「ガルパンはいいぞ」ただその一言に尽きる (琴介)
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・タイプ「マイルド」な西住家

 前世の記憶がある。

 そう自覚して、十三年が経った。

 といっても、これといって何がどう大きく変わるという訳でもない。

 否、精神的に大人というか、物事を冷静に見ることが出来るというのは、幼い時分としては十分なアドバンテージだったとは思う。しかし、

 

「だからと言って、世界観が世界観だけに、こっちから出来ることは少ないよなあ」

 

 思うのだ。

 今生の世界において、幾つか存在する前世との違い。その中でも特に大きいアレは、己にとって最大の興味の向かうところだが、世間体を鑑みるに参加する事は難しく。

 しかし関わる方法としては、裏方という立場で幾つかの候補は挙がる。

 だが、

 

「どれもこれも専門的な知識やら技術が必要なんだよなあ……」

 

 残念ながら己の頭脳はそちら方面に疎い。

 一応、記憶を自覚してしばらくは頑張って覚えようと努力はした。

 しかし、車体の区別はつくようになったものの、歴史やら細かい性能といった部分では〝にわか〟レベルだ。

 己が七歳だった時分、母の友人宅へしばらく滞在した際に、試しに家人に色々と問題を出してもらったのだが、

 

「知ってる知ってる。右のがティーガーⅠで左のがティーガーⅡでしょう? えっ、じゃあどっちが重戦車かって? ……えっ、軽に中? 巡行? ……豆? そんなに種類が……。えっ、どっちも重戦車なの……、そう。

 ……あっ、大丈夫大丈夫、うちに戦車はないけど紫電とかあるからそういうのには慣れてるアハハハ――」

 

 何言ってんだコイツ。と、思い返すたびにそう思う。我ながらヒドイ話題のずらし方だったな……。

 あの時、横で見ていた姉妹の顔は今でも忘れられない。彼女達のママンからは何故か「紫電一閃」の文字が入ったハンカチを渡されもしたが泣いてなかったもん。

 まあ、何であれ、そういった諸々の出来事を含めた十三年間を過ごしながらも、世界が大きく変わったことはない。

 多少、彼女達に関する出来事がマイルドになったとは感じるものの、結果としては変えることはできなかった。

 いわゆる修正力というやつか。ただ、

 

「色々頑張ってみたものの、この先はもうなるようにしかならんだろうなあ」

 

 気分としてはもう世界からフェードアウトしてもいいくらいだ。

 一人のファンとして。幾度もリピートした世界の光景を、現実として体験できただけで聖地巡礼の上をはるかに跳び越える幸運なのだ。しかし、

 

「もっと彼女達の世界を見ていたいと、そう思っちゃうよね」

 

 今日までの日々。身に余るほどの光栄として彼女達と接してきたが、既に自分の記憶に知る流れとは多少なりとも違っている。

 己の存在が影響しているのは明らかだ。

 世界の流れは、大きなところでは変わらないのだろう。事故の発生と結果が変わらなかったように。

 だが、大筋が変わらずとも小枝は別れている。

 それがどうなっているのか。

 未知として、また新しい道としてどこに向かっているのかを見ていたいと。そんな欲が出てしまうのは一ファンとしての性だろうか。

 

「まあ何であれ」

 

 と、己は、慌ただしく近づいて来る足音から、諸事情で観戦に行けなかった試合の結果を予想しつつ、仕事として動かしていたPCの画面を切り替える。

 戦車道連盟広報誌、と銘打たれたサイトのトップ。速報の文字とともに一面を大きく飾る記事のタイトルは、

 

「大洗女子学園がサンダース大学付属高校に勝利」

 

 読んだ直後。横に置いていた携帯端末から、メッセージアプリの通知音が連続で鳴り始める。

 見れば、送り主は記事のトップ写真に映った少女の親族で、

 

「――うん、ちょっと落ち着け」

 

 同じ文面が流れていくのはどこのホラーだろうか。嬉しいのは解かったから連続でメッセージ送るのはヤメテほしい。

 

 

   ~~

 

 

:姉の方『――やったぞ』

:西住流『ええ、やったわ』

:姉の方『やったぞ!』

:西住流『ええ、やったわ!』

:姉の方『やったぞ!?』

:西住流『ええ、やったわ!?』

 

 これは反応するまで止まらないだろうな、と己は、メッセージの送り主達を思い浮かべながら指を動かした。

 幾分か関係がマイルドになっているとはいえ、性格的に感情を表に出すのが苦手な彼女らの輪に参加として、

 

:3 る『勝ちましたね』

:姉の方『やったぞ、――遅いぞ、みつる!?』

:西住流『ええ、まほの言う通り』

:3 る『いや、仕方ないじゃないですか。こっち仕事ですもん。勝ったのだって速報の記事で今見たところで』

:西住流『仕事なんて試合が始まる前に終わらせなさい。私はそうしました』

:姉の方『みほの試合だぞ! ちなみに私は現地観覧だ……!』

:西住流『……まほ。今月のお小遣いを一割減らします』

:姉の方『なぜ……!?』

:西住流『母、家、中継』

:3 る『現地観覧でも結局は中継なのでは……?』

:母 姉『音が違う』

 

 楽器にこだわるアーティストか何かだろうか。根っからの戦車乗りは言うことが違う。

 そういうものなんだろう。と、己は戦車乗りの言葉に納得しつつ、ふと気になった事を問うてみた。

 

:3 る『ところで、本人には伝えました?』

:西住流『……何をかしら』

:3 る『おめでとう、って』

:西住流『私が言えるとでも?』

:姉の方『同じく』

:3 る『いや、直接じゃなくてもメールとかあるじゃないですか。文字板(チャット)だってありますし』

:母 姉『あっ』

:3 る『それに』

 

 と彼女達に対して、喜びからど忘れしているであろう事実を告げようとした時だった。

 勢いよく音を立てて開かれた仕事部屋の襖。そこから飛び込んで来た人影のアクションによって、己の視界が回ったのだ。

 

 

   ~~

 

 

「どうした……?」

 

 と、今だ熱が冷めきらぬ観客席にて、まほは手元の携帯端末に視線を落としたまま首を傾げた。

 ……それに、なんだ……?

 途切れた文面。続きを促す文言を送っても反応は無い。

 

「電波が悪いのか?」

 

 とりあえず振ってみる。ダメか。

 次は立ち上がって、なるべく高い位置に端末が行くよう腕を伸ばす。

 

「変わらんか」

 

 と、座り直して、向こうからの反応がない事にどうしたものかと端末を逆さまにしたりと、思いつくことを試してみる。

 すると横に座っていた副隊長が本気で心配した表情になっていた。

 何故だろう。

 ともあれ、彼女には気にしないよう伝えて、己は再び液晶画面へと視線を戻す。

 

:西住流『指でもつったのかしら』

:姉の方『そんなピンポイントな……』

 

 と思うが、確か彼の仕事はキーボードを叩くことが多かったはずだ。

 可能性はある。突然の痛みに端末を落としていても、おかしくはないか。もしくは、

 

:姉の方『仕事部屋に飛行機が落ちたか』

:西住流『――大事故ね』

:3 る『今の短時間で俺に何が起こったんだよ』

 

 あ、生きてた。無事か。そうか、なら良い。

 

:西住流『何があったの?』

:3 る『ママンがいきなり現れて、みほが勝ったから祝うって首根っこ掴まれて居間まで引きずられましてん。それで端末落として』

:西住流『――そう』

 

 と、母の投げた〝――〟に相当な喜びを感じるのは気のせいだろうか。

 ……まあ、お母様は、みつるの御母堂の事が大好きだからなあ。

 あの人の話になると母は饒舌になる。また近い内に何かと理由を付けて会いに行くのだろうな、と感想つつ、己は指を動かす。

 

:姉の方『でもな? いきなり途絶えたら心配するだろう』

:3 る『途絶えるって、そこまで言うほど空けてないでしょう。それより』

:姉の方『――心配したぞ』

:3 る『いや、だからさ』

:姉の方『電波が悪いのかと色々試していた私が馬鹿みたいじゃないか。エリカに本気顔で心配されたぞ、どうしてくれる』

:3 る『俺のせいなのかー……。というか何をやらかした』

:姉の方『やらかしたとは失礼な。電波を拾おうと端末を振ったり、背伸びして高いところに端末を持っていったりだな』

:3 る『じゃあ聞くけど、隣席にいきなりそんな事をしでかす人がいたらどうする』

:姉の方『心配するかその場から離れるな』

:3 る『↑に三行、視線動かしてみ?』

 

 言われた通りに動かしてみる。

 

「あっ」

 

 なるほど、と己の行動を顧みてエリカに声をかけたら、今度は額に手を当てられて熱を測られた。

 何故だろう。

 

 

   ~~

 

 

:姉の方『あれえ?』

 

 と、長女が疑問を文字にしたところで、しほは、己の動きが止まっている事に気が付いた。

 立ち上がろうとしていた体勢を解き、座り直して、振る動作に入りかけていた右腕を元の位置に戻しながら、

 ……危なかった。

 もう少しで、己も娘と同様にやらかすところだった。

 未然に防ぐことが出来たのは大きい。今は室内に一人とはいえ、先程までは人がいたのだ。彼女はお茶請けの補充に席を外しているが、そう間もなく戻って来るだろう。

 

「私としたことが、あの子の勝利に浮かれていたようね」

 

 恥ずべきことではない。ただ、客観的に見て己には似合わないのだ。

 本心としては喜びを声に、諸手を挙げて祝いたいのだがそれをやると間違いなく家中がざわつく。

 前に戦車道から離れるために大洗へ移った娘が、何の因果か戦車道を再開したと聞いた己を横で見ていた長い付き合いの家政婦曰く、

 

「表情と感情が一致していないんです、だから勘違いされてしまうのでは?」

 

 との事で、試しに意識して表情と感情を一致させ、更に行動を合わせてみたら家中のざわつきを収めるためだと額に手を当てられて熱を測られたのだ。

 何故だろう。

 ともあれ、そういった経験から似合わない事をしないよう心掛けてきたのだが、

 

「油断したわ」

 

 戦車道を再開した娘の勝利。嬉しいに決まっている。

 しかし表立って祝うと、せっかく去年の一件で風通しの良くなった西住流に対して妙な言いがかりをつけてくる連中が現れるだろう。

 それは望ましくない。娘達の為に動いてくれた彼や、彼の母親のためにも今はまだ波風を立てる時期ではないのだ。

 ただ静かに。例えあの子に誤解されようとも、己は〝西住流家元〟として対応しなければならない。

 故に、己はせめてもとしてもう一人の娘と彼に対し、

 

