最強の前にて君臨する鬼 (破門失踪)
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1話

原作鬼滅の刃の黒死牟パートを読み終え、何でもいいから、どんな形でもいいからあの兄弟を書きたくなった。その産物が以下のものとなります。





時は戦国時代。各々の実力が試される血生臭い時代に、私は生まれた。……いや、生まれ変わったと言うべきか。

 

 

私には前世の記憶というものが曖昧に残っていた。今より遥か未来の、いわゆる現代に生きていた平凡な人間だったという記憶はある。そして今のこの身が、その前世の世界のある物語の中にいる人物のものであると思い出した。

 

 

『鬼滅の刃』という作中にその人物はいる。今世の私の名は継国巌勝。鬼滅の刃で『黒死牟』と呼ばれる鬼となる人物である。

 

この人物は弟への嫉妬心から人間から鬼へとなり、作中で驚異的な力を振るう。その厳勝に生まれ変わったのだ。

 

そして、本来の巌勝が鬼となる原因である双子の弟も確かに存在した。

 

 

名前は継国縁壱。私に残る記憶の通り、圧倒的な才を持って生まれた。本来の継国巌勝には嫉妬の対象かもしれないが、私にとっては血を分け共に生まれた可愛い弟である。

 

 

この時代、双子はお家騒動の元になるとして不吉とされ、更に縁壱の方は生まれつき額に痣があり周囲からも不気味に思われ、そのため忌み子として生まれ、疎まれていた。 それこそ実の父親に殺意を向けられるほどに。

 

弟は父に殺されそうになったが、それは母が阻止したそうだ。少し成長した今でも父の差別はあるが、私はそんなものは関係無いと可愛がった。そんな私に父がお咎めを口にする事も多々あったが、それでも私は縁壱を愛した。

 

 

 

 

憑依転生してしまったものはしょうがないと受け入れ、武家の長男として生きていた。しばらく過ごす内にこの世界についてわかってきた事がある。この世界は鬼滅の刃の世界ではないという事だ。

 

まず鬼が存在しない。鬼滅の刃での敵方として出てくる鬼が噂話すら出てこない。無理に探したとしてもそれは物語の中の事。

 

そして私が鬼滅の刃の世界では無いと確証を得たのは、この身に宿った異能と魔力の存在だ。

 

 

鬼滅の刃の作中でも鬼は異能を使用していたが、それは魔力ではなかったはずだ。私の中の薄れ始めた不確かな記憶でもそれは間違いない。この魔力を扱い異能を使える者がこの世界では『侍』と呼ばれ、戦等で活躍している。

 

この魔力を持つ人間は千人に一人の割合とされ、一人前に能力を使える者は大名や豪族に召し抱えられている。また戦国大名といった下克上を果たし、成り上がった者には本人自体が強力な能力者の例もある。

 

そして私は武家の長男である。代々続く家だった事から、魔力持ちが生まれやすい家系なのだろう。例に漏れず私も弟も魔力と異能を持って生まれた。

 

この未知の世界で生き残るため、そして武家の長男として私はこの力と向き合って生きることとなった。

 

 

 

鬼滅の刃の事を知っているため、弟がどんな存在かはわかっていたが、それにしても埒外だった。本来の継国巌勝が弟を「この世の理の外側にいる」「神々の寵愛を一身に受けて生きている」と評したが、正しくその通りだった。

 

 

「俺も兄上のようになりたいです。俺はこの国で二番目に強い侍になります」

 

 

生まれ変わった私からすれば本当に可愛い弟だ。ただ、私には弟程の才がない。弟の期待には応えられない。それはただただ申し訳なく感じた。

 

一応、私もだいぶ才がある方だと周りから言われるが、弟の縁壱と比べられれば霞む。まるで月とすっぽん。私の十や二十の努力を、弟が一で超えていく。天才としか言い表せない存在だった。

 

見てる世界が違う……いや、住んでいる世界そのものが違うのではないか思うほどだ。

 

確かにこれは知っていなければ嫉妬心も芽生えるというもの。私は前々からどんな存在かわかっていたのであまり苦に感じなかった。転生者であり精神が年齢より成熟していたというのもあるのかもしれない。

 

私は私。弟は弟だ。必ずしも兄が上であるという必要も無いだろう。それに私たちは双子だ。私が兄なのも、縁壱が弟なのも母より産まれ出た順番が少々違うだけの事。

 

ただ、兄として弟の目標になれないのならば、いっその事その旨を伝えた方がお互いの為だろう。

 

 

「良いか縁壱。お前は私よりもずっと強い侍になれる。私に遠慮することはない。……お前がどこまで強くなるか、私はそれがとても楽しみなのだ」

 

 

次第に周りからは弟に劣る兄と侮蔑や憐みの目を向けられるが、そんな事は私にとっては些細なことであった。今の私にはこの弟がどれ程の高みへと行けるのか、それを見てみたいという気持ちしかない。

 

 

とある時期に、縁壱に家督を継がせた方がいいのではないかという議論も出たが、それには必死に抗った。別に家を継ぎたかった訳ではない。ただ、弟の枷となるような事をして欲しくなかったのだ。

 

 

しかし、武家を継ぐにあたっては私もそれなりの存在感と実力を見せねばならない。しかも比較対象である弟が出鱈目な存在だ。ただ、この時代長男という立ち位置は絶対的なものである。多少劣りはすれども近しい実力ならば、長男である私がこの家を継げる筈だ。

 

弟に近づく為、必死に自らを鍛えた。気づけば歳を重ね元服し、戦場へと兄弟で赴くようになった。

 

戦場で弟と振るう剣は楽しかった。命の危機は幾度あれども、背を弟に任せていればなんの不安もなかった。それに修練の成果が目に見えてわかる。私の才も捨てたものではないと思えた。

 

しかし、弟は満足していなかった。さらに高みへと飛び立とうとしていた。

 

ならばと私は前世の微かに残る鬼滅の刃の記憶から、全集中とそれを用いる呼吸について弟ならばできるだろうと提案してみた。なんの根拠もない、実際の人間にはできないのではないかという案だったが、その提案を受け弟はすぐさまそれを自分のものにし、剣術の形へともっていった。

 

 

この時は感動したものだ。私が記憶から引っ張ったものを弟が実践する。そうして出来上がったのが、最強の剣術と言っても過言ではない"日の呼吸"である。

 

 

私も必死に会得しようとしたが、原作の通り私には不可能だった。だが、日の呼吸は使えずとも、鍛錬は私を強くした。

 

私は後に月の呼吸と呼ばれるであろう派生剣術も生み出し、その頃から戦場が一変した。周りからは自分たち兄弟を起用した方が勝つとまで言われ、最強の兄弟として讃えられた。

 

 

私は嬉しかった。兄として、弟が生み出した剣が最強と呼ばれることに大きな幸福感を抱いていた。そして派生とはいえ、その剣術を自分も使える事に満足感を覚えた。

 

 

弟はそんな事には興味は無いと、再び剣を磨く道を進んだ。私が少し悦に浸っていたのは恥ずべき秘密である。だが、この感情こそが後々私の人生を変えることとなった。

 

 

 

私は弟に並び立てる存在に居続けようと必死に修練を重ねていると、自分の中で枷が外れたような感覚に至った。そして有り得ないはずの魔力が増加するという現象も起こった。

 

この現象を調べてみるとごく一部の有力な侍がその境地に到り、彼らはそれを《覚醒》と呼んでいると判明した。

 

ちなみに弟は結構前からこの境地に至っていたらしい。

 

 

これを機に私は日の呼吸の習得に見切りをつけた。私には手の届かない理想だったようだ。それに私は厳勝だ。ならば本来の黒死牟が使う"月の呼吸"を極めねばならない。

 

 

 

これがまぁ上手くいかない。弟がポンポンと生み出していたのに比べて、私のは地道なものだった。まず、記憶中の月の呼吸は鬼となった黒死牟のものだ。前提からして人間の身では不可能な型が存在する。

 

今の私に無く、黒死牟にあったもの。それは刀を肉体から生み出す能力である。それにより刀の形状を変えていたのだが、私にはそれが出来ない。使える型はかなり絞られていた。

 

数個の型であっても、強力な剣術には違いなく、弟からも「兄上はその呼吸で妖でもお切りになるのか?」と暗にやり過ぎだと言われたが、一言だけ言わせてもらいたい。未だ日の呼吸を極め続けるお前が言うな。

 

 

 

その後は戦にも出ることもなく、お互いの呼吸を高め合う日々を過した。その中で私にはとある感情が芽生えてきた。最強の座を護りたいという傲慢にも似た感情だ。

 

 

ただこれはもちろん自分の事では無い。私の弟が、日の呼吸こそが最強だと証明したいという思いであった。

 

私では弟を超えられない。それはつまり、私程度を超えることが出来なければ、弟には届きもしないという事。

 

 

その思いから武者修行と称して各地を巡り、強者を下す旅を始めた。噂が広がり私に対する挑戦者も現れだし、それにも勝ち続けた。

 

勝ち続ける事はこの継国厳勝の宿命かもしれない。本来の厳勝も最強の剣士である弟に負け、弟が寿命で決着がつかなくなってから負けるわけにはいかなくなった。

 

修行の旅の中、私の身体に変化が起きた。本気で刀を振るう際に、正しく鬼滅の刃の黒死牟に変貌していたのだ。同時に肉体も異様な再生能力を持ち始めていた。どうやら私は《覚醒》のその先にまで行ってしまったらしい。

 

 

 

そうして私はただただ勝ちを求める鬼となった。

 

 

 

鬼と言っても、鬼滅の刃の鬼というわけではないらしい。身体能力が飛躍し、肉体の再生能力も上がり、歳も取らなくなった。

 

だからといって昼に出歩けないとか食人衝動に襲われることも無く、鬼舞辻無惨が聞けば殺しに来そうな素敵な鬼となった。また、黒死牟の六つの瞳は本気の時だけ開いてしまうが、平時は人間の姿でいられるのには安堵した。

 

 

その報告も兼ねて弟の下へと帰ると、案の定驚愕された。思えば私が弟を驚愕させたのは初めてではないだろうか。今までは私が弟の剣の才に驚かされてばかりだったが。

 

そして私の野望を伝えた。どうせ歳を取らなくなったのだ。お前の最強の座、そして日の呼吸を守ると。

 

弟は当然の如く、そんな事をする必要は無いと説いたが、これは私の自己満足であり我儘なのだと伝える。その決意を聞くと、弟は諦めたようにため息を吐き私に言った。

 

「兄上、私はそれ程大そうなものではない。長い長い人の歴史のほんの一欠片にすぎない。私の才覚を凌ぐ者が今この瞬間にも産声を上げている。彼らがまた同じ場所までたどり着くだろう」

 

などと謙虚な言葉を吐いたが。

 

「ぬかせ。お前みたいな奴が歴史上に何人もいたら、それこそ世が壊れる。そろそろ自分の力を自覚しろ」

 

一応兄として咎めておいた。

 

 

 

 

 

 

 

時間は飛び、この世界に生まれて80の年が過ぎた。

 

未だに私は弟以外には不敗。そして弟は歳を取ったとはいえ未だに私に勝ちを譲ってはくれなかった。

 

徐々に老いていく弟に尋ねたことがある。

 

「お前ならいとも容易く私のように人を超えられるだろう。どうしてそうしない?」

 

私が出来たのだ。弟に出来ないはずがない。そうすれば伸びた寿命、強化された肉体で更なる剣を極めることも出来たはずだ。

 

「私は人として生まれ、人として死にます。……なに、兄上がいるのです。磨き上げた技も生きた証も、何も心配しておりませぬ」

 

何度聞いても返ってくるのはこの答え。私は弟の意志を尊重しているが、先に逝かれると思うとどうも悲しいものだ。だが、どうせ言っても聞かんし、私も野望がある故にまだ逝く事はできん。

 

「そうか……任せておけ。当分最強の座はお前のものだ」

 

「いえ、意外とすぐに彼岸でお会いすることになりますよ……きっと」

 

それ即ち私を超えるような者、それこそ縁壱のような者が早々に現れると弟は予想するらしい。その言葉には確信がある様にも見えた。死ぬまでこの弟は自分がどういう存在か自覚せずにいた。

 

「お前にもっと常識を教えるべきであったと酷く後悔している……」

 

まぁ、たとえ自覚したとしてもこの天才が生き方を変えたとも思えないが。

 

 

 

そしてまるで原作の再現のように、私と死期を悟った弟は最期の戦いを行った。唯一原作と違うのがお互いの心境と表情だろうか。お互いに言葉は要らず、これまでの全てを一刀に込めた。

 

「……見事だ」

 

いつも通り私は地に伏した。弟は立ったまま逝ってしまった。

 

老いた身体とは思えない、私が見た中でも最高の一振りだったと言える。切られた私が感動する程の、神の如き一閃。

 

「まったく……実の兄を切り捨て……満足そうな顔をしおって……」

 

私の胴体は泣き別れる様に切られており、鬼の身体でなければ確実に死んでいた。一切の容赦の無かった最強の剣。それを記憶と身に刻み込み、私は俗世を離れる事にした。

 

 

 

 

 

 

私の目的は弟の最強の座を守る事。その野望が破られた時、それすなわち縁壱と同等、もしくはそれ以上の猛者が現れた時。それまでこの身が持つのかはわからぬが、願わくばあの神の如き剣を超えるもので生涯を終えたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

それからおよそ四百もの年が経った。

 

雪の降る夜。世間は元旦を祝っていたが、私はとある約束を守る為にある山中にいた。山の中腹の少しばかり開けた場所。そこで私は男と向き合っていた。

 

「嬉しいぜ『黒死牟』。約束を守ってくれてよ」

 

私の前に立つカイゼル髭を生やす老人。そのしゃがれた声からは老いたとは思えない覇気を感じる。

 

黒鉄龍馬。ここ四百年の間で唯一私に傷をくれた男だ。この男相手ならば、私も久々に鬼としての力を表に出せる。普段は隠している『黒死牟』としての顔で向かい合う。

 

「礼は要らん……約束を果たしに来た…………いや……待て……」

 

小さき者が近づいている気配を感じる。龍馬もそれに気がついたようで、その方向を向いた。その先には年端もいかない少年がコチラを見ていた。私の姿を見て震えているようだ。目からは涙が零れていた。

 

これは私が悪いのだろうか。確かに鬼としての私の表情は恐怖を与えるものであろうが。

 

「ん?厳のところの小僧か」

 

どうやらこの少年は龍馬の知り合いであるようだ。

 

それが私とその後私の弟子となる、黒鉄一輝との出会いであった。




鬼滅の刃読んだ反動で、この鬼いちゃん縁壱神にぞっこんになってしまった。反省はしている……だが、私は謝らない。


今更ですがクロス先が落第騎士なのは、この兄弟があの世界に生まれていたら……と安易な妄想をしてしまった結果。この作品のテーマは縁壱神の御威光を知らしめる事にあるのです。作品と作品のパワーバランスなど……無きに等しいのです。


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2話

縁壱信者増えろ増えろ……賛美ぃ……賛美ぃ……





これは自分黒鉄一輝の無謀とも言える夢が始まった日の出来事だ。

 

 

雪の降る元旦。自分の家には一族の全員が集まっていた。

 

部屋に篭っていても聞こえてくる楽しげな声。その中に自分は入る事は出来なかった。自分はもうこの家ではいないものだから。その声から逃げるように家の裏手の山に入った。

 

その結果、冬の山で道に迷ってしまった。日が沈むにつれ気温も下がり、雪は勢いをまして吹雪へと変わった。だが.......家からの助けは来なかった。

 

わかっていたことだが、本当にいなくても良い存在なのだと示された。ここで凍死したとしても、誰にも何の影響もないのだろう。いや妹は悲しんでくれるかなと思い、涙が伝った。

 

悔しかった。自分の才能の無さではなく、誰も自分は強くなれると信じてくれない事実が悔しかった。

 

 

 

そんな時だった、人生を変える出会いがあったのは。

 

出会ったのは黒鉄家、そして日本の英雄でもある自分の曾祖父黒鉄龍馬さん。白髪でカイゼル髭を蓄えた大柄な老人だ。

 

そして更に、龍馬さんの対面にいる目が六つもある異形。和装に身を包む人の形をしていたが、その雰囲気と顔は人間のそれでは無かった。

 

その異形の前に悔しさの涙は恐怖の涙に変わった。本能が逃げろと叫んでいるが、身体は凍り付いたかのように動けなかった。

 

「ん?厳のところの小僧か」

 

龍馬さんが背後にいる自分に気付いた。それと同時に異形から放たれていた威圧感は多少和らいだ。ただ、ソレは六つの目で自分を見ていた。

 

「こんな所で何してんだ?」

 

龍馬さんに尋ねられ、自分は事の顛末を話した。悔しくて山に逃げて、迷ってしまった事を震える声で話した。そうすると龍馬さんは少年のように笑う。

 

