超常社会にこだますフォリア (たあたん)
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黒い誘惑のはじまり

歌詞解禁ということで、実験がてら書いてみました。一日クオリティ。

今となってはぴちぴちピッチを知っている方はどれくらいいるのだろうか…。


※歌詞の語尾に「!」等をつける書き方については、現状問題ないということで運営様に確認済みです。
※最終話の謎の復活については無かったことになってます。


 真昼にあっても光が差し込まず、じめりとした空気に覆われた路地裏。

 

 もとよりこのような場所を根城にしているのであろう風体のよくない男たちが、ふたり組の若い女性を取り囲んでいた。

 

「もう逃げられねえぜ……!」

「よくもオレたちを弄びやがったな!」

「もう許さねえからなぁ?」

 

 女性たちに対して、口々に罵声を浴びせる。その口ぶりを見るに、彼女たちが一方的な被害者というわけではないようだ。確かにふたりは揃って扇情的な衣装に身を包んでいるばかりか、常人とは明らかに異なる色香を醸し出してさえいる。

 そして、その表情。屈強な男たちに取り囲まれているにもかかわらず、そこに怯えは微塵もなかった。

 

「あらあら、雑魚が何か喚いてますわよ。シスター・ミミ?」

「ホントだよね~。この方たちったら、どちらの立場が上なのか、まだ理解できてないみたい」

 

 赤いレオタードの美女が男たちを揶揄すれば、"シスター・ミミ"と呼ばれた青髪の少女がくすくすと嘲笑をこぼす。

 男たちの憤懣は、頂点に達した。

 

「テメェら……!女だと思って優しくしてやりゃつけ上がりやがって!!」

 

 獣人のような異形の大男がふたりに殴りかかる。その一撃をまともに受ければ、かよわい女たちなどひと溜まりもない──この場にいる誰もがそう確信した次の瞬間には、彼の拳は虚しく空を切っていた。

 

(あ、あれ……!?)

 

──隙間なく取り囲んでいたはずの女たちが、忽然と姿を消していた。

 

「あら、私たちをお捜しかしら?」

「!?」

 

 振り返る男たち。果たして女たちの姿は、背後の古びた雑居ビルの屋上にあった。

 

「テメェらいつの間に……"個性"か!?」

「はぁ……またそれ?」レオタードの女が呆れ顔になる。「この世界の人間ってふた言目にはコセイコセイコセイ……深海魚より単純な脳味噌ね、羨ましいわ」

「ホントだよね~。──ねぇシスター・シェシェ。折角の機会だもの、私たちの本当の力、この方たちに見せて差し上げない?」

「そうねぇ……ここまでお世話になってしまったら、お礼をしないわけにはいかないものね」

 

 刹那、ふたりの表情が邪悪なものへと変わり、

 

「「──黒い誘惑はいかが?」」

 

 その周囲を、赤い球状の空間が包み込む。

 同時に、どこからともなく流れ出づる不穏な音色。男たちの鼓膜が震え、背筋がぞわりと粟立つ。

 

「ブラック・ビューティー・シスターズの()()()リバイバル・ライブ……」

「じっくり聴かせてあげるから、骨の髄まで痺れていってね♪」

 

──It's show time!

 

≪光閉ざす BAROQUE-バロック- 美しきノイズとなれ≫

 

≪黒い罠のささやき 揺りかごで 永遠に眠れ……!≫

 

 美貌に違わぬ歌声が重なりあい、空間を深海のごとく覆い尽くす。その黒い波に取り込まれた男たちはというと、

 

「うぐぅあぁぁぁぁぁ……!?」

 

 

 苦悶していた。

 

 

≪ゆっくりと めざめてく 内なる心の影よ≫

 

 ある者は耳を塞いで絶叫し、

 

≪真紅のバラを飾り 真珠を凍らせて……≫

 

 ある者は白目を剥いてのたうちまわり、

 

≪さあ…ともに 願いをひとつにして≫

 

