総隊長の孫のくせしてクソ雑魚だった彼 (時雨。)
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総隊長の孫のくせしてクソ雑魚だった彼が死んだと思ったらいつの間にか二匹の蝶を救っていた話。

ここ数百年不穏に続いた偽りの平和が終わりを告げ、唐突に始まった激動の時代。

その最中はあまりにも出来事が連続して起きすぎてその一番最初の始まりは何だったのかと聞かれると、その答えは人によって様々だ。

長きを生き抜く古強者は彼のクインシーとの因縁が始まりだと言う者が多い。

若き青い息吹達は記憶に新しく、何より自分達が暮らす瀞霊廷で起こった愛染隊長殺害事件を上げるものが多い。

長い歴史を持つソウルソサエティでは、このように件の激動の時代について何かを語る時は自身が経験してきた出来事を持ち出して語るのがスタンダードだ。

 

 

――え?俺の場合か?

 

 

うーん、大体いつも事件の渦中に近い所に居たけれど、やっぱり始まりは――――

 

 

 

俺の友達のオレンジ髪のヤンキー野郎が女の子に腹を刀でぶっ刺されたところからかな

 

 

 

 

 

 

 

 

それまでだって決してずっと平和だった訳ではないけれど、それにしたってその数年は本当に大きな戦いが相次いでいた。

その中で生命を落とした隊士は少なくないし、重軽傷を負った隊士はもっと沢山居る。

怪我の後遺症で戦うことが出来なくなった者も居れば、恐怖に絡め取られて足が竦んでしまうようになった者も居た。

本当に、本当に沢山の犠牲が出た。

ずっと長いこと最前線で戦っていた人達なんてほんの僅か一握りで、隊長達を含めて十数人程度だった。

俺はそんな風にはなれなくて、あっという間に散っていった大勢のうちの一人だった。

別に努力しなかったわけじゃないんだ。ただ、あまりにも才能がなかっただけ。それとあの頃は時間もなかったからな。

たった数ヶ月挟んですぐ次の戦いだぜ?なのに周りの奴らはあっという間に壁を乗り越えていきやがる。

まったく参っちまうね。こっちは毎回毎回ひーこら言って血反吐吐きながら顔面涙と鼻水でベロベロにしてようやく足元に追いすがってるっつーのに。

夜一さんなんかすげぇ申し訳無さそうに「お前には伸びしろがないからすまんが力を引き出そうにも限界がある」とか言われたしな。あれは正直分かってたとはいえちょっと泣いた。

 

……強い奴に嫉妬した。早い奴に憧れた。

 

あらゆる人間に醜い卑屈な感情を懐きながら、それを外に出さないように必死こいてたのさ、俺は。

オレンジ髪のあいつはその最たる例だ。

ただの人間として生きてたはずなのにいつの間にかソウルソサエティの英雄だぜ?俺はあいつが生まれる前からえんやっさと刀振り回して勉学に励んで鬼道撃ちまくって頑張ってたってのに何が月牙天衝だ馬鹿野郎。

あれ一つで何でもかんでも済ませやがってボキャ貧め。無駄に技名がかっこいいのもムカつく。

……話がそれたな。

何を話そうとしてたんだっけか……あー、そうそう。俺自身は愚昧も愚昧だったが、身内はそうでもなかった。

これは卑屈な俺が持つ数少ない自慢話なんだが、俺の爺様は二千年も護廷十三隊の総隊長を勤めた大物だ。俺なんかと違って斬拳走鬼すべてが一流で何をやらせても凄い人で、背中から覇気?というか燃えたぎるオーラみたいなものが見えてた。

まぁそのおかげで周囲からの高まりきった期待と羨望が日に日に侮蔑と嘲笑に変わっていく素敵な時間を過ごすことになった訳なんだが。

それについては爺様を恨む気持ちなんてこれっぽっちもないし、むしろ俺なんかが孫だったせいで苦労したことの方がずっと多かったと思う。

稽古は厳しかったけれど、普段はすごく優しかった爺様。

言葉にするのは恥ずかしかったから言ったこと無いけど、実は結構いつも心のなかで感謝とか、してたりしたんだぜ。

まぁ、こんな長々語っておいて結局何が言いたいのかといえば――――

 

「死に際にくらい、俺だって意味を求めたいッ!!」

 

