心に雷鳴轟く時  (タイムマシン)
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プロローグ

こじらせてる系主人公(一人称Ver)が書きたかった。なお、実際にそうなるかは未定の見切り発車の模様


 空から振る僅かな光が薄暗い森も照らし、葉は光を反射して薄く輝く。そんな森を脇目もふらずに駆け下りる影が一つあった。静寂な森には不釣り合いな激しい足音と呼吸音。身につけている衣服には血と泥が付着していて、唯ならぬ様子を醸し出している。

 

「くそッ、畜生ッ!」

 

 走る。走る。ふらつく足を叱咤して、全力で逃げ出す。あの化け物たちから少しでも遠くへ逃げるために山を下る。山を走る速度は常人のそれではなく、真っ赤に染まった瞳は恐怖におびえて歪んでいた。

 こんなはずじゃなかった。何時ものように獲物にありつけたはずなのに。いつも男の邪魔をする厄介な人間も死合えばすぐに膝を地につけて男の食料へと姿を変えた。だが、今回出会った二人の黒服は違った。今まで殺してきた人間とは力が、気配が、格が違う。

 

「なんでこんなことに……!」

 

 なんで、何故、どうして。

 男は己を弱者だとは思っていなかったが、決して油断も慢心もしていなかった。瞳に数字が刻まれた男と同じ異形の存在──『上弦』と呼ばれる鬼を知っていたから。上には上がいることを体に流れる『あのお方』血の濃さが教えてくれる。

 だから、狩りをするときは常に慎重に動いた。夜の(とばり)が落ちた日、独りでいる人間を狙い、敵を甚振(いたぶ)ることなく仕事を遂行する。悲鳴を上げられると厄介だ。それだけで己に降りかかる危険性は跳ね上がる。そんなことも理解できない嗜虐性を持った蛮勇の鬼ほど命を散らしていく。忌々しい鬼狩りに目をつけられて。

 

 しかし、それを理解していた自分でさえこのザマだ。死ぬかもしれないという根源的な恐怖で本来の己を少し取り戻した今ならば分かる。原因は──匂いだ。思考を奪おうと襲い掛かって来る暴力的なまでの血の香り。あの香りを嗅ぐだけで理性が解ける。正常な判断が難しくなっていき、自分が自分じゃなくなっていく。

 今より半刻前、甘い血の香りを辿っていくうちに山の山頂付近にまで到達していた自分を含め、数人の鬼が視界にとらえたのは腕から血を流す二人の男。この匂いの原因はあそこにいる男たちだ。あれは美味そうだ。まさしくあれは――

 

 ──稀血。霞がかかった思考でそう判断した鬼たちは我先にと黒服の男たちに飛び掛かり──

 

 

 ──風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 ──雷の呼吸 弐ノ型 稲魂

 

 一瞬にして自分以外の全員が(くび)を斬り飛ばされていた。何とか自分は頚と刀の間に腕をねじ込むことで死を回避したが、残りは全滅だ。ともすれば、痛みすら感じることなく死を迎えたのかもしれない。そうして、彼我の戦力差を悟った男は一も二もなく逃げ出し、今に至る。

 

「ここまでくれば……」

 

「──ここまでくれば、なんだァ?」

 

「────ッ!」

 

 突如、頭上から声を掛けられ、すぐさま戦闘態勢をとる。木の上には黒服の上から白い羽織を着用した顔に傷のある男。そして、手には『惡鬼滅殺』と刻まれた薄緑色の刀。鬼はそれを知っている。太陽光を存分に吸収した鉄、陽光山で採れるという鬼を殺すためだけに作られた色変わりの刀──『日輪刀』。

 

「その文字──貴様、柱か!」

 

「そういうてめェは『十二鬼月』だなァ?」

 

 狂ったような笑みを浮かべる男を見て鬼は『下伍』と刻まれた瞳を細めた。あの男の瞳には憎悪が映っている。憤怒に、嚇怒に満ちている。最早、戦闘を回避することは不可能。真っ向から勝負すれば敵いはしない。だが、鬼としての能力──血鬼術を使えば話は別だ。

 幸いにも自分の血鬼術は汎用性が高く、逃走も撃退も思いのままだ。様々な種類の煙を自在に操る力を持ってすれば活路は見えてくる。強烈な血の匂いにも慣れてきた今ならば、目の前にいる男の一人くらいは──

 

「──あ、れ……?」

 

