「ガルパンはいいぞ」ただその一言に尽きる (琴介)
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・タイプ「マイルド」な西住家

 前世の記憶がある。

 そう自覚して、十三年が経った。

 といっても、これといって何がどう大きく変わるという訳でもない。

 否、精神的に大人というか、物事を冷静に見ることが出来るというのは、幼い時分としては十分なアドバンテージだったとは思う。しかし、

 

「だからと言って、世界観が世界観だけに、こっちから出来ることは少ないよなあ」

 

 思うのだ。

 今生の世界において、幾つか存在する前世との違い。その中でも特に大きいアレは、己にとって最大の興味の向かうところだが、世間体を鑑みるに参加する事は難しく。

 しかし関わる方法としては、裏方という立場で幾つかの候補は挙がる。

 だが、

 

「どれもこれも専門的な知識やら技術が必要なんだよなあ……」

 

 残念ながら己の頭脳はそちら方面に疎い。

 一応、記憶を自覚してしばらくは頑張って覚えようと努力はした。

 しかし、車体の区別はつくようになったものの、歴史やら細かい性能といった部分では〝にわか〟レベルだ。

 己が七歳だった時分、母の友人宅へしばらく滞在した際に、試しに家人に色々と問題を出してもらったのだが、

 

「知ってる知ってる。右のがティーガーⅠで左のがティーガーⅡでしょう? えっ、じゃあどっちが重戦車かって? ……えっ、軽に中? 巡行? ……豆? そんなに種類が……。えっ、どっちも重戦車なの……、そう。

 ……あっ、大丈夫大丈夫、うちに戦車はないけど紫電とかあるからそういうのには慣れてるアハハハ――」

 

 何言ってんだコイツ。と、思い返すたびにそう思う。我ながらヒドイ話題のずらし方だったな……。

 あの時、横で見ていた姉妹の顔は今でも忘れられない。彼女達のママンからは何故か「紫電一閃」の文字が入ったハンカチを渡されもしたが泣いてなかったもん。

 まあ、何であれ、そういった諸々の出来事を含めた十三年間を過ごしながらも、世界が大きく変わったことはない。

 多少、彼女達に関する出来事がマイルドになったとは感じるものの、結果としては変えることはできなかった。

 いわゆる修正力というやつか。ただ、

 

「色々頑張ってみたものの、この先はもうなるようにしかならんだろうなあ」

 

 気分としてはもう世界からフェードアウトしてもいいくらいだ。

 一人のファンとして。幾度もリピートした世界の光景を、現実として体験できただけで聖地巡礼の上をはるかに跳び越える幸運なのだ。しかし、

 

「もっと彼女達の世界を見ていたいと、そう思っちゃうよね」

 

 今日までの日々。身に余るほどの光栄として彼女達と接してきたが、既に自分の記憶に知る流れとは多少なりとも違っている。

 己の存在が影響しているのは明らかだ。

 世界の流れは、大きなところでは変わらないのだろう。事故の発生と結果が変わらなかったように。

 だが、大筋が変わらずとも小枝は別れている。

 それがどうなっているのか。

 未知として、また新しい道としてどこに向かっているのかを見ていたいと。そんな欲が出てしまうのは一ファンとしての性だろうか。

 

「まあ何であれ」

 

 と、己は、慌ただしく近づいて来る足音から、諸事情で観戦に行けなかった試合の結果を予想しつつ、仕事として動かしていたPCの画面を切り替える。

 戦車道連盟広報誌、と銘打たれたサイトのトップ。速報の文字とともに一面を大きく飾る記事のタイトルは、

 

「大洗女子学園がサンダース大学付属高校に勝利」

 

 読んだ直後。横に置いていた携帯端末から、メッセージアプリの通知音が連続で鳴り始める。

 見れば、送り主は記事のトップ写真に映った少女の親族で、

 

「――うん、ちょっと落ち着け」

 

 同じ文面が流れていくのはどこのホラーだろうか。嬉しいのは解かったから連続でメッセージ送るのはヤメテほしい。

 

 

   ~~

 

 

:姉の方『――やったぞ』

:西住流『ええ、やったわ』

:姉の方『やったぞ!』

:西住流『ええ、やったわ!』

:姉の方『やったぞ!?』

:西住流『ええ、やったわ!?』

 

 これは反応するまで止まらないだろうな、と己は、メッセージの送り主達を思い浮かべながら指を動かした。

 幾分か関係がマイルドになっているとはいえ、性格的に感情を表に出すのが苦手な彼女らの輪に参加として、

 

:3 る『勝ちましたね』

:姉の方『やったぞ、――遅いぞ、みつる!?』

:西住流『ええ、まほの言う通り』

:3 る『いや、仕方ないじゃないですか。こっち仕事ですもん。勝ったのだって速報の記事で今見たところで』

:西住流『仕事なんて試合が始まる前に終わらせなさい。私はそうしました』

:姉の方『みほの試合だぞ! ちなみに私は現地観覧だ……!』

:西住流『……まほ。今月のお小遣いを一割減らします』

:姉の方『なぜ……!?』

:西住流『母、家、中継』

:3 る『現地観覧でも結局は中継なのでは……?』

:母 姉『音が違う』

 

 楽器にこだわるアーティストか何かだろうか。根っからの戦車乗りは言うことが違う。

 そういうものなんだろう。と、己は戦車乗りの言葉に納得しつつ、ふと気になった事を問うてみた。

 

:3 る『ところで、本人には伝えました?』

:西住流『……何をかしら』

:3 る『おめでとう、って』

:西住流『私が言えるとでも?』

:姉の方『同じく』

:3 る『いや、直接じゃなくてもメールとかあるじゃないですか。文字板(チャット)だってありますし』

:母 姉『あっ』

:3 る『それに』

 

 と彼女達に対して、喜びからど忘れしているであろう事実を告げようとした時だった。

 勢いよく音を立てて開かれた仕事部屋の襖。そこから飛び込んで来た人影のアクションによって、己の視界が回ったのだ。

 

 

   ~~

 

 

「どうした……?」

 

 と、今だ熱が冷めきらぬ観客席にて、まほは手元の携帯端末に視線を落としたまま首を傾げた。

 ……それに、なんだ……?

 途切れた文面。続きを促す文言を送っても反応は無い。

 

「電波が悪いのか?」

 

 とりあえず振ってみる。ダメか。

 次は立ち上がって、なるべく高い位置に端末が行くよう腕を伸ばす。

 

「変わらんか」

 

 と、座り直して、向こうからの反応がない事にどうしたものかと端末を逆さまにしたりと、思いつくことを試してみる。

 すると横に座っていた副隊長が本気で心配した表情になっていた。

 何故だろう。

 ともあれ、彼女には気にしないよう伝えて、己は再び液晶画面へと視線を戻す。

 

:西住流『指でもつったのかしら』

:姉の方『そんなピンポイントな……』

 

 と思うが、確か彼の仕事はキーボードを叩くことが多かったはずだ。

 可能性はある。突然の痛みに端末を落としていても、おかしくはないか。もしくは、

 

:姉の方『仕事部屋に飛行機が落ちたか』

:西住流『――大事故ね』

:3 る『今の短時間で俺に何が起こったんだよ』

 

 あ、生きてた。無事か。そうか、なら良い。

 

:西住流『何があったの?』

:3 る『ママンがいきなり現れて、みほが勝ったから祝うって首根っこ掴まれて居間まで引きずられましてん。それで端末落として』

:西住流『――そう』

 

 と、母の投げた〝――〟に相当な喜びを感じるのは気のせいだろうか。

 ……まあ、お母様は、みつるの御母堂の事が大好きだからなあ。

 あの人の話になると母は饒舌になる。また近い内に何かと理由を付けて会いに行くのだろうな、と感想つつ、己は指を動かす。

 

:姉の方『でもな? いきなり途絶えたら心配するだろう』

:3 る『途絶えるって、そこまで言うほど空けてないでしょう。それより』

:姉の方『――心配したぞ』

:3 る『いや、だからさ』

:姉の方『電波が悪いのかと色々試していた私が馬鹿みたいじゃないか。エリカに本気顔で心配されたぞ、どうしてくれる』

:3 る『俺のせいなのかー……。というか何をやらかした』

:姉の方『やらかしたとは失礼な。電波を拾おうと端末を振ったり、背伸びして高いところに端末を持っていったりだな』

:3 る『じゃあ聞くけど、隣席にいきなりそんな事をしでかす人がいたらどうする』

:姉の方『心配するかその場から離れるな』

:3 る『↑に三行、視線動かしてみ?』

 

 言われた通りに動かしてみる。

 

「あっ」

 

 なるほど、と己の行動を顧みてエリカに声をかけたら、今度は額に手を当てられて熱を測られた。

 何故だろう。

 

 

   ~~

 

 

:姉の方『あれえ?』

 

 と、長女が疑問を文字にしたところで、しほは、己の動きが止まっている事に気が付いた。

 立ち上がろうとしていた体勢を解き、座り直して、振る動作に入りかけていた右腕を元の位置に戻しながら、

 ……危なかった。

 もう少しで、己も娘と同様にやらかすところだった。

 未然に防ぐことが出来たのは大きい。今は室内に一人とはいえ、先程までは人がいたのだ。彼女はお茶請けの補充に席を外しているが、そう間もなく戻って来るだろう。

 

「私としたことが、あの子の勝利に浮かれていたようね」

 

 恥ずべきことではない。ただ、客観的に見て己には似合わないのだ。

 本心としては喜びを声に、諸手を挙げて祝いたいのだがそれをやると間違いなく家中がざわつく。

 前に戦車道から離れるために大洗へ移った娘が、何の因果か戦車道を再開したと聞いた己を横で見ていた長い付き合いの家政婦曰く、

 

「表情と感情が一致していないんです、だから勘違いされてしまうのでは?」

 

 との事で、試しに意識して表情と感情を一致させ、更に行動を合わせてみたら家中のざわつきを収めるためだと額に手を当てられて熱を測られたのだ。

 何故だろう。

 ともあれ、そういった経験から似合わない事をしないよう心掛けてきたのだが、

 

「油断したわ」

 

 戦車道を再開した娘の勝利。嬉しいに決まっている。

 しかし表立って祝うと、せっかく去年の一件で風通しの良くなった西住流に対して妙な言いがかりをつけてくる連中が現れるだろう。

 それは望ましくない。娘達の為に動いてくれた彼や、彼の母親のためにも今はまだ波風を立てる時期ではないのだ。

 ただ静かに。例えあの子に誤解されようとも、己は〝西住流家元〟として対応しなければならない。

 故に、己はせめてもとしてもう一人の娘と彼に対し、

 

:西住流『――みほの戦勝会を開きましょう。みつる、お願いするわ』

:3 る『急にぶん投げてきましたねー』

:西住流『費用はこちらから出します。残念ながら私は参加できませんが、いつものように匿名という形で』

:姉の方『お母様、……それなら私も』

:西住流『いいえ、まほ。貴女は参加なさい。次期家元ではなく、あの子の姉として。私の代わりに直接伝えて』

:姉の方『……解りました』

:西住流『頼みます』

 

 はい、との長女からの返信に、どれほど負担をかけているのかを自覚する。

 酷い母親なのは重々承知。直接顔を合わせて祝うこともできない、情けない女だと言われても事実として受け入れよう。

 そういう関係だと、周囲には示す必要があるのだから。

 しかし、

 

:3 る『んー、ちょっと、今回は無理ですね西住ママン』

:西住流『何故』

 

 いやだって、と彼が言葉を作る。

 

:3 る『みほにバレバレですよ? この会話』

:西住流『は?』

:姉の方『何故だ』

:3 る『……うわあ、気付いてない! こっちが思ってる以上に浮かれてますね!』

 

 それはどういう事か。問いただすための言葉を投げようと、文字を打ち込もうとした時だった。

 己は、長女でも彼でもない人物の発言を見た。

 それはクマのアイコンを発言者に設定したもので、

 

:妹の方『ええっと、あの、そのう、勝ったよ……?』

 

 もの凄く気まずそうに次女が現れた。

 

 

   ~~

 

 

 試合後の記念撮影やらインタビューを終え、チームメイトに了承を得てから撤収作業の場を離れたみほは、己の発言を最後に、母と姉が画面の向こう側で固まったことを察した。

 

「お母さんも、お姉ちゃんも、うっかりなんだから」

 

 と、二人が固まっている内に、己が参加するまでの会話をさかのぼって把握しておく。

 といっても、内容としては自分達の勝利に対してのものがほとんどだ。

 母と姉が、こういった電子機器を苦手としていることは知っている。

 己や彼とのやり取りで文字を打つことには慣れたようだが、それ以外はまだまだらしい。現に、

 

:3 る『まあ、誤爆ってヤツですね。メッセージを投げるグループを間違えたってことです』

 

 そういう事だ。

 二人がこちらに内緒のつもりで文字枠(グループ)を別に作り、彼と自分の事に関して話しているのには何となく気付いていた。

 今回も、そっちで話しているつもりだったのだろう。

 

「……まったくもう。二人が浮かれてどうするの」

 

 と口に出してみる。そして実感した。

 ……すっごい嬉しいなあ……!

 母も姉も、あまり感情を表に出さないタイプだ。

 特に、母はその傾向が強い方でもある。しかし、文字でのやり取りならば普段表には出てこない部分が見えてくるもので、

 

:西住流『違います、みほ。今までの会話は私ではなく菊代が』

:姉の方『違うぞ、みほ。今までの会話は私ではなくエリカが』

 

 流石に無理があると思うよ二人とも。

 観客席を見てみれば、固まったような姉の傍らで、黒森峰の副隊長となった友人がこちらに気付いたのか首を横に振っている。更には、

 

:3 る『あれ、今うちのママンが菊代さんと電話で話してるんですけど』

:妹の方『お母さん、お姉ちゃん……』

:西住流『菊代! 戻ってこないと思ったら電話だなんて……!』

:3 る『もう諦めたらいいんじゃないですかね』

:姉の方『みつる、この、みつる……! 気付いてたならもっと早く教えてくれたって……!』

:3 る『いや言おうとしたよ? でもほら、この辺りが良い頃合いかなって思って』

:西住流『それは――』

:3 る『うん、西住ママンとまほの、みほとのちゃんとした話し合いのきっかけかな』

 

 

   ~~

 

 

 うわあ、と己は、意味もないのに端末を両手で包むようにし、周りから見られていないかを確認してしまった。

 ……あ、今の私がちょっと挙動不審……!

 撤収作業に入っていた連盟員や、たまたま近くを歩いていたグロリアーナの生徒に首を傾げられたがまあ大丈夫だろう。

 それよりも、

 

「い、いきなりすぎだよ……」

 

 端末を見ても、彼の発言に続くものはない。

 恐らく母も姉も、己と同様に言葉を詰まらせたのだろう。

 待っていても、彼は言葉を発しない。きっと私達の誰かが言葉を作るのを待っているのだ。

 だが、

 ……このままじゃ誰も発言しないよね。 

 解かる。二人の事だから気まずさに指が動かないのでは、と。もしかしたら単純に何を発したらいいのか悩んでいるだけなのかもしれない。だけど、

 

「駄目だよね」 

 

 ここで聞くのは私の役目だと、そう思う。根拠はない。ただ単に、

 ……そうしないと、いつまでも変わらない気がするから。

 己は聞く。

 端末を介した向こう側。こちらの反応を待っているだろう彼に対して、

 

:妹の方『そうだよね。私、大洗で戦車道をまた始めてから、お母さんやお姉ちゃんと、ちゃんと話してなかった』

 

 だから、

 

:妹の方『みつるくん、お願いしてもいいかな? 私、ちゃんとお話したいから。戦車道を再開した理由も、これからどうしたいのかも』

:3 る『――任せなさいって。祝勝会もお話会もまとめて出来る会場を手配しておく。だから西住ママン? 後でうちから迎えの飛行機飛ばすんで準備しておいてくださいね』

:西住流『それは、その』

:3 る『ちなみにパイロットはうちのママンになります』

:西住流『……………………えっと、でも』

 

 お母さんが凄い揺れてる……。

 貴重なものを見た。というかお母さんはみつるくんのお母さんを好き過ぎじゃないかな。昔に色々あったとは聞いたけどそこまでなんだ……。

 

:姉の方『お母様が……』

:3 る『うちのママン、昔に一体何したの……』

:妹の方『みつるくんも知らないんだ』

:3 る『いや、親の昔話って気恥ずかしくて聞いてない』

:姉 妹『解かる』

 

 ともあれ、

 

:妹の方『あ、お姉ちゃんは私と一緒に行くから、迎えは大丈夫だよ』

:姉の方『えっ』

:妹の方『あとエリカさんもいるんだ。いいかな?』

:3 る『YES』

:姉の方『……私、黒森峰に戻って仕事が』

 

 と姉が言うので観客席を見てみる。すると、別の文字枠からメッセージが飛んで来た。

 

:え免見『今日はうち休みになってるから。あと洋食も食べられるところにしなさいって伝えておいて』

:妹の方『ありがとう』

:え免見『……別にアンタのためじゃないわよ。まあ、隊長達との話が終わったら私のところに来なさいよ? 色々言いたい事があるんだから』

:妹の方『もちろんだよー』

 

 と、己の言葉にボコられクマのスタンプで返してくれる辺りに彼女の性格を感じる。

 変わってないなあ、と感想しつつも、文字枠を戻して、

 

「あ、お姉ちゃんが言いくるめられてる」

 

 いつの間にか姉が、彼の言葉に参加を納得している。しかも決め手となった言葉が、

 

:3 る『ここまで来てまほが参加しなかったら、みほ、泣くんじゃないかな。いいの? お姉ちゃんとして』

 

 本人も見てるのに恥ずかしいこと言わないでよう。

 ……でも、お姉ちゃんが来てくれなかったら悲しいかな。

 流石に泣きはしない。とは思う。多分。何だか自信がなくなってきた……。

 でも、

 

:妹の方『お母さんとお姉ちゃんが揃って来てくれるなら、私は泣かないよ』

 

 己の気持ちを言葉として、何だか面白いので流れに乗ってみる。

 すると母が必死に参加を決めたと言葉を投げてくれて、姉が観客席で立ち上がり、傍らの友人が慌てて後を追いかけて行ってどうしたものか。

 ……会場、まだ決まってないよお姉ちゃん。

 どこに行くつもりだろう。まあ、彼女に任せておけば安心だ。頑張って副隊長。私も通った道だよ……! 

 と、友人の背中を見送る。そして、

 

「――そうだ、皆に食事会のこと伝えなきゃ」

 

 周囲を見れば、既にチームメイト達の姿はない。あれ? と首を傾げれば、

 

「みぽりーん! こっち、こっち!」

 

 聞こえた声に振り向く。

 居た。

 皆、勢揃いしている。撤収作業を完了させ、あとは移動するだけのようで、

 ……まずは一勝だね。 

 手を振ってくれる彼女達にこちらも振り返す。

 一歩。そしてもう一歩と進み、

 ……ここから、また始まるんだ。

 合流する。そして、一人一人をみて、頷きを得て。今日の試合の締めとして言葉を作る。

 

「皆さん、お疲れ様でした。二回戦までは時間がありますが、油断せずに準備しましょう」

 

 それから、

 

「私の昔馴染みが勝ったお祝いにって、食事会を開いてくれるそうです。場所はまだ未定ですが、皆さん参加で大丈夫ですか?」

 

 言うと皆が色めき立った。

 試合に勝った時よりも喜んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

   ~~

 

 

:妹の方『また後で』

 

 との言葉を最後に、彼女の母親や姉も含め会話が終わったのを、みつるは感じた。

 ……あれ? これ文面的に俺も参加する事になっているのでは……?

 いつ間に、と思うが、まあ最初にちょこっと顔を出してお暇すればいいことだ。長居する理由もないし。

 

「……いや、大洗チームを一目見ておきたい。でも」

 

 せっかくの戦勝祝いに初対面の大人が混じるのはよろしくないだろう。それに向こうは女子高生でもあるのだ。

 

「事案だね、解るとも」

 

 行ったら即行で挨拶して帰ろう。そうしよう。

 と、決意を胸に、録画してあったらしい大洗対サンダースの試合をリピートに入った母へ、

 

「あのさママン、今夜みほ達の祝勝会を会場から手配したいんだけど」

「んー、確かあの辺りに後輩ちゃんのお店があったはず」

「番号は?」

「連絡リストの二十五番」

「何料理?」

「和食中心で洋食も少々、中華系は置いてなかったかなー」 

 

 なるほど、と言われた番号から電話をかける。

 ワンコールで出た。そして、

 

『浅間先輩! あ、息子さんですか!? ええ、今夜なら大丈夫です! メニューにハンバーグですか。もちろんありますよ! はい、宴会用の大部屋が一、個室が一ですね。料理の方は……、はい、到着してからご注文ですね。大丈夫です。ええ、承りましたー』

 

 とすんなり予約が取れたので改めてうちの母親は凄いと実感した。

 今度昔の話を聞いてみるかな、と思いつつ、会場と時間の決定を西住家の三人へ連絡しておく。すると、

 

「ねえみっくん、ちなみに誰が参加するの?」

「大洗の戦車道チームに、黒森峰の隊長と副隊長。あと西住ママン」

「おお! しほちゃん来るんだね!」

「そうなった経緯はうちと西住家のグループ見て」

「――消音設定にしてたから全然気付かなかったよー」

 

 そして端末を確認した母が腹抱えて笑い出したのでお茶を渡しておく。

 ……どこがツボに入ったのか解らん。

 謎だ……、と母の笑いが収まるのを待って、

 

「というワケでママン、ちょいと熊本まで西住ママンのお迎えをお願いしたいです」

「いいよいいよ、任せなさい! ――じゃあ、ちょいとしほちゃん迎えに熊本までひとっ飛び行ってきます」

「今から? 早くない?」

「積もる話もあるのよ。大丈夫、時間には間に合うから」

 

 それじゃ、と、居間を出て行った母の背を見送って、ややあって聞こえてきたエンジン音に己は思った。

 ……迎えに行くのに何故、紫電を飛ばすのか。

 アレって一人乗りじゃなかっただろうか。というか熊本まで飛べるのか……? 解らん。まあ、母の紫電は最新のレギュレーションに合わせて弄っているので大丈夫だとは思う。ただ、

 

「お出かけに戦闘機を使うのは未だに慣れないよなあ」

 

 それを言いだしたら戦車でコンビニはどうなんだという話だが、アレはそういうものだという認識なので問題ない。ないのか……?