血の混じった唾を飛ばしながら鋭い痛みの走る右腕を振るう。

握られた斬魄刀は既に刃こぼれでボロボロで、今にもポッキリ折れてしまいそうだ。

俺を置いては行けないと必死の形相で怒ってくれたオレンジ髪の友は先程仲間の説得でようやくここを離脱した。

その最中も後ろ髪を引かれるように何度もこちらを振り返りながら強く歯を噛み締めていた。

きっとまだあいつらはそう遠くまで逃れられていない。

なら、まだ俺が倒れるわけには行かないだろう。

 

「っ、げほっ、あ゛ー、視界が霞んできた。これもうホントに駄目なやつだ。まずいな、もうちょっと"アレ"なしで時間を稼ぎたかったんだが」

 

俺の斬魄刀は未だ始解すらされていないただの刀のままの形状だ。

どうやら俺の才能は斬魄刀の能力に全振りされたらしく、これだけは爺様にすら場合によっちゃあ押し勝てるのではないかと思えるほどの瞬間火力が出る。

しかし、他の部分が未熟どころかカスのまま頭打ちになってるような奴がそんな大層な棒きれ振り回そうもんなら結果は火を見るよりも明らかだ。炎熱系だけにな。

 

「でももうそんなこと言ってる場合じゃねぇし?このままだと始解する前に俺ひき肉になっちゃいそうだし?そろそろやるしか無いかぁ」

 

周囲を覆い隠す土煙の向こうに居るであろう敵に対して上段に斬魄刀を構え、言ノ葉を紡ぐ。

 

「万象一切無常へ誘え――」

 

 

 

 

立ち昇る火炎は御柱の如く。

遍く全てを焼き清め、立ちはだかる一切を自身の主ごと焼却した。

炎に巻かれながらもようやく自らの生に意味を見い出せたような気がして俺は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と思ってたんすけど、これどういうことなんかね」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでも無いです」

 

俺はベッドの背もたれに背を預けて、下半身は掛布団の中。目の前には超絶美人な蝶々をあしらった装飾を多く身につけた美少女。

にっこりと微笑んだその顔にはあどけなさが未だ残るが成熟した大人の女性へと変わりゆく途中経過特有の色香を感じさせた。

俺は昨日この女性の屋敷のベッドの上で目を覚ました。

話を聞くと、白い袖のない羽織に上下とも黒い変わった装束で手には刀を持った状態で道端にぶっ倒れていたらしい。

そのまま放置するわけにもいかず、元より向かっていた彼女の自宅へとそのまま搬送された訳だ。

俺、あの時自分の斬魄刀の能力を態と暴走させて自分ごと敵を焼いた気がするんだけど、もしかして全部夢だったのかな?これが朽木の言ってた夢オチってやつ?嘘だよね?嘘だと言ってよ爺様。

 

「えー、胡蝶さんでしたっけ」

「カナエで構いませんよ。名字だと妹のしのぶとどちらか分からなくなってしまいますから」

「じゃあカナエさん。取り敢えず行き倒れていた所を救っていただいて誠にありがとうございます。お礼はそう遠くないうちにさせて頂きます」

「もう、そんなかしこまらなくていいのに。見たところそう歳も違わないでしょう?もっと砕けた口調でいいじゃない」

「あー、そ、そうだな」

 

俺達死神にとって外見年齢などまったくもって当てにならない。見た目の変化など精神の有り様に依存しているところが大きいし、やろうと思えば千年単位で殆ど変わらない容姿で居るというのも不可能ではないはずだ。

事実俺も実年齢は数百歳である。

とはいえ俺達ソウルソサエティの住人とは違う生身の人間に「おいおい、俺から見たらお前なんぞクソガキ、否、赤ん坊もいいとこだぜ嬢ちゃん」などと言うわけにもいくまい。

何しろこの嬢ちゃんは路上で倒れている俺を拾ってくれた恩人である。普通見知らぬ人間が倒れていても声はかけたとしても自分の家に連れ帰るなんてことはしない。

しかもこんな年頃の女の子がだぞ。もっと警戒心持ったほうがいいとお父さんは思いますよ。

 

「取り敢えず拾ってくれたことはすげー感謝してるんだけど、正直俺はあんたに恩を返せる宛が今の所全くと言っていいほどない。金は無いし身よりもなければこれから行く宛すら無いもんで、いつになったら返せるか分からん。なんで、現状なにか困ってることとかないか?それに協力することで今のところは一先ず手打ちにしてくれ」

