Over the aurora《完結》 (田島)
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(1)海東大樹

 大粒の雨がアスファルトを叩いている。

 公園の鉄柵からも、雫が止めどなく流れ落ちて、ぬかるみに打ち付けられている。

 海東大樹は左手のビニール傘で雨をしのぎながら、すぐ側のコンビニで購入した肉まんを右手だけで器用に紙包みから半分出し、口をつけようとした。

 口をつけようとして、自分に注がれている視線に気づく。

 彼は傘もささず、ベンチで雨に打たれていた。

 歳の頃は大樹と同じか少し下。細身で、背は大分高く、長身の大樹よりも上背はあるかもしれない。意志の強そうな、素直に頷く事を知らなさそうな強い目線がじっと大樹を捕らえていた。ウールのコートと黒いタートルネックのセーターにマフラーを引っ掛け、趣味があまり良くないマゼンタのトイカメラを首から提げている。カメラは水に濡らして大丈夫なのか、どうでもいい心配が頭を掠めた。

「何か用?」

「別に用なんかない」

 落ち着かないので声をかけたが、青年の答えはにべもなかった。

 じゃあ何で、と言いかけて、大樹には大体理解出来た気がした。

 知らない人間をそんなに必死に見つめる用事なんて、そうそう多くはない。

「君、もしかして、お腹空いてるのかい」

「悪いか」

「悪いなんて言ってないよ。僕にはどうでもいい事だもの」

 言うなり大樹は、右手の肉まんにかぶりついた。伺うと、青年の目はぎょろりと見開かれ、一直線に肉まんを見つめていた。

「僕、そういう顔を見るのが好きなんだ。実においしいよ、このあったかい肉まん」

「……お前、最悪に性格が歪んでるな」

「そうでもないよ。自分の気持に素直だもの」

 言って肉まんをもう一口頬張る。青年は、はぁ、という落胆の溜息を漏らして目を伏せた。

「お前の言う通り、お前には何の関わりもない事だ。それ早く食ってとっととどっか行け」

「言われなくてもそうするけど、君もこんな所で濡れ鼠になってないで、早く帰りたまえ。風邪を引くだろう」

「残念だが、何処に帰ればいいのか皆目見当がつかん」

 大樹がやや訝しげに首を捻ると、青年は明後日の方向を見つめたまま、独り言のように呟いた。

「何でこんな所に座ってるのか、自分が一体何処の誰で、今まで何をしていたのかも分からんのに、どうやって帰れっていうんだ」

 記憶喪失。

 大樹も、流れ流れの(自称)トレジャーハンター稼業を始めて大分経つが、こんな漫画のように見事に記憶を失った人間を見るのは初めてだった。

「可哀相だが僕には何ら関係ない。警察にでも行くんだな」

「それもそうだな、俺もそれを考えていた。だが、お前の言う通りに行動するのは癪に障るから、それはやめる事に今決めた」

 その答えを聞いて大樹は呆れて溜息をつき、同時に目の前の青年に強い興味を覚えた。

 普通ならば、本当に何一つ記憶がないのならば、ここまで意地を張れるものではない。不安でたまらなくなり、気弱になって助けを乞うのが当たり前の反応だ。目の前のこの青年は何故こうも、強気のままで、大樹に助けを乞うのが屈する事だとでも言わんばかりなのか?

「君、本当に何一つ覚えている事はないのか」

「名前だけ覚えている。門矢、士だ」

「ふうん、士、ねえ」

 名前を聞くと大樹は口の右端を上げて、何か悪戯でも思いついたような楽しげな笑いを浮かべて、半分残った肉まんを門矢士に差し出した。

「……何のつもりだ」

「行くあてがないのは僕も同じだけど、雨をしのげる場所の紹介くらいは出来るよ。どうする?」

 にやにやとさも面白そうな笑みを浮かべた大樹を睨みつけて、門矢士は立ち上がり、狭いビニール傘に肩を入れて、大樹の右手の肉まんをひったくり奪った。

「お前がどうしてもって言うなら仕方がない、着いていってやる」

「だから、僕はどうでもいいんだけど。僕と一緒にいると、君みたいな普通の人は厄介事を抱える事になるかもしれないしね」

「ほうひうひみら」

 残り半分の肉まんを一口で頬張りながら士が尋ねた。

「意味は、あんまり知らない方がいいよ。僕も話したくない。それでも、不安でどうしようもないので連れて行ってくださいというなら考えなくもない」

「ほざいてろ」

 口で悪態をつきつつ、歩き出した大樹に合わせて士も足を踏み出した。

 

***

 

 これは、単なる大樹の気まぐれだった。

 旅は道連れというし(世は情け、の部分は趣味じゃないから省くとして)、今までずっと一人で気楽にやってきたけど、たまには行きずりの同道者がいるというのも悪くないんじゃないだろうか。

 そんな軽い気持ちだった。

 ねぐらとして抑えてある、誰も使っていない倉庫の二階に士を案内し、雨が止んだら大樹は、この世界に来た目的であるお宝の情報を集める為に外に出た。

 士は、大樹がいない間あちこちを歩き回り、写真を撮っているようだった。

 どうやってか金を稼いできて現像もしているようなので、一度見せてもらおうとしたが、彼は頑としてそれを拒んだ。大樹も元々そんなに興味があったわけではないので、あっさりと引き下がった。

 倉庫は電気もガスも水道も止まっている。士が金を稼いでいるようなので基本的には放置しているが、大樹は気まぐれに時折彼を食事に連れ出した。士は何故か料理の味にやたらうるさかった。一度中華料理に連れていった際に、高級食材である干しナマコを口にした途端に、口を抑えてトイレに駆け込んだ時には、大樹はその様を眺めて、心ゆくまで笑い転げる事ができた。記憶喪失にも屈しない彼も、ナマコにだけは勝てないのだ。

 付かず離れずのこの状態も、大樹が目当てのお宝を手に入れてこの世界を離れるまでだ。それを大樹は知っているから、士の意地でも下風に立とうとしない傍若無人な物言いを面白がる事ができた。

 お宝を手にするまでは、海東大樹も、今回記憶喪失の青年を助けた事は、単純に気まぐれ故の行動であったと思っている事ができた。

 

 彼がお宝――この世界で狙っていたのは、沖縄に流れ着いたオーパーツの部品だった――を手に入れた時思ったのは、一言ぐらい別れの挨拶をしてからこの世界を離れるか、という事だった。

 自分らしくないとは思ったが、大樹は、誰にも媚びず誰をも顧みない、傲岸不遜な門矢士という青年を、自分が思っているより気に入っているようだった。

 今日も、いつもと同じく特に何も告げずにねぐらを出てきた。士は心配などしないだろうが、案外生真面目なところもあるので、大樹の帰りを待ち続けるかもしれなかった。

 もう夜も更けているので、何か置き手紙でも残せばいい。

 大樹はねぐらへの道を辿ったが、倉庫の前に、人影があった。

 いや、それは、人影と形容するには異様すぎた。

 大樹はよく見慣れている。月明かりに浮かぶ黄金のマスク。マントを纏い剣を履いた堂々たる威容。彼こそ、大ショッカー幹部・ジャーク将軍だった。

「こんな所まで追いかけてくるなんて、君達って本当にしつこいよね」

「今日は貴様などに用はない。大切なものを取り戻しに来ただけだ」

「大切なものって、これじゃないの?」

 吐き捨てて海東は、腰のディエンドライバーを取り出して示した。ジャークの鉄面皮に動きはない。

「それはいつでも取り返せる。貴様ごとき抹殺する事など、赤子の手を捻るより容易い」

「ならやってみたまえ」

「どうでもいいのだよ、貴様のような鼠は」

 ジャーク将軍が踵を返し、倉庫へと歩みを進めていく。

 大樹がねぐらとしていた倉庫。あの中には何もないのはよく確かめてある。何かあるような危ない場所などねぐらとしては利用しない。

 だとしたら、奴は何を回収するのだろう?

 あの中には何もないが、士はいる。

「…………まさか」

 ジャークの後を追って駆け出しながら、ディエンドライバーにカメンライドカードをセットし、引き金を引く。次元を超えシアンの装甲が大樹の体躯を包み、彼を仮面ライダーディエンドへと変貌させた。

 悠々と歩くジャークの背に威嚇射撃を浴びせながら、大樹は勢いを付けて、彼の頭を飛び越し、倉庫の二階の窓を破って中へと飛び込んだ。

 ここは士が寝ている部屋の筈だった。

 士はいた。まだ眠っていないようだった。突然の出来事に呆然として、闖入者を凝視している。

「士、何だか知らないが、君は狙われているみたいだ。逃げたまえ」

「……は? その声、海東か? 何だよそれ」

「つべこべ言わず、早く!」

「誰が俺を狙うっていうんだ、そいつ、俺の事何か知ってるのか」

「そんな事僕が知るわけないだろう!」

 言い争っている間はない。ディエンドは士の腕を掴み、ドアを蹴破って通路へと飛び出した。

「飛ぶぞ、捕まっていたまえ」

「……は? 飛ぶって何…………うわっ‼」

 反論を許さず、ディエンドは士の腰を小脇に抱えて、手すりを飛び越えて階下へと降り立ち、その勢いで、入ってきたのとは反対の窓へ一気に駆け込み、飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと、待て!」

「うるさいな、今は君のいちゃもんを聞いている暇はないんだよ。いいから振り落とされないようにしっかり捕まっていたまえ!」

「ムチャクチャすぎるだろう! 何がそんなに怖いんだよ!」

 それには答えず、大樹は士を脇に抱えて走り続けた。士が長身の為バランスは取りづらいが、それでも手を引いて走るよりはずっと速い。

 ライダーシステムを装着している時の走力は、常人を遥かに超える。そしてディエンドには、いざとなれば奥の手があった。

 だが、ディエンドは突然立ち止まらざるを得なかった。あまりのスピードに目を瞑っていた士が、不審げに目を開け、眼前を見やると、そこにはまさに異形が数体立ちはだかり、行く手を塞いでいた。

 虫、鳥、蛇、何かをモチーフにしているのだろうが、彼らはいずれも二足歩行の生き物だった。体躯は二メートルを楽に超えているだろう。鋭い牙や爪、硬そうな皮膚は、月明かりでも楽に識別できた。

「何なんだ、あれ」

「君は知らない方が良かったんだけどね。大ショッカーって、悪の秘密結社があるのさ」

「……そうか、大体分かった」

 何が分かったのかは分からないが、口の減らない士を脇から下ろし、ディエンドは銃を構えた。

 後ろにはジャーク将軍がそろそろ現れるはずだ。

 ディエンド一人ならこの場を切り抜ける事など造作も無い。だが、士がいては。

「お前はどうでもいい、そのお方を渡してもらおう」

「俺は、お前らみたいな知り合いを持った覚えはない」

「覚えていないんだろう」

 怪人の一人が発した言葉に、士が反駁し、ディエンドが呆れ半分でツッコんだ。

 ここで彼を守って戦う事は、ディエンドに何のメリットも齎さない。それは明らかだった。だが、何故、士が大ショッカーに「そのお方」と呼ばれて狙われる?

「渡してもいいけど、こいつは一体何なんだい」

「おい、お前……」

「悪いけどここまでだ。君を守って戦っても僕に何の得もないし、多勢に無勢だ」

 ぎろりと大樹を睨みつけて、しかし士は、それもそうかと呟くと、ふっと眉を緩めて眼前の怪人達を見つめた。

 遠い目をしていた。何もかもを諦めた目だ。

 記憶がないとはいっても、執着がなさすぎじゃないだろうか。

 大樹がそう考えた時、後ろから声がかかった。

「そのお方がいれば、お前はいらない。お前のディエンドは機能の欠損した不良品に過ぎん。そのお方さえ帰ってくれば、我が大ショッカーが全世界を掌握出来る」

「……あれか。ディエンドライバーの横にあった」

「察しのいい事だ」

 大樹はその時、興味を惹かれたディエンドライバーだけを持ち去ったが、その横には、ディエンドライバーよりもさらに厳重に、幾重もの警備システムで守られたバックルが置かれていた。

「つまり、君が、大ショッカーの大首領というわけか」

 士を見て呟く。士には勿論分からないだろう。戸惑った顔をしていた。

「大体分かったよ。君を生かしておいたら、この世界が滅ぶんだろうね。でも僕には、それもどうでもいい事だ」

「何言ってるんだ? 話が全然見えないぞ」

「君が、世界を壊すのさ」

 言うなりディエンドは、まだ何か言おうとする士を見つめたまま、カードをディエンドライバーにセットした。

『Attack Ride Invisible』

 電子音声が響き、ディエンドの姿は、その場から掻き消えた。残されたのは、呆然と何もない場所を見つめる門矢士と、大ショッカー幹部達だけとなった。

 

***

 

 大樹が次に士と出会ったのは、それから暫くしてからの事だった。

 山中にいた大樹を取り囲むように現れた大ショッカー幹部数名、その奥に、ディエンドとよく似た外観の仮面の戦士が立っていた。

 色はマゼンタ。ライトグリーンの複眼が大樹を見据えていた。

 そして腰には、あの日大樹が警備の厳しさから諦めたバックルが装着されている。

「雁首揃えてぞろぞろと、僕一人に大げさじゃないのか」

 相手は答えなかったし、大樹の出方を伺っているのか、動く様子もなかった。

「その奥の人は新顔だけど、士かい」

 ゆっくり、一つ一つの音を噛みしめるように、大樹は呼びかけた。

 それは決して、士への感傷からではないが。

 そもそも大樹が人気のない山の中にいたのは、あるものの到来を待っていたからだ。それがもうすぐ来る。

「やれやれ、久しぶりに会ったのに無視とは酷いんじゃないか」

「黙れ、このお方は貴様と利くような口は持ち合わせておらん。分を弁えろ」

「そんなの、僕には関係ないよ。君達の都合だろ」

 大樹はディエンドライバーを取り出し、銃口を士と思しき奥の人物に向けて、狙いを定めた。

 幹部達は色めき立ち、大樹に飛びかかろうとしたが、それを奥の人物は、手で制した。

「ねえ士。記憶は戻ったかい。そして君は、世界を破壊するのか」

「何を言っているのか分からないが。俺は世界を救う。その為には、お前達仮面ライダーの存在が邪魔だ」

「君もライダーだろう」

 答えず士は、何か文庫本のようなものが鞘部に取り付けられた剣を構えた。それに倣い幹部達も、大樹を標的に定めて各々構えをとった。

 引き伸ばしも限界かもしれない。だが大樹は、出来る限りいざこざは避けて通りたい。あと少しこの時間を引き伸ばせばいい。

 森の中にいる筈なのに、先程から虫の音もしない。風も流れていない。生温い空気がぴんと張り詰めている。

 目の前にいる士だった者の実力は未知数。力が論理となる大ショッカーで(どんな事情かは知らないが)大首領と呼ばれているのであれば、決して侮らない方がいいだろう。

「まさかとは思うが、仮面ライダーの存在が世界を融合させている、なんて吹き込まれたんじゃないだろうね」

「それが真実だろう」

「何も知らないのかい。おめでたくて羨ましいよ」

 大樹がにやりと口を歪めたのを合図に、士は右足を僅かに後ろに、力を込めて摺り、次の刹那、真っ直ぐに駆け出した。

「何が真実か、お前ら仮面ライダーを全員倒せば分かる事だ!」

 大樹を囲む形で待機していた幹部達が包囲網を狭めたのと、大樹がバックステップを踏みつつ銃口を上に向け、予めカメンライドカードの装填してあったディエンドライバーを起動したのが同時。

 ディエンドのスーツを纏った大樹は、後ろに迫っていた幹部怪人の肩に手をかけ、そのままバック転の要領で後ろをとり、すぐに振り向いて駆け出した。

「逃がすかっ!」

 続いて士が、大樹が飛び越した怪人の脇をすり抜け、後を追う。

 インビジブルのカードを使ってもいいが、もうすぐだ。眼前のあそこに駆け込めば。

 そう思った刹那、視界を銀色のオーロラが覆った。ディエンドはそこへ躊躇なく駆け込んだ。

 このオーロラは異なる世界への入り口。まだ、いつ何処に現れるのかが分かるだけで、完全には制御できないが、ディエンドの力なら自由自在に出現させられるようになるとも聞いた。

 飛び込んで、うまくいけばオーロラは大ショッカーが侵入する前に消える。追ってこられたとしても、インビジブルのカードを使えば追跡は不可能の筈だった。

 オーロラは暫く進み、唐突に止まった。ディエンドは『向こうの世界』から、追ってくる大ショッカーを見やった。

 後続の怪人達は間に合わないが、士が、消えかかるオーロラに足を踏み入れた。

 その時、ディエンド自身も予想だにしなかった結果が、士を襲っていた。

「ぐあっ、ああああああっ!」

 何故か士は苦しそうな呻き声を上げ、その場に立ち止まっていた。

 立ち止まっている、というのは正確ではないだろう。前に進もうとしているのに拒まれている、そう見えた。

 ばち、ばち、と、火花の爆ぜる音が聞こえる。

 思いもよらない結果にディエンドが動けずにいると、オーロラは士を捉えたまま、ふっと消えた。

 オーロラが消えた視界にはもう大ショッカーはいない。切り崩された岩山が横たわっているだけだ。

 ――この世界が、士を、拒んだ?

 ジャークは、ディエンドは士が纏っていたスーツの出来損ないと言った。それならば、ディエンドが備えている『世界を渡る力』を、あのマゼンタも備えていなければおかしい筈なのだ。

「ディケイドがいる限り、世界の崩壊は終わらないだろう」

 振り向くと、そこにはクロッシェ帽にトレンチコート、黒縁眼鏡の中年の男性が佇んでいた。

「あなたいつも現れ方が唐突すぎるよ、鳴滝さん」

「奴は悪魔だ。倒さない限り君がいつか滅ぼされるだろう」

「ふうん、あいつ、ディケイドっていうのか」

 鳴滝の発言の中身には興味がなさそうに、大樹は呟いた。

 実際に、彼は世界の崩壊などどうでもいい。彼は信じるべき正義も守るべき者も失ったのだから、後は死ぬまで、大好きなお宝を集めて楽しくやるだけだと思っていた。

「そのディエンドライバーは、ディケイドを倒す為に作られたもの。君もいつか自分の本当の使命を思い出して欲しい」

「そうだな、気が向いたらね」

 鳴滝に笑いかけると、鳴滝の背後から銀色のオーロラが現れ、彼を飲み込んで消えた。

 彼は、自分の世界で行き場がなくなっていた大樹を大ショッカー本部まで導き、奪ったディエンドライバーの使い方を教えてくれた人だった。

 神出鬼没、いつも言いたい事を一人で言って消えてしまう。

 大樹にとっては、鳴滝の思惑など考えるにも値しなかった。成り立ちがどうあれ、ディエンドライバーは今は大樹のものだ。

 この力は、僕が使いたいように使う。何かの為になんて、縛られるのはもうやめだ。

「さて、この世界は何の世界かな。レアなお宝があるといいけど」

 努めて楽天的に独りごちて、大樹は山を下ると思しき方角へと歩き出した。



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(2)物語のない世界

「わかった、他に女がいるのね!」

「うおっ、とっ」

 狭い部屋の中をキバーラに追いかけられ走り回っていた小野寺ユウスケは、ディエンドの世界が描かれた背景ロールに勢い余って激突した。

 足をもつらせ転ぶ事こそなかったものの、衝撃で新たな背景ロールが降りてくる。

 新しい背景ロールが降りてくる事によって、光写真館は未知の次元へと移動し、ロールに描かれた絵が新しい世界を示す。ここ最近の、光写真館の恒例行事だった。

 いつも新しい世界が描かれた絵に秘められた謎やドラマに一同は喧々囂々となるのだが、今回はあまりに勝手が違っていた。

「おじいちゃん……」

「うん、何も、描いてないねえ」

「どういう事だ、爺さん」

 三者の戸惑った様子に、背景ロールを下ろした当の本人も描かれている筈の絵を見ようと振り向いたが、そこには光栄次郎の言葉通り、何も描かれていなかった。ただのまっさらな、生成り色をした背景ロールが吊り下がっていた。

「もしかして、旅が、終わった……って、事?」

 意味ありげに呟いたユウスケを、他の三人は一度に見やった。恐らく思いつきで口にしただけなのだろう、ユウスケは見つめられて困ったように頭をかいた。

「いやだってさ、ここ、何もないって事になるじゃん。絵がないんだから。でも外はちゃんと建物建ってるみたいだし。訪れるべきって決められた世界がないのに何処かの世界にいるんなら、士の旅が終わったって事なんじゃないの?」

「分からんぞ、俺達は何らかの陰謀で集団催眠にかけられているかもしれん」

「……本当ですか?」

 士があまりに真顔で口にするので、光夏海は思わず心配になり、真剣な眼差しで士の顔を覗き込んだ。

「そんな訳があるか。まあ、俺の旅が終わったっていうのと同じくらいの確率で有り得るかもな。大体集団催眠って誰がかけるんだ。爺さんか、それともそこの怪しい銀コウモリか」

「あっ、キバーラなら超音波出せそうだから、集団催眠とかいけるかもね」

「そうそう私の自慢の超音波で…………って、そんな訳ないでしょ!」

「私は真面目に話してるんですから、皆茶化さないでください!」

「お前は学級委員長か。ミカンでも愛媛ミカンクラスとか和歌山ミカンクラスとか、静岡ミカンクラスとか熊本ミカンクラスとかあるのか」

 尚も茶化そうとする士を睨みつけ、夏海は拳を作って突き出した親指を士の首筋に当てた。

「光家秘伝、笑いのツボ!」

「だっはははははっはははははは、あっははは、はっ、てめっ、はははははははは、なつみ、はははははっ」

 笑い続ける士が耐えられなくなって膝を折り、勝ち誇る夏海を見てユウスケと栄次郎も釣られたように笑い出す。

 本当にいつも通りの光景だった。

 ――実は、ディケイドの旅が終わるっていうのも、満更でたらめでもないんだけどね。

 栄次郎の肩に収まって、まだ回復しない士を見下ろしながら、キバーラは心の中でだけ呟いた。

 

***

 

 外に出ると、夏海は周囲の風景が、あまりに見覚えがありすぎる為に戸惑いを見せた。

 士の服装も何の変化もない。彼はこの世界での役割を割り当てられていないようだった。

 この風景は、つい先日も目にしたものと同じだ。ネガの世界――夏海の世界の、鏡写しの姿――と、まるで同じだ。

 ネガの世界でもそうだったように、あの日炎に飲み込まれようとしていた母と子が、夏海の脇を通り過ぎていった。

「また、ネガの世界に、来ちゃった……んでしょうか?」

「それなら絵は出るだろ。おい夏ミカン、お前の親友とかいう……千夏だったか? そいつと連絡は取れるか」

 士の言葉に、夏海ははっとなって携帯電話を取り出した。ネガの世界では千夏はもう亡くなっていた。ダークライダー達の宝を奪い取る為に命を落としていた。ネガの世界でも連絡をとろうと、何度も自宅に電話をしたが、いつでも留守電だった。彼女がもし生きているのなら。

「もしもし、光夏海です。おばさん、お久しぶりです。……はい、はい。千夏は…………あ、そうなんですか。夕方ですね。分かりました、また電話します」

 携帯電話の終話ボタンを押して、夏海は振り向いて士を見た。

「千夏は今、学校に行ってるから留守でした。でも夕方には戻ってくるって千夏のお母さんが」

「ここが元の夏ミカンの世界だと確定はできないが……少なくともネガの世界じゃなさそうだな」

 大して面白くもなさそうに士は呟いた。

「もし夏海ちゃんの世界に戻ってきたなら、ここにはライダーはいないわけだよな。士のする事もないって事かな?」

「夏海の世界は崩壊に巻き込まれていた。それが平然と何事もなかったかのように元に戻っているわけがない。ネガの世界でも言ったろう」

「それはそうなんだけどさ、じゃあこの世界は何なんだよ」

「そんな事俺が知るか」

 辺りを適当に歩き回りながらユウスケが感想を口にしたが、ネガの世界で感じたような違和感は士にないのも事実だった。

 まだまだ世界が無数に広がっているというのならば、そちらを回らせるのがあの青年――ディケイドを破壊者と呼び、九つの世界を回るよう告げた――の目論見ではないかとも考えたが、本当に彼の意図で士の行き先が決められているのかも分からない。もしかしたら、もっと別の力が作用しているのかもしれない。

「よっ、夏海ちゃん、旅行から帰ってきたのかい?」

「あ、和田さん」

 通りすがりのルーフ付きスクーターの青年が、夏海に声をかけた。士も何度か会っている。光写真館に飾る花を仕入れている花屋の店員だった。

「旅行って何処行ってきたんだい?」

「あの……色々、ちょっと。旅行っておじいちゃんが言ってたんですか?」

「えっ、張り紙してあったじゃない。入り口のドアに。自分で書いたんでしょ?」

「え……ああ、そうですよね。ど忘れしてました」

「ははは、夏海ちゃんらしいけど。帰ってきたなら明日にでも花持ってくから、よろしくね」

「はい、お待ちしてます」

 和田が笑顔で手を振って、ルーフ付きスクーターは走り去っていった。

 どういう事なのだろう?

 夏海が旅に出る事になったのは世界が崩壊しようとしていたからで、張り紙など自分も祖父も書いてはいない。勿論士がそんなマメな事をする筈がない。

「やっぱりここは、私が元いた世界じゃ、ないんでしょうか」

「さあな。まだどっちとも言えないな」

 尚も三人は歩き続けるが、以前と変わった事といえば、季節が冬から夏になった事くらいだった。

 夏海が、仮面ライダーなどというものの存在を知る事もなく暮らしていたその街と、何も変わっていない。

「出る前に新聞も見たけど、別に変な事件とかもなかったしなあ。全然手がかりがないな」

「結論から言うと、この世界にはライダーがいないからさ」

 通り過ぎかけた道の脇、街路樹に寄りかかっていた海東大樹の言葉に、三人は足を止めた。

「どういう事だ、海東」

「言った通りだよ。この世界にはライダーはいない。それどころか、生まれて間もないみたいだ」

「生まれて、間もないだって?」

「そう。さしずめ『物語のない世界』とでも言うべきかな。物語っていうのは、勿論ライダーの、だけど」

「ライダーがいないのに何故俺達がこの世界に降り立った?」

 士の問に、海東は目を伏せて、一拍置いて明後日の方向に視線を向けた。

「さあね。これから生まれるんじゃないの。ライダーが」

「これから、生まれる?」

「ディケイドの影響で生まれた世界は、ライダーという『核』がなければ世界を安定させる事が出来ない。だからディケイドの存在を媒介としてライダーを生み出すんだ」

「何を言っているんだお前は」

「君がこの前聞いたんだろう。自分の過去を教えてほしいって」

 その言葉に、士は不本意そうに頷いた。それは確かに自分が口にした事だ。

「待って下さい。この世界が、ディケイドの影響で生まれたって、どういう事なんですか」

「そのままの意味だよ。ディケイドっていうのは一種の暴走機関だ。クラインの壺から溢れ出す無尽蔵のエネルギーが、新しい世界を作り続けていく。世界は安定すると今度は互いに引き寄せられて融合し、ある時限界質量を超えて消滅を始める。それが別の世界を巻き込む事もあるし、消滅の際のエネルギーがブラックホールのようなものを生み出して、それがどんどん大きくなってるなんて事も聞いた」

「そんな……ディケイドが、いるだけで?」

 スケールが大きすぎて想像も追いつかない。驚愕のあまり言葉を失った夏海から視線を外して、海東は士を見た。

「君は昔、原因など知らずに、世界の融合を阻止する為にライダーを討伐する旅をしていた」

「何?」

「それはある意味正しかった。ディケイドの力が作り出した仮初の世界は、基盤も脆弱だ。核となるライダーの存在が消えれば、その世界は消える。消えてしまえば融合もしないし消滅の過程で他に影響も与えない。ディケイドが作り出した世界を、一番穏便に処理する方法だ。だが君にその方法を吹き込んだ奴らの狙いは世界を救う事なんかじゃない」

「奴ら? 奴らって誰だ」

「悪の秘密結社・大ショッカー。奴らは、オリジナルへの『橋』を作り出す為に君を利用していた」

「……オリジナルって何だ」

「君も気付いているだろうが、今まで見てきたライダーは、レプリカに過ぎない。ディケイドが作り出した世界ではない、ライダーが死んでも消滅しない世界がある。大ショッカーはそのオリジナルの世界が欲しいのさ」

「今日は随分と懇切丁寧に解説してくれるじゃないか」

「気まぐれだよ」

 にやりと笑いかけると海東は、士達に背を向けて歩き出した。

「おい、何処に行く、まだ聞きたい事が」

「時間切れだ。僕は君と戦うなんてリスキーな事をしたくないのさ」

 一瞬、海東は振り向いて、遠く――士達の後方を見やる。つられて士達も振り向くと、そこには、あの日の青年が立っていた。

「話を聞いたなら理解できましたか。あなたは巡った世界で、ライダーを、倒さなければならなかった」

「お前……」

 少女のような顔立ちに、細い亜麻色の髪。赤いストールを首に軽く巻きつけた青年が、そこに佇んでいた。

 間違いなく、夏海の世界が崩壊したあの日現れ、ディケイドに旅立つよう告げたあの青年だった。

「タイムリミットです、ディケイド。君が僕達の望む事を為してくれなかった以上、僕達のとるべき道は、君を滅ぼす以外にない」

 

***

 

「お前一体、何者なんだ……?」

「僕は紅渡」

 士の質問に、青年は名前だけを名乗った。

 何処からともなく、黄金の蝙蝠と、同じく黄金の小龍が飛来する。

 二匹は、紅渡に付き従うように、彼の背後で滞空している。

 紅渡の瞳は、魔性の光を灯している。やや色素の薄い瞳が、赤みがかった鋭い光を帯びていた。

「ちょっと待ってくれよ、滅ぼすしかないって、他に何か方法はないのか!」

 今まで横で成り行きを見守り、情報量の多さに翻弄されていたユウスケが、ようやく事態を把握したらしく、紅渡に向かって呼びかけた。

 射抜くような眼光で士を睨めつけていた渡は、視線を和らげて、ユウスケを見た。

「小野寺ユウスケ、君も理解した筈です。ディケイドは、世を滅ぼす意志を持つから悪魔と呼ばれるのではない。存在そのものが、世界を破滅に導く破壊者なのです」

「だからって、そんなの、士の責任じゃない!」

「責任があるかどうかは関係ありません。彼を排除しなければ、滅ぶのは君の世界です」

「士を倒したら世界の崩壊が止まるっていう根拠は何だよ、そんなの、止まるかどうか分からないじゃないか!」

「少なくとも、ディケイドが機能を停止すれば、新しい仮初の世界が生み出される事はなくなり、無秩序に平行世界(パラレルワールド)が増えていく事もなくなる。融合と崩壊のエネルギーも今以上に高まる事はなくなります」

「そんなの……そんなの、何か他に方法があるだろう!」

 渡はあくまで淡々と言葉を繋ぐが、それが一層ユウスケを苛立たせた。

 士は悪魔なんかじゃない。素直じゃないだけで、本当は人一倍思いやりの気持を持っている、仲間思いの奴だ。そして、人一倍寂しがり屋なんだ。

 一緒に旅をして、ユウスケの士に対する印象は、確信に変わっていた。

 最初は尊大で嫌な奴だと思っていた。だけれども、ユウスケが立ち上がる切っ掛けをくれたのは彼だ。ユウスケの笑顔を守りたいと言ってくれた人は、彼が初めてだった。

「方法……いや、希望、それは確かにある。だが、彼を放置すればするほど、野放図に世界は増えていき、破滅への道を加速度的に辿ってゆく。君にもその理屈は分かる筈です」

「俺は……俺は、そんなの、分かりたくない! 俺は士の仲間だ、何があっても味方だ!」

「もういい、ユウスケ」

 静かな声だった。ユウスケは士を見やった。彼の表情も、いつも通り静かだった。

「そう言ってくれる奴がお前一人でもいれば、俺にとっちゃ上出来だ。感謝してる」

「……そういう事、言うなよ。お前らしくない」

「俺は悪魔じゃない、そう信じてくれる奴がいるから、俺は戦えるんだろう、多分」

「そんな、そんな事、言うな」

 ほんの数秒だけ、ユウスケに笑いかけて、士は渡に視線を向けた。

「一つ質問がある。お前が、オリジナルってやつか」

「そうとも言えるけれども、違うとも言えます」

「前々から思ってたが、歯切れの悪い奴だな。奥歯に物が挟まったみたいな言い方しかできないのか」

「はっきりと告げる事だけが真実ではないです」

 渡はそれ以上士に何かを言うつもりはないらしかった。

「キバット、タツロット!」

「おうっ、キバっていくぜっ!」

「テェンショォン、フォルテッシモぉ~♪」

 渡が凛とした声で従者の名を告げ、右手を掲げると、黄金の蝙蝠は彼の右手に収まり、黄金の小龍が彼の周囲を旋回する。

「変身」

 渡がそう告げ黄金の蝙蝠を己が左手に噛み付かせると、右腕から首筋、頬を辿り、ファンガイアの血の証、ステンドグラス模様が、まるで毛細血管のように張り巡らされていく。ややあって水面のような鏡が彼の全身を包んで波打ち、皇帝の鎧を形作る。

「あれは……キバ、ワタル⁉」

 キバの世界で目にした鎧が、別人の体を包んだ事に、ユウスケは驚きを隠せなかった。士が、前を見たままそれに応える。

「紅渡、あいつこそ、ほんとうの仮面ライダーキバだ。あいつの言いようを借りれば、本物かもしれないし違うのかもしれないがな」

 力を縛する鎖を、黄金の小龍が解き放っていき、蝙蝠の王の真の力がその鎧を包み込む。

 次の刹那、士達の眼前には、眩い黄金の鎧と真紅のマントに身を包んだ『仮面ライダー』が現れていた。

 彼は剣を手にしていた。柄に細かい装飾の施された長剣だった。それを中段に構えると、柄側に付いている蝙蝠を象った部分を切先に向かってスライドさせ、一気に引き戻した。

「夏海、逃げろ!」

 士は叫ぶと、腰に当てたドライバーにカードをセットし、起動させる。見る間にイリュージョンが士に重なり、幻が現実となって士の体を包み込む。頭部に飛来したライドプレートがセットされ、ディケイドが顕現する。

 キバの、蝙蝠の羽を模ったような赤い瞳は、ディケイドをまっすぐに捉えている、夏海に危害が加えられる危険などないだろう。だが、巻き込まれる可能性なら、今までのどんな戦いより強いかもしれない。

 世界を滅ぼすと言われたキバの力。士の失われた記憶の中からその情報が断片的に浮かんでいた。

 紅渡は、このディケイドが生み出した仮初の世界でなら、世界を滅ぼす事も厭わずにディケイドを倒す事のみを優先するのではないか。そう思われた。

 ディケイドはすぐさまライドブッカーを構え、袈裟懸けの斬撃を受け止めた。

「士!」

 ユウスケが駆け寄ろうとするが、その背後から、知らない声が響いた。

「甘いな。そんな事では、君の守りたい物は、何一つ守れないだろう」

 突然呼びかけられたユウスケが振り向くと、見知らぬ青年が、すぐ側を流れる川の柵に腰をかけていた。長身痩躯、黒のスーツと黒いカッターシャツの出で立ちに、サングラスをかけている。

 ユウスケも己の世界ではグロンギと、そして士と共に様々な世界の異形達と戦いを重ねてきた、それなりに場数は踏んでいる。それなのにユウスケは、目の前の男に圧倒されていた。掴みかかれば折れてしまうのではないかと思われるほど薄く細い彼の体は、近寄りがたい威圧感に包まれていた。

 男はサングラスを外した。その眼光の冷たさは、何も映し出していないように見えるが故なのだろうか。

「何だあんたは、あいつの、紅渡の仲間か!」

「俺の名は剣崎一真。またの名を、仮面ライダーブレイド」

「ブレイド……カズマ……?」

「俺には君と戦う理由はない。だが、君が門矢士に与するというなら、俺はそれを阻止しなくてはならない」

 剣崎はだらんと下げていた腕を懐に入れ、掌から少し余るほどのサイズのバックルを取り出した。ユウスケもそれには見覚えがある。

 ブレイバックル。ビートルアンデッドの力を借り、使用者を仮面ライダーブレイドへと変身させるツールだった。

「ちょっと待てよ。士を倒して崩壊が止まるかなんて分からないんだろ。それよりも、士を倒さなくたって、崩壊を止める手段があるんじゃないのか」

「それは、あまりに望みが薄すぎる。決断が遅れれば世界は無に帰す。君の世界も、他の世界もだ」

「やっぱり、何かあるんだな⁉ なら俺は、それを諦めたりしない、士を見捨てたりしない!」

 ユウスケがそう宣言すると、剣崎は一瞬、ひどく苦しそうに眉を顰め、そして再び冷たい眼差しでユウスケを見た。

「その逡巡が何を生むか、君は知らない。俺は二度と繰り返させないと決めた。だから渡の邪魔はさせない」

 言うと剣崎は、スペードエースのラウズカードをブレイバックルに装填し、腰に当てがった。ベルトが生成され、ブレイバックルは剣崎の腰部に固定される。

「変身」

 そう告げ剣崎は、こめかみの辺りまで上げた腕を引き下ろし、バックルに据え付けられたレバーを引いた。

『Turn Up』

 無機質な機械音声が発せられると、剣崎の全面にヘラクレスオオカブトの描かれたスペードエースのラウズカードと同じ図案の、ほの青いオリハルコンフィールドが展開される。ゆったりと歩いた剣崎がそれを潜ると、彼の姿は紫紺の戦士へと一瞬にして変貌していた。

 ユウスケも腰に手を当てがい、変身ベルト・アークルを出現させる。

「変身!」

 裂帛の気合とともに脇部のスイッチを押すと、彼の体は赤のクウガへと瞬時にモーフィングした。

「俺は、仲間を信じる心を、世界と天秤にかけたりなんて、出来ない!」

「それが、甘いと言っている!」

 ブレイラウザーの斬撃をバックステップで躱したクウガは、その勢いを利用して半回転し、右手の裏拳から左ストレートと、続けざまにパンチを叩き込もうとする。無論それが通じる相手ではない。左腕のガードは崩れない。だが、クウガの打撃の威力は彼の足を後退らせていた。

 入りさえすれば、勝てるかもしれない。

 その予感を得たクウガは、続けざまに左ジャブ、右ストレートから右のローキックと、息継ぐ間もなく打撃を繋ぎ繰り出した。ブレイドはその攻撃が見えているのか、的確に打撃を逸らし、捌いていく。

 攻防が数合続いた後、クウガの左ハイキックが、ブレイドの胸部を捕らえていた。

 衝撃に、ブレイドは大きく吹っ飛び、数メートル飛ばされた後に背中からアスファルトに叩きつけられた。

「やった!」

 確かな手応えがあった、しっかりと入っていた。その感覚があったユウスケは、思わず喜びの言葉を漏らす。

 だが次の瞬間、彼は動きを止め、前方を凝視した。

 ブレイドは何事もなかったかのように、素早く飛び起き、全くダメージなどない様子で再びブレイラウザーを中段に構えていた。

「…………何?」

「お前の力はこんなものか。こんなキックでは、俺を黙らせる事はできないぞ」

 言うとブレイドは、剣の切先をゆらりと左右に細かく振った。ダメージはほぼない様子だった。

「舐めるなっ!」

 吠えたクウガは、再び素早い連撃をブレイドへと繰り出した。それをブレイドは、一つ一つ淡々と受け流す。

 ブレイドが本気を出していないのは明らかだった。彼らの攻撃の要ともいえるラウズカードを、ブレイドは全く使用する気配がない。隙を見てブレイラウザーがクウガに振り下ろされるものの、クウガが見切り躱す事は容易な太刀筋だった。

 早く士の元に駆けつけたい。そればかりを考えて戦っているユウスケに焦りが生じるのは自明の理だった。

 動きが単調となり、ブレイドの反撃が一撃入り、二撃三撃、気づけばクウガは防戦一方の展開に切り替わっていた。

「くそっ」

 ブレイラウザーの連撃をいなして、クウガがやぶれかぶれの体勢で叩き込んだパンチは、ブレイドの右手首に当たった。

 ブレイドの右腕が高く上がり、その手からブレイラウザーが離れ飛んだ。それをクウガは軽く飛び上がってキャッチする。

「それを、どうするつもりだ?」

 徒手空拳となり、両腕を前に軽く構えファイティングポーズを取ったブレイドの問い掛けには答えず、着地したクウガは剣を構え掛け声を上げた。

「超変身!」

 見る間にクウガの体は銀と紫の鎧に覆われ、その手に構えられたブレイラウザーは、紫の戦士――クウガ・タイタンフォームの専用武器、タイタンソードへとモーフィングした。

 紫のクウガは、リーチの差を生かして、突き主体の攻撃でブレイドを後退させていく。右、左に、横の動きでブレイドは切先を躱すが、次第に後退していくのは避けられなかった。

 何度目かの突きを、左に大きく飛んで躱したブレイドは、左腕に装着した黒いアタッチメントから、カードホルダーを展開させた。

 そこからブレイドが取り出したカードは二枚。クイーンとキング――アブソーブカプリコーンとエボリューションコーカサス――のカードだった。クイーンをアタッチメントに装填すると、キングをラウズする。

 ブレイドの所持する十三枚のラウズカードは黄金のギルドラウズカードへと姿を変え、全ての生命の根源たるアンデットの力が、ブレイドの両足、両腕、肩、胸、全身へと刻み込まれていき、王者の剣がその右手に握られる。

 仮面ライダーブレイド・キングフォーム。剣を構える事もなく彼は、ゆっくりとクウガへと歩み寄る。醸し出す威圧感は、先程までの比ではなかった。

 だがクウガは怯まない。構えていない体勢からでは、大剣を上げて突きをガードするまでには隙が生じる。彼が本気を出すに足りないと自分を舐めているのであれば、付け入る事はできる。

「やあぁっ!」

 怖気付く事なく、クウガは先刻までと同じように突きを繰り出した。だが次の瞬間、彼は呆然とせざるをえなかった。

 ブレイドは彼の突きを避ける事などなかったし、右手に握った大剣を振り上げてガードする事もなかった。

 ブレイドはただ左腕を無造作に、クウガの突きが狙った腹部に構えていただけだった。左腕のプロテクターにクウガの突きは弾き返され、クウガは突いた勢いを全て自身に返されて、剣を取り落とし、やや後方に弾き飛ばされていた。

 クウガを舐めていたのではない。ガードする必要などなかったのだ。

「仲間を助けたいんだろう? ならもっと、本気で戦え」

 ブレイドの言葉に何かを言い返す余裕はない。立ち上がり、今度は自身が徒手空拳で構えるものの、クウガは先程までのように果敢に攻め込む事はできなくなっていた。

 

***

 

 一方のディケイドも、キバエンペラーの素早く鋭い、流れるような剣戟を捌ききれず、劣勢に陥っていた。

 随分と長い事防ぎ、隙を見ては斬りつけ、躱し続けてきた気がする。ふと視界の隅に、追い詰められたクウガが映り、ディケイドの構えに隙が生まれた。それを見逃す甘さはキバエンペラーにはなかった。

「うあっ!」

 ライドブッカーをその手から弾き飛ばされたディケイドの胸部に、キバエンペラーのハイキックが炸裂した。

 吹き飛ばされたディケイドが立ち上がろうとすると、切先が彼の首先に突きつけられる。

「終わりです、ディケイド」

「…………ふん。そう簡単に終わるとでも思ってるのか」

「勿論思ってはいません。だが、君こそ、この劣勢をどうにかできるとでも思っているのですか」

「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ」

 憎まれ口を叩いてみるが、どうにかする術などあるわけがなかった。他者からは窺い知る事のできない仮面の奥で士は、瞼を閉じた。

 だが、その時、思ってもみない声が、彼の聴覚に飛び込んできた。

「もう、もう、やめて下さい!」

 瞳を開いたディケイドの視界には、腰まで届く黒髪が映し出されていた。

「どきなさい」

「どきません、士君を殺させたりしません!」

 ディケイドとキバの間に割って入った夏海の肩は震えていて、長い髪が小刻みに揺れていた。

「最早君が何をしようと、何も救われたりはしません」

「あなたの言ってる事、全然分かりません。でも、士君は悪魔なんかじゃありません、それだけは、私にも分かります!」

「彼が善良かどうかは関係ないと説明した筈です」

「そんな事言ってるんじゃありません、士君は私達の大切な仲間です、だから悪魔なんかじゃない、ううん違う、悪魔だったとしても、大切な仲間だから、殺させたりしません!」

 暫く両者はそのままの体勢で睨み合う。ディケイドはその間に体を起こし立ち上がった。

「もういい夏海、どけ」

「どきません!」

「お前がいても邪魔だ!」

「嫌です!」

 夏海は足を肩幅に開いて、両手を緩く開いた。

「私だって、私だって戦います。邪魔かもしれないけど、こんな理不尽な事、ないです!」

 キバエンペラーはただ成り行きを見守っているかのように動かなかったが、ややあって剣先を下ろし、左腕で背中のマントをつまむと、夏海に向かって腕を払った。

「きゃあっ!」

 巻き起こった風に、夏海は軽く吹き飛ばされ、背後にいたディケイドに激突した。咄嗟の事にかろうじて夏海を受け止めたディケイドは、彼女を横へ突き飛ばした。

「手前、夏海はただの人間だぞ!」

「君が受け止めるから、彼女には怪我はないと判斷したまでです」

「そういう言い方が、気にくわないんだよ!」

 ディケイドは体勢を整えると、ライドブッカーを拾う為駆け出すが、キバエンペラーの動作は悠然としていた。

 剣の柄側に取り付けられた蝙蝠からホイッスルを取り出すと、それをベルトの蝙蝠の口にセットする。

「ウェイクアップ!」

 笛の音が鳴り響き、周囲は急に夜になってしまったかのように暗くなった。

 ザンバットソードが赤い光を帯びて、闇に輝く。

 再びライドブッカーを手にしたディケイドはキバエンペラーへと駆け込み、中段に構えた剣をキバエンペラーへと叩き込もうとする。

 だがキバエンペラーは、まるで浮いているかのようなふんわりとした動きでその払いを左に避けた。後ろに回られたディケイドの背後に、ザンバットソードが容赦なく振り下ろされた。

「止めて!」

 夏海は叫ぶが、その声は何処にも届かない。剣撃を受けたディケイドは大きく弾き飛ばされ、その背中に、蝙蝠を象ったキバの紋章が赤く浮かび上がり消えた。その背中は、闇夜の中を転げ落ち、消えていった。

 ややあって、周囲は本来の昼の明るさを取り戻した。キバエンペラーは悠々と、ディケイドが消えた場所へと歩み寄っていった。そこには、川が流れていた。

「悪運が強い。それでこそディケイドの器かもしれませんが、厄介だ」

 その後を夏海が追い、柵から眼下の川を覗き込んだ。この川は川幅があり、底の方は流れが速いはずだった。

「士……君、士君‼」

 キバエンペラーは変身を解き紅渡の姿に戻ると、夏海を一度見つめて、興味を失ったように目を逸らして、下流に向かって歩き出した。

「士君‼」

 下流を見やっても何も浮かんではいない。水面はただ流れている。夏海の叫びは、やはり何処にも届く事はなかった。



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(3)俺の夢、俺の居場所

 水に沈み流される感覚に、士は何故か懐かしさを覚えていた。

 以前もこうして、水に呑まれた事が、あるのかもしれない。

 こうして流されてしまって、息絶えでもすれば、煩わしさもなくなるだろう。そう思った。

 だけれども、彼は意識を手放した後暫くして、自分が目覚めるのを感じた。

 そこは、薄暗い。次第にに目が慣れていくと、天井がやけに高く、組まれたコンクリートの柱がむき出しになっているのが見えてきた。

 何処かの工場か何かなのだろうか。

 外から光は差し込むが、弱い光が天井の影を一層際立たせる。柱のあちこちには、雨漏りの跡だろうか、澱んだ色の染みが滲んでこびりついていた。

 火が燃えている、木の爆ぜる音がずっとしている。首を横に動かすと、背中が灼けるように痛んだ。

「ぐあっ……あ……」

「やっと起きたのか、いいからまだ寝てろ」

 どうにか首は横に向いたので、士は自分に声をかけた男を見た。

 歳の頃は二十五ほどだろうか。業務用で使う醤油の一斗缶を刳り抜いた容器の中で、薪をくべ火を燃やしている。肩ほどまで髪を伸ばし、削げた頬の上で爛々と光る瞳は、手元の炎を見つめていた。

「あんた……誰だ、ここ、は、何処だ」

 声を出す度に背中が熱く焼ける。なんとか言葉を捻り出したが、男は何も答えなかった。

「おい、あんた……」

 力が入らない腕を何とか立てて、士が体を起こそうとすると、突拍子もなく、高い声が響いてきた。

「あーーーーっ! 駄目じゃないですか乾さん‼」

「るっせえな、俺は何もしてねえよ。お前こそ怪我人の前でそんな大声出してんじゃねえよ」

 男は驚いて右手を見やり、言葉を返した。士もそちらを見たいが、体が思うように動かない。だが、士が体を動かすまでもなく、素っ頓狂な声の主は士に駆け寄ってきた。

「ひどい怪我なんですから、まだ寝ててください。体を動かさないで。そろそろ目が覚めるかなって思って今、おかゆを作ったんです。俺のおかゆ美味しいから、びっくりしますよ。その人も悪い人じゃないんだけど、愛想がないから」

「俺は普通だ、あんたがお喋り過ぎるんだろう」

 駆け寄った男は士を支えて寝かしつけた。明るい声で、次から次へと良く喋る。

 火の側にいる男は、不服そうな顔をして、ぶっきらぼうに反論を投げつけた。

「俺は一体、どうして、こんな所に……いるんだ、あんた達、誰だ」

「こんな所で悪かったな、今すぐ出てって貰ったっていいんだぜ」

 士が明るい男に質問を投げかけると、それを聞き咎めたぶっきらぼうな男の言葉が横から入ってきた。

「乾さんは黙っててください、聞かれてるのは俺です」

「……」

 明るい声の男は、存外にぴしゃりと乾と呼ばれる男に言ってのけた。

 乾と呼ばれる男が不機嫌そうに黙りこむと、明るい声の男は士に向き直った。

「あなたが川で溺れて岸に上がってたのを、そこの乾さんが見つけたんですよ。俺は反対したんですけど、あなたが破壊者だからって八人がかりで潰すなんてのは気にくわないって、皆さんと喧嘩別れするもんだから、間に入った俺が大変ですよ」

「…………何だ、と?」

「おい、誰も間に入ってくれなんて頼んでねえぞ。俺は一人でいい」

「またまた、そんな事言って乾さん、本当は一人だと心細かったくせに」

「そんな訳ねえだろ!」

「ちょっと、待て……!」

 またも士が体を起こそうとするのを明るい声の男が制し、士に向き直る。

「お前ら、何者、なんだ」

「俺は、津上翔一って名乗ってます。実は……アギトなんです。知ってます? アギト」

「ああ、そりゃ……知って、るが」

 実はアギト、の部分で、津上翔一は声を潜めて口に手をあてて、まるで大切な秘密をこっそり打ち明けるように、士に告げて、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

 ふざけているわけではないだろうが、それにしても陽気すぎる。

 士はアギトの世界で出会った芦河ショウイチの事を思い出した。彼に持っていた印象からは、この津上翔一が別の世界のアギトだとは、全く想像できない。

「で、そっちの無愛想な人が、乾巧さん」

 翔一に名前を紹介されると、乾巧は面白くなさそうな顔のままで、そっぽを向いた。

 その乾を見て、翔一は、またにこりと笑った。

「まあ、俺も、意見としては乾さんと同じです。世界が大変なんだっていうのは分かるけど、君が破壊者だとか悪魔だとか言われてもピンとこなくって。それなのに戦えない」

「俺がどんな人間なのかは、関係ないって、紅渡は、言ってたぞ」

「そうなのかもしれないけど、俺はそれじゃ納得できなかったから」

 翔一は緩く微笑んだままで士を見ていた。士は、何だか信じられない気持ちで翔一を見つめ返した。

 今までディケイドが悪魔である、という扇動で得られた反応は、悪魔であるというものと、悪魔ではないというもの、どちらかだった。どっちだか分からないというのは、新鮮な反応だったし、真っ当な感覚のようにも思われた。

「おい津上、俺とお前を一緒にするな。俺はあいつらの言ってる事が出鱈目だって思ってる訳じゃない。そいつを庇おうとも思ってない。やり方が気に喰わないって言ってるんだ」

「またまた。乾さんは本当に素直じゃないなあ」

「勝手に決めつけんな!」

 必死に否定する乾巧とそれを軽くあしらう津上翔一のやりとりがだんだん遠くなっていって、士の意識はまた、眠りの中に落ちた。

 

***

 

 何処か、ここではない、遠い山の中だ。

 中腹の開けた場所に、俺の家があった。

 妹が、いた気がする。

 俺は妹を置いて、いつも遊びに出ていた。

 あれはいつの事だったんだろう? 妹はどんな顔で俺を見送っていたのだろう?

 

「お前に、妹なんていない」

「お前は、ずっと一人だったし、これからも永遠に一人だろう」

 

 誰だろう。良く知っている声なのに、誰なのかが思い出せない。いや、そもそも俺は、思い出す事など、できるのだろうか。

 呼びかける声が誰のものなのか分からなくて、士はまた目を閉じた。

 

***

 

 うなされる士の汗を拭って、手拭いを側の洗面器に放ると、津上翔一は置いてあった濡れ布巾で手を拭って、馬鈴薯の皮を剥く作業へと戻った。

 微笑を絶やさない翔一を、横に座った乾巧は不思議そうに見つめた。

「この前から思ってたが、お前、皮剥きそんなに楽しいか?」

「ええ、楽しいですよ。料理を作るのって、最高に楽しいです。どんな美味しい食事が出来るのかって、ワクワクするじゃないですか」

「……ふうん」

「美味しいものを食べてぐっすり寝て、一生懸命働いたら、いつだって何処でだって楽しいです。今こんなだけど、俺は結構、今ここでこうしてるの、楽しいんですよね」

「それが、できなくなっちまってたって、事か」

 それには答えず翔一は、巧に向けていた視線を下に落として、口を閉ざして馬鈴薯の皮を剥き続けた。

「それは、あいつのせいか」

「違いますよ、多分。滅びがどうとか融合がどうしたとかじゃないし。色々、誤解とか行き違いがあって、それが解決できなかったんです」

「そうか。俺も似たようなもんだけどな」

「俺の居場所は、なくなっちゃったんですけど、それでも俺の世界だし。なくなってほしくない、皆の居場所は守りたいって思ってます。だけど、門矢さんを倒して、それで本当に解決するのかなって」

「するんだろ。渡の奴は自信たっぷりなんだからよ。他に解決方法がないのも確かだろうしな」

「でも俺、思うんですよ。門矢さんの居場所は誰が守ってくれるんだろうって。俺も昔記憶喪失だったし、今自分の世界で居場所ないから、何か他人事に思えなくて」

 士を少し見て、翔一は微笑んでいた表情を悲しげに歪めた。だが、次の瞬間には、見慣れた微笑が口元に戻っていた。

 誰だって守りたいから戦っている。だけれどもその思いは、叶わない事もあれば届かない事もある。

 巧は、ふと思った。門矢士は、何を守りたいのだろう、と。

「……お前がお人好しすぎるからそう思うだけだろう」

「でしょ?」

 全く悪びれずににこっと笑った翔一の顔を見て、巧は呆れたように息をついた。

「お前と話してると調子が狂う」

「はは、よく言われます。でも乾さんだって、俺に負けないくらいお人好しだから、門矢さんを助けたりするんじゃないですか」

「違うって言ってんだろ」

「ははは、ホントに照れ屋さんだなぁ」

「やめろっつってんだよ!」

 怖い怖い、と半笑いでいなしながら、翔一は馬鈴薯を剥き終わり、他の材料を取りにいく為か立ち上がり、裏に歩いていった。

「あ、ちゃんと門矢さんの汗、拭いてあげてくださいよ」

「分かったよ、やっときゃいいんだろ。適当にやっとく」

「任せましたよ」

 眉を寄せて唇を突き出して、翔一は大仰に巧を指さした。分かった分かった、と投げやりに応じて、巧は左手をひらひらと振った。

 皆納得ずくで戦っているわけではない。それは巧も十分理解していた。時間が無いのだ。

 そして、この世界に、ディケイド一行と自分達以外の外の存在が、入り込んできている。

 今度こそ、『橋』を架ける為に。

 だが、それでも、巧は、望まない戦いを挑めない。

 巧は真理の、啓太郎の夢を守りたかった。きっと、木場の夢も長田の夢も。

 夢は、夢そのものが美しいのではない。届かないものに必死に手を伸ばす、人の姿が心が、美しいのだ。

 美しいから、守りたいと思った。

「なあ、お前には、夢ってあるか」

 再びうなされ始めた士は答えなかった。巧は息を一つついて、洗面器から手拭いを取り出して雑に絞り、水気がたっぷり残ったそれで士の汗を拭ってやった。

 

***

 

 士の回復振りは目覚ましいばかりだった。

 二三日も休んでいると、背中の傷は完治はしていないものの、体を起こす事もできるようになっていた。

「凄い回復力ですね。アギトの力でもこうはいかないですよ」

 包帯を替えながら、比較対象が分かりづらい感嘆を翔一が漏らした。

 ディケイドのスーツが優秀なせいもあるだろうが、確かに士の回復力は人並みを外れていた。

 今回はまともに食らいすぎた為、自分でももう駄目だと思ったほどだった。それなのに、この回復の速さは何なのだろう。

「それにしても、門矢さんのお友達、心配してるんじゃないですか? 携帯は大丈夫みたいだし、連絡を取ってみたらどうですか?」

 防水機能付きではあったものの、あれだけ水を飲む状況で、携帯電話が無事だった事は奇跡的だったかもしれない。

 電源を入れたが、着信の記録はなかった。

「……いや、いい。今の俺が連絡をしても、迷惑をかけるだけだ」

 軽く首を振った士の背中で包帯を縛り、翔一は、そうですかと残念そうに呟いた。

「はい、包帯終わり」

「世話になるな」

「困ったときはお互い様、ですよ」

 初日は、大量に失血して川で流された士の体が冷えていた為側で火を焚いてくれていたが、本来季節は夏だ。包帯を巻いた位の姿でいるのが丁度いい。

「ほら、乾さんもいい加減起きて下さい。何時だと思ってるんですか」

「わーったよ、起きる、起きるよ」

 側に置いてある、破れたソファで眠っていた巧を翔一が揺すり起こした。

 夜の間巧はそのソファに座って、士がうなされないかを見守っていた。

 包帯を巻こうとしては上手く巻けず、汗を拭く手拭いの絞り方が雑すぎると注意され、むくれていたと思ったら、夜の間はずっと士を見てくれている。分かりづらいやり方をする奴だと思った。だがそういう不器用さは、士は好きだった。

 士には分からなかった。

 自分が破壊者だというのはよく分かった。自分の意志など関係なく、世界を巻き込んで壊してしまう。

 世界、なんて、一言で言ってしまえば簡単だが、今まで回ってみてきただけでも分かる。例え仮初の世界でも、沢山の、沢山の人が暮らしていて、皆必死に生きているのだ。それを自分は、ただ存在するだけで勝手に生み出して勝手に壊してしまうのだ。

 そんな事勿論望んでいるわけがない。だが、そうなってしまう。

 証拠はないが、海東や紅渡の言っている事は嘘ではないだろうという妙な確信が士にはあった。勘だが、士の勘は外れた試しがない。

 自分は、どうすればいいのだろう。言われるままに消えればいいのか、戦えばいいのか。そもそも、何と戦うのだろう。

 全く分からなかった。

「ねえ、門矢さん」

 いつの間にか翔一は、暖かいおかゆを皿によそい、運んできていた。渡された皿を受け取って士は、翔一を見た。翔一はいつになく、真剣な眼差しで、士ではなく、おかゆを食べる為のレンゲを見ていた。

「仲間だったら、迷惑かけてほしいって思うと思うんです、俺。俺が門矢さんの仲間だったら、凄く心配するだろうし、連絡してこない事に腹を立てると思う」

「それはあんたがお人好しだからだろう」

「それはそうなんですけど、門矢さんの仲間だって、きっといい人達ですよね。会った事ないですけど、そんな気がします」

 士は答えられず、視線を落として皿を見た。ユウスケは言わずもがな、夏海だって相当のお人好しだ。お人好しでなければ、記憶喪失の士を文句をいいつつも居候などさせまい。

 だからこそ士はもう、二人が傷つく必要はないとも思った。

「門矢さん。俺も昔、記憶喪失だったって、話しましたよね」

「……ああ、聞いた」

「その時俺、自分が誰なのか分からなくて、世界の何処にも居場所がない気がして、凄く心細かった。でも、助けてくれる人がいたから、その時の俺は記憶がないままでも、自分の居場所が見つけられた。門矢さんにもそういう場所、あるんじゃないんですか」

「…………俺の、居場所」

 ねぐらに丁度いいと思って居着いた写真館。そこが間違いなく士の今の居場所だった。

 夏海がいて、栄次郎がいて、ユウスケとキバーラがいる。海東が時々意味もなくやってくる。士は失敗した写真を撮り続け、現像代という名目で借りを作っていく。

「無理強いするわけじゃないんですけど……このままでいいのかなって」

 士はレンゲを受け取って、おかゆを食べ始めた。翔一の言う事は分かる。だけれども士は、今はどうする事も出来なかった。

 巧は何も言わず、こちらを見る事もなく、一心不乱におかゆに息を吹きかけている。

 もう体は大分回復していて食欲も出ている。何口かで一気におかゆをかき込んだ。

 その時。

 突如、けたたましい音が外から響き、ドアが大きな音を立てて倒れ込んだ。

 巧と翔一、そして伏せったままの士は、ドアを破り入り込んできた闖入者を見やった。

 ステンドグラスを思わせる独特の文様が体に刻み込まれた、キバの世界を裏で支配する魔物、ファンガイアだった。

 全部で五体のファンガイアが、どかどかと入り込んでくる。

「お前達、大ショッカーか!」

 巧と翔一は立ち上がり、士を庇うようにファンガイア達の前に躍り出た。

「分かっているなら、何も言わずそのお方を渡してもらおうか」

 ヒトデに似た姿を持つシースターファンガイアが、どすの利いた声で告げる。

 大ショッカー。翔一が簡単に話してくれていた。世界を渡り、全ての世界を支配する事を目的とする秘密結社。全ての悪の組織を統合した大結社。それが今、この世界に入り込んでいるのだと。

 巧は何も言わないままで、黒いアタッシュケースからベルトを取り出すと、腰に巻き付け、一緒に入っていた携帯電話にコードを入力し、エンターキーを押す。

 翔一が構えを取ると、変身ベルト・オルタリングがその腰に出現する。

「変身!」

 二人ほぼ同時に叫び、数瞬の後には、その場には仮面ライダーファイズと仮面ライダーアギトが立っていた。

「そのお方を渡せば、お前らは見逃してやる」

「あぁ? 誰に向かって口きいてんだ、このヒトデ野郎」

「門矢さんはあなた達なんかには渡しません!」

 ファイズはだらんとした構えをとって、右手首を二三度素早く振り、一方のアギトは肩幅に脚を開いて腰を落とし、どっしりとした構えをとった。

「お前達を殺して奪っても、私達にとってはどちらでも同じ事、死んで後悔しなさい!」

 シースターファンガイアが吠え、それを合図に五体のファンガイアは、一斉にアギトとファイズへと突撃を始めた。

「後悔するのがどっちか、分からねえとはな!」

 二発、三発、ファイズの体重の乗ったパンチが続けざまにシースターファンガイアを捉える。

 シースターファンガイアは怯むが、すぐさま横からトータスファンガイアのタックルがファイズを襲った。

「ぐあっ」

「乾さん!」

 アギトも、三体のファンガイアに囲まれていた。超越精神の青のフォーム・ストームフォームへと変化する事で自身のスピードを上げ、攻撃をいなしては隙を見て反撃を加えている様子で、とてもファイズを助けにいく状況ではなかった。

「こんなもんが、何だっつうんだよ!」

 ファイズはすぐ体勢を立て直し、脚を前方に高く上げて、かかとを落とすのではなく足の裏を相手の顔面めがけて放った。

 こいつらは、俺を狙ってきた。それは士にも分かった。だが、ファイズとアギトには、命を狙われるならまだ分かる、守ってもらう理由が見当たらなかった。

 理由は一つだ。彼らはその力を、誰かを守る為に、使うからだ。目の前の事を見過ごせないからだ。

 それはきっと、紅渡も、あの剣崎という男も、同様なのだろう。彼らは、仮面ライダーなのだから。

「門矢士、答えろ!」

 ファイズが、後ろの士を見ないまま叫んだ。

「お前は、何の為に戦う!」

「何の…………為……?」

「お前は、戦う理由もなく戦ってんのか! 何の当てもなく! それじゃ、本当に破壊者だろ!」

 ファイズの叫びは、悲鳴のように聞こえた。

 この男は、本来なら命を狙うべき相手を命がけで守って、本気で呼びかけているのだ。

 何故、どうして。理由は分からなかったが、乾巧は津上翔一の言う通り、心底お人好しなのだろう。

 そうだ。士は、こういうお人好しが好きだった。憎めなくて、見捨てられない。

 ユウスケもそうだった。姐さんの笑顔を守りたいなんて言っていたけど、それも本当だろうけれども、結局は見過ごせなかったから戦っていたのだ。理不尽な暴力を許せないから、戦っていたのだ。自分が痛くて苦しい事なんて構わないで。

 そしてユウスケは、何故だかは知らないけれども、必死に士を理解しようとしてくれていた。

 ぶっきらぼうで尊大で天邪鬼。そんな自分をだ。

 士は、理解なんてされなくてもいいと思っていた。だけれども、それでは寂しいという事も、少しずつ少しずつ、分かってきた。

 そして夏海は、ディケイドを破壊者ではないと、最初から庇い続けてくれた。

 本当は破壊者かもしれない、なんて、言ってみた事もある。だけれども、士は、夏海が自分を知ってくれていたから、記憶など何もない空っぽの自分を、信じていられた。夏海を信じるから、夏海が信じる自分を信じていられた。

 戦い始めたのは巻き込まれたからだ。それは否定できない。だけれども、戦い続けてきたのは、理不尽さが許せなかったから。戦い続けられたのは、ユウスケが夏海が、士を信じてくれたから、だった。

「俺の居場所は、あいつらが守ってくれる。俺の居るべき所は、あいつらの所だ」

 ラットファンガイアの攻撃をかいくぐって、アギトはちらと士を見て、小さく頷いた。

「俺は、あいつらが信じてくれるから、信じてくれる人を守りたいから、戦う!」

 士は、そう噛みしめるように、叫んだ。

 間違っていたっていい。取り返しがつかなくても構わない。裏切られてもいい。

 何もない自分が手にする事が出来たもの、巡り会う事が出来たもの、心から大切だと思うもの。それだけを信じていたかった。

「そうだ、それでいい、お前は、お前の為に戦えばいい!」

「そうですよ、戻ってあげて下さい、仲間の所に! あなたの、居場所に!」

 叫んでファイズはベルト左脇からファイズショットを取り外して右手にセットし、ファイズフォンをベルトに装着したままで蓋だけを九十度スライドさせて開き、エンターキーを押す。

 アギトのクロスホーンが展開され、足元にオーラで紋章が描かれる。

 襲いかかるファンガイアの群れに、ファイズの右ストレートが、アギトのハルバードが、丁度カウンターとなって放たれる。

 ファンガイアのうちニ体はファイズショットの連打で超高熱を体内に注ぎ込まれ爆散、もう三体は、ストームハルバードの一薙ぎに刈り取られ、同じく爆散した。

 士は、寝かされていた机から立ち上がった。傷が完全に癒えたわけではないが、歩けないわけでもない。

 自分は、自分の足で、歩いていかなければいけないのだ。そう思った。

「お前は悪魔なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。そんな事は俺には分からない。だけどお前は、戦うんだろう」

 ファイズが、立ち上がった士を見て、呼びかけた。士ははっきりと首を縦に振った。

「ああ、俺は戦う」

「何と戦う気だ?」

「とりあえず大ショッカーを潰す。後の事は、後で考える」

 その答えに、ファイズは、ふん、と鼻で答えた。でもそこに、憎々しさや刺々しさはない。

「俺達もとりあえず、二人で大ショッカーと戦います。門矢さん達と、俺達で、力を合わせられるようになるといいんですけど」

「気にするな。あんたらと戦わなくていいなら、俺はそれでいい」

 ディケイドと力を合わせるという事は、残りのライダーを敵にまわすという事だ。そんな事をこの二人にはさせられない。

 敵対しない、理解してくれた。それだけで十分すぎるほど十分だった。

「じゃあな」

 士は手を振って振り向いて、外へと歩き出した。夏の朝だ、真上から照りつける鋭い光が目を灼く。だがそれでも士は、何処に行くのかは分からなくても、自分のいるべき所へ帰る。

「ええ、また!」

 アギトは変身を解除して翔一に戻り、士の背中に手を振った。

 巧も変身を解除したが、何も言葉はかけなかった。

 二人は、歩いていく士の背中が見えなくなるまで、立ったまま見送り続けていた。



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幕間(1)

『Clock Over』

 無機質な機械音声が響き渡り、その場に展開していた異形が五体、突如として青い炎をあげ、燃え尽きて灰となり、崩れ落ちた。

 それから刹那を置いて、太陽の神――仮面ライダーカブトが、まるで蜃気楼のように前触れなく、その向こうに姿を現した。

 彼は、かつて人間であり、異形となってしまった者の成れの果てである、白い灰が風にまかれていく様を見つめていた。

「いやぁ、お見事、お見事」

 拍手が響いた。カブトが音のした方を見ると、彼の連れが、変身もせず、さも感心したような顔で拍手を送っていた。

「拍手はいらんから、あんたも働け」

「だって、替えの服がないんだもん」

「だもん、じゃない。いい歳をして忘れ物をした小学生みたいな物言いをしないでくれないか」

「どうせオジサンですよ。だから若い者に任せます」

 彼の連れは、まるで小学生のように唇を尖らせて、拗ねたようにそっぽを向いた。

 カブトは相手にしきれないとでも言わんばかりに、無言で、腰のゼクターのレバーを戻した。

 変身が解除され、カブトゼクターは何処かへと飛び去っていった。

「あんたが働かないから、実質、俺が一人で戦っているようなものだ」

「そう言うなよ。あっちの二人も頑張ってるよ。ほら、もうすぐ終わりそうだ」

 天道総司は、彼の連れ――ヒビキが指差した方に視線を向けた。

「や、やあーっ」

「とりゃー」

 そこでは彼の仲間二人が、やはり異形三体を向こうに回し、戦っている。

 赤い騎士――龍騎はまだいい。まだ許せる。

 荒削りすぎるが、大型の個体が多いミラーモンスターを相手に戦い続けただけはある。大振りだが、狙いも正確だしスピードもある。

 更に、意外にトリッキーな動きが得意で、予測できない動きに敵も翻弄されている。

 だが、とにかくもう一人が話にならない。

「何であいつはあんなに屁っ放り腰なんだ……?」

「まあまあ、そう言うなって。あれだ、酔拳みたいなもんなんだろ、多分」

「そんな馬鹿な話があるか! あいつはどう見ても、腕力が足りなさすぎて屁っ放り腰になっているようにしか見えん!」

「昔はもっとヨロヨロしてたんだってよ。あっほら、攻撃当たってる当たってる」

 確かに当たったが、腰の入っていない横薙ぎは、相手にさほどのダメージも与えていないように見えた。

「大体にして、あの剣が重すぎるんじゃないのか! 何でもっと体に合った武器を使わないんだ!」

「ああ、あれ、持たせてもらったけど、すっごく重たいよ。何であんな重いもん振り回してんだろうね、ははは」

「ははは、じゃない、はははじゃ!」

 調子が狂うのか、いつになく天道の語気は荒い。

 ヒビキはそれを軽く笑って流したが、ふと不思議そうな顔をした。

「そんなに気になるんなら、変身解除しないで助けに行けばいいのに」

「そこまで甘やかしてやる謂われはない」

 ふん、と鼻から息を吐いて、天道はそう言い切った。

「はいはい。なんだかんだで優しいんだなぁ、君は」

「何故そうなる……」

「だって、自分がやれば簡単なのに、二人のプライド傷つけないようにしてるんでしょ?」

「……どこをどうすればそういう解釈になるんだ」

 天道がヒビキとの会話の噛み合わなさに苦しんでいる間に、眼前の戦いには決着が着こうとしていた。

「いくよ、みんなっ! 電車斬り~っ」

「とりゃー」

 電王のオーラを乗せた渾身の斬撃が直線上にいた二体を一気に薙ぎ払い、残り一体は龍騎が腕に装備した龍を模した武器のようなものから吐き出された炎の塊に飲み込まれた。

「ほらほら、あの電車斬り! かっこいい!! あれ、あの剣がないと出せないんだって!!」

 我が子が運動会で走る姿をビデオカメラのファインダー越しに見守る父親か、あんたは。

 まるで福引きでハワイ旅行でも当てたようにはしゃいで天道に電王の活躍を報告するヒビキを見て、天道は深い疲れを覚えて、息を吐いた。

「おい、色々言ってたみたいだけど、元々あんたが乾と喧嘩しなきゃ、こんな苦労してないんだぞ、そこんとこどう思ってるわけ?」

 変身を解除した龍騎――城戸真司がつかつかと歩み寄ってきて、天道に掴み掛からんばかりに詰め寄る。

「お前の事は何も言ってないだろう」

 天道は微動だにしないまま、適当に真司の言葉を横に流した。

 後ろから電王――良太郎も追い付いてくるが、緊迫した雰囲気におろおろとしている。

「二人とも、喧嘩は止めて下さい。僕達、協力しなくっちゃ」

「うんうん、良太郎の言う通りだ。二人ともいがみ合っても仕方ないし、この際仲直りしちゃえよ」

 良太郎とヒビキが代わる代わる二人を諫めるが、天道はともかく真司は収まりがつかないようだった。

「いいや、今日という今日は言うぞ。俺も乾と同じ気持ちだ。破壊者だか何だか知らないけど、一人に八人がかりなんてありえない。それを頭ごなしに、なら出ていけ、とか言ったら、乾じゃなくても出てくだろ」

「ディケイドは倒す。それ以外の選択肢はない。手段を選べるような生半可な相手でもない。お前は不満があるなら何故残っている?」

 天道の言葉に真司は答えず、ただ真っすぐ天道を睨み付けた。言葉に詰まったわけではない様子で、焦りは見受けられなかった。

「俺は、大ショッカーだかなんだかっていう奴等と戦う為にここにいるんだよ。間違っても人間と戦う為じゃない」

「それならそれでいいが、せめて、俺がディケイドを倒す邪魔はするなよ」

 掴みかからんばかりの勢いで真司は天道に詰め寄るが、天道は眉一つ動かさず、無表情のまま言い放った。

「はぁ? あんたホントムカつく! こんなにムカついたのは、小学校を休んだらその日に限って給食にプリンが出てた時以来だよ!」

「随分安いな……俺への怒りを表現する言葉として安すぎる。何かもっと高級且つ重要そうな例え方ができないのか?」

「給食のプリンの重要さが分からないところがまたムカつく!」

 真司は真司で、ヒビキとは別のベクトルで天道と噛み合わないようだった。

「真司さん、プリンなら僕のをあげますから喧嘩しないで下さい……」

「いや良太郎、そういう問題でもないと思うよ……」

 苦笑いをして、ヒビキは天道と真司、二人の間に割って入った。

「お腹空いてるからイライラしちゃうのかもよ。今日はシンちゃん、餃子作ってくれるんでしょ? さっ、帰って餃子餃子」

 ヒビキに言われて、真司は已むなく頷いた。

 この温和な年長者に噛み付くほど、真司は見境がないわけではない。

「餃子か……果たしてこの俺を満足させる事が出来るかな」

「俺の餃子ははっきり言って美味いけど、お前には食わせてやんないよ」

 再度言い争いに発展しそうな空気が流れるが、ヒビキは天道と真司の間に割って入る。

「まあまあシンちゃん、抑えて。ディケイドと戦うべきか戦わないべきか、判断するには情報が足りなさすぎるよ。ただ、災厄ってのは、大抵は自分が災厄だとは思ってないもんだ」

 やけに神妙な顔のヒビキに見つめられ、真司はまたも黙らざるを得なかった。

 

 優衣が消えてしまう――。

 もう二度と聞く筈もなかった、忘れ去っていたその声が、真司が失っていた記憶を全て思い出させた。

 神崎士郎の声は消え入りそうで、耳鳴りもどこか遠い。

 声はやがて細くなって消えて、手元には懐かしい、カードデッキが残されていた。

 ミラーワールドにはもうアクセス出来ないようだったが、真司は繰り返しの記憶と共に失っていた龍騎のデッキを、再び手にしていた。

 彼の世界は、何処でもそうであるように人同士の諍いはあるものの、モンスターなど影もなく平和そのもので、ライダーバトルなどなかった事になっていた。

 蓮はただの、優衣のいない花鶏の常連となっていた。柄が悪いのも金に細かいのも変わらない。あのころの蓮のままだ。

 真司は、自分だけが全てを思い出してしまった事が、たまらなく悲しかった。

 そこに、迎えが来た。

 優衣はもういない。だけれども、何処かにいるというのならば、その存在が消えてしまうなんて、許せるはずがない。

 真司は何も考えずに付いてきて、今ここにいる。

 何が正解なのかなんて分かりはしない。だけれども、彼はあの、ライダーバトルの頃から何も変わっていない。人間とは戦えない。

 彼がライダーになったのは、怪物から人を守る為なのだから。

 こんな事なら付いてこなければ良かった、というのは思った。

 だが、ここにいて自分が出来る事もあるのかもしれない。そう思い直し、ここに残っている。

 きっと人間同士の戦いを止める為に、何か出来る事はある。そう今も信じている。

 

「きっと、乾さんと津上さんも、別のところで大ショッカーと戦ってますよ。僕、そんな気がします」

 後ろから追いついてきた良太郎が、小声でそう、真司にだけ言った。

 そうだよな、と小声で答えて、真司はやっと笑った。



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(4)Beautiful World

 時間は、士が川に叩き落とされた所まで遡る。

 クウガもブレイド相手に劣勢を強いられており、後退また後退で、キングラウザーの重そうな斬撃から身を躱し続けていた。

 士からどんどんと引き離されていく。近寄る事ができない。

 ブレイド相手に有効なダメージを与えられる打撃が、クウガにはなかった。

 彼が変身可能なフォームの中で、最もパワーのある紫のクウガの攻撃が軽くあしらわれたのだ。

 封印エネルギーを込めたキックをたたき込めれば勝機はあるかもしれない。ブレイドは間合いを遠めにとっており、決める機会を作り出せないわけではなかった。

 だが、クウガには躊躇があった。

 もし、それさえ通用しなければ、本当に打つ手を全て、失ってしまう。それが恐ろしかった。

 クウガは仕掛けられず、ブレイドは自分からは動かない。戦局は膠着状態に陥っていた。

 クウガは迷っていた。勿論、攻撃が通用しないブレイドへの警戒もある。だが、それだけではなかった。

 俺は、信じているのではなく、信じようとしているだけなのではないだろうか?