 視界が急に高くなった。次いで感じるのは浮遊感。視界はしきりに回転し場の全容をその瞳に映し出す。

 

「────ぁ」

 

 ──体がある。頚のない、鬼の肉体。それが自分のものだと理解するのに時間はかからなかった。その近くには刀を納刀した体勢で妙な呼吸音を漏らす()()()()()()

 

 ──シィイイイイイイイイ

 

 大気を切り裂くような音。僅かに揺れる空気に鬼は地に振り下ろされた雷を想起した。

 あぁ、どうして忘れていたのか。どうして気が付かなかったのか。恐怖と諦念で頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 こうして、血で血を洗う(おに)の人生は人の(ちから)の前に幕を下ろした。

 

 

 ◇◇

 

「──ふぅ」

 

 鬼の体が灰のように崩れて消えるのを見届けてから、大きく息を吐いて空を見る。

 ──今回の任務はなかなか骨が折れるものだった。ここ何ヵ月か夜になると若い男女が消えるとの報告を受けて、隠の人間に調査に向かわせても一向に反応がない。空振りかと隠が引き返すとまた人が消え始める。しかも、報告にあった場所とは違う村で。ならばと隊員を向かわせてみれば、その隊員すら帰ってこなかった。

 ──『十二鬼月』がいるのかもしれない。お館様のその一言で柱が直接動くことになり、不死川さんが俺を連れて現場に向かった。やはりというべきか、何日たっても動きを見せない鬼に痺れを切らした不死川さんが自分の血を餌に其処ら中を駆け回って集めた鬼を一網打尽にする何時もの作戦に変更した。

 

 これをやると蝶屋敷の主である姉妹に俺が小言を言われるので(継子なら柱の暴走をしっかりと咎めなさいだとか一緒になって自分もやるなとか)あまり好みの手段ではないが効率が良いのは間違いないのでなかなかやめられない。俺たちが傷を負うだけで救える命があるならば安いものだ。

 ──人は死んだらもう二度と会うことができないのだから。

 

「今日は星がよく見えるなぁ」

 

 木々の隙間から見える空は満点の星空を映していて、幻想的な光景だった。いっそ、手を伸ばせば届きそうなほどに。

 一般人は、俺たちとはまるで違った人生を歩んできた人は、この光景を見たら何を思うのだろう。何時でも見れる光景だと見向きもしないのか、はたまた誰か大切な人と見たいとでも考えるのか。どちらにせよ、人並みの暮らしも幸せも選ばなかった(選べなかった)鬼殺隊(おれたち)には縁遠い考えだ。

 

「これで任務完了だ、とっとと帰んぞ」

 

「はい! すぐ行きまーす!」

 

 不死川さんは継子の俺をおいてスタスタ山を下りて行っていた。とりあえず声を張り上げて返事をしていれば大丈夫だろうと思いながら口を動かす。あの体の傷に剣術の冴え、何より、滅殺を誓った強靭な意思には尊敬の一言しかない。あれで俺より一つ上の一八歳だというのだからさらに驚きだ。鬼殺隊の柱にまで上り詰めるには心技体全てが揃わなければならないとは言うが、その中でもこの人は折り紙付きだろう。

 

 鬼殺隊に入ってから二年、刀を手にしてからもうすぐ六年。未熟な自分でも決めたことを諦めずに何とかやっていけている。良い意味でも悪い意味でも俺は変わらず鬼を殺し続ける。それが楠葉宗吾(くずはそうご)の人生だ。二年も鬼を殺していれば──地獄を見ていれば考えも変わるかと思っていたけど、そんなことはなかったようだ。

 

「あ、そういえば聞き忘れたな」

 

 鬼と戦う前にいつも繰り返し聞いてる質問を今更ながら思い出す。まぁ、不死川さんが居るときはまた色々言われるから一人で任務に行くときにすればいいか。

 

 不死川さんは結構放任主義だ。今回のように十二鬼月との戦闘があるかもしれない、という場合には同行するが、基本的には一般隊員とやることは変わらない。あちらが風の呼吸を使うのに対して、こちらが雷の呼吸を使うというのも理由の一つだろう。お互いに技を出し合って競っても同系統の呼吸でないのなら効果は薄い。