「恩なんてそんな気にしなくて良いのに。困った時はお互い様って言うでしょう?」

「とは言ってもなぁ……」

「うーん、あ!それじゃあこのままここで住み込みで働いてみない?」

「……へ?」

 

 

 

という訳で、この度蝶屋敷に就職いたしました。

 

「いやいやいや、何がというわけなの。全然訳解んないんだけど」

「すみませーん!こっちの荷物倉庫に運ぶの手伝ってもらってもいいですかー?」

「あ、はいはい」

 

「あのー、こっち紙にまとめてある書物を本棚から集めて、そっちの紙にまとめてある書物を本棚に戻してきてもらってもいいですか」

「あ、はいはい」

 

あっちで呼ばれてそっちで呼ばれてせっせと働く今日このごろ。

俺は何故か外傷は一つもなかったからカナエに勧められた次の日からここで働いていた。

衣食住三色おやつ付きで他の屋敷の方々も良くしてくれる。初めは男ということで警戒していた節も合ったがここ数日で随分打ち解ける事ができたと思う。ただ一人を除いてではあるが……。

あの後カナエから聞かされた説明によれば、この蝶屋敷は鬼殺隊と呼ばれる鬼を退治する組織の人間が体を癒やしに来る施設なんだそうだ。

俺達で言うとこの四番隊隊舎だな。

だが、あそこと違って良いのは十一番隊の連中のような医療従事者に対して食って掛かるようなイカレポンチ共が居ないことだ。

あの連中卯ノ花隊長以外には基本四番隊の誰にでも突っかかるからな……。

医療関係の備品を保管している部屋の中に入り、手に持っていた箱からそれぞれの棚に薬や包帯を移していく。

回道のような消耗品を使用しない技術がないせいか、随分と備品の減りが激しいらしい。俺らは現地に駆けつけた四番隊の回動によって最低限止血や軽症の治療は出来ていたので、こうしてそういった便利な術が無い中でようやくその有り難みを強く感じる。

なんたってここの人達――そう、鬼殺隊という連中は剣の腕だけでその鬼とかいう化け物共と戦っているらしい。

正確には呼吸法とかいう謎技術も使っているらしいのだが、そんなの俺からしてみれば無いも同然だ。

物理的な限界に苛まれ、鬼道も使えず斬魄刀のような能力を持った武器もない。そんな中で傷は無限に治る上に力は何倍も向こうが強くて寿命もないとかどんな鬼畜ゲーだ。

一時期朽木と共にハマっていた現世のマゾゲーより酷い。

ちなみに俺はこっそり夜に屋敷を抜け出して鬼道や瞬歩を使用してみた所、以前ほどの効果は無いものの使う分には問題ないことが確認できた。

体の方は多少鈍っているいるような気もするが、霊体の時と感覚的にはそう変わりない。するとどうしてカナエ達に見えているのかという話だが、一応ちゃんと体は肉で出来た生身のようだった。こういうことを詳しく調べるのは某変態マッドサイエンティスト率いる技術開発局のお仕事なので、頭の弱い俺はラッキーと思って特に深く追求はしないことにした。

この分なら恐らく斬魄刀の方も問題ないだろう。実際試してみるのが確実なのだが、最悪ほんの少し火力をミスっただけで周囲がこんがり焼け野原になってしまうのでやめておいた。

頼まれた備品を運び終わり部屋から外へ出ると、丁度目の前を通りがかっていた彼女と目が合った。

 

「……どうも」

「お、おう。おつかれさん」

 

こちらを眼光鋭く睨みつける目の前の少女の名は胡蝶しのぶ。あの胡蝶カナエの実の妹である。

あの日俺をカナエが紹介してから「姉さんはもっと警戒心を持つべき」「素性知らない男の人を家に置こうとか考えないで」など数々の説得力有り余る発言を繰り出して来た彼女だが、俺自身としてはそのほとんどに同意する所存である。

しかし、目下の問題はカナエとは違ってまともな感性をしたしのぶは突然降って湧いてこの屋敷に住み着いた怪しい男である俺をまったくと言っていいほど信用してくれていないということだ。

ま、まぁ、それが普通なんだけどね……。かと言って俺が傷つかないわけではないわけで。

 