:西住流『――みほの戦勝会を開きましょう。みつる、お願いするわ』

:3 る『急にぶん投げてきましたねー』

:西住流『費用はこちらから出します。残念ながら私は参加できませんが、いつものように匿名という形で』

:姉の方『お母様、……それなら私も』

:西住流『いいえ、まほ。貴女は参加なさい。次期家元ではなく、あの子の姉として。私の代わりに直接伝えて』

:姉の方『……解りました』

:西住流『頼みます』

 

 はい、との長女からの返信に、どれほど負担をかけているのかを自覚する。

 酷い母親なのは重々承知。直接顔を合わせて祝うこともできない、情けない女だと言われても事実として受け入れよう。

 そういう関係だと、周囲には示す必要があるのだから。

 しかし、

 

:3 る『んー、ちょっと、今回は無理ですね西住ママン』

:西住流『何故』

 

 いやだって、と彼が言葉を作る。

 

:3 る『みほにバレバレですよ? この会話』

:西住流『は?』

:姉の方『何故だ』

:3 る『……うわあ、気付いてない! こっちが思ってる以上に浮かれてますね!』

 

 それはどういう事か。問いただすための言葉を投げようと、文字を打ち込もうとした時だった。

 己は、長女でも彼でもない人物の発言を見た。

 それはクマのアイコンを発言者に設定したもので、

 

:妹の方『ええっと、あの、そのう、勝ったよ……?』

 

 もの凄く気まずそうに次女が現れた。

 

 

   ~~

 

 

 試合後の記念撮影やらインタビューを終え、チームメイトに了承を得てから撤収作業の場を離れたみほは、己の発言を最後に、母と姉が画面の向こう側で固まったことを察した。

 

「お母さんも、お姉ちゃんも、うっかりなんだから」

 

 と、二人が固まっている内に、己が参加するまでの会話をさかのぼって把握しておく。

 といっても、内容としては自分達の勝利に対してのものがほとんどだ。

 母と姉が、こういった電子機器を苦手としていることは知っている。

 己や彼とのやり取りで文字を打つことには慣れたようだが、それ以外はまだまだらしい。現に、

 

:3 る『まあ、誤爆ってヤツですね。メッセージを投げるグループを間違えたってことです』

 

 そういう事だ。

 二人がこちらに内緒のつもりで文字枠(グループ)を別に作り、彼と自分の事に関して話しているのには何となく気付いていた。

 今回も、そっちで話しているつもりだったのだろう。

 

「……まったくもう。二人が浮かれてどうするの」

 

 と口に出してみる。そして実感した。

 ……すっごい嬉しいなあ……!

 母も姉も、あまり感情を表に出さないタイプだ。

 特に、母はその傾向が強い方でもある。しかし、文字でのやり取りならば普段表には出てこない部分が見えてくるもので、

 

:西住流『違います、みほ。今までの会話は私ではなく菊代が』

:姉の方『違うぞ、みほ。今までの会話は私ではなくエリカが』

 

 流石に無理があると思うよ二人とも。

 観客席を見てみれば、固まったような姉の傍らで、黒森峰の副隊長となった友人がこちらに気付いたのか首を横に振っている。更には、

 

:3 る『あれ、今うちのママンが菊代さんと電話で話してるんですけど』

:妹の方『お母さん、お姉ちゃん……』

:西住流『菊代! 戻ってこないと思ったら電話だなんて……!』

:3 る『もう諦めたらいいんじゃないですかね』

:姉の方『みつる、この、みつる……! 気付いてたならもっと早く教えてくれたって……!』

:3 る『いや言おうとしたよ? でもほら、この辺りが良い頃合いかなって思って』

:西住流『それは――』

:3 る『うん、西住ママンとまほの、みほとのちゃんとした話し合いのきっかけかな』

 

 

   ~~

 

 

 うわあ、と己は、意味もないのに端末を両手で包むようにし、周りから見られていないかを確認してしまった。

 ……あ、今の私がちょっと挙動不審……!

 撤収作業に入っていた連盟員や、たまたま近くを歩いていたグロリアーナの生徒に首を傾げられたがまあ大丈夫だろう。

 それよりも、

 

「い、いきなりすぎだよ……」

 

 端末を見ても、彼の発言に続くものはない。

 恐らく母も姉も、己と同様に言葉を詰まらせたのだろう。

 待っていても、彼は言葉を発しない。きっと私達の誰かが言葉を作るのを待っているのだ。

 だが、

 ……このままじゃ誰も発言しないよね。 

 解かる。二人の事だから気まずさに指が動かないのでは、と。もしかしたら単純に何を発したらいいのか悩んでいるだけなのかもしれない。だけど、

 

「駄目だよね」 

 

 ここで聞くのは私の役目だと、そう思う。根拠はない。ただ単に、

 ……そうしないと、いつまでも変わらない気がするから。

 己は聞く。

 端末を介した向こう側。こちらの反応を待っているだろう彼に対して、

 

:妹の方『そうだよね。私、大洗で戦車道をまた初めてから、お母さんやお姉ちゃんと、ちゃんと話してなかった』

 

 だから、

 

:妹の方『みつるくん、お願いしてもいいかな? 私、ちゃんとお話したいから。戦車道を再開した理由も、これからどうしたいのかも』

:3 る『――任せなさいって。祝勝会もお話会もまとめて出来る会場を手配しておく。だから西住ママン? 後でうちから迎えの飛行機飛ばすんで準備しておいてくださいね』

:西住流『それは、その』

:3 る『ちなみにパイロットはうちのママンになります』

:西住流『……………………えっと、でも』

 

 お母さんが凄い揺れてる……。

 貴重なものを見た。というかお母さんはみつるくんのお母さんを好き過ぎじゃないかな。昔に色々あったとは聞いたけどそこまでなんだ……。

 

:姉の方『お母様が……』

:3 る『うちのママン、昔に一体何したの……』

:妹の方『みつるくんも知らないんだ』

:3 る『いや、親の昔話って気恥ずかしくて聞いてない』

:姉 妹『解かる』

 

 ともあれ、

 

:妹の方『あ、お姉ちゃんは私と一緒に行くから、迎えは大丈夫だよ』

:姉の方『えっ』

:妹の方『あとエリカさんもいるんだ。いいかな?』

:3 る『YES』

:姉の方『……私、黒森峰に戻って仕事が』

 

 と姉が言うので観客席を見てみる。すると、別の文字枠からメッセージが飛んで来た。

 

:え免見『今日はうち休みになってるから。あと洋食も食べられるところにしなさいって伝えておいて』

:妹の方『ありがとう』

:え免見『……別にアンタのためじゃないわよ。まあ、隊長達との話が終わったら私のところに来なさいよ? 色々言いたい事があるんだから』

:妹の方『もちろんだよー』

 

 と、己の言葉にボコられクマのスタンプで返してくれる辺りに彼女の性格を感じる。

 変わってないなあ、と感想しつつも、文字枠を戻して、

 

「あ、お姉ちゃんが言いくるめられてる」

 

 いつの間にか姉が、彼の言葉に参加を納得している。しかも決め手となった言葉が、

 

:3 る『ここまで来てまほが参加しなかったら、みほ、泣くんじゃないかな。いいの? お姉ちゃんとして』

 

 本人も見てるのに恥ずかしいこと言わないでよう。

 ……でも、お姉ちゃんが来てくれなかったら悲しいかな。

 流石に泣きはしない。とは思う。多分。何だか自信がなくなってきた……。

 でも、

 

:妹の方『お母さんとお姉ちゃんが揃って来てくれるなら、私は泣かないよ』

 

 己の気持ちを言葉として、何だか面白いので流れに乗ってみる。

 すると母が必死に参加を決めたと言葉を投げてくれて、姉が観客席で立ち上がり、傍らの友人が慌てて後を追いかけて行ってどうしたものか。

 ……会場、まだ決まってないよお姉ちゃん。

 どこに行くつもりだろう。まあ、彼女に任せておけば安心だ。頑張って副隊長。私も通った道だよ……! 

 と、友人の背中を見送る。そして、

 

「――そうだ、皆に食事会のこと伝えなきゃ」

 

 周囲を見れば、既にチームメイト達の姿はない。あれ? と首を傾げれば、

 

「みぽりーん! こっち、こっち!」

 

 聞こえた声に振り向く。

 居た。

 皆、勢揃いしている。撤収作業を完了させ、あとは移動するだけのようで、

 ……まずは一勝だね。 

 手を振ってくれる彼女達にこちらも振り返す。

 一歩。そしてもう一歩と進み、

 ……ここから、また始まるんだ。

 合流する。そして、一人一人をみて、頷きを得て。今日の試合の締めとして言葉を作る。

 

「皆さん、お疲れ様でした。二回戦までは時間がありますが、油断せずに準備しましょう」

 

 それから、

 

「私の昔馴染みが勝ったお祝いにって、食事会を開いてくれるそうです。場所はまだ未定ですが、皆さん参加で大丈夫ですか?」

 

 言うと皆が色めき立った。

 試合に勝った時よりも喜んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

   ~~

 

 

:妹の方『また後で』

 

 との言葉を最後に、彼女の母親や姉も含め会話が終わったのを、みつるは感じた。

 ……あれ? これ文面的に俺も参加する事になっているのでは……?

 いつ間に、と思うが、まあ最初にちょこっと顔を出してお暇すればいいことだ。長居する理由もないし。

 

「……いや、大洗チームを一目見ておきたい。でも」

 

 せっかくの戦勝祝いに初対面の大人が混じるのはよろしくないだろう。それに向こうは女子高生でもあるのだ。

 

「事案だね、解るとも」

 

 行ったら即行で挨拶して帰ろう。そうしよう。

 と、決意を胸に、録画してあったらしい大洗対サンダースの試合をリピートに入った母へ、

 

「あのさママン、今夜みほ達の祝勝会を会場から手配したいんだけど」

「んー、確かあの辺りに後輩ちゃんのお店があったはず」

「番号は?」

「連絡リストの二十五番」

「何料理?」

「和食中心で洋食も少々、中華系は置いてなかったかなー」 

 

 なるほど、と言われた番号から電話をかける。

 ワンコールで出た。そして、

 

『浅間先輩! あ、息子さんですか!? ええ、今夜なら大丈夫です! メニューにハンバーグですか。もちろんありますよ! はい、宴会用の大部屋が一、個室が一ですね。料理の方は……、はい、到着してからご注文ですね。大丈夫です。ええ、承りましたー』

 

 とすんなり予約が取れたので改めてうちの母親は凄いと実感した。

 今度昔の話を聞いてみるかな、と思いつつ、会場と時間の決定を西住家の三人へ連絡しておく。すると、

 

「ねえみっくん、ちなみに誰が参加するの?」

「大洗の戦車道チームに、黒森峰の隊長と副隊長。あと西住ママン」

「おお! しほちゃん来るんだね!」

「そうなった経緯はうちと西住家のグループ見て」

「――消音設定にしてたから全然気付かなかったよー」

 

 そして端末を確認した母が腹抱えて笑い出したのでお茶を渡しておく。

 ……どこがツボに入ったのか解らん。

 謎だ……、と母の笑いが収まるのを待って、

 

「というワケでママン、ちょいと熊本まで西住ママンのお迎えをお願いしたいです」

「いいよいいよ、任せなさい! ――じゃあ、ちょいとしほちゃん迎えに熊本までひとっ飛び行ってきます」

「今から? 早くない?」

「積もる話もあるのよ。大丈夫、時間には間に合うから」

 

 それじゃ、と、居間を出て行った母の背を見送って、ややあって聞こえてきたエンジン音に己は思った。

 ……迎えに行くのに何故、紫電を飛ばすのか。

 アレって一人乗りじゃなかっただろうか。というか熊本まで飛べるのか……? 解らん。まあ、母の紫電は最新のレギュレーションに合わせて弄っているので大丈夫だとは思う。ただ、

 

「お出かけに戦闘機を使うのは未だに慣れないよなあ」

 

 それを言いだしたら戦車でコンビニはどうなんだという話だが、アレはそういうものだという認識なので問題ない。ないのか……?

