トリニティセブン~魔王候補と学園最強~ (双剣使い)
しおりを挟む

転生~『トリニティセブン』の世界へ~

 どうも、双剣使いです。古本屋でトリニティセブン見つけて書きたくなり、衝動で書き始めました。三作品目ですが、他の作品と同様、不定期です。一月に一話は、どれかの作品を更新するつもりです。そうできるように書きたいです。
 ここでも主人公は一方通行の能力を使っていきます。
 至らない点もあるかと思いますが、応援していただけたら嬉しいです。


 

 

 目を開くと何もなかった。

 

 訂正しよう。正確には、真っ白な空間に俺は立っていた。

 

どう考えてもおかしい。俺の記憶が正しければ、夜中までゲームをして、明日も学校があったから、遅刻しないように布団に入った。それなのに、今はどことも知れない空間に立っている。

 

 ここから出るためにはどうしたらよいだろうか。そう考え始めた時だった。

 

 

「ようこそおいでくださいました。神崎悠斗様」

 

 

 自分の名前を呼ばれたことに驚き、慌てて振り返ると、ものすごい美人の女性が立っていた。

 

 身長は170㎝くらい。光を反射する金色の髪は、腰まで届いている。ボンキュッボンとしたグラマラスな肢体を包むのは、西洋の絵画で描かれる女神が着ているのと同じような純白の布のみ。正直、目のやり場に困る人だった。

 それでも豊かな双丘に目が行ってしまうのは男の性。しかし、彼女は自分の体がいかに俺を苦しませているか気づいていないようである。無自覚に男を悩ませる凶悪兵器だ。

 

 気づかれていないからといってガン見する勇気がない俺は、布地を押し上げる果実や胸元、鎖骨から必死に目を逸らしながら、目の前の女性に問いかける。「あなたは誰か?」と。

 

 彼女は微笑みながら

 

 

「神様です。あなたを別の世界に転生させるために来ました」

 

 

 そう答えた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「さて、何から説明したらいいのでしょうか」

 

 

 俺を転生させに来たと答えた女神さまは、ティーカップを片手に思案する。

 

 現在、俺こと神崎悠斗と女神さまは、真っ白な空間で紅茶をすすっていた。

 

 自分を神だと言った後、女神さまは続けて言った。「立ち話もなんですし、腰を落ち着けましょう」と。

 彼女が指を鳴らすと、白い丸テーブルと椅子が二脚、どこからともなく出現した。

 

 俺が簡単には信じられない光景に驚くのをよそに、女神さまは早くも片方の椅子に座り、対面の椅子に座るように促してくる。

 説明を聞くには、彼女の要請に応じなければならないと悟った俺は、仕方なしに彼女の対面に座る。

 

 俺が座ったのを確認すると、女神さまは再び指を鳴らした。

 

 それに応じて現れたのは高級そうなティーポットと、これもまた高級そうなティーカップが二つ。どちらも俺には縁遠いモノだ。

 

 ポットの蓋の部分を女神さまが二回ほどタップすると、注ぎ口からかすかに湯気が立ち上る。彼女はポットを持ち上げ、自身と俺のティーカップに紅茶を注ぐ。

 茶葉の芳醇な香りが辺りに広がる。

 

 女神さまは、コースターに乗せたティーカップを俺の前に置いたので、ありがたく頂戴する。一口飲むと、紅茶の深い味わいが広がる。紅茶には様々な茶葉があるようだが、あいにく俺はそれを全く知らない。そんな素人の俺でもうまいと思えるのだから、よほどいい茶葉を使っているのだろう。

 

 お互いに一息ついたタイミングで女神さまが口を開く。それが27行前(メタい)。

 

 閑話休題。

 

 正直、今自分が女神さまとお茶をすすっている理由が全く分からない。なので、そこのあたりから説明が欲しい。そういう意味を込めて女神さまに声を掛ける。

 

 

「あの……色々聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

 

 女神さまは微笑んで頷いた。

 

 

「そうですね、いきなりこんなところに連れて来たらそういう反応をしますよね。では、気になったことは聞いてください。私がそれにお答えするというふうにしましょう」

 

 

 話の分かる人で良かったと思う。質問を聞いてもらえなかったら自分がどうなったかも把握できないからな。

 

 了承を貰ったので、気になったことから聞いていこう。

 

 

「じゃあ一つ目なんですけど……ここはどういった場所で、俺がここにいるのは何故なんですか?」

 

 

 その質問に、彼女は答えてくれる。

 

 

「ここは転生の間と言いまして、元居た世界から新しい世界に転生する人をお呼びする場所です。もう一つの質問に対する答えも、この場所です」

 

「じゃあ俺は、転生するってことですか?」

 

「えぇ、そういうことです」

 

 

 その答えを聞いたとき、思わずうれしさで叫びそうになってしまったがさすがに女神さまの前でそれはいけないだろうという理性のブレーキがかかり、危うく踏みとどまる。しかし、完全に抑えることはできなかったようで、笑顔を隠しきれない。

 そんな俺を見た女神さまは、微笑みながら声を掛けてくれる。

 

 

「ふふ、無理して喜びを抑える必要はありませんよ。嬉しい時は素直に喜ぶべきですよ」

 

 

 そう言われると逆にはしゃげなくなってしまい、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 落ち着いたところで、質問を再開していく。

 

 

「俺がこれから転生するっていうのは嬉しいんですけど、どうして俺なんですか?もしかして、神様の不手際とかそういうのですか?だとしたら素直に喜べないんですが」

 

 

 その質問にも、女神さまは答えてくれた。

 

 

「いいえ、違いますよ。あなたがここに来たのは、私たちの不手際によるものではありません。むしろ、転生することがあなたの人生で定められた大きな転換期なんです」

 

 

 はて。全く話についていけないぞ。

 

 そんな考えが顔に出ていたようで、女神さまが説明を加える。

 

 

「人間の一生には、転換期と呼ばれるものがあります。これは誰しもが持っているもので、様々な種類に分けられます。例えば、気まぐれで購入した宝くじが一等で、億万長者になったなどですね。そして、その転換期には異世界転生という分類が存在します。私たちは常に人間界を確認し、異世界転生という転換期を持った人物が適齢期になったときにここにお呼びし、転生をしていただいています」

 

「なるほど、分かりました。でも、誰もが転生するってわけではないんですよね?もし断ったときとかはどうなるんですか?」

 

「もちろん、転生をしたくないということで、断る方もいらっしゃいます。その方は、ここに来た記憶と会話の内容だけを消去し、元の世界に返しています。ですが、人生の転換期を捨てるということは、今後一切、人生で大きな出来事は起きなくなります。なんせ、一世一代の大チャンスですから」

 

 

 どうやら、転生者としての素質を持つ人間は、一握りしかいないらしい。まぁそれも少し考えればわかることだ。簡単にポンポン転生させていたら、原作なんて存在しなくなるからな。

 

 頷く俺を見て、女神さまは安堵したように息を吐いていた。それに気づき、訳を聞くと、なんでも、転生者として呼ばれた人たちの中には自分勝手な人が時々いるらしく、そういう人たちは、早く転生させろだの、特典の数が少ないから数を増やせだのと文句を言うらしい。中には、女神さまに肉体関係を持つように迫ってきたやつもいたらしい。そういった輩は、強制的に元居た世界に返しているらしい。当然、記憶は消去してだ。

 女神さまは、疲れた顔でそう語った。よほどストレスになっているようで、次から次へと愚痴が飛び出してくる。しかし、このままだと話し込んでしまうと思った俺は、意識を戻してもらうために声を掛ける。

 

 

「あの~、転生するってことで話していたと思うんですけど……」

 

「ッ!!申し訳ありません。少し取り乱してしまいました」

 

 

 その取り繕う姿が微笑ましく、笑ってしまった。それを見た女神さまは顔を真っ赤にして笑うのを止めようとしてくる。

 必死になって止めようとしてくるので、かえって申し訳なくなり、笑うのをやめて話を元に戻す。

 

 

「じゃあ、俺は転生者としての資格を持っていて、転生することができる。今ここで断ったら二度とチャンスはない。そういうことであってますかね」

 

「ええ、その認識であっていますよ。転生するときにお渡しする特典などは、転生することへの決心がついた後にお話しします。今はまだその前段階……転生するか否か。決めてもらわなければいけません」

 

 

 女神さまは真剣な顔で言葉を続ける。

 

 

「転生すると言っても簡単ではありません。と言っても確認したいことは一つだけです。元居た世界の家族を捨てられるか、ということです。転生した後は、元居た世界に戻ることができません。ご家族の方とは二度と会えないものだと思ってください。そうでない世界も存在しますが、ほとんどが異なります。転生したいけど、家族に会えなくなるのなら転生しないと言う方も多いです」

 

 

 そう言われて、自分の家族を思い出す。高校受験の時の言い合いが原因でほとんど口を利かなくなった両親。自分よりも通う高校の偏差値が低いからか、見下した態度をとる弟。小学校まではよく遊んでいたが、中学生になってから冷たい態度をとるようになった妹。連想されるのは、居場所が存在しないと思える実家。これと言って特別なことも無く過ぎていく学校生活。何もかもがつまらなく思えて、自分の見る景色から色が抜け落ちていた。

 そんな俺にとって、唯一の楽しみがアニメやラノベ、ゲーム、漫画などの娯楽だった。中学校に上がる前にはこれらと出会っていた俺は、中学高校と趣味に没頭して生きてきた。まぁそれが原因で高校受験に失敗したんだが、それは置いておく。

 当然、自分がアニメやゲームの世界に行ったら~、といった妄想だってしていた。主人公や原作のヒロインたちと会話してみたい。あわよくば、ヒロインの誰かと……なんてことも考えた。

 ならば、これはチャンスなのではないか。自分にとってのつらいことを忘れ、新しい世界で新しい人生を歩んでいく。ただの逃げだと思うなら笑えばいい。後ろ指さされても構わない。自分がよければそれでいいじゃないか。

 

 そこまで考えた俺は、自分の前で俺の出す答えを待っている女神さまに顔を向ける。

 最後に確認だけしておきたいことがある。

 

 

「もし俺が転生した後は、家族構成とかはどうなるんですか?」

 

「その時は、神崎さんが最初からその世界に存在しなかったことになります。今は五人家族でも、神崎さんが転生した後は、四人家族で暮らしていることになります。これは、世界の修正力によるもので、あなたに関わった方全ての記憶が対象です」

 

 

 それを聞けて安心した。あの家には既に未練など残っていない。

 俺の表情から察したのか、彼女も真剣な顔になってこちらを見つめる。

 彼女の目を見て、はっきりと告げる。

 

 

「俺が今まで見てきた世界はつまらないものばかりだった。だから、新しい世界でやり直したいと思う。アニメとかの主人公のように活躍できなくてもいい。ただ、自分がやりたいと思ったことをやりたいんです」

 

「分かりました。あなたのその決意に応じるためにも、あなたに最もふさわしい世界に転生できるようにしましょう」

 

 

 女神さまは、俺の答えに理解を示し、頷き、応じてくれた。

 そして、彼女が再び指を鳴らすと、A4サイズの白い紙と、羽ペンが現れた。

 

 

「あなたが転生する世界は、『トリニティセブン』の世界です。あなたが読んでいた小説や漫画の中から選びました。同時に特典の数も決めさせていただきました。神崎悠斗様の特典の数は五つまでです。特典は、決まったらその紙に書いてください」

 

「要望通りにいかないことはあるんですか?」

 

「いえ、そのようなことはほとんどありません。私たち神々の権能をもって、転生者の要望は全て叶うようにしています。ですが、叶えられないものも存在します。まぁよほど極端なものでなければ大丈夫ですよ」

 

 

 ふむ、となると何が良いだろうか。トリニティセブンといえば、魔法の世界だ。となると、やっぱり魔法を使ってみたい。そんな時、自分が好きだったラノベのキャラクターの顔が浮かんだ。彼は魔術とは無縁の人間だが、原作の最後らへんで使えていたし、大丈夫だろう。

 そう思い、一つ目の特典として、禁書目録の一方通行(アクセラレータ)の能力を使えるようになる、と書いた。

 

 そこから先は早かった。原作ヒロインで一番好きだった、リーゼ。彼女が所属していた王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)の一員として、彼女のパートナーとなること。これが二つ目。

 三つ目は、原作の知識は覚えていない状態で生活すること。

 四つ目は、原作開始の数年前から生活し始めること。

 五つ目は、完全記憶能力を持つこと。

 

 書いた紙を女神さまに手渡す。

 彼女は内容を確認し、一つ頷くと、こちらに顔を向けた。

 

 

「はい、確かに確認しました。特典の内容も、特に問題とするところはありません。このまま転生させますが、よろしいですか?」

 

 

 その問いに頷くと、立ち上がるように言われた。

 俺が立ち上がると、足元に魔法陣が出現し、回り始める。徐々に回転数が上がり、それに伴って眩しい光が発生する。

 眩しさに目を細める俺に女神さまから声がかけられる。

 

 

「あなたの今までの生活の様子はこちらで確認していました。つらかったかもしれませんが、これからは自分の思った通りに行動することができます。後悔がないような人生を送ってください」

 

 

 俺も、声を掛ける。

 

 

「ありがとうございました。俺にとって、あの家は居心地が悪かったので、転生させてもらえると知って、嬉しかったです。何から何まで、ありがとうございました」

 

「そこまで言わなくても大丈夫ですよ。……そろそろですね。それでは、来世のあなたが歩む道に、幸多からんことを」

 

 

 女神さまのその言葉を最後に、俺の意識は暗転した。

 

 

 こうして、俺は『トリニティセブン』の世界へと転生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。またしても新作の投稿を始めてしまいました。ほんと何やってんだよ自分……忙しいのに三作品も書こうとしてます。前書きでも書きましたが、一月に一話、どれかを必ず投稿しようと思います。あと、不定期ですので、一つの作品にかかりきりで、更新されないこともあると思いますが、気長に待っていてください。
 至らない点も多いと思いますが、頑張って書いていきたいです。感想をいただけたら励みになります。誤字脱字の指摘や、アドバイスでも何でもいいです。活力になるので、どんどん送ってください。ただし、批判は私がつらくなるだけなので、やめてください。面白くないと思ったら、すぐに読むのをやめていただいて構いません。
 よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔王候補~前編~

 どうも、双剣使いです!今月は、筆が進んだので、トリニティセブンの方を更新します。
 とりあえず長いですが、話はあまり進みません。それでも言い方は、読んでいってください。


 

 俺は、とある場所で少女と二人、椅子に座って喋っていた。

 周りにはたくさんの本が棚の中に並んでいることから、図書館だと分かる。俺が通っている学校の図書館だ。

 そんな場所で、俺の正面に座っているのは金に輝く髪をツインテールした少女だ。彼女は、高校生とは思えないほどの色気を持っている。特に、話の最中に足を組みなおす仕草には、目を引き付けられる。男子ならば仕方ないが、彼女とそれなりに長く付き合ってきた俺からしたら、彼女のこの行動は見慣れたものだ。一緒に行動し始めたときは、彼女のそういった行動に戸惑っていたのだが。慣れとは恐ろしいものである。

 

 

「ちょっと、話聞いてるの?」

 

「……あぁ、悪い、聞いてなかった」

 

 

 考え事をしていたせいで、話の内容が全然頭に入っていなかった。それを咎めるような彼女に形ばかりの謝罪を返す。それに対して、彼女は不満げな顔をする。どうやら、真面目に聞いてくれないのが嫌らしい。

 

 

「分かった分かった。ちゃんと聞くから、そんな顔すんな」

 

 

 そう言うと、不満げな表情は変わらずとも、話は続けるようだ。仕方なしに聞く姿勢を取ると、彼女は再び口を開く。

 内容は、今までと大して変わらない。自分のテーマについてだ。俺は彼女から何度も同じような話を聞いている。彼女とは題材にしている書庫が異なる。ただし、現段階での話だが。

 正確には、彼女の目標だ。既に書庫とテーマを決めている俺たちは、それに基づいて魔術研究を行う。

 俺たちは、彼女の目標のために話し合い、実験を重ねてきたが、これといった成果は出ていない。

 

 しかし、今回の彼女は何か新しい方法を思いついたのだろうか。いつもより生き生きとしている。

 

 その手段が気になり、聞いてみる。

 

 

「また何か思いついたのか?毎度思うが、よくもまぁそこまで諦めずに実験するよな」

 

「あたりまえよ。≪停滞(スタグナ)≫が私の研究テーマだってことはダーリンだって知ってるでしょう?だから、私はあきらめないの」

 

「あのなぁ……、俺のことをダーリンって呼ぶなと何度言ったらわかるんだ……」

 

「えー、別にいいじゃない。既に共同作業なんて終わらせちゃってるんだから、夫婦と同じ間柄よ。私がダーリンって呼ぶんだから、悠斗も私のことはハニーって呼んでいいのよ?」

 

