる方法は存在しない。だからこそ、我々は同時に眠りにつき、再び同じ時に目覚め行動していたのだ」
右手の人差し指をこめかみに置きながら悩む。仲間が眠りから覚める間に何をするべきかを。超生物となった今、長年の目的はすでに達成している。自分を脅かす者はこの世に存在するはずがないと確信していた。
もし自分の存在を脅かすような存在がいれば、決して容赦はしないだろう!
「ふむ。しかし、このカーズを以てしても、なぜ過去の世界に来れたか皆目見当がつかぬ。ただ単に過去の世界に来れたと片づければ良い話でもあるが…… なにか大きな力が作用していると感じずにはいられない」
カーズであるからこそ、そう感じたのだ。宇宙の法則に従って作り上げられた地球から誕生した究極の存在だからこそである。
この男は探すのであった。なにか手がかりはないかと、なにか普通なら起こりえない奇妙なことが周りにないのかと。この地に舞い降りたのにも根拠は存在しないが、何か理由があるのではないかと!
要するに、すぐにはイタリアやヨーロッパへは向かおうとしなかったのである。もっともらしい理由で日本に居続けようと考えたのだ。
だがこの行動は、
・
・
・
・
この街に訪れて数日が過ぎ去り、今日もまた太陽は西へと向かい、暮夜が近づこうとしていた。街の人々はいそいそと帰り支度をし、激しい人の往来が見渡せる。
立ち込める人混みの中で、淡い赤色によって染まっている太陽を背にカーズは街を歩き続けていた。
その天才的頭脳を持つことにより、わずかな時間で言語を完全にものにし、この国の人間がどのような営みを歩んでいるかを把握する。だが、わずか数日では自分に有益そうな情報はついには得られなかった。
「何の根拠もなし、探し続けるのはさすがに骨が折れてしまうな」
いくら聴覚が優れていることにより、自分の周りにいる半径数十メートル内にいる人間たちの会話をすべて掌握したとしても、数日だけではカーズ自身も得られると考えていない。
だが、この日は違ったのであるッ!!
足を進め続けたことにより、街の中心からは離れてしまい、人だかりも少しずつ薄れてゆく。辺りもそれに伴い静けさを増し、太陽も完全に沈みきった時のことである。
周りの店がすでに戸締りをしている中で、暖簾を掲げる一つの小さい屋台での会話にふと歩みを止める。
そこではひげ面の中年と顔を青くしていた坊主頭の青年が奇妙な会話をしていたのだ。
「突然なんでおめえさんはこの街に来たんだ? あそこの町は、ここよりは小さいけど、別に悪くはない所だろ。おまえが急に転げ込んだ時は驚いたぜ」
「オレが前に住んでいた王森町で、少し前から行方不明の人間が多発している噂を知っていますか?」と青年はおそるおそる尋ねる。
「急にどうした? 物騒な話だな。まさか殺人鬼みたいなヤバイやつがいたりしてな。お~怖い怖い」
「いや、其れならまだ良かったんですよ……」
青年のまるで事の真相を知っているかのような口調に、顔をほんのり赤らめた男性が興味を惹かれて問い返す。
「はあ? どういうことだぁ?」
「実は仕事で、夜遅くに家に帰ろうとした時のことです。その日は、少しでも早く帰るために普段なら通らない道を通ったら、突然小さい女の悲鳴が近くで聞こえたんですよ。最初は行くか迷ったんですが、正義感と好奇心に駆られて行ってみたら……」
自分にあった出来事を説明しようとする青年の唇が青色を通り越して、紫色へと変貌する。だが、境遇を知ってもらうために重い口を開き、吐き捨てるように言う。
「化け物がいたんですよ!! それが人間の腕を食い、周りには
「おい、おいちょっと待て。そんなものが本当にいたとして、なんでおめぇさんは五体満足で生きてんだ? 様子を視認できるくらい近くにいたんだったら、そいつがおまえを見て襲っていてもおかしくはねぇだろ?」
「実際に、それは襲ってきたんですよ…… 自分でもなんで生きているか分かりません。
顔を手のひらで覆いながら、体を小刻みに震わせる青年。しかし、かわいそうな事に。相手を鼻で笑うかのような返事しか返ってくることはなかった。
「どうも話があまりにも現実的じゃないぜ! 仕事が辛いからといって、俺の家に転がるための嘘をついてんじゃねえよな?」
「本当ですって、嘘をつくならもっとマシな嘘をつきますよ!! あれは絶対人間、いや人間の形をした何かですって。もうあそこに戻りたくないです。姿を見られたからには、戻ったら今度こそ殺されます!!」
「はあ~。そんな恐ろしいものがいるなら、俺を頼るんじゃなくてまず先に警察に行くんだな」
一見、この会話は青年が錯乱しており、見てもいないものをあたかも現実であったかのように語り、普通なら一笑にふされるようなものであった。だが、裏の世界で何千年も時を過ごしていたカーズにとっては見覚えのある出来事である。
「夜に活動をし、人の皮を被った獣が人の血肉を喰らうだと? まるで、吸血鬼ではないか。なぜ、我々が活動をしたことのない日本にそのような存在が?」
吸血鬼とは、もともと天才であるカーズが作り出した石仮面を被った者のみがなりえる存在。それがなぜ日本にいるのか不思議でならなかったのだ。
「石仮面がどういうわけかこの地にたどり着いたのか? まあ、それもあり得ない話ではないか。我々が目覚める前にも吸血鬼が暴れていたらしいからな」
そう! カーズは知っていたのだ。自分たちが目覚める約50年前に、とある地方で吸血鬼が絶望をまき散らしていた事を。
遺跡にいたドイツ軍が、なぜ自分たちの正体を知り、弱点を把握していたのかを人間社会に潜伏した際に調査したのだ。そして、表の世界では語られることのない歴史でさえもカーズは知りえたのであるッ!
「……王森町か。確かここから南に数十キロ離れている町であったな」
吸血鬼という取るに足らぬ存在に、本来ならカーズは興味すら示さないでいただろう。しかし、自分が偶然落ちた地に、たまたま吸血鬼がいるという事態に何か理由があるのではないかという深読みをしたのだ。
つまり、まったくの偶然! だが、それが後に大きな波紋を呼び起こす事となるッ!
その後、目的を王森町へとさだめ、身を闇へとひそめる。
***
王森町。その町は、名前の由来通り森が鬱蒼と茂っており、それらに囲まれている地形にあった。一万人にも満たない人間が身を寄り合い暮らしている小さな町であったが、林業も盛んであり活気のあふれる場所だ。
しかし、今この町は恐怖につつまれている。普通の人間では到底かなうことの出来ない異形によって、この町が闇に覆われているからだ。そして、今日もまたその闇が人を呑み込まれようとしていた。
月の明かりがほとんど照らされていない夜の町を一人の若い警官が、血の滴る腕を抑えながら全力で走っている。流れる血の量も夥しく、見ていて痛ましい程だ。
「早く、この情報を誰かに伝えなければ! この町がただの人間に脅かされているのではないことを。伝承にしかいないと思われていた存在——鬼がこの町にいることを!」
一緒に警戒に当たっていた三人の仲間はすでに殺されてしまい、この警官も致命傷を負っている。だが、その目は使命感にあふれ、なんとか生きようと藻掻いている。
この町では、最近行方不明者が後を絶たないので、被害の拡大をこれ以上増やさないために国家権力は夜の巡回を強化していたのだ。
任務にあたる際は、どんな相手が来ても対処できるようにするため、警官は数人体制で就かせるような命令が下っていたのである。
このように数人体制だったこともあり、この青年警官は緊張の糸を緩ませていた。
その判断は後に誤りとなるとは知らずに。
相手がただの人間であればそれは正しかっただろう……
しかし、相手は闇に紛れて人の血肉を貪る悪鬼。一般の人間では捕食の対象でしかなく、鬼の討伐に特化した精鋭たちのみが敵う存在である。
そのような存在が血の滴っている人間を見逃すはずはない。鬼は常人では持ちえない身体能力で、人間の血の匂いをかぎ分け、青年へと追いついてしまう。
「血を流しながら、この俺からよぉ~逃げられると思ったか? 人間ってのはつくづく不便な生き物だよな、自分が負っている傷すら治せないなんてよぉ」
「ッ! 貴様なぜ人間を殺す! 人の言葉が理解できるなら、人間を襲うことに躊躇はないのか!」
張り裂けそうな肺から強引に空気を振り絞って、青年は問いただす。だが、返ってくるのは男を嘲笑うような声のみ。
「てめぇはよ。いちいち自分の食べるものに同情するのかぁ? そんなのまどろっこしいだろうがよ!」
鬼の目に映るのは、己の胃袋を満たすための存在。ただ、それだけである。
(人間を食料としか見ていないのか……)
この言葉を聞き、男は悟ってしまう。コレは人の倫理や道徳を持ち合わせておらず、ただ本能に従い人を喰らう、人間とは全く別の存在である事を。
人間の肉を千切りそうな手に今にも捕まりそうだ。でも、手足が氷漬けにされたかのように動かない……
男は、体から流れる夥しい出血と圧倒的な存在を前にして生きる事を自然と諦めてしまっていたのだ。
「どうか、どうか、仏様。この悪鬼の牙が家族に向かぬようお守りください……」
目に涙を浮かべ、最後の瞬間まで自分に愛情を注いでくれた家族を想いながら、青年は命を終えてしまう。
こうして、闇にまた一人吸い込まれるのであった……
だが、この闇は永遠には続かないだろう。鬼をも歯牙にかけないあの究極生命体が町へと到来したからッ!!
「——ここが王森町か。人間の姿がまったく見当たらん。月もすでに高く昇り当然ともいえるが、それにしてもやけに静かだ」
己の周りを見渡し、ここには何か必ずいるとカーズの本能が囁く。これまでの経験上、寝静まっている町を幾度となく散策している。
だが、たとえ厚い闇に閉ざされていたとしても町全体がここまで凍てつくような感覚に包まれるのは異常とも覚えたのだ。
「確かめてみようではないか……」
服の袖を上腕まで捲り上げ、右腕を空へと伸ばし泡立たせる。
緑の泡沫は、右腕を包み込み、新たな形に変質する。細い丸太を連想させる銀鼠色の円柱が生え、先端には空気を通すための穴が二つ開く。
そう。それは、アフリカ象の鼻であったのだッ!
動物界でも嗅覚に関して他の追随を許さない象は、人間の百万倍から一億倍の嗅覚を持つ犬のさらに二倍の嗅覚遺伝子を持ち、数キロ先にある水のにおいすらも的確に嗅ぎ分けることが出来る。
カーズはそれすらも上回る驚異的な能力を持っていることも忘れてはならない。
一度でもその匂いを覚えられてしまったら、たとえ地の果てまで逃れようと決して逃げるのは不可能ッ!
「風に運ばれて匂うぞ、匂うぞぉ。かなり濃厚な血の匂いが。待っておれい! どのような吸血鬼が現れるか直々に観てやろうではないかッ!」
湧き上がる好奇心を胸に、その匂いの下へと向かうのであった。
鬼の命のカウントダウンが近づいていく……
町の近くの森にある洞穴。昔は動物が住んでいたと思われるその洞穴にはすでに主はいない。代わりにその中は、人の血の匂いで充満しており、まだ新鮮と思われる死体が積み上げられている。
洞穴の奥に顔を向けて、咀嚼音をあげながら嬉々として血肉を喰らう鬼がいた。
「へへ、血鬼術が発現してくれたおかげで、人間を殺すのもずいぶんと楽になったぜ。おまけに力も日増しに上がっているのも実感できる」
鬼——それは千年前に誕生した原種の鬼、鬼舞辻無惨の血を体内に注ぎ込まれた元人間の総称である。血を与えられたものは超人的な身体能力を有するが、それとは引き換えに人の肉を貪る悪鬼と化し、一部の個体を除き人間の倫理感を持たない外道となってしまう。
この鬼もその例外に漏れる事はない。先ほどの青年の生き様をあざけ笑う声しか響かない。
「しかし、あの警官も馬鹿な事をいうぜ。俺たち鬼が人間を食うのは当たり前なのによぉ~」
鬼は確信していたのだ。おのれを倒せるのは自分と同じ存在だけだと、あの方からいただいた力は絶対であると。
だが、その思考は閉ざされる。自分の後ろから突然発せられた声によって。
「人間をひとり取り逃すような吸血鬼が、自らの力を誇るとは…… とんだ自惚れがいたものだ」
「なっ!!」
血肉を摂食するのを止め、鬼は咄嗟に洞窟の奥の方へ身をひるがえす。
真後ろまで迫ってきている男に話しかけられるまで、一切の気配を感じなかったからゆえの行動。
たとえ自分が食事に夢中であったとしても、入口への警戒は緩めていなかったのだ。それなのに、この男はものともせずに今ここにいるという事実。
それだけで相手に対して毛を逆立たせ用心するのには十分な理由である。
だが、その男からは
「てめぇが何者だが知らねぇがよ。なんでおめぇがその事知ってんだよ! 大体あの時は、男が藤の木がある街頭を通らなかったら、俺様が確実に殺していたぜ!」
「なるほど。なぜ吸血鬼がたかが普通の人間を殺し損ねたのか疑問に思っていたが、藤の木のせいで殺せなかったとな…… 詳しく話せ」
「むかつく野郎だぜ。なんでてめぇに話さなきゃ……」
相手を見下す鬼は最後まで言葉を口に出すことは叶わない。カーズが相手が反応すらできない速度で、鬼の頭を強引に掴み地面へと叩きつけたからである。洞窟全体に轟音が響き渡り、大きく地面を揺らす。
「吸血鬼風情が。主である私に対する無礼な態度はとりあえず見逃そう。さっさと質問に答えろ。この私が苛立つ前にな……」
今自分に起こっている現状を理解するのに数秒かかってしまう。そして、理解できなかった。なぜ、後頭部が地面にめり込んでいるのかと。なぜ、
オレは、まだやれる! まだあれを使っていない。あの方にもらった力を使えば!