「そろそろこの遭遇したら必ず一定の距離を開けようとするのはやめてもらえないかな―って思うんだけどどうかなしのぶ嬢」

「……いえ、貴方がどこの誰か正直に話してその上で貴方の経歴や素性に何の問題もなければ直ぐに止めると初めて顔を合わせたその日に言ったではありませんか」

「いやー、その、そこについては……な?大目に見てもらいたいっていうか……」

「やはり何かやましいことがあるのでは?そうじゃなかったらどうして言えないんですか?私、そんなに難しいこと言ってないと思うんですけど」

 

まったくもってその通りなんだが、俺の出身がソウルソサエティな以上どう頑張ってもこの世界中探し回ったって俺の血縁は一人も見つかる訳がない。

そもそもでこの世界にソウルソサエティがあるのかさえ分からない。

俺が死んだあの時間より過去のようだし、そもそも現世でホロウのような霊体以外に鬼なんて実態のある化け物が存在していたなんて話は聞いたことがなかった。

もし何らかの原因で過去に飛んでしまっただけだとしても、今ソウルソサエティに戻れば過去の俺と鉢合わせる可能性がある。

存在しなかった過去を作り出すのはこの上なく危険なことだ。

俺はあの時あの場所で死んだ。それ以上でもそれ以下でもない。その事実だけがあれば良い。

結局しのぶに俺は何も言えず、そのまま距離を取ったまま向かい合って一分ほどが経つ。

視線を反らしたまま何も言わなくなった俺にしびれを切らしたのかしのぶが口を開こうとしたその時、バサバサと荒々しい羽音が屋敷の外から聞こえてきた。

 

「カァー!花柱胡蝶カナエ!上弦ノ鬼ト遭遇!至急救援求ム!!」

 

隣でしのぶがひゅっと息を飲むのが分かった。

対して俺は何かカナエがピンチなのかなくらいしか状況を理解できず詳しい現状を教えてもらおうとしのぶの方に向き直った瞬間目の前をそのしのぶが駆け抜けていった。

 

「ちょ、え、おい!」

 

俺の声が聞こえていたのかいないのか、血相を変えたしのぶは自身の刀を手に屋敷を飛び出していく。

一瞬出遅れた俺も自分の斬魄刀と羽織を取りに部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分遅れながらも、瞬歩でしのぶに追いつく。

後ろから誰かが並走してくるのは気がついていたようだが、その正体が俺であったことに驚いた顔をしたしのぶは次いで怒りに顔を歪めた。

 

「どうして来たんですか!貴方は鬼殺隊員ではないでしょう!!腰に挿している刀だって日輪刀じゃない!貴方が来ても無駄死にするだけよ!今すぐ屋敷に戻りなさい!」

「まぁまぁ、そう怒るな。戦力は多いほうがいいだろ?こう見えても戦いに関しては一家言あるんだ。少なくともまともに肉の体をしてる奴に負ける気はしない」

「はぁ!?何言ってるのよ!!体が肉以外で出来てる生物がいるわけないでしょう!!?私は今貴方に構っている暇はないんです!!早くしないと姉さんが――」

「おう、そうだった。カナエがピンチなんだったな。先行くぞ」

 

後ろからしのぶが何か言ってたような気もするが、今出せる最速の瞬歩で高速移動を繰り返す。

景色はあっという間に過ぎて行き、数分とかからずカナエの元へと辿り着いた。

カナエは膝を付いて胸を手で抑えており、それを見下ろす中々いかしたファッションの鬼と思しき人物は薄気味悪い笑みを浮かべていた。

カナエを背に庇うようにして立ち止まり、腰の刀に手を添える。

 

「わぁ、君凄く早いね。今いきなり目の前に現れたように見えてびっくりしちゃったよ」

「げほっ、げほ、どう、して、ここに」

「そりゃあ鴉がカァカァないて救援に行けって言ってたからさ。しのぶもしばらくしたらここに来るぞ」

 

服の胸元を強く握りしめながら苦しそうに咽るカナエを見るに、内蔵を、それも彼女達鬼殺隊の要とも言える肺や気道をやられたか。

出来れば早い所応急手当に入りたいな。

 

「なぁあんた、今すぐどっか行ってくれるとかない?」

「無いな。俺はその子を救わなくちゃならない。それを放ってどこかへ行くなんて出来ないさ」

 

ニタリ、と笑みを深めた鬼は両手に持った扇を弄ぶ。

明らか見逃してくれるような雰囲気ではない。

まぁそりゃあ追い詰めた獲物を目の前で放って帰る理由など無いか。

 

「んー、あんまり俺が鬼殺隊と鬼の戦いに関してちょっかいを出すのは良くないかなーとか思ってたんだけど、そうも言ってられないな、これは」

 