「誰がそんなこっぱずかしい呼び方するか。それに、誤解を招くような言い回しするな。俺がお前のサポートしてるだけなんだ。共同作業とは言わねぇだろ」

 

 

 この場にいるのは俺と彼女の二人だけなのでいいが、他人————特にこの手の話題に免疫のない純情ティーチャーに聞かれたら俺たちは揃って焼却炉に叩き込まれるだろう。顔を赤らめ、破廉恥だ不潔だなどと叫びながら拳銃を錬成し、ぶっ放そうとする彼女が居ないのは幸いだ。

 

 とにかく、彼女の意思の確認はできた。なら、後は実験が成功するように手伝うだけだ。

 そう意識を切り替えた俺は、手伝うために必要なことを確認する。

 

 

「まぁその話はあとでしよう。今は、次の実験に向けての話をするぞ」

 

 

 彼女も、引き際は心得ている。素直にうなずいて説明を始める。

 

 

「ええ。今回使うのは————“魔王因子”」

 

「はぁ?!」

 

 

 その単語を聞いた瞬間、俺は素っ頓狂な声を上げていた。それほどまでに彼女の口から出た単語は衝撃的だった。

 

 “魔王因子”。魔王候補と呼ばれる凄腕の魔導士が保有しており、適応した者の魔力は膨大なものとなる。それこそ、過去に存在した魔王と同等だと言われる。しかし、魔王候補自体、現れることは滅多にない。ほんの一握りの存在だ。さらに、その中で魔王因子を完璧に使いこなせる魔導士となると、10人にも満たないだろう。大抵は、その強すぎる力に振り回され、理性のない化け物へと変わるのが基本だ。魔王因子はその希少性にそぐわない絶大な力を持つと同時に危険性も持ち合わせているのだ。

 

 魔王因子は特別な手順を踏むことで体内に取り込むことはできる。だが、魔王因子は先天的なものだと言われている。なぜなら、適性のない魔導士が取り込んでも、力の強大さに振り回されるだけで、そこに理性は存在しないからだ。俺たちが通う学園の学園長が言うには、過去に多くの魔導士が魔王候補から因子を奪い、体内に取り込んだことがあるらしい。しかし、彼らは例外なく化け物————魔物へと変貌したらしい。

 魔物は例外なく討伐される。つまり、暴走の先にあるのは死だ。

 しかし、魔王因子を取り込むための儀式の手順はほとんどが分かっていない。古い本には、魔王因子を取り込むための儀式手順について記した項目があるらしいが、その部分は破り捨てられたように、存在していない。ただ、破られたと思われるページの数から、かなりの手順を踏まなければいけないことは分かっている。

 

 では、何故彼女は形の残っていない失われた秘術(ロスト・ミスティック)に手を出そうとしているのか。それは、唯一判明している、魔王因子を取り込むための条件を満たせるからだ。その条件は————

 

 

「えぇ、分かっているわ。魔王因子を体内に取り込んだ後、同じく魔王因子を持った魔王候補、もしくは魔王自身から魔力をもらうこと」

 

 

 と言うことだ。俺の表情から察したのだろう。改めて確認する。

 

 普通の魔導士が聞いたら、何をばかなことをと一蹴するだろう。彼女がやろうとしていることはそれだけのリスクがある。

 まず、魔王因子を制御化に置いた魔導士がそう簡単に見つからないこと。そして、仮にそのような魔導士を見つけ、魔力を貰ったとしよう。だからと言って、簡単に魔王因子を制御できるようになるわけではない。譲り受けた魔力を自身の魔力として最適な形に変え、その魔力でもって魔王因子を使いこなせるようになる。口では簡単に言えるが、実際はそんなに簡単ではない。

 しかし、彼女が自信満々にやると宣言したのには理由がある。それが俺————神崎悠斗の研究するテーマだ。

 

 俺が研究しているテーマの一つに、転生特典でもらった一方通行の能力であるベクトル操作を応用した魔力制御がある。相手に触れることで、体内の魔術回路を破壊することができる。ならば、その逆である魔力の制御も可能なのだ。

 そして、俺はこの学園において、最強と呼ばれている。自惚れるわけではないが、周りの知り合いには規格外だと言われる。そして、魔王因子も持っている。それも、俺の魔術を応用して取り込もうとしている彼女と違い、天然の魔王候補だ。

 これが彼女が自信満々だった理由。目の前に座る俺が条件達成の塊だからだ。

 

 まぁ彼女の考えは俺と同じようで、このことを伝えられる。

 正直なことを言うと、反対だ。彼女にそんな危険な橋を渡ってほしくないし、彼女が魔物になった場合、消滅させるのは俺の役目になる。それだけは勘弁してほしい。

 

 

「なら、悠斗が私に魔力制御のコツを教えてくれれば解決よ」

 

 

 そう返された。

 確かにそうなのだが、俺と彼女では、研究テーマはもちろん、書庫も異なる。

 本来、魔導士は一つの書庫、一つのテーマしか扱うことはできない。魔王候補である俺は既に二つの書庫を持っているが、それは魔王因子を使いこなせるからだ。使いこなすために複数の書庫を持つのは手順が逆なのだ。

 

 それらを理由に断ろうとしたが、彼女の真剣な目を見て口に出すのを止める。普段の彼女はからかったり、誘惑してくるが、魔術研究では、真剣になる。

 そんな彼女を見て、俺は諦めた。

 はぁー、とため息をつきながら口を開く。

 

 

「分かった。お前の研究への思い入れは理解しているつもりだ。そんな真面目な顔されたら断れねぇだろ」

 

「ふふ、よろしくね でもぉ、私のお願い聞いてくれるのに、夜のお願いは聞いてくれないのは何でなのかしら?」

 

「それとこれとは別だろ。どころか、夜のお願いなんて聞かねぇからな」

 

 

 彼女のからかいに軽く返しながら、彼女に魔力操作を教えるために立ち上がる。

 

 お互いに立って向き合ったところで、左のポケットに手を突っ込み、中から黒色のチョーカーのようなものを取り出す。言わずもがな、一方通行の電極だ。この世界では、チョーカー型の魔導書になっている。

 

 学園に入学する前、この世界での生家で見つけたものだ。転生特典のオマケだと考え、入学時に持ってきたところ、諸事情で学園長に魔導書を見せる機会があり、彼の口から、このチョーカーが世界に存在する高位の魔導書の一つのルルイエ異本だということが判明した。なんでも、名称と形だけわかっており、どこにあるのかは一切分かっていなかったらしい。

 

 チョーカーを首につけると、俺の体から魔力があふれ出す。普段は、別の魔導書によって魔力の流れを制御しているが、テーマ研究の分野では、こちらの方が向いている。

 スイッチを押し込むと、溢れていた魔力が収まる。

 

 

「ホント、いつ見ても安定した魔力操作ね。それも研究の成果?」

 

「いや、これは研究じゃねぇ。俺自身の意識だけだ。ま、これからお前に教える魔力操作は、研究に基づくやり方だ。比較的やりやすいはずだ」

 

「それでも比較的って……。私の書庫とは違うんでしょう?そう簡単にできないと思うんだけど」

 

 

 なんだかんだ言っても、彼女も一人の少女だ。不安になるのもわかる。が、今はそんな弱音を吐いている暇はない。彼女の不安を取り除くために口を開く。

 

 

「大丈夫だ。そこまで難しいことをやるわけじゃない。それに、自分のために止まるつもりはないんだろう?トリニティセブンの一人なら、泣き言言わずにやって見せろ。それに————」

 

「それに?」

 

「これができたら、ダーリン呼びを認めてやらんことも無い」

 

 

 その言葉に呆けていたが、意味を理解したのだろう。俄然やる気を出す。

 

 

「今の言葉、確かに聞いたわよ。後から取り消しは不可。いいわね?」

 

「あぁ、問題ない。ま、できたらの話だがな」

 

「なっ!?……いいわ、やってやろうじゃない。すぐにマスターして、悠斗をダーリンって呼ぶわ!」

 

 

 ……どうやら焚きつけ過ぎたらしい。まぁ構わないか。

 

 

「〝傲慢(スペルビア)〟の〝書庫(アーカイブ)〟に接続。テーマを実行する」

 

 

 その瞬間。再び、魔力の奔流が吹き荒れる。しかし、先ほどとは違い、垂れ流しの状態ではない。テーマを実行することで、魔力を制御しているのだ。

 

 目の前の彼女は、風で乱れる髪もそのままに、やる気を見せていた。ならば、こちらも全力で臨むとしよう。

 

 

「んじゃ、まず最初は————」

 

 

 いつしか、その光景は光に包まれて、消えていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「悠斗さん!起きてください、悠斗さん!すごいことが起きてるんですよ!」

 

 

 ドンドンと、扉をたたく音で目を覚ます。

 

 洋風な作りの個室。置かれているのは、木製の勉強机。それと、簡素な部屋にはあまり似つかわしくない大きいベッド。本来なら一人が寝れるサイズで十分なソレは、二人で寝るのにちょうどいいサイズだ。

 ふと、横に目をやる。高校生ぐらいなら、もう一人が寝られそうな空間が、壁側に空いている。懐かしい夢を見たからだろうか。その場に彼女が居ないことを改めて確認すると、胸が痛んだ。

 俺が寝ている間に勝手に部屋に入ってきて、朝起きたら隣で幸せそうな寝顔をしていた彼女。彼女が俺たちの前から居なくなって直に半年。彼女が居なくなったという現実を確認するたび、胸の痛みは増すばかり。彼女の考えは知っているし、行方をくらました理由も大体予想がつく。最初こそ気にならなかったが、最近は思い出してばかりだ。

 

 

「悠斗さん!起きてくださいよ!すごいことが起こってるんですって!」

 

 

 外から呼ぶ声で、意識が戻ってくる。その声は聞き覚えがある。クラスメイトだ。普段から元気な彼女の事なので、凄いことだと言われてもピンとこない。常にすごいです!と騒いでいるからだと思うが。

 だが、部屋の前で大声をあげられるのもあまりいいものでもない。

 

 

「ったく……うるさいな……。こっちは寝起きだぞ!」

 

 

 ドアのカギを開け、ドアの前に立っていた少女にそういう。

 

 立っていたのは、金色に輝く髪をツインテールに結び、本来ならカチューシャがあると思われる場所には、逆ナイロールという種類の眼鏡をかけている少女。彼女の名前はセリナ=シャルロック。新聞部に所属しており、カメラとメモを常に持ち歩き、スクープを見つけては記事にしている。彼女を見ると、夢に出てきたアイツの顔が浮かぶ。その顔が目の前のセリナに重なって、胸の痛みがさらに増したように思えた。

 

 

「あ……す、すみません……。で、でも、本当にすごいことが起こってるんですよ!これ見てください!」

 

 

 痛みをこらえようとして顔をしかめたためか、怖がらせてしまったらしい。だが、セリナは少々涙目になりながらも、本来の目的を思い出したのか、気丈にも声を張り、手に持っていたA4サイズの紙を突き出した。

 突き出された紙を受け取って見ると、新聞だった。しかも、編集者はセリナ。

 彼女の場合、ちょっとでも面白そうなことがあると記事にするため、今回もその類だと思い、軽く目を通そうとして————見出しの部分でいきなり目が留まった。

 

 その記事の見出しは、号外と銘打たれており、魔王レベルの魔力を持った転校生がやってくると書かれていた。

 

 一体どういうことかという意味を込めてセリナに目を合わせると、「まぁとりあえず読んでみてください」と目線で言われた。

 記事に目を落とす。そこには、転校生と思われる男子の顔写真が貼られ、その他にはこの学園に来ることになった経緯などが書かれていた。

 記事を半ばまで読み進めたあたりで、再び目が留まった。俺が目を付けたのは、「魔王候補」と「世界構築」という二つの言葉だ。

 驚きと共にセリナを見ると、俺の驚愕している理由に察しがついているのだろう。誇らしげに胸を張ってドヤ顔していた。それにはイラッとさせられるが、そうも言ってられないようだ。

 

 

「ちょっと待ってろ、制服に着替えてくる。その後に詳しい話を聞かせてくれ」

 

「分かりました!外で待ってます!」

 

 

 とりあえず話を聞かないことには始まらないという結論にたどり着いた俺は、学園に行くための準備の後に話を聞くことにする。それをセリナは快諾し、廊下で待っていると言ったので、素早く制服に着替え、ベッドの横の壁に立ててあった、現代風な杖を手にすると、部屋を出る。

 

 これから先起こるであろう面倒ごとや、それを押し付けようとしてくる学園長(クソ眼鏡)の顔をちらつかせながら。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 廊下で律義にも待っていたセリナから話を聞きながら教室へと向かった。セリナはすれ違う学園の生徒たちに新聞を手渡しながら、現在彼女が知っている話を聞かせてくれる。なんでも、数日前に観測した重力振動————俺たちが崩壊現象と呼んでいる————の発生地へと、俺たちのクラスの担任が調査のために向かったらしい。しかし、着いてみると、被害にあったとは思えないような、何の変哲もない町並みが広がっていたらしい。崩壊現象は、発生と同時に周囲のものを全て粒子に変えて吸収する。無機物も有機物も関係ない。すべてが無になってしまう。当然、人もそうなる。だから、町があり、人が存在しているのは明らかに異常だ。

 それに気づいた先生は、これが魔術によって作られた世界なのではないかと仮説を立て、調べたところ、原因がとある少年にあると知ったらしい。それが今回やってくる転校生らしい。名前は春日アラタというらしい。

 アラタは、自分が夢の世界を作った自覚がなかったようで、先生がそれを教え、処遇を検討する際に、アラタがここ、王立ビブリア学園に入学することを決めたらしい。先生は最後まで渋っていたようだが……。

 まぁ、話を聞けたのは大きい。

 

 

「なぁ、その転校生は魔導に関しては全くの素人なんだろう?何でそんな奴が世界構築なんて大それたことをできたんだ?」

 

「さぁ……私も噂を聞いただけなのでよく分かんないんですけど、何でもスッゴイ高位の魔導書を持っていたみたいで、転校生の願いを勝手に叶えたとか言われてますよ」

 

「ふーん、高位の魔導書ねぇ……。一般人が持ってるなんて考えられないんだけどなぁ」

 

「そう言う悠斗さんだって、強力な魔導書を二冊も持ってるじゃないですか!それに、悠斗さんの部屋から出てきたんでしょう?そっちの方が驚きますよ」

 

「ん……まぁな」

 

 

 確かにそう言われたらそうだと答えるしかないが、自分が転生者だということを考えれば当然だと思える。言っても信じてもらえないかもしれないから言わないが。

 

 

「あ、忘れるところでした!」

 

 

 唐突にセリナが大きい声を出し、周りの生徒たちから注目を集める。あまり注目を集めるのは嫌なのだが、興奮しているセリナは、周りの状態なんて見えていないのだろう。

 思わず思考が表情に出てしまったが、セリナはまったく気にしていないのか、続ける。

 

 

「悠斗さんも確か魔王候補でしたよね?世界構築とかはできるんですか?」

 

 

 いきなりぶっこんできやがった。そりゃ確かに俺がビブリア学園に来た時から〝魔王候補〟や〝魔王に最も近い魔導士〟などと呼ばれている。あのムカつく学園長が俺のことを生徒たちに吹聴したからだ。それのせいで面倒な後輩に声を掛けられ、とある職務に就いたのだが、どちらかと言えば、そういう風に呼ばれるのは嫌だと感じている。

 

 

「あ……すいません。そう呼ばれるの嫌でしたよね……」

 

 

 表情に出ていたのか、ようやく自分の暴走に気づいたらしいセリナが申し訳なさそうな顔で謝ってくる。さすがに、俺も罪悪感を感じてしまう。

 

 

「あぁ、悪い。別に怒ってるわけじゃねぇんだ。確かにその呼び名は嫌だが、セリナに対して怒るのは違うからな。悪いのはあることないこと言ってた学園長だろ。だから、そんな泣きそうな顔しないでくれ。アイツに知られたら俺が殺される」

 

「……そうですよね!お姉ちゃんだったら、私を泣かせたって理由で悠斗さんに襲い掛かりそうですよね」

 

 

 セリナのその言葉で、夢で見たアイツのことを再び思い出してしまい、胸の痛みに顔をしかめる。

 そう言って笑っていたセリナだが、俺が顔を歪めているのに気づくと、焦って弁解を始める。

 

 

「あ……すいません……。お姉ちゃんのことは……」

 

「あぁ、気にしないでくれ。確かに、ときどき思い出してつらくなることはある。けどさ、アイツは実験に失敗していたとしても、何食わぬ顔で俺たちの前に帰ってくるんじゃないかって思うんだ。なんなら、悪の魔導士よ、とか言いながら襲撃を掛けてきそうなんだよなぁ……魔力貰うわよって」

 

「ふふっ、確かにそうかもしれませんね」

 

「あぁ、だからセリナがアイツのことで色々考える必要はねぇよ。どうせひょっこり帰ってくる」

 

「はい……あの……ありがとうございます。そう言ってもらえると気が楽です。それに~」

 

「ん?どうした?」

 

「いえ、私としてはいいことが聞けたなぁ~って」

 

「?いいこと?」

 

 

 俺の問いに、セリナは悪戯っぽく笑い、答えた。

 

 

「はい!お姉ちゃんは、悠斗さんからこんなにも想ってもらえているんだなって」

 

「なっ……//はぁ……そういうことにしといてやるよ……」

 

「いいなぁ~お姉ちゃん。こんなにもカッコいい人から大切にされてるんだもん。あ!悠斗さん!このこと記事にしてもいいですか?!」

 

「あ?いいわけねェだろうが」

 

「ぴゃぁぁ!」

 

 

 ニヤニヤと笑いながら煽ってくるので、ちょっとすごんでみると、奇妙な声を上げながら飛び上がった。

 

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

「ったく……話を脱線させやがって……。さっさと噂の転校生とやらについて教えてくれ」

 

「いえいえ!話脱線させるきっかけ作ったのは悠斗さんですよね!?」

 

 

 隣でギャーギャー騒ぐセリナと共に、俺は自分の教室へと歩いていく。やってくる転校生————春日アラタについて考えながら。そして同時に、その青年が数多くの厄介ごとを持ってくるだろうと言う、根拠のない確信を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。
 では謝辞を。本来だったら、この話の中で転校してきたアラタと学園長室の前で会い、レヴィも交えて会話するところまで持っていきたかったのですが、最初の回想シーンが長すぎて、かなりの字数を取ってしまったので、前半と後半に分割することになってしまいました。読みづらいとは思いますが、ご了承ください。まぁリーゼ登場(ただし夢の中)ですし、別に構わんだろう?
 私の他の作品の最新話も、少しづつ書いています。もうしばらくお待ちください。感想や、指摘など送っていただければ、糧にして成長していきたいと思っています。よろしくお願いします。では、また次回の更新でお会いしましょう!