「いいか小僧。その悔しさの粒はまだお前が自分を諦めてねぇ証拠だ。それを捨てんじゃねぇぞ。諦めない気持ちさえあれば人間はなんだってできる」

 

そう言って龍馬さんは自身の霊装を手に異形の方へと向く。

 

「よく見ておけ。諦めない気持ちがあれば、この鬼を退治する事だって可能だ」

 

目の前の異形を龍馬さんは鬼と言った。そしてそれを退治すると。弱くて未熟な自分でも本能で理解出来た。いくら英雄の龍馬さんでもこの鬼には太刀打ち出来ないと。

 

 

「退治とは.......大きく.......でたな.......」

 

鬼は独特な間で声を発した。それだけなのに心臓を鷲掴みにされるような威圧感が再び襲いかかる。そして鬼が腰に差した刀を抜き放った。

 

それは刀とは思えない見た目をしていた。刀の形ではあったが、刀身、柄、縁金の至る所に生きているような目が浮き出ていた。そして血管のように赤い筋が走り不気味さを増していた。

 

「待たせたな。いくぜぇ黒死牟!!」

 

 

 

 

 

 

そこからはまるでコマ送りのように、世界が遅くなった。龍馬さんが走っている筈なのに、その一歩がひたすら長く感じる程に。

 

「月の呼吸━━━━陸ノ型 常夜孤月・無間」

 

そんなスローの世界の中で鬼の刀が残像を残しながら、幾つもの弧を描いた。この世界で残像が見えるほど早く振るわれる剣。優に十や二十を超える斬撃は、まるで剣の壁にも見えた。

 

その壁に向け刀を構えて突撃する龍馬さん。その背中は老いているとは思えない程雄々しく、覇気が溢れていた。そして次の瞬間ゆっくりだった世界は急激に加速した。

 

 

 

血飛沫が舞った。英雄は倒れた。

 

 

 

その大量の血液が龍馬さんから出た事より、自分は別の方に意識を取られていた。六つ目の鬼の左腕が切断され、宙を舞っていたのである。

 

 

自分はこの目で英雄譚を見たのだ。英雄が鬼と対峙するその場面を。その光景は幼い頃の自分の意識をガラリと変え、ひたすらに追いかける憧れとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事だ。……この身の一部を……落とされるのは……弟以来か……」

 

「人生かけて腕一本じゃ……割に合わねぇがな」

 

明らかに致命傷の筈だが、龍馬は地に伏し血を吐きながらも笑っていた。

 

本当に惜しい。この者が若い肉体、そして長い寿命があればと思わずにいられない。

 

「貴様も……私の様になればいいと……何度も……言ってきたのだが……」

 

「馬鹿言え、あんたの弟とやらは、人間のままあんたを真っ二つにしたらしいじゃないか」

 

見たことも無い縁壱に対して負けん気を発揮しているのか。ただ私の弟は常人とは違う。あれは近付こうとすればする程遠ざかる太陽のようなものだ。

 

「アレは……だいぶ特別だ」

 

「わかんねぇぜ。こうして特別じゃねぇ俺でもお前の腕は取れたんだからよ。いつか才能の欠片もねぇ奴が、お前の首を取りに来るかもしれねぇ」

 

それがこの男の最期の言葉となった。

 

「……」

 

戯言を……とは言えなかった。現にこうして私は腕を切り落とされたのだから。

 

正直言って弟が死んでからの四百年余り、私は酷く退屈していた。弟を超える者はおろか、この私にすら迫る者は現れなかった。もちろん日の呼吸を扱える者も見つけ出せなかった。

 

最初の頃は呼吸法を教え、手ほどきするなどはやっていたがその成果も芳しいとは言えなかった。二百年を越えたあたりからはただ待つようになった。たまに現れる最強を騙る者の許へと赴き、その称号の本当の重さを叩き込む。

 

 

四百年の間に私の世間に対する興味も無くなっていく。二度の世界大戦、日本も巻き込まれ参戦したソレにも積極的な介入はしなかった。

 

私はもうこの時代の人間ではない。この時代の事はこの時代の者が対処すべきと判断した。しかしこの国の長、その時の総理大臣に懇願され、先の大戦で一振りしたのは、侍だった頃の残滓が私を動かしたのだろう。

 

 

こんな怠惰な四百年余り。ようやく私に希望を与えたのが黒鉄龍馬だった。初めはかすり傷。だが最期にはこうして腕を一本持っていかれた。

 

ならいつか現れるのかもしれない。縁壱の領域まで達し、私に引導を渡す者が。

 

 

さて、左腕も既に再生した。龍馬の遺体を担ぎ、この山の麓にあるという彼の生家まで運ぶとしよう。この英雄を此処に放置というの流石に悪い。

 

「あっあの!」

 

ん?そう言えばこの少年がいたか。

 

目の前で自分の知り合いを殺された。その上もう鬼の表情では無いとはいえ、私のあの顔を見られたのだ。此処に放置するのも危ないだろうが、かと言って私に対する心情などを考えると連れて帰るとしても怯えられそうだが……

 

「僕を弟子にしてください!!」

 

「……何?」

 

かつては多く聞いた言葉。二百年前までは積極的に弟子の育成を行っていたが、私の育て方が悪いのか誰一人として私が認めれる程度の剣士にはならなかった。数人ほど《覚醒》までは至ったものの、それまでだった。

 

弟子にしてくれと言われ、最初に見るのはその者の持つ素質だ。縁壱は先天的に、私は後天的に会得した視認した相手の全てを見透かす観察眼。それを用いてこの少年の未来の可能性を予測する。

 

肉体はまぁいいだろう。まだ子供故にこれから幾らでも鍛える事が出来る。これといった障害や病気を抱えていないだけで十分だ。

 

問題は魔力の方だった。『侍』、今の時代では『伐刀者(ブレイザー)』と呼ばれる者たちの中でも、底辺の魔力量しか持っていないのだ。この問題は彼が《覚醒》と呼ばれる領域に達するまでは一切解決しない。

 

「残念だが、お前には魔力が……」

 

「はい、僕は魔力量が少ないです。……でも、諦めない。諦めきれないんです!」

 

「この男に……龍馬に言われたからか?」

 

肩に背負う老人の遺体を目で示しながら尋ねる。目の前で人が一人殺されたというのに、この少年の目は決意と未来への希望で輝いているようにも見える。

 

 

「はい!こんな僕でも貴方に挑む龍馬さんの様になりたいんです!」

 

 

スポーツであれ戦争であれ、勝負の場にて英雄と呼ばれるような人物が他者に与える影響は大きい。特にそれが幼い子供の目の前での出来事なら、その衝撃は世界を塗り替えてしまうだろう。

 

だが断るべきだ。分不相応の憧れに手を伸ばせば人は不幸になるのを私は知っている。……原作での黒死牟の様に。高く強すぎる輝きは必ず影を作るのだ。

 

「悪いが……」

 

 

━━━いつか才能の欠片もねぇ奴が、お前の首を取りに来るかもしれねぇ

 

 

肩に背負う龍馬が耳元で囁いた気がした。まったく……とんだ置き土産を残して逝ったものだ。

 

「いや……良いだろう。お前を鍛えよう」

 

「本当ですか!?」

 

どうせする事も無い。退屈な日々の暇つぶし程度にはなるだろう。

 

となればまずは色々と手回しする必要があるか。また何か言われても面倒だ。

 

「ひとまずお前の親に話をせねばな」

 

勝手に誘拐と見なされてはたまったものでは無い。そう思い、龍馬を背負いこの山を降り始める。しかし、少年の足取りは重かった。

 

「……どうした?」

 

「誰も僕一人居なくなろうと気にしません」

 

「それは……どういう意味だ?」

 

この少年、黒鉄一輝は拳を握り締めながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

 

5歳の誕生日に黒鉄家の当主である父親から「何もできないお前は何もするな」

と最後の言葉を言い渡された。その言葉以降両親はおろか親戚からもいない者として扱われ、家の中では外から鍵をかけられ隔離もされたそうだ。

 

その周囲の環境に私はこの少年に幼き日の弟、縁壱を重ねた。だが弟には確固たる才能があった。加えて父親や周囲からの扱いに私と母親だけは味方であった。

 

一輝にも兄妹がいるそうだが兄は彼に興味を持たず、唯一自分の存在を認めてくれる人間は妹だけだそうだ。

 

 

なんと哀れな少年だろう。今の彼には本当の意味で何も無いのだ。才能も力も周囲からの愛すらも無い。あるのは分不相応な憧れだけ。

 

私は彼に何か与える事はできるのだろうか。我が弟ならこんな問題も如何様にも解決してみせるのだろう。だが私にできることは、力を与えてやるくらいだ。

 

 

 

さて、突如抱える事になった難題を思案しながら、私たちは黒鉄家へとたどり着いた。いきなりの侵入者に敷地内は一時騒然としていたが、『黒死牟』の名と厳を呼べと脅す形で伝えてもらう。

 

正月に尋ねられて大変迷惑だろうが、気にしたら負けだ。

 

数分後その名が示すとおりの雰囲気を持つ黒鉄家の当主、国際騎士連盟日本支部長官でもある『鉄血』黒鉄厳が人払いをしながら現れた。この日本でたった二人、私の存在と居所を把握する男でもある。

 

厳と会うのはこれで二回目。前は私の住んでいる屋敷に彼の父親である前長官と、私についての引き継ぎに来た時に紹介された。

 

「何故貴方がここに居るのだ?」

 

厳の視線はまず私の表情、次に私が肩に背負うこの者の祖父の遺体、最後に一輝を見た。祖父の遺体には僅かな表情の変化が見られたが、自身の息子である一輝を見た時はまるで表情が無かった。

 

「龍馬との約束があってな……英雄に相応しい最期だった。手厚く弔ってやるといい」

 

「他に要件は?」

 

「一輝を弟子として預かる」

 

「どうぞご自由に」

 

返答は驚く程早かった。息子を得体の知れない人間に預けるという事に何の危機感も抱いていない。彼の心情が読めず困惑していると屋敷の中から銀髪の少女が飛び出してきた。

 

「お兄様!!」

 

どうやらこの少女が一輝の妹の様だ。ついてしまった癖で彼女の才を見てしまうが、一輝とは違いしっかりと魔力を持って生まれてきたようだ。服装からも一輝との扱いの差が見て取れる。

 

「荷物を纏めてこい。しばらく戻れなくなる。妹とも少し話してくるといい」

 

徹底的に鍛えるにあたって、私は一輝を私の住んでいる場所に連れていく事にした。定期的に家に戻そうとは思っていたのだが、この様子を見る限り戻るのはかなり長くなりそうだ。

 

「はい、わかりました……行こう珠雫」

 

「?……お兄様どうしたのですか?」

 

妹の手を引き、屋敷とは別方向に向かおうとする一輝。状況が読み込めず困惑してる妹。その画だけを見ればこの場の空気とはまるで違った微笑ましいものであった。

 

「珠雫、ソレと離れて屋敷に戻りなさい」

 

「お父様……」

 

「戻りなさい」

 

実の息子をソレ呼びか。まったくもってこの男が何を考えているのかわからん。だが兄妹の時間を遮るな。五百年たっても弟との思い出は鮮明に思い出せる。それ程本人等にとっては重要な時間だ。

 

「兄妹の時間……それを邪魔するような真似を()の前でしてくれるなよ」

 

厳に対してわかりやすく威圧感を放つ。彼はそれを受けて眉間を顰め瞼を閉じた。それ以上兄妹に何も言う事は無かった。

 

「一輝、私はここで待っている。急ぐ必要は無い」

 

「はい」

 

 

 

 

 

「貴方に人間味があるとは驚きだ」

 

「実の息子にあの態度をとるお前には言われたくない」

 

「私は父親である前に黒鉄の当主。この国の騎士達の規律。それは親である事以上に優先される。その中でアレを他の者と同等に扱う必要は無いと判断したまでた」

 

「それはまた……随分と可哀想な親子だな」

 

その考えは私も知っているし、その渦中にいた経験もある。武家の長男として忌み子と扱われた弟との関わりを幾度も断たれそうになった。だが、私はあらゆる手段を用いて周りの介入を弾いていたのだ。

 

それは私が前世の記憶から、周囲の考えが全てではないとわかっていたからとれた行動なのだろう。もし何も知らない中で、課せられた使命や重い責任に雁字搦めにされるとこのような父親になるのかもしれない。

 

「アレについては好きにするといいでしょう。だが、これは黒鉄家の問題。貴方は部外者だ。これ以上介入しない事を約束して頂きたい」

 

「……承知した」

 

たしかにこれは一輝と厳の親子の問題。私がこれ以上土足で踏み入るのはお門違いというものか。

 

まぁいずれにしろ一輝次第。幾ら哀れとはいえ、ものにならなければそれまでだ。彼の無謀な憧れも、最悪な親子関係すらも。




とりあえず鬼状態の時だけ……←多用する事に。
眼球多すぎて口が上手くまわらない可能性が微レ存。


続きの予定は未定。

感想、評価等ありがとうございます。


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3話

多くの評価を頂いた……こちらも早く投稿せねば……不作法というもの……



……?!文が進まぬ!!まさか血鬼術?!



A.いいえ見切り発車の弊害です。

そんな感じの第3話。


僕は荷物を背負い家を出た。望む未来を掴むために。

 

自らを『黒死牟』と名乗る師匠と共に。

 

 

しかし……どうして…………どうしてこうなった!

 

 

「ヒィィィ!!」

 

「ジタバタするな。辛抱しろ」

 

そして今は師匠の背中に掴まり、歯を食いしばっていた。歯の隙間からはみっともない音がこぼれていた。

 

黒鉄家の敷地を出て、師匠の屋敷へと向かうと言われた。ただ少し距離があるため、僕の足に合わせていたら時間が掛かるらしい。車かバスか、それとも電車なのか、はたまた飛行機の距離なのか。

 

 

 

そう考えていたところで、まさかのおんぶである。これは幼い僕に配慮してくれたのだろうか。

 

 

 

だが、背負われた瞬間、新幹線顔負けの速度で走り出した。……配慮するならば事前に一言欲しかった。

 

 

人目につかないように進んでいる為か、一般的な道路等はほぼほぼ通らなかった。山や林の中を走り、道が無ければ木の枝を伝いながら。街に入ると家屋の屋根や電柱を足場に飛び、川や湖に至っては水面を駆けていた。おそらく師匠はほぼ直線で帰宅しているのだろう。

 

さらに驚かされたのは激しく動いているはずなのに足音も大きな揺れも無く、尋常じゃ無い速さなのに風圧も無い。身体的には非常に快適な道中だった事。

 

 

ただ心はさながら事前告知無しでジェットコースターに強制乗車させられた気分になっている。

 

 

この時点でもしかしたら自分は弟子入りする人を間違えてしまったのではと思えてきてしまった。師匠はもしかしたら常識がずれているんじゃないだろうか。

 

 

 

体感は長いようで実際には非常に短い時間が終わると、どこかわからない山の中にいた。目の前には山を分けるように巨大なフェンスが連なっていて、フェンスゲートの傍に掛かっている看板には『危険!関係者以外立ち入り禁止!!』の文字が見える。

 

「着いたぞ」

 

「え?……ここですか?」

 

周りはうっそうとした木々が広がるばかりで、屋敷らしいものは何も見えない。唯一あるのは目の前のフェンスゲートの先に細い道が奥へ伸びているだけだ。

 

「この柵より先は私の土地だ。名目上は政府が管理している事になっているが……」

 

「この山の全てですか?!」

 

体感でしかないが、まだ山の下層。これより上がほぼ師匠の持ち物となるならば、その広さは計り知れない。黒鉄家の裏山もそれなりの大きさだが、ここはおそらくそれ以上だ。

 

「世界大戦の際、一振りの見返りとして頂いた。実際はその前から住んでいたが、所有権ははっきりさせておいた方がいいからな」

 

そういいつつ師匠はフェンスゲートの鍵を解く。耳障りな音を立てながら巨大な門が口を開けた。そして師匠が振り返る。

 

「さて、私自身の事やこれからについて聞きたいことは山ほどあるだろうが、先にお前の覚悟を問わねばならん」

 

「覚悟ならあります!」

 

自分を見つめる師匠を見つめ返す。しばらくの間を置いて、師匠は目で山を登る細い道を示した。

 

「この道は一本道だ。舗装も整備もされていないが、迷うことはまずない。そして道は私の屋敷へと続いている。水や食料も所々で置いといてやろう。日が昇るまでにたどり着くことだ」

 

師匠は闇に紛れるように離れていく。その背中から檄が飛んでくる。

 

「山でただ泣くことしかできん子供に教えることなど何も無い」

 

先ほど実家の裏山で遭難していた事を言っているのだろう。まだ少ししか経ってないとはいえ、あの時の自分とは違う。自分は先の英雄譚に憧れたのだ。

 

「僕は……強くなるんだ!」

 

自分に言い聞かせるように大声を出し、山を登り始めた。

 

 

 