諦めて愛刀を引き抜いて鬼に向けて突きつける。

すると鬼はニタリと歪んだ口元はそのままに少しだけ目を見開いて驚いてみせた。

 

「君のその刀、日輪刀じゃないんだね。それでどうやって俺を殺すつもりなのかな?」

「うーん、どうやってだろうな。俺もあんま考えてない」

「なんだそれ!君もしかして頭がおかしいんじゃないか?あ、もしかして君も俺に救ってほしかったのかな?ごめんよ、気がつけなくて。それならそうと言ってくれればいいのに。ああ、直ぐに救ってあげるから安心してよ」

「あー、お前そういうタイプなのな……。日本語通じないっていうか、うちの十二番隊の隊長とおんなじ臭いがする」

 

俺が何を言っているのか当然理解できない鬼は何のリアクションも返さずただ笑っていた。

さて、ほんとどうしようかな……。切っても再生するらしいし、朝まで耐久レースかな?

場合によっては始解を使うとこまで考えないといけないか。カナエって鬼殺隊の中でも指折りの剣士らしいし、この鬼も結構強い鬼なのかもしれない。

 

「その鬼の、血鬼術の中で息をしては、駄目っ。そうしたら、私みたいに……!」

「ほらほら、その子辛そうだよ?早く救ってあげないと可愛そうだ。なんたって肺胞が壊死してる」

「肺胞が壊死?」

 

予想外な重症に反射的に眉間に皺が寄る。

おいこら、思ったより大怪我じゃねぇか。てか肺胞がピンポイントで壊死ってどういうことだ。

一体何をどうしたら、と考えたが、その疑問はすぐに解消された。

扇をゆらりと動かした鬼の周囲に空間を冷やす冷気を感じたからだ。

恐らくあれが気管から入って肺をやられたんだな。

呼吸法によって鬼と渡り合っている鬼殺隊には悪魔のような能力だ。この世界の神様はもう少し人間側に優遇してあげてもいい気がする。

というかそれにしても――――

 

「奥の手とか思ってたのに早々に使う羽目になりそうじゃん、これ」

 

最終手段を初手で使わなくてはいけなくなりそうで気分がげんなりと落ち込む。

いやぁ、俺は使ってもいいんだけど周りへの影響が……。

最悪戦闘が終わった後にカナエの丸焼きが出来上がってる可能性がある。

というか丸焼きが残ってたらまだマシなほうか。

最悪は最期の止めから火葬までが終わっちゃってることだな。

 

「あー、カナエ。取り合えず目とか鼻の中とか強い乾燥に弱い粘膜のあるとこを重点的に腕や羽織で覆って守っといてくれ」

「……?」

 

俺が何を言っているのか分からないと苦痛の中に不安そうな表情を浮かべるカナエ。

そんな彼女に清々しい笑みを向けてにっこりと笑いかける。

 

「カナエ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手が滑ってお前まで焼いちゃったらすまん」

 

勿論了承の答えなど期待していないので、返事を待たずに愛刀を上段に構える。

それを戦闘開始の合図と受け取ったのか、鬼も扇をこちらに向けて仰いだ。恐らくカナエがやられたのと同じ技が来てる。

吸っては駄目なら、全部焼き溶かしてしまえばいいじゃない。

 

「万象一切無常へ誘え――――――天刃淨火」

 

肺を腐らせる冷気なぞ何するものぞ。そんなものはそよ風にすら感じない。

これは天照の淨炎なれば、その触れた一切を焼き清めん。

 

 

 

 

「そら、消毒の時間だぞ」

 

 

 

黒い装束に白い羽織、腕には『末』と書かれた腕章を結びつけた死神が今、鬼に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




未だ名前が出て来てないけど実はもう名前決まってるんですな主人公
激戦のうちのどこかの戦いで命を落とした某死神漫画の主人公一行の一人。
祖父があの山本元柳斎重國なのにびっくりするほど才能がない。
それでも一応一番隊の末席(白い羽織で隊長格だと思った人もいるかも知れないけど彼、あの化け物集団の中だとそんなに強くないのよね……)に加わるくらいには力をつけたのは偏に本人が努力の鬼だったから。
しかし、これ以上上に行くことは恐らく生きていたとしてももう無理だったと思われる。

斬魄刀の声「汚物は消毒だァアアアア!!!ヒャッハァアアア!!!!!」


死にかけの花柱
なんか倒れてたの拾って帰ってきたら思いの外気安くていい奴だった。
ちゃんと真面目に働くし、いい拾い物だったと思っている。
え、焼くってどういうことなの?何がどう燃えるの?いいからにげtあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛目がぁあああああ!!!!