 

「まあ何であれ、だ」

 

 記憶の中とは細かい部分が相違しているこの世界。これから先の展開は未知数だ。新展開と言ってもいいかもしれない。ただ、

 

「このタイミングで西住母娘が話し合いとか、流石に予想できないって……」

 

 元々、記憶の中と違って大きなわだかまりはないものの、微妙に距離のあった母娘が歩み寄っているのだ。

 ……そりゃ驚きますわ。

 端末でやり取りしてる時なんて胸がドキドキしっぱなしだ。一つでもミスったら台無しになりそうな会話なんてもう参加したくない。

 

「まったくあのお二人さんは……」

 

 文字枠(グループ)を間違えるとかお茶目さんかよ最高じゃん。

 貴重な一面を見れたわー、といい思い出として保存しておく。だが、

 

「これからだよなあ」

 

 まずは一勝。

 ここから彼女達の物語は始まるのだ。しかし、

 ……大筋は変わらない、か。

 黒森峰が事故を原因に十連覇を逃したように。

 西住みほが黒森峰を離れ、大洗へと転校したように。

 大洗で彼女が戦車道を再開したように。

 そして、

 

「大洗女子はサンダースとの試合に勝利した」

 

 戦車道連盟の発表した組み合わせ表を見れば、彼女達の次の対戦相手はアンツィオ高校となっている。

 ……となれば、このまま順当に行けばその次はプラウダ、そして黒森峰とぶつかるワケか。

 どうなのだろうか。己の知っている〝西住みほ〟は、記憶の中の彼女よりも性格的に強くなっている印象だ。

 そうなった理由は己の存在か、はたまた別の要因だろうか。

 どちらにも断言はできない。ただ、言えることは一つ。

 

「大洗は優勝する」

 

 そしてその先へ進むのだろう。

 もしかしたら、という可能性もあるがそれは考えない事にする。一応、何があっても対応できるように準備はしつつ、

 

「――ファンはファンらしく、応援しながら行く末を見届けよう」

 

 己は、テレビを見た。

 大洗女子対サンダースの試合の映像。母がつけっぱなしにしたものだが、

 ……ああもう、生で見たかったなあ……!

 今は映像で我慢する。だけどいつかは観戦に行こう。絶対に。

 

「そのためには仕事を片付けねば……」

 

 目指すは次回のアンツィオ戦。だが、

 

「今日くらいサンダース戦を見ていてもバチは当たらんよな」

 

 時計を確認。祝勝会までの時間を考慮しても試合を見る時間は十分にある。

 ならば、

 

「――試合を最初からだ」

 

 映像を開始直前へと巻き戻す。

 お茶を片手に、用意されていた羊羹をかじりながら、

 ……いいねえ。

 と、試合を観戦する。

 そして己は思った。

 

「ああ、本当に」

 

 喉を動かし、声として、心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

 

「ガルパンはいいぞ」

 

 つまりそういう事なのだ。

 



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・となりのヒロイン

:うめ星『それじゃあ、エリカさんは隊長と一緒にみほさんとお食事なんですね。いいなあ、私も一緒に行けばよかった』

:え免見『食事って……。メインは大洗女子の祝勝会なんだけど』

:うめ星『それでもですよ。帰りが遅いから、みんな心配してたんですよ? 隊長ともエリカさんとも連絡が取れなくて』

:え免見『色々あったのよ』

:うめ星『例えば?』

:え免見『隊長がいきなり走りだして行方不明になったり』

:うめ星『え』

:え免見『その隊長を探して走り回ってたら私も迷子になったり』

:うめ星『えっ』

:え免見『知らないところで西住流家元がヘリから飛び降りたとかで騒ぎになったり』

:うめ星『いや、え、えっ』

:え免見『まあ、色々あったけど私も隊長も家元も無事だったから、他の子達にもそう伝えておいてくれる?』

:うめ星『――いや無理ですよ! いや、無事はちゃんと伝えますけど今の説明で全部は理解できませんよ!?』

:え免見『――ああ、安心しなさい。家元はちゃんとパラシュートを使っていたらしいから』

:うめ星『そこじゃないですよ――っ!!』

:え免見『じゃあ何なのよ』

:うめ星『いや何でそんな冷静なんですか!? 行方不明って、迷子って!』

:え免見『そんなことより』

:うめ星『うわあ、何事もなかったかのように流しますね……!』

:え免見『……もう怒られたんだから思い出させないで』

:うめ星『あ、何となく察したので了解です。続きは帰って来てからにしましょう』

:え免見『えっ』

:うめ星『それよりもそっち、みほさん達のお話は、今はどんな様子ですか?』

 

 

   ~~

 

 

 そうね、とエリカは、黒森峰に居るチームメイトの問いに答えるため、隣室との仕切りとなっている襖を少し開けて覗いてみた。

 机を挟んで向かい合っているのは、西住の家の三人だ。

 左手に家元と隊長、右手に元副隊長を置いた構図で、

 ……まるで話が進んでない、というより始まってすらいないわね。

 二十分前と全く同じ状況というのは口下手にもほどがあると思う。襖一枚を隔てただけの隣室にいて、声どころか物音一つ聞こえてこないのは心配だ。

 

:え免見『進展なしね、向かい合ったままダンマリよ』

:うめ星『えぇ……。それってマズくないですか?』

:え免見『大洗の祝勝会で主役のあの子が不在のままはマズいわね』

 

 元副隊長を借りて、既に三十分が経とうとしているのだ。いくら身内同士の話し合いだとしてもこれ以上遅くなれば心配も現れるだろう。特に、

 ……あの子と同じ戦車に乗ってる連中なんてそうでしょうね。

 彼女達とは、まだ顔合わせはしていない。自分達が来ていることは伝わっているようだが、元副隊長曰く、

 

「お母さんや、お姉ちゃんやエリカさんの事は、ちゃんとみんなに紹介したいんだ。ダメ、かな……?」

 

 気恥ずかしさを感じさせる彼女の仕草と言葉に隊長と家元が片手で顔を覆って背を向けたのは仕方のない事だろう。私だってそうだ。

 ともあれ、

 

「困ったわね……」

 

 一応、話し合いが始まる前に、もしかしたらと可能性は聞いていた。己としてはまさかと思っていたのだが、

 ……そうよね、家元は隊長の母親なのよね。

 血のつながりを凄く感じる。当然か。だが、

 

「ああもう」

 

 隊長や元副隊長ならともかく家元は手に余り過ぎる。

 そもそも今回の話し合いは単なる家族会議。戦車道に関することではない。いや、そこにも触れるだろうが、主としては元副隊長の現状を中心とした家族の話し合いなのだ。

 ……部外者が口をはさむわけにはいかないし。

 しかし、このまま何もせずに見ているわけにもいかない。

 

:え免見『どうすればいいのよ……』

:うめ星『私に聞かれても困りますよぉ……』

 

 それもそうだ。と、己のふがいなさに頭を抱えつつ、

 

「どうしたもんかしら」

 

 と、端末の画面を切り替えて、隊長や元副隊長の名前を見えるようにする。

 ……押せば簡単に繋がるのよね。

 文字板(チャット)の利点だ。ここから言葉を投げれば何かしらのきっかけにはなるかもしれない。だが、

 ……それだとあの子の邪魔をしてるみたいじゃない。

 話し合いの前。久しぶりに顔を合わせた元副隊長は、決意を感じさせる空気を纏っていたのだ。それなりに付き合いの長い身としては、そうなった彼女が強いことを知っている。

 

「……心配のし過ぎかな」

 

 どうやら久々の再会が、実感していたよりも嬉しいらしい。顔は緩んでいないだろうか、と今更ながらに思う。ただまあ、

 ……それでもいいわ。

 あの子を相手に意地を張るだけ無駄だ。空気を悪くするのは目に見えている。

 今日の再開の場は、彼女達の戦勝を祝うための会場なのだ。

 無名の戦車道チームが優勝候補にも数えられる強豪校に勝利した。その結果を喜ぶべきだろう。

 

:うめ星『みほさんなら大丈夫です。だって、私達の副隊長だった人ですよ?』

:え免見『……そうね。色々と心配になることが多かったけど』

 

 きっと己は事を重く考えすぎている。少し頭を冷やした方がいい。と、ちょっとした気分転換に少し外を歩こうかと、部屋を出た時だった。

 母屋へ続く廊下。薄暗いが、足元を照らす灯りが優美さを演出しているその先に、人影を見た。

 ……あ。

 そして影がやって来る。

 男だ。

 しかしこの料亭の人間ではない。が、見知った顔だった。

 

「……ちょっと。何でそんなもの持って出歩いてんのよ、あんたは」

 

 己よりも〝西住〟と付き合いの長い男が、ミニハンバーグを乗せたお盆を手に現れた。

 

 

   ~~

 

 

 エリカは、彼が首を傾げたのを見た。そして、

 

「女将さんへの挨拶が終わって、帰る前に西住ママン達の様子を見るついでに、そろそろお腹減ったんじゃないかと軽い食事を頼んだら、まかないでよかったらって渡されて」

「何でよりにもよってハンバーグ……」

「……会場予約の電話でハンバーグがあるか聞いたからかもしれない」

 

 昼間の心当たりに激突してどうしたものか。だが、

 

「せっかく持ってきてもらったところ悪いんだけど、今は無理よ」

「お腹減ってない?」

「……そういうことを言ってんじゃないわよ」

「じゃあお腹痛い? それともハンバーグ嫌いになった?」

「――はっ倒すわよ」

 

 言うと何故か彼がお盆を差し出してきたので一つ貰っておく。美味しいじゃない。え、豚肉? そう、たまにはいいものね……。

 じゃなかった。

 

「……あんたの予想が当たったのよ」

「マジかよ」

「大マジよ」

 

 そっかー、と彼は少し間を置いて、何を思いついたのかこちらの横を通り過ぎて室内へと入っていく。ややあって手ぶらになった彼が戻って来て、

 

「後は任せた、頑張れ」

 

 こちらの肩に手を乗せ無駄に良い笑顔を向けられたので腕を捻ってマウントを取る。そのまま位置をキープして、

 

「ほら、もう一度言ってみなさいよ」

「後は任せた、頑張れあああああああああああああああああ」

 

 本当にリピートした肝の太さに免じて許してやろう。

 まったく、と彼を解放して、己は端末を開く。放置になっていたチームメイトの名を叩いて、

 

:え免見『とりあえずは様子見。また追って連絡するわ』

 

 そしてダウン中の彼を掴んで室内へ戻ることにする。

 気分は変わった。

 頭も冷えた。

 一瞬だった、と己は思う。

 ……さっきまで悩んでたのが馬鹿みたいじゃない。

 まったくもう、と息を吐いて気持ちをリセット。

 今の自分に出来ることはないのだ。ならばこれからの時間の使い方は、

 

「ちょっと暇つぶしに付き合いなさい。あんたのことだから、どうせあの子が大洗に行ってからも連絡取り合ってたんでしょ? 少しは話を聞かせないよ」

 

 部屋に入る際に彼を角にぶつけてしまったが、襖が無事でよかった。

 

 

   ~~

 

 

 廊下から襖の角に何かをぶつけたような音を聞いたみほは、隣室に人が増えたのを察した。

 向こうには先客として、友人が自分達の話し合いが終わるのを待っている。その彼女が入室を許可したのなら、

 ……みつるくん、だよね。

 彼が来たということは、己が母姉と向かいあってからそれなりの時間が経ったという事だろう。

 ……エリカさんに悪いことしちゃったなあ。

 自分の我儘で彼女を隣室に拘束してしまった。ごめんね、と心の中で謝りつつ、後でもう一度謝ろう、と頭の片隅にメモしておく。

 ……今日こそはちゃんと話すって、決めてきたのに。

 蓋を開けてみれば沈黙が続く時間だった。この場を手配してくれた彼に申し訳ない気持ちが溢れてくる。だけど、

 ……ここで弱気になったら、今までと変わらないんだ。

 せっかく彼が用意してくれた場なのだ。無駄にはしたくない。

 母と姉も、彼が隣にやって来たことに気付いているだろう。そしてここまでの沈黙にも思うところがあるはずだ。ならば、

 ……ここで勇気を出さなきゃ!

 ここが正念場だ。この機を逃すと、次があるかどうかも解らない。だったら、

 

「お母さん」

 

 そして、

 

「お姉ちゃん」

 

 己は、二人を見た。

 今日は伝える。私の気持ちと、考えと、これからを。

 きっと二人にとっての西住流と、己の進む西住流戦車道は違うものになる。

 だけど。それでも、と己は、母と姉の対して、

 

「私は、今の戦車道が楽しいの」

 

 言う。

 

「黒森峰とは違った戦車道。まだ試合の回数は少ないけど、私は、そんな大洗での戦車道が好き」

 

 伝える。

 

「ごめんなさい。私は、お母さんやお姉ちゃんのような西住流戦車道は進めません」

 

 でも、

 

「私の、私なりのだけど、二人みたいな、胸を張って、誇りに思える戦車道が見つけられるように頑張るから」

 

 だから、と口にして、次の言葉を声に出そうとした時だった。

 

「みほ」

 

 母に、名を呼ばれた。

 見れば、母はこちらの言葉を止めて、ただ一度頷き、

 

「その先は口にせずとも結構です」

 

 ……あ。

 ダメだった。伝わらなかった。

 そう思った。

 だが、

 

「――あなたの想い、確かに伝わりました。私達は、あなたがどのような探し物を見つけるのか、楽しみにして待ちます。存分に探しなさい」

 

 母の言葉が、数瞬理解できなかった。 

 ……え?

 言われた言葉を、口に出さず繰り返す。一言ずつ、意味を考えるようにして、

 ……お母さんが認めてくれた……?

 己の理解が、母の言葉に追い付いたのだ。

 

「いいの……?」

「ダメと、そういって欲しかったのですか」

「そ、そんなことないよ! ただ、……意外だったから」

「……そう。意外だったの……」

 

 あ、何となく母が落ち込んだような気がする。と、雰囲気から感情を読み取れるようになってきたのは、気持ちに余裕を持てるようになったということだろうか。

 ……無意識に緊張してたんだ。

 

「はあ」

 

 と息を吐いたのは、誰だろう。

 また無意識に自分かもしれない。母か姉かもしれない。だが、

 ……良かったあ……!

 ほっと一息。安堵、というのが正確か。

 去年の事故から変わってしまった己の生活環境。そこに降ってわいた奇跡のような現状だが、一番の難所を乗り越えたと言ってもいいかもしれない。

 

「何だか疲れちゃった」

「じゃあ、今日はここまでにする?」

 

 姉からの提案に、己は首を横に振る。

 

「せっかくの祝勝会なのに、いいのか? みんな待っているだろう」

「大丈夫。もうちょっとだけ、こっちにいたいの」

 

 それに、

 

「お母さん達とはまだお話したいから」

 

 全てを話す時間はないだろう。きっと気力もそこまで続かない。だけど、

 ……今日からお母さん達とのチャットを解禁しよう……!

 これからはいつでも話すことができる。

 いきなりだと二人は困惑するかもしれない。それでも、

 ……いっぱい話したいことがあるんだよ!

 黒森峰を離れて、家を出て、大洗に移って、今日までにあった色々な出来事を家族に話したい。それから、

 ……私が居なくなってからの話も聞きたいな。

 今日の勇気は無くならない。これからの私を支えてくれる、大切な想いだ。

 心強いなあ、と昨日までの躊躇いが嘘のように感じるのは、己が一歩を進めた証だろうか。

 ……今の私なら避けてきた黒森峰の話題もへーき!

 まるで戦車に初めて乗った優花里さんのようだと思う。これがパンツァー・ハイってやつなんだね……。

 違うか。まあ何であれ、

 

「お母さん、お姉ちゃん」 

 

 まずは何から話そうか。と、短くも大切な時間で伝えられる話題を考えつつ、

 ……あ、そうだ。

 己は、ふと胸に浮かんだこの気持ちを先に伝えるべきだと、そう直感した。

 唐突だよね、と恥ずかしさが表情に出ないように意識しながら、

 

「私、二人のこと大好きだよ!」

 

 言うと二人が両の手で顔を覆って背を向けた。

 どうしたんだろう……?

 



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・逸見エリカの憂鬱

:母 姉『みほの笑顔ガッ』

 

 と、送られてきたメッセージから、何やらクリティカルな一撃を受けたんだな、とみつるは理解した。

 おそらく面白いことになっているであろう二人の姿は、容易に想像できる。きっと不意打ちにやられてみほの顔を見れなくなっているに違いない。

 ……まあ、こんな言葉を送ってくる辺り、それなりの余裕はあるんだろうけど。

 ずいぶんと良い空気を吸っている。一番に思い浮かんだのは、そんな感想だった。

 何せ、続けて送られてくる言葉がこうなのだ。

 

:母 姉『うちのこさいこうだわ――』

 

 せめて変換くらいしてくれませんかお二人さん。嬉しくて楽しいのは解かる。だが、隣室の様子を思い描くこちらの身にもなってほしい。

 ……みほに気付かれないよう、机の下で打ち込んでるのか……。

 しかも表情は普段と同じだと予想する。

 お茶を吹き出しそうになった。

 何事かと心配をしてくれて有り難うエリカ。大丈夫、ちょっとギャップにやられただけだから。

 ともあれ無駄なところに技能を、と思うが気持ちは十二分に伝わってくる。せめてもの手伝いとして、己は送られてくる言葉を長く押し、

 

:3 る『向かい側の御家族様からで御座います』

 

 みほとの文字線(ルーム)に画面を切り替えて同様の文面を貼り付けておく。

 

「気付くかな」

 

 その答えはすぐに来た。

 

:妹の方『うわあもう、うわあ……!』

 

 言葉にならないとはこの事を言うのだろうか。

 ……いやまったく。

 この母姉妹(おやこ)、傍から眺めている分には本当に面白い。たまに誰かがやらかして気付くと巻き込まれていたりするのだが、それもまた西住流なのだろう。

 意味が解らん。俺、西住流じゃないし。敢えて言うなら浅間流か。

 ……いや解らんわー。

 

「まあ別にいいか」

「何が別にいいのよ」

 

 と、いきなり聞こえた声に己は横を見た。

 エリカだ。

 差し入れに持って来たミニハンバーグに箸を入れていたはずのエリカの顔が、横にあったのだ。

 

 

   ~~

 

 

 ……近いな!?

 己は、一瞬で乱れた脳内と心を落ち着かせるために少し身を引いた。しかしそれに合わせてエリカも動くので、

 ……うああああああああああああああああああ――……。

 と内心で叫んで表情に出さなかった自分を褒めてやりたいし西住ママンとまほの気持ちが少し理解できた気がする。

 

「ビックリさせんな……!」

「人と話してる最中に端末を開く方が悪い。で? 何見てんのよ。チャット?」

「おいコラ、勝手に人の端末見るな」

「何よ、見られちゃマズいものでも入ってんの?」

「エリカの隠し撮りしゃ」 

 

 エリカの肘が直撃した。

 

「砕いてやろうかしら。この端末」

「待って、謝る。冗談だから。隠し撮りなんてしてない」

「へえ。じゃあ私の写真は入ってるのね」

「まほやみほとのペアで映ってるのがほとんど。ソロは昔のが何枚か」

「……ペア写真で手を打ってあげる」

 

 案外この子ちょろいな、と考えたら睨まれたのでおとなしく彼女に送る写真をピックアップしていく。

 ……あー、枚数多すぎて探すの大変……。

 気付かぬうちに溜まりすぎだ。浅間流(うち)の連中が記念にと、空からの絵や飛んで行った先での風景、他諸々を報告と言う名の絵葉書(メール)で送ってくるのが悪い。

 ……あれほど専用のフォルダに上げろと言ったのに。

 やはり女子力か、女子力なのか……。と、今後の対応という仕事の追加に頭を抱える思いの中で現在進行形で絵葉書が増えていくのはどうしたものか。だが、

 

「まあ悪くはない」

 

 ただの事務的仕事ばかりでは息が詰まる。彼女達からの報告は、程度のいい休息になるのだ。それに加えて、

 ……西住姉妹からの近況報告もあるからなあ。

 最近は、妹の方からよく大洗の子らと一緒に写った絵葉書が送られてくる。姉の方からは頻繁にではないものの、黒森峰での様子が写っており、

 

「――あった。コレ、まほから送られてきたエリカが戦車の掃除で足滑らせて転んだ写真」

「いつの間に撮ったんですか隊長……、というか何故、自撮り風に撮影を……!」

 

 でも隊長とペアかあ、とエリカが複雑に表情を緩めながら端末を眺めている姿をつい撮影してしまったが許してほしい。

 ……隣の姉妹に送ってやろう。

 すると即行で返信が来た。

 

:姉 妹『ぐっど』

 

 実は君ら暇だろう。

 ともあれ、端末内の画像フォルダの散らかりようにどうしたものかと考えた。

 ……そういえばチャットにアルバム機能があったような?