 沸き起こったその疑問を、クウガいやユウスケは、はっきりと違うと否定する事ができなかった。

 動きらしい動きといえば、武器を落としたクウガが赤のマイティフォームへと戻った事。それ以外は、ただ睨み合ったまま時間が流れていく。

 均衡を破ったのは、夏海の絶叫だった。

「止めて!」

 その声にクウガは、眼前のブレイドの存在など忘れて振り返ったが、ブレイドは動こうとしなかった。

 ディケイドが闇の中に吸い込まれて行く。転げ落ちて行く。

 駆け寄る事も、手を差し伸べる事も、叶わない、間に合わなかった。

「士……君、士君‼」

 周囲は急に明るくなって、キバは紅渡の姿に戻っていた。

 夏海の声だけが甲高く辺りに響くが、クウガにはその声もどこか遠く、現実味がないように思われた。

「……畜生、畜生……畜生!」

 振り向くとクウガは、腰を落として構えを取り、その右足に力を溜め始めた。

「そんな事に、何の意味がある?」

 ブレイドの声は変わらず低く単調で、感情が篭っていなかった。何も起こっていないかのような変わらなさは、ユウスケを苛立たせた。

「うるさい……うるさい、うるさい! 士が何をしたっていうんだ! あいつは俺と、皆を守る為に戦ってたのに!」

「守りたかったなら、何故もっと早く、そうしなかった?」

「黙れ、お前の御託なんか、聞きたくない!」

 クウガが右足を後ろに摺り、さらに深く構えを取ると、それに応えるように、ブレイドの体の各所に埋め込まれたレリーフが光を帯びた。

 左の上腕、右の下腕、右腿、左脛、右脛。

 光は力の奔流となり、ブレイドが両手に持ち右上段に構えたキングラウザーへと吸い込まれていった。

『Straight‐Flash』

 機械音声が響き、キングラウザーが力を得て光り輝く。

「おりゃあああっ!」

 僅かな助走の後、クウガは雄叫びを上げて宙に舞い上がり、ブレイドへと向けて、充分に力の溜まった右足を繰り出した。

 その動きに合わせるように、ブレイドは剣を振るった。

 二つの力は交わって、反発しあい、閃光が生まれて、離れた場所にいた夏海の長い髪が巻き上げられ、翻った。

 光の眩さに夏海は目を閉じ、風が止むのを感じて、恐る恐る顔を庇った手をどけ、目を開いた。

「……ユウスケ…………!」

 クウガは、夏海のしゃがみこんだ場所のやや手前に背中から叩きつけられた。したたかに背中を打った後に変身が自動的に解除された。

「ユウスケ!」

 夏海が駆け寄ると、ユウスケは低く呻き声を上げながら、のろのろと体を起こそうとした。

 肩を支えて起こしてやると、ユウスケは夏海は見ず、前方を睨みつけた。

「あいつは……」

 土煙の向こうに、無残に抉り取られたアスファルトが見えた。その更に向こうに、ブレイドは倒れ込んでいた。

 だが、ややあって、その金の鎧は、何という事もなかったように、平然と体を起こした。

「何だよ……あいつ、何て奴だ……」

 大きく肩で息をしながら、ユウスケは目を見開いて、呆然とした顔で、動こうとしないブレイドを見つめていた。

「ごめんな夏海ちゃん。俺、勝てないわ」

 口の端を手の甲で拭って、ユウスケは、あまり悔しくもなさそうに呟いた。

 平坦なその声があまりにもユウスケらしくなくて、夏海は無性に悲しくなった。

 ブレイドは腰のバックルに右手を当てると、レバーを引いた。青いオリハルコンエレメントが彼の体を通過して、消える頃には、そこには何の喪に服す為なのか黒に身を包んだ剣崎一真が立っていた。

「何なんだよ、あんた……俺の事を、馬鹿にしたいのかよ!」

 ユウスケはよろめきながら立ち上がって、ふらつきながら剣崎に向かって歩き、そう叫んだ。

「馬鹿に……? 違う。俺は、君を助けたい」

「助けるだって⁉ どうやって! 俺は、あんたの助けなんかいらない!」

 怒りを顕わにしてユウスケは叫んだが、すぐに、何かに思い当たって、泣き出しそうな顔をした。

「助けなくちゃいけないのは、俺じゃ、ないだろ……」

 川から吹き込む緩やかな風にも飲み込まれてしまいそうなほど、ユウスケの言葉は弱々しかった。

 夏海は、ますますやりきれなくなり、締め付けられるような胸の苦しさに息を吐いた。

 こんな戦いに、何の意味があるだろう。

 門矢士が消えれば、全ての世界は平穏を取り戻すのかもしれない。

 街が喰われ、砕かれていく、あんな破壊が、何処かでひっきりなしに起こっているのかもしれない。

 それでも夏海もユウスケも、士を犠牲にして得る平和など、納得出来ない。

 夏海は剣崎一真を見た。彼の表情は、何も映し出してはいなかった。ユウスケをただ見つめているだけだった。

「……昔の話だ。俺には、親友がいた」

 唐突な言葉に、ユウスケと夏海は剣崎一真を見つめた。剣崎はそんな視線など意に介さない様子で、言葉を続けた。

「俺は彼を助けたかった。そうだ、丁度、今の君のように。何か方法があるはずだ、そう考えて、結論を出すのを引き伸ばしていた」

 ユウスケも夏海も、彼が何を言わんとしているのかが分からず、黙って彼の言葉を聞いていた。

 剣崎は尚も言葉を続けた。

「そうして、何か見つかったと思うか。全て手遅れだと気付いた時には、何もかも取り返しがつかなかった。大切なものも、どうでもいいようなものも、何もかも、なくなった」

「……何も、かも?」

「そうだ、何もかもだ。俺は一人で、何もない世界に取り残された」

 何もない、というのが、何かの喩えなのかは判然としなかったが、平坦な調子で語る剣崎の感情のない声は、嘘を語っているようにはどうしても聞こえなかった。

「君が友達を助けたい気持ちは、誰よりも分かるつもりだ。俺だって、絶対に助けられると信じていた」

「あんたなんかに何が分かる!」

「分からないのかもしれないな。だが君は、門矢士をどこまで信じる事ができる。世界が本当に崩壊を始めてから気付いたって、もう遅いんだぞ。最後まで信じきる事が出来るのか? そして、信じていた気持ちは間違っていなくても、滅びの時が訪れたなら、君は一体どうするんだ」

 ユウスケは、返す言葉に詰まり黙り込んだ。

 絶対の確信をもって、肯定する事ができない。本当に何があっても気持ちが変わる事はないとは、言い切れなかった。

 ユウスケは、士を信じたい。

 士を信じている気持ちのうちどの位の部分が、士を信じたいという願望なのかが分からない。

「でも少なくとも、ここで士を見捨てたら、俺は一生後悔する。そんなの、俺は嫌だ」

 俯いて、弱い声で、ユウスケは搾り出すように呟いた。

 助けられないんじゃない、諦めて助けない。そんなのは嫌だった。

 八代藍を失って、決めたのは、大切と思うものを、できる事を全部して、守りたいという事だった。

 彼女がいくら満足して笑顔で居なくなったとしても、そんな事をユウスケは納得できない。

 できないのもしないのも嫌だった。士の力になろうと、世界の融合なんていう事を止めようと思ってここまで来た自分を、全て否定する事になる気もした。

「教えてくれ。士を倒さないで、どうにかなる方法があるんだろ」

 顔を上げてユウスケは、はっきりとした声色で、質問を投げ掛けた。

「ディエンドにヒントがある」

 告げられてユウスケと夏海は互いを見て、剣崎一真に向き直った。

 ディエンド。海東大樹の所有する、ディケイドとよく似たライダーシステム。確かにディケイドと何らかの関連があるのだろうが、一体あのスーツの何処に士を倒さずに解決するヒントがあるのかは、皆目見当がつかなかった。

「あのシステムはディケイドを倒す為に、ディケイドを基に開発されたものだ。だがディエンドは、ディケイドが持つ、世界を作り融合させる力はない。それは何故だと思う」

「ディケイドを倒すにはいらないから、つけなかったんじゃないのか」

「違う。ディエンドは、その機能に鍵をかけ、ロックしている」

 何故剣崎がそんな事を知っているのかは分からなかったし、鍵、という言葉の指すものもよく分からなかった。

「鍵って何だ、どうすればかけられるんだ」

「それが分かれば、俺達だって無理にディケイドを倒そうとは思わない」

 剣崎の言葉がどこまで本当なのかは分からなかったが、確かに希望はあるようだった。

 まずは海東に聞けばいい。知っているかも分からないし、知っていても教えてくれるのかも分からないが、すべき事は見えてきた。

「方法があるんなら、俺は諦めない。あんたが止めようとしたって、絶対に辞めない。俺と夏海ちゃんで、士を助けてみせる」

「君がディケイドを倒すのを阻むなら、次は君を倒さなくてはいけない」

「鍵がかけられれば、そんな必要はなくなるんだろ」

 ユウスケに迷う理由はなかった。

 さっき、ブレイドに向かって行けなくなったのは、自分が迷っていたからだ。ユウスケはそう思った。

 剣崎の言う通り、もっと早く、向かっていけばよかったのだ。そうすれば、ああすればよかったこうすればよかったと、ユウスケは後悔しなくてもよかった。全力を尽くさなかったのが、一番悔しい。

「行こう、夏海ちゃん。海東を探そう」

「でもユウスケ、士君を探さなくちゃ……」

「あいつは生きてる。絶対だ。絶対戻ってくる」

 海東が歩き去った方向へと脚を踏み出して、ユウスケはもう一度剣崎を見た。

 剣崎は相変わらず、何も思っていないような、何の感情も映し出していない目をしていた。

「お前達が巡った九つの世界。それがもうすぐ、融合する。今までにない大規模な融合だ。時間が無いんだ」

「それまでに、間に合えばいいんだろう?」

「そう言うだろうと思った。だが、間に合わなければ、待っているのは破滅だ」

「……間に、合わせるんだよ。世界も士も、諦めたりしない」

 剣崎はもう何も言わなかった。ユウスケは最後に剣崎をもう一度睨みつけると、歩き出した。夏海もやや遅れてその後を追った。

 スーツの内ポケットから先程外したサングラスを取り出して身につけ、剣崎は空を見た。

 美しい世界だった。

 優しい風が空を渡り、濃い緑のにおいを運んでくる。青い川はさざめいて、遠くに海鳥が飛んでいるのが見えた。

 全てが、彼の世界からは失われたものだった。

 

***

 

 「始も世界も救う方法」を、ついに剣崎は見つけ出す事ができなかった。

 ダークローチは鼠算式に数を増やし、手に負えなくなり、恐ろしい勢いで世界を覆い尽くしていった。

 彼らの一番恐ろしいところは、彼らが怪物であり人間を襲うという事ではない。

 彼らの排泄物は、毒そのものだった。

 土からあらゆる栄養を奪いただの砂に変え、水を飲めない物に変えた。彼らの排泄物が溜まり湧き出たガスが、彼らの攻撃から逃れていた多くの人を死に至らしめた。勿論動物も植物も、恐らく土や水の中の微生物に至るまで、彼らはその暴力的な数で、ありとあらゆる命を刈り取り、蹂躙していった。

 世界の終わりを目撃しながら、まず睦月が力尽きた。剣崎はすぐ近くで戦っていたが、ダークローチに囲まれ睦月まで辿り着けなかった。

 次に、望美を守りきれず失い、烏丸が死に、橘が力尽きた。

 剣崎が、始を封印しようと、確かに決意した時には、もう事態はどうにもならなくなっていた。

 栗原遥と天音も、ダークローチの爪にかかり死んだ。それを知ったジョーカーから、とうとう、人の心が消えた。

 広瀬栞も、虎太郎も失った。

 そして、見つけ出したジョーカーまでようやく辿り着き封印した時、事態は更に悪い方向へと傾いていった。

 ライダーシステムを使いすぎた剣崎の体は、アンデッドと融合しすぎて、ジョーカーと戦う最中にアンデッドそのものに変化していた。

『ジョーカーをもう一体確認、バトルファイト続行――ジョーカー封印を確認した。勝者はお前だ』

 現れた石版は音は発していない。頭の中に直接意志が響く。

 ふざけるな、剣崎は叫んで石版を殴りつけ、叩き割ったが、石版は粉々になった姿をすぐさま復元し、何処かへと飛び去っていった。

 ジョーカーを封印してもダークローチは消えなかった。剣崎が、新たなジョーカーとして確認されてしまったが為に。

 世界中が、数を増やし続けるダークローチに覆いつくされた。

 元凶として、剣崎はミサイルの雨を浴びた事もあった。いち早く滅んでしまった為、もう生命の存在しない日本に、核ミサイルも投下された。だが彼は、不死身であるが故に死ぬ事はなかった。燃え尽きても粉々になっても、気がつけば目が覚めていた。覚めない悪い夢のようだった。

 そんな攻撃も段々となくなり、そう長くかからずに、ダークローチどもも消え去り、静寂が訪れた。

 もう緑などない。砂と、建物だったものの残骸が、大地を平坦に覆っている。

 そして、地球上から生命が消えるという事は、進化したいという地球上の生命の意志が、その集合体が、消えるという事でもあった。

 モノリスももう二度と剣崎のもとを訪れる事もなく、残ったのはただ、見渡す限りの砂と、何もない大地を渡る風、無意味に差し込む太陽の光、毒に満ちた水、そして孤独と永遠。

 もうバトルファイトは起こらない。生命が再び芽生える事もない。

 何日、何年、そんな概念も思い出せなくなるほどの時間が経った頃、迎えは来た。

「俺はもう、ライダーなんかじゃない。俺にはもう、守れる人がいない」

 一体、どれだけの間、言葉を発していなかったのだろう。考える事すらやめていた。思考を紡ぐのには、少しの時間を必要とした。

 やはり、どれくらいその姿を見ていなかったのかも覚えていないほど久しぶりに見た人間は、剣崎の言葉にかぶりを振った。

「あなたの犯した過ちが繰り返されようとしている。あなたはそれを、止めなければいけない」

 こんな事が、繰り返されようとしているのだろうか。

 こんな何もない世界が作られようとしているのだろうか。

 それだけは、許してはいけないと思った。

 

 そして剣崎は今、ここにいる。過ちを正すその為に。

 門矢士を探しているのであろう紅渡に合流する為、彼も下流に向かい歩き始めた。

 今度こそ間違わない為に。その為に、ディケイドを倒さなければいけない。

 サングラスの奥の瞳の色を窺い知る事はできない。剣崎はユウスケが去っていった方向をちらと見ると、すぐに下流に向かって視線を戻し、足早に歩き去った。

 

***

 

 ユウスケと夏海は、海東が去った方角を歩いていったが、じきに大通りにぶつかり、彼がどの方向に行ったのかは皆目見当がつかなかった。

「くそ、これじゃどっちに行ったのか分かんないな……肝心の時には捕まらないんだから」

 呟いてユウスケは眉を顰め、やや苦しげに顔を歪めると、先程打ったのだろう右肩を抑えた。

「ユウスケ、ユウスケの手当もしなきゃいけないし、もしかしたら士君が帰って来てるかもしれません。一度帰りませんか」

「……でも、早く海東を、探さなきゃ」

 夏海の話など耳に入らない様子で、ユウスケは辺りを頻りに見回していた。

 通りは、人がまばらで、道脇の店も閑散としている様子だった。元々が神出鬼没な海東の手がかりを得る術など何処にもないように見えた。

「私……」

「ん?」

 ユウスケが振り向くと、夏海は目を伏せ、俯いていた。

 夏海は、響鬼の世界で聞いた、一つの言葉を思い出していた。

『ディケイドを止められるのは、君だけだ』

 その言葉を語った人物は、何か確信があるからこそ、それを夏海に告げたに違いなかった。

 ”ディケイドを止める方法”を知っているのは、海東ではなくその人物ではないのか? そう思えてならなかった。

「私、士君にもユウスケにも、まだ話していない事があります」

「……何の話だよ」

「ずっと、嘘だ、こんなの夢だって思ってたし、士君は笑うと思ったから、話してませんでした。私、士君と会う少し前から、ずっとずっと、繰り返し、同じ夢ばかり見ています」

「夢?」

「ディケイドの夢です」

 夏海は目を伏せたままだった。ユウスケは、不思議そうに夏海を見つめた。

「とても怖くて、とても、悲しい夢なんです」

「士と会う、前から……?」

「そうです。だから私、ディケイドのバックルとカードホルダーを見つけたとき、これはあったらいけない、これを誰にも渡しちゃいけないって思った。それなのにそれを、士君が持っているのが当然みたいに、士君に渡してしまった」

 夏海はそれ以上言葉を続けられなかった。

 もしかしたら止められたかもしれないのに、何かに気づけなかったせいで、止められなかったのかもしれない。そう思った。

 あの夢が現実になろうとしているのだろうか? それともあれは、既に起こった出来事なのか? 分からなかった。

「……分かったよ、一度帰ろう。コーヒーでも飲んだらさ、落ち着くよ。きっと元気も出る」

 ユウスケが、やっと笑った。いつもの、目尻が下がる様子が人の良さを表したような、屈託のない笑顔だった。

「ごめんなさい。でも私、こんなの、嫌なんです」

「いいんだ。俺こそごめん」

「海東さんじゃなく、鳴滝さんが、知ってるんじゃないかって、私、思うんです」

 夏海の言葉を即座に受け止められず、ユウスケは訝しげに夏海を見た。

「……鳴滝さんが?」

「もしかしたらキバーラも何か、知ってるかもしれない。知らなくても鳴滝さんの居場所だったらきっと」

 合点がいかない様子ではあったが、ユウスケは頷いて踵を返した。夏海も顔を上げて、彼の後を追った。

 

***

 

 海東大樹は、人気のない跨線橋の上で足を止めた。

 先程士達と別れた河畔もここからは見えるが、今は誰もいないようだった。代わりに、アスファルトが大きく抉れているのが見えた。

 つまらないものを見るようにそれを見て、海東は視線を自分の進路に戻した。

 この辺りはほぼ人気がない。繁華街からはそう離れていないのに、まるでこの一帯が何かの壁にでも隔絶されてしまったかのように、生き物の気配がなかった。

 若い世界だから、まだ密度が足りないのかもしれない。

 辺りを軽くぐるりと見回すと、海東は声を張り上げた。

「いるんだったら出てくればいいだろう、鳴滝さん」

 呼び掛けに応えるように、海東の眼前に銀のオーロラが姿を現し、それが引いて消えていくと共に、鳴滝が姿を表した。

「君から私を呼ぶとは珍しい事だ」

「用があるんでね」

「ディケイドを助けようというのか、君らしくもない」

 鳴滝は、やや大仰に驚いた顔を見せた。それを見て、海東はおかしくなり、噴き出した。

「借りは作らない、出来たら即座に返すのが僕の主義でね。あいつに借りを作っちゃったから、すぐ返したいのさ」

「君すら、ディケイドに取り込まれかけている、という事か」

「やめてくれないか。僕は小野寺君とは違う。士を気の毒だとか助けたいとか、思っていないよ」

 心から不愉快そうな声色で、海東は言い切った。

 鳴滝はその様子を見て、訝しげに海東を覗き込んだ。

「用というのは何だね」

「ディケイドが世界を作り出し融合させるのを止める方法を、知ってるんだろう」

 鳴滝は、その問いに答えなかった。海東と鳴滝はただ、距離を置いたまま目線を外さずにいた。

「私がもし知っていたとして、それを君に教えると思うかね?」

「そんな事はどうでもいい。僕はあなたにそれを教えてもらうだけだ」

 厳しい眼差しで自分を見つめる鳴滝に、海東は微笑んでみせた。

「前々から分からなかった事がある。何故、あなただけが、()()()()()と接触出来る?」

「何の事だ」

「ディエンドが召喚するのは、大ショッカーが収集した情報を元に構成された傀儡だ。だが、あなたが呼んでるあいつら、あいつらはオリジナルか、それに近い存在だろう」

 鳴滝は表情を動かさず、何も答える気配はなかった。海東は言葉を続けた。

「今士を狙っているあいつらにしても、オリジナルに限りなく近い存在じゃないのか。あなたが呼んだのか」

 海東は鳴滝を見据えたまま、答えを待った。

 ディエンドには次元を超え世界を渡る力があるが、何処へでも好きな世界へ行けるわけではない。使い始めてから暫くは、次元を渡る為のオーロラも制御できなかったし、ある程度扱えるようになった今でも、近づく事の出来ない世界がある。オリジナルの世界へ渡る事は、何度か試みたが、いつも何処か別の世界へと飛ばされた。

 大ショッカーの収集したライダーの詳細な情報が、召喚能力を構成し、それを使いこなす為にディエンドに記録されている。記録と照らし合わせると、海東大樹の生まれ育った世界はオリジナルとは比較的近しい位置にあるようだったが、やはりそこからでも、オリジナルの世界へ渡る事は出来なかった。

 オリジナルの世界に渡るには、何かもっと大きな力――そう例えば、ディケイドが世界を作り融合させ、破壊させる事で生まれるような――が必要に違いなかった。

「……私にそんな大それた力があると思うかね」

「何も分からないよ、あなたの事は。今まで興味もなかった」

 その言葉に、鳴滝は、ふんと鼻から一つ息を吐いた。海東は目をやや眇めて、鳴滝の目を覗き込んだ。

「興味をもってみて一つ気付いた事があるよ。あなたがディケイドを滅ぼさなきゃいけないって言ってるのは、名目は世界の為と言ってるけど、個人的な強い恨みから言ってるように思える、って事だ」

 海東の言葉に、鳴滝の口の端はぴくりと歪んだ。

「ディケイドは世界を滅ぼす。私はそれを警告している」

「どうやってそれを知ったんだ」

「そんな事を君に話す必要はない」

 鳴滝の語気がだんだんと荒くなっていく。海東はそれには動じず、ふうん、と口元を上げてみせた。

「そんな与太話をする為に私を呼び出したのか」

「最初に言ったと思うけど、僕は、ディケイドの機能を止める方法を聞きたい。あなたが答えてくれないから、話のついでに素朴な疑問をぶつけただけさ」

 笑いかけた海東を、鳴滝は忌々しげに見た。

「ディケイドは今度こそ、この世界で、最強のライダー達の手によって滅びる。ディケイドの旅は、この世界で終わらなければならない」

「何故そんなに、ディケイドが憎いんだ」

「奴が、悪魔だからだ」

 鳴滝は決然と言った。彼の言葉に揺るぎはない。

「何でディケイドが悪魔なのかっていうのが分からない。あなたの言ってるのは、世界を作り出し融合させる力の事じゃないだろう」

「それは、君に話す必要はない事だ」

 話は終りだとでも言うように、鳴滝は海東を見たまま後ろに歩いた。背後から銀のオーロラが彼を覆い、消えた。

 ちっと舌打ちをして、海東は鳴滝が消え去った地面を見つめた。

 絶対に何かある筈だ。鳴滝は恐らく知っている。

 だがディケイドを滅ぼす為に、その為だけに、破滅を防ぐ方法を明かさないのだ。

 鳴滝とは何者であるのか。それを調べる事が先決に思われた。手札があれば、彼から情報を引き出す事は出来そうな気がする。

 だとすれば、何処を当たればいいのか。

 鳴滝は恐らくディケイドとディエンドの成り立ちを詳しく知っている。その二つは、大ショッカーにあった。

 あいつらは苦手だけれども、これで、士には借りを返しておつりが来るだろう。

 大して面白くもなさそうな顔で考えながら、海東大樹はその場から歩き出した。

 

***

 

「何処か知らない、広い場所です。きっと山の中だと思う。たくさんのライダーが走ってきて、空から飛んでくるライダーや電車とか、お城もありました。クウガも、バイクに乗って走っていくんです。皆私の事なんか見えてないみたいで、どんどん私を通り抜けて、一つの場所を目指していくんです」

「一つの場所?」

「ミサイルみたいなものがその方向から沢山飛んできて、走っていったライダーがどんどんやられていって、空を飛んでいるのも、どんどん落とされちゃって、暫くすると、動いている人がいなくなって、しーんとしちゃうんです」

「……それで、終わり?」

「私が、皆が目指していた場所を見ると、そこには一人だけ立っている人がいて、私はその人を見て、『ディケイド』って、呟くんです。いつも、それで、終わり」

「…………ディケイド、なのか?」

「ディケイドです」

 夏海は頷いた。

 ユウスケは驚いた様子で頭を傾げて右手を添え、考えている様子だったが、分からなかったのだろう、顔を上げてコーヒーを一口啜った。

「何で夏海ちゃんがそんな夢を見るんだろう……」

「私にも分かりません。本当は何か知ってて忘れてるだけなのかもって考えましたけど、抜けてる記憶なんてないし」

 ユウスケと夏海は、写真館へと一度戻ってきた。

 ユウスケの手当を済ませると、栄次郎は夕飯の買い物へと出かけた。キバーラはいなかった。

「……でも、鳴滝さんは、私に言ったんです。『ディケイドを止められるのは、君だけだ』って。だから、それと何か、関係があるのかなって思います」

「夏海ちゃんが……?」

「勿論どうすればいいのかなんて、分からないです。鳴滝さんの言ってる事が、剣崎っていう人の言ってた「鍵」と関係があるのかも分からないですし。でも、思いつく事って、それくらいで」

 ユウスケは再び頭を抱えて、夏海も目を伏せて考え込んだ。二人には答えはない、鳴滝に会って聞くしかない。

 だが彼は、海東以上に神出鬼没で、いるのかいないのかもよく分からなかった。

「……ごちゃごちゃ考えてても仕方ない。俺、鳴滝さんとキバーラを探してくる。夏海ちゃんはここで、士を待ってて」

「待ってください、私も一緒に」

 夏海が立ち上がろうとするのを、ユウスケは腕を軽く上げて制した。

「士が帰ってきた時誰もいなかったら、あいつ、絶対寂しがるだろ」

「それは、そうですけど……」

「俺は一人でも大丈夫、無茶はしないからさ」

 ユウスケは強く笑いながらそう言った。彼がそういう顔をしている時は人の言葉は聞かないし、夏海がついていっても足手まといになる場面もある。仕方なく、夏海は頷いた。

「晩御飯までに帰ってきてくださいよ」

「分かってる、お腹空いてるしね」

 ソファに置いてあったヘルメットを取り上げると、ユウスケは足早に外へと駆けていった。

 夏の日は長いが、午後三時ともなると、真上から照りつけていた陽光はいつのまにか、斜め上から差し込んできている。

 開け放たれた窓から夏海は外を見た。世界は何事もなく、さも平和であるかのように見えた。

 遠くで蝉が鳴いている。子供達が駆けていく声が遠くから響いて、近づいてまた遠ざかっていった。

 西からの緩い風が、汗ばむ頬を撫でていく。

 仮初の世界と、紅渡は言った。

 だけれどもここに、人はこうして暮らして生きている。仮初であろう筈がなかった。

 そして、士だって、生きて、夏海達と旅をしている。

 夢じゃない。幻じゃない。士君は、います。

 振り返って夏海は背景ロールを見た。そこには、何も書かれていない生成のロールが、外からの日差しを受けて白く照らされていた。



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(5)蠢動

 士の後を追って、下流へと進んでいた渡は、見慣れた顔を行く手に見つけた。

「……よお」

「あなたは、ここで何をしているのですか?」

 乾巧は、服のまま泳ぎでもしたのか、ずぶ濡れの姿で、睨みつけるように渡を見つめていた。

 同じくずぶ濡れとなった青年の左腕を肩にかけ、支えていた。顔は下を向いており判別出来ないが、門矢士に間違いなかった。

「彼を、どうするのです」

「溺れて死にそうなんだ、放っておけない、それだけだ」

「彼が破壊者でも、ですか」

 その言葉に、巧は訝しげに渡を見た。渡の表情に変化はない。

「……お前は、死にそうな人間が目の前にいたら助けないのか? それが誰かを選んで助けるのか?」

「普段はそんな事はしません。今は非常時です」

「死にかけてる奴を殺したがってる奴に渡すような悪趣味な真似はしたくないね。仕留められなかったのはお前の責任だろう」

 乾巧はファイズギアを持ってはいなかった。だが彼は、彼の本質――ウルフオルフェノクへと姿を変え、キバエンペラーと互角に戦う事も可能だろう。

「……あなたの言う通り、ディケイドをきっちりと倒せなかったのは僕の至らなさ故だ。だがあなただって知っているだろう、止まらない破壊を、世界の終わりを。それをディケイドは再び巻き起こす。それを許せるのですか」

「そうなるかどうか分かんねえだろう。大体俺は、世界を救うだの何だのっていう大袈裟なのは胡散臭くて好きじゃないんだよ」

「ならばあなたは、何故ここへ来た」

 その質問に巧は眉を寄せ、鋭く渡を睨みつけた。その視線を受け止めても、渡は動じず、表情も変えなかった。

「……こんな俺でも、何か出来る事はあるのかもしれない。そう思いたかっただけだ」

「ならば、何故それを為さないのです」

「うるせぇな。何でお前の話を鵜呑みにしてはいはい従わなきゃなんないんだ? 戦わなきゃなんないって思ったら戦う、それだけだろ。俺がすべき事は俺が決める、お前の指図は受けない」

 絶望の淵で足を滑らせ転げ落ちそうになりながら、ずっと戦い続けていても、乾巧は人を信じ続けている。守りたいと願い続けている。

 強い人なのだ、と渡は思い、嬉しくなり頬を緩めた。

「何が可笑しいんだよ」

「僕はあなたと戦いたいわけではないですし、あなたの言う通り、虫の息の相手をいたぶるのは悪趣味だ。あなたの好きにすればいい」

「言われなくてもそうする。大きなお世話だ」

 言うと巧は士を抱え直し、何処かへと歩き始めた。

 渡は二人の背中を、目を細め、見送った。

 何処からか、彼の相棒――黄金の蝙蝠が、彼の元へと羽ばたいてきた。

「いいのか渡、あいつを見逃して」

「キバット、僕は分からないんだ。僕は間違ってるかもしれないのに、君はどうして僕に付いてきてくれる?」

「そりゃ、俺様が付いてないと渡は危なっかしくてしょうがないからだろ。渡が間違ったら、俺様が引っぱたいてやる」

 そうだね、と呟いて、渡はにこりと笑った。

「光夏海や乾さんの言うことも、分かるんだ。でも僕はもう二度と、世界が壊れてしまうなんて、見たくない」

「そうだなあ。あんなのはもう、御免だなぁ」

 絶望だとか恐怖だとか、そんなものを感じる暇もなかった。渡の世界は、一夜にして壊滅した。

 誤解、行き違い、悪意。そんなものの為に。

「お前も甘いな」

 後ろから声がした。剣崎が追いついてきたようだった。

「あなたに言われたくはないですよ」

「こういうのは不慣れなんだ。俺はずっと、甘いって怒られる側だった」

 振り向くと、剣崎の口元は、薄く微笑んでいた。その顔を見て、渡もつられて笑った。

「どうするつもりだ、あまり時間がない」

 剣崎の言葉に、渡は表情を引き締め、小さく頷いた。

 どうにも解せなかった。つい先日安定したばかりの世界が、こうも早く引き合うというのは、今まで例がなかった筈だった。

 今までは、それぞれの世界はもっと時間をかけて安定し、もっとゆっくりと徐々に融合していた。

 安定が早まったのはディケイドの仕業だが、それにしても引き合う速度が速すぎる。

 そして、九つの世界が一度に融合しようとするなど、それこそ例がなかった。

 いつ融合し、崩壊を始めてしまうのか、正確な事は分からないし誰も予測出来る者がいない。だが、時間がないのだけは確かだった。

 間違いなく何者かが裏で糸を引いている。それが出来るのは、ディケイドを作り出し、不完全ながらも世界を渡る力を得ている者達以外には有り得なかった。

 ディケイドを倒すのは、本当の本当に最後の手段としたい。その甘さは渡の中に確実に存在している。

 だからこそ渡は、ディケイドを旅に送り出し、事態が退っ引きならない状況になるまで、待ったのだ。

 渡の不在に皆の元を飛び出した乾巧がここにいるのならば、彼を追ったという津上翔一もおそらく一緒だろう。

 ディケイドを一刻も早く倒さなければならない、最早猶予などないのは事実だが、仲間割れで、本当に倒さなければいけない敵――大ショッカーと戦う戦力を削ぐのは得策とは思えなかったし、そもそも、あの二人を向こうに回して、渡が勝てる確証もない。ディケイドのように、もし勝てないとしてもどうしても倒さなければならない相手というわけでもない、彼らは仲間なのだ。

 言い訳だというのも分かっていた。だが渡は、恐らく剣崎も、乾巧が正しいと何処かで思う気持ちを捨てきれない。

「大ショッカーを先にあたるのか」

「そうですね。僕も憎まれ役はあんまり得意じゃない」

「猶予が伸びたところで、結果は同じだぞ。引き伸ばしても、後で辛くなるだけだ」

「そうですね……それでも、待ったらどうにかなるなら、時間を作ってあげられるなら、そうしたいと思いませんか。それに剣崎さん、彼に教えたんでしょう、ロックの事を」

「……」

 剣崎は答えなかった。渡はその沈黙を肯定ととった。

「なら、少しの間だけでも、時間が必要です。門矢士の傷さえ癒えれば、ディケイドにまた戦いを挑んでも、乾さんももう文句は言えないでしょう。僕らの為にも、引き伸ばす必要はある」

 やはり剣崎は何も答えなかった。渡は穏やかに、笑いかけた。

「僕と剣崎さんがいれば充分だ。他の人達は、もう入り込んできている奴らを探してもらいましょう」

「もう来ているのか」

「ええ、そのようです。ディケイドが奴らの手に渡るような事はないとは思いますが」

「そうだな、そんな事はディケイド自身も、あいつの仲間も許さないだろう」

 剣崎と渡は頷き合い、歩き出した。

 ディケイドは倒さなければいけない。それは恐らく変わらない。だが本当に倒さなければならないのは、ディケイドの力を利用して世界を我が物にしようとする大ショッカーだ。

 それを小野寺ユウスケや光夏海に話せれば良かったのだろうか。

 だが、そんな事を話したところで、ディケイドを倒さなければいけない事実に何ら変わりはないのだ。

 どうすればいいのかなど、渡にも剣崎にも分かってはいない。

 繰り返したくない、ただその思いだけが、彼らの脚を動かしていた。

 

***

 

 写真館を出てバイクで走り始めたものの、ユウスケに当てがあるわけではなかった。

 鳴滝はいつも唐突に現れ、好き勝手に去っていく。

 居場所など分かる筈がなかったし、探して見つかるとも思えなかった。

 だが、ユウスケはとにかくじっとしてなどいられなかった。時間がないとは言われたが、どの位の時間が残されているのかも全く分からない。

 段々と焦る気持ちを抑えながら走り続けていると、次第に、進行方向から、慌てた様子の人々が転びそうになりながらユウスケが来た方向へと駆けて行く様子が増えてきた。じきに、進行方向に黒く上がる黒煙が見えてきた。

 何かあったんだ。ユウスケはハンドルを握り、アクセルをかけてバイクの速度を上げた。

 暫く進むと、人の姿が見えなくなった。道の先に、横転した車が何台か見えた。

 そして、転げた車を背景にして、三体の異形と一人の戦士が戦っていた。

 見覚えがあるようで知らない姿だった。電王に良く似ているが、姿形や色合いが微妙に違う。

 そして、ユウスケが知っている電王と決定的に違うのは、その動きだった。

 奇妙な形の剣を持っているが、重すぎるのか、前のめりになり攻撃に体重が乗っていない。三体の異形の攻撃をやり過ごす事で精一杯の様子に見えた。

 何にせよ、放っておく事もできなかった。

「変身!」

 バイクに乗ったままユウスケの姿は、胴、脚、肩、腕、頭と、順に赤のクウガへとモーフィングを遂げた。

 クウガはそのままバイクを走らせ、電王らしきものに襲いかかろうとしていた異形をバイクで轢き飛ばした。

「うわっ⁉」

 突然の事に電王が驚いて叫んだ。クウガはバイクを止め、飛び降りて駆け出した。

「何だか知らないけど加勢する! あんた、この世界のライダーか⁉」

 突然の事に驚いている様子の電王らしきものの、後ろの異形にパンチを浴びせながら、クウガは叫んだ。

「えっ、えっ、この、世界って……言われても……」

「何なんだよ、はっきりしない人だな!」

「ええと、多分違います!」

「じゃあ何なんだよ!」

「何って言われても……話せば長くなっちゃうんですけど」

「じゃあ今はいい、こいつらが先だ」

 クウガが二体を引き受け、電王らしきものは残りの一体と撃ち合い始めた。確か、ワームの蛹とかいう奴だったと、ユウスケはカブトの世界の記憶から目の前の敵を思い出していた。

 蛹はクロックアップはしない、蛹のうちに倒せばなんとかなるのだと、あの世界のアラタという戦士はユウスケに語っていた。

 クウガは一度身を引き、車が激突したのかワームの攻撃の為か、折れかけていた鉄柵をもぎ折った。

「超変身!」

 見る間にクウガの姿は、青いクウガ――ドラゴンフォームへと変貌した。

 素早さとリーチを活かして、クウガは二匹のワームを寄せ付けず、封印エネルギーを溜める為の間合いを作る。

 ドラゴンロッドに意識を集め、力が満ちていく。蛹は動きを止めたユウスケを薙ぎ倒さんと迫るが、時既に遅かった。

「はあっ!」

 水の如く流れるような動きで、クウガはロッドを二体の蛹に続けざまに叩き込んだ。エネルギーの過負荷に耐えきれず、ワームの体は内部から爆発を起こし、四散した。

「やああ~っ!」

 振り向けば、電王らしきものも、必殺の斬撃で蛹を倒していた。

 ふう、と一つ息をついてから、クウガは辺りを見回した。他の蛹はいないようだった。横転した車を見ると、幸いガソリンは漏れていない。姿勢を戻そうと手をかけようとすると、電王らしきものが彼の横で、同じように車に手をかけた。

「手伝います」

「あ、ありがとう」

 この電王らしきものは、見た目とはまったくそぐわない話し方をする。どうも調子が狂うのを感じながらクウガは彼と一緒に車の姿勢を直し続け、可能なものは道の脇に避けた。荷物を運んでいたトラックから転げ落ちたらしき荷物も、可能な限りトラックの側へと運ぶ。

 倒れている人がいないのは救いだった。仮初の世界だ何だと言ったって、生きている人なのだ。クウガにとっては、どの世界だって気持ちは変わらない。

「これで大体大丈夫かな、手伝ってくれてありがとう」

「こっちこそ、助けてもらってありがとうございます」

 再び周りを見回して、一つ息をついてから、ユウスケは変身を解除した。

 電王らしきものもそれに倣う。目の前に現れた青年は、あまり気は強くなさそうだが、意志の強そうな光を瞳に宿していた。

「あの……さっき、この世界のライダーとか言ってましたけど、あれってどういう事ですか?」

「どういう事って……ライダーっぽかったから、この世界のライダーなのかなって」

「うーん、多分、それは違うんですけど」

 目の前の青年はどうも歯切れが悪いものの言い方をする。ユウスケも巻き込まれて、訳が分からなくなるような気がした。

「俺は小野寺ユウスケ。仮面ライダークウガです」

 まだ名乗っていなかった事を思い出してユウスケが名乗ると、青年は実に驚いたような顔をしてユウスケを見た。

「……何? 何かそんなにおかしいですか? 俺の名前」

「いや、そうじゃなくて……。僕は、野上良太郎。君は知ってると思うけど、この世界じゃなくて、別の世界から来たんです」

「えっ……」

「僕、仮面ライダーっていうの? 電王です」

 先程見た二人との余りの落差に、ユウスケは開いた口を塞ぐのを忘れた。

 彼らこそが、ディケイドが生み出したのではない「ほんとうの」ライダーだと士は語った。だとすればこの良太郎も、恐らくはそうなのだろう。

 …………それなのになんだろう、この緊迫感のなさは。

「……紅渡とかの、仲間?」

「あっ、そうです。渡さんと仲間です!」

 知っている名前が出て、共通の話題が出来たのが嬉しかったのか、良太郎は明るい声で告げた。

 ユウスケには、この温度差を如何ともし難かった。

「……俺が、ディケイドの仲間だって知ってるんだろう?」

「はい、聞いてます」

「戦わないのか?」

「えっ…………どうしてですか。小野寺さん、僕を助けてくれたし、ディケイドの事だって助けようとしてるし、いい人なのに」

 答えを聞いて、ユウスケはますます混乱し、訳がわからなくなってまじまじと良太郎を見た。

 良太郎の眼は真剣そのもので、何かブラフを張っている事など考えられなかった。

「いやだって、あんたたち、ディケイドを倒す為に来たんだろう?」

「そうなんですけど……正直、良く分かんなくって。本当に世界が滅んじゃうんだったら戦わなきゃいけないんですけど、いい人っぽいし……」

「士がいい人かどうかは関係ないって紅渡が言ってたけど…………」

「そうらしいんですけど……僕、だからって、小野寺さんみたいな人とは戦えないです」

 困ったような顔をして、良太郎はやや俯いて目を伏せた。

 彼の言葉に嘘などないだろう事は、ユウスケにも充分理解出来た。

「悪かったよ。別に困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、俺と戦うつもりなのかなって」

「僕、出来れば一緒に戦えればなって思ってたんです。僕弱いから、皆さんに迷惑かけてばっかりだし。大ショッカーと戦うのに、沢山の仲間が要るって思うんです」

 聞き慣れない単語が混じっていた。ユウスケは思わず聞き返した。

「……大ショッカー?」

「そうです。世界を征服しようとしている、悪い奴らなんですって」

 その意外な答えに、ユウスケは事態を把握出来ず、ぽかんと良太郎を見つめた。良太郎の眼は、相変わらず真剣そのものだった。

 

***

 

 良太郎曰く。大ショッカーとは、あらゆる次元に存在する、全ての悪の組織を統合した超巨大組織、なのだそうだ。

 グロンギ、ワーム、イマジン、ファンガイア、オルフェノク、魔化魍……様々な怪人達が、全次元の支配を旗印に集っているという。

 その大ショッカーが、世界の統合の為、今この世界に入り込んできている。先程のワームもその尖兵だった。

 自分の存在だって絵空事のようだといえばそうだが、あまりに現実味のない話に、ユウスケは半信半疑にならざるを得ず、不思議そうな顔で良太郎を見るばかりだった。

「正直言って、全く実感が湧かない。今日はそんな話ばっかりだ」

「やっぱり、そうですよね。僕もあんまり、実感ないです」

 先程から少し離れた場所で、縁石に腰掛けた二人は、顔を見合わせて溜息をついた。

「まあ、一番びっくりしたのは、野上さんだけど」

「えっ、何でですか」

「だって何か、全然、さっきの二人と雰囲気違うし」

 ユウスケの素直な感想に、良太郎は喜べばいいのか悔しがればいいのか分からないらしく、複雑そうな顔で曖昧に笑った。

「うーん、まあ、そうですよね。でも、僕もあの二人も、気持ちは同じです。世界の崩壊なんか止めたい。だから、僕達、仲間なんです」

「じゃあ、やっぱり野上さんも、ディケイドを倒そうと思ってる?」

「それはまだ、分かんないです。どうしても必要ならきっとやると思うんですけど、出来ればそうしたくないなっていうのは、思ってます」

 良太郎は、隠したり誤魔化したりするのが、苦手なようだった。彼の言葉は辿々しいけれども、正直でまっすぐだった。

 しかし、分からない事があった。仲間がいるというのに、何故良太郎は今こうして一人でいるのか。

「ところで、他の人達は?」

「あ、はぐれちゃって。僕ってちょっと人より運が悪くて、それが原因でいつも皆より遅れちゃうんです」

「……? 運が悪いって、ウンコでも踏んだのか?」

 怪訝そうなユウスケに、良太郎は呆れたように諦めたように力なく笑いかけた。

「まあ、それもいつもやるんですけど……今日は、まず転がってた缶を踏んづけて、それで滑ったんですけど、上り坂を登ってる途中だったんです。犬とか巻き込んでごろごろ転がって一番下まで落ちたら、目の前にさっきの奴らがいました」

「……で、仲間は?」

「僕、こんな調子でいっつも遅れるもんだから、多分先に行ってるんだと思います。でも今日は、小野寺さんのお陰で大ショッカーもちょっとだけ退治出来たし、すごくツイてました」

 それがツイてるという感覚がユウスケには理解出来なかったが、いいこと探しに成功した良太郎は、すっかりご機嫌でニコニコと笑っている。

 いくらポリアンナだって、そんな逆わらしべ長者的な不運は背負っていなかっただろう。

「……そういえばさ、全然話変わるけど、気になってた事があって」

「ん、何ですか?」

「野上さんの仲間には、クウガはいるの?」

 単なる素朴な疑問だった。ディケイドが巡った世界で共に見ただけ、自らの世界が消えても存在が消えないライダーがいるなら、「ほんとうのクウガ」というやつも存在しているのだろうか。ふと思いついただけだった。

 だが良太郎は、その質問を投げかけられると、困ったような顔をして俯いた。

「僕達は、全部で八人です。……クウガは、いないです」

「…………? へえ……」

 あまりに良太郎が困った様子で落ち着きなく左右を見るので、ユウスケはそれ以上その話題を続けられなかった。

 何とはなしに、沈黙が続く。

 思考のない沈黙が暫し続いた後で、ユウスケは思い出した。彼は今、人を必死で探さなければいけない立場だったのだ。

「あの、俺、人を探さなきゃいけないから、もう行きます。色々ありがとうございました」

 立ち上がってぺこりと頭を下げると、良太郎も慌てて立ち上がり、頭を下げ返した。

「こっちこそ助けてくれて、本当にありがとうございます」

 良太郎が下げ返したのを見てユウスケが下げ返せば、良太郎も反射的に頭を下げ返す。

 その不毛なループを見て、よほど可笑しかったのか、ユウスケにとってはよく聞き覚えのある声が笑った。

「あらあら、珍しい組み合わせ。ユウスケもいっそ、仲間に入れてもらっちゃえばぁ?」

 見ればそこには、彼が探し求めていた、手の平サイズの銀の蝙蝠が羽ばたいていた。

「キバーラ! お前一体今まで何処にいたんだよ!」

「あたしは謎の女、知ってるでしょ?」

「何が謎だよ。もうこれ以上そんなものいらないよ」

 うんざりしたようにユウスケが吐き出すと、キバーラはきゃはは、とはしゃいだ。

「鳴滝さんは何処だ」

「あらぁ、あの人結構忙しいのよ? アポはとってある?」

「今はお前に付き合ってる暇はないんだ」

「分かってるわよ。ねえ」

 何もない宙空にキバーラが呼びかけると、そこに銀のオーロラが現れ、引いていったと思うと、トレンチコートにクロッシェ帽、黒縁眼鏡の男が立っていた。

「やれやれ、今日は忙しいな。君は私に一体何の用だ」

「……鳴滝さん」

 太い眉の奥から覗く鋭い眼光が、ユウスケを見つめていた。ユウスケは表情を硬くすると、まっすぐに彼を見つめ返した。

「聞きたい事があります。夏海ちゃんだけが、ディケイドを止める事ができるって、どういう事ですか」

「……どういう事も何も、そのままの意味だ。ディケイドは、彼女にしか止められない」

「鍵がかけられる、っていう事ですか」

 ユウスケが問うと、鳴滝は意外そうにユウスケを見た。暫く彼は無言のままユウスケを見つめ、にやりと口角を上げた。

「そういう事にしておこう」

「……どういう意味です? どうすれば、鍵をかけられるんですか」

「何もない所から、世界は生み出せると思うか? 宇宙の始まりには、卵のようなものがあった。だがその前は? 誰も知らない。存在の始まりは、誰も辿る事はできない」

 まるで素人が聞く禅問答のように、鳴滝の発言は掴み所がなかった。ユウスケには彼の言わんとする事は全く掴めなかった。

「本物の宇宙はそうかもしれないが、人の作り出したディケイドライバーが、本当に何もないところから無数の世界を作り出せると思うかね」

「そんなの俺には分からないし、正直今はどうでもいいです」

「残念だが、私は、もし知っていても君に鍵のかけ方など教えはしない。ディケイドはこの世界で命尽きなければならない」

「鳴滝さん!」

「ディケイドが滅びれば、全ては終わるのだから、鍵をかけるまでもない」

 言い放ち、悠然と笑う鳴滝を、ユウスケはきっと睨みつけた。

「……俺、あなたの事、今まで信じてました。士の事を悪魔って言うのは良く分からなかったけど、世界を救いたいから言ってるんだって、そう思ってました」

「君の認識は誤ってはいない」

「いいえ、違います。ディケイドが滅びなくたって、その力に鍵がかかるんなら、世界は滅ばないじゃないですか!」

 ユウスケの声は荒く、強くなった。鳴滝は笑顔を消して、やや目を細めてユウスケを見た。

「……全てはイメージの産物だ。君も、私もな。そして、ディケイドも」

 唐突な鳴滝の言葉を、ユウスケは理解する事が出来なかった。悲しげに目を細めた鳴滝と、側に寄り添ったキバーラを、突如現れたオーロラが覆う。

「君がどう思おうと、私はディケイドを倒さなければいけない。それが、この悲劇を終わらせるただ一つの方法だ」

 言葉があたりに溶け出して、鳴滝はその場から姿を消した。後に残されたユウスケは、呆然とするしかなかった。

 情報量が多すぎるのに、分からない事も多すぎる。結局どうすればいいのかなど、全く分からない。

「あの人……」

 後ろでずっと無言で成り行きを見守っていた良太郎が、言葉を発した。ユウスケが振り向くと、良太郎は訝しげに目を細めていた。

「零れ落ちてしまった人なのかな……」

「こぼれ……おちて?」

「誰にも覚えてもらえていない、誰の記憶にも残っていない人は、時が壊されると、時の流れから零れ落ちちゃうんだ。あの人、そんな感じがした」

 良太郎の言う事も、鳴滝ほどではないがユウスケにはよく分からなかった。だが、零れ落ちたという表現は、分かる気がした。

 鳴滝の事を知る人は、きっといないのだろう。

「あの人が、小野寺さんが探してる人だったんですか」

「あ……うん、そうです」

「何だかよく分からないけど、見つかって良かった」

「結局、何も分からなかったけど」

 良太郎が笑って、ユウスケもつられて笑いが零れた。

「僕ももう、そろそろ皆の所に戻ります。頑張ってください」

「ありがとう、それじゃ」

 また、とは言えなかった。どうなるか分からないが、次会った時は、戦わなければいけないのかもしれない。

 最後ににこりとユウスケは笑って、小脇に抱えていたメットを被り、バイクに跨った。

 良太郎ももう後ろを見ないで、坂を登り始めていった。

 

***

 

 闇に溶け込み移動するには、ディエンドのシアンは少々目立ちすぎる。

 だが、ディエンドは、身を隠しながら、時折出会う戦闘員を声を上げる間もなく沈黙させつつ、とうの昔に打ち棄てられた何かの施設の敷地内を進んでいた。

 既にこの世界に入り込んでいる大ショッカーの尖兵を探し出し、その後をつけてここを見つけ出すまで一日。少々時間がかかりすぎた。

 だが、この場所さえ分かれば、鳴滝に関する情報もきっと手に入る。

 彼らがディケイドの力を使い事を成そうとしているのならば、それ相応の格を持った幹部が必ず送り込まれている筈だし、草創期から大ショッカーを支える者であれば、恐らくディケイドライバーの成り立ちを知っている。

 ああいう連中は、聞かれた事には割合素直に答えてくれる。隠す必要がないのか自慢したいのかは分からないが、見つけ出す事さえ出来れば、聞き出すのにそう苦労はない筈だった。

 だが、風向きが変わり始めた。

 雲に隠れていた満月が姿を表すと、西から急に強い風が吹き込んでくる。

 それに呼応するかのように、廃屋から、続々と戦闘員が飛び出してきた。

 何やら物騒な事態のようだった。道脇から距離を取った木陰にディエンドは身を潜めて、門の方を見やった。

 暗闇を、満月をその背に負い、黄金の飛竜が疾走していた。

 竜の羽搏きが轟く。彼はあっという間に敷地内に侵入し、固まって陣を組んだ戦闘員を蹴散らした。

 蜘蛛の巣を突付いて小蜘蛛が湧き出すように、戦闘員達は散開していくが、竜の羽に爪に、多くの者が巻き込まれて倒れていった。

 そしてそれを逃れた者達の断末魔が、向こうから段々と近づいてくる。

 門付近から、海を割るように戦闘員達を薙ぎ払って道を切り開いてくる者があった。

「ブレイド……」

 ディエンドは思わず声を漏らしていた。

 大剣が振り払われる度に幾人かが倒れ、前に道が切り開かれていく。その中心に、仮面ライダーブレイドキングフォームは居た。

 戦闘員の数は多かったが、飛竜と王の前にはあまりに無力だった。見る間に数を減らし、それでも彼らは、退く事を知らぬように戦いを挑み続けていた。さながら、悪鬼羅刹に群がる餓鬼共の図だ。ディエンドはそう思った。

 やがて、廃屋から怪人が幾人か、ゆっくりと姿を見せた。それに合わせ、黄金の飛竜はどういう仕組みか複雑に変形し、仮面ライダーキバエンペラーフォームへと、その姿を変えると地に降り立った。

「深夜の来訪、誠に恐縮。このようなむさ苦しい場所に、王と皇帝が如何な用か」

 姿を現した怪人共を見て、ディエンドは軽く舌打ちをした。

 ロブスターオルフェノク、カッシスワーム、ラ・ドルド・グ。いずれも相当な実力の持ち主ではあるが、大ショッカーの生え抜きではない筈だった。大ショッカーは、昔ここではない世界で、十人のライダー達と戦いを繰り広げた悪の組織が母体となっている。今ここにいる彼らは、悪の組織などというものは作らず、悪という概念でもなく、ライダーと戦っていた。それが、大ショッカーに併呑された。彼らは後から入ってきた者達の筈だ。

「お前等に用はない、奥の奴を出せ」

「何の事か」

「何か小細工をしているんだろう」

 ブレイドの言葉に、怪人達は答えずに無言で挑みかかった。

 話によると、奥で大幹部が、何かを行っているのだろう。そちらが本命のようだった。

 答えないところを見ると図星、ビンゴだ。

「絶望しろ、この世に残っているのは大ショッカーが征服する未来だけだ!」

 カッシスワームが叫ぶのと、ブレイドの右上腕が光り、無機質な機械音声が発せられたのはほぼ同時だった。

『Time』

 その刹那、キバに相対していた筈のカッシスワームと、それとは距離が離れていた筈のブレイドは、至近距離で、その剣と爪で鍔迫り合いをしていた。

「貴様……!」

「お前の力と俺の力、どちらが先に尽きるか比べてみるか? お前に分がないから勧めはしないがな」

「どうして俺の力を!」

「お前のやり方は聞いている、カブトがいないからどうにかなるとでも思ったなら甘いな」

 わなないたカッシスワームの声と対照的に、ブレイドの声は低く抑揚がなかった。

 一方キバはロブスターオルフェノクのレイピアを受け流し、ラ・ドルド・グの放つ羽手裏剣を横跳びに躱している。

 今が奥深くへ侵入するチャンスだ。激しい戦いを横目に、ディエンドは闇に紛れ疾走した。裏口付近の破れた窓から中に飛び込み、前転して体制を整え、銃を構えるが、内部にはもう誰もいなかった。

 開け放たれたままの奥のドアを潜ると、階段があった。空気は奥に流れ込んでおり、この奥は使われている様子が感じられた。

 足音を殺しながら、向かいから人が来ればすれ違うのがやっとの細い通路を進んだ。

 地下通路は湿り気が強く、薄暗い。奥から明かりが漏れていた。

 半開きのドアから中を伺うと、一人の異形が、天に両の腕を伸ばしていた。

「ようこそディエンド、我が儀式の邪魔をしようというのか」

「別にそんなつもりはない。僕は君達なんてどうでもいい。ただ僕の質問に答えてくれればそれでいいよ」

 声をかけられ、ディエンドはドアを開けて、中に入り込んだ。

 灼けた紅の鎧と白いマントに身を包んだ異形は、腕をぴっと降ろすと、ディエンドに向き直った。

「我が名はアポロガイスト、偉大なる大ショッカーの戦士だ。ディエンドよ、何用だ」

 やはり聞かれてもいないのに自分から教えてくれる。ディエンドは可笑しくなり、肩を竦めた。

「僕も、ちょっと自分のルーツって奴が知りたくなってね、大ショッカーに興味が湧いたのさ。ねえ、ディケイドライバーとディエンドライバーって、誰が作ったのか知ってるかい」

「ふん、このアポロガイストが、大ショッカーの事で知らぬ事がある筈がないのだ。ディケイドライバーは、一人の研究者が、狂気の果てに作り上げたのだ」

 狂気。気になる単語を耳にして、ディエンドはやや反応を遅らせたあと、口を開いた。

「……あんた達が、次元を統合して橋をかける為に作ったんじゃないのかい」

「あのドライバーが完成したのは勿論我が大ショッカーの偉大な力あればこそだ。だが、あのドライバーを生み出したのは、一人の男の狂気と妄執だ」



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(6)そのひとつは希望

 士が光写真館に帰り着くと、鍵は開いているものの、中は誰もおらず留守だった。

 帰路を辿る途中、やけに救急車や消防車のサイレンの音が多かった。

 大ショッカーとやらが暴れていて、それでユウスケは不在なのかもしれない。そう考えたが、それでユウスケと夏海がいないのは分かるとして、栄次郎は何処へ行ったのだろう。

 テーブルの上には、額に入れられた一枚の写真が置かれていた。

 栄次郎が飾るつもりで置き忘れたのだろうか。セピアの写真には、立派な洋館が写し出されていた。

 その風景に、士は違和感を覚えた。

 知っているような感覚が胸の何処かに湧き上がるが、絶対に知らないという確信も同時にある。

 手にとって眺めてみるが、何も思い出す事はできない。

 それはそうだ、俺はこの風景など全く知らないのだから。何故か、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

「素敵な家だろう」

 士が振り向くと、栄次郎が、士が閉めなかった為ドアが開けっ放しになっていた入り口から入ってきた。

「何処にいたんだ」

「士君こそ、今まで何処にいたんだい。夏海とユウスケ君が心配していたよ」

「ふん、俺がどうにかなるわけないだろう。世界が俺を必要としているんだからな」

 いつもの調子で、深く考えずに口にすると、栄次郎はさもありなんといった様子で深く頷いた。

 いつもそうだ。

 栄次郎は、士が必要とされている事を知っているのではないか?

 今まで士は、深く考えすぎだと思い追及しなかったが、そもそも、士をこの写真館に連れてきたのは栄次郎だ。

 目が覚めて何も覚えていない士は、辺りを当てもなくふらついていた。それを栄次郎が呼び止めた。

 素敵なカメラだね、と。

 何故か士は、自分でも理由など分からないまま、そのカメラで栄次郎を撮影した。体が覚えている、カメラを自然に操った。

 写真館をやっているからそこで現像しようと言われ、ここまで付いてきてコーヒーを飲んでいる内に夏海が現れ、何も覚えておらず、名前以外の何一つも思い出せない事を話した。そうこうする内に光写真館の空室に泊まる事となり、以来士は写真館の居候となった。

 ただの偶然、巡り合わせに過ぎないと思っていたが、世界を移動するようになり解せない点が増えてきた。

 そもそも何故光写真館は、背景ロールを切り替える事によって世界を移動する事ができるのか。

 偶然ではなかったとするならば、仕組んだのは栄次郎以外には有り得ない。

「おい、爺さん、前も聞いたがもう一回聞くぞ。何故この世界では、何も絵が出てこないんだ」

「さてねえ……私にはさっぱりだよ。元々絵なんか何も描いてなかった筈だったんだから、元に戻ったって事じゃないのかな?」

「惚けんな。全部あんたが仕組んだって言われた方がまだすっきりする。あんたは何者だ。本当に夏海の祖父か」

「何を言ってるんだい、士君」

 栄次郎は実に意外そうな顔をして士を見ていた。士はその不思議そうな顔を見ても、厳しい表情を崩さなかった。

「今まで何だかんだとはぐらかされたが、今日という今日はそうは行かない。答えてもらうぞ。何故この写真館は異なる世界を行き来できるんだ? そもそも何の為に。あの日、あんたが意味もなく背景ロールを下ろそうとしなきゃ、クウガの世界に移動する事はなかった。あんたが何も知らないっていう方が不自然だ」

 士の口調は知らず、きつくなった。栄次郎はしょんぼりとして息を一つ、深く吐くと肩を落とした。

「君には、認識の誤りが多少あるみたいだねえ。まず、この写真館には次元を移動する力なんかない」

「まだそんな事を」

「ただ、ディケイドが世界から拒否されずに別の世界に渡る為の、シェルターの役割を果たしているんだよ。世界を渡る力自体は、ディケイドのものだよ」

「…………何?」

 驚いて士が栄次郎を見つめると、栄次郎はにこりと笑った。普段どおりの、好々爺然とした人の良さそうな笑顔だった。

「過去、ディケイドは世界を渡ろうとして、渡ろうとした世界に拒絶され続けていた。ディケイドは創造者だが、どの世界に所属する者でもない、何処へ行っても異物だ。この写真館は、ディケイドを世界の拒絶から守る為の砦なんだよ」

「それは、どういう……」

「あと夏海は、本当に、正真正銘私の孫だよ。それは嘘じゃない」

 きっぱりと言い切った栄次郎の眼はまっすぐだ。老獪さを生かして嘘をついているならば、もっと違う顔をするだろう。

「……後何か、認識の誤りはあるか」

「後は……そうだねえ。ああそうだ。君は、記憶を失ったわけじゃない」

「…………何だと?」

「君には、思い出すべき記憶はない。君は情報は持っているが、記憶は元から持っていないよ」

 言って栄次郎は、にこりと微笑んだまま少し歩いて、士がテーブルに伏せた写真を手にとった。

「君は門矢士だけれども、門矢士なら、この家を知らないはずがないんだよ。だってこの家は、彼の生まれ育った家なんだからね。君は知っている気はするけれども、絶対に知らないだろう?」

「……門矢士ってのは、何者だ」

「それは、私が教える事じゃない。君が自分で見つけなきゃいけない。君は門矢士なんだから」

 まっすぐ士を見上げた栄次郎の眼差しからは、少なくとも悪意は感じ取れなかった。

 しかしだとすれば、栄次郎は何故、士を旅へと導いたのだろう。

「君は旅をしてきた。旅の途中で、少しずつ、君は君自身を見つけた。そうじゃなかったのかい」

「……そうだ。俺が何者なのかは分からなくても、俺は俺の道を歩いた筈だ。でも俺は、それとは別に、本当の俺がいるんだと思ってた」

「そうじゃないよ。君の心こそが、君自身を知っている。君が誰なのかを知っているのは、君だけだ」

 士には、栄次郎の言う事が、()()()()()()()()。小さく、頷いてみせた。

「本当の自分、なんて言葉に惑わされちゃいけないよ。君は門矢士なんだ。君が持っていたのは情報だけだ、記憶はない。だけど、決めたのは君自身だ。君が辿ったのは、君自身で切り開いた道だ」

 大体は分かったが、まだまだ分からない事も多い。だが、光栄次郎は、少なくとも敵ではないようだった。

 事情があるのか趣味なのかは分からないが、全部が全部一切合切を説明する積りはないのだろう。

 しかし、それももう関係はない。栄次郎が敵ではないならここですべき事はない。士がすべき事は決まっている。

「爺さん、ユウスケと夏海は何処だ」

「鳴滝さんを探してるのと、ついでに、何だか大ショッカーとかって悪い奴らを退治してくるんだって、随分前に出ていったよ」

 鳴滝。意外な名前を耳にして、士は眉を顰めた。

 何故、ユウスケと夏海が今更鳴滝を探しているのかは分からないが、大ショッカーときっと戦っているのだろう。合流しなければいけなかった。

「そうか。じゃあ俺も行ってくる」

「ああ、気をつけてね。あっ、もしキバーラちゃんに会ったら、早く帰っておいでって言っておくれ」

 士がヘルメットを手にとり歩き出すと、栄次郎はいつものように、にこやかに手を振った。

 士は口の端を上げて彼の言葉に答えると、ドアを潜り閉めた。

 

***

 

 クウガは、倒しても倒しても何処からか湧いてくる大ショッカー戦闘員に囲まれ、彼らと組み合っていた。

 一人一人の戦闘力は仮面ライダーに比すべくもないが、ここに居るだけで十数人。倒したと思えば起き上がり、徐々に数も増やしている。

「イーッ!」

「くそっ……邪魔なんだよ!」

 ドラゴンロッドを振るうと、それに巻き込まれ数人が吹き飛ばされるが、脇からロッドを掻い潜った何人かがクウガにパンチを、キックを浴びせた。

 一撃一撃は何という事はなくても、数で攻められると動きも取り辛く、分が悪い。

 このままでは。クウガが焦り始めた時、突如、彼を囲んでいた数名の戦闘員が、何の前触れもなく吹き飛ばされた。

 勿論クウガの攻撃ではない。ぽかんとしていると、彼の周りの戦闘員達は、不思議な事に何もしないのに吹き飛ばされている。

 やがて、沈黙が訪れて、彼の眼前に唐突に、瞬間移動してきたかのように、一人の男が現れた。

『Clock Over』

 電子音声が響いた。すっくと背筋を立て、背を向けている男は、ゆっくりとこちらに振り返った。

 カブトムシを模した赤い鎧、碧色の複眼。彼の目の前に現れたのは、仮面ライダーカブトだった。

「リ・イマジネーションのクウガは、随分とぼんやりとしているな」

 カブトは姿勢を崩さないまま、低くやや甘い声で呟いた。

「リ…………イマ……? あんた、何言ってるんだ」

「別に理解を求めて説明しているわけではない。だらしがない、と言っただけだ」

 さすがにかちんときたクウガが抗議の為声を上げようとすると、カブトは、右腕を上げ人差し指で天を指した。

「おばあちゃんが言っていた。本物は本物であるだけの理由がある、それをいくら真似ても勝てはしない、とな」

「何だと……」

「ディケイドというのは、質の悪い模造品を作り出すしか能がないようだ」

 カブトの声は淡々としていた。良太郎は別として、剣崎といい紅渡といい、本物だか何だか知らないが、何でディケイドを倒す為にやって来たライダーはこうも癇に障る物言いをするのだろう?

