ファイアーエムブレム 竜の軍師 (コウチャカ・デン)
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プロローグ「再会」

「……アラフェンか、彼女と訪れた時以来だが……たかが20年では、そう変わらんか」

 

 薄汚れた外套に、深くフードをかぶった男の呟きが、兵士の雑踏に巻かれて消える。

 近くを通った兵士が、わずかに男を警戒するような視線を向けるが、戦争が近いという事実が兵士の背を押し、男に声をかけることなく足早に立ち去っていった。

 

「……本当に、戦争が起こるのか?」

 

 そんな兵士の様子に男が疑問の声を上げるが、残念なことに答える者はいなかった。

 ただ、男にとっては、この事態は限りなく誤算であり、憤りすら覚えるものであった。

 

「こんな怪しげな恰好をした男を無視するなんて、警戒なんてあってないようなものじゃないか……!」

 

 そう、男が立っているのは、今回の戦いでリキア同盟側の防衛拠点となるアラフェン城の目の前である。それにもかかわらず、顔を隠した自分に声すらかけない兵士の質は、最悪と言っても間違いではないだろう。

 

「くそっ! アイツは、こんな状況で防衛をやるつもりなのか!?」

 

 あまりの無謀さに、思わず悪態を口にするが、やはりそれを咎める者はいなかった。

 そのことにさらに怒りを募らせつつも、男は踵を返し、城を後にする。

 

「(いくらアイツに会うためとはいえ、強行突破は不味い……なるべく穏便に、それでいて無視できない方法は……)」

 

 兵士が信用できない以上、正面から会いに行っても上に話は伝わらないだろうと見切りをつける。かといって武力行使は問題外であるし、まともな手段では目的の人物に会えない事を男は理解する。

 

「仕方無い、兵舎の仕掛けを使うか」

 

 改めて目的を果たす手段を構築し直した男は、迷いなく歩を進める。そして意外な事に、その歩みに先程までの怒りは感じられず、むしろ祭りへ向かう子供のような軽快さが見えていた。

 一方そのころ目的の人物は、迫りくる絶望を覆そうと声を荒げていた。

 

「くどいっ! ベルン国王の目的も見えずに降伏など、断じてありえん!」

「し、しかし、諸侯の動きはあまりにも悪うございます! いまだ予定の7割に満たぬ軍では、迎撃はおろか、籠城すらままなりません!」

「失礼ながらアラフェン候よ、イリアとサカを問答無用で攻め滅ぼしたベルンに、どのような交渉を持ちかけるおつもりで?」

「そ、それは……」

 

 オスティア候の怒声に何とか反論するアラフェン候であったが、続くサンタルス候の言葉に、声を詰まらせる。

 

「いまさら戦う戦わぬの議論をする暇はない! 陣の設営と兵の配置を急がせろ!」

「は、はいぃぃ……!」

 

 本来このアラフェン城において最も位の高い中年の男が、転がるように玉座の間から走り去る。その足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、リキア同盟の盟主であるオスティア候ヘクトルは玉座へと腰を落とし、頭を抱える。

 

「リキア同盟の諸侯は、ここまで落ちぶれていたのか……」

「平和な時が長く続きましたからな。それも致し方ありませぬ」

「……貴方のような方がいくらかでもいることが、せめてもの救いか」

「ご冗談を。この身は所詮、ヘクトル殿の号令が無ければ、右往左往するしかなかった凡愚に過ぎませぬ」

 

 今回集まった諸侯の中でも若手であるサンタルス候は、期待に応える器量は無いと頭を下げる。ヘクトルとてそれは十分に理解しており、それでも頼りにならない老害どもを思い出し、眉を顰める。

 

「……兵糧の確認を頼む」

「……了解いたしました」

 

 結局、軍を動かすのに最も重要な兵糧の責任者と言う大役を任せる。ヘクトルとて、若いものに大役を任せ委縮させるのは本意でなかったが、他に選択肢は無かった。

 

「せめて、エリウッドが……」

 

 数年前病に倒れた親友の名を出し、すぐに口をつぐむ。もしこの先を言ってしまえば、その親友への恨み言になってしまいそうだったためだ。それだけは、ヘクトルの矜持にかけてしないと誓ったのだ。

 

(何も病になったのはエリウッドの所為じゃねーしな)

 

 肺を患った友人は、治める領地のほとんどの戦力をすでに送ってきている。これ以上を求めるのは、完全に甘えでしかないだろう。

 

(……この上ロイまで送って来るって言うんだから、あいつも歯がゆいんだろうな)

 

 病になったことを一番苦しく思っているのは、エリウッドだ。だからこそ、この戦いを老後の笑い話にしなくてはと、ヘクトルは決めていたのだ。

 

「……ま、無茶だって言うのはわかっているがな」

「ヘクトル様、そのような事は……」

 

 ヘクトルの弱音とも取れる一言を咎めたのは、彼に長く付き従う重騎士のオズインであった。先代であるヘクトルの兄の代から騎士を務めていた彼は、今は相談役としてヘクトルに仕えていた。

 もちろん、このたびの戦においては往年の鎧を着こみ、主の盾となって死ぬ覚悟でいた。

 

「わかってる……だが、現状は正しく認識なきゃいけねぇ。希望的観測で、軍は動かせないからな」

「……お言葉が崩れております」

「お前しか居ねぇんだ。……最後ぐらい、自由にさせろ」

「……」

 

 オズインは何も言えなかった。それだけ、ヘクトル率いるリキア同盟の質は落ちていたのだ。

 

 もはや、どうしようもない。

 

 それが、ヘクトル達の総意であった。ただ、それでも希望を持つのであれば……

 

「あの時の仲間がいれば……ってな」

「……イリアとサカで、あの方々が戦わなかったとは思えません。おそらくは……」

「……」

 

 みなまで言わずとも、伝わった。それでも、あの往生際の悪い奴らならとも思うが、絶望的であるのには変わりない。

 20年前、古の火竜と戦ったあの時を思えば……

 

「……ったく、リンディスの奴が羨ましいぜ! なんせ、ぎりっぎりのタイミングであの軍師を拾ったんだからなぁ!」

「マーク殿ですか……」

「呼んだか?」

「「!?」」

 

 その愚痴に、かつて風のように現れた軍師の名に、応える声があった。

 それは玉座の裏から、その城の主と、限られた信用された騎士にしか知らされていなかっただろう隠し通路から、その姿を現した。

 

「……おい、これは夢か何かか?」

「……さて、ここ最近まとまった睡眠をとっていなかったので、答えかねますな」

 

 長らく使われていなかった通路だからか、男のフードにはクモの巣と大量の埃がかぶっていた。

 それらが顔にかからないように丁寧に、男はゆっくりとフードを脱ぐ。

 そこから現れたのは、見間違うはずもない。20年前に毎日見た、懐かしい戦友の顔があった。

 

「久しいな、ヘクトル、オズイン……また会えるとは、正直思ってなかったぞ?」

「ああ、本当に……タイミング狙いすぎだろ……」

「……軍議の準備をしてまいります」

 

 視界が歪む。

 声がかすれる。

 感動のあまり手が震え、ヘクトルは膝から崩れ落ちそうになった。

 だが、膝をつくことはない。そこには、ヘクトルを支える心強い友の手があったのだ。

 

「はっ! ずいぶん老け込んだな!」

「やかましい! 20年も経ったんだ、お前が変わらな過ぎるんだよ!」

 

 もう40歳に近いヘクトルに対し、マークは20年前と何ら変わりない青年の姿である。だが、それも当然だろう。

 何せマークは、ただの人ではないのだから。

 

「……力を貸してくれるか?」

「当然。そのために来たんだからな」

 

 そしてヘクトルは、かすかな希望を胸に再び立ち上がる。その傍らに立つのは、神とまで称された戦略の妙を持つ一人の軍師。

 その二人の胸中に浮かぶのは、かつて伝説と呼ばれた老人の言葉であった。

 

「ベルンより来る凶星、か……」

「そして、リキアからいずる炎の子、だろ?」

 

 それは偉大なる賢者が残した預言であると同時に、呪いでもあった。そして、気にかけるべきは、それだけではなかった。

 

(戦場が死に場、か……俺が戦場に出るなんてこと、こんな大規模な戦いじゃなきゃありえねぇし、あまりいい予感はしねーな)

 

 それは、かつて手にした狂戦士の斧の呪いというべきものだろうか。ヘクトルは、かつてない予感を抱きつつも、無言でオズインが連れてくるだろう頼りない諸侯を待つ。

 そして、徐々に聞こえてきた足音と共に、この戦いの趨勢を決める策を練るのであった。

 



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第1章「アラフェン攻防戦」

「お前らは、いったい俺を何だと思ってるんだ?」

「何って、軍師だろ?」

 

 マークの頭痛をこらえたような声に、ヘクトルは苦笑をまじえながら返す。というのも、マークという軍師の参戦の報を聞いた一部が、たったそれだけで、もはやこの戦い勝ったも同然と騒ぎ出したのだ。

 もちろん、突然降って湧いた軍師を訝しむ者もいた。だが、盟主であるヘクトルが保証した実力を、何の根拠もなく否定することはできなかった。

 

「ただの軍師ではありません。指先一つで歴史を変える、不世出の天才軍師……だそうですよ」

「何をどうすれば、そんな話になるんだ!?」

 

 にやつきが隠しきれない顔で付け足されたオズインの言葉に、さすがのマークも泣きが入る。

 確かにマークは20年前の戦いで、相応の結果を残したが、その戦いは決して汎用性のあるものではなかった。

 

「アレはトップがエリウッドで、隣にヘクトルが居たからこその結果だ。それなのに、他の状況でも同じような事が出来ると思われたら、そんなのたまったもんじゃない」

「まあ、あの時の一団が特別だったのは同意するぜ」

 

 思いのほか自己評価の低いマークに、ヘクトルは少し調子を切り替えながら答える。

 

「だが、お前なら別の環境を与えられれば、その環境でベストの戦術を練り、勝つことができたはずだ」

「無茶を言いやがって……まあ、最善は尽くす」

「まあ、ここで『当然!』とか言わないのが、マークなんだろうな」

 

 諭すようなヘクトルの言葉に、そっぽを向いてしまったマークであったが、頬が赤く染まったことを隠せていない。その照れ隠しが、ヘクトル達を安心させた。

 

「まあ、20年も昔のもしもの話なんかどうでもいい。問題は今だ」

「……とりあえず情報をよこせ」

「こちらに」

 

 オズインに渡された用紙には、リキア同盟全体の人数に陣地の見取り図、兵糧やら物資など、事細かに記載されていた。

 

「……正直に言って、意外だった」

「何がだ?」

「ヘクトルが、大過なくオスティア候を……いや、リキア同盟の盟主をやっていることが」

「お前だって知ってるだろ? 俺は、やるときはやる男だ」

「……そうだったな、疑って悪かった」

 

 心外だと言わんばかりのヘクトルの反論に、マークは形ばかりの謝罪を返す。だが、それも仕方のないことだろう。

 マークは、20年前のヘクトルしか知らないのだ。そして、あの頃の自分から今の自分を想像することなど、ヘクトル自身にも不可能なのだから。

 それだけやんちゃしていたという自覚のあるヘクトルとしては、不自然な咳払いをしてごまかすことしかできなかった。

 

「ま、まあ正直に言って、同盟の兵の練度は高くない。時間の問題から取れる策は限られてくるし、何よりベルン側の情報がほとんどない」

「探っていないわけではないだろ?」

「マシューや他の密偵にも探らせているが、芳しくないな……」

 

 わざとらしい話のそらし方であったが、今のうちに話しておかなければならない内容である以上、乗らないわけにはいかなかった。

 リキア側が情報を得られないという事はつまり、ベルン軍に諜報関係も劣っているという事だ。そして諜報における人員の劣勢は、そのまま情報量の違いとなって現れる。

 

「こっちの情報は、ほぼ筒抜けと思っていた方がいいか……」

「いや、情報戦は守勢に回ることにする。新しい情報は皆無となるが、マークという切り札を有効に使うためなら、これが最上だろう」

「……仕方ないか」

 

 今までは敵の進軍ルート、総軍数、兵種の割合など、より詳細な情報を得ようと足掻いていたが、それらを諦め、新たな作戦にすべてを賭ける。

 もとより兵力に劣るリキアには、策をめぐらせることでしか勝ち目は無く、その策さえも筒抜けの状態だった。

 だが、リキア同盟軍にも、勝る点が何も無いわけではない。

「失礼します」

 

 そして、その数少ない希望が、マークの前に姿を現す。

 

「フェレ騎士団団長ロウエンです。旧キアラン領監督官殿が到着しました」

「遅くなり、申し訳ありません。旧キアラン領監督官ケント、全軍300を率い、ただ今到着しました」

「なっ! ロウエン、ケントも!」

 

 思わぬ戦友との再会に、マークは思わず驚嘆の声を上げる。その驚き様に満足げな笑みを浮かべるヘクトルであったが、同時に疑問も覚えてしまう。

 

「そこまで驚くことは無いだろう? 解体になったキアランのケントはともかく、ロウエンぐらいなら予想出来ていたはずだ」

「まあ、リキアにいるのなら、この戦いに参加しないわけがないとは思っていたが……あまり楽観視は、しないようにしていたからな」

「引退している、と思うようにしてたってところか? 真面目過ぎんだろ……」

 

 流石に呆れを隠せないヘクトルであったが、この慎重さがあったからこそ20年前の戦いを生き延びたのだと思えば、文句を言う事も出来ない。

 

「ともあれ、お久しぶりです」

「再び肩を並べることができるとは、頼もしい限りですよ」

「それはこっちのセリフだ……悪いが、扱き使わせてもらうぞ」

 

 拳を合わせて再会を喜び合う三人は、さっそく現状を報告する。と、言えば聞こえはいいが、実質的にはただの近況報告に近かった。

 

「ロウエンは未だに、保存食を担いで戦場に出てるのか?」

「もちろん! 『腹満たされずして、心もまた満たされず』……いえ、今は大部分を部下に担がせていますが……」

「お前、ぶれないなぁ」

 

 ロウエンがかつて従騎士だった頃、絶えず担いでいた『保存食袋』は未だに健在であることに、大きな呆れとほんの少しの安堵を抱いたのはマークだけではなかったはずだ。

 だが、ロウエンにはそんな表情を見慣れていたのだろう。すぐに続く言葉が紡がれた。

 

「マーカス様やハーケン様にも言われるのですが、こればかりは……」

「……まあ、火竜の前でも袋を手放さなかったんだ。今更何も言わんよ」

 

 せめて全部預けろと言いたかったが、それで結果を出している以上何も言えなかった。

 ちなみにマーカスとハーケンだが、マーカスはエリウッドの息子ロイのお目付け役に、ハーケンは妻のイサドラと共に一度騎士を退いたものの、今回はフェレ領の守りに再び剣を持ったとのことであった。

 

「あとは、ウィルが弓兵をまとめていますので、もしよろしければ……」

「ああ、顔を出しとく……レベッカは?」

「フェレに残っています……流石に彼女は引退して長すぎますから」

 

 竜騎士という空戦力を主力とするベルンに対し、弓兵は心強い味方である。大陸有数の弓使いであるウィルの力は、欠かすことのできないものと言って過言ではないだろう。

 レベッカの不在は痛いが、火の竜と戦ったのは20年も昔のことだ。当時のメンバーだからと言って、頼りにしすぎるのも問題だろう。

 

「そう言えば、セインは来ていないのか? ああ、お前と一緒に部隊を離れるわけにはいかないか……」

「いえ、セインはハウゼン様がご崩御されたのち、イリアへ向かいました」

「イリア……って、まさか!?」

「はい、フィオーラと一緒になったと聞いています」

「俺がフロリーナを娶ったから、あいつは俺の義兄ってことになるな」

 

 あまりの衝撃で開いた口が閉まらないマークに、ヘクトルがとどめを刺す。だが、その驚愕の表情も、次第に何とも言いようのないものへと変わっていく。

 イリアはすでに、ベルンに墜とされている事実を思い出したのだ。

 

「何か連絡は?」

「……いえ、特になにも」

 

 平静であろうとするケントであるが、マークの目から見てもそれは失敗していた。

 やはり、かつての相棒が死んでいるかもしれないと言う、最悪の予想を消せずにいることは一目瞭然であった。

 しかし、この場でできる事は何もない。せめてこの地だけでもと意識を切り替えるマークは、アラフェン近郊に集まった同盟軍について聞く。

 

「ルセアがこの近くで孤児院を営んでいて、そこで怪我人の治療を受け持ってくれることになっている」

「そちらにはセーラも待機しています」

「それと、雇った傭兵の中にレイヴァンが居たな」

 

 それでもやはり頼りにできる人材にはかつて聞いた名前が多く、どうにも昔を懐かしむような気配が消えなかった。

 

「……今ある情報では、やはり打って出るしかないか」

「やはりその判断に行きつくか……」

 

 マークの出した結論は、正攻法で戦っても、つまり引きこもっていても勝ち目はないという、ある意味当然なものであった。

 もちろん、打って出たところで勝ち目が薄い事には変わらない。それでも、援軍の見込めない籠城戦よりは、はるかにマシである。

 

「エトルリアは動かせんか?」

「そっちはリキア以上に腰が重いな……本土が戦場にならなきゃ、動かねぇんじゃねぇのか?」

「そうなってからじゃ遅いだろうに……」

 

 思わず頭を抱えるマークであったが、現状を十分認識していたヘクトル達は、マークにその次を求める。

 

「消去法になるが、オスティア重騎士団が本陣にて敵本体の突撃を受け止る。そこへ、遊撃としてあらかじめ伏せておいたロウエンやケントを、敵将のもとに突っ込ませるしかないと思っていた」

「……確か、ラウスには精鋭騎馬部隊がいるんじゃなかったか?」

「まだ到着してねぇ」

「……」

 

 使えない、という感想を無理やり飲み込む。むしろ、20年前の愚行もあるし、いない方が助かると思う事にしかなかった。

 そうして練った作戦は、マークが到着する前より大きく変わることなく、実行されることになる。

 

「変わったのは、兵と伏せる位置と数……それに攻めに出るタイミング、ですね」

「これだけならば、今からでも実行できるだろう」

「ああ、それでも予想される刻限ぎりぎりだ……おい! 伝令を走らせろ!」

 

 急ぎ伝令を呼ぶオズインに、ヘクトルはマークと協力して指示書をしたためる。

 ロウエンとケントはすぐに指示を実行すべく兵のもとに戻り、アラフェンはいよいよ戦を目前にした緊張に包まれていった。

 だが、これなら何とかなるのではというマーク達の淡い希望は、ベルンの予想をはるかに上回る早さにあっという間に砕かれてしまう。

 マークの到着からわずか二日後に、ベルンの軍が未だ準備の整わぬリキア軍へ攻め込んできたのだ。

 

「状況はどうなっている!」

「中央の一部が破られました! それににより、後衛部隊にも被害が出ています!」

「馬鹿な……早すぎる!」

 

 いくら奇襲とはいえ、ヘクトルが一切指示を出す隙すらなく落とされるなど、いくらなんでも異常であった。

 その理由を考えようとしたマークだったが、その答えに行きつく前に、正確な情報は入ってきた。

 

「ト、トスカナ侯爵軍が離反されたとのこと! 正面に配置された部隊は、挟撃を受けほぼ壊滅状態です!」

「くっ……オズイン!」

「はっ! 城内の兵を使い、防衛ラインを再構築します!」

「俺も指示が終わったらすぐに行く……それと、フェレとキアラン監督官に伝令! 即座に撤退し、残存勢力をラウスに集結させろと」

「そ、それは……!」

「おい待て……死ぬ気か!?」

 

 それは、この戦場の放棄であった。もはや勝ち目のない戦いに執着することなく、少しでも次につなげようという、精一杯の抵抗である。

 だが、事はそう簡単に進むはずがない。撤退しようとするなら、当然対価を払う必要があったのだ。

 ヘクトルが何をする気か察したマークが、何とか思いとどませようと詰め寄ろうとする。

 

「マシュー!」

 

 しかし、そのたった一言により、マークの手はヘクトルまで届かない。その身に強い衝撃が走り、掴みかかろうとした手は空を切ってしまう。

 そして、霞のように意識が消えゆく最中、マークの耳に戦友の優しげな声が届いた。

 

「……せめて、お前だけでも生き延びろ。リキアを……いや、俺らの子供たちを、頼む」

 

 勝手な事を、そうマークは言おうとしたがもはや口は動かず、ただ重力にひかれるまま、倒れ込むのであった。

 

「……よろしかったんで?」

「手を下したお前が言うな……すぐにマークを連れ、この場を離れろ」

「……御意」

 

 主の声にどこかともなく表れたマシューは、マークを連れ再び姿を消す。そして、何も言わずに指示に従ってくれた部下に……いや戦友に心中で感謝を述べ、負け戦へと意識を向ける。

 

(このままでは終わらん。せめて……せめて一矢報いさせてもらうぞ!)

 

 その決意と共に、ヘクトルはその手に愛用の斧を持ち戦線へと向かう。

 そこが、己の死に場所となると知りながら……。

 

 

 だが、死地と悟りながらも戦場へと向かう男は、ヘクトル一人ではなかった。

 そう、オスティア候ヘクトルが出した伝令が辿り着く前に、彼らは動き出していた。

 

「全軍、前へ! 敵後方を撹乱し、友軍を助けるぞ!」

 

 ロウエンの号令に、フェレ騎士たちが叫び返す。その突撃はある意味計画通りであったが、同時に地獄への片道切符でもあった。

 

(防衛線が崩れている……そちらからの圧力が期待できないうえに、ケント監督官との連携も実質不可能だ)

 

 正直に言えば、アラフェンを見捨てて撤退するのが正しいと、ロウエンだってわかっていた。

 だが、それでも一縷の希望にかけたのだ。

 

(撤退しても、ベルンに対抗できる戦力を再結集というわけにはいかない。この戦いこそ、最初で最後のチャンスなんだ!)

 

 気を抜けば逃げ出したくなる弱気の虫を押さえつけ、ロウエンは騎士たちを率いて突撃する。

 だが、そんなロウエン達の決意をあざ笑うかのように、大陸最強とまで言われるベルン竜騎士が襲いかかってきたのだ。

 あまりに早すぎる主力の登場に青ざめるロウエンであったが、しかし、戦う意思を持ったリキアの戦士は、何もロウエン達だけではない。本陣からシューターの一撃が飛来し、見事竜騎士を撃ち落として見せたのだ。

 

「そう、何もかも思い通りにはさせない、よっと!」

 

 本陣に設置されたシューターを操作するのは、大陸有数の弓使いウィルであった。その攻撃は正確無比で、一撃一殺を体現した精密射撃の極致にあった。

 しかし、そんな正確な支援砲撃を行う彼の体は、既にボロボロ。彼の操作するシューターにも、多くの傷が刻まれていた。

 

「ウィル殿、代わります! ですから早く治療を……!」

「それは、できないなぁ……」

 

 一弓兵として配置されたウィルに指示を送る隊長であったが、それは果たされることが無かった。敵の先制により本陣に開いた穴は、竜騎士の天敵となる魔導師や弓兵への攻撃を許してしまっていた為だ。

 弱々しく笑うウィルの体にはショートスピアが突き刺さり、おびただしい量の血が流れていた。

 

「次弾の装填、終了しました!」

「敵を寄り付かせるな! 壁になれ! これ以上ウィル殿に攻撃を通すな!」

 

 もう自力では動けないウィルに代わり、シューターへの装填を行っていた兵が大声を上げる。

 それを確認し、ウィルは死力を振り絞り照準を合わせ、放つ。

 

「破損したシューターより、弾を回収してきました!」

「次弾の装填、終了しました!」

「衛生兵を……杖使いを呼べぇ! 早く!」

 

 オズインによって、ようやく戦線が再構築される。その間放たれた弾は実に16発。撃ち落とされた竜騎士も、また16騎であった。

 そして、ついに僧侶が到着したが、装填された21発目の弾は、放たれることは無い。その間撃墜された竜騎士は、20騎であった。

 

「怯むな! 敵将はすぐそこだ!」

 

 シューターの支援により竜騎士の姿の減った戦場では、もう一人の聖騎士が万夫不当の戦いを見せていた。

 幾多の兵を貫き、切り捨てる聖騎士の存在にベルン兵の動きがいくらか鈍るが、つわもの達は違った。

 そんな快進撃を見せる聖騎士の一人であるケントに、ベルン軍の将が突き当たる。

 

「フン、田舎騎士如きが、この私に勝てると思っているのかぁ!」

 

 その声とともにケントの率いる兵を切り裂くのは、ベルン三竜将が一人、ナーシェンだ。ケントは本命に出会えたことに対して聖女へ感謝の念を送り、竜将へと槍を向ける。

 

「これ以上……やらせはせん!」

「雑兵如きが、私の前に立ちはだかるなぁ!」

 

 だが、ケントの槍はナーシェンに届かない。彼らの間に、一人の竜騎士が割り込んできたためだ。

 

「君は……!」

「……ナーシェン殿は御下がり下さい。ここは私が」

「邪魔を……!」

 

 突然の乱入に憤るナーシェンであったが、ケントの表情から二人に因縁があることに思い至る。

 乱入してきた竜騎士に対しても、思うところがあったのだろう。不満そうな顔をしながらも、そこまで言うのであれば仕方がないと言った体で、騎竜を引かせていった。

 

「……久しぶりの再会だが、祝う事はできそうにないな、ケント」

「ああ、懐かしがるような余裕はないな……ヒース」

 

 ケントの声には、かつての戦友が、再びあるべき場所へ戻ることができたという喜びと、その戦友と今から殺し合わなければならないという悲しみがあった。

 ヒースも同様に、再会の喜びと悲しみを含んだ表情であったが、お互いこれ以上の言葉は無い。

 もはや二度と交わらない立場に立たされた二人には、戦場での自分の役目を果たすしか道は無いと知っていたのだ。

 

「うおおおぉぉぉおっ!」

「はああぁぁぁぁあっ!」

 

 己のすべてを賭けた一撃は、そこまでしなければ倒せない相手への敬意と共に。しかし、二人の状況は、あまりに違い過ぎた。

 先陣を切り、寡兵でもって大軍を突き破ってきたケントに対し、温存され、気力・体力が十分な状態のヒース。

 交わされたのは、僅かに3合。それで、決着はついた。

 

「おい、生きてるか、オズイン!」

「ヘクトル様こそ……先を急ぎ過ぎて、逸れないようにしてください!」

 

 数多くの命が散っていく中、オスティアの主従は自身の軍の生き残りを率いてベルン本隊への杭と化していた。

 それはすなわち、特攻隊。ヘクトルは自身の首の価値を知るからこそ、この場を死地と定めたのであり、しかし雑兵如きにこの命をくれてやるつもりは無かった。

 

「敵将は見えたか!?」

「この混戦で、見えるわけがないでしょう!」

 

 そう、彼らの目標は敵将ただ一人。万に一つ、億に一つの可能性かもしれないが、それでも、彼らは生き残る可能性を捨て去ってはいなかった。

 ヴォルフバイルを振るい敵兵を薙ぎ払うヘクトルに、銀の槍を振るうオズイン。そしてそれに追随する重騎士たちは、一丸となってベルン軍の中央を踏破していく。

 そして、ついに敵兵たちがいない空間へとたどり着いた。

 

「一体……」

「何が……?」

「おい……冗談だろ?」

 

 そこへたどり着いたヘクトル達が最初に感じたのは困惑。なぜこの場には兵がいないのか。そして、その答えはすぐに得られることになる。

 

「まさか、これは……」

「……竜」

 

 兵士がいなかったのは、巻き添えを避けるため。そのことに気づいた時にはもう遅かった。

 竜の口唇からわずかに火の粉が漏れるが、それに反応できたのは、竜との交戦経験のあった二人だけであった。

 ヘクトルを守るべくオズインが前に出た次の瞬間に、竜の口から放たれた火のブレスが、オスティア重騎士団を焼き払った。

 

「ぐ、くぅっ……!?」

「オズイン!?」

 

 ヘクトルの代わりにその炎を一身に浴びたオズインであったが、まだその命をつないでいた。どころか、まだ継戦可能ですらあった。

 その事実を訝しむ二人であったが、今はとにかく、目の前の存在に対処をするのが先であると、意識を切り替える。

 

「おおおぉぉぉっ!」

 

 だが、いかに継戦可能とはいえ、オズインは重傷に違いなかった。そして、そんな仲間を置いて行くなど選択肢にないヘクトルは、竜騎士用にと用意していた切り札の剣を取り出し、渾身の力で斬りつける。

 

 その剣の銘は、ドラゴンキラー。

 

 その名に恥じぬ力を発揮した剣は、竜の肩あたりの鱗を、肉を裂く一撃を実現するが、その反動は疲労したヘクトルにとってあまりあるものであった。

 

「……っ!」

 

 歯を食いしばり声を殺すが、剣を振るった腕にかかった負担は想像を絶するものであった。

 だが、痛みをこらえる暇すらも与えられはしない。竜の攻撃がそれで終わりのはずが無いのだから。

 竜は傷つけられた痛みを怒りに変えて、ヘクトルのことをかみ砕かんとその咢を向ける。

 

「喰われて……!」

 

 しかし、ヘクトルにとってはそれこそ好機。高所から炎を吐かれていては届かなかった場所に、その手が届くという事なのだから。

 

「たまるかぁぁぁあっ!」

 

 迫る牙を、重騎士とは思えぬ身軽さで飛び越え、その脳天へと剣を突き立てる。

 ヘクトル渾身の一撃を受けた竜は、あまりの激痛にのた打ち回るが、それも長くは続かなかった。

 ふっと力を失った竜が倒れ込み、ヘクトルもその衝撃に振り落とされるが、そんな些事はどうでもよいとばかりに竜の行く末を確認する。

 

「やった……か?」

 

 そのあまりにもあっけない幕切れに、思わず演技かとも疑ってしまうが、そんな真似をさせるにはベルンの戦力は圧倒的過ぎた。

 ここは勝ちどきを上げ、士気を挙げるべきだと剣を掲げようとしたところで、ヘクトルはこの戦い最大の標的を目にして硬直してしまう。

 

「さすがはリキア同盟の盟主……まさか竜すら屠るとは、思ってもみなかったぞ」

「ベルン国王……ゼフィール」

 

 そこに現れたのは、この戦いの元凶。イリアとサカを制圧し、今まさにリキアを攻め滅ぼさんとする国の、王であった。

 

「っく!」

 

 きしむ体を無理やり動かし、ゼフィールへと刃を向けるが、その切っ先を向けることすらも、今のヘクトルには叶わなかった。

 ベルンの最大戦力たる二人、ブルーニャとナーシェンがヘクトルの前に立ちふさがったからだ。

 

「まさか、竜将を二人もつれて、国王自らが来るとはな」

「……リキアには二人の勇将がいると聞いていた」

 

 なるほど、とヘクトルは思う。確かにこの場に病に罹らなかったエリウッドが居れば、互角に近い戦いができたかもしれないと。

 だが、現実は非常である。現にエリウッドはここにおらず、敵は一人になったヘクトルに対して、過剰な戦力を用意して来たという事なのだから。

 

「しかし、だからと言って諦めるわけにはいかん!」

「ほう……ならば、我が将たちを越えて見せろ!」

 

 圧倒的な戦力に対して吠えて見せたヘクトルに対し、ゼフィールもまた、己の戦力に号令をかける。

 その命を受け、ヘクトルへと魔法と槍を向ける二人の竜将であったが、ヘクトルは事もあろうかその二人を無視してゼフィールへと刃を向ける。

 

「貴様……!」

「我らなど、眼中にないと……!」

 

 憤るナーシェンとブルーニャであったが、それは勘違いだ。ヘクトルは、ただ仲間を信じていただけ。

 

「まったく、無茶ばかりするのは変わりませんね」

「……」

 

 ナーシェンの槍をはじいたオズインの小言と、無言でブルーニャの魔法を切り裂いたレイヴァンの鋭いまなざしが、ヘクトルの背を押す。

 

「死にぞこないがぁ!」

「……ただの傭兵、というわけではなさそうですね」

 

 竜のブレスを受けたオズインはもちろん、ここまで単身で駆け付けたレイヴァンも血まみれで、半死半生の体だ。稼げる時間は一撃分と言ったところだろう。

 だが、かまわない。もとより、ヘクトルにだって二撃目を放つ力は残っていないのだから。

 

「ゼフィールッ!」

 

 ヘクトルのヴォルフバイルによる、文字通り命を賭けた一撃。それに対し、ゼフィールだって劣りはしない。

 

「ッムン!」

 

 ゼフィールの神将器エッケザックスの一撃は、ヘクトルの一撃を迎え撃ち、そして、打ち砕いた。

 



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第2章 「旅の始まり」

「なんで俺を連れて逃げたんだっ!」

 

 アラフェン郊外の森で、男の怒声が響く。そこに含まれた感情に、森に棲む生き物たちが一斉に逃げ出したが、激情に駆られた男がそれに気付くことは無かった。

 

「連れ出すのなら、俺じゃなくヘクトルだ! リキアにアイツが必要だという事は、誰の目にだって明らかだった筈だ!」

 

 今にも殴り掛かりそうな形相で怒鳴る男に対し、怒鳴りつけられている男は沈黙し続けていた。

 その瞳は何の感情も見せず、男が、マークがその激情を吐きだすさまを見つめ続けていた。

 

「くっそ……何が神軍師だ……友一人救えぬ俺に、一体どうしろってんだ……」

 

 そして、マークの声から怒気が抜け、悔恨が宿る。それでも、一時よりその思考に冷静さが戻ってきたことを確認したところで、ようやく黙っていた男、マシューが声をかける。

 

「気は済みましたか?」

「……悪かったな、マシュー」

 

 怒鳴り散らし、八つ当たりを行ったことを、マークはまず謝る。

 

「解っている……あの場で、ヘクトルが引くことはできなかった。もし、ヘクトルがあの場を離れていたなら、ベルンの兵は未だ進軍を続けている筈だ」

「……」

 

 マークの分析は、おそらく正しい。

 今この場で、のんきに八つ当たりができたのも、盟主が討たれ、リキア同盟軍が破れたからだ。

 ヘクトルが健在なら、その屍を確認するまで、それこそリキアの隅から隅まで蹂躙され尽くすことになっただろう。

 

「あの時、最小限の被害で戦いを終わらせるには、リキア同盟の盟主、オスティア侯の首が必要だったんだ……」

 

 その言葉は、マークが自身を言い聞かせるためのものであった。あの場では、アレが最善であったと。他に手は無かったのだと、無理やり自分を納得させる。

 だが、それ以前の事は、違う。

 

「……ベルンの動きは、予測できたはずだ……リキアが勝つには、情報を封鎖して奇襲するしかなかったんだから、敵がそれを見越した行動をすることは、予見できたはずだ……!」

「マークさん、過去を悔いるのは……」

「悪い……そうだな、今は、先のことを考えなきゃならなかったな」

 

 自身の甘さを責めるマークを、マシューが諌める。そうして数回深呼吸して、マークは思考を切り替える。

 

「エリウッドの息子がアラフェンに向かっていたはずだ。それに合流しよう」

「ロイ様ですか? まぁ、それが順当ですかね」

 

 マークの案に、マシューは賛成の意を示す。いくらマークが優秀な軍師であるともてはやされようが、マークのことを認める将と、指揮するべき部下が居なければまったくの無力であるからだ。

 だが、それだけでは足りない。

 リキアを守るためには、ヘクトルの最後の願いを聞き届けるには、ベルン軍と戦い、勝たなければならないのだから。

 

「……エトルリアを頼りますか?」

「……」

 

 マークはこれに答えられなかったが、主力が倒れた今、リキアがベルンに対抗するには、他国に頼るほか道は無いだろう。

 だが、それを決めるには、マークはリキアとの関係が薄すぎた。

 確かにマークはオスティア候ヘクトルやフェレ候エリウッドといった、リキア同盟の中心的人物と交友がある。

 しかし言ってしまえば、それしかリキアとの関係は無いのだ。

 

「せめて諸侯の誰かが決定しなければ、動きようがない。流れの軍師が決めるには、過ぎた案件だ」

「とはいえ、その決定を下せるような奴が、果たして残っているかどうか……」

「……」

 

 そう、リキアはつい先ほどベルンに敗れ、多くの諸侯を失ったばかりなのだ。

 まだ残っている者たちは、既に家督を譲った老人か戦場に出られない女子供、あるいは戦うべき時に戦えない愚図だけだ。

 マークの知る唯一の例外がエリウッドだが、病に倒れた彼に、リキア同盟の舵取りを担い続けることができるかは疑問が残る。

 

「これから合流するロイに、こんな決断をさせるわけにはいかないしな」

「正直に言って、若過ぎますね」

 

 いくらエリウッドにフェレ軍を任せられたとはいえ、ロイはまだ公子だ。経験は間違いなく、よほどの例外でなければ知識や覚悟も足りないだろう。

 

「結局、俺達では増援を呼べないという結論になるんすか」

「いや、ここはパントに連絡を取ろう」

 

 マークの提案に一瞬だけマシューは目を見開くが、すぐさま納得の意を示す。

 

「なるほど、リグレ公爵閣下にエトルリアを動かしてもらおうというわけっすか」

「もっとも、この状況でも動かないところを見る限り、希望は薄そうだがな」

 

 すでにイリアとサカはベルンによって落とされ、十分な大義名分を得ているにもかかわらず、エトルリアはまだ動いていない。

 となると、既にエトルリアは裏でベルンとつながっていると思っておいた方が無難である。

 もちろん、エトルリアの全てが黒であるとは言わないが、現状で軍を派遣できない程度には取り込まれているのは間違いない。

 

「……そこまでわかっていて、俺に単身でエトルリアに行けって言うんだから……」

「じゃあ逆にするか? 俺がエトルリアに行くから、お前はロイにリキアをまとめさせろ」

「すみません、謝りますから勘弁してください」

 

 すでに大敗を喫しバラバラになったリキア同盟を、ベルンの追撃をかわしながらまとめあげるなど、常人の手腕に為せることではない。

 だが、為さねばならないのだ。

 

「無茶なのはお互い様だ。他に選択の余地は無い」

「そっすね……じゃあ、やりますか」

 

 マークとマシューは、お互いに気負いなく言い交わし、それぞれやるべき事を為すために動き始める。

 その道の先に、約束の地があることを信じて。

 そうしてマシューと別れ、アラフェンにまで戻ってきたマークであったが、当然のことながら城に戻ることもできず、ロイも見つけられずに半ば立ち往生していた。

 

「さて、どうやって合流したものか……」

 

 マークの持つロイの情報は、戦いが始まった時点でアラフェンから約1日程度の距離にいたという事だけで、その後どのように行動したのか全く分からなかったのだ。

 

「エリウッドなら、間違いなく城に突撃したんだろうが……」

 

 捕虜となった者がいるかもしれないというだけの理由で、敵に占領された城へと突撃する戦友を想像し、思わず笑みを浮かべるマークだったが、今はその息子の事だと気を引き締める。

 

「ここでしっぽを巻いてフェレに逃げ帰る様な奴なら、合流する価値は無い。防衛ラインを下げてラウスあたりに行くようなら、それなりに期待できる」

 

 問題はそれ以外の選択である。

 ともかく情報を集め、ロイ達の居場所を探るのが先決だと、まだ人の残っている小さな村へと足を向ける。

 そうして得た情報は、マークの想像をはるかに超えるものであった。

 

「ヘクトルが、まだ生きている……!?」

 

 この情報を得て、すぐに走りだそうとした足を理性でもって縫い付ける。

 感情では信じたいと思っても、理性は罠だと警鐘を鳴らしていたからだ。

 

「落ち着け……よく考えろ」

 

 ヘクトルの生存の可能性はひとまず脇に置き、この噂をどうとらえるべきかマークは思考を巡らせる。

 

(まず間違いなく、城へ向かう者たちが現れる筈だ)

 

 ヘクトルというリキア同盟の要の重要性を知る者たちは、万に一つの可能性であったとしても、救出へ向かわざるを得ないはずである。

 ならば、その者たちと合流するために、アラフェン城へと向かうべきか。

 

(いや、これが罠であるのなら、ベルンが必殺を期して待ち受けている筈だ)

 

 それでもなお救出に固執しようものなら、それではただの自殺と変わらない。

 

「……と、迷ったところで、答えは決まっているんだがな」

 

 そう言ってマークが向かう先は、アラフェン城である。

 外野から見れば、今すぐ引き返せと怒鳴りたくなるだろうが、そもそもそのような選択肢は存在していない。

 今のリキアには例え一兵であろうと、人員に余裕はないのだ。

 まして今のアラフェンに突っ込むような馬鹿は、断じて捨て置けるようなものではない。

 だが、敵が占拠した城に突撃するという、とんでもないハイリスクであるのに対し、手に入るのはわずかな兵であろうという、考えるのも馬鹿らしくなるようなローリターン。

 こんな博打を打ち続けなければならないという、この絶望的な状況を端的に表しているとも言えるだろう。

 

「そして、この現状をひっくり返す策を出すのが、軍師の役目、か……生半可な能力じゃ、とてもじゃないけど名乗れないな」

 

 直前の敗戦により、自身の軍師としての能力に疑問を持ってしまったマークであったが、されども退くわけにはいかない。

 可能な限り早く、それでいて周囲への警戒を絶やさないようにマークはアラフェン城へと迫る。

 

「……斥候が少ない? あれほど迅速な侵攻を見せたベルンを思えば、ちぐはぐさが目立つな」

 

 一瞬だけ指揮官が変わったのかと希望を抱きそうになるが、マークはそんな甘い考えを振り払う。

 とはいえ、疑心暗鬼になり過ぎてもいけないのも確かである。現状に適した警戒心を残しつつも、さらにペースを上げ前へと進む。

 そうして辿り着いたアラフェン城にて、マークは再び戦いへと身を投げ出すことになった。

 

「もう始まっているだと!?」

 

 城壁の外にまで聞こえる鋼のぶつかり合う音は、リキアに属する何者かが戦いを仕掛けた証である。

 そしてその音は、マークに意外な事実を突きつける。

 

「善戦……いや、押し込んでいる!?」

 

 少しずつ離れていく戦闘音が、戦場を城の奥へと変えていることを教えてくれる。

 そんな偉業を為せるこの戦いの指揮官へとマークの興味が向くが、まずはこの戦いを終わらせなければと、マークは行動を開始する。

 

(ルセアの孤児院なら、何か武器を置いている可能性も……)

 

 もちろん、軍師として戦場に身を置いていたマークに、思考を巡らせる以外の戦う術など持っていない。

 とはいえ、マークだってだてに20年前の激戦を、最前線で生き抜いてきたわけではないのだ。

 その身のこなしは、決してかつての戦友たちに劣るものではない。

 そのような思いで立ち寄った孤児院で、マークは一人の少年と出会う。

 

「あの、ベルンと戦っているリキア軍の方……ですか?」

「君は……いや、今はいい。悪いけど、あまり余裕があるわけじゃないんだ。ルセア、院長先生はいるかな?」

 

 少年の緑色の髪、その顔立ちに思うところがあったマークであったが、その思いは封殺する。

 少年を警戒させないようにいくらか声音を作りつつも、急いでいることを主張して端的に用件を告げる。

 だが、マークの予想に反して少年は顔を曇らせ、言葉を濁してしまった。

 

「まさか……!」

「……はい、院長先生は、ベルンの攻撃で……」

 

 かろうじて紡がれた言葉は、予想してしかるべきものであった。

 負傷者を収容していたこの孤児院も攻撃の対象となり、ルセアは怪我人たちを守ろうとしたのだろう。

 

「ぼくは、隠れていることしかできなくて……でも、もうそんなのイヤなんだ! だから……!」

「……わかった。だがここを出る前に、院長先生の部屋を見せてもらえるかい?」

「は、はい!」

 

 少年の願いを聞き入れ、マークは孤児院の中へと進む。その間に少年の名前を聞き、戦う術を確認することも忘れない。

 

「ルゥか……やっぱり理魔法を使うのかい?」

「はい、そうですけど……『やっぱり』?」

「……君は、昔の戦友に似ている」

 

 マークの言葉に、何と答えればよいのかわからなかったのだろう。ルゥは何かを言おうとして失敗し、黙ってしまうが、その間にマークはルセアの部屋を物色する。

 そして、目的のものはすぐに見つかった。

 

「……あった」

「剣、ですか? でも、なんで院長先生が……?」

「アイツの主の予備だろう」

 

 事情が事情だっただけに、マークも深くかかわることはしなかったが、それでも詳細は把握していた。

 かつてはレイモンドという名前であった男の帰る場所……ここならば予備の剣の一本ぐらいと思ったが、正解であったらしい。

 あくまで予備であるためか、彼が戦場で使っていたものにわずかに見劣りする。しかし、初心者であるマークにとっては、その方が都合がいい。

 

「よし、いくぞ!」

「はい!」

 

 まだ見ぬ友軍が正面から攻撃しているのに呼応し、マークとルゥは城の裏を通り稚拙なものではあるが挟撃の形をとる。

 マークが楯となって敵兵に立ちふさがり、そこへルゥの魔法が迸るという二人の連携は、初対面とは思えないものであった。

 

「即席コンビにしては、なかなかいいんじゃないか!」

「そう、です、ね……!」

 

 マークの下手な斬撃は、傷を余計に広げて血肉を飛び散らせる。ルゥにとって敵兵よりそちらの方が難敵であったのだが、適度にやってくる敵がそのような些事を気にする余裕を与えてはくれなかった。

 

「ええぃ! まだ残党どもを制圧できんのかッ!」

「も、申し訳ありません! 思いのほか、残党どもの勢いが……裏手にも少数であるようですが敵の手が迫っているようで、その対処に……!」

「言い訳などいい!」

 

 一方、先の戦闘と一転して攻められる立場に立ったベルンの武将であるスレーターは、リキア残党の思わぬ奮闘に冷や汗をかいていた。

 国王であるゼフィールと二人の竜将が去った後、本格的な攻勢を仕掛けてきたリキアの残党を前にして、ある恐怖がその背をよぎる。

 

「このような無様をナーシェン様に知られたら……ひぃ!」

 

 自軍の将が怯え、竦む姿を見て、士気を保つことのできる兵がいるであろうか? たとえいたとしても、少数であることは間違いない。

 ベルン軍は自分で自分の首を絞め、リキア軍はそれを知らずとはいえ、その隙に快進撃を続けていた。

 

「アレン、道を開いて! ランスはその援護を!」

「「はい!」」

「ボールスは敵が後衛に行かないように道をふさいで、ウォルトはその援護を!」

 

 何度目かのロイの指示に、騎士たちは機敏に応え、敵軍へと攻撃を加える。

 そして騎士たちが前へ出たのと入れ替わりに後ろに下がった傭兵たちが、シスターであるエレンの下でその身を癒す。

 

「助かる」

「いえ、これが私の役割ですから」

 

 エレンによってその傷を癒されたディークが、大剣を担ぎ直し、いつでも戦いに参加できるとアピールする。

 それに続いて、戦士のワードとロットのコンビもまた、斧を構える。

 

「くっ!」

「アレン! 無茶をしないで戻って! ディークさん!」

「おうよ!」

 

 ロイの呼びかけにディークもすぐさま答え、何度目かの最前線へとその身を投じる。

 ロイも指示ばかりではなく、最前線で戦う者のフォローから、入れ替わりの隙をふさいだりと、忙しく立ち回る。

 

「戻ったよぉ!」

「オレの手にかかれば、この程度!」

 

 遊撃にまわっていたペガサスナイトのシャニーと盗賊のチャドが、本隊に合流する。

 例によってエレンに回復されながら、二人は己の戦果を報告する。

 

「お城の周囲の兵士は、ほぼ掃討し終わったよ。あと、別枠で城を攻撃してる人がいるみたい」

「ちょっと宝物庫の方に行ってきた。ベルンの本隊が、ここに戻ってこないとも言い切れないからさ。今のうちにってね!」

 

 ロイは二人の言葉に頷き、前線のフォローにまわるように指示をする。

 それと同時に、シャニーの言葉について思考を巡らせていた。

 

(僕たち以外にも、ここを攻めようと思う人が? 援軍を……いや、こっちの動きに呼応しているとすれば……!)

 

 ロイは、まだ見ぬ友軍の思惑を予想し、相手が自軍の動きを予想しやすいように、場を整える。

 

「みんな、ペースを乱さないように!」

「了解です!」

 

 今は安定しているが、今後変化してくるだろう戦況を前に、ペースを固定するのは困難だ。

 それでも、ロイはやると決めた。その選択が正しいものだと信じて。

 そして、ついにベルンの将と、あいまみえる。

 

「ま、負けはせんぞ……!」

「僕たちだって、負けるわけにはいかない!」

 

 城を奪還されようとしているスレーターも、盟主がまだ生きているという事を信じて攻め入ったロイ達も、共に余裕なんてない。

 玉座の間に控えていた戦士たちをワードとロットに任せ、ロイ達は敵将へと迫る。

 

「くらえッ!」

「終わりですッ!」

「ぬぅっ!」

 

 アレンとランスの槍が先陣を切り、スレーターの厚い鎧を突き崩す。

 ウォルトの矢がそれを追い、ディークの剣が盾を削る。

 だが、それで終わるようなら、リキアはベルンにこうもやすやすと敗れはしなかっただろう。

 

「や、やられはせんッ!」

「なっ!」

「ぐっ!」

 

 アレンとランスの槍は確かにスレーターの防御を削るも、致命傷には程遠い。ディークの剣は盾を突破できず、ウォルトの矢もその鎧を貫くには足りない。

 ロイのレイピアなら、その厚い鎧の隙間を貫けるかもしれないが、スレーターの持つ槍との間合いの違いに、なかなか踏み込めずにいた。

 だが、ロイだってアーマーナイトを相手取ればこうなることぐらい、最初から知っていた。

 だからこそ、わざわざペースを固定し、この瞬間に友軍が駆けつけられるようにしたのだ。

 

「なぁっ!?」

 

 敵将の驚愕は、援護があると確信していたロイの比ではない。その身に叩きつけられた炎弾は、厚い鎧など関係ないとばかりに踊り狂う。

 そして、その炎によって生まれた隙を見逃すほど、ロイは未熟ではなかった。

 

「敵将は打ち取った! 僕たちの、勝ちだっ!」

 

 その勝ちどきは戦場に響き渡り、生き残っていたベルン兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。

 こうしてロイ達は、アラフェンでの二度目の戦いで、辛うじて勝利を収めたのであった。

 

「……先程の援護、助かりました」

「いや、礼ならこっちのルゥに言ってくれ。俺は見ていただけだ」

「い、いえ! マークさんが居なければ、僕はここにたどり着けなかったですから!」

 

 そそくさと辞退しようとするルゥに礼を言い、ロイは改めてマークと呼ばれた青年に向き直る。

 

「シャニーから誰かが裏に回っていると聞いていましたが……まさかたった2人だったとは……」

「まぁ、二人だけだったからこそ、ここまでたどり着けたわけだがな」

 

 確かに、もしマーク達が大勢で駆け付けていれば、迎撃に出た人員は相当数になり、このタイミングで援護に入ることができなかったかもしれない。

 

「それはともかく、ヘクトル……様、はどこに? 行かなくてもいいのか?」

「あ、はい。それでは、申し訳ありませんが……」

「いい、早く行ってくれ」

 

 そうしてロイを送り出したマークの下に、一人の老騎士が歩み寄る。

 

「やはり、マーク殿でしたか」

「マーカス……先程の戦いでは、見なかったが?」

「ええ、ある貴人を保護しておりましてな……なかなか前線には赴けなくての」

 

 その言葉に、マークはマーカスの後方に立つ一人の女性に目をやる。

 その女性に、マークは見覚えがあるような気がした。

 

「マーク殿……ぜひとも、あの方が誰に似ていると感じたか、聞かせていただきたい」

 

 それは、あくまで確信を得るためのものであり、マークが彼女を見たことがあると知るが故であった。

 

「……ベルン王の妹、ギネヴィア」

「やはり、真であったか……」

「だが、なぜ彼女がここに……?」

「それは、私から話させてください」

 

 機をうかがっていたのであろう。ギネヴィアがマーク達の会話には行って来る。そこで語られたのは、並々ならぬ決意であった。

 

「……戦争を止めたい、ね」

「止めたいではありません。止めなくてはいけないのです」

「気概は認めるが、それだけでは足りんよ」

 

 結局、ギネヴィアですらゼフィールが戦争を始めた目的を知らないのだ。

 いくらなんでも、情報一つ『世界の解放』だけでは、落としどころだって決められるものではない。

 

「どちらにしろ、リキアを立て直さなきゃ始まらないか」

「現状では、交渉のテーブルすら見えない状況ですしな」

 

 相手に何を言うにしろ、交渉が始まった時にこちらが言葉を発せる状況になければどうしようもない。

 そして、リキアを立て直すために必要な、最大のカードが……

 

「ロイ様……」

「ヘクトル、様は?」

「……亡くなられた」

 

 今、失われた。

 

「……」

「……」

 

 誰も、何も言えない時間が続く。だが、それも当然だろう。

 オスティア候は、リキア同盟の盟主であり、八神将である勇者ローランの直系だ。

 その大黒柱を失ったリキアという巨大な家は、もはや風前の灯と言って過言ではないだろう。

 

「それで?」

 

 だが、その沈黙を破る存在がいた。

 

「それで、とは?」

「いや、アイツが何も言い遺さないなんてわけないだろう? なんて言っていた」

 

 その言葉に、ロイは一瞬口ごもるが、意を決してヘクトルの遺言を告げる。

 

「僕に、オスティアに残る軍を指揮してほしい、と……」

「わかった。では、今この瞬間から、君がリキア同盟軍の将軍だ」

 

 そんな簡単にと、ロイは思わずマークを見る目を険しくするが、そんなものはマークに通用しない。

 

「何と思おうが、やるしかないんだ」

「……わかっています。ヘクトル様にも、そう誓いました」

「なら、良い。……ああ、そう言えば」

「それと」

 

 マークが何かを言おうとしたのを制し、ロイはヘクトルの遺言を続ける。

 

「マーク殿、貴方を頼るように、と」

「……いつから?」

「名前を聞いてすぐ……いえ、城の裏手に、同志がいると聞いた時から薄々と」

 

 父であるエリウッドから、つねづね話は聞いていたというロイに、マークは降参のポーズをとる。

 

「まぁ、元々ヘクトルに頼まれていたしな。今更逃げ帰る気は無い」

「よろしくおねがいします、マーク殿!」

「逆ですよ、ロイ様。正式に御許で戦わせていただくのであれば……」

 

 部下として低頭すべきはこちらである。そう続けようとしたマークであったが、それもまた、ロイによって阻まれる。

 

「いえ、父の戦友であり、僕の名づけの親でもある貴方を、どうして部下のように扱えるでしょうか?」

「では、戦友と……そう名乗らせてもらっても?」

「ええ! ぜひ!」

 

 こうして軍師は、若き獅子と出会う。

 そして、この出会いこそが、後に第二次人竜戦役と呼ばれる戦いの始まりとされることになる。

 



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第3章「同盟の崩壊」

 リキア同盟の残党をわずかながら合併したロイ達は、アラフェンの城にて後続があることを祈りながらわずかな休息を取っていた。

 そんな中話をするのは、再びフェレの軍師と相成ったマークとフェレの公子ロイの相談役になったマーカスである。

 

「それで、マーク殿はいつの間に剣技を修めたのですかな?」

「修めたなんて物じゃないし、そもそも剣技なんて立派なものでもないさ」

「では?」

「ただの物まねだ。一応、20年前の戦いでリンやエリウッドの剣技を間近で見ていたから、それを参考にな」

「ほう、そうでしたか……」

 

 吸収された同盟の兵士たちの再編を行いつつ交わされる会話は、当然のように近況報告だ。

 本当なら昔話に花を咲かせたいところであったが、さすがにそう言うわけにもいかなかったからである。

 

「たとえ真似事でも、ベルンの兵士を打倒すだけの実力があるのならば、問題はありますまい」

「皆について最前線にいたのは伊達じゃないってね……それよりマーカスの方こそ、将軍位を退いたらしいじゃないか」

「なに、年寄りが後進に道を譲るのは、ごく自然な事ですぞ?」

「マーカスなら、まだまだ若い者には任せられんって言ってるんじゃないかと思ってたんだよ」

「……」

「いや、思ってたのか……」

 

 マークはマーカスの反応に少し呆れつつも、ロイについている騎士たちのレベルを思い少し同情する。

 確かにあの程度では、安心して任せると言うわけにはいかないだろう。少なくとも、マーカスやハーケン、イサドラにはとてもじゃないが及ばないのだから。

 

「……精々、旅に出る前の、従騎士時代のロウエンに毛が生えた程度か?」

「……そのロウエンも、此度の戦いを生き残ることすらかなわなかったのだ。年寄りから死んで逝くのが、世の習わしであろうに……」

「……」

 

 結局、ロイ達がアラフェン城を奪還してなお、同盟の主力たちは戻ってこなかった。それはすなわち、先の戦いで友軍の盾となり玉砕したという事なのだろう。

 しかし、それにしては合流する兵が少なすぎた。

 そのことを訝しむマークに、マーカスは苦虫をかみつぶしたような顔で言う。

 

「おそらくは、自身が収める領地へと帰ったのでしょう」

「なぜ? ベルンの脅威はいまだ健在で、ヘクトルの後釜もロイが継いだ。アラフェン奪還もなったんだぞ?」

 

 心底信じられないと言ったマークに、マーカスはおそらくではあるがと前置きをして、生き残った諸侯の心情を語る。

 

「いくらヘクトル様に託されようとも、ロイ様は若過ぎます。それに従うくらいなら、自領へと戻り守りを固めようと考えても、おかしくはありません」

「……」

 

 マーカスが述べた理由に、マークは言葉もなかった。そんなの、各個撃破してくださいと言っているようなものではないか。

 思わず眩暈すら感じる馬鹿らしさであったが、諸侯が引き上げたことは変えようのない事実である。

 マークは何とか気を持ち直し、勝利の可能性を模索する。

 

「……再編を早めに切り上げて、オスティアに向かおう。ロイは休んでるんだったか?」

「うむ、わしらが再編案をまとめるまでに、少し休息を取ると」

 

 ロイには悪いが、休む時間も満足に取れなくなるようであった。すぐに報告に行こうとするマークであったが、マーカスはそれを止める。

 

「そこまで焦っても、兵たちはすぐに動けるわけではないですぞ」

「……そうだな、悪い」

 

 マーカスの言葉に、マークはようやく自身が平静でなかったことを自覚する。

 どうやら思った以上に、マークは前回の敗戦に堪えているようであった。

 

「俺も、少し休んでくる……いや、この案をまとめてからだな」

「では、早々に終わらせるとしようかのぅ」

 

 マーカスとマークは細部を詰めることを後回しにして、とりあえずオスティアへ向かえるように再編案を整える。

 皮肉にも、合流したものが少なかったこともあり、細部にこだわらなければその作業もすぐに終わり、2人はひと時の休息を得ることになったのであった。

 

(……やはり、エリウッドが必要か?)