≪大いなる 暗黒に身をゆだねて……!≫

 

 またある者は、血の涙を流して悶絶している。

 

 

≪心盗む BAROQUE-バロック- マイナスの波に抱かれ≫

 

≪信じていた世界は 一瞬で 音もなく消える……!≫

 

 

──そして男たちは、ひとり残らず地面に横たわるオブジェと化していた……。

 

 

 *

 

 

 

「……ハァ」

 

 静寂を取り戻した路地裏に、女たちのため息がこだましていた。

 

「久しぶりに歌えたのはいいけど……この先の展望が描けないのよねぇ」

「ホントだよね~……。いい加減、こういうバカな男騙してご飯奢らせるのにも飽きちゃったしぃ」

 

 昏倒する男の背中を椅子にしつつ、ふぁ、と欠伸を噛み殺すミミ。彼女は軽く考えているようだが、正直これは切実な問題なのだとシェシェは思った。──()()()()において、彼女らには拠るべき場所がどこにもないのだ。

 

 

 彼女たち──ブラック・ビューティー・シスターズは、この世界の人間ではない。もっと言えばその正体は人間ですらないのだが、詳細は後に譲る。

 こことは違う世界において、彼女たち姉妹は悪の手先として生を受けた。しかしその野望はついに成就することなく、最期には"白き翼を持つ人"によって取り込まれ、あえなくその命を終えたはずだったのだ。

 

 それが気づけば、姉妹揃ってこの世界にいた。

 最初は死後の世界か、さもなくば白き翼の一部となった魂の見ている夢なのかと思った。だが前者にしてはあまりに俗で、後者にしてはリアリティがありすぎる。そして、元いた世界との最大の違い──人間たちの多くが、"個性"と呼ばれる特別な能力をもっているのが当然とされていること。そのために、ヒーローにヴィラン……正も邪も、人間によって占められている。

 それは忌々しいことだったが、僥倖でもあった。彼女らの正体は深海魚のオニアンコウであって、人間に似た姿をとっていても鰭や尻尾など一部の特徴は残っている。完全な人間に擬態することもできるのだが、下でのびている獣人男のような"異形型"個性も存在するためにそうまでして隠す必要がないのだ。何ものからも解放された今、人間相手にこそこそと己を偽るような行動はプライドが許さなかった。

 

 さて、話を戻そう。

 支配者がいなくなったはいいが、ふたりには行くあてがないのである。生きていくだけなら、本来の棲みかである深海を目指せばいいだけ。しかし──

 

「……シスター・ミミ、ひとまずここを移動しましょう。ヒーローとかいう連中に見つかると面倒だもの」

「それもそ……あ、ホントだよね~」

 

 わざわざ言い直してから、よっこらせとミミが立ち上がる。敵から恐れられたその歌声は健在なのだが、長い戦いの中で彼女たちはすっかり角が取れてしまっていた。

 しかし──

 

「──!」

 

 ぱち、ぱち、ぱちと、散発的な拍手が響く。自分たち以外はすべて敵かカモとしか思っていないブラック・ビューティー・シスターズである、反射的に尻尾の先が変形したマイクを握りしめる。

 

 逆光を浴びるようにして、痩せた男が立ち尽くしている。色素の抜けきった白髪にやや曲がりぎみの腰、一瞬老人かとも思ったが、顔にくっつけている手の形をしたオブジェクトから覗く肌はやや荒れてはいるがまだ若々しい。しかし洒落っ気のない黒ずくめといい──

 

(あ、怪しい……!)

 

 自分たちを棚に上げての、姉妹の正直な感想だった。

 

「最近この辺でイキってる女ふたり組って……お前ら?」声はやはり青年のそれである。

「……何かご用かしら?」

「質問に質問で返すなよ」

 

 くくっ、と青年が笑うのがわかる。

 

「まあいいや。それより……さっきの歌、面白いね。気に入った」

「な、なんですって?」

 

 人間どもに苦痛と絶望を与える私たちの歌を?