姉を救うべく必死こいてダッシュしてる未来の蟲柱
任務から帰ったら姉から道端で男を拾ったと紹介された。
いや、そんな捨て犬拾ってきたみたいに成人男性を紹介しないでください。
姉にはもう少し美人の自覚を持って欲しい。
もう少しで着くから、待っててね姉さん――!!
なお、今現在姉がすぐ目の前で立ち上った爆炎のせいで熱気を全身に浴びて肺の痛みも忘れて転げ回っていることはまだ知らない。


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総隊長の孫のくせしてクソ雑魚だった彼が死んだと思ったムカつく上弦の戦闘狂に遠回しにリア充爆発しろとキレた話。

「なぁお前、さっき人は弱いとかすぐ死ぬとかぎゃーわー喚いてただろ」

「だから何だ。それが事実だろう?人間は腹に穴が空けば死に、頭が頸からもげれば死ぬ。なんとも弱く、脆く、脆弱な生き物だ」

「さも自分は人間じゃねーみたいな言い方すんのな」

「……事実だろう?俺は鬼だぞ、人間ではない」

「おめーが自分のことどう思ってようが俺は別にどうでもいいけどさ。俺からしたらお前も何の変哲もない人間だっつーの。多少体の構造が変わってようと中身が変わってねーんだよ。中身が」

「中身、だと?」

 

俺の言い分が、というよりは言葉の意味が理解できないと眉間に皺を寄せる上弦の鬼。

困惑や疑念というより人間という自身が下等だと思っている存在と一緒くたにされたことに対して不快感を感じている様子だ。

後ろに庇った炎柱と竈門兄達は俺が先程言いつけた通り静観の構えを取っている。だが、炎柱だけは上弦の鬼に隙が出来るか俺が負傷すればいつでも介入する気満々という気配を感じる。

いやいや、お前さんこの中でいっとう重傷者でしょうよ。黙って応急手当してなさいって。

不安そうな視線を背に感じながら対峙した上弦の鬼への語りを再開する。

 

「お前ら鬼はどうやって鬼になる?死んで魂だけになってから変質するのか?それとも輪廻転生の結果鬼として生まれ落ちたのか?はたまた伝説級の礼装を取り込んで人ならざる頂上の存在へと進化を遂げたのか?答えは否。断じて否だ。お前達はお前達の首領の力で人から人モドキへと成っただけなのさ」

「人モドキだと!我らを愚弄するな!!」

 

怒りに身を任せて地面が陥没する程の膂力でこちらへ飛びかかる上弦の鬼に真正面から対応する。

振りかぶられた右拳を左手で受け止め、食い付くように至近距離から上弦の鬼顔を覗き込んだ。

 

「お前達は人としての記憶と理性を犠牲に力を手に入れた。その圧倒的な力を欲した心を溶かすような理由も、魂に焼き付くような熱い誓いも捨ててな。そんな奴らが、そんなお前が!煉獄の強さを語るなッ!!」

 

予想外の行動に目を剥いた上弦の鬼の肩、胸、腹、頸に二番隊隊長直伝の白打を叩き込む。

関節がずれ、肉が抉れ、骨を軋ませながら上弦の鬼は後方へ吹き飛び、二度地面に衝撃のまま体を打ちつけたものの、三度目の接触の前に空中で体勢を整えて地面を擦るように数秒かけて停止した。

喉を打たれた時に口からこぼれて頬についた血液を手の甲で拭いながらこちらを睨みつける上弦の鬼は、忌々しげに俺へ語りかける。

 

「それだけの技術を持っていながらなぜお前は俺の考えを否定する!何故永遠の命を拒絶する!この先ずっと武を極めることが出来るんだぞ!!なぜ、なぜだ!!なぜお前達はそうまでして短い寿命に、弱々しい肉体に拘る!!答えろ鬼殺隊!!」

 

俺達の考えが心底理解できないと、許容できないと困惑と怒りを撒き散らす上弦の鬼。

ああ、哀れな生き物だ。本当に、どうしようもない。

その血走った眼球を見据えて俺は静かに答えを返す。

 