 

 わずかな休息の間、マークの頭にはそのような考えが浮かび消えなかった。

 そもそもまだ15歳のロイに指揮を任せるのが無謀であり、異常なのだ。それをするぐらいなら、まだ病に倒れたエリウッドの方が求心力があるだろう。

 とはいえ、フェレはほぼ全軍をアラフェンに送っており、残っているのは最低限の守りができる兵のみでこれ以上の余力はない。しかし同盟軍が集まらず、このままベルンに敗れてしまえば、フェレに、リキアに未来は無いのだ。

 それならば、多少無理をしてでもエリウッドに出てきてもらうべきなのかもしれない。

 

(そうは言っても、人を遣ったぐらいでエリウッドが領民を放りだせるはずもないし……)

 

 そんな悶々とした思いを抱きながらもひと時の休息をえたマーク達は、オスティア侯爵夫人が留守を預かるオスティア領を目指し、西へと向かい始めた。

 ただ、出発を急いだためいささか準備不足感が否めず、先の戦いに参加していなかったラウスにより、いくらかの物資を補充させてもらう事にした。

 

「正直に言いまして、ラウスにはできるだけ近づきたくないと言うのが本音ですな」

「同感だ。しかも今のラウス侯はあのエリックだろ?」

 

 かつてのラウス侯の所業を知るマリナスとマークが愚痴を言うが、マーカスでさえ咎めることができなかった。

 20年ほど前、当時のラウス侯が企てた反乱は表立って公表されることこそなかったが、そのことを知るマリナス達にとって、決して良い気分で訪れることができる場所ではない。

 そしてその息子のエリックだが、エリウッド達とは同世代の生まれであり、オスティア候になったヘクトルや、リキア位置の騎士と呼ばれるエリウッドに強い劣等感を持っているのだから、2人の戦友としては可能な限り近づきたくなかった。

 

「とはいえ、ここを避けては遠回りだし、何より物資が心もとないですしなぁ……」

「ラウスは先の戦いに参加していない分兵力に余裕があるだろうし、そのことをカードにして兵と物資をゆするか」

「ぜひとも、そうしましょう!」

 

 割と黒い笑みを漏らしながら話す2人から周りの兵が少し離れたが、そんなことを気にしては軍を維持していくことは難しい。

 今はまだいいが、今後不足しそうなものを優先的に補給することに決めたマリナス達は、リストを新たに作り、その時に備えるのであった。

 そのように先のことを考える傍ら、マークは軍の面々とも積極的な交友を持とうとしていた。

 

「ねぇねぇ、マークさんってフロリーナさまと一緒の戦場に立ったって本当ですか?」

「……フロリーナ、様?」

 

 そんなマークに対して、なんだか信じられないような言葉を聞かせたのは、その話題に上がったフロリーナと同じ天馬騎士であるシャニーであった。

 

「え、だってリキアの侯爵様と戦場で恋仲になって、侯爵夫人様になったんでしょ? だったらさまをつけなくちゃいけんじゃないの?」

「……まぁ、確かに侯爵夫人になったんだよなぁ……」

 

 どうにも、シャニーの持っているフロリーナ像と、マークの持つ彼女の印象が重ならない。

 

「イリアは基本的に傭兵の土地ですから、そう言う玉の輿? は、とっても憧れがあるんですよ!」

「確かに、そう言った意味ではフロリーナは出世頭なんだろうなぁ……」

 

 そんな違和感のため、どうしても口が重くなってしまうのだが、シャニーにはその様子がどうにも意味深なものに見えたらしい。

 

「……ひょっとして、マークさんってフロリーナさまのことが好きだったりしたんですか?」

「なっ!? なんでそうなる?!」

「だって、さっきまでは普通に話していたのに、フロリーナさまのことになったら急に歯切れが悪く……まさか、恋人だったとか!?」

 

 どこをどうしたらそんな結論にたどり着くのか、マークには全く分からなかった。わからなかったが、これ以上勝手な想像をされたら大変なことになるのはわかった。

 

「確か、マークさんはフロリーナさまのために傭兵団を作ったとかって話が……」

「シャニー、とにかく一度黙れ。喋るな」

「! わかってます! この事は誰にも、絶対に話しません!」

「そうじゃない……って、待て!」

「失礼します!」

 

 だが、マークに弁解する暇は与えられなかったようである。マークはタイミング悪く表れた伝令を無視するわけにはいかず、シャニーの誤解を解くこともできず、指示された通りにロイ達と合流するのであった。

 

「何があった?」

「マークさん! それが、エリック卿がこちらに対し兵を向けられて……」

「裏切りか……!」

 

 ロイの言葉に、マークは思わず舌打ちをする。事ここに至れば、親子二代そろって本当にどうしようもない奴らだとののしっても、かまわないだろう。

 だが、今何を言っても時間の浪費にしかならない事をマークは知っている。故に吐きだすべき言葉はラウス侯に対する呪詛ではなく、勝つための策だ。

 

「相手は騎馬部隊だ。味方の損害を減らすための策として、橋の前で迎え撃つ事を勧める」

「……確かに、そうするのが安全だと言うのはわかるよ。でも、僕たちには時間も物資も足りないんだ。何より、敵対しているとはいえ、彼らもリキアの民だ。何とか、双方に被害が少ない策は取れないだろうか?」

「……」

 

 しかし、マークの出した策をロイは否定する。言いだした理由はわからなくもないが、正直に言って、甘すぎる。

 だが、その甘さには覚えがあった。

 

(やっぱり、エリウッドの息子なんだな……)

 

 20年前もやはりそう思ったものだ。エリックのことしかり、たとえ剣を交えた相手だとしても、命を奪う事はしなかったり、仲間として迎えたことも多々あったのだ。

 そのことを思えば、反乱を企てたエリックはともかく、末端の兵士ぐらいはどうにかと考えてしまうのがマークである。

 

「……敵主力を騎士達で抑え、その隙に少数で迂回してエリックを討つ」

「やはり、大まかな方針としてはそれしかないだろうね……」

 

 実際、言うのは簡単だが実行する難易度はその比ではない。理論上可能であっても、兵たちがその理論についてこられるとは限らないという事もある。

 

「……やろう!」

「下手すれば全滅の恐れもあるぞ?」

「でも、難しいと言うのはやらない理由にならないよ。もし難しいからと言って止めてしまうのなら、そもそもベルンと戦う事すらするべきではないんだから」

「ごもっとも」

 

 確かにロイの言うとおり、この程度で尻込みするようでは、とてもじゃないがベルンとは戦えない。

 それに、内輪もめでこれ以上リキアの戦力を削るわけにはいかないのだ。

 

「ボールスを中心にランス、アレンは敵主力を迎え撃って!」

「はっ!」

「ディーク達は、海岸から来るだろう賊を迎え撃ってほしい」

「賊?」

「居るんだよ、20年前もそうだった」

「了解した」

「マーカスは後詰を。後衛の守りも頼んだよ」

「御意に」

「そして……僕とマーク、それにシャニーでエリック卿を討つ!」

「え、わたしも?」

「機動力のある天馬騎士がここで動かず、いつ動くんだよ」

 

 ロイとマークの指示にそれぞれが頷き、行動を開始する。すでにラウスが動き始めてしまっている以上、いつまでも話し合っている時間は無いのだ。

 

「まずは我々の出番ですな! アレン殿、ランス殿!」

「ああ! 主力をこの場に釘づけにすればいいんだな?」

「そうだ。この人数では本来困難というレベルでは済まないだろうが、幸いラウスの騎士たちの士気は極めて低い。これならば、何とかなるだろう」

 

 ランスの言葉に敵を見渡した後方のルゥであったが、その言葉が事実であるという事を確認して、首をかしげる。

 彼には、ラウスの騎士たちの士気が低い理由がわからなかったのだ。そんなルゥに、後詰として後方に待機しているマーカスが答える。

 

「……彼らも、リキアに住む者なのだ。それに加え、彼らも騎士である。同盟を裏切るという事に、思うところがあるのだろうて」

「そっか……あの人たちにとっても、この戦いは不本意なんだ」

 

 いくら彼らがラウスに使える騎士とはいえ、同じリキアに住む同朋を裏切る事を容認できるものは多くなかったようである。

 だが、容認できずとも彼らは騎士なのだ。仕えし主君を裏切るなど、決して許されることではなかった。

 とはいえ、当然のように例外はいるものだ。今更リキアについても益は無いと思う者もいれば、20年前の戦いを理由にフェレ憎しと戦う者も少なくないようであった。

 

「もっとも、戦う相手の事情がどうであれ、手心を加えられるほどの余裕は我らには無いがのぅ」

「……そうですね」

 

 いくら士気が低いとはいえ、相手の数はこちらの倍に近いのだ。マーカスの言うように、たとえ相手にどんな事情があろうとも関係なく本気で戦わなければ、生き残ることはできないだろう。

 

(まぁ、勝ちに行く必要が無いのなら、十分戦えるじゃろうて)

 

 それでも万に一つの事態が起こるのであれば、自分が……そう考えるマーカスをしり目に、主力同士の激突が始まるのであった。

 そして戦いは中央だけではなく、海岸線にまで広がりを見せていた。

 

「おいおい、半信半疑だったが、本当に賊が来たじゃねーか!」

「20年前の情報などと侮っていたが、ここはあの軍師の勘が当たったな」

 

 海岸線では、マークの予想通りラウスの正規軍が戦いを始めてすぐ賊が現れたが、それはあらかじめ控えていた傭兵たちによって完全に抑え込まれていた。

 だが、もしあらかじめ準備をしていなかったら、後手に回っていたのなら、ここまで簡単にはいかなかっただろうと、ワードとロットは突如自軍に現れた軍師にわずかながら感謝の念を送るのであった。

 それでも、今回は運よく勘がはまっただけだと思っていた二人であったが、それを傭兵団の団長であるディークが否定する。

 

「お前ら、勘で軍師をやれるわけがないだろうが……ちゃんと対岸の砦を見てみろ」

「あのボロ砦をですかい?」

「……なるほど」

 

 うながされ、改めて対岸にある砦を見てみるが、ワードにはやはりただのボロ砦にしか見えなかった。

 だが、ロットは気付いたらしい。

 

「確かに、よくよく見ればただの廃墟ではなくボロ砦か……20年前の情報があったとはいえ、瞬時にそれを見切るとは大した観察眼だ」

「そういう事だ」

 

 ただの廃墟ではなく、ボロボロとは言え砦である。そのことから正規軍ではない何者かが使用していることを見抜き、前回の経験から賊がたむろっていると判断したのだろう。

 ようやく話を理解したワードも、マークの評価を改める。

 

「まったく、大した軍師様じゃねぇか!」

「アラフェンが落ちたと聞いた時にはどうなるかと思ったが……何とかなりそうだな」

 

 そんな安心も見せる二人の戦士に対し、ディークはかつての自分の持ち主の言葉を思い返していた。

 

(確か、パント様が話してくれた軍師の名前も、マークだったはずだ)

 

 かつてディークが世話になったエトルリアの貴族であるパントは、間違いなく一流の魔道士であった。

 そのパントが一流と認めた軍師マークと、フェレの軍師マークが同一人物ならば、ディークにとってこれ以上頼もしい事は無い。

 

(まぁ、世代が違うし、ありえないんだろうがな)

 

 かと言って無関係ではないだろうというそんな期待を内に秘め、ディークは目の前の賊に剣を振るう。

 そして、期待された当の本人は、ロイ達と共に戦場を迂回してラウスの本丸へと急ぎ向かっていた。

 

「最良のタイミングは、中央を蹴散らすことができないことに焦れたエリックが、近衛を戦場に向かわせた直後だ」

「そこまでうまくいくものなのかい?」

「あれはエリウッドに対して強い劣等感を抱いているから、その息子程度軽く蹴散らせない事を絶対に認めないさ」

 

 その結果少しでも苦戦することを嫌い、すぐにでも前線に増援を出すはずだと言うマークであったが、ロイとしては本来尊敬すべきリキア諸侯の一人がそこまで愚かであって欲しくないと言う気持ちが少なからず存在した。

 そんなそれぞれの思いとは裏腹に、何者かの接近をシャニーが探知した。

 

「騎馬が近づいて来てます! ……でも、騎士じゃない?」

「まさか、旅人でも迷い込んだのか?」

 

 シャニーの報告に訝しむロイであったが、マークはまた別のことを思い起こしていた。

 

(そう言えば、20年前はここでプリシラに会ったんだったか……)

 

 本来であるならば余計な回想なのだろうが、今回に限っては無駄にならなかったようである。

 明らかに戦場とは場違いな少女が3人の前に現れたのだ。

 

「あなた達は……」

「本当にどこかの令嬢が出てくるとは……まさか、カルレオン伯爵家の娘とか言わないよな?」

「え? わ、私はリグレ公爵の娘でクラリーネと……」

「パントの? ああ、確かに目元なんかは面影あるな」

「! お父様をご存じですの!?」

 

 知人の娘と知ってどこか懐かしげなマークはともかく、思わぬ貴人と登場に目を白黒させるシャニーである。もちろん、ロイはさすがに冷静であった。

 

「どのような事情でこの場におられるのかは知りませんが、ここは危険です。すぐに安全な場所に……」

「いや、せっかくだし同行してもらおう」

「ど、どういうこと? まさか私に戦場に出ろと言うつもり!?」

 

 避難を促そうとするロイに対し、マークは真っ向から否定する。そのことに驚愕するクラリーネであったが、マークはむしろ不思議そうに首をかしげる。

 

「銀の魔導将軍と金紫の貴婦人の娘だろ? 何も最前線に出ろと言ってるわけでなし、杖ぐらい使えるんだろ?」

「そ、それぐらい当然ですわ! いいでしょう、貴方達に同行して差し上げますわ!」

「なら決まりだ。一人で逃げさせるより、一緒にいた方が安全だろう」

 

 あの二人の娘ならば、それぐらいできて当然と言ったマークの態度に思わず反発したクラリーネは、つい戦場への同行を認めてしまっていた。

 そして、決まってしまってからのマーク達の行動は早かった。

 クラリーネにかかった追手を待ち伏せ排除した後、その追手の通って来た道を逆走するだけでいいのだから。

 

「そう言えば、私を逃がしてくれた剣士がいるのですけど、彼はベルンに恨みがあると言っていましたわ!」

「そいつは耳寄りな情報だな!」

「この一件が終わったら、ぜひとも仲間になって欲しいものだね!」

 

 全力で駆け抜ける中付け加えられた情報に、マークとロイはそのことから得られる真実に思い至る。

 

(クラリーネを逃がした剣士はベルンに恨みがある、という事は……)

(彼女を逃がすことが、ベルンへの報復となるという事だろう)

 

 わざわざクラリーネにそのことを言ったという事は、おそらくそういう事なのだろう。

 そしてその事実は、ラウス侯がオスティアへの謀反を企んだのではなく、リキア全体を裏切ったことの証明となる。

 もともと予想はしていたことだが、これで確証が得られた。

 マークは仲間を裏切られたことに改めて憤り、ロイは仲間と思っていた存在に裏切られたことを悲しむ。

 だが、そんな感傷に浸っている時間など、ありはしなかった。

 

「裏道を抜けたら、エリックの下へと走れ! それ以外は俺が何とかする!」

「お願いします!」

 

 最後の確認と共に裏道を抜けた4人は、早々に件の剣士と相対する。

 しかし、ロイ達は止まらない。

 

「くっ!」

「お前の相手は俺だ!」

 

 下手な斬撃を剣士に加えたマークは、ロイ達が奔り向ける隙を作ったことに満足し、その結果剣士と真っ向から戦うことになってしまう。

 

(もっとも、まともに戦っても勝てないだろうがな!)

 

 ただの兵士ならともかく、実戦経験豊富な剣士と戦って勝てると思えるほど、マークは剣の腕を磨いてきたわけではない。

 だが、回避に限っては話は別だ。

 

「! 貴様、何者だ!?」

 

 先程の無様な斬撃とはまるで違う回避。あまりにもアンバランスなマークのあり方に、剣士は思わず声を上げる。

 そして、マークはその言葉を待っていたとばかりに、最も効果的であるだろう一言を叩きつける。

 

「もう昔の事だが、リンディスの軍師をしていたことがある」

「!?」

 

 目を見開き驚愕する剣士に、マークは自身の予想が間違っていなかったことを確信する。

 

「どこの部族かまではわからないが、サカの剣士だろう?」

「……」

 

 肯定を含んだ沈黙に、マークは満足げな表情を見せる。もともとサカの剣士は独特の立ち振る舞いがあり、見分けることにさほど苦労は無い。

 だからこそリンディスの名を出したのだが、それも見事にはまったようだ。

 

「お前が逃がした少女に、少し話を聞いた。ベルンに恨みがあるんだってな」

「お前には……いや、リンディスの軍師といったか、ならば……」

「ああ、お前の想っている通りだ」

 

 みなまで言う必要はない。いや、一言で語りきれるような感情ではないのだ。

 だからこそ、2人はただお互いに名前を告げるにとどめる。

 

「ルトガーだ」

「マークだ」

 

 それは、協力して共に目的を果たそうとする、言外の誓い。

 そしてその誓いが立ったその時、この戦いを終える宣言がロイの口から迸ったのであった。

 

 

 

 戦いの後、ラウスの城は負傷した兵士たちであふれかえっていた。

 

「まぁ、可能な限り大勢を生かそうとしたのだから、この結果も当然かな?」

「わが軍の治癒が使える者たちも総動員しておりますが、全員の処置を終えるにはいましばらく時間がかかりそうじゃな」

 

 ラウスの頭であるエリックをロイが討ち取ったことで終結した戦いだが、もちろんそれで終わりというわけにはいかない。

 死者が少ない分怪我人が多く、その処置には多くの時間が割かれそうであった。

 

「ラウス侯の血縁は、城の一室に軟禁しとるが……」

「現実を受け入れるのなら、ラウス軍を纏める象徴として据え、ロイの下に就かせよう」

「受け入れられなければ?」

「そうなったら俺の管轄外だが、ベルンを退けた後、処刑されるだろうな」

「……」

 

 当代のラウス侯は、リキアを裏切りベルンに売ったのだから、その結末は当然だろう。むしろ、今この場で殺されない事の方が異常であると言っても、過言ではない。

 

「兵を確保するためにも、公子殿には賢明な判断を下してもらいたいものだな」

「まったく」

 

 とはいえ、先代当代を思うとなかなか期待できないのだが、そこはひと時目をつぶっておくことにする。

 そして、それ以上に憂鬱なのが、裏切者はラウス侯だけではないだろうと言う1点に尽きる。

 

「アラフェンでの戦いしかり、ここでの戦いしかり、今後も同盟の連中を信じることは難しいな」

「オスティアまでの間に確実に信用できる方と言いますと……トリア侯オルン様ぐらいでしょうか」

「トリア侯?」

「ヘクトル様の従兄弟であり、諸侯の中でも温厚と知られている方じゃ」

 

 あのヘクトルの従兄弟ならばとマークも思うが、それでも完全には信用できそうもなかった。

 

(こんなところに居ると、久しぶりに里に行きたくなるな)

 

 あそこならば信用できる者しかいないと思い、つい逃げ出したくなってしまうマークであったが、この大陸には多くの戦友たちがおり、逃げ出すわけにはいかなかった。

 

(せめて、もうちょっと仲間たちに会いたいなぁ)

 

 フェレにいるエリウッドか、オスティアにいるフロリーナか……

 

(そう言えば、マシューはそろそろエトルリアについたころかな?)

 

 今日、その娘に会ったマークであるが、それが故に本人にもう一度会いたいという思いは強くなっていた。

 だが、どんなに早くても彼らとの再会よりオスティアに着くほうが早いだろう。

 そう思うと、ため息の一つでも付きたくなるマークなのであった。

 



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第4章 「銀の魔道士」

 ラウスを無事制圧したロイ達は、負傷した兵たちを癒すために数日の間城にて過ごすことになった。

 傷を癒すためとはいえ、その間にやらなければならないことも多く、軍師として、リキア同盟軍の参謀という立場にいるマークは、城内を忙しく走り回っているのであった。

 

「マリナス、物資の補給はどうなっている?」

「はい、補給は滞りなく進められております。もとより戦の準備は終えていたようで、さほど時間もかからず終了するでしょうな」

「了解した。マーカス、ラウスの騎士共はどうしている?」

「基本的に大人しく待機しておりますな」

「基本的に?」

「一部の騎士はリキアのために共に戦いたいと申し出たり、戦の準備で手薄になった領内の警備を再開したいというものも居ります故」

 

 もちろん、ラウスの騎士たちの訴えはそれだけではないが、こちらに利のあるものはともかく、それ以外の訴えは黙殺するしかないのが現状だ。

 

「治安の悪化は問題だな……一部の騎士と兵士の派遣をロイに進言してくれ。共闘については、ラウスの後継者とロイの間で話し合ってもらう他無いな」

「ラウス騎士たちの参入を許可してよろしいので?」

「敵意を持った者はともかく、想いを同じくする戦士を拒む理由は無い。……前回もそうだっただろう?」

「……そう、でしたな」

 

 とはいえ、個人を超えた一団を迎え入れたことはさすがにない。迎え入れるのなら、これまで以上に軍の内部にも気を使う必要があるだろう。

 

「……公子がもう少し骨のある奴だったら、ここまで大変な思いをしなくて済んだんだがな」

「仕方がありませんな、父の言葉に全面的に従ってきたのですから、そのツケというものでしょう」

 

 そう、本来であるのならラウス公子が騎士たちを率い、リキア同盟に参加してもらえばよかったのだが、事はそう簡単に進まなかったのだ。

 もともと押しの弱い性格だったのだろうラウス公子は、我の強い父親に逆らうどころか意見さえできず、今まで碌に決断をする機会に恵まれなかったらしい。

 結果、父親の言いなりでしかなかった公子は、騎士たちを率いて同盟軍に参加する力は無く、半ば以上人質という言い訳で彼とわずかな騎士のみが同盟軍に参加することになったのだ。

 

「まぁ、文句を言っても仕方がないか……俺らの役割は、今ある手札で最善を目指すだけだ」

「そういう事ですな」

 

 やるべきことを再確認した3人は、それぞれのやるべきことを黙々と実行する。マリナスは物資と資金、配給を整え、マーカスは兵の再編成及びロイの補佐。そしてマークが戦略面の見直しと軍の士気の維持。

 もはやこの3人は、同盟軍を維持するのになくてはならない存在と誰もが認めるところであった。

 そんな激務を一区切りして休憩に入ったマークの下に、一人の少女が押し入っていた。

 

「それで、アナタはお父様とどのような関係なのですか!」

 

 押し行って来て早々にそんなことを大声で聞くクラリーネに、マークは目を白黒させる。

 

「答えられないんですか!」

「……まぁ、性格まではそう簡単に似ることもないか」

「何か言いまして?」

「いや、なにも……パントとの関係だったか? 一言で言えば、戦友かな」

「戦友……では、アナタはエトルリアの出身ですの?」

 

 クラリーネの想像は、とても妥当なものと言えるだろう。先代の魔導軍将であるパントの戦友ならば、かつてエトルリア軍に所属していたと考えるのは当然だ。

 だが、マークがパントたちと知り合ったのはそもそもエトルリアですらない。

 

「あの夫妻とはナバタで知り合った」

「ナバタ……お父様から聞いたことがありますわ。あの地では、貴重な魔導のアイテムがたくさん砂にまぎれているとか」

「そうだ。パントが見つけた貴重品を横取りしようとする賊が出てな、それで助太刀をしたのが、初めての共闘だ」

 

 もっとも、パントに助勢が必要だったかは疑問だったが、などと付け加えるマークに、クラリーネはようやく父の戦友という言葉が真実であると理解する。

 ただ父の名前を使っただけなら、そのような言葉が出てくるはずがないのだから。それに加え、クラリーネはもう一つ父の話を思い出す。

 

「そう言えば昔、ナバタで知り合った友人と共に、大陸を巡ったとかいう話を聞きましたわ……その友人の一人の名前が、確か……マーク」

「……」

 

 確かに、パントが人にあの頃の話をしようと思ったら、エリウッドやヘクトルの名前を出すわけにはいかないだろう。

 そうなると自然と名前が出るのは、彼らと最も近い位置にいたマークであるのは必然である。

 知らず知らずのうちに冷や汗を流すマークであったが、クラリーネは知る由もない。

 

「でも、あれは私やお兄様が生まれる前の話だと言っていましたし、アナタは見たところまだ20歳にならないですわよね?……ああ、その方と同名であったのがお父様と話すきっかけになったのね!」

「……さすがに、知り合ったきっかけはともかく、仲良くなった理由までは、覚えてないな」

 

 一人で勝手に納得したクラリーネに気付かれないように、マークはひっそりと安堵のため息を吐く。

 

「さて、俺は兵たちの様子を見に行くが、クラリーネはどうする?」

「……ま、まぁ、お父様の友人という事ですし名前ぐらいいいでしょう……わたしはそろそろ部屋に戻りますわ」

「そうか」

 

 誤魔化すようにマークは今後の予定を告げ、クラリーネに退出を促す。それにごにょごにょと何かを呟いたクラリーネであったが、マークが何か尋ねる前に明確な返事をよこす。

 それから二三言葉を交わしてクラリーネと別れたマークは、兵士たちが休息を取っているだろう天幕へと足を向けるのであった。

 

「少しよろしいでしょうか、マーク殿」

 

 その途中、マークは一人の騎士に声をかけられる。

 

「何だランスか……何か用か?」

「いえ、貴方は大陸屈指の軍師だとマーカス殿からお聞きして、わずかばかりでもその戦術についてご教授いただければと思い、お声をかけさせていただいた次第であります」

「……ずいぶんと固いな」

「教えを乞う身ですから」

 

 唐突といえば唐突なランスの依頼に、マークは少しばかり考え込む。

 自身の知識を教えることに抵抗は無いが、問題はランスが求めるその知識の使い道である。

 

「騎士であるランスは、何のために戦術を学びたいと考えた?」

「はい、それはもちろん、ロイ様のお役に立つためです」

 

 まあ、予想通りの答えであった。だが、それならばなおのことランスに戦術を教えるわけにはいかない。

 

「ただでさえ身も心も休まらない戦場に身を置いているんだ。心身を鍛えることも重要だが、休むこともまた重要だ」

「それは重々承知しています。しかし、今やらずに、いつやれというのですか。ベルンに再び破れるようなことがあれば、今度こそ再起はできないのですよ!」

 

 無理でも無茶でも、戦わなければ、勝たなければならないのだ。休んでいる暇などないというランスに、マークは諭すように静かに語る。

 

「……今、ロイがお前に何を求めているかわかるか?」

「ロイ様が私に求める物、ですか?」

 

 マークの問いかけに、ランスは自分に足りないものを思いつく限り並べる。

 だが、それらの足りないものは、マークの一言によって吹き飛ばされてしまう。

 

「ロイがお前に望むのは、皆が、お前が無事に生き残ることだろう?」

「!」

 

 目を見開くランスに、マークはさらに追い打ちをかける。

 

「確かに、お前が今以上に強くなれば、賢くなれば、ロイも助かるだろし、喜ぶだろう……だが、その成長がお前の身を蝕む物なら、アイツは果たしてどう思うだろうな」

「……しかし……」

「まぁ、もう一度よく考えて見ろ。お前自身が何を求められているのか、何をしたいのか」

 

 マークはそうランスに告げ、踵を返す。その背を見送るランスの目には、いつにない迷いが宿っていた。

 だが、その迷いの解決を促すような時間は、彼らには与えられなかった。同盟軍はわずかな休息ののち再びオスティアへの進軍を開始する。

 ラウスでの反乱を教訓にして、いらぬ危険を回避するために旧街道を使用して進軍する一同は、かの地に待ち構える存在に気付くことができなかった。

 

「ここが旧街道か……表街道より目立たないだろうが、やはり道が荒れているな」

「これでも道があるだけマシ、らしいよ? 僕自身あまり裏道は見ないし、人から聞いただけの知識だけどね」

 

 そもそも普段人里に下りないマークとフェレの公子であるロイでは、理論以上の評価を下すことはできなかった。

 もっとも、旅慣れしているマークは言うまでもなく、ロイもこの旧街道をさほど苦も無く進んでいるのだから、言葉の内容ほど道の具合は気になっていないのだろう。

 そんなことを話しながら進軍する中、ロイの下にマリナスが近くの村人を伴い訪れてきた。

 

「どうしたんだい、マリナス」

「ロイ様、この村人ですが、ロイ様にお願いしたいことがあると……お、おいっ」

「あ、あなたがフェレ家のロイ様ですか!?」

 

 マリナスの横をすり抜けロイの下にひざまずく村人に、マリナスやマーカスが眉を顰めるが、ロイは無言でこれを制し、村人にその『お願い』を告げるように促す。

 

「山賊たちを退治してほしいのですじゃっ!」

「山賊?」

「旧とはいえ、ここも街道だろう? 山賊が出るのか?」

 

 ロイとマークの疑問に対し、村人は可能な限り詳細を答える。

 曰く、峠の古城が山賊の根城になっているとの事。

 曰く、リキア同盟が破れたのをきっかけに守備の兵が逃げ出してしまい、他に頼れる者がいないという事。

 

「逃げることもできない我らは、山賊におびえながら毎日を過ごしておるのです」

「……」

「どうか、どうかお願いいたします! 我らをお助け下さい!」

 

 できる事なら、彼らを救ってやりたいと思うが、リキアの現状を思うと、今は一刻も早く、オスティアに向かわなければならないのも事実である。

 

「ロイ様……彼らには申し訳ないですが、先を急ぐ我らには……」

 

 マリナスがそう告げロイに正しい決断を促すが、残念なことに彼は目の前にいる救いを求める民を見殺しにするような非情な事が出来なかった。

 

「先を急がないといけないという事は、十分に承知しているよ。でも、だからと言って目の前の民を見捨てて先に進むことはできない!」

「ロイ、言いたいことは理解できるが……」

 

 マークもその決断を諌めようとするが、ロイは首を振ってみなまで言わせなかった。

 

「助けてくださいますか! もしよろしければ、秘密の門をお使い下され。ずっと使われていなかったので、山賊どもの不意を打つことができるはずですぞ」

「わかりました」

「……いや、門は使わない」

「なぜですか!?」

 

 おそらく最速で事を終わらせることができる案を、マークは否定する。

 そもそも山賊退治に反対したマークであるが、やると決めたからには最善を尽くすはずと思っていたロイもマークの否定に少し怯む。

 そのことを察したマークは、まだまだ甘いロイの考えに、小さなため息を吐く。

 

「確かに門を開け、奇襲でもって山賊の頭を討つだけならすぐに終わるし、何より楽でいいだろう。だが、その方法で討ち漏らした賊はどうすると思う?」

「……」

「時間もないし、さっさと答えを言ってしまおう。正解は『報復』だ。生き残った賊は、俺らに賊の討伐を頼んだ村をことごとく焼き払うだろう」

 

 マークの言葉に、ロイは唇をかみ、力の限り拳を握る。

 

(そうだ……どうしてそのことに思い至らなかったんだ……!)

 

 少し考えれば、すぐにわかることだ。いや、考えるまでもなかったはずである。なぜなら、その類の事件は、過去に数多く報告されていたのだから。

 

「故に、介入するのなら徹底的に殲滅する必要がある」

「そうだ。まぁ、相手は所詮賊だ。少し時間をかければ、すぐに仲間を呼ぶだろうさ」

「なるほど、離れている賊がちゃんと帰って来るよう、少し苦戦して見せる必要があるんですね」

 

 散らばった賊をこの場に集めるために苦戦して見せ、集まった直後に、逃げる暇もない速度で殲滅する。

 さりげなく高レベルな用兵術を必要とする作戦に、ロイは確信する。

 

(マークは、この戦いも僕たちの実力を向上するために利用するつもりなのか……!)

 

 その意図を理解できた以上、ロイとしても無様は見せられない。力押しではなく、より効率よく、正確な指示と行動をと気合を入れる。

 

「では……みんな、いくぞ!」

「応っ!」

 

 ロイの号令に応えた一同は、それぞれが最高の働きを見せる。だが、それも当然だろう。

 相手はマークも言った通り所詮賊であり、仮にもアラフェンでベルン軍と、ラウスで騎士たちと戦った彼らの敵ではなかった。

 最初の段階である『苦戦の振り』が難しかったが、そこさえ越えれば何の問題もなく駆逐できた。

 

「……言葉通り、あっという間でしたな」

「この程度の賊に時間をかけるようなら、ベルンに対して即時降伏することを勧められるだろうね」

 

 ロイの一言に、マーカスも違いないと同意を漏らす。この会話の少し後に来たマークは、主従の表情に少し怪訝な表情を見せるも、被害の報告を優先するのであった。

 そんな一仕事終えた一行の下に、マリナスが血相を変えて駆け込んでくるのであった。

 

「ロイ様、大変ですぞ!」

「どうしたんじゃ、マリナス」

「エ、エリミーヌ教団の僧侶が、ロイ様と……ギネヴィア姫を訪ねてまいりました!」

 

 マリナスの言葉にその場の一同が目を見開くが、それも一瞬の事。すぐに平静さをとりもどしたロイが、マリナスに尋ねる。

 

「教団は、ギネヴィア姫が僕たちと一緒にいるという事を知っていたという事かい?」

「おそらくは……」

「一体どこから……いや、今は対処の方が先か、とりあえず、ギネヴィア姫はこちらでお待ちください。僕が先に……」

「ロイ様、私にもご一緒させてください」

「姫?」

 

 いらぬ危険を冒そうとするギネヴィアを諌めようとするロイだが、それよりも先に彼女は会いたいと言った根拠を述べる。

 

「実は、兄とエリミーヌ教団の関係が最近悪化しているようなのです。詳しい事は判りませんが、教団はきっと敵ではないと思います」

「そう、ですか……では、ここにお通しして」

「わかりました」

 

 マリナスが下がり、僧侶を呼びに行ったのを確認したロイは、マークの方をうかがい、そして驚愕した。

 

「……あの、マークさん、どうしてそんなに嫌そうな顔をしているんですか?」

「……何でもない」

「何でもないって……」

 

 そんなわけないだろうという言葉は、最後まで紡がれることは無かった。マークの纏う雰囲気が聞くなと明確に告げていたからだ。

 ロイが口を閉ざすのと同時に、マークも無理やり表情を改めたが、その場には妙な空気が残ったままになってしまった。

 だがそれもわずかな時間に過ぎない。すぐに戻ってきたマリナスの後ろには、護衛と思われる胸当てをつけた女性と、ローブで顔を隠した男をひきつれた僧侶が居たのだから。

 しかし、その3人が現れた時点でマークの興味は僧侶から完全に外れていた。

 

「……ロイ、少し席を外すぞ」

「あ、うん……わかった」

 

 マークはロイの許可を得てすぐ、ローブの男目指してまっすぐ進み……そのまま男の襟首を掴んで、引きずりながら出て行ってしまった。

 

「……あの、あの方は?」

「……え~、あ~、教団の所属ではなく、個人的な伝手で同行された方なんですが……そうですね、彼は『シルバーと呼んでほしい』と言っておりましたよ?」

「はぁ、シルバーさん、ですか……?」

 

 明らかな偽名に、何とも気の抜けた返事しかでき無かったロイだが、マークが連れていった以上悪い事にはならないだろうと気を取り直す。

 そしてこの場を後にしたマークだが、そのシルバーとやらと人気の無い一室で相対していた。

 

「……なんでお前がここにいる!?」

「え、だって君から連絡をくれたんだろう?」

「そう言う意味じゃない! いや、確かに人を遣ったが、頼みたかったのはあくまで下準備で……」

「だから私がここに来たんじゃないか」

 

 シルバーの言葉に、わずかに考え込んだマークであったが、すぐにその真意にたどり着く。

 

「エトルリアはリキアの為には動かないという事か?」

「そう、リキアの為には、ね」

 

 確かにそれならば、リキアがエトルリアに作る貸しは最低限のものになるだろう。もちろん、それは表面的なものでしかないが……

 

「盟主の力量次第では、上手くさばけるかもな」

「そういう事。ちなみに私は、旧友と久々に連絡が取れて、思わず屋敷を飛びだしてしまったただの魔道士『シルバー』だよ」

「何がただの魔道士だ……だが、来てくれて助かった。とても、心強い」

 

 どちらが先に差し出したのか、その手は力強く握られ、再会を心から喜ぶ。

 

「念のため言っておくけど、戦力としても当てにしていいから」

「それはありがたいが、基本はロイ達にやらせるから、出番が無いことを祈っていてくれ」

「そうか、それは残念だ……まぁ、先ほども言ったように、私の目的は旧友と会うためだから何の問題もないがね」

 

 そう言って笑うシルバーに、マークもつい笑みを漏らす。できればこのまま昔話に花を咲かせたかったが、時間もないため切り上げる。

 マークはそれまで浮かべていた笑みを引っ込め、真剣な顔でシルバーに告げる。

 

「しばらくの間、ロイ達を頼めるか?」

「おや、この軍の軍師は君だろう?」

「ああ、だが、ロイ達だけではたぶん足りなくなる」

「ロイ君では不足かい?」

 

 そのマークの言葉に、シルバーは思わず口を挿むが、一つの事実に思い至る。すなわち、軍における諸侯の不在だ。

 

「確かに、一軍の指揮官としてなら、ロイは十分及第点を与えられるだろう。知識や経験の不足は周りがフォローすればいいし、そのフォローを受け入れる度量もある」

 

 だが、それはあくまで一軍の指揮官としてだ。

 

「公子だけでは足りない……リキア諸侯の誰か、それも、盟主の代理ができる人物が必要なんだ」

「なるほど、それでエリウッド殿を……しかし彼は……」

「だから、俺が行かなきゃならないんだ」

 

 エリウッドを説得するのは、人を遣って成せるとは思えない。ならばマーク自身が行くほかないのだ。

 

「その間、ロイ達の事を……」

「わかった。ただし、君ほどの戦術は期待しないでくれよ?」

「いや、この分野で人後に落ちるようなことがあれば、俺いらない子だろ」

 

 そう言って再び笑うマーク達であったが、ふとこの策の欠点に思い至る。

 

「……そういえば」

「ん、どうしたんだい?」

「この軍には、クラリーネがいるぞ」

「え?」

 

 その時のシルバーの表情は、彼の妻すら見たことが無い表情だろうとマークが思うようなものだったとか……

 




一体『シルバー』とは何者なんだ……


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第5章「もう一つの再会」

 今はシルバーと名乗っている古き戦友と再会したマークは、この機会に一度軍を離れることを心に決める。

 その目的はかつての戦友であり、現フェレ公爵エリウッドに会うため。そしてエリウッドにリキア同盟の盟主代理になってもらうためである。

 

「ふむ……確かに必要な事であろうが、何も今でなくてもよいのではないか?」

「それは甘いぞ、マーカス。ベルンの攻撃が厳しい今だからこそだ」

 

 オスティアに早急に向かう必要がある今、マークという軍師が抜けるのはあまりにもきつすぎると判断したマーカスがマークを諌めるが、マークの意志は固く、また大きな利点も存在した。

 今後ある程度余裕ができてしまえば、誰が盟主の代理を務めるかで揉める可能性が高い。それを防ぐためにも、状況が厳しい今、盟主の代理を決める必要があるのだと。

 

「確かに、否定はできませんが……」

「だけど、今マークが抜けるのは同盟軍の存亡にかかわる。自分の名前が持つ影響力を、知らないわけではないでしょう?」

 

 反対意見を述べるロイの言葉にも、一理ある。今まがりなりにも同盟軍が維持できているのは、かつて神軍師と呼ばれたマークの影響も大きい。

 だが、マークはあくまでロイの下で策を練っているだけに過ぎないと考える。この軍の将がロイだからこそ、マークは自身の力を十全に発揮できているのだと、そう思っていた。

 

「俺が軍を離れる目的を喧伝されても困るが、これも策の一環であると言えば、さほど問題は無いだろう」

「問題ないって……」

「マーカスやマリナスもいるし、今回はパン……シルバーもいる。ロイなら大丈夫さ」

 

 マーカスやマリナスはともかく、一瞬口が滑りそうになったマークに軽く肘鉄を入れるシルバーを、ロイは本当に信用できるのかとつぶさに観察する。

 

(マークとは気やすい関係みたいだし、マーカスも何も言わないか……)

 

 そのマーカスもシルバーを見て少しばかり呆れたような表情を見せたものの、彼の人格や能力を信頼しているのは見て取れた。

 ロイが最大級の信頼を寄せる二人のお墨付きがあるなら、マークがしばらく軍を離れても問題ないだろうと結論付ける。

 ならば次の問題だ。

 

「分かったよ……じゃあ、軍を離れるに当たりマークに着ける護衛だけど……」

「ああ、必要ない。なるべく急ぎたいから、あまり数を揃えたくないんだ」

 

 リキアに侵攻してきているベルン軍がどこにいるかわからない以上、護衛をつけるとなると相当な人数が必要になる。可能な限り早く行って帰ってきたいマークからしてみれば、まさに足手まといになってしまうのだ。

 だが、ロイもさすがにその意見は受け入れられるはずが無かった。

 

「それは流石にできないよ。護衛をつけずに万が一何かがあったら……」

「いや、私も護衛は必要ないと思うよ」

 

 護衛の必要性を語ろうとするロイを遮り、シルバーが発言をする。

 

「マークだって伊達にいくつもの戦場を越えてきたわけじゃない。敵を倒す能力はともかく、生存能力なら、ここにいる誰よりも優れていると断言できるよ」

 

 人竜戦役時代の戦場に放り込んでも無事に帰って来れるんじゃないかな、などと軽口をたたくシルバーであったが、その言葉は決して誇張でも何でもなかった。

 

「かつてはエリウッド様と共に戦場の最前線を駆け抜けておったマーク殿なら、確かに並の者では足手まといにしかならんじゃろうな」

「マーカスまで……」

「しかし、マーク殿1人というわけにはいきませんな」

 

 一度はシルバーの言に同調したマーカスであったが、それはマークの単独行動を許すものではない。

 

「おぬし、わしの知る限りでも年に数度行き倒れておるじゃろう?」

「え、本当かい?」

「……昔の話だろ」

 

 そもそもマーカスが知っているだけでもリンディスとの出会いも、エリウッドとの再会の時も、ついでにベルンの離宮の近くでもマークは行き倒れたことがあるのだ。

 それを知っていれば、彼のひとり旅を許容できるはずが無かった。

 

「そう言ったことなら、なおさらマークを1人で行かせるわけにはいかないな」

「大丈夫だって、あのころは目的地もなくうろついていたからであって、今回とは条件が違う」

「それなら案内役をつけるというのはどうだい? 幸いというべきか、私に一人心当たりがあるんだが」

 

 結局、お互いに譲らないマークとロイの主張は、シルバーの妥協案によって仲裁がなされることになった。

 そしてそのわずか数刻後、マークは同盟軍の元を後にするのであった。

 

 

 

「……よかったんですか?」

「なにがだ?」

 

 フェレへと向かうマークの横にいるのは、つい先ほどシルバーたちと共に同盟軍に合流したマシューである。

 もっとも、彼はシルバーたちとは異なり、その合流を大勢に知らせるようなことをしなかった。なぜなら彼は兵ではなく、闇に生きる密偵なのだから。

 そんなマシューがマークに語りかける言葉は、同盟軍を離れる是非を問うものではない。

 

「いくらエリウッド様とはいえ、病には勝てません」

「……わかっている」

 

 そう、マシューの懸念はエリウッドの病である。

 先代のオスティア候も病に倒れたことを知るマシューは、エリウッドがその二の舞を舞う事を恐れたのだ。

 

「だが他に適任はいないし、何より俺らが連れ出さなくても、エリウッドがこのままフェレにこもっているなんてありえないだろう?」

「……ひょっとして、エリウッド様に無理をさせようとしてるんじゃなくて、止めるための盟主代理なんですか?」

 

 少なくとも、マークの知るエリウッドは理性的でありながら、同時に無茶をすることを厭わない人物だ。

 何かしらの役割を与えてしばりつけなければ、一介の騎士として最前線に立ちかねない。

 

「まぁ、エリウッドなら最前線でもそれなり以上に活躍しそうだけどな」

「さすがにそれは無いでしょ……」

 

 マークの言葉を否定しつつも、心のどこかであの人ならやりかねないとマシューも思う。

 エリウッドはかつて、行方不明になった先代のフェレ候の安否を自身の手で確かめようとした前科がある。

 ヘクトルの破天荒さに隠れてわかりにくいが、エリウッド自身もなかなか無茶をしているのだ。

 

「まぁ、どちらにしろマークさんが動いた以上、エリウッド様に無茶をする余地は……」

「マシュー?」

 

 突如言葉を切ったマシューを不思議そうに見やるマークであったが、すぐにその真意を悟る。

 

「敵か?」

「いえ、それはまだわかりませんけど……結構な人数ですね」

「確認しよう」

 

 マシューが察知した一団、その目的を探るため二人は道を外れて草木の影に潜む。ベルンに関わるものなら足止めをする必要があるし、無いならないで、まださほど離れていない同盟軍の手を煩わせないようにしなければならない。

 しばらくして、潜んでいた二人の目に映ったのは、少し小さめな規模の傭兵団のようであった。

 

「(どこの所属かわかるか?)」

「(……少なくとも、ベルンじゃなさそうですね。武装に最近使用した痕跡が見当たりません)」

 

 ベルンに所属する傭兵なら、ここに来るまでそれなり以上に戦いを越えてきているはずだ。その痕跡が無いのなら、彼らはリキアの傭兵なのだろう。

 だが、それがすなわち彼らが味方であるという事にはならない。

 

「(……さすがに、外見からじゃ目的もわからないですね)」

「(いや、あれは同盟軍の参加希望者っぽいな)」

「(わかるんですか!?)」

 

 驚くマシューであったが、マークにとって難しい事ではない。

 

「(あの数では諸侯軍に対抗するのも難しいから、ベルン側につきたいならなら敗残兵を狙っているはずだ)」

「(確かに隠れている兵を探している様子は見られませんね)」

「(それはすなわち、探さなくても見つけられる相手を探しているからで……)」

「(つまり同盟軍の本隊を……なるほど、言われてみればごもっともで)」

 

 納得するマシューであったが、重要なのはこの先の事だ。

 諸侯とも戦えない数である以上、同盟軍と戦う気が無いのは明らかだが、何も危険なのは剣を持った敵だけではないのだ。

 

「問題は、彼らが本当に同盟軍に参加する気か否かだ」

「……あぁ、裏切ること前提で参加する可能性もありますね」

 

 声の調子を戻しながら、2人は隠れていた草木の影から出て、傭兵団と相対する。

 

「ひょっとして、リキア同盟軍の斥候か?」

「だったらどうする?」

 

 おそらく傭兵団の団長らしき大剣を持った男がマーク達に問いかけてくる。マークはそれに対し質問で返すことで自身の警戒を伝え、傭兵たちの目的を聞き出そうとうながす。

 

「そうだな……ああ、俺達はリキア同盟軍への参加を希望していてな、できれば案内してほしいんだが?」

「……傭兵なら、勝ち馬に乗る事を進めるぞ」

「お、おい……」

 

 ベルンに付けと言わんばかりのマークの一言に、マシューも思わず口を挿もうとする。

 だがマークはそれを制し、傭兵へ答えを求める。

 

「まぁ、今の俺達は傭兵の理屈に背いているわけだし、そう簡単に信用はされねぇよな……」

「……」

「だけどな、傭兵と言ったって、全員が全員金のためにやってるわけじゃないぞ?」

「?」

 

 その傭兵の言葉に、マークは思わず首をかしげる。レイヴァンなどの特殊な例外を除けば、概ね傭兵というのは生きるため、金を稼ぐために戦っているのだ。

 では彼らは何のために戦うのか、マークが考え付くよりも早く、その傭兵は答えを告げる。

 

「リキアは、俺や祖先が生まれ育った地だからだ。その地を守りたいと思うのは、ごく当たり前な事だろう?」

「……だったら騎士にでもなればよかっただろうに」

「騎士っつーのは、主君に仕えるものだろう? 俺が守りたいのはなんたら公爵じゃなくて、このリキアの大地だ」

 

 そう言い切った傭兵の目を、マークは覗き込む。そこに嘘や偽りは見つけられず、ただ強い信念が込められていた。

 彼についてきた者たちも、同じ気持ちなのだろう。誰一人として声一つ上げずに、マーク達がどのような結論を出すのか見守っていた。

 痛いほどの緊張に包まれた一同の中、マークは静かに彼らに対し評価を告げる。

 

「……いいだろう」

「お、案内してくれるのか!?」

「それはできないな」

 

 マークの矛盾する言葉に傭兵たちは困惑するが、疑問を口にする前にマークがその真意を告げる。

 

「俺達は今、任務で本隊から離れているため案内はできない。だが、口添えぐらいはしてやる」

「本当か!?」

「ああ、そうだな……マーカスかマリナスあたりに『行き倒れ軍師』の紹介とでも言えば、悪い事にはならないだろう」

「分かった。『行き倒れ軍師』だな」

 

 最後にお互いに名乗り合い、マークは傭兵クルザードに同盟軍の進路を教える。そして、それぞれ正反対の方向へと足を向けるのであった。

 

「……あのクルザードって傭兵、信用して大丈夫なんすか?」

「まぁ、大丈夫だろう」

 

 マークの軽い回答に少し疑いの目を向けるマシューであったが、それもわずかな時間の事であった。

 

「マークさんの人を見る目は信頼してますよ? でも、時期が時期ですからね」

「現状リキアの敗北は濃厚だからな……だけど、大丈夫だと思う」

 

 断言こそできないが、マークには彼が嘘をついているようには見えなかった。

 

「それに、軍師を名乗った俺に剣を向けなかったし」

「……確かに、マークさんの首なら並の侯爵の首より価値は高いでしょうからね」

 

 ちょっと頭が回るものなら、リキア同盟の軍師の首をベルンに差し出すぐらい考えるだろう。

 だが彼らはそれをしなかった。それだけで、ある程度信用する材料になるのだ。

 

「もしも万に一つ何かがあっても、パン……シルバーなら何とかしてくれるだろ」

「そりゃそうでしょうがね……」

 

 文武に優れる彼がロイの傍にいるのだから、何があったとしても傭兵ごときに後れを取ることは無いだろうという思いも、当然のようにあった。

 

「それより、先を急ごう」

「……そうですね」

 

 そう言えばこういう人だったと、マシューはどうやらいつの間にか美化されていた記憶に微修正をかける。

 マークという軍師は、接戦になれば繊細な策で敵を翻弄する名軍師となるが、実力差がそれなり以上にある時の策は、その名声に見合わずとても雑なのだ。

 その雑さも仲間たちへの信頼の証であるし、無駄な努力、する必要のない苦労を背負うようなことをしないのも一流の条件なので、間違ってはいないのだが……

 ふたり旅の間、あからさまな手抜きがされないようにと、ひそかに祈るマシューであった。

 

 

 

 それからしばらく、ベルンの先遣隊や斥候を躱しつつフェレに向かっていた二人であったが、ある日予想もしていなかった闇夜の再会を果たしていた。

 

「まさか、こんなところでニノと再会するなんてな……」

「正直、もうちょっとマシな再会があったんじゃないかって思いますけどね……」

「あはは……ごめんね?」

 

 身を隠しながら静かに移動する中思わずため息を漏らす2人に、ニノは頭を下げる。というのも、今の3人は、ニノを追ってきたベルン兵によって追い詰められつつあるからだ。

 

「そもそも、何でこのタイミングでリキアに?」

「えっと、その前に、マークさんはあたしとジャファルに子供がいるって知ってる?」

「……ひょっとしてその子供の名前はルゥか?」

「あれ、ルセアさんから聞いたの? せっかく驚かせることができると思ったのに……まぁ、今回はね、その子たちを引き取りに来たんだ」

 

 端的過ぎて今一つ分かりにくかったが、改めてまとめると次のような事情となる。

 

「黒い牙残党として追手がかかったニノとジャファルは、子どもたちをルセアに預け、ナバタへと向かったのか……」

「ベルンから遠いしね。それで何とか理想郷って呼ばれてる里にたどり着いたんだけど、ジャファルは途中であたしを庇って大ケガを負っちゃって……最近ようやく容体が安定して、あたしが子どもたちを迎えに来れるようになったんだよ!」

「そして、迎えに来たはいいがすでに孤児院は戦火に焼かれて……ベルンに対して報復をってか?」

「そう言うこと」

 

 魔導師としてずば抜けた実力に加え、逃亡時代に習得した隠密スキルによって少なくない戦果を挙げたニノであったが、その代償が今3人を取り囲む追手というわけだ。

 再会がこのような場所でなければ、もっと詳しい話を聞きたかったのだが、この状況ではそう言うわけにもいかない。

 

「まぁ、追い込まれていると言っても相手は本隊じゃないし、そこまで人数も多くないし、強行突破も不可能じゃないかな?」

「あたし一人じゃ厳しかったかもだけど、マークさん達もいるなら何とかなるよ!」

「……荒事は苦手なんですけどね」

 

 とはいえ、この面子ではマークの策もあまり期待はできない。さすがに強行突破する場所は選ぶだろうが、強行であることは変わらないだろう。

 

(魔導軍将に匹敵する才を持つ魔導師と、歴史をも変える神軍師……うわぁ、なんで俺こんなところに居るんだろ)

 

 そうリキアでも最高位の密偵が嘆くも、残念なことにその意見に同意してくれる者はいなかった。

 

 

 

 その後、ベルン軍といくらか矛を交える事態になるも、マーク達はようやくフェレへと到着する。

 途中でニノという頼りになる戦友が同行することになったため、危険がある地点を大きく迂回することもなくなり、予定より幾日か早い到着となったのだ。

 

「正直、門でもう少し揉めると思っていたんだが……」

「本当に、運がよかったとしか言いようがないですね」

 

 そして、本来であればエリウッドと旧知であると言っても信用などされなかっただろうが、今回に限っては現状がマークの味方をしたのだ。

 

「まさか、俺の顔を覚えている者がいたとはねぇ」

「確かに、フェレ城にも来たことありましたっけね」

 

 ちゃんとロイからの書状も預かり、その手の問題の対処もしていたのだが、多くの兵がアラフェンに向かったため、今のフェレは門番にかつて引退した有志を採用していた。

 彼らはわずか数度しか見ていなかったはずのマークの事を覚えており、それゆえに僅かの遅滞もなくエリウッドの下へ通されようとしているのだ。

 そんなわけであっさりと城内に入れたマーク達であったが、ここまであっさりと事が進むと、心の準備が間に合わない。

 あっという間に城主の部屋に通されてしまったマークは、その瞬間思わず言葉を失ってしまう。

 

「……久しぶりだね、マーク」

「……ああ、少し痩せたか、エリウッド」

「お久しぶりです、マーク様」

「……ニニアンも、元気そうで何よりだ」

 

 その顔を見て、声を聴いて、かつての戦いの日々が思い起こされる。

 思考が過去へと流れていきそうになるのをマークは、いやエリウッド達も必死にこらえ、現状を改善するために話をする。

 

「報告は来ているよ……息子のロイが世話になっているね」

「その程度、何の負担でもない……それより、ヘクトルの事……」

「……うん、僕も話を聞いた時は我が身を呪ったよ……だけど、今はそのことを嘆いている暇はないんだ」

 

 歯を食いしばって心が軋みそうになるのを必死に堪えるエリウッドを見て、マークは今度こそ前を向く。

 

「エリウッド……リキア同盟の盟主代理として、俺と共に来てほしい」

「……君がそう言いに来ることは、予想していたよ。でも、フェレの事もあるし、何より今の私では……」

「それでも、お前が必要なんだ」

 

 穏やかではあるが、確固なる意志を持ったマークの断言に、エリウッドは力なく笑みを浮かべる。

 

「今の私は、かつての僕ではないんだ……みんなの足手まといになるわけには……」

「足手まといを呼ぶために、わざわざ俺が軍を離れると思うか?」

「……」

「もう一度言う、今のリキアには、お前の力が必要なんだ」

 

 再度投げかけられたマークの力強い言葉にも、エリウッドは頷くことができなかった。それほどまでに彼の身を蝕む病は、心をも侵していたのだ。

 だが、そんなエリウッドの背を押す者がちゃんと存在した。

 

「エリウッド様なら、大丈夫です」

「ニニアン……」

 

 ニニアンはそっとエリウッドの手を握り、微笑みかける。万感の想いが籠められたその一言を超える言葉など、マークには思いつかなかった。

 

「……わかった。今の私にどこまでできるかわからないが、力の限りを尽くそう」

「……感謝する」

 

 2人の在り方のほんのわずかな嫉妬を感じつつも、マークはエリウッドの決断に感謝の念を送る。

 

「明日までに城を出る準備をしておく。マーク達も、今日はゆっくり休んで行ってくれ」

「分かった」

 

 領主が城を空けるとなれば、色々な準備も必要だろう。マークは後ろ髪を引かれながらも、その場を後にするのであった。

 そしてそれぞれの部屋に案内される中、マークは案内人であるかつての戦友に声をかける。

 

「……ハーケン、俺を恨むか?」

「……いいえ」

 

 病に侵された主君を連れだすことを言葉では許容するハーケンだが、その心中は一言で表せるほど単純ではない。

 

「私が共に行ければとも思いますが、エリウッド様は了承なさらないでしょう」

「今のフェレからお前まで取り上げることもできんしな……妥当な判断だろう」

「可能なら、エリウッド様も取り上げないでいただきたいのですが?」

「それは難しいな」

 

 思わず苦笑するマークに、それでもハーケンは真剣な顔を崩さない。

 

「本心です。……私には、マーク殿がただ義によって駆けつけたとは思えないもので」

「……手厳しいな」

 

 20年前も、マークはネルガルという災厄と対になるように現れた。今回ももしや……そうハーケンが思ってしまうのも、仕方のないことだろう。

 

「確かに俺がこの地に戻ってきたのは、戦争が起こったからではない……けど、お前らの前に現れたのは、決して利用するためじゃない」

「信じます」

「……ありがとう」

 

 ハーケンの即答に、マークは少し安心し、同時にすべてを話せない事を申し訳なく思う。

 

(今はまだ……でも、いつかきっと)

 

 すべてを話せる日を迎えてみせる。マークは静かにそう誓うのであった。

 



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第6章「仕掛けられた罠」

 フェレへと向かったマークを見送り、ロイ達は再びオスティアを目指す。

 ただ、その前にマークの不在を担う事になったシルバーには、一つやらなければならないことがあった。

 彼は、一人の騎士の手を借り、事を為すべく動き始める。

 

「失礼いたします。私はフェレの騎士、ランスと申します。リグレ公爵家の姫、クラリーネ様ですね?」

「え、ええ……」

「貴女のような高貴な方を我が軍にお迎えでき、光栄です。戦時故の非礼、どうかお許しください」

 

 突如現れた若き騎士に、クラリーネは目を白黒させる。だが、ランスの言葉はこれで終わりではなかった。

 

「突然の事でご混乱されるやもしれませんが、先ほど合流されたエリミーヌ教の僧侶殿が、エトルリアの貴族の方をお連れしたとか……」

「え、エトルリアの……?」

「はい、戦時故我々では難しかったのですが、彼に事情を話せば、帰郷も可能なのではとお声をかけさせていただいた次第で……」

「け、結構ですわ!」

 

 ランスの提案に、クラリーネは思わず大声を出してしまう。

 というのも、クラリーネがここにいるのは、本国にいるはずの父、リグレ公爵ですら知らぬことなのだ。

 それもそのはず、彼女は誰にも話さず、兄に会おうと屋敷を抜け出してきたのだから……だから、ここでエトルリアの貴族に会うのは、非常にまずい。

 

「えっと、その……そうですわ! 仮にも私はラウスで保護していただいた身、それにもかかわらずここで貴方たちに恩も返さず逃げ出せるはずがありません!」

「はっ! それでは……」

「私がリキアにいることは、その方にはご内密にお願いしますわ!」

「……はっ! 承知いたしました」

 

 その後、その貴族にクラリーネが見つからないよう手はずを整えることを約束したランスは、事の顛末を報告しにそのエトルリア貴族の下に訪れる。

 

「……これでよろしいので?」

「ああ、おかげで助かったよ」

 

 クラリーネに見つかることを良しとしないシルバーは、クラリーネの方からシルバーを避けるように仕向けたのだ。

 もちろん、これで万事解決というわけにはいかないが、時間稼ぎにはなるだろう。

 だが、ここでランスの手を借りた以上、シルバーの素性に疑問を持たれることは避けられなかった。

 

「……もしよろしければ、クラリーネ様を避ける理由をお聞きしたいのですが?」

「ん……私もこれで目的を持って立ち回っているのでね、まだ色々と知られるわけにはいかないからだよ」

「……そうですか」

 

 それらしいことを言ってランスを煙に巻いたシルバーであったが、半分以上は道楽の為というのが正しい。

 ここぞという場面でその素性を明かし、皆を驚かせてみたかったのだ。

 そんなことを知る由もないランスは、シルバーに深い考えがあって自身の正体を伏せているだろうに、それについて特に考えずに問いただしてしまったことを恥じるのであった。

 シルバー騒動が一段落したのち、『行き倒れ軍師』の紹介を受けたという傭兵団が合流するというちょっとした騒動があったが、こちらについては概ね問題無く参入が許可された。

 これらの事を除けば特筆するような事態もなく、同盟軍は亡きオスティア候の従兄弟であり、温厚な性格で知られるトリア侯オルンの屋敷へとたどり着いたのであった。

 

「や~れやれ……今夜は久しぶりにゆっくりできそうですな、ロイ様」

 

 久々に信用できる貴族の庇護下に入ったと肩の力を抜くマリナスであったが、それに反してロイは未だ警戒を解くことができずにいた。

 それはラウス侯の裏切りという過去の為か、ロイ達を案内したトリア侯の側近の言動がどうにも怪しく見えてしまったのだ。

 

「確か、ワグナーでしたか……はて、何やらお気に障りましたかな?」

「……何から何まで、我が物顔で取り仕切っていただろう? トリア侯が病でお顔を見ることすらかなわないというのも、腑に落ちない」

「むむ……確かに、よくよく考えてみれば不審な気も……」

 

 ロイの懸念に同調し、マリナスもその顔に不安の表情を見せる。

 とはいえ、その懸念はまだ確信を得られる程のものではない。ロイは、マークの代わりに軍師の立場に収まった男に意見を求めることにした。

 

「……シルバーさんはどう思われますか?」

「ふむ、そうだね……一応、ワグナーが屋敷の事を取り仕切っているのは、少々行き過ぎかもしれないけど理解できなくもないかな?」

「それは……」

 

 側近である以上、ある程度の権限が与えられているだろうし、主が動けないのならば采配を振るうのは当然であるのも確かなのだ。

 シルバーの反論に、ロイは考えすぎだったかと一息つきそうになるが、続く言葉に再び気を張る。

 

「だけど、トリア侯にお目通りが適わないというのは、明らかにおかしい。君は現状リキア同盟軍の将なんだから」

「それでは……」

「ちなみに君はどう思うかな?」

「……え、わ、私ですか?」

 

 やはり何かあるとロイが結論付けようとするが、それにシルバーは待ったをかける。

 シルバーの視線が向かう先にいたのは、リキア諸侯の一つ、ラウス侯の後継者であり、半ば人質の体でこの場にいるラウス公子フランである。

 突如話を振られたフランは、見ていてあわれに思えるほど狼狽し、ただでさえ華奢なその体をさらに小さくする。

 

「……ラウスでのことは一応聞いているよ。でも、どんな理由であれこの同盟軍に所属している以上、外部からは相応の立場……具体的には、副将として見られることになるだろうね」

「私が同盟軍の副将……!?」

「シルバー殿、それ以上は……」

 

 自身の事を人質であると認識していたフランにとって、シルバーの言う副将など青天の霹靂にも程がある。

 フランの顔色を見たマーカスが止めに入るが、シルバーの言葉に一理あると頷かざるを得なかった。

 

(今同盟軍にいる有力貴族は、フェレ公子であられるロイ様を除けば、ラウス公子であるフラン様しかいないのも事実か……)

 

 この戦いがリキア同盟内だけの問題ではない以上、シルバーの言うとおり、フランは外部から同盟軍の副将と思われるというのはほぼ間違いがない事実であった。

 それを思えばシルバーの問いかけを遮るべきではないのだが、長年ラウス侯エリックの言葉に従うだけだったフランには、いささか難題が過ぎたようである。

 それに加え、事態の推移はフランが答えを出すまで待ってはくれないのだ。

 

「失礼します、ロイ様! 屋敷の周りを多くの兵士がうろついているようでして、ご報告に……」

「これって見張られてるんだと思いますよ?」

 

 シルバーと同時期に合流した僧侶サウルと弓兵ドロシーの報告に、ロイも決断に迫られる。

 

「やっぱり……」

「ふぅん、ちょっとばかり助言をと思ってたんだけど、この様子じゃ余計なお世話みたいね」

「誰だっ!」

 

 突如割り込んできた声に、ロイは咄嗟に身構える。そんなロイに前に現れたのは、おそらく同年代と思われる少女であった。

 

「君は?」

「あたしの事はいいのよ。それより、あんたたちだまし討ちされるみたいよ?」

「……」

 

 少女の言葉に、ロイは警戒を解きつつも先を促す。相手の真意がわからない以上、話を聞くのが自身の役割だと思ったのだ。

 そんなロイを補うのがマーカスの役目である。彼はシルバーがロイと少女の間に割って入れる位置に着いたのを確認してから、逃走経路を潰すべく静かに移動を開始する。

 

「さっき広場であの変な闇魔導師たちが話しているのを盗み聞きしたから……まぁ、信じるか信じないかはあなた次第だけど?」

「……トリア侯はそんなことをする人ではない」

「ああ、その人はもう殺されちゃってるみたいよ」

「そんな……」

「で、あんた達の首を持って、ベルンの王様に仕えるんだってさ」

 

 できる事なら信じたくない少女の言葉を、ロイは努めて平静に受け止めようとする。

 ロイがワグナーの言動に不信感を抱いたのは確かだが、まさかここまでのものとは思っていなかったのだ。

 それでもロイは歯を食いしばり、不安に思いとまどう者、ロイの決断を見守る者、指示を待つ者たちに、今後の方針を告げる。

 

「……外に出るふりをして、試してみよう。僕らの首を狙うのなら、そこで何らかの行動を起こすはずだ」

「あ、外に出るなら北の別館がお勧めだよ~! あそこは裏門に繋がってるから」

「む、待ちなさい!」

 

 最後に助言を一つ残し、少女はマーカスの手をかいくぐり部屋を出て行ってしまう。

 

「へぇ、なかなかやるねぇ」

「シルバー殿……」

 

 少女の動きに感心するシルバーを、マーカスが若干恨みがましく見やる。

 

「仮にも情報を提供してくれたんだし、そう目くじらを立てずともいいんじゃないかな?」

「……わかりました」

 

 ロイのとりなしに、マーカスはしぶしぶ引き下がる。

 しかし、この場所まで忍び込んだ少女の実力を思えば、逃がしてしまったのはもったいないという他無かった。

 少女の去った先を眺め続けるマーカスをしり目に、ロイ達は早速行動を起こす。

 それをシルバーは若干離れつつ、隙あらばロイの横から後方へと下がろうとするフランを叱咤しながら見守るのであった。

 そしてワグナーを軽く挑発した結果、彼らはいともたやすくその本性をさらけ出すのであった。

 

「……ならばここで死んでいただこう! 皆の者、こ奴らを討ち果たせ!」

「くそっ!」

 

 ワグナーの言葉に、ロイはつい悪態をつく。

 信じたくなかった。ワグナーがこうして動いたという事は、トリア侯がもうこの世にいないという事なのだから。

 

(僕たちがもっと早くに到着していれば……!)

 

 ひょっとしたら、何かが変わっていたかもしれない。そう考えてしまったロイだが、その思いに拘泥して歩みを止めるわけにはいかない。

 

「方針としては強行突破からの離脱か、全てを制圧するかの二択かな?」

「……後ろからの追撃を避けるためにも、この屋敷を制圧します! 皆、僕に続いてくれ!」

 

 シルバーが示した二択から、ロイは即座に決断を下す。

 そこへ、つい先ほどシルバーから自身の立場を自覚するように釘を刺されたフランが方針の詳細を聞くべく口を挿んだ。

 

「双方、極力損害を出さないように、ですか?」

「……いや、殲滅戦だよ」

「え!?」

 

 それはロイ達がラウスでとった方策であり、リキアの民を極力救いたいというロイの願いでもあった。

 だが、今回はその方針を取ることはできない。

 

「彼らは、自分たちの主であるトリア侯を謀殺したんだ。これを許すわけにはいかない」

「で、でも、彼らの中には仕方なく従っている人たちがいるかも……」

「前回がどうだったのかは知らないけど、今回はそんなこと関係ないんだよ」

 

 おそらく、フラン自身が望まぬ戦いを父に強いられていたからだろう。何とか弱い立場の者たちを庇えないかといつになく必死に訴えるが、それをシルバーが遮る。

 絶句するフランに、ロイが前回との違いを簡単に述べる。

 

「……ラウスの騎士たちは、ラウス侯という忠誠を誓っていた相手に従っていただけだけど、彼らは違う。反逆者であるワグナーに同調しているんだから」

 

 そう、今回の敵は、主君に誓いを立てた騎士でもなければ、リキアの地を愛する民でもない。

 

「彼らはもう賊だよ。自分たちさえよければそれでいい。そう思って好き勝手している、ただの賊だ」

「……」

 

 そう冷たく言い放ったロイは、剣を手に一歩踏み込む。

 

「……シルバー殿」

「ふむ、地の利は敵にある。制圧をするなら慎重に……だけど、屋敷の中はそこまで広くない。あまり固まり過ぎれば、兵を無駄に遊ばせることになる」

「分かりました……二手に分かれて屋敷内を進軍する! 室内に隠れている伏兵に注意し、確実に制圧していくんだ!」

 

 ロイの指示に、騎士や傭兵たちが一斉に行動を開始する。それをしっかりと見届け、シルバーは道を譲るかのごとく一歩後ろに下がった。

 

(マーク君にも釘を刺されているしね。まぁ、この程度なら問題ないかな?)

