その他、トーシロー。 (ひょうきん者の使者)
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転生するかもヨ!

私、田沼   宗次郎は恥と惰性に満ちた人生を送ってきた。その反面もともと面の皮がそれほど厚い気質でもなかったからか、同時にそんな自分に嫌気が差すようになり、いつでも心に終末願望や破滅願望を抱いていたせいかもしれないが、私の人生は気付けばあっけなく終わっていたのであった。

 

気が付くと、木製の卓が目の前に広がっていた。私は机を前にして席に着いた状態だった。それは湿気を吸ったのか元々の染料がそうなのか、渋い味わいを感じさせる色をしていた。見渡せば、自分がいるのは役所のような施設に見られる受付らしく、過疎地でも現存するかわからないような、ほぼ木造りで構成されたレトロな村役場と言えた。

 

「そろそろ話を始めてもよろしいですか」

 

見ると、おかっぱヘアで化粧っ気の薄い黒縁眼鏡の女性が、受付に着いていた。おそらく腕時計で時間を見て、会話を切り出すタイミングを見計らっていたのだろう。

 

はいと応えて、私は卓上に身を乗り出した。それを確認すると、どうやらこの役場(仮)の受付らしい女性は話を始める。

 

「お名前は田沼   宗次郎さん、でよろしいですね」

 

……はい。

 

 

田沼氏は、細目で柔和な表情のまま応える。

 

女性は、マニュアルらしき番号の振られた書類の入れられたB5サイズのカードケースを傍に退かした後、面をあげて、田沼氏に告知した。

 

「大変、お伝えし辛いことでありますが……田沼さんはお亡くなりになりました。」

 

田沼氏に反応は見られない。女性は続けた。

 

「ここは死後に『臨時的な相談』を行うために設けられた一時的な空間であり、田沼さんはそれに該当するため、今回はそれが適用されます」

 

お役所のような口振りであるが、意訳すると田沼氏は死んでいる、これから死後の相談を行う、つまり生き返ることはできないということになる。

 

死んだ実感が薄く、生存の延長上にいる感覚が抜けない者が聞くと、馬鹿にしているのかと憤慨して、自分を拘束から開放するように、または自宅に返せと騒ぐことになるだろう。しかし、田沼氏はというと。

 

「へぇ~~」

 

溜息を吐くように感嘆の声を発すと、それ以上は何もなかった。興味深そうに傍らに置かれているマスコットである「冥土ちゃん」を眺めていた。受付に、そして受付の女性職員と田沼氏以外に人がいない役所内の全体に沈黙が降りた。

 

「……あの、それだけ……でしょうか?」

 

自身の死の告知に対して、担当相手がひどく動揺し、クレームや殴る蹴るの暴行を係りに行う。そんな例を、彼女は知っていた。だから、それに対応するために自前に用意しておいた説明や謝罪の言葉を頭の中で反芻すると同時に意思を固めながら『その時』に備えていた。

 

しかし、一向に訪れる様子がない。話が切れたことで生じた沈黙に耐え切れず、彼女自身の方から相手に、問題はないかと伺いを立てたわけである。

 

「まあ、知ってるよ。実感はないけどね」

 

『相変わらず』の柔和な表情でのんびりと田沼氏は返答する。話を続けてくれますか、と先を促す彼に対して首を傾げながら、本題に入る前にと、通常に見られるケースを幾つか交えながら田沼氏に本当に問題はないか、受け入れるのかと確認をとった。それに対する田沼氏の答えは。

 

「へぇ~~。『フツウ』においては、その様な反応が一般的なんですね。いやぁ、僕はこのような場所にくるのは初めてでね。『基準』がわからないもんですから」

 

「………そうですか。田沼さんはそれで納得されているということでよろしいですか」

 

いまいち納得に足らない田沼氏の返答に再度、首を傾げつつ、女性は本題に入ることにした。

「田沼さんにはこれから『臨時転生』をしてもらいます」

 