頭の足りない鬼は、諦めることはなかった。無駄な抵抗であるとは知らずに。なぜ、相手が強者特有の気配を出していないのに、自分を圧倒しているのかを考えたらこのような行動は取らなかっただろう。
血鬼術——剛鋼線
突如、地獄の針山を連想させるような無数の針が体から現れ、カーズに襲いかかる。針はそのまま勢いを劣らせることなくカーズの体躯を貫き、全体を覆う。
「オレの血鬼術はよぉ。体毛を鋼鉄以上の硬度に変え、自由自在に操れるというものなんだよ。この血鬼術があれば、たとえ力が自分より強い鬼でも簡単に体を切り裂くことが出来るんだよ! てめぇもこのまま針でズタズタにしてやるぜ!」
舌をだらしなくたらしながら、己の技を自慢げに話す邪鬼。
そのまま超人的な力を持つこの異形は、体をうねらせ相手を切り裂こうとする!
だが、体はビクとも動かない。いや、動かせないでいた。
それが普通の人間や鬼だったら効果はあっただろう。しかし、目の前にいる存在は普通の枠には到底収まらない存在である。吸血鬼ですら吸収する存在なのだから。
眼前にいる、血鬼術で倒したと思われる存在が平然と喋りだす。
「貴様、今安堵したな。この私を倒せたと」
目を白黒させ、頭を打たれたように愕然とするしかなかった。
自らの血鬼術を使用したのに、何もなかったように立っている事に。
(なんで、こいつは生きてんだよ!!まさか.....)
獲物を捕らえたかのような目が鬼である自分を突き刺す。
目の前の存在は全力を出したとしても勝てない存在であり、自分はただむなしく抵抗していただけに過ぎない事に気が付かされたのだ。
先ほどまでにない圧倒的な絶望が、鬼へと波のようにとめどなく押し寄せてくる。
だが、すでに戦意を失った鬼にカーズは追い打ちをかけるように言う。
「貴様は自分の針が刺さったと思っているようだが、わざとそうさせたのだよ。たかが鋼鉄を超える硬度でこの私に傷をつけられると思っているのか——このまぬけがッ!!
もっとも気配を隠していたとはいえ、それをまったく察知することが出来ず、相手の力量をも測れぬ餌に言っても意味のないことよ……」
氷のような目で見つめるカーズは、あまりの弱さにこの鬼に対する興味は失せかけていた。
しかし、まるで藤の木が弱点であるかのように語っていた事に違和感を覚える。
吸血鬼の弱点は日光と波紋だけであると知っているからだ。
「二度もこの私に手間をかけさせた罰だ。お前には私の実験につき合わせてもらうぞ」
(藤の木を避けたとこいつは言っているが、それは藤の木そのものが害だから避けたのか? それとも、この時期に生えている花の蕾に含まれる何かを避けたのか。試せばわかる事よ)
鬼と接着している部分の細胞を藤の花の細胞へと変え、ほんの少し流す。
その瞬間、この世の物とは思えぬ絶叫が洞窟内を響き渡る。鬼の顔は苦痛でゆがみ、血管が腫れんばかりに浮き、流された部分が紫色に染まっていく。
誰もが聞いたら、耳を塞ぐような悲鳴が木霊する。しかし、カーズは己の推測が当たり、口を三日月にしながら愉快そうに笑う。
「ほう。そうか。どうやら、藤の花に含まれる毒が弱点であるようだな。非常に興味深い……貴様、理由は知らんが、どこか他の吸血鬼とは違うようだな。——次は波紋を流したら、どうなるかも見せてもらおうではないか」
己に刺さっている針の部分を吸収し、鬼の腕を手刀で切り落とす。そして、赤い煌めく波紋を切り落とした腕へと叩き込ませる。
灰色の腕は、瞬時に溶岩のように融解し跡形もなく消えていくのであった。
「波紋も効いているようだな。おそらく太陽の光を浴びても同様の効果があるはず。しかし、妙だ。吸収してわかったが、この吸血鬼は今までに食したものと何か少し違うように感じる」
……なぜだ?
「あくまでも人間一人一人の細胞が少し違うような誤差の範囲内ではあるが、まだ他に違いがあるやもしれん」
その後、鬼にとって拷問という言葉すら生ぬるいと言える行為が何時間も続く。再生力がどれ程あるのかを知るために、体の一部を何度も細かく切断されたり、カーズの波紋疾走の実験台にされるなど、まるで生き地獄という名がふさわしい光景が行われていた。
それは夜空に赤みが帯びるまで続いてしまう。血がこべりついている鬼からはすでに眼の光は失せており、少しでも早くこの苦痛が終わるのを身動き一つもせずにただ待っている。
あらかたやりたい事を終え、最も肝心と思われるものを脅すように追及する。
「貴様、どのようにして吸血鬼になった? 石仮面はどこにある? 私のような者に会った事はあるか? これ以上の苦痛を味わいたくないならば、素直に答える事だな」
コォオオオオオ————
体中の血を巡らせ、虹色に輝く波紋を全身から放散させる。その波紋は、太陽に耐性のある人間にとっても致命的なもの。それを鬼に見せつけるように構える。
「吸血鬼と石仮面がなんなのか知らねぇ! それに、あんたみたいな存在に会ったら、絶対に忘れねぇよ。鬼になったのも、あの方から血を分けてもらったからなんだ! お願いだからもう見逃してくれ!」
「——あの方とな…… そいつは何者だ。私のような存在ではないとすれば、お前が言う鬼という存在なのか?」
「そうだよ——いえ、そうです。 ただし、自分のような存在と比べるのもおこがましい程の御方です……」
背筋が凍るような視線にあてられて、顔を青ざめながら丁寧に言い直す。この存在を怒らせてはならないという一心で起こした行動。だが、それが報われることはない。
「ほぉぅ…… そいつは、どのような姿をしている? 名前も言え」
(嘘だろ…… 言えない、言えない。言えるわけがねぇ!)
その質問が発せられた瞬間、歯をカタカラ鳴らしながら鬼はおもわず身をすくめる。この質問だけには答えられないと体を流れている血に刻み込まれているからだ。
「——言えません……」
対象から発せられた言葉を聞くと、カーズのこめかみに青い癇癪筋が走り、怒気をはらませた声で最後の警告が言い放たれた。
「貴様にまだそのような反骨精神があろうとはな…… だが、忘れるな。外では朝日が昇ろうとしているが、ここは洞窟の中。貴様が答えなければ、その苦しみからは永遠に逃れることはないと知れ」
絶句するしかない。自分には死ぬか、苦痛を味わい続けるかの二つの選択肢しかないと思い知らされたからだ。まさに、四面楚歌!
だが、同情する必要なし! これは数多の人間を喰らい続け、その尊厳をドブのように踏みにじってきた存在だからだ!
そして、
「あの方のお名前は、――キゥッ…」
恐慌に駆られた殺人鬼は、思考の末自ら死ぬ選択肢を選んでしまう。
体全体が赤黒く染まり、口や腹から豪腕が突如生え、それらが宿主を襲いかかる。だが、どこか安堵しているように見えていた。
全身が張り裂け、細胞すべてが悲鳴を上げているかのように痛ぇよ。でも、あいつの拷問と違って、少し我慢すればすぐに死ねる。
——オレはどこで道を間違えてしまったんだ。ただ人間をもっと食って強くなろうとしただけなのによぉ……
体を崩壊させながら、無念の思いを抱いて意識を落とすのであった。
やがて身躯は拉げられて、洞窟が鮮血に染まる。それをカーズは目を少し驚かせ、見つめていた。
血を分け与えた個体の体内で、細胞を異常増殖させて自分の正体を明かそうとする者を殺したか…… しかし、今ここにいるのは私だけだ。周りにも他の気配を全く感じられん。
「なるほど…… たとえ離れていたとしても、隠滅できるのか。用心深いやつめ」
周りに散らばった肉片に視線を移し、それらを拾い上げ自分の中へと取り込む。
やがて、不敵な笑みが零れだす。
「うまく正体を隠していると思っているかもしれんが、自身の血をほんの少しでも分け与えたのは間違いであったな。自ら証拠を残すとはなんとも浅はかな奴。貴様の
独自の技を繰り広げられる吸血鬼を生み出せる吸血鬼か…… 興味深い存在であるな。その慎重な姿勢から姿を表に出すのは滅多になかろう。——だが、この私からは決して逃れるとは思わぬことだ。
洞窟の入り口から自分を暖かく迎え入れる光に向かって、歩みを進める。
このようにして、町からは鬼の脅威は人知れず去ったのだ。
だが、町はとても深く傷ついていた。家族を殺された者たちは、これかもずっと帰りを待ち続けるのだろう。そして、その傷がいつ癒えるのかは我々にはわからない……
このような惨状はこれからも様々な場所で続くだろう。元凶が消えない限りは、決して!
今その脅威に一つの究極生命体の矛先が向かう!!
to be continued>>>>
* Q&A
①なんでカーズって自分の体を物質化できるの?
ツェペリ魂を持つとある金髪の波紋使いによれば、柱の男たちは眠っている間は無機質になっているらしいので、体の一部などを目覚めている状態でも意図的に物質化できるのでは?と作者は考えました。
②鬼から腕が生えたってことは……
鬼舞辻無惨にバレています。ただ生えてきたのは目ではなく、あくまでも鬼を殺そうとする腕です。つまり視界は共有していません。ですので、カーズの素性は相手には伝わっておりません。おそらく鬼殺隊に拷問されて自害したとしか感じてないでしょう。
それにこの鬼は、雑魚で無惨の血の量もかなり少ないです。本人との距離もかなりあるという設定なので、せいぜい位置しか把握してません。
血の少ない鬼や未熟な鬼では、視界の共有もままならないという解釈です。
③手鞠鬼はフルネーム言えたのに、頭文字だけで殺されるのは速すぎない?
ストーリー上、重要なとある場面を描くためにあえてこうしました。
*筆者の余談
・今回の舞台となった町の元ネタ:漢字の順番と同じフリガナを持つ漢字に変えてみてください。
・作者が考えている炭治郎が正式に入隊した年は、1915年です。
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第三話 軌跡を辿る影
誤字報告をいつもしてくださり、ありがとうございます。
もっと感情表現を書きたいが、書いたらカーズじゃなくなりそうでうまく書けない。
「こいつもか……」
人影が見当たらぬ田舎道で、一人の男が人間の首元を剛腕で掴み、頭上に持ち上げている。一見、暴行の現場のように見えるが、持ち上げられている人間には三つの目が備わっている事からして、人間ではないことが窺えた。
やがて、この異形は相手の男から流れる
——この地に来て、すでに数えるのが面倒になる程の吸血鬼もどき…… いや、自らを鬼と呼ぶ存在と遭遇している。どれも脆弱であり、本能的にこの私の強さを事前に察するものは結局一人も現れなかった。
怪しい術を使う鬼もその例外ではない。だが、分析のために多くの鬼と遭遇し、喰らう事でいくつかの特徴を知りえた。
一つ目は、気配を消した際に、遭遇した個体はどれもこの私に何も感じずに襲い掛かってきたことだ。このカーズが作った石仮面は、それを被った者には本能的に、この私に逆らえないと自然と認識するようになっていた。実際にローマで目覚めてから、新たに作り出した吸血鬼は私には従順であった。
しかし、日本という地に足を踏み入れてから、それらの特徴を持つ個体には一度も鉢合わせていない。
二つ目は、どの個体にも耐性の違いはあったが、ほんの僅かの藤の毒で致命傷を負ったり、絶命するものまで現れる始末だ。私の知る限り、吸血鬼の弱点は太陽光と波紋のみのはずであるのに対してだ……
最後に、どの個体も含まれている量こそ違えど、あの御方と呼ばれる者の血が流れていた。妙な技を使う鬼や力を持つもの程、ヤツの血の割合も高くなっている。
だが、私が知っている別の吸血鬼から血を与えられた吸血鬼は、血の比率に関係なく特殊な技を使えていたはず。才能のないものには、どれだけ血を与えようと無駄であるが、日本にいる鬼はヤツの血の量に明らかに影響されている。
集めた情報から、カーズはとある結論を導き出すのであった。
「——これらは私の石仮面で作り出せる吸血鬼ではない…… もはや全く別の存在だ」
鬼とはこの国ならではの吸血鬼の別名と最初は考えていたが、根底から覆すこととなる。
念頭に置かなければならぬかもしれん。
鬼やあの方と呼ばれる存在が今までに出会ったことのない存在である事を。
そして、警戒する必要があるかもしれんな。あの方と呼ばれている奴をではなく、鬼そのものを作り出せる存在が居るかもしれない事態に……
カーズは人間が持つ知能に一定の評価を下している。だが、吸血鬼やそれに連なるモノを作れるのはあくまでも自分たち闇の一族の特権であると考えていた。それは自分たちが持つ潜在能力に対する自信と
「人間が己の力のみであのような力を手に入れたとは、とても考えにくい。可能性は低いが、その背後にこの私が知らない闇の一族の生き残りが居るかもしれん。
もし、そうであるならば、将来かならず私の脅威となるだろう。なにせ、かつて私の思想を危険視し、私を殺そうとした一族を逆に皆殺しにしたはずだからな……」
はるか遠い昔、己の目的の達成を邪魔した存在を思い浮かべる。
石仮面によって得られた新たな力で切り刻んだ無数の存在たち。その者たちは、被った者が多くの生命エネルギーを必要とさせる石仮面とそれを作り出した
だが、見逃した生き残りが万が一いたとしよう。それもこの私と同様に己に秘められた力や能力に気づいた場合、一族を殺された者が何をするか。
そのような事は、わかりきっている。当然、“復讐”だ。
復讐に駆られる者が目的の達成のために、手段を選ばずに石仮面に連なるモノを作り出した可能性もあり得る……
たとえ、そういう者ではないにしろ、鬼という生物を作り出せる存在。当然知ってしまった以上、野放しには到底できん。
絶対に崩れさることのない床が決壊し、己の脚を氷の手に捕まれたかのような心騒ぎに駆られる。
正体も知らない何者かが、自分と同じような道を辿っている。つまり、いずれ自分と同じように太陽を克服しようとする者が現れるかもしれないという事態に直面している事を示す。
それは自分という絶対的な存在の立場が脅かされる事を意味してしまい、カーズがそれを許容する可能性は皆無。
「断じて、私と同じ究極生命体に成りえる存在が仲間以外にはあってはならん!! 確実に脅威となる前にとどめを刺さねばッ!!」
握る手に力を込めながらカーズは言い放つ。己の生存の脅威になりえる者を探し出し、絶対に屠ると胸に強固に決意する。
そして、胸をくすぶる
——今日も、あの太陽が見ることは叶わぬか…… すでに何度もあの美しさを目にしているが、決して感動が衰えることはない。
頭上では、本来地上に温もりを届ける存在はおらず、代わりに鼠色をした厚い雲が空を覆っていた。
緩やかにではあるが、
それらの様子を心の内で少しの
「チッ。この様子では雨が降ってしまい、鬼どもをおびき寄せられぬではないか」
頭脳明晰なカーズは、ただ無暗に鬼を探して行動していたのではない。いくつもの鬼を屠ることにより鬼が人間の肉、特に女・子供の肉を好むことを知り、その性質を利用していたのだッ!