 

 ワグナーにしろその周りの私兵にしろ、そこまでの力量の持ち主は見られなかった。これならロイがよっぽど下手な手を打たなければ、負けることは無いだろう。

 先陣を切って突っ込むアレンを見ながら、シルバーはゆっくりとロイ達に続くのであった。

 

「ちっ、次から次へと……!」

「焦るな、クルザード。ここが敵地である以上、敵兵が多いのは当然だ」

「わかってる! 文句ぐらいいいだろ、ランス!」

 

 以前からに知り合いであったらしい騎士であるランスと傭兵クルザードがお互いの短所を補いながら敵兵を捌く。

 

「やれやれ、私としましてはこんなむさくるしい男ばかりの場所ではなく、もっと華やかな場所に配置していただきたかったんですが……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く回復してくれ!」

 

 二手に分かれた際、偶然女性の居ない方に配置されたサウルがひそかに嘆くのを、先陣を切った後一度後退したアレンが急かす。

 

「いいか、開けるぞ!」

「おう、いつでも来やがれ!」

 

 閉ざされた部屋の鍵をチャドが開き、その部屋にディーク達が突入し伏兵の有無を確認する。

 すべてが順調に進んでいく中、シルバーは視界の隅に影が走るのを捉えた。

 

(あれは……)

 

 両軍の衝突から少し離れた部屋に入って行く影を追い、シルバーはそこで少し意外なものを見つけた。

 

「へへ、お宝お宝」

「……何かと思えば、なるほどわざわざ私たちの前に現れたのはそう言うわけだったのか」

「なっ!?」

 

 部屋を物色する少女は、シルバーの声に跳ね上がる。その少女はすぐに逃走経路を確認したが、この部屋から出るには、シルバーが立ちふさがるドアしか道は無かった。

 

「え、えっと……」

「ああ、別に責めているわけじゃないよ」

「……なら、そこどいてくれる?」

 

 シルバーの態度に、さらに警戒をにじませる少女であったが、シルバーはそんな警戒もものともせず少女を観察する。

 

「……やはりどこかの密偵というわけじゃなさそうだね。でも、ただの盗賊というには城への侵入に慣れているようだし、ひょっとして貴族階級が専門の賊かな?」

「……だったらなんだってのよ」

 

 警戒する少女に何を感じたのか、シルバーはふむと一つ頷き、手を差し伸べる。

 

「よければ力を貸してくれないかな?」

「は?」

「ここまで忍び込んだ君の腕を見込んでのことだよ。給金も出るし、なかなかいい話だと思うけど?」

「……本気で言ってんの?」

 

 シルバーの勧誘に、少女の瞳に険呑なものが宿る。

 

「あたし、お貴族様って嫌いなのよ」

「それは好都合。一緒に来れば、貴族のことをもっと嫌いになれるよ」

「はぁ?」

 

 思わず聞き返す少女であったが、シルバーの言葉に嘘は無い。

 もしここでシルバーの手を取れば、諜報として貴族の黒い部分に多く触れることになるだろうから。

 しかし、この場で即決させるのもなかなか難しいだろうと、シルバーは少女に道を譲る。

 

「もしその気になったのなら、私を訪ねてくるといい」

「……」

 

 少女は無言でシルバーの脇を駆け抜け、建物の影へと消える。

 その逃走の手際の良さにシルバーは感心し、それと同時にこの別館に近づいてくる一団を発見する。

 

「増援か……ふむ、ちょうどいいかな?」

 

 いくらロイ達の邪魔をしないためとはいえ、全く手を出さないのも不義理というものだと思っていたシルバーは、この増援に対処することで援護とすることに決めた。

 魔道書を片手に増援部隊の前に立ちふさがるシルバーであったが、当然たった一人の魔道士が立ちふさがったぐらいで彼らは立ち止まったりはしない。

 むしろこのままひき殺すと言わんばかりにペースを上げた。

 

「どうせ今から彼らが対応するとなれば、マーカス殿が出張ることになるだろうしね。なら私が代わりを果たしても問題ないだろう」

 

 そう言い訳を重ねるシルバーの身から火の粉が漏れ出す。一見幻想的で、美しくも見える光景であるが、それは誤りだ。

 増援に混ざっていた魔道士がようやくそのことに気付いた時は、もう遅い。

 彼らの意識は次の瞬間、炎に包まれて消え去るのであった。

 

「……おや、あっちも終わったようだね」

 

 増援の全てを焼き尽くしたシルバーは、同時に別館から勝ちどきの声が聞こえたのを確認する。

 おそらくロイ達がワグナーを討ち取ったのだろう。

 シルバーはマークの代理として戦後の処理を果たすべくロイの下へと戻り、予想もしていなかった人物と出会うのであった。

 

「……こちらはどちら様かな?」

「あ、シルバーさん、彼女は……」

「私はスー。クトラ族の娘」

「えっと、当初はオルン様に匿われていたらしいんですが……」

 

 簡潔過ぎるスーの名乗りを、ロイが軽く補う。

 ベルンと戦うに当たり、女子供をリキアに逃がそうとしたが、途中ジュテ族の裏切りに会ったのだと。

 裏切りの手を何とかかいくぐりリキアに単身辿り着いたスーは、トリア侯に匿われ、反逆者であるワグナーに捕らえられたのだという。

 

「でも、いくらサカが攻められているとはいえ何でリキアに?」

「母さんはリキアの貴族に友人がいるって」

「サカの民で、リキアの貴族に友人がいる女性……ああ、なるほど」

「?」

 

 何やら納得するシルバー、マーカス、マリナスの3人に対し、ロイとスーは首をかしげるしかなかった。

 

「まぁ、当人もいないのにここでその話をしても仕方ないだろう? それより、君はこれからどうする?」

「……貴方達がベルンと戦っているのなら、私も共に戦わせてほしい」

「僕たちが向かうのはオスティアで、サカとは反対方向だけど……それでもいいの?」

「構わないわ。たとえどこにいたとしても、母なる大地が無くなるわけでもなく、父なる空が消えるわけでもないのだから」

 

 そう言ってほほ笑むスーに、ロイは一瞬目を奪われる。

 しかし、そんな感情も直後に届けられた報告により、完全に吹き飛んでしまった。

 

「オスティアで内乱だって!?」

「はっ! なんでもベルンに降伏しようとする一派が反乱を起こしたとかで……」

「それはまた……」

 

 愚かな事を、というシルバーの感想は、最後まで続けられることは無かった。

 

「じゃあ、リリーナは!? まさか……!」

「いえ、正確さは保障できませんが、リリーナ様は公爵夫人の手によって脱出したとか……しかし夫人は捕虜となり、リリーナ様たちがこれを解放しようと、激しい戦いが繰り返されているそうです」

 

 一瞬安心しそうになったロイだが、リリーナが戦いに参加しているとなればそうもいかない。

 

「こうしてはいられない、急いでオスティアに……!」

「まあ落ち着きなさい」

「シルバーさん!?」

 

 即座に動こうとしたロイを、シルバーが押しとどめる。

 

「今無理をして急いでも、あまり意味は無いよ」

「そんなこと……!」

 

 思わず反論しそうになったロイだが、寸でのところで口を閉ざす。シルバーの言いたいことが分かったからだ。

 たとえ急いでオスティアに到着したとしても、その時軍が戦える状態を維持できていなければ意味がないのだ。

 ロイは歯を食いしばって、今すぐ駆け出したい気持ちを押さえつける。

 

(リリーナ……どうか無事で!)

 

 心の中で幼馴染の無事を祈りつつ、ロイは戦後の処理と進軍の準備に全力を注ぐ。

 一度は音月を取り戻したかに思えたトリア城は、再びあわただしく動き出すのであった。

 

 

 

 一方そのころのフェレでは、フェレ侯爵がオスティアへと向かう旅路へと付こうとしていた。

 

「ニニアン、フェレの事は頼んだよ」

「はい、エリウッド様……どうか、ご武運を」

 

 往年の武具を身に着けたエリウッドが、妻であるニニアンと抱き合い別れを告げる。

 可能ならばついて行きたい、力になりたいと思うニニアンだが、今の彼女にはそのような行動は許されなかった。

 侯爵夫人であるニニアンも同時にこの地を離れれば、侯爵たちは我が身かわいさにフェレの地を捨てて逃げだしたと言われかねないからだ。

 さらに言えば、すでに限界まで兵力を出しているフェレに余力は無く、エリウッドと共に旅立つのは、迎えに来たマークとマシュー、ニノを除けば、新人騎士が1人しかいないしかいないというありさまだ。

 もっとも、新人騎士1人とはいえ、彼は今後のフェレを背負って立つことを期待されたまぎれもないエリートなのだが。

 

「フェレ騎士ハーケンの息子、オルドと申します。至高の軍師と名高きマーク殿とお会いできたこと、我が身に余る望外の幸運と……」

「そこまで固くなる必要はない。そんな調子じゃ、オスティアに着く前に倒れるぞ?」

「……不肖の息子でありますが、今日に至るまで可能な限り鍛えてきました。どうか存分にお使いください」

「……はぁ」

 

 母イサドラに似た蒼い髪をなびかせるオルドは、中身は完全にハーケン似であるらしい。何もかも背負い込んでしまいそうな真面目さは、マークも少し不安になるほどである。

 そんなことを考えていたマークに、別れを終えた二人が近づく。

 

「あの、マーク様……」

「ニニアン?」

「これを」

 

 ニニアンがおずおずとマークに差し出されたのは、見覚えのある一つの指輪であった。

 

「『ニニスの守護』……これはお前の母親の形見だろう?」

「はい、私は行けませんから……その代わりに」

 

 これを使って、エリウッドを守って欲しいというニニアンに、マークは指輪を突き返すことができなかった。

 

「マーク様も……皆さんも、ご武運を」

「ああ、ニニアンも」

 

 マークの言葉に続きマシューが軽く頭を下げ、ニノが笑顔で手を振って、見送りの面々に背を向ける。

 まだ話したいことはたくさんあったが、それは今話すべきことではないのだから。

 次があることをそれぞれ信じて、エリウッド達はオスティアへと進む。

 それから程なくして、彼らは一人の戦士と再会する。

 

「……懐かしい男が顔を出したと聞いて来てみれば、もう出るのか?」

「ドルカス……そうか、フェレに移住してたんだったな」

 

 最初に出会ったのがベルンであったため、そちらの印象の方が強かったというマークの謝罪を、ドルカスはわずかな笑みを浮かべ受け入れる。

 そんなドルカスに、マークは頭を下げる。

 

「……なぁ、ドルカス。もしよければ、俺らに雇われてくれないか?」

「安心しろ。もとよりそのつもりでここまで来た」

 

 そう言って軽く上げた腕には旅の荷物の他に、かつての戦いに使用した鋼の斧があった。

 

「……助かる」

「気にするな。同じ傭兵団にいた仲間だからな」

「くくっ、リンディス傭兵団か……懐かしいな」

 

 ドルカスが傭兵になるきっかけとなった一件を思い出し、マークは思わず笑みを浮かべる。

 いくら時が流れようとも、一度できた繋がりが消えることは無い。その事に、マークの胸に温かいものが満ちるのであった。

 




なぜだろう、スーを書いていて、ロイ・リリーナ・スーの友情エンドが頭をよぎった。


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第7章「オスティアの反乱」

 オスティアで反乱が起こったとの知らせを受けたロイ達は、急いで現地へと駆けつける。

 だが、オスティアへと急いだのはロイ達だけではなかった。

 その話はすでに城を出立していたエリウッドにも伝わり、その足を速めることになる。

 結果、少数で動いていたエリウッド達はロイ達とほぼ同時にオスティアへとたどり着き、合流することになったのだ。

 

「父上! お体は大丈夫なのですか!?」

「私の事は良い。それよりも、現状分かっていることを教えて欲しい」

 

 ここまで文字通り駆けつけたエリウッドの体調を案じるロイであったが、当人はその配慮を斬り捨てる。

 ロイは思わず周囲に助けを求めるが、その視線にみんなは肩をすくめるばかりであった。

 

「……わかりました。現在判明しているのは、反乱の首謀者がレイガンス将軍であり、オスティアに残った兵のほとんどが彼に従っているという事です」

「……っ!」

 

 オスティアの兵のほとんどが裏切ったという事実に、エリウッドは胸を痛める。

 このオスティアの地を、リキアの大地を守るために尽力していたヘクトルの思いを汚されたと言っても過言ではないのだ。

 だが、エリウッドはわずかに顔をしかめることしかしなかった。

 今は怒るよりも、悲しむよりも、やるべきことがあるのだから。

 

「ですが、悪い知らせだけではありません。イリアの傭兵騎士団から、我が軍に合わせて反乱軍に攻撃を加えるとの申し出がありました」

「イリアの? そうか、彼らは一度交わした契約を決して違えることが無いからな」

 

 傭兵騎士団の参戦は、数が少ない今の同盟軍にとって、これ以上ない朗報と言えるだろう。

 だが、騎士団からもたらされた情報は、決して喜ばしいものではなかった。

 

「ベルンが動くか……」

「はい、竜騎士部隊を従えた竜将が、こちらに向かっているとのことです」

「……」

 

 ロイからの情報を聞き、それらを整理するためにエリウッドは瞳を閉じ、わずかに沈黙する。

 そして次に瞳を開けたとき、エリウッドはロイが想像もしていなかった言葉を投げかけたのだ。

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

「え、父上が合流した以上、ここは僕ではなく父上が指揮をすべきじゃ……」

 

 ロイの言い分はもっともだろう。

 もともとエリウッドの名代として同盟軍に参加したロイなのだから、当人が来た以上、その役割を返還することになると思っていたのだ。

 だが、その考えにマークが訂正を入れる。

 

「エリウッドが来たのは、あくまでリキア同盟の盟主代理を任せるためだ。さすがに将として戦場に立たせるつもりはないぞ」

「うむ。それに、今この軍に参加しているものは、お前についてきた者たちだ。ならばお前が、最後まで責任を持って指揮すべきだろう」

 

 マークとエリウッドにそう言われて、ロイはなお一層の気合を入れる。

 そして、ロイは今後描いていた方針を語るのであった。

 

「まずは、エトルリア王国の魔導軍将、セシリア将軍を頼ろうかと」

「へぇ、魔導軍将を?」

 

 なぜかマークたちの視線がある一点に向くが、方針を語るロイに視線の先を確認する余裕は無かった。

 

「オスティア留学中に何度か教えを受けたこともありますし、あの人なら力になってくれると思います」

「なるほど……では私が盟主代理として書状をしたためよう。マーク、シルバー殿もそれでいいかな?」

 

 エリウッドの確認に頷く二人であったが、エトルリアへの応援要請はすでに準備が整っている。

 問題は、エトルリア介入のタイミングだろう。

 

「さすがに、反乱軍の相手までエトルリアに任せるわけにはいかない」

「そして、ベルンが介入してくる前にエトルリアを招かないと、リキアが滅びる……」

 

 早すぎても、遅すぎても、リキアは大国に飲み込まれてしまう事になる。

 つまり、可能な限り早急に反乱を征さなければならないのだ。それに加え、ヘクトルの遺言もあった。

 

「あと、竜に対抗する武器も用意する様にと、ヘクトル様から指示されています」

「なに、竜だと?」

 

 オスティア攻城戦に意識を向けようとしたエリウッド達であったが、ロイの一言で顔色を変える。

 だが、それも当然だろうとロイは思う。

 伝説の彼方にしか存在しない竜の存在を口にすれば、誰だってそうなるだろうと。

 事実、ロイも竜の話を残したのがヘクトルでなければ、信じることは無かっただろう。

 

「ヘクトル様が、ベルンが竜を復活させたと……そして、竜に通用する武器が存在し、その在り処をリリーナには教えてあると」

「まさか……いや、理想郷という例もある。ベルンにも里が存在する可能性も、なくは無いか……!」

「父上?」

 

 エリウッドの反応にわずかに首を傾げるロイであったが、その疑問に答えられるほどの余裕はもはやなかった。

 エリウッドはマークたち数人と目配せをすると、今までは感じられなかった焦りを滲ませながらロイへと指示を出す。

 

「ロイ、オスティアの制圧はお前に任せる。私達はしばし同盟軍を離れ、その武器を回収してくる」

「え、父上はその武器の事を知っているのですか!?」

「詳しい事はマークに聞きなさい。マーク……」

「ああ、こちらは任された。エリウッドも……」

 

 詳細を語ることもなく、エリウッドはわずかな供を引き連れ、同盟軍を離れる。

 連れ立ったのは昔の仲間であったというドルカス、ニノ、それにマークが勧誘したクルザードを筆頭とする傭兵たちである。

 あっという間に出立したエリウッド達であったが、それを見送るロイ達も余裕があるわけではない。

 

「ヘクトルの言う竜に通用する武器とは、神将器の事だろう」

「神将器……ひょっとして、人竜戦役で八神将が使っていたという?」

 

 ロイはマークの説明を聞きながら、かつて習った知識を思い起こす。

 

「その中でもオスティアにゆかりがあるものとなれば……烈火の剣デュランダルか!」

「ああ、勇者ローランが使った大剣だ。……20年ほど前になるが、エリウッドは機会があってデュランダルを手にしたことがあるんだ」

 

「なるほど……わかった。しかし、そうなると問題は僕たちの方だ。難攻不落と名高いオスティアを攻める。それも、ベルンがここに来るまでという時間制限付きなんだから」

「幸いなのは、急がないといけないのはお互い様というところかな?」

「どういう事ですかな?」

 

 マークの言葉に、マリナスは思わず疑問の声を上げる。

 反乱軍はベルンと通じており、それが故に同盟軍としては短期決戦しか勝ち目がないという話だったはずで、反乱軍が急ぐ必要はないのではないかと。

 だが、それはあくまで同盟軍から見た条件である。

 

「反乱軍にとってのベルンは、同盟軍にとってのエトルリアという事だ」

「……おお、なるほど。反乱軍がベルンで立場を得ようと思えば、ベルン軍到着時に我々が残っているのは非常に問題であるという事ですな」

「そういう事だ」

 

 いくらオスティアが難攻不落と言っても、それは専守防衛に徹した場合である。

 それに反して敵の殲滅を目指したとき、オスティアに本来の防衛力を求められるものではない。

 

「それでも、オスティアの攻略が困難であることに変わりはない。みんな、ここが正念場だ! オスティアを取り戻すぞ!!」

「あぁ!」

 

 ロイの鼓舞に仲間たちが応え、それぞれが成すべき事を為すべく動き始める。

 そんな中、人知れず軍から少し離れる人影があった。

 

「……ここなら大丈夫だろう。そろそろ出てこい」

「……さすがお頭ですな。こうも簡単に見つけられちゃ、自信を無くしやすぜ」

「戯言はいい。それより、状況はどうなっている、アストール?」

 

 仲間たちにすら知られることなく合流を果たしたのは、オスティアの密偵であるマシューとアストールである。

 

「おれもオスティア侯の死を知って慌ててこっちへ戻って来たんで、ほとんど情報を持っておりませんで……」

「そうか……」

 

 アストールの言葉に、マシューも責めることはできない。

 マシュー自身も、マークの指示のもと伝令モドキや先駆けばかりを行っていたので、まともな情報を持っていなかったのである。

 しかし、そんな言い訳を口にするつもりはない。

 

「今からオスティア城内と、リリーナ様やフロリーナ様の情報を探る。噂ではリリーナ様は敵の手から逃れたとのことだが、それが本当なら、情報を共有した後アストールはそちらへ合流しろ」

「了解しやした」

 

 そもそも、密偵の仕事は情報を集めることであるのだ。ならば今情報を持っていないという事など、どうでもいい。

 確かに情報を集めきれず、レイガンス達に反乱を許してしまったことは悔やまれるが、まだこの一件に関しては挽回の機会があるのだから。

 

「……ッ!」

 

 そう、挽回の可能性があるのはこの一件、オスティアの反乱だけなのだ。それも所詮は一度犯した失態の挽回……失われた命は、もう二度と還らないのだから。

 後悔に身を焼かれつつ、マシューはオスティアの闇を駆け抜ける。せめて一人でも多く、大切な人たちが生き残ることを願って。

 

 

 

 密偵たちが影へと潜ったころ、オスティア攻略の策を練っていたマークの下に一人の重騎士が訪れていた。

 

「勝手な言い分だという事は、百も承知です。どうか、私をオスティア攻城戦の先陣を切らせてください!」

「そうは言ってもなぁ……」

 

 オスティアの重騎士ボールスの言い分に、マークはどうしたものかとため息を吐く。

 それでも一言で切って捨てないのは、ボールスの思いがわからないでもないからだ。

 

「……オスティアの反乱について、オスティアの騎士として責任を感じているのはわかるんだが、向き不向きというものがな」

「ですが……!」

 

 そう、ボールスは自身の同僚たちがリキアを裏切ったことを恥じ、オスティアの騎士として、彼らを自分の手で討たなければと考えているのだ。

 だが彼は重騎士であり、先陣を任せるには機動力に欠ける。

 しかし、裏切者をオスティアの騎士の手で討たせるという事も、政治的に重要であるのだから、なかなか難しいところなのだ。

 

「……わかった」

「感謝します、マーク殿!」

 

 結局折れてしまったマークは、すぐにオスティア攻略の計画を組み直す。

 とはいえ、すでにできていた骨子を根本から組み直すほどのものではない。わずか数分でその作業を終えたマークは、指揮官であるロイの下へと急ぐのであった。

 

「悪い、遅くなった」

「いや、ちょうどいいタイミングだよ。それで、どう攻めるのがベストだと思う?」

「市街地に被害を出すべきではないでしょうから、闘技場あたりを戦場にするのがいいと思うのですが……」

「ふむ……?」

 

 ほぼ完全に操り人形でしかなかったラウス公子フランが、真っ先に意見を言ったことにマークはいくらかの驚きを抱く。

 だが、それがシルバーの差し金だとすぐに納得し、マークは自身が考えた策をロイへと告げる。

 

「ならばボールスを中心に騎士達で闘技場方面を制圧してもらおう。正面からの戦いになれば小細工ができず、ロイの負担は増えるだろうが……」

「問題ないよ。民のために戦うのが、貴族の本分だから」

「よし。とはいえ敵もそう考えることは無いだろうし、市街地方面は比較的身軽なものを送り安全を確保させよう。問題は先行して反乱軍についている竜騎士だが、ウォルトとドロシーに任せるぞ」

「了解です!」

「わ、わかりました!」

 

 空を飛ぶ天馬騎士・竜騎士を討つのは、古来より弓兵の役目である。そのことを知っている二人は、マークの指示に頷くしかない。

 だが、大陸最強と称されるベルンの竜騎士を相手に、自分たちがどれほど戦えるかと不安が無かったと言えば嘘になるだろう。

 

「俺はイリアの傭兵騎士団の下に向かい、早急にこちらの指揮下に入ってもらえるように交渉する。そして総ての行程が終わったら、オスティア城を落としにかかる」

「なるほど……」

 

 闘技場付近で主力を正面からぶつけ合い、そこへマークがイリア傭兵騎士団を連れ挟撃、殲滅する。

 市街地に配置された敵は、身軽な者たちが狭い道を利用し迎撃するといった所なのだろう。

 一応各方面に対処されているが、正直ロイにとって今回のマークの策は、難攻不落を誇るオスティアを攻めるには心もとないと思え、いつにない不安が襲ってくる。

 しかしマークからしてみれば、それはオスティアの名に恐れを抱いているだけにすぎない。

 

「全力で守りに入られているわけでない以上、大まかな方針としてはこれで十分だ。当然、相手も不意打ちでこちら背中を狙いたがるだろうが、オスティアの地形は把握している。援軍が来る場所も時間も想定済みだ」

「……わかった。では、進軍を開始する!」

 

 ロイの号令と共に、全軍が動き始める。それに呼応するかのように反乱軍も動き出し、オスティアは戦火に飲まれるのであった。

 そして戦場になったオスティアの一角では、イリアの傭兵騎士団が参戦の準備を進めていた。

 

「おいトレック、ノアの奴はどこに行ったんだ?」

「はぁ……闘技場の方に行ってるみたいですよ? なんでも、世間知らずな若い剣士を指導するとか……」

「ほう、珍しいこともあるものだな」

 

 トレックの言葉に、ゼロットは素直に驚きを表し、同時に納得もする。

 人嫌いであるノアが、他者に自分から関わるなど滅多にないことだが、本来の彼はとても優しい人物である。

 ならばその世間知らずな若い剣士というのは、普段隠れているノアの優しさを自然と引き出すことができるような人物なのだろう。

 ゼロットがそんなことを考えている中、ようやく当の本人が帰還してきた。

 

「すみません、遅くなりました!」

「いや、間に合ったのなら問題ない」

 

 リキア同盟が動き出し、こちらも動こうかというまさにその時に帰ってきたのだ。

 正直、別に合流できなくても独自に動くだろうと思っていた部分もあるので、特に問題視はしていなかった。

 それよりも気になるのは、ノアの後ろについてきた少女の事である。

 

「あ、彼女はフィルさんです。なんでもご両親が以前フェレ侯爵に雇われていたことがあるらしく、俺達が同盟軍と共に戦うことを話したら、一緒に戦わせてほしいと……」

「よろしくお願いします!」

「ふむ……わかった」

 

 ゼロットとしても、戦力が増えるのならそれに越したことはない。

 快くフィルの同行を許可し、今後の方針を告げようとしたのだが、そんな彼らの下に天馬騎士を従えた一人の男が現れる。

 

「貴方たちがイリアの傭兵騎士団か?」

「……貴方は?」

「失礼。俺はリキア同盟軍の軍師マークだ」

 

 ゼロットに促され名乗ったマークに、ゼロットは居住まいを正し名乗りかえす。

 

「イリア傭兵騎士団のゼロットだ。しかし驚いたな、まさかこんな若者が一軍の軍師だなんて……」

「ああ、よく言われるよ」

 

 思わず漏らしてしまった驚嘆の声に、懐かしい記憶を思い出しながらマークが応える。

 しかし、昔を懐かしんでるような暇があるはずもなく、マークは即座に意識を切り替え、ゼロットたちへと指示を飛ばす。

 

「同盟の将であるロイが、中央で戦闘を開始する手はずになっている。貴方方にはそこへ増援として赴き、合流してほしい」

「了解した」

 

 指示に従い即座に動き出そうとするゼロットたちであったが、そこに参加する少女へとマークは待ったをかける。

 

「君はシャニーと共に市街地へと向かってくれ」

「え、なぜ……」

「その軽装で中央の戦いに参加するのは、危険すぎる。適材適所だ」

「……わかりました」

 

 ノアと行動を共にする気であったフィルが名残惜しそうにするが、マークは有無を言わさずに別行動を指示する。

 この間にシャニーとゼロットたちが視線を交わし、お互いの無事を喜び合うが、あいにくと話をするほどの余裕は無かった。

 というのも、中央の戦いが激化し始めていたからである。

 

「オルド、大丈夫か!」

「うるさい! この程度問題ない!」

 

 エリウッドと共に同盟に合流し、そのままロイの指揮下に着いたオルドはランスの心配をよそに、若手で唯一フェレに残されたのも納得の活躍を見せていた。

 馬上から繰り出される力強さと繊細さを兼ね揃えた剣の一撃は、いくつもの戦場を越えたランスやアレンに勝るとも劣らない。

 

「相変わらず、素晴らしい剣の冴えだな!」

「やかましい! 俺の事を気にしている余裕があるなら、一人でも多くの敵を倒さんか!」

「ああ、そうだったな!」

 

 ランスの賛辞に怒鳴り返すオルドであったが、ランスの返答は慣れたものだ。まぁ、2人は昨日今日に初めて会ったわけでもないし、それも当然なのだろう。

 敵増援を警戒し比較的温存されているアレンの分までとでも思っているのか、2人の奮闘はとどまることを知らなかった。

 そんな中央の戦いの劣勢を見かね、ついにベルンの竜騎士たちが飛来する。

 

「ウォルト、ドロシー……今だ!」

「はい!」

「い、行きます!」

 

 だが、ロイの号令のもと迎撃に入った弓兵たちにより、竜騎士たちの容易な参戦は許されない。

 いかに強力な竜騎士とて、翼を裂かれてしまえば地上に墜ちるしかないのだから。

 そして、飛来する矢を恐れて勢いを殺せば、せっかくの竜騎士の強みも半減してしまう。

 

「おおぉっ!」

「ぐはっ!?」

 

 そんな動きを止めた竜騎士の鎧を一撃で貫いたのは、マーカスによる銀の槍の一閃だ。

 これまで参戦しても、援護以上の事を任されなかった鬱憤を晴らすかのような豪快な一撃は、歴戦の騎士にふさわしいものであった。

 

「ふんっ、わしを殺したくば竜将か竜牙将軍でも連れてくるんじゃな!」

 

 歳老い、衰えたと言えども、マーカスは20年前の戦いを生き抜いた猛者なのだ。

 いかに大陸最強と呼ばれるベルンの竜騎士とはいえその末端では、相手が悪かったとしか言いようがないだろう。

 更に、竜騎士たちが呆気なく敗れたことにより浮足立った反乱軍に追い打ちをかけるように、マーク率いるイリア傭兵騎士団が到着し、攻撃を開始する。

 

「中央は完全に制圧した!」

「アレンは敵増援の迎撃準備を! ボールスは城門へ向かい、敵将を討て!」

「お任せください!」

「了解です!」

 

 ゼロットたちの到着後すぐに中央の制圧を完了させ、ロイは作戦を次の段階に移行させる。

 それとほぼ同時にディーク達が向かった市街地の方から歓声が上がり、ロイ達はそちらの方でも目的が完遂されたことを知るのであった。

 

「これで……」

「最後まで気を抜くな。将であるお前に何かあれば、どれだけ優位に立っていても意味が無いんだから」

「わ、わかりました」

 

 いつになく厳しいマークの指摘に、ロイは改めて気を引き締める。

 そのおかげかはわかりかねるが、その後も想定外の事態が起こることもなく、同盟軍はボールスの手により反乱軍の指揮官であるデビアスを撃破し、オスティア市街を手中に収めるのであった。

 

「……今度こそ、一息つけるかな?」

「ああ、そうだな。むしろ、次はオスティア城内が残っているし、今のうちに出来るだけ休んでおくべきだろう」

 

 とはいえ、ロイは同盟軍の将であり、城門を破るまでのわずかな時間にもやらねばならない事はそれなりにある。

 その筆頭が、イリア傭兵騎士団団長との打ち合わせであった。

 他にもマリナスが消耗した武器や薬を支給したり、マーカスが損害の大きかった部隊を再編成したりと忙しく立ち回るため、マークも軍師として新たに仲間となった者の能力の把握に努めるべく動くのであった。

 

「あ、軍師殿!」

「ここにいたのか……えっと、フィルでいいか? 俺もマークでいい」

「はい、構いません。マーク殿」

 

 マークはある程度の事情をあらかじめイリア傭兵騎士のノアに聞いての接触したのだが、どうやらフィルも同じようにシャニーあたりからマークの情報を聞いていたようである。

 そして今回のマークの目的は、フィルの語ったことが事実であるかの確認である。

 

「ご両親がフェレに雇われていたことがあるって?」

「はい、私が生まれる前のことになるので……そうですね、20年ほど昔になりますが」

「ほう、ちょうどフェレが代替わりしたころだな」

 

 もっとも、エリウッドが傭兵を雇ったのはその時期しかないわけだが……

 

「そうらしいですね。まぁ、父はそこら辺のことをよく理解していなかったようで、そのことを聞いたのは今回オスティアに来てからなんですが……」

「……」

「その、何と言いますか……父は独特の感性を持った人でして、いろいろ話を聞いたのですが、今一つ理解できない話も多くって……」

 

 それだけでなんとなくフィルの父が誰なのか想像がついたが、マークはとりあえず最後まで話を聞いてみることにした。

 

「エリウッド様に雇われていたころの話で辛うじて理解できたのが、リキアやベルンで悪者を成敗して回ったとか。それと……その、信じがたい話なんですが……」

「……聞かせてくれ」

「その……竜と戦ったと……私は正直あまり信じていないというわけではないですがちょっと大げさな表現というか実は大きな飛竜だったとかそう思っていたり……!」

「いや、わかったから、そんなに慌てなくてもいい」

「し、失礼しました……」

 

 突拍子の無いことを言っている自覚があるのだろう。

 誤魔化すかのように言葉を連ねたフィルは要するに、父の話が真実か確かめたかったのだろうとマークは考える。

 そう思うが、そこで一つ疑問を覚える。

 

「母親はなんて?」

「えっと、父と話を合わせているのか判別がつかなくて……」

「なるほど」

 

 確かに、両親そろって子どもをからかっているのではと思っても無理のない話と言えるだろう。

 だが、これで確信ができた。

 この少女は間違いなくかつての仲間たちの子であり、信頼できる仲間になると。

 だから、マークは真実を告げる。

 

「お前の父バアトルと、母カアラの言葉は事実だよ、フィル。当時、エリウッドの軍師であったこのマークが保証しよう」

「え? え? ええぇ!?」

 

 あまりの事に硬直するフィルであったが、マークはあえて硬直を解かず、この場を後にする。

 その直後に城門が破れる音が辺りに響き渡り、つかの間の休息が終わったことを全軍に教えるのだった。

 

「……頼む、無事でいてくれ」

 

 轟音と共に次の戦いへと意識を向けたマークは、目の前の城のどこかに捕まっているだろう戦友を想い、その願いを口にするのであった。

 




シルバーさんは市街地の方でおとなしくしていました。


あと、活動報告でアンケートをしています。
ルート選択になりますので、よろしければ一言お願いします。


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第8章「烈火の剣」

 一度はロイ達リキア同盟軍本隊と合流したエリウッド達であったが、ベルンの竜に対抗するため再び独自の行動を開始する。

 彼らが目指すは、リキアが一つの国であった頃に作られた祭壇。

 オスティア郊外の山中にある、かつて封印されていた溶岩洞窟であった。

 

「烈火の剣デュランダル。人竜戦役時に八神将の一人、勇者ローランが振るったとされる大剣……マジで実在したんすね」

「ああ……当時は竜を薙ぎ払うほどのとてつもない力を持っていたため、悪用されぬように厳重な封印がなされていたんだ。今はかつてほどの力は持たないらしいけど、それでも十分強力な武器だよ」

 

 感慨深くつぶやく傭兵クルザードに、エリウッドは自身が知りうる知識を付け加える。

 その言葉に、クルザードはかすかな疑問を覚える。

 

「まるで見たことがあるような物言いですね……それに、封印されていた?」

「20年ほど前、いろいろあってね……だが、今は感謝すべきなのかもしれないな。あの一件が無ければ、我々は封印に阻まれて神将器を目指すことすらできなかっただろうから」

「……それほど厳重な封印されていた場所に、俺みたいな傭兵を連れて行ってよかったんですかい?」

 

 特に気にした様子もなく語るエリウッドに、さしものクルザードも軽く冷や汗を流す。

 神将器の情報など、一介の傭兵に話すには過ぎた情報だ。まさかこの後口封じなんてことにとなるのではと不安になるクルザードに、エリウッドは苦笑しつつ続ける。

 

「こんな不利な状況のリキアに付く傭兵だ。これを疑ってしまえば、私は誰を信じればいいというんだい?」

「……かないませんね」

 

 両手を上げて、クルザードは降参を示す。

 クルザードも傭兵をしてそれなりに長いが、金の切れ目が縁の切れ目である傭兵をここまで信用する雇い主なんて、未だかつて見たことが無い。

 そうつぶやくと、エリウッドの脇に控えた戦士と魔導師が力強く同意する。

 

「俺は元々ベルンの人間だが、フェレに移住する際はいろいろと融通を利かせてもらったな」

「私もいろいろ事情があるんだけど、フェレでしばらくお世話になったことがあったんだ」

「……本当に、かなわねぇなぁ」

 

 歴戦の傭兵であるクルザードの目から見ても、戦士ドルカスと魔道士ニノは超が付く一流だ。

 この難事に際し、これ程の人物が集うエリウッドの人柄に、クルザードはただただ感服する他無かった。

 そのまま黙ってしまった傭兵を置いて、ドルカスは先程から疑問に思っていたことをニノへとぶつける。

 

「……それはともかくニノ、息子が同盟軍にいるのではなかったのか?」

「うっ……そ、そうなんだけど……」

「? 何か言いにくい事でもあったのか?」

「その、何と言いますか……」

 

 ドルカスの問いかけに、ニノは落ち着きを無くす。せわしなく動き回る視線は、何かやましいことがあるのではと勘繰るに十分な物であったのだが、さすがに見かねたエリウッドがフォローに入る。

 

「……ルセアの下で平和に暮らしていると思っていたら、この状況だ。どんな顔をして会えばいいのかわからなくなるのも、わからないではない」

「なるほど……」

 

 エリウッドの一言に、ドルカスは納得する。

 ようやく安全を確保して迎えに来てみれば、孤児院は焼き払われ、院長であったルセアは亡くなっていたのだ。

 ニノ達に事情があったとはいえ、子どもたちが納得出来るかは別問題だ。今更どんな顔をして会いに行けばいいのかわからないというのもうなずける。

 

「うぅ……『今更何しに来た!』とか言われちゃったらどうすればいいの……?」

「……とはいえ、このままというわけにはいかないだろうに」

 

 大丈夫などと無責任な事を言うわけにもいかず、ドルカスは聞きたくないだろう正論を述べるしかなかった。

 結局、ニノには選択肢などない。遅くなればなるほど再会した時の反発は強くなるだろうと想像できるのだから。

 周囲にできる事と言えば、事前にニノの事情をルゥに告げることだが、下手をすれば余計な反発を呼びかねない。

 

「まぁ、なんにせよオスティアに戻ってからだ」

「そうですね、どうやら招かれざるお客さんがいるようですし」

「……敵か」

 

 今できる事は無いと、ある意味無慈悲に告げるエリウッドに、ニノはため息ひとつでその意識を切り替える。

 目前に迫った目的地である洞窟からは、何とも粘つく殺気が漏れ出していた。

 

「おいおい、なんでこんな聖域から殺気が漏れてんだよ……」

「……おそらく、賊が根城にしているんだろう」

「ふむ、確かにここ以上に隠れるに適した場は無いだろうな」

 

 確かにこの場はクルザードの言うように神将器が収められた聖域であるが、その事実を知る者は限りなく少ないのだ。

 そしてこの洞窟は人目から隔離された場所にあるため、賊が潜むには適していると言わざるを得ない。

 

「しまったな……賊がいるとわかっていれば、もっと人数を用意してくるべきだったか?」

「……いや、必要ないだろう」

「おっさん!?」

 

 ドルカスのあまりに無謀と思える言葉に、思わずクルザードが叫ぶ。

 だが、クルザードを責めるのは酷というものだろう。いくら賊とはいえ、オスティア近郊を根城とする輩なのだから、そこら辺の賊と思っては痛い目を見るのは間違いない。

 さらに言えば、相手の根城にこの少人数で乗り込むなど、正気の沙汰とは思えなかった。

 しかし、ドルカスだって何の根拠もなくこのような事を口にしたわけではない。

 

「……あのマークが、この事態を予想していなかったとは思えん。ならば、この面子で十分対処できるだろう」

「さすがにそれは妄信が過ぎるんじゃ……」

「でも、あそこに私たちが苦戦するほどの手練れがいるようには見えないよ?」

 

 ドルカスの言い分をニノが補強するのを聞いたエリウッドは、素早く決断を下す。

 

「よし、ではこのまま突き進もう」

「マジですか……」

 

 思わず天を仰ぐクルザードであったが、戦うと決まったからには泣き言など言ってられない。

 洞窟から漏れる殺気から察するに、こちらの接近は気付かれているだろう。

 奇襲すらできずに正面から乗り込むドルカスに続いて洞窟に入るが、そこで彼は援軍など必要ないというのが真実であったことを知る。

 

「すげぇ……」

 

 待ち構えていた賊どもも、その鋼の斧の一撃を前にすれば防御など意味をなさない。運よく生き残ったとしても、それは苦痛を引き延ばしただけに過ぎなかった。

 かろうじて生き残った賊にはニノのサンダーの魔法が飛び、その命を刈り取っていくのだから。

 いや、そこまでならまだよかった。

 

「やれやれ、仮にもここを拠点にしているのに、この程度も把握していないのかい?」

 

 エリウッドの指揮通りに動けば、圧倒的な数の不利を感じることなく戦えるだけで無く、この洞窟そのものが味方になった気さえするのだ。

 事実として時々床から炎があふれ出るが、その炎が焼くのは賊ばかりである。

 敵の本拠地であるのに全くその事実を感じさせない指揮は、もはや未来が見えているのではと思えるものであった。

 しかし、それほどの力と知恵を示してなお、エリウッド達は賊どもを圧倒することができないでいた。

 

「……やはりこの数が相手となると、辛いものがあるな」

 

 いかにドルカスやニノが武勇に優れようとも、同時に相手取れる人数には限りがある。

 さらにエリウッドが指揮に徹して武器を振るわないことも気付かれ、戦局は徐々に傾くのであった。

 

「くそっ! これ以上来られたら防ぎきらんぞ!」

「そんなこと言われても……!」

「……こちらも手一杯だ!」

 

 ドルカスやニノには完全に足止めが目的の賊が群がり、その隙にエリウッドを目指す敵が増えたのだ。

 何とかこれを防ごうとするクルザードであったが、彼にドルカス達ほどの能力は無い。

 かろうじて自分の身を守るだけで、声を上げるだけで精一杯だった。

 

「エリウッド様ッ!」

「死ねぃ!」

 

 護衛をすり抜け、敵の指揮官へと斧を振りかぶった賊たちは勝利を確信した。

 そう、賊たちは知らなかった。今目の前にいる男が、かつてリキア一の騎士と呼ばれていたことを。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 振り下ろされた斧は空を切り、返礼とばかりに突きだされたエリウッドの持つ銀の槍が賊の体を貫く。

 もちろん、エリウッドの攻撃がその一撃で途絶えるはず無い。二撃、三撃と放たれる槍は、その数だけ賊を駆逐する。

 そこに至って、ようやく賊たちも気付いたのだ。

 

「く、くっそ、こんなの勝てるわけねーよ!」

「はぁ!? じゃあどうしろってんだよっ!」

 

 一騎当千と呼んでも過言ではない戦士、魔道士、騎士を前に勝ち目がないと悟り、同時にここが出入り口が一つしかない洞窟であり、逃げ場がないことを思いだし絶望する。

 かといって投降しても死罪になることは間違いなく、故に彼らのとれる道は一つしかない。

 万に一つの勝利を妄想して、特攻を仕掛けるしかなかったのだ。

 

「……まあ、こんなもんだろう」

 

 やけになって突っ込んでくる賊どもをドルカス達が薙ぎ払うのを見て、エリウッドは人知れず大きく息を吐きだす。

 それと同時に胸に鋭い痛みを感じるが、エリウッドは努めて平然と振る舞う。

 

(せっかく私自身も強者であると印象付けたんだ……そのイメージを崩すわけにはいかない!)

 

 そう、病にその身を侵されたエリウッドは、決して十全の戦闘行為をこなせるわけではないのだ。

 本気で戦えるのはせいぜい二、三度。それを超えれば、ただの足手まといになり下がるだろう。

 だからこそ最初の一戦で、苦労してドルカス達をすり抜けても意味がないと教え込んで、賊どもをただやみくもに突っ込むだけの烏合の衆に変えたのだ。

 このエリウッドの策が成功した今、賊どもにドルカスやニノを倒す術は存在しない。

 彼らはもはやただ作業をこなすかが如く賊どもを殲滅していき、ついには賊のリーダーであるヘニングをも討ち果たすのであった。

 

「や、やっぱりだめだった、か……」

「……どうか、安らかに……」

 

 ヘニングが完全に息を引き取ったことを確認したエリウッドは、静かに弔いの言葉をかける。

 その声はごく小さなものであったのだが、その言葉が聞こえてしまったクルザードはエリウッドの行為に首をかしげる。

 それによりエリウッドは、先の呟きが聞かれてしまったことに気付いたのだろう。苦笑しながら、言い訳をする。

 

「確かに彼らは賊で、私にはそれを討つ義務がある。だが、そもそも彼らが賊に墜ちた理由はなんだったんだろうね?」

「それは……」

「傲慢に聞こえるかもしれないが、為政者である私ならその理由を無くすことができたかもしれないとつい考えてしまう……賊なのだから討って当然……そう思う事が、私にはどうしてもできないんだ」

 

 そんなもしもの話なんて、考えるだけ無駄なのかもしれない。

 だが、エリウッドにはそう割り切ることができなかった。

 そして、そのことが間違っているとも思っていなかった。

 

「……変な事を言ってしまったね」

「いえ……」

「では、本来の用事を済ませよう。少し待っていてくれ」

 

 エリウッドはそう言い置き祭壇へ向かうと、クルザードの下へドルカスとニノが近づいてきた。

 

「……エリウッド様があんな人だから、あたし達はここにいるんだよ」

「そう、でしたか……」

 

 ニノの一言で、どうしてこれほどの腕を持った魔道士が野ざらしにされているのか理解する。

 彼女らは昔、公に出来ないことをしでかし、そこをエリウッドに救われたのだろう。

 そんな僅か数言を交わす間に、エリウッドが目的の剣を持って戻ってきた。

 

「これが、神将器……」

「ああ、烈火の剣デュランダルだよ」

 

 わずかに鞘から抜かれた刀身を見たクルザードは、そのあまりの威容に飲まれそうになるのを感じた。

 

「神々しいというか、なんていうか……とんでもなくすごい剣だってことはわかります」

「……神々しい、か……」

 

 クルザードの感想を聞いて、思わずエリウッドは自嘲の笑みを浮かべる。

 それは、間違いなくかつての自分も思ったことなのだから。

 

「クルザード……これはただの剣だよ。この剣には、正義も悪もないという事をよく覚えておくといい」

「エリウッド様?」

 

 そう告げるエリウッドの瞳には、強大な力を前に自身を律する強い意志の他に、何か別の感情が見え隠れしていたが、その感情を確認することはできなかった。

 

「エリウッド様!」

「ニノ!?」

 

 ニノの警告と共に突き飛ばされたエリウッドは、つい先ほどまで自分が立っていた場所が闇魔法ミィルによって蹂躙されたのを視認した。

 それと同時に、自分たちが奇襲を受けたことを認識し、すぐさま次撃に備え体勢を整える。

 

「ニノ、無事か!?」

「大丈夫!」

『……っち、まさかあれを躱すとはな』

 

 エリウッド達の警戒に、これ以上の奇襲は不可能と判断したのだろう。襲撃者たちが、その姿を見せる。

 とはいえ、その身は完全にローブに覆われ、襲撃者の年齢や容姿は全く判別がつかなかったが……

 

「……全部で4人……そう判断するのは早計かな」

「うん、そこの岩陰にもう1人いる」

『……』

 

 最後の伏兵をも看破された襲撃者たちは、今度こそ奇襲を観念したのか全員がその姿をエリウッド達の眼前に晒す。

 だが、彼らの殺気は伏兵を見破られた程度で収まることはなかった。

 

「目的は神将器か? 諦める気は……聞くまでもなさそうだな」

『……神将器を置いて行くなら、命だけは助けてやろう』

「貴様たちが何者かは知らんが、その提案を私たちが受け入れるとでも?」

『ならば……ここに屍を晒すといい!』

 

 交渉とも呼べない確認はすぐさま決裂し、襲撃者たちが剣を持ってエリウッド達に飛び掛かる。

 だが、やはり相手が悪かった。

 

「そんな雑な攻撃が……!」

「通るはず無いでしょう!」

 

 ドルカスの鋼の斧が、ニノのサンダーの魔法がそれぞれ襲撃者を捉え、その身を弾き飛ばす。

 だが、その程度は問題ないとばかりに残った3人がニノ達の間合いに踏み込み、その剣を振り下ろす。

 

「……!」

「この……!」

「つぅ……!」

 

 襲撃者の斬撃をドルカスは無言で堪え、クルザードが受け止めるが、魔道士であるニノはそうはいかなかった。

 それなり以上のダメージに思わず苦痛の声を漏らすが、それでも彼女は歴戦の魔道士だ。

 襲撃者が再び剣を振るう前にニノは再び雷を呼び、目の前の敵へと叩きつけ、その手ごたえの異常さに気付いた。

 

「なにこれ……全く通ってない!?」

「魔法だ!」

 

 ニノが気付いた事実にエリウッドは一瞬瞠目し、すぐに警告を発する。

 攻撃が通っていないという事は、先ほど弾き飛ばした敵もまだ健在という事なのだから。

 その警告の通り、ドルカスめがけて2つのミィルが飛んできたのを確認したニノは、即座に編み上げたサンダーでもって迎撃をする。

 だが、いかにニノとて2つの魔法を完全に相殺することはかなわなかった。その余波がドルカスの体力を削り、戦場の天秤をまた少し傾ける。

 

「一体何がどうなってるの!?」

「落ち着け、ニノ……死なぬとわかれば、それ相応の戦い方がある」

 

 こちらの攻撃が効果を見せない事に若干の混乱を見せるニノであったが、エリウッドが冷静に対処法を述べる。

 

「体を切りつけても無意味なら、四肢を切り飛ばせ。雷撃を撃ちつけても動き続けるのなら、死体も残らぬよう燃やし尽くせばいい」

 

 エリウッドの言葉に、なるほどと一つ頷きドルカスが前に出る。

 しかし、襲撃者たちとてただの木偶ではない。各個撃破を狙い、逆に一つ前に出たドルカスを囲うように動きだす。

 もっとも、それを簡単に許すようなエリウッド達ではなかった。

 

「させないよ!」

『むっ!?』

 

 命中精度を度外視して放たれた幾重もの雷は、襲撃者たちを捕らえることなく洞窟の床を砕き、その直下を通っていた炎をあふれさせる。

 足元を焼く炎の奔流に、ほんの数秒であったがタイミングを外された襲撃者たちの攻撃など、何の脅威もない。

 ドルカスは渾身の力で斧を振るい襲撃者の右腕を切り落とし、頭蓋を叩き潰す。

 もちろん、彼らの攻撃はこれだけに収まらない。

 

「俺の事も忘れて貰っちゃ困るぜ!」

『雑魚の分際で……!』

 

 ドルカスやニノの危険度が高すぎたため、半ば放置され始めていたクルザードが躍り出て、これまた襲撃者の腕を切り飛ばす。

 だが、それで襲撃者の戦闘能力を完全に奪ったわけではない。彼らは剣のほかに、闇魔法まで扱えるのだから。

 しかし、これも不発に終わってしまう。クルザードへ意識の大部分を割いてしまった襲撃者は、その瞬間に放たれたニノの魔法に反応すらできず、その頭部を消し飛ばされたのだった。

 

『これほどとは……!』

 

 思わず感嘆の声を上げる襲撃者であったが、その声にはまだ余裕がある。

 おそらくリーダーなのであろう人物が指示を出し、残った2人がドルカスとクルザードの足止めをすべく散開する。

 

「あたし1人が相手なら勝てるって、本気で思っているの!」

『確かに貴様は優秀だが……それだけでは我らには勝てん!』

 

 同時に詠唱に入った2人であったが、詠唱自体はやはりニノのほうが速かった。

 雷がニノの手から襲撃者に迫り、直前にその起動が不自然に歪んだ。

 

「っ!?」

『理魔法など、強大な闇の前では無力であると知るがいい!』

 

 驚愕するニノに告げられた言葉は、覚えがあるものであった。

 面倒な原理はともかくとして、魔法には三すくみなるものが存在し、その一つが闇魔法は理魔法に対し優位を保つというものだ。今の現象は、その三すくみが強く影響した結果であろう。

 ニノは足元に浮かび上がった魔法陣から素早く回避行動を取ろうとするが、その逃げ出した先にも再び魔法陣が現れる。

 

「このっ!」

『無駄だ!』

 

 魔法陣から飛び退くこと6回。それだけの数をこなし、ようやくようやく魔法陣から逃れたニノであったが、次の瞬間にそれが間違いであったことを思い知る。

 

「囲まれた!?」

『気づくのが遅い! 喰らえ、ミィル・オブセシオ!!』

「ニノッ!」

 

 エリウッドが慌てて援護に向かおうとするが、さすがに遅すぎた。全周囲から迫るミィルを前に、逃げ場などない。ならば、無茶であろうとニノは迎撃を選択する。

 

「消し飛べっ!」

 

 そうしてニノが放つのは雷撃。それも、全方位に向けた6連撃であった。

 

『馬鹿な!?』

「いや、まだだ!」

 

 ニノの技量に驚愕する襲撃者に、とどめと言わんばかりにエリウッドが立ちふさがる。

 その手に握られているのは、先程の戦いで使っていた銀の槍……ではない。

 

『デュ、デュランダル……!?』

 

 振りかぶられた剣から放たれる力の波動は、これをまともに喰らえば消し飛ぶと襲撃者に悟らせるには十分な物であった。

 

「はああぁぁっ!」

『ぬおおおぉぉ……!』

 

 剣を、魔法をもって全力で抗おうとする襲撃者であったが、相手は竜を滅する力を秘めた神将器だ。

 最後の抵抗は実を結ぶことなく、彼は文字通り欠片も残さず消し飛ばされることになったのであった。

 

「……終わり、ですか」

「……そのようだな」

 

 すでにドルカスはクルザードに向かった襲撃者も合わせて撃破しており、これにてようやく戦いが終結したのだ。

 その一言を聞いて座り込むクルザードを、ニノは即座にライブの杖を使い、傷を癒す。

 また、ドルカスや自分の傷の治療を行いつつも、彼女は油断なく周囲への警戒を続けていた。

 

「奴らは、何者だったんでしょうね……」

「……わからん。神将器が狙いだったようだが、あの様子ではろくな目的ではないだろうな」

 

 正直なところ、可能ならば捕らえていろいろ話を聞きたかったのだが、それを許すような敵でなかったし、状況でもなかった。

 一番怪しいのはベルンだろうが、だとしたら魔法剣士部隊などという破格の部隊の情報が世に出ていないというのはありえないはずだ。

 

「神将器に関しては、詳しい人物に心当たりがある。ひょっとしたら、あの襲撃者について何か知っているかもしれん」

 

 エリウッドは大賢者の弟子や稀代の軍師を思い浮かべ、今はそれ以上に割ととんでもないことをして見せた魔道士へと意識を向ける。

 

「ところでニノ、最後の魔法は一体……?」

「あ、最後のサンダーの事? ん~、なんかやってみたら出来ちゃったんだ」

「……は?」

 

 呆気にとられるエリウッド達に、ニノはさらに驚愕の事実を続ける。

 

「あたしは魔法を覚えるとき、詠唱を聞いてそれを何度か口に出して唱えて覚えるんだけど、その延長みたいな感じかな?」

「つ、つまり……?」

「さっきの人の詠唱を、ミィルからサンダーに変えて、あと包囲集束から拡散迎撃に変えたら出来ちゃった」

「……」

 

 ここに魔法に詳しい者がいなかったのは、ある意味幸いだったのだろう。もしいれば、絶句する程度では済まなかっただろうから。

 それはともかく、目的のデュランダルは何とか回収したのだ。これ以上この場に留まる必要など、ありはしない。

 

「襲撃者の仲間が来る可能性も無くは無い。早急にこの場を離れよう」

「分かりました」

 

 そうしてエリウッド達は、再びオスティアへと足を向ける。

 息子たちの、戦友たちの無事を信じながら。

 




アンケートご協力ありがとうございました。
活動報告にも書きましたが、西方三島はエキドナさんルートに決定いたしました。

イリア・サカルートはもうしばらく期間があるので保留です。

あと、人物紹介についてアンケートを取りたいと思いますので、もしよろしければ活動報告の方をご一読ください。
参加していただけると更にうれしいです。


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第9章「それぞれの矜持」

 オスティアの城下を制圧したロイ達は、反乱を起こしたレイガンス将軍を討つべく城の内部へと軍を進める。

 しかし、そんなロイ達の眼前に『猛将』ヘクトルによって鍛えられた重騎士達が、難攻不落と誉れ高いオスティア城が立ちふさがる。

 背後にはベルン軍までもが迫り来る現状、両軍にとって決死の覚悟にて挑む決戦となるのであった。

 

「……城内の様子は?」

「はい、レイガンスは独力での勝利を諦め、ベルン軍到着まで防御を固める構えの様です」

 

 誰もいない中呟かれたマークの問いかけは、影より現れたマシューによって返される。

 お互いに感情を見せぬやり取りであったが、その問答には確かな信頼が垣間見ることができた。

 

「ふむ、基本に忠実な陣形だな。ヘクトルが用意していたものか?」

「ええ、万が一自分が戻らぬ時に、このオスティアが攻められるようなことがあればと、出陣前にヘクトル様が用意されていた布陣です」

 

 マシューが仕入れてきた情報によると、兵士たちは城の各所にまんべんなく配置されているようである。

 それは確かに理にかなった配置であり、攻めるのを難しくしているように思われたが、マークはこの陣形を見て失笑を漏らす。

 

「ベルンという大軍と戦うための陣形で、俺達を迎え撃つのに適した陣形ではないな」

「……え~と、遊軍が多すぎるってことっすか?」

「そうだ。少数を迎撃するのなら、もっと陣の厚みにムラを作って誘い込み、追い込まないと……」

 

 全体にまんべんなく配置されているため、攻める側が一点に戦力を集中した場合、まったく意味を持たなくなる兵が多くなってしまうのだ。

 

「でも援軍として……」

「城内にだって援軍を送り易い場所と、送り難い場所はある。そして俺達は、その場所を知っているんだから」

 

 そう、マークは20年前に、今とは逆に玉座を守る立場に立ったことがあるのだ。

 故に、どこを攻められたら護りやすく、どこを攻められたら困るかを熟知しているのだった。

 

「友軍は?」

「リリーナ様が一部の騎士を従えて潜伏してます。一応部下をやったんで、こちらが動けば呼応して動くはずですよ」

「……フロリーナは?」

「城の中央にある小部屋に捕らえられていますけど……まぁ、そっちの心配は必要ないと思いますよ?」

 

 マシューの言い分に、マークは思わず首をかしげる。

 マークの知るフロリーナであれば、実力はともかくとしてその性格から、独力でどうにかできるとは思えなかったのだ。

 だが、それはフロリーナという女性を甘く見ているとしか言いようがない。

 

「一介の傭兵が侯爵夫人になって、何も無かったと思ってるんすか? たぶん、あの戦いの戦友たちの中で、一番精神的に成長したのはフロリーナ様だと思いますよ」

「……そうか」

 

 マシューの言葉に20年という時の重みを感じたマークであったが、その重さをゆっくりと感じているような暇はない。

 その脳裏にオスティア城攻略の道筋を描きながら、マークはロイと合流すべく足を速める。

 マシューもそれに続こうとして、ふとその足を止めた。

 

「どうした?」

「いえ、どうやらネズミが紛れ込んだようで……ちょっとばかし、失礼しますね」

 

 マシューがネズミと称するからには、レイガンスの外部協力者か、あるいはこの戦いを隙と見た第三者かのどちらかだろう。

 しかし万が一という事もある。マークは念のため、シルバーが勧誘したと言う少女についてマシューに伝えておいた。

 

「シルバーが目をかけるような娘だし、少し手心を加えてやってほしいな」

「……ま、ちょっと脅かす程度に収めておきますよ」

 

 その『ちょっと』というのがどの程度か気になるところであったが、これ以上引き留めるわけにもいかず、マークはわずかな不安を胸にマシューを見送るのであった。

 そうして再びロイ達の下へと歩を向けるマークであったが、そこへ決して無視できない人物が訪れる。

 

「マーク様、少しよろしいでしょうか?」

「ギネヴィア姫? ……不躾で申し訳ありませんが、移動しながらでよろしければ」

「ありがとうございます」

 

 マークは少し歩くペースを抑え、ギネヴィアと肩を並べ歩き始める。

 2人の少し後ろに、ギネヴィアに仕えるシスターであるエレンが控えているのをマークはちらりと確認しつつ、今回わざわざ単独で話をしに来た理由について尋ねる。

 

「はい……今回の戦いは今まで以上に困難なものになると聞いたもので、私にも何かできる事は無いかと思い、お声をかけさせていただきました」

「何か、ねぇ……」

「私も一応王族として、それなりの教育を受けています。さすがに前線で戦う事は難しいかと思いますが、回復の杖なども使えます」

 

 確かに実力的な問題ではなく立場的な問題で前線には送りにくいが、ロイと同程度に守りを固めれば何とか参戦できるだろう。

 幸いというべきか、今なら護衛にシルバーもつけられる。竜将や軍将クラスの敵がいない以上、むしろ下手な砦にこもるより安全だろう。

 

「……終戦の為に、リキア同盟の早期再結成を望むと言う事か?」

「そうですね……私の言葉では、兄を止められませんでした。『炎の紋章』を持ち出してなお止まらなかった以上、もはや話し合いを行うにも相応の戦いが必要になってしまいましたと考えるべきでしょう」

 

 ただでさえ、イリアとサカではベルンが勝利を収めているのだ。この上リキアにも勝利するようなことになれば、ベルンは大陸を統一するまで止まらなくなるだろう。

 それを防ぐためには、リキア防衛が絶対に必要なのだ。

 

「だが、いいのか? ここでリキア同盟軍に参加するという事は、いずれベルンに……」

「……『炎の紋章』を持ち出したときから、覚悟しています」

 

 最低でも、裏切者とそしりを受けることになるだろう。二度と故郷の地を踏むことができなくなるかもしれない。最悪、処刑されることもありえるのだ。

 だが、そのような事は最初から覚悟の上だ。彼女にとって、一人でも犠牲者を減らすことができるのなら、全ては些事に過ぎない

 

「了解した。今回の戦いから、ギネヴィア姫には後方に所属してもらおう」

「ありがとうございます、マーク様」

 

 参戦の受諾を得たギネヴィアは、戦支度をすべくマークの下を離れる。それと同時に、マークはゼフィールの真意について思いをはせていた。

 

(最終目標が大陸統一国家……なんて馬鹿な事は言うまい。一体何が目的なんだ?)

