終わらせたい彼の箱庭狂騒曲 (マスカレード・マスタード)
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YES!ウサギが呼びました!
プロローグ


「…………はぁ」

 

 少年、時任空胡(ときとうくうご)は右半分が塞がれた視界で空を見上げため息を吐き出していた。

 ジメジメとした六月の中で、珍しくもカラリと晴れた五月晴れ。多くの家庭では、溜まった洗濯物などを一気に洗っている事だろう。

 

「どうするか…………」

 

 空胡は潰れている右目に触れながら思考をクルクルと回していた。

 彼の右目には、医療用の眼帯がつけられておりその下を見ることは叶わない。日常生活でも彼は、眼帯を取る事が無いからだ。

 そして同時に、その右目が彼にとっての悩みの種であるとも言えた。

 この問題を解決するために、彼は今までの十五年間全てを注ぎ込んできたと言っても過言ではない。しかし、それも最早限界。

 自宅でもある先祖代々の邸宅にある資料はすべて読み返し、隠し倉庫や金庫などがあるかもしれないと屋敷の土地そのものをひっくり返しかねない程に探して調べて―――――何も得られなかった。

 最早八方塞がり。何をどうしたらいいのかも分からないし、どうすれば良いのかも、どう進めばいいのかも分からない。

 詰んでいた。もう苛立ちもしない。

 

「もっと何か、ある筈なんだ…………何か…………何かないのか?」

 

 考える、考える、考える。それでも、良い考えは浮かばない。

 そもそも、彼の悩みは人知でどうにかなるような領域には無かったりするのだ。であるならば、アプローチの方法を考えねばならない。

 逃げる事の出来ない一生の命題。空胡自身も分かっているし、投げ出すつもりはない。つもりはないが、ここまで手掛かりが無いとそれはそれで萎えるというもの。

 何かないか、と彼はこうして空を見上げている。

 

「はぁ……………………あ?」

 

 右目から手を外して空を再び見始めた空胡はそこであるモノに気が付いた。

 青空には白い雲がまばらに浮いており、僅かな気流の中でゆっくりと流されている中で不自然な軌道を描く白いナニか。

 それは真っ直ぐに、しかし曲線と不規則な左右への揺れも行いながら空胡の元へと降りてきた。

 反射的に手を伸ばして摘まんでみれば、それが紙。それも簡素な封筒であることが確認できる。

 

「手紙、か?あて先は…………俺?」

 

 真っ白な手紙をひっくり返し、空胡は首を傾げた。

 

『時任空胡殿へ』

 

 こう書かれていたから。

 だが、それはおかしい。何せここは、空胡の家が所有する五階建ての廃ビルの屋上。家の人間ですらも、彼がここに来ることは知らない。

 そこに、自分の名前が書かれた封筒が落ちてくるなど不審物の何物でもない。

 しかし、空胡本人の反応は違った。彼は、全く警戒する事も無くその封を開けたのだから。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 

 その才能(ギフト)を試すことを望むならば、

 

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて、

 

 我らの“箱庭”に来られたし』

 

 中身のカードにはこれだけが書かれていた。

 内容を確認した空胡は、目を見開き、同時に口角を吊り上げる。

 

「これだ…………!来たぞ、手がかり!」

 

 喜色に富んだ声で、空胡は大声を上げて起き上がった。

 明らかな異常が、彼にとっては救いの手に見えていた。それこそ、今すぐにでもすべて捨てても良いと思えるほどに。

 

 瞬間、彼の視界が大きく弾けた。

 

 ゴウゴウと鼓膜を叩く風の音。遠のいていく空。

 高度四千メートル。背中からの自由落下。

 無理矢理空中で反転すれば、視界の先には大きな湖と森が広がっている事が確認できるだろう。

 

 完全無欠の異世界が広がっていた。

 

 

 



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 十数秒から数十秒の空の旅。終わったと思えば、次に訪れるのは水の旅。

 

(水中か…………あの、湖に落ちたってことだよな?)

 

 コポコポと口の端から空気の泡を水面に上らせながら彼、時任空胡は右手で眼帯が浮かび上がらないように抑えながら周りを確認する。

 水中の視界など、ぼやけ切ってろくに見えたりしないのだがあくまでもこれは確認でしかない。そこがある程度深いことを確認し、着ていたジャージの煩わしさを感じながら彼は水面へと向かう。

 

「―――――ぶはっ!…………ッ、はぁ…………?」

 

 詰まっていた息を吐き出して、立ち泳ぎをしながら周りを見渡した空胡。その途中で、岸辺に上がった二人の男女を見つけそちらへと向けて泳ぎ出す。

 

「…………あ」

 

 その途中である事に気が付いた。気が付いてしまった。

 

「替えの眼帯、持ってたっけ?」

 

 空胡は基本的に眼帯を寝る時にも外さないが、風呂などは別だ。

 防水などではないそこらの薬局にも売っているような市販品である為、買い置きをして濡れたらその都度変えてきた。

 だが、今回。手掛かりに飛びついてしまった挙句、何の準備も出来ていない。仮に替えを持っていたとしても水につかった時点でアウトである事には目をつぶる。

 服でも破ろうかと思案している間に湖岸へ。

 浅くなってきた湖底に足をついてから、水をかき分けて岸に上がった空胡はそのまま湖岸に腰掛けて上着を脱ぐと、グッと搾る。

 右目にも違和感はあったが、流石にこの場に自分以外に四人(・・)居るならば眼帯は外せないため放置。

 

「貴方の名前を聞いていいかしら?」

「あ?あ、俺?」

「そうよ、そこの眼帯の貴方。貴方だけ、名乗ってないもの」

「あー、成る程。俺ァ、時任空胡。まあ、宜しく―――――は出来なさそうだな」

「あら、どうしてかしら?」

「ちょっと野暮用があってな。俺としては、その件をさっさと片づけたいと思ってるところなんだ」

「聞いても?」

「そこは、ノータッチご推薦だ」

 

 肩をすくめた空胡に、黒髪の彼女は眉を顰めた。

 軽い反応の彼は、彼女にとってはこの場に居る金髪の少年にも通じるものがあったから。

 

「……目、怪我?」

「ん?まあ、物貰いみたいなもんさ。無理に取るなら、移っちまうかもな」

「ヤハハ、なら猶更その眼帯は取るべきじゃねぇか?」

 

 茶髪の少女が問い、金髪の少年が提案する。

 どちらも気にするのは空胡の容体、ではなく隠された眼帯の下にあるもの。

 その事に気付いているのか、空胡は肩をすくめて頭を掻いた。

 

「俺の事よりも、今はこの状況を知る方が先決じゃないのか?」

「あら、私はどっちが先でもいいわよ?」

「…………同じく」

「俺もだな」

「何でそんなところで意気投合してんだアンタら。ほら、そこの茂みに隠れてる奴とか、そろそろ突っ込んでやれよ」

「あら、気づいてたの?」

「空から見えたからな。そっち二人もじゃねぇの?」

「ヤハハ、かくれんぼじゃ負けなしだからな」

「風上に立たれれば嫌でもわかる」

「…………へぇ、面白いなお前」

 

 そんな会話がなされ、四つの視線が茂みへと突き刺さった。

 これに焦ったのは、問題児たちを遠巻きに観察しようとしていた招待主。

タラタラと冷や汗を流しながらも、このままではらちが明かないと意を決して彼女は立ち上がった。

 

「あ、あははは。嫌だなぁ四人様方そのような狼もかくやと言わんばかりの目で見られてしまえば、黒ウサギの矮小な心臓が悲鳴を上げてしまいます。古来より、孤独と狼は兎の天敵!どうかその視線の矛を下ろして、皆様私のお話を聞いてはいただけませんか?」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「パス」

「あは♪取り付く島もないとはこのことですね!」

 

 お手上げだというように彼女、黒ウサギは両手を挙げた。

 しかしその内心では、

 

(この状況で間を開けることなく拒否の言葉を言えるのは、良い気概です。肝が据わっているという事でしょうか?とにかく、何としてもコミュニティに入ってもらわなくては!)

 

 結構したたかな事を考えていたり。

 だがしかし、相手は世界代表の問題児。そんな彼らの目の間で気を抜いてしまえばどうなるか。

 

「…………えいっ」

「ふぎゃ!?い、いいい一体何事ですか!?」

「あ、感覚有るんだ」

「ちょっ、初対面で黒ウサギの素敵耳を鷲掴みするなんて―――――」

「良い手触り」

「話聞いてくださいよ!?」

 

 ぐわしっ、と掴まれた黒ウサギのウサミミ。掴んだ茶髪の彼女は、もふもふとした手触りを堪能するばかりで黒ウサギの抗議を気にも留めない。

 ついでに問題児たちの興味も彼女へと向けられた。

 

「私も触っていいかしら?」

「へぇ、本物なのか、コレ」

 

 金髪少年と黒髪少女の意識も、黒ウサギへと向けられ空胡より外れた。

 

(チャンス到来…………!)

 

 キュピーンと目を輝かせ、空胡の姿は空気に溶ける様にその場から消えてしまう。

 まるで、最初からそこに彼などいなかったかのように、忽然と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あり得ない、あり得ないのですよ…………!まさか耳を触られるだけで小一時間も潰れるだなんて!」

 

 ヨヨヨ、と泣き真似をする黒ウサギ。彼女の自慢のウサミミは、触られまくって毛羽立ってしまっていた。

 とはいえ、

 

「…………満足」

「良い手触りね。敷物にも良さそうだわ」

「ん?」

 

 ほくほくと顔をほころばせる茶髪少女、春日部耀と黒髪少女、久遠飛鳥は満足な様子で自身の手を見つめたりついてきた三毛猫を撫でたりしている。

 だが、金髪少年、逆廻十六夜はある事に気づいて眉を上げていた。

 

「なあ、あの眼帯何処に行った?」

「え?」

「…………そういえば」

 

 問題児三人が辺りを見渡そうとも、既に件の眼帯君は影も形もない。

 

「面白いな、アイツ」

「…………臭いも、残ってない」

「まさか、幽霊だったりしないわよね?」

「いや、奴には実体があった(・・・・・・)。それに見ろよ、アイツの座ってた場所は水で濡れてるだろ。綺麗な尻の形で残ってるだろ」

「あら、そうね。それじゃあ、彼は何処に消えたのかしら?足跡は…………残ってないみたいだけど」

「さあな、そこは分からねぇよ。空を飛べるのか、消えることが出来るのか、若しくは瞬間移動か。臭いは残ってないんだろ?」

「…………うん」

「それじゃあ、瞬間移動か。音もせずに俺の前から消えるとか、やってくれるじゃねぇか。面白れぇな、時任」

 

 好戦的な笑みを浮かべた十六夜。しかし彼にも、空胡を追う術はない。

 

 この後、黒ウサギが空後の居ない事に気づいて再び慌てる事になるのだが。それは全くの余談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すいすいと足場が悪い森の中を、道を通ることなく空胡は横断していく。

 不可解なのは、彼が歩く道だ。足音は愚か、衣擦れや更には草葉が踏まれる音、擦れる音など一切合切の“音”が聞こえてはこない。

 

(いや、便利だ。訳の分からない動物?みたいなのにも襲われないし)

 

 異端の技術を行使しながら、空胡の感想はその程度。

 彼が向かっているのは、空から落ちてくる際に確認した天幕のある巨大建造物があった方角。

 理由は言わずもがな、彼自身の目的を果たす為だ。むしろ、それ以外に今の彼は行動原理が無いとも言える。

 森の木々を抜け、草葉を踏みしめることなく踏破して、幻獣すらも通り抜け、やがて空胡は大きな壁の前へとやって来ていた。

 石造りの壁だ。そして、設けられた門の向こうには多くの“ヒト”の姿が見える。

 

(良いね。ここなら、俺の(こいつ)もどうにかできるかもしれねぇ)

 

 空胡は期待を膨らませて、その門をくぐった。その際に、横を通り抜けたローブ姿の少年には気付かずに。

 

 門の先は、やはり異世界。人類という種族のみならず、動物が元であろう獣人や、人型を象った無機物等々、その数は様々。

 そんな人込みの中を、空胡はすり抜ける様にして動き回っていた。

 彼に気が付く者は一人も居ない。

 鋭敏な嗅覚や聴覚。霊を捉える様な視覚。空気の揺れを微細に感じ取る触覚等々。あらゆる感覚器官がそこら中にあるというのに、肝心の空胡を捉えられない。

 その異常性を分かっているのかいないのか、彼は目的のものを探して歩き回っている。

 大通りを歩き、そこから一本入り込んで路地へ。ぐるぐると同じところを回っているのではないかと錯覚するような代り映えのしない道を、並ぶ商店で確認しながらウロウロ、ウロウロ。

 だがやがて、彼の足はある店の前で止まった。

 そこは、少し古さの目立つ店構え。中も薄暗く、ましてや客の姿も外からは殆ど視認できない。

 しかし、ここに空胡は己の探すものがある事を悟っていた。

 根拠は、におい。古い紙とかび臭いような湿気たにおい。

 

 そう、この店は古書店。紙製の本から、単なる紙の束。羊皮紙、竹簡、粘土板等々多岐に渡る品ぞろえの知の殿堂。

 

(お邪魔しまーす)

 

 気配を消したまま、空胡は入店を果たすのであった。



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 集中していると、時間が短く感じる事がある。

 

「…………ん?」

 

 湿ったような独特のにおいが立ち込める薄暗がりで、何冊目かの本に目を通していた空胡は何となく顔を上げた。

 場所は、自身で見つけた古書店であり居るのはその奥。主に世界に関する資料や各地の伝承など様々な、どちらかというとオカルト寄りの内容のものばかり。

 驚くべきは、いま彼が読んでいる物がギリシャ語でその前に読んでいたのは、ポリネシア語であった点。

 語学に堪能、とでもいうのか。まあ、その真相は己の抱えた問題を解決するために奔走した結果でしかなかったのだが。

 とにかく本を読み漁っていた空胡は、いつの間にか外が暗くなっている事に気づいていなかった。空腹などは特に覚えていないが、長時間床に座り込んで本を読んでいたせいで体がバッキバキに固まっており、肩を回せば関節が鳴った。

 

(出るか)

 

 買う気も無いのにのさばり続ける客程邪魔なものは無い。ただ、空胡には古紙一枚買い取れるような金も無いのだ。本を元の場所に戻して、素直に気配を消して店員にバレる事なく外へと出た。

 空は暗くなりかけており、陽光は見えない。ついでに道行く人々も疎らとなっておりこの街に来た時とは真逆とまではいわないまでも様変わりしていた

 

(さて、今日はどうするか。適当な場所には色込めばいいか?)

 

 誰にも感知される事無く、空胡は通りを行く。

 ジャージに、運動靴という装備の彼だが、石畳を歩けば普通音が鳴る―――――筈だが、やはり彼の足音は無音だ。衣擦れの音もしなければ、小石を蹴る事も無い。

 今も、前から歩いてくる獣人を半身ずらして躱した空胡だが、当の躱された獣人はその接近にすらも気づいた様子は無かった。

 まるで透明人間だ。いや、単に透明なだけならば匂いなどで人類よりも五感の鋭い獣人が気づかない筈が無いのだが。

 とにかく、空胡は誰にも気づかれる様子が無かった。

 

 閑話休題

 

 石畳の道を暫く進んでいた空胡は、やがて大きな噴水のある広場へとやって来ていた。そして、

 

「あん?何やら聞き覚えのある声が」

 

 ある騒ぎに気付く。

 見てみれば、カラフルヘッドな一団が噴水の前で騒いでいるではないか。周りでは少ない通行人が一瞬野次馬となって、そして流れる、という事を繰り返していた。

 ここで空後には、二つの選択肢。声を掛けるか、否か。

 無論状況的には声を掛けるのが一番なのだろうが、彼が考えるのはその流れ。

 

(…………めんどくせぇな)

 

 だが、彼は考えるのを止めた。普通に合流することにする。

 まずは、今自身で行っている気配の抹消とでも言うべきことを止める。そして何食わぬ顔で、

 

「よぉ、さっきぶりだなアンタら」

 

 片手を上げてあいさつした。

 本当に自然な動作であった。それこそ、最初からそこにいたのではないかと思われそうなほどに。

 

「…………と、時任君、だったかしら?どうしてここに居るの?」

「おいおい、居ちゃ悪いのか?文明を求めるのは、人として当たり前だろ?」

「…………本物?」

「生憎と俺はドッペルゲンガーには会った事が無くてな。まあ、会ったら死ぬらしいが」

「お前、瞬間移動でもできるのか?」

「いや、出来ないけど?むしろ、出来たら人間辞めてね?」

「ヤハハ、それならこの場で種明かしはしてくれねぇのか?」

「え、何故に?」

「気になるから。種を明かすか、その眼帯を取るか。二つに一つだぜ?」

「ちなみに断ったら?」

「力づくで毟り取る」

「…………」

 

 いい笑顔で詰め寄ってくる十六夜に、空胡は押し黙るしかない。声を掛けた事にも後悔し始めていたが、後の祭りというもの。

 ため息を一つ挟み、

 

「なっ―――――!」

「…………うそ」

「ど、どうなってるの!?」

 

 すーっ、と空胡の姿は空間に解けるように消えていき、気配が完全に霧散してしまう。

 これに驚くのは、問題児三人。一挙手一投足見逃すまいとしていたのに、次の瞬間には目の前で消えて追いかける事すら出来なかったのだから。

 思わず、十六夜は手を伸ばすがその指先が対象を掠める事は無い。耀が鼻を動かしても匂いはたどれない、耳にも音が響かない。飛鳥が周囲を見渡そうとも、どこにも影も形も彼の姿は無い。

 そして、この光景を見ていた二人、黒ウサギとジン=ラッセルもまた目を見開いていた。

 

「じ、ジン坊ちゃん。黒ウサギは夢でも見ているのでしょうか?」

「…………えっと、僕の目にもあの人が消えたように見えたんだけど」

「ですよね!?ま、まさか透明になれる恩恵を持っているのでしょうか?」

「だったらおかしいよ。耀さんは鼻が良いみたいだし。只透明になっただけなら、黒ウサギの耳でも追えるんじゃないかな」

「残念ながら、完全にあの方を見失っております…………く、黒ウサギの耳も無効化するだなんて!」

 