 このひと言だけで、姉妹は青年をただ者ではないと理解した。呆気にとられる彼女らに、青年はさらに衝撃的なひと言を放つ。

 

「お前ら……オレたちの仲間にならない?」

「!」

 

 姉妹──とりわけシェシェの心を見透かしたような提案。しかし相手は所詮、海の底では数分と生きていられない人間である。簡単に靡くわけにはいかなかった。

 

「……私たちをお誘いだなんてお目が高いこと。でも、おまえの仲間になってどんな得があるというのかしら?」

「ホントだよね~。津波のひとつも起こせない人間なんかに、私たちをコントロールできると思ってるの?」

 

 嘲う姉妹。すると、黙り込んだ青年がつかつかと歩み寄ってくる。攻撃を警戒して身構えるふたりだったが……彼はその傍らを素通りした。

 

「流石に津波は起こせないけど……こういうことくらいはできる」

「?」

 

 青年の片手が、横たわる男のうち、ひとりの頭を鷲掴みにする。──刹那、

 

 かっと目を見開いた男の頭が、溶け崩れてしまった。

 

「……!」

「う、うそ……!?」

 

 首をなくした身体は、一瞬にして骸となった。あふれる血を目の当たりにして、姉妹はいよいよ己を取り繕う余裕を失う。歌を武器に戦っていた彼女らは、こうした残酷な光景を目の当たりにしたことが今までなかったのだ。津波を起こしたり建物を倒壊させて大勢の人々を巻き添えにしようとしたことはあるが、それらはすべて未遂に終わってしまっている。

 

「これで満足か……なぁ?」

 

 ゆらりと立ち上がる青年。身体が震える。これは……恐れ?それもあるが、むしろ……。

 

「……わかったわ。なってあげようじゃない、仲間に」

「し、シスター・シェシェ!本気なの!?」

「いいことシスター・ミミ?こうして生きながらえてしまった以上、私たちはこの世界で生きていくしかないの。どうせなら、私たちブラック・ビューティー・シスターズの悪名を轟かせてやりたいじゃない!」

「シェシェ……」

 

 それはわかる。ミミも退屈は嫌いだ。だが彼女が再び悪の道を進むことに同意しきれないのは、元いた世界での友人たちの顔を思い出してしまうから。

 

(るちあ、波音……リナ……)

 

 ミミの逡巡など知るよしもなく、話は既にまとまっていた。姉妹の主導権を握るのは姉で、そのこと自体に不満をもったことはなかったけれど。

 

「じゃあ早速、ひと仕事頼みたいんだけど」

「何をすればよろしいのかしら?」

「カンタンだよ。さっきみたいに、一曲歌ってくれりゃあいい……今度は、もっと広いライブステージでさ」

 

 シェシェは少なくとも悪い気はしていなかった。おあつらえ向きの場所まで用意してくれるというのだ、この青年は。今にして思えばあれこれバカみたいな作戦を立てていたのが、遠い昔のように思える──

 

「じゃあよろしく。何とかシスターズ」

「ブラック・ビューティー・シスターズよ!……で、あなたの名前は?」

 

 人間の名前になど興味はなかったが、手を結ぶ相手だ。終始歯牙にもかけていなかったお間抜け四人組(ダーク・ラヴァーズ)ひとりひとりの名前だって、一応は判別がついていた。

 

 青年は一瞬考えるようなそぶりを見せたあと、

 

「"死柄木 弔"……今はそう呼ばれてる」

「……長いわね」

 

 深海魚に名字の概念はなかった。

 

 

 *

 

 

 

「Plus Ultra!!!!!」

 

 咆哮とともに放たれたオールマイト渾身の拳が、脳無を粉砕する。

 そして程なく、飯田天哉少年の尽力によって駆けつけたプロヒーローたち。

 

──死柄木弔以下、"敵連合"による雄英高校襲撃。その最終目的であるNo.1ヒーロー・オールマイトの殺害は、失敗に終わろうとしていた。

 