「……あんたもしかして、喧嘩売ってるのか」

「何でお前に喧嘩を売るなどという、エネルギーの浪費をせねばならん。俺は忙しい」

「助けてれくたのは礼を言うけど、忙しいならこんな所で油売ってないで、さっさとどっか行けよ」

 思わず苛立たしい声が出た。だがカブトは全く意に介していない様子で、動かなかった。

「そういう訳にもいかん」

「何でだよ」

「……そろそろだ」

 カブトが言い終わるのとどちらが早かっただろう。カブトが立っているそれよりも向こうから、クウガの視界いっぱいに、あの銀のオーロラが広がり、迫ってきた。

 避ける暇などなくクウガはそのオーロラに巻き込まれる。物陰に隠れていた夏海も呑まれたようで、ふと見やると道脇に立っていた。

 今まで戦っていた場所ではない、知らない街角の交差点に、クウガとカブトと夏海は立っていた。夜が明けたばかりなのか、ほの青くまだ鋭くはない黎明の日差しが辺りを照らしていた。

「来るぞ」

 カブトが言って、夏海も辺りを見回す。

 何も現れはしないが、遠くから何か、羽音のようなものが段々と近づいてくる。

 その方向を見ると、そこには信じられないようなものがいた。蜻蛉のような海老のようなもの、ウツボに羽が生えたようなもの、形容し難い巨大な異形が群れをなして、空を滑走していた。

 彼らの幾つかは手頃なビルに取り付き、そして幾つかはこちらに向かってくる。

「なっ、何だ、あいつら!」

「あいつらはアミキリとウブメ、魔化魍だ」

 カブトが答えると、地響きも響いて近づいてくる。

「ツチグモ、ヨブコ、ヌリカベ……地上も魔化魍で溢れているようだな。俺がここに来たのは適切ではなかったな」

 彼らはビルの谷間を通り過ぎる際に姿を覗かせた。小山ほどもある巨体が動く度に、地面は揺れる。

「一体……一体、どういう事だよ!」

「分からないのか。世界が融合し始めている。しかも悪い方にな。お前がディケイドを倒すのを阻んだせいで、だ」

 カブトにぴしりと言われ、クウガは言葉に詰まって黙り込んだ。

 魔化魍は浄化の音がなければ倒す事はできない。ここでこうしていても、クウガもカブトも、せいぜい魔化魍共の足止めをする程度しか出来はしないのだ。

 クウガは呆然と空を見た。ビルと山の向こうから差し込む朝日が、ビルを食らうウブメを陰影深く照らし出していた。

 

***

 

「同じです。私の世界が壊れてしまった時と……同じです」

 まるで出来の悪い怪獣映画のように、異形共が街を、我が物顔にのし歩く。

 魔化魍共はあまりの数の多さに、互いに食い合いすら始める。林立するビルがへし折られ、食われていく。

「何なんだよこれ…………どうすれば、どうすればいいんだよ」

「どうしようもないな。俺もお前も、あの妖怪共と戦う事は出来ても、倒す事はできん」

 クウガとカブトはただ天を見上げた。彼らには為せる事がない。

 その時、魔化魍共の雄叫びを切り裂くように、金管の音が朝の空気のなか、鋭く響いた。

 クウガは低いビルの屋上を見た。空を飛ぶウブメに、その金管楽器型の銃を向け、鬼石を打ち込んでいる者がいた。

「あれは……威吹鬼…………いや、天鬼?」

「音撃射・疾風一閃!」

 凛と叫び、金管の旋律が響き渡る。鬼石を打ち込まれていたウブメ共が四、五匹ほど、一斉に砕け散った。

「もしかして、小野寺さんですか!」

「お前……アスム?」

 角を曲がり駆け寄ってきたのは、ヒビキと呼ばれる鬼だった。ヒビキは命を落とし、その意志と力は今は弟子のアスムに受け継がれている。

「一体どうしてこんなに魔化魍が」

「僕達も分かりません。記録にある、オロチと呼ばれる現象が近いんですが、今までそんな気配もなかったのに」

「だからさっきから言っているだろう。ディケイドの力で世界が融合しようとしているからだ」

 カブトの言葉に、ヒビキは、えっと短い声を上げて彼を見たが、すぐに後ろに向き直った。

 地上にあふれた魔化魍は、大型種だけではないらしい。バケネコ、カッパ、火車……道の向こうからマンホールの下から脇の建物の窓から、人型の妖怪共が溢れ出してきた。

「はーっ!」

 ヒビキは音撃棒を振るい、溢れ出した敵を打ち倒していくが、倒すスピードは彼らが数を増やすスピードには遠く及ばない。

 クウガは夏海を守って迫り来るバケネコを殴りつけるが、決定的なダメージは与えられない。何より数が多すぎる。

 クナイガンを振るうカブトも、次から次に敵を斬り伏せるものの、クウガ同様に数の多すぎる敵を捌ききれていない。

 トドロキ、ザンキのものと思しきギターの音も漏れ聞こえてくるが、誰もそちらを見る余裕はなかった。

「くっそ、このままずっと戦い続けてたら、こっちがスタミナ切れだ!」

 破れかぶれにバケネコに右フックを叩き込みながら、クウガは叫んだ。

「よく見ろ、これがお前が招いた世界の終わりだ! こんな事態を引き起こさない為に、ディケイドを倒す必要があった! お前は実際にこれを見てもまだディケイドを庇うのか!」

 カブトに言われて、クウガは何も言い返せずに、カッパを殴りつけた。

 言われなくても分かっている。そう反射的に思ったが、ユウスケは分かっていなかったのかもしれない。

 世界の終わりなんて、見た事もないし、想像だってつかなかった。

 ユウスケはただ、未確認が楽しそうに人を殺すのを許せなくてライダーになった。それ以上の理由なんてなかった。

 だからそんなユウスケが、士を殺して世界の崩壊を止めよう、などと、思える筈がなかった。

 突然、クウガと夏海、そしてカブトを囲んでいた魔化魍が引いた。取り残された三人の眼前に、またもオーロラは現れる。

 現れて引いたオーロラが消え、辺りは闇に包まれた。

 いる、五人、六人、いやもっと。

 街灯はない。墨を撒いたような闇の中、クウガとカブトの複眼は、辺りを取り囲む異形を捕らえていた。

「移動したと思えばまた囲まれているのか、厄介だな」

「だけど……こいつ等なら、さっきみたく手も足も出せないって訳じゃないだろう」

「それもそうか」

 闇が動き出した。クウガは夏海の側を離れず、カブトが動いた。

「臍を狙えっ!」

 跳びかかってきた異形の腹を目がけて右の拳を振り抜いて、クウガが叫んだ。

 今彼らを取り囲んでいるのは、クウガがよく知る、グロンギだった。

 グロンギの弱点は、ユウスケの世界でも警察の調査により判明していた。下腹部に埋め込まれたアマダムと類似した石が、封印エネルギーを受けると爆発を起こす。

 カブトの狙いは正確だった。ミドルキックの爪先が一体のベルトを射抜いて、それに巻き込まれ二体が倒れ込んだ内に、クナイガンの射撃が続けざまに他の二体のベルトを貫いた。

 クウガが夏海にグロンギを寄せ付けないように庇う間に、カブトが彼らのベルトを正確に攻撃していく。ベルトを壊されたグロンギは、体を維持できなくなり、弾けて粉々となっていった。

 魔化魍ほど底なしに湧いてくるというわけでもなく、暫くそうして戦い続けると、ようやく辺りは静かになった。

「こう暗いと、ここが何処なのかも分からないな」

「ここが何処かなど、大した意味もあるまい」

「まぁ、それはそうかもしれないけど……」

 クウガが辺りを見回した。彼らの複眼は闇の中でもある程度見通す事は出来るが、新月の夜で街灯の一つもない状況、そして恐らくは全く知らない場所に飛ばされている。見回した所で何か分かる訳でもなかった。

「所で」

「ん、何だ」

「その女は、いつまで付いてくるんだ?」

 カブトは夏海を指さしていた。

「付いてくるって……まさかあんた、ここに放り出していけって言い出すんじゃないだろうな」

「明らかに邪魔だろう」

「邪魔とかそういう問題か!」

 クウガが吠えるが、夏海はしょぼんと肩を落として、下を見た。

「ごめんなさいユウスケ。その人の言う通りです。私がいるから、ユウスケは思いっきり戦えないんですよね」

「な、何言ってんだよ夏海ちゃん! そんな事より、今は早く元の場所に戻らないと!」

 項垂れた夏海を、クウガは必死で力づけようとする。阿呆らしくなってカブトがふと辺りを見ると、彼らはまたもオーロラに包まれていた。

 辺りがいきなり昼の明るさに包まれて、潮騒の音が繰り返しを耳に残して去ってはまたやって来る。

「えっ、何だ何だ」

 彼らは今度は、岬の先に飛ばされていた。もし今までのように敵に囲まれていたなら、相当によくない状況だったに違いない。

 環境の急変に戸惑ってクウガがまた辺りを見回すと、あまり会いたくないと思っていた鎧の戦士が、向こうに立っていた。

 仮面ライダーブレイドが、ブレイラウザーを右手に構えたまま辺りを見回しながら、岬を歩いてくる。

 クウガが一歩後退り、カブトが一歩前に出ると、ブレイドも彼らに気付いた様子だった。

 だがブレイドは意外にも、右手を上げ、こちらにさかんに振ってみせた。

「おおい、夏海ちゃん! 夏海ちゃんだろ! 悪い奴らに捕まってるのか⁉」

「……へっ」

 その声は剣崎一真のものではなかった。そうだ、あれは、剣立カズマの声だ。

「お前、カズマかっ!」

「……誰?」

「小野寺ユウスケだよ!」

「嘘をつくな! ユウスケはそんな顔じゃない!」

 言ってブレイドはブレイラウザーを逆手に構えて、カードホルダーを展開する。

「いや、待て、ちょっと待てよ! そりゃ変身してるんだから違って当たり前だろう!」

「……チーズならともかく、ユウスケが変身出来るなんて話は聞いた事がない」

「出来るんだよ!」

 クウガは辺りをもう一度見回して、敵の気配がない事を確認すると、変身を解除した。

 ブレイドはやけに驚いた様子だったが、展開したホルダーは戻し、ブレイラウザーも腰に戻した。

「ユウスケ、何でこんな所にいるんだ? そっちの赤い人は誰だよ」

「お前こそここで何してるんだ」

「俺はアンデッド退治だよ。アンデッドっていうか、アンデッドサーチャーにかからない変な奴らが一杯湧いてるから、サクヤ先輩とムツキと来てる。お前、何か知ってるのか? チーズはどうしたんだ?」

「……士は」

 ユウスケが言い淀んだ後を受けて、カブトが口を開いた。

「今湧いているのはアンデッドじゃない。別の世界の怪物だ。それもこれも全て、ディケイドの力が引き起こした事だ」

「何だと? ていうかあんた誰だよ」

「俺は、天の道を往き、総てを司る男。そして、ディケイドを倒し総ての世界を救う男だ」

 ブレイドに向き直ったカブトは、右腕を目線の高さまで掲げ、人差し指で天を指した。

「何でチーズを倒すのが世界を救う事になるんだよ。因果関係がまるで分からねえ。ついでにいちいちそのポーズ取るのも意味わかんね」

「重要な事を告げるには、それなりの段取りがある」

「あんたの名前がそんなに重要なのか……ていうか名乗ってねえし」

 ブレイドは頭を傾げてしばし考え込んでいたが、何か思いついたように顔をあげた。

「つまり! チーズを狙う悪い奴に、夏海ちゃんを人質にとられてたってわけだな!」

「うん……違う。全然違うよカズマ。何がつまりなのかも全く分からないよ」

「……だって、この人の言ってる事全然意味分かんないし」

「その男の言っている事は本当だ。お前も全ての人を守る仮面ライダーブレイドなら、ディケイドと戦わなくてはいけない」

 むくれたブレイドの後ろから足音が近づき、今度こそ本当に、聞きたくない声がした。

 剣崎一真は、紅渡に肩を貸していた。剣崎は無傷だが服は所々破れ、ぼろぼろになっていた。

 切り裂かれた服の端の辺りには、やや緑がかった白いものがこびりついていた。

 紅渡の方は、顔も上げない。右脇腹に血が滲んで、大きく染みを作っていた。

「剣崎、お前、今まで何処に行っていた」

「野暮用だ。だが、事態は思っていたより複雑だ。どうやら、ディケイドを倒せば終わる、というものでもないらしい」

 渡を地面に寝かせながら、剣崎は答えた。

「おい、紅、大丈夫か」

「…………僕は、大丈夫、です。暫く……休めば、動けます……」

 カブトが話しかけると、渡はやや目を開いて、消え入りそうな声で答えた。

「休めばって、こんなに大怪我してんのに、放っておいたら死んじゃうだろう!」

「普通の人間ならな」

 カズマが慌てた様子で訴えたが、剣崎は振り向きもしないまま呟いた。

 その背中を見て、カズマは急に何かに気づいたように動きを止めて、黙りこくってしまった。

「……おかしくないか。何で、こんな一箇所に集まってるんだ? 俺達……」

「さあな。誰かがここに役者を揃えたいんだろう」

 ユウスケが口にした疑問を、カブトは否定しなかった。ずっと剣崎の背中を見ていたカズマは、やがて意を決したように口を開いた。

「あんたの服……付いてるの、血じゃないのか」

「そうだが、それがどうした」

「あんたの血か」

「だったら何だ」

 見れば剣崎の腕にも、口の端にも、服にこびりついているのと同じ、乳緑色の液体が筋を作りこびりついていた。

 剣崎はそれを、自分の血だと言った。

「…………だってあんた、それ、アンデッドの血じゃないか」

「だから、それが何なんだ」

 カズマは答えないで、一度は腰に収めたブレイラウザーを構えた。剣崎は立ち上がって、カズマを見た。

「お前が、上級アンデッドって奴か! 何を企んでる!」

「上級なんて、そんな良いもんじゃない。殺し屋らしいが、もう殺す相手もいない」

「ふざけた事を!」

「やめろカズマ!」

 ユウスケは駆け込んで、カズマを後ろから押さえた。剣崎一真はいけ好かないし、まさかアンデッドなのだとは思わなかったが、カズマが戦うべき相手ではないという事だけははっきりしていた。

「俺を封印するか。それも悪くはないが、今はすべき事がある」

 言って剣崎はやや口の端を上げて、寂しそうに微笑んだ。

「そうだな。今はあいつらと戦うのが先決だろう」

 カブトは浜辺を見据えていた。見れば、浜から、大ショッカー戦闘員の部隊と、赤い鎧の怪人がこちらへと歩を進めていた。

「あいつは」

「アポロガイスト。今回の作戦の指揮者だそうだ。大ショッカーの大幹部、何でも大を付ければいいと思っている」

「渡をやったのは違うな」

「役者が揃うのを待っているんだろう」

「成程」

 カブトの問いに、剣崎は短く答えた。二人は、こちらを目指す軍団に向かい歩き始めた。

「小野寺ユウスケ、君に渡の事を頼んでもいいか」

 剣崎が振り返って、呼びかけた。ユウスケは即座に頷いた。

 夏海の事を守らなくてはいけないし、こんなに大怪我をしている相手を放ってもおけない。

「おいユウスケ! あいつは……」

「いいんだ。カズマ、お前も色々言いたい事もあるだろうけど、今は何も言わないで、あの人達と一緒に戦ってくれ」

「だから一体どういう……!」

「詳しく話してる暇がないんだ。でもあの人達は、世界が滅びるのを止めようって必死で戦ってる。それは本当だ」

 ユウスケはカズマを見た。ブレイドの仮面の奥に隠れたカズマの顔を窺い知る事はできなかったが、やがてカズマはゆっくりと頷いた。

「分かったよ。後でちゃんと説明しろよ!」

「……俺も良く分かってないけど、出来る限り努力する」

 カズマが駆け出していった。その背中をユウスケと夏海は見送る。

 二人の後を追ったカズマが追いつこうとした時、剣崎の腰に、見覚えのあるベルトが巻かれるのが見えた。

 剣崎がレバーを引くと、やはりよく聞き覚えのある電子音声が流れた。

『Turn Up』

 カズマが使役する筈の、ビートルアンデッドのオリハルコンエレメントが展開され、それを剣崎が潜り、そして目の前には、紫紺の戦士、仮面ライダーブレイドが現れていた。

「ちょ……何で、お前が、ブレイド⁉」

「BOARDのライダーシステムは、アンデッドの力を借り、それと融合する事でその力を使役するものだったな」

 カズマの慌てた声に、当の本人は答えず、カブトが横から口を出した。

「……そうだけど、だからあんた誰」

「お前とは違う時間、違う世界で、違う敵と戦う者だ」

 その言葉にカズマはカブトを見て、次に剣崎の背中を見た。

「ブレイドよ、我が大ショッカーの追跡の手から逃げ切れるとでも思っていたのか!」

 戦闘員達が道を開け、奥から、くすんだ紅の鎧と純白のマントに身を包んだ怪人が、後ろ手を組みながら歩み進んできた。

「別に逃げようなんて思っちゃいない。俺の目的はお前達を倒す事だ」

「今更抗ったところでどうにかなると思うのか? 歯も立たなかったお前が」

「全ての戦えない人の代わりに戦う、全ての人を守る。その誓いがこの胸にある限り、俺は仮面ライダー、お前達と戦いお前達を倒す者だ」

 決然と言い放ち、剣崎はラウザーを正眼に構えた。カブトも、逆手にクナイガンを構える。

「ミジンコから太陽まで、全ての命を守るのが、総てを司る俺の使命だからな。お前達のいいようにはさせん」

「……なっ、何だか良く分かんないけど、お前見るからに悪そうだし、俺も戦うぞ!」

 カズマも慌ててラウザーを構える。剣崎がアポロガイストと呼んでいた怪人も、後ろに組んだ手を前に構えた。その手には剣と太陽を模した盾が握られていた。

 大ショッカー戦闘員が一斉に三人に襲いかかったのを口火に、浜辺は大乱戦の様相を呈した。

 それをユウスケは、ひたすら見守っていた。夏海は、寝かされたまま目を開けない紅渡の横に屈みこみ、心配そうにその顔を覗き込んでいた。

 ふと、ユウスケが浜辺から目を外すと、見知ったシルエットが近づいてくるのが見えた。

「…………士……⁉」

 門矢士は特に何の感慨もない表情で、一定の速度で二人へと近づいてきた。

 ユウスケが駆け寄ろうとすると、後ろから絶え絶えの息で、紅渡の声が追ってきた。

「……いけ、ない、行っては、いけない……」

「あんたが止めても俺は士を……」

「違い、ます……」

 紅渡は夏海の肩に捕まって体を起こし、歩いてくる士を鋭い眼差しで見据えていた。

 ユウスケがどうすべきか迷い二人を見比べていると、別の方向から、これまたよく知る声が響いた。

「待て!」

 声の方向を見ると、士が居た。

「えっ…………」

「何で、あっちも、士君……?」

 後から現れた士は、服こそ着替えたのか真新しいが、包帯を巻き痛々しい姿をしていた。

「手前、何者だ!」

「門矢士だよ」

 先に現れた士は足を止め、面倒くさそうに答えた。



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(7)君は海を見たか

 二人の士は、互いを見つめ合っていた。

 士は、自分に瓜二つの顔を、気味悪そうに眺めた。

 彼は自分の容姿をそれなりに気に入っていたし、人後に落ちるものではないという自負もあったが、それにしてもその顔が、鏡に映っているわけではなく実体として目の前にあると、言い知れぬ気味悪さと不快感を覚える。

「お前が俺ってのは、どういう事だ」

「俺はお前じゃない」

「じゃあ誰だってんだ」

「門矢士だ、さっきも言った」

「門矢士は俺だ」

 二人の士は、容姿、雰囲気、口調から性格まで、瓜二つに夏海とユウスケには思われた。

「おい、紅渡。さっき、剣崎は、あんたをやった奴は役者が揃うのを待ってるって言ったな。これはその事か」

 紅渡はユウスケの質問に、僅かに頷いた。

 失血が酷いのだろうか、彼の意識は今にも途切れてしまいそうに見えた。

「門矢士とは……本当はもういない筈の男……。だから……こそ、何回でも繰り返される……」

「何だそりゃ……もっと分かりやすく話せないのか」

 だが紅渡は口を閉ざして目を瞑り、ユウスケの質問には答えなかった。

 汗が酷い。これ以上喋らせるのは無理なようだった。

「この人……すごく冷たいです、どうしようユウスケ」

 夏海がおろおろしてまくし立てたが、もとよりユウスケに答える言葉などない。

 ――これを士が、やったというのだろうか?

 ユウスケは眼前で睨み合う二人の士を再び見た。

 士には出来るのかもしれない。だが士がこんな事をするとは、ユウスケにはどうしても信じられなかった。

 それに、もういない筈、とはどういう事だ。士は目の前に、二人もいる。

「お前、一体ここに何しに来たんだ」

「俺は……夏海とユウスケを探して来た。そういうお前こそこんな所に何の用だ」

「俺か? 俺は、この茶番劇を終わらせに来た」

「何……?」

 告げて士はディケイドライバーを取り出し腰に当てた。ベルトが生成され、ドライバーが腰部に固定される。

 そして士がいつもするように、一枚のカードを目の高さに掲げ、示した。そのカードにはディケイドが描かれていた。

 但し、色違いの。

「変身」

 士は告げると、カードをドライバーにセットし、ドライバーをクローズした。

 次元を越えてアーマーが彼の体を包み、飛来したライドプレートが頭部にセットされて、モノクロに沈んでいた彼の鎧が鮮やかに彩られる。

 その色は、黒とシルバー。そして目に焼き付いて離れないような、鮮烈なイエローがラインを走らせる。大きな複眼は鮮やかなコバルトブルー。

「何なんだ……お前?」

 士は、目の前の()()()()()を目を見開いて見つめ、呻くように言葉を吐き出した。

「何度も言わせるな。俺は門矢士、そしてディケイドだ」

 言い切って、ディケイドは駆け出した。

「‼」

 士に避ける暇のあろう筈がない。ディケイドのタックルを食らい、士はまるで、丸められた紙屑のように吹っ飛んだ。

「士!」

 黄色いディケイドは、士を一瞥もせず、悠々と歩きだした。

 一歩一歩を踏みしめて、ユウスケと夏海が、どうすべきかなど分からず硬直している場所へと歩を進める。

「待ちやがれ……このっ!」

 立ち上がって士は、駆け出しながら己のドライバーとカードを取り出し、ドライバーを腰に当てた。

「変身!」

 彼もまた、先ほど眼前で行われたプロセスを繰り返し、夏海とユウスケにとっては馴染み深いマゼンタのディケイドへとその姿を変えた。

 マゼンタのディケイドは、ライドブッカーをガンモードに構えて、先を行く黄色い奴に何発かの射撃を浴びせた。

 彼の向こうには夏海と変身していないユウスケがいるが、狙いを外すような士ではない。

 放たれたエネルギー弾は黄色い奴に命中し、黄色い奴は派手に吹っ飛ばされた。

 だが、吹っ飛ばされた黄色い奴は、地面に叩きつけられる前に空中で回転して、何事もなかったように着地してみせた。

「これは、お前の為でもあるんだから邪魔をするな」

「……俺の為だと?」

「ライダー共を全部叩き潰せばそれで終わる。お前も、破壊者だの何だのと命を狙われずに済むようになるだろう。まずは手始めに、そこで死にかけてる奴からだ」

「待て、……っつってるんだよっ‼」

 士は、自分の射撃のせいで開いた距離を埋めるべく駆け出しながら、一枚のカードを取り出してドライバーにセットした。

『Kamen Ride Kabuto』

 テンションの高い電子音声が鳴り、マゼンタのディケイドの姿は瞬時に仮面ライダーカブトへと切り替わる。士は続けて、もう一枚のカードをドライバーにセットした。

『Attack Ride ClockUp』

 その瞬間、周囲の時の流れが急にゆったりとする。

 今士は、普段の時間とは切り離された時間流の中にいる。速いとか遅いとかではない、違う流れにいるのだから、クロックアップを使えない者にクロックアップ状態の者を捕捉する事は理論上は出来ない。

 このまま、奴を追い抜いて、夏海と紅渡を担いでこの場を脱出すればいい。ユウスケは自分で何とかするだろう。

 そう考えた士は、次の瞬間、驚きに目を見開いた。

『Attack Ride ClockUp』

 それまでぴくりとも動かなかった目の前の黄色い奴が動き出し、走り込んだ士に蹴りを浴びせた。

 急に止まる事も出来ない士は蹴りをカウンターで喰らった格好となり、大きく後ろに吹き飛ばされる。

「なん……だと?」

 地面に叩きつけられると同時に、カブトへのカメンライドも強制解除された。士は上半身を起こして、黄色い奴を見た。

「俺はディケイドなんだ、使えて当然だろう。何を驚いているのかが分からん」

 ぴしりと、士がするように軽く両手を叩いてから士を指さして言い放って、黄色い奴は背を向けて、また夏海達の方へと歩き出した。

 使えて、当然。それはそうかもしれないが、士のディケイドとは決定的な違いがあった。

 黄色い奴は、カメンライドをしないまま各ライダー固有のアタックライドを使用した。

 今まで士が各ライダーにカメンライドしてから各ライダーのアタックライドを使用していたのは、そうしなければ使えないのを()()()()()()()()()()からだ。

 そのひと手間が必要のない黄色い奴は、さらに改良強化されたディケイドなのではないだろうか?

 だが誰が、何の為にそんなものを。そしてそれが大ショッカーの仕業なのだとしても、士がもう一人いる事や、ディケイドが二つもある必要性の説明にはならない。

 そして今は、そんな分からない事を延々と考え続ける時間もない。

「待て、止まれって言ってるんだ!」

「そう言われて止まる奴がいるか? 馬鹿かお前は」

「ぜってー止める!」

 叫んで士は、更に一枚のカードをドライバーにセットした。

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

 士が飛び上がると、宙空にホログラムが展開される。高く舞った士は、そのホログラムを通過して、黄色い奴を撃ち抜くべく右足に力を込めた。

 士自身もこの技を自分が喰らえば只では済まないだろうと常日頃思っている。それならば奴にも効果がある筈だった。

 だが、いつもは心強い、テンションの高い電子音声が今日は耳障りでならない。

『Attack Ride GuardVent』

 そうだ、こいつは、今まで俺がそうしてきたように、カードの力を使って状況に的確に対応する、そして向かってくる敵を倒す。

 必殺のディメンションキックは、黄色い奴の左肩から手の先までを突如として覆った巨大な盾に、弾き返された。

「だから言った、お前は俺じゃない、と。俺はお前のように、弱くはない」

 

***

 

 戦闘員は数こそ多いが、大した敵じゃない。問題はアポロガイストという、この奇妙な鎧を纏った怪人だった。

「どうした、どっちのブレイドかは知らんが、その程度か!」

「うわっ!」

 ラウザーを盾に阻まれ、袈裟懸けの斬撃を浴びる。鎧に阻まれ体まで刃は届かないものの、衝撃は相当のものだった。たまらずカズマは後ろに吹き飛ばされた。

「カズマッ!」

 余裕綽々と歩いていたアポロガイストに、銃撃が浴びせられる。振り向けば、ギャレン――菱形サクヤとレンゲル――黒葉ムツキがそこに駆けつけていた。

「サクヤ先輩、ムツキ!」

「やっぱりこっちがカズマか……あっちは何か違う気がしたけど、正解とはな」

 体を起こそうとするカズマを庇うように駆け寄りながら、菱形サクヤが呟いた。

「そりゃそうですよ……あんなアン……」

「? 何だ?」

「いえ、何でもないです、二人とも来てくれてありがとうございます」

 サクヤとムツキは言葉は返さず、頷いて周囲の敵を見回した。

 もう一人のブレイドと赤いカブトムシ、二人の動きは余裕すら感じさせた。二人は無駄のない動きで、楽々と戦闘員の囲みを崩していく。

 ギャレンとレンゲルも、それぞれに周囲の戦闘員と応戦し始めた。アポロガイストはやや怯んだものの、体勢を立て直すと再びカズマへと迫ってきた。

「おい、お前では奴の相手は荷が重いようだ、代われ」

 いつの間に近づいてきていたのか、見れば赤いカブトムシが隣に立っていた。

「うぇっ、何だあんたいつの間に、っていうか一言多いだろ! 大体あんた、いい加減名前を教えろよ!」

「……カブト。仮面ライダーカブトだ。太陽の神と覚えておけ。それと、俺はきちんと本名を名乗ったぞ」

 言いたいだけ言ってカブトはクナイガンを逆手に構え直すと、アポロガイストに向かっていく。

「くっそ、いつだよいつ! 名前なんて聞いてないぞ! つうか神って何だ神って! 自称すんな!」

 手近な戦闘員に斬りつけて囲みを破ると、そこにブレイドがいた。

 まるで前後左右に眼があるかのように、ブレイドは前の敵斜め後ろの敵と、最低限の動きで、自分の位置は動かさずに戦闘員を打ち倒していた。

「…………」

「一つ聞いていいか」

 カズマは無言で周囲の敵と当たり始めたが、意外な事にブレイドから口を開いてきた。

「何だ、今忙しいだろうが!」

「彼らは、君の仲間か」

 後ろの戦闘員にエルボーを食らわせながら、ブレイドはギャレンとレンゲルを見ているようだった。

「……そうだけどっ! だったら何だよ!」

 左手から迫ってきた戦闘員の腹にミドルキックを食らわせながらカズマは答える。とても会話をするような状況ではない。

「いや……何でもない。ただ……君は絶対に何があっても、君の世界を、守り抜け」

 ブレイドがどんな顔をしているのかは分かる筈もない。先程の様子から考えれば、恐らく無表情だったのだろうし、声も抑揚がなかった。

 大体にして、前から来た敵を切り伏せた後に後ろの敵にアッパーを食らわせながらの台詞だ。

 だがカズマは、何故だか、彼がとても寂しいのではないだろうかと感じた。

 そして小野寺ユウスケの言う通り、本気でこの混乱を何とかしようとしているのだろうと。

「こう数が多いと、俺はいいが君らが潰れるな」

「何だって? ぼそぼそ喋られても聞こえないよ!」

「今、派手に片付けてやると言ったんだ。見分けも付くようになるし、丁度いいだろう」

 やはり低い声で告げてブレイドは、カズマのブレイドにはない左腕のアタッチメントのカードホルダーを展開し、二枚のカードを引き出した。

 一枚をアタッチメントにセットし、もう一枚をそのアタッチメントにラウズさせる。

『Fusion Jack』

 ブレイドの鎧が光を帯びて、背中に天翔ける為の翼が生成される。オリハルコンの鎧が金色に彩られる。

 やや刀身の伸びたラウザーを構えて、ブレイドは二枚のカードをラウズした。

『Slash Thunder――Lightning Slash』

 ブレイドの背中の鷲の羽は、光を帯びて、ブレイドは宙空高く舞い上がり、急降下した。

「……嘘だろ、空、飛んでる」

 ディアーアンデッドの雷の力を帯びた刀身が、その進路にいた戦闘員を一気に刈り取っていく。

 戦闘員達の群れを通り過ぎたブレイドは急旋回し、今度は逆方向へと空を駆けた。

「何だあれ……反則だろあんなの!」

 ブレイドの刃にかからなかった周りの敵を切り伏せながら見れば、アポロガイストはカブトと斬り合い続けている。一進一退、全くの互角だった。

「あっちは何だよ……なんなんだあの二人、おかしいだろ! 特にブレイド!」

 ギャレンとレンゲルの参戦もあり、戦闘員はあらかた片付こうとしていた。

 やや余裕が生まれたカズマが岬の方を見ると、そこには、ディケイドと、もう一人、ディケイドがいた。

「チーズが…………二人?」

 思わずぽかんとしてしまう、その隙を見逃してくれる筈はない、戦闘員がカズマ目がけてタックルしてくる。

「うわっ!」

 すんでの所で、戦闘員は、垂直に降下してきたブレイドジャックフォームの踵に踏み潰されていた。

「何をぼんやりしている」

「だってあれ、何でチーズが二人いるんだ!」

「……チーズ? ジャムおじさんの所の犬か」

「違うよディケイドだよ!」

 言われてブレイドも岬を見た。彼の複眼にも、二人のディケイドの姿がはっきりと映っていた。

「役者が揃ったから現れたんだろう」

「……? あんた、知ってたのか?」

「勿論だ。俺と渡は奴にやられたんだからな」

「えっ……って、チーズがそんな事するわけないだろ! ああもう何なんだあんた、ちょっといい奴だと思ったのに!」

 ぷんすかと怒り始めたカズマを無視してブレイドは振り返り、声を上げた。

「天道! 片をつけるぞ!」

 すると、カブトは後ろに跳び、アポロガイストとの距離を開けた。

「分かっている」

 やや振り向いて頷くとカブトは前に向き直り、再びクナイガンを構え直した。

「おい、ブレイド、お前もだ。いい加減あいつを片付ける」

「えっ、どうやって」

 言われてカズマは、言いようのない違和感を覚えた。ブレイドにブレイドと呼ばれるというのは、どういう冗談なのだろう。

「適当にライトニングソニックでも出しておけ」

「そんないい加減な……」

 カズマの抗議も虚しく、ブレイドはさっさとホルダーを展開し、カードを引き出してラウズしていた。

『Mach』

 カード名のコールが終わるや否や、ブレイドは再び宙高く舞い上がり、アポロガイストに向かって急降下していた。

「くっそ、やりゃいいんだろ、やりゃあ!」

『Kick Thunder Mach――Lightning Sonic』

 やや自棄糞気味に、カズマは三枚のカードをホルダーから取り出し、ラウズした。

 アンデッドの力が、オリハルコンの鎧を通して体へと満ちて行く。

 剣を砂浜に突き立て、カズマは走り出した。マッハジャガーの効果により、その速度は距離が短くとも最高速へと導かれ、さらに上がっていく。

「くそっ、貴様ら、三人がかりとは卑怯とは思わんのか、おあぁっ!」

 ブレイドジャックフォームの急降下がアポロガイストを襲う。たまらず吹き飛ばされる横を、影が横切って追い越していった。

『1,2,3 Rider Kick』

「ライダー……キック!」

 アポロガイストの着地点には、カブトの必殺の後ろ蹴りが待っていた。

「ぐあああぁぁっ!」

 吹き飛ばされた、そこに。

「うおりゃああああぁぁっ!」

 待っていたのは、カズマ渾身のライトニングソニックだった。

「ぐおぉ……、お、おのれライダーどもめ……!」

 アポロガイストはよろよろと立ち上がろうとするが、ダメージが大きく脚が立たない様子だった。

 三人が更に構えようとすると、銀のオーロラが現れアポロガイストを飲み込んですぐに消えた。

「……片付け損ねたな」

「奴は、次があるからいい。次がないのは……あっちだろう」

 悔しそうな様子もなくブレイドジャックフォームが口にして、カブトがそれに応じた。

 岬を見れば、ディケイドが、黄色いディケイドの盾に吹き飛ばされているところだった。

「あっ! チーズっ!」

 たまらずカズマは駆け出した。ブレイドとカブトも後を追う。

「困った奴だ」

 走りながらブレイドが呟くと、カブトが首を少し動かして、ブレイドを見た。

「どうせお前も、昔はああだったんだろう」

「……どうして分かる?」

「俺に分からん事はない」

 分からない事が多すぎるからこうして五里霧中で戦っているのだが、それには敢えて触れずに、ブレイドは無言で前に向き直った。

 図星を言い当てられたのは事実なので、何も言い返せない。

 

***

 

 地面に叩きつけられた士は、変身を解除されていた。

 自身の必殺の一撃の威力を、全てまともに跳ね返されたのだ。何処が、というのではない、体が動かなかった。

「くっそ……」

 それでも立ち上がろうとして、黄色い奴の背中を睨みつける。

 ユウスケはクウガに変身をしていた。だが、クウガもきっと太刀打ちはできないだろう。

「片付けるのはそいつが先と言った。順番は守れよ」

 黄色い奴は一応、足を止めていた。クウガは何も答えず、両手を広げた。

 紅渡はまだ目を覚まさないし、彼を抱えて走るのは夏海には無理だった。そもそも人間の足で走って逃げたからといって、逃げ切れる相手とも思えなかった。

「まあどっちでもいいけどな。どの道ライダーは全部潰すんだ」

「……何でだ」

「は?」

「何でだって聞いてるんだよ! 門矢士!」

 クウガの声は鼻声が混じっていた。

 ユウスケはどうして俺の為に泣くのだろう。俺はいつも偉そうだし冷たいから、あんな事を言ってもあんまり違和感ないんじゃないか。

「理由なんてこれから死ぬお前が知ってどうするんだ? そういう労力の無駄は嫌いなんだ」

「うるさい……誰が、お前なんかにやられるか! 叩きのめして、力づくで聞いてやる!」

「ふん、身の程知らずだな」

 黄色い奴が首を軽く捻ったと思うと、右ストレートがクウガの顔に入っていた。クウガは後ろに吹っ飛び、紅渡にぶつかって止まった。

「誰が誰を叩きのめすって?」

 声が冷たい。俺の声はいつもあんなに、冷たいんだろうか。心が冷えていくみたいな、そんな。

 ごめんな、夏海、ユウスケ。俺はいつもあんな。

 士は両腕に力を込めると、無理矢理に体を起こした。次に爪先から先に力を移し、力を振り絞って駆け出す。

「おおおおおぉぉぉっ‼」

 黄色い奴の背後に、渾身の力で体当たりをぶつけるが、ライダーが、生身の人間の力で、少しでも動かされる筈もなかった。

「何だお前、邪魔するんならお前も消すぞ」

 言うと黄色い奴は士の首根っこを掴み上げ、力任せに放り投げた。

「うわああぁぁっ!」

「士君!」

 ここは岬、士が落とされたのは、断崖絶壁の下の海だった。

 夏海が叫ぶが、士はすぐに下方へとその姿を消した。

「あいつの為でもあるって言ってんのに、分からない奴だな」

 さて、と呟いて、黄色い奴は紅渡へと再び向き直った。クウガも体を起こしているが、黄色い奴はもう足を止める事はなかった。

 ふと、風が吹いて、夏海の髪が巻き上げられた。そして頭上を、影が通り過ぎる。

「うおおおおおおぉぉぉっ!」

「うがっ!」

 一瞬の出来事だった。まさに風のようにブレイドは、羽を駆り黄色い奴を突き飛ばしていた。

 その右脇には士、そしていつの間にか左脇に、紅渡を抱えて。

「お前等、そこから飛び降りろ!」

「えっ……」

「つべこべ言わず! 大丈夫だ!」

 ブレイドに急かされ、クウガは夏海を抱えて、岬のへりから下へと飛び降りた。

「今だ、乾!」

 黄色い奴がクウガと夏海の後を追おうと岬のへりへと向かうと、下から、赤いものが浮いてきた。

 赤のスーツに、顔のほぼ全面を覆う黄色の複眼。背中に背負った飛行ユニットで空を飛んでいたのは、仮面ライダーファイズ・ブラスターフォームのフライトモードだった。

「お前なんかに、滅茶苦茶にされて、たまるか!」

『Exceed Charge』

 ファイズが右脇に抱えたブラスターから、太いエネルギー砲が放たれ、正面にいた黄色い奴を襲った。

 流石に、黄色い奴もこれを避けきる事は出来なかったらしい、広がっていく光へと飲み込まれて行く。

 だが、ブレイドもカブトもファイズも、見逃しはしなかった。銀のオーロラが一瞬展開したのを。

 やがて光は収束し、岬から先の地面が太く無残に抉り取られた風景だけが残った。

「ちっ、逃げられたか」

 言ってファイズは変身を解除した。下から、スライダーモードへと変形したマシントルネイダーを駆ったアギトが、ユウスケと夏海を乗せ浮上してくる。

 ブレイドも地上に降り、両脇に抱えた二人をそっと下ろした後、変身を解除した。

「まさかお前達二人もここにいるとは思わなかった」

「俺達だって別にいたくていたんじゃねえよ、こんな所」

 乾巧は忌々しげに言い捨てた。実際に彼らは、天道やユウスケと同様、訳も分からないうちにこの場に呼び寄せられていたのだろう。

「ふん、あいつも役者を揃えすぎたというところだな」

「くそ、何でお前の顔を見る羽目になるんだ。今日は厄日か」

 飄々とした天道の態度にいらつく乾を見て、変身を解除したアギト――翔一が割って入ってくる。

「まあまあ乾さん、ここは俺の顔に免じて水に流して。もう仲間割れとかしてる状況じゃなさそうですし」

「……まあ、そうだけどよ」

 言って乾はちらと渡を見た。

「とりあえず俺達は戻る。そこの彼の事は後回しにせざるを得ない、まずはあの黄色いディケイドを倒す。君らはどうする」

「……俺達にも、ちゃんと話してくれませんか。俺達が敵対する理由なんて、本当はない筈だ」

 剣崎に声をかけられて、ユウスケが、静かな声で答えた。

「そうそう……って、敵対してたんだ」

 いつの間にか変身を解除したカズマも、ユウスケの言葉に頷いた。夏海も勿論頷いている。

 天道は肩を竦め、乾巧は面倒くさそうに頭を掻いた。一人翔一だけが、うんうんと大きく頷いていた。

 

***

 

 深い森の中に横たわるその城からは、竜の首と手足、翼が生えていた。

 キャッスルドラン。かつてユウスケは、別の世界のそれで、暫くの間暮らしていた事がある。

 中に入っても、別の世界の知識など今まで皆無だったカズマは、物珍しそうにきょろきょろとしていた。

 黄色いディケイドが消えた後、融合の現象はすっかり落ち着いてしまった。カズマは後をギャレンとレンゲルに任せて、ユウスケとの約束通り事情を知る為に付いてきた。

 士はまだ前の戦いの傷も癒えきっていないうちに、今回も大きなダメージを体に受けている。部屋を一室借り、ベッドに寝かせてもらえた。

 剣崎は士を倒すと言っていた。この城の主・紅渡もだ。一体どういう風の吹き回しなのかは分からなかったが、話せる機会があるなら分かり合えるのかもしれない、妥協点も見つかるかもしれない。そうユウスケは思った。

 広間では二人の男と一人の少年が、チェスに興じていた。

「おやおや、また新しいお客さんか。騒がしくてかなわんな」

「あっ、女の子がいるよ、女の子! かわいいよ!」

 入ってきたユウスケ達を見て、壮年の男と少年が思い思いの感想を口にした。

「ただの客人だ、そう長く逗留はしない」

「そうなのか。何なら女だけ残ってもらっても」

「次狼ってば」

 剣崎の言葉にすかさず壮年の男が反応し、少年が窘める。

「あの……あの人達」

「このお城の元からの住人で、助平なのが次狼さん、小さいのがラモン君、大きいのが力さん。キバに力を貸してるアームズモンスターの皆さんなんですって」

 ユウスケが明らかに一番話し掛けやすい翔一に尋ねると、翔一は笑顔で教えてくれた。

 すると、その声が耳に入ったのか、大男が立ち上がった。

「おおお、おお、翔一、どこ、行ってた! メシ、作れ! 早く!」

「力さんご免ね、ただいま! やっぱ力さんは俺の料理じゃないと駄目かぁ、何だか嬉しいなあ」

 駆け寄った力の抱擁を巧みに躱しながら、翔一は奥のドアへと歩き始めた。

「丁度お昼時だし、俺、ご飯作ってきますね。皆さんはごゆっくり」

「おい津上、俺は飯が出来るまで風呂入って寝てる。出来たら起こせ」

「はいはい」

 乾巧は告げると入ってきたドアを潜り戻っていき、翔一も、皆さん待っててくださいね、と笑顔を見せた後ドアの奥に消えた。

「何故だ……俺の料理は完璧だった筈だ…………一体、俺のどこが津上に劣っていると……」

 天道が呆然とした表情で、翔一が入っていったドアを見つめながらぶつぶつと呟いていたが、どことなく怖くて誰も触れる事が出来なかった。

「そいつは暫くすれば元に戻って飯を作りに行くだろうから、そっちにでも適当に座っててくれ。すぐに飯も出来るだろう」

「あんたは」

「残りの連中を迎えに行ってくる」

 彼らは全部で八人と良太郎は言っていた。剣崎と紅渡、天道、津上翔一と乾巧で五人。野上良太郎と残り二人は、恐らくまだ外で戦っているのだろう。

 剣崎が入ってきたドアを出ていき、次狼と呼ばれた壮年の男も、翔一が入っていった奥のドアへ向かった。

 ソファに腰掛けたユウスケと夏海、カズマは、部屋の広さと天井の高さに落ち着かず、何を話すという事もなくただきょろきょろとしていた。

 暫くすると天道がいきなり動き出して早足で奥のドアへ入っていき、入れ違いで次狼がトレイを持って戻ってきた。

「お客さんなら、何も出さない訳にもいかんだろう。ようこそキャッスルドランへ」

 呟きながら次狼はコーヒーカップを三つ、テーブルに置いた。

「あ、どうも……」

 三人がぺこりと頭を下げると、部屋の真中に置かれたテーブルでチェスの駒を弄んでいた、ラモンという少年がこちらを向いた。

「あっ、次狼、ついでに僕にもコーヒー!」

「俺も、俺も」

「お前等、自分の分は自分でやれ!」

「次狼のけちー」

「けち、次狼、けち」

「じゃかぁしい!」

 肩で息をしながらテーブルの二人を黙らせると、次狼は夏海に向き直り、ふっと微笑んだ。

「さあお嬢さん、召し上がって下さい。僕はコーヒーにはちょっとうるさいんですよ」

「……はぁ」

「ははは、そんなに硬くならないで。リラックスしてください」

 明らかに下心丸出しの次狼の爽やかな笑顔に、夏海はあからさまに弱りきった笑顔を頬に貼りつけて応じた。

「あの……」

「何だ? 正直男に用はないんだが」

 ユウスケの声に次狼が反応するが、どう見ても明らかにメンチを切っている。どことなく疲れて、ユウスケは一つ深く息を吐いた。

「いや、じゃああなたじゃなくて、ラモンさんと力さんでもいいです。紅渡って、どんな人なんです?」

「どんなって……言われてもなあ」

「渡、いいこ、でもちょっと、うじうじ。もっと、バーンと、いけっ!」

「うじうじ…………??」

 ユウスケが持っていた紅渡の印象とはかけ離れた感想が力の口から語られた。

「ああ、そうだね、ウジウジしてるっていうのが一番しっくりくるかも」

「全然そんな感じしなかったけど……」

「ふん、そりゃ、そう見えるだけだ。ウジウジウジウジと……最初にディケイドを倒しておけばこんな事にはならなかったんだ」

「……え」

 何か思い出しでもしたのか、次狼は苛ついて眉を怒らせ、舌打ちを一つした。

「簡単に言えばあいつは甘ちゃんだよ。グダグダと結論を出すのを先延ばしにしやがって。目ぇ覚めたらこの俺が性根を叩き直してやる」

 右手で作った拳を左の掌に叩きつけて、次狼が右の口の端を歪めた。

 つまりだ。彼らの言い分によれば。

 実は、ディケイドを倒さずに解決する方法を誰よりも必死に模索していたのは、紅渡だったという事なのだろうか?

「ふん、お前等、渡の気も知らないで好き勝手ばっかり言いやがって」

 小刻みな羽搏きの音が上から降りてくる。そこには、紅渡に付き従っていた黄金の蝙蝠がいた。

 それはそうだ、ちょうど、キバーラとそっくりな蝙蝠だった。

「……あんたは」

「俺様は、キバットバット三世。キバットって呼んでくれていい。誇り高きキバット族の一員で、渡の後見人だ」

 名乗ると、蝙蝠はユウスケの頭の上を旋回した。

「兄ちゃん、渡はなぁ、信じたかったんだよ」

「信じたかった……何を?」

「渡は問答無用で倒すつもりだったんだ。あん時も、そこのお姉ちゃんの世界が他の世界と融合しかかってたからな。やらなきゃだめだって自分に言い聞かせてた。でも門矢士は、そこのお姉ちゃんと、楽しそうに笑っていた。今まで門矢士にあんな笑顔はなかったんだ。そうやって生まれていく事があるんだって、信じたかったんだ」

「笑顔を……信じる」

 紅渡が士の笑顔を信じたい、守りたいと思ったのならば。それは、ユウスケと同じではないか。

 それなら言葉が足りなさすぎる、言ってくれれば。そう思ったが、言ったところでディケイドを倒さなければならないのならば、自分を正当化してしまう事になると考えたのだろうか。

 気の回しすぎだ。

「兄ちゃん達から見れば訳分かんなくて嫌な奴だったろうから、好きになってくれとは言わないが、渡は、本当に優しくて、いい奴なんだ。まあ、信じてくれとも言わん」

 ユウスケも夏海も、キバットに返す言葉はなかった。カズマだけは話が見えず、不思議そうにキバットを眺めていた。

 ふと、音楽が聞こえてきた。バイオリンの高い音が、庭伝いにか開け放った窓から漏れ聞こえてくる。

「おう、渡が起きたみたいだな」

「あれは……?」

「渡が弾いてるんだよ」

 切なくて物悲しい、だけれどもどこか懐かしくて優しい旋律だった。

 ユウスケは今まで、音楽が演奏者の心を映し出しているという言葉を実感した事はなかったが、あの言葉はこういう事だったのかもしれないと思った。

「折角のコーヒーがすっかり冷めたな。まあ、そろそろ飯か」

 言って次狼は、冷めたコーヒーが入ったままのカップをトレイに載せると、再び奥のドアへ入っていった。

 昼の日差しは柔らかく窓際に差し込んでいる。遠くから、翔一の賑やかな声が響いてきた。

 もし本当に紅渡が、士の笑顔を信じたかったのなら、妥協点などないのかもしれない。

 今の状態が、恐らくは紅渡が出来る、ぎりぎりの譲歩をした結果なのだ。

「渡さんとキバットさんは、私と会う前の士君の事も、知ってるんですね」

「ああ、そうだな」

「士君、どんなだったんですか」

「まあ、今とあまり変わらんよ。さっきの黄色い奴と今の門矢士の差くらいさ」

 もう一人の門矢士。まるで同じようでいて、決定的に何かが違う士。

 何故だか夏海はとても悲しくなった。彼女にとって士は、横柄で口が悪く図々しいけれども、優しくて傷つきやすい、今の士以外にはいなかった。

「あーっ! 小野寺さん! ほんとに小野寺さんがいる!」

 高い叫び声がいきなり響いて、野上良太郎がドアから駆け込んできた。

「あっ、野上さん、この前はお世話になりました」

 ユウスケも立ち上がり、良太郎に早歩きで歩み寄った。

「僕、本当に嬉しいです。一緒に頑張りましょうね!」

 実に嬉しそうに良太郎は、珍しく大きな声でユウスケに語りかけた。

 良太郎の後からも剣崎と、その他に二人の男が入ってくる。

「しかし、あんたが門矢士を助けるなんて、意外すぎてまだ信じられないな」

 若い方の男が、そう言って剣崎を、心から不思議そうに眺めていた。

「そうかい? 俺はこうなるって思ってたけどね。剣崎君はやる時はやるんだろうけど、基本優しいからねえ」

「ええっ……本当にそう思ってるんですか」

 年嵩の男が、剣崎の代わりに若い男に言葉を返す。若い方の男は、今度は心から不思議そうな視線を年嵩の男に向けた。

「目の前で死にそうな人間を助けるときに、誰なのかを選んで助けるのかって言ってた奴がいた。優しいとかじゃない、それだけの事だ」

 剣崎が相変わらず無表情に答えると、後ろから乾が入ってきた。髪は生乾きのジャージ姿、これから寝るような姿だった。

「おい、盗み聞きってのは趣味が良くないんじゃないか」

「寝てるんじゃなかったのか」

「バイオリンで目が覚めた」

 生欠伸をしながら、不機嫌そうに答える乾に、若い男が駆け寄っていった。

「乾! 本当に戻ってきたんだな! 良かったぁ‼」

「うっせぇな、暑苦しいんだよお前は。今は夏だぞ夏、離れてろ」

 先程までのしんみりした雰囲気が嘘のように、急に賑やかになってしまった。

「あっちの人達も、紹介してもらっていいですか」

「あっ、そうだ、そうだよね。城戸さん、ヒビキさん、こちらが小野寺ユウスケさん」

「小野寺ユウスケです、初めまして」

「城戸真司だ」

「ヒビキです、よろしく!」

 整った顔立ちのまっすぐな目をした青年と、落ち着いているがどこか少年のままでいるような目をした壮年の男が、ユウスケに挨拶をした。

 ヒビキは、親指と人差し指、中指を立てて、こめかみの辺りでポーズをとった。

「あっ、皆さんおかりなさい、丁度ご飯が出来た所なんですよ」

「津上! 津上も戻ってきてくれたのか!」

「ははは、当たり前じゃないですか。心配かけてすいません。それより、今日は天道さんの発案で、城戸さんの大好きなチャーハン対決ですよ」

「おおっ! 津上のチャーハン早く食べようぜ!」

 対決って何だ、というのには敢えて触れない方がいいのだろうか。

 その後ユウスケ達は用意されたチャーハンの量の膨大さに驚くが、それが主に力によってあっという間に消費される様に更に驚かされた。

 

***

 

 士は薄く目を開いた。

 知らない場所に居る。天蓋付きのベッドに、ふわふわとした布団。

 包帯は巻き直されてある。

 ユウスケと夏海はどうなった。それを考えると居ても立ってもいられない気持ちになったが、体が動かなかった。

 瞼が重い。

 何だか、とても悲しい夢を見ていたような気がする。

 何故ディケイドは、世界を破壊してしまうのだろう?

 いや、ディケイドは、そもそも破壊しているのだろうか?

 俺は一人だった、これからも一人だろう。

 見つからないような気がする。

 とりとめのない思考が浮かんでは消えた。

 瞼が自然に閉じて、士はまた眠りに落ちた。

 

***

 

 剣崎一真は、皆の視線を浴びても、いつもの無表情を崩さなかった。

 テーブルに両肘を突き、手を鼻の前で組んでいる。

「それで、剣立カズマ、君はどこまで知っているんだ?」

 剣崎に問われてカズマは困った顔を見せた。

「どこまで……って。チーズと夏海ちゃんとユウスケが色んな世界を回ってるって事しか知らないよ」

「そこからか……まあいい。どうせ、最初から話さなくてはならないだろうしな」

「僕が……話します」

 一同はドアを見た。紅渡が、多少よろめきながら歩き、椅子に座った。

「お前はまだ寝ていろ」

「もう大丈夫です。それに、僕の方が詳しい」

 渡は退く様子を見せなかった。今この食堂にいる十一人――八人のライダーとユウスケ、夏海それにカズマ――の中では、剣崎が最も多く渡と行動している。その彼が諦めたように息を吐いた。

「分かった。言い出したら絶対に聞かないからな、お前は」

 呆れたような剣崎の眼差しを受けて、渡は我が意を得たりと、にこりと微笑んだ。

「まず、ディケイドライバーは、君が今日戦った大ショッカーが作り出したものです」

「えっ、じゃあチーズも大ショッカー?」

「違います。いや正確には、そうなる筈だったのが計画が狂ってしまった」

 話す、と言っておきながら、紅渡の話し方は相変わらず回りくどかった。もっと簡潔に話が出来ないのだろうか。ユウスケはそっと頭を抱えた。

「ディケイドライバーと門矢士は、存在するだけで無数の世界を作り続ける。その世界とは、『仮面ライダー』のいる世界。作られた世界は、安定してしまうと互いに引き合い、融合を始め、やがて消滅してしまう。今までディケイドは、それを繰り返し続けてきました。信じられないかもしれませんが、剣立カズマ、君のブレイドの世界や、小野寺ユウスケのいたクウガの世界も、ディケイドライバーが作り出した物です。そして今のこの状況は、ディケイドライバーの力で九つもの世界が、生まれたばかりの世界と一度に融合しようとしている為に起きている」

 渡の説明を、カズマはただぽかんとした顔で聞いていた。それはそうだ、いきなりこんな話を聞かされて、即座に理解できる方がどうかしている。

 そうなのか、と推測はしていたが、はっきりと自分の世界がディケイドライバーに作られたものなのだと聞かされると、ユウスケもいささか複雑な気持ちを抱えざるをえなかった。

「ある時、門矢士が大ショッカーから失われました。大ショッカーは彼をすぐに回収しなければいけなかったのに見つけられず、門矢士は人の心を育てるに至った」

「おい、それじゃまるで、士が最初は心がなかったみたいな言い方じゃないか」

 少し引っ掛かりユウスケが口を出したが、渡はそれに目線を向けたのみで、言葉を続けた。

「門矢士とは、ディケイドライバーが自ら作り出した装着者です。だから、ディケイドライバーの数だけ居る」

「…………は?」

「それじゃ、士君は人間じゃないって事ですか?」

 夏海は泣きそうな顔をしていた。怒りに震えているようにも見えた。だが紅渡は、夏海の言葉を、即座に首を横に振って否定した。

「ディケイドライバーが作り出したものが人間でないなら、ディケイドライバーによって作り出された世界の住人である、小野寺ユウスケも剣立カズマも人間ではなくなります。彼らが人間であるように、門矢士も人間です。ただし、二人のように自分の世界はない」

「世界が……ない…………そんな」

 紅渡の言葉に夏海は項垂れた。士は自分の世界を見つける為に旅をしていたのに、そもそもそれが最初から存在しなかったなんて、考えてもみなかった。

 ユウスケも、悔しくなり下を向いた。大して気にもしていない風で、いつも、ここも俺の世界じゃなかったと言っていた士の姿を思い出した。

 求めているものが永久に得られないのならば、人はどうすればいいのだろう。士は帰りたいと思っているのに、帰る場所がないのだ。

「大ショッカーの目的は、世界の融合と崩壊のエネルギーを利用してオリジナルの世界へ渡る事ですが、ディケイドライバーの目的は違う。自らのあるべき世界を作り出す事です。だからあのドライバーは、際限もなく世界を作り続ける。決して壊す為に作っているわけではありませんが、ディケイドライバーの作り出した世界は脆弱で、一度安定してしまうと核同士が引きあってしまう」

「ちょっと待て、ドライバーって、あの腰につけてる奴だろ。あれの意志だの目的だのって、あれは考えてるとでもいうのか」

「考えるベルトですか……その表現も面白い。だけど、考えるのはあくまで門矢士です。門矢士があるべき世界を見つけられれば、ベルトは世界を作り続けなくなる。何故ディケイドライバーがそんな目的を持っているのかは、分かりませんがね」

 あまりに実感が湧かず真司が質問をするが、それを渡は横に軽く流した。

 そしてユウスケは顔を上げた。

 世界を、作り続けなくなる……?

「それが、鍵……?」

「そうです。ディエンドは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()為に、世界を作る機能は働かない」

 しかし、それならば何故鳴滝は、夏海だけがディケイドを止められると言ったのだろう。

「どうすれば門矢士があるべき世界を見つけられるのかは、僕には分からない。それはずっと側に居た、小野寺ユウスケと光夏海、あなた達の方がきっと見つけ出せるだろう」

「……それならそうと、最初にそう言えばいいんじゃ……」

「言ったところで門矢士自身が見つけ出さない限り意味はないんです。それに僕は本当に、融合崩壊までの時間を引き延ばす為に、ライダーを破壊してもらおうと思って言った。それを門矢士が勝手に、ライダーを助けて怪人を退治する事だと思い込んだだけです」

「それで、『創造は破壊からしか生まれませんからね、残念ですが』かよ……一休さんのとんち問題か」

「怪人を倒して平和になるのが何で残念な事になるんですか。その解釈こそ残念です」

「……解釈が必要な説明って何だよ」

 ユウスケはあまりの事に溜息混じりにツッコミを入れたが、紅渡は悪びれなかった。

「……まあまあ、いいんじゃない。チーズの早とちりとあの人の説明不足がなかったら、俺とユウスケはここでこうしてないんだしさ。ちゃんと理解してたら、俺ら倒されてたじゃん」

「お前のポジティブさがちょっと羨ましいよ……」

「何てったって、ゼロから始めたからな」

 そもそもの間違いは、門矢士に話をした相手が紅渡だった、という事なんじゃないだろうか。

 隣に座ったカズマが、ユウスケの肩を軽く二三度叩いて慰めてくれる。

 そうだ。士は旅をして、こうして絆を作ってきた。それは短い間だったけれども、一つ一つ、きっとそんなに弱くはない絆の筈だ。

 それは士が心を持っているからだ。心がない所に絆が出来るだろうか。

「それで、あの黄色いディケイドは何だ」

 今まで黙って聞いていた天道が口を開いた。渡は天道を軽く見て、口を開いた。

「大ショッカーが作り出したんでしょう。あれは、大ショッカーにとっては正常に機能している。恐らく、二つのディケイドライバーがある事によって相乗作用が起きて、世界の融合が異常に速められていると考えられます」

「やはりそうか。つまり」

「ひとまずは、奴を倒せば融合は止まる、筈か」

 天道とヒビキの言葉に、渡は強く頷いた。

「……あー……、えーとつまり…………。……何で、ここにはもっと分かりやすく説明出来る奴がいないんだよ。つまりあれか、黄色いディケイドをブッ倒して、ユウスケ達がディケイドの世界を探し出してやりゃいいんだな。これで合ってるか」

「よく頑張ったな城戸、それで正解だ」

「……なんか釈然としないけど、合ってるならそれでいい」

 天道が肯定してくれたものの、肯定した相手が天道だからなのか、真司は憮然とした表情で横を向いた。

 ユウスケは渡を見た。渡は静かな表情で、そんな天道と真司を見ていた。

「もっと……早く言ってくれたら、良かったのにさ。言われないと分かんないし、俺、分かんないままじゃ何にも出来ないし」

 語りかけると、渡は静かな目をしたまま、ユウスケを見た。

「言われたって、俺、あんたが正しいなんて思わないよ。だって俺、どうしようもなくなったら士を消しちゃえばいいなんて、思えないから」

 努めてユウスケは、きっぱりと言い放った。渡はそれを聞くと、柔らかく微笑んだ。

 にこりと微笑んだ渡の顔は、なるほどキバットが言うように、とても優しげだった。

「まあ、お前達がどう考えようと、俺はいざとなればディケイドを倒す。だが今はまず、黄色い奴の事だな」

 天道が鋭い目線でぴしりと言う。

 確かに、これは問題の棚上げに過ぎなかった。何も解決などしていない。

 だが、棚に上げたままにしておくつもりだってない。

「ったく、何でそういう水を差すような事を言うかね」

「はっきりさせておくべき事は言っておかねばならん。俺は無駄に馴れ合うつもりはない」

「……ああ言えばこう言う……つうかホントお前何様だよ」

「天道様だがそれがどうかしたか」

「……………………いや、もういい。正直俺が悪かったと思う」

 真司は疲れはてたようにぐったりと肘を突いて項垂れた。天道の横に座ってしまったのが運のつきだった。

 

***

 

 時刻は昼下がり、カズマは一足先に帰る為、キャッスルドランを出ていた。

「まあとりあえず事情は分かったから、帰ったら先輩達とも相談するよ。あ、あと、他のライダー見つけたら話しておけばいいんだな」

「そうだな。黄色い奴もそうだけど、大ショッカーも数がやたらいるから、一致団結しないと。門矢士と小野寺ユウスケの知り合いって言えば多分話は通るからさ」

「了解。じゃ、また連絡する」

「気をつけて下さいねー」

 バイクに跨り、キーを回しエンジンをかけて、カズマは走り去っていった。

 見送った夏海とユウスケが中に戻ろうとすると、良太郎が出てきた。

「あっ、野上さん」

「小野寺さん、カズマさん帰ったんですね」

「うん、他のライダーも見つけたら話しておいてくれるって」

「良かった、きっと一緒に戦える人達、増えますね」

 良太郎はにこにこと微笑みながら、二人の横に来た。

 今日、八人揃ったライダー達を見て思ったが、良太郎は明らかに浮いていた。

 皆個性的すぎて、皆が皆浮いているといえばそうなのだが、良太郎のように、道を歩いていたらカツアゲの餌食にされそうなオーラを発している者は他に誰一人として居なかった。

 戦いとは縁遠そうな良太郎の顔を、ユウスケは思わず、まじまじと眺めていた。

「あっ、そうだ小野寺さん、僕の事は、良太郎でいいです。何かさっき、お前等お見合いでもしてるのかって乾さんにも怒られちゃったし」

「あはは。じゃあ俺の事も、ユウスケでいいよ」

 まるで友達になってその日に初めて一緒に帰り道を歩いている小学生のような会話だと、横で夏海は密かに思った。

「それで、さっきの話なんですけど」

「さっきのって……士の?」

「僕の仲間がイマジンなんですけど……」

「うん、多分別の世界の奴らだけど、会った事あるよ」

 モモタロス、ウラタロス、キンタロスにリュウタロス、そしてオーナーとコハナちゃん、変な色のコーヒーを淹れるナオミちゃん。

 騒がしいけれども、楽しくて優しい、いい奴らだった。

「イマジンって、記憶がないんです。だから、契約者と契約しないと実体を持てなくて、砂の姿になっちゃうんです」

「記憶がないと、砂なんですか……?」

「モモタロス達と会ったならこの話聞いてるかもしれないけど……この世界って、記憶で出来てて、誰かが覚えてさえいれば、過去の時間が壊されても記憶から修復する事ができるんです。でも、誰も覚えていないと、その人は時から零れ落ちちゃう。ずっと過去から積み重ねられてる記憶が、今の時間を作ってる。だから、記憶がなくて体もないイマジンは、砂になっちゃうんです」

 そういえば、そんな話を聞いたような聞いていないような。思えばあの世界では、ユウスケはずっとモモタロスに体と意識を乗っとられ、騒動が終わった後も暫く立つ事が出来なかったので、よく分からない。その辺りの話は士と夏海なら聞いているのかもしれなかった。

「それでね、イマジン達がいる未来に道が繋がらないと、存在自体が消えちゃう。あやふやな存在なんです。皆も消えそうになって、でも、僕と一緒に戦ってる事で、記憶が出来たから、戻ってこられたんです」

 ユウスケも夏海も、良太郎の言わんとする事が、何となく分かる気がした。

 士は大丈夫なのだと、きっと一緒に、信じようとしてくれているのだ。

「今ちょっと遠すぎて話すのとか無理だけど、元気かなぁ。……それで、僕思うんですけど、門矢さんもきっと大丈夫だって」

「うん」

「信じて、叶えようとしないと、願いって叶わないから。僕も一緒に頑張ります」

 言った良太郎の眼は、叶える意志に満ちていた。

 この人は強いんだ、とユウスケは思った。ある意味誰よりも強いのかもしれない。

 イマジン達もきっと、良太郎が信じてくれる事を信じていられたから、一緒に戦えたのだ。

 信じられるのは強さだ。ユウスケはそう思う。信じる事を迷う弱さがあるから、思う。

 

***

 

 ずっと森の中にいる。

 海が見たいと、小さい頃は思っていた。

 妹を置いて遊びに出ても、海は遠すぎて見る事ができない。

 

 ――妹なんて、いないのに?

 

 目を開けると、横に翔一が座っていた。

 三角巾を被りエプロンをつけたその姿は、完璧な主夫のそれだった。

「……よう、また会ったな」

「随分早い再会で、びっくりしましたよ」

「夏海と、ユウスケは」

「無事ですよ。怪我とかは……小野寺さんはちょっと怪我してたけど、大した事はなさそうです」

「そうか。ここは?」

「俺達のアジトです。何かちょっと、アジトって言葉、使ってみたかったんですよね。カッコよくありません?」

 士はそれには答えず、翔一に向けていた首を上に向け直した。

 光が眩しい。

「もうちょっと寝てるといいですよ。まだ前の怪我だって治りきってないし」

 そうだな、と短く答えて、士は瞼を閉じた。

「俺は、いるだけで、迷惑をかけるな」

「迷惑なんてかけ合う物なんですから、遠慮しちゃ駄目ですよ」

「あんたに何か、返せる当てがない」

「その内、倍にして返してもらいます。ちゃんと返して下さいよ?」

 翔一の声は押さえ気味だったが、明るかった。

 そうだな、ともう一度呟いて、また士は深い眠りへと沈んでいった。



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(8)予感

 海東は、閉じていた目をぱちりと開いた。

 雨が降り始めた。力が入らず、動かすのが億劫な腕を動かしてみる。

 腕も脚も、まだ動いた。助かった、と思った。

 あの士が士だと思い油断してしまうなんて、どうにも自分らしくないと思った。

 お陰で、インビジブルを使う間もなく、叩きのめされた。

 アポロガイストから一通りの話を聞いた後、あの場に士は現れた。突如として、オーロラを通って。

 また大ショッカーに捕まったのかと思い声をかけたが、あれは士ではなかった。士なのかもしれないが、少なくとも海東の知る士ではない。

 体の端までゆっくりと意識を集中して、なるべく無理のないように体を起こす。

 見回せば、瓦礫の山が積み上げられているばかりで、もう誰も居なかった。

 建物など跡形もなかった。それが昨日の戦いの激しさと、あの士の恐ろしさを物語っている。

 海東が大ショッカーに興味がないように、大ショッカーも海東の事は眼中にない。それが少々面白くなかった。

 一泡吹かせてやるのも面白いかもしれない。

 大ショッカーがいなくなれば、お宝を巡って世界を回っても邪魔者も少なくなる筈だった。

 世界が消えるという事は、その世界のお宝も消えてしまうという事でもある。

 もしアポロガイストの話が本当ならば。門矢士とは一体何者なのか。

 尤も、何者なのかなど、海東にとってはどうでもいい。問題は、如何にすれば大ショッカーの目論見を阻止して一泡吹かせる事が出来るかだ。

「それにしても……もう死んでたなんてな」

 思わず独りごちた。まさか死んでいるとは思わなかった。ならばあれは幽霊なのか。

 本当は、海東が会った士は、今九つの世界を旅した士はともかく、一人一人、別の士だったのかもしれない。

 

***

 

 ヒビキのディスクアニマルが思い思いの方向に飛び立っていくのが、窓から見えた。

 城戸真司は椅子に腰掛け、難しい顔をして腕を組んでいた。

「どうした城戸、馬鹿の考え休むに似たりと言うぞ、そう悩むな」

「おまっ……、馬鹿っていう奴が馬鹿なんだよ! 馬鹿天道!」

「小学生かお前は」

 憤慨して椅子から立ち上がるが、天道は相変わらず相手にしない。

「……ちょっと、気になる事があるんだけど。黄色い奴、そいつも門矢士なんだろ。なら、人間じゃないのか?」

「そうだろうな。それがどうかしたのか」

「どうかしたのか……って……いやお前に言っても無駄だな」

 真司が深く溜息をついて椅子に腰かけ直す。無心でコーヒーに息を吹きかけ続けていた巧が、顔を上げた。

「城戸、俺は戦うぞ」

「えっ……お前、この前と言ってる事違わね?」

「違わない。俺は人間だからどうとか言った覚えはない。寧ろ、人間だからとかは関係ねえ」

 納得のいかなさを顔に出して、不機嫌に真司が尋ねるが、巧は表情を動かさなかった。

「いいか、あいつは剣崎と渡を戦闘不能に追い込んだんだぞ。お前、想像出来るか、あの二人が逃げ出すのを」

「…………できない。でも、人間なんだから、あのピンクの門矢士みたいに話が通じるかも」

「通じないね。あいつは自分の力を面白がってる。そもそもあいつは大怪我をしてた渡と、あの夏海って女を庇った小野寺を殺そうとしたんだぞ。そういう心が怪物になっちまった奴が、話なんか聞くわけがない」

 巧は容赦なくぴしゃりと言い切った。反論出来ずに真司は、下を向いた。

 心が怪物になってしまった人間。確かにそんな人間には話など通じないだろう。心のままに、戦いを楽しむのだろう。浅倉威や、東條悟がそうであったように。

「やりたくないなら無理にやらなくていい、足手纏いだ。お前は人間じゃないものとだけ戦っていればいいだろう」

 天道に言われると真司は、がたりと音を立てて椅子から立ち上がり、天道を睨みつけて、どしどしと歩いてドアを出て行った。

「怒らせんなよ」

「お前こそ、城戸相手に付け入る隙を与えなさ過ぎだ」

「別にそんな積もりねえよ。どう見てもとどめ刺したのはお前だろ」

 目線を合わせないまま、二人は互いを非難した。

 どちらも真司を怒らせた責任を被りたくないところに、二人の城戸真司への目線が表れているが、当の本人はといえば、腹立たしそうに足音も高く廊下を歩き続けていた。

「ったく天道も乾も……どうしたらいいんだよ俺……」

 ピンクのディケイドだったら、まだ、倒せないとはっきりと言えた。

 彼は各世界のライダーを助けて人間を守っていた。そんな相手とは戦えないとははっきりと言えた。

 ライダー同士が戦い合う繰り返しから抜け出したというのに、結局自分は同じ事をまた繰り返していると、真司は思った。

 浅倉をどうしても倒さなければならないと思いつめた事はある。だがそれも、結局出来なかった。

 人間と怪物で線引きをするのならば、乾も、剣崎も渡も、人間ではない。

 例えば、渡が門矢士は人間ではないと言ったなら、俺は何の躊躇いもなく戦ったのだろうか。

 ふとそんな思いが頭を過ぎったが、答えなど出る筈もなかった。

「ああもう分かんねえ!」

「あ、城戸さん、丁度いいところに」

 角を曲がってきたのは、右手に盥を乗せ、左手に洗濯籠を抱えた津上翔一だった。

「すいませんけど、俺今手が離せなくって。これ、門矢さんの所に持っていってくれませんか?」

 そう言って翔一は返事を聞かずに盥を真司に渡し、忙しそうに早足で駆けていった。

 翔一は自主的にこの城の家事全般を請け負っている。広すぎる為、掃除はなかなか行き届かないと嘆いていた。

 別にいらないのに、と次狼達が言っていたが、翔一はやらなければならないのではなく、やらせてもらいたい風だった。

 そうやって動いているのが好きな、根っからマメな性格なのだろう。片付けられない真司からすると、尊敬に値する。

 冗談は寒いが気さくで気の優しい、所謂いい奴だった。真司には、翔一の頼みを断るという発想は浮かばない。

 廊下を歩いて門矢士の部屋のドアの前に立ち、一応ノックをした。

「開いてる」

 中からぶっきら棒な声が帰ってきた。門矢士は起きているらしかった。

 中に入ると、この城では何処もそうだが、広い間取りが取ってあった。窓とドアの中間の壁沿いに、天蓋付きのベッドが置いてあり、門矢士はそこで虚空を見つめていた。

「失礼しまっす」

 部屋に入り、ベッドの脇に置いてあるチェストの上に盥を置いた。

 門矢士は熱が出ているようで、ぼんやりした目をして汗をかいていた。

 額に置かれたタオルを手にとると、ぬるい。水の張られた盥に浸してタオルを絞り、見える部分の汗を拭いてやってから再びタオルを洗って、額に乗せてやった。

 翔一はまだ戻ってくる様子はなさそうだった。

 この部屋を出たところで真司にする事は今のところないし、何かをする気分にもなれない。

 座って、門矢士を看病でもしていれば気も紛れるかもしれない。そう思い、置いてあった椅子に腰掛けた。

「あんた……誰だ」

 門矢士が薄く目を開けて、こちらを見ていた。そういえば、真司は門矢士の顔を知っているが、会うのは初めてだった。

「俺は城戸真司」

「俺を……倒しにきたのか」

 その質問に、真司は首を何回か横に振って答えた。

 真司は昔、人間を倒さないと決めた。その気持は今も変わっていない。

「じゃあ何しに……」

「それが……分かんねえ」

 答えて真司は、折り曲げた膝に肘を突いて俯いた。

 考えても考えても、答えは出ない。こうしてずっと、答えが出ないまま、繰り返して行くのだろうか。

 その様子を見て、門矢士が、低く声を出して笑った。

「あんた、面白い人だな」

「? 何でだよ」

「遥々別の世界から来ておいて、来た目的が分からないってのも、なかなかないだろ。来る前に考えなかったのか?」

「……正直言うと、あんまり深く考えてなかった」

 そうだ。今考えれば、優衣が消えてしまうという神崎士郎の言葉と、この世界融合の現象の相関関係すら分からない。

 ただ真司は、再びライダーの力を手にして、それを使えば優衣がきっと助けられるのだと、特に根拠はなく信じてしまった。

「まあ、戦わなくていいなら、それでいい。正直あんたらと戦うのは、あまり気が進まん」

 門矢士はそう言って、瞼を閉じた。

「……どうして、気が進まないんだ?」

 真司の言葉に、門矢士は閉じた瞼を半分開いて、真司を見た。

「乾巧と津上翔一もそうだが、あんたもいい奴っぽいからな。そんな奴らと戦いたい訳ないだろう?」

「それはまあ……」

「例えば、目の前で誰かがあんたに襲われてるっていうなら話は別だが、そんな事は有り得なさそうだ」

 そう言って門矢士は、微かに笑った。

 そうだ。誰かを守る為に、だ。そうでなければ、真司は戦えない。

 世界がどうとか、融合がどうとか。そんな想像が付かない事の為に、戦えないのだ。

 では、何の為に戦えばいい。

 誰か、ではなく、仲間を守る為に。そんな事でしか、きっと真司は戦えないだろう。

 そしてきっとその場面が訪れない限り、真司は迷い続けるだろう。

 門矢士はまた目を閉じて、暫くすると寝息が漏れ始めた。

 真司はその寝顔を、もう暗さのない表情で見守っていた。

 

***

 

 夏海とユウスケは、一度写真館へと戻ってきていた。

 紅渡達と行動を共にした方が戦いには都合が良さそうだったが、一つ障害があった。

 天道が、夏海の同行に難色を示していた。

 とりあえず栄次郎の安否も気に掛かる為、二人は一旦戻る事にした。

 鍵を開け中に入るが、栄次郎はいなかった。

「おじいちゃん、何処行っちゃったんでしょう……」

「買い物かな?」

 壁には何も描かれていない背景ロールがかけられたままになっている。言伝の手紙でもないかと夏海はテーブルを見たが、そこには額に入った一葉の写真が置いてあるだけだった。

「それいつの写真だろうね。何か古そう」

 夏海が手にとったのを覗き込んで、ユウスケが簡単に感想を述べた。

 立派な洋館が写っている、モノクロの写真だった。この写真に、夏海は強い違和感を覚えた。

「私……ここ、行った事が、あるような気がします」

「昔旅行とかで行ったんじゃない?」

「おじいちゃんが温泉が好きだから、毎回旅館に泊まってて、こんな洋風の建物は、旅行では行ってないです」

「うーん、じゃあ、何だろうな」

 ユウスケは考え込んだが、ユウスケが考えても分かる筈がない。

 夏海は写真をじっと見つめた。懐かしくて、楽しかった気がする。それなのに、思い出せない。

「おお、夏海、ユウスケ君、おかえり」

 栄次郎が、買い物袋を提げてドアから入ってきた。葱にこんにゃく、豆腐に白菜。夏の盛りに鍋でもするのだろうか。

「おじいちゃん、この写真、何処なんですか」

「えっ」

「私、行った事があるんですか」

 夏海は栄次郎に写真を見せて詰め寄った。その様子があまりに必死で、ユウスケも夏海の様子におかしさを感じた。

「お前は、行った事はないよ」

「じゃあどうして」

「……何かの記憶違いじゃないのかい?」

「…………そうでしょうか」

 釈然としない様子で、夏海は引き下がり、写真をテーブルに置いた。

「……夏海ちゃん、そんなに気になるの、その写真」

「分かりません。でも何だか、絶対知ってる筈なのに思い出せなくて」

 夏海は微かに、肩を震わせていた。

 ユウスケはもう一度写真を見たが、ちょっと立派なくらいで、何か変わった様子のある洋館とは思えなかった。

 寧ろ気に掛かっていたのは、栄次郎がこの写真が何処のものなのかを語らなかった事だった。

 

***

 

「わっかんないんだよねぇ」

 あっけらかんとした声で、実に不思議そうにヒビキは言った。

 彼がディスクアニマルを送り出すのを隣で見守っていた剣崎は、その声にヒビキの方を見た。

「何がですか」

「君の考えてる事がだよ」

「……俺の?」

 ヒビキも剣崎を見つめていた。剣崎の反応に、ヒビキはややオーバーアクション気味に、うんうんと大きく頷いた。

「君と渡君って、二人で何でも片付けようとしてない?」

「そんな事はありません。ヒビキさん達にも戦ってもらってるじゃないですか」

「そりゃ大ショッカーとは戦ってるけどさ。ディケイドの方の事だよ」

 その問い掛けに剣崎は答えを返さず、ヒビキから目線を外して、ディスクアニマルが消えていった森を見た。

 夏の森は濃い緑が茂っていて、強く草の匂いが湧き立っている。茂った木々の葉が日光を遮って森の中は暗かったが、所々から光の帯が漏れて筋を作って降り注いでいた。

 風は緩やかだった。もう剣崎は暑いと感じる事はなくなってしまったけれども、風の心地よさは感じる。

「君の考えてる事が分からないから俺の想像でしかないけど……君と渡君は、二人で、嫌な事を全部背負い込もうとしてるんじゃないのか?」

 その問いに、剣崎は答えるべき言葉を持っていなかった。故に口も開かず、ヒビキの方に振り返る事もしなかった。

 ヒビキもヒビキで、気にした様子もなく言葉を続けた。

「自分達が人間じゃないから、とか思ってるんだったら、それって俺達に凄く失礼じゃない? 俺は、やる事やるつもりで来たし、君とも仲間のつもりなんだけど、認めて貰えてないわけ?」

「……そういうつもりではなかったんですが、すいません」

「シンちゃんとか良太郎に背負わせたくないってのは分かるよ。でもさ、皆ずっとそれぞれ戦ってきた奴らなんだから、自分で選べるよ」

 そうなのかもしれなかった。皆それぞれに、正しいと思う事を選びとっていけるだろう。

 それでも、別に背負わなくてもいい事もあると、そうも思った。

「君はどう思ってるのか知らないけどさ、皆それなりに覚悟はしてるんだよ。乾君だって、そりゃあんな性格だからカッとなって出ていったりとかしたけどさ、君の言う事は割と素直に聞いてるだろ。君の言う事も正しいって分かってるからだよ」

 その言葉がやや意外で、剣崎はヒビキをちらと見たが、言われてみればそうかも知れなかった。

 もう一人の門矢士が現れた岬で、偶然に巧と翔一を見つけた時は、詳しい事情を説明する時間などなかった。

 渡が殺されてしまう、助けてほしい。

 短く告げると乾巧は手短に、だがしっかりと頷いて、翔一がその後に、そりゃ大変だと大慌てで走り出した。

 乾は剣崎と渡のやり方に反発を感じているのだと思っていたから、確かに、意外といえば意外な反応だった。

「俺達は君の事信じてるから、君も、俺達の事もっと信じてくれていいと思うよ」

「……信じています」

「まっ、それならいいんだけどさ」

 言うとヒビキは、腕を伸ばして手を頭の上で組み、大きく伸びをして、城の中へと歩き出した。

 俺は、怖ったのかもしれないと、剣崎は思った。

 得るものがなければ失う事もないのだと、ただ時間だけが過ぎ去っていく砂の只中で思っていた。だから、得てしまうのが怖くなってしまっていたのかもしれない。

 始は最初からアンデッドで、仲間とかそんな概念がそもそもなかったのだから事情が違うだろうけれども、あいつもこんな気持が少しはあったのかもしれないと、剣崎は思った。

 そうだ、心は育っていく。分かり合う事は出来る。

 今すぐ倒さなければならないと思いつつ、渡が待ちたいというのに強く反対出来なかったのは、剣崎こそが、例え人でないものでも、心が生まれて育まれていくという事を誰よりも知っていて、誰よりも強く信じていたからかもしれなかった。

「また、同じ事の繰り返しになっちゃうかもしれないけど……これでいいのかな。俺やっぱり、馬鹿だなぁ」

 独り言を呟いて、剣崎は昔のような顔で、やや寂しげに笑った。

 

***

 