夜には、人気の少ない田舎道、山、裏通りなどをわざと通り、その際には鬼に違和感を覚えられない程度に女・子供のフェロモンや血の匂いを放ちながら散策していたのである!(決して変態ではありません)
他にも自らの体の一部を嗅覚や夜目などに特化した鳥や超音波を放つコウモリへと変え、索敵を行わせるなど様々な手段も用いていたのだ。
ここで読者の一部が不審に思ったことがあるだろう。
『カーズとその分身は視覚を共有しているのか』という疑問である。それが出来てしまうのだ。カーズがかつて己の羽を変化させ、アルマジロの甲羅のように硬質化させたもので飛行艇を攻撃した場面を思い出してほしい。
残骸は航空機のいたる部分に突き刺さり、ウイングもその例外ではなかった。それはやがて意思を持ったかのように巨大な触手へと身を変え、プロペラを止め、爆発させている。『命令』を受けていないでそのような事が可能だろうか? いや、できない!
理屈はどうであれ、本体とは切り離された状態でも、視覚に限らず明らかに感覚を共有していたのである。
だからこそ、己の力のみで数多くの鬼を効率よく探し葬れたのだ。
しかし、雨が降ってしまっていては匂いはかき消されてしまい、音もまた捕捉するのが困難となってしまう。できる手段が限られた状況に追いやられてしまうのである。
案の定、黒みを帯びた雲からは雫がチマチマと降り注ぎ、時間の経過と共に寸分の隙間のない細かい雨がカーズへと注がれる。
「こうなってしまえば、やれることは限られてしまうな…… さすがにこのカーズを
——やむをえん。とりあえず、どこかで夜を待つとしよう。本来であれば、昼であろうと鬼の寝首を狩るが、この状態では索敵を行わせたとしても簡単には見つからないであろう。
雨は昼を過ぎても強さが衰えることはなく、やむ
その頃、カーズはいくつもの山々を遠くから見渡せる街へと足を運んでいた。
とめどない雨が降っていることもあり、普段ほど通りの賑わいは見せてはいないが、それでも行きかう店は活気あふれている。
店主は、客の呼び込みなどに励んであり、行きかう人が少ない分より熱意があふれているようにも感じる。だが、中には貪欲に客引きをするものたちもいた。
それにあの男は引っかかってしまうッ!
「フッ、人間とはいつの世も騒がしいな。かつて、夜のローマを歩いた時も車の騒音や人間で賑わっていたな…… なんだ?」
一人の若い娘が傘を差しながら、ちょこちょことカーズへと歩み寄ってくる。
顔には、わずかなそばかすが見られるが、顔立ちは整っており、束髪くずしが良く似合う女性であった。その女性が、笑顔で話しかけてきたのだ。
「ねえ、そこにいる旦那! 外の国の人だろう? うちの店にはお客さんが好みそうな洋服も扱っているから寄ってらっしゃいな。おまけもしとくよ~」
「……客引きか。服なら間に合っている」
「あら旦那、日本語が上手いね! じゃあさ。売れ残り品だけど、まだ肌寒い日もあるからもう一丁首巻を買う気はない? もちろん、安くしとくよ!」
ほくほく顔の女はそう言って、店に戻り、棚に置かれていた横に長い紅い色の絹の布を持ち出す。
——マフラーか。寒さをほぼ感じぬこのカーズには二つも必要ないが、このマフラー…… やけに見覚えがあるように感じてしまう。
「これ、結構良い生地を使っているから、なめらかで着心地は最高なんだよ! もし、買ってくれたら、初めてこの町に来たであろう貴方に有益な情報も教えるからさ~ 買っておくれよ」
購買欲を唆るために放たれた言葉にカーズは反応する。
——情報か…… 私が一番求めているものではあるが、所詮店の手伝いをしている町娘が持っている情報など大した事はなかろう。
だが、鬼という存在は人間の血肉を食べる。そのため妙な技が使える者の中には、それらをうまく活用し、人が多い町などの場所に潜伏しているという事も前例がいくつかある。
人を喰らえば喰らう程、隠蔽が難しくなり、そのボロが人の噂として巷に流れるのもありえない話ではない……
口車に乗ってやろうではないか。
「この町で、なにか普段とは違う異変や行方不明者は出ていないか?」
「お客さん。美味しい店やお得な店を聞くと思ったのに、変な事聞いてくるんだね。別にここいらは異変や事件とは無縁な平凡な町だよ。顔が広い私が言うんだからね!」
(あまり期待せずにいたが、その通りだとはな…… ならば、もう用はない)
返事を聞き、予測した通りだと思い、娘に背を向けようとする。だが、次の言葉を聞き、動きを止める。
「あっ。でも、うちの店の話ではないけど、少し前に珍しい一行が旦那と似ているような事を尋ねていたらしいよ。確か…… 多少の違いはあるけど、全員が同じような黒服を着ていて、羽織や振袖を着ていない人たちの服の後ろには‘‘滅”の文字が書かれていたんですって」
「——ほう…… 話を続けろ」
「なにが珍しいのかって言うと、服もそうだけど、そのうちの一人が刀を誤って地面に落っことしたんだってさ。廃刀令が施行されて随分たつのに、刀を持つなんて珍しいでしょう?」
確かに、そのような法が敷かれているというのに、わざわざ捕まる危険を冒してまで所持するとはな…… 武器を持っているのは、それが何かを遂行するために必要不可欠だからとしか思えん。
「見た目は、どのような感じだ?」
「うーん。確かみんな十代半ば行くか行かないかぐらいの見た目で、中には女性の方も居たって言っていたかな」
この平穏な時世に、刀を持つにはいささか若すぎるのではないか? 時代錯誤も甚だしいな。
「その者たちが、どこへ向かったかは知っているか?」
「さあね…… そこまでは私も聞いていないなぁ。ここいらは平凡そのものだから、もうどこか他のところに行ったとしか思えないね。だから、居場所の見当はまったくつかないよ」
「この町に関することだけじゃなくても良い。人が消える話は聞いたことないか?」
「——そうだね……ここの周辺じゃないけど、ここから遠くにだけど見える山々があるでしょ? 昔から猟師などがたびたび行方不明になっているらしいよ。まあ、熊も頻繁に見られるらしいから、何があってもおかしくないけどね……」
娘は少し悲しげな表情で、亡くなったであろう人たちを悼みながら話をしてくれた。
「なるほど。一度そこに行ってみる価値はありそうだな」
——しかし、その黒服たちは何者だ? 刀を持っていることからして、組織による強盗などの類かもしれんと考えたが。其れなら、わざわざ私のような質問をするとは考えにくい。
それに、そんな連中が何かをこの町で行ったのであれば、噂ぐらいにはなっているはずだ。
だが、この女は平凡な町と言及したことから推察すると、特に大きな事件が最近起きたとは考えにくい……
加えてこの町娘は、みんな若く女性もいると述べていた。この時代の軍がどのような制服を纏っているかは知らんが、未来の知識を持っている私は世界大戦までまだ二年の猶予があることを知っている。
だというのに、すでに国家機構が徴兵をしているだと? それも若い男女両方合わせて? 戦争の兆しも見せていないというのに、いくらなんでも総動員体制に入るには時期尚早——無理があるだろう。
高速に頭を回転させたカーズは判断を下すのである。この未知の集団は、強盗でもなく、軍にも所属していない第三勢力ではないのかと。
何か別の目的あるいは脅威に立ち向かうために編成された組織だと。
そして、この男は知っている。この日ノ本で明らかに人間の害になる生物をだ。
もし、この私と探し求めているものが一致しているならば、必ず鉢合わせするだろう。
雨も未だに降り続けて手段は限られている。山に何もなければ、別の場所を探せば良いだけのことよ…… 騒がしいな。
「ねえ、ちょっと! お客さん! 急に黙り始めたけど、大丈夫ですか?」
「——気にするな」
「もしかして、私の情報がお役に立ちましたか? だったら、このマフラー買ってくださいよ。目一杯、安くしときますからさ〜」
商魂たくましい女だ…… だが、予想に反して有益な情報ではあった…
「よかろうッ! このカーズが買ってやろうではないかッ!」
「毎度あり!」
その後、旅の途中で絡んできた追いはぎから逆に奪った金で、買い出しを済ませる。
究極生命体には似つかわしくないようにも思えるが、目的の為ならば、人間社会に適応するカーズであったのだ。
新しく買った紅のマフラーを首に巻き、少し町の喧騒を楽しんでから、目的地へと歩みを進める。新たな獲物を探しに……
****
「夜になったか…」
一人の男が自分の目の前にある大木の群れに視線を向けて呟く。そして、普通の人間なら入らないであろう夜闇に完全に包まれている樹林へと立ち入る。
雨も障害にはならぬ程度まで弱まり、断続的となった。雨の中では手段が限られているから、わざわざ鬼が広範囲に動ける時間帯まで待っていたが、その必要もあまりなかったかもしれんな……
「やっと行動に移せるか…… このカーズの力、存分に使わせてもらうぞッ!」
声を張り上げたカーズは、己が被っていた帽子とその下にあるターバンを脱ぎ、くせっ毛のある長い髪をあらわにする。やがて、一本一本の毛がみるみると変貌していき、それは長い舌を口から出しながら、体をくねらせて地面を走り出す。
それに加え、左腕の一部をも変化させ、無数の蠢く小さい存在を生み出した。
それは、なんといくつもの蛇と無数の蜂であったのだ。それも唯の蛇と蜂ではない!コースタル・タイパンと蜜蜂である!
コースタル・タイパン。それはあの蛇の王と呼ばれるキングコブラの毒の致死量を優に上回る非常に攻撃的な蛇。
森林地帯を含む様々な地域に生息しており、特殊な舌を使うことにより空気中のにおいや味を捕らえ獲物を確実に捉えられるッ! マムシの百五十倍の強さの毒を持つ!
蜜蜂。毒を持っているが、蜂の中では可愛らしい見た目をしている。だが、その嗅覚は特異的であり、訓練をすれば癌細胞でさえ見分けられる程と言われているッ! それもこの蜜蜂は、夜行性のヤミスズメバチのDNAを混ぜたもの。夜には本来飛ばないが、それを知っての処置。
両方とも嗅覚に優れ、毒を持っている。だが、忘れてはいけない。これはカーズが作った生物であることを。
毒は普通の物ではなく、鬼を無力化するのに特化した藤の毒であるッ!
「たとえ、雨で匂いが多少消されようとこの樹海を調べつくすのは時間の問題だ。わざわざ樹海に出向いたのだ。このカーズを失望させる結果になってくれるなよ……」
そう言うや否や、作り出した分身は瞬く間に散らばり、夜の森へと姿を消す。
「どうやら、何かを見つけたようだな」
沈黙を破るような知らせが来るのには、あまり時間は必要なかった。広大な森でさえも無数の生物を同時に操れるカーズにとってはほんの少しの手間暇をかければ、十分に索敵可能。
己の目をゆっくりと閉じ、意識を集中させ、分身と視覚を共有させる。
——なるほど、これは中々面白いものではないか。奴らに任せても仕留めるのは容易だが、直接行ってみるとしよう。
目的の場所にたどり着きカーズが見たのは……
「——鬼の血が流れる猪が二匹か。吸血馬を思い出させる存在だな」
そこには、山ではよく見かける牙を生やしたあの動物がいた。だが、その体は通常の個体よりもはるかに大きく、体は血のように赤黒く染まっている。目全体も血走っており、正気を保っているようには到底見えない。
二匹の獣は、突如目の前に現れた人間らしき存在に本能の向くままに咆哮し、満身の力を込めて突撃してくる。
「二匹とも生かす必要はないな……切り刻んでやろうッ!」
だが、自分に向かってきている獣を意に介さず、カーズは右腕から光り輝く刀を生やす。
先に向かってきた一匹には、波紋を帯びせた状態の
一方で二匹目は、カーズが腕を上下に振り落とすことにより、頭から胴体を左右に真っ二つに切断する。
胴体を二つにされた猪は、同じように波紋で消えると思われたが、そのまま溶けることはない。二つに分断された猪は、すかさず再び繋がろうと身を寄せるように動く。
冷たい眼光を放つカーズは、わざと波紋を流さなかったのだ!