意を決して登り始めたが、その思いはすぐに揺らぎ始める。月明かりしかないので暗いし、夜の冬山でとても寒い。背中の衣服等が入ったリュックも重い。

 

何よりキツイのが、どのくらいのペースなら間に合うのかがわからないのだ。

 

道も確かにあり、補給も置かれているので迷ってはいないのだろう。だが、間に合わないかもしれないという不安からペースが安定しない。

 

 

ある程度登ると寒さに耐えれなくなってきた。できるだけ重ね着して、リュックはもう置いていこう。

 

 

歩く。

ただ歩く。

ひたすら歩く。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

上に行けば行くほど雪が積もり始める。足を取られ体力が奪われる。気づけば空気も薄くなり、息苦しくなる。身体中に疲労が溜まり、最後には足がもつれて倒れてしまった。

 

起き上がろうと両手に力を込めるが、身体がいうことをきかない。重ね着した服が鉛のように重く感じる。地面と接している箇所から体温が更に奪われていく。

 

 

 

 

目が霞む……意識が遠のく……眠くなってきた……

 

 

いつの間にか寒さや痛みが曖昧になり、逆に心地良い睡魔が自分を包む。やるべき事はわかっているのだが、身体はもうその誘惑に素直になろうとしていた。

 

 

行かなきゃいけないのに……もう……ダメなのかな……

 

 

 

 

━━━━━こんな所で諦めるのか?小僧

 

瞼を閉じかけた時、今は亡き英雄の声が聞こえた気がした。

 

 

ついに幻聴まで聞こえ始めた。だけどそれはこの状況ではこの身と心を奮い立たせるにはちょうど良かった。眠気は一気に霧散し、意識がはっきりする。

 

自分の僅かしかない魔力を振り絞り、肉体を強化する。魔力と精神の後押しを受け、身体を持ち上げようとする腕に熱が戻るのを感じる。

 

「まだだ。もう逃げないし、諦めない!」

 

よろけながらもなんとか立ち上がり、それからほぼ無意識で歩みを進める。気がついた時には視界の奥に微かだが暖かい光が闇の中に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山の中腹、その開けた場所にある木造の屋敷。その庭で焚き火を起こす。

 

薪の燃える音と柔らかな光が暗闇を照らした。ここが一輝の目指す場所である。

 

私が一輝に課したこの試練。幼き体にはあまりに酷な仕打ちは、私の弟子となる上では必須の事。私が教える全集中の呼吸の特性故である。

 

 

全集中の呼吸は超人のような力を得るものだが、あくまでも技術である。その身を酷使する程の修練を重ねる以外に習得方法はない。

 

それはつまり、心身共に修練を乗り越える頑健さが必要であり、逆に言えば特別な才能が無くとも習得そのものは誰にでも可能である。

 

故に生半可な覚悟では教えるだけ無駄であり、このくらいの試練で音を上げてもらっては困るのだ。

 

 

とはいえ一輝はまだ幼子。道も示し、補給も整えた。それにこの山の中であれば、私なら何処にいようと手に取るように状況を掴む事ができる。命を落とさないようには配慮した。

 

それもそのはずで、これは肉体ではなく心を試すのが目的だからだ。その為に具体的な距離などは伝えていない。夜闇で先が見えないのも不安を掻き立てるだろう。

 

何処で力尽きるかで今後の修練の内容や手順を考えねばならぬが、果たして何処まで来れるか。

 

 

 

丸太を椅子に座り焚き火にあたりながら、この山に意識を広げていく。

 

一輝はどうやら半分を過ぎた辺りで倒れている。鼓動も弱く体温も低下している。意識が遠のいているのだろう。やはり子供には酷だったか。

 

「ここまでか……」

 

この程度で落胆はしない。元々これは彼を測るだけの試練。それにあの齢であそこまで歩みを進めただけでも大したものだ。

 

日が昇る前にたどり着けとは伝えたが、できないからと言って弟子にしないとは言っていない。彼は幼いながらも私に覚悟を見せたのだ。

 

 

このまま放置してはそれこそ死んでしまう為、回収しに行こうと腰をあげる。

 

 

そこで私は彼の真なる覚悟に驚かされた。

 

 

一輝は再び立ち上がり、たどたどしくも歩み始めたのだ。既に身体は満身創痍の筈。もう限界だろうに彼はまだ此処を目指している。

 

ならば彼の覚悟を見届けねば。私は再び腰を下ろし、新たな弟子の到着を待った。

 

一輝が到着したのは、暁の頃。空が白み始めたその時に姿を表した。労いの言葉でもかけようとしたのだが、彼はすぐに意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

力尽きた一輝を布団に寝かせ、私は久しぶりにこの山の頂へと訪れた。

 

本来の黒死牟が浴びることが出来なかった御来光をその一身に受ける。山頂には二つの影が並んで伸びた。

 

一つは私自身が作る影。もう一つは縁壱の墓石が作る影。私が素人ながらに作った無骨で等身大の岩が作る不格好な影だ。

 

この山に隠るおよそ四百年の間、変わらない朝の陽を浴びその場に座り込む。二人分の盃に持ってきた酒を注ぎ一つを墓前へ。もう一つを自身の口元へ。

 

およそ五百年の慣れと、鬼の身体故か効きにくくなった酒も、今日という日は格別だった。

 

「今日は……色々あった」

 

龍馬に腕を落とされ、一輝を弟子にした。この一日で私の世界ががらりと変わってしまった。

 

 

もう縁壱はおろか、私にすら迫る者は現れないのだと何処かで冷めていた。

 

才ある者を見出し、教えるも成果は出ないのだろうとただ待つだけの生活。

 

 

永き時間を微睡んで生きてきたかのようだ。目が覚めたというのはこういう心情を言うのだろう。

 

「お前はすぐに現れると言ったが、五百年でようやく腕一本だ。それともお前にとっては五百年も一瞬なのか?」

 

皮肉めいた言葉で縁壱の言葉をくつくつと笑う。しかしすぐさまその笑みは消えた。

 

 

 

 

 

「ただ……私も少々……怠け過ぎたか……」

 

 

 

 

確かに龍馬は英雄だった。彼の生涯をかけた研鑽の対価として、腕一本くれてやっても良いと思える。それ程の者だった。

 

 

だが私は……俺は負けるわけにはいかない。

 

 

縁壱に近しい実力を持つ者の到来を期待し待つ一方で、その者に勝利をくれてやる訳にはいかない。

 

 

その場に立ち上がり、手に持つ酒瓶を頭上へと軽く投げる。そのまま腰の刀へと手をかけた。瞳を閉じ身体の隅々、指先にまで意識を向ける。常日頃より行う特殊な呼吸を確認する様に丁寧に行う。

 

 

 

「月の呼吸━━━━弐ノ型 珠華ノ弄月」

 

 

即座に抜刀し、下から空中の瓶を目掛けて切り上げる。一太刀に能力により幾多の斬撃を付加したそれは、刀身で瓶を切断した後、無数に発生した見えざる月輪の刃がそれを更に切り刻む。

 

そうして瓶だった物は塵へ返り、山の風に吹かれて消えていく。

 

そして私の口から溢れた嘆息もまた、その風に掻き消されていた。

 

 

「弟子を鍛える以前に、私自身を研ぎ澄ます必要がありそうだ」




黒死牟「お……は……よ……う……」テテドン!(絶望)


常識から大きく外れた弟と生活していた為、自身も常識から結構かけ離れているのに、自分は常識人だと思っている鬼いちゃん。


多くの感想、評価お気に入り登録を頂きありがとうございます。


やはり鬼滅の刃の人気を実感しました。世界的ですもんね。乗るしかないこのビックウェーブに。


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4話

寒い季節になりました……体調崩した……

喉からアニメ伊之助の「ゴメンネ……」が出せるように



皆様ご自愛専一にて精励くださいますようお願い申し上げます




外からの光が煩わしくて、目が覚めた。

 

……知らない天井だ。なんで僕はここで寝ているんだろう。

 

頭の整理ができていない。とりあえず布団から起き上がろうとして、足を痛みが襲った。その痛みで寝起きのぼんやりした気分は吹き飛び、引き換えにここに寝ている理由を思い出した。

 

そうだった。自分は師匠に弟子入りして……いや、弟子となれるか試されて……

 

足だけではなく、身体中に鈍い痛みを感じながら今度こそゆっくり体を起こす。起き上がると同時に、靄がかかった昨日の記憶を探り始める。

 

夜の山を月明かりだけを頼りに登っていたはずだ。師匠の屋敷を目指して。多分ここは師匠の屋敷の一室に違いない。

 

たどり着けた記憶は無い。もしかしたら自分は師匠の試練を越えられず、途中で倒れてしまったのではないか。

 

嫌な予感がすると同時に自分が倒れた記憶が蘇った。倒れた時の衝撃も雪の積もった地面の冷たさも鮮明に蘇ってくる。

 

そこから立ち上がりかけた記憶はあるが、その先は一切思い出せない。

 

ようやく記憶がはっきりして、同時に理解してしまった。

 

 

僕は……強くなれないのか……

 

 

頬を涙が滑り落ちる。屋敷にたどり着けなかった自分は弟子になることができない。それを理解して、絶望した。

 

掛け布団を握りしめ、それに涙で染みをつくる。

 

望む未来は絶たれたと言うのに、頭の中では昨日のあの光景が何度も何度も繰り返される。その度に心が大きく揺さぶられてしまう。

 

 

それほどに憧れたのだ。あの英雄の後ろ姿に。そして迎え撃つ師匠の姿に。どうしようもないくらい。

 

 

……いや、諦めない

 

 

龍馬さんが言った。諦めなければなんだってできると。

 

それに師匠も言ってたじゃないか。泣くしかできない子供には教える事は何も無いと。また泣いていたら今度こそ弟子にして貰えないかもしれない。

 

手で目元を乱暴に擦った。涙の跡を隠すように。その動作の終了と、師匠がこの部屋に入るのは同時だった。

 

 

「起きたか……」

 

痛む身体に鞭を打ち、布団から這い出て正座する。そして床に額を落とした。

 

「何の真似だ?」

 

「屋敷にたどり着けませんでした。力不足なのはわかっています。才能が無いのもわかっています。でも諦めることは出来ません。……お願いです。弟子にしてください!」

 

「……何を言っている?」

 

やっぱりダメか?いや……まだだ!!

 

「どうかお願いします!!」

 

すぐに答えが返ってこない。この時間が異様に長く感じた。

 

 

「覚えていないのか?お前は日の出までにたどり着いたではないか」

 

「………………え?」

 

想定外の言葉に驚き顔をあげる。師匠の表情は変わらず、冗談には見えなかった。

 

たどり着いていた?僕が?この屋敷に?

 

「半ば無意識だった故に、無理もないか」

 

そうか自分は意識を失ったまま山を登っていたのか。そして気がつかないうちに屋敷へとたどり着き、師匠に運ばれてここで眠っていた……らしい。全く記憶に残っていないが。

 

「はは……そうか……良かった」

 

安堵した途端身体に力が入らなくなった。ふにゃっと布団に身体を預ける。同時に緊張からも解放された。

 

 

「まだ身体が痛むだろう。横になっていろ。食欲は……」

 

ここで口より先に僕のお腹が大声をあげてしまった。

 

「……あるな」

 

この後師匠が持ってきてくれた食事は山の幸をふんだんに使用したもので、とても美味しかった。その食事を終えるとまたすぐに睡魔が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

次に目覚めて、なんとか身体を動かすことができるようになった。動く度にピリッとした痛みが走るが、前ほどじゃない。

 

それにこれから師匠の弟子として鍛えてもらえると思うと、その高揚感の方が勝っていた。

 

師匠に連れられて屋敷のとある一室に入る。そこは目立ったものはあまり無い、机と座布団だけが置かれたシンプルな和室。師匠と自分で机を挟むように向かい合う。

 

「体調はどうだ?」

 

「大丈夫です」

 

簡潔にそう応えると師匠の視線は少し鋭くなり、自分の全身を上から下へと確認し始めた。

 

「本当か?まだ脚の方は痛むだろう」

 

「いえ、このくらい平気です」

 

「…………一輝よ。無理をさせた私が言うのもあれだが、身体のことに関して偽りはよせ……お前はまだ幼い。下手に負担をかけると取り返しのつかないことになりかねん。お前もそれは不本意だろう?」

 

「はい、わかりました」

 

「それと常日頃から自分の身体に意識を向けるように。それは最低限必要な事だ。

 

今更聞くまでもないが……私の弟子として生きることに迷いはないのだな?」

 

「はい!」

 

「私が課す修行は過酷だ。道半ばで心身が耐えれなくなるやもしれん」

 

「覚悟の上です」

 

 

「そうか……たった一日で随分見違えたものだ。ならば、初めに私の素性について語るとしよう。ただし……

 

ここから先は人に漏らさぬように。場合によっては私がお前を斬らねばならん。私は存在自体が秘匿されているようなのでな」

 

 

神妙な顔で自分を見つめる師匠に頷きで答えた。それにしても存在自体が秘匿されているとはどういう事なのだろうか。

 

「私の名は継国巌勝。人をやめた鬼だ。かれこれもう五百年程生きながらえている。

詳しい理由はいずれ語る事になるだろうが、人が人外の存在になれる。私という存在がそれを証明している為、私は社会より秘匿されている」

 

鬼というのは知っていた。龍馬さんが言っていたから。それに今は違うが、師匠のあの六つ目の顔と実力、威圧感は人間のそれではなかった。まるで物語の中の話だが、あれを見たら嘘だという人はいないだろう。

 

というかそれ以前に……

 

「元々人だったのですか?」

 

「……当たり前だ」

 

ちょっと会話に間があった。表情には出ていないけど、少し不快に思われたのかもしれない。

 

「いや、その……あの強さを見てしまったら、もう人間と言うより生まれつき鬼と言われた方が納得できるというか……」

 

「この世には人の身のまま私を瞬殺できる者もいた」

 

え……何その人。師匠を瞬殺?神様か何かですか?

 

そう語る師匠の雰囲気はいつもより柔らかかった。

 

 

 

 

「次にこれからの方針だが、初めは厳しい事はせん。この山の生活になれつつ、適度に身体を動かすぐらいになるだろう」

 

その具体的な内容も聞いていく。主に師匠の案内で山を登ったり下ったり走ったり。その間に自給自足をしろとの事。無理な修行はせず、肉体が限界を迎えれば座学だそうだ。

 

正直言って拍子抜けと言うか、それで師匠のような力が手に入るとは思えない。

 

「……意外か?」

 

顔に出ていたらしく、自分の心境は読まれてしまった。

 

「お前はまだ幼い。だからと言って甘やかすという訳でもない。今は準備の段階なのだ」

 

師匠曰く、今の僕の様な時期は身体がまだ未完成であり、主に神経が発達する時期らしい。その間に身体を自由に動かせる様にする。その為に山での自給自足の生活は適していると。

 

そして一気に成長する時期に合わせて、最適な修行方法を行っていくらしい。

 

「取り敢えず春先までだな」

 

え……春先って3ヶ月程しか無い。それ以降はどうするのだろう。

 

「何を驚いている。一輝には学校があるだろう?」

 

「あっ……」

 

それはそうだけど学校に通いながらだとあの強さが手に入らない様な気が……

いやさっきもそうじゃないか。師匠の事だから何か深い考えがあるに違いない。

 

「義務教育は大事だ。世の中の常識を学ばねばならん……というのも常識とは━━━━……」

 

理由は法律だった。ついでに存在自体が常識外れな師匠から常識について諭される。しかも修行内容よりも熱く語られた。要約すると常識が無い奴は周囲に多大な悪影響を与える可能性がある為、人として最低限は身につけなさいとの事。

 

 

 

 

そうして始まった山での自給自足。正直言って舐めていた。

 

最初の数日は屋敷付近の山の中を師匠に案内された。五感を使って地形を理解しろと言われ、師匠は歩きながら食べれる植物やきのこを示す。同時にこの場所には猪や鹿が出る。魚はこの川で穫れなどと教えてもらう。

 

師匠は歩きながらだが、僕はほぼ走っていた。大人と子供の歩幅の違いはあるだろうが、それでも走ってるのかと思うくらい移動がスムーズで無駄が無かった。

 

 

動物を獲る際は何か道具を使うのかと思ったら、使ったのは石とか枝とかの自然物。ある程度鋭い枝を拾い、川面から跳ねた魚に投げ刺す。小さな石を指で弾き、空飛ぶ鳥を撃ち落とす。

 

枝や石に軽く魔力を通す事で僕でも可能と言われたが、それ以前に当てることができるだろうか。

 

「私が教えるのはあくまで一例に過ぎない。何を使っても、何をしても良い。頭で考え、体を使って様々な方法をとるといい。そして一日の糧を手に入れ、お前と時間に余裕があれば別の事を指南してやろう」

 

 

一週間後から師匠に自分一人で食材を集めてこいと言われた。朝早くに起きて、師匠から今日の献立とそれに必要な食材のメモ、籠、簡単な昼食を貰い山に繰り出す。

 

 

自分でやってみて初めてわかるが、まったく師匠のように上手くいかない。

 

霊装を構えて猪を狩ろうと思えば、怒り狂い追いかけ回される。

 

鳥に石を投げてみれば難なく躱され、馬鹿にするように糞を落とされた。

 

川で魚を穫ろうとすれば、魚からはバレているのか川面を一匹も跳ねてくれない。覚悟を決めて手掴みで捕まえようとしても、冬の川は動けない程寒い。

 

 

そして夕暮れが近づくと、時間切れの合図である屋敷からの焚き木の煙と匂いが上がる。それを見て未だ軽い籠を背負い、とぼとぼと屋敷へと戻る。

 

屋敷に辿り着くとその一角にある畑で野菜をとり、成果報告の為師匠の許へ。探し出すと師匠は屋敷から少し離れた鍛冶場に居た。

 

ちなみに他にも陶芸工房やその為の焼き窯、蔵などもあり師匠の多芸さがわかる。五百年の間にやってみた趣味だそうだ。最近はPCなどの電子機器にも手を伸ばしているらしい。

 

 

「ただいま戻りました」

 

師匠はスカスカの籠を見て一言。

 

「意外と難しいだろう。明日は励む事だ」

 

そう言って十分ほどで残りの食材を山から集めてきた。僕の一日は師匠の十分に満たなかった。

 

 

そして夜は座学。肉体の構造や剣術の基礎、時には戦術論について学び、一般教養についても抜かりなく叩き込まれた。どうやら師匠はまず頭で理解してから行動に移す人らしい。

 

 

 

そうして月日が経った。

 

 

師匠が父に連絡を取り学校には通う。その間は山から下りて、頂いた修行内容でゆっくりと肉体を強化していく。

 

休みも修行と命じられたので筋トレとかは言われた以上しなかったが、自分自身やスポーツ選手、それこそ有名な伐刀者の身体の動かし方について研究したりした。

 

 

ちなみに学校での体育や運動会の度に、同級生や教師から引かれていくのは何故だろうか?