「……もう一度。何転生と言いましたか」

 

リンネテンショウ。つまり普段たまに見聞きして知っていた『輪廻転生』とは違う音に聞こえたので田沼氏は訝しげに側頭部を掌で抑えながら顔を顰めつつ、耳を受付の女性に近づけて尋ねた。

 

「『臨時転生(りんじ・てんしょう)』です。おそらく普段聞かれているのは『輪廻転生』の方でございますね。通常運転のそれに対して、特殊な目的の伴う場合を区別して、こちらではそう呼んでいます」

 

「すると、なんです?   もしかして問題でも浮上したンで?」

 

ここに来て田沼氏の顔に若干、不安の色が見てとれた。まるで乗っていた飛行機が大きく揺れた後の機内放送を聞く乗客のそれに近かった。

 

「転生の過程においては何も問題がありません。むしろ、通常のそれに対して、こちらで転生者の要望をお受けして可能な限り実現させ、それを『(臨時)転生特典』としてお付けさせて頂きます分において臨時転生の方は優遇されていると言えます」

 

なんだなんだ。あ、そ。

 

そうつぶやいた後、背筋を直してわかりましたと田沼氏は柔和な表情に戻る。そして、初めて聞く言葉を頭の内で反芻する。

 

 

 

それにしても転生特典、ね。

 

正直に言うと思いつかないね。

 

そう思い目の前にいる受付の人に尋ねてみたけどさ。

 

「以前までは、『希望』でしたが、近頃は『最低限の保険』として全員に付加するという決まりができまして」

 

あらー?   これまた物騒だ、ね。

 

その声に対して、女性は頷くと、詳細を話し始めた。

 

・・・

 

転生先にこの世界が選ばれた当初、特典について要望を取ると、大概が丁重に断るか、武闘の才能や、学術の才能、幸運、金銭運といった転職を決めたり、幸せになるためであったり、しっかりとした目標を根底としたものが多く、稀に権力や力を要求するものもいたが、理不尽に暴虐の限りを尽くそうというケース自体は、そこまで多くなかった。

 

しかし、時代が移り、多くの戦争を超えて平和になり、世は『教養と娯楽で満たす時代』である…………満ちてはいないが。

 

娯楽にも様々あり、情報の発達した社会に置いて仕事や学業の成績を稼ぐためには避けられない日頃の疲れを癒すものから、日常では表出させるわけにもいかない闘争本能や欲求を発散するものまである。物語から遊戯まで様々な形で世に溢れている。

 

理想の癒しは不都合を見せず、理想の闘争は相手と自分、そのどちらの痛みももたらさない。苦悩は出せないし、そこから排除されている。

 

そんな彼らが転生特典と言われて、そこに求めるものといえば、「具体的には不明だが、今ある渇望を満たすための何か」である。必然、長期的に眺めて出た結論にはならない。

 

それによりどの様な影響が及ぶのか、それを気にしなくても良いほどに小規模な願いであれば、どれほど良かったか。

 

・・・

 

その様な世界で、転生者であるという特殊な事情を抱えた者は、それが他の転生者にしられると、転生特典の内容によっては恐喝や暴行により隷属することを強要されたり、さらにその存在が自分たちにとって危険なものと見做されると『消される』こともあるらしい。そうでなくとも、他の強力な転生者が引き起こした人災で命を失ったり、場合によっては本人と親しい関係者に危害を加えられることが多発するようになったという。

 

因みに現在存命中の転生者は、皇国の継承者候補に命を授かった「最も強い無敵な転生者」とどんな異性も虜にして従わせられる「人類最適なイケメン男子」それからあらゆる武器をその場で創れて使いこなせて、さらにお得なことに創った膨大な量の武器を一斉使用できちゃう「最終兵器人間」までいるらしく、他にもどこかで聞いたような著名な作品の内容に類似した特典を持つものもいるそうだ。あと、銀髪や白髪とかには近寄らない方がオススメだそうだ。……個人的には『本質』を見ないうちに早合点するのは損だと思うけどね〜。