(貴様には、やりたいことがある。すぐには殺さん)
再び波紋を腕に通わせた滑刀で、体の右半分しかない方だけを幾重にも切り刻み消滅させる。
体を片方だけ切断された猪は、己の半身が地上から消えたのに気づき、僅かな間を置き、傷口から肉を隆起させ再生を始めた。その再生力は、カーズにとっても初めて見る物。
「やはりか。鬼の血——というより、ヤツの血が濃ければ濃いほど再生力も上がるのか」
そして、今回の鬼は今まで出会ったどの鬼よりも、ヤツの血の含有量が血の割合に対して多い…… これは当たりかもしれんな。
カーズは考えたのであるッ! あの方と呼ばれる存在の血の量が多い鬼ほど、その鬼にあの方が信を置いているのではないかと。それらを倒し分析することにより、ヤツを探す手掛かりになるのではないかと。
「それに……」
自分が作り出した一体の蛇に、再生中の猪に毒を流し込ませる。茶色の毛が生えていた体は紫色に染まるが、再生力が落ちるだけに留まり、絶命することはなかった。
「今までの鬼なら致死量に値する藤の毒であったが、どうやら毒に対する耐性も大きく向上しているようだな」
もだえ苦しむ獣を観察しながら、より毒性の強い毒を体の中で調合する。だが、それを流すことはない。
「まだこの私の役に立ってもらうぞ」
激しく動き回る獣にゆっくりと近づくカーズ。その姿は、すべての生態系の頂点に立つ者の威風を漂わせる。
これまでの鬼とは異なる存在。人間ならば、未知なる恐怖に対して歩みを止めるだろう。
だが、この究極生命体は行動を終えた後に、己の力に自負を持ちながら、より奥へと進むのであった。
To be continued>>>
*Q&A
①なんで、カーズは吸血鬼を作らないの?
まず最初の理由としては、自分が作り出せる生物だけで様々な事に対処できると思っているからです。そもそも、今のカーズは石仮面を持っていません(必要ならば作れると思いますが)
他の理由としては、吸血鬼は自我があり人間の血肉が必要な存在なので、どうしても目立ってしまうんですよね。そのため、未知なる存在に万が一吸血鬼が捕縛されてしまう状況を警戒してあえて作っていないという設定です。
後、50年前どこかの誰かさんが暴れたせいで、カーズはジョナサンの孫であるジョセフ(第二部の主人公)と戦う羽目になりましたからね。そいつがいなかったら、歴史が変わっていたかも。
吸血鬼=面倒ごとを引き寄せるという図式が成り立っています。
*輝彩滑刀
カーズが持つ戦闘術「光のモード」で使用されるあらゆるモノを切る刃。骨か皮膚を硬質化させたものだから、腕からだけではなく足からも生やせる。体のどこからでも生やせるのでは?
筆者はカーズの輝彩滑刀には二段階あると思っております。
・第一段階
唯の鋭い刃(シュトロハイムの手で押さえられていた時)
・第二段階
鋭い刃に加えて、その先端を無数のサメの歯のような刃が高速に動いている状態。
ジョセフの一点集中の波紋であっても、防御することは不可能と述べられております。
まあ、リサリサ戦後のジョジョとの直接対決で、カーズは刃を折られてしまいますがね。
ちなみに原作では究極生命体になった後は一度も折られていないので、その性能はわかりませんが、柱の男の時点での輝彩滑刀よりも向上していると個人的に考えています。
*波紋
太陽光の波と同質な生命エネルギー。特別な呼吸法を取得することにより、行使できる特殊な技。カーズは、太陽を克服した時にこの秘法ともいえる技を身につけました。
様々な応用法があり、カーズにも使わせる予定。
・この小説での波紋の強さ
黄金色の波紋<<大きな壁<<赤い閃光を放つ虹色の波紋(カーズのみが扱える強さのもの)
*作者の余談
今回登場した蛇の毒は、1956年まで血清は作られていないらしいですよ。
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第四話 超生物
誤字報告やミスの指摘をしてくださった方、心よりお礼を申し上げます。
原作前のため、オリジナル鬼が登場します。カーズ以外の視点多め。
ひんやりとした山の静寂が夜闇をかけ巡る。多種多様な動物が活動を始めたり、眠りに着いたりと至って平穏であると言えるだろう。
ある場所を除いては……
山の中の森が開いた場所で、激しい獣臭と吐き気を催す程の強烈な血の匂いが充満する。草木などには激しい戦いがあった事を連想させるような血痕も付着していた。
しかし、周りに散らばっているのは体の一部が欠落している人間の死骸や喰いちぎられた臓物、折れた刀しか見られない。
それらを、このような場所には似つかわしくない美貌を備える女が冷ややかに見やる。
「柱でもない隊員が幾ら来たって無駄なのよ。あの御方に逆らうような愚か者にふさわしい末路だわ」
皮肉を言い終えた鬼は、絹のような長い白髪をなびかせながら背を向けた。そして、死体にかじりつく己の下僕の下へと身を運ぶ。
「男の方は少し食べていいけど、女は私が全部食べるから綺麗に残して置いてね」
愛玩動物を諫めるような口調で言い立て、それらに愛しむ視線を送る。このような人間を完全に食料としか認識していないその光景は人間からしたら異様としか言えないだろう。
だが、彼女らにとってはそれが普通である。
森やその付近にいる
いとも簡単に崩れ去るとは知らずに。
――何か音が聞こえる……
音は、自分の近くにある草むらから聞こえた。
本能的に言い知れぬ危機感を覚え、自分の配下の動物たちに命じ、警戒に当たらせる。
ゴソッ
かき分けるような音と共に草むらから現れたのは、自分が使役する猪の一匹。自然と張り巡らしていた緊張の糸が緩む。
場を緊迫させた猪はどこか心許ない足取りで女の鬼へと向かってくるが、鬼は『こっちにおいで』と言い、温和な笑顔を見せながら向かい入れる。
――驚かせないでよね、まったく。足取りがおぼつかないように感じるけど、異常はないようだね。
見たところ傷もなく、どこもおかしくないよう見えることに対して、心からに安堵できた。
しかし、安心すると同時に違和感を覚える事となる。
「なぜ、自分の支配下にあるはずの動物なのにまったく気配を感じないのか」と。
それを悟った瞬間、体全身におぞましい程の寒気が伝わり、全力で後ろへと飛びのく。体制を整わせながら、足が地に着くと同時に目の前の存在を一瞥する。
すると……
爆発したのだ。
黄金の閃光を体に発しながら、突如爆散したのだ。吹き飛んだ肉片は、地面や木に当たると徐々に傷の部分から溶け始め跡形もなく消える。
「――は?」
何が起こったの? なぜ、爆発したの? などの様々な疑問が彼女の中で浮かび上がっただろう。だが、それを考える暇は与えられる事はない。先ほど、猪が現れた草むらから唐突に聞こえる男の声によって。
「その女が主か。もっとも途中から微弱な雨では消せない人間の血のにおいで、居場所はすでに把握していたがな……」
先を見渡せないほどの暗闇から、黒い洋服を身に纏い、右腕から刃を生やしている男が現れる。その名は、カーズッ!
「自分の血を動物に注ぎ込み、使役する能力か。それも血を分け与えられた動物は、通常の個体より遥かに強くなると見た。個としてではなく、集団としての強みを生かす鬼か」
呟きながら、惨状に自ら踏み込む男。己を威嚇する凶暴化した動物の群れを前にしてなお歩みを止めることはない。
「こいつがあの子を殺した」と理解するには時間は掛からなかった。目の前に突如現れた男によって。
怒りが沸々と湧き出る。どのように殺したかは知らないが、殺したという事実だけで全身に力が沸き立つ。
(鬼舞辻様から十二鬼月の地位を賜った私を怒らせるなんて)
「十二鬼月に手を出して、生きて帰れるとは思わない事ね!!」
憤慨を目に宿しながら、手下の動物に攻撃を仕掛けさせる。鬼化の影響により、角や牙など体が異常に発達した鹿や猪が弾丸のようにカーズへと襲い掛かる。必ず仕留めるという意志と共に。
(恐れもせず私に向かってくるか。だが——)
「遅いッ!」
たとえ、血を分けているとしてもこの程度とは…… 高がしれているな。
小揺るぎもせずに、自分の背丈ほどの大きさを持つ猪を右腕だけで正面から抑え込む。
肺胞一つ一つを膨張させ、大量の空気を吸い込み全身に淡い光を漲らせる。
そのまま圧倒的な波紋が集約している右手で相手の頭蓋骨を握りつぶし、肉を塵と変えてしまう。
続けて襲い掛かってくる獲物にカーズは目をやる。地獄の針の山を連想させるような剛健な角を持つ二頭の鹿が愚直に突進するが、怯むことなく前へと進む。
徐々に視界は巨大な角に覆われ
激しい衝突音が響き渡た
ることはない。
代わりに上半身と下半身に両断された鹿の死体が、肉を融解させながら冷たい地面に横たわるだけ。
何事もなかったように死体の横をこの男は自ら築いた血の道の上を歩きながら進む。右腕に生えている刃から血が滴り落ちるのを横目もせずに。
――アレは不味い。
血が凍るような錯覚にとらわれる。自分の血で強化されていた動物が全く歯が立たない。何人もの鬼狩りを倒してきた経験があるというのに、それがたった一人の男によっていとも簡単に蹂躙されている。
それにまったく動作も見えなかった……
男はただ立って歩いているようにしか見えなかったのに、体がブレたかと思うと、いつの間にか使役している動物は骸と化している。
目の前の存在は異常だ。蜃気楼のように気配を感じなくても、今起きたことがすべてを物語っている。
――あの子たちには、悪いけど。すべての戦力を使わなければ、この男には勝てない。
でも、やらなきゃ確実に死ぬ……
自分の血を分けた存在をさらに目の前の男にぶつけるのは不本意であったが、自分が死ねばどのみちあの子たちも助からない。自分には残された選択肢は限られていると悟る。
意識を研ぎ澄ませ鬼は呼びかけた。山全体に生息する己の血を宿す動物たちを。
夜の山には似つかわしくない動物の鳴き声が辺りを響き渡る。二・三匹程度ではない。何十もの雄叫びである。唸りを挙げながら、一斉に己の主の下へと向かってきたのだ。
ほどなくして、女鬼の周りは山の獣で埋め尽くされる。鹿や猪以外にも熊や鷲など大きさや種類に関係なく群をなす。だが、共通点は一つある。
それは、主に害をなす存在を憎んでおり、目には闘気で満ち溢れている点だ。
――山にいるのはすべて集めたわ。あの男の周りにも配置して、退路を断つように仕掛けた。山も知り尽くしているこちらの方が有利。
数の利を得たことにより、勝機を見出し、自然と緊張によって吊り上げられていた眉を和らぐ。そして、己の配下に攻撃をするように心の中で命じる。
先程とは比べられない程の敵意を帯びた群れが、一人の男を滅しようと大地の怒りのごとく揺れ動く。
「ほう…… かなりの数を一度に操れるようだな」
――わざわざ、少し待った甲斐があったと言うものだ。
ぬかるんだ地面に足をつけながら、カーズはほんの少し感嘆の声を漏らす。純粋に心の中で相手の能力を称賛し褒めたたえる。
(どうやら地の利と数の利で思い上がっているようだな)
「だが、それが貴様だけの特権とは思わぬことだ」
端正な顔に獰猛な笑みが浮かび上がる。まるで、遊具を与えられた子供のように、純粋であるが、どこか残酷な笑みをだ。
鬼による包囲網外から、何かがこちらへ高速で向かってくる。それは、足音も立てず疾風のごとく大地を這い、己の退路を防いでいたであろうものに牙を突き立てる。
ドサッ
何かが崩れ去る音が響く。やがて暗闇の向こうから忍び寄るいくつもの影は、雨雲からかすかに漏れる月明かりで姿が晒される。
瞳孔が縦に裂けるような眼を有し、くねくねと動き回り、カーズの周りへと集まるもの。
それはカーズが索敵のために生成したあの獰猛なコースタルタイパンであるッ!
「そうだな。アレを久しぶりに戦わせてみるとしよう…」
その言葉が合図であるかのように、蛇の骨格が歪み始める。目の瞳孔は丸みを帯び始め、輝くような鱗は茶色の毛と変わり、可愛らしい生き物へと変化する。だが、顔とは不釣り合いの凶暴そうな牙を口から覗かせていた。
リスであるッ! それもどこかで見たようなッ!
それらが自分たちよりもはるかに大きい動物たちを見据えていた。可愛い鳴き声を鳴らしながら、カーズの命令を受けた茶色い毛玉たちは猛然と相手に立ち向かう。
本来なら絶対に敵う事のないものに向かっているというのに、そこには恐怖の感情は全く見られない。
見えるのは、前から走ってくる群れを己の空腹を満たすものとしか見ていない貪欲な捕食者たち。
口から夥しい涎が流しながら、体全身を回転させ餌へと飛び込む。鮮血を宙に舞わせながらリスに突っ込まれた動物たちには、まるでドリルに突かれたように胴体に穴が開く。
鬼化したら、痛みには鈍感になるが、痛覚が完全に消えることはない。体を抉り取られた動物たちは、傷口から伝わるあまりの激痛に突進していた体の動きを弱めてしまう。
それが仇となってしまうのだ。この捕食者は、己が食い破った獲物が絶命していないことを確認すると、相手が反応すらできない速度で容赦なく牙を再び突き立てる。
このハイブリットリスの咬合力、 3900kg/㎠。 シュトロハイムの指圧の約二倍ッ!
「フフッ。このカーズがただのリスを創造すると思うなよ。その愛くるしい顔とは、反面。咬合力はあのナイルワニでさえも遥かに凌ぐもの。たとえ鬼化した獣であろうと、生命活動が不能になる程の肉片にするのは造作もないことよ」
発言通り、鬼化した動物の群れは抵抗も出来ぬまま、蹂躙される。鬼の再生力をも超える速さで行われ、肉を徐々に食い破られ、やがて血が染み込んだ地面のみがただそこに残る。
―――何なのよあれッ!