 ジンはともかくとして、黒ウサギは己の力には一定の自負があったのだが、その上で彼女は彼の動きを追い切れては居なかった。

 意味が分からないと思う。だが、次の瞬間に更に驚くことになる。

 

「―――――満足したか?」

「「「「「!?」」」」」

 

 何と、空胡が再び目の前に現れたのだから。それも、最初に立っていた場所からほとんど動くことなく。

 驚く五人に、しかし彼本人は肩をすくめるだけ。そして口を開いた。

 

「何だったか、確か…………圏境だったな。音を消して、気配を周囲に溶け込ませることで相手に視認させなくする技術(・・)だ。まあ、疑似的な透明人間だな。匂いとかも消せるから俺は重宝してる」

 

 事も無げにそう語った空胡であるが、相当な事を言っている自覚は無いらしい。

 再起動を果たしたのは、十六夜。

 

「…………ハッ、だったら俺にもできるのか?」

「出来るかできないか、なら出来るだろうさ。言ったろ、これは技術でしかない。俺はズルしてるけども、出来ない道理はないだろ」

「ズル?」

「ああ、ズルだ。それに頼ってる自分自身嫌になるが、まあ、使えるモノは使う主義だからな」

「へぇ…………それが恩恵って奴じゃないのか?」

「恩恵、ねぇ…………一方的な押し付けが恩恵になるなら、随分と虫のいい話だ。俺にとっちゃ呪いだしな」

「それは、その右目に関しての事だろ?」

「まあ、そうなるな。おっと、見せないぞ?態々目の前で圏境の種明かしもしてやったんだからな」

「チッ、ペラペラ語るかと思ったんだけどな」

「甘い、甘ーい。俺もそこまで抜けてないさ」

 

 HAHAHA、とアメリカンコメディの様に笑いあう野郎二人。

 ここでようやく残りの面々が復活してきた。

 その中でも詰め寄ってきたのは、黒ウサギだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「ん?どうかしたか、ウサミミ」

「う、ウサミミ!?私は黒ウサギです!―――――じゃなくて!今まで貴方は何処に行ってらしたんですか!?」

「うん?まあ、野暮用さ」

「だからその内容を―――――」

「そいつはさっき見せた圏境でトントンだ。まあ、俺も用が終わればこの世界から出ていくさ」

「…………その呪いは、恩恵ではないのですか?」

「人には分相応ってものがあるんだ、黒ウサギ。過ぎたるは猶及ばざるが如しってな。正直なところ、俺が生きていた世界じゃそんな超常的な力なんて必要ない」

「ですが、この箱庭では必要な事です。…………そうだ!えっと…………」

「ああ、名乗って無かったな。俺は時任。時任空胡だ。よろしくはしないぞ、黒ウサギ」

「はい!よろしく…………え?宜しくしないのですか!?」

「言ったろ。俺は、この呪いをどうにかできればいいのさ。で、どうにかしちまえばお前らに手を貸すなんざ無理だろ。俺は、そこらの柴犬にも負けるぞ」

 

 カラリと言い切った空胡だが、その発言には彼を知れば皆が否定するだろう。

 肉体的な例えば圏境などの技術は、彼の疎う呪いの副産物であるかもしれない。しかし、彼がその呪いをどうにかするために得てきた技術(スキル)は、そのどれもが彼の才覚の果てのものであるから。

 例えば空胡が事も無げに行う、多言語能力。日本語だけでなく、オーソドックスな英語やフランス語、中国語等々、その種類は多岐に渡る。

 肉体だって、十五歳としては十分すぎる程度にしなやかな筋肉をしている。

 それでも、彼は自分を乏して嗤う。

 

「まあ、俺の話はもういいだろ?それより、アンタらどこかに行くんじゃないのか?」

「あ、そうでした。これから、“サウザンドアイズ”に行くところでした!」

「千の瞳ィ…………?何だよ、それ店か?」

「YES!瞳の恩恵を持つ商業系のコミュニティですね!あ、コミュニティというのは―――――」

 

 黒ウサギ説明中。

 

「―――――つまり、ゲームするためのギルドみたいなもんだな。ソロプレイは不可能と」

「そうですね。一定の期間なら個人も可能ですけれど…………」

「まあ、そんな時間で俺のこいつ(呪い)をどうこう出来るわけもねぇわな」

「空胡さんの仰る呪いが恩恵ならば、サウザンドアイズで買い取ってもらえるかもしれませんよ?」

「こんな厄介なモノ(呪い)買い取るのか?随分と酔狂じゃねぇのよ」

「恩恵は人によって使い方がありますから。空胡さんにとって厄種でも、他の人にとっては喉から手が出るほどに素晴らしいものである可能性もあるのですよ」

「…………そんなもんか」

 

 水害に苦しむ土地と、干ばつに苦しむ土地の違いだ。片方では水が疎まれるが、もう片方では天の恵みとして崇め奉られる。

 空胡としては、厄介以外の何物でもない呪いも、裏を返せば誰かへの恩恵となるのだから。

 

 そうして五人は歩き出す。ジンだけは先に帰ってしまい、その後について行こうとした空胡が首根っこ掴まれる一幕はあったが、それは余談だ。



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 石畳によって舗装されたペリベッド通りを行く一団。

 

「しっかし、何でまたそんな事する。俺なら、金詰まれても嫌だがね」

「私達の心の問題よ。それから、時任君も出させないわよ?」

「出ねぇよ。流石に俺もそこまで野暮じゃない。まあ、下手な傷は作らないこったな。年頃の娘っ子が顔に傷作るなんざやるもんじゃねえよ」

「…………お爺さんみたいね、時任君って」

「落ち着いてるって言えよ。爺臭いみてぇじゃあねぇか」

 

 並木道を行きながら、空胡は明日に行われるギフトゲームのいきさつについて飛鳥に尋ねている所であった。

 もっとも、彼としては知ったとしてもそこまで動けるか微妙なところ。触らぬ神に祟りなしとも言うように、無駄に触れれば厄を振り撒かれる事もあるのだから。

 ヤダヤダ、と首を振る空後に、隣を歩いている飛鳥は測りかねるモノを感じていた。

 技術と称した圏境を目の前で見せられた時には、らしくもなく驚愕した。だが、今話してみればのらりくらりとした掴みどころのない面倒くさがりの人物像しか見えてこない。

 事実、彼は自分の呪いだと思っている事をどうにかすること以外には、興味が無い。だからこそ、飛鳥の様に誰かの為に動こうとは基本的にやらない。それが自分の事でも危なくなければ最小限だ。

 

「―――――おっ?」

「どうしたの?って、桜の花びら?いや、違うわよね。今は夏のはずだもの」

「あん?まあ、六月ごろなら散ってるか」

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「…………?今は秋だったと思うけど?」

 

 空胡が摘まんだ花びらを見て、四人そろって首を傾げた。

 噛み合わないそれぞれの主張に、黒ウサギが笑って解説を挟む。

 

「皆様それぞれ違う世界から召喚されているのデス。歴史や文化、生態系等々細かな部分に違いがあるかと」

「パラレルワールドって奴か?」

「近しいですね。正確には。立体交差並行世界論と呼ばれるものでして。といってもこの場で簡単に話せるものではありませんね。説明はまたの機会とさせていただきましょう」

 

 それだけ言って、黒ウサギが振り返った。どうやら、目当ての店についたらしい。

 向かい合う双女神の旗を揺らしたその商店は、今まさに割烹着姿の従業員が暖簾を下ろそうとしている所であった。

 

「待っ―――――」

「待ったなしですお客様。本日の営業は終了いしました。ウチは時間外営業は致しませんので」

 

 下ろされた暖簾に、黒ウサギは恨みがましい目を向ける事しかできない。

 ただ、相手は超大手の商業系コミュニティ。押し入りなど出来るはずもないし、やってしまえば横の繋がりで不利益をこうむるのは自分たちだ。

 

「なんて商売っ気のない店のなのかしら」

「ま、全くです!閉店時間の五分前に客を締め出すだなんて!」

「文句があるなら、どうぞ他所へと行かれるとよろしいかと。貴方がたは、今後一切出入り禁止とさせていただきますが」

「出禁!?こんなことで出禁だなんて、お客様なめているのですか!?」

 

 キャンキャン騒ぐ黒ウサギ。

 そんな彼女より少し離れた空胡としては、店員の言い分も分からないでもない。

 

「分からなくもないって面だぜ、時任」

「ん?まあ、な。あの店員が言ってることも分からないでもない」

「ほう。それじゃあ、その根拠聞かせてくれるか?」

「まあ、店側の事情だな。店だって閉店時間になったらさっさと店員が帰れるわけじゃない。掃除や翌日の準備があるだろうし、その日の売り上げに関して試算しなきゃいけない。プラマイゼロなら問題ないが、そうじゃないなら下手すりゃクレームの元だ。何より、閉店時間五分前の客とか、相手にしてたら絶対に閉店時間過ぎるだろ。明日の事を考えれば、その分だけ店員は居残りしなきゃいけない。その分の人件費もかかるし、下手すれば売り上げの一部を削る結果にもなりかねない。まあ、単純なところならこの程度か?」

「結構語るじゃねぇか。バイトでもしてたか?」

「まあ、ちょっとした社会経験だよ。ついでに言うと、俺はお客様は神様、って考え方が嫌いなんだ」

「あん?」

「アレって、誤植だろ?実際のところは、お客様は神様みたいに自分を見通してくるから常日頃から手を抜くなって話だったはず。断じて、客が偉いって話じゃないぞ」

「成る程な。それなら、お前から見てアイツらはあまり良い客じゃないわけだ」

「まあ、店としては舌打ちの一つもしたくなるな。というか、お客様至上主義は日本独自じゃないか?海外なら店が気に入らない客は締め出したりするし」

 

 思いのほか、ペラペラと回った空胡の口に、十六夜は相槌を返しながら内心で面白いと頬を歪めていた。

 存外、彼の口はよく回る。見た目こそ、ジャージに眼帯という人から避けられそうな見た目をした彼だがその実考えは確りしているし、思想もしっかりしている。

 一番気になるのは、右目だが十六夜の考えとしては圏境以外にもいろいろ隠しているだろうというのもあった。

 だが、この場では聞けないだろう。

 

「いぃぃぃぃぃやほぉぉぉぉぉぉおおおおお!久しぶりだ黒ウサギぃぃぃぃぃぃいいい!」

「きゃぁああああああ―――――!?」

 

 ドップラー効果を起こしながら、白髪頭の和装少女が黒ウサギへと文字通り飛び込んで、そのままの勢いを殺すことなく近くの水路へと飛び込んで行ってしまったのだから。

 その光景に、十六夜は目を丸くして、直後に従業員へと詰め寄っていた。

 

「…………おい、店員。この店ではドッキリサービスとか取り扱って―――――」

「―――――おりません」

「何なら有料でも―――――」

「いたしません」

 

 マジな顔の十六夜と、こらまたマジの従業員。二人そろって真面目な表情で対面していたが、今回は後者に軍配が挙がった。

 ついでに、面倒な気配を感じ空胡は気配を薄め始めていたのだが、その前に離れていた耀と飛鳥に上着の裾を握られて止められる。

 

「…………放してくんね?」

「ダメよ。そのまま逃げられたら、貴方の秘密を知れないじゃない」

「…………同じく」

「いやいや、だってアレだよ?公衆の面前で躊躇せずに女に飛び込むようなアレだぞ?関わりたくないって」

 

 アレ、と空胡の指差す先では今まさに白髪の和装少女が黒ウサギにぶん投げられて、十六夜に足で受け止められている所であった。

 もう逃げない、と約束して二人を送り出した空胡はため息をついた。

 何故だか、彼の嫌な予感が警鐘を鳴らして仕方が無かったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サウザンドアイズ、幹部の一人である和服少女、白夜叉に案内され五人と一匹はとある和室にまでやって来ていた。

 因みに、その際に従業員からぶつくさ文句を言われたがそこはそれ、白夜叉がもみ消していた。

 

「それじゃあ、改めて。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構える“サウザンドアイズ”の幹部、白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな?コミュニティ崩壊後も、ちょくちょくこうして交流を持っておったのだ」

「はいはい、お世話になっておりますよー」

 

 投げやりに返す黒ウサギだが、そこに彼女らの気安さが感じられた。

 彼女の隣で、耀が首を傾げ口を開く。

 

「…………外門って?」

「箱庭の階層を区切る壁に設けられた門の事ですよ。数字が若くなるほどに中心へと近づいて、より強大な力を持った者達が住んでいるのデス」

 

 説明しながら、黒ウサギは部屋にあったボードに上空から箱庭を見たような図を描いた。

 

「七つに分かれてるってのか」

「…………超巨大玉ねぎ?」

「いえ、超巨大バウムクーヘンではないかしら?」

「確かに、バウムクーヘンの方がしっくりくるな」

 

 うん、と頷く緊張感のない四人。

 その様子に、黒ウサギはガクリと頭を倒すが、白夜叉はカラカラと楽し気に笑みを浮かべた。

 

「ふふ、上手いこと例える。そう考えれば、この七桁の外門は、バウムクーヘンの一番外側の皮に当たるな。更に言うならば、ここは東西南北の四つに区切られた地区の内、東に当たる。ここより外へと出れば、コミュニティには所属していないが、強力な恩恵を持つ者たちが跋扈している箱庭の外となる訳だ」

 

 その水樹の主の様にな、と白夜叉は黒ウサギの持ち込んだ水樹の苗を見やる。

 

「して、誰がどのように手に入れたのだ?知恵か、はたまた勇気を試したか?」

「いえ、この水樹はここに来る前に十六夜さんが、素手で蛇神を叩きのめして勝ち取ったものです!」

「なんと!?ゲームのクリアではなく、腕力で屈服させたというのか!?では、その童は神格持ちの神童か?」

「いいえ。神格持っているならばすぐにでもわかる筈です。今回はその件で伺ったのですが…………」

 

 黒ウサギが話す中で、空胡は隣の十六夜に話を振っていた。

 

「蛇神って何だ?蛇の神様で殴ったのか、アンタ」

「俺を試してやるとか抜かしやがったからな。俺を試せるか(・・・・)試してやっただけさ」

「スゲェな、おい。神様殴って屈服させるとか、ゴリラかよ」

 

 少なくとも、空胡にはできない芸当だ。彼の腕力は、人並みよりも上程度。山河を砕く様な怪力は有していない。

 

 このまま穏やかに話は終わるかと思われた。

 だが、

 

「あの蛇神に神格を与えたのは私だからな。まあ、何百年も前の話だがの」

 

 白夜叉のこの言葉が呼び水となった。

 十六夜が喰いつき、飛鳥が迫り、耀が詰め寄る。そして、嫌な予感が強くなった空胡は、しかし約束だからとその場で影を薄くして空間へと溶け込む。

 

 瞬間世界が変貌した

 

 黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線の覗く丘。森林の湖畔。

 

 白い雪原と凍る湖畔―――――水平に(・・・)廻る太陽が(・・・・・)照らす世界(・・・・・)

 

 そんな世界の中心で、子供たちを前に白き魔王は両手を開く。

 

「おんしらが望むのは、全てを懸けた“決闘”か?それとも“挑戦”か?」

 

 箱庭でも屈指の存在が目の前に顕現する。



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(まじもんの、化物じゃねぇか)

 

 ヤダヤダ、と首を振り空胡は距離を取ると雪原へと腰掛けた。

 彼としては、自分の呪いの原因を知れるならばそれでいい。だが、死ぬなどは真っ平御免であった。

 要するに、彼は最初から白夜叉と事を構える気はない。例え、この返答で彼女の興味が失せようともそれはそれ、やりようは幾らでもある。

 気に入られようとも、何だろうとも、自分を知られればそれで―――――

 

「―――――それで?おんしはどうする、眼帯の童」

「ッ!?」

 

 思わぬ声が座っていた背中の方から聞こえ、空胡の背中が跳ねあがる。

 錆び付いたブリキの人形の様に振り返れば、そこには腰に手を当ててニヤリと自身を見下ろす真っ白な魔王の姿があった。

 

「あの童たちは、私に試されて(・・・・)くれるらしいぞ?」

「…………そいつは何とも、豪胆なこった」

「ふふ、正にその通り。実に豪胆で、大胆不敵。まだまだ青いが、原石というには十分だろう。さて、返答がまだだったな。私と“決闘”するのか、それとも私に“挑戦”するのか。どうする。前者ならば、魔王としての全てをもって相対そう。だが後者ならば手慰み程度に遊んでやろうではないか」

「…………」

 

 どうする?と問うてくる白夜叉に、しかし空胡は眉を顰めた。

 

「アンタ、魔王って言ったか?」

「さよう、私は“白き夜の魔王”。太陽と白夜の星霊・白夜叉」

「白夜叉…………アンタ、仏教に帰依でもしたか?」

 

 空胡の問いに、白夜叉の眉が動く。

 

「ほう、何故そう思った?」

「アンタ、太陽の星霊なんだろ?神霊、龍の純血、そして星霊。箱庭の最強種ってのがこの三種で。頂点が星霊、そこに一歩譲るのが神霊と龍らしいな。で、だ。アンタは、多分信仰の中でも最古に近い太陽の星霊だ。そんなアンタがどうして、“夜叉”を名乗ってる?鬼神って言っても夜叉は八部衆の一角で、その実態は釈迦如来の眷属だぞ。一宗教の眷属と太陽の星霊。格が違い過ぎると思ったんだが」

 

 どうよ、と空胡は首を傾げる。

 彼の言葉にハッとするのは、十六夜。

 

「成る程な…………違和感はそれだったか」

「どういう事かしら?彼、何を言ってるの?」

「…………説明求む」

「あ?ああ…………白夜叉は言っただろ?太陽の星霊だって。それなら最強の魔王だって名乗っても不思議じゃない。古代エジプトが顕著だが、太陽信仰は古いからな。けど、白夜叉は“白夜”であると同時に“夜叉”でもある。時任が言ったように、夜叉は仏教に取り込まれた釈迦の眷属の一体。元はインド神話の方なんだが…………そこまで話を広げるとキリがない。ま、要するに。今の白夜叉は弱体化、ないしは力の大部分を封じ込めてるって訳だな」