 夏海は、家中の写真という写真をひっくり返し続けていた。

 今までどうして疑問に思わなかったのかが不思議だった。この家には、一枚も、父と母の写真がない。

 夏海は栄次郎に育てられた。父と母は夏海が物心つく前に死んだと聞かされていた。それはそれでいい。

 栄次郎は、夏海の母方の祖父。それならば、何故、母の写真すらこの家には一枚もないのか。

 膨大な量の写真があるというのに、夏海の欲しい写真だけが、一枚もなかった。

 今までそれを見たいという発想すら浮かばなかったし、それを栄次郎にねだった事も、どんなに記憶を遡っても思い浮かばなかった。

 あまりに不自然だった。あの洋館の写真を見て急に思い出すのも、不自然すぎた。

「夏海、どうしたんだい、こんなに散らかして……」

 古い写真を収納する倉庫として使っている部屋の中は、足の踏み場もないほど写真やアルバムが散乱していた。

 栄次郎は、その真中で手を止めて栄次郎を呆然と見つめる夏海を、困ったように見ていた。

「どうしてなんですか……」

「何がだい?」

「どうして、お母さんの写真が、ないんですか」

 栄次郎は困った顔のまま、ほうと一つ息を吐いた。

「教えてやりたいんだけど、それは出来ないんだ」

「どうしてです、おじいちゃん一体、何を隠してるんです!」

 夏海の声は自然と大きくなったが、栄次郎はやはり困った顔のまま、首を何度か横に振った。

「それは、士君が自分で見つけないといけないんだ」

「……? どうして士君が、私のお母さんと関係があるんですか」

「何も話してやれなくてすまないね……。でも、一つ覚えていておくれ。士君は、やっと見つけた希望なんだよ」

「士君が……希望?」

「そうだよ。やっと終わらせて、新しく始める事ができるかもしれないという、希望だ。私は、士君と会えて、本当に良かったと思っているんだよ」

 夏海には、栄次郎の言う事が全く分からなかった。何故だかとても悲しくなり、涙がぽろぽろと頬を伝って零れた。

「おじいちゃんは、ずっと、士君を探していたんですか……」

「そうだよ。ずっと会いたいと思っていた」

「どうして?」

「起こってしまった事はもうやり直せないけれども、新しく始めたいと思ったからだよ」

 意味が分からない。夏海はふるふると首を何度も、横に振った。栄次郎は脇にあったティッシュの箱を夏海に手渡して、散らばった写真を集め始めた。

 アルバムが、ページが開いたまま床に散らばっていた。夏海が小学生の頃の写真がそこには貼ってあった。

 運動会の写真、遠足の集合写真、友達と二人で写っている写真。

 何がほんとうで、何が嘘なのだろう。

「お前は、士君の側に、いてあげなさい」

「……どうしてですか」

「だってお前は、そうしたいと思っているだろう」

 栄次郎の言葉に、夏海は力なく頷いた。

 士は、夏海とユウスケを探して、来てくれた。帰ってきてくれたのだ。

 心配だった。ただ士の事が、気がかりだった。

「なあ夏海。確かに私は士君の事を知っていたし、だからここに連れてきたんだ。でも、だからといって、ここで士君と夏海と、ユウスケ君が、怒ったり悲しんだり、笑ったりしたことが、嘘になってしまうわけじゃないよ。それは、確かにあったことだよ」

「あったこと……」

「そうだよ。士君の歩いてきた道は、側にいた夏海や、ユウスケ君や、私の心に、ちゃあんと残っているんだ。だから怖がらなくてもいい」

 相変わらず、栄次郎の言う事は夏海には全く分からなかった。

 栄次郎はにこりと微笑むと、黙って写真の片付けを再開した。夏海もティッシュで鼻をかむと、それに倣い始めた。

 

***

 

 一人、ソファに腰掛けてぼんやりととりとめのない考え事をしていたユウスケの前には、思ってもみない人物が訪れていた。

「やあ……士は何処だい」

「……海東」

 海東の服は破れぼろぼろになっており、そこかしこに擦り傷や切り傷も出来ていた。

「士はいない。どうしたんだ、その傷」

「なに……ちょっと不覚をとっただけさ」

「手当するよ」

「余計な事をするな、君の情けは受けない!」

 ユウスケが立ち上がると、海東はそんなユウスケを睨みつけて、叫んだ。

「……別に情けとかじゃなくて、こっちが落ち着かないんだよ。そんな傷だらけでボロボロでいられるのは」

「君が落ち着こうが落ち着くまいが、僕の知った事じゃない。いいから士が何処にいるか教えたまえ」

 むっとした顔を見せて、無言のままユウスケは再びソファに座った。海東はそんなユウスケを、鋭い目で睨めつけた。

「君に用はないんだ。消えてやるからさっさと士の居場所を教えろ」

「…………いいけど、条件がある」

「条件?」

 言って、今度は海東がむっとした顔を見せた。彼はユウスケを対等に話す相手だとは考えていない。ある種、士よりも傲岸な男だった。

「士を助けるのに、手を貸して欲しい」

「……何を言ってるんだ、君は。僕は君らなんかとつるむのは御免だ」

「今士がいるのは、手を貸してくれない人間には教えられない所だ。力を貸すんでなくても、俺達の邪魔はしないと約束してくれないなら、教えられない」

 海東は尚も厳しくユウスケを睨みつけたが、ユウスケは譲るつもりはなかった。

 如何な海東でもまさかそんな事はしないとは思うが、万が一大ショッカーにでもあの城の居場所が漏れれば、今後の戦いがやりづらくなる。

 ユウスケの海東大樹への信頼は、アギトの世界で消え去った。一度信頼の気持ちを失くした相手を再度信頼するのは難しい。

 そうして暫く無言で睨み合った後、海東は呆れたような馬鹿馬鹿しいような顔をして、一つ息を吐いた。

「……いいだろう。僕も今忙しいんでね。君らの邪魔はしない」

「本当だな」

「僕は物は盗むけど約束は守るよ」

 もう一度、ユウスケは海東の顔を見つめたが、海東の表情は動かなかった。

「わかった」

 ユウスケの答えに、海東は満足そうに、にやりと右の口の端を上げて微笑んだ。



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(9)ねがい

 大ショッカー戦闘員の黒の服は闇に紛れやすい。骨格を象った白い模様が、本物の骸骨のように黒の中に浮かび上がる。

 カブトのクナイガンが閃けば、断末魔を残して骸骨が崩折れた後に、闇だけが残るように見える。

 融合崩壊の現象は一旦停止したものの、九つの世界は中途半端に融合し、融合した部分もあればまだ融合していない部分もあるという、非常に不安定な状態に陥っていた。それがすぐに何かを引き起こすというわけでもなく、見た目には穏やかなものだったが、この隙に進行してくる大ショッカーの兵は後を絶たなかった。

 カブト――天道総司は手際よく戦闘員を片付けていくが、その合間に彼はちらちらと余所見をしていた。

「あいつは……本当に、危なっかしい」

 その視線の先にいるのは勿論電王だった。

 類稀な身体能力を有する天道からすると、良太郎は何故戦っているのかが不思議なレベルだった。

 見殺しにするのも後味が悪いので、何かあればすぐ助けられる体勢は作っているつもりだが、良太郎はよろつきながらも意外と善戦を続けている。それは天道からすればあくまで、倒されていない、という意味に於いての話だったが。

 少し離れた前方で炎が帯を描いた。響鬼の鬼火だ。あの男がきっちり戦ってくれるのであれば、天道の負担も減るし、いざという時手一杯で良太郎を助けられないという事もなさそうだった。

 暫くこうして交戦が続いているが、戦闘員は減る気配もなかった。その時。

「行くぜ行くぜ行くぜーっ!」

 雄叫びが辺りに轟いた。随分と柄の悪い声だが、どこかで聞き覚えがあるようなないような。思い出せず天道は、魚の小骨が喉にひっかかり取れないようなもどかしさを感じた。

「えっ……」

 電王が動きを止めた。

「何をしている、動け!」

 駆け寄ろうとするとその前に電王は周囲の戦闘員達に取り囲まれ見えなくなる。

 温存していたあれを使わなければならないのだろうか。立ち止まり呼ぼうとすると、電王の周囲の囲みが割れた。

 戦闘員達を蹴散らしているのは電王だ。だが、形が微妙に違う。そして、良太郎は今やっと、よろよろと立ち上がった。

 ひとしきり戦闘員を踏みつけると、知らない電王は、持っていた剣を右の肩に乗せて、歌舞伎役者のように見栄を切った。

「へっへっへ。俺、参上!」

 そのポージングに、カブトはおろか、周囲の戦闘員達も、どうリアクションを取っていいものか困ったらしく、身動ぎもしなかった。

「えっ、何で、何でモモタロスがここにいるの?」

 一人良太郎だけが、何やら動揺したように知らない電王の方に駆け寄り、あたふたとしている。

「は……? お前、良太郎……? 何でだ? 良太郎はここに居んだろうが」

 知らない電王の方も、そんな良太郎をまじまじと見つめていた。

「そうだよ、良太郎だよ。まさか追いかけてきたの? どうやって?」

「追いかけて……? あんま訳分かんない事言うんじゃねえ、なんかこう……難しい事言われると頭が痛くなる」

 二人が噛み合わない会話を続けている間に、周囲も自分を取り戻す時間が出来た。戦闘員達が再び、二人の電王へと襲いかかっていく。

「よし良太郎、話は後だ。いいか手前等! 覚悟しな! 俺は最初から最後まで、クライマックスだぜ!」

 そう宣言して、知らない方の電王が再度戦闘員達の群れに斬り込んでいく。

 そして、良太郎は、カブトの眼前で、突然鎧が体から外れ、空中で組み替えられて再度装備された。

「な、何事だ! どういう事だ野上!」

 流石の天道も度肝を抜かれる。目の前に立った青い電王は、デンガッシャーと呼ばれる電王の武器を、長い竿へと組み上げた。

「いいのかい、僕にそれを聞いて。言葉の裏には針千本。それでも良ければ、僕に釣られてみる?」

「…………何を言っているのか全く意味が分からん」

 斜めに立って首を傾げ、気取ったポーズを取った電王らしきものは、竿を構えると、やはり戦闘員達の群れへ突っ込んでいった。

 その動きは、先程までの良太郎とは比較にならない。動きもいいし戦い慣れている。リーチを活かして、戦闘員達を寄せ付けず捌いていた。

「……まあ、いいか。あまり心配はなさそうだ」

 良太郎ばかりに構っている訳にもいかないし、今の動きであれば自分の身は自分で守れるだろうと思われた。

 カブトもクナイガンを構え直すと、再び戦闘員達の只中へと斬り込んでいった。

 

***

 

 散発的に各地で起こっている大ショッカーの侵略に対処する為、ライダー達は出払っているようだった。

 海東を伴ってユウスケが士が寝かされている部屋へと入ると、何故か剣崎一真がベッドの横に座っていた。

「剣崎……何でここに」

「誰かこいつを看てやる人間が必要だろう。それに……」

 言葉を切って剣崎は、ユウスケの後ろに立つ海東を、厳しく睨みつけた。

「俺はそいつを信用していない。お前は、あそこで何をしていた?」

「気付いてたんだ」

「はぐらかすな、答えろ」

「それを今から士に話すんじゃないか。あんたに話してやるつもりはない」

 海東は薄く笑ったままで、剣崎の事は相手にしていないように見えた。だが、剣崎も退かなかった。

「悪いが、俺はこのままここに居させてもらう。お前が何か変な動きを見せたら、即座に叩き潰す為にな」

「ふん、アンデッド如きが大きな口を叩く」

「海東!」

 叫んで、士が体を起こしていた。

「いいからさっさと話せ。怪我人の寝てる前で喧嘩なんておっ始めてくれるなよ」

「やあ士、良い様だね」

「お前もな」

 二人は目を合わせたが、海東はふん、と鼻で笑うと、肩を竦めて、部屋の奥に置いてある椅子を引き、剣崎一真が座っている窓側と向い合う形で、ベッドの脇に椅子を置いて、座った。

「そうだ、その前にもう一つ教えてあげよう。君達は、この世界が光夏海の世界に酷似していたのが大層不思議だったようだけど、これは別に変でも何でもない」

「……どういう事だ?」

「生まれたばかりの世界は、皆こういう姿なんだよ。ここからライダーが生まれて、そして世界が変化していく。光夏海の世界も、ライダーがいなかったろう? あれは生まれたばかりだったからさ」

「それなら話が違うだろう。世界が安定した後に融合するんじゃなかったのか。生まれたばかりの世界はまだ安定してないって事だろ」

「普通はね。彼女の世界やこの世界が融合を始めた時に、二つの世界に共通して存在していたものは何だ?」

「……俺か」

 海東は頷いた。ふっと眉を寄せ、やや苦しげな顔をして、士は目を伏せた。

「まあ、それだけが原因ではないと思うけどね。今まで生まれたばかりの世界が融合するなんて事はなかった。別の要因によって早められてるって考える方が自然だよ。どうせ君もあいつにやられたんだろう」

「お前もか」

「そうだよ。そこのアンデッドさんはやられてもすぐ治るみたいだけど、僕は人間なんでね、傷がなかなか治らない」

 剣崎は無表情で、海東を見つめ続けているだけだった。特に反応はない。

 剣崎への好感はあまりないものの、その見下した物言いにむっとしてユウスケが口を挟もうとしたが、それを士が目で制した。

「あいつはねえ、君が見つからないから開発されたんだってさ。色々と改良したんだって自慢されたよ」

「そうらしいな」

「大ショッカーは、そうまでしてディケイドを必要としている。ディケイドとディエンドが何故出来たのかを、聞きたいかい?」

「ああ、是非聞かせてほしいな」

 士が頷くと、海東は得意げに笑って語り始めた。

 

 ディケイドは、『全ての仮面ライダーの力を使いこなし、仮面ライダーを倒す力を持つ者』のコンセプトのもと開発された。

 その試作品を完成させたのが、一人の研究者だった。

 彼は、仮面ライダーになりたいと本気で考えていた男だった。所謂マニアで、仮面ライダーの情報なら知らない事は何もない。故に、そこからコンセプトが生み出された。彼こそが、誰よりも各ライダーの力を使いたいと考えていた。

 ディケイドが仮面ライダーの力を使いこなす為に、各仮面ライダーのデータが収められたカードを使い、そこから情報を引き出して力を行使するという機構が組み込まれたが、計算していなかった現象が確認された。

 ディケイドの動力機関として採用された、クラインの壺から溢れ出す無尽蔵のエネルギーが、平行世界を創り出していたのだ。

 更に、別に研究が進んでいた、次元を超え別の世界へ渡る力も組み込まれた。

 だがディケイドが作り出した世界は不安定で、地球を模しただけの、生物も植物も何もない空っぽの世界が生み出されては、融合し合って崩壊し、すぐに消えていくだけだった。

 既に試作品は制式採用される事が決まり、多くの研究者による共同研究に段階が移っていた。

 研究者達は考えた。『元となるデータ』があれば、ディケイドはきちんとした世界を創り出す事が出来る。

 そしてその世界が融合崩壊する際のエネルギーを利用すれば、オリジナルの世界へ渡る力を得る事が出来るかもしれない、と。

 大ショッカーは、オリジナルの平行世界の組織が母体となっていた。彼らはふとした事から次元を渡る方法を開発し、自分達の世界の他に、オリジナルと言うべき世界がある事を知り、その世界を欲していた。

 試作品を開発した研究者も勿論まだ開発には加わっていた。だが彼の興味は、別の事へ移っていた。

 彼には恋人が出来た。仲睦まじく、彼らは結婚を約束していた。

 やがて、ディケイドが世界を構築する為のデータを取り出す人間が集められた。集められた人間を眺めて、彼は愕然とした。

 そこには、彼の恋人がいた。大ショッカーは彼の忠誠を試す為に、わざわざ彼女を捕らえていた。

 彼の目の前で頭蓋を鋸で割られ、取り出された彼女の脳や、他の者のそれから、データが抽出された。

 かくして、ディケイドは中身のある世界を創造する能力を得た。

 彼は怒り狂った。表向きは悲しみから立ち直った風を装ってディケイドの開発を続け、密かに装着者を限定するコードと、そして、ディケイド自身が装着者を生み出すコード、ディケイドの目的を変更するコードを書き加えていた。

 それを知った大ショッカーは彼を抹殺しようとしたが、彼は逃げ延び、大ショッカーに抵抗する組織で、持ち出したディケイドのデータをもとにディエンドを作り上げた。

 ディケイドが世界を創り出す当初の目的は、大ショッカーに忠実な世界を作る、というものの筈だった。だが彼はそれを、ディケイドがあるべき世界を探す為に世界を創り出す、と変更していた。

 ディエンドに書き込まれキーとなったデータが何だったのかは、出奔先で作られた為、大ショッカーに属するアポロガイストは勿論知らない。

 だが、後日彼の出奔先の抵抗組織を壊滅させた際、捕らえようとした彼の行方を尋ねたところ、彼が死んだと、それだけを聞いたという。

 

「その開発者の名前を聞きたいかい」

「勿体つけずに教えろ」

 やや苛ついた様子で士が告げると、海東はにやりと笑って士を見た。

「鳴滝士、っていうんだってさ」

 

***

 

 思いもよらない名前を耳にして、士は怪訝そうに海東を見つめていた。

「そうだ、あの人はディケイドを憎んでいる。だからディエンドを作り、今また君を抹殺しようと暗躍していた」

 横で聞いていたユウスケも、流石に驚かざるをえなかった。

「ちょっと待て、鳴滝っていうのはあの鳴滝さんなのか」

「……君には話してないんだけどな。そうだよ、あの鳴滝さんさ」

「だって、死んでるって」

「まあ、大ショッカーの幹部の話だし、鳴滝が死んでるっていうのもそいつが人伝に聞いた話だしね。どういう事なのかは分からないよ」

 話はこれで終わり、と告げて海東は話を切ろうとしたが、士が口を開いた。

「待て。鳴滝の名前は」

「君と同じ字だよ」

「どういう事だ」

「さあね。『仮面ライダー』になりたかったんじゃない?」

「じゃあ、俺はあいつって事なのか」

「……君は君だろう。あの人じゃない」

 その答えに、士は続ける言葉を失った。海東にそんな事を真顔で言われるとは思わなかったし、分からない事がまた増えてしまった。

 海東はそんな士を見てにこりと笑うと、さて、と声を上げて椅子を立った。

「どうだい、凄い情報だっただろ。これで貸し借りはチャラだよ」

「……お前に貸しを作った覚えはない」

「君はそう思ってても、僕にとっては借りだったのさ」

 確かに返したよ、と明るい声で言って、海東は手を銃の形にして、士を撃つ真似をした。そしてそのままドアへと歩いていく。

「待て海東、これからどうする気だ」

「僕は僕でする事があるのさ。約束通り君らの邪魔はしないから安心してくれたまえ」

 言って海東は背中を向けると、そのまま部屋を出て行った。

 残された士とユウスケは、何か口を開く気にもなれず、それぞれにやや俯いて考え込んでいた。

「……小野寺ユウスケ、こいつを見ててやれ。俺は出かけてくる」

 剣崎一真は、ユウスケを見てそう告げると、椅子を立った。

「待て。俺はもういい、大丈夫だ。ユウスケ、お前も行け」

「えっ……でも」

「大ショッカーと戦うんだろ。なら、お前は行って戦え。みんなを守るんだ」

 言葉ははっきりとしていたし、士はまっすぐにユウスケを見ていた。ユウスケは剣崎を見てから士を見ると、力強く頷いた。

 ふと何かに気付いたようにユウスケは穏やかに士を見て、口を開いた。

「なあ士。この世界も、お前の世界じゃないって思うか?」

「さあな、まだ分からん。だが爺さんに言われた。本当の自分なんて言葉に惑わされるなとな。俺は惑わされていただけだったのかもしれない」

「そんな事はないと思うけど……」

「その事は後でもゆっくり考えられる。今は考えてない」

「……そっか、分かった」

 ユウスケは明るく笑ってみせてから、剣崎の後を追い部屋を出た。

 廊下に出ると、剣崎が少し先で立ち止まり、ユウスケを見ていた。

「さっき、怪我をしていたな。もう大丈夫なのか」

「俺って、何だか知らないけど、怪我とか治るのすっごく早いから。もう全然何ともない」

 笑ってみせると剣崎は、何か辛いものでも口にしたような、不思議そうな顔をした。

 何か変な事を言ったろうかとユウスケは首を傾げたが、剣崎が振り向いて歩き出したので、それを追いかけた。

「生まれた時からの特異体質か?」

 剣崎が歩いたまま尋ねる。

「いや、クウガになってからだよ」

「君はそれを、おかしいとは思わなかったのか」

「クウガになったからかなって思ってたけど……なんか、おかしいのか?」

「見返りの要らない力なんてない。それが強い力であればあるほど、払う代償も大きくなる筈だ」

 言われても、ユウスケには全く心当たりが浮かばなかった。

 共に戦う八代を失ったという犠牲はあったが、ユウスケ自身の体や心が、クウガの力を使う事によって何か犠牲になっているという感覚は、全くなかった。

「クウガについてそう詳しく知っている訳じゃないから何とも言えないが、いい感じはしない。気を付けるんだな」

「……心配してくれてるのか?」

「言った筈だ。俺は君を助けたい」

 振り向かないまま剣崎は言ったので、ユウスケは剣崎の背中を見た。

 肉付きの良くない、薄い背中だった。剣崎は何かを、代償として支払ったのだろうか。ユウスケは知らなかったし、知る由もなかった。

 

***

 

 数日前から、救急車やパトカーのサイレンの音がひっきりなしに外から流れて来ている。夜ともなれば、昼よりもずっと頻度が高い。

 夏海はテーブルに肘をついて、ぼんやりと絵のない背景ロールを見つめた。

 ユウスケは出る前に声をかけてくれたが、夏海は着いていくのを断り、ここで待っていると答えた。

 怖くなってしまった。

 士は一体何だというのだろう。母と、何の関係があるというのだろう。

 訳の分からない事が多すぎたし、整理する暇もなかった。

 士を信じたいと思うし、側にいて何とか助けたいとも思う。だけれども夏海は、今のままでは、戸惑っている士に矢継ぎ早に答えのない質問をヒステリックに浴びせるだろう。それも怖かった。

 息を吐いたが、ここで考えていても何の答えも出ないのは明白だった。

 ふと、何かが聞こえた気がして夏海は耳を澄ました。

「何……?」

 少しずつ少しずつ、近づいてくる。あれは、そうだ。

「グオオオォォォゥゥウウウ‼」

 獣の雄叫びだ。

 それに伴って、何かがぶつかる音、何かが崩れる音。銃撃の音。

 近くで、戦いが起こっている。

 思わず走り出し、外に飛び出していた。

 行ったところで自分が危険になるだけだし、邪魔になるだけだった。だがそんな事も、夏海はすっかり忘れて駆け出していた。

 外に出て路地を曲がると、そこでは青い鉄の甲冑が、大振りのマシンガンを構えていた。

「G3‐X……」

 向かい合っているのは、ステンドグラスの意匠を全身に散らせた、馬の姿をしたファンガイアだった。

 G3‐Xが引鉄を引いて、弾丸が一斉にファンガイアに向かって掃射される。ファンガイアは後退りながらそれを浴びて、暫くの後に、ガラス細工が床に落ちて壊れるように弾け飛んだ。

「芦河ショウイチ……さん?」

 夏海が角を曲がりきって姿を見せると、G3‐Xは振り向いて彼女を見た。

「お前は確か……門矢士と一緒に居た……」

「光夏海、です」

 頷いた夏海を、G3‐Xの複眼が淡く光りながら見つめていた。夏海も黙ってG3‐Xを見つめた。

「……何だか変な事になってるが、大方お前等が絡んでいるんだろう。どういう事なのか説明してくれ」

「芦河さん、お願いします、士君を助けてください」

「どういう事だ?」

 説明を促すショウイチに夏海が答えを口にするその前に、闖入者が割って入った。

「グオアアアァァッッ!」

 異形が恐ろしい怒声と共に倒れこみ、夏海とG3‐Xの方へと滑り込んで止まった。見たところグロンギのようだった。

 その向こうの闇に、光が浮かぶ。赤い光がラインを描き、黄色く大きな複眼が、グロンギを照らす。

『Exceed Charge』

 電子音声がした。G3‐Xは、夏海の肩を抱えて路地脇へと身を寄せた。

 立ち上がったグロンギへと、そのサイクロプスを思わせるような複眼が一直線に駆け込んでくる。

「やああーっ!」

 赤く発光したファイズエッジが闇を切り裂き、グロンギの体を貫通して溢れたフォトンブラッドがΦ(ファイ)の字を描いた。グロンギは小さく爆散し、消えた。

「乾巧さん……?」

「君、門矢士と一緒にいた……?」

 夏海は路地から出て、声をかけた。こちらを見たファイズの声は乾巧のものではなかった。という事は。

「尾上タクミ君……?」

 ファイズは変身を解かないまま、小さく頷いた。

「お願いします……二人とも、士君を、助けてあげてください……」

「だから、説明しろと言っているんだ。この化物どもは何だ、一体何処から湧いてきている」

「ディケイドのせいです……。ディケイドがいるから、世界が融合している。そして、滅びようとしているんです」

「……何?」

「えっ」

 G3‐Xもファイズも、驚いて夏海を見た。夏海は泣きたくなった。ディケイドこそが原因だと知らせなければいけない、今の状況が辛かった。

「でもそれは、お二人の知ってるディケイドだけのせいじゃありません。もう一人、黄色いディケイドが現れたんです。そのせいで、急激に融合が進み始めて、こうして急に滅びの現象が起きているんです。仕組んだのが全部、大ショッカーっていう悪の組織なんです」

「悪の、組織……ねえ。確かにあの黒いのは、それっぽいといえばそれっぽいが」

「……何だかちょっと、急には信じられない、かな」

 二人の感想を聞いて、夏海はしょんぼりと肩を落とした。

 この二人の言う事も尤もだった。急に信じろと言われて、こんな荒唐無稽な話を信じられる筈がない。

 夏海だって、何も見ないうちから一遍に全部言われたのであれば、訳が分からないと一笑に付しただろう。

「それで、門矢士は何処にいる」

 G3‐Xの言葉に、夏海は顔を上げた。彼の表情は勿論伺うべくもない。

「まずは話を聞いてからだ。奴に会わせろ」

「……士君、今ちょっと遠いところで怪我してて……動けないんです」

「成程、それで助けてか。よし、そこに案内しろ」

「えっ?」

 夏海がG3‐Xを見つめると、G3‐Xは、くいと親指を後ろへ向けた。そこには、ガードチェイサーが停めてあった。

「別にあんたの話を少しも信じない訳じゃないが、こっちも鬼のような上官の命令を放り出す事になる。門矢士の口から聞きたい」

 G3‐Xの言葉に、ファイズも頷いていた。

 夏海は何だか泣きたくなってしまった。湧き上がった気持ちが抑えられなくて、涙が零れた。

 二人が協力してくれるつもりなのが嬉しかったのもあるし、うまく説明できなくて、少しも士の力になれない自分が情けなかったせいもある。

「おい、何で泣く⁉ まるで俺が泣かせてるみたいだから勘弁してくれ! おいあんた、何とかしろ」

「え、えっ? ぼ、僕ですか? 僕に言われても……」

 言われておろおろしながらファイズは、夏海の顔を覗き込んだ。

「あの……よく、分からないんですけど、門矢士が大変なんだったら、僕も何かしたいです。あの人には助けてもらったし、大切なこと、教えてもらったから」

「大切な……こと?」

「僕、正体を知られるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、逃げてました。でも、あの人は人間でもオルフェノクでも関係ないって言った。僕、思ったんです。人間の僕だって、別に嘘じゃない。本当の僕なんだって。由里ちゃんの夢を守りたいんだって心から願った気持ちが、本当の僕だったんだって」

 その場には夏海はいなかった。でも、その光景は目に浮かぶようだった。

 きっと士はカッコつけて、でもまっすぐな目で、言ったのだろう。

 通りすがりの仮面ライダーだ、と。

 そう思うと、止まりかけた涙がまた溢れた。

 士が何だって関係ない、それは夏海だって思っていた、思っていた筈なのに、どうしてその気持が揺れてしまうのだろう。

 母親の事、世界の事。分からない事ばかりで、動揺する。それでも、それと士を信じている事とは、きっと別の事だ。

「おい、ますます泣かせてどうするんだ!」

「えっ、だって、あの……ねえ、泣かなくても大丈夫ですから、早く行きましょう?」

 ファイズがおろおろして宥めるが、夏海は暫く泣き止まなかった。

 そうだ、本当のこと、本当の自分なんて、分からない。それでも、本当のことは、自分の中にしかない。

 夏海の中で今本当だと思えるのは、士を助けたいと思う気持ちだ。

 きっとそれに嘘をついちゃ、いけないんです。

 そう思って夏海は、きゅっと唇を噛んで、借りたヘルメットを被り、ガードチェイサーの後部座席に跨った。



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幕間(2)

 逆手に持ったクナイガンを振り上げると、戦闘員の喉元の辺りから血が噴き出した。

 戦闘員達はカブトを遠巻きにし、襲い掛かっては致命傷を食らう前にさっと引く戦法を取り出していた。

 まともにぶつかっては勝てない為、疲れさせようという肚だろう。それはそれで、正しい作戦といえた。

 無論カブトにはクロックアップがある。ハイパーカブトにフォームチェンジし、広範囲を一気に殲滅する事も出来る。本来であれば、こんなちんたらとしたやり合いに付き合ってやる事もなかった。

 だがカブトには、出来るならばクロックアップを使いたくない理由があった。使って使えない事はないが、出来れば避けたい。

 それは、紅渡に連れられて自分が居たのと別の次元に来た当初から感じていた違和感だったが、こと黄色いディケイドが現れて世界が急速に融合崩壊し始めてから、はっきりとしてきた。

 クウガと出会った際に、彼を助ける為にクロックアップを使用して、くっきりとその思いが浮かび上がった。

 今のここでクロックアップを使用するのは危険だ。ましてやハイパークロックアップは。

 時間流が歪んでいた。

 クロックアップは、ライダーシステムが内部に流れているタキオン粒子を操作して時間流を制御するものだ。それを上手く制御できない。歪みに巻き込まれそうになり、冷や汗を垂らしながらクロックアップを解除し、それ以来使っていない。

 恐らくの話になるが、九つもの世界が融合しかけている影響で、時間流もそれぞれの世界のものが混ざり合い、そして完全に融合しきっていない為に混乱しているのだろう。

 響鬼も電王も、近くには見当たらなくなっていた。彼らも自分も多少なりとも戦闘員の数に流され、離されてしまったのだろう。

 ふと見ると、今カブトが立っている斜め後ろの一角から、戦闘員達の囲みが崩れ始めていた。

 しかし不思議な事に、戦闘員と戦っている者の姿が、一向に見えない。

 ファイズアクセルフォームならば、姿を見せずにそうして敵を殲滅する事も可能だろう。だがアクセルフォームがその高速移動能力を維持できる十秒は、とうの昔に過ぎ去っている。

 それであれば、ワームと大ショッカーとの仲間割れという可能性も、低いとはいえゼロではない。

 そしてもし仲間割れをしているのだとしても、天道はワームを、一匹たりとも生かしておくつもりはない。

「クロックアップ」

『Clock Up』

 ベルトの脇部に備え付けられたスイッチを押し、カブトはクロックアップの機能を起動した。

 途端に周囲の時の流れは、まるで自分以外が全て凍りついたかのようにゆったりとする。

 そして、カブトは見た。眼前にいる男を。仮面ライダーカブトを。

 何だ、ワームの擬態か? そう思うと、目の前のカブトは声を発した。

「また俺の擬態か。いい加減しつこいな」

 天道が怪しんだのと同じ事を、目の前のカブトが口にした。

 その声は天道のものではなかった。という事は、カブトに変身している者は、天道とは別人、擬態でもない。

「俺が擬態、ワームだと、馬鹿馬鹿しい」

「ほう。どうやら違うようだな。しかし何故、カブトがもう一人いるんだ?」

 吐き捨てるように天道が口にすると、カブトは感心したような不思議そうな、やや明るい声を出した。

「お前、リ・イマジネーションか」

「……何だそれは?」

「事情を話してやるからクロックアップを解け。この世界の時空間は歪みがひどすぎて、制御が難しい。狭間や虚数空間に落ち込んで抜け出せなくなってしまうかもしれん」

 もう一人のカブトは、天道の言葉にやや俯き考え込んだ後、首を何度か横に振った。

「悪いが無理だ」

「どんな事情があるかは知らんが早くしろ」

「壊れてて止まらないんだよ」

「…………何?」

 もう一人のカブトの言葉に、天道は首を傾げた。クロックアップには制限時間がある。長時間連続で使用し続ければ、使用者の体に多大な負担がかかるからだ。

 そのクロックアップの制御機構が壊れて止まらなくなってしまったというのであれば、使っている者の体もただでは済まない筈だった。だのに目の前のカブトはピンピンとしている。

「もうずっと止まらない。俺はもう、この時間の流れから抜け出せないだろう。せめて、あんた達が戦ってる手助けを陰ながらする位しかできないな」

 言ってカブトは肩を竦めた。

 何でもリ・イマジネーションの影響、という事で片付けてしまうのは面白くなかったが、現に彼は今こうして目の前で元気だ。そして今はその原因を究明している時間もない。それよりも、この状況を何とかする方が先だった。

「……悪いが、そう簡単に楽をさせてやるわけにもいかん。人手が足りないんだ。さっきも言ったが、ここの時空間はひどく歪んでいる。それを利用してうまくすれば、あんたを出してやれるかもしれないが、失敗すれば俺達は何処か分からない流れの中に飛ばされて、二度と出られなくなるだろう。どうする?」

「俺はどっちにしろこのままじゃ出られないんだ、もし出られるかもしれないなら賭けてみたいとは思う。だが、それにあんたまで付き合う事はないんじゃないか?」

 そのカブトの言葉を聞いて、天道はふっと笑いを漏らした。

 そして、左手を高く、天に掲げる。

「俺は、天の道を往き総てを司る男。俺が進む先に道は出来ていく。それを遮る事は、何人たりとも出来ん……!」

 その左手に、彼は己の未来を掴み取る。ハイパーゼクターが時空を超え現われ、天道はそれを、ベルト左脇に装着する。

「ハイパーキャストオフ」

『Hyper Cast Off――Change Hyper Beetle』

 天道がハイパーゼクターのホーンを一度押し込むと、彼のヒヒイロカネのアーマーに光の帯が走り、それが上に下に流れて、流れた後に再構成された装甲が現れた。

 それを見たカブトは、思いもしなかった展開にただ驚いているようだった。彼の知らないカブトの姿――カブトハイパーフォームが、その眼前に姿を現していた。

「さて、行くぞ、しっかり掴まっていろ」

 言ってハイパーカブトは、右腕をカブトの腰に廻し抱え、左手でハイパーゼクターを一度タップした。

『Hyper Clock Up』

 背部アーマーが展開し、光を受け虹色を帯びた羽根が展開する。天を翔け、時をも越える為に。

 クロックアップやハイパークロックアップは、通常の時間流で行うのならば問題なく制御可能だ。だが、今のように歪んだ時間流の中で行えば、制御に失敗すると歪みに己を捻じ切られたり、虚数空間へと転移して戻ってこられなくなるような可能性も考えられる。

 だが、歪んでいるという事は、割れ目、裂け目のようなものも生まれているかもしれない。

 ハイパークロックアップが時間流の歪みを拡大させれば、このカブトをクロックアップの時間流から引きずり出す事が出来るかもしれない、と天道は考えた。

 問題は、それによって起こる衝撃が計算できないという事だ。カブトはおろかハイパーカブトも耐え切れない事も十二分に有り得る。

 かもしれないとか有り得るなどといった不確定要素だけで動くのは天道の主義には反していたが、背に腹は換えられない。

 ハイパーカブトがカブトを抱えて飛ぶ。天道は必死に探し続けていた。裂け目、割れ目を。

 じきにそれは見つかった。止まっているようにしか見えない時の流れの中、一部分だけが、ハイパーカブトと変わらずに動いている。戦闘員達の脚が、せわしなく動き回っている。

 机の引き出しほどの隙間だった。それを目がけ、ハイパーカブトは飛んだ。

 衝撃があり、光が炸裂した。ライダーシステム内のタキオン粒子の流れを、周囲の空間の維持と防御に回せるだけ最大限に回す。押しつぶされそうな圧力がハイパーカブトの装甲を襲っていた。

 やがてふっと負荷が消え、カブトとハイパーカブトはもつれ合って、戦闘員達の頭上に落下した。

 勿論二人とも、中空で体勢を整え、戦闘員達を踏み散らかしてから綺麗に着地をする。

「驚いたな、本当に戻ってこられるとはな!」

 叫んだカブトの装甲はそこかしこがへこみ、ベルトからも少々火花らしきものが飛んでいた。

 どうやら異常な圧力と衝撃で、クロックアップシステム自体が完全に壊れてしまったのかもしれなかった。

「……そのままだと、ライダーシステム自体が壊れそうだな。一時撤退するぞ」

「了解した!」

 意気揚々とカブトは答え、二人は一直線に、一つの方向へと向かって囲みを破り始めた。

 

***

 

 ワタルはひどく困惑していた。

 見も知らぬ怪物達が溢れ出し暴れだしてから、部下達の様相は一変した。

 皆、見慣れないオーロラが辺りを覆って後、心を忘れたように、まるで獣のように暴れだしてしまったのだ。

 ファンガイアは獣ではない、十三魔族の頂点に立つ誇り高き種族だ。人間と同等か、それ以上の知能と理性と、人にはない高い魔力を持っている。

 だが今はワタル以外の誰もが、それを忘れたように辺り構わず殴りつけ壊し、引き裂いていた。

 怯え逃げ惑う人間達が幾人もファンガイアの爪にかかり、見も知らぬ魔物とファンガイアが戦っている。

 一体何が起こったのか、どうすればいいのか。

 ワタルは訳も分からず、キバの鎧を纏い、見知らぬ魔物達と戦い、部下達からの攻撃を避け続けていた。

 ある時魔物達はふっと消え、凶暴さをむき出しにした部下達だけが残った。

 ついさっきまでワタルを支えてくれていた部下達だった、攻撃は出来ない。ワタルは逃げ出した。

 裏路地を選び走り続け、どれくらいが経ったろうか。辺りはもうすっかり暗かった。

「ワタル、おい……大丈夫か?」

「うん、大丈夫だ、キバット……僕は王なんだ、これ位大丈夫……」

 辺りに気配はない。やっと脚を止め、キバは壁にもたれて息を吐いた。

 天を仰いだキバの顎を止まり木から見上げて、キバットも一つ溜息を吐いた。

「一体何だってんだろうな、こりゃ……。訳が分からんぜ」

「何とか、何とかしないと……みんなを、元に戻さなきゃ」

 キバは言って、小さく壁を打った。コンクリートの壁は軋みもせず、鈍い音を立てただけだった。

「何とかするったってなあ……」

 溜息混じりにキバットが弱音を吐くが、答えたキバの声はしっかりとしていた。

「……あのオーロラだ。キバーラは、あれを使っていなかったか?」

「あ……そうか! でもキバーラを探すっていってもな……」

「弱音を吐くな、キバット。僕達が頑張らないと、どうしようもないんだぞ」

 父を倒し、門矢士と小野寺ユウスケが去って以来、ワタルはすっかり王としてふさわしい心の強さを見せるようになっていた。いじけたような弱音を吐く事もあるが、それもキバットの前でだけだ。

 うまくいっていた筈だった。だがその調和は、突然、何の前触れもなく崩れ去ってしまった。

 呆気ないもんだ、とキバットはまた溜息を吐いた。

 キャッスルドラン付近はキバットの散歩コースだ。大体の道を把握しているが、先ほど角を曲がると、全く知らない風景が広がっていた。何が起こっているのかは不明だが、得体の知れない何かが起こっているのは明らかだった。

 その時、ふと、何かが聞こえた。

 何か金属で、硬いものを殴りつける音だ。それが次々に耳を打ち、近づいてくる。

 まさか皆、今度は、仲間割れでも始めてしまったのだろうか?

 そう思い、いてもたってもいられず、キバは角からそっと、路地の表を覗いた。

 そこに居たのはキバの部下フロッグファンガイアと、知らない戦士だった。

 戦士は赤い服、銀の鎧に、騎士のような鉄仮面を身につけていた。片手に青龍刀のような刀を持ち、それを用いてフロッグファンガイアの振るう剣と斬りあっている。

 フロッグファンガイアはワタルのバイオリンの師だった。決して態度が優しかったわけではない、稽古は厳しかったが、彼は音楽を愛し、バイオリンを愛していた。

 ワタルは最初、嫌々バイオリンを弾いていたのだ。誰にも近寄ってほしくなかったし、最初のうちは音もまともには出せず、何が楽しいのかなど分からなかった。だが彼は熱心だった。根気強く、彼は厳しい指導を続けた。

 そんな彼が何故どうして、あんな暴れ方をしなければならないのだろう?

「あっ、おいワタル、どうする気だ!」

 何も考えず、キバは駆け出していた。斬りあう二人の只中に割って入り、赤い騎士の腕を掴んでいた。

「やめろ、やめろ、やめろっ!」

「わっ、な、何だお前!」

 そうして二人が揉み合う間にも、フロッグファンガイアは手を止めなかった。彼の剣はキバの背中の甲冑を叩き斬り付け、乾いた金属音が何度も何度も起こった。

「おいお前、どいてくれ、邪魔するな!」

「うるさいうるさい、やめろったらやめろ!」

「おいこらワタル、もう駄目だ、お前がやられちまう!」

 キバットの言葉にもキバは耳を貸さなかったが、背中を蹴りつけられ、赤い騎士ともんどり打って地面を転がった。

「……王の、命令だ…………。やめろ、やめるんだ!」

 立ち上がりキバは叫んだ。よく通る凛とした声には、涙が混じっているように思われた。

 フロッグファンガイアはその声を聞くと、構えは崩さないものの、動きを止めた。そのまま両者は暫く睨み合う。

「グゥオオォウ……ガアアァァァッ!」

 突然、フロッグファンガイアは獣のような雄叫びを上げると、踵を返し駆け出していった。

「待って……!」

「やめろワタル!」

 後を追おうとしたキバが、腰のキバットに窘められ動きを止める。

 中途半端に上げた右腕をキバは、ゆっくりと下ろした。腕は力なくだらんと垂れ下がった。

「なあ……今の、あなたの、知り合いか?」

 後ろの赤い騎士が声をかけた。キバはきっと振り向いて赤い騎士を見たが、言葉は発さなかった。

「だとしたら悪かったよ。でも僕も、突然襲われたんだ」

「……分かってる」

「見たところあなたも仮面ライダーっぽいけど……一体何が起こってるんだ? 何か知ってる事はないか?」

 赤い騎士の問いに、キバはふるふると首を横に振った。

「……まあ、そうだよな」

「心当たりは……ある。キバーラと……ディケイドだ」

「……ディケイド、門矢士か?」

 赤い騎士は驚いたのか、声が上ずっていた。この知らない騎士が門矢士を知っている事に、キバとキバットも驚いていた。

「予言された。ディケイドはいずれ世界を滅ぼす悪魔だと。僕はディケイドに助けてもらった、そんな事信じちゃいなかった。だけど、他に思い当たる事はない」

「僕も……助けてもらった、一緒に戦った。そんなの、信じられない……」

 如何にも信じられないといった風情で、赤い騎士は肩を落とし、首を小刻みに横に振った。

「おいワタル、まずは、ディケイドを探さないか?」

 キバの腰のキバットが声を上げた。キバも赤い騎士も、不思議そうにキバットを見た。

「本当にディケイドが原因ならどっかにいるし、関係ないなら探しても見つからないだろ」

「でもキバット、門矢士はユウスケ達と一緒に別の世界に行ってしまった」

「だーかーら、あいつが何か原因なんだったら、戻ってきてるだろきっと。あいつが全宇宙の支配者! 離れた星も自在に操る! なーんて凄い力を持ってるなら別だが、見たところそこまで全能でもないだろ、ありゃ」

「そうか……よし」

 キバットの言葉に、キバはしっかりと頷いて歩き出した。当ては全く無いが、とにかく探すしかない。

「待ってくれ、僕も、一緒に行っていいか?」

 赤い騎士からそう声をかけられ、キバは振り向いた。

「正直な話をすると、僕、あんまり戦い慣れていないんだ。ライダー裁判で二三回戦っただけだし……」

「……裁判?」

「そう裁判……って、知らないんだ。この話はちょっと長くなる。今ここまで逃げてくるのも、結構やばかったんだ。それに、士にも会いたい。僕も一緒に探させてくれ」

 特に断る理由もなかったので、キバが頷いてみせると、赤い騎士は安心したように肩を窄めて息を吐いた。

「ああ、良かった。あ、名前まだ言ってなかったな。僕は、辰巳シンジ。仮面ライダー龍騎だ」

「シンジか。僕はワタル、こいつはキバットだ」

「おう、宜しくな、シンジ!」

 威勢のいいキバットの挨拶に、シンジはぺこりと一つお辞儀をした。

「前に士達が来たときに、それまで喫茶店だった場所が写真館になった事がある。士達が消えたら、そこも喫茶店に戻ってた。まずはそこを目指してみないか」

 シンジの言葉にワタルは頷いた。そういう手がかりがあるのであれば手っ取り早い。

 二人は人気の無い道を歩き出した。あちこちで何かが燃え、何かが崩れ転がっている。彼らの歩いた後を、乾いた風が渡っていった。



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(10)愛に時間を

推薦での紹介ありがとうございます☺


 暫く走り続けると、道幅が広くなり街灯の数が段々と減っていった。

 ガードチェイサーが走り、その後ろに尾上タクミのオートバジンが続く。

 角を曲がる度に、知らない風景が広がる。

 ここは何処なのだろう。夏海は今の己の立ち位置を、見失いそうになる。

 既に目的地は告げてあり、ガードチェイサーにはその目的地を目指してのナビゲーション機能が働いている。

 ヘッドライトが、闇に沈んだ路面を照らし出す。

 夏海が分かるのは、耳をつんざくような風の唸りだけだった。

 既に山道に入っている。カーブを曲がると、ヘッドライトの明かりが人の脚を照らし出した。

「……!」

 ガードチェイサーが車体を横に逸らし、急停車する。反動で夏海は、ヘルメットをG3‐Xの背中にしたたかに打ち付けた。

 後ろで急ブレーキの音がした。尾上タクミも、バイクを止めたようだった。

 幸い、首は何ともないようだった。G3‐Xの背中から覗き見ると、その脚はシルバーと黒のプロテクターで覆われていた。

「……あなたは」

「ええと、夏ミカンだっけか。何処へ行く気だ? まあ、お前が何処へ行こうと、どうでもいいけどな」

 声がした。その声に、G3‐Xも尾上タクミも、はっと顔を上げた。

「お前……門矢士?」

「そうだ、門矢士だ」

 言われてG3‐Xは、ガードチェイサーのヘッドライトを門矢士を名乗る男へと向けた。

 そこには、黄色いディケイドが立っていた。

「どうやら俺の知り合いとは違うようだな」

「そうだろうな、お前と知り合うつもりはない。今すぐ消えろ、ライダー共!」

 言ってディケイドは歩き出した。G3‐Xはバイクから降りると、後部コンテナのスイッチを操作し、彼の武装――GX‐05ケルベロスを取り出しセットし、構えた。

 夏海がバイクから降りると、尾上タクミが駆け寄ってきて、道脇まで誘導してくれた。その後彼は、持っていたアタッシュケースからベルトを取り出し、ファイズフォンにコードを入力した。

『Standing by』

「変身!」

 そしてファイズフォンをファイズギアへとセットし、構える。

『Complete』

 フォトンブラッドが流れを作り、スーツを形作っていく。そこに、仮面ライダーファイズが現れる。

「夏海さん、危ないからもっと離れて! いいね!」

 夏海が頷いたのを確認するとファイズは、オートバジンへと駆け寄っていき、そのハンドルを引き抜いた。

「どうした、撃てよ」

 裏返しにカードを左手で持ちながら、ディケイドはG3‐Xへと歩み寄っていた。

「撃たないんならこっちから行くぞ」

 ディケイドは立ち止まり、ライドブッカーをソードモードに切り替え、右手に構えた。

「うおっ!」

 そこへ、光弾が何発か、続けざまに撃ち込まれる。

 ファイズが、フォンブラスターを構えてディケイドを撃っていた。

 G3‐Xも、この隙に引鉄を引こうとしたその時。

『Form Ride Agito‐Storm』

 コールが響き、ディケイドの姿が消えた。

「芦河さん、上っ!」

 ファイズの声が響いた。見上げると、黄色いディケイドが、一体何処から取り出したのかハルバードを振り上げ、高く高く跳躍していた。

「くそっ!」

 あの声はアギトストーム、とコールされた。それならば、奴の力は、超越精神の青のフォームのものになっている。

 だが如何にスピードに優れたストームフォームでも、空中で自由落下中にケルベロスの射撃を躱せはしない。ショウイチはアギトだから分かる。

 狙いを定めG3‐Xは引鉄を引いた。アンノウンを殲滅する力を秘めた弾丸が、毎秒三十発の猛烈なスピードでディケイドへと放たれる。

 だが。

 G3‐Xは射撃を止め、体を捻って倒れこみ、転がった。次の刹那、彼が立っていた地点を、ディケイドの振るうハルバードが抉った。

 援護の為ファイズが走り込み、ファイズエッジでディケイドに斬りかかる。

 信じられなかった。G3‐Xは、ケルベロスをその場に置いて、立ち上がった。

 ディケイドは、ストームハルバードを高速で回転させる事で全ての弾丸を、弾いた。

 そんな事が出来るとは、実際に目にした今でも信じられない。ショウイチは、自分がストームフォームになったからといって、それが出来るとは思えなかった。

「うおおおぉぉおっ!」

 走りながら、左腕に格納されたGK‐06ユニコーンを取り出し構え、斬りかかる。

 だがディケイドは構えていなかった。カードをドライバーにセットしていた。

『Attack Ride Ongekibou‐Rekka』

 そのままディケイドが両腕を広げ上げると、ユニコーンと、その向かいから斬りかかっていたファイズエッジが、ディケイドの腕に握られた太鼓の撥のようなものに受け止められた。

「どうした、もうちょっとまともに戦ってみせろ」

「何を……!」

 言うとディケイドは両手を一度軽く引き、振り上げた。斬りかかっていた二人の勢いは殺され、弾かれる。そこに、太鼓の撥の先から発生した火弾が飛来した。

「うおっ!」

「うわあっ!」

 G3‐Xとファイズは火弾をまともに食らい、それぞれ別の方向へと吹っ飛ばされ、地面に転がった。

「何だ、もう終わりか。まあ、俺はライダーが消えればそれでいいけどな」

「良くありません!」

 高い声が響いた。ディケイドは、声の方向を見た。

 考える前に体が動いていた。夏海は近くまで駆け寄って、体全体を使って、叫んでいた。

「やめて下さいこんな事! なんの意味があるんですか!」

「意味? そんなものは知らないな。俺の目的はライダーを全部消す事だ」

 ディケイドの声は冷え冷えとしていた。感触はつるりとしていて、触れない。夏海は何度も首を横に振った。

「みんな……みんな、誰かを守りたくて、笑っていてほしいから戦ってるんです! それを、何の理由もなく壊すなんて、許せません!」

「……許せなかったら、どうするっていうんだ?」

 ディケイドは歩き出した。夏海に向かってだ。夏海は二三歩後退ったが、何度も首を横に振る事は止めなかった。

「いけない……夏海、さんっ!」

 夏海側に吹き飛ばされていたファイズが起き上がり掴みかかるが、ディケイドは最早彼を相手にしていないようだった。

 ライドブッカーを袈裟懸けに振り下ろしてから水平に払うと、ファイズの腹目がけて蹴りを入れる。

 先程のダメージが残り動きが覚束ないファイズは、攻撃を全て避けきれずに呆気無く吹き飛ばされ、その拍子にベルトが外れたのか、地面に叩きつけられて姿が尾上タクミへと戻った。

 逃げなければいけないとは思った。だが夏海は、逃げたくないとも思った。

 強く力を込めて睨みつけるが、ディケイドが歩み寄る速度は変わらなかった。

 夏海が振り下ろしたままの両手を硬く握ると、ディケイドの向こうからエンジン音が近づいてきた。

 それは、急激に大きくなり、そしてディケイドの後ろで、バイクが高く舞った。

「うおおおおおおりゃあああぁぁぁっ!」

「うおっ!」

 ディケイドが横に転がって避け、今まで立っていた地点に、バイクが着地した。

「夏海ちゃん!」

「……ユウスケ!」

 そしてすぐ後ろから、もう一台バイクが走ってくる。そのバイクは夏海の横を通りすぎると、暫く先で急停車し、こちらに向き直った。

「お前達、どけ!」

 鋭い声に夏海は道の端まで走り寄った。彼女を追いかけるように、電子音声が響く。

『Thunder』

 バイクを取り巻くように青い雷がスパークし、搭乗者――仮面ライダーブレイドを照らし出した。

 バイクが高く飛び上がる。そのタイミングで、ディケイドの足元に、G3‐Xがケルベロスの弾丸を浴びせた。

 脚を止めたディケイドを、雷の力を纏ったバイクが押し潰し、轢き倒した。ブルースペイダーは着地すると、暫く前に滑り、止まった。

 倒れたディケイドを、ブレイドは無言で見守り、目は離さないまま、バイクから降りた。

「……おいおい、痛いだろうが……。ったく、あんたも懲りないな」

 暫くの後、呟きながらディケイドは立ち上がった。多少ふらついてはいたが、しっかりと。

「ユウスケ!」

「はい!」

 叫んでブレイドは左腕のアタッチメントのカードホルダーを展開し、答えたユウスケは構えを取った。

「変身!」

『Absorb Queen,Evolution King』

 二人を包んだ光が、辺りの闇を一瞬明るく塗り替える。光が已むと、そこには赤のクウガと仮面ライダーブレイドキングフォームが立っている。

 クウガは拳を、キングフォームはキングラウザーをそれぞれ構える。ディケイドは二人を順番に見ると肩を竦めて、両手を合わせてぱんぱんと払った。

「何回やっても同じ事だと思うがな。あんたは俺に勝てない。そっちの雑魚は言わずもがなだ」

「なっ……雑魚⁉」

「落ち着けユウスケ。あいつのペースに乗るな」

 指さしで指名され、クウガがいきり立つが、制するブレイドの声は低く落ち着いていた。

「お前こそ、俺を殺す事はできない。それなら、最後に勝つのは俺だ」

「どうかな?」

 答えないでブレイドはキングラウザーを下段に構えて駆け出した。ライドブッカーのソードモードはキングラウザーの斬撃を受け止めるには華奢すぎる。ディケイドはやや後方に跳び、続けざまの打ち込みを回避した。

 構わずにブレイドは剣を振るい続ける。ディケイドは再度、やや後方に飛んだ。

「ユウスケ!」

「うおおおおおおりゃああああああっ!」

 着地点を目掛け、駆け出したクウガのソバットが飛んだ。避け切れずディケイドは、左腕を上げて蹴りをガードし、そのまま大きく右へと吹っ飛ばされる。

 そしてそこに、G3‐Xの銃撃が浴びせられようとする。

『Attack Ride Magnet』

「え、ええっ、うわあああぁぁっ!」

 急に強い力に引っ張られ、クウガが宙を舞った。急停止すると、丁度G3‐Xに背中を向けてディケイドを庇う形になる。G3‐Xは慌てて手を止めた。

 クウガは慌てて跳び退ろうとするが、体が何かに吸い付けられたように動かない。

 ディケイドがクウガ目掛けライドブッカーを振り被るが、その斬撃は横合いからキングラウザーに阻まれる。

「ちまちまと小細工ばかり……小賢しい」

「ふん、頭を使ってると言え」

 暫しの鍔迫り合いが続いた後、キングフォームの膝蹴りをディケイドがまたも後ろに飛んで躱す。

 マグネットの効果が切れたのか、急に動けるようになったクウガは二三歩よろけて後退り、体勢を立て直してディケイドに向かい構えた。

「お前は空っぽのくせに、いきなり大きな力を与えられて、それを面白がっているだけだ。おもちゃではしゃいでる子供のようなものだ」

「おもちゃか、それはそうかもしれないな。お前等は弱すぎて、そうやって遊ぶ以外使い道が無い」

 ブレイドの指摘にも、ディケイドは全く動揺の色を見せなかった。

「俺達は……お前の、おもちゃなんかじゃない!」

「ディケイドに作られて、もうすぐ世界と一緒に消える運命のお前が、ディケイドのおもちゃじゃなくて何だと言うんだ」

「うるさい……違う、士の声で、そんな事を言うなっ!」

 クウガは駆け出して、闇雲にディケイドを殴りつけようとした。

 だがそんな攻撃が当たる筈もなかった。拳はディケイドのガードに阻まれて届かず、がら空きになった胴にミドルキックが入る。

 ディケイドの追撃は、ブレイドに阻まれる。キングラウザーの中段からの突きを、ディケイドは横に跳んで躱した。

「あんたの相手も面倒になってきたな、さっさと終わらせるとするか」

「……何だと?」

「あんたは切り札を使えない、このままじゃ戦いが終わらないだろう?」

 ディケイドの言葉に、クウガはブレイドを見た。

 言われてみれば、ブレイドは融合したアンデッドの力を使った、通常フォームのカードをラウズするに当たる攻撃を使用していない。

 確実に当てる事を期してかと思っていたが、他の理由があるというのだろうか。

「……あいつは、俺の攻撃を無効にするカードを持っている」

「えっ」

「お前の力がどうしても必要だ。いいか、奴の攻撃は俺が防ぐ、お前は封印の力を込めたキックを、確実に奴に叩き込む機会を伺うんだ」

 低く小さな声でブレイドがクウガに告げる。

「さて、この前のお返しといこうか」

『Kamen Ride Faiz‐Blaster』

 ディケイドがまた一枚カードをドライバーにセットすると、ディケイドの横に、一人のライダーが現れる。

 ファイズブラスターフォームが、ファイズブラスターを右脇に抱え、ディケイドの脇に控える。

「それ、コンプリートフォームの……!」

「このドライバーは、ケータッチとかいうあの使い辛いツールの開発データを元に作られたんだ、別に驚く事じゃないだろう」

 驚くクウガにディケイドは平然と言い放ち、もう一枚カードをドライバーへとセットする。

『Final Attack Ride Fa‐Fa‐Fa‐Faiz』

「逃げろ!」

『Metal』

 ブレイドが叫ぶのと、彼の右膝が輝くのは同時だった。クウガが横に飛び、ディケイドの構えたライドブッカーとその後ろのファイズブラスターから、高出力のエネルギー砲が放たれる。

 光はブレイドの立っていた地点で滞留し、膨らんで広がる。強い爆風が起こり、やや離れた場所に退避していた夏海も風に煽られ、小さく飛ばされる。

 やがて光が収束し消え、抉り取られ割れ飛び散ったアスファルトが姿を見せた。

 その向こうに、変身を解除された剣崎一真が倒れ込んでいた。

 それを満足そうに眺めてディケイドは、一枚のカードを取り出して、彼に歩み寄っていった。

「おい、これが分かるか。懐かしいだろ?」

 言ってディケイドは、そのカードを剣崎一真に示してみせた。剣崎は頭を上げたが、ダメージが大きすぎるのか、立ち上がれない様子だった。

「それを…………何故、お前が!」

「あまり大ショッカーを舐めない方がいい。こんなものを用意するのは訳ない事だ」

 ディケイドの手にあったのは、コモンブランクと呼ばれる、鎖が描かれた、トランプほどの大きさのカードだった。

 クウガもそれをブレイドの世界で見た事がある。そのカードをブレイドが投げると、アンデッドが吸い込まれ封印されて……。

「別に殺さなくたって、あんたを黙らせる方法はあるんだぜ?」

 驚きに目を見開いたまま、剣崎は体を後ろに引こうとするが、力が上手く入らないのか体を支えた肘を滑らせ、倒れ込んだ。

「さて、あんたはどんなカードになるんだ?」

 言ってディケイドは、右頬の横にカードを構え、投げようとした。

 その瞬間だった。何もない虚空に、紅い円錐形のポインターが出現した。

「何……!」

「やあああぁぁぁああっ!」

「うおおおおおぉぉぉっ!」

 闇を切り裂いてファイズが跳躍する。やや離れた山側でG3‐XがケルベロスとGM‐01 サラマンダーを連結したランチャーを構え、引鉄を引いた。そしてファイズと別の方向から、ファイズと同じようにクウガがディケイドに狙いを定め、跳んだ。

『Attack Ride ClockUp』

 クリムゾンスマッシュとクウガのキックが炸裂するその刹那、ディケイドの姿は掻き消えた。

 標的を失ったファイズとクウガの元に、GXランチャーの弾丸が迫り、炸裂した。

 大きな爆発が起きる。横跳びにそれを逃れたファイズは、着地する前に吹き飛ばされた。攻撃をした者の姿は全く見えない。

「お、おい、うわあっ!」

 続いてクウガ、G3‐Xも、見えない力に吹き飛ばされる。

 剣崎の前に、再び、ディケイドが現れる。

「さっさとしないとあんたがまた起きたら面倒だからな。これでさよならだ」

 改めてディケイドはコモンブランクを構える。

「させる……かっ!」

 その右手に、クウガが飛びつき押さえた。

「おま……邪魔だ、離せ!」

「誰が、離す、かっ!」

「ユウス……ケ、いい、離れ……ろっ!」

「嫌だ、絶対に、嫌だ!」

 剣崎は怒りつけるように呻いたが、クウガは聞き入れなかった。ディケイドと尚も、その右手のカードを巡って揉み合いを続ける。

「離……せっ!」

 焦れたようにディケイドがクウガの腹に膝を蹴り入れる。クウガは背中を丸めたが、ディケイドの右手を離そうとしなかった。

「うおおお、おおおおっ!」

 体の中に眠る力を搾り出すように、クウガは呻いて、雄叫びを上げた。

 ディケイドの右腕と左腕の距離が段々と離れていき、そして捩じ上げられた右手首から、コモンブランクが落ちた。

 よろけながら剣崎は立ち上がり、ふらふらと脚を動かして、落ちたコモンブランクを拾い上げる。

「お前……このっ!」

「うおりゃあああぁぁぁっ!」

 ディケイドが体勢を立て直そうとし、重心を動かしたところをクウガは見逃さず、力任せに投げ飛ばした。ディケイドが激しく、背中から地面に叩きつけられる。

「……嫌い、なんだ」

 肩を揺らして大きく息をしながら、クウガが小さい声で漏らした。コモンブランクを手に持ったまま剣崎は、クウガを見た。

「あんたみたいに、自分を盾にしてとか、そういうの、大嫌いだ」

 ブレイドは攻撃を避ける事も出来る筈だった。それなのに自分一人で全て受けようとしたのは、自分以外に攻撃が向かないようにしたかったからだ。その後に出来る隙をクウガに託したから、それ以外になかっただろう。

 そんなのは嫌だ。ユウスケは、そう思った。

「あんたがいくら死なないからって、痛いだろう! そんなの嫌だろう!」

 押さえた声で、クウガは搾り出すように声を出した。剣崎は緑色の血に塗れたままで、ふと優しい顔をして、にこりと笑うと、首を小さく横に振った。

 ディケイドがゆらりと立ち上がる。クウガは向き直り、構えを取った。

「……ふざけるなよ、この、紛い物が!」

「お前だって、本物じゃないだろう」

「何だと!」

「門矢士は、俺を助けてくれて、俺が一緒に旅してきた、たった一人だけだ。士と一緒に旅した俺も、何処を探したって俺たった一人だ。俺はクウガの紛い物かもしれないけど、小野寺ユウスケは俺だけだ。だから俺は、俺の理由で戦うし、お前には負けない」

 クウガの声はしっかりと、凛としていた。

「お前の理由、だと?」

「みんなの笑顔を守る」

「そりゃいいな。じゃあ俺をもっと楽しませろ」

 はん、とディケイドは鼻で笑いながら、そう言った。

 それにクウガはいきり立たなかった。構えた腕をやや開いて腰を落とし、右足に意識を集中させる。

「駄目だユウスケ……そのやり方では、また返される……!」

 剣崎の言葉が届く前にクウガは駆け出していた。

「うおおおおおおりゃああああああっ!」

 気合と共に高く高く飛び上がり、ディケイド目がけて飛び込む。だがディケイドは冷静だった。

「全く、馬鹿の一つ覚えだな」

『Form Ride Faiz‐Accel』

『Final Attack Ride Fa‐Fa‐Fa‐Faiz』

 続けざまに二枚のカードをドライバーに装填すると、ディケイドの姿はまたもや掻き消え、代わりにクウガの動きが空中で急停止した。

「な……何だ!」

 クウガの周囲を、巨大な紅い円錐が五、六個でもって取り囲む。

 ポインターにロックオンされたのだ、と気付いた時にはもうどうする事もできなかった。身動きが取れない。

 ユウスケは防ぐ体勢を取り、仮面の奥で目を固く瞑った。

 すると、不思議な事に、自分が落ちているのを感じた。目を開けるが、すぐに地面に叩きつけられ、背中をしたたかに打った。

「え……」

 空には大きな閃光があった。そこには、見覚えのある怪物がいた。

「グゥオオオゥゥゥアアアアアアア!」

 ジョーカーと呼ばれていたその怪物は、鎌を手に持ち、それを振るった。そこに閃光が生まれて、ポインターはその力に呑まれ消滅していった。

「…………どういう……事だ」

 考える間もなく、ジョーカーは淡い緑色の光に包まれ、そのうち光そのものとなって、ふっと消えた。空から、一枚のカードが落ちてきた。

 クウガはそのカードを拾い上げた。緑色の紋章がそこには描かれていて、横に、JOKERと書かれている。

「お前のお陰で一番厄介な奴を片付けられた、礼を言うぜ」

 ディケイドがいつの間にか、やや距離を置いてクウガを見下ろしていた。

「流石の俺でも、死なないで何度も蘇られるのは少々厄介だ。お前がいなかったら、封印するのももっと骨が折れたろうな」

「…………貴様」

「何だ、封印の為のカードは一枚だけだとでも思ったのか?」

 クウガの手から、カードがひらりと零れ落ちた。刹那、クウガは距離を一気に詰め、ディケイドに左フックを叩き込んでいた。

「許さない、絶対に許さない!」

 当たろうが当たるまいが関係はなかった。闇雲にクウガはディケイドを殴りつけ続けた。

 ガードを無理やり押し切りこじ開け、殴り続けた。

 やがて当たった右の拳で、ディケイドは大きく後ろへ吹っ飛んだ。クウガは何も考えられず、肩で大きく息をしながらそれを見下ろした。

「……ちっ、面白くないな。だが今日は、剣崎一真がいなくなっただけで充分か。潮時だな」

 言い残してディケイドは後退り、駆けていった。

「待て!」

「おい、小野寺! お前こそ待て!」

 クウガが振り向くと、そこには装甲が割れ、へこみ、ぼろぼろになったG3‐Xが立っていた。

「……あんた、芦河、ショウイチ?」

「そうだ。落ち着け、小野寺。お前は助けてもらった命をそうやって投げ捨ててどうするんだ」

「……!」

「まだ事情が分からんが、お前一人で奴に勝てるのか? 奴を倒さなくちゃならないんだろう? 冷静になれ!」

 怒鳴られてクウガは、急にしゅんと肩を落とし、俯いた。

 クウガは変身を解いて、姿は小野寺ユウスケへと戻った。ユウスケは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、左腕で拭った。

「小野寺、俺達も戦う。だから、門矢士に会わせろ」

 ショウイチの言葉にユウスケは頷いたが、またすぐ下を向いた。

 どうして、どうしてだ。

 剣崎一真が最後に見せた笑顔が思い出されてならなかった。きっと、あんな人懐っこそうで、優しい顔で笑っている人だったのに、笑えなくなったんだ。そう思うと、たまらなく悲しかった。

 ユウスケはまた、左腕で顔を拭った。戦いが終わったのを見て出てきた夏海が、落ちていたジョーカーのカードを拾い上げた。

 

***

 

 テーブルを激しく拳で叩く、乾いた音が、大きく響いた。

 乾巧がテーブルの横で握りしめた拳をテーブルに置いたまま、信じられない、と顔に書かれた言葉を読み上げられそうな表情をしていた。

「……あいつが、封印、だと? そんな馬鹿な話があるか!」

 横で城戸真司が悔しそうに顔を歪めて俯いた。

 長い夜は明け、朝の光が部屋には差し込んでいる。紅渡は厳しい顔のまま目を細めて、一枚のカードを乾巧が殴りつけたテーブルに置いた。

「剣崎さんを一人にすべきではなかった。僕の責任です」

「……どういう意味だ、そりゃ」

 テーブルに置かれたカードは、ブレイドが使っていたラウズカードと呼ばれるカードによく似ていた。緑色の紋章が描かれ、カードの上下脇にはJOKERと記されている。

 渡の言葉を受けて、巧は怪訝そうに渡を見た。

「あの人は命を投げ捨てる事なんて、何とも思っていなかった。いや、望んでさえいたのかもしれない。放っておけばこうなる事は分かっていた」

 言いながら、渡の顔も悔しさからか歪んでいた。

「……何でそんな、そんな事するんだよ」

 真司は俯いたままで、固く拳を握りしめて、そう吐き出した。

 やりきれない気持ちを叩きつける場所は、今は何処にもない。

「人の事散々甘い甘い言っておいて、結局あいつが一番甘いんじゃねぇか」

「……僕も、そう思います」

 巧の言葉に渡は頷いて、もう一度カードを手に取り、目を細めてそれを見つめた。

「剣崎さんは死んだわけじゃない……今の僕達には分からないけれども、もしかしたら、元に戻す方法があるかもしれません」

「……何で、そんな事が言える?」

「ブレイドのいた世界は、封印されていたアンデッドが人の力で解き放たれ戦いが起こった。それなら、封印されたアンデッドを解き放つ方法は、必ずある筈です」

 渡の言葉に、真司も巧もはっと顔を上げた。

 

***

 

 ユウスケは、窓際に置いてある椅子に腰掛けたまま、顔を上げない。

 夏海は士が横たわるベッドの横に置いてある椅子に座って、無言で士を見ていた。

 士はもう起き上がっていたが、やはり何も言わず、何かを考え込んでいる様子だった。

 ユウスケも夏海も、一睡もしていない。とても眠る気分になれなかったし、眠気も起きなかった。

「士君……」

「何だ?」

 声をかけると、士は夏海に振り向いて彼女を見つめた。

 何も面白くなさそうな、何にも興味がないような、いつもの飄々とした士の顔だった。

「私、あの……起きてて、体、もう大丈夫なんですか?」

「お陰様でゆっくり休んですっきりした。もう何ともない」

「本当ですか、無理してないですか」

「本当だ。それに、いつまでも寝てられる状況じゃないだろ」

 言って士は、夏海から視線を外して、ふっと窓の方を見た。夏海はその視線を追いかけなかったけれども、士がユウスケを見たのだろう事は分かった。

 芦河ショウイチは一度警視庁に戻ると帰っていった。尾上タクミは手当を受けて、今は別の部屋で休んでいる。

 あの後、四人はこの城に辿り着いた。士は眠っていたが、起きだして、芦河ショウイチと尾上タクミに、この混乱の元凶が己である事を告げた。

 そしてそれは全て、大ショッカーという組織が企んだものであるという事、もう一人の門矢士の事を。

 俄かには信じがたい話だったろうが、二人は既にもう一人のディケイドと遭遇していたから、信じると言ってくれた。全てを納得したわけではないのだろうけれども、確かに信じると。

 何よりもあなたを信じるから一緒に戦いたい、と尾上タクミは言った。士は、本当に嬉しそうに笑っていた。

 そして、来訪者を知って士の部屋を訪れた紅渡に、剣崎が封印された事実と経緯を告げた。

 夏海が知っている紅渡はいつも超然とした顔をしていたから、彼のあんな愕然とした表情を見るのは初めてだった。

 受け取ったカードを苦しげに見つめて、そうですか分かりました、と短く言って、渡は部屋を出て行った。

 ユウスケはあれから、一言も口をきいていない。何か問いかけても、首を縦か横に振って答えるだけだった。

 ノックの音が二三度して、ドアが開いた。まずステンレスのワゴンが入ってきて、その後からワゴンを押した津上翔一が部屋に入ってきた。

「皆さん、おはようございます。門矢さん、もう起きて大丈夫なんですか?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「良かった。じゃあまずは、朝ご飯にしませんか」

 二段になっているワゴンの上の段には、開いた焼き魚と玉子焼きに漬物の皿が、下の段には、おそらく味噌汁とご飯が入っていると思しき鍋とジャーが載っていた。

「そうだな、まずは飯だな。頂くとするか」

「そうそう、ご飯を食べないと力が出ないですからね。あ、俺も皆さんと一緒に食べてもいいですか?」

「構わん」

 士が頷いて、翔一は嬉しそうに笑った。声も明るい。

 そんな筈はないのだろうけれども、翔一だけが何も聞いていないのではないだろうかとさえ思えるような、陽気さだった。

 翔一は、ベッドとドアの間に置かれたテーブルに、食事をセットしていく。夏海も立ち上がって、手伝い始めた。

「さあ食べましょう。ご飯も味噌汁もおかわりありますからね。あ、小野寺さん、ご飯ですよ」

 翔一が席につこうとして、ユウスケに声をかけたが、ユウスケは答えなかった。

「おいユウスケ」

 士も声を掛けるが、ユウスケは動かなかった。小さく、声だけが聞こえた。

「……らない」

「何だ、もっとはっきり言え」

「いらないって言ってるんだ!」

 怒声を上げたユウスケの顔は、必死そうだった。必死に何かを探している、そうだ、自分が見つからないのだきっと。

 どうしたらいいのか全く分からない。夏海はユウスケのこんな顔を前にも一度見た事があった。八代藍が倒れた時だ。

「……じゃあお前にはやらん。俺がお前の分も食ってやる。お前はいつまでもそうやってメソメソしてろ」

 士はむっとしたようなびっくりしたような顔でユウスケを見ると、そう言って焼き魚に箸をつけ、口に運び始めた。

「士君、そんな言い方……」

「ああ美味い。津上の料理を食わないなんて、馬鹿のする事だ」

 夏海が窘めるが士は全く聞いていない様子で、焼き魚とご飯を順に口に放り込んだ。

「……ねえ、小野寺さん、知ってます?」

 再び俯いたユウスケは、翔一に声をかけられて、顔を上げた。何が、と言いたげな顔をしていた。

「剣崎さんってね、ああ見えて結構料理が得意なんですよ。意外でしょ? 皮剥きとか上手いから、よく手伝ってもらってました」

 箸と茶碗を持ったまま翔一は呟いた。だから何だ、と言いたげなうざったそうな顔で、ユウスケは翔一を見つめていた。

「津上の料理は美味いから、皆を笑顔に出来ていいな、って言ってくれました。そういうのに憧れるけど、そんな特技が何もないって笑ってた。門矢さんを倒さなきゃいけないっていうのはどうしても納得出来なかったけど、俺は剣崎さんの事、好きでした」

 翔一は箸と茶碗を置いて、まっすぐにユウスケを見た。嘘や同情などない、ただまっすぐな目だった。

 ユウスケは戸惑ったように目線を泳がせて、下を見た。

「何か失ったって、俺達は戦わなくちゃいけないんです。それに剣崎さんは死んだわけじゃない。俺は諦めません。小野寺さんにも、諦めてほしくない」

 翔一はきっぱりと言い切って、ユウスケを見ていた。ユウスケはしょんぼりとした顔をして、項垂れ、首を軽く横に二三度振った。

「……おいユウスケ」

 味噌汁を啜って口の中のものを飲み込んでから、士が口を開いた。ユウスケも翔一も、士を見た。

「カズマに会ったんだったな」

「……会ったよ、それが」

「分からないか。あいつらは何らかの理由で解放されちまったアンデッドを封印してたんだぞ。つまり、あいつらの世界になら解放する手段が残っているかもしれないって事だ」

 言われてユウスケは、はっとして士を見た。言われてみればそうだった、何故今まで気付かなかったのかが、寧ろ不思議な位だった。

「それなら……!」

「そういう事だ。飯を食ってカズマを探すぞ。うまくすればアンデッドを解放する装置か何かが、あの世界に残ってるだろ」

 味噌汁の椀を持ったままにやっと士が笑うと、ユウスケは立ち上がって士の隣の空席に座り、手を合わせた。

「いただきます!」

「……本当に単純な奴だな」

 士の皮肉げな言葉にも反応を見せず、ユウスケは無心に、勢いよく料理を口に運んでいた。

「元気が出たなら良かったじゃないですか。おかわりありますから、どんどん食べてくださいね」

 喉にご飯を詰まらせるのではないかと心配になるほど必死に食べるユウスケの姿を見て、翔一はまた、曇りがない陽気な笑顔を浮かべた。

 

***

 

 カズマを探して封印を解く方法を探す事を提案すると、紅渡は拍子抜けするほど簡単に、ジョーカーのカードを士に手渡した。

「是非お願いします、方法を探して下さい。剣崎さんはこの戦いに必要な人です。それに、もし方法がなかったとしても、それもラウズカードだ。僕がただ持っているよりも、ブレイドが持っていれば、何か役に立つ事があるかもしれません。渡してあげて下さい」

 渡されたカードをしげしげと観察する士を、渡は何を考えているのか読めない静かな顔で、じっと眺めていた。

「……何だ、俺の顔に何かついてるか?」

「別に。あなたが、剣崎さんを助けようとするのが意外だっただけです。剣崎さんを解放すれば、いずれまたあなたの命を狙うかもしれないんですよ」

 渡の口調は相変わらず淡々としていた。士は、にや、と不敵に笑った。

「そうかもしれないな。だが、この状況でユウスケがぐじぐじしているのはかなわん」

「なっ……、士、俺は別に……!」

「何言ってる、さっきまでこの世の終わりみたいなツラしてやがった癖に」

 照れたように反論しようとするユウスケを、士がいなす。その様子を見て、渡はふっと微笑を見せた。

「そっちこそ、俺を簡単に信用していいのか? こんな大事なモンを預けて」

「確かに、僕はあなたの人格がどうあれ、いずれ倒さなければならないと思っている。だがそれとは別に、あなたの人格は信用しています。小野寺君も一緒だし、心配はしていませんよ」

 紅渡はにこりと笑ってみせた。拍子抜けして士は、ふん、と答えた。

「この城は自由に使ってくれて構いません。次狼とラモンと力がいつでも居ますから、何か分からない事があれば彼等に聞いてください。尾上君も起きたようですし、僕は彼と一緒に戦いに出ますから、皆さんもお気をつけて」

「……えっ、だって紅さん、あんなに大怪我してたのに、大丈夫なんですか」

「こう見えて頑丈に出来ているんです。心配してくれてありがとう」

 夏海の疑問に答えて、にこりと優しげな笑みを浮かべると、紅渡はドアを出て行った。

 士達も、カズマの元へ向かうべくドアを出る。

「……おい、夏ミカン」

 先頭に立って歩く士が、前を向いたままで呼びかけた。

「何ですか?」

「お前、俺に何か話があるんじゃないのか」

「……えっ」

「だから来たんだろう?」

 士の問い掛けに、夏海は答えられなかった。

 確かに聞きたい事は沢山あったが、夏海の中でもまだ整理が付いていない、何から聞けばいいのかが分からない。

「…………士君は、自分の世界が見つからなくって、寂しくないですか」

 聞きたかった事とは全く別の質問が、思わず口から出ていた。士は脚を止めて、夏海に振り返った。

「今は、そうでもない。海東に昨日聞いた話だと、俺もディケイドライバーに作られたらしいからな。信じられん話だが、元々俺の世界なんてなかったんだろう。そう考えれば納得もいく」

 いつもと変わらない様子で口調で、士はそう言った。夏海はその顔を見つめて、切なさを覚えた。

「それに、今の所俺には、居場所があるからな。故郷のない、流浪の民ってとこだが、これはこれで悪くない」

 やや眩しそうに士が笑って、振り返ってまた歩き出した。

 士は決して自分を孤独だとは考えていない。それが夏海には嬉しかった。

 だが一つ、気がかりもあった。

 ――ディケイドが自らのあるべき世界を見出す事が出来れば、世界を作り続ける機能は止まる。

 ディケイドが属するべき世界が最初からないのであれば、あの言葉はどういう意味を持っているのだろうか?