蛇がどこからともなく現れ、それが骨格を変えリスになる。この事だけでも驚くのには十分だが、そのリスがさらに信じられないことに自分の使役する動物を次々と抹殺する。
もはや、女鬼には最初に自分の子供が殺された時に抱いた怒りは消え失せ、純粋な恐怖のみが心を支配する。
――逃げなきゃ……
自分が対峙している男は、数の優劣さえ簡単に覆してしまう光景をまざまざと見させられた。たとえ、すべての戦力を投入したとしても勝てる見込みは薄いと気づく。生き残るためにこの選択肢が頭によぎるのは当然の帰結である。
だが、当然カーズがなにもせずに鬼を逃がすことはあり得ない。それも今までに出会ったことのないほど、濃厚な鬼の血を持つ存在をだ。
“囮”
生き残るために必要な手段。だが、躊躇われる手段が鬼の脳内に思い浮かぶ。それは長年、一緒に付き添ってくれた存在を死地へと向かわせ、自分は逃げるというもの。
でも、やるしかない……
決意を灯した目で自分の横に待機させている二頭の大きな毛むくじゃらの熊を見やる。
巨大な体と不釣り合いに女の鬼を愛くるしく見つめる二匹の熊、それは自分の血を最も多く分け与えた存在であり、最も強い力を有する存在。
だが、たとえ精鋭の人間を何人も屠った存在でも、あの男にはほんの少しの時間稼ぎにしかならない予感がした。
――ごめんね。
心の中で涙を零しながら別れの挨拶を済ませ、相手に最後の攻勢をかけるように命令を下す。そして、心の中に巻き起こっている悲哀や不安を無理やり押さえ付けながら、夜闇をかけ巡る。
「わずかな護衛をつけて、逃げたか……」
闇へと姿を消した鬼をカーズの目が容赦なく捉える。
その姿はもはや鬼としての強者の威厳などはなく、ただ自分より強い者からひたすら逃げる事しかできない草食動物を彷彿とさせるものであった。
「だが、このカーズからは決して逃れることはできん。この山は既に貴様の独壇場ではないからな」
たとえ、一時的に視線から逃れようと生物の頂点に立つこの究極生命体は、一度狙った獲物を逃す事はないッ!
――その前にあの鬼が残していったものを片付けるとするか……
己に立ちはだかる群れ。それは主人を逃がすために、命を投げ出す覚悟のあるものたちの集合体。まさに巨大な盾と言えよう。
しかし、いかなる盾でも相手の矛が上回る力を持っていればまったくの無意味と化す。
鋭利な刃を備える右腕の肉を急激に盛り上がらせ、変容させる。やがて本人の体格をもはるかにしのぐ大きさへと袖を破きながら膨れ上がり、見た目がアンバランスになるが本人は気にすることはない。
変化を終えた右腕は、まるで海に生息するあのタコの足を想起させるものであった。しかし、それには吸盤はなく、より重量を感じさせる。
それは人間が決して見ることが叶わない古代生物の尾。人間が誕生するはるか以前に地球を支配していた生物。
それは恐竜の尻尾であったッ! それも最大級の大きさを持つ草食恐竜のものッ!
「究極の生命とは、すべての生命を兼ねるもの…… つまり、地球が誕生してから生まれてきたものをすべて自由に操れる存在のことを言う」
目を怪しく光らせながら、カーズは肩に遠心力を乗せ、軽々とそれを振るう。容赦なく己に立ち向かうモノたちに。
尾は、まるで巨神が罪人を裁くための鞭のようにしなり、稲妻のごとく獲物へと襲い掛かる。
15メートル以上の長さを持ち、何十トンも誇る尻尾の唸りを止めうる存在はいない。
強力な波紋が流れる尾に触れただけで、一瞬で傷口から気化し始め消滅するもの。
まともに喰らってしまい、体を引き裂かれるもの。
頭から、その巨大な鞭を浴び、圧死するもの。
大蛇のような尻尾に巻かれ、吸収されるもの。
圧倒的な暴力と蹂躙が場を支配する。
たとえ、どんなに強化されているモノでもこの男の前では、アリがバッタに変わったに過ぎないようなもの。それらが決して勝つことはない。
「あらかた片づけたか。しかし、まだ残っているな。ならば……」
それらを一瞥し、己の右腕をまたもや変化させる。尻尾の表面にはいくつもの小さなトゲが隙間なく生え始め、残っている標的に例外なく向けて放つ。
あらゆる方向へと、高速な回転を帯びているトゲは標的に吸い込まれるように突き刺さる。トゲは肉を抉り風穴を開くが、貫通する事無く体の中へと留まり、中から粘り気の強い紫色の液体が流れ込む。
攻撃を浴びた鬼化した動物たちは、例外なく体を痙攣させ、皮膚が毒々しい色へと染まり事切れた。森を覆っていた無数と思われる咆哮は途絶え、喧騒としていた森を静寂が包む。
「少々時間をかけてしまったが、自分の能力を存分に試せた。まあよかろう」
己の周りにある骸を少しの間だけ見つめ、これらを操っていた鬼の後を追いかける。
***
「まだ、追いかけてきている!」
女の姿をした鬼が、頭で地形を思い出しながら肩で息をしながら険しい山道を全速で駆ける。その顔には焦りの表情を浮かべ、額から大量の汗がにじみ出ている。
無事にあの男から逃れたと思ったら、どこからともなく無数の蜂が進路の前に現れ自分を執拗に追いかけているからだ。
連れてきた護衛の何体かをけしかけるも、瞬きの内に全身を蜂に覆われ、毒を注入させられてしまいすぐに絶命してしまう。
アイツの手からまだ逃れていない……
其れを察するには時間は掛からなかった。顔に血糊で覆われていたはずなのに、それらを吸収したあの男の手先が追ってきている。
だからこそ、己の持つありったけの力を足に込め、息を切らしてもなお全身全霊で突っ走る。
だが、その走りは強制的に止める事となる。何故ならば、自分の前を走らせていた護衛が何の前触れもなく、前頭部から切断されたからだ。
――何か前にある!
勢いを乗せていた走りを無理やり止め、土砂が巻き起こる。
巻き起こった土砂が晴れてから、前方を見やる。そこには注意してみなければわからぬが、透明の糸が一定の間隔を開けて何重にも張られていた。いや、それどころか自分の左右、そして上空にもびっしり張ってあることにようやく気づく。
そんな、私は……
「そうだ。貴様は追い込まれたのだ」
上から声が聞こえる。聞きたくないと思っていたあの声が。現実じゃなければどれほどよかっただろうと思う。しかし、そこには私を見下ろす一人の存在がいる。
「弱者が自分よりも圧倒的な強者に出会ったらどうするか。それは本能に従って逃げることよ。それは当然のことであり、自然の理でもある…… だから、それを見越して罠をあらかじめに作り出し、ここに来るように己の分身を使い追い込んだのだ」
すべてのことを見透かしているかのような目で女の鬼を見つめ、カーズは言葉を続ける。
「貴様はこの欠けている左手を見て何とも思わなかったのか。己の体をあらゆる生物に変えられる存在の手がないことに違和感を覚えなかったのか?」
そうッ! カーズは索敵のために作り出した蜂をあえて戦場に呼ぶことはせず、待機させていたのだ。一部の蜂は鬼を追い込むためにそのままにし、それ以外を蜘蛛へと変化させ罠を作り出していたのだッ!
蜘蛛の糸はとても頑丈である。その強度は鋼鉄をも上回り、伸縮性も十分! 罠を作るのには最適であったのだ。しかも、カーズはそれらを一本では使用せず、いくつもの糸で束ねて使うことにより、ワイヤーカッターと同じような切れ味を持つッ!
「言っておくが、それには触れない方が賢明だぞ。糸と糸には、僅かではあるが無臭でかつ致命的な藤の毒を刷り込ませている。貴様が使役した動物みたいになりたくなければな…」
蜘蛛の糸によって切断されたものを指さす。そこには肉片が転がっており、傷口は紫色に染まり、肉全体もその影響を受けているのが見受けられる。
それらの言葉を聞き、呆然自失している鬼の前にカーズは歩み、いとも簡単に頭を捕まえる。鬼の表情は困惑と恐怖で一杯といった所だろう。だが、カーズがそれを気にすることはない。
「確か貴様は自分のことを十二鬼月と呼んでいたな。貴様の血や能力の強さから察すると、何か特別な意味を持っているようだな。おそらく、鬼の中でも上位の力を持ち、あの御方と呼ばれる者に仕える精鋭というところか。違うか?」
呆けている鬼へと問いただす。ただし、返事が返ってくることはない。なぜなら、十二鬼月は鬼舞辻への忠誠を刷り込まれているから、主に不利となりえる情報を流すことは不可能である。
だが、カーズにとって沈黙は意味をなさない。五感のすべてが突出しているこの究極生命体は、あらゆるものを見逃さない。たとえ、鬼であろうと直に触れているのであれば感情の起伏を読むのは容易な事だからだ。
「やはり、そうか。貴様の左目には “下陸” と刻まれている。他の鬼にはこのような目をするものはいなかったな。つまり、これは十二鬼月特有の物。そして、下と陸を使っているという事は上の陸も存在するかもしれない。これは階級の記号を表しているのではないか?」
問いを投げかけ続ける。どんな嘘も見破ってしまう存在に女の鬼には成す術はない。弱者と強者の縮図がここにある。
――なんでこんな存在と出会ってしまったのだろう。
目の前の存在と出会ったすべての鬼が最後に考えてしまうことを十二鬼月であるこの鬼もまた考えていた。
鬼の中でも特に優れている自分が鬼殺隊の柱とは思えない男、其れどころか未知の生物とも言える存在に敗北する。こんな未来を想像するのは不可能であっただろう。
「貴様の主や他の十二鬼月の居場所を教えてもらうとするか」
――なんで私はこんな目にあっているの?
また問いかけてくる。そして、教えたくない情報が勝手に相手に伝わっていく。でも、この質問に答えることは出来ない。それは、鬼舞辻と会えることは滅多になく、会えたとしてもいつの間に目の前にいるから居場所など分かるはずがないのだ。
他の十二鬼月の場所も同様。それは、互いに無関心という事もあるが、縄張り争いをしないため、散らばって日本各地に潜伏しているからである。
――そんなの知らないわよ! この化け物ッ!
異形の自分を棚に上げ、内心で悪態をつきながら、自分を掴んでいる男を睨みつける。
だが、目の前の男がそれを気にかけることはない。男はただ冷静に私を見つめている。
――やめて。これ以上聞かないで……
「温度、脈拍、筋肉の動きなどにあまり変化が見られない。知っていたら、それなりの反応を示すはずだがな。貴様、奴らの居場所を知らないとみた」
ならば、貴様にはもう用はないな…… 安心してこのカーズの一部になるがよい。痛みを感じるのは一瞬だ。
残酷な言葉が耳を鳴り響く。
――私、死んじゃうの?
胸の奥底から湧き上がる死ぬことに対しての恐怖、これからはあの方のお役に立てないことに対しての絶望が鬼をとめどなく震わせる。
——せっかく末席とはいえ、十二鬼月に成れたのに。まだ血を十分にあの方から頂いていないのに、このまま
何か方法はないかと辺りを模索する。心の中で誰にでもなく必死に助けを請う。しかし、結果は明らかだ。
(もう、ダメだよね。誰も助けに来てくれるわけがない....)
助けに来てくれるものがいないと悟ると、涙を頬に伝わせながらどこか諦めの表情でこれから起こるであろうことをとうとう受け入れる。そして、最後に
――私もあなたたちのところへ行くからね……
死んでいった自分の血を分けた子供たちを最後に思い浮かべ、もう一度の再会を願いながら意識を途絶えさせる。
人間に対しては無慈悲であったが、仲間には情が厚い鬼がこの世から姿を消した。
「十二鬼月か」
戦いを終えたカーズは、己の分身を自らの体へと戻し、分身に預からせていたターバンと帽子を被りながら呟く。
そして抜け殻となった白い装束を見詰めながら、新たに得られた情報に思考を巡らす。
――鬼の中でも特に力を持つ存在、そして吸血鬼よりも多岐に渡る能力を駆使する存在。つくづく、このような存在がどのようにして生まれたのか気になるな。
結局、この鬼も闇の一族などの情報については知ることはなかったが、やはり大元にたどり着かなければならないか……
未知なる鬼の存在。そして、自分の知らない闇の一族の可能性に警戒を強める。
「だが、最後に勝利するのはこのカーズよッ!」
己と同じように太陽を克服してしまえる存在の抹殺。それを心に抱いて闇へと紛れる。
この世界の運命の歯車が徐々に狂いだす。
To be continued >>>>
*Q&A
①波紋で何で猪を操れたの?
原作で金髪の波紋使い(シーザー)が波紋で女性を操り、ジョジョを殴らせた場面とジョジョによる時間差での鳩攻撃?から得た発想です。(アニメの14話)
②リス強すぎませんか?
忘れてはなりません。このリスが、あの誇り高き機械人間(シュトロハイム)の鋼鉄の腹をいとも簡単に食い破った場面を.....
それを行うのに必要そうな数字を載せました。
③自分の体格より大きいものをなぜカーズは作り出せるの?
人間などの生物は、普通なら一定の限度で細胞の分裂が止まり徐々に老化し、死を迎えます。
ですが、カーズは究極生命体になることで完全なる不老不死となり、無限に細胞分裂をすることができる体になったと解釈しました。
体の一部を単細胞生物のように無限に細胞分裂させ、増えた細胞の遺伝子を書き換ることにより、さらに巨大なものを作り出せるのでは?と作者は考えています。
実際に原作ではないのですが、公認のジョジョのテレビゲームでカーズは明らかに自分の腕より長いタコの触手を生やして攻撃していますからね。
筆者の余談
目的の為なら、カーズは非情にもなれるという場面を伝えたくて今回の話を作りました。
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第五話 夢を追い求める者
今回はおっさんのバーゲンセール。モブの話し方が全部似ていると感じるかもしれませんが、気にしないよう頭を空っぽにして読んで頂けると幸いです。
下弦の鬼を倒しひと月が経とうとした日の出来事から、今回の奇妙な冒険は始まる!