「それでも、あの威圧感なのよね。ちょっと自信無くすわ」

「…………次は負けないから」

「ヤハハ、まあそれは認める。けど、俺はそれ以上に時任の圏境を見破った方法を知りたいけどな」

「え?時任君消えていたかしら?」

「ならお嬢様は、アイツがあそこ迄移動してることに気づいたか?」

「……………………いいえ、気づかなかったわ」

「俺も気が付かなかった。つまり、そう言う事だろ」

 

 少なくとも、今の彼らに空胡の圏境を見破る方法は無い。強いて挙げるならば、消える直前ならば止められるかもしれないが、その為には彼に対して常に気を配る必要があった。

 しかし今、白夜叉は見失う事無く圏境状態の空胡を見つけて、声を掛けた。その事実に変わりはない。だが、今は、

 

「―――――ふふ、面白い童達だの。十六夜のみならず…………おんしは何と言ったか?」

「時任空胡」

「ふむ、空胡か…………では、空胡よ。おんしはどうする」

「…………俺としては、呪いの解除か、それが出来なくても手掛かりが得られたらいいんだが―――――」

「恩恵の鑑定か?むぅ…………私としては専門外だが…………ゲームをクリアすれば、してやろう」

「んじゃ、挑戦だ。俺は、十六夜みたいな馬鹿怪力何て持ってないし」

「存外アッサリだの」

「俺、自分の事を強いとか思ってねぇもの」

 

 これは本当。少なくとも、彼自身の体は強靭無比とか不老不死とか特殊性を有してはいない。いや、一定の条件下では、異常なほどに“速く”なるのだが、少なくとも今の彼は一般人に毛が生えたレベル。

 

「ふむ、ではおんしらのゲームはこれにしようか。丁度、あやつも来たところだからの」

 

 白夜叉がそう言えば、遠く山脈より鳴き声が響いてくる。

 それは幻獣の中でも“空”においては強者に位置する存在。

 鷲の翼に、獅子の下半身。その大翼に風を受け、空を踏みしめる空の王者。

 

「グリフォン…………うそ、本物!?」

 

 興奮した様子で珍しく声を上げた耀。その瞳は興奮によってキラキラと輝いていた。

 

「その通り、こやつこそ鳥の王にして獣の王。“力”“知恵”“勇樹”の全てを兼ね備えた、ギフトゲームを代表する幻獣だ」

 

 そう言って、白夜叉はグリフォンを自身の元へと招くとその傍らに一枚の羊皮紙を呼び出した。

 

『ギフトゲーム名 “鷲獅子の手綱”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          時任 空胡

 

 ・クリア条件

   グリフォンの背に跨がり、湖畔を舞う。

 

 ・クリア方法

   “力”“知恵”“勇気”のいずれかで

   グリフォンに認められる。

 

 ・敗北条件

   降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を

   満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホスト

    マスターの名の下、ギフトゲームを

    開催します。

          “サウザンドアイズ”印』

 

 以上がその内容だった。

 

「さて、誰が挑戦する?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームは、問題児たちの勝利に終わった。耀が見事にグリフォンを乗りこなした形で、しかも新たな力を得ていた。

 

「系統樹、ねぇ…………」

 

 座ったままゲームの流れを見ていた空胡は、その後耀の首から下げた恩恵に集まる彼らを見ながら、聞こえた言葉を頭の中で吟味していた。

 

(恩恵は誰かからの貰い物だ。なら、俺の中に、俺達の中に(・・・・・)息づいたコレ(呪い)も恩恵足り得るのか?)

 

 無意識のうちに、眼帯の上から右手で右目へと触れながら空胡は考えていた。

 彼にしてみれば至上の命題だ。それが例えこの世界では簡単に外せるかもしれない代物であろうとも。否、そんな代物であるからこそ、誰が与えたのか知りたくなっていた。

 恩恵は与えれるからこそ、恩恵だ。そこに上も下もないが、兎にも角にも与えられる。

 であるならば、疎むソレ(呪い)すらも恩恵だ。

 

(ああ、恩恵なら一体どんな酔狂な奴が植え付けたのやら)

 

 内心で確認すれば、疑問が鎌首をもたげてくる。

 向こうの世界では、この身に巣食う呪いの解除の為に過去の記録にも目を通してきた。その中で知れたのは、どうやっても事務的な感情を廃したものばかり。

 空胡には、分からない。こんな(呪い)を自身に受けてまで何かを成したかった先祖の気持ちが、欠片も理解できなかった。

 だって自分には過ぎたモノ()だから。いや、そもそも平和?な現代社会で個人における絶大な暴力などあまりにも無駄だ。

 

「…………わっかんねぇなぁ――――――――――ん?」

 

 呟いた直後、彼の元に一枚のカードが落ちてきた。

 そしてそれは、他の三人も同じくだ。

 

 コバルトブルーのカードに逆廻十六夜・ギフトネーム“正体不明(コード・アンノウン)

 ワインレッドのカードに久遠飛鳥・ギフトネーム“威光”

 エメラルドグリーンのカードに春日部耀・ギフトネーム“生命の目録(ゲノム・ツリー)”“ノーフォーマー”

 アッシュグレーのカードに時任空胡・ギフトネーム“解析不可(ディメンション・エラー)

 

 それぞれの名とギフトが書かれたカード。声を上げたのは、黒ウサギ。

 

「ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「おい、バグってんぞコレ」

「おふざけ厳禁です三人様!というか、空胡さんに至ってはバグってるだなんて!?それはギフトカードという超高価なものなんです!これさえあれば、一発でその人が有しているギフトを確認することが出来るどころか、耀さんの生命の目録などを収納する事も出来るのですよ!」

「つまり、超素敵アイテムでオッケー?」

「どうしてそう簡単に流すんです!?ええそうですよ!超素敵アイテムでオッケーです!」

 

 キャンキャン叱ってくる黒ウサギ。だが、そんな物で問題児が悔い改めるようならそもそも問題児だなんて呼ばれていない。

 そもそも、

 

「解析“不可”って何だ、“不可”って。不能とかならまだしも、解析できませんってか?―――――ザッケンナヨ!何でここまで来て新たな謎が出ちまってんの!?馬鹿なの?!死ぬの?!名前ぐらい素直に明かせバカヤロー!」

 

 ぺしっ!と雪原にギフトカードを叩きつけて立ち上がった空胡は騒いで聞いていなかった。

 だが、彼が騒ぐのも無理はない。今まで呪いとしか呼称してこなかった己の中身が、今まさに知れるかもしれなかったのだ。

 その結果が“解析不可”。キレるのも無理は無かった。

 

「―――――むぅ、“ラプラスの紙片”が二度もエラーを吐き出すだと?一体どうなっている?」

 

 雪原に半ば沈むギフトカードを拾い上げ、白夜叉は首を傾げる。

 空胡含めて、十六夜のギフトカードもエラーを吐き出したのだ。穏やかでいられるはずもない。

 何より、

 

「おい、空胡」

「…………何だよ」

「おんし、このギフトをどうにかしたいと言っておったな?」

「ああ。ギフトゲームとやらで取り除け―――――」

「忠告だが、止めておけ」

「………………………………は?」

 

 時間が止まった。世界が死んだ。

 降り積もる雪に音が吸われて、その場には無音だけが佇んでいる。

 固まった空胡。その瞳は、真っ直ぐに白夜叉を見ているが、動揺している事は明らかだった。

 

「酷な事を言っている事は、私にも分かっている。その上で、おんしはこのギフトを手放さない方が良い、そう私が思っただけだ」

「………な、なんでだ?」

「おんしのギフトは、ギフトカードにエラーを吐き出させた。何より、そのギフトはおんしの家系(・・)との契約(ギアス)によって与えられたもの。ギフトの譲渡は、一方的な契約破棄にあたりそうなればどうなるか、分かったものではない、という事だの」

「………………………………」

「ギフトを手放すというならば、キチンと契約した相手を見つけよ。そして、綺麗さっぱり契約解除したうえで返還する、若しくはギフトゲームで手放すように。さもなくば、おんしは死ぬぞ?」

 

 最後の一言が止めになったのか、空胡は菩薩の様な笑みを浮かべて―――――仰向けにぶっ倒れた。



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 絶望とはこういう事を言うのだろう。

 

「………………………………はぁ」

 

 辛気臭いを通り越して、疫病神にでもジョブチェンジしたのではと思えるほどに空胡は地の底に沈みそうなほど落ち込んでいた。

 原因は言わずもがな、白夜叉との一件に端を発する。

 流石にここまで落ち込んだ相手に突っ込むほど、連れである四人と一匹は不躾ではなかった。

 

「落ち込んでるわね」

「…………うん」

「ま、無理もないだろ。長年どうにかしようとした事が、水泡に消えちまったんだから」

「ですが、空胡さんのギフトは一体何なんでしょう?十六夜さんの様に怪力や、速度を得ているわけでもありませんし。圏境?は白夜叉様も武道の技術体系だと仰ってましたし…………」

「そう言えば、圏境は技術なのよね?確か、“気”を使うんだったかしら」

「周りの世界に同化して、においや音も絶ってしまう。それがギフトではなく技術として存在する。つまり、空胡さんのギフトは武術の達人になる様なもの、でしょうか?」

「それなら、ギフトカードに名前が出るだろ。武芸百般や達人、とかな。けど、アイツのカードに出たのは解析不可(ディメンション・エラー)。武術の達人になるのはおかしいだろ?」

 

 落ち込んだ空後の前。少し離れて通りを行く四人の話題と言えば、失えば死ぬとまで言われた空胡のギフトに関しての事だ。

 同じく、ギフトカードがエラーを吐き出した十六夜と違って彼はギフトを手放す事を望んでいた。しかし、手放せば死ぬ。それでは意味が無い。

 彼が求めた結果は、己だけが助かる事―――――ではない。自身の一族に降りかかったギフトをどうにかする事。死んでしまえば、その先に待つのは彼の解放であっても、一族の解放ではない。

 だからこそ、絶望する。死んだ先を(・・・・・)知るからこそ(・・・・・・)

 

 若干一名お通夜の様な空気だが、歩いていれば時間は進む。

 噴水広場を超えて、しばらく歩けば彼らのコミュニティである“ノーネーム”の本拠地の前、その門へとたどり着いていた。

 

「…………少し、ショッキングな光景が見えると思いますがご容赦くださいませ。この門より更に歩かねばならないのデス」

「ショッキング?」

「YES。それは、戦いの名残です。とにかく、中へ」

 

 黒ウサギに促され、開かれた門の先へ。

 

「…………おい、黒ウサギ。その魔王と戦ったのは何百年前(・・・・)の話だ?」

「僅か三年前の事にございます」

「ハッ、そりゃ面白いな。断言するぜ、どんな力がぶつかってもこんな風化しきった街並みが残るなんてありえない」

 

 そう、それは風化しきった街並み。

 それも単純なものではなくつい先ほどまで誰かが居たかのような、そしてそのまま人が消え去り風化したような光景だった。

 

「見て、ベランダにティーセットが出たままになってるわ。まるで、人がフッと消えてしまったみたい」

「…………生き物の気配もしない。人が住まなくなって整備されなくなった家なのに」

「こりゃ、神隠しみたいだな」

「あ、空胡生き返った」

「いや、死んでないからね?そこんとこ間違えないでくれよ、春日部」

 

 先程まで気配が完全に死んでいた空胡は、周りを見渡した。どうやら、燃え尽きていても話は聞こえていたらしく慌てる素振りもない。

 

「あら、蘇ったのね」

「ちょっと待て、本当に死んでないからね?勝手に人を殺すなよ、久遠」

「でも、相当気配が死んでいたわよ?」

「そりゃ、解決の糸口どころか死刑宣告受けた様なもんだからな。けど、ずっと落ち込んでるわけにもいかないだろ。幸いなのか、この箱庭は白夜叉みたいな人知超えた奴もいる。それなら、俺の先祖と契約結んだ奴も見つかるかもしれないしな」

「前向きじゃない。もしもの時は、手伝ってあげるわよ?」

「そりゃありがたいな。ついでに、春日部も手伝ってくれると嬉しんだが」

「…………十六夜は?」

「アイツは…………どうだろうな」

 

 アッサリと助力を頼むかと思えば、言いよどむ。

 そんな妙な反応を示す空胡に二人は首を傾げるが、なぜ言い淀んだのかまでは分からなかったらしい。

 

(だってアイツ、興味なければ無視しそうだしな)

 

 空胡自身も経験のある事だったが、人よりも上の視点を持てる人というのはその後の成長に大きな影響を齎す場合があった。

 例えば、空胡の様に微妙に壁を作って大事な部分にまで踏み込ませないよな者とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノーネームの構成員は、子供ばかり。百二十人ほどの子供たち+黒ウサギやジンといった構成であったのだが、今回の召喚により、新たに四人のプレイヤーを有することになった。

 その一人、空胡は食事もそこそこにノーネームに現存する書庫の中へと籠っていた。

 

「…………」

 

 辞書を片手に、読み進めるのは分厚いハードカバーの図鑑のような物であった。

 只、見た目が図鑑のようであるだけで、中は百科事典も真っ青な文字の細かさと所々にSAN値を消し飛ばしそうな幾何学的な図形とも絵ともとれる妙な代物が書かれている程度。

 ハッキリ言って、読むどころか眺めるだけでも精神を摩耗させてしまいそうな代物だが、空胡は何食わぬ顔でそれらを読み込んでいた。

 

「―――――よう」

「…………ん?」

 

 静謐が息づく空間でページの捲られる音と、時折揺れるランプの炎だけだった書庫に声が響く。

 空胡が顔を上げれば、半ば地下空間となった書庫に見知った顔がいるではないか。

 

「何か用か?風呂なら最後に水浴びでもするから、俺は良いぞ?」

「いや、風呂の話じゃない。まあ、回りくどいのも俺は御免だからな」

 

 そう言って十六夜は、書庫に降りてくると椅子の一つに背もたれが前に来るように腰掛けた。

 

「話ってのは、お前のギフトに関してだ」

「…………」

「いい加減、切り込まれるとは思ってただろ?俺としても、御チビに言った手前動こうと思ってな。ま、今回のゲームで負けたら知らねぇが」

「ゲーム?久遠たちがやるって言う、アレか?」

「ああ。で、だ。負けたら俺は、このコミュニティを出ていく」

「…………は?え、マジで?」

「ああ、マジだ」

 

 言い切った十六夜の気配は本物。空胡も流石に、本を開いたまま対応できないと判断したのか本から顔を上げた。

 

「魔王を倒すんじゃないのか?」

「確かに、魔王は倒すさ。けど、ここじゃなくてもそれはできるだろ。魔王は無差別にゲームへと巻き込む強制権もあるみたいだからな」

「…………まあ、十六夜がそれでいいなら俺からは何も言わないけどよ。じゃあ、何しに来たんだ?俺の、ギフトに関してって」

「いつまで、手を抜く気だ?」

「……………………」

「お前が隠したがってるのは分かってる。けどな、やっぱ見てるとモヤモヤすんだよ」

「やっぱ、ダメか?」

「俺もお嬢様たちの手の内は知らねぇ。けど、ある程度は予想がついてる。ただお前のギフトは別だな。俺と同じでエラー吐いてるし」

「…………はぁ」

 

 空胡はガリガリと頭を掻く。

 彼とて分かっているのだ。このままではいけない事など。しかし、踏ん切りがつかない。

 

「俺もな、分かってはいるんだ。そりゃ、ギフトゲームは力だけでどうにかなるとは思ってない。けど、やっぱり力は必要だよな。でも…………」

「何迷ってんだ?」

「厄介なんだよ……………………よし、決めた」

 

 少しの間をおいて、空胡は一つ頷いた。

 

「いいか、十六夜。今回はお前だけに見せる」

「へぇ、黒ウサギたちには内緒か?」

「内緒って言うか、久遠たちは明日ギフトゲームだろ?無駄に悩み増やせないだろ」

 

 言って、空胡は右目の眼帯へと手を掛けた。

 そう言えば濡れてたな、と眼帯に触れながら思い出した彼だったが今はそれどころではないと剥ぎ取った。

 

 チラチラと揺れるランプの明かりの中、眼帯の下は露となる。

 

「ッ、それは…………」

「まあ、もっとあるんだが取り合えず、な」

 

 十六夜すらも息をのむ。

 それは―――――



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――――――――――自分が化物であると自覚したのは何時だったか。

 

 ふと、暗がりの書庫の中で空胡はそんな事を思った。

 本から顔を上げ、頬杖をついてランプの炎を眺めながら記憶を遡っていく。

 そして、十年を遡ったところで、ああ、と思い至った。

 

「爺さんが、死んだときか」

 

 それは、十年以上前の事。その光景を見たときに、彼は悟った。

 

――――――――――ああ、この家は呪われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逆廻十六夜は考える。その明晰な頭にあるのは、昨晩に見たモノについて。

 

「どうされたのです?十六夜さん」

「…………ん?いや、な」

「空胡さんの事ですか?」

「まあな。呼ばなくてよかったのか?」

「それが、書庫にもいらっしゃらなかったのですよ。圏境を使われてしまえば、私も追えませんし…………いったいどこに行かれたのか」

 

 ため息をつき、心配そうに眉を顰める黒ウサギを横目に、十六夜は更に思考を回す。

 今日は、“フォレス・ガロ”の存続を掛けたギフトゲームの日であり、多くの野次馬が会場周りに集まっているような状況だ。

 当然と言えばいいのか、黒ウサギと十六夜も同じコミュニティという事もあって現場に足を運んでいる。だが、そこには空胡の姿は無かった。

 昨晩、右目の下を十六夜に見せてから今朝にかけて、彼は姿を消していた。

 最初は、彼も逃げたのかと考えたが、昨晩の会話を思い出しその可能性は自身の中で消したところ。

 

「ま、その内帰ってくるだろ」

「そう、でしょうか?」

「多分な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォレス・ガロ本拠地、改めゲームの会場を遠くに見ながら、空胡は赤レンガの屋根の上へと登り煙突に腰掛けていた。

 十六夜に右目を見せてから、彼としては何時黒ウサギ達にこの事を伝えようかと考えている所。

 空胡本人としては、後腐れなく助力を得るために自分の抱える問題を腹を割って伝えなければならない事を理解している。理解しているが、この世界に来るまで自分の力を知っているのは家の人間だけだったのだ。

 そんな力を他人に晒す。それも、使い勝手は最悪と言っていいレベルの代物を自身に宿していると喧伝するなど、どうしたって二の足を踏んでしまう。

 

「はぁ…………」

 

 遠く、獣の咆哮を聞きながら空胡は考える。

 彼は、自身の目的に邁進する盲目さと、その解決に全てを懸けるひたむきさ。そして、好き好んで周りを巻き込むような事はしない甘さがあった。

 何より、口では飛鳥や耀に頼る様なことを言っていたが、その本心では―――――

 

「こんな(モノ)なければな…………」

 

 この世界に来なかったかもしれないが、それでも空胡としては良かったのかもしれない。

 普通に生まれて、育って、結婚して、子供作って、老いて、死ぬ。そんな生活を夢に見なかったと言ってしまえば嘘になる。

 だが、現実は無常だ。十年以上を棒に振る様な浪費をしてしまい、つい先日には正規の手順でなければ解除も出来ないと言われてしまう始末。

 誰だって死ぬことは嫌だろう。当然、空胡だって嫌だ。だからこそ、今の自分の現状を相手に伝えなければいけない―――――のだが、

 

「…………あー…………マジで、どうしよう」

 

 ウジウジ、ウジウジ、煮え切らない男だ。自分の事であったならば即断即決する癖に、誰かを巻き込む羽目になるならばこの体たらく。

 十六夜にはあっさり明かしたようにも見えるが、仮にあの場で見せなければ彼の眼帯は毟り取られていた事だろう。

 風が吹く中、新調した眼帯に触れ空胡は空を見る。

 

「天幕って話だが、ガッツリ空だな」

 

 雲の流れる穏やかな空。見ているだけでも、心洗われるような青空はそれだけでも十二分に晴れやかな気持ちへと―――――

 

「…………どうしようか」

 

 なれなかった。

 この男の優柔不断っぷりは目に余るものがある。

 

 結局、離れたゲームの会場を包んだ吸血植物が解けて消えても、彼は何も思いつかないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何の答えも出せないまま、空も暗くなり仕方なくノーネームの本拠地へと戻ってきた空胡は、そこであんまりな光景を見る事になる。

 屋根を跳んで(・・・・・・)帰ってきた彼は、そのまま唯一使える屋敷の上階の部屋より中に入ろうと考えていた。

 圏境とパルクールの技術があれば、現代の忍者になる事など容易い。しかし、

 

(何だ?決闘か?)