 考え続けているが、一向に答えは出なかった。

 外に出てからユウスケは携帯電話を取り出して電話をかけようとしたが、繋がらなかった。

 カズマの連絡先は聞いていたが、今は携帯電話が通じなかった。基地局か中継局が破壊でもされたのだろう、通信を利用する機能は何も使えない状態だった。

「連絡がつかないなら、とりあえずあの世界でBORADがあった場所を目指すぞ」

「了解」

 既にマシンディケイダーに跨り夏海を後ろに乗せた士は、エンジンをかけてアクセルを回した。後ろからユウスケも続く。

 山道を降りる途中でも、街の所々から黒煙が上がっているのが見えた。

 津上翔一と乾巧、城戸真司が戻ってきていたのは、カブトの世界のZECTが協力してくれる事になったからだという。夜半から朝までずっと戦い続けていた彼等は、少しの間だけ休息をとれるようになったから帰ってきたのだと、翔一が話していた。

 どういう経緯なのかは謎だが、天道総司がZECTの指揮をとっているという。

 そして何故か、時間が経つにつれ、ひっきりなしに増え続けていたはずの大ショッカー兵の増え方が鈍り始めたのだという。

 街に入り走り続ける。破壊の跡があちこちに残っているが、大ショッカーの影は今は見当たらなかった。

 角を曲がれば全く知らない風景、だがそれは、いつか何処かで見たような気もする。マシンディケイダーがナビゲーション機能で記録していた道筋を辿り、BORADがあった筈の場所へと向かった。

 BORAD前には鉄条網でバリケードが張られ、ライフルを持った警備兵らしき男達が何人も立っていた。

 あまりバイクで近付くと撃たれる危険性もある。三人は近くでバイクを降り、歩き始めた。

「BORADってあんなもんも持ってたのかよ……。四条ハジメは戦争でもする気だったのか?」

「まあ、ブラックっぽかったからな、ライフル位あっても不思議じゃあるまい」

「士君、ブラック会社の用法が違いますよ。日本語に厳しい人に怒られちゃいます」

「だいたい合ってる、問題はない」

 三人とも両手を上げ、害意がない事を示しながら近づく。

「お前等、何者だ! ここは立入禁止だ!」

 警備兵の一人が大声で告げてきた。士がそれに答える。

「剣立カズマに用があって来た、チーフが来たと言え。もし今居ないなら、食堂の……何だったか、アイマイミーでも分かるはずだ!」

 それを聞いて男達のうち一人が、胸に提げた通信機で通信を始めた。暫くして、通信をしていた男が左腕を上げて、差し招く仕草をした。

「確認出来た。三人とも入っていい!」

 士達は両手を上げたままBORADの正門を潜る。玄関まで歩くと、入り口の自動ドアからカズマが出てきたところだった。

「チーーーーーズ‼」

 感極まったカズマが諸手を上げて駆け寄り、熱い抱擁をかわそうとするが、進もうとする彼の額を士の右の掌が阻んで叶わなかった。

「よう、久しぶりだなカズマ。それと、何度も言わせるな。俺はチーズじゃない()()()だ! そして更に言えば、今はもうチーフでも何でもない!」

「チーズはチーズじゃないか。さ、入って入って」

 カズマと共に三人は中へ入り、二階にある応接室のような部屋に通された。

 ソファとテーブルがあり、脇のサイドボードの上にはポットとコーヒー、紙コップが置かれている。後は白い壁に時計が掛かっているだけの簡素な部屋だった。

「でもチーズが元気になって良かった。この前は死んじゃうかと思ったよ。ホント心配したんだからな。今日は、わざわざ会いに来てくれたのか?」

 カズマがうきうきとした様子でコーヒーを用意する。

 一日中待ち続け、ようやく帰ってきた飼い主を見つけた犬のようなきらきらした目をして、カズマは早口で話していた。

「勿論お前に久しぶりに会いに来たのもあるが、今日は頼みがあって来た」

「何だ? 俺で力になれるんだったら何でも」

 人数分の紙コップをテーブルに置き、士の向かい、夏海の隣に座ってカズマは満面の笑みを浮かべた。

「剣崎一真を知っているか」

「え、あああの、ちょっと感じ悪いけど反則じみて強いブレイド」

「知ってるなら話は早い。奴が封印された」

「……えっ」

 一瞬カズマはまさか、と笑いかけて、その後に信じられないと言いたげに驚いた顔をして士を見た。

「あいつが、一体どうして⁉」

「話によるとお前も見たそうだが、黄色いディケイド、奴にやられた。俺達は剣崎一真を解放したい。アンデッドを解放する装置は残っているか」

 士の質問に、カズマは目に見える様子で落ち込み、項垂れた。

「……あれは、アンデッドが解放された直後に廃棄された。アンデッドがまた解放される事がないように、設計図とかのデータも全部、消去されてる」

「……そうか。それならそれで仕方ない。アンデッドが解放されちゃいけないんだから当然だ。落ち込むな」

 大して気にした様子もなく答えて士は、一枚のカードを取り出した。

「それは……」

「剣崎一真が封印されたカードだ」

 受け取ったカードを見て、カズマの顔色がさっと変わった。真剣な目つきでそのカードを眺めている。

「……ジョーカー」

「剣崎の仲間から、お前が持ってた方が役に立つかもしれないから渡してくれと頼まれた。取っとけ」

 カズマの世界では、ジョーカーは、全スートのカテゴリーエースの細胞と人間の細胞を組み合わせて作り出した改造実験体だった。

 彼もまた改造実験体だったのだろうか、それとも正真正銘本物のアンデッドだったのだろうか。それは最早分からない。

「何で、封印なんかされちまったんだろうな……あの人。アンデッドを解放したいと思ったの、初めてだよ」

 カードを見つめて、カズマは呟いた。カズマはやや目を眇めて、遠くを見ているような眼差しをしていた。

「全ての戦えない人の代わりに戦う、って言ったんだぜ。その誓いを忘れない限り、俺は仮面ライダーだって。それなら、戦い続けないと駄目だろ。まだ何も終わってないんだ」

「……お前が有益に役立てれば、多少戦ってる事になるだろ。どんな効果なのかは分からんが」

「…………四条が使った時は、ジョーカーに変身してたな。それはちょっと……」

 話しているところで、突然カップの中のコーヒーが揺れ出し、その後にテーブルががたがたと動き出し、そして座っていてもバランスを崩すほど床が大きく揺さぶられ始めた。

「なっ……何だ! 地震か!」

 ユウスケが叫ぶのを横目に、士は窓際まで四つん這いで移動し、窓から外を見た。

「ただの……地震じゃ、ないみたい、だな!」

 二階の窓からは、周囲の建物に遮られ、街の全容を見渡す事はできない。

 だが見える範囲だけでもあちこちに、あの銀のオーロラが、出現していた。

「また、始まりやがったか……融合が!」

 揺れが弱まったのを見計らい、士はよろけつつ立ち上がって駆け出した。

「あっ、おい士! 待て!」

 ユウスケと夏海、カズマも立ち上がり、士の後を追った。



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(11)危機

 嵐のうねりの様で、もっとかすれている。その音は大きく耳を震わせたかと思うと小さく弱まっていき、また、クレッシェンドの指示が書き込まれている楽譜を演奏しているかのように大きくうねる。何のものなのか分からない、轟音が天を震わせている。

 BOARDの正門にいた警備兵達は、突如湧きだした異形に銃弾を放っていたが、その銃弾は悉く跳ね返されていた。

 走りながらドライバーを腰に当て、カードを取り出し装填する。

「変身!」

 叫んでドライバーをクローズし、マゼンタのディケイド(破壊者)へと姿を変えた士は、ライドブッカーをソードモードに切り替えて、警備兵の一人に爪を振り下ろそうとしていた異形――ワームの蛹の背中を袈裟掛けに斬り付けた。

 後からクウガ、ブレイドも駆けてきて、それぞれに蛹と組み合い始める。

「士! どうするつもりだ!」

 蛹を蹴り付けながらクウガが叫んだ。

「元を叩かないときりがない! 奴を探す!」

「探すって、どうやって⁉」

 クウガの声は、半分泣きだしそうにも聞こえた。

 ライドブッカーの刃が蛹の胴に深々と刺さり、それを引き抜いて後ろ飛びに距離を空けて、ディケイドはクウガを見た。

「知るかそんな事、何とかなるだろ!」

「おいこら、適当ってレベルじゃないだろそれ!」

 蛹の、人間で言えば延髄の辺りに右の足の甲を叩き込んで半回転の後に構えをとって、クウガはディケイドを指差した。

「いちいち細かい奴だ、今迄だって何とかなったろう、黙って俺に任せておけ!」

 反論してディケイドは、後ろから鋭い爪を振りかぶっていた蛹の腹を横薙ぎにした。

 あいつは必ず自分の前に現れるだろう。根拠はないが、確信が士にはあった。

 だがそれがいつ、何処でなのかは分からない。

 そして、前に進もうにも、蛹が後から後から、何処からともなく姿を現す。

 既に彼等は、このBOARD前に釘付けにされ、身動きがとれなくなっていた。

「ちょこまかちょこまかと面倒くさい……!」

 独りごちてディケイドは、携帯ゲーム機のような端末――ケータッチを取り出し、蛹の攻撃を躱しながらタッチパネルをタップした。

『Kuuga,Agito,Ryuki,Faiz,Blade,Hibiki,Kabuto,Den‐O,Kiva――Final Kamen Ride』

 肩から胸にかけ、ヒストリーオーナメントが刻み込まれ、その装甲は黒とシルバーに、鮮やかな若草色の複眼は、マゼンタへと変化した。

 仮面ライダーディケイドコンプリートフォームが、切り刻まれながら融合し崩壊しようとする世界に、降り立った。

「一気に片付ける。ユウスケ、カズマ、どいてろ!」

「そんな簡単にどいてられる状況かこれが!」

 蛹三体に囲まれてクウガが叫ぶが、ディケイドは彼の言葉など耳に入っていないように、ケータッチをベルトから外し、画面をタップする。

『Kabuto――Kamen Ride Kabuto‐Hyper』

 コールの後、ディケイドの脇に、パーフェクトゼクターをガンモードに構えたハイパーカブトが出現する。

 射程範囲内から逃れようと、クウガが死に物狂いで周囲の蛹を殴り蹴り、囲みを割って走り出す。その必死な様を見て、ブレイドもようやく事態の深刻さに気付いたのか、蛹の群れを割って駆け出した。

『Final Attack Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

「いいっ‼ マジかよ士!」

 カードをドライバーにセットしてディケイドは、ソードモードのライドブッカーを機銃のように左脇に抱えた。その動きを、横で物言わぬハイパーカブトが、ほぼ同時にトレースしたように正確になぞる。

 次の瞬間、高まりきったエネルギーは解き放たれ、目を開けている事はおろか立っている事もかなわないほどの猛烈な暴風の奔流を巻き起こした。

 ディケイドの前に立つワームの蛹達は悉くその風の流れに呑まれ、巻き上げられて、その中に流れる、攻撃エネルギーと化したタキオン粒子の散弾を全方位から否応なしに浴びせられ、次々爆散していった。

 嵐が止むと、蛹の姿はない。多少巻き込まれ吹き飛ばされたと思しきクウガとブレイドが小走りに駆け寄ってきた。

「つっかっさー…………お前は! 俺達を殺す気か!」

「あれくらい避けろ。大体、お前等は現に死んでない。問題なかったって事だ」

「一つ間違えば死ぬところだったわ!」

 クウガの抗議にもディケイドは全く耳を貸さない。ブレイドが、ふと道の先を見る。

「……二人とも、じゃれ合ってる場合じゃないって事忘れてないか」

 途端、また激しく地面が振動する。

「おいおい……こりゃ、やばいな」

「お前でも、そう思う事って……あるんだ……」

 そこに突如現れていたのは、山ほどもある土塊が板の形になったようなものだった。頭部には、蛞蝓(なめくじ)のような頭が付いている。

 それには足らしきものがあり、三人に気付いたのか、脚を這わせ地面を震わせて歩み寄り、迫ってくる。

「ヌリカベ……か」

「今度は魔化魍かよ……どうすんだよ」

 あくまで平然としたディケイドと、うんざりした様子のクウガの横で、ブレイドは見た事もない巨大な化け物の出現に慌てふためいた。

「マカモウって……マカモウって、一体何なんだよ!」

 

***

 

 時刻は少し戻り、夜明けにはまだ少し間がある頃。ディエンドは、郊外にある廃工場の敷地内を進んでいた。

 彼の後ろには、響鬼が居た。

「しかし、悪いね少年君。急なお願いだったのに」

「師匠の頼みです、聞かないわけにはいきません。この先にあるんですね」

「そうだ」

 工場の中に侵入し、暫く進むと、暗がりの中に人影が見えた。

 そこには数名の大ショッカー戦闘員と、指揮官なのだろう、キャマラスワームの姿が見える。彼等は、何かの装置を取り囲んでいた。

「あれが……あれのせいで」

「そう、あれさえ壊せば、奴らはこちらにやって来る事はできない筈さ。行くよ少年君」

 大ショッカーが守っているものは、次元移動の為の場であるオーロラを発生させる装置だった。

 一人二人を運ぶのであればあんな大掛かりなものは必要ない、それこそ随分昔にディケイドライバーやディエンドライバーにも搭載出来るほど小型化されていた。だが、今大ショッカーが行っている大規模な侵略では、より多くの人員を一度に移動させる必要がある。

 その「場」を発生させるのが目の前の、高さ三メートルほどはある装置だった。

 大ショッカーは数日前からこの世界に侵入し、何箇所かにこの装置を設置しているらしかった。ディエンドが侵入してブレイドとキバが襲撃した廃施設も、設置予定の場所だったようだ。町中に溢れ返る大ショッカー戦闘員は、この装置が作り出すオーロラを通ってこちら側へとやって来ていた。

 他の場所には、響鬼の仲間達が向かってくれていた。

 アスム以外の者達は海東大樹を信用していなかったが、アスムが一人でも協力すると言い出した為、放っておけなくなったようだった。

 海東大樹の目的はただ一つ。大ショッカーの邪魔をする事だ。

「僕は装置をやる、援護を頼む」

「はい、分かりました!」

 ディエンドと響鬼は柱の影から駆け出した。戦闘員達が気付き駆け寄るが、響鬼は素早く飛び出し、二本の音撃棒でたちまち彼等を叩き伏せた。

 その間隙を縫い、ディエンドがカードをディエンドライバーにセットする。

『Kamen Ride Drake, Kamen Ride Sasword』

 瞬時に二人のゼクトライダーがデータから組み上げられ、具現化する。サソードがその刀を構えキャマラスワームに立ち向かう背後から、ドレイクが援護する。

「さて、と、仕上げだ」

『Final Attack Ride Di‐Di‐Di‐Diend』

 ディエンドライバーに切り札のカードをセットし引鉄を引くと、ディエンドライバーから、エネルギーの奔流が射出される。それは二人の傀儡に手間取っていたキャマラスワームを飲み込み、オーロラ発生装置へと炸裂した。

 ディメンションシュートを受けた箇所がまず爆発を起こし、その爆発が他の箇所の爆発を誘発して、最後に装置全体が炎に包まれた。

 爆風にディエンドと、やや後方の響鬼は背中を向け、飛び散る破片を凌ぐ。

「やりましたね、師匠!」

 爆風が止んで、二人は顔をあげる。弾んだ声色で響鬼が声を上げた。

 巨大な装置は黒く焦げ、もう原型を留めていない。

「そうだね。これで一個。まだある筈だから、そっちもどんどん片付けていこう」

「はい!」

 ディエンドが歩き出し、響鬼がそれに続く。

 その後彼等は、大ショッカーの軍団が出てくる場所を探し、同じように装置を破壊した。

 そして三つ目の装置の破壊に成功した頃、夜が明けかけていた。

「少年君の仲間の皆さんも頑張ってくれたみたいだし、これで大体の装置は破壊し終えたみたいだね」

 ディエンドが珍しく、ほっとしたような緩やかな声を出す。

 ここに来るまでの道のりでも、大ショッカー戦闘員の数は、夜中よりも明らかに減っていた。

「もうこれくらいでいいだろう。少年君、付き合ってくれてありがとう」

「いえ、何て事ないです。師匠、これからどうするんですか?」

「僕かい? そうだな……」

 響鬼に問われ、ディエンドが考え込む。そこに、足音が響いた。最初は微かに、段々と大きくなり、近づいてくる。

「これから……? 考える必要なんてないぜ。お前等はこの世界共々、破壊されるんだからな」

 そこには、奴がいた。もう一人の、門矢士。

「やってくれたな、海東大樹。ただの鼠と思って放置しておいたが、ここまでされたらいくら寛大な俺でも許しておけないな」

 響鬼は黄色いカラーリングのディケイドを見て、戸惑っているようだった。

「ディケイド……?」

「……少年君、君は逃げたまえ」

「えっ」

 ディエンドが呟いて、驚いて響鬼はディエンドを見た。

「どうしてですか」

「あいつは、全てのライダーを破壊する者……ある意味本物のディケイドだからさ」

「師匠は戦うんですか」

「そうだ」

「なら僕も」

「駄目だ!」

 ディエンドが鋭く、大きな声を上げた。響鬼はびっくりした様子で、何も言わずに彼を見つめた。

「……僕と君二人じゃ、あいつには勝てないだろう。僕一人ならどうとでも逃げられる。君は足手纏いなんだ」

「でも……」

「少年君、逃げるんだ。これは師匠としての命令だ」

 命令、と叩きつけるように告げられて、響鬼は一歩後退った。

「行け! 早く! 士達と合流して、戦え!」

「……はい、師匠……」

 響鬼はまだ決心がつかない様子で、何度かディエンドを振り返ったが、やがて振り切ったように後ろを向いて、走り去っていった。

「どうした、盾がいないとお前が狙われるぜ」

「悪いが、僕は子供を盾にするほど腐っちゃいない」

「ふん、良く言う。たかが鼠一匹の気まぐれ、どうでもいいがな」

 ディエンドはカードを一枚取り出し、構えた。所作に動揺や怒りは見えない。

「僕はそういう、この僕をたかが鼠一匹と侮る態度が気に喰わないんだよ。このディエンドライバーはディケイドを倒す為に作られたものだ。君と戦えないとでも思っているのかい」

「俺がお前に……? 有り得ないな、負ける訳がない」

「……ほざくな!」

 ディエンドは駆け出して、カードをディエンドライバーにセットする。ディケイドもカードを取り出し、それをドライバーへとセットした。

『Attack Ride Invisible』

『Attack Ride ConfineVent』

 ディエンドの姿が一瞬虹色に滲み、周囲に溶けてしまうが、すぐにその姿は元に戻り、視認出来るようになった。

「……なん……だって…………?」

 立ち止まってディエンドは一瞬混乱しかけた思考を、必死に立て直す。ディケイドが今使ったカード。確かそれは、ディエンドライバーに記録された情報によれば、龍騎の世界で仮面ライダーガイが使用していたアドベントカード。発動されたカードの力を無効化する、カード。

 それはつまり、このディケイドライバーには、マゼンタの物とは違い九人の仮面ライダー以外のライダーの技や力も、カードとして利用できる状態で収納されている、という事を意味するのではないか?

「俺を挑発して技を出させて、その隙に逃げるつもりだったんだろう。バレバレなんだよ」

「……」

 ディエンドに答える言葉はない。ディエンドライバーを構えて一歩二歩、足を摺り、間合いを空ける。

「お前がそんなに往生際が悪いとは思わなかったぞ」

「僕はね、僕が負ける事が一番我慢ならないなのさ」

 ディエンドは、カードを取り出す。

 それを見たディケイドが、ライドブッカーをソードモードに切り替え、右手に提げてディエンドへと、一歩一歩ゆっくりとした足取りで歩いていった。

 

***

 

 今日は晴れている筈なのに、薄暗い。

 レイドラグーンの群れが空を覆っている。青い体と蜉蝣(かげろう)のような四枚の羽を持ったそのモンスターは、そこらじゅうの鏡やガラスから、ひっきりなしに沸いて出てきていた。

 車が何台も、路上で横転し燃えている。

 倒れている人が、何人も、何人もいる。数えていたらきりがない。その人達は、もうぴくりとも動かない。流れ出した血が血溜りを作っている。構わずに足を踏み入れれば、びしゃりと嫌な音を立てて、彼の右足が誰とも分からない人の血で、血まみれとなった。

 辰巳シンジは今、混乱の極致にあった。

 彼の横では、ワタルと名乗った仮面ライダーらしき男(声からすると少年にも思われたが、身長は彼と同じほどある)が同じように息せき切って走っている。

 レイドラグーンの群れが二人を目ざとく発見し、幾枚もの羽が同時に唸りを上げて、低く地を這うように滑り飛んでくる。

 彼らの顔面を目掛けて、シンジは刀を振るった。横でキバも、素早く何発ものパンチをレイドラグーンに叩き込んでいる。

 彼が知っているミラーワールドは管理された世界だった。

 モンスターが裁判を行っているライダーを襲う事はない。ミラーモンスターはライダーが行使する力の源だったが、人を襲う事のないようプログラムされ、野生種など存在しない。

 ならば、目の前のこれは何なのか。

 一体のレイドラグーンの顔面にドラグセイバーを叩き込むと、ぐちゃりと、骨と肉が潰れたような音がした。硬いのにどこか弾力がある、嫌な感触が手を覆う。シンジは怯みかけるが、顔を潰されたレイドラグーンが地に滑り落ちた上方から、新手が迫る。迷っている暇などなかった。

 そもそも彼は、普通のカメラマンに過ぎない。ディケイドと協力して鎌田――仮面ライダーアビスと戦いそれを倒し、その過程で、本来であれば裁判所に返却しなければならない筈の龍騎のカードデッキが手元に残った。

 門矢士達が去ってからは、特にデッキを使うような事もなく日々が過ぎていた。デッキの事など、半分以上忘れかけていた。

 突然湧き出した怪物から身を守る為に、彼は変身した。

 何なんだろう、一体何が起こっているんだろう。これは何だ。

 訳が分からないまま、シンジはドラグセイバーを振り続けた。

 しかし、二人がレイドラグーンを倒すスピードを、レイドラグーンが増殖するスピードは何倍も上回っていた。

 既に四方を囲まれている。このままでは対処できない事は明らかだった。

「くそ……っ!」

 ドラグバイザーを開き、デッキから取り出したカードを図柄も見ないで挿入しようとしたその時。

 轟音が聞こえた。あれは、バイクのエンジン音だ。

 そして、何かを轢き潰し、跳ね飛ばす音。段々とこちらへ迫ってくる。

 後方をちらと見ると、レイドラグーンの群れを割り、疾走している龍の首が見えた。龍は、走りながら首を右に左に向け、大きな火球を吐き出していた。脇にいたレイドラグーン達が、その火球に呑まれ燃えていく。

 その龍は龍騎が使役しているドラグレッダーに酷似していた。だが、ドラグレッダーではない。

 より雄雄しくなり、体色はドラグレッダーの赤に対して、シルバーが基調となっている。

「ワタルさん、あれ!」

「何だ……⁉」

「とにかく、避けないとまずい!」

 シンジとワタルはそれぞれ左右に飛び上がり、レイドラグーン達の頭を踏みつけ、歩道へと逃れた。

 歩道にもレイドラグーンは溢れ返っている。飛び込んだ彼らにレイドラグーンが襲い掛かった時に、龍が彼らの中間点、車道のど真ん中を通り抜けた。

 龍の吐き出した火弾がシンジのすぐ脇にも着弾し、シンジは爆風に吹き上げられた。体が意思に反して宙に舞い上がる中、彼は見た。

 走っているのは、龍なのかバイクなのかよく分からないものだった。龍だが、前輪と後輪が付いている。

 そしてそれに乗っていたのは、龍騎のように見えた。一瞬の事なのでよく分からないが、よく似ているような気がした。

 ――何で、龍騎が……? 誰かが裁判で配られたデッキを使って……?

 だがあんなバイクは見た事がなかった。ミラーワールドと現実世界を結ぶバイク・ライドシューターとも全く違う。

 ATASHIジャーナルは仮面ライダーの特集を精力的に組んでいて、シンジもそれなりにライダーの事には詳しいが、あんな装備など、一度も見た事はない。

 シンジは軽く背中を地面に叩き付けられ、地に伏した。立ち上がらなければいけないが、頭が混乱しているせいなのか、うまく動けない。

 顔だけを上げる。龍が焼き尽くした後には、レイドラグーンはほぼ残っていない。二三匹が、道の向こう側でワタルと戦っていた。

「おい、あんた! 大丈夫か!」

 声がして、シンジは斜め上を見上げた。

「……生きてる。良かったぁ。今ので巻き込んでたら俺もう、どうしていいか分かんねぇよ」

 大声でほっとしたような声を上げた男は、心底ほっとしたように息を吐いた。

 彼は、龍騎によく似ていたが、全く違っていた。鉄仮面はより大きく広く顔面を覆って、触覚のようなものが生えている。プロテクターは鋭角的で龍騎よりもがっちりと体を覆っており、色は燃えるような真紅だった。

「…………何なんだ?」

「へっ?」

「誰だあなた、一体何なんだ!」

 何もかもが分からない。シンジは思わず、ヒステリックな声を上げて、目の前の男を怒鳴りつけていた。

 男はやや戸惑った様子で、右手を胸の辺りまで上げてすぐに下げ、困ったように左手で頭を掻いた。

「ええと……俺は城戸真司。悪いけど、細かい事を説明してる時間がない。こんな事言うともっと混乱させちゃうかもしれないけど、俺は、君とはまた別の龍騎なんだ。とにかく今は、戦わないと世界が滅ぶ。力を貸してくれないか」

 言って、城戸真司と名乗った男は、シンジに向かい右手を差し出した。

 悪い人間ではなさそうだ。それはシンジにも分かった。

 戸惑いながら右手を差し出すと、城戸はそれをがっちりと握り返し、シンジの体を引き起こしてくれた。

「おい城戸、チンタラしてんな。置いてくぞ」

 後ろから声がかかり、シンジは振り向いてそちらを見た。そこにもやはり、仮面ライダーと思しき者が三人いた。

 二人は赤い線が入った黒のスーツに銀のプロテクター、顔面は巨大な複眼でほぼ覆われている。そしてやや後ろに、クワガタとも龍ともつかぬ顔をした、金色の戦士がいた。三人とも、シンジは見た事もない出で立ちをしていた。

「別にチンタラって訳じゃないだろ。龍騎とキバも見つかったんだからさ、彼らにも事情を説明しないと」

「さっさとしろ、さっさと」

「んな……俺だってどうやって説明したらいいのか分かんないんだよ! そんなに言うなら乾がすればいいだろ!」

「やだね。そんな面倒臭い事してられるか」

 乾と呼ばれた大きな複眼のうちの一人と城戸が、口論を始めると、後ろに立っていた金色の男が間に割って入った。

「まあまあまあ、説明してる時間もないのに口喧嘩してる時間なんかもっとないでしょ、落ち着いてくださいよ二人とも」

 龍騎や大きな複眼とは違う、生物の皮膚にも思える生々しさがどこかある鎧を身に着けた金色の戦士の声には、見た目から想像がつかないあっけらかんとした陽気さがあった。口喧嘩をしていた二人は、まるで窘められた子供のように、ふん、とそっぽを向け合った。

「どっちにしても、あっちの彼も来てから一緒に説明した方が早いんじゃないですか? 渡さんが説明してくれるだろうし」

 金色の戦士が見た方を、シンジも見た。突然の事が多すぎて忘れかけていたが、ワタルが戦っていた。そしてその横で、キバに似ているが全く違う戦士が戦っている。

「フエッスルを使って! 今なら、君にも力を貸してくれる筈です!」

 黄金の鎧に赤いマント、長い剣。キバのような顔をしているが全く異なる姿の戦士に言われ、ワタルは腰の脇に収納したフエッスルを引き抜いた。

 アームズモンスターが倒され、色を失っていた筈のフエッスルに、青い色が戻っていた。

「……よし、キバット!」

 腰の止まり木に止まったキバットの口に、フエッスルを差し込む。

「ガルル、セイバー!」

 笛の音が鳴り響き、キバの眼が黄色から青に変化する。体を覆うキバの鎧もやや形を変えて青くなり、右手には片手刀が握られた。

 ウルフェン族の猛者・ガルルの力を得たキバは、獣を思わせる俊敏な動きでレイドラグーンを切り伏せていった。

 キバと、黄金の鎧の戦士。二人の剣と刀が閃き、暫くすると、レイドラグーン達はもう跡形もなかった。

「助けて貰った事、礼を言います。あなたは一体?」

 フエッスルを引き抜いて元のキバの姿に戻り、ワタルは尋ねた。

「僕は紅渡。君とは別の時間、別の世界のキバ。君は鳴滝の予言を聞いていたのでしたね。その予言通りに、世界は今滅びようとしています」

「予言の通りって言うなら、ディケイドの……せいで?」

 渡は軽く頷いて、言葉を続けた。

「だが、当面の敵は、君の知るディケイドではありません。あちらの龍騎も、事情は知らないのでしょう? 君達の力を貸してほしいのです」

 言われてキバは、やや戸惑いつつ頷いた。

 今のままでは何の宛てもない。別のキバという、この紅渡は得体が知れないが、何の情報もなく歩き回るよりも、彼の話を聞いた方が有益であるように思われた。

 二人の下に、シンジと、三人の戦士が歩いてくる。

「今は先を急ぎます、道々話しましょう」

 言われてワタルは頷いた。六人はがらんとした車道を一団になって歩き始めた。

 

***

 

『Final Attack Ride Hi‐Hi‐Hi‐Hibiki』

「せやっ!」

 ディケイドコンプリートフォームとその後ろに控えた装甲響鬼、二人の構えた剣から放たれた衝撃波が、ヌリカベを貫くと、ヌリカベは声もなく色を失い、ただの土塊となって崩れ落ちた。

 しかし、その土埃の向こうから、迫り来る者達があった。

 尾を何本も持つ猫、炎に包まれた車輪、ぺたりぺたりと水掻きを這わせ歩く河童、ざんばらの髪を靡かせ、毛むくじゃらな体を持ち猿のような顔をした者。

 今は夜ではないが、百鬼夜行とはまさにこの事だったろう。魔化魍どもが群れを成し、道を疾駆していた。

 そして東の空上空に現れた銀のオーロラより、巨大な空を飛ぶ魔化魍どもも現れ、飛び立っていた。

「……ちぃっ!」

 ディケイドの使うエネルギーは、クラインの壷より無限に供給される。今使ってしまったとはいえ、装甲響鬼へのカメンライドは不可能ではない。だが、それであの膨大な数の魔化魍を片付けていくのは、きりがなさすぎるように思われた。響鬼へのカメンライドは尚更だった。

「とにかく……戦って、何とかするしか、ないだろ!」

 クウガが走り出そうとしたその時、ビルの上から誰かが、進行方向の路上へと飛び降り、現れた。

 異常に発達した筋肉で盛り上がった背中や腰、脚、全身は紫とも黒ともつかない不思議な色をしている。

 そして両手には、それぞれ音撃棒。響鬼だった。

「やあっ!」

 外見からは思いもよらない幼い声で、響鬼は気合を発し、音撃棒の先端の石に灯した炎を、魔化魍の群れへと叩き付けるように放った。

「アスム!」

 クウガが呼びかけると、響鬼は後ろを振り向いた。

「小野寺さん、大師匠! 助太刀します!」

「待てよ、お前一人じゃあの数は……」

「心配はご無用です」

 ビルの陰、路地から、幾人もの鬼達が駆け出してきた。彼らは魔化魍に向かっていく。

「魔化魍を倒すのが僕達の仕事です。僕達はあなた方に協力します」

「そりゃ有難いな」

「でも、教えてほしい事があります」

 ディケイドが頷いたが、響鬼は暫しの間、次の言葉を発さなかった。やがて拳を握り締めて、意を決したように声を出した。

「あの、黄色いディケイドは何者なんですか」

「お前……あいつに会ったのか」

「はい。師匠が……逃げろと引き受けてくれました。その時、あなたと合流して共に戦うようにと」

「……海東が?」

 響鬼は頷いた。鏡のようなその面から、感情は読み取れないが声は震えわなないていた。

「……あいつは、門矢士だ。俺とは別のな。そしてこの魔物どもの大発生は、あいつと俺とが引き起こしている」

「……!」

「ディケイドは存在するだけで世界を融合させ、融合した世界は重みに耐え切れず崩壊する。詳しくは分からんがそういう事らしい。お前の世界は、俺が巡った他の八つの世界と今融合しかけている。そして世界が崩壊しかけている為に、今のこの混乱だ」

「あなたは……あなたは、世界を、滅ぼしたいのですか?」

 響鬼の問いに、ディケイドは首をはっきりと横に振った。

「どっちかっていうと、守ってやるって思ってるぜ、これでも」

 ぷいと横を向いて、ディケイドは呟いた。響鬼は彼を暫く眺めた後、力強く一度、首を縦に振った。

「分かりました。僕は師匠を信じています。あなたの事も、今は、信じます」

 告げて響鬼は、仲間が戦っている魔化魍の群れの中へと、己も飛び込んでいった。

 空を飛ぶ魔化魍に、砲撃を浴びせるものがあった。流線型のラインを持った赤と白の電車と、SLを思わせる厳ついフォルムの黒と緑の電車が、空に己が走る為の線路を敷きながら、魔化魍に攻撃している。

「あれは、モモタロス達か」

「あいつらも来てたんだ」

 デンライナーは士達に向かって走ると、警笛を鳴らしながら上空を通り過ぎる。そして、通り過ぎた後に、響鬼が立っていた。

 先程まで話していたアスムと違う点は、左手に剣を持っているところだった。

「よ、小野寺君達。無事で良かった」

 クウガに振り返り、快活に言って響鬼は、人差し指と中指、親指を立ててこめかみの横で回し、敬礼のような独特のポーズをとった。

「ヒビキさんですか!」

「そっ。魔化魍なら俺の出番でしょ。ちょっと行ってくるわ」

 朗らかな声でそう言うと、ヒビキは駆け出し、左手の剣を上段に構えた。

「響鬼、装甲!」

 ヒビキの体は紅の炎に包まれ、四方から鬼の使役するディスクアニマル達が、続々とヒビキの元に集まり、彼の鎧となっていく。

「士、どうする? このままここでこうしてても仕方ないし……」

「そうだな……」

 ふむ、と唸って、ディケイドは顎に手を当て考え込むポーズをとる。

 暫しそのままの姿勢で考えた後、顔を上げ、横手に立つビルを見やった。

「どうするもこうするも、お客さんが多くてここから動けないようだな」

「えっ」

 いつの間にか、彼等から見て右手のビルの前には、見覚えのあるクロッシェ帽とトレンチコートの男が立っていた。

「この騒々しい時に何の用だ」

「もう時間がない。ディケイド、お前を滅ぼさなければ、全てが終わってしまう」

「あんたそればっかりだな。もういい加減聞き飽きた。他に言う事はないのか?」

「……ない!」

 決然と鳴滝が言い放つと、彼の横に銀のオーロラが浮かび、引いていって消えた。

 鳴滝の横には、一人の戦士が立っていた。

「…………⁉」

「……あれって……」

 そこには、黒い甲殻に身を包んだライダーが立っていた。

 刺々しい体には、筋肉を縁取るように金のラインが刻み込まれている。

 目の色は、沈んだ黒。

 姿形はまるで違うものの、その顔、手首足首に嵌められたリングは、よく見覚えがあるものだった。

「そうだ。彼こそ”凄まじき戦士”だよ。ディケイド、君を滅ぼす為にやって来た」

 両手を大きく広げ、まるで詠じるように、鳴滝が高らかに叫んだ。



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(12)永劫回帰

 彼の沈んだ黒い瞳には光は灯っていない。身動ぎもせず、仁王立ちしている。

 おかしい、と士は感じた。今まで鳴滝が呼び出した刺客達には、ディケイドを倒そうという明らかな害意があった。それが感じられない。

 目の前の黒い戦士からは、ただ、強い殺気が発せられているだけだ。それは士を対象にしているわけではないように思われた。

「あれが……クウガだって? あれが……」

 士の右後ろで、ユウスケが呟いた。

「そうだよ小野寺君。君の世界では、リントの碑文は解読されていないのだったな。彼は、”聖なる泉涸れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く出で、太陽は闇に葬られん”と伝えられている姿、最強の力を持ったクウガだよ」

 鳴滝はさも可笑しそうに顔を笑みで歪めて、後ろに下がった。

 代わりに黒い戦士が、一歩二歩、前へと出て、ゆっくりと右手を翳した。

 何かがくる。察知した三人は思い思いに回避の構えをとったが、無駄な行動だった。

「うおぁっ!」

 ディケイドコンプリートフォームの肘から手首にかけての右腕が、突如、大きく炎をあげた。

「士!」

「ユウスケ、あいつ、距離を開けてたらやばい!」

 叫んで、ブレイドは黒いクウガに一気に駆け寄り、構えたブレイラウザーを振り下ろした。

 黒いクウガは避けようとも防ごうともせず、ラウザーは袈裟懸けに黒いクウガの胸を裂いたが、黒いクウガはそれに怯んだ風も全くなく、左の拳をブレイドに、実に無造作に撃ち下ろした。

「うわ……っ!」

 避ける間もなくブレイドは吹き飛ばされる。BORAD正門前の鉄条網に背中を叩きつけられ、ずるずると地に崩れ落ちた。

「カズマさん!」

 今まで門扉の影から成り行きを見守っていた夏海がカズマの元に駆け寄る。

 切り裂かれた黒いクウガの胸板は、見る間に塞がり、何事もなかったように元に戻った。

「これは……どういう、どういう事なんだ、鳴滝さん!」

 どうやってか炎は消えたようだったが、ディケイドは右腕を押さえて蹲っている。

 離れているわけにもいかず、さりとて近付けず。身動きが取れないままクウガは、鳴滝を詰るように叫んだ。

「ディケイドを助けようとする君に話す事は、もう何もない」

「何でそんなに、ディケイドを目の敵にするんだ! あんたが作ったんだろう!」

「……だからこそ、だよ」

 鳴滝の声は静かだったが、興奮のあまり、彼の唇は小刻みに戦慄(わなな)いていた。

「だからこそ、許せないのだよ。過ぎ去った過ちはもうやり直せない。失った物は二度とこの手に戻らない。だから私は、ディケイドを倒さなければならない」

 話している相手はクウガである筈なのに、鳴滝はそのかっと見開いた目でディケイドを睨みつけていた。

「分からないな……あんたが、俺があるべき世界を見つけるまでディケイドが世界を作り続けるようにしたんだろう。望みどおり、ディケイドは世界を作り続けて、こうして滅ぼそうとしている。何が不満だ?」

 ディケイドの口にした疑問を、鳴滝は鼻で、ふん、と笑った。

「私は世界の滅びなど望んではいない。そして君は何度でも繰り返す。だから、ディケイドは滅びなくてはならない」

「何度でも……だと?」

「そうだ。君と光夏海は、何度でも同じ事を繰り返す。全てのライダーを倒して、滅びの時を招く」

「……何でそこで、夏海の名前が出てくるんだ?」

 名前を呼ばれ、夏海も鳴滝を見た。

 夏海は無論、何度も繰り返してなどいない。何度も何度も、同じ夢を見ただけだ。

 そしてディケイド同様、今ここで自分の名前が出てくる事に強い違和感を覚えた。

「全ては無駄な事だ。君らの足掻きは、無駄に過ぎない。”凄まじき戦士”よ、破壊者を滅ぼして、そして世界を守るのだ!」

 鳴滝の言葉に応え、黒いクウガは走り出し、立ち上がっていたディケイドを殴りつけた。

 重く鈍い音が響いて、ディケイドが弾き飛ばされる。黒いクウガの動きは、あまりに速すぎた。一瞬の事過ぎて、クウガは全く反応できずそれを眺めているだけの格好となった。

「士!」

 走り出しクウガは地を蹴った。首を狙い右のキックを放つが、それが届く前に、黒のクウガはクウガの方を見ないまま、その右足首を無造作に掴んでいた。

「な……うわあああっ!」

 黒いクウガはそのまま、ジャイアントスイングの要領で回転し、何度かクウガを地面に叩きつけ、その後に放り投げた。

 鳴滝が居るのとは反対側のビルの壁まで飛ばされ、激突して、クウガは地面に転がった。

 黒いクウガはそのまま歩き、起き上がれないディケイドの左の上腕を掴み引きずり起こして、幾度も殴りつける。

 ディケイドは気力を振り絞ったのか、掴まれた左腕を振り切る事には成功した。

 だが、腹に黒いクウガの右の拳を受けて、また吹き飛ばされ、地面に叩きつけられると、変身も維持できなくなり自動的に解除された。

 寝転がったまま、士は腹を左手で押さえ、苦しげに呻いた。

「止めて! 止めさせて下さい、止めて! 士君を、殺さないで下さい!」

 夏海は駆け出して、戦いをじっと見守っていた鳴滝のコートの襟首を掴んだ。

 鳴滝は夏海を見つめたまま、やや驚いた表情を見せ、夏海の為すがままにさせている。

「……君にとって、門矢士とは何だ」

「士君はうちの居候です、ただの、図々しい、ただの居候です……」

「君は、受け入れるというのか。この世界の滅びゆく様を見ても……」

「そんなの……そんなの、何とかするって、きっと士君とユウスケが、皆が何とかするって……!」

 掴んだ襟首を激しく揺さぶりながら、夏海は訴えた。だが鳴滝は、首を横に振った。

「私には止める気はない。こうでもしなければ、何も変わりはしない」

「鳴滝さん!」

 夏海の叫びをよそに、黒いクウガは立ち上がれない士の前に立っていた。

 士は、ひゅうひゅうと苦しそうに息を吐きながら、汗の滲む目を薄く開いて、黒いクウガを見た。

 彼の濁った黒い瞳。そこには恐らく、悪意などない。彼はただ破壊している。本来ならば、破壊者とはこういう存在の事ではないのか。

 不思議と頭は冷たく冴えて、そんな感想が浮かんだ。だが何の関係もなく、黒いクウガは拳を振りかぶる。

「うわあああああああぁぁぁ‼」

 横合いからクウガが、士と黒いクウガの間に突っ込み、黒いクウガの胴を押して士との距離を空けさせる。

 ダメージから回復し、立ち上がっていたブレイドも、そこに加わろうとするが、ふと何かを思いついたように足を止めた。

「……手はないんだ、駄目元で使ってみるか」

 呟いてブレイドは、展開したカードトレイから一枚のカードを取り出し、ラウズした。

『Mimic』

 電子音声が鳴り、ジョーカーのカードはエネルギーへと変換され、光となってブレイドの胸部へと吸い込まれた。

 しかし、何も起こる様子はなかった。

「……? 何だ、ミミックって……」

 音声からは全く効果が分からない。ミミックという言葉で思いつくのは、ゲームに出てくる宝箱を装った敵位だ。

 だが考えている暇はない。早く助けに入らなければ、クウガまでやられてしまう。ブレイドは開いたままのカードトレイから、もう一枚カードを取り出してラウズした。

『Thunder』

 ディアサンダーの効果により、ラウザーに雷の力が宿る……筈が、何も起こらない。ラウザーは雷の力を宿した様子もなく、何の反応もなかった。

「……?」

 ラウザーを見て、違和感に気付いた。ラウザーを握っている自分の手がおかしい。

 ミスリルアーマーを纏った青い手ではない。何か獣の蹄のような光沢を持った、黒い手。腕は毛並みのいい馬のような光沢。

 それに気付いた途端、ラウザーの形が変わり、そして左手にも何かが握られた。それを見れば、燻したような黄金の七支刀。

 これは確かディアーアンデッドの武器ではなかっただろうか。

「……ってまさか……俺、アンデッドに、なってる?」

 客観的に自分を見る方法が今はない為、カズマには確かな事が判断出来ない。だが、ブレイド以外の何かに姿が変わった事だけは確かなようだった。

 動揺も混乱もしている。だが、切り替えが早く適応力が高いところがカズマのいい所でもある。

「ディアーアンデッドなら……これが、出来るはずだっ!」

 そうしようと思うと、不思議と、まるで元々知っていたかのように、その方法が頭の中に浮かんだ。

 念じると、頭に生えている(らしい)二本の角から雷が生み出され、それが黒いクウガ目がけて落ちた。

 流石の黒いクウガも、全く注意を払っていなかった敵からの突然の攻撃には対処出来なかったらしい。あっさりと落雷の直撃を受ける。

 だがその雷は、黒いクウガと組み合っていたクウガにも、直撃していた。

「…………あ」

 二人のクウガは倒れこむ。そして、黒いクウガが、よろりと体を起こした。

 ユウスケには悪い事をしたが、何せ初めて使うのだから加減が分かっていない。許せ、と心の中で呟いて、ディアーアンデッドに擬態したカズマは二本の七支刀を構え、駆け出した。

 ダメージを僅かでも与えた今なら、抑えられるかもしれない。そう思った。

 自分の足ではないような心地がする。本当に鹿が岩場を駈けているように、滑らかに脚が動いた。

「止めろっ!」

 カズマはそのまま、士を目指し歩くクウガの背中目がけて、右手に握る七支刀を振り下ろした。

 がつりと、七支刀に硬い感触が伝わり、黒いクウガの背中が裂ける。

 黒いクウガはすぐさま振り向くと、続けざまに振り下ろされたカズマの左手の七支刀を右腕で受け止め、左の拳をカズマの胸へ放った。

 ディアーアンデッドの姿を借りていても、黒いクウガの素早すぎる動きに対処出来ない事に変わりはない。カズマは再度吹き飛ばされ、ディアーアンデッドへの擬態も解除され、姿がブレイドへと戻った。

 そして黒いクウガは再度士の前に立ち、今度は足で踏みつけようとするが、上げたその足を、再度割って入ったクウガが受け止め掴んだ。

「やめろ……やめろよ! あんた、こんな事する為に、クウガになったのかよ!」

 クウガの言葉に、黒いクウガは全く反応を見せなかった。足に込められる力は段々と強くなり、クウガは押し潰されそうになりながら、掴んだ右足を必死に押し戻す。

 ややあって、黒いクウガが右足を右へと振った。クウガも引き摺られ、倒れこむ。

 障害物がなくなり、黒いクウガは右手を手刀の形に構えると、既に気を失っているらしく反応のない士へと振り下ろした。

 だがそれは、士へは届かなかった。

 ぽたぽたと血が流れ、黒いクウガの右手を伝い零れ落ちる。地面に血溜まりが出来ていく。

 黒いクウガの右手の先は、クウガの左肩の、鎖骨の下から胸にかけて突き刺さっていた。

 クウガはがっちりと黒いクウガの右手首を掴むと、ゆっくりと立ち上がった。

「こんな事……するな……、クウガの力は、皆を笑顔にする為に、あるんだよ……」

 クウガは右脚を引いて、無理矢理に体を回し、黒いクウガの胴に回し蹴りを叩き込んだ。

 右手はクウガの体から抜け、黒いクウガは仰向けに吹き飛ばされた。

「姐さんが、教えてくれたんだ。クウガの力を世界中の人を笑顔にするために使ったら、俺はきっともっと、強くなれる、って……。でも……強くなるって、いうのが、あんたみたいに、なる、ことなら……そん、なの……嫌、だ」

 左手で右の肩を掴み、やや俯いて、クウガは脚を肩幅に開いて腰を落とした。

 右の拳をがっちりと握りしめ、右脚に力を込める。

「うあああああぁぁぁっ!」

 駆け出し、地を蹴って飛翔する。馬鹿の一つ覚えでも、クウガには、ユウスケには、これしかない。

 残った力を全て込めた右の飛び蹴りにも、黒いクウガは素早く反応した。

 キックが届く刹那、彼は左手で、クウガの足を鷲掴みにしていた。

 そのまま押し返され放り出され、クウガはアスファルトの上に叩きつけられてごろりと転がった。

「おのれ……小野寺ユウスケ……!」

 後ろから様子を見ていた鳴滝が歩き出した。黒いクウガは左の手首を右手で押さえて、蹲った。

 掌には、クウガの紋章が光り、輝きを増しつつあった。

 鳴滝が無言のまま早足で黒いクウガの元へと辿り着くと、オーロラが二人を包んで、消えた。

「士君……ユウスケ……ユウスケ!」

 夏海と、立ち上がったブレイドがそれぞれに駆け寄る。

 クウガも既に変身は解除され、その姿は小野寺ユウスケへと戻っていた。

 左肩は血に塗れ、顔色から血の気も失せている。ブレイドが抱き起すが、彼は目を開けなかった。

「ユウスケ、おい、ユウスケ!」

「士君!」

 ユウスケも士も、返事をしなかった。カズマが通信機能を使って連絡をしたのだろう、BOARDの中から、担架を運んだ男達が走り出してきていた。

 

***

 

 ベットと簡単な救急道具しか置いていない白い医務室は、寒色系の蛍光灯に照らされている。

 夏海は、士が横たわるベッドの側に椅子を置いて、まだ目を覚まさない彼を見つめていた。

 カズマは壁に背中を凭れさせ、足側からベッドを見ている。

 士も心配だったが、それよりユウスケだ。カズマも見ていた。肩口に、黒いクウガの手刀がめり込んでいた。

 ユウスケの寝ているベッドは今カーテンで仕切られ、BOARDに常駐している医師がユウスケを診ている。

 救急病院に連れて行く事も考えたが、今のこの状況では病院が機能しているかどうかも怪しい。

 ユウスケの診察にかかる時間が、やけに長い。あれだけの大怪我だったのだから当然かも知れないが、気を揉まずにはいられない。

 やがて、カーテンの中で人影が動き出して、壮年の医師と看護婦が二人、カーテンを開け出てきた。

「剣立さん……ちょっと」

 出て行こうとする医師に呼ばれ、カズマはユウスケのベッドの脇に取り付けられた心拍計を見てから、彼の後に続いた。

 心拍は百前後、最高血圧も百三十位。安定しているようだった。

 医師は向かいの給湯室のドアを開けて中に入った。カズマが続くと、ドアを閉めるよう促す。

「私が今診たあの患者……剣立さんのお知り合いですか」

「ああ、そうだけど、それが何か?」

「……あの人は、人間ですか?」

 潜めた声で医師に問われ、カズマは一瞬きょとんとしてから、ああ、と答えた。

「言い辛いのですが……およそ人間とは思えない。運び込まれた時には、ショック症状と多量の出血が原因で、彼の心肺機能は停止していたんですよ」

「え……」

「ここでは簡単な処置しか出来ない。一応の手術設備はありますが、輸血のストックも多くないし、近くの病院と連絡も取れない状況です。もう駄目かもしれないと思いました。だがあっさりと呼吸と心拍が戻って、彼の傷口が、塞がり始めた」

 ぎょっとして、カズマは医師を見た。医師も、半信半疑といった難しい顔をしてカズマを見ていた。

「血溜まりを取り除くと、中の組織が、どういう訳か少しずつ盛り上がり続けているんです。確かに人間には自然治癒力があり、細胞を再生させる能力はある。だがあれは、そういうレベルの速さじゃない。目視できるなんて有り得ません。肋骨も折れているはずですが、そちらはレントゲンを撮らないと何とも言えませんけど、私の見た感じでは、くっつきつつあるのではないかと」

「何故」

「処置を全て終えてから触診して、折れている感触がなかった。確かな事ではありませんけど」

 ぽかんとして、カズマは医師の言葉を聞いていた。医師は不思議そうな顔で、カズマを見つめている。

「……俺らだって、アンデッドと融合している影響で、怪我の治りは早くなってる。あいつもBOARDのライダーじゃないが、ライダーだ」

「私が知っている中では、まるでアンデッドそのもののような回復力です」

「あいつは人間だよ! 俺が知ってる中では、一番のお人好しで、馬鹿だけどまっすぐな奴だ!」

 思わず、カズマの声は荒く大きくなっていた。医師は恐縮した、申し訳なさそうな顔をして、やや俯いた。

「……すいません、ご友人に失礼な事を言いました」

「いや……俺こそ、済まない。ついカッとなった。お疲れ様、ありがとう」

 医師はぺこりと一礼をして部屋を出て行った。カズマも給湯室を出る。

「カズマ!」

 横から声がかかった。菱形サクヤが、廊下を早足に駆けてきた。

「探したぞ。黒いのがいなくなったと思ったら、今度はまた別の怪物共が溢れてる。早く行こう」

「先輩、ムツキは?」

「ZECTとかっていう奴らが現れて、軍隊っぽいんだが、怪物と戦ってるんだ。そいつらと合流して戦ってる」

「分かった、すぐ行くから、先輩は先に行っててくれ」

 サクヤは頷いて、元来た廊下を足早に戻っていく。カズマは医務室のドアを開けた。

「夏海ちゃん、悪い、俺行かなきゃいけない」

 呼びかけると、夏海はカズマを見上げて頷いた。

「気をつけて下さい、無茶しないで下さいね」

「大丈夫、先輩達も一緒だし。それより、士とユウスケ、目が覚めても無理しないように見といて」

「分かりました、任せて下さい」

 夏海がにこりと微笑んで、つられてカズマの頬にも笑みが浮かんだ。頷くとドアを閉め、カズマは廊下を駆け出していった。

 

***

 

 知らない場所に立っていた。

 ここは何処か山の中なのだろうか。辺りは切り崩されて、岩肌が露出している。

 擂鉢の底のようになったその岩場に、士は立っていた。

 目線を動かそうとするが、まっすぐ前を見るよう固定されていて、動かす事ができない。

 ああそうか、これはもう、既にあった事なのか。

 大体の事が分かったような気がした。

 ぱちぱちと、火の爆ぜる音がする。何が燃えているのだろう。バイクだ。

 何台ものバイクが横転している。数え切れないほど沢山の。

 横たわる山、そして山ではない、赤い龍や黒い龍、城から竜の首が生えているもの、脱線したかのように横転した電車。

 そして、折り重なり積み重なった屍の山。

 仮面ライダー達だ。彼等は全て、仮面ライダー達だった。

 そして、士の目線は、ただ一人立ち尽くす()()へと向けられていた。

「ディケイド……」

 憎しみだろうか、悲しみだろうか、それとも喩えようもなく辛いのだろうか。

 光夏海は顔を煤と泥だらけにして、白いドレスも見る影もなく汚れてしまっているのに、それでも、強い目でディケイドを見つめていた。

 ()()()()()()()()

 こんな風景は、士の記憶にはない。だが士は知っている。

 これはもう、何度も何度も、飽きもせず繰り返されてきた事だ。

 夏海は、決してディケイドを許さないだろう。いつもそうだったように。

 

 そう思った次の瞬間、世界は真白く塗り替えられた。

 地平線も何もない、上下左右も分からなくなりそうになる、足元に影もない。ただ、白い。

 士は右腕を動かしてみた。右腕は思い通りに動き、掌を握り開く事も出来た。

 すると、遠く、遥か遠くから、何かがこちらに向かって迫ってくるように見えた。

 暫く見ていると、士の周りには、瞬く間に膨大な量の本棚が立ち並び、たちまち辺りは本棚に埋め尽くされていた。

「やあ、ようこそ地球(ほし)の本棚へ」

 振り返って見やると、本棚と本棚の間に、一人の少年が立っていた。

 肩ほどまで伸びているがまとめていない髪、緑のボーダーのシャツに長い袖なしのカーディガンを羽織り、七分丈で細身のカーキのパンツ。分厚そうな本を、右手に持っている。

 大きな黒い目が、見透かすように士を見ていた。

「誰だお前、ここは何処だ」

「だから、ここは地球(ほし)の本棚。僕はフィリップ、ここの司書みたいなものさ」

「訳が分からんな。俺は何故ここにいる」

「来るべくして来たんだよ」

 どう見ても東洋人だが、少年はフィリップと名乗った。にこりと、悪戯っぽい微笑を士に向ける。

「ここは地球の記憶が全て収められているデータベース。ディケイド、君の事も既に閲覧済みだ」

「地球の……記憶? 何を言ってる」

「アカシックレコードって知らないかい。正確には違うけど、あんなようなものさ」

 アカシックレコードは、士も知識としては知っている。宇宙創成からこれまでに起こった出来事は、宇宙空間そのものにデータベース的に記録されており、釈迦やキリストなど偉人達はアカシックレコードにアクセスする能力を持っていた為に、真理を知り悟りを開く事が出来たという、オカルティックな言説だった。

 士は胡散臭そうな目でフィリップを見たが、フィリップは意に介さず、右手に持った本を開いていた。

「……それで、俺がここで為すべき事は何だ。本でも読めっていうのか」

「勿論それでも僕は一向に構わないけど。君は、知りたい事があったんじゃないのかい?」

 言われて士は、不思議そうにフィリップを見た。

「君が知りたいと思ったから君はここにいるのさ。僕が答えるのを許されている範囲で答えてあげよう」

「……何故?」

「何故って、それが僕の役割だからね。この無限に広がる情報の中から必要な物を検索し、提供する」

「……ありすぎて、何から聞いていいのか分からんな」

 士がやや俯いて考えこむと、フィリップはその様子が可笑しいのか、楽しそうに笑った。

「じゃあ、君が多分聞きたいと思っている事をまず一つ。黒いクウガについて」

 言われて士ははっと顔を上げた。フィリップは感情の読めない目をして、薄く微笑んでいる。

 手に持った本を開くと、フィリップは語りだした。

「君は本当は情報として持っていた筈だけど、クウガの力の源となるアマダム。あの霊石は、下腹部に埋め込まれ、そこから神経細胞によく似たものを根のように体内に伸ばして、本来の神経細胞を侵していく。そして埋め込まれた者の体を戦うのに適したものに作り替え、怪我があっても治癒能力を活性化してたちまちの内に治してしまう」

 言われてみれば、ユウスケは今まで戦った後でも、怪我はすぐに治っていた。だが士もユウスケも、それはそういうものなのだろうと思っていたし、第一士自身も普通では考えられないほど治癒能力が高い。あまり気に留めた事もなかった。

「アマダムから伸びた根が全身に張り巡らされ、脳まで達すると、ああなる。聖なる泉が涸れ果てる、という表現らしいね」

「心が失われる、って事か」

「そう。意志はなく、目的だけがある状態になる。戦うという目的だけが。丁度、ディケイドが作り出した門矢士が、ライダーを破壊するという目的の為だけに動くようプログラムされているようにね」

「俺は違うぞ」

 不満げに士が漏らすと、フィリップは右手の本に向けていた視線を士に向け、ふっと笑った。

「君はイレギュラーなんだよ。本来なら有り得ない存在だ」

「偶然に突発的に……っていう訳でもなさそうだな」

 具体的には分からないが、予感はあった。士の言葉に、フィリップは満足げに笑う。

「よく分かっているじゃないか。君の存在がイレギュラーになったのには、色々な要因がある。例えば、オリジナルに限りなく近いライダー達がディケイドが作り出した世界に現れた事。もう一つディケイドライバーが完成した事。そして、光栄次郎がとうとう君を見つけ出した事」

「……夏海といい爺さんといい、何でその名前が出てくるんだ?」

「彼等も、君と同じように、ディケイドが作り出す世界に於いて欠かすべからざる存在だからだよ。光夏海と光栄次郎は、ディケイドが作り出す世界に、必ず存在している」

 あまりに意外な答えだった。士は怪訝そうにフィリップを見つめた。

 フィリップは開いていた本をぱたりと閉じると歩き出し、すぐ横の本棚から一冊の本を取り出して開いた。

「悪いが、この件について僕が喋っていいのはここまでだ」

「……じゃあ、別の質問をするぞ。俺は何度も繰り返しているのか」

「そうだよ。正確には”君が”じゃないけどね。門矢士は拒否され存在を維持できなくなり消え去って、ディケイドライバーがプログラムに従って新たな装着者を生み出す。全てを失った状態で門矢士はまた同じ事を繰り返し始める。ディケイドは、永劫回帰の理に支配されている。どの世界、どの時間に於いても、ディケイドは迷いなく同じように判断し、同じ事を繰り返す」

「ニーチェの超人かよ」

「自己の善悪の判断基準に則って流される事なく道を往くヒーローに、憧れた男がいたのさ」

 フィリップがまたにこりと笑って、士を見た。

「彼にとって『仮面ライダー』とは、己の信じる正義を如何なる時でも貫ける鉄の男だった。門矢士とは、彼の理想なんだよ。だから何でも出来る」

「その正義とやらが、ライダーを壊す事なのか」

「それは後付だよ。大ショッカーがそういう風にプログラムしたのさ。君は生み出されてすぐ、大ショッカーよりも前に光栄次郎と出会った。だからイレギュラーなんだ」

 またしてもフィリップはぱたりと本を閉じた。士をじっと見つめるその眼から、何を考えているのかを読み取る事はできないし、彼が何者であるのかを知る事も出来ない。

「君は迷い、悩んでいる。それは人間の弱さだ。だが弱さがなければ、人は人らしく生きていけない。そして弱いからこそ、もっと強くなっていける。僕はそれを、僕の相棒から教わった。君は人として生きて、イレギュラーであるが故に、円環を断ち切る事が出来る可能性を秘めている」

「相棒……か。奇遇だな。俺も同じ事を、相棒に、それに仲間に、教えてもらった」

 士がにやりと笑うと、フィリップも同じように笑い返した。

「さあ、そろそろ帰りたまえ」

「何処へ?」

「君はもう分かっているだろう。情報ではない、君の心、君の思いが、君の中にあるのだから」

「ああ、そうだな。俺は俺が帰りたい場所へ帰る」

 フィリップの姿も無数の本棚も掻き消え、辺りを闇が覆う。そこに、光が一筋差し込んだ。

 

 

「……よう、夏ミカン。ただいま」

 目を開けると、夏海が横に腰掛けて、士をじっと見つめていた。

 照れくさくなって士は、右の口の端をやや上げて笑い、そっぽを向いた。

「おかえり……なさい」

 夏海は微笑んでいるようだった。

 これも情報として知っているだけなのだろうか。こうして、同じように優しげに微笑む夏海を見上げた事が、士ではない士の遠い記憶の中のどこかに、あるような気がした。



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幕間(3)

 圧倒的に不利な状況の中に、彼等は置かれていた。

 ゼクトルーパーは小隊単位で当たれば二匹三匹のワームの蛹には対応できる装備と火力を備えている。そして敵は脱皮したワームのように対処しきれない速さを持っているわけでもない。

 ただ、敵の数があまりに多すぎて、対処しきれないのだ。

 下手を打って突出すればすぐ敵に囲まれる。

 とにかく陣形を崩さない事。これが、最優先事項として天道がZECT隊員一同に下した厳命だった。

 だが、元々人間側は、数の上で圧倒的に不利だ。陣は押され、後退し続けている。

 人間側の主戦力――加賀美ではないアラタのガタックと、剣立カズマの仲間というレンゲルは奮闘していたが、二人でどうにかなるような数ではない。

 剣立カズマのもう一人の仲間――ギャレンが、剣立を呼びに行っているが、一人二人増えたところで状況に変わりはないだろうし、いつまでものんびりと待ってもいられない。

 俺が出なければならないか。

 天道はそう考え、ゼクターを呼ぼうとする。

 彼がZECTを指揮しているのは、小隊毎でバラバラに敵に当たり指揮らしい指揮が為されていなかったZECTに業を煮やしたからだ。指揮に徹する為に自身は、ソウジと名乗るリ・イマジネーションのカブトをZECT本部に送り届けてから変身していない。

 しかしこの状況では、そんな事を言っていられないようだった。

 せめてザビーとドレイク、サソードの資格者がリ・イマジネーションの世界にも存在していれば。そうは思うが、無い物ねだりに過ぎない。

 その時。後方から飛来した物が、敵――ミラーモンスター達の群れ――のただ中に着弾し、炸裂した。

 ロケット弾だ。天道は後方を見た。

 片側三車線の車道を一杯に使い、何台かの戦車が進んでくる。その傍らには、武装した警察官と思しき者達。そして、青いパワードスーツに身を包んだ何人かの者達。

「撃てーっ!」

 号令がかかり、戦車の砲身が火を吹いた。弾頭はZECT隊員やライダーの頭上を飛び越え、敵の群れの中に叩き込まれる。

 怪人達にピストルやライフルなどの通常の火器はあまり用をなさないが、戦車クラスの重火器ならば話は別だ。

 男が一人、後方の部隊から飛び出し、天道の元へと駆け寄ってくる。

「おいあんた、何してるんだ! ここは危険だ、早く逃げろ!」

 慌てた様子の男は、年の頃は三十を過ぎた位だろうか。通常の警察官のそれよりもかっちりとした、桜の御紋のエンブレムが仰々しい制服を身につけている。

「心配は無用だ。俺は指揮官としてここを離れるわけにはいかん」

「じゃあ……あんたが、あの蟻っぽいのと、ライダーみたいな奴らを指揮してるのか?」

 男は驚いたように天道を見た。天道も、男の言葉にやや驚いて男を見つめ返した。

「お前、ライダーを知っているのか」

「俺も、一応、ライダーらしいからな。あんたもしかして、紅渡の仲間か」

「奴とは協力関係にある」

「そういうの仲間って言うだろ……まあいい」

 男は呆れたように天道を見つめ、息を吐いた。

 対照的に、天道の顔は自然とほころんだ。

 紅渡を知っているなら話が早い。目の前の男は、喉から手が出るほど欲していた、貴重な戦力だ。それが重火器という土産付きで現れてくれたのだ。何という僥幸。

「見たところあんた警察官のようだが、あの戦車はどうした」

「借りた。怪人どもに警察官の装備で立ち向かうのは無謀だからな。自衛隊は動きが遅すぎる」

 恐らく、『借りた』ではなく『かっぱらった』なのだろうが、何にせよ百人力だ。

「これで態勢も立て直せそうだ。あんたもすぐ変身して戦うんだ」

「……何か引っ掛かるが、元々その積もりだったしまあいいか……」

「何をぶつぶつ言ってる、さっさとしろ」

 天道の上から目線に男が引っ掛かっているのは明らかだったが、そんな事に気を回す天道ではない。

 何を言っても無駄と悟ったのか、男が両拳を脇腹の傍に構えると、呼応してオルタリングがその腰に現れた。

「ほう、アギトか」

 天道が感心したように声をあげた。男は駆け出しながら、低く通る声で叫んだ。

「変身!」

 掛け声と共に男が両脇のスイッチを押すと、彼の中に既に覚醒しているアギトの力が、彼の肉体を変化させていった。

「各隊に告ぐ。後ろの戦車は警察、今突入した金色の生き物は仮面ライダーアギト、どちらも味方だ。決して間違えて攻撃するなよ。協力して各自、敵に当たれ」

 耳に引っ掛けたインカムのマイクを手元のスイッチでオンにし、天道がZECT隊員に告げる。

 天道の横を、肩にG5と刻み込まれた青いパワードスーツを纏った四五人が駆けていき、ミラーモンスターと戦い始める。

「よっ、天道。なーんかえらい事になってるなぁ」

 後ろから聞き慣れた、天道のペースを狂わせるあっけらかんとした声がした。

 振り向けば、そこにいるのは、他ならぬ装甲響鬼。

「何を他人事の様に……挨拶はいいからあんたもとっとと行ってこい」

「あれぇ、言われた通りにすっごい援軍連れてきてあげたのに、そういう事言う?」

 ヒビキの言葉が終わるか終わらないか。空を裂いて、高らかに警笛が鳴り響いた。

 現われたのは、ご存知デンライナーともう一台。天道は初めて見る。黒と緑のSLを思わせるフォルムを持った、もう一つの時の列車――ゼロライナーだった。

 デンライナーとゼロライナーはそれぞれモンスターの群れの上空すれすれを走り、過ぎ去った後に四人の人影を残していった。

「カウントはなしだ、どんどん片付けるぞテディ!」

「了解だ」

 電王の割れた桃を模したと思われる目をさらに尖らせた青い電王は、奇妙な形の青い剣を上段に構える。

「最初に言っておーく。皆さん初めまして、侑斗をよろしく!」

「それはもういいんだよ、いいからお前は黙ってろ!」

 黒と緑のプロテクターに長いマント、長剣を手にした戦士。胸には烏のようなレリーフのようなものがあり、口とは別にそこから声が出ている。

 傍から見ると、声まで完璧に使い分けた一人ボケツッコミにしか見えない。

「よーし野郎共、最初からクライマックスで、バンっバン行くぞ!」

「バカモモは引っ込んでてよ。僕があいつらやっつけるんだから」

「だぁっ! 小僧、勝手に動くんじゃねぇ!」

「変わるけどいいよね、答えは聞いてないけど!」

「はいはい、先輩もリュウタも喧嘩しない、順番順番」

「順番言うたかて、誰が一番最初なんや?」

「俺に決まってんだろ!」

 もう一人、一人漫才。やはり電王のようだが、体の各部の色がちぐはぐで、統一感の欠片もないオーラアーマーがその体を覆っている。

 何かお面のような物がレールの上に敷かれているように見えるのは目のせいか。

「よしみんな、行くよ!」

 そして良太郎のライナーフォーム。

「おい……俺は今迄の人生の中で、未だ嘗て、こんなにも強い不安を感じた事はなかったぞ……」

「あー、大丈夫大丈夫。みんなああ見えて、結構鍛えてるみたいだよ?」

 ははは、とヒビキに軽く笑われ、天道は頭を抱えた。駄目だ、己までがこんな漫才をしている場合ではない。

「もういい……あんたは早く、野上をフォローしてやってくれ」

「あ、天道君やっさしー! 俺は信じてたよ、君のその優しさ!」

「無駄口叩いてないでさっさと行かんか!」

「はいはい。おっ、援軍第二陣、来たよ!」

 ヒビキはそう言い残すと、良太郎の元へと駆けていった。

 戦車の向こうから、砂塵を巻き上げ走り来たるのは二台のバイク、ブルースペイダーとレッドランバス。

 そして、その後ろに続くのは、十数人と思しき鬼の群れだった。

 これだけの戦力をヒビキが引き連れてくるとは、流石の天道も予想だにしていなかった。人徳というべきなのか何なのか、何にせよ頭が下がる。

「遅くなった、悪い!」

 バイクを降りたブレイドが、律儀に天道にそう声をかけて、ギャレンと共に駆けていき、鬼達もめいめい敵の群れへ突っ込んでいく。

「各隊へ告げる。見た目が少々紛らわしいが、今後方から現れた一団は怪人ではなく鬼、我々の味方だ。各小隊は陣を下げ、フォーメーションF、鬼達の後方支援に切り替えろ。なおガタックはそのまま、各ライダーと連携しつつ敵を殲滅しろ」

 インカムを通じての天道の司令が届き、ゼクトルーパー達は陣を後方に下げ、敵前には鬼達が入る。

 ヒビキ程の手練がいるかは分からないが、鬼一人の力はゼクトルーパー十人分にも二十人分にも匹敵する筈だった。

「後は残りの連中と……ディケイドか」

 滅びの現象はここだけで起きているわけではない。

 だが、戦力を結集しなければこの一ヶ所だけでも対処しきれない事も事実。

 元凶を叩かなければこの混乱は終結しない。ならば戦力を分散させるのは愚の骨頂、一点突破に賭けるべき。天道はそう考えた。

 個々の戦闘力が高いとはいえ、高々十人そこらが分散して戦ったところで、どうにかなるような混乱ではないのだ。

 そして、天道は自分の目の届かない場所ではなく、ここに、元凶をおびき寄せたい。

 奴の目的がライダーの殲滅である以上、多くのライダーが集まる場所に姿を現す筈だった。

 自身の力に圧倒的な自信を持っており、数などに恐れはなさないであろう事は、間近で奴の言動を見ていた小野寺ユウスケの話から推察できた。

 その為に、ZECTへの退却中に遭遇したヒビキ、ゼクトルーパー達を引き連れて戦い始めた時に遭遇した乾と津上、真司に、今天道がいる場所に戦力を集結させたい旨を説明した。

 奴が姿を現しさえすれば、負けない自信は天道にはある。

 今度こそは逃がさない。その為には、奴の逃げの手を封じなくてはならない。それには手数が必要だ。黄色いディケイドが対処し切れなくなる程の、圧倒的な手数が。

 奴が姿を現わすまでは何としても、この戦線を持ち堪えさせなければならない。

 もどかしさに天道は歯噛みする。だが、今は耐えなくてはならない。

 

***

 

 銀のオーロラを通り、大ショッカー戦闘員達が次々現れる。彼等は一様に、重そうな部品を持っていた。

 手間だ、とアポロガイストは思う。だが、自身が先の戦いのダメージで動けない間に、次元移動の場を作り出す装置が次々ディエンドによって破壊されてしまった。これでは、目的を達成出来ない。