 気になったので調べてみる。

 するとヒットした。どうやら文字枠(グループ)を新規で作成する際に、枠の種別として選択できるらしい。知らなかったわー。最近新しく作ってなかったもんな……。

 と、己の認識の甘さに反省しながらヘルプに従って文字枠を新成し、

 

「今からそっちに新しい部屋のリンク送るから、ちょっと飛べるか試してほしい」

「別にいいけど……、鍵は?」

「〝みぽりんはチョー最高!〟」

「あ?」

「じゃあ〝まぽりんはチョー最高!〟に変えるからちょい待ち」

「あの子が隊長に変わっただけじゃない! というかそういう事言ってんじゃなわよ……!」

 

 と言いつつもエリカが鍵を入力したのか、こちらの端末で開いていた文字枠に通知が来た。

 

――え免見様が入室されました。

 

「おお、成功成功。じゃあ今から画像上げるから、そっちで表示されるのと、端末に保存できるかどうかの確認もよろしく」

「ハイハイ。――ってコラァ! だからって何でまたさっきの写真なのよ!」

「――エリカのドジった写真は貴重だろ」

「あんたねえ……!?」

 

 まあまあ、と己はエリカを宥めつつ〝試し〟の結果について確認する。

 

「それでどうよ」

「……ええまあ、ちゃんと画像は表示されてるし、長押しで端末に取り込みもできる」

「ならオッケー。じゃあ次は右上の〝頁〟ってやつ押してみ」

 

 言うと、なるほど、とエリカが得心したように頷いた。

 

「アルバム機能ね。でも急にどうしたのよ」

「仕事向けというか、うちの連中向けに専用の写真部屋を作ろうかと思ってさ、ちょっと試作してみたワケ。あの人達、言っても画像を直接送ってくるからな……」

 

 馴染みの薄いクラウドフォルダへのアップを促すより、普段使いしているチャットでの機能なら彼女達も利用してくれるはず。まあ、画像を上げる際にタグ付けを忘れないよう周知させる必要はあるが、その辺りはアルバム作成のためとでも一言添えれば十分だろう。

 一応、予告として身内連中との文字枠へ近い内に専用の写真部屋を作る旨のテキストを張っておく。すると五秒で反応が現れて、

 

:一 同『任されましたあ……!』

 

 何も任せた覚えはないんだけどなあ。

 まさかアルバム作りのことではなかろうか。そうなのか、そっちがメインじゃないぞ……。

 

「エリカ、狙いと別の個所にやる気を出されたらどうすればいいと思う?」

「諦めればいいんじゃないの――」

「あ、ちょっと飽きてきたなお前……!」

 

 当然でしょう、とエリカは言う。

 

「あんたの仕事を手伝うために来たんじゃないもの」

「暇つぶしに付き合えと言ったのはエリカだろう」

「……微妙に否定し難いところつくな馬鹿」

 

 とエリカに軽く小突かれた。

 

「それよりもコレ、試作した部屋はどうするつもり?」

「黒森峰の子達でも誘ったら」

「私、この写真付きの部屋なんて残したくないんだけど」

「じゃあもったいないけど消すかなー」

 

 と口にしている最中に指が閃いて先程のリンクが隣室へと飛んだ。

 するとすぐに通知が表示されて、

 

――妹の方様が入室されました。

――姉の方様が入室されました。

 

「やっぱ暇だろ君ら」

「そんなことよりあんたねえ! 何てことしてくれてんのよ……!」

「せっかくエリカと作ったんだから、やっぱり消したくないなって。ごめんね?」

「許すと思ってんの!? あの二人が来ちゃったじゃない!」

「いやよく考えてみろって。参加したのは二人だけだぞ? ――西住ママンがいないだけマシだな!」

 

 エリカの手刀が落ちてきたので白刃取りの動きで防御。

 失敗した。

 ……ま、無理だよねー。知ってた。

 と感想する辺り自分もだいぶ余裕だな、と思うも、今は目の前のエリカだ。

 彼女の少し崩れた表情に、何となくの嫌な予感がしつつも、

 

「怒るなよ。エリカ」

「怒ってない!」

「じゃあ何が気に食わない」

「……あの子には、みほにはこんな格好悪(かっこわる)い姿を見られたくないのよ。それなのにあんたのせいで……」

 

 乙女かよこの子最高じゃん。などと言っている場合じゃなかった。

 ……やべえ、ちょっとマズった。

 否、かなりの失敗だ。

 このタイミングで、エリカが弱気を表に出してくるとは全くの予想外。

 ……やらかした――……。

 と気まずくなった空気の中、どうしたものかと視線をエリカから外す。

 すると新たに視線を向けた先。僅かなスペースを持った襖の隙間と、目が合った。

 

 

   ~~

 

 

「……ん?」

 

 見間違いか、と二度見の動きで確認する。

 するとまた襖の隙間と目が合った。しかし先ほどとは違う表情で、

 ……おいコラ。

 そう思うと同時だった。

 端末に、新しい言葉が表示されたのだ。  

 しょぼくれたエリカに怪しまれぬよう視線だけで画面を見れば、

 

:妹の方『わ、私はエリカさんのドジった姿も可愛いと思うよ!』

:姉の方『エリカ、お前、だからみほと合流する前に身だしなみを何度も整えていたのか』

:西住流『その気持ち、凄い解る……』

 

 おいエリカ、何かもの凄いところから同意が来てるぞ。

 違う、そうじゃない。

 ……話し合いが終わったなら言ってよ――。

 というか覗いてるくらいならさっさとこっちに入ってきてくれませんか。そして俺を助けてくださいお願いします。

 

:3 る『見てたならタスケテヨ』

:姉の方『そう言われてもな……。私達が覗き始めたのはついさっきだぞ?』

:3 る『どの辺り』

 

 聞くと襖の隙間で三段に並んだ瞳の内、上二つが目を合わせ、

 

:姉の方『〝別にいいけど……、鍵は?〟』

:西住流『〝みぽりんはチョー最高!〟』

:3 る『やっぱ暇だったな!? そうだな!?』

:妹の方『あ、あのね、褒めてくれるのは凄く嬉しいんだけどね? いきなりはびっくりしちゃうから、その』

:姉の方『照れたみほの画像、あるぞ。いるか?』

:3 る『――言わせんな恥ずかしい。当然だろう』

:妹の方『うわあああああああああああああああああ!!』

 

 恥ずかしいからやめてよう、とみほが照れを見せ始めた辺りで、みつるは空気が入れ替わったことに気が付いた。

 ……あ、今ので助けられてる。

 気分的に、だが、先ほどまで感じていた気まずさが薄れている。

 一息ついたと、そう表現すべきか。

 ……仕切り直しだ。

 そうとなれば話は早い。己は、エリカに対して言葉を作ろうとして、

 

:西住流『ところで聞きたいのだけど。いいかしら』

:3 る『……出鼻をへし折られたような気がするんですけどまあいいでしょう。それで、一体何ですかね?』

:西住流『ええ、さっきみつるから送られてきた文字のことを』

:姉の方『写真部屋へのリンクと鍵ですか。それがどうしました?』

:西住流『なるほど。この文字列はリンクというのね……』

:妹の方『お母さん……?』

:西住流『ええと、それでその、写真部屋というのはどうやって参加をすればいいの? 話に上がる画像を見てみたいわ』

:母以外『そこからか――……』

:西住流『な、何です! 何ですかその反応は! 仕方ないでしょう、母はこういうの苦手なんですから……!』

 

 苦手とかそういうレベルの話ではないような気がするのは俺だけか。まあ、普段から紙とペンのアナログ系で仕事している人には無理もないと思うが、

 ……むしろ今まで書類をアナログで捌いていた西住ママンのスペックを考えると、PCを扱えるようになったらもっと娘二人と接する時間が増えるのでは……?

 本気で考えてみる。が、それは今でなくても問題はないので先送り。とりあえず、

 ……今はエリカに目を向けるべきだ。

 そして襖の向うで、娘二人が説明に入ったのを察する。

 

:妹の方『こっちは任せて! とりあえず、みつるくんはエリカさんに謝ること!』

 

 

   ~~

 

 

 ……そうだよなあ。

 みつるとしては、みほの言葉に頷くしかない。

 まさにその通り。どうこう悩む前に口にするべきことだったのだ。

 (ゆえ)に己は言う。しょぼくれから立ち直りに入ったのか、いじけた顔を変えないままこちらをどうしてやろうかと視線を向けてくる彼女へ、

 

「なあ、エリカ」

「何よ」

「今のは全面的に俺が悪かった。申し訳ない」

「……久しぶりの再会だからって格好つけてたのに台無しじゃないの」

「本当にごめんな。気付かなかった」

「別に怒ったワケじゃないからいい。ただ一気に力が抜けただけだから」

「それでもな」

 

 本当にごめん、と頭を下げる。

 と、エリカはしばし考えて、なら、と言葉を作った。

 

「次の試合は、私達の一回戦よ」

「そうだな。負ける姿が想像できない」

「ええ、もちろん勝利するわ。圧倒的に、王者〝黒森峰〟として」

 

 だから、とエリカが続ける。

 

「試合が終わったら、あなた持ちで一食奢りなさい。うちの子達が全員参加する祝勝会、それで許してあげる」

「安い条件だな」

「――ハ、その程度ってことよ。解かったら反省、以後気を付ける!」

 

 肝に銘じておこう、とエリカの雰囲気が戻った事に、己は安堵する。

 ……一段落――……。

 思わぬ伏兵に油断を突かれたがまあ何とかなった。後は、隣室の三人がこっちの状況を察して合流するのを待つだけだが、

 ……声かけた方が早いか。

 そう思い端末を開いて三人への言葉を作った時だった。

 

――西住流様が入室されました。

 

 写真部屋からの通知が新しく表示されたのだ。

 

 

   ~~

 

 

「ねえ、ちょっと」 

 

 と、エリカも通知を確認したことをみつるは把握した。

 ……た、タイミング! タイミングだぞ西住ママン……! 伏兵の二段構えとは流石だな……!?

 何が流石なのか。西住流か……、と訳の解らない思考をお茶を飲む事でクールダウン。温いな。だが少しは落ち着いたので、

 

:3 る『西住ママン! ちょっと!』

:西住流『やったわみつる、リンクというものを理解したわ!』

:3 る『よかったですねえ!』 

 

 駄目だコレ。駄目だコレ、言葉の向うに笑みを含めたしたり顔の西住ママンを幻視したせいで文句が言えない。

 

:3 る『よかったですねえ……!』

:姉の方『二回言ったな』

:妹の方『何だか抗議の意思を感じる、よ?』

:姉の方『お母様の喜びように言いたくても言えない雰囲気だな』

:西住流『そ、そこまで喜んでいません……!』

:姉 妹『そうかナ――?』

:西住流『まほ! みほ! 何ですかその顔は……!』

:3 る『そんな事よりこっち合流してくれませんか! ねえ! 聞いて……!』

:え免見『聞いてあげるから言ってみなさいよ』

 

 は? とエリカの方を見る。すると彼女は笑顔のまま、いつの間にかこちらとの距離を間近まで縮めていて、

 ……あ。

 

:母姉妹『アチャア――……』

 

 正にその通りでどうしたものか。だが、

 

「待った!」

「何よ。聞いてあげるから、言ってみなさい」

「誤解なんだ」

 

 何がだよとか、浮気がバレた空気とか、そんな感想が浮かぶのはどうしてだろう。しかし、

 

「みつるくんの言う通りなんですエリカさん!」

 

 隣室との襖が開いてみほが合流した。

 

 

   ~~

 

 

 ……コレ余計に面倒になるような。

 そう直感したみつるは、可能な限り気配を薄めて観客に徹する事にした。

 

「……何が誤解って?」

「先に話を振ったのは私達なんです。みつるくんはただ、私達にエリカさんの素敵な写真を送ってくれただけなんです!」

「へえ」

「端末を見て緩んだ表情のエリカさん、私は可愛いと思うよ!」

「そう……」

「あと私のことを色々と気遣ってくれるのは凄く嬉しいし、どんな姿でもエリカさんはエリカさんだから、無理に格好つけなくても、私は格好悪いなんて思わないよ……!」

「……ふうん」

 

 それに、と続けようしたみほを、エリカが止めた。

 

「待って。何で私があなたの前で格好つけてるって知ってるワケ?」

「見てたから!」

「……は? 見てた?」

「うん、襖の隙間から。お母さんとお姉ちゃんも一緒に」

「な、急に嘘言ってんじゃないわよあんたは!?」

「嘘じゃないです! ずっと見てました!」

「はあ!?」

 

 とエリカがこちらを見たので反射的に顔を背ける。

 

「みつる! あんた知ってたわね!?」

「黙秘します」

「許可するかあ!」

 

 まあまあ、と己は手を前後に振る。

 

「落ち着け」

「無理に決まってんでしょ! みほに全部知られちゃったじゃないの!」

「あ、またみほって呼んでくれた」

「あなたはちょっと黙ってなさい! 解った!?」

 

 はーい、とみほが律儀にお口チャックの仕草をするので少し和んだ。

 

「仕方ないだろう、俺だって三人が覗いてるの知ったのついさっきだし」

「ならさっさと言いなさいよ」

「いや、……エリカに謝る方が先かなって思って」

「……馬鹿じゃないの」

「かもしれない」

 

 はあ、とエリカが息を吐いた。

 

「もういいわ」

「エリカさん、素直じゃないなあ」

 

 とのみほからの言葉にエリカが絡みに行った。

 ……助かったわ――……。

 二人のじゃれ合いというか、仲の良さを眺めながらしみじみそう思う。

 

「二人とも仲良しだなあ」

 

 つい漏らした言葉にみほが反応した。彼女は、もちろんだよ、と笑みを作り、

 

「だって私、エリカさんのこと大好きだもん」

 

 するとその言葉を聞いたエリカが固まった。

 ……耳まで赤くなってる……。

 いい反応だ素晴らしい。流れには乗るしかねえな、と心に従って己は言葉を作る。

 

「よかったなエリカ、みほが大好きだって。――俺もそんなお前が大好きだぜっ!」

 

 言った瞬間、ノーモーションのアイアンクロ―が飛んで来た。

 



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・「今」は最高の未来と幸いで

:こい恋『みぽりん遅いねー。心配になってきちゃった、大丈夫かなあ……』
:冷や水『そのセリフ何度目だ』
:いすゞ『久しぶりの再会だそうですから、積もる話もあるのでは?』
:こい恋『でもやっぱり心配だよー……。みぽりん大丈夫かなあ』
:戦車女『――あっ、この窓から西住殿達が居る離れ座敷が見えますよ!』
:他三人『ほほう』



「アイタタタタタ! 流石だなエリカ! お前、実は車長じゃなくて装填手だったりしないか!? というか別に俺嘘は言ってないんだけどなあ……!!」

 

 と彼を右手で掴むエリカの姿を見て、まほは思った。

 ……照れ隠しか。

 みつるとみほ、どちらの言葉に対してかは解らないが、随分と力の入れようが甘く見える。以前に見かけた練習終わりの光景と比べ反応が大人しいのがその証拠か。

 あの時は、周りの子らが何事かと目を向けるほどだったがすぐに「何だ眼帯か」と皆が持ち場へ戻った辺り後輩達には慣れた光景だったのだろう。その一体感、見事。

 ともあれ、この場としては間に入るべく、

 

「エリカ、その辺りにしておけ。みつるも悪気があったワケじゃない」

「ですが」

「いいじゃないか。みほもみつるも、エリカが好きなんだ。それが事実。――あ、もちろん私も、エリカのことは好きだよ」

 

 言うと彼女が動きを止めた。

 そして、その隙に抜け出したみつるがみほと並んで、

 

「これだから無自覚イケメンは……」

「うん、昔からバレンタインとかチョコの数すごいもんね……」

「エリカも大変だな」

「お姉ちゃん、ああいう事サラリと言っちゃうからね、流石だよ」

「みほがそれを言うか……。うーんこの姉妹、やっぱ姉妹だわ。ソックリ」

「ええと、有り難う、でいいのかな……?」

 

 えへへ、と妹から頬をかく仕草を引き出したみつるは相変わらず素晴らしい。お前達の仲の良さにちょっと嫉妬だぞ。私も参加したい。

 だが、再起動したエリカの視線がこちらとみほを行き来して、何か納得したような表情になる。そして、

 

「これが西住流か……!」

 

 その言葉にみつるが頷いているのはどうしてだろう。一体何に納得したのか。

 ……まあ、それは後で聞けばいい。

 とりあえず、と己は言葉を作る。

 

「すまないなエリカ、随分と待たせてしまった」

「……いえ、大丈夫です。ちょうどいい話し相手もいましたから」

「そうか。なら遅くなってしまったが、次はエリカの番だな」

「あ、私は大丈夫です。この場で話すことはないですからお気を遣わず」

「そのために来たんじゃないのか?」

「ええまあ、そうですが」

 

 でも、とエリカが続ける。彼女はみほを見て、

 

「今更、面と向かって話すような仲でもありませんから」

「エリカさん……」

「この子との話なんて、食事のついでに聞くくらいがちょうどいいんです。……その方が肩肘張る必要もなくて気楽ですから」

「エリカさん……!」

「――ええい! 抱き着くな、顔をうずめるな、私の服の襟で遊ぶなあ……!」

 

 と妹の絡みに否やを吐きつつも、本気で振り払おうとしないエリカは相変わらずだ。

 ……黒森峰に居たころと変わらないな。

 じゃれ合う妹達の姿に、そう思ってしまうのは感傷だろうか。それとも、かつての光景に今の二人の姿を重ねているだけか。

 解らない。

 だが、みほが黒森峰を去ってから、日々の生活や練習中にふと物足りなさを感じるのは事実。その感覚は寂しさと言い換えてもよくて。しかし、

 ……悲しみを感じないのであれば、それはきっと未練や後悔ではない。

 ならばなんだろう、と己は考え、

 

「ああ、そうか」

 

 何となくだが、答えが見えたような気がする。

 みほとエリカは、以前と変わらず仲の良い様子で。

 みつるは、そんな二人の姿を嬉しそうに見守っていて。

 母は、表情に出てはいないもののどこか楽しそうな雰囲気で。

 そんな空間で己はきっと、

 

「今が幸いだと、そう感じているんだ」

 

 理解してしまえば簡単なことだと思う。

 去年の一件だ。

 黒森峰が十連覇を逃す原因となった事故、アレが一種の起点となっているのは間違いない。

 正直、感情としては複雑だ。あの一件でみほは黒森峰を去る事になったのだから。

 しかしあれ以来、〝黒森峰戦車道〟の環境が大きく変わったのは確かで、今の黒森峰は当時と比べるべくもないほど明るい。過程がどうであれ、結果だけを見れば良い方向へ進んでいて、

 ……今のこの幸いも、いずれは思い出として次の幸いに繋がっていくのか。

 全く、と己は自分にだけ聞こえる程度に声を出す。

 

「みほが戦車道を止めないでくれて、本当に良かったなあ」

 

 ここに来て、一気に実感した。

 みほの笑顔。あの子が戦車を嫌いならず、かつてよりも楽しそうにしている姿はある意味での理想形で、

 ……いかん、幸いが過ぎて目頭が熱くなってきた……!

 だが姉としての矜持がとか、でも仕方ないじゃないかとか、誰に向けたわけでもない言い訳をしているとポケットに入れていた端末が震えた。

 一体誰だ、と画面の表示を見れば、それは妹達のじゃれ合いを嬉しそうに眺めていた彼からで、

 

:3 る『ハンカチなら持ってるぞ』

:姉の方『――馬鹿者、それくらい持ち歩いている。私がこの場で泣くと思ったか』

:3 る『今なら誰も見てないな』

:姉の方『……みつるが見てるじゃないか』

:3 る『じゃあ忘れる。――ハイ、忘れたあ……!』

 

 なんだそれは、と呆れが真っ先にやって来るのは、多少なりとも上がっていた気分が落ち着いたからだろうか。

 だが、この一言は必要だろう。

 

姉の方『有り難う、みつる』

 

 送った言葉に返答は無い。しかし、彼へ伝わったのは間違いないようで、

 ……さっきよりも口角が上がってるぞ、馬鹿者が。

 お前がそういう反応だとこっちまで嬉しくなるだろう。私まで口元が緩みそうだ。なに大丈夫だって? そうか、お前忘れてないじゃないか……。

 と、視線で抗議すると彼が誤魔化すように顔を部屋の外へ向けた。

 すると彼の動きが一瞬止まって、しかしすぐに己も見るよう促しを受ける。

 ……どうした?