「これまでだ、ヴィラン!」

 

 誰ともなく、そんな声を発する者がいる。確かに死柄木はヒーロー"スナイプ"によって両脚を撃ち抜かれており、逃走手段はあるにせよここから逆転することなど不可能と言うほかない。

 

──彼女たちの、歌がなければ。

 

「ハァ……出番だ、何とかシスターズ」

 

 その言葉が合図だった。

 仲間の個性である"ワープゲート"から、かの暗黒の姉妹が姿を現した。

 

「だから、ブラック・ビューティー・シスターズだって言ってるでしょ!」

「ホントだよね~……」

 

 一方のヒーローたちは、突如現れた女性ヴィランに当惑していた。

 

「まだ仲間がいたのか……?」

 

 既に捕縛した連中や脳無のように、強力なパワーをもっているようには見えない。無論、彼らは歴戦の英雄たちである。外見に惑わされて、油断するような真似はしない。

 だが、その慎重さが仇となった。即座に彼女たちの口を──文字通り──封じることができなかった時点で、趨勢は決していたのだ。

 

「初めまして。ヒーローの皆様に、ヒーローのたまごの坊やたち?」

「私たちはブラック・ビューティー・シスターズ。貴方がたを暗くて冷たい水底に招待してあげる……!」

 

 挑発的な口上に対し、真っ先に反応したのは。

 

「ウゼェ、死んどけクソアマども!!」

 

 "爆破"の個性をもつ少年──爆豪勝己だった。飛翔、そして降下と同時に放たれる劫火が、姉妹に襲いかかる。

 

「──いきなり相手をクソアマ呼ばわりなんて、野蛮にも程があるわね」

「!?」

 

 爆豪は思わず目を見開いた。最大級の火力で放った爆破を、姉妹はこともなげにかわしていたのだ。熱を浴びた様子もなく、くすくすと嘲っている。

 

「ホントだよね~。でも、人間の男にしては結構イケメンだし……ちょっとゾクゾクしちゃうかも」

「テメェら……!」

 

「──下がれ、爆豪!」

 

 次に動いたのは左半身を氷の意匠で覆った少年、轟焦凍だった。右手から放つ氷結が、凄まじい速度で姉妹に到達する。次の瞬間には、アイスボールとでも言うべき氷の塊の中に、姉妹は閉じ込められていた。

 

「やったか……?」

 

 今度こそ捕らえたか。そう思ったのもつかの間、氷にヒビが入り……一瞬にして弾け飛ぶ。

 

「な……!?」

 

 姉妹はまたしても健在だった。ふたりの周囲を赤い空間が球状に覆っている。氷が球状に残ったのはそのためだったのかと、今さら気づいたところで彼らには何もできない。このライブステージは、多少の攻撃ではびくともしないのだから。

 

「さあ、お遊びはこれくらいにして。そろそろ始めましょうか、シスター・ミミ?」

「こんな沢山のオーディエンスがいるなんて初めて!真心込めて歌わなきゃね……!」

「歌……!?」

 

 姉妹が尻尾と繋がったマイクを握り、同時に流れ出す不穏な前奏。"歌う"という言葉が比喩でないことはわかったが、嫌な予感が居合わせた人々に走った。──とりわけ、一番近くにいるオールマイトは。

 

(この歌を聴いてはいけない気がする……!止めなくては……しかし……!)

 

 筋骨隆々としたその肉体のあちこちから、白煙が漏れ出ている。既に彼は活動限界をとうに越えていた。こうして立っているのが精一杯の状態、これ以上スマッシュを放てる身体ではなかった。

 それに、

 

(緑谷少年……!)

 

 個性の反動で負傷し、動けないでいる愛弟子の緑谷。ここで無理をすれば、自分の影響を強く受けている彼も追随してしまうかもしれない。

 

 

 逡巡、警戒。いずれにせよブラック・ビューティー・シスターズのライブを阻むものはもう、ここには存在しなかった。

 

 

──It's show time!