 

「確かに聞く限りじゃ物騒だけどさ。その人たちって、アニメや漫画やラノベのディープなとこから能力を引っ張ってきた人じゃないのさ」

 

転生特典が白紙のままである状態に対して、受付の人は焦燥感に駆られたらしい。

 

「ほら、『彼ら』にとってマイナーな創作作品にも強力なものがありますよ。例えば、とあるフランス映画のダメなほら吹き借金小男のヒロインなんて正体が人外だったりしますよ。ホラー映画のヒーローの能力だって日向が向かないだけであって、十分に渡り合えますよ。

……あ!『にほん◯話』は知ってるでしょう。三枚のお札、三枚ならず限りない枚数を差し上げますよ。」

 

保管場所どうするんですか。貸し倉庫でも借りるんですか。いざって時に、あ、倉庫の中だじゃ済まないんですよ~。

 

「永遠の命は?確かそんな人が」

 

そんな人はコスモエネ◯ギーになる結末しか思いつきません。図書室にはきっと置いてあるあの日本で最も道徳教育において推奨されている某漫画家(……大先生)の作品の中でも、不死鳥の登場する作品は読みました。

 

「転生者に運悪く遭遇した時にどうするんですか。彼らは犬が匂いに敏感である以上に気配に敏感ですよ。ある者は圧倒的な力で、ある者は魅了と人脈の力で居場所とその平穏を謀略によって脅かしにきますよ」

 

「家にいても?」

 

「自分に可能であれば……彼らの中には自分に可能かそうでないかで判断する思考の持ち主もザラにいますから」

 

それは恐い。それは怖い。

 

「本当に何もないんですか。なんなら私がデフォルトプランとして推奨する……」

 

その時、ふと浮かんだことがあった。それを判断材料にしようと思っていたわけではないけれども、私は口に出していた。

 

「僕は幼少の頃、人見知りでね。意思疎通を図ることが何よりも苦手でした。人と関わらずに生きた結果、感情の発達や自己の認識や世情に対する適応力、進行中の問題に対する思考力において遅れをとったものです。だから、意思疎通が絶えることのない環境を……私に用意して下さい。」

 

私が特典内容を打診した後、その場に再び沈黙がおりた。その間もブタの蚊取り線香が絶え間なく煙を吐き続けている。

 

しばらくの間、受付の女性は、視線を下ろして熟考する様子を見せた後、はい、わかりました、と問題ない様子でこちらの要望を受理した。

 

「そうですね、防衛のほうは、彼らに任せましょう。それがいいです」

「…………え?」

「いえ、問題ありません。受理されましたので、続いて転生に移りたく思います」

 

 

 

これをどうぞ、と目の前に四つ折りの跡が残る濾紙が出された。そこにカプセル錠がひとつ、載せられている。

 

あの、これは…………。恐る恐る、私がそれについて尋ねると、睡眠薬です、意識がなくなった後で、転生先にこちらの方でお送りします、と言った…………手段が胡散臭い。

 

その青いカプセル錠を飲み込むと、私の意識は落ちていった。

 

 

田沼氏の転生が完了すると、受付の女性は首を左右に倒してほぐすと、席を立った。そして、腕を回しながらちょうど真後ろにあった衝立の後ろに回った。そこには三人ほどの男性がソファーに腰をおろしていた。

 

「いやあ。な◯うでそこそこ読者をせっせと稼ぐ一方でスランプ気味な僕が、お二方のようなビッグネームと肩を並べてお仕事を担当できるとは、もう感激の雨、嵐、雷の槍、あと……それからもう、いろいろですよオ!!」

 