 

 非公式ではあるが、マークはかつてゼフィールが王子であった頃に面識がある。

 その時の評価をもとに考えるのであれば、この戦争をただの侵略戦争と思う事は出来なかった。

 

(やはり、竜が関係してくるのか……)

 

 今のベルンが竜と協力関係にあることを鑑みればその程度の予想はできるが、ここから先は気軽に口に出せるものではない。

 下手な予想は先入観を呼び、柔軟な発想を妨げるからだ。

 だが、思考を停止させるわけにもいかない。考えることを辞めてしまえば、戦いは行き着く果てまで行ってしまうのだから。

 とはいえ、それももっと先の話だ。今はオスティア攻略を優先するべきだと、マークは思考の方向を修正する。

 そうして予定されていた集合場所に到着したマークであったが、そこにはまだロイの姿が無かった。

 

「珍しいこともあるもんだな」

「ロイ様には、オスティアに攻め入ることに対して思うところがあるのでしょう」

「……プレッシャーか」

「おそらくは」

 

 難攻不落の城を少ない手勢で、短時間で落とさねばならないという事に重圧を感じているのだろうと言うマーカスであったが、その表情に不安は見られない。

 ロイならばその重圧をはねのけ、事を成し遂げられると信じているからだ。

 

「ロイ様は此度の戦いを越え、大いに成長なされました。そして、これからも、更なる成長を重ねていかれるでしょう」

「そうだな」

「しかし、その成長もこの戦いを越えることが出来たらの話……マーク殿、正直に言ってこのオスティア攻城戦の勝機をどのようにお考えで?」

「……」

 

 マーカスがこのような話を切りだしたのは、ロイがいないからこそだろう。

 難攻不落の城を攻めるという事を、マーカスは楽観視していなかった。そして何より、目の前の軍師の力を過信していなかった。

 だからこそ、マークはロイには隠した本音で答える。

 

「……どんなに多く見積もっても、五分には届かないだろう。それほどまでにオスティアは堅い」

 

 その答えを、マーカスは当然のように受け止める。もとより楽な戦いとは思っていなかったし、何より兵の絶対数が違い過ぎる。

 だからこそ、マーカスはロイには言えない決意を口にする。

 

「もし、勝つために後一手必要となれば、わしの命を使いなされ。マーク殿ならば、これ以上ない場面で使えるじゃろう」

「……ああ、安心しろ。お前の命は最後の一滴まで、使い尽くしてやる。簡単に死なせてもらえると思うなよ?」

「くくっ、恐ろしい事じゃ」

 

 その決意を、マークは軍師として最大限の誠意をもって受け止める。

 主にも、部下にも言う事が出来なかった本心を語り、マーカスはわずかに笑みを浮かべる。

 そんな二人の密約を知らずに遅れてきたロイは、いつになく上機嫌なマーカスを見て首をかしげるのであった。

 

「……マーク、難攻不落と名高いオスティア城を攻めるに当たり、何か策はあるのかい?」

「当然用意してある。……オスティアは確かに攻めがたいが、それでも無敵というわけではない」

 

 前置きから流れるように語られるマークの策は、簡潔に述べると敵の最も配置の薄い場所を全力で穿つという一言に尽きる。

 

「重要なのは、敵増援が来る前に制圧できるかどうか。ようするに速度だ」

「反乱軍すべてを相手取るには、僕たちは数が足りないからね……」

「ああ、オスティアにも同盟に味方するものは当然いるし、そちらと連携できれば大分楽になるだろう」

 

 問題があるとすれば、オスティアの兵は重騎士を中心としていることだろう。

 速度を重視するとはいえ、無理をし過ぎれば倒しきれなかった兵に囲まれかねない。

 

「全員で一丸となって、敵の守りを貫かねばならない……できるな?」

「ああ、やってみせるよ!」

 

 本来であれば、それに加えて本命の一撃から目をそらすための囮の部隊を用意すべきなのだろうが、マークはそれをしなかった。

 確かに囮を用意すれば、ほぼ確実にオスティアの攻略はなるだろう。だが、その後が続かなければ意味がない。

 囮とは、十分な手勢があって初めて可能となる手であり、マークは80の兵が確実に生き残る道を捨て、100か0の賭けに出るしかなかったのである。

 

「一番槍を務める者は速度を重視し、追撃は確実に敵を仕留めるように!」

「了解です!」

 

 ロイの指示を受けアレンとオルドが敵めがけて疾走し、ここにオスティア攻城戦の開戦を示すのであった。

 その戦いの始まりを告げた雄叫びは、オスティアを取り戻そうと戦い続けていたリリーナ達の下にも届いたのだった。

 

「……始まったのね」

「そのようですな……アストール、こちらの動くタイミングは?」

 

 すぐにでも駆け出しそうと立ち上がったリリーナを諌め、バースは同盟軍の到着を告げた密偵へと顔を向ける。

 

「細かな指示は受けてないねぇ……お頭の話では、こちらの規模が今一つ分からねぇんで、挟撃か合流かは任せるっつってたが……」

「そうか……」

 

 アストールの言葉を受け、バースはわずかに悩み、決断を下す。

 

「よし、合流せずともよいという事は、同盟軍の方には十分な戦力があるという事だろう。我々は、レイガンスを挟撃すべく動こうと思うのですが、それでよろしいですか、リリーナ様?」

「……バースがそれが一番いいって判断したなら、そうしましょう」

「了解いたしました」

 

 実戦の経験が無いリリーナは、戦場を知るバースの決断を支持することにした。

 母であるフロリーナの無事も気になるところであったが、戦いが終わってから救出したほうが安全なのも理解していたのだ。

 故に私心を殺し、最善と思われる方針に身を委ねる。

 

「行きましょう、バース、ウェンディ、オージェ、アストール!」

「はっ!」

 

 威勢の良い返事を耳にし、リリーナは自身を守るべく前に出る重騎士達に続く。

 こうして彼女たち、オスティア重騎士団は出陣する。つい先日まで仲間であったものに刃を向けることに、心の中で涙しながら……

 

 

 

 オスティア城内に戦いの波が広がる中、一人の少女が城の宝物庫へと忍び込んでいた。

 それは誰であろう、トリア侯の屋敷へ忍び込んだキャスであった。

 

「ちょっと説教された程度で折れるなんて、全然あたしらしくないわよね」

 

 シルバーの話にはそれなりに心が揺れたキャスであったが、それでも彼女は彼のもとへ走ることをしなかった。

 というのも、彼女にだってプライドというものがあるのだ。

 

「お貴族様を狙うこのあたしが、お貴族様に雇われるなんてどんな皮肉よ」

 

 そう、彼女にとって、これだけは譲れない事なのだ。彼女にとって貴族とは、上辺だけは綺麗な事を言って、人々から住処や作物を根こそぎ奪っていくような輩でしかないのだから。

 故に、今日も今日とてお貴族様の城に盗みに入ったのだが、今回に限ってはどうにも何か落ち着かない。

 

「……」

 

 それは、いつも以上に順調に忍び込めたせいだろうと自分を納得させ、キャスは手近に会った宝箱へ手を伸ばし……力の限り、前方へと飛び跳ねた。

 

「ふーん、なかなかやるじゃないか」

「い、いつの間に!?」

 

 つい先ほどまで自分がいた場所に立つ刃を構えた男を見て、キャスは背筋を凍らせる。

 もしあのまま宝に手をかけていたら、今頃胴体と首が泣き別れしていたことに気付いたからだ。

 

「な、何者よ、あんた……!」

「……減点だな。ここはオスティア城で、そこに在る宝を守る俺が誰かなんて、わざわざ語るまでもないだろう?」

「……オスティアの密偵!」

「そうだ」

 

 ようやく男の……マシューの正体に気付いたキャスであったが、正直に言って遅すぎた。出口はすでにふさがれ、逃げ道などどこにも残っていなかったのだから。

 以前似た様な経験をしたことを思い出しつつも、キャスはどうにか逃走を試みようとマシューの隙を窺うが、残念ながら年季が違う。

 しかし、この状況でもあきらめないキャスの姿は、マシューにもなかなか好意的に映った。

 

「まぁ、確かに筋はいいみたいだな。シルバーさんが見込んだだけのことはある」

「……」

「小娘、今回は見逃してやるが、二度目は無いぞ? ここにある財は、ヘクトル様が有事の際にリキアの民を守るために用意したものだ。お前如きが手を出していいもんじゃない」

「なにが……!」

 

 だが、マシューの一言がキャスの反骨精神に火をつける。

 過去にあった出来事も手伝い、絶体絶命の状況も忘れて、力の限りマシューへと噛み付いた。

 

「何が守るためよ! そのお宝も、自分の領地って勝手に決めたとこに住む人から奪ったもののくせに!」

「は?」

「守るためなら何したっていいと思ってるんでしょ!? 村を焼き払って、田畑を荒らしても、ベルンが進行してくるから、作戦上必要だからですますんですもんね!」

「……」

 

 最初は急に怒鳴り始めたキャスに面を喰らっていたマシューであったが、彼女の言葉が続くにつれ、次第にその目が据わってゆく。

 

「食べていくのがやっとだったのに、家も畑も失って……みんな、バラバラになって……それでいてリキアの為? 何もかも奪って行ったあんたたちが、どの面さげて……!」

「黙れ」

「ッ!」

 

 憤怒にまみれたその一言をもって、キャスは冷静さを取り戻す。

 いや、マシューの憤怒に触れ、強制的に頭を冷やされてしまったのだ。

 

「何も知らないガキが、それ以上さえずるな」

「誰が……!」

 

 マシューの一言に再び激昂しそうになったキャスであったが、続く言葉に、その怒りはいとも簡単に吹き飛ぶことになった。

 

「村が焼かれなかったらどうなっていたか考えた事もないガキが、これ以上わめくな」

「……!」

 

 怒りに満ちた、それでいて冷たく研ぎ澄まされた視線がキャスを貫く。

 

「まさか、村が焼かれなかったら、今も幸せにそこで暮して行けたなんて思ってるんじゃないだろうな」

「そんなの……!」

 

 当然だと答えようとしたキャスであったが、その直前に彼女の中で何かがかちりと噛み合ってしまった。

 

(ちょっと待って、村が焼かれなかったら……ベルンが攻めてくるから……!)

 

 今まで考えもしなかった『もしも』の話を想像して、キャスはその可能性に思い至ってしまう。

 軍隊について何の知識もないキャスであるが、もし敵が村に攻め入ったらどうなるかぐらいはわかってしまう。

 

「敵地に進行中の軍が、その村を見逃すと思っているのか? すべてを奪い尽くすに決まっているだろう」

 

 それを否定することは、いくら無知であってもできる事ではない。

 つまり村が焼かれたのは、そこに住む民を守るためだったという事で……

 

「みんなバラバラになったって言ってたな? 当然だろう。村1つ……いや、近隣の村だって同じ処置をしたんだ。それだけの人数を、1ヵ所で保護できるはずがないだろう?」

「そんな……じゃあ……」

「体力のある男は遠くへ、子どもや老人を近場へ保護したんだろう。村単位では体力差が大きすぎて、落伍者を出しかねないからな」

 

 今まで自分を支えていた何かに、大きなひびが入るのをキャスは感じた。

 しかし、マシューはその程度で良しとすることは無かった。

 彼は今にも崩れ落ちそうな少女に対し、更なる追撃を加える。

 

「そういえば、貴族専門の賊が出るって話があったな」

「……!」

「賊が出た直後、近隣の住民に財宝が配られたらしいが……あれ、実に6割近い住民が自主的に返還に来たぞ?」

「え……?」

「盗品なんか送られたって、困るだけだろう?」

 

 そう、貴族の財宝など持っているだけで裁かれかねないのだ。一生貴族におびえて生きていくよりはと、返却という手段を取る者もいるだろう。

 ちなみに、残りの4割は貴族に対し盗みを働いたとして裁かれたり、強盗に押し入られたりしており、上手く懐に収めた者は極めて少ないのだ。

 

「ついでに言えば、盗まれた結果金が足りなくなって、難民へ配られるはずだった食料が買えなくなったところもあるらしい」

「……」

 

 これらの出来事は全ての事例において起こった事ではないが、それでもそう言った事実は存在した。

 そしてその事実は、今までキャスを支えていた何かを砕くのに、十分な力を発揮したのだった。

 

「……被害者を気取って、何も知ろうとしなかったツケだ。精々自分が何をしてきたか、見つめ直すんだな」

 

 茫然自失するキャスを見て、マシューはこの場を立ち去る。

 一方で、宝物庫の中に残されたキャスであったが、もはや盗みを働く気力は……いや、逃げ出す気力すら残されてはいなかった。

 

 

 

 時を同じくして、オスティア城の一室に捕らえられたフロリーナも決戦の空気を感じとっていた。

 

「……リリーナ達かしら? でも、今回の戦いはあの子たちだけじゃなさそうね」

 

 今までのような小規模な戦いではない。玉座の間まで貫かんとする意志まで感じる激戦の音に、フロリーナは自身が動くべき時が来たと考える。

 

「こんな事もあろうかと……ね。本当はリンとちょっと昔を懐かしむためのものだったのに……」

 

 そう言ってフロリーナが部屋の隅から取り出したものは、囚われの身にはあり得ない細身の槍であった。

 何故こんな物がこんな所にあるのかといえば、それはまだフロリーナが天馬騎士見習いであった頃の出来事が原因だ。

 当時キアランに雇われたフロリーナは、城の兵士たちにある備えを教わっていたのだった。

 

『もしもの時のために、この城の牢には扉の鍵と武器が隠されているんだ』

 

 それを聞いた時は苦笑しか出なかったものだが、キアランに雇われて1年ほどしたころ、そのもしもの備えが役に立つときが来てしまったのだ。

 その後数多の戦いを越え、何の因果かオスティア侯爵夫人になったフロリーナはヘクトルと相談をして、旧友たちとの話のネタとして城内のいくつかの部屋にこの『もしもの備え』を施していたのだった。

 もちろん、この武器が実際使われるなんて欠片も思っていなかった。

 

「……うん、喧噪もだいぶ近づいてきたし、そろそろ行かないと」

 

 そんな感傷に浸っている暇などないとフロリーナは頭を振り、扉の鍵を使い外へと出る。

 そこには当然、フロリーナを見張る兵士たちが驚愕を浮かべ立っていた。

 

「な、なんで扉が……いえ、そんなことより、お戻りくださいフロリーナ様。私は……」

「それはできません。ヘクトル様の妻として、オスティアをこのまま貴方たちに任せるなんてことできないもの」

「ですが……!」

 

 言葉を聞く限り、彼は確かにフロリーナの心配をしていた。

 だが、それでも彼は反逆者なのだ。たとえどんな主張があろうとも、これを是とするわけにはいかないのだ。

 

「…武器を取ってください。わたし達の間に交わす言葉など、もはや存在しません」

「フロリーナ様……」

 

 どこか悲しげで、それでいて毅然とした態度を取るフロリーナを前にし、兵士たちもその意志を固める。

 彼らにも彼らの想いがあり、この反乱に参加したのだ。今更、みっともなく言い訳をするつもりなど毛頭なかった。

 故に、彼らは再びフロリーナを捕縛しようと槍を振るう。そう、彼らは知らなかったのだ。

 

「ッ!」

 

 3人の兵士が放った刺突はことごとく躱されて、逆にフロリーナの持つ細身の槍は兵士たちの身を鎧の隙間を容赦なく貫いた。

 その結果を、自身の意識が遠く暗闇に落ちていくことで知る兵士たちに、フロリーナは静かに告げる。

 

「……これでも、ヘクトル様と肩を並べた天馬騎士です。ヒューイがいないから十全とはいかないけど、貴方達程度じゃ相手にならないですよ……」

 

 兵士たちにそう告げる声はやはり悲しげであったが、それでも、フロリーナが引くことはありえない。

 騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってくることに心を痛めつつも、フロリーナは細身の槍をしかと握りしめるのであった。

 

 

 

 城内の各地で戦いが起こる中、その中でも最も大きな戦いを起こした一団である同盟軍は、オスティアの守りの厚さに攻めあぐねていた。

 

「くっ、ランスは下がって! スー、交代の援護を!」

「了解です!」

「わかった」

 

 これで本当に陣容が薄いのかと疑いたくなる守りに、何度も足が止まりそうになる同盟軍であったが、要所要所に放たれるシルバーのエルファイアーを筆頭に、各々が力の限りを尽くすことでどうにか進軍を続けていた。

 

「無事か、オルド!」

「お前こそ、無理するんじゃないぞ、アレン!」

 

 中でも先陣を切るオルドとアレンの損耗が激しく、ギネヴィアによるリブローによる回復が無ければ死んでいたかもしれない様な危地も何度あったかわからない。

 

「ボールス、アレンと代わって! ノアはオルドのフォローに!」

「フィル、ルトガー、左前方の魔道士を! ゼロット、マーカス、後衛に敵を通すなよ!」

 

 だが、それほどのリスクを背負い攻め入ってなお、オスティアは堅牢であった。

 かろうじて優勢を保つ同盟軍であったが、このまま疲労が重なれば玉座までたどり着かない可能性も高い。

 

「やはりオスティアの防衛力はさすがだな」

「感心している場合か、オルド!」

 

 ノアのフォローを受けてトレックと交代したオルドの呟きは、先に休息を取っていたアレンに咎められる。

 しかし、オルドはそれを柳葉のごとく受け流す。

 

「敵戦力を正しく判断する事も、騎士として重要だろう。それよりも、ランスの動きが疲れのせいかいくらか鈍い。お前が代わりに少し気張れ」

「全くお前って奴は……」

 

 オルドの指摘に、アレンは思わず苦笑を浮かべる。

 普段はランスにきつく当たっているオルドであったが、有事の際は誰よりも彼を気にしているとわかっていたからだ。

 

「……何だ?」

「嫉妬もそろそろ終わりにして、さっさと仲直りしろよ」

「……」

 

 アレンの指摘に黙り込むオルドであったが、この戦場にそこまでの時間の余裕があるわけではない。

 オルドの返事を待つことなく、アレンは再び前線へとおもむくのだった。

 

「……わかっているさ、そんなこと」

 

 残されたオルドは一人呟き、アレンを追うように戦場へ戻る。その先には先の話題に上がったランスが居り、彼は無言で決意するのであった。

 久しぶりに肩を並べて戦ったのだ。この機会に、もう一度話をしようと。

 もっとも、それもこの激戦を生き延びることが出来たらの話である。

 

「マーク殿、頼みますよ……」

 

 すでに全力を尽くす前線の戦士たちには、これ以上打つ手はない。この危地を乗り越える策を、軍師にすがるしかなかったのだ。

 そしてその軍師も、この危うい優勢を確かなものにすべく、切り札を着るタイミングを見計らっていた。

 

(やはり、切り札を温存して勝てるほど楽な相手ではないか……)

 

 いくらオスティアが相手とはいえ、主であるヘクトルが居ない以上なんとかなるのではないかという甘い考えは、想定内ではあるが当然のように裏切られた。

 このまま戦っても勝てはするだろうが、消耗が許容範囲を超えると判断したマークは、切り札の使用を決意したのだった。

 

「マーカス、『ニニスの守護』を使う。効果が切れる前に敵前線を崩壊させろ」

「……致し方ありませんな」

 

 切り札が最大の効果を出す瞬間を見切ろうと、マークはさらに戦線に対する集中を高め……その時、反乱軍から妙な動揺が感じられた。

 全く不信を感じないわけではなかったが、マークはこれを好機と瞬時に判断しロイに合図を送る。

 

「これより、全軍をもって進撃する! みんな、行くぞ!」

「慈悲深き氷の精霊ニニスよ、我が祈りを聞き届け彼の者に汝の加護を与えたまえ!」

 

 同時にマークは『ニニスの守護』を発動し、その加護をマーカスに施す。

 そうしてローテーションを放棄した同盟軍は、マーカスを先頭に今までで最大の攻勢をかけるのだ。

 堅牢を誇るオスティアの反乱軍も、これ程の攻撃となっては防ぎきれるものではない。

 マーカスが穿った穴を同盟軍が全員で押し広げ、ついに戦線を崩壊させることに成功する。

 さらに、朗報はそれだけにとどまらない。深紅に染まった槍を持った女性が同盟軍に合流したのである。

 

「フロリーナか!?」

「マークさん、どうしてここに……!?」

 

 共に驚愕する2人であったが、すぐに今優先すべきことを思い出し、戦士の表情に戻る。

 

「ご助力、感謝します。私も同盟に指揮下に加えていただいても?」

「歓迎する。ロイ、指示を!」

「あ、はい! 怪我をしたものはすぐに下がって、治療を! まだ戦えるものは玉座の間へ急ぐぞ!」

 

 ロイの号令の下、すぐにそれぞれが自身のやるべきことを全力で為す。

 いまだ戦闘力を維持した面々は玉座の間へと向かい、今度はリリーナ達と合流を果たす。

 

「リリーナ!」

「無事でよかった……!」

「ロイ! お母様!」

 

 再会を喜ぶロイとリリーナであったが、それを祝うほどの時間は無い。

 すぐそこまで迫っていた目的地に突入し、この戦いの首謀者へと対峙する。

 

「レイガンス!」

「……まさか、本当にこの城の守りを越えてくるとは思っても見なかったぞ」

 

 反乱に際し、主君を守るべき戦っていたバースが、反逆者レイガンスへと槍を向ける。

 それを忌々しく思いながら、レイガンスは同盟の死にぞこないたちを睨みつける。

 

「貴様、主家を裏切って、騎士として恥ずかしくは無いのか!」

「ふん! ならば愚かな主家につき従ったまま、共に滅びろと言うのか? それこそあり得ん!」

「何だと!」

「我らが死に絶えれば、誰が民を守ると言うのだ!」

 

 怒りのまま放たれたバースの槍が、レイガンスの反論によってわずかにその勢いをそがれる。

 

「ヘクトル様が破れ、亡くなられた今、リキア同盟に勝ち目が残っていると思っているのか!?」

「レイガンス、貴様……!」

「現実を見ろ! つまらぬ幻想にすがるな! 民を守るために必要なのは、足掻くことではない。せめて1人でも多くの民を守るため、負け方を選ばねばならぬ時が来ているのだ!」

 

 故に、レイガンスは裏切者の汚名を着てでも、反乱を起こしこのオスティアを制圧したのだ。

 その並はずれた決意に気圧される者がいる中、それでもフロリーナは当然のように反論する。

 

「それでも、勝機が全くないわけじゃないんです。どんなに勝ち目が薄くても、最善の可能性を捨てていい理由にはなりません!」

「責任の果たし方なんて、それこそ星の数ほどある。騎士であるなら、最後まで主を信じるべきだったんだ!」

 

 フロリーナの言葉に、マークが想いを重ねる。

 その言葉が、レイガンスに届いたかはわからない。だが、一度違えてしまった道は、もはや二度と交わることはありえない。

 レイガンスは自身の決断を貫くべく、槍を構える。

 フロリーナの言葉に奮い立ったバースが、ウェンディが、ボールスが、主の意思を体現すべく、槍を構える。

 だが、いかに3対1とはいえ、レイガンスはヘクトルの留守を任されるような将軍なのだ。チャンスは一撃しかない。

 

「行くぞ、レイガンス!」

「これぞフロリーナ様直伝!」

「トライアングル、アターック!」

 

 それは、オスティア重騎士団に所属する3人の最大の一撃。

 天馬騎士のような立体機動ができない分再現には労力を要したが、その分威力は折り紙つきと言っていいだろう。

 さしものレイガンスも、この一撃は避けることすらかなわない。

 

「ぐっ、おおぉぉぉ!」

 

 しかし、そもそも重騎士とは敵の攻撃を躱すことを想定していないのだ。

 敵の攻撃を受けてなお揺るがず、最大の威力を持って迎撃するスタイルを基本とする重騎士は、バースたちの必殺の一撃を見事耐え抜いて見せたのだ。

 そして、返す一撃もまた必殺。

 されど、彼の一撃はバースにまで届かない。その直前に影から放たれた何かが、レイガンスの手元を狂わせたのだ。

 

「小癪な……!」

「レイガンス、覚悟ッ!」

 

 そしてその一瞬の停滞を見逃すほど、オスティア重騎士団の訓練は甘くない。

 大きく飛び上がったオージェが手に持つのは、厚き鎧をも切り裂くアーマーキラーだ。

 大きく目を見開いたレイガンスにその刃は迫り、今度こそその守りを打ち破るのであった。

 

「……ありがとうございます、マークさん。彼をオスティアに任せてくれて」

「いや、いい。……それより、ずいぶんと逞しくなったみたいだな」

「ヘクトル様と一緒になったんです。これぐらいできないとやっていけないですよ」

 

 ずいぶんと雰囲気が変わったとマークが言えば、フロリーナはむしろそれを誇らしげに微笑むのであった。

 もう少しゆっくりと語り合いたい思いもあったが、この後にやるべきことは山積みだ。

 ひとまずはそちらを片付けようとリリーナと話すロイの下へ行くと、マリナスが血相を変えて駆けてきたのだ。

 

「ロイ様、マーク殿、大変です! ベルンの竜騎士どもがオスティアの目と鼻の先まで迫っているそうです!」

「なんだって!」

「馬鹿な、早すぎる!」

 

 マークがフェレとの往復の間に集めた情報を鑑みれば、あと数日の余裕があったはずなのだが、敵はどんな手を使ったのか、マークの予想を上回る進撃をしてきたようである。

 

「くそっ、とにかく迎撃準備を!」

 

 ロイが指示を出す中、マークはどうにかこの場をしのぐ策を考える。

 シルバーに確認を取れば、エトルリア軍が到着するまでもうしばらく時間がかかりそうなのだ。

 オスティア攻略の消耗を回復する暇もなく、ロイ達は絶望的とも思える戦いへと身を投じることになるのだった。

 



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第10章「聖騎士」

 ロイ達が無事にオスティアを制圧した直後、彼らの下にベルン軍到着の知らせが届く。

 戦いに勝利したとはいえ消耗が激しいリキア同盟軍であるが、ここで逃げ出すことはできない。

 彼らは万に一つの勝利を信じ、ベルン軍の前に姿を現すべく準備を整えるのであった。

 

「ウォルト、敵の編成は見えるか?」

「えっと……見える範囲には竜騎士しかいませんね。歩兵や騎兵が続く様子も見られません」

「……」

 

 ウォルトの言葉に、マークはベルン軍の内情を予想する。

 しかし、悲観的になっても楽観的になっても意味は無いのだ。この場で思考を巡らせても意味がないと諦め、マークはウォルトと共にロイの元に戻り、最低限の準備を押し進める。

 

「最低限、こちらの消耗を隠さなければならない! 血糊を落として汗を拭くだけでもいいから、それぞれ身なりを整えなさい!」

「バース、予備の武器を武器庫から解放して! 鎧までは難しくても、マントやローブを羽織って、傷を隠すことぐらいできるでしょう!」

 

 シルバーやフロリーナの助言の下、ロイ達は何とか体裁を整える。

 とはいえこれだけでは外見を取り繕っただけにすぎないが、それでも手札の一つにはなると信じるしかない。

 そう思い最善を尽くす仲間たちにマークはいくつかの策を話し、それだけで城内で準備に使える時間を使い果たしてしまった。

 クラリーネなど、後々問題になりそうな面々を逃がしたりもしたかったのだが、これ以上時間をかければその『後々』が無くなる。

 

「くそっ、アレン! ちょっと待て!」

「マーク殿?」

 

 仕方が無くそちらの問題は目をつぶり、マークはアレンに歯を食いしばりながら策を授ける。

 

「……こんなことを言いたくはないが、戦いになれば勝ち目はほぼない。ロイを生かすために、死んでくれるか?」

「……マーク殿、それは騎士として当然のことです。今更確認する必要はありません」

 

 マークの問いかけに、アレンは真剣な面持ちで答える。その程度、戦いが始まるよりも前に、騎士になる時にはすでに決めていたことだ。

 むしろ、今更な問いかけに怒りすら覚えるほどである。

 

「悪い、だが必要な確認でな。……そんなお前に頼む。無駄死にはするな。必ず一人、道連れにしてくれ」

「分かりました……他の皆には?」

「時間が無い。戦いになった時、お前から伝えてくれ」

 

 それは本来、策と呼ぶべきものではない。ロイが聞けば絶対に否定するだろう言葉に、されどアレンは決意を新たにする。

 無駄死をするなと、マークは言ったのだ。つまり、彼には見えているのだろう。

 

(俺らの命を、勝利への礎にする道が)

 

 そう確信できたからこそ、アレンは戦える。たとえこの戦いで命を落とすことになっても、マークならばきっと己の主を勝利へ導くだろう。

 そして、その礎に自分が一番に声をかけられたことに、アレンはかすかな喜びを覚える。

 

(ロイ様は、お怒りになられるだろうがな)

 

 わずかに口の端を歪め、アレンはロイの騎士として、リキア同盟軍の一員として、竜将ナーシェンが率いるベルン軍と相対する。

 刃は未だ交わらずとも、戦いの火ぶたは切って落とされたのだ。

 

「くっくっくっ、お前がロイか? ご苦労だったね、あの反乱軍どもを倒してくれて……おかげで手間が省けたよ」

「お前が、三竜将の一人ナーシェンか。その物言いだと、やはり反乱軍は……」

「ああ、別に取引をするつもりが無かったわけじゃない。ただ、取引自体面倒だと思っていたがね」

 

 そんなことを言うナーシェンであったが、その酷薄な笑みからは真実味を感じられなかった。

 だからこそ、わかってしまう。この場での交渉など、意味がないと。

 しかし、理解できたこともある。

 

(勝利を確信した顔だな……もう少し会話を引き延ばせるか?)

 

 ベルンの到着にこそ間に合わなかったが、間違いなくエトルリアはこの場を目指しているのだ。時間さえ稼げれば、勝ち目はある。

 

「まさか、竜将直々に少数の兵を率いてくるとはな……本隊に何か不都合でもあったか?」

「ほう、貴様は?」

 

 2人の会話に割って入ったマークの言葉に、ナーシェンの眉がほんのわずかに動く。

 そしてそれを隠すように問いが重ねられたが、当然見逃すようなへまはしない。とはいえ、気付いたことを伝えるつもりもまだなかった。

 

「軍師……マークだ」

「……なるほど、騙りか?」

 

 20年前に現れた至高の軍師。本人が現れないのをいいことに、偽物が仕官しようと大勢現れたという話だ。

 マークもその言葉を否定せず、むしろ誤解していてくれた方がやりやすいと思うが、残念ながらそうはならない。ベルンにも、マークを知る人間がいるのだから。

 

「本人です、ナーシェン様」

「……これは驚いた。ぜひとも、その若さの秘訣をご教授願いたいものだね」

「……ヒース」

 

 かつて共に戦った竜騎士が、今は敵として立ちはだかる。その姿は、仕えるべき主を得たためか、あのころよりもさらに力強く感じるのだった。

 それと同時に、このタイミングで攻められたのが偶然ではない事もまた確信する。

 マークやエリウッドの事を知る彼であるならば、この後リキアがとる行動を予想し、先手を打つのも難しい事ではない。

 

「この部隊はお前の提案か?」

「いや、私の提案だよ」

 

 だが、マークの確信はナーシェンによって覆される。そのことを苦々しく思うが、それ以上に竜将の口の軽さに、自己顕示欲の強さに感謝するのであった。

 もちろん、マークがそれらの事を顔に出すようなことはしない。

 

「……厄介な奴が出てきたもんだ」

「くっくっくっ、20年も前に姿を消した化石が、この私に勝とうなど……」

「てっきり伏兵におびえる兵士をまとめきれず、場当たり的に出てきた間抜けだと思っていたんだがな」

「……ふんっ、そんなわけがないだろう?」

 

 その一言は、マークにとって時間稼ぎ以上の意味を持たなかったのだが、その予想をはるかに超えた情報を引き出すことに成功する。

 ニノが行っていた襲撃の効果を実感するとともに、ナーシェンの評価を一段下げる。

 

(とはいえ、こいつが実力者であることに変わりは無く、周りもヒースを筆頭にかなりできるんだから……)

 

 事実、ナーシェンとヒースを完全に押さえるには、フロリーナとシルバーの札を使わざるを得ない。

 しかし、それでは残った面々が各個撃破されてしまう事は間違いない。

 

「まったく、ここから勝ちを拾おうなんて、難題にも程があるな」

「ほう、この状況でまだ諦めないのかい? そのボロボロの戦力で戦うと?」

「それこそまさかだ。だが、勝利に至る手段は敵を倒すだけとは限らないんだぞ?」

 

 並の人物であれば、この状況でこんなことを言ってもただの負け惜しみにしか聞こえないだろう。

 だが、マークに限ってはそうとも言っていられない。彼の手腕は『歴史を変える』とまで称されている故に、この状況に置いてなお油断できる相手ではないのだ。

 もっとも、そんな評価ももはや過去のもの。ナーシェンにはただのブラフにしか聞こえなかった。

 

「まさかとは思うけど、エトルリアの介入を期待しているんじゃないだろうね。だとしたら、とんだ期待外れだ」

「……どういう意味だ!」

 

 あまりに的確なナーシェンの指摘に、マークが前に出てから一歩引いていたロイが思わず声を荒げる。

 そのことに気を良くしたのか、ナーシェンは嬉々として自身が施した策を語り始めた。

 

「なに、リキアの状況を知るお前たちならば、容易に想像がつくのではないかな?」

「まさか……!」

「くっくっくっ、奴らも一枚岩ではない。それに加えて、念のためエトルリアとオスティアをつなぐ街道にも小細工をしておいた。たとえ時間をいくらか稼いだところで、援軍は来ないんだよ!」

 

 頼りにしていたエトルリアが来れないことに思わず青ざめるロイ達同盟軍であったが、続くマーク達の言葉がその不安を切り裂く。

 本音を言えばもう少し会話を長引かせたかったが、それに固執して士気を下げたままにするわけにはいかないのだ。

 

「エトルリアは来るさ。妨害が入れば入るほど、必死さを増してな」

「ほう、それはどのような根拠があって……」

「簡単な事だ。この場には私が居るからね」

 

 嘲笑を浮かべるナーシェンに対し、シルバーが深くかぶっていたフードを脱ぐ。そこに現れたのは、整った容姿に銀の髪を持った壮年を迎えた男の顔であった。

 一瞬だけ怪訝な顔をしたナーシェンであったが、隣にいたヒースの一言に、その表情を驚愕に染める。

 

「リグレ公爵パント殿……!」

「なんだと!? 馬鹿な、あり得ん! このタイミングで公爵が護衛もつれず、リキアを訪れるなど……!」

「否定したいのならいくらでもどうぞ? だが、君たちがいくら否定したところでエトルリアは止まらんよ」

「このっ……!」

 

 そう、もとよりマーク達にとってベルンがエトルリアの介入を妨害してくるのは想定済みであった。

 故に、マークはパントの力を借りて援軍を絶対のものにしようとして、パントは自身を人質にしてエトルリア軍を動かなければならない状況を作り上げたのだ。

 

「ただリキアの保護要請程度なら妨害に対して慎重になることもあり得たが、公爵の保護が目的ならば話は変わってくる」

「私も一応王家の血を引いているからこその公爵でね。今頃はエトルリア軍も必死になってこの地を目指していることだろう」

 

 こうなってしまえば、むしろ妨害は逆効果だ。エトルリア軍は公爵の安全を一刻も早く確保するためにも、最速で進軍してくるはずだ。

 それを悟ったがゆえに、ナーシェンは決着を急がねばならなくなってしまう。しかし、リグレ公爵に手を出してしまえばエトルリアとの正面衝突は必至。それは流石に時期尚早だ。

 結果として、ナーシェンは退くに退けず、進むに進めず八方ふさがりに陥ってしまう。

 だからこそ、ヒースが声を張り上げる。

 

「偽物だ! エトルリアの高位貴族が単身リキアを訪れるなどあり得ん!」

「まあ、そうするしかないよな!」

 

 パントを偽物と断じ、無理やり戦端を切るヒースにマークは獰猛な笑みを向ける。

 そこで二人の将が、ついに全軍に号令をかけたのだ。

 

「エトルリア軍の到着まで、なんとしても生き残るぞ!」

「偽りの希望にすがった愚かどもがっ! そんなまやかし、この私が打ち砕いてやろう!」

 

 開幕直後に投げつけられたショートスピアは、予定調和のようにパントによって燃やし尽くされたヒースは、他の竜騎士たちからパントを引き離すべく動く。

 パントとしても、ヒースに自由に動かれては死者の数が跳ね上がるのがわかっているため、彼の動きに従う他無かった。

 さらに言えばヒースはパントの守りを貫ける槍を持ち、パントはヒースを焼き尽くす魔法を使える。

 正直に言って、お互い牽制以上の大胆な行動がとれないでいたのだ。

 

「……そういえばまだ言ってなかったね。無事正規軍に戻れたこと、祝わせてもらうよ」

「……ありがとうございます。おかげでまた騎士として槍を振るっていますよ」

 

 一瞬皮肉かと思ったヒースであったが、本心からだろうと思い直す。立場の違いからお互い武器を向けているが、パントにとってヒースはかつての戦友であることに変わりないのだろう。

 ヒース自身、戦場で相対してなおパントやマークに憎悪を抱いていないこともあり、その思いが理解できたのだ。

 できる事なら戦いたくはない。

 そのような本心を秘めつつも、彼らは退くことなく、お互いに武器を向け続ける。己の信じるものを守るために。

 そしてリキア同盟軍のもう一人の最大戦力であるフロリーナは、戦いを最速で終わらせようとナーシェンに突っ込もうとして、その副官として配置されていたフレアーに阻まれてしまう。

 

「退きなさい!」

「ずいぶんと勇ましいご婦人ですな!」

 

 フロリーナの実力であればフレアー1人ぐらい倒せないでもなかったが、さすがに一撃というわけにもいかない。

 侯爵夫人として見習い時代より上等な鎧が用意されているフロリーナとはいえ、複数の竜騎士に囲まれてしまえば勝ち目はないこともあり、強襲は失敗に終わったと引き上げるほかなかった。

 しかしそれはフロリーナの事情であって、フレアーたちまでもが引き下がる理由にはならないのだ。

 

「逃がすとお思いで!?」

「くっ!」

 

 高速で天を翔けるフロリーナを追うのは、フレアーを筆頭とした3騎の竜騎士だ。こうなってしまえば、いかにフロリーナとて逃げに徹するよりほかない。

 彼女の戦場が空へと移ったことにより、同盟軍はパントに続き2枚目の切り札を失ったと言っても過言ではないだろう。

 そして、その隙を見逃すナーシェンではなかった。

 

「死ね!」

 

 一言。されど今のロイには抗う事の許されない一撃が放たれる。

 竜将を任される実力を持つナーシェンの一撃は、ロイを守護する騎士であるランスやオルド達にすら反応することすらできなかった。

 

「させんっ!」

 

 だが、ただ一人、聖騎士と呼ばれた老将だけは違った。

 衝突した槍が軋み、火花を散らしてその軌道を捻じ曲げる。ロイが助けられたと理解できたのは、ナーシェンが忌々しげに舌打ちをして騎竜の翼をひるがえしてからであった。

 

「マーカス!」

「わしの命ある限り、ロイ様には指一本触れさせはせん!」

「ならば、貴様から死ねぇ!」

 

 ロイの呼びかけに答える余裕など、今のマーカスには残されていない。

 敵は大陸最強と名高き竜騎士の、さらにその頂に君臨する竜将なのだ。

 

(今だけでいい……だから願う、体よ動け! わしにあの時の力をもう一度!)

 

 願いと共に槍を力強く握り直し……マーカスは何かが割れる音を聞いた気がした。

 

 

 

 リキア同盟軍が必死の抵抗を見せる中、ベルン軍の竜騎士たちはそれをどこか他人事のように感じていた。

 だが、それも当然だろう。

 別にベルン軍は窮地に立たされているわけではなく、エトルリア軍が迫っていると聞いても、目の前にいるのは最後の力を振り絞って抵抗しているネズミにすぎないのだから。

 もはや勝ちが確定していたと言っても過言ではない状況にあったためか、彼らは今更命を賭けて戦うほどの気概を持てないでいた。

 そんな積極性の欠いたベルン軍に、追い打ちとばかりにアレンが吠える。

 

「たとえ我が命尽き果てようとも、ロイ様には指一本触れさせはせん! 死にたい奴からかかってこい!」

 

 自身を顧みない必殺を期したアレンの一撃を前に、ベルン軍はさらに委縮する。

 竜将であるナーシェンが敵将を討ちとれば、それで終わる戦いであるとの認識もあり、決死の一撃を前に無理をするなんて無謀を行えるほど、彼らは愚かになれなかったのだ。

 だが、これ程の精神的不利を背負ってなお、最強の名は揺るがない。

 

「くっ、この……!」

「ゼロット隊長ッ!」

 

 決死の覚悟を纏った一撃も竜騎士には届かず、何の覚悟もないその場しのぎの一撃ですら、リキア同盟軍の余力を確実に削っていく。

 イリアの、フェレの、ラウスの、オスティアの騎士が命を賭けてすら、ただの一騎すら落とせない。

 ウォルトやドロシー、スーの援護に加え、エレンやサウル、クラリーネの回復による支援、さらには激戦の狭間に無理をして介入するフロリーナやパントのおかげで、何とか死者だけは出ていないような状況だ。

 それほどまでの絶望的な差が、彼らの間に横たわっていたのだ。

 そして、その差を覆せる唯一の希望も、ジードと呼ばれるヒース直属の竜騎士たちにより完全に抑え込まれていた。

 

「アンタだけは、確実に殺すように言われてるんでね!」

「一介の軍師には過ぎた対処だな! それ以前に、いつベルン軍に俺の存在が知られた!?」

「ヒース先輩はずっとあんたの存在を警戒していたぜ!」

 

 エリウッドやヘクトルとマークの関係を知るヒースは、この戦い彼の介入を絶えず気にしていたのだ。

 そしてその存在が確認でき次第始末するように指示していたのは、マークがベルンに味方することが無いと悟っていたからだろう。ジードを筆頭に、実に4騎もの竜騎士がマークを取り囲み、確実に始末しようと槍を振るうのであった。

 だが、そこまでしてなお、マークを殺るには至らない。

 

「てめぇ、いいかげん死にやがれ!」

「誰がっ!」

「攻撃は大したことないくせに……!」

 

 マークによる剣による攻撃は竜騎士の鎧を貫くことは敵わず、されど竜騎士たちはマークに一撃だって当てることすらかなわない。

 こうしてすべての戦場で一応の膠着が続く中、マークは逆転の一手に思いをはせる。

 

(頼む、マシュー……そろそろ限界だ……!)

 

 戦いが始まった直後に、マーカスに対して『ニニスの守護』を使ってしまった以上、マークはもはや見守ることしかできない。

 加護を得て、さらに限界を超えた動きを見せるマーカスであったが、もはやいつ倒れても不思議ではない。

 だが、そのマシューも影で強敵との戦いを余儀なくされていた。

 

「……」

「……何も聞かないのかい、マシュー?」

 

 静かに、されど激しくマシューと刃を交わすのは、かつて『黒い牙』に身を置き『疾風』と呼ばれていた男、ラガルトであった。

 

「なんだ、話したいのか?」

「……まぁ、言い訳みたいでみっともないか。悪い、余計な事だったな」

 

 言葉を交わす間も刃は途絶えず、むしろ言葉を交わしている間の方が隙を探り鋭い一撃が放たれていたようにも思える。

 だからだろうか、マシューは一度打ち切られた話をつづけるべく言葉を紡ぐ。

 

「……今、エリウッド様の下にニノがいる。彼女に伝言があるなら、伝えてやらない事もない」

「おっ、なら頼もうかな!」

 

 言葉尻に合わせて一際鋭い一閃が奔るが、それもやはりお互いの体には届かない。

 

「ゼフィール陛下と取引をちょっとな……あれだ、俺の腕と情報を対価に、ちょっとばかし恩赦をな」

「……『黒い牙』の残党を匿ってくれってとこか?」

「そういう事だ」

 

 ベルンの先王デズモンドが口封じをしようとしていたかつての仲間を守るため、ゼフィールに取り入るのも……一応、わからないでもない。

 もともと義賊として腕を振るっていたラガルト達だ。後ろ暗いことをやっている貴族相手に、密偵仕事も手際よくこなせたことだろう。

 

「そんなわけだから、ニノにはよろしく頼むわ。……もっとも」

「生かして帰すつもりはないってか!?」

 

 もはや並の密偵には視認すら難しい域に達した二人は、されど踊るように刃を交わし続ける。

 

(すみませんマークさん……ナーシェンへの不意打ちはちょっと無理そうです)

 

 謝罪はマシュー自身も認識できたかという一瞬で行われたが、それが誰かの耳に届くことは無い。

 闇に巣食う密偵たちは、誰に見られることなく死のダンスを踊り続けるのであった。

 

 

 

「老いぼれ如きが、私の道を遮るなっ!」

「若造如きが、わしを抜くなど十年早いっ!」

 

 ロイを守護せんと立ちふさがるマーカスを、縦横無尽に翔けるナーシェンのスレンドスピアが切り裂く。

 だが、それでもなお、マーカスは倒れない。

 視界が歪み、肺が燃えるように熱く、手足はもはや鉛のようで、耳鳴りでまともに音も聞こえない。

 もはやいつ死んでもおかしくないとマーカス自身も感じるが、まだ倒れるには早いと、彼の心臓が暴れ狂う。

 ひらめく銀閃がナーシェンの槍をはじき、されど追撃の余裕などない。

 

「この、死にぞこないがぁ!」

 

 ナーシェンのさらなる一撃をはじくような力はもはやなく、ついにはその体を貫かれる。

 

(ここまでか……)

 

 そう確信してしまったが故か、あれほど激しく暴れていた心臓も動きを止め、手足の先から感覚が消えてゆく。

 だが、そんなマーカスの耳に、彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

「マーカス!」

 

 その名を呼ぶ声に、かすかに、されど確かに、彼の胸に熱が廻った。

 

「……ッ!」

「なっ!?」

 

 一瞬ではあるが、再び熱を得た彼の体は槍を振るい、その一撃は確かにナーシェンにまで届いたのだ。

 

「最後の最後まで忌々しい……!」

 

 脇腹に傷を負ったナーシェンであったが、その程度の傷は彼を止めるには至らない。

 ナーシェンは改めてロイへと槍を向け、いまだ諦める様子のない少年に嘲笑を向ける。

 

「今度こそ……」

「ロイ様ッ!」

「ええい、邪魔だ!」

「ランスッ!」

 

 たとえわずかな時間でもと飛び込んで来たランスであったが、マーカスすら破った竜騎士に彼が敵う道理はない。

 わずか一撃で払いのけられ、今度こそナーシェンの槍がロイへと迸る。

 だが、ランスが稼いだ一撃分の時間は、決して無駄には成らなかった。

 周囲に響き渡ったのは槍が人を貫く鈍い音ではなく、鋼と鋼がぶつかり合う、鋭い金属音であった。

 

「間に合ったか……!」

「ち、父上!?」

「まさか、フェレ公爵だと!?」

 

 驚愕に染まるナーシェンに、さらに追い打ちをかけるような雷鳴が響き渡る。

 

「無事でよかった、ルゥ……」

「え……?」

 

 あまりに突然のことに反応できないルゥを少しだけ寂しそうな瞳で見つめ、ニノは戦場へと視線を戻す。

 ドルカスやクルザードも到着し、増援に驚いた敵は状況を把握するためか1か所に集まっていた。

 

「この期に及んで増援だと……!」

 

 表情を険しくするナーシェンであったが、すぐにエリウッドに関するある情報を思い出し、酷薄な笑みを浮かべる。

 

「そう言えば、噂に聞く肺の病は大丈夫なのかな、フェレ侯爵?」

「……」

「そうか、返事もできないほどに痛むのか? まあ無理もあるまい。息子の窮地に間に合っただけでも上等だろう。この場で親子そろって……!」

「お待ちください!」

 

 再び槍を構えようとするナーシェンを、ヒースが慌てて止める。

 それを煩わしそうに払いのけようとしたナーシェンであったが、続く言葉にその動きを止めざるを得なかった。

 

「フェレ侯爵の持つあの剣……神将器の一つ、烈火の剣デュランダルです!」

「ッ!?」

 

 再び驚愕に目を見開くナーシェンに、タイムリミットを告げる馬蹄が聞こえ始める。

 ついに、エトルリア軍が到着したのだ。

 

「……これ以上この場に留まるのは危険です。ナーシェン様!」

「……くそっ、くそっ、覚えていろ! 貴様らはいずれ、この私が直々に殺してやる!」

 

 ヒースの助言に従い、翼を翻す竜騎士たちを見送り、ようやく彼らは生き残ったことを知るのであった。

 ……ただ一人の聖騎士を除いて。



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第11章「防衛線の結末」

 エトルリア軍の到着により辛うじて命を拾ったロイたちであったが、その代償はあまりにも大きかった……

 聖騎士マーカスの死は、まだ若いロイに大きな衝撃を与え、その心を傷つけた。

 そしてエトルリアの騎士軍将パーシバルと魔導軍将セシリアとの会談であるが……肝心のエリウッドがすぐに会談に臨める状態ではなかった為、会談は後日に延期されることになったのだ。

 そして一夜が過ぎ、ようやくエリウッドが落ち着いたころ、ロイは一人、与えられた部屋で自身の力の無さを悔やんでいた。

 

(もし、僕にもう少し力があれば……)

 

 三竜将ナーシェンとマーカスの戦いは、今のロイでは手を出すことが叶わない高みで行われていた。

 それが理解できるからこそ、考えずにはいられない。守られるだけでなく、マーカスと共に戦う力があれば、彼は死ななかったのではないかと、そう思わずにはいられない。

 本来ならば過去を悔いるよりも先にやらねばならないことが山積みであることもわかっているが、どうしてもこの想いに囚われ先に進めないでいた。

 だが、そんな想いからロイを救い上げるように、扉の外から声が聞こえてきた。

 

「ロイ、ちょっといいかしら?」

「リリーナ……うん、今開けるよ」

 

 幼馴染の突然の訪問に少し慌てつつも、ロイはわずかずつではあるが、思考が現実へと戻ってくるのを感じる。そして、リリーナを招き入れその顔を見たとき、彼は思い出してしまう。

 

「ロイ、大丈夫……?」

「リリーナこそ……ごめん。ヘクトル様のこと……」

 

 そう、ロイは確かに身近な存在を失ってしまったが、目の前の少女のように血のつながった家族を失ったわけではないのだ。

 

「僕たちがアラフェンの城にたどり着いた時、ヘクトル様はまだ生きていたんだ……あと少し早くヘクトル様を救い出せていれば、もしかしたら……」

「ううん。ロイのせいじゃないわ」

 

 更なる後悔に飲み込まれそうになったロイの手を、リリーナは優しく握りしめる。

 

「お父様の事は、戦場に出ると聞かされた時から……いいえ、もっと前から覚悟していたわ」

「それは……」

「ずっと、ね……お父様は『わしはきっと戦場で死ぬだろう』って、そうわたしやお母様に言い続けていたから」

 

 それはロイやリリーナが知る由もない。ヘクトルだけが感じていた、狂戦士の遺志が故の言葉であった。

 だが、覚悟が出来ていたとはいえ、家族を失って悲しくないはずがない。ロイだって戦場に出る以上、誰かが死んでしまうかもしれないと覚悟はしていたのだから。

 しかし、リリーナはその悲しみを欠片も見せずに、ロイを気遣う。

 

「それに、謝るのならわたしの方だわ……もしオスティアの反乱を未然に防いでいれば、ベルンとだってもっと戦えていたはずだもの……だから……!」

 

 そんなリリーナを、ロイは強く抱きしめる。無理をしなくてもいいと言って聞くような少女ではないし、何よりも言葉にできない想いがあったからだ。

 リリーナも思うところがあったのか、黙ってロイの背中に手を回す。

 

「……」

「……」

 

 しばらく無言で抱き合う。身の内に溜めた悲しみを、お互いの暖かさで溶かすように。

 だが、そんな時間も長くは続かなかった。ロイ達の居る部屋の扉の外から、ノックと共に人の声が聞こえたからだ。

 

「ロイ、ちょっといいか?」

「! マ、マークかい?! ……うん、今開けるよ」

「邪魔するよ」

 

 慌ててリリーナと離れたロイは、顔が赤くなっていると自覚しないままマークを迎え入れる。

 リリーナも真っ赤になって後ろを向いてしまっているので、マークは文字通り邪魔してしまったと理解し、心の中で頭を下げる。

 流石に言葉に出して追い打ちをかけるほど、彼は非情ではなかったが。

 

「……まぁ、思ったよりはマシな面をしているな」

「……心配をかけて申し訳ない。僕らは大丈夫だよ」

 

 ロイは笑みを作ってマークにそう告げるが、その程度で取り繕えるほど、彼が心に負った傷は浅くなかった。

 ロイ自身もそのことが自覚できたが、それでも前言を撤回するつもりは無い。彼はフェレ公子であり、リキア同盟軍の将であるゆえに、たとえどんなに辛かろうとも、無理にでもマーカスの死を乗り越えなければならないのだ。

 だが、精一杯の虚勢を張るロイに対し、マークは少し困ったように言葉を贈る。

 それは、マークなりのアドバイスなのだろう。

 

「無理に乗り越える必要はないと思うんだ。大切な人の命は、掛け替えのないものだから……焦って結論を出す必要はないんだ」

「マーク……」

「悲しみを昇華して、前に進む力にしようとしている若人に言うべき言葉じゃないとは思う。そうだな……前に進みたいのなら、エリウッドに相談した方がいいだろう。アイツも、それ相応の経験をしているから」

「父上が……?」

 

 そう言われても、ロイには思い当たる節が無かった。彼が習った歴史には、20年前に起こった戦いなど欠片も記されていなかったのだから。

 マークもロイの反応からそのことに気付いたが、これ以上は自分が語るべきではないと口を閉ざす。

 そして、過去ではなく現在へと意識を戻しリリーナへと向き直る。

 彼女と、いや、オスティアの騎士たちと共に戦うのなら、しっかり話しておかなければならないことがあるのだ。

 

「ヘクトルの事……申し訳ない」

「……マークさんのせいじゃ……」

 

 頭を下げるマークであったが、リリーナはその謝罪を受け切ることができなかった。

 彼の所為ではないと、理屈の上ではわかっている。だが、感情はそうはいかなかった。

 

(歴史をも変えると言われた、神軍師……)

 

 そこまで称されていたのなら、なぜ父1人助けられなかったのかと、そう罵ってしまいたい衝動を完全には消せなかったのだ。

 マークもそんなリリーナの思いが理解できてしまい、故に言い訳の一つも発することは無い。

 とはいえ、いつまでも頭を下げているわけにもいかず、不本意ながらもマークは話題を変えるようにここへ来た理由を述べるのであった。

 

「これから、エトルリア側との交渉を始める。交渉は盟主代理であるエリウッドの領分だが、一緒に来るかロイ?」

「……行こう。行かせてほしい」

「わたしも……!」

 

 そもそも、ロイにはこの交渉をエリウッドに任せきりにするつもりなどなかった。

 エトルリアへの助力を提案したのだ。その後起こるだろう事態は知りませんなど、そんな恥知らずな事をいうつもりなどロイには無い。

 

「よし、それじゃあ行くぞ」

「ああ!」

 

 気合を入れてマークの背に続くロイには見えなかった。マークの表情が、まるでいたずらを仕掛けた悪童のような笑みを浮かべていたことに。

 そしてロイ達は会談の場所までたどり着く。そこには、リキアを代表してエリウッドとフロリーナが、エトルリアを代表して騎士軍将パーシバルと魔導軍将セシリア、それにリグレ公爵であるパントがすでにそろっていた。

 

「遅くなって申し訳ない」

「いえ、それよりも後ろの二人は?」

 

 マークの謝罪を流し、パーシバルは彼の後ろに続いた二人の少年少女へと視線を向ける。

 

「フェレ公子ロイと、オスティア公女リリーナだ。次代を担う若人たちを同席させたいんだが、構わないか?」

「マーク……」

「構いませんよ」

 

 頭を抱えるエリウッドに対し、顔見知りであるからか快く受け入れるセシリアにロイ達はわずかに疑問を覚える。

 だが、事ここに至ってはその疑問を口にすることもできず、先方の許可も下りたとマークは2人を近くの椅子に着席させる。

 そうして始まった会談であったが、ロイはその始まりから驚愕せざるを得なかった。

 

「では……まずエトルリア軍の無断越境についてだが、これについて厳重に抗議させていただく」

「(えっ!?)」

 

 なぜ、どうしてそんな話になったのか訳がわからなかったロイの混乱をよそに、エリウッドはさらに言葉を連ねる。

 

「さらにリキア領内での戦闘行為、オスティアへの進軍は許容できるものではない。これらの行為は抗議で済むものではなく、それ相応の賠償を……」

「父上っ!」

 

 そこまでは呆然と聞いていたロイであったが、その意味が欠片でも理解できたと同時に思わず抗議の声を上げてしまう。

 だがそれも当然だろう。こんなものは、恩を仇で返すようなものなのだから。

 

「いくらなんでもあんまりです! エトルリア軍のおかげで窮地をしのぐことができたのに、事もあろうか抗議するですって!? 賠償を求めるって……!」

 

 声を荒げるロイに対し、エリウッドは再び頭を抱える。マークがこの二人を連れてきたときはまさかと思ったが……

 

「マーク、やはり何も教えずにこの場に連れてきたのか……」

「どういう……?」

 

 エリウッドの様子に、すぐに怒りより疑問が上回る。場を見渡せば、フロリーナも苦笑を浮かべ、セシリアもロイの反応を楽しんでいるように見える。

 パーシバルは興味深そうに、パントも愉快そうにしており、そこでふと気づいてしまう。

 

(エトルリア側は、誰も気にしていない……?)

 

 そう、あのような不条理な事を言われたにもかかわらず、エトルリア側の人達は誰一人として不快さや怒りを見せてはいなかったのだ。

 ロイが全てを知っているであろうマークへ視線を向ければ、彼は肩をすくめながらなんでもないように告げるのであった。

 

「中身のない会話は、聞いていて退屈だからな」

「まったく……」

 

 エリウッドは一つ大きな息を吐き、その意識を切り替える。ロイ達に真意を話す必要があるし、マークの言葉をエトルリアも無視はしないだろうと考えたのだ。

 事実、セシリアがロイへと積極的に現状の解説を始めるのであった。

 

「もともとパント様とマーク殿との間で話はついているのよ。今回の会談は国への言い訳とか、そんな意味合いの方が強いのよ」

「では一から説明させてもらおうかな?」

 

 そう言ってシルバー改めパントが立ち上がり、マークもそれに続く。

 さて何から話したものかとつぶやくパントに、マークはとりあえず事実を告げるべきだろうと提案する。

 

「そうだね……まず最初に、リキアはエトルリアに助力を求めなかったというのが始まりかな?」

「でも、現にエトルリア軍は……」

「彼らが来たのは、ここにいるリグレ公爵を保護するためだ」

 

 ロイにはエトルリアに助力を願うと説明したが、実際はパントの居場所を公開するようにという指示書だったのだ。

 その情報を得たエトルリアは公爵家の当主を見捨てるわけにもいかず、リキアへと軍を送らなければならなくなった。

 

「これでリキアはエトルリアに頭を下げることなくその力を利用し、ベルンを退けることができたわけだ」

「さらにエトルリアに対して無断越境という有効なカードを手に入れてね」

「でも、それじゃあエトルリアにとっての利が無いも同然じゃ……」

「ちゃんとあるんだよ」

 

 ロイの疑問に、パントは安心していいと笑顔を向ける。

 

「エトルリアとしても、ベルンの最近の行動は目に余るものがあった。だから、ベルンと関わる理由が欲しかったのさ」

「そして、これからもベルンににらみを利かせるために、リキアへ交渉のカードを渡したんだ」

 

 今回は公爵の保護という理由があったが、今後その理由は使えなくなってしまう。

 故に、リキアは今後もエトルリアに介入をさせるため、カードを切る予定になっていたのだ。

 

「エトルリアには、リキア復興を色々と支援をしてもらうことになる」

「もしベルンのリキアに対する攻撃が再開されたら、リキアに支援した人員を守るためという理由で軍を動かせるようにね」

 

 マークとパントが思いつく限り、現状打てる最善の手であると自負している。

 とはいえ、国と国との関係がそう単純でないことも理解している以上、気休めの域を出ないとも思っていたが。

 ともかく、事情を全て話してしまった以上この場で先程の続きを行う理由は無い。パーシバルは軍将としての役割を果たすべく動くのであった。

 

「しかし、彼の軍師がこれほど若いとは思っても見なかった」

「一応、この中では最年長なんだけどな」

「見えないわね……ぜひその若さの秘訣をご教授願いたいわ」

 

 セシリアの言葉に、肩を竦めるマーク。一見女性としてのセリフに聞こえるが、間違いなく騎士としての一言だろう。

 長く若さを保てるという事は、それだけ長い期間騎士として前線に立てるという事なのだから、軍人としてのどから手が出るほど欲しい技能だろう。

 もっとも、マークの若さの理由は再現性に乏しいため言葉を濁すしかなかったが……

 その様子からこの話題を続けるべきでないと感じたパーシバルは、多少強引に話を戻す。

 

「私としては、此度の戦いの詳細を聞いてみたいものだ」

「今回の戦いについては、パントもよく知っているぞ?」

「本人から聞いてみたいのだよ。もっとも、今回はそう言うわけにもいかないが……」

 

 軍将が二人も国許を離れている現状を長く続けるわけにはいかない以上、パーシバルは会談が終わり次第帰国しなければいけないのだ。

 

「また……今度はもう少し余裕がある時に、会いたいものだ」

「軍師や軍将に暇があるって言うのは、歓迎すべきことだしな」

 

 名残惜しそうにしつつも、パーシバルはパントと共に国へ戻るために会談の場を辞する。

 パントもおとなしくそれに続くが、去り際に残した微笑みから、再会がそう遠くないような気がしてならないマークであった。

 そんな具合で大筋の話が済み、エリウッドとセシリアが詳細を詰めていた中、ニノは息子の姿を探してオスティア城をさまよっていた。

 

「うぅ、やっぱり避けられてるのかなぁ……」

 

 戦いの直後は、怪我人の治療などでごたついてしまいすぐに話ができなかったのだが、ようやく時間が出来てみれば肝心のルゥに会えないと来て、ニノは若干涙目であった。

 そしてその涙目のニノの前に、探し人のことをよく知るであろう少年が姿を見せる。

 

「……なあ」

「あ、チャド君? ちょうどよかった、ルゥがどこにいるのか知らない?」

「……オレの事、覚えてたんだな」

「? 当然でしょ?」

 

 ニノがチャドと最後に会ったとき、彼は4,5歳であったのだがお互いにちゃんと覚えていたらしい。

 

「本当だったら、なんでいまさらとか言いたいところだけど……」

「ごめんね……」

「オレに言ったってしょうがないだろ」

「……うん、ルゥにもちゃんと謝る。それで許してもらえるかわからないけど、全部話すよ」

 

 前回とは違い、今回は覚悟を決めてきたのだ。なんと言われようと、ニノはちゃんと受け止めるつもりでいた。

 その覚悟が伝わったのだろう。チャドは、観念したように息を吐くのであった。

 

「分かった……こっちだ」

「ありがとう、チャド君」

 

 戸惑うばかりであったルゥを待たせる部屋へとニノを案内する間、チャドは双子の片割れであるレイの事を思い返していた。

 院長であるルセアが死んでから孤児院を出て行った彼は、ニノの事をどう思うのだろうかと。

 チャドがそんな事を考えている間に部屋へたどり着いたニノは、ようやく自分の息子と再会する。

 

「ルゥ……」

「……母、さん」

 

 やはりと言うべきか、ぎこちない再会にむしろチャドの方がやきもきさせられる。だが、割って入るわけにもいかずに見守るしかなかった。

 

「まずはごめんね……一番大変な時に、そばにいてあげられなくて」

「……ううん、先生から、少しだけど事情を聴いたことがあるから」

 

 ポツリポツリと交わされる言葉は、少しずつ数を増やしていく。

 ニノがルゥ達を孤児院に預けてからの話だったり、ルゥがチャドたちとどんなことをして過ごしていたかだったり、ベルンが攻めてきてからルセアが殺され、レイが出て行ってしまったことも話した。……もちろん、話をすると言った以上、ニノがどうしてこの地に帰ってきたのかという話が中心となる。

 

「……ナバタならベルンの手が及ばないから、そこで住めそうだってことで貴方たちを迎えに来たの」

「……でも……」

「もちろん、すぐじゃないよ?」

 

 父であるジャファルが賞金首であること、安住の地を見つけたこと……だが、今はやるべきことができてしまった。

 

「エリウッド様たちには昔お世話になったから、今回は私が力になる番なの。だから、決断するのはまだ先だよ。それまで、ルゥはリキアで……」

「嫌だよ! 僕も一緒に行く!」

「ルゥ……?」

 

 待っていてほしいと言うニノの言葉は、最後まで紡がれることは無かった。その言葉を遮ったルゥは、かつて別れた時ですら言わなかった拒否の言葉を発していた。

 彼なりの直感だろうか、あるいはルセアの死を見てしまったせいか、ここで母を一人で行かせてしまったら、今度こそ帰ってこないのではないかという不安に襲われたのだ。

 そんな不安を感じ取ったのだろう。ニノは自身の思いを撤回し、ルゥへと約束する。

 

「わかった。もう二度と、絶対にあなたを置いて行かない」

「母さん……!」

 

 何がきっかけになったのかと問われれば、きっとこの約束がそうだったのだろう。2人の間に漂っていたぎこちなさはいつの間にか消失し、彼らはようやく親子に戻ったのだった。

 

 

 

 ベルンとの戦いから数日後のとある夜。マークは一人、月夜を眺め永遠に失われた戦友たちに思いをはせていた。

 ヘクトル、オズイン、ケント、ロウエン、ウィル、レイヴァン、ルセア、セーラ、そしてマーカス……掛け替えのない友を失ったマークは、ただ静かに彼らとの思い出を振り返る。

 

「……いくつ戦場を越え、何度経験しても慣れるもんじゃないな」

「そうだね……どんな理由であろうと、仲間たちが散っていくのは辛いね」

 

 いつの間に隣にいたのか、エリウッドがマークの呟きに同調する。

 ベルンという大国を退けたのだから安い対価であったと思う者もいるだろうが、2人はそんな気にはなれなかった。

 後悔ばかりが胸に満ちそうになるが、今夜に限ってそれを無理に抑えることはしなかった。今夜だけは、仲間の死を悼むと決めたのだから。

 あふれる涙をぬぐう事もせずに立ち尽くす2人の間に、余計な言葉は存在しない。

 気持ちを整理するためでもなく、現実を受け止めるためでも、乗り越えるためでもない。ただ悲しいことを悲しいと言い、辛いことを辛いと言うだけの純粋な時間。

 マークとエリウッドは、今は亡き友人を想い、ただただ涙するのであった。

 



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登場人物紹介

Name  マーク

Class 神軍師

Lv  1

HP 46

力   5

技   6

速さ 27

幸運 30

守備 13

魔防 22

移動  6

体格  9

属性  光

 

武器Lv 剣E

 

持ち物 E細身の剣

     ニニスの守護

     ???

