比那名居天子(♂)の幻想郷生活 (てへぺろん)
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始まりの合図
0話 私は比那名居天子 総領息子である


初めましての方は初めまして。てへぺろんです。


比那名居天子にスポットを当てた作品ですが、性別に注意です!


それでは……


本編どうぞ!




 皆、いきなりだけど、【東方Project】というものをご存じでしょうか?知らない人にわかりやすく言うとシューティングゲームなの。女の子を操作して、数々の事件を解決するものなのだが……

 

 

 その中の登場人物に【比那名居天子】という女の子がいるのです。この子は【東方緋想天】に登場したラスボスの女の子。緋想天はシューティングではなく、弾幕アクションゲーム即ち格ゲーだ。東方に出てくる女の子達がお互いに戦うゲーム。

 

 

 ちなみに比那名居天子というキャラの設定を説明しておくと……

 

 ●天界という雲の上に住む天人で、比那名居一族の娘。

 

 ●比那名居一族は幻想郷の地震を担っていた神官である「名居」の一族に仕える一族であった。「名居」の一族がそれまでの功績を認められて名居守(なゐのかみ)という神霊に祀られた際、部下であった比那名居一族も功績を認められて天界に住む事を許され、天人となった。

 

 ●功績によって天人となったため、天人としての格を備えるための修行を積んだわけではない。なので、他の天人から「不良天人」と呼ばれている。

 

 ●人間で地上で暮らしていた頃の名前は「地子」という名前であり、天人になった時に「天子」に改名した。

 

 ●天界での退屈な生活に不満を感じており、原作では異変(事件)を起こす

 

 

 他にもあるのだが、今はこれぐらいでいい。そしてもう一つ言っておくことがある。【転生】についてだ。

 

 

 死後、別の存在として生まれ変わるという宗教の考え方。似たような単語には復活というものがあるが、復活と比べると 記憶、肉体、人格などが同一では無く新たな存在として生まれ変わるという意味合いになる。

 

 

 自分は死んだのだ。覚えている……単純な事故だった。車に引かれて死ぬあっけない最後だったのだ。

 

 しかし、なぜこんなことを言うのかというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡に映る自分の姿を見る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その比那名居天子にそっくりな人物になっていたのだ!

 

 

 私は東方は好きだったし、天子ちゃんのことはとても気に入っていた。何故私が天子ちゃんになってしまったのだろうか?ラノベ小説やアニメをよく見ていたので、私は転生してしまったんだとすぐに理解できた。びっくりする程ラッキーだ。東方ファンである私はこれから楽しい幻想郷生活が始まることにワクワクしていた。しかし、世の中には予想外のこともある……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「総領()()様?いかがいたしましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はその……比那名居天子……天子ちゃんなのだが、になっていたのだ……

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……え”!?私は生前女の子やってましたけど、転生して男になっちゃったの!?しかも天子ちゃんが男!?女体化ならぬ男体化である!

 

 

 なぜこうなったのか私にもわからん。転生ものの小説やアニメでは、よく転生の間みたいなだだっ広い空間に天使やら神様やらがいて「あなたは不運にも死んでしまいました」とか言ってなんやかんやで別世界に転生できたりする流れだが、私には一切なかった。目を開けると目の前には美人な女性がいた。

 

 

 【永江衣玖

 龍の世界と人間の世界の間に棲む「竜宮の使い」と呼ばれる妖怪。天人・比那名居天子の一族に仕えているようであるが、元天子ちゃん(私の元の天人の方)に名前を憶えられていないという不憫な子であった。長い触角のついた帽子と羽衣、ロングスカートが特徴的で、羽衣は非常に長い作りになっている。そして、目の前にいる彼女こそ、その衣玖である。

 

 

 「あの、総領息子様……?」

 

 

 こちらを様子を窺う彼女はまさしく、私がこの世界【幻想郷】に幻想入りして初めて出会った東方キャラだ。幻想郷とは東方Projectの舞台となる世界の名だ。人に妖怪、妖精、神、吸血鬼に鬼といった様々な人妖達が住まう忘れ去られた者達の楽園である。この天界もその内の一つでもある。天界で初のエンカウントが天子ちゃんの相方的存在になっている衣玖だったのだ。

 

 

 初めて会った時は私はおもわず「美しい」と口に出てしまっていた程だった。当時は私(元天子ちゃん)はまだ幼く12~13歳程の時だったであろう。天界に居たので、もう既に地上から天界に移り住んだ時に意識が覚醒したのだと思われる。元々の性別を私の父様と母様に聞いたら男の子として生まれてきていたようだった。原作とは違う性別に生まれてこれからどう生きるか?でも、現にそうなってしまったものは仕方ないし、諦めるしかない。

 しかし、何故か本来女の子であるはずの天子ちゃんが男、しかも絶世の美男子になっていたことだ。私自身も元女の子……改めて自身の姿を見てみると、髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳は本来と一緒だ。美しさと凛々しさを合わせ持ったイケメンだ。生きている間にこんなイケメンと付き合いたかった……でも、無理。万年引きこもっていた私には叶わぬ夢だったけれど、私自身がイケメンになれるなんて超ラッキー♪

 多少の筋肉もついており、細マッチョと言える身体を作っている。そして何より転生して一番に男になったってわかるものがついている。総領息子の息子(♂)がついていた時、悲鳴をあげそうになった。こ、これはじっくり観察しないといけないわね……

 

 

 私が元々引きこもり女の子だってことは憶えている。それに東方のことはバッチリと憶えていた。記憶まで持ち越せるとはやはり転生は凄かった。性転換転生者だったが……とにかく、なぜ転生した原因もわからないのにぐちぐち言っている場合ではないことがわかった。これから先、自分に振りかかる異変&異変を起こす側なので必然的に()()()と出会うことになるはずだ。

 

 

 彼女達とは原作に登場する主人公達と東方のキャラ達だ。幻想郷は設定的には厳しい環境の世界に入るだろう。原作の元天子ちゃんはラスボスを務める程の実力の持ち主だ。しかし、私は何も知らなかった。それ故、私は恐れた……ゲームだと楽しんでいた自分が今度はその世界の住人となって戦うことなど誰が予想できる?できないそんなもの……しかし、私には東方知識があったため、早めに行動を起こした。

 

 

 まずは原作の天子ちゃんの周りの評判の悪さだ。周りからは不良天人と呼ばれていた。実際そうだった。転生直後よく陰で悪口を言われたものだ。よく耐えしのいだと私は思う。いや、元天子ちゃんは本当は悲しかったのかもしれない。私も初めは辛かった。地上から成り上がりで天人になったため修行など一切していない。周りからの批判が心に突き刺さって部屋に閉じこもって泣いたこともあった。しかし、私は彼女ため、元天子ちゃんの人生を横取りしてしまった私がその名誉を守らないといけないし、私がいることで存在しなくなった彼女の存在を汚さないためにも償いをしないといけないと思ったのだ。

 

 

 転生して二度目のチャンスを捨ててしまわないように、私は引きこもりを卒業すると決めた……

 

 

 天界に来たばかりの私は衣玖に様々なことを聞き考えた。そしてすぐに行動を起こした。比那名居家を悪く言わせないために、単純だが人の困りごとを解決したり、娯楽施設を作って少しでも暇な天人達に恩を売ることにした。何かなくし物をしたら皆が寝静まった後でも探し出したり、桃ばかりでは味に飽きが来てしまうので、味付けを自ら開発し、豪華な料理だけでなく、庶民的でも味わい深い料理を披露してみたりした。その他にも小さな要望にも応えるようにして数々のことをこなしてきた。

 すると、初めは悪く言っていた連中も徐々に比那名居家を悪く言うのをやめてくれた。そして今では「天子様」や「総領息子様」とまで言われるようになった。良き事だが、それだけでは償いきれない。

 

 

 次にやることは私自身が強くなることだった。ラスボスを務めたのに、「なにこれ弱すぎない!?雑魚だぜ!!」「ラスボス前の方が強くね?」など言われないようにするために修行することにした。天界の端から端まで全力疾走で駆け抜けたり、自ら建設したトレーニングルームで体を鍛えたりした。この体は筋肉が付きにくい性質のようだ。だから、筋肉隆々ではなく細マッチョになった。筋肉モリモリマッチョマンの天子ちゃんなんて見たくないから寧ろよかったのかもしれないけど……

 昔小さかった私も今では衣玖よりも高くなり、幻想郷内では私はだいぶ高い部類に入るだろう。私自身でもよくここまで成長したと感じられる。男になった分やっぱり身長は高くないと折角のイケメンが台無しになってしまうからね。

 

 

 修行当初、衣玖にも手伝ってもらって本気の弾幕や雷をぶつけるように頼んで天人特有の丈夫な肉体を作ることに専念した。初め衣玖は私に攻撃することをためらったが、私の覚悟を受けて熱心に私の修行に付き合ってくれた。あの時のことは今でも感謝しています。

 それから、元天子ちゃんの武器になる【要石】と【緋想の剣】を極めることだ。要石は注連縄つきの岩のことで、手に触れずとも操作できるものであり、鈍器、盾、空中での足場など様々に使える優れものだ。緋想の剣とは気質を見極める程度の能力を持ち合わせており、周囲の気質を集めて吸収し力に変換する事が出来る。また気質そのものを切り裂く事も出来る。相手の気質を放出させ相手の気質の種類を見極めると共に、吸収した気質をコントロールして相手の弱点の気質に変化させ弱点を突く事が可能。言わば、弱点絶対責める剣です。まぁ、これにもいろいろと弱点はあるのだが、どんなものにも弱点はあるので気にしないでおこう。元々緋想の剣は元天子ちゃんが勝手に持ち出して私物化していたものだったが、今では私自身の所有物としていただいたものだ。天界のみんなから「天子様なら、否!天子様にこそその剣はふさわしい!」と言われて貰っちゃったのだ。貰ったんだから有効活用しないといけないしね。何度も何度もボロボロになるまで私は修行した。

 

 

 おそらくこの先私が戦うのは巫女に魔法使い、人形師、メイドや鬼やら吸血鬼、半霊に天狗といった東方を代表する者達と戦うことになるだろう。本当は戦いたくないのだが、私が強くなることで彼女(元天子)をバカにさせないようにするのも一つの理由でもある。

 

 

 そして、最後に私自身の能力を身に着けることだ。【程度の能力】という東方のキャラには個人を代表する個性のようなものがある。私の場合は【大地を操る程度の能力】といったものである。

 地震、地盤沈下、土砂崩れなど、有効範囲は狭いが幻想郷内なら遠隔地でも自在に操ることができる。改めて説明すると人工的に地震発生させれるぞ!っということだ。何度も練習した。どこからどこまでなら影響を受けるのか、発動時間、精度などみっちり頭に叩き込んだ。そして、私は肝心なことに気が付いた。

 

 

 実は私は空を飛べなかったのだ。空なんて飛べないの普通じゃない?と思うだろうがそうではない。東方に登場するキャラは皆飛べる(一部を除いて)人間だって飛べるのに、天人である私は何故か飛べない。何度も飛ぼうと練習したがそれだけは習得できなかった。天界に住んでいるのに飛べないとか天人(笑)とか言われてしまう……しかし、どうしようもない。飛べないなら飛べないで要石に乗ればいいだけの話だ。困ることではない。ないものは他で補えばいい。私ってば天才ね!

 

 

 さて、長々と説明したが私は転生してから今まで様々なことをやってきた。今説明した以外のことも勿論やっているが、ただの自慢話になってしまいかねない。そろそろ私も次にやるべきことが待っているのだ。

 

 

 「……りょ……す……ま……」

 

 

 しかし、今思えば沢山なことをしてきた。男になった分無茶なこともした。この体が何度ボロボロになったか記憶できていないぐらい修行した。下半身についている男の象徴にまだ慣れないところもあるけどそれは気にしない。寧ろただでイケメンの体を堪能できている私は幸せ者です♪

 そして今更ながら、原作の天子ちゃんとだいぶかけ離れた存在になってしまったがよかったのだろうか?男になった時点で原作崩壊なのだが、わがまま娘からなんでもできるお坊ちゃまになってどう関わっていけばよいのだろうか……

 

 

 「……総領……様……」

 

 

 もし彼女が私を見たら何というか……「なんてことしてくれたのよ!私はこんなんじゃないわよ!!」って元天子ちゃんなら言って怒りそうな感じだよね……

 

 

 「天子様!!」

 

 「はっ!?」

 

 

 いつの間にか顔を横に向けられていた。そこには衣玖が心配そうにこちらを見つめている姿だった。

 

 

 「天子様どうなさったんですか?初めは空気を読んで黙っていましたが、いくらたっても反応がないので、私が何度声をおかけになったと思っているんですか!」

 

 

 どうやら私は衣玖を放ったらかしにしていたみたいだ。怒られてしまった……情けない。比那名居家の名を汚してしまう所だった。謝らないと……

 

 

 「すまない衣玖、無視していたわけじゃないんだ。ちょっと昔を思い出してね」

 

 「昔……ですか?」

 

 「衣玖と出会って天界で過ごし、修行に付き合ってくれたり、文句も言わずに私のやることなすこと付き添ってくれたことを思い出していた。ありがとう衣玖。本当に感謝している」

 

 

 衣玖に頭を下げる天子(♂)の姿に慌てふためく。

 

 

 「か、顔をあげてください!天子様に褒められることなんて私は何も……」

 

 「私が感謝しているのだ。それに衣玖は何もしていないことなどない。私のわがままを聞いてくれたのだ。衣玖のような初めから今まで尽くしてくれた方はあなたしかいないよ」

 

 「そ、そんなことは……」

 

 

 イケメンになったんで、イケメンならではの接し方をしていると口調もこんな感じになってしまった。同じ女の子達からの視線が熱い気がする……男の方が私はいいんですけど、それをしたらBL本にお世話になってしまうのでNGです。話が脱線してしまった。そんで、イケメンロールをして衣玖を揶揄ってあげたら衣玖の顔が赤くなった。照れているなこいつ♪私よりお姉さんだが、やっぱり褒められると照れてしまうものなのだな。かわいい衣玖♪

 

 

 

 「ふふ、とてもかわいいぞ衣玖」

 

 「か、くぁわ!?」

 

 

 りんごのように真っ赤に顔を染める衣玖が手で顔を隠した。

 

 

 「か、からかわないでくだしゃい!!」

 

 

 あ、噛んだ。衣玖のこういう所とてもかわいく思ってしまうなぁ……私天子君はジゴロだ!

 

 

 「揶揄ってないさ。事実を言ったまでだ。だが、少々意地悪すぎたかな。すまなかった」

 

 

 再び頭を下げる天子(♂)にまたまた慌てふためく。

 

 

 「ふふ、これでは振り出しに戻ってしまうな。衣玖、それぐらいにしてそろそろ敬語改めてくれないか?私には敬語など使う必要などないと言っているだろう?天子様ではなく、天子でいいと。仕事で総領息子様と言うのは仕方ないとしても、私と衣玖の仲なのだ。様付けはよいのでは?」

 

 「そ、そうですが……」

 

 

 衣玖は【空気を読む程度の能力】が備わっていたはずなんだけれど……この能力はその場の特性をすぐに把握し、すぐに馴染む事ができる。余程の事がない限り場を乱す行動は取らない。

 これが能力の説明なんだが、私に対しては空気を読んでくれない。敬語は必要ないと言っているのにやめてくれないし、私の前では昔はそうではなかったのに、今ではガチガチに緊張している時だってある。どうしてかと理由を聞いてもはぐらかされてしまう。私が女から男になったように、衣玖も何かしらの言えない事情と言うものが生まれたのかもしれない。だから、私は追及することはせず、話してくれるまで待とうではないか……私はできるイケメンだからね♪

 

 

 「いや、すまない。今のはなかったことにしてくれ。衣玖のタイミングでいい、私が強要するわけにはいかないからな」

 

 「も、申し訳ありません……」

 

 「……それじゃ、今日も見回りと行こうか」

 

 

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 「美しい……」

 

 

 天子様と初めて出会ったのは比那名居家の方々が天界に越してきた時のことでした。私は比那名居家に仕えることが決まり、比那名居夫妻と出会い彼らの一人息子の比那名居天子様の面倒を見ることになったのです。そして、私は天子様と出会いました。出会った私に天子様はこう言いました。私もあまりの出来事に固まってしまいましたが、すぐに気を取り戻しました。天子様は元地上の人間、そしてまだ子供でありました。天子様がそうおっしゃったのは一時の感情だったのだと思いました。逆に私は天子様のお美しく凛々しいお姿に驚いてしまいました。きっと大人に育ったら凛々しくカッコよい方になると……

 

 

 私は天子様の才能に驚きました。学問も運動も短期間で習得し、応用してみせました。「すごい」私は口からそう漏れていたと思います。しかし、周りはそう思わない方達が大勢でした。天子様は元地上の人間で、功績を認められて天界に住む事を許され天人になったため、天人としての格を備えるための修行を積んだわけではなかった。それ故に非難する声も陰で多かったのです。中にはわざと聞こえるように言った方もいました。天子様は辛かったのだろうと私は思いましたが、私の予想を遥かに上回ることをなさったのです。

 天子様は自ら他の天人様達のために働き始めたのです。それも小さなことから大きなことまでこなしました。探し物をしている天人様には天子様が何日も探して見つけ出し、新しい娯楽が欲しいと無茶なことを言う天人様には娯楽施設を建設し、自ら料理を披露して天人様達の胃袋を掴んでしまうほどでした。徐々に周りの方達の反応も変わっていき、天子様を悪く言っていた方々も天子様に謝罪しました。それも天子様は笑って許してくださいましたし、困っていることがあればいつでも協力することを取り付けるほどのお優しい対応でした。天人様達は天子様のことを慕うようになっていました。歩けば「天子様」と呼ばれ、男性から尊敬の眼差しを、女性達は天子様に熱い視線を送る方も多くいるようです……気に入りません……

 

 

 ある日私に頼みごとをしてきたのです。それは天子様に本気で攻撃しろという危険なことでした。私は当然反対しました。総領息子様である天子様を傷つけることなんてできませんし、何より私自身天子様に手をあげたくはないのです……しかし、天子様の目は本気でした。あの時の天子様の目は何か先を見ていました。私は天子様の思いに応えたい。私は修行に付き合いました。何度も何度も天子様が倒れるお姿を見るのはとても辛かったです……ですが、天子様は強くなられました。要石を生き物のように自在に操り、緋想の剣の所有者としてふさわしいと言われたのです。私もそう思います。天子様しかあれを扱うことはできないですし、何より天子様にお似合いです。

 その頃には天子様のお身体はお美しくも凛々しい体つきに顔立ち、身長も昔は小さかったのにいつの間にか私を追い越してしまいました。そしてお心の方も私なんかよりも(たくま)しく成長なさりました。

 

 

 そんな時、天子様は私にこう言いました。「ありがとう衣玖」っと……そう言われた瞬間何かが私に起きました。熱い……体の底から何かが燃え上がるように熱かったのです。天子様を思うとそれだけで爆発しそうなほど熱く胸が焼けそうになるほどでした。今まで天子様に会うのに躊躇しなかったのに、私は天子様のお部屋の前で半日もうろうろしていたこともありました。何が私をここまでさせたのか、ある時に家で見つけたのです。一冊の本を……

 

 

 【恋愛】と書かれた本でした。その本に書かれた症状と私が天子様に抱くものが一緒であることに気づきました。私は天子様のことが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も天子様が日課にしている散歩に付き添うため天子様のお部屋の前までやってきました。え?一人で散歩しないのかですか?天子様のお世話をするのが私の役目でありますし、なにより……天子様と少しでも一緒にいたいですし……わ、わたしはなにを言っているんでしょう!?と、とにかく!わたしは天子様の身の回りをお世話する者としていつもお傍にいないといけないのです!そ、それはともかく……大丈夫よ、服装OK、髪も帽子で隠れるし、変なところはないですね。それでは……天子様失礼します。

 

 

 「総領息子様?いかがいたしましたか?」

 

 

 仕事モードの時は天子様を総領息子様とお呼びするのは昔からの癖ですのでお気になさらずに……

 

 

 それにしても天子様先ほどからだんまりです……ちょっと悲しいです……天子様が私を無視するなんて考えたくもありませんが、ここは私の方がお姉さんなんですから我慢強く待たないといけないですね。

 

 

 

 

 

 そう思っていましたけど、待てども天子様は返事をしてくれない。鏡の前で一言もしゃべらずにだんまりのまま……

 

 

 「あの、総領息子様……?」

 

 

 つい我慢できずに話しかけてしまいました。私は何をやっているんでしょうか!?天子様に失礼なことをして!もし天子様に嫌われたら私は……

 

 

 衣玖は想像してしまう。天子に無視され続ける哀れな自分の姿を……

 

 

 絶対嫌です!天子様に嫌われるなんて嫌です!あなたが居てくれたから天界は変わったんです。私も変われました。あなたが居たからこの家が好きになった、あなたに会うことが楽しみで仕方なかった、あなたに褒められるのが嬉しかったんです!私はあなた無しではもう……

 

 

 衣玖は何度も天子の名を呼ぶが反応してくれなかった。衣玖は我慢しきれずに天子の顔を手で自分の方に向けた。

 

 

 「天子様!!」

 

 「はっ!?」

 

 

 天子は衣玖に気づいたようだった。その様子を見て衣玖は心配で仕方なかった。

 

 

 「天子様どうなさったんですか?初めは空気を読んでで黙っていましたが、いくらたっても反応がないので、私が何度声をおかけになったと思っているんですか!」

 

 

 心配したんですから……天子様がいない天界なんて私は耐えられないのですから……

 

 

 「すまない衣玖、無視していたわけじゃないんだ。ちょっと昔を思い出してね」

 

 「昔……ですか?」

 

 「衣玖と出会って天界で過ごし、修行に付き合ってくれたり、文句も言わずに私のやることなすこと付き添ってくれたことを思い出していた。ありがとう衣玖。本当に感謝している」

 

 

 昔のことを思い出してくれていたのですか……衣玖は嬉しいです。私のことを忘れていないでいるあなたが……天子様が私に頭を下げるなんて!?そんなことするなんてやめてください!天子様が私ごときに頭を下げては天子様の威厳を損なうことになってしまいます!

 

 

 「か、顔をあげてください!天子様に褒められることなんて私は何も……」

 

 「私が感謝しているのだ。それに衣玖は何もしていないことなどない。私のわがままを聞いてくれたのだ。衣玖のような初めから今まで尽くしてくれた方はあなたしかいないよ」

 

 「そ、そんなことは……」

 

 

 やばいです、天子様にそんなに言われたら私は耐えられませんよ♪ああ、天子様それほどまでに私のことを思っていてくれるなんて……私は幸せです♪

 

 

 「ふふ、とてもかわいいぞ衣玖」

 

 「か、くぁわ!?」

 

 

 やめて!これ以上天子様私をいじめないでください!けど……幸せです♪

 

 

 「か、からかわないでくだしゃい!!」

 

 「揶揄ってないさ。事実を言ったまでだ。だが、少々意地悪すぎたかな。すまなかった」

 

 

 事実だなんてそんな……ああ、また頭なんか下げないでください!お願いですから私ごときにそのような態度をとるだなんて……!

 

 

 「ふふ、これでは振り出しに戻ってしまうな。衣玖、それぐらいにしてそろそろ敬語改めてくれないか?私には敬語など使う必要などないと言っているだろう?天子様ではなく、天子でいいと。仕事で総領息子様と言うのは仕方ないとしても、私と衣玖の仲なのだ。様付けはよいのでは?」

 

 「そ、そうですが……」

 

 

 正直呼び捨てにしたい。でも、仕事もありますし、何より恐れ多いです。数々の偉業を達成した天子様を天子なんて言えば他の天人様達からどんな目で見られるか……

 

 

 「いや、すまない。今のはなかったことにしてくれ。衣玖のタイミングでいい、私が強要するわけにはいかないからな」

 

 「も、申し訳ありません……」

 

 「……それじゃ、今日も散歩と行こうか」

 

 

 申し訳ありません天子様、私にはまだその覚悟はありません……ですが、その思いをいつか叶えてみせます。天子様、私の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛しのお方……♪

 

 




片方の作品がネタが思いつかず気分的投稿しているので、投稿は遅いかもしれません。
それでも楽しんでいただけたら幸いです。


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東方地霊殿 地上編
1話 天子は地上に舞い降りる


どうも作者のてへぺろんです。


物語の始まりなので、これから先数々の出来事に出会う比那名居天子(♂)の勇姿をご覧ください。


それでは……


本編どうぞ!




 「いい天気だな」

 

 「はい、とても快晴ですね」

 

 

 どうも皆さん、衣玖とお散歩中の比那名居天子(♂)です。生前はちゃんとした引きこもりの女の子でしたけれど、死んだら転生してしまいました。そして、東方キャラの比那名居天子ちゃんに転生できたのだけど、天子ちゃんは性別が男になって原作崩壊してました。中身は女、体は男で生きている私です。

 

 

 今衣玖と散歩中。これは毎日の日課で、朝の散歩で体はポカポカ、心もポカポカになれる。するとアイデアが浮かんだり健康にも良い。衣玖も用事がなければお散歩に毎回ついてくるようになった。朝早いのに申し訳ない気持ちだ。だが、それでもいいと言ってくれる彼女は優しさでできているのではないかと思ってしまう。そして、今日も快晴だ。雲の上だからって?それは気にしてはダメ。気分は毎日快晴なんだから……

 

 

 「今日も平和だな」

 

 「そうですね、天界はいつも平和です」

 

 

 争いごともない、何も変わらない天界。これは元天子ちゃんも暇になるわけだ、私が娯楽施設作って正解だった。天人達はそこで毎日遊んでいる者もいるぐらいに、ある程度の暇は解消された。普通の精神なら何十年も同じことが続けばおかしくなってしまう。天人達はメンタルが強かったんだね。それに、天人でも仕事はしている。寧ろ私が仕事を増やしたと言っていい。娯楽施設の運営に今後の発展のための計画など会社のようなことも行っている。暇を持て余していた天人達も仕事をするときはするし、幻想郷に暮らす妖精よりも働き者だ。私がいなくてもいろいろと考えてくれている。でも、天人であるため皆ゆっくりと仕事するのだ。長生きだし急ぐ必要はないからね。

 

 

 私はいつもの見慣れた景色を見るふりをして後ろに控える衣玖を見ると、どこか嬉しそうな表情でこちらを見ていた。衣玖は私と一緒にいるといつも笑顔でいてくれる。私は事務もこなしているのだが、それも率先して手伝ってくれる。私の秘書のようなこともしてくれている。衣玖は優秀な美人秘書の肩書あげたいぐらい。

 地上からやってきた私にここまで尽くしてくれた方は衣玖だけだ。本当に感謝してもしきれない。今度何か贈り物でもしてあげようかな……

 

 

 「あ、あの~天子様」

 

 

 お?こんな朝早くに天人の役員さんがやってきた。どうやらお困りのご様子のようだけどどうしたのだろう?

 

 

 「どうかしたのかな?」

 

 「大変申し訳ありません天子様。お散歩中に仕事の案件なんですが……」

 

 「構わないよ。どれかな?」

 

 「ああ、それが天子様ではなく衣玖さんに見てほしいものがありまして……」

 

 「あら?私にですか?」

 

 

 そういうと彼女は衣玖に一枚の紙を取り出して衣玖に渡す。

 

 

 「これは前の企画の件ですね?」

 

 「はい、衣玖さんの発案の件でしたので本人に直接見てもらった方がいいかと思いましたので……」

 

 

 役員さんが申し訳なさそうに言う。私の散歩の邪魔になると思っているようだ。私のために天人達が手伝ってくれるようになったのは大変嬉しいことだ。だから邪魔など思わないし、仕事熱心なのは良きことだ。寧ろ褒めてあげたい!いいこでちゅね~♪

 

 

 「あなたは仕事熱心のようだね。私のためにありがとう。礼を言わせてもらうよ」

 

 「い、いえ!私は天子様のお役に立てるのであれば……」

 

 

 顔を真っ赤にして書類で顔を隠す役員さんがかわいい……初心な子のようだね。でも、私は中身は女の子なの。私の息子がそそり立つことはない。そして、衣玖なんでそんな睨むの?私衣玖に悪いこと言ったかな?役員さんがかわいそう……

 

 

 「それで……その件はどうしますか……?」

 

 

 それに声のトーンも下がった気がする……どうしたの?なんだか衣玖の雰囲気が暗いような気がしてならない。

 

 

 「え、えっと……こちらに案内します」

 

 「……わかりました。天子様、私は少し席を外しますので……失礼します」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 役員さんに連れられて衣玖は去っていった。去っていく後ろ姿に怒れる龍が見えた気がするが……気のせいだよね?時々あんな衣玖の姿を見るが……気にしちゃ負けだよね。散歩の続きでもするかな。

 

 

 

 

 

 「ふむ、地上は相変わらず綺麗なところだ」

 

 

 天界の隅で地上を見渡せる位置にいる天子。天界に来てから一度も地上に行っていない。天界での作業が忙しかったのもあるし、原作前なので、自分が下手に関わることは避けるべきだと考えていたからである。

 

 

 「それにしても、今はどの辺りだ?」

 

 

 長いこと天界で暮らしていたため、現在の時系列がわからなくなっていた。少し前に空(下界)が赤い霧に包まれた時は流石にわかった。【紅魔郷】は既に過ぎている。レミリアちゃんに会いたいなぁ……【妖々夢】は流石に過ぎただろうし、【永夜抄】辺りか【花映塚】か?雲の上からなので地上のことはさっぱりわからない。毎日見ているわけではないから把握できていない。もしかしたら【風神録】まで行っているのかもしれないが大きな事件でも起きない限り天界からはわからない。これでも視力は驚くぐらいいい方だと私自身思う。でも、広大な幻想郷で一人の巫女を探すのどれほど大変か……千里眼があればもっとよかったのだけれど……

 

 

 そんなことを思いつつ、どうしようかと悩んでいると地上の至る所で水が噴出していた。よく見ると湯気が立ち上っていて、間欠泉だと理解できた。そして何故と思ったがすぐにこれは異変だと理解できた。

 

 

 間欠泉と共に怨霊達が地上に湧き出ていた。これには私は見覚えがあります。私は東方をやり込んでいたいたため頭の中でティンと来た!犯人は地底の連中だ!そう、東方Project第11弾となる作品【地霊殿】での出来事が起こったのだ。生異変感激するわ~!天界という特等席から観覧できるなんてラッキーと思ったが、同時にやらかしたとわかった。

 

 

 「私の出番……過ぎてる……」

 

 

 比那名居天子こと私が初登場する作品は【緋想天】というのだが、東方project第10.5弾となる作品なの。この時点で察せるよね?私の登場より先に地霊殿異変が起きてしまっていた。ずっとスタンバってたのに……今の私が異変を起こす方が変な気がしてきた。私天界では優等生に思われてるし……今から異変を起こす?ダブル異変なんてどうかな?それは鬼畜な気がするし、もういっそのこと異変起こさずに主人公達に会いに行ってみてもいいかもしれない……生巫女早く見たいし。

 

 

 天子はどうしようと悩んでいると視界の端に奇跡的に地上で小さな女の子を発見する。その女の子は何かから逃げているようだった。

 

 

 目を凝らして見てみると妖怪共が少女を狙っていた。

 

 

 私はすぐに余計な雑念を捨て、危険だと判断した。あの子は人間の子供だ。何の力も持たない。まだこの世に生を受けてこれから世の中を知っていくはずの命の灯を持つそんな子を妖怪共が狙っていた。この異変に乗じて人間を襲うことをたくらんだろうか?理由は定かではない。しかし、幻想郷では妖怪が人間を襲うことなど普通だ。天界では決してそのようなことは起こらない。幻想郷にとっては妖怪は人間を襲うものだから日常的な光景なのだろうが……人間の子供が妖怪共の餌食になるなんて胸糞悪い。私はその光景を見たら飛んでいた。地上に向かって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪共は逃げる少女を追っていた。必死になって逃げている少女は後ろを振り返らない。余計なことは考えられなかった。逃げること以外に頭から離れてしまって生き延びようとしていた。

 

 

 「はぁ!はぁ……!」

 

 

 息をきらして逃げる少女に不運が振りかかる。足がもつれて転んでしまった。痛みに耐えて体を起き上がらせようとしたが、影が真後ろまで迫っていたことを知ってしまうと体が動かなくなって顔だけが振り向く。

 

 

 「でぇひゃひゃひゃ!生きのいい獲物だぜ~♪」

 

 「子供だぁ!久しぶりの新鮮でぷりぷりの子供だあ!」

 

 「オデ、アジワウ、ジックリアジワッテ、クウ」

 

 「食う前に楽しまないとなぁ♪じっくりいたぶって楽しんで悲鳴をあげながら食ってやる♪」

 

 

 妖怪共が少女を取り囲む。背が高い妖怪から小柄な妖怪、ブクブクと太った妖怪にガリガリにやせ細った妖怪が少女を見下ろしていた。

 

 

 「うぅ……あぅ……」

 

 

 少女は目に涙を浮かべて声も出ない。命乞いすらできない程の恐怖が体を支配して硬直させる。幻想郷は人と妖が共存して生きているだけではない。光があるように影もある。妖怪が人間を食らうこともある世界に生きている少女はこの後の結果が想像できてしまう。

 

 

 「せ……んせ……い……た……す……けて……!

 

 

 少女は震える口に言葉を紡いで精一杯助けを求めたが、誰にも届かない。ゲームで語られない残酷な世界があるのが幻想郷である。舌なめずりを妖怪共は少女の体に手を伸ばす……

 

 

 「いやぁ……!

 

 

 少女は死にたくないと祈った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドーン!!!

 

 

 「いでぇ!!」

 

 「どひゃぁ!?」

 

 「ナンダナンダ!?」

 

 「地面が……盛り上がっただと!?」

 

 

 大きな音と共にいきなり地面が盛り上がり少女を守るように地形が変わった。その反動で妖怪共は弾き飛ばされ尻もちをつく。妖怪達には何が起こったのかわからなかった。だが、先ほどまでにいなかった人物がこれを出現させたものだと理解する。

 

 

 「き、きさま!何者だぁ!!」

 

 

 髪は腰まで届く青髪のロングヘアが風に煽られながらその人物は妖怪共に言い放った。

 

 

 「私は比那名居天子、非想非非想天の息子であり、天人くずれだ」

 

 

 ------------------

 

 

 人を喰らう妖怪が存在する幻想郷の人里には大それた防御壁など存在しない。なぜなら、人里は人間達の安全が認められた唯一の場所であったから。妖怪の賢者が人と妖怪の共生のために人里は保護対象となっている。しかし、一歩人里の外へ出てしまえばその安全は無と帰する。そこには幻想郷中の人間が住んでいるようだった。数々の建物に行きかう人々で人里は賑わっていた……いつもならば。今、人里は大変な騒ぎになっていた。人々が不安な表情をし、一か所に集まり騒いでいる様子だった。

 祭り?そういう楽しそうな騒ぎではない。不安と動揺を孕んだものだった。その一か所の中心には二人の女性を取り囲む人々の姿があった。

 

 

 「みんな!頼むから聞いてくれ!その子は私達が助けてみせる!だからお前たちはここに残ってくれ!」

 

 「慧音先生!至る所で温泉が噴き出て霊体も湧き出ている。これは異常事態だ!このままじゃあの子が妖怪に襲われて食われちまう!」

 

 「そうだそうだ!二人より大勢で探しに行った方がすぐに見つかるかもしれないだろ?それに異変が起きているんだ。早く見つけないといけないだろ!」

 

 「だから、それは慧音と私で探すって言ってんだろ!」

 

 

 二人の女性のうち一人は、白髪のロングヘアーに赤の瞳、髪には大きなリボンが一つと、毛先に小さなリボンを複数つけている。上は白のカッターシャツ、下は赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊っており、その各所には護符が貼られている。男達と言い争っているのは彼女だ。

 そしてもう一人は、腰まで長く伸ばされた青のメッシュが入った銀髪に、頭には赤いリボンをつけ、六面体と三角錐の間に板を挟んだような形の青い帽子を乗せている。衣服は胸元が大きく開き、胸元に赤いリボンをつけている。下半身にスカートを履いた女性だ。とても困った表情をしている。

 

 

 「妖怪の危険性もわからない奴がついてきたところでお荷物だ。ここに居てろっつてんだよ!」

 

 

 もんぺ姿の彼女の方は喧嘩腰である。だが、これは人里の者を守るために言っているわけである。彼女なりの優しさでもあるのだが、男達は譲らない。

 

 

 「けど、二人だけじゃ探すのに時間がかかる」

 

 「見つけられなかったらあの子は……」

 

 「それに女性に頼っていたんじゃ男として不甲斐ないんだ!」

 

 「慧音先生、妹紅さん頼む!」

 

 「し、しかし……」

 

 

 慧音と呼ばれた彼女は男達の申し出を断れずにいた。里の外に出た子供を探すため男達は一団となって協力を申し出たのだ。それ故に断りにくかった。その申し出は大変嬉しいものだったが、ここに居る者で妖怪と戦う術を知っているのは慧音と妹紅だけだった。人間と妖怪とでは力も圧倒的に違いすぎる。知性を持たない小妖怪でも人間を軽々と殺してしまうものもいる。男達の中には子供の頃に慧音が教えた教え子も混じっていた。

 

 

 【上白沢慧音

 慧音は半分妖怪である。半妖である身でありながらも慧音は人間を愛しており、常に人間側に立ってる。慧音は人里で寺子屋を営んでおり、子供達に勉強を教えている。そのために、数多くの人里にいる大人達は慧音にいろんなことを教わってきた。

 

 

 そんな子達が、立派な大人に成長したと本来なら喜ぶべきだ。しかし、妖怪達を甘く見ていた。何の力を持たない人間が妖怪と戦うなんて無理な話だ。この場で戦えるのは慧音と妹紅だけだ。

 

 

 「お前らいい加減しろよ!慧音の気持ちを察してやれよ!」

 

 

 妹紅が怒鳴る。その剣幕に周りの者達は押し黙る。

 

 

 【藤原妹紅

 妹紅は不老不死の人間(蓬莱人)である。とある理由で不老不死になってしまった彼女を救ったのは慧音だった。慧音は妹紅にとって「数少ない理解者」であり、友人だ。

 

 

 そんな友人と一緒に食事をしている最中にそれは起こった。人里付近で間欠泉が噴出したのだ。初めは慧音も妹紅も温泉が噴き出たんだと思ったが、怨霊が共に湧き出てきたことで異変だと理解した。そして、そんな中で恐れていたことが起きた。

 間欠泉に興味を持った子供達が外へ出てしまったのだ。それを知ったのは間欠泉が噴出してしばらくたった後だった。子供達を探しに行こうとしたところ慌てて帰って来た。無事に帰って来ただけでも奇跡的だ。慧音と妹紅は子供達を叱ってやろうとしたが、妖怪と出会ってしまい子供が一人置き去りになってしまったのだ。急いで向かおうとしたが、騒ぎを聞きつけた里の連中が共に捜索することを申し出た。それがまずかった。妖怪に出会って時間も経っているし、異変が起きていて何が起こるかわからない。危険な状況に、妖怪と戦う術を知らない連中がついてこようとしている。最悪の展開になってしまったのだ……

 

 

 ------------------

 

 

 「お前らいい加減しろよ!慧音の気持ちを察してやれよ!」

 

 

 妹紅が怒鳴ったことで場が静まり返る。

 

 

 「冷静になれ、お前たちがついてきても私達はお前たちまで守り通す自信はない。お前たちを守ることに徹してしまえば、子供を守ることが出来なくなってしまうかもしれないんだ。それに、お前たちが傷つくところを慧音は見たくないだろうぜ」

 

 

 そう、私は誰も傷つく姿など見たくはない。妹紅の言う通り、妹紅も私も里のみんなを守りながら戦うなんて無茶だ。妖怪にとっては餌が増えたとしか思わないだろう。私は友人である妹紅が傍に居てくれて助かったと思う。私にはみんなに厳しい現実を伝えることはできなかったであろう。みんな優しく、子供のためを思った行動だ。その思いは嬉しかった……が、現実は甘くはないのだ。

 

 

 妹紅の言葉を聞いてみんな落ち着いてくれたようだ。これならば探しに行ける。みんなには悪いが子供が最優先だ。今も妖怪に追いかけられているのかもしれないし、もしかしたら……

 

 

 慧音の頭に「最悪」の結果が浮かぶ。だが、慧音はそれを振り払う。そんな現実は認めたくないし、見たくない。「大丈夫救ってみせる!」っと自分に言い聞かせて……

 

 

 「慧音、行こう。時間をだいぶロスしてしまった。今なら間に合う、間に合わせる!」

 

 「妹紅……」

 

 

 私にとって妹紅は心の支えだ。彼女の言葉に救われた……ならば、私は子供を必ず救ってみせる!

 

 

 慧音と妹紅は人込みをかき分けて走り出そうとした時だった。

 

 

 「おお!あれを見ろ!!」

 

 

 誰かが言った。私と妹紅はその声につられてその声の主を見る。声の主は八百屋の亭主だったが、八百屋の亭主は一方を指さしていた。人里の入り口付近を示していた。これから私と妹紅が向かおうとしていた方角を見るとそこには……

 

 

 

 

 

 「けーねせんせー!」

 

 

 行方がわからなくなっていた少女をおんぶする二十代にも満たない若い青年の姿があった。

 慧音はその青年の姿に見とれてしまっていた。髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳を持ち、顔立ちはとても美しく凛々しかった。

 

 

 私は自分が不甲斐ない。あの子が帰って来たのに、男の方に見とれてしまっていた自分に……隣の妹紅を見てみると妹紅も目が離せない様子だった。他のみんなもそうだった。人里にはいない青年、私は人里に住む者は誰でも憶えているが、彼は憶えていない。今までの記憶を探っても初めて見る。目立つ彼を忘れるわけがない。というと人間ではないのかもしれないな……

 しかし、そんなことは関係ない。あの子の生きている姿を見ることができたのだから……!

 

 

 ------------------

 

 

 隣にいる慧音が子少女を背負う男に向かって行った。私も我に返って慧音の後に続く。

 

 

 「せんせー!」

 

 「よかった!」

 

 

 男の背中から降りて慧音に抱きしめられていた。少女に怪我はないようだ。「よかった」心の中で安堵の言葉が出る。慧音も嬉しかったのか抱きしめたまま離さない。少女も慧音から離れようとしない。余程怖い目にあったらしい……今にも慧音は涙を流しそうな顔をしていた。無事に帰ってきてくれたことは嬉しく思う一方で、私は男に向き直る。今まで見たことのない奴だった。不覚にも美しいと思ってしまう程の美男子だった。背は私や慧音よりも高く長い青の髪、真紅の瞳をしている。こいつは人間じゃないと私にはわかった。しかし、妖怪のような気配はない……妖気を隠しているのか?どちらにせよ少女を助けてくれた礼は伝えないといけないな。

 

 

 「あんた礼を言うよ。この子を助けてくれたんだろ?」

 

 「ああ、そうだ。妖怪に襲われている所を見つけたものでな」

 

 

 そういうと慧音に抱かれていた少女が自慢するかのように言った。

 

 

 「()()()のお兄ちゃんすごい強いんだよ!それにカッコいいんだ」

 

 

 少女は()()()と呼ばれた男の手を握る。余程好かれたみたいだな。だが、気を抜けない……どんな奴かわかるまでは警戒が必要だな。

 

 

 「てんし殿本当にありがとう!私は里で寺子屋を営む上白沢慧音だ。そして、こっちが私の友人である藤原妹紅だ」

 

 「ああ……よろしく」

 

 「改めて自己紹介します。私は比那名居天子、天界に住む天人くずれです」

 

 

 やっぱり人間じゃなかったようだ。だが、天人くずれ?天界って空にある世界のことだよな?何故そんなところの天人が地上に……?それに都合のいいタイミングでの異変が起きた。何か知っているのかもしれないな。後で詳しく聞いてみるとするか……

 

 

 「おーお!あんちゃんすげえじゃねぇか!」

 

 「天人ってのはよく知らないがよくやったよ!」

 

 「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 

 口々に天子を褒めたたえる者達。子供の母親らしき人は何度も何度もお礼を言う。

 

 

 「よしてくれ、私はこの子を助けただけだ。何も褒められることなどしていない」

 

 

 謙虚な奴だ。天人というのは皆天子みたいなのか?それにしても、天子から強者の貫禄が伝わってくる。私だって長い時間生きていたんだ。妖怪を倒すために妖術を学び、傷の痛みにも耐えた。人妖共と戦ってきて経験を積んだ。そしてある程度なら私にだってわかる、この男は相当強いと……私が戦ったら勝てるだろうか?もしもの時のことを想定しておく必要があるな。

 

 

 妹紅はジッと天子を見ていたのだった。

 

 

 ------------------

 

 

 人里は今、物静かである。地面から間欠泉が噴き出て怨霊が地上に現れる光景を見た人間達は建物に避難した。無事に子供が帰ってきても異変は終わっていない。一度、里の中にこもり、異変が解決されるのを待つのである。

 

 

 「本当になんとお礼を言ったらいいのか……」

 

 

 目の前には東方をプレイしていれば知っている人物が二人いる。

 上白沢慧音は人里で教師をしているワーハクタクの半妖である。そして、隣が不老不死の藤原妹紅、愛称はもこたんだ。二人は原作【永夜抄】で登場するキャラだが、こうしてみると不思議な感じがしてならない。ゲームのキャラとご対面とは一生に一度もないことだからね。衣玖に出会った時も絶頂するところだったし……それにしても慧音はいい体つきしている。妹紅の方は控えめだけど、二人共すべすべな肌で羨ましい……私の体が女だったころなんて比べられない程だ。♀天子ちゃんのままだったら触らせてほしかったけど、♂天子君になったから迂闊に触れなくなってしまった。残念とは思うが、私イケメン好きだからこの体とても気に入ってます。

 

 

 そして現在まだ異変が収まってないので、各家内に避難している。私達は慧音が営む寺子屋の一室に集まっていた。先ほどの女の子を助けたことで里の方から歓迎された。あの子も無事でよかったし、良い事だらけだ。ただ皆は天人というものになじみがないらしく、私を人間と変わらないものとして見ているようで、妖怪として警戒されなくてよかった。それに人里の方々からの好感度がいきなりうなぎ登りだ。それはありがたい。これならば気軽に地上にやってこれるのでバンバンザイな気分です♪

 

 

 「気にしないでくれ。偶然見つけただけです。それに、か弱い女の子が襲われているのを見て見ぬふりはできませんでしたから……」

 

 「天子殿……!」

 

 

 それを聞いた慧音は感動したように目を輝かせて天子を見た。

 

 

 「天子でいい、天界では毎回様呼ばわりされているから堅苦しいのは止してほしい」

 

 「なら、私の事も呼び捨てで構わない。気軽に慧音と呼んでくれ」

 

 

 ありがたい、天界ではみんな私の前では背筋ピーンなのでこう気軽に話せる相手がいると楽でいい。衣玖も敬語で接してくるので家でぐうたらな姿なんか見せられないから毎日大変だった。もう慣れたけれどね。

 

 

 「私も妹紅でいい。それで天子にはいろいろと聞きたいことがあるんだけどよ」

 

 

 妹紅がぐいぐい迫ってくる。その目には興味と追及が入り混じっていた。いきなり異変が起きて、タイミングよく天人が天界からやってくるなんて都合が良すぎるよね。でも、私は黒幕なんかじゃないぞ。私を警戒していることが私にはわかる。部屋の位置取り、姿勢、筋肉の微妙な動きで妹紅は私に注意して慧音先生を守れるような位置に陣取った。慧音はわかっていないようだが、長年生きているだけあって流石だ。私も修行し過ぎたせいで相手の動きを注意するようになり、微妙な違いや心理がわかるようになった。時間だけはたっぷりあったからね。

 

 

 女の子の比那名居天子ちゃんは元々のスペックが高かったと思われる。あのわがままの性格で、修行を続けているわけはないし、何より暇だと言っていた。修行していれば暇なわけないし、異変を起こしてラスボスを務める程の性能の持ち主だったのだろうと私は思う。おかげで私は剣術、体術、学問などの経験をすぐさま習得できた。そのおかげもあってか、少女の命を救うことができた。修行していてよかったと改めて実感した。

 

 

 「ああ、そうだな……あの子を助け出した時から話そうか……」

 

 

 

 

 

 私は慧音と妹紅に自己紹介と事の経緯を話した。

 

 

 正直拍子抜けだった。威勢だけはいい妖怪であった。ただ牙や爪を振るうだけで芸の無い連中で、私が拳でぶっ飛ばして緋想の剣で切り裂いてフィニッシュ。あっけない最後だった。それから私は怖がっている少女を落ち着かせるためにいろいろとお話をした。好きな食べ物や友達と何をしているとか大人になったら何したいとか聞いた。お話をすることで次第に恐怖心を緩和させて落ち着きを取り戻させた。これも学問で学んだことだし、会話と言うのは生き物同士の意思の疎通に欠かせないものだからね。私?引きこもっていたけどネットでずっと喋っていましたとも!決してボッチじゃないです!三次元にはいなかったけど、二次元には友達いっぱい居たからちゃんと意思疎通ができるんです!……話が脱線したけど、これを知っていると何かと役に立つ。そして少女を人里へおんぶして送ってあげたということだ。

 

 

 「それであんなに懐かれたのか」

 

 「へぇ、正直言えば私はお前のこと怪しいと思っていた」

 

 「妹紅お前天子に失礼だぞ!」

 

 「悪かったって、天人を見るのが初めてなもんでな。それにタイミングよく異変が起こるもんだから何か関係があるかと思ったんだが……どうやら私は見る目がなかったらしい」

 

 

 すまないと謝る妹紅。私は何も問題ないし、疑われて当然なタイミングで登場してしまったんだからね。しかし、この異変はいつまで続くのだろうか?もしかしたら何日も続くのであれば今回の異変に乗じてあの妖怪共のような輩が行動を起こすかもしれない……私は問題ないけど、人里に住む者達にはきついかな?長続きするなら心配だ……

 

 

 「情報が少なすぎてわからない。こういう時に文屋は一体どこにいるんだ」

 

 「文屋?それは【文々。新聞】を発行している鴉のことか?」

 

 「天子も知っているのですか射命丸のことを?」

 

 

 【射命丸文

 黒髪のセミロングに、フリルの付いたミニスカートと白い半袖シャツを着ている。靴は底が下駄のように高くなっている。

 鴉天狗である彼女は幻想郷で記者をしている。天狗という種族は幻想郷で唯一高度な文明社会を有する種族で、他の妖怪よりも個々の力や団結力が強く、そして排他的であるために、住処である妖怪の山に不用意に立ち入るものには、集団で対応してくる。そんな天狗たちは新聞を出版しているらしく、定期的に大会まであるらしい。幻想郷で情報を手に入れるためには彼女が出している【文々。新聞】を読むといい。内容は娯楽性を重視されており、内容の信憑性よりエンターテイメント性が重視されているのだが無いよりかはいい。

 

 

 しかし、今回の【地霊殿】では文は主人公であるあの子のサポートに徹しているはずだよね?地底には地上の妖怪は入れない条約になっているはずだから地上にいることは間違いなし。彼女がいれば、地底の様子を窺うことができるのだけれど……

 

 

 「はい、彼女は今地底で異変解決を行っている博麗の巫女のサポート役として行動しているはずです」

 

 「そうなのか……それをどこで知ったんだ?」

 

 

 慧音が疑問に思ったことを口にする。やばっ!ゲームやったから知ってますなんて言ったら何言ってんだこいつって思われる……私が残念な子に思われるのは心外だ。適当に流そうそれがいい。

 

 

 「森で出会った妖怪が言ってたのです。信憑性はないですが、可能性はゼロではないと思いますよ」

 

 「なるほど」

 

 

 納得してくれたようだ。危ない危ない……口を滑らせないように気を付けないといけないなこれからは……

 原作キャラといろいろと関わっていくだろうし注意が必要だ。

 

 

 「文屋の奴を探すのか?」

 

 「そうだね、博麗の巫女が負けることはないと思うが、情報は得ていた方がいいだろう。異変も長続きすると地上に悪影響を及ぼしかねないからね」

 

 「そうか。私達は人里の警備で手が離せない。天子悪いがお願いできるか?」

 

 「私からもお願いしたい。里の者達が不安がって生活に支障をきたさないとも考えられないので……」

 

 

 妹紅と慧音からお願いされた。これは断れないな、それに文にあって新聞に一度でいいから乗ってみたかったの!それに彼女と関わっておいた方が何かと都合がいいはずだからね。

 

 

 「わかりました。私で良ければ頼まれましょう」

 

 「天子!ありがとう!」

 

 

 慧音の瞳が輝いている……これ好感度MAXいったんじゃないかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてと、慧音と妹紅に見送られて森の中を捜索中の天子です。時折妖怪が襲ってきたが、全て返り討ちにしてやりました。修行って凄いと改めて実感する。相手がどこから現れるか気配で読み取れるし奇襲など通用しないし、肉体の微妙な動きで相手の行動が手に取るようにわかる。努力した成果もあるが、元天子ちゃんの素質が高かったおかげでもあるのがいい。引きこもりだった私がこんなアウトドアタイプになれるなんて奇跡としか言いようがない。元天子ちゃんの影響も受けているのかもしれないね。私自身の体に感謝します。

 

 

 そんなこんなで歩いていると森から抜け出した。途中から岩がごつごつとしており、草木が少なく荒れた道が続いていた。あてもなく捜索していると一つの妖気を感じた。

 

 

 「……向こうに誰かいるな。行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……初めまして……見知らぬお方……」

 

 

 因縁の相手がそこに居た……

 

 



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2話 地上組と天人様

急ピッチで書いたので荒いかもしれない……


それでも見たい方は……


本編どうぞ!




 人里より離れた人気もない場所に彼女らは居た。

 

 

 「お~い!もっと注げよ天狗~!河童もどんどん飲めよ~♪」

 

 「い、伊吹様今は異変解決の途中でして……」

 

 「あ~ん?天狗お前……私に逆らうのか?」

 

 「いえいえいえいえいえい!決して!けっっっっしてそのようなことは!!?」

 

 「た、たすけて……」

 

 

 片手に瓢箪(ひょうたん)を持った酔っ払いが羽の生えた娘と緑の帽子を被った娘が絡まれている。周りの娘達もやれやれと言った表情である。

 

 

 【伊吹萃香

 伊吹瓢と呼ばれる瓢箪(ひょうたん)を持ったのんべぇで、茶色のロングヘアーを先っぽのほうで一つにまとめている。真紅の瞳を持ち、頭の左右から長くねじれた角が二本生えている。服装は白のノースリーブに紫のロングスカートで、頭に赤の大きなリボンをつけ、左の角にも青のリボンを巻いている。

 

 

 【河城にとり

 ウェーブのかかった外ハネが特徴的な青髪を、赤い珠が付いたアクセサリーでツーサイドアップにして、緑の帽子を被っている。白いブラウスに、肩の部分にポケットが付いている水色の上着、大量のポケットが付いた青色のスカートを着用している。彼女は河童であるためきゅうりが大好物。人間のことを好んでおり、様々な機械を作るエンジニアである。

 

 

 羽が生えた娘は文であり、緑の帽子の娘がにとりである。それに絡む酔っ払いが萃香である。妖怪の山の支配者であった鬼の一人であり、鬼の中でもトップの【山の四天王】の一人だった。

 幻想郷の地に住んでいた頃は、鬼は妖怪の山に住み、天狗や河童を使役していた。そのため射命丸文や河城にとりを始めとした妖怪は元上司である萃香に対して頭が上がらない。そのために、萃香が二人にアルハラを働いても逆らえないのである。

 

 

 「文、にとり……骨は拾ってあげるわ」

 

 「アリスさんひどくないですか!?私達まだ死にませんよ!?」

 

 「その内死ぬでしょ?胃腸炎とか起こして……」

 

 「それならそこの鬼の方がなりそうじゃない?」

 

 「わたしならぁ大丈夫だ!鬼は酒に強いからな!」

 

 

 魔法使いの二人が酒臭い三人から離れてティータイム中である。

 

 

 【アリス・マーガトロイド

 金髪で、青のワンピースのようなノースリーブに、ロングスカートを着用。肩にはケープのようなものを羽織っており、ヘアバンドのように赤いリボンが巻かれている。魔法の森に住む魔法使いで、魔法使いにして人形師である。

 

 【パチュリー・ノーレッジ

 長い紫髪の先をリボンでまとめ、ゆったりとした服を着用。さらにその上から薄紫の服を着ており、帽子を被っている。服の各所に青と赤と黄のリボンがあり、帽子には三日月の飾りが付いている。彼女も魔法使いで、体が病弱で持病の喘息を持っており、身体能力は高くはない。

 

 

 そんなアリスとパチュリーは本を読みながら地底からの連絡を待っていた。

 

 

 「遅いわね、魔理沙ったら……いつまでかかっているのかしら?」

 

 「このままだと私達、あそこにいる酔っ払いに絡まれてしまうかもしれないわね」

 

 

 パチュリーは水晶玉を覗き込んでいた。異変解決のために地底に送り出した魔理沙と呼ばれた者からの連絡を待っていたが一向に返って来る様子はない。アリスはアリスで、酒に酔いしれる鬼に絡まれないか気が気ではなかった。

 

 

 「ね、ねぇ、こっちから連絡したの……?」

 

 

 にとりが地面に倒れながら聞いた。鬼である萃香に無理やり酒を飲まされて気分が悪いようだった……

 

 

 「連絡しても『気が散るから後にしてくれ!』だってさ。手ごわいようね」

 

 

 パチュリーはヤレヤレと言った感じで口にお茶を運ぶ。鬼である萃香は上機嫌に語る。

 

 

 「そりゃそうだよ!地底にはなんたって勇儀の奴がいるからな。遊びの弾幕でも勝負は勝負だから張り切っていると思うよ」

 

 「あやや!?星熊様もいらっしゃるのですか!?」

 

 

 文は震える。地底には自分の上司である鬼がもう一人いることを知ってしまったのだから……

 

 

 そんなこんな騒ぎが起こる中、突如として空間が割れた。言葉通りに空間がパックリと割れた切れ目の両端はリボンで縛られていて、中は一種の亜空間のようになっており、多数の目が覗いている。そのスキマの中から一人の女性が現れた。幻想郷の賢者と呼ばれる者……

 

 

 【八雲紫

 髪は金髪ロングで、毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいる。幻想郷を創った賢者の一人で、幻想郷で古参の妖怪である。幻想郷は幻と実体の境界、博麗大結界の二つの結界により外の世界と遮断されている。どちらも境界の妖怪である紫の提案により行われたことで、幻想郷の成り立ちと関わりがある。彼女は幻想郷を限りなく深く愛している。

 

 

 紫はゆっくりと萃香達に歩み寄る。今回の異変で紫を含むこの場に集まった者達は現在、地底で異変解決を行っている人間のサポート役をしている。そんな関係でお互いに交流を深めることにしていたのだが……

 

 

 「萃香、それぐらいにしたらどう?霊夢から連絡あったの?」

 

 「おおー紫!まだまだ足りないよ、全然酔いしれないもん。それと霊夢なら今、勇儀の奴と戦っているよ」

 

 

 そう言いながら伊吹瓢を口に運ぶ。中から酒が流れて萃香の胃に収まっていく。紫も見慣れた光景ながら呆れた様にため息をつく。

 

 

 「(全く、これじゃ小さな宴会じゃない)」

 

 

 異変を解決すると必ずと言っていいほど宴会をする。どんちゃん騒ぎで酒を飲み、食い、踊りだす。異変解決の定番といったところだろう。紫の目の前ではそんなときの光景に似ていた。萃香だけだったが……

 

 

 「萃香、いい加減にして。ちゃんと霊夢のサポートしてくれないと異変が長続きしてしまうかもしれないんだからね」

 

 「わかってるわかってるよ。あーあ、それにしても待っているのって暇だよ紫~!一発芸でもして」

 

 「嫌よ」

 

 「ケチ!」

 

 「ケチで結構よ」

 

 

 紫と萃香は古い友人同士で、長い付き合いなので天狗や河童のようにへこへこすることもない。気軽に対等の立場で話ができる相手なのである。

 

 

 萃香は暇で仕方なかった。霊夢と呼ばれた者から懐かしい友の声が聞こえた時は暇ではなかった。しかし、戦いが始まった今、地上でサポートをしているが自分自身は何もしない。霊夢に力を貸してやっただけで、こちらが直接操作する必要もない。なのでぶっちゃけ何もしていない。先ほどから酒を飲んでいるだけであって暇で暇で退屈していたのだ。

 

 

 「あーあ……どこか私と対等の奴がいないかなぁ……?」

 

 「伊吹様のような酔っ払いはそういませんと思いますけど……?」

 

 「何か言ったか天狗」

 

 「いえいえいえいえいえいえ!何も言っておりません!!」

 

 

 萃香に睨まれ手をぶんぶん振る文。天狗は鬼に頭が上がらない……はっきりわかんだね。

 

 

 「私が言ったのは飲み比べじゃないよ。お遊びじゃない本気のバトルで戦ってくれる奴がいないかなぁって言ったんだ」

 

 「え”!?それの方がもっと無理じゃね……?」

 

 「そうね」

 

 「私も同感だわ」

 

 

 にとりとパチュリーとアリスですら同意する。鬼の中でも頂点に立つ山の四天王の萃香と戦える者は数えるぐらいしかいない。弾幕ごっこなら対等な勝負だ。だが、ガチンコならそうはいかない。妖怪としてのスペックの差がまず大きいし、鬼はその中でも恐ろしい力を持つ。並みの妖怪とも比較にならないほどだ。

 そんな叶わない願い事を口にしつつも暇を持て余していた。

 

 

 「萃香、あなたはそうやっていつもいつも…………!?」

 

 

 紫は萃香に説教しようとしたが、それどころではなくなった。紫は誰かがこちらに向かってきている気配を感じ取った。

 この場所には結界が施していた。少し前に結界を張って来たのだ。誰にも見つからずに他の妖怪が邪魔しに来ないように彼女達をスキマでここに集めたのだ。この場所を知っている者は紫魔法使いのお子ちゃま吸血鬼か妖怪の山の天魔かごく一部である。その内の誰かだと初めは思ったがどうやら違う。感じたことのない気配……知らない人物……向こうは迷わずこちらに向かって来ていた。

 

 

 「(誰!?一体何者なの……!?)」

 

 

 紫はその人物を警戒した。誰かはわからない人物はこちらを目指して近づいていた………

 

 

 ------------------

 

 

 ものすごく微量に残った妖気を感じてその場所を目指していた。なるほど、理解した。私の前に目には見えない結界があった。この結界には誰かいるだろうか?居るなら話だけでも聞いておきたいしね。

 先ほどから出会うのは荒々しい妖怪ばかりだ。結界を張るほどの知性を持っているのだから今度はまともでありますようにと願いながら結界を抜けた。え?結界通り抜けられるのかって?博麗の巫女と戦うことも想定して結界について学んでいたの。天界にも結界に関する本や結界自体もあるからそれらも修行していて本当に助かったと思っている。私だって比那名居天子の名を汚さないためにも強くなろうとしたんだから……

 

 

 結界を上手いこと通り抜けた天子は歩を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……初めまして……見知らぬお方……」

 

 

 因縁の相手がそこに居た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え”え”え”!!?この結界張ったの紫さんだったの!?びっくりした!いきなり目の前に見たことあるスキマが現れて中からとびっきりの美人が現れたものだから本当にびっくりした。紫さんがここにいるならもしかしたら文もいるのではないか?そうすると必然的に鬼の萃香もいるはず……それにしても、先ほどから心臓の鼓動が高ぶっていらっしゃる。元天子ちゃんが神社ぶっ壊して勝手に神社改造までしてしまったが故に紫さんが普段の口調が消えてしまうほどの怒りをあらわにした。『美しく残酷にこの大地から()ね!』」って言わせたんだから私……おかげで初対面ですけど緊張がやばい……刺激しないようCOOLにいかないと……!

 

 

 「初めましてお嬢さん、私は比那名居天子と申します。天界に住む天人くずれでございます」

 

 「お嬢さんだなんて……変わった天人さんね」

 

 

 初対面の印象はまずまずね。絶世の美男子天子君のイケメンロールで接して紫さんと仲良くなる。仲良くなるので敵対するなど考えるのはやめよう。絶対負ける……修行して強くなったからといってもチートキャラには勝てない。これが現実だ。悲しいな………

 

 

 「私も自己紹介致しますわ。私は八雲紫、幻想郷の賢者……そう言われているわ。それで天子さんに聞きたいことがあるのですけど……」

 

 「天子で構わない。呼び捨てされた方が気が楽だ。それで聞きたいこととは?」

 

 「……ここには結界が張ってあったはずですけど、どうやって入って来たのですか?結界に破られた形跡などありませんし……どうしてかしら?」

 

 

 紫さんからのプレッシャーが凄いな……肉体も精神も鍛えたがやはり幻想郷トップクラスの妖怪は伊達じゃない。私が結界を通り抜けたことで完全に警戒されている……紫さんに敵意がないことを証明しないといけない……私は紫さんと敵対するなんて考えていないよ!ユカリマイフレンド!

 

 

 「私も少々結界のことを勉強しましてね。多少の事ならできるようになりました。それに結界があるのなら中に誰かいるはずですし、この辺りには凶暴な妖怪が多くいるようですし、結界を壊すのは不味いと思い通り抜けることにしました」

 

 「通り抜けるって……結界の中に歩いて入って来たってこと?」

 

 「正確には結界に敵だと認識されないようにしただけです。虫や小動物は結界を通り抜けていましたので、真似ただけですけどね。結界は空気を遮断しないのと一緒の原理ですよ」

 

 「……」

 

 

 今の説明では不味かったかな?だが、私に説明できることなんてこれ以上ない。だって、本当にそうして入ったんだから嘘じゃないし、結界自体高度だったが、複雑な結界ではなかったから容易に入ることができただけだ。紫さんならもっと複雑な結界を作れただろうし、そうなってしまえば私ではどうすることもできなかっただろう。サラッと結界内に入っちゃったのが不味かったのだろうか?紫さんの眉間にシワがよってる……もっと手こずったふりして「紫さんの結界を通り抜けるのには苦労した。流石幻想郷の賢者様だ」とか言ってほしかったのかな?紫さん悩んでますね……

 

 

 紫は目の前にいる天子を観察しながら答えをどう出すか悩んでいると、紫の後ろから友人がフラフラやってきた。

 

 

 「おお?紫がどっか行ったと思ったらこんなところにいたのか……お?誰だお前?」

 

 「……萃香」

 

 

 お?やっぱりここに居た。鬼の萃香、文に支えられているにとり、アリスとパチュリーもいるのか。全員生で見ると美人過ぎない?幻想郷の女子レベル高過ぎじゃない?生前の私がカスに見える……決して私ブサイクじゃありませんでしたよ!本当ですよ!?

 それは今関係ないから置いておくとして……【地霊殿】のサポート組がここに集結していたのか。こうして出会えると思っていなかったから運がいい。目当ての文もいたしね。

 

 

 「どうも皆さん、私は比那名居天子、天人くずれです。今日ここに来たのは射命丸さんに用事があったのです」

 

 「あやや?私にですか?それにどこで私の名を……人里にはあなたはいない気がしましたが……?」

 

 

 天子は事情を説明した。人里での出来事、異変の様子などの情報が欲しいと伝えた。

 

 

 「なるほど……事情はわかりましたわ。安心してください、異変は終息に向かっています。今日中にはかたがつきそうですわ」

 

 「そうですか……」

 

 

 それならばよかった。ゲームのように難易度はルナティックではないのかな?やはりノーマルか?幻想郷に住む人間達にとっては毎日がルナティックの生活だからちょっと気になっただけ。今日中なら何も問題はなさそうだから帰って慧音達に伝えないといけないな。

 

 

 天子は紫達に礼を言い、人里へ向けて足を踏み出そうとした。

 

 

 「ちょっと待ちな天人」

 

 

 天子を呼び止めたのは小柄な鬼、萃香だった。

 

 

 「……何かな?」

 

 

 酔っ払いに絡まれてしまった。かわいい酔っ払いに……でも、目が笑っていない。え?なに?私萃香に嫌なことしたっけ?とりあえず返事してみたけれど……

 

 

 「お前天人なんだろ?私も天人の噂なら少し知っている。昔は冴えない奴らばかりだったけど、お前のような地上の者を見下していない奴は初めて見たよ」

 

 「価値観の違いもあるかもしれないけど、確かにそれはあるよ。けれど、天界は前よりかはマシになったと私は思っているよ」

 

 「へぇ~……なぁ、私と喧嘩しないか!」

 

 

 喧嘩という単語に周りの者達が驚く。

 

 

 喧嘩?萃香は何を言っているんでしょうか?あなたの喧嘩=撲殺じゃないですかねぇ?ああ、鬼は喧嘩好きだから私に挑みたいのか……否、挑んで来いと言っているのか?喧嘩するためにここに来たんじゃないけど……それに私は男、女の子を殴るなんてできない。女同士のキャットファイトでもお断りです。それに、弾幕アクションは格ゲーと同じだからね。当たったら確実に痛いと思うが……ちょっと戦って自分の実力を実戦で味わってみたいと思ってしまっている。元天子ちゃん好戦的だから戦いたいのかも?野菜人みたいだ……

 

 

 「伊吹様!それは不味いですって!」

 

 「そ、そうだよ!天人って言っても伊吹様相手じゃ死んじゃうって!」

 

 

 文とにとりが萃香を止めに入るが萃香は聞く耳を持ちやしない。

 

 

 「うるさいぞお前ら。それにこいつは中々肝が据わっている。紫の威圧に耐えたんだ。少しはできる奴だと思うよ。私は暇で仕方ないんだ。暇つぶし程度に遊べればいいし、対等に戦えるなら望むところだけど……ま、無理だろうけどな!」

 

 

 萃香から喧嘩売ってきて私お前に余裕で勝てますよアピールか……カッチーン!元不良天人の天子である私の闘争心に火をつけたようだ。

 天人は毎日のんびり平和に暮らしているので、元天子ちゃんという好戦的な存在がどれほどイレギュラーだったか実感しました。戦うことを好む天人は元天子ちゃん以外にいないし、萃香は簡単に殺してしまうと思っているのだろう……だが、そんなつもりはない。【緋想天】が実現しなかった分、どこかでどんな強者と戦うかわからないので修行したんだ。死ぬ思いでやったんだから簡単に負けてやるつもりなんて欠片もない。それに、比那名居天子の名をバカにさせないぞ!鬼が何よ!やってやろうじゃないか!

 

 

 この勝負乗った!

 

 

 「ならば、喧嘩しますか?」

 

 「お?乗ってくれるのか?私暇で暇で仕方なかったんだ。暇つぶし程度でいいんだけどやろうよ!」

 

 「ああ、こちらも実戦を経験しておきたかったので丁度いい」

 

 「ん?お前もしかして実戦は初めてか?」

 

 

 首をかしげて萃香が天子に問いかける。

 

 

 「ああ、天界で修行は何回もしたが、それは一人か協力者に弾幕を撃ってもらうかそんな程度だ。一度も実戦はない。ここに来る途中に妖怪を軽くあしらっただけだし実戦ともいえないしな。それでも勝ってみせる!」

 

 

 そう言うと萃香は噴出した。余程面白かったのか腹を抱えて笑い出した。

 

 

 「あはははは!お前面白いこと言うな!私から喧嘩を売っておいてなんだけどごめんよ。確かに嘘ついていないみたいだし、お前の器量は認める。だけど、私は暇つぶし程度って言ったんだ。私に勝てるわけないよ。力も経験も違いすぎる。勝つなんて言わない方がいいよ恥かくから」

 

 

 萃香の方は勝って当然って顔しているな。まぁ、実戦の経験がないのは大きいよね。私も絶対勝てる自信はないが、勝たないと今までやってきた努力が無駄になる。それは嫌だ。それに比那名居天子が弱いなんて思われたくないし、思わせない。それに、男である以上勝ちたい!男には引けないプライドってものがあるからね!中身は女ですけど転生した私は男という獣なんだからね!

 

 

 「いいや、折角の機会なんだ。勝たなくちゃいけない、小鬼さんの萃香に負けるなんて男として情けないからな。私と戦ってほしい!」

 

 

 萃香は驚いた様子だった。他の者達もそうだった。萃香が暇つぶし程度で喧嘩を売ったら頭を下げてまで受けてくれた。萃香の表情に笑みがこぼれる。

 

 

 「~♪いいねぇ!天人の中にもお前みたいな奴がいるなんて……まだまだ世の中捨てたもんじゃないね。よし!とことんやろう喧嘩!ついてきてくれ!」

 

 

 萃香は移動し始めた。その後について行こうとしたらアリスとパチュリーが天子を引き留めた。

 

 

 「あなた本気?鬼と戦うのよ?」

 

 「本気だ。鬼と戦えるなんて滅多にないこと……いい経験になる」

 

 「実戦がこれが初めてなんでしょ?あなた弾幕撃てるの?」

 

 「撃てないわけじゃないが、どちらかというと肉弾戦の方が好みだ」

 

 

 元天子ちゃんは格ゲー出身ですから当然肉弾戦の方がいいに決まっている。この天人の肉体を試す時が来たようだ。

 

 

 「肉弾戦で鬼の伊吹様と戦うなんて自殺行為だよ!」

 

 「いい特ダネだと思いますが、無茶ですよ?伊吹様はああ見えて山の四天王と呼ばれた一人です。ただのそこらの鬼とは違うのですよ」

 

 「知っているさ。心配してくれてありがとう文、にとり。それにアリスとパチュリーも」

 

 

 満面の笑顔でお礼を言う。その美しく凛々しい素顔に4人は密かに鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 

 「お~い!早く来いよ!」

 

 「ああ、今行くよ」

 

 

 いざ、決闘へ……

 

 

 ------------------

 

 

 「(しまったわ。少しだけのはずがこんなに時間が経ってしまっていたなんて……すみません天子様、今からそちらに行きますから!)」

 

 

 衣玖はようやく書類等の面倒ごとを片づけて解放されたところだった。天人は基本的にのんびりでゆっくりしているのだが、最近では天子にいいところを見せようとする女性達が多い。衣玖もその中の一人だった。自分はできる女をアピールしている。

 

 

 

 

 

 衣玖はきちんとした女……のように見えるが箱を開けてみると全くもってだらしがない女であった。家に居る時は下着姿のままで、服は脱ぎっぱなし、ゴミ箱はパンパンでそこら中にゴミが散乱し、酒の缶も放りっぱなし、休日は家でゴロゴロしている日々を送っていた。

 そんなある日、天子が衣玖の家に突然やってきた時は衣玖は恥ずかしさのあまりに死のうと決意したほどだった。失望された……そう思ったが、天子は何食わぬ顔で掃除し始めた。「誰にだって欠点の一つや二つあるから気にしないさ」そう天子は言った。衣玖も一緒に片づけして綺麗な部屋になった。また何日かで元通りになるが……

 

 

 衣玖は片づけられないだらしない女はどう思うかと天子に聞いたことがあった。すると天子は「完璧な存在なんて存在しない。私はそう思っている。だから欠点なんてあるのが普通だよ。それに衣玖は衣玖さ」そう言ってくれた。衣玖は素晴らしいお方だと思った。それ故にこのお方の傍にいたい……いいところを見せたい。衣玖はできる女だと知ってほしいために頑張っていたのだ。時間はかかったが、これでようやく天子の元へ行ける……

 

 

 「天子様!お待たせいたしました……あら?」

 

 

 誰もいなかった。衣玖は時間が時間なだけに、ずっとこの場にいるはずもないと考えた。もしかしたら自宅に帰っているかもしれないし、食事をとっているのかもしれない。衣玖は天子を探すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(いない!?天子様一体どこに行ったんでしょうか!?)」

 

 

 天界の街中の至る所を探しても天子は見つからなかった。衣玖は天子が居そうなところをくまなく探してもどこにもいなかった。誰も見ていない……衣玖は焦っていた。

 

 

 「(天子様が行きそうな場所は探したし、自宅にも戻られていない……考えるのよ私!天子様ならこういう時どうするか!)」

 

 

 頭をフル回転させて天子の居場所を探す……すると衣玖に電流が流れる。

 

 

 「(もしかしたら……天子様は!)」

 

 

 衣玖は雲の上から地上を見下ろしていた。

 

 

 ------------------

 

 

 天子は萃香に連れられて広場にやってきていた。そこには周りには木々にごつごつした大きい岩ばかりの場所だった。戦うには丁度いい広さで被害になりそうな建物は存在しない。思う存分に喧嘩できる場所だ。

 鬼の萃香と天人の天子がお互いに向かい合い、距離は十分離れている。これから天人と鬼との喧嘩が始まろうとしていたのだ。

 そんな中で紫は品定めしていた。結界を抜けて自分の元までやってきた天人を……

 

 

 「(比那名居天子……侮れない存在ね……)」

 

 

 紫は天人の事は知っていた。天人達の性格は知っていたし、天人が地上をよく思っていないことも承知済みだ。しかし、目の前の天子はこれまでの天人と大きく異なっていた。人里の人間達と協力し、子供を助け、しまいには情報を得るために妖怪が闊歩(かっぽ)する森の奥地までやってきたのだ。変わり者と言えば変わり者だ。そして何より紫は天子に興味を持っていた。

 

 

 「(萃香、悪いけどあなたを利用させてもらうわ。天子の実力を見定めるために……)」

 

 

 紫は手を抜いたわけではなかった。結界は妖怪を退けるためだけの性能しかなかったわけだったが、紫が創った結界を難なく通り抜けた天子の実力が気になっていたのだ。そんな時に萃香の申し出が紫にチャンスを与えた。吉と出た提案を天子も受諾した。友人の萃香を利用する形になるが、鬼である萃香にとっては気にしないことだろう。紫にとっても天子という存在を知る機会をみすみす見逃すわけにはいかなかった。

 

 

 「(見せてもらうわよ……あなたの力を……)」

 

 

 扇で隠した口元がニヤリと笑みを浮かべていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ~し!じゃ、喧嘩しようか!」

 

 「ああ、お願いいたします」

 

 「堅苦しいのは嫌じゃなかったかい?気楽にいこうよ気楽に!」

 

 「そうだな……じゃあ……手加減しないぞ」

 

 

 始まりの合図を待つ……

 

 

 「伊吹様と比那名居天子さんの決闘を始めます」

 

 

 文が手を挙げて始まりの合図を出す。

 

 

 「試合……初め!」

 

 

 文の手が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐはぁ!?」

 

 

 萃香の腹に拳がめり込んでいた。

 

 



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3話 天人と鬼の喧嘩

お気に入り50人も期待してくれていたので、頑張って投稿しました。自分も小説とかで気になっているものは早くと願う人なので、早めに投稿できてよかったです。


それでは……


本編どうぞ!




 「ぐはぁ!?」

 

 

 よし!先手必勝!開幕ダッシュ攻撃は基本ね!私の突き出した右拳が萃香の腹に命中した。いきなり女の子を殴るのは男なら気が引けると思うけど、残念ながら私は中身は女なので遠慮しないし、酔っ払いだから子供なんぞにカウントしない。お酒は二十歳になってから!それに元天子ちゃんのためにも弱いところなんて見せれないからね!

 

 

 天子は左拳で追撃しようとするが、鬼の萃香がそれを許すわけはない。腹に一撃を受けたに関わらず萃香の表情は曇っていない、寧ろ先ほどよりも生き生きしていた。萃香の腕が天子の拳を掴む。

 

 

 「いいねぇ……今の一撃効いたよ!私の酔いを醒ましてくれるなんぶぇへ!?」

 

 

 そう言いかけた時に萃香の顎が蹴り上げられた。天子の膝が萃香を空へ吹き飛ばす。吹き飛ばされた萃香は体勢を立て直して天子から距離があいた地に着地する。

 

 

 「油断禁物だぜ」

 

 「てめぇ……!」

 

 

 蹴られた萃香が天子を睨む。並みの妖怪じゃ目が合っただけでも失神してしまいそうな鋭い眼光を向けていた。見た目は幼いがその顔は獲物を見つけた獣そのものだった。獲物を殴り、引き裂き、食らう……酒をあびる酔っ払いの鬼はこの場にいない。

 

 

 周りは静まり返っていた。この場に居る者達は驚きを隠せなかった。だが、萃香は気にしなかった。気にしていられなかった。目の前にいる天人は自分に二度も攻撃を当てた。それだけではなく、余裕の笑みを見せている。萃香の中で長年忘れていたものが湧き上がってくるようだった。今は目の前のあいつに集中したい。周りのことなど気にしていられない。一分一秒でもこの感覚を感じていたい。

 

 

 「やりやがったなお前……確かに油断していたけど、私に二度も強烈なもんくれたのは久しぶりだよ。これは本当に久々に楽しめそうだね!」

 

 

 萃香は笑った。酔いも吹っ飛びこの場にいることを嬉しく思う。だが、喧嘩は始まったばかりだ。萃香は楽しみで仕方なかった。これからもっと楽しくなるだろうと……もっと味わいたい、この久しぶりの感情を……!

 

 

 「比那名居天子だったけ?その名……覚えたよ」

 

 「伊吹萃香……こっちも覚えた」

 

 「へへ……さぁ!思う存分殴り合おう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う、うそ!?伊吹様に二撃も加えるなんて……!」

 

 

 先ほどまで酒に飲まれていたにとりが目を見開いていた。酔いなどすっかり醒めてしまい元上司と地上に下りてきた天人を見比べる。

 

 

 「にとり落ち着きなさいよ。まだ始まったばかりだし、萃香が油断してたってこともあるじゃない?」

 

 「そ、そうだよね。まだ始まったばかりだし伊吹様が負けるわけないよね?」

 

 「私に聞かないでよ……酔っ払いのこと私ほとんど知らないのだから……」

 

 「アリスはそうだったね。伊吹様は山の四天王と呼ばれている一人で、昔妖怪の山を支配して……」

 

 

 アリスに萃香の話をしているにとりを尻目にパチュリーは文に話しかけた。

 

 

 「あの萃香って鬼と対峙している天人、あなたにはどう見えるの?」

 

 「そうですね……『絶世の美男子天人現る!』として特ダネがそこにいるような感じですかね?」

 

 「そうね……本当はどう思うの?」

 

 

 文は少し考えて答えを出した。

 

 

 「彼……天子さんでしたね。強いです、相当な実力を身に付けていると私は思います。伊吹様は平然としていますが、先ほどの二撃は並みの妖怪ならとっくに沈んでいたでしょう」

 

 

 やっぱりねっとパチュリーは納得したようだった。彼女と萃香は初めて会ったが、肌で感じ取れるほど萃香の実力を感じ取れていた。その点はアリスもわかっていたようだった。その鬼と対等に戦える天人がいるとするならば、彼女の友人である吸血鬼は興味を持つだろう。話のタネほどになればいいと思っていたが、予想外の大事になりそうな予感だと思っていた。

 

 

 「彼は勝てるの?」

 

 「さぁ……伊吹様も本気はまだ出していませんし……これからですね。これは特ダネ……いや!超特ダネかもしれませんよ♪」

 

 

 文は手元にカメラを握りしめ、他の者達はこの喧嘩の生末を見守っていた。

 

 

 ------------------

 

 

 静止していた戦場に再びぶつかり合う音が聞こえてきた。

 萃香が拳を振るうと天子がそれを紙一重に避ける。天子が拳を振るうと萃香はそれをあえて受ける。攻撃に対して、意識を集中させることで、鬼の肉体は硬度を増し、鉄壁の壁となる。守りを捨てた萃香は再び拳を振るう……ただ単に頭を狙い、全力で振り抜く。当たれば、ほとんどの妖怪は顔面を失うか首の骨をへし折ることができるだろう。萃香の小柄な体格と細い腕に鬼としての怪力と残忍性を持った威力がそこに備わっている。天人であってもきっとそうに違いない。萃香はそう思っていた。だから、単純に拳を振るう。

 しかし、これも紙一重に避けられる。そしてまた殴られた。今度は先ほどよりも重い一撃だ。天子の拳は萃香の頬に直撃した。

 

 

 「ぐふっ!?」

 

 

 反動で吹っ飛ばされそうになる。鬼としてのプライドがそれを許すまい。足に力を込め耐える。萃香には耐えられた。重い一撃だが、鬼としての強固な肉体が痛みを吸収し、萃香の活力としていた。

 

 

 「(こいつさっきよりも力が強い!?)」

 

 

 だが、萃香は驚愕していた。いきなり現れた実戦経験がないという天人は鬼である自分にこれほどの重い一撃を入れてくる。しかも、それは徐々に力が増していき萃香の攻撃は全て避けられ、天子の攻撃は全て萃香に命中している。

 天子の拳を掴もうとするもすぐに手を引っ込め、新たな一撃を繰り出す。そしてまた同じように萃香の体に衝撃を与えていく。

 

 

 「(またしても捉えられないだと!?)」

 

 

 萃香が遅いわけではない。天子は萃香が自分の手を捉えようとするタイミングを見計らいすぐに拳を引っ込めて相手にペースを掴ませないようにしていた。現在は天子の方が圧倒的に有利だ。しかし、萃香は笑わずにはいられなかった。

 

 

 「(こいつ最高だよ!暇つぶし程度でなんかじゃない。久しぶりの感覚が刺激する……これは喧嘩じゃ終わらせない!)」

 

 

 鬼として、伊吹萃香として今という時間は大切なものだった。今まで自分と戦ってきたのは()()()()()といったお遊びだ。異変を起こした時でも【スペルカードルール】に基づいての決闘だった。

 

 

 幻想郷内での揉め事や紛争を解決するための手段。『殺し合い』を『遊び』に変えるルールである。「弾幕ごっこ」と呼ばれることもあるが、攻撃が弾に限定されることもなく、スペルカードの技が弾幕である必要もない。妖怪の方が人間よりも圧倒的に勝っている部分がある。命の奪い合いで、お互いに傷つくことを避け、人間と妖怪のバランスを保とうとするのが目的である。

 萃香も博麗の巫女と戦った時はルールに基づいての決闘だった。確かに面白かったし宴会で酒も思う存分飲めた。しかし、心のどこかで物足りなさを感じていた。鬼という生き物は喧嘩が好きだ。戦うことで自分を生きているものだと実感できる。本気で戦い、勝ち、負けて消滅してもそれでいいとさえ思える戦いを欲していた。そして、今目の前にいる天人は容赦なく萃香に攻撃してきている。萃香は手加減などせずに、手が出せていないその事実に堪らないほどの喜びを味わっていた。

 

 

 天人はつまらない生き物だと思っていた。天界で暮らし、平凡でのんびりと長々と生きていく。酒もうまい飯もあるだろうが、喧嘩もない暇な世界に住む住人だと萃香は思っていた。天子が現れるまでは……

 萃香は天子から距離をとり、拳を鳴らした。体が喜びに打ちひしがれているように、体がいつもよりも軽く感じるほどだ。

 

 

 「いい男だね……誘っちまいたいぐらいだよ」

 

 

 萃香の口からこぼれ出る言葉。鬼である萃香に嘘はない。天子を見つめる瞳に輝きが灯っている。

 

 

 「それはありがたいが、まだ喧嘩の途中だろ?いいのか?やめても?」

 

 「ダメだ!途中でやめるなんて絶対ダメだからな。それと時間が勿体ないから、今話している時間すら勿体ない。よし!こっちだってやられてばかりじゃ気にくわない。お前を粉々に砕いてやるよ!」

 

 「ふふ……来い!」

 

 

 萃香はこう思った……

 

 

 

 

 

 

 「(出し惜しみなんてしていられるかよ……!)」

 

 

 

 

 ------------------

 

 

 

 

 「油断禁物だぜ」

 

 「てめぇ……!」

 

 

 油断禁物だぜ(キリ★)一度でいいからやってみたかった。そして、できちゃった。しかも、幻想郷トップクラスの鬼の萃香にカッコいい男のセリフベスト10ぐらいに入るだろう相手を挑発するセリフを言っちゃった。しかし私も油断してられない。鬼である萃香の体の丈夫さときたら困ったものだわ。それになんか火を付けちゃったみたいだし……

 

 

 「やりやがったなお前……確かに油断していたけど、私に二度も強烈なもんくれたのは久しぶりだよ。これは本当に久々に楽しめそうだね!」

 

 

 これは本格的に腰を入れないと私萃香にヌッコロされてしまいます……イケメン転生した私の人生をこんなところで終わらせるには勿体ない。修行して身に付けた力を存分に披露する時が来たようね!

 

 

 「比那名居天子だったけ?その名……覚えたよ」

 

 「伊吹萃香……こっちも覚えた」

 

 「へへ……さぁ!思う存分殴り合おう!!」

 

 

 萃香のストレート、ただ単純なパンチだけどあれに当たったら痛いで済むかな?あえて当たってみるか?もし体がぐちゃぁって音したら嫌だし、鬼の拳なんだから痛いに決まっている。避けることに専念し、隙を見て責め立てる。戦いとはそういうものだ。打ち出された拳こそ隙があるもの……萃香には悪いけど私の攻撃受けてもらいましょう!

 

 

 「ぐふっ!?」

 

 

 天子の拳が萃香の頬を打つ。だが、萃香は負けじと天子の拳を掴もうとするがそれは空を切る。

 

 

 萃香は私を捉えようとしているが無駄。私には萃香の動きが手に取るように読める。私は避けてもう一撃を萃香に食らわせる。

 

 

 萃香は打たれても笑っていた。ドMだと勘違いしないでほしいが、萃香は喜んでいるようだった。おそらく私は萃香の期待に応えられるほどの実力はありそうだ。修行してて鬼の萃香と戦えるなんて東方ファンとして感謝感激です!

 

 

 萃香は私から一旦距離をとると口にした。

 

 

 「いい男だね……誘っちまいたいぐらいだよ」

 

 

 萃香の口からこぼれ出る言葉に私もそう思う。私っていい男すぎない?元女の子の天子ちゃんですけど、イケメンである私がいい男じゃないとおかしすぎる。萃香が私を誘ってくれるのは嬉しいけれど、今はもっと戦いたい。私は意外と戦闘狂なのかもしれない……

 

 

 「それはありがたいが、まだ喧嘩の途中だろ?いいのか?やめても?」

 

 「ダメだ!途中でやめるなんて絶対ダメだからな。それと時間が勿体ないから、今話している時間すら勿体ない。よし!こっちだってやられてばかりじゃ気にくわない。お前を粉々に砕いてやるよ!」

 

 「ふふ……来い!」

 

 

 こうやっている私自身悪くはないと思った。

 生前とは全く違う生き方をしている。誰かの上に立つことも、人前に出ることも、喧嘩することなんて私には考えられなかった。しかし、今は上に立ち、人前に姿を現し、喧嘩している。真逆の人生を送っている。そして楽しんでいる自分がいる。喧嘩もまた一つの人生の醍醐味だと教えている気がしていた……

 

 

 「どりゃぁあああ!」

 

 「ふん!」

 

 

 萃香の攻撃を避けて天子は再び攻撃する。その攻防が繰り返されていた。

 

 

 「しゃあっ!!」

 

 

 萃香は再びストレートで攻めてきた。天子は同じ動作で拳を避けようとする。

 

 

 「(かかった!)」

 

 「な!?」

 

 

 私は後悔した。戦いに気をとられていて萃香の()()を忘れていたことに……

 

 

 萃香がいきなり霧状に変化して天子の後ろ側に回り込んでいた。【密と疎を操る程度の能力】これはあらゆるものの密度を自在に操ることができ、物質の密度を下げれば霧状になる性質がある。この特性を使い萃香は霧になることが出来た。それで、体を霧状に変えて天子の後ろに回り込んだというわけだ。

 そのことを忘れていた天子は判断が遅れてしまう。萃香は拳に力を込めた。

 

 

 「受けて生きていられるかな?」

 

 

 萃香の拳が振り向いた天子の腹に直撃した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが終わったと思った。鬼の拳をまともに受けて天子は吹っ飛んで大きな岩に激突し、砂埃を巻き上げていた。

 

 

 「伊吹様やりすぎだよ!?さっきの天人死んじゃったんじゃ……!?」

 

 「今のはまともに食らったわね……生きている方が異常だわ」

 

 

 にとりとアリスが哀れな天人を思う。鬼に挑まなければこういう結末を迎えることはなかっただろうと……

 

 

 「あやや!?いくらなんでもこれは記事にできませんよ。『鬼の四天王の一人伊吹萃香!喧嘩で天人を殺めてしまう!』ってのは見栄えが悪すぎますしね」

 

 「本気で思っているの?」

 

 「いくら天子さんが強くてもさっきの一撃は当たれば耐えられません。大天狗様でも耐えられないのに一人の天人()()()が耐えられるわけありませんって……」

 

 「そう……」

 

 

 文とパチュリーも心の中で合掌する。文の説明を受けたら納得するしかない。天狗である文は鬼のことをよく知っている。上司であり、いい意味でも悪い意味でもよく接してきたのだ。だから納得できたのだ。比那名居天子は萃香の拳には勝てなかったと……天人()()()が鬼に敵う筈もない。

 

 

 そう……比那名居天子がただの天人()()()であったのならば……

 

 

 「まさか……」

 

 

 パチュリーの隣にいる紫から声が漏れていた。パチュリーは発した意味の訳を理解できていなかった。

 

 

 がれきが動く時までは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼はジッと見つめる。今だに砂埃が舞う場所をただ単に見つめているだけだった。

 

 

 萃香は命が削られる程の威力を拳に込めた。そして、天子の腹にそれが直撃した。

 即死。鬼の拳を受けて立てる者などこの世にほとんどいない。ある者は内臓をぶちまけて散り、ある者は塵すら残さなかった。ごっこ遊びではない本気の拳が直撃したのだ。

 

 

 しかし、萃香は黙っていられなかった。

 

 

 「へ、へへ、へへへ……!」

 

 

 しばらくは黙っていたが、口が勝手に動いていた。萃香の口元が引き裂かれるように持ち上がる。

 

 

 「お前……本当に最高かよ!」

 

 

 笑いが止まらなかった。笑いたくて仕方なかった。興奮を抑えきれなかった。萃香は酔っていた。酒ではなく、戦いの興に……そして自分と対等以上に戦っている天人に……!

 

 

 砂埃が消え、がれきが動いた。そしてそいつはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……流石に鬼の拳は痛いなぁ」

 

 

 ------------------

 

 

 私は萃香の拳を受けて盛大に吹き飛ばされてがれきの中にいる。まさか本当に自分でも耐えられるとは思っていなかったし、一瞬死んだかと思ったけれどそんなことはなかった。私は生きているぞー!!元天子ちゃんの体を更に強化したこの肉体には鉄壁という言葉が似合うようだ。決して絶壁ではない。

 

 

 元々天人の肉体は地上の人間とそう変わらない。元天子ちゃんが特別なのである。ゲームでも元天子ちゃんの元々の防御力は他のキャラと変わらないけど、防御力を上げることができる。この性質のため「硬い」と解釈されてしまい、貧乳化の原因にもなっているの。もう男だから関係ないけど元天子ちゃんの気持ちわかったかも……揺れない震源地とも言われたりするし……私かわいそう……

 しかし、私はそれを利用して肉体を徹底的に鍛えた。そうすることによって防御力を極限まで上げることに成功した。おかげで萃香の拳を受けても大丈夫だった。備えって大事ですね。だが、気を引き締めないとやばいと実感できた。萃香の拳がこれで終わりなわけはない。これ以上の力を発揮されると私だってオワタ状態になるかもしれないんだ。それに、これ以上元天子ちゃんのためにも醜態は見せられない。

 

 

 天子はゆっくりとがれきを持ち上げて退かす。辺りの砂埃が消えていき天子の姿がさらけ出した。

 

 

 「……流石に鬼の拳は痛いなぁ」

 

 

 痛いことは痛かった。今でも殴られた箇所がジンジンと痛む。そのおかげで闘志が湧き上がる気がしてくる。やっぱり私は戦闘狂になってしまったようだ。

 

 

 天子はがれきから降りて萃香の元へ堂々と歩いて来た。

 

 

 「へへ……私の拳を耐えるなんて……本当にいい男だね!」

 

 「鍛えているからおかげで生き延びることができた。それに、私は比那名居の名を持つもの。小鬼さんに負けてしまっては情けないからな」

 

 「小鬼だけど伊吹萃香って名前があるんだ。ちゃんと名前で呼んでほしいね。私もお前のこと天子って呼ぶからさ」

 

 「わかった萃香」

 

 

 萃香から名前で呼んでって言われちゃった!東方ファンの私にとってこれは嬉しいことだ。苦難に乗り越えてきた私へのご褒美というわけですね!わかりますわかります!これは萃香と男の友情が芽生えたのではないでしょうか!?……萃香は女の子だったわね。私も中身女の子だし……でも、萃香からの好感度はぐぐーん!っと上がったはず……私もしかしたら萃香とかと一緒に宴会に参加出来ちゃったり!生前はあまりお酒飲めなかったけど、この体なら問題ナッシングだし東方キャラ達と一緒に宴会したいなぁ♪

 

 

 「天子、ここから正真正銘の本気でいかせてもらうよ。思う存分楽しみたいしね!」

 

 

 萃香は本気の戦いをご所望ってわけね。OK!私だって引くわけにはいかないし、何より体術だけよりも()()()の方が私は得意だ。

 

 

 天子は何かを取り出した。それは柄と握り部分しかない剣だった。

 

 

 「それはなんだい?」

 

 「これは天人しか扱えない代物だ。緋想の剣というもので、私はこちらの方が得意分野なのだよ」

 

 「そうなのか?それでもいいよ。私は天子と本気の喧嘩を出来ればそれで!」

 

 

 武器を取り出して「卑怯者!」って言わないのがいいよね。私はやはり緋想の剣をベースに戦う剣術と体術を組み合わせたものの方が得意だった。だから私も出し惜しみしないし、萃香と戦って勝ちたい。私は比那名居天子として勝ってみせるわよ!

 

 

 【緋想の剣】に刃が現れた。

 

 

 天人と鬼の種族が違う二人の本気の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くあの鳥頭め!手加減を知らないのかよ!」

 

 「うにゅ?手加減ってなに?」

 

 白と黒の衣装に身を包んだ箒に乗った少女は大きな羽を生やした娘には意味が理解できていないらしい。

 

 

 「本当に鳥頭だな……霊夢!観戦してないで手伝えよ!」

 

 「嫌よ、魔理沙がやるって言ったんだから早く終わらせてよね」

 

 

 霊夢と呼ばれた紅白巫女装束に身を包んだ少女は宙に浮かびながらこの勝負を観客のように見ていた。

 

 

 【博麗霊夢

 黒髪にやや高めの身長、袖が無く、肩・腋の露出した赤い巫女装束に身を包んだ少女。人間と妖怪のバランスを保ち、時には妖怪を退治する者のことを【博麗の巫女】と呼ぶ。その巫女が霊夢であり、幻想郷の守護者とは彼女の事である。

 

 

 【霧雨魔理沙

 片側だけおさげにし、髪は金髪、リボンのついた魔法使いが被るような帽子に、白のエプロンに黒の服、更には箒を所持している。霊夢と共に異変を解決してきた魔法使いだ。

 

 

 地底で起きた異変を解決するために二人はやってきていた。道中様々な妖怪と戦い最終地にやってきていた。

 

 

 「うにゅ!私は力を手に入れたんだ!だからいっぱい相手してあげるよー!」

 

 「ああもう!やってやるよ!この霧雨魔理沙様にかかればこんな奴すぐに倒してやるぜ!」

 

 「もう何分経っていると思っているのよ……」

 

 

 ため息をつく霊夢を尻目に戦いは再開された。地底ではもうすぐ決着がつくだろう……

 

 

 「……帰ったら温泉でゆっくりするのも悪くないかも」

 

 

 博麗の巫女と魔法使いの二人は地上で起きている出来事など知る由はなかった。

 

 



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4話 喧嘩の決着

萃香戦ラストです。



本編どうぞ!




 とある森の奥地で繰り広げられていた戦いは激しさを増していた。大地が砕け、空を裂くように鋭い刃が肉を絶つ。そこは戦場と化していた。赤い生暖かい液体が体から流れる鬼がそこにいる。口から流れる赤い血は地面に染み込まれていき戦場を赤く染めていた。鬼である萃香の体に無数の傷がついてそこから血が流れ出ていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 何度ぶつかっただろうか?何度叩きのめされただろうか?何度剣の刃に切り刻まれただろうか?憶えてはいない。しかし、確かに萃香の体は傷つき、打撲の跡も見受けられた。息をきらしているが、そんなことなど気にも止めない。気にしている余裕などどこにもなかったからだ。

 

 

 「はぁ……はぁ……へへ……はぁ……へへ……へへへ……!」

 

 

 嬉しかった。ただそれだけだった。退屈だった日々にたまに弾幕勝負が舞い込んでくる日常と毎日飲むことができる酒。それだけでは萃香は満足できなかった。鬼である者ならば誰もが避けて通れぬ道……命を科して戦い自分とも渡り合える強者との死闘に無意識に恋していた。昔ならそういう者達は大勢いた。しかし、今はどうだ?スペルカードが主流になり、戦いこともごっこ遊びになった。命を懸ける必要もなくなった。争いが少なくなり、平和になったはいいが、平凡でつまらない日常でもあった。鬼と戦える者は少なくなり、戦うことすらなくなった今の幻想郷に恋い焦がれていた死闘がやってきた。そして、萃香は体感している。

 

 

 萃香は自分の体を見る。傷口から血が流れて痛々しい。何か所か血が滲み、紫色に変色している部分もある。

 天子が持っている緋想の剣は鬼である萃香の強固な肉体を容易に切り裂いた。天子が操る要石に何度も痛めつけられた。そして、天子の体術が萃香の攻撃を難なくと受け流す。萃香は今まで圧倒的な力で天狗を河童を自分と同じ鬼達を従えてきた。萃香に文句を言える者もそういないし、誰も逆らおうとさえしない。

 自分は強いから当然だと思っていた。しかし、目の前の天人はそんな萃香を翻弄した。

 

 

 萃香は押されていた。自分はこんなにボロボロなのに、天子の方は初めの腹に決まった一発と拳がかすった程度でしかなかった。萃香は実戦経験がないなんて嘘だと思ってしまっていた。しかし、天子は嘘は言っていないとわかっている。だから尚更自分が押されている状況に驚くしかなかった。萃香は本気で戦っていた。体を霧状に変えて戦ったり、炎を吐いたり、巨大化して踏みつぶそうともした。それでも、天子はそれを掻い潜ってきた。萃香の技を攻撃を掻い潜って来るたびに驚かされた。

 

 

 「……はぁはぁ……比那名居天子……私が今まであった男の中でお前は最高の男だよ」

 

 「ありがたい。萃香も最高の相手だ」

 

 「嬉しいね……惚れちまうよ……♪」

 

 

 萃香の頬がほんのり赤みをおびていた。その瞳には天子しか映っていなかった。

 

 

 鬼は引かない。目の前の天人が自分よりも強いということを実感してもプライドが許さない。相手が強いほど鬼の闘争心は熱くなる。そして、萃香は一つの思いを抱いた。

 

 

 「(だからこそこの技で仕留めてやる!)」

 

 

 絶対に勝ってみせると……!!

 

 

 「天子……次が最後の技だ。思う存分味わってくれ!」

 

 「そうか……ならば……!」

 

 

 天子は緋想の剣と要石をしまった。これには萃香も頭に?マークを作るばかりである。

 

 

 「?何のマネだい?」

 

 「味わってくれと言っただろ?ならば私は萃香の攻撃をこの体で受けてやる!」

 

 「本気か!?耐えられなかったら死ぬぞ!?」

 

 「死なないさ。それに期待に応えずに逃げるなんて死んだ方がましだと思えるからな」

 

 「(ああ……なんてやつなんだこいつは!)」

 

 

 今にも嬉しさで絶頂しそうになったのを我慢した。鬼である萃香の攻撃を真っ正面から受けると天子は言ったのだ。妖怪でもこんな無謀なことはしない。しかし天子は確かにそう言った。嘘などではない本気の言葉だった。

 

 

 「そうか!ならば私の攻撃を耐えることができたなら天子の勝ち、耐えられなければ私の勝ちでどうだ?」

 

 「望むところだ萃香!」

 

 

 向き合う二人に沈黙が流れる……

 

 

 「行くぞ天子!」

 

 

 萃香の拳に力が収束するのがわかる。能力を使って自分のありったけの妖気を力に変えて拳に集めていた。尋常じゃない程の力を感じる。決してごっこ遊びでは見ることが出来なかった萃香の本気の拳で天子を貫かんとその拳は解き放たれた。

 

 

 「終わりだー!!!」

 

 

 ------------------

 

 

 萃香強すぎ……正直だいぶしんどいです。

 何度も何度も攻撃を繰り返してきて倒れる様子はないし、鬼の耐久性侮ってました……緋想の剣で萃香の肉を絶ち傷つけるごとに心が痛むけれど、これは真剣勝負なため手を抜いたら萃香に失礼です。

 私は要石で萃香を翻弄して緋想の剣で肉体の弱点をつき、強固な硬さを誇る鬼の肉を切り裂いていった。更には要石で追撃し痛手を負わせた。どんな硬いものでも弱点をつければ容易いものである。緋想の剣ってある意味チート武器じゃないかな?でも、聞いた話だとこの剣をうまく扱えないと意味をなさないんだとか……

 それで萃香はボロボロの姿だ。完全に私の方が優勢な状況を作った。このままいけば確実に勝てるが萃香を侮るなかれ……まだ彼女の瞳には敗北を悟った目ではなかった。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 萃香は息をきらしていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……へへ……はぁ……へへ……へへへ……!」

 

 

 萃香は笑い出した。卑屈な笑いではなく、楽しみで仕方ないように煌々と輝いていた。

 

 

 「……はぁはぁ……比那名居天子……私が今まであった男の中でお前は最高の男だよ」

 

 「ありがたい。萃香も最高の相手だ」

 

 「嬉しいね……惚れちまうよ……♪」

 

 

 ヤダ私ったら萃香に褒められただけじゃなく、惚れられてしまったかも♪お、おちつくのよ私!萃香と禁断の愛に目覚めることはないはずよ!これは喧嘩した者同士でしかわからない熱い友情に違いない。私達女の子同士ですもんね!あ、私の体は男だったわ……だ、だけど萃香は喧嘩好きだし、きっと河童のように盟友として見てくれていると私は思う。そうじゃないと私はこれからどう接したらいいかわからないから……

 

 

 そのような勝手な妄想を抱いている天子に対して萃香は言う。

 

 

 「天子……次が最後の技だ。思う存分味わってくれ!」

 

 「そうか……ならば……!」

 

 

 萃香の最終奥義か……これは全力で受け止めてあげないといけないようだ。

 私は緋想の剣と要石をしまって万全の状態を作る。私の()()()()()を見せる時が来たようだ。

 

 

 「?何のマネだい?」

 

 「味わってくれと言っただろ?ならば私は萃香の攻撃をこの体で受けてやる!」

 

 「本気か!?耐えられなかったら死ぬぞ!?」

 

 「死なないさ。それに期待に応えずに逃げるなんて死んだ方がましだと思えるからな」

 

 

 萃香の顔がとろけたようになる。いけません女の子がそんな顔しちゃ!萃香嬉しいのはわかるけど落ち着こう?COOLに!COOLに行こう!

 

 

 「そうか!ならば私の攻撃を耐えることができたなら天子の勝ち、耐えられなければ私の勝ちでどうだ?」

 

 「望むところだ萃香!」

 

 

 天子は受ける。場は必然と無音の世界へと変わった。

 

 

 「行くぞ天子!」

 

 

 走り出してこちらに向かってくる萃香の拳に絶大な力の収束しているのがわかった。これは私でも耐えきれるか?否、耐えねばならない!引かぬ!媚びぬ!省みぬ!比那名居天子に逃走はないのだー!!!

 

 

 「終わりだー!!!」

 

 

 萃香の拳が天子に迫る!

 

 

 とっておきを発動するなら今しかない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『無念無想の境地』!!!

 

 

 

 

 

 萃香と天子が激突した……

 

 

 ------------------

 

 

 戦いは激しく周りの者は岩陰に隠れてその様子を窺っていた。

 

 

 「……」

 

 

 紫はただ見ているしかなかった。本気の戦いに水を差すわけにはいかないし、自分もこの戦いを望んでいたから。しかし、紫の想像とは現状の様子はかけ離れていた。

 

 

 紫は萃香に食って掛かる程度の器が天子に備わっていることが見て取れていた。ならば実力はどうか?紫の予想では萃香より劣る、良くてもう一歩の所までで萃香には届かないと思っていた。違った……現状は萃香の体がボロボロになり、天子が受けたのは最初の一発がまともだった。他はかすった程度のものだった。それだけではない。萃香が本気で相手にしている。久々に萃香の本気の戦いを見た。彼女が本気になることなど大昔の事以来だったし、本気の萃香と戦っても天子の方にはまだ余裕があるように見えた。

 

 

 手に持つ剣は鬼の体を傷つけ、宙に浮かぶ石はまるで生き物のように自在に動き萃香を襲った。そして、それを操っている天子は萃香の攻撃を紙一重でかわしている。萃香の攻撃を耐えた天子の肉体も驚きだった。予想外のことが多すぎる。

 

 

 「(あの天人がこれほどまでの実力者だったなんて……)」

 

 

 そう思っていた。天子の方が萃香を押していた。萃香のあんな姿は見ることはないだろう。他の者達もそうだった。

 

 

 「伊吹様……押されてる……!?」

 

 

 にとりは信じられない顔をしていた。自分達を支配していた鬼の萃香のボロボロな姿を見ているのだ。これほどの光景は生きてきた中で一番の驚きだった。

 

 

 「萃香もそうだけれど、彼は凄いわね。こんな戦いは普通じゃ見られないわよ」

 

 「そうね。レミィが知れば興味津々になるのは間違いないわね」

 

 

 アリスとパチュリーは岩陰に隠れながら感想を述べる。意外と魔法使いの二人は落ち着いており、状況を観察していた。

 

 

 「こ、これは大大大スクープですよ!まさかあの伊吹様に血を流させるなんて……!こんな記事は一生に一度ないでしょうか!?」

 

 

 文は手に持ったカメラを戦っている二人に向けて撮影し続けている。あまりに集中し過ぎて岩陰から半分以上身を乗り出す形だが、アリスが操る糸でしっかりと体を結ばれてそれ以上出て行かないようにしてくれていた。

 

 

 そして一人……紫は戦っている天子の姿をずっと凝視していた。

 

 

 「(イレギュラーな天人……比那名居天子……彼が幻想郷に一体何をもたらしてくれるのかしら?)」

 

 

 

 

 

 

 戦いは長引き遂に萃香が息をきり始めた。そして今天子との死闘に決着をつけるために宣言する。

 

 

 「天子……次が最後の技だ。思う存分味わってくれ!」

 

 「そうか……ならば……!」

 

 「(彼が己の武器である剣と要石をしまった?何をするつもりなの……?)」

 

 

 天子の行動を見た紫は疑問に思う……萃香も同じだったらしく首を傾げていた。

 

 

 「?何のマネだい?」

 

 「味わってくれと言っただろ?ならば私は萃香の攻撃をこの体で受けてやる!」

 

 「本気か!?耐えられなかったら死ぬぞ!?」

 

 「死なないさ。それに期待に応えずに逃げるなんて死んだ方がましだと思えるからな」

 

 「(萃香の拳をあえて受けると言うの!?萃香の攻撃をまともに受けようとするなんてあなたはどうかしているわ!?)」

 

 

 紫の顔にも明らかな動揺が見て取れた。萃香の拳は鋼鉄をも軽々と砕くものであり、しかも本気になれば大地は砕け散り辺り一面は荒野になるだろう。それをあえて受けると言う……鬼の拳を受けた彼ならば、萃香と戦っている天子ならばそんなことぐらいはわかるはず……戦っている内にどうかしてしまったのだろうかとも紫は思いそうになったが、すぐにその考えは捨てた。

 比那名居天子には萃香の拳を耐える自信がある。そう紫の思考は考えを出した。

 

 

 「(まさか……そんな!?鬼の拳を耐える方法があるなんて……!?)」

 

 

 馬鹿げた力を振るう鬼のしかも四天王である萃香の拳を受ければ紫ですら耐えることはできないだろう。スキマを使って攻撃を回避するしか方法はない。しかし、天子にはそんな力はない。もしかしたらありえないことが起こってしまうのではないだろうかと思った。

 

 

 「そうか!ならば私の攻撃を耐えることができたなら天子の勝ち、耐えられなければ私の勝ちでどうだ?」

 

 「望むところだ萃香!」

 

 

 この戦いがどちらが勝つかわからない……もしも萃香が負けるようなことがあれば……

 

 

 「行くぞ天子!」

 

 

 萃香が天子に向かって走り出した。天子が何を仕出かすのか、いつの間にか罠を張ったのか、紫は決して見逃さないように、意識を集中した。

 二人の距離がゆっくりと縮まっていくようにも見えた。緊張が紫達を支配し、時間がゆっくりと動いているような感覚に陥った。

 

 

 そしてその時は来た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「終わりだー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りの木々は根元から宙を舞い、岩は砕け飛び、その場にある空気までもが衝撃で吹き飛んだように思えた。圧倒的な威力を持つ拳が大地をえぐり、その場にいる生き物全てを飲み込んでしまうような一撃が一人の天人を飲み込んでいった。鳥も虫も小動物でさえ、誰も存在しなくなった場にはただ立っている者がいた。

 

 

 伊吹萃香……鬼の四天王にして鬼の最強格の存在。大地をえぐりとった拳を振るった者……が立っていた。

 

 

 「……」

 

 

 萃香はただ放った拳の先を見つめるしかなかった。彼女はその先だけを見ていた。何も無くなった空間に一体何があるというのだろうか……?

 

 

 その場には居たのは萃香……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だけではなかった。

 

 

 「……今のは……効いたぜ……!」

 

 

 天子もそこに確かに立っていた。

 

 

 萃香の拳を受けた天子は吹き飛ばされるも足で踏ん張り耐えたのだ。体に走った衝撃は背中を突き抜けて天子の後ろ側の木々や岩を破壊した。驚愕の威力だった。生きとし生ける者があんなのを食らえば即死どころか意識すらせずに天国へ行ける……いや、魂までもが消し炭になってしまうんじゃないかと思うぐらいだった。その攻撃を天子は耐えた。そして生き残った。決定的な天子の勝利が形となって表れていた。

 

 

 「……へへ……負けちまった……」

 

 

 萃香は自らの拳を下げて悟った。自分は負けてしまったのだと……

 

 

 「危なかった。下手していたら本当に死んでいた」

 

 「でも、生き残っただろ?天子は凄い奴だよ……私の完敗だ」

 

 

 そう言うと萃香は尻もちをついた。そして全てを吐き出すように言った。

 

 

 「ああ!負けたのはいつぶりだったけなぁ~?憶えてないや。まぁ、そんなことはどうでもいいか!今日という日がこれほど喜ばしい日になるなんて思わなかったよ」

 

 「ふふ、私もそうだ。私も萃香に出会えたことを誇りに思う」

 

 

 天子は笑顔で萃香を見る。萃香の方は薄っすらと頬が赤くなっているように見えた。戦っていて体が火照っていたのだろうか?萃香は慌てて天子の目から逃れるように視線を離す。

 

 

 「わ、わたしも……天子に出会えてよかったよ……」

 

 「萃香……ありがとう」

 

 

 天子は萃香に手を差し伸べる。萃香はその手をチラチラと横目で何度か見ていた。少ししてからその手を握り立ち上がった。

 

 

 「ま、まぁ……天子が耐えきったんだから天子の勝ちだぞ」

 

 「ああ、それはわかっているが?」

 

 

 天子は萃香が何か言いたそうにしているのがわからなかった。頭に?マークが浮かんでいる。

 

 「敗者は勝者の言うことは聞くものだ。勿論、この首を差し出せと言われても私は構わない。天子なら喜んでこの首差し出すよ!」

 

 「「伊吹様!!?」」

 

 

 萃香が自分の首を差し出してもいいと言った。これには文もにとりも黙っていなかった。鬼である萃香にはプライドがあった。鬼として敵を蹴散らしてその屍を踏み台にして勝利の雄たけびを上げる鬼としてのプライドが……しかし、萃香は心の底から完敗を認めてしまった。鬼の中でも変わり者の萃香でも天子に敗北を認めてしまったためにそのプライドは意味をなさなくなっていた。もう萃香は満足していた。この戦いを決して忘れないし、自分を打ち負かした比那名居天子という存在は永遠に萃香の心に刻み込まれていた。死んでも悔いはないとさえ……

 

 

 沈黙が支配する。文とにとりは萃香と天子を見比べていた。もし萃香の首を欲しいと天子が言ったらどうしようかという若干の不安があったからだ。それに、天子という人物が二人にはわからない。萃香を打ち負かした天人としか知らない。悪い天人ではないように思えるが……もしものことがある。二人は萃香に恨まれてもそれだけはさせるべきではないと心の中で動けるように準備していた。

 

 

 「……そんなことはしない。それに私はただこの異変の情報を得ようとしてここまで来ただけだ。本当は喧嘩しに来たわけでもなかったからな」

 

 「ああ……そういえばそうだった……忘れてた」

 

 

 萃香は完全に忘れていたようだった。そのことに周りの者達がズッコケるような錯覚をおこした。

 

 

 「まぁ、私が勝ったのも日々の努力があってのものだ。それに萃香の能力を知っていたことも勝利のパーツでもあったってわけだ」

 

 「そうなのか!私のこと知っていてくれたのか……?」

 

 「ああ、萃香のようなかわいい子を知らないなんて天罰が当たってしまうよ」

 

 「あっ」

 

 

 萃香の顔がみるみる赤くなっていき、萃香は慌てて天子から離れてしまう。

 

 

 「?どうした萃香?」

 

 「にゃ、にゃんでもにゃい!」

 

 「?猫マネか?」

 

 「ち、ちがうわ!!」

 

 

 顔を真っ赤にして怒る萃香とそれをなだめる天子の姿が喧嘩を終わらせる証明となっていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「……今のは……効いたぜ……!」

 

 

 皆さん、いきなりですけどひとこと言わせてくれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超痛いんですけど!!?

 

 

 なに私気取ったセリフ言っているんでしょうか!?めっちゃ腹痛いです!!私は元天子ちゃんの『無念無想の境地』によって防御力を極限以上に強化したんです。本来ならば『無念無想の境地』は、一時的に身体能力を強化し、あらゆる攻撃に怯むことなく行動できるようになるが、代わりにガードができなくなるいわばスーパーアーマー状態になる。スーパーアーマーとは、ゲーム内のキャラクターが相手から攻撃を受けると『のけぞる』『よろめく』など攻撃や移動などのアクションがキャンセルされてしまう事がある。しかし、アーマー持ちならばこのようなキャンセルが発生せず、即座に反撃へ転じられるという利点がある。

 ……のはずなんですが、私吹っ飛ばされて、のけぞる&よろめきそうになりましたよ!?それほど萃香の一撃がヤバかったものだというものがわかった。調子こいてもし私の防御力より萃香の攻撃力の方が上だったら今頃私は……

 

 

 考えるのは止そう……結果どうであれ萃香に私は勝った。比那名居天子として、元天子ちゃんの名誉を守ることに成功しました。原作じゃ負けちゃうけどね。それよりも腹が痛い。我慢強いのは流石元天子ちゃんの体だ。我慢することに何の抵抗力もないのが感じ取れる。やっぱりこの体の影響が私の性格にも少し影響しているみたいだね。今後の参考にさせてもらおう。

 

 

 「……へへ……負けちまった……」

 

 

 萃香がショックを受けているのかな?負けたからか?でも……清らかな顔だ。寧ろ清々しいって表情を萃香はしている。きっとこれは漫画である満足する戦いに敗れ去った者の表情に違いない。我が生涯に一片の悔いなし!とか言いそう……言ったら死んじゃうから全力で止めるけど……

 

 

 「危なかった。下手していたら本当に死んでいた」

 

 「でも、生き残っただろ?天子は凄い奴だよ……私の完敗だ」

 

 

 またまた褒められました。萃香からの評価高すぎじゃないかな?そんなことないか、萃香に勝ったんだし。まさか本当に勝てるとは思わなかったけど。

 

 

 「ああ!負けたのはいつぶりだったけなぁ~?憶えてないや。まぁ、そんなことはどうでもいいか!今日という日がこれほど喜ばしい日になるなんて思わなかったよ」

 

 「ふふ、私もそうだ。私も萃香に出会えたことを誇りに思う」

 

 

 そう言うと萃香の顔が赤い気がする。運動したせいでもあるよね。まさか萃香本気で私の事をす……駄目です!私は中身は女の子なんですよ!でもちょっと嬉しい♪でもそれはありえないかな?萃香は喧嘩仲として私を好いていてくれていると思うしそんな都合の良い事はない。現実は非常である……

 だが、私は心の底からこう思える……萃香に出会えて本当によかったと……!

 

 

 「わ、わたしも……天子に出会えてよかったよ……」

 

 「萃香……ありがとう」

 

 

 萃香に感謝です。初の東方キャラとのバトル一発目が本気の萃香なんてびっくりです。衣玖はチュートリアル的な練習だったし、森で出会った雑魚妖怪では話にならなかった。これは生涯忘れられない戦いになった。

 

 

 私は感謝の意味を込めて萃香に手を差し出す。

 

 

 「ま、まぁ……天子が耐えきったんだから天子の勝ちだぞ」

 

 「ああ、それはわかっているが?」

 

 

 萃香が私に何か言いたそう……なんだろうか?

 

 

 「敗者は勝者の言うことは聞くものだ。勿論、この首を差し出せと言われても私は構わない。天子なら喜んでこの首差し出すよ!」

 

 「「伊吹様!!?」」

 

 

 え”え”!?首とれって言うの!?冗談でしょ!?私は萃香の首チョンパなんか見たくないし、絶対にしない。鬼ならではの回答だと思うけど、私は嫌だ。折角萃香や紫さん達に出会えたのにおさらばなんて望まない。私のエゴかもしれないけど、そうでないと私が納得いかない。文もにとりも驚いているし……

 

 

 私が出す答えは当然ながらNOだ!それに、ただ地底で起こっている異変がいつ頃終わるか聞きに来ただけなんだけど……もしかしたら忘れてるのか?

 

 

 「……そんなことはしない。それに私はただこの異変の情報を得ようとしてここまで来ただけだ。本当は喧嘩しに来たわけでもなかったからな」

 

 「ああ……そういえばそうだった……忘れてた」

 

 

 やっぱり忘れていたみたいだ。私も途中戦いに集中し過ぎで忘れていました。人のこと言えません。なので黙っておきます。イケメンは醜態をさらけ出さないのだ!

 

 

 「まぁ、私が勝ったのも日々の努力があってのものだ。それに萃香の能力を知っていたことも勝利のパーツでもあったってわけだ」

 

 「そうなのか!私のこと知っていてくれたのか……?」

 

 

 あ!また余計なことを言ってしまった!?ここは……イケメンロールで誤魔化そう!

 

 

 「ああ、萃香のようなかわいい子を知らないなんて天罰が当たってしまうよ」

 

 「あっ」

 

 

 セーフ!私はゲームであなたを知っていますなんて言って残念なイケメンにならずに済んだ。それにしても萃香が挙動不審だ。一体どうしたんだ?

 

 

 「?どうした萃香?」

 

 「にゃ、にゃんでもにゃい!」

 

 「?猫マネか?」

 

 「ち、ちがうわ!!」

 

 

 プンプンと子供のように怒る萃香をなだめる……何が萃香を怒らせた?あれかな?イケメンに耐性がなかったとかかな?ふむ……萃香の性格的に何に怒っているのかすぐにわかると思ったんだけど……?もしかしたら萃香に本当に惚れられてしまったとか?それは……どうしよう?ありがたいけど私はムラムラしない。中身女の子だもん。

 だが、答えを出すのは不味い。早とちりで「お前何言ってんの?引くわー」とか言われたら私は天界から飛び降りよう……地上に激突してもこの体で死ぬかわからないけれど……まぁ、今はそれは置いておこう。とりあえず私が勝ったんだから萃香はさっき「敗者は勝者の言うことは聞くものだ」そう言った。ならばお願いしようかな……

 

 

 「ならば、萃香にお願いがあるのだけど?」

 

 「ふぇ?お、お願いか……なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今度、宴会しないか?」

 

 

 ------------------

 

 

 目の前には私の拳で荒れ地と化した戦場にあいつは居た。

 

 

 「……今のは……効いたぜ……!」

 

 

 天子の奴が私の拳を受けて立っていた。私は唖然とするしかなかった。そして私は悟ってしまった……

 

 

 「……へへ……負けちまった……」

 

 

 私の口は勝手に言っていた。負けてしまった……心の底からそう思えて仕方なかった。天子は私の拳を受けてしかも生きていた。私の渾身の一撃を受けても立っていたんだ。これはもう完敗だよ……正々堂々と戦って負けたんだ。もう私……満足だ。

 

 

 「危なかった。下手していたら本当に死んでいた」

 

 「でも、生き残っただろ?天子は凄い奴だよ……私の完敗だ」

 

 

 本当に凄い奴だよ。天人はどういつもこいつもつまらない生き物だと思っていたけど、天子のような奴がいただなんて……嬉しいな。天子ともっと仲良くなって親友になりたかった……

 

 

 「ああ!負けたのはいつぶりだったけなぁ~?憶えてないや。まぁ、そんなことはどうでもいいか!今日という日がこれほど喜ばしい日になるなんて思わなかったよ」

 

 「ふふ、私もそうだ。私も萃香に出会えたことを誇りに思う」

 

 

 誇りに思うだなんて……天子、お前は本当にいい男過ぎるよ。こんな日は一生に一度あるかないかだったよ。こんなに心の底から吐き出せたのはいつ以来か……

 天子の顔綺麗だよな……男のくせに美形すぎるし、まるで女がそこにいるようだよ。なんだか見つめられていると照れてしまうね♪

 

 

 「わ、わたしも……天子に出会えてよかったよ……」

 

 「萃香……ありがとう」

 

 

 手を差し出されたので握る。天子の手は温かかった。私のような酒飲みの手とは違う綺麗な手だった。男の中でも見たこともないほどの綺麗な手……ちょっとドキッてしてしまった私自身をぶん殴ってやりたい。天子に失礼だ。

 

 

 「ま、まぁ……天子が耐えきったんだから天子の勝ちだぞ」

 

 「ああ、それはわかっているが?」

 

 

 こいつ私が言いたいことわかっていないらしいな。敗者は勝者に従うしかない。鬼である私にだってプライドがある。何を言われても受け入れてやるし、天子になら例え体をボロ屑にされてもいいとさえ思えてくる。不思議な感じだなぁ……私は一体何を思っているんだ?

 わからない……わからないから今はどうでもいいか。それよりも天子がわかっていないから口で伝えてやるか。

 

 

 「敗者は勝者の言うことは聞くものだ。勿論、この首を差し出せと言われても私は構わない。天子なら喜んでこの首差し出すよ!」

 

 「「伊吹様!!?」」

 

 

 天狗と河童が驚いているがそんなことはどうでもいい。この首、天子にならくれてやってもいい。いや、見栄を張った。この首をくれてやりたい。そう思えるんだ。天子になら私は殺されてもいいと……

 

 

 「……そんなことはしない。それに私はただこの異変の情報を得ようとしてここまで来ただけだ。本当は喧嘩しに来たわけでもなかったからな」

 

 「ああ……そういえばそうだった……忘れてた」

 

 

 そういえばすっかり忘れていた。元々私と喧嘩しに来たんじゃなかった。天狗の奴に用事があったんだったな。私は一人で勝手に話を進めていたらしい……今思うと恥ずかしい……

 

 

 「まぁ、私が勝ったのも日々の努力があってのものだ。それに萃香の能力を知っていたことも勝利のパーツでもあったってわけだ」

 

 「そうなのか!私のこと知っていてくれたのか……?」

 

 「ああ、萃香のようなかわいい子を知らないなんて天罰が当たってしまうよ」

 

 「あっ」

 

 

 それは卑怯だ……天子のそんな笑顔で見つめられたら……わ、わたしは何をしている!?天子はただ笑顔を向けてくれただけだろ!?そ、それに私のこと知っていたみたいだし……あ、あれ?なんで嬉しいんだ?そ、それにかわいいだなんて……わ、わたしを子供扱いしているな!私はこう見えても大人の仲間入りなんだぞ!!

 だけど、なんなんだ……この感情は?何故か天子を直視できない……さっきまで大丈夫だったのに……体が何故か先ほどから熱い……私は一体何がどうしたんだ!?

 

 

 「?どうした萃香?」

 

 「にゃ、にゃんでもにゃい!」

 

 「?猫マネか?」

 

 「ち、ちがうわ!!」

 

 

 こ、こいつ私を猫なんかと間違えやがって!もう怒った!コテンパンにしてやるー!

 

 

 萃香が怒っていると天子がこう言った。

 

 

 「今度、宴会しないか?」

 

 

 宴会か……天子と一緒に……最高だ!私を倒したお前とならいつもよりも楽しめそうだな!それに私は決めたぞ。私は天子と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親友(とも)になるんだ!!!

 

 



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5話 異変の終わり

気分が乗りに乗っているので投稿しちゃいます。



本編どうぞ!




 「絶対だぞ!ぜっっっっっっっっったいに次の宴会の時には顔出すんだぞ!」

 

 「大丈夫だ萃香。鬼との約束をやぶるマネなんてしない。萃香と飲める日を楽しみにしているよ」

 

 「ああ!私も楽しみで仕方ないよ!」

 

 

 勝敗が決した戦場だった場所はいつの間にか小さな鬼と変わり者の天人との約束を誓った場所になっていた。

 

 

 「今度、宴会しないか?」その一言で天子は次の宴会に出席することとなった。今回の地底での異変が解決したら萃香達は宴会を開くだろう。しかし、天子は急遽地上に下りてきたので天界をほったらかしにしている状況だ。それに慧音と妹紅も人里で待っているので帰らねばならなかった。それ故に、次の宴会には出席すると約束を誓ったのだ。

 

 

 鬼は約束を重んじるものであり、嘘が嫌いな種族だ。約束を破ることは失礼極まりないし、報復が恐ろしい……鬼との約束は絶対に守らないと後々怖いものだ。しかし、天子は何も怖くて約束したのではない。心の底から萃香と一緒に酒を飲んでみたいと思っていた。だから、約束した。

 

 

 「それでは皆さん、また会いましょう」

 

 「また会おう天子!心の親友(とも)よー!!」

 

 

 鬼と天人との友情の証としても約束したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふ~ん♪」

 

 「……嬉しそうね萃香」

 

 「ああ!嬉しくて堪らないよ!楽しみで仕方ないよ!天子と親友(とも)になれたんだ!それに一緒に飲もうって言ってくれた。これは勇儀の奴にも自慢してやりたい!!」

 

 

 子供のようにはしゃぐ姿をした小鬼がいる。服はボロボロで体中も傷だらけだが、心の中はとても清々しい気分でいっぱいだった。自分を打ち負かした天子と約束した。鬼である萃香との約束は特別だ。内容は大したものではない……一緒に酒を飲もうとのこと。大したものではないが、萃香にとってはその約束の日が楽しみで仕方なかった。その日の出来事を想像する……一緒に酒を飲み交わし、酒を注ぎ合い、酒の早飲みをしたり……酒のことしか普段の萃香ならそう思っていたが今回は違った。

 天子がいるのだ。萃香に勝った天子が、親友(とも)でありたいと願った相手と親友(とも)になった。嬉しかった。萃香は大好きな酒よりも天子の事で頭がいっぱいになっていた。

 

 

 「天子と一緒に酒……いや待て!まず一緒に美味い飯を食べながらもいいな!それから何しようかなぁ……ああ!でもやっぱり酒は外せないし……うえぇい!やりたいこと多すぎてどうすればいいんだ!?紫教えてくれよー!!」

 

 「え、ええ……」

 

 

 紫は目の前にいる鬼が萃香なのかと疑ったぐらいだった。萃香はいつもなら酒と喧嘩だけに酔いしれているがそうではなかった。今の萃香はどこか小さな鬼の面影はなく、何かに夢中になっている女の子に見えている気がしてならなかったのだ。

 

 

 「(萃香……あなたあの天人を……?)」

 

 「?どうしたんだ紫?私の顔に何かついているか?」

 

 「いえ、なんでもないわよ。そうねぇ……」

 

 

 ------------------

 

 

 「それじゃ私は準備があるから帰るぞ紫」

 

 「ええ、ほどほどにね……」

 

 

 萃香は誰よりも先に帰って行った。魔法使いのアリスとパチュリーが萃香に治療を受けるよう勧めたのに萃香は断った。「この傷も勝手に治ってしまうけれど、忘れられない宝なんだ。だから、消えるまで私の体に残しておくし、消えても天子と戦った思い出は一生消させない」っと言って治療を断った。傷ついた体を大事そうにしているなんて鬼という生き物は変わっていると思う。それに萃香は知り合いに次の宴会の時、天子に何が相応しいかを聞くために帰ったのだ。おそらく霊夢と魔理沙が異変を終えて宴会になるだろうが、それをほっぽりだして帰ってしまった。鬼である萃香が宴会に出席しない事態異変などではないかと錯覚するような感じがした。実際に異変だと思う者もいるだろうし……

 

 

 「……比那名居天子……ねぇ……」

 

 

 私はあの天人の名を口ずさんだ。私自身意図したものではなかった。しかし、名が出ていた……萃香と同等以上に戦ったあの天人の名を……

 

 

 私の結界を抜けてくるなんて只者ではないわ。それに、彼はとてもカッコよかった……警戒していたにせよ、初めて見た時うっかり見惚れてしまっていたなんて言えなかった。それも相手は地上の事をよく思っていない天人だったし、こんな人気もない所までやってきたのだ。何を企んでいるかわからない人物……それが萃香の提案で彼の実力を見ることが出来たけど、予想を遥かに超える状況だった。鬼の萃香を認めさせ、萃香の信頼を勝ち取った。話では人里の方でも人間達から信頼を得られたとか言っていた。天界に比那名居天子のような者がいるだなんて……調査する必要があるようね。一体比那名居天子がどういう人物なのか……

 

 

 「あやや……気になります?」

 

 

 射命丸……大人しいわね。いつもの彼女なら特ダネだと言ってすぐ飛びつくのに……流石に相手が上司の萃香を倒した存在だから慎重になっているのかしらね?そうだわ、この際に彼女達から彼がどう見えるか意見を聞くのも一つの手ね。

 

 

 「あなた達はどう思うのかしら?彼のこと?」

 

 

 紫がこの場に残った文、にとり、アリス、パチュリーに問う。その問いには紫の素朴な質問と何かを期待するような問いかけだった。皆それぞれの思いを答える。

 

 

 「私は彼はいい天人だと思ったわ。それに彼はとても強い……初めての実戦とは思えないほどの才能を持ち合わせているみたいだし、私としては非常に興味深いわ」

 

 

 アリスは天子に心底興味が湧いたようね。アリスにとっても天人は初めて出会う存在だし、何よりも戦いの中で見えた才能の方に興味を持ったようだったわ。アリスにとっては純粋な興味と言った感じかしらね。

 

 

 「私は……私よりもレミィが興味を持ちそうな男性だったわ。戦いについては私の管轄外だから何も言えないけど、とにかく彼は凄いと思ったわ。それに彼はイケメ……んん!中々凛々しい方だったし……」

 

 

 今イケメンって言おうとしたのかしら?確かに彼に見惚れてしまったわけだし否定はしないわ。しないけど、紅魔館のお子ちゃま吸血鬼は必ず彼に接触を望むはずよね。この子自身はそれほどって言ったところかしらね……顔には興味あるみたいだけど。さて、河童の方は……

 

 

 「伊吹様に勝っちゃうだなんて凄いよ!いやぁー私の発明を見せてあげたくなるよ!」

 

 

 純粋な感想って感じね……危機感はなしっと……先ほどから難しい顔をしている天狗はどうかしらね?

 

 

 「あなたはどうかしら?射命丸?」

 

 「……」

 

 

 文は黙っていた。答えを出すかどうか迷っていたように見えた。しばらくしてから文は言った。

 

 

 「天子さんは素晴らしいお方だと思います。私のインタビューにも今度受けてくれると言ってくれましたし、伊吹様の無茶ぶりにも答えてもらえたこともあって優しいお方だと私は思います。それ故に彼が与える影響は大きいものでしょう。伊吹様に勝ったことで天子さんに我もと挑戦する者が現れると思います。天子さんの登場で幻想郷のバランスに影響が及ぶ可能性も0ではないと私は思います」

 

 「そう……」

 

 

 そうよね。射命丸の言う通りのこともあるわね。幻想郷の鬼である萃香を倒したことは大きな影響を及ぼすに値するわ。あなたを慕う者達にも影響を与え、数々の者達が彼に挑戦することでしょう……できれば情報を操作してなるべくこの決闘のことは伏せたかったけど、萃香は絶対周りに自慢したがるし、情報操作は難しいわね。射命丸でさえ、このことを記事にするか悩んでいるみたいなのに……逆に情報を提示してしまう手もありね。余計な事態が起こらないためにも……

 

 

 「あなたはこのことを記事にしないの?」

 

 「迷っているところですよ。流石に伊吹様が負けたとなっては動揺が大きいのは確実ですし……」

 

 「私は寧ろ情報を早めに伝えた方がいいと思うわよ。萃香の方も自慢話でそこら中に言いふらすと思うし……」

 

 「あやや……確かにそれはありますね。今回は事が事なので内容は吟味させていただきます」

 

 「よろしくね」

 

 

 力あるものには必ずそれ相応の出来事がやってくる。世界のバランスとはそういうものだ。うまい具合に作られている。そこに突如として現れた比那名居天子……これからあなたが幻想郷にどう関わってくるか……幻想郷の賢者として見定めてもらいます。

 

 

 異変解決の数日後に号外が幻想郷に配られた。

 

 

 ------------------

 

 

 「……戻ってこれたな……」

 

 

 やっと戻ってこれた。流石に応えた……萃香と仲良くなれたのはよかったけれど、まだ殴られた箇所が痛い。どんだけ萃香の攻撃の威力が高かったかがわかる。萃香に勝ったのは様々な条件が揃ったことで勝ったものだと私は思っている。あのまま続けていたら私はもしかしたら負けていたかもしれないもの……

 まぁ、それ以上の対価をもらえたからいいけどね。文とは今度取材を受けることを約束したし、にとりとも関わることができたし、次合うことがあれば迎え入れてくれるだろう……迎え入れてくれるかな?アリスも興味を持ってくれたし、パチュリーはチラチラとこちらを窺っていたけど何だったんだろうか?紫さんには私はこんなにやればできる子だということをアピールできた。もし、困ったことがあったら私は手を貸せる程の存在だと証明したから十分だった。この場に居たら元天子ちゃんも喜んでくれるだろうか……?

 

 

 宴会に出席する約束もしたし、地底の異変はもうすぐ終わるみたいだし慧音と妹紅に伝えに人里へ戻ってきたところだ。二人はどこにいるかな?あそこにいる自警団の方に聞いてみようかしらね。

 

 

 「すまない、慧音と妹紅の居場所は知っているか?」

 

 「おお!あんたは子供を救ってくれた天人の兄ちゃんじゃねぇか!二人なら見回りしている頃だと思うぜ」

 

 「そうか、教えてくれてありがとう」

 

 「いいってことよ。子供を救ってくれたんだ。子供達は次世代の希望だからよ」

 

 

 いい人だなぁ……自分の子供じゃない子でもこんなに優しくできるなんて温かい。生前の私なんか居たこと自体忘れ去られていたことだってあるもん……そう思うと現代より便利な物は少ないけど人と人との繋がりがあるって素敵だと実感できるわ。幻想郷のこともっと好きになれそうだ。

 

 

 天子は自警団のおじさんと別れて見回りをしているなら動くより待っていた方がいいと思い、寺子屋へ向かうことにした。寺子屋の前まで行くと丁度見回りを終えた慧音と妹紅を発見できた。

 

 

 「慧音、妹紅」

 

 「天子!随分と遅かったじゃないか。射命丸の奴は見つからなかったのか?」

 

 「いや、見つかったことは見つかったが、訳があって鬼と喧嘩した」

 

 「なに!?お前鬼と戦ったのか!?もしかして死んだ?ここにいるのはまさか亡霊か?」

 

 

 妹紅落ち着こう?なんで私は死んだことになっているの?妹紅は私に死んでほしいの?蓬莱人ジョークですかね?鬼と戦って無事に帰ってこれたことに驚いていることはわかるけど私は無事です。

 

 

 「妹紅落ちつくのだ。私はこの通り大丈夫だし、どこも悪くないぞ。それに、ちゃんと今回の異変の情報も仕入れてきた」

 

 

 私は慧音と妹紅に伝えた。すると二人は安堵した様子だった。もう人里は安心だろう……さてと、私もそろそろ体の限界かな。先ほどどこも悪くないと言ったけど、無理をしている。萃香の拳を受けて平静を装っていられるのは元天子ちゃんの我慢強さのおかげなだけなの。服は幸いにいつでも戦闘することを想定して天界でもレアな素材で作った特注品なので耐久性も抜群だ。少し汚れたが、破けることはなかったので、帰っても騒がれないだろう。それにすぐにでも帰って休みたい……疲労も溜まっているし、ここに居ても邪魔になるだけだ。邪魔者はさっさとお(いとま)しないといけないしね。

 

 

 「以上だ。私ができることはこんだけだ」

 

 「いや、天子が居てくれて本当によかったと思っている。天子のおかげで救われた命があったし、無関係の私達のためにここまでしてくれたんだ。本当に感謝しています」

 

 

 慧音が頭を下げる。それには感謝と尊敬がこもったお辞儀のようにだった。

 

 

 「私も礼を言うよ。天子ありがとうな」

 

 

 妹紅からもお礼言われて気分上々です♪人から感謝されるのは気分がいいわね。ポカポカする……心が温かい♪

 

 

 「私も慧音と妹紅に出会えたことが嬉しいよ。また、地上に下りた時はよろしく頼む」

 

 「ああ、天子なら大歓迎……『天子様ーーー!!!』ん?何の音だ?」

 

 

 音っというより声だな。……はて?どこかで聞いたことのある声だ。その声も何やら頭上の方から聞こえてくる気がしているぞ……頭上?上?空……ま、まさか……!?

 

 

 天子、慧音、妹紅は声をした方を見る……

 

 

 「天子様ーーー!!!総領息子様ーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様ご無事ですか!?」

 

 「衣玖……」

 

 

 永江衣玖が地上に降り立った。降り立った彼女はすぐに天子の元へ駆け寄る。

 

 

 「天子様ご無事でございましょうか!?何か悪いものでも食べていないでしょうか!?何者かに襲われたとかないでしょうか!?もし天子様に危害を加えるような者がいるのでしたら天界の者達総出でそいつを狩り取りましょう!しかし天子様に危害が及ぶなど決して許しません!天子様に傷一つつけようものならば私はこの身を犠牲にして刺し違えてでも……!」

 

 「衣玖落ち着け」

 

 

 本当に落ち着いてください。そうしないと慧音と妹紅が唖然としてこっちを見ているし、ご近所迷惑です。それに既に妖怪に襲われましたし、萃香と喧嘩もしました。時すでに遅し……天界の皆が私のために地上に降り立ったら確実に異変じゃないですか……っていうか天界に戦える天人なんて私ぐらいなのに……敗北確定的なんですが?まぁ、衣玖がそこまで心配してくれていることがわかったから嬉しいのだけど、とりあえず落ち着こう?

 

 

 「はっ!?す、すみません!と、とりみだしてしまいました!」

 

 「私を心配して駆けつけてくれたのはありがたいが、慧音と妹紅が困っているだろ?」

 

 「あっ」

 

 

 衣玖はたった今気づいたみたいね。そんなに私のこと心配してくれるなんて涙が出ちゃうじゃない!私が生前に捻挫した時でも誰もが「ふーん」みたいな反応だったから心の中では大号泣です……衣玖優しすぎる!そして生前の私って周りからどんな目で見られていたの?私普通の女の子だったよ?引きこもりだったけど……

 

 

 衣玖は慧音と妹紅に気づいてすぐさま二人に対してお辞儀をした。

 

 

 「お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。私は比那名居天子様にお仕えする永江衣玖と申します。以後お見知りおきを……」

 

 「天子の知り合いだったのか……」

 

 「天……子……!?」

 

 

 ん?どうしたの衣玖……あ!慧音が私を呼び捨てしたのが気に入らないのか!?天界じゃ私のことを呼び捨てにするのは父様と母様だけだ。他の皆に呼び捨てで構わないと言ったら「天子様をそのように扱うなど大変失礼極まりないことでございます!」っとか言って恐縮されてしまった。私が天界で生活している時にあまりにもやりすぎてしまったことが原因かな?私はただ元天子ちゃんの名誉と彼女のためにやっただけだけど、完全に原作を無視したのがいけなかったんでしょうかね?でも、とうに過ぎてしまった事をとやかく言っても仕方ないです。私は結果として皆が自分のタイミングで呼び捨てにしてくれたらよかったし、様付けでも気分が悪いわけじゃないから問題なかったわけだけれど……

 

 

 何故に衣玖の目が敵意むき出しにしてるの!?目からメンチビーム出てますよ!睨まないであげてください。慧音が困っているから止めてあげてよ!衣玖能力使ってほしい……空気読んでください。これは私が何とかしないと……

 

 

 「衣玖、慧音と妹紅は私の友人だ。警戒することはないさ」

 

 「私は警戒なんてしてません……よ……」

 

 

 めっちゃ警戒してますよね?衣玖、体から電気出てるよ?衣玖が私を守ろうとしてくれているのはわかったけれど、このままじゃ慧音と妹紅と不快な仲になってしまうよ?私は衣玖と慧音達が不仲になるなんてごめんだ。

 何とかするために私のとっておき……イケメンロールで対応だ!

 

 

 私は衣玖の手を両手で優しく包み語り掛ける……

 

 

 「衣玖、慧音も妹紅も私に危害を加えたりはしない。信用できる二人なんだ。()()()()()()()()()()()。だから警戒なんてしないで二人と仲良くなってほしい。それにいつも通りに接してくれ。私はいつも通りの衣玖がいいのだから……」

 

 「て、てんし……様!?」

 

 

 衣玖の顔が真っ赤に染まり、握っている手から体温が上がっていくのを感じ取れた。そんな光景を見ていた慧音と妹紅も顔が赤くなっていた。

 

 

 ちょっとやり過ぎてしまったかな?でも、これならば衣玖は大人しくなってくれると思う。イケメンにお願いされて断れる女はいないはず……私なら断らない!

 

 

 「天子様がそう仰るなら……んん!慧音さん、妹紅さん、先ほどは大変失礼態度をとってしまい申し訳ありませんでした」

 

 「い、いや……私達は気にしてはいないのだが……な、なぁ妹紅?」

 

 「あ、ああ……私も気にしてない。大丈夫だぞ」

 

 

 ふぅ……この場は落ち着いてよかった。衣玖にも後で細かく説明しておく必要があるみたいだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は慧音と妹紅と別れて衣玖と共に天界へ帰ってきた。地上が異変騒動でドタバタしていても天界はいつも通りのようだ。私がもし地上で危険な目に合っていると知ったら皆どうするのかな?衣玖が言う通りに地上にやってくるのか……え”!?私ってそんなに重要視されてたんだ……知らなかったわ。なるべく天界の皆には余計なことは言わない方がよさそうだ……

 

 

 天子は疲れた体を癒すために自室へ戻ろうとすると衣玖が天子の腕を掴んだ。

 

 

 「ん?どうした衣玖?」

 

 「天子様……失礼します」

 

 

 衣玖は私を部屋に押し入れると鍵を閉めて私の服に手をかけてきた……

 

 

 ふぁ!?な、なんで服を脱がせようといているの!?まさかイケメンロールで悩殺してしまったのかしら!?ごめん衣玖!そんなつもりじゃなかったのよ。ただあの場を落ち着かせるためにやったことなのよ!それに私達は女同士よー!中身限定だけれどー!!!

 

 

 そんなことを考えている私だったが、衣玖が手を止めた。止めれくれたのかと思っていたが、根本的なことから私は勘違いをしていたようだった。

 

 

 「天子様、嘘をつかないでください……」

 

 

 衣玖は私にこう言った。嘘とは一体何のことかと初めは思った。

 

 

 「()()()()()()()()()()()なんて嘘つかないでください……」

 

 

 上半身をまくり上げている私の肌を見ながらこう言った。

 

 

 血が滲み、紫色に変色していた。天子自身でも痛みを感じていたが気に留めていなかった。そこは萃香との戦いで天子が油断して一撃を受けた箇所であった。拳の跡が今でも残っていた。

 衣玖はそれを確かめるために天子の服を無理やり脱がせたのだ。

 

 

 「あ、衣玖これはだな……その……地上の者との友情を育む儀式みたいなものでな……」

 

 

 やばいやばい!?萃香と喧嘩して殴られましたなんて言ったら、衣玖が言うことが本当なら天界VS地上になってしまうじゃないか!ど、どうにかして誤解されないようにしないと……!

 

 

 「……知ってます……」

 

 「へ?」

 

 

 衣玖は今何と言った?

 

 

 「天子様がお優しい方だというのは私が良く知っています。私だって地上の事をまるっきり知らないわけではありません。戦いが好きな者がいることも、天子様がお強いことも、何か理由があって行動したことも私にはわかっております」

 

 

 衣玖が私のことを知っていると言ってくれた。衣玖は私が天界に移住した時から知っている。私自身が転生して初めて会ったのも衣玖だ。私が評判を変えようと躍起になっている時でも傍に居てくれた。いつも衣玖が居た。そうだよね、私の事を知ってくれているのは天界でも父様でも母様でもなく、衣玖が私と一緒にいる時間が長かったんだもんね。もしかしたら私は自分のことわかっていないのかもしれない……衣玖の方が私の事を見ていたのかもしれないね……謝ろう……

 

 

 「済まない衣玖……心配かけてしまった」

 

 「……本当に……心配したんですから……」

 

 

 衣玖の瞳に何かが溜まっているのが見えた。

 

 

 涙が今にも目から流れ出そうになっていた。衣玖は私の事をそこまで心配してくれていたなんて……これじゃ、衣玖にも元天子ちゃんにも面目立たないじゃないか……私自身まだまだ未熟らしい……

 

 

 「本当に済まない衣玖……衣玖がこれほど心配してくれているのに私は……」

 

 「いいんです。天子様は地上の輩にそう簡単に負けるお方ではないことぐらい知っています。それで、天子様と戦ったのは妖怪ですか?」

 

 「ああ、妖怪だ」

 

 「その方は強かったですか?」

 

 「ああ、とっても強かった」

 

 「その方とはどういう関係ですか?」

 

 「その者とは喧嘩を通じて友となった。今度宴会に行くと約束してきてしまったんだ……怒るか?」

 

 

 衣玖の反応を待つ。しばらくして答えが返って来た。

 

 

 「怒りはしません。それに友となったんですから宴会に行くべきです。約束を守らないのは天子様自身に泥を塗ってしまいますからね。私は天子様のお世話をする身です。私がどうこう言う立場ではありませんし、私は鬼ではありません。天子様が地上に出向くことも止めませんから安心して出かけても怒ったりしませんが、ちゃんと伝えてから出かけるようにはしてくださいね?」

 

 

 よかった!怒ってないみたいだ。それにしても衣玖が話がわかる!なんだかお母さんの話を聞いているようで新鮮な感じがした。途中で鬼という単語に体が反応しそうになった私だったけど、地上に出かける許可も取れたしこれで次の宴会の時に萃香と一緒にお酒が飲めるぞー!衣玖マジ天使!天子は私だけど……

 

 

 「ありがとう衣玖、衣玖が居てくれてよかったよ」

 

 「ほ、ほめてもなにも出ませんよ!」

 

 「あはは!済まないな」

 

 「もう……それよりも怪我しているのですから横になってください。治療薬をとってきますので」

 

 

 私をベットに寝かせて衣玖は部屋をあとにした。出て行った扉を私は見つめて私はこう言う……

 

 

 「……ありがとう」

 

 

 『ありがとう』相手に感謝を伝えるに最適な言葉を衣玖にもう一度送った……

 

 

 ------------------

 

 

 見つけた!私は地上を眺めて探した……天子様、天界に革命を起こした素晴らしいお方。その天子様が天界で姿を消した。私は天界をくまなく探したがいなかった。すると、考えられることはただ一つ……

 

 

 地上に行った。これしかないと私は思った。天子様は元地上の人間だったお方。そのお方が天界から地上へ行ってもなんの違和感もない。しかし、天子様は天界へやってきてからは地上へはお戻りにならなかった。それが何故何も言わずに地上へ降り立ったのかは不明だが、地上には礼儀知らずな妖怪や残虐な生き物が生息する。天子様はとてもお強いお方ですが万が一もしものことがあったら私は……!

 そうして、私は雲の上から地上を捜索していた。所々で間欠泉が噴き出ている様子が見えたがそれどころではない。そして視界の端に見知ったお姿が映った。それは天子様だった。人里を歩いているお姿を見つけることができた。私は何も考えられなかった。いつの間にか空を飛んで居たのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様ーーー!!!総領息子様ーーー!!!」

 

 

 見つけた!天子様のお姿が見える!

 

 

 「天子様ご無事ですか!?」

 

 「衣玖……」

 

 

 天子様が目の前にいる。よかった……妖怪に襲われたりしなかったでしょうか?少しお姿が汚れている気がしてなりません。もしかしたら私は見つけるのは遅かったのかもしれない……!

 

 

 「天子様ご無事でございましょうか!?何か悪いものでも食べていないでしょうか!?何者かに襲われたとかないでしょうか!?もし天子様に危害を加えるような者がいるのでしたら天界の者達総出でそいつを狩り取りましょう!しかし天子様に危害が及ぶなど決して許しません!天子様に傷一つつけようものならば私はこの身を犠牲にして刺し違えてでも……!」

 

 「衣玖落ち着け」

 

 

 天子は衣玖を手で制した。その行動で衣玖は我に返る。

 

 

 「はっ!?す、すみません!と、とりみだしてしまいました!」

 

 「私を心配して駆けつけてくれたのはありがたいが、慧音と妹紅が困っているだろ?」

 

 「あっ」

 

 

 天子様に夢中で私ったら知らない方達の前で……は、はずかしい……私は何をしているのでしょうか!?絶対私は落ち着きのない女だと思われた。天子様の迷惑になることをしてしまいました……

 で、でも、ここでまた取り乱したら天子様の威厳に関わる……冷静に対応すればいいのよ。そう、私はできる女なのだから……!

 

 

 「お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。私は比那名居天子様にお仕えする永江衣玖と申します。以後お見知りおきを……」

 

 「天子の知り合いだったのか……」

 

 「天……子……!?」

 

 

 天子様を呼び捨て……!?天人様達ですら天子様に失礼に値するので呼び捨てなどしないのに……この者は平然と天子様に向かって呼び捨てをした。私ですら呼び捨てにしていないのに……私がまだその決心がついていないだけですけどこの者は一体何様のつもりなのでしょうか!?

 

 

 衣玖は自分でも意図していないのに目に力が入り、慧音を睨む形になっていた。

 

 

 「衣玖、慧音と妹紅は私の友人だ。警戒することはないさ」

 

 「私は警戒なんてしてません……よ……」

 

 

 警戒なんて……ただなんだか私が嫌だっただけでして……

 

 

 そう思っていると天子が衣玖の手を優しく包んだ。

 

 

 ふぇ!?て、てて、ててて、てんし様!?ダメですよ!?いきなり公共の場でそんなことをしては!?あ、温かくてお優しい力加減で私を見つめるその瞳をずっと味わっていたいですけど!天子様が私のような者にお戯れをするなど天子様の威厳が落ちてしまいますのに……

 

 

 衣玖が混乱していると天子は衣玖に語り掛けた。

 

 

 「衣玖、慧音も妹紅も私に危害を加えたりはしない。信用できる二人なんだ。()()()()()()()()()()()。だから警戒なんてしないで二人と仲良くなってほしい。それにいつも通りに接してくれ。私はいつも通りの衣玖がいいのだから……」

 

 「て、てんし……様!?」

 

 

 天子様……天子様には敵いませんね。天子様が言うなら何でも聞いてしまう私がいます。ああ……天子様の優しい手の温もりを感じていたいけれど、私が醜態を見せることは天子様に失礼です。ここは気持ちを切り替えてお二人に謝らないと……

 

 

 「天子様がそう仰るなら……んん!慧音さん、妹紅さん、先ほどは大変失礼態度をとってしまい申し訳ありませんでした」

 

 「い、いや……私達は気にしてはいないのだが……な、なぁ妹紅?」

 

 「あ、ああ……私も気にしてない。大丈夫だぞ」

 

 

 その後は慧音さんと妹紅さんと別れて天子様と共に天界へ帰って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天界へ帰って来た天子様。やはり天子様のお姿が天界にないと見栄えが良くないですね。天子様がいないから天界が醜いわけではないですが、天子様がいると一段と輝かしいお姿に天界はなるのですよ♪

 

 

 衣玖は天子の後ろを付いて歩き、自室まで送ろうとした。

 

 

 「(……ん?)」

 

 

 天子様の周りに漂う空気がいつもと違う?何か少し気だるさを含んだ空気……お疲れだと思いますが、それとはまた違った空気の流れ……これは一体?

 

 

 衣玖は天子を観察しているとふっと目に入った。天子が無意識に腹を庇うように手を置いていることに……

 

 

 地上にいた天子様は服が少し汚れていた、地上では今異変が起きている、お腹を庇うような仕草……ま、まさか天子様が!?

 

 

 衣玖はすぐさま行動に移した。天子の腕を掴み逃げられないようにした。

 

 

 「ん?どうした衣玖?」

 

 「天子様……失礼します」

 

 

 天子様には無礼を承知で確かめないと!この方はわかっていたとしても心配かけまいと黙ってしまう……

 それはいけない。天子様にもしものことがあれば私は……!

 

 

 衣玖は無理やり天子の上半身をまくり上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………やっぱり!

 

 

 「天子様、嘘をつかないでください……」

 

 

 やっぱり天子様は……

 

 

 「()()()()()()()()()()()なんて嘘つかないでください……」

 

 

 怪我をしているのに平静を装っていた。天子様は自分の事は後回しで他人のために尽くすことばかり……私にだってそうだった。自分のことは二の次にして私の事を最優先で行動してくれた。嬉しかった……けれど今は……!

 

 

 「あ、衣玖これはだな……その……地上の者との友情を育む儀式みたいなものでな……」

 

 

 天子には珍しい狼狽えた様子だった。滅多に見せない天子の様子に驚く暇など今の衣玖には余裕がなかった。

 

 

 「……知ってます……」

 

 「へ?」

 

 

 私は知っています……天子様のことを……

 

 

 「天子様がお優しい方だというのは私が良く知っています。私だって地上の事をまるっきり知らないわけではありません。戦いが好きな者がいることも、天子様がお強いことも、何か理由があって行動したことも私にはわかっております」

 

 

 だからこそ、そんな天子様の傷ついた姿を見るのは嫌です。黙って背負い込む天子様は卑怯だと思います。天子様が地上から天界へやってきた時から私はあなたの傍に居たのです。初めは仕事上で仕方なくでしたが、途中から私はあなたの傍にいたい、あなたの役に立ちたいと思ったのです。私に頼ってくれた時は嬉しかった。私を必要としてくれたことが喜ばしいことだった。だから、だからこそ、黙って何事もないように傷を抱え込もうとするなんて私は許しません!

 

 

 「済まない衣玖……心配かけてしまった」

 

 「……本当に……心配したんですから……」

 

 

 本当に……本当に心配したんですよ。天子様がお強いことは知っていてもこの世の中には上には上がおります。おそらくですが、妖怪と戦ったのでしょう……跡が残っていますし……しかし、もしものことが起きて天子様が居なくなってしまったら天界は……私は……!

 

 

 衣玖は一度気持ちを落ち着かせようと思った。このままでは天子に食って掛かりそうだった。もう天子は子供じゃないし、一人前の天人だ。衣玖が全てをお世話するのはもう既に過ぎている。だから、天子を許してあげることもまた天子を信じる者の願いなのだ。

 

 

 「本当に済まない衣玖……衣玖がこれほど心配してくれているのに私は……」

 

 「いいんです。天子様は地上の輩にそう簡単に負けるお方ではないことぐらい知っています。それで、天子様と戦ったのは妖怪ですか?」

 

 「ああ、妖怪だ」

 

 「その方は強かったですか?」

 

 「ああ、とっても強かった」

 

 「その方とはどういう関係ですか?」

 

 「その者とは喧嘩を通じて友となった。今度宴会に行くと約束してきてしまったんだ……怒るか?」

 

 

 そんな不安そうな顔をしないでくださいよ。私だって天子様のことを考えていますし、天子様を鎖で繋ぎ止めようとは思いません。天子様は自分が良しとしたことをしたんですから、思うようにやったらいいのですよ。帰りを待つのも私の役目ですから……

 

 

 「怒りはしません。それに友となったんですから宴会に行くべきです。約束を守らないのは天子様自身に泥を塗ってしまいますからね。私は天子様のお世話をする身です。私がどうこう言う立場ではありませんし、私は鬼ではありません。天子様が地上に出向くことも止めませんから安心して出かけても怒ったりしませんが、ちゃんと伝えてから出かけるようにはしてくださいね?」

 

 

 目をキラキラさせて衣玖を見つめる天子の姿は少し子供のように見えた。

 

 

 「ありがとう衣玖、衣玖が居てくれてよかったよ」

 

 「ほ、ほめてもなにも出ませんよ!」

 

 「あはは!済まないな」

 

 「もう……それよりも怪我しているのですから横になってください。治療薬をとってきますので」

 

 

 衣玖は天子の部屋から出て行き一息つく。

 

 

 「全く天子様は……」

 

 

 衣玖は治療薬を取りに廊下を歩きだした。その背中に感謝の言葉が投げかけられていたことは衣玖自身は知らない……

 

 



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6話 それぞれの異変後

地霊殿 地上編 完!



本編どうぞ!


 異変が無事に終わって神社に集まる影があった。

 

 

 その神社の名は博麗神社と言う。幻想郷と外の世界を隔てている博麗大結界を管理している。神社周辺には森があり、道は木の枝や葉が落ちて整備などされているわけもない。周りも森なので、妖怪が潜んでいてもわからない。人間にとっては博麗神社を訪れることは危険を冒すことでわざわざ参拝しようと思わない。神社なのに、賽銭箱の中身はいつもさみしい思いをしている。しかし、今日はそんな博麗神社には人間以外にも集まっている者達がいた。

 

 

 「もっとさけぇをもってこ~い!きりさめまりしゃ様のためにジャンジャンもってこ~い!」

 

 「魔理沙は飲み過ぎよ。紅茶を入れてあげたから飲むといいわ」

 

 「いやじゃー!わらひはさけぇを飲むんだじぇ!」

 

 

 異変を解決した魔理沙は飲まずにはいられなかった。アリスが入れてくれた紅茶よりも今は酒が欲しい気分だった。

 

 

 魔理沙は無事に異変を解決することに成功したが、最後が大変であった。

 魔理沙は霊夢に見栄を張ったために一人で異変を起こした黒幕と戦うことになってしまった。自業自得なことだが何度痛い目を見たか……やっとの思いで黒幕を倒せそうな時にそれを見た。霊夢がその間に地霊殿の主におもてなしされていた。そして、魔理沙が倒そうとしていた黒幕は地霊殿の主を見つけるやいなや、弾幕勝負を止めて主の元へ行ってしまった。主に黒幕は叱られた。結局「うにゅ?異変ってなに?」っと異変を起こしたこと自体気づいていなかったり「私悪いことしてたの!?ごめんなさい~!」って謝ったせいで異変は終息した。

 呆気ない終わり方だった。霊夢は楽でよかったと言っていたが魔理沙は今までの苦労はなんだったのだと思った。それで帰ってきて酒に執着していたのだ。

 

 

 「さけぇを飲んでないとぉ~やってられないじぇ~!!」

 

 「はいはい、魔理沙動かないでね。動くと熱いわよ?」

 

 「わらひががんばったのにぃ~……アチッ!?なにするんだじぇ!!」

 

 「動かないでって言ったのに動くからじゃない……」

 

 

 アリスはため息をついていた。駄々をこねる子供をあやす母親のようにも見えていた。こぼれた紅茶を布巾で拭き取ってあげるその姿がより一層そのように見えた。

 

 

 「あやや……星熊様は負けてしまったんですね」

 

 「そうね。中々手強かったわね」

 

 

 文が酌をする相手は博麗の巫女である博麗霊夢。彼女は落ち着いた様子で静かに飲んでいた。

 

 

 「それで?」

 

 「『それで?』とはなんでしょうか?」

 

 「とぼけないでくれる?ここにいない連中はどうしたのよ?」

 

 

 霊夢は疑問を文に問いかける。文も表では何のことだと表情を作っていたが、流石にこの宴会の小ささに霊夢は気づかないわけはなかった。

 

 

 霊夢のサポート役として支援を任されていた萃香の姿がない。それに紫の姿もどこにもなかった。スキマの中で密かに飲んでいる可能性を感じたがそれは無くなった。全く感じ取れなかったのだ。霊夢は博麗の巫女としての勘が冴えていた。勘だけでなく、気配も感じ取れるほどの神経を研ぎ澄ましていつ現れるか様子を窺っていたが一向に姿も気配もなかった。紫ならまだわかる……しかし、あの鬼の萃香がここにいないなんておかしい。宴会と聞けば、幻想郷の隅から隅まででも姿を現すのに、地上に戻ってきてからは一度も会っていない。宴会をすることなどわかっていたはずなのに……

 

 

 「ああ、それは話せば長くなるんだけどね……」

 

 

 文の代わりににとりが答える。この場にいるのは霊夢、魔理沙、アリス、文、にとり、パチュリーだけだった。やけに小さな宴会だった。本来ならばもっと多くの人妖達が集まってもいいはずなのに……

 

 

 「博麗霊夢とあろう者が……もしかして寂しいの?」

 

 「違うわよ。万年引きこもりの動かない図書館じゃあるまいし……」

 

 「だ、だれが万年引きこもりよ!?ちゃんと今回私は外にいるじゃない!」

 

 「はいはい、どうでもいいわよ」

 

 「ちょっと……あなた私の扱いひどくない?」

 

 

 霊夢からの扱いにショックを受けるパチュリー。博麗霊夢は自分のペースで生きている人間である。相手が同じ人間でも妖怪であっても分け隔てなく接する。いい意味でも悪い意味でも……

 

 

 「それでにとり、話してくれるの?くれないの?」

 

 「話すよ。ええっと今日地上で八雲紫から招集がかかって……」

 

 

 霊夢は天界に比那名居天子という存在が居ることを知った。魔理沙の方は酔いが醒めるまではこのことを知ることはないだろう……

 

 

 ------------------

 

 

 「それで私の腹をおもいっきり殴りやがってよ。それでな、その後は顎と来たもんだから危うく舌を噛みちぎってしまう所だったよ!油断していたとはいえ、凄い一撃だったんだ!それも二発!あんなの受けたの久しぶりだったから私は驚いたよ!」

 

 「マジか!?それでどうなったんだよ?」

 

 「それを受けたら酔いなんて吹っ飛んだよ。でもまた酔ってしまったんだ。戦いの興ってやつにさ!」

 

 

 地底、異変が起きた地底では旧都と呼ばれる場所がある。古い時代の建物が立ち並び、ぶら下がる無数の提灯が街を照らし出している。地下とは思えない明るさが広がっていた。

 そこを多くの妖怪達が行き交っていた。店の数々があり、屋台も多い。まるで毎日がお祭りのように錯覚するような光景だった。そして聞こえるのは笑い声ばかりではなく、罵声や物の壊れる音、喧嘩が起こっているようだったが、妖怪達は気にも止めてない。それが普通なのだと、それが旧都の日常なのだ。

 

 

 異変が終息して数日後、とあるお店でテーブルで向かい合う者がいた。

 一人は小柄な鬼の萃香であった。萃香は自分の傷ついた体を向かいにいる同族の鬼に見せびらかしていた。

 

 

 【星熊勇儀

 金髪ロングで、鬼の象徴である赤い角が一本頭から生えている。角には黄色い星のマークがあり、服装は体操服をイメージした服にロングスカートをはいている。

 伊吹萃香と同じ山の四天王の一人で『力の勇儀』と言われていた。かつて妖怪の山に居たときには萃香らと共に『四天王』と呼ばれて恐れられていた。とある理由で勇儀は地上の生活をやめて地底へ移り住んだ。現在は地下に堕とされた怨霊を妖怪達と鎮める代わりに、地底での暮らしを満喫している。

 

 

 そんな勇儀は友である萃香の話を身を乗り出して聞いていた。萃香の話の続きを聞きたくてうずうずしているように見えた。

 

 

 「それでどうなったんだよ!?」

 

 「それから何度も私が拳で潰そうとしてもそれを難なく避けて反撃してきたんだ。何度殴られたことか……ああ!あの時の感触が忘れられない!」

 

 「それだけじゃないんだろ!?もっと教えてくれよ!」

 

 

 勇儀は続きが気になって仕方なかった。こんなに興味をそそられる話は久しぶりだったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇儀は異変が終息して地底で被害が出た場所を修理している時だった。

 萃香が霧状になって勇儀の前に現れた。勇儀は初め酒でも飲みに来たのかと思ったが、勇儀の目は萃香の体についていた傷に釘付けになった。鬼の体は砕かれることも切り裂かれることもそう容易ではない。しかも、その傷はかすり傷などではなかった。正真正銘の痛みを感じる傷であった。自分と同じ鬼であり、山の四天王である萃香の体が傷ついていたのだ。興味が湧かないなど決してありえなかった。勇儀は修理を放りっぱなしにして話を聞くために萃香と共に店に入った。そこで萃香は語った……比那名居天子と喧嘩したことを……

 

 

 「それでそれで?続きを早く聞かせてくれよ萃香!」

 

 「慌てるなよ。じっくりと語ってやるよ。私の体験した最高の時間を……!」

 

 

 萃香は上半身を脱いで勇儀に傷跡を見せびらかす。勇儀はその数々の傷跡、打撲跡を見るたびに興奮した。鬼にとっての戦いの傷は名誉であり誇りである。傷はすぐに元通りになってしまうが、萃香の受けた傷はまだ治っていない。それはただの傷ではなく鬼でも深々とした傷をつけたことになる。簡単なことではない鬼に傷をつけたその天人は称賛に価する。萃香の傷を興味津々にしているのは勇儀だけではなかった。女である上半身を脱いだ萃香の裸体を見ようとするスケベな妖怪共もこの場に居たが勇儀が軽く拳を振るうだけで店の壁を壊して飛んで行ってしまった。残ったのは勇儀と萃香だけになった。それでも勇儀は傷跡から目を逸らさない……否、逸らせない程の興味を引いたのだから……

 

 

 「これなんか天子が操るカナメイシ?って奴にブチ当てられた時についた跡なんだ。こっちもそう……それにこれも、ここもだ。まるで生き物かって思うぐらいの動きで相手にするのは苦労したんだよ!」

 

 「萃香が苦労するなんて滅多に聞かないぞ?その天人の名は天子って言うのか?」

 

 「比那名居天子!私が()()で戦って、私に勝った男さ!」

 

 「萃香に勝っただって!?」

 

 

 勇儀は心底驚いた。萃香が負けた……勇儀も異変の時に負けた。博麗の巫女に……しかし弾幕勝負といったお遊びではない()()の死闘で萃香が負けたのだ。萃香は更に語る……

 

 

 「そうさ!天子は緋想の剣って奴で私の体をズタボロに切り裂いたんだ。私の肉体が軽々と切り刻まれて痛いのなんの!でも、その痛みが良かった。そして、私が最大の本気を見せようとした時に天子は言ったんだ」

 

 「な、なにを言ったんだ!?」

 

 

 もう勇儀は気になって仕方がなく、遂にテーブルを乗り越えて萃香の隣まで来てしまっていた。体が続きを欲していた。萃香はふふーんっと鼻を高くした。

 

 

 「私が『思う存分味わってくれ』って言ったら天子なんて言ったと思う?」

 

 「勿体ぶらせるなよ!ええっとな……なら『俺の技も思う存分味わってくれ!』とか?」

 

 

 勇儀はその天人ならばどういうかと想像して言った。萃香はちょっと違うなっと言った。ならばなんだ?勇儀には思いつかなかった。萃香の本気を目の当たりにして生きていた者などいないから想像などできなかった。勇儀は答えを出せなかった……

 

 

 そんな勇儀を見て誇らしげに語る。

 

 

 「天子は『味わってくれと言っただろ?ならば私は萃香の攻撃をこの体で受けてやる!』って言ったんだ!」

 

 「はぁ!?そいつ死ぬぞ!?」

 

 「私も『本気か!?耐えられなかったら死ぬぞ!?』って言ったんだけどね……」

 

 

 そして萃香はその時のことを思い出しているかのようにとろりととけた表情で…… 

 

 

 「『死なないさ。それに期待に応えずに逃げるなんて死んだ方がましだと思えるからな』って私に言ってくれたんだよ!!」

 

 「うおぉ!?マジか!!なんだその男!?最高じゃないか!!そして天子はお前の攻撃を受けても平気だったのか?」

 

 「ああ!ほんっっっっっっっとうに最高な奴だよ!もう負けを認めるしかなかったよ。それに首をくれてやると言っても断って一緒に宴会しようって約束までしてきたんだ」

 

 「羨ましいぞ萃香!」

 

 

 勇儀は心の底から叫ぶ。目の前の萃香が羨ましくて堪らなかった。萃香の姿は負けを語る身でありながら、まるで自慢話をするかのように誇らしげだった。

 

 

 「羨ましいだろ!それに親友(とも)になってくれたんだ。もう本当に天子は最高の奴だよ!ああ……次の宴会が楽しみで仕方がないよ。早く天子に会いたいなぁ……」

 

 

 天子と一緒に酒を飲む姿を想像すると萃香の頬がほんのり赤くなる。酒で酔っているわけではなかった。表情も気づかない内にうっとりした顔になっていた。それを見た勇儀が揶揄う。

 

 

 「萃香、お前その天子の事好きなのか?」

 

 「す、すき!?ば、ばか言ってんじゃないよ勇儀!!私が天子の事が好きとか……た、ただ天子と一緒に酒を飲むのが楽しみってだけで……!?」

 

 

 勇儀は予想外の反応を示す萃香に口笛を吹く。揶揄うつもりで言ったが、明らかに萃香は動揺していた。鬼が嘘をつかないのは確かだからこれは嘘ではないだろう。すると、萃香自身は気がついていないのだろうと勇儀は確信した。

 

 

 勇儀の目の前にいるのはいつも自分と酒を飲み交わし、バカなことを言い合う鬼ではなかった。

 

 

 「ハハハ!悪かった萃香!揶揄ってすまん。このとおり許してくれ」

 

 「も、もう……勇儀にしては悪い冗談だぞ。わ、わたしが天子の事を……そ、そんなわけないだろ!確かに天子はカッコよくていい奴だし、喧嘩も強いし、知り合ったばかりだけど、これから先もっといい所を知ることができるだろうけど……す、すきだなんて……ボソボソ

 

 

 後の方は小さくて聞き取れなかったが、顔を真っ赤にしている萃香を見るのは初めてだった。

 

 

 そこにいるのは鬼ではなく、伊吹萃香と呼ばれる一人の女が居た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日は楽しい話を聞かせてくれてありがとうな萃香」

 

 「良いってことよ。それに私が自慢したいがためにわざわざ地底まで来たんだから」

 

 「ハハハ!話を聞いていると天子と喧嘩したくなってきたよ」

 

 「気を抜くなよ。気を抜くと私の二の舞だぞ」

 

 「わかってるよ」

 

 

 壁に無数の人型の穴がある店の前で二人が語る。二人の姿はとても清々しい感じであった。

 

 

 「それで天子の奴に送るものは決まったのか?」

 

 「ああ、勇儀のおかげで決まったよ。回りくどい物よりも単純な物がいいって思ったんだ。私は鬼だし」

 

 「そうか、なら気をつけて帰れよ。妖怪共に食われないようにな」

 

 「私がそこらの妖怪共に食われるかよ。私を食えるのは天子ぐらいなもんだけどな」

 

 「天子になら食われても(意味深)いいのか?」

 

 

 帰ろうとする萃香が噴出した。勇儀に振り返り、詰め寄ってポカポカと腹を殴る。だが、全然痛くない拳だった。あまりに動揺し過ぎて力が抜けているようであった。

 

 

 「ち、ちがうわ!そんなので言ったんじゃない!」

 

 「悪い悪い、萃香があまりにも面白いからさ♪」

 

 

 こんな萃香は滅多に見られない。勇儀は揶揄いたくて仕方ない。萃香は恥ずかしくて仕方ない。何故かわからないがそんな気分に萃香はなっていた。これ以上揶揄われたくないので萃香はさっさと体を霧に変えて地上を目指すことにした。

 一人残された勇儀は萃香の話を思い出す。

 

 

 「地上に……地上よりも高い天界にそんな猛者が居たとはね……」

 

 

 勇儀は頭上を見つめた。地底を、地上を、空のその先の天界を……勇儀は呟いた。

 

 

 「私も天子という奴と親友(とも)になりたくなっちまったよ」

 

 

 その後、勇儀は地霊殿の主に見つかり、修理をサボった罰としてみっちりと叱られたのであった……

 

 

 ------------------

 

 

 「紫様、宴会に出席しなかったのですか?」

 

 

 異変が終息した当日のとある場所にある屋敷内で、夜空を見上げる自分の主に語りかえる式……

 

 

 【八雲藍

 金髪のショートボブ、服装は道教の法師が着ているような服、ゆったりとした長袖ロングスカートを着用している。頭には角のように二本の尖がりを持つ帽子を被っている。9本の尻尾をもつ妖狐、九尾の狐である藍は八雲紫の式である。

 

 

 藍は主である紫が異変解決の手助けをするべく博麗霊夢の元へ向かったことは知っていた。無事に異変も解決され神社で宴会を楽しんで帰って来るのは夜遅くだと思っていた。しかし、紫はすぐに帰ってきた。何も語らず空を見上げる主は縁側に長いこと座っていた。おかげで空は星々が輝く夜空になっていた。何も語らない主に痺れをきらした藍が紫に聞く。

 

 

 「藍、あなたは空に何があると思う?」

 

 「え?空……ですか」

 

 

 藍はわからなかった。紫が言っている意味が……空に何がある?それは直接的な意味なのかそれとも比喩的なものなのか……主である紫が開口一番に言ったことがそれだ。

 

 

 「空には……雲があります」

 

 「他には?」

 

 「他……太陽、月、星々などが見えたりします」

 

 「……それだけ?」

 

 

 藍は汗をかいた。何かを求めるように藍を見る紫の表情に戸惑ってしまう。自分の主は何かを求めていたがその何かがわからない……式として恥ずかしいことながら藍はわからないものはわからないのだと心の中で悲鳴を上げていた。

 

 

 「ごめんなさいね藍。私が意地悪だったわ……私が求めていた回答は()()よ」

 

 「()()?」

 

 

 天界は知っている。天人達が住まう世界のことだ。空の雲の上にあると言う……それが一体どうしたと言うのだ?藍はそうとしか思わなかった。天子のことなど知るわけがなかったから……

 

 

 「私達が霊夢と魔理沙をサポートしている時に現れたの……天人が」

 

 「な!?」

 

 

 天人が地上に下りてくることなどありえない事だった。天人達は地上を良く思っていない。それに天人達は天界で何不自由のない暮らしをしているはず……もしかしたら幻想郷の賢者である紫もしくは幻想郷の覇権を狙った者かと思い、藍の目には警戒という二文字が浮き上がっていた。

 

 

 「藍、警戒する必要はないわ。あなたが考えているような天人ではなかったからね」

 

 「紫様、どういう天人だったのでしょうか?」

 

 「ん?そうねぇ……」

 

 

 紫は藍に説明した。比那名居天子という存在を、人助けをする変わった天人であり、侮れない力を所有し、あの伊吹萃香を倒してしまったことを……

 藍は驚いて目を見開いた。それもそのはず、伊吹萃香という鬼を知っていたし、紫の結界を抜けてきたとあってはその力は決して甘く見れないものであるということを意味していたからだ。

 

 

 「そんな!?あの伊吹萃香殿が……!?」

 

 「そうよ、それに萃香ったら彼のことを大変気に入ってしまってね、異変解決後の宴会を放って帰っちゃったぐらいだから」

 

 「な!?た、たいへんです!明日は嵐のようですね!すぐに橙を避難させないと……!」

 

 「落ち着きなさいよ。確かに異変のようだけど、異変じゃないわ。でも、それぐらいの変化があったってことよ」

 

 

 紫は静かに言った。紫の冷静な態度に藍は我に返り取り乱したことを謝った。しかし、それを(とが)める紫ではない。もしあの場にいなかったら紫ですら異変だと思い行動していただろう……

 

 

 「それにしてもその比那名居天子という天人がいるだなんて知りませんでした」

 

 「それはそうよ。天界は私達にとって関わる必要のなかった場所よ。今まではね……」

 

 

 そうだ。今までは天界など気にも留めなかった。天人なんてただ天界にいる()()だとも思っていた。しかし、いきなり天界から地上に現れた比那名居天子という存在が大きく紫達の認識を変えた。

 

 

 「私は比那名居天子の様子を窺うことにするわ。藍も手伝って頂戴。彼が幻想郷に何をもたらすのか見定めるために……」

 

 「御意」

 

 

 藍の同意を得た紫は再び夜空に視線を向ける。空の上にいる一人の天人に向けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クシュン!

 

 

 「ズズズ……誰か私の噂でもしているのかな……?」

 

 

 くしゃみをする天人が天界に居た……

 

 



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東方地霊殿 終息後編
7話 半人前との出会い


今回は残酷な描写ありますのでご注意ください。


それでも問題ないという方は……


本編どうぞ!




 とてつもなく長い階段を登った先に、塀に囲まれたものすごく広大な屋敷があった。その屋敷では綺麗な花が舞い、とても美しい中庭が広がっていた。その所々で白いフワフワとしたものが浮かんでいる。

 

 

 この場所は白玉楼といい冥界にある。白いフワフワしている物体は幽霊でこの白玉楼でゆったりと存在している。そんな白玉楼に人の姿があった。

 

 

 「妖夢~!ご飯なくなっちゃった!」

 

 「幽々子様!また勝手に食べちゃったんですか!?」

 

 

 【西行寺幽々子

 ピンク髪に水色と白を基調とした着物に、幽霊を思い起こさせる三角の帽子を被っている。白玉楼に古くから住んでいる亡霊である。幽霊を統率できる力を持っており、冥界に住む幽霊たちの管理を行っている。

 

 

 【魂魄妖夢

 白髪をボブカットにした髪の先に黒いリボンを付けている。白いシャツに緑色のベスト、下半身は短めの動きやすいスカートを履き、胸元には黒い蝶ネクタイを結んでいる半人半霊の女の子。西行寺幽々子に仕えており、白玉楼の庭師でもある。

 

 

 テーブルの上が寂しい状況だ。先ほどまで多くの料理が並んでいたのに既に嵐が過ぎ去った後のように何もなかった。それもそのはずだ。嵐がテーブルを蹂躙した後に一人の元へ戻って行った……西行寺幽々子の口の中へ……

 嵐というのは、実際に嵐が蹂躙したのではなく、幽々子が料理を食らう姿がそう見えることから表している。常人ならば捉えることすらできない高速の手際によって口に運ばれる料理たちは何も理解できずに食べられていった。しかし、一人だけは違った。妖夢だけは幽々子が料理を一人で全て平らげてしまったことを理解していた。幽々子に付き従い、白玉楼の料理、掃除、身の回りのお世話全般、剣の指南役及び庭師をやっている妖夢にとっては造作もないことであった。妖夢以外に食事をする者など幽々子だけであったが……

 

 

 幽々子は妖夢が席を離れた隙に全部料理を食べてしまったのがバレてしまい、開き直るかと思いきや料理を更にご所望のご様子である。

 

 

 「ご~は~ん~!」

 

 「一人で全部食べたからおかわりはダメです!」

 

 「妖夢のケチ!貧乳!」

 

 「なんで私がそんなこと言われないといけないんですか!?それと貧乳ではありません!決して!!」

 

 

 幽々子の責任であるが、妖夢がいくら言っても聞かないので白玉楼では毎度お馴染みの光景である。

 ここには幽霊達がいるが、基本は幽々子と妖夢の二人だけで、幼い頃より幽々子に仕えていたために、幽々子と妖夢は主と従者の関係ではなく家族のような間柄なのである。

 

 

 「もう……これが最後ですからね。わかりましたか?」

 

 「は~い♪」

 

 「(最後って言うのこれで何度目だろう……)」

 

 

 お馴染みの光景と化していたために最後と言うのは一度出ない事など妖夢も覚えている。しかし、どうしても甘やかしてしまう……

 

 

 「ごはんごはん~♪」

 

 

 幽々子のご飯を楽しみにする顔を見るとどうしても甘やかしてしまうのだ。

 

 

 「(全く幽々子様ったら……)」

 

 

 妖夢が料理のおかわりを持って来ようとした時に思い出した。

 

 

 「そう言えば買い置きがもうなくなってました」

 

 「ええー!!」

 

 

 幽々子の叫びが白玉楼に響いた……

 

 

 ------------------

 

 

 白玉楼から出かけて数分後、私は人里へ買い出しに来ていた。幽々子様が駄々をこねてしまって「今すぐおかわり貰えないと死んじゃうー!」って言ったために急遽人里にやってきました。幽々子様亡霊なのに死んじゃうって……ともかく私は人里で一通りの買い物を済ませてこれから白玉楼へ帰ろうとしていた時でした。

 

 

 「天子のあんちゃんが新聞に載っていたぞ」

 

 「読んだ読んだ。なんでも鬼を倒したんだってな?」

 

 「載っていた写真の天子さんもカッコよかったけど、やっぱり生が一番ね」

 

 「天人ってみんなカッコいいのかな?私の彼と交換してくれないかしら♪」

 

 

 周りの人々が何やら話をしている。新聞というのはおそらく天狗が発行している、それも烏天狗の彼女、射命丸文の【文々。新聞】の事だろう。あれにはよくお世話になっている。掃除の時や料理をするときによく使うので便利だ。内容は一応目に通すけれど、ろくでもない事ばかりだ。この前なんて私が辻斬りなんて書かれていた……全くもって遺憾です。私のどこに辻斬り要素があると!私はただ斬って確かめただけでしたのに……!

 人々が先ほどから話をしている中で天子と呼んでいた。それと天人とは一体……?あ、こんなことで気が散っていてはダメだ。早く帰らないと幽々子様が機嫌を悪くする……幽々子様自身のせいですけど……

 

 

 妖夢は急いで白玉楼に向かって飛び去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が人里から離れた森の上空を飛んでいる時でした。

 

 

 バキッ!

 

 

 何かが砕かれる大きな音がした。不意にその方向に視線を向けたが木々が生い茂っていて見えなかった。私は音の正体が気になったが、幽々子様が待っているので無視して帰ろうとしたが……

 

 

 バキッ!ベキッ!

 

 

 また音がした。今度は2回も……上空まで届く大きな音が聞こえたのだ。私は気になってしまった。好奇心といったところだろうか、私はその好奇心を抑えられず森に向けて降下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが彼との出会いでもあった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音に惹かれてしまった私は森へ降り立った。先ほどから時々音がなる。大きな音から小さな音まで聞こえてくる。音の発生源は何だろうかと森の中を歩いていた。音が歩くたびによく聞こえるようになっていく。

 一歩、また一歩と歩いていく……近づいている。私は音の正体を知りたくて近づいていった。

 

 

 草むらの向こうから音がする。何かが砕かれる音、何かを千切るような音が……私の体から汗が流れる。しかし、私は好奇心に負けてしまっていた。そのせいでここで引き返せばよかったものを……私は見たいと思ってしまった。

 草むらから顔を覗かせて見てしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪共が己より小さい妖怪をいたぶりながら命を削っていく姿を……

 

 

 幻想郷では妖怪同士が争うことなど珍しいことはない。喧嘩、縄張り争い、それかちっぽけな理由で戦うことだってある。例えそれが人間であってもここは幻想郷なので食うか食われるかの弱肉強食の世界でそれは仕方がない事だった。だが違った。

 目の前の光景は命を(もてあそ)び、苦しむ姿を楽しんでいるかに見えた。妖怪は恐怖される存在だが、妖夢にとっても目の前の光景は異常だった。小さな妖怪の手足はしなびたように骨が砕かれ、目は引き抜かれ、歯は一本ずつ力づくで引っこ抜かれたようだった。周りには他にも妖怪が居たが、既に事切れていた姿だった。

 

 

 大きな体に大きな爪と牙を持ち合わせた牛のような顔が特徴的なのが、小さな妖怪をいたぶっている奴らの親玉だろう。子分共と思われる10匹ほどの妖怪で一人の小妖怪の命を削っていた。

 

 

 「おいおい!ボスが聞いているんだぜ!?そろそろ吐いた方が楽になるぜ?」

 

 「だ……から……しらないと……いっているだ……ろう……

 

 

 小妖怪が妖怪共に恐怖して声も小さくなり、歯がないためうまく喋れていない。そんな回答に不服だったのか子分の一人が小妖怪をいたぶる。

 

 

 「この!嘘つくんじゃねぇ!俺たちの仲間をやったのはお前だろ!!」

 

 

 鞭のようにしなった腕で小妖怪の顔を打つ。打たれるたびにその箇所が赤く染まり血が飛び散る。苦しそうな声が小妖怪から漏れる。

 しかし、それを止める者がいる。子分共の親玉だった。

 

 

 「よい、こいつでもないようだ。仲間をやった奴は別にいる」

 

 

 親玉はそう言うと小妖怪に近づいて無言で顔を踏みつぶした。

 

 

 バキッ!

 

 

 妖夢が聞いた音の正体はこれだった。何度も同じ音を聞いたのでこの光景がここで繰り返されていたのだろうとわかってしまう。妖夢の体に悪寒が走る。

 

 

 ……後悔している。私だって幻想郷に生きている身だ。こういう光景があることなど頭の中ではわかっていた。しかし、こんな凄惨な光景を望んで見ることもないし、せいぜい餌にされる人間の最後を見たぐらいだ。餌にされた人間はただ妖怪のための食料になったに過ぎない……だが、妖夢が見ているのは尋問に近い……否、拷問に近いものだった。見ていていい気分じゃない……早く離れたいと思った。

 

 

 しかし、私は耳に入れてしまった。妖怪共の会話の内容を……

 

 

 「ボス、どうしやす?」

 

 「仲間を殺した犯人の特徴とかわかってないんですか?」

 

 

 子分が親玉に問う。帰って来た答えが……

 

 

 「こいつらは武器を持っていた。そして、俺様が駆け付けた時にはまだ息があった奴がいた。そいつから聞いたんだが……息を引き取る前に一言だけ言った。そいつは変わった()を持っていたらしい」

 

 

 ()という言葉に自然と体が反応してしまった。

 妖夢が持っているのは刀だが、日本刀を武器としてだけではなくファッションとしても気に入っているので、剣にもこだわりを持っている。刀の良さも剣の良さもよく知っている妖夢にとって興味のあるものであった。しかし、今回ばかりはそれがいけなかった。不意に自分の所有している刀に視線がいってしまったその時に体勢を動かしたために気がつかなかった。

 

 

 ペキッ!

 

 

 足元に落ちていた小枝を踏んづけて音を立ててしまった。

 

 

 しまった!?音を立ててしまったら……!私は咄嗟に視線を妖怪共の方へ向ける……妖怪共がこちらを向いていて目が合ってしまった。バレてしまい、最悪の状況になってしまった……だが、相手はただの妖怪の束に過ぎない。私に掛かれば一分と持ちやしない!

 

 

 「女がいるぞ!捕まえろ!」

 

 

 子分の一人が叫ぶ妖夢を捕らえようと近づいていく。

 妖夢はすぐさま刀を抜き、近づいてくる一匹の妖怪の腕を切り落とす。

 

 

 「ぎゃあああああ!俺の腕がぁああああああ!」

 

 

 妖怪は痛みで悶絶する。その様子を見た仲間の子分達は一瞬たじろいだ。それに比べて妖夢は余裕の表情を見せている。

 

 

 「どうしたんですか?私を捕まえるんじゃなかったんですか?」

 

 「ぐっひひ!貴様か!俺様の仲間をやったのは?」

 

 「ボス!あいつ剣を持ってやすぜ!」

 

 「刀です!」

 

 

 うっかり反応してしまった。私が持っているのは長刀の【楼観剣】と短刀【白楼剣】である。剣と入っているがちゃんとした刀です。剣と刀は同じ扱いにされがちですが、私は剣は剣、刀は刀と区別しています。形も刀の形をしています。なので、私が持っている刀を剣と呼ぶのは私自身が許せないのです。

 それは置いておきましょうか。それにしても私がこいつの仲間を殺したと勘違いしているようですね。違うということを証明できませんけど、違うということだけは言っておこう。それでも襲ってくるなら斬るまでですけどね。こんな妖怪共なんて大したことではありませんし。

 

 

 「私はお前たちのような醜い輩の仲間なんぞ知りません」

 

 「こいつ!俺たちを醜いだと!?」

 

 「ボス!こいつやっちゃいましょう!」

 

 「ああ、そうだな」

 

 

 妖夢の一言余計なことを言ったために妖怪共は怒りに任せて妖夢に狙いを定める。妖夢を爪や鈍器で狙うが妖夢は軽々とそれを避けて刀を振るう。肩と腰に一撃ずつ与え、子分らは痛みに苦しむ。妖夢にとっては赤子の手を捻るように簡単な相手だった。

 

 

 雑魚ですね。私に掛かればこんなもんです。全くもって話しにもなりません。それにあの親玉さえ潰せば子分共も逃げ出すかもしれない……まぁ、全員斬った方が早いからそうしますけどね!

 

 

 妖夢は(たか)(くく)っていた。自分ならば余裕だと……

 

 

 それが運命を左右した。

 

 

 「隙あり!!」

 

 「――あっ!?」

 

 

 気がつかなかった。いつの間にか背後の草むらから飛び出した子分が妖夢に体当たりをくらわせた。妖夢は飛ばされ地面を転がる。痛みを感じるもすぐに立ち上がろうとするが、すぐさま他の子分共が妖夢を取り押さえて刀を奪う。

 

 

 「か、かえせ!私の刀!!」

 

 「誰が返すかバーカ!油断したてめぇが悪いんだ」

 

 

 妖夢は取り押さえつけられながら思った。

 

 

 しまった!私が油断してしまったばかりにこんな奴らに……!

 

 

 屈辱だった。だが、自分の傲慢さに嫌気がさした。雑魚と(たか)(くく)ったせいで捕らわれる不甲斐ない姿をさらすことになった。妖夢は地面に顔を押さえつけられ、手足も動かないように拘束されてしまった。楼観剣と白楼剣も奴らの手の中だ。

 

 

 楼観剣と白楼剣を手にした子分は物珍しそうに眺めており、腕を斬られた子分は妖夢に怒りを向ける。他の子分共もこれから妖夢をどうするか話し合っていた。そんな中で親玉が妖夢に近づく。血がついた体に悪臭が妖夢の鼻につく。

 

 

 「お前が俺様の仲間を殺した奴か?」

 

 「ち、ちがう!私じゃない!」

 

 

 妖夢は真実を言った。もうこの状況になってしまったらどうすることもできない。今の妖夢に戦うという選択肢は存在しなかった。

 それを聞いた親玉は少し考える素振りを見せると納得したように呟いた。

 

 

 「そうだな。奇襲もわからねぇ間抜けのお前が俺様の仲間を殺せるわけはねぇからな」

 

 「……!」

 

 

 妖夢の心が痛みを感じた。

 

 

 悔しい……こんな奴にバカにされるなんて……!私は確かになめてかかっていた。けれど、それは……!

 

 

 妖夢は気が付いた。言い訳をしていると……

 何かを理由にして自分はそれで負けてしまったのだと自分に言い聞かせているように感じたのだ。そして、そんな自分を知ってしまい、気づいてしまったのだ。

 情けない……幽々子が妖夢に向かってそう言い放っているような幻覚までもが見える。幽々子に幻滅されるのではないか、幽々子に必要とされなくなるのでは?そう無意識に想像してしまい、気分が悪くなる。妖夢は無意識に自分がまだまだ半人前であることを実感してしまっていた。

 

 

 そんな状態の妖夢に更に追い打ちをかけるような出来事が起こる。

 

 

 「ふむ、俺様も運がいい。そろそろ嫁が欲しかったところだ。こいつは中々いい面をしている……決めたぞ。お前俺様のガキを生め」

 

 

 妖夢は一瞬理解できなかった。頭の中が真っ白になり、牛顔の妖怪を見つめる……

 

 

 「な、なにを言っている!?」

 

 「俺様だって長年生きてきたんだ。そろそろお愉しみが欲しいと思っていたんだよ。安心しろ、毎日たっぷりと可愛がってやるからな。ぐひひひ♪」

 

 

 親玉が舌なめずりをするとよだれがこぼれる。鼻息も荒くなり、興奮していることがわかる。次第に妖夢は己の置かれている状況が非常によくないことだと理解して逃れようと暴れだすが、何人もの妖怪共に押さえつけされていて逃げることなどできやしない。

 牛顔の親玉が妖夢の体を舐めまわすように見る。唾液が滴り落ちて吐く息が妖夢を汚す。

 

 

 「体は幼い感じが残っているが柔らかそうな肌だ♪俺様がたっぷり味わって、体の芯まで感じさせて忘れさせなくしてやるぜ!ぐひひひひ♪」

 

 「や、やめろ……!」

 

 「怖がるな。次第に慣れるし、ガキを生んでも毎日毎晩抱いてやるからな♪ぐひ、ぐひひひ♪」

 

 「やめ……やめて……やだぁ……!」

 

 

 い、いや……嫌!嫌嫌嫌嫌嫌!!こんな奴の子供なんて生みたくない!気持ち悪い、臭い、近づくな!離して!お願い!誰か……誰か助けて!!幽々子様!!!

 

 

 妖夢の服に手を伸ばして、力任せに破く。破れた箇所から下着が見え、周りの子分共も興奮を抑えきれない……

 

 

 「大丈夫だぁ!いい子にしてたら食わずに養ってやるからな♪ぐひ、ぐひひひひ♪」

 

 

 妖夢は願った。望んでも誰も来ないだろうと思いつつも最後の思いを乗せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 助けて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぶぎゅぅ!!?」

 

 

 恐怖で目を閉じていた妖夢の耳に悲鳴じみた声が聞こえた。周りの妖怪共も驚いているのがわかる。ゆっくりと目を開けて見ると、顔面に大きな石がめり込んだ牛顔の妖怪の姿だった。

 そのまま仰向けに倒れてしまい、周りは唖然としていた。そして、駆け寄った子分共が心配する中、妖夢を捕らえていた妖怪の首が飛んだ。

 

 

 「………え?」

 

 

 妖怪の手から逃れた妖夢が誰かに抱き寄せられた。そこには先ほどの醜い妖怪共とは比べ物にもならないように美しく凛々しい顔立ちの男性が妖夢を守るように抱いていた。

 

 

 「………無事か?妖夢?」

 

 

 私と彼との初めての出会いだった………

 

 

 ------------------

 

 

 衣玖に許可をもらって地上の視察に来ていた。本当は東方の世界を堪能したいというのが本音だけど………衣玖には今日中に帰ると言ったし問題はないでしょう。それにしても人里はいいな♪みんな親切に挨拶してくれるし、何より温かい………生前の私にはありえない光景に涙を心の中で流しながら歩いていると慧音と出会う。

 

 

 「天子、来ていたのか」

 

 「ああ、慧音元気していたか?それに妹紅は今日はいないのかな?」

 

 「私は元気だ。妹紅なら竹林の奥の永遠亭に行っているだろうな」

 

 

 永遠亭は妹紅の宿敵であるお姫様が住んでいる。ならば今日も殺し合いしているんだな。殺し愛とも呼べる程の仲良しだよね。喧嘩する程仲がいいって言うし、私も萃香と喧嘩して仲良くなったしね。次の宴会が楽しみだ♪

 

 

 「天子、新聞読んだぞ。まさか鬼を倒してしまうなんて!天子は強かったのだな」

 

 「そんなことないぞ。私は萃香の思いに答えただけだ。それに萃香と戦って彼女と仲良くなれた。嬉しい事だらけだったよ。喧嘩してよかったと思っている」

 

 「まるで考えが鬼みたいだな」

 

 

 慧音と二人で笑い合う。文が私の元へ来て、インタビューしてくれたけど初めは衣玖が警戒して焼き鳥が焼き上がってしまうんじゃないかと冷や冷やしました。文がいろいろと聞いてくれてとても緊張していた。私のことが幻想郷中に広がったら私は有名人になってしまう………内心ドキドキで大変だったわ。

 

 

 「そうだ天子、言っておくことがある」

 

 

 ん?どうしたの慧音?まさか告白とかないよね?嬉しいことは嬉しいけど、私中身は女の子だし、私困っちゃうから………

 

 

 内面で妄想している天子を知る由もしない慧音が言った。

 

 

 最近、森の方で怪しい音が響いて悲鳴みたいなものが時より聞こえるとか………何ですかね?私はホラー要素は苦手なのだけれども、人里のみんなにはお世話になっているし、放っておくと何かまずい気がする……今日は視察に来たことも一応だけれどあったので行ってみるか。

 

 

 私は慧音と別れて森へ入った。勿論、慧音に心配かけたくないので音の正体を探ることは伝えてない。よってここには私一人だけである。昼前なのに、日光を遮るように木々が立ち並んでいて薄暗い。それでも木々の隙間から多少の光が入るので真っ暗というわけではないのだ。明かりを灯す必要はないぐらいの暗さなので道を歩くのには問題ない。

 そんな森の中で歩いていると遠くの方で微かに音がなった。もしかすると慧音が言っていた音なのかもしれない。それに悲鳴という単語が気になる………何もなければいいんだが………

 

 

 天子は音がする方へ歩いていると妖気を感じた。それは小さいながら複数の妖気だった。それと何やら話声が聞こえてきていた。

 

 

 「お前が俺様の仲間を殺した奴か?」

 

 「ち、ちがう!私じゃない!」

 

 

 誰かの声がする。声質的に一人は女性のようだ。もう一人の方は声が低い……すると男か?それに殺したとか物騒な単語が聞こえてきた。女性の方は否定しているようだが一体何が起こっているのだ?

 

 

 「そうだな。奇襲もわからねぇ間抜けのお前が俺様の仲間を殺せるわけはねぇからな」

 

 「……!」

 

 

 近づいている……この草むらの先に声の主がいるようだ。

 

 

 天子は草むらから顔を出して覗いた。すると、そこにはよく知る顔がいた。

 

 

 妖夢だ!まさかこんなところで妖夢と出会えるだなんて感激……できないな。何やら妖夢は見慣れないモブ妖怪に捕まっているようだ。辻斬りしてしまって怒っているのか?だが、雰囲気がただならない……嫌な気分だ……

 

 

 「ふむ、俺様も運がいい。そろそろ嫁が欲しかったところだ。こいつは中々いい面をしている……決めたぞ。お前俺様のガキを生め」

 

 

 …………………はっ?

 

 

 天子は一瞬思考をやめてしまった。

 

 

 「な、なにを言っている!?」

 

 「俺様だって長年生きてきたんだ。そろそろお愉しみが欲しいと思っていたんだよ。安心しろ、毎日たっぷりと可愛がってやるからな。ぐひひひ♪」

 

 

 こいつは何を言っている?妖夢は捕らえられ、周りには妖怪共が取り囲む。それに牛顔野郎は気持ち悪い程の興奮状態だ。妖夢は妖夢で血の気が引いたように怯えた表情になっていた。

 

 

 「体は幼い感じが残っているが柔らかそうな肌だ♪俺様がたっぷり味わって、体の芯まで感じさせて忘れさせなくしてやるぜ!ぐひひひひ♪」

 

 「や、やめろ……!」

 

 「怖がるな。次第に慣れるし、ガキを生んでも毎日毎晩抱いてやるからな♪ぐひ、ぐひひひ♪」

 

 「やめ……やめて……やだぁ……!」

 

 

 妖夢は声が震えていた。妖怪共の魔の手が妖夢に伸びようとしていた。

 

 

 そんなとき私はつまらないことを思ってしまった……

 

 

 これが幻想郷の裏側なのだろうか……私はゲームと天界での生活で表の面しか見えていなかったのかもしれない。ゲームは主人公達を操作して異変を解決し仲良くなっていく。天界でも皆、歌って踊って遊んで毎日を過ごしている。だが、私は記憶の隅に追いやっていただけなのかもしれなかった。ゲームの設定上でも辛い過去を持つキャラ達はいるし、天界に引っ越して来た時でも不良天人と陰で言われていた。私の努力で今ではそういうことはなくなったが、実際体験したことだった。それを考えると目の前の状況だってあり得ないことではない。

 コインの表があるように裏がある。朝があるから夜がある。男と女の性別があるように全てのものにバランスがある。幻想郷の人間も妖怪に襲われ命を落とし食われる現実、人間が妖怪を退治し命を奪う、頭の中では当然あるだろうなと思っていたことでも、逃れられぬ残酷な場面を目を通して見てみると胸糞悪いったらありゃしない。

 天界から少女が襲われそうになった時も助けたのは胸糞悪かったから……死ぬのを見るのが嫌だったから……救いたいと思ったから……私自身のエゴだった。モブとはいえ、この世界に生きる者達を殺して少女を救った。弱肉強食の場面で私は横やりを入れた。それがこの世界にとって正しいことだったのか?私は今、そう疑問を感じてしまった。

 

 

 転生という形でこの世界にやってきて、元天子ちゃんの人生を横取りして生きている私は卑怯者なのかもしれない。元のままの私だったなら一生家の中で閉じこもっていただろう……比那名居天子という存在として私はここにいる。元天子ちゃんの影響で私の性格は変化していると思っている。萃香との戦いで我慢できたのもそのおかげだろうし、戦いたいという衝動にかられたのもそうだ。原作のキャラだから助けるのか?弱肉強食の世界で自己満足のために救おうとしているだけじゃないのか?お前はただカッコつけているだけじゃないのか?たとえそう言われたとしても……それがなんだ?

 

 

 「お前は元天子のおかげで今があるんだぞ」……それでもいい。「お前は本来この世界にいない存在なんだぞ」……そうだ。本来ならこの場に私はいない……だが、今この場にいるのは引きこもりで一日中パソコンに向かっていた時の私じゃない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 非想非非想天の息子であり、天人くずれ……比那名居天子だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で襲われている子がいるのに、世界の理など他人の目などどうでもいいことを一瞬でも気にしてしまった私自身をぶん殴ってやりたい。少女を助けた時はこんなことなど思わずに救いたいと思ったじゃないか!すまない妖夢!絶対に救ってあげるわ!!

 

 

 「大丈夫だぁ!いい子にしてたら食わずに養ってやるからな♪ぐひ、ぐひひひひ♪」

 

 

 その子に触れるな!!

 

 

 天子は要石を牛顔の妖怪に放った。

 

 

 「ぶぎゅぅ!!?」

 

 

 牛顔の顔に要石が食い込み仰向けに倒れる。すぐさま妖夢の元へ駆け寄り緋想の剣で、妖夢を捕らえている妖怪の首を()ねる。

 

 

 「………え?」

 

 

 妖夢から声が漏れる。すかさず天子は妖夢を守るように抱き寄せる。

 

 

 「………無事か?妖夢?」

 

 

 妖夢の目には涙が溜まっていた。しかし、助けが来たことがわかると怯えた表情は次第に落ち着きを取り戻し、呆然としていた彼女の意識を呼び戻す。

 

 

 「あ、あの……あな……た……は……」

 

 

 まだ怯えていたためか声がうまく出ない妖夢に優しく語り掛ける。

 

 

 「私は比那名居天子、妖夢はここにいてくれ」

 

 「ひ……なな……い……」

 

 「大丈夫だ。私が守ってやる」

 

 

 妖夢を担ぎ、木の根元まで運び座らせる。そして妖怪共に向き直ると、先ほど要石の一撃を受けた牛顔の親玉が起き上がった。

 

 

 「ぐびひぃ!貴様!この俺様のお愉しみの邪魔するとは一体どこの誰だ!?」

 

 「彼女に名乗っても貴様に名乗るほど私の名前は安くはない」

 

 「な、なんだとぉ!!」

 

 

 妖怪共は天子を睨みつける。子分は天子の手に持っている緋想の剣に気づく。

 

 

 「ボス!奴が持っているのも剣ですぜ!」

 

 「貴様か!?俺様の仲間を殺したのは!?」

 

 「……一体何の話だ?」

 

 

 牛顔の妖怪は天子に言った。以前の地底での異変の時に人間の女の子を見つけ、餌とするために牛顔の部下である4匹の子分が先に追いかけたことを伝える。その子分とは天子が天界から見つけ、守った時に斬った妖怪共であった。

 

 

 まさかあの時の……私のミスか……死ぬのも時間の問題だろうと放っておいたことも、仲間がいるかもしれないという配慮を視野に入れずに自身で完結してしまったせいか……私は愚か者のようだ。少女を優先したのは間違っていなかったと私は思っているが、その結果が罪のない妖怪達を巻き込んでしまった。どうしようもないことだとわかっているが、私のせいで死んでしまった妖怪達に申し訳ない……妖夢もこんな目に巻き込んでしまった!

 

 

 天子は唇を噛んだ。憎いとか、悔しいとかではない。自分自身に怒りを感じた。あの時はきっと少女を優先してよかったと思う一方で、自分のせいで周りに転がっている妖怪達がひどい目にあったことも妖夢に怖い体験をさせてしまった事実に怒っていた。

 

 

 「……そうだ。私がお前たちの仲間を殺した」

 

 「そうか……そっちから現れてくれるとはな……お前たち!こいつを殺せ!!」

 

 

 私はエゴイストだ。私のせいでこうなってしまったのだが、今もの凄くムカついている……こいつらに……関係のない妖怪を殺し、妖夢を傷つけ、女としての尊厳を犯そうとしたこいつらに慈悲などない……

 

 

 「……貴様らに今日生きる資格など……ない!」

 

 

 与えるのは確実なる死だけだ……!

 

 

 ------------------

 

 

 「死ねぇ!!」

 

 

 一匹の妖怪が天子の命を奪おうと爪を振り下ろす。

 

 

 「無駄」

 

 

 天子は軽々と避け、緋想の剣で妖怪の首元を突き刺す。そして無情に横に振るうと刺された妖怪の首は飛び、鮮血をまき散らして絶命した。他にも近くの妖怪共が仇を打とうとする……が、天子は軽々と妖怪共を剣で切り裂いていく。手、足、胴体、首がバラバラとなり、命の灯が消えていく。そのすぐ後にも他の妖怪達が天子を襲おうとしたが、拳で受け流し、要石で体を砕き、足で妖怪を痛めつける。あまりの痛さに妖怪達は悲鳴を上げ、地面を転がり苦しむが天子はそれを許さない。

 

 

 苦しむ妖怪の顔に足を乗せ力を加える。ぐしゃっ!と音を立て、妖怪の顔はただの肉塊に変貌した。他にも転がる妖怪達を要石で体ごと潰していく。地面には原型を留めていない肉の塊と赤く染まった大地だけ……そんな光景を見ている牛顔の親玉と残った2匹の子分は自然と足が後ろに下がる。

 

 

 「ボ、ボス……な、なかまが……!?」

 

 「う、うろたえるな!相手は一人だぞ!お前たちがまだいるじゃねぇか!」

 

 「ボ、ボスも一緒に戦ってくれるんですよね?」

 

 「も、もちろんだ……い、いけよ!早く!」

 

 

 2匹の妖怪はお互いに顔を見合わせ天子にゆっくりと近づいていく。それは警戒よりも恐怖で動きがゆっくりになっているようだった。

 

 

 「……!」

 

 

 天子が妖怪を睨む。睨まれた2匹の妖怪はたじろいだ瞬間終わっていた。

 2匹の妖怪は胴体が真っ二つに別れて地面に転がった。自分が殺されたなど知らずにいけたことが幸いなことだろう……

 

 

 今の天子に慈悲など持ち合わせてなどいない。今の一瞬だけは命を狩る者であり、笑みを見せることなどない。仮面を被っているかのような無表情で残った牛顔の妖怪に近づく。

 

 

 「ぐ、ぐひぃ!?お、おのれ……!ぶち殺してやるー!!」

 

 

 大きな拳を上げて押しつぶさんとする。だが、天子はそれを片手で難なく受け止めた。妖怪の方は驚いた。力は人間よりも上、それに妖怪の中でも力ならそこら中にいる妖怪よりも上だと自負していた牛顔の親玉の拳を難なく受け止めてしまっていた。

 

 

 「き、きさま!人間じゃないな!?」

 

 「ただの天人くずれだ……」

 

 

 天子は妖怪の拳ごと持ち上げて放り投げた。宙を舞い、地面に叩きつけられた妖怪は信じらないといった顔をしていた。

 

 

 「ば、ばかな!?俺様が力負けするなんて……!?」

 

 「貴様など私の(萃香)に比べれば天と地の差……いや、貴様と比べるなんて失礼だな」

 

 「な、なんだと!?この野郎ー!!」

 

 

 その言葉に激昂した妖怪は天子に再び襲い掛かるが、二度剣を振るうと妖怪の両腕が落ちた。一瞬何が起こったのか頭が理解できなかったが、体に激痛が走る。妖怪は痛みに悲鳴を上げるがそれが最後の断末魔となった。

 

 

 天子は緋想の剣をしまうと、ジャンプして牛顔の頭上に飛ぶ。両手で牛顔の顔を掴み、体を捻ると骨が砕け、肉が裂ける音がする。更に捻りを加えると、妖怪の顔が360°回転したかに思うと鮮血を噴出しながら首が千切れる。首から上を失った妖怪の肉体は力無く地面に倒れる。着地した天子の手には無理やり体と首を千切られ絶命した親玉の首が乱暴に握られていた。天子はその首を捨てると血だらけになった体を見ながらため息をついた。

 

 

 「……汚れてしまった……絶対に衣玖に怒られる……」

 

 

 帰ったら絶対にこっぴどく叱られるのだろうと天子は思っていた。もしかしたら、天界の皆が地上に宣戦布告することになったらどうしようかとも心配していたが、今は妖夢のことが先だ。木の根元で天子を唖然と見つめる妖夢の元までやってきた。天子は優しく妖夢に語り掛ける。

 

 

 「大丈夫か?立てるか?」

 

 「え……あ、あの……」

 

 

 どうやら妖夢は腰を抜かしてしまったようだった。それも無理はない。妖怪共に襲われそうになった恐怖と目の前の非情な殺戮を見せてしまった……感情的になりすぎたな……

 

 

 「怖い思いをさせてすまない……私のせいで妖夢に嫌な光景を見させてしまって……」

 

 

 天子は謝った。妖夢は慌てて否定する。

 

 

 「あ、あやまらないでください!助けていただきましたし、謝るのは私の方です。ごめんなさい………」

 

 「……妖夢……ありがとう」

 

 

 天子はようやく笑った。先ほどまでは表情は硬く、誰もが心など持たぬ者の面だと思ってしまう程だったから……

 

 

 落ち着きを取り戻すと、妖夢はふと疑問に思ったことを聞いた。何故自分の名前を知っていたのか?一瞬天子は狼狽えたように見えるが、友人に聞いて知っていたことで貫いた。ゲームで知っているなど答えたら変人カテゴリーに分類されることを恐れたなんて妖夢は知らない。

 

 

 妖夢は天子に肩を貸され、立ち上がったが少しフラフラしているがそれでも白玉楼に戻ろうとしていた。折角買った食材は戦いの中で散乱して使える状態じゃなかったが、再び人里に帰る気力はない。今は帰ってゆっくりと気持ちと体を休めたい気分だった。

 

 

 「妖夢は帰るのか?私が送って行こう」

 

 「ありがとうございます。ですが、私は飛べるので問題ありません。お恥ずかしながら腰を抜かしてしまうとは……」

 

 「それもあるが……その……服はどうするんだ?」

 

 「服……?」

 

 

 妖夢は自分の服を見ると破けて下着が見えている。妖夢は目をパチパチと閉じたり開いたりした後、顔が真っ赤になっていき……

 

 

 「きゃあああああ!!!」

 

 

 天子の顔をおもいっきりぶん殴ってしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめんなさい……天子さん……」

 

 「いや……別に痛くなかったから心配ない……」

 

 

 妖夢は腰が抜けてしてしまい、飛べるが格好が格好なので天子に白玉楼まで送ってもらうことにした。二人の目の前には広大な屋敷が立っており、ここが白玉楼である。天子は妖夢の方を見ないようにゆっくりとしたペースで門前まで妖夢を連れてやってくる。ちなみに天子は妖夢にぶん殴られたが、体が丈夫なので痛くも痒くもなかった。ここに来るまでに何度も妖夢に謝られていた。天子は何も気にしていなかったが、妖夢は先ほどから顔が赤い。

 

 

 「天子さん、本当にごめんなさい……助けていただいたのに私……あなたを殴ってしまって……」

 

 「気にしていない。それに私のせいでもあるんだ。その……すまない」

 

 

 妖夢が謝れば天子が、天子が謝れば妖夢がと言ったお互いに謝罪の連鎖が続いている光景なのである。そんな中で天子がいきなり笑った。

 

 

 「ふふ、妖夢は本当に真面目だね」

 

 「わ、わたしは真面目が取柄ですから……他の方からはよく揶揄われたりしますが……」

 

 「そうなんだね。でも私はその真面目なところが好きだけどね」

 

 「す、すすすす、しゅきぃ!?」

 

 

 おもいっきり噛んだ。妖夢の顔が更に赤くなり湯気が出ている。こういったことには免疫がないようだった。妖夢はそれから黙ってしまい二人の間は沈黙に包まれた。

 

 

 気まずい……妖夢を褒めようとしたけど失敗か……まぁ、もう門前はすぐそこだし、無事に妖夢を送り届けることができたからよかったけどね。

 

 

 そうしていると、ようやく門前にたどり着いて天子が扉を開く。天子は妖夢を白玉楼へ送り届けたらすぐに天界に帰ろうかと思ったが、そうはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ!もう妖夢ったら遅い……あなたは誰かしら……それに妖夢……その服……あなた妖夢になにしたの……」

 

 「「あっ」」

 

 

 天子は血まみれ、妖夢は服が破れて服は乱れた状態だ。それに天子は男で妖夢は女……目の前には白玉楼の主である幽々子……幽々子の目に光はなく、ゆったりとした表情ではなく、静かに敵意をむき出しにした表情だった。冷たく鋭い視線を天子に向ける幽々子の周りには美しく残酷な蝶が舞っていた……

 

 

 最悪の状態で最悪の現場に遭遇してしまった……

 

 



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8話 白玉楼にて

リアル事情が忙しいですが、頑張って投稿するために参上仕った!



本編どうぞ!




 白玉楼で天子の前で土下座する一人の娘がいた。

 

 

 「本当にごめんなさい!妖夢を救っていただいたのに私はなんてことを……!」

 

 「いえ、大丈夫ですよ幽々子さん……私はこの通り生きていますから……」

 

 

 幽々子さんに誤解され、危うく【死を操る程度の能力】で殺されかけた。名前の通りの能力で即死攻撃持ちの幽々子さん……マジで死ぬかと思ったわ……妖夢を支えているし、幽々子さんに攻撃するなんて論外だったから、妖夢が止めてくれてないと本気で死んでいたと思う。防御力なら私は自信があるが、即死攻撃といったものに耐性を持っているかわからなかった。試してみてもいいかと思ったが失敗すればあの世行きだ。それは勘弁だったので、久々に汗をかいた。

 誤解を解くために、経緯を説明すると幽々子さんはわかってくれたらしく目の前で綺麗な土下座をしてくれている。なんか申し訳ない気がする……あの状況を想定しておけばよかった。幽々子さんが帰りの遅い妖夢を心配して待っていることだって想定できたはずだったのに……

 

 

 「それでも、妖夢を妖怪から守ってもらったあなたにこんなことを……!」

 

 

 何度も何度も謝る幽々子さん。いつもならゆったりとしているイメージだが、妖夢のことになると人が変わったように真面目だ。いつもは真面目じゃないとは言っていないのだけど、私はゲームの中の幽々子さんしか知らなかったけれど滅多に見れない幽々子さんの姿に釘付けだ。でも、そろそろ何とかしないとずっと謝るんじゃないかなぁ?幽々子さん……

 

 

 すると、廊下から足音が聞こえてきた。妖夢だ。幽々子さんに事情を説明した後、お風呂に入りに行った。私の体についた妖怪の血が妖夢に肩を貸した時についてしまったし、服もボロボロなので変えることも必要だった。何より妖夢の精神的にも疲れが溜まっていると思ったので先にお風呂に入るように勧めておいた。

 廊下から現れた妖夢は同じ服装だ。あの服は何着かあるみたいだ。私も一度着てみたい……それは今は関係ないのでパスだ。それよりも妖夢は大丈夫か様子を見よう。

 妖夢の様子を窺うと何故か一瞬だけこちらを見たがすぐに逸らされてしまった。何故?私は妖夢に何かした?もしかして下着見たのが不味かった?あれは不可抗力です!それに私は中身は女の子なので妖夢が可愛らしい下着を履いていたとしても私は気にしないよ!

 

 

 天子は内面そわそわしていると幽々子の元へ近寄る。

 

 

 「幽々子様、それくらいにしておきましょう。天子さんが困ってますよ」

 

 「妖夢……ごめんね!私がわがまま言ったばかりに怖い思いをさせてしまって!」

 

 

 妖夢を抱きしめて大泣きする幽々子。妖夢も幽々子を抱き返す。

 

 

 よかった……そう思った。幽々子さんと妖夢の間にこれ程の愛情で繋がれているなんて羨ましい。妖夢のことをいろいろいじっている幽々子さんらしいけど、やっぱり妖夢のことが大事だったんだね。誰かに大切にしてもらえるって温かいことだと私は思う。生前の私は大切にしてもらえていなかったと思う。存在感も興味も持たれない私にとって今の光景は心にくる……妖夢を守れてよかった……

 

 

 天子はこれ以上この場にいるのは良くないと思い、部屋から出て行こうとすると……

 

 

 「天子さん待ってください!」

 

 

 妖夢に呼び止められた。

 

 

 私のやること終わったし、妖夢も無事に帰ってこれたからこれ以上のことはないんだけど、絶対お礼とかされるよね?私お礼目的に助けたわけではないし、幽々子さんと妖夢の時間を奪いたくない。今日はお互いにいろいろとあるだろうし、部外者の私がいるなんて空気読めないのか?って思われる……この場に妖夢達と私以外いないけれど何故かそう思われる気がする……私って被害妄想激しいのかな?やんわりと断って帰ることにしよう。

 

 

 「妖夢……私のやることは終わった。あなたを送り届けたし、帰るとするよ」

 

 「え、えっと……その……」

 

 

 妖夢は指と指を交差させて何かを言おうとしているが、口をパクパクさせるだけで何も出てこない。妖夢の顔も赤く染まっており、そわそわと落ち着きがない。目線も天子を見てもすぐに逸らしてしまう。

 

 

 こ、これは!?もしかしたら私に対する恋に芽生えたとか!?私ってば妖夢を攻略してしまったの!?私ってば罪づくりな天人のようだ。妖夢の状態が完全にギャルゲー(ギャルゲーム)に出てくる恋する初心な乙女にしか見えない。まぁ、私はイケメンだし、状況が完全に愛が芽生えるシチュエーションだったためわからないことはないけど……駄目だよ妖夢、それは一時的感情よ。つり橋効果と呼ばれる不安・恐怖を感じている状態で出会った人物に恋愛感情を持ちやすくなる心理効果よ。そのせいで、興奮と外的な刺激による興奮が混ざって恋愛感情として脳が誤解している状態なの。だから、私に恋するのはやめておいた方がいいわ。何よりも私自身が女だからってのがある。体は男だけれど、今だに下半身についているものにまだ慣れていないし……それに妖夢みたいに真面目でかわいい子にはもっといい男性がお似合いだろうしね。幽々子さんも反対するんじゃないかな……

 

 

 そう思っていると妖夢がようやく口にする。

 

 

 「天子……さん……私あなたにお礼しないと……」

 

 「お礼などいらない。私は通りすがりの天人だからね」

 

 「そ、それでも!!」

 

 

 うーん困った……妖夢の必死な視線が私の良心を刺激して、足止めをくらっている。妖夢侮れない子!お礼をしてもらうこともないので、幽々子さんに助けを求めようか……

 

 

 天子は幽々子に密かに視線を向ける。幽々子は困った天子の視線に気づいて手助けしてくれるはず……

 

 

 「駄目よ妖夢、天子さんに無理を言ってはいけないわよ」

 

 

 お!やっぱり幽々子さんはわかってる!隠れたカリスマ性を持っているだけはあるわね!

 

 

 「でも、私も天子さんにお礼したいわ。妖夢を助けてもらっておいてお礼の一つも与えないだなんて西行寺家としても名折れになってしまいますわ。新聞に載っていた限りでは、比那名居家も名高い家系だとお見受けします。ここは妖夢のためと私のためと思ってお礼を受けてもらえませんか?」

 

 

 幽々子さんは頭を下げた。妖夢もそれに続いて頭を下げる。確かにお礼を受けないってのも相手側に対しても失礼に値するか……それに幽々子さんが頭を下げてまで私にお願いしたし、妖夢も必死に私にお礼したいって言ってくれたから、これは受けないと私的にも比那名居の名を持つ者として受けねばならないね。

 

 

 「わかった。私も比那名居家に生まれた者……幽々子さんと妖夢の思いを無下にはできませんので、お受けしましょう」

 

 「ありがとう天子さん……なんですが、その前にお召し物を洗わないといけませんわよ」

 

 「あっ……」

 

 

 妖夢が思い出したように天子の服を見る。天子も同じように自分の服を見ると時間が経って忘れていたが血に染まっているし、臭いも問題だ。こんな格好で白玉楼に上がっていたなんて……自分が情けないと改めて天子は思うのであった……

 

 

 ------------------

 

 

 ようやく帰ってこれた……もう戻れないと思っていた場所に……幽々子様がいるこの白玉楼に……

 

 

 白玉楼に帰ってきて私達を待ち受けていたのは幽々子様の冷たく怒りを宿した眼差しだった。帰りが遅くなって怒っているのでも料理が食べれないことで怒っているのではなかった。幽々子様は私のために怒ってくれた。私が何かされたのではないかと思って怒ったのだ。嬉しかった……ここに帰ることができて……幽々子様に必要とされているとわかると目頭が熱くなった。でも、幽々子様を止めないといけなかった。私を支えてくれている天人の天子さんは私の恩人であり、私を絶望から救ってくれたお方だ。その天子さんが幽々子様に勘違いされている。幽々子様は天子さんを殺すつもりだった……それはダメだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽々子様に事情を説明した。嫌な記憶をすぐに消したいし、気分も悪くなる……自分の醜態が言葉となって幽々子様の耳に届く。自分の醜態を自分自身で語らないといけないのが辛い……でも説明しないと天子さんに危害が及ぶ……

 私が説明したことで天子さんの疑いが晴れた。何とか場は落ち着きを取り戻していつもの幽々子様に戻った。天子さんと幽々子様は私を一足先にお風呂に入ることを勧めた。二人の元を離れるのは失礼かと一瞬思ったが、素直に従った。幽々子様も天子さんに謝らないといけないし、私もこの体を今すぐに洗いたい。

 

 

 私はボロボロになって妖怪共の穢れた血がついた服の代わりを用意してから風呂場に向かう。服を脱いでいるとあの時の光景が頭をよぎる……あの妖怪の顔が私を気持ち悪い目で見て、口からはよだれが垂れ、臭い息が今でも鼻につく……あの妖怪の手が舌が……私の体を貪り尽くす光景を想像すると吐き気がしてきた。怖かった……絶望した……もう幽々子様に顔向けできないと思って涙が溢れた……死にたいとも思った……だけど、私は今ここにいる。この体も綺麗なままだ。吐き気もいつの間にか消えてなくなっていた。あの方が私を助けてくれたから……!

 

 

 比那名居天子という天人の男性……人里で人達が話していたのはこの方のことだった。

 私も新聞を読んだ。あの天狗のことだから大体が捏造で作り上げたでっち上げだろうと思って気にも留めなかった。鬼の伊吹萃香に勝ったなんて冗談だと思った。私は一度彼女にあったことあるけれど、あれは勝てないと思った。半人前の私ではどうすることもできないと……だから、賭け事かゲームで勝ったのだろうと思って深く読む気にはなれなかった。それに幽々子様の食事の準備に取り掛からないといけなかったから……

 

 

 「……ふぅ……」

 

 

 風呂で一息つく……寧ろ自然に出たといった感じだ。

 

 

 「……天子さん……」

 

 

 妖夢は口から天子の名がぼそりと出た。

 

 

 妖怪共を斬り倒し、戦う姿は美しかった……鮮血が巻き散り、屍すら肉塊に変えるその非情な姿に恐怖したなんてことはあの時の私にはなかった。私は天子さんの姿にいつの間にか夢中になっていた。強い……心の底から感じた。妖怪共の攻撃を軽々と受け流し、葬っていく姿は私にとっては恐怖よりも憧れだった。そして何よりも天子さんの剣術が私の目を釘付けにした。変わった剣を手にして妖怪を軽々と斬る……まるで妖怪の強固な肉体がただの脂肪の塊にすぎないかと思う程であった。見惚れていた……天子さんの姿は女である私でもとても美しいと感じた。

 さっきまで怯えていた体がゆっくりとだが安心している気がした。この方がいるなら大丈夫とか思っていたのかもしれない……あの妖怪の最後を見届けると全てが終わったんだと感じた。血に染まった服に身を包んだ彼がこちらに向かって来たけど不思議と怖くもなかった。

 天子さんがあの妖怪共の仲間を殺したことで今回の出来事が起こったようだった。でも、天子さんは何も悪くない。子供を助けたのに、自分を責めるなんて……不甲斐ないのは私の方、妖怪共を甘く見て油断したのは私の方だ。天子さんが私に謝るなんて間違っている……

 

 

 天子さんが笑った……美しい綺麗な笑顔だった。私は自然と見惚れてしまっていた。男性なのにこれほど美しく心惹かれてしまう表情ができるのだろうかと……

 それに私のことを知っていた。なんだかわからないけど嬉しかった。天子さんが私のことを知っていてくれたことに喜びを感じていた……なんでだろう?

 

 

 妖夢は自分に疑問を感じたが、それが何かわからなかった。

 湯船に浸かる妖夢はあの時のことを思い出す。腰が抜けてしまい、天子に肩を貸されたあの時に、破れた箇所から見せてしまった肌と下着のことを……天子に言われるまで忘れていたことで混乱して、つい天子の顔を殴ってしまったこと、天子は許してくれたが自分が情けないと思うばかりである。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 ため息が出る。私は救ってくれた天子さんになんてことをしたんだろう……そ、それに私の下着を見せてしまうなんて天子さんに失礼だったのに……

 私を運ぶ前に、事件に巻き込まれ周りで死んでしまっていた小妖怪達を天子さんが丁重に墓を作ってあげていた……あんな優しい方はそういないと思う。あの方が居てくれたから今の私はここで湯船に浸かることができている。幽々子様の顔をもう一度見ることができた。そして、天子さんに出会えた……天子さんの戦いに魅了された、天子さんの優しさが身に染みた、天子さんの強さに憧れた、天子さんの笑顔がとても素敵だった……天子さんの傍にいたい……

 

 

 妖夢は気づく、先ほどから天子のことばかり考えている自分がいることに、天子のことを考えると心がドキドキして体温が熱くなることに……

 

 

 「わ、わたしったら!天子さんのことばかり……!?て、てんしさんのことは確かにカッコよくて綺麗で憧れだけれど……天子さんの事ばかり考えてしまうのは……どうして?」

 

 

 妖夢は答えを出すことはできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえてきた。幽々子様が天子さんに謝っている声がする。勘違いだとは言え、天子さんを殺そうとした幽々子様……もし幽々子様が天子さんを殺してしまったら私は幽々子様にどんな感情を向けていたでしょうか……?

 

 

 妖夢は部屋に入ると一瞬だけ天子を横目で見ると顔を逸らしてしまう。意図的にやったのではない。何故か逸らしてしまったのだ。妖夢自身もわからなかったが、今は幽々子をどうにかする方が先だと判断した。

 

 

 「幽々子様、それくらいにしておきましょう。天子さんが困ってますよ」

 

 「妖夢……ごめんね!私がわがまま言ったばかりに怖い思いをさせてしまって!」

 

 

 幽々子様……幽々子様のせいではありません。私が半人前だったばかりに後れを取ってしまっただけなのに……

 私の体を抱きしめる幽々子様の瞳から大粒の涙が流れる……ああ、やっぱり私はここに帰って来れてよかった。いつもは私をいじる幽々子様がこんなに私を大切にしていてくれていたなんて……ありがとうございます。幽々子様の愛情が伝わってきます……

 

 

 妖夢が感激しているとどこかへ去ろうとする天子の姿が目に入った。妖夢の体が勝手に天子を引き留めていた。

 

 

 「天子さん待ってください!」

 

 

 私は言っていた。どこかへ去ろうとする天子さんに向かって……

 

 

 「妖夢……私のやることは終わった。あなたを送り届けたし、帰るとするよ」

 

 「え、えっと……その……」

 

 

 何か言わなきゃ!で、でも何を話せばいい?天子さんも帰らないと天子さんの帰りを心配する方がいるはず……時間をとらせたくない。けど、言葉が見つからない……探せど探せど選べない……何を言ったらいいのかわからない。もし天子さんの気を悪くさせてしまうことを言ってしまったらどうしよう……そ、それに、天子さんを見ると心がドキドキする。一体……こ、これは何なの……ですか……?

 

 

 頑張って選んだ言葉が妖夢の口から出た。

 

 

 「天子……さん……私あなたにお礼しないと……」

 

 「お礼などいらない。私は通りすがりの天人だからね」

 

 「そ、それでも!!」

 

 

 それでもなにかお礼をしないと私の気がすまないんです!天子さんに助けてもらっていて何もお返しできずに天子さんと会えなくなるのは嫌……です!

 

 

 「駄目よ妖夢、天子さんに無理を言ってはいけないわよ」

 

 

 幽々子様が私と天子さんの間に割り込んだ。そうです……よね。これは私のわがままですし、天子さんを困らせることはしたくない……

 

 

 「でも、私も天子さんにお礼したいわ。妖夢を助けてもらっておいてお礼の一つも与えないだなんて西行寺家としても名折れになってしまいますわ。新聞に載っていた限りでは、比那名居家も名高い家系だとお見受けします。ここは妖夢のためと私のためと思ってお礼を受けてもらえませんか?」

 

 

 幽々子様も同じ思いでしたか……私もそうです。私も幽々子様に続いて頭を下げた。

 

 

 「わかった。私も比那名居家に生まれた者……幽々子さんと妖夢の思いを無下にはできませんので、お受けしましょう」

 

 「ありがとう天子さん……なんですが、その前にお召し物を洗わないといけませんわよ」

 

 「あっ……」

 

 

 天子さんの服を見るとあの妖怪共の穢れた血がついていた。天子さんはそのまま帰ろうとしたのか……それはいけません!天子さんを汚した状態で帰すなんて私が許せない。私が天子さんの服を綺麗にしないと……!

 

 

 ------------------

 

 

 「お似合いよ天子さん」

 

 「ありがとうございます幽々子さん」

 

 

 天子は着物を着ていた。男性用の服が白玉楼にあるのかと疑問に思ったが、妖夢の祖父のお古だった。お古を着せるのはどうかと幽々子は思ったが、これ以外に男性用のがなかったので失礼ながらそうしたのだ。天子は全く嫌がっておらず、着物を着ていることに喜んでいるように見えた。

 

 

 「着物を着たことがなかったので新鮮な感じです」

 

 「いつもあの服を?」

 

 「ああ、あの服は特注品で素材も天界でもレア物でしたが、通気性に耐久性に何といっても私の身に合った服でしたのでお気に入りなんです」

 

 「そうだったの。なのにごめんなさい……()()()()()()()()()()()()なんて……」

 

 

 幽々子は謝ったが天子は言った。

 

 

 「幽々子さんそれは違う。『()()()()()()()()()()()()』なんてことは言っちゃダメだ。妖夢を守れたし、彼女の幸せそうな顔を見れた。それに幽々子さんのためでもあるんだ」

 

 「私の……ため?」

 

 

 幽々子は意味がわからなかったが天子は続ける。

 

 

 「幽々子さんが居て、妖夢が居る。一人もかけてはならないし、不幸になってはいけない。お互いに支え合える存在なんだ。二人の幸せを守れたんだから私は満足さ」

 

 「天子さん……!」

 

 

 幽々子は天子を見つめる。その瞳はどこかとても輝いているように見えた。

 

 

 「幽々子様、天子さん、準備ができました」

 

 「わかった。それじゃ、行こうか」

 

 「ええ!」

 

 

 白玉楼で小さな宴会が執り行われた。

 

 

 ------------------

 

 

 「お似合いよ天子さん」

 

 「ありがとうございます幽々子さん」

 

 

 実は私は着物を着るのは初めてだ。生前でも着物なんて来たことなかったし、興味もなかった。けれど、今もの凄く楽しんでいます。この服は妖夢のおじいさんである【魂魄妖忌】のお古らしいけどしっくりくる。やはり体が男なので男性用じゃないとダメだな。

 

 

 【魂魄妖忌

 設定上のみの存在ではあるが、数少ない男性キャラの一人で、魂魄妖夢の祖父であり、彼女の剣術の師匠でもある。白玉楼の庭師と剣術指南をしていたが、突如失踪し、庭師の役目は孫娘の妖夢に受け継がれることになる。設定だけなので、容姿は不明だ。

 

 

 そんな妖忌の着物なんだが、これがカッコイイ!正にこれを着ると私は和の(おとこ)って感じがする。お古だけど大丈夫と聞かれたけど問題ない。あの妖忌が身に纏っていた着物を着ると私も妖忌になった気分だ。「斬れぬものなど何もない!」なんちゃって♪

 

 

 「着物を着たことがなかったので新鮮な感じです」

 

 「いつもあの服を?」

 

 「ああ、あの服は特注品で素材も天界でもレア物でしたが、通気性に耐久性に何といっても私の身に合った服でしたのでお気に入りなんです」

 

 「そうだったの。なのにごめんなさい……()()()()()()()()()()()()なんて……」

 

 

 あら?幽々子さんなんで謝るの?それにそんなこと言っちゃダメだよ。妖夢のためだけじゃない。幽々子さんのためでもあるんだ。結果的にそうなったけど、私は何も気にしない。幽々子さんは笑顔でいてくれるんだ。妖夢も幽々子さんの笑顔を見れる。私自身はどうなってもいいんだ。服についた血なんて洗い流せる……身も心も穢されてしまったら洗い流せないんだから……

 

 

 「幽々子さんそれは違う。『()()()()()()()()()()()()』なんてことは言っちゃダメだ。妖夢を守れたし、彼女の幸せそうな顔を見れた。それに幽々子さんのためでもあるんだ」

 

 「私の……ため?」

 

 

 そうだ。幽々子さんのためだよ。私のエゴだけど、幽々子さんと妖夢の幸せを見ると心がポカポカする。それに二人が居ての白玉楼なんだし、人の幸福を嫌う人はいるけど私は好きだ。だから私はこれでよかったと思っているわよ。

 

 

 「幽々子さんが居て、妖夢が居る。一人もかけてはならないし、不幸になってはいけない。お互いに支え合える存在なんだ。二人の幸せを守れたんだから私は満足さ」

 

 「天子さん……!」

 

 

 幽々子さんの瞳がめっちゃ輝いている気がするんですけど……あれ?慧音の時も見た気がするけど気のせいかな?

 

 

 そうしていると宴会の準備をしていた妖夢がやってきた。

 

 

 「幽々子様、天子さん、準備ができました」

 

 「わかった。それじゃ、行こうか」

 

 「ええ!」

 

 

 白玉楼で小さな宴会が執り行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、宴会の最中の出来事……

 

 

 「天子さん、私を弟子にしてください!」

 

 

 妖夢が私に弟子入りを希望したのであった……

 

 



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9話 半人前との約束

短い時間で書けたので投稿します。やっぱり休みの日じゃないとはかどらないですね……


ともあれ……



本編どうぞ!




 「天子さん、私を弟子にしてください!」

 

 

 両手を畳の上に置き、頭を下げる妖夢の姿がある。

 

 

 え?妖夢なんで?私なんかに弟子入り希望?照れるなぁ……おっと!照れている場合じゃない。

 私は幽々子さんと妖夢にお礼がしたいと言われ、最初は断ったが二人の思いを無下にできなかった。なので私は受けることにした。それで、小さな宴会が執り行われることになった。料理は食材がダメになってしまったため、つまみ程度だったが、幽々子さんが秘蔵の酒を取り出してきた。名前言われても酒の知識はないのでいいものかわからなかったが、幽々子さんが隠し持っていたものだ。相当高級な物だと思う。実際飲んでみると体が目覚めるくらいすっきりした。濃いかなっと思ったがあっさり系だったため飲みやすい。幽々子さんと妖夢に酌させながら飲んだ。断ったけど、やらせてくれなんて言われたらもう断れない。でも、幽々子さんと妖夢の二人に囲まれて酌してもらえるなんて幸せだ♪東方ファンでよかったわ♪

 

 

 宴会が始まって私は二人に酌してもらっていると、妖夢の様子がおかしかった。そわそわしていて落ち着きがなかった。なので私が「妖夢どうかしたのか?」と聞いたら、いきなり妖夢がご覧の通り土下座した。弟子にしてくれと頼まれている最中でございます。

 

 

 「天子さんに迷惑を承知でお願いします!この魂魄妖夢を天子さんの弟子にしてください!」

 

 

 畳を貫通しそうな勢いでお願いをする妖夢。それ以上すると畳がダメになるから止めよう?話は聞いてあげるからとりあえず面を上げよう?

 

 

 「妖夢、何故私なんかの弟子になりたいのだ?」

 

 「天子さんなんかじゃありません!天子さんじゃなければいけないんです!私は今日のあなたの姿を見て心を奪われました。相手を難なく打ち倒す強さ、戦場で舞うような美しいお姿、そして私を夢中にさせた剣術!私は半人前です……私が不甲斐ないばかりに……私にもっと力があれば……」

 

 

 妖夢の顔に悔しさが現れる。

 

 

 なるほどね、自分の弱さを実感したってところね……協力してあげてもいいけど、私教えるのうまくないと思うな。今まで一度も教えたことないし、私は自分のためにと思って修行したから誰かに見せるために強くなったわけではない。私に夢中になったことは嬉しいけど、他にも剣術なら学べる人が……そうだ、剣や刀を使うキャラなんて滅多にいないじゃん……紅魔館のメイドさんはあれナイフだし、剣と言えば剣だけど……この幻想郷で剣を扱うキャラなんて今のところ私と妖夢だけだったよね?他にもいるけど、まだ先だし……う~んどうしよう……?

 

 

 そう天子が悩んでいると天子の肩に手を置く人物がいる。

 

 

 「天子さん、またお願いするようですけど妖夢を鍛えてあげてはくれないでしょうか?」

 

 「幽々子さん……」

 

 

 幽々子だった。懇願するような瞳で天子を見つめる……これには天子も断れない気がしてきた。

 

 

 幽々子さんの瞳……これは勝てないわね。そんな瞳で見られたら断れないじゃない……それに妖夢も相当な覚悟でお願いしたと思うし……仕方ないか。これも何かの縁よね。人と人同士は必ず繋がりがある。その繋がりを切ってしまうも自由だけど、妖夢が己を鍛えるチャンスを奪ってしまうなんてことしたくない。妖夢だってこれから先の異変に関わってくるんだし、私にできるは少ないと思うけど協力しよう。

 

 

 「わかった。あまり力になってやれないかもしれないが手ほどきぐらいならしようじゃないか」

 

 「天子さん!ありがとうございます!!」

 

 

 妖夢……だから土下座は止めよう?畳が陥没し始めてるよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日はありがとう。お世話になった」

 

 「いえいえ、こちらこそありがとう。一生返せない恩ができたわ」

 

 

 幽々子さんそこまで言わなくても……でもいいか!今日は中々楽しめた。妖怪共の件は胸糞悪かったけど、妖夢が無事だったんだしこれでよかったと思う。

 

 

 「妖夢もありがとう。剣術を教えるのはまた今度なのが申し訳ない……」

 

 「い、いえ!私が無理を言ったんです!天子さんの弟子になれただけでも嬉しいです!」

 

 

 嬉しいこと言ってくれるじゃない……妖夢いい子すぎるわよ……絶対いいお嫁さんになるわ。

 

 

 裸のままでは帰れないので、妖忌の着物を借りておくことになった。そして、綺麗に丁寧にたたまれた服を手にして私は二人に別れの挨拶をする。

 

 

 「それじゃ、私はそろそろ帰らないと叱られてしまうのでね」

 

 「あっ」

 

 

 天子が帰ろうとすると妖夢が声を漏らす。その声が届いたのか天子は妖夢に振り返る。

 

 

 「?どうした妖夢?」

 

 

 妖夢は何かを言おうとしている。男ならここは待つんだ。待ってこその男……中身は女ですけどね。

 

 

 天子がしばらく待っているとようやく決心がついたのか妖夢の口が動く。

 

 

 「あの……待ってます……天子さん……私、天子さんに剣術を教わるだけじゃなく、天子さんと一緒に居たいですから……!」

 

 

 顔が赤色に染まった妖夢が振り絞って出した答えだった。 

 

 

 そうか……わかったよ妖夢。剣術を教える時だけじゃない、遊びにも来よう。一緒にどこか行くこともしよう。私だって妖夢ともっと仲良くなりたいし、妖夢と一緒に修行すれば私自身もまた強くなれると思う。だから、必ずまた会おう!

 

 

 天子は幽々子と妖夢に別れを告げ、白玉楼の門をくぐって行った。

 

 

 ------------------

 

 

 彼が帰った後も門から目を離さない。妖夢の顔は赤く熟したリンゴのよう……いえ、まだまだ熟していないわね。まだまだ幼い半人前の女の子ね。

 

 

 幽々子は隣にいる妖夢に温かい視線を向ける。見守るように、優しく包むように……

 

 

 比那名居天子、新聞に載っていたあの萃香を倒した天人……新聞に載っていたことは間違いないようだわ。新聞の内容もいつもなら不真面目に書かれている感じだったのに、今回のは丁寧に書かれていた。あの天狗は上司に気を使ったのように彼にも気を使ったと思われる。新聞を読んだ他の天狗や河童が混乱を起こさないように静かに事を伝えている新聞だった。久しぶりにまともなのが読めた。新聞が便利道具から元の役割に戻った気がしたわ。

 

 

 そんな彼が私の目の前に現れた時は目を疑ったわ。血まみれの姿だった。一目見れば彼の容姿は美しく凛々しい顔立ちだ。何故血まみれだったのか、それも彼の血じゃないことはすぐにわかった。彼自身が負傷している様子もないし、妖怪の血の臭いが私の元まで届いていたから。彼は天人だし、妖怪の返り血であることがわかる。一瞬私は彼が何しに来たのかと思ったけど、妖夢の姿を見たら頭の中が真っ白になってしまった。妖夢の姿は服が破かれ、肌が晒されて、下着すら見えていた。妖夢に何かあった……妖夢が穢された……妖夢は泣いていたに違いない……誰が泣かした……誰が妖夢を穢した……妖夢を穢した奴は……ユルサナイ!

 

 

 それから私は怒りに身を任せそうになった。すぐに誤解を解いてくれなかったら私は彼を殺していた。彼がやったものではないと心では理解していたはずなのに、私は彼に怒りの矛先を向けてしまった……怒りに任せて妖夢の恩人を殺そうとしてしまった。私はなんてバカなことをしようとしたのかしら……

 

 

 私は何度も謝った。土下座までした。彼を殺そうとした……それでも彼は許してくれた。もう一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたのに……

 妖夢が風呂場から戻ってくると私は妖夢に謝った。私のせいで妖夢には怖い思いをさせてしまったし、トラウマになったと思う。私のつまらないわがままで妖夢の心に傷をつけてしまった……最悪よ私ったら……!

 

 

 妖夢は私を許してくれた。こんな主でも尽くしてくれる妖夢の優しさに私は泣いた。嬉しかった……妖夢が無事に帰ってきてくれたことに!妖夢の温かさを肌で感じることができたことに!

 

 

 そんな時、彼がどこかに去ろうとすると妖夢が止めた。私達は彼に何もお礼をしていない。このまま帰すことは彼に対する侮辱だ。妖夢を救ってくれた彼を蔑ろにはできない。何より私は彼にお礼がしたかった。

 妖夢が頑張って何かを話そうとするけど様子がおかしい……私にはわかったわ。あなた彼のことを……

 

 

 妖夢のためにも彼を引き留めないといけないわね。そう思った私は頭を下げて心の底からお願いした。私が彼にできることはお礼をするぐらいでしか返せないのだから……

 彼は快く受けてくれた。その前に彼の服を洗わないといけないわね。

 

 

 妖忌の着物に身を包んだ天子さんはとても男らしいと感じた。それから妖夢が宴会の準備をしてくれて、私達と一緒にお酒を楽しんだ。私も引き出しの奥から秘蔵のお酒を取り出して天子さんに振舞った。本当は残しておいて一人でひっそりと楽しむものだったのだけど、恩人の天子さんに振舞いたくなったし、飲んでもらいたかった。妖夢を守ってくれて、私のことも考えてくれているなんて素敵なお方だったわ。妖夢が彼を惚れるのはとてもわかる気がする……私も彼に酔ってしまいそうだったから……

 

 

 天子さんにお酌をしていると妖夢の様子がおかしいと私は気がついた。天子さんも感じ取ったらしく彼がどうしたと聞くと土下座をして弟子にしてほしいと妖夢は頼み込んだ。

 妖夢の気持ちは私にはすぐわかった。自分を責め、自分の不甲斐なさを実感したと思うわ。だから、天子さんの強さに魅了されたとも妖夢は言ったし……何より妖夢には天子さんが必要だと思う。あなたの存在が妖夢の心も体も強く鍛えてくれると感じたから……

 それに、妖夢に協力したい。妖夢の恋が叶うようにサポートするのも私の役目、妖夢をあなたの弟子にしてほしい。あなたの気持ちを考えてあげられなくてごめんなさい……けれど、私は妖夢の味方につくわ。妖夢は私にとって大切な存在だから……!

 

 

 その後、幽々子の懇願する瞳に負け、妖夢の願いを聞き入れ無事に弟子となることができた。そして、ひと時宴会を楽しんで今に至る……

 

 

 「妖夢、妖夢……妖夢聞こえてる?」

 

 

 妖夢はまだ門の方を向いている。幽々子の声も聞こえていない様子だった。

 

 

 もう妖夢ったら……天子さんのことが頭から離れないのね。そりゃそうよね……白馬の王子様が現れた感じよね……いえ、まさに王子様に相応しい方だったわ。比那名居天子、新聞に紫のことも載っていたし、彼と接触したし、戦いを見たに違いないわ。彼の強さに危機感を持ったに違いないけど、私は彼を信じることができる方だと思う。私の心に彼の思いが直接届いたようだった。天子さんは幻想郷に大きな影響をいい意味と悪い意味で与えるけど、彼自身は決して悪人じゃない。私の心がそう信じている……だから、何か困ったことがあったら私は喜んで手を貸すことにするわ。

 それにしても先ほどからボーっとしているわね……仕方のない子ね……

 

 

 幽々子は妖夢を抱き寄せて胸に妖夢の顔を押し付ける。

 

 

 「ふにゅ!ゆ、ゆゆこさま!?あの……どうしたんですか?」

 

 「妖夢がさっきから反応してくれないから悪戯しちゃった♪」

 

 「あっ……すみませんでした……」

 

 

 申し訳なさそうに謝る妖夢。その真面目な姿に幽々子は愛おしさを感じた。

 

 

 もうこの子はいつも真面目なんだから……でも、これが妖夢なのよね。私のために尽くしてくれて、あなたが傍に居てくれたから私はここにいる。天子さんが言ったように支え合える存在……私は強くなんてない……妖夢がいないと私は何もできないのだから……

 

 

 幽々子は妖夢にデコピンをくらわせる。

 

 

 「いた!?な、なにをするんですか!?」

 

 「妖夢、謝らないで……本当は今、妖夢を抱きしめていたいの」

 

 「幽々子……様?」

 

 

 妖夢の顔に何かがついた。幽々子の瞳から流れた水滴……それが妖夢の顔に落ちたのだ。

 

 

 「もし妖夢に二度と会えなかったんじゃないかと思うとあなたが恋しくて……今日一日だけでもいいから私の傍から離れないでくれる……?」

 

 「幽々子……様……私も……今日だけは一緒に……ひと時も離れたくないです……!」

 

 「妖夢……!」

 

 「幽々子様……!」

 

 

 離したくない……妖夢を失うなんて考えられない……妖夢は私にとっての家族……この温もりを感じられる今この時が私の幸せ……!天子さん、妖夢を救ってくれて本当にありがとう……!!

 

 

 白玉楼には温かい風に吹かれて花びらが舞っていた……

 

 

 ------------------

 

 

 天子は門前で白玉楼から二人の泣き声が聞こえた。その泣き声は悲しみに染まっておらず、温かな安堵した泣き声に聞こえていた。

 

 

 「……救えてよかった……」

 

 

 天子は心の底からそう思えた。

 

 

 冥界にいるのに寒くない。寧ろ心がとても温かいわね……もうこれで天界に心置きなく帰ることができる……帰ってゆっくりと休むか……

 

 

 そう思った時に視界の端に見慣れぬ影が見えた。階段からゆっくりと上がってくる謎の人物の姿だった。

 

 

 人?こんなところに……それもこんな時間に何者だ?それも笠で顔を隠している……体型的に男か……注意しておこう……

 

 

 天子は笠で顔を隠した者に近づく。いつでも剣を抜けるように余計な力を入れず、自然体で挨拶を交わす。

 

 

 「どうもこんばんわ」

 

 「……」

 

 

 笠を被った男は軽く会釈(えしゃく)をするだけだ。怪しい……それに視界に入れるまでこの男の存在に気が付かなかった。気配すら感じさせなかった……この男……相当の手練(てだ)れだ!

 

 

 もし白玉楼に良からぬことを企む輩であったらここで阻止しなければならない。だが、天子が感じ取ったのは強者の予感……萃香のように幻想郷でも数少ないトップクラスの実力者の気配だった。そして男……幻想郷の強者で知っているのは天子にとってはゲームで知っている見慣れた相手だけだ。しかし男など見慣れたものなどいない……未知数の相手に体が緊張しているはずだが、天子は何故か落ち着いていられた。不思議と危険な感じがしなかった。それは何故かはわからなかった。この人物は怪しいが危険人物ではないと本能が言っているようだった。

 

 

 「それで、ここにはどのようなご用件で来たのでしょうか?」

 

 

 天子が聞くと男はポツリと話す。

 

 

 「用事があったのじゃが……なくなった」

 

 

 天子は頭に?マークを浮かばせる。誰もがこいつは一体何を言っているのかと思うであろう。天子もそうだった。

 

 

 用事があったがなくなった?この男は一体何を言っているの?全然理解できない……全く読み取ることもできないし、顔も私の方が階段の上から見下ろす形になっているから覗き込むことだってできない……地の利を相手側に与えてしまったか……戦場では上側が決して有利とはいえないからね。

 

 

 そんなことを考えていると男はまたポツリと話す。

 

 

 「その着物は……どうしたのじゃ……?」

 

 「ん?ああ、これはある事情で服の代わりがなくてこれを借りたんです。お古だけどとてもいい着物だ。長年使っているみたいだが、ちゃんと手入れされていてとても優しい着心地だ。それにカッコいい……この着物を着ていた人物は物を大切にする方だったと思った。きっと優しい方だったんだろう」

 

 「そうか……ありがとう……」

 

 

 ん?ありがとう?何故この男がお礼を言う……?一体この男は本当に何者なんだ?

 

 

 天子が疑問に思っていると男は来た道を戻り始めた。天子は男を止めようとしたが……

 

 

 「……幽々子嬢と孫娘を救っていただいて感謝する……優しき天人殿よ」

 

 

 幽々子嬢?孫娘?………………え!?ま、まさか!そんな!それじゃあなたはもしかして……!!?

 

 

 天子が考えていて一瞬の間、男から目を逸らしてしまった。天子の視界にはその男は既にいなかった……

 天子は一人階段の上に立っていた。先ほどの男がいた場所を見つめながら……

 

 

 「……感謝する……か……」

 

 

 まさか感謝されるなんて……さっきまで感じ取れていた気配がわからなくなっていた。さっきの男の方はやっぱりあの人だったのか……二人に会いに来たのかもしれなかったんだね。帰っちゃうなんて……このまま会いに行ったあげればいいのに……でも、それは私が介入することじゃないよね。もしかしたらあの人はたまにこうやって帰って来ていたのかもしれない……まぁ、長年帰ってなかったからどう声をかけたらいいかわからないよね。後はあの人次第……妖夢と幽々子さんに会えることを願っていますよ。

 

 

 天子は納得して冥界の空を見上げる。

 

 

 「よし……帰るとするか」

 

 

 天子は要石に乗り、天界へ帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……比那名居天子殿……本当にありがとう………」

 

 

 木陰で天子を見送る男の傍には半霊が浮かんでいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様!なんでこんなに遅くなったのですか!こんなに遅くなるなら遅くなると連絡してほしいです!その着物は一体どうしたんですか?それに天子様からお酒の香りがします。天子様さては夜遅く飲んでましたね。いけませんよ!飲み過ぎは体に毒です!それに夜ふかしも美容には天敵なんです!天子様の美しくカッコイイ姿に泥を塗ることになってしまいます!だから、私がみっちりとその恐ろしさを説明して差し上げます!いいですね!?」

 

 「……はい……本当にすまない……」

 

 

 帰りが遅いと心配する衣玖にみっちり叱られ、飲みすぎは健康に害すること、夜ふかしは美容の敵であることについて長々と語られてしまった天子であった……

 

 



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10話 常識に囚われてはいけない

出張で遅くなりましたすみません。ようやく投稿できる。



それでは……


本編どうぞ!




 妖怪の山と呼ばれる天狗達が住まう山の中に一軒の神社が立っている。

 

 

 その神社は守矢神社と呼ばれ、元々は幻想郷の外にあったのだが、信仰が得られなくなったため神社ごと幻想郷に引っ越した。そして守矢神社に住まう者達が信仰を集めるために異変を起こす。異変解決に乗り出した霊夢と魔理沙のおかげで無事に解決され、幻想郷はいつもの日常に戻っていった。そんな神社で新聞に夢中になっている娘がいる……

 

 

 「はわわ!私が地底にいる間に地上でこんなことが起きていたなんて……!」

 

 

 新聞を握る手に力が入りしわくちゃになってしまう。わなわなと震えた後、手を新聞ごとテーブルに勢いよく叩きつけた。

 

 

 「これは……異変ですね!」

 

 

 【東風谷早苗

 緑のロングヘアーで、髪の左側を髪留めでまとめている。白地に青と縁のラインが入った上着と、水玉や御幣のような模様の書かれた青いスカートを履いている。巫女装束のような服装であり、特徴的な腋の部分が露わとなっている。頭に付けた蛙と蛇の髪飾りは彼女の特徴ともいえるアクセサリーだ。彼女は守矢神社の風祝(かぜはふり)である。元々は外の人間だったために、感覚が幻想郷の人間と少し異なっている。

 

 

 そんな早苗は目の前に呑気にお茶を飲んでいる二人に抗議する。

 

 

 「神奈子様!諏訪子様!お茶飲んでいる場合ではありませんよ!今幻想郷は大変な危機に直面しているんですよ!」

 

 

 【八坂神奈子

 青に紫がかった色をしている。冠のようにした注連縄を頭に付けており、赤い楓と銀杏の葉の飾りが付いている。瞳は赤、そして背中に、大きな注連縄を輪にしたものを装着している。(日常生活内なら外している)

 上着は赤色の半袖、上着の下には、白色のゆったりした長袖の服を着ている。首元、上着の袖、腰回り、足首、とあちこちに小さな注連縄が巻かれている。

 

 

 座布団に腰を下ろしている神奈子の隣には幼くかわいらしい子供の姿がある。

 

 

 【洩矢諏訪子

 金髪のショートボブで、青と白を基調とした服に、足には白のニーソックス、頭には目玉が二つ付いた特殊な帽子を被っている。小さな子供を想像するような姿だがこれでも何百年以上も生きている。

 

 

 神奈子と諏訪子の二人は神様であり、大昔にお互い戦争した間だが、訳があり今では仲良く暮らして居る。そんな二人が早苗の方に視線を送りお茶ののんびり飲みながら聞く。

 

 

 「早苗は一体何を言っているんだい?異変は博麗の巫女らが解決しただろう?」

 

 「そうだよ、神奈子の言う通りだよ。早苗も地底に行ったのだからわかっていると思うけど?」

 

 「それはわかっています!私が言っているのはこれですよ!こ・れ!!」

 

 

 早苗は新聞を指さす。そこには天子のことが書いてある記事だった。

 

 

 「ああ、噂の天人だね。写真を見る限りイケメンだね。神奈子も好きでしょイケメン?」

 

 「イケメンを嫌いな女はいないだろ?それにしても……いい男だ♪」

 

 「そうだね。もし彼が守矢神社を信仰してくれるなら私達への信仰もあがるかもね!」

 

 

 などと他愛もない話をしていると先ほどから体を震わせていた早苗が再びテーブルに両手を叩きつける。

 

 

 「違います!確かにイケメンですが、騙されてはいけません!顔はいい男でも本当はもっと違うのです!」

 

 「違うって何がさ?」

 

 

 諏訪子が聞くと、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で早苗は語る。

 

 

 「この天人は……この幻想郷を支配しようと企んでいるのです!」

 

 

 音に例えるとババーンッ!と聞こえてくるような気がした。

 

 

 「「……また早苗の妄想か……」」

 

 

 神奈子と諏訪子は同じことを思った。早苗は外に居た頃に漫画やファンタジー小説をこよなく愛する人だった。なので、頭の中もファンタジーに感染していると思われていた。一度や二度ならお年頃なのでわからなくもないが、今まで神奈子と諏訪子は何度同じ光景を見たか……二人にとっては何も変わらない日常の風景だった。

 

 

 「ちょっと!?二人ともなんで反応が薄いのですか!?幻想郷が悪者に支配されてしまうのですよ!?」

 

 「ごめんね早苗……私達、早苗の妄想には既に何回も付き合ったから今回はパスね」

 

 「そんな諏訪子様!?神奈子様なんとか言ってください!」

 

 「早苗……強く生きよ……」

 

 「神奈子様!?」

 

 

 ------------------

 

 

 早苗は人里へやってきていた。買い出しに来たわけではない。早苗はある人物を探していた……

 

 

 もう!神奈子様も諏訪子様も危機感が全くありません!これは一大事なんですよ……幻想郷中が天人に支配されて私達は奴隷のようにこき使われることになってしまうに決まっています!

 

 

 探していた……新聞に載っていた人物、比那名居天子を……

 

 

 「あれは……?」

 

 

 早苗は人だかりを発見した。一体何に集まっているのかと近くによるとそこには探していた人物がいた。

 

 

 新聞に載っていた通りの容姿ですね。髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳、それに顔はイケメンそのもの……カメラが欲しい……私が外に居た頃にも学校にはイケメンは居ましたけど、それとは比べ物にならないほどの顔立ちですね。グッド!……あ、いけません!これは罠です!漫画やアニメでも天人ってのはどれも地上の民を見下している輩が多いのです。きっと天人は私達地上の民を騙して最終的にはこき使うつもりなんでしょう!汚い!イケメン天人汚いです!

 

 

 そんな訳のわからない妄想に支配されていると横に見知った顔がいることに気がついた。

 

 

 「あれは……妖夢さん?」

 

 

 天子の横にいるのは白玉楼の庭師である妖夢だった。二人は里の人達に囲まれていた。

 

 

 「いや~さっきはありがたい!天子の兄ちゃんのおかげで助かったよ」

 

 「妖夢ちゃんもありがとうね。今度サービスするよ」

 

 「そっちの子は天子さんの彼女さんか?」

 

 「か、かかかかかのじょだなんて!?わ、わたしとて、てんしさんはその……師弟の間柄でして……」

 

 

 なにやら里の皆さんから感謝されている様子ですね。しかし私は騙されません。妖夢さんはあの天人と仲がいい様子……妖夢さんに何かあったのでは?