 最後に一言。リーゼとセリナの口調これでよかったっけ……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔王候補~後編~

 お久しぶりです。双剣使いです。何とか二月中に二話投稿することができました。38度の熱を出して寝込みましたが、何とかなってよかった……

 ちなみに、今回無茶苦茶長いです。駄文です。書きたいことをダラダラ書いているとこうなるっていう模範例ですね。長くてもいいよって方は本編へどうぞ!


 

 

 王立ビブリア学園の二年生の教室で俺は、教室の窓際にある自分の座席から、空を見ていた。半年ほど前、俺の仕事の相方が行方不明になってから、一人の時は常にこうしている。それまでは、相方だった少女が常に隣の席に座っており、やたらと話しかけてくるため、会話はしていた。俺に話しかけてくるアイツは、まるで飼い主に懐く犬のようだった。本人が聞いたら怒りそうだから直接言うことはないが。まぁそのおかげで、話し相手は相方か、セリナに限られていたが。

 そもそも、話し相手が二人しかいないこともおかしいのだが、転入初日に俺が魔王候補だと学園長が言いふらしたため、ほとんどの生徒が近づかなくなるのは、すぐだった。最初こそ、興味本位で話しかけてくる生徒が居たのだが、徐々に俺が才能を開花させ、魔力量が増大するのを見た生徒たちは距離を置くようになった。そのうえ、俺の能力の一部を高く買われ、崩壊現象に対抗する組織の次席官に選ばれたことが拍車をかけ、俺に話しかけてくるもの好きはいなくなった。それこそ、組織の同僚か、セリナぐらいだろう。

 

 まぁこれが今の俺の現状だ。セリナは、他のクラスメイトと談笑している。別にそれでいい。アイツは、俺と違って社交性が高いし、提供できる話題の数も相当だ。俺みたいな特定の分野にしか強くないやつとは話さない方がいい。

 

 時刻はそろそろHRが始まる時間だ。担任の先生が来るのを待つ。

 

 待つこと数分。腰まで伸びた赤い紙を靡かせて、担任の浅見リリス(先生)が扉を開けて入ってきた。後ろには、学園指定の男子制服に身を包んだ少年が付いてきている。

 

 

「皆さん、席に座ってください。HRを始めます」

 

 

 リリス先生の言葉で、立って話していた生徒たちが一斉に席に座り始める。リリス先生は俺らと同い年だが、既に教師としてこの学園に在籍している。彼女の言葉にクラス全体が従っているのは、全員が彼女の実力を認めているからだろう。

 

 リリス先生はクラス全員が着席したのを確認すると、講義を始める前に連絡事項があると言い、転校生の説明を始めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「————というわけで、転校生の春日アラタさんです」

 

 

 生徒たちがワイワイと騒ぐ中、リリス先生の説明が終わった。正直なところ、魔王としての素質があるようには見えなかった。まぁ外見から判断しただけだ。実際に話してみないことには分からないだろう。

 そして、件の転校生————春日アラタはリリス先生のことを「お前」呼びしたため、注意を受けていた。

 

 

「はいはーい!質問ですっ!!」

 

 

 どうやら、今は彼についての質問を受け付けているらしい。クラスの誰もがためらう中、真っ先に手を挙げたのは、やはり、セリナだった。

 リリス先生は彼女を指名する。

 

 

「はいセリナさんどうぞ」

 

「好みの女性はどんなんですか?」

 

 

 いきなりお前は何を聞いているんだ。

 

 

「胸のでかい人だな」

 

「うわっ直球だっ」

 

 

 即答かよ。あと、それかっこよく言うところじゃないぞ。

 

 

「まあなくても愛せると思うが」

 

「しかも微妙なフォロー来た!!」

 

 

 どっちつかずかよ。

 

 

「後は顔が良ければいいよ」

 

「ぶっちゃけ女の敵ですね。了解しましたっ」

 

 

 訂正。ただのクズだったようだ。

 

 

「コホンッ。気が済みましたか? では————」

 

 

 セリナと春日アラタの漫才のようなやり取りをリリス先生が中断させようとした瞬間。

 

 

「魔王クラスにしかできない〝世界構築〟をしたって本当ですか?」

 

 

 セリナの口から、今日一番であろう爆弾が投下された。

 知られていないと思っていたのだろうか。リリス先生の顔が驚愕に変わった。

 

 

「ああ……あれくらい誰でもできるんじゃないの?」

 

「ちょっ……アラタ!?」

 

 

 セリナの書いた記事の通り、魔導に関してはただの素人のようだ。もし魔導に精通していたら、今の発言はしないからな。

 

 

「おお————!!本物だー!!」

 

「魔王候補キタ————!!」

 

 

 だがそれでも、生徒たちの注目を簡単に集められたようだ。みんな立ち上がって大騒ぎである。授業なんて始められなさそうだ。まぁこの学園に通っていれば、世界構築がどれだけすごいのかはわかる。しかも、魔王候補だって滅多に現れる存在じゃないしな。リリス先生を除けばこのクラスでは二人目の魔王候補だ。

 

 春日アラタは何故騒がれるのか分かってないようだし、リリス先生は頭を抱えている。リリス先生、お疲れ様です。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「はぁ……本日も晴天なり」

 

 

 俺は、授業が終わるのと同時に教室を出て、校内を徘徊している。

 

 教室では、授業の終了と同時にリリス先生が春日アラタを連れて学園長の所に向かった。話題の人物がいないから静かだろうと思っていたらそんなことはなく、生徒たちは皆春日アラタについて(正確には魔王候補であることについてだが)騒いでおり、うるさいから抜け出してきた。断じて教室に友人が居ないとか、知り合いのセリナも他のクラスメイトと話し込んでたからとかじゃない。気分だ、気分。

 

 誰にともなく独り言を呟いていると、不意に視線を感じた。周りを見ても人影は一切ない。ということは、上だ。

 

 

「おや、自分の気配に気づいたっスか。さすがは魔王候補筆頭の悠斗さんっスね」

 

 

 校舎の天井にポニーテールの少女が張り付いていた。しかも、漫画でよく見る、忍者が壁に擬態するときに使う布のようなものまで持っている。

 

 

「……何してんだ?レヴィ」

 

 

 少女は、俺の問いに答える代わりに、「よっ」と天井から一回転して目の前に降り立った。

 彼女の名前は、風間レヴィ。外見的特徴を挙げるなら、ポニーテール、前髪で左目が隠れている、マフラー(?)をしているの三つだろう。そして、彼女曰く忍者らしい。

 確かに、天井に張り付いたり、気づいたら俺の部屋の中に侵入しているから、忍者と言えばそうかもしれない。リリス先生に質問したところ、学園では様々な分野について学べる環境があるから、レヴィのような忍者が居てもおかしくないそうだ。

 忍者の基礎とも言える忍術のほかに、様々な魔術を扱う、世界で五指に入るほどの実力者だ。そして、王立ビブリア学園の魔導の頂点であるトリニティセブンの一人だ。司るのは≪嫉妬≫。テーマは≪期待≫だったはずだ。

 俺がこの学園に入学してすぐに話しかけられたから、それなりに長い付き合いだ。

 

 

「何って……悠斗さんを待ってたんスよ。聞きたいこともありますし」

 

「聞きたいこと?」

 

「えぇ、今日新しく転入してきた魔王候補さんについてっス。悠斗さんと同じクラスでしたし」

 

「別にいいが……それよりも他の理由があって待ってたんだろ?大体予想はつくが……」

 

「多分、悠斗さんが考えてることで間違ってないスよ。転入生さんが学園長室にいるらしいので、会いに行きませんか?」

 

「別にいいが……あいつについて知ってることなんてほとんどないぞ?」

 

「大丈夫っスよ。悠斗さんの所感と、自分の目で確かめたことを照らし合わせるためなんで」

 

 

 そう答えるレヴィと並んで学園長室に向かって歩き始める。

 歩きながら、春日アラタについて今現在知っていることを伝える。

 彼には魔術の知識がほとんどないこと。それでも世界構築ができたことから、魔力が普通の魔導士よりも多い、もしくは所持している魔導書がよほど有名であることのどちらかが予想される。思春期の男子らしく、欲望に素直であること。

 それを聞いたレヴィが一言。

 

 

「転校生さんはともかく、悠斗さんに性欲ってあるんスか?」

 

 

 とりあえずレヴィの頭を軽く小突いた。

 

 

「自分が誘惑しても悠斗さんは全然興味を示さないじゃないっスか」

 

 

 おかしな結論に至った理由を聞いたところ、そんな答えが返ってきた。まったく、失礼な奴だ。

 

 

「別に性欲が無いってわけじゃねぇ。ただ、お前のことは仲のいい異性の友人として見ているからな。それに、今はアイツのことが忘れられねぇから、当分は女子と深い仲になることはねぇな」

 

「ま、自分もそのあたりは弁えてるっスよ。悠斗さんにとっての一番はリーゼさんでしょうけど、自分は諦めてないっスよ。ちゃんと悠斗さんに女性として見てもらえるようにするんで」

 

「……それはいいが、色仕掛けなのは方向性が違くないか?」

 

「別にいいんスよ。リーゼさんが戻ってくる前に既成事実を作っておけば自分が悠斗さんの正妻になれるんで」

 

「お、おう」

 

 

 ストレートにそう言われるとこっちまで恥ずかしくなる。多分俺の顔は赤くなっているだろう。レヴィ自身も平静を装っているが、耳が少し赤くなっているのを俺は見逃さなかった。

 好意をここまでぶつけてくるのはリーゼとレヴィだけだ。まぁ二人が一番付き合いが長いからそういった感情を向けられているのには気づいていた。ましてや、リーゼに至っては寮の部屋が同じだ。彼女の誘惑を躱すのも楽ではない。

 

 

「ま、悠斗さんの性欲は今は置いといて、転校生さんの話をしましょう」

 

 

 レヴィに促され、春日アラタという少年について改めて考えてみた。先ほども言ったように、今は大きすぎる魔力に振り回されているだけだが、すぐに使いこなすようになるだろう。そうでなければ、元一般人の転入をあの学園長が認めるわけがない。まぁあの学園長のことだ。「実に面白そうじゃないか」とか言って勝手に入学を認めた可能性もあるが……。

 そして何より、彼が持っている魔導書はそこらの魔導書とは一線を画すだろう。なんせ、世界構築を自分の意思で行うのだ。かなり高名な魔導書だ。

 

 

 春日アラタについての考察をレヴィとしながら歩いていると、いつのまにか学園長室の前に着いていた。

 扉は締まっており、中には複数人の気配が感じ取れるので、まだ中で話しているのだろう。

 そのことをレヴィに伝えると、「じゃあ自分は天井に張り付いて身を隠すっス」と言って天井にジャンプすると、布のようなもので姿を隠した。大方、アラタがレヴィの存在に気付けるかどうか調べるのだろう。

 俺も特にすることが無いので、制服の上着の内ポケットに入れておいた拳銃を取り出し、解体、組み立てを高速で行う。普段は銃を使わないが、魔術よりも使い勝手がいい。魔術を発動させる前に懐から抜いて狙撃できるからだ。

 しかし、この学園では俺以外に銃を使う生徒はいない。一応、俺らのクラス担任のリリス先生は銃器を扱うが、彼女は≪錬金術≫で錬成した銃であり、魔術によって作られたものを使うため、常に携帯することはない。その点、俺の方が緊急時に即座に対応することができる。定期的にメンテをする必要があるが、知識さえあればすぐなので、そこまで苦ではない。

 それに、この学園に転入してきてから気づいたことだが、生徒たちは皆魔導士であるためか、銃器や刀剣などを軽視しがちだ。刃物も、儀式に使うナイフなどが主で、武器として剣を扱っているのは、俺の知る限りレヴィだけだ。銃器も、使用している生徒はおらず、俺以外だとリリス先生。

 だが、俺と彼女では銃の使用目的が異なる。彼女が弾に魔術的効果を付与した魔弾を使うのに対して、俺が使用するのは魔術の付与されていない実弾だ。所属していた組織の仕事内容上、魔弾のほうが効率はいいが、わざわざ魔術効果を付与するのがめんどくさい。そのうえ、俺の研究テーマは魔弾以上の魔術を行使できるため、護身用として持っている。

 そうやって時間をつぶしていると、学園長室の扉が開かれ、中からリリス先生と春日アラタが出てくる。

 

 何かあったのだろうか、リリス先生は溜息を吐きながら春日アラタに小言を言っている。

 

 

「「あ」」

 

 

 その小言から逃げるように目を背けた春日アラタと目が会い、お互いに間抜けな声を出してしまう。

 

 

「あら、悠斗さんではないですか」

 

「……なぁリリス……悠斗って」

 

「ん?俺の事なんで知ってるんだ?」

 

「あぁ……さっき学園長が言ってたんだよ。魔王候補は俺以外にもいて、そいつはこの学園の頂点のトリニティセブンのうちの半数を手籠めにしてるんだって。で、名前が神崎悠斗」

 

 

 あのクソ眼鏡、勝手なこと言いやがって。てか、いつ俺がトリニティセブンのメンバーを手籠めにしたって言うんだ。後でじっくりと話を聞く必要がありそうだ。

 

 

「言っとくけどそれあの学園長が勝手に言ってるだけだからな?信じる必要なんてねぇからな」

 

「お、おう」

 

 

 ちょっと怒りが顔に出ていたか。引いてるようだ。

 

 

「まぁいい。名前は聞いてるだろうが、神崎悠斗だ。一応同じクラスだ」

 

「春日アラタ。アラタでいいぜ」

 

「ん。じゃあ俺のことも悠斗でいい。よろしくな、アラタ」

 

 

 そう言って右手を出すと、アラタも手を握ってきた。

 

 

「よかったです。アラタにも男性の話し相手ができて」

 

 

 ちょうどリリス先生が話しかけてきた。

 

 

「まぁ俺も教室で普段一人だからな。話し相手が居るのはいいことだ」

 

「それは悠斗さんが周りに積極的に話しかけないからなのでは……?」

 

 

 先生が何か言っているが無視だ。

 

 

「ところで、悠斗さんは何故ここに?学園長に用事でもありましたか?