カーズはいつものように
だが、今回いつもとは違っていたのは、一人の中年と言えるであろう男性にその姿を見られた事だ。
経緯はこうである。
夜の田舎道を歩くカーズ。その反対側から、なにやら何も持たずに全力で息を切らしながらこちらへと逃げてくる男がいる。そのさらに後ろを一定の間隔を開けて血走りに追ってくる鬼がいた。
人非ざる獣は最初は男を追っていたが、鬼の好む匂いを発していたカーズへと目移りし無謀にも襲ってきたのである。
当然、カーズは襲ってきた鬼の首を容易く腕で掴み、血鬼術も発動できない鬼だとわかると波紋でこの世から抹殺したのだ。
このような一部始終を男が見てしまったのである。
「人間に見られたか」
――私の姿を見たこの人間をどうするか……
男を消すという選択肢もあっただろう。とはいえ、波紋の力を見せてしまった故に、己に敵意を持たない存在をわざわざ屠る必要性はないとも考えていた。
加え、私はこの男の人間関係を全く知らない。その段階で消す手段を取るのは愚策だろう。一度殺してしまえば、取り返しのつかないことになりうるかもしれん……
カーズは経験から学んでいるのだッ! かつて、自分の仲間でもある部下が意図的にではないが、マルクという青年を殺してしまった事を。それが二人の波紋使いの敵意を増幅させ、消せぬ程の大きな火種となってしまった事をッ!
結果、少しの間何もせずに立つ事となってしまう。
そこをまだ顔を赤く染め上げている男が気軽に話しかけてくる。
「おめえさんのおかげで助かったよ。礼を言うぜ、ありがとうよ。人を食いそうなヤツを簡単に屠るなんて、まさか噂の鬼狩りか?(ヒック)」
どうやら、顔が紅潮しているのは酒を飲んでいるからのようだ。ほんのりと日本酒の甘い香りが男から漂う。
「戯けた人間よ、このカーズをそこら辺の有象無象と同列に扱うとは愚かな」
非力な人間と同じように扱われて、どこか不機嫌な表情を見せるカーズ。感情を表へと出し、少し威嚇するように男を凝視する。
「そうだな。おめえさんはあんな強そうなヤツを触っただけで倒したんだからな。人間なんかと一緒にしちゃ失礼だよな……」
「フッ、そうだ。矮小な人間にしては分を弁えているではないか。それはそうと、貴様が袖に隠してあるのは藤の花か?」
「袖の下にあるのによくわかったな。オレの故郷では、昔から夜には恐ろしい鬼が出るという伝承があるんだ。だからよ、旅に出る時はいつも藤の花が入っているお守りを小さい頃から持つ習慣があるってわけよ」
会話を少しの間中断し、男は袖の下からかなり古びたお守りを取り出す。そこからはほんのわずかであるが、酒の甘い香りに混ざって、どことなく爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。
――なるほど、藤の花が入った護符か。このカーズの嗅覚でなければ、嗅ぎ分けられぬ程の微弱な香り。もし鬼が遠距離攻撃を私と出会う前に男にしていたならば、間違いなくこの男はここにはいない。なかなか運の良い人間だ。
強運の持ち主を見ながら、男が陥てたであろう状況を分析し黙考する。すると甘い吐息を吐きながら、酔っ払いの男が再び話を切り出す。
「おめえさんがいなきゃ、旅の目的も果たさずに死んでいたかもしれんからな。改めて礼を言うぜ。でも、言葉だけじゃ申し訳ねえからな! 俺が持っている情報をおめえさんにもくれてやるよ」
「情報か…… 話をしてみるがよい」
意図的に助けたわけではないが、恩人と認識されているならば、それなりの情報を渡してくれるだろうと考えを巡らしたゆえの発言。実利があるならば、人間の会話だろうと聞く柔軟な思考を有するカーズゆえの行動。
両腕を組みながら、近くにある木に背中を預け、話を促す。
「オレはな。昔はこの今の堕落しきった姿からは想像できねえかもしれねえがよ。汗水たらして毎日おっ母と娘を養うために働いていたんだ…… でもよ、ある日帰ってきたら娘が血痰を吐きながら咳をしてたんだよ。だから、急いで医者に連れて行ったんだがよ。回復する見込みは全く見られなかった」
男はどこか遠くを見据えながら、語り掛ける。瞼は膨らみ始め、水滴が瞳に浮かぶ。
「毎日、毎日欠かさず仏様に祈りを捧げた。でも、事態は悪化するばかり…… しばらくしたら、おっ母も同じように亡国病(結核)に成っちまったんだ。貯めていた貯金をすり減らしながら、治療を続けていたのによ。その甲斐もなく、娘は仏になっちまったんだ。
そして、それを追うようにおっ母も亡くなっちまうしよ。どんなに祈りを捧げても仏は見てくれねえッ!」
赤く染まっていた温和そうな顔立ちは怒りで膨れ上がり、誰に言うともなく罵倒を浴びせる。だが、その両目からは涙があふれ地面へとはらはら流れ出る。
その様子を微かな音も立てずに、じっと見つめるカーズ。表情からは何を考えているかを読み取ることは出来ない。
「貴様の話は理解した。だが、それがこの私になんの役に立つと言うのだ。情報を伝えると言ったからにはそれなりの理由があろう」
「そうだな。悪いな昔の話ばっかりしちゃってよ。――ここからが、本題だ。実はオレの住んでいた町に、同じように嫁さんを病魔で亡くしたやつがいたんだよ。
そいつも嫁を亡くしてから俺と同じように死人のような見た目をしていたんだが、ある日を境に急に生気を宿した顔に戻ったんだ。
だから、聞いたんだ。『なんでそんなに幸福そうな顔になれるのか』ってね」
そしたら、ヤツがなんて言ったと思う。とまるで問いかけをするかのように聞いてくる。それに対する返事は聞こえてこないが、男は声を若干興奮させながら話を続ける。
「信じられない事に、『嫁に会ってきた』と言ってきたんだ。やっぱり、そんな顔をするよな。おめえさんの気持ちはよう分かる。オレもこいつが寝ぼけているのかと最初は思ったぜ。
でも、話を聞いてみると妙なんだ。普通の夢だったら、覚めてから少し経てばほとんどの事は忘れるはずなんだよ。
――だがよ、あいつは自分の嫁に出会って抱きしめた時の感触や薫りを今でも感じてとれるって言ってきたんだ。それに加えて、嫁と話した内容もすべて覚えていると来た。まるで、現実であったかのようにね」
隈が目を覆い病人のような顔ではあるが、話をしているうちにその瞳孔からは一筋の光を宿すようになる。そして、短い吐息を漏らし再び語る。
「だから、俺も二人に会えるなら夢でもいいから会いに行きたいと思っちまったんだ…… そいつは自分の親戚がいる町で嫁に再会したって言ったんだ。長い旅だったが、あと二・三日ぐらいの距離でそこにつける」
「その話に信憑性はあるのか?」
判断材料の少なさの余り、疑心のこもった声で男に尋ねてしまう。
「ああ、信用してもいいぜ。なんせあいつは、嘘をついたら本当に地獄に落ちると信じているような馬鹿正直な奴だからな! それだけじゃねえ。あいつはその人の良さからいろんな人に慕われているような人物で、同じ境遇の俺にも同情してくれる根が良い奴だからな」
男は大きく頷きながら、自信を持って答える。そして苦笑しながら話の続きを切り出した。
「そうじゃなかったら、わざわざ残りの金をはたいてこんな遠いところまで来ねぇよ。それに命の恩人に嘘をついちゃ俺の信義に反するってもんよ!(ヒック)」
「そうか……」
――どうやら、行先は決まったようだな。この男の話を完全に信じられんが、この地に降りてからすでに何度も奇妙な相手と遭遇している。なにか妙な噂が流れるところに何かしらの原因があるはずだ。
「その顔を見ると、この話に少し興味が湧いたようだな! どうだ、おめえさんも一緒に行かねえか?
「断る。貴様では唯の足手まといにしかならん。それに……」
カーズはゆっくりと男へと歩み寄り、男の側頭部に両手をかざす。男は突然手を添えられたことに困惑する。
「おいおい、なんだよ……」
「私は自分の存在をあまり世に晒すつもりはない。ましてやただの人間ならなおさら、なんのメリットも存在しない」
人間は弱い。何の特殊な訓練も受けてはいない人間ならば、己の命の保身のために情報を漏洩する事がありうる。
漏れた情報がもし敵の手や国家機関などの第三者に渡ってしまえば、面倒極まりない。だからこそ、必要最低限の時だけに姿を現すアプローチを取っているのだ。
「安心するが良い。ほんの少し波紋を使うにすぎん」
そうッ! カーズは黄金色の波紋を流したのだ。波紋は男の脳へと伝わり、海馬と大脳皮質を刺激する。これはかつて、とある波紋使いの師匠が自分のメイドに使った波紋法と似ているモノ。
だが、性質は真逆ッ! これは記憶を呼び起こすためのものではなく、代わりに記憶を脳の奥底へと鎮める波紋。つまり、記憶を消すという事とほぼ同じッ!
あらゆる波紋使いを一夜で超越し、己の波紋の能力を把握したカーズだからこそできる芸当なのだッ!
「おそらく波紋そして酩酊状態により、私との記憶は無くしているだろう。だが、知識として知っていたとしても、実際に成功しているかはわからん…… おい! 人間起きろッ!」
自分が流した波紋によって眠っている男に平手打ちをかます。もちろん、手加減をしているが、負い目は感じてはいない。
やがて、額からくる痛みで男は目を開く。そのような可哀想な相手にカーズは容赦なく質問を浴びせた。
「貴様は眠ってしまったが、最後に記憶にあるものはなんだ?」
男は目が覚めたら突然、目の前の異国人から質問され錯乱する。だが、その迫力に押され素直に答えるしかなかったと言えよう。
「ん――確か、道の端で休憩がてらに酒を飲み、少し歩いてからの記憶がまったくねぇわ。ちょっと飲みすぎちまったみてぇだな。ところでよ、オレの荷物知らねぇか? 見当たらないんだがよ」
「知らんな。もと来た道へ戻ればよかろう。貴様が来た道はあっちだ」
どこか呆れた顔を浮かべ、これ以上関わる必要はないと判断し、顎でとりあえず道を示す。
「おめえが誰だか知らねぇが、ありがとさん! いや~。しかし、月明りしかねぇのによくもこんなところまでこれたもんだ……」
雑な道案内に笑顔で返礼する男。やがて、能天気な男は来た道へと戻ってゆく。
――鬼との遭遇の記憶まで消してしまったか…… まあ、誤差の範囲と言える。元々かなり泥酔していたから、記憶も曖昧だったのだろう。
しかし、あの男も鬼の伝承と鬼狩りを知っているとはな。皺や皮膚の張りから判断すると、おおよそ四十といったところ。その男が幼い頃から藤の護符を持ち、昔から伝承が伝わっていると言う事はその以前から鬼と鬼狩りが存在した事となる。
通常伝承というのは、慣習や信仰、言い伝えなどが何世代に渡って後世に伝わったもの。長い歳月を掛けて人間社会で成り立つ事を表す。
おそらく私の想像以上に鬼は昔からこの地を跋扈していたのであろう。そして、鬼を逐う鬼狩りもまた同様。組織を維持し、戦闘をそのような年月継続するのは並大抵のことではないはず――余り軽く見積もらない方が賢明かも知れん。
鬼の旗頭と同じく未知である勢力ーー黒い制服を纏う者達。近い未来いずれ対面の予感がする者達を頭によぎらせ、次の目的の方向を見据える。
「風内津町か。人の足ならば、確かにここから二日位のところか。まあ、唯の人間の足ならばの話だがな……」
今更だが、カーズは覚えているのだッ! この日ノ本にある町や村の場所をすべて把握している。それは、町に訪れるごとに毎回地図を丹念に確認していたからであるッ!
人間では到底真似できない敏速で、今再び闇が蔓延るであろう町へと歩を進める。
***
だが、その繁栄の陰では幾度に渡る事故によって多数の犠牲を出している。つまり、幸福と不幸が表裏一体として町に存在していたのだッ!
「王森町とは、対照的な町だ。まだ夜が明けて間もないというのに、すでに町は活気を見せ始めている」
町の大通りには、すでに人々の往来でごった返しとなっている。
「日が暮れるまで、また待機するしかなさそうだな」
――この町はかなり広い。そして、人間も大勢いる。たとえ鬼がいたとしてもその残り香はかき消されているだろう。情報の収集にあたるとしよう……
まず、カーズが足を運んだのはこの町の産業の中心となっている炭礦。そこでは、空洞のある円柱から黒い煙を吐く日本家屋、すすを顔につけてトンネルへとせわしく向かう男たちなどが見受けられる。
「坑道か。石炭の採掘の為にその中はおよそ何層にも分かれ、全長はおよそ数十キロにも渡るはず。それゆえに、日の光が決して入ることのない空洞…… 鬼がいる可能性は否定できんな」
通常、炭礦で掘られる石炭は台車などを用いて地上に運ばれる。それは、大量の石炭を一度に運ぶためでもあるが、長い航続距離が原因とも言えよう。世界には深さ3000mをも超え、正確な全長が把握しきれていない鉱山も存在している。
現在と比較して、技術が発達しきっていないこの時代では行方不明者が出現するのもあり得ない話ではない。つまり、人間の目が届かない所が多数あるという事だッ!
足を踏み込もうとするが、後ろから聞こえる野太い声によって引き止められてしまう。
「ハイカラな服を着ているあんちゃん。これ以上は関係者以外は入っちゃダメだぜ。なにせ鉱山は危ねえからな」
当然と言えるが、正面から入るのを拒まれてしまった。朝っぱらからトラブルを避けたいカーズは一旦はその場から大人しく引き下がる。
――だが、私が何もしないと思うなよ。
そう! 別に坑道の中にカーズが直接入る必要は皆無なのだ。
人目がない所で己の体の一部を使い、いくつもの夜目が優れているハエを生成し、坑道へと難なく忍ばせることに成功する。いちいち入口に集っているハエを気にする者などいないからだ。
やがて、その姿は終わりがないように見える穴へと吸い込まれてゆく。
そして、数刻が過ぎる!