 

 

 

長期休暇になれば再び山に拉致されて扱かれた。

 

山での生活もだんだんと慣れてくるもので、朝の数時間で食材を集めることができるようにもなった。ただ、僕が簡単になってきたと実感した段階で、行動範囲を広げられたり、魔力を使うななどの縛りを入れられる。

 

見えてない筈なのに少しでも魔力を使った瞬間、師匠が打ったであろう短刀が木々を切り裂きながら飛来し、僕の足元に突き刺さる。ちなみにその短刀を拾うと刀身に『次は額』とだけ彫られており、心底恐怖した。

 

 

剣の修行はまだ基本的な事しかさせて貰えない。成長するに従ってまず体術から仕込まれた。その他にも足運びや、反射等を鍛えられたが肝心の剣術はまだ基礎の部分だけだ。

 

 

こうして中学生になる手前までこのような生活が続いた。そしてようやく待望の言葉が貰える。

 

「身体もある程度完成した。今日からはその仕上げと剣術を教える」

 

「はい!」

 

「私が教えるのは身体操作の基本にして極意。著しく増強させた心肺により、一度に大量の酸素を血中に取り込むことで、瞬間的に身体能力を大幅に上昇させる特殊な呼吸法……全集中の呼吸だ」




ンー難産だった。山での生活を書けば書くほど

これ鬼じゃなくて仙人の間違えじゃね……と。


前話のアンケートありがとうございました。

意外と永世ボッチ鬼族票多いなーと思いました。が、感想で頂いた、武家の長男ならお世継ぎがいる……セヤナー。

てなわけでこの世界でも子孫いるよーつくるよー。よーし鬼ぃちゃん今晩は頑張っちゃおうかなー!


評価感想そして誤字報告ありがとうございます。

ちなみに所々サイレント修正しています。ユルシテ……ユルシテ……


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5話

主人公の呼吸を扱うにあたり、独自解釈や設定を入れています。今後変更を入れるかもしれません。


鬼滅の刃がランキングに溢れていて楽しいですね〜。これからもっと盛り上がってくれれば一読者としても嬉しいかぎり。


一輝を弟子にとってからもう六年が経とうとしている。随分大きくなった。子供の成長とは早い。あんな幼い頃から教えている者が今までにいなかった為、余計にそう感じるのかもしれない。

 

これからは一気に伸びていく時期になる。元服の頃までにはどれほどになるのか。

 

 

神経の発達しやすいこれまでの時期に、自らの意思でほぼ完璧に身体を操れる様に修行させた。これからも成長に合わせて調整していく必要があるが、いずれ頭が身体を完全に支配出来ている状態に到達できるだろう。

 

そしてこれからが修行の本番だ。何故ならばやる事はただただ筋力をつける。呼吸の為にひたすら肺を大きくする。この二点だ。この二点はどんなに効率よく行っても、最後は根性に頼まなくてはならない。

 

 

「ここからが本当の修行だ」

 

「望む所です!」

 

良い心意気だ。これならば精神の方は折れる事は無いだろう。肉体は物理的に折れる事もあるかもしれんが……私が手加減を間違えなければ大丈夫な筈だ。

 

「全集中の呼吸は肺が重要になってくる。これから行うのは肺に負荷をかけ、肥大化させていく修行だ」

 

「肺を大きく……具体的には何をすれば?」

 

「この山の上層。ここよりも更に空気が薄い場所で……ひたすら私から逃げてもらう。私が追いついたなら、竹刀でお前を打つ。それからまた逃がして、追いついて打つ。……ひたすらに逃がして、打つ」

 

「……え?」

 

「もちろんお前の速さに合わせる。手加減もする。受け身は散々やっただろう?応用であり復習だ」

 

命の危険がある為私は竹刀だ。力を込めすぎると竹刀が折れるどころか握り潰してしまう。結果軽くしか振れなくなる。これなら一輝がちゃんと受け流したり、受け身をとれば死ぬ事はないだろう。

 

「なに、間違った受けをしなければ大事にはならん」

 

「師匠……それ鬼の身体基準で考えてませんか?僕人間ですよ」

 

「では一分後に始める……上手く隠れる事が出来れば、少々逃げる時間が減るやもしれんぞ」

 

「それわかってて言ってますよね?!」

 

この山では目を閉じていても、私なら全てが手に取るようにわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は逃げ回る標的に肉薄し、竹刀を軽く振るう。一輝は避けることを諦め、刀で受ける事を選択した。

 

結果彼は本日何度も描いた放物線を再びなぞり、木にぶつかってそのまま地面に倒れた。

 

「ふむ……今日はこれで最後だ」

 

日も落ちた。一輝の肉体がこれ以上の負荷には耐えきれない。今日は終いにするとしよう。

 

「いっ……生きてる……人生って素晴らしい……」

 

大の字になりながら、我が弟子が達観している。

 

日が沈むまで一輝を追いかけて、竹刀で打ち飛ばした。途中から一輝の足が止まり出したので、檄を入れる為に何度も何度も吹っ飛ばした。

 

一輝の速さに合わせていた為、空中で五連鎖しかできなかったのは心苦しいが……

 

「これが真剣ならばお前はその数死んでいる……尚のこと励むように」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

晩の食事を終え、一輝を呼び出す。彼はフラフラになりながらも私の許にやってきた。

 

「お呼びですか?……まさかとは思いますけど……夜もですか?」

 

非常に諦めが悪い一輝の目が死にかけている……。少々やりすぎてしまったか?

 

「いや……さすがに夜はせん。筋肉は破壊と再生によって強化される。お前の筋肉はほぼ破壊し尽くした。これ以上は過剰負荷だ」

 

「ですよね……もう上半身も下半身もボロボロです」

 

「お前を呼んだ理由はコレだ」

 

机の上に並べたのは数冊の本。それぞれ作られた時代が汚れ具合、製本方法によって見分けがつくが、書かれている内容は似通っている。

 

「ずいぶんと古いものに見えますが……」

 

「私が手ほどきし、呼吸を修めた者たちに書き残させた、各呼吸の指南書だ。数冊人にくれてやった為、これが全てではないが……」

 

全集中の呼吸は個人それぞれに適性が存在する。体質、育った環境、感情、好む戦術、そしてこの世界では能力。それぞれの要素で合う呼吸、合わない呼吸がある。

 

合う呼吸を見つける事が出来れば莫大な恩恵を受ける事ができるが、合わない呼吸を使えばむしろ足枷にしかならない。

 

「これらを読んでお前に合う呼吸を見つけるといい。合わんなら新たな呼吸を生み出す必要があるが……お前ならこの中の多くは適合する筈だ」

 

「確信めいた言い方ですね」

 

「幅広く選択できるように身体を作り上げたのだ……性格や感情面はともかく、身体は成長する前で猶予があったからな。それにお前の能力は『身体能力倍加』。能力的な合う合わんはほぼ無い」

 

「なるほど……自主的な修行をさせて貰えなかったのはこの選択の為ですか」

 

一輝の言う通り。私が事細かく修行内容を定め、休みを修行として強制させたのは、一輝をバランス良く成長させていた為。私の目で逐一身体の状態を見れる為に出来た芸当だ。

 

「時間をかけて合うものを見つけるといい。明らかに合わんものを選んだ場合は変更させるが、基本私はお前の決定を尊重しよう。お前の剣はお前の意思で選べ」

 

懐からメモリーカードを手渡す。

 

「え?……え?」

 

困惑した表情で机に並べられた指南書と、手渡されたメモリーカードに交互に視線を移す一輝。

 

これらの本も私と同じように数百年物。当然時代と共に保存形態も変わってくる。

 

「傷みが酷くなってきたので最近PDF化した。こっちは修繕か作り直しだな」

 

「あぁ……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠、聞きたい事があります」

 

今日も今日とて全力で逃げ惑う一輝に追いつき、竹刀を軽く振るう。同じ修行を数日間繰り返す中で慣れてきたのか、彼は躱しながら私に質問してきた。

 

「手は止めん……話してみろ」

 

「ここ数日間、僕は各呼吸の指南書を読み込みました。それで考えた事があるんです」

 

「もう使う呼吸が決まったのか?」

 

会話を続けながら一輝の側頭部へ横薙ぎを入れる。彼は身体を無理に捻り回避する。

 

「うわっ!っと……呼吸って一人一つなんですか?」

 

僅かな間とはいえ、体勢を崩した者に慈悲は無い。竹刀を脳天に振り下ろす。

 

一輝の行動は間に合わず、良い音と共にそのまま地に沈んだ。一応狙いが頭の為、当たる寸前で力をほぼ抜くが、寸止めのような甘い事はしない。

 

「異なる呼吸法を無理に切り替えた場合、身体に非常に強い負担がかかる。呼吸を少しでも誤れば、身体は適応しなくなり途端に動けなくなる。仮に成功したとしても、こうした戦闘状態にてその反動は大きな隙だ。それに型の練磨も疎かになりかねん」

 

「でも、できない訳ではないんですよね?変幻自在な水の呼吸、一撃に特化した炎の呼吸、爆発的な瞬発力を会得する雷の呼吸、他の呼吸にしてもそうです。

 

どれも魅力的な長所や特徴がある。ただ特徴があるという事は相手との相性もあるということ。相手によって……いや、その時その時の状況によって最適な呼吸を使い分けることができれば、と思いまして」

 

一輝は痛む頭をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

 

「二兎を追う者は一兎をも得ず……一つを極める事が強くなる道だ」

 

「そうですね……普通の人ならっっ!!」

 

立ち上がるのを待っていた私に向けての不意打ち。これは逃げて身体を鍛えるのが主な目的だというのに。当然不意打ちであろうと私の反応速度の方が早い。竹刀を振るい、再び地面に叩きつけた。

 

「いたた……前々から考えたんですよね。身体の事、魔力の事、剣の事……色んな事を学んできたので理解できました。僕にはどう頑張っても強さに限界が存在する」

 

「元々わかっていた筈だ……それとも今更諦めるのか?」

 

「普通なら諦めるんでしょうけど……やっぱり無理ですね。諦めきれないです……なら普通じゃいられない」

 

「ならばどうする気だ?」

 

「違う視点から考えてみる事にしたんです。戦いにおいて自分が相手を倒すにはどんな条件が必要なのか……」

 

「ふむ……」

 

「まず大問題が……僕、魔力が全然無いんで攻撃が届かないですよね。特に師匠レベルの凄い魔力量の相手には」

 

魔力を纏う伐刀者は、同じく魔力を纏った攻撃でしか倒せない。纏う魔力が障壁となり、害ある攻撃から身を守るのだ。

 

一輝は伐刀者でありながら最低限の魔力しか持っていない。これは《覚醒》するまで変化しない為、私は一輝がこの領域に辿り着くまでの長期間で鍛える構想をしていた。

 

逆に私は覚醒してもうかなり長い。この間少しずつ総魔力量は上昇した。塵も積もれば山となってしまった。

 

今の一輝の攻撃では、私が普段から垂れ流している魔力すら破る事ができない。もちろん本腰を入れて防ごうとしたら尚更だ。

 

「ただ、例え師匠レベルの魔力の持ち主でも、僕の魔力を全部一気に使えれば、その量は充分足りると思うんですよ……こんな風に」

 

一輝の体から青い魔力光が溢れ出る。それは明らかに彼の持つ魔力量では有り得ない。私は溢れ出る魔力の出処を探るべく彼の身体をくまなく観察した。

 

そして私は驚愕した。今すぐに気絶させてこの異常を止めるべきだとも思った。

 

「待て!……何をしているかわかっているのか?」

 

彼は身体中から魔力を振り絞っていた。文字通りの全力。だが、人類には出来ない筈だ。どんなに力を出しても、なんとか動けるくらいには力を残すように人体はできている。

 

つまり一輝は人体に備わった生存本能を無視している。こんな事をすれば限界が来た瞬間に、すぐに力尽きて倒れる。

 

「この状態なら僕の保有する全魔力を一分で使い切る計算です」

 

一分間……その間に全てを使い切る。その後のことは何も考えていない。生き残る様に進化してきた人の歴史を真っ向から否定している。

 

「で、そうなると前提条件で一分間しか動けません。だったら能力も暴走させるように使って……」

 

一輝が瞬間的に加速する。そのまま普段以上の力で私に切りかかってきた。

 

私からすればまだまだ遅いし弱い。だが、これまでの一輝とは比べ物にならない。彼の持つ能力はただの『身体能力倍加』のはずだ。

 

今の一輝の動きは倍どころの話ではない。自らの意思で能力の暴走を強制的に起こしているのか。

 

 

「そして今、師匠に呼吸について聞いて確信しました。呼吸の切り替え時に身体に負担はかかるが不可能では無い。

 

なら……一分間くらい切り替えで負担がかかっても構わない。負担がかかって身体が壊れようと壊れまいと、どうせ一分後には自動で倒れますからね!」

 

 

継続戦闘の一切を捨てるというのか。それに肉体と魔力の操作、どちらかでも誤れば大きな反動が身体を襲う。諸刃の剣にしてはリスクが大き過ぎる。

 

 

「なんと常識破りな……」

 

 

「勝てるなら常識なんて捨てますよ。それに……師匠には言われたくありません!!」

 

そう吠えながら私に向かってくる。それを払いのけるように押し返し、頭部に少しだけ力を入れて打ち、気絶させて止める。

 

 

倒れた一輝の身体を再び確認する。今回は私が強制的に止めた為、大事には至っていない。これまでに鍛えられた身体は彼の無茶に確かに応えていた。

 

 

問題はこの状態はまだ彼の中では完成形では無い事。

 

この状態に全集中の呼吸を取り入れ、瞬間的に身体能力の更なる強化を行う。加えて呼吸を切り替える事で、一分の間あらゆる状況に適した剣を振るう……できたとしても果たして身体が耐えられるかどうか。

 

 

確かに一輝の言う事もわかる。彼が勝つにはそのような手段を取るしかないのだろう。一刻とはいえ、敵に攻撃を通す条件を満たし、能力と呼吸によって得られる圧倒的な身体能力と剣術にて相手を上回る。

 

何故狂人としか思えない方法を考えついてしまったのか。

 

本来は覚醒まで気長に鍛え、その上で彼なりの呼吸を極めていけばいいと考えていたのだが。

 

しかし、これは彼自身の見つけた活路。狂気の沙汰とはいえ、理にはかなっているそれを否定する訳にもいかん。彼の意志を尊重するとも言ってしまっている。

 

「これは……私の教え方が悪かったのか……」

 

溜息混じりにそう零した。こんなにも頭を抱えたのはそれこそ縁壱以来だ。

 

このあと私は彼の理想を安全に会得するにはどうすればいいか、頭をひねり続ける事となった。




悩みに悩んだ主人公の呼吸の使用法。一輝君の性格ならやっちゃいそうなのよね。それなら同じ主人公の炭治郎みたく、何個か会得して戦ってもらおうと考えました。


評価感想等ありがとうございます。誤字修正本当にお世話になってます。


今回のアンケはちょっとした遊びです。皆さんが何の呼吸が好きかふと気になったので(五枠なので蟲とか音とかはユルシテ……ユルシテ……)。もしかしたら主人公の呼吸の参考にするかもしれません。