 

 本作主人公。かつてエリウッドたちと共に戦った軍師であり、その縁で今回ロイの下でその知略を披露している。

 20年前と変わらぬ容姿で、戦いに参加するも仲間たちには言えない目的がある様で……

 

 剣についてはほぼ素人であるが、回避能力に至っては古の火竜のブレスを完全回避することも可能なほどであった。ただし現在は戦闘を行うようになり、かなり回避能力が低下しているらしい。

 実に20年もの間姿をくらましていて色々と秘密の多い人物だが、エリウッド達からの信頼は厚い。

 

 

 

Name  オルド

Class ソシアルナイト

Lv 13

HP 33

力  10

技   9

速さ 11

幸運  8

守備 11

魔防  5

移動  7

体格 10

属性  理

 

武器Lv 剣B 槍D

 

持ち物 E鋼の剣

     鉄の槍

     特効薬

 

 フェレの騎士ハーケンとイサドラの息子。フェレ騎士団若手の筆頭であり、多くの騎士たちがロウエンやロイの指揮下で戦っていた中、エリウッドの下に残されていた。

 

 アレンとは幼少からの友人であり、ランスが来てからはフェレの次代を担うと言われた3人組の1人である。

 ランスとも仲が良かったのだが、父ハーケンが自身と似た境遇にあるランスに心砕いていたことに嫉妬し険悪な関係となる。

 今となってはそのことを反省しているのだが、なかなか関係を改善できずに悩んでいるのはフェレ騎士全員が知っている。

 ちなみに彼の持つ特効薬だが、病に侵されたエリウッドの為に使うつもりで用意した物らしい。

 

 

 

Name  フラン

Class ソシアルナイト

Lv  8

HP 25

力   7

技   9

速さ 11

幸運  4

守備  8

魔防  5

移動  7

体格  6

属性  闇

 

武器Lv 剣D 槍D

 

持ち物 Eレイピア

     鉄の槍

     傷薬

 

 フェレの有力貴族ラウス侯の子。自分の意志を主張するのが苦手で、父の言いなりになるがまま生きてきた。

 女性のような華奢な容姿で、実はオスティアの学問所でロイやリリーナと机を並べていた同期でもある。

 

 ラウス侯の亡き今も、いまだに父の呪縛から逃れられないでいる。シルバーの指導の下いくらか意見を述べられるようになったが、やはり前へ出て行くのは苦手のまま。

 だがエリックとは違い思慮深い一面を持つこともあり、一部の騎士や兵からは慕われている。

 ちなみに、公子と名乗りそう呼ばれているが実は女性。男装の理由は、エリックが息子に恵まれなかったヘクトルに対し見栄を張るためである。

 

 

 

Name  シルバー

Class 大賢者

Lv  5

HP 42

魔力 27

技  28

速さ 25

幸運 26

守備 16

魔防 28

移動  6

体格  9

属性  氷

 

武器Lv 理S 闇A 光A 杖A

 

持ち物 Eエルファイアー

     リブロー

     特効薬

 

 偽名を使いリキア同盟軍に参加していた元魔道軍将。その正体はエトルリアの大貴族リグレ公爵家当主パントである。

 大賢者の弟子であり、彼の死後はその研究の全てを受け継いだが、人の域を超える気は無いらしい。

 若いころやんちゃした分、貴族の責務を果たしていると思いきや、今でも時折屋敷から突然姿を消して周囲を大いに慌てさせているらしい。

 今回のリキア行きもその一つ。奥さんには、次回は必ず同行させるようにと念を押されている。

 

 

 

Name  ニノ

Class 賢者

Lv 20

HP 45

魔力 28

技  28

速さ 26

幸運 28

守備 13

魔防 25

移動  6

体格  6

属性  炎

 

武器Lv 理S 闇A 光D 杖A

 

持ち物 Eサンダー

     ライブ

     傷薬

 

 言わずと知れた魔道の申し子。その才は八神将である大賢者の弟子と同格とされ、魔法の詠唱を聴いただけで覚えることができると言う異能じみた特技を持つ。

 20年前の戦いののちジャファルと共に過ごし、二人の子どもを授かる。当時の戦友とそれなりの親交を残しており、親戚かもしれないカナスやその母からは闇魔法を、子どもたちを預けたルセアからは光魔法について手ほどきを受けていた時期もある。

 賞金稼ぎに追われる生活の末にサカ、イリア、さらにはエトルリアを越えてナバタの理想郷へたどり着いた。

 今回は、そこで暮らすべく子どもたちを引き取りに来たのだが……

 『ミィル・オブセシオ』を参考に、拡散型サンダー『カラドボルク』(後日命名)をその場で創りあげた天才。

 本人は、一介の魔道士を自称している。

 

 

 

Name  クルザード

Class 傭兵

Lv 10

HP 30

力  13

技  11

速さ  9

幸運  7

守備  7

魔防  1

移動  5

体格 11

属性  炎

 

武器Lv 剣B

 

持ち物 E鋼の大剣

 

 リキアを愛する異端の傭兵。本隊が破れてなおベルンと戦おうとする一団があると聞きつけ、ロイ達と合流を果たした。

 エリウッドの下で戦い真の実力者を知ったことで、更なる実力を求めだした。

 『覇者の剣』においては多くの傭兵や賊を反乱軍として束ねていたことから、傭兵としては破格のカリスマの持ち主と思われる。

 

 

 

Name  エリウッド

Class ロードナイト

Lv 20

HP 48

力  25+5

技  25

速さ 25

幸運 26

守備 24

魔防 15

移動  8

体格 11

属性  理

 

武器Lv 剣S 槍S

 

持ち物 Eデュランダル

     レイピア

     銀の槍

 

 リキア同盟盟主代理。病の為全力で戦える時間は極めて短いが、その実力はリキア一の騎士にふさわしいものである。

 ニニアンを妻に迎えた際は反対も多いかと思っていたが、母であるエレノアが歓迎していたためか呆気にとられるほど簡単に結婚が決まった。

 貴族の作法を覚える段階で、ニニアンが神職に携わっていたことが知れ渡ったのもよかった。

 ヘクトルの危機やマーカスの死に際に駆け付けられなかったことをとても後悔していたが、それでもロイ達の危機に間に合ったことで少しだけ救われたのかもしれない。

 

 

 

Name  フロリーナ

Class ファルコンナイト

Lv 18

HP 45

力  18

技  25

速さ 27

幸運 28

守備 18

魔防 20

移動  8

体格  6

属性  光

 

武器Lv 剣A 槍S

 

持ち物 E細身の槍

     細身の剣

     傷薬

 

 オスティア侯爵夫人。20年前共に戦い、ヘクトルに見初められた天馬騎士見習い。

 もともと気弱な性格だったが、オスティア候となったヘクトルの隣にいるため努力して堂々と振る舞えるようになった。

 ただし気を抜くとすぐに元に戻ってしまうらしく、何度かオズインの登場に驚いて夫の後ろに隠れている姿を見た者がいるとか……

 侯爵夫人という事もあり、鎧を新調し守備が格段に上がっている。代わりに速さが少し落ちているが、ヘクトルたっての希望という事もあり新しい鎧を脱ぐつもりは無いようである。

 その実力は超が付く一流だが、彼女は修行を終えることなくオスティアに嫁いでしまったため『見習い天馬騎士』のままであったりする。

 

 

 

Name  ヒース

Class ドラゴンマスター

Lv 19

HP 57

力  27

技  25

速さ 22

幸運  8

守備 25

魔防 10

移動  8

体格 12

属性  雷

 

武器Lv 剣B 槍S

 

持ち物 Eスレンドスピア

     アクスバスター

     鋼の剣

 

 20年前の戦いの後、ヴァイダと共にベルンへと戻った。

 死を覚悟したうえでの帰還であったが、ある軍師の名が大陸中に轟いたことが原因で、その戦友であるヒースたちの処刑が取りやめとなった。

 かといって正規の軍に所属させるわけにもいかなかったところを、マードックの推薦でゼフィールの元独自に動けるように取り計らわれる。

 今も直属という立場だが、よく出向という手段で前線に赴く部隊に身を寄せている。

 国王直属でありながら特に重要な肩書があるわけでなく、どう接するべきか決めかねている者も多い。

 

 

 

Name  ラガルト

Class アサシン

Lv 17

HP 46

力  16

技  24

速さ 26

幸運 21

守備 17

魔防 13

移動  6

体格  9

属性  氷

 

武器Lv 剣S

 

持ち物 E銀の剣

     盗賊の鍵

 

 元黒い牙の現ベルン密偵頭。黒い牙の残党たちを守るため彼らをまとめ上げ、ベルンへ取引を持ちかけた。

 司法取引の結果マードック預かりの密偵となり、その手腕をベルンの為に振るっている。

 義賊であった経歴からか不正を行った貴族の調査が得意なようで、ゼフィールが国王になってから10を超える家が取り潰しになっているとか……

 今大戦においては、リキアの密偵を潰したり諜報を行ったり、果てはエトルリアの行軍の妨害を行ったりマシューの暗躍を防いだりと、かなり忙しく立ち回っていた。

 

 

 

Name  マーカス

Class パラディン

Lv 20

HP 43

力  18

技  21

速さ 17

幸運 18

守備 15

魔防 13

移動  8

体格 11

属性  氷

 

武器Lv 剣A 槍S 斧B

 

持ち物 E銀の槍

     鉄の剣

 

 言わずと知れたフェレ最古参の聖騎士。ロイを守りながらナーシェンと戦い、一矢報いるも力尽きる。

 




※ステータスはあくまで目安です。


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外伝1「竜牙将軍」

(くそっ、くそっ、くそっ!)

 

 本国へ帰還後、内心で悪態をつきながら城内を進むナーシェンの心中を一言で表すとすれば、順風満帆の旅路に突如前触れもなく嵐が訪れたとでもといった所であろうか。

 ベルン国王ゼフィールが直々にリキアの主力を潰し、ナーシェンもエトルリアに介入させないように裏に表にかなり気を使っていた。

 そしていざリキアに進行してみれば、予想外な事ばかりが続いたのだ。これで平静を保てるはずがないと、ナーシェンは自己弁護をする。

 最大の誤算は、エトルリアのリグレ公爵が個人で動いていたという一点に尽きる。

 彼さえ動かなければ、エトルリアにいる協力者により、軍を動かすまでには至らなかったはずなのだから。

 だが、それ以上にナーシェンが憎悪を向けたのは、フェレ公子を守っていたあの老騎士である。

 

(あの老いぼれさえいなければ……!)

 

 そう、いくらか予想外な事態があったとはいえ、あの場でフェレ公子を潰し、オスティアを制圧できていればさほど問題には成らなかったはずなのだ。

 かの老騎士はそれを阻止したのに加え、ナーシェンに一生残る傷さえ残して見せたのだ。

 オスティアを強襲した部隊が竜騎士のみで編成されたものであったため、治療が本隊と合流後になってしまい、脇腹の傷はあとが残ってしまったのだ。

そのことを思い出し、ついに悪態が内心に収まらず表に出そうになったが、王城に轟いた大声にナーシェンはそれ以上の事を続けることができなかった。

 

「ナーァシェーンッ!」

「ッ!」

 

 腹の奥底まで響いてくるようなその大音声に、ナーシェンはもちろんそれにつき従っていたフレアーたちもその身を硬直させる。

 それもそのはずだ。このベルンという国において、竜将であるナーシェンに敬称をつけずに呼べるものなど、片手の数でたりるのだから。

 その筆頭であるのは国王であるゼフィールであり同格である竜将の2人だが、彼らはナーシェンの報告を聞くために今頃は謁見の間に集まっている頃だろう。

 ではこの声の主は誰なのか?

 答えは、リキア方面軍に出向していたヒースの口からもたらされた。

 

「隊長……」

 

 ベルン軍の中でもかなり特殊な立場に立つヒースが『隊長』と呼ぶ人物など、大陸中探してもたった一人しかいない。

 そしてその人物は、ヒースの声を合図にするかのように、怒りをその全身で表しながらナーシェンたちの前に現れた。

 

「リキアからすごすご逃げ帰って来たとは……一体どういう事だいっ!」

「……ヴァイダ殿……」

 

 かつて『竜牙将軍』と呼ばれた女傑の怒声に、ナーシェンは辛うじて声を出すことしかできなかった。

 だが、そんな情けない真似を許すヴァイダではない。ただでさえ穏やかとは言えなかった表情に、さらに青筋が追加されたのを皮切りに、ナーシェンは冷や汗を流しながらしどろもどろに抗弁を試みる。

 

「に、逃げ帰ったとは人聞きの悪い……エトルリアの介入とあっては、いかにベルンとて正面衝突は時期尚早と考え、仕方なく……」

「アタシはそんな言い訳聞きに来たんじゃないんだよッ!」

 

 ヴァイダはナーシェンの言葉を断ち切り、その胸ぐらを締め上げる。

 

「三竜将の一角に任じられたアンタが、何で尻尾巻いて逃げ帰って来たかって聞いてんだよッ!」

「ぐっ……!? し、しかし、あの場でリグレ公爵を保護するできるほどの戦力を携えたエトルリアと……!」

「言い訳すんじゃないよっ! その程度の事で、竜将ともあろうものが、陛下の御下命を果たせず逃げ帰って来るなんて許されると思っているのかい!?」

「ひっ!?」

 

 ただの将であれば撤退もまた許せたが、竜将だけは許されないとヴァイダは考えていた。

 国王から最大の信頼を得た将である竜将が下された命を果たせずに、誰が陛下の命を果たすのか。

 もはや般若すら裸足で逃げ出しそうな形相のヴァイダに、ナーシェンは完全にすくみ上る。

 その情けない様がさらにヴァイダの怒りに油を注ぐが、彼女にさらに怒鳴り散らすような暇は欠片もなかった。

 

「……来な! その性根、叩き直してやるよっ!」

「ま、待っていただき……!」

「なんだい? まだ、言い訳をするとでも言うのかい?」

「……」

 

 破裂寸前の火山を思わせる激しさを失った平坦な声が、ナーシェンから抗弁の機会を奪う。

 そしてそのまま、彼は抵抗などできるはずもなく、ヴァイダの手によって修練場へと引きずられ、そこで完膚なきまでに叩きのめされるのだが……本当に災難なのはナーシェンの副官に収まっているフレアーの方だ。

 ナーシェンが連れて行かれてしまった以上、陛下への報告を行うのは副官であるフレアーの役目なのだから。

 それも敗戦の報告となれば、フレアーも顔色が青色を通り越して土気色になってしまったのも、ある意味当然のことだろう。

 だが、フレアーのそんな態度に疑問を抱く者もいた。オスティアでフレアーたちと共に戦った若い竜騎士の一人である。

 

「……あの、すみません」

「ん、なんだ?」

「その、ナーシェン様に命令できるのは、国王陛下を除けば、竜将筆頭のマードック殿だけだったと思ったのですが……」

「ああ、そのことか」

 

 若い騎士の疑問に、フレアーはしみじみとつぶやく。

 確かに彼女やヒースの経歴の一部は秘匿されているが、その行動の全てが秘められているわけではないのだ。

 そのことに、何とも言えぬ時の流れを感じたのだ。

 

「ヴァイダ殿の事を知らない世代も増えたのだな……」

「今ではほとんどただの教官ですからね」

 

 ベルンに帰還した直後はともかく、ゼフィールの即位後は腑抜けた竜騎士たちの再教育と称して叩きのめした為か、現在それなり以上の年齢の竜騎士に彼女に逆らえる者はいないわけだが、それももう一昔前の話という事だろう。

 もっとも、ナーシェンが彼女に逆らえないのはその訓練の所為だけではない。彼女にまつわるある噂の為でもある。

 

「ヴァイダ殿こそ、陛下の盾であるマードック殿に並ぶ陛下の槍なのだ」

「あ、あの方が……!」

 

 その名は、若い騎士にも聞き覚えがあった。

 かつてゼフィールが即位する前には、彼の前に多くの困難が立ちはだかったと言う話だ。

 詳しい事は様々な事情から誰もが口を噤んだが、それでも漏れ聞こえる噂があったのだ。

 その一つがゼフィールを敵から守る盾であったマードックであり、敵を滅ぼす槍であるヴァイダであったらしい。

 しかし、ベルン国軍の中にヴァイダという将はおらず、いわゆる法螺話の類だと若い騎士たちは思っていたのだが……事実だとすれば、確かに竜将であっても逆らう事は出来ないだろう。

 

「では、あの噂も事実なのですか?」

「どの噂だ?」

「……あまり大きな声では言えませんが、『暗闇の巫女』殿の従える竜をたった一人で討ち果たし、『この程度のトカゲならベルン軍に必要ない』と言い放ったとか」

「……」

 

 フレアーはそれが事実とも嘘だとも言えずに、ただ歩みを再開することしかできなかったと言う。

 

 

 

 そんなふうに若い騎士と話しながら現実逃避をしていたフレアーであったが、陛下への報告である以上逃げ出せるはずもない。彼はヒースの補佐を受けながら、国王ゼフィールの眼前にその身を平伏させるのであった。

 

「……以上が、今回の戦いの顛末でございます」

「……」

 

 陛下の御前で、竜将であるマードックやブルーニャもいる中でまさか虚偽を報告するわけにもいかず、自分たちの敗戦について事細かに語る羽目になったフレアーの顔には、もはや死相すら浮かんでいたと言って過言ではないだろう。

 さらにその報告を聞いた陛下が一言も発せないこともあり、いっそこのまま気を失えたらどんなに楽かと思う事も一度や二度ではなかった。

 そんな沈黙が続く中、にわかに謁見の間の外が騒がしくなり、誰かがこの場に押し入ってきた音がフレアーの耳に届いた。

 

「ヴァイダか……ナーシェンを連れて行ったと聞いたが、その血は?」

 

 マードックの一言により乱入者がヴァイダであるとわかったが、その姿を見てゼフィールとマードックを除いた面々が息をのむ。

 その身を鎧で包み、いままさに戦場の最中にいるかのような闘志を纏ったヴァイダには、わずかではあるがその顔に血痕をつけていたのだ。

 

「ちょっとばかり、腑抜けを鍛え直していてねぇ。陛下……」

「よい、許す」

 

 ヴァイダが跪き、このような姿で突然現れた謝罪しようとしたのを、ゼフィールが止める。

 そんな事よりも早く要件を言えと言わんばかりの陛下の態度に、ヴァイダも装飾を除いた率直な言葉で返すのであった。

 

「此度の敗戦の責任を果たす許可をいただきたい」

「ほう……何ゆえ貴様が?」

 

 平伏したまま用件を述べるヴァイダに、ほんの僅かであったがゼフィールが興味を示す。

 本来、敗戦の責任を取るとすればリキア遠征を任されたナーシェンだ。それにもかかわらず出しゃばるヴァイダに、ゼフィールは妹であるギネヴィアですら気づけないだろう笑みを浮かべる。

 

「陛下がご即位されて以降、私は竜騎士たちを大陸最強の名にふさわしくあれと鍛えてまいりました。その竜騎士たちが遅れをとったとあれば、全ては私の責任であると愚考した次第であります」

「なるほど……」

 

 強引ではあるが、無理をすればそのような解釈もできないではないだろう。だが、なぜヴァイダがそんな強引な解釈を用いてまで責任を背負おうとするのか、竜将のひとりであるブルーニャにもわからなかった。

 しかし、ゼフィールはヴァイダの言い分を聞き入れ、処分を下す。

 

「失態の挽回を命ず」

「はっ、御慈悲に感謝いたします」

 

 深々と頭を下げるヴァイダの返答に満足したのか、ゼフィールは謁見の間を後にする。

 国王とそれに従うマードックの退室を見送り、ようやく立ち上がったヴァイダに、ブルーニャは問いかける。

 

「……なぜ、貴女は責任を肩代わりするような事を?」

「なんだい、聞いていなかったのかい?」

「いえ、聞いてはいましたが……」

「なら、それが全てだよ」

 

 語ることなどないとばかりの態度にブルーニャが茫然としている間に、ヴァイダはこの場を立ち去る。

 その様子に思わず、フレアーの補佐としてこの場を訪れていたヒースが苦笑を漏らす。

 

「貴方はわかるのですか、ヒース殿?」

「そうですね……部下の失態は上司の責任です」

「何を……」

「では、将の失態はだれの責任になりますか?」

「それは……」

 

 ヒースの言葉に、ブルーニャはようやくヴァイダの言動を理解した。

 竜将であるナーシェンの上には、もはや国王であるゼフィールしかいない。それに加え、竜将を任命するのもまた国王である。

 故にヴァイダは敗戦の責任をナーシェンから奪い取り、自分のものにしたのだろう。

 すべては、ゼフィールの為に。

 

「……まあ、必要なかったと俺は思いますがね」

「……」

 

 確かにヒースの言うとおり、ナーシェンの失態を国王の責任と言うような者は、今のベルンにいないだろう。

 それにもかかわらず動いたヴァイダを忠臣と思うか道化と思うかは、大きく意見を別つところだろう。

 そしてヴァイダの行為を前者であると感じたブルーニャは、それゆえに大きな疑問を覚える。

 

「そこまでの覚悟があるのなら、彼を排除する方に動かないのはなぜかしら?」

 

 それは、ナーシェンの言動に不快感を覚えていたからこその問いかけであった。

 陛下の名にわずかな傷もつかないようにと気を張るヴァイダが、ナーシェンのような人物を竜将と認めた理由がわからない。

 彼女から見て、ナーシェンは竜将に任じられるには、部下たちの模範となるにはいささか人格に問題があるように感じていたのだ。

 そこはヒースも同感であったが、それゆえにヴァイダに尋ねたことがあった。

 

『結局のところ、たとえどんな手段を使うことになろうと、目的を達成することが一番重要なんだよ』

 

 それがどのような経験を経て発せられたのかを、ヒースはこれ以上ないほどよく知っている。だからこそ、ライバルを蹴落としても竜将を目指したナーシェンを支持したのだ。

 今回の遠征も、決して快く思えない手段を使うナーシェンに従ったのは、ヴァイダの言葉があったからこそであると言えるだろう。

 とはいえ、ナーシェンの言動の全てを肯定するわけではないヒースは、ブルーニャにまで彼の行為を正当化する理由を話すつもりは無かった。

 

「きっと、必要だと考えたからでしょう」

「まあ、そうなんでしょうけど……」

 

 先程とは違う、あいまいな答えに戸惑うブルーニャであったが、これ以上は答える気のないヒースに更なる質問をぶつける気にはならなかった。

 



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第12章「リキアの澱」

 パントとパーシバルが帰国して、セシリアとの交渉もひと段落したころ、生き残ったリキア諸侯がようやくオスティアに到着し、会議が行われる運びとなっていた。

 諸侯はエリウッドが自分たちの承認もなく盟主代理の立場に収まっていることに苦言を呈すこともあったが、では他に適任がいるのかと言われれば答えることもできず、苦言は自分らの首を絞めるだけの結果に終わる。

 そして、集った諸侯でリキア同盟軍を再結成させ、その将にロイを据えることを承認させたのだ。

 ここまでは実績もあることから比較的速やかに決定されたのだが、これ以降が問題であった。

 すなわち、同盟軍の副将の件である。

 

「人材がいなかったこれまではともかく、これ以降ラウス公子殿を副将に据えるのは些か問題があるかと」

「そうですな……やはり、裏切り者の子が軍の中枢にいるのは、さすがに問題も多いでしょう」

 

 そう、いくらオスティア奪還から防衛を果たして実績を積もうが、現在副将を担っているフランは裏切り者のラウス侯爵の子であるのだ。

 さらに、諸侯の中には先代ラウス侯爵も問題を起こしたと知っている者もおり、なおさらフランにとって不利な状況になっていると言えるだろう。

 そして空席となった副将の座に自分の縁者をと、諸侯たちはそう考えていた。

 

「そうか……貴公らの考えは理解した」

 

 諸侯らの意見を十分に聞いた判断したエリウッドは、そう言ってこれ以上の言葉を遮り、ついでその視線をフランへと向け、何か反論は無いかと促す。

 だが、フランは顔を上げる事さえできず、青白い顔で小さくなっているばかりであった。

 

(彼には荷が重かったか……)

 

 その様子に、エリウッドはわずかばかりの失望を覚える。

 マークやパントから多少の事情とその気質は聞いていたのだが、それでも、ロイと共にオスティアを奪還、および防衛を果たした少年なのだ。もう少し、胸を張っていてほしかったと思ってしまうのは、仕方のないことだろう。

 だが、それも想定の範囲内である。

 エリウッドは会議場の面々を見渡し、あらかじめ用意していたセリフを述べ始めた。

 

「一度失った信頼というものは、容易く取り戻せるものではない」

「では……」

「しかし、親の過ちを子に背負わせるのはいかがなものだろうか?」

 

 エリウッドの言葉に、諸侯らは言葉を詰まらせる。

 確かに、ラウス侯の裏切りは決して許されない事であるが、当の本人はすでに討たれているのだ。

 さらにフランは同盟軍に参加して、結果も残しているのだ。ラウスに連なると言うだけで切り捨ててしまうのは、あまりにも勿体ない。

 

「では、裏切りの罪を功績でもって相殺すると?」

「ああ、そうしよう。また、信頼を取り戻す機会も与えたいと思う」

 

 フェレ侯爵らしい甘い決断だと、そう思う諸侯は少なくなかった。だが、それも次の言葉を聞くまでの、ほんの短い時間にすぎなかった。

 

「ラウスの手勢で、トスカナ侯を討ちなさい」

「……ッ!」

「エ、エリウッド殿!?」

 

 確かに、トスカナ侯という裏切り者をフランの手で討てば、この上ない潔白の証明となるだろう。だが、それはラウスにトスカナを討てるだけの戦力があった場合の話だ。

 一部の諸侯が驚愕するが、それ以外は確かに良い手であると口元をゆるませる。

 汚名返上の機会を与えるとして、裏切り者であり、主力を欠いたラウスの最後の戦力を使いつぶして、同じく裏切り者であるトスカナ侯の戦力を削る。

 そうして弱ったトスカナ侯をこれという若者に討たせれば、立派な実績を持った新たな副将の出来上がりというわけだ。

 ものは言い様だなとほくそ笑む諸侯であったが、もちろんエリウッドの考えは違う。

 

(これほどの難題をこなせば、文句を言う者もいなくなるだろう)

 

 そう、エリウッドはフランを使い潰すつもりなど欠片もなかった。

 ラウスの手勢でとは言ったが、傭兵を雇ったりすることを禁止していないので、一騎当

千にも等しい戦士と魔道士を雇わせれば、数はほとんどそのままで戦力を強化できるだろう。

 仮にもパントの師事を受けていたのだから、この程度の戦いは越えて当然だと考える一方で、顔色を無くしたフランに一抹の不安を覚えるエリウッドであった。

 

 

 

「……大丈夫かい、フラン?」

「……大丈夫だよ、ロイ」

 

 会議が終わってもなお顔色の戻らなかったフランを心配して話しかけたロイであったが、返ってきたのは今にも消え入りそうな、全然大丈夫には聞こえないか細い声でしかなかった。

 

「……」

「えっと……トスカナ侯を討つんだろう? 何か策はあるのかい?」

「……今ラウスに残った兵力だけでは、さすがに絶対数が足りないから、とりあえず兵を集めるところから始めないといけないね」

 

 今回はマークやエリウッドから事前に話を聞いていた二人は、フランが二人の思惑通りに動いていることにひそかに安堵する。

 だが、続く言葉はロイ達の想像の埒外にあった。

 

「実力のある傭兵はすでに同盟に雇われているから使えないし、かといって半端ものを雇っても意味がないし……」

「待って、別に傭兵たちは同盟軍と専属で契約しているわけじゃ……」

「でも……」

 

 本気で独力で何とかしようとしていたフランをなだめすかし、せめてニノやドルカス達を雇う事には同意させたが、マークの助力についてだけは頑として受け入れられなかった。

 

「マーク殿の力を借りてしまえば、私の実力など無視されてしまうよ」

「内密に事を進めれば……」

「絶対に漏れない秘密など、存在しないよ」

 

 ロイが同年代だからか、はたまたパントの指導の賜物なのか、フランは適度にロイの話を聞き、自身の意見を貫く。

 時々弱気の虫が顔を出そうとするのがロイにも見て取れたが、それでもフランは懸命であった。

 

「勝って来るよ。もう一度、君の隣に立つために」

「……うん、わかった」

 

 その並々ならぬ決意を前に、ロイはついに観念する。友が、やると言っているのだから、ここは背を押すのが自分の役目だろうと。

 そうしてフランは、ラウスの騎士や傭兵たちを引き連れ、トスカナ領へと進軍を開始する。

 もし、今回の作戦をこなすことができたのなら、きっと、父の残した呪縛から逃れることができると信じて。

 

 

 

 そのようにラウス公子が戦場へと出立する傍らで、マークは与えられた部屋にてとある騎士から相談を受けていた。

 

「……つまり、怪我が治るまで俺の師事を受けたいと?」

「はい、是非ともよろしくお願いします」

 

 負傷した右腕を吊ったランスが、再び頭を下げる。

 話を聞く限り、ロイを守ろうとナーシェンの前に出た際受けた傷は思いのほか深く、通常の治癒魔法では治りきらなかったらしい。

 それである程度時間をかけて治すことになったのだが、それまでの間訓練をするわけにもいかず、ただ安静にしているだけというのも耐えがたく、時間を有効に使おうとマークの下を訪れたという事だ。

 

「まぁ、前回とは状況も変わったし、教えること自体はかまわないんだが……」

「何か問題でも?」

 

 言いよどむマークに、ランスはわずかな不安を覚える。

 だが、マークはわずかに首を振り、言いよどんだ理由には触れずにさっそくある城の見取り図を取り出し、講義を開始する。

 

「ランスにとって一番馴染みがあるのはフェレだから……城を防衛するとなったら、どのように兵を配置して、動かす?」

「フェレ城防衛ですか……私でしたら、こことここに騎士を置いて、こちらには弓兵を……」

 

 普段から警備を行ってきた城という事もあり、ものの数分で配置を終えたランスであったが、続くマークの指示に頭を悩ませることになる。

 

「では、この城を攻めるにはどのような兵を用意し、どのような策を練る?」

「……」

 

 ついさっき自信をもって整えた城を攻めることになったランスは、当然すぐに答えを出すことはできなかった。

 

「そして、攻略できたら次はもう一度防衛を行い、防衛出来たらまた攻撃を行う」

「これが、マーク殿の知略の源ですか……」

「ただの一人遊びだよ」

 

 大げさな物言いをするランスに、マークは苦笑を返す。

 だが、この遊びがマークの原点であったことは間違いないだろう。

 

「……しばらくやってみます」

「詳細を詰めれば、100年は遊べるぞ?」

 

 退室の際に背にかけられたマークの軽口に、今度はランスが苦笑を漏らす。

 上手いこと話をそらされ、直接師事を受けることは叶わなかったが、この遊びにはそれだけの価値があった。

 

(一戦一戦、常に先ほどの自分を越えなければならないこれを、遊びと言い切るとは……)

 

 先程マークは100年遊べると言ったが、100年も遊べれば軍神にふさわしい知略が得られることだろう。

 

「とりあえず、私は目先の一勝を得なければな」

 

 現状考えられる最高の守りを施された城を思い返し、ランスは大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

「……さて」

 

 ランスが立ち去ったことを確認したマークは、ほんの少しだけ、ランスについて思いをはせる。

 

(マーカスの事を含め、あまり気負い過ぎなければいいが……)

 

 気にするなと言っても聞けないだろうし、あえて言葉にはしなかったが、マーカスの分まで頑張らなければと考えて無理をしないかが心配であった。

 これはロイも含めたフェレ勢全員に言えることだが、気を付けて見ておく必要があるだろう。

 そんなことを考えつつ、マークは細心の注意を払いながらエリウッドの下へ向かう。

 これから行われる話は、たとえロイであっても聞かれるわけにはいかないからだ。

 そうして辿り着いた一室には、すでに目的の人物が待ち構えていた。

 

「悪い、遅くなった」

「かまわないよ」

 

 マークの謝罪を軽く流し、エリウッドは椅子を勧める。

 この密談の場に集った人数は三人。その最後の一人が、おずおずと手を上げながら尋ねる。

 

「あの、俺は本当にここにいていいんすか?」

「もちろん……いや、むしろ君がいないと話が始まらないからね」

「そういう事だ、クルザード。念のため言っておくが、話を進めないと言う選択肢もあることを覚えておいてくれ」

 

 そう、マークとエリウッドと肩を並べてこの場にいるのは、一介の傭兵であるクルザードであった。

 なぜ自分がこんな場所にと肩身を狭くするクルザードに、エリウッドは最後の確認を行う。

 

「先程マークも言ったが、話を進めないと言う選択肢もあるんだ。君の気が進まないのなら、本題に入る前に退席する事を進めるよ」

「つまり、本題に入ってしまったら、拒否権は無いってことだ」

 

 二人の念押しに、クルザードの喉が半ば反射的に動いて唾を飲み込む。

 だが、ここで引き下がるようであれば、初めからこの席についてはいない。クルザードは一つ頷き、二人を促すのであった。

 

「では、さっそく本題に入らせてもらおう……クルザード、君は現状のリキアをどう思う?」

「……はっきり言わせてもらえば、あんまりよろしくないんじゃないですかね」

 

 ベルンを退けたとはいえ、トスカナ侯のような反乱軍は未だに存在している。また、有力貴族のほとんどが亡くなった今、多くの下級貴族が力を得ようと暗躍していたりもする。

 あまりよろしくないとクルザードは評したが、これでもかなりオブラートに包んだ表現と言って過言ではないだろう。

 だからこそ、この状況が致命的になる前に対処すべくこの場を用意したのだ。

 

「正しく現状を把握しているようで何よりだ。……それでは、今のリキアに何が必要かもわかるんじゃないかな?」

「……手ごろな敵、ですか?」

「その通り」

 

 古来より、人々がより強い結束を得るきっかけとは、共通の敵に他ならない。

 一応、現状でもベルンという敵が存在するのだが、ベルンを手ごろとするには問題が多すぎたのだ。

 

「ベルンは、強大過ぎる。戦う前から従属を考えてしまうほどにね」

「なるほど……それで俺ですか」

 

 そう、エリウッド達はクルザードにその『手ごろな敵』になって欲しいと言っているのだ。

 

「……先ほどは拒否権など無いと言ったが、断ってくれてもかまわない」

「しばらく行動を制限させてもらうが、それほど長くはならないだろう」

「いえ……その話、受けさせてもらいます」

 

 ある程度信用が置けるか試しただけだという二人に対し、クルザードは即答に近い形でこの危険な仕事を請けると決めた。

 想像以上にあっけない同意に、さすがのマークも呆気に取られる。

 

「いいのか? ひとつ間違えれば、反逆者として殺されることになるんだぞ?」

「しくじったら死ぬなんて、傭兵やってたら当たり前でしょう?」

 

 正直に言ってしまえば、クルザードは今回の戦いで間違いなく死ぬだろうと覚悟して同盟軍に参加したのだ。

 死ぬかもしれない等いまさらの話であり、自身の働きがリキアの礎になるのだというのなら、むしろ本望ですらある。

 その思いが通じたのか、マークもひとつ頷いて、資料を取り出す。

 

「少し古い情報になってしまうが、傭兵崩れのアジトの場所だ。こいつらをまとめ上げ、ある程度の組織を作って欲しい」

「実際に貴族たちに会ってその身勝手さに失望したとか、馬鹿な貴族どもを蹴落として成り上がるチャンスだとか言ってやればいいんすね?」

「ああ、ついでに見込みがありそうな奴は取り込んでおいてくれ」

 

 最終的には、反乱軍と同盟軍をぶつけて隙を晒し、裏切り者の貴族に穴倉から出てきてもらう。事が成ったら、クルザードも部下や同志を率いて反転して反乱軍を討伐する。

 

「本当なら、敵として殲滅したりせずに、味方につけられれば一番よかったんだが……」

「それをやるにはリキアの地力も、時間も足りないぞ」

 

 エリウッドが苦渋の表情を見せるが、これでもできる限り犠牲者が少なくなるように策を練ったのだ。

 だが、相手もさすがにそう簡単に尻尾を見せず、下手に時間をかければどんどん状況が悪くなっていくことも目に見えている。

 結局、自作自演の反乱騒ぎで相手の動きをコントロールして、殲滅するほかに手が無かった。

 それはさておき、クルザードの同意も得られた以上、早急に事を進めるべきだろう。

 その後は、緊急時の連絡方法や定期的な報告についてなど細かいことを詰め、数日中にクルザードがオスティアをされるように準備を重ねるのであった。

 そして一通り話がまとまった後、マークはさらりと重大な方針を口にした。

 

「あ、クルザードと同時期ぐらいに、俺もリキアから一度離れる」

「えっ!?」

 

 目を見開き、思わず素に戻ったエリウッドに、言葉が足りなかったかとマークは軽く謝罪する。

 

「ベルンとの戦いが控えている以上、やはり相応の準備が必要だと思ってな」

「それは同意するが……ひょっとして、神将器を集めに行くのかい?」

「いや、さすがに大陸中を回る余裕はないだろう」

 

 できる事なら、エリウッドの案が得たとおりに神将器をそろえて竜に対抗すべきなのだろうが、残念なことにそれほど時間に余裕があるとは思えなかった。

 故に、行くべき場所は一つ。神将器には劣るが、最上位の武器を封印した、エリウッド達にとって因縁の場所である。

 

「行くのはヴァロール島だ」

「なるほど……確かに、あの時の武器があれば心強い」

 

 人同士の戦いに使うべきではない。そう言って、あの時は大陸に持ち帰ることなく封印したが、竜が復活しているかもしれないとなれば話は別だ。

 エリウッドはマークの考えに同意し……最近常に頭から離れない、ある考えを口にする。

 

「……再び、人竜戦役が起こるのか?」

「……さすがに、それは遠慮したいな」

 

 情報は少なく、是とも否ともいえない。そう苦い顔をするマークに、エリウッドも顔を曇らせる。

 ニニアンを娶ったエリウッドにとっても、マークにとっても人竜戦役など悪夢でしかない。

 だからこそ、決意を新たに、最悪の事態を防ぐべく立ち上がる。少なくとも、ベルンの真意を知るまでは決して退かぬと誓いながら。

 

 

 

 それから数日後の、マークがオスティアを立つ前日。日も暮れ、多くの人が寝静まった頃、マークはオスティアの城内を静かに歩いていた。

 もちろん、普段からこのような時間に散歩をするような習慣を持っているわけではない。それにもかかわらずマークが城内を歩き回るのは、おそらく厩舎にいるであろうとある女性に会いに行く為である。

 

「……やっぱりここに来ていたか」

「マークさん……」

 

 そこにいたのはマークの予想通り、愛天馬ヒューイをなでるオスティア侯爵夫人……いや、ヘクトルの妻であるフロリーナであった。

 かつての戦友との約20年ぶりの再会であったが、そこに単純な歓喜が浮かぶはずも無く、むしろマークの表情には鋭い痛みに耐えるかのような苦渋が満ちていた。

 

「まず、挨拶が遅れた事を謝らせてくれ」

「いえ……現状を思えば、わたしたちが気軽に会えない事ぐらい分かっていますよ」

「……」

 

 マークはフロリーナの言葉にさらに顔をしかめるが、その言葉に間違いはない。

 今はフェレ侯爵であるエリウッドが盟主代理としてリキアをまとめているが、本来その役目はオスティア侯爵のものである。

 それを根拠として、オスティアに縁のある者……すなわち次期オスティア侯爵であるリリーナや、オスティア侯爵夫人であるフロリーナを担ぎ上げようとする者も、少なからず存在している。

 そして、そんな身の程知らず……もとい、野心家たちの最大の壁が、名軍師のマークなのである。

 

「ヘクトル様やエリウッド様以外には従わないと思っているんでしょうね」

「別に、あいつらにだって従った覚えは無いんだけどな」

 

 わずかに苦笑を交えながら言うフロリーナに反論するマークであったが、第三者から見ればそのように映るという事ぐらい、マークにだって分かっている。

 そして、フロリーナと親しくしているのを見られてしまえば、その思い込みが崩壊してしまう。

 だからこそ、マークは表立ってフロリーナに会いに行くような真似ができなかったのだ。

 

「……ヘクトルの事、済まなかった」

「……」

 

 あまりにも遅くなってしまった一言であったが、それに対してフロリーナはそっと首を振る。

 

「私は、ヘクトル様の事もマークさんの事も、ちゃんと知っていますから」

「……」

「二人が全力で立ち向かって、それでもダメだったのなら、仕方なかったと諦められます」

 

 フロリーナの知る限り、ヘクトルは最高の将で、マークは最高の軍師なのだ。

 

「だから、謝らないでくださいよ……」

 

 最善を尽くして及ばなかったのなら、まだ納得できる。

 だが、もし、万に一つ、ヘクトルを助けられる可能性があって、それを取りこぼしてしまったと言われれば、彼女はマークを恨まずにはいられないだろう。

 

「……あの時できる事は、全てやった」

「なら、マークさんが謝る事なんてないじゃないですか……」

 

 そうは言っても、マークが自責の念に駆られるのもわかる。フロリーナだって、同じなのだから。

 しかし、それを口にすることはできなかった。すでに起こってしまったことを、いつまでも後悔していても何も変わらない。

 今なお危地に立たされているリキアの為にも、過去にばかり目を向けているわけにはいかないのだから。

 

「……でも、今だけは……」

 

 そう言って、フロリーナはマークの胸にすがりつく。夫であるヘクトルが亡くなり、姉たちの居るイリアも、親友であるリンディスがいるサカもベルンに敗れたと聞く。

 娘や臣下たちの前で気丈に振る舞わなければならないフロリーナには、もはやここにしか自分をさらけ出せる場所が無いのだ。

 それがわかっているからこそ、マークも黙ってフロリーナを受け入れる。他に誰もいないこの時だけは、涙をこらえる必要はないのだと。

 しかし、誰もいないはずのこの場所で、マークは不意に何者かの視線を感じた。

 

「……」

「……」

 

 息をのむ第三者と、フロリーナと同じ天馬騎士であるシャニーと目があってしまう。

 

(……そう言えば、彼女にはフロリーナと恋仲だったと勘違いされていたな……)

 

 半ば現実逃避気味にそんなことを思い出すマークの視界の中で、シャニーは『じゃ、邪魔してごめんなさいっ! 見ませんでしたから! わたし、何も見ませんでしたからっ!』と、無言のままにそんな言い訳を残し、静かに、されどできる限り早足でこの場から逃げ去って行った。

 できる事なら誤解を解きたかったが、フロリーナを置いて行くわけにもいかず、マークは静かに天を仰ぐのであった。

 




活動報告の方にちょっとアンケートを出しました。
気が向いたらのぞいてやってください。


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第13章「集う仲間、忍び寄る影」

 ラウス公子フランがトスカナ領へ進軍を開始し、傭兵クルザードは一部諸侯に反発し同盟を離脱。軍師マークもベルンとの再戦に向けて準備をするとオスティアを発った。

 信頼できる者が徐々に少なくなったとはいえ、オスティアでは来る戦へ向けた準備が進められていた。

 その一環として、城の地下では前回の戦いでオスティアへ忍び込んだ賊への尋問が行われていた。

 

「……まったく、お頭も面倒な事をしてくださるもんで」

 

 薄暗い地下牢の前でそうつぶやいたのは、オスティアの密偵の一人であるアストールだ。

 彼は上司であるマシューの指示の下、とある義賊を名乗る少女の下へと訪れていた。

 

「それで、いいかげん十分後悔したかい?」

「……」

 

 かつての戦いでその信念を砕かれた少女は、かと言って自分の命を絶つ勇気も持てず、静かに地下牢の一角に捕らえられていた。

 もうちょっと加減してくれていれば、もう少し反応もあり、その反応から言動もある程度コントロールできたのにと、アストールはマシューに対し軽い悪態をつくのであった。

 

「まぁ、もう死にたくなるほど恥ずかしいのはわかるがねぇ、ここで朽ちるぐらいなら、せめて汚名をそそいでみようとは思わないかい?」

「……何をさせようって言うの?」

 

 ここ数日、何度も足を運んでようやく帰ってきた返事に、アストールは内心でのみ安堵する。

 正直な事を言えば、猫の手だって借りたいぐらい忙しいのだから、いくらパントが見込んだとはいえ、これ以上の時間は掛けられそうもなかったのだ。

 

「そうだねぇ、おれにゃ詳しい事は判んねえなぁ」

「……」

「まぁ、そんなに怒んなって」

 

 判らないのに何を言いに来たんだと言わんばかりのじと目で睨みつけてくるキャスに苦笑を返し、アストールは飄々と続ける。

 

「とりあえず、今度はこっち側から世界を見て見ないかい?」

「こっち側……?」

「ああ、いわゆる統治者の側ってことになるかな?」

 

 物事を一つの視点でしか見ていなかったから失敗したんだろうと、アストールが続ければ、キャスとしては黙り込むしかない。

 

「……おれに言えるのはここまでだな。もしその気になったのなら、エリウッド様に会いに行きな。この程度の牢なら破れるだろう?」

 

 手足を縛っているわけでもない以上、キャスの技能ならここから抜け出すなど簡単な事のはずだ。

 そう言って立ち去るアストールは、キャスの目を見て確信を抱く。今の言葉を聞いて、マシューの言ったことが嘘だったのではないかと疑問を抱いたのだろう。

 ならば、今度は自分の目で、真実を確認しに行くはずだ。

 そして、それだけの行動力があるのなら、自身の行いを確認した後、必ずここに戻ってくる。

 

(……色々と準備しとかなきゃならんな)

 

 そう遠くないうちに出来る後輩を歓迎するために、アストールは情報を集めるべく影へと身を隠しながら移動を開始する。

 数日後、自身の過ちを認めて頭を下げるキャスに渡されたのは、アストールが選別した仕事の山であったと言う。

 

 

 

 闇の中でも時間が進んでいるように、地上でも同じように時間は進んでいた。

 より具体的に言えば、いずれ訪れるだろうベルンとの決戦に向け、同盟軍の合同訓練が行われていたのだ。

 

「……なんで私が……」

「私たちはリキアに保護していただいているわけですから」

 

 過酷な訓練を行う騎士、兵士たちを視界に収めながら、エトルリア貴族であるクラリーネが愚痴をこぼす。

 それをエレンは軽く諌めながら、負傷して訓練から一時離脱した兵へ治癒の魔法を使う。

 

「それぐらいわかっていますわ……」

「では、ご恩に報いるためにも、精一杯やらせていただきましょう?」

「……そうですわね」

 

 笑顔で正論を述べるエレンに、クラリーネは早々に白旗を上げるしかなかった。

 そう言うのも、つい先日エトルリアに帰還していった父、リグレ公爵パントの言葉があったからだ。

 

『自分の意志で、屋敷を出たんだ。ならばちゃんと、自分の言動に責任を持たないといけないよ』

 

 親である自分やルイーズに相談もせず屋敷を出て心配させたことなど、色々と怒られたりした後、最後にパントが付け加えた一言によってクラリーネは一緒に帰還すると言う選択肢を失ったのだ。

 より正確には、クラリーネが前に『恩を返さずに逃げ出せない』といって、エトルリアへの帰還を拒んだからだ。

 人によっては、オスティア奪還と防衛を為したわけだし十分だろうと言うかもしれないが、クラリーネにとってはまだ中途半端であるらしかった。

 

(まだまだ戦いが終わったわけではないですものね)

 

 そのような言い訳をしつつリキアに残ることを決めたクラリーネは、ロイの指示で訓練に参加して愚痴を言いながらも治癒を行っているわけだ。

 だが、隣でその様子を見ていたエレンには、クラリーネが口で言うほど現状を厭っているわけではない事を見抜いていた。

 

(本当にこのような事に関わりたくなかったのなら、そもそも屋敷を飛び出したりしなかったって、クラリーネ様は気付いていらっしゃるのかしら?)

 

 そう、色々文句や愚痴を言ったりはしているが、それは今までの生活で培ってきた価値観が原因で、本質的にはよく屋敷を抜け出して放浪していたというパントに似ているのだろう。

 

「まったく! いくら治癒を使える私達がいるとはいえ、たかが訓練で皆さん怪我が多すぎますわ!」

 

 そんなことを言いながらも、どこか頼られることを喜んでいるようで、エレンはひそかにこの出会いに感謝する。

 

「……エトルリアの令嬢と一緒に治癒をするという事で最初は不安でしたが、それがクラリーネ様でよかったです」

「? どういう事ですの?」

 

 今一つ意味が解らなかったようで首をかしげるクラリーネを可愛らしいと思いつつ、エレンはまたぞろぞろと来た兵士たちの治療を行うのであった。

 

 

 

 怪我人が続出した物騒な訓練も終わり解散した訓練場であったが、そこにはこの程度の訓練ではまだ足りぬとばかりに槍を振るう騎士がいた。

 フェレ騎士の一人、アレンである。

 

「284っ! 285っ!」

「アレン様……」

「28……おお、ウォルトか、どうした?」

 

 そんなアレンに声をかけたのは、どこか暗い雰囲気を纏ったウォルトであり、その様子はどこか暗いものを感じさせるものがあった。

 

「何かあったのか?」

「……マーカス様の事です」

「……」

 

 素振りを止めて、向き直ったアレンの問いかけに返ってきたその名前は、フェレ騎士であるのなら決して軽んずることができないものだ。

 アレンは軽く汗を拭き、先ほど以上に真面目な表情を作り沈痛な面持ちのウォルトへ話を続けるよう促す。

 

「あの時ぼくらは、敵に翻弄されるばかりで、何の役にも立ちませんでした。それで、思ったのです。このままで本当にいいのだろうかと……」

「いいわけが無いだろう? だからこそ、こうやって訓練を……」

「そういう事を言っているのではありません!」

 

 ウォルトはアレンの答えを遮り、さらに言葉を連ねる。

 

「これまでだって、ずっと訓練は続けてきました。でも、それでも手も足も出なかったじゃないですか! 強くなるためには、もっと別の事もしなきゃいけないんじゃないかって……」

「……」

 

 その切実な叫びにアレンはわずかに考えを巡らし、言うべきことをまとめ上げる。

 

「確かに、マーカス殿の抜けた後を担うには我々は未熟過ぎる」

「では……!」

「だが、何か別の道を探す必要はない」

「な、なぜですか!?」

 

 一度は理解を見せたアレンの否定の言葉に、ウォルトは動揺する。

 もちろん、アレンの言葉はここで終わらない。焦燥に駆られるウォルトを落ち着けるように、できるだけ穏やかな調子を心がけながら、アレンは続ける

 

「なあ、ウォルト。お前は今までの訓練において、手を抜いていたのか?」

「そんなわけありません!」

「では、それが答えだ」

 

 その断言を今一つ理解できていない様子のウォルトを見ながら、アレンは困ったように言葉を探す。

 

「我々が未熟なのは確かだが、努力を怠ったことは無い。もし、これ以上の早さで力を得ることができていたのなら、もうとっくにその方法を使っているはずだ」

「……」

「つまり、すでに最善の道を進んでいるから……くそっ、上手く言えないが迷う必要はないということだ!」

「アレンの言うとおりですよ、ウォルト」

「ッ!?」

 

 突如割って入った声に驚く二人であったが、その声の主を見てさらに驚愕を深める。

 

「若さゆえの未熟は、当然のことです。何事にも近道が無い以上、これまで通り今できる最善を続けていきなさい」

「イ、 イサドラ殿!?」

「な、なぜここに!?」

 

 目を見開く二人を見てわずかに笑みを浮かべたイサドラであったが、この地に来た理由は、とてもじゃないが笑みを浮かべながら告げられるようなものではない。

 可能な限り表情を消し、イサドラは自身に課せられた任務を告げる。

 

「ニニアン様の命により、マーカス殿の後任を担うため来ました。以後、同盟軍全体を指揮するロイ様に変わり、私がフェレ軍をまとめることになります」

「は、はっ! し、しかし、フェレは……」

「……フェレにはまだ、ハーケンが残っています。ベルンが攻めてこない限りは、問題ないでしょう」

 

 ハーケンの実力を疑うわけではないが、やはり不安なのだろう。

 ほんのわずかに言葉がつまってしまうが、だからと言ってフェレに戻るわけにはいかない。

 それに、今回オスティアに来たのはイサドラだけではないのだ。

 

「ウォルト、あなたの母上もいらっしゃっていますよ?」

「げっ!?」

「色々と道中で言っていましたけど、まぁ、詳しくは本人から聞いてください」

「はい……」

 

 母であるレベッカは、すでに戦線から離れているとはいえ名の知れた弓使いで、ウォルトの師の一人でもあるのだ。

 竜騎士相手に手も足も出なかったと言えば、それはもう熱烈な指導を得られるだろう。

 

「……よかったな。特別な訓練ができて」

「アレン様ぁ……」

 

 肩を落とすウォルトを慰めるべく声をかけたアレンであったが、どうやら逆効果だったらしい。

 だが、強くなりたいのならこれ以上の師は存在しないと、ウォルトは気を取り直して母の下に向かうのであった。

 その姿を見送り、イサドラは念のためにと、アレンに告げる。

 

「マーカス殿の事を気に病む必要はありません。あの方は自身の役目を、誇りを持って果たしたのですから」

「……はい」

 

 少なくとも、自身の死を部下のせいにするような人物ではない。むしろ、そのせいでアレンたちがふさぎ込んでいたと知れば、力の限り怒鳴られるだろう。

 その様子を想像したのか、アレンはわずかに、だが確かな笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 訓練場でそのようなやり取りがなされる中、オスティアの城下にある人物が到着していた。

 

「……ここにスー様がおられるのか?」

 

 そうつぶやいたのは、一目でサカの民とわかる衣装をまとったシンという名の青年であった。

 彼は族長の指示で、リキアへ一族の女子供を逃がす途中、他部族の裏切りに会い仲間たちと散り散りになった者の一人で、スーを探してようやくここオスティアへとたどり着いたのであった。

 

「しかし、この街のどこにおられるのだろうか……?」

 

 まさか城に滞在しているとは考えられず、城下の宿という宿を巡った彼がスーと再会するのは、もうしばらく後のことになりそうであった。

 

 

 

 リキアを離れたマークは、かつての伝手……ファーガス海賊団を頼りに『魔の島』と呼ばれるヴァロール島に一人降り立っていた。

 

「どっかの馬鹿が残っていれば、同行させたんだが……悪いな」

「……行方不明なら仕方ないさ」

 

 いまだ海賊団の頭を続けるファーガスの言葉に、マークは力なく首を振る。

 そう、かつての戦友であり、マークも再会を楽しみにしていたダーツであったが、数年前の抗争の中ファーガスを庇って深手を負い、その身を海に投げ出されてしまったらしい。

 

「往生際の悪い奴だし、どっかでしぶとく生き残ってんだろう。もし見つけたら、オレの分まで扱き使ってくれ」

「ああ、わかった」

 

 願望も含まれたファーガスの許可を、マークも苦笑しながら受け取る。それが、協力者に対するマークなりの気遣いであった。

 

「それじゃあ……」

「おう、いつも通り、期限まではここで待つが、それを過ぎたらとっとと帰らせてもらうぜ」

 

 20年前と変わらぬ取り決めに、二人は知らず知らずのうちに深い笑みを浮かべる。

 特に、多くの変化を目にしてきたマークにとって、このやり取りは気持ちの良いものであったのだ。

 そんなやり取りを後にして魔の島の奥へと足を向けるマークであったが、その足取りは迷いなく、どこか慣れたものを感じさせるものであった。

 それもそのはず。マークはここ数年の間、このヴァロール島を拠点として世間から身を隠していたのだから。

 故に、この島について二番目に詳しい自信があった。

 

「……戻ったのか、マーク」

「ああ、戻ったぞ、レナート」

 

 目的地にたどり着いたマークに声をかけたのは、この島について間違いなく一番詳しい男、レナート司祭だ。

 マークと同様に20年前と変わらぬ姿をしたこの男は、大きなため息とともにこのような場所へと戻ってきたマークに苦言を呈する。

 

「大陸にいるかつての仲間たちの様子が気になると出て行ったお前が、今更ここに何の用だ?」

「……想像以上に厳しい状況でな」

 

 苦笑を交えたマークの言葉に、レナートは眉を顰める。

 レナート自身も20年前の戦いに参加し、かつての戦友たちの実力や立場を理解していた。

 そんな戦友たちにマークが加わってなお『厳しい』など、常軌を逸していると言って過言ではないからだ。

 

「大陸で、何が起こっている?」

「詳しい事はまだわからん。だが、ベルンが竜を復活させたとも聞く」

「竜を……!?」

 

 あまりの事に驚愕を隠せないレナートであったが、すぐに正気に戻って言葉を重ねる。

 

「馬鹿な……! 門はここにあって、開かれてなどいないのだぞ!?」

「ああ……だが、それらしき力は、確かにベルンに存在している」

 

 そもそも、マークがこの島を出て行った理由を聞けば、レナートとて二の句を継ぐことができない。

 しかし、ならばどうやってベルンは竜を復活させたのかと考え、ある仮説へとたどり着く。

 

「待て、確かベルンの祖であるハルトムートの持っていた神将器の一つが、『封印の剣』だったか……」

「……」

 

 その仮説を、マークは無言にて肯定をする。

 つい先ほどまでのレナートを始め、多くの人物が竜はこの地から姿を消したという事実で満足し、考えようとしなかった真実。

 すなわち、神将たちは竜を滅したのではなく、封じたという事に他ならない。

 

「つまり、封印された竜がベルンの地に存在し、今代のベルン王は、かつて封印した竜たちを解き放ったという事か」

「おそらくは……」

 

 かろうじて断定できないが、まず間違いないと言わざるを得ないだろう。

 問題は封印されていた竜の数や力だが、かつてこの地で戦った古の火竜クラスが複数存在するとなれば、今のリキアとエトルリアが組んでなお、戦力不足であるだろう。

 

「なるほど……それでここに戻ったわけか」

「ああ、リガルブレイドやバシリコスであれば、神将器には劣れども竜と戦う足しにはなるはずだ」

 

 そう言って遺跡の奥へと足を運ぶマークに、レナートは静かについてゆく。

 その道すがら、マークはいかにも念のためといった調子で、レナートに声をかける。

 

「そんなわけで、今大陸は割と混沌とした状態にあるんだが、良ければ力を貸してもらえないか?」

「……返事など分かっているだろうに」

「だからと言って、声をかけないのも礼儀に反すると思ったんだよ」

 

 やっぱり駄目かと苦笑するマークに、レナートはわずかだが苦いものを覚える。

 確かに、彼の望みは平穏な暮らしであり、戦いとは無縁な生活であるのだ。

 だが、仮にも肩を並べた戦友たちの危地を前に、その想いを貫くと言うのもいささか薄情ではないかと、彼の良心がささやく。

 しかし、それらの思いが口に出されることは無く、二人は早々に遺跡の最奥へと到着してしまう。

 一時期は結界を張ろうか、あるいは門番でも作ろうか、などと話していたのだが、それはこの地に重要なものが隠されていると喧伝するに等しいと却下された。

 故に、マークが持ち歩いていた鍵を使って簡単に部屋の中へと入り、目的の武器を手にするのであった。

 

「……すべて持っていくのか?」

「ああ、半端な事をしてもしょうがないからな」

 

 ここの武器を出すと決断した以上、いくつか残していくなどという真似をしても意味は無い。

 回収したのは、リガルブレイド、レークスハスタ、バシリコス、リヤンフレチェ、ギガスカリバー、ルーチェ、ゲスペンスト、そして攻撃の威力を上げることができる、炎の精霊ファーラの加護を得た指輪、さらに……

 

「リガルブレイドやレークスハスタなどは、まあいいだろうが……本当にエレシュキガルまで持っていくのか? 流石にそれは、人に見せられんだろう」

 

 そう、この地に封じられていた本命でもある、かつて災いを招く者と呼ばれた男、ネルガルの扱った闇の魔道書である。

 

「……だが、想定外の何かが起こった時、後悔だけはしたくない」

 

 エレシュキガルは確かに危険な魔道書であるが、同時に神将器に並ぶ力を秘めていることも事実である。

 

(……まぁ、当時の戦いに参加した魔道士なら、悪用することも無かろう)

 

 いかに戦友とはいえ、本来ならば見せるべきではないだろう。しかし、出し惜しみをして死んでしまっては、マークの言った通り意味がない。

 レナートは一つため息を吐き、その魔道書の存在に目を瞑るのであった。

 そして、後はファーガス海賊団と共に大陸に戻るだけとなった時、レナートはついに足を止める。

 

「俺は、ここまでだ」

「そうか」

 

 もしかしたら、再度声をかけられるかと思っていたレナートは、マークのあっさりとした態度に意表を突かれる。

 だが、もとより彼らはそのような関係であったのだ。

 

「誰も、強制なんかしない。友の為、仲間の為、忠義の為……ほかにも色々あったが、誰も無理やり戦わせることなんてしなかったし、自らの心を偽ってまで戦う事もなかった」

「そう、だったな……」

 

 その言葉に納得し、レナートは今度こそマークを見送る。

 旅慣れているためかその足取りは軽快で、瞬く間にレナートの視界から消えてしまう。

 ほんの少しだけ、その背を追いたい衝動に駆られつつも、自身の暮らす遺跡へ帰ろうと身を翻した時、気付いた。

 

「……何者だ?」

 

 突如湧いて出た気配は8つ。よほどの手練れでなければ対処できる自信があったが、直前まで全く気付けなかったことを思えば、暗殺者の可能性が高いかとまで考える。

 

(このような僻地に、わざわざご苦労な事だ)

 

 自身を恨む者など山ほど想像できるレナートは、むしろこんなところまで出向かされた暗殺者に同情すら覚える。

 

「その程度で隠れているつもりか? いい加減姿を現せ」

 

 すでにばれているのなら姿を隠す意味は無いと悟ったのか、暗殺者たちはレナートの言葉に姿を現した。

 だが、レナートの前に姿を現したボロボロのローブを羽織った何者かの身のこなしは、暗殺者のそれではなく、戦士のものであった。

 

「こんな辺境の司祭に、何か用か?」

『……エレシュキガルを渡してもらおう』

「ッ!?」

 

 この場を切り抜けるには、どこから崩すべきかと思考を巡らせながら発した問いかけには、全く予想もしなかった答えが返ってくる。

 そもそも、エレシュキガルの事をどこで知ったのか。なぜこの地に封じていたのを知っていたのかなど、疑問は尽きない。

 だが、あのような魔道書を求める存在がまともであるはずがない。

 

「……ここにそんなものは無い」

『……そうか』

 

 拒絶を突き付けたレナートに対し、襲撃者たちは特に感情を表すことなく、剣を抜き放った。

 

『では、この後ゆっくり探すとしよう……貴様を殺してからな!』

「そう簡単に、やれると思うな……!」

 

 ディヴァインの魔道書を手に襲撃者と相対するレナートは、その豊富な経験から襲撃者たちの刃が自身に届かないと確信していた。

 そう、彼はまだ知らなかったのだ。

 どんな攻撃も効果を見せず、剣に加え魔法をも自在に操る戦士がこの世界に存在するという事を。

 




これでリキアは終わり……のはず。

何事もなければ、次回から西方三島へ行きます。


おまけ

Name  レナート
Class 司祭
Lv 20
HP 49
魔力 21
技  24
速さ 21
幸運  9
守備 19
魔防 22
移動  6
体格  9
属性  理

武器Lv 光S 杖A

持ち物 Eディヴァイン
     リザーブ
     光の結界

 先の戦いの後、一人ヴァロール島に残る。マークが封じた武具の門番を自称していた。

 マークと再会し勧誘を受けるも、再び戦いに身を投じる気には慣れないと断り島に残るところを襲撃される。
 ルセアのことを気にかけており、もしマークがどうしてもと言うのなら、仕方なく付いて行くつもりであったかもしれない。


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第14章「霧にけむる島」

 盟主代行であるエリウッドの下で同盟軍をまとめ上げていたロイであったが、ある日エトルリアから使者が来たのをきっかけに将軍としてエリウッドに呼び出される。

 今までも何度かあった呼び出しとは若干異なる空気に、ロイは再び何かが動き出す気配を感じるのであった。

 そして、エリウッドの下へと向かう途中、数か月ぶりにとある人物と出会うことになる。

 

「フラン……? 戻ったのか!」

「ロイ……」

 

 トスカナ攻略から帰ってきたラウス公子のフランであったが、どうにも元気がない様子にロイは首をかしげる。

 

「戦いは快勝だったと聞いていたけど……何かあったのかい?」

「……」

 

 そう、オスティアにはすでに報告が届いており、その内容も特に問題は見られなかった。

 フランは無事エリウッドの出した課題を達成し、同盟軍の副将としての地位を確かなものにしたわけだが……

 

「……戦いは順調だったよ。わたしが居る必要性を感じないほどにね」

「それは……」

 

 それは万全を喫したが故の問題と言えるだろう。一騎当千の実力を持った戦士であるドルカスと魔道士であるニノの力は、フランのなけなしのプライドを完全に粉砕してしまったようだ。

 

「僕は、兵の実力を発揮させるのが将の仕事だと思ってる。そう言う意味では、フランは間違いなく役目を果たしたんじゃないかな?」

 

 ロイの正論は、フランだってわかっている。だが、それでも自身の価値を見失うほどに、ドルカスとニノの実力が飛びぬけていたのだ。

 理屈では無い敗北感とでもいうべき感情に翻弄されるフランに、ロイはこれ以上なんと声をかければいいのかわからなかった。

 そんなとき、タイミングよく相談できそうな軍師が帰還する。

 

「何辛気臭い顔してるんだ?」

「あ、マークさん! 実は……」

 

 ロイから話を聞いたマークはフランの見当違いな落ち込み方に思わずため息を吐く。

 

「確実に勝てる戦力を用意して、それを正しく運用して危なげなく勝つと言うのが将の正道だろうに」

「それはわかるんですけど……」

「わかってないから、気落ちしてるんだろうが……」

 

 どうも同盟軍として戦ううちに、感覚が狂ってきているようだとマークは思う。

 今まで苦しい戦いを強いられていた同盟軍の戦いに慣れてしまえば、本来理想とすべき戦いが物足りなく感じてしまうと言うのも、わからないでもない。

 

「……まあ、楽な戦いなんてそうないし、このままでもいいか」

「いいんですか?」

「今後戦うとなれば、相手は基本的にベルンだ。嫌でも厳しい戦いになるさ」

 

 肩を竦めるマークに、ロイやフランはそういうものかと納得する他無い。だが、歴戦の軍師に相談できたためか、心なしか気が軽なったような気もしたのだった。

 その後、呼び出されていたことを思いだしたロイが、一人エリウッドの下に向かおうとするが、当然のようにマークとフランも同行することになった。

 

 

 

 エリウッドの下に赴いたフランとマークは、オスティアを出てからの事を簡単に報告する。

 想定外の事態が無かったこともあり、報告自体はものの数分で終わるのであった。

 

「トスカナ攻略ご苦労だったな、フラン殿」

「いえ、自身の潔白を証明するためでしたので」

「マークも、おかげで心強い武器が手に入った」

「残念ながら、扱えるものはあまりいないがな」

 

 それぞれを軽く労ったエリウッドは、さっそくロイを呼んだ本題に入る。

 その様子から、マークはあまり良くない想像をするが、残念なことにその想像はおおむね当たることになる。

 

「先程エトルリアから使者が来てな……西方三島の賊の討伐を任せるとのことだ」

「西方三島の?」

 

 エリウッドの言葉に、ロイは思わず首をかしげる。

 だがそれももっともな事だろう。リキアの復興も途上であるのに加え、未だベルンの脅威は途絶えていないのだ。

 そんな中、軍をリキアから動かせなど、割と本気で馬鹿じゃないかと言ってやりたくなる。

 

「……パントからは?」

「何もない」

「ふむ……」

「……応じないのであれば、リキアに派遣した支援部隊を引き上げるとのことだ」

 

 わずかに考え込むマークであったが、続くエリウッドの言葉に選択の余地が無いことを知る。

 だが、その脅しとしかとりようのない一言により、エトルリアの真意が読めた。

 

「つまり、表面上は対等な関係だが、実際はエトルリアの方が上位なんだと主張したいんだな」

「こんな非常時に?」

 

 フランも思わず本音を口にしてしまうが、エリウッドやロイも似た様な思いだ。

 力を合わせてベルンに対抗しなければいけないこんな時に、こんなバカな事を言い出すなんてどうかしていると。

 だが、正式な要請が来てしまった以上、跳ねのけるわけにはいかなかった。

 

「パント殿も何を考えているんだ……?」

「単なるガス抜きのつもりか……あるいは、神将器を集めるチャンスと思ったのかもな」

「なるほど、そう考えることもできるか」

 

 マークの予想に、エリウッドも一定の理解を示す。

 特に神将器に関しては、信用のおける者以外その所在を明かすべきではない。

 エトルリアは大国であるがゆえに様々な思惑が絡み合い、パントも思うままに動けなくなっているのかもしれない。

 もしそうなのだとすれば、今回の派兵もエトルリアの膿を取り除くためのものなのかもしれないと思えてきた。

 

「まあ、どんな理由であれ我々に拒否権は無い。早急に準備を整え、西方三島へ向かってくれ」

「わかりました」

「ああ、マークは少し残ってくれ」

 

 エリウッドは指示によりロイとフランが退室した後、少し言葉を纏めるような沈黙を経て、マークに質問を投げかける。

 その内容は、デュランダルを回収しに行った際に現れた奇妙な集団についてだ。

 

「……神将器を狙う不死性を持った集団、ね」

「些細な事でもいい。何か知っていることは無いかな?」

 

 エリウッドが恐れるのは、20年前の様にネルガルのような第三者の暗躍だ。

 万が一、この戦いが何者かに踊らされた結果だと言うのなら、ベルンとの和平も決して夢ではない。

 しかし、エリウッドのそんな願いも、マークによって打ち砕かれる。

 

「何か目的をもって神将器を狙う様な一団に、心当たりはないな」

「そう、か……」

 

 目に見えて気落ちするエリウッドに、若干の罪悪感を抱くマークであったが、さすがに情報が足りな過ぎる。

 

(目的は、神将器の持つ純粋な力か? あるいは、復活した竜に対抗するためか?)