 雷の呼吸と言えば派生に宇髄さんの使う音の呼吸というものがあるが、アレはどうにも特殊な部類だ。そもそも武器からして特別だから俺には使いこなすことは出来ないだろう。というか、使いこなせなかった。二刀流ってどれだけ難しいと思ってるんだ。両手に持った刀を満遍なく振るうのにどれほど訓練を積めばいいものか、考えるだけで頭が痛くなってくる。

 

「カァー! 任務完了! トットト帰レ! カラダを休マセロ!」

 

「そうさせてもらいますよっと」

 

 戦闘を終えたことを確認した鴉が頭の上で喧しく騒ぎ立てる。隠への連絡を済ませた後、俺は不死川さんを追いかけて山を下った。ここ数日夜、夜は常に動き回っていたので碌に寝られていない。まともな寝所が恋しい。眠い。寝ながら戦えたらいいのに、なんて馬鹿げた考えを一蹴して再び空を見上げる。まだまだ星がきれいに見える深夜の時間だが、それも後数刻の辛抱だ。

 

 ──長い夜が明けようとしている。鬼の時間は終わり、人間の時間がやってくる。

 




楠葉宗吾(くずは そうご):十七歳。雷の呼吸の使い手。風柱の継子。


原作三年前スタート。原作にあった『雷の呼吸の継承権』云々はよくわからんのでガン無視。その他時系列も詳しく説明されていないので適当に行くふわふわ設定。


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蝶が棲む館

週に一回くらいは投稿していたい(願望)


 夜の闇に薄く星の光が輝く。ほとんどの人間が寝静まった深夜に、外で向き合った影が二つあった。

 

「──一つ、聞きたいことがある」

 

「く、来るなぁ!!」

 

 黒い隊服の上から炎の如き赤い羽織を羽織った男が静かに問いかける。男の瞳には怒りも憎しみも見えず、刀を向けられた鬼は余計に恐怖した。

 

「お前は、人間(ひと)だった時のことを覚えているか?」

 

 鬼の必死の抵抗も一瞬で斬り捨て、なおも問いかける。

 夜を凝縮したかのような漆黒の髪に対し、光を集めて宝玉にしたような金色の瞳は闇の中でもよく映えていた。

 

「しっ、知らねぇ! そんなの覚えてねぇ……!」

 

「……そうか」

 

 鬼の答えを聞いた男──楠葉宗吾は目を伏せ、刀に手をかけた。次いで聞こえてくる独特の呼吸音。死を告げる死神の足跡だ。

 

「──雷の呼吸」

 

「まっ──」

 

 ──壱の型 霹靂一閃

 

 鬼が気付いた時にはすでに頚が飛んでいて。正面にいたはずの男は己の後ろに立って視線を此方に送っていた。

 

 ──それが哀れみの視線だと、鬼が気付くことはなかった。

 

 

 ◇◇

 

 

 任務を終えて蝶屋敷がある街にやって来た。俺には傷を負わなくても定期的に蝶屋敷に向かわなければならない理由がある。お館様直々の頼みとあれば、断ることなんて柱でもない俺には出来ず──仮に柱でも断ることなどないと思うが──月に一度は義務的に通っている。ちなみにいうと、不死川さんも通わされている。

 

「っと、着いた」

 

 屋敷に到着して、呼び鈴を鳴らす。しばらくするとパタパタと足音が聞こえてきて、俺よりも少し年下の女の子が出てきた。最近あまり見ていなかった顔だ。確か、カナエさんの継子だったか? 隊服を着ているから隊員であることは間違いないのだが。

 

「鬼殺隊、階級『甲』の楠葉宗吾だ。カナエさんとしのぶに用があるんだが……」

 

「あっ、はい! 採血ですね。ご案内いたします」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 パチン、と両手を胸の前で合わせた少女が笑みを浮かべて歩き出したので、そのあとに続く。屋敷の中には相変わらず怪我人が滞在していて、その者たちの世話を屋敷で働いている者が甲斐甲斐しく世話を焼いている。見事にみんな女性だ。

 

「そういえば、この屋敷で男は働いてないんだっけ?」

 

「はい、住み込みの場合、女性だけの方が都合がいいこともあるので。……もしかして、此処で働きたいとお思いですか?」

 

「いやいやいや、しのぶに何時か刺されそうだから止めとくよ」

 

 そうですね、と少女はくすくすと笑う。それを見て俺も苦笑する。どうしてこんなに年下にいじられねばならないのか。謎だ。

 

「まぁ、鬼を滅ぼした後に仕事がなければ働こうかな」

 