 

 夜闇に浮かぶ金髪の少女と、彼女が見下ろす先には不敵に笑う十六夜。そして彼らの中間あたりに立ちながらオロオロとこの場をどうする事も出来ない涙目の黒ウサギの姿があった。

 どうしてこんなことになっているのか、外野である空胡には欠片も理解できない。

 その間にも事態は進んでおり、少女がその手に黄金の槍を呼び出していた。

 背に負った黒翼が大きく羽ばたき、押し出された空気が円の軌道でに広がる。

 

「―――――ハァア!!!」

 

 乾坤一擲。全力をもって、肉体のしなりも加えられた投擲は、容易に空気の壁を突き破って十六夜へと突き進んでいく。

 しかし、

 

「ハッ―――――しゃらくせぇ!」

 

 問題児筆頭にして、最高の快楽主義者の彼は違った。

 殴りつけた(・・・・・)

 たったそれだけだが、迫り来る槍の穂先はグシャグシャのスクラップへとその姿を変え、それは長い柄なども例外ではなく、全てが圧潰され即席の散弾銃の様にして少女へと跳ね返っていた。

 

 予想外の光景に、少女は動けない。その細い体に、鉄塊が―――――

 

「バッカ!避けろよ!?」

 

 当たる直前に横合いからの乱入者によって紙一重で、スプラッタな未来は回避されることとなった。

 

「なっ!?だ、誰だ?!」

「ちょ、待って!ヤバい!高い!何も考え無しに飛ぶんじゃなかった!?」

 

 ただ、締まらない。宙に浮かぶ少女に抱き着くジャージ少年の図であるのだから。

 

「く、空胡さん!?い、いったい何処から…………」

「いや、んなことより助けてやれよ」

 

 実に締まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――本ッ当に申し訳ない!」

 

 地に足付いた空胡が最初にやったのは、日本人の骨身に刻まれた謝罪方法。すなわち、土下座であった。

 彼の前では、困惑したように金髪の少女が眉を顰めているばかり。

 

「とりあえず、顔を上げてはくれないか?」

「いや、でもな…………」

「お前のお陰で助かった事も事実なんだ。もしも飛びついてこなければ、私は今頃血まみれで血に伏していた」

「というか、お前はどこから来てんだよ。また圏境か?」

「えっと、まあ、な…………ほら、ギフトゲームだったろ?ちょっとばかし、気まずくてな。窓の開いたところから侵入して、小腹満たしたらしょこにいこうとおもってたんだが…………」

「俺とその吸血鬼との勝負を見た、と」

「そういうこった。いや、マジで驚いた。というか、大砲みたいな槍を殴って無傷とか、マジで何者だよ十六夜」

「ヤハハ、俺としてはあの一瞬で飛びついたお前の方がびっくりだぜ?見えてた(・・・・)だろ?」

「まあ、副産物でな。というか、何であんな事になってたんだ?下手しなくても、死んでただろ」

「ああ、それは―――――」

 

 三者説明中

 

「―――――へぇ、つまりレティシアは、このコミュニティに所属してたのか」

「ああ。だがそれも、三年前までの事だがな。今はペルセウスの所持物として私は置かれている」

「ペルセウス…………アレだろ、ゴーゴン狩りのペルセウス。マジでなんでも有りだな箱庭」

 

 胡坐をかいて座った空胡は、ウンウンと頷き頭を掻いた。

 納得する彼だが、そんな事よりも気になる事が黒ウサギにはあった。

 

「それはそうと、空胡さん。貴方一体どこに行っていたのですか?」

「ちょっと自分探しの旅に」

「自分探し?」

「まあ、踏ん切りをつけるために回って来たんだが…………」

「ついたのか?」

「…………意気地なしでスマン」

 

 バツが悪そうに目を逸らした空胡に、十六夜は露骨な溜息を返してくる。

 彼としては、分からないでもない。だが、グジグジ悩まれ続けるのも見ていて気分が悪いというもの。

 

 その後、黒ウサギが促して中でお茶を飲むことになった――――――――――のだが。

 

「ゴーゴンの威光!?まずい!見つかった」

 

 突如、空から降ってくる褐色の光。

 突然の事態に一瞬固まった、黒ウサギ達三人は動けない。そこを、レティシアが庇うようにして彼らの前に立つことで一身に褐色の光を浴びる事になった。

 直後には、出来上がるのは石像と化したレティシア。

 

「レティシア様!?」

「ッ…………!」

 

 黒ウサギが叫び、空胡は目の前の光景に目を見開く。

 しかし、助ける暇はない。空には百にも及び軍勢が現れていたのだから。

 派手な緊迫した状況だ。だからこそ、誰も気づかない。

 

 空へと一筋の稲妻が駆け抜けて、天幕を刺し貫かんとしたその時と同じくして。

 

「―――――逃がさねぇよ」

「カッ…………!?」

 

 優柔不断の眼帯男が動いていた。



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 ピタリ、ピタリ、と水滴が落ちる音がする。

 

「ヒュー…………ヒュー…………」

「う、ああ…………」

「…………」

 

 呻く様な三人の男たちの声がとある廃屋の中に響いていた。

 男たちは、三人そろっていたに背中を固定するように縛られており、逆立ちの様に天地逆転したまま顔には布の袋が掛けられている。

 湿った布袋。荒い呼吸。何が行われていたのかは明らかだろう。

 

「終わったか?」

 

 暗がりより、部屋に入ってきたのはいつもの様に髪をヘッドホンで纏めた問題児筆頭。

 

「思ったよりも簡単だった。ついでに、面白いギフトも幾つか取れたぜ」

 

 答えるのは、眼帯の彼。椅子の背凭れを前にしてその上に腕と顎を置いた彼は右手に持ったあるモノをヒラヒラと振って見せる。

 

「まあ、証拠としては弱いかもしれないけどな。何も用意しないよりはマシだろ」

「だな。どうも、お嬢様たちは手緩い。やるなら徹底的に潰さねぇとな」

「容赦ねぇな。俺は借り返せればそれで良いんだけど」

 

 二人は互いにそんな言葉を交わして行動に移る。

 目的地は―――――サウザンドアイズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月輝く良い夜に、黒ウサギ、十六夜、飛鳥、空胡の四人は夜道を歩んでいた。

 

「こんないい星空で、誰も出歩いてないとはな。俺の地元なら金がとれるぜ?」

 

 満点輝く夜空の星を見上げて、十六夜はそう呟く。

 彼の故郷は眠らない街であった。輝くネオンライトや、夜の世界で生きる人々が動き回り、排気ガスで汚れた空気は世界を霞ませる。

 対照的に、戦後間近の時代より来た飛鳥にしてみれば綺麗な空が見える事は何も珍しい事じゃない。

 それよりも彼女が気になったのは星の光の方らしく。

 

「あそこまで満月が輝いて、星の光が霞まないのはどういうことなのかしら?」

「それは、箱庭に掛けられた天幕が、星の光を観測しやすいように作られているからですよ」

「星の光を?それは、いったいどうしてかしら?」

「それは―――――」

「その質問は無粋だぜ、お嬢様。こんな綺麗な星空なんだ、綺麗な星を見てほしいって言う職人の心意気って奴だろ」

「あら、それは素敵な心遣いね。ロマンを感じるわ」

「…………そ、そうですね」

 

 違う、と黒ウサギは否定しなかった。納得したのならばそれでいいし、何より店までもそう遠くは無いのだから。

 

「空胡さんも大丈夫ですか?」

「そう思うなら、手伝ってくれよ」

 

 振り返った黒ウサギの先、空胡は死んだ眼で木製の荷車を引っ張っている。荷台に乗っているのは、三つの簀巻きにされた布の塊だ。時折痙攣している。

 

「お前がジャンケン負けたのが原因だろ?」

「ぐぬぬ…………!まさか力業で運ゲー破られると思わねぇだろ。何だよ、石も切り裂くハサミって」

「俺のチョキは阻めないって事だな」

「ジャンケンのルールに則れや!」

「そういうけどな。結局荷車を引いたなら、負けを認めたって事だろ?」

「久遠や黒ウサギに引かせるわけにはいかねぇだろ。見ろ、この荷車。持ち手がささくれ立って木屑が手に刺さってるからな?」

 

 見ろ、と突き付けられた彼の手のひらには細かな木屑が突き刺さっていた。

 手伝え、と彼は黒ウサギに言ったが、その本心としてはこのままでいいとも思っていた。女性陣が傷を負うものではないと考える古風な考えに端を発する思想からきている。

 

 そんな雑談を間に挟みながら少し経てば、四人はサウザンドアイズの前までやって来た。

 

「お待ちしておりました。オーナーと、ルイオス様が奥でお待ちです」

「『お待ちです』?自分たちがいったいどれほどの蛮行を働いたのか理解したうえでの言葉でしょうか…………!」

「私は事の詳細は聞き及んでおりません。どうぞ、中へ」

 

 定型文の会話ですら今の黒ウサギには煽りに聞こえるらしい。

 だが、顔なじみになり始めている従業員も仕事として対応しているのだ、怒るのは筋違いというか、酷だろう。

 三人が先に入店し、店の脇に荷車を置いた空胡が三つの簀巻きを担いで後に続く。

 

「いや、ホントすんません」

「…………謝るぐらいならば、面倒を持ち込まないでいただきたいものですね」

「まあ、今回は…………うん。後、俺の勘だけども今後とも御贔屓にって奴になると思う」

「不吉な事を言わないでください」

 

 ゴメンゴメンと笑い、店に入っていく背中を見送り従業員はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間誰しも、初対面から受け入れられない人種というのは存在する。

 少なくとも今自分の目の前で傲岸不遜な態度を示す若い男は嫌いだと、空胡は眉を寄せていた。

 男、ルイオスはニヤニヤとした嫌な笑みを顔に浮かべて、真っ先に黒ウサギを買い取ろうとしてきた。その時点で、少なくとも飛鳥と空胡の二人は彼に対する好感度があればマイナス振り切っていただろう。

 

「―――――嫌だ。決闘なんて冗談じゃない。第一、そっちのホームでウチの部下が暴れまわっただなんて証拠がどこにあるんだい?」

「それは…………彼女の石化を解いてもらえれば―――――」

「そんな事すれば、そっちと口裏を合わせるかもしれないだろ?第一、吸血鬼は一回逃げ出してる。売り飛ばすまでは石化は解かないよ」

 

 嫌な物言いだが、筋は通っている。黒ウサギも言い返せない。

 そこに畳み込むようにして、ルイオスは更に口を開いた。

 

「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出したのはお前たちのせいだろ?実は盗んだんじゃ―――――」

「…………逃げられる方がマヌケなんだろ」

 

 小さくボソリとつぶやかれた言葉が嫌に部屋に響く。

 自身の言葉を態々遮られた形のルイオスは、じろりと発言した彼、空胡を見る。

 

「何か言ったか?」

「いやいや何も?猿山の大将様に、“名無し風情”が何か言う訳ないだろ?」

 

 空気が今度は凍った。面倒は嫌だと言っていた当人が一番に火種へと燃料をぶちまけている件について。

 この状況で楽しげなのは、十六夜位だ。その彼も、この場を更に引っ掻き回す為に、証拠(・・)を話し合いの場にぶん投げる。

 話の場に転がる三つの簀巻き。

 

「何だよ、コレ」

「まあ、見てろって。空胡」

「あいよ」

 

 ルイオスの咎める声を無視し、十六夜に言われて空胡はあるものをポケットから取り出した。

 

「ちょっと前に、書庫の中から発掘したんだがな?結構面白いもんなんだわ」

「何かしら、それ。水晶玉?」

「そ、それは…………録音玉ですか?」

「録音玉?何か音を取り込めるのかしら?」

「YES。その名の通り、外部の音を取り込むだけの代物デス。使い道などまるでありません。強いて挙げれば、歌を歌う種族が客観的に自身の歌を聞いたりするなど、でしょうか?」

 

 頭にはてなを浮かべる、黒ウサギと飛鳥の二人。

 しかし、問題児がそんな手緩い使い方をするはずもなく。

 

「まずは、こいつを見てくれ」

 

 そう言って、十六夜は簀巻きの一部を解き、布を剥いだ。

 現れるのは、死んだ眼をした野郎ども。

 

「なっ…………!」

 

 絶句したのは、ルイオスだ。彼にとっては見覚えのあり過ぎる者たちだったから。

 

「ついでに、コレな?」

 

 更に追撃するように、十六夜は己のギフトカードより兜、羽の付いた靴などを取り出し並べる。ご丁寧にも三人分だ。

 

「コレはオマケだ」

 

 そこに、空胡の持った水晶玉より音が流れ始めた。

 それはこの襲撃計画と、ノーネームに対する暴言の数々。何より、“皆殺し”という発言が見事に入ってしまっていた。

 その後も、襲撃した部隊の数や構成人員。目的等々、出るわ出るわ後ろ暗い数々。

 

「俺としても、白夜叉への義理?がある状態じゃ手を出す気は無かったんだぜ?けど、いろいろ証拠が手に入ったなら話は別だ」

「まあ、面倒は御免だが。アンタにレティシアや黒ウサギをどうこうされるのは、ハッキリ言って不快だしな」

「で、どうするペルセウス?」

「…………チッ、役立たずめ」

 

 追い詰めた、とまではいかずともこれで両者に非がある事を示すことはできた。

 何よりこの場には、サウザンドアイズ直系幹部の白夜叉が居る。彼女はノーネーム寄りであるし、ルイオスに対する印象は悪い。

 ルイオスとしても弱小ノーネームなど、歯牙にもかけずに終えるはずだった。だが、その結果はこれだ。

 部下の捕縛。並びに、襲撃計画の漏洩と、その際に相手を仕留める発言により立場が悪い。

 だが、彼もそれ以上は悪くならないだろう。

 

「で?お前らはそんなものを持ち出してどうするつもりだよ?まさか、そんな物で吸血鬼を手放せって言うのかい?―――――だったらナメてるだろ、人間ども」

 

 ゾッとするような声色で呟かれ、ルイオスの手には鎌が握られる。

 ペルセウスの鎌。ハルペーと呼ばれるそれは、ペルセウスがゴルゴンの怪物の首を刎ねる際に用いたことが有名だろうか。

 しかし、それが向けられても二人が動じた様子はない。

 

「俺達は、ゲームを申し込む」

「はぁ?何でお前らなんかのゲームを受けなきゃならないんだ?」

「受けるさ。お前は確実に、な」

 

 目がマジだ。 



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 サウザンドアイズの一件から、三日。

 

「悪い、手間取った」

「遅ぇよ、空胡。ババアの相手はそんなに大変だったのか?」

「まあ、な。面倒に面倒を重ねて、面倒の上塗りするような面倒くささだった」

 

 無傷の十六夜と、若干襤褸くなりジャージの左袖の一部が破れた空胡はノーネームのホームの前で落合、互いの戦果を確認し合っていた。

 

「…………ああ、思い出すだけでも、気持ち悪ぃ。婆さんの嬌声とか誰得だよ」

「自分からグライアイの方に行ったのは、お前だろ。何なら俺一人でも余裕だったぜ?」

「そこはアレだ。場を引っ掻き回した手前、何かしらやらないとな?」

「ま、お嬢様たちは拗ねてたけどな」

「時間が無かったから仕方ないだろ。適材適所、春日部は本調子じゃなさそうだったし、久遠に直接戦闘は、な。黒ウサギはゲーム参加できなかったし」

「お前も、本気を出すってか?」

「…………分かんねぇ。グライアイは知恵だった。人型だったし手抜きでもどうにでもなったんだ。けど、あのルイオスって奴はペルセウスの武具が使えるんだろ?」

「多分な。それに、俺の予想が正しければ奴はもっと隠し玉を持ってる筈だ」

「隠し玉?」

「空を見れば分かるだろ」

 