 

「まあ何であれ、だ」

 

 記憶の中とは細かい部分が相違しているこの世界。これから先の展開は未知数だ。新展開と言ってもいいかもしれない。ただ、

 

「このタイミングで西住母娘が話し合いとか、流石に予想できないって……」

 

 元々、記憶の中と違って大きなわだかまりはないものの、微妙に距離のあった母娘が歩み寄っているのだ。

 ……そりゃ驚きますわ。

 端末でやり取りしてる時なんて胸がドキドキしっぱなしだ。一つでもミスったら台無しになりそうな会話なんてもう参加したくない。

 

「まったくあのお二人さんは……」

 

 文字枠(グループ)を間違えるとかお茶目さんかよ最高じゃん。

 貴重な一面を見れたわー、といい思い出として保存しておく。だが、

 

「これからだよなあ」

 

 まずは一勝。

 ここから彼女達の物語は始まるのだ。しかし、

 ……大筋は変わらない、か。

 黒森峰が事故を原因に十連覇を逃したように。

 西住みほが黒森峰を離れ、大洗へと転校したように。

 大洗で彼女が戦車道を再開したように。

 そして、

 

「大洗女子はサンダースとの試合に勝利した」

 

 戦車道連盟の発表した組み合わせ表を見れば、彼女達の次の対戦相手はアンツィオ高校となっている。

 ……となれば、このまま順当に行けばその次はプラウダ、そして黒森峰とぶつかるワケか。

 どうなのだろうか。己の知っている〝西住みほ〟は、記憶の中の彼女よりも性格的に強くなっている印象だ。

 そうなった理由は己の存在か、はたまた別の要因だろうか。

 どちらにも断言はできない。ただ、言えることは一つ。

 

「大洗は優勝する」

 

 そしてその先へ進むのだろう。

 もしかしたら、という可能性もあるがそれは考えない事にする。一応、何があっても対応できるように準備はしつつ、

 

「――ファンはファンらしく、応援しながら行く末を見届けよう」

 

 己は、テレビを見た。

 大洗女子対サンダースの試合の映像。母がつけっぱなしにしたものだが、

 ……ああもう、生で見たかったなあ……!

 今は映像で我慢する。だけどいつかは観戦に行こう。絶対に。

 

「そのためには仕事を片付けねば……」

 

 目指すは次回のアンツィオ戦。だが、

 

「今日くらいサンダース戦を見ていてもバチは当たらんよな」

 

 時計を確認。祝勝会までの時間を考慮しても試合を見る時間は十分にある。

 ならば、

 

「――試合を最初からだ」

 

 映像を開始直前へと巻き戻す。

 お茶を片手に、用意されていた羊羹をかじりながら、

 ……いいねえ。

 と、試合を観戦する。

 そして己は思った。

 

「ああ、本当に」

 

 喉を動かし、声として、心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 

「ガルパンはいいぞ」

 

 つまりそういう事なのだ。

 



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・となりのヒロイン

:うめ星『それじゃあ、エリカさんは隊長と一緒にみほさんとお食事なんですね。いいなあ、私も一緒に行けばよかった』

:え免見『食事って……。メインは大洗女子の祝勝会なんだけど』

:うめ星『それでもですよ。帰りが遅いから、みんな心配してたんですよ? 隊長ともエリカさんとも連絡が取れなくて』

:え免見『色々あったのよ』

:うめ星『例えば?』

:え免見『隊長がいきなり走りだして行方不明になったり』

:うめ星『え』

:え免見『その隊長を探して走り回ってたら私も迷子になったり』

:うめ星『えっ』

:え免見『知らないところで西住流家元がヘリから飛び降りたとかで騒ぎになったり』

:うめ星『いや、え、えっ』

:え免見『まあ、色々あったけど私も隊長も家元も無事だったから、他の子達にもそう伝えておいてくれる?』

:うめ星『――いや無理ですよ! いや、無事はちゃんと伝えますけど今の説明で全部は理解できませんよ!?』

:え免見『――ああ、安心しなさい。家元はちゃんとパラシュートを使っていたらしいから』

:うめ星『そこじゃないですよ――っ!!』

:え免見『じゃあ何なのよ』

:うめ星『いや何でそんな冷静なんですか!? 行方不明って、迷子って!』

:え免見『そんなことより』

:うめ星『うわあ、何事もなかったかのように流しますね……!』

:え免見『……もう怒られたんだから思い出させないで』

:うめ星『あ、何となく察したので了解です。続きは帰って来てからにしましょう』

:え免見『えっ』

:うめ星『それよりもそっち、みほさん達のお話は、今はどんな様子ですか?』

 

 

   ~~

 

 

 そうね、とエリカは、黒森峰に居るチームメイトの問いに答えるため、隣室との仕切りとなっている襖を少し開けて覗いてみた。

 机を挟んで向かい合っているのは、西住の家の三人だ。

 左手に家元と隊長、右手に元副隊長を置いた構図で、

 ……まるで話が進んでない、というより始まってすらいないわね。

 二十分前と全く同じ状況というのは口下手にもほどがあると思う。襖一枚を隔てただけの隣室にいて、声どころか物音一つ聞こえてこないのは心配だ。

 

:え免見『進展なしね、向かい合ったままダンマリよ』

:うめ星『えぇ……。それってマズくないですか?』

:え免見『大洗の祝勝会で主役のあの子が不在のままはマズいわね』

 

 元副隊長を借りて、既に三十分が経とうとしているのだ。いくら身内同士の話し合いだとしてもこれ以上遅くなれば心配も現れるだろう。特に、

 ……あの子と同じ戦車に乗ってる連中なんてそうでしょうね。

 彼女達とは、まだ顔合わせはしていない。自分達が来ていることは伝わっているようだが、元副隊長曰く、

 

「お母さんや、お姉ちゃんやエリカさんの事は、ちゃんとみんなに紹介したいんだ。ダメ、かな……?」

 

 気恥ずかしさを感じさせる彼女の仕草と言葉に隊長と家元が片手で顔を覆って背を向けたのは仕方のない事だろう。私だってそうだ。

 ともあれ、

 

「困ったわね……」

 

 一応、話し合いが始まる前に、もしかしたらと可能性は聞いていた。己としてはまさかと思っていたのだが、

 ……そうよね、家元は隊長の母親なのよね。

 血のつながりを凄く感じる。当然か。だが、

 

「ああもう」

 

 隊長や元副隊長ならともかく家元は手に余り過ぎる。

 そもそも今回の話し合いは単なる家族会議。戦車道に関することではない。いや、そこにも触れるだろうが、主としては元副隊長の現状を中心とした家族の話し合いなのだ。

 ……部外者が口をはさむわけにはいかないし。

 しかし、このまま何もせずに見ているわけにもいかない。

 

:え免見『どうすればいいのよ……』

:うめ星『私に聞かれても困りますよぉ……』

 

 それもそうだ。と、己のふがいなさに頭を抱えつつ、

 

「どうしたもんかしら」

 

 と、端末の画面を切り替えて、隊長や元副隊長の名前を見えるようにする。

 ……押せば簡単に繋がるのよね。

 文字板(チャット)の利点だ。ここから言葉を投げれば何かしらのきっかけにはなるかもしれない。だが、

 ……それだとあの子の邪魔をしてるみたいじゃない。

 話し合いの前。久しぶりに顔を合わせた元副隊長は、決意を感じさせる空気を纏っていたのだ。それなりに付き合いの長い身としては、そうなった彼女が強いことを知っている。

 

「……心配のし過ぎかな」

 

 どうやら久々の再会が、実感していたよりも嬉しいらしい。顔は緩んでいないだろうか、と今更ながらに思う。ただまあ、

 ……それでもいいわ。

 あの子を相手に意地を張るだけ無駄だ。空気を悪くするのは目に見えている。

 今日の再開の場は、彼女達の戦勝を祝うための会場なのだ。

 無名の戦車道チームが優勝候補にも数えられる強豪校に勝利した。その結果を喜ぶべきだろう。

 

:うめ星『みほさんなら大丈夫です。だって、私達の副隊長だった人ですよ?』

:え免見『……そうね。色々と心配になることが多かったけど』

 

 きっと己は事を重く考えすぎている。少し頭を冷やした方がいい。と、ちょっとした気分転換に少し外を歩こうかと、部屋を出た時だった。

 母屋へ続く廊下。薄暗いが、足元を照らす灯りが優美さを演出しているその先に、人影を見た。

 ……あ。

 そして影がやって来る。

 男だ。

 しかしこの料亭の人間ではない。が、見知った顔だった。

 

「……ちょっと。何でそんなもの持って出歩いてんのよ、あんたは」

 

 己よりも〝西住〟と付き合いの長い男が、ミニハンバーグを乗せたお盆を手に現れた。

 

 

   ~~

 

 

 エリカは、彼が首を傾げたのを見た。そして、

 

「女将さんへの挨拶が終わって、帰る前に西住ママン達の様子を見るついでに、そろそろお腹減ったんじゃないかと軽い食事を頼んだら、まかないでよかったらって渡されて」

「何でよりにもよってハンバーグ……」

「……会場予約の電話でハンバーグがあるか聞いたからかもしれない」

 

 昼間の心当たりに激突してどうしたものか。だが、

 

「せっかく持ってきてもらったところ悪いんだけど、今は無理よ」

「お腹減ってない?」

「……そういうことを言ってんじゃないわよ」

「じゃあお腹痛い? それともハンバーグ嫌いになった?」

「――はっ倒すわよ」

 