「急げ、そんなに時間はないのだぞ!」

 部下達を叱咤する声にも、思わず怒りが混ざる。

 げに忌々しきは仮面ライダー。

 だがこの戦いが終われば、もう仮面ライダーなど生まれない。大ショッカーが、邪魔者などなく世界を掌握出来るようになる。

「そうだ、急げよアポロガイスト。気の短い俺が待ってやってるんだ、有り難く思え」

 ライダーと同じだけ気に喰わない声が後ろから響く。

 傀儡が、と心の中で毒付く。だがディケイドがいなければ、大ショッカーは目的を達成出来ない。

「目下、鋭意作業中であります。閣下の寛大なお心遣いに感謝いたします」

「おべんちゃらはいい、俺は結果が欲しい」

 にべもなく言われ、誇り高いアポロガイストは内心、忸怩たる思いを噛み締めていた。

 だがそれも耐えなくてはならない。

 少なくとも、大ショッカーがオリジナルの世界に渡り、全宇宙から仮面ライダーの存在を抹殺する時までは。

 このような中身のないお飾りの大首領など、と思う者はアポロガイストの他にも数多く居る。

「必ずや閣下のお心に沿うようにいたしますれば、今暫くのご猶予を。それよりも、邪魔をする仮面ライダー共を始末していただきたく存じます」

「面倒なのは後は天道総司くらいのもので、他は似たり寄ったりの雑魚だ。ディケイドに生み出された奴らは、どうせこの世界と一緒に消えるんだしな。少し遊ばせろ」

「しかし、兵達や幹部が続々倒され、我らの被った被害も少なくはありません」

「……ふん、まあいい。始末はしてやる。俺に使えないと思われないよう、精々励むんだな」

 面白くなさそうに吐き捨てて黄色いディケイドは、踵を返し歩き出していった。

 ライダーさえ消えれば用済み。今に見ていろと、また心の中でだけアポロガイストは呟いた。



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(13)やさしい思い出

 栄次郎は、士と巡り合えた日の事を、決して忘れないだろう。

 姿形は大分異なっていた。年齢も違う、だいぶ若い。顔も違えば身長も違う。彼の面影はない。

 だが見間違える筈がない。その鮮やかなマゼンタの色をしたカメラは、元々は彼の娘が所有していたのだから。

 いいカメラだね、と思わず声をかけていた。

 娘は写真を撮るのが好きだった。

 写真はもう、使い捨てカメラででも、何時でも誰でも、気軽に撮影できる時代になっていた。写真館でしか撮影できない写真があるという自負はあったが、あまり先行きの明るい商売でもない。

 子供は娘一人だけ。妻は娘が高校生の時に亡くなった。自分の代で写真館を畳もうと栄次郎は考え、娘はごく一般的な会社勤めをしていた。

 彼と初めて会ったのは、どの位前の事になるのだろう。栄次郎にとっては、過去現在未来という直線での時間把握は、感覚が曖昧になって久しい。

 彼は写真を撮るのが、とても下手だった。

 ピントが合わずぶれた写真、何を写したいのか被写体が明確でない風景写真。

 娘は彼に、実に楽しそうに写真を教えていた。

 その頃は、下手くそだねぇと苦笑するのが栄次郎で、でも好き、と言うのは娘だった。

 彼はとある企業で研究職をしている、とだけ聞いていた。娘は彼の誕生日に、自分の持つカメラのうち、限定カラーのマゼンタの二眼レフを贈った。

「このカメラ、面白いの。上から覗き込んで、風景を切り取るのよ。まっすぐ覗くより、ファインダーを通じて世界を見てる、って気分になれる」

 娘は彼に、確かそんな言葉を語った。

 二人はカメラを持って、何度か日帰りの旅行にも行った。写真を自分で現像して、娘はそれを、幸せそうに眺めていた。

 二人はきっと結婚するのだろう。

 そう思って、栄次郎は嬉しいような寂しいような腹立たしいような、不思議な気持ちを噛み締めていたのに。

 栄次郎は、今でも、何故自分がここでこうして、いや、様々な世界に自分が同時に存在しているのかが分からない。

 彼は自分が本来は存在している筈のない人間である事を知っていた。

 だが、娘に彼を会わせてやりたいとは思う。だから彼をずっと探し続けてきた。

 もう娘は恐らく戻ってこないのだろうし、彼も違う人間だ。

 それでも、夏海と彼は、きっと新しく始める事は出来る筈だ。

 何度も何度も、世界は崩壊した。

 夏海はその度に、彼を許さず拒絶した。

 もうこんな繰り返しは終わりになればいい。そう思う。

 もういない人間、あるはずのない世界。

 どうすれば終わりになるんだい。娘に訊ねるが、答えは返ってきはしない。

 

***

 

「駄目です、士君!」

 夏海の制止に耳を貸さないで、士はベッドから起き上がって靴を履いた。

「俺の体は何ともない。医者も言ってたんだろ?」

「それは、そうですけど……でも」

「でももへちまもない。鳴滝といい加減決着をつけてやる」

 士は明らかに怒っていた。口調はいつも通り皮肉気でぶっきらぼうだが、目が据わっている。

 隣でまだ目を覚まさないユウスケが、自分を庇って大怪我を負った事を知ったからだ。

「士君、無茶しちゃ駄目です! 目が覚めたばっかりなんですよ!」

「そんなのは関係ない。俺は俺のしたい事が、ようやく分かってきたんだ」

 士は、夏海を見ないで前を見て呟いた。

「士君の、したい事、ですか」

「そうだ。俺は、自分にもお前にも恥ずかしくないように生きたい。お前がもし許してくれないんだとしても、最後まで、自分はお前達と仲間だった、って思いたいんだ」

「私が許すとか何とか……全然意味が分かりません」

 夏海は不満げな声を漏らして、士の横顔を見た。

 何故士が突然、そんな事を言い出すのかが、全く分からなかった。

「お前、俺の事、許してくれるか」

「えっ」

「俺のせいで世界はぐちゃぐちゃだし、ユウスケも大怪我した。いつもでかい事言ってる割に、俺はまだどうする事も出来てない。こんな俺を、許せるか」

 士の質問に、夏海は困惑して押し黙った。

 許すも何も、夏海は士が悪いとは思っていない。

 原因が士にあるのは確かだが、それは士が望んだ結果ではない事も分かっている。

「……よく……分からないですけど。士君、私が見てない所で何か、私に言えないような悪い事したんですか」

「いや……してない。と思う」

「じゃあ、私には許さなきゃいけない事なんて何もないです。許せない事があるとしたらツケを払ってない事ですけど、それは絶対に払ってもらうからいいです。おかしいですよ士君、急に変な事言い出して」

 夏海が笑ってみせると、つられて士も笑った。

 やや、切なげに士は笑う。

「こんなのはもう、終わらせなきゃいけないんだ。今すぐにでもな」

 言って士は立ち上がり歩きだした。夏海も立って士の腕を引き、引き留めようとしたが、軽く振り払われた。

「……待て、よ、士」

 その声に、ドアを出ていこうとした士は足を止めて振り返った。

 ユウスケが、体を起こして、厳しい顔つきで士を見ていた。

「ユウスケ! 寝てなきゃ駄目です!」

 ユウスケは、夏海の言葉を聞いて、首をゆらりと何度か横に振った。顔色はやや青白いが、目の光ははっきりとしている。

「何の用だ。怪我人は大人しく寝てろ」

「俺も、行く……」

「ばっ……お前、何言ってるんだ?」

 口をあんぐりと開けた士に向けて、ユウスケは左の腕を差し出してみせた。左手を何度か、開いて閉じる。

「確かに怪我はしたけど、この通り……ちゃんと動く。俺も、戦える」

「……ばっ……馬鹿かお前は! 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかったぞ!」

「そう何遍も馬鹿って言うな。馬鹿は馬鹿なりに、一生懸命やってるんだ」

 ユウスケが人懐っこく笑って、その顔を見た士は何も言えなくなった。

「お前が何て言っても俺は行く。でも、出来れば一緒に、行かせてくれ」

「駄目だ! お前は戦うな!」

「何で?」

 ユウスケの質問に答えられず、士は息を喉に詰まらせて黙った。それを見てユウスケがまた、ふっと笑った。

「……何となく分かってるんだ。俺の力の代償が、黒いクウガのあの姿なんだって」

「……」

「心配してくれてるんだろ。何だか嬉しいな」

「……そんなんじゃない。大怪我をしてるお前の面倒なんか見てられない状況なんだ。お前はもう戦うな」

「今、戦わなかったら、いつ戦うんだ? 今戦わなかったら何の意味もないし、戦わなかった事を後悔するなんて嫌だ」

 士はやはり答えられなかった。でもユウスケが戦う事はない。そんな事を言っても、このお節介で強情な男が納得する筈もない。

 どうしたら止められるのだろう、どうしたら。

「…………とにかく、来るな」

「俺はお前の相棒だろ。そう思ってたのは俺だけで、ただの俺の勘違いなのか」

「……違う、けど来るな」

「士!」

 怒鳴ってつい力が入ったのか、ユウスケが痛みに顔を顰めた。

 そら見ろ、と呟いて士は息を吐いたが、ユウスケはすぐ歪んだ顔を引き戻して、士を見た。

「勘違いしてるみたいだけど、俺は、別に、死にたくて行くわけじゃない」

「じゃあ何で、俺を庇うなんて馬鹿な真似をする!」

「仕方ないだろ、体が勝手に動いてたんだから」

「駄目だ駄目だ、また体が勝手に動いて痛い目を見るような奴を連れて行けるか!」

「……分かった。もう聞かない」

 低い声で告げてユウスケは、無言で腕のガーゼを剥ぎ取り、差し込まれていた点滴を引き抜いた。

「おい、ユウスケお前……!」

「これだけはいくらお前や夏海ちゃんに言われたって譲らないぞ。俺は行く。絶対にだ」

「……この、分からず屋! 好きにしろ、もうどうなっても俺は知らんぞ!」

 怒鳴りつけて士は部屋を出て早足で歩き出した。

 夏海は困りきった様子で、士の背中とユウスケを交互に見る。

「ユウスケ、そんな怪我で行ったら、ほんとに死んじゃいます! やめて下さい!」

 実際に涙を堪えているのだろうか、泣きそうな声で夏海が叫んだが、ユウスケは夏海に笑ってみせた。

「大丈夫だって。俺、負けたりしないよ」

「……だって」

「俺、クウガだからさ。夏海ちゃんがそんな顔しなくていいように、その為に戦いたいんだ」

 にっこりと笑われると、夏海はもう何も言えなくなった。

 小野寺ユウスケの笑顔は不思議なのだ。底抜けに明るくて、見る人を安心させて、嬉しくさせる。

 ユウスケは靴を履いて起き出して、ベッドの脇に備え付けられた棚を開けていた。服を探しているのだろうか。

「ユウスケ……服は、血まみれで破れちゃってるから捨てられちゃいました」

「えっ、そうなの? ……まあ、そりゃそうか」

 困ったように頭を掻いて、困った顔のままユウスケは歩き出した。

「ま、いいかこれで。夏だし。じゃあ俺、行ってくる」

 軽く言ってユウスケは駆け出した。止める間もなく夏海の横を通り過ぎる。

「ちょっと、ユウスケ!」

 夏海が慌てて後を追うが、ユウスケは立ち止まらない。

「夏海ちゃんは危ないから待ってて!」

「ユウスケ!」

 BOARD職員が、患者衣のままで素足にスニーカーを履いたユウスケを、すれ違いざまに不思議そうな目で見つめるが、ユウスケは立ち止まらなかった。

「待って、待ってくださいユウスケ!」

 待っていろと言われて夏海が大人しく待っている筈がない。彼女もまたユウスケを追って外へと駆け出していった。

 

***

 

「よう、さっきぶりだな」

 BOARD正門前で、士は足を止めた。人気はなく、車の往来もない。周囲は先程の戦いや、魔化魍が暴れた痕跡で荒れ果てている。

 道の先に、鳴滝が立っていた。

「丁度いい、あんたに聞きたい事が出来たところだったんだ。あんた、鎌田を連れてきたのは実験だって言ってたよな。あれは、イレギュラー要素を突っ込んで結果を変える為の実験か」

 士の質問に、鳴滝は軽く首を縦に振って答えた。

「そうだ。ディケイドが滅びるという結果を生み出す為の実験だよ」

「ま、そんなとこか。もう一つ。夏海は、()()()()()()()()のか」

 次の質問を耳にした途端、鳴滝は目を見開いて、士を睨みつけたが、ややあって口を開いた。

「彼女はああしてしっかりと、生きて存在している」

「それは分かってる、そういう話をしてるんじゃない。生まれてくる筈だったのに、生まれてこられなかったんじゃないかと聞いてる」

 遠目に見ても分かるほど、鳴滝の顔色はさっと変わった。眼だけは、相も変わらぬ憎しみを込めて士に向けられている。

「……黙れ。貴様などに何が分かる」

「分からないな。俺はあんたじゃない、分かる筈がない」

「貴様は私から全てを奪って、大ショッカーの手先と化して、彼女に間違いを続けさせている!」

「あんたの婚約者は死んだんだろう」

「違う、まだ、そこにいる!」

 息を切らせ、拳を握りしめて、鳴滝は叫んでいた。

「……もう、終わらせたいんだ。ディケイド、お前さえいなくなれば、全て終わるんだ……」

「終わりゃしないだろう」

 やや目を細めて鳴滝を見つめる士を、鳴滝は必死の形相で睨み返した。

 暫く睨み合っていると、後ろからユウスケが士の横に駆け込んできた。

「士!」

「……お前なあ……。まあいい、どうせ引っ込んでろって言ったって聞きゃしないんだろ」

「当たり前だ」

 笑ってユウスケは言うが、顔色は青ざめているし、息は荒い。誰がどう見ても、相当無理をしている。

 それでも、今ここで退けば、ユウスケはきっと自分で自分を許せなくなってしまうのだろう。

 この、目の前の男のように。

「鳴滝、あんたはやり方を間違えたんだ」

「……何だと?」

「あんたは自分で戦うべきだった、自分が仮面ライダーになるべきだったんだ。それなのに、他人がつける為のベルトを作って、自分の戦いを門矢士に預けちまった。だから、ディケイドが滅ぼうが何が起ころうが、あんたにとっては何も終わらない。あんたは、許してもらえないと思っているからだ」

 まっすぐに前を見て、士はゆっくりと言葉を発した。

「……私には、戦う力などなかった。私は私の、出来ることをしただけだ」

「あんたは、根本的な勘違いをしている。戦う力さえあればライダーって訳じゃない。笑顔を居場所を夢を守りたい。戦えない人の代わりに戦う。人を、思い出を、人の祈りを、大切なものを守りたい。そういう気持ちがあるから強くなれる。そして、時には間違って悩みながら、自分と戦い続けている。理想なんて綺麗なもんじゃない、戦う気持ちを、あんたが持てば、それで良かったんだ」

「私には、そんなものはなかった!」

「でも生まれたんだろう、人を好きになって」

 暫しの無言の後、答えの代わりに、鳴滝の背後に銀のオーロラが出現しすぐに消えた。

 黒いクウガは、先程見た時と同じように、誰に向けているのか分からない殺気を漲らせて仁王立ちしていた。

「俺も、俺自身の戦いをしなくちゃならないんだ。もう通りすがりはやめだ。行くぞユウスケ」

「おうっ」

 士はディケイドライバーを腰に当て、カードをセットする。ユウスケは構えをとる。

「変身!」

 二人は同時に叫ぶ。次元を超え体を包む幻。体を変質させ戦う為の武器と化す。

 彼等がその力を得たのは偶然にすぎなかったのかもしれない。だが、その力を使い戦い続けてこられたのは、彼等の持つ弱さと強さゆえだった。

 ディケイドはライドブッカーをガンモードに構え、クウガは腰を落としてファイティングポーズをとる。

「今日こそ、今日こそ本当に終わりだ。ここでお前を滅ぼして、決着をつける、ディケイド!」

「こっちもいい加減、あんたの逆恨みの相手はうんざりだ。これで終りにしようぜ」

 

***

 

 意気込んではみた、負ける気はない。だが、我彼の実力差は圧倒的だった。

 あんな重く速い攻撃を繰り出す相手など、敵味方問わずいなかったし、離れていればいたで、恐らくクウガの能力によるのだろう、燃やされる。

 そして黒いクウガには躊躇や迷いはない。

 まさに最強。戦う為だけにある存在だった。

 同じ攻め方を繰り返した所で、恐らく結果は同じ。ならばとにかく手の内にあるものを、何でも試してみるしかない。

「おいユウスケ、あれをやるぞ」

「あれ……って?」

 答えずにディケイドはカードを取り出しドライバーにセット、ドライバーをクローズした。

『Final Form Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

「あれって、それか、うおっ!」

 途端にクウガは浮き上がり、まるで機械のように複雑に変形をし、化身する。

 クウガゴウラムの上に飛び乗ったディケイドは、もう一枚カードをドライバーにセットした。

『Attack Ride Blast』

 黒いクウガの周囲を縦横無尽に、超高速でクウガゴウラムが飛び交い、そこから黒いクウガに向けてライドブッカーガンモードのエネルギー弾が幾筋も飛んだ。

 一発一発はそんなにはダメージを与えられていない様子だったが、自在に空を行き交うクウガゴウラムを、黒いクウガは捕捉し切れないようだった。攻撃は確実にヒットしている。

「よし、決めるぞ!」

『Final Attack Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 クウガゴウラムが更に速度を増し、その鋸を標的に向け、一気に黒いクウガへと迫る。それを駆るディケイドは、空高く跳び上がり、黒いクウガに標的を定め、キックを放った。

 クウガゴウラムの鋸が黒いクウガを捉えた、そう思った時。

 黒いクウガは暫く後退った後止まった。その両手は、がっちりとクウガゴウラムの鋸を捕まえて押さえている。

 そして捕まえたクウガゴウラムを、黒いクウガは力任せに斜め上へと押し返し放った。

「うわあああぁぁぁっ!」

 ユウスケの叫び声が響いた。クウガゴウラムが飛んできたのは、ディケイドと黒いクウガを結ぶ直線上の軌道だった。

 ディケイドは無理矢理にキックの構えを解き、空中で姿勢を崩して更にクウガゴウラムと衝突する。

 二人はもんどり打って地上に叩きつけられ、その衝撃でクウガゴウラムもクウガへと姿を戻した。

「そんな小細工が、この”凄まじき戦士”に通用するとでも思っているのか、馬鹿共め」

 心底嬉しそうに顔をほころばせ、鳴滝が嘲るようにディケイドに向かい言い放った。

 それを聞いているのかいないのか、ディケイドは打った左肩を右手で押さえながら立ち上がった。

「おいユウスケ、あれが小細工だとよ……どうする?」

「考えんのは、士の仕事だろ。いつもの、調子で、任せておけって、言ってれば……いいんだよ」

「簡単に言うな」

 クウガは起き上がれないのか、アスファルトに膝をついたまま悪態をついた。

 聞けば、左胸に黒いクウガの手刀がめり込み、出血もひどかったという。今こうして、動いて変身しているのがおかしい位の状態な筈だ。

 それにしても解せない。やや考え、士は黒いクウガを見た。

 彼は、積極的に攻めこんでこない。殺気だけは満ちているのに、あまり動かない。ゆっくりと歩いてくる。

 彼がもし、攻撃を捌くのと同じだけの素早さで駆け込んで攻撃を仕掛けたなら、今の状態ではディケイドもクウガも対処出来ない事は明らかなのに、だ。あの、離れた相手を燃やす攻撃も、最初に使ったきり使ってこない。

 一度目の遭遇よりも、明らかに攻撃が緩やかになっている。

 何が原因なのかは分からないが、本当に心がないのであれば、実力差から二人を侮り鷹揚に構える事は可能性として有り得ない。

 ――もしかして、あの黒いクウガの心は、まだ完全には消えてはいないのではないか? それが黒いクウガの動きを抑えているとすれば。

 そうなれば、今二人が生き残る方策は、逃げるか、彼の心を何とかして取り戻すか、だ。

 鳴滝とは何としてもこの場で決着をつけなければならないし、その為にはあの黒いクウガをどうにかしなければならない。逃げるという選択肢は有り得ない。

 具体的にどうすればいいのかが全く分からない事が一番の難点だった。

 とにかく、ユウスケから可能な限り離れて時間を稼ぎ、ユウスケを少しでも回復させる。今のところ、それしか思い浮かばなかった。

 ディケイドはライドブッカーをソードモードに切り替え駆け出すと、三枚のカードを順に、続けざまにセットした。

『Kamen Ride Kiva』

『Form Ride Kiva‐Dogga』

『Final Attack Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

「どの程度通用するか分からんが……効いてくれよ!」

 キバ・ドッガフォームへと変化したディケイドは、その両手に握られた、巨大な拳の形をしたハンマー――ドッガハンマーを黒いクウガに向けた。

 握り締められた拳がゆっくりと開かれ、その掌に隠された瞳から、魔皇力が開放される。

 その魔力には、相手の行動を拘束し身動きを取れなくさせる効果がある。

 予想通りといえば予想通りだが、その力は黒いクウガの動きを完全に止めるには至らなかった。

 縛られた黒いクウガの手足が、考えられない事に、魔力を押し返すように少しずつ開く。押し返される反動が、ドッガハンマーにも伝わっていた。少しでも力を抜けば、魔力を跳ね返され吹き飛ばされる。

「規格外って……レベルじゃ、ないだろ!」

 敵を容赦なく叩き潰す、ドッガハンマーの生み出すオーラが放つ攻撃がこの技の第二段階だが、それに移ろうにも、少しでも気を逸らせばたちまち技が跳ね返される。ディケイドも黒いクウガも身動きはとれず、均衡が崩れない。

 耐え続けていたディケイドの後ろから、均衡を崩す者が駆けてくる足音が響いて、近づいてくる。

 ディケイドの頭上を高く飛び越え、赤のクウガが空を舞った。そのままの勢いで、クウガの右足が黒いクウガの鳩尾辺りへと叩き込まれる。

 反動を利用してクウガはディケイドの右横へと着地する。このチャンスを逃せば、後はないかもしれない。

 ドッガハンマーの上に、巨大な拳の形をしたオーラが形成される。キバ・ドッガフォームの姿をしたディケイドは、ドッガハンマーを振るい、勢いを付けてオーラの拳を黒いクウガへと叩きつけた。

 完全ではないとはいえ拘束され、クウガのキックを受けた黒いクウガは、その攻撃を避ける事ができなかった。大きく後ろへと吹っ飛び、仰向けに倒れた。

 ディケイドのフォームライドも終了し、その姿はキバ・ドッガフォームから本来のマゼンタのディケイドへと戻った。

「くそ……予想通りだが、大して効いてない、か」

 すぐに黒いクウガはゆらりと立ち上がる。しっかりと立ち上がったその脚に、ダメージは感じられなかった。

「いや士、俺、違うと思う」

「ん? どう違うんだ?」

「確かに回復力が凄いのもあるんだろうけど、もしかして、痛いとかそういうの自体がないんじゃないか」

 クウガの言葉に、ディケイドはやや感心した様子でクウガを見た。

 確かに治癒再生能力は高いのだろうが、それにしても効いていなさすぎる。クウガのキックにしろキバ・ドッガフォームの攻撃にしろ、並の怪人が喰らえば一撃で致命傷となる。

 効いていないように見えて、その実ダメージが蓄積されているという事は、可能性として大いに考えられた。

「それなら、どんどん攻めてみるか」

 言ってディケイドは、ケータッチを取り出し画面をタップする。

『Kuuga,Agito,Ryuki,Faiz,Blade,Hibiki,Kabuto,Den‐O,Kiva――Final Kamen Ride』

 より基礎攻撃力の高いコンプリートフォームで一気呵成に攻め込む。タップしたケータッチをベルトにセットすれば、永遠に続いていくかにも思える繰り返しの中に、新しい姿があった。

 ヒストリーオーナメントを肩に負い、ディケイドコンプリートフォームがそこに現れた。

 ディケイドは駆け出し、ライドブッカーを再びソードモードに切り替えて構え、黒いクウガに挑みかかった。

 間合いはもうだいたい分かっている。ぎりぎりのラインまでディケイドは踏み込み、斬撃が当たろうとも当たるまいとも、一つ剣を振るう度に下がり、また踏み込んだ。横合いからクウガも加わり、黒いクウガの攻撃の間合いまでは踏み込まないよう気を使いつつ、攻撃を繰り出していく。

 黒いクウガの拳が鼻先を掠める。一発でも喰らえば、また立ち上がれないようなダメージを受ける事は目に見えていた。

 だが、幸い、黒いクウガの動きは、先程よりも更に単調になってきていた。

 もし本当に、霊石アマダムがアークルの使用者の体内を全て支配しているのであれば、もう手遅れだろう。書き換えられてしまったものを元に戻す方法など恐らくない。

 だが、どうもそうは思えない。もし本当にアマダムが彼の体を全て支配しているなら、こんなちんたらしたやりとりに付き合っている筈はない。戦うという目的の為だけに動いているのならば、持てる能力の全てで、ディケイドとクウガを叩き潰さなければおかしい。

 彼がもし自分を取り戻せるのならば、その可能性がほんの少しでも残っているのならば。

 だが方法は依然として見当もつかない。苛立って、ディケイドは声を荒らげ叫んだ。

「おいあんた! あんたクウガだろう! ならあんたが、そんな事したい筈ないんだ!」

 ユウスケが振り向くが、違うお前じゃない、と短く言って、ディケイドは言葉を続けた。

「あんたが本当にしたかった事は何だ! それを思い出せ! あんたは、何かを守りたくて戦ってたんじゃないのか!」

 ディケイドの声に反応したのか、黒いクウガは静止し、両手を胸まで上げて、俯いた。

 

 

『だってやるしかないだろ、俺、クウガだもん』

『理由なんてないよね。だから……殺させない』

『そうだよ、だからこそ現実にしたいじゃない。本当は綺麗事が一番いいんだもの』

 

 ――本当にしたかった事、守りたかったもの。

 

 

「そうだ、思い出せよ。俺はあんたに何があったのか知らないが、あんたがクウガなら、絶対思い出せる筈なんだ!」

 

 

『こんな奴等の為にこれ以上誰かの涙は見たくない! みんなに笑顔でいてほしいんです!』

 

 

 絶叫が響き渡った。空気を震わせ、天に届き雲を突き破るかとも思われるような、低く太い、大きな声で。

 刹那、ディケイドは右後方に吹き飛ばされていた。

 今までディケイドが立っていた場所には、黒いクウガの姿があった。

 クウガには全く見えなかった。一体黒いクウガは、いつの間に動きいつの間にディケイドを殴りつけていたのか。

「士っ!」

 やはりクウガの体は、考える間もなく動き出して走り出していた。

 誰もいない場所を殴りつけようとして、黒いクウガの拳は繰り返し、ただ空を切っていた。

 駆け寄ってクウガは、後ろからそれを羽交い締めにし、抑えつけようとする。

「やめろよあんた! あんたは、人を傷つけたいのか! クウガは皆を守る戦士なんだろ、違うのかよ!」

 黒いクウガは凄まじい力で暴れ続ける。もとより抑えられるような力ではなく、左腕を思うように動かせないクウガはたちまち振りほどかれる。だがクウガは、諦めないで再度、黒いクウガを抑えにかかる。

「ユウスケ、どいてろ!」

『Ryuki――Kamen Ride Ryuki‐Survive』

 ふらつきながら何とか立ち上がったディケイドが、ケータッチの画面をタップしていた。

「駄目だ士、殺す気か!」

「他にどんな方法がある! そいつを黙らせないと、俺達は前に進めないんだ! お前はさっさとどけろ!」

 言ってディケイドはケータッチをベルトに戻し、カードをドライバーにセットした。

『Final Attack Ride Ryu‐Ryu‐Ryu‐Ryuki』

 ディケイドはソードモードのライドブッカーを構えた。後方に現れた物言わぬ龍騎サバイブが、その動きにシンクロする。

「どけろって言ってるんだ!」

「嫌だ、駄目だ士!」

 ライドブッカーと、ドラグブレードから衝撃波が放たれる。クウガの拘束を黒いクウガは身を捩って振り解き、振り返った。

「……えっ」

 目が、赤い。

 思わず声を漏らした刹那、クウガは吹き飛ばされていた。だが、龍騎サバイブの必殺の衝撃波を喰らった、という痛みや衝撃はない。

 すぐに身を起こすと、黒いクウガが赤い目をして、両手を広げて、立っていた。

「俺は…………俺……」

 黒いクウガが呟いた。若い男の声だった。

 広げた両手を、ゆっくりと引き戻して、黒いクウガは己の掌を見て、それを裏返し手の甲を眺めた。

「何だと……どういう、事だ……」

「どういうも何も、クウガならどうせ、誰かが危なけりゃ考えるより先に体が勝手に動くんだろ。そこでぽかんとしてる馬鹿みたいに」

 呆然とする鳴滝にディケイドは告げ、ライドブッカーの刃を右手で中段に構え、鳴滝へと向けた。

「さあ、どうする。あんたの邪魔もいい加減これで打ち止めだろう。大人しく諦めな」

「おのれ……おのれディケイド!」

「もうあんたに構ってる暇はないんだ。俺は、もう一人の俺を倒して、この世界を救ってやるんだからな」

「黙れ! ディケイド、私は貴様を決して許さない!」

 尚も鳴滝は、変わらぬ憎しみを込めてディケイドを睨みつけていた。

 ディケイドはそれを暫く眺めた後、変身を解除した。

「おい鳴滝。あんた、こう考えた事はないか。あんたが許してほしい人は、最初から憎んだり怒ったりしちゃいないから、許すことも最初から何もなかったのかもしれない、って」

「……何だと?」

「世界に拒絶されてんのは門矢士だ、あんたじゃない」

 大して面白くもなさそうな顔で言って、士は鳴滝の顔をじっと見つめていた。

 鳴滝は黙ったまま、現れたオーロラの中に消えた。

 誰もいなくなった車道を眺めて一つ息を吐いて、士はクウガの方を見た。

 クウガも黒いクウガも、既に変身は解除されていた。ユウスケは、悲しそうな顔で、黒いクウガだった青年が蹲っているのを見下ろしていた。

「一条さんが……一条さん…………俺が、俺が皆を…………俺が」

 青年は、何度も何度も、素手でアスファルトを殴りつけていた。

 呟きには嗚咽が混じっていた。

 ユウスケは声を掛けあぐねているようだった。行くぞ、と首を動かして促し、士はまた青年を見た。

「おいあんた。何があったか知らないが、俺達はもう行かなきゃならん。もしあんたに、まだ守りたいものがあるなら、その為に戦えるなら、俺達と一緒に来るか」

「……戦うって、何とですか」

「詳しく話すと色々と説明が込みいるが……怪人と、この世界を滅ぼそうとしてる元凶だ」

 青年は士の言葉を聞くと、何度か腕で顔を拭って、顔を上げた。

 茫洋とした、どこか優しげで眠たげな顔つきをしていたが、士を見つめる眼の光は意志の強さを感じさせた。

「だってグロンギは……もう全部いない筈じゃ」

「どうせ信じられないだろうから話半分に聞いておけ。今あんたがいるのは、あんたがいた世界とは別の世界、パラレルワールドみたいなもんだ。ここに今、グロンギだけじゃない、色んな世界の怪人やら怪物が、あちこちのパラレルワールドから大集合してる。俺達はそれを止める為に戦う」

「……俺にはもう、守るものなんて、何も残ってませんけど……」

 言って青年は、目を細めて遠くを見て口の端を上げて、寂しそうに笑った。

「そこの彼に言われた事、ぼんやり覚えてます。クウガの力は、皆の笑顔を守る為にある、って。俺も、そう思います。正直、今すごく混乱してて、どうすればいいのか分からないんですけど……もし誰か泣いてるんだったら、俺、戦わなきゃいけないんだって思います」

「……別に無理はしなくていいんだぞ。気持ちの整理なんかつかないだろ」

「大丈夫ですよ……だって、俺……やっぱり、クウガだから」

 言うと青年はまた、ふっと寂しそうに笑った。

 一度俯くと立ち上がってズボンの埃を払い、青年は士とユウスケを見る。

「俺、五代雄介っていいます。宜しくお願いします」

「門矢士だ」

「あ、小野寺ユウスケ、です。宜しく」

 やはり薄い笑みをうかべたままで青年が己の名を告げて、士とユウスケもそれぞれに名乗りを上げた。



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(14)果てなき償いの地にて

 このままではまずい。

 苛立って天道は忙しなく左右に視線を送った。

 大量に湧いていたミラーモンスター達が増える勢いは未だ衰えないし、後方からも、オルフェノクだのファンガイアだの、続々新手が現れている。

 いくら個々の能力が高くても、戦いの基本は数。物量に勝る力などない。

 ライダーといえど人間。戦い続けていれば疲弊していく。

 特にずっと戦い詰めのガタックとレンゲルの疲れは目に見えて現われていた。

 こちらのガタックも力を抑えて戦う事を知らないのかと天道は思ったが、それを咎める気にはならなかった。

 ただ一人の友を思い起こさせる不器用なひたむきさは、美点だと思われた。

 しかし、このままではいずれどうしようもなくなる。奴はまだ現れないのか。天道の表情は険しくなっていた。

 突然、後方――戦車が展開して、新手と戦っている側――が、騒がしくなった。

 見ればそこには、ファイズエッジを構えたファイズが二人。

「っしゃあ!」

 そして城戸が気合いを入れる声、龍騎サバイブと龍騎が駆け込んでくる。

 その後ろに、キバと黄金のキバ、それにアギト。

 黄金のキバ――紅渡は、天道の方へと駆け寄ってきた。

「すみません、遅くなりました」

「構わん。それより剣崎の姿がないようだが、何処にいる? お前と一緒じゃなかったのか」

「……黄色のディケイドに、封印されました」

「何だと?」

 天道は動揺を隠し切れず、声を大きく上げて渡を見た。

 彼は不死、他の誰が犠牲になっても、恐らく彼は最後まで残るだろう。

 誰もがそう考えるように、天道もそう考えていた。

 加えて、彼は強かった。もし敵が封印の為の手段を持っているとして、おいそれと封印されるような不覚をとるとは考えづらい事だった。

「門矢士達が剣立カズマに、解放の方法がないかを聞きに行った筈です」

「剣立ならもう来ているが、何も聞いていないな。とりあえずその話は後にしよう。お前も行ってくれ、手が足りん」

「分かっています。では」

 マントを軽く翻して長剣を右手に構え、渡もファンガイア共の群れへと向かい駆けていった。

 

***

 

 倒しても倒しても敵がいくらでも向かってくる、きりがない。

 この二、三日はずっとそんな状況だったが、今日は特に酷い。

 カズマも疲れていないではないが、それより、カズマが到着する前から戦い続けていたレンゲル――ムツキの足元が、やや覚束なくなってきている。

 背後からレンゲルをその爪に掛けようとしたゲルニュートを袈裟に斬り付けて、返す刀でその後ろにいたやはりゲルニュートに刃を浴びせる。

 剣崎一真のように、ブレイドが空でも飛べたら、こいつらも一気に片付けられるのに。

 無いものは仕方がないが、だんだんぼんやりとしてきたカズマの頭には、そんな思考が浮かんでいた。

「くそっ!」

 呻いてレンゲルが、カードを一枚ラウズした。

『Blizard』

 レンゲルラウザーから生み出された冷気が、眼前のミラーモンスター達を襲い、何体かを一気に凍り付かせる。

 それを見て、カズマは何か強い違和感を感じていた。

 何かとても重要な事を思い出せていない気がする。

 だが、一体何について思い出せないのかが全く分からないうえ、思い出す為にゆっくり考え込んでいる余裕などない。後ろから殴り付けられ、カズマは前へとよろめいた。

 前から迫ってきた腕の横薙ぎを身を低くして躱し、膝のバネを使って、体を起こしざま、斬り付ける。

 ぼうっとしていてはいけない。分かっていたが、思い出せないのが気になり過ぎて、目の前の事に集中しきれない。

 ムツキとカズマは、いつの間にか敵の群れの奥深くまで踏み込み、完全に孤立していた。二人とも向こう見ず、当然の結果とも言えたが、これはまずいという事は、カズマも恐らくムツキも感じていた。

 戻るにも、敵の数は多く完全に包囲されている。

 ブレイドは、ラウズカードによって剣やキックを強化して戦う、一対一の近接戦闘を基本的に想定している。

 基本的に全て敵同士で群れる事がないアンデッドと戦う為に開発されたのだから当然だったが、今のような多対一の状況には、向いているとは言い難かった。

 さらに状況は悪化していく。ミラーモンスターの群れを割り、一体の新手が現れた。

 そいつは、極彩色のミラーモンスター達とは少し様子が違っていた。

 髑髏のような顔立ち。体色は、暗い臙脂と黒。あちらこちらからパイプのような物が飛び出し、体の別の箇所に接続されている。そしてパイプの他に、体に直接鋲が打ち込まれ、紫色の金属のような質感のバックルが腰に光っていた。

 世界の融合が始まって以降、今まで何体もの怪人を見てきたが、その姿は融合が始まって以来動きを見せていないアンデッドに一番近かった。

 そいつはまず、手近なレンゲルへと攻撃を繰り出す。パンチをレンゲルラウザーで捌き、レンゲルは蹴りを見舞う。当たりはしたが、大して効いていない様子で、そいつは再度、レンゲルの胸を殴りつけた。

「うわっ!」

 レンゲルが吹っ飛ぶ。覆いかぶさるように襲い来るミラーモンスター達に斬りかかり追い払い、カズマはもう一度、アンデッドのようなそいつを見た。

 本部からの連絡は何も入ってこない。アンデッドサーチャーには依然として何もかかっていないのだろう。ならばこいつはアンデッドではないのだろうか。

「カズマ、このままじゃ!」

 やや情けない声で、レンゲルが叫んだ。

 ――……レンゲル。

 一瞬、何かを思い出しかけて、カズマはレンゲルを見た。

 そうだ。レンゲル、ラウズカード、そして剣崎一真。やっと思い出した。

 レンゲルには、会社の規則で許可のない状態での使用が禁止されているカードがあった。それを自分の判断で使えば、ライダーの資格を剥奪されて即解雇。非常に危険なカードだからだ。

 そういう話は聞いていたが、カズマはレンゲルではなくブレイド。そのカードを実際に目にする機会もなかったし、ムツキは当然使った事はない。記憶の中に紛れ込んでしまっていたのだ。

 だが、それを使えば、今のこの状況は恐らくひっくり返せる。

「ムツキ、リモートのカードを貸せ!」

「えっ……あれは使用禁止だし危険だ、何を血迷って……」

「だから俺が使うし、何なら俺に無理矢理奪われたって報告して構わないから! 考えがあるんだよ、いいから貸してくれ!」

 カズマに強く言われ、レンゲルは渋々、カードホルダーからリモートのカードを取り出し、カズマへと放った。

 カードを受け取ったカズマは、ラウザーのカードホルダーを展開してカードを一枚取り出す。そして、受け取ったクラブスートのカテゴリーテン、リモートのカードをラウズした。

『Remote』

 ラウザーから射出された緑色の光に、取り出したカードを放り入れると、カードは光を発して掻き消えた。

「……剣立カズマ、感謝するぞ。俺を、この戦場へと再び呼び戻してくれた事を」

 目の前には、カズマの思惑通り、封印された男――剣崎一真の、ひょろ長い痩躯があった。

「俺に何か命令するといい。何でも聞いてやる。そういうカードだ」

「……俺は命令はしない! あんたの好きなようにやってくれ!」

「そうか、分かった。そうさせて貰う」

 襲いかかるミラーモンスター達を生身のまま、蹴りで捌きつつ、剣崎は答えた。いつの間にかブレイバックルをその手に持ち構えている。

 レンゲルは再度、先程の正体不明の怪人に襲いかかられていた。援護に向かおうとして、カズマは何か思い出したように剣崎を振り返った。

「あっ、やっぱり一つ命令!」

「何だ?」

「もう絶対封印されるな、これだけ守ってくれ!」

 その命令を聞くと、呆れた様子で、剣崎一真は口の端を歪めて笑った。

「分かった、出来るだけ努力しよう」

 言って剣崎は振り返ってカズマに背中を見せ、ブレイバックルを腰に当てた。ベルトが瞬時に生成され、バックルのレバーが引かれる。

「変身!」

『Turn Up』

 生成されたオリハルコンエレメントが剣崎の先に立つ敵を薙ぎ倒し、止まる。剣崎がそれに走り込み潜ると、もう一人の仮面ライダーブレイドが現れる。

 剣崎はすぐに踵を返すと、カズマ達の方へと駆けながら、左腕アタッチメントのカードホルダーからカードを取り出していた。

「うわあっ!」

 レンゲルは依然、正体不明の怪物相手に苦戦していた。蹴り倒されアスファルトに転がったレンゲルを庇うように、カズマではないもう一人のブレイドが立ちはだかった。

「あいつの名前はトライアルD、お前達では倒せない、下がっていろ」

「……あなたが、カズマが言ってた剣崎って奴なのか? 何でリモートで、あなたが出てくる」

「その質問に答えている時間はない」

 背中からレンゲルの不審そうな眼差しを受けるが、構わずに剣崎は、カードをアタッチメントにセットし、もう一枚のカードをラウズさせた。

『Absorb Queen,Evolution King』

 カード名がコールされると、ブレイドの体から光が発せられ、十三枚のカードの力が、その鎧に宿っていく。

「何だ……何なんだ、あなたは?」

 目の前に立っていたのは、ムツキが見た事もないブレイドだった。その鎧は黄金に輝き、装甲はより厚く、右手には大剣が握られていた。

 剣崎はゆっくり振り向いて、ムツキを見た。

「俺は、仮面ライダーブレイドだ」

 答えて、重醒剣キングラウザーを左下段に構え、剣崎は走り出す。

「剣立、どけ!」

 後ろからの声にカズマが反応して、脇へと飛び退ると、キングラウザーの突きは正体不明の怪人の胴を(あやま)たず捕らえていた。

 怪人は後ろに吹っ飛び倒れこみ、腰のバックルが開く。

「……! やっぱりアンデッドか!」

「待て、あいつは封印出来ない」

「えっ」

 コモンブランクを取り出し投げようとしたカズマを、剣崎が手で制した。

 怪人のバックルは再び閉じ、ゆらりと立ち上がる。

「あいつはトライアルD。アンデッドと人間の遺伝子を掛け合わせ生み出された改造実験体だ。トライアルは、アンデッドと同じく不死な上に、封印出来ない」

「そ……それって、どうするんだよ! アンデッドは殺せないから封印するんだろ?」

「消滅させる」

 低い声で剣崎は告げ、キングラウザーを右上段に構えた。右上腕、右肩、左肩のレリーフ、そして胸部の一際大きなコーカサスオオカブトのレリーフと、腰のブレイバックルが光を帯びる。

「ケンザキカズマ……オマエハ、ユルサレナイ……」

 トライアルDと呼ばれた怪人は、そう声を発した。ゆっくりと剣崎に向かっていく。

 レリーフとバックルの光は、キングラウザーへと吸い込まれていった。

「俺は許されようなどとは考えていない。お前は、滅びろ!」

『Royal Straight Flash』

 剣崎とトライアルDを結ぶ直線上に、エネルギーで描かれた五枚のラウズカードが、ホログラムのように浮かび上がる。

 キングラウザーが振り下ろされると、閃光が走った。

 それは瞬く間にトライアルDを飲み込み、そしてその後方にいた、無数のミラーモンスター達をも、包み込んでいった。

 爆風が吹き荒れる。カズマは飛ばされないように足を踏ん張ったが風に押され、やや後方に後退った後、風が止んだ。

 カズマは顔を上げると、剣崎を見た。

 眼前にあれだけいた怪人達は、何処へ行ってしまったのだろう。まだ残っているにはいるのだが、まばらに散らばっていて、アスファルトは黒い焦げ跡がずっと向こうまで続いていた。

 カズマは声を発するのを忘れたように、剣崎の背中を見つめた。

 本当に、消滅させてしまった。

 これが、ブレイドの力だというのだろうか? これが?

 自分の装着しているライダーシステムに、薄ら寒いものを感じて、カズマは息を飲んだ。

「おい、他の奴等はどうしている」

 剣崎が振り返り、そうカズマに訊ねていた。カズマはもう一つごくりと息を飲んだ後、声を出した。

「向こうで、戦ってる」

「よし、合流するぞ」

 やや躊躇った後、カズマは頷いた。

 剣崎は彼を暫く眺めていたが、何も言わずに、合流する為に走り出した。

 ぷるぷると何度か首を横に振り、何かを振り払って、カズマもそれに続いた。

 

***

 

 背後で巻き起こった轟音と爆風に尾上タクミは気をとられ、動きを止めた。

 だいぶ離れた場所で、閃光が煌めいて消えた。爆風と思しき強い風が、ここにまで届く。

 気配を感じ取り、タクミは身を捩った。

 丁度脇腹のあった部分を、刺だらけの鞭が掠めていった。

 センチピードオルフェノク。門矢士と共に倒した筈だったのに。

 恐らくタクミの世界とは別の世界から来たのだろう彼は、続け様に鞭を振るって、横に後ろに逃れるタクミの動きを追った。

「チンタラやってんじゃねえよ!」

 横合いから柄の悪い声が響いて、もう一人のファイズが駆け込んできた。

 彼は鞭を躱しながらセンチピードオルフェノクとの距離を瞬く間に詰めて、ファイズエッジを突き出した。

 センチピードオルフェノクはたまらず後方のオルフェノクを巻き込んで倒れるが、すぐに体勢を立て直し立ち上がった。

「おいお前、ぼんやりしてんな!」

「は、はい、すいません!」

「謝る間に、とっとと戦え!」

 もう一人のファイズは舌打ちをして、横から迫ったグロンギに、脚を高く上げて正面から足の裏を当てにいく、所謂ケンカキックを見舞っていた。

 たぶん悪い人ではないが、柄と口が悪い。タクミが乾巧という、この自分とは別のファイズに抱いた印象だった。

 同じファイズでも、世界が違えばここまで性格が異なるというのが、不思議だった。

 タクミは、ただ、由里の夢を守る為にオルフェノクと戦うという事しか、考えていなかった。それは今も変わっていないのかもしれない。

 このもう一人のファイズは、何の為に、戦っているのだろう。

 気にはなったが、そんな事をのんびり聞くゆとりはなかった。

「うあっ!」

 乾巧の声が聞こえた。センチピードオルフェノクの鞭に捉えられたのか、吹っ飛ばされ後ろに転がっていく。

 タクミは駆け出した。

 センチピードオルフェノクに向けてファイズエッジを横薙ぎにするが、簡単に躱される。それでもタクミは構わず、もう一度ファイズエッジを上段から振り下ろした。それも躱され、やや距離が開く。

 負けない、絶対に負けたくない。強くそう思う。

 人類の進化だとか世界の征服だとか、そんな訳の分からない事の為に、踏み躙られて、いい筈がない。

 タクミはただ、普通に学校に通い、由里の夢を応援していられれば、それだけで幸せだと思えた。きっと誰にだってそんな、ささやかだけれどもかけがえのない、小さな幸せがある。

 それを守りたい。それがきっと、今のタクミの夢だ。

「やあああぁぁっ!」

 タクミは既に、センチピードオルフェノクの鞭の内側に踏み込んでいた。振り下ろされた拳をぎりぎりで躱し、空いた胴目がけて、ありったけの怒りを込めて、ファイズエッジを振るった。

 高熱の刃はセンチピードオルフェノクの胴をしっかりと捕らえていた。右肩を捕まれたが構わず、左手で腰のファイズフォンのカバーをスライドさせ、エンターキーを押し込む。

『Exceed Charge』

 電子音声を合図に、左手をファイズエッジのグリップに戻し、一気に振り抜いた。

 ファイズエッジが通り抜けた後、センチピードオルフェノクの体は青い炎に包まれる。体を駆け巡り燃やし尽くしたフォトンブラッドが溢れ出しΦ(ファイ)の字を赤く描いて、灰が崩れ落ちた。

 タクミの息は上がっていた。動かなければ、そう思ったが、思いとは裏腹にタクミは、緩慢な動作で振り返り風に撒かれる灰を見ていた。

 もう、勘や本能しか働いていない。後ろの気配に回し蹴りを見舞うと、やや体がふらついた。

 本能だ。それに、呑まれそうになる。呑まれたら戻って来られなくなる。力に溺れて、仲間を増やす事しか考えなくなる。

 由里の顔と、彼女の撮影した写真を、必死で、思い出せるだけ思い出そうとした。

 当然隙を狙われる。タクミに飛び掛かった何か――恐らくグロンギを、乾巧が横合いから押さえ、膝蹴りを叩き込んだ。

「ぼやっとしてんなって言ってんだろうが! 死にたいのか!」

 グロンギを殴り飛ばして乾巧は叫んだ。タクミは、何度か首を横に振った。ようやく、体のコントロールが戻り始める。

「……すいません、足手纏いになってしまって!」

 ファンガイアの振るう爪を躱してタクミが叫ぶと、乾巧は面白くなさそうにグロンギを殴り付けて、叫んだ。

「誰がそんな事言った! やるじゃねえかって言いたかったのに、お前がボヘッとしてるから言えないんだろうが!」

 タクミは、乾巧への印象を、改めなければいけないと思った。多分物凄くいい人だが、非常に分かりづらくなってしまっているのではないか、これは。

「はい、すみません!」

 タクミが答えると、乾巧は詰まらなさそうに、ふんと鼻から息を吐いていた。

 

***

 

 芦河ショウイチは、いつの間にか孤立してた。

 なるべく他の者達と離れないようにと気は使っていた筈だが、敵の数が多すぎ、いつの間にか流されてしまっていたようだった。

 捌いても捌いても現れる敵と戦っていると、だんだんと訳が分からなくなってくる。

 一体どれだけ殴り倒したのか、どの位の時間戦い続けているのか。あやふやになってくる。

 そこに、アギトが現れた。自分とは別の、もう一人のアギト。紅渡の仲間にアギトがいると聞いていたから、驚きはしなかったが、自分ではないアギトの姿を見るのは妙な感じはした。

 彼は無駄のない流れるような動きで、次々にミラーモンスター達を叩き伏せた。隙のないその動きは、武道の達人を思わせる。

 そして、現れたもう一人のアギトは、腕を伸ばし体の前で交差させるとそれを脇腹に引き、逆手に両手の拳を握った。

 ゆっくりと左腕を伸ばし、右腕を伸ばして再度交差させる。

 腰のベルト――オルタリングが、芦河ショウイチが見た事のない形に変化した。中心の宝玉の色は紫、赤い爪が三つ付いている。

 両腰に手を当てると、アギトの姿が、変わっていく。

 額のクロスホーンは展開され、赤く色が変わっている。そして全身も、アギトの黒と金から、黒と銀、赤へと変わっていた。

 その姿が感じさせるのは、漲る力と、静かながらも確かな強い意志。

 彼は、薙刀を二つ連結し、片手で扱う為に柄を短くしたような武器をベルトから取り出す。それを二つに分け、二刀流でそれぞれの手に持つ。

 そして、まるで舞でも踊るかのように、彼は両手の曲刀を舞わせ、滑るように敵を薙いだ。

 見る間に、もう一人のアギトとショウイチの周囲に空間が出来ていった。

 なんて速さだろうと、ショウイチは内心で舌を巻いていた。

 すると、銀のアギトがこちらへと駆け寄ってくる。彼はショウイチの横で立ち止まると、二つの曲刀を一つに連結し戻した。

「大丈夫ですか、怪我とかないですか!」

 銀のアギトの声は、若い男のものだった。武道の達人、とはあまり縁の無さそうな、ごく普通の青年といった印象の声にショウイチは違和感を覚えながら頷いた。

「良かった。皆と離れてるのはあんまり良くないですから、合流しましょう。危ないですから、ちょーっと離れてて下さいね」

 明るい声だった。

 ますます意外さに違和感を強めて、ショウイチはやはり頷いて後ろに下がった。下がればミラーモンスターがまた襲いかかってくるが、ショウイチは銀のアギトから出来るだけ目を離さないよう、向かってくる攻撃を躱す。

 銀のアギトは、アギトで言えばオルタリングの中に武器を仕舞いこむと、構えをとった。

 銀のアギトの前に、紺碧の色をしたアギトの紋章が、一つ、二つ、浮かび上がる。力の凝り固まったようなその紋章は、ミラーモンスター達をはじき飛ばしているようだった。前方で、声が幾つも響いた。

 何だ、あれは?

 ショウイチはそこに、途轍もなく強い力を感じていた。銀のアギトは深く腰を落とすと、眼前の一つ目の紋章目がけて、飛んだ。

 紋章を潜ると、驚くべき事に、銀のアギトは地面と平行に、二つ目の紋章へと猛スピードで飛び続けた。周囲の怪人達を蹴散らしながら、だ。

 やがて止まり着地し、銀のアギトはショウイチに向かって、手招きをした。

 モンスター達は次々爆散し、銀のアギトが進んだ後には道が出来ている。ショウイチは襲ってきた敵を蹴りつけてうっちゃって、その道へと駆け込んだ。

 銀のアギトは再び二つの曲刀を手にし、眼前の敵を薙ぎ払っていた。

 このアギトは一体何者なのか。そもそもこれは、アギトなのか。

「あんた……アギトなのか」

 銀のアギトに追い付き、ショウイチは思わず疑問をそのまま口にしていた。

 銀のアギトの横に並んで、前方の敵を殴りつける。

「そうですよ、俺、アギトです!」

「その姿は何なんだ?」

「アギトって、人間の可能性、進化し続ける力って、言ってた人がいました! そういう事なんだと、思いますよ!」

 その答えに、ショウイチは驚いて、銀のアギトを見た。

 ショウイチはただ、変わってしまったものは仕方がないと、己の置かれた状況を諦めていた。

 これから自分のような、アギトへと変化する人間が増えていくというならば、助けになりたいとは考えている。だが、この力を進化だとか肯定的な言葉で考えた事はついぞ無かった。

「あんたは、進化だと思ってるのか!」

「……俺、人間の事もアギトの事も、信じてますから! 人間もアギトも、前に進んで行ける、進化できる。そして絶対、信じあえるって!」

 敵をひたすらがむしゃらに蹴り付け殴り付けつつ前に前にと進むと、詳しい名前などは知らないが、他のライダーらしき者達が戦っているのが見えてきた。

 この銀のアギトは、本当に受け入れて信じているというのだろうか。この、まるで怪物の如くに変化してしまった自分を、受け入れられるというのか。

 宿命だと諦めるのではなく、信じ合い分かり合えると。

 ショウイチは、もっとゆっくりとこの銀のアギトに、アギトについて話を聞きたいと思った。

 囲みが破られて、道が切り開かれる。いつでも、こんな風に進んでいけたなら。

 

***

 

 ゼロノス・ベガフォームが構えた剣を横薙ぎにする。二体の怪物が、後ろに吹っ飛ぶが、致命傷には至っていないようだった。

 一体何なんだ、この状況は。侑斗は内心で毒づきつつ、周囲を見た。

 

 オニ一族との戦いも終わって、良太郎が子供のまま戻らないのを除けば、平穏が戻った筈だった。

 だがそれも束の間。時間の中が、歪み始めた。

 あちこちの線路は切れ切れに分断され、迷路さながらに曲がりうねった。何の前触れもなくトンネルがどんどん増えていく。

 折角、路線を人間の未来に繋げた筈が、今度は何処にも繋がらなくなってしまった。

 そして、見も知らぬ怪人達が街に溢れた。

 もう一人の良太郎が現われたのは、そんな時だった。

 子供の良太郎と大人の良太郎が並んでいる様は、かなり奇怪だった。

 以前、牙王との戦いの際にも同じような状況があったが、この良太郎は過去や未来から来たのではないという。

 大人の方の良太郎は、話を聞きデンライナーに駆け付けた侑斗を、暫く何も言わないで見つめ続けていた。

「お前……野上か? 何で野上が二人居る?」

 声をかけると、大人の良太郎は堪えきれなくなったように顔を歪めて、ぼろぼろと涙を零し始めた。

「侑斗……侑斗が、生きてる……」

「人を勝手に殺すな」

 大人の良太郎の言葉は不可解だった。見れば、後ろでコハナが、弱った様子の顔で肩を竦めていた。

「どうしたんだ野上、何が悲しいんだ? それとも何処か痛いのか? デネブキャンディーあげるから、これ食べて元気出して」

 侑斗の後ろにいたデネブが、どこから取り出したのか飴を、大人の良太郎に差し出した。

 それを受け取って、掌の中のデネブが描かれた包装紙の飴を見下ろして、大人の良太郎は、止まらない涙を拭いながら、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。

「ありがと……デネブ、やっぱり優しいんだね。僕の知ってたデネブと、一緒だ」

 この大人の良太郎は、間違いなく本物の良太郎だろう。どういう理由でこの場に居るのかは分からないが、この青年は野上良太郎その人としか、侑斗には思えなかった。

 ふと見ると、イマジン達に混じって、一人、知らない男が座っていた。

 目が合うと、三十を過ぎた程の年齢と思われるその男は、にこりと笑った。

 今まで男の存在に気付かなかった理由が、何となくだが分かった。男は、首から下が、どことなくイマジンに似ていた。黒とも紫ともつかない体色の体は、異様に発達した筋肉に覆われている。

「……取り敢えず、こんなんじゃ話も出来ない。野上……の大きい方。お前、落ち着くまで別の車両行ってろ」

 大人の良太郎は、侑斗の言葉に頷いて、侑斗とデネブの脇を通り、食堂車を出ていった。カウンターの中にいたナオミが、心配そうな顔をしてその背中を見送っていた。

「おい亀、お前あの大きい方の良太郎に憑いた時、何か分からなかったのか」

 今まで黙っていたモモタロスが、珍しく神妙な口調で口を開いた。

 問われたウラタロスは暫し考え込み、首を横に何度か振った。

「何でぇ、何も分からなかったのかよ」

「……これは、僕から話すべきじゃないと思う。あの良太郎が話す気になれたら、話してくれると思うよ。今の状態についてはヒビキさんに聞けばいいんだし」

 ウラタロスの言葉を受けて、不審な男が、その通りと言いたげに大きく頷いた。名前はヒビキと言うらしい。

「ヒビキ、っていうのか。あんた何者だ。何で良太郎がもう一人居る。今のこの状態について、何か知ってるのか」

「うん、これから説明するけど、君達の名前も聞いていいかな?」

「桜井侑斗だ」

「デネブです。初めまして、侑斗を宜しくお願いします」

 無言で侑斗は、後ろのデネブにチョップを浴びせた。痛い、と抗議の声が上がる。

「お前ちょっと黙ってろ、話がややこしくなる」

「酷いよ侑斗……ヒビキさんにもキャンディー食べてもらいたいのに」

「話の後にしろ」

 そのやりとりを見て、ヒビキがくすりと笑った。

「……やっぱ、京介じゃないんだなぁ」

「何だ? 誰だって?」

「あ、何でもない。君が知り合いにあんまり似てるもんだから、ちょっと思い出してただけだよ」

 やや寂しげに笑ってから、ヒビキは経緯を掻い摘んで話した。

 ディケイドという存在が原因で九つの世界が融合し、放っておけばやがて消滅してしまうという事。裏で糸を引く大ショッカーという組織、黄色いディケイドの存在。ヒビキと良太郎はそれを阻止する為に別の世界からやってきた存在で、他にも仲間がいる事。

 あまりにも荒唐無稽な内容だった。普段の侑斗なら、一笑に附していたかもしれない。

 だが、ヒビキの語る融合の現象は現実に起こっている。そして、話の内容の荒唐無稽さは、電車が空を飛んで時を超えるのと同程度のものだ。それなら、少なくともこの場にいる者達にとっては、有り得ない事ではないのだ。

 やがて大きい方の良太郎も落ち着きを取り戻して、食堂車へと戻ってきた。ヒビキと大きい良太郎に協力を頼まれ、侑斗達はこうして、異常発生した怪人の群れのただ中に来たのだった――。

 

 しかし、それにしても、数が多すぎる。剣の柄で後ろの敵を殴り付けて、侑斗は舌打ちした。

 つい今さっき、道の先で大きな光が起こり、物凄い風が吹いたが、その様子を確かめる暇もなかった。

 右前方の敵を切り払い、牽制の目的も合わせて、周囲に肩の銃口から弾丸を浴びせる。

「侑斗!」

 横合いから大人の良太郎の声がして、振り向くと、後ろから迫っていたモンスターがライナーフォームの体当たりを受けていた。

「……僕、僕が、侑斗を絶対、守るから!」

 大人の良太郎が叫んで、目茶苦茶に敵へと斬り掛かっていった。

 別の世界の存在だか何だか知らないが、良太郎は良太郎だった。弱いくせに無茶をして、その無茶をやり遂げてしまう強さがある。

 放っておくと危なっかしくてかなわない。だけれども、きっとやってくれると信頼できる。

 ライナーフォームに掴み掛かろうとした異形を蹴り倒して起き上がりざまに袈裟懸けに剣を一閃する。

 また、道の先で轟音が響いた。暫くして、金と銀の二人組が囲みを破って飛び出してくる。その更に向こうでは、金と紺色と緑の三人組が、やはり囲みを破り抜け出してきた。

「翔一君に剣崎君! 無事だったんだ!」

 その二組を見て、近くにいたヒビキが声を上げた。二人組が、それを聞いて一斉に横を見た。

「剣崎さん! 良かった、解放されたんですね!」

「あんた……カードになっちまったんじゃ」

 恐らく剣崎と呼ばれた男なのだろう。鎧を纏った三人組の中で一際重装備の金の鎧が、軽く頷いた。

「細かい話は全部終わってからだ。今の状況を聞きたい」

「ああ、状況なら多分天道君が一番分かってるよ、向こうにいる」

 言ってヒビキが、ずっと危険極まりない場所に武装もせずに立っているのに、何故か誰も何も言わない男を指差した。

 大人の良太郎の話では彼も仲間で、変身してなくても強いから心配いらないと言われた。そうは言われても心配だったが、ややもするとお節介な大きい良太郎が言うのだからと、その存在はあまり気に掛けていなかった。

「暫く頼みます」

「任せといて」

 ヒビキに告げて金の鎧は駆けていった。よっしゃ、とヒビキが小さく気合いの声を上げた。

 先程までに比べると、モンスターの数は随分と目減りしているように見えた。

 状況はきちんと掴めないが、考えている間に敵は襲い掛かってくる。

「よし、頑張ろう侑斗!」

「ああ、そうだな。俺達がかなり強いって事、教えてやらないと」

 胸のデネブの言葉に侑斗は答えて、剣を構え直した。

 

***

 

 BORAD正門前で、夏海が下を向いて、首を横に振っていた。

「絶対、駄目だ」

「そうだよ夏海ちゃん。今度ばっかりは、俺も士も、夏海ちゃんを守る余裕、多分ないと思う」

「大体、お前が来て何をするんだ。笑いのツボ攻撃か」

 口々に士とユウスケが告げるが、夏海は納得できない顔をしたまま、下を向いていた。

「よく分かんないんですけど……私も、行かなきゃいけない気がするんです。危なくないようにしますから」

「だから何でそう思うんだ」

「……分かりません」

 既に士とユウスケ、そして五代雄介と名乗った青年は、ヘルメットを身に付け、バイクを出そうとしているところだった。

 五代雄介はバイクがない為、マシンディケイダーの後ろに乗せていく事になっていた。

「……話にならんな。まあどっちにしろ、理由があってもお前を連れていくつもりはない」

 夏海は下を向いたまま、しゅんと肩を落とした。

「ここなら武装もしてるみたいだし、他の所よりは幾らかは安全だろう。いいか、こん中で大人しく待ってろよ」

「大丈夫。俺達絶対、帰ってくるからさ」

 士とユウスケの言葉に、夏海は返事をしなかったが、先程迄のように頑なに首を横に振る事もなかった。

 三人はそれぞれバイクに跨り、走りだしていった。夏海は顔を上げて、二つのバイクの後ろ姿を見た。

 もし自分がディケイドの夢を見ていた事に何か意味があるのなら。

 夏海はきっと、その場にいて、見ていなくてはいけないのだ。戦いの結末を。夢でそうしていたように。

 何故そんな風に思うのかは説明できなかった。ただ、そう思えて仕方がない。

 道の先を見やるが、バイクは走り去りもう見えなかった。

 何も考えていなかった。夏海は気付けば、駆け出していた。

 危険な事は十分に分かっていたし、足手纏いにしかならないのはこの間、嫌というほど思い知ったのにそれでも、脚が動いた。

 何故こんなにも、心が急かされるのだろう。分からなかった。それでも夏海は、ひたすらに、走っていった。



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(15)明日にとどく

 空を覆うように、虹色の欠片が集い、舞い踊り集まっていく。やがて、砕かれし同胞の欠片が寄り集まったものは、形を成した。

 ――サバト。

 天を塞ぎ陽光を遮るその巨大な異形を、地を駆け回る者達が見上げた。

 それはまるで、美麗なステンドグラスで彩られた、巨大なシャンデリアのような形をしていた。

 クレーンのような腕が蠢き、獣の頭が咆哮を上げた。

 それには見境がない。青白く輝いた熱の塊が幾つも幾つも地上に向け放たれる。その熱量は、敵味方の区別などせず炸裂し、地を焼いた。

「おい、渡っ!」

「分かってるよ。頼む、キバット」

 ()()を知る者、紅渡は、天を睨みつけながら、腰脇に取り付けている幾つものフエッスルのうち一つを取り出した。

「キャッスルドラーンっ!」

 高らかに角笛の値が鳴り響いた。やがて、微かに、段々と音量を増して、羽搏きが近づいてくる。

 その羽搏きは、二つの方向から迫っていた。

「ありゃあ……どっちも反応しちまったみたいだな」

「問題ないよキバット、キバは二人いるんだ」

 言って渡はキバを見た。キバは、分かっている、と言うように軽く頷いた。

 黄金のキバと黒のキバ、二人はそれぞれの方向に駆け出した。

 

 二つの巨大な城――キャッスルドランがサバトに食らいつき火球を浴びせる様を見て、剣崎は上に向けていた目線を眼前の天道に戻した。

「お前は封印されたと紅から聞いたが」

「それは今問題じゃない。解放されたばかりで状況が分からない。今の状況とお前の考えを聞かせろ」

 ぴしゃりと言われ、だがしかし、天道は可笑しそうに軽く笑った。

「見ての通り融合が再開した。再開してもうだいぶ経つ、状況はあまり良くないし、このままではジリ貧だ。だが俺は、奴が現れるのを待っている。俺の目の届く所に出てきてもらう、その為にここに戦力を集めた」

「……成程、奴はまだ現れないのか」

「そうだ。何か、待っているのかもしれん」

「……何を?」

 剣崎の疑問に、天道はかぶりを振った。

「分からん。奴の必勝法は滅びをただ待つ事の筈だが、奴は恐らく自分でライダーを倒す事に拘っている。性格から考えてもただ待つなど絶対にしないだろう。にも関わらず姿を見せないのは、何かを待っているから、位しか理由が浮かばないな」

 確かに、黄色いディケイドが姿を見せる事がなければ、こちらの打つ手はなくなる。

 ディケイドは、その存在自体が世界を崩壊に導く切り札。

 だが、奴はそれを絶対にしない。奴の目的はライダーを滅ぼす事。リ・イマジネーション達は世界と共に消滅させられるとしても、天道や剣崎のような別の世界から来た者達は、この世界が滅んでも消えはしない。必ず自分の手で片付けようとするだろうし、何人居たところで自分が負ける筈がないと考えているだろう。

 天道の考えは、概ね正しいように思われた。剣崎はやや考え込んだ後、分かった、と短く言った。

「それなら俺は、戦って待てばいいという事だな」

「精々気をつけてくれ。お前がいるといないとで俺の目算が大きく狂う。元々が城戸並に甘い奴なのは察しがつくが、程々にしてくれ」

「……そこで城戸に勝ってもあまり嬉しくないからな。気をつけよう。」

 剣崎の答えは、相変わらず低く抑揚のない声だったが、それを聞いて天道は、可笑しそうに笑いを見せた。

 それには反応を返さず、ぷいと振り向いて踵を返し、剣崎は駆け出していった。

 

***

 

 二つの城と巨大なシャンデリアの死闘は、遠くからでも目視する事ができた。

 士とユウスケ、五代も、バイクを走らせながらその光景に気づいていた。

 先を行くマシンディケイダーが一度止まり、続いてトライチェイサーがその脇に停止した。

「おいユウスケ」

「ああ、あれは、キバだな。キャッスルドランが二つって事は、二人ともいるんじゃないか?」

「だな。あそこを目指すぞ」

「…………何ですか? あれ」

 五代は、ぽかんと上を見上げて、城とシャンデリアが怪獣大決戦さながらに空中戦を繰り広げる様を眺めていた。

 どうにも説明が難しい。士はヘルメットの上から軽く頭を押さえた。

「……きっちり話すとやたら長くなるから省略して説明するとだ。俺とユウスケの他にも戦ってる奴等がいて、あの城はそいつらの内のキバって奴の持ち物だ。今それを使って戦ってる、様だ」

「へぇ……世界は広いんですね。あちこち冒険したけど、あんなの初めて見た」

「……それは、そうだろうな」

 何があったのかは詳しく聞いていないが、まだ自分に起こった事が割り切りきれていないのだろう。五代雄介という青年の表情はあまり明るくはなく、口も重かった。だがそれでも、彼がとてもマイペースな人物であるという事は言葉の端々から十二分に伝わってきた。

 何せこの状況に対するリアクションが薄すぎる。対応しきれていないにしても、あまり動揺していないという事だ。

 そのマイペースな彼が、先程驚きを見せた。思い出しながら士は、再度アクセルを回しマシンディケイダーを発進させた。

 

「本当にすいませんでした!」

「いやもう、いいですよ。五代さんだって別に好きでやってたんじゃないし、ほらもう割と平気ですから」

 何度謝っても気が済まないとばかりに謝り続ける五代に、ユウスケが飽きずに同じ答えを返して、左腕を動かしてみせた。

「本当にもう……大丈夫なんですか? そんなに時間も経ってないのに……?」

「はい、そりゃ痛いけど、動かせないわけじゃないし」

 五代が顔を上げて、訝しげな眼差しでユウスケを見た。

 自分も黒いクウガの時は斬られた傍から皮膚が再生していたのに、驚きすぎではないだろうか。五代の様子に、士は不審を覚えた。

「どうせクウガだから大丈夫とか言うんだろ。本人が大丈夫って言ってんだから、あんたももう気にするな」

「はい……でも……」

「でも、何だ?」

 五代は答えづらそうに目を伏せた。士は面白くなさそうな顔で、鼻から長めに息を吐いた。

「アマダムが傷を治してる、だがその代わり、クウガの体はアマダムに乗っ取られていく。あんたが言いたい事はそれだろ」

「……知ってたんですか」

「まあな。だがそこまで詳しくは知らん。他に何か気になる事はあるか?」

 当の本人にとっては初耳の話だった。ユウスケはびっくりしたように目を見開いて士を見た。

 士の言葉に五代は頷いたが、やはり言い辛そうに目線を外した。

「……俺も、何回か死にかけてアマダムに治された事はありますけど、こんなに早く治った事はありません」

「クウガのあんたから見ても、異常だって事か?」

「はい……。小野寺さんは、もしかしたらアマダムと()()()()()体質なんじゃないかって。クウガは俺一人だったんで、そういうのがあるのかどうか分からないんですけど」

 ふむ、と士は感心したような声を上げたが、ユウスケは困惑した表情で五代を見ていた。

「例えばだ、ユウスケ。お前、俺と会ったときに最初に戦ってた未確認は、確か七号だったな」

「……そうだけど、それがどうしたんだよ」

「その頃お前は、もう赤と青と緑と紫、四つの力を使えるようになっていた」

 やはり驚いた顔で、五代はユウスケを見た。ユウスケはますます困惑する。

「……俺が、四つ全部使えるようになったのは、ええと確か……二十一号です。俺は、桜子さんが解読してくれた古文書を頼りにしないと、力の使い方が分からなかった」

「ユウスケ、お前はどうやって四つの力を見つけ出した?」

「それは……何となく」

「……何となく、ビジョンが見えて? どう使うのかをはっきりと?」

 五代は厳しい顔をしていた。困惑したまま、ユウスケは頷いた。それがおかしな事なのだとは、ユウスケは露程も思っていなかった。

「……何なんだよ、二人して。何て言われたって、俺は、戦うからな」

 泣き出しそうな、怒ったような、困り果てたような顔をして、ユウスケは憮然とした声を上げた。

 そう言うだろうとは思っていたが、あまりにも予想通りすぎた。

 士は呆れ果てた顔でユウスケを見て、五代は止めないのか、苦しそうな顔をして俯いた。

 顔まで憮然とさせて肩を怒らせながら、ユウスケはバイクを取りに歩き出していった。

 

 士はもう諦めていたからいい。ユウスケはどうせ何を言っても聞かない、無理やりにでも戦う事が分かっている。

 だが何故、五代は止めようとしなかったのだろうか? 戦う事がアマダムとの融合を更に進めるのだと知りながら。

 この男にも、ユウスケが止めても聞かないだろう事は分かっていたのだろうか。

 五代は自身が、戦う為だけの生物兵器と化してしまう危険性を認識していたようだった。だがそれでも、戦う事を辞められなかったのだろう。

 だからユウスケの気持ちが、分かったから止められなかったのだろうか。

 ――まあいい、ユウスケがどうにかなったとして、また俺が無理矢理にでも引きずり戻してやりゃいいんだ。

 自棄糞気味に無理やり結論をつけ、士はスピードを上げる為、アクセルを握りこんだ。

 

***

 

 キャッスルドランから、青い流星の如くに射出されたものがあった。

 地に降り立ったそれは、狼のような姿を持っていた。

 ただ、毛並みは、トルコ石のような青。そして二本足で立ち、右手に曲刀、左手に小さなトランクケースほどの大きさの、中心部に穴が開き持ち手が付いた、箱型の機械を持っている。

 その狼――ガルルは、前方に居た二人のファイズ目がけて、箱型の機械を投げた。

「忘れ物だ!」

 ファイズのうち一人がそれをキャッチする。そして、まるで初めて見るように眺めていた。

「忘れたんじゃねえ、置いてったんだよ、余計な事すんな!」

 受け取らなかった方のファイズが、ガルルに向かって叫んだ。ガルルは、斜め後方から迫ったファンガイアに刀を浴びせて、そのファイズを見た。

「使うか使わないかはお前次第だろう、だが持っておけ! 狼の誼みで届けてやったんだから、有り難く思え!」

 言いたい事を言って、ガルルはキャッスルドランに向かって走ると、飛び上がった。チェスの駒のような形に変わり、彼はキャッスルドランへと吸い込まれていった。

「ったく、好き勝手言いやがって! そんなでかいもん、使わないのに持ってたって邪魔なんだよ、クソ狼が!」

 乾巧は、キャッスルドランに向かって大声で悪態をついた。タクミが、不思議そうに乾を見た。

「これは何ですか」

「……ファイズブラスター。それにコードを打ち込めば、ファイズギアが再起動して、ブラスターフォームって奴になれる。強力だが、反動がでかい」

「……反動、ですか?」

「今の俺にはちょっときついんだよ。そうだ、それ、お前が使え」

「ええっ?」

 タクミは、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。迫ってきたグロンギの体当たりを躱して背中を踏みつけて、乾はタクミを見た。

「使い方は教えてやる。別に俺専用のもんって訳じゃない。……ああそうだ、大事な事を忘れてた。お前、どうやってオルフェノクになった?」

「…………えっ」

「割と大事な事だ、答えろ」

 動揺のあまり、タクミは迫ってきた右腕を躱せなかった。ファンガイアに殴り倒されて、地面に転がされてしまう。

 横合いから乾が走り込み、ファンガイアを押さえた。タクミは立ち上がって、乾が抑えている奴を、右の拳で殴り左足で蹴りつけた。

「尾上、答えろ!」

「何で、知ってるんですか! 何で!」

「何でも何も、ファイズはそうじゃねえとなれねえだろうが!」

 乾に怒鳴り返されて、タクミは乾を見て、固まってしまったように動けなくなった。

 ファイズが、オルフェノクじゃないとなれない?

 そんな事、タクミは今まで知らなかった。

 ファイズギアをタクミに渡した人は、渡されて以来会っていない。そんな事は教えてくれなかった。それどころか名前だって知らない。

「……事故で」

「なら多分、大丈夫だ!」

 何が大丈夫なのかがタクミには全く分からなかった。動けないタクミを尻目に、乾は立ち上がったファンガイアをファイズエッジで薙ぎ払いつつ、更に叫んだ。

「変身コードを入力してエンターを押せ!」

 言われてタクミは、ファイズブラスターという名前らしいその箱型の装置を見た。刳り抜かれた中心部の下辺にキーが並んでいる。

 多分これを押すのだろう。でも僕が、押さなきゃいけない?