 

 

 早苗があれこれ考えていると天子と妖夢の二人は移動し始めた。

 

 

 「それでは皆さん、また会いましょう」

 

 「おう!天子の兄ちゃんもまたな!」

 

 

 ムムム!妖夢さんと天人はどこかへ移動するみたいですね……これは尾行する必要があるようです。必ずこの東風谷早苗があなたの真の素顔を暴いてみせます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子と妖夢は人気がない森の奥地に入っていった。それを草むらや木の陰に隠れながら尾行する影がある……

 

 

 「妖夢さんをどこへ……」

 

 

 東風谷早苗が忍者顔負けの忍び術で後をつける……森の緑に早苗が保護色で一体となっている錯覚に覚えるようであった。早苗は正義感で溢れていた。幻想郷にやってきてからというもの自分の見るもの感じるものが違う世界で暮らすようになり、不便ながらも生きている。神奈子と諏訪子は信仰欲しさに異変を起こした。しかし、それも博麗の巫女らによって解決され、お仕置きを受けた。

 それから彼女はこの世界のことを勉強した。そんな中で知った、妖怪という存在が悪さを働いていることに……懲らしめなければならないと、退治しないといけないと思うようになった。それからというもの、妖怪退治や信仰集めの日々を送っていた時に地底での異変が起きた。早苗は地底にまで顔を出して異変を解決しようとしたが、博麗霊夢と出会い再挑戦することになったが結果は惨敗。落ち込んでいた時に例の記事を読んだ。

 

 

 そしてティンと来た!

 

 

 外の世界で漫画やアニメに没頭していた彼女は一つの結論を出した。天人は地上を支配しようとしているということを!どうしてこうなったと思うだろうが、彼女は大真面目である。人々を危機から救うために今、目の前の敵を追っていたのだ。

 

 

 「イケメンの天人が妖夢さんを引き連れて森の奥へ……ま、まさか……!?」

 

 

 妖夢さんにいかがわしいことをする気ではないでしょうか!?も、もしかしたらあの天人は自分がイケメンだからって女の子を甘い言葉で誘い出し、森の奥地へ連れて行ってあんなことやこんなことを強要しているのでは!?それか、妖夢さんを洗脳して自分の思いのままに操って地上のスパイを作り上げるつもりなのではないでしょうか!?こ、これは一大事です!神奈子様と諏訪子様にご理解いただけなくては……!

 

 

 そんなことを思っていると、天子と妖夢は向かいあった。

 

 

 「そ、それではお願いします……!」

 

 「緊張しなくて大丈夫だよ。さぁ、肩の力を抜いて」

 

 

 あわわ!妖夢さんがイケメンにいいようにされてしまいます!イケメンにならされてもいいかもしれませんが……はっ!?私は何を思っているのですか!?これもきっと天人の罠です。幻想郷のかわいい女の子達を誘惑して自ら自分を差し出させるよう仕向けているのですね!イケメンだからって何しても許されるなんて思わない事ですよ。でも、私は一人……今から誰かを呼ぶにしても間に合わないし……ここは!!

 

 

 「さぁ、妖夢は刀を抜いて……『ちょっと待ったー!!』……はっ?」

 

 「早苗さん!?なんでここに?」

 

 

 天子と妖夢は草むらから飛び出した早苗に注目する。先ほどまで草むらに隠れていたせいで髪に葉っぱや虫がついていたが当の本人は気にしていないようすだ。しかし二人は思う……何故ここに早苗がいるのかと。

 

 

 「話は聞かせてもらいました!覚悟してください!」

 

 「覚悟とはなんですか早苗さん?」

 

 

 妖夢は訳がわからないと首を傾げて早苗に問う。

 

 

 「大丈夫ですよ妖夢さん。今からそこにいる悪しき天人を懲らしめて妖夢さんをお救いします」

 

 「ちょっと落ち着いてくれ……」

 

 

 天子も訳がわからない様子だが早苗を落ち着かせようと試みるも常識に囚われない娘には無意味だ。今の彼女には常識など存在しない。

 

 

 「そう言って油断した私を洗脳しようとする作戦なのですね。でも残念でした!私にはあなたの考えていることが手に取るようにわかるのです。地上を支配しようとする悪しき天人は退治されるべきです!覚悟ー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘術『グレイソーマタージ』!!!

 

 

 数多くの弾幕が天子を襲った……

 

 

 ------------------

 

 

 「ええっと……刀は持った、髪は変なところなし、服装も……大丈夫」

 

 

 半霊が横でプカプカと浮かんでおかしなところがないか確認するように飛び回る。鏡の前で自分の姿を整えているのは魂魄妖夢、今日はいつも以上に気合の入った表情をしているように感じた。

 

 

 「大丈夫……だよね?もし笑われたりしたら……」

 

 

 もし笑われたりしたら私はショックで立ち直れないかもしれません……でも天子さんは優しいからそんなことはないはずですし、逆に褒めてくれるかも……もしかしたらかわいいって言ってくれるかもしれない。「妖夢、前よりかわいくなったね」なんて言われたら……ど、どうすればいいでしょうか幽々子様!!

 

 

 妖夢は鏡の前で頬に手を当てて妄想相手に葛藤している最中に、隣には別の亡霊が佇んでいた。

 

 

 「私に何か用かしら?」

 

 「幽々子様……えっ?ええええええええええええ!?ゆ、ゆゆこ様なんでここに!?」

 

 

 妖夢は幽々子が隣にいたことに驚いて尻もちをついてしまった。

 

 

 「大丈夫妖夢?妖夢が私を呼んだ気がしたから来ただけよ。はい、立ち上がれる?」

 

 「す、すみません……幽々子様」

 

 

 自身のみっともない姿を去らずことになって少し顔を赤色に染める妖夢は幽々子の手を借りて立ち上がる。そんな妖夢の姿を嬉しそうに見ながら幽々子は妖夢を揶揄うように言う。

 

 

 「スカートの中も張りきっているわね。天子さんに見せる気なのかしら♪」

 

 「ゆ、ゆゆこしゃま!!?」

 

 

 幽々子の言葉に咄嗟にスカートを抑える。顔を赤色に染めて、妖夢は弁解しようとするが言葉が見つからず右往左往するしまつに、幽々子は笑いが止まらない。

 

 

 ゆ、ゆゆ、ゆゆゆゆこさまのばか!天子さんに見せるなんて破廉恥です!わ、わたしは戦うことを想定してただ……その……見られてもいいようにしただけで……天子さんなら別に見られても構いませ……あっ!い、いまのは違うんです!決して天子さんに見られてもいいだなんてそ、そんなこと思っていません!絶対に!ぜっっっっっったいに!そんなことありませんよ!!そ、そんなことよりも!幽々子様は私の心の中が読めるというのですか!?

 

 

 「読めるわよ」

 

 

 え”え”え!?幽々子様そんな能力なかったはずですけど、新たな能力に目覚めてしまったのですか!?

 

 

 「読めるって言っても、妖夢の態度と顔を見れば事情を知っている人なら誰だってわかるわよ。今の妖夢はとってもわかりやすいしね」

 

 「そ、そうでしたか……」

 

 

 能力ではなかったのですね。よかったです……心の中を読むことができるなんて私の考えていることが全て赤裸々にされてしまう……天子さんとの思い出も……って!?天子さんのことは今関係ないですから頭から離れないと!

 

 

 「本当に妖夢はわかりやすいわね……全部顔に出てるわよ」

 

 「うぅ……」

 

 

 不甲斐ない……表に全部出てしまっているなんて、これじゃ幽々子様の従者として恥ずかしいじゃないですか……

 

 

 そう思っていると幽々子は妖夢の頭にデコピンをくらわせた。

 

 

 「いた!うくぅ……幽々子様またデコピンですか……」

 

 「妖夢、私のために強くなろうとしてくれているのは嬉しいけど抱え過ぎよ。あの日全部お互いに今までのため込んでいたものを吐き出したばかりでしょ?」

 

 「あっ!」

 

 

 あの日とは、天子さんに救われた忘れもしないあの日のこと……

 天子さんが帰った後は幽々子様とずっと一緒でした。いつもならお互いに一人部屋で寝るのにその日だけは一緒に寝ました。幽々子様が抱き着いて離さなくて苦しかったですけどとても温かかった。布団に入りながらお互いに思っていることを全部言い合いました。私もいろいろと幽々子様に言ってしまいましたが、その後とてもスッキリしました。次の朝はとても清々しい朝になりました。新たな魂魄妖夢として人生を歩むかのような感覚でした。

 そうでした。抱え込まずに分け合えばいいのです。幽々子様が、天子さんもいます。一人じゃできないことでも、誰かの手を借りればきっとできるようになる。誰かの手を借りるのは決して恥ずかしいことではない。抱え込まずに、誰かに思いを分かち合えばいい……幽々子様はそう私に言いたいのではないかと思います。

 

 

 妖夢は真っすぐに幽々子を見つめると幽々子に伝わったのか満足そうな顔になった。

 

 

 「成長したわね妖夢、ほんの1ミリ程だけど」

 

 「それっぽっちですか……」

 

 

 幽々子様に認めてもらうにはまだまだ先の話でしょうかね?でも、頑張って必ず認めてもらうのですから。

 

 

 「ふふ、いい顔になったわね。それでなんだけど時間はいいの妖夢?」

 

 「あっ……ああ!?」

 

 

 つい準備に時間をかけすぎてしまった!早く行かないと待たせてしまう!

 

 

 「幽々子様すみません!後はよろしくお願いします!」

 

 「はいはい、いってらっしゃ~い!」

 

 

 幽々子は笑顔で妖夢を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の人里に近づいて来た。心臓の鼓動が早くなり、高ぶるのを感じる……緊張していた。一歩一歩足を踏み出すたびに体が硬くなっていく。いつもなら人里に来るだけでは緊張などしない。私は人見知りでもない。だが、今日はあの方がいる。あの方が人里で待ち合わせをしている。あの方と約束をしている。あの方と一緒にいられる……あの方とは……

 

 

 「やぁ、妖夢元気してたか?」

 

 「ふぁ、ふぁい!天子ひゃん!」

 

 

 おもいっきり噛んだ……私の……バカ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子と妖夢は約束していた。「教える前に人里で一緒に見て回ろう」そう天子は言ったのだ。妖夢は天子の弟子となり、稽古をつけてもらうために人里へやってきた。初めての自分の祖父以外の男性から剣術を教えてもらうことに緊張しているのは当然ながらだが、妖夢にはもう一つ思いがあった。妖夢自身もおそらく気づいていないだろうし、初めての感覚なので答えが全く見いだせていなかった。正体がわからない感覚に戸惑いつつも天子に会える日を心待ちにしていたのに出だしがこの調子である。

 

 

 「あはは、噛んじゃったね」

 

 「ふぁい……じゃなくて……は、はい……」

 

 

 穴があるなら入りたい。会ったばかりなのに醜態を見せるなんて一生の不覚です。で、ですが、私は挫けません。失敗してもそれが糧になるのです。落ち着け、落ち着いて深呼吸……いつもの私になれ!

 

 

 「妖夢大丈夫かい?」

 

 「……はい、大変お見苦しい所をお見せしてしまいました」

 

 「見苦しいだなんて……寧ろかわいかったけどな」

 

 「か、かかかわわあわ!?かわかわいあわわ!!」

 

 

 もう天子さん私が折角落ち着いたのに卑怯です!もう一度、もう一度落ち着くのよ……!

 

 

 それから数分後に落ち着きを取り戻した妖夢と共に天子は人里を回った。天子と共に人里を歩いているだけでいつも目にしている光景が一層と変わっていた。楽しいと思えた。目的も持たずにただ人里を歩くだけでこんなに心が満たされていた。もっとこの時間が続くように祈ってしまうぐらいに。天子はその中で、重い荷物に困っている人が居れば手伝ったり、天子が買い物をするとその店の亭主がサービスしてくれたりと妖夢は驚かされた。天子一人にさせるのはダメだと思い妖夢も手伝ったが、それでも妖夢は天子を尊敬するばかりだった。

 

 

 天子さんって地上に下りてきたばかりって言っていたけれど、もうこんなに溶け込んで……里の人々は天子さんをもう信頼しているし、やっぱり天子さんは凄い方です!

 

 

 妖夢が天子に尊敬の眼差しを送っていると天子が振り返る。

 

 

 「妖夢、楽しんでいるか?」

 

 「はい、天子さんといるとなんだかいつも以上に楽しんでいる自分がいます」

 

 「そうか、それはよかった。誘って正解だったね」

 

 

 天子が笑うと妖夢は鼓動が一気に高鳴るのを感じた。

 

 

 あ、あれ?なんですかこれは?なんだかボーっとします。熱でもあるのでしょうか、なんだか体が熱くなっている気がします……天子さんに風邪を移すわけにはいきませんけど、喉も痛くないし、咳も出ていません。私は風邪を引いてしまったのでしょうか……?

 

 

 天子を見つめていると周りに天子を知る者達が集まって来た。

 

 

 「いや~さっきはありがたい!天子の兄ちゃんのおかげで助かったよ」

 

 「妖夢ちゃんもありがとうね。今度サービスするよ」

 

 「そっちの子は天子さんの彼女さんか?」

 

 「か、かかかかかのじょだなんて!?わ、わたしとて、てんしさんはその……師弟の間柄でして……」

 

 

 な、なにを言っているのですか!?わ、わたしと天子さんが恋人同士だなんて……天子さんだってそう思われたら困るはずですし、私なんかじゃ不釣り合いですし、天子さんにはもっと素敵な方が似合います……わ、わたしはまた天子さんのことばかり!?もう私は天子さんの弟子なんですから変なこと考えないようにしないといけないのにー!!

 

 

 そんな時、天子は妖夢に耳打ちして言った。このままだと妖夢に稽古をつける時間がなくなってしまうので、人目につかない場所に移動しようと言ったのだ。妖夢もこれに了承して二人は別れを済ませる。

 

 

 「それでは皆さん、また会いましょう」

 

 「おう!天子の兄ちゃんもまたな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人目につかない森の奥地にやってきた。私一人なら怖かったでしょうが、天子さんが傍にいるから全然怖くありませんでした。それに今は二人きり……また緊張してきました。これから稽古をつけてもらうだけなのに何故こんなに緊張するのでしょうか?わかりません……わかりませんが嫌な気分ではありません。もっとこの時間が続けばいいのに……

 

 

 天子と妖夢は広さがある空間にやってきた。そこで稽古を始めようとした時に()()が草むらから飛び出して来た。

 

 

 「さぁ、妖夢は刀を抜いて……『ちょっと待ったー!!』……はっ?」

 

 「早苗さん!?なんでここに?」

 

 

 野生の東風谷早苗が現れた!

 

 

 ------------------

 

 

 人里で待っていると向こうからやってきた妖夢に話しかける。

 

 

 「やぁ、妖夢元気してたか?」

 

 「ふぁ、ふぁい!天子ひゃん!」

 

 

 いきなり噛んだ妖夢……本当にかわいいわね。抱きしめてあげたい衝動にかられた程だ。やっぱり妖夢は侮れない子のようね。それに緊張しているようだ。それが更にかわいらしらをアップさせる。

 

 

 私はこの前一度白玉楼を訪れた、その時はただ寄っただけなのと、借りていた着物を返しに行っただけだった。その時に妖夢と約束した。稽古をつける前に人里を一緒に見て回ろうと。それで私は妖夢と待ち合わせをしていたのだ。

 

 

 「あはは、噛んじゃったね」

 

 「ふぁい……じゃなくて……は、はい……」

 

 

 呼吸が荒くなっている妖夢。ちょっと心配するぐらいに息が荒いけど大丈夫?体調が悪いなら休んだ方がいいと思うけど……

 

 

 「妖夢大丈夫かい?」

 

 「……はい、大変お見苦しい所をお見せしてしまいました」

 

 「見苦しいだなんて……寧ろかわいかったけどな」

 

 「か、かかかわわあわ!?かわかわいあわわ!!」

 

 

 妖夢は混乱している。妖夢は初心だから甘い言葉にすぐにコロッとされてしまう。顔を真っ赤して体をモジモジさせている妖夢を見れるなんて……私は感激だ。妖夢の精神的面を考えて、稽古をつける前に人里でリラックスしてもらおうかと思っていたけど、あたふたして恥ずかしがっている姿が凄くよかった。脳内メモリーはパンパンですよ。

 

 

 それから落ち着きを取り戻した妖夢と人里をぶらぶらした。天子は困っている人が居れば手伝い、店の亭主がサービスしてくれた。妖夢はそのことに驚いていた。そして妖夢も天子のためにと協力した。

 

 

 「妖夢、楽しんでいるか?」

 

 「はい、天子さんといるとなんだかいつも以上に楽しんでいる自分がいます」

 

 「そうか、それはよかった。誘って正解だったね」

 

 

 本当によかったよ。こうやって仕事から解放されてぶらぶらするのも一つの興だね。妖夢もあの事件以来大丈夫か心配していたけど問題ないようだ。天界へ帰った後も正直心配だった。幽々子さんがいるから大丈夫だろうと思ったけど、私が心配で寝付けなかったぐらいだ。天界から冥界覗けないかな?って思って実行しようとしたぐらいだしね。まぁ、寝付けなかったのは、衣玖にこってりお説教を受けたのもあるけどね……

 でも、今の姿を見ていると安心した。それも前よりも清々しい顔つきだったし、いいことあったんだろうね。よかったよかった♪

 

 

 そうしていると周りに見知った顔の者達が集まっていた。さっき天子が手伝ってあげた人もそこにはいた。

 

 

 「いや~さっきはありがたい!天子の兄ちゃんのおかげで助かったよ」

 

 「妖夢ちゃんもありがとうね。今度サービスするよ」

 

 「そっちの子は天子さんの彼女さんか?」

 

 「か、かかかかかのじょだなんて!?わ、わたしとて、てんしさんはその……師弟の間柄でして……」

 

 

 私が彼女連れて歩いていると思ってそそのかしにやってきたのかな?だいぶ集まって来たね……私の人望ってここまで凄いんだ……それに妖夢は絶賛興奮中だ。う~ん、このままだと妖夢に稽古教えるって約束したのに時間がなくなってしまう。人目につかない場所にでも行こうか。

 

 

 「それでは皆さん、また会いましょう」

 

 「おう!天子の兄ちゃんもまたな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は森の奥地の人気のない場所に向かった。妖夢に稽古をつけるために人目につかない場所を選んだのは単に私が教えているところを見られるのが恥ずかしいのと、教え方下手なの妖夢以外に見せたくなかったから。森の奥地で教えるのはどうかと思ったけど、ここは日が差し込んで明るいし、私が周りに気をつかって妖怪共が近づいてきてもすぐに察知できるようにしていた。していたはずなんだけど……私のレーダーに反応せずに現れたのは「また守矢か」で有名な早苗だった。

 私に気づかれずに近づいてくるなんて何奴!?っと一瞬思ったけど早苗なら納得だ。だって彼女に常識なんて通用しないし……私の理解が及ばない領域の現人神であるために予想もしないことを起こす。だから早苗が現れてもただ彼女の迷言の通りに「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」で済んでしまう……不思議だ。

 なので私は考えることをやめてこの場のノリに任せることにした。

 

 

 「話は聞かせてもらいました!覚悟してください!」

 

 「覚悟とはなんですか早苗さん?」

 

 

 そりゃそうだ。妖夢もそう思うよね?覚悟ってなんのことですかね?それに早苗は戦闘態勢に入っている……嫌な予感がした。

 

 

 「大丈夫ですよ妖夢さん。今からそこにいる悪しき天人を懲らしめて妖夢さんをお救いします」

 

 「ちょっと落ち着いてくれ……」

 

 

 私が悪者設定にされてしまっている。流石は早苗だ。常識が通用しない……しかし困ったぞ。落ち着かせて話を聞いてくれればいいけどな……

 

 

 「そう言って油断した私を洗脳しようとする作戦なのですね。でも残念でした!私にはあなたの考えていることが手に取るようにわかるのです。地上を支配しようとする悪しき天人は退治されるべきです!覚悟ー!!」

 

 

 やっぱりだめでした。うん……わかってた。何故に私が悪者になっているか知らないけど話が通じないことは既に想定済みです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘術『グレイソーマタージ』!!!

 

 

 数多くの弾幕が天子を襲った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 っと思っていた?想定済みって言ったでしょ?だから私は即座に反応してみせる。

 

 

 天子は緋想の剣を取り出すと、次々に弾幕を切り裂いていく。切り裂かれた弾幕は消滅し、早苗のスペルカードを一枚失ってしまう。

 

 

 「ムムム!やりますね。私の弾幕を全て消滅させるなんて……」

 

 「単純な攻撃だったので、振るうだけで終わってしまったよ」

 

 

 早苗は口をへの字に尖がらせて唸った。天子の言葉に悔しさを感じている様子だった。

 

 

 「こうなったら私は手加減しませんよ!私のとっておきを見せて『早苗さんいい加減にしてください!』ひゃい!?よ、ようむさん……!」

 

 

 早苗に刀を向ける妖夢はとても怒っている様子だった。

 

 

 「早苗さん!いきなり天子さんになんてことするんですか!人の話も聞かずに!」

 

 「だ、だって……悪しき天人に妖夢さんがこれからいかがわしいことをされてしまうと思って……」

 

 「い、いかがわしいなんて!?て、てんしさんがそんなことするわけがないでしょう!」

 

 

 妖夢ってば、顔を赤く染めてかわいらしい♪早苗が何故ここにいるかはわからないけど、大体早苗が勘違いしていることに気づいた。妖夢が早苗を大人しくさせてくれたおかげで話せそうだ。

 

 

 「早苗、あなたとお話したいのですけどいいかな?」

 

 「えっ……ま、まぁ………いいですけどね……」

 

 

 熱が冷めて落ち着きを取り戻した早苗に事情を説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええー!?天子さんっていい天人だったんですか!?」

 

 

 説明すると早苗は信じられないといった顔で天子を悪者認定から善人認定に変更された。

 

 

 「そうですよ。天子さんが悪者なんて絶対ありえません!」

 

 「天子さんは天人の中でも、漫画に出てくる特別な友好的キャラ設定だったんですね」

 

 

 早苗は相変わらず早苗でした。それより早苗の中では天人=悪者ってイメージなの?地上のことを良く思っていない方がいるのはいるけど、その天人の方も悪党ではないからね?価値観の違いってやつだよ。

 

 

 「なるほど……稽古ですか。なら私もお手伝いしましょう!私が協力して差し上げるのですから妖夢さんにはもう敵なしです!」

 

 

 なんでそんなに自信満々なの?でも、協力してくれるならありがたいよね。お言葉に甘えて早苗に手伝ってもらおうかな。

 

 

 「それはありがたい。妖夢はいいかい?私じゃ上手く教えることができないので、早苗が居てくれた方が私が気がつかないことを指摘してくれるかもしれないけど……どうする?」

 

 「天子さんがそう思うのならば私は何も言いません。早苗さんよろしくお願いします」

 

 「こっちこそ、ただ稽古に付き合うだけじゃありませんよ!妖夢さんをギッタンギッタンにやっつけて差し上げます!」

 

 「それじゃ、改めて準備しようか」

 

 

 ------------------

 

 

 「早苗は今頃何しているかな?」

 

 

 目玉のついた帽子をクルクルと回して遊ぶ諏訪子が神奈子に問う。

 

 

 「さぁ?早苗のことだし、何が起きても不思議じゃないよ」

 

 「そうだね。それにしても神奈子さっきから新聞ばかりに目を通しているじゃん?その天人がそんなに気に入ったの?」

 

 

 神奈子が持っている新聞を覗き込むとそこには天子のことが書かれてあった。

 

 

 「ああ、いい男だし、イケメンだ。諏訪子が言った『もし彼が守谷神社を信仰してくれるなら私達への信仰もあがるかもね!』これは大きいと思ってな」

 

 「はは~ん……異変起こすの?」

 

 

 理解した上で諏訪子は問う。しかし、神奈子は首を横に振った。

 

 

 「異変は起こさない。しかし、比那名居天子は実にいい。鬼を倒してしまうなんてね」

 

 

 新聞の方を見ながら神奈子は久しぶりの感覚が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一度でいいから戦ってみたい男だね」

 

 

 神奈子が新聞を見ながら呟いた。するとどこからか声が聞こえてきた。

 

 

 「戦うなら油断しない方がいいよ。天子は強いからね」

 

 

 その声の主の姿は見えない。神奈子の傍には諏訪子だけだが彼女ではない……だが、神である二人にはわかっていた。

 

 

 「神の会話を聞き耳する奴がいるとはね……誰だい?」

 

 

 神奈子と諏訪子は一点を見つめる。周りの霧がその一か所に集まりだして形を作っていく。

 

 

 「私は伊吹萃香だ。親友(とも)と宴会する場所を探している」

 

 

 霧の正体は小さな小鬼だった。

 

 



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11話 ひと時の間

投稿しに参った。



本編どうぞ!




 「はぁ!」

 

 「甘いですよ!妖夢さん!」

 

 「きゃん!」

 

 

 どうも皆さん比那名居天子(♂)です。妖夢に稽古をつけてあげようとしたら早苗が現れて、彼女も一緒に稽古をつけてくれることになった。只今妖夢の太刀筋を見るために早苗に頼んで戦ってもらっている。

 生前の私は戦いに身を置くことなんてなかったし、喧嘩も弱かったし、暴力沙汰なんて無縁だった。しかし転生して天子になってからは己を磨き上げた。体の動かし方や緋想の剣を使えるように剣術を学んだ。天界には戦うなんて野蛮なことをする天人がいなかったので、私は初めは変人だと思われていただろう。でも、私が天界で得た信頼の効果が有利に働いた。今では「天子様がいるなら天界の安全は守られたも同然だ!」「天子様が緋想の剣を使うお姿が美しい!」など私の鍛錬している姿を観戦する者までいたぐらいだ。あの時は恥ずかしかった。内面はドキドキが止まらなかったが、今ではもうそんなことはなくなった。

 それで妖夢の姿を見ていると刀が縦や横に振るわれる。綺麗な姿だった。一直線で曇りのない真面目な妖夢を映しているような太刀筋だった。十分すぎるぐらいに見惚れてしまう姿だった……が、現実は綺麗だけではだめだ。

 

 

 妖夢だってただ刀を振るっているだけではないことはわかる。しかし、戦いになれている者や己より上の強者であるならば妖夢の刀の軌道を読めてしまう。

 単純……簡単に言ってしまえばそうだった。妖夢の太刀筋を悪く言うつもりは私にはないのだけれど、私にはそう思えた。私が戦闘狂になってしまったからなのかわからないけど、萃香との一戦で得た経験は途方もないものだったことがわかる。萃香は真っすぐにかかっていくと見せて私の後ろをとった。決して卑怯なことなのではない、あれは戦いに置いての基本、相手の背中をとることは戦況を優位に進めることであり、生きるか死ぬかの世界では当然なことだ。それに比べると妖夢は早苗に対して真っすぐに攻めて行くばかりで、早苗もそれがわかっているのか背後を気にしていない様子だ。それに……

 

 

 「妖夢さん、まだまだですよ。今の私はスーパー東風谷早苗なのです。妖夢さんが今のままならば私には勝てませんよ?」

 

 「な、なんですか?そのスーパー東風谷早苗って……?」

 

 「ふふふ、教えてあげましょうか?それはですね……」

 

 「それは……?」

 

 

 妖夢は早苗の話を聞こうとして、刀を握っている手の力を抜いた瞬間を早苗は見逃さなかった。

 

 

 「隙ありです!」

 

 「――うわぁ!?」

 

 

 間一髪で早苗の攻撃が妖夢に直撃するところだった。妖夢は慌てて早苗との距離を離す。

 

 

 「避けられてしまいましたか……」

 

 「卑怯ですよ早苗さん!話の途中で攻撃なんて……!」

 

 「戦いに卑怯もクソもないのですよ!それに戦っている途中ですよ。私がその気だったなら妖夢さんは今頃白玉楼に逆戻りでしたよ」

 

 

 早苗の言う通り妖夢は戦いの途中でも相手の言葉に耳を傾けてしまう。真っすぐなのは悪い事ではない、相手が早苗だからってのもあるかもしれないけど、今の妖夢は戦場の怖さを知らずに戦に挑む若者その姿だ。私も戦場なんて経験は萃香の一戦だけだけど、あの戦いが私を大きく成長させてくれたようだ。ありがとう萃香……

 

 

 それに早苗はワザと妖夢に隙を作らせているようだ。早苗は時々私の方を見て目で何かを訴えていた。早苗は妖夢に汚い戦術があるのだと教えているようだった。あれ?早苗って私よりも教え方上手くない?私の出番ないんじゃないかな?それに早苗って5面ボスで妖夢と同じはずなのに早苗の方が強く見える……妖夢が弱いって言っているわけじゃない。そう見えるだけだ。実力的には同じだが、戦い方は早苗の方が様々な戦術を駆使しているのに対して、妖夢は刀と身の一本で戦っている様子ね。

 

 

 「私は地底で霊夢さんと再び戦ったんですが、勝てませんでした。だから私はいつか霊夢さんを超えられるように戦術も考えたんですよ。丁度妖夢さんが居ましたし、試してみたいと思っていたんです」

 

 

 なるほどね。霊夢の存在が早苗を強くしたみたい……地底の一件は私が知らない所で早苗を成長させたみたいだ。私なら上手く教えられないだろうからつけてきてくれてよかった。私だけじゃ不安だったから……

 

 

 「(ぐぬぬ、天子さんの前でこんな醜態は見せられません!)」

 

 「そろそろ決着の時ですよ!妖夢さん!」

 

 「私だって負けません!」

 

 

 それから妖夢と早苗の戦いは激しさを増し、結果勝ったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やりました!私の勝ちです!」

 

 「くっ!」

 

 

 早苗が勝利した。服はお互いに汚れていて、死力を尽くしたことが窺える。

 弾幕を駆使したおとり作戦が妖夢の目を眩ませた時に勝負がついた。妖夢は余程悔しかったのか地面の土を握りしめて手が汚れていた。

 

 

 「妖夢、負けたな」

 

 「天子さん……」

 

 

 そんな泣きそうな顔しないで妖夢。よく戦ったと思うし、早苗もギリギリだったみたい。ただ早苗の戦術が一歩先を行ったのよ。私なんやかんや思っていたけど、やっぱり妖夢の真っすぐな戦いの姿勢が好き。一直線に突き進もうとする妖夢の姿は逃げて隠れていた昔の私には決してありえないもの……羨ましいわ。だから、私は妖夢にはそのままでいてほしいし、戦い方もいろいろある。私がちょいちょい教えていって妖夢にもわかってもらえるように私自身も努力するわ。妖夢にはこれから先、成長する機会があるだろうし妖夢の成長した姿を見てみたい。白玉楼の前で会ったあの方にも成長した妖夢を見せてあげたいから……

 

 

 「天子さん……私……負けてしまいました……」

 

 「妖夢、顔をあげてくれ。綺麗な顔が台無しだよ?」

 

 

 それでも妖夢は悔しさに染まった顔を上げようとしなかった。普段の彼女なら綺麗と言われれば動揺しただろうが、今の妖夢にはそれがなかった。

 

 

 「あの……私……不味かったですか?」

 

 

 早苗は悪くない。寧ろとてもよかったわ。妖夢に戦いの厳しさと悔しさを教えてくれたんだから……

 

 

 「いや、早苗は妖夢に大切なことを教えてくれた。私が教えるよりも良かったと思うよ。ありがとう」

 

 「い、いえ……そんなことは……ありますよね!やっぱり私って才能溢れる天才児ですからね」

 

 

 やっぱり早苗は早苗だね。これが早苗の良い所でもあるんだろうけど……さて、妖夢にも元気を出してもらわないとね。しかし、だいぶ落ち込んでいるわね。悔しさを知ることはいいことだ。だけど、そこで止まってしまったら一生壁に阻まれて前には進めない……妖夢一人じゃまだ難しいから私が何とかしてあげないと……

 

 

 「妖夢……私を見なさい」

 

 「……」

 

 

 うつむいたまま顔を上げようとしない妖夢。天子はこのままでは駄目だと思い、妖夢の頬に手を添える。

 

 

 「あっ」

 

 

 早苗がその光景を見て思わず声に出した。

 

 

 そっと添えられた手が優しく妖夢の顔を天子の方へ向けさせる。妖夢の顔と天子の顔が近づいて息がかかるぐらいの距離しかない。

 

 

 「て、てて、てんし……しゃん!?」

 

 「妖夢、元気を出してくれ。今回は早苗に負けたがそれが終わりじゃない。始まりなんだ。人は負けて強くなり、勝ってまた負けて更に強くなっていく。負けたことを糧にしないといけないよ?妖夢はこれから強くなれると私は信じている。だから、私も力を貸すし早苗だって協力してくれた。妖夢は決して一人じゃないよ」

 

 「天子……さん……」

 

 

 私は今とてもいいこと言った。誰かが信じてくれるとわかるだけでも強さになるからね。あの人のためならこの人のためにって奮起できる。思いは強さだよ妖夢。それに妖夢の悲しそうな顔なんて見たくない……やっぱり妖夢はかわいいんだから笑顔じゃないといけないよ。

 

 

 「それに、妖夢のそんな悲しい顔なんて私は見たくないからね。笑っている妖夢が私は一番好きだ」

 

 「ひゃ、ひゃい!?」

 

 「(うわぁ~!天子さんったら大胆♪)」

 

 

 天子のイケメンロールの甘い言葉に妖夢の顔が真っ赤になって湯気が出る。どんどんと体温が上がっていき妖夢の頭がオーバーヒートしてしまい……

 

 

 「きゅぅ……」

 

 

 妖夢は気を失ってしまった。

 

 

 「よ、ようむ!?どうしたんだ!?」

 

 

 妖夢が倒れちゃった!?私ってやりすぎた!?最近イケメンロールし過ぎかしら……そんなこと思っている場合じゃないわ!妖夢帰って来てー!

 

 

 気を失った妖夢を抱く天子は動揺していた。そんな光景を見ている早苗は思う。

 

 

 「(天子さんはジゴロだったんですね。やっぱりイケメンこうでなくてはいけませんね!意識無意識関係なく女の子達を落とす誘惑の言葉!あ~あ、私にも一度でいいですから壁ドン経験したいですね。やってくれないですかね?)」

 

 

 現代少女は考えることが違う……

 

 

 ------------------

 

 

 「お茶が入りました。幽々子様、紫様」

 

 「ありがとうね藍ちゃん」

 

 「ありがとう藍」

 

 

 妖夢を送り出してすぐのことだった。藍を引き連れた紫が幽々子の元へ遊びに来たのだ。幽々子と紫は旧知の仲であり、生前の幽々子を紫は知っている……幽々子はそのことを憶えていないが。それでも二人の仲はとてもいい。気軽に遊びに来る程度よくあることなのだ。

 

 

 「幽々子、最近どう?なんだか嬉しそうじゃない?」

 

 

 無意識に笑顔になっている幽々子の姿に紫が聞く。普段みせている笑顔よりも今日のは一段と楽しそうだったので聞いてみることにした。

 

 

 「あら?わかる?私の妖夢が今デート中なのよ」

 

 「で、でーとですか?!」

 

 

 紫の横にいた藍がたまらず驚く。妖夢は超が付くほどの真面目で男に簡単に騙されてしまいそうな性格であるためにもし彼氏ができたとしても幽々子はそれを見定めるはず……紫は思う。幽々子は何もしないということはその男は幽々子の目に叶った男であるのだと……

 

 

 「あの子に彼氏がね……意外だわ」

 

 「まぁ、私がそうなって欲しいと思っているだけだけれどね」

 

 「……どういうことよ幽々子?」

 

 

 紫は訳がわからないといった様子だ。藍の方も横で聞き耳を立てていた。藍と妖夢もお互いに従者同士なので何かと通ずるものがあるので気になって仕方ないのだ。

 

 

 「比那名居天子、紫は彼のこと知っているわよね?」

 

 

 その名を聞いた途端に紫は眉をひそめる。先ほどまでの友人としての紫ではなく、そこには幻想郷の賢者である八雲紫の姿があった。

 

 

 「彼が……どうして出てくるのかしらね?」

 

 「妖夢は彼に助けられたのよ。紫と藍ちゃんには話しておいた方がいいわよね……」

 

 

 幽々子は語った。天子と妖夢の出会いに出来事、そして白玉楼でのこと……紫と藍にも知っていてもらおうと幽々子は二人に事の経緯を説明した。

 

 

 藍は妖怪共の横暴に腹を立てていた。同じ女としてこれほどの恥辱を味わうことなど許されない。だが、妖怪共は天子の手によって葬られた。腹を立てていた藍も落ち着きを取り戻していつもの藍に戻っていた。紫はその話をずっと静かに聞いていた。

 

 

 「そう……彼がね……」

 

 

 紫はそれだけ言うと白玉楼の客間から冥界の空を見上げた。

 

 

 「……紫様?」

 

 

 空を見上げていた紫は藍の言葉に反応するかのように視線を幽々子に戻した。

 

 

 「私も彼のことは嫌いではないわ。幽々子は彼を信頼しているのよね?」

 

 「ええ、一生返せない恩が彼にはできたからね。妖夢も救ってくれたし、私も彼に救われたようなものよ。これ以上彼を信頼できない要素なんてないわ。紫、あなたが危惧しているのは彼の影響力よね?」

 

 

 紫はしばらく沈黙した。それからポツリと語る。

 

 

 「彼は既に天界では多大な影響を与えているわ。彼を崇拝する天人もいるみたい、それに彼の力は萃香の力を上回った……幻想郷のパワーバランスの一角の鬼である萃香が負けたの。この時点で彼は幻想郷の一角と対等の存在だと思うわ。もしそんな彼が力を権力を悪しき方向へ向けてしまうことが……『そうはならないわ』……幽々子?」

 

 

 そう言おうとした時に幽々子が遮る。その目はいつもゆったりとした幽々子の目ではなかった。白玉楼に存在する幽霊を統率し、幻想郷の閻魔により冥界に住む幽霊たちの管理を任されている西行寺幽々子がそこにいた。

 

 

 「天子さんは優しい方よ。紫、あなたは少し彼を危険視しすぎていると思うわ。確かに彼は強い……けれど、心も強い。これから様々なことが彼に振りかかるけど、彼はそのたびに強くなり、周りにいい影響も悪い影響も与えるでしょう。でもね、初めから危惧するのではなしに、見てあげることも必要なのではなくて紫?」

 

 「わ、わたしだって別に初めから決めつけているわけじゃなくて……様子を窺っているだけよ。それに、彼が悪人って感じはしないわよ」

 

 

 幽々子の滅多に見せない圧力に紫が少したじろいでしまう。藍も幽々子の見たこともない鋭い瞳に体を硬直させてしまっていた。

 

 

 「そう……なら、私が言うことはないわね……藍ちゃ~ん、お腹減っちゃった。何かおいしい料理作って~!」

 

 「え、あっはい……」

 

 

 紫の言葉を聞いた幽々子は、いつも通りの幽々子に戻っていた。藍も体の硬直が消え、急いで料理の支度をする。

 

 

 「……紫、私は天子さんのことを信じているわ。私の大切な妖夢を守ってくれたし、彼から教えられた。妖夢がいないと私はダメな存在……だけど、妖夢がいることで私が私でいられるし、妖夢も私が居ての妖夢でありお互いに支え合える存在だとね」

 

 「幽々子……」

 

 「だから彼に何かあった時は私は力を貸す。紫、あなたが彼に手を貸さないことであったとしてもね」

 

 

 ------------------

 

 

 私は幽々子から比那名居天子の名前が出た時は驚いた。彼が何かしたのかと思ったが、想像していたこととは違っていた。妖夢を助けて幽々子の信頼まで勝ち取っていた。話を聞いていて藍は相当頭に来ていた様子が窺えた。幻想郷は理想の世界だけど残酷な面もある。危うく妖夢がその犠牲になってしまうところだった。もし妖夢が穢されたなら幽々子は私の友人としての幽々子ではなくなってしまっていたかもしれない。怒りに身を任せたただの亡霊になっていたかもしれなかった。でも、あの天人がそれを救ってくれた。幽々子が信頼するのはわかるわ。

 私も万能ではない。幻想郷の端から端までを把握するなんてことは無理。その頃は私は比那名居天子のことを調べるために天界にこっそりとスキマを使って覗いていた。あの天人の人気ぶりには驚かされた。そして、天界は外の世界で見るような娯楽施設や仕事をする天人の姿が見て取れた。

 暇な毎日を送る天人をこうも変えてしまうなんて比那名居天子という存在は侮れなかった。彼が与えた影響力は多大なものだった。

 

 

 それ故にこの幻想郷に与える影響を危惧していた。いい影響力が強ければそれだけ悪い影響力も強い。だから心配だった。私が愛する幻想郷を壊されたくなかったから……

 

 

 「彼は既に天界では多大な影響を与えているわ。彼を崇拝する天人もいるみたい、それに彼の力は萃香の力を上回った……幻想郷のパワーバランスの一角の鬼である萃香が負けたの。この時点で彼は幻想郷の一角と対等の存在だと思うわ。もしそんな彼が力を権力を悪しき方向へ向けてしまうことが……『そうはならないわ』……幽々子?」

 

 

 私が幽々子に彼の危険性を訴えようとしたら遮られた。私の目の前にいるのは先ほどの幽々子じゃない。これは……

 

 

 「天子さんは優しい方よ。紫、あなたは少し彼を危険視しすぎていると思うわ。確かに彼は強い……けれど、心も強い。これから様々なことが彼に振りかかるけど、彼はそのたびに強くなり、周りにいい影響も悪い影響も与えるでしょう。でもね、初めから危惧するのではなしに、見てあげることも必要なのではなくて紫?」

 

 「わ、わたしだって別に初めから決めつけているわけじゃなくて……様子を窺っているだけよ。それに、彼が悪人って感じはしないわよ」

 

 

 今は友人の幽々子ではなく、冥界の管理人としての西行寺幽々子だったわ。私ですら今の幽々子は緊張してしまう。いつものようにゆったりとした表情は決してない。それに幽々子はあの天人に絶対な信頼を置いているみたいね……わからなくわないわ。私だって彼が悪人とは思えない。それでも私は幻想郷の賢者として彼を見定める必要があるの。

 

 

 「そう……なら、私が言うことはないわね……藍ちゃ~ん、お腹減っちゃった。何かおいしい料理作って~!」

 

 「え、あっはい……」

 

 

 元の幽々子に戻ったみたいね。藍も硬直してたし……久しぶりに緊張したわよ。でも、比那名居天子……あなたには感謝するわ。妖夢と幽々子を救ってくれて……悪い人ではないけれど、それがいい結果になるとは限らない。強い力を持つ者は必ずしも大きなリスクを背負っているものだから……

 

 

 「……紫、私は天子さんのことを信じているわ。私の大切な妖夢を守ってくれたし、彼から教えられた。妖夢がいないと私はダメな存在……だけど、妖夢がいることで私が私でいられるし、妖夢も私が居ての妖夢でありお互いに支え合える存在だとね」

 

 「幽々子……」

 

 「だから彼に何かあった時は私は力を貸す。紫、あなたが彼に手を貸さないことであったとしてもね」

 

 

 そうなの……それはそれでいいわ。立場的なものもあるだろうし、幽々子が彼に手を貸してあげることに私は何も言わない。幽々子が決めたことなんだから何も言わない。私は私で、幻想郷の賢者として彼を見定めているからね。

 

 

 「さてと、もうこの話はおしまい。紫も藍ちゃんも来てくれたことだし、いっぱいお料理食べないとね♪」

 

 「……そうね。藍、とびっきりおいしい料理お願いね」

 

 「かしこまりました」

 

 

 ------------------

 

 

 「……う、うん……」

 

 「あ、目が覚めました?」

 

 「早苗……さん?ここは……」

 

 

 妖夢は知らない天井を眺めていた。

 

 

 「私はさっきまで森の中にいたはずなのに……?」

 

 「ここは守矢神社ですよ。天子さんに抱えられてここまで運んでもらったんですから」

 

 「そうでしたか……あ!天子さんは!?」

 

 

 妖夢は飛び起きて天子を探そうとする。すると廊下から天子が現れた。

 

 

 「妖夢起きたか。気を失うからびっくりしたぞ」

 

 「うぅ……ごめんなさい……」

 

 

 思い出したように顔を赤くする。天子を見つめて気を失うなんて恥ずかしいことだったから……嫌という感情は妖夢にはなかった。寧ろもっと見つめていたい感情が……そんな妖夢の様子を見ていた早苗がニヤニヤと笑っていた。

 

 

 「妖夢さんって天子さんにベタ惚れなんですね♪」

 

 「さ、さなえしゃん!?」

 

 「あ、噛みましたね。妖夢さんったらかわいい~♪」

 

 

 早苗の言葉に妖夢が反応する。傍に天子がいるのにこんなことを言われたら恥ずかしくてたまらない。恥ずかしすぎて刀を握り、力ずくで早苗を黙らせようとした時に新たな声が聞こえてきた。

 

 

 「こらこら、早苗あまり乙女を揶揄っちゃダメだよ?」

 

 「諏訪子様!それに神奈子様もいらしたんですね」

 

 

 諏訪子と神奈子が廊下から現れた。守矢の二神が部屋に集う。

 

 

 「邪魔するよ。初めましてだな比那名居天子」

 

 「八坂神奈子さんですね」

 

 「そうだ。あの鬼に勝ったんだって?相当強いようだね?」

 

 

 神奈子は興味津々と言った感じで天子の体を隅から隅まで観察する。いやらしいとかの目ではなく、強者を見定めるような鋭い目だった。

 

 

 「条件付きで勝っただけだ。条件がなければ私は負けていた」

 

 「なるほどね。謙虚な奴だよ。鬼に勝ったことを自慢しないなんてな。それでなんだけど、天子は宴会が開かれるのを待っているようだな」

 

 「何故それを?」

 

 

 天子は何故神奈子がそのことを知っているのだろうと思った。そのことは新聞には載っていなかったはずだったから……それに妖夢と早苗にはさっぱり会話の内容がわからなかった。二人はそんなこと知らないし、聞いてもいない。二人は置いていかれても、神奈子の話は止まらずに続ける。

 

 

 「伊吹萃香に会ったんだ。それで『比那名居天子と宴会する場所を探している』と言っていてな」

 

 「なるほどな」

 

 「それでなんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「明日守矢神社で宴会するぞ」

 

 

 約束の時が来た。

 

 



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12話 宴会の時

休みだと捗るのでまた投稿しに参った。


本編どうぞ!




 天界で準備をしている男が一人……地上に行くためだけじゃなく、今日は約束していた日だ。

 

 

 待ちに待った萃香と約束した宴会だ。先に幽々子さんと妖夢としちゃったけど、今度は二人も誘って大勢で飲み会だ。萃香が私のために宴会を開いてくれると聞いた時は感激のあまり号泣しそうになった。場所は守矢神社で早苗と出会ったのも必然だったのかもしれない。それで今、準備し終えたところだ。

 それでなんだけれど、私だけ行くのはなんかあれだなって思って今彼女を誘っている。その彼女とは……

 

 

 「私が……地上の宴会に……ですか?」

 

 

 衣玖だ。最近衣玖に構ってあげられなかったし、一人で宴会に行くのは衣玖に対して失礼だと思う。だって、衣玖はお酒好きだもん。部屋に言った時には酒の瓶が大量に転がってあったの見たからね。一人暮らしの女性の部屋をワザと見たわけじゃないんだ。たまたまって感じだ。なんだけど、見ちゃったんだから衣玖がお酒好きなことがわかった。それに衣玖も毎日私に付き合ってもらっているし、お手伝いもしてくれている。昨日も私が地上に居る時でも天界で仕事していたみたいだし……私が天界にいない時は大体衣玖が取り仕切っている。天人達はゆっくりしているので、衣玖ものんびりすればいいものを帰って来るまでに大量にあった資料を全てまとめていてくれた。本当に助かります……だから息抜きも必要だと思うので衣玖を連れて行きたい。私が誘ったんだから萃香も許してくれるよね?

 

 

 「一緒に行ってくれると嬉しいのだがな」

 

 「一緒に……って天子様とです……か?」

 

 「駄目かな?私は衣玖と一緒に居たいのだが……」

 

 「わ、わたしと……一緒に……」

 

 

 衣玖の頬がほのかに赤かった。どことなく口元がにやついているようにも見えるが、天子の方が背が高いのでうつむいた衣玖の表情を見ることはなかった。

 

 

 「で、では……お言葉に甘えることにします。これから向かうのですよね?」

 

 「ああ、衣玖以外にも誘ってあるから宴会は大盛り上がりになるはずだよ」

 

 「む、そうですか……」

 

 

 あれれ?衣玖の元気がなくなっちゃった……私は選択肢を誤ってしまったの?ごめんね衣玖!元気が出るように私頑張るから……

 

 

 「……でも、それでもいいです。天子様と一緒に楽しめますから」

 

 

 元気なくなったかと思ったけど、笑顔の衣玖が見れて安心した。私の思い過ごしだったのかも……まぁ、なんであれ衣玖が元に戻ってよかった。

 

 

 天子と衣玖は共に地上へ下りて行った。

 

 

 ------------------

 

 

 「衣玖、地上で宴会が開かれるんだが行かないか?」そう天子様は私に言ってくださいました。お誘いは嬉しいですが、私だけ行っても意味がありません。行くのでしたらやっぱり天子様と一緒がいいですねぇ……

 

 

 「私が……地上の宴会に……ですか?」

 

 

 天界は毎日ゆっくりしていますが、天子様の仕事を増やすわけにはいかないですし、今日中にやっておきたいこともあるのでここは申し訳ないですけど断ることにしましょうか……

 

 

 「一緒に行ってくれると嬉しいのだがな」

 

 「一緒に……って天子様とです……か?」

 

 「駄目かな?私は衣玖と一緒に居たいのだが……」

 

 「わ、わたしと……一緒に……」

 

 

 地上へ行きましょう!仕事なんか後回しでも問題ありません。基本天人様達はゆっくりしておられますし、天子様と一緒なら喜んでお受けいたします。それに、天子様は「私は衣玖と一緒に居たい」と言ってくれました。それならば私がとる行動は一つしかありません……宴会やったー!

 

 

 「で、では……お言葉に甘えることにします。これから向かうのですよね?」

 

 「ああ、衣玖以外にも誘ってあるから宴会は大盛り上がりになるはずだよ」

 

 「む、そうですか……」

 

 

 天子様……私以外の方も誘っていたのですね……衣玖は少し、ほんの少し、1ミリ以下ですけど悲しいです。決して泣き出したいぐらい悲しいわけではありませんよ……本当ですよ!で、でも……折角天子様と二人で楽しめると思ったのに……

 

 

 「……でも、それでもいいです。天子様と一緒に楽しめますから」

 

 

 それでも、天子様が()()()()にと言ってくれたんです……私は今から楽しみですよ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここを上ると守矢神社だ」

 

 「少し前に現れた神社ですね」

 

 

 詳しいことは知りませんが、少し前に起きた異変でここ妖怪の山と呼ばれる場所に、外の世界から移住してきた神様と人間が住んでいる場所が守矢神社というところみたいです。ここで宴会をするみたいですね。階段を上った先の空気が慌ただしいですね……既に宴会が始まっているのでしょうか?それでも準備中でしょうか?どちらにせよこの先にお酒が待っているのです。大勢でお酒を囲んで飲むなんて中々ないですからね。それに天子様も一緒ですから楽しみでワクワクしております♪

 

 

 「衣玖どうしたんだ?」

 

 

 いけません、私としたことが自分の世界に入っていたみたいです。天子様を待たせるなんて失礼なことをしてしまうところでした。

 

 

 「なんでもありません。さぁ、参りましょうか」

 

 「ん?そうか?なら……ほら」

 

 

 天子が衣玖に手を差し出してきたその行動が衣玖には初め理解できなかった。天子の手と顔を見比べているとその様子を見ていた天子が言った。

 

 

 「エスコートしよう。すぐそこまでだけど衣玖を誘ったのは私だ。女性をエスコートするのが男である私の役目だからな」

 

 「天子様……!」

 

 

 天子様……あなたはなんて立派過ぎるお方なんでしょう……子供の頃からあなた知っています。子供の頃からあなたは私の事を気にかけてくれましたね。そして今でもあなたの優しさが私をまたダメにしてしまいます……ですが、その優しさも含めてあなたが……

 

 

 「衣玖?またボーっとしているが……体調が悪いか?」

 

 「ふふ、そうじゃありませんよ。天子様ありがとうございます。お言葉に甘え宴会場までエスコートお願いできますか?」

 

 

 天子はにっこりと笑って力強く頷く。

 

 

 「ああ、勿論だとも」

 

 

 衣玖は天子の手を優しく握りしめた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああー!それは天子のための酒だー!飲むんじゃねぇ!!」

 

 「誰のでもないだろ!それにここに置いておくのが悪いんだ!それに萃香が他人のために酒を用意するなんて異変に違いないぜ!なぁ、霊夢?」

 

 「うるさいわよ魔理沙!私は今、1週間分の食事を蓄えているんだから話しかけないで!」

 

 「お前なんて意地汚いんだ!?」

 

 「酒返せー!!!」

 

 「うぉ!?やめぇいだだだだだだぁ!!ほ、ほねが折れるー!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これが地上の宴会なのでしょうか天子様……?」

 

 「……そうだな。これが幻想郷の宴会なんだろうな」

 

 

 ------------------

 

 

 守矢神社で開かれた宴会は盛大に開かれた。一日前に決まって次の日に開かれるには大勢の人妖が集まっていた。騒ぎを聞きつけてやってきた霊夢と魔理沙も参加した。宴会は誰でも参加可能だし、大歓迎である。楽しく騒いでお腹いっぱいに腹を膨らませる。酒を飲み合い、瓶の中身を空にしていく。それが宴会である。そんな人妖関係なしに騒ぐ宴会の中で異質な存在が現れた。

 

 

 「萃香、約束通り来たぞ」

 

 「お?お、おおー!!」

 

 「はなせぇ……!はぶぅ!」

 

 

 酒を取り合っていた萃香の手がいきなり離れて、尻もちをつく魔理沙。何かが割れたような音がしたが、萃香はそれよりもやって来た天子に夢中になっていた。

 宴会に参加しているのは人妖種族バラバラだが、全員女である。が、一人だけ違っていた。比那名居天子だけが男であった。中身は純粋な女の子であるが、周りは誰も知らないし、知っているのは当の本人のみ。ここには天子と会った人物もいるが、今日が初めて会う者もいる。その者達は驚くだろう、男なのに美しく凛々しい顔に腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳をしたイケメンがやってきたのだ。騒いでいた連中も天子の姿を見て時が止まったように場が静かになる。

 

 

 「(あれ?なんで静かになったの?これって私のせいなの……?)」

 

 

 いきなり静かになった場に天子は内心動揺するが……

 

 

 「天子~!来てくれたんだなぁ!」

 

 「ああ、約束を果たしに来たぞ」

 

 「うんうん♪天子は本当にいい男だな♪」

 

 

 もしも萃香に耳と尻尾がついていたのなら犬が大好きな主人を出迎えるように耳にピクピク動き、尻尾はブンブンと振られていたことだろう。萃香は天子が来てくれたことで魔理沙との酒の取り合いなど忘れてしまう程喜んでいた。天子を連れて行こうとした時に気が付いた。天子以外眼中に入らなかった存在が横にいた。それだけなら別によかったが、その女は天子と手を握っていた。

 

 

 その女とは衣玖のことだ。萃香よりも背が高く、萃香は会ったことのない人物であるが、すぐさま竜宮の使いであることがわかった。萃香は天人のことを知っていたし、竜宮の使いならば、天子と関りがある人物であることがわかる。天子の知り合いだとわかるのだが、萃香はジッと天子と衣玖が手を繋いでいるところを見ていた。

 

 

 誰こいつ?天子の手を握っている……竜宮の使いか?天子の従者か何かか?そうか……別に気にする必要もないだろうけど、ないだろうけども……なんだよ。こいつなんで天子と手を……繋いでいるんだよ……

 嫌な気分……別にこいつと天子の関係なんて今は関係ないことじゃないか。天子は私との約束を守って宴会に参加してくれたんだ。誰も連れてくるなとは言ってないし、ここに集まった連中だって騒ぎを聞きつけてやってきた奴もいるし、天子が誘った奴もいるんだ。何もおかしなことなどない。おかしなことなどないんだ……それなのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだ?この胸のムカムカは……?

 

 

 「あ、あの……私に何か?」

 

 

 萃香はいつの間にか衣玖を睨みつける視線を送っていた。衣玖は睨まれている理由がわからずに萃香に聞いたのだが……

 

 

 「……別に……なんでもない……」

 

 「そ、そうですか……」

 

 

 衣玖は空気が重いことが実感できた。それも自分に対してこの鬼がいい印象を持っていないことを感じ取ってしまった。そして、天子と手をまだ握っていたことをそこで思い出した。

 衣玖は宴会場までならと思っていたが、宴会の騒ぎっぷりを見て忘れてしまっていた。慌てて手を離すが、時すでに遅く、この場に居る全員は天子と衣玖に注目している。当然、手を握っていたことも見られてしまっていた。

 

 

 萃香の視線は慌てて手を離した衣玖から天子に視線を戻す。だが、さっきまでの笑顔はなく、ジッと天子を見つめていた。

 

 

 「……何かな?萃香、私の顔に何かついているか?」

 

 「……いや、気にしないでよ。私もよくわからない……」

 

 「よくわからない?」

 

 

 よくわからないよ。なんでかこいつが天子と手を握っていたのを見たら急に天子を見ていたくなった。なんとなく見ていたいって思ったんだ。訳がわからなくてごめん天子……

 

 

 天子が聞き返すが、萃香は頭をブンブンと横に振って気合を入れなおす。

 

 

 何やっているんだ私!折角天子が約束を守って来てくれたのに、天子を不安がらせてどうする!この日を天子は待ち望んでいただろうから楽しく騒ごう。今は誰も関係ないんだ。鬼も天人も人もみんな一緒に騒ぐのが宴会だ。こんな静かなのは宴会じゃないやい!

 

 

 気合を入れなおした萃香は天子の手をとって誘導する。意図的なのか無意識なのか、萃香が天子の手をとったのは、先ほどまで衣玖と繋いでいた方の手だった。衣玖と手を握っていたことを忘れさせるかのように萃香は優しく離れないように天子の手を握っていた。

 

 

 「天子、私がお前のために持って来た酒があるんだ。存分に味わってくれ!」

 

 

 萃香は天子を連れて酒がある元まで来たが……

 

 

 「あ、悪い萃香。さっきのはずみで酒瓶割れてしまったぜ」

 

 「……」

 

 

 魔理沙の手には割れて中身が空になってしまっていた酒瓶だ。天子は知らないだろうが、萃香が天子のために用意した極上のお酒だった。大切に持って来たお酒を魔理沙が見つけて取り合いになったのがこれだ。さっき割れた音がした正体はこの酒瓶だったようだ。

 

 

 「……へへ」

 

 「……だぜぇ」

 

 

 魔理沙と萃香の間に冷たい風が吹く。萃香は仮面のような冷たい笑顔で、魔理沙は引くついた表情だ。蛇に睨まれた蛙……蛇と蛙ではなく鬼と人間なのだが、この言葉がこれほど似合う光景はない。

 

 

 「……魔理沙……骨は拾ってあげるわ」

 

 「霊夢……助けてくれ……」

 

 「自業自得よ」

 

 

 霊夢は相変わらず料理を漁りながら魔理沙に言った。霊夢に見放された魔理沙は他にも助けを求めようと視線を送るが誰も目を合わしてくれなかった。

 

 

 「魔理沙よぉ……私が天子のために持って来た酒を……どうしてくれるんだ」

 

 

 魔理沙の周りには誰もいなかった。助けを求めた霊夢はいつの間にか別の場所で食べ物を漁っていた。萃香は冷たい笑顔をしたまま、拳を握りしめ……

 

 

 「魔理沙……歯を食いしばれよー!!」

 

 「許してくれー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「萃香、気にしないでくれ。私のために用意してくれたのはわかったから気持ちだけでもありがたいよ」

 

 「うん……」

 

 

 守矢神社の隅っこで体育座りをする元気のない小鬼がいた。萃香を知る者でもこんな姿をした光景は見たことない。魔理沙を簀巻きにした後、酒瓶を震える手で拾い上げた姿はとても鬼とは思えない程の弱弱しい姿だったから……

 

 

 天子がそう言ってくれるのは嬉しいけど……これはいろんな奴から聞いて選別したものだったのに……私が天子のためを思って持ってきて飲んでほしかったのに……一緒に酌し合って語り合いたかったのにぃ!

 

 

 萃香は心の中で叫んだ。割れてしまった物は元に戻せないし、今までの苦労が水の泡となってしまった。そのことを悔やみ、一番楽しみにしていた天子と一緒に最高の酒を堪能することが出来なくなったことで心が泣いていた。鬼の目にも涙……小さな小鬼は表に何も出さずに心の中で雫を流していた。

 

 

 「……ほら、萃香」

 

 「へっ?」

 

 

 そんな萃香の目の前にはおちょこが差し出されていた。気の抜けた声が萃香から漏れた。萃香は差し出してきた天子を見た。

 

 

 「天界には酒がいっぱいあるんだ。萃香にも飲んでほしいと思ったので持って来た。萃香が準備してくれた酒が飲めなかったのは残念だが、これで我慢してくれないかな?口に合うかわからないが……」

 

 

 ああ……なんだよ。ずるいじゃないか……天子は私をダメにするつもりなのか?お前は完璧すぎるよ……強いし、優しいし、カッコイイし、欠点なんてないじゃないか。いい男すぎる……そんなこと言ったら付き合うしかないじゃんかよ!

 

 

 「へ、へん!天子に誘われたんじゃ仕方ない、いいぞ。天界の酒とやらを飲んでやるぞ」

 

 「そうこなくてはな。酌してあげるよ」

 

 「私もするぞ。天子ばかり良いところ見せられないからな!」

 

 

 もう鬼の目に涙はなく、いつも通りの小鬼がそこに居た……

 

 

 ------------------

 

 

 皆、私の宴会のために集まってくれたんだ!あれは魔理沙だ!生魔理沙を見れるなんて嬉しいわ!それにあっちで料理に群がっているのは霊夢だ!生霊夢とか感動です!皆を生で見れるなんて私は転生できて幸せ者ですわ♪

 そんなときに、魔理沙と萃香が何かを取り合っていた。瓶?萃香が私に気づいて手を離したら魔理沙が吹っ飛んで瓶が割れたけれどよかったのかな?きっと酒だと思うけれど……?

 私の元へやっていく萃香の機嫌が実にいいの。私の方が背が高いので、下目使いで見上げる萃香の笑顔がとてもかわいいったらありゃしないの♪写真撮ってほしい。文は……あっちで小さくなっていた。萃香がいるから存在を薄くしているんだと思うね。大変なようだ……

 

 

 そして皆、なんで黙るの?私のせい?さっきまで盛り上がっていたのに、私が来てしまったせいで静まり返る宴会場……皆、私に注目しているし……そんなに見られると流石の私も恥ずかしいじゃない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから衣玖と萃香の間に何か重い空気が漂っている気がする……さっきまでの萃香の笑顔がなくなって怖いですよ……

 そういえば衣玖が慌てて私の手を離した。そうだったわ。衣玖と手を繋いでいたこと忘れていた。皆に見られてしまったわ……恥ずかしい!ところで文、シャッター音無しにカメラで撮るのやめようか?後でそのカメラはボッシュートしないといけないわね。

 

 

 「……何かな?萃香、私の顔に何かついているか?」

 

 「……いや、気にしないでよ。私もよくわからない……」

 

 「よくわからない?」

 

 

 私の顔を見つめている萃香……笑顔でもなく無表情で……怖いわよ、それに見つめていた理由もわからない。どうしたの萃香?私が衣玖と手を繋いでいたことに不安があるのかな?もしかしたら友人である私が衣玖に取られるのを嫌がっているとか?う~む、わからん。

 

 

 考えていたら今度は萃香の方から手を握ってきた。

 小さくて暖かく柔らかい手だった。鬼と言っても女の子なんだし、かわいらしい手をなでなでしてあげたかった。頭も撫でてあげたいけど、子供扱いするなって怒られそうだけどね。 

 

 

 「天子、私がお前のために持って来た酒があるんだ。存分に味わってくれ!」

 

 

 なに!?萃香が私に酒を提供してくれると!アルコール度高そうだけど私大丈夫かしらね……?

 

 

 それで引っ張られてやってきたのは魔理沙の元だった。天子は嫌な予感がした。

 

 

 さっき魔理沙が割った瓶ってまさか酒が入っている酒瓶のことよね。あれ?それじゃ萃香の用意した酒と言うのは……

 

 

 「あ、悪い萃香。さっきのはずみで酒瓶割れてしまったぜ」

 

 「……」

 

 

 無表情で魔理沙を見つめる。魔理沙死んだわこれ。この世にゲームみたいに残機があればいいけど、ないから私はこう言える…… 

 

 

 「……へへ」

 

 「……だぜぇ」

 

 

 魔理沙は助けを求めるが当然ながら誰も応じなかった。

 

 

 「魔理沙よぉ……私が天子のために持って来た酒を……どうしてくれるんだ」

 

 

 魔理沙の周りにいた者達が一瞬で離れて行った。

 

 

 「魔理沙……歯を食いしばれよー!!」

 

 「許してくれー!!」

 

 

 私はこう言える……魔理沙よご愁傷様です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育座りの萃香が落ち込んでいた。よっぽど私にさっきの酒を飲んでもらいたかったらしいね。魔理沙は簀巻きにされてそこの辺りに転がっている。こればかりは私はどうしようもないね。それにしてもどうしようか、萃香の元気のない姿は見たことないな。いつもお酒を飲んで酔っ払っている子に見えないわよ。元気出そうよ萃香!元気があればなんでもできるって偉大な方も言っていたんだから。

 

 

 天子はどう元気を出してもらうか悩んでいたら、自分が持って来た荷物の中身を思い出した。

 

 

 そうだ!これがあるじゃない!

 

 

 「……ほら、萃香」

 

 「へっ?」

 

 

 萃香の口に合うかわからないけど、天界の選りすぐりの酒を持って来ていた。開いてもらうだけじゃ申し訳なかったので、私もちゃんと今日という日のために準備してきたんだからね。

 

 

 「天界には酒がいっぱいあるんだ。萃香にも飲んでほしいと思ったので持って来た。萃香が準備してくれた酒が飲めなかったのは残念だが、これで我慢してくれないかな?口に合うかわからないが……」

 

 

 そう言ったら萃香の顔に笑顔が戻った。

 

 

 「へ、へん!天子に誘われたんじゃ仕方ない、いいぞ。天界の酒とやらを飲んでやるぞ」

 

 「そうこなくてはな。酌してあげるよ」

 

 「私もするぞ。天子ばかり良いところ見せられないからな!」

 

 

 よかった。萃香が元気になってくれて、私も元気が出てきたよ。皆もさっきから待ってくれているし、霊夢と魔理沙とも一緒に楽しみたい。今日は宴会なんだ。皆で楽しまないと面白くないよね!

 

 

 「さぁ、今日は楽しむぞ!萃香!」

 

 「おおー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふむ、ここでもないか……早くご主人達のためにも、あの者の復活に必要な【飛倉の破片】を見つけないといけないのに……」

 

 

 とある場所に一匹の妖怪がL字型のダウジングロッドを手に呟いていた。

 

 

 「ご主人には困ったものだ。それに宝塔もなくすなんて……あれがないと封印が解けないのにな」

 

 

 その妖怪は空に浮かぶ船を見つめていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時刻の別の場所で……

 

 

 「あらあら、大きな船が空に浮かんでいることですわ」

 

 「そ~なの~か?」

 

 

 空を見上げている二つの影……

 

 

 「芳香ちゃ~ん、そろそろ霊達が集まりだしたから戻りましょうか」

 

 「わかった~のだ」

 

 

 雑多な霊がフワフワとどこかに向かっていた。

 

 

 「楽しくなりそうですわ~♪」

 

 

 その影の主はとても面白そうにしていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷に二つの異変が動き出す……!

 

 



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星蓮船&神霊廟
13話 二つの異変


新たな異変の幕開けでございます。



本編どうぞ!




 「紫様、藍様大変です!」

 

 

 八雲紫が住む屋敷に一人の女の子がやってきた。

 

 

 【

 緑色の帽子を被り、茶髪のショートヘアー、リボンが付いた赤と白の長袖のワンピース服、ピアスの付いた黒い猫耳に猫又が生えている。彼女は八雲藍の式であり、橙は人里離れた山奥の廃村に猫を集めており、藍にも可愛がられているようであるが、基本的に別居している。

 

 

 橙は慌ててやってきたらしく、息が上がっていたが、それよりも藍に伝えることがあるらしく急いで来たのだ。

 そんな橙を出迎えたのは藍ではなく紫だった。

 

 

 「橙、そんなに急いでどうしたのかしら」

 

 「紫様!藍様は?」

 

 「藍なら今、異変の調査を任せているわ」

 

 

 その言葉を聞いて橙は驚く。

 

 

 「紫様は既にご存じだったのですか!?」

 

 「ええ、例の空に浮かぶ船の事でしょ?」

 

 

 紫は当然知っていた。数日前から空に浮かぶ大きな船のことを……雲に隠れて潜伏していることから誰かが存在を隠しているものだと思われる。紫はそのことで藍を調査に向かわせていた。だが、今回はそれだけではなかった。

 

 

 「それもなんですけど……あの、霊が発生していることも関連しているのでしょうか?」

 

 「霊……ですって……?」

 

 

 橙の口から出たのは紫の知らないことだった。霊が発生しているなど紫は承知していない。一瞬地底の怨霊がまた現れたのかと思ったがそうではないらしい。スキマを開けてしばらくスキマの中を観察していると察したようにスキマを閉じ、橙に言った。

 

 

 「橙、情報ありがとう。橙のおかげで私が知りえなかったことを知れたわ。お利口さんね」

 

 「い、いえ!私は紫様と藍様のためにと思ったので当然のことをしたまでで……」

 

 「素直に感謝されるといいわ。遠慮することないわよ。まずは上がって」

 

 「は、はい!」

 

 

 緊張する橙を屋敷に上がらせると紫はスキマを開いた。

 

 

 「藍、すぐに戻って来て頂戴」

 

 

 ------------------

 

 

 「天子~!じゃんじゃん飲めよ~♪」

 

 「いい飲みっぷりじゃないか、気に入ったよ」

 

 

 もう勘弁してください。萃香に止まることなく酌されて、神奈子さんにも酌されて飲まないなんてできないから口に酒を運べばまたおちょこの中に入れられる……このままじゃ私の腹が酒の貯蔵庫になってしまうわよ……何とか回避しないと!

 

 

 「萃香、神奈子さんも飲むがいい。私が酌しよう」

 

 「おお、そうだった。ついつい注いじゃったよ」

 

 「なら、頼んだ。神様に酌できることを光栄に思うといいぞ」

 

 

 萃香と神奈子は注いでくれとおちょこを差し出してきた。

 

 

 危なかった!もしずっと酌されていたら貯蔵庫を通り越してキラキラ流星群が私の口から発射されるところだったわよ。それにしても、他の皆も楽しそうだな。

 

 

 天子は周りを見ると沈黙状態だった宴会場は再び大盛り上がりしていた。

 

 

 「よぅし!わたしが慧音のものまねをしぃましゅぅ!」

 

 「妹紅やめろ!やめてくれ!」

 

 「シャッターチャンスですね!」

 

 「文屋取るな!だから妹紅は私のマネなんかするなー!」

 

 「あぐぅえ!」

 

 

 妹紅が慧音の頭突きを食らい伸びている光景をカメラに収める文の姿、料理を黙々と食べている霊夢と幽々子の姿、相変わらず簀巻きにされている魔理沙などの姿が見える中、天子の目に留まったのは……

 

 

 「「……」」

 

 

 衣玖に妖夢はなんでそんな目で私を見ているの?なんで睨んでいるの……どうしたの!?衣玖さっきからおかしいよ?それに妖夢がそんな目するなんて……私が男だから萃香と神奈子に酔ったふりして抱き着こうかとかそんなの思ってないよ?だって私中身女の子ですから安心してよ。そんな女の子の気持ちを考えない獣じゃないからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい宴会は時間が過ぎていき、酒に酔いしれる者、興に酔う者がいる中でそれは起こった。

 

 

 「……」

 

 「どうしたんですか霊夢さん?」

 

 

 霊夢は持ち帰るために料理を詰め込んでいた手がピタリと止まった。その様子を見て早苗が問う。

 

 

 「……紫、何の用?」

 

 「えっ?」

 

 

 霊夢の言葉に答えるようにスキマが守矢神社の宴会場に現れた。

 

 

 「霊夢……異変よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫さん!?それに藍と橙もいる。異変と言うことは……【地霊殿】の次だから【星蓮船】だね。それなら早苗の出番だな。霊夢と魔理沙と早苗の三人が異変解決に乗り出すはずだったしね。遂に【星蓮船】か……この前までは地底だったのに、今度は空なのね。早いなぁ、私が地上に下りたってそんなに日付が経っていないのにもう異変か。こんなに早かったっけ?

 

 

 「紫、また異変なの?この前地底に行って来たばかりなんだけど?」

 

 

 霊夢もそう思う?一か月も経っていないから霊夢の顔がめんどくさそうって顔してるからまるわかりだ。博麗の巫女って中々ハードなお仕事だったんだ……霊夢だって文句言いたいよね。

 

 

 「ええ、異変よ。空に浮かぶ宝船なんだけれど……」

 

 「宝船!?」

 

 

 紫の言葉に即座に反応する霊夢の瞳に映っているのは『円』という文字が映っている気がした。

 

 

 紫さんがそれ言っちゃう?霊夢飛びついちゃったけど……まぁ、霊夢が解決しにいかないとストーリー的に駄目だからいいけれど。

 

 

 「霊夢は()()()に行ってくれるのね?」

 

 

 霊夢と天子は紫の物言いに違和感を感じた。

 

 

 「()()()とはどういうことよ?」

 

 

 霊夢も気がついたのね。やっぱり博麗の巫女って凄いわ。いえ、霊夢が凄い子なんだわきっとそうよね。主人公だもの……それよりも紫さん()()()ってどっちのこと?話が唐突過ぎてわけわかめなんですけど私……?

 

 

 紫は語った。現在、空と地上で起きている出来事を……

 

 

 ●空に浮かぶ大きな船は何かを探すかのように雲の間を回遊しているらしいこと。

 

 

 ●地上で現れては消え消えては現れる不思議な霊がどこかに向かっているということ。

 

 

 この二点が現在起きていた。どこからどう見ても異変である。ここに居る者達はこの二つが関連性があるのか頭を悩ませている時に一人だけは内心驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ええ!?【星蓮船】だよね?空に浮かぶ船の異変は……だとすると霊がどこかに向かっているというのはおそらく【神霊廟】のことだ。あれれ!?【非想天則】は?【ダブルスポイラー】は?【妖精大戦争】は?何すっ飛ばしているの?それに皆は知らないだろうけど、二つの異変が同時に起きたら自機どうするの?原作崩壊しているじゃない……って私が男の時点で既に崩壊していたわ。私が男になってから原作崩壊し始めていたのは薄々感じていたけど、これは確信に変わったわ。私のせいじゃんこれ……

 

 

 東方をやり込んだ天子は知っていた。この二つの出来事は本来なら別々に起きる異変である。しかし、それが同時に起きていること自体異変なのだ。だが、そんなことは天子以外の者は誰も知らない。本当ならば【星蓮船】と【神霊廟】の間で起きる異変もスルーしていることに天子は焦っていた。

 

 

 別に幻想郷を侵略しようとする者の異変じゃないからいいんだけど、このまま放っておくのは何かと支障が出てきそう。放っておいたら後々の異変が発生して幻想郷大混乱とかなったらもう私泣いちゃうもん。元天子ちゃんが登場する作品事々にスルーされちゃっている……悲しいです……私の存在がこの幻想郷に大きく影響していること間違いないし、自機組の霊夢と魔理沙の負担が大きいだろう。この前も地底に行ってきたばかりだし、若いから問題ないと思うけどここは……!

 

 

 「紫、少しいいか」

 

 「……比那名居天子……」

 

 

 天子は今回の出来事を紫に伝えた。伝えられた紫はやっぱりと言った表情で事を重く見ていたようだった。

 

 

 「二つの異変が同時に……霊夢いけるかしら?」

 

 「無茶言わないでよ!私は一人、それに霊の方はどうでもいいわよ。今はそれよりも早く宝船に行って金目の物をあさらないといけないんだから!」

 

 

 霊夢は頑固として空に浮かぶ宝船だと思い込んでいる方へ行きたいみたいだ。魔理沙と早苗はどうかな?

 

 

 「私もそっちに興味あるぜ!宝船ならお宝があるに決まっているからな!」

 

 「私も同感です。きっとあの船にはジェノサイド砲が積まれているに違いないです!それで地上の者達を焼き払おうとしているのですよ!これは幻想郷最大の危機!!」

 

 

 魔理沙は宝物に興味あり、早苗は早苗で安定していた。なるほど、必然的に【星蓮船】の方には本来の自機らが集まったことはいい。けれど、こっちが問題だ。霊夢達が異変解決している最中こっちが放っておかれるわけだ。今から行っても絶対今日中には間に合わないし、どうしたものかね……?

 

 

 「紫ちょっといい?」

 

 「幽々子なにかしら?」

 

 

 幽々子が紫の元へやってきた。

 

 

 「天子さんに協力してもらったらどうかしら?空は霊夢ちゃん達に任せ、地上は天子さんに任せるのは?」

 

 

 なるほど私が……およ?幽々子さん今何と言ったの?【神霊廟】の方を任せるって……ええ!?私が異変解決するんですか!?私全く原作に登場しないんですけど……?

 

 

 しかし、その後、天子の思いとは裏腹に何故か話がとんとん拍子に進んでいきその結果……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妖夢、天子さんに負けないように頑張ってきなさい」

 

 「はい、幽々子様」

 

 

 妖夢はわかるよ。本来の異変でも妖夢は自機として参加するしね。でも……

 

 

 「萃香、暴れるのはそこそこにしないといけないわよ?」

 

 「わかっているよ紫。折角の宴会を台無しにした連中には痛い目を見てもらわないとね」

 

 

 萃香が異変解決同行することとなった。そして……

 

 

 「天子様、私が必ずお守り致します」

 

 

 衣玖も同行することに……どうしてこうなった?

 

 

 ------------------

 

 

 「天子さんに協力してもらったらどうかしら?空は霊夢ちゃん達に任せ、地上は天子さんに任せるのは?」

 

 

 始まりは彼女、西行寺幽々子と名乗る白玉楼に住まう亡霊が言った一言だった。

 

 

 天子様を異変解決に向かわせる?異変解決は博麗の巫女の役割のはずですよ。天子様の偉大なる知識と知性で導き出された結果、今二つの異変が幻想郷で起こっている。確かに博麗の巫女は一人ですし、有能で立派な天子様にご助力申し出るのはわかりますけど、相手は未知数です。もし、スペルカードルールに乗っ取らない戦いが起こってしまい、天子様にもしものことがあれば……!

 

 

 衣玖はもう天子が子供でないことはわかっていた。わかっていたが、どうしても納得できなかった。そう、どうしても納得できないことが……

 

 

 萃香が天子と一緒に異変解決しに行くと言ったから。

 衣玖は萃香からいい印象を持たれなかった。妖怪同士の相性もあるし、価値観の違いもあるのはわかるが衣玖は納得できていない。天子の友人となった萃香のことは、天子本人から聞かされていた。そういう鬼だということも知っている……が、衣玖は萃香が天子に向ける目が友人としての目でないことに気がついていた。

 

 

 この鬼、天子様のことが……!

 

 

 衣玖の体に電流が走る。無意識に拳に力が入る。

 

 

 嫉妬……衣玖は萃香に嫉妬していた。先ほどから天子にべったりくっついている萃香に向ける視線が知らぬ間に鋭さを宿していることだった。

 しかも、それだけではなかったのだ。

 

 

 亡霊の従者である天子の弟子となった魂魄妖夢の存在も衣玖に嫉妬させる原因となっていた。

 妖夢が纏う空気が萃香と同じものであることに衣玖には感じ取れていた。

 

 

 あの剣士は鬼と同じく天子様を……自分では気づいていないとはいえ、天子様に向ける視線に苛立ちを感じてしまいます。しかし、お二人は天子様の友人であり、弟子である。そんな二人に私が嫉妬してどうするんですか!落ち着くのよ私……私は天子様のお傍に毎日居られるし、天子様のお仕事の手伝いもしています。子供の頃から天子様を知っているのは私だけです。なので、有利なのは私のはずです!一番お傍にいるのは私ですし、天子様がそちらになびくことなど……

 そういえば最近天子様が地上に出ることが多い。私が許可したとはいえ、回数が多いような気がする。それに、宴会を楽しみにしておられたご様子ですし、昨日は弟子に稽古を付けに行くと言って地上に下りて行きました。今回の宴会に私と一緒に行きたいと言ってくれましたが、天子様が私に構ってもらうことが以前よりも少なくなっている気がしてきました……

 

 

 こ、これはまずいです!!このままでは私はただの仕事を手伝ってくれる便利な女として、天子様に思われてしまうかもしれません!天子様もきっと天界の生活は退屈だったのかもしれません!地上に楽しみができて、それで地上に頻繁に向かうようになったのかも……それに、天子様は優しい方なので二人を蔑ろにすることはないと思いますので、もしも二人からの好意が実ってしまったら……!

 

 

 衣玖は想像してしまった。天子からはただの仕事を手伝ってくれる便利な女と思われ、天子の家に行けば出迎えるのは鬼と半霊半人に、腕に抱かれた赤ん坊の姿を……そこに自分の姿がどこにもないという未来を想像してしまう。いつもの衣玖なら正常な判断ができただろうが、嫉妬というものに駆られた思いは歯止めが効かない。衣玖は今、自分が不要な存在ではないかと焦りを感じていた。

 

 

 それは……嫌です!

 

 

 「天子さん、妖夢を連れて行ってくれないかしら?きっと役に立つわよ」

 

 「あ、ああ……そもそも男である私が異変解決して良いのか……『待ってください!』……衣玖どうした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私も天子様に同行致します」

 

 

 ------------------

 

 

 「比那名居天子さんでしたよね?」

 

 「天子でいい。霊夢」

 

 

 料理を堪能し、持ち帰り用の箱に料理を詰め終わった霊夢が天子の元へとやってきた。そこにいたのは、先ほどまで料理をあさっていた霊夢ではなく、妖怪退治をし、数々の異変を解決してきたエキスパートの博麗の巫女である博麗霊夢であった。

 

 

 「そう……あなたに任せていいのよね?」

 

 「ああ、成り行きこうなってしまったが、妖夢は私の弟子でもあるからな。それに……」

 

 「それに……?」

 

 

 「それに私のせいでもある」っと言いかけたがやめた。また話がややこしくなりそうだもん。ゲームで展開知ってますって言えないしね。それに、私の存在のせいで異変が同時に起きてしまうバグが発生したんだからどうにかしないと……

 

 

 「お前が噂の天人だな。私達のことは心配するなよ。それに天子なら問題なく解決しそうな気がするぜ!」

 

 

 魔理沙元気だね。さっきまで簀巻きにされていたのに……元気なことはいいことだ。それに私を全く警戒してこない。気軽に話せる存在で安心したわよ。

 

 

 「天子さん!幻想郷の危機は私が救ってみせます!ジェノサイド砲など木っ端みじんに壊してみせましょう!幻想郷を焼け野原にはさせませんから!」

 

 

 早苗はもう心配もなにもない。いつも通りです。でも、後ろで悲しい目をしている神奈子さんと諏訪子さんの表情がとても心に響く……元気なのはいいことなんだけどね。神奈子さん、諏訪子さん、頑張ってください。

 

 

 霊夢達は空に浮かぶ船を目指して飛んで行き、天子達は慧音や紫に幽々子らに見送られながら目的の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は知っている。これから何が起きるのか、誰がこの異変を起こしているのか、転生した私にとっては今回の異変など容易いものだと思っていた。本来の自機である妖夢を全力でサポートする方向に徹底しようとしていた。私のせいでこの時期に異変が起きたのだろうが、それでも妖夢に活躍の場所を与えてあげたい。妖夢はもっと強く、経験を積んで成長したいと思っていた。なら、私はそれをサポートする役に回るだけだ。萃香と衣玖にもお願いして前線にはなるべく立たないようにしようと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が私の前に現れるまでは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うふふ♪何者かがこちらに向かって来ているようですよ」

 

 「せ~い~が?そ~な~のか?」

 

 

 ()()()と呼ばれた者が誰かに語り掛けている。暗い部屋の中で隣にいる腕の前に伸ばした娘とは別の人物に……

 

 

 「撃退しますか……?」

 

 「なら我にお任せを!」

 

 

 薄暗くて顔がわからないが、空中にフワフワと浮いている足がない娘と元気いっぱいを体現したような小童がいた。その者達4人が見つめる先には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 何も言わずに立ち上がった影は扉の入り口まで歩いていき……扉を開け放った。

 

 

 「……私の目指す野望のため……誰も私の邪魔などさせませんよ……!」

 

 

 強い決意を宿したその者はこう呼ばれていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖徳王と……

 

 



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14話 語られなかった伝説

残酷な描写、過去改変など不快に思うことあるかもしれません。ご注意ください!


それでも構わないと了承してくれた方は……


本編どうぞ!




 「こっちです天子さん」

 

 「すまない橙」

 

 

 私達は今、橙を先頭にとある場所に向かっていた。今回の異変解決にあたって、異変解決専門の霊夢がこちら側につかなかったために、紫さんが橙をサポート役として付けてくれた。本来ならばあり得ない展開なのだが、私が男になっているから原作崩壊しているのは当然のことだ。だからもう気にしちゃダメ。それより私が気になっているのは……

 

 

 「「「……」」」

 

 

 私の後ろで沈黙状態の衣玖に萃香に妖夢の三人が気がかりだ。衣玖は先ほどから萃香と妖夢に警戒している模様だし、萃香は折角の宴会途中に異変を起こした連中に苛立っているのか笑っているが、目が笑っていない。妖夢に関しては真面目に異変を解決しようと意気込んでいるようだ。

 

 

 妖夢以外は完全なるイレギュラーで霊夢達はいない。この状況が一体どういう結果を生み出すのか……それは私にはわからない。これもこの世界のでの幻想郷の歴史として刻みこまれるのであろう。ならば、私は自分のできることをするまでだ。

 

 

 橙に連れられて天子達が向かっている最中に所々で霊達と遭遇した。地底から湧き出た怨霊とは違い、その霊達はどこかに向かっていた。天子達が向かう方角と同じ方へ向かって飛んでいく姿を目にする。

 

 

 しばらく歩いていると、霊達が一か所に集まっている場所を発見する。そこは洞窟の入り口だったが、その洞窟の中が変わっていた。紫のスキマのようではないが、洞窟の入り口が輝いており、亜空間の入り口だと言えばわかるだろうか。そこに霊達が入って行っていた。その入り口はどこかと繋がっており、霊達はそこへ向かっていることが窺える。

 

 

 「橙、あれは別の場所に通じる入り口のようだ」

 

 「はい、紫様も既に発見しており、幻想郷の空間の隙間に繋がっていることが調べてわかっています」

 

 

 紫さん流石ですね。予想外の事態にもう対応しているなんて……この洞窟の入り口の先がおそらく仙界の道場「神霊廟」に通じているのだろうね。あの聖人がいる場所……時期が時期だけに、道中何事もなくラスボスの本拠地まで来てしまった。こればかりはどうしようもないね。山彦や唐傘妖怪の二人は出てこなかったから。

 

 

 「衣玖、萃香、妖夢、準備はできているか?」

 

 「天子様が行くとこなら私はどこまでもお供致します」

 

 「できているさ。天子との楽しみを邪魔されたんだから少しぐらい痛い目に合わせてもいいよね?」

 

 「この魂魄妖夢、天子さんの弟子であることに恥じない働きをしてみせます!」

 

 

 全員意気込みよし。衣玖は私のことを心配してくれているし、萃香は怒っているようだ。でも、ほどほどにしてあげてよね?妖夢は今回の主役でもあるんだから頑張って頂戴な。

 さてと、私も準備OKだし突入しますかね。

 

 

 「橙も行こうか」

 

 「はい!」

 

 

 天子達は洞窟の入り口に近づいて光の中に吸い込まれていった。

 

 

 ------------------

 

 

 「……幽々子どういうつもりよ?」

 

 「なにがかしら?」

 

 

 紫は幽々子に問う。

 

 

 「比那名居天子を異変解決に向かわせるように私を説得したじゃない。本来ならば霊夢の役目なのに……」

 

 「紫もわかっているんでしょ?あの子は自由で彼女の代わりになる者はいない。今回は別々の異変が同時に起きる変わった事態よ。霊夢ちゃんは優秀だけど、一人しかいないのだからね」

 

 

 紫はわかっていた。博麗の巫女は一人しかいないし、今まで大きな異変が同時に起こることなんてなかった。それ故にどうしようか悩んでいたところに幽々子が介入して天子を筆頭に異変解決チームが組まれた。

 

 

 「なんだい?何か問題でもあるのかい?」

 

 「別にそんなんじゃないんだけど……」

 

 「ならいいじゃないか?あの男はいい男だ。神である私が信頼したんだから何も問題はない」

 

 「そうだよ。私と神奈子が信頼しているんだから何も心配いらないよ?」

 

 

 その自信はどこから来るのだと紫は思った。地底の異変も神奈子の責任もあったのだし、外の技術を持ち込んで河童達に提供するわいろんなことを既に仕出かしていた。諏訪子も諏訪子で妖怪の山の天狗達を祟ってやるとか脅したことがあった。紫は内心でため息をついていた。

 

 

 「あやや、それにしても異変が同時に起きるとは……これは特ダネですね!」

 

 「文屋お前はいつも非常時でも安定しているな」

 

 「慧音さん、非常時だからこそ特ダネが輝くのですよ?」

 

 「知らん」

 

 

 文は特ダネを見つけたと喜び、慧音は膝の上で呑気にいびきをかきながら寝ている妹紅の世話をしていた。

 

 

 「紫様、橙からの連絡です。これより霊が集まっている場所へ向かうそうです」

 

 「そう……橙に伝えて頂戴。比那名居天子の動向に目を光らせるようにと……」

 

 「御意」

 

 

 紫は一つの可能性を考えていた。

 

 

 「(比那名居天子……あなたの存在がもし今回の異変が同時に起きたことに関わっているとしたら……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(これから先、あなたは幻想郷に何をもたらすの……?)」

 

 

 ------------------

 

 

 天子達が現れた場所は巨大な建物の中心だった。周りには先ほどの霊達が至る所に存在しており、そこら中でフワフワと浮かんでいた。ここは幻想郷の隙間に作られた異次元世界のはずなのに周りの景色は幻想郷と変わらない。空も青く、雲が存在していた。この世界を作った創造主の力が余程凄いことが窺える。

 

 

 「本当にここが異次元世界なのですか……」

 

 「はにゃにゃ……!」

 

 

 妖夢と橙はあまりにも見事な創りに驚きを隠せていない様子だった。衣玖も不思議そうにあたりを見回していた。萃香は興味なさげに周りの霊達を手に取って捏ねて遊んでいた。

 

 

 そんな空間に何者かの声が響いた。

 

 

 「これはこれは……ようこそ……そちらからおいでくださいましたね」

 

 「お前は……豊聡耳神子……」

 

 

 【豊聡耳神子

 獣耳のような尖った金髪に、「和」の文字が入ったヘッドホンのような耳当ては、能力による聞こえすぎのリミッターを制御する役割を担っている。紫色スカートに、ノースリーブの肩出しの服装をしている。腰には柄に太陽を象った剣を携えている。

 

 

 天子は見た。ゲームと変わらない容姿をした神子を……しかし、違っていた。

 

 

 「私を知っているとは……嬉しいですね。人間……いえ、天の人間……天人といったところですか。しかし、天人が私の前に現れるとは……それに妖怪も……半分だけの人間もいるようですね」

 

 

 その神子の目は鋭く、敵意をむき出しにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……豊聡耳神子だけれど、鋭く睨んでくる。何故こんなに睨まれているの?特に私……彼女から向けられる視線が敵意MAXなんですけど……?異変解決しに来たから一応敵として見られていてもおかしくないのだけれど、なんか怖いです……なんかこう、憎しみが込められているような気がしてならないのですけど?

 

 

 そう思っていたら、神子と同じく屋敷から何者かが現れた。

 

 

 「太子様、この者達が我々の邪魔をする者達でございますか?」

 

 「なら我に任せてくれれば簡単にやっつけてくれようぞ!」

 

 

 【蘇我屠自古

 非常に薄い緑色をしたウェーブのかかったボブの髪、頭には紐が付いた黒い鳥帽子のようなものを被る。緑色のロングスカートのワンピースを着ている。人間の脚が無く、幽霊のような足が2本ある。尸解仙の豊聡耳神子に仕える人物であり、彼女の門人でもある。屠自古と同じ立場の人物にもう一人いる。それが神子の隣に控えていた。

 

 

 【物部布都

 銀色の髪をポニーテールに纏め、頭には烏帽子、白装束を纏い、紺のスカートを履いている。豊聡耳神子の同志兼部下であり、仏教と神道の宗教戦争を裏で糸引いた人物である。神子には大きな信頼と忠誠を寄せている。

 

 

 どうして神子はこんな感じなの?ずっと私の方を見ているけど、目を合わせていると敵意を通り越して殺意が伝わってきている気がする。命の危険性を神子から感じ取れた。

 

 

 本来の彼女は聖人に相応しく物腰丁寧で礼儀正しく責任感も強い神子なのだが、私が今見ている神子にはそういったものは感じられない。笑みはなく、鋭い眼光が天子達を射抜く。

 

 

 それでも幻想郷の賢者の代理としてここにいる橙は視線に屈することなく前に出る。

 

 

 「私は橙と申す者です。幻想郷の賢者、八雲紫様の代理で問います。あなた達の目的はなんなのでしょうか!」

 

 

 橙が神子に問う。霊達を集めて何かを企んでいるとみているのだろう。神子が橙と視線を交わすとゆっくりと口を開いた。

 

 

 「目的ですか……私の目的は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……悪を滅ぼすことです」

 

 

 ------------------

 

 

 これは昔々のお話

 

 

 ある馬小屋で生まれた赤ん坊は、幼い頃から役人の訴えを全て聞き理解し、的確な指示を出すことが出来た。その子供は天才的な理解力と指導力を持ってこの世に君臨した。 周りはこの子供を聖人として持て(はや)されるようになっていった。その子供は次第に成長し、誰からも疑いようのない天才に育った。しかし、その者にも不満はあった。

 死んでいく人間の運命に不満を持っていた。例えどれだけの天才でも非凡な才しか持ち合わせない者でも「死」は平等に与えられるものであった。それ故に思った……「いくら頑張っても聖人だと言われていたとしても最終的には死んで全ての時間が無に帰す」……

 その者は「死」をどうにかできないかと思った。そんな時に評判を聞きつけた仙人から道教を伝えられ、信奉するようになる。しかし、道教では誰でも修行すれば仙人になれるため、政治には向かないと相談したところ、仙人は表では仏教を普及させ、裏では権力者のみが道教を信仰すればいいという策を練る。その案を採用し、自らは道教の研究を進め超人的な力を手に入れた。不老不死の研究も行い、その過程で錬丹術にも手を出した。

 

 

 だが、その者は優しかった。次第に自分達だけが命を永らえることに罪悪感を感じた。独り占めは良くないことだと自分の弟子たちにも教えることにした。それが本来の歴史を狂わせることとなることも知らずに……

 

 

 その者は女であった。彼女は惹かれて集まった者達は多かった。悪しき妖怪達を討伐し、妖怪から人間を守る彼女は誰よりも有能で指導者として相応しかった。誰も疑いようがないほどに……それ故に彼女は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恨まれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間という者は自分より上の者には媚びへつらい、優秀な者には陰口を叩き、尊敬されている者を嫌う……人間とは罪深い生き物であり、自分より優れた者に嫉妬する。おかしなことではない、人間なら当然なことだ。自然のように人間の本能だと言えばそれで終わりだ。だが、彼女にとっては最悪の始まりだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「太子様……」

 

 「おや?あなたは……」

 

 「太子様の元で修行している者です」

 

 

 太子と呼ばれる者の傍で膝をついて頭を下げる若者がいた。

 

 

 「そうでしたね。それで私に何か御用ですか?」

 

 「は、太子様に拝見してもらいたい書状がございます」

 

 「そうですか。拝見いたしましょう」

 

 「いえ、実は今手元にはなく、書庫にまで訪れてほしいのです」

 

 「書庫までですか?書庫までは遠いですよ。今の時間なら夜になってしまいます。明日でもダメですか?」

 

 「はい、今すぐに見てほしいとのことだったので……」

 

 

 縁側から覗く空には夕日がさしていた。ここから書庫までは結構な距離がある。それ故についたとしても夜中になってしまうことを危惧していた。それでも若者は頑なに譲ろうとしなかった。しかし、彼女は優しかったので、若者の言う通りに書庫へ向けて歩き出した。

 

 

 彼女が歩いていく様子を見送る若者の口がほくそ笑んでいたことを気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は書庫に到着したが、辺りは真っ暗になっていた。案の定、夜中になっていた。手元にある蝋燭の灯のみが頼りである。しかし、彼女はよくここへやってきていたので入り口をすぐに見つけることができた。そして彼女は扉に手をかけて中に入ろうと扉を開け放った。

 

 

 「きゃ!」

 

 

 彼女は何かに突き飛ばされて転んだ。蝋燭が宙に投げ出され、地面に落ちた。書庫なので紙類に引火するかと思ったが、誰かが蝋燭の火を踏み消した。彼女が顔を上げて見たものは……!

 

 

 「あ、あなた達は!?」

 

 

 中では薄暗い明かりが灯されており、その明かりから照らされた顔は彼女がよく知っている者達……太子の弟子達が書庫の中に集まっていた。そして、自分は先ほど誰かに突き飛ばされた。彼女は扉の方へと視線を向けるとそこに居たのは先ほど自分に書庫へ行くようにと伝えに来た若者だった。

 

 

 「あ、あなたはさっきの……何をしているのです!」

 

 

 彼女は聞きたかった。何故こんなことをするのか、何故ここに呼び出したのかを……

 

 

 「何をしているかだって?俺たちはお前のことが憎かったんだ!」

 

 「な、なにを言っているの……!?」

 

 

 彼女にはわからなかった。聖人と呼ばれた彼女でもこれだけは何のことか理解できなかった。

 

 

 「てめぇは自分が誰よりも優秀だと見せびらかしたかったんだろ!自分は誰よりも優れている、俺たちとは全然違う次元の存在だと自慢したかったんだろ!!」

 

 「ち、ちがう!そんなことを私は自慢したいんじゃない!自慢したいなんてこれっぽっちも思っていない!」

 

 「じゃ、俺たちに教えたのはなんだ!不老不死の研究を伝えて、自分は命すら自由自在にできますよって言いたいのか!」

 

 「違う!私はただ、()()()()()だからお前たちにもと……」

 

 「()()()()()だと……やっぱり見下しているんじゃねぇか!!」

 

 

 若者の手が彼女の頬を叩いた。叩かれた頬に手を当てて、彼女の表情は信じられないといった驚愕した顔になっていた。

 

 

 「なんだよその目は!俺たちがお前を慕って弟子になったと思っているのか?そんな訳ねぇだろ!俺たちはお前の弟子だと名乗れば都合がよかったんだよ。太子の名を出すだけで、金を差し出す奴もいたしな」

 

 「なっ!?」

 

 「あん?知らなかったのか?いいだろう教えてやるよ。間抜けな太子様に……!」

 

 

 若者は語った。太子の弟子というだけで、店には優遇され、太子に取り入ろうと媚びへつらうもの、太子の名を出せば奉納としてお金を差し出す者が居たりした。それに味を占めた弟子達が陰で太子の名を使い悪行を重ねていたことを……

 

 

 「そ、そんな……!」

 

 

 彼女が知らないところで自分の名を利用されていたことを知った。衝撃はそれだけではなかった。自分の信頼していた弟子たちが陰で悪行を重ねていたこと、それを知らずに民たちが騙されていたことに……彼女は大いに痛みを感じた。心が針で刺されるような痛みが彼女を襲うだけではない、心の中で何かが煮えたぎるような思いが生まれ始めていた。

 

 

 彼女は今までこんな感情を抱いたことはなかった。それ故に言葉では知っていても、今まで感じたことのない痛みに苦しんでいた。それは言葉に表すならば……憎しみだろうか。

 彼女は一度たりとも誰かにそんな感情を向けることはなかった。彼女は優しく、悪を許さなかった。人間を襲い食らう妖怪こそ悪だと思っていた。しかし、彼女の目の前には恐ろしい存在がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()が……

 

 

 「俺はお前が憎い!いい暮らしをするお前が!」

 

 「俺もお前が憎いぞ!偉そうにしやがって!少し頭がいいからって調子に乗ってんじゃねぇ!」

 

 「妖怪退治しているのは俺たちだろ!お前は後ろで指揮して楽しているだけだろうが!」

 

 

 理不尽な理由だった。人間が抱く嫉妬が生み出した感情が彼女を責める。男達に囲まれて罵倒を浴びせられる彼女はそれでも耐えていた。人間が誰かを悪く言うことなど知っていたから、彼女は幼い頃から優れていたからそんな人間の(ことわり)を理解しているつもりだったから……だから我慢すれば後は時間が解決してくれるだろうと……そう願っていた。

 

 

 「聞いてんのかこらぁ!」

 

 「がはぁ!」

 

 

 弟子である一人の男が彼女の腹を蹴った。反動で彼女の体は浮き上がるが、すぐに地面に落ちる。彼女の口から胃液こぼれ落ち痛みに耐えきれずに声を漏らす。

 

 

 「うぅ、ぐぅぅ……!」

 

 

 痛みに耐えられずに目にも涙が浮かぶ。だが、彼女にとっては体の痛みよりも心の痛みの方が大きかった。自分が信じて育てていた弟子が自分を恨み、陰で太子の名を使っていたことに彼女は涙した。

 

 

 「泣いてやがるぜ!みっともねぇ!あの太子様が俺たちの前で泣いてやがる!」

 

 「ざまぁねぇな!」

 

 「当然の報いだ。人をバカにするからだ」

 

 

 反論したかった。何が当然の報いだ。報いを受けるのはお前たちの方だろ!そう言いたかった。彼女は心の底から叫びたかった。しかし、彼女の優しさが邪魔をした。言葉を飲み込んで、自分が耐えれば終わるのだと決めつけていた。

 しかし、それに気を良くしたのか男達は行為は過激さを増した。

 態度が気に入らない、ムカつく、偉そうに、見下した、理由は単純ないちゃもんだった。だが、男達を暴走させるには十分な理由だ。彼女は男達に殴られたり、蹴られたりした。服から肌が見えるところは他の連中にバレてしまうために服で見えないところだけを集中的に狙った。男達は知っている、少なからず彼女を慕う者はいることに、その者達に復讐されないように陰で彼女をいたぶるつもりだった。

 

 

 「おい、太子様よ。明日も此処に来い。来ないとお前を慕っているあの娘達が痛い目を見るぞ」

 

 「……そ、それだけは……や、やめてくれ……!

 

 

 口から血がにじみ出ても彼女には代えられない二人の大切な存在がいた。そんな存在に手を出させるわけにはいかない。痛みに耐えながらも弱りきった声で男達に懇願するもこう言った。

 

 

 「人に頼む態度ってもんがあるだろ太子様?」

 

 

 彼女の拳に力が入る。力を入れたことで拳から血が流れるが今の彼女は何もできない無力な存在だった。彼女は頭を床につける……

 

 

 「お、おねがいだ……あの二人には……手を……出さないでくれ……!

 

 

 土下座だった。悔しかった……惨めだった……それでも守り通したい人がいた。だから彼女は我慢できた。屈辱に耐えて耐え抜いた。

 

 

 「ばらしたら承知しないぞ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男達は土下座する彼女をあざ笑いながら出て行った。残された彼女の目には留めなく雫がこぼれ落ちていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、太子様おはようございます」

 

 「!?お、おはよう……」

 

 「?太子様なんだか顔色が悪いような……?」

 

 「い、いえ!なんでもないんですよ……」

 

 

 彼女には守りたい存在がいた。自分を慕ってくれる二人の娘の内一人と出くわしてしまった。

 

 

 「そう……ですか?でも、体には注意してくださいね。太子様にもしものことがあったら私は……」

 

 

 不安そうな顔で太子を見つめる娘の顔を直視することはできなかった。だって、彼女は娘に言えないことがあったから……

 

 

 「あ、ああ……大丈夫……大丈夫だから……」

 

 「あっ」

 

 

 彼女は娘から逃げるように立ち去った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「太子様~!おはようでございます!」

 

 「お……おは……おはよう……」

 

 「ムム!どうしたんですか?太子様?元気がないようですが?」

 

 「い、いえ……わ、わたしはこんなに元気ですよ……!」

 

 

 わざと力こぶを作るマネをする。笑顔を作り、なんでもないぞと言っているように……

 

 

 「そうですか~?我には太子様の元気が空元気に見えるのですが……?」

 

 「そ、それはきっと……私が仕事で疲れているからですよ。そう、その通りです。いやー!やっぱり仕事は中々きついですねー!」

 

 「そうでしたか!ならば我が今夜太子様のお手伝いを……!」

 

 

 そう娘が言おうとした時に太子の表情が険しくなり……!

 

 

 「それだけは絶対にいけません!

 

 「た、たいし……さま……?」

 

 

 娘は今まで一度も見たこともない太子の剣幕に唖然としていた。しばしの沈黙の後に太子の方が我に返り慌てて娘から離れる。

 

 

 「と、とにかく私の手伝いをする必要などありません。あなたはゆっくりと休んでいてください」

 

 「……太子様……」

 

 

 振り返ることなくそそくさとその場を離れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から夜が来ることがどれだけ恨むようになったか……毎日の夜に例の書庫へ向かう。そこで男達が待っている。毎日罵倒を浴びせられ、暴力を振るわれ、こき使われた。金も要求された。ばらせば彼女の大切な存在に傷がつくぞと脅されて従うしかなかった。彼女には守りたいものがあったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 民衆の前では平静を装って振舞っていた。しかし、体の痛みに疲労、彼女の精神はボロボロに朽ち果てようとしていた……

 

 

 「……太子様……あの……様子がおかしいようですが……?」

 

 「そうですぞ!太子様は最近変ですぞ!我の目は誤魔化すことはできません!」

 

 

 太子にとって守りたい存在が目の前にいた。もう何もかも捨てて二人に寄り添いたいと思い手を伸ばした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「ばらしたら承知しないぞ……!」』

 

 

 そう頭の中で聞こえた気がした。彼女は理解した。もうどこにも逃げる道など存在しないことを……

 

 

 「「……太子様?」」

 

 「……ありがとう……二人とも……

 

 「「えっ?」」

 

 

 太子はそれだけ娘達に言うと二人に背を向けて街中へと消えて行った……その光景を二人は見送る以外何もできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 その光景を物陰から窺う仙人がいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜も呼び出された。今夜は極上の酒を用意しろと言われて持って来た。それに群がる男達と早くここから離れたいと思っている彼女だけが書庫にいる。男達は彼女に酌させた。早くしろと罵倒されながらも我慢しながら次々に酒を注いでいく。

 

 

 「これうめぇ酒だ。こんなのを毎日飲んでいるとはやっぱり金持ちは違いますね太子様?」

 

 「……」

 

 

 彼女は何も答えない、答えたくなかった。一言でも話すことが彼女にとっては嫌なことになっていたから……

 

 

 「なんだその態度は!」

 

 「あぐぅ!」

 

 

 顔を殴られた。殴られた箇所は赤く腫れあがり、痛みがヒリヒリと伝わってくる。

 

 

 「おいおい、顔はやめてやれよ。もし醜い顔になっちまったら家から出てこれねぇだろ!」

 

 「それもそうだな!がはははは!!」

 

 

 男達の会話がこれほど耳障りだと思ったことはない。彼女の心は壊れかけていた。このままだと彼女はこの男達を手にかけてしまいそうだった。だが、彼女はそれだけはしたくなかった。彼女は優しかったし、それをしてしまえば自分を信頼してくれた者達を裏切ることになる。こいつらとは一緒になりたくなかったから……

 

 

 そんなときに男が一人彼女の体を抱き寄せた。

 

 

 「な、なにをするのです!?」

 

 「へへへ!お前のことは確かに嫌いだが、体はいい体をしているよな。太子様よ、俺たちちょっと最近溜まっていてよ……お前の体で発散させてくれねぇか?」

 

 「……はっ!?」

 

 

 彼女の体から血の気が失せた。気が付いて見渡すと男達は我慢できないのか服を脱いでいた。体が震える……これから自分に起こることが鮮明に脳に浮かび上がった。

 

 

 「まずは俺から堪能して――ぶべぇ!?」

 

 

 彼女は男を蹴り飛ばして扉に向かって走り出した。もう耐えられなかった。例え聖人と呼ばれた彼女でも所詮は人間であり女……この現実から逃げ出そうとした……

 

 

 走る……何もかも考えずに情けなくても構わない。ただここから離れたい、何も見たくない、穢されたくない、彼女にはもう何もかもが耐えられず現実から背いてしまいたかった。逃げ出したかった。

 だが、彼女の足を掴む手があった。彼女は倒れ、男達が彼女を抑え込む。

 

 

 「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉおおおおお!!!」

 

 「うるせぇ黙れ!今まで散々俺たちをバカにしてきた報いを受ける時がきたんだよ!」

 

 「うわぁあああああ!はなせはなせぇえええええ!!」

 

 

 恐怖で体が震えて叫んで懇願するが、男達は受け入れない。素っ裸の男達が彼女の服に手をかけ無理やり引きはがしていく。彼女は抵抗したが、そのたびに殴られて力ずくで抑え込まれる。それでも暴力には屈しなかった。受け入れてしまったら、こいつらのモノとして道具として扱われる。彼女は人でありたかった。「死」を恐れて不老不死の研究にも手を出した。そして、それを一人だけのものにせず、弟子達にも教えたが結果はひどいものだった。今までやってきたことは何だったのだろうか?彼女の中では疑問がいっぱいありすぎた。

 人間は何故こうも他者を恨む?妖怪は悪い生き物だろうが、人間はどうだ?今彼女自身が体験しているのは人間として正しい事なのか?彼女は現実がこれほど腐っているものだと気づくことができたようだった。しかし、もう彼女に残されているのは絶望だけだ……

 

 

 下着姿だけになった彼女に馬乗りになるように先ほどの男が勢いよくやってきた。

 

 

 「さっきはよくもやってくれたな!いい気になりやがって!このアマ!!」

 

 「――!」

 

 

 男に殴られる、彼女は目をつむり今までの出来事が全てが夢であったならと願った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へっ?」

 

 

 男の声が聞こえた。先ほどまでの興奮がいつの間にか消えて、静けさが支配していた。彼女は恐る恐る目を開けた。

 

 

 男の腕がなくなっていた。きれいさっぱりと切り落とされていた。

 

 

 「あらあら、ごめんなさいね。わたくしとしたことがケダモノと思って綺麗に斬ってしまいましたわ♪」

 

 

 青い髪をした仙人が微笑みを浮かべていた。

 

 

 「まぁ、ケダモノには変わりありませんよね……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどうなったか記憶にない。あるのは男達だったであろう肉塊が転がっているだけだった。不思議なことに血は一滴たりとも付着しておらず、青髪の仙人はそれでも表情を崩さなかった。太子の方へ向き直った仙人はやれやれといったように落ちていた布切れを太子に被せる。

 

 

 「随分とはっちゃけていましたのね」

 

 「……」

 

 「だんまりですか~?聖人の太子様ともあろう者が救ってもらったのに感謝の一つもないだなんて、わたくしとてもとても悲しいですわ~」

 

 

 しくしくと泣きマネをして揶揄おうとしていた。指と指の間から太子の様子を窺うと先ほどから表情一つ変えないままだった。感情など捨ててしまったかのような表情に……その変わり果てた様子を見て、仙人はため息をついた。

 

 

 「太子様、誰かの上に立つことは誰かに恨まれることと同じなのですよ。人間というのは愚かな生き物ですわ。他人を憎み、嫉妬し、しまいには嘘や偽りで騙して自分の利益にしてしまうほどの醜い生き物なのです。太子様ならそれを知っていると思っていたのですが……」

 

 

 仙人はそれでも応えない太子に……

 

 

 

 

 

 パシンッ!

 

 

 

 

 

 ビンタをくらわせた。

 

 

 「太子様いい加減にしなさい!わたくしだって暇ではないのですよ。怖い目にあったからって、あなたの人生は簡単に変わらないのですわ。あなたは多くの人々を導くのではなかったのですか!」

 

 「あっ……」

 

 

 ようやく彼女は反応した。今まで見せたことがない仙人の一喝に太子の意識が呼び戻された。

 

 

 「いいですか、あなたは多くの者に恨まれていますが、同時に尊敬もされています。街中を歩けば誰もが挨拶を交わし、悩みを相談する。信頼されていなければそんなことはしませんよ。今回の件を忘れろなんて言いませんわ。ですが、あなたは優しすぎます。時には、非情になることも指導者としての義務ですのよ」

 

 「しかし……それでも私は……!」

 

 「あなたは指導者としての器がある。それに、あなたを慕うあの二人の思いに応えなくてもいいのですか」

 

 「……青娥」

 

 「太子様……あなたはここで終わるような方ではないでしょう?太子……いえ、豊聡耳様の伝説はこれからですわ。わたくしが微力ながら陰からお手伝い差し上げましょう」

 

 「……せ、せいがぁ……!」

 

 

 彼女は仙人の胸の中で泣いた。今までのことを忘れるかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以降の太子は数々の伝説を作り上げ、歴史に名を残すこととなる。

 しかし、彼女は忘れることができなかった。人間の汚れた部分を、人間の悪しき心を……そして次第に彼女は一つの野望を抱くようになった。

 

 

 「……私には野望があります……」

 

 

 人間を救うには、人間の悪しき汚れた心を払う必要があると……彼女は師である青娥から多くのものを学んでいた。それを使い、自身を尸解仙(しかいせん)となり、永らえる命を手に入れ、再び蘇った暁には……

 

 

 「私は人々を正しい道に導かねばなりません……そして私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私は悪を決して許さない!」

 

 

 ------------------

 

 

 「……そして、私は一度死ぬことで尸解仙(しかいせん)となり、永らえた命を使い今こそ当時叶えられなかった野望を叶える時が来たのです」

 

 「あなたの野望とは一体……」

 

 

 私は神子に聞いた。私がゲームで知っている神子の歴史とは違っていた。それに、神子が復活した訳も原作と異なっていた。そして、神子が言った悪を滅ぼすとは一体何か気になった。だから、聞きたかったのだ。神子の話を聞いていて、彼女が歩んだ人生は綺麗な道ではなかった。その過程で生まれた野望……その真意を……

 

 

 「私はこの幻想郷に生きる全ての者からを奪います」

 

 「心を……ですか?」

 

 

 妖夢が聞き返した。わけがわからないといった様子だ。しかし、私には嫌な予感がした。神子の瞳には憎しみがこもっていたから……

 

 

 「私は術を駆使して、人々から妖怪までの心をなくし、何も感じず、何も求めず、醜い姿を晒すことのない新たな世界を作り上げるのです!」

 

 

 神子は心があるから争いが起き、醜い姿を晒すこととなる……そう言いたいらしい。滅茶苦茶なことを言っているように思えるが、私にはわかった気がする。神子が語った話の中で、弟子に裏切られて苦痛の日々を送っていた彼女は耐えられなかったのかもしれない。彼女はどこか壊れているように思えた。彼女は人々の事を思い、生きてきたのであろう。信頼していたのに裏切られたことで、彼女の心は悲鳴をあげているに違いない。心があるから悪が生み出され続けると言っているようだった。

 私も生前の頃には外で遊んでいた頃もあった。元気いっぱいな人生をそのまま送るものだと疑うことなどなかった。しかし、世の中はわからないことだらけだ。同じ人間なのにまるで別の生き物を見るようにいじめられている子がいた。私はかわいそうだったので、その子に手を差し伸べた。それが始まりだった。私も疫病が感染したようにいじめられた。知らない子からも暴言を吐かれることとなった。理不尽なことだ。いじめられていた子は耐えきれずに転校し、いじめは私の方に集中した。私は間違ったことなどしていなかったはずなのに……

 思えばそれから私は人に関わることをやめることにもなった。そこから家でパソコンに向かって引きこもる人生を送るきっかけにもなった。人生とはわからないことだ。昨日まではよかったのに、いきなり変わることがある。きっと神子もそうなのだろう。人々のために生きていたのに嫉妬されて暴力を振るわれて理不尽だったと思う。だから、目の前にいる神子は根本的なところから変えようとしているように私は思う。

 

 

 それに神子からココロという言葉が出てくるとは思わなかった。違うわね、寧ろ必然だったのだろうと私は思う。だって、神子が部下に贈った自作のお面に宿った付喪神の子の名前も【こころ】だったから……でも、神子は心を奪うと言った。後のことだが、人々に希望を与えようとした彼女が今では見る影もない暴走状態だ。

 私はこの世界に転生し、比那名居天子として生まれた。性別は男で中身は女だ。本来とは違う歴史を辿っている。そして神子も……「私が知っている神子じゃないから、彼女は豊聡耳神子ではない。別人だ!」とは言わない。例えゲームとは違う神子でも私は彼女を否定しない。そして受け入れよう。彼女はまさしく豊聡耳神子であり、私と同じこの幻想郷に生きる一人なのだか……

 

 

 「何も感じなければそれは生きていると言えるのですか?」

 

 「私はもう見たくないのです。私が伝説を作り上げていく中で数々の陰の部分を見てきた。金のために命を奪う者、欲を満たすために女性を犯す者、地位のために弱者を虐げる者など……私には……耐えられない……」

 

 

 衣玖の問いに本音を漏らしていた。彼女は本当は見たくなかった。人間の醜い部分を……

 

 

 彼女は命を奪うのもよしとしませんでした。だから彼女は傷つけずに解決する方法を探した。そして、これしかないと思った。心を奪い、心を無にすることで争いが消え、傷つけあうことがなくなる……それがどんなに自己中心的で滅茶苦茶なことであってもそれしかなかったから……彼女はこれ以上の人間の欲を見たくなかったから!

 

 

 「悪を滅ぼすには根本的なもの……心を無くすしかないのです!心さえ無くなれば世界は平和になるのですよ!」

 

 

 確かに何も感じない世界、自分の意思などない世界なら糸が切れた人形のように生きていくだけだろう。争うこと自体存在しないなら平和だろう。でも、私は嫌だ。神子には悪いけど、差別は必ず生まれ、良し悪しだって当然存在する。命が無くなるから死ぬんじゃない……ただ息をしているから生きているのではない……笑い、泣き、怒り、時としては楽しむ感情があるから生きているのだと思う。心を失えばそれは死んでいると同じではないだろうか?

 

 

 「神子よ」

 

 

 私はたまらず神子の名前を呼んでいた。

 

 

 「比那名居天子……君のことは青娥の集めた情報に載っていました。君が私に何か質問ですか?」

 

 「ああ、神子よ……あなたは考えを直すつもりはないのですか?」

 

 「……ええ、私は蘇ったのです。このために!だから誰にも邪魔などさせません!心さえなければみんな幸せになれるのですから!」

 

 

 神子は自分に言い聞かせるように言葉を吐き出した。

 

 

 そっか……神子の覚悟はわかった。このために一度命を絶ったのか……原作と違うけど、これが豊聡耳神子なんだね。でも、それを許すわけにはいかない。私はこの幻想郷が好きだ。ゲームの世界ではない、私が存在するここが大好きだ。だから、神子よ……

 

 

 天子は歩きながら緋想の剣を取り出した。

 

 

 「天子様……」

 

 「衣玖、萃香、妖夢、橙……悪いが手を出さないでくれ。神子の相手は私がする」

 

 「天子さん!」

 

 

 妖夢がたまらず声をかける。

 

 

 「妖夢すまない。本来なら妖夢をサポートする役を引き受けようかと思っていたんだが、私にはやるべきことができてしまった」

 

 「天子さん……大丈夫です。天子さんは天子さんの思ったことをしてください」

 

 「妖夢……ありがとう」

 

 「まぁ、天子がそう言うなら私は手を出さないよ」

 

 「天子様……信じています!」

 

 「ちぇ、ちぇんは……天子さんのこと詳しくわかりませんが、天子さんの思いを蔑ろにできないので橙もここで見守ります」

 

 

 ありがとう妖夢、萃香、衣玖、それに橙も……神子は私が何とかしないといけないみたい。この世界に生きるものとして、そして比那名居天子として苦しんでいる女の子を放っておけない……

 さて、皆の了承も得たし、私にはやるべきことができた。後は……

 

 

 天子は神子に向き直り、二人の視線が交錯する。

 

 

 「やるべきことですか……幻想郷を守るために私を殺しますか?」

 

 

 神子が天子に問いた。神子は命が尽きるまで戦いを止めることはないだろう……それ故に聞いた。殺すか?と……しかし帰って来たのは……

 

 

 「そうだな……神子、幻想郷のためにも私はあなたを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「救ってみせる!!」

 

 

 天子は覚悟した。神子を失意の底から救い上げてみせると!

 

 



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15話 誰かのために

シリアスが続いております。当分シリアス続きなのかな?


それでも見たいよという方は……


本編どうぞ!




 「これで終わりです!」

 

 

 奇跡「白昼の客星」!!!

 

 

 「のわぁあああああ!!!」

 

 

 早苗は水兵服を着た娘を見事打ち破った。

 

 

 「やりましたよ霊夢さん!」

 

 「見てたからわかっているわよ」

 

 

 早苗はぴょんぴょんと空中で飛び跳ねていた。今回の早苗は絶好調であった。途中で現れた唐傘お化けを特に気に入って退治してたぐらいだった。そのおかげで、霊夢と魔理沙は暇な異変になりつつあった。しかし、そんな二人にとっては好都合らしく目的は宝船であることには欠かせないお宝狙いだった。

 

 

 「霊夢そっちはあったか?」

 

 「ああ、魔理沙……何もないわね。ここじゃないのかしらね」

 

 「もう二人共お宝なんかよりも妖怪退治しましょうよ!面白いですよ妖怪退治!」

 

 

 早苗は興奮気味だった。そんな早苗とは関わりたくないように視線を合わせないようにしている霊夢と魔理沙。二人にとって妖怪退治は慣れっこで、それに早苗の今のままのテンションにはついていけないので、熱が冷めるまで軽く放置プレイである。

 

 

 「さっきから集めていたんだけど、これって何に役立つんだ?」

 

 「知らないわよ。とりあえず集めておけばもしかしたら金にかもしれないでしょ」

 

 「ああ!次はどんな妖怪が退治されに現れるのでしょうか?このスーパーミラクルエクセレント東風谷早苗が華麗にパーフェクトに退治してみせますよ!!」

 

 「「(無視無視……)」」

 

 

 後ろの方で騒いでいる早苗をスルーすることにしていた。関わったら面倒だから……

 

 

 早苗を置いておいて、二人はここに来るまでに集めたものを取り出していた。霊夢と魔理沙が持っているのは赤・青・緑のUFO型をした謎のものだった。二人は一応何かの役に立つか、後で金になるものであるかもしれないので持ってきていた。

 

 

 「まぁ、持っていても重さなんて大したことないし、持っていても損はないよな。ところで霊夢はよかったのかよ?」

 

 「はぁ?いきなり何のことよ?」

 

 

 魔理沙が藪から棒に霊夢に投げかけた。

 

 

 「私が言うのもなんだけどさ、あの天人の比那名居天子とかいう奴が今回の異変を手伝ってくれているんだろ?博麗の巫女としてどうなんだ?活躍の場を奪われているけどそこのところどうなんだぜ?」

 

 

 魔理沙は天子のことを霊夢がどう思っているか気になっていた。霊夢と魔理沙は今日初めて天子と出会った。天子の姿を見た時迂闊にも二人は見惚れてしまっていた。美しく凛々しい顔立ちに目がいってしまった。二人共女の子だから異性を気にすることは当然だった。宴会ではほとんど萃香と神奈子が天子を独り占めしていて、話す機会がなかったが、何となく魔理沙には天子のこと信頼できる存在だと感じていた。萃香が気を許した相手だったからもあったのかもしれないが、天子の目はとても優しさを含んでいるように見えたから。

 

 

 霊夢も魔理沙も今回の出来事は初めての経験だった。一度に二つの異変が起こることなど今までなかったことだ。例えあったとしても、小規模の異変程度だろうが二つとも彼女達には気がかりな異変だった。特に宝船と聞かされれば尚更だった。霊夢と魔理沙の二人はこっちを選んだ。しかし、もう一つの異変の方は天子が解決しに行くことになった。異変解決の素人である天子を行かせるのはどうかと普通は思うだろうが、不思議とそう感じなかった。特に霊夢の勘が言っていた……地上で現れる霊現象には天子が行かなければならないと……

 

 

 「別になんとも思わないわよ。あの人なら解決してくれる……そう思っただけ」

 

 「ふ~ん、まぁ私も何となく天子に任せた方がいいなって思ったんだぜ」

 

 「なら、これ以上言うことはないわね」

 

 「そうだな。それじゃ奥に行ってみようぜ!お宝ってのは大体最深部にあるものって決まっているんだぜ!」

 

 「それもそうね。早速行きましょう」

 

 

 霊夢と魔理沙はお宝を探すべくどんどんと奥へ進んで行った。

 

 

 「ああ!霊夢さん、魔理沙さん待ってくださいー!私が妖怪をギッタンギッタンのコテンパンにするので獲物を取らないでくださいよー!!」

 

 

 空の方は平凡に異変解決が進んでいた。

 

 

 ------------------

 

 

 「私を救うですって?君は何を言っているのですか?冗談はそれぐらいにしておきたまえ」

 

 

 神子は鼻で笑う。バカなことを言ってくる天子を見る目は冷ややかな目であった。

 

 

 「冗談などではない。私はあなたを……豊聡耳神子を救いたいのだ」

 

 「私は救われる必要なんてない。私が救い出すのだ!人々を妖怪の恐怖から解放し、人々自身の穢れた心を消滅させることで救いあげる。それが私の役目……私は人々を導かないといけないのだ!」

 

 

 心の底から絞り出すように神子の声が辺りに響く。そんな神子の姿を見つめる娘がいる。

 

 

 「……太子様……」

 

 

 神子の傍に仕える亡霊の娘、蘇我屠自古である。彼女には神子の声が重く冷たいものになっていたこと知っていた。昔はもっと優しく温かい人を包み込むような声だった。

 あの声を屠自古はあの日から聞いていない。屠自古が神子に命を託したあの日から……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近神子の様子がおかしかった。挨拶すればよそよそしくされ、話そうと思っても早めに切り上げられてどこかへ去って行ってしまう。会う回数が減っていき寂しい思いをしていた。あの人が遠くに行ってしまって戻ってこないのではないか?私達を置いて行ってしまうのではないか?そう思うことが多くなった。夜も眠ることができない日だってあった。次第に不安は体を蝕み、屠自古が病で()せていた時だった。

 

 

 よく知る人物が屠自古の元を訪れた。その者は屠自古と同じく神子の元をよく訪れそのたびに顔を合わせた相手だ。名は物部布都と言った。豊聡耳神子の同志であり、部下でもある彼女が屠自古を訪れたのだ。仏教と神道のどちらを信仰するかで国が割れていた時代であったため、表面上ではお互いに仲良く接しているが神道を信仰し廃仏派だった物部氏は蘇我氏とは仲が良くはなかった。屠自古と布都もそうであったが、二人には共通なモノがあった。それは豊聡耳神子という存在である。

 豊聡耳神子という存在は彼女達にとっては大きな存在であり、尊敬する人であった。多くの民から貴族からも慕われていた。彼女達も神子の魅力に触れいつしか傍に居たいと思うようになった。初めは偉大な太子様に自分などが傍に居ては失礼かと思っていたが、神子が優しくしてくれてお互いのことを語り合うと次第にのめり込むようになっていった。そして、共に時間がある時は一緒に食事をしたり、読書をしたり、温かい日々を送っていた。しかし、いつの間にかその日々はなくなっていた。神子が二人を避けるようになってから会いに行こうとするが中々踏み出せなくなっていた。神子から二人を避けるということは我々に何か問題があったのではないか……そう思うことだってあった。考えてみたがわからなかった。そんな時に屠自古が病にかかってしまったのだ。それを知った布都がこうして出向いて来た。神子のことなら話が合う二人であった。屠自古は相手が布都でも寝ながらは失礼だと思い起き上がろうとするが布都は手で制す。いつもならにこにこ笑っている元気な布都の姿はどこにもいない。

 

 

 「屠自古、どうじゃ体の方は……否、しゃべらずとも我にはわかる。病じゃな?」

 

 「ああ……不甲斐ない姿を晒して申し訳ない……本来ならばお茶の一つでも出すのだが……」

 

 

 布都は小さく笑みを浮かべると冗談交じりに言う。

 

 

 「いつもは太子様の傍にいる我を目の敵にしている屠自古の姿を置かむことができたのだ。それで満足じゃ」

 

 

 屠自古はその言葉に頬が膨れる。まさか布都にこんなことを言われるとは思わなかったので驚きと恥ずかしさを隠すかのようだった。そんな姿を見て布都が笑う。

 

 

 「お主も太子様のことが好きなんだの」

 

 「べ、べつに……そんなことは……」

 

 「よいぞよいぞ、我は太子様のことが好きじゃ。何も恥ずかしがることはない。我が白状したのじゃぞ?屠自古も白状せぬか」

 

 

 布都は「どうした?ほれ言ってみよ?白状して楽になってみよ」と繰り返し屠自古を煽る。屠自古はしばらくは抵抗したが観念したらしく「私も……お前と同じ思いだ……」と言うと布都は満足したように笑った。その笑顔につられて屠自古もつい笑ってしまう。

 

 

 物部氏と蘇我氏……対立する二人がこうして笑い合える光景は他にはないだろう。もしも二人が物部氏と蘇我氏の家系に生まれなければ、あるいは他の時代に生まれていたら最高の友になれただろうに……

 

 

 「あはは……はぁ~笑った。布都、一応礼は言っておこう……ありがとう」

 

 「いや、我も久々に楽しかった。最近では太子様が構ってくれなくての……」

 

 

 その言葉をきっかけに部屋の中には音が消え去ったように感じた。二人の間には言葉も交わされなくなり、視線は空を見つめるばかりだった。そんな沈黙の中でようやく口を開いたのは布都だった。

 

 

 「屠自古……最近妙な噂を聞いたことはないか?」

 

 「……噂?」

 

 

 最近神子のことばかりで周りの事は後回しにしていたせいで体調を崩すことになったわけだ。噂など屠自古が知っているはずもなかった。布都に何も知らないことを話すと、布都は何かを伝えようとしていた。伝えようとしていたが、それを言うか言わない方がいいか迷っているように見えた。嫌な予感がした。先ほどの話から噂は神子に関してだろうと感じた。それもいい噂じゃない様子だ。それでも屠自古は知りたかった。何故神子が最近我々を避けるようになったのか……少しでもその理由を知りたいが故に……

 

 

 「布都お願いだ。お前が知っている噂……私に聞かせてくれ!」

 

 

 知りたい……あの方のことを……少しでも……!屠自古は布団から起き上がり布都に対して頭を下げる。彼女の誠意を見た布都もいろいろと思うことがあるだろう。しかし、布都は屠自古に伝えることを選んだ。物部氏と蘇我氏という対立する関係でなく、お互いに神子の事を思い慕う友として……!

 

 

 布都が語ったのは神子が夜中に出て行く姿を目撃した人物がいた。そして、神子が夜中に男と密会しているのではないかという噂だった。しかし、これはあくまで噂だ。信憑性はない……しかし、屠自古と布都には気になって仕方なかった。実際、神子の様子が変だったことは知っている。それにただ男に会いに行くだけの様子ではなかった。ただ男に会いに行くだけならここまで心配などしない。しかし、妙な胸騒ぎがしてならなかった。そして神子に夜中に会いに行くことは絶対に許されなかった。何かの関連性が窺えた。例えそれがただの噂だったとしても二人はそれを放ってはおけなかった。

 

 

 「布都、太子様が出かける先を知っていないか?」

 

 「噂ではとある書庫に向かっていたと聞いたが……まさかお主!?」

 

 

 屠自古の心は既に決まっていた。病にかかった体でも一目だけでもその真意を見ることが出来れば心が落ち着くはず……布都に頼み込み、その書庫に連れて行ってもらうように説得した。初めは布都も拒んだが屠自古の決意に折れ了承した。後日、密かに神子の後をつけることを二人は決めた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めはよかった。屠自古を支えながら歩くのは大変だった。布都は屠自古よりも小柄であったため病の体を支えるのは厳しかった。それでも神子の後を懸命に追う。噂の真意を確かめたかったから……

 徐々に引き離されて行く二人はそれでも追い付こうと足を歩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「……ありがとう……二人とも……」』

 

 

 昼に神子の姿を見かけた二人に言ったあの言葉が思い起こされる。屠自古もその日は体調が良く、布都といつ神子の後をつけるか相談しようとした時に会った。そして、二人は神子の言葉に胸騒ぎを感じ急遽今夜に決定したが、屠自古は再び体調を崩してしまった。それでも胸騒ぎがしたため無理についてきた。布都も今夜を逃すと二度と神子と会えなくなるような気がしていた。だから、歩みを止めない……そこに神子がいるから。

 

 

 そんな時二人の前に見知らぬ影が現れた。髪、目から服まで全身、青色で統一された謎の人物だ。屠自古も布都も知らない第三者は二人を品定めするように見ていた。そんな怪しい人物に布都が問う。

 

 

 「お主は何者じゃ!名を名乗れ!」

 

 

 明らかにこの夜中に異質な人物はそれでも反応しない。布都はもしものために屠自古を逃がせるように自分が囮になるつもりだった。病を患った者を放って一人だけ逃げる選択肢は彼女にはなかった。自分が逃げればあの人にも不評がかかる。こうしている今も夜中の道を歩むあの人には迷惑なんてかけたくなかったから……

 

 

 しばらく布都が睨んでいるとその人物は口を開いた。

 

 

 「今すぐに道を戻りなさいな。物部布都さん、蘇我屠自古さん」

 

 「ど、どうして……わたしたち……のことを……?」

 

 「と、とじこ大丈夫か!?」

 

 

 夜中に無理に動いたせいで体調が更に悪化したようだ。慌てて布都が屠自古を木陰に休ませる。息は荒く、熱が上がっていることがわかった。布都は医者ではないため、どうすることもできずあたふたしていた。そんなときに後ろから差し出される手の平に小瓶が載せられていた。その手の人物は先ほどの女だった。

 

 

 「これを飲ましてあげなさい。そうすれば体調が良くなることですわ」

 

 「……信用なんてできないぞ……」

 

 「なら、その娘が苦しむのを黙って見ていることですわ」

 

 

 布都は小瓶と女を見比べる。怪しさ満点の女から得体のしれない小瓶の中に入っているのは液体……毒か?布都は思考を凝らすがわからない。目の前の女の考えていることが全くわからなかったのだ。何を考えているかわからない瞳をジッと見つめても答えは変わらない。自分達のことを知っていたこの女の言うことを聞くべきか……悩んだが、屠自古の苦しそうな声に布都は選択した。

 

 

 「それを貸してくれぬか?」

 

 「貸すのではなく差し上げますわ。わたくしはそんな器の狭い人間ではありませんもの♪」

 

 「(人間なのか……もしかしたら妖怪が我らを騙そうと……)」

 

 

 そう布都は思ったが、それよりも今は屠自古が先だった。女から小瓶を奪い取るとすぐに屠自古の口へと運んだ。

 

 

 「うふふ♪飲みましたね……飲んでしまいましたね」

 

 「なっ!?ま、まさかお主!?」

 

 

 女がクスクスとおかしな笑みを浮かべた。最悪な事態を想像して血の気が引いた。この女に騙されたと!次第に引いた血が頭に上り女を睨みつける。

 

 

 「なんてね♪冗談ですわ。そんな怖い顔しないでください。ちゃんとした特効薬ですよ。()()を施した……ね」

 

 「何?今何と言った?」

 

 

 布都はこの女が言ったことが気になった。()()と……この女が言っていることが本当ならこの女は……!

 

 

 考え込んだ布都は顔を上げたがそこには既に女の姿はなかった。急いで辺りを見回してみたがどこにも確認できなかった。追うことはできなかった。このまま屠自古を放っておくこともできず、様子も見る必要があった。先ほどの女と屠自古の体調が悪くなったことで神子の姿は見えなくなっていた。

 

 

 「……太子様……」

 

 

 暗く明かりのない道の奥を見続けることしか彼女にはできなかった……

 

 

 ------------------

 

 

 「う、ううん……」

 

 「おお!目が覚めたか?どこか具合の悪い所はないか?」

 

 

 布都か……?私は……そうだ、私は体調が悪くなってそのまま……布都に迷惑をかけてしまったようだ。太子様を追うために無理に連れて行ってもらうことを頼み込んだ。私は結局のところ足手まといになっていた。不甲斐ない姿を晒してしまったし、太子様も見失ってしまったのであろう。私はダメだな……泣けてくる。

 

 

 「と、とじこまだ具合が悪いのか!?もしかしたらさっき飲ませたのはまずかったか!?」

 

 

 飲ませた?お前は何か私に飲ませてくれたのか?ん?なんだか体が妙に楽な気がするぞ。病に()せてから体の調子が良くなかったが、今はとても楽な気分だ。どんなものを飲ませたんだ?

 

 

 私は布都に聞くと詳しく話してくれた。先ほどの女からもらったものだったらしい。一瞬得体の知れない液体を飲まされたと感じだ。私も毒だと思ったが、結果体はどうもない。寧ろ元気が湧いて来た。こんなことがあるのだろうか?不思議だった。そして、その女が言ったそうだ……()()、これがもし本当ならあの女はそれに関りがある人物もしくは……仙人とか。

 だが、今は相手の素性を推測するよりも大切なことがあった。太子様は既に書庫に向かわれたはず……今の体なら追いつける。すぐに追わないと!

 

 

 私達は駆けた。太子様の元へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例の書庫についた。もう夜中で更に暗い時間帯だ。手元にある明かりを頼りにたどり着けたことが幸いだった。街中から少し離れたここには夜中には人が来ることはない。それなのに太子様がやってくるということは何かある……気持ちを落ち着かせる。私の早とちりであればいいのにと思っている。私達は呼吸を整え、扉に手をかけた……

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 私は自分が見ている光景を疑った。

 先ほど私達の前に現れた女がいた。それも太子様を抱きしめるように……それだけではなかった。太子様の姿は布切れに隠れていたが、その隙間から見えていた肌は服は着ておらず、体には無数の打撲跡があることがわかった。そして周りにあった()()は最初何かがわからなかった。だが、次第にわかってきた。

 ()()は元々人間だったものだ。男……体つきから考えるとそうだ。数の量から何人も居たようだった。そして、所々に落ちている()()は見たことがあった。太子様の下で修行していた者にそっくりだった。一つだけじゃない……それも無数に……

 この状況を理解し、勝手に頭が答えを導き出した。太子様は暴力を振るわれていた。そして、それも自分の弟子達に……それも今夜限りではなく数日も前から……そして服を着ていない太子様はこいつらに……!

 

 

 一気に気分が悪くなった。口元を抑えて吐き出すのを我慢した。想像もしたくない光景が頭の中で湧き上がる……そんな屠自古に先ほどの女は声をかける。

 

 

 「屠自古さん、あなたが思っているまでにはなっていないわ。大丈夫よ。ケダモノはオスになる前にみんな肉に戻ってしまったのだからね」

 

 

 女が言う。信用できない奴だが、太子様を抱いている姿に自然と敵意を感じなかった。太子様は眠っているようだった。表情は女の胸に隠れてわからなかったが、今太子様の顔を見てしまうと私はきっと堪えられずに泣き出してしまったはずだ。太子様の受けた恥辱を知らずに生活していた自分が嫌になる。

 

 

 「貴様何者じゃ!太子様に何をしたのじゃ!!」

 

 

 布都は感情を露わにした。状況を理解できたようで瞳には怒りと憎しみが宿っていた。その怒りと憎しみは女に注がれていた。それでも女は平然としており、この女はまともな精神をしているのか疑う程だった。

 

 

 「静かになさってくれます?豊聡耳様が起きてしまいますので」

 

 

 布都は今にも女に襲い掛かりそうだったが、屠自古がそれを止めた。女から詳しいことを聞くのが先だと思ったからだ。女は神子を抱きかかえてどこかに向かおうとした。

 

 

 「おい!どこへ向かうんだ!?」

 

 「こんな汚らしい場所よりもっと清潔な場所で話をしましょ。芳香ちゃ~ん!後お願いね」

 

 

 女が誰かの名前を呼ぶと地面が盛り上がりそこから人間が現れた。否、人間と呼べばいいのかわからないが、その人物の肌は灰色がかっているように見えた。

 

 

 「うふふ♪わたくしのかわいいかわいい芳香ちゃん、ここのお肉全部任せたわよ」

 

 「お~お!いいのか~?ぜんぶまかせろ~!」

 

 「さ、行きましょうお二人さん」

 

 

 私達は女の後についていった。後ろで何かをかみ砕く音が聞こえたが……違う、音を聞こえないように自分を耳を塞いでいたのかもしれなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と布都は彼女……青娥殿から事情を聴いた。

 

 

 【霍青娥

 髪、目から服まで全身、名の通り青で統一されたデザインで、髪は、ウェーブのかかった青髪。結い目にはかんざし代わりに(のみ)をつけている。袖が膨らんだ半袖のワンピースを着ていおり、半透明の羽衣を纏っている。仙人になるべく修業を重ねた人間だったが、邪仙へとなった。そしてキョンシーである宮古芳香の操り主であり、芳香をとても可愛がっている。

 

 

 【宮古芳香

 暗い藤色の髪に、星型のバッジが付いた紫色の帽子を被っている。 赤い中華風の半袖上着を身に着けている。邪仙の霍青娥によって蘇らせられ、青娥の手先となって働いている。青娥からかわいがられている。

 

 

 青娥殿に連れられてやってきたのは小さな屋敷だった。簡易に作られた外装が今にも崩れてきそうで躊躇ったが、太子様が最優先だ。それで私達は狭い空間に5人存在していることになる。ちゃんと太子様は布団に寝かされてスヤスヤと寝息を立てていた。話に聞いたが胸が締め付けられるような思いだ。今からでも先ほどの太子様の弟子だったものを踏みつぶしてやりたい衝動にも駆られたぐらいだ。だが、もう残っていないだろう……青娥殿の隣で腕を伸ばし、足も前に伸ばして座っている芳香殿によって綺麗に片づけられたのだろうから。

 青娥殿によれば芳香殿はキョンシーという存在らしい。私はそっち系には詳しくなかったが、布都は知っているようだった。なんでも死んだ人間が蘇ったのがキョンシーらしい……理解できなかったが、青娥殿が仙人だとわかったら理解できた。仙人ならこれぐらいのこと仕出かすのは容易だと私の中で解決した。それ以上のことは聞かないようにした。それよりも太子様の話が想像していた以上に辛いものだった。私が呑気に寝ている間、太子様は苦しんでいたのに……私っていう奴は!

 

 

 「屠自古さん、自分を責めてはいけませんよ?」

 

 「青娥殿……」

 

 「豊聡耳様は人から憎まれた。それは豊聡耳様がそれ程に魅力があるお方だということです。偉大な方ほど尊敬される分、陰で恨まれるのです。自然の摂理というものですよ。これは誰にもどうすることもできないのです。だから、自分を責めるなんて間違っているんじゃないかしらね」

 

 

 青娥殿は自らを邪仙だと名乗った。しかし、私が見た限りではそんな方には見えなかった。私達の前に現れた時も本当は太子様の姿を見せたくなかったのかもしれない、私に薬を与えてくれた、太子様を救ってくれた方だ。私には本当の仙人様に見えたのだ。この方は優しい方だと……

 

 

 屠自古は青娥の優しさに触れている中、隣で神子を見つめていた布都がいきなり頭を下げた。

 

 

 「青娥殿!我を仙人にしてくれ!」

 

 「布都なにを……!?」

 

 「我は太子様を尊敬し、同士であり部下でもあったのだ。しかし、我は太子様が苦しんでいることに気がつけん愚か者じゃ!太子様に辛い思いをさせてしまった!我は太子様がこれ以上傷つく姿を見たくない……そのために我も仙人になり、力をつけ、太子様の手となり足となって太子様をお守りするのだ!!」

 

 

 目には悔し涙を浮かべて心の悲痛を叫びだした。彼女の声だけが響き辺りは静まり返った。

 

 

 お前……私だって太子様が傷つくのを見たくない……布都、お前がそう覚悟するなら私も覚悟しよう……私の病を治し、太子様を救った青娥殿のように強く、太子様のために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この命すら太子様のために捧げてみせよう!!

 

 

 ------------------

 

 

 「比那名居天子、君には悪いが私の邪魔する者は排除させてもらう」

 

 

 神子が前に出た。広い空間に二人の存在……天子と神子が対峙する。周りの霊達が二人の邪魔をしないように辺りから遠ざかっていく。

 

 

 「天子様……」

 

 

 天子を心配する衣玖。しかし、彼女達もただ観戦しているだけではいられなかった。

 

 

 「お前たちもここで潰させてもらう」

 

 「へぇ、亡霊とちびが私達を潰すって?冗談もほどほどにしろよ?」

 

 「なに!?我をちびと申すか!お主だってちびであろうが!」

 

 「はぁ?鬼に喧嘩売ってるのか?」

 

 

 衣玖達の前には屠自古と布都が立ちはだかった。小さい者同士のにらみ合いが続いていたその時に新たな人物がこの場に現れる。

 

 

 「あらあら?豊聡耳様はお取込み中ですかぁ?」

 

 「たいし~!いわれたとおり~やってきたぞ~!」

 

 

 青娥には【壁をすり抜けられる程度の能力】を持っている。幽霊のように壁を通り抜ける能力ではなく、物理的に壁を切り抜いて穴を開けることができる。その能力を使って壁に丸型の穴が開いた中から青娥と芳香が現れたのだ。

 

 

 「青娥、この者達を出さぬよう結界は施したのですか?」

 

 「ええ、それはもう苦労しましたよ。複雑でわたくし自身も骨が折れそうになりましたもの♪」

 

 「結界!?」

 

 

 橙はすぐに懐に持っていた通信手段の符を確認する。何度やっても紫の元へ繋がらなかった。それはこの空間があの仙人によって結界が張られ封鎖空間へと変えられてしまっていた証拠だった。

 

 

 「うふふ♪無駄ですわよ小さな子猫さん♪あなた程度じゃびくともしませんわよ?」

 

 「にゃにゃぁぁ……」

 

 

 橙は困り果てていた。紫と藍からの指示がない今、自分はどうしたらいいかわからない。相手は確実に自分より上の存在であった。どうこの状況を打開する策を考えないといけないのだが、思いつかない。経験の未熟さが現れたようだ。次第に橙は後退り、妖夢の元まで逃げてしまっていた。

 

 

 「橙、しっかりしてください。何とかして外にいる紫様と藍さんに連絡を取れる手段を考えるのです」

 

 

 妖夢は橙に近づいて言った。天子は神子は対峙していて手が離せない。そして、妖夢達を取り囲むように屠自古、布都、青娥に芳香がにじり寄る。この場で戦うのは天子と神子だけではない。

 

 

 「衣玖さん、萃香さん、そちらはお任せします。私はあの仙人と死体を相手します」

 

 「お一人で大丈夫なんですか……?」

 

 

 衣玖が妖夢を心配するが、妖夢は笑った。

 

 

 「私は天子さんの弟子です。衣玖さんなら天子さんの強さを知っているはずです。私も天子さんのように強くなりたい。ならば、これも一つの壁です。この壁を乗り越えなければ天子さんに近づくことなどできませんから……」

 

 

 強い意志の表れだった。いつも自分より弱いものが相手ではない。自分より格上の存在が敵として立ち塞がることだってあるし、妖夢は壁を乗り越えなければならない。自分が目指した優しい天人のようになるために!

 

 

 「ほ~!いい度胸じゃないか。少し気に入ったよ。半分死んでいても闘志までは冷めていないようだね」

 

 「当然ですよ。半分は人間なのですから」

 

 「~♪天子の弟子だからどんな奴かと思ったけど、悪くないね。以前会った時よりもいい顔になっている……実力はボチボチだろうけどね」

 

 「一応誉め言葉として受け取っておきますよ」

 

 

 萃香と妖夢はお互いに何か思うことがあったのかそれ以上は何も語らず、自分の敵を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あらあら♪半人前の子がわたくしを倒そうと?」

 

 

 あざ笑うように妖夢を見つめる青娥が言う。妖夢はその程度で怯むことはなかった。

 

 

 「あなただけではありませんよ。そこにいる死体も一緒に相手してもらいましょう!」

 

 「わた~し~は、したいじゃない~!キョンシーだぞ~!」

 

 

 曲がらない腕を上にあげて抗議する芳香。妖夢はその抗議をばっさり切り捨てる。

 

 

 「どちらも一緒ですよ!私は異変を解決しなければなりません!そのためにお二人に負けるわけにはいかないのです!」

 

 

 妖夢は刀を構える。

 

 

 「私は魂魄妖夢……お二人のお名前は?」

 

 「わたくしは霍青娥ですわ。そしてこっちが宮古芳香……わたくしの芳香ちゃんよ♪」

 

 「せいがのためにも~たたかうぞ~!」

 

 「青娥さんに芳香さん……お二人ともご覚悟を!!」

 

 

 妖夢VS青娥&芳香

 

 

 半人前の庭師と邪仙の戦いが幕を開ける……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「我と戦うつもりか?」

 

 「あん?鬼である私がお前のようなちびに負けるわけないだろ?」

 

 「また言うか!我もちびだが、お主もちびだろうが!」

 

 「なんだって?喧嘩なら喜んで買うぞ?」

 

 

 小さい者同士のいがみ合いがまた始まった。二人はお互いに一歩も譲らない。

 

 

 「我は物部布都なり!太子様のために手となり足となったのだ。お主如き妖怪に遅れなどとらぬわ!太子様の野望のために……鬼退治してやろうぞ!」

 

 「自己紹介されたならやるしかないね。私は伊吹萃香だ。そんじゃ、布都……やれるもんならやってみろ!」

 

 

 萃香VS布都

 

 

 鬼を退治することが果たしてできるのであろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうしても私達は戦わないといけないのですか……?」

 

 「ああ、私は太子様のためにこの命を捧げた。そして、肉体は霊体となって蘇り、再び太子様のお役に立てる時が来たのだ」

 

 「それが……間違った道でもですか……?」

 

 「……それでも私は太子様のために尽くすだけだ。それが蘇我屠自古、私という存在だ」

 

 

 目に宿っているのは覚悟と決意だった。お互いに決して引くことができない。

 

 

 「屠自古さん……私も天子様を守ると誓いました。ですが、その前にあなたを倒す必要があるみたいですね!」

 

 「私を倒せるのか?」

 

 「倒します!私は比那名居天子様に尽くしてきました。あなたと同じ……私達は似た者同士なのかもしれませんね」

 

 「ふ、そうかもな」

 

 

 お互いに誰かに尽くしてきた。そしてこれからもその人物に尽くすだろう……似た者同士の戦いが今始まろうとしている。

 

 

 「私の名は永江衣玖です。屠自古さん……私はあなたを倒してみせます!!」

 

 「衣玖殿……私も太子様のために……やってやんよ!!」

 

 

 衣玖VS屠自古

 

 

 似た者同士が戦う姿がそこにあった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あちらは始まったようですね。そろそろこちらも始めましょうか」

 

 「神子……本当に戦うのだな?」

 

 「何を今更……私は蘇る前から決めていたんです。ごっこ遊びだと思っていると死ぬのはそちらですよ。私の邪魔をするのならば……残念ですがその命……散らせていただきます!」

 

 

 神子は腰の太陽を象った剣を引き抜いた。通称、七星剣と呼ばれる剣だ。

 

 

 「神子よ、あなたの思い全力で受け止めよう。そして救い出そう!あなたは救われなければならないのですから!」

 

 「必要ないと言ったはずだ。私は救う側……救われる必要などないのです!比那名居天子、私はあなたを殺します!あなたは私にとって危険な存在のようです……安心してください。安らかに逝けるよう……私の剣で切り裂いてあげますから!!」

 

 

 天子と神子の戦いが始まる……

 

 



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16話 死闘の始まり

まだシリアスです。そろそろ日常平和がほしいところですが……


それでもいいぞという方は……


本編どうぞ!




 とある異次元空間で巨大な建物の中心に位置する場所……その周りでは大きな音がこの世界に響き渡っていた。

 

 

 冥界の庭師は刀を振るい何度も切りかかるが、それを防ぐ強靭な爪がぶつかり合う音、炎を生み出し鬼に向かって投げつける。しかし、それをもろともしない鬼、雷と雷同士がぶつかり、反発し合い、空からも雷が降り注ぐ影、ここは今まさに戦場と化していた。その戦場の中で二人だけは周りの音も衝撃も感じないようになっていた。

 

 

 ごっこ遊びではない戦い……命の駆け引きが始まろうとしているのだから……

 

 

 「……」

 

 

 神子からの敵意が殺気に変わった。私は予想もしていなかった。神子の受けた苦しみが彼女をここまで変えてしまうとは……だが、これもこの世界の歴史だ。ゲームなんかじゃない現実なんだ。彼女は豊聡耳神子であり他の何者でもない。私は神子を救いたい……否、救わなければならないのだ。だからこそ、あなたに嫌われたっていい。それでも、私は豊聡耳神子……あなたを救いたいんだ!

 

 

 「比那名居天子……行くぞ!」

 

 

 対峙する二人の硬直が解けたのは、すぐのことだった。最初に仕掛けたのは神子の方、神子の動きは思いのほか早く俊敏だった。しかし、天子は焦らない。目を神子だけに集中して彼女のみを見ることで、神子の動きを把握する。

 

 

 見えた!

 

 

 天子は神子の七星剣を緋想の剣で受け止める。神子が攻撃してきたのは丁度首の当たりだった。確実に命を狩り取られる場所だ。神子は命を奪うつもりだ……野望のために……

 

 

 「今ので死ねたなら苦しまなくても済みましたのに……」

 

 「すまないな。私はあなたを救い出すまで死ねないさ」

 

 「まだ言いますか!!」

 

 

 七星剣が再び振るわれる。天子はそれを何度も受け流していく。

 

 

 まずい!神子の動きが予想以上に速い。目で何とか追えているが、これほど優れた剣術を放ってくるとは思っていなかった。こんな形じゃなければ語り合いたかったのに……人々のために振るわれた剣が今、私の命を狩り取ろうと振るわれていた。ダメだ、神子に私が負けてしまったら、もう彼女は後戻りできなくなってしまう。神子の手はまだ血塗られていない……その手は殺めるために存在するのではない。誰かと手を取り合い、泣き笑い、喜び楽しむためにある。ほら、とても綺麗な手をしてるじゃない。あなたに血は似合わないし、笑っている姿がお似合いだ。あなたはまだ知らないと思うけれど、本来の神子はいろいろなことを仕出かしていた。希望の面を作ったり、絶対平等主義者のお人好しな僧侶との宗教バトルもあって幻想郷を賑やかにしていた。ゲームでしか見なかったけど、随分と楽しんでいたように私には見えた。だから、神子あなたは笑えるはずだ。過去は変えられないけど、未来は変えられる……私があなたを……笑っていられる神子の姿を取り戻してみせる!

 

 

 「はぁ!」

 

 「くっ!?」

 

 

 天子が今度は反撃に出た。その姿はまるで蝶のように舞い、蜂のように刺すと言った言葉が似合う。男なのに緋想の剣を振るう天子の姿に多くの者が心奪われるだろう……しかし、彼女は魅了されなかった。天子に向けるのは邪魔者を排除するただそれだけの意思だけだった。

 

 

 「舐めるな!!」

 

 

 七星剣が緋想の剣をはじき返し命を狩り取ろうとする刃が天子の肌に突き刺さる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かと思われた。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 刃は天子の肌に刺さらず、まるで岩に剣を突き立てようとしたように硬かった。天子は肉体を徹底的に鍛えたおかげで防御力を極限まで上げていた。今や天子の肌は人の身でありながら、筋肉の硬さと言うよりも岩のような硬さを誇っていた。これには神子も想定外だったため反応が遅れてしまう。

 

 

 天子が神子の腕を掴み勢いに任せて背負い、投げ飛ばす。神子は投げ飛ばされて硬い地面に体を打ち付ける。

 

 

 「がはっ!」

 

 

 咄嗟のことで受け身が取れずに衝撃は体全体に伝わる。無防備な状態での衝撃が意識を狩り取ろうとしたが、強固な魂がそれを許さない。神子には決して引けない覚悟がある、叶えたい野望がある、こんなところで負けることはできない……神子は己の体に鞭打って起き上がる。

 

 

 「ゆ、ゆだん……しました……しかし、私はまだ戦える……ここで終わりになんかさせません!私は人々を導くためにここにいる!導けなければ私の存在意義などないのだ!!」

 

 「神子……」

 

 

 あなたの覚悟は伝わっている。この程度であなたを倒せるとは思っていない。本当は傷つけたくはない……だが、私も覚悟を決めている。私も手加減などするわけにはいかない……行くわよ!!

 

 

 天子と神子の激闘が続く……

 

 

 ------------------

 

 

 「ふ……見事でした……あなた達をここで食い止められないとは……」

 

 

 虎の体色のような金と黒の混ざった髪をした娘はそのまま気を失った。その娘を倒して大喜びしている一人の娘は当然……

 

 

 「やりました!これでラスボスに挑めるんですよ霊夢さん!」

 

 「はいはい、わかったから……ってか、らすぼすってなによ?」

 

 「ラスボスですよ!ラスボス!ラストボスの略称でして詳しく話せば……」

 

 

 東風谷早苗だった。彼女はここに来るまでほとんど一人で敵を片づけてしまった。そして、船は見慣れない場所に到達し、如何にも最後の決戦と言った場所へと向かう途中だった。

 そんな中で早苗は霊夢の問いに長々と説明しようとしていたが、そんなものに興味などない霊夢が効く耳を持つわけがなく……

 

 

 「詳しく話さなんでいい!」

 

 「そ、そんな~!今から数々のゲームや漫画で登場したラスボス達の素晴らしさを解説しようと思いましたのに……」

 

 

 ションボリする早苗に魔理沙はため息がでる。

 

 

 「全く早苗は早苗だな。ここに来ても緊張感なんてまるでないじゃないか」

 

 「そんなことないですよ魔理沙さん。私だって、これから先に待ち受ける悪の大魔王と戦うのですから緊張もしていますよ。それに興奮が抑えきれません!こんな最後の決戦みたいな場所に来ているんですよ?誰だって興奮を抑えられないじゃないですか!」

 

 「お、おう……」

 

 

 相変わらず早苗のテンションについていけてない霊夢と魔理沙だった。そんな時にふとした疑問を早苗は口にした。

 

 

 「そういえば天子さん今頃どうしているでしょうか?天子さんなら異変なんてチャラヘッチャラのはずなんですがね?」

 

 「天子ってそんなに強いのか?」

 

 「魔理沙さんは新聞読んでないのですか?」

 

 「読んだぜ。でも、あの文のことだからでっち上げが入っているかと思うのだが……それに弾幕勝負できるのか不安になってな」

 

 

 魔理沙の言うことは確かにそうだと思う。魔理沙は天子は信用できる相手だった。だが、どれぐらいの実力化は知らない。鬼の萃香を倒したと新聞に載っていたが直接見たわけではない。それに異変と言えば弾幕勝負が基本だ。男の天子に弾幕勝負ができるのかと今更ながら疑問に思ったのだ。

 

 

 「魔理沙、心配することなんてないわ。萃香が夜通し話してくれたわよ」

 

 

 霊夢は聞かされていた。博麗神社に帰って来た萃香の様子がおかしかった。気になった霊夢はそのことを聞いてしまったことを後悔した。酒を飲んでいないにも関わらず何かに酔ったように遠い何かを見つめている萃香は霊夢に語った。自分を打ち負かした天子のことを……霊夢は新聞を読んで少なからず経緯は知ったが、酔いしれた萃香は事細かに語った……霊夢が何度も寝ようと布団にもぐり込んでも、わざわざ霊夢を起こしてまで最後まで語ろうとした。そのおかげで霊夢はその夜ぶちぎれたことがあった。その嫌な記憶のおかげで天子の実力を霊夢は知っていたのだ。

 

 

 「なるほどな、その……霊夢はドンマイだったな」

 

 「あの夜は最悪だったわよ……萃香がうるさくてかなわなかったわ……」

 

 「ちなみに霊夢さん、萃香さんはどうなったのですか?」

 

 「ん?大丈夫だったわよ。封魔針で脳天ぶち抜いても朝には元気に蘇っていたから」

 

 「「わぁお……」」

 

 

 魔理沙と早苗は流石霊夢と思った。容赦しないところがやっぱり博麗霊夢という存在だと改めて感じた。

 

 

 「まぁ……後なんて言えばいいのかしら……」

 

 「どうしたんだ霊夢?」

 

 

 珍しく歯切れの悪い霊夢の様子をおかしく思う魔理沙。

 

 

 「何となくだけれど、天子は向こうの異変に行かなきゃいけない気がしたのよ」

 

 「それって博麗の巫女の勘ってやつか?」

 

 「そうね。私達は邪魔しちゃいけないと思ったのよ」

 

 「巫女の勘って便利ですね……私もほしいです!」

 

 

 早苗がプリーズ言った形で手を前に出す。霊夢の持っている博麗の巫女の勘をくれと言っている態度だ。そんな手を霊夢はお祓い棒で叩く。

 

 

 「いたっ!」

 

 「あんた図々しいわよ!それに早苗は巫女じゃないでしょ?」

 

 「かぜ……なんとかだったな?」

 

 「風祝(かぜはふり)です!それでも霊夢さんはずるいです。ニュータイプみたいな能力を持っているなんて汚いです!脇巫女汚い!脇汚い!!」

 

 「にゅーたいぷって何のことよ……それに脇巫女言うな!それとその言い方だと私の脇が汚いと思われてしまうでしょうが!」

 

 

 魔理沙の目の前でコントか何かと間違えるような光景が広がっていた。

 

 

 「おいおい、それぐらいにしておこうぜ。そろそろ先に進まないと私達ここで野宿することになるぜ?」

 

 「このこの!ったく……それもそうね。結局宝はなかったし……」

 

 

 早苗をお祓い棒で叩いていた手が止まり、思い出したのか霊夢は沈んでしまった。博麗の巫女としての勘もあったのだが、紫が言った「宝船」と言う言葉に惹かれてしまってこちらを選んだのは間違いない。しかし、結果は金目の物など何もなかった。途中で帰ろうかと思ったが、ここまで来て手ぶらで帰るなど霊夢にはできなかった。もういっそのこと、早苗が言うラスボスをぶっ飛ばして気晴らしするのがいいと考えた。

 

 

 「こうなったら最後は私直々に相手をしてやるわ!魔理沙!早苗!ついてきなさい!!」

 

 「ああ!霊夢さんラスボスはパーティー戦で戦わないといけませんよ!一人では無謀というもので……!」

 

 「早苗の言うこと意味不明よ。それより早く来なさい!」

 

 「霊夢さ~ん!待ってください~!」

 

 「やれやれだぜ……」

 

 

 霊夢達は最終戦へと向け奥地へと進んで行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の守矢神社では……

 

 

 「紫様!橙との連絡が途絶えてしまいました!橙は一体どこに……!?」

 

 「落ち着きなさい藍、それで現状はどうなっているの?」

 

 「そ、それが前の通信を最後に……」

 

 

 藍は取り乱していた。溺愛する橙からの連絡が途絶えてしまい行方知れずになってしまったことに焦りが生じていた。

 

 

 「緊急事態のようだな」

 

 「紫、例の洞窟はどこに?」

 

 

 神奈子と幽々子も只ならぬ様子に真剣だった。

 

 

 「ここより南の方角よ。その洞窟の先は異次元に通じているらしいけど、通信が途絶えたということはその入り口も既に……」

 

 「無くなっているはずだよねぇ」

 

 

 紫の言葉に諏訪子はそうだろうなと頷く。連絡が途絶えたのはおそらく相手側の妨害によるものだろう。わざわざ妨害する相手が入り口を残しておくわけはない。きっと霊達が集まっていた洞窟の入り口は既に閉ざされてしまったいるのが妥当だろう。それをわかっている紫達は頭を悩ます。

 

 

 「あやや、どうにかできませんか?あなたのスキマで?」

 

 「相手がどこにいるかもわからないんじゃどうすることもできないわ。それに異次元に相手がいるなら、広大な草原の中から米粒を探し当てるようなものよ。いくら私でも場所がわからなければスキマをそこへ繋げるには一苦労するわ」

 

 「そうですよね」

 

 

 文もこれにはどうすることもできなかった。有能なスキマの能力を持つ紫でも相手の場所がわからないことでは手が打てない。紫は考えた……どうするべきかと……だが、その沈黙を破った人物がいた。

 

 

 「みんな大丈夫だ。心配することはない」

 

 

 慧音だった。こんな状況でもスヤスヤと眠っている妹紅を膝枕をする形で座っている。その慧音は自信を持った表情だった。

 

 

 「幽々子殿もわかっているのではないか?」

 

 「あら、あなたにもわかっちゃう?」

 

 「ああ、幽々子殿が彼を向かわせたのだからな」

 

 

 彼という言葉でここにいる全員がその人物を理解した。紫も例外ではなかった。

 

 

 「彼ならやってくれるさ」

 

 

 慧音は自信満々に言った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「比那名居天子なら……!」

 

 

 ------------------

 

 

 ガキンッ!

 

 

 緋想の剣と七星剣がぶつかり合う音が響く。両者一歩も引かない死闘が激しさを更に増していた。

 

 

 神子が攻撃を繰り出せばそれを天子は受け流す。天子が攻撃を繰り出せばそれを今度は神子が受け流す。神子も剣術の身のみならず天子に蹴り技を繰り出すが、それも天子は体術を持って受け流す。互いに五分と五分の戦いでもあった。しかし、防御力は天子の方が上であるために攻撃に決めてがない神子は押され始めていた。

 

 

 「はぁ!」

 

 

 天子が神子に対して再び攻撃を繰り出す。緋想の剣が神子に狙いを定めて振り下ろされる。当然神子はそれを七星剣で受け止めようとする……が、それは囮で天子はすかさず前に飛び出し体当たりをくらわせた。咄嗟に防御するも男の肉体である天子の体から繰り出される衝撃を受け流すことができずに後方に吹き飛ばされる。だが、神子もこれぐらいで倒れはしない。両足で地面を踏みしめて堪えることに成功した。

 

 

 「……比那名居天子、君がここまで強いとは予想外でした。この幻想郷にはまだまだ見ぬ強敵が多そうですね」

 

 「ああ、私よりも強い者なんていくらでもいる世界だぞ?」

 

 「ふふ、その者達から心を奪うのは難しそうですね……ですが、私は諦めません。例えこの身が砕けて、醜く朽ち果てようとも私の野望だけは叶えてみせます。未来のために……人々のために!」

 

 「(神子……)」

 

 

 神子は決して倒れるつもりはなかった。倒れればそこで全てが終わるから……そのために一度死を体験し、再びこの世に蘇った。そこまでして叶えたい野望だった。この世を変えたい、人々を救いたい、醜い心を無くしたい一心でこの場にいる。だからこそ決して負けられない戦いなのだ。

 

 

 「ですが、君の肉体は私の想像を超えて強靭な強度を誇っているようです。ならば私も奥の手を使わせてもらいますよ!」

 

 

 そう言うと神子は周りに浮かんでいる霊達に手をかざした。天子はこの行動が何を示しているのかわからなかったが、それを理解するのに時間はかからなかった。

 

 

 霊達は神子に吸い寄せられるように飛んでいき、やがて霊達は神子の肉体へと吸収されていった。

 神子は仙人である。仙術を駆使して、霊体から力を吸収していると考えられた。その証拠に神子の気質が先ほどよりも大きくなっていたことがわかる。疑問に思っていた、神子達は何故霊達をここに集めていたのか……天子はそれを理解することになる。

 

 

 「神子……霊達を集めたのは力を得るためだったのか?」

 

 「そうですね。こんなことはしたくありませんでしたが、私は蘇ったばかりです。この幻想郷のことも青娥が調べてくれなければわかりませんでしたし、幻想郷にいる強者の実力も判断できませんでした。私の力はまだ戻っていません。もし今の状態で戦えばこちらが不利……だから保険としてこの霊達を呼び寄せたのです」

 

 

 霊達は欲を叶えてもらうためにこの場所を目指していた。だが、それは神子による罠であり力を得るための保険として集められていたのだった。だが、欲を叶えてもらうために集まった霊達だ。神子は霊達を力と変えるべく取り込む際にその欲を聞いてしまう。

 【十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力】これは人間の話を10人同時に聞いて同時に理解するだけでなく、適切な助言まで与えられるし、人間のみならず霊の話も同時に聞くことができる。欲を同時に理解することによって、その欲の要因を瞬時に読み取り、その者の本質を把握できる。それによってその者の過去を調べることができるし、未来の予知まで行うことができる。とても便利な能力だが、今の神子にとっては辛い能力になっていた。欲は何しも綺麗なものばかりではない。邪な欲もある故、それを神子は取り込む際に聞いてしまうのだ。

 

 

 神子は気分が悪くなった。取り込んだ霊の中にも邪な欲を持っているものがいたのだろう。神子は気分の悪さを我慢してまで力を得ることを選んだ。そうしなければ、蘇った直後の今の自分では天子には勝てないと判断したのだ。卑怯と言われるかもしれないがそれでも神子は止めない。どんな自分が醜くなろうとも人々を救い出すのが最優先だから……

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 天子が止める間もなく、神子は霊達を吸収し自分の力へと変換した。辺りにいた霊達は今や姿が存在しなくなった。そして、神子から溢れ出る気質が先ほどよりも更に異常に跳ね上がっていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……お待たせしましたね……比那名居天子……第二ラウンド開始といきましょうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいおい、あいつあんなに無理して……そのうち死ぬぞ?」

 

 

 萃香は神子が霊達を取り込んで力に変える姿を見てそういった。確かに力を得ることができたが、その代償は大きいことを萃香にはわかっていた。あの体に溜めておけるほど欲と言うものは簡単なものではない。欲が我慢できないから過ちを犯したりするぐらいなのだから……

 

 

 「いいのか布都?お前の太子様死ぬぞ?」

 

 

 萃香が布都に問うが……

 

 

 「太子様が望んだことだ……それを支え、太子様が何不自由なく実行できるようにするのが我の役目。太子様は決して死なぬ!野望を叶えるまでは!そして太子様のために我はなんでもやってみせるのじゃ!」

 

 

 元気な小童はそこにはいない……いるのは豊聡耳神子に仕える一人の尸解仙(しかいせん)だけだ。

 

 

 「我々は負けぬ!妖怪共なんぞに負けるわけはない!人々のために尽くす太子様があんな天人なんぞに負けたりしないのじゃ!」

 

 

 心の底からの叫びのようだった。彼女がそう願っているように吐き出された言葉のように聞こえていた。

 

 

 「そうか……妖怪共なんぞに負けるわけはない!ねぇ……なぁ、もし野望が叶った後は布都はどうするんだ?」

 

 

 萃香の疑問だった。神子がもし野望を成し遂げた後はどうするつもりなのかと……返って来た答えは萃香が予想していた通りの答えだった。

 

 

 「我々も心を捨てるのじゃ!そうして太子様の野望は完璧なものになるのだ!そのために我々の犠牲など大したことではないのじゃ!」

 

 

 自己犠牲……何かの目的のためだったり、自分以外の誰かのために自分の時間や労力、体、場合によっては生命を捧げることを言う。まさしくそれだった。萃香は今まで散々多くの人間を見てきた。その中には汚い人間もいたが、自分を犠牲にする者もいた。その時に見た奴と同じだった。その者はどうなったか……言うまでもない。考えなくてもわかるから……萃香の目の前にいる布都の姿がその者と重なってしまった。嫌な思い出だ……鬼がまだ人間と仲良くお互いに酒を飲み交わしていた頃を思い出す。だから萃香は言った。

 

 

 「お前バカか?」

 

 「なに!?」

 

 

 布都は驚いた。自分の覚悟がバカと言われてしまったことに……

 

 

 「お前はバカだよ。とんでもない大馬鹿だ」

 

 「我の覚悟がバカだと!?いい加減にしろ!」

 

 「なら、アホだな。お前はアホだ」

 

 「貴様!!」

 

 

 萃香には布都の怒る気持ちを理解しなかった。理解したくなかった……己を犠牲にすることで、自分自身を蔑ろにし、他者の気持ちを理解しない人間が嫌いだ。鬼は人間が大好きだ、大好きだからこそ己を大切にしてほしかった。だが、目の前の布都は己の命も己の意思さえも神子に捧げて尽くすばかり……鬼である萃香にとってはバカなことだとしか映らない。それで、己の命を捨ててきた人間達を何度も小鬼は見ていたから……

 

 

 「お前のようなアホは言っても治らないとはよく言ったもんだよ。だから私はお前を叩きのめして、その頭の中を元通りにしてやる」

 

 「舐めるなよ鬼が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そこです!」

 

 「芳香ちゃ~ん!守って~♪」

 

 「お~!」

 

 

 妖夢の刀は青娥には届かない。何度も刀を振るうが青娥を守る芳香に阻まれてしまう。例え芳香にダメージを与えたとしても意味がなかった。芳香には自身を回復する手段を持っていた。斬られた箇所も元通りに修復され、例え首を斬られたとしても操り主である青娥によって蘇ってしまう。だから、妖夢は必然的に青娥を狙うことになるのだが、それでも届かない。

 

 

 「くっ!」

 

 「あらあら?最初の威勢はどこに行っちゃったのでしょうか?もう興冷めなんですけど……?」

 

 

 わざと妖夢を揶揄うような態度をとる。妖夢は挑発だとわかっているにしても青娥の煽り方が妙にウザく感じてしまっていた。それと同時に疑問に思っていたことがある。

 

 

 「青娥さん、一つお聞きしてもいいですか?」

 

 「あらん?何かしら?」

 

 「……何故神子さんに加担したんですか?」

 

 「……」

 

 

 青娥は妖夢の問いに黙ってしまった。彼女には珍しい余裕の笑みは無く真剣な表情であった。妖夢は待った。戦いの途中であったとしても質問したのは自分であり、何より妖夢自身聞きたかった。何故邪仙であるはずの彼女が人々を助けるために自らを犠牲にする神子に仙術を教え、力を貸していることに疑問だったのだ。しばらく待っていると青娥は喋りだした。

 

 

 青娥は語る……初めは興味本位で近づいて、宗教対立する都で有名な豊聡耳神子に仙人としての術を教えることでどう面白い結果になるか試してみようと思ったのだ。表は仏教を、裏では道教を信仰するという皮肉な結果に面白さを感じていた。次第に神子の名は誰しもが知る名となり、人々は神子を慕う者が多かった。だが、そんな時に青娥は知った。表では神子の弟子として振舞い、裏では神子を恨み悪行を行う者達がいることに……青娥にとっては大したことではなく興味はなかった。万人から慕われるのなんて無理な話だ。必ずしも誰かがそれを良く思わない者がいることは当然。そろそろ面白さもなくなったので都から離れようとした時に見てしまったのだ……

 書庫から出てきた神子の瞳に涙が流れていた。そこにいたのは誰からも慕われ、尊敬される豊聡耳神子ではなかった。痛みと屈辱を堪えながらも何食わぬ顔で人々の前に現れて導く姿、脅されながらも民や弟子の前でも善人として振り舞う姿を陰から見ていたのだ。ずっと……

 

 

 見ていて面白くないと思っていた。それならばさっさと都から去ればよかったはずだった。そのはずだったのだが何故かできなかった。何度か青娥は都を去ろうとしたが足が動かなかった。いつも都を出ても足がそれ以上進まなくなり、引き返してしまっていた。初めはどうしたものかと思ったが神子を見ていて青娥は理解した……

 

 

 「わたくしは理解しましたのよ。その時……」

 

 「……」

 

 

 妖夢は黙って聞いていた。青娥の語る話を……そして青娥は言った。

 

 

 「豊聡耳様は……ああ見えてもわたくしの弟子ですわ。弟子を見放すなんて……わたくしにはできませんでしたもの……」

 

 

 彼女は悲しそうに見えた。表情は笑みを浮かべて妖夢を冷やかすような目をしていたが妖夢にはそう見えたのだ。彼女は自分を隠しているように思えた。そして、妖夢は感じた。師が弟子を思う心……それを消させてはならない。神子が野望を叶えてしまったら彼女も心を失うことになると思うから……この人のためにも妖夢の覚悟は更に強さを増した。

 

 

 「私も天子さんの弟子です。師が弟子を思う気持ち……少しわかる気がします。天子さんも私のことを気にかけてくれるから……だからこそ、青娥さんを悲しませないためにもあなた達を救うためにも、青娥さんを倒します!」

 

 「わたくしらしくない事を言ってしまいましたわね……でも、半人前の子が私に勝てるかしらね?」

 

 「勝たなくてはいけないのです!私に……救えぬものなどあんまりない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それぇ!」

 

 「うらぁ!」

 

 

 ここでは雷同士がぶつかり合っていた。雷を操るもの同士が対峙している。

 

 

 「屠自古さんやりますね!流石ですよ!」

 

 「そっちもやるじゃない!見直したよ!」

 

 

 衣玖と屠自古はお互いに称え合っていた。どちらもこの戦いは大きなものとなっていた。天子のため、神子のために戦うだけじゃなく、対峙している相手が己のためになりえる存在だとわかったから。

 

 

 「本当ならば引き分けにしたいくらいですけど……そうはいきませんものね」

 

 「ああ……悪いな」

 

 「いえいえ、お互いに引けぬものがありますから……でも、私が勝ったらその時は一緒に一杯飲みませんか?」

 

 

 意外な誘いだった。自分を誘うだなんて変わっていると思ったが屠自古は悪くない気分だった。もし、一緒に飲めたらどれほど仲良くなれただろうと想像したがそれを振り払った。自分が負けてしまえば神子が今まで抱いて来た野望が叶えられなくなってしまうことだろうから……彼女には負ける選択肢は存在しなかった。

 

 

 「ありがたい誘いだが断らせてもらう。私は負けないからな」

 

 「いいえ、必ず一緒に飲むんです。私も負けません!あなたに勝ってこの異変を負わさせて皆さんと一緒に飲み、一緒に笑うのですから!」

 

 

 衣玖はこんな悲しい異変など終わらせてしまいたかった。神子達の人々を想う優しさが引き起こした異変だ。辛い過去は消せないが、せめてこれからは楽しい未来を歩めるように願っている。だから、異変を終わらせて宴会の続きをしたかった。神子達も含めた宴会を……!

 

 

 「屠自古さん……私の雷の味を受けてください!」

 

 「来るか……なら私のも味わってみろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「紫様……藍様……橙は今、とんでもないものを見ています……!」

 

 

 橙はこの光景を目に焼き付けていた。誰もが引けない理由を持ち、執念同士の戦いは橙にとって今までで見たこともないものを見せていた。目が離せない程の戦い……どの戦いも手加減など存在しない死闘……橙はその迫力に息を呑むしかなかった。しかし、彼女も幻想郷の賢者に仕える式の式……自分のやるべきことをするべく作業に取り掛かる。

 

 

 「紫様、藍様、橙だってやれるだけやってみせます!」

 

 

 天子達はこの異変を解決できるのだろうか……?

 

 



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17話 死闘の果てに

神霊廟編も終わりに近づいてきました。


それでは……


本編どうぞ!




 「比那名居天子……行きますよ!」

 

 

 神子が一歩を踏み出した……踏み出したように見えたが、それは間違いだった。踏み出していたと言った方が正解だ。神子が一歩踏み出したように見えたが既に天子との距離は目の前になっていた。

 

 

 はやっ!?

 

 

 天子はそう理解するよりも先に神子は既に一手を打っていた。神子の拳による一撃が天子の腹を捉えていた。

 

 

 「がはっ!」

 

 

 天子の体は吹き飛ばされ壁にぶち当たった。

 

 

 いたた……嘘でしょ!?先ほどまでこれほどの力はなかったはず……萃香のようなパワーキャラでない神子が萃香と同じような力を発揮するなんて……先ほど取り込んだ霊の数は多かった。そのおかげだろうけど神子の細い肉体にどこにそれを貯め込んでいるんだ?萃香も体小さいから気にしてはダメなのかな?しかし、萃香のように元々持っている力ではない、霊達から吸収した力であるため自分自身の力でない分、不安要素が多い。私にはわかる……神子は無理をして力を使っているようだ。平静を装っているようだが、私も平静を装おうことに慣れているためわかったのだ。なんだか自分自身を見ている気がする……天界で「天子様!天子様」と呼ばれて慕われていたり、上に立つ立場の者であるし、我慢することをいとわないところとか……もしかしたら私も知れずに誰かから恨まれたりしているのかな?それならば私は神子のように耐えることができるだろうか……?

 しかし、今はそんなことを考えているよりも優先すべきことがある。神子が優位に立ってしまったこの状況は非常にまずい。もし私が負けてしまって神子がここから外に出て野望を叶えようとしたら、それを紫さんが黙っているわけがない。紫さんは普段優しいけれど、幻想郷のためなら感情を露わにする。元天子ちゃんの時だって激怒したぐらいだったから……そう考えると神子や豪族組の命が危ない。何としても神子達をここから出さないようにしないと!

 

 

 「神子……やるな……今のは効いた」

 

 「万全の状態で力を取り込めたのならもっと良かったのですが仕方ありません。それでも君にはいい薬になったろ?私に逆らうとどうなるか……」

 

 「そうだな……でも、逆らおう……あなたを救うと決めたからには……な」

 

 「本当に飽きないですね。君のような方は初めてですよ」

 

 

 神子は笑った。私を見て……悲しそうに……そんな悲しい顔をさせるために私は神子に逆らうわけじゃない。笑ってほしいから逆らうんだ。神子を笑顔にするために!

 

 

 「比那名居天子……その名は一生忘れません。私に逆らった変わり者として心に刻み込みましょう」

 

 「はは……心を奪うんじゃなかったのか?」

 

 

 その天子の言葉に神子の体が一瞬反応した。

 

 

 「いけませんね……君には調子を狂わされるばかりですよ。心を奪うと誓った私自身が心に刻み込むなど……!」

 

 

 そう言うと神子は七星剣を握っていない左手で刃を握りしめた。

 

 

 そして、一気に手をスライドさせる。当然ながら手から血が噴出した。それには天子も驚いた。

 

 

 「何をしている!?」

 

 

 なんで自分を傷つけたの!?何か私はまずいことを言ったの!?どうしてそんなことするの!?

 

 

 「私には心なんていらないのですよ……心を奪うと誓った私が自分の心を残しておくことなどしません。全ての者から心を奪い去った後、最後に残った私は自身の心を無くします。どうせ最後になくなるのですから、今から心が失おうと平気なのです。」

 

 

 天子は神子の言葉を聞いているしかなかった。とても反論できるような言葉が出てこなかった。

 

 

 「だから私は体に痛みを与え、心を消していくのです。私に心など必要ないものですから……」

 

 

 私は見えてしまった。神子の瞳から光が消えかかっていることに……ダメだ!諦めさせやしない!痛みで心を消すなんてことさせやしない!心など必要ないなんて言わないで!

 

 

 「神子!それ以上苦しめはしない!私はあなたに勝つ!勝って救いだすのだ!」

 

 「無駄なことを……君はここで死ぬのです!」

 

 

 お互いの剣がぶつかり合う。しかし、先ほどまでとは違っていた。神子が優位に立っていたのだ。一撃が重くなり、素早く、天子の強固な肉体を切り裂いてしまった。復活直後の神子では天子の肉体に傷をつけることはできなかった。万全の状態なら天子の体に傷をつけることができていただろう。そして、今はその万全の状態を通り越して体に負担をかけてまで力を得た状態だ。天子は緋想の剣で受け流そうとするが、力を受け流せずに体に七星剣が刺さる。肉を切り裂いて体に傷をつけていき血を流させる。天子は一度神子との距離を離して態勢を整える。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 痛い……これが斬られる痛みか……生前の頃は紙とか指を切ったことがあったけど比較にならないほど痛い。それに体が麻痺するような感覚が襲ってくる。天界で修行していた頃は刃物で体を傷つけることまではしなかった。修行している最中に切り傷とか追うことがあったが、それも比較にならない。痛みで感覚が麻痺しているのかな……それに血が流れている……このままだと私は確実にやられてしまう。

 

 

 天子は呼吸を整えて態勢を立て直そうとした……だが、それを許すほど甘くはない。

 

 

 神子の追撃が天子を襲う。素早い動きと増したパワーによって更に追い詰められていく。体中の傷も多くなり、そこから大量の血が流れ出る。

 

 

 本当にまずい……緋想の剣で受け流せないのは厳しい……こうなったら戦法を変えるしかない。

 

 

 「む!」

 

 

 天子の微妙な体の動きの変化に気づいた神子はすぐに距離をとる。それにより天子が出現させた要石の攻撃に当たらずに済んだ。

 

 

 「そんな芸当も残していたとは……君には驚かされるばかりだ」

 

 「剣術には剣術、体術には体術でお返ししようかと思ったのだが……そうも言っていられなくなってしまった。ここからは私の戦い方を見せてあげますよ」

 

 「ふ、残念ながら見る暇はないです。私は君を早く亡き者にしないといけないですからね」

 

 

 すぐに攻めの体勢に戻り天子に接近した。だが、天子は要石を盾に使い防御する。そして天子は攻めることなく防御に徹した。

 

 

 「守りを固めたつもりですか?甘いですよ!」

 

 

 眼光『十七条のレーザー』!!!

 

 

 神子から放たれる17本のレーザーが天子に迫る。スペルカード……弾幕ごっこで必要になるカードであり、東方のキャラ達が持っているものである。だが……

 

 

 「チッ!」

 

 

 天子は舌打ちした。神子が放ったスペルカードは弾幕ごっこのようなお遊びのものではなかった。天子はそれらを避ける。ギリギリレーザーから逃れたが、(かす)った天子の服ごと肉体を焼き切る。天界でも珍しい素材で作られ耐久性に優れたものだったが、それでも耐えられずに焼き切られた。もし先ほどの攻撃が肉体に触れていたならばただでは済まなかっただろう。

 

 

 「このままだと折角のお気に入りがダメになってしまうな」

 

 「お気に入りの服ならば君の命と一緒に葬ってあげますよ!」

 

 

 再び打ち出される17本のレーザーを避けようとするが、神子がレーザーの軌道を変えた。急に軌道を変えられたことで要石で防ぐことを余儀なくされる。その一瞬の隙を付かれた。

 神子が天子の懐にまで距離を詰め、七星剣が薙ぎ払われた。

 

 

 鮮血が舞った。神子の七星剣が天子の腹を裂いたのだ。

 

 

 「ごぉふ!」

 

 

 口から血は吐き出し体勢が崩れる。それを見逃すほど神子ではなかった。今度はその命を確実に奪うべく心臓に刃を突き立てる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「がぁは!」

 

 

 後ろに体勢を崩した天子の足が神子の腹に直撃していた。体勢が崩れたのを利用してそのままの勢いで腹を蹴った。確実に命を奪うべく接近したためにその衝撃も大きい。神子はよろめき口から胃液が流れ出る。

 

 

 「うぐぅ……がぁ……ま、まだ抗いますか……君は!」

 

 「最後まで抗うさ……はぁ……はぁ……私は覚悟を決めたんだ……神子あなたを救うとね」

 

 「くっ!私には君という存在がわからない……何故そこまでして赤の他人を助けようとするのです!私はこの世界にとっては敵なのですよ!それを君は……!」

 

 

 天子を睨みつける。何故自分をそこまで助けようとするのか?赤の他人……神子は青娥からの情報で天子を知っていた。しかし、それだけだ。天子がここまで自分を救い出そうとする理由が思いつかない。初めて出会ったはずなのに、幻想郷の敵のはずなのに、命を奪おうとしているはずなのに……わからなかった。どうして自分を助ける意味があるのかを……

 

 

 「私はこの幻想郷が好きだ。この世界に生きる者、自然、人間も妖怪も関係なく笑って、時には残酷なこの世界が私は大好きだ。私だってこの世界の住人でもあり、一人の天人くずれ……自分のエゴで他者を殺めたこともある。気に入らないこともある。理不尽なことだって当然あるだろう。でも、それを含めて私はここが好きなんだ。それに神子、あなたのことも……」

 

 「……」

 

 「あなたは知らないだろうけど、私はあなたを知っている。正確には豊聡耳神子であって、あなたではない人物ですが……」

 

 「わけがわかりませんね」

 

 

 当然だ。天子が言っていることは神子には理解できない。ゲームの登場人物など本人に言っても誰も信じないのだから。天子はそれでも話を続ける。

 

 

 「そうですよね。でも、知っているのはあなた自身でないため別人と言った方がいいな。その方はね……笑ってましたよ」

 

 「……笑っていた……?」

 

 「ええ、笑って仲間に囲まれて人々を導こうとしていました。時には異変に関わって幻想郷の皆と戦っていました。その笑顔はとても素敵でしたよ」

 

 

 天子はゲームの中で見せる楽し気な少女たちの笑顔を思い出していた。その中に豊聡耳神子の姿も含まれていた。

 

 

 「変な話ですが、神子の笑顔を知っています。私はその笑顔が好きだ。だから笑ってほしいんだ。あなたには笑顔が似合っているのですから……」

 

 「……」

 

 

 二人の間に沈黙が流れる。お互いに目を逸らさず微動だにしない。時間の流れがそこだけ止まったように見えた。

 

 

 「ふ……ふふ……」

 

 

 神子が笑った。しかし、その笑いは笑顔とは程遠いものだった。

 

 

 「ふふふ……あははははははははは!!!」

 

 

 壊れたように、狂ったように笑い出した神子。そんな神子を天子は見ているしかできない。

 

 

 「おかしいですよ。私の笑顔?私は今笑顔ではありませんか!君のおかしな話を聞いて笑いが止まりませんよ!その笑顔が好き?なら見るといいですよ。私はこんなに笑っているのですから!!」

 

 

 とても冷たい表情だった。見下し、バカにしたように冷めた瞳……彼女にとってはこれが笑顔だと言っていた。その姿を見た天子はとても寂しい目をしていた……

 

 

 「あははは!君は本当に面白いですよ!決めましたよ、君を殺して落とした首を私の家宝としましょう。君はずっと私の笑顔を堪能できるのですよ!あはははははははは!!!」

 

 「神子……」

 

 「そうと決まれば善は急げです。体の方が傷ついても構いませんが顔は傷つけないようにしましょう。私も君の顔をずっと眺めているには綺麗な顔のままの方がいいですから!」

 

 

 そこには神子と呼べる人物はいない。狂ったように笑い、笑い、更に笑い、笑みを浮かべる者がいた。

 

 

 「なら時間が勿体ありませんね!君を殺した次はここにいる他の者達も見せしめに殺してあげますよ!」

 

 「衣玖達には手を出させるものか!」

 

 「口先だけなら何とでも言えるんですよ!力のない者は自分の死に方すら選べないのですよ!私には今、君を圧倒できる力があります。君に残されているのは死だけです!」

 

 

 神子はそう言うと天子に向かって駆けだそうとした……その時だった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮血が噴出した。天子ではなく神子の額から血が流れ出た。

 

 

 「なっ……なん……ですかこれ……!?」

 

 

 自分の額から流れる血を見て呟いた。普段の冷静な神子ならばこんなことにはならなかった。今の神子には冷静さも判断力も無くなっていたのだ。何事かわからない神子に天子は言った。

 

 

 「普段のあなたならこんなことにはならなかった。それは力を得た代償だ」

 

 「……代償……!?」

 

 「肉体が耐えられないほどの力を得たせいで体が徐々に崩壊しかかっているのだ」

 

 「な、なにを……!?」

 

 

 今度は鼻から血が流れ出た。そして、体中が軋むような音が聞こえて足に力が入らなくなっていた。神子はたまらず膝をつくことになった。手にも力が入らず七星剣が滑り落ちる。そして目から何かが流れ出た……涙というより血涙が流れ滴り落ちていた。

 

 

 「そ、そんな……この……わた……し……が……こ……んな……ミス……を……!?」

 

 「豊聡耳神子……」

 

 

 天子の言葉に神子は見上げる形で天子を見る。

 

 

 「終わりの時が来たのだ」

 

 

 ------------------

 

 

 炎符「太乙真火」!!!

 

 

 布都から放たれた火気は周囲へ広がり炎の柱がいくつも吹き上がる。そんな中で平然と佇む一匹の鬼……

 

 

 「これぐらいじゃ私は倒せないよ?」

 

 「おのれ!バケモノめ!」

 

 「バケモノ?違う、私は鬼だ」

 

 「くっ!」

 

 

  戦いは正直話になっていなかった。布都がいくら攻撃しても鬼の中でも頂点に立つ一人である山の四天王の一人である萃香にとってはスペルカードルール外の戦いでは強者の部類に入る。それに相性が悪かった。布都の操る炎は鬼である萃香には温かいちっぽけな火であった。布都は他にも試してみたが鬼との格の違いを見せつけられていた。鬼は打たれ強く、力は強い。布都は尸解仙(しかいせん)であって神子のために修行した身であったが、それでも力の差は歴然だった。それでも布都は諦めることなどしなかった。全ては神子のためだから……

 

 

 「くそっ!我では勝てないと言うのか!?」

 

 

 勝てない……布都は自分が無意識に勝てないと理解してしまったことが悔しかった。勝てないとわかってしまい唇を噛みしめる。勝てなければ神子の役に立つことなどできない……このままだと野望も叶えられずにまた神子は苦しい思いをしなければならない……

 

 

 「(そんなの……嫌じゃ!)」

 

 

 そんな現実は認めたくなかった。布都には神子の悲しい思いをしてほしくなかったから……

 

 

 「(嫌じゃ!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌……嫌じゃ!)」

 

 

 目の前に炎に飲まれながらも平然としている鬼を睨みつけ……

 

 

 「(例え勝てないとわかっても……負けなければいい!)」

 

 

 布都は最後の手段に出た。布都は走り出し萃香の目前まで迫った。

 

 

 「(こいつなにを!?)」

 

 

 突然の予想もしていない動きに一瞬萃香が動揺する。そして、更なる動揺が萃香を襲う。布都が萃香に抱き着き逃れられないように術でお互いの体を拘束した。

 

 

 「お前なにをしている!?」

 

 

 これには萃香も動揺を隠せない。周りは炎で萃香は鬼、だが布都は違う。圧倒的に有利なのは萃香で不利なのは布都の方だ。それにお互い動けないなら萃香の方に軍配が上がるのは必然だった。だが……!

 

 「我は負けるつもりはない!勝てぬのなら負けなければいい!我の最大出力で我もお主ごと灰にしてくれようぞ!」

 

 「お前まさか……!?」

 

 「これが太子様に捧げる最後の……我の覚悟じゃ!」

 

 

 『大火の改新』!!!

 

 

 二人の周りを炎の渦が覆いつくす。炎弾を撃ち出され周りは火の海と変わった。それも今までとは比べ物にならないほどの熱さを宿しており、鬼の萃香の表情が変わった。

 熱いのだ。今まではただの火の粉にもならない程度だったが、これは本物の炎を体に浴びているようだった。萃香の表情が珍しく苦痛に変わった。そして、鬼の萃香でも耐えられない炎を生み出した本人がこれに耐えられるはずもない。

 

 

 耐えられるはずもないが、布都は苦しんでいなかった。全てをやり遂げた安らかな表情だった。

 

 

 「お前……自分ごと私を道連れにするつもりか!」

 

 「我は……太子様のために生きてきた……今までも……そして……これからも……そのために死ねるのなら……本望じゃ……」

 

 「(こいつ……似ている……!)」

 

 

 似ていた。自分の命を省みずに仲間のために命を捨てた人間達に……!あの時の名前も知らない人間達に……!その人間達は最後どうなったか……萃香の中で何かが弾けた。

 

 

 「この……馬鹿野郎!!」

 

 

 萃香は力任せに術を破ろうとする。だが、簡単には破れなかった。全てをかけた布都が出した最後の拘束……命を落としても萃香を道連れにしようとしたものだ。布都の全てが宿る術は萃香と布都を離さないように固く結ばれていた。

 

 

 「こんなもの!私は鬼だ!誰もが恐れる鬼だ!こんなもの壊せないわけがないだろ!!壊れろ!壊れろー!!」

 

 

 それでも術は完全には破れない。少しずつだが壊れ初めていたが、時間の問題だ。布都は衰弱し、萃香も体が耐えきれなくなってきた。

 

 

 「(壊れろ!なんで壊れないんだ!ちくしょう……こんなところで死なれたら天子になんて言ったらいいんだよ!)」

 

 

 萃香は天子なら相手を必ず助けると信じていた。あいつはそういう奴だと言うことを知っている。優しく、強く、カッコイイあいつならこの小童も助けるだろうと……

 萃香の瞳に炎が宿る。布都が生み出したものではなく、魂の炎が萃香を動かすように燃え上がる。

 

 

 「私は伊吹萃香だ!鬼の底力を舐めるんじゃねぇえええええええええ!!!」

 

 

 萃香と布都を繋いでいた術が弾け飛び、二人を飲み込もうとしていた炎の海も共に消え去った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……う、ううん……」

 

 

 布都は目を覚ました。体が重く、目を開けるので精一杯だった。

 

 

 「ったく、世話焼かせやがって」

 

 「お、お主は!?」

 

 

 傍に萃香がいたことに驚いて起き上がろうとするが痛みが体中を襲う。

 

 

 「あぐぅ!」

 

 「動くなよ。動くと痛いからここで大人しくしてろ」

 

 「お、お主……何故我を……?」

 

 

 萃香は少し火傷を負っていた。その内にすぐ元に戻るだろうが、それでも鬼の体に火傷を負わせたことだけでも誇れることだろう。

 

 

 「勝手に死なれちゃ困るんだよ。こっちが天子に怒られるからな」

 

 「我は……お主を道連れにしようと……」

 

 「ふーん……それで?」

 

 「……はっ?」

 

 

 萃香は興味なさげに言った。布都は当然ながら唖然とした表情になっていた。

 

 

 「私は鬼だぞ。退治されるのが普通だ。やられたらそこまでだよ。それに私を打つならそいつは誇ってもいい。まぁ、そう簡単にやられるつもりはないけどね。だから何にも気にしていない」

 

 

 鬼という種族はそうだ。戦って負ければ満足だし、勝っても満足する。戦闘狂である鬼の考えは布都には難しいだろう。

 

 

 「まぁ……その……お前の最後の覚悟……中々よかったよ」

 

 「……えっ?」

 

 

 布都の方を向かずに答える萃香は少し照れ臭そうにしていた。

 

 

 「ちびって言ったことは取り消そう。お前は中々いい女だったよ」

 

 「……我も……お主をバケモノと言ったこと……取り消そう」

 

 「これでお互いにちゃらだな」

 

 「……そうじゃな」

 

 

 お互いに自然と笑みがこぼれる。命をかけた戦った後なのに二人共清々しい表情をしていた。

 

 

 「私は動けないや……お前……いや、布都よ決着がつくまでここで大人しくしてようか?」

 

 「そうだな。鬼……じゃないや、萃香……我も動けないしな」

 

 「決まりだな」

 

 「そうじゃな」

 

 

 二人はここで見届けることにした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ!」

 

 「む~だ~だ~!」

 

 「芳香ちゃ~ん!頑張って~♪」

 

 「ま~か~せ~ろ~!」

 

 

 妖夢は苦戦していた。何度斬ってもすぐに回復する芳香、それをサポートする青娥を相手に分が悪かった。青娥を守る芳香に阻まれまだ一度も青娥に一太刀も入れていない。妖夢の体力も繰り返しの作業をしているようで尽きかけていた。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「あらあら?もう息切れですか?やっぱり生きているって大変ですわね。それに比べてわたくしの芳香ちゃんはこ~んなに元気よ♪」

 

 「げ~ん~き~だぞ~!」

 

 

 妖夢はこのままでは勝てないことはわかっていた。しかし、どうすればいいのか悩んでいた。

 

 

 「(どうすればいい……芳香さんは回復持ち、青娥さんは芳香さんに守られ、芳香さんをすぐに蘇らしてしまう……このままではジリ貧だ。何か手はないか……)」

 

 「考え事ですか~?真面目子ちゃんは頑張りますわね。正攻法で突き進んで来るのはいいことですわね」

 

 「(正攻法……そう言えば早苗さんと戦ったとき……)」

 

 

 妖夢は思い出した。天子に連れられて森の中で稽古をつけてもらうときに早苗が乱入し、そのまま早苗との稽古試合があったことを……その時は妖夢は負けてしまった。しかし、早苗の戦い方を思い出した。妖夢には汚い戦い方に映ったが、戦いに卑怯もクソもないと早苗は言っていた。それを全て鵜呑みにするわけにはいかないが、早苗の戦い方も一つの形だった。今まで真っすぐに青娥の元までたどり着こうとしていた。だが、それだけでは届かない。ならば……!

 

 

 「(早苗さん、あなたとの戦い無駄ではなかったようです。そして、天子さんもありがとうございます。私は一歩前に進むときが来ました!)」

 

 

 妖夢の目に何かが宿るのを見た青娥は息を呑んだ。

 

 

 「(変わった……何かを見出したようね。ふふ♪どう来るか楽しみですわ♪)」

 

 

 妖夢は走り出した。青娥に向かって一直線に!

 

 

 「あらあらまた同じことの繰り返し?芳香ちゃ~ん!出番よ~!」

 

 「お~!」

 

 

 再び盾となるべく芳香は動きだし、妖夢の前に躍り出た。そのまま先ほどと同じく芳香を斬る……ことはせず、芳香を踏み台にして飛び上がる。

 

 

 「ふ~ま~れた~!けど~にがさないぞ~!」

 

 

 芳香は妖夢を逃がさんように妖夢の足を掴んだ。が、妖夢の足が芳香の手をすり抜けた。

 

 

 「お~?」

 

 「(あれは!?)」

 

 

 青娥は見た。妖夢の体が透けていることに……そして、妖夢の姿が白い丸い霊体になっていくのを!

 

 

 「(あれはあの子の半霊!あの子はどこに!?)」

 

 

 青娥の視界には妖夢だった半霊と芳香しか映っていなかった。では本物の妖夢はどこに?そう思った時には既に遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「終わりです」

 

 

 青娥の首元には刀が突き付けられていた。青娥の背後に居たのは本物の妖夢だった。

 

 

 「半霊を囮に使ったのですね。意外でしたわ。馬鹿正直のあなたが背後を取ろうとするなんて……」

 

 「囮と言うより入れ替わったんですよ。あなたの後ろに潜ませていた半霊と私は距離が近ければ入れ替わることができます。半霊も私自身ですから」

 

 「なるほど……あなたにしかできない芸当ね。わたくしの完敗だわ」

 

 

 青娥は負けを認めた。よってこの勝負は妖夢の勝ちだ。

 

 

 「それでわたくしをどうするつもりで?殺します?」

 

 「そんなことしませんよ。それに今天子さんが戦っている最中です。あなたは負けたんですからここで大人しくしていてくださいね」

 

 「あらあら、甘いのね。半人前さん」

 

 

 そう青娥は揶揄うが、妖夢の顔は笑顔だった。

 

 

 「私はまだまだ未熟者です。だからこそ、あなた達と戦えてよかったと思っています。とてもいい経験になりました。ありがとうございます青娥さん、芳香さん」

 

 

 頭を下げる妖夢に度肝を抜かれたような表情の青娥。だが、彼女も悪い気はしなかった。

 

 

 「うふふ♪どういたしまして♪」

 

 「お~!なんだか~わからない~けど~どういたし~ましてだ~!」

 

 

 死者を操る邪仙とキョンシーと半霊半人の奇妙な縁がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの雷が互いに火花を散らす。

 

 

 雷矢『ガゴウジサイクロン』!!!

 

 

 雷符『エレキテルの龍宮』!!!

 

 

 矢がまるで雷の如くジグザグに移動しながら衣玖を仕留めようと迫ってくる。それを自分の頭上に雷を落として、周囲にバリア状に放電することで全ての矢を無力化する。

 屠自古と衣玖の戦いは長きにわたっていた。それでも勝敗はつかずお互いの体力も限界に近付きつつある。

 

 

 「はぁ……はぁ……屠自古さん……あなたしつこい女だと言われません?」

 

 「はぁ……はぁ……私がしつこい女ならそっちはだらしない女とか言われてないのか?」

 

 「そ、そんなこと!で、でも……て、てんし様はそれでも私のこと見てくれてますし……」

 

 「……否定はしないんだな」

 

 「あっ」

 

 

 いつの間にかお互いに軽口を言えるようになっていた。この戦いで彼女達はお互いのことを知ることができたような気がした。似た者同士であったから、運命は残酷に二人を引き合わせ戦うことを迫ったのかもしれない。

 

 

 「ふん、衣玖とこうして出会えたことは嬉しいと思う反面悲しいと思う私がいる」

 

 「私もです。もう少し別の形で出会えていればよかったのに……」

 

 

 二人は出会ってしまった。こんな形でも感謝していないわけではない。しかし、もう少し平和的に出会えることを二人は望んでいたのに……

 

 

 「衣玖、私達の体力はもう底につきそうだ。ならば次で最後にしないか?」

 

 「最後……ですか。そうですね、私も空気を読んで見事勝ってみせます!」

 

 「ふん!それでいいんだ。だが、勝てると思うなよ!」

 

 

 二人の体に雷が集い始める。まるで落雷が人に宿っているように激しいものだった。

 衣玖と屠自古にとって一秒間がこれほど重いと感じたことはなかった。今の時間がどれほど長く辛いものかは当の二人しかわからない。そんな二人は動かない。否、動けないのだ。どちらにも隙がなく、一撃で決まってしまうのだから……

 

 

 その均衡はすぐに破られた。どこからともなく紛れ込んだ一枚の葉っぱが均衡を破らせるように二人の間に落ちようとする。下に重力に引き寄せられて落ちていく……下に、下に、もう地面につく……そして……

 

 

 葉っぱが地面についた瞬間に葉っぱは燃え散った。それが合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の位置は変わらなかった。しかし、大きな違いがあった。倒れていたのだ……誰が?どっちが?その答えはすぐそこにあった。

 

 

 「屠自古さん……」

 

 

 倒れた者の傍にやってきたのは衣玖の方だった。そうなると倒れているのは屠自古だ。

 衣玖が勝ったのだ。屠自古の全身全霊の一撃を衣玖の雷が上回ったのだ。衣玖は屠自古を抱き起す。

 

 

 「見事だよ……私の……負け……だ」

 

 

 悔しさはなかった。寧ろ何もかも抜けてスッキリしていた。衣玖はそんな屠自古に謝る。

 

 

 「すみません……屠自古さん……」

 

 「何を謝る……衣玖が謝ることなど……ないじゃないか……」

 

 「それでも……屠自古さんの覚悟を無駄にしてしまった……」

 

 

 衣玖は謝った。衣玖の目から何かが落ちた。水?違う……涙だ。

 

 

 「屠自古さんは命をかけて神子さんを思っていたのに……」

 

 

 それ以上言おうとした衣玖を制す。

 

 

 「私は私の意思でやっただけだ。そこまで思ってくれるだけでも私は嬉しい……太子様のお役に立てなかったのが悔しいが負けは負け……とどめを刺してくれ……」

 

 

 衣玖にならとどめを刺されてもいいと思えた。衣玖にこそとどめを刺されたいと思っていたのかもしれなかったが、衣玖は首を横に振った。

 

 

 「駄目ですよ屠自古さん。命を粗末にしては……あなたは生きているのですから!」

 

 「私が……生きている?」

 

 

 亡霊なのに生きているとはどういうことか?屠自古はそう思った。

 

 

 「ここは幻想郷です。なんでも幻想郷は忘れ去られた者が集う最後の楽園だそうですよ。人間だけでなく、妖怪もあなたと同じ亡霊の方もいらっしゃいます。亡霊だから死んでいるわけではありませんよ。息をしているから生きているのではありません。心を失い、何も感じず、何も見いだせない方が死んでいると私は思います」

 

 

 衣玖は言った。まるで天子が考えていたことと同じように……それにここは幻想郷だ。忘れ去られた者達の楽園。屠自古達は長い歴史の中で人々から忘れ去られてしまっているだろう。彼女達にとってここは残された最後の土地であり、幻想郷は全てを受け入れる場所。きっと受け入れてくれるだろう……辛い過去を歩んできた屠自古達でもきっと……

 

 

 「ふふ……私も焼きが回ったかな……もう少し生きたくなっちまった……」

 

 「生きましょう!そして宴会でもなんでもしましょう!大丈夫です。あなた達の太子様は必ず救われます!」

 

 「……どうしてそんな自信があるんだ……?」

 

 

 衣玖は言い切った。どこにそんな自信があるのか……自分達でも神子を止めることなどできないと悟ったのに……

 衣玖は絶対的自信があった。いや、自信というより信頼だ。あの方なら救ってくれると!

 

 

 「あの方なら救ってくれます……天子様なら!」

 

 

 いつの間にか辺りは晴れ、空が二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「終わりの時が来たのだ」

 

 

 この異変も終息の時が来たようだ……

 

 



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18話 守り人

神子との戦いに遂に決着が!!


神霊廟編もそろそろ終わりです。


本編どうぞ!




 「終わりの時が来たのだ」

 

 

 神子は見上げる形で天子を見ていた。

 

 

 神子の体は限界だった。血が額、鼻、耳、目や体中から流れ出て、霊達から無理に得た力に体が持たなくなっていた。血で視界がぼやけるが、それよりも目の前に映る天子の姿に釘付けになっていた。

 

 

 そんな……私が……負ける?私が今まで我慢してやってきたことが……無駄になる?そんな……ありえない……私は今まで人々のためにやってきたことが無駄!?私は野望を叶えられずここで死ぬの?()()死ぬの?そのために命を絶ってまで蘇ったのに……もう今度は蘇れない……儀式もしていない……準備もできていない……私はこの男に殺される!!

 

 

 神子は目の前にいる天子が急に怖くなった。そして、嫌な記憶が思い起こされる……!

 

 

 『「ばらしたら承知しないぞ……!」』

 

 

 「!!?」

 

 

 『「何をしているかだって?俺たちはお前のことが憎かったんだ!」』

 

 

 あの時の記憶が神子の脳内で再生される。

 

 

 『「てめぇは自分が誰よりも優秀だと見せびらかしたかったんだろ!自分は誰よりも優れている、俺たちとは全然違う次元の存在だと自慢したかったんだろ!!」』

 

 

 『「じゃ、俺たちに教えたのはなんだ!不老不死の研究を伝えて、自分は命すら自由自在にできますよって言いたいのか!」』

 

 

 『「()()()()()だと……やっぱり見下しているんじゃねぇか!!」』

 

 

 暴力を振るわれた記憶……

 

 

 『「俺はお前が憎い!いい暮らしをするお前が!」』

 

 

 『「俺もお前が憎いぞ!偉そうにしやがって!少し頭がいいからって調子に乗ってんじゃねぇ!」』

 

 

 『「妖怪退治しているのは俺たちだろ!お前は後ろで指揮して楽しているだけだろうが!」』

 

 

 理不尽な理由で罵倒された記憶……

 

 

 『「泣いてやがるぜ!みっともねぇ!あの太子様が俺たちの前で泣いてやがる!」』

 

 

 『「ざまぁねぇな!」』

 

 

 『「当然の報いだ。人をバカにするからだ」』

 

 

 反論したくてもできなかった記憶……

 

 

 『「人に頼む態度ってもんがあるだろ太子様?」』

 

 

 悔しくて涙した記憶……

 

 

 『「へへへ!お前のことは確かに嫌いだが、体はいい体をしているよな。太子様よ、俺たちちょっと最近溜まっていてよ……お前の体で発散させてくれねぇか?」』 

 

 

 穢されそうになった時の記憶……

 

 

 それらが今行われようとしているかのような錯覚を起こす。天子の姿があの時の弟子達の姿に見えてしまった。恐怖が神子を襲う。恐ろしくて怖くてどうしようもない気持ちが神子を支配する。

 

 

 嫌だ……来るなあっちいけ近寄るな私を見るな触るなしゃべるな!!!

 

 

 「神子……」

 

 「くるなぁあああああああ!!!」

 

 

 神子は叫んだ。恐怖に支配された声だった。神子は天子を見て恐怖でおかしくなっているようだった。

 

 

 「くるなくるなクルナくるナ!!あっちいけ……!ちか……よるな……!!」

 

 

 天子から逃げるように後ずさる。目からは血涙と共に本物の涙も流れ出ていた。顔がぐちゃぐちゃになり、血と涙で赤く染まった顔には恐怖しか宿っていなかった。

 

 

 もういや!もうぼうりょくなんかうけたくない!もうゆるしてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさごめんなさいごめんなさいごめんなさいいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!

 

 

 神子はうずくまり震えた。怖くて、また暴力を振るわれ罵倒を浴びせられるかと思った。

 

 

 「神子……」

 

 「ひっ!?」

 

 

 顔を上げると目の前には天子がいた。神子には天子の表情が自分を地獄に突き落とす悪魔に見えていた。天子の手が神子に伸びる……

 

 

 やめて……もうぼうりょくをふるわないで……もういじわるしないで……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!だからおねがいします……だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たすけて……ください……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………えっ?」

 

 

 天子は神子の体を優しく抱きしめていた…… 

 

 

 ------------------

 

 

 「終わりの時が来たのだ」

 

 

 私は神子が体に無理を強いていることはわかっていた。そして今の神子には判断力がかけていた。だから私は時間をかける必要があった。今の私では神子の攻撃を防御するだけでも精一杯なのに、それから攻め入るのは難しいと判断した。そして、神子の体が力に耐えきれずに自壊していくことを待った。

 私には防御力を底上げする萃香戦で使った『無念無想の境地』があったのだが、あれのデメリットは肉体を強化できるが消費がとても激しいことだ。相手の攻撃に怯むことなくスーパーアーマー状態になるが、もし長期にわたって使用してしまい、効力が切れてしまえば体に負担がかかって動けなくなる可能性が高い。神子の攻撃をその間受けなければならなくなる。萃香の時は条件付きと短期間で勝ち筋はあったが、防御力が底上げされると言ってもダメージを受けないわけではない。もしも突破されればただの案山子状態でフルボッコにされてしまう。だから使えなかった。

 だからこそ、私は防御に徹して時間を稼いだのだ。私の思った通り力に耐えきれなくなった体が自壊した。冷静な判断力があったなら途中でそのことに気づけたはずなのに……

 

 

 天子は戦いが決したことで神子に声をかけようとした。

 

 

 「神子……」

 

 「くるなぁあああああああ!!!」

 

 

 私は神子の叫びを聞いた。心の底から私を拒絶する声だった。恐怖に染まり、神子はおかしくなっているように見えた。

 

 

 「くるなくるなクルナくるナ!!あっちいけ……!ちか……よるな……!!」

 

 

 私から逃げる神子……その表情は今までの神子にはありえないものだった。弱々しく血涙と本物の涙が流れ出て顔が血と恐怖で染まっていた。

 神子はここまで追い詰められていたのか……神子の心にこれほどまでの傷が存在していたのか……私は気づいてあげられなかった。神子と対峙し、神子の思いを受け止めると言っていたのに、私は彼女がここまでの姿を見せなければ気がつけなかった。わかっているつもりになっていたようだった私の姿は笑いたくなるぐらいひどいものだ。現に私は神子に声をかけてあげられない……どう声をかけたらいいのかわからない。不甲斐ないわね、こんな時なら元天子ちゃんはどう対応するんだろうな……でも、今それを思ってもどうしようもない。今の状態を放っておけば本当に神子が壊れてしまう……そんなことさせるものか!

 

 

 「神子……」

 

 「ひっ!?」

 

 

 私に何かされるのだろうと思ったらしい……私も外見男だから怖いよね。でも、安心できないだろうけど中身あなたと同じ女の子なの。だから怖がらないで……大丈夫だから……ここにはあなたをいじめる人なんてだれ一人いないのだから……

 

 

 そして私は言葉よりも相手に伝わる一番の方法をとった……

 

 

 「………………えっ?」

 

 

 天子は神子の体を優しく抱きしめていた…… 

 

 

 「大丈夫だ、何もしない……誰もあなたを傷つけたりなんかしない。ここにいるのは皆優しい方達ばかりだから……」

 

 

 天子は神子に優しく語り掛け、優しく包み込むように頭を撫でる。

 

 

 こんなに綺麗な髪に柔らかい肌なんだよ?血まみれなんか似合ってないよ?今まで怖い思いをしてきたんだ。誰かのために頑張ったんだ。だから、そろそろ褒美をもらわないといけない時期だよ。これからは幸せに生き、泣いて、笑って、喜んで、楽しんでいくんだ。ここからが神子の出発点だよ。もし、神子を傷つけようとしたりする奴が現れたなら……

 

 

 「大丈夫……私があなたを守るから……」

 

 「あ……ああ……!

 

 

 小さな声が震え、神子から恐怖が消えていく……

 

 

 「うぅ……えぐぅ……うわぁあああああ!!!」

 

 

 一人の女の子が天子に抱きしめられながら泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙が紫さんに報告して一件落着!っとはいかなかった……妖夢が青娥さんを倒したことで少し結界が緩んで藍の元へ連絡することができた。少し緩んだことだけでは連絡できないほどの結界だったのだが、橙がそこは頑張ってくれたみたいだ。こう見えても藍さんの式だから優秀なんだね。そして、紫さんがスキマを作ってくれて、私達と神子達は幻想郷に戻って来た。屠自古と布都は消耗していたので永遠亭へスキマを繋げてくれて急いで搬送された。そして、重症なのは神子だった。無理に力を得た代償に体がボロボロとなっただけじゃなく、精神的にも安らぐことが必要だった。私は神子を青娥さんに任せ、私自身も重症なことは重症なので治療を受けることになった。そして私は今、永遠亭のベットの上である人物に診察されていた。

 

 

 「派手にやったみたいね」

 

 「ああ、でも結果良ければ全て良しだ。私の傷なんて屁でもないさ……神子の心の傷に比べればね」

 

 「変わっているわねあなた」

 

 「神子に言われたよ……永琳さん」

 

 

 【八意永琳

 長い銀髪を三つ編みに、左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている。上の服は右が赤で左が青、スカートは上の服の左右逆の変わった配色の服を着ている。蓬莱人で、彼女は蓬莱の薬を飲んだ人間である。不老不死の存在となり、長き時間を生きている。元々月にいたのだが、訳があって迷いの竹林の中にある永遠亭で生活している薬師である。

 

 

 美しい永琳さんに私の体をさらけ出している……恥ずかしい!中身は女の子ですけど、体は男なのだけどやっぱり自分の体を診察とはいえ見せるのは恥ずかしいです。まじまじ見ないでください永琳さん……!

 

 

 「そうなのね。それにしても天人の体を見るなんて機会がなかったから丁度よかったわ。ねぇ?私の実験の被験者になってみない?」

 

 「勘弁してくださいよ永琳さん……」

 

 「冗談よ、でも本当に変わった体ね。筋肉のように弾力があるけど、話によると岩よりも硬いのでしょ?天人とはみんなこんな体をしているのかしらね?」

 

 

 永琳さんは私の体に興味深々で困っている。上半身裸は寒いし恥ずかしいんですよ!それに神子達の様子を見に行きたいんですが……

 

 

 「……永琳さんそろそろ……」

 

 「ああ、ごめんなさい。つい興味にいってしまったわ。それで?」

 

 

 それで?ってなに?もしかして私が聞きたいことわかってるの?流石天才だわ。何億年も生きているのは伊達じゃないね。

 

 

 天子は神子達の様子を見たいと伝えるとわかっていたのか何も言わずに誰かの名前を呼んだ。

 

 

 「師匠お呼びですか……あっ!ご、ごめんなしゃい!!」

 

 

 部屋に入って来たうさ耳の子が天子を見るなり顔を赤く染めて襖を閉めてしまった。天子は上半身が裸であったために先ほどの子は恥ずかしくなったのだ。

 

 

 あちゃ~!初心(うぶ)でしたか……廊下で待たせるの悪いし、永琳さんも私が服着るの待っていてくれているみたいだから早く着よ。

 

 

 天子が服を着て、合図すると恐る恐る襖を開けて入ってくる先ほどのうさ耳の子が入って来た。

 

 

 【鈴仙・優曇華院・イナバ

 足元に届きそうなほど長い薄紫色の髪に、紅い瞳を持つ。頭にはうさ耳があり、制服的な衣装に身を包む。月に住む妖怪ウサギで、とある理由で月から逃げ出してきた逃亡者。八意永琳を師匠と仰ぎ、薬師としての技能を始め様々な事を学んでいる。

 

 

 鈴仙はチラチラと天子の方を窺っている。先ほどの光景が頭から離れないのか顔がほんのりと赤いままだった。

 

 

 「優曇華、そんなに天子さんの裸が見たいなら見たいと言えばいいのに」

 

 「し、ししし、ししょう!?な、なにをいいだすんでしゅか!?」

 

 

 鈴仙噛んだね。鈴仙を揶揄う永琳さんとても楽しんでそうだった。強い……私の本能が囁いた。永琳さんには失礼なことがないようにしないと絶対実験体にされる未来が待っている……逆らわないようにしないと。

 

 

 慌てふためく鈴仙をよそに、永琳は話し始めた。

 

 

 「天子さんは彼女達に会いに行きたいのね?」

 

 「ああ……私が神子と戦って傷つけたのは事実だ。それを踏まえて謝りたいのだが……」

 

 「そう、診察が終わったら八雲紫があなたを呼ぶように伝わっているけど?」

 

 

 紫さんが私に言った。「後で会いましょう」っと……恐らくだが、神子達の処遇についてだろう。神子達は未遂であるが、幻想郷でスペルカードルールに違反した行為を仕出かそうとしたし、紫さんにとっては完全に敵だ。橙も厳しい顔つきだったしね。その前に私は神子に会っておきたい。一目だけでもいいから私自身が安心したいんだ。

 

 

 「その前に神子に会いたい。お願いできますか?」

 

 「そうね……患者の意思を尊重するのも大切なことだわ。優曇華、彼女達の具合はどうなの?」

 

 「えっと……屠自古さんと布都さんの方はもう大丈夫ですけど、神子さんの方はまだ意識が……」

 

 

 そうか……無理もないわね。肉体的にも精神的にも私が追い詰めてしまったようなものだから……でも、会いに行きたい。意識が戻っていなくても会うだけでも意味がある。この後、紫さんが神子をどうするかわからないけど私は神子を守りたい。私は神子に「私があなたを守るから」って言ったのに無責任なことはできない。中身が女の子でも男として生きているならば約束は守り通さないといけないしね。

 

 

 「それでも私は神子に会いたい。鈴仙頼めるか?」

 

 

 鈴仙を見つめる天子の瞳は真剣そのものだった。鈴仙は永琳に了解を取り、天子を連れて神子がいる病室の前へたどり着いた。そこには見知った顔の三人が居た。

 

 

 「天子様!」

 

 「おお!天子ひどくやられたな」

 

 「天子さん大丈夫ですか!?」

 

 

 衣玖と萃香と妖夢の三人だ。三人は天子の姿を見つけると駆け寄ってきた。

 

 

 「天子様……傷の具合は……」

 

 

 衣玖が今にも泣きそうな顔して心配してくれている。大丈夫だよ、確かにまだ痛みはあるけど、こんなの神子が今まで受けた屈辱に比べたら軽いものだ。だから私は大丈夫。心配いらないよ衣玖。

 

 

 「心配してくれてありがとう衣玖。私なら問題ないし、皆の方こそ大丈夫だったのか?萃香、顔に火傷の跡が……」

 

 

 萃香を見ると右頬に火傷の跡があった。天子はそのことが気になったが、萃香は笑っていた。

 

 

 「いや~!中々興奮したよ。私に火傷を負わせるなんてびっくりした。でも安心しろ天子、傷はすぐに元通りになるから……この火傷は天子と戦った時のように思い出の証なんだよ。布都の奴、最初は退屈だったけど最後のは私の心まで燃えてしまうんじゃないかってくらいに熱くなる戦いだったよ!」

 

 

 萃香は満足しているみたいで心配いらないようだった。布都は萃香を満足させられたようね。子供みたいな笑顔しちゃって……かわいい鬼だな♪

 

 

 「天子さん、あなたと稽古した時間は無駄ではありませんでした!あの時の体験が無ければ私はきっと負けていたでしょう」

 

 「私は何もやってないけどね。早苗に感謝するといいさ」

 

 「はい、今度早苗さんにもお礼を言っておきます」

 

 

 妖夢も清々しい顔になっていた。この戦いで妖夢は成長できたようだ。この調子で一歩ずつゆっくりでいいから頑張っていってほしい。応援しているよ妖夢。

 

 

 神子達に会うまでの三人は何かギスギスした感じだったけど、今ではそんなことないようだ。あれは何だったんだろうか?まぁいいや。仲良くなってくれたのはいいことだ。よし、三人は元気そうだし、心配いらないね。神子に会わないと……

 

 

 私は襖に手をかけて開けた。そこには屠自古、布都、青娥に芳香……そして……

 

 

 「神子……」

 

 

 静かに眠っている神子の姿があった……

 

 

 ------------------

 

 

 ……ここはどこ……私は一体何をしていたの……?

 

 

 自分以外の全てが黒一色で染められた空間にたった一人存在する者がいた。

 豊聡耳神子は知らない空間で目を覚ました。暗く自分以外に誰もいない物音一つすら聞こえてこなかった。

 

 

 私は何故こんなところに……私は今まで何を……していたのだ……?

 

 

 神子は何かを思い出そうとした。そんな時に何も聞こえてこない空間に音がした……声だった。誰かの声……聴いたことのある声……一つだけではない。そして暗い空間に一筋の光が差し込み()()()()()()()()()()

 光に照らされ、映し出される光景を神子は知っていた。

 

 

 『「あなたが豊聡耳神子様ですね?あなたの噂を聞いて会いに来た所存でございます』

 

 

 これは……初めて青娥と出会った時の……私は夢でも見ているのか?あの時の光景が鮮明に映し出されているなんて……

 

 

 『「太子様!我の作った月見饅頭食べてくだされ!」』

 

 布都が私のために作ってくれた饅頭はとても食べられる味ではなかったけど、布都の悲しい顔が見たくなかったので頑張って食べた時の記憶……あの時は辛った……

 

 

 『「た、たいし様とお食事だなんて……いえ!嫌とかではなくてですね……その……」』

 

 

 これは屠自古を初めて食事に誘った時の記憶ですね。懐かしい……あの時の屠自古はガッチガチに固まっていましたね。本当に懐かしい……

 

 

 それからまた違う光景が光の中に映し出された。笑顔で挨拶する老夫婦、子供たちに遊んでとせがまれた時の記憶、お忍びでおいしい団子屋で見つかった時の騒ぎになったことも映し出された。神子の記憶が呼び起こされるように次々に映し出され、神子はそれを眺めていた。

 

 

 いつからだったんだ……私は彼らを忘れてしまっていたのだろうか……屠自古と布都と一緒に都を練り歩いた記憶も青娥と密かに仙術を稽古した時の記憶も私は忘れていたようだ。見ていて温かく、気持ちが軽くなるような気分だ。そして、私には次第に慕う者達が現れ……

 

 

 そう言いかけた時に、映し出される光景が変わる……

 

 

 思い出したくもない嫌な記憶……全てが崩壊し始めたあの時の記憶……

 弟子に裏切られるとは知らずに、夜の道を歩む自分の姿が映し出された。

 

 

 !?や、やめろ……ダメだ!そっちに行ってダメだ!!

 

 

 光の中に映る自分自身を引き留めようと手を伸ばすがその手は空をきる。何度も何度も掴もうとするがそれは記憶なので触れることすらできない。そして、映し出されたのは例の書庫だ。

 

 

 い、いや……もう見たくない!もうあんなの見たくない!!やめろ!これ以上はやめてくれ!!

 

 

 神子の悲願が届かない。映し出される神子は弟子達に囲まれあの日からの苦痛な記憶が呼び起こされる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえた。誰かがいた。一体誰……?

 

 

 その誰かは光の中に映し出された神子とこの場に存在する神子の手を取った。まるで救い上げるように……

 そして二人の神子はその誰かの顔を見た……

 

 

 あなたは……比那名居……天子……?

 

 

 『「神子……」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「大丈夫……私があなたを守るから……」』

 

 

 そこには優しく、太陽のように神子を照らす笑顔の天子が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……ううん……」

 

 

 神子は目を覚ました。

 

 

 さっきのは……夢……だったのか?リアルな夢だったな……

 

 

 神子がベットから起き上がろうとした時だった。神子は寝起きで気が付かなかったが、一つの陰が飛び出した。

 

 

 「太子様!!」

 

 「おぁ!?」

 

 

 布都が神子に抱き着いた。布都が神子の腹にタックルする形で抱き着いてしまったために神子は再びベットに寝かされる形に倒れた。

 

 

 「布都何やっている!太子様無事ですか!?」

 

 「……屠自古……布都……?」

 

 

 布都を引きはがしたのは屠自古だ。引きはがされた布都は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 

 

 布都……あなたという人は昔からそうでしたね。私のことを一番に思ってくれる……屠自古も布都みたいに泣きそうな顔をして……二人共、一体どうしたんですか?それに青娥と芳香まで……?

 

 

 そして気が付いた。いつの間にか自分はベットの上に寝ていたこと、先ほどまで自分は戦っていたことを……そしてこの場には4人のみならず、神子の記憶に鮮明に残る人物がいた。

 

 

 「比那名居……天子……!」

 

 

 ------------------

 

 

 部屋に入ると屠自古達が神子の傍に寄り添っていた。皆とても心配そうな顔だった。あの邪仙で有名な青娥さんと芳香まで心配していた。神子はあれだけ体に負担をかけたので当分の間、目を覚まさないのではないかと思い、眠る神子に伝わらないが、一言声をかけようとした時だった。重症だった神子が目を覚ましたのだ。それを見た布都が神子の腹に突っ込み、屠自古がそれを叱る。離れた布都の顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ……ああ、神子の服が……洗濯行きだわね。そう思っていると神子と目があった。私を見て大層驚いた様子だった。私も驚いている。神子がこんなにすぐに目を覚ますなんて思わなかったもん。

 それより、なんて声かけよう……なに言おうとしたか忘れてしまった。それほどびっくりしたんだから……

 

 

 天子と神子はお互いに見つめる形になっていた。しゃべることもなくただ目と目が合い二人共魔法がかかったように動かない。そんな様子を見て動いたのは青娥だ。

 

 

 「あら!わたくし達、用事を思い出したのですわ。申し訳ございませんが天子殿は怪我人である豊聡耳様の傍にいてくださいね♪」

 

 「えっ?」

 

 「さぁ芳香ちゃん行きましょう。屠自古さんも布都さんも」

 

 

 青娥の言いたいことが理解した屠自古は神子の元を離れたくない布都を引っ張って天子の隣を過ぎようとした時……

 

 

 「太子様のこと……お願いします

 

 

 屠自古は天子だけに聞こえるように言ったようだった。部屋に残されたのは天子と神子の二人だけだった。

 

 

 青娥さん気を利かせてくれたのね。ありがたいけど、どうしようか……?

 

 

 天子がどうしようかと悩んでいると声をかけたのは神子の方だった。

 

 

 「あ、あの……よければ……こっちに来てお話……しませんか?」

 

 「……そうだね。そうさせてもらおう」

 

 

 私は神子の隣に椅子を置き、体に負担をかけないようにした。私も神子もお互いに傷を負っているため安静にしてないといけないからね。さてと、いろいろ話すことが山盛りだね。どこから話そうか……

 

 

 「……すみません……」

 

 「どうしたいきなり?」

 

 

 神子が私に謝罪した。まぁ、予想はついているんだけど……

 

 

 「私は君にひどいことを……君の命をもう少しで奪うとこでした……」

 

 

 そうだよね。でも私は怒っていないよ?神子にも覚悟があったし、私にも譲れない覚悟があった。萃香の時と同じように私達喧嘩したんだよ。喧嘩した後はお互いに仲直りしなくちゃいけないし、称え合わなきゃ!

 

 

 「確かにそうだ。だけど、神子にも譲れないものがあった。そうだろ?」

 

 「そう……ですが……」

 

 

 だいぶ落ち込んでいるみたいだね。このままだとまた過去を引きずってしまうかも……ダメだよ神子。女の子は笑顔が一番!笑顔は人を幸せにするし、自分も幸せにする。笑わないとダメだぞ?笑わない子は……!

 

 

 天子は神子の頬を指で摘み引っ張る。

 

 

 「!?な、なにぃをしゅりゅんでしゅか!?」

 

 

 それでも天子は神子の頬を弄ぶ。引っ張ったりこねたりひと通り弄んだ後、頬から手を離す。

 

 

 「き、きみは一体私の顔で何をするんだ!?」

 

 「どうだ?元気出たかな?神子が笑ってくれないので笑わせてみた」

 

 「わ、わらわせてみたって……物理的に笑わせてどうするんですか……それになんで私が笑わないといけないのですか?」

 

 

 あらら……睨まれちゃった。折角笑ってもらおうとしたのに……流石に笑い(物理)はダメだったかな?どう笑ってもらうか……一発ギャグなんて私にはセンスがなさすぎるし、芸人じゃないから面白いことなんて言えないからね……

 

 

 「……君は本当に変わっているね」

 

 

 そんな時に神子が天子に言った。

 

 

 「君みたいな人……天人だったね。何故私を助けたんだ……?」

 

 

 真剣な表情で天子を見つめる瞳……それは何故助けたのかを訴えるような瞳だった。

 

 

 何故?そんなの決まってる。私はこの幻想郷に生きているうちの一人であり、天界に住み、比那名居家の名を持つ者でもあり、そして……

 

 

 「あなたの笑顔が見たいから……じゃダメかな?」

 

 「……私の笑顔なんて……見ていていいものではありませんよ。人々を助けたいなどと抜かしておいて、結局あなたを殺めそうになった。力に溺れて醜態を見せた……そんな私を笑顔を見たいなんて……」

 

 

 神子はたまらず天子から目を逸らす。

 

 

 「神子……」

 

 

 天子は神子の顔にそっと両手を添えて振り向かせる。

 

 

 「な、なにを……!?」

 

 「そんなことない。私が保証するよ。だから今、私に向かって笑ってくれないか?」

 

 

 天子と神子は息がかかるほどの距離にいる。天子は優しく語り掛け待っている。神子はそんな天子に見つめられて体が小刻みに震えるが、意を決して笑って見せた。

 

 

 「こ、こう……ですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うつくしい……まるで笑顔の花が咲いている錯覚を感じたわ……照れて頬が赤みを浴び、ぎこちなく笑う姿……それでも女である私もドキッとしてしまった。ずっと見ていたい……イケメンである私が虜にされてしまうかと思った。やっぱり神子は笑顔が似合う。私は確信した。神子はやっぱり素敵だと!異論は認めん!!

 

 

 それでも天子は神子に添えた両手を離そうとしないので、神子は段々と耐えられなくなり更に顔に赤みをおびていく。

 

 

 「て、てんし……そ、そろそろ離してくれ……ないだろうか……」

 

 「!す、すまなかった」

 

 

 慌てて二人の距離が開く。お互いに目を合わせずにしばらく沈黙していた。

 

 

 「そ、そう言えば私に何か用があるのではないか?」

 

 

 そうだった。神子の美しい笑顔に見惚れていて忘れてしまっていた。ここからが本題だ。気持ちを切り替えて行かないと。

 

 

 私は神子に伝えた。おそらく紫さんは神子に対する処遇を言い渡すはずだ。そのことを伝えると神子はわかっていたように納得した。

 

 

 「私は元々野望のために覚悟していたつもりです。だから重い罪でも受け入れます。もしも代償がこの命で済むならそれはそれで構いませんよ……」

 

 

 紫さんが神子の命を奪う選択をするわけはないと信じている。だが、もしそれほどまで思い罰が下されるとしても私は神子を守る。だってそうでしょう……

 

 

 「神子、忘れたか……?」

 

 「何を……でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『大丈夫……私があなたを守るから』そう約束しただろ?」

 

 「あっ……!」

 

 

 神子の瞳に光を感じた。その光は天子を映し出しているようにも見えた。

 

 

 大丈夫、約束したんだから……私の身勝手で約束しちゃったけど、私はあなたを……神子を……相手が紫さんだったとしても……

 

 

 天子はそれだけ言うと立ち上がり扉の元へ向かった。そして、去り際に神子の方を振り返り……

 

 

 「心配するな、私が必ずあなたを守ってみせるから」

 

 

 そう……あなたを守ってみせるからね……

 

 

 ------------------

 

 

  ずっと私は暗い底沼に居た……

 

 

 誰にも助けを求められない暗い世界……

 

 

 痛みも悲しみも何もかもが私をあざ笑う……

 

 

 いつまで続くのだろうか……

 

 

 どうしてこうなったのだろうか……

 

 

 人間とはこんなに醜い生き物だったのか……

 

 

 そんなことばかり考えていた。毎日恐怖に怯え、夜が来るのをどれほど憎んだことか……

 でもみんなが私に期待している。私はやっぱり人々の期待を裏切れない。人々が私に助けを求めている。私は助けたい……助けてあげなくてはいけない。人々を導くのが聖人である私の役目であり生きる意味である。

 

 

 私はただの人の身では人々を救えない、導けないと悟った。仙人になるためには一度死ななければならない。しかし、失敗は許されない。私は躊躇してしまった……死の恐怖ではなしに、私が死んでしまったら誰が人々を救い導くのか……そう思うと怖くなった。だから布都に頼み、実験体になってもらった。それだけではなく、屠自古も……布都とは違うやり方で実験体になってもらい結果を知りたかった。布都の方は成功したが、再び蘇った屠自古は肉体を失い亡霊として幻想郷に復活した。私はそんな屠自古と布都に謝りもせずに野望のために動き出した。今思えば最低なことをした。人々を救いたいとか言っていた私が二人を自分のために殺したも同然だった。青娥も私が眠っている間に色々と準備してくれた。芳香もずっと尽くしていた。そんな二人にお礼も言わずに幻想郷に乗り出そうとしていた私はバカ同然だった。人々の醜さを知るよりも自分自身の醜さを知るべきだった。

 

 

 私は目覚めたばかりで力も戻っていなかった。しかし、ここで立ち止まることなどできなかった。青娥に命じて霊達を集めさせたのも私だ。罠だとも知らずに集まってきた霊達を見てこう思ってしまった……哀れな連中と……欲のことなら私はよく知っているつもりだったし、欲の醜さをもわかっている。己の欲を叶えようとする自分勝手な霊達を見下していたのだ。だが、私こそ自分勝手で醜いものであった……しまいには犠牲にして力を得ようとバカなことをしてしまった。あのままだったら私はきっと……

 だけど、そうはならなかった。私達の前に現れた者達がいた。竜宮の使いに鬼と半人半霊に妖獣……そして彼に出会った。忘れもしない、忘れることができなくなってしまった彼が私の前に立ち塞がった。

 

 

 比那名居天子……私の運命を変えてしまった変わり者の天人である。初めは野望の障害となる危険な存在だと認識していた。存在するだけで邪魔になる……その時はそう思っていた。

 何度も剣と剣がぶつかり合い、お互いに引けぬものがあった。血を流し、傷つけ、傷つき、どちらかの命が尽きるまで続くものだと思っていたが、それは私の醜さによって終わりを告げることになった。私は愚かにも力を欲してしまい仙術の中でも禁術とされていたものに手をだした。青娥が私を止めるぐらいの代物だった。対象物の魂を取り込んで自分の力に変えてしまう術でした。あの時に止めておけばよかったものを強引に青娥から教わった。昔の私は歯止めが効かなくなっていたみたいですね……すみません青娥……あなたの忠告を聞いていればこんなことにはならなかったものを……

 

 

 私は負けた……自分の力に溺れてしまった醜い負け方だった……だが、当然な結果だった。私という存在は醜くなってしまっていたのだから……

 比那名居天子は変わり者だ。醜い私を救いたいと言った、醜い私の笑顔を見たいと言った……彼はそう言ってくれた。そして、彼は約束してくれた。忘れもしないあの言葉……私に送られた温かいあの言葉を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『大丈夫……私があなたを守るから』

 

 

 彼と私を結ぶ言葉……一生忘れることができない言葉……そして比那名居天子、私はあなたに守られたい。誰でもないあなたがいい。そして傍に寄り添ってほしい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたの温もりを感じていたいから……

 

 



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19話 新しい道

神霊廟編 完! エピローグ的なものでございます。


それでは……


本編どうぞ!






 「と、とじこ……おかしなところはないでしょうか!?」

 

 「太子様、気をお静めください。大丈夫ですよ、何もおかしいところなんてありません」

 

 「そ、そうか?よ、よし!後はお茶の準備を……!」

 

 「太子様!雑用は我にお任せを!」

 

 

 幻想郷に新たな住人たちが住み着いた。広大な建物に豪華な作りの一室で鏡の前で念入りに服装や髪形を気にする一人の乙女がいた。

 

 

 豊聡耳神子は落ち着いていられなかった。今日、とある人物に会えるのだ。今日という日を、毎日毎日待ちわびていた。だが、当日になったら落ち着いていられないほどの気持ちの高ぶりを神子は感じていた。

 

 

 神子達は幻想郷へ迎え入れられた。侵略まがいなことを仕出かそうとしたがそれはお咎めなしとなった。異変解決にやってきた永江衣玖、伊吹萃香、魂魄妖夢の説得によって罪は軽くなり、幻想郷の賢者である八雲紫からは多少睨まれたが、幻想郷は全てを受け入れる忘れ去られた者の最後の楽園のために情けをかけられた。重傷を負った神子は当分の間、永遠亭でお世話になるかと思っていたが、天才の八意永琳の薬にかかればなんのそのであった。退院後、神子達は幻想郷に神霊廟と共に移り住み新たな人生をスタートした。

 人々を救うために今度は自分自身の力と支え合う仲間と共に歩む方法で救うことを誓った。二度とあのような異変を起こさないためにも……

 

 

 そんなときに神子達に取材にきた烏天狗がいた。文だった。文は事情を知って取材させてもらう代わりに神子達が人々に受け入れてもらえるよう記事を書くことを条件とした。その時に一緒に神子の元を訪れたのが忘れることのできない人物とは比那名居天子だった。そして、今日は天子達が神霊廟を訪れるので気合を入れていたつもりだったのだが……

 

 

 「布都!最高級のお茶を出すのですよ!それと芳香は食料を台所まで運んでください!青娥は……とりあえず何もしないで静かにしていてください!」

 

 

 昨日は興奮して眠れずに朝からのテンションがおかしかった。それもそのはずである。神子は天子によって人生が大きく変わった。今までの苦痛も悲しみも全て癒してくれた。もう少しで取り返しのつかないことをしてしまうところであった神子を暗闇の底から救い上げたのだ。神子は天子に夢中になっていたのだ。天子のことを思うと眠れなくなってしまうほど重症だった。こればかりは永琳でもどうしようもできないことであった。

 

 

 「太子様、まだ天子殿が訪れるまで時間がありますよ?」

 

 「屠自古!もし天子殿が早くついてしまったらどうする!?おもてなしをせずに出迎えたとあっては、私は天子殿に失望されてしまうかもしないではないか!もしそんなことになったら私はこの七星剣で自らの首を!!」

 

 「だから太子様落ち着いてください!!」

 

 

 朝早くから騒がしいことになっていた。聖人と呼ばれた豊聡耳神子はどこへ行ったのやら……そんな光景を見守る一人の邪仙はニコニコと笑みを浮かべていた。

 

 

 「(うふふ♪子供みたいに期待して……比那名居天子、あなたはとても魅力のある方ですわね♪)」

 

 

 異変の時とはまるで別人のような神子、しかしそれはただこの世に生きる一人の女の子に戻ったようだった。

 

 

 「た~い~し~!はこんだぞ~……せいが?うれしそ~だな~?」

 

 「あらら、やっぱりわたくしの芳香ちゃんはわかっちゃう?」

 

 「わ~か~る~ぞ~!せいがの~ことなら~なんでも~わかる~ぞ!」

 

 「うふふ♪流石ね芳香ちゃん♪わたくしは今とても楽しんでいますわ」

 

 

 青娥は今という時間(とき)が一番楽しんでいると感じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子~元気だったか?」

 

 「天子さんも衣玖さんもこんにちわ」

 

 

 天子と衣玖は地上に下りて萃香と妖夢と合流した。今日はみんなで神子に会うために集合した。あの異変以来、神子達に出会ったのは天子だけだ。怪我が治った天子が神子の様子をお忍びで見に行った時に文と偶然出会い、幻想郷に引っ越した神霊廟を一度訪れた。その時に衣玖達も連れて行く約束をして今日集まったわけだ。

 

 

 「萃香さんも妖夢さんもこんにちわ。萃香さんの持っているものって……お酒……ですよね?」

 

 「そうだぞ。みんなで飲めるのを選んで持って来たんだ!」

 

 

 衣玖の問いに萃香はドンッ!っと手に持っていた酒を突き出す。

 

 

 「萃香、神子は重症だったんだ。控えてあげないか?」

 

 「ええ~!天子だって重症だったけど、今はもう大丈夫だよな?」

 

 「ああ、私は大丈夫だが……」

 

 「なら問題ない」

 

 

 天子も重症だったが、神子の方がひどかったのだが……そう言おうとしたが諦めた様だ。萃香は酒盛りすることを望んでいるようだったから止めても無駄だと思った。病み上がりに酒を勧めるなんて普通ならできないのだが萃香だから仕方ないとさえ思えたのだ。まぁ、神子にはあまり飲ませないようにしないといけないと天子は注意するのであった。

 

 

 「それでは皆さん行きましょうか。神子さん達を待たせてはいけないと思うので」

 

 「そうだな妖夢、萃香も衣玖も行こう」

 

 「おおー!」

 

 「はい」

 

 

 天子達は神霊廟へと向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子達は神霊廟へとやってきたのだが……

 

 

 「「「……」」」

 

 

 盛大におもてなしされ小さな宴会が開かれていた。食卓には盛大に盛り付けられた料理の数々のフルコースに様々な酒が置かれていた。自由に飲み食いができ、見た目も味も最高に良いものだろうとわかるだろう。これには誰もが喜びを隠せないはずだった。しかし、その中でも3人だけは静かにしていた。いや、先ほどまでは宴会を楽しむ気でいたのだが、とても気に入らないことが目の前で起きてしまっていた……

 

 

 「天子殿♪お口を開けてください。私が食べさせてあげますから♪」

 

 「神子よ、私は一人でも食べれるんだが……」

 

 「……私に食べさせてもらうのが……嫌なんですか……?」

 

 「そ、そんなことはないのだが……」

 

 

 上目遣いで天子を見る神子の瞳に薄っすらと星々が光輝いているように見えた。その瞳を見てしまったら天子は嫌とは言えなくなってしまっていた。

 

 

 「(神子かわいい!ギャップ萌えってやつ!?神子抱きしめて頭撫でてあげたい!)」

 

 

 普段の神子とは別人のような愛らしさを目の当たりにして心躍っていた。だが、ここではしゃいでは比那名居家の者としての名に恥じてしまう。醜態を晒すことはできなかった。それと神子が直々に相手をしてくれているし、何よりも天子は神子の見つめてくる瞳に勝てるわけはなかった。

 

 

 「……わかった」

 

 「はい!あ~んしてください♪」

 

 「あ、あ~ん……」

 

 

 神子の手によって料理が天子の口に運ばれていく。天子は流石に照れ臭そうにしており、神子は満面の笑みを浮かべている。そして先ほどから神子は天子に付きっきりで、ひと時も離れようとはしなかった。それにボディタッチが多い気がしてならない……その光景を見せつけられている3人の表情に感情は存在しなかった。

 

 

 「ぬ?どうしたのじゃ萃香?酒はもういらぬのか?」

 

 「いる……ジャンジャン持ってこい……無性にやけ酒をしたい気分だ……」

 

 「ん?そうか……ならば我に任せよ!すぐに新しいものを用意するぞ!」

 

 

 萃香は手に持っている酒瓶に亀裂が走る。萃香はこの光景を見ていると無性に腹立たしくて仕方なかった。理由はわからないがとにかく腹が立ったのだ。今にもこの聖人ぶりしている女をぶちのめしたいぐらいに……

 

 

 「あらあら?どうしたのかしらね?半人前の子である妖夢ちゃんが料理を食べませんと大きくなれませんよ?」

 

 「青娥さん、私はまだ成長しますよ……なんだか今、食欲がないのです……先ほどまではなんともなかったのですけど……」

 

 「青春ね。でも、食べませんと大きくなれませんよ?特に前の辺りが♪」

 

 

 わざとらしく妖夢の胸を見て言った。咄嗟に胸を庇う妖夢……その前に庇う胸があるのかどうか疑わしいが……

 

 

 「そ、それは関係ないでしょう!!」

 

 「あらあら♪かわいい反応ねぇ♪」

 

 「かわい~い~ぞ~!」

 

 「なっ!?」

 

 

 芳香にもかわいいと言われて慌てて視線を逸らしてしまう妖夢の顔は照れ隠しに頬が膨らんでいた。

 

 

 「……」

 

 「衣玖、気持ちはわかるが今は落ち着いてくれ。太子様は今日という日を楽しみにしていたんだから」

 

 「ええ、わかっています……天子様の魅力に惹かれてしまうのはよくわかっています……そう、わかっていますよ。私は天子様のお傍にずっといたのですからね。何も怒ってませんよ……何もね……」

 

 「そう言いながら体から放電するのやめてくれ……」

 

 

 屠自古は衣玖の気持ちがよくわかった。同じく大切な人を思うことだから……しかし、天子は男で神子は女。屠自古は神子を大切で欠かせない存在だと思っているが、恋愛感情は持っていない。だが、衣玖は違う。男である天子を尊敬し、思う心は次第に恋心に変わっていった。それ故に今見ている光景は彼女にとって羨ましく、自分も憧れのシチュエーションだった。

 神子は今まで辛い思いをしてきた。救い上げてくれた天子に夢中になる神子の行動を少しは我慢しようとしていた。空気を読んでジッとしていようかと思っていたが、萃香や妖夢と同じようにムカムカが止まらなかった。

 

 

 その時、神子は自分に視線が向けられていることに気がつき……

 

 

 あろうことか衣玖達に対してドヤ顔で「羨ましいだろ?」っと勝ち誇った顔をした。神子は能力で衣玖達の欲を聞いた。自分にはライバルが3人もいることを知るが、神子は焦らなかった。寧ろ神子は自信に満ち溢れていた。

 

 

 「(君達には悪いが、天子殿は私を守ってくれると言ってくれた。君達はそんなこと言われたか?言われたことがあるのかな?つまりそういうことだ。私は君達よりも天子殿に注目されているのだよ。私の方が一歩上のステージに立っているのだよ♪)」

 

 「「「(なん……だと!?)」」」

 

 

 声には出ていないが視線でテレパシーのような会話?をする女達。勝ち誇った顔した神子と我慢できなくなった3人娘のバトルが始まろうとしていた。

 

 

 「天子様!天子様もお怪我をなさった身であります故、私が食べさせてあげます!」

 

 「いや、衣玖よ……知っているだろ?一人でもちゃんと食べれた……」

 

 「おい天子!酒飲んでないじゃないか!私がお前のためにいっぱい飲ませてやるからな!」

 

 「萃香!?ちょ、ちょっと待ってくれ!!そんな大量な酒を一度に飲ませたらアルハラ……」

 

 「て、てんしさん!わ、わたし……不束者ですがどうぞ(私も食べさせてあげます!)!」

 

 「妖夢!?意味が分からんぞ!?」

 

 「君達邪魔だよ、そんなに邪魔したければ幻想郷のルールに則って弾幕勝負といこうじゃないか!」

 

 「神子も落ち着いてくれ!」

 

 

 天子に群がる女達に振り回され、何がなんだかわからない天子。そんな賑やかな光景を温かく眺める豪族達がいる。

 

 

 「うふふ♪豊聡耳様ってかわいいですね♪」

 

 「うぅ……笑顔の太子様が……帰ってきた……!」

 

 「ふ~と~!これでなみだ~ふけ~!」

 

 「すまぬ……!」

 

 

 布都はボロボロと顔から液体を流してハンカチで鼻をかむ。腕を曲げれないキョンシーの芳香にぎこちなく頭を撫でられていた。

 

 

 「布都……お前の気持ち凄くわかる。私はもうあの頃の太子様を見ることができないと思っていた。もう優しい声など聞けないと諦めていた。だが、あの異変以来太子様は私達を心配してくださり、共に支え合ってほしいと仰ってくれた……あの頃の太子様が……帰ってきたんだ……!」

 

 

 屠自古の瞳からも何かが流れていた。もう見ることができない姿だと思っていた神子は屠自古達の目の前で女のバトルを繰り広げようとしていた。

 

 

 「うふふ♪それじゃ……わたくし達も混ざりましょうか」

 

 「何を言っている青娥殿?」

 

 「このままだと宴会場が戦場に変わってしまいますわよ?それにわたくし達も幻想郷に迎え入れられたのですわよ。これからはこの世界に適した生き方をしないといけませんわ。異変を起こした側も解決した側も最後は宴会で閉める。それがこの世界の理……それに屠自古さんも衣玖さんとまだ十分に飲んでいないでしょ?」

 

 「まぁ……そうだな」

 

 「なら、混ざってわたくし達もどんちゃん騒ぎましょう!今までの鬱憤もあるでしょ?こういう時こそ発散させなければなりませんわよ。今まで長い間ため込んでいたのですから……これからは新しい道に向かって歩むべきですわよ?」

 

 「新しい……道……」

 

 

 青娥の言葉が心に響いた気がした。もう今までの自分達ではない。これから新しい人生を歩み、神子と共に生き、幻想郷の住人達と交流していくんだ。辛い過去の自分と決別するべく今という時間を楽しまないといけない……そう思えた。

 

 

 「――そうじゃの!我も太子様と共に楽しむぞ!芳香殿ついてまいれ!!」

 

 「おお~!」

 

 「こら布都……全くもう……青娥殿は人を乗せるのがうまいな」

 

 「うふふ♪屠自古さんは亡霊ですけどね♪」

 

 「本当のことを言うな。だが、その通りだな……衣玖が誘っておいてこのままだと私だけ除け者になってしまうな。そうはいかないぞ!私だって今までいろいろなものが溜まっていたんだ!私だってやってやんよ!」

 

 

 屠自古、布都、芳香も混ざって天子はこれからもみくちゃにされるであろう。

 

 

 「……本当に……いい眺めね♪何時以来かしらね……」

 

 

 青娥の瞳には幸せそうな笑顔の神子の姿が映っていた。

 

 

 長い間見ることが無かった姿……生きている間も封印されていた間も蘇った姿も容姿は何も変わらない。しかし、一人の天人によって彼女は光り輝いた。冷たく野望に燃えた悲しき聖人は過去の人……彼女の新たな伝説はこれからこの幻想郷に刻まれていくであろう。彼女を想う者達と彼女が想う一人の天人と共に……豊聡耳神子はこれより新たなる伝説を生み出していくのだ。

 

 

 ------------------

 

 

 夜風に当たりながら今日の出来事を思い出す一人の賢者は静かに空の先の天を見ていた。

 

 

 比那名居天子……異変を見事解決し、野望の虜となったあの者を救い出しただけではなく、萃香達にも影響を与え、彼女達を変えてしまった天人……あなたはどれほどの奇跡を起こすの?

 

 

 幻想郷の賢者八雲紫は思い返していた。霊夢達は見事異変を解決した。3人とも無事であり、いつも通りの様子だった。いつもと変わらない光景だ。博麗の巫女達が異変を解決し、幻想郷に新たな住人が住み着く。しかし、片方の天子の方は幻想郷にとって危機的状況だったことを忘れてはいけない。神子達による幻想郷の者達の心を奪うという侵略行為に近いことを仕出かそうとした。紫は神子達を罰するつもりであったが、幽々子や神奈子に慧音といった者達が紫を説得した。それだけじゃない、異変を解決した当事者の萃香達も紫に頼み込んだ。そして極めつけは天子が紫に対してとった行動だ。

 

 

 『「神子達に罰を与えるなとは言わない。だが、彼女にもやり直すチャンスをくれないか?」』

 

 

 本来ならば神子達は日の光を見ることができないことになっていた。紫は幻想郷を愛しているが故に許せなかった。幻想郷が崩壊してしまう結果になるところだったのだ。天子はそんな神子達のために自ら土下座してまで頼み込んだのだ。そして天子自身も神子達と同じく罰を受けるとまで言った。紫は何故そこまでするのかと天子に問うとこう言った。

 

 

 『「彼女を守ると誓ったから」』

 

 

 強い目であった。何者にも揺るがせることのできない覚悟の目であったのだ。そのためならば自分などどうなっても構わない……そう天子が言っているように思えた。紫は比那名居天子という存在が今まで気がつけなかったことに戸惑いを感じているように見えた。

 

 

 「……彼ほどの存在が幻想郷に居たなんてね……」

 

 

 彼の瞳はとても迷いなどなかった。あんな瞳を見たのはとても久しぶりだった。長い人生であったけど、それでもあのような瞳はお目にかかることなんて滅多にない。私はあの聖人には罰を与えないことにした。賢い彼女ならば自らの罪は己で償っていくとわかっていたから。しかし、問題は比那名居天子の方だ。幽々子も守矢の神も彼にご執心のようだわ。別にそれはいいのだけれど、今までにない異変が起きた。彼が現れてから……これは偶然?もし彼が現れたことで何かの歯車が別の道を歩んでいるとしたら……

 

 

 そんな時に紫に声をかける者がいた。

 

 

 「紫様、お風呂が沸きました」

 

 「そう、ありがとう。橙はどうしたの?」

 

 「橙は相変わらず水が苦手でして……逃げられてしまいました」

 

 「ふふ、藍も橙には厳しく(しつ)けることも必要よ」

 

 「は、はぁ……」

 

 

 藍に橙を怒ることなんてできないと思うけどね。溺愛しているし……今日はいろいろあって疲れたわ。考え事はこれぐらいにしてゆっくり休みましょうか。

 

 

 紫は今日の疲れを癒すために風呂場へ向かう。

 

 

 でも、比那名居天子……私はまだあなたを観察することにしたわ。あなたは身も心も強い……比那名居天子という存在も幻想郷のパワーバランスに影響を及ぼす一人の名と言ってもいいぐらいよ。だからこそ、あなたには更なる試練が待ち受けているに違いないのだから……

 

 

 次はあなたはどういったことを取るのかしらね……?

 

 



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20話 休息の時

なんてことはない平凡な日常回です。


それでは……


本編どうぞ!




 「あやや……それは大変でしたね」

 

 「ああ……とても疲れた一日だった……」

 

 

 どうも皆さん、私は比那名居天子です。先日神子達とどんちゃん騒ぎをしてお疲れだが地上に出向きました。それには理由があるのです。今、隣にいるのは文よ。そして私がいるのは妖怪の山、何故ここにいるのかって?私は気になっていた。【星蓮船】と【神霊廟】が同時に起こってしまい、その間に起きるはずだったことがなかったことになるのではないか?そう思ったのだ。そこで私はまず妖怪の山へ行って【ダブルスポイラー 〜 東方文花帖】で登場する文と同じ烏天狗の女の子に会いに行くことにした。

 

 

 【姫海棠はたて

 茶髪のロングヘア―を、紫色のリボンで結んでツインテールにしている。頭には紫色の天狗帽子を被っている。 服装は襟に薄ピンクのブラウスに黒のネクタイをつけ、黒のハイソックスを着用し、靴は天狗らしく一本足の下駄を履いている。同じく天狗で文々。新聞を発行している射命丸文とは、天狗の新聞大会で発行部数を競い合うライバル関係の仲である。

 

 

 そして私は危惧していた。もしかしたら私という転生者が現れたことで、はたてという存在自体この世界には無いのではないかと思った。もしものことを想定して内心ここに来るまで心臓バクバクだった。でも安心してください。文からはたての名が出てきた時は心の底から安堵したわ。これで東方キャラが存在していないとかなったら私死ねるわよ……まぁ、結果私の思い過ごしで助かった。折角ここまで来たんだから一目でもお目にかかりたいと思って訪れましたということです。

 

 

 「すまないな文、忙しいなか急に頼んでしまって」

 

 「いえいえ、この前も新たに幻想郷にやってきた神子さんに話をいろいろ聞けたのも天子さんが居てくれたおかげですよ。初めは私警戒されてましたから」

 

 

 そんな他愛もない話をしていると見たことのある犬耳を生やした天狗が空から下りてきた。

 

 

 【犬走椛

 白髪の短髪で、山伏風の帽子を頭に乗せている。上半身は白色の明るい服装、下半身は裾に赤白の飾りのついた黒いスカートを着用して、犬耳と尻尾を生やしている。山の見回りをしている白狼天狗である彼女は下っ端だ。射命丸文とは不仲であり、犬猿の仲である。

 

 

 「げっ!椛……」

 

 

 文のもの凄く嫌そうな顔……原作と同じく二人は不仲のようだ。椛の方も文に対して舌打ち……流石にそれはかわいそうだから止めてあげようよ?文と仲悪いのはわかるけど出会い頭に舌打ちはいくらなんでもひどすぎじゃない?

 

 

 「椛、上司に向かって舌打ちするとはいい度胸ですね!」

 

 「文さんが購読数を増やすために私のスカートの中を盗撮してばら撒いたことお忘れですか……」

 

 

 あっ、これは椛の方が正しいわ。私も中身女の子ですから盗撮なんて犯罪行為を許すわけにはいかない。しかもばら撒くなんて……文最低よ。私は椛に味方する!

 

 

 天子は文を冷めた目で見つめる。この場に文に味方する者が消えた。

 

 

 「あやや!?天子さんこれはですねいろいろと事情がありまして……って!その冷めた目はやめてください!心に響きます!」

 

 「文が悪い、女の敵、最低、有罪判決確定、清くない正しくない射命丸」

 

 「うぐっ!た、たしかに私が悪いですけど、そこまで言いますか!?」

 

 

 文の心にダメージを与えてしまった。でも自業自得よ。女の敵は許さない!文も女だけど、こればかりは味方になれないね。死後は地獄の閻魔様にみっちりお仕置きルート確定ですねわかります。

 

 

 椛は文と会話している人物が気になった。最近どこかで見たことのある顔だった。

 

 

 「……あなたは?」

 

 「ん?ああ、自己紹介がまだだったね。私は比那名居天子、天人くずれだ」

 

 「私は犬走椛です。比那名居天子……新聞に載っていた方ですね。写真で見るよりもカッコいいですね」

 

 

 椛にカッコイイって言われた……嬉しい!イケメンに転生してやっぱりよかったわ!それに私って有名人になっているのね。照れちゃう♪

 

 

 「噂は聞いています。伊吹様を倒したとか……凄いです憧れます!あなたのような猛者に私もなりたいです」

 

 「椛なら大丈夫だ。白狼天狗だからと関係なしに椛ならばもっと上を目指せるだろう」

 

 「いえ、私が上に立つだなんて恐れ多い……」

 

 

 恐縮しているように見えて照れているわね。椛の尻尾がブンブン激しく振るわれていてまるわかりだ。そんな椛がかわいいわ♪やっぱり椛には犬耳と尻尾がないと私が興奮出来ないわ。獣娘いいわぁ♪癒されるわぁ♪

 

 

 「あ~……椛、ちょっと尋ねたいことがあるのですけど……?」

 

 「チッ!なんですか文……さん?」

 

 「今呼び捨てしようとしたよね?あの件は私が悪かったけど、上司に対してそれはないんじゃない!?」

 

 

 文の悲痛な叫びは椛には届かない。とても人を見るような目では見ず、ゴミを見るような目で文を見つめていた。

 

 

 「私は今、天子さんと話をしていたのですがね……なんですか?早く要件を言え」

 

 「椛!今ため口だったでしょ!いい度胸ね!私がいくら優しいからって怒らないわけないんですよ!」

 

 「はいはい、私が悪かったですよ。すみませんね文……さん」

 

 「また呼び捨てしようとしたわね……この犬!」

 

 「私は白狼天狗です!!」

 

 

 文と椛の間に火花が散る。本当に仲が悪いようだ。うむ……でもこういう関係を見るのも悪くない。東方ファンである私にとっては原作設定と同じ光景を見るのは嬉しい体験だ。だけど、このままだと私を放っておいて弾幕勝負をしかねないし二人を止めようか。

 

 

 天子は文と椛の間に割り込んだ。

 

 

 「喧嘩は止さないか二人共。私は用があってここに来たんだ。すまないが椛、はたてがどこにいるか知らないか?」

 

 「はたてさんですか?それならばここより北に行ったところにある彼女の住まいを訪ねるといいですよ」

 

 「わかった。椛ありがとう」

 

 「いえいえ、あなたに会えただけでも光栄です」

 

 

 ペコリとお辞儀をする椛に文は蚊帳の外……当然の報いだけどね。

 

 

 「ああ、ほら文も行くぞ。それと後でお説教だ」

 

 「え!?そ、そんな私はただ世の中の非モテの哀れな男達にひと時の幸せを与えようと……」

 

 

 言い訳無用!同じ女としてきっちりお仕置きさせてもらいますよ文!