 言うと何故か彼がお盆を差し出してきたので一つ貰っておく。美味しいじゃない。え、豚肉? そう、たまにはいいものね……。

 じゃなかった。

 

「……あんたの予想が当たったのよ」

「マジかよ」

「大マジよ」

 

 そっかー、と彼は少し間を置いて、何を思いついたのかこちらの横を通り過ぎて室内へと入っていく。ややあって手ぶらになった彼が戻って来て、

 

「後は任せた、頑張れ」

 

 こちらの肩に手を乗せ無駄に良い笑顔を向けられたので腕を捻ってマウントを取る。そのまま位置をキープして、

 

「ほら、もう一度言ってみなさいよ」

「後は任せた、頑張れあああああああああああああああああ」

 

 本当にリピートした肝の太さに免じて許してやろう。

 まったく、と彼を解放して、己は端末を開く。放置になっていたチームメイトの名を叩いて、

 

:え免見『とりあえずは様子見。また追って連絡するわ』

 

 そしてダウン中の彼を掴んで室内へ戻ることにする。

 気分は変わった。

 頭も冷えた。

 一瞬だった、と己は思う。

 ……さっきまで悩んでたのが馬鹿みたいじゃない。

 まったくもう、と息を吐いて気持ちをリセット。

 今の自分に出来ることはないのだ。ならばこれからの時間の使い方は、

 

「ちょっと暇つぶしに付き合いなさい。あんたのことだから、どうせあの子が大洗に行ってからも連絡取り合ってたんでしょ? 少しは話を聞かせないよ」

 

 部屋に入る際に彼を角にぶつけてしまったが、襖が無事でよかった。

 

 

   ~~

 

 

 廊下から襖の角に何かをぶつけたような音を聞いたみほは、隣室に人が増えたのを察した。

 向こうには先客として、友人が自分達の話し合いが終わるのを待っている。その彼女が入室を許可したのなら、

 ……みつるくん、だよね。

 彼が来たということは、己が母姉と向かいあってからそれなりの時間が経ったという事だろう。

 ……エリカさんに悪いことしちゃったなあ。

 自分の我儘で彼女を隣室に拘束してしまった。ごめんね、と心の中で謝りつつ、後でもう一度謝ろう、と頭の片隅にメモしておく。

 ……今日こそはちゃんと話すって、決めてきたのに。

 蓋を開けてみれば沈黙が続く時間だった。この場を手配してくれた彼に申し訳ない気持ちが溢れてくる。だけど、

 ……ここで弱気になったら、今までと変わらないんだ。

 せっかく彼が用意してくれた場なのだ。無駄にはしたくない。

 母と姉も、彼が隣にやって来たことに気付いているだろう。そしてここまでの沈黙にも思うところがあるはずだ。ならば、

 ……ここで勇気を出さなきゃ!

 ここが正念場だ。この機を逃すと、次があるかどうかも解らない。だったら、

 

「お母さん」

 

 そして、

 

「お姉ちゃん」

 

 己は、二人を見た。

 今日は伝える。私の気持ちと、考えと、これからを。

 きっと二人にとっての西住流と、己の進む西住流戦車道は違うものになる。

 だけど。それでも、と己は、母と姉の対して、

 

「私は、今の戦車道が楽しいの」

 

 言う。

 

「黒森峰とは違った戦車道。まだ試合の回数は少ないけど、私は、そんな大洗での戦車道が好き」

 

 伝える。

 

「ごめんなさい。私は、お母さんやお姉ちゃんのような西住流戦車道は進めません」

 

 でも、

 

「私の、私なりのだけど、二人みたいな、胸を張って、誇りに思える戦車道が見つけられるように頑張るから」

 

 だから、と口にして、次の言葉を声に出そうとした時だった。

 

「みほ」

 

 母に、名を呼ばれた。

 見れば、母はこちらの言葉を止めて、ただ一度頷き、

 

「その先は口にせずとも結構です」

 

 ……あ。

 ダメだった。伝わらなかった。

 そう思った。

 だが、

 

「――あなたの想い、確かに伝わりました。私達は、あなたがどのような探し物を見つけるのか、楽しみにして待ちます。存分に探しなさい」

 

 母の言葉が、数瞬理解できなかった。 

 ……え?

 言われた言葉を、口に出さず繰り返す。一言ずつ、意味を考えるようにして、

 ……お母さんが認めてくれた……?

 己の理解が、母の言葉に追い付いたのだ。

 

「いいの……?」

「ダメと、そういって欲しかったのですか」

「そ、そんなことないよ! ただ、……意外だったから」

「……そう。意外だったの……」

 

 あ、何となく母が落ち込んだような気がする。と、雰囲気から感情を読み取れるようになってきたのは、気持ちに余裕を持てるようになったということだろうか。

 ……無意識に緊張してたんだ。

 

「はあ」

 

 と息を吐いたのは、誰だろう。

 また無意識に自分かもしれない。母か姉かもしれない。だが、

 ……良かったあ……!

 ほっと一息。安堵、というのが正確か。

 去年の事故から変わってしまった己の生活環境。そこに降ってわいた奇跡のような現状だが、一番の難所を乗り越えたと言ってもいいかもしれない。

 

「何だか疲れちゃった」

「じゃあ、今日はここまでにする?」

 

 姉からの提案に、己は首を横に振る。

 

「せっかくの祝勝会なのに、いいのか? みんな待っているだろう」

「大丈夫。もうちょっとだけ、こっちにいたいの」

 

 それに、

 

「お母さん達とはまだお話したいから」

 

 全てを話す時間はないだろう。きっと気力もそこまで続かない。だけど、

 ……今日からお母さん達とのチャットを解禁しよう……!

 これからはいつでも話すことができる。

 いきなりだと二人は困惑するかもしれない。それでも、

 ……いっぱい話したいことがあるんだよ!

 黒森峰を離れて、家を出て、大洗に移って、今日までにあった色々な出来事を家族に話したい。それから、

 ……私が居なくなってからの話も聞きたいな。

 今日の勇気は無くならない。これからの私を支えてくれる、大切な想いだ。

 心強いなあ、と昨日までの躊躇いが嘘のように感じるのは、己が一歩を進めた証だろうか。

 ……今の私なら避けてきた黒森峰の話題もへーき!

 まるで戦車に初めて乗った優花里さんのようだと思う。これがパンツァー・ハイってやつなんだね……。

 違うか。まあ何であれ、

 

「お母さん、お姉ちゃん」 

 

 まずは何から話そうか。と、短くも大切な時間で伝えられる話題を考えつつ、

 ……あ、そうだ。

 己は、ふと胸に浮かんだこの気持ちを先に伝えるべきだと、そう直感した。

 唐突だよね、と恥ずかしさが表情に出ないように意識しながら、

 

「私、二人のこと大好きだよ!」

 

 言うと二人が両の手で顔を覆って背を向けた。

 どうしたんだろう……?

 



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・逸見エリカの憂鬱

:母 姉『みほの笑顔ガッ』

 

 と、送られてきたメッセージから、何やらクリティカルな一撃を受けたんだな、とみつるは理解した。

 おそらく面白いことになっているであろう二人の姿は、容易に想像できる。きっと不意打ちにやられてみほの顔を見れなくなっているに違いない。

 ……まあ、こんな言葉を送ってくる辺り、それなりの余裕はあるんだろうけど。

 ずいぶんと良い空気を吸っている。一番に思い浮かんだのは、そんな感想だった。

 何せ、続けて送られてくる言葉がこうなのだ。

 

:母 姉『うちのこさいこうだわ――』

 

 せめて変換くらいしてくれませんかお二人さん。嬉しくて楽しいのは解かる。だが、隣室の様子を思い描くこちらの身にもなってほしい。

 ……みほに気付かれないよう、机の下で打ち込んでるのか……。

 しかも表情は普段と同じだと予想する。

 お茶を吹き出しそうになった。

 何事かと心配をしてくれて有り難うエリカ。大丈夫、ちょっとギャップにやられただけだから。

 ともあれ無駄なところに技能を、と思うが気持ちは十二分に伝わってくる。せめてもの手伝いとして、己は送られてくる言葉を長く押し、

 

:3 る『向かい側の御家族様からで御座います』

 

 みほとの文字線(ルーム)に画面を切り替えて同様の文面を貼り付けておく。

 

「気付くかな」

 

 その答えはすぐに来た。

 

:妹の方『うわあもう、うわあ……!』

 

 言葉にならないとはこの事を言うのだろうか。

 ……いやまったく。

 この母姉妹(おやこ)、傍から眺めている分には本当に面白い。たまに誰かがやらかして気付くと巻き込まれていたりするのだが、それもまた西住流なのだろう。

 意味が解らん。俺、西住流じゃないし。敢えて言うなら浅間流か。

 ……いや解らんわー。

 

「まあ別にいいか」

「何が別にいいのよ」

 

 と、いきなり聞こえた声に己は横を見た。

 エリカだ。

 差し入れに持って来たミニハンバーグに箸を入れていたはずのエリカの顔が、横にあったのだ。

 

 

   ~~

 

 

 ……近いな!?

 己は、一瞬で乱れた脳内と心を落ち着かせるために少し身を引いた。しかしそれに合わせてエリカも動くので、

 ……うああああああああああああああああああ――……。

 と内心で叫んで表情に出さなかった自分を褒めてやりたいし西住ママンとまほの気持ちが少し理解できた気がする。

 

「ビックリさせんな……!」

「人と話してる最中に端末を開く方が悪い。で? 何見てんのよ。チャット?」

「おいコラ、勝手に人の端末見るな」

「何よ、見られちゃマズいものでも入ってんの?」

「エリカの隠し撮りしゃ」 

 

 エリカの肘が直撃した。

 

「砕いてやろうかしら。この端末」

「待って、謝る。冗談だから。隠し撮りなんてしてない」

「へえ。じゃあ私の写真は入ってるのね」

「まほやみほとのペアで映ってるのがほとんど。ソロは昔のが何枚か」

「……ペア写真で手を打ってあげる」

 

 案外この子ちょろいな、と考えたら睨まれたのでおとなしく彼女に送る写真をピックアップしていく。

 ……あー、枚数多すぎて探すの大変……。

 気付かぬうちに溜まりすぎだ。浅間流(うち)の連中が記念にと、空からの絵や飛んで行った先での風景、他諸々を報告と言う名の絵葉書(メール)で送ってくるのが悪い。

 ……あれほど専用のフォルダに上げろと言ったのに。

 やはり女子力か、女子力なのか……。と、今後の対応という仕事の追加に頭を抱える思いの中で現在進行形で絵葉書が増えていくのはどうしたものか。だが、

 

「まあ悪くはない」

 

 ただの事務的仕事ばかりでは息が詰まる。彼女達からの報告は、程度のいい休息になるのだ。それに加えて、

 ……西住姉妹からの近況報告もあるからなあ。

 最近は、妹の方からよく大洗の子らと一緒に写った絵葉書が送られてくる。姉の方からは頻繁にではないものの、黒森峰での様子が写っており、

 

「――あった。コレ、まほから送られてきたエリカが戦車の掃除で足滑らせて転んだ写真」

「いつの間に撮ったんですか隊長……、というか何故、自撮り風に撮影を……!」

 

 でも隊長とペアかあ、とエリカが複雑に表情を緩めながら端末を眺めている姿をつい撮影してしまったが許してほしい。

 ……隣の姉妹に送ってやろう。

 すると即行で返信が来た。

 

:姉 妹『ぐっど』

 

 実は君ら暇だろう。

 ともあれ、端末内の画像フォルダの散らかりようにどうしたものかと考えた。

 ……そういえばチャットにアルバム機能があったような?