 

 様々な可能性がマークの脳裏をよぎるが、どれも決定的な物は無かった。

 それでも、強いて名を挙げるとすれば一つ思うところがある集団があったが、彼らが今なお生存しているはずがないと候補から外す。

 

「まあ、アルマーズを回収する際には気を付けておこう。エリウッドもデュランダルを持っているんだから、身辺には十分注意しろよ」

「わかっているさ」

 

 お互いに改めて気を引き締めた二人はそこで別れ、マークも進軍の準備に参加しようと動きだす。

 

(……クルザード対策に、少し騎士を残しておくか?)

 

 まだ怪我が完治していないランスを筆頭に、リキアのごたごたが済んだらすぐに合流できそうな面子をいくらか選別する。

 その中に旅慣れているニノも含めようかと思案する最中、マークの下に、一人の女性が挨拶のため近づくのであった。

 

「久しぶりですね、マークさん」

「……ひょっとして、レベッカか?」

「あたりです!」

 

 前回マークがフェレに来たときは、あまりに急な事で言葉を交わすこともできなかったうえに、今回もすぐに西方三島に出発すると聞いて慌てて来たのだと、レベッカは笑う。

 その様子は、20年前の少女のそれと大きく異なっており、マークが一瞬誰かわからないほどであった。

 だが、レベッカの方もそんな反応は十分予想できるものであった。

 

「現役を退いて、子供一人産んで、ロイ様の乳母もしましたからね。変わらないって言われたら、むしろ困りますよ」

「そういうもんか?」

「そういうもんです」

 

 レベッカと言葉を交わしつつマークが思い浮かべるのは、アラフェンで戦死した彼女の夫であるウィルの事だ。

 だが、レベッカはそれを分かった上でマークにウィルの話はさせず、この先の事を見据えた話をする。

 

「ウチの愚息が迷惑をかけたって聞いて、今回はちょっと性根を叩き直しに来たんですよ」

「……ベルンの竜騎士を相手に、健闘した方だと思うが……」

「ずいぶん甘い評価ですね。健闘した、では不足だってわかってますよね?」

「……」

 

 レベッカの指摘に、マークは思わず口を噤む。正直な事を言ってしまえば、ウォルトたち弓兵の働きに不満はある。

 だが、それは比較対象がレベッカやウィルのような世界でも有数の実力者であるからだと言うのも自覚していた。

 空を飛ぶ相手と初めて戦ったと言って過言ではないのに、さらにそれらと比べるべきではないとその想いに蓋をしてしまったのだ。

 

「なにに遠慮しているのか知りませんけど、もっと厳しく接してやってください」

「……そう、だな。ちょっと余計な気をまわし過ぎたかもな」

「何やってるの、母さん!?」

 

 レベッカの言葉にマークが納得させられていると、そこへタイミングよく話題の主が割って入ってきた。

 

「別に変な事はやってないわよ。ただ、ウチの愚息を精々扱き使って下さいってぐらいで……」

「何言ってるの!?」

 

 神軍師と呼ばれ、主君であるエリウッド達とも親しい関係のマークに直訴したなんてウォルトには考えられなかったらしい。

 大いに慌てるウォルトに苦笑しつつも、母子の会話を邪魔するのも無粋だろうとマークは早々に撤退することにするのであった。

 そんなにぎやかな事が起こっている中、ずっと城の中に居ては落ち着かないと公言していた少女が、城外である人物と再会を果たしていた。

 

「スー様! ご無事で……」

「シン?」

 

 それはオスティアの城下でスーを探し続けていたサカの青年、クトラ族のシンであった。

 

「よくここがわかったわね」

「危うくエトルリアの方まで行くところでしたが、途中やけに気さくな銀髪の魔道士にオスティアでサカの少女を見たと聞いて……」

 

 本来なら、トリアで合流できていたはずなのだが、トリア侯の下にいた裏切り者のせいで西へ西へと馬を進めることになってしまったのだ。

 もしその魔道士に会えなければ、ひょっとしたら西方三島にまで渡っていたかもしれない。

 つい軽くなったシンの口からそう聞くと、スーとしては苦笑せざるを得ない。

 

「まぁ、合流できてよかった。今私は、ロイ様の下でお世話になってる」

「ロイ様というと?」

「うん、母様がよく話してくれた、エリウッド様の息子」

「そうでしたか……」

 

 スーの母であるリンディスが信用する人物の子であるならと、シンは改めて安堵する。

 その後は自然と今後どうするかという話になるが、当然のようにシンも同盟の世話になることになる。

 

「助けてもらった恩を返しきってないし、サカにも帰れないんだからこれが最善」

 

 そう言って押し切ったスーにより、シンは無事リキア同盟に歓迎されることになる。

 そんな彼がトリアで囚われのスーに気付かなかったと気付くのは、それほど遠い話ではなかった。

 

 

 

 エトルリアの要請により同盟軍を従え西方三島まで来たロイは、そこで待っていた意外な人物に目を丸くするのであった。

 

「セシリアさん! それに、パント様まで……!」

「ロイ、いまのうちに謝って置くわ……本当に、ごめんなさい……」

 

 頭を抱えるセシリアに、ロイは首をかしげそうになるが、すぐにその謝罪の意味を理解するのであった。

 

「やあロイ君、またお世話になるよ」

「よろしくお願いしますわ」

「えっと……?」

「今回は公爵夫人も一緒か……」

 

 パントだけではなく、そのすぐ後ろに控えていた貴婦人の存在に戸惑うロイであったが、マークの一言によりその顔を引きつらせる。

 今回は賊との戦いという事で、セシリアにギネヴィアを預かってもらうことになっていたのに、まるで代わりと言わんばかりに公爵夫人が同行するとなれば、それも仕方のないことだろう。

 

「大丈夫。私もルイーズも自分の身を守ることぐらい十分できるから」

「それは十分わかっているが、ロイが考えているのは全く違う事だと思うぞ?」

 

 パントの実力はロイも十分承知しているが、他国の重鎮を軍で預かると言うのは本来そんな軽い事ではないのだ。

 その重圧がわかっているからこその、セシリアの謝罪だったのだろう。もともと戦っているベルンの王妹や、家出した貴族の少女を保護するのとはわけが違う。

 可能な事なら断りたかったが、パントがそのような逃げ道を残しているとは欠片も思えなかった。

 

「一応、西方三島はエトルリアの保護下にあるからね。他国の軍を入れるのに、名目上でも監視の目が必要なんだよ」

「つまり、パント達の同行は国が認めているという事か」

「そう言うこと」

 

 正確にはパントが大軍将あたりと組んで色々暗躍した結果なのだが、そこまではロイが知る必要はないと口を閉ざす。

 この西方三島には、ロイ達が思っている以上に様々な思惑が眠っているのだ。

 宰相ロアーツを筆頭とした黒幕を出し抜くための計画に思いをはせるパントに対し、ロイはようやく現実を受け入れる覚悟を固める。

 

「わかりました。しかし、同盟軍の最終的な判断は、僕が行います。パント様」

「大丈夫だよ。そこら辺の事に口を出すつもりはないから」

 

 念のため軍事行動に関する主導権を主張したロイの言葉を全面的に聞き入れたパントは、とりあえず当面の目標を掲げる。

 

「西方三島はそれなりの資源が眠る土地で、その横取りを狙う賊が横行しているらしい。特にここら辺は海賊が多いらしいから、まずはそこを討とうか」

「そうですね……ではセシリアさん、ギネヴィア姫の事、よろしくお願いします」

「ええ、安心して任せなさい」

「ロイ様、ご武運をお祈りしています」

「ギネヴィア姫も、道中お気を付け下さい」

 

 早々に戦いに入ることになった同盟軍から、案内役であったセシリアがギネヴィアを連れ離脱する。

 後は呼吸一つで意識を戦いに切り替え、この地の賊を討つためにその思考を巡らせる。

 

「……予想以上に霧が濃いね。万が一を考えると、慎重に行動すべきかな?」

「妥当だな」

 

 ロイの案に悪くないと一定の理解を示しつつ、マークはさらに踏み込んだ意見を口にする。

 

「確かに個々人の視界は制限されているが、特に目のいい者もいるだろう? そいつに敵の位置を確認させて、一気に攻めたてるのも手だと思うが」

「松明やトーチの杖は用意していないのかい? 慎重になるのもいいが、それも過ぎれば後手に回ることになるよ」

 

 他にも、地形的にあまり集団で戦うには向かない場所も多い。賊が逃げる気になれば、最後に村を襲い可能な限りの略奪を働く可能性など、パントと共に様々な情報をロイへと与える。

 

「賊はここを拠点にしている以上、この霧に慣れていると思うべきだろう。つまり、相手ばかりが一方的にこちらの行動が見えている可能性も高い」

「今までエトルリアの手から逃れてきたんだ。それなりの迎撃策を確立していると思った方がいいと思うよ」

「……」

 

 マークとパントの指摘に、無意識のうちに賊の事を舐めていたとロイは思い知らされる。こちらが安全策を取っていれば、何の問題もなく倒せると考えていたのだ。

 それを自覚したロイの顔つきがわずかに変わったのを確認したマークとパントは、先ほどの厳しい意見を述べたときとは打って変わり、気楽な事を言い出す。

 

「まあ、所詮は賊だよ」

「はぐれ者同士で徒党を組んでだけで、特に訓練を詰んだりしているわけではない。どんな策があってもそれを実行できるとは思えないし、連携なんかの心配はいらないだろうな」

 

 敵を甘く見ることなどもってのほかだが、かといって過剰な警戒も問題である。

 先程の指摘でその調整ができたと感じた二人は、ロイが新たに考えた策に従い配置についた。

 

 

 

「いくら目が利くとはいえ、あたしが最前線に配置されることになるとはね……」

「えっと、すみません……」

「……別にあんたを責めてるわけじゃないわよ」

 

 敵の位置を把握するために騎士たちのすぐ近くに配置されたキャスがぼやくのを聞きつけたフランは、思わず謝ってしまう。

 確かに、騎士たちと比べずとも屈強には見えないキャスである。最前線に立たせるのに若干の罪悪感を抱くのも、わからないでもなかった。

 とはいえ、指揮下に置いた者への謝罪は、上官としてあまりほめられたものではないだろう。

 

「……俺らは、あんた達の指揮に命を預けてるんだ。もう少し威厳というか、自信を持って指揮してくれないか?」

「は、はい!」

 

 ノアの指摘に今度は体を硬直させるフランであったが、謝ってしまわなかっただけでもまだましなのかもしれない。

 普段からフランの補佐についているラウス騎士が、自信満々にフランの指揮に従っているのがせめてもの救いだろう。

 ため息を吐きたいのをぐっとこらえて、ノアはそれを誤魔化すようにほかの部隊へと視線を向ける。

 だが、ノアのその行動は隣を行くゼロットには違って見えたようだ。

 

「どうした……ひょっとして、彼女の事が気になるのか?」

「そんなわけじゃ……って、別にフィル殿の事を探したわけじゃないですよ」

「そうか?」

 

 それでもニヤニヤとノアの事を見るゼロットに、降参の意味を込めて軽く肩をすくめる。

 

「いえ、実際気にならないわけじゃないですね……実はオスティアで一度手合わせをしたのですが、そのころからどうにも調子を悪くしたみたいで……」

「なるほどな……まぁ、気になるものはしょうがないとしても、ほどほどにしておけよ」

「気を付けます」

 

 口では素直に頷きつつも、それでも視線でフィルを探してしまっているノアに、ゼロットはつい頬が緩むのを止められないのであった。

 そんな若干ゆるんだ空気は、キャスが敵を視認するまで続くのであった。

 

 

 

 時を同じくして、この霧にけむる島の一角に賊を討たんと立ち上がる2人の男がいた。

 

「む、無茶ですよ……賊どもには大きな後ろ盾もあるのに、それをたった2人で倒すだなんて……」

「がはははは、無茶であろうと関係ない! ここで見て見ぬなどできるものか! そんなことをしては、男がすたるってもんだッ!」

「ふはははは、まったくもってその通りだ! ここで賊に虐げられるおぬしらを見捨てては、リンディス様に合わせる顔が無くなるッ!」

 

 すでに心を折られた村人が止めようとするが、それすらも笑い飛ばしながら男たちはそれぞれ斧と槍を手に戦場へと視線を向ける。

 その姿は無謀な愚者の様でありながら、同時にこの上なく勇敢な戦士と騎士でもあった。

 

「どうする、バアトル殿。流石のワシらでも、賊を殲滅するにはいささかこの地は広すぎるぞ?」

「ぬぅ、ワレス殿……わしには難しい事はわからん! とりあえずかたっぱしから、賊を討てばよいではないか!」

 

 相変わらず鍛え抜かれた肉体を分厚い鎧で覆ったワレスの言葉を、同じく頑強な肉体を持った戦士であるバアトルが大雑把すぎる回答で切り捨てる。

 だが、そんなバアトルの言葉にワレスは奇妙な納得を覚えてしまう。

 

「そうだな……そんな単純明快な方針も、良いのかもしれん」

 

 賊を見かければ、手当たり次第これを討つ。大陸で通用するとは思えないが、ここまで賊どもが好き勝手している地であれば、そこら辺を適当に歩けば賊にかち合うだろう。

 ならば、その方針に乗っ取ってとりあえずこの近くにいる賊をと足を踏み出したとき、彼らはとても懐かしい声を聴くことになる。

 

「やれやれ、何やら聞き覚えのある声がすると思えば、ずいぶんと行き当たりばったりな……」

「ぬお、マーク殿!?」

「おお、久しぶりだのぅ!」

 

 彼らの頭上から呆れが多分に含まれた声をかけたのは、天馬騎士に同乗して各村々に警告をしながら回っていたマークであった。

 

「バアトルはともかく、ワレスがなんでここにいるのか知らんが……賊を討つのなら、同盟の指揮下に入らないか?」

「むぅ!? それはまあ、いろいろあってだな……」

「ぬおおおぉ……難しい話は後にしてくれ、頭が痛くなる!」

「……そうだな、目的が同じなら、あえて別行動をとる必要もないだろう。采配は任せる」

「了解した」

 

 キアランを発ってアラフェンに向かったはずが、なぜか西方三島に行きついた言い訳を長々と話しそうになったワレスであったが、幸か不幸かいつの間にか相方になっていたバアトルによって遮られる。

 もっとも、かつての戦友であったマークならすべてを察したかもしれないが……ともかく、運良く合流できたバアトルとワレスであったが、そんな二人がこの軍がリキア同盟軍と聞き驚愕するのはもうすぐの事である。

 

 

 

「……被害はごく軽微と言っていいでしょう」

「ふぅ、無事討伐できてよかったよ」

 

 戦いが終わり、イサドラから部隊の被害を聞いて、ロイは肩に入っていた力をようやく抜く。

 今までの戦いとは違い、劣悪な視界であったことはもちろん、なぜか賊どもが万全の態勢で待ち伏せしていたことが原因だ。

 

「……まるで、裏で何かが動いているみたいだ」

「そうですな……やはり今回の一件は、そう簡単に終わらせてはくれぬようですぞ」

 

 マリナスの同意に気を引き締めるロイであったが、そうなると気になるのがマークやパントの動きだ。

 

「一体どれぐらい知っているのかな?」

「……マーク殿は世情に疎い部分もありますし、何か知っているとすればパント殿ですかのぅ」

「そうなのかい?」

 

 公爵家の当主とはいえ、どこか浮世離れしたパントが世情に疎いならともかく、マークがそうと聞いてロイはかすかな違和感を覚える。

 だが、もともとマークはここ最近まで身を隠していたのだから、それも当然かと納得する。

 ちょうどその時、収集した情報をまとめ終わったマーク達がロイ達の下に現れる。

 

「どうやら多くの島の人たちが無理やり働かされている鉱山が北にあるらしいぞ?」

「そして、島の人達を守るべく賊と戦うレジスタンスが、西の方に拠点を構えているらしいね」

 

 密偵たちを使い、さらに自分の足も使って集めたと言うマーク達の情報は、今後の方針を大きく分けるものになりそうなものであった。

 そんな情報を聞いたロイは、苦渋の決断を下す。

 

「……北に向かおう!」

「ほう?」

「まがりなりにも戦えているレジスタンスと会いに行くより、無理やり働かされている島の人たちを助けることを優先したいんだ」

「なるほど、ね」

 

 本当なら両方を救いたいが、それが現実として不可能だと言うことぐらい理解している。

 事実、マークもパントもロイの出した決断におおむね満足そうな表情を見せるのであった。

 だが、まだまだマーク達の方が何枚も上手らしい。

 

「だが、情報はいくらあってもいい。ごく少数を西に向かわせるのもいいかもな」

「そうだね。同盟軍がレジスタンスの方に向かえないのなら、彼らの方からこちらに動くように仕向けておこうか」

「……」

 

 ロイが断腸の思いで切り捨てた可能性を、いとも簡単に救い上げた軍師たちに、ロイは言葉も出ない。

 もちろん、全軍を向けたときほどの人は救えないだろうが、それでもこの行為により救われる人もいくらか増えるだろう。

 そうと決まれば話は早い。西側に対し打てる手をうったこともあり、ロイ達は何の憂いもなく北へ向かうのであった。

 



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第15章「抗う者たち」

 西方三島にわたって早速賊たちとの戦闘をこなしたロイ達は、現地で手に入れた情報をもとに北へと針路を定める。

 その情報とは、現在ロイ達がいるフィベルニア島の北端にあるエブラクム鉱山にて、島の人々が無理やり働かされているというものだ。

 彼らはその人々を救い出し、この島で起こっている『何か』を確かめる事を決意したのであった。

 その一方で、マーク達は西方で戦うレジスタンスと接触することを提案するのだが、接触には予想以上の困難が横たわっていたのであった。

 

「全く、どうしたものか……」

「どうしたのですか、マーク様?」

 

 夜営に建てられた天幕で頭を抱えるマークに声をかけたのは、リキア同盟軍の中でもフェレ軍を統括することになったイサドラだ。

 彼女は20年前の戦いもマークと共に戦った経験を持つが、その時ですらこのように彼が頭を抱える姿を見たことが無かった。

 そんなマークの答えは、確かに歴戦の軍師が頭を抱えるのにふさわしいものであり、イサドラではどうにも解決できないものであった。

 

「レジスタンスに派遣できる人材がいないんだ……」

「それは……」

「正規軍ではない彼らに接触しようと思えば、相応の人物を出さなければいけないんだが……」

 

 具体的に言えば、少数で賊の蔓延る西方三島を移動できる実力を持ち、隠れているであろうレジスタンスに接触する諜報力を備え、こちらの出す情報を信用してもらえるように懐に潜り込めるような人柄、交渉術の持ち主という事になる。

 

「えっと、マシュー殿なら……」

「ダメだ。アイツにはロイの安全を確保するため、本隊に先行して情報収集をさせる必要がある」

 

 苦し紛れにイサドラが挙げたマシューには、もうすでに仕事が割り振られているらしい。

 確かに、賊どもが何らかの手段でリキア同盟軍を待ち受けているのなら、罠を避けるためにも優秀な斥候は欠かせないだろう。

 

「レジスタンスからの信用を得るとなれば、地元の人間はどうですか?」

「同盟に所属している西方の出身者は、ワードとロット、バアトルにフィル……他にいたか?」

「……いえ、私の知る限りはその4人だけですね」

「ごく少数で向かうのなら、バアトル以外は実力的に厳しいと言わざるを得ない。だが、アイツに交渉事は無理だ」

「……」

 

 マークの断言に、イサドラは沈黙をもって返す。だが、何も彼が単独で向かうわけではないのだから、フォローできる人材を付ければいいとも思うが、そうもいかない。

 

「あまり実力者を引き抜きすぎれば、今度は本隊が手薄になる」

「……オスティアではデュランダルのためとはいえ、苦労したと聞いています」

 

 そう、いかに神将器を確保するためとはいえ、エリウッドにドルカス、ニノの3人が抜けたのは痛かった。

 もしもの話などするべきではないだろうが、マーカスを補佐して竜将と戦える人物がもし残っていたのなら……そう考えてしまう夜が、無いわけではない。

 もちろん、結果としてエリウッド達もギリギリであったので、あの時の選択が最善であったことに疑いはない。

 

「とにかく、現状ではどこかで妥協せざるを得ないわけだが……」

「お困りのようだね、マーク」

 

 頭を軽く振って思考を切り替えようとしたマークに、ひょっこりと現れたパントが声をかける。

 そのことに目を見張るイサドラであったが、マークは少し呆れるようにパントに指摘する。

 

「一応、エトルリアの人間にリキア同盟軍の内部情報を覗かれるわけにはいかないんだが?」

「本気でそう思っているのなら、もう少し警備を整えた方がいいよ? 途中ですれ違った兵士は、敬礼して通してくれたから」

 

 もちろん、兵士がパントを通したのはすでにマークが許可を出していたためだ。最初から、彼らはお互いに内情を隠すつもりなどないのだから。

 形だけの指摘を済ませたマークはパントへと向き直り、レジスタンスへの人材派遣の話をする。

 すると、しばらく考え込んだパントは少し意外な人物を提案する。

 

「キャスとディーク達の傭兵団はどうだい? 実力的な不安は多少残るけどレジスタンスと話は合うと思うし、適任だと思うよ」

「ふむ……」

 

 一つ頷き選抜の理由をしゃべるように促せば、パントはむしろここからが本題と言わんばかりに表情を改める。

 そうして語られた話は、マークにとっても予想以上のものであった。

 

「……エトルリアの王子がレジスタンスにいるだと?」

「昨年の暗殺騒ぎが原因でね。私が今回リキア同盟軍に同行できたのも、殿下がこの地にいると知っている人物からの支援があったからだよ」

「なるほど……そしてディークは昔リグレ公爵家の使用人だった時に面識がある、と……」

 

 直接言葉を交わしたことは無いが、顔ぐらいはお互い知っているらしい。そういった事情があるなら、この人選にも納得できる。

 マークはロイへの提案として書面にこの人選をまとめながら、パントへと更なる言葉を重ねる。

 

「……今回西方三島へ来た理由は、王子の回収か?」

「その意図が無いと言えば嘘になるけど、本命は神将器、王国の浄化は二の次だよ」

 

 人によっては、自国の王子より武器一つを優先することに眉を顰めるものもいるだろう。

 だが、それは竜の脅威というものを正確に理解できていないとしか言いようがない。

 故に、その脅威を正確に理解しているパントは、竜の力を有するベルンに対抗すべく、今まで気にもかけなかったエトルリアの膿を排除するために動いているのだ。

 

「本音を言えば、この戦いは静観する予定だったんだけどね」

「神将の後継者であるなら、妥当な判断だな」

 

 ただの戦争なら、パントも立ちあがりはしなかっただろう。マークも、オスティアを奪還した時点で手を引いたはずだ。

 それをしない事が、この一件を彼らがどれほど危険視しているかを示している。

 だが、それらの理由は戦場に出てから知ったことで、最初に抱いた参戦理由はまた別のものなのだ。

 

「そもそも、マークはどうやって今回の件を知ったんだい?」

「……東の方から、強い力を感じたんだ」

 

 若干鋭さを増したパントの視線に応えるマークの声は、思った以上に硬かった。

 

「考えられたのが、竜の出現ぐらいだったからな」

「では、それを確かめに?」

「ああ……結局、見つけられなかったがな」

 

 気配を感じ取ってすぐにベルンへ向かったマークであったが、目的の存在はついに見つけられなかった。

 もう討たれてしまったのか、それともマークにも気付かれないレベルで隠れられるのか。どちらにしろ自分にできる事は無いと帰路に着いた時、ベルンの侵攻が始まったのだ。

 

「ふむ……アトス様が残された人竜戦役時の記録に、ベルンに残った竜に関するものはあったかな?」

「……あの地には、同朋を見捨てて逃げられないと残った神竜がいたはずだから、その子かもしれないと思っている」

 

 基本的にベルンに残った竜たちは徹底抗戦を唱えていたので、封印される余地があるとすればその神竜の少女か、人の子と共にこの地で生きることを選んだ女性かの二択だ。

 後者の女性が人の世に溶け込めるとは思えない以上、実質答えは出ていると言ってもいいだろう。

 ではその少女をベルンがどうやって扱っているのか意見を交わそうとパントが口を開きかけたとき、ふいに天幕の外からある少年の声が届いた。

 

「マーク、ちょっといいかい?」

「……ロイか、ああ、かまわない」

「失礼するよ……パント様も居られたんですか!?」

 

 まさかの先客に驚くロイであったが、そこはスルーしてマークもできたばかりの草案をロイに手渡す。

 

「西のレジスタンスへと派遣する人選案だ。目を通しておいてくれ」

「あ……」

 

 まさにこれから相談しようとしていたことに、先んじて案を出されてしまったロイが一瞬だけ顔を歪める。

 リキアの諸侯程度なら誤魔化せるほどのわずかな変化であったが、この二人では相手が悪かった。

 

「どうかしたのか?」

「……いや、なんでもないよ」

 

 マークの追及を拒絶し、代わりに明日の予定を軽く確認し、ロイは踵を返す。

 その胸中を、マークは理解できないだろうと思う。ロイは、強く拳を握りながら、自身の不甲斐なさを嘆く。

 

「……僕では、やはり不足なんだろうね……」

 

 リキアにいたときも、この西方三島でも、マークはロイの事を尊重しつつも決して何かを相談することは無かった。

 エトルリアの援軍の件も、今回のレジスタンスの使者の件も、自分は何も知らず、親鳥が持ってくるエサを、ただ口を開けて待っているだけのひな鳥の様ではないか。

 

「わかっていたじゃないか……マークの戦友は、僕じゃない。父上なんだから……」

 

 対等に在りたいと思っても、マークにとってのロイは、エリウッドの息子なのだ。

 それでも、ロイは強く想うのだ。

 

「きっと、彼らと肩を並べてみせる……!」

 

 決意も新たに自身の天幕に戻ったロイは、将軍としての責務の合間に剣を振るい、知識を詰め込む。それでいて十全の体調を保つために細心の注意を払う。

 ロイがそのように万全を整える最中、陣地の一角では月光の下で雑念を払うべく剣を振り続ける少女の姿があった。

 

「ふっ! やっ!」

 

 その鋭く冴えわたった剣閃は美しく、月光を浴びて煌めくその姿は、まるで剣の精の舞の様であったが、当の本人には全く無様なものでしかなかった。

 

(どうして、こんな……!)

 

 唇をかみしめ、フィルは自身の内に起こった変化に戸惑いを覚える。

 今までは、無心に剣を振るなんて難しい事ではなかった。強くなることを目標にして、ただそれだけを目指していればそれで良かった。

 だが、ここ最近の体たらくはなんなのだと、自分自身に怒りすら覚えるのだ。

 

「……ノア殿……」

 

 彼の事が、頭から離れない。気が付いたら、彼の事を探す自分が居て、今彼は何をしているのかなんて益体のないことを考えてしまう。

 こんなことでは剣士失格だと、どうにかかつての自分を取り戻そうと躍起になっているフィルに声がかけられたのは、もう一度素振りをしようと剣を構えたときであった。

 

「まったく、こんな時間まで何をしているんですの? まったく、誰も彼も気が高ぶって、休息の重要性を忘れてしまったのかしら?」

「っ! す、すみません……」

「そう思うのなら、早く自分の天幕に戻っていただけるかしら?」

 

 相応の棘が含まれた注意を飛ばすのは、フィルも怪我をした際何度もお世話になった杖使いのクラリーネであった。

 なぜこんなところに彼女がいるのか疑問に思う間もなく謝罪するフィルであったが、注意を終えたクラリーネは立ち去るでもなく、じっと迷える剣士へと視線を向ける。

 

「……」

「えっと……」

「……兵士たちのメンタルケアも、わたくし達の仕事ですわよね……何に悩んでいるのかは知りませんが、さっさと話しなさい。わたくし、疲れているんですの」

「……はぁ……?」

 

 流石に居心地が悪くなったフィルが何とか声を出したのだが、続けられたクラリーネの良くわからない申し出に、頭の中は疑問符で一杯だ。

 今一つ分かっていないフィルの様子に、クラリーネはイラついたように話を催促する。

 

「そんな辛気臭い顔している理由をさっさと話しなさいと言っているんです!」

「は、はい!」

 

 クラリーネの勢いに押されてつい返事をしてしまったが、フィルにはこのお嬢様が剣士である自身の悩みに答えられるとは正直思えなかった。

 だが、混乱しているフィルでもわかることがある。

 かなり強引な上に命令口調でわかりづらいが、どうやらフィルのことを心配して、相談に乗ろうとしてくれているらしい。

 そんな行為を無碍にするのはどうかとも思い、フィルはクラリーネの言うとおりに、自身の悩みを話すのであった。

 

「まあ! まあ! まあ!!」

「えっと、クラリーネさん……?」

 

 剣の道とノアについて話していたら、クラリーネの最初に抱いていたイライラはすぐに消え去り、どんどん目の輝きを増していった。

 フィルが全部を話し終わったころには、もう最高潮だ。

 

「間違いなく、それは恋ですわ!」

「はぁ、恋……ですか?」

「ええ、そうよ! そうに違いないわ!!」

 

 相談する相手を間違えたかなと、わずかながらフィルは後悔し始めるが、事ここに至ってはもうどうしようもなかった。

 

「私が全力でサポートして差し上げますから、安心なさい!」

「その、ありがとうございます?」

「ええ、お任せなさい!」

 

 とりあえず夜更かしはお肌の大敵だとか、いくつかの注意を言い置いてクラリーネは去って行った。後日、立派なレディになるためにいろいろ教わることになるのだが、この時のフィルはまだよくわかっていなかったと言う。

 

 

 

 後日、ディーク達をレジスタンスの下へと送り出したロイ達は、エブラクム鉱山への道中にあるとある山間の城に差し当たっていた。

 そして、城主であるノードにこの地を通過する許可を求める使者を立てたのだが、その使者が帰って来ることは、ついぞなかった……

 

「ロイ様! 城から兵が出てきましたぞ!」

「なんだって! まさか、この近くに賊がでたのか!?」

 

 マリナスからの報告に驚きをあらわにするロイであったが、パントやマークは不自然なほどに冷静であった。

 

「……まさか、なにか知っているんですか?」

「知っていたわけじゃないよ」

「ただ、こうなる可能性は高いと予想していただけだ」

 

 兵士たちが同盟軍に向かって来るのを見て、マークはわずかに嘆息をもらす。

 もともと西方三島は、リキア同盟軍をこの地に追いやったエトルリアの宰相派の影響が強い土地だ。

 そして、彼らの目的がリキアに対し優位に立つことである以上、軍の機能を可能な限り排除しておきたいのだろう。

 あまりにも大局が読めていない愚かな行為に、マークはもう言葉もなかった。

 

「……とりあえず、応戦するしかないか。何か行き違いがあったのかもしれないし、できるだけ無益な戦闘は避けてくれ!」

「了解です!」

 

 アレンとオルドが城への道を切り開くべく先頭に立とうとするが、ロイはそれを片手で制する。

 ロイはパントを横目で見ながら、この戦闘が自分たちの望んだものではないという事を強調するための考えを口にする。

 

「ロイ様……?」

「今回は、僕たちは攻撃されたから迎え撃っただけと言う大義名分が欲しい。アレンたちは後衛の守りについて、先陣は重騎士達に任せたい」

「なるほど、そういう事なら確かに我らオスティア重騎士団が適任ですな」

 

 敵の攻撃を受け止め跳ね返すのであるなら、ソシアルナイトよりアーマーナイトの方が適任だと言うロイに、バースは深く同調する。

 しかも、同盟軍の重騎士はオスティアの騎士達だけではない。

 

「ふはははは、どうやらわしの出番のようだな!」

「ワレス……若い奴にも見せ場を残しておいてやれよ?」

「承知した!」

 

 バース以上のやる気と興奮を見せるワレスに釘を刺すマークであったが、実際そこまで心配はしていない。

 かつてキアランの騎士団に所属していたワレスは、集団で動くという事をちゃんと理解しているし、何より彼の趣味は新兵の教育だ。

 オスティア騎士団も多くの先達を失っているし、ワレスの存在は良い刺激になるかもしれない。

 

「ではいくぞ、小僧ども! 我らの後ろに、蟻の子一匹たりとも通すことは許さぬ!」

「は、はいっ!」

 

 重騎士らしい重厚な鎧をこすらせる音を響かせながら、重騎士らしからぬ軽快さをもって先陣を切るワレスに、オスティアの重騎士達は必死に追随する。

 

「……さすが、かつては鎧を着たまま領地を3周走ったと豪語しただけはあるな」

「え、鍛練場を、ではなく?」

「ああ、領地を、と言っていたぞ」

 

 老いてなお、重騎士の鎧を着こんでイリアから西方三島にたどり着いたのだから、絶頂期ほどでなくても相応の体力を有しているのは間違いないと思っていたが、まさか現役の騎士を凌駕するとは思わなかったとマークは乾いた笑い声をこぼす。

 

「とにかく、これで正面は問題ないだろう。だが、あちらに見えるシューターはどうする? あれは重騎士達の頭上を越えて、一方的に後方へ攻撃できるぞ」

「……フラン達で別働隊を出して、一気に制圧しよう。ウォルト、制圧したシューターの扱いを任せる」

「はいっ!」

 

 マークの指摘を受けて指示を出すかたわら、ロイは他にも見落としていることは無いかと戦場を見渡す。

 

「戦闘のどさくさに紛れて、賊が出てくるかもしれないね。村に門を閉めるようにと人を遣って」

「わかった」

「あと、砦の方にも兵が詰めているだろうから、そちらの方も警戒を怠らないように」

 

 マークの反応を窺いながらさらに指示を出すロイであったが、その表情からまだ見落としていることがあるように思えてならない。

 

(まだ何か……エトルリアへの配慮、敵の伏兵、賊への対応、現地住人の安全確保もしたし、他に西方で得た情報は……!)

 

 さらに思考を巡らせたロイは、とある可能性にたどり着く。

 

「ここにもレジスタンス活動をする人がいると思うかい?」

「組織立って動く者がいるかどうかはわからないが、個人としてならいるかもしれないな」

「なら、そういった人たちと共闘できないかな?」

「見かけたら声をかけてみよう」

 

 ロイの提案に、マークはわずかに笑みを深めて答える。

 どうやらマークの期待に応えられたようだとわずかな安堵を覚えつつも、ロイは一層気を引き締めながら、レイピアを手に全軍の指揮を行う。

 敵は仮にもエトルリアの正規兵で、一瞬たりとも気を抜いていい相手ではないのだから。

 だからだろうか、本来守らなければならない人物がいつの間にかいなくなったことに、ロイは最後まで気付けなかった。

 

 

 

「やれやれ、彼は思った以上に心配性のようだね」

「もう……パント様もそれが正しいってわかっていらっしゃるでしょう?」

「それでも、やはり息苦しく感じてしまうのはどうしようもないね」

 

 妻であるルイーズと共に抜け出したパントは、ようやく息が付けるとばかりに思いっきり伸びをする。

 こうした単独行動が危険だとわかっていても止められないのは、大陸有数の実力者であるが故だろうが、何よりもその性質が原因としか思えなかった。

 だが、彼とて何の考えもなく放浪しているわけではない。レジスタンスの勧誘となれば、大軍で向かっても相手が出てこないだろうと考えた末の単独行動である。

 もちろん、だからと言ってパントが単独行動を許される理由にはならないのだが……

 

「さて、マーク達から聞いた噂では、ここら辺にお人よしな海賊がいると聞いたんだが……」

「確か、ダーツ様も生きているなら西方三島のどこかに流れ着いているだろうとのことでしたか?」

「そうだね、もし彼がいるのなら心強いな」

 

 ファーガス海賊団の特攻隊長であった彼の実力は、並の騎士をはるかに上回る。そんな人物が再び力を貸してくれるのなら、心強いことこの上ない。

 そんなことを話しつつも周囲を探っていれば、どうやら噂の人物らしい、見知った顔が現れた。

 

「……アンタ確か、シルバーさん、だったか?」

「ギース殿……そうか、噂の海賊は君の事だったのか」

「噂になってんのか?」

 

 噂の人物は残念ながらかつての戦友ではなかったが、それでもパントが自ら赴くに足る人物であった。

 

「いつかの依頼、完璧にこなしてくれたと聞いているよ」

「はっ、貰った金の分の仕事をしただけだ」

「最近は、そんな当たり前の事すらできない愚か者の方が多くなっているらしいからね」

 

 この西方三島の惨状を見れば、ギースの言う当たり前の行動がいかに珍しくなっているかわかるだろう。

 だが、ギースから言わせてみれば、最低限の仕事をこなしただけで称賛されるのは、今一つ居心地が悪かった。

 

「そんな君にまた依頼があるんだが……」

「あ~、悪いが、今は無理だ。ちょっとばかし、仲間のかたき討ちに行かなきゃならないんでな」

「……」

 

 ギースの言葉に、パントは一瞬目を見張る。彼らの実力であれば、そこら辺の賊にそう簡単に後れを取るとは思えなかったからだ。

 だからこそ、ギースの言うかたきが何者か、わかってしまう。

 

「……実はシルバーというのは偽名でね、私の名はリグレ公爵パントというんだ」

「ッ!?」

「そして君への依頼は、この地で好き勝手している愚か者たちの討伐なんだが、引き受けてはもらえないかい?」

 

 思わぬ大物の登場に目を見開くギースであったが、それで頭の回転が止まるような柔な鍛え方はされていない。

 瞬時にこれから起こるであろうことを予想し、その眼を鋭く光らせる。

 

「いいぜ、かたきを討てるのなら……それも賊としてじゃなく、正当な断罪者としてそれができるんならこれ以上はねぇ。その依頼、引き受けた」

「助かるよ」

「お互い様だ」

 

 ギースの勧誘に成功したパントは、ひとまず同士討ちを避けるためにも本隊へと合流する。

 軽く肩をすくめるだけだったマークに対し、思わず胃のあたりを押さえたロイにほんの少し罪悪感を覚えたが、今後も単独行動を辞めることはできないだろうと開き直るパントなのであった。

 

 

 

 その後、リリーナがゴンザレスという山賊を拾ってきたりと、いくつか予想外な事態もあったが、ロイ達は何とか無事に城を制圧することに成功した。

 その事後処理に忙しく走り回っていたロイ達であったが、そこで思わぬ報告がリキアから入る。

 

「リキアで反乱が起こったって!?」

「はい、マーク殿とエリウッド様が立てた計画通りに反乱は起こり、無事に制圧されました」

「どいつもこいつも簡単に乗せられて、張り合いが無かったぜ」

「あ、エリウッドの奴、ばらしたのか」

「……いえ、クルザードがちゃんと同盟に戻るには、ちゃんとどんな交渉があったのか話さないと……」

 

 ロイの驚愕は、報告も兼ねて同盟軍に合流したランスによって静められる。マークがちょっと不満そうに口を挿んだが、フロリーナの言うように反乱の首謀者が何事もなく同盟に戻った時点で、全てが仕組まれたことと気づかない者はいなかっただろう。

 

「それで、なんでこの場にフロリーナまで来ているんだ?」

「えっと、オスティア侯爵夫人の存在は、エリウッド様の邪魔になってしまいますから」

「だからって……はぁ、もう何を言ってもいまさらか……」

 

 確かに、フロリーナを担ぎ上げて実権を握ろうとした身の程知らずもいただろうが、それ以上にエリウッドが邪魔なフロリーナを追い出したと取られる方が、よほど面倒になるだろう。

 とはいえ、フロリーナほどの戦力が使えるようになれば、同盟軍の軍師としてこれほどありがたいことは無い。

 ……ただし、責任者であるロイにとっては話が違ってくるだろうが……

 

(フロリーナがこちらに来ると知っていれば、もう一人ぐらいレジスタンスの方に着けたのに……)

 

 わずかな後悔が頭をよぎるが、かといって今更誰かを送っても遅い。

 マークは気を取り直し、今後について意見を交わす。

 

「現地の管理者から攻撃を受けたことについて、エトルリア本国に抗議文を送るべきかな?」

「本国に送っても無意味だと思うよ」

「なら、セシリア将軍個人への相談ならどうかい?」

「それが妥当でしょうな」

 

 他にも討伐した駐在官の代わりをどうするかなど、さらにいくつか話し合いをしていると、城内の調査をしていた兵士からレジスタンスの少女が捕らえられているとの報告が入る。

 

「……レジスタンスは、エトルリアとも対立しているのか?」

「島の人たちが鉱山で無理やり働かされているという話だったし、レジスタンスの言う賊というのには、西方からすべてを搾取するエトルリアも含まれているのかもね」

「そんな……」

 

 パントの予想に、ロイは思わず言葉を無くす。だが、まさかと思いつつも、これまで見て聞いてきた西方三島の情報を思えば、否定することもできなかった。

 そして、その信じたくない事実は、レジスタンスの少女ララムの言葉によって、裏付けられる。

 

「……まさか、賊の保護までやっていたとはね」

「さすがにこれほどとは思っていなかったぞ」

 

 パント達は駐在官たちのあまりの所業に怒りを通り越して、むしろ呆れを抱く。

 だが、呆れてばかりもいられない。

 

「今回は、北にあるエブラクム鉱山で働かされている人たちを助ける予定だったんだけど、その計画がばれちゃったの! 早く知らせないと、エキドナさん達が……!」

「わかった、すぐに北の鉱山へ急ごう!」

「ありがとう、ロイ様!」

「わあっ!」

 

 即座に決断を下したロイに、ララムは感極まって飛びついてしまう。

 それを見たリリーナが頬を膨らませているのを、マーク達は笑みを浮かべながら眺めているのであった。

 

「……」

「どうかしたのか、フラン?」

「……いえ、別に。それより、いいんですか? 彼女の言う事がどこまで本当かもわからないのに……」

「ああ、それについては間違いないよ」

 

 どこか憮然としたフランの指摘に、パントは気楽に答える。

 フランはその自信に満ちた様子を見て、パントは西方三島を訪れる前から情報を得ていたのだろうと判断したが、その見解は半分正解といった所だろうか。

 パントが間違いないと断言できたのは、その情報を語ったララムが信用できる人物だと知っていたからだ。

 それもそのはず、彼女は西方三島に隠れたエトルリアの王子に仕えている、パントとも面識のある人物なのだから。

 だから、パントが彼女の事を信じるのは何の問題もないのだが、ロイ達は別だ。

 

(トリアでもワグナーの企みに感づいていたようだし、今回も何か想うところがあったのかな?)

 

 勘がいいのか、人を見る目があるのか……どちらにしろ、ロイが正しい選択をしたことに違いは無い。

 そして、正しい選択ができる人物だからこそマークが助言し、パントも同行したいと思えたのだ。

 

「リキアよりいずる炎の子、か……」

「ニニアンの子に相応しい呼び名とは思えないがな」

「確かにそうだね」

 

 パントの呟きに、マークは過剰な期待はするなと釘を刺すのであった。

 



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第16章「西方の勇者(前篇)」

 レジスタンスの少女ララムから助けを求められ、ロイ達はレジスタンスと無理やり働かされているという島の人々を救う為にエブラクム鉱山へと向かう。

 同行しているパントからの理解は得られたが、それでもエトルリア本国との関係は間違いなく悪化するだろう。

 そんな未来に胸を重くしつつも、ロイ達はその歩みを止めることはしなかった。

 自分たちの行動が多くの人々を救うと信じ、胸を張ってリキアに帰るのだと、毅然たる態度を崩すこともまた無かった。

 

 

 

「マーク殿」

「ランスか、怪我はもう大丈夫なのか?」

 

 エブラクム鉱山への道中、西方三島に駐在するエトルリア軍との戦いに備えてパントからの情報をまとめていたマークの下に、リキアから合流したランスが訪ねてきた。

 マークが最後に見たときはまだ完治していなかった右腕だが、今はもう包帯などをつけている気配は無かった。

 

「はい、リキアで起こった反乱騒ぎでも戦いに参加できましたから、もう心配いりません」

「それは良かった」

 

 むしろ、怪我をする前よりも太くなった腕を見せるランスに、マークは他意のない笑みを見せる。

 今後の戦いを思えば、ランスの参入は非常に心強かった。

 実際にそう言って歓迎するマークにランスは最善を尽くすことを約束し、リキアを発つ際にエリウッドより預かったと言う荷物を差し出すのであった。

 

「これは……剣か?」

「はい。マーク殿も前線に立つのなら少しでも良い武具を身に着けてほしいと、エリウッド様がおっしゃっておりました」

 

 オスティアでは細身の剣を手に竜騎士たちと戦い、彼らの堅さを前に全く歯が立たなかったと聞いたエリウッドがマークのために準備したのだが、エトルリアからの要請が急であったこともあり、出陣に間に合わなかったらしい。

 

「時間をかけただけあって、扱いやすく、耐久に優れ、それでいて見栄えのする物となったそうです」

「別に必要ないのに……」

 

 元々、マークが剣を握ったのはたった一人で完全に無防備な状態で戦場に立つのがためらわれたからであり、正式に剣技を修めたわけではないのだ。

 とはいえ、今日まで戦場に立ってきた故か、そこそこの腕になってきているのも事実であり、扱いやすく優れた剣があると言うのはありがたい。

 

「まぁ、エリウッドからの好意だ。この剣を持つに恥じない程度の腕にならなくちゃな」

 

 本格的な鍛錬とまではいかないまでも、少し剣を振るう時間を作ろうと決意し、マークは席を立つのであった。

 そしてマークを見送ったランスは、いつも通り自分を磨くべく天幕に戻り、マークの言うところの一人遊びに精を出す。

 

「やはり、ここはナイトを……いや、アーマーでじっくりと攻めるべきか?」

 

 同盟軍に合流するまでに、何とか二度ほど攻略に成功させたランスであったが、その代償として図面の上には兵士が溢れかえっている。

 それを睨みながら唸っていると、本来この場で聞こえるはずのない声が聞こえてきた。

 

「ランス、ちょっといいかな?」

「ロイ様……!?」

 

 この軍の将として多忙を極める主君が、わざわざ一介の騎士の天幕を訪れるなど欠片も想像していなかったランスは、慌ててロイを迎え入れる。

 

「何か御用があるのでしたら、呼びつけていただければ……」

「いや、そんな大したことじゃないから……怪我はもう大丈夫なのか確認したくってね」

「……はい、ご心配おかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」

「そう……ならいいんだ」

 

 念のためとはいえ、一度は軍を離れなければならなかったのだ。庇われたロイからしてみれば、ちゃんと確認したかったと言うのも頷ける話だろう。

 だが、ランスから言わせてみれば、マーク達に無理やり残されたと言った方がしっくりくるのだ。

 

「……元々、クルザードに反乱を起こさせる予定だったので、戦力を残すため為というのが本音だったらしいです」

「そうだったのか……」

「結果から言えば、多少過剰戦力気味になってしまいましたけど」

 

 怪我の療養という名目で残されたランスと、その実力とは裏腹に世間に名が知られていない魔道士ニノ、元イリアの天馬騎士であるオスティア侯爵夫人フロリーナ。

 これに、十全な状態とは言わないがリキア一の騎士エリウッドが加われば、もはやリキアにかなう者などいない。

 まして敵首魁であるクルザードと通じているとなれば、この機会を好機と見た愚か者の未来などあるはずもない。

 ランスが語った戦いの詳細を聞けば、さすがのロイも苦笑せざるを得なかった。

 

「まあ、問題無く制圧できたのなら良かったよ」

「内通者は排除され、残った者たちの団結は高まりました。例えベルンが攻めてきたとしても、そうやすやすと落されたりはしないでしょう」

 

 リキアが安定し、ロイはひそかに感じていた焦燥が薄れるのを感じた。

 そうすると自然と視野が広くなり、ふとランスの手元にあったフェレ城の見取り図がロイの目に入った。

 

「これは?」

「あ、これは……マーク殿からの課題、といった所でしょうか」

 

 いくらロイの訪問が急であったとはいえ、城の見取り図を開いたままにしていたことを気まずく思うランスであったが、ロイはそのことに気付かず、ただ図上に配置された兵たちについて思案する。

 

「ひょっとして、防衛戦?」

「いえ、今は攻城戦です」

 

 かつてマークから教わった『一人遊び』の事をロイに説明し、今は再び防御に隙が無いかを検討中だとランスは告げる。

 その話を聞いたロイは将の顔つきになり、もし自分だったらどう攻めるのかを検討し始める。

 

「ずいぶんと厚い陣営だね……こちらの戦力を集中させ、相手の戦力を分散させなければ突破は難しいかな?」

「はい……しかし、その分散させることが難しいです」

 

 両軍ともランスが動かしていることもあるだろうが、相手を出し抜く策というのはとても難しい。

 そういうランスに、ロイは少し訂正を加える。

 

「確かに、相手の考えの上を行くのは重要だけど、策というのはそれだけじゃないよ」

「と、言いますと?」

「例えば……罠だとわかっても、乗らなければいけないように仕向けるのはどうかな?」

 

 城内の兵が多いことを確認したロイは、まず兵糧の問題を挙げる。

 

「これだけの兵を養うには相応の食料がいるし、長期戦の構えを見せれば、どうしても城から打って出ないわけにはいかなくなる」

「……」

「他にも、あえて動かさない兵を作る事で、相手にも余力を残すことを強制させたりするのもいいかな」

 

 自分の考えた策をいかに超えるかと一生懸命考えていたランスには、ロイの敵を自分の思い通りに動かすという考えは衝撃的であった。

 だが、確かに戦術書にはその類の策も乗っていたことを思いだし、知識として知っていることと、技術として体得したことの違いを深く理解する。

 

「……私は、まだまだ未熟ですね」

「僕も同じだよ」

 

 共に深いため息を吐くのは、目の前にある壁があまりに高く、自身の成長が感じられないためだろう。

 さらに、こんなことでは自分たちを守るために散ったマーカスも安心できないと、己を追いこんでしまう。

 もし本人が居れば、年季が違うと一言で切り捨てただろうが、この場にマークはもちろん、他にも指摘できる者はいなかった。

 

 

 

 そのように2人が無駄に落ち込んでいる間、マークは新たな剣を手にしてかつてリンディスの行っていた型をなぞっていた。

 その腕前はリンディスと比べればまだまだ未熟であったが、一介の傭兵と言っても通じる程度のものにはなって来ただろうか。

 

「まぁ、こんなもんかな?」

 

 一朝一夕で身に付くような物でもないし、他にも多くの作業を抱えている以上そろそろ切り上げなくてはと思い天幕へ戻ろうとしたマークに、鋭い殺気が叩きつけられる。

 

 

「はぁっ!」

「……なっ!」

 

 同時に死角から振るわれた剣を回避したマークは、襲撃者の顔を確認し思わず息をのむ。

 

「……ルトガー、さすがに冗談が過ぎるぞ?」

「……」

 

 マークの言葉に、無言のまま佇むルトガーからは先程の殺気が感じられなかったが、それでも怒気というか、不快さを表すことまでは止めなかった。

 その機嫌の悪さに心当たりが無かったマークがかすかに首をかしげるのを見たルトガーは、さらに眉を顰めマークを糾弾する。

 

「……貴様もベルンに恨みがあるのだろう? なぜそんなに呑気にしていられる」

「あー……」

 

 要するにルトガーは、ベルンとの戦うでもなく西方に渡り、目的から遠ざかったにもかかわらず全く平然としているマークにいら立っているのだ。

 確かに、同朋がベルンとの戦いから離れてエトルリアのいざこざに頭を突っ込んでいるのを見れば、ルトガーにとって気分のいいものではないだろう。

 だが、軍師であるマークには剣士であるルトガーとは違った考えがあるのだ。

 

「今ベルンと戦っても、勝ち目はないだろう? それともルトガーは、感情のおもむくままにベルンの兵士を斬り捨てて、そのまま玉砕するのが望みか?」

「……」

 

 正直に言えば、怒りに身を任せたい激情も確かにあるルトガーであったが、同時にその程度では済まさないと言う憎悪も身に宿していた。

 故に明確な言葉にはできず、ただマークの言葉を聞き続ける。

 

「そんな末端なんか、どうでもいい。俺の本命は、この戦いの元凶だ」

「……なら、いい」

 

 若干険しくなったマークの気配に、ルトガーも納得する。

 肩を並べた同朋が健在と知り満足したルトガーはそのままマークに背を向けこの場を去ろうとして、思い出したかのように助言をする。

 

「持て余しているのだろう、もっとその力に見合った剣の使い方を知れ」

「そうなのか?」

 

 マークはわかっていないようだが、ルトガーの見立てにそう誤りはないだろう。

 今のマークはルトガーやフィルに近い剣技を操っているが、適性を言えばディークやクルザードのそれの方が近い。

 そんなこともわかっていないマークに、ルトガーは呆れを隠せなかった。

 

「本当に、剣に関しては素人なのだな。先程も剣で迎え撃つこともしなかったし……それは本来の貴様の戦い方ではないんだろうな」

「……」

 

 剣を使って受けることも流すこともしないマークは、やはり剣を扱う者として異端なのだろう。

 だが、それも当然と言えば当然だ。マークは名の知れた軍師であり、剣士ではないのだから。

 

(……だが、それにしては回避の仕方が様になっていた気もするがな)

 

 剣のお粗末さに対して異常なまでの冴えを見せる回避能力は、マークの異質さを際立たせる。

 

(正直、本来の得物の使用を禁じていると言われた方がまだ納得出来る)

 

 そんなあり得ない事を想像し、ルトガーは思わず失笑を漏らす。誰が好き好んで本来の武器を封じ、命のやり取りをする戦場に出るものか、と。

 軽く頭を振って下手な妄想をよそへと追いやり今度こそ立ち去ったルトガーを、マークはどこか苦い顔で見続けていた。

 

 

 

 リキア同盟軍がエブラクム鉱山へと軍を進める間、鉱山の監督を任されていた司祭オロも、来る戦いの準備を行っていた。

 その対策の一つとして、本国より派遣されたクレイン将軍にこのような報告を行う。

 

『リキア同盟軍は賊と通じて、エトルリアに対する謀反の疑いあり』

 

 これを聞いたクレイン将軍は憤り、雇ったイリアの傭兵天馬騎士団と共にリキア同盟軍を討つ準備を始めるのであった。

 

「ねぇティト、リキア同盟軍の謀反って本当なの?」

「……隊長と呼んで。クレイン様からの話ではそうらしいわね」

「ふーん……きな臭い話ねぇ」

 

 隊長であるティトの注意を聞き流した天馬騎士の女性は、再び先程の話を吟味する。

 そんな相変わらずの部下にため息ひとつついたティトは、仕方なく話を進める。

 

「あなたがなんて思おうと、雇い主の命令は絶対よ。それが、イリア騎士の誓いなんだから」

「わかってるって! ……ホント、ティトって姉貴に似て来たよね」

「それは光栄ね」

 

 じと目で見てくる女性の言葉をさらりと受け流したティトであったが、それだけで終わらせるわけにはいかない。

 なぜなら彼女は、今でこそティトの部下であるが、天馬騎士としてはかなりの先輩にあたるからである。

 かなりの期間、イリアから離れて独自に依頼を受けて回っていた彼女は、いかに実力があっても指揮官を任せられる信頼が騎士団で築けていなかったのだ。

 はっきり言って、部下として接しなければいけないのはそれなりにストレスを感じるが、戦場での命令系統の混乱は許容できるものではないから仕方がない。

 

「それで、きな臭いって言うのはどういう意味?」

「今のリキアの盟主はエリウッド様でしょう? あの人が賊と通じるなんてありえないって」

「でも、あなただって最近エリウッド様にあったわけではないんでしょう?」

「そりゃそうだけど……」

 

 人は変わると言外に言うティトに、わずかに言いよどませる女性であったが、それでも確信があるのかやはりありえないと断言する。

 だが、それを証明する手段が無いと肩を落とすのであった。

 

「やっぱり戦いは避けられないかぁ……」

「……そんなにリキアと戦いたくないの?」

「当然! 私はまだ死にたくないもの」

 

 あたかも敗北が確定しているかの女性の物言いに、さすがのティトも目を見開く。

 

「まさか、『すご腕』を自称して、事実イリアでも3指に入る実力者のあなたが?」

「普段のリキアだったらともかく、今はマークさんがいるからね……」

 

 女性のため息交じりの言葉に、ティトは思わず息をのむ。

 常に傲岸不遜の態度を崩さない彼女ですら敵に回したくないと言う軍師を敵に回すのだと、今更ながらに実感する。

 しかし、たとえ親兄弟を敵に回しても戦うと誓ったイリアの騎士ならば、いかな強敵を前にしようと戦いを辞めるわけにはいかない。

 

「まぁ、マークさんもかつての戦友やその息子を、好き好んでは討たないでしょ。なるべく早くクレイン様が投降するように祈ってましょう」

「……クレイン様は弓兵だから、わたし達天馬騎士が前に出ることになると思うけどね」

「げっ!?」

 

 思わずみっともない声を上げた女性であったが、そのある意味いつも通りの反応にティトは何とか平静さを保つのであった。

 

 

 

 イリアの傭兵天馬騎士団がこれからの戦いに頭を抱えている最中、レジスタンス達も同様に苦しい状況に陥っていた。

 

「参りましたね。少し気が急いてしまったのでしょうか?」

「同盟軍と合流できれば、戦力的な不利もなんとかなっただろうからな。つい焦っちまうのも仕方ねぇさ」

「でも、エルフィンがこんな失敗するなんて珍しいじゃないかい?」

 

 レジスタンスの参謀であるエルフィンと、リキア同盟軍の使者であるディーク、それにレジスタンスのリーダーであるエキドナは、エトルリアの兵士たちの目から何とか逃れながら、鉱山ふもとの町までやってきていた。

 

「情けない話ですが、少し公私を混同してしまいました」

「……そんなに楽しみだったのかよ。ウチの軍師に会えることが」

「まあ、あたしだって楽しみなぐらいだからね。同業者ならなおさらってか?」

「そんなところですね」

 

 周囲はエトルリア兵であふれているのに、それでも平静さを失わないのはさすがというべきか、それとも呑気というべきか……

 

「……慣れてるんですね」

「基本的に逃げ隠れする日々だからね」

 