 つられて見た先。祝勝会の会場となっている母屋の二階、その窓から、妹の友人達が顔を覗かせていたのだ。

 

 

   ~~

 

 

 随分と妹は好かれているな、とまほはこちらを伺う大洗女子の生徒達から、妹の人徳を知った。

 ……昔は友達が少ないと悩んでいたのになあ。

 黒森峰でしょんぼりしていた姿は何だったのか。まあ、アレはアレで庇護欲を刺激されて心地よかったし、みほが去ってから判明した事実ではあるのだが、

 

「私達、黒森峰の戦車道履修者にとって隊長やみほさんは特別で、憧れなんです。だからみんな本人を前にすると緊張してしまって……。今更ながらに思うんです、もっと勇気を出して話しかけておけばよかったなって」

 

 現パンターの車長曰くそういう事らしい。みほが大洗へ転校すると知った時の落ち込みようが心配になるほどだったのには納得だ。

 ……とはいえ、本人には恥ずかしいから黙っていてほしいと言う。

 全くうちの子達は……、と苦笑が込み上げてくるのは、いずれ当人達が自ら伝えることを期待しているのだろう。

 己は、そんな機会が早くやって来ることを望みつつ、

 

「みほ。エリカとじゃれ合うのはその辺りにしたらどうだ? これ以上、お友達を待たせるのは悪いだろう」

 

 言うと、あっ、と気付いたように妹が立ち上がった。

 

「忘れてなかったけど気にしてなかった……!」

「やったじゃんエリカ、それほどお前に夢中だって」

「――しつっこいのよ! はっ倒す!」

 

 と、エリカが彼を部屋の隅に追い込んでいくのを横に見ていると、そうね、と同意の言葉が別の方向から飛んで来た。

 母だ。

 その言葉に、己と妹は視線を向け、 

 

「みほ。貴女は先に戻ってお友達を安心させてあげなさい」

「でも……」

「何か心配?」

「お母さん達、こっそり黙って帰ったりしない?」

「……ええ、帰ったりしません」

 

 今の間は一体……、と横からエリカの掴みを防御している彼の声が聞こえたのは気のせいではないだろう。だが、

 ……何故、お母様はみほを先に?

 ふとそんな疑問が浮かんだ。

 単に妹の友人へ配慮した言葉かもしれない。

 もしかしたら、みほに聞かせたくない話があるのかもしれない。

 どうだろう。何となく、母の雰囲気から後者のような気もするが、

 ……まあどちらにせよ悩まずともすぐに解かる事だ。

 ならば今は、妹の不安を取り除くことを優先として、

 

「心配しないで、みほ。私達は帰ったりしない。ちゃんと顔を出しに行くさ」

「ほんとう?」

「もちろん。友達を紹介してくれるんだろう?」

「――うん!」

 

 そして、

 

「エリカ」

 

 呼ぶと彼女がこちらを見た。

 その向う。エリカにマウントを取られまいとする彼が、視線で助けを求めてくるが安心してほしい。私とお前の仲じゃないか、この場は任せてくれ。お母様から何かあるみたいだからな、と頷きを返して、

 

「すまないが、みほと一緒に戻ってやってくれないか?」

「構いませんけど、……隊長達は?」

「私達はまだ少し話したい事があってな。そう遅くはならない」

「……そうですか。いえ、解りました。お先に失礼します」

「ああ、私達もすぐに行くよ」

 

 はい、とエリカがみほと共に部屋を出ていく。

 自分はそんな二人を見送り、さて、と母へ身体を向けた。

 

「お母様」

「ええ、有り難う御座います。彼女がいては些か話しにくい内容でしたので」

 

 やはりか、とまほは思う。

 

「……みほに関する事でしょうか」

(あた)らずと(いえど)も遠からず、と言ったところです」

「では一体?」 

「その前に、もう少しこちらへ寄りなさい。あまり大きな声で話すような事でもありませんから」

 

 それと、と母が視線を動かした。

 自分も同じ方を見てみる。

 すると彼が音を立てぬよう、這うように部屋を出ていこうとしていて、

 ……おい。

 

「みつる、何処に行くつもりだ」

「いや何だか込み入ったお話になりそうなので部外者は退散しようかと……」

「今更なにを……。お前が部外者なら私はどうなる」

「姉だろう」

 

 それもそうか……、と納得しかけて危ない危ない。向こうで母が「なら私は母親ね……」とか言っているが無視という扱いで大丈夫だろうか。

 ……まあ大丈夫大丈夫。何か反応を求められたらみつるに全て投げればいい。

 と、そんな思考をしていると、はあ、とみつるが息を吐いて身体を起こし、母の方を見て、

 

「女将さんへの挨拶も終わってるんで帰りたいんですけど」

「許しません。あなたにも聞いてもらいたいのです。……いえ、むしろあなたに聞きたい、と言うのが正しいでしょうか」

「お母様……?」

「大丈夫です、まほ。母は先の話し合いで既に覚悟を決めています」

 

 穏やかじゃないな、とみつるが呟いたのを己は聞いた。

 ……確かにお母様がそこまで言うのは珍しい。

 覚悟と、それだけの物言いをするのだ。当人は濁していたが、みほに関する話題なのは間違いない。みつるも、きっとその事に気付いている。

 ……一体、どのような話なのか。

 自分は内容に予想を立てられない。だが、彼の方は思い当たるふしがあるのか、何やら難しい表情に変わっている。 

 その事に若干の仲間外れを感じつつも、己は母の言葉を待つ。そして、

 

「いいですか? まほ、みつる」

 

 母が言葉を作る。

 視線はやや伏せて、手指は落ち着きがなく。どこか恥ずかしそうな、それでいてソワソワした雰囲気を感じられて、

 ……あれ?

 と、みつるも同じように思ったのか首を傾げている。

 自分達が思っていた空気と違うのだ。

 どういう事だろうかと、恐らく揃って疑問が浮かんだタイミングだった。

 母が言った。

 

「――ええと、その、これからあの子のお友達と会うのだけれど、母親としてならどう挨拶すればいいのかしら……?」

 

 みつるがもの凄く面倒臭そうな顔をしたが、うちの母を相手にそんな反応が出来るのはお前だけだと思うぞ。

 



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・キミと、一緒がいちばん――

 離れ座敷から祝勝会の現場である二階の大部屋へは、厨房前の廊下を進んで奧の階段を上がるのが近道らしい。というのも、母屋へ戻ってすぐに顔を合わせた着物姿の女性が、

 

「ああ! 離れに入っていらしたお客様ですね! 今の時間帯、夕食時というのもあって人が増えてまして、こちらからの方がスムーズにお二階へ上がれますよ! え、関係者以外立ち入り禁止? ハハハ大丈夫ですよ、私関係者ですから!」

 

 との事で案内を任せて後ろを歩いているのだが、

 ……うわあ、盛りあがってるね……!

 階段を半ば上った辺りで聞こえ始めた騒がしさに、みほはそう思った。

 一番よく通っているのは一年生達の声だろうか。元気がいい。ただ、走り回っているような騒がしさというよりも、

 

「単に笑い声が大きいというか、声のキーが高いのか……。ああいうのを賑やかって言うのかしらね、うちとは大違いだわ」

「黒森峰だと勝利して当然って空気だったから、祝勝会を開いてもあまり騒いだりしないもんね。……エリカさん、こういう騒がしいの苦手だっけ」

 

 と己は少し後ろに位置する元同僚を見やる。だが、彼女は気にした様子もなく、

 

「別にそういうワケじゃない。ただ単に、理由もなく騒々しくする奴らが嫌いなだけ。あなた達にはあるでしょ? 騒ぐだけの理由が」

「でも、お店の人に迷惑じゃないかなあ。他のお客さんとか」

「それはまあ、……流石に限度はあるでしょ」

「そうだよねー……」

 

 注意した方が、でもどうやって、お姉ちゃん風……? と何となく失敗するようなイメージを思い描いていると、前を行く着物姿が、あら、と声を漏らした。

 

「そのような事はお気になさらずとも大丈夫ですよ? ご予約の際に騒いでしまうかもと伺っておりますし、その辺りも考慮して、用意させて頂いた大部屋の下は従業員用のスペースとなっていますから」

 

 それに何より、と彼女が言う。

 

「めでたき事柄への喜びを我慢する必要が、どこにありましょう。その程度で文句を言うような輩はこの店にはおりませんから、存分にお騒ぎになられるとよろしい。

 あ、でも襖や障子などには気を付けて頂けると幸いです。アレ、破ったりするとお客様へ修繕費を回さないといけませんから」

「――もしそういう事になったら全部みつるに投げちゃいないさい。大丈夫、あいつなら笑って許してくれる」

「そ、そうかな……?」

 

 などと話しているうちに祝勝会の開かれている大部屋の前にやってきた。

 そして、ちょうど空いた皿を下げて出てきた仲居達がこちらを見て、

 

「あ、女将! 大好きな先輩の息子さんが挨拶に来るからって、気合入れた格好して出迎えに行った女将じゃないですか!」

「挨拶終えて仕事に戻るかと思ったら大好きな先輩に電話かけて、満面の笑みで長電話決め込んでたのにやっと終わって戻って来たんですね!」

「乙女ですか! 片思いですか! 憧れですか! 厨房連中が泣きますよ! というか女将の先輩って女性ですよね!? つまりそういう事なんですね……!!」

 

 女将が袖を抑えて右手を挙げる間に、わあ、と仲居達が一階に降りていく。慌てたような動きでも重ねた食器類から音が立たないのは流石の身のこなし。

 ……一流の料亭って凄いんだね。

 何だか感想としては間違っているような気もする。と、そんな事を思いつつ、役目は終えたと仕事に戻っていく女将に会釈を返していると室内から声が来た。

 

「やあやあ西住ちゃん、お帰りー。みんな待ってるよー?」

 

 あ、と反応を口に出す前に奥から続けて声が来る。

 

「遅いぞ西住! 主役が不在でどうする……!」

「まあまあ桃ちゃん、そう言わないの。西住さんだって御家族との大切なお話があったんだから」

「だけど柚子、って、桃ちゃん言うな――ッ!!」

 

 そして、

 

「みぽりん帰って来た!」

「え、西住先輩!?」 

「我らが隊長!」

「お帰りなさい――」

 

 と、顔を出してくるチームの面々に、己は今の感情を自覚する。

 ……あ、何だか解らないけどすごく嬉しい……!

 得も言われぬ不思議な気持ちが溢れてくる。駄目だ、ゆっくりとだけど口元が緩んでいくのが止められない。

 ……うわあ、うわあ……!

 今日は言葉にならない出来事が多い。だが、今はそんな事を気にしている暇はなく、

 

「西住殿! お隣! お隣の人物はもしかしてというかもしかしなくても――ッ!!」

 

 優花里さんが友人を見てテンション上がっているのでこれ以上の御預けは申し訳ないな、と思いました。

 ……話し合いが長引いて、合流が遅くなっちゃったもんね。

 なのでまずは、言うべき言葉を口にする。

 皆さん、と己は前に置いて、

 

「西住・みほ、ただいま戻りました! あ、こちら黒森峰の副隊長で、私の大切なお友達の逸見・エリカさんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね……!」

 

 すると彼女から半目を向けられながら頬を左右に伸ばされたが、一体何が気に障ったのだろう。

 いふぁいよえりはさん。

 

 

   ~~

 

 

「さて、じゃあ、西住ちゃんも戻って来た事だし、改めて乾杯いっとこう! あ、黒森峰の副隊長も歓迎ってことで、そっちにも。――かんぱーい!」

 

 いえー、と大洗の生徒会長に続く周りに合わせて、エリカは柑橘炭酸の入ったグラスを上げた。

 自分の座り位置としては窓側。みほの同車メンバーが確保していた中腹席で、彼女達と共に座っているのだが、

 ……あー、こういう雰囲気って、黒森峰にはないから新鮮ね――。

 グラスに口を付ける。一気にではないが、それなりの量を喉奥へと流して炭酸の刺激を久々に感じつつ、

 

「――随分と愉快なメンバーだわ」

 

 と、自分はみほに紹介された、彼女の同車メンバーを見た。

 武部・沙織。

 五十鈴・華。

 秋山・優花里。

 冷泉・麻子。

 そして、人数も多いことから簡単な挨拶だけで済ませたものの、顔を合わせた他の大洗戦車道チームの面々に対して、己としては思うところがある。

 ……自由だわ。

 誰とは言わない。まだ全員の顔と名前が一致している訳でもないし、そもそも他校の生徒が口を出すような事でもなく。

 校風か、と納得はした。しかし理解は追いつかない。

 ……コスプレ会場か……!

 初見で声に出しそうになった自分は間違っていないと思う。だが、そんな彼女達がサンダースを下して二回戦へ進んだのは事実で、

 

「今頃、各校の情報担当系は大騒ぎね」

 

 大洗女子は今日の勝利まで無名だったのだ。番狂わせと、そう騒ぐのも無理はないが、

 ……グロリアーナやプラウダ辺りは、確実に予想していたはず。もしかしたらサンダースも同様で、事前にみほのことを掴んでいたのかもしれない。

 であればこその、あの試合過程だったのだろうか。

 否、試合後のみほやサンダース側の様子を思い返すにどうも一部、というより一人が独断で行っていたようだが、しかし観戦していた側としては、

 

「うちのみほがあの程度の灰色行為で負けるわけがない」

 

 我らが隊長の言葉には全力で頷く所存だが、試合開始から早々〝仕込み〟に気付いた貴女が心配で落ち着きが無かったのを知っていて自分はどうしたものだろうか。

 ともあれ、大洗女子にとってはこれからが本番だ。

 一応、自分は黒森峰の副隊長でもあるし、彼女達の隊長とはそれなりの付き合いでもある。故に何かしら質問というか、アドバイスのようなものを求められるかもと、そう思っていたのだが、

 

「見てください五十鈴殿! こちら海老の天ぷらを小鍋に差し込むとまるで戦車のように……!」

「まあ! だったら山菜の天ぷらを挿したらお花風になりますね……!?」

 

 ホントこの子達は一体何をしているのだろうか。

 

 

   ~~

 

 

「……本当に、素敵なメンバーね。みほ」

「えへへ、有り難う」

 

 いや褒めた訳じゃないんだけど、とエリカは思っても口にしなかった。

 ……まあ、みほがそう思ってるならそれでいいか。

 などと感想し始める辺りに彼女への甘さを自覚するが、そこは久々の再会からの延長ということで許容する。

 とはいえ彼女には、聞いておきたい事もあり、

 

「次の二回戦、どうなのよ」

「うーん、まだ対戦相手も決まってないから、何とも言えないかなあ」

「マジノかアンツィオだったかしら」

 

 うん、とみほが頷いた。

 

「どっちが相手でも負けたくないし、負けるつもりはないよ。……それにもし勝ち上がってきたのがマジノ女学院だったら、前に練習試合でハマっちゃったから対策も考えてある」

「ソレ、みつるから聞いた」

「あはは……、お恥ずかしながら油断して負けるところでした」

「黒森峰での経験を信じすぎたんでしょう。あのチーム、隊長が変わって戦車の動かし方も変化したらしいし」

 

 確か、今の隊長(トップ)はエクレールと言ったか。抽選会で見かけた姿には胃痛でも抱えていそうな印象を持ったが、

 ……一回戦の相手がアンツィオって、何というか、運がいいのか悪いのか解らない連中ねえ。

 アンツィオ高校の戦車道チームは、ある意味では強い。黒森峰としても状況如何によっては苦手とするタイプだろう。

 ノリと勢いとパスタ。ただそれだけ。たったそれだけの事であのチームには手間がかかるのだ。

 さらに言えばアンツィオの隊長は優秀の部類でもあるし、事前にみほの存在を把握して対策を練っている可能性だって大アリで、

 

「あ、速報だよみぽりん! 次の対戦相手について公式発表あった!」

 

 と、端末を手に声を上げたのはみほのところの通信手だった。

 そして彼女の言葉に周りが静まり、注目するような形になって、

 

「え、なに? 何なの!? 私、何か変な事言った!?」

「いいから次の対戦相手がどこか言え。沙織」

「うわあ、麻子が酷いよみぽりん……!」

 

 あー、大丈夫ですよー、とみほが宥めに入る。

 

「それで沙織さん? 次の相手って……」

「えっと、ちょっと待ってね? あ、あん、あんつ、あんち、あん、あん」

「アンコウ」

「――そうアンコウ高校! じゃないんだけど! もう発音難しいんだから邪魔しないでよ……! 麻子はアイスでも食べてなさい!」

 

 ハイハイ、と眠そうな操縦手が別の席に料理を運んできた仲居に注文を付けに行った。

 だがみほは先ほどのやり取りから二回戦の相手を察したようで、

 

「次、アンツィオになりました」

「アー、調子に乗られると面倒ね――」

 

 彼女の通信手が「みぽりん発音上手だね!」とか言っているが任された役割的にそれでいいのだろうか。

 まあ何であれ、

 

「アンツィオが勝ったって事は、今頃お祭り騒ぎでしょうね……」

「何で?」

「……そういえばあなたが副隊長だった頃って、アンツィオとの練習試合はなかったかしら」

「うん。継続高校とかは覚えてるけどアンツィオは今度の試合が初見。あ、でも先輩達が練習試合をしてるのは見た事あるような……?」

 

 どうだったかなあ、とみほの思い出そうとする姿を見て、エリカは思った。

 ……そうよね、私は〝西住・みほのいない黒森峰〟を知っているのよね。

 今更何を、と自身に呆れを感じるが、現状を事実として受け入れたのは今この時かもしれない。それまではきっと、どこか心の片隅でこう考えていたのだ。

 ……私が副隊長をやっているのは、いつかみほが帰って来るまでの代理よ、って。

 改めて、思った。

 ……うあー、救いようがない……!

 この場で、この考えに至ってしまったのにはかなり来るものがある。

 私は馬鹿だ。みほの後任として副隊長をやっているのは、他ならぬ彼女からの指名であり、加えてチームメイトからの推薦もあった結果だというのに。

 隊長だって私の実力を認めてくれている。だからこそ、と素直に受け入れられてなかった自分がほとほと馬鹿らしい。

 ……今日はよく気分が落ちる日ね……。

 始まりとしては離れ座敷でのみつるからか。そうか……、アイツか……、と妙な感情が芽生えてきたのでちょっと柑橘炭酸に口を付けてクールダウン。

 炭酸抜けてきたな、と飲み干したグラスに新しくドリンクを注ごうとした時だった。

 

「ハイ、エリカさん」

 

 と、みほがこちらのグラスに合わせるように、柑橘炭酸の入った瓶を傾けた。

 

「……ありがと」

「どういたしまして――」

 

 そう言った彼女は、どこか嬉しそうだ。

 何よ、と口を尖らせて問えば、

 

「こうしてエリカさんと一緒にご飯食べるの、久しぶりだなあ、って思って」

 

 それに、

 

「……黒森峰では当たり前だった事が、またこうやって出来たんだもん。嬉しくて、こう、その、あれ、……嬉しいもん!」

 

 瞬間的に端末へ伸びた右手を左手で掴んだ自分をよくやったと褒めてやりたい。

 ……空気を壊すな私の右手――ッ!!

 この場にみつるが居ない事が悔やまれる。アイツなら撮っていた。絶対に。後から共有できたのに……! 

 だが、今の状況でこの思考はマズい。切り替えねば、とみほに気取られない程度で頭を振って、

 

「みほ」

 

 呼ぶと、何? と変わらぬ笑顔を向けてくれる彼女に、己は言ってやる。

 色々あったが、以前と同じように接してくれる友人へ。本心からの言葉として、

 

「――あなたが戦車道を続けてくれて、本当に良かったわ」

 

 あ、と聞こえた声は、果たしてみほのものだろうか。

 解らない。だけど、

 ……もう、そんな顔するんじゃないわよ。

 祝いの場であなたにその表情は似合わない。みほには笑顔が一番なんだから。

 

「まったく」

 

 己は苦笑して、彼女の頬を拭う。

 くすぐったそうにする仕草は、あの頃と変わらない。

 だがみほは拒む事をせず、

 

「くすぐったいよう……」

「泣くよりはマシでしょう」

「泣いてないもん」

「そうかしら」

 

 もう、とみほがちょっと不機嫌な顔になる。しかしそれも一瞬の事で、

 

「有り難う。エリカさん!」

 

 ……うあああああ――。

 その一言にやられた。

 だから自分は、誤魔化すために話題の入れ替えとして、

 

「そういえば話が逸れたけど、アンツィオがお祭り騒ぎの理由ね」

 

 我ながら苦しいな、と思いながらも言う。

 しかし全ては伝えず、もったいぶるように、

 

「それはあなた達が試合に勝って、実際にその目で確かめなさい。――絶対にその方が驚くから」

 

 だから、

 

「負けたら承知しないわよ。みほ」

 

 それと周りの大洗女子戦車道チーム。静かだと思ったら、何なのよそのにやついた顔は! 見てんじゃないわよ……!