格好は三者三様で、ダークスーツを着こなしているスラリとした壮年男性とスウェーデンに山を一つ持っていそうな印象をこちらに与えそうなふくよか体型の高齢男性がいて、そして最後に先ほどから愛想笑いを浮かべて高いテンションでしゃべっている細目の男性は鼠色の上下スーツの冴えない印象の持ち主だ。

 

「大変お待たせいたしました。転生者の要望がたった今、出揃いました。……ゼウス様、オーディーン様、あと特別要員として参加の××××××に××××さん、準備はよろしいでしょうか」

 

それに対して三者三様の答えが順に返る。

 

「娘よ。おまえは何も悪くない。最後の男が能天気なのがいけない。ま、全知全能の私が創った転生者がいる。そいつらには叶わないだろう。聞いた限りでは私が手を加えるまでもなく強力な特典だった」

 

「お嬢さん、あなたはいい仕事をしてるよ。むしろ、儂らのためにわかりやすい形で纏めようとしてくれるのは誠実なことで賞賛すべきことだよ」

 

「いやあ。ランキングにも載らない僕がこんなにも大きな仕事がもらえただけでも嬉しいですよ。担当は二人とは違って、転生者一人ですけども、二人のように具体的ではないおかげで、手を出す余地がある。それにその願いだと、生存力が強い、かつ転生者を疎かにしない特典に自然と向かっていきますから作りやすくもあるんですよね」

 

本当に三人目。よく喋ること。

 

「さて、三人とも仕事に取り掛かっていただきましょう」

 

「フン、私の転生者こそ最強だ」

 

「さてと、まあ、幸せに生きてくれる他に望むものはないんだけども……オモシロイ話を期待してるよ」

 

「さてと、仕事に取り掛かる前に。数少ない愛読者にはお馴染みの挨拶を一つ。どうぞ、ご唱和下さい。せーの!」

 

 

ひょうきん者にィィ、よォろしくゥゥゥゥ!




不定期ですが、よければ今後ともよろしくお願いします。締めの挨拶に。

ひょうきん者にィィ、よろしくお願いしMaxwell!



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転生後、十五年。

※ 黄金色(こがねいろ)


ぴー、ぴー、ぴー…………。

 

早朝の暗い室内に鋭く微かに時計のピープ音が鳴るのを聞いて、僕の一日は始まる。

 

ピッ。

 

止めてみれば、午前五時。意味もなく早起きをしている…………たぶん。

 

まず、身体を起こすことなく背筋を意識して肩を後ろに反らしてアーチ状にしてほぐす。続いて首を左右に回して捻る。その時、目線も捻る方向の限りなく先へ向けようとすることで眼筋もほぐす。あ~気持ちがいい。そして、手足、腰、骨盤関節を、上体と下半身を意識して緊張させることによりほぐす。あ~これがいいんだ、これが。

 

それから暫し、ぼお……とする。その間に今日は……と予定をリストしていく。これすると、頭が気持ちいいんだよね。やってごらん………オイオイ、誰に喋っとんねん。

 

それから、せーの。

 

「あ・い・う・え・お・い・う・え・お・あ・う・え・お・あ・い・え・お・あ・い・う・お・あ・い・う・え」

「あ・い・う・え・お・い・う・え・お・あ・う・え・お・あ・い・え・お・あ・い・う・お・あ・い・う・え」

「あ・い・う・え・お・い・う・え・お・あ・う・え・お・あ・い・え・お・あ・い・う・お・あ・い・う・え」

「あ・い・う・え・お・い・う・え・お・あ・う・え・お・あ・い・え・お・あ・い・う・お・あ・い・う・え」

 

自分の喉から相手を想定して出力されたモノトーンの群れが空間を満たす。簡単な規則性があるだけの声が部屋の雰囲気そのものになる瞬間は、この同じ単調な日課を何度繰り返しても新鮮に感じる。

 

ただの発声トレーニングだけど。計四セット、これが気持ちいいのよ。

 

さて、(一階に)降りようか……居間に。

 

 