結果は……
「くまなく調べさせたが、何もないだとッ! 目論見が外れてしまったようだな……」
鬼の姿どころか、鬼のいた形跡すら見あたる事はなかったのだ。
だが、腹積もりが外れることは経験上珍しいことではない。落胆せずに、すぐに意識を切り替え他に探索していない所に向けて出発をする。
炭礦は山の斜面に位置する所にあり、入るには上り坂を上る必要があった。だから、戻るときは当然下り坂を降りることとなる。
「む? 来るときには気づかなかったが、あのような石碑があったのか」
カーズの視線の先には、石碑が鎮座していた。それは大木の左横にあり、来る道とは反対側にあったため、完全に影となって見えていなかったのだ。
僅かな興味に引かれ岩山の正面へと立ち寄り、刻まれていた文字を読み上げる。
「『慰霊ノ碑 明治四十三年五月二十五日 不意ノ落盤ニヨリ、ココニ刻マレシ三十七名ノ尊イ命ガ犠牲ト為ル。再ビ悲劇ヲ繰リ返サヌ事ヲ願イ、コノ慰霊碑ヲ建立スル』か」
――亡くなった者に捧げる鎮魂碑というところか。この国ではこのような代物を建てるのだな。
石碑を眺めながら、自分がかつていた国々とはまた違う形を持つそれに関心を示すカーズ。
その姿を一人の男が捉え、パタパタと足を鳴らしながら、石碑の近くに向かう。
「異人のあんちゃん、まだこんな所にいたのか。もう数刻は経っているっていうのによ」
其れは、顔に煤を付けて注意喚起をしたおっさんであった!
「慰霊碑を見ていたのか。その中には俺とも面識があるやつも含まれているんだよな……」
おっさんは頼まれてもいないのに、硬い岩肌に手を置きながら勝手に語り始める。だが、カーズはそれを無下にせず逆に自分が思ったことを聞く。
「この落盤事故の原因は何だ?」
「ん? ああ。地中にある
惨劇を思い返しながら静かに、追悼しながら重い口調で話を続ける。
「俺の部下にも、仲間を亡くしひどく落ち込み自責の念に駆られていたやつもいた。なんせ、そいつはその日に体調を崩し、代理として入ったのが死んじまったからな。無理もねぇよ。酒におぼれ、仕事も来なくなり、もう精神も摩耗しきって廃人のようだったぜ」
カーズは一応話を傾聴していたが、鬼が原因ではないと理解すると話の半分を聞き流していた。
次に男が言う内容を聞くまでは。
「まあ、嬉しい事に、最近何か吹っ切れた顔をして仕事には戻ってきたんだがよ」
「なんだと? その男が復帰したのはいつ頃だ?」
「ん~。二か月と少し前くらいだぞ」
――計算からして一年以上仲間の死に打ちひしがれていた男が、急に戻ってきただと? 何かの転換点がなければそれは難しいはずだ。
あの道端であった男も希望を見出したからこそ、再び絶望から立ち上がれたのだ。どうもあの話の中の男とも状況が似ている……
カーズは感触を抱く。こいつはくせぇ! 何か絶対あるとッ!
「戻ってきた男、復帰する少し前から何か不可解な行動を取っていなかったか?」
「すまんな。ほぼ一日中、家に引きこもっていたからわからんな。聞いた話によると外に出るのは、墓参りの時だけだったらしいからな」
「墓参りだと? 」
「そうさ。いつの時間帯に行っていたかは知らんが、かなりの頻度で通っていたと聞くぜ」
「墓地を管理している者はいるのか?」
「一応いるぞ。町はずれにある唯一の墓地だけど、かなりの大きさを誇るからな。有り難いことに住職が数か月に一度訪れて、定期的に管理をしてくれている」
定期的に訪れる。つまり、昼夜問わず墓地にいるわけではない事を意味する。それにわざわざ夜目が優れていない人間が、町はずれの墓地を夜に訪れる事はほぼありえない。
鬼が隠れるには都合の良さそうな場所。カーズがその結論に至るのは至極当然であった。
——亡き者との思い出を忘れられず、再び会えることを願って、墓場へと向かう人間。人間の心理を知っていて、鬼は恣意的にそこにいるというのか?
その後、軽快に話をしてくれた男との会話を締めくくり、カーズは炭礦を後にする。これから接敵するかもしれない存在を念頭に入れ、町を行き交う人々の中へと溶け込んでゆく。
To be continued>>>
・カーズが人を積極的に殺さない理由
今回の話で出たように、第三者などから身を隠すためが理由の一つです。おそらく必要な時だけしか自分の正体を晒さないと今後も思われます。
なにせカーズは二度も人間に邪魔されて、目的を果たすことに失敗していますからね。
一回目:古代ローマ時代に敵対していた波紋使いを全て倒すも、結局は皇帝が持っていたエイジャの赤石を手に入れることに失敗しています。たぶん、皇帝を守る古代ローマ軍とも戦ったのでは? と作者は考えております。
二回目:究極の目的を果たすも、皆さんおなじみのドイツ軍とスピードワゴン財団の協力のおかげで結局はジョジョに負けてしまう。
ただおそらく古代ローマの時とは違い、二度目はどちらかというと挑まれた立場なので、生存のための戦いと言えます。
もう一つの理由は、鬼を定期的に食べているからわざわざ人間を食べる必要はないでしょう。それに何も食べなくても一年間は活動可能な体を持っていますからね。
*筆者の余談
・今回の舞台となった町の元ネタ:漢字一文字を英語表記にしてみてください。
・今回登場したハエの元ネタ:ヒカリキノコバエの成虫と暗黒バエ
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第六話 夢路
今更ですが、三人称視点や描写での「!」の文はジョジョのナレーターや某解説王に脳内変換すればオーケー。
後、思ったよりも執筆速度が遅いせいで、ストックが残り少なくなりました。
墓地。それは、生涯を終えた死者の霊魂が眠る場所。大小の墓石が間隔を開けて並べられており、中には長年の雨風により風化しているものも存在する。
まさに、人生の終着点。ここには、人間の生者はいない。
「おやおや、また
抑揚のない声が、無人の寺の中で木霊する。声の元をたどると、一人の青年が胡坐をかきながら、座っていた。
顔はまるで血が通っていないかのように青白く痩せこけており、髪も乱れている。しかし、最も印象に残るのは、どんな光をも呑み込むような虚ろな眼差しだ。
腰を上げ、両扉へとゆっくり近づく。そして、腕にわずかな力を込め、木扉を開ける。
解き放たれた扉の外は、月によって灯されている夜の世界が支配していた。深夜を過ぎたこの時間帯なら普段は、誰もいないだろう。
今夜は違う。扉の前には、月明かりで照らされている一人の男が佇んでいる。この明治の世では、珍しい洋服を全身に纏いながら。
「やはり、ここにいたか」
低く澄んだ声が、夜風に乗って響く。
左目に下弐の文字が刻まれている鬼。十二鬼月と呼ばれる者か…… おそらく、においや気配から察するに、喰らっている人間は数百……いや千は軽く超えていよう。
人間を取り込んだ数に比例して、奴らはさらなる力を得ていた。ならば、この鬼もあの女の鬼と同様に妙な技を必ず持っているはず。それも原理はわからぬが、心に干渉するような異能をだ。
カーズは、確信している。相手に備わっている能力が、精神になんらかの影響を及ぼすものである事を。
町でもかなりの精神的ショックを受けていたと思われていた者が、ある日を境に急に立ち直ったという会話を耳に挟んだからだ。それも、このニか月の間に片手で数えられる程の人数ではあるが、同じような事が起きているらしい。
加え、一部の民衆の中で噂をされていたが、行方不明者も急激に増加している情報も掴んでいた。もはや鬼がこの町や近辺にいるのは疑いようのない事実であったのだ!
その技、見せてもらおうではないか……
「貴様、鬼であろう。一応、聞いてみるが貴様の主はどこにいる?」
「鬼殺隊の身なりをしていないというのに、なぜそのような事を聞くのでしょうか? それに貴方のような得体のしれない男に、あの御方の居所を私が教えるとお思いですか?」
薄水の顔を覗かせている青年は感づいていた。この男からは、
服の下からでもわかる鍛えられた筋肉。体軸のぶれをまったく感じさせない佇まい。何よりも、鬼と対峙しているのに、一切の恐怖がその目に宿っていない。
たとえそれが常人を超えた鬼狩りであったとしても、鬼である私を前にしたら多少は怖気づいていましたね……
ですが、この男は違うようですね。まるで、私たち鬼を自分よりも下等なものであるかのように見下している。
「貴方、鬼と何度も遭遇し倒しておられるようですね。以前、出会った柱にどことなく雰囲気が似ています」
感情が籠っていない声で、淡々と事実を述べるようにカーズへと語り掛ける。
「もっとも、最後に勝利を手にしたのは私でしたが」
「柱だと? それが何を指すかはわからんが…… このカーズをそこら辺の烏合の衆と一緒に扱うでない」
「貴方もあの人間と何ら変わる事はありませんよッ!」
右足に重心を置き、地面を蹴り上げる。地表の軽いひび割れと共に、圧縮された空気が巻き起こる。
視界にとらえた男が、どんどん大きくなる。敵である男を屠らんと、拳を強く握りしめながら急所をめがけて振り切られた。
衝撃を受けた肉は無惨にも飛び散り、甲には生々しい血がこびりつく。
……はずだった。少なくとも鬼にとっては。
現実は違う。
拳は、最初からそこには何も存在しなかったように、ただ宙を舞うだけ。
目の前には、放たれた衝撃波によって、ボロボロに崩された墓石しかない。
(振りかざす瞬間は捉えたはずですが、視界にいませんね)
口にあった唾が自然と喉奥に吸い込まれる。
首筋に汗を伝わせ、文字が刻まれている目をせわしく動かす。視界に男を捉えることはなかった。
「——貴様の目はなんのために付いている? ここだ」
体全体を勢いよく、声のする方へと振り向かせる。
両腕を組み、ひときわ大きな墓の上に両足をつかせ、男が立っていた。目は、冷たくこちらを貫きながら。
——攻撃される直前に、鬼の後ろへと飛び越えただけであるというのに、私を見失うとは……
純粋な身体能力では、私の足元にも及ばぬか。
「十二鬼月と呼ばれ主に仕える存在なら、力を示すがよい! すべての能力を使わずして死ねば、ただの犬死になってしまうぞ」
それは、圧倒的覇者によるーーまるで最後通牒のようなもの! もしカーズにとって、これ以上戦う必要のない存在と見なされれば、すぐに波紋の餌食となるだろう。
「敵である貴方に言われるまでもありません…… 」
青年の体の右半分が、沸き立ち始める。膨れ上がった物体は、少しずつ体積を横へと増し始め分離する。
本体から分かれたと思われるものは、最初は輪郭が定まっていなかったが、わずかな時間で体を形成する。それはあの痩せこけた鬼から分離したとは思えない程、背丈が高く、全身に筋肉の鎧を纏っていた。
おそらく本体と思われるもう一方もその姿を変えてしまう。顔は青白いままだが、体全体に肉が付き、先ほどよりも力強さを感じさせる風貌となる。
両手にも変化が表れている。左手の平には、“夢”という文字が書かれている目が生えていたのだ。逆の手のひらには、“幻”の文字が刻まれている目が備わっている。
「ほう、分離する能力も持つのか……」
カーズは、己の敵が変化したのを冷静に確認する。
——分裂した鬼と戦うのは、初めてではない。……が、このように互いが全く違うものへと変位するのは今まではなかったな。
視界に鬼を収めながら、冷静にモルモットを見ているかのように対象を分析する。表情には、余裕しか宿していない。
十二鬼月と知ってもなお自分に向けるその態度。目の前の男の何もかもが気に入らなかったのだろう。
細身の方の鬼は苛立ちのこもった声で怒鳴る。
「わざわざ変化を待ってくれたその余裕。ますます癇に障りますよ!」
叫声が合図であったかのように、筋肉が膨れ上がっている鬼はカーズに目掛けて、砲弾のように駆ける。
「身体能力のすべてが先ほどよりも、かなり上がっているようだな。面白い」
己の両手を顔の前にかざし、かまえの姿勢をとる。
渦状の竜巻をまとった蹴りが、胴体めがけて愚直に向かってきた。勢いは、近づくほど速度を増す。
(フッ、無駄なことを!)
カーズは攻撃をさけることもなく、両腕を交差させ、正面から受け止める。
体を微動だにせず受け止めるが、衝撃は腕から地面へと伝わり、細かなひび割れと共に地面が陥没した。
余波が空気を伝わり、辺りにあったものを破壊しつくす。墓は小さな石片と化し、供わっていた花もいつの間にか消滅してしまう。
渾身の攻撃を受け止められた鬼は、片足が地に着くと間を置く事なく攻撃を繰り出す。体を大きく右へと振り、まだ宙に浮いているもう片方の脚を相手の頭にめり込ませようとする。
しかし、男の袖の先から見える剛腕で、いとも簡単に受け止められてしまう。
何度も攻撃が必死で繰り出された。
相手の急所に大木のような腕を振り切る攻撃。
左で攻撃するかのように見せて、右で攻撃をするなどの陽動。
墓地にあった大木を根元から抜き、腕に力を込め放り投げる攻め。
力を一点にのみ集中させ、動きも必要最小限に抑え、相手へと畳みかける。
だが、どこを攻撃しても、結局は受け流されてしまう。
目の前にいるはずだが、残像ではないかと思う程、何も当てることができない。
もはや、どうしようもないと本体である鬼は思ってしまっていただろう。
あの血鬼術がなければの話だが……
「どんなに強靭な肉体を持とうが、このカーズを打ち負かすことは不可能。いい加減それが、身にしみて理解したであろう!」
出会った時の鬼と比べ、はるかに肉弾戦に優れている鬼であったが、この究極生命体には劣ってしまう。それも天と地の差を感じさせるようなもの!