 

 

 「言い訳無用だ。女性の気持ちを蔑ろにしたのは万死に値する」

 

 「あやや!?許してくださいー!!」

 

 

 私達は椛と別れてはたてに会いに行った。

 

 

 ------------------

 

 

 

 「どうしよう……このままだとまた文にバカにされるわ……」

 

 

 机の前で悩んでいるツインテールの烏天狗が一枚の紙とにらめっこしていた。

 はたてである。最近、文の新聞の方が売れている。その現状に頭を悩ませていたのだ。

 

 

 文ったら、今までは捏造まがいなことをしていたのにこの前の新聞はどういうことなの?あの伊吹様を倒した天人の特集だったけど、本当に文が書いたものなのって疑ったわ。伊吹様が倒されたのに、新聞を読んでいるとそれほどの危機感を感じられなった。それに内容がまともなのが異常だった。捏造記者の文がまともな新聞を書いていることに驚愕だった。初めは伊吹様が負けるなんてあり得ないと思いつつも信憑性のある内容であったために受け入れた。そのため天狗の間でも騒ぎにはならなかった。寧ろ新聞に載っていた天人を尊敬する者まで現れた。

 

 

 「比那名居天子か……」

 

 

 はたてはボソッと呟いた。

 

 

 文はいつもいいネタを集めてくるわね。天人と鬼の喧嘩だけじゃなく、この前、幻想郷に住み着いた豊聡耳神子という仙人の記事もよかった。悔しい……正直いつもこれぐらいまともな記事だったなら新聞の発行部数はぶっちぎりで一位だったと思う。実力はあるんだから、椛のスカートの中を盗撮するなんてバカなことはやめておけばよかったのに……同じ天狗仲間の男どもが何人椛の盗撮写真を買って粛清されたとか……

 ため息が出た。実力はあるのに、日頃から本気を出さないバカな烏天狗に……

 

 

 コンコン!

 

 

 誰かが扉を叩く音が聞こえてきた。はたては椅子から立ち上がり玄関へと向かう。

 

 

 「はいは~い、今開けるから待って」

 

 

 扉を開けるとそこには大きなたんこぶのできたバカ天狗と新聞に載っていた天人が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はたては緊張していた。あの伊吹萃香を倒してしまった天人が目の前にいること……そして何より女であるはたてですら美しくカッコイイと見惚れてしまう程のイケメンが自分の家にいることに体が硬直していた。

 

 

 「はたて、私は気にしないからリラックスするといいよ」

 

 「い、いえ!私如きただの天狗があなた様のような方に失礼でもあったら……」

 

 

 伊吹様に殺される……比那名居天子と伊吹様は今や親友の間柄だ。もしも気に入らないことがあれば伊吹様が私の元までやってきて締め上げられてしまうかもしれない。下手をすれば闇に葬られてしまうかも……私はまだやりたいことがいっぱいあるのに死ぬなんて嫌よ!

 

 

 鬼の萃香は妖怪の山の天狗達から恐れられていた。鬼であることもあるが、パワハラやアルハラの化身とも陰では言われているぐらいだ。「私の酒が飲めないのか?ならば死ね」「私と飲む酒がおいしくないだと?ならば死ね」実際こんなことは言っていないのだが、それほど恐れられている。誰も逆らおうとしない。理不尽の極みとも思われていたりする。そんな萃香の親友である天子に失礼な態度をとればどうなるか……誰だって想像がつく。はたては失礼がないように気を張り巡らせていたが、天子は大変困った様子であった。

 

 

 「(文、どうにかならないのか?)」

 

 「(伊吹様の悪評は凄いですからね。まぁ、絡まれたら命を投げ出せとも言われているぐらいですからね)」

 

 「(萃香には私から言っておいた方がいいのかもしれないな……)」

 

 

 たんこぶが出来ている文と小声で話す天子は大体の事情が把握できた。今度萃香にもっと天狗達を大切にしてあげるように言っておかないとそう思ったのだった。

 そして天子ははたてが緊張し過ぎて申し訳なく感じた。その時(ひらめ)いた。文と同じ烏天狗で新聞を作っているはたての取材を受けて仲良くなれば彼女と気軽に接することができるのではないかと……

 

 

 「はたて、もし良ければ取材してもらえないか?」

 

 

 ------------------

 

 

 「で、では!姫海棠はたて、取材させていただきます!」

 

 「リラックスリラックス」

 

 「は、はい!」

 

 

 はたて緊張し過ぎでしょ……伊吹様のご友人となられた天子さんに失礼があっても伊吹様は報復してくることまではないのですけどね。()()()()()()ならば……伊吹様が宴会の前に私の元に来た時は心臓が口から飛び出そうでした。もしかしたら私が隠し撮りした伊吹様のドロワ写真を保管していることがバレたのかとひやひやしましたが、天子さんに何かしてあげたいと言いました。その時の伊吹様の表情は友人を思う顔ではなく、想い人に対して向けるものだと私はピンッ!と来ました。天子さんのことを語る伊吹様はいつもの飲んだくれとは違い、恋というものに酔っているみたいでした。しかし、当の本人はそれに気づいていないという……あやや、全く伊吹様は鈍感なのかもしれませんね。

 伊吹様にはライバルが多いようでした。天子さんと同じく天界に住む竜宮の使いである永江衣玖、白玉楼の庭師の魂魄妖夢、そして最近幻想郷の住人の仲間入りを果たした豊聡耳神子……彼女達を見ていると天子さんに惚れていること間違いなしです!この清く正しい射命丸文の目は誤魔化せません!それに白玉楼の亡霊である西行寺幽々子、守谷神社の神の八坂神奈子、人里で寺子屋で子供達に勉強を教えている上白沢慧音、彼女達は天子さんのことを信頼している模様。

 

 

 女性に対して紳士的な天子さん……そのおかげで私の頭にはたんこぶが生えてしまいましたよ……私も女性だから手加減してくれたことはわかっているのですけどね。私の自業自得だとわかっていますよ。でも、お説教されるとは思いませんでした。射命丸文一生の不覚!っと私の話で脱線してしまいましたね。しかし興味が湧きますね。これほどの信頼を寄せられている天子さんにいろいろと恋路のネタを振ってみたいところですが……

 

 

 八雲紫……彼女だけはそうはならないようでした。幻想郷の賢者という立場があるのか、それとも天子さんの力の強さを危惧しているのか……詳細までは私にはわかりません。彼女の考えていることは私の先の先まで読んでいることだと思います。幻想郷の創始者であり、並みの妖怪とは比べ物にならないほどの力を保有している彼女は私が遠く及ばない存在であることは承知しています。彼女が注目する存在比那名居天子……私は初めて彼にあった時、私もはたてと同じく見惚れてしまう程でした。そして、私は見ました。この目であの伊吹様を打ち負かし手を取り合う姿を見た。あの伊吹様が負けるとは思いませんでした。確かに条件付きとはいえ、伊吹様の拳を真っ正面から受け止める者などいませんでした。正々堂々と戦う姿に伊吹様は惚れこんだのでしょうね。それだけではありませんでした。異変を起こした豊聡耳神子も彼の優しさに触れ、改心したくらいです。今では天子さんにべったりだとか聞きましたけど、伊吹様はやはり嫉妬しているのでしょうか?記事には……したら殺されてしまいますから心の中で写真でも撮っておきましょう。そんな心優しく強い天人……八雲紫は彼のことをどう思っているのでしょうか……?

 

 

 「え!?そうなの?ねぇねぇもっとそのことについて詳しく教えて!」

 

 「ああ、そうだな……何から話そうか……」

 

 

 文は考え事をしていたから気がつかなかった。聞いていなかったので話題も何を話しているかわかっていなかったが、先ほどまで緊張でガチガチに硬直していたはたてが今では気軽に接している姿があった。

 

 

 はたていつの間に……天子さんの人柄がはたての緊張を解いたのでしょうか?あなたという存在には驚かされますよ。人妖関係なく接して、戦うことに関しても強者であり伊吹様を倒してしまい、豊聡耳神子を救い出す……あなたという存在は幻想郷に大きな影響を与えると私は感じていますよ。

 

 

 「それで……どうした文?私の顔に何かついているか?」

 

 「何?文ったら天子さんに夢中なの?」

 

 「夢中なのはあなたの方でしょ……別になんでもないですよ。なんでもね」

 

 

 天子とはたてはいつもと違う雰囲気の文に疑問を浮かべるが、文は何事もないようにカメラを取り出す。

 

 

 「はたての緊張も解けたことですし、一枚記念に撮りましょうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでこれが私の発明品だ!凄いだろ盟友!!」

 

 「これが……カッコイイロボットだ」

 

 「流石盟友わかっているじゃん!」

 

 

 はたてと仲良くなり、今度やってきたのは河童達の工房。その河童達の工房で瞬時に打ち解けてしまった天子さん……あなた凄すぎますよ。にとりの発明した物は私でもよくわかからない。それなのに天子さんが機械類を知っているとは驚かされますよ。天界にも存在しているのでしょうか?それにこの場には私と天子さんと河童達ともう一人……

 

 

 「これは手が発射されるんですよね!こっちは胸の部分からミサイルが発射されるに違いありませんね!あっ!こっちは変形合体して巨大ロボットになるタイプですね!!」

 

 

 東風谷早苗……彼女はいつも通りです。いつの間にか共に同行しているのを発見した時に何故いるのかと聞きましたが「常識に囚われてはいけないのですよ!」っと力説されてしまい、私達は何故か納得してしまった。早苗さんにはもう驚きません。これが早苗さんなんですから……

 

 

 早苗は元々外の人間であったために機械類専門ではないがある程度の知識は知っていた。そして彼女は漫画やアニメが大好きだったので当然ロボット関係には目がないのである。そして、ロボットの話題がまさか天子に通じるとは思っておらず、ロボットの素晴らしさを伝えられる存在がいることにテンションMAXの早苗であった。

 

 

 「天子さん!これなんかこのロボットにピッタリではありませんか!」

 

 「それもなかなか……だが、こちらも捨てがたいぞ?」

 

 「お!盟友お目が高いね!どっちをつけるか悩んでいたんだよ」

 

 「だったら両方つければいいじゃないですかにとりさん!」

 

 

 なんだこれは……文以外のメンバーは全員ロボットに夢中だ。みんな目が輝いており大賑わいだった。あの天子だって内容を理解してあれこれ何か部品のようなものを組み立てている。文にはさっぱりわからなかった。カメラ程度の物でもにとりに頼まないと直せない文はポツンと置いて行かれていた。

 

 

 「にとりさん、このロボットの特徴はなんですか?」

 

 「ふふふ!これはなんと目からビームが出るんだよ!」

 

 「それは凄いな。この決してカッコよくない姿だが、それがまた味を出す」

 

 「盟友中々わかってるじゃん!カッコイイだけがロボットの魅力じゃない!ロボットにはそれぞれの味があるんだ!」

 

 

 にとりはとても楽しそうに熱く語っていた。早苗もノリノリだった。そして天子も早苗と同じく漫画やアニメにネットでロボット関係をよく見ていたので、本物を見ると胸の高鳴りを抑えられなかった。そんな中で一人でいる烏天狗がいた。

 

 

 あやや……私だけ仲間外れではないですか?少し寂しいですね……でもいいですもん。私はどうせ捏造記者とか言われてますしこんなこと慣れていますよ。ちなみに最近はちゃんと書いてますよ?椛の件は……気にしちゃダメです。あれは……いえ、なんでもないです……

 

 

 文は誰にも相手されないのでいじけてしまい、隅っこで体育座りをしていた。

 

 

 「……文、何している?」

 

 「天子さん……」

 

 

 声をかけたのはいつの間にか文の元までやってきていた天子だった。

 

 

 「一人でこんなところにいると寂しいだろ?」

 

 「私は機械のことに関してはさっぱりなので話題に入るべきではないかと思いましてね」

 

 「初めは皆そうだ。私がわかりやすく教えてあげるぞ」

 

 「いえいえ、私に構わずに天子さんは楽しんでください」

 

 

 そう言う文の手を天子は取り、座っている文を引っ張りあげる。

 

 

 「あやや?」

 

 「私は文もいないと楽しめないよ。皆がいるから楽しめる、そこに文も入っているのだからね」

 

 

 天子は笑った。曇り一つとして存在しない優しい笑顔を文に向けていた。

 

 

 天子は誰一人として欠けるのは嫌だった。妖怪の山を訪れた理由もそうだった。はたてがいなかったら自分のせいだ。自分のせいではたてが存在しない世界になってしまったのだ……そうなる可能性があった。しかし結果的には、はたては存在していて無事に事なきを終えた。そんな時に文が一人寂しく隅っこに居たから声をかけたくなっていた。先ほどお説教といえど、たんこぶを生み出してしまったのもあるし、神子のように誰にも辛く寂しい思いなどしてほしくなかったから。

 

 

 「文がいるから私がここにいる。皆がいるから私が笑っていられるのだからね」

 

 「ふふ、なんですかそれ?天子さんって詩人ですか?」

 

 「文が笑ってくれるなら詩人にでもなるかな」

 

 

 ……あなたは優しすぎるお方ですね。椛もはたてもにとりもすぐに打ち解けてしまうのは当然だったのだと感じました。あなたの笑顔は人を引き付ける魅力を持っている……いえ、あなたの存在自体が人を引き付けているのやもしれませんね。

 

 

 「それではお言葉に甘えましょうか」

 

 「ああ、文にもわかりやすく説明してあげよう」

 

 「あやや……お手柔らかにお願いしますね」

 

 

 天子さん、これから先あなたにどのような試練が起きるのか私にはわかりません。ですが、私はあなたを応援していますよ。それがたとえ苦しい道だとしてもね……

 

 



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21話 平穏に見放された天人

仕事が忙しくなるために先に投稿しに参った所存……


本編どうぞ!


 いやぁ~昨日は楽しかった。椛とも会えたし、はたても健在してたし、沢山のロボットを見ることも触ることもできたし満足だ。文が放ったらかしになるところだったけど、それは私が許せなかったのでロボットの良さを知ってもらおうとした。途中で早苗が暴走してロボットと合体した時は流石の私もまるで意味が分からんぞ!?状態だった。私も女の子だけどロボット系大好きだが、合体は予想外過ぎた。流石早苗……あなたは奇跡を起こしたんだ。結局ロボットが誤作動で工場が爆発するオチになったけど、文も楽しめたみたいで何よりだった。にとりは工場が木っ端みじんになって途方に暮れていたけど……

 

 

 そして私は今日も地上へ降り立った。どうしても会っておきたい人物がいたから……

 

 

 「こんにちわ」

 

 「あっ!こんにちわー!!!

 

 

 天子は小さい子に挨拶するとその子は大声で返事をした。その声が天子の耳に直接響いているように感じた。

 

 

 【幽谷響子

 髪はウェーブのかかったショートボブで色は緑色をしている。茶色に薄く模様の入った大きな垂れ耳と小さな尻尾を生やしている。長袖ワンピースの下からは白いスカートが覗いている。聞こえてきた声に対し、同じ言葉を大声で返事する山彦であり、山で暮らしていたが命蓮寺に入門した。

 

 

 凄い大きな声だ……耳がキーンとなった。山彦の響子ちゃんが居てくれてよかった!出会わなかったから響子ちゃんの存在そのものが消えているのかと思って、はたての時みたいに心配していたの。

 最近命蓮寺……この前、霊夢達が解決した異変の宝船(宝船ではなく元々は穀倉だった)が人里の外れの空き地に不時着し、改装され寺へと姿を変えたのが命蓮寺よ。そこには私が会っておきたい人物が住職をやっているの。そのために私はここを訪れたのだ。

 

 

 「どちら様ですか?」

 

 「私は比那名居天子、天人くずれだ。すまないが聖白蓮に会いたいのですが……」

 

 

 【聖白蓮

 金髪に紫のグラデーションが入ったロングウェーブに白黒のゴスロリ風のドレス姿の元人間である魔法使い。とある僧侶の姉であり、弟である彼から法力を学んだ。弟の死をきっかけに彼女は死を極端に恐れるようになり、法術ではなく妖力、魔力の類の術によって若返りと不老長寿の力を手に入れた。人間も妖怪も平等であるという考えを持ち、人間も妖怪も分け隔てなく助ける心優しい人物だ。

 

 

 私は彼女に会いたかった。彼女は神子とは深い関りが生まれ、お互いに必要とする存在になるからだ。私がいつも神子の傍にいるとは限らない。それに彼女なら神子の気持ちを理解し力になってくれると思っていたからだ。神子の力になってもらうべく私はここにいる。

 

 

 「聖様ですか?ちょっと待ってくださいね」

 

 

 響子はパタパタと走っていき寺の中へと消えた。天子は響子が帰って来るまで暇なのでのんびり命蓮寺を見回していた。

 門の前には多くの地蔵が置かれ、門を越えた敷地内には灯篭が並んでいる。本堂や鐘などが置かれており、墓場も存在している。そんな命蓮寺を見回していた時に誰かに声をかけられた。

 

 

 「おや?お前さんここに何か用でもあるのかぇ?」

 

 「あなたは……」

 

 

 【二ッ岩マミゾウ

 茶髪に丸眼鏡、狸耳を生やして薄い桃色の肩掛けに、黄土色の無地のノースリーブと足元は素足に草履(ぞうり)を履いている。そして狸の尻尾が生えていた。由緒ある正統な妖怪化け狸で、他の化け狸をまとめる頭領のような存在である。体の大きさほどもある巨大な尻尾を持っており、人間を驚かせるのが好きであり、日常的におこなっている。

 

 

 マミゾウは本来ならば幻想郷のパワーバランスが崩れるのを恐れた一匹の妖怪に「人間勢力の増大化に対抗するための妖怪側の勢力強化」のために呼び寄せられるのだが、命蓮寺となってまだそれほど日にちが経っていないにも関わらずにいることは一体どういうことなのだろうか?

 

 

 「なんじゃお主?儂の顔をジッと見て?」

 

 「ああ、すまない。私は比那名居天子だ」

 

 「これはご丁寧に、儂は二ッ岩マミゾウじゃ。して、天子よ……ここには何用じゃ?」

 

 

 ううむ……マミゾウさんは私が怪しい人物かどうか判断しているような気がする。こう見えてもマミゾウさんEXボスなんですよね……マミゾウさんは化け狸の中でも三本指に入る化け力を持ち、外の世界でも国の3分の1の狸を統べる頭領だった実績があるなど、非常に高い実力を持っている。そのため、マミゾウさんの思考を読むのは難しい……流石ですよ。でも心配ないわ。だって私は今日は聖に用があって何も悪い事なんて考えてないのだから。元々悪い事なんて考えないけどね。

 私はマミゾウさんなら事の詳細を話しても問題ないと思った。マミゾウさんなら聖のように力を貸してくれるのではないかと思ったから。

 

 

 「そのようなことがあったのか……」

 

 「そうなんです。それでマミゾウさんはいつ頃こちらに?」

 

 「つい先日じゃ。ぬえの奴が心配でな……おっと!ぬえと言うのは儂の知り合いでのぉ……」

 

 

 マミゾウさんはやんちゃな知り合いの妖怪のことが心配になってこちらにやってきたみたいだった。理由は違えど幻想郷にやってきてそのままこっちでのんびり過ごすようだ。何とか原作通りにメンバーが揃っていて安心した。そしてマミゾウさんは考え事をしていたが、丁度そこに会いたかった人物……聖がやってきた。

 

 

 「おお、聖殿お主にお客様だぞ」

 

 「すみません遅くなって……あらあなたは!」

 

 

 天子の顔を見るなり驚く聖。聖は幻想郷に蘇って初めて新聞を読んだ時、天子という存在を知った。そして会いたいと思っていた。新聞に載っていたことが本当であれば、一度お話したいと思っていたのだ。

 

 

 「どうしたんだ?」

 

 「いえ、一度あなたにお会いしたいと思っておりました。天子さんどうぞこちらへご案内します」

 

 

 聖は天子を連れて寺の中へと戻っていった。

 

 

 「あの人と何話していたの?」

 

 「ん?一人の悲しい人生を歩んだ聖人の話じゃよ」

 

 「?どういうことなの?」

 

 「ふぉふぉふぉ!響子にはまだ早かったかのぉ?まぁ、話を聞いていると助けたくなってくるわい」

 

 

 マミゾウは寺の中へと連れていかれた天子に視線を向けながら……

 

 

 「随分とお人好しな天人がこの幻想郷にはいるようじゃな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんて悲しい出来事なのでしょうか……」

 

 

 天子の話に心を痛める聖の瞳に薄っすらと光り輝く涙が浮かんでいた。天子は神子の過去を話した。新聞にはその部分はぼかされていたため詳細までは聖は知らなかった。改めてその話を聞くと心が締め付けられるような思いを天子も感じていた。

 

 

 「すまない、気分を悪くしたか?」

 

 「いえ、大丈夫です。ただ豊聡耳神子さんがとてもかわいそうで……そしてその気持ちがよくわかるのです。私も人々には裏切られた経験がありますから……」

 

 

 聖は最初は自分の魔力を維持するために妖怪を助けていたのだが、人間からの不当な迫害を受ける妖怪達を目にするうち、次第に本心から妖怪を守らねばならないと思うようになった。その人柄ゆえに人間からの人望も非常に厚かった。そんな時に妖怪との共存を望み加担していたことが人々に露見すると態度を変えて一転、悪魔扱いされ魔界に封印されたと語っていた。原作と同じ過去を持つ聖だが、神子と通じるものがある。そのためとても悲しんでいた。

 

 

 やっぱり聖は優しい人だ。これなら神子と手を取り合えるだろう。まぁ、宗教的問題は数多く存在するが、そのいざこざも含めてより良い関係が結ばれることだろうね。私はそう願っている。

 

 

 涙を拭い、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をする聖を待つ。

 

 

 「すみません……はしたない姿を見せてしまいまして……」

 

 「いや、私の方こそあなたに辛い過去を思い出させてしまって……」

 

 「ふふ、天子さんってとても優しい方なんですね?」

 

 「優しくないと相手に寄り添えないからね。でも、優しさだけでは人は救えないし、妖怪だってそうだ。時には厳しく残酷に生きなければならないのが現実だからね」

 

 「あなたを信頼した神子さんの気持ちがわかるような気がします」

 

 

 聖はまだ見ぬ神子の気持ちがわかるような気がした。とても温かく見つめる瞳は優しさが宿っているように見えた。神子は天子に救われてきっと嬉しかったんだろうと、この方なら信頼できると心の底から思うのだった。

 

 

 「天子さん、神子さんのことは私も力になります。ご安心してください」

 

 「きっと神子が迷惑をかけると思うけれど……その時はすまないと先に謝っておこう」

 

 「いえいえ、人には何かと相容れないものがありますから気にしないでください。私の方こそ神子さんに受け入れてもらえるように頑張ります」

 

 「聖……ありがとう」

 

 

 そこからいろいろ話をした。天界の酒や果実と言ったものからどんな天人がいるのか、修行はどんなことをやっていたのかを話した。聖の方も今まで助け、逆に助けられた思い出を語った。それがいつの間にか夜遅くなるまで話していて天子が帰る頃には真夜中になっていた。

 

 

 「すみません、あまりにもためになるお話でしたのでついお喋りをしてしまって……」

 

 

 門前で頭を下げる聖はとても申し訳なさそうな顔をしていた。話はとてもためになることばかりだったので熱心に聞き入ってしまって、聖の方も語ってしまった。人間と妖怪が共に仲良く共存するためには天子のような優しい方が必要になると感じていたため、天子の話を求めてしまった。結果はご覧の通り引き止めすぎてしまった。

 

 

 「気にしないでくれ。私も話し込んでしまったんだ。お互い様だ」

 

 「天子さん……あなたは優しすぎますよ」

 

 「そんなことはないさ。あなたには負ける」

 

 「お世辞がうまいですね」

 

 

 お世辞なんかじゃないんだけどね。本当に聖……マジ(セイント)です。(セイント)お姉さんって言いたくなっちゃったのは内緒よ。人々のため、妖怪のために身を削る姿はとても美しく思いますよ。同じ女である私でも眩しいくらいに……神子も形は違えど聖のように人々を救おうとしていたからね。そして今は正しいやり方で導こうとしている。二人はきっと仲良くなれると信じているよ。

 

 

 「それじゃ聖、そろそろ帰るとするよ」

 

 「はい、またお待ちしております」

 

 

 天子は要石に乗って天界へと帰っていった。

 

 

 「聖殿、天子はどうじゃった?」

 

 

 命蓮寺の扉に隠れていたマミゾウが姿を現した。聖の横に寄り添うと天子が帰っていった空を聖と共に見上げる。

 

 

 「とても素晴らしい方でした。天子さんのような方ばかりなら世の中平和なのにと思いました。ですが、世の中はそう簡単なものではありません。理不尽な理由で人生を狂わせられ、野望に燃えた一人の聖人を私は知ってしまったのですから……」

 

 「豊聡耳神子のことじゃな?」

 

 「天子さんから事の詳細を聞きました。とても悲しい話でした……神子さんも心優しい方なのです。でも、彼女はその理不尽に巻き込まれてしまった。それ故に歪んでしまったのだと……」

 

 

 聖の表情は辛そうだった。神子は暴走して幻想郷を滅茶苦茶にしてしまうところだった。聖も下手をすれば神子と同じようになっていたんじゃないかと思ってしまった。

 

 

 「じゃが、豊聡耳神子はそうはならなかった。あの者に救われたからのぅ」

 

 「ええ、神子さんはとてもいい方に巡り合えたと私は思っています……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(天子さんという素晴らしいお方に……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お帰りなさい天子様。遅かったですね?もう少し遅ければお説教でしたのに」

 

 「ただいま衣玖。それは危なかったな。すまない、つい話し込んでいて……」

 

 

 危なかった……もう少し遅ければお説教だったのね。衣玖のお説教は心に釘を打たれる感じだからね……

 

 

 「いいんですよ。ちゃんと帰って来てくれましたし、お風呂の準備はできていますよ」

 

 「ああ、ありがとう衣玖」

 

 

 衣玖に感謝します。今日は中々ためになる話だったし、今日も昨日も満喫した日々だったな♪気分が楽な日もたまにはいいね。

 

 

 天子は脱衣所で服を脱ぎ、温かい風呂に浸かる。

 

 

 「ふぅ~!生き返るなぁ♪」

 

 

 湯船につかり満足するため息を吐く。天子は休息を満喫し、身も心も安らいでいた。

 

 

 しかしそれはまるでこれから起こる事件のために()()が天子に与えた一時の平穏だったのかもしれなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

 誰かが森の中を走っている。いや、何かから逃げていると言った方が正解だ。

 

 

 真夜中の真っ暗な森を灯も照らさずに走っていた。違う……照らせなかった。照らせばあの者に見つかってしまうから……

 

 

 「……はぁ……はぁ……げほぉ!げほぉ!」

 

 

 その誰かは咳をして膝をついてしまった。それでも逃げようと必死になって立ち上がろうとした。誰でもいいから誰かに出会うよう願いながら……

 

 

 「げほぉ!……まだ……ここで捕まってしまえば……みんなを……助けることが……できなくなってしまう……」

 

 

 立ち止まるわけにはいかなかった。その誰かは助けを求めて一人、真っ暗な森の中をひたすら走っていたのだ。

 

 

 「……ミツケタ……」

 

 

 闇夜から聞こえてきた声……その声を聞くと背筋が寒くなり血の気が引いた。ゆっくりと後ろを振り返るとそこには見知った顔があった。

 

 

 「咲夜!?」

 

 

 咲夜と呼ばれた娘は一点だけ見つめてこう言った。

 

 

 「パチュリー……ノーレッジ……オジョウサマノ……ゴメイレイ……ソノタメ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……シンデクダサイ……」

 

 

 冷たく感情も存在しない瞳はただ一点……パチュリーを見つめているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天界で朝を迎える一人の天人がいた。

 

 

 「おはよう衣玖」

 

 「天子様おはようございます」

 

 

 清々しい朝を迎えて気分快適な私は比那名居天子です。異変を解決して神子が笑顔を取り戻すまで心配事がいっぱいだったからこうやって朝起きれるのはいいことだ。それに衣玖が笑顔で迎えてくれることは何よりの楽しみだ。毎日の日常な行為だが、これがいいのだ。だから私は今日も頑張れるのよ。

 

 

 「衣玖、今日も散歩するのだが付いてくるか?」

 

 「当然です。いつもの日課なんですから私も共にお供します」

 

 

 争いごともない、何も変わらない天界を散歩するのが私の日常だ。重症だった時は他の天人達に傷のことを隠して振舞っていた。もし知れたら天人達が豹変して地上を焼け野原にしてしまうんじゃないかとびくびくしていた。そんなこともあって、怪我をしている間だけ朝の日課の散歩は取り止めになった。仕方ないことだったけど、天人達に不審がられないか気が気ではなかったけれどね。何事もなく傷は回復して日常に戻ることが出来ました!

 

 

 「食べ終わったら行こうか」

 

 「はい♪」

 

 

 とても楽しそうな衣玖を連れて散歩に出た。娯楽施設は天人達の遊び場になっており、今度は温泉施設を作ろうかと思っているところだ。地底にも温泉はあるけど、天界にはないからね。地底の温泉に行ってみたいな……良ければ地霊殿メンバーと顔合わせしたいけど、地上の妖怪が地底に行くことは許可されていない。これは地上と地底の取り決めがあるからだ。私は天人だから問題ないけど、衣玖や萃香に妖夢達も一緒に……萃香は密かに霧になって行ってそう……温泉なら皆で行きたいし、私一人で行っても寂しいからね……

 

 

 いろいろと想像していると地上が見えるところまでやってきた二人。

 

 

 「地上も平和ですね」

 

 「そうだな。今日はのんびり暮らせそうだ」

 

 「……とか言いつつ仕事するつもりじゃないですか?」

 

 「ああ、そのつもりだが?何日も開けていたんだし、久しぶりに溜まっているものを片づけないといけないからね。衣玖ばかりに迷惑かけていられないからな」

 

 

 天人は基本のんびりに生きている。仕事も自分のペースでやり、それを咎めることはしない。それが天人であり、天界というところだ。天子はそれでも衣玖ばかり仕事をさせられないと思っていた。自分も最近は地上に関わりっぱなしだったために仕事をしていない。このままでは衣玖が過労で倒れてしまうんじゃないかとも心配していた。

 

 

 「天子様……天子様の優しさは伝わっています。その優しさがあれば衣玖は更に頑張れます♪」

 

 

 頑張ってくれるのはいいんだけど……働き過ぎは体に毒だよ?私が重症だった時は全部衣玖が仕事やっていてくれていた。とても申し訳ない気持ちでいっぱいだったわよ……だから今日は地上に下りる予定はないから衣玖を手伝おうと思ったんだけどなぁ……

 

 

 そう思っていた時に衣玖が何かに気づく。

 

 

 「!?天子様、あれを見てください!」

 

 「ん?どうした衣玖……!?」

 

 

 衣玖が指さしたのは地上だった。太陽に照らされている大地が段々と()()に覆われていく。天子は見たとこがある。転生してから地上にまだ降り立ったことがない時でも異変だとわかったあの時と同じ……

 

 

 「こ、これは……!?」

 

 

 これって……まさか……そんな!?どうして今頃になって……!!?

 

 

 天子は驚いていた。それもそのはずである。天子の目の前で見ている()()は霊夢達によって解決されていたはずだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……紅い……霧……!?

 

 

 既に解決されている異変が再び始まろうとしていた。

 

 



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東方紅魔郷 再臨編
22話 二度目の紅い霧


ちょいと遅くなってしまいましたが、紅魔郷異変再びです。


暴力的表現あり注意です。


それでも構わぬぞ!という方は……


本編どうぞ!




 「天子様……紅い霧が地上を覆っていますね」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 え”え”!?どうして終わったはずの異変が再び始まったの!?これってあれだよね?【紅魔郷】で起きる異変だよね?紅い霧と言えば紅魔館という館のあの吸血鬼が起こした異変……だが、私は知っている。この異変は既にこの幻想郷でも起きて解決されていた。今となってまた起こす理由がわからない。ただあの吸血鬼はこの幻想郷でも再び異変を起こさないとは言えないのだけど……それにしてもなんだか嫌な予感がする……

 

 

 「天子様……気になりますか?」

 

 

 衣玖もこの異変のことは知っていたため、同じ異変を起こすなんておかしいと疑問に思っているようだった。前回の時でも紅い霧が発生するのが確認できたのだ。見落としていたことなど決してありえなかった。

 

 

 「ああ、この異変は紅魔館の主である吸血鬼が起こした異変だ。一度解決された異変を再び起こすなど一体何を考えているのやら……」

 

 「しかしこの漂ってくる空気……なんだか嫌な気分がします……」

 

 

 やっぱり衣玖もそう思っているのね。地上を覆う紅い霧はとても嫌な感じがする。何かとまではわからないけど……私は内心不安でいっぱいだ。神子の件があり、もしかしたら紅魔館の吸血鬼にも何かあったのかもしれない。

 それにこの紅い霧に感化された妖怪達が暴れだすとも限らない。そうなれば人里にも危害が及ぶかもしれない。衣玖には悪いけど私はジッとしていられない。妙な胸騒ぎがするの……行かないといけないような……そんな気がするんだ。

 

 

 そう衣玖に伝えようとしたが、衣玖は何も言わずに頷いた。天子と何十年も一緒にいた衣玖には天子の言いたいことが既にわかっているようだ。

 

 

 「天子様の言いたいことはわかっています。行きましょう地上へ」

 

 

 衣玖も付いてきてくれるのか……ありがとう衣玖。まずは人里へ行って情報収集しなくちゃね。

 

 

 天人と竜宮の使いは紅い霧に包まれていく地上へと向けて飛び出した。

 

 

 ------------------

 

 

 「みんな家の中に避難していてくれ!ほら急いでくれ!」

 

 「扉しっかり閉めておけよ!妖怪が入って来ても知らないからな!」

 

 

 人里はパニックになっていた。いきなり紅い霧が発生し、幻想郷を覆いつくそうとしていた。今も紅い霧はその規模を拡大しつつある。そんな人里で人々を誘導するのは上白沢慧音と藤原妹紅の姿があった。しかし、それだけではなかった。

 

 

 「屠自古!布都!女性と子供と老人を最優先に避難させなさい。そして人里の警戒の周りにも注意するように!」

 

 「はい太子様!」

 

 「我にお任せを!」

 

 

 指示を出す神子の姿があった。屠自古と布都も一緒だった。

 神子達はお咎めなしとなったが、自分自身が許せなかった。これからは人々を正しいやり方で導き、人々を守っていくことを自身に誓った。偶然人里で買い物をしに来ていた神子達は紅い霧の異変に遭遇し、その場に居合わせた慧音と妹紅と共に避難を誘導していたのだ。

 

 

 「ありがとう神子殿、手伝ってくれて」

 

 「いえ、私達は罪滅ぼしにやっているだけですよ。それよりも私が聞いた話ですと、この紅い霧は以前もあったと伺っておりますが?」

 

 「そうなんだ。くそっ!あのガキンチョ吸血鬼め!面倒な異変をまた起こしやがって!!」

 

 

 妹紅は怒っていた。今日は永遠亭にいるというお姫様と殺し合いをする予定だったのだが、紅い霧が発生したためにそれどころではなくなってしまった。これさえなければ殺し合えたのに!っと言っていたが、それを聞いていた神子は何故そこまで殺し合いたいのか理解したくなかった。

 

 

 「殺し合いを望むなんて……変わった方ですね」

 

 「妹紅と永遠亭に住む姫は昔からああやってお互いに鬱憤を発散させているんだ。私は殺し合いなんかしてほしくないのだが、当の本人同士の問題なので手が出せなくてな……」

 

 「ふむ、ある意味救い出すのは難しい方のようですね……」

 

 

 慧音はため息をついていた。色々な出来事に悩まされてシワでも増えるのではないのかと彼女は苦労していることが窺える。そんな慧音を哀れに思いながら避難を誘導していると忘れられない声が聞こえてきた。

 

 

 「慧音、妹紅!」

 

 

 忘れることなどできない男の声……なのに重みよりも温かみを感じられて、まるで体を包み込まれるような感覚に陥る神子の心……

 

 

 「(こ、この声は……!?)」

 

 

 神子に電流走る。振り向いた先にいたのは……

 

 

 「天子!それに衣玖殿も来てくれたのか!」

 

 「ああ、慧音人里の様子は?」

 

 「それが……『天子殿ー!!』神子殿!?」

 

 

 神子が全速力で走ってきて天子の前で止まった。その表情は先ほどのたくましい頼れる顔とは程遠い女の子のような顔であった。耳のような髪がピコピコと犬が飼い主に尻尾を振っているように揺れて、頬も薄い赤色に染まっている。恋する女の子が好きな男の子と出会っているかのような姿であった。神子は元々女の子なのだが……先ほどとは違うギャップに慧音も妹紅も口をポカンと開けていた。

 

 

 「神子?神子も人里に来ていたのか?」

 

 「はい、私が起こした罪の償いをしたいと思いまして……偶然ですが、お手伝いしています」

 

 「えらいな神子、流石だな」

 

 「そ、そんなこと……天子殿に褒められることなんて何一つとしてしていません♪」

 

 

 頬は赤く火照っていた。決して紅い霧のせいでそう見えるのではなかった。照れているのが誰から見ても一目瞭然だった。神子の耳のような髪が更に激しさを増して揺れていた。

 

 

 「……」

 

 

 それとは正反対に衣玖の目から光が失われつつあった。神子を見つめるその視線は体温など一切感じられないような凍り付いた視線であり、そんな視線を知ってか神子は勝ち誇った顔をしていた。二人の視線の間には稲妻が発生し、火花を散っているようだった。慧音と妹紅は自然と二人から距離をとってしまっていた。

 

 

 「神子……?衣玖も……どうしたんだ?なんだか怖いぞ……?」

 

 「イイエ、テンシサマ、ナンデモゴザイマセンヨ?」

 

 「衣玖、カタコトなんだが……」

 

 「ええなんでもないのです。そうですよね?衣玖殿♪」

 

 「ハハ……ソウデスネ……」

 

 

 二人の間に得体の知れない何かが交差しているが、天子は何も知らない方がいいと思って聞くのを止めた。知らないことも良いことだってあるのだから……

 

 

 「と、とりあえず……慧音、情報がほしい。誰かこの状況についてわからないか?」

 

 

 慧音に妹紅と神子も首を横に振る。何も知らないようだ。当然と言えば当然か……それなら人里の誰かに聞いて回る手しかないか……状況が緊迫しているために効率は悪そうだが、それしかないと行動に移そうとした時だった。

 

 

 「この異変についてなら私が知っているわ」

 

 

 この場にいるメンバーとは違う声がした。全員声のした方を向くとそこにいたのは……

 

 

 「アリス!?」

 

 

 七色の人形遣いのアリス・マーガトロイドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っということになっているわ」

 

 「紅魔館の魔法使いがそんなことになっているだなんてな……」

 

 

 アリスの話に妹紅が腕組してどうしたものかと考える。この紅い霧を発生させている原因はやはり紅魔館の主にして【紅魔郷】のラスボスである吸血鬼レミリア・スカーレットであった。

 

 

 【レミリア・スカーレット

 青みがかった銀髪にナイトキャップを被っている。全体的にピンク色をしており、太い赤い線が入り、レースがついた襟のドレスのような服装である。人間で言えば10歳にも満たないような子供の姿、背中に大きな悪魔の翼が生えている。彼女は吸血鬼であるが、その中でも最も強大な力を持ち、今や幻想郷のパワーバランスの一つを担っている。

 

 

 そしてアリスが語ったのはこうだ。

 昨日の夜中に物音で目を覚ましたアリスは音の正体が気になって真夜中の森へと入って行った。彼女は魔法の森に住んでいるので散歩感覚で家を出た。すると見つけたのは紅魔館の魔法使いであるパチュリーが襲われているの姿を発見した。襲撃者を撃退するもパチュリーは披露しきっており、彼女をこのままにしておくこともできなかった。一度家へ戻り、再び襲撃者が襲ってこない可能性が0ではなかったため、パチュリーと人形たちを連れて友人の家へ向かって泊めてもらった。目が覚めたパチュリーから聞いた話では……

 最近紅魔館の主である吸血鬼レミリアの様子がおかしかった。話しかけても「何でもない」と言ってどこかへ行ってしまうし、落ち着きがなく、寝ている時には何かにうなされている様子だったという。紅魔館の者達も心配して医者に見せようかと思っていた。そんな時に出来事が起こった……レミリアは突然「幻想郷を支配する」ことを通達した。これには紅魔館の者達は事情を聞こうとレミリアの元へ集まったが、力でねじ伏せられた。レミリアの様子がおかしくなっていた。レミリアを抑えようとしたが誰もできなかった。パチュリーは紅魔館の者達によって守られ、運よく逃げ出すことができた。それで助けを求めて森を彷徨っていたとアリスに伝えた。

 

 

 そしてその襲撃者というのが……

 

 

 「十六夜咲夜……」

 

 

 天子がその名を呟いた。

 

 

 【十六夜咲夜

 髪型は銀髪のボブカット、もみあげ辺りから三つ編みを結っている。また髪の先に緑色のリボンを付け、服装は青と白の二つの色からなるメイド服であり、頭にはカチューシャを装備している。紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに仕えるメイド長で、紅魔館に住んでいる唯一の人間である。

 

 

 その十六夜咲夜が 同じ家族同然のパチュリーを襲撃すること自体おかしなことだ。それもパチュリーが言っていたことによるとまるで操り人形のようになっていたとアリスから聞いた。おそらく洗脳的な何かが行使されたのだろうが、レミリアの手によってとは考えたくないが、状況的にそうなのだろう。この場に緊張が走った。

 

 

 「操り人形ですか……太子様、どうしますか?」

 

 「そのような不埒ものは我に任せてくだされ!」

 

 

 屠自古と布都は神子の対応を待っていた。神子はアリスの話が本当ならば自分の時と同じような取り返しのつかない出来事が起こってしまうのではないかと考えた。それに紅魔館の吸血鬼の様子がおかしかったということが何より気がかりだった。

 

 

 「天子殿……あなたはどう思います?」

 

 

 天子はまだレミリアとは会ったことはない。どんな性格でどういった人生を歩んできたのか、この世界のレミリアのことは全くもって知らなかった。レミリアとパチュリーは昔からの友人であることは間違っていないと思われる。咲夜もレミリアに忠実だろうけどこんなことは絶対にしないと天子は信じたいと思っていた。

 

 

 「私は紅魔館へ向かうことにするよ。それにパチュリーにも会っておきたい。アリス、今パチュリーがいるのはもしかして魔理沙の家か?」

 

 「正解よ、でも魔理沙はいないわよ」

 

 「どこかへ出かけているのか?」

 

 

 慧音の問いに首を横に振るアリス。

 

 

 「魔理沙は……既に紅魔館へ行ってしまったわ」

 

 「なに!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い霧で光が遮られた廊下には無数の蝋燭が立ち並ぶくらいにしか光が灯っていない。それでもまだ明るい方だ。相手の顔をしっかり認識できるのだから……そのせいで一人の白黒魔法使いは異変を解決できずにいた。

 

 

 「ちくしょう!お前らどうしたっていうんだよ!」

 

 

 魔理沙の目の前には何も答えず、感情など持ち合わせていないような冷たい表情をした娘が立ちはだかっていた。魔理沙は知っている顔だった。だから攻撃したくないと思った。でも倒さなくては異変を解決できない、話して元に戻せないならば、力づくで元に戻すまでだ!

 

 

 「だんまりか……なら私が目を覚まさせてやるぜ!くらいな!マスター……」

 

 

 魔理沙は懐から取り出した八卦炉を構え魔力を集束した時だった。

 

 

 「………………えっ?」

 

 

 魔理沙の胸に一本のナイフが突き刺さっていた。魔理沙の手に持っていた八卦炉は滑り落ち地面に転がる。そして意識は歪みやがて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサッ!

 

 

 魔理沙は冷たい床の上に倒れて動かなくなった……

 

 

 「ククク……一人で来るとは馬鹿な小娘だ……なぁ、メイド?」

 

 「……」

 

 

 真っ暗な奥から現れたその小さな体の影は横に控える咲夜に問うが何も答えない。目は虚ろで周りの娘達と同じく自分の意思など存在しないような印象だった。

 

 

 「ククク……答えられないか。それもそうか……私のために働いてくれる道具はいくらあってもいい。しかし、魔法使いを取り逃がしたのは残念だ。奴は必ず助けを求めそれに答えようとする者達が集まる……メイドの失敗が仇となった」

 

 

 横に控える咲夜の頬が赤く腫れていた。パチュリーを殺せなかったことで罰を受けたのだ。咲夜の瞳は虚ろのままだが、どこか吸血鬼を睨んでいるようにも見える……

 

 

 「ククク……だが、所詮醜い生き物共が集まってくるだけよ。どうとでもなるわ……だからお前達は安心するといい。近いうちに私の呪縛から開放してやるさ。この魔法使いのガキが辿る末路のように、死ぬ時が来れば解放してやるからな。はっ!聞こえてないか……クハハハハハ!」

 

 

 真紅の瞳を持つ小さな吸血鬼が高らかに笑っていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「気分はどうだパチュリー?」

 

 「あ、あなたは……」

 

 

 天子達は魔理沙の家に寄った。パチュリーの様子を見るためにやってきたのだが、ベットの上で横になり、現在も顔色が良くない様子だった。

 

 

 「あなたのことを心配しに来てくれたのよ」

 

 「あなたとは……伊吹萃香の時に会ったぐらいだったけど……」

 

 

 アリスの言葉を聞いて何故一度しか会っていない自分を心配しにやってきたのかとパチュリーは思った。

 

 

 「傷ついた子を放っておけなくてな」

 

 「……変わっているわね……あなた」

 

 「よく言われるよ。安心するといい。この異変を起こしたのはレミリアかもしれないが大丈夫だ。元のレミリアに戻して元の紅魔館の日常に返してやるからな」

 

 

 その言葉を聞いて何故かパチュリーは安心できた。この人ならきっと大丈夫と心から思えた。パチュリーは疲労と眠気に負けて瞳を閉じた。元々体の弱かった彼女の体力は限界だったのだ。パチュリーが寝静まったのを確認すると天子達は作戦会議を始めた。

 

 

 「私は紅魔館へと向かう。レミリアや咲夜達自体に異変が起こっていると見ている」

 

 「天子様の言う通りだと思います」

 

 「私も天子殿と同意見だ」

 

 

 衣玖と神子は天子の意見と同じことを思っていた。話によると元凶はレミリアのようだが、そのレミリアに何か異変が起こったと見て間違いはなかった。それに魔理沙が先に紅魔館に向かってしまっていたこともあり、この異変を放置しておくと大変なことになると危機感を覚えた天子達は紅魔館へと向かおうとした。

 

 

 「パチュリーを見ておかないといけないから私はここに残るわ。もし狙われたら守ってあげられる人がいないといけないからね」

 

 「わかった。アリス、魔理沙は必ず連れて帰るから安心してくれ」

 

 「ああ見えて魔理沙は丈夫よ。でも、危なくなったら助けてあげて……お願い」

 

 

 アリスの瞳の中には不安という言葉が浮かび上がっているように見えた。だが、それを安心させてあげるように天子は優しい言葉をアリスに向けた。

 

 

 「大丈夫だアリス、魔理沙は簡単に死ぬような子じゃないさ。アリスの言う通り危なくなったら私が命に代えても守ってやる」

 

 「あなた優しすぎるわよ……でもありがとう……気をつけて……」

 

 

 アリスに見送られながら、天子、衣玖、神子の三人は紅魔館へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の博麗神社の方では……

 

 

 「だーかーら!紅魔館へ行けと言っておるじゃろう!」

 

 「うるさいわね!それよりあんた誰よ!?」

 

 「我は太子様に仕える物部布都じゃ!」

 

 「……()()()?」

 

 「布都じゃ!」

 

 

 屠自古は頭を抱えていた。神子の命令で博麗の巫女に今回の異変の危険性を説明し、協力させようとしたのだが、その博麗の巫女……博麗霊夢に問題があった。

 

 

 「さっきからうるわいのよあんた達は!せんべいぐらい食べさせなさいよ!」

 

 「それ、一つ食べるのにどれぐらいかかっているんだよ……」

 

 

 屠自古は数々の異変を解決してきた博麗の巫女に期待していた。神子のように素晴らしい方であると……そう思っていたのだが、実際にこの目で見て見ると呆れる以外に何もなかった。博麗神社までは紅い霧はやってきていないがその内に必ずやってくる。そうとも関わらずのんびりお茶を飲み、せんべいを食べている。それに食べる速度が非常に遅い……よく味わって噛みしめ、味わい、噛みしめの繰り返しで一枚が中々なくならない。このままでは異変自体終わってしまうのではないか?それならばいいが、もしものことがあれば神子の身が危ない。何とかして動いてもらわないと!

 

 

 「博麗の巫女よ、私達は太子……豊聡耳神子に仕えている者だ。その太子様からあなたに異変解決の協力を要請しに来た」

 

 「ふ~ん」

 

 

 興味ないように二枚目のせんべいに手をかけ口に運ぶ。

 

 

 「で?」

 

 「で?って……協力してくれないのか?」

 

 「別に協力してあげてもいいけど……私は気分的に動きたくないのよ。この前の空飛ぶ船には宝物なんてなかったし、骨折り損のくたびれ儲けよ……」

 

 

 霊夢はあの時のことが抜けてないのか落ち込んでしまった。このままでは使い物にならない紅白の置物に成り下がるのではないかと困っていた。

 

 

 「早くせよ!博麗の巫女!太子様は今回の異変を重く見ておるのじゃぞ!話では()()使()()が先に紅魔館へ向かったとか言っておったぞ!お主も早く動かぬか!!」

 

 

 布都が言った言葉に霊夢は反応した。そして、霊夢は見た。テーブルの上に置かれていた湯呑に亀裂が生じた瞬間を……まるで誰かに何かが起こったことを伝えるように……先ほどまでのぐうたらな博麗の巫女ではない目つきに変わっていた。

 

 

 「ど、どうしたのじゃ?」

 

 「布都とか言ったわね?魔法使いって……魔理沙のこと?」

 

 「た、たしかそんな名前じゃったかの?」

 

 「……そう……」

 

 

 霊夢はそう言うと湯呑に入ったお茶を飲み干し、せんべいを片づける。そして支度を済ませて先ほどとはまるで違う博麗の巫女に呆然としている屠自古と布都に言う。

 

 

 「あんた達は帰りなさい。私はやることができたから……」

 

 

 それだけ言い残して霊夢は空へと飛んで行った。残った二人は何も言えずに巫女を見送ることしかできなかった。

 

 

 「……行ってくれたのか?」

 

 「そ、そうみたいだな布都……」

 

 「……我らはどうするのじゃ?」

 

 「太子様が戻って来るまで人里を警備しよう。慧音と妹紅の二人では人里は広い。それにこの霧の影響で妖怪が攻撃的になっていることも踏まえるとそれがいい」

 

 「わかったのじゃ」

 

 

 二人はお互いに頷き人里へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「魔理沙……」

 

 

 博麗の巫女としての勘が友の危機を伝えていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い……とても暗い……地下の冷たい……冷たい檻の中……そこにいるのは一人の少女……

 

 

 子供……10歳にも満たない子供の姿をした女の子……その子は動けなかった。動こうとしても動けなかった。動きたくても動かせなかった。少女の体には冷たく、重く、非情なものが付けられていた……

 鎖だ。一つや二つだけでなく、首に手首、足元にまで少女の体が繋がれていた。その鎖は魔術が施されていて、鎖に囚われた女の子の力を封じてしまっていた。その少女は人間ではなかった……その子もまた吸血鬼だった。

 

 

 【フランドール・スカーレット

 黄色の髪をサイドテールにまとめ、ナイトキャップを被っている。瞳の色は真紅で、服装も真紅色をしており、半袖とミニスカートを着用している。背中からは、一対の枝に七色の結晶がぶら下ったような特徴的な翼が生えている。紅魔館の主レミリア・スカーレットの妹で、姉と同じ吸血鬼である。

 

 

 フランは鎖に繋がれていた。何故こうなっているのか彼女にもわからなかった。わからなかったが、確かなことが一つある。この鎖を自分に付けた者はよく知っている相手だったから……

 

 

 コツン……コツン……

 

 

 足音が聞こえてきた。ゆっくりとこちらに向かってくる……フランは近づいてくる音の正体を知っていた。

 

 

 「お姉様!!」

 

 

 足音の主はレミリアだった。微笑を浮かべまるで生き物全てを見下し、モノとしか見ていないような歪んだ瞳をしていた。フランは怖いと思った。彼女は地下に495年も過ごしていた。そして幻想郷でレミリアは異変を起こし、異変を解決しにやってきた博麗霊夢と霧雨魔理沙の手によって無事に解決された。その時にフランも初めてスペルカードルールに従って戦い負けた。面白く、清々しい負けだった。それから彼女は外の世界に興味を持った。人間や妖精や自分の見たこと聞いたことのないものばかりだった。友達ができたし、とても楽しかった……そう、少し前までは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉の様子がおかしいことは紅魔館の誰もが知っていた。何かを隠すように何かを避けるようにレミリアは生活していた。フランも心配になり、レミリアに会いに行こうとしたが、面会を拒否されてしまった。どうやったら姉のレミリアに元気になってもらえるか彼女なりに考えていた時だった。

 

 

 紅魔館が騒がしかった。妖精メイド達がお遊びで騒いでいる声ではなかった。悲鳴や破裂音などが聞こえていた。彼女は様子を見ようと部屋から出ようとする。

 

 

 「妹様!ここから出てはいけません!」

 

 「咲夜……一体どうしたの?」

 

 

 咲夜がいた。何やら慌てている様子で咲夜には珍しくメイド服が乱れていた。フランはそのことを聞こうとしたが、咲夜はそれどころではなかった。

 

 

 「妹様は部屋に鍵を掛けて静かにしていてください!」

 

 「で、でも……」

 

 

 咲夜はフランのことも聞かずに部屋に押し入れた。フランは一体何が起こっているのかわからなかった。

 

 

 そしてしばらくしてあれだけ誰かの声や物音が飛び交っていた紅魔館は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何も音がしなくなった。

 

 

 フランはどうしたのかと思って外に出ようとしたが、咲夜が言った言葉を思い出し、扉にかけていた手を離した……その時に誰かの足音が近づいていた。フランは不安に駆られた……真っすぐこちらに向かってくる足音に……

 フランは扉から距離を取り、手に炎で作られた剣のレーヴァテインを握りしめ返り討ちにしようとした。そして扉が引かれるが鍵が掛かっているため扉は開かない……が、扉自体がひしゃげ、鍵も無意味な形となって扉は壊された。しかしフランは更なる不安に駆られることはなかった。寧ろ安心してしまった。それは何故か?それは自分がよく知る顔であり、自分の愛する姉であるレミリアだったから。フランはレーヴァテインをしまいレミリアに駆け寄ろうとしたが……

 

 

 フランはレミリアの元へ駆け寄るのを止めてしまった。

 

 

 「……お姉様……それは……なに……!?」

 

 

 レミリアが何かを持っていることに気づいてしまった。フランは信じられないような瞳で姉を見る。すると姉は愉快に笑い、冷たく、見下し、血まみれの体のレミリアはこう言った。

 

 

 「これかぁ?これはぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「腕……だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お姉様どうしてこんなことを!?」

 

 

 冷たくフランの声が響き渡る地下の檻の中でフランが叫んだ。幸いあの時の腕はフランが想像している人物の物ではなかった。寧ろ最悪だった。その腕はなんとレミリア自身の腕だったのだ。おそらく咲夜に切り落とされた腕だったのだろう。吸血鬼は腕が落とされても再生して新しい腕が生えてくる。前の落とされた腕は次第に腐敗し消滅する。その前に冗談でフランに見せに来たのなら悪質なジョークで済まされたけど……そうではなかった。

 あの後、フランはレミリアに気絶させられ気がついたら地下の牢屋に閉じ込められていた。フランを鎖に繋いだのはレミリア本人……何故自分の姉がこんなことをするのか理解できなかったし、理解したくなかった。それにレミリアはおかしいとそう思えた。まるで別人のように変わってしまっていた。優しい温もりを感じることはなくなり、冷たく冷酷な吸血鬼に変貌したようだった。

 

 

 「ククク……フラン、お前は私のために生まれてきたんだ。お前の力は私の物、お前の人生も私の物、お前の全ては私の物、お前をどうしようが私の自由なのだ」

 

 「何を言っているのお姉様!言っていることわかんないよ!?」

 

 

 フランが必死に声を届かせようとする。これは悪い夢だ、目が覚めれば優しい姉に戻っていると自分を夢から目覚めさせるように……

 

 

 「お前は何も知らなくていい。お前は知ることもなければ知る価値もない。力しか価値のないお前はただ私の物になっていればいいんだ」

 

 

 フランは耳を塞ぎたかった。自分の姉が、優しかった姉が、つまらないことで喧嘩した姉が……こんなひどいことを言うわけないと否定したかった。聞きたくなかった。フランの心が痛みで泣いていた。

 

 

 「お姉様はそんなこと言わない!お前は偽物だ!お姉様の姿をした偽物なんだ!きっとそうなんだ!だから……」

 

 

 そう言うとしたら言えなくなった。

 

 

 「がぁは!」

 

 

 レミリアの鋭利な爪がフランの喉に突き刺さっていた。そこからは血が流れ、言葉は遮られ、痛みがフランを飲み込んでいく。フランがもがき苦しむ姿をつまらなさそうにしばらく見ていたレミリアは腕をフランの喉から引き抜いた。そこから大量の血が流れるがレミリアは何も気にせず唾を吐き捨てる。

 

 

 「喉を潰しても死なない再生力に感謝することだぞフラン。お前のような出来損ないが私によって生かされていることを忘れるなよ!このクズめ!」

 

 

 フランの顔を殴る。体に痛みなど感じなかった……フランの意識は朦朧(もうろう)としてそれどころではなかった。吸血鬼の中でも最上級の力を持っているフランの再生力は凄まじく、喉を突かれても時間が経てば元通りになる。だが、苦しみは当然感じた。大好きな姉に殴られ、罵倒された。とても辛い痛みが心を貪り尽くす。

 出血によってフランの意識は徐々に崩れて行った。その意識の中で彼女は見た。

 

 

 今までフランを温かく見守り、優しい言葉をかけてくれた姉などどこにもいなかった……

 

 

 そこにいるのは冷酷な真紅の瞳を持つ吸血鬼だった……

 

 



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23話 集う者達

再び起きた異変に幻想郷の住人達はどう動くのか……!?


本編どうぞ!




 私達は紅い世界一色に身を置いている。詩人だと思う言い回しかもしれないがそうではない。まさに世界が真紅の赤一色に染まっているようだった。空は紅い霧により覆いつくされ、日の光が差し込まぬ大地。私達は霧の湖と呼ばれるところにいる。この湖の周りは霧で包まれていることが多く、そのため視界は悪い。だが、今は紅い霧の影響のためか視界は良好なものの、湖も赤一色に染まっていた。この湖には普段なら妖精や妖怪が集まりやすく、多くの妖怪が集まるが今は誰もいない。生き物たちは身の危険を感じて姿を見せることはない。そしてこの湖の先には主であるレミリアが幻想郷に来た際に、一緒に幻想入りしたとされる真紅の洋館……それが紅魔館だ。それがここからでもよく見えている。

 

 

 「あそこに今回の黒幕がいるのですね」

 

 「そうだ衣玖、これから先はもしかしたらスペルカードルール外の戦いが待ち受けているかもしれない。下手をしたら命に関わることになるのだが……」

 

 

 「もしかしたら」ではなく、おそらくだけどスペルカードルールの範囲では収まらないことが起こるだろう。

 私は衣玖と神子に視線で訴えかける。命は一度限りの物であり大切なものだ。衣玖と神子は私についてきてくれたけど、ここから先は私の予感が言っている……命がけの戦いになると……

 だから私のためについてきてくれたのは嬉しいが、無理強いはさせたくない。相手はあの吸血鬼レミリア・スカーレット……ネタにされがちだけど、本来は幻想郷の中でもトップクラスの実力者。それにもしかしたら彼女の妹も敵かも知れないし、最悪な事態を想定しても対処できるとは思えない。それに早く魔理沙を救い出さないといけない。彼女の身に危険が迫っているかもしれないのだから……

 

 

 二人は決めていた。

 衣玖は幼い頃より天子の事を知っている。陰で悪口を言われながら立ち止まることなく天界をより良い世界に変え、悪口を言っていた天人達をも変えてしまった人物、比那名居天子をずっと見てきた彼女にとって天子は偉大な存在であり、傍にいるだけで心が温かくなってしまう存在になっていた。初めは美しく凛々しいただの子供から、心から支えたいと思える存在にまで大きくなっていた。だから衣玖は迷わずに答える。

 

 

 「私は天子様の行く道に最後までついて行きます。例えそれが苦難な道であろうとも……それが私の意思です」

 

 「衣玖……」

 

 

 天子は衣玖の瞳に宿る意思を感じ取れた。

 

 

 「天子殿」

 

 

 神子も答えは決まっていた。

 暗く辛い過去に囚われていた自分を救い出し、取り返しのつかないことをするところを止めてくれた。そして天子の言葉を心に刻み込んだ。心を奪うと言っていた神子が今度は自分自身の心にその言葉を刻み込んだ。忘れもしない大切な言葉……そして手を握り、暗い常闇の底から救い上げてくれた天子の存在は彼女にとって太陽のように輝いていた。そんな天子がこれから死地に足を踏み入れようとしているのに、自分が後ろでのんびりできるわけがなかった。神子にとって天子という存在は太陽のように輝き、太陽よりも大きくなっていたのだ。

 

 

 「私はあなたに救われた。今度もあなたは誰かを救おうとしている。私はあなたのために力になりたい……強制などではない私自身の意思であり、あなたと同じ道を歩みたい」

 

 「神子……」

 

 

 二人がここまで私のことを思ってくれているなんて……そんなこと言われたら断れないじゃない……衣玖と神子の思い確かに受け取ったわ。だからこれ以上は何も言わないわ……よし!そうと決まれば早く紅魔館に急がないといけないわね!

 

 

 「ちょっと待てお前らー!」

 

 

 この場に合わない緊張感のない声が聞こえてきた。子供のような声……何となく予想がついた天子が声のした方を向くとそこには小さな妖精が立っていた。

 

 

 「お前達!この異変の黒幕だな!覚悟しろー!!」

 

 「あっ!ちょっとま……!」

 

 

 小さな妖精は天子達が答える間も与えずに行動を起こした。辺りの空気が低下したのを衣玖は瞬時に感じ取った。その原因は妖精の能力に原因があった。その妖精は能力を使ってあるものを生み出した。大きな氷の塊だ。天子の五倍ほどある大きさの氷塊が宙に浮き、天子達を押しつぶさんと妖精は氷塊を投げつけようとした。

 

 

 「ま、まってチルノちゃーん!」

 

 

 新たに現れたもう一人の妖精が天子とチルノと呼ばれた妖精の間に割り込んでしまった。

 

 

 あっ!まずい!!?

 

 

 それによって勢いの止まらない氷塊はそのまま全員を押しつぶそうとする。天子は体が勝手に動いていた。緋想の剣を手に妖精の前に駆け出した。

 

 

 「はぁ!」

 

 

 一閃……薙ぎ払うと氷塊は真っ二つに綺麗に半分に裂けた。重い音が辺りに響く、真っ二つになった氷塊は砕け、氷の欠片となって散らばった。その光景を唖然と見ていたのは二人の妖精だった。

 

 

 「大丈夫か?大妖精?」

 

 「えっ……どうして私の名前を……?」

 

 

 【大妖精

 公式の立ち絵がないため詳細は本来ならばわかっていないのだが、髪の色は緑で、左側頭部をサイドテールにまとめ黄色いリボンをつけている。服は白のシャツに青い服を着用し、首からは黄色いネクタイをつけている。その背中からは一対の羽が生えている。

 

 

 よく私が見かけたことがある容姿と同じだった。そのために一発で彼女が大妖精、通称大ちゃんだと気がつけた。そして先ほど私達に氷塊を投げつけた妖精はチルノだ。

 

 

 【チルノ

 髪は水色で、ウェーブがかかったセミショートヘアー、背中の羽は氷の塊のような六枚の羽が生えており、青の大きなリボンを付けている。服装は白のシャツの上から青いワンピースを着用し、首元には赤いリボンが巻かれている。身長はかなり低く、子供っぽくていたずら好き、頭はあまり良くない。

 

 

 妖精とは自然現象そのものの正体と言われており、寒暖や雨風といった現象に妖精は宿っているとされている。体長は手のひらに載る程度から、大きくとも10歳に満たない人間の幼子程度の者が殆どである。妖精は例え体がバラバラになったとしてもすぐに治り、死んでもすぐに同じ姿で生まれ変わる。そのため死に対して軽視している面がある。特にチルノは妖精の中でも格別に力が強い存在である。自ら「最強」を名乗っている程だ。

 そんなチルノと大妖精が天子達の前に現れて一体どうしたというのだろうか?

 

 

 「大ちゃん大丈夫!?」

 

 

 チルノが大慌てで大妖精に駆け寄った。とても心配しており、何度も大妖精の体に傷が無いか確認する。

 

 

 「私は大丈夫、それよりチルノちゃんダメだよ!いきなり人を襲っては!」

 

 「うぅ……ごめん大ちゃん……」

 

 

 大妖精に怒られてションボリするチルノ。衣玖と神子も天子と共にその様子を見守っていた。

 

 

 「謝る相手が違うでしょチルノちゃん?」

 

 「ごめん……なさい……」

 

 「気にしてないさ。子供は元気が一番だからね」

 

 

 チルノは元気いっぱいすぎる気がするけどいいわよね。元気いっぱいの子供って……でも、何故チルノと大妖精がここに?確かに彼女達の縄張りだけど、今の状況でここに留まるのは良くない。ここにいれば危害を加えられてしまうかもしれない。何とか事情をわかってもらわないといけないな。

 

 

 私はチルノと大妖精に事情を説明した。大妖精はすぐ理解してくれたがチルノが問題だった。頭の良くないチルノに理解させるのには時間が必要かと思ったけど、神子が(たく)みな会話で理解させてくれた。流石は聖徳王だね。人に物事教えるの得意な人って憧れるわ♪それでなんだけど、チルノと大妖精はただここに留まっていたわけではなかったようだ。なんでもあの紅魔館に友達がいるようだ。それはなんとあのレミリアの妹のフランがチルノと大妖精の友達らしい。以前の紅い霧以降に知り合って初めは思わぬ障害もあったけど、それを乗り越えて仲良くなってチルノや大妖精以外とも友達になれて楽しい人生を送っているみたいだ。

 よかったと思った。けれど、チルノと大妖精は聞いていたみたいだ。フランの姉のレミリアが日に日に様子がおかしくなっていることを相談されていたようだった。それで今回の異変で二人はフランに会いに行こうとしていた時に私達と出会ったみたい。チルノによると私達が今回の異変を起こしている黒幕に見えたらしいけど、どこをどう見たらそう見えるのか教えてと聞いたら「何となく」と帰って来た。まぁ……これこそチルノだね。納得したわ。それでチルノと大妖精をこのまま紅魔館に近づけさせるのは良くない。二人が思っているよりも状況は深刻そうだからね。

 

 

 「フランは寂しがりやだからあたいがいないとダメなんだ」

 

 「だが、今の紅魔館は危険なんだ」

 

 「だからあたいがフランを守らなくちゃいけないんだ!」

 

 

 強い意志を感じさせる目であった。氷の妖精から伝わってくるのは冷たい冷気などではなく、心が温かくなるような優しい思いだった。

 

 

 「いいではないか天子殿」

 

 「私もチルノさんの熱い気持ちがわかります」

 

 「神子、衣玖も……チルノを連れて行けと言うのか?」

 

 

 二人はチルノの熱い意志に同情してしまったようだ。私としては危ないから残ってもらいたいのだけど……

 

 

 チラリとチルノの様子を窺う。チルノの意思は揺るがすことのできないものであることがわかる。友達を助けたい、力になってあげたいと思う気持ちの強さは計り知れないものだ。その強さを瞳に宿すチルノを止めることなどできないと天子達は悟った。

 

 

 「……わかった。しかし無茶はしないでくれ。私達もチルノを守れるかわからないからな」

 

 「大丈夫だ!あたいは最強だ!天子にもお姉さん達にも守られる心配はないぞ」

 

 「私達がお姉さんだと」

 

 「いい子ですね♪」

 

 「えへへ♪」

 

 

 お姉さんと言われて神子も衣玖も気分がいい様子だ。衣玖に頭を撫でられてご機嫌のチルノの姿を心配そうに見つめる大妖精……そんな大妖精に心配ないと声をかける。

 

 

 「大ちゃん、必ずフランはあたいが守るからな!」

 

 「チルノちゃん……」

 

 「大丈夫だよ!あたいは必ず帰ってくるから!」

 

 「大丈夫だよ大妖精、比那名居天子の名にかけて無理はさせないと約束する」

 

 「天子さん……よろしくお願いします!」

 

 

 ------------------

 

 

 紅い霧で覆いつくされた暗い空を飛ぶ一人の烏天狗がいる。

 

 

 射命丸文……新聞記者である彼女が今回の出来事に首を突っ込まずにはいられなかった。この異変は以前と同様の吸血鬼が起こしたものだとすぐにわかった。霧の発生源は紅魔館、あそこなら当然こんなことができる人物は一人だけ。しかし、何かが解せなかった。何故こんなことをしたのかわからなかったのだ。一つ考えられるのは好奇心旺盛なあの吸血鬼なら異変を起こすぐらい仕出かすことはするだろう。しかし、何かが解せないのだ。次第に広がりつつある紅い霧を見ていると気分が悪くなる。文は烏天狗で妖怪だが、この紅い霧を長い間浴びていると自分が自分ではなくなってしまうのではないか?そんな錯覚を覚えていた。

 

 

 何故だろう……このままこの霧を放っておくと大変なことが起こりそうな気がしてならない……あのレミリアさんに限ってお遊びで異変を起こすことはありますが……無性に嫌な予感がしてなりません。ここは誰かに話を聞くに越したことはありませんね。

 

 

 空を飛びながら見知った顔を探した。人里には慧音と妹紅の姿があった。

 

 

 二人の話を聞くと今回の異変には様々な方が関わっている様子だった。その中には天子さんも含まれていた。まさか今回の異変にも天子さんが関わってくるとは……それがあなたの運命なのでしょうか?それに神子さんと宴会の時にいた衣玖さんも一緒のようだ。話には魔理沙さんが先に紅魔館へ向かったと聞きました。霊夢さんはまだ動いていない模様であった。私も紅魔館へ向かった方がいいのでしょうか?しかし、話では紅魔館のメイド長である咲夜さんの様子が異常である情報を掴みました。咲夜さんだけではなく、紅魔館そのものが異変に包まれている様子……一人で行くのは心もとない……どうしたものか。

 

 

 二人の話を頭の中で人里の上空で整理していると、彼女の目に誰かが空を飛んでいる姿を目撃した。紅白色の特徴的な脇が露わとなった巫女装束に身を包む一人の人間。真っすぐに突き進む巫女が目指している場所は文と同じく紅魔館である。グッドタイミングに来てくれたと文は感じ、その人物の元へ飛ぶ。

 

 

 「霊夢さーん!」

 

 「……文?何かしら?私は急いでいるんだけど?」

 

 「異変解決に行くのですね?珍しく険しい顔ですけど?」

 

 

 ぐうたらな毎日を過ごす霊夢とは少し違った。キリっとした目元に鋭い眼光……これこそ数々の異変を解決してきた博麗の巫女であった。そんな霊夢を見て、この異変はただの異変でないことを裏付けるような気がした。

 

 

 霊夢さんが真面目モードとは……いつもこんな様子ならカッコいいのですけどね。まぁ、霊夢さんはやる時にはやってくれる方ですので私からは何も言いませんけどね。

 

 

 「そうだわ、文は魔理沙見てない?」

 

 「見てないですが、話は聞きました」

 

 「どんな話……?」

 

 

 文は人里で慧音と妹紅から仕入れた情報を霊夢にも提供した。紅魔館の状況を聞いた霊夢はただ……

 

 

 「……そう」

 

 

 そう言って霊夢はそそくさと文の元を立ち去ろうとした。

 

 

 あやや?どうしたのでしょうか霊夢さん?魔理沙さんのことが気がかりのようですが……やはり紅魔館の状況がよろしくないにも関わらず先走ってしまった魔理沙さんのことが心配のようですね。顔には出ていませんが私にはちゃんとわかりますよ。しかし、一人で行くのは霊夢さんでも危険ですね……引き止めないと。

 

 

 文は霊夢を引き止めようとしたが、霊夢はそれを無視した。霊夢は早く紅魔館へ向かわなければならないとそう体が訴えかけていた。

 

 

 「文、悪いけど私は暇じゃないの。邪魔するっていうのなら相手になるけど……」

 

 

 鋭い瞳が文を睨みつける。霊夢のことを知っている文だが、それでも少し体が震えてしまった。

 

 

 霊夢さんは機嫌が良くないご様子……魔理沙さんに関係があるようですね。魔理沙さん無事だといいのですが……それにしても霊夢さんから発せられる霊力は凄まじいです。静かですが底が知れない……彼女には逆らわない方がいいですね。何より今は好都合です。この異変を一刻も早く解決した方がいいと私の勘が言っています。今の霊夢さんなら異変をババっと解決に導いてくれるでしょう。それに一人では心もとなかったので霊夢さんが居れば楽に潜入できそうですね。

 

 

 「邪魔などいたしませんよ!寧ろ霊夢さんに協力しますよ。今回の霧は何か放っておけば後々取り返しのつかないことになるような気がしてなりません」

 

 「……そう、勝手にしなさい」

 

 

 霊夢はそれだけ言うと紅魔館を目指して飛んでいく。

 

 

 レミリアさん……これがあなたの悪質な気まぐれであることを祈りますよ。そうじゃないと博麗の巫女に命まで葬られてしまうかもしれません。今の霊夢さんは機嫌が良くないのでこれ以上刺激したくありません。私はあなたが本気で幻想郷をどうこうするような方ではないと信じていますからね。

 

 

 ------------------

 

 

 「染まれ……染まれ……もっと……もっと!この世界を紅い色に染め上げろ!!」

 

 

 広い空間に大きなシャンデリアが天井からぶら下がり、巨大な肖像画が飾られた豪華な内装に豪華な椅子が一つ存在していた。そしてその椅子に座る小さな吸血鬼がステンドグラスから差す光が赤色に染まっていくのを楽しんでいた。

 そしてその吸血鬼に従うように、命令され動くだけの人形のように成り果てた者達がいた。

 

 

 【紅美鈴

 華人服とチャイナドレスを足して2で割ったような緑色を主体とした衣装に、髪は赤く、腰まで伸ばしたストレートヘアーで、側頭部を編み上げてリボンを付けて垂らしている。紅魔館の主であるレミリア・スカーレットに仕え、紅魔館で門番をしている。

 

 

 【小悪魔

 赤い長髪で頭と背中に悪魔の羽、白いシャツに黒のベスト、ベストと同色のロングスカートで、ネクタイを着用している。紅魔館地下に存在する大図書館の司書でありパチュリーに仕える悪魔。

 

 

 咲夜と同じように主の命令をただ待つ虚ろな瞳をしていた。そんな者達を玉座から見下す吸血鬼は呟いた。

 

 

 「愚かな連中が私の元にやってくる。愚かで醜い生き物共が……そうだろう?メイド?」

 

 「ハイ……レミリアオジョウサマ……」

 

 

 吸血鬼の問いに冷たく感情もないように答える咲夜。

 

 

 「レミリア……か……クフフ……クハハハハハ!!」

 

 

 何がおかしかったのか吸血鬼は笑う。ただ単に面白おかしく笑うだけ……

 

 

 「そうか……そうだったな。ククク!そうだ……私はレミリア・スカーレット……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「残虐にして血塗られた吸血鬼である私が、永遠にこの世界を支配するのだ……!」

 

 

 一人の吸血鬼が幻想郷の支配に乗り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい早苗、外が真っ赤だぞ?異変だぞ?行かなくていいのか?」

 

 「そうだよ早苗!それに妖夢も遊んでないで異変解決に行きなよ!」

 

 

 ここは守矢神社で神様達は心配していた。現在守矢神社には妖夢が遊びに来ていた。早苗との戦いで一つの新たなる道を踏み出せたことにお礼を言いに来ていたのだが……

 

 

 「ふふふ♪妖夢さんキャラの扱いがなっていないですね。ほら、ル〇ージによるアッパー攻撃です!」

 

 「ああー!リ〇クさーん!!」

 

 「勝ちました!ル〇ージを永遠の二番手なんて言わせませんよ!」

 

 「わ、わたしはまだ諦めません!リ〇クさんも決して負けてはいないのです!早苗さんもう一勝負です!」

 

 「ふふふ♪なんどやっても返り討ちにしちゃいますよ!」

 

 

 大乱闘スマッシュ〇ラザーズで盛り上がっていた。懐かしいゲーム機(電気は河童が開発した充電式をしようしています)を引っ張りだしてきてやってみたところ妖夢がドはまりしてしまっていた。早苗も久しぶりだったので気分が好調して熱が入ってしまっていた。そんな二人には神のお告げなど聞こえるわけがなかった。

 

 

 「神奈子……どうする?」

 

 「どうするって諏訪子……諦めよう……」

 

 「……そうだね。きっと博麗の巫女が何とかしてくれるよね」

 

 

 二神はため息をつきながら、諦めてお茶を飲むため部屋から出て行った。

 

 

 「はいロケット頭突きです!」

 

 「リ〇クさーん!!!」

 

 

 今日も守矢神社だけ平和です。

 

 



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24話 非情なる者

紅魔館で一体何が起こっているのか……紅魔館へやってきた天子達の行く末は?


本編どうぞ!




 ついにやってきた。私の目の前には見慣れた洋館が存在している。

 

 

 全体的に赤一色の外装がインパクトを与える紅魔館はレミリア・スカーレットの住まいである。そこに私達は今攻め込もうとしている。異変を解決しに来たわけだが、表現するとそう言うことになる。それにしても真っ赤な色だ、よく目がおかしくならないね。吸血鬼だから赤色の方が良かったりするのかわからないけど、ゲーム内の紅魔館ではなく、本物をこの目で見ると強烈だ。周りも紅い霧に包まれているから辺り一面も赤色で目がおかしくなりそう……早くお邪魔させてもらおう。目に悪いわ……

 だが、そう簡単にはいかない。門番にはあの中華娘の紅美鈴が立ち塞がっているのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……って思うじゃん。門番なんて誰もいませんでした!ええ……美鈴ついに居眠りすら止めて逃走でもしたんですか?っと思ってしまったけど、咲夜とレミリアの状況を考えると美鈴も何らかの影響が及んでいる可能性があるということを忘れていた。もしかしたら美鈴も咲夜みたいになっていると思うと解せない。今回の異変は不明な点が多すぎてわけがわからない。レミリアがおかしいことも、今更異変を起こすことも何から何までが疑問に残ることばかりだ。ただ一つ言えることはこの異変を解決しないと被害が広がっていくってことだ。なら私がやることは一つしかない。

 

 

 「皆、準備はいいか?」

 

 「あたいは準備OKだぞ!」

 

 「天子様、私も心の準備はできています」

 

 「私もいつでも戦える」

 

 

 チルノ、衣玖、神子……真剣な表情だ。この異変は霊夢が今まで解決してきた異変とはわけが違う。命の駆け引きが存在している危険な異変……それに私は神子のように悲しい異変でないことを祈るばかりだ。

 

 

 ------------------

 

 

 「広いな……」

 

 

 天子達は紅魔館に侵入した。そこにはとても広い空間が広がっており静まり返っていた。

 

 

 「それに何の音もしない……不気味ですね……」

 

 

 神子が辺りを見回す。悪魔の銅像や蝙蝠の模様が描かれている柱などが存在し、吸血鬼を連想させる物ばかりだった。見れば二階に通じる階段に左右のドアが存在する。天子はどこに魔理沙とフランがいるか見当がつかない。実際に紅魔館に来るのは初めてで内装のことなど知るわけがなかった。ゲームで知っていても現実では何の役にも立たない事だってあるのだから。こんなことならばパチュリーに内装を聞いてこればよかったと後悔していた。

 

 

 「しまったな、どこに魔理沙とフランがいるかわからない。あの二人を先に確保しておいた方が何かと事情が聞けたりできたかもしれないのだが……」

 

 「ならば、手分けして探しましょう」

 

 「衣玖、だが戦力を分散するのは危険だぞ?相手側には確実に咲夜がいる。彼女の能力をここに来るまでに説明しただろう?」

 

 

 天子は衣玖と神子に説明していた。ゲームと変わらなければ能力は同じなはず、それにパチュリーを襲った襲撃者と言うのが咲夜なら、確実に敵側には咲夜が存在する。咲夜は厄介な能力を持っていた。

 

 

 【時間を操る程度の能力

 時間を止めて自分だけ移動したりすることができる。そしてこの能力によって時間と密接に関係する空間も操作することができ、紅魔館内の空間は彼女によってかなり拡張されている。時間・空間をどの程度まで操れるのかは定かではないが、とてもチート的な能力である。

 

 

 これによりいきなり攻撃されて気がついたら死んでましたということもありえるわけだ。時間を止めるのはまさに卑怯そのものだが、それができるのが十六夜咲夜だ。敵側に咲夜がいることが確実なので注意しなければならないのに戦力を割くのはどうかと天子は思った。

 

 

 「しかし天子殿、魔理沙とフランという子を見つけるには二手に分かれて捜索した方が効率がいい。それにそんな能力が相手なら私達全員集まっていたとしても終わりではないですか?」

 

 「う、うむ……確かに……」

 

 「運命に任せるしかないということですよ。もうここに来てしまったことには今更帰るなんて言えませんしね」

 

 

 天子の考えることは正論だが、相手は時間操作であるためこちらにはどうすることもできない。しかし、このまま逃げかえることなどできやしない。彼女に会わないように願いながら魔理沙とフランの二人を見つけ出す方法しかないようだ。それか彼女の能力が万能でないことを祈るしかない。そうでなければ天子達は勝ち目などないのだから……

 

 

 天子は神子の案に乗ることにした。丁度こちらは4人……それならば二手に分かれた方が見つけやすい。天子は誰を連れて行こうと考えていると当然のように神子が前に出た。

 

 

 「天子殿には私がついて行くとしよう」

 

 「はぁ?」

 

 

 その行動に衣玖の表情が険しくなった。先ほどまでの穏やかな様子など感じられない静かに怒りに満ちた様子だった。

 

 

 「お待ちください、天子様を守るのが私の役目です。関係のないあなたは引っ込んでいてください」

 

 「関係ないとは失礼な。私は天子殿自ら守ってくれると誓ってくれたのだぞ?だから私が傍にいないとダメだろう?」

 

 「今の状況を理解しているのですか?こんな時に何惚気てやがるのですか」

 

 「それは君も同じではないのでしょうか?衣玖殿……もしかして嫉妬ですか?器が小さいですね」

 

 「ハハハ……そっちは胸が小さいですね!」

 

 「あはははは!七星剣の錆にしてあげましょうか?」

 

 

 衣玖と神子の間に再び火花が散る。天子もこの状況をどうしようかと悩んでいたら小さな手が二人を押し分け割り込んだ。

 

 

 「喧嘩はやめろー!大人げないぞ!」

 

 

 チルノが二人の間に入り仲裁した。天子は心の中で「でかした!」とチルノを褒めてあげたかった。

 

 

 「喧嘩は良くないぞ。それに天子のことは心配するな。あたいが天子について行ってやる!二人の分まで天子を守ってあげるから、これで喧嘩もする必要がなくなったぞ!あたいえらいだろ!」

 

 

 予想外の小さな勇者が二人の争う理由を奪っていった。二人は何か言いたそうに天子を見つめるが……

 

 

 「あー……すまないが、二人共そっちは任せていいか?」

 

 「「……はい」」

 

 

 チルノのおかげでややこしいことにならずに済んでホッとしていた天子はチルノと、衣玖は神子と組んで館内を捜索することとなった。

 

 

 「あの二人……大丈夫だろうか……?」

 

 「どうした天子?あたいが悩みを聞いてやるぞ?」

 

 「いや、独り言だ。なんでもない」

 

 

 睨み合っていた衣玖と神子を心配していた。二人の関係が心配だが、今やるべきことを優先しなければならない。この広大な紅魔館から魔理沙とフランを探し出すのが先だ。

 チルノはフランと友達なので紅魔館を何度か訪れたことがあった。しかし、チルノの記憶力じゃ同じような廊下が続く扉の先がどんな部屋かなどそこへの生き方など憶えているはずがなかった。天子は大妖精も連れてこればよかったかっと思っていると、気になることをチルノは話した。フランが外に出る前まで地下に居たこと、その地下は今は使われていないこと、フランの過去の場所であったため気になった。しかし今のフランは姉のレミリアと一緒に寝たり、自分専用の部屋まであるらしいためそこに行く必要があるのか疑問だったが、気になって仕方がなかった。

 

 

 「(気になる……胸がざわつくような……勘というやつかな?一度そこへ向かってみてもいいかもしれないな……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……残念です。天子殿と二人っきりになれるチャンスだったのですけどね……」

 

 

 神子は肩を落とす。危険な状況で男女二人が共に困難を乗り越えていくシチュエーションではお互いの好感度は比較的上昇することを期待していた神子にとってはガッカリな組み合わせだった。

 

 

 「何惚気ようとしているのですか……豊聡耳ミミズクさん」

 

 「衣玖殿は私に喧嘩を売っているようですね……先ほどはチルノに止められてしまいましたが、その喧嘩買いましょうか?後ミミズクと言うのはよしなさい」

 

 「現在の状況理解できますか?敵地にいるのに仲間割れをなさるおつもりですか?空気読めないのですか?」

 

 「衣玖殿の方が空気読めてないと思いますがね?あなた竜宮の使いではなくヤツメウナギではなくて?」

 

 「ハハハ……表に出やがってください」

 

 「丁重にお断りします」

 

 

 女のにらみ合いが白熱する土俵……そこに横やりを入れようとする勇敢な者が現れた。

 

 

 「オジョウサマ……オジョウサマヲ……マモルタメ……ヤツラヲ……シマツシマス」

 

 

 美鈴が闇の中から現れた。女の争いに手を出そうとしている……正常ならばそんなことは誰もしないこと。誰も女の争いに入りたくはないものだ。しかし今の美鈴は傀儡人形そのものだ。美鈴がゆっくりと二人を排除するべく近づいてくる。

 

 

 「神子さん……あなたとの決着は後にしましょう」

 

 「そうですね。今はこの娘を何とかするのが先のようです。それにしても紅魔館の吸血鬼は部下をこんな目にあわすのですか?」

 

 

 体はボロボロだった。戦った後を示す破れた服装に汚れがついたままの肌……そして感情の持たない瞳を見れば手荒な扱いを受けていることは一目瞭然だ。

 

 

 「天子様によれば彼女が紅美鈴という門番のようですね。格闘戦が得意だとか」

 

 「なるほど、美鈴殿……異変解決のために少々手荒な真似をすると思いますが覚悟してくださいね」

 

 「タダ……オジョウサマノ……タメニ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あやや?美鈴さんは不在のようですね」

 

 

 文と霊夢も紅魔館の門前に到着した。いつもなら門前で昼寝をしている頭にナイフが刺さった緑の置物(紅美鈴)はいない。辺りを見回してもメイド妖精一匹すら姿が見えない紅魔館は静寂に包まれている。

 

 

 「私達が最初なのでしょうか?」

 

 「……誰かいるようね」

 

 

 霊夢はそう言うと門を潜り中へ入っていく。文も後を追い二人は紅魔館の扉を開いた。中に入っても誰も出迎えてくれる者は一人もいない。まるで墓場のように静まり返っている。しかし霊夢も文も気を抜いていたりはしなかった。その証拠に……二人の足元に魔法陣が展開され魔術が行使された。それを難なく避けてお互い左右に避難する。

 魔法陣から現れたのは鋭利な無数の刃だった。あのまま魔法陣の中に居れば体はバラバラに切り裂かれていた。パチュリーが不在な今、彼女に変わり魔術を扱う者が二人の前に姿を現した。

 

 

 「ハイジョ……テキハ……ハイジョ……シナイト……」

 

 「小悪魔さん……ですよね?」

 

 

 文が疑問を投げかけてしまった。何故なら小悪魔は名前自体に悪魔とついているのだが、極めて力の弱い下級の悪魔である。小悪魔のことを知っている文にとって目の前にいる存在は悪魔というより生きた傀儡人形……睨むこともしない瞳が霊夢と文を見つめるだけの存在と化していた。文の疑問すら耳に届いていないのか小悪魔は再び魔術を行使しようと動き出す。

 

 

 「そうはさせるもんですか!」

 

 

 霊夢が動いた。呪文を唱える小悪魔を容赦なくお祓い棒でなぎ倒す。小悪魔はお祓い棒に腹をやられて壁に激突した。流石にやり過ぎだと思った文が霊夢に注意しようとしたが別のものに目が行ってしまった。霊夢の攻撃は決して並大抵の攻撃ではなかったのだが、それでも起き上がってきた小悪魔……しかしその表情も先ほどと変わらない無感情の顔だった。

 

 

 「小悪魔さん……これは異常ですね。誰かに操られていると見て間違いなさそうですね」

 

 

 文は小悪魔が誰かの手によって操られていることを確信した。表情一つとして変えずに道具のように使われる……気に入らないことだった。自分の意思とは関係なしにいいように使われてしまっている小悪魔を哀れに思った。

 小悪魔はそんな文に目もくれずに呪文を唱え始める。隙だらけ、小悪魔には戦闘する力はほとんど備わっていない。彼女はあくまでもパチュリーの補佐であり、紅魔館の一員である小悪魔をこれ以上傀儡としての姿を晒す必要はないと文は判断した。葉団扇を取り出して小悪魔に情けをかける。

 

 

 「恨まないでくださいね。霊夢さんに滅多打ちにされるよりかはマシだと思いますから……大丈夫です。あなたを操っている者には必ず天罰が下ると思いますよ」

 

 

 旋風「鳥居つむじ風」!!!

 

 

 葉団扇を振るい発生した小さな二つの竜巻は詠唱中の小悪魔をそのまま飲み込んでいった。すぐに竜巻は消滅し、そこに横たわる小悪魔……脈を測ってみたが気を失っているだけで大丈夫であった。

 

 

 「私に滅多打ちにされるよりかはマシ……ね。まぁ、相手が小悪魔であっても邪魔する者は退治するだけだったけどね」

 

 「あやや、相変わらず容赦ないですね。もし私が小悪魔さんを気絶させてなかったらどうするおつもりだったので?」

 

 「割るわ」

 

 「おお、こわいこわい……」

 

 

 相手が小悪魔で特に苦戦することなく排除した二人。文に介護され壁に小悪魔を寝かすと二人は紅魔館の主の元へと急ぐ……

 

 

 「さっさとこの異変の黒幕をぶちのめして、のんびりしたいのよ。文、急ぎなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ククク……紅魔館に愚か者が揃いつつあるな……」

 

 

 片手に赤い液体が入ったグラスを見つめながら笑みを崩さない吸血鬼。グラスを動かすたびに波を作り出し赤い液体は濃厚な味を引き立たせる。

 

 

 「愚かな生き物共め……私の館を穢すなど……奴らの命で償ってやるわ」

 

 

 王座に座りながら独り言を呟いているように感じた。傍には咲夜が控えているがそれには目もくれない。そこには何もなく、いるのは人ではなく物だと認識しているようにも見えた。

 だが、吸血鬼は気にせず優雅に語る……

 

 

 「だが、いい世界だ。この幻想郷こそ私のためにある……殺すも生かすも私次第……価値のあるのは私だけ……この世界に生きるもの全ては私のためにあるのだからな!」

 

 

 グラスを天に向け高らかに突き上げた。

 

 

 「ククク……スカーレットに……乾杯」

 

 

 そしてグラスを口元に近づけて中身を飲み干した。赤い液体……濃厚な血の味は吸血鬼の喉の渇きを潤す……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「比那名居天子、天人くずれだ!」』

 

 

 「!?」

 

 

 喉の渇きを潤してくれるはずだった。突如として頭の中に響いた声に先ほどまで優雅にしていた吸血鬼が動揺する。

 

 

 「(な、なんだ!?だ、だれだ……今のは……?)」

 

 

 先ほどの光景が吸血鬼の脳内でフラッシュバックする。

 誰か知らない人物が吸血鬼の前に立ち塞がった。その者は美しさと凛々しさを合わせ持った顔立ちに髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳も持った男だった。その男は吸血鬼に向かってくる。絶望などに支配されずに真っすぐ向かってくる男が吸血鬼の体を剣で切り裂く光景が繰り返し再生された。何度も切り刻まれ追い込まれていく自分の姿を見てしまった。

 

 

 「(ま、まさか……ありえない。私が見ず知らずの奴にやられる運命などと……!?)」

 

 

 吸血鬼は脳内に映し出された光景がどうしても忘れられなかった。次第に吸血鬼の手に力が入り、手に持っていたグラスが粉々に砕け散る。砕けたガラスの破片が手に深々と刺さりそこから血が流れる。その血だらけで破片が刺さった手で咲夜の首を掴む。咲夜は痛がる感情すら表に出さない傀儡……吸血鬼は咲夜に吐き捨てるように命令した。

 

 

 「メイド!すぐに青髪のロングヘアに真紅の瞳も持った比那名居天子という男を殺せ!そいつは私の脅威になりえるかもしれん!邪魔する者は全て皆殺しにしろ!」

 

 

 乱暴に扉の方向へ咲夜を投げ飛ばす。小さな体にどれほどの力が備わっているかよくわかる。人間など簡単に殺してしまう吸血鬼としての力を持った彼女は動揺していた。自身の体が持っている能力で未来を見たから……

 

 

 【運命を操る程度の能力

 周りにいると数奇な運命を辿るようになり、一声掛けられただけで、そこを境に生活が大きく変化することもある可能性があり、珍しいものに出会う確率が高くなるらしい。未来予知に近いものであり、この能力は将来の出来事が判るというものらしい。しかしそれは一つの選択肢を見ることができるということであるが、決して変えられないわけではない。

 

 

 その運命を見て苛立った吸血鬼に投げ飛ばされた咲夜は床を滑り扉にぶつかった。

 

 

 「必ず殺せ!絶対にそいつの息の根を止めるのだぞ!例え貴様の命が尽きようとも奴だけは生かすな!命令だぞ!」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、掴まれた首筋から多少の血が流れ、乱暴に扱われても表情一つさえ変えない咲夜はお辞儀をし……

 

 

 「カシコマリマシタ……オジョウサマ……」

 

 

 命令を実行するために扉の先に消えて行った……

 

 

 「……なんなのだ……奴は?この私に逆らう愚かな生き物が……!」

 

 

 『「比那名居天子、天人くずれだ!」』

 

 

 脳内に忌々しい存在の名が響く……

 

 

 「比那名居天子……貴様が私にとって……最も邪魔な存在か……どんな手を使っても殺す!私の邪魔などさせぬわ!」

 

 

 ------------------

 

 

 「慧音さん、状況はどうですか?」

 

 「聖殿!来てくれたのか!」

 

 

 私は聖白蓮という者です。私は人里へやってきました。空が紅い霧に覆われていくのを見ました。ただの異変ならば私も幻想郷のルールに従って静観していましたが、この霧には恐ろしい気配を感じました。何か人を惑わし、害を与える感じを……

 私達を受け入れてくれたこの幻想郷も人里で私達を歓迎してくれた皆さんをお守りするためにこの場にいます。慧音さんとはその時に出会い半人半妖ながら人々のために汗水流すお姿に感激しました。人里の皆さんも私達が妖怪にも手を貸していることを知っておりながら良くしてくださった恩を忘れてはいません。少しでもその恩を返そうかと思います。

 

 

 「状況は良くないです。何しろこの霧……嫌な感じです。何かこう……胸が締め上げられるような感覚が襲ってくる気がして……」

 

 「聖、やはりこの状況はよろしくないようですね」

 

 「あなたは……?」

 

 「これは自己紹介が遅れました。私は寅丸星といいます」

 

 

 【寅丸星

 虎の体色のような金と黒の混ざった髪に頭上に花を模した飾りを乗せている。虎柄の腰巻きをつけ、背中には白い輪を背負っている。毘沙門天の弟子で代理人も勤め、命蓮寺内では白蓮に次いで偉い僧侶である。白蓮が忙しい時は、代わりに命蓮寺を守っている。

 

 

 私と星は慧音さんから事情を聴きました。すると天子さんがこの件に関わっていることを知りました。それと豊聡耳神子、彼女も天子さんと共に紅魔館なるところへ向かったという情報を知り得ることができました。天子さんと一緒なら神子さんは安心だと私は思います。心の支えが傍にいるなら私なんかよりも天子さんに任せた方がいいとさえ感じます。そんな時に私達以外に誰もいない人里に走ってくる影が3つも……

 

 

 「慧音!大変だ!」

 

 

 走って来たのは慧音さんのご友人である妹紅さんと見知らぬ二人……小さな子供のような方と宙に浮いている存在……幽霊と言った方が合っているお方がやってきた。

 物部布都さんと蘇我屠自古さん、お二人は豊聡耳神子さんにお仕えする方だった。そんなお二人と妹紅さんは急いで私達の元へやってきたのは何かあったようですね……

 

 

 「それでどうした妹紅?」

 

 「そうだ!人里の入り口に現れやがった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――吸血鬼の群れが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖達が見たのは驚くことだった。人里の入り口には大勢の妖精()()()者達がいた。

 

 

 ()()()……今ではその見る影も形もなかった。身に付けている服装からどこかの雇われ妖精であることはわかる……しかし、違うのは容姿だった。みんな幼い姿をしているが牙が生え、妖精の独特な透明感がある羽ではなく悪魔を思わせる羽も生えていた。目は真紅のように赤く染まり、その目に光は一切存在しなかった。

 吸血行為……吸血鬼に血を吸われた者の末路はみんな吸血鬼になりえるわけではない。しかし吸血した側が血を吸った相手を自身の意思で仲間に加えることで新たな吸血鬼が誕生する。その者達は元は妖精……しかしどこかの吸血鬼に血を吸われた跡が首筋に残っていた。慧音には心当たりがあった。紅魔館には妖精メイドが雇われていると知っていた。そして目の前にいる妖精の服装はメイド服……ここにいる吸血鬼に成り果てた妖精達は紅魔館の妖精メイド達であったことが見て取れた。

 

 

 慧音は聖達に紅魔館の妖精メイドであることを伝えた。そしてそこにいる吸血鬼は今、紅い霧を生み出して異変を起こしている。偶然とは思えない……これもレミリア・スカーレットの仕業であると確信した。

 

 

 「チッ!あのガキンチョ吸血鬼!自分の部下まで手を挙げやがったのか!?」

 

 

 妹紅から怒りの炎がメラメラと燃え上がった。非人道的な行為を行っているレミリアに怒っていた。妹紅は不老不死でありこれまで長いこと人間や妖怪を見てきた。その中で見てきたことは何も幸せなことだけではない……理不尽な目にあったことや不愉快に思ったことはいくらでもある。妹紅は死ねない……だが、目の前の吸血鬼と成り果てた妖精達の姿は死人そのものだった。紅魔館の吸血鬼は命を弄び、死を冒涜していると……目の前の現状に腹が立った。

 

 

 なんてことを……私はレミリアさんというお方がどういう人物か知りません。しかしこのようなことを仕出かすお方なのでしょうか……

 

 

 聖は目の前の光景から目を逸らしたかった。今の妖精メイド達は血を求めて人々を狙いにやってきた存在と変わってしまっていた。彼女達は被害者だった。吸血され、吸血鬼に変えられて血を求める獣に成り下がった。しかし、このままでは人里に侵入され人々が襲われてしまう……聖は悲しい表情を妖精達に向け、もしかしたらまだ理性が残っているのではないか、そうすれば手を取り合えないか、話し合いで解決できないかと彼女達に近づこうとした。

 

 

 「――ガァ!!」

 

 「聖殿!?あぶな――!?」

 

 

 慧音の叫ぶ寸前、聖が吸血鬼と化した妖精メイドの牙を受ける前にそれは起こった。妖精メイドの体が真っ二つに別れていた。別れた肉体は光となって自然に帰っていった。

 星は槍を片手に持ち、聖を庇うように前に立ちその堂々たる背中を晒していた。

 

 

 「聖、この者達には話合いも手を取り合うことはできません。聖の気持ちはわかりますが、今は堪えてください」

 

 「星……」

 

 

 仲間がやられたことも気にせず、他の妖精メイド達も聖と星を目掛けて飛び掛かる。しかし炎が妖精メイドを包み込み灰にした。布都が生み出した炎によって二名の妖精メイドは成仏することとなった。

 

 

 「聖殿大丈夫ですか!?」

 

 「慧音さん……すみません。屠自古さんと布都さんも申し訳ありません……」

 

 「気にしないでくれ、それより怪我無いな?」

 

 「ええ、大丈夫です」

 

 「後方からの支援は我に任せるのだ!」

 

 

 慧音達が聖を庇うように後退する。その間も吸血鬼になった妖精メイド達が襲いに来るがそれを星と妹紅がなぎ倒す。

 

 「話は後だぜ!住職さんよ!あんたは知らないかもしれないが、妖精というのは死んでもまた蘇れる。その時には私みたいに状態がリセットされるから吸血鬼状態から解放されると思うぞ」

 

 

 妹紅さんが言ったことはまるで自分も死んで蘇れるような言い回しだった。しかし、妖精達が死んでも生き返るのなら、ひどい言い方をするようですが救いがある。まずは人里に入らせないようにしないといけない。早くこの異変が解決して平和な日常が戻ってくることを祈るしかない。それが今の私にできること……天子さんお願いします。この悪夢から私達を覚まさせてください……!

 

 

 ------------------

 

 

 「ん……うぅ……!」

 

 

 目を覚ました一人の少女。目が覚めて一番に感じたのは胸の痛みだった。

 

 

 「いっ……てぇ……!」

 

 

 霧雨魔理沙は胸の部分に痛みを感じた。痛みを感じた部分は血が染まり服は赤くなっていた。

 

 

 私は何をしていたんだ……胸が痛い……美鈴と小悪魔の奴の様子がおかしかった。アリスがパチュリーを抱えて深夜に私の家を訪れた時はどうしたんだと思ったが、紅魔館は今おかしな状況になっていた。異変を解決するべく紅魔館を訪れたが、妖精メイドの姿が見られず簡単に侵入することができたが不気味だった。ようやく知っている顔にあったらその二人までおかしかった。パチュリーが話していたことは本当だった。美鈴と小悪魔の目を覚まさせてやろうかとマスタースパークを放とうとした時に私は意識を失ったんだっけ?確かあの時はナイフが……

 

 

 胸にナイフが刺さっていたことに血の気が引いていった。あのナイフはおそらく咲夜が放ったもの……死ぬことはなかったが、ミスしたのかわざとミスをして殺さなかったのか……どちらにしても今の紅魔館は異常な空気に包まれている。魔理沙は早くここから脱出しようと辺りを見回していた。

 

 

 周りは壁で窓もない。正面には鉄格子が存在していた……牢屋の中に魔理沙はいた。そして魔理沙は目を疑った。鉄格子の先に見知った顔がいた。向かいの牢屋には鎖に繋がれぐったりとしていたフランの姿があったからだ。

 

 

 「おい!フラン!フランなんだろ!?しっかりしろ!!」

 

 

 魔理沙は声を荒げた。自分の胸の痛みなど忘れるぐらいの動揺だった。フランの服は元々赤い色をしていたが、赤黒い色と化しており地面には赤い液体が溜まっていた。傷が塞がってはいたものの、傷口から大量の血が流れて地面に溜まったことが窺える。そんな状態のフランを心配して魔理沙は必死に名前を呼ぶと薄っすらと瞼をあげた。

 

 

 「フラン無事か!?」

 

 「……ま……り……さ……?

 

 

 意識はあるな。誰なんだ……フランにこんなことをした奴は!美鈴も小悪魔も様子がおかしかったし、パチュリーを襲って私にナイフを刺した咲夜も異常だ。どうなっているんだ今回の異変は!?フランが何か知っているかもしれない……しかし今の状態のフランに無理をさせるわけにはいかない。とりあえずここから脱出しないと!

 

 

 魔理沙は出入り口を探すが鉄格子側にしか扉はない。魔理沙の所持品である箒も八卦炉も手元にはなかった。非力な人間の魔理沙では鉄格子などビクともするわけはなく、どうすることもできなかった。

 

 

 「ちくしょう!どうにかできないのかよ!?」

 

 

 そんな時に音が聞こえてきた。ゆっくりだが、どこか荒々しい足音……その足音はこちら側に向かってきている。誰の足音かわからない……自分達を閉じ込めた本人かもしれない……魔理沙の体に緊張がはしる。一歩ずつ確実に近づいてくるその足音は助けの足音なのか……それとも絶望への足音なのか。

 もう間もなく足音の正体が判明する。すぐそこにそいつがいる……息を呑む魔理沙、フランの状況を考えると非常に良くない結果になるだろうと無意識に感じ取ってしまった。焦りの汗が流れ落ちる……そしてついに正体が露わとなった。

 

 

 「レミリア!無事だったのか!」

 

 

 魔理沙に待っていたのは絶望の足音ではなかった。魔理沙の緊張が一気にきれ、笑みがこぼれる。

 

 

 レミリアは無事だったか!よかった……てっきり怪物か何か現れるかと思ったぜ。それよりもフランだ!早くフランを助けてやってくれ……いや、待てよ。こんな状況でレミリアが来るだなんて……それにフランがこんな様子で平然としているなんて……何か様子が変だ。それにレミリアの奴、手に何を持っているんだ?

 

 

 魔理沙を素通りしてフランの牢屋の鍵を開けた。何も言わずにフランに近づいた。

 

 

 「レミリア……お前何を……?」

 

 

 何をするんだ?っと言おうとした時だった。フランの顔を掴み口を開けさせ手に持っていた赤い何かを流し込む。無理やりに何かを飲まされるフランに苦しみの表情が現れる。抵抗する気力も力もない今の状態のフランはレミリアにされるがままだ。赤い液体は喉を通りフランの胃の中に流し込まれて行く。

 

 

 「や、やめろレミリア!フランに何しやがるんだ!!」

 

 

 魔理沙の必死な叫びも聞こえないのか、聞こえていても無視しているのか、どちらにせよフランは赤い液体を飲み干してしまった。そしてフランに繋がれていた鎖を外していく。その場に崩れ倒れるフランの名を呼ぶ魔理沙。しばらくするとフランの体がピクリと動いた。そしてゆっくりと立ち上がる……魔理沙は見てしまった。フランの瞳は美鈴や小悪魔と同じように光を宿していないことを……

 

 

 「フラン……レミリアお前!フランに何しやがったんだよー!!」

 

 

 鉄格子をガチャガチャと揺らすが音だけしかならない。魔理沙には鉄格子など壊すこともできない。魔理沙は見ていることしかできないのだ。

 

 

 「うるさいぞ小娘、フランは今から私の道具となったのだ」

 

 「道具だと?ふざけるな!フランはお前の妹だろう!?フランを傷つけたのはお前なのか?それと美鈴と小悪魔、咲夜もおかしくなった原因はお前なのか?答えろレミリア!!」

 

 「そうだ、私がやったことだが?」

 

 

 魔理沙の問いに平然と答えた吸血鬼。鎖に繋がれ、牢屋に入れられ、傷つけられて、妙な液体を飲まされたフランの気持ちを考えると今すぐに目の前の存在をぶちのめしてやりたいという気持ちに駆られた魔理沙だった。しかし何故和解したはずの姉妹がこんなことをするのか理解できないでいた。

 

 

 「理解できないという顔をしているな。簡単に言うとフランは私のための道具であり、私の所有物だ。ならば私のために力を行使し、使われるのが当然だろう?出来損ないを飼ってやっている私の身にもなってほしいものだね」

 

 

 何を言ってやがるんだレミリアの奴!?フランとは前の異変の時に仲直りして一緒に宴会で騒いだり、つまらない喧嘩をしたじゃないか!なのに道具?出来損ない?レミリアお前に何があったんだよ!?

 

 

 魔理沙は目の前のことがわからない。何故実の妹であるフランにこんなことができるのか?家族のように接してきた紅魔館のメンバーを裏切るようなことをできるのかと……

 

 

 「小娘、お前に教えておいてやる。さっきの赤い液体は飲んだ相手を強制的に服従させる代物で、メイドや門番共にも飲ませた。おかげで道具がいろいろ揃っているわ!」

 

 「てめぇ!」

 

 「ククク……お前はそこで待っているがいい。私の気まぐれで生かされたことを感謝しながらな……フラン行くぞ」

 

 「……ハイ……オネエサマ……」

 

 「フラン!行くな!」

 

 

 フランは一瞬だけ虚ろな瞳で魔理沙を見た。しかし興味がないように何もそこに存在しないようにフランは暗闇の中に消えて行った。

 

 

 「フラン!レミリアー!ちくしょう!!」

 

 

 鉄格子を揺らすがビクともしないことに不甲斐なさを感じる。フランを助けてやれずに魔理沙は吸血鬼の背中を見ているしかできない。 

 

 

 「待てよレミリア!話はまだ終わっていない!フランをどうするつもりなんだ!お前に何があったか私はまだ知らないぞ!レミリア!!答えろよレミリアー!!!」

 

 

 魔理沙は冷たい牢屋の中で一人で叫ぶことしかできなかった。

 

 



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25話 小さな声

新年度に向けて投稿しに参った。そんなことより休みが欲しい……


皆さんも休める時に休んでおかないと大変なことになりますのでお気をつけを。


それでは……


本編どうぞ!




 辺り一面本だらけの空間にいる異質な二つの影。広々とした空間にポツンと辺りを眺めている。命の灯を灯す者はこの場で二人だけと示すように静けさしか存在しない。

 

 

 「これは凄いな。辺り一面本だらけだ」

 

 「あたいはお外で遊ぶ方がいいけどね」

 

 

 チルノは図書館の本を読んだことがあるが、あまりにも頭の中のメモリが規定数値を満たしていなかったので何度パンクしたことがあったことかと自慢げに話した。フランと友達になってから紅魔館を訪れていたが、今だ紅魔館の内部を把握できていない。この子の頭が残念というわけだけではなく、それだけこの紅魔館は広いことを示している。その中で、禁書や外から流れついた漫画本もここに保管されている。本来ここにいるべきパチュリーも小悪魔も今は姿が見えない。途中で妖精メイドに出会うこともなくたどり着くことができた。紅魔館にはまるで生者がいないような沈黙した雰囲気を漂わせていた。

 

 

 「小悪魔もいないか……本当にどうしたというんだ……レミリア」

 

 

 今の紅魔館は天子が知っている紅魔館ではなくなっていた。もしかしたらこのまま元の紅魔館に戻らないのではないか?パチュリーと約束したことが嘘になってしまう……不安が募る。

 天子はチルノからこの世界のレミリアのことを聞いていた。レミリアとフランの姉妹は仲が悪くなかった。何故フランが地下に閉じ込められていたのかはフラン自身も憶えていなかった。フラン自身は「思い出したくもないような気がする」そう言っていたようだった。レミリアもそのことになると口を閉ざしていた。結局フランは何故地下に閉じ込められていたか理由がはっきりしないまま異変は終息した。

 異変が終息したことで地下から解放され、フランもチルノと大妖精と友達になれて一人でも外へ出かけるようになっていた。初めてのものに興味を示し、姉のレミリアとも仲良く暮らす日々を送っていた。そんなときに起こった今回の紅い霧……レミリアが起こしていることを考えると納得がいかない。もしフランのためだったとするならば辻褄が合わない。もうフランは友達もでき、レミリアと仲良くなったのだからそんなことをする必要などないのだから……地下に閉じ込められていた理由がはっきりしないのは気になるが今回の異変と関係あるのだろうか?

 

 

 「天子、大丈夫か?」

 

 

 チルノが心配そうに見つめる。天子はしまったと思った。チルノは人の感情に敏感なようだから負の感情もすぐに読み取ってしまう。それで心配をかけてしまったことに悪いと思ってしまったのだ。

 

 

 「すまない、レミリアのことを考えていてな……私はまだ会ったことはないが、彼女がこんな異変を起こすなんてこと考えたくはないのだけどね」

 

 「あたいも天子と一緒だ。レミリアがこんなことするわけない。それになんだかあの霧ずっっっごい嫌な気分になる!レミリアは偉そうにするけど、私達には優しくするぞ。だからレミリアが悪いことしないのだ」

 

 「偉そうって……レミリアは紅魔館の当主だから偉いのだが……そうだな、チルノが言うならそうなんだろうな。レミリアは優しいのだろう。なら、この異変を終わらせて元の日常に帰ろうか」

 

 「おー!」

 

 

 図書館を抜けた通路の先に地下への入り口を発見した。天子とチルノは慎重に階段を下りて行くのであった。

 天子はチルノと話して気が緩んでいた。天子達と入れ違いに地下から出て行く二人の吸血鬼が居たことに……彼は気づくことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い通路を進んで行く。途中でいくつもの道があったが曲がらずにそのまま突き進んでいく。チルノが先頭に立って勝手に進んで行ってしまっているからだ。

 

 

 「チルノそんなに急ぐな!もし敵がいたら……!」

 

 「でももしかしたらフランが待っているかもしれないじゃないか!それにここは誰も近寄らないって前にフランが言っていたから大丈夫だって」

 

 「あっ……仕方ないな」

 

 

 どんどん先に進んで行くチルノを追う天子は周りの状況を確認していた。通り過ぎる通路に面して鉄格子が並び、その中には簡易で粗末なベットが置いてあるだけ……牢屋だ。この地下は罪人を収容する牢屋となっているようだった。当然だが中に誰もいない……その結果に安心している自分がいた。この牢屋はただの昔の名残なのだと……

 そんな中でチルノの驚きの声が地下に響く。

 

 

 「ああー!魔理沙!!」

 

 「なに!?」

 

 

 足を走らせた。声が聞こえた曲がり角を曲がるとそこも牢屋になっていた。そしてその牢屋の中にいたのはぐったりとしていた魔理沙の姿だった。

 

 

 ------------------

 

 

 「魔理沙!!」

 

 

 ぐったりと倒れている魔理沙を鉄格子の間から手を入れて脈を測る。

 

 

 ……よかった!生きている!でも気を失っているみたいだ。魔理沙が囚われているだなんて……レミリアに何かされたのか?体を調べなくちゃいけないわね。その前にこの鉄格子が邪魔だ。

 

 

 天子は緋想の剣を取り出して2、3度振るう。すると鉄格子が切り裂かれて牢屋に新たな口が開かれた。

 

 

 「すげー!」

 

 

 チルノが私を輝く瞳で見てくる……照れちゃうけど、後に回すしかない。魔理沙の具合を調べるのが先だ。服に赤い痕……これは血!?ちょっとごめんね魔理沙!

 

 

 天子は魔理沙の上半身の服を脱がし始める。その行動にチルノも女の子なので慌ててしまうが、それどころではない天子は魔理沙の服を脱がし終えると傷口を発見する。胸の部分に刺し傷があった。致命傷ではなかったものの小さくない傷口が開いていた。一度自然に閉じた傷口が再び開いたのであろうと推測する。天子は服の一部を引きちぎり傷口に当てて開かないように巻き付ける。天子にとっては手慣れたものだった。

 

 

 天界で修行していた時はよく怪我をしていた。衣玖に教えてもらっていたことが役に立ててよかった。折角傷口が閉じたのに何か無理やり体を動かしたのかな?それによって再び開いてしまったみたいだけど、この刺し傷は刃物によるもの……っとなればこの傷をつけたのって……!?

 

 

 天子は何かに気づいた。チルノをすぐさま引き寄せることで天子の胸に顔を埋める形となった。そして何かが二人に飛んできていた。一本はチルノを引き寄せたことで、チルノが立っていた場所を通過して壁に刺さった。もう一本は天子を狙っていたが、彼は緋想の剣でそれを叩き落とした。金属音が鳴り響いた……壁と床には銀のナイフがあった。

 

 

 「来てしまったか……」

 

 

 魔理沙を襲った当の本人登場ってところかしらね。本当ならこんな形では会いたくなかったけれど……相手するしか道はないし、逃げることもできない。何とかしないといけないわね……

 

 

 「チルノ、魔理沙を頼む。後、私が離れたら牢屋の入り口を氷で壁を作って入れないようにしてくれ

 

 「て、てんし……?」

 

 

 気を失っている魔理沙を任せ、チルノに耳打ちする。チルノを下がらせて暗闇に隠れている人物の名を呼ぶ。

 

 

 「暗闇に隠れてないで出てきたらどうだ……咲夜」

 

 

 ゆっくりと地下の蝋燭の炎に照らされて姿を現した。

 

 

 容姿はまるっきり私が知っている咲夜だったけど同一人物か疑う程であった。パチュリーが言っていた通りに虚ろな目をしており、表情に温かみを感じられない……まるで彼女が持つスペル名の殺人ドールそのものを体現しているような印象だった。

 彼女がここを探り当てたということは私達を始末しに来たと認識していい。警戒していた咲夜を相手にしないといけないし、彼女は人間であるが故に無理な攻撃は命を奪うことにも繋がってしまうのでできない。それでも咲夜は能力持ち……時間操作という難攻不落に対処しないといけなくなった。狭い地下での戦いはこちらが完全に不利であり、私なら咲夜の攻撃に耐えられるが、チルノか魔理沙を狙われれば助けることはできないため厄介だ。とにかくチルノに合図を出さなければね。

 

 

 咲夜の目には天子が映る……片手にナイフを握りしめいつでも殺せる準備を整える。一歩ずつ牢屋から距離を取り

天子は咲夜に近づいた。

 

 「チルノ!」

 

 「う、うん!」

 

 

 チルノは天子に言われたとおりに牢屋の入り口を氷で壁を作る。これで咲夜に時間を止められてもチルノと魔理沙には簡単には手出しが出せなくなった。しかし咲夜は天子だけを見据えていた。天子だけは必ず生かしておかないと言っているかのように虚ろな瞳が天子を捕らえて離さない。

 

 

 「これで戦いに邪魔は入らなくなったぞ咲夜」

 

 「オジョウサマノ……ゴメイレイ……ヒナナイテンシ……オマエダケハカナラズ……コロス」

 

 

 レミリアの命令か……悪いけれど、あなたを倒してレミリアの元へ行って色々と事情を聴かないといけないの。少し痛いだろうけど我慢してね。

 

 

 天子は緋想の剣を取り出して構える。静寂が支配する場をチルノは氷壁の向こう側から声援を送る。

 

 

 「天子ー!負けるなよー!」

 

 

 それが戦いの始まりの合図となった。

 先に仕掛けてきたのは咲夜の方で、天子の視界から一瞬にして消えた。そして気づいたときには無数のナイフに取り囲まれていた。この後に待ち受けているのは普通ならば串刺しになる運命だがそうはならないのが天子だ。

 肉体を鍛えに鍛え過ぎた強固に育った体にナイフの軍勢など意味を為さなかった。肉体に当たったナイフが金属音を立てて地面に落下する。防御力を極限まで上げることに成功した肉体にはナイフなど石に刃物を突き立てる様と一緒だ。しかし勘違いしないでほしいのは強固な肉体であっても痛みは感じるし、血も流れたりする。ノーダメージというわけではないのだ。当たりどころが悪かったり、特殊な力を宿した刃物であったりすれば天子の肉体であっても傷ついてしまう。咲夜のナイフはごく普通の投げナイフであったためにその心配はなかった。だが、天子が有利になったわけではない。

 

 

 狭い地下での戦いは天子の行動を制限していた。ナイフに取り囲まれても逃げなかったのは逃げることができなかったためであった。狭い地下で展開された場合、上に逃げることは勿論できないし、チルノが作り上げた氷壁がもし壊れるようなことでもあれば、標的がチルノと気を失っている魔理沙に向く可能性があったためにド派手な攻撃を繰り出すわけにはいかない。しかし天子もこの状況をわかっていたので対処できた。視界から消えた咲夜を肉眼で見るよりも気配で察知する。ナイフの山が床に転がる中で天子は背後の先に存在する気配に駆け寄り緋想の剣で攻撃を仕掛けた。天子の背後の先には咲夜がおり、緋想の剣は手に持っていたナイフを弾き飛ばした。

 

 

 「チェックメイトだ」

 

 

 咲夜に勝つためには時間をかけていられない。瞬時に勝敗を決めるべきだと私は思った。私が想定していた通りに咲夜は能力を使って殺しにかかってきた。一瞬でナイフに取り囲まれて串刺しにされるはずなんだけれど私の肉体を考えて行動すればどうってことない。しかし、もしも読みが外れて肉体が耐えられなかったら私の方がチェックメイトだった……いや、ゲームオーバーだったでしょうね。萃香の拳を受けたから大丈夫と想定していたから気持ちが楽でいられた。肝心なのはその後……消えた咲夜は私を殺せると油断しているはずだからそこを無力化するしかない。彼女を傷つけさせずに勝つことはこれ以外ない。

 

 

 天子は喉元に緋想の剣を突き付ける。彼女の目には一切の恐怖も感じられなかった。ただ天子を見つめていた……不動の二人……しかし咲夜の方が先に動き出した。しかも悪い方向へと……咲夜は自分の体を省みずに天子に向かって突撃してきた。当然天子に突撃することで、喉元に突き付けられている緋想の剣に咲夜の喉が押し当てられる。その瞬間がゆっくりと過ぎていく。時の流れがゆっくり動く中で、肉に刃が食い込み皮膚を裂けて突き刺さって行くのを黙っている天子ではない。彼は咄嗟に緋想の剣の刃の部分だけを収納することで突き刺さることはなくなった。咲夜が天子にぶつかって来ても男の肉体である天子を吹き飛ばすことなんてできない。咲夜は隠し持っていた新たなナイフが天子を襲おうとする。そのナイフも腕でガードすることで肉体にはじき返されてしまった。咲夜は腕を掴まれ投げ飛ばされたが身軽な体で難なく着地する。

 

 

 二人の間に再び沈黙が流れる……

 

 

 咲夜が命を捨てて特攻してきた時は冷や汗をかいてしまった。こんな展開を想定しておいたおかげだ。今の咲夜に自分の意思はない……レミリアに対する忠誠だけで動いているならまだマシだったけど、そうではないのが胸糞悪い。死という恐怖も忘れ、相手を殺す殺戮マシーンになってしまっている……どうにかしてあげないといけない。私でも解呪は無理だ。魔法のことは基本的な本で得られる知識しかないし、洗脳といった高度な魔法はさっぱりで魔法はというものは下手をしたら二度と解呪できなくなるものまである。素人の私では魔法を解呪することは不可能……でもどうにかして彼女に自分の心を取り戻させないと!

 

 

 「咲夜聞くんだ。あなたは誰かに操られているんだ!」

 

 「ワタシハ……オジョウサマ……レミリアオジョウサマノ……タメニ……」

 

 「そのレミリアに何か異常が起きているんだ!目を覚ますんだ咲夜!」

 

 

 天子は必死に咲夜の目を覚まそうと叫ぶ……しかし、彼女の瞳に意識が宿ることはない。

 

 

 「オジョウサマ……ゴメイレイ……ヒナナイテンシ……コロス……!」

 

 「くっ!」

 

 

 咲夜の姿が消えた。そして天子の体に何かが当たった……ナイフだったが、それも弾かれ地面に落下する。

 

 

 「やめろ咲夜!お願いだ!元に戻ってくれ!」

 

 

 咲夜はそんなこと気にも留めずにナイフを投擲する。緋想の剣がナイフを弾く……何度も咲夜に声をかけるが応えてくれる様子はない。咲夜自身も天子の間合いに入ってくるが天子は剣を振るえない。時間だけが咲夜を味方するように刻一刻と進んでいった。

 

 

 ------------------

 

 

 「そこです!」

 

 

 七星剣が美鈴に目掛けて振るわれるが、彼女はそれを気にしせずに神子に一撃を加えようとする。避けることもしない美鈴に七星剣を振るうわけにはいかなかった。神子は手を止めてしまった隙に腹に一発拳を入れられてしまった。

 

 

 「ぐぅふ!?」

 

 

 拳圧で吹き飛ばされてしまった神子を衣玖が受け止める。幸いなことに衝撃を受けただけで致命傷を負うことはなかった。

 

 

 「大丈夫ですか豊聡耳ミミズクさん?」

 

 「大丈夫ですよ、大丈夫ですが根に持つの止めてくれませんかね?あなたって本当は空気読めないのではないですか?それとミミズク言うのはやめなさい」

 

 

 こんな状況でも冗談(?)を言い合える分まだ余裕がありそうな神子と衣玖の二人は状況を整理することにした。

 

 

 美鈴は何かの力で操られており、こちら側から攻撃しても避けようとせずに攻めるだけの傀儡である。何とか気絶させようとしても美鈴の武闘家としての耐久力と精神の強さが仇となったのか彼女は今だ倒れずに向かって来ている。逃げる手段を取っても必ずどこまでも追いかけてくるとわかっている。

 

 

 「しかし、残念ですね。これほど操られた状態で私達二人を相手取っても引けを取らないとは……スカウトしてもいいかもしれませんね」

 

 「ミミズクさんのところって妖怪を弟子にしても大丈夫なのですか?」

 

 「人間達の味方って位置にいるからね。不満に思う方もいることは間違いない、でも彼女はおしい存在だ。それ故におしいですね。操られていなければいい戦いになったのに……後ミミズク言うのやめなさいと言ったでしょ?」

 

 

 衣玖は神子の注意を聞かずに話を進めていく。

 

 

 「ならばどう対処しますか?」

 

 「武闘家である彼女は中々の腕前だと判断しますので、気絶させるには隙を作らなければなりませんね」

 

 「なるほど……ミミズクさんのいう通りですね」

 

 「私達は二人なんですから衣玖殿は後方での支援をお願いします。接近戦は私が担当します……何度も言うようですが、ミミズク言うのをやめなさいと言っているでしょ……」

 

 

 神子の顔に青筋が立つ。女の戦いに場所も関係など意味を為さないのだ。

 

 

 「ごほん……とりあえず私に合わせてください。支援は衣玖殿にお任せしましたよ」

 

 「任せてください。ミミズクさんご武運を……」

 

 「(衣玖殿とは後で()()する必要がありそうですね)」

 

 

 神子の漂わせる空気を無視して美鈴に向き直る衣玖。

 

 

 「オジョウサマ……マモル……」

 

 「美鈴さん、あなたの主を想う気持ちはよくわかります……ですが、あなたを倒さなくてはいけません。神子さん接近戦任せましたよ!」

 

 「衣玖殿、君という方は空気を読んでいるのか読んでいないのか……まぁいいです。お話は後回しです!美鈴殿、覚悟してもらいますよ!」

 

 

 ------------------

 

 

 「……コロス……!」

 

 「咲夜!目を覚ますんだ!」

 

 

 氷壁の外で繰り広げられる死闘に眺めているしかない自分はどうしたらいいのかと迷っている妖精がいる。

 

 

 氷の妖精チルノはぐったりとする魔理沙の頭に氷を乗せて体の体温を冷まさせてあげていた。牢屋に氷壁を張ったことで咲夜がこちらを狙うことはなくなったが、天子が咲夜に狙われることとなっている。咲夜を傷つけることができない天子は防戦一方の状態であり時間が過ぎていく。その間チルノはずっと眺めていることしかできていない。

 

 

 あたい……どうしたらいいの?天子は咲夜と戦っているけど、あたいは魔理沙を守らないといけない……でもこのままだと天子やられちゃう!あたいが天子も守ってやるって衣玖と神子に言ったのに……あたい嘘つきになっちゃう。でも、魔理沙のことも頼まれたし……どうしたらいいの大ちゃん!

 

 

 チルノは悩んでいた。自分が天子を守ること、魔理沙を頼まれたことを放棄できない。彼女の純粋な心がどうしたらいいのかわからなかった。今すぐにでも天子を助けてやりたいけど、もしかしたら邪魔かもしれない。天子の肉体には咲夜のナイフ刺さることはない。だが、咲夜は戦い方を変えた。どんなに肉体を鍛えても天人とて生き物であるが故に鍛えられない場所や急所が存在する。目もその内の一つでそこを狙いに来たのだ。チルノの前で繰り広げられている戦いは弾幕ごっこなどの甘っちょろいものではない。普段では目にすることのできない殺気の満ちた目を見た。

 

 

 チルノは怖かった。いつもはフランとレミリアのためにお茶を用意したり、招かれたチルノと大妖精を優しく出迎える姿を知っていたが、いつもの咲夜はじゃない。瞳には何も宿っていない空っぽの目……そんな目を見たこともないチルノは怖いと思ってしまった。咲夜が誰かに操られているのはわかる……でもチルノは知っている。命の尊さを……他の妖精にはない死の価値観を理解していた。悪戯しても命を決して取ることはないし、取ろうとも思わない。妖精以外の生き物は一部を除いて死んだら蘇ることなんてできないということを彼女は理解している。天子がもし咲夜に殺されてしまったら……殺した咲夜をどう思うのか……複雑な感情や思いが混じりあってチルノは怖かったのだ。

 

 

 大ちゃん……あたいどうするべきなの……教えてよ大ちゃん!

 

 

 いつも傍に居てくれる大妖精は今はいない。いつも難しいことは彼女に任せてきた。しかしチルノは今、難しい事態に直面している。答えは自分自身で導き出すしかない……そんな時、微かに魔理沙が動いた気がした。

 

 

 「え?ま、まりさ生きてる?」

 

 

 おそるおそる魔理沙に問いかけるとゆっくりだが、魔理沙は目を覚ました。

 

 

 「……ち……ちるの……か……?」

 

 「魔理沙!よがっだぁああああ!!」

 

 

 チルノは鼻水を垂らして魔理沙に抱き着いた。心から心配していたチルノは魔理沙が生きている実感を感じて安堵してしまったため、顔から安心した証を垂れ流したのだ。

 

 

 「チルノ……汚いぜ。私なら大丈夫だ。まだ胸は痛むけどな」

 

 「ほんとう……?大丈夫なの?」

 

 「ああ……それよりこれは……?」

 

 

 魔理沙は牢屋にいることがわかったが肌寒さを感じた。そして鉄格子の在った場所には氷壁が存在する。チルノが張ったものだとすぐに理解した魔理沙はその先の光景を目の当たりにした。

 天子と咲夜が戦っている光景……そして咲夜は魔理沙の思ったとおりにフランと同じ目をしていた。レミリアが赤い液体を咲夜にも飲ませたことが見て取れた。魔理沙は歯を強く噛み締めた。

 

 

 「ちくしょう!レミリア、あいつ咲夜にまで……こうなったら私が止めてやる……!」

 

 

 魔理沙はそう言って立とうとしたが体がふらついた。貧血症状だった。血を流し過ぎたため体に力が入らない。慌ててチルノが魔理沙を支えて壁にもたれかかる。魔理沙は自分がどこまでも不甲斐ないと実感した。それならばとチルノの肩を掴む。

 

 

 「チルノ……頼む……私の代わりに咲夜を止めてくれ」

 

 「え!でも魔理沙……あたいが咲夜を止められるかな……?」

 

 

 いつも強気な妖精が普段みせないような弱気なチルノの姿を見た。不安なのだろう……弾幕ごっこで生きている幻想郷の生き物達は影の部分を知らない者だっている。妖精は全体的に命を楽観視しているところがある。だが、チルノはそうじゃない。自分が殺気に染まった咲夜を止められるか心配だった。だが、そんなチルノを魔理沙は励ます。

 

 

 「私が動けないんだ。チルノ……お前だけしかいないんだ。天子の……役に立てるのは……!」

 

 「で、でも……」

 

 「お前は……『最強』じゃなかったのか?」

 

 「!!?」

 

 

 『最強』……それはチルノ自身を表している言葉だった。誰にも譲れない、チルノが自称していたが誇りを持っていた。自分は紛れもない『最強』であると、しかし今の自分はどうだ?魔理沙を理由に、天子に言われたことを理由に、チルノは恐れをなして理由をつけて身を守っている。それがチルノがしたかったことか?

 

 

 違う!あたいはみんなを守りたい!誰かに言われたとかじゃない!あたいは誰にも傷ついてほしくない!怖いけれど……ここで引いたら大ちゃんと約束したことも嘘になっちゃう!フランも守ってやらないといけないんだ!天子もあたいが守ってやる!あたいは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最強なんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子は徐々に焦り始めている。時間だけが過ぎていき、咲夜は元には戻らない。このままでは異変が長引いてしまい外はどうなってしまうのか……悪い予感がした。諦めて咲夜を傷つけることになるが無力化する方法に移行しようかと躊躇(ためら)っているとき……

 

 

 ピキッ!

 

 

 音が聞こえた。その音は硬いものに亀裂が生じる音によく似ていた。違う……似ていたのではない。氷壁にひびが入りやがて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雹符『ヘイルストーム』!!!

 

 

 砕けた氷壁が今度は氷のつぶてとなり、氷の竜巻を起こし、雹を撒き散らす。地下の辺り一面は氷に包まれ壁や床に天井まで凍り付いてしまった。

 

 

 「天子!あたいが加勢するぞ!」

 

 

 自信満々に言い放った。誰がどう見ても助太刀しに来たチルノをカッコイイと思うだろう。チルノも胸を張った。

 

 

 ふふん♪今のあたい……カッコイイ!大ちゃんにもあたいの勇姿を見せてやりたいぞ♪

 

 

 ……っとチルノは思っていたが、誰もチルノを称える者はいない。

 

 

 「チルノ……私も巻き込んでどうするんだ……」

 

 「あっ!」

 

 

 凍り付いていたのは周囲のもの全てだった。運よく全身凍り付かなかった天子は足元だけ凍り付いて動けなくなっていた。チルノも我に返って後ろを振り向くと首から上だけ凍り付かずに凍えている魔理沙の姿が目に入る。

 

 

 「魔理沙!?一体誰にやられたの!?」

 

 「お……おまえ………だよ………!

 

 

 氷に包まれている地下の温度が下がり、更に氷のだるまになっている魔理沙はうまく喋れずに今にも凍え死にそうだった。吐く息は白く、カタカタと震え、みっともないけど止めることができない液体を鼻から流れていた。

 

 

 「ごめん魔理沙!今すぐ解放してあげ……!」

 

 

 チルノは思い出した。この場にはもう一人存在していることを……

 

 

 チルノは振り返りその人物を見つけた。

 

 

 「……」

 

 

 咲夜は動けなかった。手と下半身を氷が覆っており、魔理沙ほどではないが氷のだるまとなっていた。運よく咲夜を拘束する形となった氷は能力を行使しても、咲夜自信動くことができないので能力すら封じることとなっていた。

 チルノは咲夜の元へ足を踏み出す。隣で氷のだるまとなっている魔理沙の声がするが小さすぎて聞こえなかった。

 

 

 「……コロス……オジョウサマノ……タメニ……」

 

 

 氷のだるまとなっている状態でも主の命令に従っている。そんな咲夜の元へチルノが近寄ってい行く。天子はチルノがどうするのか見守ることにした。

 

 

 「咲夜、フランは元気?」

 

 「……コロス……コロス……」

 

 

 何を聞いても咲夜は呪詛のように繰り返し同じ言葉を吐き出した。それでもチルノは咲夜に語り掛ける。

 

 

 「あたいね、フランと友達になれてよかったよ。大ちゃんも……他のみんなもフランと仲良くなれて嬉しいと思うよ」

 

 

 チルノは構わずに語った。

 フランと初めて会った時、吸血鬼は他の生き物の生き血をすすると知っていたチルノは大妖精を守るためにフランに攻撃した。大妖精もフランのこと初めは怯えていた。フランは何もせずに帰っていったけど、その時の背中はとても寂しそうにしていたこと……そして日を改めてフランがまた霧に湖にやってきた。今度もチルノは撃退してやろうかと思っていたが、フランの手にはバスケットを持っておりその中には色んな種類のパンが入っていた。珍しいものにチルノは我を忘れて飛びついた。それからだ、フランと仲良くなり、大妖精も怯えることもなく交流が続き、紅魔館に御呼ばれしたことや、スカーレット姉妹のプリン争奪戦を目の当たりにしたり、居眠り門番に落書きしたり、咲夜のマネをして一日メイドをやって器物破損したりと様々な思い出を語った。フランと共に叱られたり、外で一緒に遊んだりと楽しかった日常を語っていた。

 

 

 「あたいはフランが大切だ。友達は大切にしないと罰が当たるって大ちゃんは言っていた。それにあたいは咲夜も美鈴も小悪魔もパチュリーもレミリアもメイド達も大好きだ。だから咲夜にも大切な存在がいるでしょ!」

 

 「……タイ……セツ……ナ……ソンザイ……?」

 

 

 初めて咲夜に違う行動が現れた。瞳には動揺が走る……

 

 

 「(チルノの語りで咲夜の心が動いたのか!?頑張ってくれチルノ!咲夜を正気に戻してくれ!)」

 

 

 天子はチルノを応援していた。天子は咲夜の思い出までは知らない。意味しか持たない言葉でで説得していたが、チルノの場合は今までの数々の日常の思い出を語っていた。そこにはチルノの楽しかった思いが込められている。咲夜の心が支配から抵抗する意思を生み出したのだ。

 

 

 「咲夜、元に戻ってよ……あたい悲しいよ……大切なみんなが傷つくなんて見たくないよ!咲夜もレミリアが傷つく姿なんて見たくないでしょ!」

 

 「……オ……ジョウ……サマ……!」

 

 

 咲夜は一点の光を見つけた……

 

 



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26話 吸血鬼のメイド

咲夜さんが紅魔館のメイドにどうしてなったのか回……


本編どうぞ!




 「あら?何かしらこの子供は?」

 

 

 優雅な夜に一人の吸血鬼は散歩をしていた。気分転換にのんびり歩いているときだった。茂みの方から物音がしたのを聞こえてそちらを見るとそこにいたのは少女だった。

 

 

 目の前に現れたのは服装は乱れていて肌の色も土や泥で汚れている小汚い少女。髪もぼさぼさで貧困な生活を送ってきたことがわかる。だが、それだけではなかった。少女に似合わない一本のナイフを両手に握りしめていた。そして、その目は真っすぐに吸血鬼を睨みつけていた。

 

 

 「おとうさんとおかあさんの……かたき!」

 

 

 少女は自分よりも少し大きい吸血鬼に向かって走り出し、その心臓にナイフを突き立てようとした。しかし、吸血鬼は軽い動作で避けて、少女の足を引っかけて転ばせた。土でますます汚れた体を気にも留めずに再び立ち上がりナイフを構える。その両手に更に力が入り、吸血鬼を逃がさんと睨み続けている……相当恨まれていることが見て取れる。

 

 

 吸血鬼は興味なさげに質問する。

 

 

 「私に用かしら?おチビちゃん?」

 

 「おまえもチビだろ!あくま!」

 

 「うぐっ!?」

 

 

 少女の殺気よりも吸血鬼の心に突き刺さった。少女にチビと言われる始末……吸血鬼と少女の身長差は吸血鬼の方が少しだけ高い。実はこの吸血鬼はもしかしたら自分はこのまま歳をとってもずっと身長が上がらないのでは?そんな思いがあったためか少女の言葉に傷ついた。少しめまいがしたところを少女は再び走り出し、吸血鬼の心臓に今度こそナイフを突き立てようとする。

 

 

 突如として目が光った。夜の道で二つの瞳が少女を睨んだ。少女はその瞳を見た瞬間、ナイフを握りしめたまま固まってしまった。足が震え、歯がカタカタと音を出し、瞳から自然と涙が溢れてくる。吸血鬼が少女を睨みつけていた……真っ赤な瞳が少女の恐怖を駆り立て、吸血鬼としての恐怖を植え付けた。

 

 

 「あら?どうしたのかしらお嬢ちゃん……そういえば、今宵はこんなに月が綺麗よね」

 

 

 震えて固まった少女の前に立ったまま空を見上げると雲一つない満月が広がっていた。

 

 

 「ねぇ、お嬢ちゃん……こんなに月が綺麗なら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「楽しい夜になりそうね♪」

 

 「ひっ!?」

 

 

 吸血鬼の放った言葉は彼女を押しつぶさんとする。恐怖に染まった体を更に追い打ちをかける言葉……少女を脅して帰ってもらうのが狙いだった。今まで吸血鬼であるという理由だけで命を狙われた。屈強な男達、神父に卑劣な手段を使う貴族までいたが皆返り討ちにした。その者達がどうなったか……吸血鬼に歯向かった者の末路など誰もが知っている。その中にこの少女の両親も含まれていたのだろうか……そう思った吸血鬼は情けをかけることにした。自分にもこれぐらいの妹がいたから余計に情けをかけることとなった。脅せば帰ってくれると思っていた。

 

 

 ザクッ!

 

 

 痛みを感じた。予想だにしていないものだった。この吸血鬼は同じ吸血鬼の中でも相当強い実力者であった。彼女が出す殺気に耐えられる人間はほとんどいない。それも10歳にも満たなさそうな少女が耐えられるわけはなかった。本来ならばそのはずだった。

 痛みを感じた場所を見て見ると胸にナイフが刺さっていた。そこから血が流れていた。刺したのは恐怖に支配されいるはずの少女だった。今まで脅すことで命を狙ってきた者達を少なからず逃がしていた。誰もが恐れをなして惨めに逃げ去っていた。目の前の少女は怯えながらもしっかりとこちらを睨んでいた。涙で顔がぐちゃぐちゃになりながらも震える足で立っていた。大の大人が惨めに逃げ去ったのに少女は恐怖に耐えて復讐を果たそうとしていた。

 

 

 「……見事ね」

 

 

 呟いていた。勝手に口から出ていた……吸血鬼は少女の勇気を称えた。自分よりも小さく、ひ弱な存在である人間の子供が吸血鬼である自分に刃を突き立てたのだ。

 そんな勇気ある少女を先ほどよりも強い殺気を込めて睨み返した。流石に今度は少女も耐えられなかったようだ。小刻みに震えたのち、意識を手放しその場に倒れてしまった。

 

 

 「……本当に見事ね。今まで相手にしてきた人間はあなたのように勇気ある者ばかりではなかったわよ」

 

 

 胸に刺さったナイフを引き抜いた。幸いにも心臓を貫くことはなく、急所は外れていた。次第に傷は塞がっていき、元通りになった体を確かめながらこの場に倒れて気を失っている少女を見つめる。

 

 

 「……人間のくせによく私に傷つけたわね。そんな年端もいかない子供なのに……」

 

 

 倒れた少女を抱き上げた。背中から悪魔の羽が現れ、少女と共に満月の光が照らしだす空に向かって羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……ここは?」

 

 

 少女は目を覚ました。知らない天井だった……周りを見渡すと豪華な家具に装飾が施されていた。少女の見たこともない物まであった。とても高そうな物ばかりでお金持ちの家であることがわかった。しかし自分が何故ここにいることはわからなかった。少女の服装も小汚いはずの体も綺麗さっぱりになっていた。一体誰が?そう思っていたそんな時に扉が開かれた。

 

 

 「あら?お目覚めかしらお嬢ちゃん」

 

 「!?」

 

 

 少女の目に驚愕な者が映った。それは先ほど対峙していた自分が殺そうと思っていた人物……吸血鬼がそこにいたからだ。少女は豪華なベットから飛び起き、そこらに在った家具を手にして警戒する。恨みが込められた瞳が吸血鬼を睨む……だが、そんな少女とは対照的に吸血鬼はため息をついて少女の近くまで寄った。少女は更に警戒を増す……そして、椅子を持ち出して少女の前に置いた後そこへ座る。

 

 

 「お嬢ちゃん、お話しましょうか」

 

 

 何を言っているんだ?そんな顔だった。少女は吸血鬼が何を考えているかわからない。警戒心は更に増す一方だ。

 

 

 そんな時に場違いな音が響き渡る。

 

 

 グゥ~っという腹の音が……

 

 

 「あっ」

 

 

 少女は何も食べていなかった。聞こえたのは少女のお腹からだった。しばらく沈黙が支配するが、吸血鬼が急に笑い出した。面白おかしく笑う吸血鬼が自分の腹の虫を笑っているかと思うと少女は顔を赤く染めることになった。

 

 

 「あはははは!ごめんなさいね。あなた何も食べていないんじゃないかしら?」

 

 「そ、そんな……こと……」

 

 

 グゥ~!

 

 

 今度はさっきよりも大きく音がなった。何も食べていないことを体が肯定するように聞こえた。

 

 

 「……!」

 

 「誰でもお腹が減っていれば怒り気味になるのは仕方ない事よね。美鈴!彼女に食事の準備をして頂戴。話はそれからよ」

 

 

 美鈴と呼ばれた肉体がしっかりとしたメイド服姿の女性が現れた。彼女は慌てて料理を作ったのだろうと見た目が雑な食事だった。これには吸血鬼も頭を抱えていたし、メイド自身も「あはは……」っと笑うだけで誤魔化していた。それでも何日もろくにまともな食事をしていない少女にしてみたらご馳走が目の前に現れた。目も鼻も料理に釘付けになっていたが、頭の中で罠だと自分に言い聞かせていた。だが、体が言うことを聞いてくれない。料理に釘付けになった目は瞬きを忘れて視界から離さないし、鼻も匂いを嗅ぎ続けて止まらない。口から流れ出ている液体もその証拠だった。

 

 

 「見た目はこんなんだけど、味は美味しいわよ。食べなさい」

 

 

 吸血鬼の言葉に素直に従うところだった。握りしめて警戒していたのにいつの間にか手から家具が手放されていた。そして少女は用意された椅子に腰かけ、テーブルの料理に手を掛けようとしていた。

 我に返りすぐに手を引っ込めた。この料理には毒が入っているに違いないと言い聞かせていた。これを食べてしまえば自分は死んでしまうと……それでも体は欲していた。久しぶりの食事を……目の前にある美味しそうな料理を求めていた。

 そんな少女に痺れをきらした吸血鬼がスプーンを手に取った。

 

 

 「毒なんか入っていないわよ。はい、あ~んして」

 

 「あっ……あん!」

 

 

 少女は欲には逆らえなかった。吸血鬼から差し出されたスプーンに乗った柔らかい美味しそうな名前も知らない物体が少女の口に運ばれた。ひと噛みすると甘い優しい食感が口の中に広がる……少女は天国でも見ている気分になった。それが少女の枷を外していった。少女は吸血鬼もメイドの視線も無視して食べ進めた。用意されたナイフもスプーンもフォークも使わずに手で次から次へと口に運んでいく。止まらない……どんどんと口に頬張り喉が詰まっても止めることはできなかった。美味しくて、今の自分が情けなくて涙が溢れ出ているけどそれでも決して止まることはなかった。数分後、テーブルに並べられた料理は米粒一つも残さずに少女の胃袋に収まった。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「ほらほら、なんて顔しているのよ。こっちに来なさい」

 

 

 吸血鬼は少女を抱き寄せてハンカチでグチャグチャになった顔を拭いてあげた。少女は初め抵抗しようかと思ったが、優しく拭いてくれる手に温かみを感じた。

 

 

 「これでもういいわよ。それじゃ、お話をしましょうか」

 

 「……どうして……わたしをたすけた?」

 

 

 少女には疑問だった。ナイフを胸に突き立てて吸血鬼を殺そうとしたのは少女だ。そんな自分を何故助けるのか?何故料理まで用意したのか?少女にとって訳がわからなかった。

 

 

 吸血鬼は語る。少女のような勇気ある者は今まで少なからず見てきたが、子供で年端もいかない少女が恐怖に屈せずにナイフを突き立てたことがこの吸血鬼の興味を誘ったのだ。この吸血鬼は変わり者であった。種族問わず才能のなるものは()り立ててきた。それに少女が命を狙う理由を知りたかった。

 少女は憎らしく吸血鬼を恨んでいた。少女の両親は吸血鬼に無残に殺されてしまった。それからの人生は落ちていった。毎日探し回った。両親を殺した吸血鬼を……そして、ようやく見つけた吸血鬼を殺すべくあの場に現れたのだ。しかしこの吸血鬼の方には全く身に覚えのないことであった。ここ数年間は人目に触れずに生活していたために人間と対面したことがなかった。それを少女に伝えたが認めようとしない……当然と言えば当然だ。

 

 

 「うそだ!おとうさんとおかあさんは吸血鬼にころされたんだ!」

 

 「私じゃないって……それ本当に私だったの?」

 

 「すがたはみていない……でも吸血鬼なんておまえしかいないだろ!」

 

 「いや、私だけが吸血鬼しているわけじゃないのよ?私の妹だって吸血鬼だけど、他にも吸血鬼はゴロゴロいるわよ?ねぇ、美鈴?」

 

 「そうですよ。お嬢様以外にも西の方にも吸血鬼の貴族がいるのは知っています。南にも北にも、それに海を渡った向こう側にも吸血鬼によく似た種族がいるみたいですよ?」

 

 「そ、そんな……うそつくな!」

 

 「嘘じゃないわよ」

 

 

 少女は知らなかった。吸血鬼が単一種族だと思っていた。目の前にいる吸血鬼が自分の両親を殺した張本人だと思っていた。しかしどこかそれが崩壊したようだった。少女が感じたのは嘘をついて騙そうとしている偽りのものではない、紛れもない本物の温もりだった。少女は知っている……両親が自分に向けて愛情を注いでいてくれた温もりと同じものだった。それをこの吸血鬼から感じてしまっていた。少女は頭の中で否定し続けるが、認めてしまっている自分がいた。この吸血鬼は両親を殺していないと……

 

 

 「うそ……うそだ……うそよ……!」

 

 

 少女は泣き崩れてしまった。長い間探し求めていた相手は吸血鬼であったが、両親を殺した吸血鬼でなかったこと、自分は吸血鬼を恨んでいたのにこの吸血鬼に安心してしまったこと……よくわからない感情が少女の思考を狂わせる。

 美鈴と呼ばれたメイドはどうしていいかわからずにオロオロしてしまう。そんな時に少女を抱きしめる存在がいた。

 

 

 「……えっ?」

 

 

 少女を抱きしめたのは吸血鬼だった。吸血鬼はただ少女を撫で耳元で囁く。

 

 

 「大丈夫よ、何もかも吐き出しなさい。ここにあなたを笑う者なんていやしないから」

 

 

 優しく語り掛けられた少女の中で何かが起こった。瞳から溢れ出てくる涙は止まることなく、声を荒げて泣き叫ぶ。今までため込んでいたものを全部吐き出すように……泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どう?落ち着いた?」

 

 「ぐすっ……うん……」

 

 「そう、よかったわ。ところであなたのお名前は?」

 

 「なまえ……」

 

 

 少女は感情を爆発させた。重みがなくなった少女の顔は付き物がなくなっていた。そんな時に名を聞かれた少女は折角付き物のなくなった顔に困惑した表情が宿った。

 

 

 「どうしたのかしら?」

 

 「さぁ……どうしたのでしょうか?」

 

 

 少女は口ごもる。吸血鬼もメイドもどうしたものかと様子を窺う。やがて少女がボソリと呟く。

 

 

 「わたし……なまえを……わすれちゃって……」

 

 「え?自分の名前を?」

 

 「……うん……」

 

 

 吸血鬼とメイドは顔を見合わせた。辛い人生が彼女の名前を奪って行ったようだった。少女は何度も答えを出そうとするが、それでも出てこなかった。名前はその者を表す証である……その証を失った少女は自分を示すものが無いということだ。哀れ……そう思う。しかし吸血鬼は哀れと思うよりいいことを思いついた。

 

 

 「なら、私が新しい名前をプレゼントするわ。そして、あなたは私の従者として新たな人生を踏み出すのよ!」

 

 

 吸血鬼の言った言葉の意味を初めは理解できなかった。名前をプレゼント?従者?何を言っているの?少女は思った。それでも吸血鬼は構わずに話を進めていく。

 

 

 「そうね……あなたにピッタリな名前がいいわね……美鈴何かいい名前ない?」

 

 「ええ!?いきなり言われても……そ、そうだ!髪が銀色で女の子なんですから、銀子なんて名前どうです?」

 

 「ネーミングセンス0ね……」

 

 「お嬢様に言われたくありませんよ!」

 

 「なんですって!?私のネーミングセンス最高でしょ!!」

 

 

 少女を無視して言い争いに発展していた。だが、その光景はとても見ていて心温まる感じがした。少女は昔を思い出す……両親と仲良くお出かけしたり、食事をしたあの時の記憶が……そして少女は目の前の光景がおかしいのか笑ってしまった。

 

 

 「私のネーミングセンス馬鹿にするんじゃないわよ!って、どうかしたのかしら?」

 

 「あっ!いえ……なんだか……なかがいいなって……おもっちゃって……」

 

 「……そう……あっ!いい名前が思いついたわ!」

 

 

 急に吸血鬼はそう言うと窓の方へ向かって行った。メイドも少女も見つめる中でこう言った。

 

 

 「十六夜咲夜、あなたにピッタリの名前よ」

 

 「いざよい……さくや……」

 

 

 「十六夜」とは十五夜の次の日のことであり、「咲夜」は書き換えれば「昨夜」となり、十六夜咲夜は満月を指していることになる。

 吸血鬼と出会ったのが満月の日、そして満月の元で名前を与える……まさに彼女にピッタリの名前であった。そのことに珍しくメイドは感心していた。

 

 

 「お嬢様には珍しくまともなネーミングですね!」

 

 「美鈴、血を見たいのかしら?」

 

 「それは勘弁してください!」

 

 「いざよい……さくや……」

 

 

 何度も新しく与えられた名前を口にする。これから自分を表す証となる名前を……

 

 

 「咲夜、どうかしら?私に仕える気になった?」

 

 「……うん、あっ!いえ……はい!わたし、十六夜咲夜はあなたのじゅうしゃになります!」

 

 

 元気よく答えた少女の回答に気分を良くする吸血鬼。しかし少女にはまだ知らないことがあった。

 

 

 「あの……メイドさんとおじょうさまのなまえ……」

 

 「あっ、そうだったわね。私としたことが忘れていたわ」

 

 「私は紅美鈴といいます。これからよろしくお願いしますね咲夜ちゃん」

 

 「うん……じゃなかった。はい!」

 

 「はわわ……!」

 

 

 美鈴は咲夜の笑顔の可愛さに抱きしめたくなった。小動物をぎゅってしたい衝動に駆られる美鈴を制する吸血鬼は今度は自分の番だと言うように咲夜の前に堂々と立った。

 

 

 「私はこの紅魔館の主であり、吸血鬼レミリア・スカーレットよ。これから私のお世話よろしく頼むわね咲夜」

 

 「はい!おじょうさま!」

 

 

 こうして十六夜咲夜は生まれたのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 懐かしい……私がレミリアお嬢様を仇だと思っていた頃の記憶ね。美鈴もメイドだった頃……この後の記憶も鮮明に思い出せる。パチュリー様に挨拶に行って見たこともないほど大きな図書館を目にした時は何も言えなかった。ただ凄いとだけしか思えなかった。あれから色々なことを経験したわね……

 

 

 咲夜は思い出していた。自分がレミリアと初めて会った記憶のこと、紅魔館でメイドとして働き始めたこと、どんどんと成長していく自分の姿を思い返していた。

 

 

 初めは失敗だらけで、あの美鈴にも劣っていたのよね……でもいつの間にか美鈴よりも私の紅茶の方がおいしくできるようになり、お嬢様がおいしいって言ってくれた時は本当に嬉しかった。美鈴が落ち込んでいたのも良く覚えている。初めの頃はよくパチュリー様にご本を読んでほしいとおねだりした自分の幼さも今となっては懐かしいことですね。そして、しばらく働いていて妹様の存在を知った時は妹様に何度も会いに行こうとしましたけど、お嬢様がそれを許してくれませんでした。でも、一度だけ内緒で妹様に会いに行きました。妹様はその時は問題を抱えていました。精神が不安定で、力の制御もできない。簡単に壊してしまう……けれど私は壊れなかった。何度か私を壊そうとした妹様、でも良心が残っていたのか、私を追い出すように怒った妹様……妹様にもまだ心が残っていると私は感じました。

 

 

 そして幻想郷へ私達はやってきました。そこはまさしく楽園でした。人間も妖怪も存在し、忘れ去られた者達の最後の楽園……妹様のためにお嬢様は異変を起こしました。結果は私達の惨敗でしたが、それがきっかけで妹様は外に興味を持ち、友達ができ、時々お嬢様と喧嘩し、今では精神も安定して力の使い方も慣れ始めていました。このままお嬢様も妹様のことを優しく見守ることにしたのです。私もこれから支えようと思います。それでも、何故妹様を地下に閉じ込めておく必要があったのか……お嬢様は答えてくれませんでした。妹様も自分が何故地下に閉じこもっているのか忘れているようでした……一体お二人に何があったのかわかりませんが、これから幸せな日々を送って行けるのなら私は何も聞かないようにしていました。

 

 

 そんな幸せを掴もうとしている時にある出来事が起こった。レミリアの様子が日に日におかしくなっていった、誰にも会いたがらず、ぶつぶつと何かを呟く姿に不安を覚える咲夜……大丈夫だと言うレミリア。そんな不安を日々感じている時にあの通達があった。「幻想郷を支配する」これは何かの間違いだとレミリアの元に急ぐ咲夜。レミリアに言われた「何があっても会いに来るな」と言われたいたことに背いてまでレミリアの寝室まで出向いたときに聞いてしまった。

 

 

 「ククク……もうすぐだ……もうすぐこの肉体は……私のもの……!」

 

 

 中にはお嬢様以外誰もいないはず……それにこの声はお嬢様!?一体どういうことなのですか!?

 

 

 咲夜は扉を開け放った。そして咲夜は見てしまった。

 

 

 「ククク……見たなメイド……残念ながらこの肉体は私の物だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この私の名は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はっ!?」

 

 「咲夜大丈夫!?」

 

 「あれチルノ……ここは……?」

 

 

 咲夜は目を覚ます。チルノが心配そうにのぞき込む。咲夜はチルノのおかげで正気を取り戻した。

 咲夜は周りを見渡すと図書館にいた。毛布に包まる魔理沙を発見する。そして咲夜は思い出した。そして自分はなんてことをしてしまったのかと後悔した。操られたとしてもその時の記憶は残っていた。魔理沙にしてしまったこと、そしてレミリアを止めることができなかった不甲斐なさに悔し涙が流れる。

 

 

 「咲夜、気分はどうだ?」

 

 「あ、あなたは……?」

 

 「私は比那名居天子、天界に住む天人くずれだ」

 

 

 そうだ。この方の命を奪えとお嬢様に……違う!あれはお嬢様ではない!

 

 

 咲夜は天子達に構わず、急いでレミリアの元へ向こうとしたが、体が自由に動かない。どれぐらい気を失っていたのかわからないが、体が冷え切っていた。魔理沙も毛布の中から動こうとしない。それでも咲夜は行かなければならなかった。吸血鬼を止めるために!

 

 

 「申し訳ありません天子様。命を狙っておきながら失礼でありますが、私は行かなければならないところがあるのです!」

 

 「レミリアだな」

 

 「はい……いえ!あれはレミリアお嬢様ですが、お嬢様ではないのです!」

 

 「どういうこと?」

 

 

 チルノには話が見えてこない。だが、天子は何か感じ取った。

 

 

 「……わかった。咲夜も連れて行こう」

 

 「つ、つれていくなら……わ、わたしも……つれていって……くれ……!

 

 

 凍える魔理沙の精一杯の言葉だった。氷のだるまとなって放っておかれた魔理沙はチルノを睨むが、何もわからないチルノは頭に?マークを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様!」

 

 「天子殿!」

 

 「二人共無事だったか!」

 

 

 天子に背負われている咲夜を見て一瞬顔をしかめる二人だが、彼女の真剣な眼差しが今の状況を物語っていた。ちなみに魔理沙は小さな荷台に乗せられチルノが引っ張っている。

 

 

 「君が魔理沙か?一体どうしたのですか?何やら凍えているようだが……?」

 

 「いやぁ……これは事故だ」

 

 

 天子は言いにくそうにしていた。まさかチルノが放ってしまったせいで魔理沙が凍死しそうになっていたことは内緒だ。それよりも今は早くレミリアの元へ行くことが先だ。

 

 

 「お願いします天子様!お嬢様の元へ早く!」

 

 

 無理を承知でお願いです。私はレミリアお嬢様を……あいつを止めなくてはいけないのです!

 

 

 真剣な剣幕に衣玖と神子も状況を理解して共に移動する。その間にお互いに情報交換しておいた。美鈴は縛り上げているので問題はない様子だ。パチュリーもアリスが見ていることを伝える。生憎だが小悪魔のことは天子達は知らない。でも、彼らが知らない所でぐっすりと眠っていた。

 

 

 咲夜は小悪魔の事と妖精メイド達のことが気になったが、自分は向かうべきところがあった。命を狙った天子にお願いしてまで向かわなければならなかったのだ。今回の異変を起こした黒幕の元へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通の扉とは一回りも二回りも大きい扉の前にやってきた。真紅色の扉……如何にもラスボスが居そうな扉だった。おそらくレミリアの趣味だろう。至る所に蝙蝠が描かれていた。

 

 

 「この先にレミリアがいるのだな?」

 

 「はい天子様、そしてあいつも……」

 

 「あいつ?」

 

 

 咲夜の言葉が引っかかった。まるでレミリア以外にもう一人そこにいるのがわかっているかのように……

 

 

 天子達は扉を開けた。するとそこには見知った顔がいた。

 

 

 博麗霊夢と射命丸文にフランドール・スカーレット……そして……!

 

 

 「メイド……洗脳が解けたか。それと貴様が比那名居天子か……やはり貴様は私の邪魔になる存在だな!」

 

 「あやや!天子さんに皆さんも!?」

 

 

 レミリア・スカーレットが咲夜と天子を睨む。そして、霊夢と対峙していたのはフランだ。フランの目には咲夜と同じように光など一切灯っていなかった。

 

 

 「フラン!?レミリアお前フランに何したんだ!」

 

 

 チルノは怒りを露わにした。友達がこんな目にあって黙っているなどチルノにはできなかった。

 

 

 「あいつは……フランに……飲ませた……飲ませた相手を……服従させる液体とか……

 

 「魔理沙しっかりしなさいよ!」

 

 

 凍えながら精一杯答えた魔理沙を心配して駆け寄る霊夢。魔理沙の胸には包帯で巻かれていたが傷つけられている証拠があった。

 

 

 「悪い……霊夢……私は……パチュリーの話を……聞いて……居ても立っても……居られなくなって……

 

 「あんた馬鹿ね。いつも一人で突っ走るんだから……」

 

 

 魔理沙の様子を見て安心する。だが、静かに怒っている……霊夢の瞳はレミリアを捉えていた。

 

 

 「待って霊夢!あれはお嬢様ではないの!」

 

 

 そう、あれはお嬢様であってお嬢様ではない。体はお嬢様の物でも中身が違う。私はあの時見た……お嬢様に宿るもう一つの影の男を……あいつの名を!

 

 

 「あやや!?それはどういうことですか?」

 

 

 咲夜は天子から降り、おぼつかない足取りで天子達の前に出ると言い放った。

 

 

 「お嬢様達を……レミリアお嬢様と妹様を返してください……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スカーレット卿!」

 

 

 予想もしていないことが起きようとしていた。

 

 



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27話 偽りの家族

シリアス増しですので注意です。


それでもいいZeという方は……


本編どうぞ!




 「スカーレット卿!」

 

 

 咲夜が言い放った言葉は予想を遥かに超えるものであった。

 

 

 今回の紅い霧の異変、咲夜達が傀儡のように成り果ててパチュリーや天子達を襲ったのも全てはレミリアがやったことではなく、その父親であるスカーレット卿によって仕組まれたものであった。

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”え”!!?

 

 

 ちょ!?私も咲夜の様子から何かあるなとは思っていたけど……予想外過ぎました!!スカーレット卿ってレミリアとフランの父親らしい……二人の父親が異変の黒幕だったの!?私は東方好きでゲームも漫画も呼んだけれどこれは予想だにしていませんでした。咲夜が言うにはレミリアの体を使っているってことよね?でも何故自分の娘であるレミリアの体を使ってまだその体に宿っているのかしら………それに今までの咲夜や美鈴の状態、現在のフランの様子から察するに何やら良からぬことがあるに決まっている。それか何か理由があるのか?そうでなければこんなことはしないはず……理由を聞きたい。けれど、聞いてしまえばこのスカーレット卿のことを許しておけない気がする……

 

 

 咲夜達やフランをこんな目に何故合わせる必要があったのか、それを問いただしたい気持ちが大きかった。

 

 

 天子の気持ちを代表するかのようにチルノが問いただす。

 

 

 「やい!レミリアの父ちゃんは何でフランにこんなことをした!咲夜もおかしくなっていたんだぞ!」

 

 「ク……ククク………クハハハハハハハ!!!」

 

 

 スカーレット卿はレミリアの姿で大笑いした。

 

 

 「クハハハハハ!バカな妖精だ。そんなこともわからないのかぁ?」

 

 「なんだとー!」

 

 

 スカーレット卿はチルノから順に見渡していく。妖精、烏天狗、竜宮の使い、仙人、博麗の巫女、魔法使い、メイド……そして天人を見比べた。そして床に散らばったゴミにうんざりするように言った。

 

 

 「道具だからだ」

 

 「道具……とはどういうことですか?」

 

 

 衣玖はスカーレット卿が何を言っているかわからない……否、わかってしまいたくないと思った。スカーレット卿から出た言葉の意味を理解してしまうと二人の吸血鬼の悲しい泣き声を聞いてしまうような気がしたから。

 だが、衣玖は理由を知りたいと質問してしまった。答えを要求した……その答えがわかっていたとしても、衣玖の勘違いであることを望むように小さな希望を持って聞いた……

 

 

 「私のために力を使い、私のために生き、そして死ぬ……それが道具という奴だ。父親である私のためにこき使われて、私が不要だと思ったら自ら望んで捨てられる。私のために己が犠牲になること、それこそが子供には必要であり、親孝行というものではないのかね?」

 

 

 小さな希望はそこにはなかった。道具……言葉通りの意味だった。子供であるレミリアとフランは使われた……道具のように、それがあたかも当然のようなものだとスカーレット卿は語ったのだ。

 

 

 「道具を使って何が悪い?寧ろフランのような出来損ないを飼ってやっている私を褒めてほしいものだよ」

 

 「出来損ない?飼っているだって?」

 

 

 神子にとっては聞き捨てならない言葉だ。彼女も己の野望のために過ちを犯そうとした。それは人々のことを思ってのことだったが、目の前にいる吸血鬼はどうだ?まるで自分以外の者をただの物として見ていないようだった……フランを出来損ないと言うのはどういうことか?彼女が何をしたというのだ……神子の震える拳に力が入る。

 

 

 「ククク……面白い事を教えてやろう。フランが精神的に異常が見られるのはメイドは知っているな?」

 

 「え、ええ……」

 

 「ククク……元々フランは正常だったのだよ。だが、ある事が起こって気が病んでしまったのだよ」

 

 「ど、どういうことですか!?」

 

 

 咲夜は黙っていられなかった。咲夜はフランが精神的に問題があるからという理由で地下に閉じ込められていると解釈していた。レミリアもそのことには語ろうとはしなかった。咲夜はその詳細を知らないため、知りたかった。咲夜がフランに会った時は異常性が見えていても少なからず良心が残っていた様子だったが、元々フラン事態に精神的異常などなかったとスカーレット卿は言ったのだ。一体何がフランを変えてしまったのかということを咲夜はどうしても知りたかったのだ。

 

 

 私が原作で知っているのは、フランはゲーム上では少なくとも495年以上生きているが、少々気がふれているという設定があった。けど、スカーレット卿が言うには元々は普通の吸血鬼の女の子であったと言った。だが、とある原因があってフランの精神がふれてしまったと語った。

 

 

 悪魔の口からぼそりと真実が語られる……

 

 

 ------------------

 

 

 真っ赤に染まった絨毯(じゅうたん)の上に転がる肉塊があった。原型を留めていないただの肉塊だったはずだ。しかし、とても醜悪な臭いが漂ってくる……そこから流れる赤い液体が絨毯(じゅうたん)を赤に染めていたのだ。

 

 

 扉の前でその光景を見つめる一人の少女……まだ幼く背も小さい子供、宝石がぶら下がった変わった羽を生やして小さな牙を見せていた。その少女は肉塊を唖然と見つめているしかできなかった。

 

 

 少女は幼いが、ちゃんと言葉も理解できたし、話すこともできた。でも頭が理解したくなかった。理解したらどうにかなりそうだったから……少女の目の前にはいつも笑顔で食事をして、楽しく話していた見知った顔だったもの肉塊を視界から外すことができなかった。

 

 

 フランドール・スカーレットはその肉塊を見つめていた。

 

 

 「お……かあ……さま……?」

 

 

 目の前に広がっている光景を受け入れることができない。フランはその肉塊を見つけていたが、その瞳には驚愕と動揺が現れている。絵本を読み聞かせてくれたり、時に厳しく当たるが優しい母の変わり果てた姿が転がっていた。その前に血まみれの姿で立っている一人の男……スカーレット家に嫁いできた父親……スカーレット卿の姿だった。

 

 

 「遂にやったぞ!これでこのスカーレット家は私の思うがままだ!クハハハハハ!!!」

 

 

 そこにはいつもの父親はいなかった。吸血鬼のフランから見ても恐怖を感じるほどである。狂ったように笑い続けたスカーレット卿は不意に笑うのを止めてフランを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館で4人家族で暮らしていた父親と母親、レミリアとフランだったが、今日は特別な日になる予定だ。フランの誕生日を祝う日なのだ。

 スカーレットは母方の名であり、婿入りという形で父親はスカーレット家に嫁いできた珍しい例だ。吸血鬼の当主は男性がほとんどで、女性の当主に婿入りするなど恥さらしだと多くの吸血鬼は偏見を持っている。しかし、レミリアとフランの父親は喜んでスカーレット家に嫁いできた。初めは多くの反対意見もあったが、二人は結ばれ結婚し、二人の子供を授かった。レミリアとフランが生まれ、楽しい生活を送る人生が待っていることに疑いようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのはずだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランは目が覚めた。誕生日パーティーを思う存分楽しんでいつの間にか眠ってしまっていたらしい。不意に目が覚めてトイレに行こうとベットから出た。隣で眠っていたレミリアが瞳を薄っすらと開ける。

 

 

 「むにゃ……どこいくの……フラン……?」

 

 「……おトイレ……」

 

 

 二人共眠たそうにそれだけ会話してフランは部屋を出て行った。楽しくていつもよりも大騒ぎした誕生日パーティーで遊び疲れてしまったレミリアは睡魔に負けて瞳を閉じる。

 

 

 紅魔館は広いくせにメイドも執事も雇っていなかった。それは両親が家族の時間を大切にしたいという思いから誰も雇う気はなかった。

 そんな静かな紅魔館をフランは一人で歩いていると耳に届いて来た。とても小さな音だが何かが割れるような音が耳に届いたのだ。吸血鬼は目も耳も人間の何倍もよかったために聞こえてきてしまった音に、幼いフランにとっては興味を惹いてしまうには十分な音であった。フランはその音の元へ歩いて行ってしまう。

 

 

 フランは小さな体で音が聞こえてきた方向へと向かう。向かっている途中でも何度か音を聞いた。ますます音の正体が気になって興味をそそられた。聞こえてくる音が段々と大きく聞こえてくるようになる。そして、その音はピタリと止んだ。だが、既にフランはその音の出所についてしまった。

 音の出所は両親の部屋からだった。大好きな父親と母親の姿が思い起こされる。幼いフランは布団にもぐり込んで両親を驚かせようと悪戯心で扉に手をかけて開いてしまった。扉の先には絶望が待っていることも知らずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開けた瞬間に鼻につく醜悪な臭いを嗅いだ。フランは咄嗟に手でその臭いを防ごうとした。その時に目に飛び込んできた。真っ赤な衣装が更に染みついた液体によって、赤黒く変色した色になった衣装に身を包む父親の前に、真っ赤に染まった肉塊……その肉塊には顔があった。よく知っている……先ほどまで一緒に誕生日パーティーを祝い、共に食事をし、絵本を読み聞かせてくれて、楽しく家族の時間を過ごした優しい母の顔にそっくりだった。

 

 

 「お……おとう……さま……?お……かあ……さま?」

 

 

 目の前に広がっている光景を受け入れることができない。フランはその肉塊を見つけていたが、その瞳には驚愕と動揺が現れていた。肉塊がフランを見つめている……大好きな母の顔をして……

 

 

 「フラン……ダメじゃないか。勝手に入って来たら……パパは悲しいぞ」

 

 

 フランの頭は現状に追いつけない……フランには何がなんだかわからなかった。目の前にいるのはよく知っている父……だけどいつもの優しい父ではなく、冷たくこちらを睨みつける瞳……変わり果てた母の姿……フランの頭はパニックに陥っていた。フランは立っていることがままならず膝から崩れ落ちた。ゆっくりと近づいてくる父はピタリと止まり、力無く座り込んでいるフランに手をのばす。

 

 

 「フラン……悪い子にはお仕置きしないといけないね……!」

 

 

 フランの頭を掴む。ゆっくり……ゆっくりと掴んだ手に力が入る。

 

 

 「いたい……いたいよ!おとうさま!!」

 

 

 痛みがフランを現実に留まらせた。離してくれない父の手に必死に懇願するがそれでも力を緩めてくれない。次第に骨が軋む音が聞こえてくる。

 

 

 「いたいいたい!いたいよ!!やめてー!!!」

 

 

 掴まれたフランの体が宙に浮く。痛みに耐えられずにジタバタと暴れだし、痛みで目から涙が流れ声は悲鳴へと変わり混乱する。暗い部屋に浮かぶ闇に隠れた微笑が時より外から差し込む満月の光によって照らし出される。映し出された顔はいつもの優しい父親などの面影は一切存在しなかった。

 娘の苦しむ姿を実に愉快そうに見つめるその瞳は喜びと憎悪に支配されていた。

 

 

 「私を父と呼ぶな出来損ない!お前の中に私の偉大な血が流れていると思うと吐き気がするわ!」

 

 

 怒りに叫ぶ父の声……変わり果てた母の姿……誕生日を共に祝い楽しい一日が過ぎていくはずだった。なのになんだこれは?地獄を見ているのか?夢の中ならこれは悪夢だ。そうだ……これはきっと悪い夢なのだ!そう思いたかった。これが夢ならフランはどれほど幸せだっただろうか……だが、現実は時として非情なものを突き付ける。

 

 

 フランはこれが夢じゃないことを知っている。痛みを感じているし、現実なんだと意識がはっきりと主張している。彼女の瞳に涙が流れている……先ほどまで痛みで流した涙ではなくなっていた。

 

 

 絶望……流れる涙の色は赤色に染まってしまっていた。

 

 

 「死ね」

 

 

 父の手がフランの頭を握りつぶさんとした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴトリ……

 

 

 フランは床に落とされた。尻もちをついた傍に腕が落ちた。フランを掴み上げていた父の腕が床に転がった。フランは顔を上げるとそこには片腕が無くなっている父親が睨みつける存在……姉のレミリアが扉の前にいた。

 

 

 「レミリアー!!貴様だれに向かって何をしたかわかっているのか!?」

 

 

 壁にはレミリアが放った槍……グングニルが刺さっていた。レミリアの槍が父親の腕を切り裂いたのだ。グングニルを放った本人は状況を把握できていない。しかし、フランが今まさに命の危機に瀕していた時に冷静でいられなかった。それが例え大好きな父親であったとして姉である自分が守らなければならないと行動していた。

 

 

 「お父様!フランに酷い事しないで!どうしちゃったの!?」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアは嫌な予感がした。フランがトイレに行った後、フランが死ぬ夢を見た。傍には大好きな母親の変わり果てた姿があったのを憶えている……そして二人を殺したのは自分の父親だった……そんな怖い夢を見た。布団から飛び起きて体から流れ出た嫌な汗を拭う。呼吸が荒く、心臓の鼓動が収まらない。ゆっくりと深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。次第に気分は落ち着きを取り戻し、隣を見るとまだフランが戻って来ていなかった。心配になってフランの様子を見に行こうと部屋を出た。そして歩いている時に聞こえてきた。

 

 

 妹の悲鳴が聞こえた。レミリアの夢が正夢(まさゆめ)になってしまうのではないかという恐怖に駆られる。レミリアは幼い体を動かして走り出す。扉を開けて目に入って来たのは夢と同じ光景だった。夢で見た母親の姿、フランが命を狩り取られようとしている。その命を奪おうとしているのは自分の父親……その瞬間、体が勝手に動いていた。グングニルを父親の腕に向けて振りかぶった。大好きな父親の腕をグングニルが切り裂き壁に突き刺さる。

 

 

 レミリアは信じたくなかった。悪夢……それが目の前に広がっていた。フランを殺そうとした父親、その傍で変わり果てた母親の姿、大好きだったはずの父親の腕を切り裂いたレミリア……まだ幼い姉妹には辛すぎる現実が待っていた。

 

 

 「お父様!どこか具合が悪いの!?」

 

 

 だが、レミリアは諦めていなかった。母親は父親に殺された……それは自身の意思ではなく、どこの誰かもわからない愚か者が父親を操っているのだと……そう思いたかった。そう願っていたし、そうじゃなくてはいけないと決めていた。

 

 

 「大丈夫よお父様!私がお父様を操っている奴を殺してあげるわ!!」

 

 

 自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。きっと父親は操られている……そうに決まっていると!

 

 

 「操られていると……?ククク……クハハハハハ!!!」

 

 「お、おとう……さま……?」

 

 

 赤に染まった部屋に高らかに響く笑い声……狂気に満ちた満面の笑みを浮かべる男……

 

 

 「私が操られているだと?馬鹿か貴様は?いや、馬鹿だったな。貴様らは自分達が愛されていると信じきってのうのうと生きてきたのだからな!私が貴様らのことを一片も愛していないことなど知らずにな!!」

 

 

 心臓を杭で打たれたような感触だった。実際に打たれたことはないレミリアだが、それほどの衝撃だった。操られていない?愛されていない?レミリアの瞳に動揺が走る。

 

 

 「まだわからないのか?ならば死ぬ前に教えておいてやるわ。何故私が、そこに転がっている肉塊と縁を結び、貴様らを生み出したのかを……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある所に一人の男がいた……その男は欲深かった

 

 

 男は名誉が欲しかった

 

 男は力が欲しかった

 

 男は快楽が欲しかった

 

 

 だが、男は残虐だった

 

 心もない非情だった

 

 平然と騙し命を奪うこともした

 

 

 男は楽しんでいた

 

 自分以外の者は全てクズだとゴミだと思っていた

 

 この世の全ては自分のためだけにあるものだと

 

 

 男は……最低な吸血鬼(バケモノ)だった……

 

 

 男は探した。己の欲を満たしてくれるものを……満足できるものが欲しかった。そんな時にある噂を耳にした。強く優しく美しい女である吸血鬼が当主を務めるスカーレット家の話を……

 男は興味を持った。探した……探して見つけた。美しさに(いろど)られた女がいた。男は満たしてくれるものを見つけた。だが、満たされる手段が見つからなかった……しかし、男は幸運を見つけてしまった。女が結婚していないこと、女の心は一人寂しく心細かったこと、スカーレット家の当主が女であることで同じ吸血鬼から白い目で見られていたことなど心の隙間が大きかった。スカーレット家はそこそこの名誉がある家柄だった。丁度いいと男は笑った。そして考えた……この女を手に入れたら名誉が手に入るし、女と結ばれれば権力が手に入るだけではない。もしかしたら力も手に入るのではないか?そう思った。

 

 

 男は……女を騙すことにした。

 

 

 初めは簡単に落ちるであろうとそう思って甘い言葉で落とそうとした。しかし思った以上に手強かった。気が強く力も持っていた。男はますます欲しくなった。長い時間をかけることにした。幸いにも吸血鬼には時間が山ほどあったから。時には花をあげた。時には宝石をあげた。それでも中々振り向いてくれなかった。何としても男は欲しかった。権力を力を名誉を!そこで男は自分が最も嫌がるものを演じることにした。

 

 

 優しい善良な吸血鬼を装うことにした。

 

 

 女に近づいた。何度も誘いを断られていたが、ある時に女が一人で外出するのを見計らい、女を狙ってやってきた妖怪から女を守ってやった。するとどうだろうか……女と男はそれ以来少しづつだが交流する回数が多くなった。次第に女は男に惚れて行った。だが、これも男が仕掛けた罠だった。妖怪は男が雇って女を襲われるところを救う……マッチポンプと言うやつだ。男が読んだ通り女は少しづつだが、男に心を開いていった。そして、女は気づく。自分はあの男のことが好きであることを……

 男は優しさという仮面をつけていた。仮面の下ではいつも女を(あざ)笑っていた。

 

 

 愚かな女だ

 

 馬鹿な女だ

 

 

 男の笑顔はいつも作り物であった。

 

 

 そして、女は男の告白を受け入れた。男はスカーレット家の名誉を手に入れた。男はスカーレット卿と呼ばれるようになった。だが、まだ手に入れてないものがあった。だから、男はここで止めるつもりはなかった……

 

 

 『ごっこ遊び』はまだ続いていた……

 

 

 男は結婚するとすぐに快楽を求めた。女は何も疑うことがなく応じた。肌と肌が重なり合い、(偽り)(はぐく)んだ。何度も求め合った。女は幸せであった。

 女は自身が女性であり、スカーレット家の当主になってしまった。それを良く思わない他の吸血鬼が女に嫌がらせをしていた。女は心苦しかった。周りに近づいて来る者達は皆、敵なのではないかと思ってしまっていた。そんな時に現れた一人の男、初めは他の吸血鬼と同じくスカーレット家の権力や遺産目当てに近づいて来たのだと思っていた。しかし、妖怪に襲われそうになった時に庇ってくれた。優しい微笑みで女を包み込む男、その男を愛してしまったことに気づいた。そして、その男と結婚し、愛し合った。これほどの幸せを女は自分如きが手に入れてよかったのかと嬉しく思ったが、女には更に嬉しいことが起きた。お腹の中に赤ん坊がいることを知った。大変喜んで自分が母親になったことを信じられないでいた。これから先は子育てに苦労しながら、大変だが幸せな生活を送れるものと疑うことはなかった。

 

 

 男は捨てようかと思っていた。名誉を手に入れ、快楽も手に入った。女は赤ん坊が宿ったことで喜んでいたが、男はつまらなかった。女に飽きてしまっていた。子供など邪魔になる害虫だと思っていた。いっそのこと女と共に子供も葬ってしまおうかと思っていたぐらいだった。しかし、男はまだ手に入れていないものがあった。まだ力が手に入っていなかったのだ。男は赤ん坊が宿る女の腹を触った時に感じとった……生まれてくる赤ん坊には強い力が宿っていることに。またまた男は幸運を見つけてしまった。男は閃いてしまう……成長した子供の力を奪って自分のものにしてしまおうと……

 

 

 赤ん坊の名前はレミリアと名付けた。女は赤ん坊が生まれたことに喜んでいたが、男はその赤ん坊が安定した力を宿していたことに大いに喜んだ。その力を奪い、自分に新たな力を授けてくれると期待していた。大切に育てた。壊れないように優しく愛情(偽り)を注いだ。男の力の餌食になどなることを知らないままレミリアはすくすくと育てられた。そんな時に、もう一人の赤ん坊が生まれた。男はまた期待していた。今度はレミリアよりも大きな力を宿した赤ん坊……名はフランとつけた。この二人は男にとって餌とあること意味していた。じっくりと味を出して、最高な状態で食す……そうすれば男は凄まじい力を手に入れることになるはずだった。しかし、フランは力がうまく制御できずにいた。何度やり方を教えても上手くいかなかった。男は我慢した……好きでもない子供に抱き着かれ、愛してもいない女を抱く……我慢して我慢した。だが、それでもフランは力を制御できなかった。どんなに最高な状態で出されたディナーでも一品の状態が悪ければ味が落ちてしまう……男は表情に出さないが、フランを道具から出来損ないの道具として見るようになった。

 

 

 そんな時に男は知られてしまった。レミリアとフランの力を手にするために用意してあった魔導書を母親が見つけてしまった。母親となった女は初めは何かの間違いだと自分の思い過ごしだと気に留めなかった。男を愛していたから……

 だが、違う日に知ってしまった。魔導書に書かれた術に必要な道具や薬に男が手を出していることを知る。偶々欲しい素材が同じものだと女は自分に言い聞かせた。

 またまた違う日に今度は見てしまった。愛する夫である男が地下で実験をしていることに……魔導書に書かれた術と同じことをしている光景を女は見てしまったのだ。それも一度ならまだいい……しかし何度も地下でその光景を見た。嫌な気分が女を支配した……不安も増していった。毎日同じベットで隣で寝る男の深淵を覗いているように思えて表情に出さないが女は不安に支配されてしまっていた。

 

 

 そんな時に女は聞いてしまった。それも最悪なタイミングで……フランの誕生日を祝ったその日にボソッと聞いてしまったのだ。愛する夫が娘達にそんなことしないと思っているので軽い気持ちで聞いてしまった。それがいけなかった……

 

 

 母親は殺された。男は知っていた。女が自分を疑っていることを……男は不愉快だった。計画を知られ、邪魔されたら男の今までの苦労がおしまいだ……

 

 

 男は残酷であった

 

 男は優しさの欠片もない

 

 男は他者を道具としてしか見ない

 

 

 男は鬱憤が溜まっていた

 

 男は女のことなど愛してもいなかった

 

 男は娘達など餌でしかなかった

 

 

 それ故に男は吸血鬼(バケモノ)だったのだ。

 

 

 だから邪魔となった女を殺した……男の姿は全てが偽りであった。男は何も思うことはなかった。何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『家族ごっこ遊び』というのをやっていただけなんだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……う……そ……」

 

 

 レミリアは父親から全て聞かされた。聞きたくないことばかりだった。全ては偽りだった……レミリアはいつの間にか瞳から流れ出た涙で汚れていた。

 

 

 「クハハハハハ!どうだ!?悔しいかレミリア!貴様なんぞ力のために生かしておいてあった道具にすぎんのだよ。あの女も馬鹿だった。そして貴様も馬鹿だ。愛されていると思い込んで、私に必死に駆け寄って『お父様抱っこして!』なんて言われた時は吐き気がして仕方なかったわ!」

 

 

 スカーレット卿は唾を吐いた。スカーレット卿にとってレミリアもフランも生き物ではなくただの道具なのだと吐き捨てたのだ。

 

 

 怒り、憎しみ、裏切り、混乱、絶望……一気にそれらがレミリアの中に渦を巻き、心を蝕もうとする。体が震え、口が何かを発しようとするが何も出てこず、拳は血が流れ出る程の力で握りしめる。闇の中に生きる吸血鬼が闇に支配されていく。狂気という闇に染まり初めていた。レミリアの脳は狂い、感情が乱れ、全てを破壊しようと動き出そうとした時に小さな声が聞こえてきた。

 

 

 「……ころ……やる……

 

 「……ん?」

 

 

 小さな声は次第に激しさを増す。

 

 

 「……ころし……や……ころ……して……やる……」

 

 

 その声がレミリアを狂気に染まりきるのを思いとどまらせた。

 

 

 「……フラン……!?」

 

 「ころして……やる……ころして……やる……ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――コロシテヤル!!!

 

 

 真紅の瞳に狂気が宿った瞬間だった。

 

 

 ------------------

 

 

 「それが原因でそこの出来損ないは狂ったというわけだ。やはり私が言った通り自分自身も制御することができない出来損ないだったと言うわけだクハハハハハ!!!」

 

 「クソ野郎が!!」

 

 

 魔理沙は体の凍えなど感じさせない怒りを含んだものだった。話を聞いていて胸糞悪いなんてものではなかった。そんな話を実に滑稽だと言わんばかりに語るスカーレット卿はまさに外道呼ぶに相応しいと感じさせた。

 

 

 「お嬢様達にこんな過去があっただなんて……しかし妹様にお前は殺されたはずなのでは!?」

 

 「ああ、メイドよ。私は確かにそこの出来損ないに殺された。だが、私が何の対策も用意していないと思っていたのか?」

 

 

 スカーレット卿は狂気に染まった暴走したフランによって破壊された。吸血鬼がいかに再生力が強大であったとしても死んでしまえば意味はない。しかし、現在はレミリアの姿でいるのはスカーレット卿だ。どうなっているのか……

 

 

 「私はな……レミリアに保険をかけておいたのだ」

 

 

 保険……スカーレット卿はフランが生まれる前にレミリアに一種の術を施した。自分の魂の一部を植え付けることで片方の命が尽きても、植え付けた魂によって蘇る術を保険としてレミリアにかけていたとそう語った。フランの力はスカーレット卿が想像しているよりも強かったために万が一を思っての保険だった。スカーレット卿はすぐにでも蘇りたかったが、()()()()が邪魔をした。

 

 

 それはレミリアの意思だった。目の前でフランが狂気に陥ったことで、幸いにも無意識のうちに自らの精神を安定化させ、レミリアは狂気に染まることはなかった。だが、フランは強いショックと絶望を味わって精神が歪んでしまった。レミリアは暴れまわったフランを落ち着かせ、疲れ果てて眠るフランの顔を覗き込むその小さな体で決意した。

 

 

 『私がフランを守らなければ!』

 

 

 その意思がスカーレット卿の魂を邪魔したのだ。スカーレット卿の魂は奥に追いやられてしまい出てこらなくなった。フランは記憶の一部を失っていた。幸いなことに母親と父親のことは忘れてしまったのだ。フラン自身の心が自分自身を守るために記憶を忘れさせたのだろう。しかし、精神に強い衝撃を受けてしまったフランは時々気が狂うことが多くなった。レミリアはフランに残酷な過去を思い出してほしくなかった。ましてや、自分の大好きだった父親に利用されていたなんて知りたくはないはずだろうと……暴走から周りの者やフランの心を守るために仕方ないとはいえ地下に幽閉することを決めた。誰にも語らずにレミリアは一人で罪の全てを背負い込むことにした。

 

 

 時は進み、レミリアの心の傷も安定していった。紅魔館には新たな住人が増え、あの惨劇が起きた現場とは思えないような賑やかさが生まれていた。幻想郷へやってきて、フランのために一度は幻想郷に喧嘩を売った。結果は惨敗だったが、フランが外の世界に興味を持ち、チルノや大妖精と友達になった。レミリアにとっては嬉しい結果へと繋がった。このまま何も知らずに幸せに生きてくれればレミリアはそれでよかったのだ。

 しかし、そんな生活を送っている時に闇がレミリアを染め上げようとしていた。スカーレット卿の魂が徐々に力をつけて蘇り始めていた。いつまでも大人しくしているほどの魂ではない。異変にいち早く気がついたのはレミリア自身だ。自分の体の中に憎き魂が宿っていることに憎悪した……だが、誰にも知られるわけにはいかなかった。一人で背負うと誓ったし、誰も巻き込みたくなんてなかった……何とかこの魂を黙らせる方法を探したが見つからなかった。咲夜もフランも誰もが心配する中で、一人で抱え込んだ。何も関係ない者達を巻き込みたくないという優しさが彼女の行動を制限していた。誰にも相談できない状況、その間にも徐々に体を侵食し始めていた魂に抗えなくなる自分を想像してしまい怖くなったその瞬間を悪魔は見逃さなかった。レミリアの意思は闇の奥底へ沈んでいった……

 

 

 「クハハハハハ!最後までフランを守りたいと抗っていたが、結局は無駄だったな!無様な姿だったぞ!毎日ベットの中で震えて怯えている姿はまさに傑作だった!誰にも心配かけまいと無理に気丈に振舞いながら恐怖に怯える情けない姿!私を憎む反面、家族ごっこをしていた頃の光景を夢見る馬鹿な小娘の哀れな姿は実に面白かったぞ!!!」

 

 「きさまぁああああああ!!!」

 

 「咲夜?!」

 

 

 天子の制止も聞かずに、悲鳴をあげる体に鞭を打って走り出した。ナイフを強く握りしめ、憎しみを込めて悠々と椅子に腰かけるスカーレット卿の心臓を突き刺そうとした。

 

 

 ……だが、咲夜にはできなかった。数ミリ程度で胸に突き刺さったであろうナイフは止まっていた。スカーレット卿は特に何もしていない……咲夜にはスカーレット卿に手をあげることなんてできやしない。

 

 

 「できないよなメイド?お前の大好きなレミリアお嬢様の肉体に傷つけるなんてことできないからな」

 

 

 レミリアの肉体に宿っているスカーレット卿に手が出せなかった。それはレミリア自身を傷つけることであり、それがわかっているからスカーレット卿は何もしなかった。実に愉快そうに見つめ笑っている。咲夜の憎しみのこもった瞳がスカーレット卿を睨む。

 

 

 レミリアという肉壁に守られているスカーレット卿は咲夜に手をかざす。そこから衝撃波は打ち出され、咲夜は壁に激突する。

 

 

 「がはっ!?」

 

 「あやや!?咲夜さん大丈夫ですか!!?」

 

 「お前の相手は後だ。後でもう一度薬を飲ませて記憶も操ってやる……お前は道具にしては能力だけは出来がいいからな。捨てるには2、3度使い終わってからだ」

 

 「あなたという方は……!」

 

 

 衣玖も我慢ならなかった。妻だけでなく、自分の子供まで利用するここまで落ちた生き物を見たことはなかった。天人の中でも嫌な人物はいたが、これよりはずっとマシだった。空気が今までと違って息をすることさえ不快に思う……少女の姿をした吸血鬼一人の存在がここまで他者を不快にさせることなど今まであったろうか……

 

 

 「慌てるな、ちゃんとお前たちも私の道具として扱ってやろう……だが、貴様だけはここで殺しておかなければならない……比那名居天子!貴様だけは私の最大の邪魔者であると判断した。これから私は幻想郷を支配し、幸せな毎日を送るためには貴様が邪魔なのだからな!」

 

 

 天子を指さし憎しみの言葉をぶつける。それに応えるかのように天子は前に出る。

 

 

 「天子ダメだよ!挑発だよあれ!」

 

 

 チルノがすかさず止めに入るが、天子の顔を見た時……何も言えなくなっていた。

 

 

 「……チルノ……すまないが止めないでくれ……こんなに怒りを覚えたのは初めてなんだ……」

 

 

 一歩……また一歩……レミリアの姿を借りたスカーレット卿に近づいていく。

 

 

 「……スカーレット卿……一つ言っておく……」

 

 「ん?なんだね?命乞いでもしようというのかね?」

 

 

 スカーレット卿から少し離れたところで足を止める……

 

 

 「選べ……謝ってに地獄に行くか、謝らず苦しんで地獄に行くか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――どちらか選べ!!」

 

 

 貴様には地獄こそが相応しい!!

 

 



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28話 大切な友達

友達は大切だ!ボッチの作者が言っても説得力ないですが……


友達は大切にしよう!


そう言うわけでして……


本編どうぞ!




 「どちらか選べと言っている!謝ったら楽に地獄に送ってやる」

 

 

 天子の怒りの発言にスカーレット卿は青筋を立てていた。

 

 

 「私を地獄に送るだと……ククク……地獄に行くのは貴様の方だ!やれフラン!!」

 

 

 先ほどまで人形のように固まって動かなかったフランが命令によって天子に狙いを定めて襲い掛かる……

 

 

 「はっ!」

 

 

 ガキンッ!

 

 

 レーヴァテインを受け止めたのはお祓い棒……霊夢が天子を守るように立っていた。霊夢はすかさずフランの腹を蹴り、飛ばされたフランはバランスを立て直して着地する。

 

 

 「霊夢、すまない」

 

 「いいのよ、でもこれで貸し一つよ」

 

 「ああ、借りができてしまったようだな。この借りは必ず返すよ」

 

 「それは楽しみにしておくわ。それと、フランの相手は私がするわ。天子はあのイカレ吸血鬼をどうにかするんでしょ?」

 

 「ああ……どうにかしてみせる。それに今回は私はとても腹が立っている」

 

 「そう……奇遇ね。私もよ」

 

 

 霊夢には珍しく声色に重みを感じた。彼女を窺うと視線の先には魔理沙の姿があった。

 

 

 「(……友達を傷つけられたら怒るよね。霊夢は博麗の巫女だけど、やっぱり一人の人間ってことよね)」

 

 

 博麗の巫女は代々妖怪退治を専門にしている。まだ霊夢はそれほど歳をとっていない若い娘だ。まだ友達と遊んで青春の真っただ中にいるはずなのに、そんな彼女がここで天子に背中を預けている。妖怪を退治するだけの力を持っているが霊夢も人間……友達を傷つけられて黙っているほどの冷たい子ではないのだ。

 

 

 「フランを頼むよ。でも、傷つけないでくれ。彼女も操られているだけだから」

 

 「無理なこと言わないでよ。あれの相手は弾幕勝負でもきついんだから」

 

 

 確かにフランは強い……一度戦ったことのある霊夢にはそれが良く分かっていた。しかし、それも一人ならの話だ。

 

 

 「霊夢!あたいも戦う!」

 

 「チルノ?あんたも戦う気?」

 

 「当然!フランとは友達だもん!友達が困っていたら助けてあげるのが友達なんだよ!」

 

 「あやや、頼もしい味方が現れたものですね」

 

 「文、あんたもこちら側を手伝う気なの?」

 

 「はい、なんせ先ほどまでフランさんと戦っていたのは私ですから。それに天子さんの方は……」

 

 

 そう文が言おうとした時にフランが襲い掛かる。

 

 

 「危ないわね!人が話している時に攻撃してくるなんて礼儀も忘れたのかしら?」

 

 「霊夢!フランは操られているからフランは悪くないよ!」

 

 「そんなことわかっているわよ。もう!ここじゃ、天子の戦いの邪魔になるわ。フランついてきなさい!チルノ、文もよ!」

 

 

 霊夢はフランを誘導し、ステンドグラスを突き破って外に出た。フランもそれにつられて外に出る。チルノと文も慌てて後を追う。

 

 

 「チッ!出来損ないめ!博麗の巫女なぞに構いよって!私の命令もろくに聞けないクズが……!」

 

 「スカーレット卿!!」

 

 

 天子がスカーレット卿を睨んでいる。その鋭い眼光にスカーレット卿は微かだが体が反応してしまった。そのことに苛立ちを覚える。

 

 

 「貴様……どこまで私の邪魔になる存在になるつもりだ!」

 

 「さぁ……だが、これだけは言える」

 

 

 天子はスカーレット卿を指さして言った。

 

 

 「貴様のような心を持たぬ者が幻想郷を……ましてや、レミリアとフランの心まで支配できると思うな!!」

 

 

 ------------------

 

 

 なんだろう……私は今とても機嫌が悪い。目の前の存在が憎たらしい……この感情は人に対して向けるべきものではないと頭ではわかっている。しかし、どうしても治まらない……自分自身でもわかっている。私は今……とても怒っているのだと!

 

 

 「天子様、私も協力します!」

 

 「私も衣玖殿と同意見だ。天子殿、手伝わせてくれないか?あの者の欲を聞いているだけで吐き気が覚えてね……お仕置きしてあげないといけないみたいだ」

 

 「衣玖、神子……今回はダメだ。二人は動けない咲夜と魔理沙を守ってくれ」

 

 「しかし……」

 

 

 衣玖もこいつをぶん殴りたい気持ちはわかる。けれど、こいつは卑怯者だ。何をしてくるかわからない。フランの相手は霊夢達がしてくれる。今のフランは弾幕ごっこが通用する状態ではないから、確実に抑え込めるように文にはフランを足止めしてもらうように先ほど密かに頼んでいた。チルノは友達を助けたいと思っているならフランのことを任せよう。咲夜と魔理沙は動けない状態だ。そんな状態の二人を守ってもらうには衣玖と神子に頼むしかない。それに、こいつだけは許しておけない!同じ女として、心から愛してくれた人を騙して、女にとってお腹を痛めて生んだ子供は宝物以上の存在なんだ。きっと幸せだと感じていたと思う。それを利用される……こんな腹立たしいことなんて感じたことがない!それに体が男であるが故なのか、男としての本能なのかわからないが私に訴えかけてくる。こんなゲス野郎を霊夢達の手にかけさせるなんてことさせたくない。汚れ役は私がやるべきだ……私の闘争本能がこいつをぶちのめしたくて仕方がないと言っている!レミリアとフラン、そして二人の母親を弄んだ罪は重いぞ!

 

 

 「お願いだ。わがままを聞いてくれ……あいつにはきっちりと罪を償わせてやるから」

 

 「威勢がいいじゃないか天人。よかろう……私自ら相手をしてやる。しかし、いいのかな?レミリアの体に傷がつくぞ?」

 

 

 それが問題だ。中身はスカーレット卿、外見はレミリアの肉体……ダメージを与えるにはレミリアの肉体に攻撃を加えなくてはいけない。何とかしてレミリアの肉体からスカーレット卿を引きずり出せれば……!

 

 

 「天子殿、私の仙術ならばレミリア殿の体から引き離すことが可能ですよ!」

 

 「なに!?本当か!?」

 

 

 神子は仙人だったね!神子が居てくれて本当によかった!私ってラッキーね!レミリアの体からスカーレット卿が離れれば後はなんとでもなる。

 

 

 だが、そんなことを易々(やすやす)と許すスカーレット卿ではない。

 

 

 「そんなことさせるかー!!!」

 

 

 スカーレット卿は当然邪魔しにやってくる。天子は要石を出現させてスカーレット卿の行く手を遮る。

 

 

 「なんだこれは!?石のはずだが、動きが生き物のようじゃないか!?」

 

 

 スカーレット卿はこれを見て驚いた様子だった。天子が操る要石は長年磨きに磨き上げた腕前でまるで生き物が動き回っているかのように複雑な動きで動き回ることができた。これには流石のスカーレット卿ですら警戒する。

 

 

 「天子殿、私が術式を組むまで持ちこたえてください!」

 

 

 神子の周りから気質の変化を感じる。薄っすらと漢字(?)が周りに浮かび上がり、仙人の術を組んでいることがわかる。その間、私はスカーレット卿を神子達に近づかせないことが今回の必須条件のようだ。それまで何としても持ちこたえないといけないわね……結構苦しい戦いになりそう……

 

 

 術式を練り始めたことを知ると警戒していた要石のことなど無視して神子に走り出した。危機感を覚えたわけではない。例え攻撃されようとも体はレミリアの肉体であり、魂の存在であるスカーレット卿にとっては痛くもかゆくもない。人質をとっていることを計算に入れての特攻だ。天子はどうしても躊躇してしまう。レミリアを傷つけたくないという思いが仇となっている。仕方ないので要石で壁を作り、行く手を遮ろうとするが同じ手段が通じる程馬鹿ではない。吸血鬼の素早さを活かして要石の間をすり抜ける。

 

 

 「死ね仙人!」

 

 

 鋭い爪が神子を襲うかに見えた。だが、神子にはその攻撃は届かなかった。天子が駆け寄り羽を掴んで放り投げる。間一髪のところで難を逃れることができた。

 

 

 「天子殿助かります!」

 

 「チッ!貴様はどこまで私の邪魔をすれば気が済むのだ!!」

 

 

 スカーレット卿はまず邪魔な天子から始末することにした。

 

 

 どこまで?ずっと邪魔してやる。それだけでは私の気が済むわけがない……父親を信じ、家族だと思って幸せな日々を送っていたのに、それの全て偽りで挙句の果てに愛してくれた女性を殺し、レミリアとフランを道具のように扱った。吸血鬼だから、欲望があったから、生き物には必ずしも欲がある。欲があるから過ちを犯すし、間違ったりしたりする……神子がそう言っていた。神子だってやり方はあれだったけど人々を救うために行動していた。しかし、私の目の前にいる男はそれに当てはまらなかった。自分以外の何もない、心などどこにもない、温かみも何も存在しないただのバケモノだ。レミリア達が受けた苦しみをこいつは喜んでいた……絶対に私は許さない!

 

 

 「邪魔しに参った。貴様の野望もここで(つい)えさせてもらうぞ!!」

 

 

 ------------------

 

 

 「フラン!目を覚ませー!!」

 

 

 チルノは必死に呼びかける。しかし声は届かない……フランは声を届かせようとするチルノに向かってレーヴァテインを振り上げる。

 

 

 「ッ!」

 

 

 チルノは目を(つむ)る。だが、誰かがチルノを抱えたおかげでレーヴァテインがチルノに届くことはなかった。

 

 

 「文!?」

 

 「あやや、チルノさん無理はしてはいけませんよ」

 

 

 文……ありがとう。でも、あたい……無理をしてもフランを助けないといけないんだ。あたいはフランを守れなかった……でも、救い出すことができる。咲夜も元に戻ったんだ。フランだって元に戻ってくれる。今もきっとフランは苦しんでいると思う……フランだってこんなことしたくないはずだもん!最強のあたいが助けてやるんだー!!!

 

 

 「ありがとう文、でもあたい無理しないとフランを助けられないんだ。無理をしてもフランを救い出す……それが友達って奴なんだよ」

 

 「チルノさん……」

 

 

 チルノの瞳は本気だった。その瞳から伝わる強い意志を文は受け止めることにした。

 

 

 「わかりました。フランさんを救い出しましょう」

 

 

 文……よ~し!絶対にあたいがフランを助けてやるぞ!!

 

 

 「ちょっとあんた達!そんなところでおしゃべりしてないで手伝いなさいよ!」

 

 

 フランが次に狙いを定めたのは霊夢だった。レーヴァテインの攻撃をギリギリでグレイズする。しかしフランの戦闘能力はとても高い故に霊夢でも苦戦を強いられていた。もしフランの【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】を発動されればひとたまりもない。注意しながら戦っているので、霊夢の集中力にも体力を使うので厳しい状況だった。

 

 

 「霊夢さん今行きますよ!チルノさん、私はフランさんを翻弄するので霊夢さんと協力して彼女を無力化してくださいね」

 

 「うん、わかった」

 

 

 フラン……待ってて!あたいが今行くよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い霧に包まれた空では激戦が繰り広げられていた。無数の弾幕の数々が四方八方に繰り出される。ごっこ遊びではない美しさを備えていない殺傷力を秘めた弾幕が霊夢達の命を狩り取らんと飛び交う。上空には4つの影が飛び回り衝突していた。

 

 

 「こっちですよフランさん!」

 

 「コワス……オネエサマ……オネエサマノタメニ……」

 

 

 文は天狗としてのスピードを活かしてフランを翻弄するつもりだった。しかし、フランはそれに追いついてきた。だが、経験では文が勝っている。急に方向転換することでフランを翻弄する。操られていることで本来の力を出せずにいるフラン、戦闘経験が豊富な文にとっては追い付かれるぐらいでは焦ることなどない。

 

 

 「(フランさんを傷つけたくないんですが……もしもの時は覚悟を決めるしかないですね。それにしても流石はレミリアさんの妹です。私のスピードに追い付いてくるとは……パワーでは向こうに分がある。スピードまで取られてしまったら私の立場がありませんからね)」

 

 

 文は急に方向転換し、向かってくるフラン目掛けて葉団扇を振るう。強烈な風が生まれフランを吹き飛ばした。

 

 

 「コワサナイト……コワサナイト……オコラレル……」

 

 

 フランは耐えた。吹き飛ばされて文との距離が開いたが、再び文を壊そうと羽を広げるがすぐさま何者かの結界によってフランは結界内に閉じ込められた。

 

 

 「霊夢さんお見事です」

 

 「世事はいいわよ。捕まえたわよフラン」

 

 

 霊夢が得意の結界によってフランを封じ込める。しかし、フランの力を侮ってはいけない。結界に封じ込められながらも能力を発動しようと手を前にかざす。その行動を見た霊夢と文は即座にこの場を離れる。

 

 

 フランの能力は原理的には『全ての物には「目」という最も緊張している部分があり、そこに力を加えるとあっけなく破壊することができる』というものである。フランはその「目」を自分の手の中に移動させることができ、彼女が拳を握りしめることで「目」を通して対象を破壊することができる。

 

 

 瞬時にフランの能力から逃れる行動を取った二人は「目」を移動させられることはなかったが、代わりに結界の「目」を手の中に移動させ握りしめた。あっけなく霊夢が張った結界を破られフランは霊夢達に再び牙を向く。

 

 

 「フラーン!!」

 

 

 チルノは氷を操り身の丈よりも大きい剣を作り出した。フランがレーヴァテインを振るうと同時に氷の大剣とぶつかり合う。

 

 

 「フラン!あたいが来たぞ!大ちゃんも心配しているから元に戻ろう!」

 

 

 チルノは必死に呼びかける。咲夜の時と同じように戻ってくれると信じて……

 

 

 「オマエモ……コワス……」

 

 「チルノさん!」

 

 「あの馬鹿……!」

 

 

 フランは片手でチルノに向かって手をかざす。チルノの「目」を握りつぶさんと「目」を引き寄せるために出した。例え妖精であって死んでも蘇るにしても目の前で命を散らされることに不快感を抱かずにはいられない。文と霊夢はチルノに駆け寄ろうとするが、フランの手をチルノが優しく掴む。

 

 

 「あたい平気だよ。フランは本当はそんなことしないってわかっているもん。今のフランは悪い奴に操られているだけなんだから、フランは悪くないよ。あたい妖精だから一回休みになっても何度でもフランの元に戻って来るよ。一緒に遊んでいっぱいおしゃべりしていた笑顔のフランに戻るまでは何度だって挑んでやるんだから……!」

 

 「――!?」

 

 

 フランの瞳に一瞬動揺が走った。チルノに握っている手は冷たいどころかどこか温かみを感じる程であった。そして、この温もりはどこかで感じたことがあった。

 

 

 「……チ……ル……ノ……」

 

 「フラン!」

 

 

 咲夜の時と同じだ!あともうちょっとのはずだ!頑張れフラン!あたいはフランが強いってこと知っているんだぞ。最強のあたいと肩を並べられるフランならあんな悪い奴の支配なんて逃れられるに決まっている!頑張れ!最強のあたいがついているんだ!

 

 

 「フラン!負けるな!大ちゃんも待っているんだ。元に戻ってみんなで遊ぼう。そうだ!レミリアや咲夜、美鈴にパチュリーに小悪魔、妖精メイド達も一緒に誘ってピクニックに行こうよ!絶対に楽しいよ。だからこんなこともうやめよう……フランなら大丈夫だと信じているよ。だって、あたい達の()()()()()だから……!」

 

 「……タイセツナ……トモダチ……!?」

 

 

 フランの瞳に何かが映った……

 

 

 ------------------

 

 

 「やい!お前誰だ?名を名乗れー!」

 

 

 あなたは誰……?私は何をしているの……?

 

 

 「大ちゃんをいじめようとする奴め!最強のあたいが成敗してくれる!」

 

 

 どこかで会ったことあるような……誰だっけ……?

 

 

 「フラン……霧の湖に言って来たのね。どうだった?」

 

 

 お姉さま……それに咲夜も……美鈴にパチュリーと小悪魔まで……そうだ。これは私が初めて友達が欲しいって言ってみんなが応援してくれていた。でも、初めは上手いこと行かずに落ち込んで帰って来たっけ……

 

 

 「その様子じゃ失敗だったようね……でも、諦めちゃダメよフラン。失敗は誰にでもあるんだから、その失敗を次の成功のための教訓にするのよ」

 

 「その通りでございます。妹様、咲夜はいつも応援しています」

 

 「頑張ってくださいよフラン様!」

 

 「まぁ、私だって毎日読書ばかりじゃ気も滅入るから……助言ぐらいなら手伝ってあげてもいいわよ」

 

 「ぷぷ♪ツンデレ乙ですよ♪」

 

 「小悪魔あんたねぇ……!」

 

 

 お姉様……みんな……!あの時は嬉しかったなぁ……あの後、パチュリーと小悪魔の喧嘩を見て驚いちゃったけど、みんなから勇気をもらったんだっけ……

 

 

 「やい!また来たのか!今度も大ちゃんをいじめに来たのか!?」

 

 

 またこの子だ。そして、隣にいる子は……名前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あたい達の()()()()()だから……!』

 

 

 フランの頭の中に響いた言葉……目の前にいる妖精の声で伝わってくる。温かい優しい言葉……フランの心が軽くなっていく。

 

 

 「ダメだよチルノちゃん!私を守ってくれるのは嬉しいけど困らせたらダメだよ!この子困っているじゃない」

 

 

 そうだチルノだ!それに大ちゃん!忘れていた……私の初めての友達……!

 

 

 私は異変後、外に興味を持った。苦手な太陽に照らされている大地がとても綺麗だった。なんだか初めて見た気がしない……昔もこんな光景を見ていた気がするけど思い出せない。私は何で地下に居たんだっけ?それすら憶えていなかった……そのことも別に気にならなかった。だって、新しいものに興味を持ったから。それに、異変解決しに来たあの二人のように仲がいい友達が欲しかった。お姉さま達がいたけど、それとは違う友達に憧れた。

 私は能力を上手く使えなかった。そのせいできっとお姉様に迷惑かけたと思う……だから私は地下に居たんだと思う。それでも私は羨ましかった。霊夢と魔理沙が仲良くいる姿に……こんな私に友達なんてできるのか?そう思うことが多かった。もしかしたら壊してしまうんじゃないかとも不安だった。でも、お姉さまも咲夜達も全力で応援してくれていた。だから私は頑張れた。諦めなかった……お姉様達の期待を裏切りたくなかったから!

 

 

 フランの頭の中に今までの記憶が蘇る。

 

 

 チルノと大妖精と初めて会った時は警戒されて友達になれずに落ち込んで帰った記憶

 

 今度はパンの作り方を咲夜から教えてもらい、頑張ってようやく作ったパンをバスケットに入れ、再び二人に会いに行った記憶

 

 パンのおかげで仲良くなることができ、チルノと大妖精と友達になって嬉しくて泣いた記憶

 

 報告するとレミリア達も喜んでお祝いしてくれた記憶

 

 

 様々な記憶が蘇ってくる。チルノ達を紅魔館に招待した記憶や宴会に初めて参加した時の記憶などの楽しかった記憶がフランを温かく包み込む。

 

 

 楽しいなぁ……でも、私は何でこんな記憶を見ているのだろう?

 

 

 フランは何故自分がこのような記憶を思い出しているのかわからなかった。そして気がついた……自分は今まで何をしていたのかを……

 

 

 そうだ!確かお姉様がおかしくなって……魔理沙がいたような……あっ!

 

 

 フランの思い出の記憶は遂に忘れ去ってしまっていた()()をまでも思い出させてしまった。

 

 

 変わり果てた母

 

 母を殺した父の姿

 

 真実を知ってしまった姉の絶望した表情

 

 自分が父を殺してしまったこと

 

 

 全部思い出した。あの思い出したくもない苦しい記憶までも……

 

 

 ――嫌!嫌嫌嫌嫌嫌!!思い出させないで!!あんなの見たくないよ!!思い出したくないよ!!!

 

 

 フランは目と耳を塞ぐが意味などない。自分が目を逸らしていた現実をまだ受け入れられないでいる。彼女の心がまた壊れてしまう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『フラン負けるな!あたいがついている!』

 

 

 チルノの声が聞こえてきた。フランを励ますかのようにフランの脳に直接響いてくるようだった。

 

 

 『大ちゃんも待っているんだ。フランは負けたりしない!』

 

 『フランは最強のあたいと肩を並べられるんだぞ!だから支配なんかに負けたりしないのだ!』

 

 『フランは一人じゃない。あたいも大ちゃんもレミリアも咲夜も美鈴もパチュリーも小悪魔も……ええっとそれから……とにかくいっぱいフランには味方がついているんだ!だから一人なんかじゃない!困ったことがあればあたい達が力を貸してあげる!あたいと大ちゃんは特にだ!』

 

 

 何度も聞こえてくる声に勇気が湧いてくる。この残酷な現実を受け止める勇気が自然とフランの心から湧き上がってくる気がした。

 

 

 『あたい達の……大切な友達を舐めるなよ!』

 

 

 友達……一瞬でもチルノと大妖精のことを忘れてしまっていたことにフランは申し訳ないという気持ちが溢れた。でも、同時に嬉しかった。ここまで思われているなんて思っていなかったから……フランの心は温かった。父親に裏切られて絶望した。悲しかった……記憶を消してまで忘れていたかった。でも、思い出してまた絶望するかと思ったがそうはならなかった。今度は支えてくれる者がこんなにいたから……フランは成長していた。身も心も……決して出来損ないではない立派な一人の吸血鬼として育っていた。もうフランは絶望などに負けたりしない!

 

 

 ありがとう……みんな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……チルノ……?」

 

 「フラン!大丈夫か!?」

 

 

 フランの目に飛び込んできたのは心配そうに見つめるチルノの姿だった。フランの動きが止まってしまい、何度も呼びかけていた。そして、フランが目を覚ましたのだ。チルノの傍には霊夢と文の姿もあった。

 

 

 「霊夢……それに文も……」

 

 「元に戻ったみたいですねフランさん」

 

 「全く、手間かけさせるんじゃないわよ」

 

 「……ごめんなさい……」

 

 

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。咲夜と同じように操られていた時の記憶も憶えていた。霊夢と文と戦っていて何度傷をつけそうになったか……

 

 

 「フランはやりたくてやったんじゃないぞ!」

 

 

 チルノがフランは悪くないと庇う。霊夢もそんなことわかっているが、霊夢の性格上ああ言った言い方になってしまいチルノを刺激してしまうことになった。頭をかきながらめんどくさそうに霊夢はフランに謝った。

 

 

 「言い方が悪かったわ。別にフランを責めてるわけじゃないから」

 

 「そうですよチルノさん。悪いのはフランさんではありません。悪いのは……」

 

 

 紅魔館を見つめる。文と霊夢はあそこで戦っている吸血鬼を……今回の異変の黒幕を睨んでいた。

 

 

 「そうだ!お姉様の元へ行かないと!」

 

 「フラン……父ちゃんに会いに行くのか?」

 

 

 チルノ……心配してくれるの?ありがとう……でも、私は行かないといけないの。きっとお姉様は一人で抱え込んでいたと思う。そして、お姉さまは今も心の中で戦っている……それにこれは家族の問題でもあるから……例え裏切られてもお父様だったんだから……

 

 

 フランは悲しい顔を隠した。チルノにこれ以上心配させたくなかったから……

 

 

 「うん、お姉様も戦っているんだし……最後まで見届けないといけない。それがスカーレット家に生まれた私の運命(さだめ)だから」

 

 

 霊夢達は背中を向けて紅魔館を見つめるフランの姿が大きく見えた。彼女が一歩成長したことを物語っているようだった。

 

 

 「そうね。あの黒幕を倒せばこの異変は終わりよ。さっさと帰って一服したからさっさと行くわよ」

 

 「あっ!待ってください霊夢さん!」

 

 「フラン、行こ」

 

 「……うん!」

 

 

 チルノの手を握り、事の結末を見届けるため飛び立った。

 

 



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29話 血塗られ吸血鬼

紅魔郷編も最後に近づいてきた。


それでは……


本編どうぞ!




 剣と槍が激突する。一つは緋想の剣、もう一つはグングニル、二つの武器が火花を散らして激しさを増していた。

 

 

 「クハハハハハ!口だけは威勢がいいな!この体故に傷つけられないとは……貴様はとことん甘い男のようだな!」

 

 「くっ!」

 

 

 天子は苦戦を強いられていた。吸血鬼としてのスピード、パワーは並みのものではなかった。それに一番の問題が体がレミリアのものであることだ。体を傷つけても吸血鬼としての再生能力が発動してすぐに元通りになってしまう。重傷を与えればすぐには傷は戻らないだろうが、スカーレット卿は魂の存在……スカーレット卿にとっては痛くもかゆくもない。レミリアごとスカーレット卿を消滅させれば簡単なことだが、そんなことを天子ができるわけがなかった。すなわち、人質であるレミリアを開放しなければこの戦いに勝ち目がなかった。防戦一方の戦いになってしまっていた。グングニルが天子の体を貫かんと何度も襲い掛かる。

 

 

 「ほらほらどうした!?ナイト様よ!私を倒すのではなかったのか!それともこの体がそんなに大事か?」

 

 「ああ、大事だ。レミリアを傷つけるわけにはいかない」

 

 「甘い考えた。この体ごと私を消滅させればそれで終わることなのに……貴様は甘ちゃんだな!」

 

 

 天子を愚かと笑うスカーレット卿。娘の肉体と力を使って好き勝手する姿に天子は苛立ちを覚えて仕方なかった。

 

 

 「(くそっ!神子早くしてくれ!これ以上レミリアの姿で好き勝手されるのが我慢ならないの!それに私だっていつまでもつかわからない……正直結構きつい!)」

 

 

 神子は天子が押され始めているのに気がついていた。神子の術式に手を取られていて助太刀することはできない故に歯を悔しそうに噛み締めた。その術式も高度なもので時間がかかるものであった。その間ずっと天子一人で相手をしている。魔理沙と咲夜は動けず、衣玖も傍を離れられない。スカーレット卿が二人を人質にする可能性が高いために衣玖が加勢することができなかったのだ。その光景を見ているしかできない神子と衣玖は歯がゆい思いをしていた。

 

 

 「(このままだと天子様が!ですが、お二人から離れるわけには……)」

 

 「おい、衣玖……私のことはいいから天子に加勢してやれよ」

 

 「魔理沙さん、それはできません。今、私が離れれば魔理沙さんも咲夜さんも標的になってしまいます」

 

 

 魔理沙は腹の傷と体の凍えが残っており体力も限界に近い。咲夜は今も意識を失っている。神子も術式を組むことで手が離せない。天子とスカーレット卿の一騎打ちの状態だが、人質をとっている分スカーレット卿に分がある。衣玖は焦り神子に視線を向ける。

 

 

 「(天子殿……耐えて欲しい!もう少し……もう少しで術式が完成する。それまでどうかお願いします!)」

 

 

 神子も焦っていた。スカーレット卿がパワーのごり押しで天子の要石の守りを破壊していく。天子の目でも吸血鬼を捉えるのは苦労する。一気に加速し、天子の体をグングニルが傷つけていく。天子の自慢の肉体でも耐えられないようだ。グングニルが天子の体を切り裂き、肉を貫き、傷口から血が溢れ出て床を赤く染めていく。

 

 

 「クハハハハハ!天人の血はどんな味がするのだろうな?最も貴様の醜い血など興味ないがな!」

 

 「くっ!レミリアの力に頼って恥ずかしくないのか!?」

 

 「恥ずかしい?そんなわけないだろう。寧ろ恥ずかしいのは私の血を受け継いでも私を満足させることのできなかったレミリアとフランが生きていること自体恥ずかしいわ!全くもっての恥さらしどもだ」

 

 「取り消せ!今の言葉を!」

 

 「取り消せだと?事実を取り消すなどありえぬわ!」

 

 

 スカーレット卿はグングニルを再び振るう。緋想の剣で防ごうとするが、天子はスカーレット卿に対する怒りに身を任せてしまったことが悪手と出てしまった。レミリアの体であるために、弾幕が撃てることを頭から離れていた天子に向かって片手から放たれた弾幕が直撃する。

 

 

 「ぐわぁ!?」

 

 

 爆発に巻き込まれて飛ばされる。緋想の剣もその爆発で飛ばされて床に転がってしまった。壁にぶち当たり、口から血が吐き出された。そのチャンスをスカーレット卿は見逃さない。息の根を止めるべく天子の心臓目掛けてグングニルを突き出そうとするが、地面が一瞬揺れ、スカーレット卿の目の前に現れた地面から飛び出た岩が邪魔をした。それのせいで追撃することが出来なくなってしまった。

 

 

 「チッ!貴様こんな技も持っていたのか!」

 

 

 天子の『大地を操る程度の能力』を使い、地盤を変形させて地盤の壁を作ったのだ。

 

 

 「厄介な男だ……やはりここで命を絶っておかねばならない相手のようだ」

 

 「それはどうも……」

 

 

 スカーレット卿がグングニルを振るうと地盤の壁が粉々に砕け散った。傷つきながらもスカーレット卿の前に立つ天子……決してここを通さないと鋼の意思を感じる。

 

 

 「スカーレット卿、ここから先へは通さない。この命に代えても……ね」

 

 「どこまでも……どこまでも……私の邪魔をしおって!!!」

 

 

 スカーレット卿は怒りを爆発させる。体から溢れ出るオーラが室内全体を覆う。

 

 

 「貴様だけは必ず殺す!今ここでな!!」

 

 

 グングニルに魔力が集束するのを感じる。グングニルが一回り二回り大きくなり本来の姿を現す。

 

 

 「(あれは……レミリアのスペルカードの!?)」

 

 

 神槍『スピア・ザ・グングニル』!!!

 

 

 レミリアの代名詞であるスペルカードのスピア・ザ・グングニル……先ほどのグングニルとは違い、神の槍に相応しい程の神々しさを感じとり、宿る力も別格のようだ。それを天子にぶつけようとする……天子は危機感を覚えた。あれを受けてしまえばひとたまりもないと……

 

 

 要石で盾を作り、地盤を変化させて壁も作る。それでも耐えられるか不安だった。否、耐えなければならないと覚悟を決めた。ここで倒れてしまえば、こちらの負けは確定してしまうのだから……

 そしてスカーレット卿が生み出したスピア・ザ・グングニルが放たれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、その不安も覚悟も打ち砕かれることになる。何故ならば、スピア・ザ・グングニルは()()()()()()()()放たれなかったからだ。

 

 

 「(――しまった!?)」

 

 

 天子はすぐに理解した。スカーレット卿がどんな男だったか……スカーレット卿は天子を狙うと見せかけて術式を組むので必死な無防備の神子を狙ったのだ。天子は罠にかかってしまい、自己防衛に回ってしまった。今の場所からでは神子を助けることなどできはしない……そう理解してしまう。

 

 

 「神子!!!」

 

 

 あれ程の力を宿した槍に貫かれれば神子の体は原型など残らないだろう……天子は叫んだがどうしようもできない。手が届かない変えられない結果……答えは神子が死ぬ。その答えに満足しているかのようにスカーレット卿は笑った。強大な力を宿した槍は残酷に一つの命を散らさんとする。しかし、運命は天子達に味方した。

 

 

 「きゅっとして……」

 

 

 誰かの声が聞こえた気がした。天子にははっきりと聞こえた。そして、その言葉が示す意味も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ドカーン!!!」

 

 

 すると神子の目前まで迫っていた槍がねじ曲がり光の粒子となって砕け散った。この場にいる全員が驚いていた。そして、それが誰の仕業か知っているスカーレット卿は今まで見せたことがない程の怒りを露わにした。

 

 

 「っ!!!フランきさまぁああああああああああああ!!!」

 

 

 スカーレット卿が鬼の形相でフランを睨みつけた。間一髪のところで洗脳が解けたフランが割り込んだのだ。

 

 

 「……お父様……もうこんなことやめよう。お姉様を返して!」

 

 「返さぬ!出来損ないの分際で私に逆らいよって!どいつもこいつも私の邪魔をする!?何故だ!?私はスカーレットの名を持つ者だぞ!?貴様らのような道具どもは喜んで支配されていればいいものを!!!」

 

 「道具なんかじゃないさ……」

 

 「……何?」

 

 

 スカーレット卿は天子を見る。傷ついた体でもしっかりと立ちスカーレット卿に言い放つ。

 

 

 「フランを出来損ないと言ったが、誰にだって欠点がある。私にも貴様にも……力を上手く制御できなかったから?なら、今のフランはどうだ?貴様の放ったグングニルは跡形もなく砕け散った。今では力の制御もちゃんとできている。そんなフランを貴様は出来損ないと言えるのか?」

 

 「……」

 

 「貴様は自分の娘を裏切った、愛する女性を裏切った……愛した男に裏切られる女の気持ちを考えたことがあるか?」

 

 「そんなもの……!」

 

 「ないだろうな。スカーレット卿、貴様はクズ野郎だ。史上類を見ない程にな……最後のチャンスをくれてやる。謝るか謝らないか選べ……謝ったら慈悲をかけてやる」

 

 「最後だと?慈悲だと?はっ!その必要はないわ!そもそもレミリアの体に宿る私をどう倒す?まさかレミリアごと私を消滅でもさせるつもりかな?そんなこと貴様にはできないことなど知っているわ!それでどう私を地獄に送るつもりなのかな天人よ?」

 

 

 レミリアの肉体があるから安心しきっていた。しかし、忘れていた……忘れていた存在が今まさに作業が終了したことにスカーレット卿は気がつかなかった。

 

 

 「その心配はありませんよ!」

 

 

 その声を聞いた時、スカーレット卿は顔を青くした。スピア・ザ・グングニルで命を奪う筈だった神子が術を完成させた。それに気づいたスカーレット卿はその場から逃げようとするが、足には札が張り付いて動けなかった。

 

 

 「こ、これは!?」

 

 「あんたみたいな奴はすぐ周りが見えなくなる」

 

 「貴様は……博麗の巫女!この札は貴様が!?」

 

 「そうよ」

 

 

 霊夢はスカーレット卿に気づかれずに罠を張った。そしてまんまと引っかかり醜態を晒していた。

 

 

 「流石ね天子、注意を天子の方に向けさせてその間に私に罠を仕掛けるように仕向けたんでしょ?」

 

 「霊夢ならそうしてくれると期待していたからな」

 

 「……あなたって侮れないわね」

 

 

 本当に侮れない……霊夢は天子が地底の妖怪のように心が読めるのではないかと疑ったぐらいだ。もし天子が異変を起こす側に周った時にはめんどくさそうと思うのであった。

 スカーレット卿は力任せに暴れようとするが、体はピクリとも動かない。術も完成し、放たれればスカーレット卿は魂だけの存在……スカーレット卿の逃げ場を防ぐように結界も張り巡らされていた。つまりチェックメイトである。その事実に気づいたスカーレット卿の顔から血の気が引いていく。

 

 

 「フラン助けてくれ!私が悪かった!もう一度家族3人でやり直そう!めいいっぱい可愛がってあげよう!フランが欲しいものは全部与えてあげよう!気に入らないことがあったら私がなんでも解決してやるぞ!優しいパパが帰って来たぞ!ほらフランよ、私の元へおいで!!!」

 

 

 スカーレット卿の醜い命乞いに霊夢達は呆れた表情だった。フランは自分の父親に悲しい表情を向ける。

 

 

 「……私の家族はレミリアお姉様とお母様だけ……あなたなんて……知らない!」

 

 

 拒絶だった。その言葉に理不尽にもスカーレット卿は怒りをフランにぶつける。

 

 

 「フラン!貴様には私の血が流れているんだぞ!私の元から逃れられるわけないだろう!貴様は私の娘であることに代わりはないのだ!貴様はこれから他の者達から白い目で見られるだろうな……異変を起こして幻想郷を乗っ取ろうとした悪人のガキとしてな!!」

 

 「黙れ!!」

 

 

 天子の声がスカーレット卿の暴言を黙らせた。

 

 

 「それがなんだ?血が繋がっているから家族なのは間違いない。だが、貴様はその血さえ愚弄した。それに例え血が繋がってなくても家族である絆がある。咲夜も美鈴もパチュリーも小悪魔もフランの家族だ。レミリアだってそうだ。だが、貴様のような奴に親を名乗る資格もなければ絆もない。スカーレット卿、貴様はただの罪人だ。それもどうしようも救いのない程のな」

 

 「き、きさま……!!」

 

 「安心しろ。この世界には閻魔様がいるんだ。貴様に相応しい罰を与えてくれるだろう」

 

 「比那名居天子……貴様さえいなければ……貴様さえいなければ私はこの世界を……!」

 

 「支配なんてできないさ。私なんかよりも素晴らしい仲間たちが貴様を葬っていただろう」

 

 

 スカーレット卿は見た。散々下等生物と見下してきた者達に哀れな目で見られていることに……自分は下等生物如きに負けたのだと……

 

 

 「貴様に……フランとレミリアの父親を名乗る資格はない!神子!!」

 

 「ようやくですね!スカーレット卿、あなたの欲は強すぎた。自分の犯した罪を地獄で悔い改めなさい!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 天子の声に応えて神子が術を発動する。光がスカーレット卿を包み込み、レミリアの体から黒い霧のようなものが現れた。それこそがスカーレット卿の魂である。

 

 

 「ぐぎゃぁあああああ!!!」

 

 

 魂は苦しみの断末魔をあげた。やがて黒い霧が集まり一つの塊に変化した。その塊に天子は緋想の剣を手に持ち近づいた。

 

 

 「地獄へ行ってもスカーレットの名を語るな!!」

 

 

 緋想の剣が魂を両断し二つに分かれた魂は消滅した。消滅したことで紅い霧が消滅していき、割れたステンドグラスからは太陽の光が紅魔館に降り注いでいた。スカーレット卿の魂が完全に消滅したことを意味していた。こうして幻想郷を騒がせた異変は幕を閉じることになった。

 

 

 ------------------

 

 

 「……異変は解決したようね」

 

 「はっ!紫様」

 

 

 スキマを覗く一人の女性……八雲紫は安堵していた。今回の紅い霧は大変危険なものであった。あのまま紅い霧が幻想郷に充満していたら、幻想郷中の生き物たちは吸血鬼と化していた。あの霧はレミリアの血を混ぜた魔力の霧であり、長いこと浴びていたら身も心も吸血鬼に変貌してしまうものだということを紫は突き止めていた。しかし、紫は今回動かなかった。大変危険なもので、幻想郷の危機だったのに……

 

 

 「紫様、一つお聞きしたいことがあるのですが……」

 

 「……なにかしら?」

 

 

 藍に向き直る。藍は何故自分を異変解決のために動かさなかったのか疑問に思っていた。下手をしたら取り返しのつかないことになっていた。霊夢がいるから?しかし、彼女も人間だ。もしものことも無いとは言えなかった。紫は藍に「異変に関わるのは様子を見てから」そう言われて待機していたが、最後まで藍が出向くことはなかった。そのことについて聞きたかった。

 

 

 「……彼を見たかったのよ」

 

 「……比那名居天子のことですね」

 

 

 天界からやってきた天人である比那名居天子は紫に大きな衝撃を与えた。鬼の萃香に勝利し、天界そのものを変えてしまい、神子を改心させるなど大きな功績を見せた。彼は幻想郷のパワーバランスを担う一人として紫の中にはあった。それだけではなく、紫の友人である幽々子も天子に絶大な信頼を寄せている。紫は力ある天子を警戒していた。強すぎた力には何かしらの代償を伴う……自然の摂理だ。だが、それだけが理由ではない。

 

 

 「比那名居天子……今回の異変を通じて彼はまた幻想郷に深く貢献した。幽々子が言うように彼は悪人ではない。それは私にもわかっているわ。でもね、彼は自分が思っているよりも周りに与える影響は大きい……萃香も幽々子も影響を受けて彼女達も成長した。でも、彼一人では今回の異変はどうにもならなかった。そうでしょ藍?」

 

 「はい、その通りです」

 

 

 天子は確かに強いが、今回の異変は霊夢や神子、チルノ達の活躍があったからこそ解決できたものだ。誰か一人でもかけていたら異変解決は難しかったであろう。それ故に紫は手を出そうとしなかった。紫が手を出せば、スカーレット卿の魂を能力で切り離してそれで終わりであった。でも、それは彼女達のためにも幻想郷のためにもならなかった。紫は彼女達の成長を邪魔したくなかったのだ。

 

 

 幻想郷では妖怪達の自我が強い。他者と手を取り合おうと協力しようとする者は数限られている。今回の異変では多くの者が手を取り合い、お互いの敵のために戦った。これはチャンスだと紫は思った。自分が愛してやまない幻想郷を利用する形となったが、結果的にはいい方向に向いた。それも比那名居天子が居たからだと紫は考えていた。

 

 

 「霊夢にもいい薬になったと思うわ。異変に対する態度を改める機会だったし、妖怪の恐ろしさも再確認できたでしょうから。それに……」

 

 

 スキマを覗き込むと紅魔館が見えていた。そこには衣玖に心配される天子の姿を上空から覗いていた。

 

 

 「(比那名居天子……あなたという存在自体が幻想郷に異変を起こしているのかもしれないの……どんな小さい可能性も見逃さない。あなたは強い……おそらくだけど、あなたの試練はまだ終わっていないはずよ。これからあなたの周りで数々の異変が起こるはず……私は監視しないといけないの。例えあなたが優しい天人さんであったとしてもね……)」

 

 

 紅魔館の上空に存在していたスキマが閉じた。

 

 



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30話 吸血鬼の姉妹

2019年も最後の日になりました。皆さん来年もよいお年をお迎えください。


紅魔郷編最終話です。


本編どうぞ!




 「……うぅ……ここは……私は……一体……?」

 

 

 ここは……私の寝室?どうしてここに……!?

 

 

 レミリアは何故自分が寝室のベットで寝ていたのかすぐに心当たりがあった。

 

 

 そうだ!私はあの男に……!!

 

 

 レミリアが大好きだった父親、憎くて仕方なかった父親、裏切られてどうしようもない感情がレミリアを苦しめる原因を作った父親の姿が思い起こされた。

 

 

 私はあの男に支配されて……でも、この状況を見ると私は……助かったのね。結局私はあいつに抗おうとしたけどダメだったみたい……でも、霊夢か魔理沙が何とかしてくれたのね。フランや咲夜達にも迷惑かけちゃったかしら……合わす顔がないわね……

 

 

 そう悲観している時にドアを開ける音が聞こえた。そして、その開けた者はレミリアを見るなり駆け寄ってきた。

 

 

 「お嬢様!?やっと目が覚めたのですね!!」

 

 「咲夜……」

 

 

 咲夜の目に涙が浮かんでいる。ドアをノックしないで入ってくるなどメイドとしてあるまじき行為だと普通なら注意するが、今のレミリアにはその気力はなかった。何度もレミリアの体に触れ、感触を確かめる咲夜に怒る気なんて起こらなかった。

 

 

 「咲夜触りすぎ……って!ちょ!?どこ触っているのよ!?」

 

 「はっ!?す、すみません!あそこも大丈夫かなと思いまして……!」

 

 「大丈夫かなって……私の股を……ゴホン!そこまで確認しなくていいわよ。それより咲夜、私が眠っていたのってどれくらい?」

 

 「10日も眠っていました。もしこのまま目が覚めないのではないかと心配しました……」

 

 

 10日も……そんなに眠っていたのね。その間に咲夜達には迷惑かけたでしょうに……それにあの男の気配も体から感じない。私の意識が囚われていた間に一体何が起こったのか……良い事なんて絶対にない。咲夜から色々聞かないといけないわね。

 

 

 レミリアは咲夜から事情を全て聞いた。レミリアに巣くっていたスカーレット卿の魂は消滅し、それには数多くの手助けがあったこと、比那名居天子という天人が中心となって異変を解決したこと、フランやパチュリー達に酷い事をしてしまったことなどレミリアの思った通りの出来事が起きていた。吸血鬼にされた妖精メイド達が人里を襲おうとしたことも聞いた。幸いにも人里には被害が出ずに、豊聡耳神子が人々に事情を説明したことで一大事にならずに済んだ。妖精メイド達は蘇って再び紅魔館で仕事をこなす日々を送っているそうだ。

 比那名居天子という人物はパチュリーから聞いて新聞に載っていたので興味はあったが、会ったことはなかったが後でお礼をしに行かなければいけないと思うのであった。やけにパチュリーが顔のことで褒めていたけど……何だったんだろうとその時は思っていた。そして、一番驚いたことがレミリアが眠っている間に紅魔館の主として雑務や経理などの仕事を手掛けていたのは咲夜ではなくフランがしていたことだ。そういった事務的なことは大半咲夜に任せっきりだったが、咲夜も戦いの負傷で動けなかったこともあり、美鈴は経理は全くダメだし、パチュリーも小悪魔も疲労があって紅魔館を廻す者がいなかった。そんな時にフランが率先して全てを行った。フランも身も心も疲れているはずなのに姉のため、みんなのために働くと宣言して今日も頑張っていると聞かされた。初めてだが、呑み込みの速さで次々に適応していくフランに将来有望な主になる姿が思い起こされる。

 

 

 フランが……なんだか一気に追い越された感じがするわね。私要らずって感じ……あの子も今回の異変で成長したってことね。

 

 

 「それだけではありませんよ。霊夢達もときどき来てくれてお嬢様の様子を見にきてくれたのですから。天子様も妹様のお手伝いをしてくださっているのです。妹様に事務的なことを教えたのは天子様ですから」

 

 「そうなの?」

 

 

 比那名居天子は変わった人物のようだとレミリアは思った。霊夢や魔理沙ならともかく、見ず知らずの異変を起こした吸血鬼にそこまでする義理はないと言うのに……レミリアはますます比那名居天子に興味を持った。

 

 

 彼とはいろいろと話したいわね。でも、今は……

 

 

 レミリアは立ち上がる。咲夜が手を貸そうするが手で制する。いつまでも紅魔館の主である自分がみっともない姿を見せるのはレミリアのプライドが許さなかった。

 

 

 「咲夜、みんなの所に行きたいわ。案内して頂戴」

 

 「――!はい、かしこまりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「レミィ!?もう動いて大丈夫なの!?」

 

 「パチェ、みんなも心配かけたわね」

 

 

 図書館にはパチュリー、美鈴、小悪魔がいた。レミリアを見つけるなり駆け寄って来ていつものレミリアであることに安堵した様子だった。

 

 

 「本当ですよ!私なんか門番の役割放棄してまで館の修復に尽くしたんですから!」

 

 「美鈴は居ても門番として役になっているか不安だけどね」

 

 「咲夜さんひどいですよ!!」

 

 「事実でしょ?」

 

 「うっ!」

 

 

 咲夜に痛い所を付かれて落ち込む美鈴。相変わらず咲夜は容赦ないとレミリアは思うのであった。

 

 

 「あの……お嬢様、妖精メイド達にその……怯えられたりしませんでしたか?」

 

 

 小悪魔が恐る恐る聞く。今回の異変はスカーレット卿の仕業であったが、レミリアの姿で紅魔館の者達を力づくで支配して妖精メイド達を吸血鬼にした。それ故に事情を説明してもすれ違い様に妖精メイド達怯えられた。レミリアは自分のせいでもあったので怯えられて当然だと思っている。付き従っている咲夜は妖精メイドに怯えられているレミリアを見ていてとても辛そうにしていた。咲夜はレミリアから何も言うなと言われていたので妖精メイド達に何も言わなかった。

 

 

 あんな腐った奴だけれど父親だったんだから、私が責任取らないといけないのよ。妖精メイド達には後で謝りに行かないと……やることが沢山あるわね。気が滅入りそう……でも今は自分のことよりも謝らないといけないことがあるわ。

 

 

 レミリアはパチュリーに頭を下げた。いきなり頭を下げられたことでどうしたのかと戸惑う。

 

 

 レミリアは自分一人で解決しようとしたこと、同じ紅魔館に住み家族同然のみんなに心配かけて酷い事をしたことを謝りたかった。何度も頭を下げた。紅魔館の主としてではなく、一人のレミリア・スカーレットとして謝りたかった。腐っても父親であり、その血を継いでいる自分のせいでこのような事態を招いてしまったことを悔やんだ。悔やんで悔やんで後悔した。大切な家族に酷い仕打ちをしたし、信頼も失ったに違いない……レミリアはもう見限られても仕方ないとさえ覚悟していた。

 だが、そんなレミリアを誰も悪く言う者は一人もいなかった。

 

 

 「レミィ、頭を上げて頂戴。私は何も怒ってないわ。確かに私達を頼ってくれなかったのは寂しいって思うけれど、それはあなたが私達を巻き込みたくなかったからなんでしょ?レミィは私達のことを大切に思ってくれた……思ってくれているって実感したら許すしかないじゃないの」

 

 「そうですよ!私だって空腹で倒れていたところをお嬢様に助けられたんです!あの時の御恩は今でも忘れていません。お嬢様のために私は強くなるって決めたんです。でも、結局お嬢様を守れませんでした……お嬢様も苦しんでいたんですよね?なら、ここはお相子って形でどうですか?」

 

 「美鈴さん……私はパチュリー様の使い魔ですし、パチュリー様に賛成です。それに使い魔の貧弱な私でも一人の家族として接してくれるお嬢様を悪く言うなんてあり得ませんよ」

 

 「パチェ……美鈴……小悪魔……!」

 

 

 レミリアの瞳から温かいものが流れ落ちた。視界がぼやけてはっきりと姿が見えないが、同時に嬉しさが込み上がり自分はここまで慕われていたのかと感じていた。

 

 

 「お嬢様、この十六夜咲夜もお嬢様を悪く言うなんてあり得ません。お嬢様が居てこその紅魔館なのですから」

 

 

 咲夜も……みんな……ありがとう……!

 

 

 ------------------

 

 

 「これでいいかフラン?」

 

 「ありがとう天子お兄ちゃん」

 

 

 私は今、紅魔館の書斎にお邪魔している比那名居天子です。幻想郷を襲った紅い霧の一件以来ここを訪れるようになった。私も今回の異変で負傷したんだけれど、やっぱり天才の永琳さんにかかればこの程度の傷なんて……あらまビックリ!?気がついたら私の体はもう傷が治ってしまっているわ!って感じで退院しました。本当に永琳さんチートです……瀕死状態でもポケ〇ンセンターに行けばピンピンピコピン!っで全回復しているみたいだった。

 あの後大変だったんだよね……人里では妹紅が憎悪の炎を燃やしていたし、天界は私と衣玖が居なくなって地上の者に誘拐されたんじゃないかって噂が立っていて天人達が武器を片手に地上に攻め込もうとしていたことを知った時は焦ってしまった。人里の方は神子が事情を説明してくれて事なき終えた。天界も私が視察だと言って誤魔化したから何とかなった。天界のみんなこんな武力派だったっけ?

 まぁ、そんなことがあったんだけど何とかいつもの幻想郷に戻ることが出来ました。まだ色々と課題は残っているけど、今一番やるべきことは紅魔館の財政だ。派手にやってしまったことで外装はボロボロ、内装も至る所が酷い有様だった。それにレミリアは目を覚まさないし、咲夜達も精神と肉体的疲労で仕事をするなんて難しい。フランは吸血鬼であり、洗脳されていた期間が短かったために咲夜達ほどの肉体的疲労はなかった。しかし、フランは精神的に疲れが残っていると思う。自分の父親がどんな人物なのか知ってしまったのだから……それでもフランはレミリアの代わりに紅魔館を立て直すと言って事務に取り組んだ。

 

 

 そのことを知った私と衣玖はフランの手助けを買って出た。少しでもフランの傍に居てあげて心を癒してあげないといけなかったし、これも何かの運命が私達を引き寄せたのだろうと感じたためだ。事務的なことは私が教えて、衣玖は建物の復興費を計算してくれた。すぐにフランは覚えて実行に移していった。あれ?フラン優秀過ぎない?短期間で自分のものにしちゃうとか……将来はマジもんのカリスマになるかも……!

 そんなこんなで只今紅魔館でフランのお手伝いをしているところです。ちなみにこんなことをやっているので、いつの間にか私のことを「天子お兄ちゃん」と呼んでくれるようになりました。私一人っ子だから心にグッと来るものを感じる……良いわ……もの凄く良い!本当ならば「天子お姉ちゃん」って言って欲しかったけれど……贅沢言わないわ。

 

 

 「?どうしたのお兄ちゃん?」

 

 「いや、なんでもないぞー!」

 

 

 危ない危ない!フランにみっともない姿を見せてしまうところだったわ。そんな姿見せられるわけないじゃない……COOLに、COOLになるんだ私!いつものイケメン比那名居天子になるのよ!

 

 

 「すまない、色々と考えていたのだな。ところでまだレミリアは目を覚まさないのか?」

 

 「……うん……もう10日もなるんだけど……まだ……」

 

 「そうか……」

 

 

 フランは机に並べられている書類に目がいく。書類を読んでいるわけではなく、レミリアのことが心配になって顔を上げることができないのである。気持ちが落ち込んでいる証拠だった。

 

 

 レミリアは体的には問題ないし、やっぱり心の問題か……永琳さんは目を覚ますかはレミリア次第って言っていた。これはどうしようもなかった。でも、早く目を覚ましてほしい……フランのこんな姿をまだ見ないといけないと思うとやるせない気分になるから……

 私にできることはフランを慰めてあげることしかできないのだから……

 

 

 天子は元気がないフランの頭を撫でた。

 

 

 「大丈夫だ。きっとレミリアは近いうちに目を覚ますよ。そしてフランをめいいっぱい褒めてくれるだろう。フランはこんなにも頑張っているんだからね」

 

 

 机に並べられた書類を見ると、フランがサインした請求書の束があった。紅魔館以外で出た被害額を算出して弁償する形となっていた。それもフランが行い、この短期間で異変の爪痕は終息に向かって行っている。天子達が紅魔館にいない間もフランはせっせと働いていたのだ。

 

 

 「お姉様……褒めてくれる?」

 

 「ああ、きっと褒めてくれるよ」

 

 「……ありがとうお兄ちゃん、私元気出たよ」

 

 

 笑うフラン。まだ影が差しているが、笑えるだけの元気はあるようで安心した天子だった。

 そんな時にドアをノックする音が聞こえてきた。入って来たのはチルノと大妖精だった。

 

 

 「フラン!あたい達が加勢に来たのだ!」

 

 「天子さんこんにちは」

 

 「ああ、こんにちは二人共」

 

 

 チルノと大妖精は毎日フランの元に来てくれている。チルノは経理も事務もできないので、元気づけ要員としてここにいる。大妖精の方は中々優秀で、フランのお手伝いをしている。今日もフランのためにやってきてくれたのだ。

 

 

 「二人共ありがとう!飲み物持ってくるね」

 

 「飲み物なら私が持って……」

 

 

 来ようか?そう天子が言おうとした時に再びドアをノックする音が聞こえて入って来たのは衣玖だったが、何やら笑顔であった。

 

 

 「衣玖どうした?何やら嬉しそうだが……?」

 

 

 衣玖が嬉しそうだ。何があったのだろうか?体重計で測ったらこの前より2㎏程痩せていて部屋で踊っていた衣玖の姿並みだ。覗いたのかって?扉が開いていたからちょっと様子窺っていただけだよ?不可抗力で見ただけです。悪気はないんですよ?それに体重気にしている女性の気持ちわかります?私はわかるわ。学校の体重測定の日は必ず朝ごはん抜きにして、体重測る時なんか胃から空気を吐き出して少しでも軽く見せようとしていたぐらいですからね。その時の衣玖並みにいい笑顔なんだけど……?

 

 

 「失礼します。フランさん、いいご報告ですよ」

 

 「衣玖さん、いいご報告って?」

 

 「レミリアさんが目を覚ましました。今は図書館にいるみたいです」

 

 「――ッ!?」

 

 

 フランはそれを聞くと駆けだしていた。すぐに飛び出して向かったのは図書館だろう。

 

 

 「あっ!フラン!大ちゃんあたい達も行こう!」

 

 「待ってチルノちゃ~ん!」

 

 

 すぐに後を追いかけるチルノと大妖精だが、チルノが図書館までの道筋を覚えているわけがないので迷子待ったなしだ。大妖精がいるのが幸いだが……

 

 

 「衣玖、私達も行こう」

 

 「はい、天子様」

 

 

 レミリアが目を覚ましたか……フランも言いたいことがいっぱいあるはずだね。それに家族の対談を邪魔しちゃ悪いし……私達は影から見守るとしますか。

 

 

 ------------------

 

 

 「お姉様!」

 

 「フラン……」

 

 

 フランの目には久しく聞かなかった声の主であり、自分の大切な姉レミリアがそこにいた。フランは一目散にレミリアの元へ駆け寄った。

 

 

 「フラン……私ね……」

 

 「……会いたかった」

 

 

 会いたかった……正直言えばお姉様が目を覚まさないんじゃないかって思っていた。お姉様は今まで一人で全て背負い込んで我慢してきたんだと思う。それなのに私は忘れてしまい、地下に閉じこもっていた時に、何度かわからないけどお姉様を恨んだことがあった。本当は私を守るためだったのに私は記憶がないことをいいことに、お姉様は私の力を恐れて地下に閉じ込めたんだと思ってしまったことが何度かあった。私はすぐにお姉様が悪いんじゃないって自分に言い聞かせたけど、そんなことが何度かあって魔理沙達が異変を解決しに来た時は魔理沙達に八つ当たりしちゃったことがあったっけ……

 それでお姉様は精神的に疲れ切って目を覚ますのが嫌になったらどうしようって心の底で考えていた。天子お兄ちゃんや衣玖さん、チルノに大ちゃんに慰めてもらったけれど不安は消えなかった。けど、今私の目の前にいるのは間違いなくお姉様……私を一番に考えてくれて優しいお姉様がいた。

 

 

 会えた……嬉しい……もう一度お姉様とお話できる……!

 

 

 フランはレミリアに抱き着いていた。いきなりなことだったのでレミリアは動揺してしまう。悪魔の羽が小刻みに震え、どうしたらいいのか咲夜に目で訴えかけるが……

 

 

 「お嬢様、私達はこれより用事がありますので、妹様とお話しておいてください」

 

 「え?ちょ――!?」

 

 

 咲夜達はレミリアとフランを残して図書館を出ていく。これは二人の姉妹に余計な水を差さないための配慮だった。取り残されたレミリアは咲夜達が出て行った扉を見つめていたが、小さな声が聞こえた。

 

 

 「ごめんさない……お姉様……

 

 「……なんで謝るのよ?」

 

 「だって……お姉様が苦しんでいる時に私は大事なこと忘れちゃってたから……

 

 

 レミリアの胸の中で伝わってくる声は震えているようだった。

 

 

 お姉様……ごめんなさい……お姉様が辛い思いをしているのに私は自分のことだけ考えていた。

 

 

 フランはそんな自分が許せなかった。記憶を忘れていたとしてもフランもレミリアの妹、フランにもフランとしてのプライドがあった。姉であるレミリアに任せっきりにしてしまったこと……姉譲りのプライドがそれを強く後悔させた。

 

 

 「私……お姉様に甘え過ぎていたと思う。なんでもできるお姉様に任せておけばなんでも解決してくれるんじゃないかって……」

 

 「でも、それはフランが記憶を忘れて……」

 

 「それは理由になっていないの!忘れてしまったのは私が弱かったから……私の心が現実を受け入れたら壊れてしまう……だから、私自身は記憶を忘れることにした。お姉様だってあの日のこと思い出したくないはずなのに、私だけお姉様を置いて逃げ出したの!」

 

 

 埋めていた顔を上げるとそこには涙を流している一人の少女が悔しそうにしていた。

 

 

 「私達家族なのに、お姉様に丸投げして私は自分の殻に閉じこもった。お姉様は私を守ってくれた……私はお姉様を守れなかった……否、守らなかった。お姉様が苦しんでいるのに、すぐに手を伸ばさなかった……お姉様なら大丈夫って心のどこかで軽視していたんだと思う。お姉様だって生きているし、心だってある。それなのに、お姉様は強いし、一人でもどうにかできるんじゃないかって無意識に考えてしまっていたんだと思うの!私はお父様が言うように出来損ない……お姉様の心の支えにすらならなかったんだから……」

 

 「そんなことないわよ!!!」

 

 

 レミリアは強く否定した。いつもなら見せない必死の表情の姉の姿にフランは何も言えなくなった。

 

 

 「私の心の支えにすらならなかった?そんなわけないじゃない!フランの存在がどれほど私に力を与えてくれたか!あの惨劇の日以来、何度心が挫けそうになったか……紅魔館の全てを廻さなければならなかったし、様々な外敵から身を守る術も独自に身に付けて行った。誰も教えてくれない、頼れる者もいない、私が何度生きていても仕方ないと思った事か!」

 

 「それなら……私を捨てれば……」

 

 「捨てればよかったなんて言わせないわ!フランが居てくれたから私は生きようと思った、フランの笑顔が見たいから頑張れた、フランと一緒に紅魔館に過ごすことで私は一人じゃないって実感できたのよ!だから自分を出来損ないだなんて言わないで……私にとってフランあなたは最高の妹なんだから……あなたがいないとレミリア・スカーレットはここに生きていないんだから……!」

 

 

 瞳から大粒の涙が溢れてくる。大切な妹を強く抱きしめる……離さないように、温もりを感じるように……レミリアにとってフランは家族であり全てである。辛い事だらけだったが、レミリアは今この時は悪くないと思っている。大事なとても大事な妹をこうして抱きしめて居られるだけで幸せだから……

 

 

 「……お姉様……!」

 

 

 吸血鬼の姉妹はお互いの温もりに感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐすっ!よかったですね……お嬢様!妹様!」

 

 「咲夜さん、はいハンカチです」

 

 「ありがとう美鈴……!」

 

 

 図書館の扉が少し開いて中の様子を窺っている者達がいた。用事があると言って出て行ったはずの咲夜達にフランを追いかけてきた天子達が図書館の扉の前に集まっていた。

 

 

 「なんで入れてくれないんだよ天子ー!」

 

 「チルノ、今は空気を読んで見守ることが大切なんだぞ?」

 

 「そうだよチルノちゃん。ここは静かにしておいてあげよう?」

 

 「そうなのか?天子と大ちゃんが言うなら仕方ないな」

 

 

 チルノはレミリアとフランが心配で何度も入ろうとしたが、天子と大妖精に止められていた。

 

 

 「ありがとう。あなたのおかげでいつもの紅魔館に戻ることができたわ」

 

 「いや、私はあなたとの約束を守ったにすぎないよ」

 

 「パチュリー様が言うように本当にイケメンですね!外身だけでなく中身もグッドですよ!パチュリー様今ならデートぐらい誘ったらどうですか?」

 

 「ちょっと小悪魔余計なこと言わないで頂戴!!」

 

 

 小悪魔の発言に顔を真っ赤にするパチュリーをいじり倒す小悪魔。名前の通りの悪魔なんだなぁっと天子は少し感心した。

 

 

 「天子様、レミリアさんも目を覚ましたようですし、今日はパーティーにしませんか?」

 

 「そうだな衣玖。よし!久しぶりに私の手料理で満足させてやろうか!」

 

 「天子さんって料理するんですか?天界の料理一度味わってみたかったんですよ!」

 

 

 妄想の中で豪勢な食事をとる自分の姿を想像する美鈴の口からよだれを垂らしてとろけた表情になっていた。

 

 

 「天子様の料理は天界でも大絶賛ですから期待していいですよ」

 

 「おいおい衣玖、あまりハードルをあげないでくれ」

 

 「ふふふ♪天子様が久しぶりに手料理を披露すると聞いて私も楽しみにしているんですから」

 

 「これは気合入れないといけないようだな!」

 

 「天子様、この咲夜もお手伝い致しましょう。あなた様には大変お世話になりましたからね。それに霊夢達も今回の異変に関わった皆さまをお呼び致しましょう」

 

 「それはいいな!皆で今日のパーティーを盛大に盛り上げてやるぞ!」

 

 「「「「「おおー!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふ♪今日はパーティーみたいね」

 

 「そうだねお姉様」

 

 

 吸血鬼は元々耳がいいので、扉の先から聞こえてきていることは全て二人の耳には届いていた。

 

 「……フラン」

 

 「ん?なにお姉様?」

 

 「……私の妹で……ありがとう」

 

 「……私の方こそ……私のお姉様でありがとう♪」

 

 

 スカーレットの名を持つ二人の吸血鬼は強く手を握りしめ合うのであった……

 

 



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東方萃夢想 恋路編
31話 鬼の探し物


あけましておめでとうございます!新年度初投稿です。


新たな物語の始まりでございます。


本編どうぞ!




 「だぁああああああああああああ!!!ちくしょうぅううううううううううう!!!」

 

 

 地底で一人の鬼がやけ酒していた。もう何本目になるかわからない酒瓶を次々に飲み干していく。そんなに飲んだら体に毒なのでは?そう思うだろうがそれでも体は欲していた。否、鬼だからこそ酒を飲んで飲みまくっても体には毒どころか薬になるのだろう……多分。

 そんな鬼は店の中で叫んでいた。店に他にも客がいたが、誰も注意しようとしない。注意出来ないのだ……ただの鬼ならばよかったのだが、ここにいるのは山の四天王一人で、地底で多くの妖怪から姐さんと呼ばれている星熊勇儀の友の伊吹萃香だったからだ。地上と地底は勝手に出入りするのは禁止されている。地底には忌み嫌われた者達が住まう所であり、特別な許可が出なければ地上に出ることも地底に入ることも許されない。それなのだが、萃香はそんなことお構いなしに地底にやってきている。萃香の『密と疎を操る程度の能力』で体を霧状に変えて賢者に見つからないように密かに何度も酒を飲みにやってきていた。(賢者の方は既に知っているが言っても聞かないので放っている)

 

 

 萃香の様子がおかしかった。一人で店に入り、いつも一緒にいるはずの勇儀はいない……周りの客たちはどうしたものかと様子を窺っていた。そんな時に萃香に声をかける妖怪がいた。

 

 

 「およ?誰かと思えば勇儀姐さんと一緒にいる小鬼さんやないか」

 

 「「「「(ヤマメちゃんキター!!!)」」」」

 

 

 【黒谷ヤマメ

 金髪のおだんごポニーテールに茶色の大きなリボンをしている。瞳の色は茶色をしており、 服装は黒いふっくらした上着の上に、こげ茶色のジャンパースカートを着ている。スカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った衣装をしている。

 種族は土蜘蛛であり、病を操り、人間に感染症などの病気を掛ける能力を持つ。感染症などの病を操るうえに好戦的な為、地上では嫌われ者。

 

 

 そんな彼女は地底世界では人気者であり『地底のアイドル』とも称されている。彼女には多くのファンがおり、ファンクラブまである噂だ。ヤマメがこの店に立ち寄ったのは偶々で、うなだれている鬼を見つけて声をかけたというわけだ。

 

 

 「んぁ?なんだ……土蜘蛛のヤマメか……今日はお前に構っている気力ないんだ……どっか行ってくれ……」

 

 「おやぁ?どないしたん?いつもの元気あらへんやん?」

 

 

 ヤマメはいつも勇儀と一緒にどんちゃん騒ぎしている萃香の姿を目にしたことがある。しかし、今の萃香はシワシワにしぼんだ風船みたいになっていた。気になったので周りに散らかっている酒瓶をどけて隣に座る。

 

 

 「(ヤ、ヤマメちゃん!萃香さんのために!?ヤマメちゃん優しすぎ!マジ萌える!)」

 

 「(ヤマメちゃんボクにも君の愛の優しさをちょうだ~い!!!)」

 

 「(ヤマメちゃんLOVE!!!)」

 

 「(……抱かれたい!!!)」

 

 

 周りの卑猥な目をものともせず(気がついていない)萃香に話しかける。

 

 

 「そんなに飲み過ぎたら体に毒よ?」

 

 「鬼には万能薬だよ……放っておいてよ……」

 

 「何か嫌なことあったん?うちで良ければ相談乗るで?」

 

 

 ヤマメはそう言うと店員に自分の分の酒も用意させて話の場を作る。

 

 

 「(ヤマメちゃん、萃香さんと話ができるように自然と自分も酒を頼んで一緒に一杯やろうと誘う作戦か!マジ萌える!マジ萌えポイント500点追加だ!)」

 

 「(ボクの悩みも聞いて……ヤマメちゃんとデートするにはどうしたらいいのかって!)」

 

 「(LOVE!LOVE!!LOVE!!!)」

 

 「(……抱かれて罵倒されたい!!!)」

 

 

 変態どもの視線など気にせず(気がついていない)萃香にお酌する。

 

 

 「一人で抱え込んでいても解決せんで?うちが聞いてあげるさかいに、抱え込んでもええことないで?」

 

 「……聞いてくれるのか……?」

 

 「勿論!うちで宜しければなんでも聞いてあげる!」

 

 「「「「(な、なんでも!!?)」」」」

 

 

 ヤマメの言葉に反応する変態どもだが、ヤマメは何も知らない……知らない方が幸せなことだってある。萃香は少しずつだが話し始めた。

 

 

 紅い霧が発生した時、萃香は妖怪の山で酒に酔いしれていた。妙な気配を感じて起き上がると辺り一面紅い霧だった。嫌な感じを漂わせる霧であったが、霊夢が何とかしてくれるだろうと軽い気持ちで深い眠りについてしまった。そして、目が覚めると霧は跡形もなく無くなっていた。霊夢なら当然だなっと思って神社に帰って事の経緯を聞いた。すると、萃香が思っていた以上に大事だった。萃香にとってスカーレットのお家事情など知ったことではなかったが、天子がそのことに首を突っ込んでいるとは知らなかった。お人好しだなぁっと思いつつ萃香は嬉しかった。他人のためにそこまでしている天子が誇りに思えたのかあるいはまた違う感情なのか……とにかく萃香は嬉しかったのだ。数日後、そんな天子のために今度こそいい酒を飲ませてやろうと厳選した酒を持って紅魔館に行ったのだが、そこで見た光景に衝撃を覚えた。

 

 

 楽しそうにパーティーを開き、紅魔館の連中と仲良くする天子の姿があった。それだけではない、霊夢も魔理沙も来ていた。そして、衣玖に神子の姿もあった。しかも、文まで仲良く食事をしていたのだ。萃香は紅魔館の窓から眺めていたが、心に何か針が刺さったように感じた。しかも、出されている料理は聞こえてくる話からだと天子の手作り料理とか……いつもの萃香ならその場に乱入していただろうが、何故か踏みとどまってしまっていた。

 笑う天子の姿を見つめる小鬼は紅魔館の窓から中を眺めるしかできなかった。パーティーには今回の異変で関わった者達だけが呼ばれていた。だが、萃香はそんなこと知らない……人里で見かけた蓬莱人もいたし、半人半妖の教師も混じっていた。布都の姿もそこにあったし、見かけない尼さんらしき人物もそこにはいた。しかし、萃香には声もかからなかった……萃香は無性に寂しい思いになった。

 

 

 萃香は気がつけば森の中にいた。知らないうちに森の中にまで入ってしまったのだろうと思い返していたが、思い出すのは先ほどの光景……天子が笑っている姿だった。大勢参加していたが、そこには自分は混じっていない現実だけが思い起こされた。

 

 

 ため息が出た。自分は何をやっているんだろうと馬鹿らしくなった。折角天子のために持ってきた酒だが、無性に飲みたくなった。なんでもいいから口に入れたかったと言った方が正しいだろう……萃香は乱暴に酒瓶のフタを開けようとしたら、手が滑り、酒瓶は岩に叩きつけられて割れてしまいもう飲めなくなってしまった。酒瓶が割れたことで萃香の何かも一緒に割れたような気がした。何もやる気が起こらなくなり、博麗神社に帰る気力が湧かなくなっていた。その場で横になり萃香は寝た。

 

 

 次の日になって頭が冷えたのか冷静だった。何であんなに気分が落ち込んでいたのか考えた。

 

 

 天子の手料理が食べれなかったから?それなら乱入して食べればよかったがそうしなかった。

 

 自分の苦手な奴がいたか?そんな奴は誰もいなかった。閻魔ですらいなかったのだから。

 

 じゃあなんだ?いつもならお邪魔して酒をたかっているはずなのに?