「まず先に訂正しておくと俺は鬼殺隊士じゃない。俺は護廷十三隊が一番隊所属の一応席官だ。と言っても多分伝わんねーんだろうけど。それからお前が言ってた永遠に武を極めるとかなんとかってやつ、それあんま意味ないからやめといた方がいいぞ。経験者は語るってやつだな」

「意味がないだと……!人の身に甘んじている貴様に何が分かる!!」

「まずそこからがちょっと違うんだが……まぁいいか。そも、人が一番強さを発揮する時ってのはどういう時か知ってるか?」

 

お互い言葉を待つこと無くこちらは斬魄刀で、あちらは拳で相手に向けて攻撃を繰り出す。こちらの初撃、斬魄刀による上段からの振り下ろしを回避した上弦の鬼は先程と同様に至近距離からの肉弾戦に持ち込もうとする。

拳をいなし、蹴りを躱して胴めがけて横一線に刃を振るった。

それを大きく後方の元いた位置まで飛び退り回避した上弦の鬼は構えを取ったまま再び問答を続ける。

 

「人の強さだと?そんなもの知ったことか。体も心も弱い貴様らのどこに強さがある」

「え?もしかしてそういうの見たこと無いの?うわぁー、何百年も生きててそれはちょっともったいないと思うわー」

「チッ、一々癪に障る言い方をする」

「そらぁすまんな。こういう口調になるのは性分なもんでね」

 

とは言ったものの、正直普段よりも煽り方が粘着質に成っているのは否定できない。

こいつを見ていると脳裏にちらつくのだ。ただ我武者羅に周りの期待に答えなくてはと強くなる意味も持たないくせに闇雲なまま己を鍛えようとしていた過去の自分が。大嫌いな過去の自分が過ぎって仕方がない。

こいつがいつどんな理由で鬼になったかなんて知らないが、どうしてか無力に嘆いた結果こうなった、こう成り下がってしまったのだということは直感的に分かった。

端的に言ってイラつくのだ。ムカムカする。まるで別の可能性の自分を見せつけられているようで。

本当はもっと大事なものを持っていたはずなのに、俺なんかと違って、己を奮い立たせる理由になるだけの誰かがいたはずなのに――――。

俺にないものを持っていたはずなのになぜそれを投げ捨てたのかと、無意識のうちに胸の中に燻った黒い良くない感情を彼にぶつけてしまっていた。

 

「人ってのは時に無意味な数百年を意味のある数ヶ月で覆すこともあるってことさ。知り合いに橙色の髪をしたやつがいたら特に要注意だな」

「貴様の話は理解できない」

「そうかい…それは残念。まぁ、人間ってのは失うものがある方が強くなれるのさ。守るべき大切な友を、恋人を、妻を、家族を持ってるやつは、時にあらゆる困難と壁を乗り越える。それが人の強さ、そしてお前が鬼になるために捨てたものだ」

 

俺の言葉を聞いた上弦の鬼は唐突に硬直した。

当然そんな隙きを見せられたら攻撃せずにはいられない。今度はこちらから彼に向けて斬りかかる。

下段から切り上げられた刃を身を翻すことで回避した上弦の鬼はこちらの右脇腹めがけて貫手を放った。

先程上弦の鬼がやったように半身を捻って回避し、そのままの動きで右足を後ろへ下げると同時に切り上げたままの位置にあった刀を左上から右下に向けて振り下ろす。

上弦の鬼はそれを見越した用にあえて腕を切り落とさせ、右腕を失ったまま腰を捻り上げるようにして左足を顔面めがけて振り上げた。

腰を落として体制を低くすることで頭上を通り過ぎていく上弦の鬼の足をやり過ごし、先程上弦の鬼がやったように大きく後方へ飛ぶ。

しかし、奴と違ってただ距離を取るだけでは終わらない。

斬魄刀を持たない左手の人差し指を上弦の鬼をに向けて詠唱を始める。

 

「雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて此を六つに別つ。縛道の六十一、六杖光牢」

 

六つの光が飛来して上弦の鬼の腕と胴体を拘束した。

予想外の事態に目を見開いて動揺した上弦の鬼目掛けて次の詠唱を始める。

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ。破道の三十三、蒼火墜!」

 