 

≪Voice In the Dark! 闇の旋律~フォリア~!≫

 

≪真珠の『ki・zu・na』奪え……!≫

 

「……!?」

 

 歌声を耳にした途端、ぞわりと悪寒が身体を突き抜ける。

 それは序の口にすぎなかった。

 

≪Voice In the Dark! さあ!はじまる 美しく華麗なショウ≫

 

≪Voice In the Dark! 歌にのせて こだまする 闇の音色(ちから)……!≫

 

 ミミがオーディエンスと呼んだプロヒーロー、そして学生たち。

 その全員が、例外なく苦痛に喘いでいた。

 

≪平和なんて幻≫

≪鏡に映らぬまやかし≫

 

≪波の糸を からませたら 引き潮になる……!≫

 

「がっ、あぁぁぁ……!?」

「ぐ……ッ、これは……!」

 

 耳を押さえて苦しむ爆豪と轟。彼らのように無傷の者はまだましだった。

 

≪心にある魔力を イタズラな媚薬に変えて≫

 

≪弱い者を まどわせてゆくでしょう……!≫

 

「いッ、痛い……!痛い痛い痛い痛い痛いぃ!!」

 

 のたうち回り、絶叫する緑谷。折れた骨が、千切れた筋繊維が、それらを構成する細胞すべてが悲鳴をあげている。常人がおよそ一生に経験することのない激痛が、彼を蝕んでいた。

 

「緑谷、少ね……ぐう……ッ!」

 

 オールマイトにも、愛弟子を気遣っている余裕はなかった。身体から力が抜けていく。

 

(まず……い……。このままでは……!)

 

 

≪Voice In the Dark! 黒い波と 奏であう このメロディ≫

 

≪Voice In the Dark! 愛を止めて 形なき鎖となれ!≫

 

 ひとり、またひとりと倒れていく英雄たち。

 そして、黒の協奏曲(コンチェルト)はクライマックスへと向かう。

 

≪愛に守られている シアワセナモノタチ……≫

 

≪「伝わる」と信じている 瞳がまぶしい……!≫

 

──そして、USJに立ち上がっていられる人間はいなくなった……ひとりを除いて。

 

「ふふふふ……あははははっ」

 

 珍しく大口を開けて笑うシェシェ。元いた世界以上の歌の効き目に、彼女は興奮していたのだ。

 

「マーメイドプリンセスの連中がいないだけでこんなラクに勝つことができるなんて……ねえ、シスター・ミミ?」

「あ……」

 

 "マーメイドプリンセス"──その固有名詞を耳にしたことで、ミミは再び思い出してしまった。この姉と喧嘩をして出奔した自分を、敵とは知らず──自分もそのときは気づかなかったが──励ましてくれた少女たち。相手は夢にも思っていないだろうが、ミミにとって彼女らは唯一無二の友人だった。

 

「……ミミ、どうしたの?」

 

 妹の様子を怪訝に思ったシェシェが問いかける。しかし、その答が待たれることはなかった。

 

「あぁぁぁ……最高だった……!」

 

 歓喜に身を震わせ、恍惚とした表情を浮かべる──死柄木弔。邪悪に染まりきった彼の心身には、ブラック・ビューティー・シスターズの歌は快いものとして作用していた。傷そのものが治ったわけではないが、撃たれた痛みも和らいでいる。

 

「やっとだ……。これでやっと……オールマイトを殺せる……!」

 

 装着した手越しに覗く血のいろをした瞳が、倒れたオールマイトをぎょろりと睨みすえる。しかしその直後、殺意のうちにぽつりと困惑が浮かんだ。

 

「おまえ……何だよ、その姿……?」

 

 倒れている男は、オールマイトであってオールマイトでなかった。あの筋骨隆々が嘘のように痩せ細っている。かつて重傷を負った彼の、今ではこれが真の姿だった。

 だがそれは、ごくわずかな人間にのみ知らされていた秘密。ヴィランに知られていいようなことでは、決してなかった。

 