階段を降りると、居間の方からフライパンでものを炒める音が聞こえてくる。入ると、台所に、適度な長さの黒髪を一つに結った家人の後ろ姿が見えた。僕はとりあえず、朝の挨拶をした。

 

「おはようございます。ミサキさん」

 

西木 巳咲。今ではあまり見ない割烹着を着て食卓に立つ彼女は、僕の『保護者』である。当時(おそらく)歳若く未婚であるにも関わらず、僕を孤児施設から引き取ったという、僕には奇特に思える里親であった。家事とパート業を両立し、何と言っても生を受けて十五年も経ち、自立の時が近づきつつあるこの「バカ息子」との時間を大事にするという彼女は、本当に理想を絵に描いたような親である。

 

それに彼女は非常に綺麗な顔立ちをしている。僕と十五年を過ごしてきているにも関わらず、それはもう、依然として若々しい外見をしていた。その容姿は、中学の頃に保護者参観で学校に訪れると、日頃は僕と面識のない生徒でさえ関心をもったほどである。

 

彼女は綺麗だ…………だから見ていて切なくなる。

 

僕の生前における経験では、彼女のように綺麗な女性ほど結婚が早く、従って関心を抱いたところで間もなく嫁に行く。そして、しがらみや絶対に狭めることのできない距離が生じる。それは実質的には「他界」したも同然である。それにきっと、自分はその時、彼女の負担でしかなくなってしまっている。

 

だから僕は当初のところ、情が移らないように適度な距離をおいて接することにしていた。

 

そんな僕の思惑に気づいていたのか、そもそも端から関係がなかったのかは今でもわからない。ただ一つ一緒にいて窺えたことには、彼女は本気で自分を心から愛そうと努め、大事に育てるつもりでいたらしい。

 

彼女はどんなときでも僕の心の揺らぎを見逃さない。

 

僕の日頃の表情や行動の微々たる変化から感情の機微を感じると、蟷螂のように頭を両側から抑え、至近距離からじーと、『黄金色の瞳』で見つめながら、どうかしたの、何か言いたいことがあるの、言いなさい、と問いただすんだよね~。そして、満足のいく情報を聞き出せるまで半刻だろうと反日だろうとそのことになると矢鱈粘り強さを発揮するから、こちらが白状するしかないわけなんだよ。

 

まあ、その際に古き良き笑の文化の産物とも言える「ストーンフェイス」で感情を抑制して話すので「可愛くないわね」と眉を顰められるのだが。

 

彼女は、七五三の時に伝で服を揃え、カメラに詳しい友人をわざわざ読んでまで、記念写真を撮ったことがあった。

 

新しい服を買うごとに写真に着た姿を収めていた時期もあったっけ。

 

小学校の運動会の時も、同じ友人がアダッシュケースに入れた機材をゴツい車に乗せて駆けつけた時には、苦笑いしたものだ。

 

もちろんアルバム写真は誕生日はもちろんほぼ全ての行事事件を網羅していると言っていい。

 

あと、最近知ったが、アルバムのフォルダに「パジャマシリーズ」なるものがあるらしい。もう、空いた口が塞がらなかった。

 

 

「おはよう。もうすぐできるわ。そこに座って」

 

まあ、何と奥ゆかしい言葉遣い。

 

そうか、君と僕は赤の他人だったっけ? 言葉遣いもそりゃ丁寧になるね。

 

どーでもい~けどさ。

 

それにしても、今ではその話し方はほぼ絶滅危惧なものと思っていたよ。

 

案外、チカクニイルモノネエ。

 

「オウムの鳴き真似してる暇があったら箸入れ出しなさい」

 

「はい」

 

こうして、西木家の食卓は今日も始まる。

 

日々の食事の献立を考えている巳咲さんは高度な専門職に務めているわけでもないから、贅沢をしようにも限りのある家計であるが、その分、彼女の時間にゆとりがあるので、原材料が安くてもさまになった食事が惣菜ほぼなしで食べられる。本人曰く、美味しい食べ物を求めて、日本中を行脚していたこともその肥やしになっているのだとか。