 

「いや、あのクソ眼鏡に用はねぇよ。あるのは、アラタだけだ」

 

「俺?」

 

「そう、お前」

 

「まぁ確かにアラタはかなり特殊な事例ですけど……悠斗さんが他人に興味を持つなんて意外ですね」

 

「リリス先生……先生の中で俺がどういう人間だと思われてるかはこの際置いておきます。まぁ他人に興味が無いことは否定しませんが、今日ここに来たのはレヴィに誘われたからですよ」

 

「あぁ……確かに彼女ならアラタに興味を持つ可能性が高いですね」

 

「なぁリリス……レヴィって誰だ?」

 

「あぁ……レヴィさんというのはですね————」

 

「自分ならここにいるっスよ」

 

 

 説明しようとした先生の声を遮って、天井から声がかけられる。

 その声にアラタが天井を見上げ、リアクションに困ったような顔をする。そりゃ天井に人が張り付いてたらそうなるわな。

 

 

「よっ」

 

 

 俺の時と同じように、一回転して着地するレヴィ。

 

 

「すげえ……忍者だ」

 

「凄いでしょう?」

 

 

 驚くアラタにドヤ顔のレヴィ。彼女は立ち上がると自己紹介を始める。

 

 

「初めまして、アラタさん。忍者やってる風間レヴィっスよ」

 

「あれ……魔導士なんじゃねぇの?」

 

 

 レヴィの自己紹介に疑問を覚えたようで、不思議な顔をしている。

 

 

「この学園には様々な魔術を学べる環境がありますから」

 

「なるほど……」

 

「忍術も占星術もオーラ診断も房中術も、みんな魔術っスよ?」

 

「ぼっ……」

 

「ストップだ、レヴィ。リリス先生の許容範囲超えるぞ」

 

「おっと……からかいすぎたっスかね」

 

「房中術って何だ?」

 

 

 どうやらアラタは知らないらしい。だけど————

 

 

「アラタ、世の中には知らなくてもいいことがあるんだ」

 

「?まぁいいけど」

 

 

 これ以上下手なこと言うとリリス先生に怒られそうだしな。

 

 

「とっ……とにかくっ……」

 

 

 顔を赤くしたリリス先生は場の空気を入れ替えるため、コホンッと一つ咳払いをする。

 

 

「アラタ……この方が先ほど学園長がおっしゃったトリニティセブンのお一人です」

 

 

 どうやら学園長は、俺だけでなく、トリニティセブンのことについてもアラタに話したようだ。

 

 

「おお……なんか凄いんだっけ?オレにはよくわかんねーけど」

 

「……まあ転入したばっかりじゃわからなくて当然っスよね」

 

「なんかそれぞれの道のプロレベルなんだって?」

 

「そりゃもう凄いっスよ。なんせ自分忍者っスからね?」

 

「まじか!?」

 

 

 違うと思う。

 

 

「暗殺からエロい忍法までなんだってこなすっスよ?」

 

「エロいのもか!?」

 

「コラーっ!!」

 

「レヴィ、それ以上はやめとけ。アラタの目を見てみろ、既に野獣に変わってるぞ」

 

「わー、襲われるっス(棒)」

 

「二人ともひどくね?いくら俺でも……うーん」

 

「アラタ!?そこははっきり否定してくださいよ!!」

 

「でもこれが俺だからな!」

 

 

 何でちょっとカッコよく言うんだ。

 

 

「まっ、冗談っス。なかなかストレートで面白い人っスね」

 

「俺では普通にしているつもりなんだけどなぁ……」

 

「絶対におかしいです、アラタは」

 

 

 間違いない。

 

 

「そんなことより他の連中はどんななんだ?アンタとリリスは何となくわかるんだが」

 

 

 レヴィと先生以外のトリニティセブンのメンバーか……

 

 

「正直に言って、あんまりアラタとは会わせたくない奴らだな」

 

「?何でだ?」

 

「面倒なことになるんだよ。先生とレヴィ、あともう一人のメンバーはアラタと関わっても問題ないだろうが、残りの奴らが一癖も二癖もあるんだよ。特に面倒なのが、≪傲慢≫のトリニティセブン。アイツのテーマからだと、アラタは目の敵にされるだろうな」

 

「確かに……ミラさんはアラタのことを嫌っているでしょう」

 

「そのミラって奴……そんなにやばいの?」

 

「ああ……アイツの実力は先生以上だからな……おっと、噂をすればだな。外見てみろ」

 

「ちょうど検閲任務に向かうところみたいっスね」

 

 

 窓から下を見下ろすと、ビブリア学園の制服の上から白いローブを纏い、水晶玉を持った少女と、昔のスケバン風の格好をした女性が歩いている。

 

 

「先ほど名前の挙がっていた、純粋な能力だけならリリス先生の上を行く山奈ミラさんと、攻撃力だけなら他の追随を許さない不動アキオさんっス。破壊力でいったら悠斗さんと良い勝負だと思いますよ」

 

「アキオのあれは異常だからな」

 

「……なんかバトル漫画のノリだな……」

 

「ま、その辺は間違ってないな。実質、検閲任務なんて言っても、魔術で戦うだけだしな」

 

「やっぱり、最前線に出ていた人の言葉だと説得力があるっスね」

 

「それはレヴィだけには言われたくないな」

 

 

 と、こちらの視線を感じたのか、ミラとアキオはこちらを振り返った。杖を突いているのとは逆の左手を挙げて挨拶の意思を見せたのだが、ミラは不機嫌そうな表情で正面を向いて歩きだしてしまう。アキオはそんなミラに苦笑を浮かべ、こちらに手を振るとミラを追って駆けていった。

 

 

「ミラさん、相変わらずっスね」

 

「アイツも大概しつこいからな。ホント、困ったもんだ」

 

「納得してないんでしょう。ミラさんは悠斗さんのことを尊敬していましたから」

 

「俺が悪いみたいな言い方はやめてください、リリス先生。俺は所詮アイツの補佐でしかないんですから、そのまま第二席に昇格みたいなことはよくないでしょう。それに、アイツが居なくなったことに俺が関係しているとまで言う奴もいましたからね。さすがに犯罪者まがいの男を置いておくわけにはいかないじゃないですか」

 

「それはミラさんも分かってるんじゃないっスか?アキオさんの話だと、悠斗さんを辞めさせないようにミラさんも色々と頑張ってたらしいっスよ」

 

「そうか……だとしたら、ミラには悪いことしたかもしれねぇな」

 

「まあそこまで気にする必要はないでしょう。ミラさんなら割り切って行動できるでしょうし」

 

「お~い!俺を無視して知ってるメンバーだけで話を進めないでくれ」

 

「あ、すいませんアラタ」

 

「ってかホントに女ばっかりなんだな……」

 

「魔導は精神的、感情的なものの研究っスからね」

 

「男性は論理的、理屈的な思考が得意なせいか、なかなか魔術に浸透しないんですよ」

 

「なるほど……じゃあ何で悠斗はレヴィたちを手籠めにできるほどの実力があるんだ?」

 

「おい、勝手に俺がレヴィたちを誑かしたみたいに言うんじゃねぇ」

 

「でも彼女は確実に悠斗さんに好意を寄せてるようっスけど?」

 

「アイツは今関係ねェだろォが……とりあえず、アラタの質問に対する返答だが……お前と同じだよ」

 

「俺?」

 

「そ、俺もお前と同じ魔王候補って呼ばれてるんだよ。だから、魔力量も普通の魔導士たちとは格が違うし、行使できる魔術の威力も数も桁違いなんだよ」

 

「ですが、アラタや悠斗さんが何故魔王候補になれたのか、ということは未だに判明していません。噂では、永劫図書館にのみ存在すると言う魔王因子が体に宿ることで力を得ると言われていますが、永劫図書館に接続できたのは、私が知る限りでは一人しかいません。彼女もすでにここに居ませんし」

 

 

 そう言いながら、リリス先生は俺の方をチラリと見る。永劫図書館への接続。それは、アイツだけが成したこと。それがもとで追放されたわけだが、今彼女はどうしているだろうか。

 今はいない少女のことを思い、窓から空を見上げる。

 

 

「黄昏ちゃってどうしたんスか?」

 

 

 レヴィに声を掛けられ、後ろを向くと既にアラタとリリス先生の姿はなかった。どうやら、教室に戻ったらしい。

 

 

「ん……ちょっとな」

 

「やっぱりリーゼさんの事スか?」

 

 

 どうやらレヴィに隠し事は通用しないようだ。なら、話してしまった方が楽でいい。

 

 

「ああ。……アイツが力を欲しがってたことも知っていたし、魔王候補になりたがってたことも知ってた。けどな、やっぱり思うんだよ。俺がアイツの研究意欲を刺激しなければ、危ない実験なんだから止めておけばよかった、ってな」

 

 

 それを聞いても、レヴィは窓の外を見つめたままだ。それも当然だ。いきなり自分とは関係のないことを話されているのだ。困惑するのも仕方がないだろう。

 それから、俺とレヴィは数分、外を眺めていた。

 

 

「別に、悠斗さんがそこまで気にする必要は無いと思うっスよ。リーゼさんが魔王候補になりたがってたのは自分も知ってるっス。仕方のないことだったんスよ」

 

「じゃあなんだ?俺がアイツに関わらなければよかったのか?」

 

「別にそういうことを言ってるんじゃないっスよ。ただ、悠斗さんが自分の行動が間違っていたと思うのなら、リーゼさんを復学させるために動くのが大切だと自分は思うだけっスよ」

 

「俺がアイツを復学させるためか……」

 

 

 なるほど、その方法は思いついていなかった。

 

 

「ん、ありがとな、レヴィ。俺のつまらない話を聞いてくれて」

 

「気にしてないっスよ。悠斗さんの力になれるのは自分の望むところっスから。それよりも、自分も聞きたいことがあるんスよ」

 

「ん?答えられる範囲ならな」

 

「難しいことじゃないっス。ユイさんの事っス」

 

「それはアイツの魔力が暴走するかどうかって意味か?だとしたら答えはイエスだな」

 

「それは……やっぱり」

 

「ああ、今後アラタが何らかの理由で魔力を暴走させるだろう。魔導については全くの素人だし、それを利用しようとするやつがいる。そうなったとき、ユイの魔力があふれ出す可能性は高い」

 

「そうなったら……」

 

「確実にミラが動くだろうな。それも、魔力を抑えるんじゃなくて、ユイを消す方向でな」

 

 

 それだけミラは魔力の暴走を嫌っている。彼女のテーマにも関係することだが、度が過ぎてるんじゃないかと思うほどに嫌う。俺も、当初は魔王候補ってことで不浄って言われまくった。それなりに信頼を勝ち取るため、検閲官として仕事したのは大変だった。

 

 

「分かりました。それだけ聞けたら十分っス。それに、悠斗さんもユイさんを守ってくれるんスよね?」

 

「まぁな。リーゼと一緒で、どこか放っておけないからな」

 

「えー、自分は守ってくれないんスか?」

 

「お前は自分で自分を守れるほど強いだろ……」

 

 

 他愛ないことを話しながら俺とレヴィは歩き出す。アラタを中心に巻き起こるであろう事態への対策を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。9300文字……もっとスマートにまとめろよって苦情が来そうな文字数になってしまいました。ダラダラと書かないようにしようと思っていても止められないのはダメですよね。もっとスマートにまとめられるように頑張っていきたいと思います。
 次回の更新も不定期になりますが、読んでくださると嬉しいです。それでは、また次話でお会いしましょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閉じ込められる魔導士たち

 お久しぶりです、双剣使いです。なんとか月一投稿に間に合わせることができました……遅くなってしまって申し訳ございません。
 それと、今回は書こうと思っていたことを詰め込んだ結果、かなり長くなってしまいました。驚異の10000字越えです。それでも良ければ本編へどうぞ!


 

 転校生の春日アラタと出会い、互いに名前で呼ぶようになったその日、夜になるまで魔術研究をしていた俺は、風呂に入ろうと思い、廊下を歩いていた。

 研究に集中していたために、時間が過ぎるのを忘れており、大浴場が使える時間はあとわずかだった。少々速足で目的地に向かっていると、廊下の先の曲がり角で男女が騒いでいる声が聞こえてきた。あの曲がり角の先は大浴場だ。そこで男女が騒いでいるということは、男子が覗きでもしたのだろうか。

 そう思いながら近づいていくと、誰が騒いでいるのか分かるようになった。なんなら今日会話した奴らだ。ということは、大方あの無表情女が男子の風呂場に居たのだろう。

 

 曲がり角を曲がった俺が目にしたのは、大浴場の更衣室の入り口前で騒いでいる三人の男女。しかも全員顔見知りときた。

 一人はアラタ。一体何が何だか分かっていないような表情をしている。

 二人目はリリス先生。彼女は、顔を赤らめ、何かを言いながら半裸の少女に服を着せていた。

 そして、最後の一人が問題だ。リリス先生に服を着せてもらっている無表情女。名前を神無月アリン。何を考えているのかが全く分からないほどの無表情で天然、しかも恥じらいをどこかに置き去りにしてきたようで、リリス先生のように顔を赤らめて恥ずかしがる素振りも一切見せない。男子の浴場で何度か鉢合わせしているが、彼女はそう言った素振りを見せなかった。かく言う俺も、無表情で恥じらいを見せない女子には欲情しないので、特に気にしたことはない。風呂場で会った時はアリンは全裸、俺は腰にタオルを巻いただけなので、どれだけそそられないかが分かると言うものだ。

 

 

「あ、悠斗!」

 

 

 こちらに気づいたアラタが俺の名前を呼ぶ。

 

 

「どうかしたか?」

 

「今風呂場の中に俺が探してる女の子と同じ顔をしたやつがいたんだ。今は出てきてるけど」

 

「アリンのことか?」

 

「知ってるのか!?」

 

「お前が探してる女の子ってのは誰か知らねぇけど、そこの無表情女についてならそこそこ知ってるぞ。こいつもリリス先生やレヴィたちと同じトリニティセブンの一人だし、風呂場で何度か鉢合わせたこともある」

 

「悠斗さん何度も鉢合わせてたんですか!?」

 

「そうですね。時々俺が入るときにアリンが出て行ったりその逆もありましたけど……俺もアリンも全然気にしてなかったですよ」

 

「はあっ!?お前、正気かよ!?」

 

「いや、別にアリンに欲情するほど飢えてねぇよ。どころか、あの無表情、天然女をそういう目で見ることってできねぇと俺は思うんだよ。あれほどそそらない女も珍しいと思うが」

 

 

 アリンは、先ほども言った通り無表情で天然、しかも浴場で異性に裸体を見られても一切恥じらいを見せないし、悲鳴も上げない。普通の女子なら叫ぶか怒鳴るかの二択だが、彼女にそんな常識は通用しない。ただただ何もしないのだ。故に、俺はそんな女に欲情できないし、する男もいないと思っている。まぁ俺の場合、一人でゆっくりしたいのにリーゼが突撃してくるため、つまみ出さなければならなかったので、アリンを気にしている場合ではなかったのだが。

 

 

「俺もアイツも、互いをそういう相手として考えてないんだよ。だから、俺がアリンに欲情したことはねぇよ」

 

「もしかして、悠斗って枯れてんのか?それとも男の方が好きなのか?」

 

 

 アラタの奴、失礼過ぎないか?