Oーキド「ほら、そこに5つの呼吸があるじゃろ?お前に1つやろう……さあ選べ」

「そうか!水の呼吸がいいか!こいつはとても扱いやすく柔軟だ。ただ、欠点として人との付き合い方が酷くなるぞ」
「そうか!風の呼吸がいいか!こいつは荒々しい削り取るような攻撃が特徴だ。ただ、欠点として常に胸元がオープンになるぞ」
「そうか!雷の呼吸がいいか!こいつは他を寄せつけない素早さが特徴だ。ただ、欠点として女性から騙されるようになるぞ」
「そうか!岩の呼吸がいいか!こいつはどっしりと構えて、重い攻撃を繰り出せるようになる。ただ、欠点として目から常に涙を流すようになるぞ」
「そうか!炎の呼吸がいいか!こいつは一撃の攻撃力が高いのが特徴だ。ただ、欠点として目が常に全開となり瞬きができなくなるぞ」


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6話

書きたい場面がまだまだ先。もどかしさに悶える第6話でございます。今回も解釈満載。



後半で名無しのオリキャラが出ます。




修行中に強制的に意識を刈り取った一輝が目覚めてから、私の許へと呼び出す。彼が気絶中に私が頭をひねって考えた、彼なりの呼吸の使用法を伝える為だ。

 

「一輝よ。万能とは響きは良いが、秀でた一に敗れることは多々ある……それは理解しているな?」

 

「もちろんです。ただ勝負の結果、相性で負けたなんて言い訳を僕はしたくない。自分の取れる手段と力の全てを用いて戦いたい。それが僕の考えです」

 

この覚悟を覆す程のものを私は今持ち合わせていない。ならば仕方あるまい。その修羅とも呼べる道を歩む一輝を導く事が師としての責務。

 

「わかった……お前の覚悟を尊重しよう」

 

「ありがとうございます」

 

身を案じ止めるべきなのか、彼を信じ見守るべきなのか。この二択の答えは未来にしかないが、一輝ならばやってくれるだろう。何の根拠も確証も無いが、私は迷いなく彼を信じる事を決意した。

 

 

ただ、師としては苦難の道と言えども最良の道を示してやる必要がある。信じるからと言って全てを投げ出すような無責任者にはなりたくはない。

 

「お前の考えについてだが……条件を付けさせてもらう」

 

「条件ですか?」

 

「まず一つの呼吸を修得する事。それを基に、必要と判断した時に呼吸を切り替える様にしなさい」

 

彼の究極の一分間だけ呼吸が使えても意味がない。平時でも高い練度で使える呼吸が必要だ。いずれは全集中の呼吸を、常時行ってもらう必要があるという理由もある。

 

「土台となる剣術を選ぶ訳ですね」

 

「そうだ。そしてその場合、過酷なのが身体の調整だ。今でこそ幅広く複数の呼吸を扱える身体だが、一つの呼吸を極めていくにつれ、その呼吸に適した身体に近づいていく。

 

結果として人それぞれの慣れや癖が生まれる。そうなる事でその者だけの剣となり、練度が上がり、技は極まると言っても過言ではない。

 

個人個人に奥義と呼ぶものが生まれるのも、呼吸と肉体が完全に適合した状態になっていくからだ……ただ、そうなれば今のお前の適合状態は崩れることになる」

 

「そうならないようにしろということですか?」

 

「今の身体の状況を正確に理解しろ。その状態を保て。一つの呼吸を私が及第点と呼べるまで修得した際に、その状態を保てていたのなら、お前の考えを許可する。その為の修行も組んでやろう。

 

ただし、その間私はお前の身体の状態について一切口にしない。これからは修行の内容も量も、全て自分で判断しろ。

 

筋肉の繊維一本一本。血管の一筋一筋までを認識し、完全に自分の支配下に置け。それが出来なければお前の考えは根本からして成り立たない」

 

「わかりました」

 

「言うまでも無いと思うが、私が言っていることは身体操作の極致とも言っていい。体を動かす度、剣を振るう度、成長する度、どうしても肉体は少しずつ変化していく。それらの変化を逐一把握し、適切に調整する必要があるのだ……

 

それをお前はこれから先、剣を置くまで永遠に続けていく事になる」

 

「もちろん全て覚悟の上です。こんな才能の無い僕でも、人生を捧げて強さが手に入るなら……安いものですよ」

 

一輝は軽く笑みを浮かべて、目を輝かせ言い切る。状況が異なるとはいえ、剣に人生を捧げる覚悟が出来ず、諦めた剣士が何人いた事か。

 

覚悟は知っている。今更確認せずとも、あの始まりの雪の日から。

 

 

ただ、口先だけ、心意気だけでは力にならぬのも、また武の道。

 

 

「ならば……私に示してみろ。半端な状態では私は認めん、良いな?」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

こうして私は初めて一輝の修行から手を引いた。いつか私の手を離れて自分で道を歩むことになるとは思っていたが、当初の予定からはだいぶ早まってしまった。

 

初めは確認も含めて眺めていたが、もうその必要も無いだろう。彼はよく自身の肉体を理解している。

 

心肺を強靭にし、柔軟で引き締まった筋肉をつけ、指南書から選んだ呼吸の型を繰り返す。そして同時に、身体を彼の理想の状態で維持する。

 

 

彼が自身の土台として選んだ呼吸は水の呼吸。

 

水の呼吸の型は、その名の通りどんな形にもなれる水のように変幻自在。状況に合わせた歩法を用いるのが特徴であり、それによって幅広い相手に対応できる。彼が求める理想に一番近いだろう呼吸だと私も考える。

 

そして水の呼吸が対応しきれない相手に対して、他の呼吸に切り替えて戦う。言葉にするとそれだけなのだが、これが如何ともし難い。

 

私の頭の中にある修行法も、数を繰り返し感覚を掴む事だけだ。それだけでも何度も死の淵を見ることになるのだろうが。

 

 

 

 

 

一輝が自身で修行に入り、ひと月が経った。たまに見てやると肉体は呼吸を学んだ事で更に強化されていた。地道な筋力強化も身を結んでいる。懸念していた各呼吸の適合も均衡が保たれている。

 

 

一輝は幼い頃から器用だ。私の動きを良く見て、教えずともコツを掴む少年だった。

 

走り一つにしても、身体の軸や地面の蹴り方、力の入れ方等。様々な事柄についてを見て盗み、私の教えで理解と確信を深め、自身に適用していく。

 

観察力、洞察力、理解力……そして何より私が失って久しい、力への渇望が溢れていた。それは呼吸の修得でも遺憾無く発揮された。

 

 

この世界では呼吸の継承は断続的だ。人喰いの鬼という長きに渡る宿敵が存在しない為、無理に受け継ぐ必要性が無い。今残っている指南書も私が書かせたのであって、自ら残そうと思う者は稀だった。

 

それに加え一般的には能力を伸ばす事が、手早く強くなれる手法と認知されているのも原因だ。作られた時代が古く、一握りしか使い手が存在しない剣術の継承はこうした文献に頼らざるを得ない。

 

よって後から呼吸を得ようとする者は、以前の使い手から長き時を空ける為、指南書でしか受け継ぐことが出来ない。あらゆる武術の基本である模倣。その為の見取り稽古を行える者がいないのだ。

 

 

私は月の呼吸一筋で生きているので、水の呼吸の見取り稽古をしてやることが出来ない。一輝も今までの者と同様に、指南書だけで水の呼吸を会得しなければならなかった。

 

 

指南書だけで呼吸を会得するのは苦難の道だ。言葉と簡単な図でしか説明を受ける事が出来ない。それだけならまだしも、書いた者によって個性が出過ぎている。

 

 

字が汚い、日本語がおかしい、感覚でものを言うのは当たり前。同じ呼吸の筈が人によって書いてある事が乖離していたり、ひたすら根性論を唱えているものもあった。

 

酷いものはその時点で私が加筆したり、書き直しを命じた事もある。時代によってはその者が字を書けず、私が代筆する事もあった。

 

 

そんな理由からPDF化は生き地獄だった。破れや虫食い、昔の表現、誤字脱字を打ち直して入力する箇所が多発したのだ。慣れない作業の途中で『黒死牟』の顔が表に出ていたかもしれんほどに。

 

 

そんな難解な指南書を読み、呼吸の理念を汲み上げ、自ら実践する。それがひと月で様になっているのだから大したものだ。

 

一輝が複数の呼吸を会得できたなら、その呼吸の指南書を書き直してもらうとするか。うむ、きっと今までより良いものができるに違いない。

 

「師匠……今何を考えましたか?」

 

「お前の成長に感銘を受けている所だ……期待しているぞ」

 

「それは僕の剣の腕の事ですよね?他意は無いですよね?」

 

「……呼吸が乱れている……集中しろ」

 

「師匠?」

 

勘の鋭さもなかなかに良き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一輝が修行で居ない屋敷に電話の音が鳴り響いた。

 

この電話は昔ながらの形をしているものの、その使用時の重要性と危険性を考慮して、最新の防諜システムが組み込まれた世界で三台しかない特別製……らしい。私も聞いただけで詳しくはわからぬ。

 

そんな代物が設置されているのは一つはこの屋敷。残りの二つは総理官邸と国際騎士連盟日本支部の長官執務室。

 

さらに指紋認証等により受話器を上げれるのはそれぞれの場所の長だけに限られている。

 

この仰々しい電話がなる時は大きく二つ。大抵は総理大臣もしくは連盟日本支部長官の交代時に、私の存在について引き継ぎと顔合わせを行う時。

 

 

そして過去に一度しかないのが、どちらかまたは両方からの懇願。

 

 

時の首相は、第二次世界大戦という絶対に負けてはならない戦いに私を投入した。私もこの国を思う気持ちで、様々な条件と大きな対価と引き換えに、一回だけ刀を振るったのだ。

 

 

その結果は懇願した当人にとっても私にとっても、望まぬものとなってしまったが。

 

 

 

「……私だ」

 

『お久しぶりでございます。黒死牟殿』

 

相手は日本行政の長、現職の内閣総理大臣からであった。長い任期を務めている事を思い出し、この電話の意図を知る。

 

「久しいな……そうかもうお前も引退か」

 

『えぇ、かれこれ長い事務めました。党の規則もありますし、歳の問題もありますし……そろそろ次に託そうかと考えております。月影獏牙君という良き後釜にも恵まれました』

 

「そうか……重き務め、御苦労であった」

 

『ありがとうございます。つきましては引き継ぎを行う必要がございます。日程は━━━━……』

 

簡単に日付と時間を確認し、特に予定も無いので了承する。少し先だが、首相職の引き継ぎがあるのだろう。こちらは一輝にも手が掛からなくなった為、いつでも都合がつく。

 

「承知した。入山できるようしておく」

 

『お願い申し上げます』

 

 

 

「そうだ……少し頼みがある」

 

 

『貴方様からの頼みとは珍しい。なんでございましょう?』

 

iPS再生槽(アイピーエスカプセル)なる医療設備があると聞いた。手配できるか?」

 

iPS再生槽とは四肢の切断や臓器の損失程度であれば、たちどころに再生させることができる治療設備だ。一般には普及していない高級設備でもある。

 

鬼として肉体を再生できる私には無縁の物だが、一輝の修行には非常にありがたいものだ。

 

何せ、彼の理想を叶える為の修行は、下手すれば心肺機能が停止。良くても血管の破裂等の危険性を拭えない。私でも未知の世界となる。

 

その点この装置があれば、失敗しても一命を取り留める事ができ、何度も試す事ができる。……随分と時代も進んだものだ。

 

『まさか!貴方様が傷を負ったとでもいうのですか?』

 

「いや……私の弟子の修行に使いたい」

 

『……黒鉄長官から耳にしていましたが、本当にお弟子さんをお取りになっているとは……えぇ、そういう事でしたら造作もない事です。物が物だけに足を運んで貰う事にはなりますが、国が管理している物を使用できる様に手配しましょう』

 

「そうか……恩に着る」

 

『いえいえとんでもない。この国が貴方様に受けた恩を思えばこれぐらいは当たり前でございます』

 

「あれは……」

 

続く言葉を言い淀む。私の認識の甘さが生んだ悲劇。祖国を救わんとした行動が、あの様な結果になると何故考えが至らなかったのか。

 

『皆まで言わないでください。貴方様が悔いておられるのは承知ですが、日本が救われたのは事実でございます……では、また後日お会いしましょう』




特別な電話……この世界におけるバスターコール。


縁壱「兄上……私に散々言っておきながら、何をしでかしたのですか?」
巌勝「いや……それは……」
縁壱「……兄上?」


一輝「どっちもどっちでしょう」



これまで事ある毎に常識を説いていた鬼ぃちゃん。実はやらかしている設定をつけました。これなら常識に敏感になるはず。


アンケート回答ありがとうございます。やはりというかアニメ、単行本で既に活躍している呼吸が人気な模様。雷の呼吸かっこいいっすよね。おのれufo良くやった。


>日本語がおかしい
お前が言うな、という感想はお控えください。わかりきっている事かつどうにもならない事ですので……誤字報告いつもありがとうございます。

感想楽しく読ませて貰っています。是非是非気軽にご意見ご感想頂ければ幸いです。ただ返信のネタ切れはユルシテ……ユルシテ……。

あと前話の感想は拝見していますが、返信は後日ゆっくりさせていただきます。


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7話

説明ばかりの文章になって、あれこれどうしたもんかなと考えて……何もできませんでした。何の成果も得られませんでした!


説明ばかりの第7話でございます。


私、月影獏牙が総理大臣に就任しまだ日が浅い頃、一本の電話が私の携帯にかかってきた。相手は私に首相の座を譲った前首相。私を後釜にと、これまで大変お世話になった方だ。

 

『やぁ月影君。新しい生活はどうかね?』

 

歳を理由に政治家としても引退したが、その声にはまだ力があるように感じる。今私の両肩にかかる、この重い責任を全うされた前任者だ。

 

「重い責務だと日々痛感しています」

 

『なに君ならできるとも。だからこそ君に託したんだ』

 

「期待に応えられるよう精進いたします」

 

君に託すという言葉に今一度気を引き締められる。私には使命があるのだ。この国を最悪の未来から救うという重大な使命が。その為にただの教師から行政の長にまで、血反吐を吐きながらもたった十年で登り詰めた。

 

 

私の人生が大きく変わったのはおよそ十年前。破軍学園と呼ばれる、魔導騎士養成学校で理事長を務めていた頃の話になる。

 

こんな私だが一応は伐刀者だ。非戦闘系の能力だが、その特性故に国家機密となっている。

 

私が持つ能力は一定範囲内の人や場所の過去を覗き見る力。しかし、因果を読み取る能力は時に、現在の因果線上に存在する未来を、私に予知夢として見せてくるのだ。

 

 

あれは悪夢だった。

 

周りを取り巻く豪炎。耳が痛い程の絶叫。そして、人の焼ける匂い。

 

それが愛する祖国の首都、東京の未来の出来事であると認識するには少し時間がかかった。何故なら、首都東京とは思えない程に地獄絵図と化していたのだから。

 

これをただ一介の教育者でしかない私に見せつけられて、私は酷く絶望した。

 

 

誰がどのように、何がどうなって、そしていつ来るのか。そのいずれもわからない。私の能力は視るだけなのだ。

 

ただ、認められるものではなかった。許せるものでもなかった。こんな悲劇がこの国で起こるなら変えねばならぬと。どんなに人の道から外れた事をしようと、他人から後ろ指を指されようとも。私はあの未来を否定する事を誓った。

 

その為に政治家になり、国を動かす権限を得たのだ。ここまで本当に長かった。

 

 

 

『さて、挨拶はこれくらいにしてだな、今日君に連絡をとったのは総理としての引き継ぎがあるからなのだ』

 

引き継ぎ?それならもう数日前に済んだ筈だが……。

 

「失礼ですが、前の引き継ぎに何か不備でもありましたでしょうか?」

 

『あぁ、違う違う。前の引き継ぎには何の問題は無いと思っておるよ……表の引き継ぎにはね』

 

表の引き継ぎと言う事は裏の引き継ぎでもあるのだろうか。言葉通りに受け取るなら公には出せない案件。この人に限ってそんな暗い思惑があるとは思えないのだが……。

 

『前会った時に個人的に祝いたいから休みを作れと言った日があるだろう?』

 

「えぇ……一応空けることはできましたが」

 

まだ就任直後でかなりの無茶な日程調整にはなったが、この人から言われたなら仕方無い。

 

『その日に私の家に来なさい。君一人でだ』

 

「私一人で……ですか?」

 

自分で言うのもあれだが、私はもう一国の首相。一人であまり出歩けるような身分でもない。だが、次の一言で一人で来いと言う意味を知る。

 