 

ご飯に味噌汁、焼きシシャモ二つに卵焼き。小鉢入りのサラダ。たまに豆腐。

 

洋風の時もある。最近は食パンにこだわっているようだ。

 

巳咲・お手製。朝食(小)定食。

 

本人の願いで軽めに作られている。

 

卵焼きは塩で味付けされていてシンプル。

 

焼きシシャモはほんの少し付いた焦げ色が、食欲の他に家庭へのノスタルジーを誘う。

 

味噌汁は辛すぎもせず、甘すぎもせずな出汁加減が馴染みの友人みたいで居心地の良い。

 

割合からして、大盛りの白米がメインという、やや素朴で昔風な見た目が特徴。

 

漬物は付いていないが、サラダがその役を担う。

 

というテロップをじっくり見て(脳内で)目の前の皿の傍に添えて手を合わす。

 

いただきます。

 

……うんうん、シシャモの香ばしい香りがいい。少し焦げてもそれは家庭の懐かしさを醸し出すから、返って癒されるんだよ。

 

 

「いつもダミ声出してるけど誰の真似?」

「大人」

「……そういうお年頃なのね」

 

バカ息子がまた外から変な影響を受けたと苦笑気味に呟く巳咲であった。

 

新聞をちら見しつつ朝食を食べ終わると、洗面を済ませて鞄を持ち、玄関を出る。

 

「では、行ってきます。」

 

「張り切って、どうぞ! 寄り道しないでまっすぐ帰るのよ。遅くなるなら、連絡いれなさい」

 

僕の他人行儀な挨拶に対し、おどけた様子で巳咲さんは返した。そして、なるべく早く帰ってきなさいという旨をそれに添えた。

 

 

 

自分の送り出した少年が遠くに消えていくのを眺めながら彼女は、ひとつ息を吐くと、心の声を漏らした。

 

べつに、百年待とうが、死にはしないけど。

 

彼女は、たった今送り出した少年がいつも見ている「日々の節度と偶にある幸せを心の底から楽しんでいる」ような穏やかな顔で、彼の知らない彼女を誰にというのでもないが、垣間見せるのであった。

 

 

 

 

…………ああああ。

 

 

【転生後、十五年】続く。



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初登校でもない始業式。

主人公の高校での立場を薄っすらぼんやりとお送りします。


私事からはじめて申し訳ないと思うが、これだけは言わせて欲しい。チューリップの歌(童謡)を使いたかった。これ程までに著作権に関する規制を恨めしく感じる日は後にないであろう。

 

byひょうきん者の使者

 

僕は中高一貫校に進学したこともあり、今日で高校生になる。

 

正直に言うと……新鮮味はあまりないね。

 

学校に着くと、見馴れた……見飽きた面子たちと新学期をこれから迎えようとする中高の新入生たちが校門の内側に入り乱れていた。

 

今朝、早起きはしたものの、食後にニュースを見ているうちに、七時代に起きた場合と同じ出立時刻になってしまっていた……あーあ。我ながらに上出来だ…………どこらへんが?

 

「おはようございます」

「あ、おはようございます」

 

玄関に立つ教師に音節のはっきりした挨拶を行った。教師もそれに応じる。

 

二ヒヒ……。

 

教師の横を通過して玄関内部に入ると、僕は笑を浮かべた。

 

この笑い方をする理由は何も自分にしっくりとくるからだけではない。

 

頬の形も舌の形も「ーy」の終着地の形にあり、頬が引き締まり、下の歯を隠して前歯のみを見せるという俗にいうところの「営業スマイル」や「アイドルスマイル」に最も近いからなんだよね~。

 

僕はそんなの似合わないから……じゃないんだよ、これが。イケメン爆散しろとか言って、クールを気取っている場合でもないんだよ。笑は男女関係なく、見知らぬ誰かとコミュニティを建設するためには必要なツール。「相手にとって」の「自分への敷居」を低く見せるためのツールなんだよ。