 

 

「どっちも違ェよ。単純にそこまで飢えてないってだけだ。それに、前は俺が風呂に入ってると突撃してくる痴女が居たからな、そいつのせいで色々と大変だったんだよ」

 

「なんだよそれ!?羨ましすぎるだろ!」

 

「何を言っているんですか、アラタ!?それに、悠斗さんも、ふ、不純異性交遊はダメです!」

 

「リリス先生、早とちりしないでくださいよ。俺とアイツの間にそう言った関係はないですよ。確かに俺もアイツもお互いのことを意識していましたけど、本音を伝えたわけでもないですし、まだそういう関係じゃないです。だからアラタ、そんな友人の初体験を聞きたいって顔してもだめだぞ。何もないんだから」

 

「なーんだ、つまんね」

 

「つまらないじゃないですよ、アラタ。悠斗さんも学生なんですから、適切な関係に留めてくださいね」

 

 

 俺に言われても困る。アイツがリリス先生の注意を聞いたことなど片手で数えられるぐらいだしな。

 それに、今は————

 

 

「また男子側の浴場に居たのか、アリン」

 

「ええ。誰もいないから静かでいいと思って」

 

「そりゃ確かにこの学園は女子の数に比べて男子は少ないから男子側は静かだが……女子が入るのはどうかと思うぞ」

 

「私は気にしない」

 

「気にして下さい!今までも悠斗さんが居ましたし、これからはアラタもいるんです!もう少し恥じらいを持ってください!」

 

「!!ああ……きゃー……」

 

「タイミングが違いますっ!!」

 

「……難しいのね」

 

「何も難しくありませんっ!!」

 

 

 アリンとリリス先生のコントじみたやり取りを見ていたら、着替えたのだろう、Tシャツを着たアラタが隣にやってきてささやいた。

 

 

「なぁ……あのアリンって奴本当にトリニティセブンなのか?どう見てもただの天然にしか見えないんだが」

 

「まぁそう思うのも無理はねぇか。確かに普段のアイツは何考えてんのか全く分かんねぇ。けど、魔術においてはかなりの実力を持ってる。まぁ今のお前にそれを説明したところでほとんど理解できないだろうから、お前がもう少し魔術に精通してからなら教えてやるよ。アイツの聖儀術(カオシック・ルーン)は結構難解だからな」

 

「それを説明できる雰囲気を出してるお前もヤバくねぇか……?」

 

「それが俺の研究テーマなんだよ。詳しいこと説明するのはまた今度な」

 

「まあいいけどよ……それよりも、トリニティセブン…か…オレにとって重要な位置づけになる————そんな気がする」

 

「そこ黄昏ながら言うところか?」

 

「うるせぇな。いいだろ、別に」

 

 

 窓を開け、空を見上げながらそう呟くアラタに思わず突っ込んでしまった。

 

 

「キャアアア!ちゃんとズボンも履いてください!!」

 

「あ、忘れてた」

 

 

 先ほどは口をはさんでしまったが、アラタの言っていたことは間違っていないと思う。これは学園長が言っていたことだが、魔王というのは無数に存在する魔術を扱う、まさに魔を統べる人物を指す。実例が多いわけではないが、過去に魔王候補と呼ばれた魔導士たちは、いずれも複数の〝書庫(アーカイブ)〟を扱ったらしい。特に、魔王候補と親密な間柄の魔導士の〝書庫〟を利用していたようだ。

 その点を踏まえると、俺やアラタの周りにトリニティセブンのメンバーが集っているのは当然なのかもしれない。各分野の秘奥に触れた七人の魔導士。

 アラタを目の敵にするであろう〝傲慢(スペルビア)〟のミラ、学園から失踪した俺の相棒と、封印された少女。それぞれ〝怠惰(アケディア)〟と〝強欲(アヴァリティア)〟のトリニティセブン。そこに〝色欲(ルクスリア)〟のリリス先生と〝憤怒(イラ)〟のアリン、〝嫉妬(インウィディア)〟のレヴィと〝暴食(グラ)〟のアキオ。

 彼女たちが俺とアラタの周りに集った時、何が起こるのかは想像がつかない。学園長に聞けば何かわかるかもしれないが、あのクソ眼鏡のことだ。適当にはぐらかされるだろう。であるならば、この目で直接確かめるしかない。

 トラブルがいくつも舞い込んでくるのは想像に難くない。ならば、その悉くをねじ伏せるまでだ。

 

 そう決意した俺は、廊下で元気に騒ぐアラタたちを尻目に、男子更衣室の暖簾をくぐった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……で。何でオレの部屋にお前らが居るんだ……?」

 

 

 アラタが困ったような表情で問いかける。もし俺が彼と同じ立場なら、同じリアクションをしていただろう。

 何故彼がそんな表情をしているのか。理由は簡単だ。授業を受けて帰ってきたら、部屋の中に人がいたからだ。場所はアラタに与えられた学園の寮。本来ならアラタ一人の部屋のはずだが、今は四人の男女に占拠されている。

 セリナとレヴィ、リリス先生と俺。

 因みに、セリナとレヴィが取材、リリス先生は監視、俺は研究を始めようとしたタイミングでレヴィによって連れ出された。同伴していたリリス先生にも付いてきてほしいと頼まれたので付いていったら、アラタの部屋の前に到着。レヴィがピッキングでドアを開けて中で待機していたのだ。

 

 

「取材です!!」

 

「取材っス」

 

「わっ……私はこんな時間に女子が男子の部屋にというのが教師として許せなかったので……」

 

「いや……リリスもオレと同い年じゃねーか」

 

「ですが立場は教師ですからっ」

 

「まぁいいか……で?何で悠斗までいるんだよ?」

 

 

 女性三人の用件を聞いたアラタは、窓際に立っていた俺にも理由を聞く。

 

 

「ん……俺自身はお前に用事があるわけじゃねぇよ。レヴィたちに連れてこられたってだけだ。だから一応、お前が変なことしないか見張ってる」

 

「お前はオレのことなんだと思ってんだよ?」

 

「ん~、女を見たら見境なく興奮する変態だな」

 

「ひどくね!?」

 

「だってお前、初日の質問で女子のタイプで巨乳って答えたろ。しかもその後、無くても愛せるとか言ったろ。要するに女ならだれでもいいって感じだろ」

 

「うっ、否定できないのがつれぇ……」

 

「そこは否定しろよ……」

 

「ぐっ……まぁいいか、それで?」

 

「取材です!!」

 

 

 形勢が不利なことを察したようで、アラタは逃げるように俺から目を逸らした。そして、メモとペンを持ってキラッキラした目で自分を見つめるセリナへと目をやる。セリナはアラタの目線が自分に向くと、身を乗り出して情報を手に入れようとする。

 

 

「うむ……好きな食べ物は唐揚げだな」

 

「ですってよ!?リリスセンセッ!!」

 

「どうして私に振るんですか!?」

 

 

 そりゃ先生の反応が面白いからだと思う。セリナやレヴィは完全に先生を弄ることを楽しんでいる節がある。

 

 

「ニンジャ特製唐揚げ食べてみるっスか?惚れ薬入りっスけど」

 

「是非に」

 

「アラター!!」

 

 

 そんな怪しげな薬入ってるのに積極的に口にしようとするのは凄いと思う。

 

 

「でも惚れ薬入りでいいんですか?」

 

「ん?学園長に聞いた話じゃ魔導ってのは常識を覆してナンボだって言ってたぞ。だから、滅多に食えねぇモノを食べてみるのもありだと思ったんだよ」

 

「いや、確かに魔導ってのは常識に捕らわれないことが大切だが、そこまでぶっ飛んだことしなくてもいいと思うんだが」

 

「なんだよ、悠斗は真面目だなぁ。試してみようと思っただけだって。それに、実際そうなったら面白いじゃん」

 

「絶対それが本音だろ……」

 

「では惚れ薬を飲んで野獣化したらまず誰を襲いますか?」

 

「うーんそうだなー」

 

「おいおい、セリナは何聞いてるんだ。取材じゃなかったのか?」

 

「大丈夫です!これも私にとってはれっきとした取材ですから!!」

 

「お、おう……何もそんな力説しなくていいんじゃないか?それに、アラタも何を真面目に考えているんだ?」

 

「胸のデカい順だろうな」

 

 

 うん、知ってた。

 アラタがそう言った瞬間、リリス先生がバッと自身の豊満な胸を隠した。それ逆効果じゃないか?と思ったのは俺だけじゃないと思う。そういう行動するからレヴィたちにからかわれるんだと気づいていないようだが、あえて口にはしない。アラタのように叩かれる趣味は俺には無いからな。

 

 

「アーラータ!!本当にアナタって人はー!!」

 

「まぁまぁ、みんな悪ノリしてるだけじゃねーか。そうだ、部屋に来たついでに魔道について教えてくれよ」

 

「え?あ…はい。それなら……うん」

 

 

 そんな二人のやり取りを見ていると、アラタたちの傍でしゃがみこんでいるレヴィとセリナと目が合った。何を思ったのか、レヴィがちょいちょいと手招きをしたので、窓際を離れて近寄ると、しゃがむように手で示される。

 仕方なしにしゃがみこむとセリナが口を開いた。

 

 

「リリス先生は根っからの教師ですからねー」

 

「ああやって上手く勉強に持ってかれると弱いわけっスね」

 

「いや、それにしてもチョロ過ぎないか?コロッと騙されそうだな……」

 

 ↓↓↓妄想↓↓↓

 

 

「だめよ……こんなのいけないわ……私たち、教師と生徒なのよ?」

 

「オレ……リリスの事、もっと知りたいんだ……!!」

 

「アラタ……」

 

 妄想終了~~~

 

 

「————という夜のレッスンにゆくゆくは……」

 

 

 レヴィが全て吹き替えで妄想を展開した。ふむ……何故か知らないが映像付きで再生されたのだが……レヴィの吹き替えがあまりにもそっくりだったからだろう。軽く引く。

 

 

「なりませんっ!!」

 

「それにしても、リリス先生いじり、可愛いです」

 

「萌えリリスっスね」

 

「あなたたちはっ!悠斗さんも何お二人の会話に混ざってるんですかっ!?」

 

「ほら見ろ、俺にも飛び火した……だから来たくなかったんだ……」

 

「そんなことよりもリリス、コイツはそもそも一体何なんだ?」

 

「…………」

 

「どうしたんだよ、リリス?そんな難しい顔で黙りこくって」

 

 

 どうしたんだ、リリス先生。そんなにあの魔導書の名前を言うのが嫌なのか?

 

 

「悪い、アラタ。ちょっとその魔導書見せてもらってもいいか?」

 

「ああ、別にいいぞ」

 

「サンキュ」

 

 

 アラタから魔導書を受け取って観察する。……は?ちょっと待て。何でこの魔導書をアラタのような普通の生活しか送ってない人間が持っているんだ?

 

 

「……アラタ。お前、この魔導書をどこで手に入れた?」

 

「それか?それは俺の町が崩壊現象だっけ?あれに呑み込まれた時、消えちまった聖————俺の従妹が渡したんだよ」

 

「つまり、この魔導書はその従妹が持ってたものなのか?」

 

「さぁ、その辺はよくわかんねぇ。聖がこんなの持ってたなんてあの時初めて知ったし……」

 

「そうか、悪かったな、つらいこと思い出させて」

 

「いや、気にしてねぇよ」

 

 

 と、ここで俺たちの会話についていけていないレヴィとセリナが割り込んでくる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!悠斗さんはこれが何か分かったんですか?!」

 

「ああ、けど……」

 

 

 俺は未だに黙っているリリス先生にアイコンタクトを送る。正体を言ってもいいのか、と。

 それを間違えずに受け取ったリリス先生は、渋い顔で悩んでいたが、割り切ったのだろう。了承のサインとして、頷いた。

 

 

「リリス先生から許可が下りたから言うが……正直、俺も信じられねぇことなんだ」

 

「もったいぶらずに教えてくれよ。これ、一応魔導書なんだろ?」

 

「ああ、そうだ。しかもそいつ、多分アスティルの写本だ」

 

「「アスティルの写本(っスか)!?」」

 

「?そんなにすごいのか、これ?」

 

「凄いなんてものじゃないですよ!伝説上にしか存在しない魔導書で、異世界の知識が宿ると言われているんですよ!?」

 

 

 セリナとレヴィはこの学園にそれなりに在籍しているだけあって、ビッグネームの登場に驚いていたが、アラタは素人ゆえに何も分かっていなかった。そんな彼にセリナがどれだけこの魔導書が凄いかを説明する。

 さすがのアラタも、これには驚いたようで、まじまじと魔導書を見つめている。

 

 

「でも、本当にアスティルの写本なんスか、リリス先生」

 

「ええ……あくまで学園長が言うにはですよ?」

 

 

 レヴィでさえ、未だに信じられないようだが、あの学園長がそう言っていたのだとしたら、信憑性はある。

 学園長は常にふざけた言動を取るし、人の話は聞かない、肝心なことはわざと伝えないなど、迷惑しかかけないが、魔導士としての実力は世界でも五指に入るほどの人物だ。それでも、魔導学園の長を務めるだけの実力はある。信用できるだろう。

 

 

「その写本については本当に詳しいことはわかっていないんです。何せ存在自体が伝説のようなものでしたから」

 

「じゃあ何で、悠斗はこれがそのすげえ魔導書だって分かったんだ?」

 

「ああ、それはだな————」

 

 

 アラタの質問に答えようとした時だった。

 不自然な魔力の流れを感知したと思った途端、ドッ!?という音とともに、部屋全体が激しく揺れた。

 

 

「うわわわわわわっ、いったい何ですか!?」

 

「地震と停電!?」

 

 

 アラタがそう言ったが、違う。地震の前兆は一切なかったし、魔力が少々この部屋を覆うように展開されたのを感知したからだ。

 

 

「ちょっと!?どこ触ってるんですか!?」

 

「んん……っ。そこは違うっスよ……」

 

『どうやら結界に閉じ込められたみたいだな……チッ、しょうがねえ』

 

 

 アスティルの写本(仮)がそう言うと、室内が明るくなった。魔導書が灯り代わりになってくれるらしい。部屋が明るくなったことで、周りの様子も明らかになる。

 

 

「何してんだ、あんた等」

 

 

 俺は思わずそんなことを呟いていた。

 俺が見る先では、倒れこんだアラタがリリス先生の胸を鷲掴みにしていた。セリナはレヴィとリリス先生、アラタの体重を一人で受け止めていた。簡単に言うと下敷きになっている。

 俺は衝撃に耐えて、一人だけ立っている。

 

 

「……きゃああああああああああああっ!!」

 

 

 当然、リリス先生の悲鳴が響くわけで。同時に、甲高い音が鳴り響く。ここ数日で聞き慣れたものだ。しかし、今回のは偶然起きた事故だ。あそこまで理不尽に殴られるアラタが一言も文句を言わないのが凄いと思う。あと、リリス先生はもうちょい落ち着いてください。

 

 

「ノブすら回らんな」

 

 

 リリス先生に手痛いのを一発貰ったアラタは、部屋の状況を確認する。

 

 

「ああ、窓も確認したが、開く様子はない。完全に結界の中に閉じ込められたな」

 

「ふむ……結界ってのは?」

 

『お前さんが作った異世界の、かなりスモール版さね』

 

「ああ……箱庭づくりみたいなもんか」

 

 

 魔導書の説明をさらりと流すアラタ。

 

 

「ず、随分あっさりと凄いこと言ってますね……」

 

「よくわからん以上、動揺しても仕方がないだろ。なぁ、悠斗?」

 

「だな、不安になる時間が無駄だ。サッサと脱出する方法を見つけないとな」

 

「ホント、動じない人たちっスね……」

 

「結界で空間が断絶されている……などでしょうか。長年この学園に通っていますが、初めてです……」

 

「ま、その辺を考えるのが今回のゲームの目的だろォよ」

 

「ゲーム?もしかして悠斗、お前脱出方法知ってるのか?!」

 

『ちょっと考えればすぐにわかるようなレベルだ。心配はいらないさ』

 

 

 アスティルの写本はそう言うが、アラタたちにとっては高名な魔導書にそう言われても安心はできないらしい。

 

 

『ふあ~……そんなわけだから、クリア出来たら呼んでくれ。お休み……』

 

「まだ寝んのかよ!?」

 

 

 アスティルの写本が眠ってしまうと、明かりが消えていく。アラタは溜息を吐きつつも、アスティルの写本に語り掛けた。

 

 

「オイ魔道書、寝るのは構わないけど、明かりだけはどうにかしてくれよ。

 

『あいよー』

 

 

 すると、室内に明かりが戻った。完全に役に立たなくなった状態の魔道書をベッドの柱に立てかけると、アラタがこちらを向く。

 

 

「俺に何か用か、アラタ?」

 

「いや、悠斗は脱出方法知ってるんだろ?だから教えてもらおうと思ってな」

 

「断る」

 

「はぁ!?何でだよ!?」

 

「いや、だってこの結界が作られた意味を考えてみろよ。結界が張られたのはアラタの部屋だから、狙いは俺じゃない。多分、お前の力を見てみたいとかそういう理由だと思っている。それに、俺もお前がここから如何にして脱出するのか、見てみたいんだ。だから、俺は分かっていても脱出方法を言う気はねぇ。よほど追い込まれない限りは何もしないからな」

 

「ふーん、まあいいか。俺の実力を見られてるんだろ?だったら見せてやるぜ!!」

 

 

 そう言って意気込んだアラタは、傍に置いてあった自分の椅子を掴むと、扉の前に立った。

 

 

「アラタ……?」

 

 

 彼の不可解な行動に戸惑いを隠せないリリス先生たちの前で、アラタは椅子を扉に叩きつけた。力いっぱい叩きつけられた椅子は当然のごとく砕け散った。

 

 

「ふむ……椅子が壊れてしまったが、大した問題じゃないな」

 

「問題ですよ!!いきなり何を!?……あっ、なるほど。常識はずれな行動っていうのを試してみたんですね」

 

「ああ。自身の常識から外れたものを魔道って言うのなら、そういった常識外れな行動がこの部屋から出る方法だと思ったんだが……違ったみたいだな」

 

「おお……なんかカッコいいですね!」

 

「問題は自分の常識から外れたものは証明するのが難しいと言うことだな」

 

「うわぁ……格好悪いですね」

 

「しょうがねぇ……部屋の中の隅々まで探すしかないか」

 

 

 そう言うと、アラタは部屋の中のものをひっくり返しながら、ヒントになりそうなものを探し始める。それを見て、他に方法がないと考えたのか、レヴィたちも捜索を開始した。俺は邪魔にならないように窓際にでも寄っておこう。

 窓により、そこから外を見る。空間が断絶しているわけではないので、外を見ることはできる。向かいの校舎の屋上にたか人影を捕らえた。二人組で、身長が高い方はズボンをはいているが、もう一人の身長が低い方はスカートをはいている。つまり、女子だ。

 結界魔術を使える魔道士は多くいるが、トリニティセブンを二人も閉じ込めることができる強力な結界は同じトリニティセブンでなければ不可能だ。

 となると、犯人は誰か。レヴィとリリス先生にはこんなことをするメリットがないし、外にいる二人組が犯人であることを考えると除外。残りはミラとアキオ、そしてアリン。魔王候補にいい印象のないミラならアラタを閉じ込めそうだが、彼女はそんな手間はかけない。正面から叩き伏せるだろう。アキオは基本的にミラと行動していて、彼女の指示で動く。まぁアイツの魔術特性上、結界を作るのはそこまで得意じゃないから違う。となれば消去法でアリンだが……理由が分からない。