 

 

 答えが出てこなかった。何故自分はお邪魔しなかったのか……何度考えても答えは出ることはなかった。これ以上を考えても仕方ないので、代わりに考えてくれそうな勇儀に意見を聞いてみることにした。萃香は地底に向かうことにした。

 

 

 地底についたのはよかったが、勇儀はどこかに行っているようだ。地底にいることは間違いないのだが、どこにいるのかわからない。自分の能力で生み出した分身に探させようかと思ったがやめた。ここにはめんどくさい地霊殿の主がいる。心を覗かれてほくそ笑まれるのは嫌だったから……一人で店に入って酒を注文して初めは大人しく飲んでいたのだが段々と腹が立ってきていた。何度も思い返してしまうあの光景……天子が他の奴らと楽しく笑っている姿を思い出す。誰が何を話そうが別にどうでもいいはずだった……はずだったのだが、何故か飲むスピードが速くなり、手が止まらなくなっていった。酒を味わうというより胃に流し込む作業になっていた。

 

 

 そんな時に現れたのがヤマメであり、萃香はこうしてやけ酒に溺れていたのだ。

 

 

 「へぇ、そないなことあったんや」

 

 「全く訳がわからない。こんな変な気分になったのは初めてだ」

 

 

 そう言って口に酒を運ぶが、味なんて感じなかった。舌が麻痺しているとか味がない酒とかではなかった。萃香が味など味わうこともしなくなっていた。先ほどからあの光景に苛立ちを感じているばかりだったのだ。

 

 

 「ふ~ん、なんとなくうちにはその原因がわかった気がするんやけどなぁ~」

 

 「ほ、ほんとうか!?」

 

 

 萃香は自分の求めていた答えを知っているヤマメに釘付けになった。

 

 

 「うわぁ!お酒臭い~!飲み過ぎやでぇ!」

 

 「そんなこといいから教えろよ!!」

 

 

 グイグイとヤマメに近寄って行く萃香の口から強烈なお酒のにおいが放たれる。流石のヤマメも大量の酒を飲み干して混じりあった臭いにたじろぐ。鼻を抑えて萃香を手で制止させようとするが、土蜘蛛相手でも抑えるには難しい鬼だ。ヤマメは力負けして萃香に詰め寄られる。

 

 

 「(ヤ、ヤマメちゃんが追い詰められている……追い詰められるヤマメちゃん……マジ萌えきゅん!)」

 

 「(ボクもヤマメちゃんに追い詰められたい!)」

 

 「(LOVE!!!YAMAME!!!LOVE!!!YAMAME!!!)」

 

 「(……抱かれて滅茶苦茶にされたい!!!)」

 

 

 萃香がどんどんとヤマメに近寄り、ヤマメはこのままでは萃香に押し倒されてしまうだろう。その光景を望んでいる客も少なからずいるが……ヤマメはこの臭いをどうにかしたいので萃香を落ち着かせようとする。

 

 

 「教えるから席に戻って~な!」

 

 「む、わかったよ……」

 

 

 何とか萃香の暴走を止めることができて一安心だが、萃香は答えが気になって仕方ない。

 

 

 「早く教えろ!私の納得しない答えなら一発だからな」

 

 「(それ聞いてないんやけど!?)」

 

 

 拳を握りしめる萃香にビビるヤマメ。萃香は我が儘なところがあった。勇儀と違い鬼の中でも異質なところがあったために理不尽なこともお構いなしだ。今の萃香はそれぐらい気持ち的に余裕がなかったのだ。

 

 

 「どうした?知っているんだろ?嘘だったなんて言わないよな?」

 

 「嘘なんて言ってないよ……でも、今から言うことはうちが話を聞いて思ったことだから正解かどうかわからないけど……ええか?」

 

 「いいに決まってるだろ!私が望む答えならな」

 

 「(理不尽ちゃうこの子……)」

 

 

 改めて鬼の怖さを思い知らされたヤマメ。もう後戻りできなくなっていた。覚悟を決めて萃香に言う。

 

 

 「小鬼さん……あんた……その天人さんのこと好きなんちゃう?」

 

 「……ふぇ?」

 

 「「「「(な、なんだってー!!?)」」」」

 

 

 ヤマメの一言で店は静まり返った。一番うるさかった萃香も固まったままだ。ヤマメはそんな萃香に対して自分が思ったことを伝え続ける。

 

 

 「聞いていると、嫉妬しているようにしか見えへんかったで?他の女の方と話して楽しそうにしている天人さんに嫉妬して苛立っていたんと違う?独占したいとか思っているんと違うの?もしかして自分で気づいてへんかったの?聞いてる側からしたらただの嫉妬話やで?」

 

 

 「「「「(ヤマメちゃんグイグイいったー!!!)」」」」

 

 

 ヤマメの容赦のない回答に周りの妖怪達は冷や汗をかいていた。萃香は気に入らない答えならば一発ぶん殴る宣言をした。もしヤマメがぶん殴られるもんなら萃香の人気は地の底に落ちてしまうだろう。地底の人気者に手を挙げれば、ヤマメちゃんファンクラブの連中が黙っているわけはない。例え相手が山の四天王だろうが報復しに来るだろう。地底で鬼とファンクラブメンバーの壮絶な争いが起こってしまうのではないかと危惧していた。

 

 

 「……ふふ……えふぅ!ふひゃ!」

 

 「(やばいよやばいよ!萃香さん変な笑い方になっているよ!)」

 

 「(ボク、ヤマメちゃんとデートするまで死にたくないですー!!!)」

 

 「(……DEAD……)」

 

 「(……抱かれながら死ぬ……実にいいぞ!)」

 

 

 萃香から奇怪な笑いが聞こえる。周りの妖怪達は萃香がキレる寸前の様子だと思い、己の最期を予感した。ヤマメはそんなことわからないので、どうしたといった様子で見ていた。そして、萃香の様子が変わった。

 

 

 「わ、わたしが……て、てんしのこと……す、すき……だなんて……そ、そんなことないもん!あいつは……その……親友(とも)だから……すき……とかじゃなくて……親友(とも)として好きだから……れ、れんあいとか……私には……無関係で……その……ち、ちがうから!そ、そそ、そっそそそ、そんなんじゃないんだから!ぜ、ぜんぜんそんなんじゃないんだからな!!」

 

 

 顔を真っ赤にして湯気が立ち上っていた。周りの妖怪達は初めて見る萃香の乙女の顔を見て時間が停止してしまっていた。

 

 

 「(ホンマに気づいてへんのか……恋している自体に気づいてへんとは……鈍感な小鬼さんやで)」

 

 

 ヤマメは何も気づいていない小鬼を哀れに思った。恋していること自体に気づけないとそれより先には決して進むことができない。このままでは萃香は一生やるせない思いを抱いて生きていくことになる。そう思って不憫に思ったヤマメは萃香に手を貸すことにした。

 

 

 「小鬼さん、うちが協力してあげるさかい、乗ってみいひん?」

 

 「ふぇ?」

 

 「恋の手助けしてあげるって言ってるの」

 

 「こ、こここここ……恋!?わ、わたしは天子にこ、こここここい!だにゃんて……!しょ、しょしょしょっしょ、しょんなことは!けっして……ありゃしないのにゃ!!!」

 

 「(あちゃ~これは重症みたいやわ……)」

 

 

 噛みかみになって話す萃香はいつもの山の四天王と恐れられた姿など感じさせないものだった。ヤマメも先ほど受けたプレッシャーもすっかり無くなっており、寧ろ今の姿を見ていると協力したくなってしまっていた。

 

 

 「とりあえず、飲んだらうちが仲間を集めて作戦会議しよう!話はそれからやで!」

 

 

 ヤマメと萃香は酒を飲み干した後、お金を払い店を後にした。その後店からは「萃香ちゃんマジ萌えー!!!」という妖怪達の雄たけびが聞こえて、萃香ファンが増え、萃香ファンクラブも創設されたとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「衣玖、おやすみ」

 

 「天子様もおやすみなさい」

 

 

 天子は天界で一日の仕事を終えて寝床に入ろうとしていた。紅魔館のパーティーで不甲斐なくはしゃいでしまい、みっともなかったかと思ったが、そんなことはなかった。天子が作った手料理も大いに好評だった。レミリアとフランも楽しんでくれたし、もう天子達が手を貸さなくてもやっていける。時々紅魔館に遊びに来てくれとも言われた。色々とレミリア達には残っているが、絆が深く結びついているなら大丈夫だろうと天子はいつもの日常に帰ることとなった。

 いつもの日常に戻り、明日も仕事に励もうと意気込んでベットで眠るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、よ~し!て、てんし……悪く思わないでくれよ!

 

 

 天子が寝ている傍に霧が集まり形となった。その影には角が生え、天子のベットごと持ち上げた。天子は最近色々とやることだらけで疲れていて目を覚ますことはなかった。

 

 

 「天子……私と一緒に地底に来てくれ!

 

 

 新たな異変に巻き込まれる天子に休息の時はあるのだろうか……

 

 



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32話 地底の天人

連れ去られた天子はある所へやってきていた。一体誰に連れていかれたんでしょうね(棒)


それでは……


本編どうぞ!




 「……ん?もう朝か……」

 

 

 ふわぁ~あ!良く寝た。最近色々なことだらけで疲れていたからね。紅魔館パーティーでは私もテンション上がってしまって、はしゃいじゃったからね。今までため込んでいた仕事の山を終わらせたし気が楽だった。今日はのんびり仕事をしながら体を鍛えるとしますかね。

 

 

 そう思ってベットから起き上がろうとする。

 

 

 ……ん?なんでだろう……起き上がれない。ぐぬぬぬぬぬ!あれ……?どうなってるの?

 

 

 何度体を起こそうとしても起き上がってくれなかった。手も足も何故か動かない……首だけは動くので、天子は不思議に思って体を見て見ると……

 

 

 ……な、なんじゃこりゃぁあああああ!?

 

 

 天子の体がベットに糸のようなものでぐるぐる巻きにされていた。

 

 

 ええ!?なに!?なんで体に……糸か?そんなものが巻き付いているの!?しかも何重にも巻かれている。う、うごけないのはこれのせいか!一体だれが……!?

 

 

 そう思った時に周りの風景が視界に入ってきた。

 

 

 ど、どこ……ここ?私の寝室じゃないんだけれど……和式の建物の内装だということはわかる。けれど本当に私はどこにいるわけなの!?

 

 

 天子には見覚えが全くない所にいた。周りには古風なタンスやちゃぶ台が置いてあった。木製でできた和式の建物の内装にいることはわかるが、自分が何故こんなところにいて、しかも糸でベットにぐるぐる巻きにされている現状が理解できなかった。

 

 

 え?なに?もしかして天界の天人達が反乱でも起こしたの!?私は地上に落とされてどこか知らない妖怪が私を食らうためにここに連れ込んで、逃げないようにベットに括り付けたとか!?それだったらめっちゃ怖いんですけど!!!

 

 

 流石の天子もいきなりすぎて混乱していた。そんな時に奥の襖が開く音が聞こえてきた。恐る恐る襖を開けた人物を確認しようと首をそちらに向けると……

 

 

 「……」

 

 「うわぁ!?」

 

 

 いつの間にか顔の隣にいた桶に入った少女と目が合った。

 

 

 この子は……キスメ!?なんでキスメがここに!!?

 

 

 【キスメ

 桶入った人間のような少女という外見をしている。髪は緑髪のツインテールで、髪留めは水色か白の2個の玉が付いたゴムで止めている。 後、白い着流しを一枚羽織っている。

 種族は釣瓶落とし。狭いところが大好きでいつも桶に入って生活している。

 

 

 キスメがなんてここに……?状況よりも好奇心が勝つってたまにあるけど今まさにそう。キスメの桶の中が気になった。キスメって桶の中どうなっているのかゲームしている時から気になっていたんだよね。キスメの肩から下には見た目に釣り合った細身の体が桶の中にちょこんと入っていると予想する。これでもし下半身が筋肉隆々の体が入っていたら泣く。確かめてみれば早いことだ。ちょっとだけ拝借してみても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いいかなぁと思って桶の中を覗こうとしたら滅茶苦茶睨まれた。鬼の形相でこっちを見てくる……滅茶苦茶怖いんですけど!!?キスメってもしかして釣瓶落としじゃなくて鬼だったとか……って私はこんなことしている場合じゃない!キスメがここにいるってことは……まさかここって地底!?なんで天界から地底にいるの!?ちょっとキスメそんなに睨まないで!私が悪かったから!ごめん本当に怖いって!!

 

 

 天子はキスメに睨まれて内心滅茶苦茶ビビっているとそこへ入っているもう一人の人物に気がついた。

 

 

 「おやぁ?目が覚めたんだね。おはようさん」

 

 「……ヤマメ……か?」

 

 「うちのこと知っているの?うちって天界でも有名人なんかいな!これは困ったわぁ……サインとかください言われたらどないしよ」

 

 

 何やら独り言をぶつぶつ言っている……ヤマメがいるならばもう確定じゃない。私はいつの間にか地底にいる。しかもベットに括り付けられて……何なん?この状況……?全く訳がわからないよ?

 

 

 「あっ!ごめんな。危害加えるつもりはないから安心してな」

 

 「そ、そうか……一応名乗っておこう。私は比那名居天子、天界に住む天人くずれだ」

 

 「うちは黒谷ヤマメ、こっちのちっこい子がキスメ」

 

 「……ドモ

 

 

 キスメは小さく首を縦に振ると、ヤマメの後ろに隠れてしまった。相当人見知りのようだが、天子がキスメの桶の中を覗こうとした時とは大違いだった。彼女のプライベートには触れない方がいいということなのだろう。

 天子は先ほどから気になっていたことをヤマメに聞く。

 

 

 「すまないヤマメ、私は天界に居たはずなんだが、朝起きたら何故かここにいた。しかも体はベットに括り付けられている。どうしてこうなったか知らないか?」

 

 「ああ、それ?知ってる。だって天子をベットに括り付けたのうちやもん」

 

 「……はっ?」

 

 

 え?ヤマメがやったの?確かに蜘蛛が出す糸みたいな綺麗な糸だなぁって思ったけど……ヤマメの仕業か!でも、なんでヤマメがこんなことをするの?それも天界までやってきて私をさらってきたってこと?訳がわからないよ。

 

 

 「それはね……うちが説明するより本人に聞いた方がええで?天子の知り合いやし」

 

 「知り合い?」

 

 

 知り合いと言われて天子は首を傾げる。現在地霊殿組には今、目の前にいるヤマメとキスメだけだ。知り合いとは誰のことかと考えているともう一人誰か入ってくる気配を感じた。天子はこの気配に心当たりがあった。喧嘩し合った仲だったから……

 

 

 「まさか……萃香か?」

 

 『やっぱり凄いよ……霧の状態である私の気配に気づくなんて……』

 

 

 聞こえてきた声はどこか嬉しそうだった。霧が一か所に集まり小さな鬼の姿へと変わる。

 

 

 「忘れるわけないだろ?あんなに激しく(喧嘩を)やったんだから」

 

 「あらら!?もう経験済みだったの小鬼さん!?」

 

 「ばっ!ち、ちがうわ!天子も誤解されるような言い方やめろ!!」

 

 

 え?なんなの……?なんで私怒られるの?解せぬ……それにしても萃香がここにいることはおかしくはないと思う。地底には勇儀さんがいるし、友人に会いたくて地底に行くことはわかるけど……もしかして私をここに連れてきたのは萃香か?

 

 

 天子はそのことを聞いてみた。すると萃香からは「そうだ!私が連れてきたんだ!」と胸を張っていった。張る胸はぺったんこなのだが……

 

 

 「……何のためだ?」

 

 「そ、それは……」

 

 

 萃香の挙動がおかしくなる。目をキョロキョロさせて落ち着きがなくなった。鬼は嘘をつくことが嫌いだ。萃香は嘘にならないように何かを言おうとしているが、言葉が見つからないのか完全に挙動不審となっている。この姿を見てヤマメは頭を抱えていた。そして、ヤマメは萃香の代わりに天子に伝える。

 

 

 「天子聞いてえな、小鬼……萃香はね、天子とデートしたかったんやで」

 

 「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょ!!?」

 

 

 ヤマメの発言に顔を真っ赤にして慌てふためく萃香。一方の天子はポカーンと口を開けていた。

 

 

 ……私の聞き間違いかな?ヤマメが言ったことに間違いがなければ萃香が私とデートしたいと希望しているってこと?デートって言う名の酒巡りの旅かな?萃香にとってそういう意味なのかぁと一瞬思ったけど、ここまで萃香が狼狽える姿を見せたのは初だ。もしかして……真剣と書いてマジの方?

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……マジ?

 

 

 萃香が?私と?私は夢でも見ているの?好きと言っても親友(とも)してって思っちゃったりしちゃったり……ってそんなことないか。萃香は鬼だから嘘嫌いだもんね。私だって鈍感野郎じゃないし、萃香の態度を見ればわかるわ。顔真っ赤にして……かわいい♪普段見られない萃香を見れて超ラッキーです!ご馳走になりました!

 

 

 萃香の意外な部分を見れて興奮気味の天子だが、一つ危惧していることがあった。

 

 

 私は外見男だけれど中身女の子なのに……萃香に嘘ついている形になっているのよね。それを知ったら萃香どう思うだろうか……私は真実を伝えるのが怖い。あれだけ散々他人には偉そうな口で言っているのにいざ、自分の番になるとヘタレる奴なのよ。今更萃香に「私は実は女なのよ。だからごめんなさい」なんて言えないわよ……最悪な奴よ私って……

 

 

 自身の心の性別に後ろめたさを感じていた。萃香が本気で好きになってくれることは天子には嬉しいが、それは外見での話だ。中身は女でそれを黙って萃香に嘘ついていることになっている。こんなことなら初めから自身に起こっていることを話しておけばよかったと後悔していた。

 

 

 ……やっぱりダメよね。私だけ自分の都合の良いように話を進めては!萃香に本当のことを話そう。そしてごめんなさいしよう。萃香だってそれならわかってくれるはず、もしもの時はこの首取られることを覚悟しよう。萃香にならいいかなって思えるし……私って本当に戦闘狂になっている気がするわ。

 

 

 天子は意を決して萃香に真実を語ろうと向き直った。

 

 

 「萃香……すまない、実は私の正体……!?」

 

 

 

 天子は見てしまった。萃香では絶対見ないであろうと思っていた表情を……目に雫が溜まり、頬が赤く染まり、天子を見つめる愛らしい瞳を向ける顔……鬼でもなければ、山の四天王でもない、恋する乙女が天子の答えを待っている姿だった。

 

 

 ……ごめん。やっぱ私には無理。

 

 

 「萃香、ありがとう。萃香の気持ちは嬉しいよ」

 

 「ほ、ほんとう……?」

 

 

 くぅふ!かわいいなぁ!もう最高!ギャップ萌えは卑怯だって!!昔の私に戻されそうじゃないか。こんなの絶対勝てないよ。流石萃香だ、山の四天王は伊達じゃない。

 

 

 天子は負けた。萃香の酒に酔っているおっさんくさい姿ではなく、恋する乙女形態に変身した姿に屈服するしかなかった。自分の中身は女であること、転生して比那名居天子として生きている真実を語ろうとしたが、かわいい萃香の姿に天子の覚悟は粉砕されて完全敗北し、今言うことじゃないから別にいいかと心変わりした。幼女の力は恐るべし!!!

 

 

 「デートぐらいなら受けてやってもいいぞ」

 

 「い、いいのか天子!?」

 

 

 はっ!?私は何を気軽に発言してしまっているんだ!?口が勝手にしゃべっていた。嘘じゃないんです!信じてください!こんなんじゃ私、元天子ちゃんにボロカスに言われちゃうよ!!「このクソ女たらし!!」とか言われそうなんですが……!

 

 

 天子は慌てて発言を撤回しようとするが、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる子供のような姿の萃香に何も言えなくなってしまった。

 

 

 「よかったな萃香。天子、しっかりリードしてあげてぇな!」

 

 「……リードしろよ

 

 

 ヤマメとキスメに後押しされて逃げ道が無くなってしまった。

 

 

 ……まぁ、一日ぐらいなら付き合っても罰は当たらないよね。萃香だって喜んでいるし、萃香の気持ちにも応えないと比那名居天子として失格だね。ちゃんと責任取るか。

 

 

 しかしこれが一日で終わらない異変に繋がるなどこの時の天子は何も知らないのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 天界にいつもより遅い朝がやってきていた。

 

 

 「天子様、朝でございます」

 

 

 返事が返って来なかった。珍しく天子が起きてこなかった。いつもなら既に起きしている時間帯なのに……衣玖は天子を呼びに寝室にまでやってきていた。

 

 

 「(確かに最近は色々なことが立て続けに起こっていて、まともに休む機会がなかったこともあって疲れているのでしょう。紅魔館で久しぶりの天子様は手料理を披露されました。相当気合が入っていたみたいだったのでそれもあるのでしょうね。久しぶりに味わった天子様の真心こもった手料理はおいしかった♪ミミズクさんが途中で余計なことしなければもっと食べれていたんですが……今度頼んで私だけに作っていただきましょうかね)」

 

 

 衣玖は紅魔館でのパーティーで出された天子の手料理のことを思い出していた。想い人が作った手料理を食べれるなんてこれほどの幸せはない。パーティーの時に色々とハチャメチャがあったこともあって天子は疲れているのだろうと結論付けた。

 

 

 「(ここは私の勝手ながらですが、天子様を起こすのはもう少し後にしましょうか。今のうちに天子様がいつでも起きて来ても食べれるようにご飯の準備と仕事を片づけを済ませておきましょう。きっと私を褒めてくれるに違いないです。「衣玖、私のためにありがとう」なんて……ふふふ♪今からそのことを考えると楽しみです♪)」

 

 

 衣玖は天子の寝室から遠のいていった。その寝室はベットが無くなっておりそこで眠っているはずの天子もいないことに気がつくのは先になりそうだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「屠自古、天子殿成分が不足しがちなんですが……」

 

 「天子殿とはこの前会ったばかりではないですか……それに天子殿成分ってなんですか?」

 

 「天子殿成分は私を癒してくれる魔法の成分だ。仙術でも決して作り出すこともできない素晴らしい成分なのだ!これは天子殿の傍にいるだけで摂取することができる。天子殿と話せればもっと多くの量を摂取することができる。肌に触れた時なんか……爆発しそうになります」

 

 「太子様って変態ですか?」

 

 「これ屠自古!太子様に向かって変態とは何事じゃ!スケベと言え!」

 

 「お前も大して変わらないじゃないか!」

 

 

 屠自古は頭を悩ませていた。最近の神子は毒気が抜けてしまい、NOカリスマ時の神子はこんな調子で困っていた。もう少し前ならキリっとしていたのにと思っている。特にこの前の紅魔館で開かれたパーティーにみんなで出向いた時に出された天子の手料理が原因で弾幕勝負になるとは夢にも思っていなかった。原因は衣玖と神子なのだが……命蓮寺の聖によって仲裁されたが、神子のあるまじき醜態を晒すことになって屠自古は胃を痛めていた。天子が何も気にしていなかったのが幸いだったけど……

 

 

 「(絶対に天狗に撮られたろ……あの現場……)」

 

 「あらぁ?どうしちゃったのです?屠自古さん?」

 

 「青娥殿……なんでもない。つまらないことだ」

 

 「だいじょ~ぶか~?」

 

 「芳香殿もありがとう心配してくれて」

 

 

 芳香は屠自古に頭を撫でられて満足そうにしていた。そんな姿を神子は羨ましそうに見ていた。そして我慢できなくなったのかいきなり立ち上がった。

 

 

 「足りない!天子殿成分が今の私には不足している!これでは生活に支障をきたしてしまう。これでは人々を救うことにも影響が及んでしまう!?それだけはいけない。今からそちらに向かいますよ天子殿!私にもいい子いい子してほしいですー!!!」

 

 「ああ!?太子様!!我も太子様のお力になりますぞー!」

 

 

 神霊廟を飛び出して行く神子と布都の姿が見えなくなっていく。

 

 

 「「はぁ……」」

 

 

 屠自古と青娥は今までよりも苦労しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妖夢……そろそろ部屋から出てこない?」

 

 「……すみません幽々子様……まだ立ち直れそうにないです……」

 

 

 白玉楼ではプチ異変が起きていた。妖夢は部屋にこもりっきりで出てこない。幽々子がご飯を作って妖夢に持っていくという立場が逆転していた。何故このようなことが起きているのか……事の出来事は、天子達が異変を解決している時に妖夢は早苗と一緒に一日中ゲームで楽しんでいた。ようやくゲームを楽し終えて満足した時には異変は既に解決されており、異変自体起きていたことに気づいていなかった。それだけならまだよかったのだが、天子がボロボロになって戦っている時に遊んでいたのだ。真面目な妖夢にはショックだった。更に妖夢に止めを刺したのは紅魔館パーティーで自分は呼ばれなかったことだ。異変に関わった者だけなのだから当然なのだが、みんなが必死に異変に立ち向かっていたのに妖夢は遊んでいたことで役に立てなかったのと幻想郷の危機に何しているんだと自分に失望してしまった。天子の弟子である自分がこんな醜態を晒してしまい、恥ずかしくて部屋に引きこもりになってしまっていた。

 ちなみに早苗はちゃっかりとパーティーに紛れ込んでいた。神奈子と諏訪子の分の料理もちゃんと持って帰って存分にパーティーを楽しんでいた。なんでいるのか?早苗に常識など通用しないからだ。彼女が居ても「常識に囚われてはうんたらかんたら……」で済んでしまうことが恐ろしい。

 

 

 そんなわけで現在、妖夢は引きこもり剣士となっていた。

 

 

 「妖夢……天子さんは気にしないわよ。きっと謝ったら許してくれるわよ」

 

 「私の気持ちは嫌なのです!そんな簡単に済んでしまっては天子さんの弟子を名乗るだなんて……天子さんに失礼です!それに幽々子様なら……幽々子様が命がけで異変解決している時に私が遊んでいたらどう思いますか?」

 

 「……こっちは大変な事件に巻き込まれているのにそっちは遊んでいたのかコノヤロー……って思っちゃうかな?」

 

 「うわぁあああああん!!!切腹してやるー!!!」

 

 「ちょ!?妖夢冗談だから!冗談だから……って本当に切腹しようとしないで!!?」

 

 

 部屋に入った幽々子が慌てて妖夢を止める。刀を奪われて気力を失う妖夢は情けない姿で転がった。

 

 

 「もう私……魂魄妖夢止めます……これから緑の勇者リ〇クになります」

 

 「何言っているの妖夢!?訳がわからないわよ!?」

 

 「ブーメランとボムと盾を探してきます……」

 

 「盾はわかるけど……ブーメランとボムってなんで!?ちょっと妖夢どこかに行こうとしないで!!」

 

 

 何とか落ち着かせた後、幽々子の数時間にも及ぶ説得によって正気を取り戻した妖夢は天子に謝るため白玉楼を出発するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃ、二人共行ってらっしゃい」

 

 「……行ってこい

 

 「ああ、行ってきます」

 

 「い、いってくにゅぞ……!」

 

 

 天子は旧都に足を向けた。ヤマメとキスメに見送られて、緊張している萃香と二人だけのデートを楽しもうとしていた。

 

 

 「ほら萃香、リラックスしろ」

 

 「そ、そうだにゃ!りにゃっくすりにゃくす……!」

 

 「……鬼じゃなく猫だったのか……?」

 

 「そ、そんなことにゃい!!」

 

 「プッ!」

 

 「わ、わらうにゃよ!!!」

 

 

 地上の状態も知らない天子は萃香とデートを楽しんでそれが終われば地上に帰ろうと思っていた。だが、そう簡単に終わらないのが幻想郷……何が起こるかわからないのが人生だ。

 

 

 地底を巻き込む異変はすぐ傍まで近づいていた。

 

 



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33話 乙女の鬼

ヤマメは何故か関西弁に似合う気がする。


それでは……


本編どうぞ!




 ドックンドックン!

 

 

 心臓の音がここまで鮮明に聞こえてきたことがあっただろうか?今までの中で心臓の鼓動を感じることは何度もあったが、それらに比べて今の感じている振動、音は今までと比べて差が大きすぎた。周りの音が心臓の音でかき消され、体が振動にとって震える……一人の鬼が、鬼の中でも山の四天王と恐れられた鬼が今まさに敗北感を味わおうとしていた。

 

 

 落ち着け!落ち着けよ私の心臓!!私は鬼だぞ……ただのそこら辺のへなちょこ共じゃない山の四天王と恐れられたんだ。これぐらいで自分の鼓動に負けを認めるかよ!

 

 

 伊吹萃香は一人で戦っていた。自分自身の心臓と……何のことを言っているのかと思うだろうがそう表現するしかない。萃香は今にも張り裂けそうな心臓を鎮めるのに必死だ。ここまで心臓が高鳴るのは理由がある。それは萃香の右隣にいる存在の一人の男が原因であった。

 

 

 比那名居天子……萃香と戦い勝利した男であり、萃香の親友(とも)である。だが、そんな天子は今日は親友(とも)として傍にいるわけではない。今の天子は親友(とも)ではなく、デート相手として萃香の隣にいるのだ。

 

 

 おちおちおちおちおちつつつつけよ!て、てんしが隣にいるだけだろう!そうだ、いつもならこんなに緊張することなんてないじゃないか。息を吐いて吸ってを繰り返していれば元の私に戻れるさ……ゆっくりゆっくり……!

 

 

 息を大きく吸い込もうとしていた時に天子が萃香に声をかけた。

 

 

 「萃香、どこから見に行こうか?」

 

 「ゴホッゴホッ!えふぅ!!」

 

 「だ、だいじょうぶか萃香!?」

 

 「い、いきなり……ゴホッ!声かけるな!むせたじゃないか!」

 

 「す、すまない……」

 

 

 ああ……恥ずかしい……何やっているんだ私は!?いつもの調子に戻ればなんてことないのによ……で、でーとって言ったってただ、一緒に歩いたり、色んな所を見て回るだけじゃないか……それぐらいで私の心が乱れるなんて……

 

 

 チラッ!

 

 

 横目で天子を窺うと心配そうに萃香を見つめていた。天子と目が合うとすぐに視線を晒して体温が上がっていくのを感じた。

 

 

 で、でーとぐらいでこの私の心が乱れるわけないし!私が天子に……こ、こいなんて……抱くわけが……抱く……わけが……

 

 

 そんなことをずっと思っていた。そんな時に右手を握られた。それも温かい手に……

 

 

 「緊張しているのか?これで少しはマシになるか?」

 

 

 ちょちょちょちょちょちょちょちょちょ!?なななななななななななにしてるのぉおおお!!?

 

 

 萃香の頭はオーバーヒートしそうだった。心の準備も何もしていない状態でいきなり右手を握られた。天子の左手に包まれ握りしめられた手は喜んでいるように熱が上がっていた。その熱が手から腕に行き、萃香の体全体に周って行く。嫌ならば振りほどくが、全く嫌な感じがしない。寧ろもっとこうしていたいと思ってしまい、自然と落ち着きを取り戻し始めていた。

 

 

 「どうだ?少しはマシになったか?」

 

 「う、うん……だ、だいぶ……落ち着いたよ……」

 

 「それはよかった。でも中々見れないレアな萃香を見れて私は幸せ者だ」

 

 「ふぁい!?」

 

 

 またまた萃香の体温が上がっていく。天子はまずかったかな?って顔をしていた。萃香は何度も呼吸を改めて自分自身を落ち着かせる。

 

 

 「だ、だいじょうぶ……だいじょうぶだから……変なこと言わないで……くれ……」

 

 「わ、わかった……」

 

 

 それから数分後、再び落ち着きを取り戻した萃香はシャキッとして天子に声をかける。

 

 

 「その……悪かったな。急にヤマメが変なこと言って……迷惑だったろ?」

 

 「その心配はないさ。私とデートしたかったのだろ?萃香は勇気を出して誘ってくれたんだ。それぐらい受け入れてあげなくては比那名居天子としての名が泣くよ」

 

 「天子……今日一日だけ私の我が儘に付き合ってくれるか?」

 

 「ああ、お安い御用さ」

 

 

 二人は旧都へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おお!これは……凄いな!」

 

 「だろ?地底も綺麗な所だろ」

 

 

 古い時代の建物が立ち並び、ぶら下がる無数の提灯。とても明るい景色が広がっていた。多くの妖怪達が行き交い、様々な店があり、お祭りのようだった。こんな光景地上でもあまり見かけないので釘付けになっていた。

 

 

 「本当に凄いな。ここが地底だってことを忘れてしまいそうだ」

 

 「そうだろそうだろ。私が良い所を案内してやるよ」

 

 

 萃香に手を引かれて天子は旧都の街並みを堪能していく。

 

 

 「おい、誰だあれ?」

 

 「あ、あれは萃香さん!?」

 

 「隣にいるいい男は誰だ!?紹介してくれ!」

 

 「萃香ちゃんと手を繋いでいるだと!?うらやま……けしからん!!」

 

 

 旧都を歩いていると周りからもの凄い視線を感じた。萃香が天子といることに驚く男や萃香と手を握る天子に嫉妬する男、男なのに天子の方ばかり見る変な男、萃香の胸ばかりに視線を向ける変態など様々な妖怪達がいる。男のほとんどが萃香と見つめ、中には天子を敵視する視線も感じられた。女の妖怪も存在しており、女妖怪達は天子の美貌にうっとりしている様子だった。正直なところ天子は居心地が悪かった。萃香は全く気にしている様子はなかったが……

 

 

 「どうしたんだ天子?周りが気になるのか?」

 

 「え?ま、まぁな……」

 

 「なら、私が黙らせようか?」

 

 「いや、そこまではいい……」

 

 

 やっぱり萃香だなぁっと天子は感心するのであった。今までに見たことない萃香を見てから大人しくなったのかと思ったが決してそんなことはない。いつもの鬼である萃香に変わらなかった。

 

 

 「そうだ萃香。食事しないか?朝から食べてなくて私もお腹が減ってきたところなんだ」

 

 「そう言えばそうだな。よし!食事にしよう!いい店知っているんだ。こっちだ」

 

 「おいおい、引っ張るな」

 

 「「「(萃香さん(ちゃん)と食事だと!?リア充爆発しろ!!!)」」」

 

 

 男達の嫉妬の炎など気にもしない無邪気な小鬼に連れられて一軒の店に入っていく天人。そこはよく勇儀と萃香が語り合う場所で使っている店だった。店に入るなり亭主が「ゲッ!?」って言う声が聞こえたが、一体萃香はここで何をやっていたんだと思ってしまった天子だ。

 

 

 「亭主、酒とつまみ大盛りでくれ」

 

 「へ、へい!」

 

 

 萃香と天子はテーブル席について普通なら向かい側に座るはずだが、萃香は天子の隣にやってきてちょこんと座った。萃香の飛び出た角は邪魔になるとか普段なら思うかもしれないが、うまい具合に天子に当たらないように距離を取っている。そこは配慮してくれている萃香の隠れた優しさに天子は小さな微笑みを見せる。

 

 

 「ん?どうした天子?何笑っているんだ?」

 

 「いや、なんでもない。ここのおすすめはなんなんだ?」

 

 「ここは酒が中々良くてつまみも沢山盛り盛りで値段も安いのがいいんだ。それにいくら暴れても怒らない亭主が気前が良くてね♪」

 

 

 そうなの?って視線を亭主に向けるが、首を思いっきり横に何度も振って全力で否定された。否定したのは「いくら暴れてもって怒らない」ってところだろう。鬼の萃香に文句を言える存在など滅多に地底にいるわけがない。天子は心の中で亭主に同情してしまったので、今後のためにも一言ぐらい言っておいた方がいいだろうと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へい、お待ちどう!」

 

 

 萃香に店で暴れてはいけませんと注意しておいた。萃香も「天子が言うなら仕方ないな」って了承した。亭主の目が光り輝いていた気がする……何故か酒とつまみ以外にも沢山サービスしてくれた。亭主が天子に対しての感謝の気持ちだったのだろう。出された酒とつまみなどを一緒に食べて食事を楽しんでいる時に、外から喧嘩する声が聞こえてきた。

 

 

 「なんだと!てめぇ、その減らず口を叩きなおしてやる!」

 

 「なんだとコノヤロー!!!」

 

 

 男達の声……怒りを孕んだ怒号が店の中まで届いていた。地底では喧嘩は珍しくないことだ。店の中の客も特に気にしている様子はない。しかし、天子はあまりこういう状況が慣れていないのか、それに喧嘩がすぐ傍で行われていると思うと少々気になって仕方ないのだ。

 

 

 「天子、渋い顔しているな。喧嘩が気になるか?」

 

 「ああ、天界ではこんなことないからな。地上に居てもこんな状況で飲めるほど気持ちは図太くないんだ」

 

 「まぁ、天子から見たらそうだろうな。でも、地底ではこれが普通なんだ。毎日喧嘩が起きて暴れて酒を飲み交わす。これが地底での日常ってやつさ」

 

 

 萃香は特に止めることはしないようだ。見慣れた光景のため放っておけばいいと言う。天子も渋々ながら了解しておいた。もし店や無関係な妖怪に被害が出そうなら割り込むことになるが……

 そんな時に再び聞こえてきたのは喧嘩する声に混じって違和感を覚える会話が耳に届いて来た。

 

 

 「てめぇ!もういっぺん言ってみろ!勇儀姐さんのたわわな胸が気に入らないだと!!?」

 

 「(……ん?)」

 

 

 天子は耳がおかしくなったのかと自分を疑った。

 

 

 「お前こそ!萃香ちゃんのちっぱいをなめんじゃねぇ!」

 

 「(……はっ?)」

 

 

 聞こえてきた会話は怒りの声だが、内容がおかしい……否、天子の中身は女の子であるために余計にこの状況に違和感を覚えたのだ。

 男と男の真剣な話(女性の胸について)は女性側からしたらただのスケベ話にしか聞こえないからだ。本人たちは真剣の大真面目なのだが……

 

 

 「勇儀姐さんのたわわな胸はそうそうお目にかかれるもんじゃねぇんだぞ!勇儀姐さんの筋肉質の体に力の勇儀と恐れられる姐さんの剛力、それらに負けず劣らずの美の象徴こそあのたわわな胸なんだぞ!それを理解できないとはてめぇ、それでも妖怪か!?」

 

 「お前こそ、萃香ちゃんのかわいらしい小さな体に全くないちっぱいの素晴らしさがわからんのか!?子供の姿ながら、酒を飲み、つまみを食う姿は実におっさんくさいがそれがいいんだろ!そして、山の四天王と呼ばれた萃香ちゃんの最近の新事実……ギャップ萌えの恐ろしさ教えてやる!!」

 

 

 勇儀派と萃香派の譲れない戦いが店の外で繰り広げられているようだった。そして萃香派の激動の攻撃が始まる。

 

 

 「最近萃香ちゃんファンクラブができて俺は嬉しいんだ。前々から萃香ちゃんのファンだった。だが、大抵の男どもはヤマメちゃんか勇儀姐さん派ばかりで、誰も萃香ちゃんの良さをわかってくれなかった。俺は悔しかった!勇儀姐さんと酒を飲み交わし、楽しそうにしている萃香ちゃんを見ると興奮して夜なんて寝付けねぇ!そして、最近仲間から萃香ちゃんファンクラブができたと聞いて俺は感激したんだ。だが、何故今頃になって仲間たちはファンクラブを作ろうと思ったのか……仲間の一人から聞いたんだけどよ……」

 

 

 萃香派のターンはまだまだ終わらない。

 

 

 「その日は萃香ちゃんはやけ酒しててよ、そんな時にヤマメちゃんが現れて萃香ちゃんを慰めていたんだ。何故やけ酒しているのかってヤマメちゃんが聞いたら萃香ちゃん、いつもは見せない顔を真っ赤にして狼狽え始めて噛みまくりだったんだ!あれは乙女の顔だったって仲間が言った。それを聞いた大勢の仲間が萃香ちゃんファンになったんだ!」

 

 「な、なんだってー!?」

 

 

 勇儀派も話に釘付けになっていた。

 

 

 「だがよ……俺は悲しいんだ……」

 

 「ど、どうしたんだよ?なんでそんなに落ち込んでいるんだよ?」

 

 

 先ほどまで威勢がよかった萃香派の男の声は弱々しくなっていた。その様子に勇儀派の男も一体どうしたのかと問いかける。

 

 

 「……仲間が言うには……萃香ちゃん……好きな奴が出来たんだって……それもベタ惚れらしい……きっと萃香ちゃんの初めては奪われてしまったんだと思う……」

 

 「な、なんだとー!!?」

 

 

 衝撃だった。山の四天王と恐れられて酒を飲みまくり喧嘩で街を壊して好き放題していた一人の小鬼である伊吹萃香に恋愛など想像できなかったからだ。男になんて見向きもしない萃香に好きな奴ができたこと自体衝撃だったのだ。しかも、あの伊吹萃香がだ。勇儀派の男でもこれほどの衝撃を受けたことはなかった。そして、萃香派の男はどんどんと声が弱々しくなっていく。

 

 

 「俺の夢は踏まれながら酒を飲み続ける萃香ちゃんの口からこぼれ落ちた唾液の混じった酒を飲むことだったんだ……そんなこと彼氏ぐらいしかできない……萃香ちゃんが独り身ならいつかそんなチャンスが巡って来るんじゃないかと夢見ていたんだ……

 

 「(彼氏でもそれはない……)」

 

 

 天子は心の中でツッコムが萃香派の男に届くわけもない。

 

 

 「俺の夢は……潰えた……」

 

 

 まるで全てを失ったかのように呟いた。しかし、そんな男に救いの手が届く。

 

 

 「諦めるな!てめぇの熱い思いは確かに届いたぜ!」

 

 「お前……勇儀姐さん派ではなかったのか!?」

 

 「確かに俺は勇儀姐さん派だ。俺だって夢がある。あのたわわな胸に挟まれて勇儀姐さんに滅茶苦茶にされることを夢見てきた……てめぇの萃香さんを想う気持ちは嘘なんかじゃない。それに、そんな壮大な夢を語られちまったら認めるしかないだろ?てめぇの想いが俺の変えたんだ。お互いにいい夢を持っているな」

 

 「お、お前……!!!」

 

 「(なんだこれ……)」

 

 

 店の外で繰り広げられている激戦はいつの間にか丸く収まっていた。店の中で聞いていた天子は呆れ返っていた。喧嘩の理由もしょうもない理由だったし、何より中身が女の子である天子にとって、ただ白い目で見つめることになる変態話でしかなかった。興味を無くし、再び酒でも飲もうかとした時に視界に入ってきた。

 萃香が顔を真っ赤にして立ち上がっていた。ドシンと音を立てて店の入り口に向かって行く。

 

 

 「ちょ……萃香?」

 

 

 天子が言う前に既に外に出ていた。すぐに男達の声が聞こえてくる。

 

 

 「あっ!萃香さんこんなところに!?」

 

 「ああ、萃香ちゃんが目の前に現れるなんて……なんて俺は幸せ者なんだ!」

 

 「お……お前ら……」

 

 「「ん?」」

 

 

 萃香の声は低く、天子はこの後の男達の結末を容易に想像できた。

 

 

 「天子の前で変なこと語ってんじゃねぇえええええええええええええええええ!!!

 

 「「ぎゃあああああああ!!!」」

 

 「(前じゃなくて店の外だけどね)」

 

 

 天子のツッコミは萃香にも届かなかった。きっと外の二人は遠いお星さまになったのだろうと酒を片手に飲みながら思いにふけるのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「大丈夫か萃香?」

 

 「あ、ああ……大丈夫……いや、やっぱりダメだ……」

 

 

 失態だ……天子に嫌われたに違いない……

 

 

 萃香は落ち込んでいた。店の前で熱く語り合った妖怪共をぶっ飛ばした後はよかったものの、街の中で天子と歩いていると所々から良からぬ会話が聞こえてきた。

 萃香が今まで地底で仕出かしたことが天子の耳に届いていた。酒に酔ってすっぽんぽんで盆踊りをしていたり、飲み過ぎて盛大に光輝く液体を口から噴射したりとお下品な内容だった。自分でやってしまったことだ。今までならばそれがどうした?と聞き流すぐらいで済む話だったが、今の萃香はそんな度胸はない。天子が傍に居て、今デートしているのに、周りから聞こえてくるのは自分の恥ずかしいエピソードばかりだ。それも赤裸々に詳細まで語られてしまった。そんな話から逃れるように店の中にも数件入ったが、男どものいやらしい視線と萃香ちゃんエピソードで盛り上がる酔っ払い共で溢れかえっていた。それを聞いていた天子の反応もアレだったし、仕出かした本人が後悔しているぐらいだ。

 萃香は徐々に耐えきれなくなってきて、その様子を見て天子が萃香を連れてある場所にやってきた。

 

 

 もう……ダメだ……私の恥ずかしい話が全部天子に届いてしまった……恥ずかしすぎる……!

 

 

 萃香は天子を見れなくなっていた。二人がいるのは地底に川が流れている橋の上で他には誰もいなかった。天子は萃香をここまで連れてきた。鬼である萃香も逃げたくなったのだ。あのままだとまた余計なことが天子の耳に届くかもしれない……だが、もう遅いと思っていた。

 山の四天王と恐れられ、天狗や河童を従えて人間達にとって鬼とは恐怖の象徴である。その鬼の中でも鬼からも恐れられるのが山の四天王だ。恐れられているはずの萃香は地底では友である勇儀がいた。たまに地底に来て地上での鬱憤を晴らすために少々羽目を外すことが多かった。周りも鬼二人を止めることなんてできないため野放しになっていた。地底ではこういったことは平然と起きていたので、特に変わったものではなかったのだが、萃香の心は平静を保てなかった。天子に全てを聞かれてしまい、自分のイメージが総崩れになる姿が思い起こされる。

 

 

 地底でやらかしたことが今になって振りかかるなんて……小さな百鬼夜行なんて二つ名をつけられていたけどなんだよそれ……今の私ただの酔っ払いじゃん……酔っ払いなのは事実なんだけれどさ……こればかりは天子には聞かれたくなかった!天子が私に抱くイメージが音を立てて全部崩壊したに決まっている……!

 

 

 橋の下に流れる川に視線を落とす。失望されたと気が滅入っていた。いつも通りの萃香ならどうってことなかったが、今の萃香は四天王の一人の鬼ではなく乙女だ。地底でやらかした話……しかも女としての威厳を損なうお下品な話ばかりだった。男が聞いたら引いてしまう話を天子に聞かれてしまって自分は終わったと思っていた。そんな時に天子が萃香の肩に手を置いた。

 

 

 「私は気にしていないさ。萃香だって羽目を外したい時があるだろうし、そんなことで私は幻滅したりしない。寧ろ萃香の意外な部分を知れてよかったと思っている。そういうところも萃香の魅力だと私は知っているからね」

 

 「天子……!」

 

 

 お前は……本当にカッコイイよ。今まで色々な男達が居たけど、その中でもお前が一番輝いている。酒の味も宝の山も天子の前ではただの石ころと同じ価値まで下がってしまう。傍にいると喧嘩をしている時よりも楽しく感じる。天子と話をしているだけでなんだが心が温かく感じる気がするよ……お前は優しい奴だ。優しすぎて他の奴にも手を差し出してしまう……甘ちゃんって昔の私なら笑っただろうけど、そこがいいと今では思う。

 ヤマメに言われたけど、私が天子のこと……す、すき……とか……どうなんだろう?わからない……今までそう言ったこと一度も感じたことがなかったから答えがわからないよ。でも、これが好きって感情ならば……ちょっといいかもしれない♪

 

 

 「……なぁ天子……お前はその……わ……わ、わたしのこと……すき……か?」

 

 「え?萃香のことを……か?」

 

 「私は……天子のこと……す……すき……だ……!」

 

 

 ちょっと心に余裕ができ、嬉しさが込み上がってきた。気分が高揚しそのままの勢いで口に出してしまっていた。

 

 

 おいおいおいおいおいおいおい!!?私は何言っているんだ!?なんてこと口走っているんだ私は!!?バカバカバカ!!ぐぬぬ……こ、こうなったら後戻りはできない。過ぎてしまったことは仕方ない。どんな答えでも受けてやる……だけど、もし私のこと嫌いとか言われたら……いいや!天子に限ってそんなことはない!天子なら私の望む答えを……私の望む答えってなんだ?好きって言ってほしいのか?親友(とも)として好きと言ってほしいのか?私が望む答え……私は天子になんて言ってほしいんだろう……?

 

 

 萃香は複雑な気分だった。恋もしたことがなかった鬼は自分の気持ちがわからなかった。自分が求める答えが見つからないでいた。まだ彼女には早かったのか、彼女の心は整理されていなかった。

 

 

 橋の上でしばしの沈黙が流れる。天子を見つめる萃香は答えを待つ……そして天子は答えた。

 

 

 「私も萃香のことは好きだ。だが、それは親友(とも)としてだな。私にはまだ恋愛は早すぎるし、萃香もまだ私に出会ったばかりだろう?お互いのこともまだ知り得ていないし、感情が先走っている気がする。気持ちはとても嬉しいし、そう思ってくれていると知れて良かったと思っている。だから、まだ今は萃香の想いを受け取ることはできないさ」

 

 「……そっか……」

 

 

 再び二人の間には沈黙が流れる……

 

 

 ははっ……まぁ、そうだろうな……天子は良い奴過ぎるし私の気持ちを理解した上で断ってくれたのだろう。きっとこれが私が望んでいた答えなんだ。これでいいさ……天子に出会ってそれほど経っていないし、気が早すぎたのもあったよね。今まで通りの関係でいいさ。天子は好かれている……天子の傍にいるあの竜宮の使いも白玉楼の庭師も耳毛仙人も天子のことを……

 

 

 天子の傍にはいつも誰かがいた。その中でも強く印象に残る者達の姿を思い出す。その者達が初めて対面したのは神霊廟での異変の時だった。つい最近のことだが、とても懐かしく感じてしまう。あの時の天子はカッコよかった。今もカッコイイが誰かを助けるために必死に戦う姿はとても美しく可憐であった。萃香は信じていた……天子ならばやってのけると……

 初めて天子と出会った時は単なる暇つぶし程度の喧嘩を求めていた。だが、想像以上の楽しさに本気まで出してしまった。見事に条件付きとはいえ萃香の攻撃に耐えてしまった天子のことを気に入り、それからはほぼ毎日天子のことを思っていた。今覚えばあの時から天子に夢中になっていたのかもしれない。知らず知らずのうちにのめり込んでいき、気がつけば傍に居たいと思うようになっていた。これからも傍に居たい……共に笑い合いたいし、一緒に酒を飲み合いたい。だが、天子には帰る場所がある。天界に帰れば竜宮の使いと毎日一緒にいるだろう。地上に帰れば弟子になった庭師と耳毛仙人が天子の元に訪れるだろう。

 

 

 それに比べて私はどうだ?私は天子といる時間が少ない気がする……飲み合う以外には喧嘩をするしか私にはない。そんな付き合い方しか私は知らない……いつも私は酒を片手に生きてきたから……恋なんて一度も感じたことなかったもん……

 

 

 羨ましい……そんな思いが生まれていた。萃香は天子と接するには何か理由が必要だと思うようになっていた。実際なそんなことないのだが、恋心に気がつかずにいた萃香は天子に何も用事もなく会うことが恥ずかしいと無意識に意識するようになっていた。それ故に宴会を会うためのきっかけにしたり、神子への祝いだとか丁度いい都合を見つけて天子の元へやってきていたのだ。宴会を楽しみにしていたのは本音だし、神子への祝いも嘘ではない。しかし、無意識というものは自分が意図せずにそうなっているものであるため、萃香は他の者達に比べると自分は天子とそこまで関わっていないのではないかという勘違いが生まれてしまっていたのだ。

 自分は天子と関りがそんなにない……ただ喧嘩しただけ……小さな不安が次第に萃香を飲み込んでいく。

 

 

 いいなぁ……他の奴らは天子と一緒にいる時間が多くて……私なんて宴会や特別な席でしか会えないのに……どうして私にはチャンスが無いのだろうか……ずるい……!

 

 

 他者を羨む気持ちは時として変化する……言い方を変えるならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫉妬だ。

 

 

 【嫉妬

 一つの感情であり、主として何かを失うこと、または個人がとても価値をおくもの(人間関係の領域)を失うことを予期することからくる懸念、怖れ、不安というネガティブな思考や感情に関連した言葉である。嫉妬は、怒り、恨み、自分とは釣り合わないという感覚、どうにもできないという無力感、嫌悪感といったさまざまな感情との複合から成る場合が多い。自分がほしいものを他人が持っていることに対する葛藤と、そこから生じるストレスによって自他に対して攻撃的になる様、または独占欲から、独占できない現実に対しての葛藤とストレスから攻撃的になる様でもある。

 

 

 萃香の心に嫉妬が生まれていた。本人は全く気がついていないが、橋の隅っこでその正体に気がついている者がいた。

 

 

 「私のテリトリーでイチャイチャして……パルパルパルパル!」

 

 

 その者は天子と萃香を見ていた。そしてその者は萃香のある部分に興味を示した。

 

 

 「女の方……何かに嫉妬しているわね。ふん、丁度いいわ。こんなところでイチャイチャしているあなた達が悪いのよ。嫉妬の炎で焼かれて破局しなさい!!」

 

 

 能力が発動して萃香の心に芽生える何かが徐々に膨れ上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……ずるい!

 

 

 ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい!!!

 

 

 私だけ天子と一緒にいる時間が少なすぎる!どうして私だけ他の奴らよりもチャンスがないんだ!私が酒飲みだから?酔っ払いだから?天子には相応しくないとか?そんな理由なんてクソくらいだ!私は鬼だ!鬼は己の道を行く!伊吹萃香は我が儘だ!誰にも私の想いは邪魔させない!天子は……天子は……!!!

 

 

 「……天子は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ワタシノモノダ!

 

 

 萃香の中で嫉妬が爆発した。

 

 



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34話 欲する嫉妬心

嫉妬心を拗らせた鬼は一人の天人をどうするつもりなのか……


本編どうぞ!




 「――ワタシノモノダ!

 

 

 ど、どうしたの萃香?なんでいきなり声を荒げるの?それに……瞳が緑色に変色しているのは気のせいかな?緑色の光が瞳から溢れ出てるって言った方が正解みたい。萃香、もしかして私の答えが気に入らなかったとか?でも、まだ私達は出会って間もないし、萃香は気持ちが整理しきれていないと私は感じた。だから、結果は急がない方がいいし、嬉しかったけれど私は中身女の子です。こっちもそれなりの覚悟は必要だから時間が欲しい。私だって男としての体を持っているわけだし、本気で私も心動かされた時はちゃんと責任取るつもりだけど、今はまだ私の気持ちも整理しきれていないし、こういうことは簡単には決められない。ガールズラブになっちゃう……女の一生を決めるものだし、適当な気持ちで女性の心を弄ぶことはできないの。ごめんね萃香……

 そういうつもりで萃香を傷つけないように言ったつもりだったんだけれど……言い方がもしかしたらまずかったかな?

 

 

 天子はこちらを見つめる瞳の色が緑色に変色した萃香の視線に戸惑っていた。先ほどから萃香は天子を見つめるばかりでそれ以上のアクションはなかった。瞳が緑色に変色するという萃香には見慣れない現象が起きていること自体にも戸惑いを見せていた。

 沈黙した空気の中でアクションを先に見せたのは萃香の方だった。

 

 

 「……天子……」

 

 「萃香……どうし……うわぁ!?」

 

 

 萃香はいきなり天子の指を口に入れ甘噛みし始めた。突如として起こった出来事に天子は更なる戸惑いを見せる。

 

 

 萃香どうしたの!?はわわ……!!萃香の舌の感触が指から伝わってくる……優しい甘噛みに萃香の唇と舌の触感が肌に伝わり気持ちいい♪犬にじゃれつかれているみたいで撫でてかわいがってあげたいよ~!!

 

 

 ペットを飼っている人の気持ちがわかったような気がした天子だった。今の萃香は天子に甘える犬のようになっていた。しかし、犬ではなく鬼である。天子はあまりの気持ちよさに昇天しかかっていたが、女の子に指を舐めさせるとか変態の行動じゃん!そう脳が覚醒し現実に引き戻された。

 

 

 「ダメだ萃香!いきなりこんなことしちゃ!」

 

 

 そうよ!例え愛らしい姿で犬みたいであっても萃香は犬じゃない。それに男が女に指舐めさせるとかただの変態じゃん!私は変態なんかじゃないわよ!萃香よ、いきなりこんなことしてどうしたのさ!?

 

 

 「……天子は……ワタシノのこと……スキナンダヨナ?」

 

 

 萃香?なんだか喋り方に違和感がある。所々に重みが生じるような……それにその表情は卑怯よ。今の萃香の表情凄く……エロいです。

 

 

 萃香の頬が赤色に染まり、瞳がとろりと溶けたように天子を見つめ、唾液で濡れた柔らかい唇が子供姿を思わせないほどの大人の色気を出していた。普通の男ならばこの表情一つで夜が眠れなくなるだろうが天子は違う。外見は男、中身は女であるため萃香の魅力(チャーム)の効果はいまひとつだった。

 

 

 「スキ……ナンダヨナ?」

 

 「あ、ああ……」

 

 「――!スキナラ抱きしめてもイイよな!?スキナラワタシタチ恋人だよナ!!」

 

 「す、すいか落ち着いてくれ!親友(とも)としてだぞ!?」

 

 「スキスキスキ!天子はワタシノことがスキ!ワタシモ天子のこと大スキだ!」

 

 

 天子に抱き着いた。背が低いので腹にしがみつく形となったが離さないようにしっかりと腕に力を込めて体を押し当ててくる。

 

 

 様子が変だ。先ほどまでこんなベッタリしてくることはなかったのに……いたたたたたたた!?萃香抱きしめすぎよ!元々力が強いってわかっていたけど強すぎるわよ!骨が(きし)んじゃうわよ!!!このままじゃ私、萃香にボロボロにされてしまう……な、なんとかしないと……!

 

 

 「す、すいか……!離してくれ!痛い……」

 

 「ヤダヤダ!スキなら肌身離さず一緒に居ようヨ!」

 

 

 更に腕に力を込めて顔を埋める。

 

 

 あだだだだだだだだだ!?や、やめて萃香!!頭がお腹を押さえつけて食べたものが上がってきちゃう!それはダメ!見せられないよ!萃香離れてー!!

 

 

 どうにかして萃香を離そうと試みる。しかし、それが悲劇の引き金であった。

 

 

 「萃香、もうそろそろ地上に帰らないと皆が心配する。無断で出てきたから衣玖が天界中を探し回っているはずだからな。萃香もそろそろ地上に帰らないと紫さんに怒られるぞ?」

 

 「衣玖……帰る……」

 

 「……萃香……?」

 

 

 力を込めるのは止まったが、同時に萃香も動きが止まってしまった。天子は呆然と見守る……すると萃香が顔を上げて天子を見据える瞳は更に緑色の光が強く光っていた。

 

 

 「……ダメだ……」

 

 「――!?」

 

 「ダメだ!ダメだダメだダメだ!ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだー!!!ワタシタチは恋人なんだ!帰る必要もナイ!紫なんて関係ナイ!ワタシタチは一緒にいることで幸せナンダ!天子もワタシと一緒に地底で二人でクラソウ!」

 

 

 目がこれでもかと見開き天子を凝視する。その強烈な眼差しに天子ですら引いてしまう。

 

 

 「そうだ……天子を取り返そうとヤッテくるにチガイナイ……天子は優しいし、スカレテいる……でも!天子はワタシノことスキだと言ってくれた!ワタシモ大スキだ!お互いにスキなら恋人ダモンナ!ワタシノ天子を奪おうする奴は……ワタシガダマラシテやる……!!!」

 

 「萃香!?一体何を……!?」

 

 

 萃香の周りから煙が爆発した。すると無数の小さな萃香が現れた。10から20程の小さい萃香達も目が緑色の光っていた。

 

 

 「天子!お前はワタシが守ってやる!ダレニモ渡したりなんかシナイ!」

 

 「萃香!おかしいぞ!どうしたんだ!?」

 

 

 天子の叫びも虚しく空に消える。天子は萃香と小さな萃香達に抱きかかえられた。

 

 

 萃香何をするの!?やっぱりおかしいよ!!萃香はこんなことするわけない。だとしたら……誰かに操られているとか!?萃香を操って一体どうしようって言うの!?くそっ!萃香一人だけの力だけなら無理やりにでも引きはがせたけど、小さな萃香達が現れたせいで多勢に無勢だ。

 

 

 「ワタシはおかしくナイ。天子とワタシノ邪魔は誰にもサセナイ!ゼッタイ二!!!」

 

 「萃香やめてくれー!!!」

 

 

 天子は萃香達と共に地底のどこかへと消えていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あら?なんだか……変なことになっちゃった……」

 

 

 その様子を隠れて見ていた元凶は困惑するのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「(おかしいです。いくらなんでもそろそろ起きて来てもいいはずなのに)」

 

 

 そう思いながら衣玖は足を進めていた。食事の準備もできたし、仕事も片付いてしまった。天子を起こしに行こうとしたが一度は止めた。疲れて眠っているのを無理に起こすなんて悪いと思ったからだ。しかし、いくら待っても起きてこないことに不思議に思った衣玖は天子の寝室に向かっていた。

 

 

 「(既に目が覚めて散歩に出かけたとか?それなら一言声をかけるはずですし、食卓に置いてあった料理が手付かずで置かれていました。まだ起きていないという証拠です。それほどまでお疲れなのでしょうか天子様は?)」

 

 

 寝室にやってきて扉をノックする。

 

 

 「天子様、そろそろ起きてください。いくらなんでも睡眠の取り過ぎは体に毒ですよ」

 

 

 返事がない。静寂だけが辺りに広がっていた。

 

 

 「天子様?失礼しますね」

 

 

 衣玖は何の反応も見せないのを違和感を感じて扉に手をかけて開く。

 

 

 「――こ、これは!?」

 

 

 衣玖はすぐに飛び出した。天子を探して……視界に飛び込んできたのはあるはずのベットが無くなり、そこにいるはずの天子は存在しなかったからだ。

 

 

 「天子様!天子様ー!!?」

 

 

 衣玖は天界中を駆け巡るのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「太子様!して、天子殿はどこにおるのでしょうか?」

 

 「布都、天子殿は普段天界におられる。そして天界は天人達の楽園だと聞く」

 

 「そのようなところに天子殿が!」

 

 「しかし布都よ、勘違いしていけないことがあります。天界を楽園にしたのは天子殿なのです!」

 

 「な、なんと!?」

 

 

 神子は自信満々に布都に言い放った。神子自身は天界に行ったことがないが、話に聞いた限りでは天界は元々天人達にも不満があるところが多かった。遊んで暮らせることに代わりはないのだが、何か物足りなさを感じていたのだ。そんな時に天子が改革案を出して、娯楽施設などの遊び場や仕事を与えることで天人達の物足りなさを満たしていった。そのおかげで天人達にとって増々楽園と呼ばれるようになった。これは全ては愛する天子の行いであったため、神子はそれが誇らしく「流石は()()天子殿だ」と自慢しているようだった。

 

 

 「なるほど!流石は太子様がお認めになった天子殿ですね!それで天子殿にどういったご用件ですか?」

 

 「それはですね、私は天子殿にいい子いい子……ゴホン!天子殿と今後の活動について話し合いたいと思いましてね」

 

 「太子様、いい子いい子してほしいとか言ってませんでしたか?それと天子殿成分がどうとか……」

 

 「布都!私がそのようなみっともないことを言う訳ないじゃないですかやだなハハハハハ!布都よ、私は毎日人々のために己を磨いているのです。天子殿成分を摂取しに行くため……じゃなくて、天子殿に会いに行くのはもっと己を磨くためです。私は天子殿に救われました。天子殿ならば人々を救い出すいい案を持っているのではないかと思うのです」

 

 「おお!流石は太子様です!太子様がそこまでお考えだったとは……最近腑抜けた様子でダメな太子様になっているのではないかと思っておりましたがそのようなことはなかったのですね!ただ天子殿に会いたいだけが理由ではなかったのですね!」

 

 

 ギクッ!という声が漏れた気がしたが目を輝かせる布都には届かなかった。

 

 

 「そ、その通りですよ!私が腑抜けているわけないじゃないですか!布都は勘違いし過ぎですよハハハハハ!」

 

 

 いきなり嫌な汗が流れ出る。布都にまさか見抜かれていたなんて予想外であったり、痛い所を付かれて顔が引きつる。

 

 

 「と、とにかく!私は天子殿に会ってくるので布都は帰って屠自古と青娥の手伝いをしておいてください」

 

 「了解しましたぞ!我にお任せを!」

 

 「で、ではよろしく……!」

 

 

 神子はそそくさと飛んで天界を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 空を飛ぶ一人の引きこもり剣士だった妖夢は各地を回っていた。

 

 

 「天子さん、人里にもいませんでした……なら、居るとしたら天界でしょうか?」

 

 

 妖夢は探していた。幻想郷の危機に遊んでいた醜態を晒していたことを謝ろうかと天子を探していたのだが、地上で天子が居そうな場所を伺ったが今日はどこにも立ち寄っていなかった。すると残る場所は一ヶ所しかない。

 天子が住む天界だけだ。わざわざ天界にお邪魔するのは失礼かと思ったが、妖夢は早く己の失態を全力で謝りたいと思っていた。弟子になっておきながら師である天子を放ってまさかゲームをしているなんて知ったら天子はどんな顔するか……ちょっと怖かった。失望されたくなかった。天子は優しいしそれで妖夢を見限るなんてことはないのだが、妖夢にとっては気が気ではない。真面目であるが故に様々な妄想が妖夢を押しつぶそうとする。

 

 

 『妖夢、私の弟子を名乗っておきながらゲームで我を忘れるなんて……私は失望したよ』

 

 『妖夢がそんな子だとは思わなかった……さようなら……』

 

 『妖夢……そんなんだから胸も成長しないんだ』

 

 

 「うわぁあああああ!!!ごめんなさいぃいいいいい!!!」

 

 

 妖夢は頭の中の妄想の天子が自分を見限る姿に恐怖する。そうならないためにもすぐに謝りに行きたいと思っていた。

 

 

 「(天子さんお願いです!私はまだやれます!だから見限らないでくださいー!)」

 

 

 妖夢は速度を上げて天界を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(天子様……一体どこに行ったのでしょうか!?)」

 

 

 衣玖は天界中を駆け巡った。どこには天子はいなかった……天子が居なくなること自体不思議なことはない。前にも一度こんなことがあったから。しかし、ベットも無くなっていることが問題だった。前は地上に降り立ったので、今度も地上だろうと予測はできたが何故ベットまで一緒に消えてしまうのか……?

 

 

 「(はっ!?天子様は何者かに誘拐されてしまったとか!?)」

 

 

 ベットごと誰が誘拐なんてするか!と思うかもしれないが、実際は萃香がベットごと天子を連れ去った。衣玖の推理は当たりだった。だが、衣玖はそんなこと知るわけもない。何故ベットも共に消えたのか思考を凝らしていると衣玖の視界が見知った顔を捉えた。

 

 

 「衣玖殿、急に天界に押しかけて申し訳ないね」

 

 「豊聡耳ミミズクさん!」

 

 「君とは本当に()()する必要があるみたいですね……!」

 

 

 神子の顔に青筋が立つが気持ちを抑えることにした。ここは天界、下手なことを起こせば天子に迷惑がかかってしまうためCOOLに対処することにした。

 

 

 「ゴホン!急で申し訳ありませんが、天子殿に会いたいのですが?」

 

 「……天子様なら……」

 

 「衣玖さん!神子さん!」

 

 

 第三者の声が聞こえてきた。その声も聞き覚えがある声だった。

 

 

 「妖夢?君が何故ここに?」

 

 「お二方、天子さんはどこですか!?」

 

 「そんなに慌ててどうしたんだ?君らしくない」

 

 

 神子は落ち着きがない妖夢を慰めているがそれでもそわそわしている。天子の姿を見つけようと左右と天界を見渡す。

 

 

 「天子さんは天界にいないのですか?」

 

 「はい……実は……」

 

 

 衣玖は事の事情を説明した。話を聞く二人は真剣そのもので先ほどまでの空気は一変していた。

 

 

 「天子殿が誘拐?天子殿程の方がそう簡単に誘拐されるなど……いや、それほどの実力の持ち主ということだろうね。誰にも気づかれずに事に及んだところを見れば侮れない相手のようだ」

 

 「そ、そんな!?天子さんが誘拐だなんて……一体誰が!?」

 

 「それをみんなで調べるんだ。衣玖殿、心当たりはないか?天子殿に恨みを買っている人物がいないか?」

 

 

 衣玖は考える。しかし、パッと思いつく相手はいない。天界では天子は人気者だ。地上でも天子を悪く言う者は衣玖が見た限りだといなかった。

 

 

 「そうか……そうなれば……天子殿を直接探し出すしか方法はなさそうですね」

 

 「しかしミミズクさん、天子様を探す方法だなんて……」

 

 「あるんですよ。知り合ったばかりですが命蓮寺という所はご存じですか?それとミミズク言うのを止めてくださいと何度も言っているでしょう!」

 

 「命蓮寺……確か聖白蓮という方がいらっしゃる寺のことですね?」

 

 「無視ですか……もう慣れましたけれど……そうです。聖とは紅魔館パーティーの時に知り合いましてね、良くしてくださる方なのですが、そこに探し物を探し当てることができる人物と知り合いのようだ。その者に頼めば天子殿を探してもらえると思いますよ?」

 

 

 衣玖に雷が走った。天子を見つけられる手がかりを掴めるのならば、それにすがってでも見つけ出す覚悟があった。

 

 

 「ミミズクさん!今すぐ命蓮寺へ向かいましょう!」

 

 「そうですね。もう私は君にとっては豊聡耳ミミズクなのですね……」

 

 「神子さん気をしっかり持ってください。気を取り直して命蓮寺へ行きましょう?」

 

 「ああ……」

 

 

 3人は手がかりを見つけるため命蓮寺へと向かった。

 

 

 ------------------

 

 

 ……どうしてこうなった?

 

 

 天子は困惑していた。天子は萃香と小さい萃香達に連れられてどこかに連れていかれたのは覚えている。洞窟内を駆け巡り、同じような通路を通りやってきたのは洞穴だった。その中に連れていかれた。

 周りには酒、酒、酒の山……酒瓶だらけが転がっている場所へとやってきた。一体ここはどこだろうか?そして、何より天子が置かれている状況と言うのが……

 

 

 手足を鎖で繋がれて逃げられなくなっていた。鎖は天子の手足と壁に繋がれ、周りには小さい萃香が天子を見張っていた。

 

 

 「……なぁ、小さい萃香……鎖を外してくれないか?」

 

 

 小さい萃香は言葉を喋らない。首を横に振り天子の申し出を否定する。

 

 

 小さい萃香……今からプチ萃香と名付けよう。本物の萃香は私を鎖に繋いだ後、食べ物持ってきてやるって言ってどこかに行ってしまった。凄く嬉しそうな顔だったが、やっていること束縛と同じだ……これってもしかしてかの有名なヤンデレっていうやつ?私ってば萃香に病まれてしまったの?……超怖いんですけど!!?どうして萃香がこんなことするようになったの!?萃香の様子が変化したのは気がついていたけれど……それにプチ萃香も本物の萃香も瞳から緑色の光が宿っている……いつもの萃香の気配ではない。この緑色の光が萃香をおかしくしているのか?それか何かしらの影響を受けたと推測するが……

 

 

 天子は考えたが答えが出てこない。さっきからずっと天子を見つめている小さい萃香達の視線が気になって気が散ってしまっている。

 

 

 プチ萃香の視線が濃い気がするわ……何とか逃げ出したいけどこの鎖ただの鎖じゃない。萃香が言うには力を制御する鎖だとか言っていた。なんでそんなもの持っているのよ……とにかく鎖を外せない以上逃げ出すことができないでいる。それに今の状態の萃香から逃げたら私の運命は……!

 

 

 萃香に八つ裂きにされる自分の姿が脳裏に浮かぶ。嫌な汗が流れそうならないようにしないと思うのであった。

 

 

 「ふふふん♪天子帰ってキタゾ!」

 

 

 入り口から現れたのは本物の萃香だ。手に袋を持っており中身がパンパンに入っていることが見て取れる。

 

 

 うわぁ!帰って来ちゃった!落ち着け私……いつもの比那名居天子を演じるのよ。ビビっているなんて知れたら萃香に何されるか……COOLになるのよ私!

 

 

 「ドウシタ天子?ワタシが帰ってキテ嬉しくナイのか……?」

 

 「いや、嬉しいぞ。萃香の姿を見ることができて何よりだ」

 

 「二ヒヒ♪そうかソウカ♪でも、小さいワタシの姿を見ていたはずダケレド?」

 

 「本物の萃香を見たかったんだ。プチ萃香もいいけど、やっぱり本物の萃香を見れて私は嬉しいぞ」

 

 「も、もう天子ったら~褒めるのがウマインダカラ♪」

 

 

 褒められて顔を赤く染めて体をくねくねさせる萃香は褒められて照れる乙女の姿に見えた……そう見えただけだった。出て行った時と変わらない緑色の光が瞳に宿っている。その瞳が天子を逃がさないと言っているような錯覚を覚えさせられる。

 

 

 やっぱり萃香の様子がおかしい……萃香の言葉も何か違和感を感じてまともに聞こえるが正常でない気がする!萃香に術でもかかっているならば近くに術者がいるはず……だが、動けない状況ではどうしようもできない。何か打開策はないか!?

 

 

 何とか周りの状況を視界に入れて打開策を練る。洞穴の中は布団が敷いてあり、酒瓶の山、最低限のテーブルや木箱ぐらいしかなかった。元々この洞穴は萃香が地底にやってきて、酒を飲み過ぎて帰る時間が遅くなったり、博麗神社に帰るのが面倒になった時の寝床にしていた。勇儀が居る時は勇儀の家に泊めてもらうのだが毎回勇儀が暇なわけはない。この洞穴はそのために用意されていたもので、最低限の物しか置いていなかった。そんな最低限の物しかない洞穴からどう抜け出そうかと思考を凝らしていると萃香が近づいてきた。

 

 

 「天子のタメに色々買ってキタんだ。今日から毎日一緒に居られるカラ奮発シタゾ!」

 

 「そ、そうなのか……ん?毎日?」

 

 

 様々な食材が入った袋を小さい萃香に渡す。そんな様子を見ている天子は萃香の言葉に引っかかった。

 

 

 「……萃香、私の耳がおかしくなければ今、毎日とか言わなかったか?」

 

 「ソウダ言ったゾ?恋人同士なら一緒に居てもおかしくナイだろ?いいや、一緒にいるべきナンダ。ワタシは天子のことがスキ、天子もワタシのことがスキだ。なら毎日一緒に生活して、食事もお風呂も寝床も一緒ダ!」

 

 

 天子は萃香の言葉に衝撃を覚えた。

 

 

 毎日って……私もしかしたら監禁状態じゃない!?今更気づくって思うかもしれないけど、一日だけデートに付き合うっていうのはどこに行ってしまったの!?うそ~ん……このままだと私は萃香と共に一生ここで暮らさないといけないの?萃香と一緒にいるのが嫌とかじゃないけど、今の萃香と一緒は色々と不味い気がする……

 

 

 「萃香……悪いが今日一日だけのデートのはずだ。明日には地上に帰って仕事もしないといけないし、天界には衣玖も待っている。私がいないといけないのだよ」

 

 

 天子は断ろうとした。だが、瞬時に後悔する。瞳に宿る緑色の光が強さを増して萃香が天子に迫る。

 

 

 「ダメだ!ダメだダメだダメだダメだダメだー!!天子はワタシと一緒にいる方が幸せナンダ!大丈夫ダゾ天子!お前を連れ戻そうとスル奴はワタシが追い返してヤル。それにワタシだけを見てくれ……そんな竜宮の使いナンテ名前出すんじゃナイ!天子にはワタシだけでイイ……天子はワタシの傍に居てくれるだけでそれでイインダ。傍にいるだけでワタシは幸せダ……天子だって幸せダロ?ソウダロ?ソウダロナ?ワタシタチはスキな者同士なんだから!それが恋人同士ってヤツナンダロ!?もしワタシタチの幸せを邪魔しようとスル奴がイルナラバ……絶対に許さない……ユルサナイカラナ!!!」

 

 

 ひぃいいいいいいいいい!!?こ、こわいわよ萃香!!?目がマジじゃん!!!これはヤンデレという証の証明よ!はわわわわ……萃香にヤンデレ属性が付与されるなんて……一体萃香に何が起こったのよぉおおおおおお!!?神様仏様!誰でもいいから助けてくださいぃいいいいい!!!

 

 

 比那名居天子は地上でその日を境に行方不明となった……

 

 

 ------------------

 

 

 「二ヒヒ♪天子あ~んしてくれ♪」

 

 「あ、あ~ん……」

 

 「オイシイか?ワタシが作った料理は?」

 

 「お、おいしいです……はい……」

 

 「ソウカソウカ!もっと食べてくれ」

 

 

 天子は相変わらず鎖に繋がれていた。

 

 

 天子が監禁されて何日経ったかわからない。寝たことは寝たが、動揺と混乱で頭が正常に働かない日もあった。滅茶苦茶時間が経っているとは考えにくいが、それでも日は何日か過ぎたはずだ。天子は何日過ぎても萃香から解放されない束縛された日々を送っていた。

 

 

 天子はこれまで何度も萃香を説得しようとしたが無理だった。無理なら力づくでどうにかできないかと思ったが、いつも傍にいる小さい萃香が監視をし、特別な鎖に繋がれているためそれもダメだった。だが、唯一鎖を外される時があった。風呂に入る時と寝る時だ。これには鎖が邪魔であるために外される……天子は初めチャンスだと思った。

 風呂は近くにある温泉が湧き上がっている所へと向かうのだが、当然萃香が一緒についてくる。そして小さい萃香も一緒だ。いつまでも小さい萃香を残しておくには力を使い続けないといけないので、数が今までより少なくなって10人程度だが、それでも萃香×(かける)10と計算すると勝てる気がしない。何とか風呂に入っている時に逃げ出そうかと考えたがそれも無残に敗れ去った。萃香も一緒に入ってきた。幸いなことに萃香一人だけだったが、無防備な裸体が天子の体に密着しようと迫ってきた。天子も中身は女の子であるためちょっとドキドキするぐらいだったが、今の萃香なら何をしでかすかわからなかった。イケない関係に陥ってしまうのではないかと内心ビビってしまった天子は逃げるよりも素直に大人しくしておく方がいいと思えた。男であれば理性を抑えられずに萃香を襲っていただろう……自分の中身が女の子で本当によかったと感謝していた。逆に何度か襲われそうになったが、優しく接することで萃香は落ち着いて事なき終えることができた。

 さて、ここまで話すともう後は寝ることだけなのだが、当然布団は一つしかない。萃香は天子にしがみついて眠るため天子が逃げるチャンスは無くなったと言う訳だ。それが今日まで続き現在に至る。

 

 

 「(やばいわ……絶対衣玖が怒っている……それに天界の連中もしかしたら地上に宣戦布告とかしてないよね?不安で私のメンタルやばいんですが……)」

 

 「どうした天子?もう食べないノカ?」

 

 「も、もうお腹いっぱいだ。ありがとう萃香」

 

 「ソウカソウカ、じゃあ片づけるから待っててクレ」

 

 

 萃香はずっと天子の傍に寄り添っている。このままずっとここで暮らしていくのかと天子は半分諦めかけていた。

 

 

 「(何マイナス思考になっているのよ!駄目ね……まだ私は諦めないわ。萃香を元に戻していつもの日常に戻るのよ!)」

 

 

 もう半分の意思は諦めていなかった。何としても萃香を元に戻していつもの日常に戻る強い炎を宿らせていた。

 

 

 萃香は片づけ終わったのか、天子の傍までやってきていつも通り顔を埋めて甘えようとする……しかし、一匹の小さい萃香がやってきて萃香に耳打ちをした。萃香の様子が変化したことに気づいた天子……緑色の光が強くなり真剣な表情になっていた。

 

 

 「……遂に来たか……天子、お前はココで待ってイロ。必ずお前を守ってヤル」

 

 「萃香……?」

 

 

 そう言うと萃香は小さい萃香を残して出て行った。残された小さい萃香は天子を守るように陣を組んで何かに備えていた。

 

 

 「(プチ萃香達が……萃香が先ほど言った言葉……あれはもしかして……!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……天子はダレニモワタサナイ……ゼッタイニ!」

 

 

 鬼は向かう……邪魔者を排除しに!

 

 



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35話 捜索隊

今回天子の出番はほぼ無い回でございます。


本編どうぞ!




 時は遡り……天子が消息不明になっている間のお話だ。

 

 

 天子の姿が天界から消えてしまい、消えてしまった天子の手がかりを探しに衣玖と神子と妖夢の3人は命蓮寺を訪れていた。

 

 

 「やぁ響子殿、聖はいるかい?」

 

 「あっ!神子様……おはようございます!

 

 

 響子の挨拶が衣玖達の耳に衝撃を与える。キーンという耳鳴りが頭に響く。ちなみに神子は既に経験済みだったので対策はバッチリだ。衣玖と妖夢だけが被害に遭い頭を痛めていた。

 

 

 「す、すごい声量ですね……」

 

 「彼女は幽谷響子、命蓮寺の門下生です」

 

 「どうもよろしくおね――むぐぅ!?」

 

 

 また大声で挨拶されるより前に神子が響子の口を塞ぐ。衣玖と妖夢は助かったと心の中で安堵した。

 

 

 「響子殿、早く聖を連れてきてほしいのですがね?」

 

 「むぐぐ……ぷはぁ!わ、わかりました。少々待っててくださいね」

 

 

 響子は聖を探しに命蓮寺へ戻って行った。それからしばらくして響子に連れられて聖がやってきて神子達は中へ通された。神子達は聖に今回の件を伝えた。

 

 

 「天子さんが誘拐!?そ、そんなことが……!」

 

 「私が朝呼びに行った時に返事がなかったのは、その時既に部屋にいなかったのではないかと思います」

 

 

 聖は大変驚いた様子だった。神子を救い出し、紅い霧の異変を解決した英雄と呼べる存在である天子、紅魔館パーティーに出席した時も会ったことがあるし、何より他人から恨まれるなんてあり得ないと思っていた。しかし、神子の過去を知っていた聖にとってあり得ないことではないとも思っている。人から尊敬されればされるほど裏を返せばそれほど恨まれる可能性があるということだ。聖も体験している……人々を救っていたのに、妖怪にも救いの手を出していることが人間側にバレて封印された経緯がある。どんなに善良に生きていても、人はすぐに心変わりする……裏切られることもある。だから天子が人から恨まれる可能性は0ではない……聖はもし誘拐が本当ならば天子を救い出さないといけないと思うのであった。

 

 

 「天子さんの誘拐された可能性は0ではないですよね……それで私に何をしてほしいのでしょうか神子さん?」

 

 「聖のところにいるナズーリン殿を呼んでもらえないだろうか?」

 

 

 【ナズーリン

 ダークグレーのセミロングに深紅の瞳を持ち、先のほうが切り抜かれた奇妙なセミロングスカートを着用している。肩には水色のケープ、首からはペンデュラムをさげている。

 毘沙門天から遣わされて星の監視役になっている。主従関係は星の方が上であり、ナズーリンは一応は星の部下となっている。

 

 

 「確かにナズーリンならば天子さんの手がかりを掴める可能性が高いですね。一輪はいるかしら?」

 

 

 聖が一輪と誰かの名前を呼ぶと襖を開けて見たことがない女性が現れた。

 

 

 「私を呼びましたか姐さん?あっ、どうも」

 

 

 【雲居一輪

 髪色は水色で、頭には尼を思わせる紺色の頭巾を被っており、頭巾の下からは髪が左右に覗いている。上着は主張の少ない雲のように白い長袖の上着。スカートは、上は白、下は藍色の2色に分かれている。そして、何より彼女の傍には親父顔の雲の妖怪がいつも共にいる。

 

 

 【雲山

 雲の妖怪であり、一言で言うなら頑固親父である。一輪と共に行動しており、自我があるれっきとした妖怪なのだ。一輪とは長いこと付き従った間である。

 

 

 一輪と雲山は神子達に一礼して聖に向き直った。

 

 

 「一輪、ナズーリンを呼んできてもらえる?今日も無縁塚で探し物しているはずだけれど」

 

 「わかりました。雲山行きましょ」

 

 

 一輪は雲山を引き連れてこの場を後にした。

 

 

 「私達、命蓮寺のみんなで天子さんの捜索をお手伝いさせていただきます」

 

 「え?でも、いいのでしょうか?そちらにも都合があると思いますけど……」

 

 

 妖夢の言うことはもっともだ。しかし、聖は揺らぐことのない意志で言った。

 

 

 「誘拐犯の目的が何かわかりません。もしかしたら秘密裏に天子さんを亡き者にしようとしているかもしれません。もしそうならば早く見つけ出さないと天子さんは……」

 

 「天子様……」

 

 

 衣玖は聖の言葉で最悪な事態を想像する……拳に力が入り唇を噛みしめる。絶対にそんなことさせないし、やらせはしない。衣玖は立ち上がり部屋から出て行こうとする。

 

 

 「衣玖殿、どこへ行こうと言うのですか?」

 

 「神子さん……私は天子様が心配です。先に捜索させてもらいます」

 

 「……そうですか……何かあれば命蓮寺か神霊廟を頼ってください(こういう時だけ神子と呼ぶのですか……)」

 

 「はい……ありがとうございます」

 

 

 衣玖は一足先に命蓮寺を出発した。そして、残されている妖夢も立ち上がった。

 

 

 「……もしかして君も居ても立っても居られなくなったか?」

 

 「はい……私は天子さんに謝らないといけないことがあるのです。それに天子さんの弟子を名乗っているのです……こうしている間にも天子さんの命に危険が及んでいると思うと我慢できなくて……」

 

 

 妖夢も聖の言葉を聞いて居ても立っても居られなくなっていた。これ以上醜態を晒せない妖夢は焦っていた。天子に最悪の未来が待っていた場合、謝らることもできずに一生の別れをしなくてはいけない……それは嫌だと彼女の心が叫んでいた。

 

 

 「よ、ようむさん……私が言ったのはあくまで可能性の話でして……」

 

 

 聖は自分が発言してしまったことで衣玖と妖夢に焦りを生じさせたと理解した。何とか落ち着かせようと妖夢に語り掛けるが……

 

 

 「すみません聖さん……私も探しにいきます。のんびりしている暇はないのです!それでは……!」

 

 

 妖夢も天子を探しに行ってしまった。残されたのは神子と聖のみ……聖は自分のせいで二人を急がせてしまったと後悔した。

 

 

 「……気に病む必要はないですよ聖」

 

 「……神子さん……あなたも心配ではないのですか天子さんのこと?」

 

 「心配ですよ。心配し過ぎて夜……眠れないと思います」

 

 「だったらどうしてそんなに冷静なんですか……?」

 

 

 神子は冷静に対処していた。聖が神子の立場ならば衣玖と妖夢のように今すぐに探し出そうと躍起になるはず……自分が良くない発言をしてしまったことで二人に刺激を与えてしまったことが原因だとわかっていたのだが、それでも聖は何故ここまで神子が冷静なのか疑問なのだ。

 

 

 「二人の気持ちは凄くわかります。二人共天子殿を好いていますから……私もそうですが、私は人の上に立つ者です。上に立つ者が冷静でなくてはいけません。上の者が乱れれば、下の者にも動揺が生まれてしまう。あの二人は今は落ち着きがありませんが、少ししたら冷静な判断ができるようになります。今ここで彼女達を止めても言い争いに発展してしまう可能性がありました。それを避けるために好きにさせたのです。二人とも馬鹿ではありませんし、誰かに手を借りに行くはずです。私達以外にも二人にはそれなりの交友関係がありますからね。その者達に協力を要請すると私は予想しているのですよ」

 

 「……」

 

 

 聖は何も言えなくなっていた。神子がここまで読んで行動していたとは思っていなかったからだ。それらを見越しての行動……聖は神子に感心した。

 

 

 「(凄い方です……そこまで読んでいるだなんて!流石人々のために自分すら犠牲にしようとした方です。暗い過去を乗り越えて新しい道を歩む神子さん……私なんかとは大違いです……!)」

 

 

 聖は神子の偉大さに感激し、見習わなければならないと気持ちを高めるのであった。

 

 

 「(……ああ……足が痺れた……足さえ痺れなければ天子殿を探しに行けたのに……!)」

 

 

 当の本人はただ足が痺れて動けなかっただけなのだが……そんなことを正直に言う神子ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで聞いてくださいよ霊夢さん!神奈子様と諏訪子様とが取り合いになって……!」

 

 「はいはい……」

 

 

 博麗神社には客(決して参拝客ではない)がやってきていた。

 

 

 東風谷早苗に霧雨魔理沙と十六夜咲夜にアリス・マーガトロイドだった。

 

 

 「聞いてますか霊夢さん!」

 

 「聞いてないわよ……神同士の饅頭の取り合いだなんて」

 

 「聞いてるじゃんかよ……」

 

 

 魔理沙が霊夢に対してツッコミを入れるが、そんな魔理沙を睨む。魔理沙は紅い霧の時に重傷を負ったが八意永琳のおかげでもうすっかり元通りだ。

 

 

 「はぁ……私が折角のんびりお茶している時にぞろぞろと集まって来て……喧嘩でも売っているの?」

 

 「あら?私はちゃんと手見上げ持って来たけれど?」

 

 「私もクッキー持ってきてあげたじゃない」

 

 「あんた達はいいのよ。問題はこの二人……」

 

 

 咲夜とアリスは霊夢に手見上げを持ってきた。霊夢もそれには大喜びだったが残り2人は手ぶらだった。早苗と魔理沙に対しては態度が冷たく出されたのは咲夜とアリスはお茶に対し、早苗と魔理沙はただの水だった。

 

 

 「なんだよ、私は重症だったんだぞ?もっと怪我人を養ってくれよな」

 

 「もう怪我は治ったんでしょうが。もう関係ないわ」

 

 「相変わらず冷たいな」

 

 「申し訳ありませんわ……魔理沙……」

 

 

 咲夜が頭を下げた。魔理沙を傷つけたのは咲夜だ。操られていたとはいえ、魔理沙に怪我させたことを今も後悔しているようだ。これには魔理沙も慌ててしまう。

 

 

 「あ、あたま上げろよ咲夜!もう気にしていないから!」

 

 

 それでも何度も頭を下げる咲夜に魔理沙はあたふたしている光景を3人は見守っていた。

 

 

 「無事異変が解決してよかったわね霊夢」

 

 「本当よ……全く嫌な異変だったわ。あんな異変はこりごりよ……アリスだって嫌だったでしょ?」

 

 「そうね、あの異変は異変じゃなくもはや侵略だったわね」

 

 

 霊夢とアリスは改めて恐ろしさを感じた。弾幕ごっこが通じない相手の恐ろしさを……もし天子があの場に居なければ幻想郷はどうなっていたか……想像したくない。

 

 

 「流石天子さんですね。天子さんが守矢神社を贔屓(ひいき)してくれれば神奈子様と諏訪子様の信仰もうなぎ上り間違いなしです!」

 

 「あんたは本当にいい性格しているわね」

 

 「褒めても何も出ませんよ?」

 

 「褒めてないわよ!」

 

 

 早苗と霊夢のコントを横目で見ているアリスはため息をつく。ふっと空を見上げると一つの影がこちらに向かって来ているのが見えた。

 

 

 「あれは……?」

 

 

 こちらに近づいてくる影の主はアリスには見覚えのある人物だった。

 

 

 「皆様方、こんにちは」

 

 「あら?衣玖さんじゃない。どうしたんですか?」

 

 

 博麗神社に降り立ったのは衣玖だった。何やらアリスを見つめる顔は真剣そのものだった。その様子を見てアリスはある程度理解できたようだった。

 

 

 「衣玖さん、何かあったようね」

 

 「はい……実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええ!?天子さんが誘拐されたんですか!?」

 

 「マジかよ!?」

 

 

 早苗と魔理沙はとても驚いていた。咲夜とアリスは平静を保っているが少し動揺しているようだった。霊夢だけは縁側でお茶を飲みながらアリスからもらったクッキーと咲夜のケーキを口に運んでいた。

 

 

 「まさか天子さん……悪の組織の秘密を知ってしまったとか!?もしくはどこからか来た宇宙人に攫われて人体の研究をされているとか!?ああ大変です!きっと天子さんは改造されてロボットにされるか宇宙怪獣にされてしまうに決まっています!!」

 

 「早苗、少し黙りましょうか」

 

 「むぐぅ!?」

 

 

 アリスは糸を使って早苗を黙らせた。口に巻き付いた糸を必死に取ろうとするがそう簡単に取れるようにしていない。うるさい早苗を問答無用で静かにさせる策、その間に話を進めようとするアリスは優秀だ。 

 

 

 「それで天子様が攫われて連れていかれた場所はわからないと?」

 

 「……はい」

 

 

 咲夜は衣玖から話を聞いて考えた。手がかりは命蓮寺にいるナズーリンとか言う者に会えば探してもらえると聞いた。それなのに衣玖がここにいると言うことは私達にも協力して欲しいということ……咲夜は衣玖の情報から推測した。咲夜も優秀だ。

 

 

 「私達に天子様の捜索の手助けをしてほしいとお願いしに来たというところですね?」

 

 「はい、その通りです」

 

 「そうなのか?ならこの霧雨魔理沙様に任せろ!幻想郷を回って天子を見つけてやるぜ!」

 

 

 魔理沙は衣玖がここに来た理由を理解して協力することにした。天子に世話になったお礼もしたかった魔理沙は喜んで天子の捜索に乗り出す気満々だ。

 

 

 『わたしもイクさんのおてつだいします。てんしさんをかいぞうするなんてぜったいゆるしません!ぷんぷん(いかりマーク)せいぎのみかた、こちやさなえがてんしさんをすくいだしてあげます』

 

 

 口に巻き付いた糸が取れないのでどこからか取り出したプラカードに文字を書いて会話に混ざってきた早苗……アリス達は本当にどこから出したと疑念の眼差しを送っていた。アリスの策も早苗には意味を為さない。

 

 

 「ああ……悪いけど私はパスさせてもらうわ」

 

 「なんでだよ霊夢!?」

 

 『そうですよ!それでもはくれいのみこですか!おに!あくま!わきみこ!ぷんぷん(いかりマーク)』

 

 

 霊夢は協力に否定したことで魔理沙と早苗が反応した。プラカードに文字を書く素早い動きは会話しているのと変わらない程だ。

 

 

 「最近萃香を見かけないのよ。あいつどこに行ったのかしら……早苗それ鬱陶しいからやめて」

 

 「あら?萃香が?どこかでお酒でも飲んでいるんじゃない?」

 

 

 アリスが言うことはもっともだと霊夢は思うが気になっていた。博麗の巫女の勘が何かを訴えている……しかし、今のところは気になっているだけだった。霊夢自身も萃香をそれほど探し出そうとは思っていない。ただ天子なら何となく問題ないと思えたのだ。

 

 

 「とにかく私はパスよ。博麗の巫女の仕事だって残っているしね」

 

 「のんびりお茶していたのはどこのどいつだよ……」

 

 

 魔理沙はそう言うが霊夢はお構いなしだ。こうなってしまえば霊夢にいくら言っても無駄なのは魔理沙が良く知っている。

 

 

 「仕方ねぇな、霊夢抜きで私達で天子を探そうぜ!」

 

 「皆様……ありがとうございます!」

 

 

 衣玖は頭を下げた。これも天子の人徳がなせる業だと思い知らされた。

 

 

 「とりあえず私は箒に乗って空から捜索してみるぜ!」

 

 「私はお嬢様達にも伺ってみます」

 

 「私は人里に行って犯人らしい人物を見てないか聞いてみるわ」

 

 『わたしはカナコさまとスワコさまにこころあたりがないかきいてみます』

 

 「皆様……よろしくお願いします!」

 

 

 魔理沙達はそれぞれ飛び去って行った。残ったのは衣玖と霊夢、そんな時不意に衣玖に話しかける。

 

 

 「そうそう、あんた萃香を見かけたら言っておいて。いつまでも遊んでないで帰って来いってね」

 

 「え、あ……はい、わかりました……」

 

 

 そう言うと霊夢は食べ終えたクッキーの箱とケーキの箱を潰して部屋に戻って行った。

 

 

 「(萃香さんが帰ってきていないのですか……それよりも早く天子様を見つけないと!)」

 

 

 衣玖は頭の隅っこに置いておくぐらいで止めておいた。今は天子を探すのが先だったから……衣玖は知らない。萃香が今回の犯人であるということに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「幽々子様!お話があります!」

 

 「あら妖夢お帰りなさい。どうしたの?天子さんに会えた?」

 

 「……それが……」

 

 

 妖夢は幽々子に全てを話した。幽々子はそのことを真剣に聞いていた。

 

 

 「なるほど……天子さんが誘拐されるなんて……」

 

 「はい、それで幽々子様にもお力添えをしてもらおうと」

 

 「手がかり無しじゃね……でも、ナズーリンって子が居れば手がかりが見つけられるはずなんでしょ?妖夢はその子に協力しなさい。私は私で天子さんの居場所を探すから」

 

 「幽々子様……!ありがとうございます!」

 

 

 そう言うと妖夢は部屋を飛び出して行った。

 

 

 「全く妖夢ったら天子さんになると必死ね……それにしても天子さんが誘拐されるなんて……天子さんが目的なのは確かなようだけど、相手は天子さんを誘拐してどうするつもりなのかしら?そもそもなんで天子さん……?」

 

 

 幽々子は妖夢の話から色々と思考を巡らせた。伊達に亡霊をやっていない。

 

 

 「紫にも協力してもらう必要があるかもしれないわね。でも、それは最後ね。まずは犯人の人物像を探らないと……」

 

 

 幽々子はテーブルの上に乗っているみかんを口に運んでもしゃもしゃと食べ始めた。

 

 

 「おいし~♪さてと、栄養も摂取できたし私の予想では犯人候補は……3人ね」

 

 

 幽々子の瞳が鋭くなった気がした。3人と明言した。幽々子には既に犯人の目星がついているようであった。

 

 

 「妖夢の話を聞く限りだと天子さんに恨みを持つ者は無し。すると必然的に天子さんに直接関りを持つ人物が何かしらの目的で誘拐した可能性が高い……それも天界の誰にも気づかれずにベットごとになると天子さんは男性……ベットの重さも加算すると人間では難しい。妖怪が妥当ね。しかし、誘拐したのはいいけれど天子さんは幻想郷のパワーバランスを担う一人と紫に言わせている。そんな彼が大人しく今までアクションを起こさないのは考えにくい。彼の力を抑える何かの力が働いているなら話は別だけれど……」

 

 

 幽々子は再びみかんに手を伸ばして口に運んでいく。

 

 

 「不確定要素が多すぎるし、あくまで妖夢から聞いた話での推測なため確証はないわ。犯人は天子さんと並ぶ力を持っている可能性が高いわね。それに隠密にかけている……私が知っているのは3人……」

 

 

 残り三つになったみかんをテーブルの上に並べる。

 

 

 「一人は幻想卿の賢者で天子さんの実力を認めており、隠密能力が無くてもスキマで回収すれば何の問題もなくなる人物……でも、それは無いに等しい。天子さんを誘拐して何のメリットもないし、就寝中の彼を誘拐してまでお話するような迷惑なことはしないはず……よって彼女は除外ね」

 

 

 三つの内の一つを口に運んで食べてしまう幽々子。残るみかんは二つ……

 

 

 「二人目は彼の傍にいつも居てもおかしくない人物……昔から彼の世話をしている彼女なら天子さんを誘拐に見せかけてどこかに閉じ込めるなんてことは可能……天子さんも彼女相手なら手が出せない……だけどこれも無し。彼女にそんなことする意味はない。そんなことをするほど彼女は落ちぶれていないわ」

 

 

 二つ目のみかんも口に運んで消えてしまった。残るは一つだけ……

 

 

 「そして最後……天子さんのことを気に入り、酒に酔いしれる小さな小さな小鬼さん……あなたの能力は隠密にピッタリの能力よね。それに力持ち……天子さんを独り占めにしたい願望もお持ちよね?恋する小さな小鬼さん♪」

 

 

 幽々子は残ったみかんを見つめながら呟いた。もう犯人は特定していると言わんばかりに……

 

 

 「妖夢には悪いけど、私から犯人を言うべきではないわね。それにこれは私の推測……余計な結果を招かねざる負えないし……それとこれが小鬼さんの独占欲で動いた結果だとしたら、私は出しゃばらない方がいいかもしれないわ。協力はしてあげるけど、解決するのは妖夢……あなた達がやらないといけないのだからね」

 

 

 幽々子はそう言うと最後のみかんを口に運び食べた。

 

 

 「恋って言うのは……難しいものよね……良くも悪くも」

 

 

 幽々子は白玉楼から見える冥界の空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子♪ワタシと一緒に風呂入ろ♪」

 

 「えっ!?い、いや、私は一人で入れる……」

 

 「……」

 

 「……す、すいか……?」

 

 「……ハイロ?」

 

 「……ハイ……ヨロコンデ……」

 

 

 天子の苦悩は始まったばかりだ。

 

 



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36話 探し人

今回も天子の出番はほぼ無い!……主人公ぇ(´・ω・`)


本編どうぞ!




 天子が行方不明になっている時に地上では……

 

 

 「ナズーリンさん、天子さんはまだ見つからないのですか!?」

 

 「ま、まってくれ!私だって頑張って探しているから……後もう少しで見つけられるはずなんだ!」

 

 

 ナズーリンは焦っていた。無縁塚の地下にはなにかお宝が埋まっていると言って近くに小屋を建てて生活していた。命蓮寺の一輪と雲山がナズーリンを訪ねてきた。

 ナズーリンには【探し物を探し当てる程度の能力】を持っている。その名の通り、目標を探すサーチ能力であり、ダウジングロットやペンダントに加えて、鼠を使役した探し方もする。何度もナズーリンがご主人と呼ぶ寅丸星がよく無くす宝塔を見つけてきている。そのせいで探し物に関しては手慣れたものだ。

 今回の依頼も簡単に見つけてやると意気込んだが、命蓮寺に出向いて話しを伺うとそれは物ではなく人物だった。比那名居天子なる人物を捜索してもらえないかというものであった。探し物は得意だが、人を探すとなるとそれとこれとは話が別になってしまう。ダウジングで人を見つめられるか試したこともないし、自分の能力が及ぶ範囲なのかわからなかった。賢く知的で狡猾な面を持っているナズーリンはこの依頼を断ろうとしたが、必死にお願いしてくる衣玖と妖夢の姿……いつもは頼りになるご主人が自分に宝塔を探してもらう時のような情けない姿を見ると嫌とは言えなくなってしまった。

 

 

 仕方ないと思い引き受けることにした。部下の鼠たちを総動員すれば見つけられるだろうと高を(くく)っていた。だが、探せど探せども見つからなかった。魔理沙達も協力して探していたのだが結局見つからなかった。日が落ちてその日は解散となり、衣玖と妖夢は最後まで諦めようとしなかったが、神子と聖に説得されて休まざる負えなくなった。神子はみんなが寝静まった後も青娥達と協力して捜索していたがそれも無駄に終わった。天子が見つからずに、数日も経っており、全員に焦りが見え始めていた。今日も手の空いている者達が協力して各地を捜索しているがまだ見つかっていない。ナズーリンも引き受けてしまった責任感を感じて焦っていたのだ。

 

 

 「ナズさん、あなたが頼りなんです!今日こそ絶対に天子様を見つけてください!」

 

 

 衣玖が懇願する眼差しを送る。これほど期待されて何の成果も残せなければナズーリンのプライドにも傷がつく。何とかして今日こそ見つけなければと必死に探しているのである。

 

 

 「君達静かにしてくれ!今やっているよ!」

 

 

 ナズーリンがダウジング等で捜索していると魔理沙達がやってきた。

 

 

 「衣玖、妖夢、今日も天子は見つかっていなさそうだな」

 

 「魔理沙さん……はい……ナズさんに頑張って捜索してもらってはいますが……」

 

 

 衣玖の表情に影が落ちる。今だ手がかりがない状態……時間が経つにつれて焦りと不安が膨れ上がっていく。

 

 

 「パチュリー様やお嬢様達にも協力してもらって捜索しているけど……こちらも手がかり無しよ」

 

 「私も同じ、人里で見た人はいなかったわ」

 

 

 天子に恩があるレミリア達は天子の捜索に協力的姿勢をとっている。しかし、それでも天子の行方が掴めない。咲夜とアリスも懸命に探しているのだがそれでも成果はない。人里で天子の姿を見かけた者はいないかと尋ねても誰もいなかった。

 

 

 「私の方もダメだったぜ。天子の奴、どこにいるんだよ……」

 

 

 魔理沙の方も当てが外れた。何故これだけ探しても手がかり一つ見つからないのか不思議で仕方なかった。

 

 

 「天子さん……大丈夫ですよね?もう……会えないなんてこと……ないですよね……?」

 

 「妖夢、お前天子の弟子になんだろ?弟子が師を信じてやらないなんてダメだろ?」

 

 「魔理沙さん……そうですよね。私は天子さんの弟子なんです!私は天子さんにまだ謝っていないし、天子さんなら大丈夫に決まっています!」

 

 

 元気を取り戻した妖夢。だが、問題がまだ残っている。手がかりが何一つとしてないことだ。このままでは今日も昨日と同じで何の成果も出ずに終わってしまう……しかし、小さな賢者が疑問に思う。

 

 「(私がダウジングや部下の鼠たちを使っても見つからない……他の連中も様々な方法で探しているがそれでも手がかり無し……何日も探し続けているのに……もしかしたら手がかりは()()には無いのでは?)」

 

 

 小さな賢者ナズーリンが一つの可能性を見つけ出した。

 

 

 「(一度試してみる価値がありそうだね)」

 

 

 ナズーリンはそそくさとその場を立ち去り、ある場所へと向かった。

 

 

 しばらくしてある場所にたどり着いた。そのある場所とは大きな穴が開き、地上の者達が入ることを許さない地底へ通じる穴だった。

 

 

 「(もし私の予想が正しければ……)」

 

 

 ナズーリンは手に持っているダウジングを穴に向けて様子を窺った。すると、ダウジングロッドが反応を示した。ナズーリンの予測が確信に変わった時だった。

 

 

 「(地上で誰も見つけられず、ダウジングが反応しなかったのは地底にいるからだ。ダウジングも距離が遠すぎて反応しなかったんだな。でも、ここならば地底にある旧都に近い……比那名居天子は地底にいる!)」

 

 

 ナズーリンはすぐさまみんなに知らせに行くことにした。

 

 

 ------------------

 

 

 「それで萃香はどうなったんだ?」

 

 「それがうちにもわからへんのや。うちとキスメは見送っただけやさかい、今頃地上でデートの続きをしてるんとちゃう?告白が上手くいけばの話やけれどな」

 

 

 店の中で酒を飲む二人……勇儀とヤマメの姿がそこにあった。

 

 

 「成功したのか?」

 

 「わからへん……けど、うちの見立てでは失敗したんとちゃうかな?萃香にはまだ早かったんとうちは思う」

 

 「なるほどな、でもヤマメのおかげで萃香の奴デートできたんだろ?いいよなぁ!私もデートしたいな!」

 

 「勇儀の場合はデートと言うより飲み会とちゃう?」

 

 「はははっ!そうなるかな、萃香が認めた男と酒を飲み交わす……これは譲れないな!」

 

 

 くいっ!っと勇儀の片手にある【星熊盃】に入っている酒を一気に飲み干す。星の模様がある赤い盃のことで、これは鬼の名品であり、注いだ酒のランクを上げる品物である。それに次々と酒を注いで飲み干していく様はまさに鬼だ。

 酒を豪快に飲みながらつまみに手をつけようとした。しかし、そこにはつまみがなかった。先ほどまでテーブルに置かれていた勇儀の分のつまみがいつの間にか消えていたのだ。

 

 

 「おん?おい、ヤマメ、私のつまみ食ったか?」

 

 「え?うちがそんな意地汚いことせえへんよ?」

 

 「ふぅん……嘘はついちゃなさそうだな。そうなれば……」

 

 

 勇儀とヤマメに気がつかれずつまみを取った人物の正体に心当たりがあった。

 

 

 「こいしだろ?どこにいるか知らないが出てきてくれ。さっきのつまみは楽しみにとっておいたんだからよ」

 

 

 カタッと音を立て、つまみが入っていたはずの皿がテーブルに現れた。先ほどまではそこに何もなかったはずなのに、誰も皿を置いた姿は見えていなかった。だが、二人は驚かない。

 

 

 「全部食っちまったのかよ……こいし」

 

 

 名前を呼ばれて返事をするかのように薄っすらと二人の目の前に一人の女の子が姿を現し始めた。

 

 

 「あれれ?バレちゃった?」

 

 

 【古明地こいし

 薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングに緑の瞳。帽子を被り、黄色のリボンをつけている。上の服は、黄色い生地に、二本白い線が入った緑の襟に黒い袖、下のスカートは、緑の生地に白線が二本入っている。左胸に閉じた目があり、そこから伸びた二本の管が体に伸びている。

 (さとり)という人の心を読むことができる妖怪なのである。

 

 

 しかし、相手の心を読む能力を持っていたが、その能力のせいで周りから嫌われることを知り、読心を司る第三の目を閉じて能力を封印し、同時に自身の心も閉ざしてしまったことで、心を読むことができなくなった代わりに【無意識を操る程度の能力】を手に入れた。この能力により、無意識で行動できるようになったこいしはあちこちをフラフラと放浪する妖怪となった。

 無意識により周りにそこにいても認識されないため透明人間のような状態になれるのだ。

 

 

 「こんなことができるのは地底でこいしだけだ。全部食っちまいやがって……仕方ないか。おかわりすればいいだけの話だしな」

 

 

 勇儀は空になった皿をどけてもう一度つまみを注文した。勝手に食べられても怒らないのが「勇儀姐さん」と地底の妖怪達から呼ばれる一つだ。太っ腹なところも勇儀としての良さだろう。勇儀は酒をコップに注ぎ、こいしに手渡した。

 

 

 「ほれ、飲めよ。つまみだけじゃ喉が渇くだろ?」

 

 「ありがとう!」

 

 

 こいしの見た目は子供だ。だが、妖怪の見た目が=年齢とは限らない。こいしは一口飲むと渋い顔をした。

 

 

 「辛い~!」

 

 「ちょっと強かったか?まぁ、そういう酒だからな。やっぱりお子様には無理だったな」

 

 「むぅ~!子供じゃないもん!」

 

 「ははは!そう言っている内はまだ子供だろうな!」

 

 

 こいしは頬を膨らまして抗議するが勇儀は愉快に笑う。ヤマメも勇儀に釣られて一緒に笑い出す。3人で盛り上がっていると勇儀たちの見知った顔が店に入ってくる。

 

 

 「おっ!パルスィじゃないか!こっちこいよ!」

 

 

 【水橋パルスィ

 金髪のショートボブ。目の色は緑色であり、耳は先の尖ったいわゆるエルフ耳である。服はペルシア人女性の礼装であるペルシアンドレスに近い。また、服の裾やスカートの縁には、橋姫伝説の舞台である宇治橋を髣髴とさせるような橋の形をした模様や装飾が施されている。

 種族は橋姫。彼女は地上と地下を結ぶ穴の番人であり、本来は地上と地下を行き来するものを見守る守護神的存在なのだが、嫉妬深い性格の所為で通行者にちょっかいをかけてくることもある。

 

 

 何気なく立ち寄った店に勇儀たちがいるのを気づいたパルスィは恨めしそうに勇儀たちを睨む。

 

 

 「3人で仲良くしているのが妬ましいわ!」

 

 「またそれかいな、これで何度目やろなぁ?」

 

 「そんなに妬んでいるとしまいにハゲてしまうぞパルスィ」

 

 「ハゲないわよ!」

 

 

 なんやかんやでパルスィも飲み会に参加することになり、妬みながら飲み会は続いていた。ふっとそんな時にこいしが思い出したように言った。

 

 

 「あ、そう言えば勇儀のところの……小さい子はどうしたの?」

 

 「んぁ?小さい子?……萃香のことか?」

 

 「そう、そんな名前だった気がする。お姉ちゃんがいつも言ってた。『地底で問題ごと起こさないでほしいわよ……これだから鬼は……』って言っていたよ」

 

 「はははっ!時々私も萃香と混じってどんちゃんしているからな。でも、それが鬼だ。伝えておいてくれ、鬼だから仕方ないとな」

 

 

 豪快に笑う勇儀は萃香とよくどんちゃん騒ぎを起こしてよく地霊殿の主を困らせている。こいしは地霊殿の主の妹なのであるが、よくブラブラと気ままに放浪しているのだ。 

 

 

 「それで萃香がどないしたん?」

 

 

 萃香の名前が出て来て気になったヤマメはこいしに尋ねた。

 

 

 「萃香ちゃんはここ(地底)に住み着いているの?」

 

 「あいつが?いいや、あいつは地上の鬼だ。帰りが遅くなって私の家に泊まりに来たりするが基本的にはちゃんと帰るぞ。地上の者がここにいるのは本来ならルール違反だからな。それがどうしたんだ?」

 

 「住んでいないの?それじゃ私の見間違いだったのかな?」

 

 「一体さっきから誰のこと話しているのよ?3人でわかった話をして……妬ましいわ!」

 

 

 パルスィが自分だけ会話に入っていけず除け者になっていることで嫉妬していた。ヤマメが落ち着かせて伊吹萃香について教えた。パルスィは地底で暴れる鬼の萃香の名前は知っていたが、詳しくは全く知らなかったのだ。

 

 

 「……っというわけなんよ」

 

 「ルールを破って勝手に地底に来ていたのね。流石は鬼ってところだわ。自分勝手で妬ましい……!」

 

 「結局妬まれるのか」

 

 「……ねぇ、そろそろ続き話していいの?」

 

 「ああ、悪いなこいし。それで見間違いとはどういうことだ?」

 

 「私、地底でブラブラしていたら見たの。その萃香ちゃんが男の人(?)と一緒にお風呂に入っているのを」

 

 「「「……はっ?」」」

 

 

 勇儀たちは時が止まったように動かなくなった。萃香のことを一番よく知っている勇儀ですら自分の耳を疑ったぐらいの動揺が体に走った。

 

 

 「ちょ、ちょっと待てこいし、その鬼は頭に二本の角を生やしていてお前ぐらいの小ささだったか?」

 

 「うん、生えていたよ。それと私の方が少し大きいもん!それでね、勇儀と一緒に居るところ何度も見たからあれは萃香ちゃんだと思ったんだけどなぁ?男の人と喜んで一緒にお風呂に入っていたのを見つけて、あれが萃香ちゃんの旦那さんなんだって思ったけど違うの?」

 

 

 どうやらこいしの話に出てくる萃香らしい人物はらしいではなく本物のようだ。本物の萃香が地底に滞在していることに別に驚くことはない。問題なのは萃香が男と一緒に風呂に入っていることが問題だったのだ。

 

 

 「萃香、一体そんな破廉恥なことしてややわぁ!その男の方はどちらさんやの?」

 

 「う~んとね……髪は長くて、青色でね、目が赤かったよ。それとカッコイイ顔のお兄さんだったよ」

 

 「……えっ?」

 

 

 ヤマメはその特徴を聞いて真っ先に思い描いた人物がいた。しかもその人物なら萃香と一緒に居てもおかしくはない。数日前にその人物と会って、萃香のデートをキスメと共に見送ったのだから……

 

 

 「おいヤマメ、そいつに心当たりあるのか?」

 

 「あ、ああ、まぁ……比那名居天子って知っている?」

 

 「萃香に聞かされたぜ。あいつが羨ましいぜ!本気で喧嘩できる相手だって聞いているが……まさか天子がここにいるのか!?」

 

 

 勇儀は目を輝かせた。地底にいるならば一度戦いたいと思っていた……しかし、すぐに思う。何故ここにいる?しかも萃香と一緒に風呂にまで入っている。それも萃香は勇儀に何も知らせずにこいしによれば数日前の話だ。その後もこいしから詳しく聞いた話だと小さい萃香が天子を見張っており、鎖で繋がれていたとこいしは語った。

 こいしは無意識の能力で萃香にも天子にも気がつかれずに様子を窺えた。だが、こいしは無意識の状態であるために、天子を助ける気は起こらなかった。珍しいものを見たとそのままどこかへフラフラと行ってしまったのだ。そのことを聞いたヤマメはまさかと思い、萃香と天子がデートした日のことを勇儀たちに伝えた。

 

 

 「それからうちとキスメは見送っただけやからどうなったかわからへん。てっきり地上に帰ったのかと……」

 

 「こいしの話だと萃香の様子がおかしいようだな」

 

 「えっ?萃香ちゃんの様子おかしいの?元々あんなのじゃないの?」

 

 「そんなわけあるか。それにしても天子を独占するように洞穴で暮らしているか……その萃香と天子がデートした日の出来事を知る奴を探して事情を聞いてみようぜ」

 

 

 萃香の様子がおかしいと判断した勇儀は萃香に何があったのかそのことを知っている者を探そうと立ち上がろうとした時に視界に入ってきた。先ほどから下を向き、汗をかいて沈黙しているパルスィが視界に入ってきたのだ。勇儀はパルスィを睨む……すると、勇儀の視線を感じたのか汗が留めなく流れていた。

 

 

 「……おいパルスィ、お前何か知っているな?」

 

 

 話しかけられたパルスィの体が飛び跳ねた。完全に動揺して勇儀の目を見れない程だ。そんなパルスィに勇儀が詰め寄った。

 

 

 「おいパルスィ、知っているなら今のうち話した方が身のためだぞ?」

 

 

 勇儀は拳を鳴らしてパルスィの瞳を逃がさないように睨みつける。蛇に睨まれた蛙ようにパルスィは動けなくなっていた。

 

 

 「……じ、じつは……」

 

 

 パルスィはゆっくりと話し始めた。

 店で食事をした後に橋の所まで戻ってきたパルスィは見てしまった。橋の上でイチャイチャするカップルに見えた男と女の姿が……男の方は青髪のロングでパルスィでも見惚れてしまう美しさを持ったイケメンに、女の方が頭に角を生やした子供だった。兄妹かと普通は思うのが、その容姿はあまりにも似てないので凹凸カップルだとパルスィは確信した。パルスィは隠れて様子を窺うことにした。

 会話は遠いので聞こえてこないが、様子を窺っていると幸せそうな顔をする二人を見ていて妬ましく思ってしまった。ハンカチを噛みしめて何度も妬ましいを繰り返していた。そんな時に女の方にあるものが宿っていることをパルスィは発見した。

 

 

 パルスィには【嫉妬心を操る程度の能力 】がある。彼女にとって嫉妬心とは力の源であり、弱肉強食の地底世界において強い力を保つために積極的に能力を行使しているらしい。ちなみに自身の嫉妬心でも力を得ることが出来る。

 この能力で女の方に嫉妬の炎が生まれかかっていたのを発見し、パルスィはその嫉妬の炎を膨れ上がらせてしまった。そこから状況は一変し、何やら男は無数に増えた女に連れられて行った。意外な展開に困惑したが、イチャイチャしている方が悪いと決めつけてそれ以上気にすることを止めた。その男と女が天子と萃香であったことを彼女は知らなかった。

 

 

 全て語ったパルスィはまさかこんなことになるとは思っていなかった。遠くから見ていたので萃香だと気がつかなかったし、嫉妬心を(こじ)らせて天子が監禁されるとは夢にも思わなかったのだ。こいしの話を聞いていてヤバイと思っていたところに勇儀にそのことを見透かされてしまったわけだ。

 

 

 「はぁ……パルスィお前何やっているんだ……」

 

 

 勇儀はため息をついた。萃香は天子に対する思いから何かがあって嫉妬心が生まれ、パルスィがその嫉妬心を増大させてしまったことで萃香の様子がおかしくなったものだと理解した。この原因はパルスィにあった。

 

 

 「わ、わたしだってそこまでになっているとは思わなかったんだから……」

 

 「まぁ、過ぎてしまったことをとやかく言うつもりはないが……暴走している萃香を元に戻さないと天子がかわいそうだな。後、地上では問題になっているかもな」

 

 

 こいしの話は数日前の話だ。今この間も天子は萃香に監禁されていることになる。きっと無断で天子は監禁され、萃香から天子のことを聞いていた勇儀は地上との関係を危惧した。

 天子はあの八雲紫も一目置いている存在であり、天子の交友関係は幅広い。天子が行方不明になったら必ずその者達が動き出す。それにここは地底で、地上とは仲がいいとは限らない。悪いことになれば地上の妖怪達が地底に攻め込んでくることになるかもしれない。それは不味い……これは早く天子を開放してやらないといけないと決めた。

 

 

 「どないしよ勇儀……?」

 

 「さとりの所に行くぜ」

 

 「お姉ちゃんの所に?」

 

 「ああ、何かと地上とのやり取りがあるだろうし、さとりには知っておいてもらわないとまずいからな」

 

 

 【古明地さとり

 やや癖のある薄紫のボブに深紅の瞳。フリルの多くついたゆったりとした水色の服装をしており、下は膝くらいまでのピンクのセミロングスカートを履いている。頭の赤いヘアバンドと複数のコードで繋がれている第三の目が胸元に浮いている。

 古明地こいしの姉であり、こいしと同じく(さとり)妖怪。【心を読む程度の能力】のせいで妖怪や怨霊から非常に嫌われてしまっており、自身でもそれを自覚しているためか他者との接触を嫌い、基本的に地霊殿に引きこもって暮らしている。逆に言葉を話せない動物などからは好かれているのか、地霊殿は動物達で溢れている。

 

 

 地霊殿の主であり、地底の管理を任されている人物である。今回のことをさとりに知っておいてもらわないと後々ややこしいことになるので報告しに行かなければならないのだ。

 

 

 「なら、うちも行く。そもそも萃香に提案してデートするよう仕向けたのはうちやさかい責任はとらんと」

 

 「私もお姉ちゃんに会いに行く~」

 

 「私は……」

 

 「パルスィは強制的についてこい」

 

 「……ハイ……」

 

 

 勇儀たちは地霊殿へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子♪今日は早風呂で一緒にハイロ♪」

 

 「(皆知っているか?ラスボスからは逃げられない……今日も萃香にまたベッタリされた一日だ)」

 

 「天子……今日も一緒ダロ?嫌だナンテ言わないヨナ?」

 

 「ヨロコンデオトモサセテイタダキマス」

 

 

 天子に救いの手は届くのだろうか……?

 

 



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37話 暴れ鬼

今回はいつもよりも少し長めに書いてしまいました。
地底で天子はどうなっているのでしょうか……


それでは……


本編どうぞ!




 「さとりはいるか?」

 

 「これは……こいしも一緒とは珍しいですね」

 

 「やっほー!帰ってきたよお姉ちゃん♪」

 

 

 皆さんこんにちは。私は古明地さとりと申します。こいしのお姉ちゃんをやっております。今日はいつもと変わらない日を送る予定でしたが勇儀さんが私の元にやってきたようです。それも厄介ごとを抱えて……

 

 

 私は(さとり)妖怪なので、心を読むことができる能力を持っています。この能力で心を読めないのはこいしだけ。勇儀さん、ヤマメさん、パルスィさんが一度にやってくるのは稀なこと……心を読んでみるとややこしいことが地底で起きているみたいです。私の立場と言うものを理解してほしいものです……

 

 

 「さとり、実はな……」

 

 

 勇儀がさとりに事情を説明しようとするが、さとりは心を既に読んで把握したため、それを手で制する。

 

 

 「比那名居天子さんと言うお方があなたの友人である伊吹萃香さんに監禁されている件でしょ?」

 

 「流石さとりだな。話す手間が省けて嬉しいぜ」

 

 「はいはい、その代わり私の負担が大きくなりますけどね……それで原因であるパルスィさんはどうするんですかね?」

 

 「どうって……」

 

 「パルスィさんのせいで地上にいる八雲紫という人物と話をしなければならなくなりましたよ?地上の鬼である萃香さんが地底に何度も来ていたことを放って置いた私にも責任がありますが、これからいろいろと地上との問題が発生することでしょう。あ~あ、私の仕事が多くなってこの貧弱な体がいつまでもつか……一体誰のおかげなんでしょうかね~?」

 

 

 ジト目でパルスィを見つめる瞳にはなんてことをしてくれたんだとそう訴えているような瞳をしていた。

 

 

 「わ、わるかったわよ!でも仕方ないでしょう知らなかったんだから!」

 

 「そうですね。これに懲りてやたらむやみに他人にパルパル(嫉妬)するのを止めてほしいですよ」

 

 「ぜ、ぜんしょするわ……」

 

 「それで私達はどうしたらいい?このまま天子と萃香の奴を放って置くわけにはいかないだろ?」

 

 

 勇儀の問いにヤマメも頭を縦に振って同意する。今の天子は萃香に監禁されている状態だ。ここまま放って置くわけにはいかない……勇儀は友人の萃香の醜態をこれ以上晒させたくない様子だった。

 

 

 「地上とコンタクトを取ります。もし萃香さんを抑えられなければ旧都にも被害が及ぶ可能性もありますからね。それに地上と連絡を取り合っていないと私達が天子さんを誘拐した犯人の一味だと思われてしまうかもしれませんので。地上との連絡がつき次第に作戦会議して天子さんを救出しますのでそれまでは待機でお願いします」

 

 「早くしてほしいぜ。同じ鬼として萃香のこれ以上の醜態を晒させたくないからな」

 

 

 いつも酒を飲みまくって他人にちょっかいかけているあなたがそんなこと言えますかね?

 

 

 「あん?さとり何か言いたそうだな?」

 

 「いいえ何も……勇儀さん我慢してください。萃香さんが天子さんに手を出すことはないはずですし危険はないでしょうが、すぐに対処しますので……」

 

 

 とは言ったものの……問題はパルスィさんの能力で影響を受けた萃香さん……天子さんを取り戻そうとすると必ず邪魔してくるのは確実ですね。八雲紫と連絡が取れればベストですがあの子に行ってもらいますかね。もし彼女とコンタクトが取れなくても地上の者達と協力して萃香さんを抑え込めれば万事解決ですけど……どちらにしても私への負担は後が絶たないようですね。やれやれ、なんでこんなことになるのでしょうか……最近やることばかりで気が滅入ります……胃薬どこにしまっていましたっけ?

 

 

 そんなことを思っていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドカーン!!

 

 

 大きな爆発音が聞こえ地霊殿が揺れた。

 

 

 「ふぇ!?なんやの一体!?大きい音が聞こえてこの揺れは……一体何が起こったんや?」

 

 「旧都の方からだよお姉ちゃん!」

 

 

 こいしが窓を開けて旧都の方角に指を指した。

 

 

 なっ!?あ、あれは……例の萃香さんと……誰!?

 

 

 さとり達は見た。旧都で巨大な鬼を退治しようとする者達の姿を……所かまわずに攻撃を仕掛けて旧都が見るも無残に崩れていく様を見ていた。

 

 

 ああ……旧都が……萃香さんやめてください……地底での問題ごとの後始末は誰がすると思っているのですか!!どこの誰かは知らないですが萃香さんと戦うのは構いません寧ろありがたいのですけど、周りを見てくださいよ!あなた方の攻撃の余波で旧都が滅茶苦茶に!!?

 

 

 さとりは外の光景を目の当たりにしてストレスが溜まって行くのを感じた。胃薬だけでどうにかなるレベルの後始末では済まされそうにない……

 

 

 「あれは萃香じゃないか!?ちくしょう!でっかくなって暴れやがって!!」

 

 「ちょっと勇儀!勝手に行くなんて妬ましいわよ!」

 

 「大変や!さとり、うちは心配やから二人を追いかけるわ!」

 

 

 勇儀達は地霊殿を飛び出していった。それと入れ替わるように二人のペットたちが慌ててやってきた。

 

 

 「さとり様大変です!巨大な怪獣が現れました!」

 

 「だからあれは巨人だって言っているだろお空!」

 

 「違うよお燐!角が生えて火を噴くなんて怪獣に間違いないよ!」

 

 「巨人だって火を噴く奴いるだろ!」

 

 

 【火焔猫燐

 深紅の髪を両サイドで三つ編みにし、根元と先を黒いリボンで結んでいる。髪型はいわゆるおさげで、頭には黒いネコ耳が生えているが、人間同様側頭部にも人の耳が付いているので耳が4つ付いている。黒の下地に何やら緑の模様の入ったゴスロリファッションのようなものを着用し、手首と首元には赤いリボン、左足には黒地に白の模様が入ったリボンが巻かれている。

 灼熱地獄跡で怨霊の管理や死体運びを任されている妖怪で、霊や死体と会話することができる。趣味は灼熱地獄の燃料となる死体集めで、手に入れた死体は自前の猫車に積んで持ち去ってしまう。古明地さとりのペットの1匹である。みんなには自分のことをお燐と呼ばせている。

 

 

 

 【霊烏路空

 服装は白のブラウスに緑のスカート。長い黒髪に緑の大きなリボンをつけている。鴉らしい真っ黒な翼には、上から白いマントをかけており、そのマントの内側には宇宙空間が映し出されている。

 親友のお燐(火焔猫燐)と同じく古明地さとりのペットで、通称はお空。地霊殿に住まい、灼熱地獄跡の温度調節を仕事として平和に暮らしている。

 

 

 お空とお燐が言い争っている……やめてほしい。外の光景を見た私はストレスがマッハになったのにこれ以上面倒ごとを増やさないでお願い!ああ……胃薬ほしいわ……もう胃薬だけじゃこの痛みを抑えられそうにないけど……

 

 

 「さとり様は怪獣だと思いますよね!?」

 

 「さとり様、巨人が地底に攻めてきたと私は思っています。さとり様はどうですか!?」

 

 

 この二人私に何を求めているのよ……こっちはパルスィさんのおかげで外が(えら)い事になっていると言うのに……地底で問題を起こされると全部私に振りかかってくるのに……お願い、私に負担をかけないで!

 

 

 さとりは胃が痛くなるのを感じながらお空とお燐に向き直る。

 

 

 「今は二人の戯言(たわごと)に付き合っている暇はないです。あれは怪獣でも巨人でもありません!勇儀さんと同じ鬼の伊吹萃香さんという方ですよ。今の萃香さんはパルパルするどっかさんのせいで制御不能になっている状況なんです」

 

 「ああ……嫉妬姫のせいですか」

 

 「うにゅ?」

 

 

 今の説明でお燐は理解してくれたけど、お空はダメね……放って置きましょう。それよりも今は旧都が大変なことになっています。萃香さんとどなたか知らない方が暴れてこのままだと旧都が崩壊してしまいます!そんなことになったら私……ストレスで死んでしまう……勇儀さんも行ってしまって益々現場が大乱闘になるのは目に見えています。もう責任者辞めたい……

 

 

 「それでさとり様はあれをどうするつもりですか!?」

 

 「止めるに決まっているでしょ!お燐、あなたは地上に行って八雲紫とコンタクトを取ってください。それで萃香さん達を止めることに協力してもらいなさい!早く行って!私の胃がまだ残っているうちに!」

 

 「にゃ!?わ、わかりましたにゃ!!」

 

 

 お燐は急いで地上に向かうため部屋を出て行った。

 

 

 「さとり様、私は何をすればいいですか?」

 

 

 お空は戦える力があるけど、お(つむ)は残念……もし核なんか撃とうものならまた私の胃にダメージを受けてしまう……お空には大人しくしておいてもらいましょう。そうしよう!

 

 

 「お空はこの騒動に乗じて怨霊達が暴れださないように管理しておいてください」

 

 「わかりましたさとり様!」

 

 

 お空も自分の仕事をこなすために部屋を出る。さとりの口からため息が吐き出される。

 

 

 「はぁ……萃香さんと戦っている方々はどなたなのでしょうか?萃香さんを止めてくれているのはいいですが、関係のない旧都に被害を出さないでくださいよ。あっ……また一つ店が吹っ飛んだ……」

 

 

 窓から旧都の悲惨な光景を見ているさとりの胃に穴が開いてしまうのではないかと思ってしまう。彼女は地霊殿の主であり、能力に目を付けたとある閻魔によって地底の管理を任されることとなった。それ故に地底が無くなるようであれば閻魔にこっぴどく説教されることは間違いない。そんなことを想像してしまうとまた胃が痛くなる。

 

 

 「うぅ……上の立場にいる者なんていいことないわよ……こいしもそう思うでしょ?」

 

 

 そうこいしに問いかけたつもりだったが、そこにはさっきまで居たはずのこいしの姿はなかった。

 

 

 「こいし?無意識を操っているの?この部屋にいるの?それとも私が気がつかない内に出て行ったの?」

 

 

 さとりは辺りを見回してみてもこいしが現れる気配はない。

 

 

 本当に出て行ってしまったの?一体どこに……ま、まさかこいし!?

 

 

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 「おわぁああああああ!萃香さんが暴れているぞぉ!逃げろぉおおおお!!!」

 

 「ひぃえええ!!?」

 

 「踏みつぶされるぞー!みんな走れー!」

 

 「ああ!俺の店がぁああああ!!!」

 

 

 旧都は大混乱になっていた。そこら中の建物が崩れて行き逃げ惑う妖怪達。だが、そんな状況の中で暴れている鬼を見上げる一人の少女の姿がある。

 

 

 古明地こいしだ。こいしは萃香が旧都で暴れている姿を見ると興味を持って、勇儀達よりも先に地霊殿を飛び出して行った。彼女の無意識を操る能力で姉のさとりや勇儀達にも気づかれることなくその場を後にした。今もこいしの姿は周りの者達からは見えていない。激闘が繰り広げられている戦場でスキップをしながらこの状況を楽しんでいた。

 

 

 『おっきいなぁ!』

 

 

 こいしは巨大な鬼を見上げている。大きくなった萃香は今まさに誰かと戦っているがこいしにとって興味を抱く程にはならなかった。こいしはこの状況を楽しんでいるだけなので、この激闘を止めようとも思っていない。萃香が動くたびに建物が瓦礫(がれき)に変わり、拳を振るえばそれが吹っ飛んで行く。このままだと旧都は壊滅してしまうだろう。そして、その萃香と戦っている者達も斬撃や雷撃で建物に被害が及んでいる……お互いに周りのことが目に入っていない様子だった。こいしは近くにまだ残っている妖怪を発見した。発見したが、その者達は逃げるよりも萃香に近寄って行った。

 

 

 「こんな時しか萃香ちゃんのドロワなんて拝めないぞ!勇士達よ、己の欲望をさらけ出せ!」

 

 「萃香ちゃんのドロワを拝めるなんて……はぁ……はぁ……俺死んでもいいわ♪」

 

 「今のうちに堪能しろ!見るだけじゃダメだ!においも嗅げ!そして脳内メモリーに記憶するのだ!」

 

 「萃香ちゃんデュフフフ♪」

 

 『……変態だ……』

 

 

 地面に背中を向けて萃香のドロワを覗き見る姿の妖怪達に無意識のこいしでもドン引きしていた。萃香ファンクラブの妖怪達はこんなことぐらいでは折れたりなどしない。時には命よりも大切なものがあるのだから。

 

 

 「天子様を返してください!!!」

 

 

 萃香と戦っている一人が放った雷撃を避けようと巨体の足が動いた。その足の下には小さな豆粒のような者達がいる。巨大な足が米粒達を踏みつぶす。

 

 

 「「「「ぎゃあああああああ!!!」」」」

 

 『あっ、つぶれた』

 

 

 巨大な足に踏みつぶされた妖怪達……こいしは離れていたために無事だった。潰された妖怪達は「萃香ちゃんに踏んでもらえてご褒美です♪」と揃いも揃って訳の分からないことを言っていた。何故踏みつぶされても死んでいないのか?変態はゴキブリ以上の生命力があるからこんな程度では死なないのだ。踏みつぶされた妖怪達はペラペラになった状態でも幸せを感じて風圧によってどこかに飛ばされて行った。こいしはそんなことどうでもいいように無視をし続けた……興味などなかったからだ。こいしの興味を惹いたのは別のことだった。

 

 

 『天子様ってあのお兄さんのことだったよね。今どうしているかなぁ?ちょっと会いに行ってみようっと♪』

 

 

 天子に興味を持ったこいしは例の洞穴へと向かうことにした。鼻歌を歌いながらスキップする姿は誰にも認識されることはなかった。

 

 

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 どうも皆さん、比那名居天子です。ヤンデレ萃香に拉致されて地底で監禁状態の生活を送っております。悲しいことに萃香から逃げるチャンスをことごとく逃してしまったどんくさい私ですが、只今おかしなことが起こっています。私の目の前にいるプチ萃香達が私を守るように陣形を組んで入り口の方を睨んでいる。本物の萃香もどこかに行ってしまった……何やら険しい顔つきだった。ここ最近萃香が甘えた顔をよく見ていたがそんな余裕が一切ない表情だったの。私は少なからず小さい可能性を見つけ出した。

 

 

 誰かが助けにきてくれたのでは!?

 

 

 そう思った。先ほどから度々洞窟全体が揺れる。地震とは違う揺れ方だ。誰かが暴れているような……もしかして萃香が暴れていたりするのではとも思えた。助けが来たという嬉しい反面、萃香怒るだろうなという恐怖心が生まれている。私萃香に後ろから刺されたりしないかなって何度思ったことだったか……だが、このままここで一生を生きていくつもりはない。プチ萃香達が向こうを向いている隙に何とか鎖を外したいのだが、この鎖は特殊な鎖だから外すのには至難の業だ。しかし、私はそんな万能すぎるタイプではない。例え元天子ちゃんのスペックが高いからと言っても今の私はそこまでの技術は身に付けていない……もう私の人生GAMEOVERですねこれは……

 

 

 『……おに……て……いる……』

 

 

 ん?今誰かの声が聞こえたような気がしたけど?もしかしてプチ萃香?

 

 

 天子は誰かの声が聞こえたような気がして小さい萃香達を順番に見るが、どの小さい萃香も天子に背を向けているだけだ。誰も天子に声がかけた様子は見られない。

 

 

 おかしいな?空耳か?それか私の幻聴か……遂に私のメンタルがおかしくなってしまったのだろうか……!

 

 

 『……お兄さん……』

 

 

 再び天子は耳にする。先ほどと同じような声が聞こえてきたのだ。

 

 

 まただ!でも今度はさっきよりもちゃんと聞こえたぞ!?一体誰が私を『お兄さん』と言ったの?

 

 

 天子は周りを見渡す。だが、どこにもおらず、いるのは天子と小さい萃香のみだ。誰も隠れるような場所はないので今の声は一体何なのかわからなかった。

 

 

 プチ萃香達がまだ気がついていない。私も声を上げて探したいけど、プチ萃香達に気がつかれてしまう。そうならないようにしないといけない。誰かいるはずなのにそこには誰もいない……まさか忍者!?忍法隠れ身の術とかで姿を消しているとかは……流石に無いよね。ずっと地底での監禁状態だから頭が正常に働いていない気がしてきた……ん?地底……地底には地霊殿があってそこには……そうだ!あの子がいるじゃないか!!

 

 

 天子は頭に思い浮かんだ人物の名前を小声で呟く……

 

 

 「古明地こいし……ここにいるのか?

 

 

 小さい萃香達には聞こえないように呟いた名に姿なき少女が答える。

 

 

 『お兄さん気づいてくれた?こいしだよ』

 

 

 ビンゴ!!やっぱりこいしちゃんだったよ。誰にも気づかれずにいられるのは無意識を操っているからだろうね。おかげでプチ萃香達は何にも反応を見せず入り口を見張っている。声のした方向だとすぐ隣にいるみたいだ。こいしは何故ここにいるのだろうか?

 

 

 「こいしちゃん、君は何故ここにいるんだい?

 

 『うっとね……』

 

 

 こいしは天子に事の経緯を話した。

 

 

 こいしちゃんによると萃香が巨大化して旧都で大暴れしているみたいだ。それも話を聞くと良く見知った感じがする3人が萃香と戦っているらしい。帰って来ない私を探しに地底までやってきたのはいいけど、旧都を壊さないであげて!このままだと旧都が消滅してしまうわよ……早く止めないといけないわ!その前にこの鎖とプチ萃香達をどうにかしないとここから抜け出せそうにないし……そうだ!

 

 

 天子はあることを閃いた。傍に居るはずのこいしに小声で伝えると天子は小さな萃香達に声をかける。すると小さな萃香達は天子の方を向き「何か用」と首を傾げる。

 

 

 「実は汗を掻いてしまってな、それでお風呂に入りたいのだがいいかプチ萃香達?」

 

 

 小さい萃香達は集まって何やら身振り手振りは話し合っている(言葉を発してはいないのだが)

 一人が前に出て来て首を縦に振った。どうやらOKの合図らしい。

 

 

 「ありがとう。それでなんだが、この鎖を外してくれないだろうか?お風呂に入る時はいつも外してくれているだろ?」

 

 

 天子はそう言ったが小さい萃香達は首を横に振る。

 

 

 むっ、これはお風呂に入ってもいいけど、本物の萃香が帰って来るまでは我慢しろってことか?困ったぞ……プチ萃香達は何とかなるが本物の萃香が相手では分が悪い……それに本物の萃香が帰って来たら旧都がもう終わっている可能性がある。こうなったら別のプランで行こう!

 

 

 「今から入りたいんだ。汗が気持ち悪くてな、お願いだかわいいプチ萃香達……それにこの鎖を外してくれるなら一緒にお風呂入ってあげてもいいぞ?」

 

 「「「!!!」」」

 

 

 小さい萃香達の目が変わった。メラメラと緑色の光が目から放たれていた。

 

 

 いつもお風呂には本物の萃香と二人っきりで入っている。その間、プチ萃香達は見張り役でお風呂場の外だ。今まで一度も私と一緒に入ったことはない。

 つまり私の考えではこのプチ萃香達も本物の萃香と同じく私に執着しているはずだ。それを利用させてもらおう。騙すようで心は痛むが仕方ないと思っている。このままだと地底が大変なことになるからね……既になっているけど。

 

 

 小さい萃香達はお互いの顔を見合わせると天子の鎖に近づいて外してしまった。本物の萃香だけ一緒に入っているのに、自分達も萃香なのに一緒に入れていない……天子と一緒にお風呂に入りたくて仕方なかったのだ。その欲が勝り鎖を取り外したのだ。

 

 

 「それじゃ、入る準備をするから向こうに行っていてくれ。流石に()()()()プチ萃香達の視線を浴びながら着替えるのは恥ずかしいのでな」

 

 

 小さい萃香達は天子に言われると頬を赤色に染めて入り口の方へと向かって行った。

 

 

 ()()()()の部分を強調することでプチ萃香達の視界から逃れる……これこそ技前だ。イケメンのみに許される無意識に女の子を落とすイケメンロール!まぁ、無意識ではなく意図的ですけどね。そしてプチ萃香達は近くにいない今がチャンスだ!

 

 

 「こいしちゃん、頼んだよ!」

 

 「うん、いいよ♪」

 

 

 姿を現したこいしはすぐに天子に抱き着くと徐々に二人の姿が薄っすらと透き通っていき、洞穴から二人の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ~、もういいよこいしちゃん」

 

 「ここまで来たらもう安心だね」

 

 

 監禁現場から遠くに離れることに成功した。こいしちゃんの無意識を操る程度の能力を使ってもらい、こいしちゃんに密着されることで私の存在を無意識領域に入れることに成功したのだ。女の子を抱き着かせるとか変態野郎と思うかもしれないけど、私は中身女の子なのでノーカンですよ。まぁ、正直言うと成功するかわからなかったが、無事成功して万々歳だ。

 だが、気を抜けない。何故なら私の視界に入っている見知った顔の者達が暴れているのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萃符『戸隠山投げ』!!!

 

 電符『雷鼓弾』!!!

 

 人符『現世斬』!!!

 

 眼光『十七条のレーザー』!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウワーキレイダナー……建物が粉々に砕けていくし、弾幕が着弾して残骸に火柱を生み出していく。想像していたよりヤバいですはい……戦場ですよここは。それにやっぱり衣玖達だった。私の居場所を突き止めて迎えに来てくれたんだとわかるけど、関係無い旧都を巻き込むのは止めてあげよう?もう現場は悲惨過ぎて見ていられないわ……萃香が巨大化して暴れまわり、衣玖達が応戦しているけど皆周り見えていないよね?火の海になりつつあるんですけど……ん?あれは……!

 

 

 天子は旧都の現状を見て呆然と眺めていると地底を代表する人物を発見した。

 

 

 「おらぁ!萃香!目を覚ませよ!!」

 

 「萃香落ち着いてえな!原因はパルスィのせいなんよ!暴れたいんやったらパルスィに当たり散らしてや!」

 

 「ちょっとヤマメそれは流石に止めて!!」

 

 

 あれは勇儀さんにヤマメとパルスィだ。萃香を止めようとしてくれているみたいだけど……

 

 

 「勇儀もワタシと天子の邪魔スルノカ……?」

 

 「ああ、悪いな。今の萃香には天子は勿体ないんでな」

 

 「天子はワタシノモノだ!ダレニモワタサナイ!どけぇえええええ!!!」

 

 

 萃香は勇儀に向かって拳を振りかぶった。勇儀はそれを避けて地面にクレーターができるぐらいだったが、ヤマメとパルスィは衝撃で吹き飛ばされてしまった。天子とこいしは瓦礫の物陰に隠れて様子を窺っていたが、二人は天子の居る方角へと吹き飛ばされた。天子はすかさずに物陰から飛び出して二人を受け止める。

 

 

 「大丈夫か二人共!」

 

 「天子!?無事やったんやね!」

 

 「えっ?あ、あの時の……」

 

 

 ヤマメは天子を見た途端に笑顔だ。パルスィは原因を作った側なので気まずそうにしていた。ヤマメとパルスィを抱く姿を見た鬼の拳はワナワナと震えていた。

 

 

 「天子!?お前ら天子にフレルナ!メスブタドモメ!!」

 

 

 萃香は巨体を揺らしながら近づいて来る。しかし、それを阻むもう一人の鬼の姿がある。堂々と萃香の前に躍り出る。

 

 

 「待ちな萃香、そう急ぐなよ。鬼同士の喧嘩……久々にやろうじゃないか?」

 

 「ぐぬぬ!勇儀ワタシノ邪魔をシテ……ソンナニ邪魔したいのか!!」

 

 「今の萃香は萃香じゃねぇ。同じ鬼であり、お前の友である私は嫉妬心に支配されている惨めな姿を見たくないんだ。普段の萃香なら手を貸したが、今の萃香は好ましくないんで邪魔させてもらうぞ」

 

 「うガァアアアアああ!!!」

 

 

 萃香は怒りで咆哮する。その巨体から繰り出される咆哮で周りの瓦礫は吹き飛ばされて行く。あまりの大きさに耳を塞いでしまうほどだ。咆哮をし終わった萃香の瞳が完全に勇儀を敵として捉えていた。睨み合う二人と天子に駆け寄る3人の姿……

 

 

 「天子様!」

 

 

 衣玖が真っ先に駆け寄ってきた。一瞬ヤマメとパルスィに冷たい視線を送るが……ヤンデレ萃香みたいな瞳をしてました……怖いです。そ、それはともかく!妖夢と神子も駆け寄って来てくれて久しぶりの再会だ。

 

 

 「天子様お怪我はございませんか変なことされませんでしたかもし何かされたのであれば私があのちびを地獄に突き落としてわんわん泣き声を叫びださせてゆっくりと血祭りにして差し上げます!」

 

 「衣玖落ち着いてくれ、リラックスリラックスだ。私は大丈夫だよ、まぁ……いろいろとあったがな……」

 

 

 本当にいろいろとあった……衣玖も萃香みたいに怖いから何も言わないけど……

 

 

 「天子さん!ご無事ですか!?」

 

 「天子殿、何故地上から姿を消したのですか?それに萃香殿の様子が変ですよ?」

 

 

 妖夢と神子も心配そうに見つめてくる。本当に申し訳ないです……これにはいろいろと事情があるんだけどね。

 

 

 「それならうちが話してあげる」

 

 

 ヤマメは衣玖達に丁寧に説明し始めた。

 

 

 ドカーン!

 

 

 説明している間にも向こうで鬼同士の戦いが始まってしまい、衝撃を避けるために物陰に全員で隠れることにした。その間にヤマメは事の経緯を説明した。衣玖は途中から歯ぎしりをしたり、目に光が無かったりと天子を内心恐怖させていた。妖夢も「絶対斬らなければ」と物騒なことを言っていた。神子は「天子殿と一緒にお風呂だなんて……羨ましい!」と顔を赤く染めてチラチラと天子の方を見ていた。

 衣玖達も天子が行方不明になっている間にやれることをやっていた。幸いなことに天界の天人達は宣戦布告することなく仕事に勤しんでいるようで天子は安心していた。ナズーリンの活躍によって天子が地底にいることがわかると誰かの制止声も聞かずに地底まで3人はやってきていた。地底との条約など頭から無くなってしまう程に急いでいたのだ。地底についたのはよかったものの、天子の肝心な場所までわからないため悩んでいた衣玖達の前に萃香が現れた。何故ここにいると思ったが、衣玖は霊夢が萃香を見かけないと言っていたのを思い出し、萃香が天子を地底に誘拐した犯人だとわかったのだ。それからは頭に血が上り、がむしゃらに戦っていたわけだ。

 

 

 「つまり……パルスィさん、あなたが元凶と言う訳ですね……」

 

 

 衣玖の冷たい声がパルスィを射抜く。誘拐したのは萃香だが、萃香がおかしくなった原因はパルスィだ。彼女が余計なことをしなければこんな事態にはなっていなかったのではないかと思えてしまう。

 

 

 「衣玖さん、私にやらせてください。丁度斬ってみたかったんですよ……人」

 

 「ひっ!ちょ、ちょっと斬るだなんて本気じゃないでしょうね!?それにあなた目がマジなんだけど!?」

 

 「……私に斬れぬものなどあんまりないのですよ?パルスィさん……一斬りだけでも……?」

 

 「一斬りでも絶対やめて!」

 

 

 パルスィは妖夢の問いに背筋が寒くなるのを感じた。マジで斬ろうとしていると本能でわかってしまって顔が引きつる。

 

 

 「安心してください。死んでも青娥に頼んでキョンシーとして蘇らせてあげますから」

 

 「何よそれ!?本当にそれだけはやめて!!」

 

 

 神子もさらっととんでもないことを言うのであった。

 

 

 「皆、私はもう大丈夫だからパルスィを許してやってくれ」

 

 「……天子様がそうおっしゃるのでしたら……」

 

 

 衣玖達は渋々納得してくれた。私は別に気にはしていない。ただ、ヤンデレは勘弁してほしいな……さてと、このまま萃香を放ってはいけない。でも、元凶のパルスィが居るんだからどうにかできると私は思っておりました。

 

 

 「やってみるけど、萃香の中に芽生えている嫉妬心が大きくなりすぎて制御するのに時間がかかってしまうのよ。だから、その間、あの鬼の注意を逸らしておいてほしいのよ」

 

 

 なるほど、耐久ですかね。結構耐久はきついのよね……ゲームで何度も体験したから知っている。でも、やるしかない。萃香には元に戻ってほしいからね。ヤンデレ萃香は嫌いじゃないけど好きにはなれない。特に怖いし……いつもの萃香が私はいいのだから。そうと決まれば行動に移すしかない!

 

 

 そう思い、衣玖達に指示を出そうと振り返った時に見てしまった。小さな萃香達がこちらに向かって来ている姿を目視してしまった。

 

 

 「あっ!お兄さん、プチ萃香達がやってきたよ♪」

 

 

 この状況を楽しんでいるこいしが指を指すとみんな振り返った。数は10程度だが、萃香の分身だ。手加減はできない。相手は手加減などすることはないだろう。天子を攫いに来たと思っているのだから。

 

 

 

 プチ萃香がやってきてしまったか!……それに皆涙目になっている?もしかして私と一緒にお風呂に入ることができなかったから泣いているの?それは心が痛む……ごめん。でも、ここは心を鬼にしないと。私の自由もかかっているんだからね。それに萃香を元に戻さないとここが荒れ地にリフォームされてしまう……

 

 

 「衣玖、妖夢、神子はプチ萃香達をお願い。ヤマメとこいしはパルスィを頼む」

 

 「天子様はどうするのですか」

 

 「私は萃香と話して少しでも時間を稼ぐよ。お願いできるか衣玖?」

 

 「天子様にお願いされたら断れないですよ……」

 

 

 衣玖はどこか嬉しそうに言った。妖夢と神子にも視線で合図すると頷いてくれた。ヤマメとこいしもやってくれるみたい。パルスィを守ることが必須条件だ。それに、萃香と戦ってくれている勇儀さんのためにも……萃香を元に戻さないといけない!

 

 

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 私達はナズさんから「天子は地底にいるかもしれない」その言葉を聞いた後の記憶はほとんど残っていない。気がつけば私達は古い時代の建物が立ち並び、ぶら下がる無数の提灯が街を照らし出してとても明るい光景が目に入ってきた。上を見上げればそこには岩があった。すぐに地底に私達はいることがわかった。私達と言っているのは私以外にも見知った顔がいたから。

 魂魄妖夢さんと豊聡耳神子さん(ミミズクさん)も驚いた表情でした。二人も気がついたらここに居たと言った感じでした。

 

 

 「お二人共、いらしていたんですか?」

 

 「そう言う君こそ、私は天子殿が地底にいるかもしれないと聞いて……いつの間にか地底にいるようだね」

 

 「衣玖さん、神子さん、そんなことよりも天子さんを探しましょう!早く見つけないといけませんよ!」

 

 

 妖夢さんはいつの間にかここに居ることなどお構いなしだった。早く天子様を見つけたくて仕方ないご様子……私も早く天子様に会いたい。毎晩天子様の寝室の扉を開けたらそこには、笑顔の天子様が笑ってくれていることを願っていました。でも、それは叶いませんでした……天子様の不在を気にする者は天界には大勢いましたが、理由をつけて天界から離れていることを嘘の説明することで事なき終えていた。しかし、その間も私の心は痛んでいました。嘘が本当ならどれほどよかったか……天界で天子様の帰りを待ち、家に帰って来た時に「おかえりなさい」と言えたのならば私の心はどれほど軽かったか……

 天子様は何者かに誘拐された。今すぐに天子様に会いたい。妖夢さんの気持ちよくわかります……必ず犯人を見つけ出し報いを受けさせてやらねば!

 

 

 そう衣玖が思っていた時に意外な人物が3人の前に現れた。

 

 

 「あっ!萃香さん!」

 

 

 妖夢の声に衣玖と神子が反応した。顔が下に向いていて見えなかったが、特徴的な2本の角と小柄な体型が彼女だと証明していた。

 

 

 萃香さんがこんなところに?そう言えば度々、地上と地底の条約を無視して地底にいる友達とお酒を飲み交わしていると聞いたことがありました。なるほど、萃香さんがここに居てもおかしくはないですね……ないはずですけど……空気がおかしい。彼女から漂う空気がおかしなものであることが感じ取れる……これは?

 

 

 「衣玖殿、妖夢殿、警戒してください

 

 

 小声で神子は二人に伝える。妖夢はキョトンとしていたが、衣玖には理解できた。萃香から敵意を感じることを理解できたのだ。

 

 

 「……ダメ……だ……ダレニモ……ワタサナイ……」

 

 

 萃香さん……私達に明確な敵意を見せています。一体なぜ?しかもここは街の中……何かあるようですね。

 

 

 「ワタサナイ……ワタサナイ……ワタサナイ……!」

 

 「萃香殿、何を渡さないと言っているのですか?ちゃんとわかるように説明してほしいですね」

 

 「ワタサナイ……ダレニモ……ワタシだけ……天子はワタシだけのモノ……!」

 

 

 天子!?萃香さん今あなた天子と?天子様のことを知っているのですね!

 

 

 衣玖は一瞬萃香に駆け寄りそうになった。だが、駆け寄るという行動は捨てた。萃香の目を見たから……

 緑色の光が放たれ、こちらに向ける視線は獲物の息の根を止めようとする肉食獣の瞳とよく似ていた。そして、衣玖の中で一つの可能性を発見した。

 

 

 「まさか……天子様を誘拐したのは……萃香さん!?」

 

 

 その言葉を聞いて妖夢は驚いた様子だった。神子は薄々わかっていたのか特に驚くことはなかったが、腰の七星剣に手をかけていた。

 

 

 「天子はワタシのことをスキと言ってくれた。ワタシモ天子がスキだ。これは相思相愛ダカラワタシタチは恋人同士なんだ。恋人同士は一緒にいるべきナンダ……ソウダロ?ソウニ決まってイルダロ?お前達は邪魔ナンダ……回れ右シテカエレ」

 

 

 地底に住む妖怪達は萃香と対峙する衣玖達を見学していた。中には喧嘩ごとだと思って観戦する者や萃香の幼い体を見ようとする変態も混じって周りが野次馬だらけになっていた。

 

 

 何を言っているのですか萃香さんは……天子様があなたを好き?天子様は誰にでも優しくする方でございますから好きと言ってくれるのはあり得ることです。しかし、それは友達としてでしょう。本当の愛LOVEの方の好きは私のためにあるのですから……気に入りません。萃香さんのことがわかっていたつもりでしたが、私はまだまだのようですね。相思相愛?私達が邪魔ですって?ふふふ……全くこのちびは何を言っているのでしょうかね……

 

 

 衣玖の体に電気が纏う。それは萃香に対して威嚇しているように見えた。

 

 

 「カエレ……そして天子に近づくナ。天子は……ワタシのモノダカラ……お前たちナド……見向きもサレナイダロ?」

 

 「見向きも……されない……?」

 

 

 ふふふ……萃香さん、何故か調子に乗っているようですね……そう言えば鬼は喧嘩がお好きだとか……いいでしょう。その喧嘩買ってあげましょう!

 

 

 「衣玖殿、落ち着いてくれませんか?萃香殿の様子がおかしいのはわかるはずですよ?」

 

 

 神子は顔に青筋が立っている衣玖を(なだ)めようとするが……

 

 

 「耳毛もカエレ、ワタシと天子の邪魔をするな。天子にはお前は相応しくナイ」

 

 「はぁ?耳毛……相応しくないと……私がですか……?」

 

 「そうだ……脇などミセヤガッテ……耳毛神子ではナク、脇神子か?いや、脇毛神子ダナ!」

 

 

 プチッ!

 

 

 神子の何かがキレた音がした。腰の七星剣抜き出して手に握っていた。

 

 

 「萃香殿……あなたも脇を見せているでしょうに……いいですよ……この喧嘩乗りました。二度と蘇られぬようにしっかり封印を施してあげますよ!」

 

 

 今にも萃香に斬りかかろうとする神子を妖夢は必死に止める。

 

 

 「二人共落ち着いてください!萃香さんもやめてください、どうしたんですか!?」

 

 

 妖夢は萃香がいつもとは違うことはわかっていたが、どうして違うのか彼女は知る由もなかった。そんな妖夢に萃香の挑発めいた言葉が振りかかる。

 

 

 「ハッ!何もカモ半人前のヤツが……ダカラ胸も半人前ナンダな!」

 

 「きさまぁあああああああ!!!もういっぺん言ってみろぉおおおおおおおお!!!」

 

 

 妖夢の堪忍袋はすぐにキレた。それがきっかけだった。これから旧都に大惨事を招く争いが始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく激戦を繰り返していると萃香とは違う鬼の姿と金髪の二人組が現れた。萃香の拳がもう一人の鬼に振るわれたが、それを避けたことで吹き飛ばされた二人を受け止めたのは望んでいた人物の姿を発見する。

 

 

 あ、あれは……!天子様!!?

 

 

 衣玖達はようやく見つけることができた。数日だが彼女達にとっては何年も離れ離れになっていた感覚だった。すぐに天子の元へ駆け寄る。

 

 

 「天子様!」

 

 

 ようやく会えました……いつもと変わらないお姿……衣玖はとても寂しかったです……!もしもあのちびに天子様が汚されたのであれば……私は許しません!それとあなた方は誰ですか?天子様に受け止められて幸せなのはわかりますがそろそろ離れてもらえませんかね……?

 

 

 衣玖の視線に気がつくと金髪の二人は天子の元から離れた。

 

 

 「天子様お怪我はございませんか変なことされませんでしたかもし何かされたのであれば私があのちびを地獄に突き落としてわんわん泣き声を叫びださせてゆっくりと血祭りにして差し上げます!」

 

 「衣玖落ち着いてくれ、リラックスリラックスだ。私は大丈夫だよ、まぁ……いろいろとあったがな……」

 

 

 はっ!?いつもの私に戻らないと天子様に嫌われてしまう!ゴホン……これで私はもう大丈夫です。少しお疲れのご様子ですね……いろいろとあった?やっぱりあのちびは許しておけませんね!

 

 

 「天子さん!ご無事ですか!?」

 

 「天子殿、何故地上から姿を消したのですか?それに萃香殿の様子が変ですよ?」

 

 

 確かに神子(ミミズク)さんのいう通りですね。言葉も何かおかしいような気がしますし……一体何が?

 

 

 「それならうちが話してあげる」

 

 

 黒谷ヤマメさんと水橋パルスィさんと言う方は地底に住んでいる妖怪のようでした。それにこの子供は古明地こいしと言う地霊殿に姉がいる子でした。天子様に協力してくれた子のようです。そして向こうで萃香さんと戦っているのは星熊勇儀さんと言う方で萃香さんを止めてくれています。しかし、そんなことどうでもいいのです。問題はパルスィさんです。ヤマメさんにも問題がありますが、話を聞くとパルスィさんが原因で萃香さんがおかしくなったとか……

 

 

 衣玖は冷静さを取り戻していた。天子が誘拐されたことで頭に血が上っていたがヤマメの説明で納得がいった。

 

 

 「つまり……パルスィさん、あなたが元凶と言う訳ですね……」

 

 

 パルスィに冷たい声と視線が突き刺さる。

 

 

 「衣玖さん、私にやらせてください。丁度斬ってみたかったんですよ……人」

 

 「ひっ!ちょ、ちょっと斬るだなんて本気じゃないでしょうね!?それにあなた目がマジなんだけど!?」

 

 「……私に斬れぬものなどあんまりないのですよ?パルスィさん……一斬りだけでも……?」

 

 「一斬りでも絶対やめて!」

 

 

 妖夢さん、一斬りだなんて……寧ろ粉微塵にやっちゃってください。

 

 

 パルスィの顔が引きつっているが構わず続けていく。

 

 

 「安心してください。死んでも青娥に頼んでキョンシーとして蘇らせてあげますから」

 

 「何よそれ!?本当にそれだけはやめて!!」

 

 

 パルスィの顔が真っ青に成り果てるところを天子が庇う。

 

 

 「皆、私はもう大丈夫だからパルスィを許してやってくれ」

 

 「……天子様がそうおっしゃるのでしたら……」

 

 

 天子様が言うことなら仕方ありません。いつもの天子様で私は安心です……相変わらず天子様はお優しい方です。久しぶりに顔を合わせて見ると更に魅惑的で吸い込まれてしまいそうです……♪

 

 

 衣玖は数日ぶりの天子の顔にうっとりしていたが、天子本人はそれどころではなかった。パルスィに萃香を元に戻してもらうように頼んだのだが……

 

 

 「やってみるけど、萃香の中に芽生えている嫉妬心が大きくなりすぎて制御するのに時間がかかってしまうのよ。だから、その間、あの鬼の注意を逸らしておいてほしいのよ」

 

 

 そう上手く終わりを迎えることはなかった。パルスィでも膨れ上がった嫉妬心を制御するには時間がかかるようだった。それをわかった天子は衣玖達に指示を出そうとした時に見てしまった。

 

 

 「あっ!お兄さん、プチ萃香達がやってきたよ♪」

 

 

 こいしさんの指を示す方向に振り返るとそこには無数の萃香さんがいた。ちなみにこいしさんより小さい……なるほど、それでプチ萃香なのですね。それよりもこの状況はよろしくないと判断しますね。ですが、何故涙目なのでしょうか?辛い事でもあったのでしょうかね?

 

 

 涙目の小さい萃香を見て考えていると天子が衣玖達に頼んできた。

 

 

 「衣玖、妖夢、神子はプチ萃香達をお願い。ヤマメとこいしはパルスィを頼む」

 

 「天子様はどうするのですか」

 

 「私は萃香と話して少しでも時間を稼ぐよ。お願いできるか衣玖?」

 

 

 天子様……そんな顔でお願いされたら……仕方ない天子様ですね。でも、天子様の困った顔も素敵です♪

 

 

 「天子様にお願いされたら断れないですよ……」

 

 

 天子様はそう言うと本物の萃香さんの元へ行ってしまう。

 

 

 「寂しいですね。あまり構ってもらえないのは」

 

 「私なんて天子さんに謝りたいことがあるのに……」

 

 

 妖夢と神子は天子に構ってもらえなかったことが寂しいようだった。

 

 

 「今の天子様は萃香さんを止めることで精一杯なんですよ。だから、今回の件をちゃっちゃと終わらせて元の日常に戻りましょう。天子様には天界へ帰って来てもらわないと大変なんですよ?」

 

 「天界は天子殿で回っていると言っても過言ではありませんものね。そしたら私達のやることは……」

 

 「斬るだけですね!」

 

 

 そう言って妖夢は刀を構える。神子も腰から七星剣を引き抜き戦闘態勢に入る。目の前には小さな萃香がこっちを睨んでいた。

 

 

 やる気満々のようですね。萃香さんのことは嫌いじゃありませんし、今回は出来事は事故のようなものですので大目に見て差し上げますけど天子様からのお願いです……ここは通させませんよ!

 

 



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38話 鬼退治

地底での騒動は終息へ……


それでは……


本編どうぞ!




 「あいつらどんだけのスピードで向かったんだ?」

 

 

 箒にまたがり、空を飛ぶ魔理沙とアリスに咲夜の3人は天子の手がかりを見つけ地底に向かっているところだ。

 

 

 「天狗ですら顔負けの速度だったわね」

 

 「でも、気持ちはわかりますわ。私だってもしもお嬢様が誘拐されようものならば……居ても立っても居られませんもの」

 

 

 ナズーリンが天子の手がかりを見つけたことを知ると例の3人組はその場所へと向かって行った。残像が残るほどのスピードでその場から消えた光景を思い出す魔理沙達。

 

 

 「天子の奴……大丈夫だろうな……?」

 

 「あら?魔理沙、天子様のことが心配?」

 

 「そりゃな、誘拐されたんだろ?お前は心配じゃないのかよ咲夜?」

 

 「勿論心配ですわ。お嬢様方を救ってもらい、今まで通りの紅魔館を取り戻してくれた方ですもの。私だって天子様にはご恩を返したいと思っているわよ?魔理沙だって命を救ってもらっているじゃない」

 

 「ああ、天子には感謝している。どこの誰か知らないが一体何で天子を誘拐なんか……おっ?」

 

 

 魔理沙は紅魔館の時に天子に命を救われた。借りがあるし、魔理沙は個人的に天子のことは気に入っていた。何度か見舞いに来てくれたこともあったし、付き合いもいい方だ。天子が誘拐されたことを聞いた魔理沙は「死ぬまで借りていくぜ!」が口癖だったが命を救われたこともあり恩を返そうと積極的に捜索していた。今もアリスと咲夜と共に目を走らせて探していた……そんな時に魔理沙の視界の端に何かが一瞬映ったそれを探してキョロキョロと探す。

 

 

 「魔理沙、どうしたのよ?」

 

 「アリス、お前は見なかったか?」

 

 「何をかしら?」

 

 「頭に猫耳を付けた奴だよ。どっかで見たことがあるんだけどな……」

 

 

 魔理沙は先ほど視界に映ったそれを思い出そうとしていた時のことだった。

 

 

 「にゃいにゃい、以前の白黒さんや、丁度いい所に居たね」

 

 「うわぁ!?さっきの……お前は確か……」

 

 「火焔猫燐だにゃ、白黒さんや、もしかしてあたいのこと忘れてた?」

 

 「そんなことないぞ、たった今思い出したぞ」

 

 「それは忘れていたと同じことだけれど……」

 

 

 異変の時にコテンパンにのしてやったお燐だった。魔理沙はそんなの居たな程度の感覚で思い出していた。

 

 

 「にゃ?見たことない方達がいるね」

 

 「私はアリス・マーガトロイドよ。こっちが十六夜咲夜」

 

 「よろしくお願いいたしますね。ですが申し訳ありませんが私達は急いでいるので……」

 

 

 咲夜は早々に話を切り上げて地底へ向かおうとしていたが、それを魔理沙が止めた。

 

 

 「咲夜、お燐の奴は地底にある地霊殿ってところに住んでいるんだぜ」

 

 「あら?それでは天子様のことを知っているのですか?」

 

 「そうなんだにゃ!ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「博麗神社ってどこにあるんだい?」

 

 

 ------------------

 

 

 「萃香!!」

 

 「天子!ここに居たら攫われる!ニゲロ!」

 

 

 天子が取られちゃう……ダメだ、あいつらはワタシから天子を奪ってイク……そんなのゼッタイユルサナイ……酒も宝も奪われてもイイけど天子だけはダメだ!ゼッタイユルサナイゾ!

 

 

 萃香の心は乱れていた。萃香は許せなかった……自分から天子を奪おうとする奴らの姿を……旧都を壊すつもりはなかった、暴れるつもりなどなかった……しかし、止められなかった。天子を奪おうとする者達が現れて萃香と天子の仲を裂こうとする妄想が彼女の心を乱し、嫉妬心を増幅させている。目に宿る光が益々輝きの強さを増していた。

 

 

 「へぇ、あんたかい?比那名居天子と言うのは?」

 

 「あなたは星熊勇儀さんですね」

 

 「私を知っているのかい?嬉しいね!萃香から聞いているよ。済まないが手を貸してくれないか?今の萃香をブチのめしに来たつもりなんだけどよ、思った以上に厄介なんだよ。それに私のことは勇儀で構わないさ」

 

 「わかった勇儀、是非手を貸したい」

 

 「そう来なくっちゃね!」

 

 

 勇儀が手を差し出す。それに応えて天子と勇儀が握手を交わす。しかし、その光景を憎たらしく見る瞳が勇儀を捉えている。萃香は目の前で仲良く握手する姿を見せつけられた。二人は意図してやったわけではなく自然の流れで握手することになった。それが今の萃香にとっては更に乱れる原因になってしまった。

 

 

 ドウシテダ?天子はナンデ勇儀と握手スルんだ?勇儀は私と天子の仲を邪魔しているんだゾ?ワタシタチは恋人同士のはずダロ?手を握っていいのはワタシダケナンダロ?スキと言ってクレタじゃないか……嘘ナノか?ううん……チガウ……天子は嘘ナンテつかない!騙しているのはメスブタドモだ!天子を騙して誘惑してワタシから離そうとシテイルんだ!

 

 

 ……サセナイ……

 

 

 サセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイサセナイぃいいい!!!

 

 

 ダレデあろうとワタシと天子のコイジの邪魔はサセナイ!!!

 

 

 「勇儀ぃいいいい!!!」

 

 「うぉ!?」

 

 

 萃香は勇儀目掛けて跳躍して空に飛ぶ。跳躍した拍子に地面が割れ、衝撃が地底全体に広がる。そのせいで一瞬勇儀はバランスを崩してしまい回避が遅れてしまう。それを見逃さずにそのまま降下する勢いで勇儀を踏みつぶさんとする。だが、そうはならなかった。天子が勇儀を咄嗟に突き飛ばして二人の間に下ろされた足がクレーターを作る。

 

 

 「萃香やめるんだ!勇儀に手を出すんじゃない!」

 

 「天子!勇儀に騙されるナ!そいつは天子を騙してワタシタチの仲を裂こうとシテイルんだ!安心シテクレ天子!今のワタシナラ勇儀だって楽々倒せる気がスルンダ。天子はそこにイロ、すぐに勇儀の首を奪いトッテヤルカラナ」

 

 

 そう言って萃香は勇儀の方へ向こうとするときに聞こえてしまった。天子が手に何かを握る音を……

 

 

 萃香は嫌な予感がした。ゆっくりと天子の方を向くと、天子の手には緋想の剣が握りしめられていた。

 

 

 「すまない……萃香を元に戻すためなんだ。萃香の好意はとても嬉しいが勇儀や他の皆に危害を加えることは許さない……だから萃香……覚悟してくれ」

 

 

 ……えっ?どうして?天子がワタシにそれ(緋想の剣)を向けるの?ワタシタチ恋人同士なのに争うノ……?優しかった天子がナンデワタシに……

 

 

 天子に……キラワレタ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソンナワケナイ!!!

 

 

 天子がワタシに刃を向けるワケナイ天子は優しいしワタシをタイセツにシテクレテいるきっとこれはユメだそうにきまってイル天子はワタシを裏切るワケナイこいつは誰かが幻術かナニカを使って天子のようにミセテイル偽者だ当たり前だヨナ天子とワタシは恋人同士ナンダからどこのどいつかシラナイが天子の偽者をツクリダスなどナメタことしやがってユルサナイコロシテヤル!!!

 

 

 萃香は鋭く尖った歯をむき出しにして偽者だと決めつけた天子を睨みつけた。

 

 

 「オマエは偽者だ!天子がワタシにそんなもの向けたりシナイ!だからオマエは偽者!偽者は生かすな!天子の姿をマネスルナ!そうだ……コロソウ!コロシテしまおう!ワタシノ天子を侮辱シタオマエはユルサナイ!ユルサナインダゾ!ぎゃははははははは!!!」

 

 「萃香!?」

 

 「萃香……チッ!パルスィのバカ!萃香の奴壊れてるじゃねぇかよ!!」

 

 

 天子は萃香の豹変ぶりに唖然としている。勇儀もこんな姿を目の当たりにして舌打ちをする。

 

 

 「チッ!おい天子!萃香を止めるぞ!このままだと萃香の奴が本当に壊れちまう。パルスィの能力で抑え込めても元の萃香に戻るかわからなくなっちまうからな!」

 

 「あ、ああ……わかった。勇儀」

 

 「ぎゃはははははは!勇儀も偽者もブッツブシテヤル!」

 

 

 天子は高らかに狂った笑い声をあげる萃香を見つめていた。

 

 

 ------------------

 

 

 「ぎゃはははははは!勇儀も偽者もブッツブシテヤル!」

 

 

 ちくしょう!萃香がとうとうおかしくなっちまった。パルスィ後で憶えてろよ。しかし、萃香がここまでおかしくなっちまうとは……それもこれも……

 

 

 勇儀はチラリと横目で窺う。萃香から自慢げに語られた比那名居天子という男がこの場にいる。勇儀も会ってみたいと思っていた人物……髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳と派手な色彩の服を着ている美男子だ。勇儀さえいい男だと思えてしまう程に綺麗な姿だった。

 

 

 いい男じゃないか、確かに萃香の気持ちがわかる気がするな。情けないことにさっき萃香の攻撃から助けてもらった。いい男ってのが外見だけじゃないってことがわかるぜ。それに『強い』とわかる。言っていた通りに天子から強者のにおいがする……これは萃香と天子には悪いが今の状況が楽しみになってきたな♪

 

 

 勇儀はニタリと笑う。今の萃香は暴走状態で手が付けられない。勇儀でも一苦労の戦いになることは避けられないのだが、勇儀側には天子がついている。暴走状態の萃香を止めるために天子も戦う覚悟を決めているようだった。鬼である勇儀には堪らなかった。本当は天子と喧嘩してみたかったが萃香が認めた男と共に戦えることを嫌だなんて思わないし心の中では密かに喜びに舞い上がっていた。

 

 

 「天子、悪いな手伝ってもらえるなんて」

 

 「いや、萃香がこうなったのには私の責任もあるから……それにこれ以上萃香が暴れて旧都以外にも被害が出れば萃香はその内誰にも相手されなくなってしまうからな。萃香にそんな思いはしてほしくないのだ……」

 

 「~♪カッコイイねあんた♪」

 

 

 口笛を吹いて揶揄ってみる。特に天子は気にしない様子で萃香を見つめていた。彼女のことを本気で心配していることが窺える。

 

 

 「うがぁあああ!天子に色目ナンカ使うナ!!!」

 

 「おっと!」

 

 

 萃香の拳が勇儀を潰そうとするが、吹き飛ばされる程の力の勇儀ではない。萃香の巨大な拳を両手で受け止めていた。

 

 

 「色目なんか使っていないさ。萃香の方が色目使っているだろ?」

 

 「ウルサイ!天子に色目使ってナニガワルイ!!天子とワタシハ恋人同士ナンダから当然ダ!」

 

 「萃香!萃香の気持ちは嬉しいから暴れないでくれ!これ以上暴れれば萃香に誰も寄り付かなくなってしまうぞ!私はそんな萃香を見たくないんだ」

 

 「天子の偽者メ!天子ならワタシに刃をムケナイ!天子ナラ今きっとワタシの帰りを家で待っているダ!だから天子がこんなトコロニイルわけはナイ!偽者偽者偽者ナンダ!偽者はコロス!!!」

 

 

 天子を偽者だと思っているのか……天子の声も届いていない様子か……私達が思っているよりもご執心のようだな。それに監禁されていたというのにまだ萃香のことを心配してくれるのかい……気に入ったよ。とても気に入った。武勇伝だけじゃやっぱり感動は伝わらないね。本物に出会ってこそ感動は伝わる……まさしくそうだ。器もでかい、肝っ玉も据わっているし、何より強いってのがいいよな。くふふ、柄にもなく興奮してきたぜ!天子と一緒に酒盛りしたくて堪らねぇな!だがな、その前に萃香の奴をぶっ飛ばして正気に戻してやらないとな!

 

 

 萃香の拳を跳ね除けて距離を取る。

 

 

 「おい天子、私達でパルスィの尻拭いすっぞ!勿論ついてこれるよな?」

 

 「ああ、萃香のためにもこれ以上被害は出せないからよろしく頼む」

 

 「へへ、いいぜ。天人と鬼との共同作業……腕がなるね!」

 

 

 勇儀は拳をポキポキと鳴らす。

 

 

 「萃香、目を覚まさせてやるよ!」

 

 

 天人と鬼が一人の鬼を退治する物語が始まった……

 

 

 ------------------

 

 

 「うがぁあああ!」

 

 

 打ち出された拳は地面を叩き割り大地を削る。衝撃で周りの瓦礫が辺りに飛び散る。巨大な鬼が何度も何度も自分よりも小さい的に拳を当てようと振りかざすが、どれも的に命中することはなかった。

 

 

 「くらぁええええええええええ!!!」

 

 「がはっ!?」

 

 

 勇儀が壊れた建物の残骸を萃香目掛けて投げ飛ばした。残骸は萃香の後頭部に命中し頭が揺れた。だがそれも一瞬の出来事ですぐに萃香は拳を勇儀目掛けて振るう。だが、その拳も当たることはなかった。横から割り込んで来た要石が拳に当たり軌道を変えたことによって空を切ったのだ。

 

 

 「うぐぐぅうう!偽者めガァアアアア!!!」

 

 

 要石を放ったのは勿論天子であった。天子を睨むその顔は昔話で語られる鬼そのものだった。

 

 

 萃香やめて!睨まないで怖いから!まるで鬼の形相よ……あっ、萃香は鬼だったからまるでじゃなかったわ……って!こんなこと思っている場合じゃないわ!萃香がおかしくなっちゃったよ……さっきまで私にベッタリだったのに今や私を偽物って思っているみたいなの……そこまで私に嫉妬してくれているのは嬉しいんだけどこのままじゃ本当に萃香じゃなくなってしまうわよ。それは絶対にダメ、私はいつもの酒に酔いしれてちょっと乱暴なところがあるけど、小さくて子供姿なのに色気があり、かわいい萃香が見られなくなるのは絶対嫌なの。ん?ちょっと待てよ……逆に考えるんだ。ヤンデレの萃香も見られて最高だと思えば良くないかな?原作ではヤンデレる姿なんて見られないし、私に夢中になってくれるのが嬉しい……だけど、やっぱりダメだ。パルスィの影響で萃香の心は嫉妬心に支配されているし、周りの方に危害が及ぶのはダメなこと……監禁生活はマジで勘弁よ。

 

 

 それに萃香は私の親友(とも)だ。私の責任もあるからあなたの親友(とも)として覚悟を決めたの。私は萃香を止めて、いつもの日常に戻ろう!

 

 

 「萃香、痛いけど我慢してくれ」

 

 

 天子は駆けだす。巨大な拳が迫るがギリギリのところでグレイズして緋想の剣を振るう。振るえばそこから血が流れ肉体が傷ついた。

 

 

 「うがぁ!?こ、この偽者が!!偽者如きがワタシにキズをツケヤガッテ!!ワタシにキズツケテいいのは天子ダケだ!!!」

 

 

 ちょっとその言い方だと私に傷つけられるのが良いみたいじゃない……ドM発言になるから後で萃香に注意しておこう。

 それにしても萃香の攻撃が単調だ。確かに巨大化してパワーは数段上がっているけど、パワーでごり押ししているようね。萃香と初めて喧嘩した時なんか能力を使ったりしてフェイントとか仕掛けてきたけどそういうことは一切ない。嫉妬で正常な判断ができていないため攻撃を避けることは容易だ。これで無力化できるならそれでいいのだが、鬼はタフだ。命尽きるまで見境なく暴れるだろう……それまでに旧都……否、地底が残っているか心配だ。だから私は願う……パルスィ早く何とかしてください!

 

 

 「シね偽者メが!」

 

 「おらぁ!」

 

 「ぐぅっ!?」

 

 

 今度は萃香がよろめいた。足に激痛が走りぐらりと巨体がバランスを崩し膝をつく。勇儀の足を狙った一撃が効いたようだ。歯を食いしばって痛みを我慢してまで天子を握りつぶさんと掴もうと手を伸ばすが動きが遅く、当然ながら天子が避けてしまうので届かない。萃香の苛立ちは増していく。

 

 

 「くそがぁ!ワタシはマケナイ!天子のタメニマケルわけにはイカナイ!」

 

 

 再び立ち上がり天子と勇儀の前に立ちはだかる。決して負けられない負けたら大切な天子が離れてしまう、天子と一緒に居られなくなってしまう……天子に対する想いが萃香の原動力となっていた。まだ痛む足に無理やり力を入れて立ち上がる。痛みなど天子がいないことよりもマシだと思える程だ。

 

 

 「ゼッタイイヤダ!オマエラナンカに……オマエラナンカに……ダイスキナ天子をワタスモノカ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「がぁ!?」

 

 

 萃香はよろめいて膝をつく。戦いは長く続いており、萃香の体は傷ついていた。それでも何度も何度も食らいついていた。怒りと失いたくない気持ちが彼女に再び戦う力を与える。

 

 

 「マダ……マダダ……天子は……ワタサナイ……ダイスキナ天子ダケは……ワタサナイ……!」

 

 「萃香……」

 

 

 心が痛む……必死に食らいついてくる萃香の姿を見ると手が動かせなくなってきた。ここまで思ってくれているのに、私は萃香を傷つけた……止めるために仕方ないとはいえこの方法は良かったのだろうか……?

 

 

 萃香は私のことを()()だと言ってくれた。その()()は愛しているという恋と言う名の()()だった。出会ってそれほど経っていないし、喧嘩した仲でもあり一緒に酒も飲んだ。勿論私は萃香のことは好きだ。それは親友(とも)としての()()……萃香の()()ではない。デートではっきりと萃香の気持ちを聞いたし感じた。私のことをこんなに思ってくれているのに私は止めるなんて言って刃を向けた。そして傷つけた……体だけじゃない、きっと心も傷ついただろう……本当にこの行動は正しいことだったのか?暴れまわって旧都を壊すことはダメなことだけど、私が必死に説得すればもしかしたら萃香は大人しくなってくれたのではないか?そんなことが頭によぎる。

 でも過ぎてしまったことだ。今の萃香はボロボロだ。勇儀と私の攻撃を何度も受けて膝をついても食らいついて負けを認めなかった。それほどまでの覚悟を私は見た……

 

 

 「天子、萃香の奴はボロボロだ。このまま行けばパルスィを待たずに萃香を無力化できるかもしれねぇぞ」

 

 

 勇儀は天子に対して言った。

 

 

 勇儀の言う通り、このまま行けば萃香を無力化できると思う。私達が優勢であり、萃香は嫉妬に飲まれて単調な攻撃しか繰り出してこない。このままでは私達の勝ちだ……

 

 

 天子はそう思っている。振り返ると衣玖達が小さい萃香達を倒している光景が映る。小さい萃香達も嫉妬に飲まれてしまい衣玖達でも対処できる程だ。本来ならばこんなことはあり得ないのだが、今の萃香達は自分を見失っていた。勝敗は決したも同然だった。

 

 

 そう……勝てるけど……私は萃香とまともに話合っていない。状況に流されるままだったけど、私は思った。このヤンデレた萃香も本来ある萃香の一面なのではないかと言うこと。嫉妬は誰にでもあり、パルスィによって嫉妬心が膨れ上がって自分を抑えることができなくなってしまって今回の騒動は起きた。考えて見れば今の萃香はいつもの萃香とは確かに違う……違うけどこれも萃香の一面なんだと私はそう思ったの。これも萃香が私に対する気持ちの一部でもあり、私をここまで思ってくれているからこそ諦めずに向かってくる……私を偽者だと思う程に萃香の理想が高い理由もあるけどね。萃香の目には私はどれほど綺麗な天子に見えているのだろうか……私内心ではビビりまくったりしているのに……?

 まぁ、簡単に言えばこれ以上難しいことを考えても意味がないってこと。最終的には自分の意思が答えになるものだから……だから私は決めた。私は比那名居天子、天界の総領息子であり、天人くずれだ。そんな私が出した答えは……

 

 

 「萃香……」

 

 「なっ!?おい天子近づいたらあぶねぇぞ!?」

 

 

 勇儀の声も無視して萃香に近づく。歩きながら手に持っている緋想の剣をしまい、要石も天子の周りから消えた。そして、萃香に無防備な状態で近づいた。

 

 

 「天子どうしたんや!?」

 

 「お兄さんやられちゃうよー!?」

 

 

 遠くの方でヤマメとこいしが天子に問うがそれでも天子は萃香だけを見つけていた。

 

 

 「天子様!?いけません!」

 

 「天子さん危ないです!」

 

 「天子殿!!」

 

 

 衣玖達もヤマメとこいしの声で気づいて声をかけても天子はお構いなしだ。天子は萃香の前で立ち止まった。

 

 

 「うぐぅぐ!偽者メ、自分から近づいてクルとはナ……天子の姿をシタ罪はオモイゾ!」

 

 

 緑色の光を放つ鋭い瞳が天子を睨む。目の前の存在が許せないように憎しみのこもった瞳が天子を射殺そうとする。

 

 

 「萃香、私は本物だ。萃香が偽者だと勘違いしているだけなんだ」

 

 「ウソだ!だって天子がワタシを傷つけるわけがナイ!天子とワタシは恋人同士ナンダからナ!」

 

 「そう言われても本物なんだ。確かに私は萃香を傷つけた……体だけじゃなく心も……だから謝りに来た」

 

 

 私は謝りたかった。止めるためとは言え萃香を傷つけたことを……でもそれだけが私の答えじゃない。

 

 

 「偽者が……本物だとイウ証拠はドコにアルンダ!」

 

 「証拠はないが、萃香ならわかってくれると信じている。一緒に宴会で酒を飲み交わし、異変を解決し、デートもした……萃香と一緒にいるととても楽しかった。その思い出は消えない……萃香も憶えていないか?共に過ごしたことを……」

 

 「思い出……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「絶対だぞ!ぜっっっっっっっっったいに次の宴会の時には顔出すんだぞ!」』

 

 『「大丈夫だ萃香。鬼との約束をやぶるマネなんてしない。萃香と飲める日を楽しみにしているよ」』

 

 『「ああ!私も楽しみで仕方ないよ!」』

 

 

 喧嘩して親友(とも)となって約束したあの時の言葉……

 

 

 『「へ、へん!天子に誘われたんじゃ仕方ない、いいぞ。天界の酒とやらを飲んでやるぞ」

 

 『「そうこなくてはな。酌してあげるよ」』

 

 『「私もするぞ。天子ばかり良いところ見せられないからな!」』

 

 

 天子のために用意していた酒が割れて飲めなくなった時に共に天界の酒を楽しんだ宴会……

 

 

 『「いや~!中々興奮したよ。私に火傷を負わせるなんてびっくりした。でも安心しろ天子、傷はすぐに元通りになるから……この火傷は天子と戦った時のように思い出の証なんだよ。布都の奴、最初は退屈だったけど最後のは私の心まで燃えてしまうんじゃないかってくらいに熱くなる戦いだったよ!」』

 

 

 異変を共に解決し、戦いの傷を誇っていたあの時を……

 

 

 『「私も萃香のことは好きだ。だが、それは親友(とも)としてだな。私にはまだ恋愛は早すぎるし、萃香もまだ私に出会ったばかりだろう?お互いのこともまだ知り得ていないし、感情が先走っている気がする。気持ちはとても嬉しいし、そう思ってくれていると知れて良かったと思っている。だから、まだ今は萃香の想いを受け取ることはできないさ」』

 

 

 デートした時の天子の言葉……正直に気持ちを伝えた時の記憶……

 

 

 それらが萃香の中で思い起こされる。笑顔で笑ってくれている天子の姿、戦っているカッコイイ天子の姿、温かい優しさを感じさせてくれた天子……目の前の天子はそんな天子と全く同じだった。思い出の天子と同じ温かい感じが伝わってくる。萃香は本能的に理解した……この天子は偽者なんかじゃない……本物の天子であると!

 

 

 「……天子……本物……なの……?」

 

 「ああ、本物だよ。すまない、傷つけてしまって……今の萃香は嫉妬心に支配されていると思っていた。だから止めるためと言って力に頼った……けど、今の萃香も本来の一面なんだと私は思っているよ。嫉妬は誰にでもあるものだからね。だから私は萃香を受け入れる」

 

 

 だから私はヤンデレも受け入れてやるわ!監禁生活が何よ!萃香にここまで思われて私は怖いとか思っていたのがバカみたいじゃない!……いや、確かにヤンデレは怖いし、監禁生活は正直止めてほしい……でもね、こんなにボロボロの萃香を見ても心動かされない冷たい天人じゃないの。それに私は萃香の気持ちを蔑ろにはできない……それに私は心を動かされた。私はヤンデレも受け入れるわ。もしかしたら、その内本当に萃香に惚れてしまうかもしれないね。

 

 

 「萃香、私を好きになってくれてありがとう。萃香に好きだと思われている私は幸せ者だ」

 

 「……天子……」

 

 

 鬼の瞳から緑色に輝く光が失われていった……

 

 

 ------------------

 

 

 「……えっ!?嫉妬心が消えていく……これは……」

 

 

 遠くの方でヤマメとこいしに守られていたパルスィが驚いていた。パルスィでも制御できない程に膨れ上がった嫉妬心は戦っている間も膨れていたが、次第に萃香の瞳から緑色の光が消えていき、巨大な体がいつの間にか縮んでいつもの幼い姿に戻っていた。萃香からいつの間にか嫉妬が消えていたのだ。それも天子の言葉を聞いた瞬間から……嫉妬心が消えて我に返った萃香は今、呆然としているしかなかった。

 

 

 天子……私は……自分勝手に天子の気持ちも無視して独り占めにしようとした。今までのこと何もかも憶えている……天子にしてしまったことも旧都で暴れたことも……て、てんしと一緒にお、おふろに入ったり、布団を一緒にして寝たりしたことも全部……でもそれは監禁という名の拷問に近い行為だった。勝手に恋人同士とか言って迷惑かけただけじゃなく他の者達を傷つけた。天子に嫌われて当然の行いをした。しまいには偽者と決めつけて天子を殺そうとした……最悪なことをしたと思っている。胸の奥から湧き上がってきたモヤモヤのせいだなんて私は思わない。私の心が弱かったから抗えなかった……鬼の四天王とか呼ばれていたわりに情けない……私は自分の嫉妬なんかに負けて周りを傷つけたんだ。自分を抑えきれないときに天子を恋人と決めつけて散々振り回した。好き勝手にしてきた鬼の私でもこれはひどいと思う……

 

 

 だが天子は何て言った?『好きになってくれてありがとう』?私は散々天子の気持ちを考えずに監禁し、お前の仲間にも手を出した。嫉妬に支配された私も天子は受け入れると言った。恨まれごとの一つや二つ言われるのかと思ったけど感謝されるなんてな……私に同情しているんじゃないか?天子は優しい奴だから私を止めるために嘘を言っているのではないか……そう一瞬だけ思ってしまった。

 でも鬼の私にはわかる。天子は嘘をついていなかった……真っすぐに曇り一つもない瞳が私を見つめていた。

 

 

 やっぱりお前は優しすぎる……私の想いに応えようとしてくれていた……私が我が儘を言ったばかりに、天子が欲しくて独り占めにしたくて暴れまわった。そんな私を受け入れてくれる……お前はどうしようもない卑怯者だよ……

 

 

 「私はお前が欲しいために他のみんなに迷惑かけたぞ?天子は嫌じゃないのか?こんな私と親友(とも)であることが……?」

 

 

 萃香は天子の顔をまともに見れなくなっていた。天子は他人を重んじるタイプだ。萃香は今回の騒動で多くの妖怪達に迷惑をかけ、天子を束縛し、旧都は荒れ放題だ。こんなことを仕出かした自分と親友(とも)だと知れば天子にも更に迷惑をかけてしまう……それが嫌だから……だから顔を見れなかった。この場で嫌だと言われたら自分はこの先一人だけで生きていく覚悟をしているつもりだった。

 

 

 「嫌だって?確かに他人に迷惑かけることはダメなことだが、そういうことを仕出かすのが鬼と言う種族じゃないか?それに今更だと思うぞ?萃香はやんちゃな小鬼さんだ。私と喧嘩して、一緒に酒を飲み交わし、共に異変を解決した暴れん坊さんだったじゃないか。だが、そんな萃香でも可愛げがあっていい。私は萃香と親友(とも)であることが嫌だなんて思わない。萃香の親友(とも)で良かったし、これからもそうだ。萃香に好きになってもらえるなんて知った時は感激したぞ」

 

 「て、てんし……お前は……!?」

 

 

 卑怯だぞ……そんなこと言ったら私……悪い事をしたのに、天子の優しさにまた甘えちゃうじゃないか……!

 

 

 「私……またお前に迷惑かけて苦労させるかもしれないんだぞ?それでも……まだ親友(とも)でいてくれるのか……?」

 

 

 不安を孕んだ言葉が萃香の口から天子に伝わる。

 

 

 「勿論だ。言ったろ?萃香の親友(とも)で良かったって」

 

 

 いつもの笑顔を萃香に見せる。今の萃香にとっては太陽よりも輝いて見えた。

 

 

 ……そうかよ……もう何も言わないよ。お前はどうしようもない程自分勝手な奴なんだな。鬼である私よりも自分勝手だよ。天子よ、私の我が儘に付き合ってくれるのか……優しすぎる……本当にお前は優しすぎるよ。こっちの気持ちも知らないで……だからそこがいいんだけどよ。だったら私は遠慮なんかしないし周りがどう思うなんて気にも留めない。一度フラれたなんて知らないさ。

 私は我が儘な鬼だ。鬼の中でも変わり者だ。天子のことが大好きな飲んだくれだ。乱暴者で甘えたがりな鬼なんだ。だから私はもう遠慮なんかせずに欲望のまま動くぞ。お前が悪いんだ……天子、お前という存在が私を変えちまったんだ。天子無しには生きられなくなった私は決して諦めないぞ……

 

 

 萃香はボロボロの姿で立ち上がり天子の胸に抱き着いた。

 

 

 天子よ……何度でもお前を手に入れてみせる……いつか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前と本当の恋人同士になってやるからな! 

 

 

 小鬼は天人に抱きしめられた温かさを決して忘れることはないだろう……周りもその光景を眺めているのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふ~ん……っで?なにこれで終わらろうとしているわけ?」

 

 

 その声に誰もが驚く。先ほどまではこの場にいなかった人物がそこに居たのだから。

 

 

 「れ、れ……霊夢!?」

 

 

 お祓い棒を手にした博麗の巫女がそこにいた。そして他にも……

 

 

 「幽々子様!?」

 

 「青娥も!?何故ここに!?」

 

 

 幽々子と青娥、しかしそれだけではなかった。

 

 

 「無事だったみたいね。よかったわ」

 

 「お久しぶりですね天子様」

 

 「アリスと咲夜……それに……」

 

 

 天子は感じ取った。感じたことのある妖気であり、霊夢達をここに出現させることのできる能力を持っている妖怪を知っていた。

 

 

 「……紫さんか?」

 

 「ご名答よ。流石比那名居天子ね」

 

 

 スキマが現れて中から出てきたのは微笑を浮かべた八雲紫と遠慮しがちのお燐だった。何故彼女達がいるのか……それは天子には容易に想像できた。アリス達は自分を探しに来てくれたこと、お燐は地底の惨状を伝えに地上に行ったこと、そして霊夢は……博麗の巫女としての役目を果たしに来たのだということを。

 

 

 「お話があるのよ……ねぇ、萃香……それと人外3人共、地底がどうなろうと私には関係ないんだけれど、あんた達のせいでゆっくりお茶していたのを邪魔されてね……」

 

 「にゃははは……」

 

 

 お燐は笑って誤魔化すが霊夢に睨まれて黙ってしまう。今の霊夢は非常に不機嫌な様子だった。

 

 

 「霊夢に何かあったのか?」

 

 「あのお燐って子を案内した時に勢い余って魔理沙のやつが博麗神社に突っ込んで霊夢のお気に入りの湯呑茶碗(ゆのみちゃわん)が割れちゃって……せんべいも宙に舞ってなくなっちゃったのよ」

 

 「ああ……」

 

 

 アリスの説明に天子は納得した。こればかりはどうしようと無いなと思った。そして魔理沙はどうなったかと聞いたが帰って来た答えが想像していた通りのことだったのでご愁傷さまと思っておくのだった。

 

 

 「あんた達……覚悟はいいかしら……?」

 

 「れ、れいむさん!わ、わたしたちは天子様を救おうとしていただけです!」

 

 「そ、そうですよ!私達は天子さんのために……幽々子様からも何か言ってください!」

 

 

 幽々子に助けを求める妖夢だが、幽々子は何食わぬ顔のままだ。

 

 

 「じゃあ妖夢、ここを滅茶苦茶にしたのは誰?ここを滅茶苦茶にしておいて正当化されようとしていない?」

 

 「旧都をこんなのにしたのは萃香とその3人だぜ。特にそこの剣士の嬢ちゃんは建物をズッパリ斬っているのが目撃されているらしいぜ」

 

 「なっ!?」

 

 

 勇儀が真実を口にした。妖夢達は天子を救い出すことに夢中で周りのことなど眼中になかったことで旧都で暴れて被害は多大なものになった。その姿も多くの妖怪達に目撃されていた。言い逃れはできないだろう……そして霊夢の機嫌が良くない今、八つ当たりするには十分な理由であった。

 

 

 「青娥……霊夢殿に説得を……」

 

 「最近豊聡耳様は腑抜けているようですので一回根性を叩きなおされたら治ることを期待していますので、わたくしは静観を貫かせてもらいます」

 

 

 神子は青娥ならわかってくれると手を伸ばしたが空振ってしまった。笑顔また神子の心を突き放していた。

 

 

 「れ、れいむ!これには深いわけがあるんだ!」

 

 「へぇ~、どんなわけなの……」

 

 「え、えっと……あっ!そうだ!私を暴れさせる原因を作ったのはそこにいる嫉妬野郎なんだ!」

 

 「ちょ、ちょっと!?」

 

 

 萃香のまさかの暴露にパルスィは青ざめる。自分に矛先が向かってくるとは思っていなかったからだ。パルスィが天子と萃香の仲に嫉妬してしまったせいでこうなったのは事実なのではあるが……

 

 

 「ふ~ん……それで?」

 

 「私は嫉妬で狂っていただけだから……許してくれないかなぁ~なんて……」

 

 「うふふふふ♪」

 

 「あはははは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今、私は虫の居所が悪いのよ!5人まとめて退治してあげるから覚悟なさい!!!」

 

 「「「「そ、そんなぁああああああ!!?」」」」

 

 「なんで私もなのよぉおおおおおお!!?」

 

 

 博麗の巫女に退治された5人の亡骸が旧都の荒れ地に転がっていたそうだ……

 

 

 



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39話 ようやくの終息

萃夢想はこれにて終了です。


それでは……


本編どうぞ!




 「もう、お姉ちゃんなんで来ようと思ったの?」

 

 「だ、だってあなたが心配だったから……」

 

 

 さとりは地霊殿から消えたこいしを探しに萃香達が暴れている旧都に向かっていたが、戦いの衝撃に吹き飛ばされて瓦礫に埋まりそのまま気を失って、霊夢達に発見された。しばらくして目が覚めたさとりは地霊殿の自室のベットで寝ており現在に至る。

 

 

 「と、とりあえずこいしが無事で良かったわ。旧都の方は壊滅的だけれど……」

 

 

 そう……私が気を失っている間に終わっていた。萃香さんは元に戻ったが旧都の方は元には戻らなかった……お燐が霊夢さんを呼んできてもらい今回の騒動は終わったのよ……私の仕事は数えきれないほど多くなってしまったけどね……

 

 

 地底を任されているのはさとりだ。今回の騒動で出た損害や妖怪達への対応が責任者として重くのしかかる。

 

 

 泣きたい……どうして私から平穏を奪うの?私が何かした?地底では私は好かれる方ではないと自分自身わかっているわよ。心読めるしどう思われているかなんてすぐにわかる。中には私のことを好いてくれる奴もいるけど、私にとっては迷惑ですよ。だって、ロリコン野郎に好かれたって嬉しくないですし……いやらしい想像しているのバレバレなんですから……萃香さんも萃香さんですよ!地上との取り決めを今まで無視して自由にやっていたのを勇儀さんの友人だからって大目に見てあげていたんですよ!それに他の方々も旧都を滅茶苦茶にして責任者の辛さを分かれっての!!もう今回の騒動で私は怒りました!みっちりと文句言ってやりますよ!!

 

 

 ベットから出て立ち上がり、旧都を滅茶苦茶にした萃香達に文句を言おうと席を立った時に扉がノックされた。

 

 

 「……誰ですか?私は今、機嫌が悪いんですけど?」

 

 「あ、あの~さとり様、お燐です。その……お客様がさとり様に会いたいと言っております」

 

 

 客?もうこれから今までの溜まりに溜まったストレスを開放してやろうと思ったのに……仕方ありませんね。一旦気を落ち着かせましょう。こいしも傍にいるんですし……くっ!また胃が痛くなってきた……こんな時に手元に薬が無いなんて……私なんでこんなについていないのよ!!?

 

 

 不満を抱えながら来客を待たせるのもどうかと思い招き入れる。さとりはその来客には初めて出会う人物だった。

 

 

 「こんにちは、さとりさん」

 

 

 入って来たのは腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳をさとりに向ける。ドキッとさとりは心臓が脈打つが聞こえた気がした。

 

 

 あら……カッコイイ方……そ、そうじゃなくて!何見惚れているのよ!待ちつけ私、いつも通りに対応するのよ。見た目がカッコイイ方だからって内面まで同じだとは限らないわ。私は知っているのよ、第三の目(サードアイ)が覗いてしまった深淵を……外見は満点でも中身はロリコンペド野郎だったってことを……思い出すだけで鳥肌が立ちます!外見を使っていい妖怪ぶって私に近づいてきたあの時のことは今でも忘れられない記憶(トラウマ)を刻みつけた……男の方ってどいつもこいつも変態野郎ばかりなのかしら……?いや、この地底がおかしいだけなのかもしれないけど……

 

 

 さとりは知っている。他者の心を読むことにかけた能力を持っているさとりにとっては秘密などすぐにばれてしまうもの。実際に旧都に出向いた時は見たくもない卑猥なモノを見て頭から当分離れていかなかった。それに地底には最近萃香ファンクラブとかができたことも耳にしていた。

 

 

 別に好みなんてそれぞれですけど、どうせあなたもそういう(たぐい)でしょう?顔がいいからってなんでも許されるわけないんですからね!

 

 

 さとりは警戒していた。地底の多くの妖怪からも忌み嫌われているだけじゃなく、中にはそう思わない連中もいるがさとりにとっては敵と同じだった。幼児体型である体であらぬ妄想を抱く連中を味方だと思わないから……そんなこんなでさとりは地底では地霊殿に引きこもることが多い。地底の責任者という立場もあり、書類をまとめる日々が多かった。そんなさとりは今回の騒動で今までの鬱憤が噴火しかけていた。地上から時々やってくる鬼の萃香を見逃していたのは勇儀の知り合いであり、彼女には建物の建設などで力仕事を任せられる存在で必要だった。人手が足りない時には酒で釣って頼みに行ったこともあった。大体勇儀と萃香が喧嘩して崩壊した建物を直す方が多かっただけなのだが……

 

 

 「お兄さん大丈夫だった?」

 

 「私は大丈夫だよ。まぁ、衣玖達は今もあれだけどね……」

 

 

 ん?こいしの知り合いの方のようね。こいしとは一体どういった関係なのでしょうか……?もし如何わしい関係なら即刻出て行ってもらうべき……!

 

 

 さとりは第三の目(サードアイ)を通して心を読み取ろうとする……

 

 

 「(うわぁ!生さとりだ!こっち見てるよ!ゲームで見るよりも幼くてかわいい♪原作と同じで第三の目(サードアイ)のひも状の管(?)ってやっぱり体から直接出ている設定なのかな?あっ!さとりちゃんって心を読む程度の能力があるんだった。もしかしたら私の心現在進行形で読まれているのかしら?もしもし、さとりちゃん?私の心読めてますか~?)」

 

 

 ……はっ?何言っているの?私のことを知っているにしても……()()()?原作?この方は一体何を知っていると言うの……?

 

 

 ------------------

 

 

 「なるほど、『転生』ですか……信じられないことですが、ここは幻想郷ですのでなんでもありなのですね」

 

 「あっ、ちなみに人里には転生を体験済みの稗田家の女の子もいますよ」

 

 「そうなのですか?興味ありますね」

 

 

 現在書斎には天子とさとりの二人だけになっていた。さとりは天子の心を覗き見ると不可解なことを読み取ることとなった。天子の方もさとりが心を読む能力を持っているの知っていた。さとりは天子と話す必要があると思い、お燐とこいしには席を外してもらい二人だけで話し合うこととなった。

 

 

 天子は隠してもさとりには全てが筒抜けになるので、包み隠さず語ることにした。自分は転生者で、この幻想郷に生きる者達は東方シリーズに登場するゲームのキャラクターであるということを……そして自分は男ではなく女であることも語った。

 

 

 「信じてくれましたか?」

 

 「そうですね。まぁ、初めは『原作と同じだ』とか意味がわからなかったですが……あなたの心を読んでいると真実であることが伝わってきましたよ。それにしてもあなたが比那名居天子だったとは……萃香さんも凄い方に惚れ込みましたね」

 

 「あはは……でも、私は萃香に好きと言ってもらえて嬉しかったですよ」

 

 

 笑みを浮かべる表情はとても美しく輝いていた。事情を知らぬ女性が見れば心がキュンとしてしまうだろう。だが、さとりは知った。比那名居天子が男性という肉体を持ち、女性の魂を持つということを。

 

 

 「嬉しそうですね」

 

 「ああ、だって私は東方大好きなファンの一人だからね。原作に出てくるキャラ達と出会うだけじゃなく、一緒に異変を解決したり、宴会もしたんだからね!いろいろあるけど私はとても嬉しいよ!こうして実際にさとりちゃんと話すことが出来ているのだから♪」

 

 

 私ってばいつになくテンションアゲアゲ状態です!だって今まで私の悩みを打ち解ける相手がいなかったのだから……ゲームキャラに出会って興奮して夜も眠れないとか変な相談しようものならかわいそうな目で見られるのは確定だからね。

 

 

 天子は今まで転生したことを誰にも打ち明けることはなかった。しかし、さとりは違った。さとりは心を読むことができるから隠し事などできないし、それに天子は何故かさとりならば話しても大丈夫と思えた。勘と言うやつだ。会った瞬間にびびっと天子の体に電流が走ったのだ。

 

 

 「私的には自分が()()()の世界の住人であったことが驚きですけどね。この幼児体型も私の数々の記憶も設定ってやつなのかしらね?」

 

 「あっ!?す、すまない……でも、私が男である時点で原作崩壊しているし、何も気にしなくていいと思うぞ?もしかしたら気分を悪くしたか?」

 

 

 自分が実はゲームのキャラだったなんて嫌……だよね……

 

 

 「いえ、私は大丈夫ですよ。嫌だなんて思いません。原作がどうとか私には関係ありませんから。気にしていませんし、私が仮に()()()のキャラであってもここにいる私は別物、こうしてあなたと話して意思疎通ができているじゃありませんか。それに私は感謝していますよ」

 

 「感謝?」

 

 

 さとりは嫌がるどころか嬉しそうに言った。

 

 

 「私には妹のこいしがいます。お燐も、ここにはいませんがお空もいます。地霊殿には私にとっての家族がいます。地底で私は好かれていない方ですが(ロリコン野郎共は除く)幸せものですよ。こいし達がいることが私の幸せですからね」

 

 

 さとりちゃんじゃなくてさとりさんって呼ばないといけない気がしてきた。立派だ……生前の私だったらゲームのキャラとしてここに存在するとか知ったら自分の人生と製作者を絶対恨むもん。そんな私に比べてさとりさんは心が強いなぁ。

 

 

 「止してください。褒めても何も出ませんよ。それに私としては『ちゃん』より『さん』の方がいいです。舐められている感じでムカッとします」

 

 「す、すまない……」

 

 「謝らないでくださいよ……それとなんですが、さっきから男口調ですけど私の前では素の喋り方でも問題ありませんよ?誰かに言いふらしたりしませんので」

 

 

 そ、そうしたいのはやまやまなんだけれど……男の姿で女口調ってのはさとりさんの前でもちょっと……それにこの喋り方になれてしまってどうしても男口調になってしまうんです……女口調に慣れてしまって天界でうっかり口調が出てしまうと皆から変な目で見られてしまうかもしれないんです……ごめんなさい……

 

 

 申し訳なさそうに縮こまる天子。いつもの天子とは違い、本来の自分を知っているさとりしかいないこともあって体育座りでポツンと椅子の上に小さく身を丸めていた。

 

 

 「謝らないでくださいよ……あなたも苦労しているんですね」

 

 「……あなたもって……さとりさんも苦労人ポジションの方か?」

 

 「それはもう……聞いてくださいよ!この前なんて……!

 

 

 さとりは語る。地底で起きる大半のことの後始末はさとりが全部片づけていた。とある閻魔の取り計らいにより、地底に地霊殿を建てそこで生活する許可をもらった。それまでは良かったのだが、地底の管理を任されてしまい、いつの間にか地底には地上から忌み嫌われていた妖怪達が住み着くようになった。その妖怪達が問題を起こした時の対応や責任を担うようになってしまい書類をまとめ、睡眠もとれずにデスクワークに励んでいた日々を語る。ブラック企業さながらの理不尽だった。最近では地底の妖怪達も大人しくなりさとりは平凡を取り戻せたと思っていた矢先に今回の騒動が起きてしまいカンカンに怒っていた。

 

 

 「――それで萃香さんを何度大目に見てあげたと思っているのですか!今度という今度は文句を言わないと私の気が落ち着きませんよ!!あいたた……興奮したら胃が……」

 

 

 さとりさん滅茶苦茶怒ってます……私の目には怒りマークが浮き出ている気がしてならない。さとりさん苦労しているみたいですね。なんか申し訳ない……萃香達には私からきつく言っておくから許して!後で胃薬買ってきてあげますから!

 

 

 「あなたなら彼女達も言うことを聞きますのでお願いします。胃薬を買ってきてくれるのは嬉しいですが、そこまでしていただなくても……いえ、やっぱりお願いします。この後の仕事量を考えたら更に胃が……」

 

 

 ストレスで大変そうだ。心読めなくてもわかるぐらいにさとりさん顔が真っ青ですね……健康にいい料理でも作ってあげようかな?

 

 

 「あ、あら?天子さんって料理作れるのですか?それは食べてみたいですね。あなたの心を覗いている時に見えてしまった数々の料理がおいしそうだったので……」

 

 「そうか、それならば後で台所を借りるとするか。好きなものがあるならば作って差し上げよう」

 

 「そうですか?ならばお言葉に甘えましょうか。あなたが来るまでにいろいろと爆発しそうだったので……リフレッシュできる料理がいいですね」

 

 

 さとりさんストレスがマッハなのですねわかります。だがその前に本題だ。萃香と衣玖達のことなんだけれど……

 

 

 天子は旧都を滅茶苦茶にしてしまった萃香と戦うことしか視野に入れていなかった衣玖と妖夢と神子の3人はどうなるのかと心配していた。地底の責任者がさとりと言うこともあり、ここを訪ねたのだ。

 

 

 流石に地底の妖怪達はカンカンに怒っているでしょう……萃香も衣玖達も私のためにやったことなんだから責められてほしくない。私が身代わりになってあげようかなとも思っているけど、そんなことをすると萃香も衣玖も妖夢も神子も自分を責めてしまうかもしれない。どうすればいいのか悩んでいるとさとりさんを思い出したのだ。だから私はさとりさんに何とかしてもらえないかと交渉しに来たわけ。勿論、タダとはいかない。ちゃんと損害賠償を払う覚悟だ。足りないんじゃないかと思うでしょうけど、私自身の資産はもの凄く多いから十分足りるはずです。頭も下げる覚悟だ。それでも許してくれないのなら片腕一本差し上げることだってしてあげるわよ。

 

 

 さとりは第三の目(サードアイ)を通じて天子の内面を見た。嘘のない覚悟を示していた。他者のために自分を犠牲にする精神は哀れなように見えたが、同時に熱く真っすぐな心を感じ取った。

 

 

 「あなたって他人に対してそこまで熱くなれる方だなんて……なるほど、萃香さん達が惚れるわけですね」

 

 「萃香達って……衣玖達もか?」

 

 「わかっているくせに、あなたは鈍感ではないはずですよ?あなたを巡る女の争いのせいで旧都は壊滅的状態になって私が苦労するという現実は受け入れがたいですけどなってしまったものは仕方ありません。萃香さん達が起こした騒動の後始末は私に任せてください」

 

 

 でも、さとりさん達だけで大丈夫なのだろうか?相手は勇儀さんや萃香と違う鬼もいたし、力づくで文句とか言ってくる妖怪もいるはず……

 

 

 「大丈夫ですよ。私だってこう見えても妖怪なのです。それに勇儀さんとは仲がいいですし、私にはとっておき(程度の能力)があるのですから心配いりませんよ。まぁ……私に手を出そうものならロリコンペド野郎共が黙っていないから味方は一応居るのですけどね……

 

 「さとりさん何か言ったか?」

 

 「いいえ別に何でもないですよ。とにかく地底のことは私に任せてください。暴力沙汰なんて起こさせませんから♪」

 

 

 そう言って天子に向かってウインクするさとりに天子は照れてしまった。

 

 

 うわぁきゃわいい♪さとりさんきゃわいいです♪こういう妹欲しかったわ。私一人っ子だったし……どうさとりさん?私の妹になってみませんか?

 

 

 「遠慮しておきますよ。私は地霊殿の主ですから、まぁ、あなたとこうして気を遣わずに話せる存在はあまりいませんから嬉しい誘いですけどね」

 

 「だったら私達親友(とも)にならないか?私の真実を知っているさとりさんと友達であるならば気兼ねなく愚痴を言いにこれると思うし」

 

 「そうですね、見た目は男性でも中身は女性ですし襲われることはないでしょう。それにあなたは信頼できる方だとわかりましたし、私も愚痴を気軽にこぼせる相手が欲しいと思っていたところです。外の世界の()()()とか言うものにも興味が湧きました。今度宜しければいろいろと教えてくれませんか?」

 

 「ああ、いいとも。私もさとりに何かあれば喜んで手を貸すよ」

 

 「ふふ、お願いしますね。比那名居天子さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええー!こいつ(さとり)親友(とも)になったのか!?」

 

 「こいつとは失礼ですね」

 

 

 萃香がさとりを指さして天子に詰め寄っていた。客室に集められた今回の騒動に関わった人物が全員集合していた。

 

 

 「ああ、何かダメな事でもあるのか萃香?」

 

 「いや、別にそんなことはないんだけど……」

 

 

 私はさとりさんと仲良くなった。ストレス解消スタミナ料理を食べさせて元気がついたさとりさんは満足そうで私も笑みがこぼれた。美味しそうに食べる姿は見た目と同じで子供っぽかった……そう思っていたらつま先を踏んずけられていた……こ、これも仲良くなった証拠だよね?食べ終わったさとりさんは十分満足して元気になったので今回の騒動の落とし前を伝えに衣玖達に会いに来た。そこで萃香は話を聞くと驚いた様子だった。ちなみに私が転生者であることは語っていない。そこんところはさとりさんと話し合ってまだ話すべきではないと判断されて語らなかった。だが萃香の反応がいちいち大きい感じがする?

 

 

 「天子は私とだけの親友(とも)でいてほしかったのに……

 

 「ん?萃香何か言ったか?」

 

 「いいんや、なんでもない……」

 

 

 結局何だったんだ萃香は?まぁいいか。それよりも衣玖、妖夢、神子が動かない。やっぱり伝えた内容が内容だからかな……

 

 

 さとりさんと話し合って地底で暴れた責任を問われることになった衣玖達には地底で働くこととなった。期限は旧都が元通りになるまでの間だ。それまでは地底で生活し、タダ働きということだ。これに妖夢の保護者である幽々子さんが反対するかと思ったが「寧ろ修行のためにやっちゃって」と賛成した。青娥さんも「最近腑抜けているのでいい気味ですわ♪」と面白がっていた。その時の二人の目に浮かんだ涙が忘れられない……

 

 

 「あの……天子様、私は天界の仕事もありますので両立はちょっと難しいかと……」

 

 「それならば大丈夫だ。衣玖の分も私がやっておく。最近衣玖ばかりに仕事をやらせていたので申し訳ないと思っていたところだからね」

 

 「あ、あの……そ、そういうことではなくてですね……天子様と離れ離れになるのは……」

 

 

 衣玖ごめんね、さとりさんと話し合って責任はちゃんと自分自身で取らないといけないってさとりさんに言われたの。でも安心して衣玖、天界の雑務等は私がやっておくし、地底には勇儀さんもいるから大丈夫だよ。戦いが終わったら勇儀さんに滅茶苦茶褒められた。今も勇儀さんが私を満面の笑みで見つけている。余程気に入られたみたいだ。さっきも「彼女達に何もないように私が天子の代わりに見ておいてやる。私生活も私達が支援してやるから心配すんな!」って引き受けてくれたんだしね。勇儀さんを慕う妖怪(変態)の気持ちがわかる気がする……勇儀さんパネェ!

 

 

 「諦めなさいよ、あんた達が暴れて壊したんだから自業自得よ」

 

 「そ、そんなぁ!霊夢は私がいなくて寂しかったんだろ!?働いている間は酒禁止とか拷問だよ!」

 

 「知らないわよそんなこと。それに寂しくなんてないわよ。酒を飲みたいのならばさっさと元通りにすることね」

 

 「霊夢の鬼!悪魔!無一文巫女!そんなんだから胸も貧相なんだ!!」

 

 

 萃香の頭にお祓い棒が振り下ろされタンコブから煙を上げる物言わぬ骸となった。

 

 

 「ゴホン!ええ、そういうことになりました。なので彼女達にはしっかりと責任をとってもらいます。よろしいですね?八雲紫さん?」

 

 

 さとりの言葉でこの場にいる全員の視線が一人に集束された。八雲紫は霊夢達を地底に送り届けた張本人だ。先ほどから一言も言葉を発しない紫に確認を要求した。紫は目を細めて何かを考えていたが、すぐに答えが返って来た。

 

 

 「ええ、構いませんわ。勝手に地底へ訪れては条約を破っていた萃香にも原因はありますしね。それに地底での揉め事に関しては私が関与する必要はないでしょ?地底は地底、地上は地上なのですから」

 

 「……まぁそうですね。あなたの言いたいことはわかりました。しばらくの間はこの方達を預からせていただきます」

 

 「天子様!」

 

 「天子さん!」

 

 「天子殿!」

 

 

 このままでは地底での生活を余儀なくされてしまう。そう思った3人は天子に詰め寄るが……

 

 

 「……3人共……壊したら責任取らないといけないよ。その間地上のことは任せておいてくれ。だからその……頑張って」

 

 

 がっくりと膝をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにパルスィは後で勇儀に干されたらしい……

 

 

 ------------------

 

 

 「霊夢すまないな。私のせいで迷惑をかけてしまって……」

 

 「別にいいわよ。萃香が天子を攫わなければこんなこともならなかったし、地底でパルパルしている子に目をつけられることもなかったんだから」

 

 

 紫のスキマ経由で地上へと帰って来た天子達一行はそれぞれの帰路についていた。アリスと咲夜は用も済んだので一足先に帰って行った。もう夕日が沈みかかっており、辺りは暗くなってきていた。そしてこの場にいるのは天子を含め5人……霊夢と青娥と幽々子と紫のみとなっていた。

 天子は自分を探してくれたことを感謝し、アリスと咲夜にお礼を言い、霊夢にもお礼を伝えているところだ。

 

 

 「まぁ、感謝しているなら今度お賽銭入れて頂戴。そうすれば私の機嫌は良くなるから」

 

 「そうだね。そうさせてもらおうか。いつまでも引き止めると妖怪に襲われてしまう……博麗神社まで送ろうか?」

 

 「いいわよ。私を誰だと思っているの?博麗の巫女よ?妖怪如きに後れを取るわけないじゃない」

 

 

 霊夢はそういうとそのまま空へ飛んで行ってしまった。残されたのは青娥と幽々子と紫と天子のみ。

 

 

 「幽々子さん、妖夢が居ない間は天界で住む気はないか?一人だと苦労するだろう?」

 

 「ありがとう、でもね私は白玉楼から離れるわけにはいかないわよ。あそこには魂達がいるし、案外あなたに会いたくてすぐに地底を元通りにしてしまうかもしれないでしょ?お誘いは嬉しいけど、白玉楼で待たせてもらうわよ」

 

 「そうか、ならば時間の合間に白玉楼にお邪魔して妖夢の代わりをいたそうか。それならば何の問題もないだろうけど、毎日とはいかないしな……」

 

 

 天子は妖夢が地底にいる間、地上のことは任せてと大見えをきってしまったが、幽々子の世話をどうしようかと悩んでいた。ノープランで実行に移してしまうことも元天子の影響があるのかもしれない……

 

 

 「それならば藍と橙が住み込みで働かせるわ。それならば幽々子が餓死することはないでしょう」

 

 「ちょっと紫!餓死するとは失礼ね!」

 

 「一度妖夢が出て行って帰って来なかったときに廊下で死にかけていたのは誰かしらね?」

 

 「うぐっ!?あ、あの時は私も若かったから……って今も若いわよ!それに私は既に死んでます!亡霊やっているんだからね!」

 

 

 プンスカと怒る幽々子を(なだ)めていた。

 

 

 「うふふ♪豊聡耳様の泣き顔……かわいかったですわ♪」

 

 「神子がいない間は青娥さん達はどうするのだ?私にも責任がある故、何か手伝うことはないか?」

 

 「う~ん……特に今のところはないですわね。それに豊聡耳様がいない方が最近回っている気がしますわ。豊聡耳様は毎日『天子殿成分が足りない……足りない……足りない……』とか言って腑抜けていましたのでお邪魔虫が居ても居なくても問題ないですわ」

 

 「(青娥さんえげつないなぁ……)」

 

 

 そう笑顔で語る青娥に内心やべぇと思う天子であった。青娥自身は神子のことを思ってきつく当たっているだけなのだった。

 

 

 「まぁまぁ……幽々子、藍と橙を送るから先に帰っててくれない?そっちの邪仙さんもそろそろお帰りの時間では?」

 

 

 紫は指を鳴らし、スキマが現れた。それぞれ幽々子と青娥の前に送り届けようということだろう。スキマの先は白玉楼と神霊廟に繋がっているようだ。

 

 

 「(ん?私の前だけスキマが現れない……何故?)」

 

 

 天子の前にだけスキマが現れずに紫が立っているだけだ。

 

 

 「幽々子、それと邪仙さん……私は少し彼とお話があるのでお先にどうぞ……」

 

 「紫……」

 

 「大丈夫よ幽々子、ただ少しお話したいだけ……何もしないわよ」

 

 「……その言葉……信じたわよ」

 

 

 幽々子は紫と天子を見比べてそのままスキマの中に消えて行った。青娥も何かを感じ取ったのかスキマの中へとそそくさと入って消えてしまった。残されたのは紫と天子だけ……お互いに何も喋らぬまま時間が過ぎていく。

 

 

 「(え、紫さん話があるとか言ってだんまりですか?ど、どうしたのよ?私まずいことしたかしら……!?)」

 

 

 天子はもしかしたら紫が怒っているのではないかと原因を頭の中で探したが一向に出てこなかった。まず、表情筋一つも動かさずに天子を見つめる姿にどうしたらいいのか戸惑っていた。

 

 

 「……比那名居天子」

 

 「……は、はい」

 

 「……ごめんなさい」

 

 

 紫は天子に謝った。何のことか訳がわからない天子はポカンとするしかなかった。

 

 

 「いきなりでごめんなさいね。萃香のことよ、勝手にやったこととはいえ、私の友人が迷惑かけたわね」

 

 「(そうだった。萃香と紫さんは昔ながらの付き合い……私と萃香以上に友歴が長いんだよね。友達想いの紫さん……素敵やん!)」

 

 

 友達の仕出かしたことについて謝罪する紫の姿を見た天子の中で紫への好感度はぐぐーんっと上がった。

 

 

 「私は気にしてないよ。萃香も私のことを想ってやってしまったことだ。様々な要因が重なって今回のことが起きた。地底に迷惑をかけてしまったし、地上の皆にも心配かけた。紫さんにも心配かけて申し訳なかった」

 

 「……私は別に心配なんてしていなかったわよ。あなたのことなんて」

 

 「……そうか(え?そうなの……普通にショックなんですけど……)」

 

 

 紫のちょっとした言葉に傷ついた。天子は帰って布団の中で泣こうと決めた。

 

 

 「……まぁ、心配はしていなかったわよ。()()()()()()()()()()()()()と思っていたから」

 

 「(え?それってどういうこと?)」

 

 

 紫の語った言葉の意味を理解できなかった天子は紫を見つめるが、目の前にはいつの間にかスキマが現れていた。

 

 

 「お話は終わりよ。そろそろ帰らないと天人達が騒ぎ出すんじゃないかしら?」

 

 「(げっ!?そ、それはマズイ!!)紫さんありがとう、それではまた!」

 

 

 天子は急いでスキマの中へと入り天界へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……比那名居天子……地上だけでなく地底にまであなたの影響力は及ぶようね」

 

 

 スキマを閉じ、独り言を呟いた。周りには誰もおらず、一人だけの空間……夕日が沈み暗闇が支配した空間に一人で佇む賢者。

 

 

 「ずっと見ていたわよ、萃香と一緒にデートしている時から……ね」

 

 

 紫は天子を監視していた。スキマを開き、天子の行動を全て目に焼き付けていた。萃香がおかしくなったところから萃香が元に戻るところまでバッチリと監視していたのだ。誰もそのことに気づく者は一人としていなかった。そのまま静観を続けておくつもりであったが、このままだと地底が崩壊してしまうかもしれない……流石の紫もそれは良しとしなかった。丁度博麗神社に地底からお燐が訪れていたのを知っていたため、博麗神社に出向くことにした。妖夢と神子の保護者達二人を引き連れて地底へとスキマを繋げたのだった。

 

 

 「まさか萃香の嫉妬がここまでだったなんてね……恋は盲目と言うけれど……盲目になってしまったせいで地底で働かないといけなくなるだなんて……お馬鹿ね」

 

 

 はぁっとため息が出た。萃香は当分地底でお世話になるだろう。自業自得なことながら友人としてため息が出てしまった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「……何故私は彼にこんな言葉を彼にかけたのかしら……」

 

 

 紫自身も無意識に発してしまった言葉の意味を理解することはできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様……うぅ……天界へ帰りたいです……」

 

 「私も……幽々子様のお食事を作っている方がいいです……」

 

 「天子殿成分がこのままでは不足してしまう……無念です……」

 

 「勇儀……お酒だけでもくれ……私餓死してしまうよ……」

 

 「駄目だぞ萃香、私は天子の代わりにお前たちの面倒を見てやっているんだ。ちゃんとしないと天子の顔に泥を塗ることになるからな。あんた達もだぞ、ここ(旧都)を元通りにするまでは私が責任を持って世話してあげるから安心しな。それとパルスィも十分働いてもらうからな」

 

 「「「「「そんなぁああああ!!!」」」」

 

 

 地底では悲痛な叫びが木霊していた……

 

 



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東方花映塚 花の異変編
40話 花に誘われて


花映塚編でございます。


頂いたリクエストの前にやっておきたかったので……花と言えばあの方です。


それでは……


本編どうぞ!




 「へぇ、盟友って伊吹様にモテモテなんだね」

 

 「そのおかげで監禁生活だったけどな」

 

 「ふぇっ?」

 

 

 私、比那名居天子は現在妖怪の山でにとりと将棋で対決中だ。にとりが私の言葉に()頓狂(とんきょう)な声を出したが気にしない。

 

 

 萃香が暴走して何日も経った。地底で住み込みで働く衣玖達はまだ帰って来ない。時々こいしちゃんが地底から抜け出してきて状況を密かに教えてくれる。地上の妖怪は地底に入ることは条約で禁止されているために紫さんかさとりさんの許可がないと出入りできないのだけど、こいしちゃんは能力があるから関係ないね。無意識って便利だなぁ……まぁ、こいしちゃんは無意識だから仕方ないし、私としても地底の様子を知ることができるのは特なので何も見ていないフリをしている。

 衣玖達は頑張っている様子だった。早く立て直して地上へと戻りたいらしいけど……どれぐらいかかるかな?私も地底に行きたいのだけど、橙が私の元へとやってきて、紫さんから預かった手紙を渡された。「あなたが行ったらまた余計なことが起こるから行ってはダメ」だって……紫さんからの初めての手紙がこれって……仕方ないな、ここは我慢しよう。その間は私が皆の代わりに頑張るしかないようだ。

 

 

 衣玖がいない間、私が衣玖の分の仕事もしている。改めて感じた……衣玖って私の秘書みたいに仕事をこなしていたけど私よりも仕事量多くない?軽く流して見てみたら私の通常よりも3倍ほどの仕事量でした……衣玖ってこんなに仕事抱えていたの?天界だからのんびり過ごしてもいいのに、真面目に仕事をこなしている姿を思うと申し訳ない気分になりました。本当にすいません……今度特別ボーナスでも出そう。

 妖夢の居ない白玉楼には藍さんと橙が妖夢の代わりとして働いていた。この前、遊びに行ってきたのだけど相変わらず幽々子さんの食事量が凄い。10人前なんてペロリとなくなってしまう……藍さんもそれに対応していて流石紫さんの式だと感心した。橙は橙なりに精一杯に藍さんのお手伝いをしていて心がポカポカした。でも、妖夢はずっと今までやってきたんだね……絶対いいお嫁さんになれるわよ。

 神子のいない神霊廟は意外と落ち着いていた。青娥さんは神子が地底で働いていることを知れば騒ぎ出す布都以外には真実を告げ、布都には神子が修行をしていると嘘をついた。布都は何の疑いもなく「我も太子様に追いつかなければ!」そう言って布都も毎日修行に明け暮れている。流石は青娥さんだと私は感服した。

 そして、萃香がいない博麗神社だが……いつも通りだった。賽銭が入っていない賽銭箱を覗き込む巫女の後姿を私は悲しげに見つめていた。魔理沙も居たのだが、地底でのお礼もしに来ていたので、賽銭箱にお金を入れると歓迎してくれた。しかも多めに入れたので中々質の良いお茶を出された……賽銭を入れていない魔理沙はただの水だけだった……それでいいのか霊夢?いや、それだからこそ霊夢かもしれないけど……そんなことを言えば私の頭が易者のように割られてしまうかもしれないので心の中に留めておこう。

 

 

 その他にも紅魔館では相変わらず仲良し姉妹のレミリアとフラン、チルノと大妖精で遊んでいた。今頃になると紅魔館は異変の時の忙しなさが静まり、フランも書斎で書類等を整理する毎日を送る日々は過ぎ去っていた。私が行方不明になって心配してくれていて心が温かくなった。そして私と丁度その時にこいしちゃんも居たので、皆でかくれんぼをした。それから追いかけっこなどもしてこいしちゃんも子供グループ(見た目)の仲間入りを果たした。その光景を見ていた咲夜達からも笑顔がこぼれていた。

 命蓮寺では精神統一の修行をさせてもらい、自分自身の心を鍛えてきた。聖さんはとても感心していたみたい。自分から修行をしたいと申し出る人物は少ないんだとか……無理もない。結構きつかった……正直足が痺れて平静を装うのが大変だった。マミゾウさんとも話をして外の世界で何をしていたのかも聞いてためになる話だった。人里で人形劇をするアリスを見つけてお茶に誘うと上海人形を触らせてくれた。「シャンハーイ!」と喋る姿がとても愛らしくてお持ち帰りしたいと内心うずうずしていたこともあった。

 他にも色々とあったが、大きな異変というものは起こっておらず、比較的に平穏な日々だった。しかし、原作が崩壊しているため次にどんな異変が起きるのか私の知識は役に立たない。

 

 

 比那名居天子、私と言うイレギュラーな存在がこの幻想郷の歯車を狂わせた。東方ファンだが、原作を潰してしまうという大罪を犯した……それでも私はこの世界で生きることを選んだ。私はこの世界が好きだ。原作とか関係なしに今、この場に居て、この世界の空気を吸い、仲間たちを一緒にいることが私の『東方』なの。私は今を生きていることが幸せなの。これからどんな異変や苦難があって、挫折や喪失感に襲われようとも必ず乗り越えてみせる。それが今の私……比那名居天子だから。

 

 

 「ねぇ天子、ボケっとしてどうしたのよ?」

 

 「ん?ああ、はたて……ちょっともの思いに(ふけ)っていてな」

 

 

 将棋の対戦相手はにとり、観客がはたてと椛だ。今は皆、休み時間なので自由にしている。はたては私が地底で何をしていたのか気になり色々と質問してきた。それで地底での騒動を語った。メモを取っていたし、ネタにでもするつもりなんだろうかね?

 ところで私がここにいるのは天界で仕事をしていたけど、気分転換にブラブラと散歩をしようとしたらはたて達を見つけて久々に会おうと思って妖怪の山にやってきた。実は私、妖怪の山に顔パスで入ることができるようになった。だって、萃香と勇儀に気に入られて天狗達はそのことを知っている。多分、文がどこからか情報を仕入れてばら撒いたのであろうね。天狗達も私のことを知っている者が多くなった……新聞の力って凄いわ。

 

 

 そう天子が感心しているとパチンと駒をつく音が聞こえた。

 

 

 「はい、王手だよ」

 

 「あっ」

 

 

 いろいろと思い返していて集中力が切れてしまっていた。積みになってしまい、勝敗はにとりに上がった。

 

 

 「天子さん残念でしたね。でも良い所まで行ったんですが……惜しかったですね」

 

 

 椛がそっと手を肩に置いて励まそうとしてくれていた。私落ち込んでないよ?でも、気を使ってくれる椛の優しさに涙が出ちゃう!

 

 

 「もう少しで盟友の勝ちだったのに気を散るから負けちゃうんだよ。戦いは力だけじゃなく、頭脳だけでもダメだ。両方備わっていても、最後は心で戦わないと」

 

 「そうだなにとり。にとりの言う通り心が乱れた私の完敗だ」

 

 

 あ~あ、負けちゃった。でも、有意義な時間を過ごしたわ。こうやって暮らすのも悪くないわね。おっと!流石に長居し過ぎたかな?そろそろ仕事の続きをしないといけないから帰らないと……

 

 

 「そろそろ私は帰らせてもらうとするよ」

 

 「中々いいネタをありがとう天子。今度私の新聞持ってきてあげるからね」

 

 「天子さん、また来てくださいね」

 

 「またな盟友~!」

 

 

 この3人とは気軽に話せる仲になっていた。自然と溶け込んで皆、私に慣れてくれて気持ちが楽だ。

 

 

 「ああ、楽しみにしているよはたて。にとりと椛もまたな」

 

 

 天子は妖怪の山から要石に乗り天界へと帰って行った。後にはたてが書いた新聞【花果子念報】がばら撒かれた。彼女のライバルポジションの文はこの時いなかったので、いいネタを先に取られて悔しがっていたらしい……そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふ~ん、噂の天人さんがまた新聞に載っているわねぇ……そろそろ実際に会いたくなってきたわ♪」

 

 

 花畑に囲まれて新聞を読んでいる女の口元が笑っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――それでこの花がどうかしたのか?」

 

 「いつの間にか寺子屋の前に置いてあったのだ。それも天子、お前宛ての手紙が添えてあったぞ」

 

 

 今日は人里に買い物に来ていた。大した買い物ではないのでのんびりと出会う人と会話を楽しんでいた。そうしたら慧音が私の元へ走ってきて寺子屋へ来て欲しいと頼まれて現在寺子屋にいる。そして、一つの植木鉢に入った花……真夏でもない季節の向日葵が咲き誇っていた。

 植木鉢から元気いっぱいに花を咲かせている向日葵と一緒に手紙があったと慧音は言った。何の変哲もない手紙のようだが、比那名居天子宛て、つまり私への手紙だ。それが何故寺子屋にあったのかはわからないが、見つけてもらいたかったのであろうと推測する。寺子屋には慧音が頻繁に出入りするのですぐにこの向日葵は見つかったのであろう……何となくだけど、送り主が誰だか分かった気がした。

 

 

 天子は手紙の封を切り読んでみる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『天界の変わった天人さんへ

 

  これを読んでいるならば太陽の畑に来なさい

 

  来ないと……わかるわよね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手紙に書いてあったのはこれだけだった。でも一度見たら忘れられない……もう誰が送ってきたのかなんて文章でわかっちゃった私ってヤバくない?ってか、あの方か……遂に来てしまったか……ああ、私は手紙を読んでしまった。無視することはできなくなってしまった。だって『来ないと……わかるわよね?』なんて書かれているんだから、もし行かなかった暁には最悪な展開が私の頭に思い浮かびました……いつかは会う定めだと思ってましたけど、今日ですか……買い物は諦めるべきだね。

 

 

 天子は見るからに元気いっぱいに咲いている向日葵とは対照的に元気がなかった。それもそのはずである、この向日葵の送り主を思うとこの後の展開が読み取れてしまったから……

 

 

 「天子、手紙には何て書いてあったんだ?」

 

 「手紙を読んだら太陽の畑に来いと書かれていた」

 

 「なっ!?」

 

 

 慧音は大層驚いていた。それもそのはずである、太陽の畑には幻想郷でも様々な花たちが咲き誇る美しい場所である。しかし、慧音は知っている……いや、幻想郷に住まう者達ならば誰もが知っている。その太陽の畑には凶暴な妖怪が住んでいることを……

 

 

 「天子、悪い事は言わない手紙の内容など無視すればいい。既に読んでしまったとしても読んでいないフリをすればいいんだ。手紙はどうしたのかと聞かれたら手紙は無くしたとかで誤魔化せばいいんだ。相手にわかるわけはないさ。()()()のところにはいかない方が身のためだぞ」

 

 

 ()()()とはあの方のことだろう。慧音ですら私を引き止める……相当この世界ではドSのようだ。慧音の言った通りに知らんフリをすることは可能だ。さとりさんのように心を読む能力はあの方には備わっていない。けれど、洞察力は鋭いと思いますよ。それにこの向日葵……あの方なら手紙を読んだか読んでないかを確認するために監視役を付けてもおかしくない……つまりこの向日葵は……

 

 

 「いや慧音、それは無駄だろう」

 

 「ん?どうしてだ?天子なら例えあの女でも白を切ることはできるのじゃないか?」

 

 「そう言うことではないんだ。きっと私達は今の会話を全部聞かれていると思うぞ」

 

 「な、なんだと!?」

 

 

 慧音は辺りを慌ただしく見渡している。もしかしたら近くに既に潜伏して会話を聞いているのではないかとそう思ったらしい。だが、私が言いたいのはそうではない……

 

 

 「慧音は彼女の能力を知っているよな?」

 

 「あ、ああ……『花を操る程度の能力』だったな」

 

 「そうだ、彼女なら花と会話することもできるだろうし、花を通じて他者の会話を聞くこともできるのではないかと思っているのだ」

 

 

 慧音は向日葵に顔を向けた。向日葵はまるでこちらのことを伺っているようにゆらゆらと風もないのに揺れていた。実際には動揺してそう見えていただけなのだが、慧音の心臓はバクバクと音を立てていた。もし天子の話が本当ならば先ほどの会話が筒抜けであったと言うことだ。話の内容が聞かれてしまい、自分が言ってしまった言葉を後悔していた。

 

 

 「て、てんしの言うことが本当ならば私は……!」

 

 

 血の気が引く。太陽の畑に住む妖怪の様々な噂を耳にする。どれもいい噂ではない、人間に対しても同じ妖怪に対してもいい印象を持たれていない。慧音は噂でその人物を判断するようなことはしないのだが、昔その妖怪が他の妖怪をいたぶっている場面に遭遇したことがあり、あの時の恐怖は忘れていない。実のところ、その妖怪のことは苦手意識が強い。人里では妖怪が堂々と歩く姿はほとんどない。少なくても人間に化けていることが多いが、あろうことかその妖怪は人里に堂々と入ってくる。こちらから手を出さなければ何もしないのだが、里の者達は彼女が現れるとみんな怯えてしまう。別に人間を食べに来たとかそう言うものではないのだが、誰からも近寄りがたい存在なのである。そんな妖怪の気分を悪くすれば自分はどういった目に遭うのか……自分だけならそれでいいが、周りの者に被害が出てしまったら……そんな恐怖を想像して顔が真っ青になっていると誰かに頬っぺたをつねられた。

 

 

 「いぎぎぎ!ふぇ()ふぇんし(てんし)!?」

 

 

 つねったのは天子だった。いきなりのことでどうしたのかと疑った。天子は慧音の頬っぺたから手を離して赤く膨らんだ頬っぺたを擦る。

 

 

 「悪かった慧音、怖がることはないさ。不安な顔の慧音を子供たちが見たら心配するだろ?無論、私も心配したからな。それに慧音は笑顔の方が素敵だ」

 

 「て、てんし……」

 

 

 天子はごめんと言って頬から手を離す。そうすると先ほどよりも頬が赤かった。体温も上昇しており、慧音はモジモジしている。

 

 

 「どうした慧音?」

 

 「お、おまえはそ、それだから誘拐なんてされたんだぞ!そ、そういう勘違いをさせることはや、やるんじゃないぞ!」

 

 

 慧音は顔を赤くして怒った。どちらかと言えば照れ隠しであったが……

 

 

 慧音はかわいい!異論は認めない!少し慧音で遊んでしまった……怒られてしまったがかわいい慧音を見れて満足だ。それに笑顔に戻ってくれたしこれでいい。さてと、おそらくだけど私が立てた仮説は当たっていると思う。この向日葵から妖気を感じる。微量ながらだけど妖気を混じらせている向日葵なんて知らない……意図的にそうしたと思う。手の込んだことをして、どうやら私に今すぐにでも会いたいようだね。会話を聞かれていたら行かざる負えないけど……

 

 

 「慧音、少し私は出てくるぞ」

 

 「……本当に太陽の畑に行くつもりなのか?」

 

 「ああ、折角のお誘いを断るなんて比那名居天子として許されないからな」

 

 

 天子は自分の意思を伝えると慧音はヤレヤレと諦めた。天子を止めることができないと理解したようだ。

 

 

 「全くお前は……でも一人は危険だぞ、誰か一緒に行ってくれる実力者じゃないと……」

 

 

 慧音は天子を一人で行かせるのは危険だと判断していた。しかし、太陽の畑に行きたいと願い出る者など誰もいない。せめて誰かもう一人戦えるだけの力を持った人物がいれば……そう思っている時だった。

 

 

 「おーい慧音、タケノコ持って来たぞ……お?天子か、新聞読んだよ。大変だったらしいな」

 

 

 そこに現れたのは妹紅だった。

 

 

 「おお妹紅!グッドタイミングだ!」

 

 「……はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……すまない妹紅、慧音が私一人では危険だとか言うものだから……」

 

 「別にいいよ。慧音にタケノコのおすそ分けをしに来た後は予定は空いていたからな」

 

 

 慧音のお願いでもこたん……妹紅が私と共についてきてくれることになった。しかしそれだけではない……

 

 

 「いやー!天子さんって色々な方に人気があるのですね!羨ましいです♪」

 

 

 そしてもう一人……早苗がいつの間にか付いてきていた。

 

 

 「お前なんでいるんだよ?」

 

 「妹紅さん、そんな些細なこと気にしていたらシワが増えますよ?今だって白髪(しらが)だらけなのに」

 

 「うっさいわ!白髪(しらが)って言うな!白髪(はくはつ)と言え!ってかこのまま付いてくる気か?私達が向かっているのは太陽の畑でそこにいる奴に会いに行くんだぞ?」

 

 

 妹紅は早苗に警告していた。この先の太陽の畑に待っているのはただの妖怪じゃない。萃香のように幻想郷のパワーバランスを担う一人の妖怪がいる。しかも、友好的ではない……危険だと警告するが早苗はいつも通りに……

 

 

 「心配ご無用です。私こう見えても修行しているんですから!お風呂の中で息を止めたり、トランプでタワーを作ったり、玉ねぎをみじん切りにして涙が出ないように我慢するなど色々とやっているのですから!」

 

 

 天子と妹紅は微妙な顔になった。

 

 

 息を止めるのは良しとして、トランプでタワーってそれ遊んでいるだけじゃない!?玉ねぎをみじん切りって……それって修行って言えるの?まぁ、早苗だから何も言わないわよ……うん。妹紅だって突っ込まないでおこうって顔に書いてあるもん。

 

 

 「さぁ!天子さん、妹紅さん、私についてきてください!相手がどんな怪獣でもこの東風谷早苗が華麗に倒してみせますから!」

 

 

 そんなことなど知らずに何も気にせず先頭を胸を張って歩いていく。

 

 

 「守矢の巫女はどうしてあんなのなんだ?」

 

 「早苗には常識なんて通用しないさ。ハチャメチャだが、そこが彼女の良い所なんだけどな」

 

 「へぇ、結構見ているような言い方だな?」

 

 「早苗とは長い付き合いではないが、彼女の目を見ればわかる。常識には囚われない考え方が早苗の強みでもあり魅力だな。ああいう子は結構好きだ。妹紅は早苗のこと苦手か?」

 

 「そんなことはないんだけど……テンションについていけないよな」

 

 「宴会で酔っ払って慧音のモノマネを披露しようとしていたのにテンションがついていけないと?」

 

 「なっ!?お、おまえそのこと覚えていたのかよ!?あ、あれはなかったことにしてくれ……」

 

 

 照れる妹紅と他愛もない話をしながら目的地に向かっていた。そうしてしばらく歩いていると森から抜け出た私は驚いた。目の前には一面花だらけでどれもが美しく風に吹かれながら踊っているように見える光景が映っていた。

 

 

 「これは……なんて美しい景色なんだ……!」

 

 

 凄い……もう凄いとしか言葉が出てこない。一面花、花、花、花だ。色は様々だが、赤色に青色に黄色、それに合わさって白色も混じりあい綺麗だった。私も女の子なので花には興味がある。花を嗅いでみると甘そうな匂いで心が安らぐ……この花たちは本当に丁寧に育てられていることが見て取れる。

 

 

 「凄いですね天子さん!あっ!妹紅さんも見てください!虫が舞っていますよ!」

 

 「ああ、私もここに来るのは初めてだが……これは凄いな」

 

 

 天子達は花畑に感激してしばらくその光景を堪能していた。だが、誰かの足音がした。すると辺りの空気は一変し、重くのしかかるようなプレッシャーを体に感じた。

 

 

 ああ……来てしまったようだ……

 

 

 天子は振り返り、プレッシャーを放つ人物と目が合った。

 

 

 「いらっしゃい、待っていたわよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「変わり者の天人さん……♪」

 

 

 四季のフラワーマスターと呼ばれる女性がそこに立っていた……

 

 



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41話 花の主

お待たせしました。太陽の畑で出会った人物とは……!?


本編どうぞ!




 天子達が振り返った先に居たのは日傘をさしてニッコリと笑う一人の女の姿があった。

 

 

 「現れやがったな!」

 

 

 妹紅はすぐに臨戦態勢へと移る。出会い頭に睨みつける妹紅の行動は失礼に値するがそんなことはお構いなしだ。しかし睨みつけられている当の本人はそんな態度を取られてもニッコリと笑顔を崩さない……崩さないのではなく、崩す必要もないということなのだろうか?まるで妹紅のことなど眼中にないように天子に語り掛けた。

 

 

 「どうかしら変わり者の天人さん?私が育てた花達のこと、気に入ってくれたかしら?」

 

 「てめぇ!私のことは無視か!」

 

 

 妹紅が更に睨みを利かせるがそれでも眉一つ動かすことのない。笑顔が顔に張り付いたような表情のまま天子の回答を待っている。

 

 

 「妹紅、落ち着くんだ」

 

 「チッ!」

 

 

 苛立って舌打ちをする。一切の警戒は緩めずに日傘を差して笑みを浮かべている女を睨み続けている。

 

 

 「変わった犬を飼っているのね?」

 

 

 その言葉に妹紅の顔に青筋が立つ。

 

 

 「犬じゃない、私の友人である妹紅だ」

 

 「ふ~ん……まぁそれは置いておいていいわ。私は天人さんに聞いているの……この花達はどうかしら?」

 

 

 またもや妹紅の顔に青筋が立つ……徹底的に無視を続ける女に今にも飛び掛かりそうだ。心配になった天子が妹紅の前に出て遮ることで無駄な争いを避ける。

 

 

 「とても美しい光景だ。辺り一面花達が咲き誇り風に吹かれて幸せそうだ。一本一本丁寧に育てられて愛情を注がれていることが見て取れるし、花達もわかっているのかあなたが現れてから花達も嬉しそうに揺ら揺らと揺れているぞ」

 

 「へぇ……なるほどね。天人には美的センスの欠片もないかと思っていたけどね」

 

 「あの……どういうことですか?」

 

 

 恐る恐る天子の後ろに隠れている早苗が聞いた。ちなみに早苗は先ほどまで戦う気満々だったが、いくら早苗でも目の前の妖怪には逆らったら不味いと思い身を縮こませている。初めの勢いはどこへ行ったのやら……

 

 

 「天人という種族はみんな刺激の無い生活をしていると聞くわ。何も変わらない毎日を過ごし平凡に一日が過ぎていく。当の本人たちはそれで満足している……けれど私達から見たらそれはつまらない、本当につまらないことなのに天人は誰もそのことに気がつかない。あなたを除いてね」

 

 

 女妖怪の綺麗な指先が真っすぐに天子だけを指さしている。

 

 

 「新聞を読んだわよ。天人さん、あなた近頃よく新聞に引っ張りだこじゃないかしら」

 

 「新聞を出している文とはたてとは仲がいいからな」

 

 「仲良しなのね。ふふ、不老不死の蓬莱人に現神人を引き連れているから人脈は広いみたいね。地底にも行ったそうじゃない?なんでも色恋に溺れた哀れな鬼に無理やり付き合わされたとか。ひどいものね、鬼は身勝手な奴ばかりだけど、ここまで来ると呆れちゃうわね……お馬鹿な鬼さんよね。天人さんもそう思うでしょ?」

 

 「萃香のことを馬鹿にしてほしくないな。私のことを想ってやってしまったことだ。私は嬉しかった……地底を滅茶苦茶にしてしまったがな。だから私は萃香のことをお馬鹿なんて思わないさ」

 

 

 女妖怪の言葉は所々に棘があり、相手の神経を逆なでするような言い方だった。いや、寧ろそうなるように仕向けているようにも思えた。女妖怪はつまらなさそうに言葉を吐いた。

 

 

 「そう、まぁどうでもいいわ。私には関係ないことだし……ところで天人さん、今暇よね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私とお茶……しましょ?」

 

 

 ------------------

 

 

 「どう?いい味出ていると思うけど?」

 

 「ああ、これはとてもいい味だ。今までこのようなおいしいお茶滅多に飲んだことはないな」

 

 「お世辞ありがとう。まだあるからお代わり自由よ」

 

 

 私達はある方の自宅に招待された。木造の建築ハウスでいたってシンプルな造りの家だった。中を開けて見ると外見とは違って花が飾られていたり、花が至る所に植木鉢に植えられていた。花達が主役のような印象を受ける家で印象に残る光景だった。招かれた私達はテーブルに座り、入れられたお茶を楽しんでいた……妹紅は警戒を解かずに睨みを利かせていたけど、早苗は珍しく静かにお茶を飲んでいた……まぁ無理もないわね。相手はあの方だもの……

 

 

 「流石だな。幽香さんなら何でもできてしまうのではないか?」

 

 「ふふ、それは褒め過ぎよ。私だってできないことぐらい山ほどあるわよ」

 

 

 【風見幽香

 癖のある緑の髪に真紅の瞳。白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカートを着用し、その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている。首には黄色のリボンを巻いている。

 『花を操る程度の能力』を持っており、花を咲かせたり、向日葵の向きを変えたり、枯れた花を元通り咲かせたりすることができる。だが他の強力な妖怪に比べればこれはおまけのような物である。幽香の真価はその純粋な妖力・身体能力の高さにあり、高い基本能力を誇る妖怪らしい妖怪である。

 

 

 幽香さんから入れられたお茶はとても甘くて濃厚な味わいだ。とてもおいしい♪話をしているとただの優しいお姉さんに見える……だが、私にはわかる。幽香さんは妖気を隠しているつもりでも、目を見れば闘争本能を押し殺しているのが伝わってくる。つまり戦いたくて仕方がないという意思を感じ取った……ここの幽香さんは戦闘狂でしたか……人里で噂になっていることも嘘ではない気がしてきたが、今は置いておこう。

 なんでも私のことは新聞で知って初めから興味を持ってくれていたようだった。初めと言えば萃香と喧嘩した時の新聞だったわね。私はそれで戦闘狂の幽香さんに目をつけられてしまっていたようだ。それから新聞で私が異変を解決したりして益々私と会いたくなったとか……だいたいわかりました。きっと私と戦いたいから寺子屋に花を置いてここへ来るように仕向けたわけだ。何となく既に展開がわかっていたけれどね……

 

 

 「あなたと話をしていると楽しいものだわ。そうよね天人さん?」

 

 「そうだな、中々ためになる話ばかりで私も楽しいぞ。それとなんだが、天子と名前で呼んでほしいのだがな?」

 

 「ふふ♪それは駄目、私に名前で呼んでもらいたければそれ相応の存在になることね」

 

 

 幽香さんにとっては私はまだ取るに足らない存在だと言うことね。幽香さんの評価中々厳しいようだわ……でもこうしてお茶に誘ってもらっているだけでも幽香さんから目を付けられているって証よね?ううむ……良いのか悪いのか……本物の幽香さんに出会えて嬉しい反面もの凄く怖い……笑顔が作り物の仮面を被っているみたいでゾワゾワってする。流石幽香さん……幻想郷のパワーバランスを担うだけはある。でも、できれば私は幽香さんと対等の立場で一緒にお話したいなぁ……ユウカマイフレンドみたいに。

 

 

 「ふふ、さてと……ねぇ、そろそろ私から質問していいかしら?」

 

 「……なんでしょうか幽香さん……?」

 

 

 私のセンサーが反応した。これはおそらく……

 

 

 「天人さんは……強いのよね?」

 

 「まぁ、弱くわないと思っているな」

 

 「へぇ……そうなの……」

 

 

 会話が止まる。私達が止まれば周りの花達も時間が止まったように気配を殺し、早苗も縮こまり、妹紅はいつでも仕掛けられるように準備していた。

 私のセンサーがビンビンに反応している。私は一つの結果を今、思い描いている。

 

 

 「天人さん、一杯ご馳走してあげたのだから……私のお願い聞いてくれるかしら?」

 

 

 やっぱりそろそろ来る頃間と思ってました。もう私は逃げられない……次に幽香さんは「私と戦ってくれない?」と言う。

 

 

 「私と戦ってくれない?」

 

 

 ほらね。そのために呼んだんでしょうが……まぁ私も少し期待していた。元天子ちゃんの影響力で戦いに興味を持つようになり戦闘狂要素が今の私にはあるんだ。そのおかげで今、ほんのちょっぴり楽しさを感じている……幽香さんも同じだろうか?戦いになればこの楽しさをもっと感じることになるだろう。

 幽香さんの瞳の中に燃え上がる炎が見える。戦う相手がいなくて飢えている肉食獣のような瞳だ。弾幕ごっこでは欲求を解消できなかったようだわね。幽香さんは私のことしか見ていない、妹紅も早苗も眼中にないようでおまけ程度でしか思っていないだろうね。

 

 

 「やっぱりてめぇはそのつもりだったんだな!天子と戦うために寺子屋に勝手に花なんか置いていきやがって!」

 

 

 言葉を聞いて妹紅は勢いよく立ち上がり、椅子が倒れるのなどお構いなく突っかかる。それでも幽香は顔色一つ変えることはなく冷静であった。

 

 

 「そうよ。でも、それの何が悪いのかしら?花を置くことが罪にはならないでしょ?そんなこともわからない残念な脳みそなのかしら?何度も死を経験して脳みそが無くなっちゃのね。かわいそうに……」

 

 「てめぇ!焼き殺してやる!!」

 

 「も、もこうさんステイ!ステイ!です!」

 

 

 挑発めいた言葉に今にも襲い掛かろうとする妹紅を早苗が止める。

 

 

 「離せ!それにその言い方だと私が犬みたいじゃないか!」

 

 「うるさいわよ、ワンワンと吠えないでくれるかしら?私は天人さんに言っているの。あなたじゃないわ犬」

 

 「こ、この野郎!!!」

 

 「――邪魔者は……消えなさい!」

 

 

 今にも幽香に殴りかからんとする妹紅に傘が向く。妹紅を抑えている早苗にも向けられてしまっているので「ひっ!」と短い悲鳴をあげる。流石の早苗でも幽香相手は怖いようだ。彼女の瞳から殺気が感じ取れていた。

 

 

 これはまずい!幽香さんを止めないと二人が『こんがり上手に焼けました~!』ってなってしまう!?早苗に何かあったら神奈子さんと諏訪子さんになんて言ったらいいか……妹紅は不老不死だけれど痛みはあるし、何よりも女性だ。女性を守るために男の体はあるようなものよ!今こそ動け私!妹紅と早苗を守るのよ!!

 

 

 「幽香さんやめてくれ、二人を脅すのは。あなたの目的は私だろ?」

 

 

 天子は妹紅と早苗を守るように二人の前に躍り出た。その様子に幽香は面白そうだった。

 

 

 「ふふ、そうよ。あなた以外どうでもいいわ……それで答えは……どう?」

 

 

 答えなんて……これはもう強制イベントでしょ?負け確定イベントなだけじゃないからまだいいけどね。これは受けるしかなさそうだよね……

 

 

 「わかった。幽香さんの誘いに乗ろうじゃないか」

 

 「天子お前本気かよ!?こんな奴の言うことに従う必要なんてねぇ!!」

 

 「あら、天人さんは私の誘いを()()引き受けてくれたはず・よ・ね?」

 

 

 超が付くほどの眩しい笑顔の裏には肯定しないと殺すわよ♪なんて思っているんでしょう……幽香さん怖い……けど戦いたいって気持ちが湧いてくる。私ってどうしようもないわね。

 

 

 天子は妹紅を落ち着かせて説得した。幽香は天子との決闘を望んでいるが妹紅は幽香のことは気に入っていないし、馬鹿にされて腹が立っている。落ち着きは取り戻したが忌々しい姿を視界に入れるだけでまるで永遠亭にいる月の姫(あいつ)を思い出すような感覚で嫌だった。幽香の手で踊らされているようにも思えて拳を握りしめる。だが、天子は幽香の誘いに乗り決闘することになってしまった。

 妹紅にはここに来る前からわかっていた。視界に映る幽香は戦闘狂で有名な妖怪だ。弾幕勝負もあまり乗る気ではないし、本気など出すことはないだろう。しかし、天子は新聞に大々的に活躍が乗っている。山の四天王でもある萃香と戦ったこと、神子が起こした異変の解決、紅魔館での出来事などのことが新聞を通して伝わっている。知ってしまったのだ……天子が並みの妖怪よりも強いと言うことが……ならば戦闘狂の幽香が天子を呼び出すなんて一つしかない……戦うためだ、争うためだ、血を流し合うスペルカードルールに縛られない()()()()()を望んでいる。妹紅は幽香の実力が幻想郷でも指折りに入ることは感じ取っている。目と目が合うだけで弱い者ならば心が乱れ恐怖し逃げ出すことだろう。人里の人間達だけでなく、同じ妖怪からも危険視される人物なのである。他者を平然と見下すことができるのがきっと風見幽香と言う人物なのだ。

 

 

 その風見幽香は立ち上がると天子達をある場所へと連れて行った。

 

 

 ------------------

 

 

 太陽の畑から離れた場所に位置する人気もない広々とした場所に天子達は居た。この場所は今から決闘の地へと変わるのだ。

 

 

 私はあの妖怪、風見幽香は気に入らない。人を見下す態度が気に入らない。あの笑顔が張り付いたような顔をぶちのめしたくなってくる。今もそうだ……あいつは妖怪のくせに化けるどころか堂々と人里に入ってきやがる。そのおかげでみんな怯えてしまう……それはあいつが只の妖怪ではないのを知っているからだ。あいつは他者をいたぶるのが好きな野郎だ。慧音だってあの野郎に苦手意識を持っている。あいつを好く奴などどこにもいないはずだ。天子を誘い出してあろうことか己の欲棒のために決闘することを無理強いさせてくる。天子も断らずに決闘が執り行われることになってしまった。

 

 

 私は心配している。何をだって?それは天子のことだ。天子は誰でも優しく手を差し伸べる甘ちゃんな奴だ。私も最近よく地上に来た時に会って世間話に花を咲かせて楽しんだり食事を奢ってもらったこともあった。だが、そんな時に私が不老不死だとついうっかり話してしまった時だった……

 

 

 正直私は慧音以外の人物から良く思われていないんじゃないか……そう心の隅で感じていたのかもしれなかった。だからつい口を滑らせて話してしまった時は体が震えた。天子とは地上で間欠泉が噴出す異変の時に知り合ってから交流が続いていた。時々人里に下りては寺子屋を訪ねて子供と遊ぶ姿を見たこともあった。天子が天界に住む天人であることは里の者は誰もが知っている。正確には人間ではない天子を受け入れている人里は私にとっても魅力的だ。私のことを不老不死であることを知っている里の連中とは初めは色々と揉めた。今思えば懐かしい記憶だ。今では私を受け入れてくれているこの人里に感謝している。だが、その一方でごく一部からは私のことを良く思っていない連中もいる。それに正直言うと怖い……真実を語り、拒絶されることが今でも怖いんだ……

 慧音はそんな私を初めから受け入れてくれた友人だ。だから今でもよく慧音の元へと通っている。

 

 

 そして不老不死であることを隠してきた私が、酒の力にうっかりと天子に語ってしまったのだ。私が不老不死であることを知れば初めは誰もが見る目を変える……良くも悪くもな。話終わった私は自分で語ってしまったことに血の気が引いた。酔いなど一瞬で吹き飛んでしまった……拒絶されると思った。慧音のように受け入れてくれることなんてないだろうと……「どうなったら不老不死になれる?」「不老不死なる秘密を教えろ!」「このバケモノめ!」「近づくな!」様々な反応だった。今まで私を初めから受け入れようとしたのは慧音が初めてだった。私の正体を知ったかつての友人も離れて行った……今度もそうなるかもな……そう思っていた。

 

 

 ……しかしそうはならなかった。

 

 

 天子は「それも妹紅の素敵な魅力な一つだ」そう言ってくれた。今まで生きてきた中で私の不老不死を魅力だと言うやつは一人もいなかった。慧音ですら初めは戸惑っていたと言うのにこいつは一体何を言っているんだ?まだ微かに酒の酔いがあってそう都合よく聞こえただけではないか?そんなことを考えていたと思う。驚きもしないで平然としている姿はまるで初めから私が不老不死であることを知っているようだった。あいつは私がキョトンとしていると頭を撫でてこう言った。

 「不老不死だろうと妹紅は妹紅だ。妹紅が自分自身をどう思っているかは知らないけど、私は妹紅のことを友人だと思っている。それに妹紅の長く綺麗な髪に、勇敢な性格、慧音を思う優しい心を持っているじゃないか。不老不死がなんだと言うのだ?妹紅は魅力あふれる女性だ。自分自身を誇るがいいさ」ってな。

 私は不甲斐なく体が熱くなってしまった。天子の顔をまともに見れなくなっていた……全くあいつはそんなんだから監禁なんかされちまうんだ。私も……ほんの少しだけ……ドキッとしてしまったじゃないか……

 

 

 ま、まぁ!そんなわけで……天子が心配なんだ。あの野郎……風見幽香の奴にいいように扱われないか心配でな。あの野郎なら天子を使うだけ使って平然と捨てることなんてやってのけるだろう……そうはさせないさ。天子は私を友人と思ってくれていた。私は心の奥底で友人の()()をしていただけだった。拒絶されるのが怖くてな……拒絶されてもいいようにしていた……だが、あの酒の席で天子は本当の友人となった。だから私は天子が困っていたら助けるし、何かあれば必ず協力しようと思った。もしあの野郎が本当に天子をこき使うのであれば……()ってやる覚悟は決めているつもりだ。

 

 

 だが、その前に決闘だ。天子と幽香の野郎が決闘する。スペルカードルールではない本気の決闘だ。私の本音は天子に勝ってもらいたい。あの野郎の顔に天子の拳が入ったらどれほど気分がいいか!……しかし、それは難しいだろう。あの野郎はただの花が好きな妖怪じゃない……暴力的で残忍でただ……強いのだ。幻想郷でもトップクラスの実力者だ。それは認めてやるさ、だからこそ天子が負けてしまわないか心配だ。負けてしまえばきっと幽香の野郎に好き放題使われてしまうんだから……

 

 

 「天子……そんな野郎に負けるなよ」

 

 「ああ、難しそうだが勝ってみせるさ」

 

 

 笑っていやがる……どんな痛い目を見るかわからないのにいい笑顔を作りやがって……

 

 

 「みせるじゃなくて勝て!負けたらあの野郎の言いなりにされちまうぞ?」

 

 「それは困るな、絶対に勝たないといけないな」

 

 

 天子の笑みから伝わって来たのは戦うことの喜びだった。

 

 

 「喜んでいるように見えるぞ?」

 

 「……正直に言うと少し戦えることにワクワクしている私がいる」

 

 「おお!オラ、ワクワクしてきたぞ!ですね天子さん!天子さんはスーパーサ〇ヤ人だったんですね!」

 

 

 早苗が訳の分からないことを言っていると痺れをきらしたのか幽香がこちらに問いかけてきた。

 

 

 「女を待たせるなんていけない天人さんね、それとも怖くなったかしら?」

 

 「いや、そんなことはないさ。妹紅、早苗は見守っていてくれ」

 

 

 天子は幽香と距離をおいて向かい合う……始まるのだ。今から()()と言う名の()()が……

 

 

 天子……そんな野郎に負けるな……絶対に勝てよ!!!