 タクミはキーを押そうとして、躊躇したまま動けなかった。

「尾上、お前、さっさとしろ!」

 ファンガイアの腕を押さえ、腹に蹴りを叩き込みながら、乾が叫んだ。だが、タクミの手は、動こうとしなかった。

 そうだ、タクミはオルフェノクだ。ずっと隠しながら生きてきた。ばれてしまったけれども、積極的に明かそうとは思わない。

 何で、どうして。その思いがタクミの思考を埋め尽くしてしまった。

 オルフェノクでも関係ないと言ってくれた人はいる、由里だって理解してくれようとしている。だけれども、そんなに簡単に、はいそうですかと割り切れるような問題ではなかった。

 手が動かない。泣きたかった。手が動かせない自分について、乾巧もオルフェノクなのだろうという事について。何故どうして。

「おい尾上、お前、お前に、夢はあるか!」

 唐突な質問だった。タクミはぽかんとして、乾を見た。乾はまだファンガイアと組み合っていた。

「俺はある、その為だったら、何だってしてやる! ファイズブラスターをよこせ、俺がやる!」

「……あなたの夢って、何ですか」

 力の入らない声で、タクミはそう聞いた。

 乾のファイズエッジが、ファンガイアの胸を貫いていた。それを引き抜くと、ファンガイアは硝子の破片に変わり、砕け散った。

 乾は、ぱっと振り向いてタクミを見た。

「世界中の洗濯物が真っ白になるみたいに、世界中の皆が幸せになりゃいいって思ってるよ! お前はないのか、そういうの!」

 およそ、乾巧の今までの言動からは想像がつかない内容だった。それを聞いてタクミは、首を横に振った。

「……僕、由里ちゃんの夢を守りたいです、皆が、見た夢を叶えられるようにしたい。だから、やります」

 小さい声でタクミは告げた。手が、動く。五のキーを三回押して、エンターキーを押した。

『Standing By』

「最初っからグダグダ言ってないでやりゃあいいんだよ! ファイズフォンをセットしろ!」

 言われるまま、タクミはドライバーからファイズフォンを抜き出し、ブラスターへとセットした。

『Awakening』

 音声が響いて、ファイズのスーツが再構成されていく。フォトンストリームを巡っていたフォトンブラッドがスーツに流れ出して、スーツ全体が赤く発光する。逆にフォトンストリームは光を失って黒くなり、背中にユニットがつく。

 今の俺にはちょっときつい、そう言った意味が分かる気がした。

 通常のファイズのスーツでも負荷はある。使った後の疲れは酷い。だが今のこのブラスターフォームという姿は、その比ではない。

 まるで命が喰われているような感覚がある。動きは軽いが、精神への負荷が強い。気を抜くと、今自分が何を考えているのかがすぐ分からなくなる。

「そのまま、143を入れろ!」

 左右と、迫ってきたオルフェノクにパンチを入れながら乾が叫んだ。それに従って、一、四、三、エンターとキーを順に押すと、ファイズブラスターが変形を始めた。

『Blade Mode』

 トランクボックスは、大きめの剣へとその姿を変えていた。フォトンブラッドで生成された刃が、赤く光っていた。

 持ち手を握り締め、タクミは乾と組み合うオルフェノクに向かって、剣を突き出した。

 躱す間もなくオルフェノクは刃を受けて、瞬時に砂へと変わり崩れ落ちた。

 なんて、力だろう。

 タクミは、恐ろしくなってこくりと生唾を飲み込んだ。こんな力、こんな強い力が、必要なんだろうか。それが素直な気持ちだった。

「……やりゃ出来るんじゃねえかよ。ったく、手間掛けさせやがって」

 乾は面白くなさそうに言って、再び、ファイズエッジを右下段に構えた。

 そうだ、この人は、何でもやると言った。

 本当に何でも出来るのかは別として、何でもしたいのだろう、きっと。タクミがそうであるように。そう思えた。

「よし、行くぞ」

 乾の言葉にタクミは頷いて、今度は迷わずに、ブレードを構えた。

 

* * *

 

 背後のビルに、キャッスルドランの吐き出した火球が炸裂した。

 後ろで巨大なものが地面に激突する音がした。砂埃が舞い、ぱらぱらと粉塵が落ちてきた。

 それでも天道総司は、そこから動こうとしなかった。

 戦線は膠着状態。ガタックは下げ、マスクドフォームで後方支援を行うよう命じた。一進一退の攻防が続いている。

 だが、とうとう膠着を破るものが現れた。天道が期待しない形で。

 二つの戦線に、怪人達に紛れ闖入してきたのは、大ショッカー戦闘員の黒い姿だった。

 そして、天道の前に、一人の怪人が立っていた。

「先日の屈辱、晴らさせてもらうぞ、天道総司」

 灼けた赤の鎧に白いマント、右手に剣左手に太陽の盾。大ショッカー大幹部・アポロガイストが姿を現わしていた。

「……俺が今会いたいのはお前ではない。今は忙しい、他をあたれ」

「どこまでも吾輩を愚弄するのか! さっさと仮面ライダーに変身しろ!」

 心底興味のない天道の口調を、馬鹿にされたのだと受け止めたらしい。アポロガイストは激昂し叫んだ。

「やれやれ……身の程を弁えないというのは恐ろしいものだ」

 天道が呟くと、時空を割り、カブトゼクターが飛来し、その右手に収まった。

「各小隊に告げる。指揮官・天道総司はこれよりマスクドライダーシステムにて変身し、戦闘態勢に入る。命令は状況が変わり次第順次伝えるが、各小隊長は各々の判断にてライダーを支援し敵を殲滅されたし」

 一方的に告げて、天道はインカムのスイッチを切り、カブトゼクターを既に装備していたベルトへとセットした。

「変身」

『Henshin』

 ヒヒイロカネで生成されたアーマーがハニカムを描きながら、全身を覆っていく。

 仮面ライダーカブト・マスクドフォームは、クナイガンをアックスモードで構え、アポロガイストを見、右手を掲げて天を指した。

「教えてやろう。天に太陽はただ一つ。眩く輝く太陽とは、この俺だ。貴様のような太陽になれなかった亡霊は、本物の太陽の輝きの前に消え去るのみだと悟るがいい」

「抜かせ、小賢しいだけの小童が!」

 いきり立ち振り下ろされたアポロガイストの剣を、アックスの柄ががっちりと捕らえ防いだ。

 

***

 

 ここは、一体何処なのだろう。

 空を飛ぶキャッスルドランが見えたが、それもすぐに高いビルの影に隠れてしまった。

 そもそも走ったからといって、バイクに追い付ける筈もないし、中途半端に融合してしまった街並みは、方向感覚を狂わせた。

 いつまでも走り続けていられるほど、体力があるわけでもない。

 夏海は息が上がり、へとへとの状態になって、それでも歩き続けていた。

 どうして前に進むのかが自分でも分からない。それでも、急き立てられるように脚が動いた。

 ぱちぱちと音がした。道脇で、切れた電線が上からだらんとだらしなくぶら下がって、揺れている。

 割れたガラスを靴裏が踏みつけて、ざりざりと音が鳴る。

 車が何台も横転して、まだ黒い煙を上げているものもある。そして蒼褪めた顔で倒れて動かない人、人、人。

 アスファルトが濡れて黒く染まっている。車から漏れたガソリンなのか人から流れた血なのか分からない。

 逃げ出したい、夏海は確かにそう思っていた。それなのに、脚が中心へと進む。

 脚がやっと止まる。恐怖の感情から、止まらざるを得なかった。

 右と左の横道から現れたのは、ワームの蛹だった。

「……ひっ!」

 しゃっくりをしたような、裏返った高い声が自然と喉から漏れた。

 慌てて振り向くと、後ろにもやはり、ワームの蛹がいた。

 相手も夏海を既に捕捉していた。何匹もの、ぬめった緑色をした虫が、一斉に夏海目掛け走り出す。

「やっ……嫌、嫌ーっ!」

 叫んだ事、そこまでを夏海は覚えている。固く目を閉じて、それからの事を覚えていない。

 

 

 車窓の外には海が見えた。

 どんどん後ろへと流れていく海の風景。鋭く白い日差しが、波頭をきらきらと照らしている。

 向かいにいる男の顔は見えなかった。見ている筈なのに、何故か酷くぼんやりとしていて、認識出来ない。

 ――本当は、思い出さなきゃいけないのは、私の方なんじゃないでしょうか。

 ふと、そう思った。自分はさかんに何かを楽しそうに話しているようだったけれども、自分で話している筈なのに内容が全く分からない。

 列車の、やや薄暗いオフホワイトの車内は、人もまばらだった。ブラウンのシートに腰掛けた男が、ジュースの缶を差し出した。

「それにしても、綺麗な海ね」

「そうだね。今度ゆっくり、二人で見に来たいな」

「あなたが忙しすぎるのがいけないんじゃない?」

「それを言われたら、何も言い返せない」

 男が苦笑した。自分は、苦笑を返したようだった。そんな風に顔の筋肉が動いている、多分。

 男はカメラを首から提げていた。ニコンの、馴染みの深い黒の、古い型のように見える。

 カメラがよりコンパクトな形へ、デジタルへと舵を切るずっとずっと前のもののように見えた。

「あなた、ずっと海を見たいって言ってたんだから、こんど海を撮りに行きましょう。夏のうちがいい」

「夏のうち? どうして?」

「だって海って、やっぱり夏が一番綺麗だもの。人がいっぱいいて、輝いてて、何処までも青いの。春とか冬も趣はあるけど、一番はやっぱり夏じゃない?」

「泳ぎたいとかじゃないんだ?」

「それもちょっとあるかな」

 男は多分楽しそうに笑っていたし、自分も笑っているのが分かる。

 だけれども夏海は()()()()()

 このささやかな約束は果たされる事はない。決して。

 

 

 目が覚めると、青い複眼が視界に飛び込んできた。

「大丈夫か、おい、気付いたか」

 仮面ライダーカブト、でも、天道総司の声ではなかった。

 夏海はぱちくりと何度か瞬きをして、カブトをじっと見つめた。

「……私、ここ、何処ですか」

「何処なのか、っていうのは俺にも分からない。君、門矢士と一緒に居た子だろう」

 夏海はアスファルトの上に寝転んでいるようだった。手をついて体を起こす。何処にも痛みはない。

「……あなたは?」

「天堂屋のマユの兄、って言えば通じるのかな」

 まだ頭はぼんやりしていたが、夏海はその言葉に頷いた。天堂屋のマユといえば、カブトの世界で出会った少女だった。

 そしてその兄・ソウジは、クロックアップシステムの暴走の為に、一人別の時間流に閉じ込められ帰ってこられない筈、だった。

「……ソウジさん、でしたっけ、どうしてここに。クロックアップは」

「色々あってこの通りだ。君は何でこんな危険な場所に一人でいるんだ?」

 聞かれて夏海ははっとして、周囲を見回した。

 ここは何処なのだろう。何処に行けば、士に追い付けるのだろう。

 どうすれば。

「私……私、行かなくちゃいけないんです」

「行く? 何処へ?」

「士君とユウスケに、追い付かなきゃいけないんです、ソウジさんも行くなら、連れて行って下さい!」

 夏海の答えにソウジは、ふむ、と顎のあたりに手を当て、やや考え込んだ。

「門矢士……ディケイドも、大ショッカーと戦っているんだろう?」

「そうです」

「なら、そんな危ない場所に君が行くのは賛成できないんだが」

「でも私、行かなくちゃ」

「どうして?」

「……それは…………分かりません、でも」

 答えられず夏海は俯いた。きちんと説明出来ないのが悔しかったしもどかしかった。

「でも私、ソウジさんが連れて行ってくれなくても、行きます。絶対、行きます」

「……困ったな」

 心底困り果てたような声で、カブトは腕を組んだ。

 暫し俯いて考え込んだ後、顔を上げる。夏海も顔を上げて、カブトを見た。

「……本当に参ったな。安全な所まで連れて行っても、その分だと飛び出しそうだな」

「飛び出します」

「かと言って俺がずっと付いてるわけにもな……」

「ソウジさんは大ショッカーと戦わなくちゃいけないんです、そんな事しちゃいけません」

 何でこんなに必死なのかも、自分ではよく分からなかった。

 ただ感じていたのは、自分が何か思い出さなければいけない、という事だった。

 そしてその答えはきっと、あの戦いの場にある。それはただの根拠のない直感、いや、直感ですらなく唐突に湧き上がった感情だったけれども、それを否定する事が夏海にはどうしても出来なかった。

「…………分かった。連れて行く」

「本当ですか?」

「こんな所にとても置いていけないし、安全な所と言っても、今からZECTまで戻るような時間もなさそうだ。それなら、連れて行って現地に展開してるZECTの部隊に保護して貰った方がまだ安全だと思うからだ。君は俺の指示に従うんだ、いいね」

 ソウジの声は強く厳しくなっていた。夏海はそれに物怖じせず、まっすぐソウジを見て頷いた。

 

***

 

「うわっ!」

 攻撃が一々大振りなのが轟鬼の欠点だ。注意されてはいるが、一朝一夕には治らない。

 そしてそれが、戦いの場にあっては致命的な隙を生んだ。

 倒れ込んだところに、けばけばしい、ネイティブアメリカンのような大きな羽飾りを付けた怪物――ガルドストームが、とどめとばかりに剣を振り下ろした。

 思わず轟鬼は烈斬を振りかざして目を閉じたが、ひしゃげたような声がして、左に大きく、地面に何かが叩きつけられるような音がした。

「轟鬼君、鍛え方が足りないんじゃないの?」

 右横に立ち、剣を下段に構えていたのは、赤と金の鎧に身を包んだ鬼、ヒビキを名乗る男だった。

 何故か彼は、轟鬼の名前も、斬鬼や威吹鬼の名前も知っていた。天鬼だけは何故か声を聞いて、アキラ、と本名で呼んでいた。

「……すいません、世話かけたッス」

 飛び起きて、轟鬼はぶっきらぼうに、短く答えた。

 悪い男でない事は分かるのだが、それでも充分胡散臭い。

 別の世界から来た別のヒビキ、と言われても、そうなんですねと納得できるはずもない。

 そして馴れ馴れしい。

 あと、剣から清めの音が出ているという説明はされたが、剣が音撃武器なのがどうにも納得出来ない。どう見ても剣だ。

 納得出来ない旨を話すと、頑固な所が轟鬼らしいねえ、と笑われたのがますます納得がいかない。

 強い。とんでもなく強い。それは認める。

 あれだけいた魔化魍を一時的にとはいえ殲滅してこの場に駆けつける事が出来たのは、このヒビキがいたからだ。

 鬼神覚声とかいった、あの剣から生まれる音撃波の威力は凄まじく、そして直進し減衰せず、空の魔化魍をも打ち倒した。

 だが響鬼はもう、アスムなのだ。いや、アスムはもう響鬼になった。そこにもう一人響鬼が来られても困るのだ。

 よく人から不器用と言われる。自分でもそう思う。だが轟鬼は納得出来ない。

 要は、ぽんと出てきていい格好をされたのが面白くないのだ。まるで子供のようだ。自分でも分かっている。

 理屈と感情をなかなか上手く一致させられないのが、轟鬼の長所でもあり短所でもあった。

「轟鬼さん、大丈夫ですか!」

 アスムが駆け寄ってきて、轟鬼の脇で構える。

「問題ないッス」

「……轟鬼さん、あの」

「何スか?」

 跳びかかってくるゲルニュートを烈斬で斬り払い、轟鬼はアスムをちらと見た。

 アスムも同じように、ゲルニュートを音撃棒でいなし、烈火弾を放っていた。

「ヒビキさんが、俺嫌われてるのかなって、気にしてました」

「…………」

 ……嫌うも何も。まだついさっき会ったばかりなのに。

 この馴れ馴れしさは一体何なのだろう? 轟鬼には理解し難かった。

 轟鬼もどちらかと言えば馴れ馴れしいと怒られる側だが、ここまで馴れ馴れしくはない。

「声が、そっくりなんですって!」

 アスムの言葉は唐突で、内容がよく飲み込めなかった。このゲルニュートという奴はいったいどれだけいるのか。正面を蹴りつけ左脇に肘を食らわせて、轟鬼はアスムを見た。

「ヒビキさんの世界の轟鬼さんと、声がそっくりで、他人と思えないって言ってました!」

 アスムは存外、あっさりと彼と馴染んだようだった。

 拘っているのが自分だけのように思えて、轟鬼としてはますます面白くない。

「さっき会ったばっかりの人を、嫌うも何もないッス!」

 答えて轟鬼は、目の前のゲルニュートに、烈斬で斬りつける。

 と、群れが割れて、何か柱のようなものが見えた。

 その柱は斜めになっていて、硬そうな毛に覆われている。見あげれば、関節のような部分で柱は曲がり、それが巨大な蜘蛛の胴へと繋がっていた。

 それは、毒々しい色をした蜘蛛だった。

 大きさとしては、ツチグモよりも小さい位かもしれない。それなら。そう思って轟鬼は駆け出した。

 しかし、その蜘蛛の素早さは、予想以上だった。

 ふっと視界から蜘蛛の脚が一本消えて、気付くと轟鬼は、脚に跳ね上げられ宙を舞っていた。

「轟鬼さん!」

 アスムが叫んで駆け出していた。その横から、『音』が来た。

「はーっ!」

 轟鬼は地面に叩きつけられた。やや口の中を鉄の匂いが覆うが、大した事はない。背中から落ちた、折れている骨もない。

 飛び起きて見ると、また赤と金の鎧のヒビキが、剣を振るっていた。

 その音撃波は、音撃ではあるが、物理的にも殺傷力を持ち合わせているらしい。空気を震わせ対象を切り裂く、衝撃波の性格も持っているのだろう。

 避ける事も叶わず、蜘蛛は綺麗に二つに裂け、粒子となって空に溶け消えた。

「ちゃんと鍛えないと駄目だよ、それと無茶しない」

 ヒビキの言葉は、頑なな轟鬼の気持ちを逆撫しておつりが来た。飛び起きた轟鬼は、思わず叫んでいた。

「放っといてほしいッス! 何で俺の事ばっか助けるんスか!」

 横から迫ったゲルニュートに、見ないままで正拳突きを食らわせながら、ヒビキは困ったように首を傾げた。

「うーん、だってさ、俺が戦ってるのは、君達若い奴等のさ、明日の為だもん」

「……明日?」

「そうだよ。死んじゃったら、明日が来ないんだ。勝ったって、君等が死んだら俺には何の意味もない。そんなの見たくないから、俺はどうしても君を助けたいの。自己満足で申し訳ないけど我慢してくれないかな」

 ヒビキはそう言って、後ろを向いて、跳びかかったミラーモンスターと組み合い始めた。

 今ひとつ納得はしきれない。

 だけれども、轟鬼が危なくなれば、またヒビキは割って入って来るのだろう。

 世の中、納得できる事ばかりじゃない。そんな事の方が少ないかもしれない。轟鬼は息を一つ吐いて、また烈斬を構えた。



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(16)最後から二番目の真実

 アックスの刃は全て盾に遮られるが、彼の剣もカブト迄は届かない。

 大ショッカー大幹部・アポロガイストは、その大仰な肩書きに見合うだけの実力は持っているようだった。

 だが、カブトに焦りは感じられなかった。彼は的確に、アポロガイストがひやりとする角度からアックスを当てにいった。

 成程強い。改めて相対しその力を肌身に感じて、アポロガイストは唸った。

 だが、神を名乗るほどの圧倒的な力でもない、というのもまた事実。

 アポロガイストにとっての神は大ショッカー。今は、それ以外に拝すべき神は持ち合わせていない。

「どうした、貴様の力がその程度とは思えんぞ! 手を抜いているのか!」

「いや……」

 天道は短く言葉を返し、盾を跳ね上げるようにアックスを下から上へ振り上げた。アポロガイストの手から盾は離れなかったが、左腕と盾が浮き上がる。

「この角度を待っていただけだ」

 呟いて天道は、腰のゼクターのホーンを引いた。

「キャストオフ」

『Cast Off,Change Beetle』

 即座にアーマーがパージされ、高速で迫ったマスクドフォームのアーマーの部品が、避けきれかなったアポロガイストの全身に叩きつけられた。

 胸部プロテクターが引き上げられ、兜虫の角が現れる。力と防御のマスクドフォームから最速のライダーフォームへ。二度目の変身ともいえるフォームチェンジが完了する。

 吹き飛ばされたアポロガイストが立ち上がった時には、クナイガンの刃は既に、その首筋に迫っていた。

 その斬撃をすんでで躱し、アポロガイストがやや後方に飛び退いた。

「手を抜いているのはお前ではないのか。必死で抗わねば、死ぬぞ」

 天道の声には余裕と笑みすら含まれていた。それを受け、アポロガイストは剣の柄を握り直した。

「その態度が小賢しいというのだ」

「俺が聡明なのは事実だから認めざるを得んが、小は余計だな」

「ごちゃごちゃと御託を!」

 斬り掛かったアポロガイストの剣の先をクナイガンで捌き、天道は右回りにステップを踏みつつ、素早くクナイガンをガンモードに切り替え、続け様に放った。

 一発、二発。最初の何発かがアポロガイストの鎧を叩くが、それ以降は突き出された盾に阻まれた。

「ふん、如何に貴様の能力が優れていようとも、貴様が我輩に決定的なダメージを与える方法は、あの必殺キックしかないのだろう。ならば我輩は、それだけを警戒していればいいのだ」

「聞いてもいない事をぺらぺらと囀る。弱者の証だな」

「何!」

「この太陽の神の力が、そんなものだと思うか、貴様は」

 天道総司は決して全力を出してはいない。それは、アポロガイストの低くないプライドをいたく傷つけた。

 いきり立ち怒濤の勢いで繰り出される剣の軌跡を、天道はいなし躱した。

 時折、攻撃に必死になるあまり甘くなった防御を突く事は忘れない。だがアポロガイストもただの怪人ではない。クナイガンの切っ先は悉く太陽を象った盾に阻まれた。

「本気で戦え、天道総司!」

 アポロガイストが叫んだ。それを受けて天道は、盾ごとアポロガイストに回し蹴りを叩き込んだ。アポロガイストはよろけ後退り、我彼の距離がやや開いた。

 距離が開くと、アポロガイストは剣を鞘に収めた。二連式の銃を腰から取り出し、天道目がけ銃を向け引金を引いた。

 ぎりぎりで天道は身を躱した。天道から更に後方にあったビルの残骸に、ぼこりと穴が開いて派手な音が鳴った。

 続け様にアポロガイストは銃を放ち、その内の一発、二発がカブトの肩、胸を捉えた。

 流石に大幹部、一筋縄ではいかない。

 貫通こそせずアーマーも無事だが、弾丸が当たった衝撃によるダメージは侮れない。じくじくと、骨に響いている。

 この誇り高そうな武人に使うのは少々気が咎めるが、やむを得ない。これからの事を考えれば、決して長引かせてはいけないのだ。

 天道は立ち上がると、ベルト脇のスイッチを掌でタップした。

「クロックアップ」

『Clock Up』

 その瞬間、天道の姿はアポロガイストの視界から消え去り、それを認識する間もなく、アポロガイストの体は宙に舞って、盾は手を離れアスファルトを転がっていった。二度三度、落ちかけた所をまた舞い上げられてから、強い力で遥か後方に叩き付けられた。

「……な、何だ、と?」

『Clock Over』

 音声が鳴り響き、カブトの姿がアポロガイストの視界へと戻ってきた。天道総司は、アポロガイストを見下ろして佇んでいた。

「……それが、クロック、アップ……」

「そうだ。一対一の立ち会いには使うまいと思っていたが使わされた。生き死にではお前は負けたが、この勝負、お前の勝ちだ」

「…………嬉しく、ないものだ」

「そうだろうな。死ねばそれで終わりだ」

 俯せに倒れこんだアポロガイストの腕が動きかけて、力なく落ちた。

 アポロガイストの体は、やや光った後に、炎を上げ爆発を起こした。

 天道はアポロガイストに落としていた視線を上げ、燃え盛る炎の向こうを見た。

「待っていたぞ、貴様を確実に葬る為に」

 天道は、少し前まではアポロガイストだった炎の向こうに立っていた男に、声をかけた。

「無能な部下を持つと苦労する、ってのは本当だな。俺はこんなに簡単にいくと思わない事だ、天道総司」

「お前は精々俺を侮っていろ、門矢士」

 黄色いカラーリングのディケイドに向けて、天道は右の腕を上げ、クナイガンの切っ先を向けた。

 

***

 

 それを、最初に目にしたのは、キャッスルドランを駆りサバトと戦っていた、二人のキバだった。

「おいっ、ワタル、何だありゃあ!」

 腰のキバットの絶叫に、幼き王ワタルは、辺りを見回した。

 東の、左程距離は離れていない空の上に、巨大なオーロラが出現していた。

 そして、そのオーロラから、何かが、出てこようとしていた。

 それはゆっくりとゆっくりと、その巨大な姿を徐々に、現しつつあった。

 

 地上でも、いち早くその気配に気付いた者があった。

 電王・クライマックスフォームは、空にそれが現れ始めると、気もそぞろの様子で空を見上げた。

「おいモモタロス、何余所見してるんだ、集中しろ!」

 青の電王――ストライクフォームが声をかけるが、まるで話を聞いていない様子だった。

「おい幸太郎、ありゃ、やばいぞ」

「今お前が動かないで固まってるこの状況よりやばいのか!」

 ミラーモンスターの爪をマチューテディで受け止めつつ、幸太郎が苛立って叫んだ。クライマックスフォームはややぼんやりとその言葉に頷いた。

「やばいなんてもんじゃねぇよ。大ショッカーってのは何考えてやがるんだ」

「何が言いたいのかもっとはっきり話せ!」

「あの空のデカブツから、こんな所までぷんぷん臭ってきやがるんだよ」

 それを聞いて幸太郎もはっとした様子で空を見た。

「イマジン臭すぎて鼻が詰まりそうだぜ。いくら俺が鼻がいいからって、こんな離れた所にまで臭ってきやがるなんて、あれには一体、どんだけの数のイマジンが乗ってやがるんだ……?」

 

***

 

「お前は、あれを待っていたという事か」

 天道は空を見上げた。

 既に半分ほど姿を現したそれは、岩を削り出して作った彫刻のようにも見えた。

 下から見上げると、虫の腹のような形をしているようにも見えたが、大きすぎて全貌は掴めない。

 その巨大な岩の固まりのような物が落とす影で、辺りはすっかり暗く翳っていた。

「大ショッカーの大首領としての仕事だからな。この、九つと新たな一つの世界の融合と崩壊のエネルギーを利用するんだよ」

「あれが大ショッカーの本体という事か。随分親切に教えてくれるものだな」

「待たせた詫び代わりだ」

 全く悪びれた様子など窺えない声で、黄色いディケイドが嘯いた。

「まあ、主役は多少遅れて来ないと話が盛り上がらないからな。その辺りは(かたき)役は我慢してろ」

「……まだ茶番劇のつもりか」

「俺の勝利が分かりきってるんだ、茶番以外の何だ?」

 天道の声には、怒りの色があった。だが黄色いディケイドは、意に介した風もなかった。

「主役が遅れて来るんなら、やっぱり主役はお前じゃない、俺って事だな」

 天道から見て黄色いディケイドの後方に、三人は立っていた。

 門矢士、小野寺ユウスケ、そして見知らぬ青年が一人。

 黄色いディケイドは振り返り、門矢士を見た。

「雑魚が雁首揃えて何の用だ。纏めて始末出来るんだから手間が省けて丁度いいが、鬱陶しいな」

「俺達はお前なんかに負けない。俺達はきっと、いくらだって強くなれるんだ」

「今度は寝言か。そんなに寝言が言いたいなら永遠に寝かせといてやる」

 ユウスケの言葉を悪態で返し、黄色いディケイドはライドブッカーをソードモードに切り替えて、右手に提げた。

 今まで黙っていた見知らぬ青年が、口を開いた。

「あなたに聞きたい事があります。俺、ここに来るまで、酷い……景色を見続けました。人がこんなに、こんなに沢山簡単に、死んじゃいけないんだ。こんな事を許せるっていうんですか。あなたは、何とも思わないんですか」

「……何を言ってるんだ、お前は? 質問の意味が全く分からん。ここはディケイドの作り出した世界、偽物だ。崩壊してくれないと俺は困るし、そもそも俺が崩壊させてるんだ。何でそれを見て俺が何か思うんだ?」

 青年の質問は天道からしても突飛に思われたし、黄色いディケイドの答えも想定の範囲内だった。

 だが、答えを聞いた青年の顔色は明らかに変わった。溢れているのは怒りなのだろう、目を見開いて、黄色いディケイドを睨みつけていた。

「…………許せない」

 青年は、搾り出すように低く呻いた。悔しそうな悲しそうな声で。

「そうだろうな。だから止めるんだ。行くぞ」

 告げて士はディケイドライバーを取り出し腰に当て、ユウスケと青年はそれぞれにほぼ同じ構えをとった。

「変身!」

 掛け声はほぼ同時だったが、とった姿は三者三様だった。マゼンタのディケイド、赤のクウガ。

 そして見知らぬ青年、その変化した姿をまじまじと見つめて、天道は驚きのあまりに呟きを漏らしていた。

「……クウガ、何故」

 究極の闇と化してしまったクウガ、五代雄介。

 彼は闇に呑まれて”凄まじき戦士”となり、自分を失っていた。だから、紅渡の仲間にクウガはいなかった。

「おい小野寺、そいつは……”凄まじき戦士”じゃないのか!」

「大丈夫です!」

 ユウスケははっきりと答え、”凄まじき戦士”も、天道に向かって、軽く頷いてみせた。

 驚くべき事に、五代雄介は、自分を取り戻したようだった。

 その凄まじい力は天道も話に聞いただけだが、もし彼が力になってくれるのであれば、これ以上心強い味方もなかった。

「……厄介なのが増えたようだな」

 大して困ってもいないような平然とした声で言い放ち、黄色いディケイドはライドブッカーを、ひゅっと空を一振りさせて構え直した。

 

***

 

 ゼクトルーパー三人に囲まれて、夏海は黒いバンへと向かって歩いていた。

 気ははやるけれども、ソウジの言う事が正しい事は充分分かっていたし、逆らう気になれなかった。

 ――私が行ったって、何も出来ないんです。足手纏いなだけです。

 恐らくすぐ近くで士達が戦っている。そこに行かなければいけない。そう強く思う気持ちと、夏海は必死に戦っていた。

 俯いて歩いていると、薄暗かった空が、急に明るくなった。

 見上げると、キャッスルドランと戦っている、シャンデリアのような物が吐き出した、青白い熱の塊が、遥か頭上にあった。

「やばい、逃げろっ!」

 ゼクトルーパーの一人が叫んで、一人が夏海の腕を掴み、走り出した。

 走って逃げて、避けられるんだろうか。その熱球は大きい。さっきは、空の高いところにあるのに、バレーボール位の大きさがあるように見えた。それが地上に到達したなら、どれくらいの大きさになるのか。

 熱の塊が、夏海達がそれに気づいた場所より、やや後ろに着弾したようだった。爆風が起こり、夏海の腕からゼクトルーパーの手は簡単に剥がれ、夏海は空へと放り上げられた。

 何もかもゆっくりと動いていくように見える。クロックアップって、もしかしたらこんな感じなのかなと、関係のない事が頭に浮かんだ。

 分かる。地面にこのままの勢いで叩きつけられれば、夏海は死ぬしかない。ただの、生身の人間なのだ。ぎゅっと目を閉じた。

 そう思った瞬間、辺りがふっと薄暗くなった。ごく低い場所から地面に落ち、背中と尻が固いアスファルトへと叩きつけられた。

「……痛あぁ…………」

 声が漏れていた。だけれども、こんな痛みで済む筈がない。体を起こして周りを見ると、先程の場所とそう離れていないようだった。先程向かっていた黒いバンが逆さになって、煙を上げていた。

「危ない危ない、危機一髪ねぇ」

「キバーラ!」

 頭の上で、手の平サイズの銀の蝙蝠が羽ばたいていた。彼女はいつも通りに、含み笑いを浮かべて夏海を見ていた。

「……キバーラが、助けてくれたんですか?」

「だってぇ、夏海ちゃんに死なれちゃったら困るもの」

「……どうしてですか?」

 質問すると、キバーラは、きゃははと高い声で笑った。

「それは、ヒ・ミ・ツ。さっ、門矢士の所へお行きなさい」

「えっ」

「なぁに? 折角助けてあげたのに、行かないの?」

 その質問に、夏海は首を横に振って俯いた。

「…………あの、さっきの、人達は」

「さぁ。運が良ければ、打ち所が良くて生きてるかもしれないけど」

「何で、何でキバーラ、そんな事言うんですか!」

 怒鳴りつけると、キバーラは閉口した様子で、ぱたぱたと羽搏きの音だけ響かせて、夏海の目線の先で滞空していた。

「…………だってさ、夏海ちゃん、他にも一杯死んでる人はいるのよ。一杯倒れてたでしょ?」

「……そう、ですけど」

「あたしには全員助けるなんて無理。門矢士にもユウスケにも出来ないでしょ? 皆を助けるなんて出来ないのよ。優先順位をつけなくちゃいけない」

「ですけど……そんなの、何か、嫌です……」

「だけど、一個だけいい方法があるわ。ディケイドがどっちも滅びれば、皆助かるわよ」

「そんなの、選べません」

 いやいやをするように、夏海は小刻みに首を横に振った。人が死ぬなんて嫌だ。名前も知らない人でも嫌だ。士がいなくなるのも、嫌だ。

「……まあ、とにかくお行きなさい。その為にここまで来たんでしょう。じゃあね」

 見上げるとキバーラは、オーロラの中へと入っていった。オーロラはすぐに消え、夏海は一人になってしまった。

 そんなの選べない。選べる筈がない。優先順位なんか、つけようもない。

 立ち上がって服の埃を払い、夏海は歩き出した。

 

***

 

 拳は鼻先を掠めただけだ。だが、その拳圧が黄色いディケイドの姿勢を崩した。

 続け様、思いもよらないスピードで、右足からの蹴りが襲い来た。

 黄色い奴は、無理矢理足を踏ん張り、後ろへ飛んだ。

 すれすれで黒いクウガの蹴りは空を切ったが、着地点には、もう一人のディケイドの、ライドブッカーガンモードから放たれたエネルギー弾が飛来する。それをソードモードのライドブッカーで斬り、捌くと、赤のクウガと黒のクウガが、追い掛けるように拳を放つ。

 思った通りだ。奴の格闘能力は、決して低くはないが飛び抜けて高くもない。

 天道は戦いを見守りつつ、飛来したハイパーゼクターを右手で受け止めた。

 黄色い奴の持ち味は、豊富なカードの能力を生かしたカウンター戦法。

 無論、カウンターだけの相手ではない。ファイナルアタックライドとかいう攻撃を用いれば、カウンターに頼らずとも充分な破壊力を持った攻撃を行えるという事は、既に聞いている。

 だが、主戦法は、カウンターで相手の手の内を封殺して圧倒的な優位を確保する、というものだ。

 ならばカウンターなどさせる暇を与えなければいいし、こういった自信過剰な相手は、自分のペースを守れないと、意外に脆い。

 黒いクウガの参戦は、嬉しい誤算だった。彼の圧倒的ともいえる素早さと破壊力は、目に見えて黄色い奴を追い詰めていた。

 十二分に勝機はある。そして、決して逃がしはしない。

 天道はハイパーゼクターをベルト左脇に装着、ホーンを押し込んだ。

「ハイパーキャストオフ」

『Hyper Cast Off――Change Hyper Beetle』

 タキオン粒子の光の波がアーマーを駆け抜け、カブトの姿をハイパーカブトへと変えていく。

 更に隙を与えず、好機があればそのディケイドライバーを叩き壊す。

 天道もまた、黄色い奴目がけ駆け出した。

 

***

 

 城戸真司も辰巳シンジも、自分達の置かれた状況を半ば忘れ、天に現れた巨大な戦艦を見上げた。

 これは、現実なのだろうか?

 辰巳シンジは、着いていけない、と思った。今の状況はあまりに現実味がなく、実際に目にしているというのに、一向に自分の事として考えられなかった。

 彼は巻き込まれただけで、つい二三日前までは普通の生活を送っていた。気構えや心構えを持っている訳はなかった。

 今こうして戦っているのも、状況に流されたにすぎない。紅渡を名乗る黄金のキバの説明も荒唐無稽すぎ、とても全部を現実に起こっている事だと納得する事は出来なかった。

 だがそんなシンジにも、これは本当なのだろうと心から思えた事柄はあった。城戸真司と名乗った、このもう一人の龍騎の気持ちは、嘘もなさそうだったし、よく分かる、理解の範囲の及ぶ感情だった。

 人を守りたい。

 ともすれば、照れて素直には口に出せなくなりそうなそんな願いを、城戸真司は何の衒いもなく、まっすぐな口調で口にした。

 それはそうだ。守れるものなら守りたい。

 街が目茶苦茶にされて、人が簡単に命を落としていく、こんな状況は、シンジだって理不尽だと思うし何とかしたい。

 だが、果たして自分は城戸真司のように、こんなにまっすぐ、人を守りたいと口に出来るだろうか。

 怖くてたまらないのだ。逃げ出せるものなら逃げ出してしまいたい。

 そこに、今度は空に、何か虫のような空中要塞。

 一体シンジは何をすれば、どうすればいいというのだろう。

「何だよあれ……大ショッカーか?」

 城戸が力の抜けた声で呟いた。

 要塞の動向を見つめていると、何かがきらりと光った。その光は断続的に続いている。

 瞬く間に光が近づいてくる。

 それは、エネルギー弾のようだった。あっという間に地上に引き寄せられ、シンジも城戸も、慌てて横に飛んだ。

 だが、気付けば弾丸はいくつも放たれていたようだった。まるでスコールみたいに大きく激しく、弾丸の雨が地上を叩き殴り始めた。

 

***

 

 状況は一気に変化した。

 空を行く戦艦から射ち下ろされる砲撃が地上を焼いた。

 砲撃が背後に着弾し、爆風が巻き起こる。突然の事にユウスケも士も対処が間に合わない。二人は爆風に煽られて、それぞれ別の方向へと吹き飛ばされた。

 ただ黒いクウガだけが、そんな事には動じもせず、黄色い奴に向かい、二発三発と拳を繰り出した。

 最後の一発が、避け切れなくなった黄色い奴を捕らえた。黄色い奴は大きく後方へと弾き飛ばされた。

 倒れこんだ黄色い奴にとどめとばかりに、黒いクウガは、爆風を縫い駆け出す。

 黄色い奴はカードを取り出そうと手を伸ばしたが、直後、体を捻り勢いを余らせて再度倒れこんだ。彼の首があった空間を、ハイパーカブトのハイキックの爪先が横切った。

 カードを使う暇を与えてはならない。ハイパーカブトは、全て黄色い奴がカードを出そうとする動作を潰す為だけに動いた。

 黒いクウガの戦闘能力があればこそ、ハイパーカブトは、黄色い奴の動作を潰す事に全力を傾けられる。

 黄色い奴は、手も足も出せない様子だった。黒いクウガとハイパーカブトに加え、赤いクウガとピンクのディケイドもいるのだ。ここまで避け続け立っている事が、常識外れの奇跡のようなものだった。

 立ち上がった赤いクウガとディケイドは、回り込んで黄色い奴の退路を断つ。二人が説明せずともハイパーカブトの動きの意図を汲んでくれたのも、天道にとっては嬉しい誤算だった。

「……全く、弱い奴等は大変だな。群れないとろくに戦えないんだ」

 圧倒的に不利な状況に立たされながら、黄色い奴の減らず口は相変わらずだった。

 爆撃により、あちこちで火の手が上がっている。ぱちぱちと火がビルの残骸を燃やし、黒い煙を空に巻き上げていた。

「そんな口をきいたって、お前はもう年貢の納め時だ。観念するんだな」

 マゼンタのディケイドの言葉に黄色い奴は、ふん、と鼻で笑って返してみせた。

「俺は年貢を受け取る方だろう。納めるなんて有り得ないな」

 そして黄色い奴は、ライドブッカーをガンモードに切り替え、まるで見当違いの方向に構え、弾丸を放った。

 ……何をしている? とうとう万策尽きて破れかぶれになってしまったのか?

 天道が不審に思うより少し早く、マゼンタのディケイドが駆け出していた。

「夏海っ!」

 マゼンタのディケイドが目指す先、崩れかけたビルの影、そこには確かに、光夏海がいた。

 何故あの女が、こんな所に? 天道は焦った。

 天道も、恐らく五代雄介も小野寺ユウスケも、完全にそちらに気をとられていた。黄色い奴の放った弾は、夏海の頭上で斜めとなったビルの残骸を狙っていた、奴は夏海の上にコンクリートの塊を落とす為に弾を撃ったのだ。

『Form Ride Kiva‐Basshaa』

 しまった、と思った時には既に遅かった。数瞬前までアスファルトだった筈の足元は、暗く波打つ水面になっていた。

 これは、バッシャーのアクアフィールド、彼の領域。足首まで水に沈む。それ以上は沈まず溺れはしないが、脚の動きを封じられる。

「甘ちゃん揃いで大助かりだ。お前までそんなに甘いとはな、天道総司!」

『Final Attack Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

 ガンモードのライドブッカーを黄色い奴が天に翳し、アクアフィールドの水が圧縮され巻き上げられて、巨大な水の玉が形成される。

 放たれたそれは、ハイパーカブト、黒いクウガ、赤いクウガを飲み込んだ。

 

***

 

 ライダー達に囲まれ、ディケイドが立っている。それを夏海は見ている。

 ビルは崩れ、アスファルトは砕け掘り返されている。あちこちで火が燃え、ぱちぱちと爆ぜる音がずっと響いている。

「ディケイド……」

 夏海は呟いた。

 ずっと遠くに立っている筈のディケイドには、その呟きが聞こえる筈がない。だけれども彼は、夏海の方へと銃を向けた。

 これはもう、何度も何度も、繰り返されてきた事。

 そうだ、その度に夏海はディケイドを許せない存在だと思った。

 この光景に立ち会えば、夏海は否応なく思い出すようになっていた。そのように決められていた。

 母がどのように、何の為に死んだのか。この世界の一部は母の記憶から作り出されていて、栄次郎と夏海は、何処にでもいる。世界に必要な要素として、必ず。ほんとうは生まれなかった命は、新しい世界を生きる命として、世界が産み出した。

 何も見ないまま真実を知らされると、夏海はディケイドを必ず拒絶する。その失敗を一度犯して、だから、栄次郎は肝心の事を何も言えなかった。

 決めること、それが夏海に割り当てられた役割だった。だから、夏海はどうしても、ここに来なければいけなかった。役割を果す為に。

 毎回同じように、ディケイドはライダーを滅ぼし世界を崩壊させ、夏海はそんなディケイドを幾度となく拒絶した。

 いつでも、いつでも。

 こんな事をいつまで繰り返すんでしょう、いつまで、何回。その度毎に、夏海は思ったけれども、いつだって結局は同じ事の繰り返しだった。

 夏海が拒否すれば、門矢士は存在できなくなる。ディケイドは一時的に止まる。だけれどもディケイドはまた新しい門矢士を生み出す。

 ディケイドは自らのあるべき世界を探す為に世界を生み出すのに、世界は決して門矢士を受け入れない。

 世界が門矢士に望む事を、門矢士が為さないから。

 門矢士は、本当は、世界を求めなければいけなかったのに、彼はいつでも世界を徒に融合させ破壊した。

 求めさえすれば、それはすぐそこにあったのに、彼はいつだって気付かなかった。

 審判が下り、拒否された門矢士は消え去る。そしてまた新しい門矢士が生み出されて、同じ事が繰り返される。

 世界はただ、門矢士が辿り着くのを待っているだけだったのに、彼は道を辿ろうとしなかった。

 ずっとずっと、待っていたのに。

「夏海っ!」

 大きな声がした。

 士の声だ。

 ディケイドが、駆け寄ってくる。いつも遠くから夏海を眺めて銃を向けたディケイドが、どうしたことだろう、駆け寄ってくる。

 ディケイドは夏海を突き飛ばした。夏海は後ろに大きく倒れこみ、ディケイドはガンモードに切り替えたライドブッカーで、上から降ってきたコンクリートの塊を撃ちぬいた。

 細かくなったコンクリートの破片は、それでも充分な大きさを保って、マゼンタのディケイドを瞬く間に埋め尽くした。

「……士、君」

 コンクリートの破片が砕けて粒子となって、もうもうと砂煙を上げていた。

 ぱらぱらと、細かい破片がまだ降ってきている。

 夏海の目の前には、コンクリートの破片が積み重なった小山が出来ていた。夏海はそれに駆け寄って、破片を掘り返し始めた。

「士君、返事して下さい、士君!」

 士は探していた。自分の世界を探していた。最初からずっと側にあった事など気付いていなかったけど、ずっと求めていた。

 世界はただ、世界が門矢士を求めるのと同じだけ、門矢士から必要とされたかっただけだったのだ。気付いてほしかったのだ。

 夏海ではない、彼女が、士ではなく、士を、愛していたから。

 それが間違っているのは分かっていた。そんな事をしても何にもならないのだ。失われてしまったものは絶対に戻ってこない。時は巻き戻らない。門矢士は門矢士でしかないし、光夏海は彼女ではない。

 それでも彼女は、士に振り向いてほしかったのだ。

 そして夏海は、そんな事は関係なく、何も関係はなく、士にいなくなってほしくないと、そう願った。

 また新しく出会える、何度だって新しく始められる。栄次郎の願いはそれだった。

 どんな作為があったって、どんな思惑があったって、光夏海は門矢士と出会った、それ以上の事実なんて、そこにはなかったのだ。

「士君嫌です、お願いですから士君! いなくならないで!」

「……何処見て言ってんだ、夏ミカン」

 横合いから声がした。

 手を止めて、首を動かして見ると、ディケイドがコンクリートの小山の向こうから、ひょいと姿を現した。

「士…………君……」

「まさか俺が埋もれたなんて思ったのか。そんなヘマするか、馬鹿」

 いつもの調子で、面白くなさそうに士は悪態をついた。夏海は笑って、頷いた。

「……士君、私、思い出したんです。お母さんの事」

「……へぇ」

「私の役割、士君の事も」

「……それで? どうすんだ、お前は」

「私、士君がいなくなってもいいなんて、思えないです。それは、変わらなかった」

 そうか、と、興味がなさそうに士は呟いて、夏海に背中を向けた。

「どうでもいいが、こんな所に来るな。俺が帰れなくなる」

「……帰れなく?」

「そうだ。俺が帰る場所は、お前と爺さんとユウスケがいる、あの写真館なんだ。俺が生まれた世界なんてのは始めから存在しなかった。だけど、俺があるべき世界ってのは、きっと俺が自分で決められる。それは、何処かなんて何処でもない場所にあるんじゃない、俺の中にある。世界に許してもらうんじゃない。そんな都合のいい世界なんて、何処にもありゃしない。世界は俺を必要としてるのに、俺が、何処か別の場所にあるんだって思い込んで、それに気付いてなかっただけだ。今ここが俺の世界なんだって、ここにいたいんだって、そう思えばきっとそこを俺があるべき世界にしていける。世界は変えていけるし、俺は変わっていける。そしてそこには、お前等がいないと嫌なんだ」

 士はきっと、()()()()()()()()のだ。夏海はそう思った。

「見つかったんですね、自分の世界」

「そうだな。世界が俺を必要とするように、俺が心から世界を必要とすれば、そこが、俺の世界だ」

 

***

 

 キャッスルドランの吐き出した火球は、気味の悪い虫を模したその要塞に届く前に、透明な壁のようなものに遮られ、跳ね返された。

 サバトを撃破し、二つのキャッスルドランはオーロラから現れた巨大戦艦へと向かっていったが、どちらも同じように、跳ね返された自らの攻撃に撃沈された。

 片方の城から、黄金の飛竜が飛び立った。振り落とされたキバを拾い上げ、飛竜は地上に降り立って、キバが降りると黄金のキバへと姿を変えた。

「バリア……あれでは、攻撃出来ない」

 渡は上空を見上げ、悔しげに呻いた。

「紅さん!」

 ワタルの声が響いた。地上に降り立てば、融合の現象により異常発生した怪人達が即座に襲ってくる。

 飛びかかってきたゲルニュートの群れをザンバットソードで斬り払おうとすると、ゲルニュートは何故か、刃が届く前に霧散し始めた。

 二人のキバに襲いかかったゲルニュートだけではない。視界に映るミラーモンスターは全て、粒子へと姿を変え、空気に溶け始めた。

「紅さん……これは一体、どういう……」

「……分かりません」

 ミラーモンスターだけではなかった。

 オルフェノクは灰に。魔化魍は土に。ワームは塵に。グロンギは芥に。ファンガイアは玻璃に。

 それぞれの姿で、それぞれに消え去っていった。

「融合が……止まった? 何故?」

 

 上空からの爆撃を食らい、城戸真司は致命傷こそ負っていないものの、大きすぎるダメージの為変身を解除されていた。

 辰巳シンジが必死に彼に襲いかかる怪人を追い払おうとするが、一人では限界がある。

 もう駄目かと二人とも思った。だがその時彼等も、二人のキバと同じ光景を目にする。

 

「どういうこった……」

「さあ……」

 急にがらんとした片側三車線の国道、砕け盛り上がり荒れ果てたアスファルトと、倒壊したビルの残骸。

 戦車の周りの警官達も、辺りを見回しきょろきょろとしている。

 そしてその先に、黄色いディケイド。

 二人のファイズは、ぽかんとその風景を眺めた。

 

「……あれ?」

「何だ、何が起こった?」

 金と銀のアギトは顔を見合わせる。

「えっ、何、何だ」

「……どういう、事だ……?」

「何か、いなくなっちゃったねえ」

 二人のブレイドとギャレン、レンゲル、装甲響鬼や鬼達も首を捻り。

「えっ、おい、何だ、あいつら何処行きやがった!」

「……分からないな」

「何が……起こったんだろう?」

「さあな」

 時の守護者達も一様に呆然とする。

 

***

 

「何だ、どういう事だ! 何で止まる!」

 苛立った声で、黄色い奴が叫び、忙しなく周囲を見回した。

「俺は止めてない、止まる筈がない!」

「お前が止めたんじゃない。門矢士はあるべき世界を見つけた、恐らくそういう事だろう。片方のディケイドの力だけでは、こんな大規模な融合を急激に進ませる事は出来ないんじゃないのか」

 天道総司の声だった。黄色い奴は声の方を顧みた。

 二人のクウガ、二人のカブトが、ビルの影から姿を現した。

「……クロックアップ、本当に鬱陶しい能力だな!」

「お前ほど鬱陶しくはない」

 告げた天道――ハイパーカブトの右手には、時空を超え現れたパーフェクトゼクターが握られる。

「終わりだ。融合は完了せず、お前は今ここで倒される」

「誰が誰に倒されるって? ふざけるなよ。俺を倒せるとでも思ってるのか」

「思うさ」

 声に、黄色い奴はハイパーカブトから目線を外し、振り返る。

 二人のディケイドは、道を挟み、再度相対した。

「おい。お前の世界ってやつを、お前、持ってるか?」

「そんなものは必要ない。この戦いが終われば、全ての世界は俺が支配する事になるんだ」

「世界を支配ね。下らないな。お前は本当にそんな事の為に戦いたいのか。お前が本当に欲しいものは、ないのか」

「俺の望みはライダーを滅ぼす事だ、何度も言わせるな」

 黄色い奴の答える声は、全ての理解を拒否し跳ね返すように尖っていた。

 こんな事は終わりにしなければいけない。門矢士は、もう新しく生み出されてはいけない。

「そうか、分かった。なら俺は戦う。守る為に!」

 門矢士は叫び、ソードモードに切り替えたライドブッカーを構え、切先で黄色い奴を指した。



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(17)勇気ある者たちへ

「野上さん、あれを、デンライナーで抑える事は出来ませんか」

 電王達を見つけた黄金のキバは、彼等へと駆け寄っていった。野上良太郎――電王ライナーフォームへと語りかける。

 彼が指し示したものは、頭上高くに聳える空中要塞だった。

「キャッスルドランは残念ですが暫く動かせません。だけど、このままあれを野放しにもしておけない」

「俺達がやっておく。野上、お前はあの黄色いのと戦うんだろう、俺達に任せろ」

「そうだ、爺ちゃんと大きい爺ちゃん。あれにイマジンが一杯乗ってるっていうなら、俺達がなんとかしなきゃいけない。とりあえずは俺と侑斗とデネブに任せて」

 ゼロノスベガフォームと電王ストライクフォームがそれぞれに発言する。

 二人の言葉に、ライナーフォームは力強く頷いた。

「うん、任せたよ。皆気をつけて」

「お前等しっかりやれよ。こっちは俺様がきっちりシメとくからよ」

 電王クライマックスフォームがぴしりと二人を指差すと、ストライクフォームは呆れたように肩を竦めた。

「あれの周囲には、強力なバリアが張られているようです、気をつけて下さい。苦しい役目を頼んでしまいますが、お願いします」

 黄金のキバの言葉に二人が頷くと、すぐさま二台の時の電車――デンライナーとゼロライナーが空から降り立ち、二人をそれぞれの車両へと拾い上げて空へと飛び立っていった。

「渡君、俺もあっちに行こうと思う。そっちは人数充分でしょ。鬼の皆の力を借りたら、多分俺の音撃、あそこまで届くと思うんだよね。魔化魍じゃないけど、でかい奴は俺の担当だしさ」

 ヒビキの申し出に渡は頷いた。一行はそれぞれの方向へと駆け出した。

 

***

 

 その光景は、夢で繰り返し見たものに良く似ていた。

 ディケイドを取り囲み、彼を狙うライダー達。

 だけどこれは違う、夢とは違う。そう夏海は思った。

 士はきっと、この果てのない不毛な繰り返しを、ここで終わらせる事ができる。

 その間にも、再び、路上を埋め尽くそうと数を増やす者達がいた。各世界の怪人や大ショッカー戦闘員――クライス要塞から続々と降り立ち、彼等はライダー達に襲いかかる。路上は再び乱戦となるが、対峙した二人の門矢士は、睨み合ったままだった。

「お前は自分と戦わない。与えられた力を振り回す事しか知らないし、それを疑問にも思わない。だから、戦う前から負けてるんだ」

「寝言は寝て言え、と言った筈だ。同じ事を何度も言わせるな!」

 黄色い奴は駆け出しソードモードのライドブッカーを上段から振り下ろしたが、それはマゼンタのディケイドに届く前に、割って入った曲刀に遮られた。

「もうこんな事はやめて下さい! 世界は壊させない、皆の居場所を、門矢さんがやっと見つけた居場所を、壊させたりしない!」

「アギト……!」

 左のシャイニングカリバーでライドブッカーを受け止め、銀のアギトは空いた右のシャイニングカリバーを横に払った。飛び退る黄色い奴を、カリバーの剣の軌跡が幾度か追いかける。

「そうだ、俺達はたとえ神とだって戦う!」

 叫び、金のアギトは腰を落とし脚を肩幅に開いて、構える。彼の足元に、アギトの力が紋章を描く。

「アギトの為に、そして、人間の為に!」

 金のアギトは高く跳び、銀のアギトの二本のカリバーが、より激しく舞った。

「……ちっ!」

『Form Ride Faiz‐Accel』

 黄色い奴がカードをドライバーにセットする動きを、見逃さない者がいた。

「させるかよ!」

『Complete』

 ファイズが叫び、アクセルメモリーをファイズフォンへとセットする。胸のフルメタルラングが開かれ肩へと収まり、中の回路は剥き出しとなる。体表を循環するフォトンブラッドの色は赤から、より高温の白へと変化した。右腕を曲げたまま肩まで上げ、伸ばして手首を一度振れば、かしゃりと音がした。

 金のアギトの渾身の蹴りが掠るか掠らないか。

『Start Up』

 二方向からほぼ同時に、電子音声が響いた。と同時に、黄色い奴とファイズアクセルの姿は周囲の者の視界から消え去る。

 五、四、三、二、一……。

『Time Out』

 やはり音声がほぼ重なりあって響いた時、黄色い奴は先ほどとほぼ同じ位置で、ファイズアクセルの蹴りを食らい後ろへ吹き飛んでいた。

「今だ、やれ尾上!」

 ファイズアクセルの視界の先では、既にファイズポインターを右脚にセットした、ブラスターフォームが待機していた。

「僕は、夢を守る! お前には壊させない!」

 ファイズブラスターのテンキーををブラスターフォームが押す。五、五、三、二、エンターが素早く押され、電子音声が響く。

『Exceed Charge』

 地面にファイズブラスターを置き、ごく短い助走の後、ファイズブラスターは飛んだ。

「やああぁぁぁっ!」

 ポインターから放たれた真紅の円錐形の光が、黄色い奴を捉える。

「くそっ!」

『Attack Ride AccelVent』

 往生際悪く、黄色い奴はまたカードをセットする。だが、発動がやや間に合わない。

「ぐあぁっ!」

 フォトンブラッドの超高熱が、黄色い奴の肩を焼いた。高速移動で逃れたものの、走り続ける事ができず、黄色い奴は脚を縺れさせ、アスファルトの上を転がった。

 黄色い奴が頭をもたげ、立ち上がろうとするその後ろから、声が響く。

「終わりにしよう。お前は、ディケイドは、存在していてはいけない」

「何だ……と、剣崎、一真……だと?」

 黄色い奴が振り返ると、そこに立っていたのは、自身が封印した筈の仮面ライダーブレイド・キングフォームだった。

 キングラウザーを右手に提げ、剣崎一真は黄色い奴を見下ろしていた。

「お前は、確かに封印した筈だ!」

「お前の言葉を借りれば、何度も同じ事を言わせるな、という事だ。お前は俺を殺せない、それならば最後に勝つのは、俺だ」

 彼の横に、ブレイド、ギャレン、レンゲルが集う。

「そうそう何でも思い通りになると思うなよ! 世界を壊させてたまるか……俺は、俺達は、全ての戦えない人達の代わりに戦う! それが、俺達の仕事だ!」

 ブレイドが叫び、ブレイラウザーのカードトレイを開く。ブレイドとレンゲルは何枚かのカードをラウズした後、共に駆け出した。

『Slash,Thunder――Lightning Slash』

『Screw,Blizzard――Blizzard Gale』

 何か対抗策を。カードを取り出そうとした手を、ギャレンの銃撃が弾いた。

「うおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 ブレイラウザーの一閃とレンゲルの冷気を纏った拳を、黄色い奴はライドブッカーの細身の刀身で何とか受け止めたものの、弾き飛ばされる。

 立ち上がると、キングフォームがキングラウザーを上段に構えていた。

「また、それか……俺には使えない事が、分かっているだろう!」

 キングフォームはそれには何も答えなかった。黄色い奴は立ち上がりながらカードをドライバーにセットする。

『Royal Straight Flash』

『Attack Ride ConfineVent』

『Strange Vent――Confine Vent』

 横合いから、黄色い奴のものでもキングフォームのものでもない電子音声が響いた。

 そこにいたのは、二人の龍騎。龍騎サバイブが、ドラグバイザーツヴァイにカードをセットしていた。

「……俺は、あんたと戦いたくない、人間と戦いたくない。だけど、仲間を、倒させたりもしない!」

 コンファインベントがコンファインベントに打ち消された。という事は、ブレイドのカード効果の発動は、止まらない、という事だった。

 キングフォームと黄色い奴を結ぶ直線上に、ギルドラウズカードの金の絵柄が浮かび上がる。不死のトライアルを消し飛ばす威力を持ったエネルギーがキングラウザーに纏われ、キングフォームは一直線に駆け出した。

 あれを食らってはいけない。天道総司に何か考えがある様子が引っ掛かり使えずにいたカードを、黄色い奴はドライバーにセットした。

『Attack Ride ClockUp』

 刀身が胴に届くすんででカードの効果は発動し、黄色い奴は後ろへと逃れた。

 そこに、二人のカブトのキックが襲い来る。

 想定の範囲内。黄色い奴は再度バックステップを踏み、それを躱した。

「予想していた、といったところだろう。だがこれは、俺もどうなるか予測はできんぞ」

 告げて、ハイパーカブトは左腰のハイパーゼクターをタップする。

「ハイパークロックアップ」

『Hyper Clock Up』

 高速の時間流の中にあって尚速い流れへと、ハイパーカブトは乗り換える。その姿は最早誰にも視認できない。

 時の流れが、捻れ、捩れ始める。

 ――何だ、これは? 一体どうなっている?

 カブトの蹴りを避ければ、思いもよらぬ方向から視認出来ぬ攻撃を食らう。そして、よろけた黄色い奴は、捻れた空間へと脚を踏み入れかける。

「うあああぁぁっ!」

『Attack Ride Time』

 またしても間一髪、カードの発動が間に合い、時は完全に停止する。

 カブトとハイパーカブトも動きを止めるが、ブレイドの持つスペードスートのカテゴリーテン、タイムスカラベの効果では、静止した対象に触れる事はできない。

 二人のカブトと充分な距離をとり、黄色い奴はカードを一枚ドライバーにセットした。

『Form Ride Kabuto‐Hyper』

 クロックアップ、タイム共にカードの効果が切れ、時間の流れは通常に戻る。黄色い奴は続けざまにカードをセットした。

『Final Attack Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

 黄色い奴の後ろに現れたハイパーカブトが、黄色い奴の動きに倣い、パーフェクトゼクターをガンモードに構える。

 まずは全て吹き飛ばす。形勢を立て直さなければならない。大ショッカーの戦闘員達も巻き込まれるだろうが、構っていられなかった。

 だが。

『Kabuto‐Power,Thebee‐Power,Drake‐Power,Sasword‐Power――All Zecters Combine』

「おばあちゃんが言っていた。愚か者は物事が一気に片付けられると思っている、米の一粒さえも時間をかけて育てなければならない事を悟れない、とな」

 突如正面に現れたのは、背後に立っているそれと同じ、ハイパーカブトだった。

 ハイパーカブトの装甲――カブテクターが展開し、時間をも超える羽がその背中から現れ出づる。

『Maximum Hyper Cyclone』

 二つのマキシマムハイパーサイクロンのエネルギーの奔流がぶつかり合い、弾け飛んだ。

 黄色い奴も爆風に巻き込まれ、遙か後方へと飛ばされる。

 黄色い奴が立ち上がると、元々薄暗かった周囲は、闇を深めていた。

 空にかかっているのは、満月。

「ウェイクアップ、フィーバー!」

「ウェイクアップ!」

 右と左から声がした。右に黄金のキバ、左に黒いキバ。

「滅びなさい、ディケイド」

「僕の民を、部下を、返してもらう!」

 鎖から解き放たれた蝙蝠は闇夜を飛翔する。一直線に、砕かんとする相手へと向かう。

 直撃だけは避けなくてはならない、何としても。

『Attack Ride GuardVent』

 左肩から下を覆った大きな盾を立て、黄色い奴はその陰に身を隠した。二つのキックは、盾を貫かんとし、その力が拮抗する。

 やがて、力の釣り合いが崩れ、両者は弾き飛ばされた。

 周囲は昼の光を取り戻す。だが、黄色い奴が倒れ込んだ先で、また彼を見つけ出した者が声を上げた。

「へっ、やっと現れやがったな。雑魚相手じゃクライマックスが始まらないんだよ。行くぞ良太郎!」

「うん! 何を企んでるのかは分からないけど、時間も世界も壊させない、僕達が守る!」

『Charge And Up』

 クライマックスフォームの右足に三つの電仮面がレールを通って移動し、オーラで形成されたレールがライナーフォームと黄色い奴の間を繋いだ。

「行くぜ、俺達の必殺技、クライマックスバージョン!」

「電車斬りーっ!」

 猛スピードで、オーラを纏った刃と蹴りが迫る。

『Form Ride Kuuga‐Dragon』

 二人の電王がすれ違い通り過ぎる刹那、黄色い奴はそれをすり抜けて、空高く飛んだ。電王のそれぞれの必殺技は、周囲にいた怪人や戦闘員達を襲う。

 素早さとジャンプ力を強化したクウガドラゴンフォームの力が、黄色い奴を空へと救い上げた。

 その時、痛めた左肩に、強い衝撃が炸裂した。

 見えた。緑のクウガが、黄色い奴を見据え、ボウガンを構えていた。

 黄色い奴はそのまま地上に叩きつけられる。そこに、二人のクウガが、戦闘員達の作る人垣を割り、やって来る。

 緑のクウガは赤へと色を変えていた。

「もう、やめよう。お前だって、士みたいに、自分のあるべき場所を探せる筈だ。そうすればディケイドは破壊者じゃなくなる。お前だってきっとそうやって生きて行けるんだ」

「……安っぽい同情なんぞ、糞喰らえだ。俺はライダーを倒す、その他にしたい事はない」

「何でそうやって、自分から一人になろうとするんだ!」

「俺は、指図されるのが一番嫌いなんだ。一人で充分なんだよ、弱いから寄り集まるしかないんだろう、お前等は!」

 黄色い奴の言葉に、赤いクウガはやや俯いて、首を横に振った。

「弱いから群れるんじゃない。絆って、繋がっていくものなんだ。仲間を信じるから、信じてもらえるから、強くなれるんだ。逆なんだよ」

「夢見すぎだな……道徳のお勉強じゃないんだぞ」

 ゆらりと立ち上がって、黄色い奴はそれでも悪態をついた。

「綺麗な事を、綺麗だって思えなくなったら、何を信じるんですか。何の為に戦うんですか。怖くて苦しくて、でも守りたくて、そんな自分と戦うから、強くなれるんじゃないんですか」

「強けりゃ、怖いなんて思う事はない」

「そんなの、本当の強さじゃありません!」

 黒いクウガの言葉は悲しげで苦しげだったが、黄色い奴はそれに、嘲笑を交えて答えた。

 言葉は通じるのに思いは通じない。辿ってみても妥協点など見つからない。

 分かり合えるかもしれないのに、目の前の男も門矢士には違いないのに、どうして戦わなければいけないのだろう。

 甘いと言われても、ユウスケは心の片隅に引っかかったその思いを捨て切れなかった。

 だけれども、答えはとうに出ている。守りたいから戦うのだ。

「それなら……お前等の言う本当の強さってやつで、俺を倒してみせろ!」

『Form Ride Kuuga‐Ultimate』

『Final Attack Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 カード名がコールされ、影法師のように、黄色い奴の後ろに黒いクウガが現れる。

 二組は、まるで鏡合わせのように腰を低く落とし構えをとった。やがて、どちらからともなく地を蹴り駆け出す。

 空高く舞い上がった四つの蹴りが、空中で激突した。放たれた四つの封印の力は溢れ混じり、巻き起こった爆発の熱と爆風が辺りを薙いだ。

 やや離れた場所に黄色い奴は投げ出され転がった。影法師はもう消え去った。

 一人だ。ずっと一人だった、これからも一人だ。門矢士はそうやって生きていく。それは、変わらない筈だった。

「お前の負けだ」

 自分の声がして、黄色い奴は、思うように動かない体を腕で支え、前を見た。

 マゼンタの奴が、そこにいた。

 イレギュラー。心を手に入れ、弱さを手に入れ、仲間を、自らのあるべき場所という言葉の意味を手にした、一人ではなくなった門矢士。

 黄色い奴は、そんなものを馬鹿にしていた筈だった。そんなものは必要ない筈だった。だが、今彼の心を埋めていたのは、ただこの目の前のマゼンタが憎い、という事だった。

 憎しみなんか沸き起こる筈もない、相手にもならないと思っていた筈だったのに、どうしようもない強い怒りがこみ上げていた。

「俺が……何で、お前なんかに、負ける訳が、ないだろう!」

「そうだな。勝ったのは俺じゃない」

「……何?」

「お前は、仮面ライダーってやつに負けたんだ」

 マゼンタの奴の声は、ぶっきらぼうだけれども静かで、淡々としていた。それが黄色い奴の怒りを逆撫でした。

「訳の、分からない事を……言うなっ!」

 体の痛みも忘れたように立ち上がって、黄色い奴は駆け出し、ソードモードのライドブッカーでマゼンタの奴に斬りつけた。

 マゼンタの奴も、即座にソードモードのライドブッカーを翳し、剣先を受け止めた。

「それが分からないから、知ろうともしないから、お前の負けだ」

「意味の分からない事を言うなと言っている!」

「目的のない力なんて、力でしかない、誰かの為に、沢山の人の為に使えるなら、そこに願いがあるなら、どんな敵にも負けない、それが仮面ライダーだって、言ってるんだ!」

「目的はある!」

「何の為に、真実を心に問わないから! 自分と戦わないから! だからお前は、持ってる力以上には絶対に、強くなれない!」

 マゼンタの右の蹴りが黄色の腹に入り、両者の距離が空いた。マゼンタはカードを一枚取り出し、ドライバーにセットした。

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

「俺が……負ける、そんな馬鹿な事が、あってたまるか! 俺は、全てのライダーを破壊する者だ!」

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

 黄色い奴も同じカードをセットした。ホログラムのカードが、両者の間に展開される。

 二人はほぼ同時に駆け出した。カードを通り抜ける度、剣に籠められた力は高まり、ちょうど中間の地点で、二振りの剣が交錯した。

 黄色い奴の剣は、マゼンタの左肩に刺さり、止まっていた。

 そしてマゼンタの剣の切先は、黄色い奴の腰のバックルにやや刺さり、止まっていた。

 ややあって、バックルから小さく火花が散り、黄色い奴がマゼンタの肩から剣を抜き出して、後ろへよろめいた。

 マゼンタは左肩を押さえ、左腕をだらんと下げて、もう立っていられない様子で膝をついた。

「……くそ、お前、……なんて事を、最初からそのつもりで……」

「それは、あっちゃ……いけない、ものだ」

 荒い息で、マゼンタはゆっくりと呟いた。

「くそっ……くそ、俺は、負けない、これを壊させたりしない……!」

 黄色の後ろに、銀のオーロラが現れた。黄色い奴は、ふらふらと後ろ歩きで、オーロラに入ろうとする。

 足がオーロラにかかろうとした時、黄色い奴は息を呑んだ。彼の首を後ろから、押さえつける者があった。

「逃がしはしない。ディケイド、お前は、滅ばなくてはならない……!」

「鳴滝!」

 驚きにマゼンタが声をあげた。鳴滝は、黄色い奴の首を両腕でがっちりと掴むと、そのまま後ろへと歩いた。

「お前、一体、何をする気だ!」

「決して抜け出せない次元の狭間……一緒に来てもらう」

「何だと、お前何でそんな事を! やめろ、離せ!」

「何としてもディケイドを滅ぼす、それが私の望みだからだ!」

 かっと見開いた鳴滝の眼は、マゼンタのディケイドへと向いていた。

 オーロラが動き、鳴滝と黄色い奴の二人を包んでいく。

「待て、鳴滝!」

「忘れるなディケイド、お前は悪魔だ、決してお前を許さない者がいるという事を、忘れるな!」

 士は肩を押さえながら立ち上がったが、駆け出して一二歩で、オーロラが二人を包んで消えた。

 鳴滝の哄笑も既に喧騒に溶けて消え、後には何も残らなかった。

 

***

 

 通路は、忘れ去られた洞穴の様に暗く、微かな光が岩肌を照らしている。

 光を弾く岩肌はぬめったような粘ついた湿り気を帯びていた。

 足音を立てぬようにディエンドは慎重に歩を進めていた。装甲は所々欠け砕け、足取りもやや覚束ない。

「しかし、君がこんな事をするなんて意外だな。どういう風の吹き回しだい」

「あたしの目的は最初から一つだったわよ。ディケイドを滅ぼして、大ショッカーを潰す事」

 ディエンドの頭のやや上を、銀色の蝙蝠が飛んでいた。キバーラだった。

 黄色い奴のカウンター戦法の前に手の内を悉く潰され、崩れた建物の瓦礫の中に呑まれたディエンドを救い出したのが、キバーラだった。

 やがて目を覚ましたディエンドは、彼女に連れられるままこの空中要塞に侵入した。

 二人の利害は、大ショッカーの邪魔をするという一点において、完全に一致していたからだ。

「いい機会だし、聞きたい事があるんだけど」

「なぁに?」

「ディエンドの『鍵』さ。こいつには、鳴滝の記憶がデータとして入っている、鳴滝はもう死んでいる。合ってるかい?」

「仰る通りよ。鳴滝士は、ディエンドライバーに自らの全てをデータとして残して、命を絶った」

「なら、僕らが見てた鳴滝は、何者なんだい」

「ディケイドライバーが創り出した士よ。クラインの壺を通じてアクセスしたディエンドライバーから、鳴滝士のデータを読み取って産み出された。そして彼には、あらゆる次元を自由に行き来できる能力が与えられた。彼も士だから、旅人の役割だったの」

「じゃあ、君は?」

「あたしはただのキバット族。ディケイドに世界を滅ぼされて、消える間際に鳴滝に助けられて、次元を渡る能力を与えられただけ」

 ふうん、と興味なさげに流したディエンドの頭の周りを旋回して、キバーラはむくれて抗議の声を上げた。

「ちょっとぉ、聞いておいてその反応の薄さはどういう事なの」

「別に。何となく聞いたけど、僕には関係ない事だし、どうでもいいかなって」

「……女の子の身の上話をちゃんと聞いてくれない男は、モテないわよぉ」

「大きなお世話さ」

 ややむくれたディエンドの声を聞いて、キバーラは可笑しそうに笑い声を上げた。

「もう一つ聞いていいかな」

「何よ。あなた、リアクションが薄いから答え甲斐がないのよね。ユウスケ位とは言わないけど、もうちょっと反応が欲しいわぁ」

「何で鳴滝は、ディケイドライバーの目的を、自分のあるべき世界がどうとか、そんなとんちきなものにしたんだい」

 キバーラの文句には耳を貸さないで、ディエンドは質問だけを口にした。キバーラは、長い息を吐いた。それは質問の内容に向けてなのか、それともディエンドの態度に向けてなのかは、ディエンドには判断がつかなかった。

「知らなぁい。もう一度出会えるとか、そんなとんちきな夢でも見てたんじゃないの。理想の自分なんて、自分じゃないのにね。すぐに間違いだったと思い直してディエンドを作ったわけだし、自分でもおかしいのは自覚があったんでしょ」

「ふぅん」

「やっぱリアクション薄っ! ……まあ、何処か、新しい場所でもう一度やり直したかった、って所なんじゃないかしら」

「何処かなんて場所は、何処にもないのにね。愚かしいな」

 ディエンドの口調は、珍しく優しげで、キバーラは意外そうにディエンドを見つめた。

 喋っているうちに、目的の場所に着いたようだった。

「さて……この中がメインエンジンルーム?」

「その筈よ。サブエンジンも何個かある筈だけど、メインエンジンが潰れちゃえば、出力不足でバリアは多分維持できなくなる。そうすれば後は、外の人達が何とかしてくれるでしょ」

「やれやれ……士の邪魔をしないならしないで、貧乏クジばかり引いてる気がする」

 ぼやいてディエンドは肩を竦めてみせた。それを見てキバーラは、また楽しそうに笑った。

 出入口には、キーコードを入力する為のパネルが付いていた。キバーラもディエンドもキーコードは知らない。そして恐らく、キーコード入力の前にカードキーを読ませる為の物と思しきスリットがパネルの横にあったが、キーなど持っている筈もない。

「中から開けてくるわ、ちょっと待っててね」

 告げてキバーラは、天井に開いた排気口の隙間へと入り込んでいった。ややあって、中から物音が響き、ドアが左右に開いた。ディエンドは身を低くして滑り込んだ。

 中に入ると、鉄柵が両脇にしつらえられた通路が奥まで続いて、奥に巨大な装置が見える。入り口の操作パネルの下には、撃ち抜かれたのか羽に穴の空いたキバーラが転がっていた。

 ドアが閉まり、戦闘員達がディエンド目がけて押し寄せてくる。その向こうに見えるのは、体育館ほどあるようにも見える、巨大な装置。あれが恐らくメインエンジン。

『Final Attack Ride Di‐Di‐Di‐Diend』

 装置と入り口の間が一直線の通路になっており、戦闘員達がその通路を通って押し寄せてくるのは幸い。

 ディエンドライバーにカードをセットし、真っ直ぐ正面に狙いを定めて、ディエンドは引鉄を引いた。

 ホログラムのカードが円を描いて道を繋ぎ、その道をディエンドライバーから放たれた閃光が駆け抜けた。

 その光は戦闘員達を瞬く間に呑み込んで、メインエンジンにまで到達して炸裂した。メインエンジンでは次々に誘爆が引き起こされて、その震動で通路が大きく揺さぶられる。

 ディエンドは入り口に駆け寄り、キバーラを拾い上げると、パネルを操作してドアを開いた。開いたドア目がけて転がり込み、すぐに立ち上がって駆け出す。開いたドアから、爆風と熱が漏れ出してディエンドの背中を焼いた。

「おい、しっかりしたまえ、君らしくもない」

 掌のキバーラに呼び掛けると、キバーラは気怠そうに、そのルビー色の眼を開いた。

「ふふ……私は、もうダメ。鳴滝がいないと、自分のライフエナジーを削らなくちゃ、力を使えない……使い過ぎて、そろそろ限界、だったの……」

「鳴滝はもういないのか」

「そうよ……きっと、望み通り、ディケイドを、滅ぼしたんでしょう……ピンクか黄色かは、知らない、けどね……」

 キバーラは力なく、だがさも可笑しそうに、ふふふと声を立てて笑った。

 通路を走るディエンドの足が止まった。通路を塞いだ異形の姿は、見慣れすぎて見飽きたものだった。

「鼠が……! よくもやってくれたものだ!」

 ジャークは行く手を塞ぐように、大剣を構えディエンドに向けた。

 その様子を見て、ディエンドの喉からくぐもった笑いが漏れた。ジャークは激昂し、叫んだ。

「何が可笑しい!」

「この僕の力を見誤って、鼠だなんだと侮るから、君等には破滅しか残らなかったんだ。精々後悔して死にたまえ」

「減らず口を……!」

 ジャークが剣を振りかぶる刹那、ディエンドはカードを一枚、ドライバーにセットし、起動させる。

『Attack Ride Blast』

 そして、ジャークではなく壁に向けてディエンドライバーを構え、引鉄を引いて、即座にバックステップを踏んだ。

 分厚い壁が、ブラストの効果によって強化された何発もの銃弾によって破られ、漏れ出した爆風と高熱がジャークの体を灼いた。黄金のマスクは見る間にどろりと融けていく。

「おのれ、おのれディエンド!」

 断末魔を残し燃え融けようとするジャークの視界には、ディエンドを包んだ銀のオーロラがあった。それがふっと消え去る頃には、爆発が辺りを包んでいた。

 

 気が付くとディエンドは地上、ビルの陰で、腹から黒い煙をもうもうと上げる巨大な岩の虫を見上げていた。

 目線をディエンドは、掌に落とした。

「馬鹿だな君は」

「ふふ、これでもう本当に、打ち止め……」

 キバーラの体は、ガラスか水晶のように透けて、色を失っていた。ライフエナジーが、もう使い果たされ枯れてしまったのだろう。

「ホント馬鹿……でもね、あの子達と、旅してるうち、こういうのも悪くないって、思うように、なった……」

「何か言い残す事はあるかい」

「じゃ……栄ちゃんに……帰れ、なくて……ごめん、大好き……って」

 絶え絶えの息で、声を振り絞るかのように言葉を紡いでから、キバーラは目を閉じた。

 ガラスの塊が、ディエンドの掌の中でぴきぴきと音を立てて砕け、割れた。

 粉々になった欠片はすぐに風に攫われて、舞い散ってしまった。ディエンドは顔を上げると、歩きだした。

 

***

 

「士!」

 再び膝を付いたディケイドの元に、二人のクウガが駆け寄り、ディケイドに襲い来る戦闘員を追い払う。

「士、あいつは……」

「鳴滝が、連れていった……」

「鳴滝さんが?」

「二度と抜け出せないと、言っていた」

 士の言葉を聞いて俯いたユウスケの心の内がだいたい分かって、士は溜息を大きく吐いた。

 呆れるほどのお人好しぶりだった。

 だがこの、単純で馬鹿正直で、真っ直ぐに笑顔を守りたがる相棒がいてくれたから、士はきっと、守りたいと思えた。

「後はあの浮かんでるでかい奴を片付けるだけだな……」

 空を見上げ士は嘯いた。巨大な虫の腹が陽光を遮り、地に深い影を落としている。

 周囲をデンライナーとゼロライナーが線路を生成しつつ駆け、砲撃を加えている。

「片付ける……って、どうするんだよ、空でも飛べるならともかく」

「俺達は飛べる……俺達二人の力を合わせれば……そうだろう、ユウスケ!」

「……お前がそうやってカッコ付けた言い方をする時は、何か碌でもない事を考えてる時だな」

 ユウスケは言って、警戒した様子でやや後退った。

「空飛べるんですか!? 凄いじゃないですか!」

「俺達に出来ない事などない」

 飛び掛かる敵を殴り付けながら、五代が言ったが、ユウスケはあまり笑う気にもなれなかった。

 二人の力で空を飛ぶ。それなら、()()しかない。

 怪我をしているにも関わらず、士の動きは水を得た魚のように迅速だった。ユウスケに追い付いて肩をむんずと掴み、後ろを向かせ、カードを一枚ドライバーにセットした。

「知ってるだろうが、ちょっとくすぐったいぞ!」

『Final Form Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 赤のクウガの体が浮き上がり、複雑な変形を経て、クウガゴウラムへとその姿を変化させる。

「うわっ……何か痛そう……」

 横で敵の群れをいなしつつ見守っていた五代が思わず声を洩らした。

「問題ない。……筈だ、多分。五代、あんたがこいつと行け」

「えっ」

「ゴウラムの扱いはあんたの方が慣れてるだろ、きっと」

「ええまあ……でもゴウラムじゃなくて、小野寺さん、ですよね……」

「今はこいつをゴウラムと思え! 二人ならきっと出来る、俺は二人の力を信じている!」

「士、お前、それっぽい事言って無理矢理纏めるなよ!」

 ユウスケならぬクウガゴウラムが抗議の声を上げたが、士は取り合わなかった。

「他にもきっと、こうして俺の力を必要としている奴が待っているんだ。俺は忙しい、後は任せたぞ」

 右手を上げ、こめかみの横で軽く振って、士は軽快に走り去っていった。

 残された黒のクウガは、戸惑ったように浮いたままのゴウラムを見た。

「とりあえず、やりましょうか、小野寺さん」

「そうですね……こうなりゃもう、あのでかいの叩き落としてやりましょう!」

「……日本語喋るゴウラムって、何か違和感あるっていうか、新鮮っていうか……」

 ホントに動じない人だ。諦めと驚きが混ざりあった開き直りを胸に抱きつつもクウガゴウラムが高度を上げ、その足を黒いクウガが掴んで、二人は空へと舞い上がった。

 

***

 

 敵の囲みを破り、黄金のキバが姿を現した。

「剣崎さん!」

 紅渡は驚きのあまり、珍しく大きな声を上げていた。オルフェノクを一刀のもとに斬り伏せたキングフォームが、その声に振り向いた。

「良かった、解放されたんですね」

「剣立のお陰だ。それより、上の様子が変わったようだ」

「ええ、今なら叩けるかもしれません」

 空に浮かぶ要塞は、その黒い腹から煙を上げていた。周囲を飛び回るデンライナーとゼロライナーの攻撃も、防がれずに当たっているようだった。

 何が原因かは不明だが、バリアがなくなっている。

「後行けそうなのは……乾、城戸と津上か。だが、その前にディケイドを探し出さなければ……」

「それなら心配ないぞ」

 囲みを破り現れたのは、マゼンタのディケイドだった。キングフォームと黄金のキバは、一斉に彼を見た。

「お前が倒したのか」

「倒したっていうかまぁ……そんな所だな。とにかくあいつはもういない」

 ディケイドの言葉に、キングフォームと黄金のキバは顔を見合わせたが、すぐに向き直り、軽く頷いた。

「分かった、ならば俺達は上の奴を叩く」

「ああ、ちょっと待て。折角だからあいつも連れてけ」

 言ってディケイドは握った拳の親指を立てて、やや離れた場所で戦っているブレイドを指し示した。

「……? 俺は飛べるが、あいつを抱えたら何もできなくなる。連れて行くのは無理だ」

「問題ない、ここでちょっと待ってろ」

 言い捨ててディケイドは、ブレイドへと向かい軽快に駆け出した。

「おい、カズマっ!」

「えっ、チーズ何で居るんだよ! 寝てろよ!」

「主役が来ないと話が終わらないだろうが。それより、ちょっとくすぐったいが後ろを向け」

「えっ、えっ」

 あれよという間にディケイドはブレイドの背後をとり、カードをドライバーにセットする。

『Final Form Ride Bu‐Bu‐Bu‐Blade』

「それかーっ!」

 叫びも空しく。ブレイドはやや浮き上がると複雑に変形し、一振りの巨大な剣へと姿を変えた。

「空の旅、一名様ご招待だ! 連れてってやれ!」

 柄を握ってディケイドが投げたブレイドブレードを、キングフォームが受け取る。

「チーズ、ぞんざいに扱いすぎだろ! もっと丁寧にぃっ……」

 カズマの言葉が終わるか終わらぬか。キングフォームは受け取ったブレイドブレードを、片手で軽く振ってみせた。

「……成程、いいだろう。剣にしては随分とお喋りなようだが、キバットみたいなものか」

「いいのかよ! つうか荒く扱いすぎ!」

「同じ扱いなのは、俺様としても心外な訳だが……」

 ブレイドブレードとキバットのぼやきには返事を返さず、キングフォームは背中の重力制御装置を使い、飛行を始める。

「剣崎さん、僕は他の人達に伝えてから行きます、先に行っていて下さい」

「そうだな、お前がやってくれた方が早く終わるだろう、頼む」

 答えを聞くと頷いて黄金のキバは駆け出し、飛び上がって黄金の飛竜へと姿を変え、飛び立った。

「つうか、空まで飛べるなんて、ホント反則すぎるだろそのブレイド!」

 カズマの叫びを残して、速度はそんなに早くないものの、キングフォームは空へと飛び立っていった。

 

***

 

「乾さん!」

 降り立った黄金のキバは、ファイズブラスターフォームへと呼びかけるが、すぐ側に居たファイズが振り向いた。

「何だ、どうした」

「あ、ではこちらは尾上君?」

「そうだよ」

 ファイズもブラスターフォームも頷きを返した。やや考えて、黄金のキバは言葉を続けた。

「では尾上君、上のあれを叩きます。行ってくれますか」

「教えた通りにやりゃ大丈夫だ、行ってこい」

 紅渡と乾巧の言葉に、ブラスターフォームは力強く頷き返した。

 そしてファイズブラスターのテンキーを、五、二、四、六、エンターと順に押す。

『Faiz Blaster Take Off』

 音声の後、背中に背負ったフォトンフィールドフローターが起動、ジェット噴射を始め、ブラスターフォームは空へと舞い上がった。

 

 空を行くキバ飛翔体を、天道総司は見上げた。

 空に浮かぶ要塞を叩くのだろう、ファイズブラスターフォームが飛んでゆくのも見えた。

 ハイパーカブトも、ハイパークロックアップ状態で羽を展開すれば飛行する事は可能だが、時間制限が短い。

 地上の大ショッカー部隊は、既に四分の三ほどが倒されただろうか、陣も大分まばらとなっていた。

 上の戦闘に加勢したいところだが、手段がない。そこに声がした。

「ソウジ、天堂屋のソウジはいるか!」

 右手にソードモードのライドブッカーを構え忙しそうに駆け込んできたのは、マゼンタのディケイドだった。

「紛らわしい呼び方をするな」

「ああ、そうか、あんたも『てんどうそうじ』か。まあいい、もう一人のカブトはいるか」

 天道の文句にもディケイドは全く動じない。きょろきょろと辺りを見回している。

「門矢士か」

 側にいたソウジが返事をする。我が意を得たりといった風にディケイドは何度か頷いた。

「よし、早速だが。知ってると思うが、ちょっとくすぐったいぞ!」

『Final Form Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

 目にも留まらぬ早業でカブトの後ろをとり、ディケイドがカードをドライバーにセットすると、カブトは浮き上がり、複雑に変形をして、丁度カブトゼクターを大きくしたようなカブトムシへと形を変えた。

 ――何だ、これは、一体どうなっているのだ? 何がどうなればこうなるのだ? 骨は、関節は、内臓は大丈夫なのか?