 そうなると、身長の高い奴が何かしら吹き込んだ可能性がある。

 アリンが言うことを聞いて、かつ納得させられるだけの言葉を持つ者……一人だけ思い当たる。いや、でも彼に限って……面白そうという理由だけで動くな。あの学園長しかいねぇな。

 だが、狙いが俺でないのならわざわざ動くこともない。アラタたちが勝手に脱出方法を見つけるのを待つだけだ。

 

 

「しっかし見つからねぇな……いっそのこと諦めて寝るか」

 

 

 脱出の手がかりを探し始めて数分。まったく見つからないために諦めたアラタの口からそんな言葉が出た。

 これに焦ったのは女性陣。

 

 

「いやいや、諦めちゃダメでしょう!?」

 

「そうっスよ、アラタさん。それに、問題が一つあるっス」

 

「?なんだよ」

 

「この部屋にはトイレがないっス」

 

「……大丈夫。いざという時は————黙っておくから」

 

「そういう問題じゃないですよっ!」

 

 

 アラタやセリナたちが騒いでいる横でリリス先生が床に座り込んでいる。その姿は、何かを我慢しているように見える。

 

 

「どうしたんだよ、リリス」

 

 

 先生が一言も発さないことに違和感を覚えたアラタが声を掛ける。リリス先生は何でもないと否定するが、どう見ても何かある。動揺が激しい。え……マジな奴なのか、これ。

 

 

「まさか、トイレに行きたい、とか?」

 

「あ……いえ……あの……その……」

 

 

 誤魔化そうと必死に言葉を紡ごうとするリリス先生だが、唐突に黙った。これに慌てだしたのは同じ女性のレヴィとセリナ。

 

「た、大変ですよ!これは一大事です!」

 

「こうなったら仕方がないっス!悠斗さん、お願いしてもいいっスか!」

 

「別に構わねぇけど……いいのか?俺が結界を破壊しても」

 

「緊急事態っスから、大丈夫だと思うっス」

 

「了解」

 

 

 まぁ声を掛けられるだろうと思い、準備はしていた。

 俺はレヴィに返事を返して、窓際から離れる。その際、外をアラタたちには分からないように盗み見る。俺が動こうとしても何もしてこないと言うことは、破壊してもいいのだろう。

 

 

「うし、じゃあドアの前から離れてくれ」

 

 

 全員がドアから離れる。床に座り込んでいたリリス先生はセリナが回収した。

 

 ドアの前に立ち、首の電極のスイッチを入れる。

 その瞬間、ゴウッ!と風が吹き荒れる。抑えていた魔力を解放したからだ。

 

 

「〝傲慢(スペルビア)〟の〝書庫(アーカイブ)〟に接続、テーマを実行する!」

 

 

 接続を開始すると、吹き荒れていた魔力が落ち着き、静かになる。

 そのまま空いている左手をドア————正確には結界との境界線————に触れ、魔力のベクトルを操作する。魔力を逆流させて、結界の基点を探知。この部屋のベッドの下。

 即座に破壊のプロセスに入る。術式を構築。

 この間わずか0.2秒。

 

 そして、俺自身の魔力が少し揺らいだ瞬間、パキンという音と共に結界が消滅。

 アラタが駆けだし、ドアを蹴り開ける。

 

 

「さあ、おしょん行ってこいっ!!」

 

 

 アラタの声に背中を押されるようにレヴィたちはトイレに向かっていった。

 

 彼女たちが駆けていくのを横目に、電極のスイッチをオフに切り替え、部屋を出る。それなりに結界の中に居たため、そろそろ部屋に戻るとしよう。

 そんな時、アラタに声を掛けられる。

 

 

「なぁなぁ、悠斗のテーマって〝傲慢〟なのか?」

 

 

 さあ、なんと答えるべきだろうか。アラタの問いは半分正解で半分不正解だ。確かに俺は〝傲慢〟の書庫を持っているが、それだけではない。あともう一つ、書庫を持っている。

 同じ魔王候補であるアラタになら教えても構わないだろう。別に隠しているわけじゃないし、知られたところで構わない。何より、学園長が勝手に言いふらす可能性が高い。

 

 

「ああ、確かに俺のテーマは〝傲慢〟だよ。けど、それ以外にも、テーマを持ってる。〝色欲(ルクスリア)〟だな」

 

「やっぱりお前、溜まってたのか……そこまで思い詰めていたなんてな」

 

 

 コイツ、失礼過ぎやしないだろうか。

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。
 本当にごめんなさい、10000字とかふざけてますね。書きたいこと詰め込んだ結果がこれか……場面変わるところで一回切るべきだったかもしれません。反省ですね。
 それと、書いている途中で、悠斗くんとアラタの一人称がダブっていたので、違いを明確にしておきます。
悠斗→俺
アラタ→オレ
となります。もしかしたら気づいた方がいらっしゃるかもしれませんが。
 感想など、送っていただけると励みになります。それと、「ここはこうしたらいいんじゃないか」、「これは直すべきだ」などの改善点があれば、感想欄で書いていただけると、今後の修正になります、宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王立図書館検閲官

 お久しぶりです、双剣使いです。
 ようやく書きあがったので更新です。
 今回8500字と長いですが、最後まで読んでいただけると幸いです。

 それでは、本編へどうぞ!


 俺たちがアラタの部屋に閉じ込められた翌日。朝教室に行くと、何とも奇妙な光景が目に入ってきた。

 アリンがアラタの顔を至近距離から眺めていたのだ。

 机に肘をつき、頭を支えた状態で微動だにせず見ている。しかも、瞬き一つしない。目乾かないか、それ。

 その異様な光景に、クラスの奴らは遠巻きに二人を眺め、ひそひそと小声で憶測を交わす。アラタがアリンを手籠めにしたとかなんとか言ってる。どうやら、転入してきたときの最初の発言のせいで、女に軽々しく手を出す鬼畜野郎だと思われているらしい。アイツの普段の言動がアレなので、擁護できないが、今回ばかりは違う。

 女子が近くにいるとテンションが上がるはずのアラタが珍しく困っており、教壇に立つリリス先生に助けを求めている。しかし、リリス先生もどうしたらいいのか分からないらしく、困り顔だ。

 これで何かしら生徒に被害があったらリリス先生もアリンに注意をするだろうが、実害が無いので何も言えないのだろう。

 

 けど、二人の反応を見るに、昨日の結界を張った犯人がアリンだとは気づいていないらしい。まぁ別に教える気もないし、いずれアリンの方から言うだろう。今は放置で構わない。今の俺には、アラタたちよりも優先することがあるからだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ホント、ここに来るのも何度目だ……?」

 

 

 授業が終わった後、俺は学園長室の前に来ていた。扉を見て、思わずそんなつぶやきがこぼれた。

 

 先日、アラタが転入直後に学園長室に行ったように、俺も入学後すぐに学園長に呼び出されてこの部屋にやって来た。何でも、その年の新入生で魔道に才能のある生徒は学園長が直接激励を送るらしい。当時から先生だったリリス先生が教えてくれた。

 ちなみに、今のトリニティセブンのメンバーは全員、俺と同じ理由で学園長に呼ばれ、話をしたらしい。

 

 当時の俺はまだ魔道についての知識がほとんど無かったため、学園長の言っていることは半分以上分からなかったが、自分が注目を集めていることだけは分かった。多分、転生特典とかの副作用だと思われる。

 

 そして、彼との話の中で、俺は学園の生徒で構成されている組織に入るように勧められた。それが、王立図書館検閲官。主な仕事は、〝崩壊現象〟の完全除去。世界のどこかで〝崩壊現象〟が発生、もしくは予想された場合に派遣され、破壊・停止させることが目的だ。本来ならトリニティセブンのメンバーから選ばれるのだが、危険度の高い〝崩壊現象〟が多発していることから、複数人で行動することが決められたらしい。

 

 正直、最初は王立図書館検閲官になることは躊躇われた。いくら俺が転生で一方通行の能力に近いものを持っていても、もとは争いとは無縁の世界に暮らしていたのだから、戦えるわけがない。明言はしなかったものの、魔術の素人が居ても邪魔になるだけだと説明したが、魔術は実戦の中で覚えればいい、優秀な魔導書があるのだから、その力を存分に振るえばいいと学園長に言われ、渋々と引き受けた。

 最初は後方から戦いを眺めている方針だったらしいが、俺に興味を持った少女の介入で、彼女の補佐をすることになった。それが、現在は空席となっている王立図書館検閲官次席リーゼロッテ=シャルロックとの出会いだ。

 

 

「っと、いけねェ、目的を忘れるところだった」

 

 

 感傷に浸る前にここに来た目的を思い出し、意識を切り替える。これから相対するのは、学園最強の魔道士。正確な実力は計り知れない。いくら俺が学園の学生最強になったところで太刀打ちできないであろう人物。

 故に、油断はできない。すでに何度かあっていても、彼の考えを正確に知ることなどできない。

 学園長はそれだけヤバい人物だ。

 

 だが、今回はそうならないだろう。彼は基本、俺たちの前ではふざけた態度を取る。その時は、よほどのことがない限りは彼が本心を見せることはない。

 付け入るスキがあるとすれば、目的を達成した直後。いざ、行かん!

 

 意気込んだが、ちゃんとノックをする。

 

 

「……?」

 

 

 しかし、返事が返ってこない。

 学園長は基本的に学園長室にいる。気まぐれで校内を徘徊しているときもあるが、昼間は部屋に居たはず。そう思っていたのだが、当てが外れたらしい。

 試しにもう一度ノックし、待ってみたが返事はない。

 どうやら外出しているらしい。諦めるしかないか。

 

 そう思って教室に戻り始める。

 

 数分ほど歩いたとき、廊下の先から見知った顔が歩いてくる。

 

 

「あら、悠斗さんじゃないですか」

 

 

 リリス先生だった。彼女が歩いてきた方は学園の校舎の外。何か用事があったのだろうか。

 

 

「悠斗さんは学園長室に行っていたんですか?」

 

「そうなんですけど、居なかったんで戻ろうとしてたんですよ」

 

「そうでしたか……学園長なら、外の焼却炉の中ですよ」

 

 

 ……?

 

 

「え?どこですって?」

 

「外の焼却炉の中です」

 

 

 聞き間違いではなかった。焼却炉に放り込まれるとか何やったんだ、あの学園長は。

 

 

「ほら、今日朝からアリンさんがずっとアラタを見ていたじゃないですか。何でも、アリンさんにいろいろ吹き込んだのが学園長らしいです。アリンさんが魔王候補の番だとかなんとか言ったらしいです。しかも、廊下の窓を壊して飛び込んだそうなので、焼却炉に捨てたんです」

 

 

 考えが顔に出ていたため、リリス先生が教えてくれた。

 やっぱり、アリンに色々言ったのはアイツか……。となると、何かを企んでいるかもしれない。本人に聞くか。焼却炉から出すことを引き換えに教えてもらえればいい。

 

 

「分かりました、俺は学園長に用事あるんで焼却炉の方に行きます。リリス先生は?」

 

「私はアラタとアリンさんを待たせているので、お二人の所に行きます。それと、学園長はちゃんと焼却炉の中に戻してくださいね」

 

「了解です」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「さて、キリキリ吐いてもらいましょうか」

 

 

 リリス先生から学園長の居場所を聞いた俺は焼却炉にやって来た。中を見れば、縛られた学園長が転がされており、脱出しようと藻掻いていた。

 リリス先生の許可は貰っているので、学園長を引っ張り出し、猿轡だけを外した状態で地面に転がす。それでもまだ動くので、足で踏んで動きを止め、問いただす。

 

 

「ちょ、悠斗クン!!助けてもらったのに何で僕踏まれてるの?!しかも縄ほどかれてない!!」

 

「大丈夫です、ちゃんと縄はほどきますよ。まあ学園長が俺の質問に全て答えてくれたらですが……」

 

「よし、何でも聞いてくれたまえ!!」

 

「変わり身早いっすね……」

 

「それが私の売りだからね。ところで、何を聞きたいんだい?女の子のスリーサイズかな?それだったら正確な数字を教えられるよ」

 

「やっぱり焼いた方がいいかな」

 

「ごめんね!真面目な質問なんだね!!」

 

「はぁ……分かればいいんですよ。俺が聞きたいのは————ッ!!」

 

 

 唐突に、膨大な魔力を感じた俺は、校舎の方に振り返る。校舎の一か所から、とてつもない量の魔力が溢れ出している。トリニティセブンのメンバーでもここまでの魔力を持っているとは思えない。ということは————

 

 

「アラタかッ!!」

 

 

 さらに、変化はそれだけに留まらない。地面が揺れたかと思うと、ゴォッ!!と音を立てながら校舎が粒子へと変わっていく。

 

 

「〝崩壊現象〟ッ!?一体何で?!」

 

「いやはや……こりゃまた……アリンちゃんも派手にやるよねぇー」

 

「ッ!アンタ、アリンに何吹き込みやがった!!」

 

「僕はただ、アラタ君がアリンちゃんの番だと教えただけなんだけどねぇ……」

 

 

 合点がいった。アリンのテーマは〝崩壊(ルイーナ)〟。それに最も近いのは〝崩壊現象〟。ならば、アラタと共に行動するのは当然だ。そして、機を見てアスティルの写本の枷を外した。タイミングも、王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)のアキオとミラが居ない今が最高だ。

 しかし————

 

 

「うーん、まさかアラタ君の魔力がここまで膨大だとは……本当に魔王候補には飽きないねぇ」

 

「余計なことを————」

 

 

 待てよ?〝崩壊現象〟が起きているということは、王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)が動く。しかし、トップの三人はいずれも今学園に居ない。となると、〝崩壊現象〟を止めるものがいない。

 

 

「おい、ミラとアキオはどこまで〝崩壊現象〟を潰しに行った?」

 

「彼女たちかい?それほど離れていないけど」

 

「それを早く言えこのクソ眼鏡!!」

 

 

 言うが早いか、俺は電極のスイッチを入れ、地面をける。その瞬間、足裏に魔力を集め、脚力を強化。一瞬で校舎の中に飛び込む。

 場所は保健室。ここから廊下を曲がっていくのは時間の無駄にしかならない。

 

 ミラとアキオは王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)のトップに立っている。正確にはミラが首席でアキオは第参席。彼女たちには〝崩壊現象〟を止めると言う名目のもと、魔道士の殺害が黙認されている。

 仮に、〝崩壊現象〟を瞬殺で終わらせた場合、時間的にも学園に戻ってくるころ。そして、学園で〝崩壊現象〟が起きているとなれば、発生源を特定し、叩き潰す。特に、魔王候補のアラタが発生させたものだとしたら、〝正義(ユースティア)〟をテーマに持つミラが慈悲を掛けることはない。即刻殺害だ。

 それだけは何としても止めなければならない。リリス先生がアラタを気にかけているのもあるが、何よりも、俺のテーマは彼女の〝正義(ユースティア)〟を黙認することはできない。

 

 

「〝傲慢(スペルビア)〟の〝書庫(アーカイブ)〟に接続、テーマを実行するッ!」

 

 

 背中から、黒の竜巻を二つ発生させる。そして、それで廊下を破壊し、保健室へとまっすぐ進む。

 そして、万が一に備えて保険を掛けるため、眠る彼女に声を掛ける。

 

 

「聞こえるか、ユイ?」

 

「うん、聞こえるよ、お兄ちゃん」

 

「頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

 

「うん、何でも言って!」

 

「さんきゅ、実は————」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 浅見リリスは焦っていた。自分の知り合いが目の前で魔力を暴走させ、〝崩壊現象〟を引き起こしている。それを止めるために彼に銃口を向けたが、それを阻まれてしまった。

 どうしてこうなったのか。リリスは今日一日のできごとを思い返した。

 

 結界に閉じ込められた翌日、自分と同じトリニティセブンの神無月アリンが転校生の春日アラタの後を付け回していた。アラタ本人はどうして付け回されているのか分からないようだった。リリスだって分からない。

 確かに、アラタは神崎悠斗に続く2人目の魔王候補だ。興味を持つのは当然のことかもしれないが、何もあそこまで近寄って見つめる必要は無いのではないか。

 疑問が解消したのは、授業が終わった後だった。

 アリンがアラタの後ろを歩いていたのは、彼を観察していたから。それも、学園長に言われたからだと言う。話を聞いたリリスは、学園長を縛って焼却炉に捨てた。元凶に慈悲はない。

 その後、保健室でアリンから話を聞いていた。その時、結界に閉じ込めたのはアリンの仕業だと判明した。学園長の指示だとアリンは言った。これにはさすがにアラタも頭に来たのか、学園長を倒そうとした。

 