 ごほん、と大きく咳をしてから当たり障りのない回答をする。答えに窮するときは後回しにしておけばいい。『鬼滅』とは鬼殺隊の悲願であるが、そう簡単にいかないから鬼殺隊は千年間も存続している。俺たちの代で終わらせるという気概こそ皆が持っているが、本気で実現可能だと考えている人間は少数だろう。何せ、まだ柱の一人さえ鬼の首魁である鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)に出会ったことがないのだから。

 その『行けたら行く』と同等以上の効力を持った言葉に、今度は少女が苦笑いをした。

 

「まったく、何を言っているんですか貴方は」

 

 と、前からやってきた年下の少女に小ばかにしたように言われた。……どうも年上に対する敬意とかそういうものが足りないらしい。原因は主にこの少女のせいだろうか。

 軽く手を上げて挨拶をする。

 

「よう、しのぶ」

 

「お久しぶりです楠葉さん。……あとは私がやるのでもう結構ですよ」

 

「はい! ではお願いします!」

 

 付き添いをしてくれた継子の子に別れの挨拶をした後、どんどん前に進んでいくしのぶを追いかける。何故かやや速足だ。

 

「しのぶ、どうかしたか? なんか怒ってるだろ」

 

「怒ってなんかいません!」

 

 いやどう見ても怒ってるじゃんとは口に出さない。今機嫌を損ねたら、採血の時に痛い目を見る可能性が高い。採血なんて腕の血管に注射器の針を刺せばいいだけだろうと思っていたが、当然ながらそこにも技術の巧拙は存在した。

 この蝶屋敷では一番上手いのがしのぶで、一番下手なのはもしかしたらカナエさんだというのが俺と不死川さんの間の共通認識になっている。『胡蝶姉はよォ……妹に教わった方がいいんじゃねぇか』とは不死川さんの言だ。

 そういうわけで、是非とも採血は機嫌の良いしのぶにやってもらいたいわけで、何とかして機嫌を直してもらう必要がある。

 

 とはいえ、しのぶがこんな状態になっているのには凡その心当たりがある。藤の花の毒で鬼を殺せることを証明したしのぶの実力を今更疑うものはいない。だとしたら、答えは一つだ。

 

「またカナエさんに惚れてる隊員の話でも聞いたのか? あの人優しいし、人気が出るのも仕方ないだろ」

 

 ピクリ、としのぶの肩が跳ねた。図星だったか。

 

「それもありますが……ああ、もう! どうして鬼殺隊の柱という人たちはみんな自分勝手なんでしょう!」

 

「……へ?」

 

 頓狂な声を上げてしまう。柱に自分勝手な人が多い。柱で常識人といえば、岩柱の悲鳴嶼さんとしのぶの姉である花柱のカナエさん、そして最近柱になった煉獄。後は……うん、だいぶ変わった人が多いなぁ。不死川さんも常識人枠に入れてもいい気がするけど、あの人は常識は弁えているが無茶ばかりして、マトモかと言われたら素直に頷けない。

 

「安静にしろと言っても、まっっったく守らない! 義勇さんはどれだけ心配を掛けさせたら気が済むんですか!」

 

「ぎゆうさん……?」

 

「水柱です、冨岡義勇。ご存じありません?」

 

 未だにプンプンしているしのぶを見て、あぁ、と頷く。鬼殺隊の柱というものには九つの席がある。そして、その中に必ず入って居るのが煉獄の襲名した『炎柱』と冨岡さんの『水柱』だ。特に、当代の水柱は拾までしかない水の呼吸に拾壱の型を独自で作り上げたとして高い評価を受けたらしい。

 ……らしいというのは、実際に手放しで褒められているところを見たことがないからだ。不死川さんも冨岡さんの話をするときは決まって愚痴だし。あまり人と関わろうとしないらしい。俺もよくは知らない。以前に話しかけたことがあったが、普通に無視された。

 

「まぁ、仲良いならお前がちゃんと見張ってるんだな」

 

「なっ、仲良しじゃありません! 急になんなんですか!?」

 

「いやどう見ても仲良しだろ。名前で呼んでるんだし──」

 

 俺のことは苗字で呼ぶけど冨岡さんのことは名前で呼ぶんだろ、と言い切る前に顔を林檎のように真っ赤に染めたしのぶの張り手が俺の頬に飛んできた。

 

 

 ◇◇

 

 

