拝啓エセ神父様 どうか自重してください (フ瑠ラン)
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1話
人間の
前世の記憶なんてそんな都合のいい物は、ない。よく小説にある神様トリップやらそんなことは現実には無いものだ。今、私の目の前にあるものと言えば溜まりに溜まりすぎて全く返せていない借金、弟弟子の身体に刻まれた新しい傷、空になった酒瓶である。
現実とは非道なもので、救いなんてひとつもない。アクマなんてよくも分からない得体の知れないものはうろちょろしているし、エセ神父のやることはもう極悪非道でよく神父を名乗れるなと思うほどだ。
「アレン、大丈夫か?」
私の弟弟子、アレン・ウォーカーに声を掛けてみると小さな声で「…大丈夫、じゃ、ありません……」と返ってきた。どうやら大丈夫らしい。救急セットから包帯やら絆創膏やらを取り出して手当てすると「いつもすみません」とアレンは謝った。師匠はあんなダメ人間なのにアレンはこんなにもいい子に育ってお姉さんは嬉しいよ、ホントに。涙がちょちょぎれるぐらいには。
「アレンは男の子だからクロスのアタリが強いんだ。それは見てれば分かるし、謝る事じゃないよ」
「シオンが女の子で本当に良かったです」
ふにゃりと微笑むアレンを見て小っ恥ずかしくなった私はわーっとアレンのふわふわな髪の毛を撫でた。急な事で驚いたのかアレンはビクリと肩を震わせ「何するんですかっ!?」と笑いながら言った。
ひとしきり笑いあった後、中々消えない借金の借用書を見つけて私とアレンは壊れたロボットのように笑った。
「………二人で頑張っていこうな、アレン…」
「………そうですね。二人で力を合わせればこんな借金なんて直ぐに消えて無くなりますよね…」
「「あは、あはは」」
我らが師匠、クロス・マリアンは頭のネジがかなりぶっ飛んだ自称神父である。見た目から何まで神父には到底見えなくて、新手の神父神父詐欺のような感じだが本人が言うには神父なんだと。
そんな神父は神に祈りを捧げることも無く、持って帰ってくるのは高価な酒と大量の借金が記された借用書に知らない女やキツめの香水の匂いだ。香水の匂いなんて中々取れないし、借金なんて、私達弟子が身を粉にして返しているのに減るどころか増える一方である。新手のいじめだ。
私は生まれたばかりの赤ん坊の頃からあのエセ神父と一緒にいる。話を聞く限り、私の母親らしき女性があのエセ神父に託したらしい。明らかに人選ミスだと思われるが有り得ないことにエセ神父も私の育児に参加してたと聞いたことがある。そんなの全く想像がつかないし、勿論私は覚えている訳でもなく、それが真実なのか未だに疑っている。(アレンを世話をしていた所も昔、少しだが見られたので本当なのだろう)。私が五歳ぐらいになってからまたあのエセ神父は旅を再開し、何時もの如く酒とタバコと女に溺れ、尽く借金取りに追いかけられる人生を繰り返してきた。私は僅か五歳ながらに大人の闇を見てきたという訳だ。
それはアレンも一緒で、気がつけばアレンも一緒に旅をして借金取りに追いかけられていた。なんとも悲しい結末である。これも全てあのエセ神父に拾われたのがいけない。
「…アレン、クロスが酒買っとけってさ」
「シオンはどうするんですか?」
「六丁目の角の酒場でアルバイト。あそこ、女だと時給いいのよ」
「……お疲れ様です」
「僕も
アレンと別れ、バイト先に向かっていた時だった。肌が少しピリッとする。足を止め、思わずため息をついてしまった。……またか。
アレンは少々特殊でアクマと人間の区別がつくらしい。そして私も一応ながらアクマと人間の区別がつくのだ。アレンがアクマの魂が見えるように、私も何故か