 

 



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42話 二つの闘争心

幽香戦!どういった展開が起こるのか……!?


本編どうぞ!




 「幽香さん、思う存分戦おうか」

 

 「ふふ♪やる気十分ね、でも私から誘っておいて本当に良かったのかしら?嫌ならやめてもいいのよ?」

 

 「折角のお誘いを断るわけにはいかないでしょう。成り行きでこうなってしまったが、実は私の闘争心が吠えているんだ。あなたと戦いたいとね」

 

 「まぁ嬉しいわね、最高の誉め言葉よ。でも私を満足させられるかしらね?」

 

 

 天子の答えに満足な笑みを浮かべてお互いの真紅の瞳が交差する。熱く引き寄せられるように逸らすことのできない闘争心が二人を包み込む。逃さないように二人の周りの空気が重く二人にのしかかるが全く気にも留めることなど感じない。この場には天子と幽香の二人しかいないような錯覚を生み出していた。

 二人を阻む障害物は存在しない。天子は思い返していた、萃香と戦ったあの日、あの場所で親友(とも)となったあの時を……

 

 

 「(萃香の時みたいに幽香さんと親友(とも)になれたらなぁ……)」

 

 

 天子はふっと思ったが、すぐに頭から離した。幽香は天子のことをまだ対等の相手として見てはいない。これには天子も苦笑する。それと同時に納得している部分があった。幻想郷でも風見幽香という人物は我が道を行くタイプの孤高の妖怪である。萃香や勇儀、レミリアに八雲紫などの幻想郷のパワーバランスを担う者達と肩を並べられる人物……その幽香に興味を持ってもらえるだけ凄いものだと言うものだ。幽香に興味を持ってもらうだけでは親友(とも)など持っての他だろう。だから今は余計な考えなど捨てて前を見るべきだと心が言っている。

 それに並みの妖怪ならば興味を持たれないのは勿論のこと、存在すら認識されないのがオチだ。だが、天子は並みではないと判断されて挑戦状を叩きつけられた。幽香の誘いに乗ってしまった以上天子に逃げ場はないし、今の天子は逃げることはしない。闘争心が今か今かと熱を上げて体に訴えかけている。「戦え」と……

 

 

 「さて、幽香さん……準備はいいか?」

 

 「ええ、私はいつでもOKよ」

 

 

 二人が構える。一人は日傘の先を地につけてニッコリとした笑顔で佇んでいる。もう一人は緋想の剣を取り出して堂々と相対する。お互いに遊びなど感じられない雰囲気が見ている者に不安を覚えさせる。

 そんな二人の様子を見て、恐る恐る早苗は手を上げて決闘の開催を宣言する。

 

 

 「そ、それでは、比那名居天子さんと風見幽香さんの決闘を始めます!」

 

 

 手が振り下ろされた。どちらかが先に仕掛ける、または両方共仕掛けに出るとふんでいた妹紅の予想は完全に外れていた。

 開催の宣言をしたが、どちらも動かない……構えを取ったまま微動だにしていない。呼吸音も聞こえず二人の時が止まったように感じた。一言もしゃべらず撃ち合いもしない……ただ二人は佇んでいるだけ。

 だが違う……動かないのではなく動けないのだ。天子にも幽香にも隙が無く、お互いに攻めるチャンスを探っているのだ。

 

 

 「(隙が無い……迂闊に飛び込めないな)」

 

 

 決闘開始の合図と共に挨拶代わりの拳を決めようかとしていたが同じくして幽香の気配に変化があった。表情も表面的には開始前と何も変わらないのだが、内から溢れ出る微かな妖気が異常に膨れ上がった。天子にはハッキリと感じ取れ身の危険を感じた。開幕ダッシュ攻撃を仕掛けようとしていたが本能が止めさせた。汗が流れる……萃香の時は萃香自身が天子を甘く見ていたこともあり、隙があったから攻撃を入れることができたのだ。幽香は天子のこれまでの活躍を知っている。そのため決して天子を初めから甘く見るつもりはないらしい……そのことがわかり天子は内心少し嬉しくなった。

 

 

 「(その程度には見てくれているわけか……だが私はその程度ではないわよ。幽香さんの期待以上に応えてみせるさ!)」

 

 

 いつの間にか頬が釣り上がっていた。

 

 

 ------------------

 

 

 うふふ♪米粒程度しか期待していなかったけれどやるわね……面白くなりそうね♪

 

 

 決闘開始の合図と共に妖気を密かに高めた。すると天子の表情を一瞬変わり警戒を強めた。

 「面白い」幽香はそう思った。妖気を密かに高めたことを見抜いた天子に楽しみを感じ、危機を上手い具合に回避したことを褒めた。妖気を高めたことを知らずにそのまま突っ込んでくるようであれば顔と胴体とをおさらばさせてあげようかと思っていた。死ぬならばその程度の男だった、自分は見る目がなかったと嘆いていただろうがそんなことにはならなかった。逆に今度は幽香の方から攻めずらくなってしまった……

 天子には隙がなく、幽香でも攻め入ろうとはせずに新たに生まれる隙を探っている。

 

 

 この私が攻め入れないなんて……くふっ♪笑っちゃうわね♪

 

 

 嬉しさが込み上げる。幽香は自分の状況を嬉しく思う。

 いつもなら相手が例え手練れた者であっても力ずくで捻りつぶしていた。ただ単に力ずくで潰して終わり……それが彼女にとっての悩みだった。簡単に終わってしまう、張り合いがない、つまらない……心の底でいつも思っていたことだ。

 スペルカードルールによって昔のように殺伐とした空気は影に追いやられ今では『お遊び』の領域の戦いだ。幽香にとってはそれは『お遊び』ではなかったのだ。ただの『作業』と化していた。弾幕勝負に誘われて戦って負けたり勝ったりする……それの繰り返しだった。花達と会話している時は楽しめるが、心のどこかで風が吹いているような感じがあった。

 

 

 そんなある日のこと、優雅にお茶を楽しんでいる時に捏造記事を出すことでも有名な烏天狗の【文々。新聞】を何かに導かれるように手に取ったのが始まりだ。そこには天人と鬼との喧嘩の記事が載っていた。目が離せずに記事の内容をいつの間にか読み進めていた。新聞などいつもは内容も確認しないで捨ててしまうと言うのにその時だけ目が自然と内容を読んでいたのだ。

 その時から少し変わり者の彼に興味を示した。次もその次の新聞に彼のことが載っていた。その内容は幽香を飽きさせないものでクスリと笑みがこぼれたこともあった。載っている写真を見るとこれもまた美男子だ。更に幽香の楽しみを増やすことになっていた。

 ほんの少しの興味が彼と言う存在を彼女に認識させた。久しぶりに他人に興味を示した彼女は人里へと植木鉢に植えられた向日葵と共に向かった……

 

 

 そして今日運命の時が来た。

 

 

 「――!?」

 

 

 このまま睨み合いが続くかと思われた均衡を破ったのは天子の方だった。

 地を蹴り、走り出す。幽香との距離を一気に駆け寄った。

 

 

 結局天人さんから近づいてきてくれるのね。嬉しいわ……でも!!

 

 

 予想以上の動きの速さに驚きながら表情は笑顔を崩さない。自分が予想していたよりも速いだけだ、心なんて乱れることはないし、乱すこともない。なんてことはないものだ……僅かな合間で冷静に天子の動きを分析する。

 

 

 ――右ね。

 

 

 天子から繰り出される緋想の剣による一撃を幽香は傘で受け止める。何の変哲もないただの日傘がいとも簡単に緋想の剣を受け止めたのだ。一瞬天子の顔に驚きが見られた。

 

 

 「あら?ビックリしたかしら?」

 

 「ああ、傘だけをばっさり斬って攻撃手段を減らしてしまおうと思ったのだがな……失敗したな」

 

 「人の物を壊そうとするなんて悪い天人さんね」

 

 「幽香さんは妖怪だろ?」

 

 「うふふ♪そうだったわね♪」

 

 

 攻撃を防いだ幽香は勿論のこと、防がれた天子も笑っていた。血には逆らえないのか、はたまた何かの縁なのか、二人はこの戦いに楽しみを感じ愉悦に浸っていた。

 

 

 「楽しいわね」

 

 「ああ、異論はないな」

 

 「ねぇ、もっと……もっと楽しみましょう!」

 

 

 凶器となった日傘が緋想の剣を振り払い襲い掛かる。それを受け流そうとするが……

 

 

 ガキンッ!ガキンッ!!

 

 

 鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音を響かせる。それだけではない……緋想の剣で受け止めたはずの天子の腕が痺れた。一撃一撃が重く、何度もその衝撃が襲い掛かる……何の変哲もないただの日傘がまるで鋼鉄でできているかのような印象が緋想の剣を通して伝わってきた。

 

 

 「くっ!」

 

 

 天子は防戦一方になっていた。的確に隙を見せた場所を狙い日傘が襲い掛かる。反撃しようにも受け止めるだけで腕に負担がかかる重い一撃がのしかかる。今度は天子の方が攻めに転じることが出来なくなってしまった。

 

 

 「さっきまでの勢いはどうしたのかしら!あは♪」

 

 

 真紅の瞳が天子を映す。愉悦に浸った笑顔で日傘を振り上げる様子は傍から見れば恐ろしい光景に見える。遠くの方で小さな悲鳴が上がるが幽香の耳には入って来ない。今は目の前の天人と思いっきり楽しんでいたい気分なのだから。

 

 

 さぁ、これからどうしてくれるのかしら?さっきのはよかったけれどもう防戦一方よ?このままで終わらせないでほしいわ。もっと私と遊びましょう、もっと私と戦いたいましょう、もっと……もっとよ!私を満足させるために期待に応えなさい!

 

 

 何度も何度も攻め立てる。それを防ぎきる目の前の彼に瞳が釘付けになる。他の者など視界に映りはしない。

 

 

 期待がこもった瞳はずっと天人を捉えて離さない。

 

 

 カッコイイ天人さん、私を楽しませて頂戴♪

 

 

 ------------------

 

 

 んぬほほぉ!?手が痺れるぅう!!!幽香さんの一撃重すぎです……幽香さんが妖力で強化していることはわかるけど、それでも緋想の剣でバッサリと斬れないとは予想外でした。妖力超便利!しかし、このままだと防戦一方続きで終わってしまうかもしれない。カッコイイこと言っておいてジリ貧で負けましたなんてことになったら私の威厳が底なし沼にハマった感じで落ちていく一方だ。予想外の幽香さんの戦闘力に焦っている私です。でも楽しんでいる自分がいる……でもこれは仕方ないこと、楽しいのは楽しいから仕方ないじゃない?幽香さんも楽しそう……笑顔が怖いですけど……

 私は幽香さんの一撃を防ぐので手がいっぱいだ。反撃しようにも痺れた腕での攻撃は大した威力にはならないだろう。私の肉体ならば痛いだけで済むかもしれないわ。攻撃を受けたのなら、並みの妖怪ならば受け止めることもできずに粉微塵になりそう……鬼とも互角に戦える力を持っているみたいね。流石幽香さん、私も久しぶりに燃えてきた!!このままでは決して終われないわよ!!!

 

 

 天子は無理にでも攻めに転じることにした。危険な賭けだがそれしかない。防戦一方では面白くもないし、待っているのは敗北だけだからだ。もしも攻撃が当たってしまったらそれはそれでいい。己の肉体を信じるだけだ。ある程度なら耐えられることは天子にはわかっている。それでも不安が残るがやるしか道はなかった。

 

 

 覚悟を決め、幽香の一撃を受け止めた瞬間に狙いを定めていた幽香の足に蹴りを入れた。

 

 

 「甘いわよ」

 

 

 だが、幽香も足で蹴りを防ぐ。天子は内心舌打ちをして次の手に移る。

 要石を出現させて襲おうとしたが、すぐさま幽香は飛びのいて天子との距離を離す。要石がそのまま幽香に目掛けて突っ込んでいくはずだった。

 

 

 「――なに!?」

 

 

 地面が盛り上がり、そこから生えた植物の根っこが要石を捕縛した。幽香は『花を操る程度の能力』を持っており、それを使って根っこを操ったのだろう。捕縛された要石は空中から地面に引き寄せられて力が加わっていく。ミシミシと言う音を立てながら亀裂が走り、やがて要石は砕かれた。これには天子も驚きを隠しきれない。

 

 

 うっそ!?要石が破壊された!!?冗談でしょ!!?

 

 

 要石が壊されるという出来事に意識をほんの一瞬削いでしまった。それが天子にとっては大きな隙を作ってしまった。その瞬間を見逃す幽香ではないがその動きはゆっくりと天子に近づいていく。天子は嫌な予感がして咄嗟に距離を取ろうとするが……天子は気がつくことができなかった。足に植物の根が絡まり付き、動きを封じていることに。

 

 

 「しまっ――!?」

 

 

 今更気がついたところで遅かった……天子の姿がいきなり掻き消えた。否、消えたと思ったら吹き飛ばされていて地面を転がる天子の姿があった。幽香の日傘が天子の横腹に直撃し、衝撃で吹き飛ばされれていたのだ。二回、三回と地面に叩きつけられながらも体勢を整えて衝撃で吹き飛ばされながらも足を地面について踏ん張った。足が地面に擦れて摩擦で熱を帯びるが、気にも留めることもしなかった。このまま地に伏してしまうことなどできないと闘争心が吠えていた。体に鞭を打ち、足に力を更に入れると吹き飛ばされていた天子の体はようやく止まることができた。

 

 

 「あら?逝ったと思ったのだけど……想像していたよりもあなたって硬いのね」

 

 

 地に伏さなかった天子を見る目に更なる期待がこもる。楽しませてくれるという期待が体全身を刺激し、幽香の頬が薄い赤色に火照っていた。

 

 

 それに比べて天子は横腹に手を当てて苦しそうに荒い息を吐いた。

 

 

 ぐっ!?痛い……萃香の本気の拳並みに痛い……完全な不意打ちで防御する余裕もなかった。吐き気がするし、痛みが引かない……これが幽香さんの力か……甘く見ていたつもりはないけど悔しいな。要石が壊された衝撃で注意不足になるなんて……私はまだまだのようね。もっと力を付けないといけないようだわ。だからって私が負けを認める理由にはならないんだけどね。

 この戦いはいい経験になる。勝っても負けても私にとってはプラスになる。妹紅には絶対に勝てって言われたけれどもしかしたら無理かもしれない……それでも私は諦めないわ。元天子ちゃんだってこんなことで諦めることは決してしないだろうし、私自身がまだ戦えるし戦いたい。それに幽香さんが望んでいることだろうし、私はその期待に応えたい!

 

 

 「やる……な……ふぅ……油断してしまった。流石幽香さんだ、お強いようで」

 

 「ふふ♪私の本気はまだまだよ?ついてこれるかしら?」

 

 「……勿論……ついて行ってやるさ!」

 

 

 痛みを力に変えて駆けだす。目前の敵を倒すために、戦いを楽しむために、期待に応えるために……

 

 

 ------------------

 

 

 「はわわっ!ここまで衝撃が届いてくる気がしますよ!?」

 

 

 先ほどから二人の戦いを観戦していた早苗と妹紅は戦いの壮絶さを目の当たりにしていた。

 

 

 「妹紅さん、す、すごい戦いです!天子さんってこんなに強かったんですね!」

 

 

 天子の戦いぶりに興奮を抑えきれない早苗だが、妹紅は眉間にシワを寄せていた。

 

 

 「も、もこうさん?ど、どうしたんですか?シワができていますけど老眼にでもなりました?あっ!妹紅さんはお年寄りでしたもんね。すみません……」

 

 「お前なんで謝るんだよ……なんかムカつくぞ。それに私を婆さん扱いしやがって」

 

 「でもお年寄りの(いき)越してますよね?」

 

 「くっ!(事実だから何も言い返せない!)」

 

 

 早苗に気を取られていたが、我に返って再び決闘の様子を窺う。しかし状況は何も変わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子と幽香が剣と日傘で撃ち合っている。剣と日傘……傍から見れば剣が勝つだろうと誰もが思う。だが、実際には……

 

 

 「受けなさい!」

 

 「くっ!」

 

 

 剣の方……天子が押されていた。

 

 

 「もう一発よ!」

 

 

 日傘の一撃を受け止めた。しかし先ほどから押されてばかりの状況が続いている。何度も食らいつこうとしている天子は幽香の後ろに回り込み今度こそ一撃を加えようとしたが……

 

 

 「はぁ!」

 

 

 ――相手が悪すぎた。

 

 

 「無駄よ」

 

 

 受け流されてしまった。ついでと言わんばかりに日傘が天子の腹を小突く。天子の腹に食い込み口から体内の空気が吐き出させる。それだけでも恐ろしい威力を込めていることがわかる。天子の足がふらつく。

 

 

 「――天子!!」

 

 

 妹紅の一声で天子はなんとか倒れずに踏ん張ることができた。

 

 

 遠くで決闘を見ている早苗と妹紅の目で見ても天子は疲労していることがわかる。先ほどから攻撃を受けているのは天子ばかりだ。幽香には今だに一撃すら加えられていない。その状況に妹紅は舌打ちをする。早苗も天子が押されている状況にあたふたしていた。

 

 

 「はわわ!天子さんこのままじゃ負けてしまいますよ!?」

 

 「簡単に天子が負けるわけないはずだ。あの野郎なんかに負けるかよ……」

 

 

 そう口では言ったが汗が滴り落ちる。風見幽香と言う妖怪を甘く見ていたつもりはない。しかし、実際に自身の目で見ると自分がどれほど甘かったのかよくわかる。妹紅も自分でも幽香に食らいつくことはできるだろうと思うが、倒せるかと言ったら頷けるか不安だった。自分じゃ勝つことができない……そう本能がそう言っているように感じたのだ。

 「それならばもしかしたら天子も……」そんな言葉が頭に浮かんでしまった。その言葉を振り払うように妹紅は自分に言い聞かせるように言葉を呟く。

 

 

 「大丈夫……天子なら大丈夫……勝ってくれるさ……!」

 

 

 ……だが不安は消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 「あら?もう終わりかしら……冗談よね?」

 

 

 時間が過ぎて行った。次第に疲労が溜まっていき、息が荒く、地面に膝をついているのは天子だった。あれから何度も天子は幽香に様々な戦法で挑んだが傷つけることは叶わなかった。天子は幽香に届かなかった……そして天子を見下ろす幽香の表情は勝者の顔ではなかった。今まで見せていた笑みなどそこには存在せず、暗くまるで自分が敗北したかのような呆れた表情であった。

 

 

 「……つまらない……」

 

 

 彼女が呟いた。その言葉が幽香の全てを物語っているかのように天子は感じてしまう。 

 

 

 「天人さん、初めは良かったんだけど後がいけないわね。諦めずに攻めに来てくれるのは嬉しかったわ。でも、でもね、あなたは届かなかった。私に……新聞を読んでいた時は様々な想像をしたわ。あなたがどうやって私に一撃を加えるのか、どんな痛みを味合わせてくれるのか……それを考えただけで眠れない時もあったわ」

 

 

 冷たく心の底から絞り出すように語りだした幽香の言葉はとても寂しそうに感じた。

 

 

 「今日と言う日を待ち焦がれていた。あなたに初めて会う時に戦うって決めていたわ。あなたに期待を込めてね」

 

 「……」

 

 

 天子は幽香の言葉を黙って聞いていることしかできなかった。何も口から言葉が出て来なかった。

 

 

 「でもその期待は途中で消えてしまった。あなたは確かに『()()』部類に入るわ。でも、それだけじゃだめなのよ。あなたは私と『()()』でも『()()()()』でもなかったわ。それがわかってしまった時、あなたには興味を失った」

 

 

 唇を噛みしめていた。悔しそうに……天子ではなく幽香が悔しそうにしていたのだ。

 

 

 「あなたのことを少し認めてあげようかと思っていた。けれど、それは叶わなくなってしまった。あなたが私よりも『()()()()』から……楽しめる……私を退屈から解放してくれる……折角……折角期待していたのに!」

 

 「幽香さん……」

 

 

 天子の心に幽香の言葉が深く刺さった気がした。幽香の目を見れずに逸らしてしまう。

 

 

 「……情けよ、私があなたに情けを送ってあげる」

 

 

 幽香は日傘を天子に向けた。先端部分に光が集束していくのが見える。どんどんと光が集束していき、やがて光の塊となった。そしてそれが何を意味するのか天子には理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『マスタースパーク』

 

 

 今まさに放たれようとしているマスタースパーク……天子は何もしない。遠くの方で早苗と妹紅が何か言っているが耳に入って来なかった。天子はただ出来なかった……否、何もしなかった……

 

 

 「(幽香さん……私は……弱かったんだな……あなたに認めてもらえない程に……)」

 

 

 何もする気は起こらなかった。ただ受け入れようとしていた……彼女の怒りを……彼女の悲しみを……

 

 

 「さようなら……変わり者の天人さん」

 

 

 マスタースパークが放たれた。天子は光に包まれる……そんな時に天子は一つのことを嘆いていた。

 

 

 「(ああ……期待に応えられなかった……残念だなぁ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……幽香さんと……親友(とも)になりたかった……)」

 

 

 天子は光の中へと消えた……

 

 



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43話 敗北の先に

初敗北!しかしここで立ち止まる訳にはいかない天子、敗北とは終わりではなく新たなる始まりでもあるのです!


敗北の先に天子が求めるものとは?


それでは……


本編どうぞ!




 明るい……光……目に入って来たのはそれだった。

 

 

 それはどこかの天井だった。嗅いだことのあるにおい……薬品のにおいが鼻につく。

 

 

 「……永遠亭……」

 

 

 ここは永遠亭だった。目が覚めて自分の体を見れば包帯が巻かれてベットの上に寝かされていたようだ。この状況を見れば嫌でも察しがつく。

 

 

 「幽香さんのマスタースパークを受けたんだったな。私は……負けたのか……」

 

 

 決闘で自分は負けた……今の状況がそれを物語っていた。

 

 

 「そうみたいだね」

 

 

 ボソッと呟いた言葉に誰かが返して来た。辺りを見回しても誰もいない……聞こえて来たのは子供のような声だった。天子はその声の主を探していたらベットの下から妖気を感じたので訪ねてみた。

 

 

 「……てゐちゃんかな?」

 

 「ありゃ!私のことご存じ?」

 

 「……まぁ……な」

 

 

 【因幡てゐ

 癖っ毛の短めな黒髪とふわふわなウサミミ、もふもふなウサ尻尾を持つ。服は桃色で、裾に赤い縫い目のある半袖ワンピースを着用している。

 迷いの竹林と、その奥にある永遠亭を住処とする妖怪兎であり、竹林や永遠亭に住む妖怪兎(モブイナバ)達のリーダーであり、てゐの手下である。

 

 

 ベットに何故隠れていたかは知らないが、鈴仙に悪戯でもして隠れていたのだろうと予測する。けど今はなんだか相手にする気がないなぁ……

 

 

 ベットの下から這い出たてゐは表情が優れない天子に疑問を持った。

 

 

 「落ち込んでいるみたいだね。相談にでも乗ってあげようか?」

 

 「いや……別に……」

 

 「遠慮する必要ないよ。私ぶっちゃけ今暇だから。今回は特別サービスで相談料とか言ってお金なんて取らないからさ」

 

 

 普段はお金取っているのかと思う天子であったが、てゐは構わず話を続けていく。

 

 

 「負けちゃったから落ち込んでいるんでしょ?でも仕方ないと思うな。だって相手はあの風見幽香だよ?勝とうと思う方が馬鹿げていると思うよ」

 

 

 てゐはこう言っているが違う……私が落ち込んでいることはそこじゃない。

 

 

 「私は負けたことで落ち込んでいるわけではない」

 

 「えっ?そうなの?じゃあ、なんなのさ?」

 

 

 てゐが不思議そうに覗いてくる。ふわふわなうさみみがぴょこぴょこ動いて普段の私ならテンションが上がるはずなのだが、今はそんな気分じゃない。私の気分を害していることは一つ……

 

 

 「……幽香さんと親友(とも)になれなかったんだ……」

 

 

 私は素直に答えた。心に思っていたこと……私は幽香さんの期待に応えてあげられることができなかった。それが悔しかった……戦いに負けたこと自体は気にしてない。誰だって一度ぐらい負けてしまうことはあるもの。でも、負けてしまったから結果として私は幽香さんが期待していたのに応えてあげられる力がなかったことが悔しかったの。

 幽香さんは強かった。今まで戦ってきた相手の中でも一番だった。幽香さんの体に傷一つつけることもできずに私は負けた。完全なる敗北……期待していたと言ってくれたがその期待を無下にしてしまい、最後の幽香さんの言葉を思い出すと心が痛む……

 『「さようなら……変わり者の天人さん」』結局私は名前で呼んでもらえることはなかった。幽香さんと親友(とも)になれなかったことがこんなにも重くのしかかるなんて私自身も思っていなかった。『「なんだそんなことで落ち込んでいるのか」』そう思えたらよかったのだが、私は幽香さんの期待に応えたいと心から思ってしまった。そのせいで、期待を裏切ってしまった自分自身が許せなくなっていた。

 

 

 私が転生してから私は変わった。誰かのために何かしたいと本気で思えるようになった。私自身でもビックリしているし、そんな私自身のことを悪くないと思っている。だから、こんなにも期待に応えてあげられなかったことが私自身を責めているのだと思うわ……

 

 

 天子は暗い顔を自身の体に向けた。包帯が巻かれている体が目に入るが、天子の目に映っていたのは幽香の寂しそうな表情であった。天子とてゐの二人の間に沈黙が続く……

 

 

 「……あんたってバカなの?」

 

 「――えっ?」

 

 

 てゐの言葉に反応して顔を上げると呆れた表情をしたてゐと目があった。

 

 

 「あの風見幽香と友達になれなかったから落ち込んでいるとか相当変わっているわよ?」

 

 「……幽香さんも私のこと『変わった天人さん』って呼ばれたよ。最後まで名前で呼んでもらえなかったな……」

 

 

 対等として認めてもらえなかった……結局名前で呼んでもらえることがなかったことに少し寂しさを感じていた。そんな天子にため息が出るてゐ。

 

 

 「本当に変わっているわ……変人?」

 

 「――私は天人だ」

 

 「ボケたつもり?面白くないよ」

 

 「うぐっ!?」

 

 

 別にボケたつもりなかったけど面白くないって言われると傷つくわ……てゐちゃん毒舌……私の(ライフ)に1000ポイントのダメージを受けたわ……

 

 

 ため息交じりでてゐが天子に質問した。

 

 

 「あんたにとって友達ってなに?」

 

 

 いきなりの質問に天子は目をパチパチと(まばた)いた。

 

 

 「……親友(とも)か……私にとってはかけがえのない存在だ。私には親友(とも)が沢山いる。衣玖に萃香、妖夢に神子とそれから幽々子さんに紫さん、それだけじゃない。霊夢に魔理沙に早苗、妹紅と慧音、文やはたてに椛とにとりだけじゃないぞ。聖達もレミリア達もな。それから……」

 

 

 自然と口から名前が出た。今まで出会い、共に異変を解決したりして交流し合った仲。忘れられない存在……私は堂々と言える……彼女達は私にとっての親友(とも)だとね。

 

 

 「そうなんだ……じゃ、あの風見幽香にたった一度負けた程度で友達になることを諦めるつもりなの?友達になりたければ諦めずにまた挑戦すればいいじゃん。死んでないんだしさ、あんたの友達としての価値ってそんなものなの?」

 

 「――!?」

 

 

 てゐの言葉に衝撃受けた。てゐにとっては何気ない言葉なのかもしれないけれど、てゐの言ったことが正しいと理解した。

 

 

 ……私ってバカね。そうだわ、一度負けたから諦めるなんて何を考えていたのかしら。自分の中で諦めムードを発していたなんて情けない……すぐに諦めるような簡単な女(外見男だけど)じゃない!萃香の時も神子の時もレミリアの異変の時だって、私は最後までやり通したじゃない。こんなんじゃ元天子ちゃんに笑われてしまうじゃない……一度の敗北でめそめそするような私じゃない。そんなの比那名居天子じゃない!最後まで抗って、時には悩んで、ちぐはぐなことを思って行動してしまう私だけど、そんな私にも誇りがあるわ。諦めないという誇りが!

 

 

 天子の表情が柔らかくなりクスッと笑みがこぼれた。その瞬間を見たてゐの頬が薄く赤みがさしていた。

 

 

 「てゐちゃんのおかげで吹っ切れたよ、ありがとう」

 

 「……べ、べつに……私はただ暇だったから話に乗ってあげただけだし……」

 

 

 照れ隠しなのかそっぽを向いてしまった。ふわふわなウサミミがぴょこぴょこと反応していた。めちゃかわいい♪ウサミミも犬耳も猫耳も私は大好きですYO♪

 

 

 「こらてゐ!どこに行ったのよー!!」

 

 

 廊下の方から鈴仙の声が聞こえてきた。悪戯された鈴仙がてゐちゃんを探しているようだ。てゐちゃんは私に口止めをして再びベットの下に隠れてしまった。患者のベットの下に隠れるとは……てゐちゃんだから仕方ないね。

 するとまたしても聞き覚えのある声が聞こえてきた。永琳さんが騒いでいる鈴仙を見つけたみたい。何かを話し合った後、廊下を掛けていく音が聞こえ戸が開かれた。

 

 

 「あら、起きたのね」

 

 「永琳さん、またお世話になっています」

 

 

 永琳さんにお世話になりっぱなしだね。何かあるごとにここに来ているんだから……なんだかそう思うと申し訳ない気がするが、永琳さんはもう慣れてしまったらしくいつものように振舞ってくれている。そう気軽に接してもらえるとありがたい。

 それから私は体の調子を調べられて明日退院することができるようだ。そう言えば一緒にいた妹紅と早苗はどうしたんだろうか?

 

 

 「ああ、あの二人ね。あなたのこと心配していたわよ。妹紅の方は特にね」

 

 「それで二人はどこに?」

 

 「妹紅の方はあなたが倒れてから風見幽香とやりやったみたいよ」

 

 「妹紅がか!?」

 

 

 そのことを聞いた天子は驚いた。自分が負けてしまった後で幽香とやり合うなど想定もしていなかったからだ。

 

 

 「でも、途中で守矢の巫女に止められたみたいだけどね。ここに来た時とても不機嫌だったわよ」

 

 「……だろうな」

 

 「それで妹紅も怪我を負っていたから休ませてあげていたのよ。彼女は治療要らずの体だから放って置けば治るからね。あなたの様子を見ていたら外の空気を吸ってくるとか言って出て行ったわ。ちなみに守矢の巫女の方は姫様とすまぶら(?)とか言うゲームで遊んでいるわ」

 

 

 スマブラ永遠亭にあるの!?後でやりに行こう……じゃなくて!二人には心配かけてしまったわね……特に妹紅には。早苗は相変わらずの様子で安心した。私のために妹紅は怒ってくれたのかしら……それだと申し訳ない……妹紅に会いに行こう。

 

 

 「ありがとう永琳さん、私は妹紅に会いに行ってくる」

 

 「そう、あなたは身体は丈夫だから心配ないと思うけど無理はしないでね。患者なんだから」

 

 「ああ、本当にありがとうございます」

 

 

 私の心は目が覚めた時よりも軽やかになっていた。

 

 

 ------------------

 

 

 頭を下げてお礼を言い、天子は部屋から出て行く。戸が閉まり、辺りには静寂が支配する。

 

 

 「てゐ、出てきなさい」

 

 「やっぱりお師匠様にはバレちゃうか」

 

 

 ベットの下から顔を出したてゐ。テヘッ♪と舌を出しておどけた様子を見せる。小さな体が這い出てそのままベットに腰かける。

 

 

 「お師匠様、さっきの患者と親しく話していたけど知り合い?」

 

 「てゐがいない時にここに訪れたことがあったのよ。その時も怪我をしていたわ。彼は良く怪我をする方のようよ。てゐは名前も聞かずにお話していたのかしら?」

 

 「初対面で暗い顔していたら名前を聞くタイミング逃しちゃって」

 

 「彼は比那名居天子、天界に住む天人よ。新聞に載っていたでしょ?」

 

 「そう言えばどこかで見たことがあると思ったら……アレ(天子)って相当の変わり者だよね?」

 

 「?どういうことかしらてゐ?」

 

 

 てゐは先ほどの出来事を永琳に語った。悪戯好きのてゐでさえ関わり合おうとしない幻想郷屈指の凶暴な妖怪……風見幽香と友達になろうとする者なんていない。向こうから友達になろうと言われても首を縦に振ることはないだろう。同じ妖怪から恐れられる存在でもあり、人間にとっては恐怖以外の何物でもない。太陽の畑は彼女の縄張り故に誰も近づかないのはそのためだ。触らぬ神に祟りなしとはこのことだ。

 しかし、天子は幽香と友達になれなかったと嘆いていた。てゐにとってはこいつどうかしているレベルだったが、初対面の相手に口に出すほど冷たくはない。暇つぶし程度に相手が望むであろう回答をしていたら天子にお礼を言われた。その時の笑みに心が跳ね上がったなど言えるわけもなく、そういう所はぼかして永琳に伝えた。てゐにとっては風見幽香と仲良くしようとする天子は変わった者に見えたのだ。

 

 

 「そうね、でもそれが彼の魅力なのではないかしら?それが彼の長所でしょうね。妹紅も彼を気に入っているみたいだし」

 

 「あの妹紅がね……」

 

 

 ボケっと考えていると廊下から声が聞こえてくる。戸が開かれて入って来たのは鈴仙だった。

 

 

 「師匠、メディスンちゃんを連れて来ました……ああ!てゐこんなところに!!」

 

 「ヤバッ!?」

 

 

 ボケっとしていたので鈴仙に見つかってしまった。鈴仙に悪戯をして逃げている最中だったと思い出す。戸には鈴仙が立ってこちらを睨んでいるためそこからの逃走は不可能。ならば別のルートからと窓から逃走を図る。

 

 

 「あ!こらてゐ待ちなさい!!」

 

 「ヤダよー!捕まえてみてよ鈴仙ちゃん♪」

 

 「ムキー!もう怒ったわよ!てゐ絶対に捕まえてお仕置きしてやるんだから!」

 

 

 ドタドタと廊下を走って行ってしまった鈴仙に冷たい視線を送る永琳のことなど知る由もなかった。

 

 

 「(病室で騒ぐなんて……二人共後でお仕置きね)」

 

 

 鈴仙とてゐのこの後の運命は既に決まったも同然だ。ご愁傷様……

 

 

 「――はぁ……ごめんなさいね。あなたのこと放っておいて行ってしまうなんて」

 

 

 永琳が話しかけるのは鈴仙と一緒について来た一人の少女に見える人形だった。

 

 

 「ホント、私を放っておくなんて悪いウサギだ」

 

 

 【メディスン・メランコリー

 金髪のウェーブのかかったショートボブであり、瞳の色はブルー。赤いリボンが蝶結びで結ばれており、黒と赤を基調とした物を着ている。ロングスカートをはいており、リボンを胸元と腰に付けている。

 全体的に幼い印象が目立ち、身長はやや大きめの腹話術の人形程度。外見は人間の子供とほとんど同じ容姿であり、またその傍らには常に小さなメディスンに似た妖精のようなものが飛んでいる。

  鈴蘭畑に捨てられた人形が、長い年月を経て妖怪化した人形であり、妖怪化してからはまだ数年程度しか経っていない。

 

 

 メディスンは頬を膨らませてご機嫌斜めのようだ。傍にいるミニメディスンのような妖精が飛んでいる。その小さな妖精もうんうんと頷いていた。

 

 

 「ごめんなさいね。メディスン、それで今日も持ってきてくれたんでしょ?」

 

 「あっ!そうだったわ。はいこれ」

 

 「ありがとう」

 

 

 メディスンは時々永遠亭にやってくる。 瓶に入った紫色の液体……ちなみに毒である。メディスンは永琳に毒を提供する代わりにそれ相応の報酬を貰うという友好関係を築いている。永琳にとってもメディスンは貴重な存在であるためとても大切にしている。しかしそれだけではない。

 

 

 「ところで幽香とは仲がいい様子かしら?」

 

 「うん、幽香はとても優しいからね!」

 

 

 メディスンは先ほどてゐが言っていた風見幽香と親しい間である。メディスンにとっては幽香をお姉さん的な存在だと思っており、唯一彼女に物申すことが出来るとしたらメディスンだけだろう。永琳は幽香が決して凶暴な妖怪というだけではないと言うことは知っている。鈴仙もてゐもそのことを知っているが、それでも幽香とはあまり関わりたくはないと思っているようだ。

 

 

 少しの間おしゃべりしていた。メディスンが幽香のことを自分のように誇らしげに話をする。話をしている時なんか無邪気な子供そのものだ。永琳が幽香を褒めた時なんかはメディスンの目が輝いて得意げだった。

 

 

 「メディスン今日もありがとうね。はい、これ……ちょっと今日は大目に入れておいたわ。それにクッキーも持って帰りなさい」

 

 「うわー!ありがとう!」

 

 「どういたしまして」

 

 

 その後、鈴仙を呼び出してメディスンを送って行った後、机に戻りカルテに目を通す。

 

 

 「比那名居天子、今度も危ない事に首を突っ込んでいるようね。あなたにあの妖怪と肩を並べられるかしらね……まぁ、結果がどうであれ怪我をしたらいつでも歓迎するわよ」

 

 

 ------------------

 

 

 永遠亭の池に小石を投げ込む不貞腐れた少女がいた。

 

 

 「……ちくしょうめ……」

 

 

 妹紅は落ちている石を何度も池に投げ込んでいる。楽しんではいない……イライラを少しでも解消するための行動であった。

 

 

 天子の奴が負けた……幽香の野郎に……あいつは天子をどうこうするつもりはないようだが、気に入らなかった。私は天子が負けたことに腹を立てたのか、それとも幽香が勝ったことが気に入らなかったのか、私は無意識に幽香の奴に殴りかかった。早苗が驚いていたが私は怒りが収まらなかった。何度もぶっ飛ばしてやろうかと拳を振るうが天子が届かなかったように私も幽香の奴に一撃もお見舞いしてやることができずにあしらわれた。何度か反撃され体が悲鳴をあげた。だがそんなこと気にも留めずに殴りかかろうとしたら早苗が止めに入った。暴れる私にコブラツイストなんか掛けやがって……だが、早苗が言ったことは間違ってないと思う。

 

 

 『決闘の勝ち負けがどうであれ、その結果に水を差すのは天子さんに対する侮辱ですよ!』

 

 

 早苗がまともなことを言ったのには驚いたが、自分が情けないと感じた。天子の戦いに水を差すようなことをしてしまった自分を恥じた。私だって決闘に水を差されるのは嫌だ……それが結果が負けたとしてもだ。

 

 

 「はぁ……私って何していたんだ……」

 

 「妹紅……」

 

 

 ビクリと肩が跳ね上がる。後ろを振り返ると包帯姿の天子がいた。

 

 

 「お前起きて大丈夫なのかよ!?」

 

 「ああ、明日には退院できる。それよりも私のために怒ってくれたんだろ?その時に怪我をしたと聞いたが……大丈夫だったか?」

 

 「私が不老不死であることは知っているだろ。私は何ともないさ、怪我なんてしてもすぐ治るし平気だ」

 

 

 まぁ……痛みは感じるから本当は嫌なんだけどな……

 

 

 自分は平気だと平静を装おうがそんな妹紅の手を天子が握る。いきなりのことだったので何も対応できずにポカンとした表情のまま固まってしまった。

 

 

 「だからって女の子がそんなことを言うな。妹紅の性格は知っているし、痛みは感じるのだろう?もっと自分を大切にすることだ。そうじゃないと慧音も私も心配するからな」

 

 

 天子の姿が慧音の姿と重なる……私を女の子扱いして心配してくれるということに胸の奥が熱くなった気がした。そして、握られている手も熱くなっていった。慌てて手を引っ込めたが、体が熱を帯びていることを感じる。

 

 

 「ま、まぁ……天子の言う通りだな。慧音にも心配かけるのはまずいし……ごめん。それに決闘の勝敗に水を差してしまった……天子は幽香の奴に本気で挑んだのにそれを侮辱するような真似をした……」

 

 「謝らないでくれ、もう過ぎたことを言っても仕方ない。今度は勝てばいい話だ」

 

 「今度はって……お前また幽香の奴に戦いを挑むつもりか?」

 

 「ああ、今度こそ勝って幽香さんと親友(とも)になるんだ」

 

 「お前そんなこと思っていたのか……」

 

 

 天子って意外と馬鹿なのかと思う所がある。あの野郎と仲良くしたいだなんて……こいつの目は本気で言っているな。幽香の奴が天子のことを変わり者と言ったことに賛同できる気がする……複雑な気分だ。

 

 

 たまらずため息が出る。

 

 

 だが、そこが天子の良い所でもあるんだがな……誰にでも隔てなく接しようとすることなんて中々できるものではない。天子のそう言ったところがとても眩しく感じるよ。

 

 

 そんなことを思いっている時に妹紅の耳に雑音のような聞きたくない声が聞こえてきた。

 

 

 「あらららら~♪妹紅ったらこんなところでデートとか場所わきまえろってんだ」

 

 

 幽香の奴よりも会いたくない奴が来たようだな……!

 

 

 「輝夜てめぇ!!」

 

 

 【蓬莱山輝夜

 ストレートで、腰より長い程の黒髪を持ち、前髪は眉を覆う程度の長さのぱっつん系。服は上がピンクで、大き目の白いリボンが胸元にあしらわれており、袖は長く、手を隠すほどであり、真っ直ぐに長い黒髪や手足の先まで隠す服は純然たる和風の美を感じさせる。

 永遠亭に隠れ住んでいる月人。竹取物語のかぐや姫その人自身であり、不死の体を持つ蓬莱人。決して死ぬことはないとされている。月で禁忌とされる蓬莱の薬を飲んで不老不死になってしまい、その罰として処刑されるが、不死のため処刑が出来ないと判ると地上への流刑となった。そのために現在は幻想郷で暮らしている。

 藤原妹紅とは因縁の間柄であり、事あるごとに殺し合いをする仲である。

 

 

 「おお、こわいこわいわ~!これだから野蛮人は……そうでしょう?比那名居天子さん」

 

 「おい天子!輝夜の奴に言ってやれ!お前の方こそ野蛮人だってな!」

 

 「あら?何故私が野蛮人なのかしら?わからないわ~妹紅ってば人を見る目がないわね~節穴よね~♪」

 

 「こ、この野郎!!」

 

 

 妹紅がたまらず輝夜の胸倉を掴む。

 

 

 「妹紅ったら嫌だわ!すぐに暴力を振るうのはやっぱり自分が野蛮人だって認めているじゃない」

 

 「な、なんだと!?」

 

 「殴りたければ殴れば?そうすると妹紅が野蛮人だって証明することになるけどね!」

 

 「ぐ、ぐぬぬ!!」

 

 「ほらほらどうしたのかしら?殴らないの?肝っ玉が小さいわね~♪あなたもそう思うわよね比那名居天子さん……どうしたの?」

 

 

 天子の奴は輝夜の方を見つめてボーっとしていた。一体どうしたと言うのだろうか? 

 

 

 「……はっ!?い、いや……なんでもない」

 

 

 慌てた様子だった。その様子で察したのか妹紅の気分を不愉快にさせた。

 

 

 こいつまさか……輝夜の奴に見惚れていやがったのか!天子の奴も結局男ってわけかよ!ちくしょう!腹が立ってきた!!……っとそういうわけで!!!

 

 

 「死ねや輝夜ー!!!」

 

 「がぼぉお!?」

 

 

 妹紅の右ストレートが輝夜の顔面に綺麗に入った。ぶっ飛ばされて塀に輝夜の形をしたクレーターができる。

 

 

 「も、もこう落ち着け!!」

 

 「うるせえ!輝夜なんかに鼻の下伸ばしやがって!」

 

 「わ、わたしは鼻の下なんて伸ばしていないぞ!ただちょっと綺麗な方だなぁ、私にもその美貌が欲しいなぁって思っただけで……」

 

 「お前今でもカッコイイのにこれ以上求める気かよ!十分だろ!まさか実はお前ナルシストだったのか!?」

 

 「違う!外見は男だけど中身は女の子で……」

 

 「はっ?」

 

 「――なんでもない!なんでもないんだ妹紅!とにかく私は鼻の下など伸ばしていない!断じて!!」

 

 

 いつも以上に狼狽えた様子の天子だった。何か天子が言ったような気がしたが、それよりも視界の端に映ったボロ雑巾(輝夜)が動き出した。()らねば……!

 

 

 「この野蛮人がぁ!乙女の顔に何しとるんじゃぁあああ!!!」

 

 「誰が野蛮人だごらぁ!てめぇなんざ乙女じゃないわ!ボロ雑巾だろうがぁあああ!!!」

 

 「二人共!?や、やめるんだ!!」

 

 

 天子の制止も聞かずに二人の拳が顔面に直撃する……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――っかに思えたが!

 

 

 二人の間に結界が生じ、拳が結界に阻まれた。この結界を作り出した人物はいつの間にか天子の傍にいた。

 

 

 「早苗!」

 

 「はい!ピンチの時に現れる風祝(かぜはふり)東風谷早苗ちゃん只今参上です♪」

 

 

 ペ〇ちゃんみたいに舌を出して可愛さアピールをしている。そんな早苗が現れたことで辺りには静けさが舞い降りて来てくれた。天子は早苗のことを心の中で良くやったと褒めていた。

 

 

 「もう、輝夜さん対戦の途中で居なくなるなんて酷いじゃないですか!折角私とル〇ージのコンビネーションで完封するつもりだったのに」

 

 「ごめんなさい。でも鬱陶しいハエが永遠亭に入り込んでいたようだから叩きのめしてあげようと思ったの」

 

 「なんだとこらぁ!!」

 

 「あらららら~?何を怒っているのかしら~?別に妹紅のこと言ったわけじゃないんだけどね~!もしかして自分がハエだって自覚していたの~?超うけるんですけど~!!ぷぷぷー!!!」

 

 「輝夜てめぇぶっ殺す!!」

 

 「やれるもんならやってみなさいよ!クソもんぺ野郎!!」

 

 

 二人が再び戦闘態勢に入りそうになった時に早苗が妹紅と輝夜に差し出して来た。それを見た二人はキョトンとしてしまった。

 

 

 「……なんだよこれは?」

 

 

 天子は知っている。それはゲームをするために必要なコントローラーだった。

 

 

 「決着をつけたいならこれで勝敗をつけましょう。天子さんも一緒にやりましょうスマブラ!これで丁度4人なのでバトルロワイヤルができますよ!NPC相手じゃ退屈なので是非ともやりましょうよ!!」

 

 「……ふふ、そうだなそれがいい。二人共早速対戦しよう(やった!NPCじゃなくて対人でスマブラできる日が来るなんて!)」

 

 「「……」」

 

 

 早苗と天子はゲームをするために戻って行った。残されたのは妹紅と輝夜の二人だけ……

 

 

 天子の奴、妙にウキウキしてやがったがどうしたんだ……慌てたり変な奴だぜ。早苗もこんなもので決着つけろって……これで殴り合うのか?

 

 

 妹紅はコントローラーと言うものを知らないので凝視してしまう。その様子がおかしかったのか輝夜が妹紅を見て笑う。

 

 

 「プッ!」

 

 「おい何笑ってるんだ!」

 

 「くくく……別になんでもないわよ。でもたまには違う方法で決着つけるのも悪くわないかもね」

 

 「全く……早苗が止めなければもう一発顔面に打ち込めたと言うのによ」

 

 「あら?あの子が止めなければ私の拳が妹紅の顔面をぶっ壊すことになっていたと思うけど?」

 

 「へっ!そんなことあるかよ。絶対に私の拳がお前の顔面に直撃してたぜ?それに輝夜の拳を受けてもすぐに再生するから気にも留めねぇな」

 

 「随分と自分を蔑ろにするのね。自分を大切にしろって言われたばかりなのに?」

 

 

 ピクリと眉が動く。

 

 

 「……いつからいたんだ……?」

 

 「妹紅が不貞腐れて池に小石を投げ込んでいるところから」

 

 

 全部じゃねぇかよ!初めから覗き見ていたのかよ!?そのことに気がつかなかったとは……自分が嫌になる。

 

 

 輝夜に一部始終を見られていたことに心の中で地団駄を踏んでいた。

 

 

 「まぁ、見ていると外見だけじゃなく中身もいい男みたいだし……妹紅が彼にお(ねつ)になるのはわかるけどね」

 

 「は、はぁ!?」

 

 

 妹紅の顔が赤くなり体温が上がっていく。傍から見ても落ち着きがない状態で視線が泳いでいた。

 

 

 わ、わたしが天子にお(ねつ)だって!?そ、そんなことはないさ。あいつとは友達だからな、輝夜の奴ったら私のこと見る目がないとか言ったくせに自分はどうかと思うぜ。だが、決して天子のことが嫌いとかそういうのじゃなくてだな……その……友達だからなあいつとは。うん!そうだ!私がどっかの小鬼のように異性として好きになるとかそういうのはない……ないはずだ。それに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もし好きになっても必ず先に逝ってしまうからな……

 

 

 その言葉だけで妹紅の顔は赤みを失い、体温も下がっていく。落ち着きがなかった様子も見られない……彼女は知っている。蓬莱人以外の者には必ず終わりがあると言うことを……

 妹紅は黙り込んでしまう。

 

 

 「……はぁ」

 

 

 そんな妹紅を見ていられないのか腕を強引に引っ張った。

 

 

 「痛っ!何しやがんだよ輝夜!」

 

 「妹紅、私達は蓬莱人よ?永遠に生きる運命(さだめ)を背負った罪人なのよ。私達は他の者とは違う……そんなことは百も承知でしょ?」

 

 「……ああ……わかっているよ……」

 

 「……わかっているなら今を楽しみなさい。いつか別れが来るのは避けられない。それなら楽しめる時に楽しんで、悲しい時に悲しめばいいじゃない。だから今の内に恋もしたっていいじゃないの。彼が言うようにあなたは藤原妹紅であり、一人の女の子なんだから……」

 

 「か、かぐや……?」

 

 

 輝夜は妹紅に温かい言葉を送った。いつもは見ない輝夜の姿を見た妹紅は呆然としてしまっていた。

 

 

 「……な~んてね!誰が妹紅なんか心配してやるもんですか!ば~か!ば~か!!このクソもんぺ野郎!!」

 

 「て、てめぇ……」

 

 

 罵倒する輝夜の声にいつもなら激昂するのだが、何故か今だけは少しだけ安らぐような気がしてならなかった。

 

 

 「さぁ、私達も行きましょう。早苗と彼を待たせるのはいけないしね。決着はこれで決めましょう」

 

 「……ああ、望むところだ輝夜!コテンパンに叩きのめしてやる!!」

 

 「ふふ、そう来なくっちゃね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「死になさい妹紅!ファルコン・パーンチ!」

 

 「なぁ!?まだだぞ輝夜!!私はまだやられちゃいねぜ!くらえ!フジヤマヴォルケイノ(PKファイヤ―)!」

 

 「輝夜さん、妹紅さん、私を忘れちゃいけませんよ!ル〇ージのアッパー攻撃です!」

 

 「「なにぃ!?」」

 

 「(対人戦はやっぱり最高やわ♪)早苗隙を見せたな!サ〇スのチャージショットだ!」

 

 「はわぁ!ル〇ージがぁ!!?」

 

 

 天子、妹紅、早苗はその日、永遠亭にお世話になることとなり、夜遅くまでゲームで盛り上がった。輝夜と妹紅がゲームで戦っていたためにいつもよりかは永遠亭が比較的平凡であった。転生前では部屋で引きこもり、NPC相手に無双していた天子が一位であった。ちなみに輝夜も妹紅はお互いを真っ先に消そうとするのでおいしい所を早苗に奪われてビリだったとさ。

 

 



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44話 片腕の仙人

疲れが溜まっていると免疫力が低下してすぐに風邪にかかってしまうので体調管理に注意です。少しの間、体調が良くなかった作者ですので……


働いて外出している方、学校に行っている方みんな帰ったら手と口はしっかりしておくことが大切だとこの歳になって思い知らされました。皆さんも体調には気をつけてください。


それでは……


本編どうぞ!




 「やあ、霊夢こんにちは」

 

 「来てくれたのね、賽銭箱はそこよ。今日も入れて頂戴ね♪」

 

 「相変わらずだな。まぁ、入れてあげるけど……」

 

 

 チャリンと小銭を入れると霊夢の好感度がぐぐーんと上がった。天子にとっては既に見慣れた光景である。

 

 

 「~♪それで天子、今日はどのようなご用件かしら?」

 

 「いや、今日は霊夢じゃなくここに時々来ている方に会いに来たんだ」

 

 

 縁側でのんびりとお茶を飲んでいる霊夢に話しかける。賽銭を入れてあげたおかげでそれ相応の対応をしてくれている。入れなければ邪険に扱われることもしばしばあるらしいが、天子はここに来るたびに賽銭を入れているので快く歓迎されている。お茶もお菓子も出してくれる(賽銭を入れない者には、白黒魔法使いの証言によると生ぬるい水と2、3粒の米粒が出迎えてくれるらしい)

 

 

 昨日無事に退院して妹紅たちと別れて天界へと帰った後、色々と心の整理をつけてきた。そして私は一つの覚悟を決めて博麗神社へとやってきた。体の方はもう大丈夫よ。

 

 

 永琳さんの医学薬学は世界一ィィィィーーーーッ!!!なのですから。

 

 

 それで何故ここへやってきたのかと言うと、私はもっと強くなるために何かいい方法はないかと探していたのだ。それで早苗が話してくれた。博麗神社に時々現れるという仙人の話を……その仙人の名前も聞いた。それで確信した。その仙人に会うべきだと……それで私はここにいると言う訳よ。

 

 

 「一体誰に会いに来たの?」

 

 「それは……」

 

 

 その時、鳥居の方から誰かがやってきた。その誰かは真っすぐに霊夢の元へ行き……

 

 

 「げっ!?」

 

 

 霊夢はその人物を見るなりあからさまに嫌な顔をした。

 

 

 「こら霊夢!私を見て『げっ!?』とはなんですか!それにまた修行をサボってのんびりしているんじゃありません!博麗の巫女ともあろう者が怠けるのではありません!あなたは危機管理能力がないのですか!ちょっと、ちゃんと聞いているのですか霊夢!!」

 

 

 そのまま説教が始まってしまった。私が会いたかった人物が今、目の前に居ると言うのに話しかけるタイミングを逃してしまった。そのため話しかけずらくなってしまった……

 

 

 めっちゃ嫌そうな顔しているわね霊夢。誰だって説教されるのは嫌だもんね。それにしても一方的なマシンガントークならぬマシンガン説教か……ここの華扇さんは説教好きと見えるわね。

 

 

 【茨木華扇

 頭にシニヨンキャップを被っており、右腕全体を包帯でグルグル巻きにしている。左手首には、鎖のついた鉄製の腕輪をつけている。胸元には花の飾りがあり、服の前掛けの部分には茨の模様が描かれている。

  普段は茨華仙と名乗り、本名は茨木華扇という。妖怪の山に『茨華仙の屋敷』を構え、そこで暮らしている仙人である。仙人といっても本人曰く、まだ修行中の身らしい。以前からときどき人里などに顔を出しており、隠者ながらその存在は意外と知られている。ただし説教臭いという点以外、あまり人々からも記憶されていないようである。

 

 

 霊夢が嫌々説教を受けている様子を黙って見ていると、このままでは一向に終息がつかないと判断した霊夢が天子を指さした。

 

 

 「私は今、お客さん相手にしていたんだけど?」

 

 「――それであなたはいつもいつもだらしなくて……客?」

 

 

 ようやくこちらに気がついたのか視線を天子に向ける。

 

 

 「どうも」

 

 「あっ、こ、こちらこそ……どうも……」

 

 

 天子の存在に気がつかなかった様で初対面の人物に説教姿を見せてしまったことへの羞恥心で頬がほのかに赤くなる。それに天子の顔をチラチラと窺っていた。先ほどまでの説教姿と打って変わって身を縮める姿に愛着が湧いてしまう。

 

 

 きゃ~わ~い~♪華扇さんの恥じらう姿にブヒィいいいいーーッ!って叫びそうでございます!それにさっきからチラチラとこちらを見ては逸らしての繰り返し……はっ!?私がイケメンだからかしら!?華扇さんはイケメンに弱い!間違いない、私だってイケメンが目の前にいたら見たくて仕方がない。乙女顔になっている華扇さん……ますますブヒィブヒィ言ってしまいそうですね。

 おっと、いけないわね。おふざけしている場合じゃなかったわ。今日は華扇さんに()()()()()をするためにやってきたんだから……

 

 

 「初めまして華扇さん、私は比那名居天子、天界に住む天人くずれです」

 

 「こ、これはどうも……私をご存じですか?それに……天人?」

 

 

 天人と聞いて物珍しそうにしていた。先ほどの羞恥心は身を潜め好奇心が勝ったようだ。

 

 

 「天人が何故地上に?それに私が知っている天人は自ら地上にさえ下りることを嫌うのに……」

 

 

 天人のイメージ悪いわね……まぁ、確かに天界でも地上を良く思っていない天人達が多いけど、私のおかげで以前よりかは地上を悪く言う者は少なくなったわ。そう、この私のおかげでね!そうよ、わ・た・し・の・お・か・げ!大事なので2回言いました。これぐらい言っても誰も文句は言わないはずよ。元々地上に居た私達の扱いなんて最初は酷い物よ。よく耐えたと自分で褒めてあげたいところよ。それに私が披露する料理には地上の食材も使っているからそれも効力になっているのだと思うわ。天人達の胃袋を掴んだ私に抜かりはなかった。

 

 

 「ちょっとあんた新聞読んでないわけ?」

 

 「新聞……あっ!あなたはもしかして烏天狗の新聞に載っていた方ですか?」

 

 「ああ、そうだ。その比那名居天子だ」

 

 

 華扇の瞳が一瞬だが鋭さが宿ったのを見逃したりはしなかった。その一瞬に込められた思いがどんなものかまでは私には読み取ることが出来なかったが……

 

 

 「へぇ……あなたが萃香を倒したという……」

 

 

 声のトーンが下がり、品定めをするかのような視線が隅から隅まで天子を観察していく。

 

 

 「……なるほど、それじゃ私はお邪魔のようね。霊夢、私は失礼するわよ」

 

 「待ってくれ華扇さん!」

 

 「どうしたのですか?部外者の私はいない方が良いのでは?」

 

 「いえ、そうではなくてですね……実は博麗神社に来たのはあなたに会いたかったからなのです」

 

 「あら?霊夢じゃなくて私に……何の御用ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「華扇さん、私を強くしてほしい!」

 

 

 ------------------

 

 

 そう彼はそう言った。

 

 

 【比那名居天子】

 天界に住む天人で私が知っていることと言えば次の通り……

 

 

 ●「名居」一族の部下であった比那名居一族の一人息子であること

 

 ●あの伊吹萃香を打ち負かした天人

 

 ●幻想郷で起きた異変を解決した立役者

 

 ●人里で人気者

 

 ●超イケメン(←これ重要)

 

 

 だいたいのことは新聞に載っていて知っていた。興味は新聞を読んだ時からあった……あの萃香に勝利したんだから興味を持って当然だった。萃香を倒すことができるほどの猛者が居ようとは思わなかった。天人は誰も彼もがいい印象を持ってはいない。私もそうだ、天界は私にとって魅力溢れる場所ではあるが、そこに住まう者達が問題であった。地上を軽く見ており中には命を物と同一視している人物もいるとか……昔はそうだった。だが、今はどうだろうか?新聞を読み進めていくうちに比那名居天子に対する印象が変わってきた。

 天人としての価値観がずれていると言った方がいいのやら、地上の者達と良好な関係を築いている。それに新聞に載っていた彼の証言だと以前の天界とはだいぶ変わっているようだった。天界を変えたのは彼の存在であることは明白だ。私は変わりゆく天界に失っていた好奇心が再び芽生え始めていた……そして比那名居天子にも。

 

 

 出会いは博麗神社で怠けているだろう霊夢に説教するため足を運んだ時だ。霊夢に気を取られていてもう一人傍に居たのに気がつかなかった。そして目があった。

 目の前に居たのは超がつくほどの美青年だった。顔立ちは例えるならば王子様、髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳が印象的で、服もとてもカラフルで目立つ。幻想郷にこんなイケメンがいるなんて……私の好みのタイプ……ゲフンゲフン!まぁ、とても凛々しい青年が博麗神社に来るのは珍しいと思いながら話した。

 

 

 うまくしゃべれていたかしら……?

 

 

 超イケメンと会話するなど思ってもいなかったのでうまく話せていたか心配になった。正直に言うと緊張しない訳が無い。目の前に超イケメンが居て平静を装おうなんて無茶です……仙人だから耐えろだって?仙人である前に私は女です!仙人にも欲を我慢する術や修行はありますが、目の前に私好みの殿方が居たら……って何言わせるんですか!もう話が脱線しました!って私は一人で何を言っていたの!?そ、そこのところは今は置いておいて話を元に戻しましょう……

 そして彼と話をしていると私が茨木華扇だと知っていた。普段は茨華仙と名乗っているのだが……何故知っていると思った。そして彼は自分を天人……比那名居天子だと名乗った。烏天狗の新聞に載っていた写真に写っていた人物と同じであることに気がついた。

 

 

 この者があの萃香を……ね……

 

 

 心の底から湧き上がった久しぶりの感情……長い間忘れていた……いえ、封印していた昔の感情が彼を意識すると感じてしまった。猛者との死闘を意識してしまった。こんな感情は仙人である私には無縁であるはず、無縁でないといけないのに感じてしまったの……

 

 

 私はこの感情を抑えるべくこの場から立ち去ろうとした。しかし、立ち去る前に彼が私を引き止めた。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「998……999……1000!!!」

 

 「うむ、よくできました。タオルどうぞ」

 

 「ありがとう華扇さん」

 

 

 彼は私の()()になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何があったかって?それは彼がいけないんです……

 

 

 妖怪の山の目立たない場所にそれは在った。【茨華仙の屋敷】で比那名居天子、今では彼を天子と呼んでいます。彼がここで私の元で修行することになったのです。

 

 

 『「華扇さん、私を強くしてほしい!」』

 

 

 綺麗な90°のお辞儀を見せられた。私は考えた……しばらくの沈黙の後に何故かと聞いた。萃香を倒した彼ならば私に頼ることなど必要はないと思ったからだ。そして何故初対面のはずの私にわざわざ博麗神社を訪れて会いに来たのか……?

 理由を聞いてみると私は呆気に取られていた。強くなって誰かを見返してやるのでも、復讐とも違うものであったわ。

 

 

 『「親友(とも)になりたい方がいる』

 

 

 そう言った。誰を?と聞くと驚くべき回答が帰って来た。友達になりたいと言う人物はあの危険人物の風見幽香だったのだ。耳を疑ったが本当のことだったようだ。彼女の期待に応えられずに敗北してしまったが、あの風見幽香と友達になるために諦めず、今よりも強くなりたいと言った。彼女が『「変わった天人』と呼んでいるのが分かった気がした。彼はとても珍しい天人のようで、確かに彼ほどの天人ならば天界も変えてしまうだろうと納得した。とても素晴らしい心意気だが、私は初めは断ろうと思った。もし天子に私の()()がバレてそれが出回ってしまったらと思ったのであった……が、彼の決意ある瞳を見てしまったら嫌とは言えなくなった。

 

 

 一時的なことだが、彼は私の弟子になるということ……誰かを弟子にするなんて初めてだった。誰かに教えを乞うのは今まで何度もやってきているのですが、弟子になりたいと言って来た者はおらんし、弟子を取ろうとも私はしなかった。私は仙人ですがまだまだ未熟……それに陰では説教のうるさい奴とか思われているみたいですし……そんな天子にも弟子がいることを知る。

 魂魄妖夢……冥界に住む幽霊たちの管理人である西行寺幽々子の従者にして庭師の娘。その彼女の師を務めているらしい。天子が言うには妖夢さんの師でありながら無様な姿を晒したくないという彼なりの誇りがあった。その妖夢さんは現在地下でただ働きしていて頑張っているのに自分だけのんびりとしていられないとも言っていました。私への弟子入り志願は妖夢さんのためでもあるみたいなのです。彼の瞳から熱い意志を感じ取りました。断るにも断れなくなってしまいましたが……とてもいい瞳でしたし良しとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにイケメンと共同生活♪

 

 

 「?どうかしたか?」

 

 「いえ、別になんでもありませんよ。さぁ、あなたがこの屋敷に来たからには思う存分に働いて修行を受けてもらいますよ!」

 

 「わかった。よろしく頼む華扇さん」

 

 

 天界のことは他の天人達に任せて天子は己を徹底的に鍛えなおすために華扇に修行の教えを乞うことにした。天子の父と母は自分の息子のことは自由にさせているので何日も帰って来なくても文句は言わないし、天人達には天子が口添えしておけば当分の間は問題はない。衣玖ならばあれこれ言って来るのだが、衣玖もまだ天界には帰って来る様子はない。それならばと言うことで、天子は泊まり込みで華扇の屋敷にお邪魔することになった。

 そして現在天子は華扇の屋敷を掃除している最中だ。日常的なこともまた修行の一つとして華扇が与えた……決して掃除が面倒なので押し付けた訳ではない(華扇談)

 霊夢とは違い、天子は真面目に掃除をしている姿をチラリと横目で観察する。

 

 

 天界では相当慕われているとか……それにしても霊夢と違って真面目に掃除してくれている。塵一つ残さずにテキパキと動く姿を見るに天子は家事が得意のようですね。様になっていますね……家事ができてしかもイケメンと屋根の下で二人っきり……これは私にも春が訪れるのでは!?

 

 

 華扇の心臓がバクバクと高鳴っている時に邪魔するように袖を引っ張る存在がいた。振り向くとそこには一匹の虎と虎の背中に乗る二匹の大鷲の姿があった。

 

 

 「彭祖、竿打と久米も……何か言いたそうな顔ね」

 

 

 彭祖とは華扇が飼っている虎で、竿打は若い大鷲、久米は年老いた大鷲の名前である。

 そんな三匹が華扇に視線を送る。まるで桃色の思想は止めろと言っているように見えた。

 

 

 「な、なによ?別にいいじゃない。私だって一人の女性なんですから夢見るぐらいは許してほしいですね」

 

 

 仙人のくせに欲丸出しにして恥ずかしくないのか……っと言いたそうな表情の三匹。

 

 

 「そっちこそペットのくせに……主人に対してなんですか?だいたい三匹とも最近怠けていて……」

 

 

 また説教が始まった……長い説教を左から右へ聞き流しながら三匹はやれやれと言った感じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは……とても美味しいですね!」

 

 「気に入っていただけて光栄だ」

 

 

 夕日が沈みかけて辺りが暗闇に支配されていく中で、屋敷の中でテーブルを囲む天人と仙人がいた。そのテーブルの上には和食が並べられ、盛り上げられた料理はどんどん数を減らしていた。

 

 

 「これも!これも!魚なんてとてもいい塩加減です!味噌汁の濃厚な味……堪りません♪」

 

 

 修行の一環として天子は料理を振舞った。それがやけに大好評で華扇は手を休めずに料理にあり着いていた。

 

 

 うっま!この米は家にあったものですけどまるで別物みたい!?ふわふわとした弾力に口に入れて噛めば味が広がり溶けてなくなっていく……焼き魚と一緒に食べれば丁度いい塩加減が味を更に引き立たせてくれる!味噌汁もご飯にマッチしていて漬物もとても美味しい!私だって一人でここに住んでますし、料理はできますがここまでの味は出せません。なんですか……食べれば食べる程おかわりしたくなるこの美味しさは!?まるで味の宝石箱みたいです!ああダメです!手が止まりません!うわっ!?この玉子焼きうっま!!?

 

 

 「うまうまっ!ざいぃごうぅ(最高)!ガツガツムシャムシャ……!」

 

 「……華扇さん?」

 

 「――はっ!?」

 

 

 食べるのに夢中になってしまっていた華扇はようやく気がついた。天子がテーブルの向かいに座ってずっとこちらを見ていたことを……あまりの美味しさに料理をがさつに貪る姿を晒していることに……!

 

 

 「「……」」

 

 

 二人の間に沈黙が流れる……

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ――は、はずかしい!!!わ、わたしは何をしているのですか!?しかも初日にこんな醜態を天子に晒してしまうなど!?いつもならゆっくりとよく噛んで味わい、優雅に食事している頼もしい姿を見せれたはずなのに!?

 

 

 「……華扇さん顔が赤いが大丈夫か?」

 

 「――はうぁ!?」

 

 

 天子の言う通り、華扇は自分の恥ずべき行為を晒したことで顔は羞恥に染まっていて真っ赤になっていた。天子としては心配して声をかけたつもりなのだが、それが更に華扇の羞恥心を刺激した。

 

 

 「て、てんし!こ、これはち、ちがうのです!その……そうこれはその……これも修行です!」

 

 「……修行?どういった修行だ?」

 

 「ええっと……食べたいと言う食欲を抑えずに思う存分食す修行です!」

 

 「それは修行と言えないんじゃ……?」

 

 「……その通りです……

 

 

 私は何を口走っているのやら……また醜態を晒すなんて……初日でこれとは自分が恥ずかしい……

 

 

 恥ずかしさのあまりに体が固まってしまい静けさだけが広がった。

 

 

 「……それで味はどうだった?」

 

 「……えっと……とても美味しかったわ……」

 

 「……そうか」

 

 

 気まずい……どうしましょうか……天子の作った料理の美味しさに我を失っていたとは言えこんな姿を見せてしまってどう思っているのでしょうか……?もしかしたら教えを乞う相手を間違えたのではとか思われていたりするんじゃ……

 

 

 華扇は意外に繊細な性格であった。修行を積み貸させて心を鍛えてはいるが彼女も一人の女性である。仙人であっても人間と変わらず悩みも心配事もある。それ故に自分の姿が天子にどう映ったのか気になっていた。自分を頼って弟子入りを志願して来たのに、教える立場の華扇がみっともない姿を見て、もし幻滅されるようであれば布団に包まって朝まで泣いているだろう……そんないらぬ自信があるほどだ。どんな言葉がかけられるのか……後悔が募る……

 

 

 「ありがとうございます」

 

 「――はえぇ?」

 

 

 返って来たのは予想外の言葉だった。それは感謝の言葉だったからだ。

 

 

 「何故と言う顔してますよね?」

 

 「だ、だって……私は感謝されることは何もしていませんよ?修行だって今日は掃除したり動物たちの餌やりをしたりと修行らしいことではないことしかしてませんし……」

 

 「いえ、あれらも私にとって貴重な体験だ。そんな体験をさせてもらえるだけでもありがたいけど、先ほど述べたのは華扇さんが私の料理をここまで美味しいと思ってくれていることが嬉しくてな。それで感謝していたんだ」

 

 

 それで『「ありがとうございます」』と言ったのですか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よ、よかったぁあああ!幻滅されずに済んだぁあああ!天人は高貴で綺麗好きと聞いていたものですから「食事中にこのような醜態を見せるとは……華扇さん幻滅した」とか言われずに済んでよかったわぁあああ!布団の中で泣きわめくことが無くなったわ……よかった優しい方で!!!

 

 

 「そんな感謝されるまでは……でも美味しかったのは本当ですよ。天子の料理は私自身が作るよりも遥かに美味しかったです」

 

 

 悔しいけど天子が作った料理は私が作った料理よりも遥かに美味しい……料理ができる上に優しいイケメンでしかも強い……完璧じゃない!?完璧超人なの天子は!?あなた私から教えを乞う必要性ある!!?

 

 

 「はは、そこまで言ってくれると益々嬉しいな。それに華扇さんの笑顔いっぱいで料理を食べてくれる姿を見ていると私も作ったかいがあったよ」

 

 

 その笑顔は卑怯ですよ……イケメンのスマイルとか……ご褒美じゃないですか。体が熱く火照っているのがわかります。私これから天子と当分の間はここで寝泊まりするってことよね……本当ならば不埒な行為かもしれませんけど……

 

 

 「華扇さん、まだまだお代わりありますのでいっぱい食べてくださいね」

 

 

 まぁ……ペットたち以外は私一人なので少し寂しいと思っていましたし、こんな美味しい料理が毎日食べれるならば本望ですしね。天子にもしっかりと修行をつけるためですしこの生活も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪くない修行(日々)になりそうですね。

 

 



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45話 修行の成果

最近また朝夜気温が下がって来たので体調管理に注意してください。作者は寒いの苦手なのでございます……早く暖かくなってほしい……


手洗いうがいは単純なことだけど大事大切!


世間話はこれぐらいにして……


本編どうぞ!




 ここは【無名の丘】と呼ばれ、辺り一面には鈴蘭が咲いている場所である。そこに小さな影と大きな影があった。

 

 

 「あっ!幽香~♪」

 

 

 パタパタと向こう側からやってくる小さい影は大きな影の前で止まった。

 

 

 「メディ、元気にしてた?」

 

 「うん!幽香も元気してた?」

 

 「……ええ、私は元気よ」

 

 

 風見幽香は世間から恐れられている妖怪だ。だが、そんな彼女にも純粋に接してくれる存在がいた。それがメディスンであった。妖怪化してから間もないメディスンはひょんなことから幽香と出会う。何も知らないメディスンは幽香を恐れることなく近づいていった。初めは幽香の方は興味がない態度を取っていたが、妖怪化したばかりのメディスンには気にも留めなかった。それがいつの間にか接しているうちに、お互い何も気にせずに接する仲になっていた。

 

 

 「(私は幽香が見せてくれる笑顔が好き。私以外に見せることのない純粋な笑顔が好き……だけど……)」

 

 

 メディスンは幽香を見て不思議そうにしていた。不審に思った幽香がメディスンに聞いた。

 

 

 「どうしてメディは私の顔を不思議そうに見ているの?」

 

 「元気そうには見えなかったから、いつもの幽香じゃない気がする」

 

 「……そう……」

 

 「幽香?」

 

 

 空を見上げて雲を眺めていた。その瞳は背の低いメディスンからは見えなかったがどこか遠いものを見ていたような気がした。なんだかその様子を見ていると居ても立っても居られなくなった。幽香を元気づけようと頭に手を伸ばそうとするが、背の低いメディスンでは当然届かない。つま先立ちをしても到底届く距離ではなかった。一生懸命に腕を伸ばしても届かない手をそれでも届かせようとして思いっきり背伸びをする。人形であるはずのメディスンの顔に汗が流れている気がした。

 

 

 「ぐぬぬぬッ!」

 

 「……何やっているのよメディは?」

 

 「幽香を元気づけようとしているの!頭撫でてあげるんだから!」

 

 

 頑張って幽香の頭に手を伸ばそうとしているメディスンを見下ろしている幽香に笑みが浮かぶ。必死になっているメディスンの頭にそっと優しい感触が伝わる。

 

 

 「メディありがとう、あなたの気持ちは嬉しいわ」

 

 

 メディスンは幽香に撫でられるのが好きだ。自分を満たしてくれている、捨てられたメディスンにとって肌のぬくもりは必要とされていた頃のように温かさを感じさせてくれるからだ。しかしいつもの感触とは違う違和感が伝わってきた。

 

 

 「……幽香、やっぱり元気がな……」

 

 「――なんでもないのよメディ……なんでもないのよ……」

 

 

 メディスンが言おうとしたことを遮ってしまう幽香……その表情はどことなく寂しそうであった。

 

 

 「(やっぱり幽香は元気がない……一体何が幽香をそんなにさせたの……?)」

 

 

 なんでもないと言い張る幽香にそれ以上のことは聞くことはできなかった……

 

 

 ------------------

 

 

 「さぁ、今日から本格的な稽古に入って行くわ。準備はできているわよね?」

 

 「ああ、よろしくお願いします」

 

 「うむ、天子は受ける態度がわかっているわね。霊夢は適当な返事で『はいはい、わかりましたわかりました~よ』って言いながらまともに修行する気もないのにこっちが口出しすれば『うるさいわよ説教魔!』とか言って来るんですよ!酷いと思いませんか!!」

 

 「霊夢らしいな、相変わらずの修行嫌いだな」

 

 

 プンプンと手を上下に振って抗議する華扇さんの姿に笑みが出てしまうわ。だって今の華扇さん子供っぽくてかわいいもん♪大人ぶっているけど実は華扇さんは子供的なところがあるみたい……ギャップ萌え最高よね!()でたい気分になっちゃうわ♪

 

 

 「あの子には困ったものだわ……ああ、ごめんなさい。愚痴るつもりはなかったのだけれど……」

 

 「気にしてないよ。誰だって愚痴りたい時はあるんだからな」

 

 

 私だってさとりさんと話した時に愚痴を言い合ったから気持ちはよくわかるわ。さとりさんの愚痴を聞いているとね、とてもさとりさんが不憫で仕方なかった……地底の苦労人は伊達じゃない。

 

 

 「そう言ってくれるとありがたいわ。それじゃそろそろ始めましょうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 華扇さんの修行は厳しいものでは言い表せないような過酷さだった。

 

 

 まず基礎体力作りである腕立て伏せ&腹筋をさせられた。しかも回数が10000回と言う鬼畜だ。勿論それぞれ10000回ずつである。転生してトレーニングに励んだけれど、私だって一度にこれ程やったことないわよ。でも私は元々体力はあるし問題はなかった。それからランニングでペースを落とさずに東京ドーム10週分程の距離を走れなど、水中での呼吸を我慢しろなど、熱々の土砂に手刀突きを10000回しろなど……これは映画ですかね?っと言いたくなるような困難な修行であった。私だって今まで自主的に修行して来たけどここまでハードな修行はしたことがなかった。

 

 

 ……なにこれ……?修行と言う名のパワハラですかねこんちくしょう……

 

 

 初日は肩で息をしながら何とか終わらせた。なんやかんやでキッチリと修行内容をこなした私を褒めてほしいわよ……マジで。それで教えている時の華扇さんは鬼教官であった。まぁ、彼女にはピッタリですね。何故ピッタリかとは知っている人はわかるでしょ?

 まぁ、それは今は置いておいて……修行中は『何をたるんでいるの!』とか『その程度なのか!己の限界を超えてみせなさい!』や『貧弱すぎるわ!!』など言葉の棘を投げかけられた。普通の人ならここで諦めるけど私は諦めない……諦められないから最後までやり遂げた。私には為したい目的があったから……

 

 

 【風見幽香と親友(とも)になること】

 

 

 これが今の私の目的だ。

 

 

 萃香のように戦って示さないといけない……それが幽香さんに認めてもらえるための最低条件だ。ギャルゲーで言うと最高に落とすのが難しいヒロイン系なんですよ幽香さんは……でもそれが良いんですけどね♪攻略し甲斐があるわ。理想(ゲーム)でギャルゲーをする時代は終わったのよ、今度からは現実(リアル)でギャルゲーをする時代に変わったのよ!絶対に幽香さんを攻略(親友(とも)になってみせる)してみせる!

 そのためにもこの修行で私自身に鞭打つ必要がある。こんなところで止まる訳にはいかないのよ!

 

 

 初日はボロボロのヘトヘトになりながらも何とか終わらせ食事と入浴をした後は布団に倒れ込み夢の中へと旅立った。もう何も余計なことなど考えが起こらずただ眠った。

 次の日もハードな内容だった。米一粒に華扇さんが文字を書き、それを森の中へと投げ飛ばした。そしてそれを見つけてなんと文字を書いたか教えろと言うものだった。

 

 

 鬼畜!まさに鬼畜であった!けど私は見つけた!日が沈み、すぐに太陽がまた上がって今頃は皆が『おはよう』と言っている頃に小さなとても小さな米粒を発見した。結果、徹夜した私はフラフラになりながらも屋敷に帰ることができた。ちなみに米粒に書かれていた文字は【米】であった……何も言えないわ……

 流石に徹夜したんだし寝ることを許された。勘違いしないでほしいのは華扇さんは修行中以外は基本的に優しいのだ。修行が終わった後は心のケアをしてくれるし褒めてくれる。特にマッサージとか最高に気持ちいいのだ。

 華扇さんの手はやはり少し硬い感触だったけど、触ってみると温かく優しい手だった。私が手をじっくり観察しているときの華扇さんが顔真っ赤でかわいらしかった♪これも私にとっての癒しの時間となっていたわね。

 

 

 そんな修行を続けてきた。天界の方はどうしているだろうかと気にもなったが、華扇さんのペットである鷲の竿打が見に行ってみると相変わらずのんびりと平和であるらしい(動物の言葉はわからないので華扇さんが竿打の仕草から読み取ってくれていた)

 事情を話しているから皆大人しいのね。無断で出てきたらどうなっていた事やら……想像したくないわね。

 

 

 そして今日も厳しい修行を行おうとしたそんな時だ。

 

 

 「天子、今日は修行の内容を変更します」

 

 「今日はどんなことをすればいいのだ?」

 

 「……私と手合わせしなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の庭で執り行われることとなった修行、華扇さん自ら相手にしてくれるようだ。私もやっぱり修行相手がいないのは物足りないと感じていた。だからと言って今までの修行が決して無駄になることはなさそうだ。基本はどこでも役に立つし、日常生活の一つ一つの事に意識を向けて生活しているだけでも精神と注意力を鍛えられる。そして厳しい修行の日々で授かった経験を得て、私は以前よりもレベルアップしているに違いない。華扇さんは私が初めよりもどれほど強くなったか見極める気でいるのだろうか?とにかく、手を抜く気はないし、思う存分自分がどれほどレベルアップしたか確かめるいい機会だ。

 

 

 「修行の一環だからって手加減は無しよ」

 

 「ああ、わかっている」

 

 

 向かい合う二人……お互いに礼をして構え合う。それを見守る華扇のペットたちの虎の彭祖、鷲の竿打と久米。

 お互いに武器は無し、肉体と体力がものを言う試合になるだろう。

 

 

 肉体の強度なら問題ないはずだけど、華扇さんも正体は()()だからね……まぁ、何とかするしかないか。

 

 

 二人の間に一陣の風が通り過ぎた。

 

 

 「でぇやああああああ!!!」

 

 

 それが合図となり先に仕掛けたのは華扇の方であった。大地を蹴り、天子との距離をつめる。

 

 

 態勢を低くして懐に飛び込んで天子に一撃を加えんと拳を振るうが、そう簡単に打ちのめされるような天子ではない。バックステップで後退して間合いを保ち相手のペースに飲まれないようにする。それでも華扇は手を休めることもなく追撃に入る。

 

 

 「ふん!せえぃ!」

 

 

 再び接近して拳を振る。今度は後退できずに咄嗟にガードする。触れた瞬間に重い一撃が肌を通して天子の脳内に伝わる。

 

 

 流石華扇さん、これほどとは!?まともに受けたらこっちが持たないわね……持久戦には慣れているけどジリ貧になってしまいそうだ。ならば取る行動は攻めて、攻めて、攻めまくるのがいい!!

 

 

 天子は行動に出た。華扇の一撃を受け流し、攻めに転じた。

 

 

 「――はっ!」

 

 「まだまだ!」

 

 

 天子の拳は華扇によって受け流された。しかし直後に華扇は身体に痛みを感じる。

 みぞおちに天子の回し蹴りが入り華扇は飛ばされた。

 

 

 「――ぐっ!?」

 

 

 痛みを感じたが一瞬の出来事だ。すぐに体勢を立て直して天子を見据える。

 

 

 「今のはいい一撃でした。流石ね」

 

 「そういう割には平然としているように見えるが?」

 

 「私はこう見えても我慢強いのですよ」

 

 

 我慢強い……ね……当然と言えば当然なんだろうけど、萃香と同じでタフさは想定内だ。倒せるか……?いや、倒すかどうかなんて今考えている時ではない。今は何としても己を鍛えて強さを身に付けなければならない。負けたとしてもそれは教訓になる。この修行で己の修正点を見つけ出さないと!

 

 

 「ふむ、更にいい目になりましたね。成し遂げたい目標があるのはとてもいい事ですよ。それに向かって突き進むことが強さに繋がるのですからね」

 

 「ああ、華扇さんとの修行で私は更に高みをかけてやるつもりだからな」

 

 「ふふ、本当にいい目ですよ天子」

 

 

 華扇は知らず知らずのうちに笑っていた……

 

 

 ------------------

 

 

 「「はぁ……はぁ……」

 

 

 お互いに息が切れていた。あれから何時間も拳を交えながら攻防戦を繰り返していた。もう何発殴り何発殴られたかも分からない。お互い全身ズタボロで披露しきっていた。だが、お互いに心から込み上げてくるものがあった。

 

 

 「「(楽しいな……!)」」

 

 

 お互いに笑っていた。楽しくて仕方なかった。体中がズタボロであっても関係なかった。否、寧ろズタボロだからこそ楽しくて仕方なかったのかもしれない。

 

 

 「や、やりますね……はぁ……はぁ……この私がここまで息が乱れたのは久しぶりですよ」

 

 「こっちももうそろそろ限界だ……はぁ……はぁ……次で終わりにしよう」

 

 「そうですね……はぁ……はぁ……では……いきますよ!」

 

 「――っ!ああ!!」

 

 

 長く続く闘いもやがて終結の時が訪れる。もう残されている体力は残り僅か……一撃分しか繰り出すことができる体力しかない。

 表情を引き締め、互いにその右拳に残りの力全てを込める。

 

 

 「はぁあああああああ!!!」

 

 「でぇやああああああ!!!」

 

 

 ありったけの力を込めた一撃が繰り出された。お互いに避けることもできずに、お互いの拳は顔面で受け止め、二人は直立不動のまま動かない。

 

 

 風も止み、周りには音一つとして聞こえてくることはない静寂が支配した。試合を観戦していた彭祖らの動物たちもこの光景に釘付けになっていた。

 

 

 「あがぁ……」

 

 

 先に体が傾いたのは天子の方だった。そのまま体勢を崩し、膝を付く。

 

 

 「うぐぅ……」

 

 

 数秒の後、華扇の体がぐらりと揺れて体勢が崩れる。

 

 

 そしてそのまま華扇は地面に倒れ伏した。

 

 

 「み、みごと……でした………天子……あ、あなたの……勝ち……です……」

 

 「華扇さんも……とてもいい拳……だった……」

 

 「ふふ……悪くない……試合でした……よ……」

 

 

 華扇はそのまま意識を失った。

 

 

 ------------------

 

 

 暗い世界……辺りには何も見えない暗黒の空間で一人ポツンと立っている者がいた。

 

 

 ここは……真っ暗な空間ですね……

 

 

 華扇は辺りを見回した。何もない、あるのは暗闇だけの空間……

 

 

 私は夢か幻を見ているのでしょうか……?それに私はさっきまで天子と一緒に居たはず……?

 

 

 先ほどまで華扇は天子と試合をしていたはずなのにいつの間にかここにいた。すると自然に考えられることはこれは夢か幻を見ていると言う結論に至った。しかし、何故と思う所があった。

 そんな時に華扇の耳に何かが聞こえてきた……

 

 

 『「人間め!卑怯な真似をしやがって!!」』

 

 

 聞いたことのある声……かつての自分と関りが深かった人物の声だった。

 

 

 『「あれだけ一緒に語り合ったのに!騙したのか!お前の言ったことは全部嘘だったのかよ!?」』

 

 

 悲痛な叫びだった。その声はかつて同士であり、友でもあった者の声だった。そんな者の悲痛な声に自然と胸に置いた手に力がこもる。

 

 

 憶えている……私は物陰でそのことを見ていたし聞いた……人間と楽しく酒を飲んでいた()()()の笑顔が消える瞬間を見た……

 ()()()……怒っていた……それ以上に……

 

 

 

 

 

 心が泣いていた……だから()()()は地底に行った……

 

 

 華扇は暗闇を見つめている……彼女にはそこに何かの光景が見えているようだった。

 

 

 『「人間は卑怯だよ……せこい手で勝って喜ぶ……私達の気も知らないで!」』

 

 

 今度は先ほどと違う声……こちらも怒りを孕んだ声だった。

 

 

 私達は自分勝手だった。相手は人間……私達は我が儘だった。自分達の価値観が当然とばかりに相手に押し付けて気に入れば酒を……気に入らなければ死を与えていた。褒美に金銀財宝を用意していたこともあったがありつけるのはごくわずかの人間だけ。ほとんどは己の命が大事で私達を()だとは見てくれなかった……

 戦いが楽しい、命をかけることに喜びを感じる……そんなことのために人間達が付き合うわけはもなく、いつしか人間は私達から離れて行った。そして人間達は生き残るために策を練った。私達はそれを【卑怯】と言った。何が【卑怯】だったのかと今では思うところがある。

 力の弱い人間からしたら生き残るための手段でしかなかったのに私達はそれを罵った……私達は傲慢で我が儘だったのだ。私達の元から人間が離れていったのは当然の結果だったのかもしれない……

 

 

 あの頃を思い出していた……でも今になって思い出すなんて……私は一体どうしたのかしらね?

 

 

 次第に華扇の意識は薄れていき、気がついた時には布団の中に居た。

 

 

 「……夢でしたか……」

 

 

 布団から起き上がる。ズキリと体に痛みが生じる。

 

 

 「――!やれやれ、やってくれましたね……」

 

 

 痛みを感じた体を見れば丁寧に包帯が巻かれていた。この屋敷には華扇以外に居るのは動物と天子だけだ。天子が華扇の体に包帯を巻いて手当をしたのであろう。

 

 

 「ふふ、いい戦いでしたよ……」

 

 

 笑みが浮かび体が喜びで震えていた。

 

 

 夢で思い出した。あの頃は今日みたいな感覚でいっぱいだった。挑み挑まれ、戦い勝ち、酒を片手に語り合ったあの頃に感じていた気持ちが思い出されていた。

 天子との戦いの中で感じたのは……楽しみだった。

 

 

 「喧嘩なんてしたのはいつ以来だったっけね……憶えていないわね。それにしても私はまだまだね、立派な仙人になるために修行をしているのに私情に走ってしまい楽しんじゃうなんて……」

 

 

 だが、悪くない……そう不思議に思えた。痛みを感じるたびに湧き上がってくる楽しみを噛みしめて殴り合った。その時の姿は仙人とはかけ離れた姿であったと今ではそう思う。天子と殴り合っている時の私は()()()()()()()()()()……

 

 

 華扇は頭のシニヨンキャップに触れてしみじみと思っていた。

 

 

 「あっ!そういえば天子はどこに……?」

 

 

 屋敷には誰もいる気配はなかった。動物たちもどこかに行っているようであった。

 

 

 「みんなどこに行ったのかしら?屋敷にはいない様子ですし……仕方ないわ。先にお風呂に入らせてもらいましょうか」

 

 

 華扇は服と包帯を脱ぎ始めて脱衣所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「皆すまなかった。手伝ってくれて」

 

 

 天子は森の中から帰って来た。彭祖らも一緒だった。天子は華扇を屋敷へ運んだ後、風呂炊きに必要な薪が残りわずかになっていたのに気がつき薪を手に入れるために森に向かおうとしたのだが、彭祖らが心配で護衛についてきてくれていた。天子は華扇との戦いで疲労しきっていたのでありがたかった。それに荷物持ちも欲しいと思っていたところなので共に森へと向かったのであった。

 

 

 大量の薪を担いで帰って来た天子達。帰って来るとお風呂場から湯気が上がっていた。

 

 

 「華扇さん、お風呂に入っているようだね。薪を取って来て正解だった。今の内に晩飯の準備に取り掛かるとするから皆、すまないけどもうひと頑張りしてくれるかな?」

 

 

 天子と彭祖らは既に仲良く打ち解けていた。天子の言うことに素直に従ってくれるために大助かりだ。

 

 

 「(今日は楽しかった……色々と自分の悪い所を知ることができたしいい一日だ。華扇さんに感謝だね。さてと今日は疲れたし精のつく料理でも作るかな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わ、わたし……体に包帯が巻かれていたということは……て、てんしに……は、はだかを……みられた……!?」

 

 

 お風呂場でジタバタと羞恥に悶える全裸仙人がいたという……

 

 

 お風呂から上がって来た華扇は天子に詰め寄り説教されていた。

 

 

 「(良かれと思ってやったことが裏目に出た……説教長すぎです……華扇さんに『でも安心してください。私中身女の子ですよ!』って言ってみたらどうなるかなぁ……許してくれるかな?)」

 

 「天子!説教されているのによそ見とはいい度胸ですね!女子のは、はだか……を見るなんていやらしいことです!反省しているのですか!?」

 

 「華扇さん……実は私(中身が)女の子なのですよ」

 

 「……はぁ?いきなり何を言いだすのですか?天子嘘をつくならマシな嘘をつきなさい!って言うか嘘をつくとはどういうことですか!私に勝ったからと言って調子に乗り始めていますね!これはみっちりこってり叱らないといけないようですね!!」

 

 「(正直に言ったのに……現実は非情である……神は無慈悲だ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぶわっくしょん!」

 

 「へっくち!」

 

 「うわぁ……神奈子様、諏訪子様クシャミとか汚いからやめてください。どうしたんですか風邪ですか?」

 

 「いや、なんだか神は無慈悲とか聞こえたような気がしたんだがな……」

 

 「私も神奈子と同じく……」

 

 「はぁ?神奈子様も諏訪子様も大丈夫ですか?誰もそんなこと言ってないのに聞こえるとか非常識過ぎますよ?」

 

 

 「「早苗が言うな」」

 

 

 天子は朝方まで正座させられ説教を受けていたとか……

 

 



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46話 もどかしい思いが今変わる

妹紅の回……東方で彼女を知って、彼女のおかげでもんぺの良さを知った作者です。


まぁそれはおいておきましょう。それでは……


本編どうぞ!





 「にゅぁあああ!女将もう一杯くれぇ!」

 

 

 星々が輝き始め、夜空になりかけの下で屋台の光を浴びながら酒に入り浸る少女がいた。

 

 

 「飲み過ぎですよ妹紅さん」

 

 

 藤原妹紅は今とても酒に酔いしれたい気分であった。

 

 

 「うるへぇー!わぁたしは客だじょぉ~!お客しゃまは神しゃまなんだじょぉ~!!」

 

 

 女将は苦笑しながら新しい徳利を取り出す。

 

 

 【ミスティア・ローレライ】 

 異形の翼、爪、羽の耳を持つ。帽子を被り、羽根の飾りが付いている。また靴にも同様の飾りがある。ジャンパースカートは雀のようにシックな茶色だが、曲線のラインにそって蛾をイメージしたような、毒々しさを感じさせる紫のリボンが多数あしらわれている。

 夜雀の妖怪で、焼鳥を撲滅するために八目鰻の屋台を経営している。屋台は「 八目鰻 」の文字が描かれた赤提灯が目印。八目鰻の屋台を経営している時は和服衣装で接客している。

 ちなみにミスティアは山彦である響子と「鳥獣伎楽」というパンクロックバンドを結成しており、若い妖怪、妖精などに人気がある。

 

 

 「今日はいつにも増して酒に酔って……永遠亭のお姫様と喧嘩したわけではなさそうですね。一体どうしたんですか?」

 

 

 ミスティアが何故いつもは静かに飲む妹紅が荒れているのか本人に聞いてみた。すると妹紅は机を叩いて語りだした。

 

 

 「よくぞきいてくれたぁ!きいてくれぇよ女将~!きいてよきいてよきいてよきいてよきていてよきいてよきいてよきいてよきいてよきていてよきいてよきいてよきていてよきいてYO~!!」

 

 「わ、わかりましたから屋台を揺らさないでください!」

 

 

 普段はクールな妹紅の姿とかけ離れた様子にミスティアが困っていた。我が儘な大きな子供を見ているかのようであった。自分から聞いておいて知らん顔はできないし、酔っ払いを放って置くと何をしでかすかわからないので渋々妹紅の話に付き合うことにした。

 

 

 「ええっと……何があったのか教えてくれませんか妹紅さん?」

 

 「ええ~どうしよっかなぁ~?まぁ、そこまで聞きたいのならしかたないけどぉ~♪」

 

 「(うわぁ……めんどくさ……)」

 

 「女将、じつはなぁ~……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……天子さんと言うお方があの風見幽香と……」

 

 

 妹紅は酒に溺れながらここへ飲みに来た訳を語った。

 

 

 天子と別れて数日後、あれから何の音沙汰(おとさな)もなかった。天界に帰ったばかりだと思っていたがある日のこと、霊夢が人里に買い出しに来た時に偶然聞いてしまった。茨華仙(茨木華扇)と名乗る仙人の元で強くなるために修行しているそうだ。しかも住み込みで……妹紅はそのことを知ると何故か不機嫌になった。

 

 

 日に日に苛立ちが溜まり、輝夜の元へ何度も足繁く通った。その時の輝夜の顔が妹紅の何かをお見通しの様子だったようで更に腹が立ったようだ。人里周辺で悪事を行う妖怪の退治に率先して参加するようにもなったが、本当は鬱憤を晴らすために参加したようなものだった。何度も解消しようとしてきたが結局解消されることなく最後の手段として酒に酔いしれることで忘れようとしていたのだ。

 

 

 「女将しゃんわかったぁ~?わ~た~し~がぁ~!のんべえになっているわけがぁ~!?ああ……おもいだすとまたムカついてきちゃったぁ~!!」

 

 「う~ん……今の話を聞いていると妹紅さんは天子さんのことを……ああ!やめてください!蹴らないで!!屋台に当たらないでください!!!」

 

 

 屋台に蹴りを入れて、また荒れ始めた妹紅を(しず)めようとするミスティアが困っているとその雰囲気に臆さず近づいて来る人物がいた。

 

 

 「おお?今日は荒れた客がいるな」

 

 「あっ!小町さん!?丁度よかった妹紅さんを何とかしてください!このままだと私の屋台が……!」

 

 

 【小野塚小町

 癖のある赤髪をトンボでツインテールにしており、赤い瞳をもつ。服装は半袖にロングスカートの着物のようなものを着用しており、腰巻をしている。

 彼女は死神であり、地獄の運営を担っている。その役目は大まかに三つあり、死者の魂を迎えに行き刈り取る係、死者の霊を船に乗せて三途の川を渡らせる係、そして地獄の雑務一切を請け負う事務係の三種である。

小町は船頭であり、一般的に想像されるような本来の死神らしい仕事はしない。

 主に幻想郷の死者を担当しており、船に乗せた魂との会話が仕事中の楽しみでもある。サボり癖があり、上司に見つかってはよく怒られている。

 

 

 「はいはい、ちょっとそこの若娘や、なんでそんなに荒れているんだい?よかったらあたいが付き合ってあげるからさ」

 

 「妹紅さんは若娘って歳じゃ……」

 

 「あ"あ"ぁん!?」

 

 「いや、なんでもないです……」

 

 酔っ払いのヤンキー(妹紅)に睨まれて目を逸らしてしまう。

 

 

 「そらそら、女将さん困らせたらあかんで?あたいと一杯やろうよ」

 

 

 妹紅を強引に座らせてあれこれ注文する。酔っ払って呂律(ろれつ)が回らない妹紅に変わって女将のミスティアが小町に説明する。

 

 

 「なるほどね~♪この若娘に遅い青春がやってきたってわけだ♪」

 

 「わたしぃの名はもぉこう(妹紅)だぁ!!」

 

 「はいはいわかっているよ。蓬莱人の藤原妹紅だろ?」

 

 「小町さん、妹紅さんと知り合いなんですか?」

 

 「いやいや、あたい死神だろ?」

 

 「あっ、そう言えばそうでしたね」

 

 「そう言えばって……」

 

 

 一瞬自分が死神だと認識されていないのかと不安になった小町であったが、そのまま話を続けることにした。

 

 

 「あたいは船頭やっているけど、こう見えてもちゃんとした死神なんだ。それで本来ならば人間の寿命が尽きて死んだ魂をあたいが三途の川を経由して地獄へと運んでいるのさ。でも一向に人間の寿命が過ぎても魂は現れない人間が居るってなったら死神の中で噂になるわけだ」

 

 「そうですよね。妹紅さんは長生きしていますし噂になるのは当然ですよね」

 

 「わぁらしぃ()は!婆さんじゃねぇぞぉ~!!」

 

 「はいはいわかってますよ(今日の妹紅さんめんどくさいな……)」

 

 「まぁまぁ、荒れなさんなって」

 

 

 酒瓶を直接口に運びながら自己主張する。酔いが周りに周って赤く染まった顔は不服とばかりに抗議していた。そんな妹紅をミスティアと小町の二人は(なだ)めていた。

 

 

 「話を元に戻そうじゃないか。妹紅、それじゃその天人にアタックする気あるのかい?」

  

 「?にゃんのこと~?」

 

 「わかっていないのかい?妹紅あんたはその天人のこと好きなんだろ?」

 

 

 妹紅は固まった。急に石像のように動かなくなった妹紅に困惑する二人……小町は聞くのはまずかったかと思った。次第に酒で赤みがかっていた色が濃くなり、体全体に行き渡りもんぺの色と同じく真っ赤になった。

 

 

 「でぇへへ♪」

 

 「(だれこれ!?気持ち悪!!?)」

 

 「(ありゃぁ……)」

 

 

 にちゃりと溶けたような笑みを浮かべて照れている見たことがない姿にドン引きしてしまったミスティアととろけた顔を見て言葉が出て来ない小町。いつもは鋭い目つきに、ポケットに手を入れて街中を歩く不良娘のような妹紅だが、今はそんな姿とはかけ離れた別人のようになっていた。普段を知っている者ならば誰もが二度見してしまうほどの変わりようであった。これには小町も自然と距離を取ってしまう。

 

 

 「天子いいやつ~♪わたしぃをこわがらな~い!とてもぉやさしいやつ~♪ラララ~♪」

 

 「……妹紅さんが急に歌い始めましたね……」

 

 「……こりゃ相当酔ってるね……あたいでもどうしようもないね」

 

 

 独りでに歌い始めてしまい、ミスティアと小町は蚊帳の外になってしまった。一頻(ひとしき)り歌い終わったらそのままいびきをかいて寝てしまった。

 

 

 「ははっ、これはそっとしておくしかなさそうだね」

 

 「そうですね、小町さんお酌しますよ」

 

 「おっ、わるいね」

 

 

 お酌された酒を一気に飲み干す。

 

 

 「うん、やっぱり仕事終わりの一杯は最高だ」

 

 「仕事ちゃんとしていたんですか?」

 

 

 小町はサボりの常習犯なので仕事をしていると本人が言っても周りは疑いの目を向ける。ミスティアの疑いの目に苦笑いするしかない小町であった。

 

 

 「それは言わないでおくれよ……それでさっきの妹紅の話なんだけど、仙人が出てきたよね?その仙人の名前ってわかるかい?」

 

 「えっ?」

 

 

 仙人の名前を聞かれるとは思っていなかったので記憶を辿って思い出そうとする。そして妹紅がその名を口にしていたことを思い出した。

 

 

 「えっと……妹紅さんが言ってましたね。確か()()()って方でしたね」

 

 「……へぇ……あいつがね……」

 

 

 仙人の名を聞くとどこか落ち着いた様子で応える小町は隣でいびきをかいて寝ている妹紅を横目で観察していた。

 

 

 「(天人か……会ってみる価値があるな。それに……()()()にも会ってみるか)」

 

 

 酒とヤツメウナギを食べ終えた小町は席を立った。

 

 

 「今日も美味しかった。ごちそうさん」

 

 「はい、お粗末様でした」

 

 

 小町は森の中へと消えて行った。話し込んでいてもう辺りは真っ暗になっていた。

 

 

 「妹紅さんもう店じまいですので起きてください」

 

 「ううぅん……」

 

 「起きましたか?妹紅さんももう帰らないと野宿することになりますよ?」

 

 「……」

 

 「不老不死だからって妖怪に襲われてそのままペロリと食べられてしまうことだってあるんですからちゃんと帰って寝てください」

 

 「……」

 

 「あの聞いてます妹紅さん?」

 

 「……」

 

 「?妹紅さん?」

 

 

 目を覚ましたが反応がない。しかしよく見ると微かに震えているように見える。一体どうしたのかと思っていると……

 

 

 「……うっ」

 

 「……うっ?」

 

 「………………………………………………………………………………」

 

 「も、もこうさん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う"ぇえ"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"!!!」

 

 「あっああ!?私の店がぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 女将の悲鳴が暗闇の森に木霊した。

 

 

 ------------------

 

 

 「うぅ……体がだるい……」

 

 

 妹紅は二日酔いで頭が痛かった。目が覚めるといつの間にか自宅に居て布団の上で転がっていた。

 

 

 昨日は何していたっけ?確か女将(ミスティア)の屋台で飲んでてそれから……それから……

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……記憶がねぇ……

 

 

 やっべ……何やっていたのか全く憶えてねぇ……なんか悪い事したような気もするが……いつの間にか帰って来ていたんだから何事もなかったように見える。うん、そうに違いないな。そういうことにしておこう。

 

 

 妹紅は自身の都合がいいように解釈することにした。

 

 

 「飲み過ぎか……宴会騒ぎの時みたいになっていないよな?少し不安だが過ぎたことをグチグチ言っていたんじゃカッコつかないよな……まぁいいや。はぁ……それにしても体がだるい……今日は何にもやる気が起こらねぇ……」

 

 

 妹紅はそのまま布団に倒れた。

 

 

 「……二度寝しよ……」

 

 

 そう思った時に戸が勢いよく開け放たれた。

 

 

 「妹紅!さっさと起きろ!」

 

 「うわぁ!?慧音!?なんで慧音がここに!!?」

 

 

 妹紅の自宅にはもう一人居た。慧音が奥の戸を開け放ち、妹紅に詰め寄った。

 

 

 「妹紅、昨日ミスティアの店で飲んでいたよな?」

 

 「えっ?あ、ああ……ミスティア女将の屋台で酒を飲んだ記憶は一応ある(初めの方だけだけど)それがどうかしたの……?」

 

 「それでなんだが……私もミスティアの屋台へ行ったんだ」

 

 「そうなんだ……それじゃ私を送ってくれたのは慧音?」

 

 「そうだ。大変だったんだぞ!お前を着替えさせて洗濯までさせられたんだからな!」

 

 

 え?着替え?洗濯?慧音は私の服を着替えさせたのか?

 

 

 自分の服装を見ると着物姿だった。妹紅に代わりの服がないと知ると慧音は無理やり妹紅に渡したものだ。しかし妹紅は着物を着るのが面倒くさいので滅多に着ずに押し入れに保管してあったものだった。

 

 

 「この服は慧音から貰った服だ。なんで私着替えさせられたの?」

 

 「お前憶えていないんだな……ミスティアが泣いていたぞ」

 

 「泣いていた?なんで?」

 

 

 慧音はジト目で妹紅を見ていた。

 

 

 私のせい?私ミスティアに何かした……しちゃったのか?記憶がない間に一体何が……?

 

 

 「慧音……私何をやったんだ……?」

 

 

 慧音は言いにくそうに……

 

 

 「妹紅の……飲んだり食べたりしたものをな……その……屋台にひっくり返したのだ」

 

 「……」

 

 

 マイルドに表現された言葉で気がついた。

 

 

 「私ゲ〇ったのか……?」

 

 「こ、こら!下品な言葉は言うな!」

 

 「……」

 

 

 ごめん……ミスティア本当にごめんなさい……これしか言えない。記憶がない時にそんなことを起こしていただなんて……後でお土産持って謝りに行こう……

 

 

 「全く……妹紅聞いたぞ。屋台では荒れていたようだな」

 

 

 ゲ〇っただけでなく荒れていたのか私は……とことんミスティアには迷惑かけっぱなしだな。土下座の準備もしなければならないか……そう言えば無性にむしゃくしゃしていたような気がするぞ。何に対してだったかな?

 

 

 「天子と会えないからって他人に当たるのは良くない事だ。妹紅ならばそのこと良くわかるだろ?」

 

 「天子……!」

 

 

 そうだ!天子の奴は仙人の元で修行しているんだった。住み込みで二人暮らしているらしい……ケッ!別に幽香の野郎と戦うために強くなるのは勝手だが、男と女が一つ屋根の下で寝泊まりするとはいい身分だよな。唾吐きたくなってきだぜ!

 

 

 イライラが積もっていく。妹紅は感情を表に出していないつもりだが慧音から見れば一目瞭然だ。不機嫌が顔に出ていた。

 

 

 「妹紅、お前の気持ちはわかるから落ち着け。ストレスでその内ハゲるぞ」

 

 「蓬莱人はハゲないよ!って言うか慧音は私の気持ちわかるのか?」

 

 「当たり前だ、何年妹紅の友達をやっていると思っているんだ?」

 

 「慧音……」

 

 

 友達っていいもんだな。心細いときとか傍に居てくれる……天子も傍に居て欲しかったなぁ……

 

 

 妹紅は気づく。先ほどから天子の事ばかり考えていることを……

 

 

 『「不老不死だろうと妹紅は妹紅だ。妹紅が自分自身をどう思っているかは知らないけど、私は妹紅のことを友人だと思っている。それに妹紅の長く綺麗な髪に、勇敢な性格、慧音を思う優しい心を持っているじゃないか。不老不死がなんだと言うのだ?妹紅は魅力あふれる女性だ。自分自身を誇るがいいさ」』

 

 

 私が不老不死だと伝えたあの時、天子が私に語り掛けてくれた言葉を思い出してしまう。その時からだったか……天子の奴と友達になり、あいつと会話することだけでも楽しみになっていたのは……私ってば知らず知らずのうちに天子の事が気になっていたのか。でも駄目だ、私は蓬莱人であいつは天人ってだけ。人間よりも寿命が長くてもいずれは先に逝ってしまう。私は蓬莱人であり、女ではないのだから……

 

 

 自分に言い聞かせようとしていた。自分とは釣り合わない、残されてしまう、自分自身は人間をやめてしまったなどを理由にこの感情を忘れようとしていた。不安が彼女の心を支配していく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「……わかっているなら今を楽しみなさい。いつか別れが来るのは避けられない。それなら楽しめる時に楽しんで、悲しい時に悲しめばいいじゃない。だから今の内に恋もしたっていいじゃないの。彼が言うようにあなたは藤原妹紅であり、一人の女の子なんだから……」』

 

 

 そんな時に聞きなれた声が頭の中に響いた。それは永遠亭で意外な人物が妹紅に対して送った言葉だった。その言葉は声の主には珍しく妹紅の心を安心させた。

 

 

 輝夜の声かよ……いつもは濁りきった罵倒の一つや二つ浴びせてくるのにこういう時だけいい子ぶりやがってよ……でも、あいつなりに心配してくれた気がする。あいつに心配されるなんて癪だがよ……

 『「楽しめる時に楽しんで、悲しい時に悲しめばいい」』っか……ふん、そうだよな。未来なんて誰にもわからないし、過去は変えられない。私が今までの人生で何度も見てきたことだから良くわかる。出会いがあり、別れが必ず来る……私は永遠だ。置いていかれるのは慣れているし、看取るのはいつものことだ。だから私にとっては愛も恋も既に過去のものだと思っていた。

 けど、気になり始めた。変わり者の天人であり、顔もイケメンであり美しいとさえ思えた。優しく誰とも分け隔てなく接してスタイルもいいし、傍にいると安心できる……初めての出会いは間欠泉が噴出した時だ。間欠泉と一緒に怨霊も湧き出る異変の最中に子供達が興味本位で里から飛び出して行った。その子供達は自力で帰って来たが一人の少女が置き去りにされてしまった。すぐに私と慧音で助けに行かなければならなかったが、里の男達も手伝うと言った。本来ならば嬉しい事だが、相手は妖怪だ。妖怪と戦う術を知らない連中が徒党を組んでも餌になるのがオチだ。話をつけて慧音と共に少女を探しに行こうとした時に出会ったんだ。天子の奴と……

 

 

 その時は只の美しい美青年だと思った。まさか今となっては共に酒を飲み、こうしてあいつのことで悩んでいる自分がいるなんてその当時の私に言っても信じなかっただろうな。

 不老不死の私を化け物扱いせずに友人と言い、女と見てくれていると知った時は正直驚いた。そんな存在は慧音以外にはいなかったからな。

 

 

 「ふっ♪」

 

 

 笑みがこぼれる。

 

 

 女として見てくれていると言う事に喜びがこそばゆいと感じてしまう。嫌じゃない、寧ろとても嬉しいとさえ思える。私はそんな天子のことを……

 

 

 「妹紅、何やら嬉しそうだな?」

 

 「……また顔に出ていたか?」

 

 「ああ、にやけて気味が悪かったぞ」

 

 「ふん、ちょっと気持ちを整理していただけだ」

 

 「そうらしいな。で?どうなったんだ?」

 

 「ああ……自分の気持ちがようやく理解することができたよ」

 

 「……そうか」

 

 

 妹紅を見つめる慧音の目は優しかった。明るい笑顔の妹紅がそこに居たから……

 

 

 ようやく私自身の気持ちがわかった。輝夜の言葉に元気づけられるなんてな……でも今回ばかりは感謝しないといけないな。天子には竜宮の使いや鬼、半人半霊と脇耳と言うライバルが大勢いる。あいつは女たらしのようだからな。だが、負けていられない。自分の気持ちがわかった今、只で諦めるなんてカッコ悪いことは選ばない。私は私の思うがままに動いてやる。諦めたくないと思ってしまったんだから……だって私は天子のことを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好きになったんだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「むっ!何やら不穏な空気を感じました!天子様に近づくメス豚の空気を!!」

 

 「衣玖殿それは本当かな?それならば妻であるこの豊聡耳神子が黙っていませんよ」

 

 「はぁ?誰が天子の妻になったってぇ?聞き捨てならないんだが耳毛よぉ!」

 

 「酒癖の悪い君は黙っていてくれませんか?酒の臭いが臭くてかなわん」

 

 「あ"あ"ぁん!?やる気かよてめぇ!!耳毛のくせに!!!」

 

 「神子さんも萃香さんもやめてください!私は一刻も早く幽々子様と天子さんへ会いに行くのですから邪魔しないでください!」

 

 「妖夢さん一人で抜け駆けはいけませんよ?私なんて天子様とこれほど長く会えないことなど天界で一度もなかったのですから……天子様の笑顔も見れず、優しい言葉が聞けない今の私は心苦しいのですから……妖夢さん一人だけ良い思いはさせません……死なばもろともですよ」

 

 「そうはいきません!私は天子さんの弟子ですがまだいっぱい教わらないといけないことがあるのです!私一人でも地上へ帰ってみせます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……勇儀さん、最近こんな調子なんですか?」

 

 「まぁ……天子に会えなくてストレス溜まっているんだろうな。あの萃香ですら酒ほとんど飲まないからな」

 

 「心を読めばわかりますけど……本当に彼は好かれていますね……嫌と言う程に……彼女達が地上へ帰るのはまだ先になりそうですね……」

 

 

 さとりと勇儀はため息が出た。目の前では4人の女が火花を散らしており、折角立て直した建築物が衝突によって再びバラバラになってしまったのだから……

 

 

 「(天子さんの苦労も大概ですね……あいたた!早く屋敷に帰って胃薬飲まないと……)」

 

 

 地底はまだまだ復興には時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん?」

 

 「どうしました天子?」

 

 「いや……なんでもない(誰かに同情されている気がしたような……)」

 

 

 当の本人は何も知らずに今日も修行に明け暮れていた。

 

 



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47話 白と黒の裁き人

あらすじ


妹紅「酒!飲まずにはいられない!」

ミスティア「ほどほどにしてくださいね」

小町「恋バナ聞かせて♪」

妹紅「ゲ〇リンチョ」

ミスティア「私の店がぁああ!?」

妹紅「(私……天子のこと好きなんだ……)」


――っと言う前回です。……どういうことだってばよ?


訳がわからんあらすじは置いておいて……


本編どうぞ!




 「話し込んでいて帰り遅くなっちった。まぁ、あのヤツメウナギ美味しかったから良しとしますか♪」

 

 

 ミスティアの屋台から帰って来た小町は腹を擦りながら満足感を味わっていた。

 

 

 「こんな時間までどこをほっつき回っていたかと思えば……飲みに行っていたんですね小町……」

 

 

 そんなランラン気分の小町の背後から声がかかった。その声を聞いた瞬間に背筋が寒くなった小町は察することができた。

 

 

 「(……終わった……)」

 

 

 この言葉が相応しいと思ったことはないだろう。何故ならそれは……

 

 

 「聞いているのですか小町!」

 

 

 振り返ると眉間にシワを寄せた上司が立っていたからだ。

 

 

 「きゃん!すみません四季様お許しください!!()()()()しますから!!!」

 

 

 【四季映姫・ヤマザナドゥ

 髪は緑色で、右側が少し長い髪。紅白のリボンを付けており、白のシャツの上に青色の服を着て、黒のスカートを履いている。

  仕事に対して非常に真面目で、不真面目な部下である小野塚小町が怠けていると何時も怒っている。上下関係もあってか、小町からは名字に敬称をつけて「四季様」と呼ばれる。

 彼女は是非曲直庁に勤め死者を裁く閻魔であり、幻想郷の閻魔様と言えば彼女の事になる。

 

 

 「ほほう……()()()()ですか。いい心がけですね」

 

 「(ありゃ?あたいまずいこと言ったような気がする……)」

 

 「小町!」

 

 「ひゃ、ひゃい!?」

 

 

 映姫が手に持っているのは【悔悟の棒】と言う(しゃく)。この悔悟の棒に罪状を書き込むと、罪の重さや数で棒の重みが増し叩く数が増える閻魔の所有物。それを小町に突き付ける。

 

 

 「明日私の私用に付き添いなさい」

 

 「……あたいがですか?それで……あのう……四季様の私用ってなんですか?」

 

 

 口から出てしまった言葉は今更取り消せないし、逆らったら説教をくらうのは間違いない。小町は面倒なことになったと後悔した。

 

 

 「(明日()()()に会いに行こうと思ったのに……日を改めるしかないなこりゃ……)」

 

 

 諦めて渋々映姫に付き添うしかないと判断した(そうしないと後が怖いから)が、映姫からは意外なことを口にした。

 

 

 「明日妖怪の山へ行きます。そこで修行をしているという天人に会いに行こうと思っているのですよ」

 

 

 「おっ?」っと小町から声が漏れる。意外も意外なことにミスティアの話題に出ていた天人の元へ出向くと映姫は言い出したのだ。地上になんて天人が滅多に下りてくることはないし、修行なんて面倒なことをしている天人は小町の知る内では一人しかいない。

 

 

 「四季様、もしかして比那名居天子って天人じゃありませんか?」

 

 「おや?よくわかりましたね。その通りですが小町は何故そのことを?」

 

 「あたいも友人に会いに行くがてらその天人にも興味が湧いて会いに行こうかと思っていたところなんですよ」

 

 「それは奇妙な偶然もあるものですね。これは丁度いいでしょう。小町、明日は寝坊せずに時間通りに待ち合わせ場所に来てくださいね?」

 

 「はいは~い!了解しました!」

 

 「『はい』は一回!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付が変わり妖怪の山……そのとある場所にどこからともなく二つの影が現れた。 

 

 

 「っと!つきましたよ四季様」

 

 「ありがとうございます小町、それにしてもあなたの能力は本当に使い勝手がよろしいのですね」

 

 

 【距離を操る程度の能力

 空間操作に類する能力で自身の居る地点と目的地との距離を自由に制御できる。本来は乗せた死者の霊が現世で積んできた善行に応じて、三途の河の彼岸までの距離を変えることに使用されるが、普通の道などでも使用できる優れものである。

 

 

 「あたい自身も感謝しているのです。こんな山道を歩かずに一瞬で移動できる能力があるおかげで楽ちんなんですから。この能力を使って面倒な道のりをすっ飛ばしてすぐに女将の屋台に行くことができて一杯の熱燗(あつかん)()()()にこう……くいっと飲み干して……!」

 

 「こ~ま~ち~!!」

 

 「――はっ!?」

 

 

 何とも間抜けなことに小町はうっかり仕事中なのにミスティアの屋台に通っていたことをばらしてしまった。目の前に鋭い目つきで小町を睨みつけている上司の顔に血の気が引いた。

 

 

 「小町!!」

 

 「きゃん!!」

 

 「仕事中にあの店に行っていたんですか!?もう怒りましたよ!そこに座りなさい!正座ですよ正座!!」

 

 「うひぃん!!?」

 

 

 ------------------

 

 

 「なにやら外がうるさいと思えば……」

 

 「あれは……こまっちゃんと映姫っきか」

 

 「こまっちゃん?映姫っき??」

 

 「――いや、なんでもない」

 

 

 おっと私としたことが声に漏れていたとは!危ない危ない、華扇さんに変な目で見られるところだったわ。まさか華扇さんの元に小町さん(これからは普通に呼ぼう)が来るのはわかるが、映姫さんも一緒に来るとは予想外だった。華扇さんと映姫さんに接点はないはず……いや、説教魔としての繋がりはあるか……どちらにせよ二人は何しに来たのだろう?とりあえず説教中なので邪魔せずに視聴しておこうそうしよう。

 

 

 「華扇さんお茶入れますので待っていてください」

 

 「あら、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでがみがみがみ……ですからがみがみがみ……小町あなたと言う人はがみがみがみ……だからいつもそういうことにがみがみがみ……ちゃんと聞いているのですかがみがみがみ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これだから他の方からがみがみがみ……あなたはもっと自分が死神だと言う事を自覚してがみがみがみ……酒は飲むなと言いませんが仕事中に酒を飲むなどがみがみがみ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そもそもあなたはがみがみがみ……いつもいつも寝てばかりでがみがみがみ……だから要らぬところに栄養がいってこんなにボインに――って何言わせるのですか!?がみがみがみ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら待っても終わらないわ……映姫さんどんだけ話し込んでいるんですか?私一回寝ていた気がする……華扇さんよく起きていましたね……華扇さん?

 

 

 隣で瞳を閉じて静かに瞑想しているはずの華扇を覗き込んでみる。

 

 

 「……ZZZ」

 

 

 鼻提灯(はなちょうちん)が出来上がっていた。

 

 

 はい華扇さんも寝ておりました。お茶飲みながらそよ風を堪能しているフリをして目を閉じて寝ておられました。映姫さんの説教は華扇さんも寝てしまう程の威力なのですね!

 おそらくなんだけれど2、3時間は過ぎていると思う。熱いお茶も冷めてしまい私達が寝てしまうなんて相当なものだもん。説教コースに入ったら地獄だね。それに見てください……小町さんの様子はまるで死神のように無心になっていました。目が死んでいる……説教を受けている当の本人が一番つらいと思うけど小町さんは真面目に働いたら優秀なので映姫さんを怒らせることを言ったんだと私は勘づいた。だから自業自得だと頭の中で整理したので助け出そうとは本来ならば思わないのだが、このままだと無限ループまっしぐらなのでそろそろ止めることにした。

 

 

 「華扇さん起きてください」

 

 「ふぅあはぁい……」

 

 

 軽く肩を揺するとかわいいあくびして起きてくれました……萌えちゃうじゃない♪さてと、華扇さんのあくびで癒されたことだし、映姫さんに声をかけてみますかね。

 

 

 「映姫さん、もうそれぐらいにしてあげたらどうですか?」

 

 「がみがみがみ……ですからそうやって小町は……ってなんですか?今、私は部下に説教しているところなんですよ。なのでとても忙しいのです、後にしてもらえますか?」

 

 「あー、でも小町さんが白目向いてますし……」

 

 

 小町は白目を向いて硬直していた。返事がない、ただのサボり魔のようだ。

 

 

 「なっ!?小町!あなた……」

 

 

 小町さんのことを心配する映姫さんはなんやかんやでも理想の上司ですね。

 

 

 「白目なんか向いて私の話を聞き流そうとしていますね!そうはいきません!こら起きなさい!!」

 

 「きゃん!?こ、ここはどこ……?あたいはだれ……?」

 

 「ここは妖怪の山、あなたは小野塚小町です。自分のこと思い出したでしょう?白目を向いている間に私のありがたい話を聞かなかった小町は黒!ですが、私は優しいのでもう一度初めからその頭に叩き入れて差し上げましょう」

 

 「げげぇ!?そ、そればかりはご勘弁をー!!!」

 

 

 理想の上司ですね(白目)……いや、ほんと……何も言えなくなってしまいました。私の存在を無視してまた説教を始めようとする映姫さん、このままだと小町さんの魂が死神にさらわれてしまうんじゃないかと心配するぐらいに悲痛なお顔をしているわね。あ、でも私を見て「あっ、いい男……」と小声で言う程には余裕があるということなのだろうか……?

 

 

 「ちょっと申し訳ないですけど、小町の上司の方ですね?」

 

 「はい?そうです私は四季映姫です。あなたは小町が言っていた友人の方でしょうか?」

 

 「そうみたいですね。私は茨華仙と申します」

 

 「()()()ですか……()()()()ではなくて?」

 

 

 華扇さんの瞳が一瞬動揺が現れた。映姫さんおそらく華扇さんの()()を……

 

 

 「――!?何故私の名を……!」

 

 

 華扇は初めて会うのにこちらの()()を知っている映姫に警戒心を露わにする。

 

 

 「ありゃ?四季様は華扇のこと知っていたんですか?」

 

 「私は閻魔ですよ?死んだ霊からの証言も聞いているんですからその中で彼女のことを知ってもおかしくはありません。彼女は罪深いですから」

 

 「……そう……でしたか……」

 

 

 警戒心は解けたようだがその表情に影がさしていた。

 

 

 「……大丈夫か華扇さん?」

 

 「えっ?あ、ええ、大丈夫ですよ」

 

 「無理はしないでくれ。華扇さんに何かあったら私は悲しいからな」

 

 「天子……ありがとう」

 

 

 励ましの言葉をかけたが、無理に笑顔を作っているようで少し心が痛んだ。私は知っている……華扇さんが何故昔を知られたくないのかを……でも今の私にはどうすることもできない。まだ霊夢も華扇さんの正体を知らないのであろう。この先、霊夢と華扇さんが対峙するまで私は見守っておくしかないようだ……

 

 

 「ふむ、そちらの男性の方が比那名居天子ですね?」

 

 

 映姫さんは既に私のことを知っているようだ。っとすると映姫さんは華扇さんではなく私にご用があるということだろうか?

 

 

 「ああ、天人くずれの比那名居天子です。どうぞよろしくお願いいたします」

 

 「これはご丁寧にどうも、今日はあなたに用がありましてね、それにしてもあなたは噂通りに礼儀正しい方ですね。天人の皆さんはあなたを見本にするべきです。小町も彼を見習いなさい」

 

 「ぜ、ぜんしょします……」

 

 「それで私に用と言うのは?」

 

 「あなたと一度お話したいと思いまして……ここで立ち話は何ですので屋敷に入ってからにしましょう」

 

 「ここ私の屋敷ですけど……」

 

 「さぁ小町あなたも早く来なさい!お茶も出すこと忘れずに!」

 

 「は、はいー!!」

 

 「……私の屋敷なんだけど……」

 

 

 華扇の訴えも虚しく映姫はずかずかと屋敷に入って行き、小町はお茶の用意、天子は映姫に連れられて客室に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうぞ四季様、お茶が入りました。天子の旦那もどうぞ」

 

 「あ、ああ……ありがとう」

 

 

 ここ華扇さんの屋敷なのに何故小町さんがお茶入れることになっているんだ?それに映姫さんが家主みたいになっているけどここの家主は華扇さんなんですが……なんて言える雰囲気じゃないんですなこれが。

 

 

 天子は映姫とテーブル越しに対面して座っていた。映姫の放つ何とも言えない威圧感があるオーラに口出しできない雰囲気になっていた。閻魔としての格の高さと要らぬことを言えば説教をくらってしまうという危機感が自粛させたのかもしれない。

 ちなみに家主の華扇は部屋の隅っこでしょんぼりしていた。「私が家主なのに……」と何度も呟いているのは気にしないでおこう……

 

 

 「初めまして比那名居天子、いきなり押しかけてすみません。あなたとは色々とお話したいと思って非番の時にここに訪れた訳です」

 

 

 映姫さんが私に興味を持ってくれるなんて感激ですね。一体どんな話をしようかな?

 

 

 ――などと天子が考えていると映姫は懐から何かを取り出した。

 

 

 「四季様それって!」

 

 

 げぇ!?そ、それは――!?

 

 

 天子は表情に出さなかったが内心驚いていた。何故なら映姫が取り出したのは()()だったからだ。

 

 

 「いきなりで申し訳ありませんがあなたの行いを見せてもらいましょう♪」

 

 

 【浄玻璃の鏡

 この鏡の前ではプライバシーも何もなく、過去の行いが全て明かされてしまう。浄玻璃の鏡は閻魔ごとに形状が違うとされており、映姫のものは手鏡である。

 

 

  浄玻璃の鏡で覗かれたら私の行いが映姫さんに筒抜けになってしまう……別に大したことがないと思うかもしれない。転生してからと言うもの私は思い出す限りでは悪行など一度も行ったことはない。ちゃんとトイレに行った後も手を洗っているし、食事する前にはちゃんと手を合わせていただきますと言っている。故に何も恐れることはないはずなのだが……考えてみてほしい。それは転生してから、私が比那名居天子として生きるようになってからの人生だ。体は男である私だが、中身は以前の記憶を持っている私だ。そこで問題である……

 

 

 浄玻璃の鏡は過去の行いの全てを明るみにしてしまうプライバシーがなんぼのもんじゃ!?丸裸にしてやる!!っという便利道具(?)です。それに映し出されるのはどの私でしょうか?

 

 

 ➀外見も中身も超イケメンの転生後の比那名居天子としての私

 

 ➁現実は非情である……転生前の黒歴史ありありの私

 

 ➂両方合わさってプラスマイナスゼロの転生前、転生後の私

 

 

 どれでしょう?

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……私的には➂番しか選択肢ないのよねぇ。

 

 

 過去の行いが全て明るみになると言う事は転生前の記憶がある私も含まれていることになるんじゃないかと思うのよ。そこで問題点が一つある。大それたことじゃないんだけど、良い行いも悪い行いも全て映姫さんに見られちゃうってことでしょ?私が何故ここまで浄玻璃の鏡を警戒するのは私が中身が女の子であることを知られることが嫌とかではないの。既にさとりさんには知られていることだし……ならば何故と思うかもしれないよね?

 だって……日常生活とかの出来事を見られるのならまだましだ。でもベットで夜な夜なしていたこととか私だって転生前は薄い本にお世話になったことだってある……それを全部丸裸にされてしまうってことだよね?それと私が昔書いた黒歴史ノートの存在も知られてしまうのよね?引きこもりだったからそういうのを作る時間はたっぷりあった訳だからさ……

 

 

 私が恐れているのは悪い行いがあったらどうしようとかではないのよ。私自身悪い行いなんてやった記憶ないし……トイレを流さなかったこととか、宿題やらずにゲームにのめり込んで夜ふかししたことぐらいはあったわよ。でもそれは私がまだ幼かった頃で子供なら誰でもあること。転生後はそんなこと一度もしていないからね!転生前は私自身は優等生って訳じゃなかったのよ!ただの一般人で人間なら誰しもがやってしまうことだから別におかしいことではない。けれど、それら全てを映姫さんに見られるのって……その……アレじゃん?羞恥心とかその他諸々があって……見られたくないというかそんな感じ。だから浄玻璃の鏡なんて使ってほしくないのよー!特に黒歴史ノート!あれだけは見ないでお願い!!!

 

 

 そんな思いもあってか映姫の持っている手鏡を凝視してしまっている天子の額に汗が流れる。

 

 

 何とか話題を変えて映姫さんが私に浄玻璃の鏡を使用することを忘れさせないと……!

 

 

 だが、現実は非情だった。

 

 

 「ではあなたの行いを見てみますね」

 

 

 サッと手鏡を天子に向けて中を覗き込んだ。

 

 

 「あっ」っと言う声も虚しく浄玻璃の鏡に淡々と映し出される映像を確認していく。

 

 

 「……おやこれは……!」

 

 

 ビクッと体が反応する。もしかして卑猥なシーンを見て映姫が反応したのではないかと冷や汗をかいていた。

 

 

 しばらく映姫は確認していたが、目を瞑り手に持っていた手鏡を下す。その行動一つすら見逃せなくなっていた。体中から汗が流れて気が気ではない天子は明らかに目が泳いでいた。

 そんな天子を見ていた映姫は小町に一声かけた。

 

 

 「小町、そこにいる方と一緒に退席してもらえないでしょうか?」

 

 「えっ?あ、はい」

 

 

 小町は部屋の隅で今も尚「私が家主なのに……」と言っている華扇を引っ張って部屋を出て行った。残ったのは天子と映姫の二人だけ……空気が自然と重くなった気がした。まるで平社員が上司と一対一でお話しする場のような何とも言えない空間になっていた。

 

 

 「いきなり変な真似をして申し訳ありませんでした。疑問に思っているかもしれませんがこの手鏡は……いえ、あなたならわかりますよね天子?いえ……比那名居天子として生きているお嬢さん?」

 

 「私の外見と中身が違うことを知ってしまいましたか……」

 

 「ええ、勝手に見て置いて言うのもあれですけど、真人間になりましたね。いや、人間ではなく天人でしたね」

 

 

 正解は➂番でしたか、やっぱりそうですよね。二人を部屋から追い出したのは私の正体を知られないようにするためだろうね。映姫さんの心遣いに感謝です。知られたら色々と面倒ごとに巻き込まれそうですしね……

 

 

 ホッとため息が出る。何を言われるかと心配していたが、映姫は大人な対応をしてくれていることに安堵した天子である。

 

 

 「あなたの正体を知ってしまった私ですけど、言いふらしたりしませんよ。私は閻魔なのでプライバシーは守ります」

 

 「浄玻璃の鏡で私のプライバシーを無視しておいてよく言えますね……」

 

 「私はいいのです。閻魔ですから……そ、それから生前の行いの中でベットの下にアレはないかと……」

 

 

 映姫が少し顔を赤くしながら目を背けていた。

 

 

 「それは転生前だから許して!って言うか今話題にしないでください!」

 

 

 ベットの下は男も女も関係なしに神聖な領域なの!そこはスルーしてほしかった!冷静だったから大人の対応してくれているんだと思ったじゃない!なんで言ったの!?そこは言わないで記憶から抹消しておくのが親切心だからね!?だから浄玻璃の鏡は嫌だったのよー!!

 

 

 「そ、そうですね。大変申し訳ございません……ごほん!それにしてもようやくわかりました。あなたが白でも黒でもなかった訳が」

 

 

 天子は映姫の言葉に?マークを浮かべる。

 

 

 「どういうことですか?白とか黒とかって?」

 

 「私の能力はご存じですよね?」

 

 

 【白黒はっきりつける程度の能力

 自身の中に絶対の基準を持ち、何者にも左右されずに完全な判断を下すことができる。絶対的な善悪の基準を持ち、決して迷うことが無い。そんな彼女は白か黒かではっきりと判断を言い渡すことができるのである。

 

 

 勿論このことに関して天子は知っていた。

 

 

 「ああ、それが何か?」

 

 「私が見た限りあなたは白でも黒でもなかったのです」

 

 「つまりどちらでもなかったと?」

 

 「ええ、あなたの記事を見た時におや?と思ったのです。今までこんなことはなかったので興味を持ちました。今日手元に浄玻璃の鏡を持って来たのはそのためです。あなたがどんな人物が見定めるために」

 

 

 なるほど、映姫さんでも私が転生者とか気がつかなったのか。白でも黒でもはっきりしなかった私を疑問に思ったから会いに来たと……

 

 

 「転生者自体は珍しくないのですが、あなたのように輪廻転生の輪から逃れて転生して来た者を見たのは初めてだったのですよ?」

 

 「私の転生は映姫さんや他の閻魔様がやってくれたものではないと?」

 

 「ええ、記事であなたを知った程ですし他の同僚たちに聞いても知らないと言っていましたので、私達が転生させたことはありません。こんな不思議なことがあるものですね……」

 

 「私自身も驚きです。第二の人生が男性だなんて……別にそれはまぁいいとしても東方の世界に転生するとは夢にも思わなかった」

 

 

 幻想入りできるなんて思いもしなかった。こうして映姫さんとお話できている私は幸せ者です♪

 

 

 「それに外の世界でもない世界からこの幻想郷に流れてくるなんて……あなたが居た世界が気になります。見た所によると私も【東方】と呼ばれる()()()のキャラクターらしいですね」

 

 「ああ、気を悪くしましたか?」

 

 「いえ、別に気にしません。私は私なので」

 

 

 流石映姫さんだ。さとりさんもそのことについては気にしなかったし、幻想郷の住人は皆心が広いですね。そういう映姫さん好きです(キリッ!)

 

 

 映姫に対する天子の好感度がぐぐーんと上がった。

 

 

 「さてと、ここからはあなたのダメなところをビシバシとお話していくことにしましょう♪」

 

 

 へっ?良く聞こえなかったなぁ……今なんと?

 

 

 天子に嫌な冷や汗が流れ始める。映姫に対する好感度がぐぐーんと下がっているようであった。

 

 

 これは……なんだか嫌な予感がする……

 

 

 「今のあなたは非常に良い行いばかりですが、生前のあなたはよろしくない。これも良い機会ですので私がみっちりと導いて差し上げましょう」

 

 「し、しかし私は転生したからノーカンで……」

 

 「それはそれ、これはこれです。知っていますか天子……私説教が日課になってしまっていて説教しないとどうにも落ち着かなくなってしまうのですよ。小町の説教が途中で中断してしまって……私は今、無性に説教したい気分なのです。なので……あなたの黒歴史を私の中で封じ込める代わりに()()()しましょう♪」

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 「理不尽だぁあああああああああ!?」

 

 

 ------------------

 

 

 「理不尽だぁあああああああああ!?」

 

 「ありゃ?今のは天子の旦那の声……四季様に黒認定されちまったのか?旦那強く生きてくれ……」

 

 

 心の中で合掌しておこう。あたいにはどうしようもないからね。おっと、こっちも何とかしないと……

 

 

 「私が家主なのに……」

 

 

 まだ呟いているよ……こいつ仙人になってから肝っ玉が小さくなっちまったのかねぇ……

 

 

 床にコテンと転がって嘆いている物体を見てそう思った。

 

 

 「ちと起きなよ。あんた仙人になったんだからこんなことで()ねるなよ」

 

 「私が家主なのに……」

 

 「はいはい、あんたが家主だよ。わかっているから元に戻りな」

 

 

 バシッ!鎌で頭を軽くたたくとようやく我に返ったようだ。

 

 

 「はぅ!?何するんですか痛いじゃありませんか!」

 

 「仙人がぶつくさ言っているんじゃないよ。華扇あんた日に日に腑抜けになっていってないかい?」

 

 「ふぇ?そ、そんなことはない……わよ」

 

 

 目を逸らして言うかい……まぁ、昔がやんちゃ過ぎたのもあるかもだね。

 

 

 「まぁ、いいさ。あんたの話を耳にしたんで様子を見に来たんだが元気そうでなりよりだ。しかも男と屋根の下で寝泊まりとは熱いじゃないかいこのこの!」

 

 「ち、ちがいます!天子とはそういう関係ではありません!イケメンと寝泊まりは嬉しいですけど……と、とにかく私と天子は師弟の間柄なんですから布団の中でイチャイチャとかお風呂の中でイチャイチャとかそんなことしてません!」

 

 「あたいはそこまでのこと言っていないんだけどね……そういうことにしておくよ。それで、あんたなんで天子の旦那に修行をつけようと思ったの?」

 

 「天子はですね……」

 

 

 あたいは華扇の話に耳を傾けた。聞けば変わった話じゃないか、あの風見幽香と友人になりたいときたもんだ。これには流石のあたいも驚いたよ。何度か会ったことあるけど取っ付きにくい奴でさ、問答無用でぶっ放されたこともあったよ。あいつに近寄りたがる人妖はまずいない……ああ、一人だけいたね。小さなお人形さんが……妖怪化してから間もない人形だったからあいつもそれほど邪険にはしなかったんだろうね。まぁ、あの子は少ない例だね。

 しかし一度負かされても諦めないとは……旦那もお熱い天人だね。妹紅の奴も惚れるわけだ。そんな旦那の熱い思いに共感したのか華扇の奴も張りきって協力しているみたいの様子……まぁそれだけじゃないんだろうけど。

 

 

 こいつイケメン好きだからな……

 

 

 「……な、なんですか?私の顔に何かついてますか……?」

 

 「いや、なにも」

 

 「私を温かい目で見るのはやめて、なんだか腹が立つわ」

 

 「この程度で腹が立つとは……仙人殿もまだまだ修行が足りないね♪」

 

 「その言い方も腹が立ちますよ!」

 

 

 ムキー!と怒るのを落ち着かせるのに数分、ようやく落ち着いた様子で座布団に座る。

 

 

 「失態です……こんなみっともない姿を見せてしまうだなんて……」

 

 「相手があたいだから心配いらないさ。それに()のあんたの方があたいは好きだ」

 

 「……昔の私とは違います。あの頃の私ではないんです……あの頃の私になるつもりもない」

 

 

 確固として硬い意思を感じる。だが、その表情には影が差していたことを小町は見逃していなかった。

 

 

 「そうかい……でもあんた()()を探しているじゃないか。昔に戻るつもりはないのなら探さなくてもいいだろうに……まぁあたいの推測ならば……おっと、ここからはあたいの独り言なので聞き逃してもらってもいいよ。()()は邪気の塊であるがために、放置しておくと人間に災いをもたらしてしまうため放置できなかった。未練は無くてもやはり自分の一部、自分で始末つけようにも複雑な思いがある。そんな時に博麗の巫女と出会い、一つの案が浮かんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 『鬼退治をやり直す』と言う案がね」

 

 

 ピクリと華扇が反応する。平静を保っているように見えるが拳を握りしめている姿を見ると察することができた。

 

 

 「桃太郎役を押し付けるつもりなんだろうね。妖怪退治のエキスパートである博麗の巫女は打ってつけってわけだ」

 

 「私は――!」

 

 

 何かを言いそうになった華扇を手で制止させた。

 

 

 「言っただろ?これはあたいの独り言なんだ。あんたはただ耳に入っただけだ。答えを出すのは誰でもない自分自身だよ。あんたは偶然耳にした会話を聞いてしまっただけなんだから何を言う必要はないよ」

 

 「……ありがとう」

 

 「お礼を言われることなんてない。独り言だからね」

 

 「……そうね。独り言ね……わかったわ。そうだ、お茶とお菓子を出していなかったわね。家主であるのは私なんだからお客様はキッチリとおもてなしして差し上げないと」

 

 

 華扇は先ほどの暗い表情とか一変して明るい表情で部屋を出て行った。

 

 

 どこまでも世話のかける仙人さんだ。まぁいいや、あいつが元気になってくれたおかげでのんびりとお茶とお菓子を堪能できるんだし良い事だね。

 

 

 そう思っている矢先に戸が勢いよく開かれた。そこには別の部屋で天子と()()していたはずの映姫が立っていた。

 

 

 「小町!こんなところにいたんですね!さぁ、説教が途中でしたので続きといきましょうか!」

 

 「四季様!?なんでそんなに生き生きとしているんですか!?もういいじゃありませんか!」

 

 「駄目です!途中で止めてしまえばあなたの為になりません!」

 

 「……ちなみに天子の旦那はどうしたんですか?」

 

 「私の()()を聞いて感激のあまりトリップしてしまったようです。早めに終わってしまって時間が有り余っているので小町の説教の続きをしないと思いましてね」

 

 

 感激のあまりトリップって……天子の旦那、あんた一体どんな()()をしてたんだい……!?

 

 

 「さぁ小町、あなたと言う人はいつもいつもサボってばかりで上司である私の身にもなってください!それからがみがみがみ……!!!」

 

 「誰か助けてくださいー!!!」

 

 「小町大声を出さないでください!今大事な話をしているところなんですよ!だからあなたはいつもがみがみがみ……」

 

 

 もう……あたいゴールしてもいいよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なにこれ?」

 

 

 お茶とお菓子を取りに行って帰って来た華扇が見たのは真っ白に小町と永遠と説教し続ける映姫の姿があった。

 

 

 ちなみに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あはは……私の……黒歴史ノートの……中身を……朗読するなんて……映姫さん……鬼畜ですよあなた……」

 

 

 別の部屋では現実逃避して真っ白になった天子の姿があったとか……

 

 



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48話 再戦の道

黒歴史……皆さんにはありますか?私には……あります!思い出したくもない記憶って鮮明に残っているものなんですよね……(´・ω・`)


それでは……


本編どうぞ!




 「天子、昨日映姫に何を言われていたのですか?」

 

 「カセンサン、アナタハナニモシラナクテイイ……イイネ?」

 

 「あっはい」

 

 

 ワタシハキノウノコトナドキニシテイナイ……ケッシテ……

 

 

 誰もが消したい記憶……黒歴史を掘り起こされた時のショックは大きかった。天子の目は光が失われて心もいつもとは違い冷たく冷え切っているようであった。今日の食卓は非常に静かである……茶碗が置かれる音だけでも部屋に木霊するかのように感じる程の静けさだった。これもみんな天子の状態のせいである。そんな状態の天子を見かねて華扇は話題を振った。

 

 

 「きょ、きょうはどういった修行をしましょうかね……天子はリクエストとかありませんか?」

 

 「ワタシハタダ……ムシンニシュギョウスルマデ……」

 

 「(駄目だこれは……天子がこれほど傷つくとは一体何が……少し気になる……)」

 

 「アハハ……クロレキシノートヲナゼツクッテシマッタ……アノトキノワタシヲチマツリニアゲタイ……」

 

 「(やっぱり詮索するのは止めよう……)」

 

 

 世の中には知ってほしくないことなどいくらでもある。少々気にはなるが天子のためにもこれ以上詮索することはしないでおこうと決めた。だから話題を変えることにした。

 

 

 「て、てんし、それじゃ……いつ頃に幽香と再戦するつもり?」

 

 

 幽香という単語に天子は反応した。

 

 

 ……はっ!?私は一体今まで何を……そんなことよりも幽香さんとの再戦時期は考えていなかったな。このまま修行に明け暮れて何年も経ってしまったんじゃ意味がない。それにこんな短い期間で私は以前よりもパワーアップしたと自覚できる。流石華扇さんの教えが良かったからかもしれないな。

 目標……『幽香さんと親友(とも)になる』今の私ならばあるいは……考えていても仕方ない。行動あるのみ!

 

 

 「華扇さん!」

 

 「ひゃ!は、はい!?」

 

 「今から幽香さんの元へ行こうと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……今日はいいネタがないものですかね?」

 

 「なんで私にそんなこと聞くのですか?私は今、仕事中なんですけど?邪魔しないでもらえますか文……さん」

 

 

 樹木の枝に腰かける二人の姿があった。だが、二人の距離は何故か離れているがこの二人ならば何らおかしくない距離間である。射命丸文と犬走椛と言う犬猿ペアなのだから違和感も何もない。

 

 

 「また呼び捨てにしようとしたでしょ!椛冷たすぎますよ!?」

 

 「私はいつも通りです。いつもの犬走椛ですが何か?」

 

 「そうだったわね。椛は私に()()は冷たいですからね!」

 

 「そうですよ。いつも通りの私……ん?あれは……」

 

 

 椛が何かを発見したようだ。彼女には【千里先まで見通す程度の能力】言わば千里眼を持っている。遠くの光景などこの能力で堪能し放題と言う訳だ。そして椛が見た者とは……

 

 

 「あれは天子さんと……時々見かける仙人……何故二人が……?」

 

 

 ふっと横にいる(距離が離れている)文の様子が気になったので見てみるとそこには残像を残して飛び去った後だった。

 

 

 「チッ!あいつ天子さんの元へ行きやがった!」

 

 

 千里眼でもうスピードで天子の元へと飛んでいる文を確認できた。連れ戻そうにも天狗達のテリトリーから出てしまって警備中の椛は持ち場を離れることはできなかった。

 

 

 「あのパパラッチめ、天子さんに余計なことすると只ではすみませんよ!」

 

 

 帰って来たら一回斬る必要があると再認識した椛であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お二人共これからどこへ行くかぐらい話してくれてもいいのではないでしょうか?」

 

 「内緒だ」

 

 「意地悪ですね天子さん、でも私は挫けませんよ!例え火の中水の中草の中森の中!スカートの中にだって取材(ネタ)のためならばどこへだってついて行くのですから!」

 

 

 一瞬ピカ〇ュウと叫びたくなってしまったじゃないか文……おっといけないいけない、文のペースに乗せられてしまうところだったわ。華扇さんと目的地を目指して下山しているところに文がやってきて「取材(ネタ)のにおいがしましたので私も同行させてください!」っと言ってついてきちゃいました。取材(ネタ)のにおいの元は華扇さんかと思ったのだけれどそうじゃなかった。文と華扇さんは直接的な面識はないとのこと、ならば余計に食いつかないとおかしいと思った。あの文が華扇さんに対してはよそよそしい態度を取っている……文自身もそういう態度を取ってしまっているか理解できなかったようだ。いつもの文ならばグイグイ来てもおかしくはないのだが……しかし、私だから文が何故華扇さんに対してよそよそしいのかわかった。

 やはり本能が告げるのか、はたまた元上司(萃香)のパワハラで体が覚えているのか……苦手意識が表面に現れているようだった。文にとっては知らないでいい事もあるみたいだし、私が教えることはないから黙っておくだけだ。

 

 

 無理やりに文も同行することとなったが、これから行く目的地を知れば引き返して行くだろう。なので私はちょっとした悪戯心から文にはどこへ向かうかは内緒にしておいた。着いてからのお愉しみというやつだ。

 最近修行続きで流石の私もストレス解消したかったところに丁度いい(カモ)がやってきた……(カラス)なのにカモとはこれ如何に……文の反応を見て癒されよう♪

 当然華扇さんが「行き先を伝えなくていいの?」と聞かれたが文がどういう反応をするか見てみたいという好奇心が勝ったから華扇さんにも黙っといてもらうことにした。私だって悪戯妖精になる時だってあるのよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っと言う訳で私達が向かっていたのは太陽の畑だったわけだ」

 

 「て、てんしさん!この私を()めましたね!この清く正しい射命丸文を!?」

 

 「清くない正しくない、椛のスカートの件は今だって憶えている」

 

 「あ、あの時のことを今でも……でも私はもう心変わりしたんです!今の私こそ真の清く正しい射命丸ですから!あっ!急用を思い出しましたのでこれで失礼させていただきます!」

 

 

 前科持ちが何を言う……でももう遅いわよ文、あなたは自ら「取材(ネタ)のにおいがしましたので私も同行させてください!」と言ったのを記憶している。華扇さんも証人だから何を言っても引き返せない……それにもう遅いのだよ文……

 

 

 記者としての勘が逃げろと警告していることを感じ取った文はすぐにこの場から飛び立とうとしたのだ。しかし文は困惑していた。

 

 

 「(……私は何故飛び上がらないのでしょうか?今頃誰にも邪魔されない空を駆け巡っているはずなのに……あやや?何やら足に違和感が……!)」

 

 

 違和感を感じた方へと視線を向ける……そこで見たものは足に絡みついている無数のツタが逃がさないと主張していた。文は理解してしまった……自然にツタが足に絡みつくなどありえないと。視界に天子と華扇が文を見ていた……否、正確には文の背後に目を向けていた。文の首がギギギッと(きし)むような音が聞こえそうな感じで振り返った。

 

 

 「どこへ行くつもりかしら……天狗さん♪」

 

 

 笑顔(目が笑っていない)の幽香が立っていた。目があった瞬間に血の気が引いていく感じが文は体験しているだろう。開いた口が閉じることなく固まっているのだから……

 

 

 うわぁ……文ったら顔が死んでるわ。無理もないか、振り返った目の前に幽香さんの笑顔(目が笑っていない←これ重要)があったら嬉しいもんね……目が笑っていたらだけれど。「あやややや!」とか言って文が取り乱すと思っていたけど、硬直しちゃったか……悪戯の度が過ぎたわね。今度お詫びの品をあげないとね。

 やっぱりこの世界の幽香さんは絶対強者なのですね、だからこそ今日はここに来たんだ。幽香さんに己を示すために!

 

 

 「あら?そこにいるのは惨めに敗れ去った天人さんじゃない?」

 

 

 日傘を差して天子を見つめている目はどこか冷めきった様子だった。言葉にも温かみを感じない只単に文字が耳に入ってきている感じがして不快にさせる。

 

 

 「ああ、そうだ。幽香さんにコテンパンにされてしまった比那名居天子だ」

 

 「確かそういう名前だったわね。まぁ、どうでもいいけど」

 

 

 天子に対して既に興味を失っているようだった。視線が天子の隣にいる華扇に移る。

 

 

 「見ない顔ね……何者かしら?」

 

 「私は()()()、普段は妖怪の山で修行している仙人よ」

 

 「ふぅん、仙人ね……」

 

 

 妹紅や早苗には見向きもしなかったが、品定めするかのような目つきでまじまじと華扇を観察していた。やがて口角を上げて笑った。

 

 

 「仙人さん、良かったらお茶でもしない?いいハーブ茶があるのだけれど」

 

 「いえ、私は結構です」

 

 「……そう」

 

 

 固まっている文を通り越して華扇さんの前へ……幽香さんの誘いをきっぱりと断る華扇さん……これはやっぱり幽香さんが私に対する好感度が下がっている証拠よね?目移りされてちょっと寂しいんですけど……好感度0?もしくはマイナスならベットの中で泣ける自信がある。それでも諦めないのが第二の人生をスタートした私、比那名居天子よ!黒歴史ノートなんてなかったんや!過去の私よりも今の私の方が大事!今の私が早々に引き下がることなどしないわ!!

 

 

 「幽香さん!」

 

 

 突如大声を張り上げたことで警戒していた華扇や硬直して動かなかった文も我に返り、視線が天子に集まる。

 

 

 「突然申し訳ないが、私達がここへ来たのには訳があるんだ」

 

 「……訳ね……どういったことかしら?」

 

 「おこがましいかと思うが……もう一度私と戦ってほしい……いや、私と戦ってください!お願いします!!」

 

 

 頭を下げた。嘘偽りのない気持ちを込めたお願いだ。恥なんてものはないし、幽香さんにもし否定されるならばそれはそれで仕方ないと思うかもしれないが、私が許せない。華扇さんに協力してもらって天界も他の皆に任せっきりにして結果を出せないだなんて今までの苦労も時間も私の幽香さんに対する想いも無駄になってしまう。だから私はたったこれだけのシンプルな言葉に私の想いを込めた。態度で示すしかないのだ。前は挑戦される側だったけれど、今度は私が挑戦する側なのだから。

 

 

 何秒?何分?何時間は過ぎていないだろうけどそれぐらい長い感覚に陥った。何の返答も示さない幽香は只、頭を下げる天子を見つめるだけ。華扇も文も固唾(かたず)を呑んで見守っている。

 

 

 「……そう」

 

 

 ようやく幽香の口が開き言葉を発した。(きびす)を返して歩き出す。

 

 

 「ちょッ!ちょっと!?」

 

 

 たまらず華扇が幽香に声をかけると歩みを止めて一言……

 

 

 「……三日後よ」

 

 

 三日後?幽香さんそれってもしかして!?

 

 

 「三日後また来なさい……あなたの誠意に表してもう一度だけ戦ってあげる。でも、今度も期待外れなら……」

 

 

 それだけ言い残してこの場を去って行ってしまった。そして残された天子は拳を強く握りしめた。

 

 

 三日後……それが幽香さんに私の想いの全てをぶつける日になるということだ。この日が勝負だ。後二日は練習に打ち込める!当日には最高のコンディションで行かなければ幽香さんに無礼と言うもの。待っていてください幽香さん!私は必ずあなたと親友(とも)になってみせる!!

 

 

 「華扇さん!こういちゃいられない!後二日も修行できる時間がある。必ず幽香さんに勝つために早速帰って修行しよう!」

 

 「張りきってますね。しかしその(こころざし)は素晴らしいです!やはり風見幽香は侮れない存在……ですが天子も以前より強くなったのは事実です。最後まであなたの修行を見させてもらいますよ!さて、帰ったら早速彭祖らにも手伝ってもらいましょう!」

 

 「そういうわけで文、悪いが先に帰らせてもらう!」

 

 「あや!?ちょ、ちょっとまっ――!」

 

 

 何やら熱くなった天人と仙人が駆けだして二人の背に炎が燃え盛っているようにも見えたのは気のせいだろうか?もうスピードで駆けていく二人の姿を只見ていることしかできない文はと言うと……

 

 

 「……はぁ、行ってしまいましたか……天子さんが熱くなるとはね。しかしあの風見幽香と比那名居天子との戦いは只の試合になるわけはない……それに相手はあの風見幽香ですからどうなることやら……でも」

 

 

 足に絡みついていたツタを風が切り裂いて空高く飛び上がる。

 

 

 「私は天子さんを応援していますよ。今度は勝ってくれると信じてね……」

 

 

 ------------------

 

 

 あっと言う間に幽香との約束の日になった。目が覚めた天子は太陽の光に照らされながら空を眺めていた。

 

 

 「今日が運命の日か……緊張するな」

 

 

 幽香と戦った時のことを思い出していた。修行して以前よりも強くなったと実感できるが今度は勝てるだろうか?無残にも敗れ去った自分の姿が見えてしまう。

 

 

 「しっかりしろ私!今までこの日のために修行して来たんだ。今度こそ幽香さんに食いついてみせる、意地でも食らいついてやるぞ!」

 

 

 気合を入れるために頬を叩く。修行を始めた理由……『親友(とも)』となるために比那名居天子は風見幽香に挑戦するのだ。

 

 

 「天子」

 

 

 背後から忘れもしない今まで共に修行に付き合ってくれた人物の声が聞こえてきた。

 

 

 「華扇さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子、頑張っているようですね……」

 

 

 空を見上げている天子の後姿を物陰から見つめていた。

 

 

 初めて会った時よりも更に大きく見える背中ですね。よくここまで厳しい修行に耐えて来ましたね……私の修行に耐えたのはあなたが初めてですよ。まぁ、霊夢とあなたしか修行を受けたものはいませんでしたが……そもそも霊夢にはこれほど厳しい修行などしていませんからノーカウントですよね……

 しかし、あの風見幽香と親友(とも)になりたいと言う理由だけでここまで耐えたことが驚きでした。あなたのような天人は初めてでしたよ。

 

 

 華扇は今までここで共に天子と過ごした時間を思い返していた。

 

 

 料理に掃除ができて勉学に体力共に問題ない知性と肉体、顔はイケメンでスタイルもナイス筋肉!超優良物件じゃないじゃないですか!そんな天子と今まで一緒に居たのに何も深い関係(意味深)にならなかったのは何故!?夜な夜な布団の中で色々と妄想していた私が馬鹿なの!?いつでも襲われていいように準備していたのに……それとも私って魅力ないの……?沢山食べる方は嫌いではないと言っていたし、いつも優しくしてくれました。もしかして胸!?私の胸は自分で言うのもなんですが小さくはないかと……はっ!?天子はまさか貧乳好きだったとか……ならば必然的に(全体が)小さい萃香が好みと言うことに……!?

 

 

 モワンモワンっと頭の中にピンク色が広がっていく。はわわっ!?と口元を抑えて顔が赤みを()びていく。

 

 

 「話に聞いていたけど勇儀とも面識はあるみたい……デカ乳が好きならば勇儀に必然食いついていくはず……でもそんな様子はなかった。やっぱり天子って貧乳好きなの!?私は中間だからどちらにも属するはずですが、見向きもされていなかったとか!?私と勇儀の出番はないということなの……それならば私はこのまま独り身……んっ?」

 

 

 いつの間にか隣には一匹の虎と虎の背中に乗る二匹の大儂、彭祖らが居たのだった。知らぬ間に声に出していたようで動物たちに聞かれてしまっていた。華扇を見る目が痛い者を見るかのようだ。

 

 

 「な、なんですかその目は!こら久米!ため息しないで!?そもそもあなた達には関係な……『「フッ」』竿打!今鼻で笑ったわね!動物のくせにご主人様に対してなんたる態度ですか!?」

 

 

 ムムム!本当にしつけがなっていないペットですね。一体誰が育てたのでしょうか……って私だ?!

 

 

 一人漫才している華扇を鼻先でくいッと押す彭祖。まるで天子の元へ行けと言っているような行動をした。

 

 

 「なにするのよ彭祖……天子のところに行けと?ごほん、言われなくても行くつもりですよ。ペットのくせに気が利くと言うか何と言うか……」

 

 

 何がともあれ、今日は天子にとって今までの成果をぶつける大切な日……色々と思うことがあるでしょうね。ここは師匠としての労いの言葉でも送っておきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子」

 

 「華扇さん」

 

 

 振り向いた天子の頬は少し赤かった。気合を入れた跡が残って彼の意思の強さを表しているようだ。

 

 

 「今日が幽香との再戦の日です。今までの修行で学んできたことを忘れずに幽香と思う存分ぶつかってきなさい、そして必ず勝つのです」

 

 「ああ、この日のために華扇さんに弟子入りしたんだ。妖夢にも胸を張れるようになったつもりだが、それを示さないと意味がない。以前の比那名居天子ではないことを見せつけて幽香さんをあっと驚かせてやる」

 

 「その心意気ですよ」

 

 

 良い顔ですね……グッときます!ご飯5杯はいける気がしてきたわ!って今は真面目な話をしている最中なのよ!平常心よ平常心……私は只の仙人なのだから……賢者タイムよ私!

 

 

 「(華扇さん鼻息が荒い?どうしたのだろう?)」

 

 

 ふーふー!っと鼻息が荒いが段々と落ち着きを取り戻して無事に元の仙人状態に戻って来た。

 

 

 「ふぅ……私が言えるのはこれぐらいですね。あなたにしてあげられることはありません」

 

 

 乗り切ったわ私、名残惜しいですけど天子との共同生活はこれにて終了……毎日食べれる手作り料理を味わえないとなると残念ですね……あの美味しいホカホカのご飯、肉汁が溢れてくる感触、ベストな塩加減の魚、色鮮やかな甘みが染み込んだ野菜の数々……本当に名残惜しいです……

 

 

 そう思っていると優しい感触が頭に触れた。残念と思う心境が知らず知らずのうちに俯いた状態になっていた。そのため触れられるまで気がつかなかったが、それは感触の正体は手であった。

 

 

 「華扇さんが何も心配することはない。幽香さんと本気でぶつかってくるだけだ。無事にとはいかないけど必ず勝ってみせるから」

 

 

 天子の優しく落ち着かせるための温かい手が華扇の頭を撫でていた。

 

 

 ふぅわぁ♪なんて優しい手の感触なんですしょうか~♪ずるいですよこれは……イケメンに撫でられる日が来るなんて夢にも思いもしなかったわ♪

 

 

 ふにゃぁ♪っと俯いた表情がとろけていた。だが、それも(つか)の間、頭の上に置かれていた感触が遠のいていった。

 

 

 「あっ、すまない華扇さんに対して失礼だったな」

 

 「そ、そんなことはないです……よ」

 

 「華扇さんってば子供っぽいところがありますね」

 

 「わ、わたしが子供ですって!?天子は私をそんな目で見ていたのですか!?」

 

 「ふふ、ちょっとありました」

 

 「な、なんですと!?私は子供ではありません!立派な大人なのですよ!あなたに私が如何に大人か教えてあげ――!」

 

 「(げぇ!説教モードだわ逃げないと!)おっともうこんな時間だ!華扇さん先に行っているからな!」

 

 「あっ!?天子待ちなさいよー!!」

 

 

 天子はそそくさと走って逃げていってしまい森の中へと消えて行った。

 

 

 ムムム、私は子供じゃないのに……ただもっと撫でてほしかっただけなのに……天子も逃げてしまいましたね。あなただって子供っぽいところがあるじゃありませんか。鴉天狗の時なんかまさに大きな子供だったじゃありませんか……こんなことももう終わりですか、寂しいものですね。これからは天子と一緒に居られる時間が必然的に少なくなっていくのですね。こんな時間がいつまでも続けばいいのになぁ……

 

 

 天子が去った後をゆっくりとした足取りで追いかけていく華扇の姿は何か物足りなさを感じさせていた……

 

 



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49話 嵐の前の静けさ

遂に50個目投稿です。後何話書くことになるのだろうか?


エタらないようにやっていけるか不安があったりしますが頑張るしかなさそうです。


そんなわけでして……


本編どうぞ!




 「スーさん、今日もいい天気だね♪」

 

 

 朝早くから鈴蘭畑の手入れをしている小さな女の子がいた。名前はメディスン、スーさんとは鈴蘭の花のことをそう呼び、鈴蘭が好きなメディスンは毎日お世話をして話しかけている。鈴蘭には毒があるのだがそれを含んでもメディスンは大好きなのである。そして花をこよなく愛する女性がもう一人いる。

 

 

 足音が聞こえて来てメディスンの背後で止まる。その足音を何度も聞いたことがあるメディスンは振り返り笑顔で抱き着いた。

 

 

 「幽香おはよう!」

 

 「おはようメディ」

 

 

 メディスンは鈴蘭だけではなく幽香も大好きだ。そんな幽香がここに来てくれるだけで嬉しくなるのだ。でも最近のメディスンには悩みがあった。幽香に元気がなかったそのことがメディスンを心配させた。以前のようになんでもないと言って帰ってしまうのだろうか……そんな心配事がメディスンを不安がらせていた。

 

 

 「……幽香、今日は大丈夫そうだね」

 

 「……何のことかしらメディ?」

 

 「幽香最近元気なかったから心配してた。でも今日は前よりも元気そうで安心した」

 

 「ふふ、そうね……明日が特別な日だからかしら」

 

 「特別な日?」

 

 

 そう言って首を傾げるメディスンは何のことかわからなかった。

 

 

 「幽香にとって特別なの?」

 

 「そうよ……特別になるといいけどね

 

 「幽香なにか言った?」

 

 

 メディスンには何か呟いたように聞こえたが幽香は首を横に振った。

 

 

 「なんでもないわ。そうだメディ、今日は一緒に遊んであげるわ」

 

 「えっ!いいの!?」

 

 「ええ、最近構ってあげられなかったからお詫びよ。今日はずっと一緒よ」

 

 「やったー!!」

 

 

 メディスンの顔がみるみるうちに笑顔になりぴょんぴよんと飛び跳ねる。周りの鈴蘭の花達も一緒に飛び跳ねているかのように風に吹かれて踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が経ち、太陽が沈みかけていたその頃に終わりは迎えた。

 

 

 「メディ、そろそろ夜になるわ。今日は終わりにしましょう」

 

 「……もう終わりなの?」

 

 「ええ、メディ今日は楽しめたかしら?」

 

 「うん!おままごともおいかけっこも楽しかった!」

 

 「そう、それは良かったわ」

 

 「でもね、私は幽香と一緒にいれたことが一番嬉しかったよ!」

 

 

 ニコッと向ける笑顔は宝石のように輝いて眩しかった。いつも以上にその笑顔は眩しく本当に宝石があるかのような輝きを幽香は目を離せなくなっていた。

 

 

 風見幽香と言う妖怪を知らぬ者はいない程の名前、そして彼女は四季のフラワーマスターとも呼ばれており、凶暴な性格で危険度は『極高』ましてや人間に対する友好度は『最悪』とまで某書物に評されている。幽香は妖怪であるが、人間のように生活している。家を持ち、食事をして掃除もしたり当然花の世話もする。人間と何も変わらない彼女だって買い物はするときがある。必要な物が欲しくなったら人里まで買いに出かける程の人間性を持ち合わせているのだが、いざ人里に入れば先ほどまで騒がしかった通りは氷河期が来たかのように静まり返り、赤ん坊の泣き声すら聞こえなくなる。犬や猫の動物もそこからいつの間にか姿を消している。全ての視線はたった一人に注目する。視線が交差すれば人間の方が慌てて視線を逸らし、誰も声をかけようとしない。幽香が一歩進めば道が裂けたように人だかりが別れる……誰からも恐れられる妖怪であり、同じ妖怪からも恐れられるのが『風見幽香』なのだ。

 

 

 しかし、目の前の一人のお人形の女の子は恐れることもなく一緒に遊んで楽しいと言った。一緒にいることが嬉しいと言った……ただ小さな子と遊んで横に居るだけ、それだけでも今は太陽が沈みかけ夜になりそうで肌寒い風が吹いているにも関わらず、幽香は温かい気分だった。

 

 

 「(……私にこんな純粋な笑顔を向けられるなんてね……)」

 

 

 今まで会うたびにメディスンの笑顔を見てきた。見慣れたもののはずなのに今日の笑顔はいつも以上に感じるものがあった。商売だから仕方なくといった笑顔でもなく、皮肉な笑いでもない純粋な笑顔……()()()向けられる笑顔を幽香はあまり知らなかった。ふっと思い出すのはメディスンの笑顔ともう一人の男の顔……

 

 

 『「おこがましいかと思うが……もう一度私と戦ってほしい……いや、私と戦ってください!お願いします!!」』

 

 

 「(……もう一度戦ってほしい……か……)」

 

 

 初めてだった。無残にも敗れ屈辱を味わったにも関わらずに再び幽香の元へとやってきただけでなく頭を下げた。お願いしてきたのだ……幽香と出会えば二度と会いたくはないと思う連中ばかりなのに天子だけは違った。期待外れと突き放したはずの天子が戻って来て目を見た。その目は闘志が宿っており、以前と比べても差が歴然だった。

 

 

 「(明日が楽しみね……本当に明日が特別な日になればいいけれど)」

 

 

 期待はしていないが、楽しみであった。メディスン以外に自分に対して積極的に接してくる存在はいなかった。そんな天子に冷めきっていた(こころ)が反応していたことなど幽香自身はきがつくことはなかった。

 

 

 帰りに幽香はそっとメディスンの頭に手を置き……

 

 

 「……それじゃね、メディ」

 

 「うん、バイバイ幽香」

 

 

 その言葉だけを残して鈴蘭畑を後にした。冷たい笑顔ではない、二人だけの時に見せてくれる優しい笑顔であった。

 

 

 ------------------

 

 

 風が吹く……周りには障害物が何もない開けた空間の大地に佇む二人の姿……生憎今日は雲が出ていて太陽の光が遮られてしまっていた。天候までは以前と同じとはいかなかった。天子自身の力で何とかしようとする気にはなれなかった。天候が二人の心境を示しているかのようだったから……

 以前と同じこの場に佇む二人が(あい)まみえた時と変わりない景色のまま。この瞬間のために努力を続けてきた天人は以前とは比べものにならない程に成長しているだろう。景色は同じであれど、この場にいる者は前までとは大いに違うのだ。

 

 

 「幽香さん、私の我が儘に付き合ってくれて感謝します」

 

 「……私はただ、また無様な姿をさらけ出してくれそうで、かわいそうな天人さんに同情しちゃっただけよ」

 

 「ひどい言われようだ」

 

 「弱い者は死に方も選べないのよ」

 

 

 弱い者は死に方も選べないか……幽香さんにとっては私はまだそう思われているのかな?余裕の笑みなのかわからないし……幽香さんを知らない人物から見た第一印象は作り物の笑顔を形取った仮面を被っているように見える。だけど私は幽香さんを知らないわけはない。

 

 

 私は転生者、目が覚めた時には比那名居天子だった。初めは異常なことだったから戸惑った私だったが、私自身が東方ファンであったことが幸いで動揺よりも愉しみが勝った。これから出会うであろうキャラクター達と交流し、一緒にバカなことをやって異変に関わったり酒を酌み交わす仲になりたいと思っていた。初めて出会ったのは衣玖だったね、転生前の私とは違い美しい女性で口が勝手に開いていたっけ。転生してからの天界は私に対して酷い者だったけど、それに耐えて天人達のために私は尽くしたことで周りの反応が変わっていった。次第に衣玖と共にいることが多くなり彼女の性格もわかるようになっていった。衣玖は私をよく心配してくれて仕事では私以上に仕事をしてくれていた。プライベートはちょっとだらしないけどそこが良かったんだけれどね。

 そんな日常にある日異変が起きた。正確には地上(地底)で起きていることを知った私は妖怪に襲われていた少女を救い天界からの生活から飛び出した。そこから様々な出会いがあった。

 

 

 人里で寺子屋を営む慧音や不老不死の妹紅、暇つぶし程度に喧嘩することになったけどお互いに認め合い酒を酌み交わすこととなった鬼の萃香や清くない正しくない文や幻想郷の賢者紫さん達、妖怪に襲われているところを助けたことで弟子になってくれた妖夢に幽々子さん、辛い過去を乗り越えた神子達など私には今までに数多くの出会いがあり、私は皆のことを【親友(とも)】だと思っている。そして今もその出会いの延長線上……

 慧音から聞いていた。幽香さんは一人でいることが多いらしい……ほとんど一人でいる状況になってしまうようだ。周りから怖がられているのに平然としているように見えているけど……私にはそうは思えない。一人でいることの辛さは味わっているから……

 

 

 「ふふ、あなたは弱い者のままなのかしら?」

 

 「いいや、今までの私とは一味も二味も違うぞ」

 

 「へぇ……それは楽しみにしておくわ。じゃ、無駄話もあれでしょうし……お互いに痛く無くなるまで()り合いましょうか」

 

 

 恐ろしいことを平然と言ってしまうから怖がられたりしてしまう理由なのだろうけど、逆にここまで堂々としていると憧れてしまう。強い女性って感じで羨ましい……けれど、今日はそんな幽香さんに見せつけるのだ。修行で会得した強さを!そして喧嘩した後には……

 

 

 今度こそ幽香さんと【親友(とも)】になるんだ!

 

 

 ------------------

 

 

 「もうすぐ始まりますね。どっちが勝つのでしょうか?」

 

 

 隣にいる文屋こと文の奴が言っている。当然勝つのは天子の奴……っと言いたいところだけどよ、幽香の野郎の強さは身に染みている。天子は一度幽香に敗れ去った……だが、天子の奴は強くなって帰って来た。あの目を見ればわかるぞ、あの闘志の宿った目は敗北など頭にない目だ。あるのは勝つことのみ、人里で度々見かける仙人……名は茨華仙、本名は茨木華扇だったな。それが私の隣にいる……天子の戦いを見届けるためにやってきたらしい。こいつと天子が屋根の下で共に暮らしていたかと思うと正直焼いてしまうのを堪えている。そんな小さなことで怒る女と思われたくないからな。もしかしたらこいつも私の敵として前に立ちはだかるのだろうか……いや、今は私自身の私情よりも天子と幽香の奴だ。二人共思う存分に暴れられるように以前と同じ場所で戦うことになるとは……

 

 

 天子が強くなったのはわかるが、今だ幽香の強さの鱗片を見たことはない……前まではそれほどの実力の差があった。私もボロ負けしちまったからな……だが、今回の天子はやってくれる、そう信じている。そして勝ってくれるに決まっている。そうじゃないといけない、私が好いた奴が軽々と負けるなんて許さないからな。

 

 

 妹紅が天子を見つめる目には信頼が込められていた。

 

 

 「これは熱い展開です!一度敗れた主人公が修行の果てに新しい新技を体得して再び敵に挑戦する……少年漫画の王道ですね!そして追い詰められた敵は真の姿へと変身して主人公に襲い掛かる!そして主人公は苦戦を強いられるが見事に打ち破って勝利する!こんな展開を現実世界で見られるなんて私感激です!!」

 

 

 ……っとこいつを忘れていた。文と華扇の奴が呆れているぞ?私もだが、もう慣れている自分が悲しい……

 

 

 「なんですか皆さん?私の顔に何かついてます?はっ!?もしかして私が主人公のヒロインポジションだから嫉妬しているんですか?」

 

 「早苗あなたは時々訳の分からないことを言いますね?」

 

 

 華扇の言う通りだ。結構早苗の奴とは話したりするが、時々妄想が激しいことがある。そのおかげで何かと問題事に関わってしまうことが多々ある奴だから、保護者である守矢の神様も苦労しているみたいだ……ご愁傷様としか言えないな。今回も()()()とか()()()の影響だろう……スマブラとか言うのをやってみたが面白かったな……今度守矢神社にお邪魔するか。

 

 

 「華扇さんにも分からないことがあるとは!?教えましょう!王道な展開ですが、敵に挑む主人公を心配し見守るヒロインに仲間達、見事ボロボロになりながらも敵に打ち勝った主人公はヒロインと結ばれて幸せなハッピーエンドを迎えるのです!まさに今、天子さんと幽香さんが繰り広げられる展開に合っているんです!わかりましたか華扇さん?」

 

 「えっ?ああ……わ、わかった気がするわ……」

 

 

 グイグイと詰め寄る形の早苗の迫力に負けて曖昧な返答しか出て来なかった。

 

 

 「今視聴者さん達が望んでいるのは『早苗×天子』つまり『早天(さなてん)』の時代なのですよ!!」

 

 

 文ですら「何言ってんだこいつ」みたいな顔で早苗を凝視する。私だってそうだ……だが、今の発言は良くねぇ……発言からして悪気はあったわけはないが『早苗×天子』だと恋仲と言っているようなものだ。いや、実際そう言ったんだろうけど、天子への想いに気づいた私にとってそれは嫌味にしか聞こえなかった。勿論、早苗の態度から天子へ恋心を抱いているわけではないとわかる……わかるが軽々しく言わないでほしい……今ので少し……ほんの少しだけだがキレそうになった自分がいた。危うく早苗に掴みかかろうとしてしまうところだった……冷静でいられた自分を褒めてやりたいぐらいだがここで釘を刺しておくのがいいだろう。

 

 

 「おい早苗、軽々しく『早苗×天子』なんて言うんじゃねぇよ。もしそのことを()()()()に聞かれてみろ。今は地底にいるが這い出してきてボコボコにされてしまうぞ?寝ている間に闇に葬られないよう気をつけておけよ」

 

 

 妹紅の言葉を聞くと早苗は顔が蒼白になり、はわわっ!?とあたふたするのであった。

 

 

 全く天子の奴も罪深い……私も()()()()の一人に属することになるとは夢にも思わなかったぞ。初めて会った時なんてそんな感情これっぽっちも感じることはなかったし、心の底から友人になれるとは思いもしなかった。でもそれでもいいと今は思っている……永遠の命を生きる私を化け物などと思わずに女の子として接してくれる奴を気にしない程、私は鈍感じゃない。共にいると楽しいし、愚痴を言ってもめんどくさいと言わずに優しく返してくれる……何よりもあいつカッコイイしな。外身も中身も反則級な男だから惚れるなと言う方が無理だ。現に今地上にいないのが幸いだが、()()()()は天子に惚れている……ライバルが多いようだが、それでも譲るつもりは()の私にはない。前の私であるならば身を引いた……いや、この想いを気づくことすらなかっただろう。

 まさか輝夜がきっかけで自分自身の想いに気づくとはね……まぁそんな訳でチョイと早苗に苛立ちを感じたが、こいつはライバルにはなりえないから安心だ……今はな。天子は優しい奴だから無自覚に落としていきやがる……マジで罪深い奴だと思う。かく言う私も落とされた中の一人だがな。だから……

 

 

 「はわわっ!?こ、このままだと私はミキサーに入れられてシェイクされてしまいます!どうしましょう!?」とか言っている早苗を放置して戦場へと目を向ける。

 

 

 だから……天子勝て!勝ってまた一緒に酒を飲み交わそうぜ。お前とはまだ一緒にいたいから……

 

 

 ------------------

 

 

 「それではこれより、比那名居天子と風見幽香との試合を始めます!」

 

 

 華扇が高らかに宣言した。天子は緋想の剣を取り出し、いつでも要石で追撃できるようにしておいた。一方の幽香は以前と同じで相変わらず笑顔のまま……後は合図を待つだけ……

 

 

 「……天人さん、一つ聞いてもいいかしら?」

 

 

 そんな時だった。無駄話も……とか言っていた幽香が不意に質問して来た。

 

 

 「なんだ幽香さん?」

 

 

 天子が聞き返す。幽香はすぐには答えなかった。天子から見れば口が微かに動いていたが言葉に詰まっているように見えた。不思議に思っているとようやく幽香の口から言葉が出た。

 

 

 「……あなたにとって私はどう見える……?」

 

 「(どう見える……か……)」

 

 

 意外にもそんなことを口にした。何を意味しているかわからない……わからないが、天子は嘘をつくこともせずに思っていることを口にする。

 

 

 「花が大好きで、喧嘩好きで、とても強い……けど一人ぼっち……私にはそう見える」

 

 

 正直に今の幽香……この世界の幽香がどう見えているのか答えた。幽香はそれを黙って聞いていたが……

 

 

 「……私にはね、メディって子がいるの」

 

 

 メディ……天子はその名前を聞くと驚いた様子だが納得した表情だった。天子はその名に関する者を知っている。幽香と関連付けるなら外せない子であることは東方ファンなら一度は目にし、聞いたことのある名前……

 

 

 「メディスン・メランコリーだな」

 

 「あの子と知り合い?」

 

 「こっちが一方的に知っているだけだ。なるほど、メディスンちゃんがな……」

 

 

 メディスンと名を聞いてからどこか安堵の表情をしていた。これには幽香も首を傾げていたが……

 

 

 「……よかった」

 

 

 そう天子が呟いたのを聞き逃さなかった。

 

 

 「よかった?何を言っているのよあなた……?」

 

 

 幽香はわからなかった。何故そう天子が呟いたのかを……

 

 

 「いや、私は幽香さんが一人だと見ていたけどそうじゃないんだなと思ってな。メディスンちゃんがいるなら幽香さんは一人ぼっちなんかじゃない。幽香さんは既に親友(とも)がいた……そう思うと安心したんだ」

 

 

 幽香は驚いていた。今までの幽香から考えられない程大きく目を見開いている程だった。

 

 

 「私が一人じゃないですって……?」

 

 「ああそうだ。幽香さんは一人ぼっちじゃなかったんだ。その様子だと自分では気がついていないようだな。メディスンちゃんの名前を言う一瞬、穏やかな顔をしてたぞ?」

 

 

 これにはまた驚いたようだ。どんな顔をしていたかわからないが今の幽香は笑っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花のような可憐な笑みを浮かべていた。

 

 

 「ふふ……そうなの。ふふふ……天人さん、あなたって本当に面白い人ね。これじゃ私……またあなたに期待しちゃうじゃない」

 

 「今度は期待してくれて構わない。今度は負ける気など微塵もないからな。今度こそ勝って幽香さんと親友(とも)になるんだ。後、メディスンちゃんとも親友(とも)になりたいと思っているが……どうだろうか?」

 

 「……ええ、もしも私に勝つことがあれば……メディを紹介してあげるわ。でも気に入られないかもしれないわよ?あの子人間嫌いだし」

 

 「私は天人なのだが……メディスンちゃんにとって私の分類は人間に入るのか?それとも妖怪に区別されるか……?」

 

 「どうかしらね、大丈夫かもしれないし、大丈夫じゃないかもしれないわね」

 

 「あはは、大丈夫と思いたいね」

 

 「うふふ♪」

 

 

 笑顔を形取った仮面を被った幽香はいなかった。純粋な笑顔をこれから死闘が始まろうとしている天子(宿敵)に向けている。

 合図を出すタイミングを逃した華扇はその様子をジッと観察していた。

 

 

 「(あの風見幽香の曇り一つない笑顔……あんな笑顔を見たら彼女も一人の妖怪なんだと思ってしまうわねぇ)」

 

 

 幽香の意外な部分を見れた華扇はどこかその表情は和らいでいた。

 

 

 「華扇さんすまない止めてしまって、合図を出してくれ」

 

 「わかりました天子、幽香もいいですね?」

 

 「ええ……構わないわ。いつでもどうぞ」

 

 「それでは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「試合開始!!」

 

 

 いつの間にか空は雲一つもなくなっており、二人の心境を示すかのように太陽の光が二人を照らしていた。

 

  



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50話 激突!天子VS幽香

遂に幽香との死闘2戦目が始まった。


ついつい筆が乗ってしまい徹夜で書いてしまった……皆さんはちゃんと睡眠はとらないといけませんよ?


そういうわけで……


本編どうぞ!




 「はっ!」

 

 

 始まりの合図と共に仕掛けたのは天子の方だった。一切の迷うことなく幽香に対して緋想の剣を振るう。

 

 

 「(ふふ、突っ込んで来るなんてね……おバカさんになっちゃたのかしら?)」

 

 

 単純な軌道だと思った。幽香の脳天に振るわれる緋想の剣を受け止めるために左手に掴まれた傘を動かした。

 

 

 「!!?」

 

 

 悪寒が走った……全身の筋肉が訴え、幽香の勘が危険を察知した。咄嗟に後ろに退き天子との距離を空けようとした。

 

 

 ヒュンッ!と言う音がすれば先ほどまで脳天に狙いを定めていた緋想の剣が横に薙ぎ払われていた。そして地面には黄色のリボンの切れ端が落ちていた。そのリボンは幽香が首に巻いていたものだ。そのリボンが地面に落ちていたのだ……

 

 

 先ほどまでにそこには幽香がいた。しかも黄色のリボンは幽香の首に巻かれていたものだ、それが切り裂かれ地面に落ちた……もしその場に幽香がとどまっていたならば落ちていたのはリボンではなく……

 その事実が衝撃を与えたのだろう。幽香は呆然としてこれでもかと言うぐらいに目を見開いていた。

 

 

 「――うそ!?」

 

 

 幽香の口からこぼれてしまったであろう言葉は驚きを含んでいた。その光景を見た天子の口がクスっと笑った。

 

 

 「驚いてくれたみたいですね幽香さん、今のが決まっていれば終わっていたものを」

 

 「……」

 

 

 舐めたつもりなどなかった。目を見た時に確実に強くなっていることは確信できたはずだった……しかし、結果は危うく自分の首がリボンと入れ替わることになっていたことに動揺を隠せない。

 

 

 「……天人さん、危うく死にかけたわよ?私の脳天をワザと狙って、そのまま私が防ごうとしたらここ(地面)に転がっていたのは……私自身だったのだけれど?あなた人殺しになっちゃってたわよ?」

 

 「そうだな、でも幽香さんならばこんな()()()()()ことで死ぬわけないと確信してたし問題ない」

 

 「ふふ……()()()()()……ね……言ってくれるじゃない!」

 

 

 今までは負け犬と思っていた天子の攻撃が見切れなかった幽香。何もできずに死ぬところだった……その現実が今まで圧倒的な力を見せていたプライドに傷をつかせた。だが同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オモシロイ!

 

 

 幽香の中で冷めていたモノが再び息を吹き返した。

 

 

 以前とは違う男、今まで出会った仲で類を見ない自分に関わろうとする変わり者、負け犬から今度は自分を追い詰めようとする狼に変わった。自分を超えるために修行し、仙人にまで弟子入りした。そして何よりもバカバカしい理由がこの男にはあった……

 

 

 「(私と【親友(とも)】になるためにここまで強くなってくれるなんて……!)」

 

 

 オモシロイ!

 

 

 

 

 

 オモシロイ!!

 

 

 

 

 

 オモシロイ!!!

 

 

 幽香は思った……

 

 

 「(やっぱり……あなたに期待してよかった!!!)」

 

 

 今日は幽香にとっての()()()()になることとなった。

 

 

 ------------------

 

 

 「やぁあああ!」

 

 「くっ!」

 

 

 重い一撃がのしかかる。体全体に振動が伝わり足の力を少しでも抜くとそのまま押しつぶされてしまいそうな感覚が襲う。

 

 

 くぅう!?やっぱり幽香さんは強い!何この一撃は!?まるでトラックを受け止めたみたいな衝撃を感じる……でもトラックなんて受け止めたことないからわからないけど、そんなすごい衝撃が伝わってくるの。傘は舐めたらいけないものだと再理解したわ。某ゲームでもとある企業の名前も(アン〇レラ)だからね、舐めていると痛い目を見ることになりそうね。それに幽香さんが生き生きし始めた。やっぱり私のさっきのフェイント攻撃のおかげらしい……そのおかげで幽香さんの中で何かが吹っ切れたんだと思うわ。そんでもって今、幽香さんと試合なんか気にせずに死愛をしているところです。

 

 

 「つぶれなさい!」

 

 「お断りさせてもらうぞ!」

 

 

 そう言って天子は幽香の脇腹に蹴りを一発入れた。飛ばされる幽香は体勢をすぐさま立て直す。

 

 

 「あは♪天人さんあなた本当に私を楽しませてくれるのがうまいみたいね!」

 

 「私も今、楽しんでいる……以前のようにいくとは思わない事だ」

 

 「ええ、同じことが通用するあなたじゃないことはわかったわ。だからどんどん攻めさせてもらうわよ!」

 

 

 幽香さんが走って向かって来る。その光景は子供が見たら失神するか黄金水を漏らしてしまう光景だろうが、今の私にとっては苦でもなんでもない。パワァアップした私は幽香さんにダメージを与えることができている。前は軽く流されてしまったけど今度は!

 

 

 「ふん!」

 

 「甘いぞ!」

 

 

 私が攻撃を受け止め流す。

 

 

 「はっ!」

 

 「ぐぅ!?」

 

 

 私が反撃する。

 

 

 現在の状況は私が有利にはかどっている。幽香さんが攻撃し私が受け流す……以前とは逆の立場になっていた。それが何度も続き、私が緋想の剣で斬りつけ、要石で強打する。幽香さんはそれを受け止めたりしたが、受け止められきれずに肉を切り裂き、要石にぶち当たる。破れた服から見える傷は私が幽香さんに背負わせたもの……以前では傷つけることすらできなかったことが今の私にはできた。

 そして次第に幽香さんの様子が変わって来た。鼻息が荒くなり、頬は気持ちの高ぶりなのか赤かった。まるでトレジャーハンターが長年探し物めていた宝物を遂に見つけたような目がそこにあった。

 

 

 「ふふ……ふふふ……!」

 

 

 幽香さんが笑った。笑顔など無く、俯き笑い声だけを発する姿は普段ならば恐怖を抱くだろうが、今は戦い高揚しているせいか気にも留めない。それか私の中の戦闘狂魂がそうさせているのか、今の状況をとても嬉しく思う。寧ろ恐怖など一切感じない爽やかな気分だ。

 

 

 「ふふ……ふふふ……あはははははは!!!」

 

 

 高らかに響いた笑い声。静観する者達の中には体を震わせる者もいたがその笑い声はしばらく鳴りやむことはなく戦場に木霊していた。

 

 

 「これよ!私が望んでいたのはこれよ!!一筋縄ではいかない強者、只の荒れ狂う獣なんかじゃない正真正銘の強者!私が求めていた者はあなただったのよ!!」

 

 

 幽香さんが私を求めていた。ようやく私は幽香さんの期待に応えることができたようだ。だが、これで終わらない……幽香さんがこの程度で終わる訳がないもの……

 

 

 「天人さん、私は今まで待っていたのよ……あなたみたいな素敵な方をね。でもね、私はここで負けてあなたの親友(とも)になるほどの軽い女じゃないのよ?」

 

 「そうだな、それでこそ幽香さんだ」

 

 「それって褒めているのかしら?」

 

 「もちろんだ!」

 

 「ふふ、嬉しいわ♪」

 

 

 そう言いつつ、無数の弾幕を天子に浴びせようとする。すぐさま身を翻し、緋想の剣で弾幕を断ち切る。

 

 

 「まだまだよ!」

 

 

 更なる弾幕が命を狩ろうと攻め立てる。無数の弾幕が戦場を飛び交い、嵐となって天子を飲み込もうとする。

 

 

 「行け要石!」

 

 

 負けじと天子の要石が幽香に狙いを定めて向かって行く。

 

 

 「邪魔よ!!」

 

 

 無残にも幽香が放った弾幕の餌食となった要石は只の石ころに成り果てた。 

 

 

 「ほらほら!私をその気にさせておいて終わりなんて言わないでよ!まだ私は半分も力を出していないわよ!」

 

 

 傘の先に集束した光が天子目掛けて放たれた。

 

 

 ――ヤバい!?

 

 

 間一髪のところで天子は身体を逸らして放たれた光線を避けた。天子に向かって来た光線は頬を(かす)め近くの地面にクレーターを作った。

 

 

 や、やばかった今のは……!さっきの光線が私の頬を(かす)めたわよ!?細い線状の光だったけどマスタースパークじゃなかったわよ!?何あの威力は!?地面に着弾した瞬間に爆ぜてクレーターができてたけど……やっぱり幽香さんは強い。それに半分も力を出していないと言った……それは本当のことだろう。さっきまでの幽香さんは第一形態のようなものだ。まだきっと第二、第三形態が残っているはず……姿は変わっていないけど表現するならそんな感じだと思う。いや、もしかしたらフ〇ーザ様の最終形態のようにフルパワーになっていく感じかしらね?どちらにしても私が強くなったからと言って、幽香さんは幻想郷のパワーバランスを担う一人……最後まで気が抜けない!

 

 

 天子は障害物が存在しない戦場を駆け巡る。無数の弾幕が嵐となって天子を襲うとする場で障害物が何一つとしてないのは不利な状況だ。

 

 

 盾が欲しいわね……そうだわ!久々に天子ちゃんの能力を使わせてもらいましょう!えっ?何をするのかって?忘れたわけじゃないでしょうね?私、比那名居天子には『大地を操る程度の能力』があるのよ。それでこの場を……見てなさい!!

 

 

 「ふん!」

 

 「(剣を地面に……一体何をするつもりなのかしら?)」

 

 

 天子は緋想の剣を地面に突き刺した。その瞬間にも弾幕が迫るが()()(さえぎ)られた。その()()とは地面そのものであった。

 

 

 「(地面が盛り上がって盾の役割を果たしたと言うの!?)」

 

 

 『大地を操る程度の能力』は「 有効範囲は狭いが、幻想郷内なら遠隔地でも揺らすことが出来る 」また「 地盤沈下や土砂崩れなどの災害もお手の物 」でもあるなど、天災と言える水準のその能力の影響力を及ぼせる。それと同時に「地震を起こす」ことができ「地震を鎮める」こともできる能力でもある。それを応用し、自分の周りだけの地形を変え、大地の盾を作りあげたのだ。

 

 

 「(面白いわね、これが天人さんの能力……!?)」

 

 

 幽香は天子の能力について考察した。その瞬間気がついてしまった。

 

 

 「(いないですって!?)」

 

 

 弾幕から身を守ったはずの天子の姿が掻き消えていたのだ。幽香が考える一瞬にその場から姿が消えたことに驚いた。だが、一つ見つけたものがあった。

 

 

 「(中心に穴?……まさか!?)」

 

 

 その瞬間、幽香の背後の大地が揺れたかと思うと地面が膨れ上がり土が舞い上がった。

 

 

 ガキンッ!

 

 

 「くっ!?」

 

 

 幽香は咄嗟に傘で身を守り衝撃で吹き飛ばされたが踏ん張ることができた。一体何が起きたのか……

 

 

 「ふふ、まさか地面の中を移動するなんて……ねぇ天人さん?」

 

 「びっくりしたか?」

 

 「ええ、天人じゃなくてモグラじゃないの?」

 

 「残念ながら、正真正銘の天人さ」

 

 

 なんと天子は能力を使って地面の中を突き進み幽香の背後に周り強襲したのだ。

 

 

 本来ならばこんなことは元天子ちゃんでもできるわけがない芸当。しかし、今の私は昔と違う。SYUGYOUのパワァーで能力の限界を超え、こんなトリッキーな芸当まで身に付けてしまいました。凄いでしょ?修行ならぬSYUGYOUのパワァーは計り知れない。華扇さんの様々な鬼畜な試練は無駄ではなかった!

 

 

 「まだまだこの比那名居天子の力はこんなものじゃないぞ」

 

 「そう……それを聞いたら増々ワクワクしちゃうじゃない♪」

 

 

 幽香が嬉しそうに狂ったように天子に向かって行く。追い求めて来た獲物を狩るが如く……

 

 

 今度は幽香さんが接近戦に持ち込んで来るつもりらしいけど上等!私は天人くずれの比那名居天子だ!二度目の敗北は……決してない!!

 

 

 ------------------

 

 

 「はわわっ!!な、ながれ弾ががぁああ!!?」

 

 

 観戦者は遠く離れた物陰から戦場の様子を見ていた。

 

 

 「あやや!?これは凄い!伊吹様と天子さんが戦った時よりも派手で尚且つ凄まじいぶつかり合い!これはカメラに収めなければ――だぁあ!?私のカメラが飛ばされて行くぅう!!!」

 

 「おい!文屋!物陰から出るんじゃねぇ!」

 

 「離してください!!私の命の次に大切なカメラが吹き飛ばされてしまったんですよ!迎えに行かないと!!それと私のことは文屋ではなく、文と呼んでください妹紅さん。初めて会った仲ではないのですから」

 

 「……お前意外と冷静だな」

 

 

 無数の弾幕や激突の衝撃で近くに居れば被害が出てしまうために私達は安全(絶対とは言っていない)な場所まで避難した。それにしても何という戦いなの……

 

 

 華扇は慎重に物陰から戦場の様子を窺った。そこには血しぶきをまき散らしながら戦う二人の闘士がいる。その二人の戦いは決してごっこ遊びではなく、その場は正に戦場だった。地面は複数の陥没した跡、流れ出した血が染み込んで黒ずんだ大地、そして二人の体には無数の傷跡が付けられていた。

 

 

 「ね、ねぇ……そろそろ止めませんか?このままだと本当に死んじゃったりするんじゃないかって思ったり思わなかったり……」

 

 

 早苗が遠慮がちに、しかし確実に二人の身を心配して言ったことだった。だが……

 

 

 「無理だと思うぜ。今のあの二人を止めるなんてできる気がしないぞ」

 

 「妹紅のいう通りよ。今の天子と幽香を止められる者はここにはいない……いえ、止めるべきではないわ。二人には譲れないものがあるのだから」

 

 「華扇さん……」

 

 「早苗の心配はわかるけどどうしようもないの。本当に死にそうになってしまった時は私が無理にでも介入するから。だから今は見守りましょう」

 

 

 今は見守るしかできない……二人の戦いは本気の本気だ。いつ一撃を受けて命に関わる状況に陥るかもしれない、もしかしたら一撃を受けてそのまま帰らぬ人になってしまうかもしれないのが今だ。だってあそこは戦場なのだからいつ死んでもおかしくはない。心配なのは私だってそう……天子に死んでほしくない。彼と過ごした時間は温かいものだしたし楽しかった。だから天子……勝って!勝ちなさい!私達が見守ってあげているのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私のカメラぁあああああああ!!ぎゃぁああああああああ!!?」

 

 「おいバカ!だから出ていくからだぞ!!」

 

 「ふ、奴は私達東風谷四天王の中でも最弱……」

 

 「早苗お前こんな時に何言ってんだ!?ってか四天王って私達のことかよ!?」

 

 「そうです!今ここにいる私、妹紅さん、華扇さん、文さんの四人で東風谷四天……きゃぁあああああ風にさらわれるぅうう!!?」

 

 「だぁあ!お前もかよー!?今助けに……ぐわぁああ流れ弾がぁああ!!?」

 

 

 ……こっちはこっちで大変ですのでもしかしたら見守ることができないかもしれませんので……後は頑張ってください天子……

 

 

 空に舞った3人を連れ戻しに行く華扇であった……

 

 



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51話 本気!天子VS幽香

筆が進むわ進むわ止まらない……っと言う事で続き天子と幽香の激動の死闘でございます。


今度はどっちが勝つのか……また幽香が勝利するのか?それとも天子か?


それでは……


本編どうぞ!




 「あはははははは!これをくらっても戦意を喪失しないなんてね!」

 

 「まだまだ……先は長いぞ!」

 

 「そうね、そうよね!こんな楽しい時間をすぐに終わらせるなんて罰当たりよ!」

 

 

 幽香さんがエンジョイしております。ちなみに私も今もの凄く気分が好調しています。仕方ないよね、私達戦闘狂だし?楽しいもんは楽しいんだから仕方ないじゃない。お互いに傷つき血を流している状況なんてあんまりないと思う。特に幽香さん、血がついていて本当ならばもの凄く怖いはずなのに玩具で遊んでいる子供のように見えてしまうのは私の目に特殊フィルターでも入っている証拠なのかな?まぁそんなことはおいておこう。

 先ほどからお互いに攻撃し合いそのたびに血を流して打撲跡ができる。そして何と言っても幽香さんの力が増々増加していっている。私もまだ100%のパワァーを出していないため対抗できる。徐々にお互いに隠し玉を出し合っている……そんな状況が先ほどから続き拮抗(きっこう)状態だ。そして、この状態がいつまで続くか……

 

 

 「――隙ありよ!」

 

 「――!?」

 

 

 ガキンッと音を立て、手に持っていた緋想の剣が宙を舞う。これをチャンスと天子を仕留めんと幽香の傘が牙を向く。

 

 

 こうなったら()()を出すしかない!

 

 

 凶器が目の前に迫り、天子はとっておきを出すしかないと悟った。

 

 

 『無念無想の境地』!!!

 

 

 「なっ!?」

 

 

 幽香の表情が驚愕に包まれた。これまで天子の顔面を傷つけるはずであった傘がぽっきりと折れてしまったのだ。しかも天子は怯むことなくその場に立っていた。

 

 

 「どういうことなの!?あなたの肉体にはそこまでの強度はなかったはず!?……そうか先ほどの!!」

 

 

 幽香は理解したらしく、天子が直前に発動した『無念無想の境地』が原因だと見抜いた。

 

 

 「なるほどね、その力で自分の身体能力を上昇させ私の攻撃に耐えたと」

 

 「……そういうことだ幽香さん」

 

 「ふふ、楽しませてくれるじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めっちゃ痛いけどね……

 

 

 うん……正直泣きそうなほど痛い……傘でぶん殴られるんですよ?しかも顔、女の子にとっても命と同じ価値がある顔をカっチンコッチンな傘が幽香さんの腕力によってぶん殴られるんですよ?くっそ痛いです。イケメンに生まれ変わった私に何するんじゃー!って叫びたい……けど叫んだら痛みに耐えられずに泣き出してしまいそうよ……我慢するんだ私……

 一時的に身体能力を強化し、あらゆる攻撃に怯むことなく行動できるようになるけど、萃香の時みたいに幽香さんの力が半端ないから痛み感じまくりです。幽香さんの暴力的攻撃をガードができなくなるのは辛すぎる……できれば出したくなかったけれど仕方ない。一定時間は元天子ちゃんの我慢強さを活かして耐えて、幽香さんの攻撃をものともしないと勘違いさせれば精神面にも攻撃できる。精神攻撃は基本中の基本、イケイケドンドンの特攻で攻め立てる!拮抗(きっこう)状態を崩すにはそれしかない!!

 

 

 「今度はこっちの番だ!」

 

 「チッ!」

 

 

 今度は天子が幽香を攻め立てる。緋想の剣は飛ばされて離れた場所に転がっている……ならばと拳を握りしめ打ち出す。

 

 

 「ぶがっ!?」

 

 

 顔面に一発ストレートを入れてやった。受けた幽香は反動で飛ばされて地面を転がるが、すぐに起き上がる……殴られた頬が赤く腫れあがり口の中が切れたのか血が見られた。

 

 

 女性を殴るなんて最低ですって?残念、私は外見イケメンな男であるけど中身は女の子だからノーカンです。ノーカン!ノーカン!ノーカウントなんですよ!それに手を抜くことは無礼ですし、既にお互いボロボロなので気にならない。でもこれで増々闘志を燃え上がらせてしまったみたい……鋭い眼光に睨まれ、歯は数本が折れ地面に落ちている状態でも怒りと喧嘩の楽しさを表現しているかのように妖気は目で見える形となって幽香さんを包んでいたから。

 

 

 「はぁ……はぁ……ふふ、あはははははは!女性を躊躇なく殴るなんて……あなたは鬼?それとも悪魔?いいえ、違うわね……あなたは正真正銘の天人だったわね。ふふ、ごめんなさい……あまりにも嬉しくて自分でもわけわかんなくなってきちゃったの。うっふ♪すごく……ものすごく痺れる拳をありがとう♪気持ちいい痛みだったわ♪」

 

 

 ドⅯ発言に聞こえてしまうが、皆忘れちゃいけない……幽香さんはドSだからって今の表情は皆に見せられない。トロ顔ならずにアヘ顔に近いわね……大人の女性である幽香さんがそんな顔しちゃいけませんってツッコミたい……

 

 

 「いい一発を貰ったんだからこっちもそろそろとっておきを見せてあげるわ!」

 

 

 ドクンッ!

 

 

 心臓の音が鳴った。それはこれから起こり得ることに対しての警戒を意味しているものだろうか……

 

 

 妖気が更に大きく、目に見える妖気が形を作っていく……羽の生えた幽香その者を映すような妖気が彼女の背後に降臨していた。

 

 

 これは……スタ〇ド!?しかも幽香さんそっくりです……羽の生えた幽香さんか、圧倒的な妖気がスタ〇ドの正体……これは一筋縄ではいかなくなった。私が強くなっても幽香さんを超えることはできないのかな……否!弱気になっちゃダメよ私!これは試練、幽香さんと親友(とも)になるための障害よ。この障害を乗り越えた時の達成感を考えるとワクワクすっぞ!!

 

 

 「それが幽香さんの本気だな?」

 

 「ふふ、()()本気よ」

 

 「()()……か……」

 

 

 マジですか……これで100%じゃないなんて……幽香さん戦闘力53万以上ある気がして来た……53万実際にあったら幻想郷事態が粉々になっちゃうけどね。でも完全にラスボスですねこれは……もう少しレベルアップしておいた方が良かったかもしれない……戦いは実力が近くないと面白くないと私の本能が囁いている……が、幽香さんと私は実力が近いのだろうかと今疑っているところよ。私妖気なんかないし、スタ〇ドなんて出せない……スタ〇ド出せる幽香さんが羨ましいわ。私だって一度オラオラオラオラ・・・オラァ!ってやりたかった……いや、スタ〇ド無しでもオラオララッシュをやれるチャンスだってあるはずよ!!

 どちらにせよ、今の幽香さんを倒すためにはこちらも()()本気の状態で打ち負かさないといけなくなった。()()と言うことはまだ後があると言う事だから……ホント嫌になっちゃうわ。

 

 

 「覚悟はできたかしら天人さん?」

 

 「そうだな、元よりそのつもり……だけど私はまだやられはしないさ」

 

 「そう、それでこそ……私の相手(宿敵)よ!」

 

 

 激しい激突が戦場を襲った。

 

 

 ------------------

 

 

 オモシロイ!

 

 

 タノシイ!

 

 

 オモシロイ!!

 

 

 タノシイ!!

 

 

 オモシロイ!!!

 

 

 タノシイ!!!

 

 

 滅茶苦茶になりそうな思考をグッと堪えるために唇を食いしばる。食いしばりすぎたことで唇から血が出てているが気にもならない、痛みなど感じない、何もかもおかしくなりそうな感情を我慢してまで目の前の相手から注意を逸らすことができない血に染まった花がここに居た。

 

 

 「はっ!」

 

 

 妖気を極限状態にまで解放し、とっておきまで見せた幽香の頬に再び拳が一発めり込む。

 

 

 「ぶぐぅっ!?」

 

 

 注意を怠っていたわけではない、気を抜いたつもりもない、しかし一発確実に当てられた。それも一度殴られた同じ場所……今度は口からだけではない、鼻からも我慢できなくなった血が流れ出る。

 しかし食いしばった。足に力を入れ踏ん張った。一度目と同じように飛ばされることはなかった……同じにはなりたくなった。同じ屈辱は味わいたくなかった……けれど……

 

 

 「ぐがぅ!?」

 

 

 今度は腹に一発……拳が入った。肺の空気が一気に漏れ出して苦しくなる……だが休む暇もなかった。

 

 

 「オラオラオラオラ!」

 

 

 一発、二発、三発、四発も体に打ち込まれていく。どれも体に痣を作るには十分な威力だった。

 

 

 「――オラ!」

 

 

 そして五発目の拳は更に力が入った一撃だった。たまらず幽香の体は吹き飛ばされて地面をバウンドしながら転がっていく。

 

 

 既に体もボロボロ、服も髪も土に血に汗で汚れきっていた。傍から見れば汚い以外の何物でもない姿をした幽香が地面にボロ雑巾のように転がっている。

 こんなことは初めてだった。今までの中でこんなに惨めに汚く、そして諦められない存在と出会うことはなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女はつまらなかった。

 

 

 彼女は心から笑わなくなった。

 

 

 彼女は弾幕ごっこに付き合うことになった。

 

 

 彼女の毎日は()()()遊びだった……花は好きだ。でも彼女は闘うことも好きだった……否、大好きだった。

 

 

 彼女は強かった……否、強くなり過ぎた……相手になってくれる者などいない……

 

 

 彼女は無気力だった……花達と毎日会話して平凡に暮らすことも彼女にとって幸せの毎日だ。

 

 

 だけど……それだけでは彼女は満足できなかった。

 

 

 彼女を満足させることができたのは小さな人形の存在だけだった。その小さな人形は彼女を心配し、声をかけて恐れられているはずの彼女に近寄って行った。彼女が個から群となった。その人形とならば楽しかった、遊び、会話して一緒に花の面倒を見てくれる……一人より二人の方が良かった。花達も二人を歓迎するように風に揺られていた。しかし、彼女の心の底には諦めきれない闘志が渦巻いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘いたい……ごっこ遊びなんかじゃない命をかけた闘いを……

 

 

 幻想郷は様々な種族の生命が存在し、妖怪の賢者と博麗の巫女によって課せられたルールがあった。

 

 

 『スペルカードルール』

 

 

 これが彼女を縛り付けた。自由にできない鎖をつけられて我慢する日々が続いていた。花達と小さな人形の存在が少しでも彼女の心を癒す支えになるはずだった。

 そんな時に彼女は知った。天界に住み、幻想郷に降り立った一人の天人のことを……それが彼女の鎖を解き放つ最後の『期待』になると信じて……彼女はその天人と出会うことにした。

 

 

 妖気を極限状態まで解放した。初めは圧倒できた。肉体を強化し、傘が折れてしまう程の強固な肉体となった天界の住人に血を吐かせることができた。幽香の化身となった妖気から無数の光弾が発射され、体を貫く……焼き抜くといった感じで肉体に傷をつけていった。しかし、次第に立場が逆転していった。

 緋想の剣……そう言っていた変わった代物に幽香の化身となった妖気が切り裂かれた。まるで悲鳴をあげるかのように妖気がブレて苦しみの表情を現した。緋想の剣が妖気の塊である化身を切り裂いたのだ。何度も切り裂かれていった……それを黙って見ている程の幽香ではなかった。幽香も何度も拳で殴りに行った……血を流しながら拳を振るった。だが、一瞬の隙が生まれてしまい化身は首を斬られるが如く幽香と切り離された。その瞬間に幽香に宿っていた力が急激に低下するのを感じた。

 

 

 脱力感……全身に力が入らずにふらついてしまった。その瞬間に拳が幽香の頬にめり込んだ。

 

 

 そして何度も拳の衝撃が幽香を襲い、吹き飛ばされて地面をバウンドしながら転がっていったのだ。

 

 

 汚い姿を晒し、幻想郷で恐れられる妖怪と言えば風見幽香……そう誰もが疑いもしない事実であった。しかし今の姿はそんな彼女の印象とは程遠い惨めな姿だった。

 

 

 今の天候は晴れ、雲一つない空となり美しかった。その美しい空とは対照的な戦場で幽香は空を見ていた。

 

 

 「……」

 

 

 何を思っているのか、何も思っていないのか、幽香は只単に空を眺めていただけだった。何も発せず、身動き一つもしない……そしてその光景を眺めている天人比那名居天子は血を滴らせながら黙っていた。

 

 

 ------------------

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……これは……夢……?

 

 

 私は……こんな地べたに転がって空を見ている……?土まみれで血だらけで……らしくない汗で汚れきった姿をしたままで?誰にこんな姿にされた?こんな惨めで無様な姿に……?

 

 

 その答えはわかっている。今闘っているのだから……

 

 

 「うぅ……ぐぅ……!」

 

 

 ポタポタと鼻血を滴らせて立ち上がる。

 

 

 力が入らずに膝を付きそうになるが無理をしてでも立ち上がる。

 

 

 何としても彼の顔を見たくて目を向ける。

 

 

 目が合った……穢れの無い純粋な真紅の瞳、髪は腰まで届く青髪のロングヘアには土埃に血が染みつき今では半分が赤に染まっていた。服も汚れて、シミ一つ嫌う天人の姿とはかけ離れた姿でそこにいた。

 

 

 ああ……あなたはなんて変わり者なの……天人ならば汚れることを嫌い、地上に降り立つことさえないと言うのにあなたは違った。天人はつまらない存在だと思っていたけどあなたは違った。誰よりも強く、誰よりも気高く、誰よりも美しいと感じた……この私が……この風見幽香がそう感じたのよ。あなたは今までの常識を覆す天人さん……私の心を離さないでしかも私をおかしくしてしまう天人さん。あなたといると楽しくて仕方ない、あなたといると面白くて仕方ない、あなたと目が合うと鼓動の高鳴りを抑えきれない!どうしてくれるのよ……

 

 

 私は……あなたを……

 

 

 「ごばぁっ!!」

 

 

 幽香の口から血が吐き出される。体が耐えきれずに抑えられずに吐き出された血は足元に血だまりとなっていく。体が限界だと……もう既に限界を超えていると訴えていた。しかしそれを……

 

 

 彼女はどうでもいいとさえ思えた。彼女の目に映るものたった一人……期待外れと失望したはずの天人……比那名居天子しか映っていなかった。

 

 

 ……ぐぅう!?はぁ……はぁ……体なんてもう……どうでもいいわ!天人さんあなたとまだ決着はついていない!姿形なんて今の私には興味はないわ!今の私は……あなたしか見えない……見ちゃいけないの!私に見せて!見せ続けてぇ!あなたの力……全てを……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……幽香さん」

 

 

 ああ、彼の声が聞こえてきた……その声を聞くだけで脳が揺さぶられてしまう……私はおかしくなってしまったのかしら……でもそれでもいい。今は只、彼を見ていたい……声を聞きたい……全てを……頭から指の先まで全てを葬ってあげたい!私が肉片になるまであなたと闘いたい!!!

 

 

 「……な、に……かしら……」

 

 

 その感情が爆発しそうなのを堪えて返す。言葉を発するだけでも辛い程の胸の痛みがあったがそれすらも我慢した。会話が途切れて天子との繋がりを失いたくはなかったから……

 

 

 「そろそろ限界じゃないか?」

 

 「い、え……まだ……まだ……ものたりないわ……よ……」

 

 

 本当ならば限界だ。限界を超えて無理している……誰が見てもそうだが彼女自身は認めない。ここで終わるなんて彼女は望まないし望んでいない……100%出しきっていないのだから。

 

 

 「嘘は良くない……幽香さんは無理している」

 

 「……」

 

 「私だって限界だ。だが、幽香さんの方は限界を超えているんじゃないか?」

 

 「……」

 

 

 何も答えない……ふらつく足にかすむ視界、それに対して天子は疲労しているがちゃんと立っていた。差が表面に現れてどちらが有利かを物語っている。

 

 

 「そうよ!これ以上二人の戦いを続行することは審判である私が許しません!」

 

 

 遠くの方から声が聞こえてきた。所々に砂埃を被っているがちゃんとした足取りで三つの荷物を抱えながら近づいてくる……

 

 

 華扇だった。そして抱えられているのは死闘の流れ弾や衝撃で巻き込まれた早苗、妹紅、文の変わり果てた姿だった。

 

 

 「二人の戦いがあまりにも激しすぎたために周りに多大な被害が出たわ。ご覧の通りに三人は気絶、地形も凹凸ができてこれ以上の騒動は妖怪の賢者も黙っていることはないでしょう」

 

 

 華扇の言う事はもっともだった。荒れ地と化した大地、妹紅たちは目を廻して気絶し華扇はご立腹の様子……ここまでのことをして妖怪の賢者である紫が姿を現さないのは配慮してもらっているのかそれとも……

 

 

 「とにかく中止です。天子わかりましたか?これ以上は只の殺し合いです。戦ってもいいですが殺し合うのはルール違反です。幽香もわかりましたね?」

 

 「……や……」

 

 「?幽香あなた何て……?」

 

 

 幽香が何かを呟いたか聞こえなかった。もう一度聞きなおそうとした時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――嫌よ!!

 

 

 静かになって戦場に木霊した。心の底から否定した彼女の気持ちが言葉となって出てきたようであった。

 

 

 「……私は……待ってたの……私を……満足させてくれる存在を……!ずっと我慢していた……ずっと耐えてきた……どんなに花を愛しても消えることはできず、心の底に巣作っているこの思いのせいでメディにも心配かけた!……このまま我慢するしかないと思っていた時に彼が現れた……期待を込めて、込めて、込めて……ようやくこの思いを満足できるかと思ったのに……まだ全力を出しきっていないのに……終わらせるなんて……!絶対に嫌よ!嫌なの!!嫌って言ったら嫌なのよ!!!」

 

 

 駄々っ子のように喚いた。今までの幽香から想像できないような姿だった。「嫌!嫌なのよ!」そう叫び続ける幽香の声が辺りにしばらく響くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく幽香は喚いていた。喚き散らした……気絶していた三人も目が覚めて幽香の様子に困惑していたが誰も幽香を止めることはなかった。寧ろ全てを吐き出させてあげようと思っていた。彼女のため込んでいた苦しみをわかってあげるために……

 

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 喚き散らした後には静寂が戻って来た。その全てを聞いていた天子は最後の提案を出す。

 

 

 「……華扇さん、やっぱり止めないでほしい」

 

 「天子!?あなたまさかとは思いますが……!」

 

 「そのまさかだ。幽香さんともう一勝負したい」

 

 「天子あなた何バカなことを言っているの!?」

 

 

 華扇は怒った。二人共既に限界だった。幽香に至っては限界を超えている……このままいけば命を散らすことに繋がってしまうそう危惧していたのに、天子が戦いを続けたいと申し出たからだ。しかしそれだけで怒っているのではない。華扇は天子が心配で仕方ないのだ。傍から見れば二人共重症だ。立っているだけでも奇跡的なのに話までしているのだから……

 

 

 「お願いだ華扇さん、幽香さんの思いを無駄にできないんだ」

 

 「わかっているの!?このまま続けると二人共死んでしまうかもしれないのよ!?」

 

 「大丈夫だ、私はしぶといし、幽香さんも死なせたりしない。だって私は幽香さんと親友(とも)になりに来たのだから」

 

 「天人さん……」

 

 

 幽香が天子に向ける視線はどこか温かさを含んでいたが天子がそれを知ることはなかった。

 

 

 「うむむむ!もう知りません!勝手にやって死んでも私は知りませんからね!」

 

 

 華扇はプンプンと怒って遠くの岩場まで行ってしまった。この場から立ち去らないだけ温情であろう。

 

 

 「おい天子本気かよ!?」

 

 「そうですよ!天子さん人生ゲームオーバーを体験するつもりですか!?」

 

 「あやや、早苗さんちょっと言っていることがわからないですが……天子さんこれ以上は体が持ちませんよ?」

 

 

 妹紅、早苗、文に心配されても意思をかえることはなかった。もう既に天子は答えを出したのだ。

 

 

 「すまない皆、私は幽香さんの思いに応えたいんだ。それが比那名居天子としての幽香さんに対する敬意だからな」

 

 「「「……」」」

 

 

 三人は何も言わずに華扇と同じ岩場に向かい見守ることにしたようだ。

 

 

 「……ありがとう……皆」

 

 

 天子は心の底からそう思えた。そして向き直った……

 

 

 「幽香さん、次で最後にしよう。本気の本気……100%の全力で相手をしてほしい!」

 

 「……ええ!ええ!!本気の本気……全力で相手になるわよ!!」

 

 

 二人は向かい合う……決着をつけるために!

 

 

 「いくわよ天人さん!!」

 

 「ああ!こっちもいくぞ幽香さん!!」

 

 

 幽香の突き出した手のひらに光が集束していく。みるみるうちに光の塊が大きくなりサッカーボール程の大きさに……だが、そこに集束するエネルギーは今までの比ではない。

 

 

 「私の最後の本気……100%のマスタースパークを味合わせてあげるわ!!」

 

 

 マスタースパーク……霧雨魔理沙も幽香から盗み取ったとされる代表的な技。正確には幽香の技はマスタースパークと言う名前かわからない。だが、名付けるとしたらそれしかない。魔理沙と同じ光のエネルギーがどんなものでもパワーで粉砕する「弾幕はパワーだぜ!」に相応しい技……それと同様に幽香のこれもどんなものでも粉砕する力を持っている。マスタースパークとそう呼ぶに相応しすぎるのだ。

 

 

 「マスタースパークか……」

 

 

 天子は考えた。『無念無想の境地』で耐えしのぐことはまずしない。全力で相手をすると言ったのに守りに入ることは論外だ。攻撃あるのみだが、中途な攻撃でもすればマスタースパークにかき消され天子の負け。ならば中途半端な攻撃じゃなければいい。天子が持つ最大級の技で相手するしかない!

 

 

 「(コレしかない……ぶっつけ本番になるけどコレしか対抗できると思えるものがない……どちらにせよ本気を見せつけて勝たないといけないならばやるしかない!!)」

 

 

 緋想の剣が天子の前に浮遊し回転し始める。すると霧のような赤いエネルギーが天子の元に集まり始めた。

 

 

 「(周囲の気質が天子の元へ……一体何をするつもりなの?)」

 

 

 遠くの方で見守っていた華扇も怒りがいつの間にか収まりその光景に目を奪われていた。

 

 

 「幽香さん、私の全力受けてくれ!!」

 

 「私のマスタースパーク……生易しいなんてものじゃないわよ!!」

 

 

 二人の手元に集まった光が今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『マスタースパーク』!!!

 

 

 

 

 

 『全人類の緋想天』!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強大なエネルギーが二つ同時に放たれた!!

 

 



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52話 決着!天子VS幽香

天子と幽香の死闘に遂に決着の時が来た!


そういうことなので……


本編どうぞ!




 「ぐぐぐぐぅ!!?」

 

 「がはぁはは!!?」

 

 

 天子の放った『全人類の緋想天』と幽香が放った『マスタースパーク』がぶつかっていた。

 

 

 互いの本気を出し合った正真正銘の最後の一撃……これに打ち勝てばその者こそが勝者である。

 

 

 「ぬっ!?ぐぐぐぅ……はぁあああああああ!!」

 

 「く、くぅ……!?まだまだよ!!!」

 

 

 押し、押され、お互いの丁度中心でぶつかりあう光の塊……『全人類の緋想天』と『マスタースパーク』がしのぎを削っていた。

 

 

 一瞬でも力を抜けば全力の塊であるそれが自分に振りかかる……しかし二人にはそんなものなど恐怖に感じなかった。寧ろ二人にとっては相手その者の全てを表しているように見えていた。

 

 

 「これが幽香さんの全力か……凄まじい!でも負けるわけにはいかないんだ!」

 

 「天人さん……これがあなたの全力なのね……嬉しいわ!でもまだよ!最後に勝って笑うのはこの私よ!!」

 

 「「うぉおおおおおおおおお!!!」」

 

 

 増々威力を上げていく。体を支えるのに必死で体中の傷口から血がにじみ出て地面を濡らすがお構いなし……二人にはもう目の前しか見えていなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 「「うぉおおおおおおおおお!!!」」

 

 

 私は叫んでいた。

 

 

 幽香さんも叫んでいた。

 

 

 幽香さんを直接見ることはない……だって目の前にある光のレーザーが私の『全人類の緋想天』とぶつかり合っていて眩しいだけでなく、その光景から目を離せない。今の私にはそれしか目に入らないのだから。

 

 

 ところで必殺技とはなんだろうか?絶対に相手を殺す技?とっておきの中のとっておき?それじゃあなたの必殺技は何?と聞かれたのであるならば私はこう答える……『全人類の緋想天』と。

 『全人類の緋想天』とは比那名居天子の最大の技である。詳しくは、赤くなったマスタースパークなのだが、マスタースパークは極太レーザーによる攻撃であり、一見レーザーのように見えるが実はそうではなく、超高速、超高密度の気弾の集まりらしいの。ゲーム上ではわからなかったけど、よーく目を凝らして見ると何となくそんな風に見えたり見えなかったりする……目が良い私にも超高密度まではわからないけどそんな気がするの。この元天子ちゃんの最大の技である『全人類の緋想天』は今まで使おうとは思わなかった。いや違うわね、今まで使えなかったが正解よ。それは何故か?理由は三つある。

 

 

 一つ、それは実戦ではあまりに不向きだったから。気質を集めるためには緋想の剣が不可欠で、私自身には気質を集める程度の能力は備わっていない。緋想の剣によって出せる技であるが故に生身では出すことができない欠点があった。

 

 

 二つ、発射するまでの時間が長いこと。周りの気質を集めて繰り出される威力は凄まじい破壊力を持ち合わせている。強化された比那名居天子である私ならば尚更だ。しかし気質を集めるための時間が必要で繰り出す間に相手が逃げてしまったりしたら意味を為さなくなってしまう。

 

 

 三つ、出そうと思ってもその機会がなかった。これ程の威力を持ったエネルギーをどこに出せばいいんだと思った。私の妄想が実践することを拒んだのだ。修行して強くなったと実感した時に必然的にこの技を覚えなくてはと思って試し打ちしようとしたのだが、気質が集まって来た時のその量が想像以上でヤバいと感じた私は中断を余儀なくされてそれ以来、出すに出せなかった技だった。

 

 

 しかし、今こうして私の目の前に『全人類の緋想天』が存在しているわけである。幽香さんの100%本気のマスタースパークと互角だなんて思っていなかった。いや違う、もっと気質の集まっている場所ならば今よりも強力な威力で撃てるのではないか?私は実際に繰り出すのは初めてだからこれはまだ未完成の『全人類の緋想天』だと勝手にそう思う。まだまだこれ以上の威力を発揮できるチャンスが必ず来るはずだ。それまでにこれを自分のモノにしないといけないみたいね……

 

 

 意外に余裕そうに見えても限界なんですよ。若干こっちが押され始めているのが見て取れる……ヤバイわ。幽香さん強すぎるわよ。何?チートキャラなんですかって言いたい……しかし私は諦めない。元天子ちゃんが聞いて居れば喝を入れに来るはずよ。ここで負けるなんて絶対にしない!私は負けない!今まで私の親友(とも)なった皆のためにも……幽香さんのためにも……自分自身のエゴのためにも……私は幽香さんに勝つ!私のエゴを突き通し幽香さんと親友(とも)になるために!!死ぬかもしれない?そんなのお断りよ!私も死なないし、幽香さんも死なせはしない!だからこそ私の……

 

 

 比那名居天子の覚悟であり、私の意地を見せてやる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いっけぇえええええええええええええええええええええ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐぅ!?うぐぐぐぅうううううううう!!?」

 

 

 マスタースパークが押され始め幽香の表情が苦痛に変わる。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスタースパークが四散した。

 

 

 「!!?」

 

 

 苦痛の表情が驚愕に変わり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……私の……負け……か……」

 

 

 幽香は赤い光の中へと消えていった…… 

 

 

 ------------------

 

 

 「はぁ……はぁ……幽香さん……」

 

 

 急いで天子は駆け寄った。地面に倒れ伏している幽香の元へ……

 

 

 「……私は……生きて……いる……わよ……」

 

 「……よかった」

 

 

 安堵した。天子はマスタースパークが四散した瞬間に自身の能力を使って幽香を守るように地面を盛り上がらせて盾にした。何重にも重ねて幽香の身を守ったのだ。それによって幽香の命まで失う事にはならなかった。寧ろ全力を出し切ってしまい立てずに幽香は倒れてしまったのだ。

 

 

 「天子!!」

 

 「天子さん!!」

 

 「あやや大丈夫ですか!?」

 

 

 観戦していた妹紅、早苗、文がすぐさま駆け寄って来て心配そうにしていた。そのことに天子はとても嬉しかった。

 

 

 「ああ、私も幽香さんも大丈夫……命に別状はない」

 

 「お前なぁ……もっと自分を大切にしろよ……」

 

 「すまない妹紅……」

 

 

 妹紅の目には微かに何かが溜まっていた。今にも流れ出てしまうようで気づいた天子は只謝ることしかできなかった。

 

 

 「でもでも凄いですよ!天子さん勝っちゃうんですから!やっぱり天子さんはこの作品の主人公なんですよきっと!!」

 

 「(東方の主人公は霊夢と魔理沙なんだけどな……)」

 

 「あっ、ちなみにヒロインは私ですよね?」

 

 「あやや、早苗さんがヒロインだったらお笑い話か何かですかね?」

 

 「文さんそれどういう意味ですか!?」

 

 「おお、こわいこわい♪」

 

 

 そんなやりとりを見ていたら天子は自然と笑顔になれていた。そして笑顔になれたのは天子だけではなかった。

 

 

 「ふふ……素敵な……お友達ね……」

 

 「……幽香さん」

 

 

 冷たい微笑でもなければ見る者に恐怖を与える笑みでもない。純粋な笑顔を向ける幽香だった。

 

 

 「……妹紅とか……言ったわねあなた?」

 

 「あ、あん?……なんだよ……」

 

 

 まさか幽香に振られるとは思っていなかった妹紅は警戒した。

 

 

 「……ごめんなさい」

 

 「……はっ?」

 

 「「……えっ?」」

 

 「……」

 

 

 謝ったのだ妹紅に対して。謝罪された妹紅は訳が分からず、早苗と文もポカンとしていた。天子だけはその様子を見ているだけだった。

 

 

 「あなたを犬と呼んだことを謝っているのよ……それ以上のことはないわ……」

 

 「お、おう……」

 

 

 彼女なりのケジメなのだろうか?それだけ言うと幽香はそっぽを向いてしまう。自分では気づいていないのであろうが、天子にはそれが照れていることがわかった。そんな照れ隠ししている幽香の姿を見て笑い声をあげた。

 

 

 「はっはは!」

 

 「……な、なによ……天人さん……?」

 

 「幽香さんって可愛いなって思ってさ」

 

 「――なっ!?」

 

 

 天子は幽香の行動に笑ってしまい、正直な気持ちを言っただけだったが、それが効いたのか幽香は頬を赤らめて……

 

 

 「……ふん!」

 

 

 むくれてしまった。

 

 

 「(天子の奴め、後で腹パン決定だ)」

 

 「(はわわっ!天子さん無意識に幽香さんも攻略する気ですか!?早苗(ルート)!早苗(ルート)はいずこに!?)」

 

 「(あやや、これはこれは……レアなモノが見れて光栄ですね♪カメラが無事であれば収められたのですが……)」

 

 

 ちなみに文のカメラは無事では済まず流れ弾に当たってその役目を終えたことは内緒だ。

 

 

 「……二人共無事で何よりでしたね」

 

 「華扇さん……何とかな」

 

 「全くあなた達は……あなたもですよ幽香、天子が最後に守ってくれていなければあなたは死んでいた可能性があったのですから」

 

 「……でも死んでいないわ」

 

 「……まぁその通りなんですけど……ともかく!今は二人共治療が必要です。すぐに永遠亭へ行きましょう!三人共手伝ってください!」

 

 

 ------------------

 

 

 「二人は鎮静剤を打って寝かしておいたわ。後は私達に任せて頂戴」

 

 「すみません、二人共言っても聞かない者達で……」

 

 

 永琳に丁寧に謝罪する華扇。既に外は真っ暗になっており妹紅、早苗、文の三人は華扇によって帰宅させられた。少なからず巻き添えとなったのでひと通り永琳達に見てもらった後に自分の帰るべき場所へと返された。

 

 

 「はい、これでもう大丈夫ですよ」

 

 「ありがとう鈴仙助かりました」

 

 

 華扇も切り傷などの軽傷を負ったっていたので一応絆創膏(ばんそうこう)を貼り付けることで手を打った。華扇を手当てしているのは鈴仙・優曇華院・イナバだ。彼女とは時々人里で買い物するときに医療薬など必要になる時があったので二人には面識があった。

 

 

 「優曇華、あの二人の様子を定期的に見ておいて頂戴ね。二人共無理をしそうだから」

 

 「わかりました師匠。では私はこれで」

 

 

 救急箱を持って部屋から出ていく鈴仙。残った永琳が華扇に質問する。

 

 

 「……っで?あの二人がここまで重傷を負うことになった理由は?」

 

 「それは……」

 

 

 華扇は全てを永琳に話すとやっぱりかと言った表情だった。

 

 

 「全く困ったものよね彼は。幽香もだけれど」

 

 

 何度目かわからない永遠亭にお世話になる天子。流石の永琳も来ていいと言ったがいつも重症なのはどうかと呆れていた。

 

 

 「意思が強いのは良い事なんですけど……ね」

 

 

 華扇も呆れている様子であった。

 

 

 「まぁなんにせよ、あの二人のことは任せて頂戴」

 

 「はい、お願いします」

 

 「それであなたはどうするの?もう遅いし泊まっていけば?」

 

 「いえ、私ならば大丈夫です。こう見えても私は仙人ですから」

 

 「あらそう?無理に引き止めはしないけどいいのね?」

 

 「ええ、天子と幽香のこと頼みましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……本当に困ったわね……天子も幽香も……」

 

 

 永遠亭の門前でため息をつく。永遠亭から漏れる光しか辺りにはなく、周りに誰か居てもわからないぐらいの暗さであった。しかし、華扇は一点だけを見つめてこう言った。

 

 

 「そろそろ出てきたら?……紫」

 

 「あら、ばれちゃった♪」

 

 

 スキマが現れ、中から出てきたのは八雲紫。悪戯がバレたような態度を華扇は何も言わずにスルーする。

 

 

 「あら?無視?私傷ついちゃったわ……ヨヨヨ……」

 

 「わざとらしい泣きマネはやめなさい。妖怪の賢者とあろうものがみっともない」

 

 「もう酷いわね、妖怪ジョークよ」

 

 「どこかジョークなのよ……それで?」

 

 

 ひと通りやり終わった二人は今度は真剣な表情になっていた。

 

 

 「なぜ私に会いに来たの?」

 

 「……彼について聞きたいことがあってね」

 

 「……天子のことですね」

 

 

 紫は何も反応せずに華扇の回答を待っているようだった。

 

 

 「天子は立派ですよ。武術、剣術、修行に打ち込む姿勢に日常的な面も全て立派なものです。他人に対する思いやりも見事としか言えません。あの風見幽香ですら天子を認めたようですから……今までにはない人物ですよ。今までやってきたことがまるで天子を中心に物語が進んでいるような話ですよ。異変とかまさにそうでした。博麗の巫女だけでは解決できず、天子にしか救い出せない者が居たりと……早苗の言葉を借りるようで悪いですけど正しく主人公みたいですよ」

 

 「……そう」

 

 

 華扇の感想を一字一句逃さないかのように聞き入っていた紫……その表情からは何も読み取れず只、聞き入っていると言う事しかわからなかった。

 

 

 「私の感想を聞いてどうするの?」

 

 「いえ……只の参考よ。気にしないで」

 

 「へぇ……そうなの」

 

 「ええ、そうなの。それで手間取らせたお詫びに家まで送って行くわ」

 

 「いいのかしら?」

 

 「ええ、いいのよ。昔のよしみだからね」

 

 「……感謝するわね」

 

 

 スキマが現れ華扇はその中へと消えて行った。紫もスキマに入り目の前の座布団に腰かける。

 

 

 「ゆふぁりどもぉいっていふぁの(紫どこ行っていたの)?」

 

 「ちょっとお散歩よ……って口の中のものを食べてから喋りなさいよ」

 

 「ごふぉいなふぁい(ごめんさない)

 

 

 口をバルーンのように膨れ上がらせているのはピンクの悪魔こと西行寺幽々子であった。ここは白玉楼、妖夢がいない今、藍と橙が住み込みで妖夢の代わりに幽々子のお世話をしているのである。

 

 

 「幽々子様、お茶をどうぞ!」

 

 「あふぃあもぅちぇんまぁん(ありがとう橙ちゃん)

 

 

 ズズズとお茶をすすり、口の中にある食べ物と一緒に飲み干し一息する。

 

 

 「はぁ……いいお茶ね♪」

 

 「幽々子ったら相変わらずね。橙、藍の姿が見えないようだけど?」

 

 「藍様なら今日も先に布団でお休み中です」

 

 

 妖夢が居ない分のことは全て藍がやっている。橙も少なからず藍のお手伝いをしているのだが、藍は()バカなので橙に負担は掛けられないと自分で大半やっている。特に大変なのは食事の時間だ。この白玉楼には大食いモンスターがいるのでモンスターを養うために何十人分もの食事を用意しなくてはいけない。初めの頃はやりがいがあり、紫の式として意気込んでいたが次第に心が音を上げてしまった。今ではベルトコンベアーに流れる不良品を取り除く係のように無心で作業する羽目になっている。そのために食事が終われば布団の中へと旅立ってしまうのだ。これを一人でやっていた妖夢がどれほど凄いのかがよくわかる。ちなみに藍の癒しは橙のみになっているので橙が居なければ精神崩壊待ったなしである。

 

 

 「またなのね……藍」

 

 「もう!早く妖夢が帰って来ないからいけないのよ!」

 

 「(幽々子が食べるのを控えたらいいだけなんだけどね……)」

 

 

 紫は思ったことを口にしなかった。言っても無意味だからである。

 

 

 「ふぅ、ご飯も食べたし……お風呂入ってこようっと♪橙ちゃんも一緒にどう?」

 

 「橙もいいんですか?あっ、でも水は苦手……」

 

 「ふふ、前も一緒に入ったんだから。今日も水になれる訓練あるのみよ!」

 

 「にゃ、にゃぁ……」

 

 「それじゃ紫もどう?」

 

 「いいえ、遠慮するわ。なんだが少し疲れちゃって……」

 

 「あらそうなの?それじゃ先に入るわね」

 

 

 そう言って橙の手を引いて部屋を出て行った。

 

 

 「……藍、もう少しだけ頑張ってね。妖夢なら後少ししたら帰って来るから」

 

 

 紫は何度か地底の様子を密かに覗いたことがある。順調に立て直しされていたり、次覗いたときにはぶっ壊れていたりと残念なこともあったが、最近覗いてみるともう立て直しもほぼ終わっており以前の街並みが戻っていたようだった。後もう少しで白玉楼唯一の救いである妖夢が帰って来るはずになっている。

 そんなある日に偶然知ってしまった。あの風見幽香と比那名居天子が戦うことを……

 

 

 「一度敗れてしまったあなたが華扇の元で修行してまで、再び幽香に挑みに行ったのには驚かされたわね」

 

 

 風見幽香に好き好んで関わり合う物好きは限られている。メディスンぐらいだろう。メディスン以外なら紫か力を持つ妖怪辺りぐらいだが、紫ですら用が無ければ会うことはない。しかもわざわざ危険をおかしてまで親友(とも)になろうとするとは思わなかった。

 

 

 紫はあの戦いを見ていた。血が流れ、力と力のぶつかり合い、最後の強大なエネルギー同士のぶつかり合いは流石の紫でも冷や汗をかいた。万が一を備えて結界を無意識に張ってしまったぐらいだった。スペルカードルールもない本当の死闘がそこで行われていた。その圧倒的な迫力に紫ですら全神経を使い、誰にも悟られないように静観していた。紫は止めようとは思わなかった……寧ろ見てみたいと思っていたのだ。比那名居天子の姿を……

 

 

 「前よりも確実に強くなっていた……彼はどこまで成長する気かしらね」

 

 

 テーブルに置かれた酒を注ぎ口に含む。ふぅっと口から出る息がほんのりと酒の匂いを漂わせる。

 

 

 「……本当に……比那名居天子……あなたと言う人は……先が読めないわね……」

 

 

 再び酒を一口飲み、全神経を使って静観していたことで疲れたのか瞼が重く感じる。

 

 

 「……華扇が言って……いた……あなたって……本当に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……主人公……かも……しれな……い……わね……」

 

 

 紫は眠気に負けてゆっくりと瞼を閉じて意識を手放すのであった。

 

 



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53話 花の妖怪と天人さん

幽香との決着がついた。花の異変編のラストでございます。


それでは……


本編どうぞ!




 楽しかった……

 

 

 今までこんなに楽しめたことはなかった……

 

 

 私は長い時間生きてきた……

 

 

 その中で最高の時間だった……

 

 

 そう……

 

 

 私は心の底から満足できた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅ……ここは……どこかしらね?」

 

 

 記憶にない部屋、そして医薬品のにおい……となれば自ずと答えが見えてくるわね。

 

 

 「永遠亭かしらね。メディが毒を提供しているとか言っていたし」

 

 

 永遠亭は確か医者……薬剤師かしらどっちだったか……まぁいいわ。そんなこと興味はないし。

 

 

 「……やってくれたわね……」

 

 

 幽香は体中に包帯だらけ、歯は何本か折れてなくなっていた。

 

 

 傷痕もすぐに治っちゃうし歯も生え変わるから深く気にすることはないけれど、私が痛々しいこんな姿を晒すなんて……生まれて初めての経験ね……とても為になる経験を味わったわ。

 

 

 明らかに重症の体でも動けているのは永遠亭の薬のおかげだろう。しかしそれだけではなく幽香自身の肉体的能力の高さによって普段と変わらない動作ができるのは流石である。並みの妖怪ならば死んでいるか数か月は指一本も動けないはずなのだから。

 そんな幽香の視線を独占する光景は入って来た。それは……

 

 

 「ZZZ……」

 

 

 先ほどまで幽香と戦っていた天子が隣のベッドで寝ていたのだ。

 

 

 「……なに呑気に寝ているのかしらね……」

 

 

 あの私を死ぬまで追い詰めた天人さんには間違いないのだが……どうも締まらない。顔は一緒、包帯は巻かれているが紛れもない天人さん。同一人物なのだけれどこの私を倒した彼が呑気に隣のベッドで寝ているのを見たら気分的に……ね。

 

 

 幽香は隣でぐっすりと寝ている天子の顔を覗き込むためにベッドから降りようとして気がついた。

 

 

 私って体が動けない程に疲労していたはずだけれど!?体がもう回復している……?

 

 

 そんな時に戸が開いた。そこから現れたのはうさ耳をした妖怪だった。

 

 

 「さてとちゃっちゃと取り換えしないと風見幽香が起きてしまって……あっ」

 

 

 目があった。鈴仙はメデューサに睨まれて石に変えられてしまったが如くその場で動けなくなってしまった。しかも瞳から留めなく液体が流れ始めていた。

 

 

 「……ちょ……」

 

 

 「ちょっと」と言おうとした時だった。鈴仙がいきなり床にぶっ倒れてしまった。幽香に声をかけられると思った精神が鈴仙を守るために彼女の意識をシャットダウンしたようだった。これには幽香も唖然とするしかない。

 少しして音を聞きつけたのかもう一匹のうさ耳妖怪がやってきた。

 

 

 「鈴仙ちゃんなにしているのぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 

 幽香の姿を視界に入れた瞬間、脱兎の如く逃げ出して行った。これにもどうすることもできずに幽香はまた唖然とするしかなかった。

 

 

 「もう一体何事……あら?起きたのね」

 

 

 もう一人やってきた。その人物は八意永琳、彼女は幽香を特に怖がらずに対応していた。

 

 

 「……私を見ても怖がらないのね」

 

 「私は医者でもあるので、怪我人を差別するなんてことはありません」

 

 「大したものね。耳を生やした二匹の内の一匹はさっき逃げ出したわよ?」

 

 「てゐね、全く優曇華ぐらい持って行ってくれればよかったのに……」

 

 

 幽香は思った。こいつは強いと……どんな状況にも冷静でいられるのはそれほどの精神を持った強者であることを知っていたからだ。

 

 

 永琳は鈴仙を近くのベッドに寝かせて幽香の近くに椅子を持ってきて座った。

 

 

 「今から体の健康チェックするので質問に答えてね」

 

 「……その前に聞きたいことがあるわ」

 

 「……なにかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「彼は……大丈夫だったのよね?」

 

 

 隣にいる天子を横目で見て永琳に聞いた。聞かれた永琳は「傷薬を塗り、飲み薬も処方しておいたから問題ないわ。寧ろあなたの方が危険だったんだから」そう言うとほぅっと息が漏れた。

 

 

 「……そう……さぁ、健康でもなんでもチェックするんでしょ?さっさとやって頂戴」

 

 「はいはい」

 

 「……なによその顔……」

 

 

 永琳は幽香を見る目が温かみを帯びていたことが不快に思えた。

 

 

 「いいえ……メディスンにあなたのこと聞いていたから」

 

 「ああ……そういうことね」

 

 

 それだけで理解できたわ。この医者は私の普段見せない面を知っていることを……

 

 

 「でも、話には聞いていたけど今のあなた……もっと柔らかい感じがするわ」

 

 「……別に……今まで通りの私よ……」

 

 

 そうよ、私は今まで通り……只最近は満足できないがために気分が良くないってだけだったのだから……

 

 

 「ふふ、彼のおかげかしらね?」

 

 

 そう言って天子を見る永琳はどこか悪戯じみた笑みを浮かべていた。

 

 

 ふん!天人さんは確かに私を満足させてくれたわよ。それは認めてあげるわよ……それに強い……私を初めて追い詰めたんだから……

 それだけじゃない。天人さんは変わり者……今まで見たこともない天人さんなのよ。私のことを諦めずに親友(とも)になろうとしたぐらいなんだから……

 

 

 幽香は……笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから色々と質問された。特に永琳は幽香をいじることはなかったので、ちゃんと大人な対応ができる相手でよかったと密かに思った。今の幽香に相手をどうこうできる程の気力は残っていなかったから。しばらく質問をされた幽香は永琳から解放され、数日間は絶対安静と言われたため再びベッドに潜り込んだ。しかしあれ程重症だったのに数日間安静にしていれば元に戻るなんてここはどんな場所だと思っている幽香であった。

 

 

 「……暇ね……」

 

 

 病室なので只単に寝ていることしかない。何もやることがない病室で寝転がっているのは彼女の性に合わなかった。

 

 

 「……」

 

 

 そんな幽香は身を起こしており、いつの間にか天子がいるベッドに近づいていた。そこで呑気に寝ている天子の寝顔を拝見している花妖怪。

 

 

 「……私と親友(とも)になりたいと思うなんてね……そんなあなたに敗れ去った私はどうかしているわね」

 

 

 そんなことを覗き込みながら呟いていると……

 

 

 「……幽香さん何か用か?」

 

 「きゃ!?」

 

 

 目と目があった。それにおもわず飛びのいてしまうだけでなくみっともない声を上げてしまった。

 

 

 「ちょ、ちょっといきなりでビックリしたじゃないのよ!」

 

 「すまない、少し前に目が覚めたんだが……幽香さんの顔がどんどんと近づいてきてどう反応しようか迷っていたんだ」

 

 「うっ!」

 

 

 そう、いつの間にか覗いていた幽香の顔と天子の顔が少し押せば当たってしまう距離にまで近づいていたのだ。そして目が合うのだから飛びのいてしまうのは無理はない。知らずにそこまで近づいているなんて気づいていなかった自分に嫌気がさす。それに天子の視線に耐えかねたのか幽香はそっぽを向いてしまった。

 

 

 ほ、ほんとうにビックリしたじゃないのよ!全く……こんなくだらないことで驚く私はどうかしているわね……満足したせいか気が抜けているのかしら……?

 

 

 「(……気のせいか少し幽香さんの顔が赤かった気がするが……?)」

 

 「……なによ、言いたいことがあるなら言いなさい」

 

 「……幽香さん、もしかして照れているのか?」

 

 「……照れてないわよ……」

 

 

 天子に振り返らずにそれだけ言うとベッドへと戻って行って掛布団で身を隠してしまう。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 いきなり静かになった病室……お互いに何を話せばいいのか会話がみつからない。気まずい雰囲気が漂う……

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……ねぇ」

 

 

 沈黙を破ったのは幽香の方だった。掛布団に隠れて姿は見えないがハッキリと聞こえた声だった。

 

 

 「……ありがとう……」

 

 「……何がだ?」

 

 

 いきなり謝られて訳がわからない様子だ。

 

 

 「……あなたと闘えて満足できたわ。これで心置きなく花やメディに力を注げるわ」

 

 「そういうわけか」

 

 「そういうわけよ、たったそれだけのことよ。言いたいことはそれだけ……」

 

 

 言う事だけ言って幽香は何も喋らなくなった。だが、その言葉には重みはなく柔らかい印象を受ける。

 

 

 「……そうか」

 

 

 天子はそれだけ言うとベッドで再び横になる。

 

 

 「……あっ、そうだ幽香さん一ついいか?」

 

 

 一体何よ……少し気を許したからって気軽に声かけ過ぎじゃないかしら?やっぱり変わり者ね……

 

 

 「……なにか用かしら?」

 

 「一つ約束してほしい」

 

 「……なにをかしら?」

 

 

 天人さんと一つ約束をした。どこまでも変わった天人さんだった。でもこれが彼の良いところなのね……世の中まだ捨てたものじゃないみたい……

 

 

 ------------------

 

 

 いきなりですが……

 

 

 私は無事退院した!

 

 

 やっぱり永琳さんの医学薬学は世界一ィィィィーーーーッ!!!でした。チートキャラはやっぱり凄い!!

 

 

 まぁそれでも数日間入院していたんだけどね。幽香さんとはベッドが隣だったけど色々と思うことがあったのか初めの頃よりも会話が楽でよかった。体の方は大丈夫か?とか顔を殴ってすまなかったって謝ったら「……別に……気にしてないわ……」って……これってもしかしてツンデレ対応ってやつかな?実は幽香さんはツンデレキャラだったんだ!とか私の妄想が(はかど)った。ごちそうさまです♪

 妹紅たちも見舞いに来てくれたんだけど、妹紅は輝夜とドンパチやり始めるわ、早苗は遠慮なく見舞いのフルーツなんかを完食(私と幽香さん一口も食べれなかった)してしまうわ、文には根掘り葉掘り入院している時の二人だけの夜にナニしているのか聞いて来るわで大変だった。幽香さんがそのたびにぶちぎれそうになっていたのは言うまでもない。けれど、皆が幽香さんに対する態度が変わっていたのは事実だった。以前は会うだけで恐れられていたのに、今ではちょっと(?)怖いお姉さん的な感じの印象になっているようだった。幽香さん自身も妹紅たちに対する態度も柔らかくなっていた。根掘り葉掘り聞こうとした文をアイアンクローの餌食にしたりとかはしたけどね。

 そして幽香さんが目覚めたある日、私は幽香さんと一つ約束した。それは……

 

 

 「この子がメディよ」

 

 

 メディスンちゃんと会う約束をしたの。そして私は今、メディスンちゃんがいる鈴蘭畑でメディスンちゃんと会っている。

 

 

 「初めまして、私は天人くずれの比那名居天子だ」

 

 「……メディスン・メランコリー……です」

 

 

 ぎこちなく挨拶するメディスンちゃんにハートが飛び出しそう!かわいいです♪お人形みたいなかわいさがある……あっ、メディスンちゃんはお人形だったわね。でも確信できた。メディスンちゃんはかわいいと!異論は認めない!!

 

 

 「メディ、この天人さんのことどう思う?」

 

 「う~ん……」

 

 

 う~んと考えるメディスンちゃんを横で見守る幽香さんはやっぱり仲良しみたいだ。メディスンちゃんと幽香さんは縁があるから必然的仲良くなるのは当然だよね。仲良さげに話していると姉妹みたいで見ている私も心がポカポカするわ。それにしてもかわいいなぁ♪えっ?誰かって?勿論メディスンちゃんと幽香さんの二人だけど何か?

 

 

 「う~ん……私はお兄さんのこと悪い人じゃないと思う」

 

 「どうしてメディ?もしかしたら天人さん、メディのこといやらしい目で見る変態かもしれないのよ?」

 

 

 幽香さん何言っているの!?やめてください!!もし私メディスンちゃんに嫌われたら泣いちゃう!帰ったらベットびちょびちょに涙で濡らしちゃう!!!

 

 

 「そうとは思わない」

 

 「あらどうして?」

 

 「だって幽香が楽しそうにしているから!」

 

 

 笑顔で言ってのけるメディスンにポカンとする幽香。天子もどういうことかわからないでいた。

 

 

 「今の幽香とても楽しそうにしているよ?ここにお兄さんと来た時なんて幽香鼻歌歌ってたじゃない」

 

 「なっ!?」

 

 

 ああ、そう言えばそうだったわね。日傘を差しながら鼻歌歌っていたから邪魔しちゃ悪いと思って少し後ろを歩いていたんだけどもしかして無意識だったの?

 

 

 「しかもその時すっごいニコニコしてたよ?」

 

 「――メディ!!」

 

 

 咄嗟に幽香がメディスンの口を塞いだが既に遅し……天子には全てまる聞こえだ。

 

 

 「そうなのかメディスンちゃん?」

 

 「うーうー!」

 

 

 口を塞がれているのでうーうー!と唸ることしかできないが様子からして嘘ではないだろう。

 

 

 幽香さんに気に入られたってことよね?にゅ~ん♪遂に念願の幽香さんと親友(とも)になれる……!

 

 

 「……ならないわよ」

 

 「ふぁ?」

 

 

 変な声が出てしまった。しかし幽香さん今なんと?

 

 

 「……だからあなたと親友(とも)にはならないと言っているでしょ?」

 

 「なん……だと……!?」

 

 

 うそ~ん……私頑張ったじゃん……死ぬ思いして幽香さんに勝ったじゃん……これで認められていないってこと?幽香さん難攻不落の城ですか?

 

 

 「城じゃないわよ……人をなんだと思っているのよ」

 

 「口に出していないのに何故わかる?」

 

 「そんな顔してたからよ」

 

 

 マジか……それにしても困った。以前よりも接しやすくなったけどまだ壁があるように感じるのは気のせいかな?いや、気のせいではないわね。やっぱり幽香さんは一筋縄ではいかないようだ。

 

 

 「メディ、久しぶりにお茶を入れてあげるわ」

 

 「ええ!本当!?私幽香が入れてくれるお茶大好き♪」

 

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるメディスン。鈴蘭畑の花達もその様子を見て微笑んでいるように揺ら揺らと風に吹かれていた。

 

 

 メディスンちゃんが嬉しそうで良かった。幽香さんも明るくなったしやっぱり私のやったことは間違っていなかったようね。

 

 

 うんうんとこの状況を見て頷いていると……

 

 

 「あなたも早く来なさい………………………………天子

 

 「ああ、わかった。今すぐに……ん?今名前で呼んだか?」

 

 

 今幽香さんが私のことを天子って……

 

 

 「……親友(とも)にはなってあげないけど……友達にはなってあげるわ」

 

 

 天子とメディスンは意外な幽香の発言に唖然としていた。

 

 

 「――な、なにボケっとしているのよメディも!二人共早く来なさい!来ないとお茶を入れてあげないわよ!!ふん!!」

 

 

 そう言ってそそくさと立ち去ってしまった。

 

 

 「幽香、お兄さんありがとうね」

 

 「えっ?何のことかな?」

 

 「幽香が笑顔になった。嘘じゃない本当の笑顔に……これってお兄さんのおかげでしょ?」

 

 「ううん……まぁそういうことになるのかな?」

 

 「幽香色々と最近溜まっていたようだけどそれが抜け落ちたみたい。あんな幽香見るの初めて!」

 

 

 そっか……全部吐き出せてスッキリしたってわけか。これが本当の幽香さんなんだな……少しずつ幽香さんが皆に受け入れてもらえるように私も幽香さんに協力したいといけないな。

 

 

 「幽香を待たせると怖いから早くお兄さん行こう♪」

 

 「――ああ!」

 

 

 憑き物が落ちた幽香の姿は人間からも妖怪からも恐れられていた時の姿とは程遠かった。きっと彼女が幻想郷の住人達に受け入れられる日が近い事を祈るばかりである……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、幻想郷の至る所に生えている花達が笑っているように見えたとか……

 

 



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閑話ー人生騒動編ー
54話 最大の危機


天子、人生の最大の難所と出会うの巻きでございます。


感想を受けて作ってみました。


それでは楽しんでいってください……


本編どうぞ!




 やぁ皆、私は超絶イケメン美男子の天人である比那名居天子です。ちなみに転生者です。

 

 

 私は元々引きこもりの女の子だったのだけれど、単純な事故にあい、あっけなく私の人生は終了するはずだったのだけど転生しました。しかも私が大好きだった東方の世界に、しかもしかも!あの比那名居天子として!憑依って言ったらいいかわからないけど私は比那名居天子として生まれ変わったの……外見は男、中身は女の子と言う複雑な状態でね。初めは動揺した。だって男の体になってしかも自分自身がイケメンになるとは夢にも思っていなかった。正直言うと私はラッキーなことばかり起きていた。イケメンサイコー!!

 しかし重要なことがあった。本来ならば比那名居天子は女の子でなくてはならないのに男、しかも私が比那名居天子としてこの幻想郷に生れ落ちてしまったのだ。元々の天子ちゃん……元女の子の天子ちゃんはここには存在しない……私が彼女の人生を奪ってしまった……だから私は決めた。元天子ちゃんの分まで生きて、彼女の名に泥を塗らないように生きようと決めたの!それが今の私、比那名居天子として彼女に送る心からの謝罪で私にできることだから……

 

 

 そのため比那名居天子という私は原作とはかけ離れた存在に進化してしまった……

 

 

 外見は勿論性別の違いで、身長や筋肉の付き方は男らしいし身長も幻想郷の中では高い方だ。元天子ちゃんの我が儘さは私にはなく、総領息子として立派な存在となり、天界では他の天人達から「天子様」と呼ばれるようになってしまった。天界も大革命して今では遊びも良し、食事も良しと言った本当の楽園に変えてしまった。もう原作無視しちゃった♪

 そして私が起こすはずの異変は当に過ぎていてタイミングを逃してしまった……それ以前に優等生である私が異変を起こすなんて真似したら不味くない?って感じにまでなってしまっていたぐらいだ。そんな時に地上(地底)で異変が発生し、ひょんなことからこれから私が幻想郷に大きく関わっていくようになった。

 

 

 今まで色々なことがあった。鬼と喧嘩したり、弟子に志願されたり、宴会したり、異変を解決したり等々……時には翻弄されながら生きてきた。だが、私は今まで全てを乗り越えて生きてきた。そして私は初めの頃よりもパワァーアップしたのだ。しかしそんな私に今までとは比べものにならないような危機が振りかかっていた……

 

 

 「……一体どうすれば……」

 

 

 天子は霧の湖で一人黄昏(たそがれ)ていた……

 

 

 「……」

 

 

 私は考えて、考えて、考え抜いていた。しかし答えが出て来なかった……私は今、人生の中で最大と呼べる試練が立ちはだかった。

 またこの試練を乗り越えるつもりだ。しかし今回は今までとは難易度が違いすぎる……ルナティック以上の試練が私の前に姿を現したのだ。

 

 

 その試練とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに天界へ帰って来た天子は相変わらず何も変わらない天界を見てホッとしていた。

 

 

 私が長いこといなくてもやっぱり天界はのんびりしているなぁ……何一つ変わらない。私が居ない間は皆仕事休んでいたんじゃないかな?衣玖もいないし、私がいるのといないのとではやる気がだいぶ違うみたいだからね……なんでだろう?

 まぁ、天界はいつも通りね。深く考えないでおこう。それにしても幽香さんと親友(とも)にはなれなかったけど友達になれたことは大変嬉しいことね。勿論メディスンちゃんとも仲良くなれたし、幽香さんも吹っ切れて優しく(?)なった気がする。また来なさいなんて頬を赤くしながら言われて行かないわけにはいかなくなったしね……()()()()()のツンデレさんめ♪

 

 

 天子は上機嫌だった。鼻歌を歌いながら久しぶりの我が家の扉を開けた。

 

 

 するとそこには意外も意外な人物がいた。

 

 

 「ふむ、天子よ久しいな」

 

 「あらら天子、ママよ~」

 

 

 天子の父親と母親がいたのである。

 

 

 意外過ぎる……私はそう思った。だって父様と母様は我が家にはいない。豪華な別荘があってそこで何不自由なく暮らしているのである。勿論私がプレゼントしたものだ。二人には苦労をかけたくないし、何よりも私を見向きもしてくれなくなった親とは違い、私を見守っていてくれたのだからこれぐらいはしないと罰が当たる。まぁ、元々地上に住んでいたんだし、他の天人達とは違っているけど基本的のんびりしているのは変わらない。父様は私と同じくイケメンだ。きっと地上ではキャーキャー言われていたに違いない。そして母様はまさしく天人みたいなお方だ。喋り方でもわかるようにのほほんとしている。幽々子さんよりものほほんとしているのではないかなぁ?

 ちなみに父様は母様のことが好きすぎるのだ……残念なぐらいに。残念なイケメンとは父様のことを示すのだ……決して私なんかじゃない。そして母様も父様のことが好きすぎる……つまりこの親はバカップルよ。壁ドン代行に依頼するぐらいのね。見ていればその内嫌でもわかる……

 

 

 「父様、母様、お久しぶりですね」

 

 「あらあら~天子、そんなに硬くならなくていいわよ~?」

 

 「そうだぞ天子、パパとママの前だ。思う存分に甘えなさい。男だからって遠慮はするでない。パパちゅき~とか言ってごらんなさい!さぁさぁ!!!」

 

 「あら~パパったら~大胆ね~♪それじゃママのことは~?」

 

 「大ちゅき~❤」

 

 

 ……ね?残念なイケメンってことわかったでしょ?私は慣れてしまったけど、初め衣玖の顔が引きつっていたことをちゃんと見たんだからね。

 

 

 「……それで父様と母様、私に何か御用ではないでしょうか?」

 

 「スルーか、流石出来た息子だな」

 

 「そうね~誇らしいわ~♪」

 

 

 天子が立派に育ってとても嬉しそうな両親だ。その笑顔に偽りなどない。

 

 

 「それで天子、パパらここに来たのにはお前に大事な話があるからだ」

 

 「大事な話?」

 

 

 父様と母様から大事な話があるとは珍しい。我が家を任せて父様と母様は別荘で暮らすことを話し合った時ぐらいだ。それ以外であんまり大事な話をした覚えはない……どんな話だろうか?

 

 

 「天子、あなたそろそろいい歳よね~?」

 

 「……まだ若いですけど?」

 

 

 そうよ、まだ若いはず……まだ若いよね私?どれだけ生きているかが問題ではなく外見が肝心なのよ!!私はまだピチピチです!!