 気になったので調べてみる。

 するとヒットした。どうやら文字枠(グループ)を新規で作成する際に、枠の種別として選択できるらしい。知らなかったわー。最近新しく作ってなかったもんな……。

 と、己の認識の甘さに反省しながらヘルプに従って文字枠を新成し、

 

「今からそっちに新しい部屋のリンク送るから、ちょっと飛べるか試してほしい」

「別にいいけど……、鍵は?」

「〝みぽりんはチョー最高!〟」

「あ?」

「じゃあ〝まぽりんはチョー最高!〟に変えるからちょい待ち」

「あの子が隊長に変わっただけじゃない! というかそういう事言ってんじゃなわよ……!」

 

 と言いつつもエリカが鍵を入力したのか、こちらの端末で開いていた文字枠に通知が来た。

 

――え免見様が入室されました。

 

「おお、成功成功。じゃあ今から画像上げるから、そっちで表示されるのと、端末に保存できるかどうかの確認もよろしく」

「ハイハイ。――ってコラァ! だからって何でまたさっきの写真なのよ!」

「――エリカのドジった写真は貴重だろ」

「あんたねえ……!?」

 

 まあまあ、と己はエリカを宥めつつ〝試し〟の結果について確認する。

 

「それでどうよ」

「……ええまあ、ちゃんと画像は表示されてるし、長押しで端末に取り込みもできる」

「ならオッケー。じゃあ次は右上の〝頁〟ってやつ押してみ」

 

 言うと、なるほど、とエリカが得心したように頷いた。

 

「アルバム機能ね。でも急にどうしたのよ」

「仕事向けというか、うちの連中向けに専用の写真部屋を作ろうかと思ってさ、ちょっと試作してみたワケ。あの人達、言っても画像を直接送ってくるからな……」

 

 馴染みの薄いクラウドフォルダへのアップを促すより、普段使いしているチャットでの機能なら彼女達も利用してくれるはず。まあ、画像を上げる際にタグ付けを忘れないよう周知させる必要はあるが、その辺りはアルバム作成のためとでも一言添えれば十分だろう。

 一応、予告として身内連中との文字枠へ近い内に専用の写真部屋を作る旨のテキストを張っておく。すると五秒で反応が現れて、

 

:一 同『任されましたあ……!』

 

 何も任せた覚えはないんだけどなあ。

 まさかアルバム作りのことではなかろうか。そうなのか、そっちがメインじゃないぞ……。

 

「エリカ、狙いと別の個所にやる気を出されたらどうすればいいと思う?」

「諦めればいいんじゃないの――」

「あ、ちょっと飽きてきたなお前……!」

 

 当然でしょう、とエリカは言う。

 

「あんたの仕事を手伝うために来たんじゃないもの」

「暇つぶしに付き合えと言ったのはエリカだろう」

「……微妙に否定し難いところつくな馬鹿」

 

 とエリカに軽く小突かれた。

 

「それよりもコレ、試作した部屋はどうするつもり?」

「黒森峰の子達でも誘ったら」

「私、この写真付きの部屋なんて残したくないんだけど」

「じゃあもったいないけど消すかなー」

 

 と口にしている最中に指が閃いて先程のリンクが隣室へと飛んだ。

 するとすぐに通知が表示されて、

 

――妹の方様が入室されました。

――姉の方様が入室されました。

 

「やっぱ暇だろ君ら」

「そんなことよりあんたねえ! 何てことしてくれてんのよ……!」

「せっかくエリカと作ったんだから、やっぱり消したくないなって。ごめんね?」

「許すと思ってんの!? あの二人が来ちゃったじゃない!」

「いやよく考えてみろって。参加したのは二人だけだぞ? ――西住ママンがいないだけマシだな!」

 

 エリカの手刀が落ちてきたので白刃取りの動きで防御。

 失敗した。

 ……ま、無理だよねー。知ってた。

 と感想する辺り自分もだいぶ余裕だな、と思うも、今は目の前のエリカだ。

 彼女の少し崩れた表情に、何となくの嫌な予感がしつつも、

 

「怒るなよ。エリカ」

「怒ってない!」

「じゃあ何が気に食わない」

「……あの子には、みほにはこんな格好悪(かっこわる)い姿を見られたくないのよ。それなのにあんたのせいで……」

 

 乙女かよこの子最高じゃん。などと言っている場合じゃなかった。

 ……やべえ、ちょっとマズった。

 否、かなりの失敗だ。

 このタイミングで、エリカが弱気を表に出してくるとは全くの予想外。

 ……やらかした――……。

 と気まずくなった空気の中、どうしたものかと視線をエリカから外す。

 すると新たに視線を向けた先。僅かなスペースを持った襖の隙間と、目が合った。

 

 

   ~~

 

 

「……ん?」

 

 見間違いか、と二度見の動きで確認する。

 するとまた襖の隙間と目が合った。しかし先ほどとは違う表情で、

 ……おいコラ。

 そう思うと同時だった。

 端末に、新しい言葉が表示されたのだ。  

 しょぼくれたエリカに怪しまれぬよう視線だけで画面を見れば、

 

:妹の方『わ、私はエリカさんのドジった姿も可愛いと思うよ!』

:姉の方『エリカ、お前、だからみほと合流する前に身だしなみを何度も整えていたのか』

:西住流『その気持ち、凄い解る……』

 

 おいエリカ、何かもの凄いところから同意が来てるぞ。

 違う、そうじゃない。

 ……話し合いが終わったなら言ってよ――。

 というか覗いてるくらいならさっさとこっちに入ってきてくれませんか。そして俺を助けてくださいお願いします。

 

:3 る『見てたならタスケテヨ』

:姉の方『そう言われてもな……。私達が覗き始めたのはついさっきだぞ?』

:3 る『どの辺り』

 

 聞くと襖の隙間で三段に並んだ瞳の内、上二つが目を合わせ、

 

:姉の方『〝別にいいけど……、鍵は?〟』

:西住流『〝みぽりんはチョー最高!〟』

:3 る『やっぱ暇だったな!? そうだな!?』

:妹の方『あ、あのね、褒めてくれるのは凄く嬉しいんだけどね? いきなりはびっくりしちゃうから、その』

:姉の方『照れたみほの画像、あるぞ。いるか?』

:3 る『――言わせんな恥ずかしい。当然だろう』

:妹の方『うわあああああああああああああああああ!!』

 

 恥ずかしいからやめてよう、とみほが照れを見せ始めた辺りで、みつるは空気が入れ替わったことに気が付いた。

 ……あ、今ので助けられてる。

 気分的に、だが、先ほどまで感じていた気まずさが薄れている。

 一息ついたと、そう表現すべきか。

 ……仕切り直しだ。

 そうとなれば話は早い。己は、エリカに対して言葉を作ろうとして、

 

:西住流『ところで聞きたいのだけど。いいかしら』

:3 る『……出鼻をへし折られたような気がするんですけどまあいいでしょう。それで、一体何ですかね?』

:西住流『ええ、さっきみつるから送られてきた文字のことを』

:姉の方『写真部屋へのリンクと鍵ですか。それがどうしました?』

:西住流『なるほど。この文字列はリンクというのね……』

:妹の方『お母さん……?』

:西住流『ええと、それでその、写真部屋というのはどうやって参加をすればいいの? 話に上がる画像を見てみたいわ』

:母以外『そこからか――……』

:西住流『な、何です! 何ですかその反応は! 仕方ないでしょう、母はこういうの苦手なんですから……!』

 

 苦手とかそういうレベルの話ではないような気がするのは俺だけか。まあ、普段から紙とペンのアナログ系で仕事している人には無理もないと思うが、

 ……むしろ今まで書類をアナログで捌いていた西住ママンのスペックを考えると、PCを扱えるようになったらもっと娘二人と接する時間が増えるのでは……?

 本気で考えてみる。が、それは今でなくても問題はないので先送り。とりあえず、

 ……今はエリカに目を向けるべきだ。

 そして襖の向うで、娘二人が説明に入ったのを察する。

 

:妹の方『こっちは任せて! とりあえず、みつるくんはエリカさんに謝ること!』

 

 

   ~~

 

 

 ……そうだよなあ。

 みつるとしては、みほの言葉に頷くしかない。

 まさにその通り。どうこう悩む前に口にするべきことだったのだ。

 (ゆえ)に己は言う。しょぼくれから立ち直りに入ったのか、いじけた顔を変えないままこちらをどうしてやろうかと視線を向けてくる彼女へ、

 

「なあ、エリカ」

「何よ」

「今のは全面的に俺が悪かった。申し訳ない」

「……久しぶりの再会だからって格好つけてたのに台無しじゃないの」

「本当にごめんな。気付かなかった」

「別に怒ったワケじゃないからいい。ただ一気に力が抜けただけだから」

「それでもな」

 

 本当にごめん、と頭を下げる。

 と、エリカはしばし考えて、なら、と言葉を作った。

 

「次の試合は、私達の一回戦よ」

「そうだな。負ける姿が想像できない」

「ええ、もちろん勝利するわ。圧倒的に、王者〝黒森峰〟として」

 

 だから、とエリカが続ける。

 

「試合が終わったら、あなた持ちで一食奢りなさい。うちの子達が全員参加する祝勝会、それで許してあげる」

「安い条件だな」

「――ハ、その程度ってことよ。解かったら反省、以後気を付ける!」

 

 肝に銘じておこう、とエリカの雰囲気が戻った事に、己は安堵する。

 ……一段落――……。

 思わぬ伏兵に油断を突かれたがまあ何とかなった。後は、隣室の三人がこっちの状況を察して合流するのを待つだけだが、

 ……声かけた方が早いか。

 そう思い端末を開いて三人への言葉を作った時だった。

 

――西住流様が入室されました。

 

 写真部屋からの通知が新しく表示されたのだ。

 

 

   ~~

 

 

「ねえ、ちょっと」 

 

 と、エリカも通知を確認したことをみつるは把握した。

 ……た、タイミング! タイミングだぞ西住ママン……! 伏兵の二段構えとは流石だな……!?