我らが師匠クロス・マリアン、通称エセ神父はエクソシストである。その弟子である私は勿論エクソシストだし、弟弟子のアレンもエクソシスト見習いである。
エクソシストになる為にはイノセンスという物に適合しないといけないのだが、私はそれに見事適正してしまっている。いつ適正したかなんて知らない。多分、生まれた時に適正したとかそんな感じなんだろう。あのエセ神父が何も教えてくれないので、よく分からない。
私は太腿に巻き付けられたホルスターから銃を二丁取り出す。そして、路地で新聞を読んでいる男に銃を向けた。男はそれに気づくとゆっくりと私の方を見て言った。
「こざか シイ エクソ し スト め」
男の身体から卵型ボディへと変形する。どうやら雑魚型のレベル1だったらしく、案外早く終わりそうだ。バイトに遅れると色々と厄介なので本当に助かる。私はニヤリと笑みを零すと呟いた。
「哀れなアクマに魂の救済を──」
路地に銃声が鳴り響く。それを聞きつけた人間が路地に向かったが、その場に血痕ひとつ残っておらず、足取りは不明。誰も見つかることなく、終わった──。
「シオンちゃん、次はちゃんと時間通りに来ておくれ!」
「へいへい、すんませんしたっ!!」
結局、あの後、嫌がらせのようにアクマと遭遇しバイトは大遅刻。グチグチと店長に怒られる。
私のバイト先は大きな居酒屋でどんな時間帯でも繁盛している忙しい店だ。客は女か酒かタバコが目当てなエセ神父と同じくらいクズな男達が集まる酒場で、アルバイトしている人の殆どは女が多い。理由としては、ここの客は女目当てで来る人がいるからどこの求人と比べても給料は高いし(女限定)まかないも貰えたりするからだ。
それにここの店長はすごく優しくて、あのエセ神父からかなり借金されてるくせに、それを帳消しにしてくれるし、給料もくれる。店長の機嫌が本当にいい時はエセ神父用の高級酒とタバコもくれるという…。時間にうるさい所を抜けば本当にいい人である。ここのまかないにどれだけ助けられたことか。(主にアレンの食費等)
「ほら、弟弟子君にも持ってってやんな」
そう言って袋いっぱいの食材をくれる店長が神に見えてくる。あなたは天使ですか? それとも仏ですか? キリストや仏教とかそんなのは一切信仰していないけど(でも神父の弟子)店長を今すごく拝みたい。師匠にするならこんな優しい人が良かった。あんなダメ人間じゃなくて、血も涙もあって暖かい人がよかった。
え? 遠回しに師匠に血も涙も暖かさもないって言ってる? いやいや、事実ですから。血も涙も暖かさもある人が、十歳の可愛らしいアレンをあんな酒瓶でバカスコと叩けますか? 無理でしょ? 私は無理です。罪悪感で自死してしまうぐらいには無理です。
具材が沢山入った袋を受け取ってお礼を言う。すると店長は一言、「死ぬなよ」と言った。店長…フラグですか? 私、ついに殺されますかね? 女には手を挙げないと言っていたエセ神父も遂に本当の外道へと成り下がりますか。マジですか。……アレン、生きろよ。
「あ、おかえりなさいっ! って、シオン、顔色悪いですよ!? バイト先で何かあったんですか!?」
「……アレン、生きろよ」
「え? えっ? そりゃ生きれる限りは生きますけど…急にどうしたんですか?」
この後、適当に話題を変えご飯を食べアレンが寝静まった頃、エセ神父が帰ってきた。
「シオン。お前、教団の場所は分かるよな?」
「はい? ま、まあ知ってるけど…」
「ちょっとお使い頼まれてくれ」
そんなの自分で行けよ、そう言おうとしたら清々しい笑みでエセ神父は言った。
「俺、あそこ嫌いなんだよね」
──んなの知るか!!
これが私の覚えている限りの最後の記憶である。
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