 

 

 天子も中身は女の子なので歳にはうるさいのである。

 

 

 「ふむ、まぁ何がともあれパパらは元々地上の者……早く事が進んだ方がいいということがあるだろう」

 

 「うふふ~♪そうよね~ママみたいに早く動くといいわよ~」

 

 

 母様……あなた朝ごはん食べるの何時間かけていると思っているのですか?食事に時間をかけることは良い事なんだけれど……半日は流石に草生えちゃう……

 

 

 「……っで?一体なんなのですか?その大事な話とは?」

 

 「おっとそうじゃったな、実はな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子、そろそろ結婚せぬか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぁ?

 

 

 「……結婚……!?」

 

 

 えっ?結婚って……あれだよね?ウェディングドレスを身に纏って式場を歩いて誓いを立てて指輪交換して……最後は……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ううぇえええええええええええええええええええぃ!!?

 

 

 ちょ、ちょっと!?意外も意外過ぎない!?ウェディングドレスに身に纏うの!?って私は男か……って違う!!なんで!?なんで結婚話が出てくるの!?あっ!きっとそろそろいい歳なんだから相手探しなさいよっていう警告をしに来たんですねきっと!そうに決まっているわ、ふぅ……焦ってしまったけどそれならば話を曖昧にすればいいだけのこと……

 

 

 しかし天子は忘れていた。この親は只の親ではない。親バカでバカップルでハチャメチャな存在であるということを……

 

 

 「ママたちの天子ならもうそこまでしっかりと計画立てているだろうと思ってね、既に結婚式場を確保しているのよ~♪」

 

 「……はっ?」

 

 

 えっ?なに?どういうことなの母様?いつもはのんびりとのほほんと生きている母様が動いているだと……!?わけがわからないよ……!!?

 

 

 「ふむ、パパたちの立派な天子ならそこまで考えていてもおかしくないと思ってな、パパも知り合いに声をかけて結婚式に出席してくれるよう既に頼んであるのだ」

 

 

 はぁ!?なにしてんの!!?私ならばそこまで考えていてもおかしくないって……私どんだけ有能だと思われているのよ!?まぁ確かに有能だと思うけれど……当の本人に確認取ってよ!結婚式場確保しているって……あれか!?私が天界の改革に乗り出してノリで作ってしまったあの結婚式場のこと!?天界に神聖的な結婚式場があると雰囲気イイなぁってノリで作っちゃったあれのことかぁ!?誰も使わないからモニュメント化していた結婚式場を確保しちゃったの母様……もう勝手なことして……ん?知り合いに声かけてあるって父様言ったけど……それ誰?

 

 

 「ああっと……父様、つかぬ事をお聞きしますが……知り合いに声かけたって言いましたよね?」

 

 「ああ言ったぞ」

 

 「……それってどなたなのでしょうか?」

 

 「『名居』の一族の皆さんだ」

 

 

 上司じゃない!!?なにバカなの!?ああ……父様も母様も親バカでしたね。二人して何故私の外堀を埋めてきているのですか?新手のいじめですかね?

 

 

 天子は訳がわからないと困惑している。当然だ、いきなり結婚決まったから出席しろ、ちなみにその結婚式お前のだからって言われているようなものだ。一体何をしてくれているんだと天子は思ったが、ふっと思うことがあった。

 

 

 「……父様、母様……結婚するには相手が必要なはずですが……?」

 

 

 そうだ、結婚するためには男女必要だ。天子は願った……もしこれで相手も勝ってに決められていたならば昔の政略結婚かと叫んでしまうところである……外れてくれと神に祈った。

 

 

 「ん?相手は天子、お前が連れてくるのだぞ?何を言っている?」

 

 

 何を言っているのはこっちのセリフなんですけど……でもまだ温情はあった!神はまだ私を見捨てはしなかったようだ。ありがとうございます神奈子様!諏訪子様!

 

 

 知らぬところで神奈子と諏訪子の信仰心が高まった。しかしまだ天子はこの滅茶苦茶な案から逃れていない……

 

 

 なんとしてもこれを阻止しないといけない。私はまだ結婚する気はないし相手もいない……悲しいことにね。私はまだやりたいことがいっぱいあるし、女性にとっての結婚は特別なの。こんな形で決まりたくないってのが私の本音よ。でも父様と母様を悲しませたくない……こう見えても私のことを一番に考えてくれる大切な両親だから。それに下手に断ったら比那名居家としての名が傷つくのは嫌だなぁ……何か考えないと……!

 

 

 そんなことを考えていた。そして気がついた。父様と母様がもうその場におらず、書置きだけが残されていた。その書置きを見てみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『結婚式は3日後だ

  

  楽しみにしているぞ!

 

             by愛するパパとママより❤』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「Oh!Noooooooooooooooooooo!!!

 

 

 哀れな天人の悲鳴が木霊した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……っという回想だったのよ……

 

 

 ひどくない?私泣いちゃうわよ?しかも3日後とか鬼畜じゃない?っと言うかもう1日たってしまった……報告を受けたその日は打ちひしがれてしまい何もやる気が起こることはなくなって過ぎてしまった。それから色々と頭を使って考えていたのだが……結局2日目に突入していよいよ明日が結婚式当日……私はまだやりたいことが山ほどあったのに……

 

 

 天子はどうするべきか考えていた。そして今も考えている状況が続いている……

 

 

 「……本当に困った父様と母様……どうすれば……!」

 

 

 そんな時である!天子の身にあることが起こった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ?ここは一体……!?

 

 

 天子はいつの間にか丸いテーブルを中心に一つの椅子に座っていた。そして驚くべき光景を見た。()()()()()()()()()()がテーブルを囲んでいたからだ。まるで円卓の間のように……

 

 

 えっ!?なにこれ!?私と()()()()がいっぱい……!?

 

 

 自分を含めると6人の天子がそこにいた。顔は同じだが服装や態度が皆バラバラであった。

 

 

 「困惑しているようだな()よ」

 

 

 声をかけてきたのは天子……顔は同じだがその姿は威厳があり、まるで裁判所の裁判長らしい風格があった。

 

 

 あの……誰?私そっくりなんだけれど……?

 

 

 「ああ、私はあなた自身だ。混乱するかもしれないが、簡単に言えばここは比那名居天子あなたの脳内会議の光景だ。あなたならその意味わかるだろう?」

 

 

 ああ……よく某アニメとかで自分と同じ姿をしたキャラが何人も居て話し合う場面を見たことがある……それと一緒か。

 

 

 「そう、話が早くて助かる。そして私がこの場の最高責任者の正義(ジャスティス)天子だ」

 

 

 正義(ジャスティス)天子って……まぁ気にしないでおくわ。だって私の脳何なんだもんね。

 

 

 「そうだ、気にしないでくれ。他のメンバー4人も紹介しておこう」

 

 

 正義(ジャスティス)天子は他の天子を紹介する。

 

 

 「この堅物が騎士(ナイト)天子だ」

 

 「お初にお目にかかる比那名居天子殿」

 

 

 顔以外の全身を鎧に身に纏う天子が騎士(ナイト)天子のようだ。

 

 

 メイン盾来た!って叫びたくなる格好だな……

 

 

 「そしてその隣が天才(ジーニアス)天子だ」

 

 「……どうも……」

 

 

 眼鏡をかけた頭が良さそうなのが天才(ジーニアス)天子のようだ。

 

 

 めっちゃ頭良さそうな私がいる!天才(ジーニアス)の私がいるってこと?驚いたわ……!

 

 

 「ちなみに名前は天才(ジーニアス)なのだが、我々の中では一番頭がいいだけであって天才とは程遠い」

 

 

 ……ちょっとそれって詐欺じゃない?

 

 

 「そして次が……」

 

 

 私のこと無視された!?

 

 

 正義(ジャスティス)天子は比那名居天子を放って次を紹介する。

 

 

 「戦い以外の興味を持たない戦闘狂(バトルジャンキー)天子だ」

 

 「よぉ、幽香との戦い実に楽しめだぞ♪」

 

 

 服がはだけ、至る所に傷があるのが戦闘狂(バトルジャンキー)天子のようだ。

 

 

 お前か!私に巣くっていた戦闘狂の正体は!?結局私自身だったよチクショー!!

 

 

 「そして最後は……」

 

 「ヒャッハー!私は男の体を手に入れたことを誇りに思うぞ!そして子作りだ!快楽を求めようぜぇ!!」

 

 「一番の問題児である本能に従う野生(ビースト)天子だ」

 

 

 髪型がモヒカン仕様で体中に刺青(いれずみ)があるのが野生(ビースト)天子のようだ。

 

 

 私の中にこんな私がいるの!?既に問題発言しているんですけど!?ショックが大きい……

 

 

 「いずれも本体である比那名居天子のために集まったのだ。抱えている問題を皆で解決しようではないか」

 

 

 正義(ジャスティス)天子……ありがとう。私自身なんだけど感謝したくなっちゃった……

 

 

 「うむ、それでは緊急招集により集まってもらった天子一同、今抱えている問題について一刻も早急に解決しなければならない!手をかしてくれ!!」

 

 

 天子による天子たちの天子のための会議が行われた。

 

 

 「発言宜しいか?」

 

 「発言を許可する騎士(ナイト)天子」

 

 「はっ!父殿母殿には申し訳ありませんが、ここは断るべきです。そもそも無茶難題を押し付けて花嫁を持ってこいと言う方がおかしな話である。これには比那名居天子殿には一切の非は存在しないかと」

 

 

 騎士(ナイト)天子……真面目に考えてくれるなんて……私自身だけど感極まってしまったわ!

 

 

 「確かに一理ある……しかしそれは本体である比那名居天子が望まないのでは?」

 

 

 正義(ジャスティス)天子の言う通りよ、私には一切の非はないと思うけど、ああ見えても私のことを一番に考えてくれているのはわかるの。今回の結婚話も私のことを思っての事だと言う事はわかる……それに断ったら上司に迷惑がかかって比那名居家の名に泥を塗ってしまうんじゃないかと心配で……

 

 

 「そうですか……それは中々難しいことでございますね」

 

 

 騎士(ナイト)天子は頭を抱えて次の案を考え始めた。

 

 

 「おいおい本体の私よ!そんなことどうでもいいじゃんかよ!結婚すると言う事は女を抱くと言う事だぜぃ!私達は中身は女でも外見は男なんだから快楽求めようぜぇ!下半身の緋想の剣を突き刺してヒィヒィ言わせようぜぇい!!!」

 

 「ジャッジメント!!」

 

 「ぐぎゃあああああああ!!?」

 

 

 暴言を吐く野生(ビースト)天子は正義(ジャスティス)天子によって裁かれた。

 

 

 うわぁ……私の中にあれがいるって思うと……テンション駄々下がりよ……

 

 

 「そんなことより喧嘩しようぜ?こっちの事情を無視して進めるんだし一発殴ろうぜ?そんでもって天界の全員に喧嘩売って盛り上がろうぜ!」

 

 

 戦闘狂(バトルジャンキー)天子黙ってください。ああ……野生(ビースト)天子と戦闘狂(バトルジャンキー)天子はダメのようね……

 

 

 「あれと一緒にするなよ。私は喧嘩が出来ればそれでいいんだからよ?」

 

 

 ニタリっと笑う戦闘狂(バトルジャンキー)天子。こいつが今まで血を湧き上がらせる原因になっていたのは言うまでもない。

 

 

 「ふむ……困ったな、私はこういうことには(うと)いのだ。正しいか正しくないかどうかの判別ならば得意なのだが……」

 

 

 どうやら正義(ジャスティス)天子は映姫さんとよく似ているようだ。しかし困った……私自身総動員しても答えが出て来ないだなんて……

 

 

 頭を抱えていると静かに手を上げる者が一人……天才(ジーニアス)天子だった。

 

 

 「ん?天才(ジーニアス)天子どうしたのだ?」

 

 「……答えが出ないならまずは一緒に考えてくれそうな相手を探した方がいい……私達は皆同じ……いくら考えてもそれは天子としての答えしか出て来ない……選択肢が少なすぎる……」

 

 「おお!確かに天才(ジーニアス)天子殿のいう通りだ」

 

 「ふむ、確かにその案は素晴らしいと思うぞ天才(ジーニアス)天子!」

 

 

 騎士(ナイト)天子と正義(ジャスティス)天子は賛成のようだ。

 

 

 「私はどっちでもいい。喧嘩できないならばどうでもいい」

 

 

 戦闘狂(バトルジャンキー)天子は戦闘以外には全く興味を示していない。好きにしろと言う事だ。

 

 

 「そんなことよりも私の緋想の剣で快楽を……!」

 

 「ジャッジメント!!」

 

 「わぎゃああああああ!!?」

 

 

 野生(ビースト)天子はそれ以前の問題のようだった。頼りになるのは三人だけだなぁっと感謝するのであった。

 

 

 「して、天才(ジーニアス)天子殿よ、協力を要請する相手は誰がいいか見当はついているのか?」

 

 「……私的には……華扇さんがベストだと思う……頼りになる存在だから……」

 

 

 華扇さんか……確かに華扇さんならいい案を出してくれるかもしれないな。よし!とる行動は決まった!

 

 

 「ふむ、決まりのようだな。本体の私よ、また私達が力を貸す時が来るやもしれん。その時までさよならだ」

 

 

 ありがとう正義(ジャスティス)天子!騎士(ナイト)天子と天才(ジーニアス)天子も!

 

 

 「武運を祈っている」

 

 「……頑張れ……」

 

 

 ……一応戦闘狂(バトルジャンキー)天子にも礼を言っておくわ。戦闘の時にいつもお世話になっているようだしね。

 

 

 「私は戦えればそれでいい……ただそれだけだ」

 

 

 野生(ビースト)天子は……それじゃ早速行動に移さないと!

 

 

 「おいおい私のこと無視かよ?こうなったら私が表に出て行って手当たり次第に下半身の緋想の剣で……!」

 

 「ジャッジメント!!」

 

 「ばぎゃぁあああああああ!!?」

 

 

 そんな光景を最後に天子の意識は元に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、早速華扇さんの元へ行こう!」

 

 

 天子は華扇に会うために走り出した。草陰に隠れている存在を見落として……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……天子はさっきから何ブツブツと言っていたんだ?」

 

 

 そこに➈代表のチルノがいた。

 

 

 「天子がけっこん?とか言ってたな……けっこんってなんだ?」

 

 

 天子は脳内会議をしている間に知らず知らずのうちに口に出していたようだ。それを草陰からチルノが聞いて居たようだが、チルノがいくら考えてもその意味がわからなかった。

 

 

 「けっこん?……かせん?よくわからない……そうだ!そういう時は誰かに聞いたらいいって大ちゃんが言っていたっけ!」

 

 

 チルノはすぐに行動を起こした。それが大波乱を呼ぶことも知らずに……

 

 



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55話 変わり者家族

華扇さん再び登場!天子は結婚話を無くすため行動に出るのであるが……


それでは……


本編どうぞ!




 「ふぅ……いいお茶ね……」

 

 

 今日もいい天気……こういう天気の日に一杯のお茶を飲むと心が癒されるわ。

 

 

 縁側でのんびりとしているは仙人の茨木華扇。最近忙しかった日々から一転してのんびりとした朝を迎えていた。

 

 

 「竿打と久米も日向ぼっこして……今日は何もやる気が出ないわね……」

 

 

 華扇は珍しく何に対してもやる気が起こらなかった。それは……

 

 

 うぅ……朝目覚めたら天子の手作り料理が食べれないなんて……愛情たっぷり&イケメンを堪能できる機会がないなんて……

 

 

 心の中で悲しんでいた。華扇の元へ修行していた天子は元の日常へと戻るために天界へと帰って行った。それまで天子は華扇の屋敷で住み込みで修行していたので、華扇の代わりに掃除も洗濯もご飯の準備も全て天子がやってくれていた。これぐらいしないと罰が当たってしまうとか言っていた。華扇もその行為に甘えた。毎日楽しみにしていたことが華扇にはあった。早起きしてせっせと華扇と動物たちの朝ごはんを用意して華扇を起こしに来る……それが彼女にとって堪らなかった。

 

 

 毎日起こしに来てくれて……「華扇さん、おはよう」なんて朝言われたら胸キュンするに決まっているじゃない!愛する夫を起こしに来る妻かって!私が夫で天子が妻……普通逆じゃない?そうなんだけども……これ意外と悪くないかも♪仕事に行く()に行ってらっしゃいの……キ、キスをしてくれて……!!!

 

 

 ああああああああああぁ!もう味わえないのよねぇ……このドキドキがよかったのに~!!!

 

 

 当然、華扇なら天子よりも早く朝起きすることができたのだが、このシチュエーションを味わいたいがために必ず天子よりも遅く起きることにした。密かに寝たふりをして起こされるのを待っていたなど天子には当然秘密だ……仙人なのに欲丸出しである……

 天子と共に生活している毎日は充実したものだった。しかしその充実した毎日が終わりを告げた。今まで華扇は動物たちと共に生活して決して一人きりではなかったのだが、やはり天子がいるといないのとでは大いに違いがある。

 

 

 愛のこもった手料理、毎日起こしに来てくれるドキドキのシチュエーション、汗を流してその匂いを堪能できたり、何かと気にかけてくれる優しさ、やることなすこと全てがイケメンの天子……数えられない楽しみがあった。そう、今までそれを堪能できていた……のに……うぅ……あの毎日が帰って来ることはないのでしょうか……

 

 

 数々の思い出に浸りながら嘆いていると……

 

 

 「よっ!どうしたんだい?そんなしけた顔して?」

 

 

 癖のある赤髪をトンボでツインテールにしている死神の小町がいつの間にかやってきていた。

 

 

 「……うぅ……小町……」

 

 「うわぁ、本当にどうしたんだい?今のあんたの顔ひどいよ……鼻ちーんしなよ」

 

 「……す"み"ませ"ん……」

 

 「あんたがこんな顔するなんてねぇ……なんか嫌なことでもあったのかい?」

 

 「……嫌なことではないですが……」

 

 「相談に乗るよ?こう見えたって愚痴を聞くのは慣れているからね」

 

 

 胸を叩いてあたいに任せろと胸を張る。その張った豊満な胸を見て華扇は一瞬イラッと来たがなにかと抑えた。自分だって小さくはないはずだと信じて……信じて……

 

 

 「……私のは霊夢より大きいもん……

 

 「何か言ったかい?」

 

 「……いいえ、なんでもないわよ?」

 

 「そうかい?それよりも何か相談したいことがあるんじゃないのかい?」

 

 「……実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っと言う訳なのよ……」

 

 「……仙人になったのに欲丸出しだね」

 

 「し、しかたないでしょ!手料理は美味しいわ、掃除も洗濯もしてくれるし、カッコイイ天子が悪いのよ!あなたも一度味わえば二度とこちら側には戻って来られなくなるに決まっているわよ」

 

 

 悪いのは私じゃない、ハイスペックの天子が悪いわ。どこを探しても天子のような超優良物件はない!断定できる自信がある。それを取り逃してしまったのは痛い……天子は多くの人物から慕われているようだし、私如きが勝てるなんて思わなかったけど……でも夢見たっていいじゃないのよ!仙人とか言う前に私だって一人の女性なんだから……でも勿体ない。同じ屋根の下で共に暮らしていたのって私ぐらいじゃない?それなのに幽香と試合をした後、そそくさと帰っちゃうなんて……私ってもしかして女として天子に見られていないんじゃ……!?

 

 

 次々と頭に浮かぶ妄想に翻弄されて残念なことになっている華扇に頭を悩ます小町。

 

 

 「まぁまぁ、過ぎたことをとやかく言っても仕方ないだろ?仙人なら仙人らしく我慢するしかないね。こればかりは」

 

 「うぅ……全部天子が悪いのですよ……彼が超優良物件なせいですよ……うぅ……」

 

 

 頭を抱え込んで悩む始末、これほど重症になっているとは……一度美味しい味を占めたら中々手放すことができない生物としての定めなのであろう。今更になって色々と後悔していると……

 

 

 「私が悪いってなんのことだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はっ?今どこかで聞いたことのある声が……?

 

 

 華扇は聞き覚えのある声にはっと顔を上げる。そこにいたのは……

 

 

 「どうも華扇さん、この前ぶりです」

 

 

 そこには今まさに悩みの種であった天子がいた。一緒に彭祖もいることから、彭祖に案内されてここまでやってきたものだとわかる。

 

 

 「おお!旦那聞いたよ、風見幽香に勝ったんだって?すごいじゃないか!」

 

 「小町さんもお久しぶりです」

 

 「四季様に説教されて以来だったね。あの時の旦那は何もかも燃え尽きたように真っ白になっていたね」

 

 「ナンノコトカキオクニアリマセンナ」

 

 「ああ、旦那悪かったって……だから死んだ魚みたいな目は止めなって!」

 

 「……」

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……ええ!?どうして天子がここに!?しかもこのタイミングでなんで!!?

 

 

 この場にいるはずもない存在に度肝(どぎも)を抜かれてしまった。

 

 

 結界を張っていたはず!?いや、天子の力量ならばあれぐらいの結界なんて意味ないでしょうしね。この屋敷を発見されないようにする程度の結界だからね……本当に天子はなんでもできてしまうわね。

 

 

 「そ、それよりも旦那よ、ここに来たと言う事は華扇の奴に用があったんだろ?だから戻って来ておくれよ」

 

 「はっ!危ない危ない……もう少しで暗黒面(ダークサイド)に落ちるところだった……その通りなんだ。華扇さん今日ここに来たのは訳がありまして……」

 

 「えっと……どんな訳で来たのかしら?」

 

 「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子は華扇に今までの出来事を全て語った。

 

 

 「……っと言う訳なんです」

 

 「ほぇ……旦那の両親は凄いじゃないか。行動力があって見直しちゃうね!」

 

 「そ、そうね……」

 

 

 な、なんてこと……天子が結婚するなんて……しかも明日!?それも結婚相手を連れてこいだなんて滅茶苦茶な話よ!なんて親なのかしら、これは説教ものよ!!

 

 

 許し難い行為だと言う事がわかった。自身の息子の気持ちも理解しないで話を進めてしまう両親に対して説教心が抗議の声を上げていた。

 

 

 「それで華扇さんならばいい案が無いかと思って会いに来たんだ」

 

 「わざわざここまで足を運ぶなんてね……華扇の他に相談できる相手はいなかったのかい?」

 

 「華扇さんが適任だと思ったんだ。今まで色々と教えてくれたからな」

 

 「なるほどね~♪案外頼られているじゃないかい♪このこの♪」

 

 

 ちょ、ちょっと小突くのはやめなさい!ゴホン、まぁ誰よりも私を頼ってくれるのは嬉しいですね……こ、これは天子の期待に応えなくてはなりませんよね?ここで良いところを見せたら天子の好感度アップに繋がるのは間違いなしね!!

 

 

 「ゴホン!いいわよ。私の力を貸してほしいなら貸しましょう。誰でもないあなたのためならば……ね!」

 

 「華扇さん!」

 

 

 ふふふ……決まったわね今の私は誰もが見ても頼れるお姉さんに見えたはず。天子も「華扇さんカッコイイ……素敵だ♪」っと私に惚れてしまうはずよ。この調子でどんどんと好感度アップしていけばいつかは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「華扇さん、私は決めたんだ。華扇さんが欲しい!」

 

 「いけないわ。あなたは天界の総領息子……只のしがない仙人の私とは上手くいかないわ……」

 

 「そんなことない!私は……華扇さんだけが好きだ!何者にも邪魔はさせない!」

 

 「天子……」

 

 「華扇さん……」

 

 

 その夜、二人は朝まで娘々(にゃんにゃん)した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐへへへ♪なんてことになったりして……!!!

 

 

 「……お~い華扇や~い、涎なんか垂らしていると汚いぞ?」

 

 「はっ!?」

 

 

 小町の声で我に返った。周りからの視線が集中している……悪い意味で。

 

 

 「……ゴ、ゴホン!と、とにかくこれは忌々しき事態です!何としても止めなくてはいけません!!」

 

 「華扇さん……ありがとう!」

 

 

 お礼を言われちゃった♪ですが、忌々しき事態なのは確かですね……これは天子には悪いですが両親二人に説教する必要がありそうですね。そうと決まれば善は急げなのですよ!

 

 

 「天子、今からご両親に会いに行きますよ!」

 

 「今からか?」

 

 「当然です!天子はご両親に感謝しているかもしれませんがハッキリと断らないといけません。嫌なものは嫌と伝えないと事が勝手に流されていってしまいますからね。天子の悪いところは優しすぎるところです。ご両親の思いを無駄にしたくない気持ちはわかります。しかしながら自分の人生は自分で決めなければなりません。だから今回のことはキッパリと言うべきです!わかりましたか?」

 

 「……そうだな、華扇さんの言う通りだ。父様と母様は私にとって大切な方々だ……だから父様と母様の思いを踏みにじらないようにしたいと思った。けれど、それは自分のためにならない……ありがとう華扇さん!キッパリ断ろうと思う」

 

 「ふふ、それでいいのです。私も一緒に行って第三者の目線からも物申すとしましょう」

 

 「おやおや、それは旦那のためって言うよりも自分が説教したいように見えるよ?」

 

 「うるさいですよ小町、私の説教心が叫んでいるのです。是非とも説教しなければならないと!」

 

 「うわぁこわっ!」

 

 

 小町はブルリと体を震わせた。自分の上司を思い出してしまい華扇の姿と重なったのは言うまでもない。

 

 

 「一応私の父様と母様なので適度にお願いしますね?」

 

 「任せなさい。私のありがたいお話で改心させてみせますから!」

 

 「大丈夫かなぁ……?」

 

 

 天界へと向かって行く二人の姿を見送る小町には不安しかなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 「っと!到着した」

 

 「……」

 

 

 天界へ初めてやってきた彼女はその光景を見て、美しいと言葉を発してしまう程の衝撃を受けていた。地上の光景とはまた違った建物が立ち並んでいた。現代風マンションのような建物や銭湯にレジャーランドと言った娯楽施設があり、外の世界に誤って出てしまったのかと思ってしまう程、和風の建物も立ち並んでいるでおり、ここに居ると地上との差を嫌でも思い知らさせてしまう。

 その光景に驚きながらも二人は目的の場所へとやってきた。そして更に華扇は驚くことになった。何故なら目の前には西洋風のお城が日の光に照らされてその外装を自慢げに誇っているように建っていた。紅魔館とは違い対照的な神聖さを印象づけるお城の光景に呆然とするしかない。

 

 

 「華扇さん……?心ここにあらずか?」

 

 

 呆然とする華扇の肩を軽く揺する。

 

 

 「華扇さん、華扇さん!」

 

 「――はぇ!?な、なんでしょうか……?」

 

 「驚くのはわかるが中に入ろう」

 

 「あ……ああ、そうですね」

 

 

 扉のチャイムを鳴らし、待つこと数分後……

 

 

 「あら~天子いらっしゃ~い♪」

 

 

 現れたのは天子の母親がいつものニコニコ笑顔で出迎えた。

 

 

 「天子から来てくれるなんてママ嬉しい~♪なでなでしてあげる~♪」

 

 「は、ははさま……や、やめてください……」

 

 

 母親の方が背が低いのだが、それも気にならないぐらいに優しく天子を抱擁し子供を褒めるようにいい子いい子と撫でられてしまう。抱擁されながら頭を撫でられている天子は恥ずかしがっており、滅多に見られない姿を見た華扇はまた呆然とするのであった。

 

 

 「天子はいい子~ね~♪あら~?あなたはどちら様~?」

 

 

 ようやく華扇の存在に気付いたのか頭に?マークを浮かび上がらせて首を傾げた。

 

 

 「……あ、あの、私は茨華仙、本名は茨木華扇と言います。私は今日あなたの息子さんである天子に連れられて地上より招かれた……」

 

 「あ~ら~♪天子の恋人さんね♪」

 

 「違います母様!」

 

 

 腕から逃れて母親の間違いを素早く正す。勘違いされるために華扇を連れてきたのではないのだから。

 

 

 「あらあら~♪天子ったら照れちゃってかわいいわね~♪」

 

 「照れてません!母様勘違いしないでほしい!」

 

 「あの、私は只の未熟な仙人でして……」

 

 

 二人が説明しようとした時に奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 「マ~マ~ァン!早く戻ってきて~!」

 

 甘い声……声質からして男性……この城は天子が両親のためにと建てたもので、お城には天子の両親(バカップル)しか住んでいない……となれば嫌でも誰かわかる。

 

 

 「早くあ~んしてくれないとパパ死んじゃうよ~!」

 

 「は~い♪今行くから待っててね~♪」

 

 「……くぅふ!」

 

 

 もうわかるだろうがさっきのは天子の父親の声であった。天子は忘れていたわけではないが、自分の両親がこう言う人物であることはわかっていた。しかし実際に他人である華扇に見られると流石に恥ずかしい……天子の顔は羞恥に染まっていた。

 これには華扇は苦笑いするしか反応できなかった。

 

 

 「華扇ちゃん、お話は中で聞くわね。パパがママを待っているから行かないといけないのよ~」

 

 「(華扇……ちゃん……)」

 

 

 ちゃん付けで呼ばれることなどなかった華扇はちょっとこそばゆかった。

 

 

 「天子、華扇ちゃんを客間に連れて来て頂戴ね♪」

 

 

 ルンルン気分で父親の元へ帰って行く母親を尻目に羞恥で小刻みに震える天子にまたまた華扇は驚いていることばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちを切り替えた天子に連れられて外装はお城、内装は家庭的な家具や装飾品が置かれており、二人暮らしとは思えない程の広々とした空間が広がっていた。そんな広間を歩いているとふっとした拍子で華扇が話しかける。

 

 

 「天子のご両親は仲が良いのですね」

 

 「まぁ……良すぎると言った方がいいのか……家に居る時は勝手だがお客の前ではやめてもらいたいな……」

 

 「……でも羨ましいですね……家族がいるのって」

 

 「華扇さんにも彭祖や竿打に久米、その他の動物たちがいるじゃないか。華扇さんとしてはペット的な扱いなのかな?」

 

 「ちゃんと家族として見ていますよ。でも、やっぱり人と人との関りが欲しいと思っています。彭祖らが相手にしてくれない時はいつも一人なので……修行するときもそうです。彭祖らは私の修行相手にはどうしてもなれないので……」

 

 「……華扇さんも一人は寂しいか?」

 

 「みんなそうだと思うわよ?人間も妖怪も一人で生きていくなんて無理な話なんだから……」

 

 「……そうだな、一人は誰だって寂しいもんな」

 

 「ええ……そうですよ」

 

 

 ちょっとした会話のはずだったが、何やら空気が緊張したのを感じた。この緊張が解かれたのは客間についた時だった。

 

 

 「はい♪ラストのあ~ん♪」

 

 「あ~ん……ううん!ママが食べさせてくれるプリンはと~ても()()()()よ~♪」

 

 「あら~パパったら~♪」

 

 「「……」」

 

 

 扉を開けて一番に目に入って来たのは天子の両親の姿だった。先ほどののほほんとした母親の傍にいるのは天子に勝るとも劣らない顔立ちの男性が座っていた。しかしその容姿に注意がいったわけではない……テーブルの上に置かれたガラス細工に乗っていたであろう最後の一口大の大きさのぷるんとした物体が口の中に運ばれて行った。それを食べた男性はまるで赤ん坊のような純粋な笑みを浮かべて喜んで甘えている姿にギャップを覚えた。

 この男性が天子の父親であることは華扇の一目でわかった。女性を惹き付ける容姿とは裏腹にとろけて母親に甘える成人男性にまたもや驚くことばかりで言葉が出て来なかった。天子は呆れて何も言葉が見つからずにその光景を無心で見るばかりだ。

 

 

 「パパ、天子と華扇ちゃんが来てくれましたよ~♪」

 

 「むぐむぐ……ごくん!ふむ、二人共まずは座ってくれ。ママ、二人にお茶を」

 

 「は~い♪」

 

 

 天子と華扇は父親と向かい合う形で座る。テーブル台は広々としており大人が手を伸ばしても向かいの相手には触れられない程の距離があった。そんな中でお茶を持って来た母親を含めてポツンと4人だけが座っている。

 

 

 「ふむ、まずは自己紹介からだ。私は比那名居天子の父、そしてこっちが私の最愛なる愛おしく可愛らしい誰にも負けない優しさを持ち心の底から愛を捧げる妻である」

 

 「もうパパったら恥ずかしい~♪」

 

 「はっはっはっ!当然のことを言ったまでだ!」

 

 「ああん♪パパったら~!でもそんなパパが私は……だ・い・す・き❤」

 

 「んもうママったら~!パパも大ちゅき~❤」

 

 「……父様、母様、そんなことは後にしてください。それよりも今日はお話があってここまで出向いたのですが……」

 

 

 周りの目など気にも留めずにイチャイチャし出した両親にバッサリと切り捨てる。天子には見慣れた光景だがあまり他人に見せたくはないし、何よりもこの二人の子である天子が一番恥ずかしいのである。そんな光景を見ている華扇もどこかソワソワしているようであった。

 

 

 「おお、そうであったな。その前に彼女は誰かな?」

 

 「わ、わたしは地上で仙人をしている茨華仙、本名を茨木華扇と申します」

 

 「これは初めましてご丁寧に……それで天子、今日はどういったご用件かな?」

 

 「……この前の結婚話なんですが……」

 

 

 そのことを言いかけて母親はそうだと思い出したように呟いた。

 

 

 「そうだわ!天子が今日ね恋人を連れて来てくれたのよ~♪」

 

 「なに!?本当か!!」

 

 「違います!!」

 

 

 咄嗟に反発するがその程度ではこの親バカはものともしない。

 

 

 「なるほど、そこの華扇殿が恋人なのか。天子はやはり見る目があるな!」

 

 「華扇ちゃんを見た時ママ感じたわ~。華扇ちゃんはいい子だってね♪」

 

 「父様母様!話を聞いてください!!」

 

 「それで華扇殿、天子のどういうところに惹かれたのだ?」

 

 「無視しないで父様!!」

 

 「そうそう聞きたいわ~♪あなたのこと色々としりたいもの~♪」

 

 「母様も私のこと無視しないで!!」

 

 

 身を乗り出して興味津々の両親に天子の声は全く届かない。天界に来てからというもの天子の普段見せない姿に驚かされる。それだけではない……天子の両親からグイグイと質問攻めにされて押され始めている。「どこで知り合ったのか」「何がきっかけで付き合うことになったのか」「どこまでいったのか」など二人の関係を知ろうと追及してくる。だが、華扇は忘れていなかった。天子の両親の行いに物申すと……例えどんな状況になっても天子の師である自覚がある華扇はキッパリと言ってやろうと決意を固めていた。

 

 

 「ゴホン!すみません、天子の御父上様、御母上様、私が今日来たのはあなた方に物申したくてやってきたのですよ」

 

 「物申すとは?」

 

 「……私と天子は恋人関係ではありません!」

 

 「……なに?」

 

 「あら~?」

 

 

 ピタリと音が静まり返る……呼吸音ですらうるさく感じられるまでに。

 

 

 「……本当か天子?」

 

 「本当です。それで今日ここへ来たのは結婚話をお断りするために来ました」

 

 「……そのことについて詳しく聞かせてくれ」

 

 

 天子と語った。今回の結婚話は無茶ぶりであったこと、まだ結婚する気がないと言う事、思ってくれる気持ちはありがたいが自分のことは自分で決めたいなど心の底から訴えた。時々華扇の説教が効果的な場面もあり、二人は天子の熱弁に聞き入っていた。しばらく聞き入っていた天子の父親が口を開いた。

 

 

 「……天子の気持ちはよく分かった。言葉一つ一つに気持ちがこもっておりパパの心を奮わせてくれた」

 

 「それじゃ……!」

 

 「今回の結婚話の件は取りやめよう。そしてパパとママは天子を思うあまりに先走ってしまったようだな。悪かった」

 

 「ごめんさないね天子、ママももう少ししっかりあなたの気持ちを考えていればよかったわ~」

 

 

 その言葉を聞いて天子は息を吐いた。ため息でも安堵したため息だった。

 

 

 「華扇殿にも迷惑かけた。わざわざ天界までお越しいただいて……」

 

 「ごめんなさい華扇ちゃん……」

 

 「いえ、私は気にしていません。お二人が話の分かる方で良かったです」

 

 

 二人が頭を下げるが手でそれを制する。華扇にとってこの二人が本当に天子のことを思って行動したことがわかっていたため説教は控えめだ。それに素直に自分達が悪かったと認めて反省していたし、何よりも自分の子供である天子に対する愛情は本物であることを感じた華扇の心は満足していたのでこれ以上は何も言う事はなかった。

 

 

 「さてと、そうと決まれば『名居』の皆さんに謝罪しに行かなければならないな」

 

 「父様……」

 

 「そんな顔するな天子、パパが勝手にやってしまったことだ。お前は何も気にする必要はないぞ?それに比那名居家の名が落ちることはない。『名居』の皆さんとは仲が良いから手見上げを持って行けば許してくれるだろう」

 

 「結婚式場の件も無くなっちゃうわね~……天子の花婿姿見たかったわ~……」

 

 

 残念そうにする二人の姿に心を痛める天子。何せ、天子のことを思って用意してくれたものを全て断ることとなったのだから……しかしそんな時に意外な提案が出た。

 

 

 「ならママ、天子に花婿姿になってもらえば良くないか?」

 

 「でも~天子は断るって言って……」

 

 「花婿姿を見るだけなら本当に結婚する必要はないだろう?そうだ!華扇殿、一度ウエディングドレスを着てみたくないか?」

 

 「――ふぁい!?」

 

 

 いきなり話を振られた華扇は驚いて変な声を荒げてしまった。

 

 

 「父様何を言いだすんですか!?」

 

 

 これには天子も自分の父親が何を言っているのか訳がわからなかった。

 

 

 「落ち着くのだ二人共、実を言うとなパパもお前の花婿姿を見てみたいと思っていたのだ。しかし今回の結婚話は無くなってしまった。しかし実に惜しいのだ……そこでパパは考えてみたんだ。花婿姿を見るならば本当に結婚する必要はない!折角式場を確保したのにキャンセルするのも勿体ない……ならば今後のために一度結婚式というものがどんなのか経験してみるのはどうだと言う事だ」

 

 「それと華扇さんがウエディングドレスを着ることとなんの関係が……?」

 

 「わからないのか天子?経験と言っただろう……本物と同じように結婚相手は必要だろ?」

 

 「言っている意味がわかりませんが……」

 

 

 何を言っているのだこの親は?と言った表情になってしまう。折角熱弁してまで断ったのに今度は予行練習と来たものだから呆れてものも言えない。

 

 

 「それにそんなことに華扇さんを巻き込むわけにはいきませんよ」

 

 

 こんなことに付き合わされる華扇の身にもなれと言いたいように天子は父親に察しろと言う意味を込めた言葉を投げかけたのだが……

 

 

 「……ま、まぁ……練習であるならば……わ、わたしも付き合っても……良いと思いますよ」

 

 「……えっ?」

 

 

 華扇の口から発せられた言葉に耳を疑った。

 

 

 「あら~!いいの華扇ちゃん~?」

 

 「あ、あくまで練習であるならば……問題ないです」

 

 「あら~嬉しいわ~♪やっぱり華扇ちゃんはいい子ねぇ~♪」

 

 「うむ、そうと決まれば天子盛大にするぞ!『名居』の皆さんにも協力してもらい本物さながらの結婚式にするぞ!」

 

 「うふふ♪本当に楽しみね~♪」

 

 

 意気込んでいる父親と大喜びする母親の歓声に場が支配される中、天子だけがこの状況で取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでは楽しみに待っているぞ二人共!」

 

 「華扇ちゃんまたね~♪」

 

 

 そう言って天子と華扇は見送られて地上へと降り立った。

 

 

 「……華扇さん良かったのか?」

 

 「えっ?なにがですか?」

 

 

 天子は素朴な疑問をした。

 

 

 「何故父様の提案を飲んだのだ?断ってよかったのに……」

 

 「……笑わないですか……?」

 

 「……笑うようなことか?」

 

 

 顔色を窺うようにチラチラと天子の表情を盗み取る。天子には何を言いたいのかさっぱり訳がわからなかったが聞き入れる準備はできていた。

 

 

 「……いえ……ただ……一度結婚がどんなものか体験してみたかった……ので……」

 

 

 それだけ言うと頬を赤く染めた。天子は自然と笑みを浮かべていた。

 

 

 「(結婚は女性にとっての人生最高の瞬間だからねぇ♪華扇さんにも女の子らしいところがあるんだな……修行は鬼畜だけど)」

 

 「……な、なんですかそんな優しい目をして……!」

 

 「いや、華扇さん可愛いなと思って♪」

 

 「――!?も、もう私は帰ります!!」

 

 「ああ、華扇さん送って行くよ!」

 

 「結構です!!」

 

 

 プンスカと怒って早々と去って行く華扇の後姿を頬を掻きながら困った様子で見送る天子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あなただから提案に乗ったんですから……

 

 

 去って行く彼女の言葉は彼には聞こえなかった……

 

 



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56話 広がる脅威

天界とは変わって地上……それに地底での出来事……混沌が広がる時でございます。


そういうわけでして……


本編どうぞ!




 ここは地上のとある森の中、そこに集まる小さな集団……見た目はみんな幼い子供の姿だが誰もが人間ではない。幻想郷の森の中に留まるなど人間では命取りになる行為だからだ。それも子供ならば尚更、この光景を見たものならばそこにいる子供達は決して人間ではないと判断するだろう。そんな子供の一人が口を開いた。

 

 

 「遅いねチルノちゃん……」

 

 

 口を開いたのは大妖精だった。彼女は友達であるチルノをここで待っているようだ。

 

 

 「チルノの奴、大ちゃんを心配させるなんて……私だって心配するのもの……」

 

 「フランちゃん……」

 

 

 日傘を手にしている子はフランドール・スカーレットだ。集合時間になっても来ないチルノを心配していた。チルノの友達は大妖精だけではない。フランも友達で今では紅魔館にチルノ達を招待している程だ。そして他にも……

 

 

 「暇だ暇だな~」

 

 

 暇そうに道端の草をいじくっているのは地底の妖怪である古明地こいしであった。時々地底を抜け出してチルノ達と遊ぶ仲にまでなって紅魔館に泊まることもしばしばあるそうだ。そしてこのメンバーの中に新たな仲間が加わっていた。

 

 

 「おなかすいたのだー!」

 

 

 【ルーミア

 姿は幼い少女で、目は赤、髪型は黄色のボブ。白黒の洋服を身につけ、ロングスカートである。左側頭部に赤いリボンをしており、いつも両手を左右に大きく広げたポーズをよくとっている。

  彼女は人喰い妖怪であるため人間にとっては危険だが、妖怪の中では比較的に弱い部類に入る。

 

 

 新たに加わったメンバーであるルーミアのお腹からぐぅ~と言う音が聞こえており木にもたれかかっていた。あれこれチルノを待っている間に空腹になってしまったのだろう。

 

 

 「ルーミアお腹減っているの?みすちー、何か持ってない?」

 

 

 【リグル・ナイトバグ

 人間の子供位の体躯、首元にかかるかかからないか位の緑色のショートカットヘア、甲虫の外羽を模していると思われる燕尾状に分かれたマント、白シャツにキュロットパンツ。

 数多い東方キャラの中でもかなりボーイッシュな出で立ちであるがれっきとした女の子である。

 また、頭部に生えた虫の触角と後姿から黒光りする例の虫だの言われることも多いが、そうではなくて蛍の妖怪である。

 

 

 ルーミアの様子を見かねたリグルがみすちーと呼ばれる少女に声をかける。

 

 

 「ごめん、今は手元に何もなくて……」

 

 

 みすちーとはミスティア・ローレライの愛称で、親しい間柄では彼女のことをそう呼んでいる。そんなミスティアは申し訳なさそうにルーミアに謝る。

 

 

 「うぅ……ざんねんなのだー……」

 

 「もうこれもチルノが悪い!私達を呼んでおきながら待たせるなんて……もしかしたら忘れているんじゃない?」

 

 「チルノちゃんが私達との約束を忘れるわけ……あるかも……」

 

 

 リグルの言葉にどこか不安になる大妖精……チルノに限ってそんなことはないと断言できないのは古くからの友人である彼女が一番よく知っていたから……

 

 

 「おーい!みんなー!!」

 

 

 そんな時に待ちわびた声が聞こえてきた。

 

 

 「もうチルノちゃん遅い!」

 

 「えへへ、それほどでも~♪」

 

 「チルノ、それ褒めてないから」

 

 

 大妖精の講義もチルノに意味はなさないようだ。ミスティアは呆れてため息が出てしまう。

 

 

 「なんでチルノこんなに遅くなったの?」

 

 「そうだ、なんでなんで?」

 

 

 フランとこいしが興味深そうに聞いて来た。

 

 

 「はっ!そうだ、みんなに聞きたいことがあったんだ!」

 

 「聞きたいこと?なにチルノちゃん?」

 

 「天子って知っているよな?」

 

 

 天子のことを直接知っている大妖精、フラン、こいしは勿論と答える。ミスティアも妹紅から嫌と言う程聞かされてあの夜のことを思い出して頭が痛くなった。リグルとルーミアに関しては全く知らない名であったため大妖精に説明されることでどういう人物か理解できた。

 

 

 「っで?その天子さんがどうかしたの?」

 

 「そうリグル、実はさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ええ!?天子お兄ちゃん結婚するの!?」

 

 「お兄さん結婚するんだ!……かせんって誰だろう?」

 

 「けっこんって何なのだー?」

 

 「ルーミアちゃん結婚っていうのはね……」

 

 

 チルノの衝撃発言にみんなの反応はそれぞれだった。フランとこいしは驚き、ルーミアは結婚の意味を分かっておらず大妖精に説明され、リグルとミスティアはめでたい話程度にしか思っていなかった。

 

 

 「そうなんだよみんな!……っで、けっこんってなんだ?」

 

 「チルノちゃんも意味わかってなかったんだね……」

 

 「流石(バカ)だ……」

 

 「えへへ、それほどでも~♪」

 

 「褒めてないから……」

 

 

 能天気なチルノには大妖精もリグルも呆れてしまう。大妖精の丁寧なチルノにでもわかる説明でようやく理解することができたチルノとルーミア。そしてチルノはそれを聞くな否や一目散に走りだす。

 

 

 「チルノちゃんどこに行くの!?」

 

 「大ちゃん!めでたい話なら慧音や他のみんなにも知らせないと!」

 

 「あ!待ってよチルノちゃん!!」

 

 

 走り去ってしまったチルノの後を追いかけて行ってしまった大妖精。折角集まったのにまた散ってしまったメンバーはと言うと……

 

 

 「チルノは相変わらずだね」

 

 「仕方ないよこいし、あれがチルノだもん」

 

 「そうだねフラン、それじゃ私もお姉ちゃんにこのこと伝えに行くよ。なんだか面白いことになるかもしれないから」

 

 「面白いこと?」

 

 「それじゃねみんな!」

 

 

 フランの何故面白いことになるのかと言う疑問には答えずにこいしはそう言うとその場から姿を消した。

 

 

 「こいし消えちゃった……どうしようみんな?」

 

 「フラン、もうこれじゃ集まった意味がないよ。それに……」

 

 「おなかすいたのだー!!」

 

 「ルーミアもあの調子じゃ我が儘を言うだけになりそうだよ」

 

 

 ルーミアは食べ物が無くてご立腹の様子であった。その内に我が儘を言いだすのがわかっていたリグルは後々面倒なことが起こると知っている。

 

 

 「じゃ、ルーミア私の屋台で何か食べる?手元に何もないけど屋台に行けば何か奢ってあげるよ?」

 

 「いくのだー!」

 

 

 ミスティアの提案にすぐさま食いつく。ミスティアの袖を引いて急がせる。ミスティアは別れを早々に済ませてルーミアと共に去って行った。残されたのはフランとリグルの二人だけだった。

 

 

 「リグルと私だけになっちゃったね」

 

 「そうだね……もうこうなったら仕方ないよね。フランはどうする?」

 

 「私は帰ろうかな……そうだ!リグルも紅魔館に来ない?リグルはまだ来たことないでしょ?」

 

 「えっ?でも……なんだか私一人じゃ悪いし……」

 

 「いいよそんなこと気にしなくて!チルノと大ちゃんはほぼ毎日来ているから気にしないで」

 

 「そう?それじゃお邪魔しよっかな」

 

 「それじゃ行こう。お姉様にも天子お兄ちゃんが結婚することを伝えないとね」

 

 「(う~ん……私の勘がこれは面倒なことが起きそうだと言っているけど……フランが嬉しそうだから何も言わない方がいいよね)」

 

 

 実際にリグルの勘が当たることになるとはこの時だれも知らない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「先生さようならー!」」」

 

 「ああ、みんなもさようなら」

 

 

 人里の寺子屋で手を振る慧音は子供たちを見送っていた。授業が終わり後は子供たちの課題をまとめる仕事が残っているだけだったのだが、そんな時に慧音の元へとやってきた者がいた。

 

 

 「おーい慧音!」

 

 「ん?チルノ?それに大妖精まで?一体どうしたんだそんなに慌てて?」

 

 

 チルノと大妖精だった。大妖精が息を切らしていたのはチルノのスピードに合わせたからだろう。全力疾走してやってきても息一つ乱れていないチルノは何気に凄いかもしれない。

 

 

 「こ、こんにちは……はぁ……慧音先生……」

 

 「大丈夫か大妖精?」

 

 「な……なんとか……」

 

 「それよりも慧音聞いてよ!」

 

 

 チルノが両手を上げて抗議する。早く話を聞いてほしそうにしているみたいだったので慧音は仕方なしに聞いてあげることにした。慧音は子供にはとても優しいのだ。

 

 

 「わかったわかった。チルノ一体何なのだ?」

 

 「それがね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「幽香なにがいいかなぁ?」

 

 

 人里を歩く小さな少女メディスンは永遠亭から毒を提供した帰りだった。お金を受け取ったメディスンは人里で幽香に何か買ってあげようかとウロウロしているところに……

 

 

 「なに!?それは本当かチルノ!?」

 

 「本当だよ!この()で聞いたもん!」

 

 「チルノちゃんそれを言うなら()ね」

 

 

 寺子屋の前を通りかかった時だった。その会話が聞こえてきたのは……しかしメディスンにとっては知らない相手の会話に興味を持つこともなくそのまま通り過ぎようかと思った時だった。

 

 

 「()()()()と結婚するだなんてな……」

 

 

 足が止まった。聞き覚えのある名前が耳に届きその会話に意識が集中する。その会話は確かにこの前鈴蘭畑にやってきた幽香と一緒にいた比那名居天子その名前だった。そしてその会話は驚くものであった。天子が自分の知らない人物と結婚する話であった。

 

 

 「……これは幽香に伝えないと!」

 

 

 メディスンは買い物も忘れて太陽の畑に急いだのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってまたまた森の中、屋台がポツンといい匂いを周りに漂わせて煙を上げていた。

 

 

 「むぐむぐ……!」

 

 「ルーミアそんなにがっつかなくても逃げやしないよ」

 

 「むぐむぐむぐむぐ……!」

 

 「聞いてないか」

 

 

 お腹を空かせていたルーミアを屋台に招いてヤツメウナギを提供していた。黙々と大量のヤツメウナギを口いっぱいに頬張っていく。一心不乱に食べ進めるルーミアにミスティアの声は一切届かなかったが、そんな時に屋台を訪れるもう一人の客が現れた。

 

 

 「よ!今の時間からやっているのはおかしいと思ったがルーミアがいたのか。なら丁度いいや、私も腹が減っていたんだ。私もヤツメウナギを頼むぞ」

 

 「妹紅さん、わかりました」

 

 

 よくミスティアの屋台を訪れる妹紅は夜でもないのに営業しているのを見つけて何事かと思ったが訳はすぐにわかった。ルーミアはよく腹を空かせて誰かに奢ってもらっているのを目にする。それで屋台にルーミアがいることはミスティアに恵んでもらっていることが一目でわかる。放って置けば人を襲って食べてしまう人食い妖怪はお腹がいっぱいならば安全、襲って食べていい人間とそうでない人間の区別をわかっていても空腹状態の時は危険なためこの対処が一番だ。もし寺子屋の子供や人里の人間を食べてしまえば討伐依頼が来て博麗の巫女に叩きつぶされてしまう……友人であるミスティアにとってはそうなってしまえば悲しいことであるため彼女のために屋台を開いた。そんな時に偶然妹紅がやってきて席を共にすることになった。

 

 

 「はい、どうぞ妹紅さん」

 

 「おう、サンキュー♪」

 

 

 出されたのはヤツメウナギの串焼きにお酒だ。出されたタレをつけて口に運ぶとタレの甘みがヤツメウナギとマッチしてとても美味だ。そしてお酒を一杯口に運ぶとこれがまた格別の味になる。妹紅はここで女将であるミスティアと食事するのが楽しみなのである。

 

 

 「うん、相変わらず美味いな」

 

 「ありがとうございます」

 

 「ルーミアと遊んでいる時のミスティアと屋台をやっている女将状態のミスティアを見ると別人じゃないかと思ってしまうな」

 

 

 ルーミアたちと遊んでいる時の姿は見た目と変わらず子供のようで微笑ましい。そして一度屋台に立てば大人の雰囲気を漂わせる女将になる。妹紅ですら初めは双子か何かと思ってしまったぐらいだ。

 

 

 「同一人物ですよ、妹紅さんこそお酒に酔った姿は今とは別人じゃないですか?」

 

 「……あ、あの時は荒れていたんだ……忘れてくれ……」

 

 「店をあんなにしたことは一生忘れてませんよ」

 

 「……あ、あやまったじゃないか……」

 

 「謝られましたが、あの時の光景は一生忘れません……忘れられませんから……」

 

 「わ、わるかったよ……」

 

 

 ゴゴゴゴゴ!と言う音が聞こえるかのような幻聴がミスティアから漂って来るオーラに秘められていた。そんなオーラに身を縮こませる妹紅であった。

 

 

 「むぐむぐ……ぷはぁ!もうおなかいっぱいなのだー!!」

 

 

 この空気を壊してくれたのはお腹が満腹になったルーミアだった。膨れ上がったお腹を擦る姿はどこかのピンクの悪魔にそっくりだった。

 

 

 「みすちー、ありがとうなのだー!」

 

 「どういたしまして」

 

 

 食べ終わったテーブルの前の皿を片づけ始める。そんなミスティアを眺めていたルーミアは隣に妹紅がいたことを今ようやく気づく。

 

 

 「お?妹紅がいるのだー」

 

 「女将にタダで食べさせてもらっているんだから手伝いとかしてやれよ」

 

 「いちどてつだったけど、たべもののゆうわくにはかてなかったのだー!」

 

 「……ああなんとなくわかった気がするわ」

 

 

 ルーミアが手伝った暁には食べ物がなくなるということがわかったようだった。こいつならば仕方ないと妹紅は納得せざるおえなかった。

 

 

 「……そうだ、妹紅はしってるかー?」

 

 「あん?何をだ?」

 

 「ひなないてんし?とかいうやつのことー」

 

 「天子か?知っているが……?」

 

 

 妹紅はルーミアから天子の名が挙がるとは思ってもおらず不意を突かれた形だ。ミスティアは裏で洗い物をしていて会話には気づいていなかった。この後、ルーミアが妹紅に対して爆弾発言をするのを止められたのはミスティアだけだったのに……

 

 

 「チルノからきいたんだけどー、そいつけっこんするらしいのだー」

 

 「………………………………………………………………はっ?」

 

 

 妹紅の手からお猪口が滑り落ち地面に落下する。それに気づいたミスティアが何事かと屋台へ顔を出す。

 

 

 「妹紅さんどうしたんですか!?」

 

 

 わなわなと震える妹紅の様子に只事ではないと感じた。隣でボケっとしているルーミアに詰め寄る。

 

 

 「ルーミア!妹紅さんに一体何があったの!?」

 

 「うん?うーんとねー……」

 

 

 そんな時にいきなり立ち上がった妹紅は何もないはずの森をジッと見つめ始めた。

 

 

 「も、もこうさん……?」

 

 

 しかし妹紅の目は森など見ておらず、その目はただ空虚を見つめていた。そしてミスティアは見てしまった。その瞳に光が宿っていないことに……

 

 

 「……行かねぇと……」

 

 

 フラフラとおぼつかない足取りで森の中へと去って行ってしまった妹紅に体中の神経が緊張して声すらかけることができなかった。

 

 

 「どうしたのだー妹紅?みすちーわかるかー?」

 

 「そ、それにはまずルーミア、妹紅さんに何があったか教えてくれないと」

 

 「なにもないぞー?ただきょうチルノにきいたはなしをしただけだぞー?」

 

 「……えっ?それってもしかして天子さんの結婚話のこと?」

 

 「そうだぞー」

 

 

 ミスティアはわかってしまった。妹紅がどうしてああなったのかを……そしてこの後に待ち受けている現実に関わらないでおこうと心から決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま美鈴!」

 

 「これはお帰りなさい妹様、それにお友達もお連れですね」

 

 「初めまして、友達のリグル・ナイトバグと言います」

 

 「私は門番の紅美鈴です!妹様と仲よくしてくださりありがとうございます」

 

 「敬語なんてやめてください、なんか調子が狂うって言うか……」

 

 「なるほどわかりました。それじゃリグルさん、妹様と楽しんでいってくださいね」

 

 「はい」

 

 

 ここは紅魔館、門番である美鈴の元へフランがリグルを連れて帰って来た。リグルは紅魔館を何度も見ているが招かれることは初めてで緊張していたが、美鈴を見ていると緊張も緩和された気がした。門を潜るフランとリグルだが、そんな時にフランが美鈴に言った。

 

 

 「そうそう美鈴、天子お兄ちゃん結婚することになったんだって」

 

 「ほへぇ!そうなんですか!いや~おめでたいですね!」

 

 「うん!それでお姉様達にも知らせないといけないの。手伝って美鈴!」

 

 「わかりました。しかし妹様、リグルさんと遊んであげないといけないでしょ?その役目は私が代わりにしますのでお二人は紅魔館で遊んでいてください。それで紅魔館総出で天子さんを祝いましょう!」

 

 「わかった。ありがとう美鈴!リグル行こう」

 

 「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「本当美鈴!お嬢様!天子様が……!」

 

 「本当なのね咲夜!?こうしちゃいられないわ!すぐに祝宴会の準備をするのよ!」

 

 「レミィったら……まぁ彼には借りがあるしね。私も得意の魔法でアッと驚く芸でも見せてあげましょうか」

 

 「パチュリー様、それなら不肖ながらこの小悪魔もお手伝いさせていただきます!」

 

 「(天子さんって人、こんなに慕われているんだ……)」

 

 

 リグルは天子と言う人物の人望がこれほど熱い事に驚いていた。こうして紅魔館に祝いムードが漂っていたのであるが……それとは別の場所ではというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふ~ふ~ふ~ん♪」

 

 

 ここは太陽の畑……太陽の光に照らされて花達が己を咲き誇っている。そんな中でじょうろで水やりをしながら鼻歌を歌っている幽香がいた。以前見られた恐ろしさを纏う雰囲気はどこかへ行ってしまったのか今では花に水をやる只のお姉さんにしか見えなくなっていた。

 

 

 「はいはい、ちょっと待ってね。この子に水やりしたらあなたにあげるから」

 

 

 楽しそうに花達と会話する姿を以前の幽香を知っている者からすれば恐怖を植え付けてしまう程の衝撃を与えるだろうがここは太陽の畑である。彼女に会おうとするものなど限られているが、幽香の元へとパタパタ走ってくる足音が聞こえる。幽香もよく耳にした足音だ。

 

 

 「あら、メディそんなに急いでどうしたのよ?」

 

 

 いつもよりも足音が聞こえてくるのが早かったのを感知した幽香はメディスンが急いで走ってきていることがわかった。それぐらい付き合いがあると言う事だ。そしてやってきたメディスンは急いでいた。

 

 

 「幽香大変なの!」

 

 「大変?何かあったの?」

 

 「お兄さんが大変なの!」

 

 「お兄さん……天子のこと?」

 

 

 メディスンがお兄さんと呼ぶのは比那名居天子ただ一人……しかも大変なことが彼に起こったらしいと言っている。幽香は天子と死闘を繰り広げてから彼の評価を改めた。そして天子を名前で呼ぶほど認めるようになった。自称親友(とも)ではなく、友達の関係らしい……そして天子に何かあると聞いた幽香は珍しく眉間にシワを寄せた。

 

 

 「それで……メディ、彼に何かあったの?」

 

 「うん……お兄さんが結婚するんだって!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………………そう」

 

 「……幽香……?」

 

 

 メディスンは幽香の様子が変わったことにすぐに気がついた。笑顔なのだが先ほどの笑顔とは別物で笑っているのに笑っていない……以前の幽香が戻って来たようであった。

 

 

 「……それどこで聞いたの?」

 

 「……え、えっと……人里で確か……人間の子供に勉強させる()()()()とか言う所の前で聞いた……よ」

 

 「ふーん」

 

 

 幽香の雰囲気が怖く気迫されながらも答えた。その回答を聞くと……

 

 

 「……メディ、お留守番お願いね」

 

 「……幽香……?」

 

 「ちょっと出かけてくるわ」

 

 

 明らかな危険性を含んだオーラが彼女を包み込んだ。メディスンは言われたとおりにお留守番することを選んだ。今の幽香は以前の幽香よりもどこか怖かったから……

 そんな大妖怪が不機嫌を秘めながら人里に向けて行進するのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドキドキ!

 

 

 「ふむふむ、ようやくですか」

 

 

 ドキドキドキ!

 

 

 「……ここもやっと元通りになりましたか」

 

 

 ドキドキドキドキ!

 

 

 「……店もこれで再開することができるわけですが……」

 

 

 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ!!!

 

 

 「ああもう!さっきからうるさいですよあなた達は!!」

 

 

 大声を荒げたのは地底の管理人である苦労人の古明地さとりだ。さとりは今、地底で問題を起こした連中の後始末の最終チェックをしていたのであった。その問題を起こした連中と言うのは地上の鬼、庭師、聖人に天界の竜宮の使いと地底の嫉妬姫だ。この五人は今まで地底でタダ働きをして旧都を復興してきた。そして長かった作業が終わったのである。最終チェックさえ済めば晴れて地底(牢屋)から逃れて地上(シャバ)へと帰ることができる。(元々地底に住んでいる嫉妬姫は地上に帰らないが)

 最終チェックに問題があればもう一度タダ働きしないといけないので全員の緊張が半端ない。心臓の鼓動音が高まり、さとりの耳にうるさく聞こえる程である。

 

 

 「私達は何も言ってないですよ?頭大丈夫ですか?疲労で幻聴でも聞こえたんですかね?」

 

 

 キョトンとしている庭師こと妖夢が言うと周りの問題児たちも同調する。

 

 

 「私達は何も言っていないし、無口だったじゃないか!(さとり)のくせに文句言うな!!」

 

 「全く地底の管理者としては器が小さいですね。背も低いですし……私のような聖人になればみみっちいことも寛大な心で受け止められるものを……」

 

 

 鬼の萃香と自称聖人の神子は文句たらたらとさとりに悪びれる様子もなく言い放つ。そのせいでさとりに青筋が立つ。

 

 

 「そんなに言うのならあなた達3人にはもう一度最初から作業をしてもらいましょうかね……!」

 

 「「「すいません私達が悪うございましたマジ勘弁してください……」」」

 

 

 ストレスを抱えたさとりは誰よりも強かった。日頃のストレスが彼女の力となり強くしてくれる……その代わりに心と体はボロボロになる一方だったが……

 

 

 「それで私達はこれで帰れるのでしょうか……?」

 

 

 不安そうに尋ねてくる衣玖は良心的だが、そんな衣玖もこれまでさとりにストレスを与え続けていたことはここで語れない程多くあるので省略させてもらう。

 

 

 「ふぅ……ふぅ……そ、そう……ですね。ようやく旧都が元通りになりました……本当ならば真面目に復興していれば1カ月は早く帰れたでしょうに」

 

 

 その言葉を聞いて黙っていないのが問題児たちだ。

 

 

 「なに!?おい誰だよ!ダラダラしているせいで私が地上に帰るの遅くなったじゃないか!!」

 

 

 萃香の物言いに周りが反発し始めた。

 

 

 「失礼ですが萃香さんの我が儘のせいで幽々子様に会えずに天子さんにも会えず……私の大切な刀の稽古時間もなく……私は人生を無駄にしました。どう責任とってくれるんですか!」

 

 「はぁ!?私のせいにすんなよ!だいたいお前だって何かあれば刀で邪魔していたじゃないか!」

 

 「違います!あれは神子さんが悪くてですね……」

 

 「ちょっと人のせいにしないでもらいたいですね。邪魔をしていたのは私ではなく君達の方でしょ?」

 

 「なんだと耳毛のくせに!!」

 

 「神子さん!今のは聞き捨てなりません!刀の錆にしてあげますよ!!」

 

 

 地底での生活のせいなのか問題児たちはすぐに事を荒立てお互いに牙を向くことばかり起きていた。そして今も一触即発の危機に陥っている。そんな中でさとりのストレスゲージが限界点を突破するまでもう少し……

 

 

 ピキピキッ!

 

 

 第三の目が充血し、さとりの顔には青筋がまた立ち始め今にも血管がキレそうな音を立てていた。

 

 

 「――!!皆さん落ち着いてください!でないとさとりさんが以前のようにトラウマを見せてやるとおっしゃっております!」

 

 

 空気を読み、場を鎮めようとする衣玖。その衣玖が放った言葉に全員がはっ!と落ち着きを取り戻した。前にもこのようなことが起こり、我慢できなくなったさとりが全員に対してトラウマを具現化させて場が悲鳴だらけになったことから問題児たちはさとりに注意することとなった。勇儀いわく「あれはひどい光景だった……思い出したくもない」とのこと。

 衣玖の機転でなんとか場は収まり、さとりのストレスゲージも落ち着きを取り戻し始めた頃に集まる集団がいた。

 

 

 「よう!やっているか?」

 

 「やっほー!みんな元気しておりますか?」

 

 「……さとり……ご苦労様……

 

 

 勇儀とヤマメにキスメが騒動を聞きつけてやってきた。

 

 

 「ふぅ……ふぅ……勇儀さん達ですか……」

 

 「なんや、また喧嘩でもやろうとしていたんかいな。ホンマ懲りひんな」

 

 「……さとり……また怒る……

 

 

 問題児たちの喧嘩は日常茶飯事になっていた。しかしさとりがキレたこと以来はその兆しが少し抑えられていたのは言うまでもない。普段大人しい人物を怒らせたら怖いと言うが、それに当てはまるのがさとりだった……彼女を怒らせたらどうなるかは当の本人たちが一番わかっている。

 

 

 「それでさとり、パルスィは……そこに居たのかって、真っ白に燃え尽きてやがる……」

 

 

 先ほどから一言も喋らなかった地底に元々住んでいる嫉妬姫ことパルスィは全てをかけて今日の作業を終えたため気力も体力も燃え尽きていた。

 

 

 「あの……それでなんですが私達は帰っても……よろしいのでしょうか?」

 

 

 衣玖が恐る恐る質問する。さとりは息絶え絶えながら答えた。

 

 

 「ふぅ……ふぅ……はい、あなた達はようやく自由ですよ。もうなんでもいいからさっさと地上でもどこでも行ってください……ああ……また胃が……」

 

 

 さとりはこれ以上関わりたくないと言わんばかりに背を向けて地霊殿へとフラフラな足取りで去って行く。その後姿に合掌しておく勇儀とヤマメとキスメは管理人じゃなくてよかったと思ったという。

 

 

 「よっしゃー!さっさと地上へ帰るぞー!」

 

 「おいおい萃香よ、宴会もやらずに帰るのかよ?」

 

 「勇儀、宴会は本当ならやりたいところだけど……今は……天子に会いたい……」

 

 

 頬を赤く染める姿に勇儀は笑みがこぼれた。あの酒があればどこへだって現れる鬼は今じゃ恋する乙女となり果てていたからだ。

 

 

 「……そうか、それじゃ仕方ないな。ったく天子の奴め、萃香をこんなに腑抜けにした罪は重いぞ」

 

 

 辺りを見回すと他の問題児たちも天子に会いたがっていた。そんな光景を見ていると勇儀は心の底から笑いが出てしまいそうになる。

 

 

 「(くはは!あいつは本当に罪深い奴だよ♪その内、背後から刺されちまうんじゃないのかい?)」

 

 

 天界に居るであろう親友(とも)を見上げる勇儀の目の前に突如として少女が現れた。咄嗟のことだったのでその少女を受け止めるとよく知った顔であった。

 

 

 「ぬわぁっと!?こいしか?いきなり現れたらビックリするじゃないか!」

 

 

 そう、さとりの妹であるこいしが今、地上から帰って来たのである。あの話を手土産として……

 

 

 「ごめ~ん、急いで帰って来たから勢い余って勇儀の胸に飛び込んじゃった。てへっ♪」

 

 「かわい子ぶってもダメだぞ?それでなんで急いでいたんだ?」

 

 「そうそう!ねぇ聞いて聞いて!萃香ちゃん達も聞いてよ!」

 

 「あん?お前はさとりの妹の……なんなんだよ。私達はこれから帰るところなのに」

 

 「そうですよ。天子様も私の帰りを今か今かと待ち焦がれているはずです」

 

 「衣玖さんは卑怯ですね。天子さんと同じ天界暮らしで」

 

 「天子殿成分を毎日摂取できるなんて……うらやまけしからん!」

 

 

 衣玖を含んだ問題児は我先にと地上を目指そうと足を踏み出したのだが、こいしの一言でこの場は極寒の大地へと変化する……

 

 

 「ふ~ん……まぁいいや。それで聞いてよ勇儀、天子のお兄さんがね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――結婚するんだって!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………………………………………はっ!?」

 

 「………………………………………………えっ!?」

 

 「………………………………………………嘘っ!?」

 

 「………………………………………………なっ!?」

 

 「……お、おいこいし……それ本当か……?」

 

 「出鱈目ちゃうん……やんな?」

 

 「……ほんとう……?

 

 「うん、私の友達が言ってたもん!」

 

 

 一気に気温が下がり、勇儀達ですら肌寒さを感じた。そしてその寒さの発生源の皆様は死んだ魚のような目をしており、一切の感情も存在せず、人形のような表情で空虚を見つめていた。

 

 

 「(これは……やばいな……)」

 

 

 鬼の勇儀でも背筋が寒くなり震えが止まらなかった。そんな中でヤマメが勇気を出してこいしに質問した。

 

 

 「……ああ……っで、結婚するなら相手がいるやろ?その……結婚相手とか誰とかわかる?」

 

 「(おいバカやめろ!!)」

 

 

 勇儀は嫌な予感がしてヤマメを止めようとしたが、凍り付いているような瞳が視界に入ってしまい金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。

 

 

 「えっとね……()()()とか言ってたよ」

 

 「(なん……だと……!?)」

 

 

 勇儀にはその名前に心当たりがあった。昔一緒に色々やったから憶えている……そして勇儀が知っているならばもう一人の鬼も当然知っている。

 

 

 「……ふ……ふふ……そ、そうかよ……華扇の野郎……私がいない間に抜け駆けしたわけか……」

 

 

 萃香が小刻みに震えて拳を握りしめていた。勇儀は萃香の瞳の中に一切の光がないのを見てしまった。しかもそれだけではない……他の3人も同じように光が灯っていないこともわかってしまった。

 

 

 「……萃香さん……その()()()さんと言う方はどういった方なのでしょうか……?」

 

 

 光のない瞳で何かを訴える衣玖は萃香に質問する。

 

 

 「私の仲間だよ……まぁ……たった今……仲間じゃなくなったけどね……」

 

 「そうですか……それを聞いて安心しました……」

 

 

 衣玖の体から電流が流れる……その表情は冷たく笑っていた。

 

 

 「私もお供しますよ……その()()()さんと()()しようと思っていたんです……」

 

 

 刀の刃を舐めながら笑みを浮かべている妖夢の姿に勇儀たちは狂気を感じた。

 

 

 「私を差し置いて……その()()()殿には私からもよーくよーく()()()()必要性がありますね……」

 

 

 神子も七星剣を取り出して刃の部分を握りしめていた。手から流れ出る血など気にも留めない様子に勇儀たちは引いてしまう。

 

 

 「……さとりの妹のこいしだっけ……()()()を聞けてよかったよ……」

 

 「う、うん……」

 

 

 こいしですら萃香の迫力に押されて縮こまってしまう。

 

 

 「それでは……さとりさんにも……よろしくお伝えください……」

 

 「あ、ああ……伝えておくよ……」

 

 

 勇儀も衣玖の迫力に身を縮こませて適当に頷いておく。

 

 

 「……行きましょうか……地上に……」

 

 

 衣玖は他の3人を引き連れて地上へと去って行った。衣玖達が消えてもしばらくの間は誰も動けなかった。そしてようやく周りの空気が緩和され胃に溜まっていた空気を吐き出した。

 

 

 「ふぇぇぇえ!息が止まるかと思ったわぁ!」

 

 「……こわい……

 

 

 ヤマメとキスメは腰が抜けたらしくその場で動けなくなってしまった。

 

 

 「ぶはぁ……さっきのはヤバかった!私でも下手をしたら死んじまうかと思ったよ……」

 

 

 勇儀でも今まで感じたことのない迫力に息が詰まっていたようだった。今も星熊盃を持っている手が震えていた。

 

 

 「はぁ……怖かったぁ……」

 

 「おい、こいしさっきの話本当かよ?天子の奴が結婚したとか」

 

 「正確にはこれから結婚するみたいなこと言っていたけどね」

 

 「言っていたって……友達からの情報だろ?信用できる奴なのかよ?」

 

 「チルノって言う氷の妖精なんだけど、その子が聞いたんだって」

 

 「チルノかよ……」

 

 

 勇儀は知っていた。地上で(バカ)と言えばチルノだと上がる程に有名である。そしてそのチルノからの情報だと知った勇儀は何となく嫌な予感がしていた。

 

 

 「……とにかくこれから天子の身に危険が及ぶのは間違いなしだな」

 

 「……そうやね……あんな萃香ら見たことないでぇ……」

 

 「……こわい……こわい……こわい……

 

 「お兄さん……ごめんね」

 

 

 こいしは面白半分で話したことがここまで恐ろしいことになるとは思っていなかった。謝罪を込めて、勇儀たちとこいしはこれから天子と華扇に起こる不幸に身を震わせながら心の中で無事を祈った……

 

 

 ちなみにパルスィだけは燃え尽きていたため、この恐怖を味合わずに済んだのは幸いだったのかもしれない。

 

 



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57話 這いよる者達

いきなりお気に入りの数が激増してビックリしました!皆様は混沌がお好きのようですね。
作者も好きです。


そんなわけでして……


本編どうぞ!




 幻想郷に一つの情報が飛び交っていた。その情報は幻想郷の至る所へと流れていき様々な人妖達の耳に届いていき、めでたい話だと祝うかもしれない……しかしそれが全ての者に対してめでたい話になると言う事はない。

 

 

 その情報は天界に住む比那名居天子と仙人の茨木華扇が結婚するというものであった。

 

 

 多くの者達はこの二人が誰なのか知っていた。特に天子の方は新聞でも度々記事を飾っていたため人里では知らない人などいない程だ。華扇の方も人里でよく食べ歩きをしているのを目撃されていたので何かと有名である。そんな人里の飲食店で話し合う集団がいた。

 

 

 「それ本当なのですか慧音さん?」

 

 「ああ、本当のことらしいぞ阿求」

 

 

 【稗田阿求

 髪は紫色で、花の髪飾りをつけており、若草色の着物の上に、袖の部分に花が描かれた黄色の中振袖の着物を艶姿のような感じで重ね着しており、その上で赤い袴(行灯袴)を履いている。

 『幻想郷の記憶』と言う二つ名があるように、彼女には【一度見た物を忘れない程度の能力】を持っている。この能力を持っていることで、目に入ったものは一生忘れずに、幻想郷において人間の安全を守るために作られた【幻想郷縁起】を書いている。この書物には幻想郷で目立った妖怪について纏めており、昔からのことについても書かれている。

 阿求は転生体であり、九回目となる転生で妖怪と人間の距離が近くなった現在の幻想郷ではかつてのように「人間を守るための書物」としての意義は薄れており、妖怪からのアピールも取り入れた「読み物」としての側面が強くなっている。そしてどの転生体も30年前後しか生きられないがそれでも毎日を楽しく過ごしている。

 

 

 慧音と話をしている阿求はどこか半信半疑であった。実は阿求と天子は面識があり、幻想郷縁起に天子を載せようと会いに行ったことがきっかけで知り合った。

 

 

 「でも私は華扇さんのことも知っていますが、天子さんと付き合っている話も聞いたことがありませんし、そのような素振りも見たことがありません」

 

 「そうだよね、もし本当に天子さんが結婚するなら……ちょっと残念だなぁ……」

 

 

 そして慧音と阿求とは別にもう一人……

 

 

 【本居小鈴

 飴色の髪を鈴がついた髪留めでツインテール、紅色と薄紅色の市松模様の着物に若草色の袴(行灯袴)を履いている。

 人里の貸本屋、【鈴奈庵】に住む人間の少女で、そこで店番をしている。両親と一緒に暮らしている読書家で、幻想入りした本は読み飽きるほど読んでいる。

 【あらゆる文字を読める程度の能力】を持っており、妖魔本を手をかざすことで読んでいただけではなく、人外語に限らず英語といった外国語も読めるが、鏡文字など文字として認識できないものは読むことが出来ない。

 稗田阿求とは書物関係でよくつるみ、友人同士である。

 

 

 「一体何が残念なんだ?」

 

 「慧音先生、あんなイケメンで頼れる男性はこの幻想郷を探しても中々見つかりませんよ!礼儀も正しいし、親切だし、何よりも見た目が完璧とかおとぎ話に出てくる王子様かと思ったんですもん!」

 

 

 小鈴はひょんなことから天子と知り合った。人里で新しい幻想入りした外来本を手に入れた小鈴は急いで我が家に向かって走っていたが、そんな時に曲がり角で誰かとぶつかった。そのぶつかった相手が天子であり、偶然にもそこから天子との交流ができた。度々小鈴の家である鈴奈庵に出入りするようになり、色々と小鈴が知らない本の話を聞いているうちに常連客となっていた。時間があれば小鈴の手伝いをしており、小鈴の家族からも頼られる存在となっていた。

 

 

 「まぁ……天子はいいやつ過ぎるのは間違ってないがな」

 

 「慧音先生もそろそろ身を固める相手が必要なんじゃないですか?」

 

 「こら小鈴!慧音さんに失礼よ」

 

 「あはは……構わないさ。私はまだ身を固めようとは思っていないしな」

 

 

 そう言ってお茶を一口飲む。慧音も半妖であるためすぐに身を固めようとは思ってもいない。それに女性にとって結婚は大切な一生ものでありそう簡単に決めるべきではないのだ。

 

 

 「天子も色々悩んで決めたんだと思うぞ?天子ならば女性を蔑ろにすることはないだろうから心配ないがな」

 

 

 慧音が言う色々悩んでと言うのが結婚話をどう無くさせようかというものであったということは知る由もないので仕方のないことだ。

 

 

 「慧音さんが言うなら本当の話かもしれないですね」

 

 

 阿求は腑に落ちなかったが、納得せざるを得ないと割り切るしかないと思った時だった。声が聞こえてきた……誰かわからないが動揺した声だった。そして冷たい風……いや、冷たく感じる風と言った方がいいだろう。背筋が凍るような嫌な感じ……慧音と小鈴も感じたのか身震いする。一体何が?そう思った矢先に店先に誰かがいることがわかった。暖簾(のれん)で顔は見えないが、白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカートに、その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている姿がそこにはあった。そして……

 

 

 「ぁ……ぁ!」

 

 

 そう阿求の口から小さな息が洩れた。阿求は【一度見た物を忘れない程度の能力】を持っていたため決して忘れない……この能力のせいで阿求はそこに誰がいるのかわかってしまい体中の血の気が一気に引いた。

 

 

 「――か……ゕかぁ……ざみぃ!!」

 

 

 必死に声を出そうとするも詰まって言葉が出て来ない。肺の空気を抜かれたように呼吸が苦しくなる……二人も阿求の様子の変化に気づき、阿求の目が向いている暖簾(のれん)へと目を向ける。すると暖簾(のれん)をかき分けて店に入って来たのは……

 

 

 「……こんにちは」

 

 「風見……幽香……!?」

 

 

 大妖怪……風見幽香だった。店の中は先ほどよりも気温が低下し、その場に居た者達は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。中には失神してしまう者や黄金水を漏らしてしまう者までいた。しかし誰もそれどころではない……恐怖の象徴である幽香がこの店にやってきたと言う事だけで事件だ。この店の亭主でさえ、裏に隠れてしまい誰も対応する者はいなかった……一人を除けば。

 

 

 ゴクリッ!

 

 

 「……ゆ、ゆうか……ここへは一体何しに来たんだ……?」

 

 

 息を呑み込み意を決して話しかけたのは慧音だ。慧音は寺子屋の教師で半妖であるため人里の人間達と一緒に子供の頃に授業をした教師と生徒の仲だ。顔馴染みが多いこの人里で生徒としてみんなを見てきたし、今でも見守っている。一人の教師として人間が大好きな彼女は人里の連中に危害を加える者は誰であろうと許さない……例え相手が風見幽香であってもだ。この場に頼れる存在は慧音しかいないのだから……

 

 

 「そう構えないで頂戴、私はこの店には用はないもの」

 

 「だ、だったら何しに来たんだ?別にお前を束縛するつもりはないが……」

 

 「あなたに用があったのよ」

 

 「……わ、わたし……にか!?」

 

 「そうよ」

 

 

 ニコリと笑う。その笑顔に秘められた意味など慧音はわからない……わからないから恐ろしかった。必死に震える手を握りしめ弱みを見せないように心を落ち着かせようとする。

 

 

 「そ、そうか……私に用があったのか」

 

 「ええ、あなたを探して至る所を回ったのよ。でもみんな不甲斐ないから私が声をかけたら逃げるか失神しちゃって……ようやくあなたがいる場所を見つけたのよ」

 

 

 人里は知らない内に幽香という恐怖に侵略されていたようだ。被害は尋常なものではないだろう……

 

 

 「な、なら場所を変えようか。私も今し方、食事を終えたところでな……阿求、小鈴、お代はココに置いておくから亭主に払っておいてくれ」

 

 

 コクコクッ!!

 

 

 阿求と小鈴はただ首を縦に振る動作がやっとだった。そして慧音は幽香と一緒に店を後にした。幽香の姿が見えなくなり、気配が遠のいていくと気温も元に戻り始め重苦しい空気はいつもの快適なものへと戻って行った。

 

 

 「――はぁ……はぁ……び、びっくりした……!」

 

 「ま、まさか風見幽香がやってくるだなんて……」

 

 「殺されるかと思ったよ阿求……」

 

 「わ、わたしもよ……」

 

 

 店の客たちは自分の命があったことをお互いに喜び合った。しかし幽香と共に姿を消した慧音だけはこの喜びを味わえずにいるだろう。阿求と小鈴は無事で慧音が帰って来ることを祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここなら邪魔は入らないわね」

 

 

 幽香と慧音は人里の大通りから離れた裏路地にやってきた。幽香が誰にも邪魔されない場所として選んだ。ここは元々人通りが少なく、建物の影になって昼間でも少々暗いため人里の人間でも用が無い限り近寄ることはない。そんなところに連れてこられている慧音はこれから何をされるのか気が気ではなかった。

 

 

 相手はあの風見幽香であり、人間からも同じ妖怪からも恐ろしがられているだけではなく幻想郷の中でもその実力は八雲紫ですら認める程だ。そんな幽香が接点のあまりない慧音に用事があること自体なにかあるとふんでもおかしくはない。しかも今いる場所が場所だ……人里で暴れることはないだろうが不安が募る。

 

 

 「(私に一体何の用があると言うのだ……こんな場所にまで連れて来て……)」

 

 

 緊張のあまり流れる汗を幽香に見られないようにしようにも自然に流れ出る汗を止めるすべはない。心臓の鼓動も視線を合わせるだけでその鼓動は高まり苦しくなっていく。

 

 

 「ふふ、苦しそうね」

 

 「……そ、そんなことはない。ただ少し熱いだけだ……」

 

 「無理しちゃダメよ?」

 

 「……あ、ああ……」

 

 

 慧音は幽香の思考がさっぱりわからなかった。人里に時々訪れる彼女はなりふり構わずに買い物だけ済ませてさっさと帰ってしまうのに今日ばかりは慧音を探してまで現れた。彼女の表情は笑っているが……楽しんでいる笑みではなさそうだ。何かが秘められてその笑顔を見続けることは精神的にとても苦痛だ……慧音にとって風見幽香とは得体の知れない存在として認識できないのだ。ただ一つわかることがある……今の幽香は不機嫌であると。

 

 

 「ならこっちは気にしないわ。それで用件を言うわね」

 

 

 ゴクリッ!

 

 

 息を呑んだ。一体どんな用があるのか……慧音は覚悟を決めた。

 

 

 「……比那名居天子の……結婚話について聞かせなさい……」

 

 「……はっ?」

 

 

 慧音は一瞬耳を疑った。だが思い出した。幽香は天子と再び戦って見事幽香を打ち破ったこと、それから天子のことを認めたことを風の噂で聞いた。カメラが成仏してしまい、記事に載せられなかった文が泣きながら愚痴を言っていたのを聞いたことがほとんどだったが……

 しかし慧音は何故天子の結婚話に興味を持ったのかわからなかった。そもそもあのお人好しの天子から聞いていないのか?そう思ったが幽香が聞いて来るなら直接本人から何も聞かされていないのだろう。それも結婚話を聞いて一体何の得があるのか……

 

 

 「早く言いなさい。それとも言いたくないのかしら?」

 

 

 慧音は考えを捨て去った。幽香の鋭い瞳に睨まれては考え事などできやしない……

 

 

 「い、いや!私は詳しい内容まで知っているわけではないのだが……」

 

 「それでもいいわ。聞かせて頂戴」

 

 「わ、わかった」

 

 

 慧音は幽香に自分が知っていることを伝えた。それを聞いている間の幽香は大人しかったが時折手に持っている日傘からミシミシと(きし)む音が聞こえたのは気にしてはいけない。

 

 

 「……っと今語ったので全部だ。私の知るところはここまでだ」

 

 「……」

 

 

 沈黙が流れる……幽香は何も言わずにただ突っ立っているだけだ。ただ慧音は()()を感じていた……その()()はわからないが誰もが抱えてしまう感情的なものを感じていたのだ。だが後少しのなのだがそれが何なのかはわからなかった。幽香は先ほどから黙ったままだ。そんな幽香にどう声をかけたらいいのかわからずにいた時だった。

 

 

 「……慧音」

 

 

 背後から聞き覚えのある声がした。振り返るとやはり見知った顔の人物がそこにいた。

 

 

 「妹紅!?どうしてここに……!?」

 

 

 そこにいたのは友人の藤原妹紅だったが、慧音は妹紅を見て目を疑った。いや、いつも妹紅の傍にいる彼女だから見ただけでわかったのだろう。妹紅の瞳には光は灯っておらず、妹紅と初めてあった時のことを嫌でも思い出してしまった。

 

 

 「妹紅どうしたんだ!?一体何があった!?」

 

 

 友人である妹紅が人生に絶望している時のようになっていたら黙っていられない。駆け寄り体中に何もないことを確かめる。体には傷一つ付いていないことからひとまず安心するが、問題は心だろうか……何が原因でこうなってしまったのか一体誰が妹紅をここまで追い詰めたのか、複雑な心境の中で慧音はただ妹紅の身の安全を優先する。

 

 

 「大丈夫か妹紅?大丈夫だぞ、私が傍についているから……」

 

 

 妹紅を安心させるために言葉をかける。そんな時に妹紅がゆっくりと口を開いた。

 

 

 「私は……大丈夫だ……慧音……ちょっと聞きたいことがあったから探していたんだけどさ……」

 

 「ああ、なんだ?私にできることならなんでもやるぞ?」

 

 「……天子が……結婚するって……本当か……?」

 

 「……はっ?」

 

 

 慧音は妹紅も幽香と同じように結婚話について聞いて来た。何故と思ったが、慧音には心当たりがあった。

 

 

 妹紅は天子に好意を持っている。ミスティア屋台の一件の時に妹紅を介護したから慧音もその場に居た。はっきりと妹紅は言わなかったが何年も妹紅と友人関係である慧音には察することができた。そして陰ながら応援していた。

 不老不死になってから妹紅は恋心と言うものを捨ててきた。そんな時に捨て去ったはずの恋心が再び芽生えて心許せる相手が天子だった。そんな矢先にその相手である天子が他の女性の結婚すると言う話を聞けば……同じ女性である慧音もその気持ちは理解できる。

 

 

 嫉妬……今の妹紅に宿っているのは好きな天子を取られたくないと言う嫉妬が妹紅を支配している。嫉妬の力は強大だ。小さな百鬼夜行の鬼も嫉妬で我を失ったぐらいだから……そして慧音は気づいた。これと似たものを先ほど感じた。そうつい先ほど感じていたものと同じだった。

 

 

 風見幽香から感じていた()()と同じ感覚だった。

 

 

 慧音の頭の中でピースが揃いその形が出来上がった。妹紅と同じく幽香は嫉妬していたのだ……そして妹紅と同じ理由で嫉妬しているならば天子のことを……!

 

 

 「幽香……居たのか」

 

 「ええ、居たわよ」

 

 

 妹紅は今ようやく慧音の姿が重なって隠れていた幽香を見つけその存在に気がついたようだ。

 

 

 「……お前も例の話を慧音に聞きに来たのか?」

 

 「そうよ」

 

 「……そうか」

 

 

 会話が続かず間に挟まれている慧音はどうしたらいいのかオロオロとしていると……

 

 

 「ねぇ、不死身の不死鳥さん……私と手を組まない?」

 

 「……手を組むだと?」

 

 

 幽香が妹紅に対して何かの協力を持ち掛けた。妹紅に近くに寄れと手招きする。妹紅は何の疑いもなしに近づいていき、耳を傾ける。そして幽香が妹紅に対して耳打ちをしてしばらく聞き入っていた。話が終わったのか妹紅が離れて……

 

 

 「ああ、その話に乗るぜ」

 

 「ふふ、そう来なくちゃね」

 

 

 取引に応じた妹紅は幽香と同じように笑みを浮かべていた。

 

 

 「それじゃ行きましょ」

 

 「ああ、慧音……またな」

 

 「ちょ、ちょっと待て妹紅!幽香も何を言ったんだ!?」

 

 

 蚊帳の外になっていた慧音は二人に問いかけるが幽香は慧音を無視して裏路地の奥へと消えてしまう。

 

 

 「……悪い慧音、天子には悪いが私は簡単に、はいそうですかっと諦める程の軽い女じゃないんだ」

 

 「……妹紅……?」

 

 

 そう言うと妹紅も幽香と同じく奥へと向かって消えてしまった。

 

 

 「……」

 

 

 一人取り残された慧音は二人が消えて行った裏路地を見ていることしかできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お別れは済んだかしら?」

 

 「ああ、一生の別れじゃないんだから心配ないさ」

 

 「ふふ……私を嫌っていたんじゃないかしら?」

 

 「今は一時休戦だ。だがその前にやることができたからな……」

 

 「悪い子になったわね♪」

 

 「ふん、自分で言うのもあれだが……私はどうやら重い女らしい……」

 

 「そういうところ嫌いじゃないわ♪」

 

 「言ってろ……早く行こうぜ」

 

 「ええ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「仲間を集めにな!!(ね!!)」」

 

 

 暗い裏路地で赤い目が光っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虫たちが逃げていく……

 

 

 鳥たちも物陰に隠れてしまう……

 

 

 微生物たちですら近寄りたくはない……

 

 

 地底へと繋がる大穴の前には4人立ち並んでいた。

 

 

 「……地上だ……」

 

 「……そうですね……」

 

 「……久しぶりの太陽ですね……」

 

 「……天界が待ち遠しいです……」

 

 

 萃香、神子、妖夢、衣玖は地底での生活に終止符を打ち、ようやく地上に帰って来た。彼女達にとっての長い長い囚人生活は苦悩の日々の連続だった。それらに耐えて耐え抜いた彼女達は地上に帰って来た喜びを分かち合う……はずであった。地底で聞いたあの話さえなければ……

 

 

 比那名居天子が結婚する

 

 

 その話さえなければ彼女達は幸せであった。だが神は残酷な運命を突き付けた……彼女達の心は今、荒野のど真ん中に放り出された小鹿同様であった。水などの希望もない、残酷な太陽が彼女達を照らしていた。

 

 

 「……天子様……私のことを忘れてしまったのでしょうか……」

 

 

 衣玖の被っていた帽子が地面に落ちる。顔は俯き表情は読み取れないが雨が降っていないにも関わらず衣玖の足元には大粒の雨が降っていた。

 

 

 「……天子さんからまだ色々と学びたいことがあったのに……もう……何も得ることができないのですね……」

 

 

 妖夢は己の命のように大事にしていた刀が手から滑り落ちた。まるで魂そのものを失ったかのように半霊も力無く地面に横たわった。

 

 

 「……天子殿成分を摂取しても……私の心が晴れることはなくなってしまった……やはり心など無ければこんな思いもしなくてよかったのですよ……」

 

 

 神子は何もかも絶望していた頃の神子に戻りかけていた。頭に生えている耳の形をした毛も今ではシワシワと力なく垂れていた。

 

 

 「……なんで……なんで私達がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ……」

 

 

 萃香は拳を握りしめ、力を入れ過ぎているのか拳から血がにじみ出ていた。そんなことも気にもならない程に悔しい気分でいっぱいだ。

 

 

 「それもこれもみんなあいつのせいだ!華扇の野郎……きっと私達がいないから寂しい思いをしていた天子に近づいて誘惑したに違いない!天子の優しさに付け込んで奪い取るなんて……あの野郎め!!」

 

 

 萃香は歯が砕かれんばかりに力が入る。(まさ)しくそこにいるのはれっきとした鬼であった。

 

 

 「萃香さん、()()()というメス豚はどこにいるのでしょうか?今すぐに血祭りにして差し上げたいのですが……!」

 

 「衣玖さん、(とど)めは私にさせてください。輪廻転生できないようにしますから……」

 

 「待ちたまえ衣玖殿、妖夢殿、ただ簡単に死なせてしまうのは惜しい……私の師にキョンシーを操ることができる方がいますのでその方に提供してじっくりとキョンシーにしてしまうのがいいかと……」

 

 

 傍から聞けばトラウマになりかねない会話を平然と話すこのメンツはどこか長い地底生活でおかしくなってしまったのかもしれない。

 

 

 「華扇がいるのは妖怪の山の奥地だ。結界で普段は入れないのだが……私達ならばやれる!()ッテヤル!お前ら私についてこい!!」

 

 

 そう妖怪の山に攻め入ろうとした時だ。

 

 

 「待てよ」

 

 「――何者!?」

 

 

 謎の声が萃香達を呼び止めた。地面に落ちた刀をすぐさま広い臨戦態勢に入る妖夢……そして声がした方を振り向くと……

 

 

 「妹紅さん……!?」

 

 

 衣玖は意外な人物に驚いた。そして見知らぬ人物が隣にいた。

 

 

 「……君は誰だね?妹紅殿は知っているが……?」

 

 「幽香かよ、お前がいるなんて珍しいことがあるもんだね」

 

 「久しぶりね萃香、殺し合った以来かしらね?」

 

 「随分と昔だから忘れちまったさ」

 

 

 神子も妹紅のことは知っていたが幽香のことは知らなかった。しかし萃香と幽香は顔馴染みのようだ。妖夢も幽香を知っている……だからと言って警戒を解くことはない。妹紅は100歩譲ってあり得るかもしれないが、幽香がこんな場所に現れるなど普通ならば考えられないからだ。萃香の頭の中でもしかしたら華扇の差し金かとまで考えたが……

 

 

 「警戒しないで頂戴、私達はあなた達と事を構えることはしないわ」

 

 「それでは妹紅さんと……幽香さんでしたか?私達は今から()()()とか言うメス豚を血祭りにしに行くので邪魔しないでもらえますか?」

 

 

 衣玖には珍しいドスのきいた声だった。しかし幽香も妹紅もそれぐらいのことでは怯まない。緊張した空気が張り詰めるが……

 

 

 「やめろやめろ!私達は戦いに来たのでも邪魔しに来たのでもないんだ」

 

 「じゃあなんなんだよ!」

 

 

 不機嫌な萃香が喧嘩気味に聞く。

 

 

 「……私達は同じだ……お前たちとな……」

 

 「……同じ?」

 

 

 妖夢は妹紅の言ったことがわからないようだ。衣玖も萃香も……そんな中、神子は「和」の文字が入ったヘッドホンのような耳当てをずらしていた。神子の能力で人の欲している事を察することで二人の本質を見抜いていた。

 

 

 「……なるほど、妹紅殿らも天子殿の虜になってしまったわけですね」

 

 「んなぁ!?幽香お前がか!!?」

 

 「……別に……私はただあいつが結婚すれば……面白くないだけよ……」

 

 

 プイとそっぽを向いてしまう幽香はこういう時も素直ではないらしい。しかしこの場にいる全員が天子を気にかけている者同士であることが伝わったわけだ。

 

 

 「つまり……ここにいる私達の目的は皆様同じ……と言う事ですね?」

 

 「衣玖のいう通りだ。その……私も知らず知らずのうちにあいつのことが気になっていてな……お前たちがいない間に色々とあってな……」

 

 「……まぁそれが何かは後で聞くことにしましょう。それで?」

 

 「目的は同じならここは協力しようじゃないかって話だ。どうだ?」

 

 

 妹紅の提案に衣玖達は顔を見合わせる。自分達が地底で過ごしている間に、知らぬ間に天子が他の女を落としているとは思いもしなかったが何故か納得してしまうところがあった。ここにいる全員天子の魅力に取りつかれてしまった者達であったために共感できるところがあった。時には敵として、時には仲間として……今もこれからもそうなる仲であることに間違いはないのだ。ならば答えは決まったも同然だ。

 

 

 「いいでしょう。私達も妹紅さん達に協力します」

 

 「サンキュー♪」

 

 「ですが、これだけの数が集まって一人をリンチするのは剣士としての私のプライドが……」

 

 

 妖夢は少し思うところがあるのか幻想郷内でもこれだけの戦力が集まってたった一人をボコボコにするのは気が引けるところがあった。

 

 

 「何言ってやがる半人前、華扇を甘く見ていると痛い目を見るぞ?」

 

 「しかし……萃香さんはその仙人のこと何か知っているんですか?」

 

 「良くも悪くも知っているさ……あいつの本性もな……」

 

 

 萃香には珍しく冷や汗をかいていた。そのことに気がついていたのは幽香だけだった。

 

 

 「まぁ、それはともかく……今から全員で乗り込むんだろ?それならば準備しないと返り討ちに遭う可能性だってないとは言い切れない相手だってことさ」

 

 「そ、そんなになんですか……!」

 

 

 妖夢に一瞬の緊張が走る。鬼の萃香が嘘などつくわけもなくそれほどの実力者であることは違いない。しかしここで幽香が言った。

 

 

 「()()乗り込むことなんてしないわよ」

 

 「はぁ!?華扇の奴をぶっ飛ばさないのかよ!?天子取られちゃったんだぞ!!」

 

 「待てよ、幽香は()()って言ったろ?それにまだ天子は結婚しちゃいねぇ。地底にいたお前達は知らないのは仕方ないが、結婚式は明日らしい」

 

 

 妹紅の言った言葉に地底組メンバーの瞳に僅か……ほんの僅かだが光が戻った気がした。しかしそれはそんな気がしただけだった。結婚すると聞いて急いで地上に帰って来たが、いつ結婚するかなど聞いていなかった。もしかしたらもう既に結婚式が終わってしまっているのかもと言う不安があったが何とかなったようだ。しかしまだ油断ができない。結婚式は明日なのだから……

 

 

 「今ではない、明日だ。私達が乗り込むのは……結婚式当日に仙人が結界など用意しているわけもなく、結婚式場は天界らしいから罠を張ることもできないはずだ。返り討ちに遭う可能性があるならば、返り討ちに遭わない時を狙えばいい!それが明日だ!」

 

 「「「「おおー!!」」」」

 

 

 妹紅の説明に目を輝かせる4人組。彼女達はわかっていない……結婚式場に乱入すれば自分達の信用も無くなるなど普段ならばわかることだが……嫉妬に支配された者達は正しい判断などつくわけもなく……

 

 

 「メス豚に裁きの雷を与える時が楽しみです♪妹紅さんあなたも(ワル)ですね♪」

 

 「いやぁ、それほどでもないぞ♪」

 

 「不肖ながらこの魂魄妖夢、精一杯頑張ります!」

 

 「天子殿待っていてください!あなたに守られるだけでなく今度は私が守ってみせます!」

 

 「暴れるならば鬼である私の出番だ!華扇待ってろよー!抜け駆けした罪は重いぞ!」

 

 「ふふ……あなたが悪いのよ。私と親友(とも)になりたいなんて言うから……でもダメ、まだ友達のまま……私と親友(とも)になるとどういうことに巻き込まれるか……身を持って知るといいわ♪」

 

 

 会話が成立しているのでまともに見えるような彼女達……しかしその瞳には一切の光は灯っていなかった……

 

 



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58話 運命の分かれ道

不穏な気配が忍び寄る……


それでは……


本編どうぞ!




 「髪型よし!服装の乱れ無し!体中に変なところは……問題ないようね。これでよし!完璧!!」

 

 

 鏡の前でしきりに身だしなみをチェックしていた。

 

 

 ふふん♪昨日は中々寝付けなかったわね~♪それもそのはずよね~♪なんたって今日は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イケメン天子との結婚する日なんだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まぁ今後天子が誰かと結婚するかもしれないからその練習相手だけどね……

 

 

 でもでも!今日私は憧れのウェディングドレスを着ることができるのよ!!一度外の世界の本を読んだ時に見た衝撃は忘れない……和風の着物での結婚式もいいけどあの純白のヴェールに包まれてレッドカーペットの上を歩く姿が印象的だった。一生味わうことができないと思っていたのにまさかこんなチャンスが来るなんて……!

 当然ながらだけど幻想郷にウェディングドレスなんか扱う場所はないと思っていた。けれどまさか天界で扱っているとは思わなかった。しかも天子が結婚式場を建てたそうで、教会と言うのだけどとても神聖な建物だった。見ていると心が浄化されてしまうような気がしたわ。それにしても凄いわよ天子、教会を建てて、ウェディングドレスまで揃えていたのには私も何度目かわからないぐらい驚いてしまった。天界は天子のおかげで変わったと言っても過言ではない。それに私が楽しみにしているのは結婚式を体験できるからだけではない。結婚相手が天子であることが楽しみなのよ。

 

 

 いやぁ……天子はカッコイイし、料理も掃除もできて親切で何でもできる優良物件だって言っていたけど……一人の異性として見ているの。初めはイケメンで性格も良く、やることなすこと完璧にできてしまうダメなところが一切ない相手と結婚出来れば何不自由なく暮らせると思っていたけど……天子と一緒に過ごして共に修行をし、天界へ出向いて彼の意外な一面を見たら彼も一人の天人なんだなぁって思って……一気に心が惹かれてしまったと言うか気持ちが確実なものになったと言うか……一緒に居たいと思うようになって天子のお父様の提案に乗ってしまったの。

 仙人失格だと思ってる。欲まる出しと思うかもしれないけど……それでもいいとさえ思っているわ。天子と要る時間が長ければ長い程、離れると寂しい気分になる。少しでも傍にいてほしい……傍に寄り添いたいと思ってしまう。イケない事だと仙人である私が止めようとするけど止められない。私の心は天子と共にありたいと強く願っているのだから……

 

 

 だから……天子を独り占めできる今日が楽しみで仕方ないの♪萃香には悪いけど地底でいざこざを起こすのが悪いのよ。それに今回のことは地上の誰にも知られていないし、これはあくまで練習だから誰も文句はないはずよ。今頃萃香は地底でタダ働きしている頃だし当分の間は帰って来ないから関係ないことよねぇ。その間だけでも天子と一緒に居ても罰は当たらないわよね♪

 そして練習相手である私に天子がもしその気になってプロポーズでもされたら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「華扇さん、私の妻はあなたしかいない!」

 

 「そんな……私はただのあなたの練習相手になっただけで……」

 

 「練習なんかじゃない、私と本当の結婚式をしてほしい!」

 

 「天子……」

 

 「華扇さん……」

 

 

 その後、二人はめでたく結婚しましたとさ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐへへへ♪たまりませんわぁ~♪

 

 

 涎を垂らして幸せに酔いしれていた。

 

 

 おっと!天子を待たせたら悪いわね。待ち合わせをしているんだったわ……行かないと。

 

 

 ルンルンとスキップしながらペットたちの食事の準備をする華扇をジトっとした目で見つめるのは華扇の動物たち。彭祖らは華扇の考えていることなどお見通しと言わんばかりに呆れていた。そんな彭祖らを見て悪戯な笑みを浮かべて自慢げに胸を張る。

 

 

 「ふふん♪ご主人様が幸せになることが解せないのかしら?それともあなた達は結婚できていないから悔しいのかしら?どうなの?ねぇどうなの?どんな気持ちなの?!」

 

 

 いや、お前も結婚してないだろという視線など今の華扇には届かない。寧ろ今の華扇は酒に溺れているのと同じで彭祖らにとってはめんどくさいことこの上ない……

 

 

 「私は今から出かけてくるから家のことは任せたわ。お腹がすいたらいつもの場所に置いてあるから勝手に食べなさい。それじゃ行って来るわ!」

 

 

 スキップしながら山を下りていく華扇に手を振りながらめんどくさいのがいなくなったとため息交じりに安堵する彭祖らであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルンルル~ン♪」

 

 

 鼻歌を歌いながら待ち合わせの場所へと向かっている。まだ時間はあるのだが、幸せな気分が華扇に余裕の自信をつけさせていた。そんな時に一人の白狼天狗とすれ違った。

 

 

 「これは仙人様、おめでとうございます!」

 

 「~♪ええ、ありがとう♪」

 

 「それでは私は仕事がありますので失礼いたします」

 

 

 それから何人かの白狼天狗とすれ違い様に同じようなことを言われた。すれ違い様に何故か祝福の言葉をかけられた……何故?しかもすれ違った全員がである。普段の華扇ならば違和感に気づいただろうが、今の華扇はフワフワとわたあめのように柔らかく甘い気分になっていたためにそんなことは微塵にも感じなかった。そのまま鼻歌を歌いながら下山していたのだが……

 

 

 「お待ちを!仙人様!」

 

 「あら、あなたは……確か椛ね。どうかしたの?」

 

 

 華扇の前に現れたのは白狼天狗の犬走椛であった。彼女はわざわざ華扇を引き止めた。そして彼女の手元には綺麗な色をした果実が握られていた。

 

 

 「それはあなたの食事かしら?」

 

 「いいえ、仙人様に差し上げようと思って持ってきました」

 

 「私に?ありがとう」

 

 

 華扇は何の疑いもなく受け取った。果実自体はどこもおかしくない普通の果実だ。だが、椛は彼女なりに祝福を祝うために用意した代物だった。

 

 

 「その果実は今が旬なのでとても甘いのですよ」

 

 「へぇ、そうなんですか。ありがたく受け取っておきますね。それじゃ私は行くところがあるので」

 

 「はい!お気をつけて!それから……お幸せに!」

 

 

 椛からも祝福の言葉をかけられた。華扇は気分がわたあめになっていて何の疑問も浮かばずにありがたく貰った果実を口に運ぶのであった。その果実の甘さを味わえるのは今だけだと言う事は華扇は知らない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここね」

 

 

 妖怪の山の(ふもと)へとやってきたのはここが待ち合わせ場所だからである。背後には妖怪の山に入る森があり、綺麗な花が咲いており、近くには川が流れている。ここならば天子も見つけやすい。少し早かったのでのんびりしようとしていた。

 

 

 良い気持ちね……風が気持ちいい……いつもはそよ風程度にしか思わないけど今日は一段と良い気持ちになれる。やっぱり今日が結婚式だからかなぁ……ぐへへへ♪

 

 

 この後が楽しみでウキウキが止まらないだらけきった様子を誰も見ていないはずだった。

 

 

 パシャンと水しぶきが音を立て、そちらに顔を向けると……

 

 

 「――ひゅい!?」

 

 

 河童がいた。

 

 

 「「……」」

 

 

 お互いに目があった。

 

 

 ……見られた。

 

 

 「……見たわね?」

 

 「――ひゅい!?み、みてないよ!涎垂らして気持ち悪い姿なんか見てないよ……!……あっ」

 

 「……」

 

 「……にげ……!」

 

 

 バシュッ!

 

 

 川へと逃げようとした河童の背中のリュックを手が掴んだ。正確には手の形をした包帯であったが……捕まえたことは捕まえたのだ。手形の包帯が引き寄せられて行き、掴まれたリュックと共に河童も引き寄せられて地面に転がされた。

 

 

 「ひゅぃいいいいいいい!!?」

 

 

 腕が伸びたと勘違いした河童は相手が人間でないことを理解した。そして目の前の包帯をした女が河童を見下ろし、見下ろされた河童は恐怖を感じていた。

 

 

 「み~た~な~!!」

 

 「ひゅぃいいいいいいい!!?お許しをぉおおおおお!!!」

 

 

 私の姿を見たものは決して誰であろうと許さん――ってこの子って……

 

 

 「にとりじゃない、何しているのよ?」

 

 「……ひゅい?」

 

 

 怯えていた河童はキョトンとしていた。

 

 

 なんだにとりじゃないの。相変わらず強い者に対しては下手に出て、弱い者に対しては強く出る……変わってないわね。

 

 

 華扇は昔を懐かしんでいるようであった。そしてにとりに対して言い放つ。

 

 

 「ほら、なにボケっとしているのよ。さっさと立ちなさい」

 

 「えっ?あ、ああ……わかった……」

 

 

 言われるがまま立ち上がったにとりは相変わらず華扇の顔を見ながらキョトンとしていた。

 

 

 「?なに?私の顔に何かついているのかしら?」

 

 「あ、いや……」

 

 

 どうしたのかしら?にとりの奴……何故かよそよそしいし……聞いてみるか。

 

 

 「にとりどうしたの?なんでそんなによそよそしいのよ?」

 

 「あ、えっと……」

 

 

 にとりは何故か言いにくそうにしていた。にとりは強い者に対しては下手に出るタイプなので遠慮しているのではないか……そう思ったが何か違う感じを華扇は感じていた。しばらく待ってあげているとにとりは口を開いた。

 

 

 「……あの、どこかで会いましたか?」

 

 「……はっ?」

 

 「いや、私は河城にとりって言う……いや!河城にとりと言います。それであなた様は……?」

 

 

 いやいや何言ってんの?にとりとは昔に会ったことあるじゃない!私が〇〇だった頃……!!!

 

 

 華扇は思い出した。今の自分は仙人の茨木華扇であると言う事を……昔に出会った〇〇の時の華扇ではない。危うく自分の正体をばらしてしまうところだった華扇はフワフワしたわたあめのような気分が一気に現実へと引き戻された。

 

 

 「わ、わたしは妖怪の山で修行をしている仙人よ!あなたのこと天子から聞いて知っていてね!発明好きな河童がいるって!」

 

 「なんだ盟友の友達だったのか!」

 

 「そ、そうよ。天子とは知り合いなのよ!」

 

 

 危ない危ない!もし私の正体が知られでもしたら……気分が浮かれていたようね。今日が結婚式の日だからって気を抜いていたら足元をすくわれるわね……気をしっかりしないと。

 

 

 天子の友人だとわかったにとりは態度を和らげて接して来た。

 

 

 「それにしても驚きだよな!」

 

 「?何がです?」

 

 「何がって……盟友が結婚するんだよ?聞いてないの?」

 

 「えっ?結婚?」

 

 「なんだ知らないのかい?盟友は今日結婚するらしんだよ」

 

 

 ……はっ?にとりが言う盟友って天子のことよね?その天子って私の知っている比那名居天子よね?まさか同姓同名とか……それはありえないわね。っとすると今日結婚する……そして私は天子と練習だけど結婚する……んん?

 

 

 華扇はようやく違和感を感じた。

 

 

 「ちょっとにとり……その天子が結婚するって話なんだけど……相手の名前とかわかる?」

 

 「えっと……確か()()()とかって言う名前だったよ?」

 

 

 私の名前……えっ!?もしかして地上に私達の結婚が知れ渡っているの!?そう言えばここに来るまでに白狼天狗の何人かに祝福じみた言葉をかけられたけど……まさか……そんな!?

 

 

 「……もう一つ聞きたいんだけど……誰からの情報?」

 

 「情報って言うかみんな知ってるよ?今、人里でも話題になっていて私もこれから盟友に向けての花火を用意しているところなんだ」

 

 

 大変なことになってる!?ただの練習なのに私と天子が本当に結婚することになっている!?結婚することには間違ってないのだけど、間違ってないんだけど間違ってるの!練習なの!ただの練習なのに本番になったらそれはそれで……いいかもしれない♪いや!駄目よ!!そんな卑怯なことをすれば地底にいる萃香が黙っていない……もしこのことが萃香の耳に入ったら……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「華扇お前……卑怯な手段を使って天子を手に入れたらしいな……仲間と思っていたのに……お前は仙人になってセコイ手段に手を伸ばすようになったか……お前なんか仲間じゃない!!ぶっ殺してやる!!!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が卑怯者扱いされてしまう!!それだけじゃない……天子を慕っている連中がいるらしく、萃香と同じように地底でタダ働きする日々を送っているのだとか……

 その連中に知られでもしたら萃香と共にやってきて(なぶ)り殺されてしまう……!

 

 

 戦えばいいかもしれないが萃香……いや、萃香だけじゃなく他にもチラホラいると考えると……もしかしたら勝てないかも……そんなことになってしまえば私は……!!!

 

 

 「仙人様?」

 

 「――はぅ!?」

 

 

 にとりに声をかけられて思わず変な声が出てしまった……しかしまだ慌てる時ではない。何とか説明して事情を言えば許してくれるはず……

 

 

 この時、華扇の頭脳に要らぬアイデアが浮かんでしまった。

 

 

 そうだわ、萃香は今、地底にいるんだったわ。情報が地底まで行くわけないし、何よりも式場は天界……流石に地上の者達が無断で天界に入るワケがなく、天子が地上に来た時に祝おうとかそういう算段のはずよ。結婚式場には天人達でいっぱいなはずだし、それに練習なんだから地上の者を呼ぶわけない。どっから漏れた情報かわからないけど、私と天子が無事に結婚式(練習)を挙げてからみんなに頭を下げればいい。いえ、下げる必要もないわね。だって勘違いしたのはそっちなんだから私達が頭を下げる通りなど何一つとしてないわけです。まぁ、優しい天子ならば頭を下げることはするだろうけど、楽しみを堪能してからでも遅くはないわね♪

 それにみんな祝ってくれるんだし邪険にする必要はないじゃない。寧ろ喜ばれていることよね?お騒がせ騒動なんて幻想郷ではよくあることだし、これも小さな異変として残ったとしても問題なさそう……

 

 

 華扇の中の悪魔が囁いていた。楽しむのが先だと……

 

 

 いえ、駄目よ。私は仙人なんだから間違いを犯して自分の楽しみを優先するなど愚の極みよ。例えそれが相手の間違いだとしても説明して納得させることが必要よ。練習なんていつでもできるんだし……

 

 

 華扇の中の天使が良心に働きかけようとする。しかし悪魔が黙っていない。

 

 

 地底にいる連中の復興作業が終わりもしかしたら這い出てくるかもしれない……そうなったら練習どころではなくなり、天子の取り合いになるかも!しかも天子のご両親の花婿姿を見るという願いが先延ばしになったり、見れなくなってしまう……ご両親の期待に応えて取り入るチャンスを逃すつもり!?

 

 

 昔のようになれ……今は悪魔が微笑む時代なんですよ!!

 

 

 その言葉が決定打を打った。

 

 

 ……今を楽しまないと損よね♪今じゃないと後々邪魔が入りそうだし♪天子に口止めしてもらえばバレないバレない♪

 

 

 勝ったのは悪魔だった。

 

 

 「仙人様どうしたんだい?」

 

 「いえいえ、なんでもないのですよ。それよりにとり、天子のために用意しなくて大丈夫なの?」

 

 「そうだった!それじゃ仙人様また会ったら私の発明品を見せてあげるね!」

 

 「はいはい、さようなら~」

 

 

 にとりは川へと帰って行き、しばらくして天子が要石に乗ってやってきた。

 

 

 「すまない待たせたか?」

 

 「ううん、今来たところよ♪」

 

 「?華扇さん……なにかあったか?」

 

 「いえいえ、なんでもないわ。さっ!早く天界へエスコートしてもらえますか比那名居天子様♪」

 

 「(やけに機嫌が良いみたいだ)ああ、わかった。それじゃ行こうか」

 

 

 ぐへへへ♪結婚式……楽しみだわ♪

 

 

 この時に良心を選んでおけば運命が変わっていたのかもしれないが……

 

 

 今を選んだ華扇の運命は如何に……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう言えばさっきの仙人様の名前聞けなかったけど……どこかの誰かに似ていたような気がするなぁ……昔に会ったことがある誰かに?むむむ……まっ、思い出せないならどうでもいい事だろうしいいか!」

 

 

 ------------------

 

 

 空に向かう男女の姿があった。それはたちまち空の彼方へと昇って行き、その先にある天界へと消えて行った……

 

 

 それと同じく空の彼方を眺める6つのシルエット……

 

 

 「天子があそこにいるんだな?」

 

 

 1つ目のシルエットは髪が長く、手や体からメラメラと燃える炎が宿っている……

 

 

 「はい、あそこに天子様とメス豚がいるはずです」

 

 

 2つ目のシルエットは帽子を被っており、体中に雷を身に纏う……

 

 

 「華扇の野郎……いい気になるんじゃないぞ!」

 

 

 3つ目のシルエットは鎖に三角、丸、四角の形をした重りをつけ、頭の左右に長い突起物が生えている……

 

 

 「私に迷いなどありません……切れぬものなどあんまりないのですから……例えそれが仙人の首であっても!」

 

 

 4つ目のシルエットは手に持つ2本の刀と傍に浮かぶ大きな物体を従えて……

 

 

 「殺してしまうなんてとんでもないですよ、ゆっくりとキョンシーにして差し上げるのが優しさというものですよ?」

 

 

 5つ目のシルエットは腰に剣を差し、髪の部分は耳のような形をしている……

 

 

 「ふふ……みんな……準備はいいかしら?」

 

 

 6つ目最後のシルエットは傘を持ち、シルエット越しでもわかるような不気味な笑みを浮かべている……

 

 

 「「「「「おう!!」」」」」

 

 

 最後のシルエットに応える謎の影ら…… 

 

 

 「それじゃ……乗り込むわね♪」

 

 

 6つの謎の影が空へと一斉に飛び去って行った……

 

 

 



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59話 祝福は白かそれとも黒か

結婚騒動も終幕に近づいてきました。一体何が起こるのか……


それでは……


本編どうぞ!




 「総領息子様、とてもお似合いでございます」

 

 「そ、そうか?」

 

 「ええ、とてもとてもお似合いでございます」

 

 

 皆さん、私こと比那名居天子です。今なにをしているのかと言うと結婚式に欠かせない花婿衣装を試着しているところです。それでお付きの方に色々と試されていたんですけど……その中で私に似合った服がどれかを選んでいるの。そして今しがた私が着ている服……タキシードって言うやつかな?それを着てみるとお付きの方に大絶賛されているところです。

 ……って言うかここまで本格的にする必要あったのかな?花婿姿を見たいのと私のために体験させてもらえるのはありがたいと思うのだけれど本格的過ぎるのよね。親族の方々が何かを読んだり、お祝いの言葉を送ったりすることなどあったはずだけど、結婚式自体どんなものかよくわからない……結婚なんてしたことないし転生前の私にとっては無縁のものだったからね……人生わからないことだらけね。

 なんにせよ、練習が本番さながらになっているってこと。もう気にしちゃ負けかなって思ってる。もう激流に身を任せ同化しよう……うん、そうしよう。

 

 

 「似合っているならば……いいか……それより父様と母様は?」

 

 「旦那様と奥方様ならば別の部屋で甘えております」

 

 

 くっそ!こんなところでバカップルぶりを発揮しないでほしい!って言うか誰も止めないの!?誰でもいいから止めてくれないの!?私の心からの訴えは虚空に消えるんですね……わかりますわかります……もう身を任せる以外の選択肢はやっぱりないんだわ……現実って非情だわ……

 

 

 天子が親バカの二人のことで嘆いていると部屋をノックする音が聞こえてきた。

 

 

 「総領息子様、茨木様がお見えになりました」

 

 

 おや?華扇さんが?準備が終わったのかな?

 

 

 「わかった。通してくれ」

 

 「かしこまりました」

 

 

 扉の向こうでガサゴソと音が鳴り……

 

 

 「し、しつれいしましゅ!」

 

 

 噛んだ……

 

 

 華扇さんの声だ。だけど入ってくる気配がない……どうしたのかしら?

 

 

 しばらく待っていると再びノックする音が聞こえてきて……

 

 

 「し、しつれいします!」

 

 

 今度はちゃんと言えたようだ。

 

 

 わざわざ言い直さなくてもいいのに……そういう真面目さは華扇さんだな。まぁ、ちょっとしたお茶目でかわいらしいところもあるけどね。

 

 

 そう思っていると扉が開かれた。開かれた扉の先を見た天子は釘付けになってしまった。

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……えっ?

 

 

 天子はそれしか思えなかった。いや、頭の中が真っ白になったと言っていい……何故なら扉を開けた先には純白のウェディングドレスを身に纏った花嫁姿の華扇がそこに居たからだ。普段見ることのない姿に不意打ちをくらってしまった天子はその姿を見て目が離せなくなって言葉も出て来なかった。

 部屋に入って来た華扇はウェディングドレスを身に纏っているので少々動きづらそうにしていたが、なんとか天子の前にまでやってきた。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 二人の間に沈黙が流れる。何を察知したのか周りのお付きの方々はそっと部屋から出て行った。控室には天子と華扇の二人きり。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……ど、どうですか……?に、にあって……ます……?」

 

 

 自信なさげに言葉を発する華扇の頬は赤く染まりチラチラと天子の目を見ては逸らしてしまう恥じらいの姿。しっかりとした仙人である茨木華扇でも、鬼畜な修行を与える鬼教官の茨木華扇でもなかった。ウェディングドレスに身を包み、羞恥に恥じらう乙女一人がこの場にいた。

 

 

 「……」

 

 

 呆然とし続けている天子に我慢ができなくなったのか華扇の頬を膨らませ、オペラグローブをつけた指先で天子の頬をつまむ。

 

 

 「わ、わたしの姿を見ても感想は無しですか!」

 

 「いひゃいいひゃい(いたいいたい)!」

 

 「もう!……そ、それで……か、かんそう……は……?」

 

 

 ……綺麗だ……

 

 

 「……きれいひゃ(きれいだ)

 

 

 思ったことがそのまま口に出た。それ以外に出て来なかった……今の華扇の姿は綺麗という言葉が似合っていた。余計な言葉など要らない乙女……それが今の彼女だ。それを聞いた華扇は満足したのかつまんでいた頬を離した。つままれていた天子の頬は赤く腫れていたのだが、それよりも赤くなっていたのは華扇の方であった。体温の上昇も見て取れ目も落ち着きがなくソワソワしているようだった。

 

 

 「……綺麗……ですか……私の姿が……?」

 

 「……ああ」

 

 「……ホントに……?」

 

 「……ああ……ホントだ」

 

 「……ホントに……本当ですか……?」

 

 「……ああ……ホントに……本当だ」

 

 「……そ、そうですか……」

 

 

 そう言うと天子の視界から逃れるように背を向けてしまう。背を向けても首や肩の直接肌が見える箇所は赤く火照り、少し呼吸が荒くなっている印象を受ける。一言で言えば……その姿がとても色っぽく感じてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ヤバいわ……鼻血が出そうだわ……!

 

 

 だってこんなの卑怯じゃない?いきなり華扇さんがウェディングドレス姿で現れて頬を赤く染めて『「……ど、どうですか……?に、にあって……ます……?」』なんて言われちゃったら、女の子であろうとも私のMy Heartをキューピットがズッキューンしちゃうわよ!!完全に不意打ちでしたよ……写真とかでウェディングドレスを身に纏うモデルさんなんか見たことあったけどまさか現実にこの目で見ることに!しかも華扇さんのウェディングドレス姿を拝めることができるなんて……結婚式だから当然と言えば当然なことなんだろうけど眼福よ!ああ……ありがたやありがたや~!これで私の人生……我が生涯に一片の悔いなし!!

 いや、いっぱい悔いが残っているわ!また美味しいお饅頭も食べたいし、東方全キャラと遭遇&好感度アップイベントをこなしていないままではハッピーエンドになんてたどり着けないし、ハッピーエンド&トゥルーエンドじゃないと絶対に嫌!だから私はまだ天に召される時ではない!って言うかここは天界か……もう天に召されていたわね。

 

 

 まぁ何がともあれ……華扇さん綺麗だ。同じ女性であるのに圧倒的な差を感じる。私の肉体が男性だってこともあるけど、着飾ったウエディングドレスは光を反射して宝石のように輝き、宝石を身に纏ったように綺麗……そしてそれに負けない華扇さんの肌の艶、修行してついた適度な筋肉、プルンとした唇に忘れもしない優しい瞳がいつも以上にインパクトを与える。

 女性ってウェディングドレスを着るとここまで変わるのかとそう思った。仙人からお姫様に変わっていた。初めて見た時は言葉を失ったぐらいに見惚れてしまった。本当に美しいと感じると同じ女性であっても見惚れちゃうのよね……ちなみにちゃんとシニヨンキャップはつけているわよ。おそらくだけど華扇さんあれは外したくないと言ったに違いないわ。何故って?それはまだ後のお愉しみよ。今はまだ知るべき時ではない……

 

 

 その話題はまず置いておこう。知る時まで待っておこう……

 

 

 それにしても不思議な感じね、本当ならば私もウェディングドレスを身に纏う方なんだけど、タキシードを身に纏っているの。体は男性になっても心は転生前の私そのもの。どうせだったら心も男に変えてほしかったかもしれない……待てよ、心まで男になってしまっていたらもしかしたら今の今までで取り返しのつかないことが起こっていたかもしれない。特に萃香がヤンデレた時は……そう思うと今のままが一番いいとさえ思える……うん、今のままが一番よね。ムラムラして襲い掛かってリアル人生お終いなんて言う事にならなくて済むのだから。もし私の中身が男だったら今の華扇さん……獣になって襲ってしまいそう……

 

 

 『「下半身の緋想の剣を突き刺してヒィヒィ言わせようぜぇい!!!」』

 

 私の脳内で野生(ビースト)天子がアップし始めていたように感じたが……無視しようと決めた。あいつだけは表に出してはならないと心に決めたから。

 

 

 色々と華扇に思いを募らせていると扉をノックする音がまた聞こえてきた。

 

 

 「天子、入るぞ」

 

 「天子、ママも入るわよ~♪」

 

 

 扉を開けて入って来たのは天子の両親だった。そして二人を見るないなやテンションが上がり……!

 

 

 「おお!見ろママ!!天子の花婿姿だぞ!!!」

 

 「感激だわ~♪華扇ちゃんもウェディングドレス姿が似合っているわよ~♪」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 

 華扇は褒められてにやけてしまいそうになるが我慢する。はしたない姿は見せまいと彼女なりに頑張っているのだ。

 

 

 「やっぱりパパの子だな、カッコいいぞ天子!」

 

 「うふふ♪ママ的には天子はかわいいわよ~♪」

 

 「は、はずかしいです……!」

 

 

 うぅう!父様母様それはいかんですよ~!褒めてもなにも出ないのに……でも悪い気はしないのよね♪バカップルでも私のことを見てくれるし、いつも私のために行動してくれる父様と母様……私は転生者ですがあなた二人の子供になれてよかったと思ってます。父様と母様が喜んでくれたなら私は満足よ。

 

 

 「旦那様、奥方様そろそろお時間でございます」

 

 

 お付きの方がやってきてそろそろ始める頃だと伝えに来た。

 

 

 「うむ、わかった。それでは晴れ舞台の練習といこうじゃないか!天子、華扇殿、待っているぞ!」

 

 「二人共後でね~♪」

 

 

 二人は部屋から出ていき準備に取り掛かるようだ。

 

 

 「私達もそろそろ準備しないといけないな」

 

 「そうですね天子」

 

 

 そう言って華扇が部屋の扉へ向かった時だった。華扇が立ち止まった。前にいる華扇が立ち止まってしまったのでどうしたのかと聞こうとしたのだが、急に方向転換して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギュッ!

 

 

 天子の胸に抱き着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ふぁ!?な、なにごと!!?

 

 

 いきなりのことだったので訳がわからなくなっていた天子は抱きしめられるままであった。

 

 

 「……好きよ……天子……

 

 

 耳元で囁かれた言葉……何を意味するのだろうか?

 

 

 「華扇……さん……?」

 

 

 抱き着いていた華扇はその抱擁を解いて天子に振り返らないまま無言で部屋を出て行った。

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……華扇さん……どうしたの……?

 

 

 天子は金縛りにあったようにその場から動けなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 私は何故あんなことを言ってしまったのでしょう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大変よく似合っております」

 

 

 そう言われて一度でいいから着てみたかったウェディングドレス……しかし自分の姿を鏡で見ると不安を覚える。いつもの恰好とはかけ離れた派手で純白の姿、頭のシニヨンキャップだけは取り外すことを断ったけど……これが私自身かと自分自身疑ってしまう。お付きの方は似合うと言ってくれたが果たして本当だろうか……天子のおかげで天界の雰囲気は変わったものの天人自身には傲慢さが残っている連中もいると聞く。地上の連中とは関わりたくない天人もいるだろう。ここにいる天人は皆、天子のご両親が信頼できる相手を用意してくれたらしいが、お客である私に対して配慮して似合っているとお世辞を言っているのではないかと不謹慎だが疑ってしまう。失礼なのはわかっているが、どうしても今の私は落ち着けない。それもそのはずよ、こんな格好で恥ずかしいもの……

 そして私はその時、何を思ってしまったのかお付きの方にこう言ったそうだ。

 

 

 『「……天子に見てもらいたい……」』

 

 自分でもどうして言ってしまったのかわからなかった。緊張していたせいかうろ覚えの記憶を辿ってもその時の思考を思い出せない。寧ろ考えてもなかったのかもしれなかった。

 真に受けたお付きの方に連れられて私は一つの部屋へと案内された。私も何も考えずに素直について行ってしまった……そしてお付きの方が扉をノックすると声が聞こえた。その声は聞き憶えがある声だった。

 天子の声……この扉の向こうに天子がいるとわかると自然と心臓の鼓動が高鳴るのがわかった。そしてその鼓動と共に不安が大きくなる。今からこの姿を見せることになる……不安だ、とてつもなく不安で仕方がない。似合っていない、笑われたらどうしようという不安が心を押しつぶそうとしていた。

 

 

 だが、ここで逃げることなどできない。意を決して華扇は部屋に入る覚悟を決めた。

 

 

 「し、しつれいしましゅ!」

 

 

 見事に噛んでしまった。恥ずかしかった……後ろにいるお付きの方の表情は見えなかったが、どんな目で私を見ているのか、どんなことを思っているのか、それも不安として私の心に重圧をかけた。初めてのウェディングドレスにアタフタしながらも気持ちを落ち着かせてもう一度……今度はしっかりと答える。

 

 

 「し、しつれいします!」

 

 

 今度はしっかりと言えた。私はよくやった……でも扉に手をかけたが震えてしまう。不安……天子が私をどう思ってくれるのか……しかしここまで来てしまったからには後には引くことはできない。私は意を決して扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……私はその姿に釘付けになった。

 

 

 タキシードと呼ばれる首元にリボンを巻き、白のシャツに黒色の衣装を纏った礼服。これを身に纏っている天子の姿はいつもとは違う凛々しさと色気があって華扇の理性に攻撃して来た。危うく華扇は自分を抑えられずに手に入れてしまいたいと言う衝動に駆られてしまったが、理性を奮い立たせて思いとどまった。

 そんな華扇の視線が天子から目を離そうとしない。いや、目を離したくないと本能が叫んでいた。体もいつの間にか天子の目の前にまで移動していた。無意識に移動していたらしい……天子の魅力は華扇を誘惑する気満々であった……

 

 

 華扇は天子と一言も言葉を交わさずにお互いに向き合っている。視線もお互いを意識して逸らすことすらできない。その間にお付きの方々は気を利かして部屋を後にした。残された二人……

 

 

 「……ど、どうですか……?に、にあって……ます……?」

 

 

 何とかそれだけ言えた。喋ると鼓動の高鳴りが増してしまう……華扇の頬は赤く染まり、先ほどまで見つめ合っていた天子の目を見ていられなくなってしまっていて、視線を逸らしてしまい、チラチラと顔色を窺うように盗み見ている形となった。華扇は恥じらいながらも沈黙を破るために精一杯の言葉をかけた。しかし言葉をかけても天子は何も答えず呆然とするばかりだ。

 

 

 ……何か言ってくださいよ、喋る私の方が違和感があるってどういうことですか……!

 

 

 視線で訴えるが天子からの返答は何もなかった。

 

 

 な、なにも言わないだなんて……もうこうなったらちょっと悪戯してあげますよ!!

 

 

 華扇がこの沈黙が我慢できず、頬を膨らませてオペラグローブをつけた指先で天子の頬をつまみ引っ張った。

 

 

 「わ、わたしの姿を見ても感想は無しですか!」

 

 

 なんとか言いなさいこのこの!お世辞ぐらい言ってみなさいよ!!

 

 

 「いひゃいいひゃい(いたいいたい)!」

 

 

 痛がれ痛がれ!それで何も感想はないのですか!?

 

 

 「……そ、それで……か、かんそう……は……?」

 

 

 ……私の姿は……天子にはどう見えるのですか……?

 

 

 「……きれいひゃ(きれいだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……綺麗……?

 

 

 「……綺麗……ですか……私の姿が……?」

 

 「……ああ」

 

 

 ……それはホントですか……お世辞じゃなくて……?

 

 

 「……ホントに……?」

 

 「……ああ……ホントだ」

 

 

 ……嘘……ではないんですね……?

 

 

 「……ホントに……本当ですか……?」

 

 「……ああ……ホントに……本当だ」

 

 

 ……私は気づいた……天子は本気だった……!

 

 

 「……そ、そうですか……」

 

 

 それを聞いた華扇は天子に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……私を綺麗と……言ってくれるんですね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体中が熱く、体温の上昇を華扇は感じたがそんな些細なことなど気にも留めてない。それ以前に落ち着きがなくなりソワソワし始める。何よりも心臓の鼓動の高鳴りが止まらない……!その高鳴りを抑えることができずに胸の奥が苦しくなる。しかし苦しいはずの華扇はソワソワするだけでそれを苦しいとは思わなかった……寧ろその高鳴りを噛みしめているようだった。

 そんな時に天子の両親が部屋に入って来て二人の姿を見たら大絶賛の評価だった。途中で褒められて華扇が感謝の言葉を挙げるが、その時の彼女の表情はにやけてしまいそうだった。天子の方も褒められて恥ずかしがっていたが、そろそろ時間なので二人は部屋から出て行った。残された華扇と天子も準備しないといけない。

 

 

 「私達もそろそろ準備しないといけないな」

 

 「そうですね天子」

 

 

 そう言って華扇が部屋の扉へ向かった時だった。

 

 

 ――天子!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギュッ!

 

 

 華扇は天子の胸に抱き着いていた。

 

 

 ――天子!天子!!天子!!!

 

 

 その時の私は一体どうしてしまったのだろうか……私は何故あんな行動を取ったのだろうか……そして……

 

 

 「……好きよ……天子……

 

 

 私は何故あんなことを言ってしまったのでしょう……

 

 

 そして私は天子から逃げるように部屋から出て行った。ふっと我に返ったのだ。天子に抱き着いて『好きだ』と言ってしまった……訳が分からなかった。その時の天子の表情など見ることもせずに……ただこの部屋から出ていきたかった……天子から逃れたかった……

 

 

 天子のことが嫌いになった?違う……断じてそんなことはなかった。私は彼の答えを聞くのが怖かったのだろう……本心を聞くことを本能的に回避したのだと思う。

 

 

 コレは練習であること……

 

 

 私は()()ではない……()()()なのだ。

 

 

 私は天子に()()()()()()わけではない……()()()()()()()()なのだ。

 

 

 私は……天子にどう思われている……?

 

 

 答えを聞けば全てが無くなってしまうそんな気がした。答えを聞けばもう後戻りできなくなってしまう気がしたのだ。

 

 

 だってコレは練習なのだから……それでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あなたのこと……好き……だから……

 

 

 私の言葉に嘘はない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「カァぺ!!(たん)が出るわ!!」

 

 

 っとシルエットその1が憎悪の炎を燃やしていた。

 

 

 「メス豚のくせに!メス豚のくせに天子様にぃいいいいいいいい!!!」

 

 

 っとシルエットその2は帽子を噛みちぎる勢いだ。

 

 

 「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!!」

 

 

 っとシルエットその3は呪詛を繰り返し唱えていた。

 

 

 「首を……首を斬って蘇れないようバラバラにして差し上げましょう……あはは♪」

 

 

 っとシルエットその4は刀を愛おしそうに眺めている。

 

 

 「私の天子殿を!!?キョンシーにする前に私も彼女で遊ぶとしましょうか……!!!」

 

 

 っとシルエットその5は様々な()()を考えていた。

 

 

 「ここまで私を……不快にさせるなんてね……あなたも罪ね天子♪」

 

 

 っとシルエットその6は壁を握り潰していた。

 

 

 天窓から中を除く謎の6つの影はその光景を恨めしそうに眺めていた。

 

 

 「天子様ぁああああああああああ!!!皆さんお力をお貸しください!!!このままでは天子様がメス豚にいいようにされてお美しく凛々しい肉体が穢されてしまいます!!!そして天子様の心すら奪われてしまいます!!!お願いいたします助けてください!!!ううう……うぅうううわぁああああああああああんん!!!」

 

 

 子供のように泣き喚くシルエットその2、その肩に手を置くシルエットその5。

 

 

 「勿論ですよ、天子殿をあの淫乱ピンクから取り戻しましょう!」

 

 

 グッと親指を立てるシルエットその5。

 

 

 「そうですよ、私があの仙人の首を斬り落とすので安心してください!」

 

 

 意気込むシルエットその4の手には刀が握りしめられている。

 

 

 「華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス華扇コロス!!!」

 

 

 呪詛を唱えながら拳を握りしめ()ル気を見せるシルエットその3。

 

 

 「死体の後始末なら任せろ、燃やすことなら輝夜の奴で慣れているからな!」

 

 

 手元に憎悪の炎を灯すシルエットその1。

 

 

 「私も手を貸すわ、今とても不機嫌だから♪」

 

 

 満面の笑みを浮かべるシルエットその6……謎の影達の心強い言葉で泣いていたシルエットその2は元気を取り戻す。

 

 

 「皆さん……ありがとうございます!私は素晴らしい仲間を持って幸せです!!」

 

 

 シルエットその2は喜びに打ちひしがれていた。

 

 

 「ふふ、それじゃ……突入する準備はいいかしら?」

 

 

 コクリッと首を縦に振る……

 

 

 天界に潜む謎の影の正体とは!?天子と華扇の身に一体何が!?次回へ続く……!

 

 



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60話 天界結婚騒動終幕

結婚騒動ようやく終結の時!


色々と書き直して納得できるような内容に書きあげたつもりですが、こんな結末が見たかったと思うかも知れませんがご了承ください。


それでは……


本編どうぞ!




 ズズズ……

 

 

 「はぁ……いいお茶ね♪」

 

 「勝手に飲むな!」

 

 

 パコンッ!

 

 

 「いった~い!霊夢なにするのよ!?」

 

 「『なにするのよ!?』じゃないわよ!私が飲もうとしていたお茶を勝手に飲むだなんて何考えているのよ!処すわよバカ賢者!」

 

 「霊夢がいじめる~!オヨヨヨ……」

 

 「ウソ泣きするな!」

 

 

 パコンッ!

 

 

 博麗神社で騒いでいるのは博麗霊夢と八雲紫であった。博麗神社の縁側では些細な争いが行われており平和そのものであった。

 

 

 「いった~い!」

 

 「全くもう……それで紫、今日は何しに来たわけよ?」

 

 「ん?藍待ちよ」

 

 「……それで?何故ここにいるわけよ?」

 

 「暇つぶし♪」

 

 「……」

 

 

 パコンッ!

 

 

 3回目の鉄拳が紫の頭に直撃する。

 

 

 「いった~い!どうして霊夢!?」

 

 「暇つぶしで私の大切なお茶を飲むんじゃないわよ!」

 

 「もうそれぐらいで文句言って……あ、やめて、足で蹴らないで!」

 

 

 そんな小競り合いをしていると遠くの方からこちらに向かって来る一つの影があった。その影は博麗神社の縁側で霊夢に蹴られている哀れな賢者の元へとやってきた。

 

 

 「……なにをやっているんですか紫様」

 

 

 八雲藍……哀れな賢者の式である。呆れた瞳で自身の主を見つめる……

 

 

 「あっ、藍おかえりなさい。どうだったかしら?」

 

 「はっ、裏を取りましたがやはり例の件には差異が生じているようです」

 

 

 やはり優秀な式は違った。気持ちを一瞬で切り替えて受け答えをするところは流石だろう。

 

 

 「……どんな差異だったの?」

 

 「それはですね……」

 

 「ちょいちょい!ちょっと待ちなさいよあんた達!!」

 

 「なによ霊夢、話に割り込んできて……」

 

 「両隣にあんた達が座って何の関係もない私を挟んでそんな会話しないでくれるかしら!」

 

 

 紫の意地悪なのか、自然と移動した紫と藍が霊夢を挟むように縁側に座り報告するという小さな嫌がらせ。間に挟まれている霊夢は地味な嫌がらせを受けて苛立ちを覚える。

 

 

 「怒らないでよ、ちゃんと話してあげるから」

 

 「しょうもない嫌がらせするんじゃないわよ!それに話を聞きたいなんて言ってないわ」

 

 「それで藍の話しているのはね……」

 

 「(無視か!?)」

 

 

 霊夢の顔に青筋が浮かんでいるのを楽しんでいるのかわからないが紫は気にせず説明し出す。結局霊夢は話を聞く羽目になった。

 

 

 そして紫の説明はこうだ。

 

 

 今幻想郷で話題になっている天子と華扇の結婚話の真意を確かめているところだった。地上では皆お祝いムードでそれぞれ準備をし始めているが、その話は本当なのかを疑った紫が藍に頼んで調べさせていた。そしてたった今、藍はその成果を持って紫の元へと帰ってきた。

 そして藍が語ったのは結婚話は嘘ではないが、それは予行練習という形のものであった。実際に天子と華扇は結婚することはなく、練習相手としての関係だそうだ。つまり地上の者達は勘違いしていると言う事である。しかもどこから漏れたのかわからないが、この話は元々流すことなどなく執り行われる予定であったそうなのだが……

 

 

 「ふ~ん、どっかのバカがこの話を鵜呑みにしてあろうことか広めちゃったわけね」

 

 「そういうことよ霊夢」

 

 「それでなんなの?なんであんたが天子の結婚話を私に聞かせたのよ?」

 

 「霊夢はこの話をどう思うかしら?」

 

 「どう思うって……別に結婚ぐらい好きにさせてやればいいじゃないの?」

 

 

 霊夢に取って別に悪い事ではなかった。無理やり結婚させられる話でもないし、やりたいのならば勝手にやればいい。祝うことはするけど止めようとは思わない……天子に色々と借りはあるが、この結婚が天子の決めたことならば手を出すなんてことはしないし、予行練習と来たものだ。それならば何も問題はないし、関わる必要すらないだろう。霊夢はそう思っていたが、紫は何か霊夢に求めている……そんな勘がしたのだ。

 

 

 「そう、好きにさせてあげればいいだけの話よ」

 

 「じゃあなんなのよ?私に何を求めているのよ?」

 

 「……これを見て頂戴……」

 

 「――?」

 

 

 紫はスキマを開いて霊夢に見せた。紫の顔に疲れが見えた気がしたが構わずスキマの中を覗き見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「カァぺ!!(たん)が出るわ!!」

 

 「メス豚のくせに!メス豚のくせに天子様にぃいいいいいいいい!!!」

 

 「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!!」

 

 「首を……首を斬ってバラバラに蘇れないようにして差し上げましょう……あはは♪」

  

 「私の天子殿を!!?キョンシーにする前に私も彼女で遊ぶとしましょうか……!!!」

 

 「ここまで私を……不快にさせるなんてね……あなたも罪ね天子♪」

 

 

 スキマの中に6つの影が天界を血みどろ色に染め上げようとしている光景を見た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……なにこれ?」

 

 「……私もそう思ったわよ……」

 

 

 紫の顔に明らかな疲れが見えた。霊夢は今ので全てを察した。

 

 

 「……前より数が増えていたわよ?」

 

 「……それを私に言わないで霊夢……まさか地底の次は天界に喧嘩を売るなんて……!」

 

 「紫様!気をしっかり持ってください!」

 

 

 頭を抱える紫……おそらく天子の結婚話を聞きつけて例の連中がそれを阻止するために天界へと乗り込んだのであろう。その証拠に全員の目がヤバかった……光などそこにはなかったのだから。

 

 

 霊夢はこの時ばかりは紫に同情した。もしあの連中が天界に喧嘩を売ったら天人と地上の者達との関係は悪化して良からぬことが起きてしまうかもしれない。それを危惧した紫はこうして彼女達を監視していると言う訳だ。

 

 

 「大変ね紫……まぁ頑張って頂戴。相手は6人だけど紫の【境界を操る程度の能力】ならなんとかなるでしょう」

 

 

 他人事のように言う霊夢はのんびりとお茶を口に運ぶ。

 

 

 「何言っているのよ!あなたも一緒に来るのよ!」

 

 

 ブゥウウウウうううううう!!?

 

 

 霊夢の口からお茶が噴射された。

 

 

 「ゲホゲホッ!はぁ!?紫なに言っているの!?」

 

 「お願い霊夢!今回ばかりは橙を連れていくわけには行かず、私と藍だけじゃ怖いの!あなたもあの目見たでしょ!?あんな光が存在しない深淵に染まった目を生きている間にそう見られるものじゃないわよ!」

 

 「あんなの二度と見たくないわよ!それにこれは天子の問題だから私は関係ないわ!!」

 

 

 霊夢は無関係だと主張するが……

 

 

 「あの子達が天界で暴れた後、地上に戻ってきてまた異変でも起こされたらそれはそれで大変なのよ!八つ当たりでとばっちりを受ける可能性もあるのよ!?そうなる前にあの子達を捕らえて元通りにしないと幻想郷はお終いよ!!」

 

 「知らないわよ!?無関係な一般人を巻き込むな!!」

 

 「天子に借りがあるでしょうに!それにあなたのような一般人が居て堪るもんですか!妖怪を次々と黙らせる博麗の巫女でしょあなたは!?」

 

 「放しなさい紫!!」

 

 「絶対に嫌!!」

 

 「……やれやれ、今回は紫様もお手上げですよね……」

 

 

 紫が怖がるのも無理はない。6つの影は尋常じゃないオーラを身に纏っていた……藍もそれを見た時に腰を抜かしてしまうところだったのだから。

 

 

 「(……しかし紫様が私にこの調査を依頼して来た時は驚きましたね……)」

 

 

 それもそのはずなのである。紫が藍に事の真意を確かめる依頼を出したのは幻想郷中に結婚話が広がる前だったからである。

 

 

 「(もしかしたら紫様……比那名居天子のことをずっと見ていたのでは……?)」

 

 

 その真意は藍でもわからない……

 

 

 ------------------

 

 

 「総領息子様、ご準備はよろしいですか?」

 

 「あ、ああ……!」

 

 

 会場へと繋がる扉の向こうから天子の父親の声が聞こえてくる。天子の父親は自ら司会役を名乗り出た。やってみたいとのことだったので任せることにしたのだが、その声を聞くだけで天子の心臓の鼓動がバクバクと音を立てていた。

 

 

 は、はじまった!お付きの方に準備OK出してしまったけれど今にも崩れそう……心臓の音がうるさいぐらいに感じる。こんなに緊張するだなんて思ってもいなかったわよ……それに結構な人数がいる……何人呼んだんですか父様は!これただの練習なのに他の天人達もノリノリで来てたみたい……やっぱり暇だから?それか面白そうだから?中には「総領息子様の結婚式の練習のためならお付き合いします!」って言ってくれたお付きの方もいたけど……そのせいで余計に緊張しちゃっているわよ!それに……

 

 

 「華扇ちゃ~ん、頑張りましょうね~♪」

 

 「は、はい!」

 

 「もうそんなに硬くならなくていいわよ~!今はママのことを本当の華扇ちゃんのママと思っていいから~♪」

 

 

 後ろの方で聞こえてくる会話が気になる。母様は華扇さんの母親代わりとなってエスコート役としてバージンロードを歩く仕事をする。華扇さんも緊張しているみたいで私と同じでよかったと思った。

 

 

 『「……好きよ……天子……」』

 

 

 あの耳元で囁かれた言葉が思い出される。華扇さんがいきなり抱き着いて来た時には驚いたけど、耳元で好きと言われた時の私は呆然だったのだろう。なんであんなことを言われたのだろう……?もしかして華扇さん本当に私のことをす……

 

 

 「それでは皆様方、お待たせいたしました。新郎新婦のご入場でございます!」

 

 

 その考えは中断せざるおえなかった。

 

 

 き、きた!!で、でばんね!し、しぜんに振舞えるかしら……ええい!私は比那名居天子だぞ!これぐらいでビビっていたら元天子ちゃんに怒られる!しっかりしろ私!!

 

 

 自分に喝を入れて息を思いっきり吐いた。

 

 

 ……よし!闘魂注入完了!練習だけど本気で最後までやってやる!狙うはミッションコンプリートよ!!

 

 

 扉が開かれた。そこには見知った顔があり、天人達は現れたいつもとは違った凛々しさを備える天子を見て驚いていたようだった。特に女性の方はその姿に魅了され視線を釘付けにする者や頭から湯気を出して失神してしまう者が少なからずいた。そして次は花嫁である華扇が母親に連れられて現れた。すると周囲から「おお!」「あの美女は何者だ!?」など驚きの声が聞こえてきた。「羨ましい!」「今度は私が総領息子様と!」などの声(特に女性)も聞こえてきたがそこはあえてスルーした。

 

 

 「それでは新郎新婦が入場いたしましたので、これより開式させていただきます」

 

 

 そこから順に進んで行った。視界である父様がコメントしていき、私と華扇さんが誓いの言葉を台本通りに読み進める……ここまで本格的に用意しているとは恐るべし父様、母様……結婚指輪は残念ながら用意が間に合わなかったので形だけ執り行われることとなった。私はここまで用意してくれていた父様と母様に感謝してもしきれない。私だっていつかは本当に結婚式を挙げれる日が来るのを楽しみにしている……今日の結婚式の練習をやれて本当に良かったと思っている。

 

 

 天子は今という瞬間を喜んでいた。自分のためにここまで用意してくれて祝福してくれる両親とそれに付き合ってくれている『名居』の一族の皆さん、その他諸々の方達の協力によってこの結婚式が成り立っている。これは天子が今まで築き上げてきた信頼の証でもあり、人望そのものであった。

 

 

 転生前まではただの引きこもりの人生を送っていた私だけど、それが今や人々の前に立ってこうして祝福されている……今まで苦労して来たことが報われた感じがする。これで元天子ちゃんに恩を返せたかな?

 

 

 天子は今まで起きたことを思い出す。他者から認めてもらおうと努力したり、強さを磨いたり、異変にまで関わった。それが昨日の事のように思い出される……

 

 

 ……私は皆にこんなに祝福されるだなんて……なんて幸せ者なんだ……!

 

 

 天子は自身の幸福を噛みしめていた時だった。

 

 

 「それでは皆様方お待ちかね……口づけの時間です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はっ?

 

 

 父様……今なんて言ったの?なんでそんなにいきなりテンション上がったの?それに……え?え?口づけって……!?

 

 

 それって……キスのこと!?聞いてない!そんなの私は聞いてないわよ!!?

 

 

 天子は予期せぬ事態に戸惑った。これは練習であって本番ではない。しかし周りの天人達(両親も)は会場の雰囲気にヒートアップしてしまいノリノリの状態であった。酒に酔いしれたように興奮状態となった会場は本番と変わらない空気を醸し出し、練習であることを忘れてしまったようだ。

 

 

 「おお!キッスの瞬間か!」

 

 「ゴクリ!ファーストキッス!これは見逃せませんな!」

 

 「総領息子様……お幸せに……!」

 

 

 ちょっ!?そこの天人達止めてよ!!あっちは何故か泣き出しているし!?もう滅茶苦茶よ!!?

 

 

 天子がこの高まる興奮の場を落ち着かせようとした。けれどそれは意外な形で阻止された。

 

 

 誰かが手を握る……傍にいるのは華扇一人……っとすると……!

 

 

 「……華扇……さん?」

 

 「天子……して

 

 

 華扇はか細い声で僅かに聞こえただけだが、その意味はハッキリと伝わった。

 

 

 瞳はウルウルと揺れており、何かを望んでいるようだった。顔も赤く、手から伝わってくる体温が熱く感じる。

 

 

 目と目が合い、時間が止まったように感じた。そんな中で天子はと言うと……

 

 

 こ、これは……!?まさか……華扇さんもこの場のノリに酔ってしまったの!?父様も母様も他の皆も全員!?私だけが正常なの!?華扇さん元に戻って!そうじゃないと本当にキスしてしまうことになっちゃう……練習なのに女性のファーストキスを奪うことなんてできないわよ!!

 

 

 天子は混乱していた。そして更に悪い事に……

 

 

 「天子!緊張するのはわかるがパパ達が応援してやるからな!皆様方!息子の天子に勇気をお与えください!せ~の!」

 

 「「「「「ちゅ~う!ちゅ~う!ちゅ~う!!!」」」」」

 

 

 ……応援された。

 

 

 子供かあんたら!!!父様なにやっているんですか!!?それに『名居』の皆さんも何しているんですか!!?母様も便乗しないで止めて!!!結婚式じゃなく幼稚園になってるから!!!ってか、女性の方々の視線が怖いんですけどそこだけなんでなの!!?

 

 

 混沌とする会場は結婚式場と言うよりも幼稚園児の茶化し合いの場になっていた。途中まではうまくいっていたのだが何故こうなった?神様は余程笑いが取りたいようだ。

 

 

 「……天子……」

 

 

 華扇の腕が天子を抱き寄せた。いくら待っても望んたことをしてくれない天子に痺れを切らしたのか、華扇の方から近づいていく。そして次第に顔と顔に息がかかるほどの距離となり、甘い吐息を感じる……

 

 

 ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ華扇さん!華扇さんの大事なファーストキスを奪う訳には……!?

 

 

 天子の抵抗も虚しく潤いのある唇と唇が重なり合う……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっとまでやゴラァああああああああああ!!!」

 

 

 重なり合うその前に扉を勢いよくぶち破って入って来たのは例の6つの影だった。

 

 

 「――誰だね君達は!?」

 

 

 扉をぶち破って結婚式に乱入する大胆で失礼な連中に驚く会場……

 

 

 ――ふぁ!?な、なに!?こ、この6つのあからさまにわかるシルエットは……!!?

 

 

 結婚式場に現れた謎の影の正体とは一体!?

 

 

 「衣玖!?妹紅と妖夢に神子も……それに幽香さん……と萃香!!?」

 

 「す、すいか!?あ、あなたは地底にいたんじゃ!?」

 

 「フ……フフ……フフフ……華扇……ヒサシブリノサイカイダナ……ヌケガケナンテユルサナイゾ!!」

 

 

 萃香が怖い!?ヤンデレ萃香の再来だぁああああああああああ!そして衣玖達も……

 

 

 「天子様……お久しぶりでございます。私達が地底で汗水流していたのに、天子様は地上で何をされているのですかね……ねぇ……天子様?」

 

 

 衣玖の目が笑っていない……それどころか光が灯っていない……しかもしかも……

 

 

 「よう天子……ルーミアと慧音から聞いたぜ……結婚するんだってな?それなのに親友(とも)の私を呼ばないとはどういうことだ……あ"あ"ん?」

 

 「天子さん、大丈夫ですよ!この魂魄妖夢が邪魔者を排除して差し上げます!私に斬れぬ首などないのです!」

 

 「天子殿、そちらの方をちょっと借りたいのですよ……なに心配いりません。ただ青娥に頼んで芳香殿の仲間を増やすだけですから」

 

 「あなたって本当に罪な人ね……私も一緒に可愛がってあげるわよ♪」

 

 

 妹紅、妖夢、神子、幽香さん……誰の瞳にも光は灯っていないかった。あれれおかしいな~?私の気のせいか殺気を感じるんだけど……!?しかも殺気が私と華扇さんに集中しているのは何故だろうか!?

 

 

 「ど、どうしてあなた達がここにいるのですか!?」

 

 

 予想していないことが起きて更に殺気を当てられているのが気のせいではないことがわかってしまった華扇は血の気が引いていた。しかも状況が状況であるため言い逃れができない。

 

 

 「衣玖ちゃんじゃない~!おかえりなさ~い!元気にしていた?」

 

 「はい、私は元気ですよ……主にこのメスぶ……華扇さんのおかげで」

 

 

 衣玖……華扇さんのこと今メス豚とか言おうとしたの?気のせいだよね?衣玖がそんなお下品な言葉を使う訳ないよね?……いや、今の衣玖は時々表に現れるダーク衣玖の可能性あり……って言うかもう瞳に光がない時点でダーク衣玖だよね……

 

 

 「それで衣玖、今パパ達は結婚式をやっているところなんだ。それにそちらの方々は?」

 

 「こちらの方々は天子様と()()仲良くしている方々です。天子様が結婚すると聞いて駆け付けた次第でございます」

 

 「そうだったのか?それならばそちらの方々も参加してもらってくれても……」

 

 「いえ、それには及びません。天子様はこの後やり残している()()()()()()お話がありますので……」

 

 「大事な話とな?」

 

 「はい、とても()()()()()()お話ですのでどうしても天子様が必要なのです」

 

 「あ、いや……衣玖、私は……『天子様、()()()()()()お話……ありますので……』ハイワカリマシタ……」

 

 

 私は何もかも察してしまった……衣玖ならぬダーク衣玖とこの後()()()()()()お話をしなければならないようだ……元はと言えば衣玖達のことを考えずに乗ってしまった私にも責任があるわけだし……

 

 

 「それとメスぶ……華扇さんとも()()()()()()お話がありました。ですのでお借りしていきます」

 

 「えっ!ちょ……!?」

 

 「華扇……チョットオモテデロヤ」

 

 「て、てんしたすけ――!!」

 

 「サセネエヨ!」

 

 

 ワナワナと震えて涙目で天子に助けを求めるが、萃香にホールドされ、妹紅と妖夢と神子に笑顔のまま連れていかれた。さらば華扇よ……

 

 

 「天子様、幽香さんも一緒についてきてくれるので……()()()()()()お話をいたしましょうか」

 

 「……ゆ、ゆうかさん……これは話せば長くなるものであって……」

 

 「ダメ♪」

 

 「まだ何も言っていないぞ!?は、はなしだけでも!!」

 

 「話は聞いてあげるわ。()()()()()()にも参加しなくちゃいけないから手短にお願いにするけどね」

 

 

 ()()()()()()って華扇さんとどんなお話をするつもりでいるの!?ちょっと待ってください!!華扇さんはただ私の練習相手であって何の罪も……!!!

 

 

 「さぁ……行きましょう天子♪」

 

 「おわぁ!?ゆ、ゆうかさん!力こめすぎ……い、いたい!ほ、ほねがメキって……!!?」

 

 「ふふ、私からの愛よ♪」

 

 「これでは鞭だぞ!?」

 

 「旦那様、奥方様、それに『名居』の皆様方……大変失礼したしました。ですが緊急のとてもとても大切なご用事ですのでご了承ください」

 

 「あ、ああ……」

 

 「それでは失礼しました」

 

 

 バタンッ!と扉が開き式場は静寂に包まれた。新郎新婦が連れ出されるという前代未聞の結婚式にみんな騒然としていたが……

 

 

 「天子よ……まさかあのような者達にあれ程慕われていたとは……!パパは感激だ!!」

 

 「そうね~♪きっと天子ったら地上でも土地開発とかしていたのね~♪最近天子も衣玖ちゃんも天界にいないと思ったけどそういうことだったのね~♪」

 

 「天界の者達だけではなく、地上の者達にもパパ達のように楽しく暮らせる楽園を作るために天子は地上で活動していたのか!それもパパ達に内緒でだぞ!流石パパとママの子だ!やはり天子は優しい子だな!!」

 

 

 全部いい方向に捉えてしまう……普通ならばこんなことにはならないがこう受け止めてしまうのが良くも悪くも天子の両親なのだ。

 

 

 「う~ん、でも天子がいなくなっちゃたし、華扇ちゃんもお話があるとかで一緒に行っちゃったし……天子の花婿姿を見ることも華扇ちゃんのかわいらしい姿を拝見できて満足だけど練習もここまでね~」

 

 「おお、そうだったな。これは練習だったな!いやはやうっかりしていたわ!ワハハハハ!!」

 

 

 ひとしきり笑った後、天子の両親は『名居』の者達に謝罪する。

 

 

 「そういうわけでして『名居』の皆様申し訳ありません~」

 

 「折角こちらからお呼びしておいてこのような形になってしまい誠に申し訳ありません」

 

 

 天子の両親が『名居』の一族の者達に頭を下げようとするが手で制される。

 

 

 「いえいえ、わたくし共も楽しめましたし十分ですよ。それにわたくし共もお二人の息子さんである天子殿には感謝しています。天界をより良い住処にしてもらいましたし、毎日の日常に変化が訪れて今では家族でカジノに通うようになってからハマってしまいましてな!これが止められなくて……」

 

 「わたしも今までごろごろと家にいるか散歩する程度の日々でしたが、ボウリングとかいう遊びが友人と白熱しまして今ではスコアを競い合うまでに……ボウリングクラブを友人と立ちあげて、そこで出会った新しいボウリング仲間と一緒に楽しむ日々に明け暮れていますよ!」

 

 「僕は今まで食べたことのない料理を食べれて満足なの!」

 

 「あたしも!桃だけじゃ飽きて美味しくなかったもん!!」

 

 「私なんて天子様に大切なペンダントを見つけてもらいましたのよ!もう見つからないと思っていましたのに」

 

 

 次々と自分達の趣味の話をし出した『名居』の者達。これも今まで天子が自身のせいで消えてしまった元天子の誇りを守るため、比那名居家を悪く言わせないためにやってきたことだ。それが認められて天子のことを悪く言わなくなった寧ろ天子を尊敬する者まで今の天界は変わったのだ。

 そんな口々に天子の良さを話している光景を見ていた天子の父親の瞳から雫が垂れた。

 

 

 「パパ……」

 

 「ママ……パパ達は本当に素晴らしい子を授かったようだ」

 

 「……そうね~」

 

 「あの子はパパ達が悪く言われることを良しとしなかった。天界に来た時は苦労したが今ではこうして共に話し合えている……やはり天子はパパの誇りだ!」

 

 「ママも天子を誇りに思うわよ~♪」

 

 

 二人の親は幸せそうに手を握りしめ合うのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いい話のところ申し訳ありませんが……天子様、もう一度言ってみてください」

 

 「……あ、あの……結婚式はただの練習であってだな……華扇さんは私の練習相手として呼んだだけなんだ……」

 

 「それならば何故私ではいけなかったのですか?いつも傍に居て天子様のことを一番に想っている私が……何故呼ばれなかったのですか?」

 

 「衣玖は……地底に居たから……邪魔しちゃ悪いと思ってだな……」

 

 「ふ~ん、それなら私を呼べばいいじゃない?」

 

 「幽香さんは知り合ったばかりでそんなことに巻き込んだら怒るかなって……」

 

 「じゃ、何で私に頼まない?慧音に用事を頼まれている時以外は基本手が空いているんのだがな……私なら知り合ってばかりじゃないだろが……そこんところどうなんだよ……天子よぉぉ?」

 

 「いや……妹紅は……」

 

 「……天子さん……出来損ないの弟子は……不要ということでしょうか……やっぱり私は要らない子……」

 

 「よ、ようむ!それは違うぞ!妖夢が出来損ないだなんて思ってなんか……!」

 

 「天子殿は私を守ってくれるのではなかったのですかぁああああ!!!」

 

 「神子泣かないでくれ!!今回のことは仕方なく……!」

 

 「シカタナクナンダ?華扇二タノムヒツヨウナンテナカッタダロ?ナンデダ天子……ワタシノコトガイヤダナンテイワナイヨナ……!?」

 

 「萃香のことが嫌だなんて思わないわけでして……その……」

 

 「「「「「「……」」」」」」

 

 

 ……周りを囲まれて正座中の比那名居天子です……めっちゃ怖いです……そこまで深く考えていませんでしたすいません。脳内会議で華扇さんがベストだと回答が出て、流れに乗った結果……このざまです……

 

 

 「華扇モナンデダ?天子ノレンシュウ二ツキアウダケナラ……キスナンテスルヒツヨウナイヨナ?」

 

 「……えっと……その……」

 

 「あ"あ"ん?聞こえねぇぞこらぁ!」

 

 

 天子の隣でウェディングドレス姿の華扇がポツンと縮こまって正座していた。

 

 

 萃香もう少しそのヤンデレ抑えて!それに妹紅ただの不良になってるわよ!華扇さん怖がってるからやめてあげて!!私もチビっちゃうから!!!

 

 

 「そうですよ、何故なのですか?回答によってはキョンシーになるよりももっと面白いものになるかもしれませんよ?ん?それがいいと思いますよ」

 

 「私は生首がいいと思います。私の刀でスパッと苦しめずに切り落としてみせます」

 

 「あら、苦しめずなんてダメよ。苦しめてから切り落とさないと面白くないじゃない♪」

 

 

 神子の面白いものって何よ……それに妖夢それただの辻斬りならぬ首切りになっちゃう!幽香さんも残酷なこと言わないであげて!子供が聞いたら泣き出しちゃうから!

 

 

 「それで……理由を聞かせてもらってもいいですか?メス豚さん……答えによっては焼却処分も辞さないですよ?」

 

 

 もう衣玖が一番ひどい気がしてきた……でもこればかりは華扇さんが悪いのではなく私の責任よ。だから華扇さんを責めるなら私だけを責めてよ!

 

 

 そう言おうとした……その時!

 

 

 「……好き……ですから……

 

 

 ピクッ!

 

 

 その言葉に反応したのは私だけではなかった。この場にいる全員が……華扇さんがその口から言った言葉を間違いなく聞いた……

 

 

 「……メス豚さん今なんと言いましたか……?」

 

 「……好きと……言ったのです……」

 

 

 今度はハッキリと自分の意思を伝えるように……

 

 

 「私は……天子のことが好きなんです!」

 

 

 茨木華扇は迷うことなく宣言した。これには周りの全員驚愕していたことだろう。

 

 

 「私は天子と共に修行をして、生活している内に彼の良さがわかりました。初めは確かに顔がイケメンで料理も洗濯もできる超優良物件ぐらいの目で見てましたよ!でも……次第にそれだけじゃないってわかったのです」

 

 「華扇さん……」

 

 

 華扇は語った。今まで共にいることが長い程、離れていくのが寂しく思っていた。そんな時にこの話が舞い込んできた。天子が相手なら、この結婚式が本当であればどんなに嬉しかったか……今では心の底から天子のことを思う一人の恋する乙女となっていたことを……

 全てを話し終えた華扇は息も絶え絶えだった。胸の奥のものを全て吐き出して自身の思いを伝えたのだ。

 

 

 「……萃香、私を好きにしていいわ。どんな形であれ抜け駆けする形になったのは本当だから」

 

 「華扇さん!」

 

 「天子!邪魔しないでください!これは……私なりのあなたに対する想いを同じくする者達に向けてのけじめなんです。お願いですから邪魔しないで……」

 

 「……」

 

 

 私は何も言えなくなった。華扇さんの気持ちを聞いてしまった私には……どういえばいいかもわからずに何と言っていいのかわからなくなった。私の言葉は今の華扇さんの邪魔になるだけだから黙っているしかできなかった。

 

 

 「さぁ、好きにしなさい!」

 

 

 命を奪われても構わない……その覚悟だった。華扇は一時の幸せを感じれたし、衣玖達の気持ちがわかってしまった。天子を思うあまりに天界まで来てしまう彼女達の気持ちを蔑ろにして自分だけ先に夢を見ようとしたのだから……罰を受けても仕方がないと。

 目を塞ぎ、例え首を取られても覚悟していたのだが……一向に何も起きない。待てども何の変化が起きないことに不審に思い恐る恐る瞳を開けると……

 

 

 「はぁ……お前も私達と同じかよ……」

 

 「萃香……?」

 

 「ケッ!これで我慢してやる!」

 

 

 バチンッ!と萃香が華扇にビンタした。しかし顔が吹っ飛ぶこともなく頬が赤くなっただけだった。

 

 

 「……どうして?」

 

 「どうしてだって?はん!おい耳毛教えてやれよ」

 

 「耳毛と言わないでください!ゴホン……華扇殿」

 

 「あっはい」

 

 

 違和感を感じた。先ほどまで受けていたプレッシャーが感じられなくなり見渡せば萃香や衣玖達の瞳には光が宿っていた。

 

 

 「あなたの想いは我々の心にグッと響きました。抜け駆けしたのは許し難いですが、心の底から天子殿を好いていることを理解出来ました。もしあなたの心が俗物になり果てていれば容赦なくあなたの首はさらし刑に処されていましたけど」

 

 

 サラッと恐ろしいことを言う神子にゾワリと背筋が寒くなってしまった。

 

 

 「ですが、あなたは正直に話してくれました。あなたも私達と同じだった……華扇殿もこれから同士です。時には敵になり、時には味方になり得る存在というわけです」

 

 「は、はぁ……」

 

 

 華扇さん……その反応よくわかる。私もそんな感じよ……衣玖達の間でしかわからない友情(?)のおかげで華扇さんは助かったみたいだ。よかった……このまま袋叩きにされるのかと思ってビクビクしてたけどもう安心みたい。

 

 

 ホッとため息が出る。すると華扇がそっと天子の方を向いた。

 

 

 「すみません天子……でもさっき言ったことは本当です。でも……まだあなたの答えは出さないでください」

 

 

 いきなりの事で訳がわからない。答えを出さないでって……?どういうことなの華扇さん?

 

 

 「私は結婚式の練習に便乗して私の好きと言う想いを天子になすりつけようとしました。でも天子は練習のつもりでしたのに……結婚式を利用したのです。卑怯な真似をして天子の心を掴もうとしました」

 

 「そんな卑怯だなんて……」

 

 「いえ、天子がどう思おうが私が嫌なのです。天子のことを思っているのは私一人だけじゃないですし……そして私は決めたのです。私は正々堂々と天子の心を奪うことにしました」

 

 「華扇さん……!」

 

 

 照れているが、ハッキリとした笑顔で天子を見つめる瞳は本物だった。その瞳には強い頑固とした意思が宿っていたのだ。

 

 

 ……そっか、わかったわ華扇さん。華扇さんの想いが私を動かしたその時に答えを出すわ。私の心は複雑だからその時はいつかなるかわからないけどもしもその時は……

 

 

 「ああ、楽しみにしているよ華扇さん」

 

 

 その想いに応えよう……!

 

 

 「これは……また天子様につく虫が増えてしまいましたか」

 

 

 衣玖、メス豚から虫に変わった?少し……ほんの少しだけマシになったのかな?まだ少しダーク衣玖が残っているようだ……早く元の衣玖に戻ってくれないかなぁ(切実な願い)

 

 

 「ったく、ライバルが多くなったわけか」

 

 「あら、萃香は嫌なの?蹴落としがいがあって面白そうじゃない♪」

 

 「幽香お前もなんだよな?天子のことがす……」

 

 「な、なにを言っているのかしら!?わ、わたしはただ面白そうだからこのメンバーに入っているだけよ!ほ、ほんとうよ!!」

 

 「嘘だね」

 

 「だ、だまりなさい!」

 

 

 萃香と幽香は喧嘩し始めてしまった……はぁ、一時はどうなることかと思ったけど穏便に済んでよかったわね……

 

 

 「おいおい待てよ、これで華扇の()()は終わったけどよ……天子の方がまだじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んんん?妹紅は何言っちゃっているのかな~?華扇さんの()()?あれれおかしいなぁ~?丸く収まったと思ったのになんだろうこの嫌な感じは……

 

 

 天子の全身から嫌な汗が出る。今のは聞き間違えだと神に願っているのだが……

 

 

 「そうでしたね。天子さんの()()はこれからでしたものね」

 

 「では天子殿、私達と()()しましょうか」

 

 

 神は天子を嘲笑(あざわら)った。

 

 

 妖夢、神子……何を言っているの!?()()終わったじゃん!たった今終わったじゃん!さっきので終わりでよかったじゃん!!華扇さんが良いこと言って終わりでよかったよね!?どうしてまだ物語は続くんじゃ♪みたいなこと言っているの!!?

 

 

 「そうだったそうだった、天子お前……私達のこと忘れていたのか?地底にいる間、一生懸命働いていた私達がようやく天子に会えることに喜んだのに……待っていたのは結婚話でした。それを聞いた私達はどんな思いをしたと思う……んん?」

 

 

 萃香ちょ!?拳をコキコキ言わせながら近づいてこないで!忘れていたわけじゃないの!ただ川の流れに身を任せてしまっただけでして……!

 

 

 「しかも華扇以外の誰にも相談せずに執り行われるという……まるでバレるのが嫌だったみたいな……これについてはどう説明してくれるつもりだ……あぁん?」

 

 

 妹紅ダメダメダメ!火は止めてって……あぶなっ!?近づいけたら髪に引火しちゃうから脅さないで!!!

 

 

 「どういうことかしらね……私の親友(とも)になりたがっていたあなたが私に黙って面白そうなことをしようとしていた……まだ親友(とも)にはなれなさそうね天子♪」

 

 

 幽香さん……その笑顔怖い……お願いそんな顔で寄って来ないで……!

 

 

 「そこのところ色々と詳しくお聞かせ願えますか……」

 

 

 衣玖の冷たい視線と重なって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「て・ん・し・さ・ま?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「華扇さん……」

 

 「……頑張って……」

 

 「oh……」

 

 

 華扇さんに助けを求めたけど無理でした。そしてこれから身に起こる出来事に目を逸らすことなどできないということがわかった……

 

 

 ああ……さようなら……父様……母様…… 

 

 

 救いの手も届かず天子は衣玖達と長いこと()()()()()()お話をしましたとさ。

 

 

 めでたしめでたし♪

 

 



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61話 面霊気の少女

久々の平凡な回です。少し前までがドタバタ劇過ぎた……


それでは……


本編どうぞ!




 「……っと言うことが天界で起きてたんだ……」

 

 「そ、そうだったんですね……」

 

 「そ、それはご苦労様です……」

 

 

 人里の飲食店で机に屈伏していたのはおなじみ比那名居天子だ。その表情は何日も徹夜して原稿を書き上げた漫画家のようなやつれて哀れな姿だった。そんな天子を相手にしている不幸者は稗田阿求と本居小鈴であった。

 

 

 天子は()()()()()()お話を受けている最中に運よく紫、藍、霊夢によって助け出された。どんなお話をしていたのかって?それは天子も思い出したくはないらしいので語れない……

 とにかく紫達に助け出されて九死に一生を得た(精神面以外は)天子に待っていたのは地上での広がり過ぎた結婚話が誤報であったことを謝りに行かなければならなかった。華扇もついて行って頭を下げてみんな優しかったので怒ったりせずに心配された(主に天子の容体を見て)

 何度も謝罪を済ませて日も落ち始めた頃に紫が現れた。流石に可哀想(天子の容体を見て)だと思ったのかスキマで天界まで送ってくれた。それから色々とあって衣玖達も普段と変わらない様子に戻りいつもの日常へと戻って行った。

 

 

 「……苦労なされたのですね」

 

 「……ああ……」

 

 「……天子さん元気ないですね」

 

 「……ああ……」

 

 

 阿求と小鈴は困っていた。ここまで衰弱した天子は見たことがなかった。曖昧な返答を返されると疲労がヤバそうだ。

 

 

 「あの……そろそろ帰った方がよくないですか?」

 

 

 阿求の問いにコクリと頷いてヨロヨロと立ち上がる。

 

 

 「……お代此処に置いておく……それじゃ阿求……小鈴……また……」

 

 「「お、お大事に……」」

 

 

 フラフラと体を揺らしながら天子は店を出て行った。その後姿を眺める二人は……

 

 

 「「(どんなお仕置きをされたと言うの!?)」」

 

 

 それを知る者はそこに居た当事者しかわからないだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 トボトボと人里を歩いている。誰も振り向きはしない、関わろうとせずに道を譲る始末……それが比那名居天子だとわかる人物はいない。まるで別人のように生気がない姿を天子だとは思わないからだ。

 

 

 「……ん?あれは……」

 

 

 しかしそんな姿をした天子にゆっくりと近づいてくる影が一つあった。

 

 

 「あの……もしかして天子……さんですか?」

 

 「……鈴仙か……?」

 

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ……彼女は今、ラフな着物を着て長い耳と髪を編み笠で隠し、周囲の人間に溶け込むような男性的な恰好をしていた。 人間に扮して永遠亭の薬を売りに来ていたのだ。そんな時に偶然天子を見つけたのである。

 

 

 「うわぁ……本当に天子さんなんですか……?別人みたいですね……」

 

 

 鈴仙が言うのも無理はないことだ。鈴仙でも本物?と疑っているぐらいである。天子だと見抜いた鈴仙は意外に凄いと言えるだろう。能力の影響があったかもしれないが、どちらにせよ今の天子を見る目は戸惑いが大きい様子だ。

 

 

 「……色々とあって……な……」

 

 「そ、そうですか……」

 

 

 鈴仙はこれ以上聞かない方がいいと判断した。これ以上聞くと天子の心をえぐることになりそうだからである。

 

 

 「あっ、そうだ」

 

 

 そんな様子を見かねてか鈴仙は一つの小瓶を取り出して天子に差し出した。

 

 

 「天子さん、よければ差し上げます。元気が出る栄養剤が入っているので飲むとみるみるうちに元気100倍ですよ!」

 

 

 力こぶを作る真似をする。元々鈴仙にはそれほど筋肉はないので服の上からだと全く力こぶなど見えなかったが、その明るさに少し天子は元気を貰えた気がした。

 

 

 「……いくらだ……?」

 

 「今回は特別です。今の天子さんの状態を放って置くわけにはいかないので」

 

 「……そうか……ありがとう……感謝するよ……」

 

 

 天子はヨロヨロと小瓶を受け取って歩きだそうとした時だ。

 

 

 

 

 

 『ええじゃないか!』

 

 

 

 

 

 誰が発したのだろうか、そんな声が聞こえて来た気がした。

 

 

 「えっ?今のって……?」

 

 

 鈴仙は何事かと思ったが、不意に天子が口にした。

 

 

 「……ああ……【心綺楼】の異変か……」

 

 「えっ?天子さんそれはなに……?」

 

 「……でも今回は参加する気力がないから……パス……」

 

 「えっ?えっ?」

 

 

 混乱する鈴仙を放って置いて天子はフワフワと天界へと帰って行った。

 

 

 そのすぐ後だった。幻想郷中を巻き込んでの異変……精神的影響を受け、普段より好戦的かつ派手好きになっているの者達が引き起こす事件の数々……そしてその中の一人の少女が全ての黒幕であった。

 

 

 ------------------

 

 

 「……遂に……!」

 

 

 遂に比那名居天子……待望の復・活!!

 

 

 皆さんお待たせしました。ようやく比那名居天子が元通りになりました。人里で鈴仙から貰い受けた元気になる薬を飲み続けて数日後に衰弱状態であった私のステータス異常が正常に戻ったところです。あの永琳さんが開発した薬でもこれほどかかるとは……何故ここまでの状態に追い込まれたのかって?言わせないでほしいです……天界で()()()()()()お話と言って衣玖達にありがたいお仕置き(意味深)を受けていたなんて言えない……

 人生最大の地獄を味わっている時に紫さんと藍さん、それに嫌々ながらも駆けつけて来てくれた霊夢には死ぬほど感謝した。本当にありがとうございます!!まぁ、干されてしまって衣玖達の機嫌が直るまでは更に地獄だった……朝起きて寝るまで殺気を秘めた気配がいつも付きまとう……そのおかげで眠れなかったこともあった。よく生きていたと自分を褒めてあげたい。何度も機嫌取りしてようやく元の日常に戻ってよかったと思う……ホントに……

 

 

 ちなみに華扇さんともあれから普通に接しているわ。私が衣玖達にありがたいお仕置き(意味深)を受けている間、華扇さんは耳を塞いで震えていたのが記憶に鮮明に残っている……怖いもの見せてごめんなさい。トラウマにならなければいいけど……

 でも華扇さんが私のことを好きだと言ってくれたのは驚いたけど嬉しかったな♪……華扇さんも衣玖達のようにならないでほしい……華扇さんは純粋のままいて欲しいです(切実な願い)

 

 

 コンコン!

 

 

 「天子様、朝ごはんができました」

 

 「衣玖か?今行く」

 

 

 元に戻ってくれて本当に助かった……ダーク衣玖のままだったら私の精神崩壊してたわよ。でも何もかも元通りになった。またいつもの一日が始まる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで父様と母様は何と?」

 

 「忙しいだろうが、時間がある時に友達を連れて遊びに来てくれとのことでした」

 

 

 結婚式の日以来、何を勘違いしたのか父様と母様は私が地上の者達のために何か為になることをしていると思ったらしく、応援メッセージが何件も手紙で届いた。勘違いで応援されているという不思議な状況……まぁ、地上で起こる異変を解決して来たわけだから貢献していないことはないから嘘ではないか……複雑な気分だわ。今更説明するのも面倒なので放っておこう。あの二人だからまた変な勘違いされたら堪ったもんじゃないからね。さて、今日も手紙が来ていたらしくここ数日状況が状況だったので手紙を返していない。そろそろ送り返さないと心配して乗り込んでくるかもしれないし書くことにしますかね。

 

 

 「そうか、父様と母様に返事を書かないとな」

 

 「それがいいかと思います」

 

 

 筆を取り、何を書こうかと迷っていると衣玖が世間話を始めた。

 

 

 「そう言えば天子様、最近地上で異変が起きたのは知っていますか?」

 

 「異変?」

 

 

 異変……異変……ああ!地上で鈴仙から元気になる薬を貰った時に何かあったわね。あの時の私はクソメンタルだったから関わらなかったけど……それがどうかした?

 

 

 「なんでもその異変は地上の方々の希望の感情が失われて、刹那的な快楽を求めるようになったとの異変だったみたいです」

 

 

 あっ、私自身が何か言ってた気がする【心綺楼】って……っとすると例の面霊気の仕業だったわね。でももう既に終息したみたいだし何も問題ないのだけれど衣玖がその話題を出すとは……?

 

 

 「そんな異変が起きていたらしいな。それで衣玖はどうしたのだ?異変自体は既に霊夢達の手で解決されているはずだが?」

 

 「その異変の首謀者の子が博麗神社で能楽を披露するみたいなのです。それも今日披露する日なので天子様とご一緒に見に行きたいと思いまして……」

 

 

 モジモジと指をいじくりながら照れ臭そうにする。どうやら能楽と言うものを見てみたい……っと言うよりも本当の目的は天子と一緒にイベントに参加したいと言うのが本音だろう。衣玖のこの提案は悪くないと天子は思った。

 

 

 幻想郷中の皆には迷惑かけたし、霊夢にもまだお礼していなかったな。紫さん達も来てくれればいいけど流石にわからない。それに()()()とも出会っておいた方が何かと後々話しやすそうだしそれがいいね。

 

 

 「そうだな、皆にも顔を見せておかないとまた心配されてしまう。手紙を書いたら一緒に行こうか衣玖」

 

 「は、はい!」

 

 

 衣玖は内心ガッツポーズで喜んだ。

 

 

 「(久しぶりの天子様とデート♪)」

 

 

 衣玖はいつも以上におめかししようと意気込んで準備に取り掛かった。

 

 

 ------------------

 

 

 ……な、なぜです……なぜこの方達がここに!?

 

 

 天子と楽しく能楽を堪能するために意気揚々と朝早くからおめかししてきたのに……

 

 

 「……なんでミミズクさん達がいるのですか!?」

 

 「ミミズクと呼ぶなといつも言っているだろう!これはこれは()()天子殿、こんなところで会えるとはやはり私達は運命の相手なのですね♪」

 

 

 衣玖と天子は博麗神社へやってきた。公演は夜、そこに集まった者は主に今回の異変に関わった者が多かったがその中に天子の姿を見ると一目散に駆け寄って来た。その人物とは神子だった。予期せぬ人物がいたことに内心衣玖は舌打ちした。

 

 

 チッ……迂闊でした。霊夢さんや魔理沙さん達は想定内ですが、命蓮寺の連中は天子様を狙うメス豚はいないのでともかく……まさかミミズクさんが居るとは……もっと情報を慎重に吟味する必要がありました。華扇さんも恋敵(宿敵)となり、先手を取られていて焦った代償ですかね……ここは我慢するしかないですか。

 

 

 天子の姿が見えたことによりその他のメンバーも周りに集まりだした。

 

 

 「天子殿、この度は太子様がご迷惑をおかけした」

 

 

 屠自古さん、そう思うならミミズクさんを持って帰ってほしいですね……

 

 

 「衣玖も久しいな、元気だったか?」

 

 「私は元気ですよ、でも主にそこのミミズクさんのおかげでドンドン元気がなくなっているところですが……」

 

 「ははは、まぁ我慢してくれ。あれでも私達のリーダーなんだよ。天子殿以外のことならば優秀なんだがな……」

 

 「苦労していますね」

 

 「苦労しているよ、太子様が帰って来たから余計だ。いっその事、地底でずっと働いていた方が良かったのかもしれないな」

 

 

 ……地底でも建物を金ぴかにしようとしたりして邪魔したことはありましたけどね。あの時は皆様疲労していたから無理はないですが……

 

 

 「皆は相変わらず元気そうだな。屠自古、布都も青娥さんに芳香も」

 

 「うむ!お主も元気そうだな!我は元気いっぱいじゃ!」

 

 「そうですわよ、わたくし達は元気ですわ。あの結婚話さえなければ無駄な努力をせずに済みましたけどね。ねぇ~疲れたわよね~芳香ちゃん♪」

 

 「むだな~たいりょくを~つかわせたな~!」

 

 「結婚話の件は本当に誤解を招いて申し訳ない……」

 

 

 子供のように元気らしさをアピールする布都に、ニコニコ笑顔で芳香の相手をする青娥も居て神霊廟メンバーが全員集まっていた。そんなメンバーに頭を下げる。

 

 

 天子様が謝るなんて……結果誤報でよかったと思っていますもの。でももし結婚式が本当ならば今頃華扇さんは……

 

 

 一瞬、衣玖と神子の顔に雲がかかったように周りの者達には見えたが……気のせいだと思われる。そう思わないと怖くてやっていけないからだ。

 

 

 それにしてもミミズクさんは勝手に天子様を自分のものにして……!仙人系統はみんな性欲丸出しなんでしょうか!私だって天子様を独り占めにしたいですよ!脇なんて出して髪型をそんなのにしているから萃香さんから耳毛なんて言われるんですよ……自業自得ですね。

 

 

 神子を睨みつける。少し前まで味方だった神子も衣玖を睨み返す。『昨日の味方は今日の敵』その言葉通りにまた味方とは限らない。天子を巡る争いは日常生活の中にも常に存在している……そして今日のこの時も。

 

 

 「むっ!衣玖殿、あなたから良からぬ欲が聞こえてくる気がしてきてなりませんね」

 

 「私は何も言っていませんよ?ミミズクさん、頭の中は大丈夫ですか?電気マッサージ要ります?」

 

 「はっはっはっ!衣玖殿とはちょっと向こうで()()する必要がありそうですね!」

 

 「そうですね、それがいいですね!」

 

 「「はっはっはっ!!」」

 

 

 衣玖と神子はお互いに笑い合って林の中へと姿を消した。天子達はこの後何が起こるのか察して他人のフリをしておこうと決めた。

 

 

 ……一撃で逝かないように加減してジワジワと絞めましょうか……豊聡耳ミミズクさん♪

 

 

 ------------------

 

 

 「……全く、あなたが私に突っかかってくるからこうなったのですよ?」

 

 「衣玖殿は私のせいだと言いたいのですか?」

 

 「ミミズクさんがこの場にいなければこういうことは起こらなかったのは確かです」

 

 「天子殿のおまけが何を言いますかね?」

 

 「はぁ?今度はミミズクのから揚げにして差し上げましょうか?」

 

 「竜宮のかば焼きなんて面白いかもしれませんよ?」

 

 「こらこら二人共喧嘩は止めろ」

 

 

 天子を挟むように衣玖と神子が陣取っている。そして少し離れて屠自古達、衣玖と神子だけは体中ボロボロだが……誰も気にせずに能楽が始まるまで会話を楽しんでいる。二人に挟まれている天子は大変そうだが……

 

 

 「よう天子、天界では散々な目に遭ったんだってな?」

 

 「魔理沙……その話は止めてくれ……霊夢、あの時は助かった」

 

 「本当は行きたくなかったんだから。紫の奴が金をチラつかせ……ゴホン!紫の奴がどうしてもって言ってね。私は心優しいから仕方なくついて行っただけ」

 

 

 魔理沙と霊夢が天子の元へとやってきた。霊夢から天子の状態を聞いていた魔理沙は天子を心配していたが、今の状態を見たらホッとしていた。霊夢の方は相変わらずである。

 

 

 霊夢から金がどうとか聞こえたけれど……まぁ霊夢が来てくれなかったら紫さんと藍さんだけでは荷が重かったのは間違いない……本当に衣玖達を説得(詳細は語れない)してくれたことに感謝してもしきれない。

 

 

 「……って、天子あんた天界であんなことされたのにまだそいつらとつるんでるの?」

 

 

 霊夢が示しているのは勿論天子の両隣を支配する衣玖と神子のことだ。その霊夢の一言に二人の気に障ってしまった。

 

 

 「今のはどういう意味でしょうか……霊夢さん?天子様は私達とお情けで一緒に居るとでも?」

 

 「もしかして私達が天子殿に相応しくない……そう言いたいのでしょうか……!」

 

 

 衣玖と神子は霊夢の発言に対して遺憾の意を示す。霊夢としてはなんてことのない疑問をぶつけただけなのだが受け止める側の二人にとっては「天子と一緒に居る必要はない」と感じ取れてしまう。これも天子に対する好感度の違いと言うものだろうか……それともまだ結婚騒動の血の気が抜けきっていないのか、霊夢に対して敵意さえ向け始める。魔理沙も場の空気の違いに焦りを見せるが、直接敵意を向けられている霊夢はそれでも平然としている。

 

 

 「別に私はどうでもいいわ。天子が決めることだもの、でもやり過ぎには注意することね。あんた達のせいでこっちは本来ならば遭わなくてもいい出来事に巻き込まれたんだから」

 

 「すまない霊夢、衣玖と神子を責めないでやってくれ。皆あの時はちょっと我を見失っていただけなんだ」

 

 「あれがちょっとって言えるのかしら……」

 

 「衣玖達の気持ちを考えずに行動を起こした私がいけないんだ。だから今回のことは私の自業自得……華扇さんにも迷惑かけた罰が当たったんだ。私は衣玖達のことをそんなことで嫌いになったりはしないし、これからも皆と仲良くやっていくつもりだ」

 

 「天子様……!」

 

 「天子殿……!」

 

 

 衣玖と神子が私を輝いた目で見てくれているわ。ちょっと気取っちゃったかしらね?魔理沙も驚いているし、霊夢は……ため息をついているわね。呆れられてしまった……けど、そんなことで衣玖達のことは嫌いになったりしないのは本当のことだからね。今回は色んな方に迷惑かけたからその罰を受けただけなの。逆に私を嫌ったりしないでいてくれている皆には感謝しないといけないからね。

 

 

 「ふ~ん、そう……まぁ好きにしなさい。でも天子、助けたことには変わりないから……わかっているわよね?」

 

 

 霊夢は指で丸を作る。俗に言う……金を示す時のジャスチャーだ。

 

 

 「わかっている。それと天界の料理と酒も一緒に送ろう」

 

 「なら問題ないわね♪もうすぐ公演が始まるし楽しんでいって頂戴ね。魔理沙行くわよ」

 

 「おう、天子もまたな」

 

 

 霊夢は魔理沙を連れて自身が陣取っている酒と飯がたんまり置かれている特等席へと戻って行った。

 

 

 「天子様……寛大なお心遣いありがとうございます」

 

 「やはり()()天子殿だ。妻として誇らしい」

 

 「はぁ?何言っているのですかミミズクさん……頭が遂に逝っちゃったようですね」

 

 「はっはっはっ!もう一度()リあいましょうか?」

 

 「……二人共大人しくしていてくれ……」

 

 

 衣玖と神子はこれだからもう……慣れ始めている自分が怖いわ。屠自古達ですらため息ついてるのに……

 まぁ、今は二人の事は置いておかないと話が進まない。これから()()()の能楽が始まるんだから邪魔しちゃいけない。それに能楽なんて初めて見るから実は楽しみだったのよ。能楽を見れると知ってワクワクして眠れなかったのは内緒よ♪

 

 

 そんなこんなで時間が経った。すると設置された舞台上が明るくなりそこに一人の少女の姿があった。

 

 

 周りには3つの面がその少女自身であるかのように宙に浮き、扇子を持った少女の顔にも面がついている。少女の素顔を隠した面がゆっくりと宙に浮いて彼女の頭へと引き寄せられたことにより、その者の素顔もハッキリとわかる。

 

 

 【秦こころ

 薄紫色がかって見えるピンク色のロングヘアに、同じ色の瞳。服装は青のチェック柄の上着に長いバルーンスカート。上着には胸元に桃色のリボン、前面に赤の星、黄の丸、緑の三角、紫のバツのボタンが付いている。スカートを囲む顔のような模様は穴になっており、よく見ると足が覗いている。面を顔からずらして着用し、着けている面からは赤の面紐がなびいている。

 多数の面を周りに浮かべた少女。これらの面は彼女の感情を司り、被った面によってその性格は様々に変化するが、こころ自身の表情は全く動かない。面は66種類あるそうだが、主に喜怒哀楽のものが使われている。

 

 

 遂にこころちゃんの登場のようね。異変自体終わっているし、ある程度話すぐらいの仲になるんだろうか?同じ女の子として、あの独特のスカートが気になって仕方ない……顔のような模様の穴から見える足チラが誠にけしからん!それに何よりこころちゃんは身体は大きいが非常に子供っぽいのよ。感情を学ぶために色々とこの後行動を起こすはずだけどすぐに騙されそうな気がしてならない。だから私はこころちゃんが心配……それにこころちゃんは命蓮寺と神霊廟を繋ぐ大事なパイプ役にもなるし、神子とも大いに関わってくる。心を消そうとして異変を起こしたことのある神子の前に現れたこころちゃん……何かしらの因果を感じる。神子のためにもこころちゃんを見守らないといけないわね。

 

 

 天子は舞台の上で音楽に合わせて能楽を披露するこころにしみじみと感じていた。

 

 

 能楽が披露されて場は大いに盛り上がった。見る者を魅了するこころの能楽は大成功したと言えるだろう。音楽が止み、能楽は終わると盛大な拍手がこころに向けられる。それでもこころの表情は一切動かなかった。異変に関わった者ならば彼女の表情が動かないのはわかるが、衣玖はそんなことは知らない。感情を見せることのないこころに疑問を抱く。

 

 

 「あの子……何も感じていないのでしょうか?」

 

 「そんなことないぞ衣玖、こころちゃんは喜んでいる」

 

 「流石天子殿ですね。こころ殿の感情を初見で見抜くとは!」

 

 

 初見じゃないんだよね……

 

 

 「えっ?天子様、あの子の感情がわかると?」

 

 

 しかし天子はこころが喜んでいたことを見抜いている。それもそのはずだ……天子は転生者であり東方の大ファンの一人だ。なのでこころの設定を知っているのは当然であった。

 

 

 「わかるぞ。福の神の面……あれは嬉しいときの面だな。こころちゃんは面が66種類あって、主に喜怒哀楽の感情を表している。他にも般若の面や猿、狐やら蝉丸と言った面があるぞ」

 

 「ど、どこでそれを……!?」

 

 「……それは秘密だ」

 

 

 知らないはずの情報を知っていた天子に驚く衣玖。天子は理由をはぐらかしておいた。面倒なことになったら嫌だったので悪戯っぽく秘密としておいた。秘密と言われてしまった衣玖の頬は膨らんでいた。

 

 

 「やはり天子殿は侮れませんね。それはそうと……聞いてください天子殿、この前の異変はこころ殿の面の一つが紛失してしまったことで起きた異変だったのです」

 

 

 神子は異変の内容を話し始めた。その内容は天子が知っている原作とさほど変わるものではなかったことで安心できた。

 

 

 希望の面がなくなったことが原因だったんだよね。そして神子がこころちゃんに代わりの面と渡したと……

 

 

 「それでこころ殿の失った面の代わりに私が彼女に渡したのが……」

 

 

 天子は異変の内容も知っていたし、神子が語った通り、こころの【感情を操る程度の能力】の影響で自身も自身以外の感情が暴走するというものである。彼女は面の一つでも失われてしまうと制御ができず、暴走してしまったわけである。そんな状態に陥ってしまったこころに神子は新たに面を与えた……のだが……

 

 

 「それでなんですが……こころ殿が私が作った面を嫌々所有していまして……一度もこころ殿がそれを付けている姿を見たことがないのです……」

 

 

 肩を落とす神子……どうやらそのことで悩んでいるらしく、今日はその希望の面を被ってくれると期待していたようだ。

 

 

 「それで明日命蓮寺で私達と神子さんとで、どうしたらこころちゃんが希望の面を付けてくれるか会議することになったのですよ」

 

 「この前ぶりだな聖」

 

 「はい、結婚騒動以来ですね」

 

 

 肩を落とす神子を励ましにやってきたのは命蓮寺の僧侶である聖だった。

 

 

 当然聖達にも結婚話は届いていて謝りに行った。南無三されずに済んでよかったと後々思ったわ。それにしても聖と神子の関係は良好で何よりだわ。宗教的なもので対立するかと思ったけど仲が良くて安心した。

 

 

 「どうしたらこころ殿に……私の力作である希望の面を付けてくれるのでしょうか……天子殿!お力を貸してください!」

 

 

 ガバッと天子に詰め寄る。その時に鼻をスンスン言わせて表情を(ほころ)んだ神子の様子を見た衣玖は睨みを利かせていたが、残念ながら天子は気がつかなかった。天子は希望の面に思う所があり、そのことを考えていた。

 

 

 確かにこころちゃんの気持ちわかる……あれはないと思う。あれプレゼントされても人前で使いたくないもの……仕方ないわね。こころちゃんのために私も協力しますか!

 

 

 「神子、聖、私も明日の会議に出席してもいいか?」

 

 「構いませんけどよろしいのですか?」

 

 「ああ、こころちゃんのために一肌脱ごうと思ってな」

 

 「な、なんと!?天子殿が脱ぐと!?はぁ……はぁ……い、いけません。天子殿……二人っきりの時ならまだしもこんな大勢の前でだなんて……!!」

 

 「何を考えているんですかね……このエロミミズクさんは」

 

 

 衣玖の言う事は最もである。何か良からぬを妄想し始めた神子はスルーされ、聖はこの提案に快く感謝した。

 

 

 「ありがとうございます。こころちゃんのために……」

 

 「気にしないでくれ。そういうわけで衣玖、明日命蓮寺に厄介になるぞ」

 

 「はぁ……仕方ありません。天子様はお優しいですから……命蓮寺ならこのエロミミズクさんを止められる聖さんが居るから心配はいりませんけど……私もついて行きたいのところですが、仕事が残っていますので聖さん、天子様を守ってください……絶対ですよ?」

 

 「え、ええ……わかりました」

 

 

 衣玖の鋭い視線に身の危険を感じてしまった。

 

 

 「て、てんし殿……そ、そこはダメです!そ、そこは脇で!で、でも天子殿になら触られても問題ありませんよ!どうぞ触ってください!で、できれば舐めてくださいぃいいい!!!」

 

 「「「……」」」

 

 

 トリップする神子に冷たい視線を向けながらこの日は幕を閉じた。

 

 



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62話 こころの面

まだ平凡な回でございます。平和でええなぁ……


それでは……


本編どうぞ!




 「――っと言うわけでして、どうしたらこころ殿に私の力作である希望の面を付けてくれるのか……それを皆の者に考えていただきたい!」

 

 

 命蓮寺の屋根の下、堂々とした態度でお悩み相談をする神子。そして天子と聖達……ここには聖以外にマミゾウ、そして村紗水蜜と封獣ぬえの姿があった。

 

 

 

 【村紗水蜜

 ウェーブのかかった黒のショートヘアーに青緑色の瞳。

 服装はセーラー服、兵服ともいう。下にはセーラー服に合わせたデザインの膝上までの穿き物を穿いているが、その形はキュロットスカート。上下の服装には白の布地に青緑色の縁取りがされており、青緑の生地には各所それぞれに3本の白いラインが引かれている。

 聖白蓮を慕う妖怪で、とある経緯により聖輦船と共に地底世界に封印され、永らく地底で暮らしていた。しかし異変が起きて法界に封印されている聖白蓮復活のためにかつての仲間達と行動を開始した。聖輦船とは村紗の操る船であるが、「飛倉」と呼ばれる不思議な倉で『船』と『倉』を両立できる。

 

 

 【封獣ぬえ

 黒髪のショートボブで右の後ろ髪だけが外に跳ねた左右非対称の髪型をしている。瞳の色は深紅。背中からは赤い鎌のような三枚の右翼と、青いグネグネとした矢印状の左翼が三枚生えている。

 『正体を判らなくする程度の能力』を所有しており、蛇になったり鳥になったりと不定形な「正体不明の種」なるものを対象に仕込み、その対象に対する認識をかく乱する能力。種を仕込まれた対象は、形状、音、匂いなど「その対象固有の情報」を奪われ、後には行動だけが残る。先入観やイメージによって勝手に姿を補完し、「見た目」が変わるという仕組みである。

 

 

 ここに集まった6人で神子の悩みを解決していくわけだが……対して快く協力したはずの聖の表情がよろしくない。他のマミゾウ達もだった。神子はその様子に気づくことがなくどうしたらこころに希望の面を付けてくれるのかと頭を捻っていた。

 

 

 う~ん……まぁなんとなくわかっていた結果なんだけどね……

 

 

 そんな中で天子は聖達の表情がよろしくない理由がわかっていた。それは……

 

 

 「……ダッサ!」

 

 

 ぬえの一言が全てを物語っている。

 

 

 「なっ!?私の力作である希望の面をダサいなどと言うのですかぬえ殿!」

 

 

 ぬえの発言に遺憾の意を示す神子。

 

 

 「いや、これはダサいのぉ」

 

 「うん、ダサいね」

 

 

 マミゾウと村紗もぬえと同じ感想だった。

 

 

 「なっ!?マミゾウ殿と村紗殿まで!?ひ、聖は私の希望の面をダサいなど言わないでしょうね!?」

 

 「あの……神子さん……すみません……」

 

 「なっ!?」

 

 

 聖からも賛同の声が上がらなかった。力作である希望の面をダサいと言われて体が震える神子……最後の望みをかけて天子に救いの視線を送るが……

 

 

 「……ノーコメントで」

 

 「そ、そんなぁ!!?」

 

 

 神子に救いはなかった……

 

 

 希望の面……神子が集めた信者の希望の結晶(人気)から創り出した面。希望の象徴であるのは間違いではないのだが、問題があった。作者の神子自身の顔を模していて作られていたのだ。非常にシュールな表情で希望を微塵も感じられない顔立ちとなっている。

 つまりダサいのだ。ここに集まった聖達は希望の面のシュールさを知らなかった(天子は原作で知っていた)ため協力したつもりだったのだ。しかし神子が希望の面のレプリカを見せた瞬間に場は冷めきった。こころに何故付けてもらえないか頭を悩ます神子を尻目に、聖達はこころがこの仮面を嫌がる理由を瞬時に理解したのである。

 誰もがこんな面を被りたくはないと心が一つになった瞬間でもあった。

 

 

 その後、会議は中止となった。力作だと意気込んでいた神子は魂が抜けたかのように干乾びてしまい、聖は神子のメンタルを元に戻すために付き添う形となっていた。

 

 

 「あれを渡されたこころの気持ちは複雑じゃったであろうな。儂は一度見せてほしいと言ったところ断られたのはあれが理由じゃったのじゃな」

 

 「そうだね、私がこころだったならあれは受け取りたくはない」

 

 

 マミゾウに同感の意を示す村紗。ぬえもうんうんと首を縦に振る。

 

 

 「じゃが中々面白いものが見れた。聖人殿の燃え尽きた姿なぞ滅多に見られるものではないぞぉ!そうじゃな天子よ?」

 

 「初めて見たな……あんな姿……」

 

 

 ハニワのような表情になっている神子なんて普通見ないわよ。デザインはアレだけれどちゃんとした代物になっているのは間違いないんだけど……間違いないんだけどね……やっぱりあのデザインはないわぁ……

 

 

 「ふぉふぉふぉ!天子もそう思うかのぉ、当然と言えば当然じゃからな。こころが嫌がるのも無理はない」

 

 「うんうん、本当にダサすぎ……ん?」

 

 

 ぬえが何かに気がついたようだ。視線の先には廊下を忍び足で大きな木箱を背負う一輪の姿があった。

 

 

 「お?お~い!一輪何してるの?」

 

 「ひゃ!?む、村紗!いきなり声かけないでよ!」

 

 「怒らなくたって……コソコソとしている一輪が怪しいからだろ?」

 

 「うぐっ!それはそうだけど……」

 

 「それでお主は何をしておったのじゃ?」

 

 「ぬえとマミゾウはともかく天子までいるなんて……そっちの方こそ何をしているのよ?」

 

 

 手短に一輪に今日集まった経緯を話した。

 

 

 「ああ、確か姐さん昨日そんなこと言ってましたね」

 

 「そうじゃよ、して……儂らは答えたから一輪の番じゃよ」

 

 「その背中の大きな木箱はなんなの?」

 

 

 ぬえが興味津々に一輪が背負う大きな木箱を指さす。背負う木箱からは揺れるたびにカチャカチャと硬い物同士がぶつかり合う音が時おり聞こえてくる。ガラスが当たる音とそっくりだ……

 

 

 う~ん……一輪は何か隠している気がする。一体なんだろう?先ほどからカチャカチャと音がするし、コソコソ行動している時点で怪しい……

 

 

 天子は疑いの目で一輪を見ていると、視線に気がついたのか慌てて箱を地面に下ろす。

 

 

 「勘違いしないで!別に怪しいものじゃないわよ!」

 

 「ではそれはなんなのじゃ?」

 

 「……姐さんには内緒よ」

 

 

 下ろした木箱のフタを開ける……すると村紗は目を輝かせ、ぬえとマミゾウは呆れていた。

 

 

 あっ!これは……

 

 

 一輪がコソコソと人目を気にして行動していた理由がわかった。木箱の中身が命蓮寺に在ってはいけないものだったからだ。

 

 

 「お酒だ!!」

 

 

 そう、木箱の中身にはお酒の入った瓶が積み込まれていたのだ。

 

 

 あちゃ~、ここの一輪は不真面目だったか……幻想郷の住人は皆、お酒好きだけど命蓮寺での飲酒は禁止だからお祭りか宴会の時のようなイベント事じゃないと命蓮寺のメンバーは飲めないから昨日うんと飲んだはずなんだけどなぁ?

 

 

 一輪は昨日の能楽の時に居たのを天子は憶えていた。そのことで一輪に聞いてみたが、聖が居ると一杯しか味わえないそうだ。だからいつも聖とお祭りや宴会に参加するときはもどかしい思いをしていたようなのである。それに昨日久しぶりにお酒の味を味わえたことで欲求が抑えられなくなり衝動買いしたとか。

 

 

 「一輪だけずるい!私にも頂戴よ!!」

 

 「もうわかったわよ!あんたも飲んでいいから姐さんには絶対内緒よ!?」

 

 「OK!」

 

 

 村紗は難なく買収されてもう既に手には酒瓶が握りしめられていた。しかし、ぬえとマミゾウはそうはいかなかった。ぬえは聖にバレた時が怖いため、マミゾウは命蓮寺の門下生でもないので縛られることはない(聖に配慮して命蓮寺での飲酒は控えている)この二人は買収されることはないだろう。

 そんな二人に懇願する眼差しで迫る一輪。

 

 

 「お願い!雲山にも頭を下げて見逃してもらったの!今回だけ、今回だけ見逃して!ね?」

 

 

 ウルウルと瞳に涙を浮かべる一輪……そんな目でお願いされているぬえとマミゾウは了承するしかなかった。

 

 

 「ありがとう二人共!天子もこのこと喋らないでね!」

 

 「ああ……まぁバレないようにな」

 

 「よし!村紗、早く木箱を私の部屋へ持って行くのを手伝って!姐さんに気づかれる前に!」

 

 「合点承知の助!!」

 

 

 一輪と村紗は木箱を大事そうに運んでいった。残されたぬえとマミゾウはため息をついた。

 

 

 「はぁ……聖にバレたらただじゃすまないのに……村紗も買収されちゃうなんてさ」

 

 「ぬえよ、欲には勝てぬと言う訳じゃ。そうじゃろ天子……天子?」

 

 

 固まったように動かぬ天子に首を傾げる。一体どうしたのかと声をかけようとした時だった。マミゾウとぬえは悪寒を感じた。冷たく凍った感覚を感じた……それも自分達の背後……自分達3人以外にも誰かいる。しかもその誰から明確な殺気を放っていた。そして理解した……天子はこの悪寒を感じて動けずにいたということを……そしてぬえは知っている。この感覚は自分も向けられたことがあった……正確には以前隠れてお酒を飲酒していたことがバレた時と同じ……この殺気は誰から放たれているのか……

 

 

 「……一輪と村紗には改めて修行をつける必要がありそうですね……」

 

 「ひ、聖……!」

 

 

 聞き覚えのある声に振り向く。すぐに表情が真っ青になるぬえ、そして3人の背後に立っていたのは聖だった。仏の笑みを浮かべた断罪人にしか見えなかったが……

 

 

 「天子さん、すみませんが急用ができてしまいまして……神子さんのことはマミゾウさんに任せてよろしいですね?」

 

 「お、おお……聖人殿は儂が見ておこう」

 

 「そういうわけでして用事を済ませて来ます。」

 

 「あ、ああ……」

 

 「い、いってらっしゃい聖……」

 

 

 笑顔の聖を見送るマミゾウ、天子、ぬえはようやく殺気から解放されて気分が楽になった。

 

 

 やっば!激おこぷんぷん丸の聖は怖かった……殺気が漂って来た瞬間にこう背筋がピキーンって立っちゃって重圧に押しつぶされそうだった。きっと一輪と村紗は聖に『南無三!』されてしまうのでしょう……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……

 

 

 天子達は部屋で何も知らずにお酒を堪能している二人に心から合掌するのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 雲一つない快晴の空の下、命蓮寺へと続く道を歩む一人の少女……少女と言えども人ならざる者であった。

 

 

 「……」

 

 

 秦こころ……彼女は付喪神であるが、投棄物の付喪神とは違い、神楽という一種の呪術に利用された千数百年前の代物で、付喪神という概念からすればかなりのエリートである。そんな彼女は新しい希望の面を手に入れた後、マミゾウのアドバイスを受けて無表情だった自分自身に感情を身につけ能力を安定させるべく各地を回ることを心掛けている。

 命蓮寺の門が見えてきた。そこでこころは気づく……見たことのない知らない人物がいることに。

 

 

 髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳を持った背の高い男性……それは天子のことだ。その隣にはマミゾウとぬえの姿があった。こころは天子のことが気になったので忍び足で近寄った。

 

 

 「……」

 

 

 ソロリソロリと距離を詰めていく。

 

 

 「……」

 

 

 ソロリソロリ……

 

 

 「……」

 

 

 まだソロリソロリ……

 

 

 「……」

 

 

 もう一つソロリソロリと……

 

 

 「……何をやっているんだ?」

 

 「――!?」

 

 

 こころは驚いた。表情は驚くこと無かれども、面が大飛出(おおとびで)(驚いた時の面)にすり替わっていた。いつの間にか目の前には天子が迫っていた。否、表現が違う……こころが隠れた気でいたが、近寄り過ぎて天子の目の前まで近づいてしまったが正解だ。マミゾウとぬえも何をしているんだと首を傾げていた。

 

 

 「……隠れていたのに見つけるなんて……やるな」

 

 「いや、隠れるなら物陰とかに潜まないと隠れたとは言わないぞ?」

 

 「ムムム……ちゃんと隠れられたと思ったのに……」

 

 

 こころはこう見えても隠れたつもりなのだ……全く隠れられていなかったが。今度は(うば)の面(悲しい時の面)に替わる……それでも表情だけは変わらない。

 

 

 「すまぬな天子よ、こころは少し子供っぽいのじゃよ」

 

 「子供じゃない、大人だ」

 

 「体だけは大きいけど中身が小さいよね」

 

 「がーん」

 

 

 ぬえの一言でこころはショックを受けた。擬音語を口にするなど子供でもしないことをしてしまうのは色々と慣れていないせいでもあるのかもしれない。

 

 

 「これこれ、こころをいじめるんじゃない。今日も感情を身につけに来たのじゃな?」

 

 「うん」

 

 「そうかそうか、それは結構じゃな。おおそうじゃ!天子お主こころに色々と感情を教えてやってくれんか?」

 

 「いいぞ」

 

 

 マミゾウの唐突なお願いを引き受ける天子に提案したマミゾウ自身も拍子抜けしてしまった。

 

 

 「おや?あっさりと引き受けたのぉ」

 

 「元々こころちゃんの力になってあげたくて会議に参加しようと思っていたからな。何もおかしなことではないぞ?」

 

 「ふぉふぉふぉ!そうじゃったな、こころのことは天子に任せた方がいいようじゃな。儂は聖がお仕置きしている間に聖人殿を元に戻さんといかんからのぉ……こころもそれでいいか?」

 

 

 こころはコクリと首を縦に振る。

 

 

 「本人の了承も得たしまた後でのぉ」

 

 

 そう言ってマミゾウは干乾びている神子がいる部屋へと向かって行った。

 

 

 「ぬえはどうするんだ?」

 

 「私はぶらぶら散歩でもするよ。聖のお仕置きは一度始まったら長いから……」

 

 

 語るぬえの体が一瞬ブルリと震えたように見えた。その時の聖の姿を思いだしたのかそれ以上何も語ろうとしなかった。

 

 

 「――さて、こころちゃん、自己紹介といこう。私は比那名居天子……しがない天人くずれだ」

 

 「秦こころ」

 

 「(自己紹介短っ!?)昨日の能楽とても楽しめたよ」

 

 「おおー!見てくれていたのか?そうだろそうだろ!楽しかっただろ!」

 

 

 扇子をどこからともなく取り出して舞いのポーズを取る。能楽を楽しんでもらえたことに満足している様子を表しているようだった。

 

 

 「ああ、とても良かったよ。流石こころちゃんだ」

 

 「照れる~♪」

 

 

 こそばゆいのか頭を掻く仕草をする。褒められて嬉しいようだった。

 

 

 「お礼も()ねてなんだが、先ほどマミゾウさんが言った通りにこころちゃんに手を貸したいと思ってな。こころちゃんはどうしたい?」

 

 「……今日はここに用があったけど……気が変わった。人里へ行こう」

 

 「わかった。そう言う訳で人里へ行って来る」

 

 「夕方にはこころを帰せよ」

 

 「わかっている」

 

 「いってきますー!」

 

 

 ぬえと別れて天子はこころと共に人里へ向かうのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 「おおー、相変わらず人間がいっぱいだ」

 

 「人里だからな」

 

 

 こころちゃんの感情を習得するためのお手伝いをすることになって人里へとやってきた。今日はいつにも増して人の行き来が多いようね……ん?あれは……

 

 

 人だかりになっている箇所を発見した天子はこころを連れて近づいた。するとそこでは人形達が観客を湧かせていた。見たことのある人形を操っていたのはアリスであった。アリスは時々こうして人里で人形劇をするために訪れることがある。そして今日がその日だったのだ。

 それを見つめるこころの表情に感情はない……しかし瞳が人形を捉えて離さない。傍にいる天子にはハッキリとこころが興味を持って人形を見つめていることが理解できた。

 

 

 こころちゃん、食い入るように見てる……瞳がキラキラと輝いているのがわかるわね。アリスの人形劇を見るのも久しいし、何より何度見ても面白いものだ。

 

 

 「こころちゃん、折角だから終わるまで見ていこう」

 

 

 コクコクと首だけ振って答える時も人形から決して目を離さなかった。

 

 

 そして人形劇が終わり、人々が解散していく中で天子はアリスに声をかけた。

 

 

 「アリス、人形劇とても面白かったぞ」

 

 「あら天子、結婚騒動以来ね。天界で何かあったのよね?」

 

 「う、うんっと……何もなかったぞ」

 

 「嘘仰(うそおっしゃ)い、霊夢から聞いたのだけど酷い目に遭ったそうね?まぁ、誰にだって知られたくないことがあるみたいだから私は何も詮索しないわ」

 

 

 うん、そうしてくれると助かります……思い出したくないことだってあるのだから……流石アリスだ。プライベートを守ってくれるできる女!憧れますっ!!

 

 

 「それで……あなたは?」

 

 「ああ、こっちは命蓮寺でお世話になっている秦こころちゃんだ。訳あって人里を見て回っているところなんだよ」

 

 「秦こころ……です」

 

 「アリス・マーガトロイドよ。どうだった私の人形劇は?」

 

 「面白かった!」

 

 

 両手を万歳して喜びを表すこころだが、これも無表情である。アリスはこころの表情が動かないことに首を傾げる。

 

 

 「あなた……この前の異変の時の子じゃない?」

 

 「そうだ、こころちゃんは感情を身に付けるためにこれから様々な経験を付けさせていくつもりだ。そして私はそのお手伝いをしているわけだ」

 

 「そういうこと……なるほどね。色々と経験させて感情を身に付けさせる……あなたは子供なの?」

 

 「私は子供じゃないぞー!」

 

 

 腕をグルグルと振り回して般若の面を被る。怒っているのがわかりやすい……まるで子供が大きく見せようとしているみたいに見えてクスっと笑みがこぼれるアリス。

 

 

 「笑ったなー!」

 

 「ごめんなさいね。可愛かったものだからついね」

 

 「私が可愛かった?」

 

 「ええ、そうよ」

 

 「おおー!私は可愛いのかー♪」

 

 

 先ほどまで般若の面だったのに、今ではすっかり福の神(喜びの面)であった。

 

 

 「(大きなお子様のお守りってことね)」

 

 「(簡単に言えばそうだな)」

 

 「?天子とアリスはヒソヒソ話して何している?」

 

 「なんでもないわ。気にしないで頂戴。それじゃ、私はこの後に用事があるからこれで失礼するわ。天子ご苦労様、こころ諦めないで頑張るのよ」

 

 「おおー!任せろー!」

 

 

 こころちゃんの行動は癒されるわね♪子供はかわいいって言うけど……うん、かわいいわね!かわいいこころちゃんのために色んなところを見てもらわないといけないわね。

 

 

 天子達はアリスと別れ様々な店先に立ち寄った。団子屋、寺子屋に道具屋だけでなくその他諸々と見て回ったがこころに感情が現れることはなかった。

 

 

 「……成果なしか……」

 

 

 そう簡単にはいかないようね。元々そういう原作設定だし……しかし色々と経験を積めたのは事実。団子を見つめるこころちゃんに奢ってあげたし、寺子屋では子供達と一緒に遊んだりした。そこでこころちゃんが寺子屋の女の子と紙風船(かみふうせん)で遊んでいるのを思い出し、ふっと道具屋に立ち寄った。物色していると目当ての物を見つけた私はこころちゃんのために買ってあげた。それを手渡した時は驚いていたけど、素直に受け取ってくれて喜んでいたようでプレゼントした甲斐があった。だけど、こころちゃんがジッと私を見つめていたんだけど……喜んだ様子とは違う気がした。一体あれは何だったんだろうか?

 他にも見て回ったが、残念ながらこころちゃんの表情は相変わらずだった。しかしちゃんと楽しんでいたようでよかった。だから少しは役に立てたと思う。まだまだ先は長そうだけれども楽しんでいってもらいたいよね。

 

 

 天子は今日の出来事を整理しているとこころが服の袖を引っ張った。

 

 

 「……ありがとう」

 

 「何がだ?」

 

 「今日いっぱい人里見て回った。団子美味しかった、子供達と遊んだ、そしてこれも買ってくれた」

 

 

 紙風船(かみふうせん)を取り出した。少し力のかけかたを間違えてしまうと例え子供の力であっても簡単に破れてしまう紙風船(かみふうせん)を大事に包み込むよう両手に収まった。

 

 

 「私は感謝している。聖に教えてもらったの。感謝の気持ちを伝えるには『ありがとう』って言うんだって」

 

 

 こころはもう一度「ありがとう」と言って頭を下げる。表情はそれでも何ら変わりのない形だが、天子にはこころが笑っている姿が一瞬見えた気がした。

 

 

 「ありがとう」……大切な言葉よね。子供も大人も関係なく感謝した時に一番思いが伝わる言葉……大人になっていくと中々言えなかったり、言うのが恥ずかしくなっていくものだ。けれどこころちゃんは私に伝えてくれたし、買ってあげた紙風船(かみふうせん)を大事に扱ってくれているのを見たらなんだかこっちは嬉しくなっちゃう。

 体は大きくても純粋な子供のようであって愛おしいわねぇ……お持ち帰りしたいくらいだわ。お持ち帰りしたらダーク衣玖に何をされるかわからないからしないけどね。

 

 

 空を見上げると日が沈みかけており、今は夕暮れ時……もうそろそろ神子も元通りになっているはずである。

 

 

 「こころちゃん、そろそろ命蓮寺に帰ろうか?」

 

 「うん」

 

 

 頷いたこころは天子の横を歩く。自然とこころの手が天子の手と重なって、天子も自然とこころの手を軽く握る。夕日に映る二つの影がゆっくりと命蓮寺へと向かって行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま」

 

 「遅かったのぉ天子よ……これはこれは!こころお主、天子のことが気に入ったようじゃな」

 

 「うん」

 

 

 コクリと頷く。それを見ていたマミゾウはニヤニヤと悪戯じみた瞳が天子を見つめる。

 

 

 うわぁ……マミゾウさんの瞳が私に何か言いたそうにしている……これはろくでもないことに違いない。私の勘がそう言っている。

 

 

 「……なんですかマミゾウさん」

 

 「いやなに、何人の女子(おなご)を射止めるつもりなのかと思ってのぅ♪」

 

 

 揶揄われた。私はそういうつもりは全くないです!射止める気はないけど的に当たっちゃうだけなのよ!

 

 

 天子はマミゾウに抗議の視線を送るが全く相手にされなかった。クスクスとほくそ笑む姿がまさに狸だ。

 

 

 「……ねぇマミゾウ、聖はどこ?」

 

 「ん?聖なら……来よったわ」

 

 

 奥から天子とこころの元へと走って来たのは聖……ではなく神子であった。

 

 

 「天子殿!今まで私を置いてどこへ行っていたのですか!?それにこころ殿も来ていたのでしたら声をかけてほしかったです!私はどれほど寂しい思いをしたか……!」

 

 

 干乾びた状態から復活した神子だったが天子は既におらず、先ほどまでこころが命蓮寺に来ておりながら自分に会いに来てくれなかったことが不満だったらしい。ワンワンと不満を口にする神子は傍から見ればただの子供に見えた。

 

 

 「神子さん、もうそれぐらいにしましょう」

 

 「ひじりぃ……ん?……………………?!」

 

 

 聖も神子に遅れてやってきた。だがその姿を見た全員がギョッとした。何やら血が飛び散った形跡があった……出血だが聖のものではなく返り血であることが見て取れる……ニコニコと笑顔で振舞う聖に天子達の表情が固まるがいつの間にか傍にいたぬえが耳打ちしてくれた。

 先ほどまでどうやらお仕置きしていたらしい……それを聞いて天子とマミゾウは納得した。こころと神子だけは事情を知らないので聖から自然と距離が遠くなっていく。

 

 

 おお村紗よ、一輪よ、しんでしまうとはなさけない。

 きっとあの二人は無事なんだろうけど……聖は一体どんなお仕置きをしたの……?私も最近衣玖達と()()()()()()お話したから大体想像がつくけど……いや、想像したくないわね。どちらにせよ二人にはこの念仏を送っておこう……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……

 

 

 「すみません天子さん、少し村紗と一輪と話し込んでいまして……こころちゃんの面倒を見てもらったとか」

 

 「いや、私がこころちゃんの力になってあげたくてここに来たのだから何も問題はない」

 

 「天子さん……ありがとうございます」

 

 「ふぉふぉふぉ!やはり天子に頼んでよかったのぉ。こころよ、どうじゃった?」

 

 「楽しかった!」

 

 

 こころの面が福の神にすり替わる。福の神は喜んでいる証拠だ。どこから出したかわからない扇子を手に持ち喜びを表そうとクルリと回転したりして表現した。そんな姿を見ていると皆、自然と心が癒されるような気がした。そんな時、こころのポケットからポトリと何か落ちた。

 

 

 「なんだこれ?」

 

 

 ぬえが拾ったのは紙風船(かみふうせん)だ。天子が道具屋でこころに買ってあげたもの……ぬえの手に紙風船(かみふうせん)が握られているのを見てこころが自慢するように言った。

 

 

 「それ……天子が買ってくれたの!」

 

 「ふ~ん天子がね……えっ?」

 

 「「「えっ!?」」」

 

 

 全員こころに驚いた。何故驚くのかとこころは疑問に思った。

 

 

 「どうしたのだ?」

 

 「こ、こころ……お主……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――笑っておるぞ!」

 

 

 こころは初めて笑えていた。

 

 



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東方輝針城 反逆者編
63話 反逆の狼煙を上げよ


遂に新たな異変の序章の始まりです。


それでは……


本編どうぞ!




 ガサゴソ……

 

 

 何かをあさる音がする。

 

 

 「クソッ!ここにもねぇ……!」

 

 

 誰かが苛立った声を出す。

 

 

 人里離れた森の中、そこにポツンと佇む小屋の中に誰か居た。

 

 

 「どこだ……ここにあるはずなんだが……」

 

 

 ガサゴソガサゴソ……

 

 

 その誰かは何かを探しているようだ。

 

 

 「どこだ……どこだ……っ!」

 

 

 その誰かは一つの()()を見つけ、それを素早く手に取った。

 

 

 「見つけた……ようやく見つけたぞ!」

 

 

 それを強く握りしめて立ち上がり、小屋の戸に手をつけた。勢いよく戸が開かれその姿が太陽に照らされた。

 

 

 「遂に時は来た!下克上の時がな!!」

 

 

 太陽に照らされたのは小さな角を生やした少女だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こんにちはこころさん」

 

 「こんにちは……初めまして私が秦こころ……です」

 

 

 天子は衣玖と共に地上へと遊びに来ていた。それも命蓮寺にである。こころが感情を初めて表してから度々天子はこころの様子を見るために訪れていた。そんなに心配する天子を見かねて衣玖も付きそう形でついてきたのだ。衣玖もこころには興味があり、前に博麗神社で行われた能楽を堪能した際に美しい踊りを評価した。しかしそれだけではない。天子がそこまで気にする存在を放って置くわけもなく、視察に来たと言う訳だ。しかし衣玖の心配も杞憂に終わった。恋の波動を感じるのではなく、兄妹のような空気の変化を感じた。こころは天子に恋愛感情を抱いてはいないとわかった衣玖は内心少しホッとしていたりする。

 

 

 「ん?なんだ天子か」

 

 「ぬえ元気にしていたか?」

 

 「私は元気だ。またこころに会いに来たのよ……心配性だね。やっぱりこころが子供だから?」

 

 「私は子供じゃないぞー!」

 

 

 ぷんすかと怒る無表情のこころは全く怖くない。こころが初めて感情を表に出せた後は命蓮寺全員(村紗と一輪はお仕置きで存在せず)が歓喜余ってお祝いした。そのせいで天子の帰りが遅くなって衣玖にこっぴどく怒られたのはいい思い出らしい。何がきっかけかはわからないが、こころが感情を表に出せたのは事実であるために、こころはもう一度感情を出そうと頑張ったが成果は出なかった。そのおかげで落ち込むことが多くなったことを知った天子は心配になり、度々こころを訪れるようになったのである。

 

 

 「それに……天子が言っていた衣玖ってあんたのこと?」

 

 「はい、封獣ぬえさんですね?天子様からお話はお伺いしています。どうぞよろしくお願いしますね」

 

 

 ぬえは感じ取った。衣玖と言う女は聖のように怒らせたらダメなタイプだと……聖とよく似ていると。恐る恐る緊張しつつ握手をし、安全のため衣玖から距離を取った。

 

 

 「ふふふ……それではこころ殿、私と天子殿と共に人里を出歩きましょうか♪」

 

 「……神子、何故ここに?」

 

 

 天子の付き添いは衣玖だけではない……神子もまた天子が訪れる日に限って命蓮寺を訪れる。しかも何度もであるのだ。神子いわく「これは私と天子殿が赤い糸で結ばれた証拠なのです!」っと言っていたが、ここまで偶然が重なると疑わしいものである。

 

 

 「またまた天子殿は、わかっているでしょう?私と天子殿は赤い糸で結ばれている証拠だと言ったでしょう♪」

 

 「ぺッ!」

 

 「ちょっと衣玖殿、今の反応は流石にカチンと来ましたよ!」

 

 「なんのことでしょうかミミズクさん?また被害妄想ですか?」

 

 「とぼけないでください!たった今、私に対して唾を吐いたでしょう!」

 

 「さぁ?ミミズクさんもしかして酔ってます?酔い覚ましに電撃でも浴びます?」

 

 「おのれぇ……!」

 

 

 衣玖と神子が睨みを利かせている間に聖が星を連れて出迎えてくれた。

 

 

 「天子さん、今日もこころちゃんをよろしくお願いします」

 

 「私からもお願いしますね」

 

 「聖、星、こころちゃんを借りていくぞ」

 

 「いってきます」

 

 

 こころは天子の手を握りしめて人里へと歩み出した。

 

 

 「――はっ!?天子様と自然に手を繋いでいる!?ちょっと待ってください天子様ー!!」

 

 「こころ殿ばかりずるいです!私も天子殿と手を繋ぎたいですー!!」

 

 「……神子様はあんな感じでしたか?」

 

 「話によると、昔は今とはだいぶ違ったようだよ」

 

 

 星が疑問に思うのも無理はない。ぬえも話で聞いた程度しか神子のことをよくわかっていない。いつもは人々のために教えを説き、導くカリスマ的存在だと多くの者に思われているが、天子の前では人が変わったように豹変する……いい意味でも悪い意味でも。

 

 

 「星、ぬえ、人も妖怪も仙人もみんな変われるものです。神子さんは辛い人生を送って来ましたが、今ではすっかりこの幻想郷の一員です。天子さんに出会い、新たな道を歩んでいるのです。私達は見守っていきましょう」

 

 

 彼女の過去を知っている聖はそんな神子に温かい目で見つめているのであった。

 

 

 ------------------

 

 

 ……はぁ……こころちゃん癒されるわぁ……♪

 

 

 私はこころちゃんと衣玖に神子と四人で人里を歩いている。そして私は今、気分が浮いている……それは傍にこころちゃんが居るからだ。別に変な意味などない、ただこころちゃんには私を癒してくれるのだ。こころちゃんは外見は大人だが、中身は子供っぽくて色々と教えることがあって大変だ。でも教えているとこころちゃんが見せる(表情には現れないが)純粋な喜びや楽しさを見ていると私の心が温まるの。わかるかしらこの気持ち?私の汚い心が純粋なこころちゃんによって浄化される……無垢な姿程見ていると温かさがそこから湧き上がってくるような気分になるの。それにこころちゃんと歩いていると大きな妹と一緒にいるみたいでいいのよ。

 

 

 あの一件以来こころちゃんが何かと頼りにしてくれるようになった。困ったこととか悩みがあれば私に相談に来るようになって、今ではいい関係を気づいている。恋愛的感情を向けられていることはない、頼れる兄様的な感じだと思っているようだ。初め衣玖の目が冷たかったけど、それがわかった今では温かい瞳で安心だ(こころちゃんの身の安全が)

 こころちゃんはあの一件以来、表に感情が現れてはいない。こころちゃんがそれで落ち込んでいると聞いた日は寝付けなかった……それぐらいに最近こころちゃんのことが気になっています。こころちゃんにもお友達ができるようにきっかけを与えてあげないといけないわね。

 

 

 などと思って歩いていると建物の影から勢いよく何かが飛び出てきた。

 

 

 「おどろけー!!」

 

 「「「……」」」

 

 「おおー驚いたー!」

 

 

 【多々良小傘

 水色のショートボブに大きな唐傘を持った少女の姿で傘の色は紫。右目が水色で左目が赤のオッドアイ。水色のミニスカートに、素足に下駄姿。上は白の長そでシャツに水色のベストのようなものを着用している。

 唐傘お化けで、元々はただの忘れ傘だったが、ナスのようと言われる程不気味な紫色をしていたため不人気で誰にも拾われず、雨風に飛ばされているうちに妖怪になった。人を驚かし、それで腹を満たすタイプの妖怪だが、誰にも驚いてくれず、驚かし方も下手なので空腹で嘆いていることが多々ある。

 

 

 建物の影からいきなり姿を現したものの、可愛らしい女の子が舌を出して驚かせる古典的な方法ではこの幻想郷で生きている者達は驚いてもくれはしない。天子達もそうだが、こころだけは驚いた様子だったが、当然無表情のままであった。それを見て驚いていないと思い込んだ小傘は次第に元気がなくなり落ち込んでしまった。

 

 

 「うぅ……やっぱりわきちは……人を驚かせるセンスがないんだ……」

 

 

 シュンシュンとその場に力無くうずくまってしまう。

 

 

 あの……私こう見えても驚いたんですけど?いきなり建物の影から小傘ちゃんが現れたら驚くわよ……驚くよね?気を抜いて居たから小傘ちゃんが隠れていたなんて察知できてなかったから驚いたんだよ?ただ表に出て来なかっただけだからそんなに落ち込まないで小傘ちゃん!

 

 

 「小傘ちゃん、元気出すんだ。私は驚いたぞ?ほら、こころちゃんもこんなに驚いているだろ?」

 

 「うん、ビックリしたぞ」

 

 「(無表情で言われても)本当?」

 

 「ああ、本当だとも。それに衣玖も神子も驚いていた。そうだな衣玖?神子?」

 

 「えっ?そ、そうですね天子様!驚いてしまいました!」

 

 「あ、あっははは……天子殿のいう通り私も驚きましたよ!いやはや驚きました!」

 

 

 二人は慌てて、わざとらしい身振り手振りで驚きを表現する。

 

 

 衣玖と神子は絶対に驚いていない……さっき二人の目が冷めてたもん。けど、小傘ちゃんを元気づけるには二人にも協力してもらわないといけない。場の空気を読んでくれて合わせてくれた二人には感謝だ。

 

 

 天子の言葉を聞いて小傘はみるみるうちに元気を取り戻し……

 

 

 「なんだ驚いてくれてたんだ!あーあ、折角のチャンスを食べ損ねた……またひもじい思いをしないといけないのか……」

 

 「だったら飯を食わせてやる……天子の奢りだ」

 

 

 こころは胸を張って小傘に言い放つ。

 

 

 ちょっとこころちゃん、私の奢りって……まぁ別にいいんだけどね、お金はいっぱい持っているし問題はない。しかしこころちゃん私に相談もしないで決めつけるのは良くない。後でしっかりと言い聞かせてあげないと我が儘娘になっちゃう……最悪の場合、こころちゃんが不良にでもなったら……それだけはノーサンキュー。こころちゃんはいつまでも純粋じゃないと私泣いちゃう!

 

 

 「いいんですか……わきち初対面なのに?」

 

 「天子様、この子とは初対面なのですか?先ほど名前を仰っていたようですけど……」

 

 

 そうだったわ!つい名前を呼んじゃったけど小傘ちゃんとは今回が初対面だっけ。適当に誤魔化して知り合いから聞いたから知っていたとかで済まそう。

 

 

 「知り合いから話を聞いていてな、それで小傘ちゃんのことは知っていたわけなのだ」

 

 「そういうことでしたか」

 

 「天子、小傘に何か奢ってやってくれー」

 

 「ならばここはこころ殿の保護者である私が……」

 

 「嫌、知らない人から誘いは受けるなって聖が言っていた」

 

 「こ"こ"ろ"と"の"!!?」

 

 

 こころちゃん、神子を悲しませないであげてよ……泣いちゃったじゃないのよ……

 

 

 こころに拒絶されてわんわんと泣きわめく神子を(なだ)めながら、近くの団子屋に入る天子達……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……畜生……見つからねぇ……()()を扱える奴はどこに……!」

 

 

 頭巾を被り手には大事そうに何かが包まった風呂敷(ふろしき)を持っていた。

 

 

 グゥ~!

 

 

 腹の虫が鳴った。その人物は眉間にシワを寄せて唸る。

 

 

 「くぅ……!その前に腹ごしらえか……ケッ!あの店に立ち寄るか」

 

 

 近くの団子屋……天子達が入って行った店に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う~ん♪美味しかった♪」

 

 「中々うまかったな♪」

 

 

 小傘はたらっふく団子を頬張った完食した。口の周りにあんこがついても気にせずに満足した様子だった。こころの方も残さず団子を平らげていた。こころも小傘と同じく口の周りがあんこまみれになっていた。

 

 

 「小傘さん、口の周りに食べかすがついてますよ」

 

 「ありがとう衣玖さん」

 

 「こころ殿の方は私が取ってあげましょう」

 

 「気安く触るな」

 

 「あ"あ"あ"!こ"こ"ろ"と"の"!!?」

 

 「こころちゃん、流石に神子がかわいそうだから止めてあげような?それに店にも迷惑がかかる」

 

 「天子がそう言うならやめる」

 

 

 こころちゃんいわく神子をいじると面白い感情が自然と湧き上がる気になれるらしい。こころちゃんも神子を嫌っているわけじゃないみたいだけどちょっとドSなこころちゃんに将来不安です……

 小傘とは団子を食べていると色々とお話できた。こころちゃんと小傘も同じ付喪神なので意見が合う所があるらしく、会話が弾んでいた。紙風船(かみふうせん)を見せて自慢していたぐらいだ。小傘の方も楽しそうにしていたし、この時間の中でこころちゃんが仲良くなれる相手を見つけられて私は幸せだ。

 

 

 そんな平凡な時間を送っていた(神子以外)お腹も満腹になり、天子はお代を払うだけ……そんな時、天子はふっと視線が動いた。たった今、暖簾(のれん)を潜り、すぐ横を通り抜けた頭巾を被った人物に目がいった。その人物は周りを気にしているのか店の端っこに座り、視線を動かしている。

 そして目があった。相手の瞳は鋭くこちらを睨みつけてすぐに視線を逸らした。

 

 

 あれは……

 

 

 「どうしましたか天子様?」

 

 「……いや、なんでもない」

 

 「???」

 

 

 不思議がる衣玖をよそに天子は店を出る前にチラリと先ほどの人物を盗み見た。

 

 

 そこにはガツガツと団子を貪る頭巾を被った人物が映っていた……

 

 

 ------------------

 

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁあん!誰かたすけてぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」

 

 

 誰かを追い回す者がいた。

 

 

 追い回される誰かがいた。

 

 

 追い回す者は獣の姿をし、その鋭い眼光が狙いを定めていた。

 

 

 追われる者は必死に逃げて追いつかれないように足を動かしている。

 

 

 追い回す者が近づいてくる……追い回される者は必死に逃げていたが距離を詰められていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「にゃおおおおん♪」

 

 

 猫であった。黒猫がじゃれついていた。妖怪でもないただの野良猫であった。しかしそんな猫に追い回されている者がいるのかと疑問に思うが現にここにいた。 

 

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!?」

 

 

 悲鳴であった。目には涙を溜めて体はブルブルと震えてこの世の終わりかのような表情をしていた。その者は怯えていた……何故怯える必要があるのか、それはその者がとても小さかったのだ。

 

 

 【少名針妙丸

 薄紫色のショートヘアーにお椀を被っている。服装は赤色の和服で、足元は裸足。そして彼女の特徴がそのサイズである。一寸よりは大きいが、せいぜい少女の膝下に届くか届かないかという程度のサイズなのでとても小さいのである。

 種族は小人、誇り高き小人族の末裔と自称している。

 

 

 「にゃおん♪」

 

 「ひぃい!?た、たべないで……!」

 

 

 猫は食べる気など全くない。猫じゃらしを見つけたように遊ぼうと思っていたのだが、針妙丸からしてみたら恐怖以外のなにものでもない。人間に例えるならば巨大な野生の熊が甘えて近づいてきて人間が逃げ出すのと同じ状況だ。針妙丸は猫に懇願するが猫が言葉をわかるわけはない。ずいずいと猫の顔がすぐ傍にまで近づいてきた。

 

 

 「(わ、わたしここで食べられるんだ……!嫌だ死にたくない!誰か助けて!!!)」

 

 

 針妙丸は叶わぬ願いだと思いつつも願った。ここは人里からずっと離れた場所、誰もこんなところに来るわけはないと理解していたからだ。

 

 

 死ぬ……そう思った時だった。

 

 

 「ケッ!こんな野良猫にビビりやがって、ほらあっち行けよシッシ!」

 

 

 誰かの声だった。その声に驚いた猫は走り出して去ってしまった。奇跡が起こり助かった針妙丸は力が抜けたようにその場にへたり込む。

 

 

 「た、たすかった……」

 

 「野良猫にすら負けるとは……弱っちいな」

 

 「あ、あなたは……?」

 

 

 頭巾を被って顔はよくわからない。しかし助けてもらった相手だ。その相手に訪ねてみた……

 

 

 「ん?弱者を助ける、弱者の味方だよ。そうそう、姫を探していたんだよ」

 

 「えっ?姫……?」

 

 「そうだ、あんたは姫だよ」

 

 「私は姫なんかじゃ……」

 

 「姫になるんだよ。これから起こすことで下克上に成功したらあんたは立派な姫になるんだよ!」

 

 

 針妙丸は何を言っているのかわからなかった。命の恩人だが、正体さえ把握していない。下克上と言う言葉も意味がわからなくて何もかもが理解不能だった。

 

 

 「わかってねぇ顔だな?まぁ、仕方ないか。とりあえずこれを見ろ」

 

 

 頭巾を被った人物が手に持っていた風呂敷(ふろしき)を置いた。その結び目を解き中から出てきたのは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど!弱者が見捨てられてしまう……それが今の世の中なんだね!」

 

 「ええそうです姫!あなたの……小人である姫がこの【打ち出の小槌】を使って幻想郷をひっくり返すのです!」

 

 

 風呂敷(ふろしき)に包まれていたのは【打ち出の小槌】という代物であった。針妙丸は頭巾を被った人物から様々な説明を受けた。初めは理解できなかった針妙丸も次第に事の重大さが分かっていき、その胸に大志を抱いていた。弱者が見捨てられない世の中を作ると言う大志を。

 

 

 そんな針妙丸に対して盛大に両手を広げるポーズを取る。小さい針妙丸から見えた頭巾を被った人物は輝いて見えていた。

 

 

 「わかった!この針妙丸、幻想郷の為に頑張る!ありがとう……ええっと……名前……」

 

 「おっとそうでした。私としたことが名乗るのを忘れていましたね……」

 

 

 頭巾を払いとる。するとそこには小さな角が生えていた。

 

 

 【鬼人正邪

 黒髪に白と赤のメッシュが混在した頭に、小さな二本の角を持つ。瞳の色は赤色。服装は矢印がいくつも描かれた装飾がなされているワンピースのようなものに、腰には上下逆さになったリボンを付けている。足元は素足にサンダルを履いている。右腕にのみブレスレットを付けている。

 鬼のような見た目だが妖怪「天邪鬼」である。人が嫌がることを好み、人を喜ばせると自己嫌悪に陥り、人の命令は絶対に聞かない、得をしても見返りは与えない、嫌われると喜ぶという変わった妖怪である。

 

 

 「私は鬼人正邪……さあ、弱者が見捨てられない楽園を築くのだ!」

 

 

 弱者の弱者による弱者のための異変が始まろうとしていた……

 

 



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64話 今こそ下克上の時

それぞれ行動し始める幻想郷の住人達、今度の異変は一体どんなものなのか!?


それでは……


本編どうぞ!




 「がおぉおおおおおおお!!!」

 

 「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」

 

 「暴れたりねぇぞぉおおおおおお!!!」

 

 「お前ムカつく顔だなぁ!!!」

 

 「なんだとてめえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『マスタースパーク』!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「ぎゃぁあああああ!!?」」」」」

 

 「へっ!大したことのない連中だぜ。しかし妖怪達がそこら中で喧嘩したりしているな……」

 

 

 幻想郷中で妖怪達が暴れて騒ぎだす事件があちこちで起こっていた。魔理沙はここへ来るまでに何匹もの妖怪を撃退して来た。しかしその中には普段大人しくしている妖怪も混じっていていつもとは様子が違っていた。

 

 

 「これは……異変に違いないな!よし!この霧雨魔理沙様がちょちょいっと解決してやるか……霊夢も今頃動いてるだろうし、こういちゃいられないぜ!」

 

 

 魔理沙は異変を解決するためにまだ見ぬ首謀者を探して空に舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お嬢様、これより十六夜咲夜は異変解決のためお時間を頂きます」

 

 「ええ、気をつけてね咲夜」

 

 「はい、それでは行ってまいります」

 

 

 紅魔館を妖怪達が襲った。だが、レミリア達にとっては弱小な妖怪の集まりだった。赤子の手をひねるようなものだったが、打ち倒した妖怪に何故紅魔館を襲ったのかと問いただしたところ急に暴れたくなったなどと語った。そして襲われている所はここだけではないとの話だ。異変と断定したレミリアは咲夜に命を出し、命を受けた咲夜は異変の首謀者を探して紅魔館を出て行った。

 

 

 「レミィ、妖怪達の怪我は魔法で治療したわ」

 

 「ありがとうパチェ」

 

 「しかし良かったのかしら?仮にも冷静さを失っていたとはいえ、紅魔館を襲った連中の面倒をみるなんて」

 

 「いいのよ、彼らは気分が高揚していただけよ。責任は今回の首謀者よ……他人を使ってまで幻想郷中に混乱を招くなんて一体何を考えているのかしらね……不愉快な輩だわ」

 

 

 真紅の瞳が見えぬ異変の首謀者を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……これで何匹目よ……」

 

 

 博麗神社の前には無数の山盛りとなった妖怪達……死んでいなさそうだが、ボロボロの紙屑のように捨てられていた。勿論これをやっつけたのは霊夢一人だ。

 

 

 「おおー!霊夢にかかれば大したこと無いな。いや、こいつら元々弱っちいから私なんか小指一本で戦っても話にならないぞ」

 

 

 この光景を縁側で片手に伊吹瓢を持ち酒を口に運んでいる鬼の萃香。

 

 

 「萃香、あんたも手伝いなさいよ!」

 

 「ええ~やだ~!」

 

 「タダ飯食ってゴロゴロしているのに恩の一つも返しなさいよ!」

 

 「霊夢一人で十分だろ?」

 

 「私はこれからこんな面倒な異変を起こした奴をとっちめに行くのよ!その間、あんたはここを守ってなさい」

 

 「めんどうだなぁ~」

 

 「……天子に言い付けて恩も返さない鬼と縁を切った方がいいって説得しようかしらね……」

 

 「天子の話を出すなよ卑怯だぞ!!」

 

 「うっさいわね!ほら……こうしている間にまたバカな連中がやってきたじゃないの!もう私は行くから死なないように痛めつけなさい。博麗神社に傷が一つでもついたら萃香、容赦しないわよ!」

 

 「ああんもう!わかったよ!こうなったらお前らにこの怒りぶつけてやるぅうう!!!」

 

 

 鬼の鉄拳が哀れな妖怪達に命中して吹っ飛んでいった。霊夢は博麗神社を萃香に任せて面倒な異変を起こした首謀者を探しに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして幻想郷中に突如起きた出来事……暴れる妖怪達、勝手に道具が動き出していることも確認された。一体何が起こっているのだろうか……

 次第に不安の雲が空を覆い始め、強い風に軋む巨大建造物の音までも聞こえてくる。霊夢達にも、暴れている妖怪達にも何が起こっているのか判らない……

 

 

 ただ一つ言えることは、新たな異変が始まったということである。

 

 

 ------------------

 

 

 「二人ともお待ちどう」

 

 

 人里の団子屋前で三色団子が乗った皿が置かれた。

 

 

 「ありがとうおばちゃん」

 

 「良いのよ小傘ちゃん、お友達の子もありがとうね。おばちゃん助かっちゃった」

 

 「ううん……大したことしていない」

 

 

 団子屋のおばちゃんとお話しているのは小傘とこころだった。

 天子達と以前人里へ立ち寄った時に小傘と出会い、付喪神同士仲良くなってぶらぶらしていたところ、重い荷物を辛そうに持ち運んでいる団子屋のおばちゃんを見つけて手伝ってあげたことで今に至る。

 

 

 「謙虚ねぇ、遠慮せずに食べていってね。これはお礼だから」

 

 

 三色団子以外にもお茶まで付けてもらえた。おばちゃんは仕事があるからと言って店内に戻って行った。

 

 

 「やったねこころ!こんなにお団子食べれるよ!」

 

 「私はこれで満足できるぞ!」

 

 

 こころは喜び団子を一つ手に取り、口に運ぶ。

 

 

 「むぐむぐ……っ!?うまい♪」

 

 

 ピースサインで喜びを表す。周りに浮かぶ能面も踊りを踊っているかのように舞っていた。

 

 

 「それじゃ私も……」

 

 

 小傘も団子を手に取ろうとした時……

 

 

 ヒョイッ!

 

 

 団子が独りでに小傘の手から逃れた。

 

 

 「うぇ?」

 

 

 唖然とする小傘の前で宙に浮いた皿から一つ……また一つと串に刺さった団子が消えていく。その光景に小傘の表情に血の気が引いていく。

 

 

 「ひぃ!お、おばけだ!!?」

 

 

 飛び跳ねて地面に転がってしまう。尻もちを着くがそれどころではない。小傘は目に見えぬお化けを怖がっていたが、こんな真昼間から人通りの多い人里でお化けなど出るだろうか?白玉楼の幽霊は知らぬが……

 しかし打って変わってそれに対し、こころは無表情のまま団子を見つめていた。

 

 

 「こ、こころ……そ、そこに居たらお化けにた、たべられる……!」

 

 「ううん……これはお化けじゃない」

 

 「うぇ?で、でも勝手に団子が……」

 

 「居るのはわかっているぞ……宿敵」

 

 「……えっ?」

 

 

 こころがそう言うと小傘の視界に変化が生じた。段々と色が浮き上がって行く……浮き上がり少女の姿がそこに現れた。

 

 

 「出たお化け!!?」

 

 

 その少女を指さしてワーワーと騒ぐ。しかしその少女は不服と言うばかり頬を膨らませた……違う、団子が口の中で膨らんでいた。

 

 

 「むぐうぐむぶむぐうぅ!!」

 

 「宿敵、食べてから喋らないとわからん」

 

 「むぐむぐ……ゴクンッ!う~美味しかった♪」

 

 「へっ?えっ……おばけじゃないの?」

 

 「お化けなんかじゃないよ!私は古明地こいしだよ!」

 

 

 小傘がお化けだと思っていた正体はこいしだった。地底からまた抜け出して地上へと遊びに来ていたのだ。

 

 

 「宿敵、今日こそお前を倒してやる」

 

 

 こころは薙刀を構えてこいしに詰め寄る。

 

 

 「待って待って!今日は戦いに来たんじゃないよ!」

 

 「……じゃ何しに来た?それよりも団子返せ」

 

 「団子食べちゃった。無意識だから仕方ないでしょ?」

 

 「あっ、わちきの団子……」

 

 

 こいしの手元にあった皿には串しか置かれていなかった。団子を食べられてこころは怒りに燃えているようで面が般若(はんにゃ)(怒りの面)になっていた。

 

 

 「絶対に許さん!食べ物の恨み!覚悟……!」

 

 「うわわぁ!?」

 

 

 こころの薙刀がこいしを襲う……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ――っかに思えたその時、遠くの方で悲鳴があがった。こころ達も何事かと動きが止まり、悲鳴が上がったその声に周りの人々も何事かと狼狽え始めた。

 

 

 「い、いったいどうしたの……?」

 

 「遅かったか……」

 

 「宿敵、どういうことだ?」

 

 

 構えを解くこころ、何が何だかわからない様子の小傘……そんな二人に対してこいしは何故ここに居るのか語り始めた。

 

 

 「聞いて、私がここに来たのは外で起こっている異変を伝えようと思ってやってきたの」

 

 「異変?」

 

 「異変が起こっているのか宿敵?」

 

 「うん、至る所で妖怪が暴れているよ。それと……」

 

 

 こいし達が話していると路地裏から逃げて来た一人の男が言い放った。

 

 

 「た、たいへんだ!!道具が勝手に動き出して襲ってきやがった!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あの人の言った通りのことが起きているの」

 

 

 妖怪が暴れ、動かないはずの道具が動いて所構わずに襲っている……これは明らかな異変だった。

 

 

 「もしかしてわきち達のような付喪神が暴れているの!?」

 

 「そうみたいだな」

 

 

 子供の手を引っ張って駆けだす母親、店を閉め始める亭主、自警団の若者など人里の人々は混乱し始めていた。被害はほとんどないようだが、放って置くのは得策ではないだろう。

 

 

 「ふむ、私の出番のようだ」

 

 「こ、こころ……どうするつもり?」

 

 「私がこの異変を解決してやるんだ」

 

 「えっ!?こ、こころが……!!?」

 

 「そうだ、天子だって異変を解決したことがあるって言っていたんだ。私も天子のように異変解決して褒めてもらうんだ。それに同じ付喪神ならば私達の話を聞いてくれるかもしれないしな」

 

 

 やる気に満ち溢れた無表情がふんすっと鼻息を鳴らす。不安に駆られていた小傘はこころの物動じぬ態度に僅かながら安心感を与えた。

 人里が混乱する中、先ほどの団子屋のおばちゃんが店先に駆け出して来た。

 

 

 「二人共まだ居たのかい!?ここは危ないから店にお入り!」

 

 「いえ、大丈夫」

 

 おばちゃんが店の中に入るよう促すが、こころは断った。

 

 

 「私達なら大丈夫。それに二人じゃないから……いくぞ小傘、宿敵もついてこい」

 

 「うん♪あっ、そうだ……団子美味しかったよ!」

 

 「わ、わちきも行くの!?そ、それじゃおばちゃん団子ありがとう!(食べられなかったけど)」

 

 「あっ……ちょっと!」

 

 

 奇妙な3人組が霊夢達の知らないところで異変解決へと乗り出した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子様、ここにもサインをお願いします」

 

 「うむ、わかった」

 

 

 天子は仕事で忙しかった。結婚式を挙げてみたいと言う天人が続出したのだ。なんでももう一度味わってみたいなど若かりし頃の思い出に浸りたいという要望が出たのだ。他にも結婚式自体に興味がある、天子様と結婚練習してみたいなどの要望もあった(後者は天子に届く前に衣玖が()()に処理した)

 そして今はその要望の受諾の許可書にサインしているところである。

 

 

 「ふぅ……まさか皆が結婚式に興味を持つなんて思わなかったぞ」

 

 「そうですね。既に結婚している方ももう一度挙げてみたいと申し出がこんなに……」

 

 「ある意味異変だな」

 

 

 そうしみじみ感じていると時計が昼時を示していた。

 

 

 「こんな時間か、どうだ衣玖、一緒に食事でも行かないか?」

 

 「是非!」

 

 「(あっ、そういえば団子屋であったあの子……)」

 

 

 ふっと天子は思い出した。衣玖とこころと共に人里へ出向いて小傘に奢ってあげた時のこと……頭巾を被った人物を目撃した時の記憶が呼び覚まされた。

 

 

 「(そろそろ異変を起こす頃かなぁ……原作通りかそれとも……)」

 

 「どうかなさいましたか天子様?」

 

 「いや、なんでもないぞ(時間がある時に地上へ足を運んでみるか)」

 

 

 ------------------

 

 

 「姫、この調子ですよ」

 

 

 針妙丸の打ち出の小槌が光を発する。小槌は針妙丸の願いを受けて、針妙丸を大きく強く変化させた。体のサイズが大きくなっており、今の針妙丸の姿は小人とは言えない程であった。そしてただの道具を付喪神に変え、力を与えていた。しかし一方意図せず洩れ出した魔力が無関係の妖怪達を凶暴化させていたことなど彼女はこの時知る由もしなかった……

 

 

 「うん!このまま行けば幻想郷を悪しき強者から解放されるのよね?」

 

 「ええ、その通りです!そして悪しき強者から鎖に繋がれた弱者達を救い出し、弱者のための幻想郷を作り上げるのです姫!!」

 

 「う、うん……そうなんだけど……」

 

 

 歯切れが悪い針妙丸の様子に首を傾げる正邪。

 

 

 なんだ?もしやこいつ……私の嘘がバレたか?いや、まだ大丈夫なはずだ。もしバレたならば……

 

 

 後ろに隠した右手の爪に鋭さが増す。正邪の瞳が冷たく針妙丸を映し出す……

 

 

 「どうしました姫?何か困りごとでも……」

 

 「うん……ねぇ、正邪……」

 

 「……なんでしょうか姫……」

 

 

 針妙丸に顔を近づける。気づかれないようにそっと右手で狙いを定めて……!

 

 

 「その姫って言うの……止めてほしいな思って」

 

 「……はっ?」

 

 

 意外な答えに正邪は固まってしまった。

 

 

 「私ってただの小人族の末裔ってなだけで……姫なんて大それた存在じゃないし、正邪が居ないと私は何もできない……打ち出の小槌のことも正邪から聞かされて初めて使い方を知ったし、自分が生きていた幻想郷が弱者が虐げられていたなんて知らなかったもん」

 

 

 弱者が虐げられている幻想郷を救うべく針妙丸は立ち上がった。しかしそれは正邪が針妙丸を利用するための偽りであったが、それを当の本人は知らずにいる。騙されていると知らない針妙丸……彼女は正邪に感謝していた。命を助けてもらったことだけでなく、打ち出の小槌と言う代物の使い方も正邪から教わったもの。正邪が針妙丸の前に現れなければ彼女は何も知らぬままこの幻想郷のどこかで散って行っていただろう。しかしそうはならなかった。正邪が現れたことで針妙丸は強者に立ち向かう勇気をもらい、こうして弱者のために異変を起こしたのだ。

 

 

 「そんな私が姫呼ばわりされるなんて……合わないなって思っちゃって」

 

 

 なんだこいつ……そんなどうでもいいこと考えていたのかよ……

 

 

 正邪は警戒して損した気分だった。

 

 

 ケッ!反吐が出るぜ!!

 

 

 内心唾を吐いていた。それは目の前にいる元々は小さな豆粒程度の存在に気を張るなどどうかしていたと思った自分に対してとちっぽけなどうでもいいことを気にする針妙丸に対して向けられていた。

 

 

 「そんなことないですよ。私は姫がその器に相応しいと思っているのですから」

 

 「でも正邪……私は……」

 

 「今はその気じゃなくてもこの異変が終わったらあなたは本物の姫になるのです。幻想郷を救った英雄としてね……」

 

 「英雄……私が……」

 

 「ええ、そうですよ」

 

 「……うん!正邪、変なこと言ってごめん。私、正邪の言う姫に相応しい存在になるように頑張るから!」

 

 「ええ、その意気ですよ!」

 

 

 ククク……せいぜい私のために頑張ってくれよ……お・ひ・め・さ・ま♪

 

 

 影に隠れた笑みは誰の目にも映ることもなく、天邪鬼の企みはまだ影に潜んでいる……

 



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65話 双天の出会い

流血表現、暴力表現あり注意です!


それでは……


本編どうぞ!




 ここは何もかも逆さの場所……城ではあるが、空に浮かび、天と地が逆さとなっていた。その城の名は【輝針城】逆さなので天守閣からは幻想郷を見下ろせる絶景となっている。そしてその城には少名針妙丸と鬼人正邪の拠点になっていた。

  薄暗く、壁は赤色で染まっており、障子や屏風が金色に輝き、畳には白く光る灯篭が置かれている。豪華そうな城の内装をしているが、逆さ城であるため床は天井にある。そんな内装など気にも留めず、針妙丸と正邪は着々と異変を引き起こしていた。

 

 

 「姫もう少しですよ!」

 

 「うん!あともう少しで弱者が見捨てられない幻想郷に変わるんだ!」

 

 「そうですそうですよ姫!」

 

 

 小槌の魔力を使って願いを叶えていく。もうすぐで下克上の世界という大きな願いを叶えられる……弱きものが見捨てられない世界へと変えることができることに喜びを感じていた針妙丸……傍に居る天邪鬼はケタケタと笑みを浮かべていることに気づかないまま……

 

 

 「(ケケッ!バカな奴だな、利用されているとも知らないでよ♪使うだけ使って後はこいつをそこら辺の犬か猫にでも与えてやればこの幻想郷はこの鬼人正邪様の物だ♪)」

 

 

 野望を叶えてくれる針妙丸を馬鹿にしながらまだかまだかと待っていた。すると針妙丸が何かに気づいて小槌を使うのを止めてしまった。

 

 

 「姫?一体どうしたのですか?(なんで止めちまうんだよ!?)」

 

 

 表向きでは針妙丸を心配しているように装うが、内面では舌打ちをしていた。

 

 

 「アレ見て!誰か居る!」

 

 「――なに!?」

 

 

 正邪は慌てて針妙丸が指さす方向へと視線を凝らす。そこには巫女装束に身を包む一人の少女がいた。

 

 

 「(あれは博麗の巫女!?ケッ!来ることはわかっていたが、あと一歩のところで現れるとは……だが、あいつこっちに気づいていなさそうだな。こいつが小槌を使いきるまで何としても時間を稼がないと私の計画は全て水の泡だ。そうはさせるかよ!)」

 

 

 正邪は何としても針妙丸に小槌を使わせようと考えた。

 

 

 「(そうだ!)姫、あれは八雲紫の手先である博麗の巫女でございます!」

 

 「博麗の巫女……確か聞いたことがある。妖怪を退治するいい人って」

 

 「いいえ違います。表向きにはそう伝えられていますが、真実は違うのです。八雲紫と言う幻想郷を支配している妖怪に付き従うのが博麗の巫女、そしてその博麗の巫女は八雲紫の邪魔となる妖怪を排除しているのです!人間ながら悪しき妖怪の手先が博麗の巫女なのです!」

 

 「で、でも排除って私達悪い事してないよ!」

 

 「そうです。それが八雲紫が望まない事……弱者が救われることなど八雲紫は望んでいないのです。奴めは弱い妖怪を快楽で始末して遊んでいるのです。それを実行するのが博麗の巫女……そして始末されるその様子を遠くの空間から嘲笑っているのが八雲紫と言う悪しき妖怪なのですよ!」

 

 「――なっ!?なんて身勝手な奴なの!!」

 

 

 針妙丸は正邪の話を聞いて八雲紫と言う名の妖怪に腹を立てた。しかしこれは正邪のでっち上げ、妖怪の賢者と博麗の巫女が仲間であることを針妙丸の頭に植え付けるための嘘であった。

 

 

 「姫!私が時間を稼ぎます。その間に姫は小槌を使って弱者が見捨てられない世の中に変えてください!」

 

 「正邪が危険だよ!?」

 

 「私なら大丈夫です。姫が必ず願いを叶えてくれると信じていますから」

 

 「正邪……」

 

 

 正邪の言葉にグッと胸が締め付けられた。そして針妙丸は決意する。

 

 

 「うん!小槌を使えるのは私だけ……弱者のために、正邪の思いを無駄にしない!私は願いを叶えてみせる!」

 

 「そうです姫!さっ!早く小槌に願い続けるのです!」

 

 「うん!」

 

 

 針妙丸は再び小槌を使い始めた。正邪はそれを確認し、背を向けて歩き出した。

 

 

 「――正邪!」

 

 

 針妙丸の呼びかけに正邪は振り返る。

 

 

 「気をつけてね……」

 

 「……ええ!」

 

 

 親指を立ててその場を後にした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ば~か!!