 意味深なつぶやきを残して先にホームへと入っていく十六夜。その背を見送りながら、空胡は空を見上げた。

 天幕越しとはいえ、空は曇天。近々雨が降るのではないかというような、そんな空である。

 

「ペルセウス…………空…………うん?」

 

 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら遅れて中へと入っていく空胡。彼も知識は多いが、如何せん専門外の雑学などは持ち合わせてはいない。

 うーんと考え、彼はポテポテと歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り二日前。騒動があった翌日。

 

「―――――で?あの証拠は何時揃えたのかしら?」

 

 野郎二人。正確には、気まずそうに顔を逸らした空胡は女性陣。とりわけ飛鳥に追及を受けていた。

 正座をするのは彼だけで、少し離れて十六夜は窓際で腕を組んで壁に寄りかかり、傷を癒した耀は三毛猫を抱いて椅子に座り、飛鳥の隣で黒ウサギは事の動向を伺う。

 場所はホームの一室。今回の騒動の主犯格への尋問会場と化していた。

 

「えっと、な…………まあ、何だ。一方的にやられるのは性に合わなかったと言いますか…………」

「そうね、確かに一方的にやられるのは癪だわ。けど、それを貴方たち二人だけでやってしまった事を私は言ってるのよ?」

「ま、待った!確かに証拠は集めたけども、俺としてはもう少し場が進んでから出すつもりだったんだ!ただ、ちょっと口が滑っただけで…………」

「滑っただけで、あそこまで煽れるだなんてよく回る口ね?」

 

 言い訳するな、と目だけで抑え込まれ空胡は視線を逸らすしかない。

 

「で、でもだな…………」

「でもじゃないわよ」

「うぐっ…………!」

「ま、まあまあ飛鳥さん!あの場では空胡さんと十六夜さんに助けられましたし、ね?」

「確かに、いい方向には持っていかれたわね。けど、納得いかない事はあるのよ」

 

 言って、飛鳥はカツカツと靴を鳴らして空胡の前へ来ると顔を近づけた。

 

「今度同じことするなら、私達も混ぜなさい。良いわね?」

「え?」

「良・い・わ・ね?」

「あ、はい」

 

 その迫力は頷かざるを得ない強さがあった。だが、これ以上混ぜっ返せば確実に説教が伸びるために彼は何も言わない。

 話がひと段落着いたところで、次は黒ウサギが声を上げる。

 

「それはそうと、空胡さん」

「ん?」

「ペルセウスの襲撃部隊は、ハデスの隠れ兜を用いていたのでは?あの場ではレプリカであっても、姿は見えなかった筈です」

「ああ、あれか…………まあ、俺も似たようなことできるし」

「似たような?」

「…………あ、もしかして圏境にございますか?」

「まあな。相手は透明だが見えないだけだし。気配が完全に消えてるわけじゃない。追っかけるのは簡単だったし、後は顎先を殴って脳を揺らしてやればいい」

「…………顎先?」

「顎先を殴ると、頚椎をてこにして脳が揺れるんだ。ボクシングが有名じゃないか?」

「…………ボクシング?拳闘の事かしら?」

「そう言えば、お嬢様の時代は…………まあ、そうだな。因みに、素手よりもグローブの方が薄皮一枚をより引っ張れるからやりやすいって話だ」

 

 だろ?と十六夜に水を向けられ、空胡も頷く。

 

「人型なら基本的に有効的だな。強いて挙げれば、角のあるやつは、角の先端を思いっきり殴るんだ。そして、揺れたところを角の反対側を強打すれば昏倒する」

「どうして、空胡君はそんな事を知ってるのかしら?」

「…………まあ、必要だったからな」

 

 いつの間にか正座を崩して胡坐をかいた空胡は、そっぽ向いて頭を掻く。

 バツが悪いのか、はたまた語りたくないのか。どちらとも取れる反応だが、とにかく語る気が無い事は見れば分かるだろう。

 流石に飛鳥もそこを掘り返そうとは思わないらしい。

 

「それで?計画はどうするのかしら?」

 

 突っ込まない代わりに、飛鳥は窓際の十六夜へと水を向ける。

 正直なところ、野郎二人で完結してしまい周りには情報共有が行われていないのだ。頭を捻れども、そもそも手元の材料が少なければ答えは導き出せない。

 

「あん?ま、このままだな。ただ、時間は無いぞ?急がねぇとあのお山の大将が、レティシアを箱庭の外に売り飛ばしかねないからな」

「それはあの時防いだんじゃなかったの?」

「あの時限りだな。俺も、空胡も、ゲームを挑むとは言ったが長い期間を開けてゲームを挑まなきゃ、相手もハッタリだと考える。持っても五日。一週間は難しいな」

「五日…………それまでにゲームを挑む状況を作るのね?」

「そうなるな。で、ゲームの内容なんだが…………ま、そこは黒ウサギに解説してもらうか」

「わ、私ですか!?」

「一応、俺達でも目星は付けてるがな。箱庭自体の情勢は俺たちにはない情報だ」

「な、成る程…………因みに、お二人の予想は何なのです?」

「まあ、グライアイとクラーケン当たりじゃないかと思ってる。な、十六夜」

「ああ。ペルセウスって言えばゴーゴン狩りだが、神話の通りならこの世界にはその首は無いだろ。アレは戦神に献上されてる筈だからな」

「で、候補としてはアトラスも挙がるけど。その巨人も、山になってる筈だ。なら、残るのはこの二つだと思ったんだが…………」

「お、お二人の知識は一体どこから来ているんですか?」

「なに、ちょっとした雑学程度さ」

「俺は…………まあ、必要に駆られて」

 

 十六夜ははぐらかし、空胡はそっぽ向く。神話知識を必要に駆られて齧るなど、どんな必要だ、と突っ込まれそうなものだが彼にしても仕方が無かったと言う外ない。

 

 その後、計画を煮詰める際に一悶着あったのだが、その結果が冒頭へとつながる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日にゲームを控えて、各々が最終調整に勤しんでいる頃。空胡もまた、廃屋の一つ屋根に上って仰向けに夜空を見上げていた。

 

「星…………星図表でも作ってみるか?」

 

 左手を持ち上げて親指だけを立てて拳を握り、立てた親指で星を隠しながら空胡はポツリと呟く。

 知識の偏りはあるものの、星図を書く程度ならばできる彼。下手糞だが。

 

「―――――こんな所に居られたのですか、空胡さん」

「ん?何だ、黒ウサギか」

「むぅ、『何だ』とは失礼デス!なぜ、皆様そこまで黒ウサギを軽んずるんですか!これでも私は『箱庭の貴族』と呼ばれる由緒ある“月の兎”なのですよ?!」

「別に軽んじてるわけじゃないさ。十六夜だって、久遠だって、春日部だって、アンタの事を軽んじては無いだろ。アレだ、気安い間柄って奴」

「…………それは、空胡さんも、ですか?」

「まあ、そうじゃないか?アンタらは見てると楽しいしな」

 

 カラリと笑った空胡だが、彼は決して黒ウサギの方を見ようとはしなかった。

 これは場所の問題だ。空胡は屋根に寝そべっており、頭が屋根の天辺に向いた形。そして、黒ウサギの声はその屋根の天辺の方から聞こえてきていた。

 そして彼女は、際ど過ぎるミニスカートを穿いているわけで。つまり、頭を上に動かせばどうなるか火を見るよりも明らかな結果となるだろう。

 彼は、フェミニストなのだ。

 

「で?何か用か?明日は、黒ウサギも審判業なんだろ?」

「大丈夫です。それなら、明日のゲーム攻略を担当する空胡さんこそ、早く休まれるべきでは?」

「寝ようと思っても、寝れないからな…………まあ、寝るならこのまま寝るさ。最悪、十六夜たちが居ればどうとでもなるだろうし」

「…………」

 

 黒ウサギは何も言わずに、彼の隣へと腰を下ろした。

 

「どうして、空胡さんはそうなんですか?」

「…………何が?」

「貴方も確かにこの箱庭に招かれた才覚ある人類である事には変わりありません。ですが、どうしてそこまで自分を卑下なさるのですか?」

「…………」

 

 隣から見下ろしてくる黒ウサギの目に、空胡は眉根を寄せた。

 何を考えているのか、視線が空から額の方に動き少し彷徨って、元に戻ってくる。

 

「卑下、してるつもりはないんだがな…………」

 

 それは紛れもなく、本心だった。少なくとも、空胡としては卑下しているつもりは毛頭ない。ただ、事実を述べている。そのつもりだ。

 しかし、

 

「いいえ、卑下しています!貴方は、自分の凄さを分かっていません!」

「お、落ち着け黒ウサギ。な?」

「それに!空胡さんがペルセウスの襲撃犯を捕まえてくれたおかげで、あの場でうまく立ち回れたのです!もっと自分に自信を持ってください!」

 

 フンス、と鼻息荒く詰め寄ってくる黒ウサギに、目を白黒させる空胡だが、逃げようにも横になっているせいで動けない。

 チェリーボーイに彼女のような美少女の中の美少女は心臓に悪すぎた。

 

「ちょ、く、黒ウサギ…………!近い!近いから…………!」

 

 止めて、と仰け反ろうとする空胡だったが寝ている状態で仰け反る事など出来るはずもない。顔を背けるにとどまっていた。

 

「むむっ、どうしてこちらを見ないのですか。まだお話は終わっていませんよ?」

「い、いやいや、聞いてるから!と、とりあえず離れろ、な?」

「むぅ、我儘ですね空胡さん」

 

 不服そうにしながらも離れた黒ウサギ。

 

「そう言えば、空胡さん」

「な、なんだ?」

「あの時、黒ウサギを庇ってくれましたよね?」

「…………え?」

 

 一呼吸おいて、空胡の頬から赤みが若干抜けたころ、黒ウサギからそう切り出してくる。

 ただ、思い当たる節が無いのか彼は首を傾げているが。

 

「ルイオス様が下品な目を黒ウサギに向けてきたときに、庇ってくださいましたよ?」

「…………マジ?」

「はい!」

「あー…………完全な無意識だ、うん…………いや、まあ、アイツ嫌いだけどさ。それに…………いや、いいや」

 

 ルイオスという男は、空胡の嫌う人柄第一位をより合わせたような男だった。

 確かに、才覚を持ち強大なギフトも持ち合わせているのだろう。だが、決定的に性根が腐りきっている。

 何より―――――

 

(あのまま行ったら、絶対黒ウサギは“月の兎”と同じような末路になる)

 

 月の兎は見ず知らずの他人の為に命を捨てて、他人を救う究極の自己犠牲のお話だ。

 空胡もその神話は知っていた。まあ、腹が立って口が滑ったのもまた事実だが。

 

「あの、そんなにも意味深な事を言われると気になるんですが?」

「気にすんな、黒ウサギ。俺も気にしないから」

「私が気にするのです!」

 

 迫ってくる黒ウサギを押しのけて、空胡は横向きになると腕を枕に目を閉じた。

 

 空は月が輝き、それに負けない星の光が降ってくる。

 その一つは、今も輝きを変えながら鈍く光り続けていた。



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『ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

 

          久遠 飛鳥

 

          春日部 耀

          

          時任 空胡

 

 

 ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 

 

 ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 

 ・クリア条件

 

   ホスト側のゲームマスターの打倒。

 

 

 ・敗北条件

 

   プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

 

   プレイヤー側のゲームマスターの失格。

 

   プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 

 ・舞台詳細・ルール

 

  *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

 

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。

 

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く) 人間に姿を見られてはいけない。

 

  *姿を見られたプレイヤー達は失格となり、同時にゲームマスターへの挑戦資格を失う。

 

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うが、ゲームを続行する事はできる。

 

 

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

 

            “ペルセウス”印』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 契約書類に承諾した直後、六人の姿は白亜の宮殿の前へと現れていた。

 

「姿を見られるな、か。つまりペルセウスを暗殺しろってことだな」

「やっぱり、あのレプリカをパクっといた方が良かったか?」

「いえ、仮に手に収めてしまえば禍根になったと思いますから、返して正解ですよ」

 

 ゲーム内容を確認して悔いる様に呟く空胡だが、それをジンは否定した。

 

「それはそうと、伝説に則るならばルイオスもまた就寝中という事になります。もっとも、そう簡単に事が進むとは思えませんけど」

「YES。何より、ルイオスは最奥で待ち受けているはずです。何より、我々にはペルセウスの様に隠れ兜を持ち合わせてはいませんからね。綿密な作戦が必要となるはずデス」

「一人除いてな」

 

 黒ウサギの言葉に十六夜が茶々を入れたところで五つの視線が一か所に集まった。

 

「…………え、なに?」

「いや、お前には不可視のギフトが要らねぇなと思ってさ」

「ズルいわね、時任君」

「…………ズル」

「なんで俺がここまで責められるんですかねぇ…………?」

 

 これが分からない、というように彼はおどけるばかり。

 弛緩した空気が流れる。しかし、そこを黒ウサギの硬い声が再び引き締めた。

 

「ルイオスと戦うのは、十六夜さんが適任でしょう。今回ばかりは、相手が油断している内に仕掛けて倒さねばなりません」

「あら、黒ウサギは相手の奥の手を知っているの?」

「ええ。伝説のとおりであるなら彼の奥の手は―――――」

「隷属させた元・魔王様」

「そう、元・魔王―――――え?」

「ああ、アルゴルの悪魔だろ」

「お、お二人とも知っておられたのですか?」

「俺は、十六夜にヒント貰わなきゃ分からなかったけどな」

「…………アルゴルの悪魔?」

 

 戦慄する黒ウサギだが、残りの面々は分かっていないらしく首を傾げる。

 

「ま、まさかお二人は、箱庭の空の秘密に…………?」

「まあな。この前星を見上げた時に推測して、ルイオスを見たときに確信した。後は手が空いたときにアルゴルの星を観測して。答えを固めたってところだ。機材に関しては白夜叉が貸してくれたからな」

「俺は、十六夜にヒント出されるまで気づかなかったけどな。そもそも、それ系の知識に関しては俺は薄弱でな。あんまり当てにはしないでくれ」

 

 自慢げに笑う十六夜と、肩をすくめた空胡。そんな二人に黒ウサギは、

 

「もしかして十六夜さんって、意外と知性派にございます?」

「失敬な。俺は元から知性派だぜ?」

「割と筋力振りなところは否めないと思うけどな」

「空胡さんも知性派です?」

「俺の場合は小狡いだけさ。その場その場の凌ぎが出来るだけだな」

 

 二人の反応は対照的ともいえるものだが、そこに性格が出ているとも言えるだろう。

 

「…………それでは、このような取っ手の無い扉はどのように開けるのです?」

 

 黒ウサギが後方を示しながらおずおずと問う。

 巨大な扉だ。開けるには、押しても引いても苦労する事だろう。

 だが、十六夜は不敵な笑みを浮かべると門扉の前へと立って見せた。

 

「んなもん決まってるだろ―――――こうやって開けるんだよ!」

 

 轟音、衝撃。瓦礫となってと飛び散る門扉。

 

 十六夜の蹴りが、見事なまでに粉砕してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシン。万夫不当、一騎当千の英雄であろうとも彼らに首を狙われてその覇道を断ち切られた者は少なくない。

 

「くそっ!姿が見えないってどういう事だよ!」

「おい!兜のレプリカを取られたって言うのか!?」

「とにかく応せ―――――!?」

 

 胴を突き抜ける衝撃。脳天から股下にまで突き抜ける衝撃。衝撃、衝撃、衝撃、衝撃――――――――――衝撃の嵐が部隊を襲う。

 呻き声を上げて、しかし誰一人として死んでいない。

 

(…………結構良い剣だな)

 

 鞘に収まったブロードソードを片手に、打倒した部隊の真ん中で空胡は息を一つ吐く。

 彼のギフトの副産物として、その実力は武人という一点に限るが達人の領域にある。あくまでも殺さずに、その上で無力化することは、そう難しくは無かった。

 空胡の仕事は、一応露払い。十六夜、耀、飛鳥がジン護衛として更に彼らを守るようにして広範囲を動くのが空胡の仕事。

 最初こそ、素手で倒していたのだが、やはり彼は武器有り(・・・・)の方が手慣れている。兵隊の一人から失敬して今も振り回している所だ。

 勿論、鞘入りの状態で振るっているのには理由があった。

 

「おい!ここもやられてるぞ!」

「名無し風情に討たれるとは…………!情けないにもほどがあるぞ!」

(お代わり入りましたー)

 

 追加の人員も圏境状態の空胡には気が付かない。

 彼のコレを見切るには、同等の気の使い手であるか、あるいは白夜叉の様に一体全てを余すことなく見通せる存在、若しくは直感に優れた存在位か。

 白夜叉の場合、彼女は力を制限していても太陽の星霊だ。太陽とは天頂より全てを見通し、見守り、見下ろす存在。如何に、世界に同化しようとも“影”あるならば確認できる。

 最後の直感に関しては更に理不尽だ。姿を消そうとも、においを消そうとも、気配を消そうとも、それこそ存在すらも希釈しようともその本能は、その場に何かが“在る”という事を暴いてしまうのだから。

 

 少なくとも、この場にはそのような存在は居ない。今の(・・)空胡と相性の悪い広範囲攻撃を得意とする存在も居ない。

 瞬く間に、打ち据えていきながらその過程で有用そうな物をチャッカリ懐へと収めていたり。

 とはいえ、基本は無用の長物だ。今振るっている剣ですら、彼にしてみればこのゲームが終わるまでの間借り品。回収した物品も返せと言われれば素直に差し出す。

 

(二十七…………終わりか?)

 

 ガスリ、と最後の一人を叩いて沈め空胡は先へと進んでいく。

 挑発したがルイオス自身の油断によって本拠地である白亜の宮殿内には華美な美術品などがいまだに残されても居た。

 それだけではない。

 

(うっわ、趣味悪いな。生首の絵、か?)