『君に託すものはまだあるという事だ……君にしか託せないものがね。これが日本国総理大臣としての、私の最後の務めだ』

 

私にまだ託すものがある。首相である私にしか託せないもの。護衛すらつけずに呼ばれて託されるもの。それは何だ?私は前首相の決意が込められた声に、何を託されるのか見当もつかなかった。

 

 

 

 

数日後私はその家を訪れた。挨拶も早々に車に乗るように言われ、その方の運転する車で何処かに行く事になった。

 

助手席に乗ろうとするとそこに分厚い茶封筒があった。移動中に読みなさいと言われ、とりあえず乗車する。

 

「すまんな。こんな老いぼれの運転では不安かもしれんが……着くまでにかなり時間がある。その内容を頭に入れてくれ。その書類は読み終わったら処分するように」

 

「わかりました」

 

「眉唾ものと思うかもしれんが、そこに書かれていることは全て事実だ」

 

 

 

その資料は第二次世界大戦の際の政府記録だった。これはコピーされたもので原本はまだこの方が保管しているらしい。

 

 

その中に書かれていたのは、第二次世界大戦中の日本が劣勢気味の時。敵の前線基地であり一大拠点でもある島が、突如瓦礫の山となり実質消滅した件について。

 

それまでは敵戦力に押し込まれ、防衛に徹していた時の内閣。彼らはいち早く日本を戦争から離れさせる為、時の首相を筆頭に停戦条約の締結に注力していた。

 

 

しかし、敵拠点の突然の消失。原因は不明。ただ、わかることは人も、物も、基地も、島自体も、全てが両断されて崩れ落ちているという事だけ。

 

これを彼らは奇跡だと、神が味方していると、今なら日本が覇権を握れると言い始めた。島の消失も都合のいいように解釈し、どこの誰が行ったのかはわからないが、日本の味方には違いないと結論付けた。

 

ならば今こそ逆に打って出るべきだと、首相に詰め寄る形で提案している議事録。しかし、時の首相は首を縦には振らなかった。

 

 

閣議は大荒れに荒れた。内閣どころの話から政界全土に広がり、血で血を洗う政治抗争が起こるまでに。それは世間にも伝わり、過激な帝国主義思想が火がついたように広がり始めた。

 

ただ首相は頑なに必要以上に攻めることを良しとしなかった。攻めれば得られるであろう領土や強国としての権利を捨ててでも、国際協調路線に舵を切ろうとした。その為に《国際魔導騎士連盟》に加盟する決断をした。

 

 

 

「その軋轢の中で生まれたのが脱連盟を掲げる我々与党だ」

 

「そうだったのですか……ところでこの敵拠点の消失というのは、聞いた事も無かったのですが」

 

「そりゃあそうだろう。我が国ではその後すぐに徹底的に情報規制されたからな……

 

歴史からも抹消された、タブー中のタブーだ。

 

そんな事が出来る伐刀者が居ると知られでもしたら、また当時の二の舞だからな。同様に大戦で活躍した《大英雄》黒鉄龍馬とは規模が違い過ぎた」

 

 

その言葉に私は一瞬理解が追いつかなかった。一拍の間を空けて言葉の理解が追いついても冗談かと思う程に。

 

「コレは本当に人の手で起きた事なのですか?!」

 

「そうだとも……そしてこの秘密こそが首相である君だけが引き継ぐもの」

 

日本にその様な方が居るとは。だとしても何故それを秘匿する必要があるのか。その様な存在が我が国にいるのならば、それこそ他国への牽制、抑止力となる筈だ。

 

「その方は少々……いやだいぶ特殊でな。以前君に伝えた《魔人(デスペラード)》とその中でも世界の均衡を保つ三名……それ以上の存在なのだ」

 

 

魔人とは伐刀者(ブレイザー)が辿り着くその先。

 

伐刀者の持つ魔力とは生まれながらに持つこの世界に対する影響力そのもの。だからこそ、その総量は運命として定められており、増える事はないとされる。

 

しかし、この世にはその定義を覆す例外が存在する。自らの強固な意志で運命の鎖を断ち切った者。人としての魂の限界を打ち破り、運命の外側へ至った者。

 

その例外の存在を《魔人(デスペラード)》と呼ぶ。

 

 

 

その例外の中でも世界を三つに分ける勢力に一人ずつ埒外の存在がいる。

 

この世界を大国による分割管理下に置くことを目的とする、アメリカやロシア、中国といった大国が結んだ《大国同盟(ユニオン)》。

 

日本も所属する小国同士が相互協力し今の世界の形を保とうとする《国際魔導騎士連盟》。

 

この世界の闇に巣くう超巨大犯罪結社《解放軍(リベリオン)》。

 

 

この各勢力それぞれに一人強力な魔人がいることで、三竦みとなり均衡を保っている。

 

《連盟》には連盟本部長《白髭公》アーサー・ブライト。

 

同盟(ユニオン)》には二十代という若さで、アメリカの特殊部隊である《超能力部隊(サイオン)》の長を務める《超人(ザ・ヒーロー)》エイブラハム・カーター。

 

《解放軍》には第二次世界大戦以前から裏の世界に君臨する、ならず者たちの王《暴君》。

 

そしてあと数年もしない内に、この三竦みはバランスを失う。《暴君》が寿命を迎えるのだ。そうなれば《連盟》と《同盟》の正面衝突が始まる。この異なる二つの思想は同じ星にて決して共存する事ができないのだ。

 

 

これらの事は私も前から知っていた。政界に入ってから必死で調べたのだ。この世界の構図を。何がどうなり、何が引き金となって日本が破滅に向かうのかを。それまでのタイムリミットを。

 

 

 

「あの三人以上の?!……しかし、第二次世界大戦中の方ということは《暴君》と同じ様にかなりのご高齢なのでは?」

 

「……あぁ、かなりのご高齢だとも。まだ目的地まではしばらくかかる。その資料をしっかり把握しておきなさい……伝説と向き合うのはそれからだ」

 

伝説という言葉に疑問を投げたかったが、運転に集中されてしまっため、私は再び資料に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

渡された資料に熱中していたのか、気づけば数時間が経っていた。車から降りるとどこかの山の麓。その山に向けて伸びる細い道を登り始めた。

 

しばらくして山を分けるように連なる長いフェンスが見えてきた。私をここに連れて来た方はそこにあるゲートの錠を解き、更にその先へと進む。

 

「ここにその方が居られるのですか?」

 

「……ここまで来たならいいか。休憩がてら君に少しずつ話していこう」

 

そして語られるこの山の正体。この山は名目上政府が管理しているが、その実態は立ち入り禁止にしているだけ。近隣住民からは禁足地の様な扱いを受けて、誰も踏み入らないし、まず入る事すらもできない。

 

「今日は事前に連絡を取っている為何ともないが、普段は人が入れないように特殊な力場と威圧感の壁が広がっている。それを越えられるのは魔人の中でも一部の者くらいだろう……

 

それを乗り越え、入る事ができた者はこの世界の伝説へと挑む事を許される」

 

「車の中でも言ってましたが……伝説とは?」

 

 

「鬼だ」

 

 

「鬼……ですか?」

 

「人を超えて鬼となった御方。五百年生きる伝説……

 

我々はあの御方の一つ下の次元で、国と国民を賭けた小競り合いをしているにすぎんのだ」

 

 

同時に音もなく一人の男が私達の目の前に現れた。長く深い黒髪を後ろで結んだ若い男。だが、政界の化け物共に揉まれて、強固になった筈の心が震えている。目を背けなかった自分を褒めてやりたい程だ。

 

 

「おぉ、これはこれは黒死牟殿。貴方様自らいらっしゃるとは」

 

「老いたお前の足ではもうこの山道は辛かろう。責務を全うしたのだ。これからはその身を大事にするといい……次は彼が?」

 

「えぇ、彼が次の首相、月影獏牙総理でございます」

 

黒死牟と呼ばれた存在がこちらに向く。ただ見られているだけの筈が、まるで無数の目で私の全てを見透かされている様な視線だ。

 

対峙してわかる。この方こそ絶対者だ。これは伝説と呼ばれるはずだ。これは現実に存在していいものではない。物語の、それも英雄譚や神話にこそ出ていいものだ。

 

 

 

これまで教育者として政治家として様々な伐刀者と出会ってきた。《闘神》の南郷さんやご存命の頃の《大英雄》龍馬さん。最近では闇の世界を生きる者たちにも。

 

だが、そんな化け物じみた伐刀者達も、彼らはまだ人だったのだ。それを目の前に立って理解した。正しく次元が違う。

 

それを理解した私がとった行動は、ただ頭を下げる事だ。

 

この行動の意味は従属や隷属では無い。命乞いでも無い。私の胸にあったのは希望と救いだ。

 

「お願い致します!この日本をお救い下さい!」

 

この方ならば日本をあの滅びの未来から救う事ができる。今、私が未来の為に進めている計画よりも確実に。会ってすぐだが私は確信した。

 

 

 

「その言葉を聞いたのは……これで二度目だ」

 

 

 

目の前の存在は語る。

 

第二次世界大戦の際に時の首相が同じように懇願したと。劣勢気味な戦況を変えるためにどうか力を貸して欲しい。一国の長が涙を流しながら額を地につけたと。

 

「奴は平和主義で人格者だった。戦争を避けようと手を尽くしていたようだが、それでも二度目の大戦は起きた。国の為、国民の為と頭を下げて私を使った結果、何が起こったかわかるか?

 

帝国主義的な国民世論の暴走だ。私の一振りで形勢が一気に逆転してしまったのだ。

 

国を救わんとする願いが、国の暴走を引き起こした。

 

その国民の様子を見て、このままでは止まらないところまで行ってしまうという危機感に駆られ、奴は強引に国際調和へと舵をきった。権利や領土、あらゆるものをかなぐり捨て、周りからの戦争続行の意見をねじ伏せてまで……

 

その時の奴の憔悴した様子は見るに堪えなかった。私も奴も、私の力の認識が甘かった。

 

たった一振りで、人と国が狂った。故に私はもう己の意思以外で刀は握らん」

 

その言葉を聞いて私が見つけた大きな希望は、再び深い絶望へと変わった。

 

だが、そんな簡単に諦められるものか。そうでなければ私は総理大臣になどなれてないし、救える国も救えない。あの未来だけは許す訳にはいかない。

 

 

「……万象を照らせ。《月天宝珠》」

 

月の輝きのような淡い光と共に、自らの霊装を顕現させる。こぶし大の金色の水晶球。これを人前で見せるのはいつ以来だろうか。

 

前首相には以前見せたことがある。彼が後任者を選ぶ際に、接触しコレを見せた。だからこそ私が後釜として育てられたのだ。

 

宙に漂う《月天宝珠》を指で弾く。すると宝珠の鏡面が波を立て、球の下部から一滴の雫が山肌に落ちた。

 

落ちた雫は私たちの地面に黄金の波紋を起こし、次の瞬間どす黒い紅蓮の映像が地面に映る。いつ見ても何度見ても怒り狂う様な光景。

 

映るのは正真正銘の地獄。一面炎に呑まれた東京の姿。その中で生きながらに焼かれる人々。今も崩れた建物の下で人が巻き込まれた。

 

ただの映像ではない。私の見た悪夢を再現している為、炎の熱さも、耳をつんざく絶叫も、人肉が焼け焦げる臭いも感じ取れる。これが私が予知したいつか来たる東京なのだ。

 

自らの能力とこの映像について簡単に説明する。

 

「これが未来の東京か……酷いものだ……」

 

「これを見ても手を差し伸べて頂けませんか?!どうか!……どうか!」

 

再び頭を下げる。ただ一言「助けてやろう」と言ってくれ。

 

黒死牟は目を閉じた。何かを思案するように。答えが返ってくるまでの間が、人生でもひたすら長い様に感じる。

 

 

「私はもうこの時代を生きる者ではない。この時代の事は今を生きるお前たちが対処すべきだ……私のような過去に縋るな。私の出る幕はもう無いのだ」

 

 

その言葉に私は目の前が真っ暗になりそうだった。希望の光は明らかな拒否にて遠くに消えていった。

 

「これからはお前が長だ。ならばお前自身が日本を救え。その為に総理になったのだろう?」

 

……そうだ、その為に総理になったのだ。

 

私が打ちひしがれる事は許されない。歩みを止めることは許されない。

 

必ずや日本を滅びの未来から救うと。他でもない私が。たとえこの方の手を借りずとも。その為のこれまでなのだ。

 

 

全ては愛するこの国の為に、未来の子供たちの為に、私はこの運命に抗わなければならない。

 

この国の行く末は私が決める。運命などに決められてなるものか。

 

それが内閣総理大臣、月影獏牙の務めだ。




無理矢理に近い形で、この鬼ぃちゃんを歴史から追放に成功。ヤッタゼ


時の首相「あの辺にぃ……ちょーっと(戦力的な意味で)消して欲しい拠点があるんすよォ」
鬼ぃちゃん「ふむ……(文字通り)消せばいいのだな?」

ー日本暴走ー

時の首相「コンナハズジャナイノニー!」


んーガバガバ政府過ぎますねぇ……神風が吹いたとでも思ったんでしょうか?


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8話

新キャラ出ます。是非は知らん。やりたいようにやって纏めきれなくなって、爆発四散するだけじゃ。


まぁ気楽に見てってください。




 

爆発音と銃声、そして悲鳴。これまでの日常では全く聞くことの無かった不快な音。

 

 

 

 

 

建物が炎上し、熱気が肌を焼いていく。

 

 

 

ほんの少し前までここは、観光地の巨大な商業施設特有の、人々の喧騒に溢れていた。しかし、それは大きな衝撃と爆発音で掻き消された。

 

 

 

 

本来これは優しい両親と、言葉はキツいけど頼りになる兄さんとの楽しい家族旅行の筈だった。

 

 

 

そんな幸せな時間は一転して、この世の地獄へと変わった。

 

 

衝撃と爆発音の後、頭上から降ってきた瓦礫。それはちょうど母さんの真上から落ちてきて、次の瞬間には肉と骨が潰れる音と、夥しい血液が瓦礫の隙間から溢れ出る。母さんを庇うように動いた父さんも同じく下敷きになった。

 

 

それを見て言葉を失った。思考が止まった。何が起きたのかすぐに理解できない。脳が認識しようとしない。

 

 

明らかに事切れたであろう両親を助けようと、無意識の内に手が恐る恐る伸びる。すると手首辺りを強く掴まれ、僕は我に返った。

 

「無一郎!何をしている!逃げるぞ!」

 

 

僕の手を掴んだのは、覚悟を決めた兄さんだった。父さんも母さんも死んでしまった事をすぐに飲み込んで、その場で最善の行動をとろうとしていた。

 

 

兄さんに引っ張られる形で、地獄絵図となった商業施設を走り抜けた。

 

時折聞こえてくる銃声や悲鳴に気を取られる。

 

兄さんは違うけど、僕は伐刀者だ。まだ何の訓練も受けてないけど、魔力を使って身体能力を強化する事くらいはできる。

 

視界の端で小さな女の子が瓦礫から這い出ようと、泣きながら藻掻いていた。それを見て助けに行くべきだと思った瞬間、兄さんの腕を引っ張る力が強くなった。

 

「余所見をするな!ろくに力も使えないお前に何ができる!」

 

「でもっ!!」

 

「いいから走れ!」

 

 

女の子の泣き声が遠くなる。僕にちゃんとした力があったなら。まだ魔導騎士になるのは先の事だと思って、普通に生きてきた過去の自分を呪った。

 

周りを見れば同じような光景が広がっている。その度にそこに意識を取られ、先程と同じく兄さんに腕を引っ張られた。

 

 

 

 

 

今までとは規模が比べ物にならない爆発音が轟いた。

 

 

世界がひっくり返るのではないかと思う程の振動。同時に激しい爆炎が眼前に迫り、僕ら兄弟を包もうとしていた。

 

 

炎の壁を前にして、僕ら兄弟が助かる為にはどうしたらいいのか。

 

 

僕の能力や魔力なら何とかなるのか?……いや、無理だ。こんな衝撃と炎を防げる訳が無い。

 

 

僕が何も出来ずに動けなかった時、腕を掴んでいた兄さんが前に出る。そして爆発に背を向けた。僕の壁となる為に迷いなく動いて。僕と違って兄さんは魔力を持ってないのに。

 

 

衝撃と炎が僕らを包んだ。軽々しく吹っ飛ばされ、壁に頭を打って気を失ってしまった。

 

 

 

 

火傷の痛みで意識を取り戻した。あまり大事になっていないのは、僕の魔力が身を守ったのと直撃は避けれたからだ。

 

そして、爆炎の直撃を受けた兄さんは肌が焼け爛れるどころか、背中の肉が一部吹き飛んでいた。そんな状態でも兄さんは僕の手を握っていた。

 

 

僕はもう何も考える事が出来なくなっていた。ただただ涙を流すことしか出来なかった。

 

 

 

すると視界に複数の人間が入ってきた。黒い色の戦闘服とガスマスクに身を包んだ五人。それぞれの手にはアサルトライフルが握られていた。

 

最初は助けが来たのかと思って、声を出して助けを求めた。

 

 

でもそれはすぐに違うとわかった。その一人の銃口がコチラに向いたからだ。

 

ガスマスクで目元しか見えなかったけど、アイツらは僕らの様子を見て、そしてこの地獄を見て笑った。喜劇を見たかのように笑っていた。

 

 

兄さんの状態を見て、楽しそうに笑いやがった。

 

 

その表情を見て、僕の中で何かが弾けた。視界と思考が真っ赤に染まった。

 

 

 

何が楽しい?