 

僕がこれに気づいたときには手遅れだったよ。僕の葬式はたぶん、数少ない関係者が行うかな、それとも警察の人かな、だとしたらお国に迷惑かけてるな……ハア。

 

 

それから、僕は今年、世話になった教室にてHRに参加した後、始業式のため講堂に移動したんだよね。

 

「なあ、校長の話、マヂ長くね? マヂ、ダリイ!」

 

「…………」

「タケくん、それ、マズイって。まだ間に合うから教室に置いてきたほうがいいって!」

 

「この平和な光景がずっと続けばいいのに」

 

「よ! 若葉。今日もかわいいね!」

 

 

銀色、青色、白色、金色が黒山の人ざかりのなかに浮いて見える。そうでない人でもあからさまに幼馴染同士の付き合いといった様子の二人組も見受けられる……何だか面白いな、見ている分には。

 

 

____転生者の中には髪の色を指定する人や、特典の内容により髪の色が決定される人もいます。どの特典を取るかに関わらず、知っていて損はないでしょう。

 

受付の人もそう言っていたっけ。そんなことで、彼らは転生者である可能性が高い候補ということになる。

 

因みにこれが初対面ではない。彼らもクラスは異なれど、僕と同学年にいる。

 

 

その誰を見ても整った容姿や、凄みをもっていて、確認はできないけれど、それぞれが凄い特典を持っていそうに感じる……というよりも、オフの日にオートバイを転がすというノリで強力な特典をブン回しに来た気がしてならないくらいに、その容姿が娯楽とカブキに富んでいた。

 

実際、他の転生者たちはこれほど近くにいるわけだけれども、中等部での三年間、増してやそれ以前の人生においても、僕には転生者と関わりになる機会すらなく、何故か比較的に無事に過ごしてこれたんだよ。不思議なんだな。

 

 

それは何故か。確信はできないけど、考えてみると、色々と心当たりがあるんだよ、コレが。

 

僕も一応その転生者に当たるけどさ、彼らと比べれば天地……というよりも野良柳とその隣にある高級盆栽の差なんだよね~。

 

金銀赤白青そしてグレイと、カラータイプに富んだ彼らの髪に対して、僕はと言えば、日本人にありがちな黒い髪、髪型もワックスを使わず、馴染みのパーマ屋で切った面接ヘアである。

 

これは僕の呼び方であって、面接で好印象な、ほどよい短髪くらいに思ってくれたらいい。

 

また彼らは武道をやっていて身が引き締まっていたり、そうでなくとも細マッチョと俗に言う(若い)人受けがいい体格であったりする。

 

これは、思い立ったら腹筋と腕立て伏せを偶にやって、次の日には忘れている僕とは大違いだな。

 

いやあ、感服、感服……僕? 僕は一時期だけ筋トレが続いたけど、今じゃ衰弱気味。生前からの身体を動かす感ならあるけど。主に歩行姿勢や、ラジオ体操、ストレッチ(オリジナル)で培ったものに限られる。体格もやや痩せ気味な中肉中背である。

 

つまるところ、偶然にも容姿も体力も凡庸、故に転生者たちに感づかれなかったというわけだ……全然、凄くないぞ、ハハハ!

 

 

今の笑は何か。それはいわゆる緩衝剤であり、エンジンの空吹かし。バラエティー番組を見てご覧なさい。弄られたタレントがその直後に共通してやる動作を。

 

皆一様に大袈裟な高笑いや大口を開けた朗らかな笑を漏らすどころか放射するでしょう。あれは一番無難でかつ、気分を持ち直す最善の方法なんだよ!笑う動作や発声で筋肉が解れ、心が落ち着く。

 

何よりも、笑っている自分が心に見える人は、苦境に強い!