 



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・友人の身内は話の種

 ……おお、私達の知らないみぽりんの顔が出てくる出てくる!

 西住・みほと逸見・エリカが、楽しそうに話している。そんな二人の姿に、特に我らが隊長の話し相手に対して沙織はちょっと嫉妬した。

 相手は黒森峰の副隊長でみほの旧知でもあり、話が盛り上がっているのは当然と言えば当然なのだが、

 

:こい恋『疎外感がすごいよー……』

:戦車女『完全にお二人だけの世界に入ってますね!』

:冷や水『傍から見たら横で沙織が一人寂しく揚げ棒芋を摘んでる姿が痛々しいな』

:いすゞ『まるでファストフード店で食事をしていたら周りをカップルに囲まれたフリー女性のようですね』

:こい恋『棘だらけだよ華! フリーは今だけなの! いつか絶対に囲む側になるんだから……!』

:戦車女『というかやけに具体的な例ですけど、五十鈴殿の実体験でしょうか』

:こい恋『そ、そうだよ! 華は周りとか気にせずバーガー頬張ってる姿しか想像できないんだけど……!』

:いすゞ『いえ(わたくし)ではなく、前に見かけた窓際の席に座っていた方のことで。……そういえばあの方、どことなく沙織さんに似ていらしたような?』

:冷や水『沙織、お前……』

:こい恋『違うよ!? というか私、最近バーガー食べに行ってないし! あっ、何だか言ってたら食べたくなってきた! バーガー!』

:いすゞ『今日の対戦相手はサンダースでしたものね』

:戦車女『あ、仲居の方に確認してみたんですが、バーガー風で構わないのであれば特別に作ってくれるそうですよ!』

:いすゞ『まあ!』

:通 操『反応が早い……!』

 

 だが自分も華に続いて、中身とする具材を選んで注文表を持った仲居へと伝える。え、パンじゃなくて焼いて固めたごはんでも挟める? じゃあそっちで納豆のかき揚を、などとやっていたらふと気が付いた。

 ……あれ? 心なしか皆の座る位置が離れてない……?

 みほの合流後からと比較して、途中でアイスの注文に動いた麻子はともかくとしても他二人の位置が若干遠い。カバさんチーム寄りというかそんな感じの距離で、

 

:こい恋『私だけ置いてけぼりじゃん! 何で皆離れてるの!? 麻子も戻ってきなさいよ!』

 

 すると彼女達が言葉を揃えて、こう言った。

 

:装操狙『だってオアツゥ――イ――』

:こい恋『手で扇がないでよ! こっちまでアツくなるじゃんもう……!』

 

 今の一瞬で空気の温度が上がったと感じたのはきっと気のせい。とはいえ、自分達の世界観を広げ始めた二人を横に居座ったままは落ち着かず、

 ……アー、誰か座布団ごと運んでくれないかな――。 

 

:冷や水『無理だろう』

:こい恋『私が重いって言いたいの!? というか私、今の声に出てた!?』

:冷や水『顔に書いてあったぞ。あと私は単に〝人が座ったままの座布団〟を運べるような力持ちはこの場にいない、という意味合いで言ったんだがな』

:いすゞ『つまり自覚はあったのですね』

:こい恋『華――!!』

:戦車女『と、とりあえず武部殿も私達の方へ合流してはどうでしょうか! ね!? ではそういう事で、今からこっち、卓のスペース空けますから……!』

 

 

  ~~

 

 

「まったくもう……」

 

 と沙織は息を吐く。

 優花里が空けたスペースに相棒の揚げ棒芋が盛られた皿と共に移動して、

 

「みぽりんが逸見さんとの話に夢中で相手をしてくれません! ――ハイ麻子さん、どうしたらいいでしょうか!」

「いつもみたく話に入っていけばいいだろう」

「……流石にあの世界に入って行く勇気は有りません」

「まあお相手があの逸見殿ですからね、無理もありませんよ。西住殿が大洗に来てからは疎遠になっていたと聞きましたし」

 

 それに、と優花里が揚げ棒芋を摘んで言う。

 

「同じく疎遠だった西住流家元やお姉さんも来ているそうなので、私達が入り込む隙は無いかもしれませんね」

「みぽりんのお母さんとお姉さんかー、どんな人だろうーねー」

 

 自分の想像力では聞いた話を基にした〝友人の怖い身内〟というレベル。だが嬉々として彼女達の説明を始めた装填手曰く、二人がどれだけ凄いかと言えば、

 

「ティーガーとマウスの編隊相手に単騎で勝ち抜くレベルですよ!」

 

 御免、その例えがイマイチ伝わらない。

 勉強不足かなー、と己は通信手としてのやることリストに戦車について調べるよう追記しつつ、

 ……でもやっぱり、みぽりんの家族って凄い人なんだねー。

 それだけは説明者のテンションで理解できる。加えて、以前に特別講師としてやって来た女性自衛官の反応を思い返しても納得だ。しかし、

 

「……大丈夫かなあ」

「何がです?」

「んー、華なら解るかもだけど、みぽりんの家がそういう〝家〟なら、私達の戦車の乗り方って、怒られたりしないかなあ、って」

「……そうですね。それは確かに」

 

 と華が食事の手を止めた。彼女は数瞬考えるそぶりを見せ、

 

「もしそうなってしまったら、私達がみほさんの代わりにお叱りを受けましょう。あの方が戦車に乗っているのは、私達が理由でもありますから」

 

 聞いて、沙織は一瞬固まった。

 

「……華って、たまに凄く男らしいよね」

「そうでしょうか」

「うん、何というか性別が違ったら一撃だったんじゃないかって領域」

 

 そうですか、そうなんです、とやり取りが続く辺り華ってば自覚して無いなあ。

 ただ、彼女の言う通りではあるので、

 

「もしみぽりんが怒られるようなら、私達が代わりに怒られよう! 怖いけど!」

「西住さんの家族が怖いのは確定か」

「だって! ゆかりんが!」

「私のせいですか!? 私はただ西住流のお二方について説明しただけで」

「あ、お母さんとお姉ちゃんは優花里さんが言うほど怖くはないよ? ただ表情に出すのが苦手っていうか」

 

 と、いきなり横から声がした。

 華と麻子が揚げ棒芋にマヨソースを付けながら振り向いた先。スペースの空いた自分の隣に姿がある。

 何故か柑橘と葡萄の炭酸が入った瓶を両手に持っているのは、

 

「みぽりんだ……!?」

 

 

   ~~

 

 

 うわあ、と通信手が座りながらもよろけて狙撃手に抱き着いたのをエリカは見た。

 ……何だか既視感が凄いわ……。

 再度当事者にならなくて良かったと心底そう思う。だがやられた方はかなりの不意打ちだったようで、

 

「みぽりんってばいつからそこに居たのよ!?」

 

 との問いに、みほが両の手で揚げ棒芋をエア摘みして、こう返した。

 

「〝もしみぽりんが怒られるようなら、私達が代わりに怒られよう! 怖いけど!〟」

「待って! 私そんなポーズ決めてないわよ!?」

「いやしてただろう。こう、両手に一本ずつ持って」

「してましたね」

「ええ、まるで二刀流のように」

 

 と、今の言葉が琴線に触れたらしい一部が盛り上がりを見せたが賑やかなのはいい事だと思う。

 だが通信手の問いに対してみほの返しは間違っておらず、何を思ったのか炭酸飲料入りの瓶を二本両手に持って近づいたのは実際にそのタイミングだった。

 しかし、

 ……話の内容はもっと前から聞こえてたのよね。

 何故かと言えば単純に彼女達の声が小さくなかった事。特に西住流家元や、隊長に関する説明が始まった辺りから声のボリュームが上がっていたのだ。

 そしてさらには、それらを耳にしたみほが、

 

「優花里さん惜しい! 私の中等部の入学式でお母さんが真顔だったのは直前に駄菓子の酸っぱいヤツを引き当てたからで、それを表情に出さないよう我慢を――」

 

 一体どこが惜しいのかとか諸々含めて説明して頂きたいものだ。というかその駄菓子どっから出てきたのよ……?

 

「ああうん! みつるくんが!」

「アイツだったか――」 

 

 などいうやり取りの末に今の現状へと至っている。

 まあ何であれ、状況としてはみほが大洗女子の友人達へ合流して己は手すきとなってしまったわけだが、

 ……何だろう。自分以外の友人と話しているみほ見てると、こう……。

 アー、みっともない嫉妬心……! と適当に結論付けてその辺りに放り捨てておく。

 そして、ここからは一人で食事の時間だろうかと、そんな気持ちに切り替えながらも卓に並んだ料理を皿に取り分けていると、

 

「あ、エリカさん! 追加で小鍋物を頼みますけどエリカさんは何にしますか! この〝煮込まれハンバーグのチーズ落とし〟ですか……!?」

「……そうね。じゃあそれを頂こうかしら」

 

 どうやら一人の時間は貰えないらしい。が、他校生徒の中で一人ポツンと料理に箸を伸ばすよりはマシか。とりあえず皿に取るサラダの量を増量して、そしてみほ達の輪へと移動。

 お邪魔します、と軽く会釈をすれば、みほの友人達は手の平を見せて迎えてくれる。

 初対面でもあるし、再度の挨拶としてはこの辺りが妥当で、いわゆる友人の友人は他人という言葉を実感だ。これはつまり、

 ……みほが居ないと話にならないわね。主に私が。

 状況的には完全アウェーでどうしたものだろう。こういった他校の生徒と交流する場においての話し合いでは、互いの学園艦における特徴や日常生活での違いを話題の種とするのが定番であり、中でも戦車道履修者ならば、

 

「最近は照準と砲弾の飛びがイマイチでさー」

「花粉症の季節だもんねえ」

 

 と、そんな感じでとりあえずの話題が上がって「なら一丁、練習戦でもやっか!」となるまでが一種のパターン。しかし、

 ……大洗って、初心者集団なのよねー……。

 パターン云々以前の問題だ。まず、共有できるような戦車に関する話題が少ない。恐らく通じるのは、車種や集団での動き方といった基礎知識的なところ。

 若干一名においては気にせず会話ができそうな気配はあるが、それはそれで周りを無視しているようなので却下だ。

 ……うわ、私って自分で思ってる以上に人付き合いが苦手――。

 このままではみほが注文を終えるまで無言の時間が続いてマズいような気もするが別にそれでもいいのではなかろうか。

 ……そうよね。

 無理にこちらから話を振る必要はないもの。ここは大人しく取ってきたサラダを食しながらみほが戻るのを待てばいい。極論、口に食べ物を入れておけば人は話しかけ難いのも事実で、まずは様子見として根野菜の細切れからいくかと箸を手にし、

 

「あ」

 

 と聞こえた声は確か通信手のものだったか。彼女はこちらを手招きして、

 ……何かしら。

 思い近寄れば通信手は言う。やや小さく落とした声で、

 

「逸見さんに質問! ――みぽりんの御家族は怖い方ですか!?」

 

 まだそこを気にしているのか……。

 

 



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・祝勝場の再スタート少女

今年はうるう年ということなので3月1日も2月という認識でいいのでは?
1日くらい誤差の範囲だと思いますがどうでしょうか。

(意訳:2月に投稿間に合わなくてごめんなさい。


 でもまあ、無理もないか、とエリカは思った。

 実際、自分だって黒森峰に入るまでは彼女と同じような認識を持っていた。

 しかし入学してからは、中等部一年ながらも副隊長を任された妹の方に突っかかった事が契機となり、紆余曲折を経て西住流への認識を改めている。そんな自分からの言とするならば、

 

「現実って、想像力を軽く超えていくのよね……」

 

 ……噂に聞くような人達じゃないわ。

 

「逸見さん逸見さん、ソレ思考と言葉が入れ替わっているように聞こえるのは私の気のせい……?」

「そこは許容ということにしておきなさい」

 

 というか、

 

「もしここで私が〝ええ、怖い人ですよ〟って答えたらどうするのよ」

「わ、私達の気持ちは変わりませんけど!」

 

 ねえ皆!? と彼女が顔を向ければ近くの三人は頷く。その向う、会話には参加していないが内容を察しているらしい他の面々も一瞬だけ反応が見えた辺り、

 ……随分と慕われてるわねえ。

 これがかつて友達の少なさに悩んでいた子の現状というのが何とも妙で。まあ黒森峰(ウチ)では単に当人の気持ちと周囲の躊躇いがすれ違って空回りし、結果として話す機会を逃した連中が落ち込んで練習にならない事態が発生した事もあったが、

 ……自業自得じゃない。

 そう感想を言うと、小等部からの付き合いであるツインテがこう言った。

 

「エリカちゃんはそういう性格だからなあ! 妹さんとの仲もそういうところだもんねえ……!」

 

 語彙力の低さにちょっと引いた。

 ともあれ己はみほの友人達に頷きを返す事にして、しかし噂を基にした想像力は初見における先入観となるため、不安を和らげる方向で言葉を選ぶ。

 いい? と前に置いて、

 

「人の噂ほど当てにならないモノは無いわ。もし本当に家元や隊長が噂に聞くような人物なら、例え身内が所属するチームが試合に勝とうともわざわざ祝勝会の現場にまで足を運ばない」

「それはまあ、……確かにそうかな?」

「ええ。中には家元は次女に見切りを付けた、なんて内容もあるみたいだけど、どこをどう見たらそんな噂が立つのかしらねえ」

「やっぱり根も葉もない噂なんですね」

 

 当然でしょう、と装填手の言葉に首肯する。彼女らの実像を知る自分からすればただの戯言だ。

 しかし世間一般からはそうでもなく。西住流の戦車運びに加え、家元や隊長のビジュアルも関係しているのか西住流のイメージは「怖くて冷たい」で浸透している。

 ……その辺り、デフォルトが無表情なのがいけないわよねー。

 大洗の彼女達が変な認識を持ってしまったのは恐らくそこが原因。というか、西住に関わる噂のほとんどが人物像に対しての内容だった気がして、

 ……そう考えるとみほの存在は貴重じゃないかしら……?

 上の二人とは真逆と言っても過言ではない性格と表情。あ、これもう三人揃えてイメージアップを狙って宣伝写真でも撮って配る方がいいんじゃないかしら。並びとしては「家元・みほ・隊長」の順番。衣装は休日の私服Ver.で是非。破壊力マシマシね……。

 みつるに提案でも……、とエリカはメモを残すために端末を開いた。そして、

 

「あら」

 

 と、気付いたのは隊長からの新着で、

 

:姉の方『もうすこしじかんがかかりそうだ』

 

 変換ミスってるの可愛いです隊長。

 ではなくて。メッセージから察するに離れでの話し合いが長引いているようだ。

 ……ホント、こういうところを表に出して頂ければ……。

 まあ周りの知らない一面を自分は知っている、なんて妙な優越感に浸ったりもしているので何とも言えないが、惜しいと感じているのも事実。とはいえ性格を変えてくださいというのも無理な話で、あのビジュアルに性格だからこその西住流家元と我らが隊長である。

 どうしたものか。と、少し考えて、しかしここで自分が悩んでも仕方が無い事だと結論に至り、

 

「――そうよね、こういう時こそ適材適所よね」

 

 とりあえず、という具合に全てを西住流担当者(みつる)に投げつける方向で気持ちをシフト。端末を見て唸っていたこちらを心配そうに伺っていた大洗の子達には、右手の平を見せて気にしないよう伝えておく。

 そして注文から戻ったみほには端末を見るように促して、 

 

「隊長達、離れから上がって来るの遅れそうだって」

「あー、難しそうな雰囲気だったから、何となくそうなるような予想はしてました」

「まあ私達が聞くような話じゃないでしょうね。あのメンツなら、立場に相応の内容でしょうし」

「お母さんの事だから、きっとみつるくんに無茶言ってるんじゃないかなあ」

 

 そうね、とエリカは言う。

 

「きっと今頃、家元の無茶に隊長も乗りだして、いつものようにアイツが振り回されている時間帯だわ」

 

 

   ~~

 

 

「みつる! みつる! 待って! 待ちなさい! 一人で帰る事は許しません! みほにあのように言った手前、帰れない私達を置いて行くつもりですか……! ほらまほ! あなたもみつるを止めなさい! 帰らせてはいけません! というか止めるのを手伝ってお母さんからのお願いです――ッ!」

「いやです帰ります帰ってお仕事の続きに戻らせて頂きます! そういった母親の構えは俺じゃなくてウチか島田のママンにしてくれませんか! あとまほ、西住ママンに頼られたのが嬉しいからって回り込んで抱き着くな……!」

「いちさんにはもう既に迎えに来てもらった時に聞いてますー! そうしたら「うん、そういうのはみっくんに聞くといいよ!」って! 「私、感覚で動くタイプだから!」って! それにちよきちなんて私と大差ないでしょう! あ、まほ! 良いですよ、そのままみつるの動きを止めおきなさい……!」

「ママン! ママン! さては答えに困ったから俺にぶん投げたな!? 息子的にはその感覚が必要だと考えるんですけど! それからまほ! そんなワックワックした表情でマウント取りに位置を変えるな端末を引き抜くな……!」

「感覚って! 私が感覚でやったら失敗するでしょう! それともアレですか! みつるは私にかつての失敗を繰り返せと言うのですか……!?」

「それみほが小等部だった頃の話じゃないですか! まだ引きずってんですか! ――あ、俺も同じ立場だったら引きずりますごめんなさいだからそんな涙腺決壊二歩手前みたいな表情しないでお願いします……! え、何だまほ、端末に新着? いったい誰から」

:島田流『急募!! 娘に大学生活の話を聞いて鬱陶しがられない方法――』

:擬音系『公式戦初陣の祝勝会に特別講師の私が呼ばれていない件について』

「参加すなやああああああああああああああああああああ!」

 

 

   ~~

 

 

「肩書があると大変よねえ」

「そうだねー」

 

 みほは、エリカが端末に何かを打ち込みながら苦笑するのに同意した。まずはというところで柑橘炭酸の入ったグラスに口を付け、

 

「それで何の話を? お母さん達がどうのって聞こえましたけど」

「西住流にはお馴染みのことよ。ほら、初対面って噂から想像力が働くでしょう?」

 

 エリカの言葉に、なるほど、と自分はここまでの流れを理解した。

 西住流にとってお馴染みの噂。つまり、母や姉に対するイメージの話だ。

 

「まあでも、仕方ないかなあ。お母さん達ってデフォルトが無表情だから」

「……いやあのお二人、身内からもそういう認識を……」

「中身はそうでもないんですけどね。むしろ感情豊富というか、表面に出てないだけで喜怒哀楽はハッキリしていますし」

 

 でも、と己は続ける。

 

「ビジュアル面で怖いイメージを持たれちゃってますけど、それってある意味では正しいなあ、って思ったり」

「……えっ。みぽりんが認めるって、やっぱり御家族は怖い人なんじゃあ……?」

 

 いえそういう事ではなくて。と、端末の画像一覧から母と姉が写ったものをチョイス。しかし、ちょっと写りがイマイチだったのでみつるとの文字線(ルーム)から二人の画像を引っ張って来る。

 そして周囲の皆が見える位置へと端末を持って行き、

 

「この画像、昔に甘味処へ行った時の写真なんですが、皆さんが聞いた噂のイメージと比べてどうです?」

「あんみつ美味しそう!」

「おっと麻子さん早かった! 確かにここのは黒蜜と粒あんの甘さのバランスが素晴らしくて、くどさを感じず最後の一口までペロリといけます……!」

「いやいやそうじゃないでしょう。というか一番の感想がそれってアンタねえ……」

「しかし、とても大切な事だと、私はそう思います。何よりもまず注目するのはみほさんの御家族の手前、種類の違った甘味であると」

「五十鈴殿、五十鈴殿、流石にまだ先ほど注文した品が全て来ていないので追加は控えませんか。私のシャーベットお分けしますから、少しこちらで食べ方の研究でも」

 

 まあ! と現状を存分に楽しんでいる華さんを誘導してくれた優花里さんはグッジョブだと思います。ともあれそんな二人を横目に沙織が写真を見、あー、と納得を口にした。

 

「確かにこの写真見てると噂でのイメージ変わる変わる。一気に怖さがほんわかにチェンジって感じかな?」

「コレ、次から雑誌の取材記事とかで見かけた時に〝ああ、この前甘味に目を輝かせていた人か〟って認識になると思うと複雑よね……」

 

 それはまあ仕方ない。怖いイメージを持たれるよりは数倍マシでもあるし、身内としては許容の範囲内だ。ただ、既に二人を知っているエリカの経験を聞けば、

 

「私の場合、初見こそ噂のイメージから入ったけど、実際に会って話して得た感想がこうだったわ。〝みほの御家族だものね……〟」

「いやあ、えへへ、……自慢の家族です」

「今の褒められてないよ?」

 

 あれえ? と首を捻るが周囲の反応は頷くだけ。なるほど、と己はエリカからの感想を心の中で三度繰り返し、

 

「――つまり、私は、お母さんやお姉ちゃんに良く似ているって、そういう……!」

「ウンウンソウダネ、ソウイウコトダネ――」

「逸見さんってみぽりんに対してはダダ甘過ぎない?」

 

 そうだろうか。そうだったのか。そっかあ……。エリカさんが私にダダ甘……。

 ……いや、そんな、エリカさんったらもう、素直じゃないんだから……!