 

 

何が面白い?

 

 

 

途轍もない咆哮が自分の喉から出ていた。ほとんど使った事の無い刀の霊装を手に持ち、そいつらに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

気づいたら全員殺していた。心底どうでもよかった。

 

 

 

 

無茶をしたのか身体は重たかった。それでも足を引き摺る様に兄さんの許へ。返り血で真っ赤に染った手で抱き抱えた。

 

もう一歩も動けない。ここで僕も死ぬんだと思った。

 

「お前は……生きろ」

 

「えっ……」

 

兄さんは生きていた。でも誰の目から見ても救助が間に合うとは思えなかった。弱々しい声で最期の言葉を紡いでいた。

 

 

「お前は誰かの為に無限の力を出せる……選ばれた人間だ。神様も……俺じゃなくお前だったら……助けてくれる……」

 

 

兄さんの心音が止まる。

 

周囲の熱気とは逆に、兄さんの身体は冷たくなっていく。

 

その感覚をずっと、ずっと味わい続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら病院のベッドの上だった。そして僕はこれまでの記憶を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院で医師や看護師に言われるがまま過ごす日々。

 

病室のテレビで先日起こったとされるテロの映像が流れると暴れていた……らしい。らしいというのはその間の記憶が僕には無いからだ。

 

記憶を失った事で不安定になっている。加えて精神的な理由から記憶保持能力にも問題があると言われた。

 

 

両親も兄さんも死んでしまったと聞いたが、僕にはその実感が無かった。家族の顔を思い出そうとしても、記憶に霞がかかったように何も思い出せない。

 

 

ただ思い出そうとすると、理由もわからないまま、血が出る程の握り拳を作っていた。

 

 

 

ある日、病室を男の人が訪ねてきた。

 

「久しぶりだね、無一郎君。私の事を覚えているかな?君の御両親とは仲良くさせてもらっていたんだけど」

 

どうやら僕の知っている人らしい。けど、記憶の中からは思い出せなかった。

 

 

後から知ったのは日本の総理大臣だった事。月影獏牙さんというらしい。僕は月影おじさんと呼ぶようになった。

 

 

この人だけが忙しい職務の間を縫って、何度も何度も病室を訪れてくれた。おじさんとの何気ない会話が、記憶が無くて不安な僕にはありがたかった。

 

 

最初は前回訪れてきてくれた事も、次の面会の時には忘れてしまっていた。ただ何度も来てくれるおかげで、おじさんとの記憶だけは少しずつ定着するようになった。

 

 

ある日、月影おじさんの能力で僕の過去を見させてもらうことに。辛い時はいつでも止めると言われて、僕は何を見せられるのかと身構えた。

 

 

 

 

気がついた時にはおじさんの護衛の人達に押さえつけられていた。なんでも僕は自分の過去見ている際に、また暴れ始めたらしい。おじさんに掴みかかっていそうだ。

 

 

本当に申し訳なかった。おじさんは笑って許してくれた。それどころか見せた事に謝ってくる。二人でお互いに謝り合うことになった。

 

 

 

そんな事があっても僕の記憶は蘇らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

おじさんとの面会やカウンセリングを受けて、暴走はしなくなった……筈。カウンセラーの人が言うには、おじさんが心の拠り所となって、空っぽで不安定だった心が安定しだしたのだという。

 

どうやら僕はテロについて見たり聞いたりすると、異常な怒りが溢れるらしい。

 

 

おじさんは脳が覚えてなくても、心と身体が覚えているからだと教えてくれた。

 

僕がテロで家族を失ったから、その怒りが溢れてくるというのは理解していた。でもやはり実感が湧かなかった。

 

 

 

 

精神が落ち着いて退院する事になった。退院の手続きも、その後の暮らしの事もおじさんに頼る事になった。どうやら僕と親しい親戚が見つからなかったらしい。これからは一人暮らしとなる。

 

「すまないね……私が面倒を見てあげれれば良かったんだけど、これからは職務を抜け出せなくなりそうなんだ。正直今も秘書からの鬼電が止まらない」

 

月影おじさんは画面いっぱいに連絡通知が並ぶ携帯を苦笑いしながら見せた。同じ名前の人からのメッセージや不在着信が列をなしている。

 

見ていると今日何度目かの着信音がなり、おじさんは確認すること無く切っていた。

 

「ごめんなさい……」

 

何から何まで本当に迷惑をかけてしまっていて、自然と謝罪が出てきた。

 

「辛い事があったんだ。今はいくらでも甘えていいんだよ」

 

そう言って僕の頭を撫でてくれるおじさん。急に思いついたかのように手を打った。

 

「そうだ!退院祝いをあげよう。何か欲しい物とか、して欲しい事はあるかな?これでも総理大臣だからね。言い方は悪いけど、ある程度の事は叶えてあげれるよ」

 

「おじさん……公私混同はダメだよ」

 

「仕事を抜け出すのも、権力の私的利用も……バレなきゃ問題ないさ」

 

「……本当に総理大臣?」

 

おじさんのわざとらしい悪い顔につい笑みがこぼれる。本当は仕事を詰めてまで会いに来てくれているのに。

 

「向いてないのは自分が一番わかっているんだけどね……

 

さて、他でも無い君の為だ。何でも言ってくれ。国家権力が及ぶ範囲で頼むよ」

 

おじさんのご厚意に、申し訳無く思いつつも受け取る。自分がやらないといけないと感じている事の手助けを求める事にした。

 

「じゃあ、一つお願いがあります」

 

「何だい?」

 

 

 

「僕に力をください」

 

 

おじさんは目を丸くした。

 

「それはつまり……伐刀者としてのという事かい?」

 

「はい……伐刀者として、そして剣士としての力が欲しい。僕を鍛えてくれる人を紹介してください」

 

「君はあと三年と少しで学生騎士だろう?それまではゆっくり……」

 

「それじゃ駄目……力が無くて弱かったから、僕は怒って悲しんでる。記憶は無いけどそれだけは身体が覚えてる。

 

だから、僕を誰よりも強くしてくれる人を紹介してください」

 

 

おじさんは初めは困った顔をして、その後何故か凄く顔を顰めて、一つ大きなため息を吐いて、ようやく頷いた。

 

「わかった……君にとっておきの師を紹介してあげよう。向こうの都合を確認する必要があるが、他の誰でもない君なら、もしかしたら認めてもらえるかもしれない」

 

「ありがとう……わがまま言ってごめんなさい」

 

「謝ることは無いよ。君が目的を持って前に進んでくれる。それだけで良いさ」

 

 

 

 

 

 

後日僕は、とある人を紹介された。

 

一目見ただけで鳥肌が立つ程の存在感がある人。優れた剣士とはこのような雰囲気を纏うのかと、自己紹介の時にものすごく緊張した。

 

そんな固まった感情も、その人の一つの動作で和らいだ。

 

僕と目線を合わせる為に少しだけ膝を曲げて、頭を軽く撫でられた。大きくそして温かい手。

 

撫でられた意図はわからなかったが、その人の瞳には優しさと少しの戸惑いが表れていたように見えた。

 

 

「……力が欲しいのか?」

 

「はい」

 

 

これが僕、時透無一郎とお師匠様の出会い。一度空っぽになった僕の新たなる始まりだった。




時透君の心情が掴めず相当難産。さすが霞柱……

これからはもう少し時透君らしさを出せるようにしたい。

世界観的に家族との記録は残ってるから、それでも思い出せないって、表現的に実感が無いくらいしかないのかねぇ。

そんな彼にはこの世界ではテロ狩りとして頑張って貰いましょう。

ちなみにおそらくもう追加キャラは無いと思われます。


感想評価励みになります。本当にありがとうございます。誤字報告とても有難いです。




……でェ丈夫だ。オラまだやれる。


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9話

三話のアンケート見てから速攻で作ってたのがコチラ。


最初は時透君が主人公のクロスオーバーを作ろうと構想していた。
その後脳内を縁壱様に塗り潰された。




ある日屋敷に電話の音が鳴り響いた。

 

この電話は昔ながらの形をしているものの、その使用時の重要性危険性を考慮して、最新の防諜システムが組み込まれた世界で三台しかない特別製。

 

これまでにこの仰々しい電話がなる時は、ほとんどが総理大臣もしくは連盟日本支部長官の交代の時だ。

 

 

山に籠っている為限られた情報になるが、総理大臣の月影獏牙も連盟日本支部長官の黒鉄厳も交代するとは聞かない。獏牙にいたってはついこないだ就任したばかり。

 

戦争や日本での大規模テロといった、私という過剰戦力を望むような事も起きていないはずだ。

 

 

何かの間違いか、二人の内のどちらかが急にその座を降りることになったのか。どこか訝しい気持ちを抱えつつ、その電話に出る事にした。

 

 

「……私だ」

 

『黒死牟殿……貴方に相談したい事があるのです。どこかでお会いできるでしょうか?』

 

私に連絡を取ってきたのは獏牙の方だった。それも酷く思い詰めたような声音で。何かがあったのだろうが、私はもう手は貸さないと決めている。それは彼も理解している筈だ。

 

「念の為確認しておくが……日本政府としてか?お前個人としてか?」

 

『私個人として貴方に頼みたい事があるのです。貴方が懸念するような案件ではございません』

 

 

 

 

 

特にやることも無く、一輝の修行ももう付きっきりでなくてもいい。獏牙の様子も気になったので私は彼と会うことにした。

 

指定された日時に、他人に知覚されないようにビル群を駆ける。

 

都内の指示されたビルの一室に辿り着いた。部屋の扉に佇む護衛の男に獏牙からの言われた偽名で話しかけると、その男は私を通し、部屋の扉から離れた場所にまで移動した。

 

 

部屋の中には正真正銘この国の長、総理大臣月影獏牙だけがいた。私が来た事に気が付いた彼は、私に対して軽く会釈をし部屋の応接セットへと案内する。

 

「護衛を下がらせて良かったのか?」

 

「貴方の前ではいてもいなくても関係無いでしょう。ともあれ、わざわざ御足労いただきありがとうございます」

 

「私の足の方が早いだけのこと。気にする事は無い。して……相談とは?」

 

「貴方が弟子をとっている事は聞き及んでいます。ご迷惑かもしれませんが、一人貴方の弟子にして貰いたい子供がいるのです」

 

私に新たな弟子を?私という特殊な人物に弟子入れさせるのだから、何やら理由がある筈だ。

 

自分で言うのもあれだが、私の存在といい《覚醒》の事といい、私は機密や禁忌の塊だ。

 

一輝の様に私自らが弟子を取るならまだしも、国家機密を誰よりも守る必要のある一国の長が、それを破る行為をするのだ。その理由も余程ものになるだろう。

 

「……詳しく話せ。まずはそれからだ」

 

「弟子入りという形で面倒を見て欲しいという方が正しいのかもしれません。私はもうその子に関われなくなるので……私の知人夫婦、友人の子供なのですが」

 

「その夫婦に頼まれたのか?」

 

獏牙は力無く悲しげに首を振る。

 

「その子はもう天涯孤独の身になってしまいました。先日発生した解放軍(リベリオン)のテロによって」

 

確か報道で流れていたな。海外でそれなりの死者が出た大規模のテロがあったと。

 

 

「そのテロで両親と双子の兄を一気に失いました。同時にその時のショックで記憶すらも失ってしまい……」

 

 

生き残った双子の弟、記憶の喪失……まて、何か頭に引っかかる。

 

 

「それだけなら私の友人の息子といえども、孤児として扱うのですが……問題はそのテロリスト達を暴走したように返り討ちにしたのです。そして記憶は失ったのにテロに対しての怒りが溢れている。

 

……その子は私に力が欲しいと懇願してきたのです」

 

 

襲撃者を……返り討ち。あと少しでこの違和感がすっきりしそうなのだが、まるで頭に霞がかかっている様だ。記憶をはっきりさせる為に、あと何かが足りない。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「何でもない続けてくれ。お前がそれだけで私を師に据えようとするとは思えん」

 

「えぇ、その通りです。それだけなら他にも師はいました。多くの門下生を持つ《闘神》の南郷さんをはじめとして幾人か」

 

 

《闘神》南郷寅次郎。私をいないものとして考えれば、日本最高齢の魔導騎士であり、龍馬の戦友でありライバルでもあった。第二次世界大戦の際に龍馬と共に私の監視及び案内役として同行した者でもある。

 

 

「友人の血筋を整理しているとそこにあったのですよ。消されたはずの貴方の真の名……継国巌勝の文字が」

 

 

「私の……子孫だと?」

 

 

それが鍵となって頭の霞が一気に消えていった。道理で思い出すのに時間がかかった筈だとも納得した。

 

この記憶は私の前世の記憶なのだから。長い時間でもうほとんど忘れてしまったが、私の子孫というきっかけで思い出せたようだ。

 

 

だが……そんな偶然が有り得るのか。私たち兄弟以外に原作の人物が生まれているなど。

 

 

ただそうなると獏牙が私に弟子入れさせようとしているのは……

 

 

「その子供は今近くにいるのか?」

 

「はい、離れた部屋で待機させています。ここにお呼びしましょうか?」

 

「……頼む」

 

 

 

獏牙が部屋の外に出る。その間の私の心中は複雑だった。

 

たまたま全ての条件を満たした別人という可能性もあるが、ここまで揃うと確信めいたものに見えてくる。

 

目を閉じ、物思いにふける。少しの時間を長く感じてしまう。

 

こんな感覚は何十年、いや何百年ぶりだろうか。……これだけ生きてまだ緊張しよう事があるとは。

 

 

 

ノックが鳴り扉が開く。獏牙に連れられて一人の少年が入ってきた。

 

 

その姿を見て、予想していた筈なのに衝撃が走った。やはり記憶の中の彼だった。

 

腰に届く程の髪を伸ばした、小柄で中性的な少年。雰囲気がはっきりせずぼんやりしている印象を受ける。獏牙の後ろに隠れる様に現れた彼には、不安や戸惑いが見て取れた。

 

「今ちょうど君を紹介していたところだ。挨拶しなさい」

 

 

「時透……無一郎です」

 

彼に近づき向かい合う。無意識の内に彼の頭の上に手が伸びかけた。

 

 

その事に気付き、我に返って手を止める。本来の黒死牟が殺してしまった子供に触れる。その事に少し躊躇いがあったのだ。

 

だが、その葛藤もほんの僅かな時間。少ししゃがみ、彼と目線の高さを合わせ、彼の頭の上に軽く手を乗せる。そして彼の目を見つめた。

 

 

自分自身すら失った空っぽの瞳。これに光を灯さなければ。そんな使命感が私の中に溢れてくる。

 

 

『黒死牟』は『黒死牟』。『私』は『私』だ。だが、完全に無関係というわけではない。

 

ならば『黒死牟』としての力で、『私』が出来る事を……この子に。

 

 

「……力が欲しいのか?」

 

「はい」

 

「それは何の為だ?」

 

「わからない。僕には記憶が無いから……でも、力が無かったから悲しくて、怒っている事は身体が覚えてる」

 

「そうか……」

 

一輝と同じ様にこの子にも力を与えてあげよう。原作の彼のような、これから新たに出来るだろう大切なものを守れる力を。

 

この子は今文字通り"無"だ。だが私は知っている。無一郎の"無"は無限の"無"である事を。

 

 

無から有を生み出すのは難しい。零には何を掛けても零でしかないのだから。

 

 

だから私はこの子に、無限に繋がる最初の一を与えてあげよう。

 

 

それが『黒死牟』としての贖罪。

 

本来の私が奪ってしまった、あの優しく勇敢な少年に対する償いだ。

 

 

「失った記憶もいずれ戻る。今はまだ霞が広がっているだろうが、いつかささいなきっかけで自身を取り戻し……それは晴れる。不安だと思うが、焦る必要は無い」

 

無一郎はコクリと頷いた。

 

「黒死牟殿……お言葉ですが、この子に自身の記憶を見せても実感が無いそうなのです。それに後遺症で記憶保持能力にも影響が……」

 

「そうか……お前はそういう事が出来る能力者だったな。だが心配する事はない……大切な思い出ほどふとした時に自然に思い出すものだ」

 

「そうですか……ならば、どうかこの子をよろしくお願いします……無一郎君、私はまだこの方と話す事があるから、さっきの部屋で待っていてくれるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ何かあるのか?」

 