 

……生きていて切に思うことがあったよ。

 

 

 

 

やれ、ヒロイン奪取や。やれ、俺がオリ主だ、モブは引っ込めとたまに喧しい転生者たち。

 

そんな彼らとは違い、僕は頭髪の色、顔のつくり、そして恵まれた、もしくは根気強く築かれている肉体も持たず、「神野煜(ライト)」や「白銀 護」と言った俗に言うDQNネームでもない。故に、大衆に溶け込むようにしてのほほんと学生ライフを満喫している。

 

え、名前?

 

転生特典の企画開発側が決めるらしいよ。僕の場合は、ミサキさんに引き取られる前に養護施設に拾われたことがあり、その時に当時は赤子だった僕が入っていた使い古しの百目籠(何故か趣向が渋い)に一緒に添えてあったらしいよ。

 

 

式が始まると、前年の出来事の総まとめに始まる今年の学年への期待、それから時勢や日頃の出来事や予定の行事から教訓や指示といった指導で結ぶ教諭の話。

 

指導教官による規律の確認、風紀指導の念押し。

 

始業式はこういった内容が続いた。

 

退屈かそうでないかに関わらず、たとえ恒例の話題でも何を話すかが聞いてみないことにはわからないので、結局最後まで聞いてしまうのが私である。

 

おい……あいつメモしてるぞ。真面目すぎwwww。

 

ハニーボイス(男子)が聞こえてきたけど、私はいつも持ち歩くぺら紙(下書用)に話題の見出しをとっていた。

 

ふと見れば、金髪のイケメン男子生徒がこちらにキラン☆とウィンクを飛ばすところだった。どうやら僕は彼に嘲笑われたのかな?

 

__キミ、あのねえ。

 

ぐわしィィィ!

 

仕方なく僕はその「七色に輝く飛来物」を掴み取ると、囓りィィッと口に放り込んだ。

 

僕は味のしないそれをムシャリムシャリと食みながら思った。六年間増してや生きている間、彼らのような転生者たちとの縁は出来なかったわけだ。今年も大丈夫さ、きっと。

 

そう思っている自分がその時まではいた。

 

入学式、始業式が順に済むと僕は人の流れに乗って、教室に向かった。張り出してある座席表を確認した。

 

自分の位置がわかると、そこへ荷物を移動させた。両手に荷物を持って、横、失礼します、後ろ、失礼します、と断りを入れたり、階段をぞろぞろ百足の如く並んで上がったりで、作業が終わり、息を吐くその時まで僕はあたりを伺う暇さえなかったわけだが。

 

「お、若葉。席、隣か。よろしくな!」

 

つい最近聞いたことのある声に振り返ると。

 

ボサボサヘアな金髪の男子生徒が、短髪の女子と談笑していた。

 

「タケくん、また一緒のクラスだね」

「そうみたいだな」

 

そして、あちらにいるのはつい先ほど見てしばらくと経たない無愛想な男子生徒とその幼馴染だ。一緒になれたね、おめでとさん。取り敢えず、特に言うことなし。

 

「うるさいなあ……早く世界が滅びたらいいのに」

 

そこの眼帯したキミ、とりあえず、あと百年待ってみようか。きっといいことあるって。

 

「今年こそ……」

 

ん、なんか右の方で男子生徒が呟いている。

 

「今年こそ、ハーレム作るぞ!」

 

「「絶対作るぞって、あア⁈」」

 

銀髪くんと赤髪くんが互いに牽制を始めた。雄たちは生存競争において障害となる可能性のあるものに対しては、容赦がない。

 

大自然ナ◯ョナル・ジ◯グラフィックは他所でやって欲しい。

 

他にも、何やら宙に視線を飛ばしているカラー髪の生徒や机に伏しているやる気のない生徒とかが目に付く。

 

「んー。今年は厄年だったっけ?」

 

えんへらへら。

 

 

 

 




違和感があると思われた語尾を一部訂正。


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