 友人が素敵すぎてつい空いていた左手が彼女の背中を連打し始めたが仕方ない。照れ隠しという事でここは一つ。ともあれまあ、

 

「それはそれとして、です。――沙織さん」

「な、何でしょうかみぽりんさん」

 

 何故敬語……、と思うが、今はそういう雰囲気ということで納得しておく。

 周囲。沙織と同様に聞く姿勢となった皆に対し、いいですか、と頭につけて、

 

「確かに噂で聞くような一面を私の母と姉は持っています。でも、でもですね? それってやっぱり噂でしかなくて、実際に会って話したら印象変わると思うんですよ。言葉数は少ないけどフツーの人だねって」

「戦車道の大手流派トップとその後継者という肩書はフツーなのか?」

「麻子、ソレ、私も思ったけど声に出さなかったやつ……」

 

 全然言ってくれていいのに……、と自分としては苦笑だが、ともあれそういう事だ。母や姉に向けられる「怖くて冷たい」イメージは、西住流を含めすべてが戦車道に関するものばかりとなっている。対して、他の一面に関する噂は、

 

「……驚くほどに聞かないんですよね。二人が私生活ではどうなのかとか、好きな食べ物は何だとか、そういったプライベートに関する噂って全然で」

 

 そうですね、と優花里が言った。

 

「確かに私も色々と噂を見たり耳にしていますが、家元や黒森峰隊長のプライベートに関する内容はほとんど聞いた事ありません」

「ある種の有名人とかだと見る側が想像力で〝大体こんなもんだろう〟って勝手に話を回したり、面白がって尾ひれを付けていくものですけど、……私の身内の場合そういうの全然出てこないんですよね。何でだろう」

「決まってるじゃない」

 

 と、聞こえたエリカの声が答えを告げた。

 

「――想像力が至らないのよ。特に家元、あの人がニコニコ笑顔で私生活では娘との距離感に悩む母親やってるとか、戦車道での一面しか知らない世間が考えつくと思う?」

「思えないです」

 

 即答するとエリカが微妙な顔をしたがどういう感情だろうか。だが断言できる程度には彼女の言う世間一般を知っている。

 

「だって、あの二人、取材とか受けると緊張で無表情に拍車がかかりますから。お姉ちゃんはまだ喋る方ですけど、お母さんは定型文のような受け答えになりますし」

「以前に見かけた取材の映像、随分と手慣れているような印象を受けましたがアレで緊張していらしたんですね」

「はい、あの時のお姉ちゃんはお母さん風味で定型文を返していましたね。西住流の教えって引用しやすいものが多いですから、その流れだと思います」

「私、あの取材を後ろで様子を見ていて内心、変なボロが出るんじゃないかって気が気でなかったわ……」

 

 おおう舞台裏……、と沙織が唸るが案外そういうものだ。

 

「でもまあ、大体そんな感じで、戦車道が関わらなければうちの母と姉はちょっと天然入った無表情系クールの一般人なので心配はないかと」

 

 横でエリカが〝アレで天然がちょっと……〟と遠い目になったがスルー。私も言ってから表現軽かったかなと思ったけど娘で妹だしそういう事もあるのだ。だが、

 

「――大丈夫です」

 

 己は言う。

 

「お母さんとお姉ちゃんは怖い人じゃありませんよ。ただそういう一面を持っているだけ、この場で皆さんにそれが向けられることはないと私が保証します」

 

 というより、

 

「昔、私がまだ小等部だった時分にうちへ戦車の見学に来ていたお友達をお母さんがマジビビりさせちゃう事件があったので、……流石に向こうも意識しているかと」

「……あなた小等部ではちゃんと友達いたのね」

 

 エリカさんちょっとうるさいです。中等部は特殊だったんですよ、特殊。ちゃんと小梅さんとかバウアーさんとかお友達いるもん。それに、

 

「大洗じゃ沢山いるから!」

「――ハイ! ハイハイ! みぽりんのお友達一号がここに居ますよー!」

 

 

   ~~

 

 

「では、私は弐番ということで此処に」

「じゃあ私は三番で!」

「なら私は四番でいい」

 

 だったら、とアンコウチームの皆に続いて、カバさんチームが応じ、次いでアヒルさん、ウサギさんと来て最後にカメさんチームが手を挙げたのをみほは見た。

 ……ア――!

 もう大好きです皆さん有り難う御座います。どうですかエリカさん、これが今の私です。NEW私ってヤツですよ……!

 

「一部流れが解ってなくて周りにつられて手を挙げただけのようだけど」

「河嶋先輩はそういうタイプなので許容です」

 

 名指しか!? と反応が聞こえたけど対応は会長達に任せておけば問題ない。

 ともあれ、だ。何かと母や姉について語ってしまったと、己としては柑橘炭酸を喉に流しながら一息ついておく。

 ……家族会議しておいてよかったー……。

 身内の話がここまで楽しいのは初めての経験。今までは西住の名を出すと戦車道関係者なら反応が一定になるし、そうでなくても無反応か警戒される。家柄か、と諦めを感じてもいた。しかし、

 

「大洗に移って、〝西住〟が通用しなくて新鮮で」

 

 何やかんやあって戦車にまた乗るようになったけど。始めて間もないチームでは練習試合に負けて勝って。初の公式戦では強豪校から白旗判定を取った。

 ここまで色々あったなあ。と、そう感想すれば、今日という一日が終わって行くのを実感する。加えて、妙に随分と長く話していたような錯覚もあって、

 

「……何だか、夢を見てるみたい」

 

 言うと、隣の友人がこちらを向いた。うん、と自分は頷きを作って、

 

「私達の祝勝会って場ではあるけれど。エリカさんがいて、これからお母さん達もやってくる。……また戦車道で皆が揃うのって、本当に夢みたいで」

 

 そうですね、と自分は続ける。

 

「黒森峰を出たあの日。こんな日はもう二度と来ないのかなって覚悟してました。――でも違ったんです。去年の出来事で落ち込み気味だった私の想像力なんて、現実は軽く跳び越えていくんだぞって」

 

 ええ、勿論です。

 

「今日の出来事は一生忘れられない思い出になりました。試合も、家族会議も、祝勝会も。こうして楽しめるようになったのは、色々と吹っ切れたからかな」

「じゃあ、今日から再スタートかしら」

「はい、私の戦車道はここからまた始まるんです。どこに繋がっているかは解りませんが、きっといつか、もう一度エリカさん達と並んで歩める道だと胸を張れるようになります」

「言うじゃない」

「これでも西住の娘ですから」

 

 そう、と笑みを作った友人は炭酸の入ったグラスを傾ける。そして、ふ、と口元を隠すようにした彼女が言う。

 

「今のセリフ。もう一度、今度はあの人達の前で言ってあげなさい。きっと手放しで喜んでもらえるわ」

 

 え? と示された先を見る。

 ……あ。

 料理を運び入れるため仲居達が開いた襖の合間。そこからこちらを伺う二人が居た。

 母と姉だ。

 向こうもこちらの視線に気づいたのか、右手の平を見せて到着を知らせてくれる。

 

「もう、見てないで入ってくればいいのに」

 

 と思ったが、二人からすると大洗女子の皆とは初対面の現場だ。入りづらい気持ちも理解できる。ここは自分が迎えに出るべきだろうな、と皆に一言断ってから席を立ち、

 

「――いらっしゃい。お母さん、お姉ちゃん」

「ええ、遅くなってごめんなさいね。お邪魔させてもらうわ」

「帰らずにちゃんと来てくれたんだ」

「当然でしょう」

「でも、ちょっと考えたでしょ?」

「…………ちょっとだけ」

 

 やっぱり、と己は苦笑する。

 

「あ、ところでみつるくんは? もしかして帰っちゃったの……?」

 

 聞くと二人が横を見た。すると、

 

「……ここにいるぞー」

 

 何故か疲労度マックスの彼が端末片手に顔を見せた。

 そして自分は察した。

 ……コレ絶対二人が無茶言った結果だよね……。

 いつもご苦労様です。ホントみつるくんには感謝の気持ちばかりだけど、今日くらいは私の我儘の延長ということで勘弁してもらおう。

 

「お疲れさま」

「……俺、帰って寝たいの。いいかなみほ?」

「ダーメ」

 

 ですよねー、と彼が諦めの含んだ吐息を一つ。

 

「じゃあ十分でいいから休ませて。隅、そこの隅でジュース飲んでるから休ませて」

「許しません」

何故(なにゆえ)

「だって皆に紹介するって言ったよ? なのに隅っこで一人はダメ」

「……俺に、大洗女子面々の輪に加われと」

「むしろ私達アンコウチーム?」

「わあい、死にそう……!」

 

 何故(なにゆえ)。たまにみつるくんって解らない反応するよね。でも、

 

「来てくれない?」

「行かせて頂きます」

 

 みつる、お前……、と母姉が見慣れた反応をしていて相変わらずだ。

 ……うん、この久しぶりも、これからはまた当り前になって行くんだよね。

 色々な意味でも今日は私の再スタートだ。きっとみつるくんには、これからも家族総出で迷惑を掛けていくと思う。だけど、昔に言われた言葉の通りだから許してね?

 そして、背後から声が聞こえた。

 エリカだ。更には今日一番で色めき立った大洗女子の皆を代表してか、沙織の声で、

 

「うわあ、男の人だ……! みぽりんが見知らぬ男の人と仲良さげだよ!? え、あっ、昔馴染みってそういう事かあ……!」

 

 さて、母や姉はともかくとして。皆にはみつるくんをどう説明したらいいのだろうか。

 何も考えてなかったなー。




とまあそんな感じで、長かった祝勝会はこれにて終了。

そして次回、紅茶女学院の彼女らが登場……!


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・徹夜明けの不審者

紅茶のようで紅茶でない
しかし紅茶な内容であると
此処に記しておきますわよ!

配点 (何言ってんだコイツ)


「朝も早くからお邪魔致しますよ、と」 

 

 白雲の少ない澄んだ青空の下。浅間、と表札の下げられた門前だった。

 一つの影が、軽い動作で門を潜る。

 敷石のアプローチに入るのは男物の黒いスーツを着込んだ姿だ。

 長身に金の長髪。女子、とそう呼べる年代の少女だった。

 足元。等間隔に置かれた幅のある石を順に踏むようにして進んでいた彼女だが、

 

「あら!」

 

 と聞こえた声に身体を向ける。

 右側だ。手入れの行き届いた庭木の向こうから、一人の女性が現れた。

 

「伯爵ちゃん、久しぶりだねえ! 前に会ったのは春先だっけ?」

「ええ、お久しぶりです。それと朝早くにお邪魔して申し訳ありません」

「いいよいいよー、うちは営業時間とか決まってないからいつでも大歓迎! あ、もしかして正面から来たのは、みっくんに御用事かな?」

 

 はい、と少女が頷いた。彼女は数機分の影が空から降りていく屋敷の向こう側を見て、

 

「元々は裏の駅から伺うつもりでしたが、彼に会うならこちらの方が早いかなと思いまして。向こうだと繋いでもらうのに少々時間が」

「ああうん、裏からだとちょっと手間だもんね。解かるよー」

「家元もですか」

「うちって身内でも容赦ないとこは容赦なくてねえ。まあ私はそういうの様式美だと思うタイプだから別にいいかなって。あ、利用者として不便あるなら意見送っていいよ? その辺り、改善の余地ありで募集してるし」

 

 そうですね、と少女は笑みを作った。

 

「この後、直接言ってやることにします」

「――そうだ、そうだった! 引き留めてごめんね。こっちから来たのって急ぎの用事だったんだよね?」

「急ぎというほどではないですが、……今日、私の後輩が公式試合なんです。その観戦がてら、彼と顔合わせをさせておこうかと今朝方に思いつきまして」

「サプライズだねえ! 確か聖グロのOGだったけ、その時の後輩?」

「ええ、二人にかましてやるつもりです。一時とはいえ代行としてチームを率いていた身ですから、大人しくはしていられませんよ」

 

 いいね、と女性の方が身を動かした。少女の肩を軽く二度叩き、

 

「みっくん、まだ公式試合の観戦行けてないってボヤいてたからきっと喜ぶよ! ありがとね! あの子、今はまだ寝てると思うけど別に遠慮しなくていいからね? 徹夜終わりだからって寝てんじゃねえよ、って起こしちゃって!」

「いいんですか」

「家元権限で許可だしちゃうよー」

「彼、貴女と似たようなもので家元代理ですが」

「なら母親特権ということで」

 

 それじゃあ、と家元が少女の横を抜けて屋敷裏の駅へと繋がる左側の庭へ入っていく。そして彼女は、あ、と振り返って、

 

「私のこと聞かれたら、お友達に誘われて朝ごはん食べに行ったって伝えておいてー」

 

 またねー、と手を振る家元の後ろ姿は庭の先へと消えていく。それを見送った少女は、一息を入れて、

 

「――さて行くか」

 

 浅間宅へ、歩を進める。

 

 

   ~~

 

 

 みつるが寝起き早々に理解したのは、紅茶の香りだった。

 柑橘系の落ち着いた香り。出どころの確認のため布団に埋まった身を起こしてみれば、見覚えのある金髪碧眼が枕元に座っていて、

 

「やあ、お早う御座います! ハイ、早速だがここを見て――、ハイ、今ピカッとしたね? じゃあ早速だけど寝起きで人を見間違えることってあると思うが、君の目の前にいるのは最近入ったばかりの美少女お手伝いさんで――」

「なあソレ、グラサンしてなかったら使った本人まででっち上げじゃねえ?」

「おっとこれはついうっかり!」

 

 タハー、と目の前の女は額に手をやってポーズを決めるが楽しそうでいいですねー。

 じゃなくて。寝起きで頭が回ってねえ、と眠気を飛ばすように頭を振って、ちょっと目が覚めた気がしたので彼女に問うてみる。

 

「……なんで? いやホント、え、なんでいるの?」

「ああ、ちょっとした私用について来てもらおうかと思ってね、お邪魔させてもらったよ。いわゆるデートのお誘いってヤツだ。勿論、首を縦に振ってくれるだろう?」

 

 ちょっと何言っているか解らなかったので横に振ってみた。すると彼女が一度頷き、

 

「有り難う。みつるなら了承してくれると信じていた」

「現実見ろよ」

「ハハハ辛辣だね……!」

 

 気にするな寝起きだ。ともあれ、

 

「……今日、約束あったかな」

「いやないよ? 全く。そもそも前回会ってから連絡すら取ってないだろう?」

 

 そうだよな……、と徐々に冴えてきた頭で今日の予定を思い出す。

 確か寝る前に整えた流れとしては、

 ……月一の関係者連絡会を十時から。終わり次第、大会決勝とエキシビションでの展示飛行に関する打ち合わせを戦車道連盟と、それから各学園艦への空輸スケジュールの調整で……。

 あっ、またお昼ご飯忘れてる……。と、一部の抜けが発覚して徹夜テンションを反省。時間の区切り付けてないとか正気か俺。というか、

 

「――いまなんじ」

「八時三十六分」

 

 と彼女が端末の表示を見せてくれるが、背景画像が紅茶を飲んでいる自撮り姿というのは突っ込んでもいいのだろうか。一緒に写る後輩の表情が味わい深くて何ともまあ……。だが、

 

「起こしてくれたのには感謝だけど何の御用だよ。不法侵入ということで人を呼ぶぞ?」

「ハハハ成程、今度は女スパイをご所望ということだね! もちろん私は構わないよ」

 

 また意味の解らない事を言い出したので枕元の端末へ手を伸ばす。そして連絡先の一覧から〝駅:警備処〟という表示を叩いて、

 

:3 る『部屋に不審者が』

:駅の人『家元から連絡貰ってるので問題ございません。顔パスです』

 

 なら仕方ないか、と納得しかけて寝起きの頭は危険だと思った。まあ相手も相手であるし、この際それでも構わないのだが、

 

「来るなら来るって事前に連絡が必要だと思うんだ、俺」

「いやあ、その点は済まないと思っているよ。何せ思いついたのが今朝だった」

「じゃあその思いつきを聞かないという選択肢で」

 

 却下しよう、と女が言う。

 

「ちょっと後輩にOGとしてサプライズを仕掛けようと思い至ってね。どうだろう、協力してくれるかね?」

「これからお仕事があるんでお帰りください」

「たまには息抜きも必要だと思うがね、みつる? ――おっと偶然にもここに試合観戦の同行者を探している金髪系美少女が」

「いやだから仕事なんだって。この後、久しぶりにママンも参加の連絡会あるし」

 

 すると、ああそうだ、と彼女が思い出したような仕草を取った。

 

「家元なら先ほど、御友人に朝食を誘われたとかでお出かけになったよ?」

「……はい?」

 

 

   ~~

 

 

 みつるは言われた意味を理解できなかった。

 否、言葉としては理解している。母が朝早くに出かけたというのだ。それも友人に朝食を誘われたとかで、伯爵の言から予想するに今頃は愛機で空の上。もしくは既に合流していて朝食に入っていると思われるが、

 ……いや、ちょっと、今日の連絡会は三か月ぶりに参加するって……。

 嘘でしょうママン。ママンが参加するって言うから合わせて家元判断が必須の案件を徹夜でまとめたんですよ……。俺メッチャ頑張ったのに。今まで後回しにして積んでたものをやっと消化できるって、やっとの思いで寝る時間を削ったのに……!

 

「それなのに、友人と朝ごはんって……!」

 

 ちょっと寝起きの変なテンションに火が付いたので直接確認する事にした。すると向うからの反応は即座に帰って来て、

 

:浅間流『ホントごめんね! でもちょっと今しほちゃんと千代ちゃんが茹でタマゴを取り合いで手が離せなくって!』

 

 何その状況見たい。というかその面子で朝食か……。

 その場に居なくて良かったと、心底そう思った。参加していたら今までの経験からしてろくな目に遭わないのは確実だ。だが、巻き込まれなかったという事実に、母の不在を「うん、……そういう人だもんな」で流そうとする思考は寝起きのテンションということにして、

 

「まあ、いつものことか」

「何だか諦め入ってないかね?」

「今更言っても、って気持ちにはなった。ママンの自由飛行で予定崩れるの今日が初めてじゃないし。そもそも予定通り働いてくれるなら代理はいらない……」

「苦労してるね」

「心労だよ疾風女。一応、お前も原因の一つに含まれてるから自覚しとけ?」

「なら、私の関係として原因が一つや二つ増えても誤差という訳だ」

 

 お前な……、と半目で見ても相手は気にしない。彼女は、まあまあ、と両手の平を前後に振ってこちらの肩を叩き、

 

「安心し(たま)え。――どうせ私が増やさずとも他の誰かが増やすよ」

 

 ちょうどいい位置に枕があったので投げたら避けられて開いた襖の向うに飛んで行った。すると庭先から声が挙がって、

 

「ヘイ! 若様の枕一丁!」

「今日は天気良いからお洗濯だヨ――」

 

 たまたま通りがかったお手伝いさん方にはいつもお世話になっております。

 ともあれ自分は姿勢を戻した彼女に向かって、

 

「次、布団行くから躱せよ」

「フフフ、私の回避性能を試すつもりだね? 見くびってもらっては困るよ。これでも車長として表に出る身、躱すことに関しては自信があるとも……!」

 

 付き合いが良くてどうしたものだろうか。だが、外のお手伝いさん方も受け取りの体勢に入ったらしく素振りを始めていて、

 ……やらないとは言えない雰囲気に……! 

 朝から何やってんだろうな。と、そんな感想をしつつも期待に応えるため布団を投げようとしたら回避ムーブに入っていた女が端を踏んでいて悲惨な現場になり、結論から言うとお手伝いさん方の仕事を増やしてしまって申し訳ない。

 

「いやあ、寝起きの一杯を、と紅茶を淹れていたのをすっかり忘れていた……!」 

「お前、中途半端な位置にセット置いとくなよ! というか怪我は!? カップとか割れてないか、大丈夫か……!?」

 

 問題ないよ、と女が笑みを作った。彼女は、片付けに入ったお手伝いさん方の邪魔にならないよう座る位置を変え、

 

「いや失敬、どうやら久しぶりの再会で浮かれていたようだ」

「俺は久しぶりの再会に心臓バクバクなんだけど」

「なるほど。――つまり私は君にとって刺激的な女という事だね……!」

 

 日常に対する劇薬だよ、と返せば、彼女は更に笑みを強くする。

 

「いやハハハ照れるね。さあもっと褒めてくれ給え。ほら、私はいつでも受け入れ態勢だとも……!」

 

 褒めてないって。あと一瞬で感情が冷めたから諦めろ。

 と、そんなやり取りをしていると、己の端末が新着を鳴らした。内容としては箇条書きのようなもので、

 

:浅間流『今日の予定、ちょっと調整入れたから確認よろしく! 頑張ったよ!』

 

■みっくんの予定! 変更ばーじょん! 