「えぇ……ここからは日本国総理大臣、月影獏牙としてですが」

 

先ほどの顔とは一転、まるで仮面の様に表情が変わった。これがおそらく獏牙の政治家としての顔なのだろう。

 

「政府としての相談とは聞いていないが?」

 

「貴方様の意思は重々承知しております……だからこそ私が行う事にも介入しないで頂きたい。それを説明させて頂くだけです」

 

 

そうして語られる獏牙の内政計画。日本の《連盟》からの離脱を目的に、世論を誘導する為に学生騎士の祭典、《七星剣武祭》を徹底的に破壊するというもの。

 

現在日本の伐刀者に対する権利は《連盟》に加盟している事で奪われていると言っていい状態。育成や懲罰すら政府の意見では満足に行えず、《国際魔導騎士連盟》の許可が必要だと言う状況。

 

その問題を理由に、権利を取り返すという口実で、日本と連盟との仲を修復不可能なまでに引き裂く。その仲を引き裂く手段こそ、連盟によって育てられた七つの魔導騎士養成学校の学生騎士より、日本が独自に育てた学生騎士の方が強い事を証明する事。

 

その舞台が国民も世界も注目する七星剣武祭であり、その結果をもって脱連盟の是非を問う国民投票で過半数以上を獲得する。

 

その後《同盟》に鞍替えする事で、前に見せられた日本の破滅の運命から逃れようとする計画だ。

 

 

ただ今から日本独自で学生騎士を育てても、時間も実力も足りない。その為闇の世界の実力者達、《解放軍》のエージェントを生徒として起用する。

 

それを聞いて私は彼の説明に待ったをかけた。そして先程の彼の言葉の意図を理解した。

 

「待て……お前が無一郎に関われなくなるとは……」

 

「えぇお察しの通りです。私はこの国を救う為に、あの子の仇と手を組みます。ならばもうあの子とは会うことは出来ない。許されることも無いでしょうから……

 

あの子には情もある。私の友人を奪ったテロリストには私も思うところはある」

 

彼は語る間に自然と握りこぶしを作っていた。それが小刻みに振るえている。

 

しかし震えがピタリと止まり、私の顔を見て決意を口にした。

 

 

「だがそんな事よりも責務が勝る」

 

 

あらゆる感情をそんな事と言い切り、私情を抑え込む一国の長の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

「この計画の決行は三年後……だからこそ貴方には打ち明けるのです」

 

三年後……それは一輝が魔導騎士養成学校に入って二年目となる頃だ。無一郎も入って一年目の時期になる。無一郎はこれからの修行次第だが、一輝に至っては確実に同年代では桁外れた実力を持つようになる。

 

「貴様は……その計画で私の弟子を使いたいとでも言うのか?それともその祭典に出るなとでも?」

 

「そんな事は考えておりません。私が危惧するのは弟子の晴れ舞台を壊されて、貴方に介入される事です……本当なら決行年をずらしたかった。

 

だが、計画の準備や根回しにはまだ時間がかかる。かと言ってこれ以上後ろにずらせば間に合わなくなる……苦渋の決断なのです」

 

 

「私の弟子は、一輝は強いぞ。そして無一郎も……あの子は天才だ。お前の計画に牙を剥くだろう……それでも良いんだな?」

 

 

 

「そうですか。あの無一郎君が……ふふっ、それは良かった」

 

 

 

私を前にして、今まで皺を寄せながら対峙していた獏牙の表情から一気に力が抜ける。疲れたように笑いながら、安堵の表情へと変化した。

 

「……良いのか?随分前から練っていた計画なのだろう」

 

「そうですね……あの悪夢を見てからずっとこの計画の成就の為だけに生きてきました。私の力ではこうすることでしか運命を欺けない。貴方のように運命をねじ伏せる力があればとは思わずにはいられなかった。

 

これは今の私が打てる最善の手。これ以上の事は私では不可能だ。だからこそ……

 

私のこの計画を正面から壊してくれる程の子供達が、運命すら乗り越えてくれる子供達がこの国にいるのなら……

 

 

私も心置き無く、若い世代に託す事が出来るというものです」

 

 

「勝っても負けてもお前(日本)の勝ちか……ずるい大人だな」

 

「これでもかれこれ十年程政治家の椅子に座ってますから」

 

獏牙の表情が再び固くなる。先程の本音を言う疲れた笑顔から一転、政治家としての仮面を身に付けた。

 

「だが、そう易々と託す事は出来ない。だから私は全力で壁になる。若い彼らに、日本の未来を担う子供達にまだその力が無いのなら……

 

それまでは私がやらなければならない。それが大人というものでしょう」

 

 

日本を救うと誓った男としての顔。責務を果たさんとする総理としての顔。そして……子供に期待する大人としての顔。

 

様々な想いと考え、重圧が混じった獏牙の覚悟に心の中で敬意を表する。ならば彼の言うように私があれこれするのは余計な真似か。

 

「この計画は胸に秘めておくとしよう。二人にも何も言わん。その上で……

 

お前の期待に応えられるよう二人に修行をつけねばな」

 

 

「ははは……お手柔らかにお願いします」




作者・月影総理「良し、原作からの追放も完了」


何だかんだ月影総理が好きな作者。

時透君の二次創作出ねぇかなぁ……


昨日書店行ったらいつの間にやら落第騎士の最新刊出ててびっくり。この原作インフレおかしいから(褒め言葉)、今の構想ぶっ壊されないか出る度にヒヤヒヤしながら読んでる。

いつも感想評価等ありがとうございます!


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10話

皆まで言うな……


全て作者名通りだ。


周囲が薄暗くなり、空が茜に染まる。山の日暮れは麓よりもずっと早い。

 

自分は中学二年生となった。今は冬の長期休暇で山に戻ってきている。

 

 

この山で冬を迎えるのはもう九年目になる。実家より長い時間を過ごしたこの山は、時が経っても変わることなく自分を受け入れ、そして自然の猛威でもって鍛えてくれる。

 

 

今は呼吸法を完璧にする為に日々自分を鍛えている。しかし最終的な目標である呼吸の切り替えはまだ修行させて貰えない。

 

水の呼吸は随分様になってきたと自分でも思う。師匠もそれをわかって他の呼吸にも手を出して良いと許可をくれた。

 

他の呼吸はまだ試行錯誤の途中だ。それぞれの呼吸に特化した身体を持つ、先人達が残した指南書を手本にしている為、複数を選ぶ自分は型に調整を加えなければならない。

 

水の呼吸は比較的この調整が簡単だった。自分の万能の理念に近しいからだと考えている。

 

他の呼吸の中には、先達の武器が単純な刀ではないものも含まれている。なので型を自ら生み出す必要もあるかもしれない。

 

 

 

 

これからの修行に頭を悩ませつつ、自分は台所で手を動かしていた。

 

 

「これで良しっと」

 

机の上に最後の一皿の盛りつけを終える。

 

この九年間で剣の腕はもちろん、こうした料理の腕も上がった。とはいえ師匠の五百年の歴史には及びもしないけれど。

 

 

師匠が昼中にちょっと用があると言って自分に夕飯の準備を任せてきた。あの人のちょっとはどの県まで入るのだろうかとふと疑問に思ったところで、急に肌がピクついた。

 

 

これはこれから帰るという師匠からの合図。本人曰く、殺気やら剣気やらを魔力に乗せて飛ばせばなんて事ないらしい。

 

……もう少しわかりやすい日本語で教えて欲しい。

 

いや理屈は理解出来るが貴方はどの距離ソレを飛ばしてますか?この山の中ならともかく、県を跨いで特定の個人に向けて気配を届けるなんて芸当必要ですか?師匠携帯持ってて、僕以上に使いこなしてますよね?

 

 

上記の内容を実際にぶつけてみたことがある。返ってきた答えはこうだ。

 

「この世界には視線だけで相手を殺す者もいる……それに比べれば瑣末な事……」

 

ソレ多分師匠自身の事ですよね?とは恐ろしくて返せなかった。

 

 

 

 

少しして師匠が戻ってきたのを感じる。合図との間隔からして、東京に行ってたんだろう。また電化製品でも担いで帰ってきたのかなと思って出迎えると……

 

「今日からお前の弟弟子になる時透無一郎だ」

 

右肩にくの字で力無くぶら下がる人の形があった。長い髪が垂れ下がっていて、どこかのホラー映画のキャラを師匠が倒したみたいになっている。……返事も反応も無い。

 

……誘拐?拉致?まさか人を担いで帰ってくるとは。

 

「……ん?」

 

抱える人の様子に疑問を抱き、師匠が肩のその人を床に下ろす。小柄で華奢な体つきに長い黒髪だった為、最初女性かと思ったが、筋肉や骨格から男性らしい。顔は中性的な雰囲気があった。歳は自分と同じか少し下だろうか。

 

師匠の速度に目を回したのか酔ったのか、その子は気を失っていた。

 

 

「布団準備してきますね……」

 

「……すまん」

 

このくらいで驚いたりはもうしない。この人の下でこれでも九年間過ごしてきたのだ。

 

 

 

 

空き部屋に布団を敷き、その子を寝かせる。その後、師匠に食卓で追及する事にした。

 

「担いで移動するなら速度は考えてください……それで彼は?確か弟弟子と言ってましたけど」

 

「獏牙から相談を受けてな。無一郎本人も希望したので弟子にする事にした」

 

自分の弟弟子。そう言われ新鮮な気持ちになる。

 

ここの生活では二人しかいなかった為、一人増えただけでだいぶ気持ちは変わる。弟弟子という事で少しかもしれないが、自分も教える側にもなるというのが一番大きいのかもしれない。

 

ただ一国の首相がこの師匠に弟子入れさせたのだ。あの子には何か事情があるに違いない。

 

「……訳ありですか?」

 

「先日のテロで天涯孤独に、記憶を失い後遺症も残る……あの子はテロで家族も、自分自身すら失った今は空っぽの少年だ」

 

「相当じゃないですか……」

 

重い身の上話の役満でも受けた気分だ。ここは一つお茶でも飲んで心をリセットしよう。うん、この香りと味、そして温かさが自分の心を……

 

 

 

「ついでに私の子孫でもある」

 

 

 

盛大にむせた。

 

 

 

 

「げほっげほっ…………は?」

 

「うむ……私も驚いた」

 

「師匠のDNAって後世に残していいものじゃないですよね?」

 

頭の中で彼もいつか鬼となってしまうのだろうかと、イメージしてしまった。

 

「それはお前……だいぶ失礼だぞ……」

 

「あっすみません。驚いて思わずつい本音が」

 

「まぁ、何百年も経っているのだ。私の血も細胞も、あの子には一欠片も残ってはいないだろう」

 

「……ところで彼は知っているんですか?師匠の事や《覚醒》の事は」

 

「まだだ。《覚醒》については教えるだろうが……私の子孫だという事は言わなくてもいいだろう……それであの子がどうなるという訳でもない」

 

 

 

「時透無一郎君……でしたっけ?彼にも僕と同じように修行を?」

 

「そうだな……無一郎にも呼吸を会得させる。丁寧にやって一年ぐらいか」

 

「たった一年で全集中の呼吸を!?」

 

「お前を連れてきた頃とは歳も事情も違う……それにあの子は天才だ。無理をすれば二ヶ月でものになる程の逸材だろう」

 

「凄いなぁ……師匠にそこまで言わせるなんて」

 

 

「羨ましいと思うか?」

 

「それは、まぁもちろん。僕が持っていないものを沢山持っている訳ですからね」

 

「ならば……もし成れるなら、才能がある者に成りたいと思うか?」

 

「それは思いませんね。彼は彼。僕は僕です。

 

才能が無いなら無いなりに強くなってみせます。兄弟子になる訳ですからね。負ける気はありませんよ」

 

「そうか……ならば良い」

 

「どうしたんですか?今更、そんな事を確認して」

 

「なに、大した事では無い。ただ、憧れて憧れて……焦がれて焦がれて、その者になりたくて……結局、何者にもなれなかった。そんな哀れな男を知っているだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一輝は本来の私が堕ちた原因である感情をそんな事と言い捨てた。気にもしてないという風に。それがどうしたと。本当の黒死牟に聞かせてやりたい問答だった。

 

彼ならば道を違える様な心配はいらないだろう。

 

 

「ここでの生活や基礎修行については、お前に任せようと思っている」

 

「僕にですか?」

 

「教える側に回ってみるのも新たな発見があるやもしれん……というのもあるが一番は無一郎の為だ」

 

「僕よりも師匠の方が彼の為になるような気がしますが」

 

「無一郎には兄がいたが、先も言った通りテロで失っている。そして、それすら忘れている……その兄代わりというわけではないが、兄弟子として寄り添ってやって欲しい……今彼の心には誰も居ない状況なのだ」

 

今の無一郎の心の中に唯一いる獏牙も、仕方がないとはいえ最悪に近い形で消え去ってしまう。それまでに一輝にあの子の拠り所となって貰わねば。自分を取り戻す前に、無一郎が壊れかねん。

 

……全く獏牙も恐ろしい爆弾を渡してきたものだ。

 

「そういう事でしたら、わかりました……しかし随分気にかけてますね」

 

「そう見えるか?」

 

「えぇ……無一郎君の話になると、どこか親戚のおじさんみたいになってますよ。今日まで赤の他人だったんですよね?」

 

一輝はどうしてこう鋭いのだろうか。確かに赤の他人だが、記憶の中で知っているとはもちろん言えぬ。

 

「……私も子孫に出会ったのは初めてだからな。少々戸惑っておるのかもしれん」

 

「そもそも何代も後の子孫に会えるという状況が可笑しいですけどね」

 

 

 

「それで……お前の呼吸の方はどうだ?」

 

「通常ならかなりの時間呼吸を使っていても大丈夫にはなりました。常中までももうすぐで辿り着けると思います。

 

ただ、これに能力を掛け合わせると……正直わからないですね。肉や骨は持つでしょうが、細い血管や繊細な臓器への影響が未知数です。そこの許容範囲がわかれば調整のしようはあるのですが……」

 

「やはりか……許容範囲がわからぬのならば、試すしかあるまい」

 

「……それって僕何度も死にかけますよね?」

 

「死線を越えれば越えるほど、人間は急速に強くなる。簡単に死の淵へ突き落とせる良き時代になったものだ」

 

「テクノロジーの使い方が異常です……それはそうと師匠にお願いがありまして……」

 

「ん?何だ珍しい」

 

「僕のあの状態に名をつけて欲しいのです」

 

「……私が付けるのか?」

 

「はい!是非ともお願いします」

 

なんという期待の眼差し。これに納得できる名を付けられるのか。

 

「呼吸法や型の名も、一部を除き私が付けたわけでは無いのだが……」

 

「そうなんですか?」

 

「私の月の呼吸も受け売りだ……私の在り方としては合っているがな」

 

「師匠の在り方と言うと……」

 

 

 

「日の眠る夜に、日の威光を知らしめる月……それが私だ」

 

 

 

原作の黒死牟が何を思い、日の呼吸に対なす月を名付けたのかはわからない。ただ私の存在理由とこれ程合致した名前も他に無いだろう。

 

縁壱が死に、私は弟以上の強者が現れるのをただ待っている。この間、私の世界に夜明けはやって来ない。

 

 

いかん、一輝の状態に名をつけるのだったな……

 

「そうだな……修羅はどうだ?」

 

インドの鬼神である阿修羅の略称であり、仏教の六道の一つを指す言葉。六道説で修羅道は、常に闘う心を持つ、その精神的な境涯・状態の者が住む世界とされている。

 

「時間制限も含めて《一刀修羅》と言ったところか」

 

鬼の弟子であり、剣にその人生を捧げた一輝らしい名だと思う。

 

「《一刀修羅》……良いですね。ありがとうございます。名に負けぬよう、精進します」

 

 

 

 

 

 

こうしてこの山での新たな生活が始まる。

 

無一郎はその才を遺憾無く発揮し、予定より早く霞の呼吸を習得した。私が心配していた、怒りによる無理な修行は、一輝が上手くコントロールしていた。

 

彼は見事に心の拠り所になった。無一郎は記憶はまだ取り戻せないようだが、一輝を兄として懐いているようだ。一輝の事を兄さんと呼び、この山での生活を送っている。

 

 

かつて私と縁壱、我ら兄弟が過ごしたこの山は、新たな兄弟を懐深く、そして厳しく迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は経つ。

 

 

一輝は破軍学園に入学し1年目、無一郎もあと数ヶ月でその学園へと入ろうとした冬の頃。一輝から電話が掛かってきた。

 

「お師匠様、一輝兄さんからです」

 

出会った頃からとは体付きが見違えた無一郎が、私にそう言って受話器を渡してくる。

 

「申し訳ありません、落第しちゃいました」

 

 

「………………………………そうか」

 

 

やはり私には、人を導く才能が無いのではないだろうか。いったい……何処で間違えたのか。




(不味い……そろそろ投稿しないと不味い……)

「何が不味い?言ってみろ」

「ピエッ!」


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