 何が流石なのか。西住流か……、と訳の解らない思考をお茶を飲む事でクールダウン。温いな。だが少しは落ち着いたので、

 

:3 る『西住ママン! ちょっと!』

:西住流『やったわみつる、リンクというものを理解したわ!』

:3 る『よかったですねえ!』 

 

 駄目だコレ。駄目だコレ、言葉の向うに笑みを含めたしたり顔の西住ママンを幻視したせいで文句が言えない。

 

:3 る『よかったですねえ……!』

:姉の方『二回言ったな』

:妹の方『何だか抗議の意思を感じる、よ?』

:姉の方『お母様の喜びように言いたくても言えない雰囲気だな』

:西住流『そ、そこまで喜んでいません……!』

:姉 妹『そうかナ――?』

:西住流『まほ! みほ! 何ですかその顔は……!』

:3 る『そんな事よりこっち合流してくれませんか! ねえ! 聞いて……!』

:え免見『聞いてあげるから言ってみなさいよ』

 

 は? とエリカの方を見る。すると彼女は笑顔のまま、いつの間にかこちらとの距離を間近まで縮めていて、

 ……あ。

 

:母姉妹『アチャア――……』

 

 正にその通りでどうしたものか。だが、

 

「待った!」

「何よ。聞いてあげるから、言ってみなさい」

「誤解なんだ」

 

 何がだよとか、浮気がバレた空気とか、そんな感想が浮かぶのはどうしてだろう。しかし、

 

「みつるくんの言う通りなんですエリカさん!」

 

 隣室との襖が開いてみほが合流した。

 

 

   ~~

 

 

 ……コレ余計に面倒になるような。

 そう直感したみつるは、可能な限り気配を薄めて観客に徹する事にした。

 

「……何が誤解って?」

「先に話を振ったのは私達なんです。みつるくんはただ、私達にエリカさんの素敵な写真を送ってくれただけなんです!」

「へえ」

「端末を見て緩んだ表情のエリカさん、私は可愛いと思うよ!」

「そう……」

「あと私のことを色々と気遣ってくれるのは凄く嬉しいし、どんな姿でもエリカさんはエリカさんだから、無理に格好つけなくても、私は格好悪いなんて思わないよ……!」

「……ふうん」

 

 それに、と続けようしたみほを、エリカが止めた。

 

「待って。何で私があなたの前で格好つけてるって知ってるワケ?」

「見てたから!」

「……は? 見てた?」

「うん、襖の隙間から。お母さんとお姉ちゃんも一緒に」

「な、急に嘘言ってんじゃないわよあんたは!?」

「嘘じゃないです! ずっと見てました!」

「はあ!?」

 

 とエリカがこちらを見たので反射的に顔を背ける。

 

「みつる! あんた知ってたわね!?」

「黙秘します」

「許可するかあ!」

 

 まあまあ、と己は手を前後に振る。

 

「落ち着け」

「無理に決まってんでしょ! みほに全部知られちゃったじゃないの!」

「あ、またみほって呼んでくれた」

「あなたはちょっと黙ってなさい! 解った!?」

 

 はーい、とみほが律儀にお口チャックの仕草をするので少し和んだ。

 

「仕方ないだろう、俺だって三人が覗いてるの知ったのついさっきだし」

「ならさっさと言いなさいよ」

「いや、……エリカに謝る方が先かなって思って」

「……馬鹿じゃないの」

「かもしれない」

 

 はあ、とエリカが息を吐いた。

 

「もういいわ」

「エリカさん、素直じゃないなあ」

 

 とのみほからの言葉にエリカが絡みに行った。

 ……助かったわ――……。

 二人のじゃれ合いというか、仲の良さを眺めながらしみじみそう思う。

 

「二人とも仲良しだなあ」

 

 つい漏らした言葉にみほが反応した。彼女は、もちろんだよ、と笑みを作り、

 

「だって私、エリカさんのこと大好きだもん」

 

 するとその言葉を聞いたエリカが固まった。

 ……耳まで赤くなってる……。

 いい反応だ素晴らしい。流れには乗るしかねえな、と心に従って己は言葉を作る。

 

「よかったなエリカ、みほが大好きだって。――俺もそんなお前が大好きだぜっ!」

 

 言った瞬間、ノーモーションのアイアンクロ―が飛んで来た。

 



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・「今」は最高の未来と幸いで

:こい恋『みぽりん遅いねー。心配になってきちゃった、大丈夫かなあ……』
:冷や水『そのセリフ何度目だ』
:いすゞ『久しぶりの再会だそうですから、積もる話もあるのでは?』
:こい恋『でもやっぱり心配だよー……。みぽりん大丈夫かなあ』
:戦車女『――あっ、この窓から西住殿達が居る離れ座敷が見えますよ!』
:他三人『ほほう』



「アイタタタタタ! 流石だなエリカ! お前、実は車長じゃなくて装填手だったりしないか!? というか別に俺嘘は言ってないんだけどなあ……!!」

 

 と彼を右手で掴むエリカの姿を見て、まほは思った。

 ……照れ隠しか。

 みつるとみほ、どちらの言葉に対してかは解らないが、随分と力の入れようが甘く見える。以前に見かけた練習終わりの光景と比べ反応が大人しいのがその証拠か。

 あの時は、周りの子らが何事かと目を向けるほどだったがすぐに「何だ眼帯か」と皆が持ち場へ戻った辺り後輩達には慣れた光景だったのだろう。その一体感、見事。

 ともあれ、この場としては間に入るべく、

 

「エリカ、その辺りにしておけ。みつるも悪気があったワケじゃない」

「ですが」

「いいじゃないか。みほもみつるも、エリカが好きなんだ。それが事実。――あ、もちろん私も、エリカのことは好きだよ」

 

 言うと彼女が動きを止めた。

 そして、その隙に抜け出したみつるがみほと並んで、

 

「これだから無自覚イケメンは……」

「うん、昔からバレンタインとかチョコの数すごいもんね……」

「エリカも大変だな」

「お姉ちゃん、ああいう事サラリと言っちゃうからね、流石だよ」

「みほがそれを言うか……。うーんこの姉妹、やっぱ姉妹だわ。ソックリ」

「ええと、有り難う、でいいのかな……?」

 

 えへへ、と妹から頬をかく仕草を引き出したみつるは相変わらず素晴らしい。お前達の仲の良さにちょっと嫉妬だぞ。私も参加したい。

 だが、再起動したエリカの視線がこちらとみほを行き来して、何か納得したような表情になる。そして、

 

「これが西住流か……!」

 

 その言葉にみつるが頷いているのはどうしてだろう。一体何に納得したのか。

 ……まあ、それは後で聞けばいい。

 とりあえず、と己は言葉を作る。

 

「すまないなエリカ、随分と待たせてしまった」

「……いえ、大丈夫です。ちょうどいい話し相手もいましたから」

「そうか。なら遅くなってしまったが、次はエリカの番だな」

「あ、私は大丈夫です。この場で話すことはないですからお気を遣わず」

「そのために来たんじゃないのか?」

「ええまあ、そうですが」

 

 でも、とエリカが続ける。彼女はみほを見て、

 

「今更、面と向かって話すような仲でもありませんから」

「エリカさん……」

「この子との話なんて、食事のついでに聞くくらいがちょうどいいんです。……その方が肩肘張る必要もなくて気楽ですから」

「エリカさん……!」

「――ええい! 抱き着くな、顔をうずめるな、私の服の襟で遊ぶなあ……!」

 

 と妹の絡みに否やを吐きつつも、本気で振り払おうとしないエリカは相変わらずだ。

 ……黒森峰に居たころと変わらないな。

 じゃれ合う妹達の姿に、そう思ってしまうのは感傷だろうか。それとも、かつての光景に今の二人の姿を重ねているだけか。

 解らない。

 だが、みほが黒森峰を去ってから、日々の生活や練習中にふと物足りなさを感じるのは事実。その感覚は寂しさと言い換えてもよくて。しかし、

 ……悲しみを感じないのであれば、それはきっと未練や後悔ではない。

 ならばなんだろう、と己は考え、

 

「ああ、そうか」

 

 何となくだが、答えが見えたような気がする。

 みほとエリカは、以前と変わらず仲の良い様子で。

 みつるは、そんな二人の姿を嬉しそうに見守っていて。

 母は、表情に出てはいないもののどこか楽しそうな雰囲気で。

 そんな空間で己はきっと、

 

「今が幸いだと、そう感じているんだ」

 

 理解してしまえば簡単なことだと思う。

 去年の一件だ。

 黒森峰が十連覇を逃す原因となった事故、アレが一種の起点となっているのは間違いない。

 正直、感情としては複雑だ。あの一件でみほは黒森峰を去る事になったのだから。

 しかしあれ以来、〝黒森峰戦車道〟の環境が大きく変わったのは確かで、今の黒森峰は当時と比べるべくもないほど明るい。過程がどうであれ、結果だけを見れば良い方向へ進んでいて、

 ……今のこの幸いも、いずれは思い出として次の幸いに繋がっていくのか。

 全く、と己は自分にだけ聞こえる程度に声を出す。

 

「みほが戦車道を止めないでくれて、本当に良かったなあ」

 

 ここに来て、一気に実感した。

 みほの笑顔。あの子が戦車を嫌いならず、かつてよりも楽しそうにしている姿はある意味での理想形で、

 ……いかん、幸いが過ぎて目頭が熱くなってきた……!

 だが姉としての矜持がとか、でも仕方ないじゃないかとか、誰に向けたわけでもない言い訳をしているとポケットに入れていた端末が震えた。

 一体誰だ、と画面の表示を見れば、それは妹達のじゃれ合いを嬉しそうに眺めていた彼からで、

 

:3 る『ハンカチなら持ってるぞ』

:姉の方『――馬鹿者、それくらい持ち歩いている。私がこの場で泣くと思ったか』

:3 る『今なら誰も見てないな』

:姉の方『……みつるが見てるじゃないか』

:3 る『じゃあ忘れる。――ハイ、忘れたあ……!』

 

 なんだそれは、と呆れが真っ先にやって来るのは、多少なりとも上がっていた気分が落ち着いたからだろうか。

 だが、この一言は必要だろう。

 

姉の方『有り難う、みつる』

 

 送った言葉に返答は無い。しかし、彼へ伝わったのは間違いないようで、

 ……さっきよりも口角が上がってるぞ、馬鹿者が。

 お前がそういう反応だとこっちまで嬉しくなるだろう。私まで口元が緩みそうだ。なに大丈夫だって? そうか、お前忘れてないじゃないか……。

 と、視線で抗議すると彼が誤魔化すように顔を部屋の外へ向けた。

 すると彼の動きが一瞬止まって、しかしすぐに己も見るよう促しを受ける。

 ……どうした?