 その時だった。アリンがベッドに座るアラタに近づき、彼の右手に触れた。指輪を付けた左手で。

 その瞬間、指輪が光り、同時にゴオッと莫大な量の魔力が溢れ出した。

 アラタとリリスが驚愕に包まれる中、事態はさらに進む。

 

 

「〝憤怒(イラ)〟の〝書庫(アーカイブ)〟に接続、テーマを実行するわ」

 

 

 その言葉とともに、アリンの制服が変化し、魔術師のローブのような服に変化する。

 メイガスモード————魔道士が魔術を使うのに最も適した服装のことを指し、人によって違う。

 

 

「私のテーマは〝崩壊(ルイーナ)〟。だから……ほら」

 

 

 アリンに言われ、アラタを見ると、右手を握りしめていた。そこには、アラタの魔導書であるアスティルの写本がある。

 

 

「彼の魔力を抑えている魔導書の制御を崩壊させたわ」

 

「!!そんなことしたらこの学園が————」

 

「そう、崩壊現象に包まれる」

 

 

 アリンの一言がトリガーになったのか、リリスたちの周りに置いてあったものが全て黒い粒子へと変わっていく。

 

 

「危険すぎます、アリンさんっ!!」

 

「そうね。でも、私のテーマ〝崩壊(ルイーナ)〟に最も近しい存在。どんなに人の道を外れていたとしても、それを研究するのが魔道士……でしょう?先生」

 

「そうですが……」

 

 

 危険を感じたリリスはアリンを説得しようとするが、聞く耳を持たない。何より、アリンは魔道士としての研究をしようとしているだけだ。方法が人道的に正しくないとしても、魔道士として間違っていない言葉に、リリスは口を閉ざしてしまう。

 しかし、その間にも崩壊現象は進行し、学園とその周辺を粒子へと変えていく。その規模は、今まで見たことのない範囲だ。

 焦って対処法を探っているリリスの前で、アラタがさらに暴走を始める。それを見たリリスは、彼を殺して崩壊現象を止めることを決意する。錬金術(アウター・アルケミック)で銃を錬成し、銃口をアラタに向けるが、引き金を引くことができなかった。

 アリンが自分とアラタの間の射線上に立ったからだ。

 

 リリスは、アラタの暴走を止めなければアリン自身も消滅すると説得するが、アリンは自分の目的のためにも、退くことはできないの一点張り。話は平行線を辿っている。

 

 そんな時だった。

 

 

「なーるほど。そいつを止めればいいだけなのか」

 

 

 緊急事態にも関わらず、緊張感のない声と共に保健室の壁が外側から破壊された。

 

 

「……こりゃビックリだな。崩壊現象を止めて帰ってきたらまさか学園でも発生してるとはな」

 

「そんな……確か検閲任務中のあなた方が何故ここに!?」

 

「そんなもん瞬殺で帰って来たよ」

 

 

 リリスがありえない事態に驚きを隠せない中、壁をぶち破って部屋に入ってきたのは二人の女性。

 

 王立図書館検閲官第参席(グリモワールセキュリティサード)の不動アキオと、若干16歳ながら、年上の魔道士を束ねるほどの実力を持つ王立図書館検閲官首席(グリモワールトップセキュリティ)の山奈ミラである。

 リリスにとって、この場面で一番来てほしくなかった二人だ。特に、ミラとアラタを直接会わせることはしたくなかった。

 リリスも悠斗と同じく、ミラがアラタの存在を許すとは思っていなかったからだ。

 

 

「崩壊が、停止させられている……」

 

「私の魔術で同等の崩壊の力をぶつけ中和しています」

 

「っ!?」

 

「私の〝傲慢(スペルビア)〟のアーカイブに属するテーマ〝正義(ユースティア)〟の名の下に、私の前で一切の不浄は許しません!!」

 

 

 山奈ミラ————〝傲慢(スペルビア)〟の書庫を司るトリニティセブンであり、〝正義(ユースティア)〟のテーマを持つ彼女は、魔の象徴たる魔王候補を肯定できない。故に、彼女がここで取る行動は確定していた。

 

 

「アキオ、そこの男を殺してください。その男が〝崩壊現象〟の基点です」

 

 

 すなわち、春日アラタの殺害。

 

 

「ったく……あっさり言ってくれるぜ」

 

 

 だが、アキオの中には迷いがあった。

 

 アキオは、正直なところ、ミラの言葉に賛同しかねていた。魔王候補を受け入れられないのは、ミラのテーマ上仕方がないことではある。しかし、その判断は早計なのではないか。既に前例が居るのだから、もう少し様子を見てもいいのではないか。そして何より、この場で春日アラタを処分しようとすれば、確実に彼と敵対することになる。そうなったとき、不利なのはこちらだ。自分とミラのテーマでは、彼のテーマを突破できないからだ。

 しかし、既に春日アラタの暴走はほとんど止められないところまで来ている。そうなると、彼を処理するのが最も安全かつ最速だ。眠る彼女の力を借りればその限りではないかもしれないが、あいにくとここにいるメンバーは彼女との対話方法を持たない。

 

 そこまで考え、アキオは自身の魔術————真言術(マントラ・エンチャント)を発動させる。アラタを処分することを決めたのだ。

 

 

「いけません!アキオさん!」

 

「……ッ!体が……動かないわ…!?」

 

「悪く思わないでくれよ?大将の指示に従って『魔』を討つのが私の役目なんでねっ!」

 

 

 ミラの魔術によって拘束されたリリスとアリンを尻目に飛び上がったアキオは、動けないアラタに真言術で強化した右足を叩き込もうとした。

 

 しかし、彼女はその行動をキャンセルする。それは、ミラが彼女に声を掛けたからだ。

 

 

「っ!アキオ!先輩が来ます!!」

 

 

 それだけで意味が分かったのか、アキオは体を捻り、壁に向かって回し蹴りを繰り出した。

 

 同時に、壁を外側から破壊して黒の竜巻が入ってくる。それは、アキオの右足とぶつかり、その波動で土ぼこりが巻き起こる。

 

 

「チッ!」

 

 

 舌打ちをしたアキオは、左足も真言術(マントラ・エンチャント)で強化すると、右足とせめぎ合う竜巻を足の裏で蹴りつけ、その反動を利用してミラの隣まで後退する。

 

 

「先輩……まさか!?」

 

 

 黒い竜巻によって破壊された壁のほうを見やったリリスが、誰が来たのかに気づく。そして、それを確信づける声も聞こえた。

 

 

「『魔』を討つのが王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)であるお前の行動なら、守るのが友達としての役目だよなァ?」

 

 

 空いた穴から入ってきたのは、アラタと同じ魔王候補の悠斗だった。普段は突いている現代風な杖は持っていない。魔術を行使する際、邪魔になるからだ。

 そしてそれが、彼が本気で魔術を振るおうとしている証左だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 危ないところだった……もう少し来るのが遅かったら今頃アラタはアキオの右足で跡形もなく消し飛ばされるところだったな。

 

 

「悠斗……どういうつもりだ?お前なら、アタシが動く理由もわかるだろ?」

 

「まぁな……けど、言っただろ。友人を守るためだって。それに、アキオもミラも分かっているはずだぞ?俺が〝傲慢(スペルビア)〟において持っているテーマとその意味を」

 

「ああ……よくわかってるよ」

 

 

 俺のテーマ。それは————

 

 

「〝総括(シンセンス)〟。それが、先輩のテーマですから」

 

「そ。よくわかってるじゃないか、ミラ」

 

「当然です。先輩の力は、先輩が王立図書館検閲官だった時に何度も見ていますから」

 

 

 〝総括(シンセンス)〟。それは、一種の支配だ。〝傲慢(スペルビア)〟のアーカイブの中に〝支配(インペル)〟というテーマがあるが、〝総括(シンセンス)〟は〝支配(インペル)〟のように攻撃的なものではなく、誰かを守るために全てをまとめることだ。俺は、このテーマを知ったとき、一方通行のベクトル操作と似たものだと考えた。アレもベクトル方向を読み取り、操作している。

 しかし、これを聞くと〝支配(インペル)〟の方がふさわしいと思われるが、魔道士のテーマは自分から「最も離れているもの」だ。それが俺は〝総括(シンセンス)〟だっただけのこと。

 最初は〝支配(インペル)〟にしようとしたが、魔術の発動が思うようにできず、試行錯誤の末これにたどり着いた。

 

 〝総括(シンセンス)〟や〝支配(インペル)〟は例えるとするならば王がふさわしいだろう。そこに支配力に差はあれど、同じものだ。賢王か暴君か。違いはそれだけ。

 ここでいう賢王は、民から頼られる守護の象徴。平和の礎。力なき人々が尊敬の念を向ける対象だ。

 だから、〝正義(ユースティア)〟を掲げるミラはテーマを掲げる俺や俺が守る対象に手を出すことができない。民が敬う王に傷をつければ、いかなる英雄も悪へと落ちるから。

 

 

「そしてそれはアキオ、お前も同じだもんな」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 アキオのテーマは〝暴食(グラ)〟の〝信仰(フィデス)〟。信仰の対象は極論を言ってしまえば神であり、神とは世界を纏めている存在だから、それを信仰する聖職者が神を疑うことは無いから。

 故に、彼女の罪では俺の罪を突破することはできない。

 

 

「ま、手を出さないって分かっただけでも十分だよ。あとはこの崩壊現象を止めればいいだけだからな」

 

「なら邪魔をしないでください。私はそこの不浄な男を消し去るのが一番早いと————」

 

「はぁ……ミラ、前から言ってるだろ?その極端な考えはやめろって。その考えは最後の最後まで取っておいて、どうしようもなくなった時の方法だと教えただろう?」

 

「そうですが……」

 

「それに、今回に限ってはアラタを殺す必要は存在しない」

 

「っ!それはどういう意味ですか?まさか、先輩はこのまま学園が崩壊現象に呑み込まれてもいいと?」

 

「違ぇよ。ただ、今回は俺たち王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)が動く必要がないってだけだ。だから……頼んだぞ、ユイ!」

 

『うん、分かった!』

 

 

 教室に少女の声が響くのと同時に、アラタの体は跡形もなく消えた。

 

 それを確認した俺は、険しい顔をこちらに向けているミラに向き直る。彼女を説得するために。

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。今回もかなり長めになってしまい、申し訳ありません。ちょっと詰め込み過ぎた感はありますね。学園長室の前でのくだり絶対いらないですね。
 とにかく、一巻の内容は終わったので、次から二巻に入ります。次の更新も来月になると思いますが、今後もよろしくお願いします。

 それと、感想が送られてきまして、私とても嬉しかったです。こんな駄作でも読んでくださる方が居ると知って泣きそうになりました。感想を送ってくださった皆さん、ありがとうございます。

 感想見ていて思ったのですが、やはりリーゼの人気は無茶苦茶高いですね。皆さん彼女の登場を待っていらっしゃるようですね。頑張ってそこまで書くので、待たせてしまうかもしれませんが、これからもよろしくお願いします(2回目)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚無魔法と書いてすっぽんぽん魔術

 お久しぶりです、双剣使いです。やっぱり一か月近くかかってしまいました……ずっと家にいるから時間あるのにね!
 本来ならゴールデンウィーク中に投稿できたはずなのですが、延びてしまいました。理由はあとがきにあるので、とりあえず本編へどうぞ。

 今回で一区切り(?)になりますね。


 俺の声に応えて、アラタがユイの夢の世界に呼ばれた後の保健室は険悪なムードになっており、それは不機嫌な顔のミラから発せられている。

 リリス先生やアリンが緊張した表情を浮かべる中、俺は不機嫌なミラに向き直った。

 

 

「さて、何か言いたいことがあるなら聞くが?」

 

「どういうことですか、先輩?何故ここでユイさんが……」

 

「俺がアイツに頼んでたんだよ。アラタをユイの世界に連れて行って、そこでアイツのテーマを見つけさせろってな」

 

「テーマを見つけさせる?ということは、あの男はまだテーマを持っていないということですか?」

 

「ああ、今のアイツは完全な素人だ。自身のテーマも、得意な魔術すらも持たないただの一般人だ。よほどのことが無い限り、魔力の暴走なんて起こらないはずなんだが————」

 

「アリンさんが〝崩壊〟で彼の魔導書の枷を外したから崩壊現象が発生した————先輩が言いたいのはそういうことですか?」

 

「ああ。だから、今回はアラタがテーマを見つければ自然と魔導書との繋がりが再構築される。そうすれば魔力のコントロールがある程度できるようになるから崩壊現象も終わるはずだ」

 

「そんなに簡単にいくものではないと思いますが。そもそも、自身のテーマすら理解しない男が……」

 

「まぁそう言うなって、アイツは必ず自分のテーマを見つけてくるぞ」

 

「……どうしてそこまであの男の肩を持つんですか?」

 

「ま、俺と同じ魔王候補だからってだけなんだが……一つだけ、アイツを見ていて分かったことがあるんだよ」

 

「分かったことですか……?」

 

「ああ、アイツがテーマを決めて、魔道士として完全な姿になったら、この世界はアイツの行動で少しずつ変わっていくってことだ」

 

「あの男が……?いえ、そんなことはあり得ません。仮にそうだとしても、あの男よりも先に魔道士としての道を進んでいる先輩がいるじゃないですか。それなのに————」

 

「アラタが俺以上の魔道士だって認めたくないか?」

 

「ええ。どう考えたって先輩以上の魔道士になれるはずがありません」

 

「ま、今はそれでもいいよ。っと、そろそろ戻ってくる頃か……」

 

 

 そう言ってミラとの会話を終えたのと同時に、アラタが「そいやぁぁ!」と叫びながら地面から飛び出してきた。

 

 

「アラタ!」

 

「やっと戻って来たか……」

 

「ああ、何とかな……。さて、この崩壊現象、俺がコントロールできれば問題ないんだろ?」

 

「何を言い出すのかと思えば……」

 

「そうですよ、アラタ。いくら悠斗さんが保証したとしても出来るはずが……」

 

 

 ミラは呆れ、リリス先生は不安そうにアラタに言い聞かす。まぁ俺が思ったことを言っただけだし、簡単には信じられないわな。

 

 

「分かりました。今すぐあなたを消滅させます」

 

「だーから、落ち着けって」

 

 

 ミラの肩に手を置いて制止の声を掛けると、ミラはしかめっ面で俺を見つめる。

 

 

「まぁそう結論を急がなくてもいいんじゃないか?一回やらせてみて、もしできないようなら俺がアラタごと消滅させるから」

 

「怖いな!?」

 

 

 驚くアラタに向けて当然だろ?と目で伝えると、覚悟を決めたらしく、強くうなずいた。

 そして、アラタは俺たちの見つめる先で軽い感じでアスティルの写本に話しかける。

 表情からは失敗することへの恐怖を感じさせない、堂々としたものだった。それを見て、俺は成功を確信した。

 

 

「てなわけで魔導書よ」

 

『あん?……ああ、何だ。テーマが決まったのか?』

 

「ああ」

 

 

 そう言うと、アラタは口角を上げてニヤリと笑う。

 

 

「オレのテーマは————『支配』だ」

 

 

 アラタがそう告げると、『アスティルの写本』の鎖が引きちぎられ、サイズは元の大きさに戻っていく。強烈な光を放ちながらものすごいスピードで魔導書のページが捲られていく。

 

 

『はーハハハハハ!!確かにお前の心、存在、本質、魂の意味————それはまさに〝支配(インペル)〟だ、マスター!!そしてそれは、〝傲慢(スペルビア)〟の書庫(アーカイブ)にある!!』

 

 

 『アスティルの写本』は実に嬉しそうに声を上げながら告げる。

 

 なるほど、アラタは〝傲慢(スペルビア)〟の〝支配(インペル)〟を選んだか……。ということは、参考にされたのはミラか。

 

 

『今ここにアスティルの写本は〝傲慢(スペルビア)〟の書庫(アーカイブ)に属する〝支配(インペル)〟をテーマにするマスターと契約することを誓うぜ!!さあ言え、アラタ!契約だ!!』

 

「おうよッ!————〝傲慢(スペルビア)〟の書庫に接続。テーマを実行するッ!!」

 

 

 アラタが高らかに告げると、溢れ出していた魔力が弱まり、徐々に服へと変化していく。制服から真っ黒な動きやすい服装になり、マントがはためく。

 

 

「へぇ……」

 

 

 思わず感心してしまった。確かにミラたちにはできると言ったが、いきなりここまでの魔力制御をするとは思わなかった。まぁ今はアスティルの写本がサポートしているだけで、アラタにはそんな自覚は無いのだろうが。

 

 

「それが……アラタのメイガスモード……」

 

 

 リリスたちは信じられないものを見る目でアラタを見つめていた。やはり、彼女たちにとっても予想外だったようだ。

 

 

「ここに溢れる全魔力を支配して打ち消すぜ、アスティルの写本!!」

 

『あいよ、マスター!!』

 

 

 ん?今、アラタはなんて言った?全魔力だと?