 

 リアリティを間違った意味で追求してしまったような絵がその壁には掛けられていた。

 恐怖に歪んだ表情だ。血走った眼や、口の端に溢れる涎。涙を流したような痕。何より、首の切り口に金具とボルトによって構成された器具が取り付けられており――――――――――

 

「……………………は?」

 

 思わず、空胡は圏境が解けた事すらも気づかずに絵へと駆け寄っていた。

 

「動いて…………いや、生きてるのか?嘘だろ?」

 

 絵の中の生首は、本当に僅かながら口が動いていた。しかし、その表面を触れば硬質なアクリルの様な手触りで、中が波打つこともない。

 

「映像なのか?いや、でもな…………こんな状態で生き物が生きていられるのか?脳が無事でも血流を発生させる心臓が無ければ、血が滞って直ぐに脳死だろ?とすると、この器具に繋がったチューブが体に?」

 

 顎に手を当てて、ガチの考察だ。

 だがしかし、それだけ目の前の光景は衝撃的であったという事でもある。

 とはいえ、今はギフトゲームの最中。どれだけ気になろうとも、長々とその場に留まり続ける事など出来ないし、いつ増援が来て姿を見られるかも分からない。

 すぐさま圏境によって姿を消し―――――その前に絵を回収すると己のギフトカードへと突っ込んだ。

 頭で考えていると、不意に摩耗した記憶の底の方に引っかかりを覚えたため。こんな絵に関する情報をどこかで見た気がしたため、思わず手に取ってしまっていた。

 

 剣を片手に駆けていけばやがて巨大な闘技場のような空間へと辿り着く。

 

「ん?よぉ、十六夜」

「あん?空胡か。同じタイミングだったか」

「みたいだな」

「あの、空胡さん。その剣は?」

「借りものさ。もっとも、勇者の剣とかじゃないから魔王様には効くとは思えないけどな」

 

 言って、空胡は剣を放り捨てる。

 カラン、と儚い音がしたものの事実役に立たない事は確定しているのだから致し方ない。彼が想定している魔王というのは、白夜叉クラスの化物であったから。恒星に対して、ちんけな剣が一振り有ったところで表面を傷つける事すらも不可能というもの。

 むしろ斬りつける前に、その星そのものが持ち合わせたエネルギーによって消し飛ばされるだろう。

 

「十六夜さん、空胡さん、ジン坊ちゃん…………!」

 

 先に来ていた黒ウサギが安堵の声を漏らす。

 そして、闘技場の空に彼は居た。

 

「―――――ふん、ホントに使えない奴ら。今回の件できっちりと粛清しとかなきゃな」

 

 ルイオスは確かに空へと立っていた。その足を包むブーツより、翼が出現しており空を踏みしめているのだ。

 

「何はともあれ、ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう…………あれ?このセリフ行ったの初めてかも?」

 

 首を傾げるルイオスだが、その原因と言うべきか、要因は彼の部下たちが有能であったから。ゲームを挑むと言われていたのに、ノーネームを侮り準備を疎かにしたせいだ。

 仮に準備万端に待ち構えられていたならば、もっと状況は変わっていただろう。

 

 そして、ルイオスは壁の方にまで飛ぶと己のギフトカードより、炎の弓を取り出し更に首に付けたチョーカーを外した。

 

「メインで戦う愚は侵さない。僕は高みの見物でも十分すぎるからね。だが、お前たちは僕を愚弄した。なら、相応の罰を受けるのは当然だろう?」

 

 言うなり、チョーカーは星の光のような輝きを放ち始める。それは、徐々に徐々に大きくなっていきある形を象っていく。

 

「目覚めろ――――――――――アルゴールの魔王!!!」

 

 そして、ソレは現れた。

 世界を照らすような褐色の光が空へと走り、現れたるは拘束具が施された灰色の髪を持つ女。

 

「ra…………Ra…GYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!!!」

 

 絶叫が世界に木霊する。

 

「な、なんて絶叫を…………!」

「避けろ、黒ウサギ!」

 

 あまりの光景に硬直していた黒ウサギだが、そこをジンを小脇に抱えた十六夜が掻っ攫っていく。

 直後、空に巨大な影が差した。

 

「なっ―――――」

 

 それは、巨大な岩の雨。あまりの光景に惚けた様に口を開いた黒ウサギだったが、次の瞬間悲鳴を上げる事になる。

 

「ッ!十六夜さん!空胡さんが!」

 

 人の腕は二本しかない。如何に十六夜と言えども、黒ウサギとジンを掴めばそれで定員オーバーだ。

 降ってくる巨岩の下、空胡は空を見上げていた。

 

「―――――仕方ねぇよな」

 

 おもむろに、右手で眼帯へと触れる。

 影がより濃くなり、やがてその姿は岩の下へとた。大きな粉塵が舞い上がり、それが幾つも続く。

 

「空胡さん…………?」

 

 舞い上がる粉塵の中、黒ウサギの声がむなしく響いた。

 

 直後、

 

「―――――抜剣」

 

 弾ける。



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10

 自身に歯向かった羽虫が潰れるさまを見ながら、ルイオスは余裕を崩さなかった。

 元より、彼にしてみればここに到達したところで星霊であるアルゴールに勝てる存在など早々居ないのだから。

 何せ、アルゴールの石化は場合にもよるが格上であろうとも効力を発揮することもできる。今回の様に雲などを石化させればそれだけで相手を押し潰す超質量の山が生み出す事が可能で捻り潰せるのだから。

 

「あっはっはっは!随分と呆気ないじゃないか!ま、この僕に噛みついたんだ一息に潰しただけでも慈悲だと思ってよ」

 

 高らかに笑うルイオス。

 そんな彼に、しかし十六夜は噛みつくことも無く冷静に移動ルートを確かめながら走り回っていた。

 黒ウサギやジンは、目の前で空胡が潰される様を見てしまった影響か意気消沈といった様子であったのだが、彼は確かにその声を聴いていたから。

 

 そして、その時は来る。

 最初の変化は、初めに落ちてきた岩山。蒼銀の線が幾重にも走り、次の瞬間には細かな瓦礫となって粉塵を昇らせて砕け散ったのだ。

 それだけではない。その岩山のみならず、落ちてくる岩山のその尽くがまるで網目状の刃を通ったかのように細切れにされているのだから。

 

「なっ…………何が起きて」

 

 高笑いも失せて、目を見開いたルイオスはその光景を見る事しかできない。

 そして、

 

「―――――ハッ。アイツもかなりの規格外じゃねぇか?」

 

 岩山が瓦礫へと変わった原因に気付いた十六夜は、不敵に笑む。その傍らでは、崩れていく岩山を見て惚けた黒ウサギと、ジンの姿が。

 舞い上がっていた粉塵が少し収まり、その先に影が現れる。

 

「―――――あー…………死ぬかと思ったぜ?いや、マジで。恐ろしいったら、ねぇわ」

 

 足音が全くしない歩みで、瓦礫を蹴り分けながら現れる彼、空胡は参ったといった様子で右手で頭を掻きながら十六夜たちの元へとやってくる。

 

「ヤハハ、腹は決まったのか?」

「まあ、な。とりあえず“抜く”覚悟は決まった。まあ、抜かなきゃ死んでたし」

 

 あっはっは、と軽く笑う空胡だが、彼の受けた恐怖を考えればそんな軽いものではない。

 何せ、どこに逃げても人間の脚力は愚か、どれだけ力を振るっても逃げる事など不可能な岩山が空より振ってくるのだ。十六夜のような山河を砕く様な力を持つならばまだしも、単なる達人である空胡には抗う術などない。

 しかし、それでもこの場に立っているという事は彼もまた人類最高クラスのギフトを有したプレイヤーである事の証明であるとも言える。

 

 再起動を果たした黒ウサギが絞り出すように声を発する。

 

「く、空胡さん…………そ、その右目は?」

「ん?んん、まあ、気味悪いだろ?だから隠してたのさ」

 

 いつもつけていた眼帯がとられた彼の右目。

 そこにはポッカリと(あな)が空いていた。

 眼窩と同じ大きさの穴。永遠の奥行きがあるようにも、そのまた逆で手前に出っ張っているようにも、平面にも見えるようなそんな穴だ。

 そして、その穴より黒いオーラのような物が鬼火の様にユラユラと揺れて溢れていた。

 人ではない。人型の化け物。感想としてはそれらに尽きる。

 

 更にもう一つ目を引くのが、彼の左手のモノ。先程までは無かった代物だ。

 三人の視線で悟ったのか、空胡は左手を突き出すように持ち上げた。

 

「こいつは、俺の家に代々受け継がれてる代物だ。次元刀って言ってな?銘は“無銘”。この目と一緒に、血が最も濃い子孫に発現する呪いのワンセット。その片割れさ」

 

 ヘラリと説明されたソレは、まるで夜を押し固めた様に真っ黒な合口拵えと呼ばれる形状をした一振りの反りの浅い太刀であった。

 材質は、金属のようで、木材のようで、石のようで、プラスチックのようで、何物でもないようなそんな代物。

 

「んじゃ、十六夜。後頼むぜ?」

「は?お前はやらないのか?」

「俺は、“ジャック”でも“ヨハン”でも“浅右衛門”でもない。露払いはするけども、締めは任せるわ」

 

 唐突な人名。しかし、十六夜は理解できたのか少しの間空胡を見つめたのち、視線を切って前へと出た。

 

「おい、どうした?顔が真っ青だぞ?」

「…………チッ、調子に乗るなよ!」

 

 十六夜が煽れば、反論するに合わせてルイオスは炎の矢を放ってくる。しかし、

 

「―――――フッ」

 

 十の矢は、十の斬撃によって切り捨てられていた。

 パチリ、と鯉口が合わさる音だけが響き若干前傾になっていた空胡は元の体勢へと戻っている。

 何が起きたのか。何の事は無い。等しく彼が刻んだだけの事。ただその射程が、通常の刀剣とは天と地ほどかけ離れているぐらいか。

 

「へぇ、居合か。マジで猫被ってやがったな?」

「被ってねぇよ。俺はあくまでも露払い。好きなように突っ込みな」

「ハッ!後悔すんなよ!」

 

 言うが早いか、十六夜は第三宇宙速度で前へと飛び出していた。最早人間の速度ではない。

 そして、その後方で舞い上がった粉塵に顔を顰めながら空胡は腰を落とす。上半身を前に、左手を腰に添えて親指で鯉口を斬る。右手は柄に軽く添えるだけだ。

 その光景に、ルイオスは星霊殺しのギフトであるハルパーを呼び出すと一気に高度を落としていった。

 

「アルゴール、その男を抑えろ!」

「GYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!!!」

 

 アルゴールに命じて十六夜を抑え込み、自身は空胡を狙う作戦らしい。

 だが、彼はあまりにも見通しが甘いとしか言えなかった。

 

「―――――はっはーっ!!どうした、元・魔王様!こんなもんか!?」

 

 力比べをしていたアルゴールは一瞬拮抗しただけでアッサリと十六夜に力負けすると、そのまま闘技場の床へと叩き伏せられてしまう。更に、腹部を何度も踏みつけるオマケ付き。

 

「その首、刈り取ってやるよ!」

「…………ふぅーっ」

 

 ルイオスもまた最高速度で鎌を構えて空胡へと襲い掛かっていた。その速度は第三宇宙速度とまではいかずとも、空中という機動力に優れた場所を主戦場にするだけあって常人ならば視界の端に捉えるのがやっとといったところ。

 だが、

 

「―――――シッ!」

「な、にっ…………!?」

 

 突き出された次元刀の柄頭は正確に、ルイオスの胴体を捉えていた。咄嗟に、鎌の柄で直撃を防いだ背後まで突き抜ける衝撃に一瞬だけ、その勢いが止められ後方へと弾かれる。

 流石に、力に関しては十六夜に圧倒的に劣る空胡だ。その距離は大したものではないが通常の刀の間合いからは外れている。

 しかしそんな事は、次元刀には関係が無かった。

 

「は…………!?」

 

 気づけば、ルイオスは闘技場の床を転がっていた。

 何が起きたか分からない彼だが、足元を見た時点でハッキリした。

 

「は、羽を…………斬ったのか!?」

 

 ブーツより出現した羽。それらすべてが瞬きの間に全て切り刻まれていたのだ。

 

「機動力を削ぐのは基本だろ?」

 

 やったのは、今まさに柄頭を突き付ける形の空胡。

 その姿に、ルイオスは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。

 今、目の前の男はギフトを“斬った”。羽が復活しない事から、機能そのものを破壊されたのだろう。

 

「あり得ない…………貴様、本当に人間か!?」

「失敬な。俺は単なる―――――人間(化物)さ。それよか後ろ、気を付けた方が良いぞ?」

 

 空胡が注意した直後、闘技場の床を粉砕して何かがルイオスの背後に叩きつけられる。

 それは、ズタボロの襤褸雑巾のような有様になるまでボコボコにされたアルゴールの姿であった。向こうでは、両手を打ち合わせてはたく十六夜が呆れたような表情だ。

 

「この程度かよ、元・魔王様。これなら、サンドバッグ殴ってる方がマシだぜ?」

「いや、十六夜のパワーに耐えられるサンドバッグとか無いだろ」

 

 そんな会話を交わしながら距離を詰めてくる二人。

 ゲームマスターとして、星霊を従える者として圧倒的に優位に立っていたはずのルイオスは、しかし気付けばこの状況。どちらが責められているか明白であるし、勝敗が決しているように見えなくもない。

 

「い、いったいどんなギフトを有すれば貴様らのような人間が現れる!?」

 

 狼狽えた様に、叫んだルイオス。幸か不幸か、その言葉は二人の足を止めるだけの効果はあったらしい。

 

「ギフトネーム・正体不明(コード・アンノウン)。あん?これじゃやっぱりわからねぇな」

「ギフトネーム・解析不可(ディメンション・エラー)。俺も正体を知りたいところなんだがな」

 

 片や、飄々として。片や、肩を竦めて。

 その二人の様子が、余裕をそのままに表しているようでルイオスは奥歯を噛み締めた。

 ここで、事の成り行きを見守っていたジンが声を上げる。

 

「い、今のうちにトドメを!石化のギフトを使わせないでください!」

 

 彼が言うように、この場で全員石化されてしまえばその時点でこの状況も崩れてしまうだろう。

 だが、ここはルイオスが早かった。

 

「―――――終わらせろ、アルゴール!」

 

 解放されてしまった褐色の光。それは、この場のルイオスとアルゴールを除く全てを石化させてしまう勢いで一気に広がっていき、

 

「―――――…………カッ。ゲームマスターが、狡い真似してんじゃねぇ‼」

「―――――我が一族に、斬り拓けぬ道無し、てな」

 

 褐色の光は、踏み潰され(・・・・・)斬り刻まれた(・・・・・・)

 比喩表現などではなく、文字通りの意味として褐色の光は消え去ったのだ。十六夜の足に踏み潰され、空胡の次元刀によって斬り刻まれた事によって。

 

「ば、馬鹿な…………!?」

 

 ルイオスが絶句するのも致し方ない。目の前で、箱庭最強種である星霊のギフトが無効化されたのだから。

 それは、後方で状況を伺っていたジンと黒ウサギも同様。

 

「せ、星霊のギフトを無効化―――――いえ、破壊した!?」

「あ、ありえません!山河を破壊する怪力とギフトを無効化する力が同居するだなんて!そ、それに、ギフトを斬るギフトだなんて!」

 

 後者ならば、まだあるかもしれない。それでも、白夜叉があり得ないと述べた様に、二人のギフトは規格外。

 片や、山河を砕く怪力と第三宇宙速度を発揮する速度、さらにギフトを破壊する力も持ち合わせていながらギフトカードに表示されるのは正体不明の一つのみ。

 片や、右目が異次元と化して全てを切り裂く次元刀などという代物と、それを万全に扱うために極致のような武技を得る解析不可などというエラーをギフトカードに表示させた異物。

 

 まさしく規格外を二人も前にして、最早ルイオスの闘争心は折れていた。

 戦っても、どちらか片方が居るだけで勝ち目がない。そんな相手に挑めるようなバックボーンを彼は持ち合わせてはいなかったからだ。

 

「さあ、続けようぜゲームマスター。“星霊”の力はこんなもんじゃないだろ?」

 

 それでも十六夜は止まらない。不敵な笑みを浮かべて、更に前へ。

 しかし、そこに黒ウサギが待ったをかけた。

 

「いえ、どうやら種切れの様です」

「あん?」

「最初に気づくべきでした。あの厳重とも言える拘束具は、全て星霊の力を抑えるためのもの。それはつまり、ルイオス様が星霊を完全に掌握するには―――――余りにも未熟である為です」

 

 彼女の指摘に、ルイオスは怒りを燃やせど、その軽薄な口からはついぞ反論の言葉は出てこなかった。

 事実であったからだ。今の今までサウザンドアイズの後ろ盾と、“星霊”という大きな笠を着て彼自身は力を高めてはこなかったのだから。如何に星霊といえども力を抑えられた状態で、人類稀に見る化物二人を相手に戦えるほどではなかった。

 この言葉に、目に見える勢いでルイオスへの興味を失わせた十六夜。

 

「―――――ハッ、所詮は親の七光りと元・魔王様。長所が潰されれば打つ手なしかよ」

 

 勝敗は決した。審判である黒ウサギが勝敗を宣言する―――――前に、十六夜は更に追い込んでいく。

 

「ああ、そうだ。このままゲームが終わったら、お前らの旗印がどうなるか…………分かってるよな?」

「な、何だと?お、お前たちの目的はあの吸血鬼じゃ―――――」

「んなもん、後でもできるだろ。そんな事より、お前らの旗印を奪ったら、次はその旗印を盾に即座にゲームを申し込む―――――今度は、お前たちの名前を賭けてな」

 

 ニヤリと笑った十六夜に、ルイオスは血の気が引くのを感じた。

 部下は全て石化中。相手方も二人ほど戦闘不能にしている物の肝心の突起戦力はどちらもピンピンしている。この状況でゲームになれば間違いなく敗北するだろう。

 十六夜は更に続ける。

 