「あら、それであんなにしのぶが恥ずかしがってたのね」

 

「おかげさまで何時もの倍は血を抜かれた気がします」

 

 あと、何時もの倍は痛かったですとこぼす俺に対してカナエさんは朗らかに笑う。妹の話をしているときのカナエさんは一層ほわほわしている気がする。その妹によって俺は腕だけでなく、頬も痛みを発しているんだけどな。

 俺が血を抜かれた腕を擦ると、カナエさんも包帯の上から腕に手を添えてくる。相変わらず距離が近いなこの人。しのぶに注意されるのも分かる。

 

「ごめんなさいね、稀血の人は少ないから、しのぶも色々調べたいことがあるそうなの」

 

「はい、構いません。この血で現状が変わるなら安いものです」

 

 稀血の隊員というのは非常に貴重だ。そもそもからして、稀血の人間が少ないから仕方がないという面もあるけど。鬼を殺す毒を創り上げたしのぶは、次は稀血を利用して何か新たな武器を創れないかと試行錯誤を繰り返している最中らしい。

 

 稀血といっても、その効果は人によって差異がある。不死川さんの血は鬼を香りで鈍らせて思考力を低下させる効果がある。俺の血は感覚に作用する効果を有している。五感のいずれかに作用して、視力を落としたり聴覚を奪ったりと二人とも何かと便利なものを持たされている。そんな中、完全に一致しているのは『鬼を引き寄せる誘蛾灯』という力だ。

 

 

「しのぶにはね……鬼のことなんて忘れて、幸せに暮らしてほしいんだけど」

 

「無理だと思いますけどね。少なくともカナエさんが戦い続ける限りは、やめるような性格じゃありませんよ」

 

「そうなのよねぇ……」

 

 ほぅ、と小さくため息をつく様子も絵になっている。常に笑みを浮かべている姉とよく怒る負けん気の強い妹は、鬼殺隊でも屈指の美人だと男性隊員にもてはやされている。鬼が存在しない世ならば、たいそう求婚の話が舞い込んできたのではないだろうか。

 そんな彼女と、何時からか採血を終えた後はこうして言葉を交わすようになっていた。その日の任務のことを話したり、妹の自慢話を聞いたり、そして、今回のように弱音を聞いたりしている。立場上、そう易々と弱音を吐くのは許されない。だから、こうして周りに目がない状況は心が休まるのだろう。

 柱とはただ鬼を殺すことに長けた人間が得る称号ではない。その名の通り、鬼殺隊を支える柱になる。故に多忙で、命の重みも変わってくる。俺とは偉い違いだ。

 

「それに、しのぶは鬼を憎んでいる。あなたとは考え方が違うんでしょう」

 

「……ええ、わかってるわ。私たちはこれ以上、私たちと同じ思いをする人を減らすために鬼殺隊に入った。鬼に対する考え方が異なるのは仕方ありません。……でもね、宗吾くん。やっぱり私は思うの。鬼は悲しい生き物だと」

 

 あなたになら分かるんじゃない、と薄紫の瞳が見つめてくる。人でありながら人を喰う、朝日を恐れて夜に潜む。そんな悲しい生き物だとカナエさんは言う。確かにそうかもしれない、けど、俺は。

 

「さぁ、どうでしょうか。まだ自分には荷が重い質問です」

 

 そう言って立ち上がる。話し合いはもう終わりだという合図だ。以前にカナエさんと任務先で会ってから、最後の問いも、その回答も変わっていない。カナエさんも薄く笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「では、そろそろお暇させてもらいます」

 

「いつもお話を聞いてくれてありがとう。気が楽になるわ」

 

「いえ、また今度もお願いします!」

 

 最後に元気よく返事をして屋敷を後にする。

 

 鬼は悲しい生き物だ。哀れな生き物だ。分かる、分かるよ。俺だってそう思っているんだから。けど、それを彼女が言ってはいけないと思う。家族を殺された人間が、相手も元々は人間なのだから可哀想など馬鹿げた話だ。俺はきっとそんな風には生きていけない。しのぶの方がよほど人間らしく俺の目には映っている。

 大体、鬼が人間? そんなわけがない。アレはただの獣だ、人を喰う獣。人としての倫理観も、記憶すら失った者を人間だとは言わない。俺とカナエさんとでは、そこが決定的に違う。

 

 端的に言って、俺は────胡蝶カナエが苦手だ。



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