 天道総司は聡明な男だ。大抵の事には動じない冷静さも持ち合わせている。だが目の前の出来事は、天道の理解を超えていた。

「さあ、乗れ、このカブトゼクターを駆り空を駆けろ、天の道を往く男!」

「……それっぽい事を言って纏めるのはやめないか? 俺は構わんが」

 巨大なカブトムシから発せられたソウジの声は冷静そのもの、全く動じていないようだった。

 ある意味一番恐ろしいのはこの男なのかもしれない。さすが一番遅れてきた男、門矢士の理屈でいけば、主役なだけはある。

 とりあえずこれに乗れば空を飛べるのだろう。ソウジの意識はあるようなので、恐らくその程度の理解で大丈夫だろうと思われた。

「……よく分からんが分かった、有り難く使わせてもらおう」

「そうしてくれ、じゃあな!」

 忙しそうにディケイドは駆けていった。今ひとつ腑に落ちないながら、天道は跳び上がりゼクターカブトの背中に乗った。

 

 黄金の飛竜が目の前に降り立って、黄金のキバへと姿を変える。

 辰巳シンジはぎょっとして動きを止めてしまった。

「城戸さん、黄色のディケイドは倒れたという話です、上の要塞を墜とします、来て下さい!」

「分かった、すぐ行く!」

 城戸真司の返事を聞くと、黄金のキバはすぐに跳び上がり、また黄金の飛竜へと姿を変えて飛んでいった。

「……上の要塞って、あんた、あのキバみたいに飛べるのか?」

「俺は飛べないけど、飛べる奴を呼べばいいだろ?」

 言って城戸は、バックルからカードを一枚引き抜き、バイザーにセットした。

『Advent』

 カード名がコールされ、巨大な龍――烈火龍ドラグランザーが城戸の上空に現れる。

 成程。シンジは納得して、深く頷いた。ミラーワールド外でのミラーモンスターの召喚は、ミラーモンスターが存在していられる限界の時間制限はあるものの、召喚出来ないわけではない。

「納得してないで、辰巳も早く」

「えっ、あ、そうか」

 言われて、シンジもバックルからカードを抜いて、バイザーへセットする。

『Advent』

 彼の使役する、無双龍ドラグレッダーも、何処からか現れ、上空で待機する。

「そうだ、そして、今日はトリプルドラゴンだ!」

 そこに現れたのは、マゼンタのディケイドだった。

「士!」

「久しぶりだなシンジ。だが再会の喜びを味わう暇は今はない。ちょっとくすぐったい筈だが後ろを向け!」

「えっ」

 肩を掴まれくるりと後ろを向かされると、ディケイドライバーから音声が発せられた。

『Final Form Ride Ryu‐Ryu‐Ryu‐Ryuki』

 音声に呼応するかのように浮かび上がった辰巳シンジの龍騎は複雑に変形をし、気のせいかサイズも大きくなって、あっという間にリュウキドラグレッダーが完成、空に浮かんでいた。

「…………何だこりゃ?」

 城戸真司はすっかり呆然としているが、ディケイドはそんな事はおかまいなしに走り出した。

「しっかりやれよシンジ、じゃあな!」

「じゃあなじゃない、ちょっと待て士ーっ!」

 軽快な足取りで走り去っていったディケイドはシンジの言葉には足を止めなかった。

「……とりあえず、行くか。時間も勿体無いし」

「そうですね……」

 一人の龍騎と三体の龍も、上空へと向かっていった。

 

 黄金のキバから、上空の空中要塞への攻撃を行う旨を伝えられると、銀のアギト――津上翔一は、力強く頷いた。

「分かりました、今マシントルネイダーを呼んで……」

「待て、その必要はないぞ、津上!」

 そこに現れたのは、またしてもマゼンタのディケイド。彼はぴしりと、金のアギト――芦河ショウイチを指さした。

「その男に乗れ!」

「……どうやって、ですか?」

 翔一の疑問は尤もだったが、金のアギトは何かを警戒するように後退った。

「門矢士……俺に、またあれをやれというのか……!」

「そうだ、あれをやってもらう! 孤独に打ち勝ってきたお前なら出来る筈だ!」

「……何かちょっと良い事言って誤魔化そうとしてる気がしなくもないが、まあいい、やれ」

 肚を据えたのか、金のアギトは後ろを向き、ディケイドへ背中を見せた。

「よし、いい覚悟だ、ちょっとくすぐったいぞ!」

『Final Form Ride A‐A‐A‐Agito』

 金のアギトの背中の前に立ち、ディケイドはカードを一枚ドライバーへとセットする。

 やや浮かび上がった金のアギトは、複雑に変形をすると、不思議な事にマシントルネイダーと同じ姿へと変わっていた。

「さあ津上、このアギトトルネイダーを使え! 芦河ショウイチの決意と覚悟を無駄にするな!」

「……まるで俺が死ぬみたいな言い方はやめないか、縁起でもない」

 ショウイチの声は完全に呆れ果てたものだった。銀のアギトは余程びっくりしたのか、アギトトルネイダーの周りをうろうろとしてその姿を眺めていた。

「凄い、凄いですよ! 芦河さん、後で俺にもこの技教えてください!」

「……俺に聞くな」

 その様子を見たのか見ないのか、またもディケイドは駆け出した。

「よし、二人とも頑張ってくれ、じゃあな!」

 黄金のキバ、銀のアギトとアギトトルネイダーは、その慌ただしさを見て呆気にとられた。

「……行きましょう、早くあれを墜とさなければ」

「そうですね、よし、宜しくお願いしますね、芦河さん!」

「任せておけ」

 銀のアギトはアギトトルネイダーの背に乗り、黄金のキバは再度飛竜へと姿を変え、両者は上空の要塞目掛け飛び出した。

 

***

 

「やっと見つけたぞ、ワタル!」

 大きな声に、びくりとしてキバは振り向いた。そこには、マゼンタのディケイドがいた。

「……士?」

「そうだ、今は時間がない、来い!」

「えっ」

「いいから来い!」

 有無を言わさず、ディケイドはキバの左の手首を掴んで駆け出した。

「お前等、どけっ!」

 暫く走ると手首から手を離し、右手だけでライドブッカーを振り回して、ディケイドは立ち止まらず駆け続けた。

 よく見れば、左腕はだらんと下がったままだった。

「士、お前、左腕は!」

「時間がないんだ、急ぐぞ!」

「……分かった!」

 キバも速度を上げディケイドへと追い付き、立ちふさがる戦闘員達を殴りつけ道を切り開く。

 駆け抜けると、ワタルは初めて目にするライダーが二人、戦っていた。

「……士?」

「ディケイド……?」

 割れた桃のような形をした、大きな赤い複眼を持ったライダーが二人、ディケイドとキバを見た。

「モモタロス、お前に頼みがある!」

「ん、何だ、頼み?」

「俺は今、左腕を怪我してて弓が引けん。お前が引いてくれ!」

「弓……って、何処にそんなもんが」

「ここだ!」

 言うが早いか、ディケイドはキバの後ろに回り込み、カードをドライバーにセットしていた

『Final Form Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

「うわぁっ! なななな、何これっ!」

 見ている方の電王ライナーフォームが驚きのあまり変な声を上げた。やや浮かび上がったキバは、複雑な変形の後に、巨大な弓――キバアローへとその姿を変えていた。

「……弓って、お前なあ」

 ディケイドから放られた巨大な弓を受け取り、電王クライマックスフォームがやや呆然とした声をあげた。

「何だ、何か文句があるのか、威力は充分だ、あの要塞まで届く」

「いや、文句はねえけどよ、どうやって使うんだよこれ」

「普通に使えば問題ない。いいからあいつを狙え」

 不承不承ながら、クライマックスフォームはキバアローを引き始めた。

「ぐおっ、こりゃ、中々固い……ふぬっ」

 弓が一杯に引かれたのを見てディケイドは、また一枚のカードをドライバーにセットした。

『Final Attack Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』

「キバって、いくぜっ!」

 電子音声とキバットの声が響くと、キバアローに番えられた矢の先端に、力を帯びた光が輝いた。

「よし、今だ、行けっ!」

「何だか知らねえが、行っちまえこの野郎ーっ!」

 限界まで引き絞られた弓の弦がクライマックスフォームの手を離れ、巨大な矢が一直線に放たれた。

 矢は猛スピードで、巨大な虫の形をした要塞へと到達し、硬い外皮を突き破り、炸裂した。

 

***

 

 派手な爆発が上空の要塞で上がった。

「よしっ、皆さん頼みますよ!」

 装甲声刃(アームドセイバー)を垂直に顔の前に構え、ヒビキは後ろを見ないまま呼びかける。振り向かずとも、後ろの鬼達が一斉に頷いたのが分かる。

 地上に展開した大ショッカーの部隊を掃討し、こうして全員一団となって演奏出来る場所を確保するのに、思いのほか時間がかかってしまった。

 現在は、周りをガタック率いるZECT部隊が固めてくれている。地上の大ショッカーも大分数を減らしている。

 まだ幼い響鬼の太鼓が響く。そこに続々、太鼓の鬼達の太鼓の音が合わさっていく。

 そしてリズムギター、ベースが響き始める。幾小節かリフレインを繰り返した後に、管楽器がメロディを奏で始め、恐らく轟鬼だろう、リードギターも演奏へと加わっていく。

 ヒビキは考えた。この装甲声刃は、使用者の声を増幅し、清めの音として波動を繰り出す。

 声だけではなく、周りで響く音撃も、増幅できちゃったりしないか、と。

 要するにこれには、単一指向性のマイクのようなものが搭載されているのだ。全方位の音ではなく、使用者の声だけを拾いやすい構造にはなっている。だが、周りの音を全く拾わないわけではない。念の篭っていない普通の音であれば雑音として処理されるかもしれないが、念の篭った音撃ならどうだ。

 こんな風に力を集めて合わせるという事を、ヒビキは今まで発想した事はなかった。力は合わせるが、音を合わせるという事を考えた事はなかった。

 音楽って、一人でも演奏できるけど、皆でやった方がもっと楽しいもんね。そう思った。

 音って本当は、力とかそんなものじゃなく、綺麗で楽しいものだ、心の内から自然に沸き上がってくるものだ。

 ブラスバンドでドラムを叩いていた少年のあどけない笑顔が浮かんで消えた。後悔は追いつかない、今更取り戻せない。

 今は、ここの事だけ考えればいい。ここにも希望はある、未来はある、明日はある。それを壊させない。

 装甲声刃に、清めの音が力として漲っていく。演奏は最高潮に達し、ヒビキは腹の底から、念を込めた声を発して、高まった力を上空の巨大な虫目掛けて放った。

 

***

 

 地上から飛んできた巨大な衝撃波が、虫の腹を切り裂いた。

 飛び上がったものの、要塞からは迎撃の為、弾丸が途切れなくライダー達を狙っていた。それが、地上からの二発の攻撃によるダメージで弱まっている。

 キバ飛翔体が天を自在に駆け、虫の装甲を切り刻み、吐き出した火球で焼く。

 今が好機。ブレイドキングフォームは高度を上げ、真正面――虫の顔目掛け飛んだ。

 

「よし、行け、カズマ! 仕事だからじゃない、お前のすべき事の為に!」

『Final Attack Ride Bu‐Bu‐Bu‐Blade』

 

 左手に構えたブレイドブレードが力を帯びる。右手のキングラウザーにも力を纏わせ、キングフォームは飛んだ。

 

 

 ファイズブラスターフォームが、手にしたファイズブラスターへとコードを入力する。一、零、三、エンター。

『Blaster Mode』

 ファイズブラスターは展開し、フォトンブラッド砲へと形を変える。

 虫のどてっ腹目掛けて、銃口を構え、エンターを押し込む。

『Exceed Charge』

 

 

「よし、今しかあるまい、行くぞ!」

「了解した!」

 天道総司の声に答え、カブトゼクターは速度を上げた。

 その背に乗る天道総司は、手にしたパーフェクトゼクターを操作する。

『Kabuto‐Power,Thebee‐Power,Drake‐Power,Sasword‐Power――All Zecters Combine』

 

「頼むぞ、最強のお二人さん!」

『Final Attack Ride Ka‐Ka‐Ka‐Kabuto』

 

『Maximum Hyper Typhoon』

 平坦な電子音声が鳴り、ハイパーカブトはカブトゼクターの背を蹴って高く飛び上がった。

 力を帯びて速度を増したカブトゼクターが、虫の腹へと突っ込んで行く。

 パーフェクトゼクターは、カブトムシの角を思わせるエネルギーの刃で大きく見えた。

 ハイパーカブトはパーフェクトゼクターを振りかぶり、それを一気に振り下ろした。

 

 

「よっしゃ、行くぞ、辰巳!」

『Final Vent』

 城戸真司が威勢よく叫んで、カードをバイザーへとセットした。

 彼の駆るドラグランザーが姿を変え、龍騎サバイブはまさにバイクを操るライダーのように、火球を浴びせながら要塞目掛けて走り出す。

 

「シンジ、お前なら出来る、きっと!」

『Final Attack Ride Ryu‐Ryu‐Ryu‐Ryuki』

 

「うおおおおおぉぉぉぉっっ!」

 辰巳シンジの変じたリュウキドラグレッダー、彼の契約モンスター・ドラグレッダーも真司に遅れをとるまいと、要塞へと突撃し、火球を吐き出し浴びせる。

 

 

「よし、今しかない!」

「ええ、行きましょう、芦河さん!」

 アギトトルネイダーは速度を上げた。

 その背中でシャイニングは腰を落として構えをとる。彼の力は、心の中にある。

 

「人の居場所、それを教えてくれたお前等が、負ける筈がない!」

『Final Attack Ride A‐A‐A‐Agito』

 

 シャイニング、トルネイダー、両者は、一筋の眩い光となって、流星のごとく空を駆けた。

 

 

「寄せて下さい!」

 黒いクウガが、この一撃に賭けて貯めた力を感じる。

 クウガゴウラムは、彼を要塞へと送り届けるべく、弾幕をかいくぐり速度を上げた。

 

「人は、笑顔になれるから、大切な人の笑顔があるから、生きていける、強くなれる。それを守らなきゃな、大切なものを、守らなきゃな。そうだろう、ユウスケ!」

『Final Attack Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』

 

「うおおおおおりゃああああぁぁぁっ!」

 クウガゴウラムの足にかけた腕を軸として、体を一度大きく前に後ろに振り、遠心力を利用して黒いクウガは要塞へと向けて飛んだ。

 後を追うクウガゴウラムも、その鍬に力を帯び、速度を益々加速させた。

 

***

 

 炸裂、閃光、轟音。

 巨大な虫は、もうもうと黒い煙を吐き出しながら、徐々に高度を落としていた。

「行かないのかい、士」

 声に振り向くと、ディエンドがいた。ぼろぼろになった彼の装甲を見て、ディケイドは、ふん、と鼻から声を出した。

「一人で不安なら、僕も行ってやってもいいよ」

「……どういう風の吹き回しだ? 明日は槍が降るのか?」

「大ショッカーが気に喰わないだけだよ。単純な話さ」

 ディエンドは肩を竦めただけで、ディケイドの悪態には反撃してこなかった。

 ふん、ともう一度鼻で笑うと、ディケイドは墜落しようとする巨大な空中要塞を再度見据えた。

「俺の戦いだ、俺が終わらせなきゃいけない。行くさ」

「よし、じゃあ行こう」

 ディエンドの言葉に答えないでディケイドは駆け出した。

 これはディケイドの戦い、断ち切る戦い、始める為に終わらせる戦い。

 後にディエンドが続く。彼はこれからも、自分の欲するところの為にのみ、動き戦うのだろう。だけど、それでいい。彼は生き続けるだろう。自らの欲するがままに。

「くぉら、士! 俺を忘れてんじゃねぇぞ!」

「僕も戦います、ディケイド! 皆と一緒に!」

「僕は王になれた、王の心を持てた。だから士、あなたが何者かになろうとするなら、僕は力を貸す!」

 後ろから、モモタロス、野上良太郎、ワタルの声。

「お前等馬鹿ばっかりだな! だが俺も、負けない位、大馬鹿だ!」

「それが分かってりゃあ上等だ、細かい理屈なんざ必要ねぇ!」

 士は愉快そうに、思い切り大声で叫んで、モモタロスがそれに答えた。

「モモタロスと同レベルにされるってのは納得行かないけど、まぁ今日は大目にみといてあげよう。感謝したまえよ士」

「口の減らない奴だな!」

 海東の悪態に答えつつも尚走る。道行で、一団に加わってきた者達があった。

「門矢士、お前の答えは見つかったか!」

 ファイズ、乾巧。

「多分、見つかったぜ、それっぽいのが! 勘違いでも、また探しゃいい!」

「それでいい!」

 乾の声は、気のせいか弾んでいた。

「皆さん、助太刀します!」

「こっちは鍛えてるんだから、あんなでかいだけのには負けないよ!」

 アスムと、ヒビキ。

 そうだ、馬鹿ばかりだ。馬鹿の集まりだ。そう思った。

 戦い続ける事で、大切な何かを、誰かを、守りたいと願い選んだ。

 困難、障害、悪意、裏切り、誤解。そんなものに傷つけられもしただろう。

 道を間違えたり、見失って迷ったりもしただろう。

 それでも、戦い続ける。きっと、命ある限り。理不尽な暴力と。謂われのない悪意と。ささやかな幸せを叩き壊すものと。

 己の心に真実を問い、正しいと思えるものを真摯に選びとる為に、自分と戦い続ける。

 上空の要塞はだいぶ高度を下げていた。

 士は脚を止め、上を見上げた。黒い煙が虫の腹を包み、要塞は既に傾いていた。

「……でも、何であれには、イマジンが一杯乗ってるんだろう? そういえば今まで、全然見てないし」

「オリジナルの世界に渡った後、イマジンを使って過去を改変して、仮面ライダーがいない、大ショッカーの世界にするとか、そんな所じゃないかい。あいつらの考えそうな事さ」

 良太郎の疑問に海東がそれらしい推測を返した。

 要塞のあちこちで、小さな爆発がいくつも起こっているようだった。火が弾け、黒い煙が幾筋も天へ伸びていく。

「よし、お前等の力、借りるぞ!」

「はい……でも何をすれば?」

 尋ねたアスムの肩をぽんと叩いて、ディケイドはアスムに背中を向かせると、ドライバーにカードをセットした。

「まずお前は、ちょっとくすぐったいがこれだ!」

『Final Form Ride Hi‐Hi‐Hi‐Hibiki』

 アスムがやや浮き上がり、複雑に変形すると、そこにはサイズこそ大きいが、紛うことなきディスクアニマルの一種・アカネタカが姿を現していた。

「えっ……えええ? 何、何? 何がどうなってるの?」

 ヒビキが面食らい、驚いた声を上げるが、答えを持っている者などいるはずもない。

 ヒビキアカネタカは高い声で鳴くと、要塞目がけ飛び立っていった。

「モモタロスと……ヒビキだったか? 合図したら、俺を思いっきり、あれにぶん投げてくれるか?」

「えっ……いいけど、何で?」

「左腕が思うように動かないんでな……上手く動けないんだ。あれにぶつける位の気持ちでやってくれて構わん」

 戸惑いつつも、ヒビキもクライマックスフォームも頷きを返した。

「あと乾、ジェットスライガーとか呼べるんならさっさと呼べ」

「この世界にあるかどうかなんて知らねぇし、このファイズからの命令で動くのかも分かんねぇよ。第一、今言われてやっと存在を思い出した」

「試してみれば分かるだろ」

「……ま、それもそうか」

 渋々乾が頷いて、ファイズフォンにコードを入力した。

 士は振り返った。そこには後ろにクライマックスフォームと装甲響鬼、更にはその後ろにキバドッガフォームを従えた、ライナーフォームが立っていた。

「……? あんたが俺を投げるのか?」

「大丈夫大丈夫、絶対こっちの方がスピード出るから!」

 士の疑問に後ろのヒビキが答えになっていない答えを返し、ライナーフォームも頷いた。

「士、僕には何かないのかい」

「お前はどうせ言う通りになんかしないだろ、好きにやれ」

 海東の質問に即座に答えると、海東は、はいはい、と息を吐いて肩を竦めた。

「よし、行くぞ! やってくれ!」

「よっし、良太郎、やれ!」

「うん!」

 見れば、ライナーフォームはデンカメンソードをしっかりと構えている。オーラで生成された線路が、ライナーフォームからディケイドへと伸びていく。

「……お前等、いったい俺に、何をする気だっ!」

「行くぜ行くぜ行くぜーっ!」

 装甲響鬼、電王クライマックスフォーム、キバドッガフォーム。三人が力の限り押した電王ライナーフォームが、オーラの線路を滑り猛スピードで士へと迫った。

「行っけええええぇぇぇ!」

「ちょっと待てーっ!」

 ライナーフォームが胸に構えたデンカメンソードの電仮面部分に胸を押され、ディケイドは音速を超えそうなスピードでオーラの線路を滑っていく。

 進行方向には、ファイズが乗った、バトルモードのサイドバッシャーが待機していた。

「お願いします、乾さんっ!」

「おうっ!」

「お前等、俺を、殺す気かーっ!」

 ライナーフォームが停止してディケイドを力の限り押し、サイドバッシャーの腕がディケイドの背中を受け止めて、そのままの勢いで上に放り上げた。

 確かに、この勢いがあれば届く。やり方の是非はともかくとして。

 使うカードは決まっている。カードホルダーから抜き出したカードを、絵柄を見ずにドライバーにセットした。

『Final Attack Ride De‐De‐De‐Decade』

 元々の勢いにカードの力が加わり、ディケイドは右脚を上げ蹴りの体勢を作って、重力などないかのように、速度を増して虫の腹へと突っ込んでいった。

「お前達の終わりだよ、大ショッカー」

 ディエンドも、その様を地上から眺めつつ、カードを一枚ドライバーへとセットした。

『Final Attack Ride Di‐Di‐Di‐Diend』

 

***

 

 分厚い外壁を突き抜け、要塞へと突っ込んだクウガゴウラムが着地した地点は、イマジン達の巣窟だった。

 何百体、いや何千、何万。その気配を感じるだけで、押し潰されそうになる。

 飛び回り、入ってきた穴へと退避しようとするが、脚を掴まれ引きずり下ろされ、あっという間にクウガゴウラムは、イマジンの群れの中に埋れた。

 殴られ蹴られ、訳も分からずにもみくちゃにされて、ユウスケの頭は、ぼんやりとしていた。

 防ぐという行動自体に意味がない。

 遠くなりそうな意識の中で、いつもならば眠りの中で見えるものが見えた。見た事のない、初めて見る姿。あれは、黒のクウガでもない、もっと別の、何か。

 俺は、あれになる前に、どうにかしなきゃいけない、でも、戦い続ければあれになってしまうなら、どうすればいいんだろう?

 どうして今見えるんだろう?

 答えは見つからなかった。強く地面に叩きつけられて、やや現実に引き戻される。

「小野寺さん!」

 五代雄介の声がした。ファイナルフォームライド状態を維持できなくなり、赤のクウガの姿に戻ってユウスケは、必死に立ち上がろうとした。

「返事をしてください、小野寺さん!」

 返事をしようとしたが、声の出し方を忘れてしまった。とにかく息苦しい。むせてしまいそうだ。

「小野寺さん、立ってください! 絶対、絶対死なせない!」

 五代の声は、今にも泣き出してしまいそうなものだった。

 倒れ込んだクウガを、幾つもの足が踏みつけた。もう立ち上がれる気などしなかった。

 駄目だな、笑顔なんて守れてないじゃん、俺。五代さん泣きそうだ。

 もっと、もっと沢山の人の笑顔を、守らなきゃいけないのに。

 俺がもっと強ければ、もっと力があれば。もっと、強く、力、力が。

 気付くと、赤のクウガの右腕が、振り下ろされた足の裏を掴んでいた。

 ユウスケはまったく意識しないままの行動だった。意識と体の動きが同調していない。ぼんやりとしたユウスケの思考が、ますます混乱した。

 右腕はそのまま、掴んだ足を軽々と放り投げた。右腕は、見たことがないものに変貌していた。

 甲殻に覆われている。どぎつい金色の甲殻は、刺々しかった。

 ――何だ、これは?

 驚愕してユウスケは動けない。だが右腕は、そんな事はお構いなしに、目の前のイマジンの腹に重いパンチを叩き込んだ。

「……小野寺さん、小野寺さん! 駄目です!」

 五代の声は段々と近づいてきていた。大きな音量の筈のその声が、ユウスケにはやけに、遠くに響いて聞こえた。

 何があったのだろう、五代の声はひどく必死な響きを帯びていた。

「しっかりして下さい、思い出して、小野寺さん! クウガの力は、何の為にあるんですか! 俺に教えてくれたのは、小野寺さんですよ! 聖なる泉を、涸らせちゃいけません!」

 右の肩を覆う甲殻も、変貌していた。相手を突き刺す為にあるような、攻撃的な刺。

 

 そうだ、俺、姐さんが一人で頑張ってて、平気そうな顔で頑張ってるの、たまらなかったんだ。

 俺、姐さんに、笑っていてほしかったんだ。だって笑うと、すごく幸せな気持ちになれる。嬉しくなるよ。

 士も、夏海ちゃんも。笑ってる顔の方が、ぜんぜんいいよ。泣いてたら、悲しくなるよ。

 

「そうだ…………俺は、みんなに、笑顔で、いてほしいから……、だから……!」

 稲妻が閃いた。

 黒いクウガは、まるで悪鬼を狩る仁王のようにイマジン達を薙ぎ倒し、小野寺ユウスケを探し回っていたが、煌めいた光に目を奪われて、そちらを顧みた。

 そこにいたクウガの眼は、赤かった。

 

***

 

 閃光が二つ、巨大な虫を突き破り、ついに空中要塞は、上空で大きく爆発炎上した。

 欠片がばらばらと地上に舞い落ちる。

 ヒビキアカネタカに右手だけで捕まったディケイドは、ほどなくして地上に戻ってきた。

「ありがとうアスム……俺は、アスムには、本当に心から感謝している。ああそうだ、この中ではアスムにだけは」

 地上に戻ってきて、再会の喜びもそこそこに士が口にしたのは、その台詞だった。

「いや……もう、そんなに根に持つなよ! ちゃーんと上まで届いたろうが! 文句あっか!」

「モモタロス……それを人は、開き直りと呼ぶんだ」

「うっせぇな、小せぇ事言ってんな! 終わりよければ全て良しなんだよ!」

 士もモモタロスも譲り合わない。ふと横を見たワタルが、あ、と声を上げた。

 片方が肩を貸し、歩いてくる人影が二人。二人は、こちらへと段々と近づいてくる。

「ユウスケっ!」

 キバが走り出していた。皆、その後を追った。ディエンドだけが動かず、ディケイドはゆったりと歩いた。

「ユウスケ、大丈夫なのか!」

「ああ、大丈夫だよ。それより久しぶりだな、元気だったか?」

 ユウスケと五代雄介は、既に変身を解除して、人の姿に戻っていた。

 ユウスケは、酷い姿だった。患者衣は裂けてぼろぼろだし、痣やら傷やらが増えている。だけれども、ワタルを見て、嬉しそうに笑っていた。

「……ありがとよ、ユウスケ」

 士が言うと、ユウスケはディケイドを見て、にっこりと、本当に嬉しそうに笑ってみせた。




明日はエピローグ1とエピローグ2の二話更新となりますのでご注意ください。


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エピローグ1:Perfect World

 ディエンドは変身を解除し、海東大樹の姿へと戻った。

「じゃあ、僕は行くよ。こういう雰囲気は好きじゃないんだ」

 左手を上げ、士に笑いかけて歩き出したが、何か思い出して足を止め、振り向いた。

「ああ、そうだ士。キバーラから伝言を預かってる」

「……何でお前に?」

 ディケイドの疑問には答えないで、海東は曖昧に笑った。

「光栄次郎に伝えてくれないか。キバーラが、『帰れなくてごめん、大好き』と言っていたって」

「……あいつは?」

「死んだ」

「……分かった」

 短いやりとりの後で、ディケイドが頷いた。海東は、それをやや目を眇めて見た後で、右の口の端を上げて笑ってみせた。

「じゃあね士、またね」

「ああ、またな」

 海東大樹が歩き去っていって、入れ違いに反対の方向から歩いてくる者達があった。

 黄金のキバと二人のブレイドだった。

「おうおう、無事だったね!」

「……まあ、あいつらと天道は別に心配はいらねぇだろ」

 ヒビキが三人に向かって手を振って見せて、横で乾が呟いた。

 振られた手を見たのか、ブレイドが駆け寄ってくる。

「チーズ! ユウスケ!」

「おうカズマ、無事だったか」

「……うん、まあ……何ていうか……怖かった……」

 呟いてカズマは長く息を吐いた。一体どんな目にあったというのだろうか。かける言葉も見つからない内、歩いていた二人も一団の元へ到着する。

「皆さん、無事で何よりです」

「剣崎君と渡君も無事で良かった。他の人達は?」

「まだ分かりませんが、きっと無事です」

 ヒビキの言葉に、黄金のキバは強めの声で答えて、ヒビキもそれに大きく頷いた。

 そして黄金のキバは、ディケイドを見た。ブレイドキングフォームも、ディケイドを見ていた。

「さて……あんたらはどうするんだ? 俺を倒すのか?」

「ちょ、何言ってんだチーズ!」

「カズマは黙ってろ」

 見つめられたディケイドも、二人を正面から見つめ返し、両者は暫し言葉なく目線を合わせた。

 やがて、ブレイドキングフォームが動いた。腰のバックルに手をかけ、レバーを引く。オリハルコンエレメントが彼の体を通り抜け、剣崎一真がディケイドを見た。

「……やめておこう。ディケイドの機能にロックがかかった以上、俺には無理に君を倒す理由はない。それに俺は、剣立の命令には逆らえないんだ。そいつが君と俺達が戦うのを許すと思うか?」

「許さないだろうな。それは違いない」

 当たり前だよ、とカズマが横でぷんすかと不平そうな声を上げたのを見て、黄金のキバも剣崎に倣い変身を解除した。

「まずは感謝します、ディケイド」

「よせよ。別にあんたに礼を言われたいとは思わない」

「僕は自分の行動が間違っていたとは思わないけれども、それでもあれ以上戦わずに済んで、良かったと思っています。ありがとう」

 紅渡はにこりと笑った。優しげなその笑顔を見て、ディケイドはばつが悪そうに横を向いて黙った。

 横を向くと、カズマが首を傾げながらしきりに頭を振っていた。

「……カズマ、お前一体何してるんだ?」

「おっかしいんだよ。本部との通信が全然出来ないんだ。ついさっきまで出来てたのに。チャンネル開いてもホワイトノイズだし……ブレイドは何処も壊れてない筈なんだけどな」

 カズマは、ブレイド内部に搭載されている通信機能でBOARD本部と通信を行おうとしているらしかった。しかし、チャンネルを開いてホワイトノイズが流れるという事は、こちらが壊れているのか相手側が機能していないのか、もしくはその両方か。

「BOARD壊滅か」

「……えっ、そんなの困るよ! 給料日明後日なのに給料出ないじゃん!」

「まず金かよ」

 やや呆れがちに士が言ったが、剣崎も不審そうに首を捻った。

「BOARDが壊滅するような事態があったなら、壊滅する前に剣立に何らかのコンタクトがないとおかしいだろう」

「それもそうか」

「そうだよ、出任せ言うなよチーズは!」

 給料がかかっているカズマはかなり必死な様子だった。しかし、何があったのかなど今の時点では分からない。

「そいつの世界が、ここからなくなったという事だろう」

 声の方を見ると、天道総司とソウジ、津上翔一と芦河ショウイチがいた。既に変身は解除している。

 天道の言葉を聞いて、カズマは動揺した様子で慌てて天道に詰め寄った。

「何だそれ! なくなったって、どういう事だよ!」

「どういう事なのかは知らん。ZECTともその部隊とも通信出来ん。そして、二つあった筈のキャッスルドランの片方が消えている。芦河が引き連れてきた戦車もなかったし鬼達もいない。時間流の歪みも消えている。だがそれぞれの世界のライダーは消えていない。これらの事象から導き出される結論は一つ」

「……融合していたそれぞれの世界が、分離した?」

「そうだ、そして剣立も他のリ・イマジネーションも、置いていかれた、という事ではないか」

 渡の言葉に、天道は大きく頷いた。

 えっ、と短く声を出して、カズマは先程までの勢いを失って、腕を下ろした。

「それどういう事だよ……訳分かんないよ」

「落ち着けカズマ」

「これが落ち着いてられるか!」

 取り乱して声を荒げてカズマが叫んだ。

 気持ちは分かる、冷静でいられる方がおかしいかもしれない。だが士は、息を一つ吐いてカズマを見た。

「いいから落ち着け。まず今の状況を調べないと何も話が進まん。まだお前が置いていかれたのかどうかなんて何も確かな事は分かっちゃいないし、万が一置いていかれたんだとしても、帰る手段がないわけじゃないだろ多分」

「え……」

「お前、世界を越えて来た奴がここに何人いると思う? ブレイドの世界が消えたんじゃなきゃ、お前をそこに返す方法はあるんだ」

 言われて、カズマは黙って士を見た。言葉はないし、空気はまだややぴりぴりとしている。

「そうです、世界が分離しただけというのならば、皆さんをそれぞれの世界に送り届ける事は可能です。まずは戻って状況を見ましょう。皆さんも疲れているでしょうし、休息が必要です」

「そうだねえ、お腹も空いたし眠たいし」

 横から渡とヒビキも口添えをする。カズマは大きく息を一つ吐くと、バックルのレバーに手をかけ引いた。展開したオリハルコンエレメントが彼の体をすり抜け、変身が解除される。

 まだ納得していない顔をして、士から目を背けて黙っていたが、落ち着きは取り戻したようだった。

 それを見て士も他の面々も、続々と変身を解除する。ただしヒビキとアスムは顔だけを戻した。

 変身を解除したワタルがまだ幼い少年だった事に、彼の周りにいる者は一様に驚いている様子が伺えたが、慣れているのか本人は周囲の視線を気にも留めていない。

「俺は別に休息は必要ない。大ショッカーの残党が残っていないかを調べてから戻る」

「俺も残るぞ。城戸と辰巳と尾上がまだ来てないから探してくる」

「お願いします。ドランは元の場所に動かしておきます」

 剣崎と乾がそれぞれ言い、渡が頷くとそれぞれに歩いていった。

「俺は一度戻る。後で行けばいいか」

「そうですね、できれば顔を出してください。きっと津上さんが美味しい料理をご馳走してくれますし」

「そりゃ食わなきゃ損だな。あと、ユウスケと、こいつも連れて行ってやってくれないか」

 言って士は、親指で五代を指し示した。指し示された五代は、ぽかんとした顔で士を見て、渡を見た。

「その方は?」

「五代雄介、クウガだ。鳴滝に連れてこられたんだ。まだ事情も何も説明してないから、教えてやってくれ」

 渡はやや驚いた顔を見せた後、頷いた。

「分かりました。五代さん、どうぞいらして下さい。他の皆さんもどうぞ、寝る場所と食事くらいは用意できますから」

 五代にそう告げてから、渡は踵を返し歩き出した。元々キャッスルドランに居た者達と、今は帰る場所を失った状態の者達もそれに続いた。

 五代は彼等の後ろ姿を見て、士とユウスケをそれぞれ見た後、ぽかんとした顔をした。

「後で俺も行くが、とりあえずあいつらと一緒に行って話を聞いておけ。これからどうするのかはそれから考えりゃいい。そいつもバイクはちょっと無理だろうから、連れていって休ませてやってくれ」

「俺は、大丈夫だよ」

「いいから大人しくしてろ。そんなぼろぼろの格好で、大丈夫も何も説得力がないんだよ。後で着替えを持ってってやるから休んでろ」

 てきぱきとした士の言葉に、ユウスケは不満げに返したが、士は態度を変えなかった。

「……分かったよ。じゃあ後で」

 五代は、分かりました、と言って笑うと、再びユウスケの腕を持って肩を担いだ。口で大丈夫と言いつつ、体は大分辛いのだろう。ユウスケは肩に捕まって、たどたどしく歩いていった。

 

***

 

「よう、しけた面してんな」

 角から出てきたのは、バイクを押した乾巧だった。先頭を歩いていた城戸真司は足を止めた。

 後ろには辰已シンジと尾上タクミがいる。

「乾、無事だったのか」

「当たり前だ。取り敢えず片が付いたみたいだから一旦戻るぞ。尾上、バジン呼べ」

「あっ、はい」

 言われてタクミはファイズフォンを取り出して、コードを入力した。

 城戸は乾の顔を見た後、目を伏せた。乾はその様子を見て、軽く息を吐いた。

「……俺、また止められなかった」

 斜め下を見下ろしたままで、城戸がぽつりと呟いた。

 言うだろうと思ってたが、本当に言いやがった。

 やや呆れ半分に、乾は溜息を吐いた。

「もう終わったんだよ。別にお前が何もしなかった訳でもない」

「でも……」

「俺は、最後に、何か出来て良かったって思ってる。お前は後悔してるのか?」

 乾の口調は静かだったが、城戸はそれを聞いて顔を上げて眉を顰め、怒ったような困惑したような表情を浮かべた。

「……何だ、最後って何だよ、どういう意味だよ」

「深い意味はねぇよ」

「意味ないって事はないだろ! お前、何隠してるんだよ!」

「隠しちゃいねえよ。どうせもうすぐおさらばなんだ、お前には関係ない」

「何だと、ふざけんなよお前!」

 城戸は走り出して、左腕で乾の胸倉を掴み上げたが、乾は表情を変えないで城戸を見たまま、黙っていた。

 シンジにもタクミにも事情は全く分からない。二人はただ呆然と二人のやりとりを見ていた。

「……お前はどうか知らないが、俺は、元の世界に戻ってめでたしって訳じゃない。俺が何か出来るのも、多分これで最後だ」

「……!」

「でも、だから俺はここに来た。そしてそれを後悔したりはしない」

 乾はまっすぐに城戸を睨みつけていた。城戸は右の拳を振り上げたけれども、それを振り下ろさないままゆっくりと下げて、左手を乾から離した。

「俺……どっちつかずで、何にも出来なかったって思う」

「嬉々としてディケイドを倒すお前なんざ見たくねぇし、本当に何もしないのもそれはそれで困る。お前はそれでいい」

「良く……ないよ…………。俺、やだよ、お前そうやって、もうすぐ自分が死ぬみたいな事言って……」

「俺は元々随分昔に死んでたんだ。長生きしすぎた位だ」

 城戸の声は、まるで涙を堪えているみたいに揺れていた。

 自動操縦で走ってきたオートバジンがタクミの横に止まる。それに気付くと乾は、ヘルメットを城戸へ差し出した。

「……今は、終わったって喜んでりゃいいんだ。ディケイドはもう世界を破壊しない、そういう事らしいからな」

 乾が言うと、城戸はヘルメットをようやく受け取った。

「お前等もボケっとしてんな。さっさとしろ」

 メットを被りながら乾ががなると、シンジとタクミは顔を一度見合わせて、タクミが躊躇いつつ取り出したメットをシンジが受け取った。

 タクミには、何となくだがどういう事なのかは理解出来た。

 オルフェノクは短命な生き物だ。死の恐怖に怯えて、人を襲う者も多い。

 ブラスターは今の俺にはきついと乾は言った。それは、オルフェノクとしての力と命が尽きかけているからではないのか。

 あんな命を削り取るような力を使って戦い続けてきたのなら、当然かもしれなかった。

 それでも尚、彼は何か出来る事の為に来たというのだろうか。乾の語った夢を思い出した。

 理不尽だ、と思った。戦う相手のいない理不尽は、立ち向かいようがない。ただ乾が己と戦うだけだ、手を貸せる事がない。

 そして、それは己の宿命でもあった。

 僕は最後に、こんな選択を出来るんだろうか。

 タクミには分からなかった。でも、出来るようになりたい、と思う。

 

***

 

 物陰に隠れていた夏海を拾い、士は写真館へと戻ってきた。

 ドアを開けると、向かいの壁に、全倍の大きさで、一面の花畑の写真が広がっていた。

 踏み台に乗り、栄次郎が壁に画鋲を打っている。

「ああ、二人とも、お帰り」

 二人を見て、栄次郎はにっこりと笑った。

 黄色、紫、青、赤、ピンク、色々な花が咲き乱れている。地平線まで続くかと思われたその花畑の向こうには、海が見えた。海は空と交わり、雲一つない紺碧が広がっている。

「ただいま……おじいちゃん、その写真は?」

「ああ、これ、素敵だろう? お前がこの前倉庫をひっくり返した時にネガを見つけてねえ。引き伸ばしてみたんだ」

 画鋲を打ち終え、踏み台から降りて、栄次郎はその写真を見て満足げに何度か頷いた。

「これはねえ、彼の写真の中では、一番出来がいいんだよ。文句なしに素晴らしいって思う」

「……タイトルは、あるのか?」

「特にないんだけどね。そうだねえ……名付けるなら、『パーフェクト・ワールド』かね」

 そう言って栄次郎は笑った。つくづく喰えない爺さんだ、と、感想が士の胸に浮かんだ。

 あるべき世界。美しい理想の世界、如何なる時も強く揺るがない理想の自分。あいつは、そんなものが欲しかったのだろうか。

「……まあ綺麗だが、毎日見てりゃ見飽きるだろうな」

 士が興味の薄そうな口調で吐き捨てると、栄次郎は、我が意を得たりといった様子で、大きく頷いた。

 彼は戦えなかった。理想の世界は何処かにあるのだと、いずれ生まれるのを待とうと、夢が向こうから扉を叩いて訪れるのを待っていたが為に。

 人は旅をして、探して行くだろう。夢を、意味を。だけれども、自分にとっての答えが自分の中にしかない事を、旅をして、色々な出来事を経て、誰かに何かを教えられながら、知る。

 殴り合えと言いたかったんじゃない。理想の自分だなんて、自分じゃないんだと、言いたかった。現に門矢士は門矢士でしかないのだから。

 可憐な花の黄色の花びらが、一面に野を覆う景色。つまらなさそうに写真を眺めて士は、本来なら自分もそうなっていたであろう姿を、もう一人の自分の事を思った。

 たまたまだったのだ。本当ならば士も、こうして引き伸ばされた写真を眺めているなんて事はなかったのかもしれない。

 偶然と必然が出会いを作り出し、絆を生んで、心は育まれていく。

 そこには完全などありはしない。だからこそ止まらない、いくらでも広がっていける。調和とは閉じる事でもあるのだから。

「でも、この景色をいつか、探しに行くのも悪くないかもな」

「そうですね、きっと、実際に見たらもっと綺麗ですよ」

 笑顔で言って、夏海は軽く伸びをした。その様子を横目で見て、士もくすりと笑いを漏らした。



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エピローグ2:Neverending Journey

 目が覚めると、何故か天道総司が横に座っていて、何か本を読んでいた。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。日は翳り始め、窓から斜めに天道の背中を照らしていた。

「目が覚めたか」

 ユウスケは、天道を見て頷いた。

「……何で、あんたが?」

「暇だったからな。水はいるか」

 天道の声は相変わらず上からの一本調子だったが、もう慣れた。ユウスケは再び頷いた。喉はからからだった。

 体は睡眠をとったお陰だろうか、思いのほか軽かった。体ももう起こせる。腕に軽く力を入れると、上半身は思い通りに起きた。

 天道が脇に置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、コップを差し出した。それを受け取り、一気に飲み干した。

「っ……ふはー、生き返った」

「もうすっかり元気そうだな。腹は減ったか」

「……そういえば、昨日から殆ど何も食べてないな」

 言われて思い出すと、急に空腹感が意識を覆った。

 その様子を見ると天道は軽く笑って、待ってろ、と言い残して部屋を出て行った。

 十分弱ほど待っただろうか、天道はトレイを持って帰ってきた。

「熱いから、ひっくり返さないように注意しろ」

 そう言って、ユウスケの膝にトレイを乗せた。載っていたのは、一人用の土鍋に入ったお粥とスプーンだった。真ん中に梅干が一つ乗せられている、シンプルなものだった。

「……これ、あんたが?」

「お前に、真の粥の味というものを教えてやる。有り難く味わうがいい」

「ありがとう、いただきます」

 ユウスケは既に、天道への対処方法をほぼ完璧に身につけていた。礼を言って笑うと、天道は表情を変えないままで軽く頷いた。

 トレイを左手で押さえ、スプーンで掬って軽く息を吹きかけてから口に運ぶと、甘い。米の柔らかい甘さが口に広がった。

 米の糠臭さはないが水臭くもない。米の粒も一つ一つがしっかりとしているが、固いわけではなくさらりと口の中でほぐれる。

 粥といえば、ねちょっとしてどろどろしているイメージがあったが、今口に入れたこの粥は、今まで食べたものとはまるで別物だった。

「……うまい。すっげえうまい」

「当然だ」

 さも当たり前であるかのように天道は言った。美味しいものを食べると、何だか嬉しくなる。ユウスケが笑うと、天道も微かに笑った。

 何も入っていなかった胃に染み渡る。食べながら、思い出した疑問をユウスケは、ふと口にした。

「そういえば、聞きたかったんだけど。あんた、最初会った時に、俺の事をリイマなんとか言ってたけど、あれって何なんだ?」

「リ・イマジネーションか」

「そう、それ」

「ディケイドライバーがデータを再構成する事による創造。ディケイドが作り出した世界のライダーを、便宜的にそう呼んでいただけだ」

 ふうん、とユウスケは分かったような分からないような返事を返した。

「ついでにもう一つ。今ひとつはっきりしないんだけど、あんた達はオリジナルの世界ってやつの人間なのか? なんかそうとも言えるし違うとも言えるとか、はっきりしない事しか言わないからさ」

「正確に言えば、城戸だけはそうだが他の人間は違う。俺達はオリジナルと異なる可能性の道を辿った世界の人間だ。だが、オリジナルに限りなく近いと言っていいだろう」

「……城戸さんだけ?」

「あいつの世界は、可能性が全て潰されて一つの結末しかなかったらしい。特殊なんだ」

「何か、色々ややこしいんだな」

 言ってユウスケは、土鍋の底に残った粥を掬い集めて最後の一口を口に運んだ。

「ああ、美味しかった。ご馳走様」

 にっこりと笑って手を合わせると、天道が、ふっと笑いを漏らした。

「お前は変わった奴だ。単純で向こう見ず、そして暑苦しい所が、俺の知り合いに少し似ている」

「それって……褒めてないよな……」

「さあな。そうだ、最初に会った時、質の悪い模造品と言ったが、あれは撤回しよう。お前は、別の物語を持った、全く別の存在になったんだからな」

 薄く笑ったまま天道は言って、ユウスケの膝の上からトレイを持ち上げると、そのまま部屋を出て行った。

 

 一人になったが、特にする事はないし、眠気も消えてしまった。

 ユウスケがベッドから降りようと体を動かすと、ドアが開いた。

「天道はここにいると聞いたが」

 剣崎一真がドアを開いて、肩から上だけを中に差し入れて尋ねた。

「ん、ああ、食器を下げに行った」

「……君は、ベッドから出ようとしていたのか?」

 頷くと、剣崎は部屋の中に入り、ドアを閉めた。そのまま歩いて、先程まで天道が座っていた椅子に腰掛ける。

「まだ寝ていろ。大体聞いたぞ。盾になるとかそんなのは嫌いじゃなかったのか」

「……仕方ないだろ、体が勝手に動いたんだ。別に俺だって痛い思いしたいわけじゃない」

「そうだろうな、俺もそうだ」

 答えると剣崎は、口の端を軽く上げて笑った。

 逆らわせないつもりなのだろう、剣崎は天道を探しに行くでもなく、座ったまま動かなかった。

 ユウスケは体をベッドに戻し、上半身は起こしたままベッドに座って剣崎を見た。

「……あんたが、解放されてて、びっくりしたけど……、何か声かけそびれてて。本当に良かった。でもどうやって?」

「クラブのテン、リモートというラウズカードがある。それを使えば、アンデッドをカードから解放し、思いのままに操る事ができる」

「それで……カズマの命令には逆らえない?」

「そうだ」

 剣崎は頷いて、苦く笑った。剣崎が元からアンデッドなのか、それとも作られたのか、それは分からなかったが、どう見ても彼は人間にしか見えなかった。

 何だかユウスケはふと悲しくなった。剣崎は、何もない世界に一人で取り残された、と言っていた。それを思い出した。

「俺も、君に礼を言いそびれていた」

「……礼?」

 助けてもらったのはユウスケの方なのだから、全く心当たりがない。ユウスケは怪訝そうに眉を寄せた。

「門矢士を助けてくれて、ありがとう」

「……え?」

 全く思ってもみない、剣崎の口から出るとは想定していなかった事を言われ、ユウスケは戸惑って剣崎を見つめた。

「……俺じゃない、士が自分で見つけたんだ、俺は何もしてない」

「門矢士に聞いてみるか。きっと、君がいたからだと答える筈だ」

 ふるふると首を横に振ったユウスケを見て、剣崎はまた、軽く口の端を上げて笑った。

「君が信じ続けたから、信じる事をやめなかったからだ。それでもどうにもならない事はあるだろうが、今回は、それでうまくいった」

「そんなんじゃ、ないよ、きっと」

「そうなのかもしれないな。だが、そう思わせてくれないか」

 その言葉に、ユウスケは返すべき言葉を持っていなかった。

 ユウスケは士を信じていたけれども、信じただけだ。具体的に士に示してやれた事は、ないように思う。

 士はきっと打ち勝てる。見つけられる。そう思い込んでいただけだ。

「……あんたは、帰るのか?」

 ユウスケの質問に、剣崎は表情を動かさずに軽く頷いた。

「何もないって、前言ってたよな」

「そうだ。だが、あそこが俺の世界だ。帰るさ」

 言って剣崎は薄く笑った。そんな所に帰らなくても、と次の言葉を続けられなくなって、ユウスケは黙り込んだ。

「君はどうするんだ。君にも君の世界がある。ディケイドの戦いも、取り敢えずは終わった」

 逆に聞き返されて、ユウスケは俯いて、首を横に振った。

 そんな事、全く考えてなかった。

 そうだ、ディケイドが世界を救う為の旅はもう、決着したのだ。旅は終わったのだ。

 言われてようやくその事実に行き当たり、ユウスケは動揺した。先の事なんて何も考えていなかったし、どうしたいのかもまるで考えていなかった。目の前の事で手一杯だった。

「分からない……」

 ぽつりと零れたユウスケの呟きを耳にして、剣崎は、仕方ないといった様子で軽く息を吐いて笑い、椅子を立った。

「帰るなら、他のライダーと一緒に渡が送ってくれるだろう。そんなに時間があるわけじゃないが、考えてみるといい」

 大人しく寝ていろと言い添えて、剣崎は歩きだしドアを出ていった。

 今までは、あまりそんな事を考える必要はなかった。士を助ける事が世界を救う事に繋がるという目的があった。

 みんなの笑顔を守るって、俺、その為に何をすればいいんだろう?

 改めて考えてみると、よく分からなかった。ユウスケはクウガになってから、目の前の敵と戦ってきただけだったし、そんな事を考えるゆとりもなかった。

 俺は、どうしたいんだろう、何をしたいんだろう。

 改めて考えてみても、特に何が浮かぶわけでもない。ユウスケは頭を抱えて、何度か横に振ったが、答えは出てこなかった。

 

***

 

 テーブルに置かれたタロットカードには、絵が描かれていない。本来はカードを表す絵があるはずの部分は、漆黒の闇で塗り潰され、幾つもの地球が、ある程度の距離を置いて浮かんでいた。

 紅渡は、カードを繰る次狼の後ろからその様子を覗き込んだ。

「何故、分離したのでしょう」

「さあなぁ。そんな事俺達には分からんよ。一般的な話をするなら、今まで働いてた強烈な融合の力が急になくなったんだから、反作用でも起きたんじゃないのか」

 次狼が気怠げな口調で言った。言う通り、推測以上の事は出来ない。渡は目線をテーブルから外して、向かいに立つ天道と剣崎に向けた。

「取り敢えず、それぞれの世界は無事存在しているようです。ですが、気掛かりがあります」

 その言葉に、天道と剣崎は訝しげな眼差しを渡に向けた。渡は言葉を続けた。

「今の所は、それぞれの世界は距離を置いて安定しているようですが、これが再び引き合う可能性がないとは言い切れない」

「確かにな……だがそれこそ、俺達ではどうしようもないんじゃないか?」

 剣崎の言葉に、渡は頷いた。

「どうにかできる方法、か。あるかも知れんぞ」

 天道が呟き、渡も剣崎も彼を見た。天道はやや俯き、考え込んでいる風だった。

「今俺達がいる世界、それに光夏海の世界。この二つは本来、生まれたばかりで融合などまだ起こらない筈だった。ディケイドが他の世界をここに引き寄せていた」

「そうですが……」

「それがディケイドの力ならば、逆の事を出来る可能性も、あるのではないか?」

「力を、逆の方向に、制御する。という事か」

 剣崎の言葉に、天道は強く頷き、言葉を続けた。

「本来、ディケイドライバーには単体で次元を越える能力があるはずだが、門矢士はそれを使いこなせていない。彼がディケイドライバーをより使いこなせるようになれば、あるいは世界を安定したまま保つ事も可能になるのではないか。推測の話しか出来ないのが気に食わんが……」

 実に面白くなさそうに天道が言い、息を吐いた。

 こんな話で確信を持って解決策を提示できる者など、神や仏位だろう。だが天道のプライドは、推測で話を進めざるを得ない事を嫌っているらしかった。

「それが正解かどうかはともかく、力を正しく制御出来ない状況は好ましくない。特にディケイドのような大きな力であれば、尚更」

 渡がそう口にして、剣崎も天道も、静かに頷いた。

 彼等にはもうディケイドを倒そうという意志はない。そして、倒さなくてはならない状況が再度生まれてほしくないとも考えている。

 それならばどうするか。

「門矢士の戦いは、当分終わらない、という事だな」

 剣崎が低い声で呟いて、渡と天道は、何か考え込むように目線を逸らし、それぞれの方向を見た。

 

***

 

 紙袋を持った門矢士がキャッスルドランを訪れたのは、辺りがすっかり暗くなった頃だった。

「生きてるかユウスケ」

「そう簡単に死ぬか!」

 体を起こして返事をしたユウスケを見て、士はにやりと笑った。

 左腕は包帯で吊されている。

「ここまでどうやって来たんだ?」

「途中まで、爺さんに車で送ってもらった。ほれ、服だ」

「あ、ありがと」

 士が差し出した紙袋を受け取り、ベッドの脇に置く。士はそのまま、傍の椅子に腰掛けた。

 そのまま、何をするでもなく、士はただユウスケを見ている。照れ臭くなり、ユウスケは気持ちの悪そうな顔をした。

「何見てんだよ……」

「馬鹿の顔だ」

「また馬鹿って言う……」

「お前が馬鹿以外の何だっていうんだ。そんなぼろぼろになりやがって」

 士の声には、やや怒りが含まれていた。困ってユウスケは、目線を逸らした。

「お前だって、怪我してるだろ」

「俺の事は言ってない。俺の為にそんな有様になられても、困る」

「……士の為だけじゃない」

 意表を衝かれたのか、士は口を開いたまま、言葉は継がずにユウスケを見た。

 ユウスケも、視線を士に戻した。

「俺は、俺の為に戦ってたんだ、って思う。俺がどうしてもそうしたかったから」

「……まあ、そうだろうがな。そんな死にそうになるなって言ってるんだ」

 実に面白くなさそうな顔で、士はそう吐き捨てた。

 何だか嬉しくなってユウスケが笑うと、士はますます面白くなさそうに顔を歪めた。

「笑うな」

「何でだよ。嬉しかったら笑うだろ」

「俺は何も嬉しくない!」

 不貞腐れた声で言って、士は横を向いた。可笑しくてユウスケはくすりと笑ったが、士はそれ以上文句を付けようとはしなかった。

「なぁ、士」

「何だ」

「これから、どうするんだ?」

 質問に、意外そうな顔で士がユウスケを見た。

「……さあな。暫く写真でも撮って考えるさ。旅暮らしが俺の性には合ってたからな、また旅するのも悪くない」

「そっか」

 士は存外にすらすらと質問に答えた。彼はいつもそうしてきたのだから、今度もそうするのだろう。

「これから、だもんなぁ、お前はさ」

 ユウスケは、目を細めて、士を見た。

 士は、自分を、自分で掴み取った。凄い事だと思ったし、もう士が、自分が何者なのかだとか、何故世界が壊れるのか、なんて事で悩み傷付かなくてもいいのが、素直に嬉しかった。

「何を偉そうに……そういうお前はどうするんだ」

「それなんだよな……」

 士の反撃に屈して、ユウスケはしょんぼりとした様子で、弱く長く息を吐き出した。

 元々ユウスケは、クウガになる前も、自分の世界で、何かはっきりした目的を持って生きていたわけではない。家族もいない、しがらみらしいしがらみもない。目的らしいものを持てたのは、八代との出会いが初めてだった。

 士は呆れたようにユウスケの横顔を見つめた。

「人の心配をする前に自分の事をなんとかしろ。だから馬鹿だって言われるんだ」

「……それは、正直、その通りだと思う」

「お前はお前の気が済むようにすりゃいい。記憶のない俺にあるんだ、何か、お前にだって、大切なものくらいあるだろ」

 言われて、ユウスケはじっと士の眼を見た。

「男に熱い視線を向けられても気持ち悪い、そうまじまじと人の顔を観察するな」

「俺だって気持ち悪い」

「じゃあよせ」

 苦り切った士の顔を見て、ユウスケはにんまりと、満面の笑みを浮かべた。

「……人の顔を見て笑うな。気持ち悪い奴だな」

「何でもいいよ。俺は俺が気が済むようにするって、決めたから」

「そうか、そりゃ良かったな。だが別に俺の顔をじろじろ見なくたって決められるだろう」

「いいだろ、別に減らないんだから」

「気持ち悪さで心がすり減りそうだ……」

 苦虫を一気に五匹も噛み潰したような士の顔を見て、ユウスケは噴き出して、声を立てて笑い始めた。

 それを見て士の顔は、ますます苦り切った。

 

***

 

 もう太陽は殆ど沈んで、山の際から微かに残光が見えるだけだった。

 窓から良太郎はそれを眺めていた。隣では、小さい良太郎も、同じように外を眺めていた。

 もう一人自分がいるというのは、やはり慣れない。慣れるのはそれはそれで問題があるだろうが、こういう状況に置かれると弱りきってしまう。

 話しかけようにも、どう呼んでいいのか分からない。

「ねぇ」

「何?」

 分からなかったので名前は呼ばずに呼び掛けた。小さい良太郎も、名前は言わずに呼び掛けに応じて、大きい良太郎を見た。

「侑斗を、守ってくれて、ありがとう」

「……」

「僕の世界の侑斗は、消えちゃったから……久しぶりに会えて、嬉しかった。別の侑斗なのは分かってるんだけど」

「……いいよ、無理に話さなくても。辛いでしょ」

「うん、すっごく辛かった。今も、どうして侑斗がいないんだろうって思う。でもそれが、僕の辿り着いた結果だから。それに、僕は、忘れない」

 小さい良太郎は大きい良太郎を見たけれども、大きい良太郎は前を見たまま、目線を外から外さないで、ゆっくりと話した。

「僕が忘れなかったら、侑斗は、いなかった事にはならない。たとえもういなくたって、僕は知ってるんだもの。桜井侑斗はいた、確かにいたって。そうすれば、侑斗はいる。そんな気がする」

 山の端の光ももう消え、星の輝きが窓の外に見えた。

 桜井侑斗の愛したものだった。

「僕も、そう思うよ……きっと僕も、そう考えるって思う」

「ありがと」

 大きい良太郎は、ようやく小さい良太郎に目線を移して、笑った。

 

***

 

 準備が整ったという事で、紅渡が出立を告げたのは、次の日だった。

 士は写真館に帰る。ここでお別れだった。

 男ばかりが二十人以上、むさ苦しい光景ともおさらばだ。

「あんたに、借りを返せなかったな」

 翔一に話しかけると、翔一はいつものように翳りのない明るい笑顔を浮かべて、首をゆっくり二回、横に振った。

「昨日お皿洗いを手伝ってもらった分と、門矢さんが世界を救ってくれた分で、三倍位にして返してもらいました」

 皿洗いはくじ引きで負けた。いつもは大きい方の野上良太郎が(必ず)負けるらしいが、昨日だけは士が外れくじを引いた。

 いつも大きい野上に皿洗いをさせている面々は、まるで天変地異でも起こったような驚き方をした。野上が外れを引かなかった事に対して。

「あんたに返した事にならない」

「いいんです、俺がいいって言ってるんですから。お皿洗いは大事なんですよ、後片付けまでが料理なんです」

 言っている意味が全く分からなかったが、翔一が引き下がる様子がない事だけは分かり、士は苦笑を漏らした。

「どうするか決めたか」

 剣崎に尋ねられて、ユウスケは強く首を縦に振った。

「俺、残るよ」

「……残って、どうするんだ?」

「分かんないけど、俺、士の相棒だから。士がこれから考えるなら、俺も一緒に考えるさ」

 しっかりと、ユウスケが言うと、剣崎は表情を変えないで、軽く息を吐いた。

「そうか。その方が都合がいいかもしれないな」

「……? それって、どういう事だ?」

「門矢士に、新しいお願いがあるんですよ」

 渡が口を開き、ユウスケを見てにこりと笑った。

「……お願いはいいが、今度はちゃんと説明しろよ」

「分かっていますよ。小野寺君に怒られてしまいますからね」

 心から嫌そうな顔で、士は渡を見たが、渡の笑顔は崩れない。

「門矢士、君に、旅を続けてもらいたいんです」

「……何? 何の為に?」

「今回融合しようとした十の世界は、今のところ分離安定していますが、この状態がこれからも続く保証はない。他にも、ディケイドは今まで無数の世界を産み出した。それらは、今後も融合崩壊を続けるかもしれない。君には、それを防ぐ方法を探してもらいたい」

「……どうやって」

「それは君自身で探してください。ディケイドライバーには、世界を引き寄せる力がある。君がディケイドライバーの全能力を引き出せるようになれば、その逆ができるかもしれない。旅をして、ディケイドライバーを使いこなせるようになってほしいのです」

「……全く説明になっていないのは気のせいか」

「気のせいです」

 士はますます眉を寄せて険しい目で渡を見たが、渡の笑顔は全く崩れなかった。

 旅をしてくれ、と言われても。何処を目指せばいいというのか。

 だが、世界はきっと無数に広がっているのだろう。様々な世界があるのだろう。

 まだまだ士は世界の全てを知らない、カメラにも写しとっていない。

 それを見てみたい、という願いが、何もなかった自分が名前の他に持っていた唯一の望みではなかったか。

 それはまだ、消えていない。

 積極的に引き受ける理由もなかったが、断る理由も今はなかった。

「……分かった。どうせまだどうするかなんて決めてなかったし、旅も好きだ。全ての世界を、写真に収めてみるってのも、悪くない」

「そう言ってくれると思っていました。何か異変があれば、僕がまた伺いますから、それまで精進してください」

 輝かんばかりの笑顔で渡はそう言った。

 まんまと乗せられたような気もしないでもないが、もうこうなれば自棄だった。乗せられてやる事にした。

「……それでいいかユウスケ」

「勿論、俺に文句はない」

 ユウスケは、不敵に笑って頷いた。

「小野寺さん、聖なる泉を涸らさなきゃ、小野寺さんはきっとこれからも大丈夫です。頑張ってください!」

 五代雄介は、にこりと笑って、ユウスケに向かって親指を立ててみせた。それを見てユウスケも、同じポーズを返した。

「あまり親切の押し売りをしないようにな」

 芦河ショウイチは、やや呆れたように微笑んでいた。

「俺も相棒と頑張るから、士とユウスケもしっかりな!」

 辰已シンジは、そう元気に言って右手を上げた。

「僕、もう怖がったりしません、門矢さん達も、精一杯やってください!」

 尾上タクミは、微笑んでいた。

「チーズもユウスケも、食いっぱぐれたらBOARDで雇ってやるから、またいつでも来てくれよ!」

 剣立カズマは、やっぱり飼い主を見つけた犬みたいないい笑顔を浮かべた。

「師匠に会ったら宜しく伝えてください。僕も、自分の世界で、これからも戦います。困った時はいつでも力になります」

 アスムも、微笑んでいた。

「俺もお前も、孤独とかそういうのとはやっとおさらばできたみたいだから、お互い頑張ろう」

 ソウジは、ゆったりと笑っていた。

「モモタロスが、風邪引くなよ、って言ってました。気をつけてくださいね!」

 子供の良太郎は、にこにこしている。

「士、ユウスケ、僕は王として、これからも力の限り頑張る。二人が、頑張ってるって思うから」

 眩しそうに、ワタルは笑っていた。

「ああ、皆、じゃあな、また会おうぜ!」

「ありがとう、またな!」

 士もユウスケも、自然と笑顔が零れた。二人は手を振って、ドアを開けて外に出て、駆け出した。

 暫く走ってから見上げると、キャッスルドランは空に飛び立って、暫く飛ぶと、ふっと消えた。

 二人は黙って空を見つめていたが、士は空を見るのをやめて、また走り出した。

「士、片腕だけでそんな走ったら、転ぶぞ!」

 ユウスケは追いかけてくるけれども、士は止まらなかった。

 転んだっていい、立ち上がればいい。

 自分の足で駆けていけるのなら、何処までだって駆け抜けよう。

 こんなにも世界は美しくて、何処までも広がっている。まだ見知らぬ景色が、いくらでもある。

 その全てを、心に刻みこんで、カメラに写しとりたい。

 恐れはあるけれども、それ以上の大きさで期待があった。息も切らさないで、士は走り続けていった。

 

《了》




最後までご覧いただきありがとうございました☺


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