「お前らの二つを手に入れたら、今度はペルセウスそのものを潰す。この箱庭で二度と活動できないように、名を、拠点を、旗印を、何もかもを取り上げて、徹底的に乏しめる。良いか?徹底的に(・・・・)だ…………まあ、そんな惨状になっても執着するのがコミュニティって奴らしいがな。だからこそ、乏しめ甲斐があるよな?」

「や、やめろ…………!」

 

 容赦なく追い詰めていく十六夜に、空胡は引いたように一歩下がるとその場に腰を下ろした。肩に次元刀を立てかけて動向を伺う。

 そんな事など知らぬとばかりに、十六夜は両手を広げた。

 

「そうか、嫌か。だったら、これから何をすべきか分かるよな?」

 

 最早どちらが敵であり、ゲームマスターであったのか分からないこの状況。快楽主義者は止まらない。

 

来いよ(・・・)、ペルセウス。命懸けでこの俺を、楽しませろ」

「負けない…………負けられない、負けてたまるか!奴を倒すぞアルゴール‼」

「GYAAAAAAAAAaaaaaaaaa!」

 

 十六夜に挑む、ルイオスとアルゴール。その光景を見ながら、空胡はポツリと呟く。

 

「これもう、どっちが魔王か分かんねぇな」

 

 彼の呟きは、決死の闘争に紛れて誰にも届くことは無いのであった。



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11

「「「じゃあ、これからよろしく。メイドさん」」」

「え?」

「はぁ…………」

「え?」

「…………え?」

「え?じゃないわよ。だって今回のゲームで活躍したのって私達だけじゃない。貴方たちは本当についてきただけだもの」

「うん。私なんて思いっきり殴られたし。石にもされたし」

「というか、空胡。お前もこっち側だろ。2:2:3:3で所有権等分ってことで話はついたしな」

「…………いや、俺は放棄しなかったか?」

「何を言ってくれちゃってるんですかこの人たちは!?」

 

 

 黒ウサギは頭を抱えて天へと叫ぶ。その隣では、眼帯を新調して右目に付け左手に次元刀を持った空胡がため息をついていた。

 レティシアを石より元に戻した初っ端の発言が冒頭だ。一応、所有権の一つを付与されていた空胡も話は聞いていたのだが、こんな初っ端で言われるとは思っていなかった。

 

「んっ…………ふむ、確かに私は君たちに感謝している。こうしてコミュニティにも帰ってくることが出来たのは間違いなく君たちのお陰だからな。そんな君たちが望むのなら、この義理を果たすために女中となるのも吝かではない。この恩を返すために、喜んで家政婦となろうではないか」

「レティシア様!?」

「い、良いのか?何されるか分からないぞ?」

「そうは言うがな、君も私の所有権を有しているんじゃないのか?」

「…………いや、人を従えるとかはとことん苦手でな」

 

 何かを思い出したのか苦い顔をすると、空胡は頭を掻いた。

 

「まあ、俺の話はいいだろ?それよりもレティシアは、本当に家政婦になるのか?」

「む?まあ、君たちへの恩を返すためにな。いや、敬語を使うべきか?使うべき、でしょうか?」

「私、金髪の使用人に憧れていたのよね。ウチの人たちはみんな黒髪で可愛げが無かったもの。それから、無理な敬語は必要ないわよ、レティシア」

「ヤハハ、黒ウサギみたいな口調になりかねないぜ?」

「ちょ!それは私の口調がおかしいと言っているのですか!?」

「…………ちょっと、変わってる?」

「耀さんまで!?」

 

 うがーっ、と頭を抱えた黒ウサギを囲む問題児三人は実に楽しげだ。

 そんな彼らに離れて、空胡はその様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギフトゲームから、三日。ノーネームの一同は、揃って外に集まり食事会の様相を呈していた。

 空を流れる流星群含めた天幕の全てが舞台装置という衝撃の事実が齎され、そして皆が食事に舌鼓を打って暫く経った頃。

 

「…………ふぅ」

 

 空胡は一人その場を離れて座り込み、次元刀を傍らにおいて瓶に入った水を飲み干して一つ息を吐き出していた。

 どうにも、次元刀を抜いてから彼は周りに対して距離を置いている。それこそ、微妙に心理的な壁を築いているような距離感だ。

 原因は、明らか。

 

「君は、あそこに混ざらないのか?」

「んあ?…………まあ、な。水差さなくともいいだろ。あと、これを敷け」

 

 いつの間にやら隣に来て座ったレティシアにそっけなく返しながらも、空胡は上着を脱いで彼女へと突き出していた。

 

「私は、家政婦だぞ?主人がそんな態度でいいとは思えないが?」

「あの後、俺の所有権とやらを三人に振り分けて無しにしてもらったさ。だから、俺とアンタの立場は同格。場合によっては、先輩であるアンタの方が上だろうさ」

「…………」

「何だ?ジッと見て。何かついてるか?」

「いや、君は最初に会った時とは少し雰囲気が違うな、と思ってな」

「…………そうか?」

「その間が答えさ。原因は、その刀だろう?」

 

 レティシアが示した次元刀。

 星と月の輝きの中鈍く光を反射する漆黒のソレは、物言わずに鎮座するのみ。

 

「…………まあ、いずれ分かる事か」

 

 空胡はあきらめた様に、次元刀を手に取って少し距離を置きながらレティシアへと向き直った。

 

「この刀は、何でも斬れるんだ」

「ほう、余程の名刀―――――という訳ではなさそうだ」

「察しが良くて助かる。良いか?絶対に近寄るなよ?」

 

 言って、彼は次元刀の柄へと手を掛けた。

 そこからゆっくりとした動作で鯉口が斬られ、ほんの少しだけその刀身が露になる。

 

「なっ…………それは…………」

「見たとおりだ。この刀の刀身は、“在るようで、無い。無いようで、在る”それが答えなんだ」

 

 光っているような、透明なような。白のような、灰色のような、虹のような。

 形容する事の出来ない何かは、確かにその場に刃として在る。だが視覚的には無いようにも見えて不確かだ。

 刀身を鞘へと納めて、彼は口を開く。

 

「俺は、少なくともこれまでに斬れなかったモノには出会ったことが無い。少なくとも、俺自身が斬らないために刃を引いた相手は含まないけどな?」

「…………」

「で、だ。まあ、何だ…………抜きはしたけども、怖くなっちまったのさ。俺のご先祖には、少なからずそういう道に堕ちた奴も少なくないんでな」

「受け継いできたギフトという事だな?」

「かれこれ、千と十五年、だったか。俺は二十三代目の時任家の家長に当たるって訳よ」

 

 まあ、家は捨てたけども、と彼は笑った。

 

「それでな?もしもがあったら、嫌だなぁ…………と」

「…………つまり、君自身が人斬りになる可能性を恐れている、と?」

「まあ、そうなる。その時は、最悪殺してでも止めてもらえればとは思うんだが…………如何せん次元刀は文字通り何でも斬れる。もしもの時は、手段を選ばない程度には関係が希薄なら…………うん」

 

 弱弱しく笑った空胡は、再度次元刀を傍らに置くとレティシアより視線を外して、空を見上げた。

 彼は、どうしようもなく甘かったのだ。甘すぎるほどに、敵であってもその刃で傷つける事を躊躇ってしまうほどに。

 それは何も、次元刀だけではない。殺したくないからこそ、彼は奪った剣も鞘入りのまま気絶させるための鈍器として使うに限っていた。

 

「ヤハハ、面白い話してるじゃねぇか」

 

 暗くなった空気を払う、軽快な声。

 見れば十六夜と、黒ウサギが二人の元へとやって来ていた。その後ろにはジンや、飛鳥、耀の姿もある。

 

「何だ、聞いてたのか?」

「まあな。良い雰囲気で邪魔するのもどうかと思ったが、ちょっとお前の考えを訂正してやろうと思ってな?」

「俺の?」

 

 ああ。と頷いて、十六夜は空胡の前に胡坐で座った。他の面々も各々座る。子供たちは、先に休ませたらしい。

 

「お前、あの時言ったよな?“ジャック”でも“ヨハン”でも“浅右衛門”でもないってな?」

「…………言ったな」

「なら、それが答えだろ?お前が、殺人鬼になる事はねぇよ」

「それは言葉の綾だろ?俺が、殺しに悦楽見出さないとは思えないけどな」

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい」

 

 話がこんがらがる前に、飛鳥が割って入る。

 

「さっきから、人の名前?が出ているようだけどいったい誰の事を言っているの?」

「あん?お嬢様は分からないか?」

「今さっき聞いたばかりで、何の情報もないなら無理でしょう?」

「…………んじゃ、黒ウサギと御チビはどうだ?」

 

 十六夜が問えば、帰ってきたのは首を振る動き。

 どうやら、彼ら二人の間でしかこの言葉の意味は通じていなかったらしい。

 

「はぁ…………空胡、説明してやれよ」

「えっ、何で俺?」

「元凶だろ?」

「…………まあ、そうだけども…………自分で言ったことを説明するって複雑だな」

 

 ガリガリと頭を掻き、空胡は再度口を開いた。

 

「んじゃ、簡単に。まず“ジャック”は“切り裂きジャック”の事だ。霧の都ロンドンの殺人鬼。最初の劇場型殺人とか言われてたっけな。で、次の“ヨハン”は“ヨハン・ライヒハート”。ドイツ最後の死刑執行人。3165人の死刑執行は世界最多らしい。最後の“浅右衛門”は江戸時代の“山田浅右衛門”。刀の試し切りと死刑執行をやってたお侍だな」

「…………物知りなのね?それで、それがどう繋がるの?」

「まあ、何だ。仕事でも、私欲でも極力人は殺さねぇよ、的なニュアンスだったんだ。少なくとも、十六夜には通じたからそれで良いかと思ってたんだが…………」

 

 ダメだったか、と空胡は頭を掻いた。

 だが、ここまで言われれば分かる。

 

「…………つまり、時任君はその何でも斬れる刀で人を斬れないって事よね?」

「まあ…………スプラッタは苦手なんだ。いや、自衛の為に最低限度は慣らして…………みたんだがな。まあ、無理だ」

 

 飛鳥の言葉に肯定を返して、空胡は眉根を寄せた。

 ごくごく普通の高校生が、人殺しの覚悟など持ち合わせているはずもない。戦国時代などならば未だしも、平和な現代日本。そんな覚悟を持つのは、裁判官か軍人、あるいは感覚そのものが破壊された殺人鬼など位か。

 

「―――――ふふっ、空胡君(・・・)も悩むのね」

「…………おいおい、俺が能天気みたいなこと言うなよ」

「能天気よ。それに心の底からお人好しね。十六夜君の言う通り、貴方が殺人鬼になるとは私も思えないわ」

「いや、でも―――――」

「私も、そう思う」

「春日部?」

「空胡は優しい目、してるから」

 

 真っ直ぐな好意程、反応に困るものは無い。

 

「~~~~~ッ!」

 

 口元を隠して、空胡はそっぽを向くしかない。羞恥ではないが、耳まで真っ赤に照れているその様子は年相応の幼さがあった。

 

「―――――………………………………はぁ…………物好き共め」

 

 手で覆った口の中でぼそりと呟く空胡の言葉は、しかし聞こえても誰も言葉を返さない。

 空には、星が瞬き箱庭を照らしていく。

 全てを捨てた彼らの旅は始まったばかりだ。



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12

 次元刀。この世のものではないナニかを刀身としたその刀は、斬れないモノが基本的に存在しない。

 

「―――――フッ」

 

 一呼吸、一動作。瞬きの間であったが、右腕は霞んだようにブレると次の瞬間には、鍔鳴りの音と右腕が確かにそこにあった。

 

「…………まあ、ご先祖もこんなことに次元刀使うとかは思わなかったろうな」

 

 言って、空胡は先程の斬撃で斬った物へと歩を進めた。

 それは、木。人の胴体ほどもある丸太であり、高さは一メートルあるかないかといったところか。それが今、刃物の網が横向きに通り過ぎた様にバラバラと崩れ落ちていく。

 やろうと思えば、崩すことなく斬り刻むこともできるだろう。しかしそれではダメなのだ。

 というのも、一度やった時斬った丸太は、斬ったはずであるのに切り口が綺麗すぎて再びピタリと張り付いて元に戻ってしまったのだから。仮に生物へとこの精度を発揮すれば死んだことすらも気づかせずに斬れるかもしれない。

 彼が今やっているのは、薪割り。水汲みが水樹によって改善されたとはいえ、ノーネームは零細コミュニティである事には変わりがない。節約できるところは節約していかなければならないし、使えるモノは使っていかなければ。

 

「さて、次を―――――」

「空胡」

「お?よぉ、レティシア。どうした?」

 

 次の木材を薪にしようと台座代わりの切り株に乗せていた空胡に、声を掛けるのは金髪メイドのレティシア。

 

「いや、なに。同じ従者の枠として、君にも声を掛けておこうと思ってな」

「まあ、あの面々に忠誠誓っちゃいないけどな。第一、野郎侍らせて喜ぶタイプじゃないだろ」

「そうだろうか?…………いや、この議論は後にしよう。実は、空胡に頼みたい事があるんだ」

「頼みたい事?ギフトゲームなら、十六夜たちも連れて行った方が良いんじゃないか?」

「いや、今回は違う。私の個人的な事だからな。あまり主様の手を煩わせるのはメイドとしても失格だろう?」

「そういうもんか?…………まあいいや。俺で手を貸せるなら良いぜ?」

「そうか!では、ついてきてくれ。これは、私の今後を左右するかもしれない重要な事だからな」

「…………なんかいきなり難易度が跳ね上がりやがったぞ、おい」

「ふふっ、そう硬くなるな。実はな―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 箱庭でカフェといえば、六本傷の旗を掲げた店が有名だろう。本拠を南に構え、東にも支店を出したこの店は多くの客が訪れる名店であるのだが、それでも更なる発展を目指した上昇志向を持ち合わせていた。

 

「―――――オイ」

「む?どうした空胡。早く着替えねば、業務に支障を来すぞ?」

「いや、何で俺はこんな執事紛いの格好をさせられてんだよ!?需要なんぞ欠片も無いぞ!?」

「それは、お客様の決める事だ。ほら、衣装に合わせた眼帯もあるぞ?」

「いや、準備が良すぎるだろ!?アレか?!嵌めやがったのか!?」

 

 頬を引くつかせて唾を飛ばす空胡は、渡されたそれを床へと叩きつけた。

 レティシアに連れられ、開店前の六本傷のカフェへと連れてこられた彼は何故か裏へと引っ張られてその手に執事服一式と目に当てる円形のパッチにデフォルメされたウサギが描かれた黒い眼帯を渡されていたのだ。

 そして、件の彼女は既に目の前でメイド服に身を包んでいる。

 

「嵌めてはいない。ただ、メイドの心得を教えてくれると言っていたんだ―――――十六夜が」

「アンタが嵌められてるじゃねぇか!?あの問題児筆頭の快楽主義者が平時で親切心オンリーの行動すると思うなよ!?」

「ふむ、そうか…………だが、存外動きやすいぞ?スカートが短いお陰かもしれないな」

「うおおおおお!?裾を摘まむんじゃねぇよ!女らしさとかは言わねぇから、せめて恥じらいを持ってくれ!」

「君になら、見られても構わないと私は思っているが?助けてくれたからな。恩を返せるなら―――――」

「そこでYESとか言ったら俺変態まっしぐらだろうが!?分かった!着替える!着替えるから、スカートの裾を摘まんで近寄ってくるな!」

 

 純情少年のような反応で部屋からレティシアを追い出した空後は、扉を背にしてズルズルと下がって床に尻餅をついた。

 眼帯まで用意しているという事は、完全に彼がここに来ること前提の事だろう。

 意を決して立ち上がった彼は、上着を脱いだ。

 

「…………意外に、動きやすいのが腹立つ…………!」

 

 ご丁寧にも白手袋までついており、それまできっちりと嵌めた空胡は二、三度屈伸して一度伸びをする。

 彼の腰には、ベルトで作られた刀を下げる、提げ緒が設けられていた。そこに次元刀を差しているのだが、見た目筋ものに見えなくもない。

 部屋を出れば、金糸が映った。

 

「ほう、似合っているぞ空胡」

「嬉しかねぇよ」

「刀はそのままで良いのか?」

「右目に収められない事も無いんだが、そうするともう一回抜く覚悟を決めるところに戻りそうだからな。勝手に抜ける事もないし、良いだろ」

 

 後ろに流すように撫でつけた黒髪を撫でながら、空胡はそう嘯く。

 事実、彼の右目は異次元だ。次元刀をその中へと収める事は可能である。しかし、収めた場合は有事の際に出遅れる。如何に箱庭がギフトゲームによってある程度の治安が維持されているとはいえ、魔王と呼ばれる存在も居る。一秒先すら予想付かないこの世界で直ぐに動ける事は何にも況して優先された。

 

「で、俺達は何すればいいんだ?」

「ああ、それは―――――」

「お二方!お着替えは済みましたか?」

 

 二人の元に来たのは、猫人の従業員。彼女も、レティシアの様にメイド服に身を包んでいた。

 

「…………メイド喫茶だよな?」

「はい、そうですよ?」

「それなら、俺は厨房に籠ってて良いのか?」

「着替えた意味がないじゃないですか!メイド兼執事喫茶の可能性を模索しての今回の試運転なんですから!前に出てください!」

「なんてこった…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時だって美人が愛嬌を振り撒くというのは、絵になるというもの。

 その日の六本傷のカフェは、多くの来客で賑わっており特に男性客が多かった。だが、

 

「お待たせいたしました、お嬢様。ご注文をお受けいたします」

「…………」

「お嬢様?」

「…………ハッ!え、えっと、あの…………それじゃあ、これを…………」

「畏まりました。他にはございますか?」

 

 一角には、女性専用のような席が作られており、対応するのは右目に眼帯を付けた帯刀執事。低めの丁寧な物腰と、若干微笑む程度の笑みを口元に湛えたその様子は実に様になっている。

 しかし、

 

(くそったれが…………!)