そろそろ、仕掛けてくるか…… そうでなければ、貴様の命が没する時だ。
予測は当たる。先ほどまで戦闘を繰り広げていた鬼が、突如周りを荒ぶるかのように暴れだしたのだ。それはまるで、小さな子供が癇癪を起している状況を連想させるもの。ただし、背丈が七尺はある大の鬼がやると、みっともないとしか言えない。
墓を縦横無尽に破壊し、乾燥している褐色の土を力を加えて、何度も蹴り上げる。普通の人だったら、少量の土埃しか飛ばないだろう。しかし、化外である鬼がやっているのだ。
鬼だけではなく、カーズも含んだ周り一体が濃厚な土の霧に包まれる。一寸先も視界では捉えることは出来ない。
(視界を奪っているつもりか。次はどう行動する、ヌ?)
目の前から、風が流れてくるのを知覚する。鬼が又自分を攻撃しようとしているのを。大きな足音と息遣いを鳴らしながら、真っすぐと向かってくる。
視界に、風圧と共に岩のような鍛え上げられた拳が現れた。
右の上腕で受け止め、先ほどと同様に防ぐ。だが、攻撃を防がれたというのに、目の前の鬼は焦るような素振りはしていない。
攻防によって生じた衝撃が、立ち込める濃霧をかき消される。と同時に。
突如見計らったかのように、一つの人影が大鬼の背後から飛び出る。人影はカーズを視認すると、両手を相手へとかざしてきた。
待ちわびたぞ——来い!
大鬼の背後から現れた人影を両眼で見やる。空中を舞う存在。それは変化により、両手の平に目を宿した鬼。青白い顔からは、作戦がうまく行き、ほくそ笑んでいるかのような表情が写し出されている。
長くは続かない視線が互いを交差する。
鬼の手の目が脈動し、カーズと目が合う。次の瞬間、目に書かれている夢幻の文字が灯篭のごとく光り、カーズの体を硬直させたのだ!
なるほど、強制的に相手を眠らせる事も出来てしまうのか……
睡眠を必要としないというのに、自ずと視界が暗転してしまう。最後に目に入ったのは、口角を三日月のように広げて冷笑する鬼。
(ここは何処だ?)
鬼の血鬼術にかかってしまったカーズの視界には、のこぎりの歯のように連なっている薄墨色の山脈が捉えられていた。
自分の今の状況を把握するため、首を動かし視線を変える。頭上には、真円の月が淡い光を発しており、葉のない木を照らす。
それは、高層ビルの大きさを誇る巨大な枯れ木であったのだッ!
私は、この場所を知っている……
頭の中で呟くカーズ。無意識のうちにそこに向かって足が進んでしまう。
傾斜のある山を土砂を巻き起こしながら、滑るように下り走り続ける。
少しして、かなりの幅がある川が眼前に迫るが、それも強靭な足で飛び越えた。
そして、岩盤の上に聳える巨木の前へとたどり着く。
一帯は、いくつもの太い根によって岩盤が押し上げられ、凹凸に地上へ張り付いている。これ程の大きさを持つ根が地上に這い出ている光景は、珍しいと言えるだろう。
しかし、それよりも目に付くのは、根元にある岩盤である。
そこには、古代遺跡に存在するような模様が彫られ、周りには明らかに人の手を介して建てられた建造物が並んでいたのだッ!!
ひどく懐かしい情景にとらわれるカーズ。
それもそのはず。なぜなら、この光景は現在の地球からは完全に消え去り、二度と見れないはずだからである。
肌を突くような夜風が頬を伝わるが、気にとどめず一望し続けた。だが、後ろから迫る複数の足音によって、意識を切り替えさせられる。
(この私に近づくまで気配を感じさせぬとは。一体何者だ!)
すぐさま、輝彩滑刀を腕から生やした戦闘態勢へと入り、足音のする方へと体を回す。
「——貴様らはッ!」
目に映るのは、自分と同じように額から角が生えている存在たち。動物の毛皮を剥製し、簡単に加工した服や石を削り彫刻した装飾品を纏っている。その服装は、どこか原始的なものであった。
そう! カーズはこの者たちに見覚えがあったのだッ! しかし、その者たちはこの世にはいてはならない存在。なぜなら、この自らの手で斬殺した存在だからだッ!
一瞬の驚きを見せるが、すぐに平常心を取り戻し己の前にいる存在を凝視する。
すると、集団の先頭にいた一人の老婆がカーズの方に、赤い衣服を揺らしながら歩み寄る。その姿は、どこか貫禄があり、他の者たちよりも多くの装飾品を身に纏う。
「カーズよ。なぜ、そのような所に突っ立ておるのだ? このような光景は見慣れておろう。もうすぐ、英雄であるおぬしを祝う宴が始まる。皆の者が首を長くして待っておるぞ」
「この私が英雄だと?」
「そうじゃ。おぬしのおかげで、我々闇の一族は新たな進化の過程へ辿りついたのだ。だから、感謝の意を込めて二千年に一度宴を開いているではないか。それも、すべての者を集め盛大にな」
「そうだぞ、カーズ! お前は我ら一族の誇り。もし、お前がいなければ我々は太陽とは決して相容れぬ存在として人生を迎える事となっていただろう。その常識をお前は覆し、新た道を示してくれたのだ!」
「然り! 然り! 然りッ!」
野太い声が老婆の後ろから聞こえ、それに呼応したかのように賛成の意を表す連呼がカーズの耳を覆う。
「もうすぐ、宴の準備も終わる頃だ。英雄であるお前を放置して、宴を始めてしまっては、族長としての私の立場がなくなってしまう。もちろん、来てくれるな?」
「…………」
しわがれた声に対して、無言を返すカーズ。だが、それは無言の肯定と捉えられ、勝手に話が進められる。
「ならば、この私に付いてくるのだ。今回の宴はいつもよりも豪勢にしてある。きっと、おぬしも気に入ってくれよう」
言葉を言い終えると、老婆は先導するかのように先へと進む。引き連れていた男たちも踵を返し、列をなして己の長に続く。
その者たちからはカーズに対する殺気や敵意は一切感じられず、むしろ敬服しているようにすら見えた。
両腕にある輝彩滑刀をとりあえず収め、集団の後ろを追う。だが、口は尖っており、目の周りは影で覆われている。
夜空の下で、固く冷たい地面に何度も足を踏み進む。暫くすると、少し急な段差が現れそれを昇る。その先には、いくつもの絵画が描かれたドーム状の建物が大きな口を開いており、トンネルを突き進む。
穴の先に見た光景。それは、等間隔に置かれた松明によって作られた道。その横には長い石机が配置されており、幾人もの人影が机に顔を向け座っている。
道を進むと、まるで帰還した英雄を見つめるよう憧憬の視線が集中した。本来なら、絶対あり得ることのない……
「こっちじゃぞ。カーズ」
奥から手招きをしている老婆。それに従い、奥にあった石階段を昇ると、その先にあった敷物の一つへと腰を掛ける。
「皆の者。静粛にせよッ!」
瞬間、いくつもの話し声で覆われた空間に静寂が訪れた。己の族長の話を聞くために、皆が顔を向けたのだ。
「今宵は、我らが石仮面の力によって、新たなる進化を遂げて約六千年である! この進化は新たな可能性を導いてくれたのだッ!
我々は、今までは暗闇の中でしか生きられない存在であった。たとえ、他の動物には降り注がれる暖かな光でも、我々が浴びてしまえば体は燃え上がり消えてしまっていた。
今やそれは過去のもの!
石仮面によって、我々は日の光を当てられても死ぬことのない体を手に入れたのだッ!
いつの日になるかはわからないが、我々はいずれ手に入れるだろう。太陽を完全に克服した体を! 我々の英雄であるカーズにこれからもついていけばッ!」
抑揚のある声で、カーズの成果を褒めたたえる演説が繰り広げられる。聴衆は皆真剣な眼差しで傾聴し、終わりが近づくにつれ相槌や喝采が場を支配した。
その光景はカーズが望んでいたものである。
かつてならば……
——くだらんな。実にくだらん……
両腕を組みながら、
涙を浮かべ、嬉しそうな顔をする生みの親たち。
両手をたたきながら、
隣で高々と褒めたたえる族の長。
己の功績を称賛するすべての者が、ただの張りぼてにしか見えないでいた。
……私は、かつてさらなる力を得るために石仮面を作り出した。それにより、体に秘められた力の一部を開放することに成功したのだ。より多くの生命エネルギーを必要とする体になったが、この力を手に入れるためには仕方のないことよ。
そして、私は石仮面の力を隠す様な真似はしないでいた。この素晴らしい力を望むのであれば、一族と共有しようとすらも考えていたのだ。
だが、この私の考えに賛同したのはエシディシただ一人のみ。他の者たちはこの考えを拒み、それどころかこのカーズを恐れていた。
やつらの表情からは、日に日に恐怖と義憤に駆られるのが見て取れた。やがて、一族の者すべてを集めさせ、この私の抹殺を企てるまでに至ったのだ。
「奴が存在するのは危険だ!」
「あいつをこの地球から消してしまわなくてはならない!」
「やつを殺してしまわなくてはならない!」
次々と己を殺そうとする雄叫びが聞こえてくる。右手に握る石仮面が軋む音を気にかけられない程、
「馬鹿者どもがッ! 太陽を克服したいと思わないのか!」
(貴様らは、日の光が決して差すことのない……暗闇しかない世界を永劫に彷徨えと言うのか)
「何物をも支配したいとは思わないのかッ!!」
(何物にも束縛されることのない生き方を夢見ないのか!)
心の声とともに、己の考えを拒否するものに自分の胸懐を切実に吐露する。
「あらゆる恐怖をなくしたいとは思わないのかッ!!!!」
大気を揺さぶらせ、ひしめき合う感情が混じった怒号を放つ。
しかし、やつらが殺意を収めることは終始なかった。現状を当然のものと受け止め、さらなる変化を求めることはせず、不変に甘んじたのだ……
貴様らには同族としての最後のチャンスを与えてやった。 ……が、それを蒙昧にもはねのけたッ!
「では…… 滅びろ」
自分に襲い掛かる愚劣な者たちに慈悲などない。あらたに収得した光のモード、輝彩滑刀でやつらを切り裂く。
力の差は語るまでもなく歴然ーーものの数分もせずに大地は血に染め上げられ、夥しい骸のみが横たわっていった。
「愚か者どもが……」
自分が皆殺した者を最後に睨みつける眼差しで見やる。
その後、私は己の仲間と事実を知らぬ二人の赤ん坊と共に究極の力を目指して長い旅に出たのだ。
目をつぶり、過去を思い返すカーズ。やがて、静かに目を開ける。
眼光は先ほどよりも鋭く。まるで、すべてを凍てつく波動のようなもの!
このように、カーズは今見えている光景が現実ではないことを認識していたのだッ!
それは、ひとえにカーズの強すぎる自我にもよるものであったが、もう一つの理由がある。
実は、鬼の血鬼術にかかる前にとある仕掛けを体内に残したのだ。
なんと、自分の体内にもう一つの脳とそれに繋がっている五感を備える器官を作り出していたのであった! つまり、司令塔である脳をうまく使えこなせなくても大丈夫なように、予防線をはっていたのであるッ!
日本の食卓で時々見られるタコ。その体は驚異的であり、体の中には九つの脳と三つの心臓を宿している。それをカーズは応用したのだッ!
カーズは視覚を通して、鬼の技にかかってしまってしまい、夢を見せられていた。
だが、もう一つの脳と感覚を共有していた別の視覚器官は血鬼術にはかからず、外界の情報をつねに脳にインプットしていたのだ! つまり、カーズにかけられている能力は不完全であったと言えるッ!
そのことにより、夢を見ているが自我ははっきりとし、これが夢であるという事に気づく。まるで明晰夢を見ているかのようであっただろう。
(この茶番を終わらせなければ……)
カーズは己の意識を集中して、興醒めするような幻に終止符を打とうとする。
傍にいたであろう二人の人影が目に入り込むまでは。
To be continued>>>
*闇の一族
見た目は人間とあまり変わらないが、人間とはまったく別の進化を辿った生物。人間が文明を持つより遥か太古から生きているが、闇の中でしか生きることができず、太陽に当てられたら消滅してしまう。
代わりに、無惨が比喩なしで赤ん坊に見えるかのような超長寿の生命体。カーズより明らかに年配の一族って何歳だろう?
カーズはこの一族の生き残りが鬼を創造し、支配下に置いているのでは? という仮説を前提に行動している感じです。(第三話)
*柱の男
ジョジョや一部の関係者の人間たちが、無機物の壁や柱で眠っていたカーズたちに勝手につけた呼称。
人間達にこのように呼ばれている事を知っているであろうカーズであったが、自分たちが活動していない日本と時代が異なることもあり、鬼が柱について言及しても別の者を指しているという判断を下しています。
ですので、カーズにとっては何を言っているんだこいつ? 状態。
ただ今回の戦闘により、鬼がわざわざ言及したので、柱という存在が何か重要な意味を持つ事をカーズは知りました。
この小説では区別化のため、闇の一族が石仮面を被ることにより新たな進化の段階へと進んだ形態を表す際に使わせてもらいます。
太陽の光に当てられても死ぬことはなく、石になるだけで済んでしまう。加え、闇の一族よりも強力な力を持ち、「流法(モード)」という戦闘術を身につける。(アニメ版より)
二千年の眠りにつくだけで、いつまでも生きられてしまう。食物連鎖の頂点に君臨する生物。
一部の鬼と同じで、全身が消化器官である事。
一定以上の強さの波紋でなければ、傷すらつけられないなどの能力を持つ。
カーズを含め四人しかこの世に存在していなかった。カーズが究極生命体になったため、もうこの世からは潰えた存在たち。
*作者の余談
①今回の十二鬼月が最後のオリジナル十二鬼月になる予定です。順番はこの十二鬼月の後に轆轤が下弦の弐になった感じ。
②輝彩滑刀に関する話。
明らかにこの刃のリーチが届いていないはずなのに、敵を切り裂く場面が原作にありましたが、作者は真空刃でも放ったのではないかと勝手に考えております。(ロッジの中にいたドイツ軍を切る場面)
もしくは、輝彩滑刀自体が伸びたのかも。
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