 ディーク達とほぼ同時期にレジスタンスと合流したタニアの公女ティーナの呟きに、肩をすくめてエキドナが応える。

 

「あたしたちに出来るのは、精々嫌がらせ位なもんだからね」

「一国相手にそれだけできれば充分でしょう」

「違いない!」

 

 機嫌よさそうに笑うエキドナであったが、それだけでは満足できないと思っているのがわかる笑い方であった。

 だが、同盟軍と合流できればそんな鬱屈した想いともおさらば出来るだろう。

 

「同盟軍さえ来れば、ね」

「予定通りなら、あと3日ってとこか?」

 

 そう、ディーク達が出発する前の予定では、鉱山への到着予定は3日後になっていた。

 それまで逃げ切れば、レジスタンスの目的は達成されたも同然だ。

 しかし、そんな願いも容易く裏切られる。業を煮やした城主が、レジスタンス捜索の兵を倍増してきたからだ。

 

「……もし今、城を攻めることが出来たら、あっという間に制圧できるんじゃないか?」

「あり得そうで怖いですね」

 

 ディークがついそう思ってしまうのも仕方がないほどの兵を吐きだしたエトルリア軍は、少しずつではあるが確実にレジスタンス達を追い詰めていった。

 

「おい大将、そろそろ限界だぜ!」

「わかってるよ、ダン!」

 

 レジスタンスの自称特攻隊長であるダンが急かすのも無理はない。

 エトルリア軍に発見されてなし崩し的に戦闘を開始するよりは、こちらから打って出た方が確実にいくらかマシな状況に持っていけるのだから。

 だが、いかにマシな状況を作れたとしても、援軍が無ければ何の意味もない。リキア同盟軍が到着しなければ、いかに善戦仕様がどうにもならないのだ。

 エトルリア軍もそれがわかっているからこそ、早期発見に躍起になっているのだから。

 そして、先手を打つ最後の機会が訪れるのであった。

 

「仕方ありません。ダンを先陣に、ディーク殿達はその援護を、殿はエキドナとガント殿にお願いします」

「了解だ!」

「目的は脱出です。リキア同盟軍も近くに来ているでしょうから、無理をせずにその時まで生き残ってください!」

 

 エルフィンの険しい声と共に、特攻隊長ダンがエトルリア兵の前に飛び出し、その斧を振り下ろす。

 

「死にたい奴からかかってきな!」

「あんま挑発するな!」

「治療にも体力を消費するんですから、敵を集めるようなマネは止めてください!」

 

 エキドナとティーナからの叱責を受けたダンであったが、この面子の中では自分が一番戦闘に長けているという自負があり、他の面子の負担を減らすという目的があるのだ。

 ほんのわずかに肩をすくめるだけで、ダンは敵の挑発を辞めるつもりは無かった。

 

 

 

 レジスタンス達の戦いが始まったころ、ロイ達もようやくエブラクム鉱山へと到着しようとしていた。

 そう、リキア同盟軍が鉱山へ着くには、いましばらく時間がかかる位置であったのだ。

 だが、幸か不幸かマークが放っていた密偵が鉱山の情報をいち早くつかみ、その情報を持ち帰っていた。

 

「なんだって? もう戦いが始まっているのか!」

「はい、我々の事は伝わっているでしょうから、あと少しが待てずにエトルリア軍に発見されたんだと思います」

「すぐに出陣する!」

「はっ!」

 

 マシューからの報告でロイは即座に出陣を決断し、全軍へと指令を出す。

 その傍ら、マークとパントはマシューから更なる情報を聞き、その対処に動くのであった。

 

「パントの息子か……」

「ああ、本国に残しておくのは不安だったから、西方に出張らせたんだ」

「抜け目のない……」

 

 本国で起こる混乱に巻き込まれないように、されど相応の試練を課すパントは、過保護なのか厳しいのか判断しにくい子育てをしているようである。

 

「あの子にはファリナ殿を雇えるように手配したから、少し急がないと甚大な被害が出るかもしれないね」

「フロリーナとルイーズで早急に説得してくれ!」

「はい!」

「わかりましたわ」

 

 うまくファリナを使われれば、ロイにイサドラが付いていてもかなり厳しくなる。故に可能な限り早く対処するべきなのだが、さすがにいくらかのずれは生じるだろう。

 また、マシューの仕入れた情報はこれで終わりではないのだ。

 

「竜騎士も近くにいるのか……」

「目的はわからないけど、ヒースあたりが来ると厄介だな」

 

 マークの危惧に、パントも同意する。

 もとより西方へのベルンの介入は覚悟していたが、それがヒースや竜将クラスであるのなら、マーク達だって油断はできない。

 万が一の事態を思えば、ロイ達から引き離したいところである。

 そのようにマーク達からかなりの警戒を受けることになった竜騎士は、鉱山の上空でゆっくりと旋回しながら戦局を見渡していた。

 

「見覚えのある顔も多そうだねぇ……ヒース、アンタの報告より増えてるんじゃないのかい?」

「西方に滞在していた者たちとも合流したのでしょう。それより、本当に俺達だけでやるんですか、隊長?」

 

 ヒースに隊長と呼ばれて相変わらずだと少し呆れるヴァイダであったが、その目は変わらずに鋭く、戦意に満ちていた。

 

「当然だよ! ここならまだ竜将の管轄外とギリギリで言えるし、他の奴らには関係ないけじめだからね!」

「まぁ、それはそうなんですが……」

 

 それは、20年前に共に戦ったマーク達への決別の儀式か。ヴァイダには、どうしても彼らと本気で戦う前に会っておく必要があったのだ。

 

「結局、あの戦いはアイツ等だけの問題じゃなかったからね……」

 

 その言葉を最後に、ヴァイダは口を閉ざす。その時が来るのを、ただ静かに待つのであった。

 



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第16章「西方の勇者(後篇)」

 一足先に始まってしまったレジスタンスとエトルリア軍の戦いに介入するため、ロイ達はその足をさらに速める。

 だが、彼らの前に立ちはだかるのは鉱山に配置されたエトルリア軍だけではない。

 賊と通じるリキア同盟軍を討つべしと気炎を上げる遊撃軍を率いるのは、リグレ公爵家の嫡男であるクレイン将軍。

 その配下にはイリア傭兵天馬騎士団でも最高峰の実力を有する『すご腕』ファリナを含むティト隊の面々。

 さらに斥候であるマシューの情報では、竜騎士の影も見えたと言う。

 数多くの実力者が集った戦場は、今まさに衝突の時を迎えるのであった。

 

「フラン! イサドラ達を率いてレジスタンスと早急に合流してくれ!」

「えっ!?」

「ロイ様ッ!?」

「時間が無いんだ! ここにはマークもいるから大丈夫だよ」

「……わかりました」

 

 ロイは機動力の高い騎馬隊をレジスタンス達の援護に出すことに決めて、その指揮官に副将であるフランを指名する。

 それに対し、イサドラは守護すべきロイの下から離れる事に難色を示したが、この場にはまだマークやパントもいるため、そこまで強固に反対することもできなかった。

 だが、その判断にあまり良い顔をしなかったのはイサドラだけではない。

 

(まずいな……竜騎士たちの存在を思えば、あまり戦力を小分けにするわけにはいかないんだが……)

 

 騎士たちを先行させるとなれば、当然部隊は2つに分かれるか間延びしてしまう。マシューが見た竜騎士がただの伝令などであるなら良いのだが、ヒースクラスの実力者が率いる強襲部隊であった場合、イサドラだけでは危ないかもしれない。

 

「……ゼロット達にも、合流に向かってもらおう」

「え? でもここで騎兵をすべて出してしまったら、もし何かが起こった時に取れる対処の幅が狭くなってしまうよ」

「そのデメリット以上に、竜騎士の方が怖い」

「それは……」

 

 マークの言葉に、ロイもオスティアで戦った竜騎士の脅威を思い出す。

 あの時はマーカスを筆頭に仲間たちが実力以上の粘りを見せて、ようやくエリウッドが来るまでの時間稼ぎしかできなかったのだ。

 再びあのような思いをするぐらいだったら、マークの言うようにいくらかのデメリットを飲み込んで戦力を割くべきだろう。

 

「さらにスーやシン、クラリーネも同行すれば、たとえ竜将が現れようとそうやすやすとやられはしないだろう」

「さすがにやり過ぎでは……」

「……いや、マークの言うとおり、可能な限りの戦力を出そう。何事もなかったとしても、レジスタンスとの合流は、早いに越したことはないしね」

 

 イサドラ達からすれば、本隊が手薄になってしまう事から反対したかったが、ロイの隣にいるマークとパントに目をやり、反論を諦める。

 この2人が相手では、下手な反論は時間の無駄にしかならないと悟ったからだ。

 そうしてロイ達に先んじてフランたちが出陣すれば、ロイ達が警戒するのは主に竜騎士とクレイン率いる遊撃軍である。

 

「遊撃軍を率いるクレインは、私の息子だ。戦いの癖ぐらい把握しているし、どうとでもなる」

「問題は、やはり竜騎士の動向だな」

 

 エトルリア軍を相手取りながら、さらに竜騎士の相手をするなど並の実力で出来るはずがない。

 だが幸いなことに、現在のリキア同盟軍にはその並ではない実力者が複数所属していた。

 

「頼りにしているからな、パント」

「できる事なら、私は妻と一緒に息子の方に行きたいんだがね」

 

 これ見よがしにため息を吐いて見せるパントであったが、自身が適任であると理解しているのだろう、その瞳は油断なく周囲を警戒していた。

 ロイが本陣に指示を出すかたわら、マークも昔使っていた合図を駆使して、かつての仲間たちへとそれとなく指示を出す。

 あまり昔からの仲間たちを頼るそぶりを見せれば、それはひるがえって若い仲間たちが頼りないと言っていることになってしまうからだ。

 

(まったく、面倒な事だ)

 

 しかし、仲間たちが気分よく十全の力を発揮できる戦場を用意するのが軍師の役目である以上、マークは最善を尽くすだけである。

 そうしてわずかだがマークによって手を加えられた本陣の前に、ついにクレインたち遊撃軍の尖兵が姿を現す。

 

「天馬騎士達が来るぞ!」

「リリーナ、頼む!」

「わかったわ!」

 

 突如として現れた天馬騎士達から奇襲であったが、予見されてしまえば奇襲の効果も半減だ。

 リリーナに合わせて魔道士たちはエルファイアーを一斉に放ち、天馬騎士達を迎え撃つ。

 パントが予想した通りのこの奇襲に対し、ウォルトたち弓兵を使わなかったのは、クレインを説得した後に被害が大きければすぐに肩を並べるのが心情的に難しくなるだろうと配慮したからなのだが、被害を考慮した一手では押さえきれない相手が躍り出る。

 

「甘い、甘すぎるよっ!!」

「うそ!?」

 

 まるで壁のように展開されたエルファイアーの弾幕をまるで何事もなかったかのように突き抜け、リリーナ達に槍を向けるのは、イリア天馬騎士の中でも最高位の実力者であるファリナだ。

 だが、それも当然。もとよりペガサスたちは魔法に対して高い耐性を持っており、その中でも並はずれた実力を持つ彼女であれば、この程度の事容易くやってのけるだろう。

 炎の壁を突き破ったファリナはリリーナへと自身の持つキラーランスを向けるが、ここまでは予想通りだ。

 あらかじめ配置されていたフロリーナが割って入り、その槍が突きだされることは無かった。

 

「お姉ちゃん!」

「フロリーナ……? って、何でフロリーナがここに居んのよっ! オスティア侯爵夫人でしょ!?」

「うん……侯爵夫人だから、かな」

 

 思わずまくしたてるファリナに、フロリーナは静かに答える。

 侯爵夫人になったから、リキアを第二の故郷にしたからこそ、フロリーナはリキア同盟軍にいるのだと。

 ファリナの疑問とは若干ずれた答えであったが、それがフロリーナのここにいる理由であった。

 そして、それは同時に宣戦布告でもある。

 

「たとえお姉ちゃんが相手でも、リリーナには髪の毛一本だって傷つけさせないんだから!」

「ちょっ、なんでそんなにやる気なのよ!?」

 

 ファリナにとって不幸だったのはフロリーナの娘、すなわち自身の姪であるとは知らずにリリーナに槍を向けてしまったことだろう。

 これが大いにフロリーナの母性を刺激してしまい、かつてないほどやる気にさせてしまったようである。

 だが、ここで妹に封殺されてしまっては、姉として立場が無い。ファリナは力づくでフロリーナの放った一撃を跳ね除け、わずかに押されていた戦局を五分に押し戻す。

 

「くっ!」

「お姉ちゃんとしては、ここで負けるわけにもいかないのよ、ねッ!」

 

 そして、一度五分に戻されてしまえば地力で劣るフロリーナが、ファリナに勝てる道理は無い。

 徐々に劣勢に陥り始めるフロリーナであったが、これもまた予想の範疇である。

 

「シャニー!」

「はいッ!」

 

 フロリーナの呼びかけにより戦線に加わったのは、リキア同盟軍に所属するもう一人の天馬騎士だ。

 もちろん、シャニーの実力はフロリーナ達にまだまだ届かないが、それでも二人のわずかな実力差を埋めるだけの連携技能があった。

 

(面倒な子をあてがってくれちゃって……!)

 

 この面子を差し向けた軍師へ悪態と感謝の念を送りつつ、ファリナはマークの思い描いたであろう通りに接戦を演じ続ける。

 だが、そのこの戦場にいるのはマークの思惑を理解できる者ばかりではなかった。

 

(まさか、ファリナさんが抑え込まれるなんて……!)

 

 相手が二人がかりとはいえ、それでもファリナと拮抗する天馬騎士が相手にいると言うのは、ティトにとって大きな誤算であった。

 しかし、だからと言って白旗を上げるわけにはいかない。ティトは部下たちに合図を出し、先ほど斉射を行った魔道士たちに迫らんと空を翔ける。

 だが、それすらも読まれていたのか、クルザードやオージェがその道を遮る。

 

「行かせはせん!」

「させません!」

「邪魔よっ!」

 

 道を遮られたとはいえ、その手に持つ武器の相性から言えば突破はそう難しい事ではないと判断したティトは、割と小柄なオージェへと槍を突きだし駆け抜けようとする。

 もっとも、天馬騎士を相手取るために準備していた彼らに死角は無かった。

 

「甘いですよ!」

「ランスバスター!?」

 

 武器の優位を覆され、わずかに勢いを失った天馬騎士達に再び複数の炎の魔法が降り注ぐ。

 いかにペガサスがすぐれた魔法防御を誇るとはいえ、そう何度も魔法を撃ち込まれて平気なわけではない。

 ティト達は強行突破を断念し、一度後退しようと翼を翻そうとしたが、それもまた読まれていたのか二人の剣士が立ちはだかる。

 

「ふん、まるで籠の中の鳥だな」

「このっ!」

「ルトガーさん、挑発しないでくださいよ!」

 

 挑発こそすれ斬りかかってはこないルトガーやフィルの様子を見て、ティトはどうやらリキア同盟軍は自分たちを無力化するにとどめるつもりだと理解する。

 しかし、相手の思惑がどうであれ、彼女達にそれを汲み取る義理は無い。

 ティトはクレインの放つ本命の一撃からリキア同盟軍の目をそらすべく、なお一層の奮闘を見せるのであったが、それもまた、マーク達にとって予想済みの事であった。

 

「ロイ殿、そろそろクレインが動くはずだ」

「はい……バース、ワレス殿!」

 

 パントの呼びかけに答え、ロイは目前で戦う天馬騎士達から目を離し、重騎士達へと号令をかける。

 そしてまさにその瞬間、あらかじめ警戒していた地点からエトルリアの若き将軍が姿を見せ、同盟軍に向かって矢を射かけるのであった。

 

「くうっ!?」

 

 盾に響く衝撃にオスティア重騎士団が思わず苦悶の声を漏らすも、大盾に守られた同盟軍の被害は極々軽微ですんだ。

 

「うん、我が息子ながらこれ以上ないタイミングだったね」

 

 あらかじめわかっていても完全に防ぎきれなかったという事実に、息子の成長を喜ぶ父親としての表情を一瞬見せたパントであったが、まだ決着はついていない。

 すぐさま意識を切り替え、ロイに行動を開始する旨を伝えるのであった。

 

 

 

「……防がれたと言うのか? あのタイミングの一撃が!?」

 

 そのすべてを予想の範疇に収めたリキア同盟と違い、挟撃を完全に防がれてしまったクレインはその驚愕を完全に隠しきれなかった。

 ファリナという大陸でも最高峰の実力者を囮にした、クレインにとってわかっていても防ぎようがない一撃であったのだ。それをこともなげに対処されたのだから、その反応も仕方のないことだろう。

 

(ティト達を受け止められたのも想定外だが……問題はその後だ。まるでこの場所から攻撃があるのを知っていたかのように展開していたのは……まさか、読まれていたのか!?)

 

 まさか自身の両親がリキア同盟軍内にいるとは夢にも思わないクレインは、驚愕しつつも策を見破ったであろう同盟軍の将に称賛の意を送る。

 そして、同時に疑問も覚える。

 

(これほど先が読める者が、賊と通じるなんて短絡的な真似をする物か……?)

 

 目先の利益に囚われた小物ならともかく、そうでないのなら真っ当に西方三島を開発したほうが結局大きな利益を得ることになるとわかるはずだ。

 聞いていた話と、実際目にした敵が一致せずに内心疑問を覚えるが、だからと言って今更手を抜くなんて真似ができるはずがない。

 リキア同盟軍と話ができるのであればそれに越したことはないが、それを狙って動いては部隊にどれほどの被害が出るかわかった物ではない。

 

「重騎士が前に出てきます!」

「……機動力に欠ける重騎士相手ならば問題ない。接近される前に、倒してしまおう」

 

 天馬騎士達を捨て石にして退却するという選択肢を取れなかったクレインは、部下たちに迎撃を指示する他無かった。

 事実、並の重騎士が相手ならば、接近される前に倒しきる自信と実績もあったのだが、不幸な事に今回の相手は並の重騎士ではない。

 

「ふははははッ! この程度でこのワレス、止まりはせんッ!」

「嘘だろう!?」

 

 想像を超える速度と頑丈さで迫る重騎士に、クレインも思わず目を見張る。それでも射かける矢が減らないのはさすがだが、迫る脅威に対し攻撃が集中してしまうのは止められない。

 結果、他の重騎士達への攻撃が途絶えて接近を許してしまったのは、クレインにとって、弓兵にとって看過できない失態であった。

 せめて一矢報いるためにさらに矢をつがえようとしたクレインであったが、それも重騎士の影から現れた人物によって静止されてしまう。

 

「そこまでですわよ、クレイン」

「は、母上!? なぜ……」

「私だけでなくて、パント様も来ているわよ」

「父上まで!?」

 

 あまりの驚愕に声も出なくなったクレインに満足したのか、リグレ侯爵夫人は笑みを深める。

 

「説明は後でゆっくりするとして、先に天馬騎士達を止めて貰えないかしら? 流石のフロリーナさんも、ファリナさんが相手ではお辛いでしょうから」

「は、はい! ……いえ、いくら母上の言うこととはいえ、何の説明もなく矛を収めるわけにはいきません!」

「……それもそうですわね」

 

 一度は頷いてしまったクレインの主張に、ルイーズも理解を示す。

 いかに血縁があるとはいえ、いや、血縁があるからこそ、おざなりにしてはいけないものがあるのだ。

 特に今のクレインは、部下の命を預かる立場にあるのだ。状況を理解せず、二つ返事で頷いていいものではない。

 とはいえ、ルイーズにとって軍人仕様のクレインに対して簡潔に素早く事態を説明するというのはなかなか簡単な事ではない。

 結局説明は同盟軍の本陣にいるパントが行うことになり、なし崩し的にその場で停戦に至るのだが、だからと言ってクレインを責めるのも酷というものだろう。

 

 

 

 パントがクレインを説得している頃、レジスタンス達はギリギリの戦いをなんとか続けていた。

 建物の間を縫って走り回り、時にわざと逃げる足をゆるめて敵の動きを操り、または包囲を強引に突破してエブラクム兵を翻弄し、立ち回っていた。

 しかし、いかにレジスタンスに実力者がいるとはいえ、数の暴力は確実にその余力を削っていた。

 

「はっはっ、何だこの程度か? これで正規軍を名乗れるんなら、兵士なんて楽な仕事じゃねぇか!」

「だっから、挑発すんな!」

 

 特攻隊長の名にふさわしい突撃を見せるダンに、エキドナは追い縋ろうとする兵士を斬り捨てながら諌める。

 もう何十人の兵士を斬り捨てたのか、彼等の持つ武具は血糊に染まっていない部分を探す方が難しく、息も大分上がっていた。

 それでもまだ戦えているのは、エルフィンの奏でる竪琴によって活力を与えられ、ティーナの杖によって傷を癒されているからだろう。

 だが、その進撃もついに終わりが訪れる。ダンの武器がこの激戦について来られなかったのだ。

 

「なっ! このタイミングでイカれるなよ!」

「予備の武器は!?」

「あるわけねぇだろ!」

 

 武器が潤沢にあるのなら、そもそもここまで追い詰められることになるはずがないというある意味当然のダンの言葉に、ティーナは言葉を継ぐこともできなかった。

 そして、つい先ほどまで及び腰であったエブラクム兵であろうとも、武器を失うという大きな隙を見逃すような輩は、一人たりとも存在しなかった。

 今こそ反撃の時とばかりに武器を振りかざすエブラクム兵に対し、されどダンは一歩たりとも退かなかった。

 

「こんにゃろ……! こうなりゃ武器が無かろうが関係ねぇ! 全員この拳でぶちのめして……!」

「バカなことを言ってないで、下がってください。ディーク殿!」

「おうよ!」

 

 エルフィンは狂戦士の名にふさわしい思考で暴走しそうになるダンを諌め、すぐにディーク達に指示を出す。

 しかし、いかに優れた指揮もダンの抜けた穴をふさぐには至らない。ディークを先頭にした進撃は、わずか数歩の内に終焉を迎えてしまう。

 

「ここが正念場です! 何としてでも生き延びますよ!」

「当然よ、こんなところで死んでたまるもんですか!」

 

 ダンもなんとか戦線に復帰しようとエブラクム兵の持つ武器を奪うが、一般兵が使う武器程度がダンの膂力を受け止めきれるはずもない。

 いざとなれば本気で素手で戦うのもやむ得まいとまで考えるダンであったが、幸いなことにその時は訪れなかった。

 エブラクム兵の包囲を突き破り、リキア同盟軍の騎士たちが到着したのだ。

 

「レジスタンスの方で間違いないですか?」

「ああ、首領のエキドナだ。援軍、感謝するよ」

「リキア同盟軍副将、ラウス公子フランです。……ひとまず、私の指揮下に入ってください。この場を切り抜けたら、将軍であるロイと話をすることになるでしょう」

「了解したよ!」

 

 合流した勢いそのままにエブラクム兵を蹂躙する騎士達を目にし、エキドナ達はようやく助かったという実感がわいてくる。

 だがそれに反し、フランは何やら納得がいかないものを強く感じていた。

 

「……どうかなさいましたか?」

「貴方は?」

「失礼いたしました。レジスタンスの参謀を務めさせていただいている、エルフィンと申します。何やら懸念がありそうでしたので、私にわかる事ならと思いお声をかけさせていただいた次第です」

 

 エルフィンの丁寧な礼にフランはいくつかの想像を巡らせるが、今はそれ以上に優先すべきことがあると思索を打ち切る。

 そうしてフランの口から、この場に来るまでに感じた違和感が述べられる。

 

「ここに着くまでに、何度か竜騎士の影を見ました」

「……エトルリアの支配地であるこの西方三島で?」

「はい……それに、あなたたちに合流するまでろくな抵抗にもあいませんでした」

 

 まるで、その竜騎士たちの掌で踊らされているような感覚を覚えるのに、障害らしい障害にもあたらずにレジスタンスと合流できたことが不気味で仕方がないとフランは言う。

 さらにいくつかフランが漏らすも、エルフィンには竜騎士がリキア同盟軍が有利になるように導いたという風にしか聞こえず、何か見落としていることがあるのではないかと思考を研ぎ澄ませる。

 しかし、いくら考えても他の考えが浮かぶこともなく、フランとエルフィンはロイ達が到着するまでの時間を無為に過ごすことになったのであった。

 

 

 

「ふむ、竜騎士が裏でこそこそとねぇ……」

「宰相ロアーツや西方三島総督アルカルドは、ベルンと組んでいるという噂もあったのですが……」

 

 イサドラ達がエブラクム鉱山の司祭オロを撃破したのちに合流したロイ達は、挨拶もそこそこに謎の竜騎士の不可解な動きについて考察を重ねる。

 

「エトルリアの宰相派は、この西方でリキア同盟軍を崩壊させて、リキアを属国として傘下に収めたいと考えているのでしょう」

「対してベルンは、リキアがエトルリアに反発してお互いの力を削り合えばいいと思っているといった所か」

 

 そう考えれば一応辻褄が合うのだが、それにしてはフランたちに目撃を許すなど、ベルンの動きが杜撰すぎる。暗躍する気が見受けられないのだ。

 正直に言って、リキアにエトルリアの親ベルン派を排除させ、その上で正面から戦う事を望んでいると言われた方がまだしっくりくる。

 そこまで考えたマークであったが、突然の乱入者によってそれ以上の考察は中断される。

 

「……来るぞ」

「え?」

 

 マークの呟きに反応したのは、パントを筆頭にかつて古の火竜たちと戦った仲間たちであった。

 ロイやエルフィン、それにスーなどの大陸各地の次代を担う事になる若人たちを背に庇い、乱入者たちを迎え入れる。

 

「ずいぶんな歓迎ぶりじゃないかい、マーク」

「まさかこんなところで会えるとは思わなくてな。今度来るときは、できれば前もって知らせてくれよ、ヴァイダ」

「りゅ、竜牙将軍……!」

 

 一触即発を体現したかのような存在感を背負って現れたのは、一般的な飛竜より優に二回りは大きいと思われるアンブリエルにまたがったヴァイダであった。

 さらに後方に三竜将の一角であるナーシェンに意見できるほどの実力を持ったヒースを従え、またマークとのやり取りからロイたちは乱入者がただの竜騎士でないことを知ったが、事ここに至っては遅すぎたと言わざるを得ない。

 

(まずい……弓の有効距離の内側に入られた!?)

 

 周囲への警戒を怠ったつもりは無いが、それを容易く超えて接近したヴァイダとヒースに戦慄を覚えながらも、ロイは必死に対抗策を考える。

 はっきりいって、ここまで懐に入られてしまえば戦略も何もなく正面から戦う以外に道は無い。

 とはいえ、相手はたったの2人だ。パント達のような実力者も多くいる以上そうひどい事にはならないだろうと、そう楽観視していたのも事実であった。

 

「それにしても、どんな心境の変化だ? リキア同盟に手を貸すなんて……」

「誰がそんなことをするかい! 今回は、アンタらに借りを返しに来たんだよ!」

「借り?」

 

 一瞬考え込んだマークであったが、ヴァイダとの関わった期間などそう長くは無い。すぐにヴァイダの言う借りに思い至り、首をかしげる。

 

「あの時の戦いで返してもらったと思っていたが?」

「バカ言ってんじゃないよ。あの戦いは、アタシらにとっても必要な戦いだったじゃないか!」

 

 かつてあった、『災いを招く者』との戦い。

 その時のヴァイダにとっては戦いに参加すること自体が借りを返す行為だと考えていたが、いざふたを開けてみれば大陸全土を守るための戦いであったのだ。

 リキアの若人たちを中心に、サカ、イリア、エトルリアからも参加したあの戦いにベルンからは参加しないというわけにはいかない以上、ヴァイダの参戦は必然的に自分たちのためになってしまったのだ。

 

「だから、今回戦場でぶつかり合う前にその借りを返しに来たんだよ。とはいっても、アンタほど助太刀する甲斐のない奴はいないと思ったけどね」

「危険は少ないに越したことはないし、助太刀は大歓迎なんだがな」

 

 ヴァイダの素直な感想に、マークも苦笑で返す。一瞬空気が緩んだかのように思われたが、それもすぐさま幻のように掻き消える。

 

「一体、ベルンは何を考えて……」

「もう借りは返した。これ以上慣れ合うつもりはないよ」

「……」

 

 少しでも情報を引き出そうとしたマークの言葉を、ヴァイダは問答無用で切り捨てる。

 そこにいるのは、もはやかつての仲間であったヴァイダではない。ベルン王国国王ゼフィールに仕える最強の竜騎士、『竜牙将軍』ヴァイダであった。

 その変化を悟ったマークは無言で引き下がり警戒の色を強めるが、ヴァイダを知らない者にとって、目の前にいる多くの情報を持っているはずの将をこのまま帰すのはあまりにも勿体ないと思ってしまった。

 わずかでも得られる物が無いかと、その身を乗り出してしまったのだ。

 

「……では、次に会うときは敵だと?」

「あぁ? 何言ってんだい?」

 

 エルフィンの問いかけにわずかに眉を顰めたヴァイダは……

 

「エルフィンッ!」

「最初から敵以外だったことなんかないよっ!」

 

 マークとヴァイダの声が重なり、必殺の一撃がエルフィンの心臓へと迸る。

 借りはすでに返し終えている以上、もはやヴァイダに気兼ねなどあるはずがない。マークやパントの警戒具合から諦めかけていたが、最初から機会さえあればこの場でひと暴れするつもりでいたのだ。

 そしてそれは、レジスタンスとして戦場に身を置いていたとはいえ、ただの参謀であるエルフィンでは反応もできない速度であり、確実にその命を奪うに足る一閃であった。

 だが、それほどの一撃であっても、彼の体には届かない。

 古の火竜のブレスすら回避したマークにとって、エルフィンをヴァイダの凶刃から庇うぐらいなら、そう難しい事ではない。

 

「ぐぅっ!」

「マーク!?」

 

 しかし、その代償は決して軽くは無い。ヴァイダの一撃はマークの脇腹の皮を切り裂き、肉を抉り、その骨すら打ち砕いた。

 あまりに強烈な一撃にさすがのマークもバランスを崩し倒れるが、周囲が二撃目を許したりはしなかった。

 

「させぬっ!」

「っち、このハゲ親父がっ!!」

「なんだとぉ、この男女がっ!!」

 

 鉄壁の守りを誇るワレスが2人の間に割って入り、さらにバアトルとドルカスが戦斧を振るう。

 また、フロリーナとファリナがヴァイダの援護に入ろうとしたヒースへと天馬を駆り、これを封殺する。

 もちろん、竜騎士の2人もやられてばかりであるはずがない。一瞬で歩兵の武器の届かない空中へと戦場を移し、天馬騎士達を迎撃しようと槍を放つ。

 

「させませんわ!」

「この程度!」

 

 迎撃に意識を向けた一瞬を狙ったルイーズの精密射撃であったが、それもヴァイダにとってはお貴族様のお遊戯ぐらいにしか感じない。

 わずかにアンブリエルがその体を傾けただけで、簡単に躱されてしまう。

 弓を専門的に扱うルイーズですらそうなのだから、武器を斧から弓に持ち替えたウォーリアでは語るまでもない。

 威力だけはルイーズより数段上であろうが、バアトルとドルカスではまともに相手もされなかった。

 唯一ヴァイダに対抗できるであろう実力を持つパントも、ニノと共にマークの治癒に全力を注いでおり、今しばらく参戦は望めそうにない。

 そして、ヴァイダも引き際を誤るような愚か者ではなかった。

 

「退くよ、ヒース!」

「了解です!」

 

 本音を言えば一人ぐらい墜として置きたかったがと内心で思いつつ、かつての戦友の追撃に細心の注意を払いながらヴァイダは退却を決める。

 そう、彼女は心のどこかで若い世代を舐めていたのだろう。

 

「せめて……この一矢だけでも!」

 

 静かな呟きと共に放たれたウォルトの矢は母レベッカの教えを忠実に再現した、完全にヴァイダの意識の外からの攻撃であった。

 だが、不意の一撃程度で墜とせるのであれば、すでに彼女はこの世にいなかっただろう。

 飛来した矢は寸でのところで気付いたアンブリエルによって噛み砕かれ、そこでようやくウォルトはヴァイダに認識された。

 

「あ……!」

 

 心胆を凍りつかせる一瞥を最後に残し、ヴァイダは今度こそ退却していったのであった。

 

 

 

「死んだかと思った……」

「すみません、私の軽率な行動の所為で……」

「いや、エルフィンを責めてるわけじゃないから」

 

 痛みに顔を顰めつつも、マークはエルフィンの肩を叩き言葉をかける。

 パントとニノによって治療されたマークであったが、さすがに腹に大穴が空いたのだからすぐにいつも通りちょこまかと動き回るのは難しいだろう。

 だが、不幸中の幸いというべきか、つい先ほどマークの変わりが務められる人物が合流していた。

 

「後は任せた」

「……確かにレジスタンスの参謀を務めさせていただいていましたが、さすがに神軍師の後釜を務められるとは言えませんよ」

「別に後釜ってわけじゃないから安心しろ」

 

 マークだって、出会ったばかりの人物に大切な戦友たちを任せきるつもりは毛頭ない。

 だが、いくらか作業を分担する同僚が欲しいと改めて説明する。

 

「それでしたら、むしろこちらからお願いしたいくらいですよ」

「じゃあさっそく、これからの方針について考えようか」

 

 西方の情勢に詳しいクレインと実情に詳しいレジスタンスを加え、リキア同盟軍は今後の方針を固めるべく話を進める。

 

「……レジスタンスから話を聞き、こうして現状を見る限り、総督府へと向かうのがいいと思います」

「そうですね。リキア同盟軍への『賊討伐』要請の件も含めて、西方三島総督アルカルドとの対決は避けられないでしょう」

 

 いくつか情報を出し合った結果、クレインとエルフィンの意見が一致する。

 この面子の中で最も西方に詳しい2人の意見が噛み合った上に、ロイ自身も総督に会うべきと感じている以上否は無いだろう。

 だが、ロイが決定を下す直前になって、マークはもう一つの道を提示するのであった。

 

「西方を救うために総督府へ向かうのは賛成だが、その前にジュトー近くの洞窟へと向かいたい」

「洞窟?」

 

 ロイがマークの意図を掴みかねるその横で、エルフィンがこの地で調べたある武器の事だと思い至る。

 

「……神将器、ですか」

「ああ、オスティアでは少数精鋭を向かわせたんだが、エリウッドが言うにはどうにも厄介な連中が神将器を狙っているらしくてな」

「なるほど、エリウッド殿が厄介というほどの相手なら、別行動は確かに危険だね」

「その何者かと競争するとなると、確かに総督府に行く前に行動を起こした方がいいかもしれませんね」

 

 パントやエルフィンも、マークの意見に一定の理解を示す。

 だが、神将器を優先するという事は、たった今圧政に苦しむ民を放置するという事に他ならない。

 総督府に向かうか、封印の洞窟に向かうか、ロイは一つの妥協案を提案する。

 

「レジスタンス達にやったように、少数を様子見に出すことはできないかな?」

「何事も無ければそのまま回収し、困難を伴うようなら撤退すればいい、か」

「うん、神将器の優先度は低めで行く。もうすでに奪われている可能性もあるし、なにより人命には代えられないと思うから」

「……わかった」

 

 マークの返答にわずかな間があったことにロイは気付いていたが、それでもこればかりは譲れなかった。

 たとえ近い未来に神将器を優先しなかったことを悔やむようなことがあるかもしれないが、だからといって救えたかもしれない命を見捨てるなど、ロイにはできなかったのだ。

 

「じゃあ行こう、ジュトーの総督府へ! 西方の民を助けるために!」

 



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第17章「天雷の斧」

 エブラクム鉱山の解放を無事に済ませたロイ達は、島の人々を救うためにジュドーにある総督府を目指し進軍を始める。

 レジスタンスや遊撃軍を吸収して戦力を増した同盟軍であったが、今度の敵は西方三島にあるエトルリアの最前線基地と言って過言でない場所である以上油断や慢心する余裕などあるはずがない。

 そんな中、マークはエルフィンを従えながらロイやマリナスと共に次なる戦いの準備に追われていた。

 

「兵糧関係はギリギリだな。やはり、現地での補給ができないのは痛い」

「武具も少し心もとないですな。レジスタンスの合流は戦力的には大変ありがたかったが、物資を管理する立場から言わせてもらえば少々厄介と言わざるを得んのぅ」

「せめてもの救いは、兵士の心身の状態が良好なことぐらいかな?」

「……」

 

 同盟軍の現状を記した書類を確認し終えたマーク達は、お手上げだと言わんばかりに天を仰ぐ。

 ただエルフィンだけは合流したレジスタンスを率いた一人として、またエトルリアの王子として同盟軍に負担をかけていることを申し訳なく思う。

 もちろん、マーク達はエルフィンを責めたいわけではない。

 単純な現状把握と、そうなった原因をしっかり把握しておく必要があると言うだけの事だ。

 そして、それがわかるからこそエルフィンも意味のない謝罪などせずに課された役目を黙々とこなしていたのだった。

 だが、今まさに行なっている作業に思うところが無いわけでもなかった。

 

「……必要な事だと理解はしていますが、それでも意外ですね」

「何がだ?」

「神軍師とまで呼ばれた貴方が、何の変哲もない業務を行っていることがです」

 

 今行なっている業務が必要な事だと言うことぐらい、エルフィンにだってわかっている。

 だが、それでもなお『神軍師』がそこら辺の軍師と何ら変わらない作業をしていることに違和感を覚えずにはいられなかったのだ。

 

「特別といわれる人物には、その特別を支えるだけの土台があるものだと思っていました」

「特別、ねぇ……」

 

 エルフィンの言葉にわずかに目を細めたマークは、心の中だけでその考えに同意する。

 確かに今は特別何かをしているわけではないが、過去においてはその限りではないのだ。

 だがそれを口にすることは無く、マークはいつだったかランスに教えた『一人遊び』をエルフィンに伝えるにとどめるのであった。

 

「なるほど、自軍だけでなく敵軍の立場で考える事にも慣れておられるからこそ、有効な策が瞬時に出てくるわけですか」

「当時の俺にとっては、本当にただの一人遊びだったんだが……」

 

 感心するエルフィンを苦笑しつつ眺めるマークであったが、せっかくだからと課題を出すことにした。

 とはいえランスに出したフェレ城の見取り図を出せるはずもなく、マークが取り出したのはまた違う場所のものであった。

 

「これは……まさか、ジュトーの総督府の見取り図ですか!?」

「ああ、パントから預かった」

「……リグレ公爵なら、それぐらいできるでしょうね」

 

 まさか他国の軍から重要拠点の見取り図が出てきたことに驚愕したエルフィンであったが、その出所に思わず全身の力が抜けていく。

 確かにパントならば見取り図を入手できるであろうし、戦友であるマークに渡していてもおかしくないだろう。

 ため息を吐くエルフィンの様子を視界の端に映しながらも、マークは次なる行動の準備を進める。

 

「それでロイ、アルマーズの封印の地へと向かわせる人員についてだが……」

「うん、やはり斥候兵を何人か向かわせるのが一番かなと思っているんだけど、どうかな?」

「……封印の地の詳細を知っていて、実力のある斥候に一人心当たりがある。そいつに行かせよう」

「まさか、一人だけで!?」

 

 マークの物言いに驚くロイであったが、続けられた理由は確かに反論しにくいものであった。

 

「人数が少ない方が目立たないし、何より頭一つ抜き出た実力者だからな。下手な同行者では、足手まといになりかねない」

「しかし、もし戦闘にでも巻き込まれたら……」

「巻き込まれないために、斥候を選んだんだろう?」

 

 確かに、神将器より西方の民を優先した時点で、戦う事は想定から外れている。

 一人の方がかえって安全というのであれば、これに反対する道理はないだろう。

 ロイが渋々ながら納得したのを確認したマークは、さっそく件の密偵へと声をかける。

 

「マシュー!」

「ここに」

「えっ!?」

 

 ただ一声マークが呼んだだけで、この場に駆け付けたその素早さに思わず驚嘆するロイであったが、なんてことはない。

 マシューは次の指示を受けるべく最初から近くの陰に身をひそめていただけなのだから。

 

「目的は封印の地の確認であり、アルマーズの回収に固執する必要はない。別の勢力が持っていくのならそれでも構わないから、その情報を持って帰ることを最優先にしてくれ」

「……了解しました」

 

 マークの指示に対し、マシューも思うところが無いわけではない。

 何せアルマーズは、ヘクトルが20年前の戦いに使用した神将器なのだ。それをたかが賊が手にするなど、決して許容できるものではない。

 そして、その気持ちが理解できるからこそ、マークはマシューに対し更なる釘を刺すのであった。

 

「無茶はしないでくれ。これ以上、かつての戦友たちが死んで逝くのを見たくないんだ」

「わかってますって。ほら、俺ってば戦いは他の奴に任せて、自分はきっちり裏方の仕事をやるってのがモットーですから」

「……そうか」

 

 かつての座右の銘を持ち出すマシューに若干の不信を残しつつも、その言葉を受け入れたマークは黙って戦友の出立を見送ることしかできなかった。

 そのようにマシューを見送ったマークは、ロイ達の前を辞して軍の把握に、すなわち、新たに合流した仲間たちの様子を見に足を向ける。

 特に、タニアの公女はリキアにいたときも一切接触を持てなかった人物であるため、一応挨拶は済ませているが、より細かい人となりを確認しておきたかったのだ。

 そうして接触した公女ティーナと騎士ガントであったが、幸いなことに危惧していたような性質の人物ではなかったようである。

 

(体を見る限り、腰に吊った細剣もただの飾りじゃなさそうだし、レジスタンスとの行動で体調を崩していたようにも見えない。……ヘクトル寄りの気質かね?)

 

 女性に対して若干失礼かもしれないが、あながち間違いではない感想を抱きつつ、マークはティーナに対する印象を固めていく。

 

「しかし、セシリア将軍宛の手紙でリキアから調査が来るとは思っていなかったな」

「ウチのバカが名乗りを上げてしまいまして……」

「バカ?」

 

 そんなティーナの砕けた物言いや憤った表情を見る限り、そのバカとやらは極めて身近な存在なのだろうが、後ろに控えるガントはそのような勝手をしでかすような人物には見えなかった。

 疑問符を浮かべるマークに対し、ティーナはわずかな不安を押し殺し、平静を装って言葉少なく答える。

 

「島へと渡る船から落ちました」

「そりゃまた……ドジな子だねぇ」

 

 思わず苦笑を漏らしたマークであったが、ティーナ達が心配しているのもよくわかったため、すぐに表情を引き締める。

 もっとも、仲間が死んでしまったかもしれないと言う話を聞いてなお苦笑を漏らしてしまったのは、ちゃんと生きていた前例を知っていたからだ。

 

「悪い。だが実際、もっと遠くの海に落ちたのに生きて流れ着いた奴もいるわけだし、そこまで不安に思う必要はないだろう」

「生存者がいるんですか!?」

「ああ……って、知らないのか? アイツは今、レジスタンスの特攻隊長やってるだろう?」

「ダンさんですか?」

 

 この言い訳への食いつきようを見て、マークは内心で頭を抱える羽目になった。

 

(知らなかったってことは、エキドナ達が話すべきでないって判断したってことで、さらにダーツではなくダンって名乗っているってことは……)

 

 嫌な予感を覚えつつも、逸るティーナとガントを押しとどめることもできず、マークは2人の後に続き、エキドナとダンの下へと向かう事になる。

 そして、そこで聞かされたのは嫌な予感そのままの事実であった。

 

「記憶喪失だと……!」

「そんな……」

「……お前、ひょっとして記憶を失いやすい体質なんじゃないのか?」

 

 かつて海岸へと打ち上げられていたところを助けられたダンは、エキドナ達によって一命こそ取り留めたものの、その代償として記憶を失ったと言うのだ。

 あまりもの事実に、思わず目の前が闇に閉ざされたような錯覚を覚えたティーナ達であったが、マークのため息交じりの言葉にわずかな光明を見出す。

 もっとも、ダンから言わせてみれば言いがかりも甚だしい。

 

「そんな体質あってたまるかよ!」

「……以前あった時も、お前は記憶喪失だったんだが?」

「えぇ……!?」

 

 そんなまさかとかぶつぶつ言いだしたダンであったが、そんなダンの事を放って、エキドナは当然の疑問を口にする。

 

「ところで、こいつは西方に流れ着く前はどんなことしていたんだい?」

「……海賊」

 

 一瞬言葉に詰まったマークであったが、あえて黙るような事ではないかと思い直して正直に告げる。

 事実、一瞬ぎょっと目を見開いたエキドナ達であったが、すぐにただの海賊ではなかったのだろうとあたりをつける。

 何せ神軍師であるマークの知人だったのだから、一言で海賊と言っても事情があるのだろう。

 

「リキアのとある港町を拠点とした海賊団の一人で……あえて別の表現をするのなら、海の自警団かな?」

「どうしたら海賊が自警団なんて表現に繋がるんだい?」

「住民が領主に訴え出ることが無い位だからかな」

 

 要するに、勝手に護衛して無理やり金を取る、性質の悪い傭兵といった所だろうか。

 もっとも、商品の一部や金を払ってさえいればよその海賊などから守ってもらえるし、次回の回収をするために一定以上の要求をされることも一切ないので、海賊と呼んではいるが海上ではそれなり以上の信頼と信用を得ていたという事も付け加えておくべきだろう。

 

「……そいつら、何とか西方に呼べないかい?」

「西方開発にか? 流石に戦後の事業にまでは口を出せんよ」

「そいつは残念だね」

 

 エキドナの今後の展望を聞いても、マークには肩をすくめることしかできなかった。

 

 

 

 そのようにマーク達が友好を深めている中、オルドとアレンは野営地の真ん中で言い合いをしていた。

 

「だから、離せと言っているだろう、アレン!」

「嫌だ! 貴様のペースに合わせていたら、いつまでたってもランスの下にたどり着かんだろうが、オルド!」

 

 ギリギリと全力で腕を引く二人であったが、いいかげん不毛と感じたのかアレンが問いかける。

 

「なぜそこまで頑なに拒否するんだ!」

「お前に引きずられていけば、俺の意志ではなく無理やり謝罪させられたようにしか見えんだろうが!」

 

 その言葉に正当性を感じてしまったアレンは思わず腕の力を緩めてしまい、その隙にオルドはアレンの腕を振り払う。

 だが、さすがにここまでアレンに心配させてはこれ以上引き延ばすことはできないと感じたのか、逃げることは無かった。

 

「……逃げていたと言われれば否定できんが、俺はできるだけ対等な立場で謝罪がしたかったんだ」

「どういう意味だ?」

 

 それでも、つい言い訳が出てきてしまったあたり、オルドもこの件に関しては相当参っていたのだろう。

 

「ランスがオスティアで負った怪我が治ってからと、そう思っていたという意味だ!」

「……」

 

 思わず言葉を失ったアレンであったが、オルドにとっては重要な事だった。

 健全な精神は健康な肉体に宿るという言葉もある以上、怪我をして健康とは言えない状態のランスが常のような精神状態とは限らず、そんなときにランスと向き合うのが怖かったのだ。

 だが、ランスの完治を待たずに同盟軍は再び戦場へと向かう事になり、オルドはずっと謝罪の機会を失う羽目になった。

 

「……お前、馬鹿だろう」

「……」

 

 自覚があるのだろう。オルドは反論一つできずに、バツの悪そうな顔でそっぽを向くことしかできなかった。

 だがその瞬間、オルドの体が硬直した。

 さて、思い出してほしい。この場所がどこであったのかを。

 

「……」

「……」

 

 野営地の真ん中でフェレ騎士同士が揉めていれば、当然同僚へと仲裁を求める声が届くであろう。

 そして、その同僚がこの場に駆け付けるのに、そう大した時間がかかるはずもない。

 つまり、この2人の騒ぎにランスが駆け付けるのはもはや必然と言っても過言ではなかったのだ。

 

「……いつからそこにいた?」

「……アレンが『なぜそこまで頑なに』と言っていたあたりからだ」

「ほとんど全部じゃないか……!」

 

 思わず天を仰ぎ額に手をやるオルドであったが、事ここに至っては腹を括るしかないと覚悟を決める。

 オルドは姿勢を正してランスへと向き直り、深々とその頭を下げた。

 

「ランス、これまでに投げつけた暴言の数々、本当にすまなかった」

「謝罪など……」

「いや、そういうわけにもいかない」

「……顔を上げてくれ、オルド」

 

 先程の会話を聞いていたとはいえ、この端的で突然の謝罪に驚かないわけではない。

 だが、返す言葉は最初から決まっていた。

 

「私がフェレに来て最初に出来た友人はオルド、君だった」

「……」

「そんな君が突然変わってしまったことに、確かに最初は驚いたさ」

 

 オルドの豹変に驚き悲しんだランスであったが、そのオルドの言う『暴言』については、すぐに気にならなくなった。

 

「オルド……君は暴言と言ったが、その言葉には理不尽なものは無く、私の至らない点に対する指摘ばかりだったではないか」

「だが……!」

「いや、こんな理由も、そもそも必要ない」

 

 反論しようとしたオルドの言葉を遮り、ランスは決定的な言葉を口にする。

 

「私にとってオルド、君はずっと友人だ。そんな友人が真摯に謝罪しているのに、これを受け入れない理由があるだろうか?」

「……ありがとう、ランス」

「やれやれ、ようやくか……」

 

 どうにか和解した2人を見て、アレンが肩の荷が下りたとばかりに一息つく。

 もっとも、それもわずかな時間に過ぎなかった。

 

「さて、お前らが和解したところで本題に入ろうではないか」

「む……竜牙将軍対策か?」

 

 アレンの発言に、ランスとオルドも即座に反応する。

 つい先日現れたベルン王国の最高戦力への対策は、おそらくリキア同盟軍に所属する誰もが必要だと感じたはずである。

 

「戦いの中経験を積んで行けば、ある程度差を詰めることはできるだろう。だが、それだけでは足りないだろう」

「ああ……戦う事が出来るようになるだけでは足りない。戦って、勝てなければ意味がないからな」

「そこでだ! 俺たち3人で、格上に勝つための技を練習したいんだ!」

「……3人でとなると、まさか!」

 

 アレンの言わんとすることを理解したランスが目をむくが、それを無視して高々と宣言する。

 

「イリアの天馬騎士の秘技であり、オスティアの重騎士達が模倣した三位一体の必殺技、トライアングルアタックだ!」

「あ~、それは無理じゃない?」

「なっ、ファリナ殿!?」

 

 力強く言い切ったアレンの横からひょっこりと現れたファリナは、若き騎士たちの無謀を諌めるべく、とりあえず思いついた穴をいくつか指摘する。

 

「まず、そもそも訓練にそれほど時間取れないでしょう?」

「確かに取れる時間は少ないかもしれないが……」

「あれって動きだけならともかく、位置取りとかタイミングとか割とシビアだし、戦場で使おうと思ったら訓練に数年かかる事だってざらだかんね?」

 

 ファリナも高位の天馬騎士であり、トライアングルアタックも習得しているが、ティト隊の面子と組んですぐにできるかと問われれば、否と答えざるを得ないのだ。

 そんな超絶技巧に戦時中に挑もうなど、無謀にもほどがある。

 先人にそのように指摘されてしまっては黙るほかないアレンであったが、そんな様子を見たファリナはにんまりと笑みを浮かべる。

 

「ただ、それはアンタ達が独力で頑張ろうとした時の話よ」

「と、いうと?」

「この『すご腕』のファリナ様の手にかかれば、半年以内にものにさせてやれるわよ!」

「……つまり、ファリナ殿が我々に指導してくださると?」

 

 先程アレンも言ったが、トライアングルアタックはイリアの秘技だ。それを教えると言うファリナに、オルドは若干の警戒を覚える。

 だが、そんな不安を吹き飛ばすかのように、ファリナはフェレ騎士たちに向かってある条件を突きつけるのであった。

 

「もちろん料金次第で、ね」

「ぐっ……」

 

 ある意味当然の代価の要求ではあるが、アレンたちにとっては些か答えることが難しい要求であった。

 もちろん、アレンたちも自前の資金が無いわけではない。

 しかし、その資金もイリアの秘技の代価とするにはあまりにも少ない。

 その一方で、代金を払うだけでイリアの秘技を教わることができるなんて機会は、この先二度とないと確信が持てた。

 この機会を逃さないために、無い袖を振るにはどうすればいいかとアレンたちが悩んでいれば、そこに呆れを隠さぬマークがやって来た。

 

「変わらないな、ファリナ」

「げっ、マークさん……」

 

 まずいところを見られたとばかりに後ずさるファリナであったが、次の瞬間にマークが取り出した槍を見て目の色が変わった。

 

「こんなもんまで持ち出してるの!?」

「神将器も集めているんだ。こっちを持ち出すのも当然だろう」

 

 その槍は、マークが『魔の島』より持ち出したレークスハスタだ。

 そんな神将器に迫る力を持った槍をこの場に持ってきたマークの思惑を計るファリナであったが、このタイミングであれば理由など一つしか思い浮かばなかった。

 

「まさか、これを対価にトライアングルアタックをこの子たちに教えろって言うの?」

「不満か?」

「……ねぇ、最初から私に渡すつもりだったんじゃないの?」

「聞こえんな」

 

 とぼけるマークに口をとがらせるファリナであったが、傭兵として対価を得た以上手を抜くこともできなかった。

 

「りょーかい。……それにしても、ワレスさんやイサドラさんじゃなくてよかったの?」

「あの二人の配置は基本的に最終防衛線だからな」

 

 念のための確認も、たった一言で切り返されればもはや躊躇はない。

 ファリナはマークからレークスハスタを受け取り、その手に馴染ませるかのように軽く振るう。

 

「……やっぱり、ちょっと重いね」

「ちょっとで済むあたり、あの頃より強くなった証じゃないか?」

「何だろう、このモヤモヤは……傭兵としては褒め言葉なはずなのに、一発位ぶん殴りたくなるこの気持ちは」

「一応大怪我負った直後だし、殴られるのは勘弁だぞ?」

 

 本気で殴られてはかなわないとさっさと逃げるマークに対して、モヤモヤする気持ちをぶつけ損なったファリナは、さっそく行なったフェレ騎士たちの訓練でその鬱憤を晴らすのであった。

 

 

 

 リキア同盟軍がそのように心と体を休めながら、それでいて迅速に軍を進める中、ヴァイダは本国へ帰るための補給を受けるためにジュドーの総督府へと立ち寄っていた。

 そして奇遇というか当然と言うべきか、同時期に西方を訪れていた竜騎士たちと顔を合わせることになったのであった。

 

「あぁ? ギネヴィア殿下の親衛隊がなんでこんなところに居るんだい?」

「ヴァイダ殿! いえ、殿下がリキア同盟軍と行動を共にしているという情報を手に入れ、確認に訪れたのです」

「残念ながら情報が古かったようで、ギネヴィア様を見つけることはできませんでしたが……」

 

 親衛隊長であるミレディと、同じく親衛隊の副隊長を任されている竜騎士ベルアメールの答えに、ヴァイダは同盟軍との接触を思い起こす。

 確かに、あの場ではギネヴィアの姿は見られなかった。

 では、あとギネヴィアがいる可能性があるのはどこかと考え始めたその時、ミレディたちに同行しているゲイルが口を挿んだ。

 

「リキアの内通者であるセム侯からも有益な情報は無かったですし、あとの候補はエトルリアの軍将あたりに匿われているのではないかと思われます」

「へぇ……まさか、その考えを言い訳に軍将を討とうとか考えているのかい? それだけの功績があれば、リキア攻略に失敗したナーシェンの奴を蹴落とせるだろうさ」

「それこそまさかですよ。俺は今の地位で十分満足していますので」

「ふん! そういうところが気にくわないんだよ!」

 

 常にゼフィールの役に立つために全霊を傾けるヴァイダだからこそ、ゲイルの『現状で十分』と歩みを止めてしまったことがどうしても気にいらないのだ。

 ヴァイダはゲイルを一睨みして、それ以降はもはや居ない者と扱う事にしてミレディへと声をかける。

 

「ナーシェンと話をつけるんなら、急いだ方がいいよ。そろそろエトルリアの宰相たちと事を起こすみたいだからね」

「ご助言ありがとうございます」

 

 ナーシェンたちの行動によりエトルリアが混乱する前に、ギネヴィア姫を保護したいと考えるミレディたちは、ヴァイダの助言に従い早急に西方を出発することに決める。

 あわただしく動き始めた親衛隊たちを見送り、しばらく体を休めようとしたヴァイダ達であったが、それも総督府を任されていたフレアーが訪ねてきたことによりしばらくお預けとなるのであった。

 

「挨拶が遅れ、申し訳ありません」

「別に構わないよ。アタシは別にアンタの上官ってわけでもないしね」

 

 そう、なんとも不思議な事にヴァイダは一応ゼフィールの直属という事になっているのだが、それでいて具体的な役職についているわけでは無かったりする。

 それゆえに若い世代では『竜牙将軍』の噂は知っていても、ヴァイダの名や容姿を知らない者が増えているのだ。

 とはいえ、ヴァイダの事を知って侮る者がいるはずもなく、フレアーも例にもれず彼女に頭を下げる一人であるのだった。

 

「……まあいい。それより、リキア同盟軍の対処についてはどうなっているんだい?」

「はっ! 遊撃部隊より若干名の増援を受け入れ、防衛の強化を行っております。また、例の奥の手も配置しておりますので、まず問題ないと思われます!」

「ふぅん、遊撃部隊ねぇ……」

 

 フレアーの言葉に出てきた遊撃部隊や奥の手について思い起こしたヴァイダは、わずかに顔をしかめる。

 リキア同盟軍には『神軍師』や『銀の魔導軍将』を筆頭とした、歴戦の強者が多数存在している以上、生半可な戦力では返り討ちなるだけだと理解しているのだ。

 そんなヴァイダの懸念を理解したのか、フレアーは実際見たほうが早いとある部屋へと案内する。

 そして、その部屋にいたフードをかぶった三つの存在を確認したヴァイダは、これならば戦力を無駄に消費するだけの事にはなるまいと確信し、後日総督府を後にするのであった。

 

 

 

 そのようにリキア同盟軍とジュドー総督府が衝突の準備を進める中、マシューは一人天雷の斧を求めてとある洞窟へと赴いていた。

 

(今のところ敵影は見られず、か……誰かが訪れた痕跡もないし、俺が一番乗りで間違いないかな?)

 

 慎重に慎重を重ね、最低でも数か月はこの洞窟を訪れた者がいないと判断したマシューは、それにもかかわらず更なる警戒を続けながら、封印の洞窟へと足を踏み入れる。

 洞窟の中は、オスティアのそれと違って薄暗く、さらにはかすかな刺激臭が充満していた。

 

(……変わっていないな。あの時は俺と若様とオズイン様が、マークの指示の下戦ったんだっけか)

 

 ふと思い出した過去を懐かしく思うも、今は任務中だと思い出し即座に意識を切り替える。

 薄暗い洞窟の中、吹き出る毒煙を避けながら最大限の警戒を持って進んだマシューは、程なく目的の祭壇へとたどり着く。

 ここまで来てしまえばもはや影に紛れることなどできるはずもなく、マシューは意を決して祭壇へと昇り、施してあった仕掛けを解除する。

 

(……)

 

 無言で、手早く、それでいて正確に。

 誰もいないとはいえ、広大な洞窟の空間に背を向けることに多大なストレスを感じつつも、マシューはついに祭壇に隠された天雷の斧を解放し……突如として襲い掛かるライトニングを避けるため、その場から大きく飛びのいた。

 

(馬鹿な! 直前まで一切気配を感じさせないなんて……!)

 

 何とか魔法を避けたマシューの前には、ローブで全身を隠した二つの存在が立ちはだかっていた。

 そんな自身の警戒を越えて襲撃してきたローブに警戒しつつ、直感に任せた回避をしたため天雷の斧を取り損ねたことを歯噛みするが、マークに何度も釘を刺されたことを思いだし何とか意識を切り替える。

 

「アンタらがエリウッド様を襲ったって言う襲撃者か?」

『……』

「っち、だんまりかよ」

 

 こうして相対した以上戦闘は避けられないと判断したマシューは、少しでも情報が得られないかと声をかけてみるが、残念なことにそれに対する返答は期待できそうもなかった。

 しかし、その声掛けである程度情報が漏れていると悟ったためか、ライトニングを放った方の襲撃者が隠すことなく鉄の大剣を手に構える。

 

(マジで剣と魔法を使うのかよ……後ろの奴も、同様だと思った方がよさそうだな)

 

 マシューはローブに自身の得物を隠したまま、何とか逃走しようと襲撃者の隙を窺うが、そもそもマシューの警戒を向けて不意打ちを仕掛けてくるような相手である。

 最低でも三度の戦闘は避けられないと、マシューは理解する。

 そして、戦闘が避けられぬと言うのならと、せめて一矢報いようと心に決める。

 

(なら、せめてその面を拝ませてもらおうじゃないか!)