始解による炎とは色の違う真っ青な炎のようにも波動のようにも見える光が上弦の鬼目掛けて迸る。

立ち上る土煙は上弦の鬼の姿を覆い隠す。いつ奴が飛び出してこようとも大丈夫なように警戒は怠らない。

鬼を殺すには日輪刀か日光か藤の毒、それはここ数年でもう耳にタコが出来る程にしのぶに聞かされた。鬼道では傷は作れても再生してしまうだろう。よって俺が鬼を殺すには太陽の具現である始解の炎で焼くしか無いのだが、この場所で始解を使おうものなら間違いなく列車が燃える。先頭の部分はともかく気を失った乗客が未だ眠っている車両は木でできているのでそれはもうよく燃えるはずだ。

 

「おおおッ!」

「……っ!」

 

土煙を突き破って勢いよく飛び出てきた上弦の鬼の拳を打ち払う。

そのまま数合打ち合うが、先程とは些か様子が違う。上弦の鬼の表情が苦しそうに歪んでいる。

技の一つ一つも先程のような鋭い冴えはない。

 

「どうした上弦の鬼!さっきより随分鈍くなったな!それに遅い!俺の言葉が心に響いて感動しちまったか!!」

「黙、れ、黙れ、黙れ!!」

 

突き出された右腕を切り落とし、返す刀で胴を深く切りつけた。

若干覚束ない動作で距離を取った鬼は、切りつけられた腕と胴ではなく頭を無事な左腕で押さえつけている。

先程のような涼しげな顔色はどこへやら、冷や汗が顔中を伝って顎から地面へと垂れている。

上弦の鬼はそのままこちらを数秒睨みつけた後に、夜明け前の薄暗い闇へと紛れるように撤退していった。

姿が見えなくなってから一分ほど構えは解かず、もう襲ってくることはないであろうことが確信できてからようやく息を吐く。

 

「山本殿、助太刀済まなかった!貴殿がいなければ俺はあの鬼にやられていただろう!助かった!」

「気にすんな。てかあんまでかい声出すと傷口開くぞ。結構全身痛めてるだろ」

「うむ!そのとおりだな!!」

「え?君話聞いてた?」

 

やいのやいのと炎柱とこちらの意図が伝わっているのか良くわからない会話のような何かを繰り広げながらも、頭の中は先程の鬼のことで一杯だった。

あの時はなぜ俺が欲しくて仕方がなかったものを捨てたのかと憤ってしまったが、もしかしたらそれは本人の意図とは関わりの無いことだったのかもしれない。

理不尽にうちのめされ、暗く辛い絶望の中でいっそ忘れてしまいたいとさえ願ったのかもしれない。

そう思うとそれなりに悪いことをした、というか言ってしまったなと些か罪悪感を感じた。

 

 

 

だがそれでも俺はあの鬼に――――いや、あの男に嫉妬せずにはいられなかったのだ。

 

 

 

 




嫉妬心ぐつぐつ煮詰まった主人公
・始解を使えば列車でキャンプファイヤーになってしまうので一生懸命鬼道と剣術でなんとかしのいでた。
・ちょっと煽ったらブチギレて瞬光発動しながら殴りかかってきた白打の師匠である二番隊隊長のパンチと比べたらおそすぎだぜ。ちなみに当時はボロ雑巾のようにされた後に瀞霊廷内の高いところに吊るされた。瀞霊廷中で二番隊隊長はヤベー奴だと噂が広まった事件その一である。
・派手な髪色の奴はみんなもてんのか……?柱連中も髪色大分凄い奴ら多いよな……。俺も髪染めてみようかな……。
・遠回しのリア充爆発しろ。


派手な髪色の上弦の鬼
・煉獄を鬼に勧誘しようとしてたらなんか変な格好の奴が出てきた。
・初めて主人公の面を見た時点で主人公と同じく直感的にこいつは何か気に食わないと嫌悪感を感じていた。
・なんかぴかぴかしたの飛んできたと思ったらメラメラしてた何を言ってるかわかんねえと思うが俺も以下略。
・恋人、家族、うっ頭が!






本当は先に御屋形様や柱の面々と顔合わせとか蝶屋敷の日常とか書こうかと思ってたんだけどこっちのほうが先に流れ頭の中で固まったので再び頭蓋骨開けて妄想という名の汚泥垂れ流した。




あと、キャプションでデイリーランキングどうこう言っといてなんだけど、一話と比べるとなんか物足りないというか、これじゃない感あるよね。
まぁ元々一話完結のつもりで考えてたのを思いの外みなさんが続きを望んでくださってたから後付で五分くらいで考えた話だから仕方ないとこはあるっちゃーる気がするんだけど……


精進します☆


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