 そこまで考えた瞬間、俺は無意識のうちに背中の黒い翼を自身の目の前で交差させ、さらに体の周りを反射の結界で覆った。

 それと、アラタが魔術を行使したのはほぼ同じタイミングだった。

 

 

「崩壊現象だかなんだか知らねーが消え失せろ!!」

 

 

 アラタの言葉の通り崩壊現象は収まった。しかし、オチは最悪だった。

 本人は格好よく決めたつもりなのだろうが、その場にいたほとんどの人間の服を破壊した。例外は、魔術を反射することができる俺とミラだけ。先生やアキオ、アリンのメイガスモードはただの布切れへと変わっていた。

 

 魔道士の着るメイガスモードというのは、魔道士自身の魔力で構成されている。そして今、アラタが行ったのはこの空間に存在する魔力を全て消失。

 それは崩壊現象を消滅させるのと同時に、メイガスモードに使用されていた魔力も消失させたのだ。

 

 

「……あ、あれ?」

 

「……?……ッ!キャアァァァァ!!」

 

「なっ何だこれ!?スッポンポン魔術かよ?!」

 

「……これはびっくりだな。メイガスモードの強制解除までできるなんてな」

 

「おかしいなぁ……途中までは主人公っぽくてかなりイケてたんだが……」

 

『まあそういうのもお前らしくていいんじゃないか?ハッハッハッ!!』

 

「そっ…そうだよなっ!?はは…ははは……」

 

「って、何で悠斗とミラは平気なんだよ!!」

 

 

 体をシーツで隠したアキオが無事な俺とミラを見て聞いてくる。

 

 

「嫌な予感がしたので、彼の魔力を水晶に反射させました」

 

「俺も同じような感じだな。まぁ、羽は貫通されたみたいだけどな」

 

 

 俺とミラがその問いかけに応えた時だった。

 やり切ったと腰に手を当てていい顔をしていたアラタのメイガスモードがただの布切れへと変化し、弾け飛んだ。

 それを至近距離から見てしまった先生とアリンはそれぞれの理由で顔を赤らめる。先生は卑猥なモノを見たため、アリンはアラタの体に興奮したからである。

 

 

「いやあああ!!」

 

「行きますよ、アキオ」

 

 

 アラタたちが騒いでいるのを尻目に、ミラはアキオを連れて部屋を出て行こうとする。

 そんなミラの背中に、アラタの声がかけられる。

 

 

「あれ?見逃してくれるってことは認めてくれるってことか?」

 

「……まあ崩壊現象も止まっているわけですし、不本意ながら退くしかありません。それに……」

 

 

 そこまで言いかけてミラは俺に目を向ける。正確には、アラタの魔術で消し飛ばされた翼だが。

 

 

「私ですら容易に突破できない先輩の絶対的な防御を突破するほどの魔力……やはりあなたは危険な存在です。だから————次こんなことがあったら、容赦なく消し飛ばしますからね」

 

「お、おい!待てって!」

 

 

 さっさと歩いていくミラを追いかけてアキオも部屋を出て行き、残されたのは四人だけになった。

 

 

「何とか命拾いしたみたいだな……これにて一件落着っ!!」

 

「————なわけないでしょ……アラタァァァ!!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 

 

 やっぱりアラタのやつは最後まで締まらねぇなァ……。そう思いながら、俺はリリスの攻撃が飛び火しないように退室する。

 

 

「んじゃ、俺は学園の様子を確認しつつ、学園長シバいとくんで、先生もアラタを殴るのはほどほどにしといてやってください」

 

「ちょっ、悠斗!助けてくれないのかよ!?」

 

「あァん?女子のメイガスモードを剥く奴なんざ助けられっかよ。俺も同罪になっちまうからなァ。なにより、アイツが帰ってきたとき、お前に近づけたくないんだわ」

 

「アイツ?それって……?」

 

 

 ちょっと喋り過ぎたか……まぁいいか。

 

 

「じゃ、そういうことで」

 

「あ、ちょっ、助け————ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 

 

 アラタの悲鳴をBGMに俺は校舎の点検へと歩き出す。リーゼを絶対にアラタに近づけないと決意しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




 読了ありがとうございます。

 さて、前書きにもあるとおり、予定より二週間ほど遅くなってしまったわけなのですが、理由がありまして。
 昨今のコロナウイルスの状況のため、大学の講義が全て遠隔で行われることになったのですが、ほとんどの講義で課題を出さなければいけないのです。単位の上限まで受講している私は、当然比例して課題の量も増えるわけでして、なかなかまとまった時間がありませんでした。少しずつ書いた結果、この日になったわけです。

 まぁ皆さん私のリアル事情なんてどうでもいいと思われるので、少しばかり本編の注釈を。アラタの持つアスティルの写本のセリフですが、『』←この括弧を使用します。
 まぁ今のところはそれぐらいですね。増えるたびに書き足していきます。
 さあ次回からユイちゃん回ですね。ロリキョヌーは需要あるよねってことで。

 皆さん、コロナウイルスには細心の注意を払って生活してください。ほとんどの都道府県で緊急事態宣言が解除されましたが、再発の可能性があるとどこかの専門家の方がおっしゃっていました。油断せず、手洗いうがい、手の消毒などしっかりしてください。

 あとがきが無茶苦茶長くなってしまいました。ここで終わりたいと思います。また次話でお会いしましょう!





 え、530文字……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海に出ると解放感にさらされる。よって必然的にセクハラが増える。

 お久しぶりです、双剣使いです!!!遅れてしまって本当に申し訳ありません……。学校の課題が忙しくて、なかなk書く時間が取れませんでした。ようやくひと段落付いたので投稿ですが、いつもよりも短いです。区切り良かったので。
 二か月以上たっていますが、短いです。ご容赦ください。

 それでは、南の島編、スタートです


 どこまでも青い空。燦々と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

 清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ————千変万化する波の色。

 砂浜に刺さった様々な色のパラソル。レジャーシート。

 そして、波打ち際で戯れる水着姿の男女。

 

 そう、海である。

 

 学園の生徒たちはその身を様々な種類の水着で覆い、ビーチバレーや水泳に勤しんでいる。

 

 

「くぷぇーーーほ」

 

 

 そして俺は、砂浜近くの木の根元にできた日陰に座っている。

 服装は、下は黒の海パン、上は素肌の上からこれまた黒のパーカーを羽織っている。

 別に暑さでダレているわけではなく、遊ぶ相手がいないだけである。……言ってて悲しくなりそう。

 

 何故俺たち魔導学園の生徒が南国の海に居るのか。それは先日の学園長との会話までさかのぼる。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「そうだ、南の島へ修学旅行へ行こう!!」

 

 

 その宣言は唐突だった。

 先日学園で発生した崩壊現象の事後処理をしているとき、学園長が放った一言が始まりだった。

 

 

「あん?修学旅行って……アンタが前から行こう行こうと言ってたやつか?」

 

「その通り!以前から僕が計画していた、女の子の肌を合法的に見るための旅行だよ!!」

 

 

 場所は学園長室。被害の状況などを記した報告書を学園長に提出しに来たタイミングだ。

 

「本音漏れてんぞ、変態。それに、そんなことに興味ねぇよ」

 

「またまたぁ、そんなこと言って、悠斗クンだって興味はあるだろう?」

 

 

 執務机を離れて実にうざい顔で近寄ってくる。

 

 

「おい、勝手に決めんなよ。アンタやアラタと同列にすんな」

 

「そんなこと言わずにさ、僕と女の子の観察をしようよ」

 

「断る。そもそも、俺はアンタたちほど女子に興味ねぇんだよ」

 

「うっそだ~、リーゼちゃんと同じベッドで寝てたのに?」

 

「————ッ!何で知ってんだァ、おい?!」

 

「私は学園長だよ?生徒の事なら何でも知っているのサ」

 

「いくら何でも学生のプライベートにまで干渉してるのはやり過ぎだろォが」

 

「そんなことはないよ。可愛い女の子たちの身の安全を守るのが学園長としての僕の役目なんだからさ」

 

「欲望に染まってんぞ。……やっぱ消し飛ばすか?」

 

「怖いよ!何で平然とそういうこと言うの!?」

 

 

 いい年こいた大人が学生に色目を使っているからだ。

 

 

「はぁ……あんたのその発言はもう聞き飽きた。そんで?いきなり南の島だなんていっても、すぐにとはいかねぇだろ。生徒への連絡だって必要だし、移動手段の確保もある。その辺は考えての発言なんだろォな?」

 

「ふっふっふ、この僕を誰だと思っているんだい?ちゃんとその辺は考えているよ」

 

「ほォ?教えてくれ」

 

 

 何やら怪しげなポーズを決めながら自信満々な表情をしている。学園長がこの顔をしているとき、後から被害を受けるのは俺やリリス先生だ。

 経験から、ロクな考えではないと直感的に悟った俺は、事前に知っておこうと言う考えから話の続きを促した。

 

 

「全て悠斗クンがやるのサ!」

 

「そんなことだと思ったよどちくしょうがァァァァ!?」

 

「ぶべらっ!」

 

「あ、やべ」

 

 

 思わず手が出てしまった。右ストレートが学園長の顔に綺麗に決まり、彼は錐揉みしながら壁に叩きつけられた。

 ずるずると壁をずり落ちた学園長に駆け寄ってみると、気を失っていた。完全にやり過ぎた。

 

 

「あー……ま、どうにかすっか……」

 

 

 とりあえず学園長をそのままにし、俺は学園長室を出た。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その後、学園長の提案をリリス先生に伝え、学園長への詫びとして移動手段や宿泊先の手続きなどをすべてこなした結果、一週間で南国へと来ることになった。

 事務仕事ばかりをこなしたせいか、疲れがたまっているので、一人休んでいるのが現在。因みに、この旅行の発案者である学園長は、学園に一人残って校舎の修復作業を行っている。

 最初は俺が残って作業をするはずだったのだが、その話を聞いたリリス先生が学園長に話をし、彼と替わることになった。出発する俺たちを見送りながら涙を流していたのは鮮明に覚えている。

 

 しかし、一人で海をボーっと眺めているのも味気ない。

 ちょうど腹も減ったところだし、飯を食いに行こう。アイツらも今頃はせっせと働いているだろう。様子も見ておかなくてはいけない。

 

 そこまで考えた後の行動は早く、立ち上がると背中に黒い翼を生み出し、アラタたちが働かされている「海の家」に飛び立った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「おーい、ちゃんと働いてるか……って、どういう状況だよ?」

 

「あ、悠斗さんじゃないっスか」

 

 

 「海の家」に到着した俺が見たのは、厨房の隅に蹲って涙を流すリリス先生と、それをどこか気まずそうに眺めているレヴィとアリン。リリス先生は「もうお嫁にいけない」とか言ってる。

 状況が分からず困惑する俺に気づいたレヴィが声を掛けてきたが、彼女の頭に大きなたんこぶができているのを見て、大体察することができた。

 アラタとセリナがこの場に居ないことから、アラタとレヴィ、セリナが悪ノリしてリリス先生に悪戯したところ、度が過ぎて怒られたってところか。そして、アリンは傍観。

 

 

「ったく……リリス先生を弄るのもほどほどにしとけよ?」

 

「えー、リリス先生の反応可愛いからいいじゃないっスか。悠斗さんもそう思いませんか?」

 

「まぁ確かに、リリス先生のリアクションは初心過ぎるだろって思うこともあるけどな……あんまりやり過ぎると可哀そうだろ」

 

「んー、悠斗さんがそう言うのなら今後は少々抑え気味にするっス」

 

「そこは止めるって言いきってくださいよ!?」

 

 

 リリス先生が復活した。レヴィの今の発言は聞き逃せなかったらしい。

 

 

「まったく……悠斗さん、お疲れ様です」

 

「なんもしてないっすけどね」

 

「そんなことないですよ。諸々の手続きをやっていただいたのですから」

 

「まぁあれは仕方なくですよ。時間があったのも俺ぐらいでしたし」

 

「おや、今回の旅行は悠斗さんの主催なんスか?」

 

「いえ、学園長の提案ですよ。校舎を修復する間の息抜きらしいです。……ところで、アラタは?」

 

「旦那様ならリリス先生が大声を出したから逃げ出したわ」

 

 

 そりゃいきなりセクハラしたらリリス先生でなくたって叫ぶだろ……。

 

 

「ていうか、アイツさぼってんじゃねぇか……」

 

 

 実は、先日の事件で学園の校舎を破壊するほどの危険な実験を行ったと言う理由で、アラタとアリンには海の家での労働が罰として与えられている。生徒たちに食事を作るのが主な役割なのにそれを放り出して逃げ出すか……。めんどくさいのは分かるが、自業自得だと分かっているのか疑問に感じる。

 

 しかし、こうしている間にも腹をすかせた生徒たちが続々と入店してくる。仕方ないか。

 

 

「レヴィ、手伝え」

 

「えー、自分は校舎壊してないっスよー」

 

「リリス先生がこうなったのは誰のせいだ?」

 

「……了解っス」

 

「よし、じゃあアリンは今まで通りフロアで注文取ってこい、レヴィは料理運べよ」

 

「悠斗さんはどうするんスか?」

 

 

 そんなもん、決まってる。

 

 

「俺が厨房に入る。それで構わねぇだろ?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……なんだこれ…」

 

 

 セリナに代わりの水着を着てもらい、海の家へと戻ったオレたちの目の前には信じられない光景が広がっていた。

 

 リリスを弄り過ぎて命の危険を感じ、脱走する前はそれほど客がいなかったはずなのに、今は全く違う。店内のテーブル席は埋まり、店外にまで列ができていた。

 

 

「美人女教師焼きそばが大人気なのよ、だんな様」

 

 

 あまりの変化に唖然とするオレとセリナの元に、注文票を持ったアリンがやってきて説明してくれた。

 確かに、リリスが鉄板を使って焼きそばを焼いている。その最中にも注文の声が響く。

 他にも、ニンジャが頭と両手に料理を盛った皿を載せて器用に運んでいる。食材を切っているのは誰かと思えば、さっきまで居なかったはずの悠斗が物凄いスピードで包丁を動かしている。瞬く間にキャベツや玉ねぎが刻まれ、ボウルに積まれていた。

 何故だろうか。何か負けた気がする。

 

 

「うーむ…なんかこれはこれで悔しいな……。よしっ!魔王焼きそば作っちゃるーっ!!」

 

 

 オレはリリスの元へ駆け出した。

 

 

「おーいリリス!変わってくれーっ!!」

 

「ん……?あ、アラタ!?」

 

 

 リリスがオレの名前を呼んだ時だった。

 

 

「よォアラタァ……何さぼってんだァ?」

 

「ヒッ!?」

 

 

 目の前に魔王が立っていた。しかも、右手には包丁を持っているから、余計に怖い!

 

 

「あ~…いや、何その…緊急避難というか……」

 

「ふーん、自分から原因を作っておきながらよくもまぁ……」

 

 

 ダメだ、言い訳が通じねぇ!こうなったら逃げ————

 

 

「られるとでも思ったか?魔王からは逃げられねぇんだよ」

 

 

 一瞬で先回りされて、首根っこを掴まれる。そのままリリスの足元に引きずられていく。

 

 

「んじゃま、後はリリス先生が視といてください。俺は作業に戻るんで」

 

「は、はい……」

 

 

 おいおい、リリスまでビビってんじゃん。実は怒らせると一番ヤバいのって悠斗なんじゃね?

 今後はなるべく悠斗の逆鱗に触れないように心がけよう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 意気揚々と駆け出して行ったアラタさんの後ろ姿を私とアリンさんは眺めていた。

 

 

「……楽しかった?」

 

 

 アリンさんがそう聞いてきたのは、アラタさんが悠斗さんに怒られているときだった。聞いてきた彼女は、わずかに微笑んでいた。

 

 

「あはは…格の違いを魅せつけられました。悠斗さんで慣れてると思ったんですけどね…」

 

 

 正直、裸を見られたのは恥ずかしいですけど……。

 

 

「……難しいのね」

 

「はい、難しいみたいでした。でも————アリンさんの旦那様、やっぱりスクープの塊です」

 

 

 でも…だからこそ…

 

 

「…………ホントに、興味深いですね」

 

 

 

 




 読了ありがとうございました。今回は4000字弱と普段に比べると短いです。本来だったら温泉での話し合いも書きたかったのですが、かなり長くなってしまうことと、さらに更新が遅くなってしまうので、分けました。後半(?)も書いていくので、今しばらくお待ちください。
 そろそろユイが本格的に登場し、リーゼも出ます。ようやくメインヒロインの姿が見え始めました。頑張っていきますので、感想など送っていただけるとやる気が出ます。
 ではそろそろ、このあたりで閉じたいと思います。また次話でお会いしましょう



FGO~カーマを求めて~
 現在60連。カーマ&キアラは姿を見せず。柳生宗矩かと思えば蘭陵王。ふざちぇんな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。