 つられて見た先。祝勝会の会場となっている母屋の二階、その窓から、妹の友人達が顔を覗かせていたのだ。

 

 

   ~~

 

 

 随分と妹は好かれているな、とまほはこちらを伺う大洗女子の生徒達から、妹の人徳を知った。

 ……昔は友達が少ないと悩んでいたのになあ。

 黒森峰でしょんぼりしていた姿は何だったのか。まあ、アレはアレで庇護欲を刺激されて心地よかったし、みほが去ってから判明した事実ではあるのだが、

 

「私達、黒森峰の戦車道履修者にとって隊長やみほさんは特別で、憧れなんです。だからみんな本人を前にすると緊張してしまって……。今更ながらに思うんです、もっと勇気を出して話しかけておけばよかったなって」

 

 現パンターの車長曰くそういう事らしい。みほが大洗へ転校すると知った時の落ち込みようが心配になるほどだったのには納得だ。

 ……とはいえ、本人には恥ずかしいから黙っていてほしいと言う。

 全くうちの子達は……、と苦笑が込み上げてくるのは、いずれ当人達が自ら伝えることを期待しているのだろう。

 己は、そんな機会が早くやって来ることを望みつつ、

 

「みほ。エリカとじゃれ合うのはその辺りにしたらどうだ? これ以上、お友達を待たせるのは悪いだろう」

 

 言うと、あっ、と気付いたように妹が立ち上がった。

 

「忘れてなかったけど気にしてなかった……!」

「やったじゃんエリカ、それほどお前に夢中だって」

「――しつっこいのよ! はっ倒す!」

 

 と、エリカが彼を部屋の隅に追い込んでいくのを横に見ていると、そうね、と同意の言葉が別の方向から飛んで来た。

 母だ。

 その言葉に、己と妹は視線を向け、 

 

「みほ。貴女は先に戻ってお友達を安心させてあげなさい」

「でも……」

「何か心配?」

「お母さん達、こっそり黙って帰ったりしない?」

「……ええ、帰ったりしません」

 

 今の間は一体……、と横からエリカの掴みを防御している彼の声が聞こえたのは気のせいではないだろう。だが、

 ……何故、お母様はみほを先に?

 ふとそんな疑問が浮かんだ。

 単に妹の友人へ配慮した言葉かもしれない。

 もしかしたら、みほに聞かせたくない話があるのかもしれない。

 どうだろう。何となく、母の雰囲気から後者のような気もするが、

 ……まあどちらにせよ悩まずともすぐに解かる事だ。

 ならば今は、妹の不安を取り除くことを優先として、

 

「心配しないで、みほ。私達は帰ったりしない。ちゃんと顔を出しに行くさ」

「ほんとう?」

「もちろん。友達を紹介してくれるんだろう?」

「――うん!」

 

 そして、

 

「エリカ」

 

 呼ぶと彼女がこちらを見た。

 その向う。エリカにマウントを取られまいとする彼が、視線で助けを求めてくるが安心してほしい。私とお前の仲じゃないか、この場は任せてくれ。お母様から何かあるみたいだからな、と頷きを返して、

 

「すまないが、みほと一緒に戻ってやってくれないか?」

「構いませんけど、……隊長達は?」

「私達はまだ少し話したい事があってな。そう遅くはならない」

「……そうですか。いえ、解りました。お先に失礼します」

「ああ、私達もすぐに行くよ」

 

 はい、とエリカがみほと共に部屋を出ていく。

 自分はそんな二人を見送り、さて、と母へ身体を向けた。

 

「お母様」

「ええ、有り難う御座います。彼女がいては些か話しにくい内容でしたので」

 

 やはりか、とまほは思う。

 

「……みほに関する事でしょうか」

(あた)らずと(いえど)も遠からず、と言ったところです」

「では一体?」 

「その前に、もう少しこちらへ寄りなさい。あまり大きな声で話すような事でもありませんから」

 

 それと、と母が視線を動かした。

 自分も同じ方を見てみる。

 すると彼が音を立てぬよう、這うように部屋を出ていこうとしていて、

 ……おい。

 

「みつる、何処に行くつもりだ」

「いや何だか込み入ったお話になりそうなので部外者は退散しようかと……」

「今更なにを……。お前が部外者なら私はどうなる」

「姉だろう」

 

 それもそうか……、と納得しかけて危ない危ない。向こうで母が「なら私は母親ね……」とか言っているが無視という扱いで大丈夫だろうか。

 ……まあ大丈夫大丈夫。何か反応を求められたらみつるに全て投げればいい。

 と、そんな思考をしていると、はあ、とみつるが息を吐いて身体を起こし、母の方を見て、

 

「女将さんへの挨拶も終わってるんで帰りたいんですけど」

「許しません。あなたにも聞いてもらいたいのです。……いえ、むしろあなたに聞きたい、と言うのが正しいでしょうか」

「お母様……?」

「大丈夫です、まほ。母は先の話し合いで既に覚悟を決めています」

 

 穏やかじゃないな、とみつるが呟いたのを己は聞いた。

 ……確かにお母様がそこまで言うのは珍しい。

 覚悟と、それだけの物言いをするのだ。当人は濁していたが、みほに関する話題なのは間違いない。みつるも、きっとその事に気付いている。

 ……一体、どのような話なのか。

 自分は内容に予想を立てられない。だが、彼の方は思い当たるふしがあるのか、何やら難しい表情に変わっている。 

 その事に若干の仲間外れを感じつつも、己は母の言葉を待つ。そして、

 

「いいですか? まほ、みつる」

 

 母が言葉を作る。

 視線はやや伏せて、手指は落ち着きがなく。どこか恥ずかしそうな、それでいてソワソワした雰囲気を感じられて、

 ……あれ?

 と、みつるも同じように思ったのか首を傾げている。

 自分達が思っていた空気と違うのだ。

 どういう事だろうかと、恐らく揃って疑問が浮かんだタイミングだった。

 母が言った。

 

「――ええと、その、これからあの子のお友達と会うのだけれど、母親としてならどう挨拶すればいいのかしら……?」

 

 みつるがもの凄く面倒臭そうな顔をしたが、うちの母を相手にそんな反応が出来るのはお前だけだと思うぞ。

 



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・キミと、一緒がいちばん――

 離れ座敷から祝勝会の現場である二階の大部屋へは、厨房前の廊下を進んで奧の階段を上がるのが近道らしい。というのも、母屋へ戻ってすぐに顔を合わせた着物姿の女性が、

 

「ああ! 離れに入っていらしたお客様ですね! 今の時間帯、夕食時というのもあって人が増えてまして、こちらからの方がスムーズにお二階へ上がれますよ! え、関係者以外立ち入り禁止? ハハハ大丈夫ですよ、私関係者ですから!」

 

 との事で案内を任せて後ろを歩いているのだが、

 ……うわあ、盛りあがってるね……!

 階段を半ば上った辺りで聞こえ始めた騒がしさに、みほはそう思った。

 一番よく通っているのは一年生達の声だろうか。元気がいい。ただ、走り回っているような騒がしさというよりも、

 

「単に笑い声が大きいというか、声のキーが高いのか……。ああいうのを賑やかって言うのかしらね、うちとは大違いだわ」

「黒森峰だと勝利して当然って空気だったから、祝勝会を開いてもあまり騒いだりしないもんね。……エリカさん、こういう騒がしいの苦手だっけ」

 

 と己は少し後ろに位置する元同僚を見やる。だが、彼女は気にした様子もなく、

 

「別にそういうワケじゃない。ただ単に、理由もなく騒々しくする奴らが嫌いなだけ。あなた達にはあるでしょ? 騒ぐだけの理由が」

「でも、お店の人に迷惑じゃないかなあ。他のお客さんとか」

「それはまあ、……流石に限度はあるでしょ」

「そうだよねー……」

 

 注意した方が、でもどうやって、お姉ちゃん風……? と何となく失敗するようなイメージを思い描いていると、前を行く着物姿が、あら、声を漏らした。

 

「そのような事はお気になさらずとも大丈夫ですよ? ご予約の際に騒いでしまうかもと伺っておりますし、その辺りも考慮して、用意させて頂いた大部屋の下は従業員用のスペースとなっていますから」

 

 それに何より、と彼女が言う。

 

「めでたき事柄への喜びを我慢する必要が、どこにありましょう。その程度で文句を言うような輩はこの店にはおりませんから、存分にお騒ぎになられるとよろしい。

 あ、でも襖や障子などには気を付けて頂けると幸いです。アレ、破ったりするとお客様へ修繕費を回さないといけませんから」

「――もしそういう事になったら全部みつるに投げちゃいないさい。大丈夫、あいつなら笑って許してくれる」

「そ、そうかな……?」

 

 などと話しているうちに祝勝会の開かれている大部屋の前にやってきた。

 そして、ちょうど空いた皿を下げて出てきた仲居達がこちらを見て、

 

「あ、女将! 大好きな先輩の息子さんが挨拶に来るからって、気合入れた格好して出迎えに行った女将じゃないですか!」

「挨拶終えて仕事に戻るかと思ったら大好きな先輩に電話かけて、満面の笑みで長電話決め込んでたのにやっと終わって戻って来たんですね!」

「乙女ですか! 片思いですか! 憧れですか! 厨房連中が泣きますよ! というか女将の先輩って女性ですよね!? つまりそういう事なんですね……!!」

 

 女将が袖を抑えて右手を挙げる間に、わあ、と仲居達が一階に降りていく。慌てたような動きでも重ねた食器類から音が立たないのは流石の身のこなし。

 ……一流の料亭って凄いんだね。

 何だか感想としては間違っているような気もする。と、そんな事を思いつつ、役目は終えたと仕事に戻っていく女将に会釈を返していると室内から声が来た。

 

「やあやあ西住ちゃん、お帰りー。みんな待ってるよー?」

 

 あ、と反応を口に出す前に奥から続けて声が来る。

 

「遅いぞ西住! 主役が不在でどうする……!」

「まあまあ桃ちゃん、そう言わないの。西住さんだって御家族との大切なお話があったんだから」

「だけど柚子、って、桃ちゃん言うな――ッ!!」

 

 そして、

 

「みぽりん帰って来た!」

「え、西住先輩!?」 

「我らが隊長!」

「お帰りなさい――」

 

 と、顔を出してくるチームの面々に、己は今の感情を自覚する。

 ……あ、何だか解らないけどすごく嬉しい……!

 得も言われぬ不思議な気持ちが溢れてくる。駄目だ、ゆっくりとだけど口元が緩んでいくのが止められない。

 ……うわあ、うわあ……!