「……まぁどうでもいいや。どうせ、ここで殺すんだから……!」

 

 真の姿を晒そうが晒すまいが、平和の象徴の運命は何も変わらないのだ。痛みが消えたのをいいことに、血を流しながら迫る死柄木。

 これでいいのだろうかと、ミミは思った。人殺しに荷担して、友人たちとの温かな記憶を台無しにする──その決心は、まだつかない。

 

 そのとき、シェシェがつぶやいた。

 

「あら?私たちの歌を聴いて、まだ意識を保っていられる坊やがいるなんてねぇ」

「!」

 

 シェシェの視線を追う。果たしてそこには、倒れ伏しながら、それでもこちらを睨みつける三人の少年の姿があった。爆豪勝己、轟焦凍──そして、緑谷出久。

 

(……そうだわ!)

 

 ミミの脳裏に、妙案が浮かんだ。

 

 

「──ねえシガラキトムラ!」

 

 かの少女の呼び声に、死柄木は思わず足を止めた。

 

「そいつ殺すの、後でもよくない?」

「は?……なに言ってんの」

 

 不愉快を隠そうともしない死柄木。宿願を邪魔されたのだから当然だろう、シェシェも訝しげな表情を浮かべている。

 

「だってそんなヤツ、私たちの歌があればいつでも殺せるでしょう?それよりほら……そこでコワ~い顔してる坊やたちに、深海への招待状をプレゼントしませんこと?」

 

 姉妹の歌を聴いて、意識を保っていられる──オールマイト並みの精神力があるか、あるいは……。

 その可能性に思い至ったシェシェもまた、「いいじゃない」と賛意を示した。

 

「揃いも揃ってのびている英雄気取りの人間たちに、さらなる深い絶望を味わわせてあげられそうね」

「……ふぅん」つまらなそうに鼻を鳴らす死柄木。「わかったよ。でもお前らが回収しろよ、オレが触ると殺しちゃうから」

「わかってるわよ。じゃ、私はあの金髪の子を」

「え~ずる~いシェシェ!じゃあ私はぁ……あっちの緑のボサボサにしようかな」

「えぇ……紅白頭のほうがマシじゃない?ミミ、まさかああいうのがタイプなの?」

「そういうわけじゃないけどぉ……」

 

 そうではないが……あんなにもボロボロになっているのに悔しげにこちらを睨みつけるその姿、そそるではないか。

 意識はあっても身体は動かせないふたりを、姉妹は容易く担ぎ上げた。鍛えている男子高校生の身体はずしりと重いが、深海の水圧の中で生きてきた彼女たちにはなんの障害にもならない。

 

「はな……せ、クソがぁ……ッ」

「オール、マイト……!」

「ハイハイ、あとでゆっくり聞いてあげるから。行きましょう、ミミ?」

「ええ、シェシェ」

「爆豪、緑谷……!」

 

 轟が懸命に手を伸ばそうとするが……倒れたままでは、届くはずもない。

 

「ではまたね。ヒーロー志望の坊や?」

「今度会ったときにはもう一曲も聴かせてあげるから……楽しみにしていてね?」

 

 そして、姉妹はワープゲートの向こうに姿を消した──緑谷と、爆豪を連れて。

 死柄木弔も、また。

 

「じゃあなオールマイト……今度会ったら殺すから」

「く……!貴様……!」

 

(緑谷少年、爆豪少年……!)

 

 まさか、たかが一曲の歌で。

 予想だにしない形で、平和の象徴は完全敗北を喫した。それはブラック・ビューティー・シスターズにとっての、初の完全勝利と同義であって。

 

 

 マーメイドプリンセスのいない世界で、姉妹の歌声に打ち勝てる者は存在しえないのだろうか。黒い誘惑に狂わされた、少年たちの運命は──

 

 

 To be continued…?

 

 

 




結論:歌は拳より強し



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