 

 どうせ戦闘になれば、こちらからも攻撃せねば隙なんて作れないのだ。

 ならその攻撃は、フードの下に被った仮面に隠された顔を見るために使おうとマシューは襲撃者に向かって突撃する。

 だが、不意を打つはずの強襲も、襲撃者は当然のように対応してくる。

 その動作に無駄は無く、襲撃者の力量が一流であるとマシューに知らせるが、無駄が無さすぎるゆえに躱すのはそう難しくなかった。

 理想的な軌跡を描いた一閃をマシューは当然のように躱し、反撃の一撃をその顔面に叩き込む。

 されど、やはり一流だったと言うべきか、反撃の一撃は軽く首をひねるだけで躱され、マシューの当初の予定通り、深くかぶっていたフードと付けていた何かの骨でできた仮面のみを切り裂くことに成功してしまう。

 そう、マシューの思惑は成功し、襲撃者はその顔を晒してしまったのだ。

 

「なっ!?」

 

 そして、そこに現れた顔を見て、マシューは思わず驚愕し目を見開く。

 なぜ、どうしてと、答えが返ってくるはずもない疑問がその脳裏を支配し、それは致命的な隙となってしまう。

 当然、襲撃者がそのような隙を見逃すはずがない。

 剣を持たないもう一人の襲撃者が放つのは、通常の理魔法では最上位とされるフィンブルであり、マシューはその一撃をまともに受けてしまった。

 

「く……そ……なん、で」

 

 閉ざされようとする意識の中、マシューは辛うじて残った力を振り絞り、かつての仲間であった襲撃者の名前を呼ぶ。

 

「レナー……ト……」

 

 その声に応える者は無く、再び封印の洞窟に静寂が戻るまで、さほど時間はかからなかった。

 




次話投稿時にサカ・イリアのルートアンケート閉め切ります。
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第18章「ジュトー総督府(前篇)」

 ジュトー総督府を目前としたリキア同盟軍は、おそらく過酷になるであろう戦いに備えて一晩の休息を享受していた。

 そんな中、マークは眠るわけでもなく何かしらの作業をするでもなく、一人天幕の内で佇んでいた。

 

「……」

 

 無言で、最低限の明かりを灯した部屋で過ごす時間は、限りなく長く感じられた。

 マークとて明日のことを思えば早々に休むべきと頭ではわかっていたが、それでも待ち人が来るかもしれないと一握りの希望を捨てきれなかったのだ。

 そのように時間を浪費してどれほどの時が経っただろうか、さすがにそろそろ休まなければと言う義務感がマークの頭をよぎったころ、ついにこの天幕を訪れる人影が現れた。

 

「眠れないのかい?」

「……パントか、ルイーズは放っておいていいのか?」

「奥さんも君のことを心配していたよ」

 

 待ち人でなかったことに、マークの表情に隠しきれなかった落胆がわずかに漏れる。

 それを感じ取ったパントは、若干の心苦しさと共にマークの持つわずかな希望を打ち砕く。

 

「……マシュー殿ほどの実力者が、今日まで十分な時間があったにもかかわらず帰還できなかったんだ。もう……」

「それ以上は言ってくれるな……」

 

 パントの言葉を遮り、マークは力なく首を振る。

 そんなこと、パントに言われるまでもなく、わかっていたことだ。

 だが、それでもなお受け入れ難く、認めることができなかったのだ。

 しかし、いつまでも足を止めているわけにはいかないと現実を突きつけられたマークは、最後にぽつりと後悔を漏らす。

 

「マシュー一人に行かせるべきじゃなかったのかな?」

「……あの段階では、私もあの選択が最善であったと思うよ」

 

 全員無事に帰ってきたとはいえ、エリウッド達が苦戦した相手だ。今となっては、もっと慎重に動くべきだったかと思わざるを得なかった。

 もちろん、それは結果を知ったからこその考えである。

 あの時点では、敵は特異な存在でこそあったが、マシューという行為の密偵であれば奇襲は防げるし、逃げ切ることは十分に可能だと考えられたのだから。

 

「神将器の回収は、必要だったと思うよ。それに、それが不可能ならば少しでも敵の情報を得ようと考えるのもまた、当然の思考だった」

「そうして欲張った結果が、仲間を失っただけで何も得る者が無かったと言うんじゃ、どうしようもないな」

「……」

 

 いつになく気落ちしたマークに、下手な慰めは逆効果かと感じたパントは一度口をつむぐ。

 そうして当時のことを思う一度思い返してみたのだが……やはりリスクとリターンを思えばマークの打った手は最善と言えるものだ。

 

(リキア最高の密偵であるマシュー殿が逃げ帰る事すらままならない敵など、事前情報だけでは想像もできなかったんだから)

 

 もちろん、重要な情報を集めようと思ったならその限りではないが、マシューの腕ならば、それこそベルンの王宮にだって忍び込めるはずなのだ。

 それほどの腕を持ったマシューが逃げ切れない相手など、それこそ敵は神将クラスと言っても過言ではないだろう。

 

「とにかく、マシューを討てるほどの実力者が暗躍している以上、今後はパントも単独行動を控えてくれ。神将器の所有者なんだから、いつ襲われてもおかしくない」

「そうだね……こうなると、エリウッド殿の方も心配だが……」

「……フェレ侯爵としてのエリウッドには悪いが、ニニアンについていてもらおう。奇襲さえ防げれば、問題無く迎撃できるだろう」

 

 かつて世話になったニニアン・ニルスの持っていた『不思議な力』を思い出し、パントはそれならば安心かと一息つく。

 初撃さえ凌げば、デュランダルを持ったエリウッドはまさに現代の神将だ。周囲の騎士の力も合わされば、たとえネルガルだって容易には手を出せないだろう。

 こうしてマークとパントの話し合いは徐々に最初の話題から逸れてヒートアップしてゆき、つい明け方近くまで続いてしまう。

 それは、マシューが帰れなかったという事で得られたわずかな情報を、少しでも有効活用するための、マーク達に出来る唯一の弔いであった。

 

 

 

 そうして一夜が明けた決戦当日。

 ロイはエルフィンの策のもと、兵を指揮すべく本陣にてその時を待っていた。

 

「……本当に、私の策を採用して良かったのですか?」

「うん。エルフィンもわかってるでしょう? 二人の策の違いなんて誤差の範囲内だって」

「それはわかりますが……それでも、神軍師の策の方が圧倒的に信用や信頼が上でしょう?」

「そこら辺はほら、マークの名前を効果的に使わせてもらってるから」

 

 一言で言えば、『神軍師が認めた策』と銘打っているだけなのだが、たったそれだけで兵士たちの受ける印象は大きく変わってくる。

 ちなみに、それがいつのまにか大いに誇張され、神軍師が自分の策を引っ込めるほどの策だと言う兵士もいるらしい。

 それはともかくとして、ロイの説得を受けながらも更なる反論を行おうとしたエルフィンであったが、その機先を制してマークが言う。

 

「エルフィンだって、自分の策に自信が無いわけじゃないんだろう?」

「それは……そうですが……」

「なら、いいじゃないか」

 

 何度も言うようだが、今回示された二人の策に大きな違いは無く、兵の士気にも問題は無い。

 むしろ、実力を示せば神軍師の名声すら押しのけることができるとなれば、今後やる気を出す兵も増えるだろう。

 まあ、どちらにせよこの場でエルフィンがいかに二の足を踏もうとも、今更やっぱりマークの策を採用するとロイに言わせるわけにもいかないのだ。

 エルフィンもそのことに思い至ったのか、些か遅くも感じるが覚悟を決めて戦場へと向き直る。

 

「それじゃあ皆……行くよ!」

「オオオォォォッ!」

 

 ロイの号令に大気が震えんばかりに雄叫びが轟く。

 レジスタンス達にとっては総督府へ攻め込むという事に対し、特に思うところがあるのだろう。ロイの指示をしっかり聞くのか不安を感じるほどのやる気を見せている。

 

「エキドナ! ダン! 先走るなよ!」

「わかってるって!」

「そっちこそ遅れんなよ!」

 

 思わず頭を抱えたくなる返答を残しながら突撃するダンに対し、ロイはこの後送る予定の後詰を少し早めに出すことを決めたという。

 

 

 

 リキア同盟軍が総督府への攻城戦を敢行する中、西方三島総督アルカルドは余裕に満ち溢れていた。

 

「くっくっく、愚かな奴らだ。我らに対し勝ち目があると本気で思えるとはな」

「まったく、その通りですな」

 

 玉座にどっしりと腰を据えたアルカルドの品のない笑いに追従するのは、ベルン軍から西方三島へと派遣されたフレアーだ。

 ただ、フレアーの追従は形だけのものであり、その表情を良く見ればアルカルドへの嘲笑が見え隠れしていた。

 そんな余裕を見せる上層部であったが、今まさに攻め込まれている立場である部下たちは慌てて報告を行う。

 

「リキア同盟軍は所属したレジスタンスを先頭に、総督府の正門に迫っております! 兵たちも必死に戦っておりますが、奴らの勢いも侮りがたいものがあり……リキアの騎士共の援護も的確で、徐々に押されております!」

「敵はさらに物資搬入門や裏門を目指して進軍しております! このままでは、程なく城内まで攻め込まれて……」

「問題ない」

 

 部下の報告を一言で切り捨てたアルカルドは、あらかじめフレアーと話し合い決めていた命令を部下たちへと通達する。

 

「わしも戦場へ出よう。せっかく手柄を手にする機会なのだ、このまま座っているだけというのも馬鹿らしい」

「ア、アルカルド様……?」

「フレアー殿、この後は手筈通りに頼むぞ」

「ええ、わかっておりますとも」

 

 まるで勝利を疑っていない様子のアルカルドが出陣するのを見送ったフレアーは、先ほどまで辛うじて隠していた嘲笑を表に出し、吐き捨てるように傍らに控えていたジードに愚痴を漏らす。

 

「ふんっ、我らの力を自身のものと錯覚するか、俗物が! ……まあいい、どちらにしろ奴はこの戦いで善戦むなしく戦死するのだからな」

「いやあ、まさかエトルリアの貴族がここまで愚かとは……オレだってもう少し警戒しますよ?」

 

 フレアーたちはベルンの奥の手を見せ、それにより勝利を確信したアルカルドがそのおこぼれを得るために戦場へと出るように、言葉巧みにそそのかしたのだ。

 あまりにも思い通りに動いた西方三島総督に呆れを隠せないジードであったが、続くフレアーの言葉に気を引き締める。

 

「我らの目的は、リキア同盟軍の戦力を少しでも削ぐことだ。ヴァイダ殿にも言われたように、決して侮ってはならないものが彼の軍には存在するからな」

「……全盛期をとうに過ぎたはずの『老将軍』ですら竜将に食い下がったのですから、ならば未だ現役の『すご腕』や『大賢者の弟子』はどれほどの実力になるのでしょうかね」

「さてな……だが、それらに対抗するための奥の手だ。ジェミーにはしっかり言い含めておけ」

「はっ!」

 

 そう言い残してフレアーが立ち去った後、ジードもまた、先ほどの話を伝えるため自らの妹の待機する部屋へと足を向ける。

 そして辿り着いた目的地にいたのは、ジェミー本人とベルンの奥の手である三人、それに他部署から無理を言って参加してきた四人の計八人であった。

 

「計画は概ね予定通りに進んでいる。ジェミーは予定通りその三人を従えて城内で奴らを迎え撃ってくれ」

「はぁい、お兄様」

 

 ジードの指示に、まれで獲物をいたぶる猫のような笑みを浮かべながらジェミーは答える。

 その様子に過度の緊張や弛緩は無いと判断したジードは、残った四人へと少し厳しめの視線を向ける。

 

「確か『黒い牙』だったか? 密偵が表の戦場に何をしに出てきたのかは知らんが、こちらの邪魔だけはするんじゃねぇぞ?」

「わかってるさ、『お兄様』よぉ」

 

 ベルン軍内でも特殊な立ち位置に存在するという『黒い牙』から派遣されてきた四人のリーダーである男ディーノが、ジードの忠告を軽く受け流しながら立ち上がる。

 

「オレ達もラガルトさん達に認められるために必死なんでな。そっちの邪魔だなんて馬鹿な真似、殺されたってしねぇさ」

「……ならいいがな」

 

 いぶかしげに『黒い牙』の面々を見るジードをよそに、四人は配置につくからと早々に部屋を後にする。

 そこからの四人の動きは早かった。

 

「ネージュは向こうの指示通り、『奥の手』の回復役を任せる」

「ええ、わかっていますよ」

 

 ディークの指示を受けたネージュと呼ばれたモノクルをつけた少女は、リブローの杖を片手に中庭を見渡せる場所へとのんびりと歩いて行く。

 

「ジャックは狙撃の準備をしておいてくれ。優先的に狙うやつの顔は確認しているな?」

「ああ」

 

 言葉少なく頷いたジャックは、ゆらりとまるで闇と同化したかのように影に紛れ立ち去って行った。

 

「ソリルはオレと表に出るぞ」

「……了解した」

 

 普段纏っている柔らかな雰囲気は欠片も感じさせぬソリルは、サカの剣士が愛用する倭刀に手を添えながらディークに先んじて砦の外へと向かおうと大きく足を踏み出した。

 それぞれの限りなくやる気に満ちた様子を確認したディーノは、銀の大剣を担ぎソリルの背を追いながら思う。

 

(なんとしても、今回の戦いで手柄を挙げなきゃな……実戦で結果を残せば、さすがのラガルトさん達もオレらを『黒い牙』の一員として認めてくれるだろう)

 

 そう、実はディーノ達四人は正式な『黒い牙』のメンバーではないのだ。

 それにもかかわらず『黒い牙』を名乗ったのは、それぞれの恩があるラガルト達の力になりたいと、一人前と認められ仲間になりたいという想いからだ。

 そんな願いを持った彼らは、ラガルト達の願いに気付かない。

 もはや闇の中でしか生きられない自分たちの後を継ごうなどと考えず、表の世界で幸せを見つけてほしいと思っているなど、彼らには思いもよらなかった。

 

 

 

「……どういう事だ?」

 

 総督府の中で何が起こっているのか知る由もないロイ達は、戦場に起こった思いもよらない変化に思わず疑問の声を漏らす。

 事が起こったのは、フランが騎兵を率いて後方へと移動を開始したしばらくしてからであった。

 

「後方に回り込む部隊を無視して、正面に更なる兵を投入してきた?」

「馬鹿な……! 拠点となる総督府の防衛を放棄するつもりですか!?」

 

 アルカルドのとった想像の埒外の選択にエルフィンは思わず絶叫する。

 そんなことをすれば、一時の優勢と引き換えにその身の破滅が決定する。これ以上ない悪手としか思えなかったからだ。

 だが、現実としてアルカルドは中央へ自身を含めた総軍で出撃してきており、リキア同盟軍はこれに対処しなければ敗北こそないが被害の増大は間違いないだろう。

 

「まさか、骨を断たせて肉を切るとでも言うつもりですか……!」

 

 本末転倒な考えがその脳裏に浮かんでしまい、エルフィンの思考がわずかに停止する。

 敵の行動が愚かすぎて、その対処に何を行えばいいのかわからなくなってしまったのだ。

 

「とにかく、中央に予備隊を早急に向かわせろ! 重騎士を前面に押し出すから、弓兵と魔道士はその援護を!」

 

 そんなエルフィンを叱咤するかのように、マークはロイへとその場しのぎの策を示す。

 たとえアルカルドの行動が自分たちの思考を上回る罠かもしれないとはいえ、思索にふけって現実を見ないわけにはいかないのだと。

 故に、エルフィンは思考を再開する。

 奇策への対処はマークとロイに任せ、彼はこのような策を打って来た敵の思考を探ることに集中する。

 

 勝ち目はないと自暴自棄になったか?

 

(いや、違う。戦場にいるアルカルドの動きからはそのような気配は感じない)

 

 では、まだ総督府の中に回り込んだ部隊に対抗できるだけの戦力を残している?

 

(それも違う。総督府の容量を考えれば、今戦場に出ている兵で打ち止めのはず……いや、たしかあそこには……!)

 

 総督府にまつわる噂の中に、『人ならぬ人』というものが存在し、それは『竜』に変身するとか……

 

(そのような存在が現実に存在するのなら、アルカルドがあれ程強気になるのも頷ける……だが、あれはベルンの……!)

 

 そこまで考えて、エルフィンの中ですべてが繋がった。

 正直な事を言えば杞憂であればとも思ったが、そうであるならば敵方の好意の全てに説明がつくからだ。

 エルフィンは自分の思い至った考えを、即座にロイ達に伝える。

 

「おそらく、正面にいるのは自覚無き死兵と思われます。敵の目的は最初から勝利に在らず……ただただ、同盟軍の戦力を削るために策を打ってきたのかと」

「……なるほど、そういう事か」

 

 エルフィンのわずかな言葉で状況を把握したマークは、ロイにわかりやすく簡潔にエルフィンの考えを伝える。

 この地にはすでにベルンの影響が及んでおり、アルカルドはベルンの言う必勝の策を鵜呑みにして捨て駒にされた。

 そして総督府とリキア同盟軍の戦いが終わった後に、残ったベルンはアルカルドに必勝を確信させた『人ならぬ人』という存在……すなわち『竜』を疲弊した同盟軍にぶつけてくるはずだ、と。

 

「つまり、僕たちはこの後のことを考えて、戦力を温存しながらエトルリアと戦わなければならないという事か……」

 

 目の前の戦いを優先してしまえば、後に控える戦いで大きな損害を出すことになるだろう。

 だからと言って出し惜しみをすれば、目の前の戦いすら危うくなってしまうだろう。

 絶妙なバランスの采配を求められる戦いを前に息をのむロイであったが、躊躇するだけの余裕は存在しない。

 そしてロイの出した結論は、ある意味とても極端なものであった。

 

「……今戦場にいるすべての部隊をもって、早急に敵を鎮圧する!」

「ほう、限られた強者を温存するではなく、全体の負担を公平に分配することで消耗を押さえるか」

「ああ、皆で力を合わせれば、きっと必勝の策だって打ち破れると僕は信じるよ!」

 

 それはすなわち、かつての英雄たちに頼り切ることなく竜と戦うという決断であり、若き世代による決意表明だ。

 当の本人にそういった自覚は無いだろうが、マークにはロイが自分たちの手から離れて、今この瞬間に大きな一歩を踏み出したかのように感じたのであった。

 

(だが、同時に危うくもある……)

 

 竜との戦闘を一部の実力者に任せなかったという事は、ある意味適材適所という考えに背く行為でもある。

 人に頼りきりになるのも問題だが、逆に頼らないのも問題なのだ。

 とはいえ、今はロイの意思を尊重したいと決めたマークは、ロイの考えに沿った策を早急に構築していく。

 若人の成長という喜びの影に、ほんのわずかな寂しさを感じながら。

 

 

 

「くそっ、ベルンはいつまで待たせるつもりだ! アレはいつでも出せると言っておったではないか……!」

 

 ロイが決断を下したころ、アルカルドは同盟軍が早急に対応したため思ったよりも戦果が挙げられなかったことに不満を抱きつつ、フレアーが連れてきた『奥の手』の到着を今か今かと待ち続けていた。

 そう、事ここに及んでなお、アルカルドは自分が嵌められたことに気付いていなかったのだ。

 

「アルカルド様、後方に回り込もうとしていたリキア同盟軍が転進し、こちらの包囲にかかっています!」

「一度は退いたレジスタンスどもも、重騎士共の脇から再度侵攻を開始してきました!」

「ええい、わかっておる!」

 

 リキア同盟軍の攻撃は苛烈を極め、最初こそ優勢であった趨勢ももはや一方的な蹂躙となりつつある。

 実はこの時、さすがにこれは一方的過ぎるかとフレアーが手を出そうとしたのだが、レークスハスタを持つファリナを筆頭とした天馬騎士団が立ちふさがり、ろくな援護もできずに撤退させられたのだ。

 

「私は西方三島の総督だぞ!? それを、こんな……!」

「ほう! では、おぬしを討てばよいのだな!」

「なっ!?」

 

 この場所がどういう場所なのかも考えずにわめいていたアルカルドの目と鼻の先で、単純明快な言葉と共に戦斧が轟音を立てて一人の兵士を叩き潰す。

 目の前に迫った死を直視したアルカルドがようやく青ざめるが、それはあまりにも遅すぎた。

 彼の前に現れた死の名はバアトル。

 かつて最強を求めて大陸中を旅した猛者を前にしてしまえば、重厚な鎧すら薄紙のように感じてしまうのも仕方のないことだろう。

 

「き、貴様、わかっているのか!? 私はエトルリアの貴族であり、貴族殺しは……」

「はっはっはっ! 寝言は寝て言え! どこに貴族がいるというのだ! 貴族というのはエリウッド様のような貴き方を言うのだ! わしは決して賢くは無いが、それぐらいの事は知っておる!」

「なんっ……!」

 

 絶句するアルカルドに対しバアトルは再び戦斧を振るい、その戦斧はアルカルドが必死で掲げた槍ごと、打ち砕いた。

 たった一撃、されどエトルリア軍の指揮を完全に砕くには十分すぎる一撃であり、残った兵士たちは完全に烏合の衆とかすのであった。

 

「うむ、これで一段落……かっ!?」

 

 もはやこの場での戦いが終わるのも時間の問題かと、バアトルが次の戦いのために温存を考え始めたまさにその瞬間、一般兵士が放ったとは思えない鋭い斬撃が迸った。

 

「なにやつっ!」

「ほう、まさか今の一撃を躱すとは……これはババを引いたかもしれんな」

 

 黒いコートを羽織った緋色の髪の男が、先ほど振り下ろした銀の大剣を担ぎ直しながらバアトルと向かい合う。

 

「なんでも西方三島総督の戦死だけじゃあちょっと問題があるんで、その首を取った奴の首をもって言い訳にするんだとさ。恨むんなら……」

「ぬおおおぉぉ……難しい話はどうでもいい! 貴様は何者だと聞いておるのだ!」

「……『黒い牙』のディーノだ」

 

 バアトルのあまりにもな態度に、さすがのディーノも毒気を抜かれた思いになるが、続く言葉は単純明快。

 戦士とはかく在るべきと言っても過言ではないのもであった。

 

「わしはバアトルだ。うむ、ディーノよ! 戦場であいまみえたのなら交わすべきは言葉ではない!!」

「……っは! 確かにその通りだ、バアトルさんよっ!」

 

 ある意味挑発そのものと言っていいその言葉に従い、二人はそれぞれの武器を振り回して火花を散らす。

 だが、ディーノも一般兵をはるかに超える実力者であったが、それでもなお、バアトルには届かない。

 武器の相性もあり、勝負にならないという事は無かったが、それでもバアトルの勝利は揺るがない。

 ……ただし、それは一対一の決闘であったらの話であり、この戦場においてはその限りではなかった。

 

「ぬぅ!?」

「わりいが、オレ達も負けるわけにはいかないんでなぁ!」

「まさか卑怯などとは言わないだろう!?」

 

 一人で敵わぬのなら、二人で戦う。あまりにも当たり前の理屈でもって、戦局は覆る。

 サカの剣士であるソリルの加勢を得たディーノの猛攻は、さしものバアトルとて凌ぎきれるものではなかった。

 しかしここは戦場であり、バアトルにだって味方は居るのだ。

 再び割り込んできた斬撃に、ディーノ達は後退を強いられる。

 

「父上、ご無事ですか!」

「フィ、フィル!?」

 

 思わぬ娘の援護に目を見開くバアトルであったが、すぐにその意識を切り替える。

 自分を助けられるほどに成長した娘の事は誇らしかったが、いま眼前にいる敵と戦うのは、まだフィルには早すぎる。

 そう思い口を開こうとしたバアトルであったが、このわずかな時間に状況は大きく動いていたため、彼の危惧するようなことは起こらずに済んだ。

 

「無事か、バアトル」

「おお、ドルカス! 我が友よ!」

「……っち、引き際か」

 

 敵のさらなる合流に勝ち目が失せたと理解したディーノとソリルは、現れた時と同様にあっという間に消え失せてしまう。

 そしてそれに気づいたバアトルが逃げられたと騒ぐのだが、残念なことにその意見に同意する者は現れなかった。

 




次回、総督府内部にてベルンの『奥の手』との対決。


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第18章「ジュトー総督府(後編)」

 西方三島総督アルカルドを撃破したリキア同盟軍であったが、これでジュトーを制圧したとは残念ながら言えなかった。

 総督府は未だに健在であり、その固く閉ざされた城門の内には、リキア同盟軍のはらわたを食い破らんと待ち受ける猛獣がいるのをロイは幻視するのであった。

 

(罠があることはまず間違いないだろうし、ここは一度体勢を立て直すのも手かな?)

 

 アルカルドを討ち果たしたことを区切りとして、一度仕切り直すべきかという考えがロイの脳裏をよぎったが、それもほんの一瞬の事。

 ロイは軽く頭を振り、アルカルドを打った勢いを殺すべきではないと考えを改める。

 

「破城槌の準備を! このまま一気に総督府を制圧する!」

「はっ!」

 

 この先には、最低でもアルカルドが必勝を確信するだけの敵が待ち構えているのだ。

 そう思うと、たとえ体を休める時間があったとしても気が休まる気がしないという、焦燥も確かにあった。

 しかし、それも頼りになる仲間たちが声をかけるまでの間だけであった。

 

「問題ありませんよ、ロイ様。罠があるとわかっているのなら、いくらでもやりようはあります」

「その通りですぞ! それにこの場にはマーク殿もパント殿も居られます故、たとえ本当に竜が現れようと何ら問題になりませぬ!」

 

 エルフィンとマリナスの言葉によって背を押されたロイは、その顔にわずかな笑みを取り戻す。

 それと同時にマリナスの言葉に含まれた妙な自信に気付き、その真意を尋ねるべくマークへと体を向ける。

 純粋に疑問に満ちた目を向けられたマークは少しだけ困った表情を見せるも、話すべき時期が来たのだろうと思い直し、ロイに一つの真実を語りはじめる。

 

「……いつだったか、エリウッドがデュランダルを手にする機会があったといったのを覚えているか?」

「えっと、確かオスティアを解放する直前にそんな話をしたような気がするかな?」

 

 当時はオスティアで起こった反乱への対処など他に気にすることが多すぎて半ば聞き流していたが、よくよく考えてみれば神将器を手にする機会などそうあるはずがない。

 それもオスティア家の面々ならばローランの直系という事でまだ理解もできるが、フェレ候エリウッドがとなればなおさらだ。

 そこまで考えが至れば、ロイにもマークの言わんとすることが想像できた。

 

「まさか……マークは父上と共に、竜と戦ったことがあるとでも言うのかい?」

「そのまさかだ」

 

 ロイはマークの言葉に驚愕に目を見開きつつも、ようやく納得がいったとでも言うべき感情を抱く。

 神軍師と呼ばれるマークであるが、その名声に反して彼がどの戦場に参戦し、どこの軍を指揮したといった記録はほとんど残っていない。

 かろうじてリキアの一部にマークの戦った記録が残っており、なるほどその戦果は素晴らしいものであったが、『指先一つで歴史を変える』とまで呼ばれるにはどうしても違和感が拭えなかったものだ。

 しかし、戦った相手が竜であったのならその評価も当然だろう。

 

(マリナスもその戦いを知っているからこそ、あんなことが言えたのか……)

 

 一瞬、自分だけが知らされていなかったのではないかと不安な気持ちになるが、そんなロイの心境を読み取ったのか、マークはあの戦いの事は極力語られないことになっていると、苦笑を交えながら付け足した。

 

「まあ、今はそんな事より、目の前の戦いに集中すべきだろう」

「……そんな事とは思えないけど、わかったよ」

 

 本当はもっと詳しい話が聞きたかったが、話をするのは後でもできると戦場へ視線を戻した。

 まさにその瞬間の出来事であった。

 ロイの視界を白い閃光が迸る。

 

「これはッ!?」

「サンダーストーム!? 城内に軍将クラスの敵がいると言うのか!?」

 

 現代において、神将器などのごく一部の例外を除けば最高位に位置する魔法を前にし、ロイはもちろんマークすら驚愕を隠せない。

 しかし、驚愕していながらもその思考はすでに完了しており、即座に対処法を口に出していた。

 

「城門の破壊を優先しろ! 敵は特別誰かを狙って攻撃しているわけではない! 城門付近にいるはずの我らに対し、あてずっぽうに魔法を放っているだけだ!」

 

 そう、少なくともマークの把握できる空間にいない以上、敵魔道士も同盟軍の場所を把握できる位置にいるはずがないのだ。

 つまり、相手は目隠しをしたまま魔法を放っているに等しいわけだが、それにもかかわらず完全な無駄撃ちになっていないのは、こちらの居場所が割と正確に予想されているからだ。

 

(くそっ、破城槌を扱う以上、どうしてもこちらは門の前に陣取らなければいけない……そこを狙われたら、命中するのも当然ってわけか!)

 

 だが、狙われる場所がわかるのならばまだ対処のしようはある。

 マークは即座にエレンとサウルへ、マジックシールドの杖を使用するように指示を出す。

 さらにマリナスも輸送隊に保管してある聖水を取り出すべくこの場を離れようとしたが、城門への攻撃を中断しない限りさすがに間に合わないだろうとロイが止める。

 最低限ではあるがサンダーストームへの対策を為し、城門へ更なる一撃を加えたのだが、ここで時の運はベルン軍へと味方をする。

 あとわずかで城門を破れるという段階になって、サンダーストームが破城槌に直撃したのだ。

 

「くっ、見えてもいないのにこんなピンポイントで……!」

「マリナス、ハンマーの用意を! ここからは効率が落ちるけど個人の武装で……!」

 

 思わぬ不幸に内心で舌打ちをしつつも新たな指示を出すロイ達であったが、その指示が実行されることは無い。

 それよりも先に動いた一人のアーマーナイトがいたからだ。

 

「ムチャかどうかは、やって見なければわからんでしょう!」

 

 周囲の制止を振り切り、引火した破城槌の杭をへと歩み寄ったガントは、こともあろうか人の丈の倍はあろうかという杭をたった一人で持ち上げて、城門を粉砕すべく投擲して見せたのだ。

 

「す、すごい……!」

 

 思わず感嘆の声が上がるほどに、ガントの一連の行動は凄まじかった。

 それこそサンダーストームによって一方的に攻撃されて下がった士気を取り戻すには十分なほどに。

 だから、あえて彼の行為に欠点を挙げるとすれば、城門を破った後の事を全く考えていなかったことだろう。

 

「門を壊せて満足してるなんて、私の大好物のパンケーキよりもオ・オ・ア・マ」

 

 破られた門の内にいたのはたった一人の魔道士であったが、それでも歴戦の戦士たちの心胆を凍りつかせるには十分な存在であった。

 彼女、ジェミーの頭上に掲げられた凄まじい密度の焔は、それがただの魔法ではない事を示して余りあるものであったのだ。

 だが、そこで勝利を確信したこと自体が、マークにとっては甘いと言わざるを得ない。

 

「エルファイアー10倍スペシャル!!」

「ニノッ!」

「はいっ!」

 

 そう、門を破壊した直後に来るだろう奇襲など簡単に予想できていた。

 最悪、竜のブレスが飛んでくると思っていたマークとニノにとって、いかに強大であろうと魔法程度なら何ら問題は無かった。

 ジェミーの掲げたエルファイアーが輝きを増すのと同期したかのごとく、ニノの垂直に伸ばされた手の先から漏れ出る紫電の激しさが増してゆく。

 それもただのサンダーではない。

 いぜんニノが謎の襲撃者から盗み取った集束魔法をさらにアレンジし、その手の内には3つのサンダーが集束、否、もはや圧縮された状態になっていたのだ。

 そして同時に放たれた業火と稲妻の槍は同時に放たれ、ここでマークにとっても予想外の事態が起こる。

 友の危機を救うべくして、一人の少年が大火球の前に飛び込んできていたのだ。

 

「っ! はじけてっ!」

 

 いち早く少年の乱入に気付いたニノは、せめて二つの魔法に挟撃されることを防ごうとサンダーにかけられていた集束術式を解除する。

 すると束ねられていた3つの雷撃はお互いが反発するかのように別れて少年から逸れて行ったが、当然それだけでは莫大な魔力が籠められたエルファイアーが消えることは無い。

 そのまま少年が炎に飲まるかと息をのんだニノであったが、少年はその予想すら覆し、眼前に迫る炎をその手に持つ剣で切り裂いて見せたのだ。

 

「なんと……!」

「無茶苦茶だ……」

 

 おそらく、通常の剣圧に落下の勢いを上乗せして成したのだろうとマークは推測したが、神業と評するより曲芸と言った方が的確だろうと感じる。

 少なくとも、真似をしようと思ってできるモノではない。

 その曲芸をやってのけた当人も、ジェミーが退却の際に牽制として放った魔法は回避していたので、偶然が味方をした再現性のないものと考えてもよさそうである。

 

「アル! 生きてたか!」

「あったりめーだろ、ガント!」

 

 無理な追撃をあっという間に諦めた少年アルは、無事な生存を祝うガントとの再会に和気藹々としている。

 比較的後方で回復役に勤めていたティーナも、戦友の無事を確認してその表情をほころばせていた。

 できる事なら、このままその喜びに浸らせておいてやりたいとマークも思わなくなかったが、ここはまだ戦場である。

 

「再会を喜ぶのは後にしておけ、戦いはまだ終わっていない」

「ん? お前誰だ?」

「ちょっ、アル!?」

「……マークだ」

「そうか、オレはアル。よろしくな!」

 

 満面の笑みを浮かべて手を差し出してくるアルに、マークも苦笑しつつ手を握る。

 その後ろでは、アルと共に戦場に駆け付けた剣士キルマーがかつてのレジスタンス仲間に歓迎されていたが、それも長くは続かない。

 一度は逃げ出したジェミーが、再び戦場へと出てきたからだ。

 

「エトルリアの雑魚に勝って、楽しんでいられるのもここまでよ! ここからアンタ達は蹂躙される側になるんだから!」

「何だよ、逃げ出したくせにえらそーにして!」

「やかましいわよ! あれは戦略的撤退ってゆーのよ!」

「逃げたことに変わりは無いだろ!」

「あーもう! うるさいうるさいうるさい! いいわ、その減らず口もう二度と聞けないようにしてやるから! ノイン、ツェーン、エルフ、あんた達の出番よ!」

 

 アルの挑発に乗ったジェミーは、出し惜しみすることなく最大戦力をすべて投入してくる。

 はた目から見ればただのローブをかぶった老人であるが、見る者が見ればそれが何なのか簡単に理解できた。

 

「ま、まずい……奴が竜に!」

「なんだって!?」

 

 数少ない実物を見たことがあったガントが周囲に呼びかけるが、今更知ったところで手が打てるはずが無かった。

 いや、竜という存在を知っていたマーク達も手を出さなかったことから、竜になる前に手をうつというのは実質不可能なのだとすぐに理解できた。

 そうして城壁の一部を崩しながら現れた3体の竜は、自らの存在をロイ達に見せつけるかのように咆哮をあげる。

 

「これが……竜……!」

「アルタ城の奴よりずっとでけぇ!」

 

 あまりの巨体に、強大な力。あまりある存在感に思わずロイ達も目を見開きその威容を見上げる事しかできなかった。

 そんな絶望に飲まれそうになる若人たちの前に躍り出るのは、かつて銀の魔導軍将と呼ばれし1人の大魔道士である。

 

「ふむ、たしかに凄まじい力だが……あの時ほどの絶望は感じないな」

「何を言って……!?」

 

 ロイ達を背に庇う形で前に出たパントの顔に浮かぶのは、まぎれもない勝利を確信した者のそれである。

 そのことを訝しむジェミーであったが、次の瞬間にパントから噴き出た魔力に絶句させられる。

 

「『業火の理』」

 

 先程ジェミーが放ったエルファイアーを遥かに凌ぐ魔力が籠められた炎は、まさしく神話の時代のものと確信が持てた。

 あれは駄目だと。

 たとえ竜であっても、否、竜だからこそあの大魔法の前に生き残ることはできないと理解させられる。

 そしてついに最後の一言が紡がれ、その力が形を成そうとしたまさにその瞬間であった。

 

「っ! パント殿、伏せてっ!!」

「ッ!?」

 

 突然のロイの叫び声に反応して、パントは咄嗟に魔法を中断してその身を大地へと投げ出した。

 その直後、先ほどまでパントが居た空間を1本の矢が迸った。

 

「パント様!?」

「まさか、狙撃だと!?」

「ウォルト、敵の位置はどこ!」

「おそらくあの尖塔です!」

 

 絶妙なタイミングの狙撃を何とかしたロイ達であったが、その衝撃は確かに彼らの思考をかき乱し大きな隙を作ってしまう。

 だが、受けた衝撃で言えば確実にジェミー達の方が大きかった。

 

「(なんで今の一撃を避けられる!?)」

「何で狙撃がわかったのよ!?」

 

 ロイ達の意識は、完全に眼前の竜たちに集まっていたはずで、さらにパントの出す殺気に狙撃手であるジャックの殺気もまぎれていたはずだ。

 気付ける要素など欠片もなく、今の一撃はまさに必殺であるはずだった。

 それを直前で察知したロイをジェミーは睨みつけるが、こんなところで敵に情報を渡すマークではなかった。

 

「さあ、勘じゃないか?」

「ふざけるな!!」

 

 凶悪な笑みに飄々とした口調で告げられた言葉は、まさしく挑発以外の何物でもなかった。

 故に、ジェミーは決して真実に届かない。

 先程のロイの警告が、本当にただの勘によるものだという事に。

 

(いや、ただの勘というのも間違いか……)

 

 ジェミーを挑発しつつ思うのは、ロイの母親であるニニアンの持っていた不思議な力の事だ。

 彼女とその弟は、なぜか自分や親しい人たちに迫る危機を感じ取ることができたのだが、まさかロイがその能力を継いでいたとはマークも思ってもいなかった。

 

(この力があれば、奇襲なんかを受ける可能性も……って、今はそんなこと考えている場合じゃなかったな)

 

 思わず今後の展開について思考が飛びそうになるのをこらえて、マークは再び竜を攻略すべく策を巡らせる。

 

「パントは狙撃に十分注意しつつ、フォルブレイズを使う隙を探ってくれ!」

「了解した!」

「バースたち重騎士は辛いだろうが、竜の攻撃を後衛に通さないように盾になってくれ!」

「問題ありません。それが我らの役目ですから!」

 

 おそらく、ラガルトからベルンに情報が流れたのだろうか。パントの神将器を封じられたのは痛いが、この程度はまだ想定内だ。

 

「フラン達騎馬隊は竜の撹乱をして、決してアイツらに連携を取らせるな!」

「わかりました!」

「ディーク達は城内に攻め込んで、狙撃手を排除してくれ!」

「おう! 任せろ!」

 

 竜が3体もいたのは想定外であったが、本物ではなく『戦闘竜』であったから許容範囲内と言って構わないだろう。

 

「ウォルトたち弓兵はあの女魔道士の牽制を、リリーナ達魔道士は竜の牽制を任せる」

「はい! 決して竜討伐の邪魔はさせません!」

「牽制だけでなく、倒せるのならやってしまっても構わないでしょう?」

 

 そして、パント達経験者の持つ余裕が周囲に伝播して、竜に過剰な警戒を抱かなくなったのはマークの予想以上と言って過言ではない。

 

「がはははは! ここであったが100年目! このわしの成長を貴様で試してくれようぞ!!」

「おいおっさん! 抜け駆けなんてさせねーぞ! こいつは俺の得物だ!」

 

 さらにわざわざ命令を出すまでもない、過剰なまでにやる気を出しているバアトルやダンのような高い攻撃力の持ち主が居れば、まず勝ちは揺るがないだろう。

 しかし、やはりベルンも並大抵のものではなく、たとえ竜であろうともマーク達が相手ならば苦戦は免れないという程度の事は予想されていた。

 そしてそれは、ダンが竜の頭を派手にかちあげた時に示された。

 

「ん? まさか……回復してるだと!?」

「杖使い……それもリブローを使う手練れが潜んでいるのか!?」

 

 ジェミーとも違う誰かが竜たちを援護し始め、戦場は一気に混沌さを増してゆく。

 類稀なる強敵相手に苦労してようやく与えたダメージが瞬く間に治癒されるとなれば、兵士たちの士気もあっという間に下降しかねない。

 そして、士気が落ちてしまえば戦況などあっという間に傾いてしまうのが戦いというものだ。

 故にロイは決断する。

 

「僕も前に出る! マーク、後は頼んだよ!」

「おい、ロイ!」

「ロイ様!?」

 

 マークとイサドラの制止を振り切り、ロイは竜と戦うかもしれないと聞いた時にエキドナから譲られた切り札を手に最前線へとその身を投じる。

 その切り札の名は『ドラゴンキラー』。

 竜を倒す為だけに作られたその刃は、均衡していた戦局を一気に同盟軍へと傾けた。

 だが、将が前に出て発生するのは利点ばかりではない。

 将が討たれてしまえばそこで終わりという、利点以上の危険が存在しているのだ。

 

「貴方達、その赤髪を狙いなさい! アイツさえ倒せば、私達の勝ちは確定するんだから!」

 

 そのジェミーの命令に反応した戦闘竜たちが、突如として今までとは全く違った動きを見せる。

 ただただ翻弄されるばかりだった竜たちが見せたその変化に、多くのものが取り残されてしまい、その牙がロイへと向かうのをただ見ていることしかできなかった。

 そう、それは裏返せば、少なくとも反応できたものもいたという事である。

 

「どうした、俺が相手では不満だったのか?」

「いくら竜が強いったて、弱点が無いわけじゃないんだろ!」

 

 竜たちの間を踊るように舞い戦っていたキルマーの剣閃が、1体の竜の目を串刺しにする。

 そしてその痛みに思わずの雄たけびをあげる竜の腹を、アルが狙い澄まして切り裂いた。

 

「ロイ様を討つというのであれば、その前に私を倒して行きなさい!」

 

 ロイに喰らい付かんと迫ってきた竜の頭部へと思いっきり突撃しながら、マーカスの後を継いだイサドラが吠える。

 

「アンタに焼かれた仲間の恨みだ! よそに手を出すんなら、その前にこっちの落とし前着けていきな!」

「お代はテメェの首でいいぜ? 竜の首ともなれば立派な魔除けくらいにはなるだろうさ!」

 

 今日までに焼かれた西方の村々に手を下したのがこの竜だったとわかり、いつになく気合十分なエキドナとダンが巨大な戦斧で腕を切り飛ばす。

 3体同時にそれなり以上のダメージを受けた結果、もはや回復が間に合わない。

 特にエキドナ達が攻撃した竜はダメージが深く、杖使いも諦めざるを得なかった。

 

「これで、とどめだ!」

 

 そこへロイがドラゴンキラーにて追撃を加え、ついに竜の1体の撃破に成功するのであった。

 

「そんな……こんな事って……」

 

 その様子を見て、ジェミーは一人青ざめる。

 3体もの竜に、高位魔道士による援護を加えてなおただ一人も幹部級を倒せないだなんて、ありえないと叫んでしまいたかった。

 だが、良くも悪くも現実から逃避してしまえば命が無いと知っているジェミーにはそんなことができる筈もなく、即座に撤退すべくその場を後にしようと踵を返した。

 

「どこに行こうってんだい? お嬢ちゃん」

「っ!?」

 

 そこへ、部屋の片隅から男の声がかけられた。

 いったいいつの間に侵入を許したのかと慌ててそちらに振り向けど、人影など欠片も見当たらない。

 

「誰……いえ、どこにいるの!?」

「ここだよ、ここだってば」

「っ!?」

 

 続いて聞こえた女の声に振り向いてみたが、やはり人影は見当たらない。

 一瞬背筋が凍るような怖気を感じたジェミーであったが、こんなところで弱音を吐けるはずがない。

 震え上がりそうになる心を叱咤して、姿の見えない誰かに怒鳴るように声を叩きつける。

 

「姿を見せなさい!」

「出て来いって言われて、出ていける身ならそうするんだがねぇ」

「嘘ばっかり。最初っから姿を見せるつもりなんてない癖に」

「そこかっ!」

 

 もはや居るかどうか確認すらせずに魔法を放つジェミーであったが、姿が見えない相手に当てられるはずが無かった。

 声が聞こえる以上この部屋のどこかにいるはずだと視線を巡らせるが、どこにもその姿は見つけられなかった。

 

「……まあ、マークさんに感謝しときな」

「別に殺しちゃってもいいとは思うんだけどね。マークさんがどうやって竜を従えていたのか知りたいって言うから、特別に生かしておいてあげるわ」

「え?」

 

 再度声のした方向に魔法を放とうとしたジェミーであったが、次の瞬間体のバランスが保てずに床へと倒れ込んでしまう。

 

「ま、さか……どく?」

「あったり~。まあ、死にはしないから安心して眠りな?」

 

 最後に聞こえた女の声を皮切りにジェミーはついに意識を保てなくなり、その視界は暗闇に沈むのであった。

 そして、狙撃手であるジャックの方もこれ以上の戦闘は無意味であると持ち場から一目散に逃げ出していた。

 

「まさか、これ程とは……」

 

 神将器を扱うという銀の魔道士への初撃すら躱され、碌に仕事ができなかったと嘆く暇もない。

 かろうじて情報を持ち帰るということぐらいは出来そうだが、あんな化け物相手にどうやって戦えばいいのかと思わず自嘲がこぼれそうになる始末である。

 

「だが、諦めるなんて道は無い」

 

 今回4人で西の果てまで来たのも、全てはラガルト達黒い牙のメンバーに認められたいが故の行動だ。

 ここで諦められるようならば、最初から行動に移したりはしなかっただろう。

 ジャックは改めて決意を固め、追っ手の傭兵たちを足止めする罠をいくつか設置しつつ仲間たちの下へと走る。

 その先にこそ、自分たちの求める未来があると信じて。

 

 

 

 終わってみれば、何とか大きな被害を出すことなく済ませることができたとロイは胸をなでおろす。

 もっとも、戦後処理が終われば山ほど説教があると目で語るイサドラの方を真正面から見返すことができないあたり、自分でも無茶をしたという自覚があるようであったが。

 

「それにしても、すごかったな……」

「何がだい?」

「パント殿……」

 

 独り言のつもりの呟きが拾われてしまったことにわずかな驚きを感じたが、その相手がパントであった故に驚きは一瞬で納得に代わってしまう。

 

「いろいろ、ですかね」

「ふむ、確かに今回の戦いはいろいろあったからね」

 

 エトルリア兵を死兵にしたベルンの手腕もあるかもしれない。

 即座に敵の策に対処したマークも、その真意を看破したエルフィンも含まれるだろう。

 初めて見た竜はもちろん、その竜を翻弄する策を忠実に実行できた自分にも戸惑うし、狙撃手が居なくなった後に放たれたフォルブレイズにも圧倒された。

 あまりにも多くの出来事があり、半ば放心するロイに配慮して、パントはイサドラ達に倣ってしばらく彼を一人にしようと彼の下を離れる。

 するとそこへ、ある意味見慣れた顔が近づいてきた。

 

「……なあ、アンタひょっとして『銀の魔導軍将』か?」

「ずいぶんと古い名前を知っているんだね。そういう君は誰だい? この軍の人じゃないだろう」

 

 鮮やかな緑の髪の少年は、少し吊り上った瞳を除けばルゥにそっくりであった。

 

「……レイ」

「そうか、レイ君か。それで、私に何の用かな?」

 

 その名を聞いて、やはりという思いがパントの胸中に満ちる。

 それとともに、その口調や態度、姿勢から今は余計な事を言うべきではないとも感じていた。

 

「…………おれに、魔法を教えてくれ! 突然だし、おれは闇魔道士だから何言ってるんだって思うかもしれないけど! おれは……」

 

 おそらく、先ほどの戦いの最中フォルブレイズを見たのだろうと、パントは予想する。

 あの魔法は確かに理魔法であるが、魔法の頂点の一つである以上魔道士にとって無視できないものに違いは無いからだ。

 パントだって昔から闇魔法や光魔法の魔道書も読み漁っていたから、例の気持ちも理解できないわけではなかった。

 それに、目の前の少年とその母親に対するお節介な気持ちも存在した。

 

「そうだね、一つだけ条件を飲むのならいいよ」

「……条件?」

「そう。たった一つ、『途中で逃げ出さない』こと」

「それだけか?」

「ああ」

 

 だからこそのこの条件。

 もっとも、単なる口約束に過ぎないわけだが、もしかしたらこの言葉を言い訳にしてくれるかもしれないと、そう思って口にしたのだ。

 こうしてパントが新しい弟子を迎え入れたのだが、それに並行して同盟軍に凶報が届けられる。

 

『ベルン内通勢力により、エトルリアに反乱勃発。王都は反乱軍によって制圧された』

 



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第19章「焦燥」

大変お待たせいたしました。


 戦闘竜をも撃破したロイ達であったが、西方三島をエトルリア西方三島総督アルカルドから解放したことに喜ぶ間もなく、新たな凶報がもたらされた。

 

『エトルリア本国にて内乱勃発』

 

 その情報を聞いたマークは、このたびの大戦が新たな局面に突入したことを強く感じるのであった。

 

 

 

「エトルリア本国で反乱だって?! セシリア将軍たちは無事なのか!?」

「はっ! セシリア将軍はギネヴィア姫と共に王都を脱出し、ナバタの古城を目指すとのことでした!」

 

 ロイの確認に伝令兵が即座に応え、それにより今後リキア同盟軍がとるべき道をマーク達は即座に構築していく。

 

(ナバタの古城か……三軍将の一角がそこまで逃げなければならない状況となると、一刻の猶予もないとみるべきかな?)

 

 伝令からもたらされたわずかな情報からいくつかの推測を立てたマークは、兎にも角にも行動を起こすべくロイに命令を求める。

 

「とにかく、ナバタに向かう準備を整えよう」

「……そうだね。全軍、出撃準備を! 目標はナバタの古城! セシリア将軍の援護に向かう!!」

 

 マークの求めに応じ、動揺を即座に隠したロイは全軍に号令を出す。

 兵士たちがこの号令に素早く応えるのを横目に、同盟軍の首脳陣は進軍に当たって必要な計画を立てるべく簡易な会議を開くためロイの下に集おうとしたのだが、それをアルが糾弾する。

 

「おい、よくわかんねーけど仲間のピンチなんだろ!? そんなのんびり話し合いをしている場合じゃないだろ!!」

「ちょっと、アル!!」

 

 アルの物言いを諌めるティーナであったが、ロイはそれを遮って丁寧に説明する。

 

「確かに今から話し合いを始めるのは、悠長に見えるかもしれないね。でも、軍が最速で行動するには話し合いは必要なんだ」

 

 軍に所属する各々が全力で移動してバラバラになってしまえば、それはもはや軍ではなく烏合の衆……いやそれ以下の存在だ。

 それに、戦うのに必要なのは兵士だけでなく、武具はもちろんのこと、休息を取るための天幕から食料まで、さまざまな物資が必要となる。

 この身一つで駆け付けたところで、目的は果たせないのだ。

 だが、それは一軍を任された指揮官からの視点であり、正しくは一兵卒ですらないアルにはまだわからないものであった。

 しかし、アルが納得できるまで説明するには、あいにくと今は時間が足り無い。

 

「アル、悪いが今ここで講義をするような時間は無い。……同時進行で行こうか。パント、編成については副将であるフランとまとめてくれ。ロイ、レジスタンスと西方三島の今後について協議しよう」

「あ、うん。わかった。ごめんねアル君」

「細かい話が聞きたいのなら、行軍中になら時間はいくらでも取る。……こちらとしても、個人的にアルには聞きたいこともあるからな」

 

 アルからの返事を待たずに足早に立ち去るマーク達の背中を見つつ、アルは焦燥にまみれた表情でつぶやいた。

 

「嫌な予感が消えない……それじゃ、きっと間に合わないんだよ」

「そこまで言うのであれば、一人で空でも飛んで先行していろ」

「ッ!!」

 

 半分は冗談だっただろう剣士キルマーの言葉に、アルは天啓を得たかのように駆け出すのであった。

 

 

 

 そのように各々が次の戦場へ向けて準備を始めた中、軍には似つかわしくない少年たちが再会を果たしていた。

 

「……なんでこんなトコにお前がいるんだよ、レイ」

「レイ、無事だったんだね!」

「ルゥ、チャド……そっちこそどうしてこんなところに?」

 

 もっとも、感動の再会といった様相を見せているのはルゥ一人だけであったが、それでもチャドやレイの瞳にはまぎれもない安堵が宿っていた。

 本来ならいろいろと聞きたいこと、話したいことが山ほどあった三人であったが、残念なことにこの場で話し込むにはタイミングが悪かった。

 それでもルゥは、リキアでの再会についてだけは伝えなければならないと、簡潔にだが言葉を紡ぐ。

 そう、母親であるニノとの再会について。

 だが、興奮して再会の喜びを語るルゥに対し、レイはどこまでも冷静に……否、冷酷に言い放った。

 

「……ルゥ、俺たちがリキアのどこに居たか覚えているか?」

「アラフェン? 院長先生の孤児院のこと? そんなの忘れるわけないじゃない」

「そうだ。俺たちは孤児院に居たんだ」

 

 それが全てだと言葉を切ったレイであったが、残念なことにルゥにはそれだけでは伝わらなかったようである。

 小首をかしげる頼りなさげな兄に、レイは半ば苛立ちながら、言外に含ませていた想いを、今度こそ口にする。

 

「……孤児院ってのは、親がいない子供がいる場所だ。そこにいた俺らに、今更母親が現れるはずがないだろう?」

 

 それは、聞き分けのない子供に言って聞かせるような、静かな、それでいてこれ以上ない拒絶の言葉だ。

 その拒絶の意志に一瞬怯んでしまったルゥが反論をするより先に、レイはこの話は終わりだと背を向けこの場を去るのであった。

 

 

 

「話は分かったよ。じゃあ、このままナバタに向かうんだね?」

「はい、本来であれば西方三島の治安が落ち着くまで僕らもここに留まるべきなんでしょうが……」

「いやいや、流石にそこまで面倒をかけるつもりはないよ」

 

 アル達と別れたロイとマークは、さっそくレジスタンスのリーダーであるエキドナとの会談を行っていた。

 その内容は、戦うだけ戦って事後処理の一切を行わずにこの地を去ることに対する謝罪である。

 だが、エキドナからしてみれば、感謝こそすれ罪悪感を覚えられることではないのだが……

 しかし、続くロイの言葉に、エキドナは緊張を高めることになる。

 

「いや、僕たちリキア同盟軍はエトルリアの要請によりこの西方三島に来たのだから、本来なら総督の後任が来るまで留まるべきなんだよ」

「……後任?」

「今回の同盟軍の行為は、本国の意向を無視して私腹を肥やした総督の討伐ってことになるだろうから、次はまともな総督を招来してって流れになるはずだったんだが……まあ、レジスタンス達からすれば、また搾取するつもりかと疑うのもわかるがな」

「……いや、アンタ達がそんなことしないってのはわかってるさ」

 

 いささか歯切れが悪く返事をしたエキドナであったが、どちらにしろ実現することが無くなった未来の話であるので、この話はここまでだとマークがぶった切る。

 

「これからは、ある意味前総督の秩序の下にあった賊どもが、それぞれ勝手に動き出すことになるだろう。大変だろうが、力を貸すことはできない。レジスタンスで対処してくれ」

「ああ、そういう意味の謝罪だったのかい」

 

 ようやくロイ達の謝罪の意味を完全に理解したエキドナであったが、それでも二人に言うべき言葉は変わらない。

 だが、それはさておいてどうにも気になることがあった。

 

「なんだか話を聞いていると、ここでお別れみたいな感じがするんだけど?」

「それ以外に何が……って、まさかついてくるつもりだったの?」

「はぁ!? いやいや、アンタ達はこれからこそ戦力が必要なときじゃないのかい?!」

「それは西方三島も同じだろう?」

 

 エトルリア本国で起こった反乱を鎮圧するにも戦力は必要であるし、西方三島解放に尽力してもらったという恩もあり、当然ついて行くつもりであったエキドナだったのだが、マークの言うように西方三島にだって人手は必要なのだ。

 

「総督府に取って代わるだけの組織は、レジスタンス以外ない。もしここでエキドナ達が西方三島を離れることになったら、賊どもがはびこって、それこそエトルリアに搾取されていたころの方がマシと感じるような状況になっても不思議じゃないんだぞ」

「そりゃそうかもしれないけど……マークさん、アンタは確かにすごい軍師様なんだろうけど、何もわかっちゃいないね」

 

 理屈の上では、エキドナもマークの言う事は理解できる。

 だが、それは理屈の上だけだ。

 西方三島解放に力を貸してくれた恩人が、いや、肩を並べた戦友が今まさに困難に直面しているのだ。

 これを放って置くことができるのなら、そもそもレジスタンスなど結成せずに島を去っていただろう。

 故に、エキドナのとるべき行動は一つしかない。

 

「確かにレジスタンスの連中を全部動員することはできないかもしれないけど、一部だけを動かすって言う手もあるんだろ?」

「……」

「アタシらをただの恩知らずにさせないでくれないかい」

 

 エキドナはどこまでも真っ直ぐに、そして強い意志を持ってマークへと視線を向ける。

 どんな決意を秘めた視線を受け、マークは早々に勝ち目がないことを認めるしかないのであった。

 

 

 

 そのようにマーク達とエキドナの会談がある意味失敗していたその時、フラン達はナバタへの進軍方針について話し合っていた。

 

「足の速い騎兵だけでも先行させられないかしら?」

「彼等だけ先行させてどうするつもりですか? まさか、魔導軍将が王都から逃げ出さなければならないような相手に、騎兵だけで挑めなんて言いませんよね?」

「現地にはセシリアさんがいるのよ? 合流さえできれば本隊が到着するまでの時間稼ぎぐらい……」

 

 その話し合いは、ロイを立てるためか今まであまり口を出さなかったリリーナと元々引っ込み思案であったフランの衝突という、誰もが想像できなかった状況に陥っていた。

 

「合流できなければ? ただでさえナバタは砂漠の多い地であると聞いています。砂に足を取られた騎兵など、各個撃破の格好の的です」

「だからといって、万全を期して慎重に進軍して間に合わなければ何の意味もないでしょう?」

 

 リスクを冒してでもここは急ぐべきだというリリーナに対し、焦らずに堅実な進軍をというフラン。

 どちらの言葉も一定の正しさがあるため、本来調整役に入るべきイサドラもどうすればいいのか決めあぐね、参謀たるエルフィンも私情が入ってしまう事を危惧して意見できないでいた。

 そんな均衡を破ったのは、やはりというべきかパントである。

 

「ふむ、二人の意見はそれぞれ聞くべきところも多いのだけど……そろそろ結論を出そうか。でなければ、わざわざロイ将軍やマークが不在の中話し合いを始めた甲斐が無くなってしまう」

 

 そう、元よりロイやマークが事後処理に走り回っている中話し合いを始めたのは、一刻も早く進軍を開始するためであるのだ。

 故に、パントは同盟軍の外にいるという立場を無視して、自身の意見を結論として発信する。

 

「まず前提として、今回の反乱が親ベルン派によって起こされたというのはわかるね?」

「ええ、もともと反ベルン派の政策が行われていたのだから」

「つまり、この反乱が成ってしまえば、リキアはベルン・エトルリア連合と戦争になるってことだ」

「……」

「もっと正確に言えば、すでにサカとイリアも落ちている以上、リキア単独で大陸と戦うというのに等しい状況と言っても過言ではないかな」

 

 パントの言葉は、この場にいた全員の胃の腑に想像以上の重さを伴って落ちてきた。

 そして、そのあり得るかもしれない未来を共有できたと判断したパントは、今度こそ自身の意見を述べる

 

「無茶だというのはわかるけど、ここは本隊に先んじて最速の部隊を送るべきだと思う」

「……わかり、ました」

 

 悔しそうに顔を伏せるフランの胸中にあるのは、言い負かされたことに対する反感ではなく、未だ視野が狭い自身に対する嫌悪であった。

 目先の損害を恐れて、大局を見ていなかったと自覚したのだ。

 だが、それは自身の意見を採用されたリリーナも同じであった。

 師であり、個人的な交友もあったセシリアの危機に、感情でもって援軍を送らなければと考えてしまっていたことに、パントの考えを聞いて気付いたのだ。

 そうして、リキア同盟軍は騎兵を中心とした先遣隊を組織し、ナバタへと出発する。

 トップはセシリアと対等な立場で交渉を行うためにロイが立ち、その補佐としてマーク、またナバタは大賢者の領域という事でパントも同行することになった。

 さらに案内役として西方三島の地理に詳しいエキドナも加わり、先遣隊は最低限の物資をもって最速でナバタへと進軍を開始した。

 しかし、その先遣隊すらも置き去りにする一つの影があった。

 

「なっ、アル君!?」

「馬鹿っ! たった一人で何ができると思ってるんだ!?」

 

 飛竜を駆り、空を翔ける少年は、驚愕に目を見開くロイとマークをよそに、呑気に手を振っている始末だ。

 マークはその様子に顔を顰めつつ、一つの決断を下す。

 

「ロイッ! 悪いが俺も先行する!!」

「マーク!?」

「ファリナ、頼む!」

「あいよっ!」

 

 たった一言ですべてを察したのか、歴戦の天馬騎士は地上を駆けていたマークを拾い上げて一人先行するアルを追いはじめる。

 

「一人が三人に増えたとして、誤差の範囲だろうにっ!?」

 

 珍しく短絡的な行為に出たマークを補うかのように、ロイは残った天馬騎士達にマークを追うように指示を出す。

 そう、彼らは知る由もない。

 この選択が、彼らの運命にどれほどの影響を与えることになるのかなど。

 

 

 

 リキア同盟軍が海を越え、ナバタの古城を目指して進軍を続けるまさにその時、魔導軍将であるセシリアはギリギリまで追い詰められていた。

 

「予想をはるかに超える損害ね……」

 

 王都を追われ、その追手に騎士軍将と三竜将の一角が付くまでは予想の範疇であった。

 だが、古城にたどり着くまでにでた損害については、完全に予想を上回ってしまっていた。

 

「パーシバルの戦術は十分予想できたし、その実力もよく知っていた。こちらは、想定の範疇ね」

 

 お互いの手の内は知り尽くしているといっても過言ではない騎士軍将と魔導軍将の戦いは、予定調和の内に終わったといっても過言ではないぐらいには順調であった。

 では何が問題であったかというと、もう選択肢は一つしか残っていない。

 

「三竜将ナーシェン……正直見縊っていたわ」

 

 リキアの状況を見る限り、裏で陰謀を巡らす事には長けていても、実際の指揮や戦闘は他の竜将に一歩どころか、二歩も三歩も劣ると考えていた。

 それが実際蓋を開けてみれば……セシリアの率いる部隊を的確に、じわじわと削り取って行ったのだ。

 

「まったく、これでは先生に顔向けできないわね」

 

 思わず自嘲の笑みをこぼすセシリアであったが、そのことに気付いて慌てて気を引き締める。

 確かに想定外の被害をこうむったが、まだ負けたわけではないのだから。

 そう彼女が気を張り直すのと同時に、まるで待っていたかのように勢いよくドアが開かれた。

 

「セシリア将軍!」

「エリシア……気が急くのはわかるけど、ノックぐらいしなさい?」

「あ、失礼しました!」

 

 駆け込んできた赤毛の少女に将軍として注意をしたセシリアであったが、そこに込められたものは部下に対するそれではなく、明らかに身内に対するものであった。

 それもそのはず、今でこそ部下である少女エリシアは、セシリアの魔導の師である『先生』の娘であり、指導を受け始めた時期の差から姉弟子にあたる人なのだから。

 もちろん、魔道の探求にかけた時間はセシリアの方が上だし、当の本人も私生活ではセシリアの事を姉さまと慕っていたりする。かと思えば姉弟子としてセシリアの面倒を見ようとしたりとなかなか愉快な関係だったりする。

 とはいえ、今は上官と部下であることに変わりはない。

 エリシアはきっちりと部下として礼を取り、セシリアに報告を行う。

 

「リグレ公爵閣下のおっしゃっておられた通り古城の地下より、遺跡へとつながる通路を発見しました」

「そう、では早速城の防備を放棄して、遺跡へと乗り込みましょうか」

「はい!」

 

 そう、セシリアたちもただ追われるがままに、ナバタにまで逃げ込んだわけではない。

 有事の際には自身の領域であるナバタの砂漠へと逃げ込むようにと、以前よりパントから言い含められていたのだ。

 正直なところ、遺跡に逃げ込まなければならないほど追いつめられたのは想定外であったのだが、ここで四の五の言っても状況は変わらない。

 セシリアは引き際を誤ることなく、騎士軍将パーシバルと三竜将ナーシェンの2人を相手に戦う事を諦め、全力で時間稼ぎに徹したのであった。

 

 

 

 その一方で、三竜将のナーシェンも重なる予想外の事態に苛立ちを募らせていた。

 

「くそっ、まさか魔導軍将がここまで粘るとは……!」

 

 魔導軍将の座は、先代であるリグレ公爵が引退してから長きにわたり空位になっていたと聞く。

 そして今代の魔導軍将は、その長き空白を良しとしなかったがために、仕方が無く実力に見合わぬ小娘が据えられたのだと、ナーシェンはそう協力者に聞いていたのだ。

 だがその実態は、ヴァイダに鍛えられたナーシェンをもってしても攻めきれぬ巧みな用兵術を使い、魔道の腕も三竜将であるブルーニャに勝るとも劣らない、魔導軍将を名乗るにふさわしい猛者であった。

 自身が格上だと思っていた戦いで、全力で潰しにかかったにもかかわらず潰しきれなかった事実は、ナーシェンに多大なストレスを与えていた。

 しかし、そんな屈辱の時間も終わりだと、ナーシェンは一人ほくそ笑む。

 

「いくら砦に立てこもろうとも、援軍の見込みが無ければ無駄に苦しみを長引かせるだけだというのに」

 

 そう、エトルリアにセシリアの味方する者は無く、リキア同盟軍も西方三島で戦闘竜と対峙しているのだ。

 相手にもはや逆転の目は無く、この戦いはもはや消化試合と言っても過言ではなかった。

 

「ナ、ナーシェン様ッ!」

「なんだ、騒々しい……」

 

 だが、リキアとエトルリアには、そんな常識を覆す化け物がそろっていた。

 

「と、砦からセシリア将軍らを見失いました!」

「な、なんだとぉ~!?」

 

 包囲は完璧であり、相手は疲労困憊で、あとは適度に波状攻撃を加えるだけで十分だと思っていたナーシェンは、あまりに唐突な報告に絶叫する。

 さらにタイミングの悪いことに、この報告が最も聞かれたくない人物の耳にも届いてしまう。

 

「へぇ……目標を見失ったって一体どういう事だい、ナーシェン?」

「ヴァ、ヴァイダ殿……ッ!」

 

 なぜここに、などと聞くことすらできなかったナーシェンの目の前に現れた竜牙将軍の額には青筋が浮かび、その言葉に含まれた怒気は新米兵士程度なら失神してもおかしくない程であった。

 そうして現れた絶望であったが、次に現れた存在はそれがただの前座であったとナーシェンに錯覚させるものであった。

 

「へ、陛下……」

 

 そう、本来なら本国の玉座にいるはずの人物が、このような僻地に現れたのだから。

 

 

 

「…………」

 

 リキアが、エトルリアが、そしてベルンがそれぞれの戦いにある中、その少女は一人とある城の地下にて暇を持て余していた。

 その少女の名はジェミー。

 リキア同盟軍の密偵に捕縛され、こうして地下牢に転がされていたのだが……いつまでたっても誰ひとり訪れないどころか、牢番すらいない状況にあった。

 そう、エトルリアでの反乱という一大事の前に彼女は完全に忘れ去られてしまっていたのだ。

 この状況は後ほど彼女の兄がリキア同盟軍の去った後、わずかな希望にすがってこの場所に来るまで続くのであった。

 



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