 

 

 舌を出してアッカンベーのポーズを取る。

 

 

 「ケケケッ!まんまと騙されやがって!本当のバカだぜあいつ!ぎゃははははは!!おかしくって腹痛いわ~♪」

 

 

 腹を抱えて笑い声が響き渡る。騙されているとも知らずに針妙丸は正邪を信用した。それがおかしくておかしくて笑いが堪えられなかった。

 

 

 「あひぃ!あひぃいひぃ!もう傑作だ!こんなに利用しやすいだなんて……小人って言うのは脳みその中身も小人サイズだったってわけかよ!ぎゃははははは!!!」

 

 

 正邪はひとしきり笑った後、肩で息をしながらも次の行動に出る。

 

 

 「ふぅ笑った笑った……笑えたが……ケッ!あのバカが小槌を使い終わるまで何としても博麗の巫女から守らねぇとな。はぁ……面倒くせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あんたが今回の黒幕でしょ!白状しなさい!!」

 

 「ち、ちがう!喧嘩を売ったのは私達だけど私達じゃないの!」

 

 「そ、そう!ただ調子に乗っていただけなの!」

 

 

 霊夢に胸ぐらを掴まれて脅迫されている哀れな付喪神が二人……恐怖で顔を真っ青にしながら弁解をしていた。

 

 

 【九十九弁々

 髪は薄い青紫色で、ショートヘアと長い二つ結びを組み合わせたような髪型をしている。瞳の色は紫色で、葉付きの白い花の髪飾りを付けている。服装は薄い黄褐色のワンピースを白の長袖シャツの上に重ね着しており、足元は裸足である。

  琵琶の付喪神で、九十九姉妹である九十九八橋のお姉さん。姉妹なのだが、実は同時期に付喪神になっただけで、血の繋がりはない。しかし仲は本物の姉妹のように良い。

 

 

 【九十九八橋

 茶色のショートヘアにカチューシャを付けている。瞳の色は髪と同色で、服装は薄紫色のラインの入った白い上着に、紫のリボンや模様が付いた黒いスカートで、要所にジグザグ状の装飾がなされている。足元は裸足である。

  お琴の付喪神で、九十九姉妹である九十九の弁々の妹。二人の絆は固く、お互いに大事な存在である。

 

 

 「じゃ誰よ!こんな面倒な異変を起こしたのは!!」

 

 「し、しらない……!」

 

 「嘘つくじゃない!張り倒すわよ!!」

 

 「弁々姉さんは嘘なんてついてないよ!本当だよ~!!」

 

 

 霊夢の鋭い瞳が二人を睨みつける。今にもちびってしまいそうになりながらも意識をしっかりと保っているのがやっとの九十九姉妹。

 霊夢は不機嫌だった。のんびりとした一日を過ごすはずが、博麗神社に押し寄せた妖怪達によって見事に打ち砕かれた。今の博麗神社は萃香が守っているので問題ないが、下手をしたら博麗神社が潰される結果になる可能性もあった。次から次へと押し寄せる妖怪達を退治するよりも異変の黒幕を見つけ出して叩きのめすことにした。しかしまだ見つかっていない……次第に霊夢の機嫌が悪くなり、九十九姉妹に怒りの矛先を向ける始末であった。

 そんな不機嫌な霊夢が睨みつけている……恐ろしくなり瞳に薄っすらと涙が溜まっていく。そして霊夢はため息をついて胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 

 

 「ゲホゲホッ!」

 

 「弁々姉さん大丈夫!?」

 

 「だ、だいじょうぶよ……ゲホッ!」

 

 

 胸ぐらを掴まれていた弁々はむせ返ってしまう。

 

 

 「――ったく、どうやら本当のようね。ほら、もうあんた達には用はないからさっさとどっか行きなさい」

 

 「「は、はい!!」」

 

 

 ピューッ!と音を立ててその場を逃げ出した九十九姉妹。だが、これでまた振り出しに戻ってしまった。霊夢はまだ見える黒幕に苛立ちを募らせていた。そんな時だ……霊夢の元へとやってくる二つの影……魔理沙と咲夜であった。

 

 

 「霊夢こんなところに居たのか」

 

 「魔理沙と咲夜じゃない……あんた達も異変を解決しに来たのね」

 

 「当たり前だろ?ちなみに私は(バカ)と人魚を退治して来たぜ」

 

 「私の方は頭が取れる珍しい妖怪とオオカミさんでしたわ」

 

 「チルノと……後は知らない奴らね。まぁ、どうでもいいわよ。そんなことよりもこっちは早く黒幕を見つけ出さないといけないのよ!」

 

 「機嫌が良くないようね霊夢」

 

 「当たり前よ!のんびり過ごそうとしたら博麗神社に妖怪共が押し寄せるわ、異変を起こした黒幕はまだ見つからない……ああもう!見つけ出してギッタンギッタンのボッコボコの血祭りにあげてやるわ!」

 

 

 霊夢は地団駄を踏んだ。空に浮かんでいるのに衝撃が体中に伝わってくるのはそれだけイライラが募っていることを示していた。

 

 

 「霊夢を怒らせると怖いからな……今回の異変の黒幕はかわいそうなことになりそうだぜ」

 

 「ホントね」

 

 

 魔理沙と咲夜は相手側に同情した。こうなった霊夢はとことん退治することを知っている二人には事の結末が容易に想像できる。

 そんな時だった。

 

 

 「ん?お、おい!霊夢、咲夜あれを見てみろよ!」

 

 

 魔理沙が指さした先を目で追っていく。するとそこには先ほどまで気がつかなかった逆転した城が空に浮かんでいた。

 

 

 「……城?でしょうか?」

 

 「咲夜、あれは城にしか見えないでしょ。それにしてもあんなものは前までなかったし……あそこに今回の黒幕がいるわ!」

 

 「霊夢、どうしてわかる?」

 

 「勘よ、勘!」

 

 

 霊夢の博麗の巫女としての勘があそこに黒幕がいると伝えていた。

 

 

 「勘ね……ですがあのような奇抜な建築物に何かあるのは間違いないようね」

 

 「そうだぜ!それに霊夢の勘はよく当たるからな、そうと決まればあの逆さ城目指して行くぜ!」

 

 

 魔理沙が一番乗りしようと前に出たその時、霊夢の勘が何かを察した。

 

 

 「魔理沙避けなさい!」

 

 「えっ?うぉ!?」

 

 

 魔理沙は向かって来る何かを咄嗟に避けた。

 

 

 「弾幕……一体誰だよ!宣言もせずにいきなり放ちやがったのは!?」

 

 「これはこれは……申し訳ありません。あまりにも隙が多すぎたので……」

 

 

 地上の木々からふわりと浮かぶ影が魔理沙達の前に現れた。

 

 

 「あんたが今回の黒幕かしら?」

 

 「ふっふっふっ……さぁ?それはどうでしょうかね?(勘のいい巫女だな、こいつは始末しないと後々面倒なことになりそうだ)」

 

 

 霊夢に対して内心舌打ちをして博麗の巫女の面倒さを改めて実感する。そして今の状況に唇を噛みしめる。先ほどまでは博麗の巫女一人だったのに今では白黒の魔法使いとメイドまで加わっていた。

 1対3と言う圧倒的不利な状況……だが、ここで逃げてしまったら今までやってきたことが無駄になる。小槌で願いさえ叶えてしまえば後はどうとでもなるのだから……

 

 

 「まぁ、どうでもいいわね。ぶちのめせば同じことだし」

 

 「霊夢、あなたって巫女じゃなく野蛮人に見えるわよ?」

 

 「うるさいわよ咲夜、私が今とても不機嫌なの知っているでしょ」

 

 「待て霊夢、ここは私がやるぜ。あいつ不意打ちしてきやがったんだからこっちもそれ相応の対応をしてやらないといけないんだぜ!」

 

 「こんな雑魚に手こずったら承知しないわよ?」

 

 「任せておけって!」

 

 

 霊夢と咲夜は魔理沙に正邪の相手を任せることにしたようだ。一度で3人同時にかかれば瞬時に終わること……正邪もそうなる可能性を危惧していたがそうはならなかった。余裕だと笑みを見せる魔理沙に正邪のはらわたが煮えかえる思いだった。

 

 

 「(ケッ!余裕ぶっこきやがって……ムカつくぜ!いつもそうだ……弱い奴のことなど何も考えない……!!)」

 

 

 歯を噛みしめていた。正邪の奥の方から何かが湧き上がってくる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「お前弱いからいらないな」』

 

 

 『「あっちいきなさい!弱っちいくせに!」』

 

 

 『「生意気なんだよ!雑魚が!」』

 

 

 『「弱い奴はゴミでも食ってろよ」』

 

 

 『「ざまぁねぇ!お前が弱いからそうなるんだよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……弱いだと……ふざけんなよ……)」

 

 

 「私が相手だぜ!お前のような不意打ちしてくる卑怯者には()()()()が必要だろうからな!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「お前には……()()()()が必要だろ?」』

 

 

 「(……いたい……)」

 

 

 『「自業自得だ!反省しろ!」』

 

 

 「(……わたしが……なにをしたんだよ……)」

 

 

 『「お前は存在自体が邪魔なんだよ!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……ふざけんじゃねぇよ……!)」

 

 

 正邪の中で何かがキレた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふざけんじゃねぇ!!!

 

 

 魔理沙達は体が震えた。先ほどまで紳士的な態度だった目の前にいる妖怪がいきなり声を荒げたからだ。柔らかな雰囲気は四散し、鋭い牙が並んだ口、射殺すような視線を魔理沙達に向ける正邪。明らかな殺気を感じ取れる……

 

 

 「ど、どうしたんだよ……お前!?」

 

 

 魔理沙も気迫されてしまう。弾幕ごっこでは感じることができない殺気が自分にも向けられている……各地で暴れる妖怪を退治した時でも殺気が感じられなかった。だが、目の前の妖怪は確実に魔理沙の命を欲している……そんな目をしていた。

 

 

 「霊夢、これはまずいのではなくて?」

 

 

 咲夜は危険視した。目の前にいる妖怪はスペルカードルールに付き合う気がない……いや、先ほどまではスペルカードルールに基づく弾幕ごっこができる相手だった。しかし今の相手はそうではなくなった……何が一瞬にして彼女を変えたのか咲夜には見当がつかなかった。

 

 

 「殺してやる!ぶっ殺してやる!!」

 

 

 瞳は充血し、命を奪う獣と化している正邪……理性が存在しているのかわからない。人間と差ほど変わらない姿の正邪だが、今だけは人間に恐怖を与え、捕食し、天敵と称された存在となっていた。下手な化け物の姿をした妖怪よりも恐ろしい……魔理沙は正邪の瞳に怯えてしまう。それが引き金となった。

 

 

 「殺す!!」

 

 「ひぃっ!!」

 

 「魔理沙!!?」

 

 

 正邪は魔理沙に飛び掛かった。咲夜も反応が遅れてしまい、能力が間に合わない……正邪の鋭い爪と牙が命を狩り取るために魔理沙の首元に襲い掛かる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃ!

 

 

 血が流れた。赤黒い血が空から地面に雫となって落ちていく。

 

 

 「あっ……あっ……!」

 

 

 魔理沙は口をパクパクさせていた。魔理沙の瞳は一点だけを見つめて動かせなかった。

 

 

 血が滴り落ちる……そう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「がふぅ!?」

 

 

 正邪の腹から……

 

 

 一本の針が正邪に刺さっていた。それは霊夢の封魔針(針状の武器)だった。

 

 

 「れ、れいむ……」

 

 

 魔理沙が霊夢を見た。そこにはいつもと変わらない表情の霊夢……しかし瞳の中だけは妖怪を幾度も退治していた躊躇のない瞳であった。

 力無く霊夢に掴まれている正邪はピクリともしない。魔理沙は恐る恐る瞳が問いかける……死んだのかと。

 

 

 「もう死ぬわ」

 

 

 残酷な宣言だった。しかし幻想郷では当たり前なことである。妖怪に襲われたら生き残るか死ぬかのどちらかの運命だ。そして霊夢は博麗の巫女、巫女として人間を守り、妖怪を退治することが役目である。霊夢はその職を全うしただけだった。

 

 

 「こいつの自業自得よ。スペルカードルールを無視して来るなんて……」

 

 「で、でも霊夢……」

 

 

 魔理沙が何か言おうとしたのを咲夜が遮る。

 

 

 「もう少しであなたの方が死んでいたのよ?同情はいらないはずよ」

 

 「咲夜……」

 

 「私達は異変を解決するために来たのよ。それにあれを見なさい」

 

 

 霊夢は示す先には地上で霊夢達を見つけて唸っている妖怪の群れだった。

 

 

 「このまま長く異変が続けば被害が広がり続けて大規模な異変になるわ。今回の異変を甘く見ていたわ……早く異変を解決しないとこいつと同じ運命をたどる奴が出ることになるのよ。わかった魔理沙?」

 

 「……ああ」

 

 

 霊夢に言われて魔理沙は納得する。今回の異変を霊夢は甘く見ていた。ただの人騒がせな異変だと軽い気持ちで挑んだが、一人の妖怪が犠牲になる結果となった。霊夢は魔理沙と妖怪の命を天秤にかけることはしなかった。するまでもなく魔理沙を取るからだ。魔理沙の命を守るために妖怪の命を奪うことになる……たった一人の犠牲かもしれない。だが、普段の異変なら犠牲者など出ることもなく宴会でどんちゃん騒ぎして新たな一日を迎える……今回はそれはできなさそうだ……

 

 

 「魔理沙、咲夜行くわよ。ちゃっちゃと黒幕をぶっ潰してこんなこと終わりにしましょう」

 

 

 魔理沙と咲夜は頷く。二人も先ほどまでの陽気な雰囲気とは違い、真剣な眼差しが逆さ城を見つめていた。

 

 

 霊夢の手から離れて地上へと落ちていく妖怪……霊夢達はその光景を目に焼き付けながら逆さ城を目指した……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空から落ちていく……

 

 

 赤黒い液体をまき散らしながら……

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシャッ!

 

 

 地上へとぶつかった。

 

 

 空から落ちたのは正邪だった。正邪の体が地面とぶつかり衝撃で跳ね上がり、再び地面に叩きつけられる。鈍い音が鳴り響いた。人ならば体中がぺしゃんこになり、肉塊となっていただろう。妖怪であった正邪は形を保っていられた。しかし見るからに酷い有様だ。確実に骨が折れているだろうし、叩きつけられた衝撃で皮膚もずる()けている。そして腹から赤黒い血が流れ出る……幸いなことに腹に刺さった針は一度目に地上にぶつかった時に運よく抜けたようだ。下手をしたら針が地面と衝突に体内に押し入れられることになったであろうがそうはならなかったことが奇跡だった。

 

 

 正邪に反応はない……「もう死ぬ」と霊夢に言われた。本人は聞こえていたのかそうでなかったのかわからない。どちらにせよ動くことのない肉体が地面に転がっている。

 

 

 ポツリ、ポツリと空から雨が降り始める。先ほどまで快晴だった空が暗雲に支配され、地上から明るさを奪っていく。雨に流され赤黒い血が辺りを染め上げる……

 

 

 「おい、あそこに何かあるぜ?」

 

 「なんだなんだ?」

 

 「死体か?」

 

 「血の臭いだな」

 

 

 血の臭いに誘われてやってきたのは正邪と同じ妖怪達だった。その妖怪達は動かぬ正邪を観察していた。

 

 

 「ふんふん……血が流れてからそれほど経っていないようだな」

 

 「新鮮!?これは早く味合わないといけないな!」

 

 「女の妖怪の肉か……柔らかそうだ♪」

 

 「人間が良かったが……仕方ないよな。それにここに残っていても邪魔なだけだから俺たちに食われた方がこいつも成仏できるだろうぜ!」

 

 

 現実は非情だ。誰も悲観することはない、妖怪達は正邪を食料としか見ていなかった。しかしそれも仕方ないことでもある。弱肉強食……強い者が勝ち、弱い者が負ける……それが世界なのだから。例え同じ妖怪同士でも食い食われることがある。人間を食べれない時は妖怪同士でも食い合って生きているのだから……これが幻想郷の自然の一部なのだ。

 

 

 「俺は内臓をもらうぜ」

 

 「俺は目ん玉がいい!」

 

 「腕と足は残しておいてくれよ?」

 

 「骨まで味わうぜ!」

 

 

 妖怪の一匹が正邪の肉体に力を加え始める。掴まれた正邪の腕がピキピキと言う嫌な音を立て始める。

 

 

 「…………………………………………っ

 

 「ん?」

 

 

 腕を掴んでいた妖怪が何かに気づいた。

 

 

 「おい、こいつ生きているぜ」

 

 

 「生きている」それはまだ死んでいない証拠だった。命の鼓動はまだ尽きてはいない……人間ならばすぐに助けを求めるか救おうとするだろう。だが、妖怪は違った。

 

 

 「生きてんのかよ!なら生きながら踊り食いできるじゃんか!」

 

 「そのまま腕を引きちぎってくれ!悲鳴が聞きたい!苦しむ悲鳴を聞かせてくれ!」

 

 「死なすんじゃないぞ!そのまま新鮮さを保ちながら骨をバリバリ食うんだ!

 

 

 人間が聞けば気が狂ったような言葉だった。だが、妖怪にとっては普通の出来事……幻想郷の影の部分では人間にとって残酷なことでも行われている。寧ろ必要なことなのだ。ただそういう部分は普段から影に隠れているだけ……妖怪は人間に恐怖される存在……恐怖を与えることも存在意義なのだ。

 

 

 「…………………………………………っよ

 

 「おい、こいつ何か言っているぜ?」

 

 

 正邪の口が何か言っている……耳を澄まさなければ聞き取ることのできない声量でとても弱々しい。

 

 

 「遺言か?聞いてやるぜ」

 

 

 妖怪の一人が正邪に耳を近づけた。

 

 

 「…………………………………………っよ

 

 「聞こえねぇな……もっと大きな声で話せよ!」

 

 

 そう言いつつ更に妖怪の耳が正邪の口元へ近づいた時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………………………………気安く触れるんじゃねぇよ!!

 

 

 正邪が妖怪の耳に噛みつきそのまま引きちぎった。

 

 

 「ぎゃぁあああああ!!?お、おれの耳がぁあああああああああああ!!!」

 

 

 妖怪は血が流れる耳を抑える。正邪がその隙をついて妖怪から距離を取る。

 

 

 「――な!?てめぇ!!」

 

 

 他の妖怪達は黙っていない。敵意むき出しにして正邪を睨む。

 

 

 「はぁ……はぁ……私を食おうって言うなら100万年早いぜ!てめぇら如きに食われるような鬼人正邪様じゃないんだよ!ば~か!!!」

 

 「こいつ……!」

 

 「痛めつけてぶっ殺してやる!!」

 

 「死ねー!!」

 

 

 妖怪達が襲い掛かる……正邪はそれを避けようとするがもう体力は残っていなかった。不意打ちの反撃だけで残っていた体力も底を尽き、視界もぼやけていた。封魔針を受けて元々虫の息……それなのに挑発的態度を取った。正邪にも譲れないプライドがあり、それを実行した。しかしもう後がなかった……妖怪達が一斉に正邪に攻撃し、正邪の体は地面に叩きつけながらバウンドして転がった。

 

 

 穴と言う穴から血が流れ出て正邪の体中が赤黒い血だらけになった。骨も既に折れており、体力も底をついている……今度こそ正邪は指一つ動けなくなった。

 

 

 「ふ、ふざけやがって!俺の耳を!」

 

 

 耳を食いちぎられた妖怪は足を振り上げ、正邪の腕に振り下げる。

 

 

 バキバキッ!

 

 

 「ぐぁあ!!?」

 

 

 残っていた正常な骨が砕かれる音が聞こえた。激痛が全身に走る……次第に痛みが引いていく。痛みすら感じられない程に肉体が死に絶え始めていた。

 

 

 「(ち……くしょう……こ……こんな……ことが……この……きじん……せいじゃ……さまが……とりみだして……しったいをおかすなんて……!)」

 

 

 正邪は呪った。力のない己自信を……

 

 

 「(しかも……こんな……やつらのえさに……なるだなんて……)」

 

 

 正邪は恨んだ。弱い己自信を……

 

 

 「(ちく……しょう……!)」

 

 

 正邪は悔しんだ。何もできない己自信を……

 

 

 「息の根を止めてやる!!」

 

 

 妖怪の鋭い爪の刃が正邪に突き立てられる!

 

 

 正邪の下克上の夢は……今……潰えた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガギンッ!

 

 

 しかしその夢が潰えることを拒む者がいた。

 

 

 「な、なんだお前は!?」

 

 「(……だ……れ……だ……?)」

 

 

 一瞬……一瞬だけだがその誰かを見ることができた正邪は何故か安堵できた。そして耐えられなくなりそのまま意識を失った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私は比那名居天子、非想非非想天の息子であり、天人くずれだ」

 

 

 ()()()()()……二つの()が初めて出会った瞬間だった。

 

 



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66話 異変の影で

正邪が影で針妙丸を利用していた。そんな時、異変を解決するために現れた霊夢達……


正邪は時間稼ぎをしようとしたが様子がおかしい……


シリアス展開が多くなっていくと思われますのでご注意ください。


それでは……


本編どうぞ!




 「あなたとは本当に縁があるようね」

 

 「すまない……永琳さん」

 

 

 迷いの森の奥に佇む和風の建物……その建物の名は永遠亭。診察室にて薬師の永琳と対面しているのは非想非非想天の息子である天子、静まり返る診察室で二人だけの声が辺りに響く。

 

 

 天子は永遠亭を訪れていた。一体何度目だろうか?永遠亭にお世話になるのは……しかし今回は違っていた。永遠亭にやってきた天子は戸を叩く。出迎えたのは運良く永琳だった。彼女でなければきっと騒ぎになっていただろう……戸を開けて目に入って来たのは服に血がべっとりとついた天子の姿だったが、彼女は決して取り乱すことはなかった。何度も大怪我を負って永遠亭にやってきたのだから永琳でもまたかと疑った。しかしその血は天子のものではなかった。寧ろ天子には傷一つなかったのだ。ではこの血は一体誰の血か……?

 

 

 「謝らなくていいわ。これも仕事だもの……血だらけのあなたを見た時はまた仕出かしたかと思ったけれどそうじゃかったようね」

 

 「ああ、何度も世話になる」

 

 「頼ってくれるのは嬉しいわ。けれどあなたが連れてきた子は誰?見たことがないけど?」

 

 「名は鬼人正邪、天邪鬼なのだ」

 

 

 天子は正邪を永遠亭に運び込んだ。そうなる経緯はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、なんだお前は!?」

 

 

 妖怪は驚いた。いきなり現れた人物によって攻撃を受け止められたからだ。その人物はこう名乗った……

 

 

 「私は比那名居天子、非想非非想天の息子であり、天人くずれだ」

 

 

 天子だった。団子屋で正邪らしい人物を見かけて天子は近々起こるであろう【輝針城】での異変の様子を見に来ていた。原作と異なる異変が起きていたため今度の異変も何か変わっているところがないか調べようとしていたのだ。そして地上に降り立ち、ぶらぶらしている時にこの場面へと出会った。状況がわからないが、血まみれで今まさに止めを刺さんとする妖怪に咄嗟に割り込んだのだ。

 

 

 「てめぇ!こいつの仲間か!?」

 

 「仲間ではないと思う……だが、仲間でなくとも助けるのに理由など必要ない」

 

 

 天子はきっぱり言い放った。天子には血だらけで倒れているのは正邪だとわからなかった。全身血に染まり、攻撃された箇所が腫れあがってもいた。確認する暇もなく妖怪の爪を緋想の剣で受け止めたため認識していなかった。けれどそれが誰であろうと天子には関係ない……幻想郷に生きるということは非情な運命(さだめ)も受け入れなければならない時がある。自然が時に牙を立てて猛威を振るうことだってある。幼い子供が妖怪の餌になるこの幻想郷……それでも譲れない思いがある、背けられない意思がある、綺麗事を言う様であるがそれでもそうしないといけないと体が動いた。理由など後でどうとでもなる……ただ天子は目の前で儚く散ってしまう命を見捨てることができなかった。

 

 

 「邪魔するな!そいつは既に死にかけだったんだ!!それを俺たちは食おうとしただけだ!そいつが抵抗したからこっちも抵抗しただけだ。それにお前人間じゃないだろ?俺たちだって生きるために食うんだ。人間じゃないお前ならわかるだろ?」

 

 

 攻撃を受け止められた妖怪は直感できた。「この男は強い」そう感じ取り、無駄な争いは避けるべきだであると考えた。そして妖怪は天子を説得する。幻想郷の暗黙の了解……食う食われるのは避けられない事実。そして妖怪達はそれに従ったまでのこと……弱肉強食だ。

 

 

 「人間も生きるために家畜を食べる……それと一緒だ。どのみちそいつは死ぬんだ。それならば俺たちが食ってやるのが供養ってもんだろう?」

 

 

 妖怪の言う事はよくわかる。正邪に耳を食いちぎられてもこの対応ができるのは比較的知性がいい妖怪なのだろう。冷静に対応してくれるだけで良心的だ。妖怪の答えに納得しても自然の出来事のため文句を言う者などどこにもいない。

 だが、天子はそれを良しとはしない。良しとできない……それが自然の掟でも天子は従うことはしない。

 

 

 「すまない……話はわかる。だが、見捨てられない……この者が誰であろうと命の(ともしび)を消して知らんふりを出来る程の寛大な心を持ち合わせていない小心者だ。見捨ててしまえば私は一生後悔する……後悔の念に押しつぶされて生きていけなくなる。この者のためだけに助けるのではない、私自身のためにでもあるのだ。だから……」

 

 

 天子は妖怪に深々と頭を下げた。

 

 

 「見逃してくれないか」

 

 

 妖怪達がざわめく。ただの妖怪風情に頭を下げるなど普通するものかと疑う程だ。これは何かの罠か?それとも何かの策か?妖怪達が警戒する中で、耳を失った妖怪だけはジッと天子を見つめていた。

 

 

 「……わかった。今回だけは見逃そう」

 

 「――!ありがたい!」

 

 

 天子はその言葉に感謝した。そんな光景を見て他の妖怪達が驚いていた。

 

 

 「見逃すのかよ!?」

 

 「ああ、こいつは相当の実力者だと見た。俺たちが束になっても敵わねぇ」

 

 

 その言葉に顔を見合わせる妖怪達……半信半疑だが従ったようだ。耳を失った妖怪はこの中で一番実力が高い事が窺える……その妖怪が言うのだから回りは従うしかなかったのだ。

 

 

 「この者にはちゃんと言っておく。あなたの耳を食いちぎったことをきつく叱っておく」

 

 「いや、その必要はない。俺は妖怪だ、耳もまた生えてくるし、俺の不注意が招いた結果だ。相手をなめてかかったが為に受けた傷だ。だからそいつには言う必要もお前に心配される筋合いもねぇ……」

 

 

 そう言って妖怪は天子に背を向けて歩き出した。

 

 

 「一つ言っておくぞ。この世の中は弱肉強食……弱い者が死んでいく世の中だ。そんな弱い者につくお前には得なんて何もないぜ」

 

 

 そう言葉を残して妖怪達は去って行った。

 

 

 「……誰だって初めは弱者だ。損得かで助けるんじゃない……少なくとも私は助けたいから助けただけだから……」

 

 

 妖怪が去って行った方に言葉を送った。届くことのない言葉は自分自身にも言い聞かせているように聞こえた。

 

 

 天子はすぐに血だらけで横たわる人物に駆け寄った。抱き起し脈を測れば鼓動が動いていることに少しは安堵するが気は抜けない。危険な状態であり、肌が所々腫れて痛々しく血が体中を染め上げている。そして天子は顔を覗き込むとそれが誰なのかを知る……

 

 

 「――鬼人正邪!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――と言うのが事の経緯だったのだ。

 

 

 「天邪鬼……人が嫌うことを望む変わった妖怪だって聞いたことあるけど……あの子が天邪鬼だったなんてね。一度解剖してその脳内を見てみてもいいかもしれないわね」

 

 「それはやめてあげよう……それで永琳さん、正邪の様子は……」

 

 

 天子は心配だった。天子が駆け付けた時は死にかけで命の(ともしび)がいつ尽きてもおかしくない状況だったのだから。

 

 

 「峠は越えたわ。後はあの子次第ね」

 

 「そうか……よかった」

 

 「相変わらずのお人好しのようね」

 

 「私はそういう天人だからな」

 

 「そうね」

 

 

 クスリと笑う。わかっていると言わんばかりの反応の笑みであった。

 

 

 「でもあの子、問題がありそうよ」

 

 

 そう言って永琳は診察台に置かれた一本の針を手に取る。

 

 

 「博麗の巫女……博麗霊夢の使う武器があの子の傍に落ちていたんですってね?」

 

 「ああ」

 

 「そして傷を調べたところ、ピッタリ一致したわ。あの子があんな状況に陥るきっかけを作ったのはこの針が原因って訳よ」

 

 

 封魔針は一般の人間が使えばただの凶器にしかならない。しかし博麗の巫女が使えば封魔針に霊力を宿し、対妖怪の武器の出来上がりである。正邪は妖怪、対妖怪化した封魔針を受けたために致命傷を負ったのだ。しかし問題はそこではなかった。霊夢が殺す選択をしたと言うことは、正邪がスペルカードルールに反した行動を取った、あるいは退治される原因を作ったことが窺える。

 

 

 「あの子が何をしたかは知らないけれど、おそらくは今起きている異変と関わりがあるとふんでいるわ。そしてあの子は霊夢と出会いスペルカードルールに反した行動を取った。そのためにこれを受けた……下手をすればあの子じゃなしに霊夢があの子の状況に陥っていたかも知れないわね」

 

 

 博麗の巫女を殺す行為……そんなことを妖怪の賢者が知れば黙っていない。それに博麗の巫女である霊夢が殺されれば大勢の関係者が黙っているはずもない。実際には魔理沙が危険だったが、そこまで永琳でもわからない。霊夢がいなくなれば幻想郷のバランスが崩れ、幻想郷の崩壊にもつながる可能性もあったのだ。そうなりかねない行動を起こした正邪を永琳は抱え込みたくなさそうにしていた。

 

 

 「永琳さんが正邪を嫌がる理由はよくわかる」

 

 「話が早くて助かるわ。私達まで八雲紫に睨まれるのは嫌なのよ。でも治療はしてあげるわ。お仕事だもの」

 

 「……それでなんだがもう一つ……正邪のことで言っておかないといけないことがある。今起きている異変についてだ」

 

 「妖怪が暴れたり、人里では道具が勝手に動き出したりと薬売りから帰ってきた優曇華から聞いたわ」

 

 「そう……そしてその異変を起こした首謀者は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「正邪なんだ」

 

 

 ------------------

 

 

 『「弱い……弱いガキだ……大した力なんて持ちやしねぇ』

 

 

 ……わたしが……よわい……?

 

 

 『「ちょっと近づかないでくれる?あんたが近くにいるだけで不愉快なのよ」』

 

 

 ……なんでそんなこというの……?

 

 

 『「全く……何故お前のような奴が生まれてきたんだ……」』

 

 

 ……どうして……どうしてなの……?

 

 

 『「弱いあんたにやる飯なんてないわよ!とっととあっちに行きなさい!」』

 

 

 ……たたかないで……いたいよ……!

 

 

 『「なんだ?まだ生きているのか……邪魔なゴミめ」』

 

 

 ……ゴミじゃない……!

 

 

 『「はぁ……決めたわ」』

 

 

 ……やめて……それいじょういわないで……!

 

 

 『「ああ……決まりだな」』

 

 

 ……なんでもするから……それだけは……やめて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「「お前(あんた)みたいな弱者はもういらないわ」」』 

 

 

 ……わたしを……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……すてないで……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ッ!?」

 

 

 飛び起きた。息も絶え絶えで体中に嫌な汗が流れ出る。視界がぐらつき気分が悪い……腹の底から喉元まで何かが流れ出ようと上がって来たのを手で口を押えて我慢する。しばらくすると気分が幾らかマシになり、吐き気も引いていく。流れ出ていた汗も止まって落ち着きを取り戻し呼吸も整えることができた。

 正邪は目を覚ました。体中に包帯が巻かれ、医薬品のにおいを漂わせる病室でベッドに先ほどまで寝かされていたようだ。

 

 

 「……どこだここは……?」

 

 

 正邪はここがどこなのかわからなかった。永遠亭の存在は知っていたが、それがどんな所かまでは知らない……いつの間にか知らない場所で何者かの手によって包帯が巻かれていた事実に頭を悩ませる。

 

 

 ……誰かが助けた……?

 

 

 一体誰に助けられたか思い返してみる……

 

 

 …………………………………………

 

 

 ……………………

 

 

 …………

 

 

 ……心当たりがねぇ……

 

 

 当然である。正邪はこれまで一人で生きてきた。助けてくれる仲間などいなかったし、欲しいとも思っていなかった。自分を助けたのはお人好しの甘ちゃん野郎しかいないと断定するが……

 意識を失う前、一瞬だけ見た。後ろ姿で誰かはわからない……会ったことのない相手のはずだった。しかしその後姿に何故か安堵していた自分がいたことに正邪は気づきもしない。

 

 

 あのクソ妖怪共から私を助けた?どこの誰だか知らないが余計なことをしやがって!……まぁなんだ……誰か知らないがお人好し野郎のおかげで生き残れたわけだな……褒めてやるよ。

 

 

 そう言うが、その誰かが来てくれていなければ正邪は今頃妖怪共の腹の中であることぐらい理解できる。悪態はつくが一応の感謝はあるようだった。

 

 

 「……それにしても……」

 

 

 自分の体を観察する。包帯男……包帯女になった気分だった。顔面にまで包帯が巻かれており、パッと見たら誰だか認識できないだろう。

 

 

 「クソ妖怪共め!今度会ったら死んだ方がいいと思えるぐらい痛めつけてやる!」

 

 

 自分をこんな目に遭わせた妖怪共と遭遇するならば今度は容赦しないと心の底で誓う正邪であった。こんな状態でも元気はあるようだ。

 

 

 「包帯が汗で濡れて……気持ちわりぃ……」

 

 

 汗を流したために包帯が吸収し、湿っていたことで触れている肌に違和感があって気持ちが悪いせいで正邪を不快にさせる。しかし正邪を不快にさせたのはそれだけではない……

 

 

 「……」

 

 

 『「「お前(あんた)みたいな弱者はもういらないわ』 

 

 

 「……ケッ!」

 

 

 クソッ!胸糞悪いったらありゃしない!……クソ!クソ!!クソ!!

 

 

 正邪は見てしまった悪夢に苛立ちを感じ辺り構わず殴りつける。枕をムカつく相手に例えて何度も殴り投げ捨てる。するとゴトンと言う音と共に、近くにあった花瓶に枕が当たりバランスを崩した。

 

 

 ガシャンッ!

 

 

 花瓶が落ちる。飾られていた花は水と一緒に辺り一面にまき散らされた。

 

 

 「――何の音!?」

 

 

 勢いよく扉が開かれてうさ耳を生やした妖怪が入ってくる。鈴仙だった。

 

 

 「あっ!起きたんですね……花瓶が……」

 

 「……ここに置いておくのが悪いんだぞ。危ないだろ!気を付けろ!」

 

 

 私は悪くない、悪いのは飛んで行った枕だ。枕の先に物を置くここの住人が悪いのだ。私は何も悪い事などしていないから謝ってやらねぇ!

 

 

 自分は悪くないと主張する。鈴仙は何故見ず知らずの相手に怒られたのかいまいち理解できなかった。彼女は正邪が天邪鬼であることも異変に深く関わっていることなどこの時何も知らないのである。

 

 

 「い、いきなりなんなのよ……重症なのに元気はあるみたいね。運び込まれた時は死にかけだったのに……」

 

 「あん?お前が私をここまで運んだのか?」

 

 「違うわよ、私じゃなく天子さんが連れて来てくれたの」

 

 

 てんし……さん……?誰だよそいつ……やっぱり身に憶えのないお人好し野郎か。まぁいい……それよりもあれからどれぐらい経ったんだ?異変はまだ終わっちゃいないよな……?

 

 

 「おい、ビッチうさぎ異変はどうなった!」

 

 「び、びっち!?わ、わたしはビッチなんかじゃない!」

 

 「そんなことどうでもいい!異変はどうなったんだよ!?」

 

 「ぐぬぬ……!(なにこの失礼な奴は!?)異変はまだ続いているわよ!」

 

 「――!!」

 

 

 正邪はそれを聞くな否や包帯だらけの体を動かしてベッドから飛び降りる……

 

 

 ズキリッ!

 

 

 「――いってぇ!?」

 

 

 足を着いた瞬間に体中に痛みが走る。当然ながら先ほどまで死にかけであった体のため、いくら永琳の薬が効くからと言ってすぐに完治できるほどの傷ではない。激しく体を動かせば今みたいに痛みが伝わってくる。正邪は歯を噛みしめて痛みを我慢するが、我慢するだけで精一杯……痛みでうずくまってしまう。

 

 

 「もう!いきなり動こうとするなんて馬鹿なんですか!?」

 

 「う……うる……さい……!」

 

 

 クソ……!いてぇ……けど、このままだと打ち出の小槌を回収できなくなってしまう……それはまずい!博麗の巫女に渡ってしまったら奪う事なんてできないし、あのちびが何もかも喋る可能性も……!折角幻想郷の転覆(てんぷく)が叶うのに!!

 

 

 正邪は何としても小槌を取り返したかった。小槌の力で願いが叶えられ、幻想郷に弱者が強者を蹴落とす世界を作るはずだった。しかし霊夢が針妙丸を倒して事情を知れば、正邪が針妙丸を利用したことが明るみになり、小槌も手に入らず今までの計画が全て水の泡と化してしまう。だから異変が終息する前に小槌だけは取り返したかったのだ。失敗したのは正邪自身……霊夢や魔理沙に咲夜と対峙する正邪は怒りに支配され時間稼ぎをするということが出来ず、しまいには重症の傷まで負ってしまう。もう既にこの時で計画は終わっているように見えた……が、正邪は諦めたくなかった。

 

 

 折角……折角……!折角苦労して見つけて騙してやったって言うのに……私が今までやってきた時間は何だったんだよ!!我慢してきたことは何だったんだよ!!

 

 

 悔しさが唇を噛みしめる。血が滲み出てくるがそれでも噛みしめ続ける……そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「弱いガキめ!生きているだけで鬱陶しいんだよ!」』

 

 

 『「この世からいなくなりなさいよ!目障りよ!」』

 

 

 頭の中で聞こえてくる声……それを聞く正邪の顔色が優れない。怒り、憎悪、悲愴……負の感情が入り混じった滅茶苦茶な気分になる。しつこく付きまとう声……正邪は頭からその声を振り払おうとする。

 

 

 うるせぇ……うるせぇ!どっか行け!私に話しかけるなッ!!!

 

 

 『「クズ!ゴミ!死んじゃえ!」』

 

 

 ……うるせぇ……

 

 

 『「価値のないのに何で生まれてきたのよ?」』

 

 

 ……好きで生まれたんじゃない……

 

 

 『「汚い奴だな、お前にお似合いのゴミ飯だ」』

 

 

 ……汚いはどっちだよ……

 

 

 『「悔しかったら抗ってみせろ!」』

 

 

 ……黙れ……

 

 

 『「何もできないのかよ?」』

 

 

 …………………だま……………れよ………………

 

 

 『「やっぱりお前は……」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「弱者だな」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だまれ!!!

 

 

 ------------------

 

 

 正邪は飛び掛かった。

 

 

 「えっ?――がぁっ?!」

 

 

 鈴仙の首を絞め始める。爪を立て、首の皮膚に突き刺さる。

 

 

 「な、なにぃを……がっ!?」

 

 

 鈴仙は咄嗟の事で反応できなかった。首を絞められる鈴仙に戸惑いと危機感がアラームを鳴らしている。しかし彼女も妖怪……正邪の手を離そうと力を入れるが想像以上の力で引きはがせない。体も逃げられないように馬乗りに乗っかかり、鈴仙を絞める力が徐々に強くなる。鈴仙は力がダメならと能力で波長を操り、混乱させようとしたが……

 

 

 「(こいつ波長がぐちゃぐちゃ!!?)」

 

 

 ぐちゃぐちゃな波長は精神が乱れているということ……そして鈴仙は見てしまった。正邪の目が深淵のように復讐心に駆られていた……今の正邪がまともな状態じゃないということが理解してしまう。どう言う訳がわからないが、目は鈴仙を捉えていない。鈴仙ではない者に復讐しようとしているようだが、今の状態の正邪には鈴仙など視界に入っていないと言う事だろう。しかし当の鈴仙は命の危機にさらされている……このままでは!

 

 

 「(なんとかしないと……でも……息が……!)」

 

 

 首が絞められて呼吸が困難になる。次第に意識もかすんでいき、力も体中から抜けてしまう。

 

 

 「(だ……だれ……か……!し……ししょう……)」

 

 

 ガラッ!

 

 

 音がした。そして一目散に駆け寄って鈴仙と正邪を引き離す二つの影……

 

 

 「ゴホッゴホォうぇ……!」

 

 「――大丈夫かしら優曇華!?」

 

 「ゴホッ……し、ししょう……」

 

 

 鈴仙を心配そうに見つめていたのは永琳だった。

 

 

 「よ、よかった……し……しょう……」

 

 

 永琳の姿を見て安心したのか鈴仙は眠るように意識を失った。

 

 

 「(――!命に……別状はないようね。よかったわ……でも……!)」

 

 

 永琳は鈴仙から視界逸らした先には天子に押さえつけられた正邪だった。

 

 

 「正邪!どうしたんだ!?気をしっかりしろ!」

 

 「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!!」

 

 

 天子に押さえつけられても尚も抵抗する正邪。手がダメなら今度は牙で噛みつこうとする。しかし正邪程度では天子の皮膚には傷一つ付くことはない。それどころかそのまま噛み砕こうと力を入れ始める……天子の強固な肉体は岩よりも硬い……それを噛み砕こうとしている正邪の牙が耐えられずに血がにじみ出る。

 

 

 「やめろ正邪!落ち着くんだ!!」

 

 

 天子は必死に呼びかける。正邪がどうしてこうなったからわからない以上どう対処したら天子にもわからない。しかも正邪の状態が正常でないことが天子を動揺させる。

 

 

 「気絶させて!彼女は理性を失っているわ!」

 

 「――ッ!わかった!」

 

 

 永琳からの指示を受けて天子は正邪に一撃を入れて意識を狩り取る。

 

 

 「がはぁ!?」

 

 

 肺の空気が漏れだし正邪は静かになった。

 

 

 「……一体何があったんだ……?」

 

 「私にもわからないわ……それよりもその子危険よ。あなたの証言を信じるならば優曇華を襲っていたのも異変のためかしら?」

 

 「例え異変の黒幕である正邪でもそんなことのために鈴仙を傷つけるような真似は……」

 

 「……とにかくその子はしばらく拘束する必要があるわ。優曇華も後遺症が残らないか調べないといけないし……後冷たい事を言うけど、その子をここでは預かれないわ。異変を起こし、スペルカードルールを無視し、優曇華にまで手をかけようとした。被害がこちらに向けられたら溜まったものじゃないから」

 

 「……永琳さん……」

 

 「これでも良心的よ、殺さないだけね。治療もしてあげたんだから……優曇華も私にとって家族なの。そんな家族が危険な目にあうことになるなら……天子あなただって私の気持ちわかってくれるわよね?」

 

 

 永琳は正邪を危険分子だと判断した。天子の話を聞いた永琳はまだ異変を起こした黒幕程度の認識であったが、何かが割れる音が聞こえてきて病室を覗くなり、そこで見た光景は鈴仙の首を絞める正邪の姿だった。それに正邪はまともには見えなかった。これ以上永遠亭に厄介ごとを持ち込ませないために正邪を追い出すことにした。鈴仙やてゐ、輝夜……永琳にとって家族と等しい3人を守るためにも医者であることを放棄するのだ。

 

 

 「一応付け加えておくわよ。私は本来なら医者ではないの。薬師なの、でも医者のような真似事はできるけど精神科医のようなことまでは私には難しいわ。カウンセラーはできる……けれどその子は悪意を持って異変を犯した。その子がまた暴れて優曇華、てゐ、姫様に被害が出てしまうのならば……」

 

 

 「……わかった。目を覚ましたら正邪を連れてここを出る」

 

 

 そんな永琳の思いを感じ取ったのか、天子は了承する。しかし永琳は思う……正邪をどうするのかと。

 

 

 「その子をどうするつもり?」

 

 「正邪は異変の黒幕……それも下手をしたら幻想郷のバランスを崩すことになる異変を起こした。おそらく紫さん達から睨まれることになるだろう」

 

 「それならば尚更その子に構う必要はなくて?」

 

 

 何故そこまで天子は正邪にこだわるか……

 

 

 「……先ほど正邪の目を見た……その目は……泣いていた」

 

 「……泣いていた?」

 

 「ああ……とても悲しそうな目をしていたよ」

 

 「……またお人好しの押し売りでもするつもりなのかしら?そんなことをしてもその子が感謝すると思うの?その子は天邪鬼よ?」

 

 

 天邪鬼……人が嫌がることを好み、人を喜ばせると自己嫌悪に陥り、人の命令は絶対に聞かない、得をしても見返りは与えない、嫌われると喜ぶ妖怪。それが天邪鬼だ。

 永琳は天子が正邪を助けても感謝などしないだろうと予想した。恩を仇で返すのが天邪鬼の流儀のようなものだと聞いたことがあったからだ。優しくしても優しく返してくれることはないだろうと。

 

 

 「天邪鬼だからなんだ?天邪鬼だって生きている、生きているなら喜んだり、楽しんだり、悲しんだりする。ただ天邪鬼は少し変わり者ってだけ……私と同じようにね」

 

 「そういえばあなたって変わり者だったわね」

 

 「ああ、だから私が正邪に新たな生き方を教えようと思う」

 

 「教えようってあなたね……」

 

 「絶対に大丈夫とは言えない、けれど最近、私が感情を教えた少女がいてな。その子は今まで無表情だったんだが、一度だけ笑ったんだ。もう一度笑うために今も頑張っている……あの子にできて正邪にできないことなんてない。天邪鬼だって幻想郷の一員であり、正邪とも親友(とも)になりたいと思っているしな」

 

 「……はぁ……あなたには呆れたわ」

 

 

 永琳が額を抑えてため息を吐く。

 

 

 「本当にお人好し……子供ができたら甘やかしすぎるタイプだってことがよくわかったわ」

 

 

 天子の意思は変わりそうにない。前にも親友(とも)になるために戦ってボロボロの姿で永遠亭にやってきたことを思い出す。

 

 

 「わかりました。私からはもう何も言いません。好きにして頂戴」

 

 「ああ、好きにするさ」

 

 「……最後に言っておくわ」

 

 

 永琳は鈴仙を抱えて天子に一言告げる。

 

 

 「……頑張りなさい」

 

 「……ああ」

 

 

 永琳は病室から出ていき、ベッドの上にゆっくりと正邪を寝かせて、目が覚めるまで傍で見守ることにした。

 

 

 ------------------

 

 

 その頃、人里は大変な騒ぎになっていた。

 

 

 動くことのない道具達が至る所で走り回り、飛んだり跳ねたりして人里は様々な道具達で大騒ぎ!

 

 

 「クソったれ!慧音そっちに行ったぞ!!」

 

 「いたっ!私を踏み台にしただと!?」

 

 「チッ!すばしっこくて捕まえられない!こうなったらいっそのこと焼却処分してしまった方が早いな!」

 

 「駄目だ妹紅!みんなの大切な生活必須需品も燃やしたら生きていけなくなる!」

 

 「じゃあどうするんだよ!?」

 

 

 下駄(げた)草鞋(わらじ)が逃げ惑いそれを追いかける妹紅と慧音、他にも巻物や鍋までも二人の手を()い潜る。あれこれ捕まえても他の道具達が助けに入り、捕まえた道具はまた逃げ出してしまう……それの繰り返しで妹紅は堪忍袋の緒がキレそうだった。慧音も今のままだと平行線の状態が続くだけ……しかし下手に退治してしまえば破損したりする恐れがある。逃げ惑う道具の中には思い出の品もあった。だからできるだけ壊したくはなかったがどうすればいいか……

 

 

 「任せろー!」

 

 

 声が聞こえて来た。しかしどこか感情の入り具合が乏しいような声……

 

 

 「今のは……!」

 

 

 慧音と妹紅は逆光に照らされた三つのシルエットを見た!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「表情豊かなポーカーフェイス!泣く子も黙る面霊気とは私のこと……秦こころ!」

 

 「閉じた恋の瞳……けれど恋心までは無くしちゃいない可愛い子……古明地こいし!」

 

 「ゆ、ゆかいな忘れ傘!ええっと……お、おどろけー!…………………………………多々良小傘(超恥ずかしい!!?)」

 

 「「「三人合わせてツクモンジャー!!!(……です……)」」」

 

 「「……」」

 

 

 ババーンッ!と背景に大きな文字が浮き上がったのは錯覚だろうか?派手な登場をしたこころ達とは打って変わって慧音と妹紅それと道具達もピタリと動きが止まり辺りは静寂が残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう!小傘っちが恥ずかしがるから受けなかったよ!」

 

 「ええ!?わちきのせい!?(小傘っちってわちきのこと!?)それにこいしは付喪神じゃないじゃん……」

 

 「これは減点ものだな、罰としてこれを被れ」

 

 「こころもわちきのせいだと言いたいの!?って言うか何このダサいお面!?絶対に嫌!!」

 

 

 こころが出した希望の面は拒否された。罰として取り出したのが希望の面であったことを神霊廟の太子辺りが見たら泣き出すのは必然だろう。慧音達を放ったらかしにして言い合っている三人……

 

 

 「……はっ!?こ、こころじゃないか!?それに小傘も……それとお友達か?お前達何している!?」

 

 

 真っ白になっていた思考が回復し、質問を投げかける。

 

 

 「おおー!そうだった。寺子屋の先生よ、私達が助けに来たから問題ない」

 

 「助けにって……大丈夫かよ?」

 

 

 妹紅は頼りなさそうな三人を見て不安そうな表情だった。

 

 

 「ツクモンジャーである私達を舐めていると痛い目を見るよ!」

 

 「こいしそれはもう置いとこうよ……恥ずかしい……

 

 

 ますます不安になった妹紅。しかしふっと思い出す。古明地こいしは天子との会話の中で出て来て地霊殿の主の妹らしいこと、秦こころはこの前異変を起こした首謀者であることを思い出した。二人共実力はあるはず……小傘?それは管轄外だと妹紅の脳は考えるのをやめた。

 

 

 「ならお前達がどこまでやれるのか見せてみろよ」

 

 「まかせてろー!」

 

 

 こころは駆け出し道具達の元へと迫る。それをきっかけに道具達は我に返り再び逃げ出そうとするが……

 

 

 「そい!」

 

 

 こころの薙刀が道具達を薙ぎ払う。吹き飛ばされる道具達だが、吹き飛ばされた方向にはこいしと小傘が待機していた。

 

 

 「やるよ小傘っち♪」

 

 「わ、わかった!」

 

 

 小傘は己と等しい存在の唐傘を突き出して開く。そして飛んできた道具達を(すく)いあげ回し始める。いわゆる傘回しだ。

 

 「よ、よっと!はい!いつもより多く回っております!」

 

 

 見事な傘回しだ。道具達は小傘の唐傘の上で回されてなすすべがなくされるがままだ。その光景を見ている慧音と妹紅はたまらず「すごい」と口ずさんだ。それに気を良くした小傘は段々と回す速度を上げていく。

 

 

 「よし!こいしパス!!」

 

 

 小傘が唐傘をはじいて傘に乗っていた道具達が一斉に待機していたこいしの胸の元へと落ちていく。

 

 

 「ほい!ほいほい!ほほいの……ほい!」

 

 

 こいしは全ての道具達をキャッチした。一瞬にして道具達を捕まえてしまった三人の連係プレーに慧音と妹紅は感心するしかなかった。

 

 

 「すごいな……小傘、お前なら大道芸人でも食っていけるのではないか?」

 

 「えへへ、それほどでもないよ♪わちきはただの唐傘お化けだよ~♪」

 

 

 慧音に褒められて満更でもない様子の小傘。とろんとした顔がだらしない。こいしは妹紅に道具達を手渡した。目を廻したのかわからないが、一切動く気配はなかった。

 

 

 「本当に助かった、さっきは疑って悪かった。実は強かったんだなお前達は」

 

 「もっと褒めて褒めて♪」

 

 

 こいしも妹紅に褒められて上機嫌の様子だ。そんな二人を見てムスッとしているのが一人……

 

 

 「私だってやったのに……」

 

 「わわわ!すまないこころ!忘れていたわけじゃないんだ。小傘とこころの見せ場に釘付けにされて……」

 

 

 頬を膨らませていたのはこころだ。二人だけ褒められたことに不服を申し立てていた。慧音も慌ててフォローする。

 

 

 「勿論、こころの一撃も驚いたぞ!道具を一つも壊さずに無力化するなんてすごいじゃないかこころ!」

 

 「私すごい?」

 

 「ああすごいぞ」

 

 「……うん♪満足♪」

 

 

 こころは満足した。周りの能面も満足したかのように踊っているかのように見えた。

 

 

 「よーし!このまま異変を起こす悪者を私達が退治してやるぞー!行くぞ小傘、宿敵よ!」

 

 「あっちょっと待って!慧音先生、妹紅さんそれじゃ!」

 

 「バイバーイ♪」

 

 

 三人は嵐のように解決し、嵐のように過ぎ去って行った。

 

 

 「こころ達は大丈夫だろうか……」

 

 「小傘ちゃんは心配だが、こころとその友達のこいしは中々の実力の持ち主らしい。特にこいしは心が読めない……本来なら地底にいる地霊殿の主の妹らしいからな」

 

 「天子の情報だな。こういう時に天子が居てくれたらもっと楽になるのに……」

 

 「慧音、天子に頼ってばかりはいけないぞ?」

 

 「おや、言うようになったじゃないか。この前までは天子に嫌われたかもって泣いていたくせに」

 

 「あ、あの時はあの時だ!わ、わたしはもう行くぞ!こいつ(道具達)らを元の持ち主のところに返してやらないといけないからな!」

 

 「わかったわかった、他にも逃げ出している道具がいるはずだから手分けして探すぞ!」

 

 

 慧音と妹紅は人里の混乱を少しでも鎮めようと行動するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ……二人共人里から出ちゃったけどいいの?」

 

 

 小傘は尋ねる。今いるのは先ほど居た人里ではなく森の中……異変の黒幕を探すべく飛び出したのだが……

 

 

 「その黒幕の居場所ってわからないんでしょ?」

 

 

 小傘は不安だった。先ほどの絶賛から酔いが醒め、現実に引き戻されて気がついた。この二人について行けばどこまで突き進んでいくのかわからないのが不安であったのだ。

 

 

 「大丈夫大丈夫♪きっと見つかるよ♪」

 

 

 そんな小傘に対してこいし陽気に答える。スキップしながら現在の状況を楽しんでいた。

 

 

 「私を信じろ小傘」

 

 

 胸をポンと叩いてみせる。こころになんでそんなに自信があるのか聞きたいような気がしたが、そこで小傘とこころが何かに気づく。

 

 

 「?あれ?」

 

 「ん?どうしたの小傘っち?それにこころも?」

 

 「……何者かがいるな」

 

 

 こいしには感じ取ることができなかった。小傘とこころだけが感じ取ることができた……二人の共通点、それは同じ付喪神であること、そして二人はこの先に自分達と同じ存在がいることを直感したのだ。

 

 

 三人は恐る恐る茂みをかき分けて突き進む……そこには大きな石に腰かける女性と傍に立つ雰囲気がよく似た二人の女性だった。

 

 

 「雷鼓姐さん、博麗の巫女はとても危険でした。相手にするのはまずいと思います!」

 

 「そうだよ雷鼓姐!弁々姉さんはもう少しであの鬼巫女にボコられるところだったんだよ!」

 

 

 そこにいたのは弁々と八橋の九十九姉妹だった。そしてその二人が姐さんと呼ぶ相手……

 

 

 「道具の楽園を築くためにも博麗の巫女とは敵対同士にはなりたくないわね……」

 

 

 【堀川雷鼓

 赤いショートヘアーで、黒い生地の上に赤いチェックが入った上着の上に白いジャケットを羽織り、ピンクのネクタイを付け、白いラップスカートを穿いている。靴が特殊な形をしており、踵の部分にバスドラムのビーターが付いている。

  元々は和太鼓の付喪神で、とあることをして、依代として外の世界のドラムと奏者を手に入れた。これにより己の個と言うものを手に入れ、ただの道具ではなく堀川雷鼓と言う個として生きていけるようになった。

 九十九姉妹にもこの方法を教えたことで二人は個を保てるようになる。

 

 

 そんな経緯から九十九姉妹から姐さんと慕われるようになり現在に至る。

 

 

 現在異変が進行している。道具達は意思を持ち、様々な行動をし始めた。しかしそれは一時的なものであり、異変が終息して小槌の魔力が失った時、道具達は再びただの道具に戻ってしまうのだ。これを知った雷鼓は同じ付喪神となった九十九姉妹に教えた。しかし全ての付喪神化した道具達に教え回る時間はないと悟った。その時に雷鼓は決めた。道具の楽園を築くためにこの異変を生き抜くと。

 そして雷鼓はどうしようかと考えていた。九十九姉妹も目を離した隙に小槌の魔力に当てられて上機嫌になり運悪く博麗の巫女に喧嘩を売ってしまった。結果はご覧の通り、博麗の巫女とは敵対したくないと思っていた雷鼓に痛手を負わせてしまった九十九姉妹に頭を悩ませていた。

 

 

 そしてこの会話を聞いていた事情を知らない三人組が傍にいた……

 

 

 「ねぇねぇ聞いた?あいつら黒幕だよきっと!」

 

 「そうだな宿敵、奴らを倒して天子に褒めてもらうんだ!」

 

 「で、でも相手は三人もいるんだよ!?」

 

 「大丈夫大丈夫♪私達も三人だからいけるいける♪」

 

 「わちきも入っているの!?」

 

 

 小傘が驚いた拍子に立ち上がってしまい、その瞬間目があった。

 

 

 「……あんたも付喪神かい?」

 

 「え、えっと……」

 

 

 小傘がどう答えようかと悩んでいたら、ザッと飛び出すこころとこいし。

 

 

 「お前達が黒幕だな、この秦こころが成敗してやるぞー!」

 

 「やっちゃうぞー!」

 

 「雷鼓姐さん、私達何か勘違いされている?」

 

 「雷鼓姐も弁々姉さんも私達は黒幕なんかじゃないってば!」

 

 

 八橋はそう言うが、勘違いした二人の耳には届かなかった。やる気十分のこころとこいしにおどおどする小傘……やれやれといった感じで立ち上がり対峙する雷鼓は構えを取る。

 

 

 「雷鼓姐さん!?」

 

 「聞く耳持たなさそうだから一度叩きのめしてから話を聞いてもらった方がいいと思うの……おチビちゃんらは準備はいいかしら?」

 

 「ちびじゃない、私は一番背が高い!」

 

 「へぇーそれはいいよ、来ないならこっちから行かせてもらうよ!弁々!八橋!行くわよ!!」

 

 

 こころの訴えは空を切る。人が知れぬ場所で付喪神達の弾幕勝負が開始された……(一人だけ付喪神でないのは気にしてはダメだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようやくついたわね」

 

 「気分が悪くなる城だったな……」

 

 「全てが逆の城とは恐れ入ったわ」

 

 

 霊夢、魔理沙、咲夜の三人はようやく逆さ城の奥地にたどり着いた。そしてそこにいるのは着物を着た少女。

 

 

 「何奴……!?あなたは博麗の巫女!?」

 

 「そうだけど何か」

 

 

 霊夢の眼光に一瞬体がビクつく針妙丸だったが、負けられない覚悟があった。

 

 

 「(博麗の巫女がここに来たということは正邪は……いや!正邪が死ぬわけない!だって正邪は私よりも強いし、私を助けてくれた!きっとうまく逃げてくれているよね……)」

 

 「あんたが今回の黒幕ね、悪いけどさっさとこの異変を終わらせてもらうわよ」

 

 

 霊夢が放つ言葉には重みが感じられた。八雲紫と言う妖怪の手先で弱い妖怪を快楽で始末して遊んでいる……そして始末する係が博麗の巫女……気迫され足が震える。今にも逃げ出したくなる針妙丸……しかし彼女は逃げない。逃げたくない思いがある。弱者が見捨てられない世の中を作り上げるために……そして!

 

 

 「悪いけど……異変は終わらせない!この幻想郷のため!弱者のため!そして……正邪のためにも!」

 

 

 針妙丸は構える。その瞳に映るは博麗の巫女達……

 

 

 「博麗の巫女!そしてそれに属する者達よ!私は……お前達に挑戦する!!」

 

 

 針妙丸は小槌を守るために……正邪の願いを叶えるために……今、博麗霊夢達に挑戦する!!

 

 



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67話 天邪鬼と共に

それぞれの思いを胸に突き進む……その先に何が待ち受けているのだろうか?


それでは……


本編どうぞ!




 「天界の桃だ。甘くておいしいから食べてみてくれ」

 

 「……」

 

 「どうした?腹が減ってないのか?」

 

 「……いや……腹は減ってな……」

 

 

 ぐぅ~!

 

 

 「……」

 

 「――!い、いまのは……あれだ!その……あれなんだ!」

 

 

 天邪鬼なのに体は正直者である。

 

 

 鬼人正邪は天界にいた。連れて来られたと言っていい。その連れてきた人物というのは勿論……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私だよ♪はい、っと言う訳で正邪を天界へ招待しました。「何故そんなことを?」と思うかもしれない。けれどね……真面目な話見捨てることができなかったの。正邪が異変を起こしたのは間違いない、どんな異変かと思っていたけど原作と変わらない打ち出の小槌を針妙丸に使わせて幻想郷で下克上を起こすことだった。そこまでは何ら変わりがないから霊夢達に任せても問題ないし、最近仕事が多くなっていたので今回は見送ろうとした。折角地上へと寄ったから気分的にブラブラ見て回ってから帰ろうとしていたら森の中で大怪我を負った人物を発見した。私はすぐさま飛び出してその人物を救い出すことに成功した。しかもそれが後で正邪だったことに驚かされた。危うく正邪がロストするところを結果的に守ることができた。あの時の妖怪は話の分かる相手で良かった……また血を流すことになるのは痛ましいからね。

 そんなこともあって正邪を永遠亭に運び込み治療を受けて後は待つだけ……永琳さんは正邪を受け入れるのを良く思っていなかったけど仕事だと言っていてもちゃんと見てくれた。永琳さん本当にありがとう……あなたがいなかったら正邪は本当に死んでいた可能性があったから……それだけで終わったら何もなかった。しかし今回は異変と言うより正邪の方がおかしかった。

 

 

 何かが割れる音が聞こえて来て、永琳さんと共に病室へと向かった。正邪が逃げ出そうとしているのかと初めは思ったけど、病室の前までやってきた私達は感じ取った。不穏な空気を……急いで中に入ると目に飛び込んで来たのは鈴仙の首を絞める正邪の姿だった。本能が先に動いて止めに入り、私は見た……

 

 

 正邪の泣きそうで苦しみを感じている瞳だった。表情はそれに反して怒りを表しており、殺気に満ちていた。けど私は見た……見えたの……とても悲しそうだった。

 気絶させた後、永琳さんは怒っていた。それも無理はないわよね、危うく鈴仙の命を奪うことになりかねなかったもの……永琳さんは正邪を拒絶した。目が覚めたら正邪を追い出すつもりだったらしい……待ってくれるだけでも心が広いわね……本当に感服するわよ。でも、正邪をこのまま野放しにするとまずい気がした。私の勘……霊夢みたいにビビッと来る感じじゃないけど、放っておけなくなった。

 正邪は幻想郷のバランスを崩すことにもなりかねない異変を犯し、どんな訳があったか知らないけど霊夢にガチで退治されそうになった。そして……正邪には何かある。正邪の悲しい瞳は何かを物語っている……そう思えてならなかった。だけどリスクが高い……正邪は必ず幻想郷の皆から睨まれる……(かくま)ったとわかればどうなるか……

 

 

 「――だから私は腹が減ってなんかいねぇって言ってんだ!聞いてんのかこらぁ!」

 

 「おっ!すまない、考え事をしていて……何かな?」

 

 「クソッ!余裕ぶっこきやがって!」

 

 「ところで桃はいらないのか?」

 

 「……し、しかたねぇから食ってやるよ……で、でも勘違いすんじゃねぇ!放って置いたらカビでも生えちまうからな!!」

 

 

 一口恐る恐るかじる……すると目を見開き次から次へと、もしゃもしゃと口の中に桃を運んでいく。

 

 

 お気に召してよかった。

 

 

 天子は正邪を天界へと連れて帰って来た。正邪は天邪鬼……嫌われ者だ。きっとこれから多くの妖怪だけでなく人からもその他多数から嫌われる存在になるだろう。恩を仇で返すのが天邪鬼だ。しかし天子はそのことを知っており、リスクが高いとわかっていた。それでも尚、正邪を(かくま)うことにしたのか……?

 

 

 それは……私だからじゃダメかな?私が正邪を助けたいと思ったから。永琳さんにも言ったけど天邪鬼だからなんなの?天邪鬼だって生きているし、私達と同じように喜んだり、楽しんだり、悲しんだりする。息もしているし、寝ることも必要。種族の違いなだけ、天邪鬼は嫌われるのを好むそう言う種族なんだからやめろと言うのは無理な話……でも、天邪鬼でもお互いに話し合って、交流を深めて絆を結めば気にしてくれたり、優しく接してくれると信じている。漫画やアニメの中でも絆や優しさって何よりも凄いのよ?親友(とも)になれば困難も一緒に乗り越えられると私の経験が証明している。衣玖や萃香、妖夢に神子達とも一緒に異変を解決して来たのが証拠よ。だから正邪に教えてあげることにした。そして新たな目標が生まれた……正邪と親友(とも)になるという目標が!

 

 

 次々に桃を口に運び入れて頬がパンパンに膨れ上がった正邪を見てクスリと笑みを浮かべた。その一瞬を正邪は見逃さない。

 

 

 「ほぉはえ(おまえ)ふぁらぁったわぁ(わらったな)!!」

 

 「すまない、勢いよく食べている姿が微笑ましくてな♪急いで食べても誰も取らないぞ?」

 

 「うるへぇ(うるせぇ)はだってろほぉ(だまってろ)!」

 

 

 急いで口に入れていく姿がとても微笑ましい♪文にカメラ借りておけばよかった……絶対に撮らせてくれないだろうけど。でも、正邪だって普段はこんな子なんだ。正邪に何かあるのは間違いないけど、あの後、先に目を覚ました鈴仙が言うにはいきなり襲って来たとか……もしかしたら正邪の過去に何かあるのかもしれない……断定はできないけど、何かが引き金となって豹変した可能性がある。だから無暗に聞き出そうとするのは得策ではないと思う……まずは信頼を得てそれからよ、病み上がりの体なんだし、もうそろそろ異変が解決するんじゃないかな?あれから結構時間が経つ……正邪が異変の黒幕だったとバレるのも時間の問題だろう……しかし天界にずっと置いておくわけにはいかない。私の独断で連れてきたんだから他の天人達は関係ないし、巻き込むことはしたくはない。しかも紫さんも関わってくる可能性が大きい……けれど!

 

 

 「はぐぅ!はぐぅ!むぐむぐむぐぅ!?」

 

 

 正邪の表情が苦しみに変わった。喉に詰まらせたのか苦しそうだ、天子は特製桃ジュースをコップに注ぐと差し出した。正邪はそれを奪うと口に含んで飲み込んでいく。

 

 

 「ぷはぁ!死ぬかと思った!!」

 

 

 そう言う割には笑っていた。無言で空になったコップをしばらく見つめていた。正邪は特製桃ジュースが気に入ったのかコップから視線を逸らしたら今度は天子を睨んで「もっとよこせ!」と脅しているようだった。睨まれている天子は全く怖いとは思わない……寧ろ微笑ましいと思えるがグッと堪えて、何気ない顔で再びコップに注いでやると今度は味わうように飲み進める。飲んで食べ、飲んで食べ……山盛りの桃が今では半分以下の量になってしまっていた。そんな光景を見ている天子は温かい目をしていた。

 

 

 正邪だってこんなに笑っている……嘲笑う笑みでもなく、ほくそ笑んでいる笑みでもない。正真正銘の純粋な笑顔だ。桃を頬張って喜んでいる姿は天邪鬼なんて関係ない素敵な笑みだ。正邪だって女の子、正邪の過去のことは私にはさっぱりわからない。そして今の正邪には針妙丸も傍にいない……今の正邪は一人ぼっち……一人ぼっちの苦しさは私もよくわかる。私だって比那名居天子に転生する前はそうだったから……そして私は今、ここで誓う!

 

 

 例え幻想郷の皆が相手で、追手として現れても私は正邪を守る。そして正邪に教えてあげる……天邪鬼だって皆と笑い合えることができるってことを!天邪鬼だって親友(とも)になれるということをこの私……比那名居天子が教えてあげるわ!!

 

 

 天子は正邪の笑顔を守ってみせると心に約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういうことなんだ衣玖」

 

 「いきなりそんなことを言われましても……」

 

 

 うん……困惑するよね……ごめんなさい。でも衣玖にはこのことを知っておいてほしいの。私の顔が広いと言っても天界の全員を説得するのは難しいし、正邪のことを説明したら流石の天人でも「うん」とは言わない。私一人の力では限度がある、そこで衣玖にも手を貸してほしい!こんなこと衣玖にしか頼めないのだから!!

 

 

 「すまない……衣玖に迷惑をかけることになると思う。けれど私はどうしても正邪を放って置けないんだ」

 

 

 天子は衣玖に土下座する。天子の誠意だった。

 

 

 「て、てんし様!?あ、あたまをお上げになってください!!」

 

 

 流石に土下座された衣玖は動揺してしまう。衣玖でもあの鬼人正邪の行いを天子から聞いて首を縦に振るのは難しいと感じた。悪意100%で異変を起こし、幻想郷をひっくり返そうなど妖怪の賢者が飛んでくるような異変を実際に引き起こしたのだから。そして何よりもその黒幕である正邪を(かくま)うと言ったのが天子だった。

 

 

 「(天子様はお優し過ぎるのです……)」

 

 

 天子は優しすぎた。危ないぐらいに……自分が傷ついてまで救い出そうとする始末……けれどそこが素敵なことだと衣玖は知っている。

 

 

 「(だから私は天子様のことが……)」

 

 

 だが、今は心を鬼にする。天子に味方をすれば天界中を巻き込んでの騒動に発展する可能性が高い。聞けば天邪鬼は大怪我を追っていたそうだ。そして今も異変が続き、地上はピリピリとした空気が漂っているのを衣玖は感じ取っている。異変の黒幕が正邪だと知った者達が天子と共に天界に居ると知れば……天界が戦場になってしまう。そうなってしまえば正邪に加担した天子が悪い事になり、他の天人から悪く言われる可能性だってある。天子の敵を天界に作らないようにするためには心を鬼にするしかないのだ。だから……

 

 

 「……それでも今回の件……私は協力……できません!」

 

 

 衣玖はハッキリと拒絶した。今まで衣玖は天子のお願いを聞いて来た。なんやかんや言いつつもこなしてきたが、今回は天子自身の身を守るためには協力することはできないのだ。

 

 

 「……そうか……」

 

 

 諦めたように顔を伏せる天子。

 

 

 そうよね……衣玖も流石に協力はしてくれないか。衣玖だって私のことを思って断ってくれたに違いない。でも私は正邪を守るって決めちゃったの。確かに他の天人を巻き込みたくない……正邪を説得して紫さん達にもうこんなことは二度としないと言わせられたらいいけどそう簡単にいかないのが正邪だ。口先だけの約束をしそうで怖い……誰かが傍に居てやらないと正邪は今度こそ本当に誰かを殺してしまうかもしれない。それはさせたくない、皆に睨まれることになると思うけど、正邪の秘密を明かして少なくとも大人しくさせないといつもの平和な日常に戻れないと思う。今の正邪を放って置くともっと危険な異変を起こしそうだもの……だから誰かが傍に居てあげないと!

 

 

 天子は正邪のことが心配だった。永遠亭で見てしまったあの瞳が忘れられない……

 

 

 衣玖の協力を得られないとするなば……私ができる行動は一つ!

 

 

 「……衣玖」

 

 「は、はい……なんでしょう?」

 

 「……衣玖……私に何かあれば父様と母様を頼む……」

 

 「て、てんし……さま?」

 

 

 天子は踵を返して部屋から出て行った……その顔は何かを覚悟した表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……正邪、聞いてほしいことがある」

 

 「むぐむぐ……な、なんだよ……」

 

 

 私は一つのことを決意した。

 

 

 「正邪……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私もレジスタンスに入れてくれないか?」

 

 

 天子が言うレジスタンスとは一体なんなのか……?それは天子のみが知っている……

 

 

 ------------------

 

 

 一鼓『暴れ宮太鼓』!!!

 

 

 無数の弾幕がこころに襲い掛かる。それを避けながら雷鼓に接近を試みる……

 

 

 「甘いよおチビちゃん!」

 

 

 二鼓『怨霊アヤノツヅミ』!!!

 

 

 更なる弾幕がこころの進行の邪魔をする。

 

 

 「――ぬっ!」

 

 

 こころが退く……様々な方向から弾幕が襲い掛かり、身を翻しながらそれらを避けていく。

 

 

 「中々やるじゃないか!次のこれはどうだい!?」

 

 

 三鼓『午前零時のスリーストライク』!!!

 

 

 今度は三つの太鼓が現れて、それぞれの太古から大量の弾幕が発射される。これもこころは身を翻して避けようとするが……

 

 

 ジジジジジッ!

 

 

 ギリギリのところでグレイズすることに成功したが危うく弾幕の餌食になるところであった。無表情のこころでも焦りと疲労が能面から伝わってくる。そんなこころを見て雷鼓は素直に感心した。

 

 

 「ほぉ……おチビちゃんのくせにやるじゃない!見直したよ!」

 

 「チビって言うな!私は小傘よりも宿敵よりも背が高い!」

 

 

 こころが意外にも身長は気にしている様子だった。手に持った薙刀をブンブンと振り回しているのが実に子供っぽい。

 

 

 「悪いね、こころだっけか?あんたの印象がどうも幼い印象が私の中では似合っていてね……ついついそう呼んじゃうのさ」

 

 「ムムム!こっちの方が年上だぞー!」

 

 「そうなんだけどね……そうなんだけど雰囲気って大事ってことがわかるわね」

 

 「ム~キ~!!!」

 

 「怒らないでよ、私達はここで負けるわけにはいかないのさ。私達は楽園を築くまでわね」

 

 「そのために異変を起こして人に迷惑をかける……聖が言っていた。人に迷惑をかけることはいけないことだって」

 

 「異変を起こした?何を言っているのさ?私達は異変なんか起こしていないわ」

 

 「嘘をつくな、楽園を築くと言って異変を起こし道具達を暴走される悪者め!この秦こころが成敗するぞー!」

 

 「(勘違いされているわね……やはり降して誤解を解くしかなさそうね)そうかい……ならこのまま押し通らせてもらうわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっちは苦戦しているね♪」

 

 

 こいしはこころと雷鼓が戦っているのを眺めていた。

 

 

 「どっちが勝つと思う琵琶のお姉さん?」

 

 「私はやっぱり雷鼓姐さんに勝ってほしい……ってこんなことしていていいの?」

 

 

 弁々は今の状況に疑問を感じていた。何故なら弁々の膝元にはこいしが寝転がっていたからだ。いわゆる膝枕をされていた。

 

 

 「いいのいいの♪それに琵琶のお姉さんをやっつけてやろうと思ったけれど、こころが勝ったら琵琶のお姉さん達は勝手に投降してくれるっぽいから別にいっかって思って♪」

 

 「そ、そう……雷鼓姐さんが負けたら私達じゃ勝てないのは当然だし……でも私達は敵なのにいいの?膝枕していて言うのもあれだけど……?」

 

 「戦った後は友達だもん♪それに膝枕されているとお姉ちゃんを思い出す」

 

 「お姉ちゃん?あなたにお姉さんがいるの?」

 

 

 姉がいると聞いて興味を持った。同じ姉としてどういう人物なのか気になった。

 

 

 「いるよ。いつも書斎でう~んう~んって唸って書類と睨めっこしているの!よく薬を服用したり、徹夜で書類をまとめていたこともあったなぁ……あっ!寝ているときによくうなされている姿をよく見るよ」

 

 「あ、あなたのお姉さん大丈夫なの?」

 

 「う~ん……大丈夫じゃないんじゃない?たまにストレスが爆発して壁を殴っているを見かけるし」

 

 「(苦労人なのね……)」

 

 

 こいしの他人事のように平然と言ってのける。苦笑いしてこいしの姉に同情する弁々だった。

 

 

 「それでお姉さんのことは好き?」

 

 

 自分自身も姉だが、八橋とは先の異変で付喪神になっただけで、血の繋がりはない。しかし今は八橋の姉として生きている。妹がどう自分を見てくれているのか同じ妹であるこいしに聞いてみた。

 

 

 「うん!大好きだよ!私達は覚妖怪だけど心が読めるからって理由で気持ち悪がられていたんだけど、いつもお姉ちゃんが守ってくれたんだ!」

 

 「……そう……」

 

 

 笑顔のこいしの頭を撫でる。覚妖怪というものがよくわかっていないが、今までこの姉妹は苦労してきたんだと思うと自然と愛着が湧いた。

 

 

 「くすぐったいよ~」

 

 「ごめんさない、でもなんだかこうしたくなっちゃったの。迷惑だった?」

 

 「ううん、もっと撫でて♪」

 

 

 こいしは撫でられて身を任せていると傍に近づいてくる二人……小傘と八橋の姿があった。

 

 

 「弁々姉さん何を仲良くなっているのさ!」

 

 「八橋……なんだか愛着が湧いちゃって」

 

 「こいしは楽でいいねぇ……」

 

 「小傘っちどうしたの?ボロボロだよ?」

 

 「わちきはさっきまで戦ってたの!何とか勝てたけど……終わってみたらこいしと弁々さんが仲良くしていたし…わちきは何のために戦ったのさ……」

 

 

 肩を落としてため息をつく。

 

 

 「勝ったんだ凄いね小傘っち!後はこころが何とかしてくれるだろうからこっちで鑑賞しよ」

 

 「呑気だね……わちきはもう体力も残ってないから休めるならいいけど……」

 

 「お琴のお姉さんも一緒に鑑賞しよ」

 

 「……まぁいっか。後は雷鼓姐が何とかしてくれるしね」

 

 

 こいし達はこころと雷鼓の勝敗を見守ることにした。

 

 

 ------------------

 

 

 小弾『小人の道』!!!

 

 

 無数の弾幕が逆さ城内を駆け巡る。綺麗な色とりどりの弾幕が人々の心を動かすのには十分な魅力を持っている。

 

 

 ルールの無い世界では弾幕はナンセンスである。弾幕ごっこに求められるもの……

 

 

 ●妖怪が異変を起こし易くする。

 

 ●人間が異変を解決し易くする。

 

 ●完全な実力主義を否定する。

 

 ●美しさと思念に勝る物は無し。

 

 

 弾幕は美しさ、誰でも異変を起こすことができ、人間が解決し、絶対的な実力を否定して平等に争うことができるものである。今までもこれからも通されるルールである。しかしこの場にはそれ以上のものを求める小さな小人がいる……

 

 

 負けない!負けたら無駄になっちゃう……ここで私が負けちゃったら……私達のような弱い者達が見捨てられてしまう……それは絶対に嫌だ!!

 

 

 少名針妙丸はあがいていた……

 

 

 小槌『大きくなあれ』!!!

 

 

 目の前にいる人間……たかが人間されど人間……博麗の巫女である博麗霊夢と対峙する。そして霊夢と針妙丸の戦いを静かに見守る二人の人間……霧雨魔理沙と十六夜咲夜は異変の終幕を見守っている。

 

 

 針妙丸の弾幕が霊夢を襲う……だが……!

 

 

 ひょい!

 

 

 「――!?」

 

 

 ()()避けられた!?

 

 

 霊夢は針妙丸の弾幕をすいすいと避けていく。次々とスペルカードルールが破られていく針妙丸……

 

 

 妖剣『輝針剣』!!!

 

 

 小槌『お前が大きくなあれ』!!!

 

 

 無数の針状のナイフが霊夢を襲ったり、小槌の力を使い霊夢自身を巨大化させて弾幕に当てようとも試みたが……それでも霊夢は被弾することはない。難なく針妙丸に反撃を繰り返す。

 

 

 くっ!?このままじゃ……負けちゃう!!

 

 

 針妙丸は揺れ動く……心が動揺する。自分が出せるスペルを使って何度も挑むが霊夢には届かない。諦めるという選択肢が脳内に表示される。けれど針妙丸はその選択肢を決して選ぶことなどしない……

 

 

 正邪と約束したんだ!弱者が見捨てられない幻想郷に変えてみせるって!悪者の八雲紫に尽くして弱い者いじめをする博麗の巫女なんかに負けるわけにはいかないの!!

 

 

 霊夢のお祓い棒が針妙丸を打倒さんと迫りくるが、それを針剣で受け止める。

 

 

 「観念しなさい、あんた程度じゃあがくだけ無駄よ」

 

 「貴方達には弱者の気持ちがわからない。だから下克上するの!」

 

 「弱いって判ってるんなら大人しくしてないとね。それが幻想郷の理よ!大体弱者がどうやって私に勝つつもりなのかしら?」

 

 「やはり強者と弱者は相容れない……か」

 

 

 だけど……だけど!

 

 

 「だが私の手には夢幻の力がある。それが秘宝【打ち出の小槌】!」

 

 「打ち出の……小槌だって!やっぱりその手にあるのが……!」

 

 

 冷たい視線であった霊夢に初めて動揺が走る。その一瞬を針妙丸はチャンスと捉える。

 

 

 ――今だ!

 

 

 動揺が走った霊夢に弾幕を飛ばす……しかし霊夢は辛うじてそれを避けることに成功する。

 

 

 これも避けられた!?もう少しで当てられたのに!!

 

 

 針妙丸は歯がゆい思いをしていた。不意をついた一撃を避けられてスペルカードも残り少ない……このままいけば確実に負けるのは必然だ。

 

 

 でも……私には叶えたい願いがあるんだ!!

 

 

 「あわてふためくがいい!私には逃げ惑う強者の姿が見える」

 

 

 私には願いを叶えてあげたい相手がいる。だから私は……!

 

 

 「さぁ、秘宝(こづち)よ!身体小さき者に夢幻の力を与え給え!」

 

 

 友達(正邪)のためにも負けるわけにはいかないんだ!!!

 

 

 その小さな勇者は誰よりも大きく見えていた。

 

 



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68話 輝針城攻略

連続投稿です。


それぞれの異変が終息します。そして天子はと言うと……


それでは……


本編どうぞ!




 「くらえぇえええええええええええええええ!!!」

 

 「くっ!?」

 

 

 ガキンッ!

 

 

 お祓い棒が力負けして投げ飛ばされる。

 

 

 「ヤバいぜ霊夢!」

 

 

 魔理沙の声が聞こえて来た。私のお祓い棒が離れたことで私が負けると思っているのかしら?そんなことないと言うのに、この程度で負けるほど弱くは……

 

 

 「――!伏せて霊夢!」

 

 「――ッ!」

 

 

 咲夜の声も聞こえて来たが、心配される声ではなく警告するを示した言葉を含んでいた。その言葉と背筋がゾワリと寒くなるのを感じて私は身をかがめた。

 

 

 そして霊夢の頭を()()がかすれた。その()()がかすれたことで黒い髪が数本共に舞うのをチラリと視界に入ってきた。そして鋭く尖った冴えた剣が先ほどまで霊夢の頭を狙っていたのだ。

 

 

 危うく脳天に穴を開けるところだったわ……この針妙丸とか言う小人……侮れない!

 

 

 霊夢はすぐにその場から離れ地面に落ちていくお祓い棒へと目掛けて急降下する。地面に触れるギリギリのところでうまくキャッチできた。そしてすぐさま再び敵へと対峙する。

 

 

 「……やってくれるじゃない、危うく脳天に穴ができるところだったわ」

 

 「私には負けられない理由がある!勝たなきゃいけない約束があるの!あなたなんかに負けたくない!幻想郷のためにも私は……貴方達を倒してやるんだから!!」

 

 

 強い瞳ね……今まで相手にしてきた妖怪とは訳が違う。真っすぐに突き進んでくる……迷いが無い。この小人が異変を起こしたのは間違いなさそうだけど何かが違う気がする。話も微妙に差異を感じるけど……倒せばどうでもいいと、異変を終わらせられる思っていた。そう思っていたんだけれどこれは中々骨が折れそうね……今まで異変を通して色々な相手に会って来たけど、ここまでの信念を貫こうとする相手を見るのは初めてな気がするわ。途中から気迫され始めていたなんて魔理沙達には言えない……弱者って自分で言っておいて結構強いじゃない。

 

 

 「そう……あんたなら……倒せる()()しれないわよ?」

 

 「倒せる()()じゃない、倒して()()()んだから!!」

 

 

 決意の瞳だ。霊夢は針妙丸の瞳へと吸い込まれるような感覚を覚えた。それだけではない、何者にも揺らぐことのない強い意思……針妙丸の姿が大きく太陽のように見えていた。小人なのに誰よりも大きい魂の叫びをあげているかのように……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく攻防が続いていた。ここに来て初めて霊夢が防戦一方の形となり、徐々に押され始めている……霊夢は次から次へと新たなスペルで対抗するが、針妙丸がそれを攻略していく。先ほどと立場が逆転し、小人の猛攻は止まらない。

 

 

 「でぇやあああああああああああああああああ!!!」

 

 「ぐっ!?」

 

 

 討ち合う二人……苦しい表情をしているのは霊夢、針妙丸の額には汗が流れ飛び散る……しかしその瞳は闘志を燃やし、勇気を身に纏うその姿はまさしく勇士であった。

 魔理沙と咲夜はこの光景に驚きを隠せない。霊夢が押され負けるかもしれない状況……でも手を貸すことはない。スペルカードルールに従っているだけではない、二人はこの決闘を邪魔するべきではないと見た。誰もあの二人の決闘を邪魔してはいけないと魂が吠えていた。

 

 

 「いやぁあああああああああああああああああ!!!」

 

 

 針妙丸の放った衝撃で霊夢は吹き飛ばされる。そして針妙丸の手札は残り一枚……霊夢の手札も残り一枚……お互いに最後の一枚だけとなってしまった。

 

 

 「やるわね、小人のくせに今じゃ巨人じゃないかって思ったわ」

 

 「私の闘志は燃え続けている!私はこの戦いに勝ってこの小槌で願いを叶え、弱者が見捨てられない楽園を築くの!!」

 

 

 どこが弱いんだか……残り一枚まで追い詰めるなんて……()()で相手にするのなんていつ以来かな……?

 

 

 霊夢は微笑を浮かべた。誰にも気づかれない程に小さな笑みが微かにそこにあった。

 

 

 あんたみたいな奴は……嫌いじゃなかったわ。けれどこれでお終いよ、これ以上異変を長引かせることはしたくないしね。

 

 

 霊夢にふっと光景がよぎる……腹から血を流して地上へと落ちていく妖怪の姿……命の鼓動が尽きかけた状態で放り出された先に待っているのは……

 

 

 ……名も知らないあいつのように……あんたを仕留めたくないから……だからこれで終わりよ!!

 

 

 霊夢は最後の一枚のスペルカードを取り出した。

 

 

 「これでおしまいにするわ!!」

 

 「最後に勝つのはこの私だよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『七人の一寸法師』!!!

 

 

 針妙丸最後のスペルカードが発動された!

 

 

 これがあんたの……針妙丸の思いね。久々に熱くなれたお礼よ……これが私の思いよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊符『夢想封印』!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢から色とりどりの大き目な光弾が次々と飛び出し、その光弾は針妙丸目掛けて迫りくる。

 

 

 「――!?」

 

 

 針妙丸の弾幕がかき消される。針妙丸は急いでその場を離れようとするが、光弾は針妙丸を取り囲む。

 

 

 「(――しまっ――!?)」

 

 

 そしていくつもの光弾は針妙丸を包み込み……

 

 

 「(……ごめん……正邪……!)」

 

 

 光と共に炸裂した。

 

 

 ------------------

 

 

 「終わったな……霊夢」

 

 「ご苦労様、お茶でも出しましょうか?」

 

 「いいわ、今はお茶なんて飲む気にはなれないし……って言うか咲夜あんたどっからお茶を出すつもりなのよ?」

 

 「それは企業秘密ですわ」

 

 

 霊夢のスペル 霊符『夢想封印』が決まり光が晴れた先には針妙丸が地上へと落ちていく……それをふわりと抱きかかえる。霊夢の手の中には霊夢と然程変わらない大きさだった針妙丸の姿はなく、元々は少女の膝下程度の大きさしかなかった針妙丸の体は、打ち出の小槌を使いすぎた代償で更に小さくなってしまっていた。下手をすれば手に収まるサイズの正に小人サイズであった。

 

 

 「その小人、とても勇敢なのですね。戦いを見ているだけで熱くなれたわ。それにお嬢様が好きそうなので持って帰ってもよろしいですか?」

 

 「おいおい、咲夜は何を考えているんだぜ……確かに滅多に見ることのない激戦だったな。霊夢がここまで追い込まれるなんてな」

 

 「そうね……全くどこが弱者なんだが……」

 

 「それで霊夢はその子をどうするつもり?」

 

 「……異変のことについて話を聞くわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう……ならば私もそのお話に御一緒させてもらおうかしら」

 

 

 バッ!と魔理沙と咲夜は声をした方を振り返る。そこには見慣れたスキマが開いてその開口に優雅に座っている妖怪の姿があった。

 

 

 「……紫居たのね」

 

 「あら、霊夢は驚いてくれないのね」

 

 

 神出鬼没のスキマ妖怪である八雲紫がいつの間にか背後に居たことに魔理沙と咲夜は少なからず驚いたが霊夢は一切そのようなことはなかった。ただ霊夢は手元の小人を見つめているだけである……

 

 

 「そんなにその小人が気になるの?オヨヨヨ……霊夢が構ってくれなくて紫は寂しいわ~」

 

 「はいはい……それで紫は何しに来たのよ」

 

 「冷たい態度ね……いいわ。先ほど言った通りよ、その小人の話に興味を持ってね」

 

 「……針妙丸が今回の異変の黒幕なんじゃないかってことでしょ?」

 

 「針妙丸と言うのねその小人さんは……そうよ。霊夢の言う通り、そして今回の異変は幻想郷のパワーバランスを崩しかねない異変……いいえ、ハッキリ言うわ。悪意を持って起こした異変の黒幕を野放しにすることはできないのよ」

 

 「ちょっと待てよ紫!それなら針妙丸の奴が黒幕だったら……針妙丸はどうなるんだよ!?」

 

 

 魔理沙は紫に食って掛かった。だが、紫は表情一つ変えずに魔理沙の感情を受け流す。そして冷たく言い放つ……

 

 

 「始末するわ」

 

 「そんなこと駄目に決まっているだろ!?」

 

 

 魔理沙がすかさず反応する。始末……それはすなわち言わずともわかること。この世からいなくなるということを意味している。魔理沙はそれを拒絶する。

 

 

 「確かに今回の異変はあぶねぇ異変だったかもしれないかも知れないけど結果はそうならなかったからいいだろう!」

 

 「魔理沙落ち着いて」

 

 「どうして咲夜は落ち着いているんだよ!紫の奴は針妙丸を消そうとしているんだぜ!?」

 

 「そうね……けれどそれも仕方ないことよ。魔理沙冷静に考えてみて?この異変をもし成功してしまい、この子が言う弱者が見捨てられない幻想郷になったら……一体どうなると思う?」

 

 「そ、それは……」

 

 

 魔理沙は口ごもる。今回の異変は下手をしたら幻想郷を変えてしまう異変だったことはわかる。しかしその影響までは魔理沙は考えてもいなかった。ただ良くないと言う事しか把握していなかったのだ。

 

 

 「力のない者全てが悪い訳じゃないけど、一気に変化してしまったらみんな適応できない者が多い。それだけならまだしも、悪さを行う輩が出てくる。そう言う輩は必ずしも存在して、力の強い者が規律を守ることによって抑制されているの。でももし抑制する存在が無くなれば?その輩はチャンスと捉えて好き勝手に暴れまわる……そうなれば誰がその輩を退治するわけ?」

 

 「わ、わたしや霊夢が退治すれば……」

 

 「それが現実にできたらいいわ。この子は具体的には内容は言わなかったけれど、弱者が幻想郷を支配して幻想郷のルールを壊す……こうなってしまえば幻想郷中がパニックになり、人里関係なしに妖怪が襲ったり、弾幕勝負など平和的解決法も意味を為さずに暴力沙汰になって多くの命の危機になってしまうかも知れなかったのよ?幻想郷中が混乱して収拾がつかなくなって幻想郷事態が成り立たなくなる可能性があったと今回の異変の規模はそうだと私は見ているわ」

 

 「流石は完全で瀟洒な従者と呼ばれるだけあるわね。どう?私の式になってみない?」

 

 「私にはお嬢様がいますので……それに約束しました。生きている間は一緒にいますと誓ったので丁重にお断りさせていただきます」

 

 

 深々と頭を下げて紫の申し出を断った。

 

 

 「あら残念ね。いい式になると思ったのに……」

 

 「おい紫!話を逸らすなよ!咲夜が言う通りの可能性だってあったのはわかった。けれど無事に終わったんだからいいじゃないか!」

 

 「あのね……あなたは甘すぎる。その小人を庇う必要があなたにある?」

 

 「そ、それは……」

 

 「ないでしょ?あなたはただ情けをかけたいだけ、その小人に悪意が無かったとしても結果そうなってしまってからじゃ遅いのよ。もうわかったでしょ?だから……そこをどきなさい!!」

 

 

 紫は妖気を体から放つ。その瞬間に空気がガラリと変わり、魔理沙と咲夜の肌に鳥肌が立つ。並みの妖怪では決して感じられることのない強者の貫禄がそこにあった。汗が流れて息を呑む……足が小刻みに震えるのが感じ取れてしまう。何かを発しようと口を動かすが言葉が出て来ない……口をパクパクさせるのがやっとだ。二人は恐怖に支配されていたのだ。

 そんな状態では戦う事すら叶わない……紫は無視して魔理沙と咲夜の間を通り過ぎ霊夢の前へと降り立った。

 

 

 「さぁ、霊夢もわかっているでしょ?その小人をこちらに……」

 

 

 紫が手を針妙丸に伸ばし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシンッ!

 

 

 「……」

 

 「霊夢!?」

 

 

 その手を霊夢が振り払った。

 そのおかげで紫が発していた妖気は身を潜め、魔理沙と咲夜は息を吹き返したかのように体が軽くなる。

 

 

 「紫、針妙丸はまだ異変の黒幕だと断定したわけじゃないわ。だから今は何もしてはダメ……話をするって言ったでしょ。針妙丸が話してくれるまでは手を出しちゃいけないわよ」

 

 

 霊夢は紫に対して冷たい視線を送る。それが何を意味しているのかはわからないが少なくとも針妙丸には手を出せないと言う事は確かである。

 

 

 「……そう……そうだったわね。霊夢の言う通りにするわよ」

 

 

 踵を返して紫はスキマを作り、スキマの中へと姿を沈めていく。

 

 

 「また来るわよ……」

 

 

 それだけを言い残して紫はスキマと共に消え去った。

 

 

 「紫の奴は帰ったか……言葉は通じても話は通じない奴だぜ!」

 

 「妖怪の賢者の言う事も大切よ魔理沙。魔理沙はこの子に加担し過ぎているわよ?」

 

 「そうかもしれないが……霊夢みたいな勘じゃないが囁いて来るんだ……黒幕は別にいるってな」

 

 「……それって今、考えた言い訳じゃないの?」

 

 「うるさいんだぜ!完全で瀟洒な従者なのに小さいことを言うんじゃないんだぜ!」

 

 

 魔理沙の対応にやれやれと頭を抱えるしかない咲夜は、視線の先にいた霊夢に話を振る。

 

 

 「その子が本当に黒幕なら妖怪の賢者に引き渡すの?」

 

 「ええ、紫に任せた方が楽だし私は関係ないから。もう博麗の巫女としての異変解決はこれで済んだことになるのだから後はどうでもいいわよ。煮るなり焼くなり好きにしてって感じ……赤の他人だからね」

 

 

 霊夢は平然と言ってのける。その言葉に対してムスッとした表情の魔理沙だったが、それでも魔理沙は何も言わなかった。

 

 

 「あなたが言うなら私から何も言わないわ。さて、異変は解決したんだから帰りますわ。お嬢様がそろそろプリンをねだる頃合いですので」

 

 「紅魔館の当主はお子ちゃまだな……」

 

 「そこがいいのよ魔理沙♪あなたにわかるかしら……いつもなら夜を統べる王の風格を漂わせているお嬢様がふっとした時に見せるあの可愛らしい仕草に表情……そして極めつけは『咲夜が作ってくれたプリンは美味しいわよ♪』って私に微笑みかけてくれる笑みが最高なのよ!」

 

 「お、おう(咲夜が時々みせるこれは相変わらずなれないんだぜ……)」

 

 

 鼻息が荒いメイドは魔理沙にレミリアの良さを次々に語る。その語る目はどこか天国でも見ているかのようであったが、対して魔理沙はどうでもいいかのように適当に話をつけていた。

 背後の雑音を尻目に霊夢は手の中で疲れ果てて眠っている小人を見つめていた……

 

 

 「(……針妙丸が本当に異変の黒幕?異変を引き起こしたのは針妙丸のようだけど……何かが引っかかるような気がする。それに……)」

 

 

 霊夢は逆さ城の窓から外を眺めた。

 

 

 「(名も知らないあの妖怪が気になる……あいつは針妙丸と関りがあった?とにかく目が覚めてから色々と聞くことが多そうね……)」

 

 

 霊夢は誰にも気づかれることなく深いため息をついて異変は終息することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あの小人が異変の黒幕だと想定しても何かが引っかかるわね……いるかしら藍?」

 

 「はっ!ここに」

 

 

 スキマから姿を見せた紫が発した言葉に反応する声……木陰の傍から姿を現したのは八雲藍であった。

 

 

 スペルカードルールは幻想郷内での揉め事や紛争を解決するための手段であり『殺し合い』を『遊び』に変えるルールである。今回の異変には遊びと言うものが感じられない……『殺し合い』までにはいかなかったものの、幻想郷のパワーバランスが総崩れする可能性があったこと、打ち出の小槌を使って願いを叶えていく過程で溢れ出た小槌の魔力によって道具が付喪神化したり一部の妖怪達が暴れるようになった。博麗神社にまで押し寄せることになり、幻想郷が機能しなくなるのを紫は恐れた。そして見つけた……逆さ城の内部で小槌を扱う小人を……その小人と霊夢達が戦うのをスキマから紫は観察し、その間に藍は紫の命令で幻想郷中を観察していた。待ち合わせの時間となり一度この場へと帰って来たのだ。

 

 

 「どうだった藍、幻想郷の様子は?」

 

 「はっ!付喪神化した道具達の大半は元に戻り、暴れていた妖怪も正気を取り戻した様子です。そしてその背景には秦こころ及び地底の覚り妖怪、唐傘の妖怪の手によって終息したもようです」

 

 「秦こころ……この前に異変を起こした子ね。それに地底の覚り妖怪が何故地上に……?」

 

 「おそらくかの者は古明地さとりの妹である古明地こいしでしょう。話を耳にしたことがあります。無意識を操るとか……」

 

 「意思に関係なく地上に出て来てしまったわけね……ちゃんと条約は守ってほしいものね……」

 

 

 これにはお手上げといったばかりに呆れた。本来ならば地底の妖怪が地上に無断で出てくるのはご法度なのだが、今回ばかりは藍の報告によれば異変終息の手助けをしたそうだったので紫は見てみぬふりをすることにした。こいしは地霊殿の主であるさとりの妹なので弱みを握っておけば、これをチラつかせて言う事を聞かせるようにすることなど紫ならばやってのける……決してそうじゃないと信じておきたいがそれは当の本人にしかわからない。そして話題に上がらない小傘は泣いてもいい……

 

 

 「それでもう一つ……鬼人正邪となる者の情報があります」

 

 「鬼人正邪?」

 

 

 紫はその名に心当たりはなかった。一体どこの妖怪か……見当もつかない。

 

 

 「藍、その鬼人正邪について教えて」

 

 

 藍は紫に鬼人正邪のことを伝える。体の特徴、どんな性格で何の妖怪なのかまで紫に伝えた。

 

 

 「天邪鬼……今回の異変は弱者が強者を蹴落とす下克上、その鬼人正邪が深く関わっているとみて間違いなさそうね」

 

 「はっ!そしてその鬼人正邪は博麗の巫女……霊夢の手によって重傷を負ったようです」

 

 「霊夢が?意外ね……お遊びじゃないだなんて……もしかしたらその鬼人正邪が今回の黒幕って可能性もあるかもしれないわね」

 

 「それとなんですが……重傷を負った鬼人正邪は小妖怪共と遭遇して更に傷を負い、瀕死の状態にまで陥りました。しかしその時に現れたのが……比那名居天子です」

 

 「……えっ?」

 

 

 意外な人物の名に声が漏れてしまっていた。

 

 

 「瀕死の鬼人正邪を抱えてそのまま森の中へ……おそらく永遠亭に向かったと思われます。それ以降の情報は残念ながら……」

 

 「……そう」

 

 

 紫は顎に手を当てて考える。

 

 

 「(比那名居天子……またあなたが関わってくるだなんてね、異変を起こしたのはあなたではなさそうだけど……黒幕は小人か天邪鬼か……しかし小人の方は打ち出の小槌が願いを叶える際に求められる『代償』を知らなさそうだったし……まさか本当の黒幕は!?)」

 

 

 紫はすぐに行動に出た。スキマを開き、中へと入って行く。

 

 

 「紫様?」

 

 「藍、ちょっと出かけてくるわね」

 

 

 紫は目的の人物に会うために再びこの場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もうおチビちゃんなんて言わないからその薙刀でツンツンつつくのやめてくれない?」

 

 「ダメ、まだ私の気が収まらない……私は怒っているのだぞー!」

 

 

 ロープで縛られていたのは堀川雷鼓だった。そして雷鼓に薙刀でつついていたのはこころだ。危ない行為なので良い子のみんなは決して真似しないように。

 

 

 「やったねこころ♪」

 

 「凄い!こころってこんなに強かったんだ!わちき驚いたよ!」

 

 「当然だ」

 

 

 こいしと小傘がこころをヨイショする。ふんすと鼻息を鳴らして胸を張るこころは上機嫌のようだ。

 

 

 「雷鼓姐が負けちゃった……弁々姉さんどうなっちゃうの?」

 

 「大丈夫よ、この子達は私達を悪く扱ったりしないわよ」

 

 「どうしてそんなこと言えるの?」

 

 「考えてみて八橋、あの暴力巫女に比べたらどっちの対応が優しい?」

 

 「断然こっち」

 

 

 博麗の巫女に返り討ちにされた時と比べればどれほどこの子達が優しいか身を以て実感する。

 

 

 「それでおチ……こころは私達をどうするつもりかしら?負けたからにはもう好きにするといいさ」

 

 

 雷鼓は諦めた。どうであれ敗者が何かを言える立場ではないことぐらい知っている。これで道具の楽園を築くという夢は終わりを告げる……

 

 

 「なら……ツクモンジャーのメンバーに入れ」

 

 「……はっ?」

 

 

 雷鼓は自分の耳を疑った。

 

 

 「……なんだいそれは?」

 

 「私達が結成した組織(クラブ)の名だ。宿敵と小傘と私がメンバーだが、まだまだ足りないと思っているところだった。雷鼓もお前達(九十九姉妹)もツクモンジャーのメンバーになれ」

 

 「……それでその……つくもんじゃーは何をしている組織(クラブ)なの?」

 

 「う~ん……特にない。私達の気分次第での活動だ」

 

 「……」

 

 

 雷鼓は計画性のない連中だと思った。だけど、嫌とは思わなかった。名前はダサいと思ったがあえて何も言う事はしなかった。

 

 

 「ふふ、まぁいいわ。負けた私達がとやかく言う事はできないからね。でもいいのかしら?私達は黒幕なのかもしれないのよ?」

 

 「あ、そういえばそうだった」

 

 「そういえばって……」

 

 

 うっかり忘れていた反応を示すこころに呆れる。

 

 

 「でも雷鼓は黒幕って気がしない……戦ってみてわかった。雷鼓はそんなことをするような付喪神じゃないって。だから私は雷鼓達を許す」

 

 

 薙刀を振りかざして雷鼓を縛っていたロープを切り裂いた。

 

 

 「あんた……!?」 

 

 「これからは仲間だ。雷鼓」

 

 

 こころは手を差し出す。その手とこころの表情を見比べながらふっと笑みがこぼれる。

 

 

 「あんたには敵わないわ……完敗よ」

 

 「ふふん、当然だ♪」

 

 「これからはお世話になるわ。弁々と八橋とも共ね、そっちのお二人もよろしくね」

 

 「うん♪よろしくね♪」

 

 「わちき達の方こそお願いします」

 

 「弁々姉さん、成り行きで私達も入ることになったけど……」

 

 「いいじゃない、こういう終わり方もなんだか素敵よ。それに……雷鼓姐さんが喜んでいるみたいだからこれでいいのよ」

 

 

 こうして霊夢達が表の異変を攻略している裏でこころ達の活躍があったそうだ。

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おい、これからどうするつもりだよ……?」

 

 

 ここは地上……の霧の湖。そこで三角座りしながら湖を眺めている正邪と……

 

 

 「……ノープランだ」

 

 

 天子の姿があった。

 

 

 この二人が幻想郷の住人を巻き込んだ逃走劇を繰り広げる日は近い……!

 

 



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69話 双天のレジスタンス

異変が終息する中で正邪が次なる行動は……


そして天子はあの方と出会う……


まだまだ真面目な回が続いております。


それでは……


本編どうぞ!




 「……おい、これからどうするつもりだよ……?」

 

 「……ノープランだ」

 

 

 やってしまった……遂に私は転生前でも経験しなかったことを仕出かした。それは……

 

 

 「お前……家を飛び出してよかったのかよ……?」

 

 

 私、比那名居天子は家出しました。

 

 

 いや、あの……家出って言っても衣玖と喧嘩したとかで飛び出したとかではないのよ。父様と母様とも何もないから……これには私の覚悟があってのことなんだけれど……

 

 

 ------------------

 

 

 これは天子が家出する前の出来事だ……

 

 

 

 「私もレジスタンスに入れてくれないか?」

 

 

 きっかけは天子が唐突に放った言葉……

 

 

 「……」

 

 

 正邪は固まってしまった。止めることのなかった手も止まり、視線を天子を捉えて離さない。否、離せなくなってしまった。何故なら正邪は天子が放った言葉に衝撃を受けたからだ。

 

 

 『ひっくり返す者(レジスタンス)

 正邪が掲げていた旗そのものの言葉だ。天邪鬼である正邪を表す言葉でもあった。自分が天邪鬼であり、異変を起こした黒幕であると知られているのではないかと脳が危険信号を発する。もしそのことがバレていて知っていて治療を受けさせて(かくま)っている……何を企んでいる?罠か?それとも何かあるのか?次々に正邪の脳内で憶測が駆け巡り、先ほどまで食べ飲みしていた桃とジュースにも疑いをかける。もしかしたら毒でも入れられていたのではないのか?そんなことまで考えが浮かび、体を硬直させるには十分な理由だった。

 

 

 「(ま、まずい……!こいつ知っている!ここに(かくま)ったのは何かの罠だ!もしかして薬か何かで眠らせて八雲紫にでも突き出そうって魂胆(こんたん)か!クソッ!こんなところにいられるか!!)」

 

 

 正邪は意志だけで硬直した体に喝を入れた。体がビクリと反応して勢いよく立ち上がる。その拍子に椅子が吹き飛ぶが知ったことではない。今は一目散に逃げることが必要だったが、足を踏み出した時に激痛が体中に走った。永遠亭から連れ出された正邪の体はまだ完治しておらず、無理に動かせば体が悲鳴をあげる。

 

 

 「ぐぅ!?」

 

 

 痛みで足がもつれて床に打ち付ける形で倒れてしまった。倒れた拍子に顔を打ち、鼻から血が流れて声にならない悲鳴があがる。

 

 

 「(に、にげないと!!)」

 

 

 それでもお構いなしに這ってでも逃げようとしたが目の前を影が覆う……見上げるとこっちを見つめる天人が扉の前を防ぐ形で立っていた。

 

 

 「(チクショウ!何がお人好しの野郎だ……結局はどいつもこいつも……!)」

 

 

 

 『「騙された方が悪いんだ!つまりお前が悪いんだよば~か!!」』

 

 

 『「天邪鬼のくせして騙すのが嫌だとか……バカだろお前!」』

 

 

 『「泣いてやがる!そんなにいい子ぶりたいのかよ~!!」』

 

 

 「(……チクショウ……!)」

 

 

 歯が砕けんばかりに噛みしめる。頭の中に響くそれらは正邪をいじめる……何もできない自分が憎い、弱い自分が恨めしい……悔しさで正邪の瞳に光が失いかけた時だった……

 

 

 「立てるか正邪?」

 

 

 そこには手があった。

 

 

 そしてもう片方の手が正邪に近づいて顔に何かを優しく押し当てる。押し当てられたそれはハンカチだ。そのハンカチは鼻血を拭き取って赤色に染まっていた。

 正邪は再び体が硬直してしまった。今度は戸惑いだった。目の前の天人は心配そうに正邪を見つめ、優しく語り掛ける。

 

 

 「まだ完治できていないだろ?無理はするな、一人でできないことがあれば私が手を貸すことぐらいはできる。だから頼ってくれ」

 

 

 何を言っているのだろうと正邪は思った。敵ではないのか?疑いの目が天人を見つめる……

 

 

 「その目は疑っているな?大丈夫だ正邪、私は正邪の敵ではないから安心してくれ。正邪に酷い事をしようなんて考えていないし、異変を起こした黒幕だって言うことも知っているがそんなことは気にしないから安心してくれ」

 

 

 正邪は嘘だと思ったが、何故か体が安堵した様子であった。先ほどまでの痛みは消え去りゆっくりと手を伸ばしてその手を掴んで立ち上がる。

 

 

 「……お前……なんで……?」

 

 

 信じられないといった顔……無理もない。正邪にとって目の前の天人は今まで会った人物の中で特に異質だった。天邪鬼と知っていて良好に接してくる相手などいなかった。しかし目の前の天人だけは違っていた。正邪にとっては正に異物を見る形となって映っていた。

 

 

 「なんで?っか……放っておけないから……ではダメかな?私が正邪のことを放っておけなかったからって理由では納得してくれないかな?」

 

 

 優しい笑みを浮かべる天人の姿にたじろいでしまう。嘘偽りのないその太陽に照らし出されたように輝く笑顔が正邪を混乱させる。

 

 

 「わ、わたしは天邪鬼だと知っていてか!?」

 

 「ああ、知っている。異変を起こしたこともね。だが、それがどうした?傷ついた少女を放っておけるほどの度胸は私には持ち合わせていない小心者なんだ」

 

 

 正邪はこの天人はもしかしたら自分と同じ天邪鬼ではないのかと一瞬疑ってしまった。天邪鬼と知っていて悪意を持って起こした異変の黒幕を助けるひねくれものなのではないかと思ってしまった。

 

 

 「……お前は私の敵……でないのは間違いないのか?」

 

 「そうだね、正邪の敵ではない」

 

 「そうか……」

 

 

 正邪は少し安心した。先ほどまで頭の中で響いていた声も聞こえなくなっており、気持ちがだいぶ楽になっていたことに気づく。そのおかげで安堵したため息が出る。

 

 

 「はふぅ……」

 

 「どうした?ため息なんかついて?」

 

 「なんでもねぇ……それで……お前の名前はなんだった?」

 

 「私は比那名居天子、非想非非想天の息子であり、天人くずれだ」

 

 「天人くずれ?」

 

 「不良天人って言えばわかるかな?」

 

 「……不良には見えねぇが?」

 

 「原作では不良天人なんだ」

 

 「???」

 

 

 正邪にはよくわからないが、どうでもいいとさえ思えた。今肝心なことを聞きたい気持ちが先走る。

 

 

 「ケッ!まぁそんなことどうでもいい話だが……レジスタンスの仲間になるって?この意味わかっているのかよ?」

 

 「ああ、それでなんだが……正邪に聞いてほしいことがある」

 

 「……なんだよ」

 

 「それは……」

 

 

 天子は語った。

 『弱者が見捨てられない楽園を築く』と美辞麗句を用いて、小人族の少名針妙丸を唆して騙した挙句、秘宝【打ち出の小槌】の魔力を利用して幻想郷転覆を企てた天邪鬼の鬼人正邪。異変を引き起こした正邪は後に幻想郷の住人から狙われることになること。勿論、正邪がゲームのキャラであることなど等は伏せて話した。

 

 

 「ケケッ!上等だ!この鬼人正邪様があんなふんぞり返って威張り散らす奴らなんぞに捕まるかよ!この私を誰だよ思っているんだ?天下の天邪鬼の鬼人正邪様だぞ!」

 

 「(頼もしい限りだね。自身だけは誰にも負けない根気強さも持っているわね……諦めが悪いって言った方がいいのか今の正邪は明るい表情で安心できるね)」

 

 

 正邪の様子は至って元気で安心した天子であったが、そんな時に正邪は急に慌てた素振りを見せる。

 

 

 「どうした正邪?」

 

 「そうだ!異変はどうなったんだよ!?」

 

 

 肝心な秘宝【打ち出の小槌】を回収しようとしたが、永遠亭で自我を失ってしまった。それから今までに時間がだいぶ過ぎていた。すっかり忘れていた正邪は慌てて天子に問うが……

 

 

 「もう間に合わない、霊夢達が異変を終わらせるだろうな。地上を覆っていた異変の気配も今では薄くなってきている……残念だが諦めることだ」

 

 「そ、そんな……」

 

 

 もう回収することができず野望も潰えてしまうと悟ってしまった。やはり落胆するかとこの時の天子は思ったが……

 

 

 「こんなことで終わらせるか!異変が失敗したのならばもう一度異変を起こすまでだ!!」

 

 

 グッと拳を握りしめ天子がいるのにも関わらず宣言してしまう正邪。天子であるからよかったものの、その他の人物であればこの場で絞められていただろうに……

 

 

 「……諦めるつもりはないのか?」

 

 「ない!それとも何か?お前が邪魔するってのかよ!」

 

 「いや、邪魔などしないさ……やはり覚悟しておいてよかった」

 

 「覚悟って……何のことだよ?」

 

 

 さっぱり話がわからない正邪は一人で納得している天子を不気味に思う。

 

 

 「正邪、再び異変を起こそうとするならば大勢に追われることになる……覚悟はできているのか?」

 

 「……ケッ!お前が言うように誰がどれだけ来ようとも逃げ伸びてやる!」

 

 「そうか……ならば私も共に行こう」

 

 「――はぁ!?」

 

 

 今度こそ正邪は訳がわからなかった。一度異変を起こし、そして再び幻想郷の転覆を狙った異変を起こそうとする正邪についていくと言ったのだ。こればかりは天子の思考を疑うしかなかった。

 

 

 「私が言うレジスタンスを入るとはそういうことだ。大丈夫、腕には自信がある程度あるから心配ない。正邪と共に逃げ延びてみせるさ」

 

 「まてまてまてまてまて!?お前意味わかっているのか!?お前天人、私は悪党だぞ?それなのに私に味方をするのかよ!?」

 

 「正邪、勘違いしないでほしいが私はただ正邪と共に逃げ延びるだけだ。悪事に手を染めるつもりはないし、幻想郷の転覆を望んでいるわけでもない。もし襲われたら反撃はするだろうがな」

 

 「それじゃなんでレジスタンスに入るって言ったんだよ!?」

 

 「正邪の傍に居たい……ではダメか?」

 

 

 天子の言葉に正邪は反論できなくなった。正邪は目を見開いて驚いている様子だった。辺りも静まり返りしばらく静寂が続く……

 

 

 「な、お、おま……お前は何言っているんだよ!?ば、ばかか!お前はおばかだ!ば~か!!」

 

 

 正邪の顔が真っ赤になり、バカと連呼する辺り動揺を隠しきれていない。

 

 

 「そうだな、私はバカのようだ。バカな私が傍に居たらダメか?正邪を守る騎士(ナイト)ぐらいの役目は背負うつもりだけどね」

 

 「……べ、べつに……ま、まぁ……仲間なんてこの鬼人正邪様には要らねぇが仕方ないな!特別に家来にしてやるから誇りに思えよ!!」

 

 

 ビシッと人差し指を突き付ける。平常心を保っているように見せているが少しにやけそうな顔をしていたのは本当は仲間ができるのが嬉しかったのかもしれない。

 

 

 「ああ、よろしく頼む正邪!」

 

 

 こうしてレジスタンスはここに誕生したのであった……

 

 

 ------------------

 

 

 こうして私はレジスタンスの一員(正邪と天子だけ)になって正邪を見守ることになったんだけれど、原作だとこれから正邪は数々の東方キャラ達との戦いを繰り広げる。原作ではアイテムを駆使して逃げ延びるんだけど……この幻想郷の正邪には何かある。永遠亭で見せた正邪の瞳……悲しい瞳だった。あの瞳を忘れることはできないし、正邪もどこかおかしい……このまま一人にしておくのは良くないと思い理由を無理やりつけて仲間にしてもらった。だけど正邪と仲間になるということは逆に他から敵としてみなされる。私自身の立場もあって、私は天界から自ら去ることを選んだ。ちゃんと手紙も残してきたし、後は何とか衣玖がやってくれるはず……それに一生天界から去ろうなんて思っていない。正邪が一人でも大丈夫なようになれれば私の協力もいらないだろうし、皆に後でちゃんと説明すればわかってもらえると信じている。そうなるまでどれほど時間がかかるかわからないけど、それまでは正邪を見守ってあげることにした。

 

 

 そう、ここまでは大丈夫か?と聞かれても……大丈夫だ、問題ないっと答えられるのだけども……ここから先が大丈夫じゃない、問題だ。

 

 

 正邪を見守ること以外に具体的にどうこうすると言う思考が抜けていた。つまり……何も考えていませんでした。どこで一夜を過ごすのかとか、お金は所持金しか持ってきていない……勢いに任せて貯金を下ろしてくるのを忘れてたし、正邪の豹変する原因を突き止めるために傍にいるだけでどうにかできるのかと言えばわからない。問題が山積みであることに気がついた。何やっているんだろ私……カッコよく飛び出して来たのにカッコがつかない現状……しかも正邪にそのことを指摘されてようやく気づくという……とても恥ずかしくて穴があったら入りたい……

 

 

 「ノープランとか……あれだけ言っておいて呆れるぜ」

 

 

 すみません……その失望した目を向けないで……私泣いちゃうからやめて!!ベッドびちゃびちゃに濡らしちゃうから!ご慈悲を……ご慈悲をください!!

 

 

 結局は天子と正邪は途方に暮れることになった。仕方ないので湖を眺めながらいい案が浮かぶのを待つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 ……何も思い浮かばない……

 

 

 あれから結構時間が経ったけれど何も案が浮かんでこなかった。隣にいる正邪は諦めたのか、疲れ果ててしまったのかもう横になって寝してしまったし……これからどうしよう……

 

 

 湖を眺めている間に空は既に日が落ち始め影が生まれていく。

 

 

 このままじゃ夜になっちゃう……今更天界に帰るなんてカッコ悪いし……もう既にカッコ悪い所見せてしまったけれど、これ以上の失態みせたくないしなぁ……

 

 

 「はぁ……」

 

 

 そう思っていると自然とため息が出てしまう。ガックリと肩を落として現実を受け入れるしかないのだろうかと考えていた時だ。

 

 

 「ため息なんてついてどうしたのかしら……比那名居天子」

 

 

 体が一瞬跳ね上がる。そして背筋が一気に寒くなる。天子はその声を聞いた途端に体中から冷や汗が流れ出るかと思うぐらい意識が活性化された。それもそのはずである。今一番会いたくない人物とまるっきり同じ声が背後からしたのだから……

 

 

 「……もう来たのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……紫さん」

 

 「この前以来ね……天子()()

 

 

 鋭く尖った視線を向ける八雲紫の姿がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 WARNING!  WARNING!  WARNING!

 

 

 全神経が危険だと警告していた。

 

 

 最大危険度MAX!紫さん現る!!?

 

 

 遂に来てしまった……いきなりラスボス()()()()の登場に驚きを隠せない私……早い、早すぎる!?まだ正邪は何もやってないのよ。これからどうするとか私とお話していただけでして……あれ?これってもしかして紫さんに聞かれていたとかないよね?もう私が正邪と共犯であることバレちゃってる感じ……それ以前にこうして一緒に居ること時点で良くは思われないだろうし……まさかとは思うけど闇討ちしに来たとかないよね……?

 

 

 いやいやまてまてまってまって!?今日の紫さんはいつものニコニコ顔だが、目がこちらの様子を窺っているのは確かだけど……だがまだ慌てる時ではない。私は正邪に味方するとは言ったけど悪事に手を染めるつもりはないし、正邪にもそんなことさせるつもりはない。あくまで弾幕ごっこの範囲内なら私だって文句言えないけれど……

 原作なら正邪が異変を起こす前に幻想郷の住人から逃れなければならない。そしておそらく今がその時である……その時であるはずなんだけど……初手が紫さんはちょっとクソゲーになっちゃうかな。手加減してくれるとかそんな雰囲気は感じられないし、何よりも……敵意を感じ取れる。

 

 

 天子の頬を汗が流れ落ちる……予想外の相手が現れたことで場の空気も一変した。

 

 

 「う~ん……なんだよ……折角寝ていたのに……ぬわぁ!?誰だお前!?」

 

 「初めまして()()()、私は幻想郷の賢者である八雲紫よ」

 

 「お前があの……!?これはこれはあの偉大なる幻想郷の母なるあなたはわたくしめに一体何か御用でしょうか?」

 

 「……一つ聞きたいことがあったのだけれど答えてくれるかしら?」

 

 「はい、わたくしめにお応えできることであればなんでも……」

 

 「そう……それじゃ遠慮なく……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「異変の黒幕はあなたね」

 

 

 のしかかられたような重みが体中にかかる。そして冷たく辺りに響く声……紫の眼光が正邪を捉えて離さない。鎖に繋がれて虎が入っている檻にでも入れられた錯覚を感じてしまう。小妖怪ならこれだけで失神してしまう……正邪も一瞬の意識を失いそうになった。しかし、正邪はこの程度では屈しないし、支配などされはしない。

 

 

 「――ッ!」

 

 

 歯を噛みしめ、拳に力を込める……それでも震えてしまう足に乱暴に爪を突き立てる。痛みで震えを中和する。腹の底から反吐が出てしまう程に嫌いな存在であり、野望を為しえるためには必ずしも乗り越えなければならない妖怪……だが、自分では抗うことすら困難な相手である。正邪には逃げる選択肢しか残されていなかった……一人であったならば。

 

 

 「紫さん待ってほしい」

 

 

 この場には正邪と紫だけでなく、天子もいる。隣に立っている天子の横顔が先ほどのうっかり屋さんの時とは違い頼もしく感じられる気がした。

 

 

 「……何かしら?」

 

 「確かに紫さんの言う通り正邪は異変の黒幕だ。それは否定しない」

 

 「やっぱりそこの天邪鬼が黒幕だったのね……それで?あなたはその天邪鬼を助けたようだけれど……まさかその者を見逃してくれと言うんじゃないでしょうね?」

 

 「ああ……見逃してほしい」

 

 「……どういうことかしらね。幻想郷を脅かそうとした元凶を見逃してほしいだなんて……それも天界に住むお偉い比那名居家の御子息であるあなたがそんなことを言うなんて……何を考えているの」

 

 

 更に重くのしかかる威圧感を天子を襲う。

 

 

 ……流石紫さんだ、直接敵意を向けられるのは初めてだけどこれほどとは……!正邪が怯えるのも無理はない。私も内心めっちゃ怖い……でもここは譲れない。今、紫さんに正邪を渡してしまえば豹変する原因も掴めずに下手したら正邪がロストしてしまう可能性がある。そうならないと願っているが紫さんが幻想郷を愛する心は本物……神子の時は被害も最小限で何とか許してもらえたけど、今度はそうはいかない様子だ。だからこそ、今は渡せない。正邪も今の好感度ではフラグも建てられていないから改心してくれることはないだろうけど危険なのだ。正邪の身に何が起こっているのか知る必要があるからね。

 

 

 「今の正邪は一人にするのは良くないのだ。それに正邪を渡せば……どうするつもりだ?」

 

 「それ相応の対応をさせてもらうわ。今回は弾幕ごっこの範囲内で終息したからよかったものの、そこの天邪鬼はあろうことか次も異変を起こそうとしているのよ?あなたも横で話していたら知っているわよね。これを見過ごせと言うの?ただの異変ではなく、幻想郷のバランスを崩す重大な異変を起こさせるわけにはいかないのよ」

 

 「紫さんの言いたいことはわかるが、私は正邪と約束したんだ。私の身勝手なことだが約束は約束だ。破る訳にはいかない……破ったら萃香にぶん殴られてしまうからな」

 

 「約束……例えあなたが約束を守ってもそいつは天邪鬼……平然と約束を破るわ。約束は破るもの……天邪鬼は嫌われることを喜びに感じ、他人が嫌がることを望む妖怪……裏切られるわよ?」

 

 「何度も裏切られたとしても私は約束したんだ。そして私はこう思っている……天邪鬼でもお互いに話し合って、交流を深めて絆を結めば気にしてくれたり、優しく接してくれると信じている。天邪鬼だって生きているのだから笑ったり、泣いたり、怒ったりと私達と何も変わらない。だから向き合えばいつかはわからないが共に並んで道を歩むことができるようになるとな」

 

 「……」

 

 

 紫はそれから何も話さなかった。ただお互いに視線を交差させている二人を交互に見比べて突っ立っていることしかできない正邪が取り残されているばかりであった。

 しばらくそうしていると不意に紫は踵を返して天子と正邪に背を向ける……大きく開いたスキマの入り口に足を踏み入れて一言……

 

 

 「天邪鬼が改心できるといいですわね……天子()()

 

 

 それだけ言い残してスキマと共に消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……怖かった……!!!完全に敵視している目だったわ。これで紫さんの好感度駄々下がりね……折角上げた好感度が……紫さんか正邪かの(ルート)イベントで選んだ側とは別のヒロインの好感度が下がることはギャルゲーではよくあることよ。必要経費よ、必要経費だと思えばいいのよ私……うぅごめんなさい紫さん……気持ちはわかる。幻想郷大好きな紫さんだから今回の異変&これからやろうとしていることに腹が立つのはわかるわ。でも私のエゴだけど正邪を助けてあげないといけないの。それが私の為すべきことであり、これから正邪が悪さをしないように見張っておくのが紫さんへの罪滅ぼしになるかなぁ……?

 

 

 心の中で謝罪と意思の在り方を整理していると騒動の原因となる正邪が呼びかけた。

 

 

 「……おい」

 

 「ん、なんだ正邪?」

 

 「ケッ!余計なことしやがって!なにが『共に並んで道を歩むことができるようになる』だ。ならねぇよそんなこと、お前は私の後ろをヨチヨチとついて来たらいいんだよ。この鬼人正邪様は孤高の存在なんだ。だから友達なんか要らねぇし、仲良くなる気もない!お前の夢なんて一生叶わないんだぜ!ざまぁないぜ!アホ!バカ!マヌケ!!」

 

 

 ゲラゲラと天子を指さして笑い転げる。天邪鬼としての性質なのか罵倒する言葉を並べていく。アホやバカと煽って更に天子を怒らせる素振りを見せたりしたが天子は怒りを感じることは一切なかった。

 天子は正邪がそういう人物なのだということを知っているから。

 

 

 「夢は叶わないっか……そんなのやってみないとわからないだろ?」

 

 「無理だよ無理、お前の頭ン中は石っころでできているのかよ?」

 

 「石っころよりかは硬そうだがな……まぁ、なんにせよ()は正邪の味方だからな」

 

 「()は……っか……

 

 「どうした?」

 

 「ケッ!なんでもねぇ……それより妖怪ババアに見つかったんだ。早く何処かに隠れるぞ!」

 

 

 正邪が一瞬暗い顔をしたような気が……気のせいかな?それと正邪、ババアはまずい……それは放送禁止用語よ!お願い紫さん、スキマで覗き見していませんように……!

 

 

 心の中で神に願って禁止ワードが紫に届かないよう祈るのであった。

 

 

 「おいどうした!早く来いのろま!!」

 

 「ああ、今行くさ」

 

 

 これからが本番よね……正邪と私の逃亡劇の始まりが……!!

 

 

 ------------------

 

 

 予想通り……それだけの結果だった。

 

 

 草むらを踏みしめる音が聞こえて藍が振り返った先には主である紫の姿があった。

 

 

 「紫様、一体どこへ行かれていたのですか?」

 

 「どこへですって……決まっているでしょ」

 

 「天邪鬼に会って来たのですか?」

 

 「ええ、その通り……でも天邪鬼だけではなかったわ」

 

 「――っと言いますと比那名居天子……ですか?」

 

 「お利口ね藍は、話を聞いてもしやと思ったけれど……彼が居たわ」

 

 

 予想通り……当たってほしい時には当たらず、当たってほしくない時に当たる……不思議なものね。生物の勘ってやつは……彼の場合は勘と言うよりもそう仕出かすだろうと性格上予想した。そして的中してしまった。彼……比那名居天子はあろうことか異変の黒幕である天邪鬼、鬼人正邪側についた。愚かなことをしたわね。天邪鬼は救いようのない弱小の中の弱小妖怪であり、他者の不幸を喜び、嫌われることを好む正に愚か者。そう言う妖怪であるならば仕方ないと放っておいた。これも自然の理であり、幻想郷の意思なのだから……でも許せないことだってある。あの天邪鬼だけは……

 

 

 歩く度にぐしゃりと音を立てて雑草を踏みつぶす。ただの歩く音に聞こえるかもしれないが、長年、紫に付き従っている藍には自分の主が腹を立てて物に当たっているように聞こえていた。

 

 

 「……紫様、気をお静めください」

 

 「私は何も怒ってないわよ?」

 

 「……比那名居天子のことでは?」

 

 

 ぐしゃりとまた雑草を踏みつぶす。今度は明らかに力を込めて踏みつぶしていた……まるで雑草を気に入らない相手の肉体に見立てて踏みつぶしているかのようである。

 

 

 比那名居天子……お人好し過ぎるのもいい加減にしてほしいわね。あなたのその優しさが人によっては苛立ちを覚えさせるだけの好意になるということもある。そんなことにもなりえるのだと理解してほしいものね。あなたが優しさを向けるのは勝手よ、だけどあの天邪鬼だけはいけない……あいつは私の幻想郷を滅茶苦茶にしようとした。遊びのつもりでも、知らずにやったことではない。正真正銘の悪意……例えあいつが小物であったとしても見過ごせば各勢力に示しがつかないし、甘くみられることだってある。それに放置すれば必ず再び異変を起こす……今度はもっと危険な異変かもしれない……

 

 

 パワーバランスを気にしつつ霊夢達が自分達の力だけで異変を解決できるように幻想郷を見守る彼女は影ながら支えてきた。しかし紫は不安だった。

 

 

 『幻想郷は全てを受け入れる』

 紫自身が創った【幻想郷】に対する価値観を述べている。この2行に幻想郷の自由さや怖さが表されており、何とも言えぬ深みを出した台詞である。しかしその言葉通りにすべてを受け入れるわけでは無い。

 受け入れられるのは彼女が敷いた法に則ってやって来たもの、あるいは害を成さないものだけであり、不法に入って来たもの、入り込みながら幻想郷に従わないものは排斥され、紫には敵として認定される。自由であれど無法ではない、常に意識しなければならないものなのである。

 

 

 そして正邪はこの枠組みから外れた害ある者だと認定された。

 

 

 あれ(鬼人正邪)は……幻想郷の害虫となるわ。害虫は始末しないと……けれど何故……

 

 

 「……紫様?」

 

 

 押し黙ってしまった紫を心配そうに見つめる藍に背を向ける。そして紫は藍にこう命令した。

 

 

 「藍、お願い聞いてくれる……?」

 

 「……はい、何なりとお申し付けくださいませ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「鬼人正邪を指名手配するわ。すぐに手配書を制作して!」

 

 「――ッ!わ、わかりました!!」

 

 

 何故あなたは……そこまで愚かなの……

 

 

 紫は背を向けたまま暗い森の中へと消えて行った。その後姿はいつもの紫の姿に見えなかったのは気のせいだったのだろうか……?

 

 



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弾幕アマノジャク 孤独の子編
70話 指名手配


輝針城編に続き弾幕アマノジャク編開始です!


二人の行く先は一体どこに……?


それでは……


本編どうぞ!




 天邪鬼 鬼人正邪 

 

 

 

 【この者を捕らえた者には多額の報酬を与えん】

 

 

                       八雲 紫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの妖怪達に御触れが出回った。これを見た妖怪達は報酬に興味を示した者達がいた。面白そうと興に乗じる者もいた。またあるものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅ……ここは……?」

 

 

 知らない天井が視界全体に広がっていた。大きすぎると思ったが、彼女は誰よりも小さかった。

 

 

 ここは……どこ?私は何をしていたんだっけ……?

 

 

 針妙丸はまだボーっとする頭を回転させながら知らない場所にいる経緯を思い出そうとしていた。

 

 

 ――ッ!?そうだ!私は小槌で願いを叶えようとして博麗の巫女に……そうだ小槌はどこに!?

 

 

 慌てて小槌の所在を探す。あれを誰かに取られて悪用でもされれば大変なことになる。しかし意外なことに小槌はご丁寧に針妙丸が寝ていた布団のすぐ横に置かれていた。

 

 

 よかった……小槌は無事みたい。けれどなんだろう?小槌が大きくなったような気がする……あれ?小槌ってこんなに大きかった……っけ……!?

 

 

 針妙丸が不思議に思う。前までは小人である針妙丸でも膝下程度の大きさはあった。小槌もどうってことなく持つことができたのだが気づいてしまった。体を見ると更に小さくなってしまっていた。もはや今の針妙丸の身長はおおよそ20cm程度の大きさしかない……打ち出の小槌を使いすぎた代償であった。小人の体を大きくしたいと願っていた針妙丸にとって絶望的な結果になってしまった。

 

 

 「そ、そんな……これじゃ私……そこら辺にいる虫と変わらないじゃない……!これって小槌を使いすぎたせいなの?う、うそだ……あんまりだぁ……あァァァんまりだァァアァ!!!」

 

 

 わんわんと泣き叫び大粒の涙を流して悲しむ針妙丸。その泣き叫んだ声を聞いたのかドタドタと足音が向かって来る。障子を開け放ち入って来たのは金髪の少女……針妙丸はこの少女を知っていた。

 

 

 「何の音なんだぜ!?あっ!お前だったのか……って泣いているのか!?一体どうしたんだよ!?」

 

 

 異変を解決しに来て針妙丸の前に立ち塞がった博麗の巫女と同じ人間の魔理沙が聞きつけて部屋に入って来た。泣いている針妙丸を見るなりあたふたしながら「霊夢にいじめられたのか?」「霊夢に恐喝でもされたのか?」と心配そうに聞いてくる。針妙丸が持っていたあの悪しき妖怪である八雲紫に仕える博麗の巫女の仲間とは異なる印象を受ける。

 

 

 うぅ……心配してくれている?意外に優しそうな……でもあの博麗の巫女の仲間……何かを企んでいるんじゃ?でもこの人もそうだけど、博麗の巫女から怖い感じがしなかったなぁ……

 

 

 針妙丸は魔理沙が近づいてくると警戒した。しかしハンカチを押し当てて小さい針妙丸の涙を拭う手は優しく本気で心配してくれている様子だった。

 正邪から聞かされていた博麗の巫女は八雲紫と言う悪しき妖怪に従う殺戮マシーンの印象だったが、今思えば戦っていた博麗の巫女からそんな様子はなかった。人間らしく熱い目をしていたし、戦いに卑怯な真似はしてこなかった。正々堂々と戦って針妙丸は敗れたのだ。文句の言いようがない敗北……そして目の前の魔理沙の行動は針妙丸に疑念を抱かせた。「博麗の巫女もこの人も悪い人なのか?」っと……

 そんな時に魔理沙の後ろに影が現れた。「あっ」っと針妙丸から声が漏れたが魔理沙は気がつかない。その影は手に持っている棒状の物を振り上げてそのまま魔理沙に振り下ろした。

 

 

 バシッ!と音を立て棒状の物が振り下ろされた箇所を擦りながら痛がる様子の魔理沙は振り返る。その影は呆れた様子で魔理沙を睨む博麗の巫女……霊夢であった。

 

 

 「いてて……霊夢何すんだよ!?」

 

 「誰が『霊夢にいじめられたのか?』『霊夢に恐喝でもされたのか?』ですって?私を何だと思っているのよ」

 

 「鬼巫女」

 

 

 バシッ!と棒状の物が再び魔理沙の頭に振り下ろされた。

 

 

 「痛いって!同じ個所狙うなよ!!」

 

 「自業自得よ、魔理沙が私のことをそういう風に見えていただなんて……これから魔理沙が遊びに来たら水でなく泥水を提供してあげるわ」

 

 「それは勘弁してくれ」

 

 

 傍から見ていた針妙丸はこの様子に悪い印象を受けなかった。言っていることは厳しいが何やら仲が良い様子に冗談交じりに受け答えする二人を見た針妙丸はこれが友達かと思った。

 

 

 仲が良さそう……私もこんな風に正邪と仲良くできるかな……あっ!正邪!正邪はどこに!?

 

 

 異変の最中、博麗の巫女を止めるために傍を離れた正邪のことを思い出した。彼女がどうなったのか心配した針妙丸は敵であるはずの博麗の巫女に質問する。

 

 

 「す、すみません!正邪はどこですか!?」

 

 「正邪?正邪って()()に載っていたよな霊夢?」

 

 「ええ、そうね」

 

 

 ()()っと言うのが何なのかわからない針妙丸は首を傾げる。

 

 

 「鴉天狗の文とはたてって奴が持って来た手配書に名前が載っていたんだ。ご丁寧にイラスト付きだぜ」

 

 

 そう言って魔理沙がポケットから取り出したのは一枚の紙、それを針妙丸に両手で見えるように開く。そこには確かに正邪の名前が載っていた。イラストも正邪の特徴をよく表していた。そして針妙丸の目を釘付けにしたのは【この者を捕らえた者には多額の報酬を与えん】という一文……そして最後の八雲紫の名前だった。

 

 

 ――八雲紫!!そんな……正邪が指名手配されているなんて……!

 

 

 針妙丸は己の弱さを恥じた。自分の正義感で正邪を巻き込んでまで異変を起こして失敗した……そのせいで正邪は追われる身となり、今もどこかで報酬欲しさに狙われているに違いない。拳に力が入るが、それは小さな小さな悔しさだった。

 そんな時に霊夢が何を察したのか針妙丸に詰め寄る。

 

 

 「……針妙丸、あんたには色々と聞きたいことがあるの。話してくれるわよね?」

 

 「……はい」

 

 

 針妙丸は今までの経緯を語る。そして知る……正邪の正体と今まで利用されていたこと、小槌は下克上の世界という叶えきらない願いを叶えようとするあまりに魔力が枯渇していく一方で、意図せず洩れ出した魔力が無関係の妖怪達を凶暴化させ付喪神達を生み出していたことを……

 

 

 初代の一寸法師が鬼を退治した時に、願いを何でも叶えられるという鬼の秘宝『打ち出の小槌』を手にいれ、姫と大きな身体を得た。初代はそれ以外のことは願わずに『打ち出の小槌』を家宝とした。何故願いをもっと叶えなかったのか……『打ち出の小槌』は鬼の魔力が込められた道具であり、乱用すると身を滅ぼしかねないだろうと考えたからである。

 しかし小人も代を重ねるごとにその教えは忘れ去られて己の欲望を叶えようとする小人が現れてついにはその禁忌を犯してしまう。

 

 

 一人の小人の末裔が、小槌で自分の欲を叶え始めてしまった。次々に叶えられる願いは更に小人の欲望を加速させた。一度始まった連鎖は止まらず、最後の願いに『豪華な城を建てて民を支配したい』と小槌に願って輝針城を造り上げた。小人の願いは叶えられたかに思えたがその時に小槌の魔力は尽きてしまった。途端、出現した輝針城は逆転し、民のいない鬼の世界へと小人族もろとも幽閉してしまう。小槌が願いを叶える際に求められる代償であった。

 それから長い年月を経て、もう小人族で過去を話す者もいなくなり、針妙丸は小槌の事を知らなかった。そこに目を付けたのが鬼人正邪だった。そして彼女は正邪に言われるがまま偽りの小人の歴史を信じて小槌に弱者が見捨てられない世界を作り上げようとしたのだ。

 しかし結果は失敗、正邪は姿を眩ましてしまう……針妙丸は利用されていたのだ。

 

 

 そ、そんな……正邪がそんなことをするわけない!

 

 

 針妙丸は今まで一人で生きてきた。色々な困難が彼女を襲い、小人であるが故に理不尽なことも多くあったが、それでも精一杯生きてきた。そんな時に命の危機(猫にじゃれつかれる)に瀕してしまうかに思えた時に出会った。それが正邪であった。

 そして話を持ち掛けられ針妙丸は彼女を信用した。純粋な針妙丸は正邪を疑わなかったが、今となって真実を知ってしまう。それでも針妙丸は彼女を信じたかった……自分と同じく正邪もまた一人だったから。

 

 

 「正邪はそんなことをしない!」

 

 「随分と信用しているのね?会って間もない相手だというのに」

 

 「そ、そうだけど……正邪は私に色々と教えてくれたよ!」

 

 「それも全部嘘だったけどね」

 

 「そ、それは……」

 

 

 霊夢に言われて押し黙ってしまう。言い返せなかった……霊夢の言ったことは本当なのだから。

 

 

 沈黙が続く……俯き顔の見えない針妙丸とそれを見下ろす霊夢……重苦しい空気に耐えかねて魔理沙が間に入り込む。

 

 

 「ま、まぁいいじゃないか!針妙丸はどちらにしても反省しているようだし、その正邪って奴も捕まえて話し合えばいいじゃないか!お前はどうしたいんだよ針妙丸?」

 

 

 私……私は……!

 

 

 グッと拳を握りしめて魔理沙と霊夢に胸の奥から言いたいことを言い放つ。

 

 

 「私は正邪ともう一度話合いたい!今度は利用するされる立場じゃなく、本当の友達としていたい!」

 

 「……そっかそっか!よし、それじゃ行くか針妙丸!」

 

 

 魔理沙はそう言うと立ち上がり針妙丸を肩に乗せる。いきなりなのでグラッとよろめいて危うく落ちそうになる針妙丸はしっかりと魔理沙にしがみつく。

 

 

 「魔理沙、どこへ行く気なの」

 

 「決まっているじゃないか。その鬼人正邪の元へ行くんだよ!」

 

 

 ニカッと笑う魔理沙に呆れてものも言えない様子である。針妙丸は目を丸くして驚いていた。

 

 

 「報酬目当てかしら?」

 

 「それは霊夢の方だろ?私は報酬も金も興味ない。ただ針妙丸に協力しようと思っただけだぜ」

 

 「あんたが人助けならぬ小人助けなんて……明日は嵐ね」

 

 「ひどい言われようだぜ。それに天子の影響もあるのかもな、友達になろうとする針妙丸の思いを聞いたらなんだかジッとしていられなくなってな」

 

 

 天子って誰?っと針妙丸は思ったが、今は正邪のことの方が心配でそれほど気にしなかった。

 

 

 「それに霊夢、少しホッとしたんじゃないか?正邪が生きていたことに」

 

 「……何のことかしら……」

 

 「言いたくないならそれでもいいぜ。私は針妙丸と一緒に正邪と天子を探すから……行こうぜ!」

 

 「えっ?あっ、はい」

 

 

 針妙丸は魔理沙が言った「正邪が生きていた」ことが気になったがそれも確認する暇もなく空へと飛びあがり加速して行く。

 

 

 魔理沙……さんには後で聞いてみよう。それと……待ってて正邪、私が会いに行くからね!

 

 

 目的地はわからない。だが、それでも二人は探す……それぞれの思いを胸に抱いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……魔理沙にも困ったわね。面倒ごとが増えてこっちは迷惑しているのに……」

 

 「お~い霊夢~!さっきのチビ助はどこ行ったんだ~?」

 

 

 フラフラとやってきたのは萃香だった。襲い掛かってくる妖怪達をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返して博麗神社を守った。嫌々やっていたので終わった後は裏手で寝転がり酒に酔い居眠りしていた。ようやく目を覚ました萃香はチラっと見かけた小人のことが気になった様子だった。

 

 

 「もう魔理沙と共に出かけたわ」

 

 「ありゃ?久しぶりの小人に会えたと思ったのになぁ」

 

 「そういうなら居眠りなんかしてんじゃないわよ」

 

 「こっちは雑魚相手で疲れたんだよ……まぁ、あのチビ助にはまた会える気がするし別にいいけどね」

 

 「あっそ」

 

 

 霊夢は素っ気なく応える。

 

 

 「ところで霊夢は報酬が欲しくないのか?お金が手に入るかもよ?」

 

 「……」

 

 「だんまりか、霊夢にしては珍しいね。普段の霊夢なら喜んで飛びついていったものを」

 

 

 お金に困っているわけではないがここは人間が来るには厳しい土地。賽銭も入っていることの方が珍しいので金目の物があれば手を出して損はない。実際に霊夢は宝と聞けば目の色を変えて飛びつく……普段の霊夢ならば。

 今日の霊夢は萃香から見たら報酬に反応しないただの博麗の巫女だった。「異変か?」と小さく呟いたが、霊夢の瞳を見た時に何かを察したのかそれ以上何も言わなかった。

 

 

 「私には関係ないことだからいいけどね。あ~あ、退屈しのぎにその天邪鬼をぶちのめしに行こうかなぁ……」

 

 「萃香」

 

 「はいっ?」

 

 「留守番お願い」

 

 「え、ちょ」

 

 「留守番してなかったらボコるから」

 

 

 霊夢はそう言って空へと飛びあがった。急なことに萃香はポカンと口を開けて去って行く霊夢を眺めているだけ……

 

 

 「……一体なんなんだよ霊夢!!!」

 

 

 萃香はまた神社でお留守番することになった。

 

 

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 「見つけたぞ!みんなかかれ!!」

 

 

 それを合図に一人の少女に群がる妖怪達……狙われた少女は強い訳ではない。逃げるのは得意な天邪鬼の鬼人正邪は賞金と報酬目当て、はたまた先の異変のお礼と言わんばかりに狙われたが、正邪に触れることなくその妖怪達はすぐに地面に倒れ伏せる。動揺が妖怪達に広がる……ケタケタと笑う正邪を見て驚愕する……のではなく、その傍らにいる青髪のロングヘアの青年に目を奪われている。

 

 

 「ケッケッケ!バカな奴らだ!この鬼人正邪様を捕まえようとするなんてバカだぜバカ!ば~か!!」

 

 

 見下すような視線を浴びせ煽りに煽る正邪を睨みつける妖怪達、その視線にビビったのか青年の影に隠れて身を守る。それでも相手を煽ることだけは欠かせない度胸は大したものだ。妖怪達は今にもそのウザったい顔を捻りつぶしてやりたいと思っていた。しかし手が出せない……圧倒的な強さを保有する青年を前に尻込みするしかない。

 

 

 「お、おまえは一体……何者なんだ!?」

 

 

 一匹の妖怪が呟いた。

 

 

 「私は比那名居天子、ただの天人くずれだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……っとは言ったものの……これじゃ私達が悪役です。本当にすみません妖怪さん達……

 

 

 天子は正邪を守っていた。襲い来る妖怪達をバッサバッサとなぎ倒していき、山盛りに重なった妖怪達がそこらに転がっている。勿論殺さずに気絶させているだけなのだが、悪いのは全部こっち側であることを忘れてはならない。

 

 

 「バカ!アホ!悔しかったらここまで来てみろよ?おっ?来れないのか?へなちょこどもよ!」

 

 「な、なんだと!?」

 

 「言いたい放題いいやがって!!」

 

 「ぶっつぶしてやる!!」

 

 

 妖怪達は顔を真っ赤にして怒りを表す。だが、襲ってこない……天子が前に立ちはだかり壁となっている限り思うように手が出せないでいる。そんな状況だからこそ正邪は煽るのを止めない。

 

 

 「まぁ、お前らなんて私一人でも問題ないがどうしてもこいつが私の役に立ちたいと言っているし、ここは手柄を譲ってやるしかないよな。いや~仕方ないことながら、私でも()()で倒せるへなちょこ妖怪共の相手をさせられてしまうなんて天子の奴も可哀想になぁ♪」

 

 

 こらこらやめろ。本当ならば私も向こう(追う)側なんだけど正邪を守るって誓ったし仕方ないことなんだけど……私を壁にして挑発しないでよ。すんごい睨まれているんだから……正直怖い……

 

 

 手配書が出回り正邪は指名手配されることとなった。妖怪達は気楽に考えていた。

 『たった一人の弱小妖怪を捕まえるだけで八雲紫に恩を売ることができ、報酬まで手に入れることができる』

 

 

 そう思っていた。しかし現実は異なり正邪には強い味方がいた。

 

 

 比那名居天子……知る者は知っている。鬼の伊吹萃香、凶悪な花妖怪の風見幽香に勝利した強者……それが目の前にいる。知らぬ者はこの場で知る、天子の強さはこの場にいる妖怪全員でかかっても軽くひねりつぶせるだろうと言うことを……

 

 

 「ど、どうしよう……蛮奇ちゃん、影狼ちゃん私達じゃ勝てないわよ!」

 

 

 おっ!?あれは……草の根ネットワークの皆さんじゃないですか!

 

 

 天子は聞きなれた名前が聞こえた方を見るとそこには大きなタライに浸かる人魚姫、そしてタライを乗せた台車を押しているのはオオカミ女、その隣にはフヨフヨ浮かぶ無数の顔が浮かんでいた。

 

 

 「天邪鬼を目の前にして……それにしてもあれは誰?あの天邪鬼の仲間みたいだけど……それにしても強すぎるね。姫と蛮奇と同時に相手しても勝てる未来が見えない……それにカッコイイ♪

 

 「えっ?何か言った影狼ちゃん?」

 

 「う、ううん!なんでもないよ姫!」

 

 

 やっぱり草の根ネットワークの3人組だ。ここで会えるとは……状況が状況なだけに、もっと違う形で会いたかったなぁ……

 

 

 天子は残念に思う。今の状況は敵対関係にあり、気軽に話しかけることすらできない。彼女達までこっち側に巻き込んでしまうことはしたくないからである。

 その3人組とは……

 

 

 【わかさぎ姫

 深い青色に縦ロールの髪型をしており、耳の位置には人魚らしくひれのようなものがついている。服装は全体的に深緑色の和装で、下半身は魚の尾で正に人魚姫そのものの姿をしている。フリルの量は多めであり、肩紐とスカート裾全体に白いフリルがふんだんに盛られている。

 普段は歌を歌ったり、石を拾ったりして暮している大人しい妖怪であり、人間には敵対心を持たないおっとり系の淡水人魚である。

 

 

 【今泉影狼

 長いストレートの黒髪に狼の耳が生えており、手には長く鋭く赤い爪を伸ばしている。服は赤・白・黒からなる三色のドレスで、これは花札の「芒に月(すすきにつき)」という札と同じデザインになっている。

 種族は狼女だが落ち着いた性格の持ち主であり、狼に変身した状態であっても冷静さを失うようはことはない。満月の夜は毛深くなるのを気にしており、肌を覆い隠してひっそりと暮らしている妖怪である。

 

 

 【赤蛮奇

 赤いマントを身に着けており、そのマフラーのような部分で口が隠れている事が多い。妖怪とバレないように首の切れ目を隠していると思われる。髪の色は赤で、リボンの色は青。リボンと黒い服には周りに赤い刺繍がついている。赤いミニスカートと黒いブーツを履いており、ブーツにも赤い刺繍もしくは紐のようなものがついている。

 ろくろ首でありながら、飛頭蛮としての性質も含んでおり普段は人里で人間に紛れ、ひっそりと生活している。

 

 

 人魚姫であるわかさぎ姫、狼女の影狼、そして()()()()()()()の蛮奇っき、こうして3人と会えるとは感激です♪蛮奇っきが一緒ってことは二次創作の草の根ネットワークのようね。原作では蛮奇っきが草の根ネットワークの一員とは名義されていないからね。でも仲が良さそうで何よりです。

 フヨフヨ浮かんでいるのは蛮奇っきのゆっくり顔だね。こうして見るとただのゆっくりにしか見えない……ゆっくりとは何かって?伝説の生き物だよ。

 さて、それは置いておいて……草の根ネットワークの皆がここに居ると言うことは正邪が指名手配されていることは確実になった。しかし妖怪達の様子から推測するに私が正邪と共に居ることは知らなかったみたいだけど何故だろうか?紫さんならてっきり私も指名手配されるかと思ったんだが……?

 

 

 ふっと考え事した。それを絶好の機会だと思ったのか一匹の妖怪が天子に襲い掛かる……

 

 

 「くらえぇあああああああ!!!」

 

 

 大きな爪を振りかざすが容易に緋想の剣に防がれそのまま押し返される。バランスを崩した妖怪に腹パンをくらわせると白目を向いて意識を手放した。

 

 

 ちゃんと手加減しているわよ。それにしても弱いわね……いや、私が強くなり過ぎたのか張り合いがない。こんなことを思うのは戦闘狂(バトルジャンキー)あいつ(天子)のせいだろうか?面白味がないとも感じ取れるのは毒されている証拠ね。脳内会議に参加した時は文句を言ってやろう。

 

 

 「ちくしょう!なんだよあいつ!あんな奴は手配書に載っていなかっただろ!どうなってんだよ!?」

 

 「し、しらねぇよ!」

 

 「あいつは放っておけって!()()天邪鬼さえ捕らえればいいだけのことだ!」

 

 「そ、そうだな。大して力のない()()妖怪だけ相手にすればいいだけのことだしな!」

 

 

 この妖怪達はバカなの?声に出したんじゃ私達にも聞こえるって……それじゃすぐに対策を練られてしまうのがオチなのに……ある程度相手したら正邪と一緒に適当に逃げましょう。これじゃ日が暮れちゃう……

 

 

 「正邪、少し下がっていてくれ……正邪?」

 

 

 天子は正邪を下がらせようとするが、正邪の手が天子の服を握って離さない。それも強く握りしめていた。怯えているのか?そうではない……不安なのか?そうでもなかった。

 

 

 「……()()……()()……!

 

 

 悔しさと憎しみに汚れきっていた目があった。それは永遠亭で天子が見たものと同じものだった。牙を剥き出しにし、妖怪達を睨む正邪は今にも飛び出す勢いだった。

 

 

 「な、なんだ天邪鬼?隠れるしか能のない弱虫野郎が俺様を睨みつけやがって……!」

 

 

 妖怪の一言がきっかけで正邪は飛び出した……が誰かが正邪の腕を掴み引き寄せる。ジタバタと暴れる正邪だが、一発の手刀が正邪の意識を奪う……その光景を見ていた妖怪達は何事かと唖然とする。正邪を気絶させたのは仲間であるはずの天子だったからだ。

 

 

 「すまない正邪……今は寝ていてくれ」

 

 

 事情が把握できない妖怪達は突如のことでどうしたらいいのかわからずに固まってしまう。

 

 

 「急用を思い出した。皆には悪いが私達は失礼させてもらう」

 

 

 正邪を担ぎ森の中へと走り去る天子の後姿を見送るしかできなかった。ようやく我に返った妖怪達はその後を追うが天子達を見失ってしまうだろう。残されたわかさぎ姫らは一体何が起こったのかわからずに見ているしかできなかった。

 

 

 「一体何がどうなっているの?」

 

 「さ、さぁ……蛮奇は何が起こったかわかった?」

 

 「いや……でも天邪鬼の様子が変だった。それ以外はわからない……」

 

 「そっか……それにしてもさっきの青髪の男性カッコよかったわぁ♪」

 

 

 惚けた顔をした影狼は天子に見惚れていたようだった。フリフリと尻尾が左右に機嫌良さそうに振れている。

 

 

 「天子……そう言えば人里でそんな名前の天人が度々天界からやって来るって聞いた」

 

 

 蛮奇はボソリと呟いた。彼女は人里で隠れながら生活しているその中でよく耳にした名前だった。噂も色々と聞いており、それを思い出したようだった。天狗の新聞には興味を持たず、詮索することもしない彼女の性格から天子のことは話で聞いた程度しか知らなかった。しかし、噂はどれも悪い噂はない。寧ろ印象を良くする噂話ばかりだった。そんな人物が何故天邪鬼と一緒にいるのか不思議に思っていた。

 

 

 「人里での噂は良好……とても悪い人物に見えない」

 

 「蛮奇ちゃんがそういうなら悪い方ではないのかもしれないけど……」

 

 「どうしてあの天邪鬼と一緒に?」

 

 

 わかさぎ姫と影狼は頭を捻らす。異変が起きて、小槌の魔力に影響され暴れてしまう。そこを通りかかった霊夢らによって退治された経緯がある。その異変の黒幕である正邪ことを知った3人はお返しと言わんばかりに捕らえて八雲紫に突き出そうと考えていた。ハッキリ言って正邪は悪者である。天子は正邪と正反対の噂しか聞かず、人里でも人気者である。そんな人物が何故なんだと考えても二人にはわからない。縁も薄い彼女達は天子のことをまるで知らないのだから。

 

 

 「私達が考えても無駄だね。姫、蛮奇は逃げた天邪鬼を追う?」

 

 

 影狼は二人に問いかけるが首を横に振った。

 

 

 「私もう疲れちゃったわ。地上にいるとその内干乾びてチルノちゃんを心配させちゃうわ」

 

 「……私ももういい、天邪鬼一人ならまだしも噂の天人が一緒ならどうしようもないもの」

 

 「そうだよね、悔しいけど今は我慢するしかないか……でも次会った時は必ず仕返ししてやるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここまで来れば安心か……」

 

 

 天子は無事逃げきることができた。誰も天子のスピードについてこれる者などいなかった。

 

 

 なんとか撒くことはできたわね。けど問題が……

 

 

 背中に担いでいる正邪をそっと下ろす。気を失って眠っているその顔は、先ほどの憎しみがこもった瞳を感じさせないものだった。だが、天子は安心できなかった。またしても正邪は暴走しかけ、天子が止めなければそのまま妖怪達に襲い掛かっていただろう。天子は何故正邪が自分を見失う原因を考えていた。

 

 

 正邪がこうなった原因はなんだろう?思い出せ私……原因さえわかれば対処の仕様が出てくるはず……!何だ?正邪はあの妖怪達に対して襲い掛かろうとしていた。何がきっかけだ?そもそも何があった?草の根ネットワークの皆を見つけて私が隙を見せたと思った妖怪が襲って来た後に原因はあるはず。それまでは正邪は相手を煽っていたしおかしな様子は見られなかった。原因はあの妖怪達か?

 

 

 考え込んでいた時に何者かが向かってくる気配を感じ取った。すぐさま木陰に隠れて様子を窺っているとやってきたのは見知った顔だった。

 

 

 「ちょっと文!こっちで本当にあっているの?」

 

 「なんで私まで駆り出されないといけないのですか……」

 

 

 あれははたてと椛、それに文までいる。正邪を探している様子ね……

 

 

 「ぶつくさ言ってないで上司の命令に従いなさい椛!これは大スクープなんですよ!」

 

 「何が大スクープなんですか、お尋ね者を捕まえて八雲紫から報酬でも貰おうって算段では?」

 

 「何を言うんですか!私は純粋に平和を願って捕まえるだけです。そんで根掘り葉掘りと赤裸々な過去までインタビューするだけですよ!」

 

 「それが目的なんじゃないの……でも文のいう通りこの天邪鬼は捕まえた方がいいって大天狗のおやじも言っていたしね」

 

 「はたてさん、大天狗様のことをおやじ呼ばわりはちょっと……」

 

 「椛も無理に庇うことないわよ。もうあのおやじったら私のスカートをジロジロ見ているのまるわかりなんだから!もう気持ち悪い!!椛も生肩をジッと見られていたでしょ?一発殴ってやっても罰は当たらないわよ」

 

 「そ、それはそうですが……」

 

 「二人共無駄話はそれぐらいにしましょう。大天狗様の気持ち悪さなんて今に始まったことではないでしょう?私が売った椛の脇チラ写真を隠れて眺めているぐらいですから……」

 

 「「えっ」」

 

 「あっ」

 

 

 長い沈黙が生まれる……だが、次第に椛の顔が真っ赤に燃え上がり背負っていた剣を引き抜く。

 

 

 「文さん……今度という今度は許しませんよ!!」

 

 「ま、まって椛!あの時はお金がなかったから仕方なく売ったまでで後で回収しようとして忘れていただけでして……!」

 

 「言い訳無用!羽をむしり取って焼き鳥にしてあげますよ!!」

 

 「ひぃいいい!はたて助けて!!」

 

 「引くわーマジで」

 

 「はたてぇええええええええ!!?」

 

 「かくごぉおおおおおおおお!!!」

 

 「あややややややややややや!!?」

 

 

 猛スピードで逃げる文を追いかける椛とはたてはその場を去って行った。

 

 

 文……自業自得ね。椛も大変ね、今度差し入れでも持って行ってあげよう。それにしても文たちも動いているということは……これってつまり【弾幕アマノジャク】が始まっているってことよね。そうなると参加したメンバーが追手として幻想郷中駆けまわっているってことか……難易度が高いステルスゲー(ステルスゲーム)になりそうね。段ボールのおじさんぐらいに隠密性が必要かしら?私一人ならまだしも正邪を連れて隠れるのは中々難しいわね……どこか潜伏できるところはないかしら?

 

 

 ドンッ!

 

 

 ん?何の音かしら?

 

 

 その時に天子の耳に飛び込んで来たのは何かを叩くような音……まるで太鼓のような重い響きを感じさせる音であった。

 

 

 「……気になるな」

 

 

 眠っている正邪をチラリと確認する。未だに目を覚まさない正邪を放っておくのはどうかと思ったが、音の正体が気になった。連れていくよりもこの場に残していた方が危険は少ないと判断した天子は音の正体を確認するために走り去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かこの辺り……あれは……こころちゃんに小傘と雷鼓さん達か!

 

 

 音の正体を確認するべく草木から顔を覗かせる天子が見たものはこころ達に雷鼓達が演奏を聞かせている光景だった。先ほどの音はやはり雷鼓が太鼓を叩く音であった。

 

 

 「いい音だろ?この太鼓の音は?」

 

 「うん、わちき音楽のことはよくわからないけど心に響いた感じがしたよ!」

 

 「そうそう……(こころ)だけに」

 

 「……ね、ねぇこころ……それ自分で言っていて恥ずかしくならない?」

 

 「……ごめん」

 

 

 シュンっと能面で顔を隠してしまうこころに笑いが起きる。雷鼓達も釣られて笑ってしまい笑われてしまったこころは頬をぷくっと風船のように膨らませていた。

 

 

 「ごめんごめん悪かったよ。お詫びに今度一曲聞かせてあげるからさ」

 

 「……今はダメなの?」

 

 

 こころがそう言うと残念そうな顔をする雷鼓。

 

 

 「ごめんな、この後私達は会いに行きたい奴がいるんだよ」

 

 「そっ、鬼人正邪って言う奴にね。ねぇ、弁々姉さん」

 

 「そうね八橋、ちょっとその方に用ができちゃったの」

 

 「ムムム……それならば仕方ないな」

 

 「悪いね、そう言えばもう一人のおチビちゃんはどこ行ったんだい?姿が見えないが……?」

 

 「こいしは自由だからわちき達もどこかに行ったかまでは……」

 

 「そうかい、それじゃもう一人のおチビちゃんにもよろしく伝えといてね」

 

 「おお、またなー」

 

 

 雷鼓達はこころ達と別れて去って行った。報酬目的なのか、はたまた異変の時のお礼返しなのかはわからないが正邪を探しに行ったことは間違いない。そんなこともいざ知らずにいるこころと小傘はのんびりと次何しようかと相談していた。

 

 

 雷鼓さん達も正邪を探しているみたいね……見つかるのは時間の問題ね。草の根ネットワークの皆には私が正邪についていることがバレたし、紫さんも知っている。私のことを伝えていないのかは不思議に思うが好都合ね。報酬に興味なさそうな幽香さんや華扇さんが参加しないだけで喜ばしい。私が居るなんて知ったら幽香さんは興味を持っちゃうし、華扇さんならば私が道を踏み外したのかと勘違いして正そうとやってくるかもしれない。萃香や妖夢に神子と妹紅は原作でも追手として登場しているから正邪を探しているんだろうけど……衣玖はどうしているかな?巻き込むわけにはいかないと勝手に出てきたけれどやっぱり心配しているよね……衣玖にも立場があるだろうし天界の事情もある。どちらにせよ今は何もできない。今はただ正邪の精神を安定させることだけに集中しよう。

 

 

 音の正体も確認でき、情報を手に入れた天子は正邪の元へと帰ろうと振り返る。するとそこには二つの緑色の瞳があった。ドキリと心臓が跳ね上がるが堪えて平静を保つ……ゆっくりと顔を離すと瞳の主の顔が露わになる。

 

 

 「こいし!?」

 

 「どう?驚いたお兄さん?」

 

 

 驚いたってどころじゃないわよ!!って言いたい……マジで口から心臓が飛び出るぐらいびっくりしました。振り返ればそこには目があったなんてシャレにならないわよ……こいしは悪戯好きね。まぁ可愛いから許すけどね!可愛いは正義ハッキリわかんだね!!

 

 

 「何しているのお兄さん?」

 

 「ああ、ちょっとな……」

 

 

 ううん……これは言っていいものだろうか?こころちゃんと小傘は正邪が指名手配されているなんて知らない様子だけど、正邪が居る場所を他人に知られるのはあまり良くない。下手に情報が流れれば見つかってしまうだろうし……

 

 

 「おーい!二人ともお兄さんがここにいるよー!」

 

 

 草むらから飛び出してこころと小傘に合図するこいしは自由奔放だなぁと思うしかない天子だった。折角隠れていたのに台無しだ。

 

 

 「天子こんなところで遊んでいたのかー?」

 

 「こいしもこんなところにいたの……どうも天子さん、お元気そうで」

 

 「ああ、こころちゃんも小傘も元気そうだな。ところでこころちゃん、私は遊んでいるわけではないぞ」

 

 「そーなのかー」

 

 

 ぐはっ!こころちゃんVersionの「そーなのかー」は不意打ち過ぎてきゃわいすぎる♪マジ萌えるわ♪きっとこいしに教えてもらったんだな……ナイスだこいし!よくやった!!

 

 

 天子の心のアルバムに一枚の光景が保存された。心の中でガッツポーズをする姿は誰にも見られることはない。

 

 

 「それでお兄さんは木陰で隠れて何していたの?まさか盗撮?」

 

 

 違うよこいし!そんなことしないってば!こころちゃんのそーなのかーは心のアルバムに保存したけど、盗撮なんかしません!するのは文だけです!

 

 

 「そんなことはしない。通りがかったら音が聞こえてきたな、音の正体が気になって見ていたのだ」

 

 「そうだったんですね。わちき達は雷鼓さん達と友達になって色々とお話していたところです」

 

 「ツクモンジャーのメンバーが増えたんだよ!」

 

 

 そうだったのか……こいしツクモンジャーってなに?何とか戦隊シリーズかな?考えられるのは付喪神戦隊ツクモンジャーってところだけど……こいしは付喪神じゃないよね?それは気にしちゃ負けか。

 

 

 天子は考えるのをやめた。当の本人たちが良ければそれでいいと投げ出した。

 

 

 「天子、今暇か?私達と共に遊ぼう」

 

 

 こころが天子の服を引っ張る。何もやることがなくなったこころは暇で仕方ないのだ。

 

 

 「遊んでくれないと返さないぞ」

 

 

 ぎゅっと力を込めて逃がさないようにする。こいしも便乗してこころとは反対側の服を引っ張り周りを固めてくる。小傘はただ「あはは……」と苦笑いするしかない。

 

 

 困った……何が何でも返さないという意思が伝わって来るぞ……こころちゃんは中身はまだ子供だから仕方ないけど今は正邪のことがあるしな……こころちゃん達なら本当のことを伝えてもいいか。

 

 

 天子は意を決して本当のことを話すことにした。

 

 

 「こころちゃん、こいし、小傘、聞いてほしいことがある」

 

 

 真剣な表情で語り掛ける天子に顔を見合わせる三人は大人しく聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなことがあったのか……よくやったぞ天子」

 

 

 天子の頭を撫でるこころは何故か誇らしげだ。

 

 

 こころちゃんに褒められるとは……悪くないわね♪こういう癒しポイントもありって思えるわ。さて、三人には本当のことを打ち明けたけどこの後どうしようか?遊ぶまで帰らせてくれないことはなくなったが、それでも正邪を匿える場所は見つかっていない。正邪の精神が不安定な要素を取り除く方法も見つかってないときた……問題がありすぎてどうしたものか……

 

 

 「お姉ちゃんに頼ってみたら?」

 

 

 何気ない一言が天子の体を駆け巡る。その何気ない一言を放ったのはこいしだった。こいしの姉と言えば覚妖怪の古明地さとり……以前地底にお邪魔した時に天子の裏事情を知っている人物で素で話し合える数少ない相手……そして何よりも彼女の能力は【心を読む程度の能力】だ。それで正邪の心を覗いて原因を掴めれば……!

 

 

 「そうか!その手があったか!」

 

 「お兄さんどうしたの?」

 

 「こいし、すまないが地底へ行きたい!連れて行ってくれるか!?」

 

 「うん、いいよ」

 

 「助かる!こころちゃん、小傘、悪いがこいしを借りていくぞ」

 

 「わかった。何か知らないが気をつけろよー」

 

 「あっ、わ、わかりました」

 

 

 天子はこいしの手を握って正邪の元へと走り出した。古明地さとりという希望を見つけ、天子は再び地底へと目指すのであった。

 

 

 



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71話 孤独の天邪鬼

指名手配されている正邪を地底へと連れていこうとするが……


そろそろ日常回が恋しいレベルになってきました。シリアス書くの難しい……


それでは……


本編どうぞ!




 「うぅ……ここは……」

 

 

 薄っすらとぼやける視界で辺りを見渡しながら呟いた。次第に目が慣れていき、ここは森の中であるということが理解できた。目が覚めたばかりで思う様にいかない体をゆっくりと起こす。

 

 

 ……あれ?さっきのへなちょこ妖怪共はどこ行ったんだ?

 

 

 辺りを見回しても妖怪一匹の姿もない。倒れ伏す妖怪もこちらを睨んでいた妖怪も誰一人……そう誰一人もいなかった。正邪以外には誰もいない。

 

 

 「あっ」

 

 

 ここで正邪は気づいた。自分しかこの場にいないことに……

 

 

 「あいつ!あいつはどこいった!?」

 

 

 正邪は立ち上がり辺りを再び見回した。それでもこの場には正邪がポツンと立っているだけ……

 

 

 どこだ……どこ行ったんだよあいつは!?私を守る騎士(ナイト)ぐらいの役目は背負うって言ってたじゃねぇかよ!!

 

 

 一人……森の中で一人で放置された。そのことがいつもならばそんなもんだと納得していたのに急に不安になったってしまった。探して、探して、探して……結局一人……草むら、木陰、木の上など人が隠れられなさそうな場所までくまなく探した……だが一人だ。いくら探してもこの場には正邪しかいない。

 

 

 なんだよ……なんだよ!放っておけないからって……私の傍に居たいって言ってたのに!!嘘だったのかよ!?

 

 

 落ちていた木の枝を踏みしめる。バキッという音だけが虚しく辺りに響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「捨てられた~捨てられた~正邪ちゃんは捨てられた~♪」』

 

 

 「――ッ!?だ、だれだ!!?」

 

 

 謎の声が響いて来た。正邪は辺りを見回すが誰もいない……この場にいるのは正邪一人だけなのだから。

 

 

 『「君は捨てられたんだよ~♪使えないから、弱いから~♪」』

 

 

 その声は正邪と同じ声で耳元で囁いていた。正邪を馬鹿にするように……だが、正邪自身は聞こえてくる声がどこか探す……必死に探しだそうとする。その声の主を見つけて今すぐ黙らせてやりたい衝動で胸がいっぱいに溢れていた。

 

 

 「だれだ……出てこい!出てきやがれ!!」

 

 

 『「一人ぼっちは寂しいね~♪一人ぼっちは悲しいね~♪」』

 

 

 うるさい!黙れ!一人なんて慣れている……寂しくなんかない!悲しくなんかない!

 

 

 『「噓つき噓つきだ。嘘をつくのだけはいっちょまえ~♪妖怪としては弱い正邪ちゃんの得意なことは嘘をつくことだけでした~♪ケラケラケラッ♪」』

 

 

 声が笑う。面白そうに愚かしそうに馬鹿にしたように……正邪は聞こえてくる声に堪らず言い返す。

 

 

 「うるさい!お前に何がわかる!?お前に弱者の気持ちの何がわかる!!」

 

 

 『「わかる、わかるよ。だってわたし達とあなたは同じ正邪じゃない♪」』

 

 

 な、なにを言っているんだ!?だれなんだ……だれなんだよ一体!!?

 

 

 だんだん声の言っていることが訳がわからなくなり体が震え始める。そんな声の主はクスっと耳元で笑ったように思えた。

 

 

 『「~♪わたし達はあなた自身なの♪」』

 

 

 そう声が言うと幻覚なのか幻なのか、正邪と同じ姿をした影が無数に現れ正邪自身を取り囲む。

 

 

 わ、わたしと同じ!?ど、どこかの妖怪が私に幻を見せているんだな!そうだ……そうに違いない!惑わされるなッ!!

 

 

 正邪は自分に言い聞かせる。そうしないと現実を直視できる自信がないから……どっかの妖怪が自分を罠にはめようとしている……そうであると願っていた。

 

 

 『「考えていることわかるよ~♪だってわたし自身だからね♪」』

 

 

 影は正邪を笑う。クスクスと馬鹿にする……正邪には何となく影が言っていることが本当のことだとわかる。自分自身がそう言っていると理解できてしまう……体中から嫌な汗がとめどなく流れてくる。

 

 

 『「……弱者♪」』

 

 

 ピクッ!

 

 

 正邪の体が反応する。

 

 

 『「弱っちいものね~わたし達は~♪」』

 

 

 『「わたし達は必要とされていないものね~♪」』

 

 

 『「天邪鬼として出来損ないだもんね~♪」』

 

 

 影の一つ一つの言葉が正邪自身が言っているかに感じた。言われるたびに体が反応し、震えが止まらなくなる。

 

 

 違う……違う……ちがうッ!

 

 

 『「違わない……そうだったでしょ?わたし達は……捨てられた……そうでしょう?」』

 

 

 捨てられてなんか……すてられてなんかッ!!

 

 

 『「痛かったよね~?打たれて、蹴られて……憎かったでしょ~♪」』

 

 

 震えた体を鎮めようと自分自身の体に手を伸ばす……違和感を感じて体を見てみるとそこには紫色に変色した肌が体中に広がっていた。打撲跡のような痣のような痕跡が体の至る所に浮き上がっていた。

 正邪は目を疑った。ついさっきまでは体にこんな跡はなかった……これは幻覚なのだろうと決めつける。決めつけるが現実味があった。まるで昔付けられたような経験したことのあるように……

 

 

 『「お前弱いからいらないな」』

 

 

 『「あっちいきなさい!弱っちいくせに!」』

 

 

 『「生意気なんだよ!雑魚が!」』

 

 

 『「弱い奴はゴミでも食ってろよ」』

 

 

 『「ざまぁねぇ!お前が弱いからそうなるんだよ!』

 

 

 今度はまた違う声……男女、大人から子供まで様々な声が聞こえてきた。だが、その声も正邪を馬鹿にして追い詰める言葉を放っていた。

 そして体中に痛みが走る……まるで()()()のように……!

 

 

 ――やめろ!やめろやめろ!!やめ……やめて……いたいの……いたいのは……いやだッ!!

 

 

 正邪はうずくまる。身を守るように頭を抱えて震える体を必死に縮こませる……全てを拒むように……

 

 

 『「不要な存在」』

 

 

 『「生きる価値なし」』

 

 

 『「ボロ屑」』

 

 

 『「使えない」』

 

 

 『「生まれてきたのが間違い」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね」』

 

 

 『「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」』

 

 

 やめろ……やめろ……やめて……やめて……わたしは……わたしは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「弱者に生きる価値なし♪」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やめろ!!!

 

 

 正邪は飛び掛かった。爪を立て牙を剥き出しにして影に襲い掛かる……が影は笑っている。

 

 

 影に触れることなく正邪は地面に転がる。影は透き通り霧のように掴めない……そもそも正邪が見ている幻なのかそこには本来存在しないはず……なのに正邪は構わずに再び襲い掛かる。何度も何度も……触れることができない影に何度も爪を立てようと牙で噛みつこうとするが無意味。代わりに正邪が木にぶつかり、石に歯を立てて体から血が流れるがそれでも何度も襲う。傷口が開いても痛みを感じていないのか、それとも痛みに慣れてしまったのか爪が折れようと歯が欠けようと構わず飛び掛かる……消えることのない影は正邪を笑い続ける。

 

 

 「がぁああああああ!!!」

 

 

 『「馬鹿で可哀想な正邪ちゃん~♪このまま疲れ果てて死んじゃえ……ッ!?」』

 

 

 影は急にざわめき始めた。

 

 

 『「近づいてくる!」』

 

 

 『「あいつだ……!」』

 

 

 『「邪魔者だ、邪魔者がやってきた!」』

 

 

 何かが近づいてくると感じ取り、影は悔しそうに舌打ちし姿が霧のように散った。

 

 

 「――正邪!!」

 

 

 その時、新たな声が聞こえた。正邪の名を呼ぶ声が!

 

 

 コロス……コロス……コロス!!

 

 

 だが、正邪は新たな標的を見つけただけに過ぎなかった……

 

 

 ------------------

 

 

 「――正邪!!」

 

 

 天子は目の前の光景に堪らず声を上げた。森の真ん中に血を流す一人の少女……正邪がいた。

 

 

 天子はこの場に辿り着く前に嫌な気配を感じて足を速めた。嫌な予感がした……その予感は当たってしまった。

 

 

 正邪!?しまった!やっぱり正邪を一人にするのはまずかった……正邪の身に何が起きたのかわからないが今の正邪は完全に敵意むき出しにしている。それにまた怪我をしている……襲われたわけではなさそうね。それでも安心はできない……正邪を助けなくちゃ!

 

 

 「こいし、離れてくれ」

 

 「……お兄さん大丈夫?」

 

 「大丈夫、すぐに終わる」

 

 「うん、わかった」

 

 

 こいしを巻き込まないように離れさせる。唸り声をあげ、今にも飛び掛かって来そうな正邪は天子を睨みつけている。その姿はまるで獣のような表情で少女の面影を感じさせない……何がここまで彼女を変えてしまうのか?

 それを知るためにも地底へ行かなければならない。天子は正邪に睨まれても眉一つ動かさずにその瞳を見つめていた。

 

 

 正邪……一人にしてごめんなさい。待ってて!私が必ず救ってあげる……比那名居天子の名にかけて!!

 

 

 「がぁああああああ!!!」

 

 

 正邪は飛び掛かった。獣が獲物の命を狩り取るように折れた爪を首に立てんとする……その刹那、緋想の剣が線を描き天子と正邪がすれ違う。ドサリッと倒れる音がした。正邪が地に伏していた。すれ違う一瞬に正邪の意識を狩り取ったのだ。緋想の剣を振るい、刃を収めて正邪の元へと急いで近づく。こいしは木陰からひょっこりと顔を覗かせて駆け寄って行く。

 

 

 「すごいねお兄さん!一瞬だったね♪」

 

 「今の正邪は我を見失っていた。力任せの攻撃では私には触れることすらできないだろう。それにしても……」

 

 

 天子は改めて正邪の体を見る。傷つき血が流れ、爪が折れて中には剥がれている爪もある。歯の何本かは折れて口からも血が滲み出ている。爪も歯も妖怪なら生え変わるのも早いためそう気にすることではないとは思うが……

 傷だらけの正邪を見てしまい天子はとても心苦しかった。痛々しい姿を見て顔をしかめる……

 

 

 私が正邪を一人にしたからかしら……傍に居ると言っておきながらこの有様か……肝心な時にいない大馬鹿者ねこれでは……元天子ちゃんが聞いたら呆れるわね……

 

 

 正邪を一人にさせるのは良くないと言ってついて来たのはどこの誰だ……結局一人にして正邪をおかしくさせてしまった。そんな自分が恥ずかしいとさえ思えた。拳を握りしめた……これでは口先だけのお調子者ではないかと自分自身を恥じた。

 そんな天子の心を読み取ったのかこいしが優しく手を握った。

 

 

 「大丈夫お兄さん?」

 

 

 その言葉で天子の気持ちがどれほど楽になったか……傍に誰かが居てくれることがこれほど気持ちが楽になるのかと思えた。傍に居るのと居ないのとではこれほど違うものなのだと……正邪は寂しかったのではないかと心の隅で感じていた。

 

 

 そうだ……正邪も同じ思いのはず……誰かが傍に居てくれるだけで寂しさも紛らわせることができる。ごめんね正邪……私のせいよ。だからさとりに会って正邪の原因を知る必要がある。私はどんなことがあっても正邪を受け入れてあげる。だから……私と一緒に来て!

 

 

 天子は正邪を担いでこいしと一緒に地底へと足を踏み出した。

 

 

 ------------------

 

 

 ところ変わって人里では人間達でにぎわっていた。正直なところ人間達にとって手配書などは特に意味を持たない。意味を持つのは一握りの人間だけだ。多くの者は手配書を見れば「こんな妖怪がいるのか」と思うぐらいだ。誰も自ら退治しに行こうとは思わない。腕が立つ者は人里でも何人かは居るが、報酬が出ると言っても相手は八雲紫……妖怪が約束を守るのかどうかさえわからない条件を信じようと思う者は少なかった。それにそもそも自分達で妖怪を退治できるのかが問題だ。それに幻想郷中のどこにいるかもわからない……人里から外へ出れば別の妖怪に襲われるかもしれないと危険が多いし、リスクが高すぎる。危険を冒してまで鬼人正邪を捕まえようと考えはしなかった。しかし、一人の剣士は違った。

 

 

 「よう妖夢、元気にしてたか?」

 

 「どうも妹紅さん、こんにちは」

 

 

 人里で刀を腰に差すのは魂魄妖夢だった。そして会話をしている相手は蓬莱人である藤原妹紅、偶然出会った二人であったが、お互いに共通する物を手に持っていた。

 

 

 「それ、手配書か?」

 

 「ええそうです。妹紅さんも?」

 

 「ああそうだ。癪だがあの八雲紫に恩を売っておくチャンスかもしれないと思ってな」

 

 「私は紫様のためにも鬼人正邪なる者を捕らえるつもりです」

 

 「それは心強い味方が付いているな」

 

 

 二人共鬼人正邪を捕らえる気でいる。人里は付喪神となった道具達が逃げ回る事件が起きたが被害は最小限だった。しかし妹紅ははた迷惑な異変を起こした鬼人正邪を許さない。それに八雲紫に協力すれば人里のためにも恩を売れるとふんで動く算段だ。妖夢も幽々子の友人である紫のため協力する形で動いていた。

 

 

 「おやおや、これは妖夢殿と妹紅殿ではないですか」

 

 「この声は……神子さん!」

 

 「我もおるぞ!」

 

 

 二人の前に姿を現したのは豊聡耳神子と物部布都であった。そして神子の手には妖夢と妹紅と同じ手配書が握られている。

 

 

 「あんたも手配書を……私達と同じようだな」

 

 「妹紅殿も……それに妖夢殿も……なるほど、人々のために天邪鬼を捕らえようと言うのですね。素晴らしいことです」

 

 「私は紫様のためですが……ですが目的は同じのようですね!」

 

 「そのようですね。同士がいるのは心強いです」

 

 「我もいるぞ!」

 

 「同じ目的を持つ者が集まった訳だ。出発する前に私が知っている美味しいヤツメウナギの店があるんだがそこで一杯やらないか太子さんよ?」

 

 「それはいいですね。誓いの一杯とは言ったものです……妖夢殿もいいですか?」

 

 「そうですね、ここはお言葉に甘えさせていただきます」

 

 「我もいるぞ!!?」

 

 

 妹紅の提案に載った妖夢と神子は仲良く()()並んで人里を後にするのであった。

 

 

 「太子様!妖夢殿も妹紅殿も何故我を無視するのじゃぁああああああ!!!」

 

 

 次々に広がりを見せる手配書……鬼人正邪を捕まえるべく動き出す者達……だが、妖夢も妹紅も神子もまだ知らない。天子がその正邪と共に居ることを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 天界で一人ポツンと薄暗い部屋の中で、机の上に置かれた一枚の紙を見つめるのは永江衣玖。彼女はただその紙一枚を見つめている……何をするわけでもなくただジッとしていた。

 

 

 「……天子様……」

 

 

 ポツリと呟いた名は衣玖の大切な想い人。だが、この場にはいない……天界のどこを探してもいない。彼は地上にいる。そして……手紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 衣玖へ

 

 

 私は天界を去る

 

 身勝手なことながら申し訳ないと思う だけどわかってほしい

 

 救わなければならない少女がいる

 

 そのために天界の皆を 衣玖を巻き込まないためにここを去る

 

 きっと衣玖ならばわかってくれると信じている

 

 

                       比那名居天子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……天子様……」

 

 

 衣玖は知っている。正邪と共に天子は天界を去ったのだと……天界の者達を巻き込まないために天子は去った。天界では正邪を匿うことなどできない。もし匿うことが露見すれば加担した天子が悪い事になり、他の天人から悪く言われる可能性だってある。天子の敵を天界に作らないようにするためには心を鬼にしてまで天子の頼みごとを衣玖は断ったのだ。天子自身の身を守るためには衣玖は協力できないときっぱり断った。

 しかしそれでも天子ならば正邪を助けようとする。心優しい天子ならばそうするだろうと衣玖はわかっていた。だから衣玖は黙って見送った……何も知らないフリをして天界でいつもの仕事にとりかかろうとした時に見つけてしまった。衣玖宛に書いて天子の手紙……その手紙を読んだ途端に寂しくなってしまい、何もやる気が起こらなくなってしまった。

 

 

 「(天子様……天子様がいない天界は寂しいです……)」

 

 

 優しすぎる天子は恩を仇で返すしかない天邪鬼を救おうとする……無理なことだと衣玖は思う。だがそれでも天子は諦めないだろう。なんだか天邪鬼に天子を取られたような感覚を感じて嫉妬してしまう。

 天邪鬼について行った天子はいつ帰って来るかわからない。今までとは違いどれほど長くなるか……1日?1年?それとも……長くなれば長くなるほど心にぽっかりと穴が広がっていく。天子に味方できない立場であり、天界に帰って来てくれるかわからない……それを思うと何もやる気が起こらなくなってしまう。

 

 

 ポツリ

 

 

 「(……雨……?)」

 

 

 膝が濡れた。水滴が落ちてきた……雨かと思った。しかし部屋の中で雨が降ることも天界で雨が降ることはありえない。

 

 

 「……あっ」

 

 

 衣玖はこの水滴が何なのかすぐに理解した。それは……

 

 

 「(……涙……)」

 

 

 衣玖は自分自身が泣いていることを理解した。

 

 

 「(そうですか……やはり天子様がいないとこんなに悲しいのですか……)」

 

 

 ぎゅっと手紙を握りしめる。早く会いたい……その一心だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お取込み中かしら」

 

 「――ッ!?」

 

 

 衣玖以外には誰もいないはずの部屋に声が響いた。すぐに顔を上げ、そこで衣玖が見たものは意外な人物であった。

 

 

 「もうこんなくらい部屋で手紙なんか読んだら目を悪くするわよ」

 

 「……八雲……紫さん……」

 

 「こんにちは、こうして会うのは初めてね」

 

 

 紫は明かりをつけた。光に照らされた衣玖の頬に涙の痕が残っていた。

 

 

 「あなたが泣くだなんて……ハンカチを貸してあげるからその涙を拭きなさい」

 

 「す、すみません」

 

 「綺麗な顔が台無しよ」

 

 「す、すみません……」

 

 

 いきなり現れた紫を警戒するまでもなくただ謝ることばかりだった。

 

 

 「謝らないで、勝手に上がり込んだ私の方が悪いのだから」

 

 「そ、そうですか……ありがとうございました。もう大丈夫です」

 

 「そう?ちょっと座らせて頂戴ね」

 

 

 椅子を引き正面の位置に座る。そしてゆっくりと口を開く。

 

 

 「いきなり押しかけてごめんなさい。ちょっとあなたとお話したかったのよ」

 

 「私と……ですか?」

 

 「ええそうよ、主に彼のことだけどね」

 

 「……天子様のことですね」

 

 「そう、でもその前にあなたのことも色々と知りたいと思ったの」

 

 「私のこともですか?」

 

 「ええ」

 

 

 スキマから酒瓶を取り出して差し出す。

 

 

 「一杯やりながら話しましょう」

 

 

 酒というものは飲む者を酔わせ感情を浮き彫りにする。ある者は普段の鬱憤を晴らすように怒ったり、またある者は態度が大きくなってしまうものもいる。そしてまたある者は溜まっていたものを吐き出すように泣き出す者も色々な効果がある。酒に飲まれるとはよく言ったものだ。酒には不思議と気分を好調する効力がある。目上の者に対しても普段では遠慮してしまうのに、酒を飲む席では気楽に話しかけることも話しかけられることだってある。酔う者、酔わぬ者それぞれだが衣玖は今だけは酒に酔いしれてしまいたい気分だった。

 

 

 「それで……てぇんししゃまわ……わらひのことを『美しい』といってくれたのれふよ……」

 

 「はいはい」

 

 

 紫から天子との出会いと今まで何をして来たのか色々と聞かれた。何故そんなことを聞くのだろうと初めは警戒してしまった。状況も状況で天子が天邪鬼といるタイミングでの出来事……無関係なわけはないと思った。下手に喋れば悪い結果に繋がってしまうのではないかと……だが、衣玖は誰かに心の内を吐き出してしまいたかった。天子に味方したいが天界を放っておくことはできないもどかしさ、天邪鬼が改心することなく天子を連れまわすのではないかという不安……色々とごちゃ混ぜになり訳がわからない感情が渦巻いていた。そんな時に紫が現れた……衣玖は誰でもいいから愚痴を聞いてほしかった。自分の弱さを誰でもいいから知ってほしいと……

 衣玖の手前には何本目かわからない酒瓶が横たわっていた。初めはちょこちょこと口につける程度だったが、天子との過去話を話しているとどんどん手が酒瓶に伸びていった。次第に衣玖の顔は赤く酔いしれて、体中に酔いが回ってしまい呂律も回っていなかった。そんな衣玖の面倒を見ているのが紫なわけだが、おかしそうに笑っていた。

 

 

 「なにがおかしいのれふか!」

 

 

 ダンッ!と机を叩きつけた拍子に酒瓶がバランスを崩して床へと落ちていく……だが割れる音は聞こえて来ず、酒瓶はスキマの中へと消えて行った。

 

 

 「ごめんなさい、あなたを笑ったわけじゃないのよ」

 

 「じゃあなんなんれふか!」

 

 

 あの賢者である紫相手にこのような態度を取れる衣玖は凄いものだ。藍が見ていたら気が気ではない状況だが、紫から誘ったことなので本人は気にしない。ジッと紫を睨みつける視線……衣玖は色々と複雑な感情が混じりあって何もかも吐き出したい気分だった。そして今、酒の力で内に秘めていたものを吐き出している。そしてそれを紫は受け止めている。

 

 

 「彼のこと……そこまで信用しているのね」

 

 「とうぜんれふ!てぇんし様は……わらしのいとしいお方なのれふ!」

 

 「愛しい方ね……」

 

 

 衣玖は赤い顔を更に赤くして自信満々に誇る。疑いもない様子……そんな衣玖を見ている紫の瞳はどこか寂しそうだ。

 紫が酒瓶を差し出すとそれを奪い取って直接口に運ぶ。ごくごくと音を立てて酒瓶の中身を飲み干していく……

 

 

 「ぷはっ!なのに……てぇんししゃまはお優しい方れふから……あまのじゃくぅが……改心してくれると……しんじて……ついていったんれふ!」

 

 「……」

 

 「ゆかりしゃん!わらひはあまのじゃくという妖怪がどんなものか……知っていましゅ!恩をあだでかえして嘲笑うだけでなく、いやがることをこのんでたのしむ妖怪だということを!」

 

 「……そうね」

 

 「てぇんし様は改心するとしんじているみたいれふが……わらひはそうおもえましぇん!むかしからあまのじゃくはそういう妖怪なのれふ!てぇんししゃまを信用しないわけれはないのれふが……それでも……!」

 

 

 ダンッ!と再び机を叩く。

 

 

 「わらひは……あまのじゃくをしんようできましぇん!!」

 

 「……」

 

 

 衣玖は吐き出した。天子は正邪を信用したが衣玖は信用できなかった。天子が信用したのなら信用しようと思ったが彼女は天邪鬼……嫌われることこそ存在意義である。その存在意義を曲げてまで天子の思いに応えるか……考えられなかったのだ。

 

 

 「あまのじゃくが改心しないかぎり……てぇんし様はかえってくることはないはずれふ……そうなればいつ……ふたたび会えるのか……わらひはさびしいれふ……!」

 

 

 ポロポロと涙が流れる。悲しくて嗚咽を漏らしながら子供のように泣き出してしまう……そんな衣玖を優しく背中をさすりながらその泣き声を聞いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか衣玖は眠ってしまった。泣いて疲れたのかスヤスヤと眠っている……衣玖の背中には毛布がかけられており転がっていた酒瓶は一本も残らずに消えていた。そして一緒に飲んでいたはずの紫の姿もどこにもなかった……

 

 

 ------------------

 

 

 「今日は平和な一日になりそうね」

 

 

 地霊殿の主であるさとりは一杯のコーヒーを味わっていた。

 

 

 お燐もお空も仕事は休みで、部屋でおねんね中……こいしはどこかに行っているから仕方ないけど、誰も私を邪魔する者はいない……ふふん♪今まで散々苦労させられて来たんですから今日ぐらいはゆっくりと部屋でくつろぎながら読書に明け暮れることができる♪

 

 

 そう楽しみにしてもう一杯コーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さとり助けてくれ!!

 

 

 ブフゥー!!?

 

 

 「お姉ちゃん汚い」

 

 

 扉を豪快に開け放たれさとりの口からコーヒーが噴射された。

 

 

 「ゲホゲホッ!?い、いったい何事ですか!!?」

 

 

 ……あっ、天子さんにこいし……うわぁ……また厄介なことを持ち込んでくれたわね。連れてきたのはこいしなのね……ああ……私の平和な一日が音を出して崩れていく……

 

 

 古明地さとりの平和な一日は今日もやってくることはなかった……

 

 



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72話 厄介ごとは地底へ

天子は遂に地底へとたどり着いた模様……厄介ごとを抱えてやってきた。


さとり、これが絶望だ(無慈悲)


それでは……


本編どうぞ!




 「それで?天界は巻き込むわけにはいかないと天界から去ったのはいいとして……地底は巻き込んでいいと思ったのですか?」

 

 「……すまない……解決法が見つかったことで後先考えず行動してしまった」

 

 

 さとりは怒っていた。小柄な体で見下ろすのは体を縮こませる天子……正座をして幼児体型のさとりに叱られている姿はあの比那名居天子なのかと疑いたくもなる光景だ。

 

 

 「あなたには失望しましたよ」

 

 「……すまない」

 

 

 謝ることしか天子にはできなかった。さとりの事情も無視して地霊殿に直接乗り込んでひと時の安らぎを奪ってしまったのだから。

 

 

 折角の休みにのんびりしようかと思っていたのに……おまけに厄介ごとまで持ってきて……あなたはバカなんですかね!?

 

 

 「私がどれほど苦労しているかは……知っていますよね?」

 

 「……はい」

 

 「私がどれほど胃に穴が開きそうになったか……わかっていますよね?」

 

 「……はい」

 

 「私が厄介ごとに巻き込まれたくないことを……理解していますか?」

 

 「……さとりの事情を考えずに急に訪れたことはすまないと思っている」

 

 「わかっているのならば何故ですか?」

 

 

 天子を冷めた目で見据える。正直言えばさとりは関わりたくはない……指名手配されている者を匿うだなんて八雲紫に睨まれることは間違いないからだ。

 

 

 これ以上私の仕事を増やすつもりですかね……映姫さんから頼まれた報告書をやっとこさ書き上げて一休みできるかと思った矢先にこれですよ?いじめですかね?神様は私のこと嫌いなようですね……苦労人さとり(笑)とか思われているんでしょうかね……どちらにせよ、今回のことは断りましょう。こいしが連れてきたこともありますが、これ以上の厄介ごとはごめんです!

 

 

 さとりは断ろうとした。非情だが仕方ない……これも幻想郷に生きる者の運命だと割り切るしかない。幻想郷とは良くも悪くもそういう世界なのだから……だが、一人だけは諦めていない。目の前の天人だけは決してその現実を受け入れようとしない。

 

 

 「さとりさんには悪い事だと思っている。でも正邪は今も苦しんでいる……さとりさんしか解決できる人物はいないんだ!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 真っすぐにさとりを見つめる瞳は強かった。そして第三の目(サードアイ)を通じて直接さとりに伝わってくる。正邪を助けたい思い、天邪鬼の彼女を信じる熱い思いが天子から伝わって来た。

 

 

 そこまでしてたった一人の妖怪を救おうとするのですか……八雲紫に睨まれてもあなたは天邪鬼の味方をすると……

 

 

 「……こいし」

 

 「なにお姉ちゃん?」

 

 「お燐とお空を起こして来てくれない?それと傷薬があったはずだからそれも持ってきて」

 

 「わかった」

 

 

 こいしはさとりに言われるがまま部屋を飛び出していった。

 

 

 「さとりさん!」

 

 「はぁ……もうあなたにはうんざりですよ。厄介ごとに巻き込まれる私の身にもなってほしいものですね」

 

 「す、すまない……」

 

 「けれど……自分よりも他人を優先する意思は凄いと思います。()()()()の彼女を信じるのはあなたぐらいですよ?」

 

 「信じてくれる者が一人ぐらい居てもいいだろ?」

 

 

 全くあなたは……バカですね。どうしようもない程に……でもそういうところ嫌いじゃありませんよ。()()()()の彼女と親友(とも)になろうとするだなんて……変わり者ですよあなたは。

 

 

 「どうしたさとりさん?」

 

 「いえ、もし彼女があなたの親友(とも)になるのならば私と違って苦労するなと思っただけです」

 

 「何を言っている?さとりさんも私と親友(とも)だろ?」

 

 

 ……平然とそんなことを口にするなんて……あなたと言う天人は!

 

 

 「……早く立って彼女をベッドまで運んであげたらどうです?」

 

 「さとりさん……照れた?」

 

 

 さとりの回し蹴りが顔に直撃した。痛くはなかったが、照れ隠しだったのだろうかと天子はその時のことを思ったそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すまない二人共、寝ているところを起こしてしまって……」

 

 「いいよ、さとり様の友人であるおにぃさんの頼みならこれぐらいヘッチャラさ」

 

 「ねむいよぉ……」

 

 

 お燐とお空にも協力してもらい正邪は今のところぐっすりと眠っている。お空はまだ眠たそうにして目をこすっている。折角いい気持ちで眠っていたところを起こしてしまったんだ。無理もない……申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それでも協力してくれる二人には感謝してもしきれない。

 

 

 「本当にありがとう、それに厄介ごとに巻き込むことになってしまって……」

 

 「いいって言っているのに……さとり様が決めたことだからあたい達は文句言わないよ」

 

 「うにゅ……」

 

 「そうだよお兄さん、今はその子を助けるのが優先でしょ?」

 

 「そうだなこいし、一応さとりさん達にも正邪に何が起こっているのか口頭で伝えておこう」

 

 

 天子は詳細に自分が知る限りのことを伝えた。

 

 

 なるほど……異変の黒幕は心を読んだから知っていましたが、情緒不安定なのですね。そこから考えればやはり過去にトラブルがあると見るのが自然ですね。

 

 

 「大体わかりました。ですが私の能力では眠っている相手には効力が薄いのです」

 

 「そうなのか?」

 

 「意識が朦朧としている状態では不確定過ぎるのです。夢で見ている光景なのか現実で体験した記憶なのかがハッキリとしないのです。彼女が目を覚ましてからの方が確実です」

 

 「そうか、ありがとうさとりさん。目が覚めるまで私は正邪の傍にいるよ」

 

 「いつ目が覚めるかわかりませんが?」

 

 「正邪を一人にしておくことはできないから」

 

 

 まぁそうでしょうね。一人にしておくとどういった行動を起こすのかわかりませんし、お燐やお空にもしものことがあれば……許せなくなってしまいますからね。

 

 

 「お燐、食事の時間になったら天子さんに料理を運んであげて」

 

 「わかりましたさとり様」

 

 「それとこいし、勇儀さんにも天子さんが地底に来ていることを伝えてくれる?」

 

 「いいけどどうして?」

 

 「前から天子さんに会いたいってうるさいんですよ。もしこのまま天子さんが帰ったことを知ったら『なんで教えてくれなかったんだ!』とか言いそうですからね」

 

 

 もしもの時に勇儀さんが居てくれれば助かりますからね。力だけは取り柄がありますからね。

 

 

 「わかったよ」

 

 「お願いね」

 

 「うん!」

 

 

 こいしはスキップしながら部屋を出ていき、お燐は支度をするために部屋を後にした。残っているお空は指をくわえてジッとさとりを見つめる。自分には何もないのかと訴えているようだ。

 

 

 「お空にもちゃんと仕事を与えますよ。お空は……そうですね、ペット達にご飯でもあげてきてください」

 

 「うにゅ!任せて!!」

 

 

 眠気を吹っ飛ばしてドタドタと廊下をかけていく。廊下は走ってはいけませんこれマナー!

 

 

 「ひとまずはこれでよし」

 

 「流石さとりさんだ。地霊殿の主だけはあるな」

 

 「もう慣れました。人の上に立つのは苦労します」

 

 「確かにその気持ちはわかる」

 

 「お互いに苦労は絶えないわけですよ……今回はあなたのせいですけどね」

 

 「……すまない」

 

 

 ちょっと悪戯に天子に突き付けることで申し訳なさそうにする様子にクスリと笑みを浮かべる。

 

 

 ……さてと、ここからは少し真面目な話をしましょうか。

 

 

 「天子さん、ここからは真面目な話をします。いいですか?」

 

 

 さとりの顔が真剣な顔つきになった。天子も顔を引き締めて受け入れる態度を整える。

 

 

 「鬼人正邪、天邪鬼の妖怪であることは承知でしょうね。なんせ()()()の設定を知っているのはあなたなんですから。原作と違う鬼人正邪に戸惑いはあるかと思いますが、ここは()()()世界じゃない、設定と差異が生まれるのは当然の出来事。あなた自身が一番身を持って理解していると思います」

 

 「ああ」

 

 「彼女が目を覚ましたら記憶を読み取ります。しかし、ここで注意するべき点があります」

 

 「注意するべき点とは?」

 

 「まず、彼女の精神が情緒不安定であることが問題です。私の能力を使いトラウマを具現化させる……実際に体験したことと同じことをもう一度味わうことになります。精神が弱い者なら下手をすると精神がそのまま壊れてしまうことだってあるのです」

 

 「……」

 

 「彼女次第ですがね。それにトラウマを具現化させるのですから彼女には地獄となるでしょう。そんな苦しみを与えてまでも原因を知りたいのですか?」

 

 「……」

 

 

 天子は黙り込む。わかっていたことながら実際に指摘されると不安になってくる。おそらく正邪に聞いても話してくれないだろう。だからここ(地霊殿)に来た。さとりの能力でその原因を突き止めようとしている。しかしそれは正邪にとって苦しみを味わうことになる。それでいいのかとさとりは天子に訴える。

 

 

 「……」

 

 

 あなたなら一体どうしますか……天子さん?

 

 

 さとりはジッと天子を見つめる。天子の心は今、複雑な心境でグチャグチャになっている。だが、それもひと時の間……次第にグチャグチャになっていた心が平静を保ち始めていく。そして一つの決心へと変わった。

 

 

 「……さとりさん、確かに正邪には苦しみを味合わせることになる。だが、私が正邪の苦しみを少しだけでも肩代わりしてあげたい。正邪が壊れないように寄り添うつもりだ。絶対って保証はないが、正邪を苦しめる原因を何とかできるなら……正邪に恨まれたっていい。お願いするさとりさん!」

 

 

 はぁ……他人にそこまで人生をかけるとは……変な人ですね。

 

 

 「わかりました。あなたが全ての責を背負うなら私は何も言いません」

 

 「ありがとうさとりさん!」

 

 

 満面の笑みで言われると……少し照れてしまいますね……

 

 

 笑みを浮かべる天子の顔から視線を逸らすが、その時のさとりの頬がほんのりと赤みがかっていたことには天子は気づかなかった。

 

 

 「ゴホン!まぁ、それは彼女が起きてからのことです。それまでは家でゆっくりしていってください」

 

 「そうさせてもらう」

 

 「それじゃ私は読書の続きをしますので……失礼させてもらいます」

 

 

 さとりはそのまま部屋を出ていこうとした時に天子に呼び止められた。

 

 

 「……なんです?」

 

 「さとりさん、本当にありがとう。やっぱりさとりさんはいい妖怪だ」

 

 「……褒めても何もでませんよ」

 

 「……照れた?」

 

 「照れてません!」

 

 

 さとりはそそくさと立ち去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全く……天然もいいところですね」

 

 

 書斎に戻って来たさとりは椅子に腰かけながらため息をつく。

 

 

 そういうところが女を泣かせるのですよ天子さん、鈍感なのやら天然なのやら、あなたの何気ない行動で何人落としてきたことやら……あなたの事情を知らなければ、あなたの心を読むことが出来なければ私もあなたの虜になっていたでしょうね。本当に罪づくりな方ですよ……その内に後ろから刺されてしまうんじゃないですかね。

 

 

 やれやれと呆れてものも言えない様子である。何がともあれ書斎に戻って来て一人っきりになれたので、一息つこうと残っていたコーヒーを口に含む。

 

 

 ぬるい……お燐に入れなおしてもらう……こともできますが、今忙しいですよね。仕方ありませんね、アイスコーヒーだと思って飲めばいいだけですし……

 

 

 もう一度コーヒーを口に含む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さとり!天子がきているんだってな!!

 

 

 ブフゥー!!?

 

 

 

 

 

 「お姉ちゃん汚い」

 

 

 扉を豪快に開け放たれさとりの口からコーヒーが噴射された。

 

 

 なに……このデジャブは……!?

 

 

 さとりに休む暇などなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 すぅーすぅー

 

 

 寝息が聞こえる。ベッドに寝かされている正邪はぐっすりと夢の中にいた。そして傍で椅子に腰かけて見守るのは天子だ。

 

 

 「……勇儀か?」

 

 

 不意に天子が呟く。その呟きは扉の向こうに対しての投げかけだ。

 

 

 「へぇ、誰か来たのかわかるのか……超能力でも持っているのかい?」

 

 

 扉が静かに開いて姿を現したのは星熊勇儀であった。地上に住む萃香とは古き頃からの友人であり、以前の騒動で天子とは仲良くなった仲である。

 

 

 「勇儀独特の力強い妖気を感じただけだ」

 

 「~♪私の気を感じ取れるだけでも十分だよ。やっぱり天子はいい男だよ」

 

 

 口笛を吹いて天子を褒めたたえる。

 

 

 「そんなことはないさ。一人の少女を置いて傍から離れてしまったバカ者だよ」

 

 「この天邪鬼のことかい?さとりから聞いたよ。訳ありだそうだな」

 

 

 部屋の片隅に置かれた椅子を持ってきて天子の隣に陣取る。二人共ベッドを正面にして正邪を見つめていた。

 

 

 「地上で異変を起こして指名手配されているんだって?あの八雲紫を怒らせるなんざさぞ悪党なんだろうな」

 

 「どうしようもない小悪党だよ正邪は。でもそこが彼女の良さなのかもな」

 

 「天子なら悪は許さないとか言いそうなんだがな?」

 

 「憎めない悪役っているだろ?そんな感じだ」

 

 「天子にそこまで言わせるとはね……一度戦ってみたいものだ」

 

 「戦ったら確実に正邪が負けるのだが?」

 

 「ちょっと喝でも入れてやろうって意味だよ。それで心入れ替えるかもしれないだろ?」

 

 「……正邪はそう簡単にはいかないぞ」

 

 「かはは!流石天邪鬼だ!それでこそ天邪鬼!!」

 

 

 面白おかしく笑う。愉快といった感じだった。脅された程度で心変わりすることなど天邪鬼にはありえない……その根性が気に入られたようだ。

 

 

 「だけど天邪鬼は恩を仇で返す妖怪だ。それが天邪鬼だ。それでも天子はこいつのために尽くすことができるのかい?」

 

 

 勇儀の真剣な表情が天子に向けられる。だが既に天子の応えは決まっていた。

 

 

 「約束したんだ。正邪と……何度も裏切られたとしても約束したんだ。天邪鬼でもお互いに話し合って、交流を深めて絆を結めば気にしてくれたり、優しく接してくれると信じている。天邪鬼だって生きているのだから笑ったり、泣いたり、怒ったりと私達と何も変わらない。だから向き合えばいつかはわからないが共に並んで道を歩むことができるようになるとな。それに……」

 

 

 天子は眠っている正邪を見る。

 

 

 「正邪とも親友(とも)になりたいからな」

 

 「……クッ、ククク……」

 

 「勇儀?」

 

 「クハハハハ!」

 

 

 高らかに勇儀が笑いだした。どうしたのかと戸惑う天子に勇儀は手で悪いと表現した。

 

 

 「悪い悪い、いきなり笑って悪かった。天子を笑ったんじゃないんだよ。もう予想通りでおかしくなっちまってさ!」

 

 「予想通り?」

 

 「天子なら見捨てる訳はないと思ったさ。そして『親友(とも)になりたいから』って言うんだ!風見幽香の時もそうだったらしいじゃないか?そして次は嫌われ者の天邪鬼と親友(とも)なろうって言うんだ。流石だとつい感心しちまったんだよ。いや~本当にいい男だよあんたは!!」

 

 

 バシバシと背中を叩いて褒めたたえる。ちょっと痛そうにしていたが勇儀はそんなこと気にしない。

 

 

 「天子に目を付けられたこいつは幸運だよ。こんないい男に巡り合えたんだから、私ももう少し早く出会いたかったね♪」

 

 「褒め過ぎじゃないか?」

 

 「褒め過ぎが丁度いいんだよ」

 

 「ふっ、勇儀もいい女性だよ」

 

 「そう言ってくれると嬉しいね♪」

 

 

 お互いに褒めたたえる。勇儀は萃香が先に天子と出会ったことが羨ましく感じる。友人でなければ力づくで天子を奪い取ってしまうぐらいだった。でもそんなことはしない……今では良き親友(とも)としてこうして語り合っているのだから。

 

 

 「さてと、私は少し食堂を荒らしてくるよ」

 

 「何するつもりだ?」

 

 「決まっているだろ?天子が地底に来ているって知って急いで来たんだ。見ての通り手ぶらさ。後は……わかるよな?」

 

 「ああ……」

 

 

 容易に察することができた。きっと酒とつまみを物色しに行く気であると……心の中でさとりに対して合掌しておくのだった。

 

 

 「それじゃまた後でな!」

 

 

 部屋を出ていき、地霊殿は荒らされることになるだろう……またさとりの胃にダメージを与えることになるが、天子は止められない。時間がある時に胃薬を永遠亭でもらっておこうとさり気ない気遣いをするのであった。

 勇儀が出ていってまた静かになる。聞こえてくるのは正邪の寝息だけ……

 

 

 「あれだけ騒いだのに起きないか……」

 

 

 勇儀が高らかに笑い声をあげた時は正邪が目を覚ましてしまうのではないかと心配したが、今でもぐっすりと眠っている。余程疲れていたのかちょっとやそっとのことでは起きそうにない。自然に目が覚めるまで待っておくしかなさそうだ。

 

 

 「(……正邪の性格だ、目が覚めたら勝手に抜け出す可能性があるわね)」

 

 

 地霊殿の中は安全だ。しかし旧都に出ればガラの悪い妖怪もこの地底には住んでいる。正邪ならは喧嘩を売ってしまうか心配だ。天子は正邪が逃げ出さないように手をそっと手を握りしめた。

 

 

 「まだ食事時まで時間があるな……私も動きっぱなしだったから少し眠るか」

 

 

 立て続けに色々なことが起きていたために少し疲れていた。天子は目を閉じて体を休めることにして夢の中へと身を流して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う……ん……?」

 

 

 正邪が目を覚ましたのはそれから少ししてからのことだった。

 

 

 ------------------

 

 

 「すみません布都……あなたの事を無視したわけではないのです。だから許してください……」

 

 「うぅ……我だって……おりますのに……」

 

 「ダメだこりゃ、完全に自暴自棄になってるぜ」

 

 「これで何本目なんですかね……?」

 

 

 ここはミスティアの屋台で飲んでいるのは神子、妹紅、妖夢、そして酒に飲まれた布都がいた。存在を忘れ去られてしまった布都は屋台につくな否やありったけの酒を注文し飲み干した。神子達は久しぶりの再会に興が弾み、布都のことが蚊帳の外になってしまっていた。そのことでやけになった布都は現在の状況に至る。

 

 

 「本当にすみません……布都元気出してください。あなたの憧れの太子様が自ら応援して差し上げますから……頑張って布都ちゃん♪」

 

 「「「(うわぁ……)」」」

 

 

 布都に元気を出してもらうと似合わない可愛さを前面に出す神子の姿に女将含め全員がドン引きした。そして布都は眠りこけてしまい見てもいなかった。

 

 

 「なんですか!私が折角布都のためを思ってしたことなのに引くことないでしょ!?」

 

 「い、いや……ただ……似合わないなぁって思ってな……」

 

 「そ、そうですね。神子さんならもっとカッコイイ方がお似合いかと……」

 

 「ふむ、そう言われてみればそうか……私はカリスマ溢れるが故に可愛さとは無縁……しかし天子殿には可愛いと思われたいし……ううむ……

 

 

 ぶつぶつと何か一人で呟き始めた。そんな神子は放っておいて新たにヤツメウナギを注文する妖夢と妹紅。

 

 

 「はい、どうぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 「サンキュー女将♪」

 

 「いえいえ、それにしてもこんな時間から飲んで良かったのですか?布都さんは寝てしまいましたし、神子さんは『ここは私の美しさをアピールした方がいいのか?いや、それならばいっその事……ぶつくさぶつくさ』あの調子ですし」

 

 「私もこんなことになるとは思わなかったんだ。一仕事前の一杯のつもりだったんだが……」

 

 「妹紅さん、ここは私達だけでも鬼人正邪を捕まえましょう。それに他の方と協力して捕まえればいいことですから」

 

 「そうだな妖夢、そうしよう」

 

 

 話がまとまり、布都と神子はここに置いていった方がいいと判断した。そんな時に屋台に近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

 

 「女将さん一杯頂戴……先客がいたの……あっ!」

 

 「うん?おっ!狼女の影狼じゃないか?こんなところで出会うとは奇遇だな」

 

 「妹紅さん知り合いですか?」

 

 

 妖夢が尋ねる。どうやら妹紅と影狼は面識がある様子だった。それも妹紅が住み着いているのは迷いの竹林、そして影狼も迷いの竹林に住んでいるために何度か出会ったことがある。

 

 

 「初めのうちは何度か食われそうになったがな」

 

 「そ、それは忘れてほしいな……」

 

 

 妹紅と影狼の間柄には黒歴史があるようだが、そこは追及しないでおこう。

 

 

 「影狼さんですね、私は魂魄妖夢と申します」

 

 「あ、これはどうも……今泉影狼です。好物はお肉で、嫌いな物は野菜全般、悩み事は満月になると毛深くなるのが悩みどころです」

 

 「おいおい、聞いてないことまで言うことないだろ?」

 

 「あ、そっか」

 

 

 笑いが起こる。影狼は恥ずかしさか顔を赤く染めていた。何がともあれ一緒に飲むことになった。眠っている布都と未だぶつくさ一人で呟いている神子が店の半分を占めているので、三人は店の外で飲むことにした。

 

 

 「悪いな、あの二人は私達の友人なんだがちょっと変わっていてな。特にさっきからぶつくさ独り言を言っている方は豊聡耳神子って言うんだがこれがまた変わり者でよ」

 

 

 妹紅は大体のことを影狼に伝えた。女将が店からヤツメウナギを運んできて一口くわえながらその話を聞いていた。

 

 

 「それでこの妖夢と一緒にこの後、鬼人正邪を捕まえに行くんだ」

 

 「鬼人正邪!」

 

 「影狼さんどうかしましたか?」

 

 

 鬼人正邪に反応した影狼に視線が集まる。

 

 

 「さっきその鬼人正邪と会った」

 

 「えっ!」

 

 「本当かそれは!?」

 

 「あ、うん、私達……わかさぎ姫と赤蛮奇って友達がいるんだけど、異変の影響で私達暴れちゃって……通りかかった人間達に退治されちゃってさ」

 

 「多分霊夢さん達ですね。昔私も歌っているところ退治されました」

 

 

 女将のミスティアも同情するように頷いていた。

 

 

 「それは置いておいて……影狼がここに居るということは逃がしたのか?」

 

 「そう、私達以外にもいたんだけどほとんどやられちゃって」

 

 「鬼人正邪と言う者はそれほど強いのですか!?」

 

 

 妖夢は驚いた。影狼達は妖怪としての力は十分にあるはず、他の妖怪達も報酬目当てなら腕に自信を持つ者が集まって来るはず……それを撃退したとなれば難敵……こちらもそれ相応の覚悟が必要になるのでは?そう妖夢は思った。

 

 

 「あ、いや、鬼人正邪じゃなくてもう一人居たカッコイイ男性の方がいたの。その方にやられちゃってさ」

 

 「正邪に仲間がいたのか?」

 

 「特徴はわかりませんか?」

 

 「名前なら蛮奇から聞いてるわ。比那名居天子だって」

 

 「「天子(天子さん)だって!!?」」

 

 

 ガバっと影狼に詰め寄る妹紅と妖夢の勢いは凄かった。影狼は二人に詰め寄られてあまりの剣幕に体が硬直してしまった。

 

 

 「天子がなんで鬼人正邪についているんだよ!」

 

 「そんなの何かの間違いです影狼さん!」

 

 「天子はもしかしたら操られていたのかも……どうなんだ影狼!?」

 

 「ハッキリ答えてください影狼さん!!」

 

 「あ……うぅ……」

 

 「ちょ、ちょっとお二人共!影狼さんが怯えているじゃないですか!」

 

 

 女将の介入により、我に返った二人は申し訳なさそうにちょこんと元の席へと座る。

 

 

 「大丈夫ですか影狼さん?ゆっくりでいいんで話してもらえますか?」

 

 

 女将のミスティアによって場は静まり、影狼はポツポツと話し始めた。影狼も詳しくはわからないために状況説明しかできなかったが、それで精一杯であった。

 妹紅と妖夢はジッと考え事をしていたが、顔を見合わせた後に立ち上がった。

 

 

 「女将、悪いが私達はもう行くよ」

 

 「ごちそうさまでした」

 

 「あ、ちょっと!!」

 

 

 二人はそのまま走り去ってしまい森の中へと消えて行った。

 

 

 「お代もらってない……」

 

 「びっくりした……一体どうしたんだろう?」

 

 「影狼さんは知らなかったですね。少しお話しておきましょうか」

 

 

 女将によって影狼は妹紅と妖夢が天子と縁があることを知ることとなる。そして天子には伊吹萃香や風見幽香といった大物までついていることに今更ながら戦慄するのであった。

 

 

 「……やはり天子殿も男性……私の肩のラインから胸元をチラつかせることでその気にさせるやり方もアリではないですか!そう思いませんか妖夢殿、妹紅殿……あれ?」

 

 「……我も……おりますぞ……むにゃむにゃ……」

 

 

 神子は布都と共に置いていかれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「暇だ」 

 

 「そうだね」

 

 

 こころと小傘はブラブラしていた。雷鼓達と別れて、こいしも天子もいなくなりやることがなくなってしまった二人は気の向くままに歩いているだけだった。

 

 

 「小傘、面白いことして」

 

 「え!いきなり無茶ぶり過ぎるよ!」

 

 「じゃ、面白いこと言って」

 

 「さっきと変わらないよ!」

 

 「はやくはやく」

 

 「ええ……」

 

 

 こころが期待を込めた眼差しで見つめて来るので仕方なく小傘は答える。

 

 

 「隣の家に囲いができたんだって?へぇ~カッコイイ(囲い)!!」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……今日はいい天気だな」

 

 「こころ……せめて罵倒でもしてよ……」

 

 

 こころに翻弄されながらも気ままに歩いて行く。そんな時、二人を見つける空飛ぶ影……その影は一直線に二人に向かって来る。その影は二人の前に下りてきた。その影の主には見覚えがあった。

 

 

 「魔法使い」

 

 「魔理沙さんだ」

 

 「よぅ、面霊気に唐傘がこんな森の中で二人して何しているんだぜ?」

 

 

 それは魔理沙だった。そしてもう一人……肩に載っているのは針妙丸、二人は初めて見る小さな小人に興味深々だ。こころなんか新しい玩具を見つけた子供のように目が輝いていた。

 

 

 「魔法使い、それなんだ?」

 

 「こいつか?こいつは少名針妙丸、小人だよ」

 

 「ど、どうも初めまして」

 

 「こちらこそ多々良小傘だよ」

 

 「秦こころ」

 

 「よ、よろしく」

 

 

 初めてなのでぎこちない挨拶となってしまったが、こころも小傘も気にしない。

 

 

 「なぁ、この辺りでこんな奴見なかったか?」

 

 

 魔理沙が取り出したのは手配書だった。その手配書に載っている特徴的なイラストを見せられた二人は見たことはなかった。だが、名前を見た瞬間小傘は天子の言っていた天邪鬼だと確信した。きっとこの二人も天邪鬼を捕まえようと探しているのだろう……幻想郷のためならば教えるべきなんだろうが、天子から事情を聞いていた小傘は躊躇った。そもそも口止めされていたのだから喋ってはまずいと思い、知らないフリをすることにした。

 そう……小傘だけは。

 

 

 「……見たことないですね」

 

 「見たことない……けど名前は聞いたぞ。天子から」

 

 「本当か!」

 

 「(こころぉおおおおおおおお!!?)」

 

 

 平然と答えるこころに内心焦りだした。

 

 

 「(どうして言っちゃうの!?天子さんから口止めされていたでしょ!!?)」

 

 「本当なの!?正邪は!正邪はどこに!!?」

 

 「地底に行くって」

 

 「(喋っちゃダメだよ!!!)」

 

 

 小傘がこころの口を塞ぐがもう遅い。ハッキリと聞いた魔理沙と針妙丸は次の目的地を決めたようだ。

 

 

 「なんだかわからないが、助かったぜ!行くぜ針妙丸!」

 

 「はい、魔理沙さん!」

 

 「あっ」

 

 

 そのまま魔理沙達は二人を置いて飛んで行ってしまった。小傘はそれをただ見送るしかできなかった。

 

 

 「もうどうして言っちゃったの!?天子さんから口止めされていたでしょ!!?」

 

 「あっ、うっかりしてた。てへぺろ♪」

 

 「それで許されると思っているの!!?」

 

 「メンゴメンゴ」

 

 

 ため息をつく小傘は頭が痛くなる思いだった。信用してくれて話してくれたのにあっさりと話してしまった責任感が小傘を襲う。

 

 

 「そう落ち込むなよ、天子なら何とかやれるさ」

 

 「誰のせいだと思っているの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、さっきの話……詳しく聞かせてくれるかしら?」

 

 「ふぇ?」

 

 

 聞き覚えのある声に小傘が振り向く。そこには紅白の巫女衣装を身に纏った博麗霊夢がいた。

 

 

 「「あっ」」

 

 「隠していること洗いざらい吐くのよ。嘘ついたら……わかるわよね?」

 

 「「……はい」」

 

 

 こころと小傘は霊夢に全てを話すしか選択肢がなくなった。

 

 



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73話 手の温もり

正邪もさとりと対面の時、過去が明らかになるまでもう少し……!


それでは……


本編どうぞ!




 くらい……

 

 

 くらい……くらい……

 

 

 くらい……くらい……くらい……

 

 

 ひかりもなにもない……

 

 

 ここはどこなのだろうか……

 

 

 真っ暗な闇が視界に広がっていた。見るもの全てを拒むようにどこを見渡しても何も映らない……

 

 

 くらい……くらい……なにもない……

 

 

 闇には何もない。何も存在しない。あるのは虚空だけ……

 

 

 つめたい……ひとり……

 

 

 だれも……いない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしには……だれも……いない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う……ん……?」

 

 

 眩しい……頭がいてぇ……

 

 

 目が覚めた。また知らない天井を見ていた。視界がぼやけてクラクラする頭を何とか持ち上げる。

 

 

 どこだここ……?永遠亭……じゃないよな?また知らない場所かよ、私って何度知らない場所で目を覚ますんだよ……

 

 

 自分自身でも訳がわからないぐらいに呆れていた。異変を起こしてからというもの短期間で同じようなことが何度かあった事実にため息が出てしまう。

 

 

 でも、ベッドの上で目が覚めるだけマシか。森の中で目が覚めるよりかはいい……森の中?

 

 

 目が覚めて少し時間が経ち始めてクラクラしていた頭が正常に働き始めた。自分は森の中に居たはずなのに今ではどこか知らない場所のベッドの上にいる。意識を手放すまでの出来事が次第に蘇ってくる。

 

 

 『「弱者に生きる価値なし♪」』

 

 

 ビクリッ!

 

 

 鮮明に思い出される言葉が正邪の心臓を鷲掴みにする。鼓動が高鳴り呼吸が詰まる……体中に震えが現われ汗が流れ始める……が、それはすぐに収まった。鼓動と呼吸は落ち着きを取り戻して震えも汗も止まった。

 

 

 ど、どういうこと……だ?体中の震えも汗も……止まった?いつもならこんなに早く止まらないのに……?

 

 

 正邪は何度も体験したことだったからわかっていた。始まってしまえば落ち着くまで時間がかかる……はずなのに今回に限ってそれがない。一体どうしたものかと不思議に思っていた。

 

 

 「あっ」

 

 

 温かい……そう思った。

 

 

 右手がとても温かく自然とリラックスできているのがわかった。それと同時に正邪から声が漏れた。

 

 

 比那名居……天子……

 

 

 右手を見れば手が握られていた。正邪の手を握りしめているのは天子の手……男らしく綺麗な手だが優しく包み込むような感触を覚えた。

 

 

 こいつが私をここへ連れて来てくれたのか……それにこいつ寝ていやがる。……意外と寝顔は可愛いんだな……顔が整っているからか?

 

 

 正邪は寝ている天子の顔を覗き込む。だが、ハッとして顔を逸らしてしまう。

 

 

 何をやっているんだ!男の寝顔を覗き込むなんてバカかよ私!?

 

 

 逸らした顔は赤く染まって火照っているようにも見えていた。鼓動が高鳴り呼吸が苦しい……だが、この苦しみは辛く感じることはない。何故かはわからないが、気分のいいものだった。ゆっくり静かに呼吸を整えてそっと視線を右手に戻す。

 

 

 こいつ……まさかずっと手を握っていたのか?寝ている間ずっと……ず、ずっと!?

 

 

 また鼓動が高鳴り呼吸が苦しくなった。どうかしてしまったのかと多少混乱する正邪だが、冷静さを保って考えを導き出そうとする。

 

 

 ま、まだ起きてないよな……よし、よし……起きていないな。はぁ……何かわからねぇがこいつがここまで運んでくれて私は無事に生きているってことだな。それは間違いなさそうだな……あの忌々しい幻覚に踊らされるとは……天下の大悪党である鬼人正邪様がなんてこった……

 

 

 森での出来事を思い出す。忌々しい声が頭の中に響いてくるような錯覚さえ覚える。

 

 

 ちくしょう!あの声が頭から離れねぇ……いつまでこんな生活を送らなければならないんだよ!!

 

 

 唇を噛みしめ、悔しさが拳を握りしめさせる。正邪の顔には疲れも少し見えていた。今まで何度声に踊らされてきたことか……最近になって益々聞こえる頻度が多くなり、幻覚まで見るようになった。疲労が正邪の体を蝕むのも時間の問題だろう。

 だが、正邪は不思議と気持ちが楽になっていった。疲労は少し残っているが、体がだるいとは感じない……寧ろ以前よりも軽く感じる。「自分の体に何か変化でもあったのか?」と疑問を感じ、いつもと違う場所を探すが、爪や歯が折れたりしているがそれ以外は特に変わったところがないと断定する直前に気がつく。

 

 

 あっ……手……

 

 

 天子が正邪の手を握りしめている。肌と肌が触れ合って体温の温かさが伝わってくる。

 

 

 ……温かい……こいつの手……触れているだけで何だか……いいなぁ……♪

 

 

 無意識にもう一方の手を伸ばす。そっと天子の手に乗せると正邪の左手にも温かさを感じて自然と優しい笑みを浮かべられた。

 

 

 こいつの手ってこんなにも温かいのか……もうちょっと……このままでいいかなぁ♪

 

 

 ぎゅっと手に力を込めてこの感触を忘れないように刻み込むのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ん?正邪……起きたのか?」

 

 「わぁああああああああああああああ!!?」

 

 

 正邪の目潰し攻撃が天子の両眼を襲った。

 

 

 ------------------

 

 

 「ば、ばか野郎!?い、いきなり目を覚ます奴がいるか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょー痛いんですけど!!?

 

 

 えっ!?なに!?なにが起こったの?起きたらいきなり目潰し攻撃くらったんだけど……って目潰し攻撃って危ないわよ!?私が天人だから痛い程度で済んだけど、ただの人間だったら失明してたかもしれないのよ!?天人の丈夫さが役に立ってホント良かったわ!良い子は絶対真似しちゃダメですからね!!絶対だよ!!

 とりあえず何故目潰し攻撃されたのかわからない……目覚めたらいきなり目潰しって……鬼畜の所業よ……

 

 

 「い、いたい……!」

 

 「驚かせた罰だ!思い知ったか!!」

 

 

 天子をケラケラと笑っていた正邪は元の意地悪な天邪鬼に戻っていた。

 

 

 正邪は目を覚ましたのよね……今は落ち着いているみたいで良かったわ。ふぅ……逃げなかったようで安心ね。私は寝ている間、ふっと夢の中でドレ顔のあの人に会えるか探して冒険してました。結局会えなかったのだけれどね……えっ?彼女の登場はまだ先ですって?知ってる。とにもかくにも、正邪が目を覚ましたってことはさとりさんを呼んでこないといけないわね。書斎はすぐ傍だし正邪と離れるのは一瞬だけだから錯乱することはないでしょう……それに誰かが呼んでこないといけないしね。

 

 

 「正邪、少しさとりさんを呼んでくるからここで待っていてくれ」

 

 「えっ……!」

 

 

 痛みが引いた天子は立ち上がり、正邪にそう伝えて背を向けて出ていこうとした。

 

 

 「い、いくな!!」

 

 「せ、せいじゃ……?」

 

 「あっ」

 

 

 正邪は天子の手を掴んでいた。そのことに気づいて慌てて手を離す。

 

 

 「ち、ちがッ!これはなんというかこうじゃないような……ええっと……と、とにかくなんでもねぇんだよ!バカ!ば~か!!」

 

 

 なんで罵倒されるの……解せぬ。変な正邪ね……また精神が不安定なのかしら……それなら離れるわけにはいかないんだけど……

 

 

 そう思った矢先に扉を開ける音が聞こえた。そこにはお燐が軽めの食事を用意して持ってきてくれたようだ。

 

 

 「にゃい♪持って来たよおにぃさん……にゃ!そっちも目が覚めたのかい?腹が減っているなら食事を用意するけど?」

 

 「え?あ、ああ……仕方ないから貰っておいてやるわ!」

 

 「なんで上から目線なのにゃ?まぁ別にいいけど」

 

 「燐、すまないがさとりを呼んできてくれるか……ああ、食事を取ってからの方がいいよな」

 

 「それならある程度したらさとり様を連れて来るにゃ」

 

 「すまない助かる」

 

 

 お燐はそのまま正邪の食事を用意するために一度部屋を後にした。すぐさま戻って来て正邪の食事も用意して二人で食べている間にこれまでの出来事を話していた。そして、正邪を地底へ連れてきた理由も伝えると食べ終わって満足そうにしていた正邪が大人しくなる。

 

 

 「……」

 

 「正邪、さっき言ったようにさとりの能力は【心を読む程度の能力】だ。それを応用して他者の記憶を具現化することができる。だが、それはトラウマを具現化することで苦しいことになるだろう。それでも私は正邪の事を知りたいし、正邪を苦しみから救ってあげたいんだ」

 

 「……」

 

 

 天子は強要はしたくなかった。正邪の精神は思った以上にダメージを受けているだろうし、これほどダメージを受ける程のことがあったのだ。それをもう一度体験させようと言うのだから本人の了承を必要だ。だが、誰もトラウマを体験したくはないだろう。嫌な思い出、痛みを味わった日々、それらがリアルに再現されてしまう。そんなの見たくはない……

 正邪はだんまりだ。俯いて微かに震えている……余程思い出したくないのだろう。

 

 

 怖いのね……私だって映姫さんに黒歴史ノートを読み上げられた時は死のうと考えたぐらいだから……それと同じにしちゃダメね。正邪のは私と違って辛い記憶だろうし、他人に知られたくはないでしょう。でも……それでも私は正邪を知らないといけない!知ってあげなきゃいけない!一人で抱え込むなんて苦しいだけ、その苦しみを私が少しでも肩代わりしてあげるから!

 

 

 「正邪!」

 

 

 天子が正邪を肩を掴む。ビクッと体が震え目が合う。正邪の瞳はフルフルと怯えているようだった。

 

 

 「正邪、私を信じてくれ。会って間もない私だが、私は正邪のことを信じている。今は天邪鬼とか関係なしに鬼人正邪として私を信じてみれくれないだろうか?」

 

 「……おまえ……」

 

 「……頼む」

 

 

 これで無理なら諦めて正邪が心開いてくれるまで待つしかない。いつになるかわからないけどそれでもいい。信じていればいつかはきっと心を開いてくれる時が来るだろうから……

 

 

 「……………………………………………………いいぞ

 

 

 ――え?今なんて?

 

 

 とても小さく聞き取りにくかったが、天子には願っていた答えが聞こえて来た気がした。

 

 

 「……いいぞ……って言ったんだよ」

 

 

 今度はハッキリと聞こえた。肯定する正邪の答えを!

 

 

 「正邪!」

 

 「ば、ばか!勘違いするなよな!この鬼人正邪様にトラウマなんてない!具現化がどうしたってんだ!そんなもの笑い飛ばしてやるだけだよ!ケケケッ!」

 

 「そうだ、その意気だぞ正邪!」

 

 「……な、なんか調子狂うな……ゴホン!や、やるならさっさとやれよ!この鬼人正邪様を待たせる気か!これだから下僕は……」

 

 「わかった。すぐ燐さんに呼んで来てもら……『その必要はありません』さとりさん?」

 

 

 扉を開けて入って来たのはさとりと勇儀にお燐だった。さとり達の姿を見た正邪は一瞬動揺するが根性で我慢した。

 

 

 「お燐、食器を片づけてこいしと一緒に向こうの部屋で待機していて頂戴。あなた達には刺激が強すぎると思うから」

 

 「わかりましたさとり様」

 

 

 お燐はそう言うと食べ終えた食器類と共に部屋を出ていった。残ったのは正邪と天子を含めて四人のみ。

 

 

 「勇儀も残るのか?」

 

 「ああ、何かあった時の保険は必要だろ?」

 

 「勇儀さんなら正邪さんが暴れても押さえつけられますし、私の能力でトラウマを具現化しても精神面でも中々強いですから居るに越したことはありません」

 

 

 勇儀とさとりの説明に納得し、頼もしく感じる天子。だが、正邪は鬼が居るとは思わなかったのか少し顔色が優れない様子だ。

 

 

 「大丈夫ですか正邪さん?」

 

 「だ、だいじょうぶに決まっているだろ!?覚妖怪如きに心配される筋合いはねぇ!」

 

 「勇儀さんにビビっているようですが?」

 

 「び、びびってねぇって!出鱈目なこと言ってんじゃねぇぞ!!」

 

 

 地団駄を踏んだ。ギシギシと揺れるベッドを見て「壊れるのでやめてください。勇儀さんに頼んで黙らせますよ?」と脅すとすぐに静かになった。意外と正邪は素直なのかもしれない。

 

 

 「それで交渉は……どうやら了承を得たようですね。先に自己紹介だけしておきましょう。私がこの地霊殿の主である古明地さとりです。天子さんから説明を受けているようなので詳しい事は省略しておきましょう。隣にいるのが星熊勇儀さん、彼女も協力者ですのでよろしく」

 

 

 天子は能力便利だなと改めて思う。

 

 

 「それでは早速始めましょう……天子さんはこちらへ、正邪さんはそのままベッドに腰かけてこちらを見てください」

 

 「……ほ、ほんとうにやるのか?私はお前達とは関係ないし、これは私だけの問題だから……」

 

 「私だけの問題じゃない!」

 

 「――!?」

 

 

 天子は正邪の言葉を否定した。強く違うことを示すように。

 

 

 そうよ、これはもう正邪だけの問題じゃないわ。あんなに苦しんでいるのに一人で抱え込むなんてことは絶対にしてはダメ!困った時は誰かに頼る……一人では絶対生きていけないのだから!

 

 

 「もう正邪だけの問題だと思うな!困った時は助けを求めろ!一人で抱え込むことなんてやめろ!それに私と正邪はレジスタンスの一員だろ?」

 

 「レジスタンス……!」

 

 

 正邪はその言葉に強い魂が宿っていた気がした。正邪は意を決した覚悟の目をさとりに向けた。勇儀もどこか満足そうにこの光景を見ていたのだった。

 

 

 「決意が決まったところですが、最後に確認します。これから見せるのはあなたのトラウマを具現化したものです。本物ではありませんが本物と変わらない苦痛と痛みが記憶によってもたらされるでしょう。それでもいいのですね?」

 

 「鬼人正邪様にトラウマなんてないこと証明してやる!」

 

 「(嘘ばっかり……ですが、さっきよりかはマシですね)わかりました。それではいきます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想起『テリブルスーヴニール』!!!

 

 

 彼女の過去(トラウマ)が明らかになる……!

 

 



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74話 天邪鬼になった少女

注意!暴力表現・過去改変等がありますのでご了承ください。


遂に正邪の過去が明らかになる……!


それでは……


本編どうぞ!




 空間が歪む……

 

 

 視界がぼやける……

 

 

 一瞬世界全てが真っ黒に染まり、天子達は真っ黒な空間へと放り出された。

 

 

 『「こりゃすげぇな、初めて見るぜこんなの」』

 

 

 勇儀に同感だわ。これがさとりさんの能力か……でも真っ暗で何も見えないけど?

 

 

 『「これからですよ、今は入り口に立っているだけです」』

 

 『「そう言えば天邪鬼はどこに消えた?」』

 

 

 勇儀が言うに正邪の姿はない。辺りを見渡しても天子と勇儀とさとりの三人の姿しか確認できない。

 

 

 『「今回は天子さんと勇儀さんにも共有できるよう記憶にリンクしています……二人共わかっていないようですね。簡単に言えば正邪さんの頭の中に私達が入っていると思ってください。だから正邪さんはこの場にいないのです」』

 

 『「なるほどねぇ」』

 

 

 つまり正邪の記憶の中にシュー!したわけですかね?

 

 

 『「ちょっと違いますね。あくまで記憶の具現化させていますので、正確には記憶の中ではありません。記憶を基にして作った空間にいると思ってください」』

 

 

 なるへそ、大体わかったわ。

 

 

 『「わかっていただけたのならそれでいいです。それでは記憶の扉を開きますよ!」』

 

 

 遂に原因がわかるのか……心を引き締めないとね!

 

 

 空間がまた歪み、真っ黒な空間が変わっていく。そして景色が現れた……古ぼけた小屋の中に場面が変わった。そこでは男と女、そして赤子がゆりかごの中で眠っていた。

 

 

 『「おいさとり、私達これじゃ丸見えじゃないのか?」』

 

 『「ここは正邪さんの記憶の具現化した世界なので私達は存在していないのです」』

 

 

 へぇ~そうなのか……それにしてもこの男性と女性は誰だろう?記憶の具現化だから気配も読めない……見た目は……小さな角が生えているわね。もしかして正邪と同じ天邪鬼?

 

 

 その男女には小さな角が生えていた。そしてゆりかごで眠っている赤子にも小さな小さな角がちょこんと生えていた。

 

 

 『「この男と女は天邪鬼か?それじゃこの赤子は二人の子供か……」』

 

 『「勇儀さん、お喋りはそれぐらいにして様子を見守りましょう」』

 

 『「おっと、悪いなさとり」』

 

 

 天子達はジッと様子を見守ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなた、この子になんて名前つけます?」

 

 「名前か?ふむ、考えてなかった」

 

 「呆れました、ダメ亭主ですね」

 

 「それは酷すぎる、考えてなかっただけだ。今から考える」

 

 「私はもう決めていますけど?」

 

 「なに!?教えてくれ!」

 

 「うふふ♪どうしよっかな~♪」

 

 「勿体(もったい)ぶらないでくれよ!」

 

 

 その男性と女性は夫婦のようだ。仲良さそうにしている光景を見ていると微笑ましいと感じる。

 

 

 「この子の名前は……鬼人正邪よ」

 

 「おお!なんか良さげな名前だ!よし!それに決めた!!」

 

 「あなた早すぎるわよ?あなたの意見は?」

 

 「俺はこの名前がいい!もう決めたんだ!変えるつもりなんてないからな!」

 

 「あらあら、あなたが良いのならそれでいいですけどね」

 

 「よーし!今日からお前の名前は鬼人正邪だ!強い妖怪になれよ!」

 

 「ブバー!」

 

 

 これが正邪の赤ん坊の時か……きゃわいいわね♪どこの赤ん坊も可愛いわ。それに正邪の両親もいい妖怪そうで良かったわ。今のところ問題はないみたいだけど……嫌な予感がするわね……

 

 

 空間が歪み場面が変わるようだ。今度はまた別の場所……開けた場所に石柱が立ち並んだ不思議な場所だった。

 

 

 なにこれ?中央に簡易な祭壇みたいな場所があるけど……儀式をする場所のような印象を受けるわね。それに誰かいる……

 

 

 天子はこの場所に疑問を感じつつ先ほどの正邪の両親の姿を見つけた。その両親は年老いた天邪鬼らしき人物に正邪を手渡していた。その老人は正邪を祭壇の中心に置くと何やら訳の分からない呪文(?)のような言葉を呟き始めた。しばらく何かを呟いていたが、言葉を止めて静かに目を閉じた。

 

 

 「長老様、私達の正邪はいか程のものでしょうか?」

 

 「将来きっと大物の天邪鬼に育つはずです!」

 

 

 老人の天邪鬼はここの長老らしい人物に二人は輝かしい目で訴えているようだった。それに対して呟き終わった長老は静かに語る。

 

 

 「ふむ、この者には何の希望はないようじゃな」

 

 

 両親は一瞬何を言っているのかわからない様子だった。しばらくして慌ただしく父親が長老に詰め寄る。

 

 

 「そんなはずは!?この子には天邪鬼としての未来は無いと言う訳ですか?」

 

 「その通りじゃ」

 

 「何かの間違いです!私はこの子をお腹を痛めてまで生んだのですよ!?」

 

 「じゃが何もないな。弱く儚い……しかもこの赤子には天邪鬼としての才は無い」

 

 「どういうことですか!?」

 

 

 両親の二人は驚きを隠せない。天邪鬼としての才が無いとはどういうことなのか?

 

 

 「この赤子は悪いことばかり仕出かす。人を助け、困っている者には手を差し伸べる……そのような愚かなことをしてしまうようじゃ」

 

 「そ、そんな馬鹿な!?」

 

 

 ここで勇儀に疑問が生まれる。人を助けて困っている者に手を差し伸べる……それのどこが悪い事なのだと。

 

 

 『「勇儀さん、彼らは天邪鬼です。私達とは反対の意味で考えればわかることですよ」』

 

 『「つまりあいつらが言っている悪い事は私達で言う善意って訳か?」』

 

 『「人助けってことで言えばそうですね。天邪鬼にとっては好かれることが悪い事、嫌われることが良い事という解釈になりますからね」』

 

 

 ああそうか、ここに居るのは全員正邪含め天邪鬼だったのね。反対に考えないといけないからややこしいわね。それにしてもあの天邪鬼、祈祷師みたいなものか……天邪鬼って民族みたいな生活していたのね。

 

 

 天邪鬼の知られざる意外な一面を見た後、また場面が変わり先ほどの古ぼけた小屋の中だった。先ほどの両親は帰って来ており、何やら意気消沈としているようだった。

 

 

 「そんな……私達の子が……そんな!」

 

 「諦めるな!正邪はそんな子にならない!きっとだ!」

 

 「で、でも長老が……!」

 

 「大丈夫、俺たちの子だぞ?立派な天邪鬼になるさ!」

 

 「そ、そうね。正邪なら立派な天邪鬼になるわね!」

 

 「そうだとも!だから飯にしよう。正邪も腹が減っているだろうしな!」

 

 「ブバー!」

 

 「ほら、早く食わせろとご所望みたいだ」

 

 「あらあら、赤ん坊の時から強情ね」

 

 

 ああ……いい親だ。あの老人が言ったことは予言みたいなものね。それを告げられたとしてもめげない親に恵まれていたのね……幸せな家庭に生まれてきたのね。

 

 

 少し涙ぐんでしまう。転生前は両親から構ってもらえない存在だったのでこういった光景には弱い天子だった。

 

 

 だが、天子はこの後知ることになる。妖怪と人間の認識には差異が生まれる。価値観の違い、文化の違い……様々な違いがある。その違いが時に残酷な運命を与えることになると……

 

 

 『「少し進めましょう。今のところはそれほど原因になる要素はなさそうですね」』

 

 

 ぐにゃりと空間が歪み天子達は次なる場面へと移動した。今度は外のようで、太陽の光が地上を照らしていた。

 

 

 「や~い!や~い!わるものわるもの~♪」

 

 

 耳に入って来たのは子供の声だった。そして視界に飛び込んできたのは一人の少女を取り囲む複数の子供達だった。その子供達は輪になって遊んでいる光景には見えなかった。天子にはハッキリとそれがなんなのかと一目でわかった。自分も昔にこの光景を見たことがあった。重く辛い感情が重しとなって体中を刺激する。

 

 

 いじめ……か……

 

 

 本当は見たくはない光景だった。子供の内はこういうことが起こってしまうだろうが、それでも見ていていい気分ではない。しかもその中心にいる女の子が先ほど見ていた赤ん坊が成長した正邪であったのだ。

 

 

 「わ、わるものじゃないもん!」

 

 「なんだよ?おまえはわるものじゃないか!」

 

 「「「そうだそうだ!」」」

 

 

 子供の中には女の子の妖怪も混じっていた。みんな天邪鬼であるが、誰もが正邪を悪者だと言っていた。そして悪者だと言われている正邪は自分が悪者だと言われているのかわかっていないようだった。

 

 

 「どうしてわたしがわるものになるの!?」

 

 「どうしてって?じぶんのてもとをみてみろよ!」

 

 

 子供が示す指先、弱々しく鳴く力も残っていない小雀が居た。天敵にやられたのか無数の傷だらけだった。それを大事そうに守るように正邪の手元に握られていた。

 

 

 「こ、このこはけがしていて……おとうさんとおかあさんにたすけてもらうの」

 

 「おいきいたかよ?たすけてもらうだってさ!」

 

 「「「クケケケケケ!!!」」」

 

 

 馬鹿にした笑いが起こった。正邪以外の子供達がおかしいとばかりに正邪を笑う。

 

 

 「な、なにがおかしいの!たすけないとこのこがしんじゃう!!」

 

 「しんじゃえばいいじゃん」

 

 「……えっ?」

 

 

 子供の一言に正邪は呆然とした。

 

 

 「おれたちはアマノジャクなのに~?たすける~?ケケ!おまえやっぱりわるものだ!おそわらなかったのかよ?アマノジャクはたにんをたすけることはしちゃだめだって!!」

 

 「お、おそわったよ……で、でも……このこはいたそうにしているし、ほうっておくとしんじゃう!そんなのかわいそうだよ!」

 

 「なによそれ?セイジャってまえまえからおもっていたけどバカなのね」

 

 「わるもの!バカ!セイジャはわるものでバカ!ケッケケ!」

 

 「「「わるもの!わるもの!わるもの!」」」

 

 

 子供達は転がっている木の枝を拾いそのまま正邪に向かって振り下ろす。

 

 

 「やめて!いたいよう!!」

 

 「くやしかったらやりかえしてみろ!!」

 

 「わるものはたいじしないとな~!」

 

 「わるものせいばい!!」

 

 

 手加減を知らない子供の力で枝を振るい正邪を叩く。痛くてうずくまる正邪だがそれでも子供達は止めてくれない……反撃してこないことをいい事にますます力を入れていき、正邪は堪らず子供達の輪から逃げるように飛び出した。

 

 

 「わるものがにげた!おえー!みなのしゅう!!」

 

 「わるものをにがすな!!」

 

 「わるものはたいじしてやるんだから!!」

 

 

 子供達は正邪を追って行く。遊びのつもりなのか落ちている石を拾い正邪めがけて投げつける。体に何発か硬い石が当たるが我慢して走る。小雀を守るように自分の体で庇いながら走ったが、正邪の頭に一つの石が当たりふらついた正邪はバランスを崩して転んでしまう。

 

 

 「あぅ!」

 

 

 その拍子に手から小雀がすり抜けて近くの川に落ちてしまった。

 

 

 「ああ!?」

 

 

 正邪はそれを見て川に這って近づこうとしたが、その前に子供達に取り囲まれてしまった。

 

 

 「おまえがたすけたからスズメはかわにおちたんだ!!」

 

 「ざまあみろ!!」

 

 「いいきみだ!!」

 

 

 口々に正邪を悪く言う。今にも泣き出しそうな顔をしながらも正邪は我慢して川へと向かおうとする。

 

 

 「そこどいてよ!!」

 

 

 正邪は子供達を押しのけて小雀を助けようとするが、力の弱い正邪は逆に押し返されてしまう。

 

 

 「よわっちいおまえがおれたちにかなうわけないだろ?」

 

 「くやしかったらかってみろ~!」

 

 「ざこざこ♪ざこのセイジャ~♪」

 

 「よわむし~♪」

 

 「よわいやつはこうしてやる!!」

 

 

 子供達は正邪を叩き始めた。やめてと願いも誰も聞き入れてくれない……何度も何度も叩かれて痛みに耐えられずにうずくまる。それでも何度も叩かれた……体が汚れ、切り傷が痛々しい。頭からは出血していたがそれでもお構いなしに叩かれ続けた。

 その内に飽きたのか子供達は正邪を罵倒して去っていってしまった……汚れて傷が残った正邪は体を引きずりながら川へと近づいた。だけれどそこには小雀の姿はもうどこにもなく、流されてしまった後だった。傷だらけで抗う術を持たない小雀の命の灯はおそらく消えてしまっただろう……

 

 

 正邪の瞳から何かがポタポタと流れ落ちる。

 

 

 「スズメさん……ごめんなさい……ごめんなさい……わたしのせいで……ごめんなさい……!」

 

 

 正邪は川を見つめながら何度も泣きながら謝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「……!」』

 

 『「勇儀さん、落ち着いてください。これは記憶の具現化ですのでどうしようもありません」』

 

 『「わかっている!」』

 

 

 勇儀はさとりに怒鳴ってもどうにもならないとわかっていたが、吐き出したかった。とても見ていていいものではない光景……こういうことが嫌いな勇儀が怒ってしまうのも無理はない。

 

 

 『「……悪いさとり……怒鳴っちまって。お前に怒鳴ってもどうしようもないことぐらいわかっていたんだがどうしても……」』

 

 

 ばつが悪そうに勇儀は口ごもる。

 

 

 『「わかっています。私も見ていていい気分ではないですので」』

 

 『「……悪い」』

 

 『「お気になさらず。天子さんも大丈夫ですか?」』

 

 『「あ、ああ……」』

 

 

 ありがとうさとりさん、心配してくれて。でも私は我慢しても正邪の見てきたものを見たくちゃいけないの……だから大丈夫よ。このまま続けて……でももし勇儀が耐えきれなくなったら……

 

 

 『「大丈夫だそうですよ、意地でも耐えてみせるって思っているみたいです」』

 

 

 チラリと天子は勇儀を見る。不機嫌そうな顔つきだがそれでもちゃんと落ち着きを保っている様子だった。「私は大丈夫だ」と勇儀は天子に対して頷いて答えてみせた。

 

 

 『「また場面が変わるようですね……天子さん、勇儀さん、まだまだこれからみたいですよ」』

 

 

 心の闇(トラウマ)はまだ始まったばかりだ……

 

 

 ------------------

 

 

 「また!?もう何度言えば気が済むの!?」

 

 「……ごめんなさい……」

 

 「また人助けしてきたのか!全く……あれほどダメだと言ったろ!?」

 

 「……ごめんなさい……」

 

 

 父親と母親に叱られていた。少し成長したようで幼さが残るとはいえ、特徴的な黒髪に白と赤のメッシュが目立つようになってきた。

 

 

 正邪だ。

 

 

 ボロボロの着物に身を包み、泥だらけで汚さが目立っていた。父親と母親はそんな正邪を見てため息をついていた。

 

 

 「これで何度目よ……正邪、お父さんとお母さんの言う事聞けないの?」

 

 「き、きけるよ……でも……泥沼に足を取られて動けなかったから……」

 

 「それで助けたって?そんなの上から泥をかけてやりなさいよ!」

 

 「そ、そんなことしたら……その人が困っちゃう……」

 

 「困らせるんだよ!私とお父さんは何回教えた?1回や2回じゃないでしょ?何百回と教えたわよね!何度もこうしろああしろって言ったわよね!?」

 

 「……ごめんなさい……」

 

 「はぁ……もういいわ。さっさとその惨めな姿を洗ってらっしゃい」

 

 

 トコトコと元気がなく外へと向かう。出ていった後姿を見送りながら両親はため息をついた。

 

 

 「もうあなた、正邪は一向に変わろうとしない。このまま変わらなかったらあの子は天邪鬼の恥さらしになってしまいますわ!」

 

 「ああ……だが、何度言っても人なんぞ助けたりする……どこで教育を間違えたんだ?」

 

 「それにあの子は同じ年頃の子と喧嘩してもすぐ負けてしまう。あの子ったら誰にも勝ててないのよ?」

 

 「本当か?妖怪としての力も弱いとは……」

 

 「……あなた……このままじゃ私達までも……!」

 

 「わかっている。もしそうなるのであれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……わたしっておかしいのかな?

 

 

 川の水で体の汚れを落としている。冷たく肌に触れるたびに体が凍えそうになる。だがそんなことよりも正邪の頭は別のことでいっぱいだった。

 同じ天邪鬼仲間から揶揄われてきた。昔から自分はおかしい、悪者だと言われた。時にはバカ、アホなんて言われたこともある。でも何でそんなことを言われるのかわからなかった。

 

 

 ある時に傷ついた動物を助けた……悪者だと言われた。

 

 

 ある時に人を助けた……悪者だと言われた。

 

 

 何度か耐えきれずに喧嘩したことがあった。全部負けた……負ければ弱者と呼ばれ叩かれた。

 

 

 何がいけないの?どこが悪いの?わたしは弱いけど……それの何がいけないの……?