・関係者連絡会の日程変更。別に忘れてたわけじゃないけどうっかりしていたので明日やります。ちゃんと参加するよ。

 :各方面には私から連絡と了承済み。時間は今日より早めの九時過ぎ辺り。

  皆でお茶しながら話し合いだヨ――。

・展示飛行の打ち合わせ。担当者を変更して母が代わりに行くよ!

 :しほちゃん千代ちゃんがちょうど用事があるからって、

  一緒に連盟本部行って打ち合わせしてくるね!

・各学園艦への輸送スケジュール調整。今回は明日の連絡会に併合します!

 :各校の空輸担当が向こうの担当者と調整をやってくれるそうです。

  みっくんはその最終確認を明日の連絡会で、って感じかな?

・母は昼食と夕食も外で食べてきます!

 :打ち合わせが終わったらそのまま二人とお昼食べて遊びに

  …………お出かけついでに遊びに行って来ます! ショッピング!

 :みっくんも食事はテキトーに済ませておきましょう。

 

:浅間流『つまり今日のみっくんはお休みです! 羽休め! 明日からガンバロー! 今日の私は友達付き合いダ――』

:西住流『ちょっと借ります』

:島田流『もしかしたら、うちの方から所在確認入るかもしれませんが、その辺りは上手い具合にお願いしますね?』

:西住流『あ、じゃあうちもそれで』

 

 おいママンズ……! と抗議を送っても反応はない。あるのは室内を片付けるお手伝いさん方の動作音で、隣に位置取る金髪碧眼に至っては、

 

「ハハハ私は部外者なので何も見ていないよ! 悔しかったら私の予定に付き合って休日を満喫するべきだね……! あ、昼食の当てはあるが夕食は任せるよ? ちなみに私はイタリアンの気分……!」

 

 今の一瞬で仕事が増えたように感じるのは俺の気のせいだろうか。だがまあ、

 ……珍しく気を遣わせてしまった。

 原因は恐らく隣の不審者の私用とやら。出かける前に顔を合わせているなら、彼女から話を聞いている筈だ。そこから西住島田の家元両名と合流したとなれば、

 ……あっちの二人に事情が伝わって、そこから仕事の調整に入ったか。

 

「まあ、ママンらしいといえばらしい」

 

 一人なら絶対にこうはならなかったよな、と今回は御友人様方に心の中で感謝しておく。そして、己は気持ちの入れ替えのために一度大きく息を吐いて、

 

「――仕方ないから今日は休日だ。降ってわいた隙間時間だが、せっかくだし消費のために可愛い年下系金髪美少女のお誘いに乗ろうじゃないか」

「おいコラ、人のセリフ捏造するなって」

「しかし否定はしないだろう? それとも何かな? ここまで来て、やっぱり〝仕事するから帰ってくれ〟と追い返すかね?」

「解って言ってるだろお前」

 

 当然だとも、と女が頷いた。

 

「まあ今回は私のお茶目心という事で勘弁してくれ給え。――それで? こちらとしては試合開始の時間もある訳だし、そろそろ誘いの返答を頂きたいのだがね。んン?」

 

 と、明らかに〝待ち〟のポーズを取った彼女は本当に素晴らしい性格だ。その向うで、片づけを終えたお手伝いさん方が布団を担いだ去り際に右手を回して〝巻いて、巻いて!〟とやって見せて、確かにその通りだと思う。

 故に己は、少しの間をおいてこう言ってやる。

 

「――仕方ないから今日は休日だ。今から時間の消費先を考えるのも面倒だし、その誘いに乗ってやる。次からは事前に連絡しとけよ? 調整効かせるから」

「ああ、今日はいきなりすまなかったね。――感謝である。これで、可愛い後輩達に名ばかりの先人ではないと示すことができるよ」

「またワケの解らない事を……」

「フフフ知りたいかね?」

「ハハハ知りたくないねえ……!」

 

 こっちは寝起きからお腹いっぱいなんで今日のところは勘弁して頂きたい。というか一つ確認として聞きたいんだけど、

 

「そのお誘いの試合観戦って、えっ、まさかアレか? アレなのか……!?」

「おやおや今更か……」

 

 まったく君は、と女がワザとらしい動きを作った。フフフ、と笑みも追加して、

 

「無論、この私が誘う試合なのだから、戦車道の試合に決まっているだろう。それも、私の可愛い後輩が当代の隊長となり挑む夏の全国大会だよ?」

 

 つまり、と彼女が言った。

 

「――このアールグレイが母校、聖グロリアーナ女学院の第一回戦だ。そういえば君にとって今夏大会の初観戦となるそうだが、まあ感謝の言葉を大いに述べてくれても構わないよ! さあ、私はいつでもウェルカム……!」

 

 とりあえず今の言動をスルーできる程度には感謝しているので、今日一日は振り回されてやろうと思った。

 

 

   ~~

 

 

「何だか、とても不吉な予感がするは私の気のせいかしら。アッサム?」

「偶然ですねダージリン。今しがた私も不吉を感じ取ったところです」

「何故か、先ほどまでとても心地の良かった風がピタリと止んでしまったわ。私の気のせいかしら?」

「偶々ですね。この一帯の予報データによると今はちょうど凪ぎの時間帯です。――まあ嵐の前の静けさと、そう言い換えても差し支えはないと思われますが」

「そう……」

 

 と、ダージリンと呼ばれた少女は紅茶の注がれたティーカップに口を付けた。

 空は晴天だ。

 夏の日としては比較的に過ごしやすい気温だが、淹れたての紅茶を飲むにはやや暑さを感じる。直射となる日差しも相成って、ただ座っているだけでも薄っすらと汗が浮かんだりするのだが、

 

「あら珍しい、今日はアイスティーなのね。それにこの香りは……」

「はい、本日のブレンドはベルガモットを主とした柑橘系で整えてみました。夏の日中ですから、たまには趣を変えて爽やかさを、と思いまして」

 

 そう答えたのは、小柄な少女だった。明るい髪色の彼女は、簡単に摘めるペアリングとしてショコラの焼き菓子を用意しながら、

 

「先日の学院マーケットで農業科の方に良い茶葉を譲って頂いたのです。何でも航空系の道へ進んだOGからの紹介で、英国本土からの直輸入品だとか。……あの、お気に召しませんでしたか?」

「いいえ、とても良く出来ているわ。流石はオレンジペコ、顔の広さではアッサム以上ね。後で農業科にはお礼の手紙を書きましょう」

 

 

   ~~

 

 

 有り難う御座います、とオレンジペコは最後に自分用のアイスティーを準備しながら返答する。

 現場は、夏の公式大会の第一回戦会場。聖グロリアーナ側に振り分けられた丘陵(きゅうりょう)の近い陣地だった。

 周囲では試合の参加者が各々の車輌前で最終確認を行っている。といっても、この一回戦では車輌数に制限があるために主力の一部しか参加できず、惜しくも外れたチームメンバーが何をしているかといえば、

 

「お茶葉(ちゃっぱ)とお菓子の最終補給ですのよ――ッ!」

 

 元気がいいのは素晴らしい事だと私は思います。

 だが、非参加者の皆が各車輌に調整役として付いてくれているのは非常に助かっている。時々、若干一名というか、とても張り切っている同学年の動きが大きくて物資等を飛ばしそうになったりしているのだが、

 ……まあ、周りの皆さんがフォローしてくれていますし、私が行かなくても大丈夫ですよね。

 彼女に関しては、何故今日はツナギ姿なのかとか、もう少し移動の速度を抑えてとか思うところはあるけれども。周囲の方々には上級生が多いので問題はない。はず。

 ……もし何かあったら、その時はその時で考えましょう。

 元気のいい友人が向こうでマチルダⅡの車長に御菓子の小包を直撃させたような気もするがきっと見間違いだ。

 ともあれ己は、試合前のひと時として自分の淹れた紅茶を楽しむ二人を見た。

 ダージリンとアッサム。

 聖グロリアーナ女学院における戦車道の代表と、そんな彼女と並び立つ腹心参謀。この二人のブレークタイムに若輩の身である自分のスペースが存在するという事実に、

 

「やはり、未だ慣れないところはありますね……」

 

 正直、自分が選ばれた理由は知らない。ダージリンに聞いても答えは曖昧な格言で、アッサムからは本人に聞くのが一番だと躱されるのだ。

 しかし最近、解ったことがある。それは意外な一面で、

 ……ダージリン様って、時たま常識とのズレを発揮するというか、普段は淑女然としているのにいきなり突発的な飛躍をしますよね。

 当人もそれを自覚しているのか時折窓の外を眺めては〝フフフ反面教師……〟とか言い出してちょっと心配だ。現に、

 

「ねえアッサム? 私、何だかとても不安になる重なりを発見してしまったの。これは単なる気のせいかしら」

「ええ、単なる錯覚でしょう。今のはオレンジペコの気遣いです。私達はただ、彼女の淹れてくれた紅茶を楽しめばいいのです」

「ええ、そうよね! せっかくペコが美味しそうな御菓子まで用意してくれているのだから、試合前のひと時とはいえ、楽しまなければ失礼というものね……!」

 

 どうやら、今日は二人揃って飛躍してしまったらしい。原因としては自分の淹れた紅茶があるようだが、自身には想い当たるふしがなく。

 ……ここは様子見ですね。

 と己は自分用のアイスティーを準備して席に着く。できるだけ二人の邪魔にならぬよう音を立てずに焼き菓子も少量確保して、

 

「ん」

 

 聞く体勢を取る。

 ダージリンとアッサムは、こちらを気にせず話を続けている。内容としては丁度己の用意した焼き菓子の話題に入ったところで、

 

「――その通りですダージリン。私のデータによると、ペコの用意してくれたショコラは学園艦の一等地にある名店〝AE-KOKU〟の新作焼き菓子ですね。発売から間もなく、入手が困難な一品だそうです」

「まあ! それは素敵なペアリングね。アイスティーに焼き菓子ショコラ、この上ない組み合わせだわ。まさに王道、素晴らしいブレンドのアールグ」

 

 とダージリンが言ったところで二人が動きを止めた。そして、

 

「……本当に、素晴らしいブレンドのアイスティーを有り難う。ペコ」

「え、あ、ハイ? 有り難う御座います……?」

 

 ダージリンの向こうでアッサムが〝セーフ、今のはセーフです……〟と言い聞かせるように自前のPCを開いて閉じる。一体何が、と妙な雰囲気の中で、

 

「あの」

 

 と、オレンジペコが問いを投げた時だった。

 音が聞こえた。空気を強く叩くような、打性の音が連続して聞こえて来る。

 ヘリだ。遠目で見る空の先、こちらへと接近する機体は、腹部横のハッチを開いて、

 

「アハハハハハハハハ――」

 

 奇声を上げる影が現れようとしたがすぐに別の人影によって引き戻された。

 

「……今、一瞬、とてつもなく聞きなれた笑い声が聞こえたと思うのだけど。聞き間違いかしら。お願いアッサム、聞き間違いだと言って?」

「……私も、そうであって欲しいと、心の底から願っています。しかしながらデータを見ると今の声色は間違いなく」

「イヤア、私聞きたくない――」

 

 ちょっと今までに見た事のない二人の反応でどうしたものだろうか。だが、

 

「あ、降りてきますね」

 

 と、ややあって、着陸したヘリから降りて来たのは見知らぬ顔だった。

 金髪碧眼。長身で長髪。何故か男物のスーツを着、非情に申し訳なさそうな表情の男性を後ろに連れてやって来るのは、

 

「やあ息災かね、諸君!? 久しぶりの皆はこんにちは、お初の子達は始めまして! 聖グロOGのアールグレイだ! ちょっとキミたちの隊長に用があってお邪魔させてもらうよ!

 ――おやっ! そこに居たのかねダージリン! ようやっといつかの黒い高級下着に見合う女になったようだねダージリン……! 私は嬉しいよ!?」

「さ、最悪! 最悪ですね! 突発的に現れて急に何を口走っているんですか貴女は……!? あ、ちょっ、回り込んで下から覗こうとしない! ちょっとアッサム! 見ていないで助けなさいな……!」

 

 しかし、隣に居たはずのアッサムはいつの間にか背後に回っていてこちらを前へ送り出すように背中を押してしてくる。

 あの、私は身体が小さい方なのですが……。

 あっ。 

 



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・伯爵女は笑顔で踊る

ただいまです。


 ダージリンは、久しく感じていなかった危険を目の当たりにしていた。

 ……あ、相変わらずですわね、このお方は……!

 突如として発生した不審者。その人物を、己はよく知っている。

 

「アールグレイ様! いきなり現れて一体何なのですか……! というか下から覗こうとするのを止めてくださいまし!?」

「止めたら何色か教えてくれるのかね!?」

「教える訳ないじゃないですか!」

「なら当ててみせよう! 黒か! 白か! それとも赤!? あっ、意外を狙って紫というパターンもあるね! 全く君はいやらしい子だね……!」

「意味が解りませんわ――!」

 

 ではシースルーかね……!? と驚愕を表情にした狂人を張り倒してやろうかと思ったら五歩向こうに逃げられた。

 そして行った先、オレンジペコを前に隠れきれていないアッサムが見つかって、

 

「フフフ、リ・ボ・ン……!」

「な、何ですか! 何なんですか!? イヤア、こっちこないでください……!」

 

 言いながらオレンジペコを盾として差し出そうとするのはどうかと思うのだけれど。だが、上級生と卒業生に挟まれる形になった彼女の反応としては、

 

「誰か説明を……、誰か」

 

 ええそうよね、初見は理解が追い付きませんわよね……。

 ……私もそうでしたわ……。

 と、かつての体験を思い出して懐かしさを感じた自分がちょっと悔しい。

 とはいえ、このままでは可愛い後輩が新たな被害者となってしまう。もしかしたら既に手遅れかもしれないが、貴女の頼れる先輩に見捨てるという選択肢は無く。しかし、

 

「何と! 可愛らしい子が居ると思ったらダージリンのお世話係かね!? ――いやはや、少し見ない間にあの子は立派になったものだ。あ、私の事はアールグレイとでも呼んでくれ(たま)え。一先ずお近づきの品代わりに彼女が夜中マジ泣きした話でも一つ」

「ペコに一体何を吹き込んでますの――ッ!! アレはアールグレイ様が手の込んだ仕込みをしていたからでしょう! それに泣いていません、驚いただけです!」

「ああ、そういえば確かアッサムも一緒で揃って腰が抜けていたっけね! 当時の君達の表情は今でも覚えているとも、思い出深い夏の夜だった……」

 

 イヤア血濡れの金髪女ガッ、と傍らでアッサムが飛び火にダウンしたが当時を思い出したくないので見なかった事にする。

 

「あの夜の写真なら大切に保存しているよ、見るかね?」

「削除――ッ!」

 

 と狂人が手にしている端末を狙ったら躱された。そして、そのまま背後へと回り込まれ、

 ……来ますわね!?

 思い、スカートの前と横を手で押さえつつ急いで振り返る。

 

「いい加減に――」

 

 と、そこまで言ったところで、己は胸に感触を得た。

 ……え……?

 見れば、タンクジャケットのふくらみに、アールグレイの両の手指が浅く埋まっている。

 そして彼女は三度頷いて、こう言った。

 

「ごぉ――ぅかぁ――く……!」

 

 直後、自分は反射的に横蹴りを叩き込んだ。

 

 

   ~~

 

 

 ダージリンは思った。やはりダメか、と。

 放った蹴りは直撃していない。

 防がれた。

 空いた胴体を狙った今の一撃。我ながら不意を突いた瞬発だったと自賛するが、相手は在学時代から何かと理由を付けては格闘戦を仕掛けてくるような個性の塊だ。

 ……ああもう、ホント身体能力は無駄に高いんですから!

 留学して更にパワーアップしているように感じるのは気のせいだろうか。こちらの脚を片手で受け止めたまま余裕の笑みを浮かべている辺り、たいした抗議にもなっていないようで、

 

「いやはやまだ成長期なのかね!? ふか度が以前の二割増しか――!」

 

 胸に触れたままの方の五指が動いたのでつい反射的に頭突きをかましてしまったがイイ音鳴ったので恐らく痛み分け。お互いに蹲り、打った箇所を抑えて唸って、

 ……アー、石頭!

 ちょっとクラっとした。私、試合前の時間に何をしてるんだろう……。と、鈍い痛みに現実を見る。しかし、

 

「ウアハ――、私としたことが金髪美少女の感触に油断してしまったね! まさかダージリンに先を行かれるとは……、くっ」

 

 何柄にもなくショックを受けた雰囲気漂わせているのですか。というか、その属性で人を表すの止めてください、貴女も同じでしょうに……。

 

「美少女の部分を否定しない辺り心の強度が素晴らしいよ!」

 

 貴女の後輩ですから必然です。ともあれ、

 

「卒業してから今日まで連絡の一つもないと思ったら、試合の直前にいきなり派手に現れて……。全くもう、今度は一体どこに多大な御迷惑をお掛けしたんですか」

 

 すると、やはりというか、早速に復帰したアールグレイが背後を指さして、

 

「そこで他人のフリ決め込もうとしている彼」

 

 迷惑の自覚はあるんですね……、と声にしてもよかったがどうせ言っても無駄なので思うだけにする。

 

 

   ~~

 

 

 アールグレイの手招きを受けてやって来たのは、見覚えのある姿だった。

 

「ああ、そうだろうね、直接の面識はなくとも学院ですれ違ったことくらいはあると思う。私も当時は見かける度に〝男の不審者が中々に堂々! 私も負けていられないね……!〟と横並びに張り合おうとしたがマー航空系連中のガードが堅くてねえ」

 

 などと女の不審者が言ってるのを無視して、ダージリンは蹲った姿勢から更に膝をついて頭を抱えた。それも、唸りともいえる声を吐いて、だ。

 ……ウアアアアア、よりにもよって何という……!

 もうこの際、人前だとか後輩の目があるとか気にしていられない。そもアッサムは既にアールグレイの登場から普段とのギャップが発動しているし、私の可愛いオレンジペコはやっと理解が追いついて安定したのか状況把握のためにこちらを見て、

 

「えっ」

 

 ちょっと心が折れそうになった。が、彼女への説明は後回しにせざるをえない。

 何せ、アールグレイが迷惑を掛けた相手は大物だ。

 ……我々にとっての西住島田両流派の家元と同レベルじゃないですか!

 今、目の前で、元上役が妙なムーブ付きで絡んでいる人物。学院では度々見かけていて、しかし対面となるのは今日が初の男性は、

 ……浅間流家元代理、浅間・みつる……!

 一体どこでどう繋がりを得たのか小一時間ほどアールグレイを問い詰めたいところだが今は我慢する。下手に動いて家元代理に被害をかけてはいけないし、これ以上の面倒事は避けたい。

 落ち着いて、心を一定に保つのよダージリン。私は出来る。お世話係として振り回されっぱなしだったあの頃よりも成長したんだから。上手くやれる筈。

 そうだ。今の自分は聖グロリアーナを代表する立場にある。この程度で臆していてはペコ達後輩に示しが付かないだろう。

 

「……そうよね、その通りだわ」

 

 如何なる時も優雅。それが、聖グロリアーナの戦車道だ。

 ならば、当代の隊長である自分はどうするべきかと考えたけれどアールグレイ様相手では何を対策したところで斜め上に被害が拡大するような気がしてどうしましょう。

 ……アールグレイ様の存在有無がデカ過ぎます……!

 下手を打てばただでさえ交流が少ない航空科の方々との関係が悪化してしまう。

 最悪の場合、学園艦の必需ともいえる空路に頼った輸送交通に影響がおよぶ可能性もあって、コレもう卒業生のやらかしとして処理できないかしら。現役の私達は無関係、むしろ被害者でアールグレイ様の手綱を放したOG同窓会の落ち度です、って。

 ……絶対後から私の監督不行き届きとかで上層の方々からカウンター貰うパターンのヤツ……!