 今日は言葉にならない出来事が多い。だが、今はそんな事を気にしている暇はなく、

 

「西住殿! お隣! お隣の人物はもしかしてというかもしかしなくても――ッ!!」

 

 優花里さんが友人を見てテンション上がっているのでこれ以上の御預けは申し訳ないな、と思いました。

 ……話し合いが長引いて、合流が遅くなっちゃったもんね。

 なのでまずは、言うべき言葉を口にする。

 皆さん、と己は前に置いて、

 

「西住・みほ、ただいま戻りました! あ、こちら黒森峰の副隊長で、私の大切なお友達の逸見・エリカさんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね……!」

 

 すると彼女から半目を向けられながら頬を左右に伸ばされたが、一体何が気に障ったのだろう。

 いふぁいよえりはさん。

 

 

   ~~

 

 

「さて、じゃあ、西住ちゃんも戻って来た事だし、改めて乾杯いっとこう! あ、黒森峰の副隊長も歓迎ってことで、そっちにも。――かんぱーい!」

 

 いえー、と大洗の生徒会長に続く周りに合わせて、エリカは柑橘炭酸の入ったグラスを上げた。

 自分の座り位置としては窓側。みほの同車メンバーが確保していた中腹席で、彼女達と共に座っているのだが、

 ……あー、こういう雰囲気って、黒森峰にはないから新鮮ね――。

 グラスに口を付ける。一気にではないが、それなりの量を喉奥へと流して炭酸の刺激を久々に感じつつ、

 

「――随分と愉快なメンバーだわ」

 

 と、自分はみほに紹介された、彼女の同車メンバーを見た。

 武部・沙織。

 五十鈴・華。

 秋山・優花里。

 冷泉・麻子。

 そして、人数も多いことから簡単な挨拶だけで済ませたものの、顔を合わせた他の大洗戦車道チームの面々に対して、己としては思うところがある。

 ……自由だわ。

 誰とは言わない。まだ全員の顔と名前が一致している訳でもないし、そもそも他校の生徒が口を出すような事でもなく。

 校風か、と納得はした。しかし理解は追いつかない。

 ……コスプレ会場か……!

 初見で声に出しそうになった自分は間違っていないと思う。だが、そんな彼女達がサンダースを下して二回戦へ進んだのは事実で、

 

「今頃、各校の情報担当系は大騒ぎね」

 

 大洗女子は今日の勝利まで無名だったのだ。番狂わせと、そう騒ぐのも無理はないが、

 ……グロリアーナやプラウダ辺りは、確実に予想していたはず。もしかしたらサンダースも同様で、事前にみほのことを掴んでいたのかもしれない。

 であればこその、あの試合過程だったのだろうか。

 否、試合後のみほやサンダース側の様子を思い返すにどうも一部、というより一人が独断で行っていたようだが、しかし観戦していた側としては、

 

「うちのみほがあの程度の灰色行為で負けるわけがない」

 

 我らが隊長の言葉には全力で頷く所存だが、試合開始から早々〝仕込み〟に気付いた貴女が心配で落ち着きが無かったのを知っていて自分はどうしたものだろうか。

 ともあれ、大洗女子にとってはこれからが本番だ。

 一応、自分は黒森峰の副隊長でもあるし、彼女達の隊長とはそれなりの付き合いでもある。故に何かしら質問というか、アドバイスのようなものを求められるかもと、そう思っていたのだが、

 

「見てください五十鈴殿! こちら海老の天ぷらを小鍋に差し込むとまるで戦車のように……!」

「まあ! だったら山菜の天ぷらを挿したらお花風になりますね……!?」

 

 ホントこの子達は一体何をしているのだろうか。

 

 

   ~~

 

 

「……本当に、素敵なメンバーね。みほ」

「えへへ、有り難う」

 

 いや褒めた訳じゃないんだけど、とエリカは思っても口にしなかった。

 ……まあ、みほがそう思ってるならそれでいいか。

 などと感想し始める辺りに彼女への甘さを自覚するが、そこは久々の再会からの延長ということで許容する。

 とはいえ彼女には、聞いておきたい事もあり、

 

「次の二回戦、どうなのよ」

「うーん、まだ対戦相手も決まってないから、何とも言えないかなあ」

「マジノかアンツィオだったかしら」

 

 うん、とみほが頷いた。

 

「どっちが相手でも負けたくないし、負けるつもりはないよ。……それにもし勝ち上がってきたのがマジノ女学院だったら、前に練習試合でハマっちゃったから対策も考えてある」

「ソレ、みつるから聞いた」

「あはは……、お恥ずかしながら油断して負けるところでした」

「黒森峰での経験を信じすぎたんでしょう。あのチーム、隊長が変わって戦車の動かし方も変化したらしいし」

 

 確か、今の隊長(トップ)はエクレールと言ったか。抽選会で見かけた姿には胃痛でも抱えていそうな印象を持ったが、

 ……一回戦の相手がアンツィオって、何というか、運がいいのか悪いのか解らない連中ねえ。

 アンツィオ高校の戦車道チームは、ある意味では強い。黒森峰としても状況如何によっては苦手とするタイプだろう。

 ノリと勢いとパスタ。ただそれだけ。たったそれだけの事であのチームには手間がかかるのだ。

 さらに言えばアンツィオの隊長は優秀の部類でもあるし、事前にみほの存在を把握して対策を練っている可能性だって大アリで、

 

「あ、速報だよみぽりん! 次の対戦相手について公式発表あった!」

 

 と、端末を手に声を上げたのはみほのところの通信手だった。

 そして彼女の言葉に周りが静まり、注目するような形になって、

 

「え、なに? 何なの!? 私、何か変な事言った!?」

「いいから次の対戦相手がどこか言え。沙織」

「うわあ、麻子が酷いよみぽりん……!」

 

 あー、大丈夫ですよー、とみほが宥めに入る。

 

「それで沙織さん? 次の相手って……」

「えっと、ちょっと待ってね? あ、あん、あんつ、あんち、あん、あん」

「アンコウ」

「――そうアンコウ高校! じゃないんだけど! もう発音難しいんだから邪魔しないでよ……! 麻子はアイスでも食べてなさい!」

 

 ハイハイ、と眠そうな操縦手が別の席に料理を運んできた仲居に注文を付けに行った。

 だがみほは先ほどのやり取りから二回戦の相手を察したようで、

 

「次、アンツィオになりました」

「アー、調子に乗られると面倒ね――」

 

 彼女の通信手が「みぽりん発音上手だね!」とか言っているが任された役割的にそれでいいのだろうか。

 まあ何であれ、

 

「アンツィオが勝ったって事は、今頃お祭り騒ぎでしょうね……」

「何で?」

「……そういえばあなたが副隊長だった頃って、アンツィオとの練習試合はなかったかしら」

「うん。継続高校とかは覚えてるけどアンツィオは今度の試合が初見。あ、でも先輩達が練習試合をしてるのは見た事あるような……?」

 

 どうだったかなあ、とみほの思い出そうとする姿を見て、エリカは思った。

 ……そうよね、私は〝西住・みほのいない黒森峰〟を知っているのよね。

 今更何を、と自身に呆れを感じるが、現状を事実として受け入れたのは今この時かもしれない。それまではきっと、どこか心の片隅でこう考えていたのだ。

 ……私が副隊長をやっているのは、いつかみほが帰って来るまでの代理よ、って。

 改めて、思った。

 ……うあー、救いようがない……!

 この場で、この考えに至ってしまったのにはかなり来るものがある。

 私は馬鹿だ。みほの後任として副隊長をやっているのは、他ならぬ彼女からの指名であり、加えてチームメイトからの推薦もあった結果だというのに。

 隊長だって私の実力を認めてくれている。だからこそ、と素直に受け入れられてなかった自分がほとほと馬鹿らしい。

 ……今日はよく気分が落ちる日ね……。

 始まりとしては離れ座敷でのみつるからか。そうか……、アイツか……、と妙な感情が芽生えてきたのでちょっと柑橘炭酸に口を付けてクールダウン。

 炭酸抜けてきたな、と飲み干したグラスに新しくドリンクを注ごうとした時だった。

 

「ハイ、エリカさん」

 

 と、みほがこちらのグラスに合わせるように、柑橘炭酸の入った瓶を傾けた。

 

「……ありがと」

「どういたしまして――」

 

 そう言った彼女は、どこか嬉しそうだ。

 何よ、と口を尖らせて問えば、

 

「こうしてエリカさんと一緒にご飯食べるの、久しぶりだなあ、って思って」

 

 それに、

 

「……黒森峰では当たり前だった事が、またこうやって出来たんだもん。嬉しくて、こう、その、あれ、……嬉しいもん!」

 

 瞬間的に端末へ伸びた右手を左手で掴んだ自分をよくやったと褒めてやりたい。

 ……空気を壊すな私の右手――ッ!!

 この場にみつるが居ない事が悔やまれる。アイツなら撮っていた。絶対に。後から共有できたのに……! 

 だが、今の状況でこの思考はマズい。切り替えねば、とみほに気取られない程度で頭を振って、

 

「みほ」

 

 呼ぶと、何? と変わらぬ笑顔を向けてくれる彼女に、己は言ってやる。

 色々あったが、以前と同じように接してくれる友人へ。本心からの言葉として、

 

「――あなたが戦車道を続けてくれて、本当に良かったわ」

 

 あ、と聞こえた声は、果たしてみほのものだろうか。

 解らない。だけど、

 ……もう、そんな顔するんじゃないわよ。

 祝いの場であなたにその表情は似合わない。みほには笑顔が一番なんだから。

 

「まったく」

 

 己は苦笑して、彼女の頬を拭う。

 くすぐったそうにする仕草は、あの頃と変わらない。

 だがみほは拒む事をせず、

 

「くすぐったいよう……」

「泣くよりはマシでしょう」

「泣いてないもん」

「そうかしら」

 

 もう、とみほがちょっと不機嫌な顔になる。しかしそれも一瞬の事で、

 

「有り難う。エリカさん!」

 

 ……うあああああ――。

 その一言にやられた。

 だから自分は、誤魔化すために話題の入れ替えとして、

 

「そういえば話が逸れたけど、アンツィオがお祭り騒ぎの理由ね」

 

 我ながら苦しいな、と思いながらも言う。

 しかし全ては伝えず、もったいぶるように、

 

「それはあなた達が試合に勝って、実際にその目で確かめなさい。――絶対にその方が驚くから」

 

 だから、

 

「負けたら承知しないわよ。みほ」

 

 それと周りの大洗女子戦車道チーム。静かだと思ったら、何なのよそのにやついた顔は! 見てんじゃないわよ……!

 




というワケで何とか年内に投稿! お待たせしました……!
ギリギリ。本当にギリギリになってしまいましたが、来年も何卒宜しくお願い致します……!
それでは、皆さま、良いお年を――ッ!!


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