 

 

 正邪には答えが出て来ない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うらぁ!」

 

 「あぐぅ!?」

 

 

 胃液をまき散らしながら吹き飛ばされ地面を無様に転がる。周りからは石や枝が投げつけられ体中に痛みが走る。ヨロヨロと立ち上がり対峙するは正邪よりも体が大きいガキ大将の天邪鬼仲間であった。

 

 

 「やれ!正邪なんかやっつけちゃえ!」

 

 「いいぞ!兄貴!」

 

 「弱い正邪を痛めつけろ!」

 

 「やり返してみろよ正邪!」

 

 「うわ!胃液なんかまき散らして汚ねぇ!」

 

 

 妖怪同士の喧嘩だ。周囲がまくし立て正邪を追い詰める。だが、正邪はやり返さない……諦めているからではない。傷つけたくないと手を出さないでいた。何度もやめようと提案しても誰にも相手をされなかった。覚えのない因縁を付けられて無理やり喧嘩させられることが最近多くなった。喧嘩をすれば正邪が一方的にやられる光景など見慣れた光景になっていた。

 そんな日常的な光景に周りは飽きが来ていた仲間も中にはいた。寧ろ正邪はそっちの方がいいと思っていた。自分には関わらないでほしいとさえ思えるようになっていた。

 

 

 「ねぇ、正邪を相手しているの飽きてこない?」

 

 「そうね、やり返したりしないもの」

 

 「一方的過ぎてつまんないわ」

 

 「つまんないよね~」

 

 「やり返したところで弱い正邪には無理だろうけど」

 

 

 嘲笑う声が聞こえてくる。痛む体を支えながら悔しさで涙が出そうになる……それをグッと堪えている。涙を流せばまた笑われる……弱者と罵られることがとても悔しかった。一発でもいいから殴ってやりたい思いと相手を傷つけたくない感情が入り混じり拳を握りしめることしかできなかった。

 

 

 「ねぇ!もう行こうよ?こんな奴放って置いて別のことしよう?」

 

 「そうだな、弱虫正邪なんか相手にしていると時間が勿体ないな!」

 

 「そうだそうだ!」

 

 「よかったな弱者」

 

 

 泥団子を投げられて顔にへばりつく。笑い声が周囲に響いた後、仲間たちは去って行った。

 

 

 毎日毎日同じことの繰り返し……いじめられ、笑われ、汚れても周りは正邪を助けない。天邪鬼であっても仲間意識はある。その仲間からも弾かれた正邪は天邪鬼と言えるのだろうか……

 人助けは天邪鬼にとって罪悪だ。人が嫌がることをしてこそ天邪鬼であり、嫌われてこその天邪鬼……仲間からも嫌われる点で言えば正邪は誰よりも天邪鬼であったのかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「お前弱いからいらないな」』

 

 

 『「あっちいきなさい!弱っちいくせに!」』

 

 

 『「生意気なんだよ!雑魚が!」』

 

 

 『「弱い奴はゴミでも食ってろよ」』

 

 

 『「ざまぁねぇ!お前が弱いからそうなるんだよ!』

 

 

 様々な暴言を吐かれた。何度目だろうかわからない……ただ正邪はそれを我慢して聞き入れるしかできることは存在しない。

 

 

 『「お前には……()()()()が必要だろ?」』

 

 

 『「自業自得だ!反省しろ!」』

 

 

 『「お前は存在自体が邪魔なんだよ!」』

 

 

 何度痛い目をみたか……痛いと言ってもやめてくれない。逃げ出したいと思ったことは何度目かわからない……でもどこかに逃げることもできない。正邪にとってここ以外の場所で生きていく術は持っていなかった。それに両親がいるこの場所から離れられることはできなかった……

 

 

 ボロボロの姿はいつものこと、だけどまた両親に怒られるのかと思うと足取りが重くなる。最近の両親は正邪に対して素っ気ない。帰っても出迎えてくれることなどもうなくなっていた。

 

 

 「……ただいま……」

 

 「チッ!」

 

 

 帰って来るだけで舌打ちされた。家には両親が冷めきった目で正邪を睨んでいる……もう見慣れた光景だ。

 

 

 「……ただいま……お母さん……」

 

 「ちょっと近づかないでくれる?あんたが近くにいるだけで不愉快なのよ」

 

 

 向こう行けと手で返される。仕方なく部屋の隅っこである自分の居場所に縮こまって座る。

 

 

 「全く……何故お前のような奴が生まれてきたんだ……」

 

 

 父親がため息をつきながら呟いた。睨む父親の視線から逃れるために顔を伏せる……

 

 

 「(お父さんが怒っている……わたしが悪い子だから……でもわたしの何が悪いの……?弱いわたしが悪いの……?)」

 

 

 正邪は答えを探している。その答えに答えてくれる人物はどこにもいない……ただ正邪は疑問を抱えながら今日も生きている。

 そんな時にお腹が鳴った。朝から何も食べられなかった。母親の元へ近づいてなんでもいいからほしいと要求した。今日も一握りの米しかありつけないのだろうかと思いながら……

 

 

 「あんたにやる飯なんてないわよ!とっととあっちに行きなさい!」

 

 

 叩かれた……今日は一握りの米すら食べさせてもらえないようだ。正邪はいつも通りにトボトボと食料を探して家を出ていくのであった。

 

 

 「弱い……弱いガキだ……大した力なんて持ちやしねぇ」

 

 「もうあなた!あれは疫病神よ!あんなの家に置いて居たら私達まで不幸が降りかかるかわからないわ!」

 

 「そうだな、もうあいつには未来がない。長老が言っていた通りだった」

 

 「これ以上関わる必要すらないわ。もううんざりよ!」

 

 「長老の言葉に耳を傾けていれば俺たちがこんな目に遭うことはなかった……」

 

 「そうね。はぁ……私、決めたわ」

 

 「ああ……俺も決めた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「あんな弱者はもういらないな」」

 

 「――ッ!?」

 

 

 壊れた家の隙間から聞こえてくる両親の会話が気になり耳を澄ませていた……そして聞いてしてしまった。正邪は耳を抑え何も聞こえていないふりをして走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめんなさい……」

 

 

 川に映った自分自身を目の前にして呟いた。誰に対してなのか、もしくは自分に対してなのか……その呟きはとても悲しそうであった。

 ゴシゴシと目元を拭う。瞳から流れて来る液状のものはいくら拭っても溢れ出て来る。次第に嗚咽を漏らし始める。気分も悪くなり耐えられず胃から込み上がってくるものを吐き出す。

 

 

 「おぇ!うぅえ……!」

 

 

 こんな光景を仲間達に見られでもしたらまたいじめられる。でも我慢できなかった……我慢できるものではなかった。吐き続けた彼女はようやくマシになったのか落ち着きを取り戻す。

 

 

 「……もう……家に帰れない……」

 

 

 正邪が最後の居場所だと思っていた我が家にはもう自分の居場所などないのだと理解してしまった。聞きたくなかった……けど聞いてしまったあの言葉が胸に突き刺さる。

 

 

 「うぅ……ううぅ……!」

 

 

 また液状のものが溢れて来る……悲しくてうずくまり何もかも夢だと願うしかできない。

 

 

 「おい、本当にやるのか?」

 

 「――ッ!?」

 

 

 そんな正邪の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。ハッと口を押え音が立たないように体が緊張する。

 

 

 「へへへ、俺たち天邪鬼の恐ろしさ思い知らせてやろうぜ?」

 

 

 その声は正邪をいじめていた天邪鬼の仲間達だった。ガキ大将の天邪鬼が中心となって仲間達が何やら話し込んでいる……体の緊張が解かれ気になった正邪はそっと草むらから顔を覗かせる。

 

 

 「でも流石に危ないんじゃないのか?相手は小さな村だが数はそこそこいるんだからよ?」

 

 「ビビッてんのかよお前?」

 

 「び、びびってなんか……」

 

 「そ、そうよ!ビビッてなんてないわ!」

 

 「「「う、うん……」」」

 

 「だったら行こうぜ!人間なんぞ俺たちに楯突くとどうなるか……ケケケ、見ものだぜ♪」

 

 「(……一体何するつもりなんだろう?)」

 

 

 正邪は話している内容が気になった。仲間達はぞろぞろとどこかへ向かって行く。いつもなら関わり合おうとしない正邪でも気になり後をついていく。家に帰るのを少しでも遅らせようとしていたのかもしれない……両親が考え直してくれるかも、あの言葉は嘘だったのだと叶わぬ希望を抱きながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(どこに行ったんだ……?)」

 

 

 正邪は運悪く見失ってしまった。足場が悪く、草木が生い茂っている場所で気づかれずに尾行するのには距離がいる。離れすぎていたために少し目を離した隙に仲間達の姿を見失ってしまい途方に暮れていた。

 

 

 「(どうしよう……帰ろっかな……でも……)」

 

 

 『「「あんな弱者はもういらないな」」』

 

 

 あの言葉が思い出される。帰っても自分の居場所はない……嘘だと願っていても頭から離れることはない。その事実を受け入れるには彼女にはまだ早かった……

 

 

 「(まだ……帰りたくない……)」

 

 

 正邪の足は仲間達を探した。しばらく探していたが、日は落ち暗闇が辺りを支配し始めた。このままでは本格的に夜になってしまうだろう。諦めて戻ろうとした時、視界の端で動く影があった。その影は仲間達の一人であり、見つけた正邪は後を追った。

 そして正邪は驚いた。仲間が入って行ったそこは天邪鬼だけが住まう場所の近くにある小さな人間の村だったからだ。仲間の一人は隠れながら突き進む……人間に見つかったら只では済まされない。震える足……だけど正邪は嫌な予感がした。止めないと大変なことになる……そんな予感が彼女の足を進ませた。隠れながら進んでいるとようやく仲間達の姿を見つけることができた。だが、正邪はそこで見てしまう……松明に火をつけて家に引火させようとする仲間の姿だった。

 

 

 「よし!後は火をつけるだけだ」

 

 「ほ、ほんとうにやる気か?」

 

 「当たり前だろ!ここまで来て帰るわけないだろ!」

 

 「こ、こえが大きいわよ……!」

 

 「(と、とめないと!)」

 

 

 正邪は仲間達の行動を止めようとした。だが、自分のやっていることは正しいことなのか?また悪者と呼ばれるのではないか?それに自分は……

 

 

 「(……弱い……)」

 

 

 誰よりも弱い彼女は止めることがそもそもできるのか?このまま関わらずに見なかったことにすれば自分は痛い目に遭わずにする。

 

 

 「(だけど……それだとこの村の人達が!)」

 

 

 止めないと村の人間達に被害が出る。自分には関係ないことだと思えばいい……妖怪ならば人間など知ったことではないとそっぽを向ける。天邪鬼ならば嫌われることが本望ならばそれこそ望みだろう。だが、彼女だけは違った……

 

 

 「(そ、それは……ダメだ!)」

 

 

 正邪は飛び出した。

 

 

 「だ、だめだよ!そんなことしちゃ!」

 

 「げっ!?お、おまえは正邪!?な、なんでこんなところに!?」

 

 

 慌てふためく仲間達、正邪が尾行していたことなど誰も気づいていなかった。あまりのことに動揺する……だがそれがいけなかった。松明を持った仲間の一人の足がもつれてこけてしまう。その拍子に手から松明が抜け出て家に引火してしまった。

 

 

 「ああ!?」

 

 

 止めようとしたが返って引火させてしまう原因になってしまった。正邪は火を消そうとするが、木造である建物は火の手の回りが早く消すことができない程に広がりつつあった。そして更に運が悪く騒ぎを聞きつけた人間の足音が聞こえてきた。

 

 

 「やば!?人間が来るぞ!!」

 

 「に、にげよう!!」

 

 「ま、まってくれよー!!」

 

 

 仲間は一目散に逃げ去っていく。正邪だけ取り残されても必死に火を消そうとしていたがどうにもならない。

 

 

 「(ど、どうしよう!?火の手が回るのが早くて消せない……!)」

 

 

 そんな時に足音がピタリと止まり正邪は()()と目が合ってしまった。

 

 

 ()()と。

 

 

 「お、おまえは天邪鬼か!そ、それにこれは!?貴様なんてことを!!」

 

 「ち、ちがうの!!わ、わたしは止めようとしただけなの!!」

 

 「嘘をつくな!天邪鬼!こんなことをして只で済むと思うな!!」

 

 「ひぃ!?」

 

 

 正邪は人間の剣幕に怯えて駆けだした。後ろの方で何かを叫ぶ声が聞こえてきたが構わず足を止めることなく森の中へと逃げ去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってここは村の村長宅、時々村に天邪鬼はちょっかいをかけに来る。悪戯程度だが、人間からしたら堪ったものではない。畑を荒らされ、家の物は壊され、時には怪我をしたりする。何度か退治されそうになったが、その度に天邪鬼達は逃げて事なき終えた。だが、最近になって天邪鬼のやっていることが過激になってきた。人間達は危機感を持っていた。このままでは我々は天邪鬼にいいようにされてしまうのではないかと。

 それを危惧した村人達の前に今日、旅人たちがこの村を訪れた。なんでも妖怪退治を専門にする退治屋らしいのだ。村長はその者達を迎え入れ、このことを相談していた時だった。扉が勢いよく開け放たれ村人の一人がこう叫ぶ……

 

 

 「火事だ!天邪鬼が火をつけたんだ!!」

 

 

 村は大パニックに陥った。幸い早く見つけることができたために被害は最小限で済んだが、事態を重くみた村の人々は退治屋に依頼した。

 

 

 「天邪鬼を退治してください!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正邪は帰れなかった。村からは火の手が上がり、紅く揺らめく光景から目を逸らして洞窟で一人うずくまっていた。

 

 

 「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!)」

 

 

 自分が飛び出さなければこんなことにはならなかったと自分を責めていた。村の人間がどうなったかは彼女にはわからない。しかし無事を祈ることしかできない……自分は放火魔として人間達に知れ渡っているだろう。もうあの村には近づくことはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 どれぐらい経ったかわからない。疲れ果て横になり、虚ろな瞳で洞窟の壁を見つめている……お腹が鳴った。腹が減ったと体が文句を言っている。だが食べ物などここにはない……ふっと視界に影が走る。小さな影は横切り視線がそれを追う。

 ネズミが二匹洞窟内にいた。ここに暮らしている家族だろうかはわからないが仲良さそうに寄り添っている。

 

 

 腹が鳴る……

 

 

 体が動く……

 

 

 手が伸びる……

 

 

 手が止まる。正邪は伸びる手をそれ以上伸びないようにグッと堪えた。こちらを見上げるネズミは動こうとしない……正邪は動いてくれと願う。体は動くなと願う……

 

 

 ぐぅ~

 

 

 早かった。

 

 

 チュウッ!と言う鳴き声が聞こえたがすぐに鳴りやんでしまった。ボキボキと何かを噛み砕く音だけが洞窟内に響いた。

 

 

 そしてその音すら聞こえなくなった。その代わり正邪の口元には赤い液体で濡れていた。

 

 

 「……まずい……」

 

 

 正邪はようやくご飯にありつけた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからよく覚えていない。いつの間にか眠ってしまったのか目が覚めると真っ暗な夜だった。夜なので気温が低く、肌寒く凍える体を丸めてしのごうと我慢する。そんな時だ、真っ暗な夜の世界で紅い色に染まる一部の空を見つけた。何となくその空を見ていると肌寒さも我慢することなく洞窟を飛び出していた。

 正邪は駆ける。急いで木にぶつかり転んだりしたがそれでも前に進んだ。あの紅い色に染まる空の下へと急いで……

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 「(そんな……こんなことって……!)」

 

 

 燃えていた。自分が生まれた場所、育った場所が燃え上がり何もかもが炎の中に消えていった。

 

 

 「ぐぅ!ちくしょう……!?」

 

 

 声が聞こえてきた方を振り返る。するとそこにはガキ大将の天邪鬼が血まみれの姿で息を切らせながらこちらを睨んでいる。

 

 

 「正邪!お前のせいだ!お前のせいで俺たちはこんな目にあったんだ!」

 

 「そ、そんな……!わたしは止めようと!」

 

 「うっせぇ言い訳するんじゃねぇよ!お前のせいで大勢の仲間が死んだんだぞ!!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 死んだ……妖怪であっても死ねば元には戻れない。それが自分のせいで死んだ?例え嫌いな相手だったとしても()()天邪鬼だった。いじめられても()()天邪鬼だった……否、それは違った。

 

 

 「(わたしは……天邪鬼ですらない……!?)」

 

 

 天邪鬼の仲間から差別された正邪は天邪鬼なのか?正邪自身でも訳がわからなくなり頭の中がグチャグチャになっていた。

 

 

 「お前のせいで……!ぐぎゃ!?」

 

 

 天邪鬼が倒れた。倒れた天邪鬼からは血が流れでてその鼓動は動きが鈍くなりやがて止まった。背中には一太刀浴びせられた跡がある。それも今ついたものだ。天邪鬼が立っていたところには刀を持った人間が立っており、刀に血がついていた。

 

 

 「まだ残っていたか天邪鬼!成敗してくれる!」

 

 「――ッ!!」

 

 

 正邪は走った。生きるために、殺されないためにも全力で走った。暗闇の中をところかまわず逃げ回った。そして逃げて逃げて逃げ延びた先には戻ることはないはずの燃える我が家があった。焼けこげる臭いが鼻につく……それと一緒に血の臭いも漂って来た。その臭いを頼りに裏手へと回ると正邪は目を見開く。

 正邪の両親が血まみれの姿で倒れていた。すぐに正邪は駆けよって抱きかかえるが、父親の方は既に息絶えていた。冷たく光の無い瞳が虚空を映す……

 

 

 「お父さん!」

 

 

 返事は返って来ない……もう過ぎてしまったことなのだ。

 

 

 「う……うぅ……」

 

 「あっ!お母さん!!」

 

 

 母親の方は息がまだあった。安堵と同時に絶望が彼女を襲う……母親の傷は深く素人の目でも助からないことがわかる。母親は正邪を見つけると恨めしそうに睨みつけた。

 

 

 「お、おまえの……おまえのせいで……私達が……こんなめに……!」

 

 「お、おかあさん……!」

 

 

 触れようとした正邪の手を引っ掻いた。爪が皮膚に刺さり傷つける。

 

 

 「来るな疫病神……!もう……おまえを生んだ……ことが……まちがいだったよ……!」

 

 

 息も絶え絶えに恨み言を放つ。

 

 

 「弱いくせに……弱者のくせに……人間を使って私達を……こんなめに合わせて……!」

 

 「ち、ちがうよお母さん!ご、ごかいだよ!!」

 

 「おまえの……母親になんて……ならなければ……おまえなんて……いなければよかったのに……」

 

 

 その言葉を残してあっけなく母親は死んだ。

 

 

 「そ、そんな……お母さん……お父さん……!!」

 

 

 何度呼んでも返って来ることのない返事……体を揺すっても起きることのない冷たくなった遺体……

 

 

 正邪は……呼び続けることをやめた。

 

 

 「(わたしが悪い子だから……)」

 

 

 人助けするのは悪い事と教わった。

 

 

 「(わたしが弱いから……)」

 

 

 誰よりも弱かったから守れなかった。

 

 

 「(だからわたしは……!)」

 

 「いたぞ!まだ生き残りがいたぞ!!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 正邪の姿を見つけた退治屋、正邪は一目散に走った。

 

 

 走って転び、また走って転び……ボロボロの着物から見える肌に傷だらけの体を動かして真っ暗な夜の森を空からの星々の光のみに頼って走り続ける。どこまで走ったかわからない、何度転んだかわからない、けれどようやく追手を撒いた。体力も限界でそれ以上動くことができなくなった。安心したのか急に力が入らなくなり地面に倒れる。視界に入る星々が美しく正邪の目に映っていた。

 

 

 「……」

 

 

 不思議と体が軽かった。あんなことが起きたのに、体が軽くなった気がした。

 

 

 「(みんな……死んじゃったのか……お父さんもお母さんも……)」

 

 

 正邪は笑った。笑うことができた……辺りには笑い声が木霊する。

 

 

 「あはは……でもみんなわたしをいじめていた。お父さんもお母さんも構ってくれなくなった……死んで当然だったのかもしれない……」

 

 

 地面に横たわる彼女はただ夜空をジッと見つめて考える。

 

 

 「……これからどうしよう……?生きなきゃいけないよね……でも……弱いわたしは生きていけるかな?」

 

 

 夜空は何も答えてくれない。

 

 

 「……生き残るためには……どうしたらいいかな?」

 

 

 その答えは……未だ誰も答えてはくれなかった。夜空も星々さえも……

 

 

 「わたしは……何者なんだろう……?」

 

 

 何度も口ずさむ。同じことを繰り返し夜空に向かって……

 

 

 「わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは何者?わたしは……そう……天邪鬼……!」

 

 

 呪詛のように何度も何度も……

 

 

 「そうだ……わたしは天邪鬼……誰からも嫌われ、誰からも疎まれる存在……同じ天邪鬼からも嫌われて、差別されて、人間からも嫌われればいいんだ!嘘をついて騙して利用して、最後に勝てばいい!それが本当の天邪鬼なんだ!みんなが間違っていたんだ。仲間からも嫌われ、見捨てられる者こそ本物の天邪鬼だったんだ!わたしこそが……真の天邪鬼だったんだ!!!」

 

 

 正邪は見つけた……己の答えを。

 

 

 「誰よりも天邪鬼らしく生きてやる!どんなに惨めでも、情けなくても生きてやる!生きて誰からも嫌われてやる……そう……だから……きらわれて……弱いわたしを……変えてやる!わたしは弱くないことを……思い知らせてやる!どんな手をつかっても……ひきょうものだといわれたとしても……に、にげのびてやる……うぅ……なかまもともだちもいらない!わ、わたしだけの……わたしだけのせかいを……うぅ……つ、つくってみせる……ひぐぅ……ケッ……ケケ……ケケケ……ケケケケケッ!!」

 

 

 その日より鬼人正邪は生まれ変わった。同じ天邪鬼から嫌われ、誰からも忌み嫌われる存在へと昇り詰める、己のために生き、他者を利用する本当の天邪鬼になるために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高らかに笑う彼女の瞳から液体が流れていることに……彼女自身は気がつくことはなかった。

 

 



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75話 救いの手を伸ばせ

正邪の過去を知った天子の行動は……


それでは……


本編どうぞ!




 『「これが正邪さんの過去ですか……天邪鬼でありながら同じ同族からも嫌われた。この出来事があって彼女を変えたようですね。しかしながら彼女は変わりきることができなかった。それ故に今も苦しんでいるというようですね」』

 

 

 言葉が出なかった。天子は夜空を見上げながら自分が流している涙に気づかぬ正邪の姿を見つめている……

 

 

 『「おい天子、大丈夫か?」』

 

 『「……勇儀……」』

 

 『「お前が悲しい顔してどうする?いや、お前だからそんな顔をするんだな。悪い」』

 

 『「謝らないでくれ、だが……私は正邪にどう言葉をかけたらいいのだ……」』

 

 

 天子は言葉に詰まる。正邪の過去は辛く痛ましいものであった。変わらざるを得なかった……だけど心の底まで己を変えることなどできなかった正邪は今も苦しんでいる。天邪鬼であるが故に誰からも嫌われようとした、弱くいじめられていた……だけど誰よりも優しかった彼女は天邪鬼として生きることを選んだ。天子はそんな正邪になんて声をかけたらいいのかわからなくなっていた。

 

 

 『「あなたの思うことそのままを正邪さんに伝えるといいのではないですか?」』

 

 

 さとりは何気なくそう問いかける。

 

 

 『「思ったことを伝えてあげればいいのです。天子さん、そしてあなたが正邪さんとどう向き合いたいか……正邪さんを救いたいと思うのであるならばこちらから手を伸ばさないと彼女は手を伸ばしてくれませんよ」』

 

 『「手を……伸ばすか」』

 

 『「そうだぜ、天子の思うことをぶつけろ。そして無理にでも手を取ってやれ!お前さんならやれるさ」』

 

 

 グッと親指を立てて笑顔を天子に向ける勇儀の姿に少し元気をもらった。さとりにも軽く会釈して感謝の意を示す。さとりにはそっぽを向かれたが少し照れていた。

 空間が歪み天子達は地霊殿へと帰って来た。能力から解放されてどっと体が疲れたように感じたが、天子はそんなことなど気にも留めず彼女を探す。いつの間にかベッドの上から部屋の隅っこでうずくまっている正邪を見つける。さとりと勇儀は音も立てずに部屋から出ていった。二人だけになった部屋で天子は正邪の傍に近寄る。

 

 

 「……くるな

 

 

 正邪が発したのは拒絶の言葉だった。力無く発せられた言葉は静かに……震えていた。天子はそれでも一歩近づく。

 

 

 「……くるなよ……」

 

 

 それでも天子は正邪に近づこうとする……

 

 

 「来るんじゃねぇよ!!

 

 

 部屋に響き渡る天子を拒絶の言葉……怒りと悲しみを含んだ言葉が震えていた。天子は立ち止まり正邪に優しく言葉をかける。

 

 

 「正邪、私だ。比那名居天子だ、忘れたわけではないだろう?」

 

 「……」

 

 

 正邪は何も答えない……ただうずくまり顔を隠していた。天子は構わず続ける。

 

 

 「辛かっただろう、悲しかっただろう、苦しかっただろう……けどもう心配することはない。もう一人じゃないんだ。誰も正邪をいじめたりしない、私がいる。だから少しお話しないか?」

 

 「……」

 

 「正邪はよく耐えたよ。私ならば耐えきれずに逃げ出していたかもしれないな……私も地上から天界へ引っ越しした時はよく陰口を言われたさ。何度悔しい思いをしたか……それでも諦めなかったのは衣玖が傍に居てくれたおかげなんだ。衣玖がいなければ私は途中で挫折していたと思う」

 

 「……」

 

 

 天子は続けた。正邪がだんまりを決め込む中で天子は今まで体験したことを話していた。初めて地上へと降り立った時のこと、戦って親友(とも)となった時のこと、宴会をしたこと、異変を仲間と共に解決したことなど様々なことを話した。正邪がそれを聞いているかわからないが、それでも続けた。彼女を一人にさせないように……傍に自分がいるんだと伝えるように。

 

 

 「それで天界に皆が乗り込んで来てな、ひどい目にあってしまった。まぁ……皆の気持ちを考えず行動した私が悪かったのだがな」

 

 「……プッ」

 

 

 正邪が笑った。顔は見えないが笑っているとわかった。それが天子にとって嬉しいことだった。それからおかしく笑い話を交えつつ自分の失態を話すとその度に正邪が笑いを堪えていた。そしていつの間にか……

 

 

 「プクククッ!お、おまえバカだろ!天界から出てきた時もそうだったが、お前ギャップ差があり過ぎる。本当はダメ天人だったんじゃないのか?」

 

 「何を言うか、こう見えても努力家なんだぞ?」

 

 「そう言うが、『ノープランだ』って言っていたのは忘れたわけじゃないからな!プークスクスッ!やっぱりお前はお馬鹿さんだったんだな!ば~か!ば~か!!」

 

 

 罵倒されていた。腹を抱えて笑う正邪がそこにいた。罵倒されている天子だが、それが気分よく感じられる……決してドМに目覚めたとかではない。これ重要!

 

 

 「ふふ、どうだ正邪?気分が楽になったか?」

 

 「あっ」

 

 

 動きが止まる。正邪自身もすっかり忘れて笑いこけていたようだった。指摘されて気づいたのかガバっとベッドの上に逃れて毛布を頭から被り姿を隠す。

 

 

 「恥ずかしがっているのか?」

 

 「は、はずかしいだって!?ば、ばか言うんじゃねぇよ!やっぱりお前はバカだろ!ばかばかばか!!」

 

 

 今の正邪を見ていると何故かチルノを思い出した天子。何故かとは言わない……毛布を被る丸い塊から天子は毛布を奪い取る。

 

 

 「な、なにをする!?返せよ!!」

 

 

 取られた毛布を取り返そうと手を伸ばすが正邪の身長じゃ届かない。猫のように唸って威嚇もしたりと愛らしい姿を見せる。ぐぬぬとありったけ手を伸ばしているとその手を掴む感触が伝わって来た。

 天子の手が正邪の手を掴んでいた。抵抗するのかと正邪は思ったがその予測は外れた……天子はその手を優しく握りしめ正邪を引き寄せた。

 

 

 「うわぁ!?」

 

 

 バランスが崩れ前倒しに倒れる。咄嗟に目をつぶって衝撃が来るのを耐えようとする……しかし思ったほどの衝撃は来なかった。硬いが優しい感触が伝わってくる。恐る恐ると目を開けると……

 

 

 「……えっ?」

 

 

 口が塞がらなくなった。何故なら正邪は天子に抱きしめられていたからだ。体と体が触れ合い、肌と肌が密着する。最初は何が起こったのかわからなかったが、次第に状況を理解していく。自分が抱きしめられていることに気づくとジタバタと暴れ始め逃れようと必死に足掻く。

 

 

 「だぁ!?ば、ばかかお前は!!?な、なにしてんだよ!!は、はなせ!はなせこの!!」

 

 

 いくら抵抗しても天子は離すことはしなかった。天子の力に抗えずに正邪は無意味な抵抗を見せるだけにしかならなかかった。

 

 

 「(こいつ何考えているんだよ!?ま、まさか……こ、こいつ私の体が目当てで抱き着いたんじゃ……!?)」

 

 

 天子が聞いたら泣いて全力で否定しそうなことだが、正邪は顔を真っ赤にして更に暴れる。恥ずかしさからか途中で何を言っているのかも自分でわからないほどだったが、天子の一言で正邪は抵抗をやめた。

 

 

 「泣いていいんだぞ……正邪」

 

 

 ピタリと動きが止まる。思考も一瞬で停止し正邪の何もかもが止まったようであった。

 

 

 「辛い時、悲しい時、苦しい時は他人を頼るんだ。正邪が天邪鬼になった訳はわかった。だからと言って正邪が一人ぼっちになる理由にはならない。どんな妖怪も人間も神様ですらも一人じゃ生きていけないんだ。誰かがいるから生きていける、傍にいるから立ち上がれる。一人っきりで生きて行くなんて無理なんだ。正邪は嫌われたいと言うが心はそうは言っていない。今だからこそわかる……友達も仲間も要らないと言うがそれは本心ではない。正邪だってわかっているだろう?」

 

 

 優しく語り掛ける……だが、天子の言葉は悲しみを含んでいた。それでも正邪を包み込むようにゆっくりと問いかける。それと同時に体に温かさが伝わって来る……感じることを忘れてしまった温もりを……

 

 

 「嫌がるのはわかる。逃げ出してもいいんだ。でも頼ってくれ……私の元へと逃げて来てくれ。私は正邪の負担を全て肩代わりできるわけではないが、ほんの少しだけでも肩代わりさせてほしい。正邪が苦しいならば共に苦しもう。悲しいのならば共に泣こう……正邪と同じ道を歩ませてはくれないか?」

 

 「……な、なんだよ……それ……なんなんだよ……嘘言ってんじゃないぞ。私は……騙されないからな。そう言って心の中では私を笑っているんだろ……そうなんだろ……?」

 

 「そんなことはない。信じてもらえないと思うが……信じてほしいんだ。私は正邪を見捨てられないんだ……正邪と……親友(とも)になって、笑い合い、馬鹿騒ぎをし、時には怒られて一日が終わる。正邪と一緒に居たいのだ!」

 

 

 ぎゅっと正邪を強く抱きしめる。離さないと……逃がさないと言っているかのように。

 

 

 「なんだよ……お前は……私に何を期待しているんだよ……私は……弱っちくて卑怯者で……誰からも嫌われる天邪鬼なんだぞ!私に同情するんじゃねぇよぉ!!」

 

 

 正邪の声は震えていた。心の底からありったけ振り絞って吐き出したように……彼女の心を表すかのように……拒絶してほしいと願っているかのように天子にぶつけた。

 

 

 「同情かもしれない……しかし私は正邪がそういう妖怪であることを知っている。それが正邪の悪いところでもあり良いところでもあると私は思っている。だが正邪、それは人間も他の妖怪も同じことだ。悪いところがあれば良いところがあり、己の所業を他人になすりつけようとする者もこの世の中にいる。だけど理屈じゃないんだ。私は正邪を救いたい!正邪と共に酒を飲んで衣玖や萃香、妖夢に神子達と共に宴会もしたい。私のエゴかもしれないけど、皆から否定されるかもしれないけど……私は何と言われようとこう言いたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「正邪は私の親友(とも)だと自慢したいんだ!!

 

 

 正邪の心の内を振り絞ったかのように天子も心の底から正邪に思いを伝えた。部屋に天子の声が響き静寂が返って来る。何も動かぬ何も聞こえぬ部屋の中で震える体……そして……

 

 

 綺麗に輝く液体が流れ落ちた。

 

 

 「お、おま……おまえは……ほんとうに……バカな……やつだ……こ、こんな……う、うそつきで……よわくて……ど、どうしようもないわたしと……と、ともに……なりたいとか……ば、ばかだろぅ!!」

 

 

 一粒……また一粒と、流れ落ちる液体が正邪の顔を濡らしていく。

 

 

 「お、おまえは……いままで……あったやつの……なかでいちばん……おおばかやろうだぁ!!!」

 

 「ああ、正邪のいう通りに私は大馬鹿者らしい」

 

 「ばかぁ!ばかぁ……ばかぁだぁ……ばかぁばかぁばかぁ……!いっしょうこ、このくつじょくは……わ、わすれないからなぁああ……あ、ああ……あああ……あぁああああああああ!!!」

 

 

 留めなく瞳から流れ落ちる輝く液体は天子の服を濡らしていた。

 

 

 天邪鬼になってから初めて彼女は泣くことができたのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……救えたようじゃないか……天子」

 

 

 扉の内から聞こえてくる泣き声に小さく答えるは勇儀だった。扉の外で待機していたさとりと勇儀は今、天邪鬼が救われたとわかった。勇儀は誇らしげに満足そうに笑っていた。

 

 

 「私がいなくても何とかなったようで助かったな」

 

 「そうですね、地霊殿を壊されることがなくて本当に良かったですよ。備品もただではないのですから……錯乱して暴れたら勇儀さんのストレートで強制的に黙らせる算段だったのですが」

 

 「さとりお前えげついな」

 

 「そうですかね?暴れる者は力で黙らせないと被害が拡大しますから……どっかの誰かさんが気分に酔って店を半壊させその後始末をして差し上げたのはどこの誰なんでしょうかね?」

 

 「まだあの時のことを根に持っているのかよ……」

 

 「当然です。一生忘れませんから」

 

 

 さとりの苦労の歴史は一度染みついたら決して忘れることはない……それがいくつもある。さとりは泣いていいだろう……

 

 

 「っと、こんな話をしていては思い出してしまいますからおしまいにしましょう。それでは私達も行きましょうか」

 

 

 さとりはいつもと変わらぬ様子だ。だが、勇儀はわかっていた。なんやかんや言いつつも他人のために働くさとりはいい妖怪であると。

 

 

 「……なんですか気持ち悪い」

 

 「なんでもないさ。それで?さとりどこへ行くんだよ?飯か?」

 

 「違います。そろそろ向こうから会いに来るのではないかと思いましてそのお出迎えですよ」

 

 「お出迎え?」

 

 

 勇儀は首を傾げた。一体誰が会いに来るのかと……

 

 

 「今度の出迎えは早いですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「八雲紫さん」

 

 

 さとりと勇儀の前に存在するのは妖怪の賢者だった。

 

 



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76話 嫌われ者達

残業続きで書く時間が限られる中で書き上げた次第です。おのれ残業許すまじ!!


ということでして……


本編どうぞ!




 「座ってください……お茶ぐらいなら用意します……おや、要りませんか。ならお言葉に甘えましょう」

 

 「本当に便利ね……第三の目(それ)

 

 「便利ですが要らぬものも見えてしまうのでおすすめはしませんよ」

 

 「それもそうね、欲しいとは思わないわ」

 

 

 さとりは勇儀を連れて書斎へと向かった。中には誰もいないはずの扉を開けるとそこには地上にいるはずの紫の姿がそこにあった。前にもこんなことがあったっけと思い出す……萃香が天子を攫った挙句、地底の嫉妬姫によってもたらされた不幸によって旧都が壊滅的被害を受けた。博麗の巫女である霊夢と例の問題児の保護者らと共にスキマを通じて現れた。本来ならば地上と地底の行き交いは条例によりご法度とされていたのだが特例であった。実際に地底は霊夢達が来たことによって騒ぎは収まったのだから。

 あの時ぐらいだ。しかもあの時はどんちゃん騒ぎで地底では珍しいことではない……旧都があそこまで壊滅するのは珍しいが……ともかく前は勇儀も悠々としていた。しかし今回は気を引き締めなくてはならない。

 

 

 さとりと勇儀の目の前にいる紫は表面上はいつもと変わらない……変わらないからこそ内に秘めたる衝動は大きいものだろう。

 

 

 十中八九あの天邪鬼のことで来たのだろう。さとりは八雲の賢者さんが来ることを見越していたようだしよ……話に聞いたが地上で異変を起こして尚、更に異変を起こそうと考えている。天邪鬼を見逃す気はない様子かよ……わざわざ地底までさとりと交渉しようって判断だろうな。しかし妙だな……

 

 

 勇儀はさとりの隣でくつろぎつつ会話を聞き入っている。やはり勇儀の睨んだ通りに紫は鬼人正邪の身柄を求めてきた。本来は地上の妖怪であり、地底へ入ることは条約に異例していた。一介の妖怪ならば紫は見向きもしなかったであろう。しかし正邪は悪意を持って異変を引き起こし更には次の異変を模索していることを知っている。地底は嫌われ者の巣窟……もし正邪に賛同し地底の総力を挙げて地上に攻め入られでもしたら幻想郷中がパニックに陥ることは間違いない。紫にとっては見過ごすことのできない事態になるであろう。

 地底の者達は地上の連中に好意的な者は少ない。人付き合いが良いヤマメやお燐でも地上に苦手意識が無いわけではないのだから。そして正邪は天邪鬼……地底の者達を利用しようと考えたであろう……そう皆は思うだろう。少し前の正邪ならば……

 

 

 しかしそうなりはしないと勇儀は確信していた。天邪鬼の本質は変わらないにせよ、そこまでの器は正邪にはないし、何よりも今の正邪には静止力が働いている。悪い事を一切しなくなることは正邪には無理な話……妖精に悪戯するなと言うことと同じであるが、それを止めてくれる相手ができた。

 

 

 勇儀はその人物がいるであろう何枚も壁を隔てた先に意識を向ける……

 

 

 「……それで天邪鬼の身柄を私達に引き渡してほしいのですわ。さとり、あなたもあの天邪鬼の扱いは手に余るはず……それにあれを飼っておくなんてしないでしょ?問題しか抱えない天邪鬼を引き取って差し上げると言っているの。悪い話ではないでしょ?」

 

 「それは……」

 

 「それは断る!」

 

 

 紫の注意が勇儀に向く。答えを出したのは今まで一言も話さなかった勇儀、さとりはやれやれと肩をすくめていた。さとりには勇儀の考えがお見通しなので何を考えているかもわかる……正直なところさとりは邪魔してほしくなかったと言う顔をしている。

 

 

 「悪いなさとり、つい答えちまった。でも()()を見た後じゃ私も黙っているわけにはいかねぇ」

 

 

 勇儀の目を見ることなくさとりはそっぽを向いた。「ご自由に」と表現しているように勇儀は解釈した。

 

 

 「私は今、さとりと話していたのだけど……鬼のあなたが何故割り込むのかしら?見学していただけでしょ?」

 

 「鬼が見学だけでここにいるかよ。見ているだけなんて詰まらねぇし鬼の私には我慢ならん。私だって意見を言える立場にいるんだ。だから私の話も聞いてもらうぜ?」

 

 「……何の話かしら?お酒とかの話ならば場違いなので止めてほしいのだけれど」

 

 「ちゃんとした話だよ、鬼人正邪のことについて……あいつの身柄は地底で預かることにしたからあんたには渡せん」

 

 「……それは何故かしら?」

 

 

 どっと空気が変わった気がした……否、気がしたのではない。変わったのだ……見るに紫から妖気が発せられる。静かに問う紫の声が震えているようであった。そんな紫と勇儀の間で視線が交差し鋭さがお互いに増す。

 

 

 お!流石賢者さんだぜ、いい妖気をお持ちだ。私でも身震いしてしまいそうになるな……手合わせしたいものだがまともに受けてくれないのが妥当だな。まぁそれはいいや、今はあの天邪鬼のことに関しての話をするのが先だな。

 

 

 紫の妖気に一歩も引くことのない勇儀は流石鬼の中でも山の四天王と言われる程だ。その横で静かにしているさとりはと言うと……二人の気迫に押されてストレスゲージが急激に上昇し、腹を痛めていた。勇儀を自由にさせた結果がこれだよ……さとりは凄く後悔した。

 

 

 「私があの天邪鬼を気に入ったからさ」

 

 「鬼が……天邪鬼を……?」

 

 

 紫は自分の耳がおかしくなったと疑っているようだった。姑息な手段で勝ち上がり、仲間意識など持たずに使い捨てるような天邪鬼を気に入るなんておかしいことだ。それも星熊勇儀は鬼の中の鬼……卑怯な手段などは屈辱なはず……嫌いなことのはずなのに……紫は何故と思った。信じられなかったし、夢ではないかと思ったぐらいだ。

 

 

 「信じられないって顔しているな?まぁ気に入ったのは確かだが、あいつのやり方は認めちゃいないことを間違えないでくれよ?それにな、天子が信じた天邪鬼だ。鬼人正邪は……だから私も信じてみようかと思っただけだ」

 

 「比那名居天子……彼もここにいるのね」

 

 「ああ、今あいつ(天邪鬼)と一緒にいるさ」

 

 「――ッ!」

 

 

 勇儀の言葉を聞くとより一層妖気が増した。勇儀でも滅多に味わったことのない圧力を感じてしまう。

 

 

 うおぉ!?マジか!!?これほどの妖気を持っているだなんて……やっぱり賢者さんはすげえじゃないか!!

 

 

 勇儀ですら肌にピリピリと感じる妖気を受けているのだが、気分が上昇していく。鬼と言うのはどこまでも争いが好きなようだ。

 

 

 「あの天邪鬼の危険性をわかって言っているのかしら……?!」

 

 「危険性ね、あいつは化けたら大物になれるよ。これからも悪さはするだろうぜ」

 

 「だったら何故庇うの!?」

 

 

 紫がこれほどまで鬼の勇儀が正邪を庇い立てする理由がわからなかった。

 

 

 「でもなれない……いや、なれなくなったと言った方がいいかな。悪さはするが永遠の小悪党……それがあの天邪鬼さ。大物なんてなれないのさ」

 

 「何を……言っているの……?!」

 

 

 もう紫は勇儀の言っていることがハチャメチャに聞こえてくる……そんな紫に対して勇儀は冷静にこう告げる。

 

 

 「あんたは……救われたんだよ。比那名居天子にな」

 

 「……はっ?」

 

 

 今度こそ紫は呆然となる。頭がおかしくなって狂ってしまったのかと疑いすら現れた……勇儀はそんなこと思われても気にも留めずにしっかりと紫の目を見て言い放つ。

 

 

 「不幸な少女を手にかける必要はなくなったってわけさ。結果そうなっただけなのだが、天子は天邪鬼だけじゃなくあんたの手を汚れるのを防いだんだ。感謝しておきな」

 

 「な、なんの……なんのことを言っているのよ……?!」

 

 

 遂には感謝しろと来たものだ。紫自身も自分の頭が狂ったのかと……夢を見ているのではないのかと思う程だったが、そんな時に頃合いを見計らいさとりが二人の間に割り込んだ。

 

 

 「もういい加減にしてください。勇儀さんも口数足らずの言葉では相手が混乱してしまいますよ!」

 

 「どうも説明は苦手でな……」

 

 「はぁ……これだから脳筋は……」

 

 「何か言ったか?」

 

 「何も言っていないので少し静かにしてくれませんか……すみません、勇儀さんは見た目通り身も心も頭までもが筋肉でできているので話が通じなかったと思います。私が代わりに順をおって説明します」

 

 「頭まで筋肉だなんてそんなこと『ちょっと黙っていてください!』……わかったよ」

 

 

 キッと勇儀を睨んで黙らせる。鬼である勇儀を力を使うことなく黙らせることができるのは覚妖怪であるさとりの特権だろう。ソファにもたれかかってだらりとする勇儀から目を離し、紫に向き直る……まだ戸惑っているのか若干の心に乱れがあるのをさとりは()()

 

 

 「あなたが代わりに説明してくれるのね……そっちの方がありがたいわ。話が通じない相手と話すのは疲れるだけですからね。無駄な時間だったわ」

 

 「あ"あ"?」

 

 

 紫の視線と勇儀の視線が再び絡み合いそうになる。苛立ちが積もっていたのか無情な言葉を吐いたことに対して勇儀の眉がピクリと動く。険悪な空気がこの空間から消えることはないのだろうか……

 

 

 ------------------

 

 

 帰りたい……あっ、ここが私の家でした……また胃の調子が!!?

 

 

 さとりは後悔した。勇儀を連れて来るんじゃなかった……自由に話をさせたことを後悔した。目の前では妖怪の賢者である紫と山の四天王の鬼である勇儀との睨み合いが続いていた。言葉を一切交わさずにただお互いの視線を逸らさない……だが、二人から感じられる妖気はさとりでも分かるぐらいに溢れ出している。このままでは地霊殿全体を巻き込んだ戦争が起こってしまうかもしれない……

 

 

 そんなのダメに決まっているじゃないですか!?私の唯一の癒しの場を奪うつもりですか!?もうなんで私だけこんな目に遭わなければならないのですか!?天子さん、絶対にこの借りは返してもらいますからね……いたたた……薬が欲しい……

 

 

 「勇儀さん、これ以上暴れるなら出ていってもらいますよ。それに紫さんも……これでは話が進みません。お気持ちはわかりますが堪えてください」

 

 「……チッ!しゃあねぇな」

 

 「……」

 

 

 腹が痛いのを我慢して冷静に対応する。地霊殿のため、自身のためにも暴れられるわけにはいかないから。

 

 

 「紫さん、勇儀さんが言いたいことは直接見てもらった方がいいかと思います。私は鬼人正邪の記憶を能力で読み取り具現化した世界を天子さんと勇儀さんと共に見ました。そこで鬼人正邪が歩んだ来た人生に同情したわけですよ」

 

 「鬼が天邪鬼に同情ね……」

 

 

 チラリと勇儀を見る目はどこか哀れみを含んでいるようにも見えたが、さとりの能力を知っている紫が己の心情を見せるヘマはしない。先ほどまでと違って。

 

 

 感情が何か膜で覆われているように見えずらい……心を読まれないようにしているようですね。やはり先ほどは余程動揺したと言う訳ですか。無理もないですね、脳筋(勇儀さん)では言っていることがハチャメチャですから……手っ取り早く直接見てもらった方が説明するよりも効果的ですし……紫さんがどう反応するか……少し興味もありますしね。

 

 

 「紫さん、手を出してください」

 

 「……こうかしら」

 

 「ええ、それで構いません。あなたに直接私達が体験したのと同じ鬼人正邪の記憶の具現化を流し込みますので気をしっかりと持ってください」

 

 「……ええ」

 

 「それでは……いきます!」

 

 「――ッ!?」

 

 

 紫の体中に正邪の記憶の具現化が流れ込んでいった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、さとりは紫から手を離しソファに倒れ込む。

 

 

 「おいどうしたんださとり!?」

 

 

 倒れ込んださとりは疲れた様子で息を切らしていた。

 

 

 「少し……疲れただけです……勇儀さん、すみませんが何か飲み物を持ってきてくれませんか?」

 

 「そういうことか……わかった。癪だが賢者さんの分も用意してやる」

 

 「……」

 

 

 問いにも応えずただ空虚を見つめていた紫……その様子に勇儀は応えを待たずに部屋から出て行った。ソファにもたれかかるさとりは能力を使いすぎていて疲労が溜まっていた。

 

 

 流石に……連続しての記憶の具現化は体に応えますね……お燐にマッサージしてもらわないと……

 

 

 ふぅっとため息が出る。未だ反応のない紫はさとりなど目にもくれない……そっと心を読んでみようかとしたが変わらず膜が張ったようにモザイクがかかって読み取ることができなかった。

 

 

 残念ですね、紫さんにも少しの同情が生まれたのかと思いましたが……妖怪の賢者は伊達ではないと言う事ですね。動揺があれば先ほどのように読み取ることが出来たのですがね……動揺すらありませんか。嫌われ者にかける情けはないと……悲しいですね。

 

 

 さとりは寂しそうにまたため息が出てしまった。そんな時だった……

 

 

 「古明地さとり……比那名居天子はまだここにいるのね?」

 

 「え?ええ……この部屋を出て右に真っすぐ行った先に……」

 

 

 視線が扉の方へと向き道筋を示した後に紫がいた場所に視線を戻すとそこには誰もいなかった。

 

 

 あれ?紫さん……

 

 

 「おーい!持って来たぜ……ってさとりだけかよ?」

 

 「ええ、紫さんはたった今出ていきましたよ」

 

 「なんだよ、折角持って来てやったのによ」

 

 

 持って来たって……それは……

 

 

 さとりが見つめる勇儀の手元に握られていたのは……

 

 

 「お酒じゃないですか!!!」

 

 

 酒瓶を手にした勇儀にさとりの怒号が響いた……

 

 

 ------------------

 

 

 すぅーすぅー

 

 

 寝息が聞こえる。ベッドの上に寝かされた正邪は泣き疲れてしまって寝てしまった。傍には天子がベッドに腰かけて正邪を見守るように座っていた。正邪の手を握りしめて……

 

 

 かわいい寝顔だね。正邪も女の子だし当然だけれど……色々と溜まっていた様子ね。嫌われるのが好きな天邪鬼でも生きているんだから一人は嫌よね。ずっと寂しかったんだろう……でもこれからは私が傍に居て上げるから心配しないでね……正邪。

 

 

 「うぅん……てんしぃ……そばにいろよぉ……むにゃむにゃ……」

 

 「ああ、傍にいるさ」

 

 

 正邪の手に力が入る。天子も優しく手を握り返し手の温もりがより一層温かく感じていた時に妖気を感じ取った。つい先ほどまでそこにいなかったがこの妖気は知っている……急に現れたのはスキマを使ったのだろう。もうここまでくれば誰だかわかるだろう……天子は振り返りそっと声をかけた。

 

 

 「紫さん」

 

 

 そこには天子と正邪を眺める紫の姿があった。

 

 

 紫さんに居場所を突き止められてしまったか……早いね。流石紫さんを出し抜くことなんて出来なかったわけか……もうこれ以上さとりさんや地底の皆に迷惑をかけるわけにはいかないか……

 

 

 「紫さん、悪いが正邪が起きるまで待ってくれないか?紫さんの気持ちはわかるが、寝ている相手を無理に連れていくわけにはいかないだろ?それに正邪と約束したんだ……傍にいると。だから正邪を連れていくならば私も共について行く……構わないな?……紫さん?」

 

 

 天子の己の意思を紫に突き付けた。きっと正邪を連れて行くつもりなのだろうと天子はふんでいたのだが、どうも様子がおかしい。天子を見つめているだけで瞬き一つもしない……正邪にも目もくれていなかった。

 

 

 ど、どうしたのかしら……?こう見つめられると恥ずかしい……あの~紫さん聞いてます?

 

 

 天子は手を握っているのでベッドの上から動くことができない。どうしたのかと紫の視線に我慢しているとようやく紫の口が動いた。

 

 

 「比那名居天子……あなたは……」

 

 「?紫さん?」

 

 「……いえ、なんでもないわ。それよりも天邪鬼の具合は大丈夫なのかしら?」

 

 「えっ?あ、ああ……問題ない。泣き疲れて寝ているだけだからな」

 

 「……そう」

 

 

 正邪のこと気にかけてくれるの?紫さん優しい!流石紫さんマイフレンド!べ、べつにあなたのことなんて気にしてないんだからね!とか言ってくれたら最高なんだけれど……それはないか。けど、どうしたんだろう紫さんから漂って来る気配が柔らかくなったようなそんな気がする。

 

 

 「……全部見たわ。天邪鬼の過去も……」

 

 「それって!?」

 

 「さとりが教えてくれたわ。悲しいものね、天邪鬼なのに要らぬ優しさを持ち合わせてしまいには誰よりも天邪鬼であることを望んだにも関わらず、己に苦しみ結局は精神を病んでしまうなんて……愚かね」

 

 

 紫の言葉には棘があった。見下し罵倒するかのように……これには天子も表情がムッとなる。

 

 

 「愚か者……そいつにはお似合いの言葉よ。中途半端な天邪鬼、人間にも天邪鬼にもなれなかった可哀想な生き物……」

 

 「紫さん!!」

 

 

 天子も流石に言い過ぎだと思い声を荒げる……

 

 

 「けれど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ

 

 

 その言葉をゲーム聞いた時、幻想郷が楽しいだけじゃないことを表すには相応しい言葉だと私は思った。

 

 

 本当にすべてを受け入れるわけでは無い。受け入れられるのは法に則ってやって来たもの、あるいは害を成さないものだけであり、不法に入って来たもの、入り込みながら幻想郷に従わないものは排斥される。自由であれど無法ではない、常に意識しなければならない普遍的な視点……

 

 

 この言葉に秘められた意味……それは読み取る者によって少しずつ変わっていく。状況が違えば別の意味合いで私はその言葉を受け入れていただろう……そして私はこう解釈した。

 

 

 「……正邪を……受け入れてくれるのか?」

 

 

 天邪鬼が幻想郷に害為す存在……ルールを破り混乱を招く者。だけどそんな存在の正邪を受け入れてくれるのかと天子は期待を込めて紫に聞いた。

 

 

 「勘違いしないで、()()()だけどあなたを敵に回すと天界の連中にも睨まれることになるのよ。月や地底の連中でも手がいっぱいなのに、たかが小物に大それたことなんてしたくないだけよ」

 

 

 背を向け、目も合わせずに吐き捨てるように伝える。『()()()』という部分が強調されたが歓喜した天子には気にならなかった。

 

 

 「ありがとうございます紫さん!この御恩は一生忘れない!!」

 

 「勘違いしないでって言ったでしょ……指名手配は無くしたりしないわ。その内に誰かに狩られるでしょうし、放っておいて問題ないだけよ。報酬目当ての小物と小物同士で遊んでなさいな」

 

 

 紫はこの場から去ろうとスキマを開く。そしてふっと振り返り……

 

 

 「あなたは天界に帰りなさい。天邪鬼の面倒はここの連中がやってくれるみたいだから……それと、あなたの秘書が酒に溺れていたわよ」

 

 「えっ?それって衣玖のこと……」

 

 

 言いきる前に紫の姿がスキマに飲まれて消えてしまった。天子はいなくなった紫にもう一度……

 

 

 「ありがとう……紫さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ありがとう……か……」

 

 

 地上のどこかの崖の上で呟く……感謝の気持ちを伝えるにはこれ以上のものは無い言葉であった。

 

 

 「天邪鬼に覚妖怪……地底は嫌われ者に好かれる場所なのかしらね」

 

 

 地底……嫌われ者達が集う場所。喧嘩が起り気性が荒い妖怪なんてざらにいるし、暴力的で誤って殺してしまうこともあるぐらいだ。その中で天邪鬼は生きていくことになる……けれど……天人は違う。

 

 

 「比那名居天子……あなたは地底に居てはいけない存在よ。あなたは嫌われ者ではないのだから……あなたにはあなたの居場所がある……そうでしょう?」

 

 

 紫はどこかに問いかけるようにそう呟いていた。

 

 



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77話 また会う日まで

長かった異変が終息を迎える時……


それでは……


本編どうぞ!




 「くっそ!一体どこにいるんだよ!?このままじゃ日を(また)いじまうじゃねぇか!!」

 

 

 妹紅は地団駄を踏んでいた。いくら探しても見当たらず、いくら人に聞いての居場所がわからないことに苛立ち始めていた。

 

 

 「落ち着いてください妹紅さん、冷静でないと何も見えてこないですよ」

 

 「お前よく落ち着いていられるな。天子があの天邪鬼と一緒にいるのに不安じゃないのかよ?」

 

 「……私は天子さんを信じています。優しい天子さんのことですのできっと何か考えがあって天邪鬼と行動を共にしているのだと……願っています」

 

 

 そう言う妖夢は天子を信じているが、八雲紫が指名手配する程の妖怪天邪鬼が共にいることに不安を感じているのが見て取れた。妹紅はそんな妖夢の気持ちをわかってか何も言わなかった。

 

 

 「そうか……さてと、次はどこを探すかな……あ?」

 

 「どうしました妹紅さん?」

 

 

 妹紅は何かを発見したようだ。空を見上げていた。妖夢も釣られて見ると見覚えのある人物が飛んでいた。

 

 

 金髪に魔女を連想させる白と黒の衣装を身に纏い箒に乗る少女が見えた。その少女はキョロキョロと辺りを見回して何かを探しているようであった。

 

 

 「あれは魔理沙さん……何をしているのでしょうか?」

 

 「さぁな……取り合えず聞き込みの続きだ。あいつなら何か知っているかもしれないしな」

 

 「そうですね」

 

 

 妹紅と妖夢は何かを探している魔理沙の元へと近づいていく。

 

 

 「おい針妙丸、地底へ続く穴ってどっちだっけ?」

 

 「私に聞かれても知らないよ……思い出せないの?」

 

 「異変の時に地底へ行ったきりだな。萃香が天子の奴を地底へ連れ去った時に私もお邪魔する気だったんだが霊夢の奴にボコられてな……嫌な事件だったぜ」

 

 

 針妙丸は一体何の事?と思ったが、魔理沙が苦い顔をしていたので何も聞かない方がいいと思い黙っていた。そんな二人の前に声をかける人物がいた……妹紅と妖夢だった。

 

 

 「よっ!白黒魔法使いに……小人?初めましてだな。私は藤原妹紅、そしてこっちが魂魄妖夢だ」

 

 「初めまして小人さん」

 

 「あっ、どうも。少名針妙丸です」

 

 「私達は今急いでいるから軽い自己紹介済ませて悪いが、聞きたいことがあるんだよ」

 

 「何なんだぜ?」

 

 「天子さん、もしくは指名手配されている天邪鬼について知っていることがあれば教えてもらえませんか?」

 

 

 残り少ない可能性にかけて魔理沙と針妙丸に聞いてみる。

 

 

 「それなら知っているぜ。私達はその鬼人正邪に会いに行くところたんだぜ」

 

 「居場所を知っていると?」

 

 「だぜ!」

 

 

 グッと親指を立てて意思を伝える魔理沙に妹紅と妖夢は顔を見合わせて明るくなる。どこからの情報二人にはわからないが、居場所を知っているならば二人の次の行動は決まったも当然だ。

 

 

 「魔理沙さん、私達も一緒についていきます!」

 

 「お前らもか?」

 

 「天子の奴も一緒らしいしな。何か訳があるんだろうが……色々と聞きたいことがあってよ」

 

 「なるほどな、わかった。私についてきな!」

 

 

 自信満々に胸を張る魔理沙がこれほど頼もしく見えたのは錯覚だろうか?どちらにせよ妹紅と妖夢の二人にとっては嬉しいことだった。天邪鬼の居場所を知っている魔理沙についていけば自然と天子の元へとたどり着けるのだから。

 そんな時に、魔理沙の襟を針妙丸が何か言いたそうに引っ張っていた。

 

 

 「どうした針妙丸?私に何か用か?」

 

 「魔理沙、ついてきな!って自信満々に言っているところ悪いけど忘れてない?」

 

 「何をだぜ?」

 

 「地底の入り口の場所思い出せないんでしょ?」

 

 「あーそうだったぜ……」

 

 「「……」」

 

 

 妹紅と妖夢から地底の入り口を聞くことになってカッコがつかない魔理沙だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 

 地底へと向かう四人の後ろをこっそりとついていく影があったが誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここだ」

 

 「そうだそうだ!ここだったぜ!」

 

 

 そこには大きな底の見えぬ穴が開いていた。ここは地底へと通ずる穴だ。妹紅と妖夢が魔理沙と針妙丸を連れて到着した。そして早速地底へと四人が向かおうとしたところに声がかかった。

 

 

 「なに勝手に地底へと向かおうとしているのよ?」

 

 「げぇ!?れ、れいむ!?」

 

 「霊夢さんが何故ここにいるのですか?」

 

 

 魔理沙は咄嗟に妹紅の影に隠れる。別に悪い事はしていないのだが、何故か隠れたくなった。妖夢も何故ここに霊夢がいるのか驚いていた。

 

 

 「人間以外が地底に行くだなんて違反行為よ」

 

 

 霊夢は妖夢の問いに答えず淡々と述べる。地上と地底の条約は人間以外に限られる話だ。異変の時も霊夢と魔理沙が地底へと迎えたのはそのためだ。人間以外がここを通ろうとするのは条約に違反する……もう一度問題児たちによって違反してしまったがあれは仕方なかったことだが……

 そんな霊夢に魔理沙は何か閃いた様子だ。

 

 

 「霊夢、何を言っているだぜ?私達人間だろ?」

 

 「魔理沙はね。でも他は違うでしょ?」

 

 

 悪びれる様子もなく言い放つ答えに妹紅と妖夢と針妙丸は渋い顔をする。霊夢にとって三人は人間以外のカテゴリーに含まれるのであろう……複雑な感情が込められる。

 

 

 「チッチッチッ……霊夢はわかっていないな」

 

 「何がよ?」

 

 「蓬莱()、半()半霊、小()……ほらな。全員に()が入っているだろ?だから人間だぜ!」

 

 「はっ?」

 

 「……ダメか?」

 

 

 霊夢は呆れた様子であった。妹紅も妖夢も針妙丸もこれには微妙な反応を示す……が、どこか嬉しそうにしていた。

 

 

 「屁理屈はいいのよ。とにかくダメよ、それも天邪鬼に会いに行くんでしょ?」

 

 「正邪に会いに行く!正邪に会って色々と話したい!例え天邪鬼だったとしても、異変の黒幕だったとしても私は正邪とお話して分かり合いたい!話合えばきっと分かり合えるもの!!」

 

 

 針妙丸は真っすぐに霊夢を見つめる。その瞳からは意思の強さを感じ取れた……だが、霊夢はその程度ではうんとは決して言わない。

 

 

 「まぁ、腐っても博麗の巫女だもんな」

 

 「どういう意味よ」

 

 「こういう意味だ!!」

 

 

 妹紅は霊夢に対して弾幕を放った。いきなりのことだが霊夢は難なく避けてしまう。

 

 

 「おい魔法使い!早く針妙丸を連れて行きやがれ!」

 

 「お前はどうするんだよ!?」

 

 「ちょっと喧嘩を売りたくなってな。心配するなよ、こいつを倒したら追って行くさ」

 

 

 妹紅は魔理沙と針妙丸のために時間を稼ぐつもりだ。魔理沙は霊夢の実力を知っている……悔しい程理解している。妹紅も一度体験している。霊夢には勝てないことなど百も承知であった。それでも妹紅は自分の事情よりも針妙丸を優先した。彼女の意思を感じたのは霊夢だけではなかったのだ。天子に会うことを放棄しても針妙丸を向かわせるべきだと心が動いていた。

 そしてそんな妹紅の隣に立つ一人の少女……妖夢も刀を引き抜き霊夢に対峙する。

 

 

 「魔理沙さん行ってください。私と妹紅さんならば少し耐えることができるはずです」

 

 「妖夢……妹紅も……感謝するぜ!」

 

 「ありがとう妹紅、妖夢、この借りは必ず返すからね!!」

 

 「行くぜ針妙丸!!」

 

 「うん!!」

 

 

 魔理沙は針妙丸と共に大穴へと降りて行った。そして遮るように妹紅と妖夢が霊夢の前に立ちはだかる。

 

 

 「はぁ……面倒なことになったわね」

 

 「もっと面倒なことにしてやろうか?」

 

 「霊夢さん、すみませんがここを通すわけにはいきません」

 

 

 妹紅と妖夢は徹底抗戦の構えを取る。そんな二人に対してやる気なく頭をかく……

 

 

 「はぁ……ぶちのめしてもいいんだけどね……藍!そこにいるんでしょ!出て来て説明して」

 

 「「はっ?」」

 

 

 スキマが三人の前に現れ中から現れたのは紫……ではなく藍だった。このスキマは紫のものだが、当の本人の姿はなかった。霊夢は何となくだが、紫がいない訳がわかった気がした。妹紅と妖夢は現れた場違いの藍に戸惑った。

 

 

 「藍さん!?どうしてあなたもここに!?」

 

 「色々とあってな……それで霊夢、私を呼んで何をしたい?」

 

 「紫はもう天邪鬼と接触したんでしょ?」

 

 「よくわかったな。先ほど紫様から事の経緯を説明されたところだ」

 

 「そう……ならこの二人にも説明してあげて」

 

 「わかった。妖夢、それに蓬莱人よ、現在地底にいる天邪鬼と天人のことについて知りたくないか?」

 

 

 藍は二人に問う。初めは戸惑った二人だが、藍は何か知っているようだ……答えは決まった。

 

 

 「教えてくれ狐、何が起こっているんだ?」

 

 「藍さん、お願いします」

 

 「わかった。霊夢も聞いておくといい」

 

 「はいはい」

 

 

 三人は知ることになる。天子の行動、正邪の過去……今回の異変から現在に至るまでの全てを霊夢含めて。

 

 

 ------------------

 

 

 どうも皆さん、おはようございますの方はおはようございます。こんにちはの方はこんにちは。そしてこんばんはの方はこんばんは。誰もが知っている比那名居天子です。

 いや~色々とありまして地底でお世話になっています。地上では妖怪の皆さんに狙われましたが、無事地底へとやってきて、さとりさんの能力で正邪の過去が明らかになった。辛い過去を引きずって生きてきた正邪に私は何としても助けてあげたい、救ってあげたいと思って手を差し伸べたわけです。胸を貸すと心の内の叫びを全部吐き出して思いっきり泣いた正邪はぐっすりと眠ってしまい、その時に紫さんも地底に訪れていた。さとりさんと何か話し合っていたみたいだけと内容までは知らない。紫さんは正邪のことを良くは思っていない……それは無理もないわ。愛する幻想郷を滅茶苦茶にしようとしたんだから……でも紫さんは正邪を受け入れてくれた。不本意ながらみたいだけど、それでも感謝してもしきれない。

 

 

 正邪もこれからは過去に苦しめられることは無くなったとは言えないけど安心だろう。今まで貯めていたものを吐き出せたんだから……めでたく今回の正邪の件はこれで終わった。さとりさんが言うには正邪は地上では指名手配されているので地底にいた方がいいとのこと。勇儀も正邪のことは任せておけと約束してくれた。流石勇儀!心の親友(とも)よ~!!

 それで私は地底にずっといることができないので帰らざるおえない。正邪が目を覚ましたら別れを告げて地上へと帰ろうと思っていた。正邪が目を覚ましてひと通りのことを説明し、地霊殿を後にしようかとしたのだが……

 

 

 「……」

 

 

 正邪がずっと手を離してくれない。

 

 

 目を覚ました正邪に天子は事の経緯を話した。八雲紫が来ていたことに驚いていたようだが、いないとわかると落ち着いた。地上では指名手配されているので地底でほとぼりが冷めるまでここで厄介になればいいと伝える。正邪は了承した。正邪も狙われている状態で地上を過ごしたくはない。最も地底でも正邪の味方になってくれる妖怪は数少ないのは事実だが、お互いに嫌われ者同士で何とかやっていけるだろう。さとりと勇儀の監視の元であれば天子も安心であった。

 なのだが、天子が地上へ戻ると言った途端に正邪は天子の手を掴んで離さなくなった。

 

 

 無理もない。正邪の過去を見てしまった天子は一人になりたくない気持ちは痛い程わかる。今まで一人ぼっちで生きてきた彼女にとって天子は初めて共にいることを約束した仲である。心の底に貯め込んでいたものも吐き出して気持ちは軽くなっただろう。だけど不安は少なからず残っている。彼女は不安なのだ……また一人ぼっちになるのではないかと。

 

 

 「正邪、大丈夫だ。さとりさんもいい妖怪だし、勇儀も正邪を守ってくれる。私が信用する二人だから何も心配することはないよ」

 

 「……」

 

 

 天子は正邪を勇気づけようとするが、正邪は首を縦に振らない。ずっと天子を見つめて手を離そうとしない。その表情は不安に駆られどこにも行かないでほしいと訴えかけているようだ。

 

 

 正邪……気持ちはわかる。心の底に溜まっているものを吐き出した今の正邪ならば私がいなくてももう大丈夫だと信じている。もう前までの正邪にはならないと信じているの。それに私は一つ気になることを紫さんから聞いてしまった。

 『あなたの秘書が酒に溺れていたわよ』秘書とはきっと衣玖のことだ。衣玖は確かにお酒が好きだ。部屋の中に何本もの酒瓶が転がっていたのをこの目で見たことがあるんだから間違いはない。

 紫さんが言うんだから衣玖に何かあった……そう私は思っているの。だから……勝手ながら衣玖の様子を見に行きたい。私ってば本当にエゴイストね……正邪の傍にいると言っておきながら今では衣玖のことが気がかりで仕方がない。正邪はもう大丈夫だとわかった途端にコロッと考えを変えてしまう私はいつか天罰が降るかもしれないわね。

 

 

 天子は自分勝手な考えに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。衣玖のことが心配になり、天界へ戻りたいと思っている。正邪を助けるために天界を離れ、傍にいるとまで豪語しておきながらだ。それでも天子は衣玖のことが心配になっていた。昔から自分を影で支えてくれて無理難題もこなしてくれたパートナーのような存在だ。その衣玖が普段見慣れない行動に不安を覚えてしまったら、恥を忍んでも会いに行きたいとさえ感じていた。それと……

 

 

 衣玖にはちゃんと謝らないといけないしね……

 

 

 手紙を残していたものの、衣玖には迷惑をかけ心配させた。そのことについても謝らなければならないと思っていた。

 

 

 「……あいつが……そんなに心配か?」

 

 「ああ、衣玖には幼い時からお世話になったし、今でもお世話になりっぱなしだからな」

 

 「……天界に……帰りたいのか?」

 

 「……ああ」

 

 

 二人の間に沈黙が流れる。うつむく正邪の表情がわからないが、握っている手が震えるのを感じる。しばらく沈黙が流れ続けていたが、次第に正邪の震えが治まり、天子の手から離れた。

 

 

 「……わかったよ。お前にも生き方ってのがあるからな……もう行けよ」

 

 「正邪……」

 

 「だけどな……これだけは忘れないでくれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私とお前はレジスタンスだ。必ず私に……会いに来い……わ、わかったか!?」

 

 

 顔を真っ赤にしながら必死に天子を見つめる。潤んだ瞳が正邪の心境を表していた。

 

 

 「正邪……大丈夫必ず会いに来る。だから指切りだ」

 

 「指切り……子供じゃないんだから……だ、だが……約束は破ったら承知しないぞ!!」

 

 「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正邪は地底に残ることになった。天子は地上へ帰るためさとり達は総出で見送りに来た。

 

 

 「さとりはどうしたんだ?」

 

 

 勇儀におんぶされているさとりさん……お子ちゃまがおんぶされているみたいできゃわいい♪

 

 

 さとりは能力の使い過ぎで動くことが困難であった。それでも天子を見送りに来てくれたのはそれだけ信頼されていることなのであろう。天子は心の中でさとりを愛でていた。勿論そんなことはさとりには筒抜けである。

 

 

 「さっさとそのろくでもない思考を放棄して帰ってくれませんかね」

 

 

 厳しい言葉ありがとうございますさとりさん、その他人を突き放す瞳が素敵です♪なんてね。さとりさんがそこまでして見送りに来てくれたことに感謝しているんですよ?流石さとりさん、その優しさ……そこにシビれる!あこがれるゥ!

 

 

 「はいはい……もういいですから」

 

 「さとり様は何言っているの?」

 

 「お空、私達にはわからないことだから見守っておくにゃ」

 

 「お兄さんまた遊びに行くね♪」

 

 「紫さんにバレたら大変だぞ?」

 

 「大丈夫大丈夫♪バレなきゃ問題ないもん♪」

 

 

 バレなきゃ犯罪じゃないんですよっと、どっかの這いよる混沌による迷言を思い出すわね。流石さとりさんの妹ね!こいしの度胸……そこにシビれる!あこがれるゥ!

 

 

 「はぁ……」

 

 

 さとりは天子の心を読んでため息をついていた。外見と中身のギャップを知るのはさとりだけだから。

 

 

 「……」

 

 「おい、お前も何か言えよ」

 

 「お、おすなよ!」

 

 

 正邪は天子の前へと勇儀によって押し出された。チラチラと天子の顔色を窺う正邪……天子はただ待っていた。天子は正邪が何かを伝えるまで待っているつもりだ。今までの幻聴も幻覚も正邪を苦しめることはないだろう。それもこれも全ては天子のおかげであり、隠していた心の内をぶちまけた相手も天子だ。正邪にとって天子はいつの間にか親友(とも)になっていた。

 そんな正邪は何か意を決して口を開こうとした時だった。

 

 

 「正邪ー!!」

 

 

 こちらに向かって来る一人の箒に乗った少女……魔理沙だった。だが、声は魔理沙の声ではなかった。正邪はこの声の主を知っていた。

 

 

 「姫!?」

 

 「正邪よかった無事?怪我してない?酷い事されなかった?」

 

 

 魔理沙は天子達を見つけると急降下して降り立つ。肩に乗っていた針妙丸は飛び降りて慌てて正邪がそれを手で受け止めた。心配そうに正邪を確認する針妙丸……魔理沙と針妙丸がここにいるのかこの場にいる者はさとり以外に誰もない。

 

 

 「姫……何故ここに……?」

 

 「正邪が心配だからに決まっているじゃない!」

 

 「私が?そんなの嘘だ!姫は既に知っているはず!」

 

 「うん、正邪が私を騙していたのは……本当なんだよね?」

 

 「……そ、そうだ。まんまと騙されやがって!私はお前を利用していたにすぎないんだよ!わかったんならさっさと帰れよ!!」

 

 「お前!!」

 

 

 正邪の言動に魔理沙は掴みかかろうとするが、天子がそれを止める。天子は何も言わずに魔理沙に視線を送る。その視線に込められたものを感じ取り魔理沙は大人しくなった。

 

 

 魔理沙は不安そうに二人のやり取りを見つめ、他の者も二人を見守っている。

 

 

 「正邪……聞いて、私ね……正邪のこと恨んでないよ」

 

 「嘘をつくんじゃねぇよ!私はお前を利用した挙句捨てたんだ!打ち出の小槌も後から奪い取ってやろうと……それでも恨まないってのか!?」

 

 「うん、私はそれでも恨まないよ。だって私……決めたんだ」

 

 

 針妙丸は意を決してその言葉を口に出す。

 

 

 「私、正邪と友達になるって決めた。正邪が声をかけてくれなかったら、私はただ草葉の陰で生きていくそんな小さな人生を送っていたと思うの。正邪はそんな私にチャンスをくれた。そして私はこの幻想郷がどんなに素晴らしいところか知ったの。強い相手がいて、優しい人もいた。これからどんな生活を送れるのか楽しみなの!そしてそこに正邪がいないと私は満足できない。利用するされる関係じゃなく、お話したりどこかに遊びに行ったりして体は小さくても大きな道を正邪とみんなと共に進みたいの!ああ、でも正邪は今指名手配中だったんだ。どうしよう……」

 

 

 困った様子で小さな体全体で考える針妙丸は気づいていない。針妙丸を手のひらに乗せている正邪の瞳に液体が溜まっていることに。

 震える体を我慢していた。考え込んでいる針妙丸に覚られないように必死に呼吸を乱さないようにしていた。苦しく胸の鼓動が高鳴る……辛いことではなかった。とても体が温かくなったようだった。

 

 

 心がとても温かい……こんなに温かいだなんて……そう正邪が呟いているように見えた。

 

 

 「正邪、お前はもう一人じゃない。正邪を思ってくれる人がいる……そうだろ針妙丸?」

 

 「え?あ、あの……あなたは?」

 

 「比那名居天子、天人くずれだ。正邪とは訳があって共に逃げ延びた仲だ。今では親友(とも)だがな」

 

 「あっ、どうも、少名針妙丸と言います」

 

 

 それから魔理沙と針妙丸にはさとりさんが事情を説明してくれた。地底でしばらくの間、暮らすことになった。そのことに針妙丸は正邪の身を案じて納得してくれたようだ。魔理沙もどこか安堵した様子だった。正邪との間で何が起こったのかわからないけど、晴れ晴れとした笑顔をしていた。そして肝心の正邪は針妙丸に気づかれてしまい「泣いてない!」の一点張りを主張していた。心配する針妙丸と照れ隠しする正邪との微笑ましい光景に私は笑っていた。

 原作とは異なった光景だが……悪くない。話し合い、心を通わせれば絆が生まれ繋がりができる。そして私にも新しい親友(とも)できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子達はその後、さとり達に見送られて地底を後にした。地上へとたどり着いた先では藍と霊夢、妹紅に妖夢がそこにいた。天子達を見つけた藍はそれを見届けるとすぐに踵を返して去って行ってしまった。

 霊夢によれば紫から正邪のことに関して聞かされた事情を話していたらしい。霊夢と妹紅・妖夢が争う必要がなくなったのは幸いだ。霊夢も正邪が生きていたことを確認するとどこか表情が和らいだ様子になったのに気づいたのは魔理沙と天子だけだった。

 

 

 これで今回の長きにわたる事件が解決し、落ち着きを取り戻した。霊夢と魔理沙も今回は疲れたらしく先に帰ることにした。針妙丸は博麗神社に住むこととなり、一件落着だ。

 そして私は妹紅と妖夢と共に帰路についていた。

 

 

 「初め聞いた時は驚いたぜ。天子は厄介ごとに絡まれやすいな」

 

 

 ほんとにね~、なんで私こんなに巻き込まれやすいのかな?もしかして私って主人公なんじゃ?そうだとしたら私に主人公属性がついているって証かしらね?まぁ原作の主人公は霊夢と魔理沙だけど。

 

 

 「私なんて天邪鬼を見つけたら成敗するつもりでした」

 

 

 妖夢まさか成敗って……考えるのは止そう。なんでも斬れば解決、斬れば分かる辻斬りだけにはなってほしくない。また今度、妖夢に精神論を語るべきかな?

 

 

 「……天邪鬼にも辛い過去があったんだな」

 

 

 そう言う妹紅は何とも言えない表情を作った。藍から事情を聞いたので簡易的だが、正邪の過去を知ることができた。妖夢も妹紅と同じ思いだった。

 

 

 「誰だって生きている。生きているから苦しむことも楽しむこともできる。理不尽にも正邪は苦しみ続けた人生を今まで送っていた。だが、もう大丈夫だ。正邪には針妙丸がついているし、私もいる。勿論、さとりさん達も正邪をサポートしてくれる。きっと正邪はこれから苦しむことだけではなく、楽しんだり、笑っていられる人生を歩んで行くことだろう」

 

 「ちゃっかり天邪鬼を救いやがって……ライバルが増えちまうだろ……」

 

 「凄いです!やっぱり天子さんは私の師匠です!敵がまた一人……いつでも斬れるようにしないと

 

 

 妹紅と妖夢が何か言った気がしたが天子の耳には届かなかった。しかし二人から黒い靄がかかっているように見えていた。

 

 

 なんだか二人から黒い靄のようなものが見えるのは気のせい?多分気のせいだよね、私は疲れているのね。無理もないか……色々とあったもの。

 

 

 天子は思い返していた。正邪と出会い、正邪の過去を見、親友(とも)となった。そして別れの間際に正邪から言われた一言……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……天子……お前は……()()()()……レジスタンスだからな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふ」

 

 「あん?何を笑ってんだよ?」

 

 「天子さんどうかしましたか?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 

 正邪の言葉を()()()聞き取ることができなかった天子は何も知らずに天界へと帰って行った。

 

 

 久しぶりの天界で心躍るのだが、天子には最後にやり残したことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「衣玖」

 

 

 暗い部屋の中……明かりをつけると忘れられない存在が驚いた様子で天子の胸元に飛び込んできた。

 

 

 「天子様!!」

 

 「衣玖……心配かけた」

 

 「いえ……帰って来てくれて嬉しいです!!」

 

 

 抱き着く衣玖は腕に力がこもっていた。どれほどの長い時間離れ離れになるか心細かったのだろう。それもお尋ね者の天邪鬼と共にだ。悪評を買ってしまい天界の者達から避難されてしまう可能性もあった。それを考慮して衣玖は天子を突き放した。心苦しかっただろうが、天子のためを思ってやったこと。天子は責めなかった。

 天子は衣玖に謝り、衣玖も天子に謝った。何度も繰り返され、しまいには天子の方が先に折れ、お互いに噴出してしまった。落ち着いたことで今までの経緯を説明した。衣玖も納得して正邪のことを悪く思わないようにすることにした。それでもやはり正邪は天邪鬼であるために厄介ごとを振りまくだろう。しかしその時はその時である。それが彼女だ。それにもう幻想郷崩壊に繋がる異変は起こさないだろう(多分)

 正邪は小物だ。小物だからこその彼女だ。過去の苦しみから吹っ切れた彼女はこれから小物として、天邪鬼でありながら、鬼人正邪として生きていくだろう。

 

 

 しかし彼女は変わった。彼女は幻覚にも幻聴にも悩まされることはないだろう。だってもう一人ではないことを正邪は知ってしまったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで……天子様、何人の女性を落とせば気が済むのですか……?」

 

 「……」

 

 

 違うのよ衣玖!そんなつもりじゃないのよ信じて!!なんで最後はこうなるのよぉおおお!!?

 

 

 ダーク衣玖の鱗片を感じながら抱き着かれた腕に力が込められ、体が軋む音が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「お姉ちゃん、正邪は何をしているの?」

 

 「こいし、お邪魔だから私達は先に寝るわよ」

 

 「お姉ちゃん引っ張らないでよ~!」

 

 「……天子……また会えるよな……」

 

 

 地底の天邪鬼は見えぬ天界を赤みがかった頬で見つめていた。

 

 



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閑話ー外界編ー
78話 奇跡の旅路


お待たせしました。最近忙しすぎるてへぺろんです。


さてさて、今回はどういった事件に天子は絡んでいくのでしょうか?


それでは……


本編どうぞ!




 「天子さん、異変起こしましょう!」

 

 「……いきなり何を言っているんだ?」

 

 

 いきなりわけがわからないよ。そして机を乗り出して私の目の前にいるのは早苗なんだが何か言っている。異変を起こす?なにそれおいしいの?

 

 

 「天子さん!知っていますか!」

 

 「何をだ?」

 

 「私の出番が少ないんですよ!?酷くありません!?こんな美少女どこを探してもいないのに出番が少ないなんて……断固抗議します!!」

 

 

 ナニヲイッテイルノカナ……メタ発言やめて。出番少ないのは主人公じゃないと言うことでしょう……

 

 

 「あー!!天子さん今、私のこと主人公じゃないとか思いましたね!!」

 

 

 何故わかったし!?もしや早苗の皮を被ったさとりさん!?っていう冗談は置いておいて……

 

 

 時は少し遡り……

 

 

 無事天界へと戻って来れた天子だ。正邪の件で色々あって衣玖に心配かけた。わだかまりもなくなりのんびりとお茶をしている時にそれはやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「突如としてお邪魔します!天子さん探しましたよ!!」

 

 

 当然ながら東風谷早苗であった。

 

 

 何で窓から入って来た……扉から入って来なさいよ!!

 

 

 「早苗さん、お久しぶりですね」

 

 

 衣玖なに冷静に対応しているのよ……『空気を読む程度の能力』なんて今必要ないから。窓から入って来るなんて非常識よ!……早苗に常識を語っても仕方ないわよね。衣玖と同じく流れに身を任せた方がいいわよねそうしましょそうしましょ。

 

 

 天子を考えるのをやめた。そしてずかずかとそのままテーブルに着席して第一声が「天子さん、異変起こしましょう!」であり現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「異変ですか?そう言えば天子様は異変を起こしていませんよね?」

 

 「……ああ」

 

 「まぁ、天子様ならば人様に迷惑をかけるような異変など起こすはずがありませんからおかしなことではありませんがね」

 

 「そ、そうだな……」

 

 

 天子は衣玖に目を合わせずらかった。何故なら気づいた時には既に自身の登場するはずだった出番が過ぎていたなんて言えなかったのだ。だが、改めて考えてみると『人の数だけ幻想郷』と言う言葉があるように、()()()()()では原作とかけ離れた異変の数々が起きている。今更ながら原作を忠実に再現しようとは思わない。しかも天子は天界では総領息子であり他の天人からの尊敬されている程だ。不良天人とは真逆の真面目天人である天子は自分自身で異変を起こす気は今のところない(って言うかめんどくさい)

 正直なところ早苗の提案に天子は乗る気分ではないし、早苗に関わると面倒なことになると答えが出ているので速やかに帰ってほしいと思っていた。

 

 

 「天子さんがこちらに姿を現してからは天子さんが目立っているじゃないですか!人里でも人気ですし、何かしらネタにされますし……羨ましいです!!私なんか最近目立った活躍がないですし、信仰集めもいまいちでこの前なんか人里で……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「守矢の巫女、東風谷早苗です!どうぞ守矢神社を信仰してくださ~い!!」

 

 「脇巫女キターーーーーー!!!」

 

 「脇巫女は博麗様だろ!いい加減にしろ!!」

 

 「胸いいぞ胸!!」

 

 「早苗たんに会えるじょ!!」

 

 「早苗は俺の嫁!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ってなことがありまして……」

 

 

 どこにでも変態っているもんね。地底も大概だけど里の方も私の知らないところがあるのね……知りたくなかったけど。しかし信仰は得られているんじゃないかしら?男限定だけど。

 

 

 「目立っているのではありませんか?それにそのへんた……ゴホン。早苗さんを信仰する方々がいるなら少なくても信仰を集められているのでは?」

 

 

 衣玖何か言いそうになったよね?聞き流すけどさ……衣玖も同じことを思っているようで安心した。話を戻すけど、どんな形であれ信仰は集まってはいる……けれど早苗は納得していなさそうだ。何故なのかしら?やっぱり変態はノーサンキュー?

 

 

 早苗は何故か納得していない様子だった。不満を表すかのように頬をめいいっぱい膨らませていた。

 

 

 「……私目当てで来る入信者ばかりなんです。当然と言えば当然なことなんですけど、守矢神社を入信して入ってくる人物は一部だけでして……」

 

 

 そう言う事か……それは不満ね。早苗はかわいいのは間違いない。けれど下心だけで神奈子さんと諏訪子さんを信仰対象にするのはちょっといただけないわね。同じ女性としてそんな男どもに天誅を下してやりたい気分だわ。それにしても早苗は早苗なりに考えていて私は感激したわ!これは早苗に協力してあげるべきだと私の中の正義(ジャスティス)天子が囁いた!

 

 

 「えっ!?」と言う声が頭の中で響いた気がしたが天子は華麗にスルーした。

 

 

 「なるほどな。早苗、異変は起こすことはできないが、信仰集めに協力ならしよう」

 

 

 その言葉を聞くと早苗は待ってましたと言わんばかりに頭のアホ毛がブンブンと左右に揺れていた。どうなっているんだそれは?

 

 

 「流石天子さんです!ささ、男であるならば有言実行ですよ!あ!衣玖さん、天子さんをお借りしていきますねー!!」

 

 「天子様、ほどほどに帰って来てくださいね」

 

 

 えっ!?ちょ、ちょっと衣玖ー!?引き止めてよー!!早苗もいきなり強引過ぎるわよー!!!

 

 

 天子を引っ張って強引に飛び出して行く早苗に抗えずされるがままに連れていかれる天子だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで……信仰集めに来たはずなのに何故ここにいるんだ?」

 

 

 強引に連れられてやってきたのは魔法の森の入口辺り、瓦屋根の目立つ和風の一軒家が建っていた。

 

 

 この建物は【香霖堂】と呼ばれ、幻想郷で唯一外の世界の道具、冥界の道具、妖怪の道具、魔法の道具全てを扱う道具屋。販売だけでなく買い取りも行っている。人妖ともに拒まれず、誰でも利用できる場所なのである。

 

 

 そんな場所へと早苗は何しにやってきたのか……天子は疑問だった。

 

 

 「信仰集めは今まで様々な方法を用いてしてきましたが、どれも効果が薄かったのです。そして私は考えました。この香霖堂には外の世界の道具やら見慣れない変わった物が置いてあると聞きます。珍しいものに惹かれて今まで以上の信仰が集まるかもしれません。すぐに信仰してもらう必要はないのです。初めはじっくりと興味を惹かせてどんどんと守矢神社の魅力を伝えていけばいいのです!」

 

 

 早苗にしては考えていた。早苗も頑張っているのね……守矢神社信仰してもいいかもしれないわね。

 

 

 「本当なら天子さんに異変を起こしてもらってそれを私が見事に解決するマッチポンプ方式で信仰を集めたかったのですが……」

 

 

 前言撤回します。私を犠牲にしようとしただと!?この子天然で怖いわぁ……!

 

 

 「まぁ、ここに来るのは初めてなものでして……心細かったこともあります。なので天子さんについてきてもらった方が良かったのです」

 

 「霊夢や魔理沙ではダメなのか?」

 

 「なんだか天子さん暇そうなので」

 

 

 正直者ね早苗は……私は暇人に見られているわけか……泣けるわ。けど、丁度いい機会だわ。私もまだ香霖堂を訪れていないし、何よりも外の道具を扱っているならば私の知っている漫画やゲームがあるかもしれないしね。それにまだ会っていないキャラとご対面するチャンス!

 

 

 天子と早苗は扉を開けた。中は薄暗くて埃っぽい。外の世界の道具やらなにやら色々な物が所狭しと並べられていてごちゃごちゃだ。そしてそんな中で読書をしている青年と一人の妖怪の少女がこちらに気がついた。

 

 

 【森近霖之助

 銀髪ないし白髪のショートボブに一本だけ跳ねあがったくせ毛がある。瞳の色は金色で眼鏡をかけており、黒と青の左右非対称のツートンカラーをした服装。

 生まれたときからの先天的な妖怪と人間のハーフである。幻想郷でも珍しく人間向け、妖怪向け両方の品を扱っている人物。

 魔理沙が生まれるより前に霧雨魔理沙の実家で人里にある大手道具屋「霧雨店」で修行をしていたが、ここでは自分の能力を活かせないと考えて独立した。外から来た品や忘れ去られた古の品などを扱う古道具屋「香霖堂」を開いた。

 

 

 【朱鷺子

 公式における彼女に名称がなく、二次設定として羽の色が朱鷺色に近いことから「朱鷺子」と呼ばれるようになる。「名無しの本読み妖怪」とも呼ばれており、本が好きなようだ。

 

 

 あら珍しい、霖之助さんがいるのはわかっていたけどこの子もいるとは……やっぱり本を読むのが好きなのね。けどここは薄暗いし明るいところで読まないと目を悪くしちゃうぞ?

 そして何よりも(なま)霖之助さんを拝む日が来るとは……草食系男子ええぞぉ!女子に宴会誘われてもことごとくフラグをへし折るフラグクラッシャー、東方で唯一の男性キャラなのよね。設定や名前はあるけど姿を見られるのは彼だけ。当然のことながらカッコイイわね……今の私とどっちがカッコイイだろうって?当然私だ!異論は認める!!っとまぁ、冗談はこのぐらいにして……ご挨拶しないとね。

 

 

 「いらっしゃ……おや?君は確か守矢神社の……」

 

 「東風谷早苗です。あなたが魔理沙さんが言っていた霖之助さんと言う方ですよね?」

 

 「そうだよ。僕が森近霖之助だ。こっちが朱鷺子くんだ」

 

 「……」

 

 

 コクリと首を縦に振るだけで本で顔を隠してしまった。意外と人見知りのようだ。

 

 

 「初めまして、それとこちらの方は……」

 

 「比那名居天子だ。お初にお目にかかります」

 

 「新聞で大々的に載っていたから一目でわかったよ。紅霧異変が再び起きた時、魔理沙を救ってくれたのを聞いたよ。今更ながらだけどありがとう」

 

 

 頭を下げ感謝の気持ちを表す。流石は幻想郷の常識人といったところか。

 

 

 「それで僕の店に何か用かい?」

 

 「そうです!実はですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、なら君たちはお客様だ。好きにここら辺にある物を見て行ってくれ。外の品物も沢山あるから隅々まで探しだしてくれたって構わないよ」

 

 「ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて……天子さん!隅から隅まで赤裸々に探索しましょう!」

 

 「……壊さないでくれよ?」

 

 

 霖之助は若干不安気味に早苗を見ていた。

 

 

 外の世界の代物か……どんなものがあるのかちょっと期待している私。早苗も目を輝かせているわね。これは楽しめそうね♪

 

 

 天子と早苗は山積みになっている様々な道具を片っ端から探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つ、つかれた……」

 

 「ご苦労だったね」

 

 「……すまない」

 

 

 霖之助からお茶を手渡され天子は椅子に腰かけて休息していた。横では朱鷺子が相変わらず本を読んでいた。

 

 

 「ふぅ……生き返る……」

 

 「彼女に振り回されているみたいだね」

 

 「まったくだ」

 

 

 彼女とは勿論、早苗のことである。早苗は今も夢中になって物色していた。そんな早苗に付き合わされて初めはノリノリで探していたが、常識に囚われない彼女の引き起こす暴走行為を止めるのに必死になった結果だった。

 早苗は今も捜索中でこちらのことなど見向きもしない。その間に天子は暇つぶしに霖之助とお喋りをして早苗の興味が薄れるのを待つことにした。

 

 

 「おお!なるほどなるほど……これはこう使えばいいんだね。参考になったよ」

 

 

 香霖堂には外の世界の道具が置かれている。それもこれも霖之助の能力が関係しているからである。

 【道具の名前と用途が判る程度の能力】が彼の能力であり、その名の通り、道具の名前とその用途が判る能力である。ただし「名前」と「用途」しか分からず、使用方法についてはさっぱりわからないのであった。本人は何とかなるものと言っているが、何とかなったものなど限られていた。そんな時に、外の世界の代物のことを知っている天子と早苗がやってきた。二人のやり取りを見ていた霖之助は天子に色々と道具について質問していけば使い道がわかってきた。霖之助にとって嬉しい事ばかりであり興奮を抑えきれない。

 

 

 「もしよろしければこっちもわからないだろうか?」

 

 「これか?これはな……」

 

 

 そしてそんなやり取りを続けて時間が過ぎていった時だ。

 

 

 「ありました!ありましたよ天子さん!!」

 

 

 大声を上げたのは先ほどまで物色していた早苗だった。これには天子一同何事かと早苗に視線を移す。 

 

 

 「……うるさい」

 

 「あっ、すみません……」

 

 

 読書の邪魔になると朱鷺子は早苗を睨む。つい謝ってしまったが、今はそれどころではない様子の早苗だ。我に返った早苗が天子の前まで駆けてくる……一体何があったと言うのだろうか?

 

 

 早苗どうしたのかしら?後ろに何かを隠し持っているようだけど……笑みを浮かべている。何を持っていると言うの?

 

 

 「早苗、何を持っているのだ?」

 

 「ふっふっふ、なんだと思います?」

 

 

 わからないから聞いているのだけど?ううん……なんだろう?悪戯するためにビックリ箱とかかな?ううむ、わからないわ。

 

 

 「降参だ。私にはさっぱりわからないよ。それで早苗は何を持っていると言うのだ?」

 

 「ふっふっふ、それじゃ答えを発表しましょう!ジャジャジャジャーン!これです!!」

 

 

 早苗の手には丸い球体状で、大きさは野球ボール大サイズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴ〇ボールじゃん!!?

 

 

 心の中で盛大にツッコンだ。

 

 

 アイエエエ!ドラゴン!?ボールナンデ!?ちょ、早苗何故それを見つけてきたし……ていうか見つけたらダメなものだから!!

 

 

 「天子さん、これを知っていますか?これはですね、七つ集めると龍が現れてどんな願いでも叶えてくれる玉なんですよ?」

 

 

 知ってるよ!原作もアニメも見たからね私!けど、これがここにあるのはまずいのよ!早くそれを元の場所に返してきて早苗ー!!!

 

 

 心の中で叫ぶ天子の声は届くのだろうか……!?しかしそんな時に霖之助が声をかけた。

 

 

 「それがかい?その名前は確かにその通りだけど、それは()()()と呼ばれる本に出てくるアイテムを催したものらしいよ?」

 

 

 おお!よかったわ!要するにグッズだったのね。安心したわ……本物なんて出てきたら世界観が滅茶苦茶になっちゃうところだった。

 

 

 本物ではないとわかって天子はホッと息を吐いた。

 

 

 「知ってます。これがグッズだと言う事は私も百も承知なんです。しかし、私はこう考えてみたんです……私の【奇跡を起こす程度の能力】を使えばただのグッズも本物に成り代わるのではないだろうかと!!」

 

 

 ないない。早苗、それはないわよ……早苗の能力でもこればかりは……

 

 

 天子は早苗のハチャメチャな行動に呆れてしまっていた。

 

 

 早苗の持つ【奇跡を起こす程度の能力】は海を割ったり、星を光らせたり、すっぱいものを甘くしたり、妖怪から妖力を吸い取ったりすることができる。まさに奇跡を起こすことができる能力なのである。奇跡を起こし決して人では不可能なことを起こすことができるのだが、使い手がこうでは一体何が起こるのか不明である。しかし本人は至って真面目であり、漫画と同じようなことを起こすと張り切っている姿に天子は不安しか覚えないのだ。霖之助と朱鷺子も心配そうに見守る……

 

 

 「早苗、そんなことをしても無駄だ。だからやめた方が……」

 

 「美少女早苗、奇跡起こします!!」

 

 「ちょ、早苗……!」

 

 「奇跡よ!私に力を見せたまえー!!!」

 

 

 早苗が願うと玉が輝き始め、玉は宙に浮かび上がり光を傍に居た天子と早苗にまき散らす。

 

 

 「本当に奇跡が起きたのか……!」

 

 

 霖之助は本当に奇跡が起こるとは思ってもいなかった。霖之助は驚いた……そして視界にはいつもの静かな()()()()姿()()()映っていなかった。そう、()()()()()映っていなかったのだ。先ほどの玉も……天子と早苗の姿はそこになかった。

 

 

 「……二人が……消えた……!?」

 

 

 霖之助は唖然と二人が消えた空間を眺めていた……そんな状態の霖之助の袖を引っ張るのは朱鷺子だ。

 

 

 「探さなくていいの霖之助?」

 

 「そ、そうだ!あの二人は一体どこに消えてしまったんだ!?」

 

 

 急に消えてしまった天子と早苗の安否を心配する霖之助は朱鷺子を店に残してとある場所へと走り去ってしまった。

 

 

 天子と早苗は一体どこに消えてしまったのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガヤガヤと話声が聞こえてくる。

 

 

 うるさく物音が後を絶たない。

 

 

 見渡せば高い建物が立ち並んでいた。

 

 

 行き交う人々の姿。

 

 

 天子と早苗は忘れるわけもない光景が目の前に広がっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外の世界じゃん!!?

 

 

 奇跡が二人を導いたのであった……!

 

 

 

 



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79話 外の世界とエスパー少女

早苗の奇跡によって天子は外の世界に!これから二人はどうして行けばいいのか……


それでは……


本編どうぞ!




 いつもと変わらない日常とはなんだろうか?

 

 

 目が覚めて食事をし、何となくテレビを見ながら準備をして玄関のドアを開ける。それが太陽を照らす時刻の出来事かもしれないし、太陽が沈み月の明かりが地上を照らし出す時間帯の出来事かもしれない。しかし、誰もが毎日同じことの繰り返しをしていると思う……彼女もその一人。

 

 

 「……」

 

 

 朝早くから家を出てアスファルトでできた道をただボーっと歩いている一人の少女。

 

 

 「――それでさ、うちの主人がね……」

 

 「今こそ社会は変わらなければならない!そのためにも我が党に一票を入れていただきたく……!」

 

 「いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!今日はポイント2倍でございます……!」

 

 

 少女の耳に聞こえてくるは他愛もない会話の数々……少女はその会話には興味も意味もありはしない。ただ言葉が少女の耳に雑音として聞こえてくるばかりである。少女は足を止めることはない。

 何分歩いただろうか、少女と近い年齢の少年少女とすれ違ったり、集団が多くなってきた。目的地は少女と同じ場所……後ろから走ってくる少年に追い抜かされても気にも留めない。気に留めることすら必要ないからだ。そして少女はひたすら足を進めると大きな建物が見えてきた。

 

 

 学校……それが少女の目指す場所だった。

 

 

 「……はぁ……」

 

 

 少女は無意識にため息をついた。また同じ日常が待っているだけだと少女は諦めていた……

 

 

 いつものように同年代の学生に軽く挨拶し、いつものように席に座る。しばらくすると担任が入って来て授業の準備に入る。少女の席は窓際の最後列に位置している。眼鏡をかけていても黒板の文字は見える……しかしその文字も今の少女には意味など見いだせていなかった。

 

 

 つまらない……

 

 

 たいくつ……

 

 

 面白くない……

 

 

 少女は日常に意味を感じずに生きている……

 

 

 今日もそれが続くのかと外の景色をボーっと眺めていた。そうしている内に授業の終わりを告げるチャイムがなる。教師が出て行ったあとはそれぞれ親しい友人の元に集まり会話を楽しんだりちょっかいをかけにいく。短い休み時間の間でも人と言うのは誰かに関わっていないと心細いと思ってしまう。寂しい思いをしたくないが故に行動する……しかし少女は違った。窓際に座ってただ時間が過ぎるのを待つばかり……話し相手はいる。しかしそれは少女にとってはただの話し相手にしかままならなかった。少女は一人だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後のチャイムがなり、それぞれ友人と一緒に帰えろうと誘ったり待ち合わせをして集団で下校する。少女は帰りも一人……

 

 

 「ねぇ、またあの子一人よ。声をかけてあげた方がいいんじゃない?」

 

 「一度声をかけても断られたのよ。拒んでいる感じだし……クラスのみんなも()()()さんには関わっていないのよ」

 

 「一匹狼ってやつなのかな?」

 

 

 少女は影でひそひそ話されることなど慣れている。いつものことだからだ。周りは少女に関わらない……否、少女の方から関わってほしくないと拒んでいるのだ。それは何故か……少女は()()ではなかったから。

 

 

 「(さっさと帰ろ……)」

 

 

 作業のように毎日を過ごす少女……つまらない人生を何となく生きている。少女は何も考えず、何も求めずただ足を進めていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「早苗危ない!!」

 

 「ふぇ!?」

 

 「(――はっ?)」

 

 

 少女は何も見ていなかった。声が聞こえ、意識を取り戻した時には既に遅く誰かとぶつかり少女は尻もちをついてしまった。

 

 

 「すまない早苗が迷惑をかけて……大丈夫……あっ!!」

 

 「いたた……どこ見ているのよ!!」

 

 

 尻もちをついた少女は怒りを孕みながらぶつかってきた相手を睨みつけた。この時、少女はこれから自身の人生を大きく変える出来事が起こるなど知らずにいた。ただ少女には目の前の二人が変な格好(コスプレ?)をした二人としか見えていなかった。この二人が少女の人生を大きく変えてしまうのだが……その二人とは一体……

 

 

 ------------------

 

 

 「ねぇねぇあれ見てよあの人!超かっこよくない!?」

 

 「マジパネェー!イケイケよねー!!」

 

 「隣の彼女おっぱいデカ!?顔も可愛すぎないか!!?」

 

 「やっぱり彼女さんなのかな……俺もあんな子と付き合いたい!」

 

 「リア充爆発しろ!!」

 

 「壁殴り代行はよ!!」

 

 

 すれ違う人々が口々に思い思いの事は口走る。無数の視線が一組の男女に集中していた。その男女は見慣れぬ服装をしており、明らかに周りと浮いていた。

 髪は腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳を持つ男は周りの人々とはミスマッチしている。唯一の救いは隣にいる女の髪の色も緑のロングヘアーで、髪の左側を髪留めでまとめている存在がつり合っていたことだけだ。

 

 

 「あれってコスプレよね?」

 

 「でもあんなキャラクター見たことないわよ?」

 

 「っていうか、なんでここでコスプレなんてするのかしら?」

 

 

 興味と困惑の色を孕んだ視線が二人に突き刺さる。若い男女の話声だけでなく年老いた老人も子供ですらすれ違い様に場違いな格好に視線が釘付けになってしまう。そんな視線を浴びながら早々にこの場を立ち去った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場違いな格好をした二人は公園のベンチで座っていた。その場違いな格好をした二人とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「天子さん!先ほどの会話聞きました!?私のことを可愛いって話してましたよ!!まぁ、私が可愛いってのは当然のことですけどね♪」

 

 「……そうだな……」

 

 

 比那名居天子と東風谷早苗はあろうことか外の世界に放り出されてしまったのだった!

 

 

 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

 私は今早苗の奇跡をほんのちょっぴりだが体験した。い……いや……体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……『私は早苗の奇跡で光に包まれたと思ったらいつのまにか外の世界にいた』な……なにを言ってるのかわからねーと思うが私も何が起きたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだったわ……

 催眠術だとか幻覚だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてないわ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

 

 

 まさにポル〇レフ状態だったわ。

 

 

 何でこんなことになったのよ……奇跡が起きたら外の世界へワープってどういうことなのよ!?なんでも奇跡のせいにすれば済まされるもんじゃないのよ世の中は!!

 

 

 「もうどうしたんですか天子さん?カッコイイと言われていたのに元気ないですね?イケメンと美少女のカップルだと思われていましたよ?嬉しくないですか天子さん嬉しいですよね!!超絶可愛い早苗ちゃんと恋人気分になれた感想はどうですか?」

 

 「あはは……まぁ……嬉しいよ」

 

 「そうですよね!でも天子さんには妖夢さんやその他諸々いますし、天子さんがどうしてもって言うなら付き合ってあげなくもないですけどね~ふふん♪」

 

 

 早苗は……ぶれないわね。この状況に動じない精神は凄いわよ。オリハルコンメンタルなの?

 

 

 胸を張って自惚れる早苗をジト目で見ながらも感心してしまっていた。

 

 

 「早苗はこの状況に不安はないのか?奇跡のせい(=早苗のせい)でこうなったんだぞ?」

 

 「私だって不安はあります……久々の外の世界なのでどこに行こうか迷っています!それと食べたい物もいっぱいありますし、買いたい漫画もゲームもあります!それとガンプラも見に行かないといけないので全て回れるか不安だらけなんです!!」

 

 

 ……早苗は早苗だったわ。この子の適応力に感心するしかない私……そんな早苗とは裏腹に私は冷静に判断しなければならない……

 

 

 天子はテンションアゲアゲの早苗とは対照的に落ち着こうと必死だった。それもそのはず……天子は現時点で抱えている問題をいくつも発見してしまったのだから。

 

 

 その1、外の世界にいる私達を誰が見つけてくれるか……霖之助さんと朱鷺子ちゃんが私達が香霖堂から消えたことを誰かに伝えてくれるはずよ。しかし、外の世界にまさかいるとはすぐには気づくまい。気づいたとしてもどれぐらい時間がかかるかわからない……その間、私達はこっちの世界で生きていかなければならない。これは時間の問題ね……

 

 

 その2、こっちの世界で生きていくにわたって寝床をどこにするか……私は外見が男であるから良いとしても問題は早苗だ。女の子である早苗を歩道橋とかの下でダンボールに身を包ませるわけにはいかない。ホテルとかに泊まれたら良かったのだが……

 

 

 その3、そこで一番の問題……お金よ。私は早苗に強制的連れられてしまったせいで無一文の状態よ。早苗が持っているならば話は別だが……

 

 

 「早苗、少し聞きたいことがある」

 

 「およ?はい、なんでしょうか?」

 

 「お金は持っているか?」

 

 「あれ?ここは男性である天子さんが奢ってくれるんじゃないのですか?」

 

 「……」

 

 

 結論、どちらも金欠……状況は絶望的よ。一体どうすればいいのよ……

 

 

 一寸先は闇……今の状況はまさにそれだった。事の重大さに気づいていない早苗は唸っている天子を不思議そうに見つめていた。その時、ふっと思い出したように駆け出してしまった。

 

 

 「早苗どうしたんだ!?」

 

 「天子さん!気づいてしまいました!」

 

 

 なにを気づいたと言うの早苗!?もしや帰る方法でも見つけたの!!?

 

 

 天子は早苗に希望を見た。今にも公園から飛び出そうとする早苗はこう言った。

 

 

 「もうすぐ日が暮れてしまいますのでホテルに泊まりに行きましょう!早く行かないと!!外で野宿なんて肌が晒されて美容の天敵なんですから!!」

 

 

 ズッコケそうになるのを踏ん張る。失望を通り越して泣き無くなって来た……天子の心は涙を流していたが。

 

 

 サ″ナ″エ"ェェ!!ボケないで!!私の精神的なモノも考えてよぉおお!!!

 

 

 挫けそうになっていた天子は見た。前を見ずに走って行く早苗の進行ルートに一人の少女の姿があったことを。

 

 

 「早苗危ない!!」

 

 「ふぇ!?」

 

 

 注意した時には既に遅かった。早苗が振り返った直前にぶつかって少女の方は尻もちをついてしまっていた。慌てて駆け寄った天子は少女を気にかける。

 

 

 「すまない早苗が迷惑をかけて……大丈夫……あっ!!」

 

 「いたた……どこ見ているのよ!!」

 

 

 少女は怒っている様子であったが、天子はその姿を見た瞬間にこの少女が誰であるかわかってしまった。

 

 

 この子は宇佐見菫子ちゃんじゃない!?

 

 

 【宇佐見菫子

 やや癖のついた茶色い髪と瞳、赤のアンダーリムの眼鏡をかけている。今は女子高生の学生服を着ている。彼女は普通の人間とは違って超能力が使え、おまけにあらゆる情報をネットで得られる時代による全能感もあって、他の人間を見下している。さらに友達作りは群れたがる奴らがすることだと考えているために仲間もいない。つまりボッチである。

 

 

 まさか菫子ちゃんと出会うだなんて思ってもいなかったわ。ラッキーなんだろうけど悪い事しちゃったな。

 

 

 「もう!痛いじゃないですか!あなたどこ高ですか!!」

 

 

 早苗『どこ中や!』みたいな言い方やめなさいよ。悪いのはぶつかった早苗の方なんだから。

 

 

 「早苗やめないか、すまない……立てるか?」

 

 

 天子はそっと手を出すが菫子はその手を無視して自力で立ち上がり埃を払う。

 

 

 「近づかないでください……私はもう帰りますので」

 

 「あっ」

 

 

 スルーされ呆気に囚われる天子だった。素っ気ない態度を見せる菫子の姿に早苗はムッとした表情になる。そんな天子と早苗を無視して踵を返して、そのまま歩き出そうとする菫子……しかしその前に飛び出したのは早苗だった。

 

 

 「な、なんですか……?」

 

 

 早苗……どうしちゃったのよ?菫子ちゃんは不機嫌みたいだからそっとしておいてあげたろうがいいと思うのだけれど……

 

 

 通せんぼする早苗と警戒する菫子の光景を見て不安を覚える。

 

 

 「待ってください!ぶつかったのは私です。悪いのは私ですけれど、天子さんは関係ありません。さっきの態度はよくありません!」

 

 「は、はぁ?」

 

 「だから……天子さんに謝ってください。そして怒るのなら私にしてください!」

 

 

 早苗……私のために怒ってくれたのか……なんか感動しちゃった。けれど菫子ちゃんにも不機嫌な時ぐらいあるから大目に見てあげて。それに私には菫子ちゃんが寂しそうに見えている……そんな気がするのよね。高校生だったかしら、学校で嫌なことでもあったのかな?そう言えばまだ【深秘録】の異変は起きていない……すると今の菫子ちゃんは他の人間を見下して、友達作りは群れたがる奴らがすることだと考えているために仲間もいないボッチ状態だったわね。ボッチか……転生前の私みたいで共感できちゃうかも。

 

 

 天子は早苗の元まで行き、そっと肩に手を置いて首を振る。「私のことは気にしなくていい」という意思を表していた。早苗も天子の意思を感じ道を開ける。

 

 

 「すみませんでした。いきなり言いがかりのようなことを言ってしまったり、通せんぼしたりと迷惑をかけました」

 

 

 早苗は頭を下げた。菫子はジッと早苗を見ていたが目を逸らして一言……

 

 

 「……私も嫌な態度とって悪かったわ……ごめんなさい」

 

 

 頭を下げることはしなかったが、菫子は天子に対して謝った。

 

 

 ……根は良い子みたいね。自分だけが超能力を使えれば、自分が特別な存在なんだと思ってしまうのも無理はないわよね。それに菫子ちゃんはまだ高校生で思春期の真っ最中、色々と思うことがあるわよ。これも青春ってやつなのかしら……転生前の私の高校生時代だったら既に枯れて干乾びていたけどね……あれなんだか涙が……

 

 

 菫子に感心し、自身の青春時代を思い出し悲壮感に浸っていると突如として音がなった。

 

 

 ぐぅ~!とマヌケな音……早苗のお腹からだった。早苗は天子に朝から会いに行き朝食も昼食も取っておらずに外の世界へと飛ばされてしまった。そして手元は無一文……食事にすらあり着けない状態である。

 

 

 「天子さん……コンビニ寄りませんか?」

 

 「金は……ない」

 

 「……この世に神様なんていないんですね」

 

 

 早苗がそれを言うんじゃない。神奈子さんと諏訪子さんが驚いているよ……

 

 

 天子はこれからどうしようかと悩んでいたその時だった。

 

 

 「……家に来ます?」

 

 「……いいのか?見ず知らずの相手を家に招くなんて?」

 

 「別にいいですよ。親は能天気だし、友人って言えば喜んでくれるから」

 

 

 ツンとした態度だが、天子達の身を案じての提案だった。正直天子はこの提案に乗るか悩んだ。見ず知らずの相手を家まで招いてその人物がこの世界ではコスプレと呼ばれる衣装で上がるのだから親からしたらどう反応すればいいかわからないものだろうからだ。だが、菫子によれば大丈夫らしい……お言葉に甘えて乗るべきか決めかねていた。

 

 

 「ご飯食べれるんですか!?行きましょう!早く!GO・HOME!ささ、どっちですかあっちですかこっちの家ですか!!?」

 

 「ちょ、ちょっと押さないで!」

 

 「……」

 

 

 天子は考えるのを……やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かく湯気が立ち上る炊き立てご飯、熱々の唐揚げ、味噌汁にサラダの盛り合わせ、そして可愛らしいうさぎの形をしたリンゴが食卓に立ち並んでいた。いつもならばこれの半分も満たない量しか用意しないのだが、今日は特別だった。天子と早苗は菫子に連れられて自宅へとやってきた。出迎えたのは菫子の母親で父親は単身赴任中らしい。コスプレ衣装(外の世界では)姿の二人に一瞬キョトンとした母親であったが、菫子に友達ができたのだと知ると喜んでいた。そしてお腹を空かす早苗と天子のために腕によりをかけて沢山のご馳走を用意したのであった。

 

 

 「じゃんじゃん食べていってね」

 

 「はい!おかわりお願いします!」

 

 

 早苗少しは遠慮しなさいよ……ご飯3杯目じゃない。っと言っても美味しいわねこの手料理は!驚いたわよ、愛情がこもっていることが食べたらわかる。菫子ちゃんは愛されているみたいね。

 

 

 天子はご飯を箸で摘み口に入れると広がる温度とは別の温かさを感じながらしみじみと思っていた。そして正面に座っている菫子を見据えると箸はあまり進んでおらず食べているのは少しだけ。ご飯もお茶椀の半分しか減っておらずおかずもあまり手をつけていなかった。それを観察していると菫子は箸を置いて椅子から立ち上がった。

 

 

 「菫子はもういらないの……?」

 

 「うん……ごちそうさま」

 

 

 それだけ言うと階段を上って行ってしまった。母親の表情を盗み見ると不安な表情をしていた。自分の娘のことが気になるのだろう。早苗はそんな中でも手を止めずに口に次から次へと料理を放り込んでいっていた。そんな早苗に天子は早苗の横腹を小突く。「ひゃう!」という声がしたが天子はスルーして母親に声をかける。

 

 

 「菫子ちゃんはいつもあんな感じですか?」

 

 「ええ……特に最近はいつもあんな感じで、夫も単身赴任中で私一人で菫子の面倒を見ているけど、大体いつも部屋に閉じこもっているわ。昔はそんなことなかったのに」

 

 「……そうですか……」

 

 

 親からしたら心配で仕方ないわよね。さて、どうしようかしらね……無一文の私達はこれからどう生活していけばいいのかわからない。バイト?履歴書を偽造してまで働く?それは何かとまずい気がする……けれど何かしないとこのままでは餓死するのは時間の問題よね……

 

 

 天子の不安は消えることはない。そんな時に横から早苗が話に割り込んで来た。

 

 

 「じゃ、私達がそれを解決すればいいんじゃないですか?」

 

 「解決ってどうすればいいんだ早苗?」

 

 「それは……何かすればいいんです!」

 

 

 そして早苗は天子に耳打ちする。

 

 

 「(それに私達はお金を持っていないのですからここで菫子さんのお母さんに取り入ってこの家に住み込みさせてもらいましょう。そうすれば菫子さんの悩みを解決でき、私達はお金がなくても生活していける。お互いにWINWINの関係になれるというものですよ!)」

 

 

 ちょいちょい早苗、具体的なことは何も考えていないと思ったけど……そこまで考えていたなんて!って言うか普通住み込みなんてさせてもらえる?幻想郷ならば可能かもしれないけれどここは現代社会の日本、人との繋がりが薄れて隣人との距離も遠い疎遠な関係なのにそんなこと了承してくれるかしら……?

 

 

 天子は不安を抱く。確かに早苗の言う事は一理あるが、相手に迷惑になることは出来れば避けたかった。天子は考える素振りを見せるが、お構いなしに早苗は菫子の母親に言い放つ。

 

 

 「菫子さんのお母さん、理由は聞かずに私達を家に住み込みさせてもらえないでしょうか!その代わりに私達が菫子さんの悩みを解決して差し上げますので!」

 

 「早苗!?」

 

 

 天子は早苗の破天荒な行動に目が飛び出そうになる。包み隠さずに直接交渉するとは……早苗は思いがけない行動を平然とやってのけるのであった。しかしそんな早苗の破天荒な行動が功を奏したのか菫子の母親はぱあッと笑顔になる。

 

 

 「本当!それじゃ明日からは4人分のご飯を用意しなくちゃね♪」

 

 

 おいぃいいいいいいいいい!!?いいの!?それでいいんですか!?私達見ず知らずの人間(天人)を受け入れるとかどんなに器が大きいんですか!!?菫子ちゃんが能天気って言っていたけれど、予想外過ぎるわよ!それに理由も話さずに了承させてしまう早苗……なんて恐ろしい子!!!

 

 

 「菫子さんのお母さんの料理美味しいですから楽しみです!」

 

 「嬉しいこと言ってくれるのね♪お母さん嬉しいわ♪」

 

 「……」

 

 

 早苗と菫子の母親は大いに話題に花を咲かせ、傍で呆然とするしかない天子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――っと言う訳で私達、この家に住むことになりました。改めて自己紹介します東風谷早苗です。これからよろしくお願いします菫子さん♪」

 

 「……比那名居天子だ。すまない菫子ちゃん……明日からよろしくお願いする……」

 

 「はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 こうして天子と早苗は菫子家にしばらく厄介になるのであった。

 

 



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80話 新たな一日

宇佐見家に居候することになった天子と早苗は現代社会相手にどう立ち回っていくのか?


それでは……


本編どうぞ!




 「いただきます!」

 

 「……いただきます」

 

 「召し上がれ♪」

 

 「……」

 

 

 私の目の前には笑顔のお母さんがいる。笑顔のお母さんを見るのは久しぶり……私が原因で笑顔を見せなくなったのはわかっていた。だから笑顔のお母さんを見るのは新鮮な気分だけど……余計な()()が二人いる。

 

 

 胸の位置ほどまである緑のロングヘアーで、昨日まで変わったコスプレ衣装を着ていた変人がガツガツと朝食を胃袋に入れていく。そんな遠慮のない人物は東風谷早苗であり、もう片方の人物は男性で腰まで届く青髪のロングヘアに真紅の瞳に、こちらは静かに朝食を遠慮しがちに食べていたのは比那名居天子であった。そんな二人をジト目で睨みながらもチビチビと食事にありつく菫子。

 天子と早苗は今日からしばらくの間、宇佐美家で過ごすことになった。コスプレ衣装で過ごすのはどうかと言う事で菫子の母親が二人に衣服を用意(天子は父親の物を拝借)してもらい、四人生活が始まった。

 

 

 「昨日も食べさせてもらいましたけどとても美味しいです!この目玉焼きGOODです!あっ、ご飯おかわりください」

 

 「はいはい、ちょっと待ってね早苗ちゃん」

 

 「それと海苔かふりかけでもありませんか?それも久々に食べてみたいので!」

 

 

 なんなのよこいつは!人様の家で遠慮もなく物を頼む普通!?ちょっと顔がかわいいってぐらいで何お母さんと既に打ち解けているのよ!?

 

 

 眼鏡の奥から鋭い殺気を放つ菫子に早苗は何も気づかずにご飯をお代わりしていった。しかし、ちゃんと気づいていた者がいた。天子は菫子から放たれる殺気に気づいていた。

 

 

 「(すごい殺気ね……)」

 

 

 菫子の背後に地獄の魔王がいるように見える……気配をころして存在を薄くしていた天子は自分に向けられることなくて良かったと心の隅で感じていた。殺気を放たれている当の本人は知る由もなくまた一つ、二つ出された料理を口に運んでいく。

 

 

 「んまぁい!!」

 

 

 早苗は今日も絶好調である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐぅえへ……て、てんし……さん……お腹が重いです……」

 

 「食べ過ぎだ」

 

 

 ポンポコたぬきのお腹のように膨らんでソファに横になっているのは当然早苗だ。早苗は元々外の世界の住人であったため、なつかしい家庭の雰囲気を感じながら食べる料理に歯止めが効かずについつい頬張ってしまった結果だった。天子は呆れてため息が出る。

 

 

 「行って来るけど、勝手に私の部屋に入らないでよね」

 

 「ああ、わかった」

 

 「特に食べ過ぎて横になっているそこの人が入らないようにしてくださいね」

 

 「早苗が勝手なことしないように見ておくよ」

 

 

 天子さんだっけか、この人は礼儀も正しいし顔も……カッコイイしまだ信用はできそうだけれども、緑髪(早苗)は信用ならない。初対面の私のお母さんにあそこまでずかずかと遠慮も無しにご飯をたかるし、ご飯を恵んであげるだけだったのにどうして一緒に住むことになってんのよ!?常識あるのかしら!?

 

 

 早苗に常識があるだと?ない、そんなのあるわけないだろう。

 

 

 と、とにかく勝手にプライベートを覗かれる訳にはいかないわ!天子さんの方は見られても黙っていてくれそうだけれど、緑髪あなたは絶対喋るタイプであることは間違いない。特にお母さんに告げる最悪のタイプ……悪気なしにやらかしそうだと私の勘がそう告げていた。

 

 

 菫子の勘は何かと間違っていなさそうだった……

 

 

 「絶対にお願いしますよ!では……」

 

 

 菫子は気になりつつも学校へ行かないといけないために家を飛び出して行った。菫子が出ていくのを確認すると先ほどまで苦しそうにしていた早苗の表情が変わり真剣な表情に切り替わった。

 

 

 「……天子さん、お願いがあるんですけど菫子さんの部屋に連れて行ってください」

 

 「今の話聞いていたか?入るなと言われただろうに。それに休みたいのであればここで休めばいいだろう……なんでそんな真顔なんだ?」

 

 「それはやらねばならないことがあるからです」

 

 「……それはなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「思春期の女子が隠していそうな薄い本&大人の玩具の在りかを探しに……」

 

 「やめい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだろう……心配で仕方ないわ……」

 

 

 授業が始まってからも心配事が消えなかった。

 

 

 ------------------

 

 

 <天子と早苗が香霖堂から消えたすぐ後の出来事>

 

 

 ずずず……

 

 

 「はぁ~今日もいい天気ねぇ~」

 

 「ホントだなぁ~」

 

 「萃香は昼間からお酒なんだね」

 

 

 縁側に座るは霊夢と萃香と新たに博麗神社に住むことになった針妙丸。異変が解決され元の日常へと戻り平凡な日差しを浴びながらお茶(萃香は酒)を口には含んでくつろいでいた。

 

 

 「はぁ~♪」

 

 

 のんびりとした吐息が自然と出て気分が良い様子の霊夢。

 

 

 ピキンッ!

 

 

 「――!?」

 

 

 そんな時に霊夢は感じた。この平凡な日々をぶち壊されてしまうであろうということを……それがすぐ近くに近づいてきていることに。

 

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 

 そう……実際に近づいていた。それはもうすぐ博麗神社に辿り着くところだった。息を何度も吐き出しながら階段を上っていき鳥居はすぐそこだ。

 

 

 「や、やっとついた……れ、れいむ……」

 

 

 霊符『夢想封印』!!!

 

 

 「うわぁあああああああああああああ!!?」

 

 

 霊夢の夢想封印が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめんなさい霖之助さん、うっかりやっちゃった♪」

 

 「ごめんで済むか!!!」

 

 

 霊夢の夢想封印による犠牲者は真っ黒の焼けこげとなった霖之助だった。霊夢は平凡な日常を壊される前に始末しようと夢想封印を放った結果がこうなった。原因は霊夢にあるのだが、悪びれる様子もない霊夢に対して霖之助は抗議を続けようとするが、そんな霖之助の裾を引っ張る小さき影……朱鷺子の姿があった。

 

 

 「あら?あんた……誰だっけ?」

 

 「……」

 

 

 霊夢が朱鷺子を見つけると朱鷺子は霖之助の後ろにサッと身を隠す。霊夢は憶えていないが、道端で楽しそうに本を読んでいたところ、通りすがりの博麗霊夢に何となく不意打ちで攻撃されてけちょんけちょんに退治された&持っていた3冊の本を全て奪われた過去がある。朱鷺子は来たくはなかったが、今回は特別だ。博麗の巫女である霊夢に用があるからだ。

 

 

 「この子は朱鷺子って言うんだ。それで霊夢に聞いて欲しい事があるんだ」

 

 「嫌」

 

 「話ぐらい聞いてくれよ!?」

 

 「聞こえませ~ん」

 

 

 耳を塞いで聞こえないフリをする。霊夢はめんどくさいのだ。天邪鬼が起こした異変で大いに働いたと言うのにまた厄介ごとを持ってこられたら溜まったものではないからだ。

 

 

 「頼むよ霊夢!緊急事態なんだ!」

 

 「あ~~~~、聞こえんな!!」

 

 「聞こえてるだろ!!」

 

 

 某アニメの獄長さながらの発言をする霊夢は聞く耳を持とうとしない。

 

 

 「……ども」

 

 「おう、貧弱男(霖之助)の所のやつだな。まぁ、座ってろって、それと一杯飲むか?」

 

 「……いらない」

 

 「あぁ?私の酒が飲めないってのか?」

 

 「あぅ……」

 

 「萃香それはやめてあげようよ……」

 

 「ちぇ、つまんない」

 

 

 酒飲みに絡まれていた朱鷺子は針妙丸が止めに入り、自然と針妙丸の隣に座る形となる。危うくパワハラの餌食になりそうだった。止められた萃香はつまらなさそうに伊吹瓢に口をつける。

 

 

 「ごめんね、萃香は鬼だけど心まで鬼じゃないから」

 

 「……わかった」

 

 「私は少名針妙丸、あなたは?」

 

 「朱鷺子」

 

 「朱鷺子って言うんだ。それで朱鷺子はあの男の人と何しに来たの?」

 

 

 針妙丸は博麗神社に住んでそれほど経っていない。しかし多くの人妖がここを訪れる。お茶をたかりに来る白黒魔法使いやクッキーをお裾分けに来る人形遣い、最強と自称する妖精に一瞬で現れる紅魔館のメイド長など様々な人物が訪れた。そしてふっと思い出す。

 

 

 「(そう言えば正邪を助けてくれた……比那名居天子って人は見かけないね)」

 

 

 以前の騒動の中心にいた天邪鬼の鬼人正邪を保護した天人のことを思い出した。お礼もしていないし、ここの住んでから彼が訪れた姿を見たことは無かった。この時、ただ頭の片隅で思い出しただけだった。だが、霖之助と朱鷺子はその天人のことでここへ来たのだとわかるまで数秒前……

 

 

 「聞いて……緑髪のうるさい人と青髪のお兄さんが消えたの」

 

 「消えた?」

 

 

 どういうことかわからず針妙丸は首を傾げる。その隣でただ酒を胃にベルトコンベヤーの用量で流し込む鬼……大した話ではないと寝転がりながら会話を左から右へと受け流していた。

 

 

 「うん……香霖堂にやってきた二人組。お似合いの二人だったんだけど、その内の一人が奇跡がどうとか言ってそしたら光り輝いて二人が消えたの」

 

 「……ど、どういうことなのかさっぱりだよ?萃香はわかる?」

 

 「わかるわけないだろ。でも私にはどうでもいいことだから話かけるなよ」

 

 

 そう言って再び伊吹瓢に口をつけて酒を飲み始めた……だが、朱鷺子の次の言葉で酒なんて飲んでいる場合じゃねぇ!状態となる。

 

 

 「名前が確か……東風谷早苗と比那名居天子だったっけ?」

 

 「おい今なんて言った」

 

 

 天子の名を聞いた途端にいつの間にか身を起こして朱鷺子に鋭い視線を送るのは萃香、最近天子と会っていなかったこともあり、敏感に反応した体はズイッと鋭い視線の次に体ごと朱鷺子に近づき不機嫌な気配すら放っていた。正直なところ針妙丸には悪いが、天邪鬼を萃香は好いていない。嘘や騙し討ちしかできない弱小な種族だと見下しているところがある。そんな中で天子が天邪鬼といい雰囲気であったと針妙丸の会話から察した萃香は心の隅で腹立たしさを隠していた。友人の紫から事の詳細まで聞き出したぐらいだったが、天邪鬼の事情を知ると今回は渋々見逃した。もしも過去のトラウマの件が無ければ天邪鬼に一発拳をぶちかましていたであろう。

 天子が他人を見捨ててはおけない性格なのは知っている。そこが甘く見えてカッコイイ……天子の活躍が耳に入ってくるたびに萃香は鼻が高くなっていた。そんな時に今度は守矢の巫女と一緒にと来たものだ。乙女心に嫉妬の影が見え隠れする……

 

 

 先ほどまで興味を示さなかった萃香が身を乗り出して、しかも鋭い視線で朱鷺子を睨んでいる。その瞳の中に一人の男性の姿が映し出されていたことに気づくことができるのはこの場では霊夢だけだったが、今は霖之助相手で気づくことはなかった。萃香の瞳を直で受ける形となってしまった朱鷺子は体が硬直してしまう。汗が流れ言葉が発せず息を詰まらせる。萃香自身怖がらせる気はなかったが、鬱憤も溜まってか話が気になって仕方ない。

 

 

 「おい、聞こえなかったのか小鳥野郎」

 

 「ひッ!?」

 

 

 鬼の中でも四天王である萃香に睨まれて平常心を保っていられる者などそういない。朱鷺子は硬直した体がガクガクと震えて縁側自体を揺らしていた。それでも萃香は気にも留めずに睨み続けたままだ。このままだと萃香の機嫌が更に悪くなるのは目に見えている……朱鷺子の方は既に目から涙がこぼれ落ちていた。

 

 

 「ちょ!?なにやっているの萃香!泣いちゃったじゃない!」

 

 

 朱鷺子の涙にハッとなって我に返る針妙丸は萃香に直で睨まれているわけではなかったので体が硬直するまでには至らなかったが、今の萃香に話しかけるには勇気が必要だった。しかし目の前に泣いている朱鷺子を放っておけずに勇気を出してガンを飛ばす萃香に注意する。萃香の視線が針妙丸に移り、目を向けられた針妙丸がビクリと背筋が伸びてしまう。不機嫌な萃香に殴られたりするのかと最悪な想定をしていると興味を無くしたかのように萃香の視線は二人から逸れた。

 

 

 「……悪かったよ……お前の話に出てきた奴が気になっただけだ。お前は悪くない……謝るから怯えるなよ」

 

 「あぅぅ……」

 

 

 そう言われても一度恐怖を味わった朱鷺子は針妙丸の影に隠れてしまう(小さすぎて隠れられていないが)

 

 

 「大丈夫だから、萃香は鬼だからこれぐらいいつも通りだから。昔から変わっていないから」

 

 「お前、この前ここに住み着いたばかりだろう?」

 

 「あ、そうだった」

 

 

 萃香にツッコミされると朱鷺子をあやす針妙丸は手が離せない様子で、朱鷺子自身も萃香を怖がって話せそうにない……ならばと萃香は縁側から立ち上がり霖之助の元へと近づいて行った。

 

 

 「だから話だけでも聞いてくれって!!」

 

 「右から左へ受け流す~!」

 

 「受け流すなよ!!」

 

 

 まだ霊夢と漫才をやっている辺りすぐ傍で起きていたプチ騒動に気にも留めていなかったご様子だ。しかしそんなこと萃香には関係ない。グッと霖之助の尻を摘ままれる。

 

 

 「あぎゃああああああ!!?い、いたたたたたたぁああ!!!な、なにをするんだい!!?」

 

 

 鬼に摘ままれて痛くないわけがない。

 

 

 「霊夢が聞かないなら私が聞いてやるから早く話せ!」

 

 「えっ?あ、はい……」

 

 

 霖之助は香霖堂で起きた出来事を語る……霊夢達はまた天子が厄介ごとに巻き込まれたのを知ることになった。

 

 

 ------------------

 

 

 キーコーンカーコーン!

 

 

 学校のチャイムが鳴った。それは授業の終了と学生たちの一日の終わりを告げるものだった。各教室の担任教師はホームルームを行い、担任教師の声と持って今日一日の全ての学校生活は真の終わりを告げた……っと同時に駆け出す一つの影があった。その影はいつもは目立たことなどないのだが、その行動は同じ教室の生徒たちに注目され、そして生徒たちは意外そうな表情をした。それもそのはずだ。その影は誰とも関わらないようにひっそりと行動し、大胆な行動などしないし、ましてやホームルームが終わり次第に飛び出すなど考えられない行動だったからだ。影は教室を飛び出して靴箱へと向かい、早々と靴を履き替えて猛ダッシュで校門へと向かう。そこには警備員が立っていたが、猛烈な風に襲われた。気がつくと一つの影が通り過ぎた後だった……

 

 

 教室ではあまりの出来事に生徒たちは動けないでいた。そして生徒の内の一人が言葉を発した。

 

 

 「ね、ねぇ……今のって……」

 

 「い、意外よね……」

 

 「宇佐見さんどうしちゃったんだろう?」

 

 

 宇佐見菫子は疾風の如く速さで下校したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早く帰らないとあの緑髪(早苗)が何か仕出かす前に!いや、仕出かしているかもしれないけど……もしそうだとしたら私の超能力で……!!

 

 

 菫子は猛スピードで駆けていた。その体のどこにそれほどの体力があるのか疑いたくなるぐらいの持久力を見せていた。菫子が通った場所は突風が吹き、野良猫は空へ舞い上がり、人々は飛ばされないように踏ん張っていた。嵐が人の形をして猛威を振るっているかの如くであったが今の菫子には自宅の心配(特に早苗)で周りの目など気にしていられない。

 駆け続けて自宅が見えてきた。嵐の如く鍵を取り出しそのまま鍵穴に差し込み扉を開けること1秒足らずの出来事だった。

 

 

 「お母さん!天子さん!緑髪(早苗)は何もしていない!?」

 

 

 帰宅後の一言目がこれだ。余程早苗が何か仕出かしていないか心配だった様子だ。

 

 

 「あら?今日はいつもより早いわね?」

 

 

 菫子の母親は不思議がるが菫子はそんなことよりも自宅の現状を早く知りたかった。

 

 

 「走って帰って来たの、だからお母さんあの二人は今どこに!?」

 

 「天子君と早苗ちゃんは今、お買い物に行ってくれているわよ」

 

 「そ、そう」

 

 

 よかったと菫子は胸をなでおろす。自宅にいなければ何もできないことに安堵したのだ。しかしここでふっと不安が現れた。

 

 

 「お母さんあの二人はお金なんか持っていないんでしょ?」

 

 「そうよ。お買い物はうちのお金で買ってきてもらうから心配ないわよ」

 

 

 そういうことじゃないのよお母さん、私が言いたいのはそういうことじゃない。

 

 

 「……お金を持ち逃げされるとは思わないの?」

 

 

 天子と早苗に持たせたのは宇佐見のお金だ。少ないにしても見ず知らずの他人(しかも昨日会ったばかり)に私てしかも買い物まで頼んでしまう……菫子はお金を騙し取られてしまうのではないかと危惧した。少なからず菫子から見た二人は決して悪い人物には見えない。しかし現代社会に生きる菫子にとっては赤の他人のことを信用しろと言うのがおかしなことだ。人と人との繋がりなどほとんどないのだ。実際に隣人のこともほとんど知らないのだから。

 不安げな表情をする菫子だったが、その表情は驚きにかわる。菫子は見たのだ。自分の母親が笑っていたのだから……

 

 

 「ど、どうしたのお母さん?」

 

 「うふふ♪いえ、確かに菫子のいう通り持ち逃げされるかもしれない……けれど私は信じたいの」

 

 「な、なにを?」

 

 「天子君と早苗ちゃんは悪い人じゃないって。菫子が連れてきたんだからきっといい人なんだろうって信じたくなっちゃったのよ。昔、菫子は困っている人がいたらよく助けてあげていたから。それに昨日会ったばかりだけど二人共良い子達ってお母さんにはわかるのよ」

 

 「……」

 

 

 菫子は何も言えなくなっていた。自分の母親が能天気なのは自覚があったが、それ以上に母親が菫子のことを「信じたい」と言った。最近自室に籠りっぱなしで母親とは最低限の会話しかしていなかった。作業的で明るい話題などなかったのだ……昨日と今朝のようには正反対に静か二人だけの食卓だったのだ。しかし天子と早苗が現れて母親は笑った。菫子も見ることのなかった()()()()()()()()だった。自分では母親を笑顔に出来なかったし、笑顔にしようとさえ思っていなかった。だが、昨日母親の笑顔を見た時には心の底で何かくすぶっているものを感じた。天子と早苗を連れてきた菫子を「信じたい」と言ってくれたのだ。だから二人のことも「信じる」ことにしたのだと理解した菫子は言葉を発することなど出来なかったのだ。

 

 

 「それにね、今日は天子君と早苗ちゃんが私の代わりに料理を披露してくれるんですって!」

 

 

 母親は興奮気味に言った。実際興奮しているのだろう……天子と早苗いわく「世話になるのだから料理ぐらい手伝いをさせてくれ」とのことだった。子供のように興奮する姿を見せる母親にふぅっと甘いため息が出る。

 

 

 「もう……お母さんってほんと能天気よね」

 

 「あら?私って能天気だった?」

 

 

 自覚なかったの?はぁ……まぁいいわ。心配するのも馬鹿らしくなってきた。どうであれ帰って来なければ警察に通報すればいいだけだし、もし帰って来たらそれはそれでまぁ良しとするわ。手料理か……飯マズなんてことがあれば容赦なく叩いて罵倒してやるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「美味しい~♪」」

 

 

 舌鼓を打ちながら頬いっぱいに頬張る宇佐見親子。

 

 

 ちょっと何よこの美味しさ!!?それにバリエーション豊富すぎない!?スーパーの肉ってこんなに柔らかかったっけ?いつもなら硬さがあって食べにくいけどこれは口の中でとろけてしまう~♪それに魚介類盛りだくさんのサラダもドレッシングとマッチしていて手が止まらないわ♪

 

 

 宇佐見家の食卓には料理が並んでいた。しかしそれはいつもとは異なる料理だった。スーパーで買ったものであるはずなのだが、食卓にはステーキハンバーグにポテトフライ、貝やエビがふんだんに使われたサラダ、それに濃厚とろみ増しのコーンスープにデザートは冷蔵庫に保管されているフルーツが添えられたパフェが食事の最後に今か今かと待ち受けていた。味もとても美味しく満足いただけるものであることは親子を見れば一目瞭然だ。

 

 

 普段ならば決して用意することなど面倒でできない&ここまでの美味しさを出せはしない。それを可能にする人物が比那名居天子だ。天子は早苗と共にスーパーで買い物を済ませた。居候させてもらっている身として何か手伝いたかったのだ。早苗を家に置いておくと何をするかわからないのでそれの牽制を含めての行動だったが、手伝いたかったのは本音だ。だからこうして今晩の料理をすることを引き受けた。しかし渡されたのは宇佐見家のお金で大層な料理で財産を食いつぶすことはしたくなかった。一般家庭の範囲で美味しく美しい料理を出せればと思い工夫して喜ばれる料理を作ろうとした。菫子の母親の手料理には愛情が籠っていたことを天子は知っている。だから自分も愛情を持って答えようとしたのだ。いつも以上に気合を入れて準備した結果は天子が予想していたものよりも遥かにいいものだった。

 

 

 「モグモグ……天子さんの手料理はやっぱり美味しいですねモグモグ……!」

 

 

 早苗も天子の料理を手伝いをしていた。早苗自身もいつも神奈子と諏訪子のご飯の準備をしている身である。手料理にはなれているつもりだったが、予想以上の天子のスペックに驚きつつ、邪魔にならないように調味料の分量や皿などの準備を手伝ったのだ。邪魔したら天子の手料理を満足に食べれなくなることを危惧した早苗の行動だった。

 

 

 「およ?菫子さんほっぺに食べかすがついていますよ?」

 

 「えっ!?」

 

 

 そんな中、早苗はふっと斜め向かいに座る菫子を見た。そして菫子はあまりの美味しさに夢中となっていて口の周りに食べかすがついていることに早苗の発言があるまで気がつかなかった。慌てて口を拭き、恥ずかしいところを見られたと頬を染める。

 

 

 「どうだ?満足してくれたか?」

 

 「もうお母さんこんなに美味しいの初めてよ♪このまま天子君この家の子にならない?それか菫子のお婿さんでもいいのよ?」

 

 「ちょ!?お母さん!?」

 

 

 菫子が驚く。いきなり自分の母親がこんなことを言えば誰だって驚くのは無理もない。

 

 

 「ありがたいことですが、私はまだ身を固める気はありません」

 

 「そう……残念ね。毎日食べれると思ったのに」

 

 

 ちょっとガッカリそうな母親に天子は苦笑していた。そんな様子を傍で見ていた菫子は……

 

 

 なんでガッカリしているのよお母さん……これが毎日食べれたら外食する必要がなくなっちゃうけど……けれどやっぱり私はお母さんの手料理の方がいいかな。

 

 

 ふっとそんなことを思ってしまう。味も抜群で正直なところ母親の料理よりも美味しい……美味しいが菫子は不思議と母親の手料理の方が恋しくなっていた。

 

 

 「そうガッカリしないでください。まだお代わりがありますから」

 

 「本当!それじゃお母さん今日はいっぱいお代わりしちゃうわね♪」

 

 「天子さん、私にもお代わりお願いします。それとデザートはみんなで一緒に食べましょう。そっちの方が美味しさが増しますよ」

 

 「そうね、そうしようかな」

 

 

 早苗の提案に自然と菫子も賛同する。この時、菫子は輪に溶け込めていた。食卓を囲んで談話し、笑い共に食事をする……他人を見下すことなど存在せず遠慮する必要がない家族の輪が宇佐見家の食卓にあった。

 

 

 食後のデザートの一口で菫子の表情がとろけたのは言うまでもなかった。

 

 



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81話 超能力

あべこべの方で手を取りましたがボチボチ投稿し続けます。


それでは……


本編どうぞ!




 天子と早苗が宇佐見家へ居候してから数日が経った。天子と早苗はもう宇佐見家の一員となり菫子もこの朝食の光景に見慣れてしまっていた。菫子は今日学校が終われば明日は休み、家でのんびりしていられる……早苗さえいなければ。

 

 

 早苗は何かと菫子に構うことが多い。いつの間にか押し入れから取り出して来たゲーム〇ューブを勝手に起動してみんなでやろうと夜中に誘われて初めは嫌々ながらも意地悪い攻めで負かされた菫子は見返してやろうと没頭したあまりに学校に遅刻したり、帰って楽しみに取って置いていたゼリーを早苗が食べてしまっていたりと腹立たしいこともあった。それも居候することになってすぐのことだ。よく今まで菫子は耐えられてきたと感心する。

 今までならば学校に行かなくて家でジッとしていられる休みの日は崩壊し、今ではうるさい緑のピーマンのせいでのんびりしていられる場合じゃなくなり、休みとは言えなくなっていた。そんなことを思いながらご飯を摘まんでいる菫子に早苗が言った。

 

 

 「明日はみんなでどこか行きませんか?折角の休みなんですからインドア派よりもアウトドア派なサバイバル生活を送りましょうよ!」

 

 「そう言って本当は早苗が行きたいだけじゃないのか?」

 

 「流石天子さん!乙女心をわかってくれる男性ってモテるんですよ!よっ、この女たらし!」

 

 「……はぁ」

 

 

 早苗に呆れている様子の天子はこれまで早苗の暴走を幾度も阻止して来た優秀な人材であった。もし早苗だけならば菫子のメンタルは崩れ去ってしまっていただろう。今では信頼すら寄せているぐらい菫子にとって需要される存在になっていた。

 

 

 「早苗ちゃんごめんね、私は明日用事があって行けないわ。折角誘ってもらったのに……」

 

 

 菫子の母親が申し訳なさそうに言う。

 

 

 「いえいえ、大丈夫ですよ。私達三人ならばたとえ火の中、業火の中です」

 

 「水の中だ」

 

 「およ?そうでしたっけ?まぁどちらにしても天子さんならいけると思いますから」

 

 「火の中に飛び込めと言うのか!?」

 

 

 早苗と天子の漫才も見慣れたものになっていた。早苗は天然でボケるつもりはないが、結果的に天子に指摘されて、天子の疲れた様子をよく学校から帰って来た菫子の目に飛び込んで来ることが多々あった。

 今まで二人だったのが四人に増えた家庭で、家に帰ると母親が出迎え、真面目な天子が料理を作り、うるさい緑がゲームをしていており、皆を巻き込んでのゲーム大会まで開かれることもあった。菫子はそんな光景を見ることになり自然と静かだった家庭が今では騒がしい毎日だ。そんな光景が数日間続いたある日……

 

 

 「……」

 

 

 菫子は騒がしくなったリビングでご飯を食べている……この光景を見ながら。しかし彼女にはこの光景が嫌とは思えない気がしていた。もう慣れたものである。

 

 

 「ねぇ、菫子は行くでしょ?天子君と早苗ちゃんと一緒に?」

 

 「えっ?ええっと……」

 

 「行きましょう菫子さん!デンジャラスなオープンワールドにぶっとびMAXですよ!!」

 

 「早苗落ち着け」

 

 

 全員視線が菫子に集中する。早苗と菫子の母親はキラキラとした期待する瞳で見つめており、菫子に逃げ道など存在しなかった。

 

 

 「……わかった。行くわよ」

 

 「「ヒャッハー!!」」

 

 「「……」」

 

 

 早苗と母親の奇声に何も言えぬ表情の天子と菫子であった……

 

 

 ------------------

 

 

 「――と言う訳でアウトドア派なサバイバル生活を体験しましょう!天子さん、菫子さん、拳を高く上げて叫びましょう!エイエイオーっと!!」

 

 「……えいえいおー……」

 

 「……お、おー……」

 

 「天子さんも菫子さんも元気がないですよ?折角山に来たんだから心の底から叫びましょう!いきますよ……エイエイオー!!」

 

 「……エイエイオー!!」

 

 「えい……え、エイエイオー!!」

 

 「菫子さんは若干恥ずかしさが残っていますけど問題ないでしょう。さぁ、二人共私についてきてください!未知なる山に探検しに行きますよ!!」

 

 

 はい、皆さんおはこんにちわ。どうも比那名居天子です。見ての通り私達は菫子ちゃんが学校休みなので早苗がアウトドア派を主張して山へ登ることとなった。残念ながら菫子ちゃんのお母さんは用事で来れなかったために私達三人だけの登山である。それにしても早苗の適応力には素直に驚いたわ……人様の家に居候になって初日から溶け込むとか私でも遠慮したのに……流石早苗だ。常識に囚われない……ルールなんてぶち壊してしまったわけですねはいわかります。

 まぁ、私も居候することになったんだけれど、私はそんな暴走気味の早苗をコントロールすることで手がいっぱいで大変だった。もう言葉では言い表せないぐらいに大変だったわ……神奈子さんと諏訪子さんを褒めたたえてあげたい。毎日ではないだろうけど、はっちゃけ早苗と一緒に暮らしている神奈子さんと諏訪子さんの二人の忍耐力には尊敬すら覚えるわよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うん?諏訪子……なんだか信仰心が増えた気がするぞ?」

 

 「なんかそんな気がしたけど……それよりも早苗いつになったら帰って来るの~!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今頃神奈子さんと諏訪子さんはどうしているだろうか?早苗を連れまわして……いえ、私の方が連れまわされているわね。どちらにせよ、幻想郷では私達を捜索中だと思う。衣玖のことも心配だし、天界をまた放ったらかしにしている状況で、衣玖がやってくれているだろうけど迷惑をまたかけてしまった。帰ったら本気で謝らないと……

 

 

 そして私達はこっちの世界へやってきて改めて知った事実がある。

 それは私達の力……正確には早苗の能力が力を発揮しないのである。私も微妙に力が扱いづらく思う様に操れない。『大地を操る程度の能力』の力加減が上手くいかない……そして早苗の『奇跡を起こす程度の能力』も上手く操れないと早苗は言った。それに私は元々空を飛べないが、早苗も空を飛べなくなっていた。これも外の世界にいることでの影響なのか私達はごく普通の人間とそう変わりない。ただし、能力が上手く使えないからといって私自身の身体能力が落ちたわけではなかったのが不幸中の幸いだった。早苗は少しガッカリしている様子で心配になって声をかけてみたところ「坂道や砂利道を歩かないといけないとかめんどくさい」と愚痴をこぼしていた……心配して損した。まぁ、日常生活には影響はないから問題はないが、このままずっとこちらの世界へいると何かしらの影響がまた出て来るんじゃないかと不安が残る。なるべく早く帰らないといけない気がするわ……

 

 

 天子の顔色が悪くなる。既に外の世界へと飛ばされて数日も経ち、未だに幻想郷へと帰る手段がない。心配事と不安という重圧がのしかかる……が、早苗は外の世界を満喫しており、天子も付き合わされて特訓以上に神経を使う毎日を送っている。天子自身も外の世界で食事をすると昔を思い出してしまい感情に浸ることもあるが、天子は今は幻想郷の住人であるため帰らないといけない。しかし帰り方が見つからずどうしようもない。早苗は「考えても仕方ありませんから今を楽しみましょう!」っと現状を楽しんでいる。羨ましいと感じる……天子自身早苗のこういう神経の図太さを欲したぐらいなのであった。

 

 

 それと気になることがある。宇佐見菫子のことだ。天子の見立ては異変が起きたりしていないことは幻想郷内に居た時に確認している。ここにいる菫子は異変を起こす前の菫子だ。友人も作らずに最近までは他人を見下しているようであったが、ここ数日は少なくとも常にボッチ状態ではなくなったらしい。

 

 

 多分早苗のおかげかしらね。早苗の常識など囚われない(迷惑)行動が菫子ちゃんの冷たい心を動かしたのではないだろうか?まぁ、心に傷を負っているわけではないので環境に応じて心に変化があったのだろう。菫子ちゃんの学校生活が気になった早苗と私は密かに尾行したことがあった。案の定ボッチであったが、喋りかけてくれる何人かは居た様だ。ホームルーム終了時点で全速力で帰宅するという菫子ちゃんみたいな少女には見られない行動をして周りからの印象が変わっただろう。人間は興味が湧くと自分から関わりに行こうとするからそれが功を奏したのか嫌悪されている様子はない。今まで関りずらかったのだろう。相手側もどうやって会話を続かせようかオドオドしている場面があったりもした。菫子ちゃんが突っぱねる様子もなく普通に会話が終わるのを見て私は息を吐いた。少し安心したと言っていい……菫子ちゃんのお母さんも心配していたし、私達は菫子ちゃんをどうにかするという条件で居候すると言ったんだからこれぐらいはしないといけなかった。

 それで家に帰ろうとした時に、食堂で堂々と学食を注文している部外者の早苗を見た時に内心イラっとしたのは内緒の話……

 

 

 生徒の間で、どこの誰かも知らないイケメンと美少女が現れたという噂が学校内で流れたが、菫子はまさか天子と早苗が学校に来ているとは思ってもいなかった。

 

 

 ――っとまぁ、過ぎてしまった話はこれぐらいにして……折角山に登山しに来たんだから楽しまないと損よね。登ると言っても近場の小さな山なので富士山のように本格的な登山ではない。菫子ちゃんでも登れるような簡単な登山だから危険性も少ないし安心ね。怪我などはさせられないし、交流を深めるにはいいチャンスだわ。

 

 

 「菫子ちゃん、いつまでもボーっとしてないで早苗の後をついて行こう」

 

 「えっ?あっはい……って天子さん、あれ(早苗)どうにかできないんですか?」

 

 

 全力疾走で山を駆け上がる早苗を指さしている。いつもは暴走する早苗を天子が止める係なので「止めてよ」と訴えているようだ。

 

 

 「いいじゃないか今日ぐらいは。休みだし周りに迷惑をかけなければ少しぐらいはしゃぐのを許してあげようではないか?」

 

 

 菫子の顔が「少し?」と疑問視していたが、天子は目を逸らしてスルーした。

 

 

 「と、とにかくこのままでは早苗がはぐれてしまう……菫子ちゃんゆっくりでいいから行こうか」

 

 「わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぜぇ……ぜぇ……うぅ……うぇぇ……うぼぉえ……!」

 

 「早苗絶対吐くなよ!吐いたら許さないからな!」

 

 

 私は今、早苗をおんぶしている真っ最中。何故こうなったのかと言うと……

 

 

 はっちゃけ早苗は全力疾走で山を駆け上る→当然体力が続くわけもなくばてる→仕方ないので近場の休憩所まで早苗をおんぶしていく羽目となった。

 

 

 もう早苗はこれだから……ここ数日で早苗が私に迷惑をかけた回数三行は既にいっている気がする……それにしても早苗、苦しいのはわかるけど私の背に吐いたら許早苗(ゆるさなえ)だからね!

 

 

 「本当にこの人は迷惑ばかりかけるんですね」

 

 「これが早苗だからな」

 

 「……二人はどういった関係なんですか?」

 

 

 お?菫子ちゃんから意外な言葉をかけられた。流石に数日共に暮らしていればそれぐらいの事は気になる年頃よね。

 

 

 「そうだな……まぁ私と早苗は親友(とも)の仲だな」

 

 「親友(とも)?友達ってこと?」

 

 「友達ではあるが、友達を超えた仲間と言ったところだな」

 

 「……そう」

 

 

 天子から目を逸らしてしまう……その表情は見えなかったが暗い顔をしていただろうと天子はわかる。

 

 

 菫子ちゃんは()()の女子高生とは違う……人前では決して出すことのできない力を持っている彼女は友人が出来てもきっと打ち明けることがなかったのでしょう。雰囲気で何となくわかる……高校生時代は何かと心の変化が激しいし、悩みも一つ二つだけじゃないこともある。色々と抱え込んでしまうお年頃だから今日ぐらいは何も気にせずに楽しんでもらいたいわね……よし!今日は羽目を外しましょう!

 

 

 「菫子ちゃん、そう暗い顔しないで。今日ぐらいは何もかも忘れて楽しもうじゃないか!」

 

 「……私は暗い顔なんてしてませんよ……」

 

 「そう言う事にしておこう。それならば楽しめるよな?」

 

 「……わ、わかりました。わかりましたから女性の顔を覗き込むなんて失礼ですよ」

 

 「あはは!すまない、つい意地悪してしまった」

 

 「もう……」

 

 

 うん、少し元気出たみたいね。暗い気分のまま登山だなんて面白くないからよかったわ♪菫子ちゃんにはこれから霊夢達に関わっていくんだから引っ込み思案では到底勝つなんてできないし、恐ろしい霊夢の鉄拳制裁を受けるかもしれないから気をしっかり持ってもらわないとこっちが心配になっちゃう。それに菫子ちゃんのお母さんに約束しちゃったし(早苗が)悩みを解決してあげなくちゃね。

 

 

 「運動して汗を掻いて、お腹を空かせた頃に外でご飯を食べる。きっと美味しいから頑張るんだ」

 

 「天子さんの手料理は美味しいから楽しみだもの!」

 

 

 毎日晩御飯は私が作っていて、宿題をしていた菫子ちゃんものんびりと洗濯物を畳んでいたお母さんもご飯の時間になったら席についてくれる。早苗だけは「あとちょっと、あとちょっとしたらやめますから!」っと言ってゲームから離れられないこともあるが……宇佐美親子に大好評なのである。

 

 

 目の色を輝かせる菫子は気合を入れなおして一歩ずつ歩いて行く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だし巻き卵最高にGOOD!天子さんはやっぱりいいお嫁さんになれますよ!私が言う事に間違いはない!」

 

 「私は一応男なんだが(中身は一応女だけど)」

 

 「大丈夫ですよ、永琳さんに頼んで男性の象徴を女性の象徴に早変わりしてもらえばいいんですよ」

 

 「絶対拒否!それに食事中に下品な話は禁止!!」

 

 「いたっ!?叩くのは痛いですよ!可愛い女の子に対して暴力を振るうなんて……私をどうするつもりなんですか!?ま、まさか天子さん……私が可愛いからって乱暴するつもりでしょ!エロ同人みたいに!!」

 

 「するか!!」

 

 「いたぁ!?」

 

 

 山頂の山小屋付近で昼食を食べる天子達。早苗は結局山頂まで天子におんぶされてついた途端に元気100倍となり、食事を要求した。天子の顔に青筋が一瞬浮かんだ気がしたが、菫子の腹が鳴ったことで仕方なしに持参した弁当の蓋を開けた。そこには朝一にせっせと天子が用意した手料理はぎっしりと詰まっていた。それを見た二人の目は輝き、口からは涎が滴り落ちていた。舌鼓を打ちながらドンドンと口に手料理を運んでいく二人は幸せそうな表情であった。ちょっとした会話を楽しみ(?)つつ、一つまた一つと平らげていく。

 

 

 早苗食事中はお下品な発言は控えてほしい。周りに私達以外の登山客がいなかったから良かったもののこの話は笑えないからこれでお終い。菫子ちゃんは食事に夢中で聞いていなかったのが幸いね。食事中は楽しく、清潔にしなくちゃ。

 

 

 「どうだ、私の手料理は?今日はいつも以上に気合を入れて作ったんだが?」

 

 「凄く美味しいです♪山道は厳しかったですけど、結果的に外に出てよかったです♪」

 

 「やっぱり私のおかげですね。私も心身ともに苦労した甲斐がありましたよ。私って凄い!えっへん!」

 

 「早苗は途中、私におんぶされて楽していただけだろう……」

 

 

 胸を張って鼻を高くする早苗にツッコミを入れるが、上機嫌な早苗は耳を貸さない。都合のいいことだけ彼女の耳に届くのであった。

 

 

 「~♪あっ、そうだ。天子さんは遠くの方から来たんですよね?」

 

 「あ、ああ……まぁな」

 

 「まだ当面の間は帰れないと言う事ですか?」

 

 「……ああ、そうだ」

 

 

 天子は早苗と遠い土地から都会へとやってきたと嘘をついていた。実際に遠いところからやってきたのは間違いではないが、別の世界からやってきたなんて言っても「何を言っているんだ?」と言う事になるので嘘をつかない程度で話をしていた。

 

 

 純粋な瞳を向けられると心が痛む……ごめん菫子ちゃん。居候させて食事まで提供してもらっているのに真実を話さないなんて卑怯と言われるかもしれないけど言えないの。今はまだ話す時じゃないから……

 

 

 「そうですか……でも、私は天子さんが居ると家事も料理も手伝ってくれるのでお母さんが大助かりしていますので助かってます」

 

 「そうでしょうそうでしょう!この可愛くてプリティな東風谷早苗をもっと褒めてくれてもいいんですよ?」

 

 「別にあなたは褒めてませんよ」

 

 「ええっ!?どうしてですか!?」

 

 「あなたは逆に邪魔してばかりですよ。天子さんが掃除している間に居間でゲーム、洗濯物を干している間は漫画をあさってお菓子の食べかすがソファの上にこぼれていることが多々あります。少々手伝っているみたいですだけど、天子さんと比べたら天と地ほどの差がありますから」

 

 「ムムム……そ、それでも今日の休みの山登りの提案出したの私ですよ?菫子さんはその提案に乗ってくれたじゃないですか!」

 

 「そ、それはそうだけども……」

 

 「それに私が居るだけで天子さんは心が落ち着くアロマ効果があるんですから!ねぇ天子さん?」

 

 

 えっ?なにそれ初耳なんですけど?

 

 

 「……そんな効果知らないぞ?」

 

 「うぅ……天子さんそこは私に味方してくれてもいいじゃありませんか!」

 

 「ほら、やっぱり邪魔になっているじゃないですか」

 

 「ムムム……!」

 

 

 悔しそうな顔をする早苗と勝ち誇ったような菫子の二人。日頃早苗から受けたストレスをここがチャンスだと返している様子である。この光景を見て天子は心配に思うよりも安心した。

 

 

 初めに会った頃よりも明るくなっている様子ね。早苗には厳しい感じだけど心から嫌っているわけではなさそうね。早苗のはっちゃけ具合がいい方向に向かっているみたいでよかった。今まで最低限度の会話で済ませていた親子同士の会話も増えたみたいだったので良しとしよう。まぁ、早苗がゴロゴロしているのは事実なんだから言われても仕方ないこと……諦めなさい早苗。

 

 

 それから言い合いもあったが、腹が満腹になったのか二人共眠気が襲って来たようだ。なので天気もいいので少しばかり昼寝をすることにした。外にあまり自ら出ようとしない菫子は山登りで疲れてぐっすり眠ってしまった。早苗もポカポカした気温に負けて夢の中へと旅立った。そんな二人を見ながら天子はのんびりと二人が起きるのを待っているのであった。

 

 

 そして時が経ち、夕焼けに差し掛かった頃に二人を起こし帰ることを告げる。時間も時間なので天子達は下山し始めた。

 

 

 「う~ん……スッキリしたわ」

 

 「ムムム……もう少しで私が悪の大魔神を倒すところだったのに……ふわぁ……」

 

 

 気分が晴れた菫子と少しまだ眠そうにしている早苗は天子の前を歩く。天子は二人に負担をかけないように二人の荷物を担いでいた。幸せそうに眠っている二人を時間のために起こしてしまった天子による配慮だった。

 

 

 「ごめんなさい天子さん、荷物重くないですか?」

 

 「大丈夫だ。男だから問題ない」

 

 

 これぐらい軽いわ。修行していた時の鉄の塊よりも軽すぎて気にもならないんだから。

 

 

 荷物を持つと言った時に菫子は少し遠慮して抵抗したが天子の思いに甘えることになった。早苗の方は……語らずとも想像ができるだろう……だから心配する菫子に大丈夫だと言って気にするなと伝える。

 

 

 さてと、今日はいい一日になったわ。帰って食事の支度しないと……今日は何がいいかしらねぇ……

 

 

 今日の料理をあれこれ考え始めた。最近色々と幻想郷では手に入りにくい食材を使って料理をするのが楽しみの一つとなっていた天子は歩きながら考えにふけっていた……そんな時に予想外の不幸が襲い掛かる……

 

 

 ガサッ!

 

 

 「あっ」

 

 

 声が漏れた。その声の主は早苗でもの思いにふけっていた天子は反応が遅れてしまった。

 

 

 早苗は寝ぼけながら歩いていて、うっかり足を踏み外してしまったのだ。普段ならば空を飛べる早苗はなんてことはないのだが、今の早苗は空を飛ぶことが出来ないでいる。我に返った早苗はそのまま崖から転がり落ちそうになった。

 

 

 「て、てんしさん!!?」

 

 「さ、さなえ!!?」

 

 

 天子は荷物を放り出して駆け出す。だが、反応が遅れたことで距離が空き手を伸ばしても早苗の体は崖の方へと吸い込まれていく……

 

 

 ダメだ間にあわない!!

 

 

 それでも天子は必死に手を伸ばした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あれぇ?」

 

 

 呆気に取られたのは早苗であった。崖から落ちることなく天子の手が早苗の腕を掴んでいた。間一髪のところで間に合ったのだと思ったがそうではなかった。天子との距離は離れていたし、反応も遅れてしまったために手を伸ばしてもその手が早苗に届くわけはなかったのだ。しかし手が届いた……それはあり得ないことだったが、早苗の体が崖に吸い寄せられる直前に空中で制止した。早苗が止まったおかげで天子は間に合い、崖から転落する事故が起きることを防いだ。しかしいきなり人が空中で制止したりそんなことがあるのだろうか……?

 

 

 早苗は見た。視界の奥にハッキリとその光景を映していた。そして天子はこんなことができる人物の正体を知っていた。二人の視線が同時に一人の少女の元に向けられる。

 

 

 「菫子さん……あなた」

 

 「……」

 

 

 菫子であった。視線を向けられた彼女は浮かない顔をしていた。気まずそうに俯き言葉を返すことをしない……天子は原作知識があるため初めから彼女が超能力者であることを知っている……宇佐見菫子は『超能力を操る程度の能力』を持っていたのだ。

 

 

 「菫子ちゃんだよね。早苗を超能力で助けてくれたのは?」

 

 「嘘!?菫子さん超能力者だったんですか!?」

 

 

 早苗は驚いていた。自分と同じく外の世界で「程度の能力」を持つ人物に出会うことなど思いもしなかったのでしょうね。菫子ちゃんの様子だと私達に隠したかったようだけど……私達も「程度の能力」を持っていることなど彼女には知る由もなかったし、何よりも現代社会では超能力なんて存在しないと思われているから何かと複雑な気持ちだったのでしょう。けれど、早苗を助けるために力を使ってくれたなら私のする行動は決まっている。

 

 

 「ありがとう菫子ちゃんのおかげで早苗は怪我をせずにすんだ。本当にありがとう」

 

 「ありがとうございます菫子さん!」

 

 

 彼女を褒めてあげなきゃ!

 

 

 「ありがとうって怖くないの?その……私のこと……?」

 

 

 不安なのだろう……声が震えていた。

 

 

 「私が幼い頃にこの力を他人に見せたら怖がられたわ。友達も私から離れていった……どうしてこの力の良さがわからないのだろうって他人を疑ったわ。それ以来この力を他人に見せつけることもせずにずっと心の奥底で疑問視していた……私の方がおかしいのかって……普通じゃない私がおかしいの?」

 

 

 なるほどね。それで全能感もあって他人を見下すようになったと……霊能サークル会長を名乗って人を寄せ付けないように意図的にしていることもそのためね。けれど、心の奥底で寂しい思いをしていたんじゃないかしら……私にはそう思えてならないのよ。その証拠に声が震えている……だけどもう私の行動は決めちゃった。私達のことを知ってもらわないといけないって。

 

 

 「普通じゃないのが何が悪いんだ?それに菫子ちゃん()私達と同じ人間であることがこれでわかったんだから私は何も気にしないさ」

 

 「()?えっ……天子さん達はもしかして……超能力者ですか?」

 

 「超能力者ではないし、私は人間ではないな」

 

 「はっ?」

 

 

 菫子は何を言っているかわからない様子だった。自分が普通の人間じゃないことがバレてしまい拒絶されてしまうと思っていた。実際に昔、拒絶された過去があるからその繰り返しになるだろうと決めつけていたはずだったのに、天子からの言葉は意味がわからなかった。

 

 

 「人は人でも私は天人だ」

 

 「てんにん?てんにんって……天の人と書いての……天人?空の上に住むと言われている?」

 

 「そうだ」

 

 「……」

 

 

 口をぽっかりと開けて唖然とした。それはそうだろう……いきなり自分は「天人だ」と言われて驚かない方がおかしい。次から次へと頭の中に入ってくる情報に菫子の頭脳でもパンクしそうだった。

 

 

 「私はピチピチの正真正銘の美少女ですけどね♪遠いところ……本当は幻想郷ってところからやってきたんですよ私達は」

 

 「げんそうきょう……?」

 

 「はい、正確には別の世界って言った方が言いですね。その世界には人だけでなく、この世界で忘れ去られた妖怪や妖精や吸血鬼に鬼などいっぱい幻想的な存在が存在しているのです。ちなみに私の神社には神奈子様と諏訪子様の神様と一緒に暮らしているんですよ。そこが幻想郷なのです!」

 

 「……ッ!」

 

 

 早苗の話を聞いた菫子の瞳が輝いていた。幻想郷に興味を示した様子で、自ら霊能サークル会長を名乗り超能力も使える彼女にとって妖怪の存在は妄想なのではないとハッキリわかっていた。昔から妖怪などの存在がこの世にいる……そんな気がしていた菫子の思いは今現実となった瞬間だ。

 

 

 「そ、その話もっと聞かせて!」

 

 

 グイっと早苗の肩を掴んで輝いた瞳を早苗に向ける。そんな瞳を向けられた早苗は鼻が高くなっているように見えていた。

 

 

 原作とは違うけど、これで幻想郷のことを知るきっかけになっちゃったわね……私達がその役割を負うことになるとは思わなかったなぁ……けどいいわ。菫子ちゃんは隠していた超能力を使って早苗を助けてくれたんだから隠し事なんてして信頼を失いたくない。それに他人を見下す傾向はなりを潜めているし、私達のことは少なからず信頼されている。その信頼に応えたいと思った。だから私達のことは包み隠さずに話そう……とその前にここで話し込んでしまったら夜になっちゃうわ。続きは家に帰ってからにしないと。

 

 

 「話を聞きたい気持ちはわかるが、もうすぐ夜だ。帰りが遅くなったら菫子ちゃんのお母さんも心配する。帰ってからゆっくり話してあげるから」

 

 「あっ、そ、そうですね……けど、帰ったら根掘り葉掘り聞きたいこと山ほどあるので覚悟してくださいね!」

 

 

 その夜、天子と早苗は事情を話して幻想郷からやってきたことを打ち明けるのであった……

 

 



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82話 外の世界と幻想郷

中々筆跡が進まなかったですが、ようやく投稿できます。


短いですがそれでは……


本編どうぞ!




 幻想郷は(一部のみ)慌ただしい状況に陥っていた……

 

 

 「どうして天子殿はまだ見つからないのですかぁああああ!!?」

 

 「太子様落ち着いてください!」

 

 「太子様!我にお任せを!また博麗の巫女の奴に催促してくるのじゃ!」

 

 「布都!こうなったら私達の仙術で多くの犠牲者を出してでも天子殿を探しだす術を……!」

 

 「だから落ち着いてくださいってば!!」

 

 

 天子が消えてしまいその捜索が行われていた。しかし一向に見つからず情報もないため捜索は困難を極めていた。そんな中でここは神霊廟で取り乱す太子こと豊聡耳神子を必死に引き止めるは蘇我屠自古、その周りでちょこまかと進言するのは物部布都であった。そしてその光景をため息交じりに見ているのは邪仙である霍青娥と宮古芳香であった。

 

 

 「豊聡耳様はあの殿方のことになると腑抜けになってしまいますわね……これならばそこらにいるアリの方がマシですわよ?」

 

 「せ~い~が~の~い~う~と~お~り~!」

 

 「芳香ちゃんもこう言っているので、豊聡耳様はご隠居なさったらどうです?」

 

 「青娥!私はまだまだ現役です!天子殿に救ってもらった命と私に課せられた新たなる使命をここで投げ出すわけにはいきません!そのためにも……天子殿成分を補給するためにも青娥も天子殿を探してください!」

 

 「嫌ですわ。何故わたくしがそのようなことを……」

 

 「ああ……天子殿はどこでしょうか……きっと今頃は愛しい私が傍にいないから寂しい思いをしているに違いない!こうなったら私自身の足で幻想郷の隅から隅まで地底から天界のそのまた先まで探しだしてみせる!天子殿待っていてくださいよー!!!」

 

 「太子様、闇雲に出かけるのは危険です!もっと情報を集めてからでも……!」

 

 「屠自古よ、嫌ならついてこなくてもよい!後に続け布都!」

 

 「我にお任せを!」

 

 「太子様!?ちょっと待ってくださいってば!!」

 

 「……はぁ」

 

 

 神霊廟から飛び出してそのまま走り去って行ってしまった光景に深いため息しかでない青娥であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まだ見つからないのか……あいつ何回厄介ごとに巻き込まれているんだよまったく」

 

 

 迷いの竹林で背中に籠を背負いタケノコをしている藤原妹紅に、大きな石の上で胡坐(あぐら)をかいているのは因幡てゐである。

 

 

 「妹紅は心配じゃないのかい?恋する乙女さん♪」

 

 「……今日は晩飯はうさぎ焼きだな」

 

 「冗談ウサよ」

 

 

 妹紅の握りしめられた拳から炎が燃え上がっているのを見たてゐは冗談だと言い張る……冗談で言ったわけではなかったのだが。

 

 

 「でも心配じゃないのかい?のんびりタケノコなんてとっていていいの?」

 

 

 てゐの言うことは間違っていない。妹紅は天子が消えたことで動揺した。しかし前にもそんなことがあったと頭の隅で憶えていた。それに他の者も捜索しているし、自分も時間がある時は歩き回って探している。それでも今まで通りの日常を妹紅は過ごしていた。

 

 

 「うん?あいつは巻き込まれる体質らしいし、前も小鬼に攫われて消息不明だった時期もあったんだ。けれど、あいつは無事だと思うぞ」

 

 「どうしてわかるんだい?」

 

 「……無事だと信じたいからだ。それにあいつはそう簡単に挫けるような弱い奴じゃない……だから無事だと信じて私は待っていればいいんだよ」

 

 「……妻が夫の帰りを待つ感じ?」

 

 「ぶほぉ!?ち、ちがう!つ、妻だなんて……ごにょごにょ……」

 

 「(うわぁ……)」

 

 

 顔を真っ赤にしてモジモジする姿を晒す妹紅にドン引きしたてゐであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「妖夢、聞いてる?」

 

 「……」

 

 「妖夢、妖夢、妖夢ちゃ~ん?」

 

 「……」

 

 「妖夢ちゃんのお胸はこの饅頭よりも小さい……それは何故かって?元々小さいからよ!なんちゃって♪」

 

 「……」

 

 「……はぁ」

 

 

 ここは白玉楼の一室でそこには毎度お馴染みのテーブルに山盛りにされた料理の数々の光景とピンクの悪魔である西行寺幽々子と魂魄妖夢が向かい合っていた。しかしその一室の空気は重苦しかった。妖夢のせいであるが……

 

 

 「妖夢そろそろ元に戻りなさい。心配なのはわかるけどいつまでも落ち込んでいるのは良くないわよ?」

 

 「あっ、幽々子様……なんでしょうか?」

 

 「何も聞いていなかったようね。天子さんのことになると周りが見えなくなるのは未熟な証拠よ?」

 

 「す、すみません……」

 

 「ま、そういうところが可愛いんだけどね♪」

 

 「も、もう幽々子様ったら……」

 

 

 頬っぺたをプニッと突かれて恥じらいを見せる妖夢は心の底では今か今かと天子の帰りを待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「幽香元気出してよ……」

 

 「私は元気よ……メディ」

 

 「じゃあさ……イライラしないで」

 

 「……」

 

 

 太陽の畑で水やりをしている幽香。その手元のじょうろから水が流れ出る……それはじょうろの口からではなくひび割れた箇所から流れ出ていた。天子がいなくなり一向に帰って来る様子もなく時間が過ぎていくばかりで音沙汰無し。何度か人里や里外れを見て回ったが結局手がかり無し……次第に幽香の機嫌が悪くなり始めて何日も過ぎており、その内幻想郷中の住人相手に暴れ出してしまうんじゃないかと花達も気が気ではない。自分達に被害は来ることはないのだが、それでもどうにかならないかと花達も不安が募っている。

 

 

 「幽香は最近怒りっぽいよ?八つ当たりしないだけいいけど……お兄さんのこと気になっているんでしょ?」

 

 

 幽香の肩がビクリと震える。メディスンは花達ですら避けていた会話を平然と言った。花達ですら今の幽香に他人行儀な態度を取ってしまう程に不機嫌が蓄積している証拠である。

 

 

 「……なんでそう思うのかしら?」

 

 

 そんな本人は何もわからぬ笑顔で答えようとしているようだが、顔が引きつっていた。

 

 

 「表情に出ているよ幽香、それに人里へ行ったりしているのはお兄さんの行方を探しているからだよね?」

 

 「……」

 

 

 笑顔だが笑っていない……風も花達もこの場の空気に無言を貫き通すことを決めた。この空気の中に平然と立っていられるメディスンの度胸には誰もが感服するだろう。

 しばらく沈黙が支配していたが、やがて笑顔を崩して息を吐く幽香……

 

 

 「降参よメディ……そうね。天子を探していた……けど手がかりは当然ゼロだった。一体どこで油を売っているのやら……」

 

 

 今度はピキピキと言う音を立てて手元のじょうろが悲鳴を上げて……

 

 

 「今度会った時には……色々とお話してあげないとね♪」

 

 

 ピキピキと言う悲鳴からバキンという叫び声に変わり、じょうろは幽香の犠牲となってしまった。それを見たメディスンは天子も同じ目に遭うのだろうと確信したとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで……まだ見つからないのですか?」

 

 「ダメね、どこにいるかもわからない相手を探すのは至難の業なのよ」

 

 「そう……ですか……霊夢さんと魔理沙さんの方は……?」

 

 「残念だけれど私の方もからっきし外れよ」

 

 「こっちもだぜ……香霖(コーリン)(霖之助)の奴も責任を感じているしな……天子のやつどこに消えちまったんだ?」

 

 

 博麗神社を訪れていたのはお馴染みの魔理沙、そして衣玖と華扇であった。天子の消息を絶ってから時間が経過し、華扇の手も借りて幻想郷を隅々まで片っ端から捜索したが結果はご覧の通り……霊夢に至っては投げ出しかけである。しかし友好的に賽銭を恵んでもらえる天子がいなくなってしまえば、これからの生活に支障をきたすので止めるに止めれないジレンマに支配されていた。その中で天子と共に早苗も消えてしまったが特に気にされていない様子で、霊夢いわく「ふ~ん」だそうだ……もはや感想すらなかった。

 

 

 「守矢の神様達も長引く失踪で心配し過ぎて、精神が耐えられなくなったらしいわ。今は永遠亭で療養中みたいよ」

 

 「マジかよ……」

 

 

 華扇の報告に絶句する魔理沙、早苗に振り回されている神奈子と諏訪子だが、それでも大切な家族の安否が不明でそれが何日も続けば無理もないことだった。しかし心配されている本人は今の生活を満喫中である……二神不憫なり。

 

 

 手がかりがないのは事実なのでどこをどう探せばいいのか見当もつかない……一体どうすればいいのかと焦る一向だが、衣玖の一言がこの場にいる全員の目を覚まさせた。

 

 

 「もしかすると天子様はここ(幻想郷)にはいないのかも知れませんね……」

 

 「「「……あッ!?」」」

 

 「……どうしましたか?」

 

 

 衣玖のボソリと呟いた言葉にこの場に居た全員の意識が覚醒した。どうして今まで気がつかなかったのだろうかっと思ってしまう。

 

 

 「そうだったぜ!外の世界は調べていないぜ!もしかしたらそこにいるかもしれないぜ!!」

 

 「なんで思いつかなかったの……その可能性は十分にあると言うのに……」

 

 

 魔理沙は手がかりが見つかるかもと期待を胸に、華扇は見落としていた可能性に気づき自分の情けなさに頭が痛くなった。だが、まだ外の世界に居るとは確証が持てないし、何よりも博麗大結界を通って外に行くなどこの場に居る者は誰も経験したことが無い。

 

 

 「……これは紫の協力が必要になりそうね」

 

 

 霊夢は外にいる可能性を信じ、妖怪の賢者(八雲紫)とコンタクトを取るのであった……

 

 

 ------------------

 

 

 「……っと容赦なく弾幕を撃って来て暴力を振るったり、こんなに気高くプリティな美少女に向かって自分のパチモンか!とか言うんですよ?今思い出すとあの時の霊夢さんをボコボコにしてやりたかったです!」

 

 「してやりたかったと言う事はしてないの?」

 

 「しようとしましたけど返り討ちになりました!」

 

 「相手が霊夢だから当然と言えば当然だろうな」

 

 「なんですか天子さん!私よりも霊夢さんの方が可愛いって言いたいのですか!?」

 

 「強さの話をしていたのではなかったのか……」

 

 

 早苗の自慢話が続いておりため息が出てしまう……私達は菫子ちゃんの超能力を目の当たりにしてそのまま早々と帰って来た。興奮しっぱなしでは話すらできないので、落ち着きを取り戻させてようやく幻想郷について語ることにした。菫子ちゃんは今までにない程の食いつき具合度が半端ではない。あれね、自分以外に初めて特殊な力を持った相手に出会えた感動もあったのだろう。きっとこれがきっかけになって、のちに異変へと繋がっていくのだろうが……それはそれでいいかもしれない。原作に関わることなくこのまま時が過ぎてしまい宇佐美菫子と言う人物が存在しない東方になってしまったりしたら絶望だからね。原作キャラが居なくなってしまったら泣くわね絶対。

 それで初めは幻想郷についてのことを話していた。人間だけでなく妖怪や神様と言った忘れ去られて空想の存在になっている者達の楽園であることも伝えておいた。菫子ちゃんは優しい子なので幻想郷を侵略することはないけど、原作では幻想郷を内側から破壊しようとしたから一応警告と注意の意味を込めておいた。頭のいい彼女ならわかってくれると思うけど、途中から早苗の自慢話にいつの間にかすり替わり現在では愚痴にまで発展している始末である……菫子ちゃんのお母さんもまだ帰宅しておらず、幻想郷で起きた出来事なので少しでも幻想郷のことを知りたい菫子ちゃんは話に夢中だ。私はいつまで経っても終わらない早苗の話に目がウトウトし始めてしまう……

 

 

 「天子さん授業中居眠りは感心しませんよ」

 

 「……授業じゃない」

 

 「いいえ、この素晴らしく美しい東風谷早苗の数々の偉大なる活躍を講義している……すなわちこれは義務教育の一環なのです!」

 

 「ワケガワカラナイヨ」

 

 

 私は某魔法少女アニメの生命体のようになってしまった。早苗の言っていることは毎度のことながらぶっ飛んでいるが、そんなことよりも寝てしまいたい……しかし私が寝てしまい、早苗のぶっ飛んだ妄想話を聞かされ続けて菫子ちゃんがもしも真に受けてしまったら……早苗色に染まってしまった菫子ちゃんが誕生してしまう可能性がある。それだけは何としても阻止したい。早苗が二人も居るとなったら疲労で私が死んでしまうから。

 

 

 睡魔に襲われながらも現状を見守る天子、その視界が窓の方へと不意に向けた時だった。視界の端にそれは一瞬映った。

 

 

 「ん?」

 

 「どうしました天子さん?」

 

 「どうかしたのかしら?」

 

 「いや……別になんでもない」

 

 

 気のせいだろうか、見たことのある影が映ったと思ったんだけど……?

 

 

 心にモヤモヤがかかっていた。睡魔も一瞬にしてどこかに飛んでいき窓の外に映った正体を確認するために一人部屋から出て行く。他の二人は話に夢中で気がつかなかった。

 

 

 天子は庭に出て今は7時頃だ。周りは街灯や家の建物の光で明るい状態なので見つかると思い、気になった影を探すが見当たらなかった。おかしいと思うが見つからないものは見つからない……気のせいだったと割り振って踵を返して戻ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こんにちは天子さん」

 

 「……橙か!?」

 

 

 聞き覚えのある声に振り返るとそこにはここにいないはずの橙が立っていた。

 

 

 「迎えに来ましたよ」

 

 

 天子と早苗の外の世界での生活が終わりを迎える時が来たようだ。

 

 



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83話 さようならはいわないで

外界編はこれにて終了です。ちょっと短めです。


それでは……


本編どうぞ!




 「天子さんお久しぶりです」

 

 「そんなにか?私と早苗がこちらに飛ばされて結構経っていたしそれもそうか」

 

 

 小さな体でこの世界ではどう見てもコスプレしている光景にしか見られない猫耳を生やした橙が幻想郷から天子達の居場所を突き止めて迎えに来たのだ。

 

 

 「さぁ天子さん、幻想郷へ帰りましょう。神奈子さんと諏訪子さんが早苗さんを心配し過ぎて倒れてしまったのですにゃ。だから早苗さんも早く帰らせてあげないと」

 

 「ああ……あり得る話だな。親は子に似るって言うし……逆か?まぁどちらにせよ少しだけ待ってくれないか?」

 

 「わかりました」

 

 

 天子はそう橙に伝えて一度家の中に入った。そこではまだ二人が楽しく談笑している姿があった。それを遮る形になるがそれでも伝えなければならないことだった。

 

 

 「早苗、ちょっとこっちに来てくれ」

 

 「それで神奈子様と諏訪子様がですね……およ?なんですか天子さん?」

 

 「どうしたの?」

 

 「菫子ちゃんはそのままで、早苗と二人きりで話がしたいんだ」

 

 「二人っきり……ま、まさか天子さん!私があまりにも可愛いからって愛の告白を!?」

 

 「ええっ!?」

 

 

 いつもの早苗の妄想に頭が痛くなりそうだったが、橙を待たせてあることもあり堪えてやり過ごす。

 

 

 「……早苗冗談はそれぐらいにしておけ」

 

 「ええー!冗談じゃないんですけど!!真剣と書いてマジですよ!!だって私って可愛いですもん♪」

 

 「告白じゃないから……とりあえずこっちに来てくれ」

 

 「告白じゃないならなんなんですか……はっ!?まさか私に乱暴するつもりですか!?エロ同人みたいに!!」

 

 「するかバカ!!!」

 

 

 天子は早苗の首根っこを掴みズルズルと引きずりながら連れて行った。「いや~ん初めてが奪われる~!!」とか言っていたが鈍い音と共に静かになる……そして菫子は一人ポツンと残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほぇ~橙ちゃんのコスプレした子なんてよく見つけましたね?」

 

 「本人だ」

 

 「またまた~天子さんは冗談うまいですね♪」

 

 「……はぁ」

 

 

 目の前にいる橙がコスプレした子供だと思っているタンコブを生やした早苗にまた頭が痛くなる天子である。

 

 

 「あの早苗さん、橙は本物です」

 

 「およ?そうなんですか?」

 

 「はいですにゃ」

 

 「そうなんですか……それじゃオリジナル橙ちゃんはどうしてこんなところに?」

 

 「おりじなる……?それは天子さんと早苗さんを迎えに来たんですにゃ!」

 

 

 早苗が首を傾げていてしばらく考えていた。いきなりで色々と頭が追い付いていないのだろう……しばらく考え込んでいた早苗だったが……

 

 

 「えええええええええええええええええ!!?」

 

 「声が大きい!!」

 

 「むぐっ!?」

 

 

 早苗の絶叫が響いて近所迷惑になるため、天子は早苗の口を塞いで黙らせた。しかしそれぐらいの驚きであることは間違いない。

 

 

 「早苗、驚くのはわかるが静かにしろ。いいな?」

 

 「むぐむぐっ!」

 

 

 首を縦に振る早苗を確認すると手を離して自由にしてやると橙に詰め寄った。

 

 

 「そんなこと急に言われても心の準備ができていません。それにまだこっちでやりたいこといっぱいあるんですよ!まだ読んでいない漫画やゲームに食べ歩きに旅行すらまだ行っていないのですよ!!」

 

 「それはわかっています。でもいつまでもこうしていると皆さん心配していますにゃ。神奈子さんも諏訪子さんも衣玖さん達も心配していますし……それにいつまでもここに居るとお二人は力を失ってしまい空も飛べなくなってしまいますにゃ!」

 

 「力を失う?」

 

 「橙、どういうことだ?」

 

 

 早苗と天子は橙の言葉に反応した。それを橙は順を追って説明していく……

 

 

 橙によれば天子は元々幻想郷の住人故に長い間いれば、天人と言う存在が架空の存在だと認識されているこの世界では次第に自身の存在を保てなくなると言う話だ。すぐにと言うわけではなく徐々に存在を保てなくなり最終的にどうなるか不明らしいが、危険であることには変わりはない。早苗は元々この世界の住人であったが、幻想郷と言う繋がりを持ってしまったために存在が固定化されて次第に完全に力を失うのだとか……

 天子と早苗がこの世界に来て能力が使えなくなったのもその原因らしい。今はまだ二人共そこまで悪影響を及ぼしていないがその内に何か起こることは避けられない。

 

 

 話を聞いた二人の顔には明るさはなかった……

 

 

 「辛いかもしれないですけど、お二人のためなのですにゃ!」

 

 「……わかった」

 

 「天子さん!もうここからバイバイするつもりですか!?」

 

 

 天子が了承したのを見て早苗が反論する……だが天子自身はそれほど落ち込んではいなかった。何故なら……

 

 

 「大丈夫だ早苗、私達が帰ってもスキマを使ってまたこればいいじゃないか」

 

 「……お、おお!そうでしたね!その手がありました!!流石天子さんです!!数々の女性を丸め込んだだけはありますね♪」

 

 「褒めていないだろ……って言うか丸め込んだ憶えはないぞ!!」

 

 「~♪ハーレムになった気分はどんな気持ちですか?ねぇどんな気持ちですか?NDK(ねぇどんな気持ち)!」

 

 「(イラッ!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あの……一つ言っておくことがありますにゃ」

 

 「「……?」」

 

 

 橙は神妙な面持ちで二人に何かを伝える……それは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃ天子君も早苗ちゃんも帰っちゃうのね……」

 

 「はい……明日帰ろうかと」

 

 「寂しくなるわ……もうあの美味しいご飯が食べられないかと思うと……ああ……!」

 

 「大丈夫です!毎回は無理ですが時々遊びに来ます!」

 

 

 一度橙は幻想郷へと戻っていった。残された天子と早苗は丁度そのタイミングがで帰って来た菫子の母親をも交えて明日幻想郷へと帰ることを伝えた。母親は寂しそうにしていたし、菫子はずっと俯いたままで何も話さない。

 

 

 「……」

 

 「……それじゃ、今日はもう寝ましょうか天子君、早苗ちゃん。私はちょっと菫子とお話があるから」

 

 「……わかりました。行こうか早苗」

 

 「……はい」

 

 

 居間から二人が出て行った後には沈黙が辺りを支配する。今も俯いたままの菫子を抱きしめる。

 

 

 「大丈夫よ、二人はただ帰るだけなんだから……ね?寂しいのはわかるけど、また会えるって言ってくれてたでしょ?」

 

 「……うん」

 

 「菫子は天子君と早苗ちゃんにお友達になれた?」

 

 「……うん」

 

 「よかった。友達になれたのだから……明日は笑顔で見送りましょう。寂しいのは少しの間だけだからね?」

 

 「……うん」

 

 

 抱きしめられた菫子の呟く言葉は震えているようだった……

 

 

 「「……」」

 

 

 扉の外で聞いていた二人はとても悲しい思いに浸ってしまった。何故なら菫子と再び出会うのは彼女の記憶が失ってからなのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日はとても楽しかったわ。それにご飯もデザートもとても美味しかったわよ天子君」

 

 「ありがとうございます」

 

 「本当ならまた明日にでも作ってほしいけど……」

 

 「……大丈夫です。次に会う時に必ず作りますから」

 

 「ふふ……菫子、あなたも黙り込んでないでさよならの挨拶ぐらいしなさい」

 

 「……」

 

 

 夜中、宇佐見家の庭に集まっていた。天子と早苗が幻想郷へと帰ってしまうため菫子と母親は見送りに来た。二人がこの家に居るのも今日まで……やりたいことをやった。

 

 

 買い物にゲームにパーティーと楽しめるものであった。それでも帰る時になってしまうと菫子と早苗はお互いに俯き菫子の母親もどこか悲しいそうな瞳であった。それでも笑顔を絶やそうとしない……

 

 

 「こら菫子、お母さんとの約束忘れちゃった?」

 

 「……忘れて……ない」

 

 「なら……笑顔でいなきゃね」

 

 「……」

 

 

 ゆっくりと俯いた顔を上げれば今にも泣きだしてしまいそうな表情を我慢して笑顔を作っていた。

 

 

 「早苗も……ほら、菫子ちゃんは笑顔だぞ。早苗は笑顔になれないか?」

 

 

 天子は早苗に諭すように優しく語り掛けた。ゆっくりと顔を上げたその瞳は強い意志が籠っていたのを天子は見た。

 

 

 「菫子さん、私達は今やフレンズです。そしてこれからも……だから……だからさよならなんて言いませんよ!今度会った時はベッド下の秘密を暴いてあげますから!」

 

 「なによそれ……そんなものないわよ。それよりも……今度は早苗が言う奇跡を見せてもらうからね!」

 

 「ガッテン!私が起こす奇跡に度肝抜かれるといいですよ!!」

 

 「ふふ……♪」

 

 「ふふん♪」

 

 「……若いっていいわねぇ……」

 

 「菫子ちゃんのお母さんもお若いですよ」

 

 「天子君はやっぱりいい彼氏さんね、早苗ちゃんが幸せ者ね」

 

 「えっ!?いや、私と早苗は恋人関係じゃないのですが……」

 

 

 それぞれの別れを惜しんでいるとスキマが現れて橙が迎えに来た。時間通りであり、これで天子と早苗とはお別れの時である……

 

 

 「……天子君、早苗ちゃん……またいらっしゃいね。お母さんも菫子も待っているわ!」

 

 「……今度は私の方から行くわよ!自分のこの超能力で会いに行くから!!」

 

 

 その言葉を聞いたのを最後にスキマは閉じた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あら?菫子こんなところで何をやっているの?」

 

 「えっ?お母さんこそ……なんで?」

 

 「変ね……遂にボケちゃったのかしら……嫌だわ」

 

 「う~ん……何か私……忘れているような……」

 

 「それよりも中に入りましょう。明日学校なんだから風邪を引いたら大変よ」

 

 「……うん」

 

 

 親子はいつも通りの生活へと戻っていき、変わったところと言えば菫子とクラスメイトが一緒に登校している姿や以前よりも彼女は明るくなって窓の外を眺めている姿を見るようになったことだろう。しかしその原因の二人のことは思い出さぬまま彼女はまた学校へと歩き出している……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……もう私達のこと忘れてしまったでしょうね……」

 

 

 スキマから帰って来て出迎えてくれたのは橙だけだった。気を利かせてくれたのか傍にいるのは天子だけだったのでなんでもいいから吐き出したい気分の早苗はボソッと呟いた。

 

 

 「……記憶は消えたとしても思い出があるさ。それに……また会える」

 

 「……私達から行けばいいですが……頻繁には行けませんし……会っても見知らぬ人としか見てもらえないかも……」

 

 

 早苗はいつになく落ち込んでいた。だが、天子は希望があるのを知っている。

 

 

 「大丈夫、思い出は体に染み込んでいる……そう簡単に消せないように色濃く残っているさ。きっと近いうちに会えるさ……きっとな」

 

 「……そうですね。今度私の奇跡を思う存分に菫子さんに見せてあげますよ!!」

 

 

 天子と早苗と出会い過ごした記憶は消えても思い出は残っている……そう信じて天子と早苗はいつも通りの日常へと戻って行くのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見つけたわよ」

 

 「ま、まさかこっちにまで追ってくるなんて!ねぇもう許してよ」

 

 「もう茶番は終わりよ。あなたは今保護する対象に入った」

 

 「そんなこと言ってまだ帰してくれないのー?」

 

 

 後に意外な形で彼女は……

 

 

 「私は楽園の巫女 博麗霊夢である!」

 

 

 オカルトボールというアイテムを使い……

 

 

 「どうあっても結界は守る!」

 

 

 一人の巫女で対峙する……

 

 

 「そして人間を軽々しく死なせるもんか!」

 

 

 宇佐見菫子は……

 

 

 「人間界 最期の夜を」

 

 「幻想郷 最初の夜を」

 

 

 まだ知らない……

 

 

 「遺伝子の奥底にまで刻み込め!」

 

 「悪夢を見飽きるまで刻み込め!」

 

 

 記憶にはない楽しい思い出と共に過ごした二人がいることなど、この時は夢にも思わなかった。

 

 



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東方憑依華 貧乏な神様編
84話 最凶最悪の貧乏神


遅くなりました!他の小説に力を入れていたり仕事で忙しくて手が回らなかったこともあり筆が進まなかった状況でしたが、これからボチボチ投稿していきます。


ゆっくりしていってね!!!


それでは……


本編どうぞ!




 「……遂に来たか!」

 

 「どうしました天子様?」

 

 「いや、なんでもない独り言だ」

 

 「……?」

 

 

 いつも通りに書類にただサインするという簡単なお仕事(量は山積み)をベルトコンベヤーの上に流れてくる不良品を取り除く要領で淡々とこなしていた時に一つの情報が飛び込んできた。

 

 

 『なにやら地上が騒がしいようです』

 

 

 天界の天人の娘が報告しに来た。たとえ地上が騒がしくとも天界には関係ないことなのだが、最近天子が地上を気にしていることは周りの目から見ても一目瞭然だった。そのため気を利かせてくれた娘が報告に上がってくれたのだった。

 

 

 報告を終えた娘は去り、天子は全てを察していた。

 

 

 「……衣玖、すまないが少々下界を見てみたい」

 

 「どうされたのですか本当に?」

 

 

 衣玖は首を傾げて不思議そうにしていた。

 

 

 「……異変だ」

 

 

 ------------------

 

 

 私は比那名居天子……ただの総領息子である。

 

 

 最近は天界で大人しくしていた。早苗と外の世界で暮らしていた間に幻想郷中の皆には迷惑をかけてしまったのだった。そのおかげで早苗と幻想郷に帰って来た後は散々な目にあった……

 

 

 萃香には背骨が折れてしまうのではないかと思うぐらいに抱き着かれたり、神子にも抱き着かれお気に入りの服が涙と鼻水でべちゃべちゃに……涙はまだいいけど鼻水はやめてほしかった。妹紅には焼かれるわ(物理的に)妖夢を泣かしてしまうわ(泣き姿可愛かった……天使かな?)幽香さんからは笑顔でアイアンクローされた……なんで?そして華扇さんからは説教&説教だった。みんな心配してくれていたし本当に頭を下げ続ける毎日が続いていたぐらいだった。それにしても橙と藍は現れたのに紫さんは現れなかったのはもしかして避けられている?まさかね……

 まぁ色々とそのことがあって私は反省を含めてしばらくは厄介事に巻き込まれないように天界で大人しくするしかなかった。私がどこにも行かないことで衣玖の機嫌が毎日良かったのは言うまでもない。

 

 

 けれど嬉しいこともあった。なんと私と早苗のことを忘れてしまったはずの菫子ちゃんと出会えたのよ!出会いは偶然だったけれど、私と妹紅がみすちーの屋台で一杯やっているとそこに現れたのが菫子ちゃんだったのよ。突然の事に酒を吹きかけたのを憶えている……妹紅とは異変の時、激闘の末にお互いを称え合い、友人のような関係になっていたので別におかしいことはなかったのだけれど色々と思うことはあった。初対面を装おうか迷ったけど杞憂に終わった……記憶は失っても過ごした時間は失うことはなかった。私を見つけた瞬間に菫子ちゃんは泣いてしまった。妹紅には「お前また手を出したのか!!」と怒られたが無実だと身の潔白を証明しようとしたら菫子ちゃんに抱き着かれて更に怒られた……解せぬ。

 こんなにも早く思い出してもらえるとは思っていなかったが嬉しい誤算なのは間違いない。短い間だったけれど、あの時間は忘れたくても忘れられない絆として残っているのが証明されたのも同然だったのだから。

 

 

 何故ここに菫子ちゃんが居るのか……原作同様に幻想郷のことを内側に秘めたからか、彼女は寝ている間だけ幻想郷に入れるようになったおかげで時々夢と現実の間で会えるようになり、後日守矢神社へ訪れた時は早苗とも感動の再会を果たした。それから近いうちに菫子ちゃんの自宅に訪れようかと思っている。きっと菫子ちゃんのお母さんも思い出してくれる……だって「時々遊びに来ます!」と約束したしね。大丈夫よ……きっとね。

 

 

 天子には不安はなかった。菫子は天子と早苗のことを憶えていてくれたし、きっと母親も憶えていてくれている……また外の世界へ行けるように用意は怠っていない。それまではいつも通りの日常に明け暮れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今地上では……いえ、幻想郷では新たな異変が起きていたようだった。

 

 

 【東方紺珠伝】東方を知っている人ならばこの作品のえげつなさは忘れられないだろう。従来のストーリーに比べて異変の規模が桁違いに大きく、それに比例して弾幕の難易度も高い。初見ではクリアできないようなパターン化必須の弾幕が多いのが特徴的で何度も泣かされたか……忘れんぞあの屈辱は!!!

 

 

 玉兎×2匹にドレ顔さん&片翼の女神、鬼畜ピエロ(←マジ許早苗!)に人妻(鈴仙LOVEの人)そして変Tと言う後ろの三人組はインパクト大で印象に残ってしまった。記憶に刻み込まれた深い傷(特に鬼畜ピエロの弾幕)に関われなかったことが少し残念であったが無事に異変を解決したようだ。霊夢と魔理沙は流石ね。早苗は変Tに血祭りに挙げられたとかこの前遊びに来た萃香が言っていたな。鈴仙にとっては関連深い異変だったわね。まぁそんなことが終わり私はソワソワしていたのだ。それは何故か……東方のナンバリング通りならば次に起きる異変は決まっている。次の異変は私……いえ、比那名居天子が大きく関わるキャラが登場するのよ。カップリングが必然的に作られる程の関りが深い相手だから私も今か今かと待ち続けて来てようやくである。

 

 

 【東方憑依華】それが今地上で起きている異変だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何が見えるのですか天子様?」

 

 「……霊夢が戦っている」

 

 

 下界に目を向ければそこでは霊夢は青色の髪をなびかせている少女と戦っているのが見えた。そして最近私に構ってくれない紫さんと青髪少女の妹もいる(憑依している)のは間違いない。何故わかるのか、私は目が良いからその気になれば地上の様子を天界からでも窺えるのだ……チートですって?なにを今更のことを。そんなことよりも青髪少女が私は気になっている。それもそのはずよ、彼女こそが比那名居天子()と大きく関わるキャラなのだから……

 

 

 天子は地上での異変騒動の終幕を観戦していた。霊夢の前に立ち塞がる『最凶最悪の双子』の二つ名を持つ姉の方に視線が最後まで釘付けになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「衣玖出かけて来るぞ」

 

 「今度はどんな女性を娶る気なんでしょうかね……」

 

 「ご、ごかい……誤解だ衣玖……決してやましいことなど考えてないぞ?」

 

 「ふ~ん……」

 

 

 私がその子に会いに行こうとしたら衣玖に疑惑の目を向けられた……なんで!?そんなに私は女の子をぽいぽい寝取っているような言い方やめてほしいんだけど!!?いや衣玖の言う事はわかるんだけれども、今回は私が出向いてあげないとあの娘見ていられないのよ。

 家の裏側でポツンと一人で段ボールの中にいる姿を見ていた。そんな姿を見つけてしまって私には耐えられない。あの子の存在があそこだけスラム街の雰囲気を醸し出していた……私の良心が早く行けよ行けよと叫んでいるの!あの子も私が必要なはずだから行くしかない!ごめん衣玖!!

 

 

 「……というわけでな、衣玖よ夕飯は要らない。用事が済めば戻ってくるぞ」

 

 「まったく……いつもいつも私に心配ばかりかけて……でも待っています。最後は私のところに帰って来ると信じていますからね?」

 

 

 ああ……衣玖はやっぱり優しいわね。今回はそのお言葉に甘えよう。

 

 

 「ああ、それじゃ行ってくる」

 

 

 天子は地上へと降りていった。

 

 

 ------------------

 

 

 「それでね奥さん聞いてよ」

 

 「まぁ!それって本当?」

 

 「おかあさんあれかってー!」

 

 「これとあれください」

 

 「まいどありー!!」

 

 

 ざわざわと飛び交う声や行き交う人でいっぱいの人里から少し脇道に逸れた裏路地にポツンと一人の少女がいた。人一人が入れる段ボールの中で体育座りをしながらボケっと空虚を見つめ続けているみすぼらしい姿の青髪少女……段ボールには『誰か拾ってください』と書かれた紙が張り付いており、通りがかった人々は彼女を見るなり関わり合わないように目を逸らしていた。彼女の存在のせいでここだけがスラム街であるかのような錯覚を受けてしまう。

 

 

 「……はぁ……」

 

 

 何度目のため息だろうか?自分でも憶えていないぐらいため息を吐いていた。

 

 

 【依神紫苑

 青のロングヘアーと薄汚れたパーカーに青のミニスカートを着用している。『貧相』と言ってよい出で立ちで、パーカーの下に下着も着ておらず、足元は靴はおろか靴下すら履いていない。服やリボンには「請求書」「差し押さえ」「督促状」といった札が大量に貼られている。黒猫と思しきぬいぐるみを所持しており、いつもやる気のない表情をしている。

 『最凶最悪の双子の姉』と呼ばれており彼女自身は貧乏神である。能力も『自分も含めて不運にする程度の能力』で自分自身で能力を制御できないためいつもひもじい思いをしている。

 

 

 「ひもじいよー 恵んでよー」

 

 

 ボソリと紫苑は呟いた。周りには誰もおらず手を差し伸べてくれる相手もいない……紫苑は妹と共に異変を起こした。しかし博麗霊夢と八雲紫によって解決されてしまい、異変の目的は疫病神である妹が不特定多数の人に取り憑いて、富を巻き上げそのおこぼれにあずかることであったが叶わなくなってしまった。

 異変後でも、能力を制御できない貧乏神である彼女は誰からも嫌われ、どこにも引き取り手が現れないという不運が続き、仕方がないので元々貧乏な博麗神社で過ごすことにした。だが、先日賽銭箱が爆発するという謎の事件が起こり霊夢は怒り心頭……原因は紫苑の能力で霊夢に不運が訪れたのだった。博麗神社から追い出されてしまい途方に暮れていた……というのが現状で会った。

 

 

 ぐぅ~ッ!

 

 

 腹の虫が鳴り響き、ひもじい思いをしている紫苑に追い打ちをかける。だが紫苑にとっていつものことながらやっぱりこればかりは慣れたくないものだ。お腹を空かせて今日も雑草を探すことになるのかと思っていた時だった。

 

 

 「そこのお嬢さん、良かったらこれを差し上げましょうか?」

 

 

 声だった。気がつくと目の前には自分よりも美しい青髪を風になびかせる凛々しい姿をした男性が立っていた。そして手には袋に山積みの饅頭が入っていた。それを見つけた瞬間、紫苑の口から涎が留めなく流れて滴り落ちていく。傍から見ればドン引きの光景だが、その男性は一向に笑顔を崩さない。

 

 

 「お腹空かせているのだろ?どうぞ」

 

 「――ッ!?」

 

 

 紫苑の鼻の先に差し出される饅頭……瞳はその饅頭に釘付けとなり甘い匂いが鼻につく。紫苑は堪らずその饅頭を奪い取り口の中へと押し込んでいく。

 

 

 甘い……一口噛みしめる度に口の中に広がる甘さを感じながらもほとんど噛まずに飲み込んでいく。味わうよりも先に胃を膨らませようと体が動いていた。そのため急いで口に押し込んでしまったために紫苑は咳込んでしまった。

 

 

 「――ゴホッ!ゴホッ!!」

 

 「そんなに勢いよく食べなくてもいいぞ。こんなにあるからな……これを飲め」

 

 

 差し出されたのは水であった。その水を勢いよく口の中へと流し込み、再び饅頭を押し入れていく。その作業の繰り返しで紫苑が気がついた時には袋に山積みだった饅頭はいつも間にか空になっており、紫苑のお腹はポッコリと膨らんでいた。満足した紫苑の表情はそのまま天国へと召されてしまうのではなかろうかと思ってしまうほどに晴れやかだった。

 

 

 「うぷっ……食べ過ぎちゃった。けどいつ食べられなくなるかわからないからこれぐらいでいいよね♪」

 

 

 でっぷりと突き出た腹を撫でながら満足そうにしている紫苑はこの瞬間幸せを味わっているだろう。先ほどまではガリガリにやせ細った少女が今では腹の貯蔵庫に貯められたのは饅頭ばかり、しかしそれでも彼女にとってこれほどお腹を満たすことができたことは幸せ以外の何物でもないと断言できる。

 

 

 「食べ過ぎは良くないぞ。それに早食いは体に毒になる。次から注意するようにな」

 

 「は~い……ところでお兄さんは……誰?」

 

 「ああ、私は……」

 

 「ああー!!?」

 

 

 自己紹介をしようとした時に新たなる声が裏路地に響き渡った。その声に驚き、声の主の方を天子と紫苑が振り返る。

 

 

 「姉さんが……姉さんが……姉さんが!!?」

 

 

 わなわなと体を震わしながら顔を真っ赤にしたド派手な装飾品をつけた少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「姉さんが孕まされている!!?」

 

 「「違うから!!?」」

 

 

 男性と紫苑の叫びが同時にこだました。

 

 

 ------------------

 

 

 「――ってなんだ。てっきり姐さんを餌付けして性欲をぶちまけたのかと思ったわ」

 

 「女の子がそんな下品な言い方は止せ」

 

 

 男性は誤解だと主張しド派手な少女はようやく納得したようだった。

 

 

 男性の正体は既にわかっていると思うが当然ながら紫苑を探しに来た天子だった。そしてド派手な格好の少女は紫苑の妹である疫病神の女苑であった。

 

 

 【依神女苑

 小さいシルクハットにサングラスを着用し、そして茶髪お嬢様縦ロールである髪型。さらにジャケットとミニスカに加えてネックレスに指輪とブランドバッグなど各種アクセサリーで煌びやかに着飾った格好をしている。

 泣く子も黙る疫病神であり、姉の紫苑は貧乏神と最凶最悪のコンビである。

 

 

 あぶな……私もう少しで変態にされるところだったわ。そんな噂が立ったら社会的に死んでしまう……誤解が解けてよかった。それにしても女苑が現れるとは思いもしなかった。今は異変騒動が終結して一時的に命蓮寺に引き取られ更生させられることになっていたはずだけれど……?

 

 

 「女苑は何しに来たの?」

 

 「それは姉さんが心配になっ……ゴホン!姉さんの哀れな姿を見に来たのよ。私がいないと何もできない姉さんを笑ってやろうとここまで来て上げたのよ。感謝しなさいよね」

 

 

 はは~ん、姉の紫苑のことが心配で様子を見に来たわけね。口ではこう言っているけど根は良い子って言うわけか。とても良質なツンをいただきましたありがとうございます!

 

 

 「それはそうとあんた誰よ?姉さんに餌付けして一体何が目的なの?」

 

 

 女苑は疑いの視線を天子に向ける。見ず知らずのしかも男が道端でひもじい思いをしている少女に食べ物を恵むなど傍から見れば怪しさ満点であった。

 

 

 「私は比那名居天子、ただの天人さ」

 

 「天人?もしかしてお金持ち?」

 

 「……そうだな、少なくともお金は人よりも多く持っているぞ」

 

 「そう♪」

 

 

 女苑の瞳の色が変わった。まぁ私のお金を狙っていることは確かね……異変で懲らしめられても彼女の性格は直せないわけか。けれどこう見えてもとある夢の人物に「貴方は本当は慎ましく質素に暮らしたいのね」とのこともあり、疫病神という種族の持って産まれた性なのか金品を奪い派手に着飾り散財する彼女の振る舞いと、慎ましく質素に暮らしたいという彼女の内面が非常に素敵だと思わない?たとえ財産目当てで近づかれても不快な気分はしない。寧ろ取り憑かれてて毎日一緒に背中洗いっこしたいです!あっ、私の体は男だった!?そんなことしたら本当に社会的に死んでしまう!ちくしょう!!

 

 

 やるせない思いが渦巻いているが、天子はハッとする。目的をすっかり忘れるところであった。

 

 

 「女苑の噂は聞いている。私の財産目当てであろう?残念ながら丁重に断らせていただく(本当は取り憑いてほしいけど!)」

 

 「やっぱりね、そう簡単にはいかないものね。顔もいいし優良物件だと思ったのにね……それで肝心なことはまだ終わってないわよ。姉さんに何するつもりだったの?」

 

 「そうだな……強いて言うならば……紫苑」

 

 「ん?なに?」

 

 「私に世話されてみないか?」

 

 「「……はっ?」」

 

 

 こうして天子は最凶最悪の双子と出会ったのであった。

 

 



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85話 貧乏の華

前回遂に依神姉妹に接触!これから天子×紫苑+αの物語の始まりです!


それでは……


本編どうぞ!




 「それで?姉さんを餌付けしてどうするつもりなの?」

 

 「私はただ……」

 

 「ただ……なに?『私に世話されてみないか?』って言ったけど、こんな貧乏以外に取り柄の無い姉さんを養うなんて何を考えているの?まさか姉さんの貧相な体目当てで本当に孕ませるつもりなんじゃないの?」

 

 「それは違う!断じて!!」

 

 

 私はとても困っております。何故なら女苑に疑いの視線を向けられて、その視線は私を変態として捉えている……解せぬ!わかるよ、彼女の言いたいことは同じ女性だからわかるよ。いきなり見ず知らずの男性から声をかけられて食事&裕福な私生活を提供しようとする人物が近づいてきたら警戒するのは当たり前のことだけれども、その視線を私に向けないで!その変態扱いする瞳が私のメンタルを削ぎ落としてしまうから!!

 

 

 「まぁまあ、女苑の言いたいことはわかりますが彼、天子さんはそんな破廉恥な方ではありません。私が保証しますよ」

 

 「むぅ……」

 

 

 天子達は詳しく説明するために場所を移した。女苑が提案して命蓮寺へと決まり、聖白蓮も踏まえての会談中に聖は天子を擁護する。聖は天子の人としての良さも今までの活躍も知っており、女苑の姉である紫苑の世話を買って出ても邪な考えを持つわけがないとわかってくれていた。それに対して女苑と天子は先ほど初めて会ったばかりで信用がないのは当然だ。だから天子を怪しい人物として捉えている……それに男が一応貧相でボロ雑巾のような身なりの紫苑も女、それに女苑は口では何かと姉に対して厳しく言うが心の中では心配で気になって仕方がない。天子に某謙虚なナイトのように「マジで親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴るぞ」と言わんばかりに噛みついて来る……もしも紫苑に何かあれば相手が誰であろうともぶん殴るだろう。彼女ならばやりかねない……それ程に大切にしているようだ。

 

 

 女苑は聖と知り合ったのはごく最近だが、彼女の言うことは信用できる。その聖が言うのだから警戒を解いてやってもいいかもしれないが、そこは姉を守る妹として譲れない。そして何よりも嫌な予感がしていた……大事な姉をどこの誰かもわからない自称天人と主張する男に取られてしまうのではないか……と。

 

 

 「……姉さんはどうなのよ?姉さんも信用できないでしょ?」

 

 「う~ん……」

 

 

 胡坐(あぐら)をかいて首を傾げながら唸る紫苑、みんなの視線が集中する中で彼女が出した答えは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「泊めてもらってありがとう聖、そして……すまなかった」

 

 「……ごめんなさい」

 

 「いいんですよ天子さん、紫苑も謝る必要なんてありませんよ」

 

 

 昨日は聖のご厚意に甘えて命蓮寺へと泊まることになった私達だったんだけれど……紫苑の能力がここで発動してしまうなんて予想もしていなかった。紫苑の『自分も含めて不運にする程度の能力』は紫苑自身でも能力を制御できないもので、誰にでも不運にしてしまう能力だ。それにより昨日の命蓮寺で数々の不運が巻き起こった。

 数々の不運……例えば星なんかは大切にしていた宝塔がなくなったり(いつものことか)ナズーリンのダウジングロッドがポッキリと折れたり、村紗と一輪が隠していた秘蔵の酒が全て割れてしまったり(当然聖にお仕置きされた二人)響子ちゃんの喉に魚の骨が刺さってしばらく声が出せなかったり、ぬえは何故か背中の翼(?)が抜けてしまったり、マミゾウさんは持っていたお気に入りの煙管が壊れたりと散々だった。

 

 

 そして一番の被害は聖だ。何故なら何もしていないのにいきなり服が弾け飛んだ……しかも全員が揃う食事時に。昨日に限って聖はサイズが小さくなった(特に胸のあたり)服を着用していた。理由は他に着る服が洗濯中であった為に仕方なく無理やり着ていたんだとか。それが聖のナイスバディに耐えられずに全員の視線が集まる場で弾け飛んだようだ。顔を真っ赤にして恥ずかしさに耐えられず泣き出してしまった聖がやたらと可愛かった♪それにしても胸がキツイだなんて理由で服が弾け飛ぶとは……これが不運にする程度の能力か。いや、それ無しにしても聖の胸は大きい……これが大人の魅力ってやつね。私とは大違い……元天子ちゃんがこの場にいればブチ切れていただろうね。

 

 

 聖の表情は少し赤かった。それもそのはず、昨日全員の目の前で裸体を晒してしまったのだから当然その場には天子がいた。すぐさまナズーリンに目を塞がれて肝心な箇所は見えなかったが、あの光景は忘れられることはないだろう。お互いに気まずくなる為あえて話題を避けているのは必然であろう。

 これも紫苑の能力が制御できないことで発生した因果だと思われる。しかしこの出来事の中で天子は確信した。元々そうなのではないかと思っていたが、昨日の命蓮寺で起きたことで無事だったのは天子と女苑の二人だけだった。女苑は疫病神だから姉である紫苑の能力が及んでも意味をなさないのか不明だが、昔から一緒にいる。その時から能力に悩まされることはなかったらしい。女苑は姉妹である為に理由は大体納得できるが、天子は血縁関係でもない。それなのに一切の不運に見舞われることはなかった。それは原作と同じで天子には紫苑の能力が通じないようだった。それを今回の件で確信を得られたのは大きいことだ。原作と違い天子が男性として生きている為に、知らない異変が起きて差異が生じている。もし紫苑の能力が自分に通用するようになっていたら何かと不便になってしまうと思っていたが杞憂に終わったことでホッとした。

 

 

 「姉さん……本当にいいの?」

 

 「うん、この天人様についていくことにした!私の能力も跳ね除けちゃうなんて凄いし、それにタダで食べさせてくれるんだから何の問題もない!寧ろ天人様に出会えて私は幸せ者!!」

 

 

 紫苑は本当に貧乏神なのかと思わせるような煌々とした笑顔を浮かべてこれから待ち受ける数々の料理を想像して涎が溢れ出ていた。

 

 

 「姉さんはしたない」

 

 「じゅる……ごめん、けれど今から待ちきれないのよ♪」

 

 「もう……ダメダメな姉さんね。ねぇあんた、こんなダメな姉さんだけど襲おうなんて考えないようにね」

 

 「わかっている」

 

 「ホントかしら?こんな不潔な姉さんの世話をしたいとか言い出す男はみんな変態なのよ」

 

 

 私もう泣いていい?泣いちゃうわよ?女苑の棘のある言葉が心にぶっ刺さって痛い……私は変態じゃないわよ~!中身は純粋な女の子なのよ~!綺麗な心を持っているのにそんなこと言われたら悲しいわよぉ……

 

 

 紫苑を当分の間は天界で保護することになった。そのおかげで妹の女苑からはますます疑いの目を向けられている天子、一日そこらで信用しろなんて無理な話でもあり、あっさりと乗って来た紫苑の方が警戒心が薄すぎやしないかと心配してしまう。

 

 

 「いけませんよ女苑、それでは天子さんお気をつけて」

 

 「ああ、行こうか紫苑」

 

 「うん、女苑またね!」

 

 「あっ……」

 

 

 天子と共に行ってしまう紫苑の背中を姿が見えなくなるまで眺めていた女苑はどこか寂しそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あむあむ……う~ん!!!お・い・し・い~♪」

 

 

 テーブルに並べられた様々な手料理を舌鼓を打ちながら味わう貧乏神こと紫苑はこれでもかと満面の笑みを浮かべて、口を膨らませて満足していた。その様子を傍から見つめるのは天子と衣玖だ。

 

 

 「幸せそうですね彼女」

 

 「ああ」

 

 

 衣玖と天子は次から次へと口に料理を絶え間なく入れていくも、幸せな表情を見ていると注意することも忘れてしまう程に心が晴れていた。

 

 

 癒されるわ……紫苑は本当に美味しそうに私の手料理を食べてくれている。それだけで心が満たされるわ♪貧乏神で能力の性質上、いつもひもじい思いをしている紫苑が食事にありついている姿を見ているだけで、東方ファンとしての私は感激している。ただ漫画で天子が紫苑と一緒にいるのを眺めているだけであった私自身が紫苑に手料理を振舞っているのよ?これ以上の感動はあるかしら?いやないでしょ!!

 

 

 天子は内心興奮してこの光景を脳内メモリーに保存するのであった。

 

 

 「衣玖、いきなりですまなかった。どうしても彼女を放って置けなくてな」

 

 「わかっていますよ。天子様はお優しいですからね」

 

 「そんなことはないさ。ただ彼女とは運命的な縁があってな」

 

 「運命的な縁……ですか……」

 

 

 おっと私ったらまずいこと言っちゃったかしら……?衣玖の視線に鋭さを感じる……このままだとダーク衣玖になってしまう。誤解なのよこれは【てんしおん】と言うカップリングで……あれ?私は男だし、紫苑は女だからこのカップリングただのカップルになっちゃうんじゃ……?いやいや待て待て、紫苑とはフラグなんか立ててない。ただ恵む者と恵んでもらう者との関係よ。だから私はまだ手を出していない……だから衣玖、その視線はやめて!光が消えかかっているから!ダーク衣玖にはならないで!!と、とりあえず話題を変えないと……

 

 

 「そ、そうだ衣玖!紫苑の能力のことは把握しているな?」

 

 「……はい、『自分も含めて不運にする程度の能力』でしたね」

 

 「そうだ。そのせいで紫苑の傍にいる衣玖にも被害が及ぶかもしれないのだ。私は天人としての格の違いが左右しているのかわからないが、私自身には影響がなかった。私は紫苑の傍にいることは問題ないが、衣玖に迷惑がかかってしまうかもしれないのだ」

 

 「……それで、私はどうすれば?」

 

 「影響がなければいい……だがもしもの時は考えないといけない」

 

 「大丈夫ですよ。私は気にしませんから……私は天子様が傍に居ればそれだけで幸運……いえ、幸せなんですから」

 

 「衣玖……」

 

 

 素敵過ぎるわよ衣玖……私泣いてしまいそう……今晩は衣玖に秘蔵のお酒を振舞ってあげないと!

 

 

 「そうか……ならば衣玖、紫苑を共に養っていこう」

 

 「はい、天子様」

 

 

 こうして紫苑は天界で天子と衣玖と共に生活することになった。

 

 

 ------------------

 

 

 「ねぇ村紗、あの子どうしたの?」

 

 「最愛の姉を取られちゃって不機嫌みたいだよ。いつもは自分の姉のことなんて何とも思っていない態度取っている癖にさ」

 

 「あら、そうだったのね。可愛いところあるじゃない♪」

 

 「あんたら聞こえているわよ!!」

 

 「おっと、一輪逃げるよ!」

 

 「そうね。姉想いのこわ~い疫病神様に酷い目に遭わされる前に逃げないとね♪」

 

 「誰が姉想いよ?!」

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……に、逃げ足の速い奴らめ……誰が姉想いよ誰が!?」

 

 

 息があがって……はぁ……はぁ……落ち着きなさいよ女苑……はぁ……もう大丈夫……くそっ!あんの酒飲みコンビめ!次会ったら財布の中のお金干乾びるまで搾り取ってやるんだから!!

 

 

 女苑は流れ出る汗を滴らせながら己の体力の無さを恨む。この命蓮寺の連中は聖の説法によって体力がついていた。それに比べて女苑はごく最近ここへと厄介になったばかりでもあり、厄介になりだしたばかりの頃しか真面目に取り組んでいなかった為に村紗と一輪に逃げられる羽目になった。縁側で色々と考え事をしていたところを二人に揶揄われてついカッとなって追いかけたが、今思えば初めからそんなことするんじゃなかったと後悔した。

 

 

 「……姉さん……大丈夫かしら……?」

 

 

 急に一人になり本音がこぼれる。口では自身の姉である紫苑のことを冷たくあしらっていたがたった一人の姉である。いつも貧相でボロボロで小汚い姉ではある……いつもお腹を空かせ腹の虫が鳴り響いてうるさかった。食べ物を持っていくと満面の笑みを浮かべ、美味しそうに味わいながら噛みしめる姿に呆れてしまうこともあった。そんなこともあったけれど……

 

 

 『「うん、女苑またね!」』

 

 

 そう言ってホイホイとつい昨日会ったばかりの天人の元へとついて行ってしまった。貧乏神だから誰かに憑りつくことはあるけれど、あれはどう見ても飼われてしまっていた。餌をくれる主人についていく子猫のようだった。

 

 

 姉さんちょっと可愛かったなぁ……って!?そうじゃない!あの比那名居天子とか言う天人に何かされなければいいけれど……もうどうしてこんなに姉さんが心配なのよ!?別に姉さんがどうなろうとその時は自業自得じゃない。もし何かあっても、私が親切心で言ってあげたのにホイホイついて行くから私のせいじゃない……けれど……何なのよこのモヤモヤ!姉さんなんてどうなったって私には関係ないはずなのに……!?

 

 

 命蓮寺の中を言ったり来たりとウロウロして落ち着かない様子……自分は何故こんなにもいつもならば心配するはずのない姉のことを気にかけてしまっているのかわからなかった。そんな時に彼女は閃いた。

 

 

 そうだわ……天人は高貴な人物ばかり……それならばお金持ちがいっぱいいるはず……ウシシ♪姉さんの様子も見れてついでにお金儲けもできる。あ、あくまでも姉さんはついでなんだからね!つ・い・でに見るだけなんだからね!!そうと決まれば向かうのは……!

 

 

 命蓮寺から女苑は飛び出し、ついでとは名ばかりの姉の様子を見に行くのであった。

 

 



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86話 不運な妹

ボチボチ投稿でございます。


それでは……


本編どうぞ!




 「あむあむ!むぐむぐ!あむあむ!むぐむぐ……!」

 

 

 ここは天界の一軒家にテーブルの上に並べられた料理を一心不乱に口いっぱい頬張る少女は依神紫苑。その姿を微笑ましく見守る美男美女、事情を知らなければ仲睦まじい家族の光景にしか見えないだろう。

 

 

 「まだまだ作ってあるからよく噛んで食べるんだぞ」

 

 「そうですよ紫苑さん、そんなに急がなくても天子様の手料理は逃げませんよ?」

 

 「ごべんなふぁい(ごめんなさい)あまむにもおびしむて(あまりにもおいしくて)

 

 

 紫苑と天子の出会いは偶然……いや、必然だったろう。裏路地でひもじい思いをしていたところに天子が現れた。そして紫苑を養うこととなり、現在に至る。そして紫苑は今、人生で一番の幸福な時間を過ごしていた。

 

 

 次から次へと出てくる色とりどりの料理の数々にその美味しさはやめられないとまらない状況を作ってしまう。今日を逃してしまえば次にこれほどの料理を味わえるなど無いかもしれないと本能が先走り次から次へと手にとって口の中に運んでいく。細身の体にどれほど山盛りの料理を蓄えることができるのか疑問に思う程に紫苑は食べ進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「むぐむぐむぐむぐむぐ……ぷぅは!美味しかった……ああ……もうお腹いっぱい~♪」

 

 

 まるまるぽっちゃり姿となった紫苑がいる。食べ過ぎて膨れ上がった体が細身だった彼女の姿からは想像できない。ここまで満腹状態になることのなかった紫苑は今までにないほどに幸せの絶頂に浸っていた。

 

 

 「ご飯に味噌汁と玉子焼きに漬物、それに魚……あれは何の肉だったのだろう?美味しかったなぁ~♪それにうどんも熱々で中に入っていたお揚げさんも出汁も……美・味♪」

 

 

 意識が遠のきかけている紫苑……無理もないことだった。彼女はいつも腹ペコでひもじい思いをしていたし、貧乏神である以上誰からも相手にされることはない。だが天子だけはそうではなかった。不幸にしてしまう能力も天人としての性質か跳ね除けてしまい意味をなさなかった。この出会いが彼女にとって最高の出会いである。

 

 

 「ふぅ……生き返る~♪」

 

 

 夜になればまた美味しい料理を味わえ更には待ち受けているのは露天風呂という待遇だ。何日もお風呂に入れずにいたあの日々とはおさらばした。今の紫苑は天国にいる気分で毎日を満喫している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日……

 

 

 「むぐむぐむぐむぐむぐ……美味しい~♪この()()()()()()とても美味しいです!もういっぱいください!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまた次の日……

 

 

 「()()()()()って言うのですか?とても気に入りました!!おかわりお願いします!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後……

 

 

 「もう……死んでもいいや……♪」

 

 

 幸せの泥沼に浸かり切って抜け出せずにいる貧乏神。毎日満腹に食べられるだけでなく、味も抜群に良し。こんな毎日が続いていて天子には能力が通じず、自分自身も不幸にならず、このままでは自分は本来の貧乏神とはかけ離れた生活をしていていいのかと彼女自身思っていた。だが……

 

 

 「デザートはプリンだが……食べるか?」

 

 「――ッ!?食べる!!」

 

 

 もうそんなことはどうでもいいと思えた。自分は貧乏神で周りを不幸する存在だったはず……しかしこんな幸せな毎日を送れるのも天子のおかげであった。そのため紫苑はいつしか彼にべっとりと引っ付くようになっていくのは当然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「~ごろにゃお♪」

 

 「………………………………………………」

 

 「衣玖よ、待つんだ。冷静に深呼吸をしよう………な?」

 

 「私は冷静ですよ……冷静ですとも……紫苑さんが天子様に膝枕されていることぐらいで……ぐらいで嫉妬なんかしていません……よ……?」

 

 「ならばその殺気を向けないでくれないか?」

 

 

 紫苑が天界で暮らして数日後のある日、天界の広い中庭の一角は不穏な空間に包まれていた。

 

 

 天子の膝の上で寝転がる紫苑……いわゆる膝枕状態で夢の中に旅立っていた。そんな彼女は夢の中に旅立っているために現実で起きている状況に気づけていない。どす黒いオーラを身に纏う衣玖が自分を見下ろしており、辺り一面の空気が重苦しさに包まれていることなど知らない。

 衣玖は紫苑が天子と共に生活することを受け入れたが、やはり天子を慕う本能から嫉妬までは消せなかったようだ。本能に勝てなかったのか笑顔ではあるものの目が笑っていなかった。夢の中に旅立っていたことでこの重圧に気づかなかったことは紫苑にとって幸運かもしれない……が、天子は衣玖を宥めようと必死になっていた。

 

 

 「殺気だなんて……そんな物騒なことを誰がしているのでしょうね?」

 

 「衣玖なんだが……」

 

 「……何か言いましたか?」

 

 「……いえ(ダーク衣玖怖いよぉおおおおおお!!!)」

 

 

 こんな出来事が日常化しつつある天界で、その様子を陰からこっそりと覗いている人物がいた。

 

 

 「(姉さんったら!あ、あんな奴の膝の上で寝て……膝枕されているですって!?あの変態、姉さんを餌付けして自分の思い通りにしようとしているんだわ!)」

 

 

 中庭の岩場の陰からこの状況を見ていた女苑は危機感を感じていた。

 

 

 「(このままじゃ姉さんがあの変態にあんな事やこんな事を強要されて、断れない姉さんが……)」

 

 

 天子=変態だと決めつけていた(こんなこと思われていると本人が知れば号泣ものである)女苑はそう思った。彼女の脳内でその光景が映し出されていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「紫苑ちゃ~ん♪今までいっぱい食べさせてあげたんだから……おにいさんにご奉仕してくれるよな?」

 

 「えっ!?で、でも……」

 

 「嫌とは言わせないぞ。もう美味しい料理を食べられなくなってもいいのか?」

 

 「――ッ!?そ、それは嫌!!」

 

 「なら……わかっているよな?」

 

 「……はい」

 

 「でゅふふ♪寝室へ行こうか……二人っきりでとことん楽しもうな……でゅふふふふふふふ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(――ッなんてことに……いやぁあああああ!!きもっ!?お、おのれあの変態め!やっぱり姉さんの体が目当てで近づいていたのね!絶対に許さないわよ!!!)」

 

 

 濡れ衣である。実際にはそんなことなど無いのだが、女苑の姉に対する想いが脳を混乱状態にさせた。

 

 

 「(ぶちのめしてやるわよ!!)」

 

 

 岩場の陰から飛び出して一直線に突き進んで行く先にいるのは当然……!

 

 

 「この変態めー!!!」

 

 「だから衣玖落ち着い……なんだ!?」

 

 

 ダーク衣玖のどす黒いオーラに気を取られていた天子は岩場の陰に潜んでいた女苑の存在に気がつかなかった。気づいた時には既に女苑が拳を天子目掛けてぶっ放そうとしているところだった。

 

 

 「――ッ!?天子様の敵は〇ね!!!」

 

 

 ゴキッ!!

 

 

 「ぐふぅぶへぇ!!?」

 

 「ええー!!?」

 

 

 天子を守るため咄嗟の行動に出た衣玖の強烈な腹パンが女苑に炸裂した。ダーク衣玖状態であった為、拳に嫉妬と怒りと八つ当たりその他諸々込めて容赦のない一撃を与えたことで、彼女の体内に蓄積された胃液を全て撒き散らしながら身に付けているサングラスやシルクハットも体ごと吹っ飛ばされて無残にも建物へと激突した。これには天子も驚愕の悲鳴を上げざるをえない。

 

 

 「ちょ!?衣玖やりすぎ!!!」

 

 「すみません、少々イラっと来たものでして……捨ててきます」

 

 「捨てちゃダメだ!紫苑ちょっとどいてくれ!」

 

 「むにゃ……んぁにぃ?」

 

 「紫苑悪いが少し退かすぞ!」

 

 「ひゃあ!」

 

 

 気持ちよく寝ていたのを起こされた紫苑は天子の膝から滑り落ちた。でも寝起きなのかまだ寝ぼけているが、そんなことを気にしていられず天子はダーク衣玖に沈められた女苑の元へと駆け寄る。

 

 

 「おい大丈夫か女苑?!」

 

 「大丈夫ですよきっと、今頃閻魔様に地獄行きにされていますよ。だから放って置きましょう」

 

 「衣玖は少し黙っていてくれ!女苑、目を覚ますんだ!じょおーん!!!」

 

 「むにゃむにゃ……なにぃ天人様?あっ、女苑も来てたんだ」

 

 

 天子の叫びが天界にこだました。

 

 

 ------------------

 

 

 「うぅ……うぅ……!」

 

 「女苑苦しそうに眠ってる……悪戯しちゃお、頬っぺたぷにぷに♪」

 

 「こら紫苑、女苑を寝かせてやってくれ。死ぬほど疲れている」

 

 「おもしろいのに……」

 

 

 実際には死んではいないけど、ダーク衣玖の腹パンが女苑を襲ってベッドの上に彼女を寝かせている状態だ。なにやらうめき声が時おり聞こえてくるが……相当やばかったはずだ。白目を向いて泡を吹いていたぐらいだからね……やっぱり衣玖を怒らせないようにしよう……そうしよう。

 

 

 ベッド上の女苑は身に付けていた指輪も高価な衣装も来ておらず質素な服装で寝かされている。うめき声が時々聞こえてくるが、それは衣玖による腹パンによる痛みが夢の中でも襲ってきているのかもしれない。今はただ彼女をそっとしておくしかなさそうだ。

 

 

 「申し訳ありませんでした。自分を制御できずについ……やっちゃいました」

 

 「やってしまったのは仕方ないとして……女苑が目覚めるまで世話をしてやってくれ」

 

 「……はい」

 

 

 元に戻った衣玖は反省しているらしく大人しい。こんな大人しい衣玖が天子のことになると暴走するのだから人って見た目ではわからないなと改めて思ったそうだ……人ではなく妖怪であるが。

 

 

 「目が覚めたら女苑を家に返してやらないとな。紫苑は女苑の住んでいる場所を知っているか?」

 

 「ううん」

 

 「紫苑は知らないのか?姉妹なのに?」

 

 「違う、家なんて持ってないよ」

 

 「……なに?」

 

 

 紫苑の回答は存在しないとのことだった。彼女が言うには自分達は貧乏神と疫病神である為、今まで他人に憑りついてその家に勝手に住んで財産を消費していっていたようだ。特定の場所に家を建てなかったのはそう言った神様の特性のためであろう。

 

 

 そういうことか。意外とこの二人は苦労していそうな生活を送っていたりするのかもしれないわね。毎度毎度取り憑けるわけではなさそうだし、その日は野宿でもしていたのかしら?帰る家がないとなれば……そうなると命蓮寺辺りに彼女を送った方がいいのかもしれない。

 

 

 天子が考え事をしていると紫苑が袖を軽く引っ張っていた。その瞳は何か案を思いついたようである。

 

 

 「どうした?」

 

 「ねぇねぇ、天人様はお金持ちだよね?」

 

 「ああ、それなりにだがな。それがどうかしたか?」

 

 「女苑もここに住んじゃダメ?久しぶりに女苑と一緒に暮らしてみたい。それに女苑は天人様のこと嫌いみたいだけど仲良くなれるかもしれないよ?……ダメ?」

 

 

 本人は意図していないようだが、その姿が可愛らしい猫のような表情で頼み込んで来る紫苑に胸の鼓動が高鳴る気がした。

 

 

 ぐぅは?!なんて愛らしい生き物なの……!こんな可愛らしく頼み込まれたら「うん!」としか回答できないじゃないのよ!

 

 

 「仕方ないなぁ~いいぞ!」

 

 「やったぁ!」

 

 

 勢いで了承してしまったが、こんなに可愛く頼まれたら断ることなんてできない天子だった。

 

 

 「ま、まってください!このメス豚は天子様を狙っていたのですよ!?そんな豚野郎を傍に置くなんて反対ですよ!寝首をかかれたらどうするのですか!?」

 

 

 天子の身を心配して待ったをかけたのは衣玖だった。

 

 

 「衣玖よ、口が悪いぞ。大体女苑が私を狙った理由は想像がつく。不本意だが……不本意なのだが、私が紫苑に対して淫らな行為をすると思って妹として許せなかったのだろう」

 

 「そうなんだ、女苑ってば私の為にここまで来てくれたんだ。優しい~♪」

 

 「うぅ……!うぅ……!」

 

 「……紫苑、抱きしめ過ぎだ」

 

 「あっ、ごめん女苑……苦しそうな顔……悪戯しちゃお♪」

 

 

 女苑の顔で遊び始める紫苑、いつも妹に優先権を取られてしまっていたことに対する嫌がらせなのか悪戯をしでかす。悪戯されて苦しみの表情が更に苦しみを味わい夢にうなされることになった。

 

 

 「淫らな行為なんて天子様がそんなことをするわけがありません!するならば私にしてほしいぐらいです!」

 

 「衣玖……本人の前で口にするのはどうかと思うぞ……」

 

 「――はっ!?ゴホン……例え理由がそうだとしても天子様を狙ったことは変わりません。この方は天子様にとって危険な存在です」

 

 「……もしかして衣玖は女苑のこと嫌いなの?」

 

 

 女苑で遊んでいた紫苑は衣玖に対して純粋な質問をする。

 

 

 「私達は嫌われることになれている。けれどやっぱり嫌ってほしくない……特に天人様と衣玖にはお世話になったから……私は天人様のことも衣玖のことも好きだから」

 

 「うぐっ!?」

 

 

 穢れ無き瞳が衣玖の心を刺激する。紫苑と女苑は貧乏神と疫病神の最悪姉妹だ。今まで誰にも好まれなかった存在で、嫌われることなど慣れてしまっていた。紫苑は天子に拾われ毎日お腹いっぱいに食事ができる。衣玖にもわからないことがあれば教えてもらい世話してもらっている。紫苑はそんな二人が大好きであった。そんな二人に嫌われたくない……自分と同じ厄介者である血の繋がった妹のことも嫌いになってほしくなかったのだ。

 

 

 「……衣玖……ダメ?」

 

 「うぐぐぅ……!」

 

 

 紫苑の純粋な穢れ無き瞳攻撃で衣玖が葛藤している……だが私にはわかる。アレには勝てない……こころやチルノみたいに子供が持つ瞳と同じでアレに見つめられたら「うん!」としか言えなくなる。すぐに衣玖は……

 

 

 「……わかりました。でもまた天子様を襲うことになったら追い出しますからね!」

 

 「やったぁ!」

 

 

 やっぱり落ちた。衣玖……仕方ないわよ。純粋な瞳には私達のような穢れた心を持つ者にとって効果抜群だから……

 

 

 「これから我が家は騒がしくなりそうだな」

 

 「……そうですね天子様」

 

 「元気出すんだ。衣玖のそういう甘いところも私は好きだぞ?」

 

 「天子様……!!!」

 

 

 ちゃんと衣玖をフォローしておく私を褒めてほしい。私自身を餌に使っているようで卑怯かもしれないけどね。まぁ、私も口ではダメだと彼女に言ったけど結局女苑も養うことになるとは……これも運命かもね。

 

 

 「良かったね~女苑♪」

 

 「うぅ……うぅ……!!」

 

 

 悪戯をまた繰り返す紫苑は嬉しそうだった。妹とまた一緒に過ごせることが嬉しいのだろう……

 

 

 こうして新たに女苑を結果的に養うことになった。後に目覚めた彼女に説明すると文句を言いっぱなしだったが、姉と一緒に居られることがいいのかそのまま居座ることになった。

 

 



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87話 挨拶巡り その1

お待たせしました。他小説の方に力を入れてまして遅くなってしまいました。


これからもちょいちょいと更新していきます。


それでは……


本編どうぞ!




 「ねぇ~女苑」

 

 「……」

 

 「ねぇ~女苑ってば~」

 

 「……」

 

 「……お腹ぷにぷに~♪」

 

 「きゃ!?」

 

 

 背後から悪戯に女苑のお腹を摘まむと可愛らしい悲鳴をあげてしまった。うっかり出してしまった声に恥ずかしさを感じて悪戯を仕掛けた紫苑をこれでもかと言うぐらいに睨みつけた。

 

 

 「何すんのよ姉さん!」

 

 「だって女苑が無視するんだもん、お姉ちゃん悲しいなぁ」

 

 「勝手に悲しんでなさいよ」

 

 「ああ~!そんなこと言っていいのかなぁ?天子に言って美味しい美味しい手料理を女苑だけには出さないでって頼んじゃおうかなぁ~?」

 

 「んなぁ!?」

 

 

 にへらぁ♪と悪戯な笑みを浮かべる姉の姿に苛立つ。女苑と紫苑は天界にお世話になって早数日の時が経っていた。今では紫苑は天子と呼び合う仲にまでなっており、女苑の方は初めはグチグチと文句を言っていたが、姉の紫苑と一緒に居られるのが嬉しかった。本人は隠しているが周りにはバレバレで、妹だけは天子に対しては子犬のように威嚇を繰り返す日々を送るのかと思われたが、あることが姉妹を虜にしてしまった。それはは天子の手料理であったのだ。見た目の美しさと味の旨さから手放すには惜しいぐらいに朝昼晩と食事時が楽しみで、紫苑は食事の時間が毎日楽しみで仕方がない。そして密かに楽しみにしているのは女苑も一緒だった。口では「まぁまぁね」「悪くないわ」とか言ってはいるものの、手料理を目の前にして見つめている様子は子犬が餌を今かと待ち望んで尻尾を振っているようであった。

 そのことを知っている紫苑は告げ口して美味しい手料理を食べれなくして困らせてやろうかと自分を構ってくれない妹ちゃんに悪戯している。

 

 

 「な、なんですって!?ふ、ふん!べ、べつに一度ぐらい食べられなかったからって……そんな……そんな……そんなことで悲しくなるわけないでしょ!?私があの変態野郎の手料理が食べれなくなって残念がるわけ……ないのよ!!!」

 

 「ふ~ん……う~んとそれじゃね、天子には女苑はもう手料理いらないって伝えておくね」

 

 「はぁっ!?ちょ、ちょっと待ってよ姉さん!!!」

 

 

 フワ~と飛んでいこうとした姉を必死に掴んだ。体は正直であり、手料理を食べれなくなることを拒んでいた。必死になる彼女の姿をニタニタと笑う姉はいつも妹に縋り付いていた立場だが、今では逆の立場に立っていることに優越感を感じていた……こんな気分になれるならますます悪戯したくなってくる。

 

 

 「んん~どうしよっかな~?私のこと無視しようとする女苑が謝ってくれたら考えてあげてもいいんだけどなぁ~でも私みたいな姉なんかに頭を下げるなんてこと女苑がしてくれるわけないもんねぇ……どうしよっかな~(チラッ)」

 

 「(ぐっ!)」

 

 

 チラチラと視線を向けて煽る姉を見ると拳に力が入る。優越感に浸っている姉の顔がとても腹が立って来る。

 

 

 「(姉さんのくせに!でもあの料理を食べれなくなるのは嫌だし……憶えていなさいよ姉さん!)」

 

 

 いつも上の立場にいた妹は敗北感を味わった。

 

 

 「……姉さん……もう無視しないから……ごめんなさい……」

 

 「んもぅ~女苑ったら仕方のない子♪そこまで言うなら許してあげる♪お姉ちゃんを大事にしなさいよ♪」

 

 「(イラッ!!!)」

 

 

 いつか絶対にぶん殴ってやると内なる心に決めた妹だった……

 

 

 ------------------

 

 

 「いただきまーす!」

 

 「……いただきます……」

 

 「?どうしましたか女苑さん?」

 

 「なにか紫苑とあったのか?」

 

 「なんでもないよね~女苑♪」

 

 「……そうね……」

 

 「「???」」

 

 

 衣玖と私は女苑の様子が変だと気づいた。自分の姉をこれでもかと恨めしそうな眼力で睨む女苑……紫苑との間に一体何があったの?

 

 

 「(天子様、私的にこのまま放っておいても問題はなさそうだと思います……深刻な問題ではないかと)」

 

 「(そうだな、意地悪されてイラっとするぜ!って感じだな……ここは触れない方がいいな)」

 

 

 様子から衣玖は何かを察したようだ。私もそこまで険悪なムードではないと判断してこのことには触れないことにする。紫苑と女苑が天界に暮らすようになってから毎日が騒がしく手のかかる家族が増えたみたいに思える。けれどこの騒がしい毎日が楽しくて心が落ち着く。

 

 

 ジッと料理を口に運ぶ依神姉妹を見つめていたら、天子の隣に座っている衣玖が笑みを浮かべた。 

 

 

 「天子様、今……家族が増えたと感じましたね?」

 

 

 えっ?なんで私の考えが衣玖はわかったの?口には出していなかったはずだけれども……もしかして衣玖の姿をしたさとりさん?

 

 

 心を読む覚り妖怪のように的確に当ててしまった衣玖に内心驚いていた。和らげな笑みを浮かべながら衣玖は語る……

 

 

 「紫苑さんと女苑さんを見つめる天子様の表情は我が子を見守る父親のようでしたよ?」

 

 「……父親……」

 

 

 知らずに顔に出ていたらしい……けれど父親って……外見は確かに男だけども中身は女の子なのに……複雑な気分ね。私も見た目若いけど天人だからだいぶ歳がいっている……だけど人間やめたからこれはノーカンよ!天人になったから人間的にはまだピチピチの女の子なのよ!永遠の○○歳なのよ私は!!だからBBAではない!いや、GGEではないわよ!!!

 

 

 比那名居天子も中身は女の子……年齢関係の話題では意地でも主張したいことがあるのだ。

 

 

 「私が父親か……そんな歳じゃないのだが……」

 

 

 先ほどよりも声のトーンが低い……明らかにテンションが低くなっているのは明らか。

 

 

 「そうですね、天子様はまだまだお若い……はっ!?」

 

 

 そんな天子の様子を見かねてフォローに回ろうとした衣玖は気づいてしまう。天子が父親ならば必然的に自分は母親ではないかと……

 

 

 「(天界でも有名な仲睦まじい夫婦……個性ある娘達に囲まれてゆったりとした日常を暮らしていく……朝になったら愛する夫を起こしに行って優しく『おはようございます』と私が言うと夫が『おはよう、いつもありがとう衣玖』と返してくれて毎朝の口づけをして、頬を赤く染めながら娘達を起こして朝食の準備……その日は夫も仕事がなく、娘達は外へと遊びに行って家には二人っきり……静かな空間にふっと夫の声が響く。『衣玖、娘達も大きくなってきたな』夫の何気ない一言に私はまだ気づかない……その言葉に込められた意味を。私はただ返事をするだけ……そんな私に近づいて背後から優しく抱きしめてくる夫。いきなりのことでわけがわからない私は動揺してしまう。そして私の耳元でこう呟く『そろそろ三人目……欲しくないか?』っと。ハッとする私に背中に感じる体温が上がって夫も恥ずかしがっているのがわかる。私はただ首をちょこんと縦に振ると手を引かれて朝早くから寝室へと二人で入ってそれからあんな事やこんな事が……!!!ふ、ふふふ……悪くないですね!!!)」

 

 

 急に妄想の中へとトリップしてしまった衣玖は顔を真っ赤に染めてあれよこれよと捗らせていた。意識は只今有頂天気分である。

 

 

 衣玖一体どうしたの……?急に黙り込んだと思ったら顔真っ赤だし、そのアヘ顔は女性がしたらダメだと思うのだけれど……ほら紫苑と女苑も気がついたみたいでポカーンってしているわよ?二人は私に視線を向けて「何があったの?」って顔をするけど私にもわかんない……衣玖お願いだから戻ってきて~!

 

 

 衣玖が元に戻るのはしばらくしてからのことだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さてと、衣玖も元に戻ったし……今日はみんなでお出かけでもするか」

 

 「やった~!」

 

 「ふん、どうせ地上でしょ?まぁ……べ、べつに暇つぶし程度には付き合ってあげるわよ」

 

 「天子様の行くところならばどこへでもお供致します」

 

 

 ずっと天界で籠っていると体が鈍ってしまうのでお出かけしようと提案したら賛成してくれた。女苑ったらその反応はさてはツンデレだな?ごちそうさまです!紫苑は素直に喜んでくれてその笑顔が素敵よ♪衣玖はいつも私の味方でいてくれて頼もしいわ。とりあえず地上へ行きましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……っと到着したが、どこへ行こうか?」

 

 「う~ん……天子の行くところならばどこへでもいいよ?」

 

 「金を貢いでくれそうな輩のところ」

 

 「天子様の傍に居られるならどこへでも構いませんよ」

 

 

 紫苑と衣玖は私に任せる派で女苑に至っては憑りつくつもりなの?流石に女苑のは却下ね。さて……あっ!そうだわ!

 

 

 天子は閃いた。

 

 

 「私の親友(とも)を紹介しよう!」

 

 

 共に異変を解決し、酒を乾杯しあい、心を通わせた仲間を自慢したくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここが博麗神社だ。知っていると思うが博麗の巫女である霊夢が住んでいる」

 

 「……いきなりここへ連れて来るとかいじめ?」

 

 「そういうつもりじゃないからな女苑」

 

 

 私の親友(とも)を紫苑と女苑に紹介しようと初めにやってきたのは博麗神社だったのだけど、女苑が不機嫌になった。異変を起こして霊夢と紫さんと戦って負けたんだったわね。あの後に後始末もさせられたことで良い思い出がないみたい……紫苑の方は対して根に持っていないようだった。けれど今日は私の親友(とも)に会いに来たのだから抗議は受け取らないわよ?

 

 

 鳥居を潜って賽銭箱の前へとやってきた。ガサゴソと懐から小銭を出した天子はその小銭を賽銭箱へと投げ入れた。チャリンと音を立てるとドドドドドドドドドッ!と博麗神社内からこちらに迫って来る音が聞こえてきた。

 

 

 「お賽銭!!!

 

 

 瞳を¥マークに変えた霊夢が勢いよく現れた。最近博麗神社を訪れていなかったために賽銭箱の中身は虚空と化していたのだった。

 

 

 「霊夢来たぞ」

 

 「天子遅いわよ!あんたが神社に訪れないせいで私はもう少しで餓死するところだったじゃないのよ!!!」

 

 「そこまで貧困ではないだろう?」

 

 「そうだけど貰えるものは貰っておくのが礼儀ってものよ!」

 

 「それは違うような気が……」

 

 「黙らっしゃい!それになに?衣玖だけじゃなく新しく女を口説き落としたから自慢しに来たの……ってよく見れば貧乏神と疫病神じゃないのよ!?私から全財産を奪い取ろって言うの!?そっちがそのつもりならば相手になってやるわよあ"あ"ん"!!?」

 

 「落ち着け霊夢!!」

 

 

 ギャーギャーと喚く霊夢を宥めていると騒ぎを聞きつけたのかぞろぞろと見知った顔が現れた。

 

 

 「おいおい霊夢なにやって……って天子かよ。外から帰って来た以来か?」

 

 「魔理沙お邪魔しているぞ」

 

 「私もお邪魔しています」

 

 「おっす衣玖と……うわぁ、お前らかよ……」

 

 

 依神姉妹を視界に入れて嫌そうな顔をする魔理沙。貧乏神と疫病神の姉妹とは異変の時に殴り合った仲だったが、接近戦が苦手な魔理沙はボコボコにされた記憶があり露骨に不機嫌になった。そして不機嫌になった魔理沙の帽子がずれて中から小人も登場……針妙丸だ。そして初対面だが忘れられない顔の幼女がいる。

 

 

 「鬼畜ピエロ!!!」

 

 「はぁ!?」

 

 

 魔理沙、針妙丸と視線が動いてその幼女を認識してしまった天子はあの時の光景が浮かび上がった。何度やっても超えられない鬼畜仕様の弾幕とスペカに苦しめられて何度も泣かされたあのトラウマを生み出した製造機……ぶっ飛ばしてやりたいという衝動に駆られたが、何とかグッと自分自身を堪えたのだった。

 

 

 【クラウンピース

 金髪ロングヘアー。目の色は赤がかった紫色。玉が3つ付いた紫色に水玉模様の帽子を被り、首元にひだ襟の付いた、青地に白い星マークと赤白のストライプの服を着ている。右側がストライプ、左側が星だが、カラータイツは逆に右側が星、左側がストライプ。つまりアメ〇カンピエロ。

 地獄の妖精であり、とある神様の部下。手に持った松明の光を浴びせる事で相手の精神に入り込み惑わせることができ、妖精でありながらも実力主義の地獄で上位に組み込むほどの強さで、その実力はとある神様にも一目を置かれている。

 

 

 ゲームで受けた屈辱のせいでクラピーのこと罵倒しちゃった。でもあれはせこい、耐久スペカ2枚とか弾幕の異常さに鬼畜仕様言われても仕方ないわよ。私も被害者なんだから……でも私よクールになれ、クラピーとは初対面で印象を悪くするようなことはしちゃダメよ。クラピーが博麗神社にいるのは予想外だけど仲良くなるチャンスなのよ。頑張れ私。

 

 

 「――ゴホン……いきなりすまなかった。私は比那名居天子、非想非非想天の息子であり、天人くずれだ」

 

 「う、うん」

 

 

 クラピー困惑中……ごめん、本当に鬼畜ピエロとか言ってごめんなさい。お詫びに今度クッキーでもあげるから許してね……受けた所業の数々は忘れないけどね!絶対に許早苗!!

 

 

 心中謝罪をしつつ、前世で受けた屈辱を忘れてはいなかった……が、そんな心中のことなど知らない周りは故にお互いに自己紹介を済ませた後だ。気配を感じて天子と霊夢は真っ先に気づくだろう。辺りに濃厚な霧が立ち込める……先ほどまで快晴だったのに急に霧が濃くなったことで二人以外にも気づく者がチラホラ現れた。

 

 

 「この霧は……」

 

 「まったく……」

 

 

 天子と霊夢はただの霧ではないとわかる。それも誰が発生させているのかも……霊夢に至ってはため息が吐き出された。

 

 

 「さっさと出て来なさいよ……萃香」

 

 

 うっとおしそうに言葉が吐き出された。すると霧は次第に形を作り一人の鬼っ子が姿を現す。

 

 

 「すぐにネタバレとか面白くないぞ霊夢?よぉ!天子来てくれたんだな、私ずっと寂しかったんだぞ?」

 

 

 霧の正体は伊吹萃香であった。たまたま博麗神社へ寄る途中で天子達を発見した萃香は霧となり後を追う……衣玖はともかく見慣れない女が傍にいたのだ。また知らない女を引き連れている……嫉妬の感情が見え隠れし、取って食ってやろう(物理的に)かとも思ったほどだった。天子に近づきすぎている貧相な女が気に入らないと挨拶がてら躾けてやろうと現れたのだが、天子と霊夢に気づかれてしまったのならば仕方ないことだ。暴れるわけにもいかずに大人しく天子に甘えようと決めた。

 ギュッと天子の腰に抱き着く小鬼。天子の背後でギリッと歯を噛みしめる音が聞こえてきたが無視をする。どうせあの竜宮の使いがやきもちを妬いているに違いないのだから。お前の傍にはほぼ毎日のように天子がいるのに、自分はこうしてたまにしか会えない……鬼は寂しがり屋だ。力も強いし、天狗や河童から恐れられては避けられる。宴会を開けばみんな縮こまり馴染もうとしない。大勢いるのにまるでそこには自分しかしないような錯覚にも覚えてしまう。だからこそ、今こうして天子に会える時間が嬉しいのだ。一人ではないのだと実感できるから。腰に抱き着いている腕に力が籠る。

 

 

 「萃香よ、力が強いぞ……ちょっと痛い」

 

 「罰なんだぞ?こんなに好きなのに他の女に現を抜かしているからだ……そのうち力ずくで奪い取っちまうかもよ♪」

 

 

 腰に抱き着いていた萃香が顔を上げ、頬を染めてねっとりとした視線で訴えかける。幼き姿をしても彼女は鬼であり、昔は四天王に数えられた一人である。その表情から幼さなど感じさせず、大人の色気を感じさせる程の魅力を放っていた。男ならば抱きたいと本能が獣に変わってしまうぐらいの誘惑に近かった。

 

 

 ふひぃ!幼女の体でありながら大人の色気を漂わせ私を魅了してくる!本当に私が男だったならば即お持ち帰りしてたわ……いえ、逆にお持ち帰りされる側ねきっと。女の私でもこれはノックアウトされちゃうわ……実にエロい!だけどそこがいい!!!だが我慢よ、ここは博麗神社で周りには霊夢や魔理沙と言った子供がいるんだからこれ以上は刺激が強すぎます。ので名残惜しいけどここまでよ。

 

 

 「萃香、ここは博麗神社だ。その視線は刺激が強い……周りのお子様達にはまだ早い光景だぞ」

 

 

 辺りを見回すと顔を真っ赤にしている魔理沙と針妙丸、クラウンピースはまじまじと興味深そうに見ていた。霊夢は平静を装っているが、視線を逸らしていた。大人の色気ムードはどうも慣れていないようだ。衣玖は……地獄の業火が瞳の中に映し出されていた。様々な感情が雄たけびを上げているのであろう。そして依神姉妹はというと……

 

 

 「ほわぁ~」

 

 「な、なな……ななななな!!?」

 

 

 意外にもこのやりとりをのんびり眺めていたのは紫苑であり、口をパクパクさせて頭から湯気が立ち上る女苑だった。妹の方がこういうムードには弱い様子で魔理沙達と同じく初心(うぶ)の反応だ。

 周りから視線を萃香の方へ向けるとその視線は紫苑と女苑を捉えていた。そこで天子は気づいた……萃香は二人がどんな反応をするのか試したのだと。天子にもし好意が芽生えているのであるならばそう言った素振りを見せるのではないか。いわば萃香の偵察だ。依神姉妹が自分の恋敵になり得るのか探りを入れたようだった。そして結果を見れて、周りの反応も見れたし楽しんだ様子の萃香は天子から離れて伊吹瓢に口をつける。

 

 

 「満足したか?」

 

 「ああ、また敵が増えそうだ」

 

 「「???」」

 

 

 視界の端で紫苑と女苑を捉えてボソリと呟いた。その呟きを耳にした依神姉妹は自分達のことを言われているとは夢にも思わなかった。

 

 

 そしてそのすぐ後に萃香は衣玖とひと悶着あるのだが……紹介したい相手がいるので天子達は次の場所へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「比那名居天子か……ご主人様とご友人様に伝えて面白い奴が来たと言わないとな!」

 

 

 博麗神社で出会ったクラウンピースは面白い玩具を見つけたように自分の帰りを待つ存在へと報告しに行った。これによって天子は某女神に目を向けられるようになったとか。

 

 



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88話 挨拶巡り その2

久しぶりの投稿になります。リアル忙しいので他の小説も思う様に進まぬ……南無三。


でもボチボチ投稿できるようにはしていきます。


それでは……


本編どうぞ!




 「ここが人里だ……って流石にわかっているよな」

 

 「当然よ、それでここに何か用でもあるわけなの変態野郎」

 

 「その名では言わないでくれ女苑……」

 

 

 冷ややかな目で見つめて来る女苑に心折られそうな私こと天子です。なんでここまで嫌われているの?

 

 

 「ねぇ女苑、天子が可哀想だよ?」

 

 「姉さんこいつはやっぱり変態野郎だったのよ。あの博麗の巫女が他にも女がいるとか言っていたじゃない?こいつきっと行く先々で口説いているんだわ。そうでしょ変態野郎さん?」

 

 

 違うと言いたいけど……あながち間違っていないので返せない私!でも言い訳すれば私の中身はピチピチの女の子なの!だから変態野郎ではないのよ……女苑に冷ややかな目で見つめられている理由ってこれだったのね。ショックだわ……

 

 

 天子は見るからに落ち込んでしまった。誰だって変態野郎と言われれば傷つくのは避けられない運命(さだめ)である。

 

 

 「天子落ち込まないで?よしよ~し♪」

 

 「なー!!?」

 

 

 そんな天子に対して頭を優しく撫でる紫苑にその行為を目撃して驚愕の表情を浮かべたのは衣玖。

 

 

 「姉さん変態野郎に甘くしないで!変態菌が移るわ!!」

 

 「天子様!私も撫でて差し上げます……よしよ~し♪天子様はこの世で一番素敵な方ですよ~♪私に対してなら変態野郎でも構わないですからね~♪」

 

 「うわぁ……姉さん以外にも女性を手駒にするとか……きもっ」

 

 

 両手に花とはこのことか、紫苑と衣玖に子供を可愛がるようによしよしされる天子の内心はと言うと……

 

 

 紫苑は優しいわね……って衣玖はさり気に私を変態野郎と決めつけないで!そして女苑は引かないでよ!これは二人が勝手にやったことだから距離を取らないで!!手駒とかそんな関係じゃないから!!

 

 

 ひと悶着あって人里へとやってきた天子御一行にハプニングはあったが、しばらくしてある人物に会うために寺子屋へとやってきた。

 

 

 「失礼します。慧音さんいませんか?」

 

 「おお、衣玖と以前の姉妹と……ど、どうしたんだ天子?なんだか落ち込んでいるようだが?」

 

 「……ワタシハ……ヘンタイヤロウ……ジャナイ」

 

 「……本当にどうしたんだ?」

 

 「色々とありまして……」

 

 

 寺子屋とやって来たはいいが様子のおかしい天子を見て困惑する慧音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごほん、すまない。醜態をさらしてしまったようだな」

 

 「いや、天子も大変だな」

 

 「……ああ」

 

 

 ホントそれよ……女苑に引かれて滅茶苦茶ショックだったんだから。ちなみに今も距離が離れている……心が針山地獄に囚われているようよ……

 

 

 「いい気味だわ……変態」

 

 

 精神と言う名のダムが決壊してナイアガラの滝()が溢れ出ちゃうわ……もうやめて!私のライフはもう0よ!!

 

 

 しわくちゃになりそうな表情を押し殺して慧音に事の経緯を伝える。

 

 

 「なるほどな、簡単に言えば友好関係を自慢しに来たと言うことだな」

 

 「慧音言い方が……まぁそんなところなんだがな。慧音は紫苑と女苑とは面識があったのか?」

 

 「ああ、以前に他人の財産目当てに悪さをする輩がいると聞いたのでちょっと注意したことがあった」

 

 「どこが注意よ、あれはまさしく暴力だったじゃないのよ」

 

 「……何か言ったか?」

 

 「……いいえ別に」

 

 「……ブルブルブル」

 

 

 紫苑と女苑は既に慧音と接触済みであった。異変が起こる前にも何度か他人から財産を巻き上げる行為をしていた紫苑と女苑は運悪く慧音に見つかって注意(頭突き)を受けたことがあった。その時に面識を持ったのだ。ちなみに紫苑はその時のことを思い出したのか生まれたての小鹿のように震えていた。

 

 

 「ところで慧音さん、妹紅さんや他の方々はどこにいるのかお分かりですか?」

 

 「妹紅は輝夜とやり合うと言っていたな。阿求と小鈴はこの時間だと自宅でゆっくりと読書している頃だと思うぞ」

 

 「っだそうです天子様、如何いたしましょうか?」

 

 「そうだな……」

 

 

 天子は依神姉妹に紹介しようと思っていたが都合が悪いのであれば仕方がない。次はどこへ向かおうかと検討していると慧音が思い出したように言った。

 

 

 「こころと小傘が命蓮寺に遊びに行ったな。丁度今の時間帯は暇だから遊びに行っても邪魔にならないと言ってもいたから訪ねてみてはどうだ?」

 

 「そうしようか……って女苑は全員知っているよな」

 

 「当たり前でしょ?短い間だったけど修行生活してたんだし」

 

 「じゃあ挨拶しに行こうか、紫苑は白蓮とはまだ会ったことないんだろ?」

 

 「ない、ねぇ女苑は命蓮寺の料理食べた?」

 

 「食べたけど……期待しない方がいいわ。精進料理だから肉とかないわよ?」

 

 「じゃあ行かない」

 

 「おいおい……」

 

 

 天子の料理を食べている内に次第に贅沢を言うようになった今の紫苑にとって精進料理は不満のようだ。これには周りの誰もが呆れ顔となる。

 

 

 「なら近場は……神子がいる神霊廟だな」

 

 「あのエロミミズクのところですか……チッ、アレが居るだけで行く気が滅入りますね。あっ、鳥籠をご用意すれば万事解決ですが」

 

 「鳥籠がどうして必要なの衣玖?」

 

 「いいですか紫苑さん、ミミズクを鳥籠に入れてしまえば後は見てる、嘆く、指をくわえているの三拍子で私達に手が出せなくなるのです」

 

 「衣玖お前……神子を鳥類扱いするなよ」

 

 

 ううん……相変わらず仲が良いのか悪いのか衣玖と神子の関係は深いようね。命蓮寺は紫苑が飯の量が少ないから拒否し、神霊廟は衣玖が神子を拒否してしまい次にどこへ向かおうかと悩んでしまう。むぅ……命蓮寺と神霊廟は二人の機嫌が良い時に回すとしてどこへ行こうか……悩むな。

 

 

 天子が悩んでいると聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

 

 「今こそ守矢神社を信仰しましょう!そして神様を信じましょう!守矢を信仰していればいつかはあなたは救われるのです……たぶん

 

 

 宗教勧誘……これは早苗であることは明らかね。あっ、そうだわ!次の目的地が決まったわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「流石天子さん、美少女で天才であるこの東風谷早苗を選ぶなんてわかってますね♪」

 

 「次の目的地が決まっていなかったから丁度よかっただけなんだがな」

 

 「またまた~天子さんそんなこと言って、実は私に気があるのですよね?」

 

 

 守矢神社へと向かう道中で早苗はふざけて天子に抱き着いた。

 

 

 むっ!で、でかい……だと!?これが今どきの女子〇生のバスト(戦闘力)と言うことなのね。早苗とは外の世界でも一緒に行動していたしある程度体型を把握していたけど、実際の弾力を味わってみると実物の大きさがこれでもかと伝わって来る。これはもしや転生前の胸の無かった私に対する当てつけなの早苗!!?

 

 

 その時に伝わって来る衝撃を天子は忘れない……内心めっちゃ凹んだ。持つ者と持たざる者の違いを思い知らされたのである。

 

 

 「早苗さん……整備された道だからと言って天子様に抱き着いていては危険ですよ。早く離れてください」

 

 「ええ~衣玖さんは心配性……『離れてくださいね?』あっはい……」

 

 

 擬音に例えるならばゴゴゴゴゴッと音を立て、満面の笑みを浮かべる衣玖が背後に立っている。早苗はスッと天子から離れて天子も内心冷や汗を流していた。それから急に静かになる天子御一行。

 

 

 「女苑、なんだか衣玖が怖い……」

 

 「姉さん……今の私達は空気扱いでいいの、気配をころしておきましょう」

 

 

 そして姉妹は自分達が巻き込まれないように空気と同化していた。

 

 

 「あっ、それと天子さん丁度よかったです。守矢神社にお客さんが来ていまして」

 

 「お客?私の知り合いだったりするのか?」

 

 「ええ、知り合いです。()()のですけど」

 

 

 知り合いが守矢神社を訪れているようだが一体誰なのだろか?と天子は思ったが、早苗は笑みを浮かべて誰なのか答えてはくれなかった。行くまで内緒ということらしいが……誰が訪れているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「着きましたよ」

 

 「ありがとう椛」

 

 「いえ、天子さんには色々とあの射命丸文(アホ鳥)が迷惑をかけていますので」

 

 「……一応上司だろ?そんな無礼な態度で大丈夫か?」

 

 「大丈夫です、問題ありません。寧ろあれが上司だと疑っているぐらいです」

 

 

 ふむ、相変わらずの犬猿の仲……この場合は狼鴉の仲になるのかな?まぁそれは置いておいて、私達は妖怪の山の入り口で椛と出会い、事情を説明するとわざわざ案内してくれた。椛も毎日警備続きだと精神が参るみたいで、仕事に影響が及ばない限りならこうして気分転換ということで付き添ってくれた。守矢神社への道は整備されて安全だから椛がいなくても安心だけれど紫苑と女苑に紹介しておきたかったから丁度よかった。お互いに挨拶を交わしてのんびりとお喋りしていると守矢神社へと到着した。

 

 

 「そうか、頑張れよ椛」

 

 「善処します。それでは」

 

 

 椛を見送った後、目的の人物はすぐに見つかった。守矢の巫女(正確には風祝)である早苗と保護者の神奈子と諏訪子……だけではなく、意外な人物と遭遇した。

 

 

 「――天子さん!?」

 

 「おや?天子がここに来るだなんてね」

 

 「菫子ちゃんと華扇さん!?こんなところで出会うだなんて意外な運命だな」

 

 「なに?この変態野郎と知り合いなの?」

 

 「その名で呼ばないでくれるかな!?温厚な私だってそろそろ我慢の限界だぞ!!」

 

 「天子落ち着いて?よしよ~し天子はいい子だよ~♪」

 

 

 菫子ちゃんと華扇さんが守矢神社に居るだなんて予想外の出来事だわ。驚いていると横から変態と周りに認知させようと口を挟んでくる女苑はやっぱり私のこと嫌いなのかしら……紫苑に慰められている私はとても可哀想な存在に見られているでしょうね……よし、帰ったら泣こう。

 

 

 自分自身を哀れに思いながら紫苑に慰められていた天子……その光景を見てムスッとしていた衣玖であったが、同じくその様子を見ている華扇も頬を膨らませて露骨に機嫌が悪くなった。なにやらマズイ空気が漂い始めたので菫子は話題を変えようとする。

 

 

 「ええっと……あら?あの時の双子も一緒じゃないの。それで天子さん達はどうしてここに?」

 

 「そんなの決まっているじゃないですか!天子さんは可愛くて美少女の天才スターである早苗ちゃんが魅力的過ぎてナンパしに来たんですよ♪」

 

 「うわぁ自分で可愛いとか美少女とか……ありえないわね」

 

 「なんですとー!?なんなんですか天子さん!!この金持ち属性持ちのメスガキ女は!!?」

 

 「メスガキ!?誰がメスガキよこのナルシスト!!」

 

 「なっなー!?これはもう事案です激おこぷんぷん丸ですよ!!こうなったら弾幕勝負です!!」

 

 「ふん!望むところよ!!」

 

 「……止めなくていいの?」

 

 「話が勝手に進んで止める暇もなかったぞ。それよりも……こっちを何とかしてほしいのだが」

 

 「……ごめん無理」

 

 

 早苗と女苑は弾幕勝負をするために空へと舞い、天子は衣玖と華扇に詰め寄られ菫子に救いを求める視線を送るが、紫苑に嫉妬する二人の間に割り込むなど彼女には荷が重く視線を逸らされた。

 

 

 その後のことだが、早苗と女苑との決着は引き分けとなった。今度は勝つとお互いに意気込み知らず知らずに仲が良くなっていたように見え、守矢神社に招かれた一行は早苗の自慢話と菫子の的確なツッコミを踏まえた談笑や衣玖と華扇による天子の取り合いに紫苑のお菓子独占欲事件もあって賑やかだが平和な時間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ神奈子、今回私達空気じゃない?」

 

 「早苗(子供)の友達が家に遊びに来た時の親の気持ちだと思ってればいいさ。それに……面倒ごとに巻き込まれないだけマシだと思え」

 

 「そうだね。平和が一番だね」

 

 

 保護者二名はガヤガヤと騒がしい騒音を背にのんびりと快晴な空を眺めながらお茶をすすっていた。

 

 



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