 どう転んでも巻き込まれる未来しか見えないのは自分の想像力の低さが原因だと思いたい。というか何故、未だに私が担当者扱いされるのだろうか……。

 

「それはほら、私に何か用がある時はダージリンへ話を持っていくよう卒業前に諸々へ伝えておいたからだろうね」

「やけに他学科から身に覚えのない備品の返却確認が多量に来ると思ったら……! どれだけ演劇科から衣装を拝借しているんですか! 確認依頼数がトップですよ!?」

 

 ンー、とアールグレイが少し考えた。それから満面の笑みで、

 

「忘れた!」

 

 

   ~~

 

 

 一瞬、なら仕方ありませんわね、と納得しそうになった自分のチョロさに戦慄した。

 

 

   ~~

 

 

 ……元々期待していなかったとはいえ、こうも堂々と開き直られるといっそ清々しいですわね……。

 深く息を吸って、吐いて、立ち上がり、仕切り直すつもりでダージリンは言った。

 

「まあ、行方不明の衣装に関しては、見つからないならないでまた作るからと、演劇科の方々からはフォローを頂いているのでこれ以上の追及は致しません」

「相変わらずの創作気質だねえ。私が衣装を借りるといつも〝型紙ロールバックでスケジュール切り直しヨォ!〟などと慌ただしかったが、いやはや代替わりしても健在のようだね!」

「それもう戻ってこないって諦め入ってませんの……?」

 

 しかしそれでいて、戦車道履修者と演劇科の方々との仲が今でも良好であるのはアールグレイの人柄によるところだろうか。それとも単に、向こうの懐が深いだけという可能性もあるが、

 ……まあどちらでも構いません。アールグレイ様ですもの。

 もはや納得の固有名詞として元上役を認識している自分は相当染まっていると思う。だが、流石にちょっと、こればかりは納得の前に確認しておきたい事がある。もしかしたら他人のそら似という可能性も微粒子程度にはあるかもしれないので、

 

「あの、……そちらの殿方ですが」

 

 と、僅かな希望と疑問を込めて家元代理へ目を向ける。すると、アールグレイが小さく笑って、

 

「浅間・みつる、裏方系とか、そっち方面が凄い。何か困った時には便利だぞ」

「お前、やっぱ俺の認識ちょっと雑だよな? な?」

 

 家元代理が言う。ハア、と解りやすく息を吐き、

 

「裏方と言ってもたいしたことない事務系、基本的には関係者各位とうちの連中との調整入れてるだけだし、当然といえば当然で家元当人が居るから大抵の最終判断は向こう持ちになってる。

 だから、家元代理なんて肩書は面倒な確認手順を省くためのお飾り程度、これといって気にするようなものじゃない。……まあ、そのお陰で顔が広くなって便利になったのは否定しないけども」

「君が一緒だと移動が楽になるからねえ。つい余裕を持て余す」

「だからって移動中のヘリから飛び降りようとするな」

「ちゃんとパラシュートは装備していただろう」

「なら聞くけど使い方は」

「昨日、映画で見た! こう背負ってシュパッと」

「本気で止めに行って正解だったな……!」

 

 何をやらかそうとしてましたのアールグレイ様……。と、ダージリンは二人のやり取りに軽い眩暈を感じた。さらには、

 ……家元代理で確定ィ……。

 ちょっと胃痛が再発した。アールグレイ様が卒業して以来ですわね、お久しぶり、などと余計な思考で気を紛らわせつつ一息を吐いて、

 

「お初にお目にかかりますわ、浅間流家元代理。聖グロリアーナ戦車道、当代隊長のダージリンと申します」

 

 この度はうちのアールグレイがとんだご迷惑を、と先んじて頭を下げる。そして元上役が、ハッ、とした声色で、

 

「ダージリンママ……、良い響きだね……」

 

 しみじみ言われたので右手を顔の高さまで上げたら家元代理の背後に逃げられた。

 まあ何にせよ、と自分は無視を選択だ。今の一連で家元代理が「この不良娘……」と呟いていたのは非常に的を射た感想だったと思う。

 ただ、言うべきことは伝えておく。

 

「家元代理」

 

 ……我が校のOGが多大な御迷惑をお掛けした事、何卒平に御容赦を――。

 

「――我が校のOGがやらかした事に対する苦情は聖グロリアーナ同窓会の方へお願い致します。現役の私達は無関係なので」

「かなりぶっちゃけたねダージリン。私もびっくりだ」

 

 アッ、いけない。つい本音がポロっと……。

 

 

   ~~

 

 

「いやまあ、苦情と言われてもな……」

 

 挨拶も早々にぶつけられた言葉にはどう返答するべきか。

 みつるは、ちょっと悩んだ。別に自分は苦情を言いにこの場へやって来たわけではない、と。

 ……試合を現地観覧したいだけなんだよねー。

 理由はどうあれ休日となった本日。寝起きを襲撃しやがりましたアールグレイの誘いに乗ったのもソレが大半で、変人のやらかし云々なんて今さらの話だ。

 ぶっちゃけ迷惑を掛けられることには慣れている。正直、自分でも抱え過ぎで近い内に倒れるんじゃないかと思っていたがこの前の健康診断で医者からオールグリーンを笑顔で告げられてもう色々と諦めた。

 ともあれ健康体な自身に呆れを感じるものの、迷惑と苦情がイコールで考えられない思考はだいぶズレているな、と自覚はしている。

 ……そうだよな……、フツー、迷惑思ったら苦情言うんだよな……。

 身内(ママン)やら昔馴染み(西住島田)のお陰でその感覚を忘れてた。自業自得過ぎる……。以後は文句の一つでも言ってやろう、どうせ無駄だけども。

 だからまあ何であれ、いきなり文句の一つでもと言われても困るだけだ。ならば、

 

「聖グロリアーナ隊長」

「な、何でしょうか」

 

 呼んだだけで覚悟を迫られたような表情をされて悲しい。

 ……あーもー、こういう時って肩書あると面倒……!

 しかもそれを知っている相手だとなおやりづらい。俺にそんな権限無いんですよー、だから怖くないよー、などと内心で言い訳しながら気を取り直し、

 

「彼女、……アールグレイのことだけど」

「アッハイ、如何様でしょうか……!」

 

 そこまで身構えんでも、とは思う。先日に大洗の子達と顔を合わせたものだから、余計に反応の差を感じるが、

 

「――まあうんそうだな苦情とかないから全然気にしないでいいよ! 別にうちが不利益被ったわけでもないし、今に始まった事じゃないからな!」 

 

 すると聖グロ隊長が表情を消した真顔でアールグレイを見たので、一体何事だろうか。

 




ダー様ファンにDOGEZA案件になってしまいましてん。


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・されど後輩は笑顔で想ひ

 オレンジペコは、初めて感じる空気の中に居た。

 試合が始まって既に十数分。己が搭乗する隊長車は、スタート地点として陣取っていた丘陵(きゅうりょう)を越えた先、森林エリアへの入り口を見ている。

 現場は静寂。別働班からの接敵報告は未だ聞こえてこないが、

 

:ノレク『スコーンが割れた、というよりは、初めから不揃いなモノが運ばれてきたという感じでしょうか。――あッ、BC組の車輌がスリップして自由組の隊列に突っ込みました』

 

 といった具合に、マチルダⅡの車長をはじめとした別働各班から相手側の状況が上がって来る。続いて、通信の向こう側から響いて聞こえてくるのは、

 ……砲撃音、それも連続したものですね。

 だが、その飛ぶ先はこちらのチームではないようで。続けて上がって来る報告の内容から結論付けるに、

 

「BC自由学園、以前からチーム内での派閥争いが激しいとの噂を耳にしていましたが、とうとう試合の最中に撃ち合うようなムードにまで……」

 

 今回の対戦相手。BC自由学園は、大会常連校の中でも特殊なタイプの校風だ。元々はマジノ女学院の分校筋であった高等部、BC高校と自由学園の二校が学園艦の老朽化を理由に統合を強制され成り立ったせいか、現在でも生徒達の仲が非常に悪いと聞く。

 この辺り、今もってそれぞれが旧来の校章(シンボル)やら制服(タンクジャケット)を使い続けている姿勢はある種の伝統と化しているようだが、

 

「流石にこうもあからさまだと、むしろ仲が良いのではないかと勘ぐってしまいますね」

 

 とはいえ、BC自由学園はかつてのベスト4常連校だ。ここ数年は初戦敗退となっていても油断してはいけない相手。地力はある、と先日のミーティングでアッサムは言っていたのだ。

 ならば己は、判断を仰ぐ。戦車道連盟から共有された会場の地理図、その端末の液晶各所に報告で上がって来た情報を簡単にも書き込みつつ、

 

「ルクリリ様によると相手の隊長車輌は林間エリアを抜けた先にいるのでは、との事ですが、ここからどう動きましょうか」

 

 聞く。が、いつもなら格言が来るタイミングで今日は反応がない。

 アァー、とオレンジペコは察した理由の答え合わせのつもりで横を見て、

 

「ダージリン様……? あの、次の指示を頂きたいのですが……」 

 

 声をかけた先。車長席に座るダージリンが、空になったティーカップを片手に息を吐いた。

 

「この試合が終わったら、一度、アールグレイ様とお話をする時間を設けるべきですわね……」

 

 あ、駄目ですねこの人試合に集中してません。

 

 

   ~~

 

 

 ……いえ、集中していないというよりは、集中できていないという方が正しいのでしょうね……。

 ダージリンの意識が散漫している理由は、まあ明らかだ。

 

「アールグレイ様ですよね」

 

 試合の直前に現れた我が校のOG。身をもって経験した第一印象としては、強烈で個性的な、身振り手振りの賑やかな女性だった。加えて彼女は、我らが隊長ダージリンにとっては何やら特効的存在らしく、先程の対面でも効果が発動したようで、

 

「ねえペコ? 砲弾を持って来てくれるかしら。――ええ、先が鋭いものほど好ましくてよ。なるべく急いで」

 

 何に使うのか嫌な予感がとてつもないコールを鳴らしたので全力でお断りした。その向こうでアールグレイ様が「スターゲイザァ――!」と謎ポーズを決めていたが、こちらは浅間流の家元代理が懐から取り出した〝騒音〟と書いた付箋を彼女の額に張り付けて対応して頂けて自分としては凄く助かりました。

 そしてそんなこんなのやり取りの最中。試合時間が目前である旨の通達に運営委員がやって来たので、家元代理達には観覧スペースへ移動して頂き、また後程と、そういう運びになったのだ。

 そこまでは、良かった。

 だが、残った自分達はそこからがちょっと面倒だった。

 まず何かといえば、ダウンしたアッサム様の再起動。去年夏に何があったのか委細知らないが、金髪の女性云々とうわ言のように繰り返している姿には相当に深く残った記憶の気配が窺えて。

 だからまあ、これに関しては、どちらかといえば金髪寄りの自分ではなく、色合い的にも差が明確な同級生がいるので、彼女なら刺激も少ないだろうと思い任せる事にしたのだが、

 

「どうしましたのアッサム様! 何か悪いものでも拾い食いしましたの……!?」

 

 いや違いますよう。というかその発想はありませんでしたね……、流石ですローズヒップさん……。その勢いのままアッサム様をお願いします。と、彼女に任せた直後に背後から何故ツナギ姿なのかを問いただす叫びが聞こえて人選は間違いじゃなかったと思いました。

 ともあれ自分は聞きなれた保護者と元気娘のやり取りに苦笑しつつ、いつの間にか補給班のもとへと歩いていたダージリン様を追いかける事にした。

 そして、何の用だったかと問えば、とてもイイ笑顔でこう言われたのだ。

 

「ええ、御守りに機銃の弾を一発頂こうかと思いましたの!」

 

 むしろ対OG用の護身用なのでは? と思考が走って最終的にダージリン様に限ってそんな物騒な手段は選びませんよね、という結論に至りましたがそういえば直前に砲弾を持ち出そうとしていましたよね……。

 ……普段とのギャップが凄まじい。

 今日は色々と初めての光景が多くて大変だ。ごく自然な動作で御守り(物理)を忍ばせようとしたダージリン様を止めるのには苦戦したが、良い経験をしたとも思う。

 それに、今まで見てきたダージリン様の姿がほんの僅かな一面であった事実にちょっと得した気分。これはもう他の先輩方から当時の話を聞くほかありませんね。だって気になりますし! あのダージリン様が振り回される姿って、想像するだけでも現在との差に茶葉が薄くなりますよ……!

 

「って、そんな事思ってる場合じゃないんですけどね……!」

 

 今は試合中でした。私としたことがかなりの脱線を……。だけどダージリン様やアッサム様も他事に気を取られているのでセーフ、ギリギリセーフです。

 ……いやアウトですよ……!

 自分でも何言ってるかよく解らなくなってきた。これもみんなアールグレイ様の影響なんでしょうか……。だが、

 

「あのっ、ダージリン様!」

 

 呼ぶ。声を出して、少し俯き気味だったアッサム様がビックリして照準器に頭をぶつける程度には車内に響いてしまったけど、それくらいは張らないと伝わらない場面だろう。

 故に己は言う。顔を上げ、此方を見たダージリン様に対し、通信用の無線を渡すようにして、

 

「皆さんが待っています。指示があれば、今すぐにでも動けるよう布陣も成されています。……アールグレイ様のことが気掛かりであるのは、勿論承知しておりますが、どうか試合の最中であるということをご留意ください」

 

 お願いします。

 

「今日は大切な夏季大会の初戦。相手はかつてのベスト4常連校、しかし我々が勝てない相手ではありません。今だって仲間撃ちをしているようなチームです、負けるはずがありません」

 

 だから、

 

「どうか今だけはアールグレイ様のことを忘れて――、あ、いえ、そこまで無理そうな表情をされるのは意外ですけど、まあお気持ちは解ります。 

 だけど、一旦あの方の事は横に置いておいて、ええ、確かに置いておいたら勝手に動き出して何かしでかすとか、そんな心配は解りますけど」

 

 でも何となく、先ほどの対面を思い出して、理解は出来ている。

 

「きっとアールグレイ様は、ダージリン様が見事に指揮を執って勝利する姿を見たいんだと思います。――だって、留学先から態々(わざわざ)帰国してまで観戦にいらしたんですよ?」

 

 そうです。

 

「――逆に考えればいいんです。ご自身の眼が届かない状況を気に掛けるくらいなら、いっそ速やかに試合を進行してアールグレイ様のもとへ駆けつけましょう!」

 

 そうすれば一石二鳥にもなります!

 

「今、アールグレイ様はこの試合を見ているんですよ? ダージリン様が活躍なされば、試合に夢中になって周りへの被害も抑えられるはずです……!」

 

 

   ~~

 

 

:伯爵女『おいおいおい今の見たかねみつる! ダージリンだ、ダージリンが居たよそこに! あとアッサムも! すれ違いざまの一瞬だったがそっくりだったねえ……!』

:3 る『西グロの子達か。マー、やっぱ聖グロの試合だし見に来るよなあ』

:伯爵女『ほほう、――知っているのかねみつる』

:3 る『まあ、知らない相手ではないな。どちらかというと取引先のお嬢さんとか、そんな感じ。ほら、ダーサマタイプの子、うちの駅で扱ってるコーヒーの仕入れ先の一つだったりして』

:伯爵女『なるほど。もしかして彼女ら、コスプレが趣味なのかね?』

:3 る『コスプレ言ってやるな。推しに対して一筋なの』

:伯爵女『なら推しへの信仰とでも』

:3 る『紅茶信仰か……』

:伯爵女『だとすると聖グロはまさに宝庫だね。ちなみにみつるの信仰先は何かな? 私か!?』

:3 る『ガルパン』

:伯爵女『君はまた、そうやって意味の解らないことを言う……。素直じゃないねえ全く』

:3 る『ハイハイハイ、解らなくて結構ですよー。というか、あの子達が急いだ様子で観覧スペースに行ったって事は、もう試合始まっているのでは……!?』

:伯爵女『いやはや、――誰の所為だろうね』

:3 る『お前だよ! お前が通り掛けに出店で何か摘めるものが欲しいとか言い出して並ぶからな! ああもう、この位置じゃあ中継モニター見えないんですけどー……!』

 

 

   ~~

 

 

「大丈夫です、今ならまだ間に合いますよ……!」

 

 オレンジペコは、行けると確信した。

 ……ダージリン様の意識がこちらに向きましたね……!

 恐らく試合前の対面から彼女のほとんどの思考を占めていたであろうアールグレイ様。その存在比率を、少しは揺らすことが出来たのだろう。

 

「お言葉ですがダージリン様、――しっかりしてください」

「……今の私はしっかりしていないかしら」

「ええ、アッサム様と並んでいつも以上に意識の迷走が酷く表に出てます」

 

 アッサム様が「えっ、私も……?」と微妙な表情でこちらを見たが気付かなかった事する。

 

「先ほどから、それこそ家元代理達と別れてからずっとアールグレイ様がどうのと繰り返していて……。試合に集中していないのが丸わかりです」

「いえ、流石にそれは」

「いいえ言っていました。――そうですよね、ルクリリ様」

:ノレク『うえあっ!?』

「解って頂けましたか。ルクリリ様だってこう言っているんです」

「今の、どう聞いても急に話が飛んで来た時の反応では……?」

 

 アッサム様はちょっとお静かに願います。

 ともあれ自分は、いいですか、と前に置いて、

 

「ダージリン様、久しぶりに大好きな先輩と再会できたとはいえ」

「――待って。違う、違うのよペコ。私は別にアールグレイ様の事なんて」

「言い訳は聞きません! というか何を言い訳しているんですか、誰がどう見てもダージリン様がアールグレイ様のこと大好きなのは明らかじゃないですか!」

 

 えっ、と車内、ひいては通信端末の向うにまで確認を始めたダージリン様の姿は慌てていて新鮮だな、とオレンジペコは思った。しかし、

 

「ダージリン様! 大好きなアールグレイ様の話は後ほど聞かせて頂きます! だから今は試合に集中してください……!」

「し、試合を疎かにしてしまった事は認めます。けれどペコ? 私がアールグレイ様の事を大好きだなんて、それは誤解で、あの方はただ憧れた先で」

「聞きません! 後で聞きます! 今は試合が最優先です――!」

 

 とそこまで言ったところで、照準器を覗いていたアッサムがボソッと呟いた。

 

「珍しい。ペコの嫉妬ですね」

「――まあ! それは本当なの!?」

 

 ……き、切り替え早っ! アー、急に元気を取り戻しましたねダージリン様!?

 アッサム様は余計な事を言わないでください! 私が何に対して嫉妬しているというんですか、それは誤解で、ダージリン様に想われるあの方に嫉妬なんて――。

 

「違います! 嫉妬じゃありません! 別にアールグレイ様と再会してから私を構ってくれないとか、声をかけてもアールグレイ様が云々と私を見てくれないとかそんな事は一切これっぽちも思っていませんから……!」

 

 だが、言っている途中で自分が気付いた。

 ……うああああああ! 凄く自分に聞かせるための言い訳みたいになってますよ! 私!

 しかもビミョーに否定できない部分が駄々漏れていてどうしたものか。恥ずかしくて穴があったら砲弾を詰め込みたい気分です。だけど、

 

「アッサム、アッサム! 今のペコを見ましたの!? ぷくって、ぷくって膨れて否定していて決定的瞬間でしたのよ!!」

「アーハイハイ、解りましたから落ち着いてくださいダージリン。いいから試合に集中を。さもないとまたペコが怒りますよ」

 

 別に怒ってはいませんけど……、とは思ったが、まあ上役二人のテンションが戻って来たようなので良しとしよう。

 ……今の私、そのように膨れていたでしょうか。

 両の手を使って頬に触れてみる。柔らかい。自分で思うのも何だけど触り心地は悪くない。この柔さなら少し空気を入れるだけで確かにぷくっとなりそうだが、

 

「ふふふペコったらそんな仕草をして……。可愛いわね」

 

 今の一言で〝まあいいです〟と流してしまった自分はチョロいと思いました。

 

「――ダージリン。そろそろ前を見なさい」

「言われずとも顔を上げているわ。アッサム」

「なら指示を。ここまではオレンジペコが上手くやってくれたのだから、ここから先は私達の時間帯よ」

 

 勿論、とダージリンが言った。彼女は改めて通信用端末を手にして、

 

「まずは貴女達に謝罪を。――ごめんなさい、久しぶりの遭遇に冷静ではなかったわ。まさかの再会に心を乱されるなんて、私もまだまだ未熟ということね。

 それと、ここまでの試合運びに最大の感謝を。我がチームの事ながら、偵察から布陣、報連相までを機能させた一連の流れはお見事という他ないわ。これなら私達がいつ引退しても心配はいらないわね」

「ダージリン様っ」

 

 冗談よ、と彼女は笑った。

 

「少なくとも、今のまほさんがいる黒森峰を下して優勝するまでは、現役を退くつもりはないから安心して。それにまだペコの〝頼れる先輩〟でありたいもの」

「そういうところ、ますますアールグレイ様に似てきましたね」

「――アッサム?」

「何かしら」

 

 貴女ねえ、と言い合う二人の上役を見て、オレンジペコはふうと息を吐いた。

 ……何とか調子が戻りましたか……?

 見ているぶんには問題なし。ただ、言葉の節々というか、今のテンションにOGの影がチラ見えするのはまあ軽微な差分でしょう。

 悪影響ではない。むしろブースト方面に作用しているようなので、

 

「今日のダージリン様は凄いですよ……」

 

 何しろ普段よりも二割増し程度には機嫌が良い。BC自由学園の方々には申し訳ないがこれもまた戦車道、我らがダージリン様のテンションが行く先に勝利を頂きます。

 

「オレンジペコ」

「はいっ、ダージリン様!」

 

 と、彼女の言葉を待つ。そして、

 

「頼りにしてるわよ」

「――はいッ!」

 

 準備は出来ている。行きましょう、と己はグローブの裾を引き直し、

 

「いつでもどうぞ」

「ええ、行きましょう」

 

 さあ、とダージリンが笑みを作った。

 

「――Engage(前進)!」

 

 あ、その掛け声は初耳ですね! 心機一転、夏季大会デビューというやつですか!

 あれ、どうしましたアッサム様、そのように呆れた表情を……。え? 今のはアールグレイ様の使っていた掛け声? そうなんですか。

 へえ――――。

 




この世界のダー様はテンションの上下が解りやすい。
↑:要因はペコ。
↓↘→↗↑:原因は伯爵女


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