 

 内心は荒れ模様。主に、この企画を考え付いた金髪問題児とそれに加担した元・魔王の着物少女の二人に関してキレていた。それでも表に出さないのは、どうにかこうにか切り離して考えることが出来ていたから。流石に、自分の感情だけで店に不利益になる様なことはしない。

 だがしかし、そんな楽しそうなことを企画して当人が来ないわけもなく。

 

「く、空胡さん、でございますか?」

「…………よぉ」

「ヤハハ!顔が死んでるぞ、空胡。良い格好じゃねえか?」

 

 厨房にオーダーを通して、次に向かったテーブルにて元凶と出会う。

 

「なんで俺まで、こんな執事紛いの事をしなきゃならない?白夜叉と、何を企んでる?」

「それは、だな―――――」

「もったいぶらないでください!聞いてください空胡さん!十六夜さんは、この黒ウサギにメイド服を着せようとするんです!」

「メイド服?…………今の服と大差ないだろ?」

「なっ!こ、この服は審判家業の…………!」

「分かってねぇな、空胡。確かにスカートの丈は変えるつもりはないぜ?けど、あのフリルたっぷりの衣装を着れば印象も変わるだろ?」

「…………まあ、それはな」

「だろ?白夜叉も準備してくれてるだろうさ」

「…………なら、何で俺まで執事なんだ?アンタでもいいだろ、十六夜」

「俺が接客業何て詰まらねぇことやると思うか?」

「いや、まったく思わねぇけど」

「つまりそう言う事だ。それより、執事なら俺達の事を何て呼ぶんだ?」

「ぐっ…………レティシアがやったなら良いだろ?」

「空胡、違うぞ。今の私はレティシアシアだ」

「れ、レティシアシア?何だそれ」

「メイドとしての私の名だ。発案は、主様だな」

「…………まさか」

「お前もだぜ、クウネル」

「クウネル!?何だその、カー〇ルのパチモンみたいな名前は!」

「KFCならぬCFCだな」

「フライドチキンのレシピなんぞ知らんわ!」

 

 せっかく取り繕った仮面が剥がれてしまっているが、そんな事気にしている暇はない。誰が好き好んでパチモンネームなどをいただくものか。

 しかし彼の抵抗など、風の前の塵に等しい。

 

「行くぞ、クウネル。これから同僚が増えるからな」

「ちょ、レティシア!?」

「お嬢様お一人、ご帰宅ー」

「レ、レティシア様!?は、放してください!レティシア様!?」

「あだ名は黒ウサギサギでしょうかね?」

「語尾は、だぴょん、でいこう」

「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

 

 二人の絶叫が空へと木霊していくのであった。



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あら、魔王襲来のお知らせ?
13


 二一〇五三八〇外門居住区画。ここに、ノーネーム農園区も存在している。

 ここ最近は、次元刀の鍛錬に空胡が刀を朝早くから振るっている事が多いのだが、今日は彼の姿は無い。

 というのも、珍しくも朝早くから彼は出かけているのだ。珍しい事に。

 

「ふふっ、朝早くから勤勉だの、空胡よ」

「忙しいだろう東のフロアマスター殿に配慮した結果さ。第一、アポの時点でこの時間を指定したのはそっちだろ?」

「確かにそうであったな。もっとも、おんしが確りと義理を果たすのかを見たかった、というのも私には有るんだがな」

「果たすさ。黒ウサギの恩人で、コミュニティの恩人だろ?無下にはしないし、そんな不義理は気が咎めるからな」

 

 場所はサウザンドアイズ。開店前の店の前で、彼は今回の待ち人である白夜叉との顔を合わせを行っていた。

 

「とりあえず、中へ。私の私室で話そうではないか。人払いもしておこう」

「そりゃありがたい」

 

 そうして、二人は店内に。途中で女性店員が何か言いたげな顔をしていたが、今回の空胡は予め連絡を取っていた白夜叉の客人としてこの店にやって来ている。一店員が何か言える事ではなかった。

 いつぞやでも通された和室。上座に白夜叉が座り、その対面で空胡が脇に次元刀を置いて胡坐を組む。

 

「さて、おんし。まずは、その刀を見せてくれるという話だったな?」

「ああ。その代わりに、俺が持ってきた案件の情報が欲しい」

「承った。こちらとしても、特殊なギフトというのは見ておくべきもの。何より、弱体化していたとはいえ星霊のギフトを斬り刻んだほどの代物ならば猶の事」

 

 受け渡される次元刀。

 やはり、その見た目は刀というにしても、シンプルさを突き詰めたかのような真っ黒の合口拵えだ。

 白夜叉の体格からすれば、鞘入りの状態でも持て余す程度には大きいが、彼女はその大きさを苦にすることなく見分していく。

 

「ふむ…………材質は、既存のものが該当しないか……抜いても?」

「あー…………多分、抜けないぞ?」

「む?どういうことだ?」

「ご先祖の記録に、次元刀が強奪された記録は少なからずあるんだが、そのどれでも所有者本人じゃなければ抜けなかったって話だ」

「ほう。どれ、ならば私が…………!」

 

 言って、白夜叉は次元刀を抜こうとする―――――だが、抜けない。星霊としても最高クラスの存在である彼女。膂力なども見た目とはかけ離れた存在だ。

 そんな彼女が抜けない。力に制限がかかっている状態でありながら、鞘や柄が握り潰されることも無くギリギリと震えるばかりだ。

 

「…………ッ、はぁ!ほ、本当に抜けんではないか!」

「いや、抜けないって言ったろ?」

「むぅ…………刀剣のギフトはやはりその刀身を見ねば………抜いてくれぬか?」

「刀身を絶対に触らないなら、な。流石に知人の指が飛ぶの何て見たくない」

「約束しよう」

 

 その言葉の後、再び二人の間を次元刀が渡った。

 空胡は鯉口を斬り、ほんの少しだけ刀身を覗かせる。

 

「…………見事なものだの。まさしく、異次元の物質…………いや、最早その括りでは表せない何か、といったところか。そして、その刀自体に契約のあれこれがかかっておるようだの」

「契約?」

「どれ、見せてやろう」

 

 言って、白夜叉は近づくと。空胡の握る柄に触れ―――――その指先はすり抜けた。

 

「…………これは?」

「恐らく、その刀の契約は二つ。一つは“所有者以外には抜けない”。もう一つは“抜けている際には所有者以外触れられない”。刀身は別としても、な」

「…………めっちゃご都合主義じゃね?」

「そうかもしれん。しかし、それほどのギフトをそう易々と誰彼にも使わせないためにはこれ以上のものは無いだろう?いや、しかし、十六夜なども含めておんしらのギフトは本当に規格外だの。少なくとも、おんしと十六夜ならば箱庭中層であろうとも通用するであろう」

「まあ、俺の目的はこのギフトをクーリングオフすることだけどな」

「勿体ない。おんしは本当に、出世欲などないのか?」

「少なくとも、殺してばかりで奪うしかない地位には興味ないな。出来る事なら、俺はギフトゲームも乗り気じゃないし」

「しかし、おんしらは魔王打倒を掲げたコミュニティだろう?であるならば必然、奴らに目を付けられる。魔王のギフトゲームからは逃げれられんからの」

「それは、分かっちゃいるんだが…………」

 

 煮え切らない空胡。成り行きでコミュニティ復興に手を貸す形となった彼だが、元々ギフトゲームへは消極的。何より、自分のギフトに関して使う事どころか手に取る事すらも忌避していたのだから。

 

「まあ、よい。おんしのギフトは見せてもらったからの。して、おんしの案件とやらを聞こうか」

「あ、ああ」

 

 話を切り替える様にいう白夜叉に、空胡も頷くと己のギフトカードより在るものを取り出した。

 それは、大きめの額縁。

 

「これ、なんだがな?」

「む?…………随分と趣味の悪…………いや、これは…………」

「ああ、そうだ。この絵の中にある生首は生きてる(・・・・)

 

 二人の間に置かれ、天井を反射するその絵はペルセウスとのギフトゲームの後に、ルイオスより回収した代物だった。

 

「俺が知りたいのは、この絵の出どころ。それが無理でも、せめてこの絵を作った奴の名前なんだ」

「むぅ、調査か。いや、ここまで異質な品が箱庭内に流通しているのなら、フロアマスターとしても看過できるものではないな」

「頼めるか?」

「あい分かった。しかし、それならばルイオスからは聞き出せなかったのかの?」

「これはもともと、ルイオスの親父さんが持っていたものらしい。渡されたのか、それとも押し付けられたのか、それも分からないらしい」

「成る程…………して、この絵が気になる理由は聞いておらんかったの」

「…………まあ、何だ…………俺のご先祖が関わってる可能性があるんだ」

「おんしの先祖?」

「ああ。この絵を見た時、引っかかったんだがその場じゃ分からなかったんだ。ゲームが終わって、考えてたんだが、そこで漸く思い出せた。昔見たご先祖の手記に似たような記述が残ってたんだ」

「ほほう。つまり、この蛮行はおんしの先祖によるもの、と?」

「それは分からねぇ。百年以上前のことだし、この首が人間だったら生きて無いだろ?」

「いや、保存のギフトを用いればあるいは…………とにかく、調べておこう。他にも何かあるか?」

「…………」

 

 絵を受け渡した空胡は、その問いに言葉を詰まらせ癖になりつつあるのか頭を掻く。

 

「…………白夜叉は大抵のことはできるよな?」

「む?まあ、私も元とはいえ魔王だからの。大抵の事ならば可能ではあるが…………」

「じゃあ―――――」

 

 彼の口は語る。未来の可能性を。

 自身よりも圧倒的な強者である元・魔王であるからこそ、語られたその言葉。

 

「―――――…………それは、事実か?」

「ああ、間違いない。もしもの時には頼みたいんだ」

「…………こちらとしても、軽々しくは頷けない。おんしが良くとも、周囲は黙っておらんだろう?」

「かもな。勿体ないぐらいに良い奴らだ。だからこそ、これは白夜叉に頼むんだ。まあ、俺としても最善は尽くす。尽くすが、正直なところ俺の力は次元刀が無ければ大したものじゃない。だから、な?」

 

 頼む、と彼は両手を畳について深々と頭を下げた。

 つむじを見せつけられる形の白夜叉は、眉根を寄せて難しい表情。

 そして、気づく。本題はこちらだったのだと。

 

「…………頭を上げよ、空胡」

「…………」

「確約は出来ぬよ。おんしの頼みは私にしても、尋常ならない。まずは、そちらで話して決めるべきこと」

「…………無理だ。俺は絶対、言えない。言う訳にはいかない」

「ならば、この話は保留としておこう。おんし自身も迷っているならば、猶更な」

「…………ああ」

 

 



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14

 箱庭の世界の表面積は恒星にも匹敵する広大さを誇っている。

 無論、その全てが箱庭ではないのだが。

 

「何やってるんだ、アンタら」

 

 十六夜たち問題児三人と巻き込まれたジンがサウザンドアイズを訪れた際に、出迎えたのは呆れた眼をした空胡であった。

 

「お前こそ何やってるんだ、空胡?俺達結構早く出てきたと思うんだが?」

「野暮用さ。ちょっと白夜叉に用事があってな。そろそろ帰ろうと思ってたらアンタらが来たって訳だ」

「あら、帰るの?」

「まあ、長居するのも店員に悪いだろ?」

 

 飛鳥に答えるようにして空胡は親指で鋭い視線を向けてくる女性店員を指差した。

 

「んじゃ、悪だくみも程々にしとけよ?」

「ちょっと待て」

 

 これ以上睨まれちゃ敵わない、と手を振ってその場を去ろうとした空胡。だが、その逃走は十六夜に首根っこを掴まれることで止められた。

 思いのほか引かれた力が強く、首が閉まってしまうがそんな事に頓着することなく彼は店内へとズカズカ踏み込んでいく。その後ろを飛鳥と耀が続き、最後にお目付として無理矢理引っ張られてきたジンが続く。

 そうして戻ってきた白夜叉の部屋。

 

「えっふ、おっふ!うおい、十六夜!アンタ一体どういうつもりだ?!事と次第によっちゃあ―――――」

「やはは、そう怒るなよ。これでも読んでな」

「あぁ?」

 

 十六夜に食って掛かった空胡だったが、渡された手紙に怪訝な顔をすると目を通し始めた。

 内容は、北と東のフロアマスターによる共同祭典“火龍生誕祭”への招待状。

 

「火龍生誕祭?何だ、これ」

「ジンと黒ウサギが隠してたの」

「何でだ?」

「さあ」

「…………境界門の使用料が無いからですよ」

「境界門?」

「空胡さんは、この箱庭の表面積をご存知ですか?」

「あ?えっと………確か太陽と同程度じゃなかったか?んで、各壁までは980000キロとかそんなもんじゃなかったか?少し前に調べた時にそんな事が書いてあったはずだ。面白いよな、地球の一周が凡そ四万キロだろ?二十倍以上とか洒落にならねぇ」

「そうなんです。そして、各門を行き来するにはお金がかかります。残念ながら、今のコミュニティにはそんなお金は無いんです」

「あー、零細だからな…………まあ、金は天下の回り物。ンで、出来ない事を教えるわけにはいかなかった、と」

 

 ギフトゲームがあるとはいえ、箱庭にも貨幣が流通している。その貨幣の流通具合を勝負したゲームもあるのだが、零細コミュニティには縁のない話。

 本意ではなかったとはいえ、一家の当主を務めていた空胡だ。資金繰りの難しさに関してもある程度の知識はあった。

 

「まあ、ぬか喜びさせない為だろ。変に情報渡すと、こうなるって事も黒ウサギとジンは考えたんだろうし」

 

 火龍生誕祭という名前に惹かれないわけではない。ただ、空胡としては元々ギフトゲームに対する熱意が他の三人に比べれば遥かに欠けていた。

 だからこのままお暇しようと、圏境を発動しその場を立ち上がり、

 

「―――――ふむ、これで良し。お望み通りの北側に着いたぞ」

「「「「……………………は?」」」」

 

 白夜叉の柏手が響いたと思えば、人知を超えた現象を目の当たりにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東と北の境界壁。

 そこは四〇〇〇〇〇〇外門・三九九九九九九外門にあった、旧サウザンドアイズ支店。

 転移してきた店を飛び出すように出てくる三人と、その後ろから頭を掻きながら出てくる一人。

 彼らの頬を熱い風が撫でていく。

 

「赤壁と炎と…………ガラスの街…………!」

 

 見たことも無い光景に、飛鳥は感嘆の声を上げる。

 旧支店は、街を見下ろすことが出来る高台に存在しており、そこからは北の街を一望することが出来るのだ。

 

「へぇ…………!980000キロも離れてるだけはあるな。東とは随分と文化形式が違うらしい。歩くキャンドルスタンド何て奇抜なものを、この目で見る事になるとは思わなかったぞ」

「ふふ、それだけではないぞ。外門を外に出れば、一面銀世界でな。箱庭の内側は、大結界と灯火によって常秋の様相を保っておるのだ」

「そりゃ、随分と盛大なこったよ…………」

「厳しい環境あっての発展か。ハハッ、聞くからに東側よりも面白そうだ」

「むっ、それは心外というものだ。おんしらの居る外門が特別寂れておるだけで、東側も負けてはおらんわいっ」

 

 拗ねた様に口を尖らせた白夜叉。発展の度合いに関しては、やはり地域によっては差があるしフロアマスターが一から十まで完全に目を通すには箱庭は広すぎた。

 そんな彼らを尻目に期待に胸を膨らませている飛鳥は興奮が抑えきれないらしい。

 

「ねえねえ皆、今すぐに降りましょう!あのガラスの歩廊に行ってみたいわ!良いでしょう白夜叉?」

「ああ、構わんよ。詳しい話は夜にでもすればいいのでな。ああ、ついでに。暇があるようならば、このギフトゲームにでも―――――」

 

 チラシを着物の袖より取り出そうとした白夜叉だが、それより先に空に影が差した。

 

「見ィつけたのですよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ドップラー効果の利いた絶叫と同時に凄まじい衝撃と音が彼らの背後に炸裂する。

 思わず、といった様子で問題児たちの視線も舞い上がった粉塵へと向けられた。

 その中で、ゆらりと動くのは邪悪に笑う色々と振りきれてしまった感じの、黒ウサギ。

 

「フ、フフフ…………ウフフフフ…………漸く、よぉぉぉぉやく、見つけたのですよォ…………!この、問題児様方ァ…………!」

 

 黒ウサギというか、緋ウサギというか、修羅ウサギ。全身から凄まじいまでの怒りのオーラを立ち昇らせた黒ウサギは、かくかくと口角を痙攣させながらその一歩を踏み出してくる。

 その姿は帝釈天の眷属である箱庭の貴族というよりも、箱庭の明王とでも称すべき恐ろしさ。

 いち早く、この場で動いたのは十六夜だった。彼にしては珍しく不敵な笑みが引き攣っており、ヤバさが伝わってくる。

 

「逃げるぞッ!」

「逃がすかッ!」

「え、ちょ―――――」

 

 咄嗟に隣にいた飛鳥を抱きかかえ、十六夜は展望台から飛び降りていく。

 ワンアクション遅れたが、耀もまた旋風によって空へと飛び上がるが、その直後にガクリと体が止められる。

 見れば、彼女のブーツの足首を黒ウサギの細指が絡め捕っているではないか。どこからその力が出ているのか振り解けない。

 

「わ、わわ…………」

「フフフ、捕まえたのですよ、耀さん。もう逃がしません。絶対に逃がしませんからねェ…………!」

 

 主に大事な頭のねじが吹っ飛んでしまったのか、壊れた様に笑う黒ウサギ。

 彼女の様子を下から確認した空胡は、頬をひきつらせた。

 

「怖っ」

 

 プルリと背筋を震わせて自分は怒らせないようにしようと心に決めた。

 連れの一人の内心など知った事ではない黒ウサギは、耀を胸に抱きしめると展望台へと降りてくる。

 

「後デタップリト御説教タイムナノデスヨ。フフフ、御覚悟シテオイテクダサイネ?」

「りょ、了解」

 

 一切の反論を許さない片言の黒ウサギに、さしもの耀も怯えながら頷くしかない。

 そして、着地した直後に黒ウサギは、耀を状況に置いてけぼりである空胡と白夜叉へと投げつけた。

 三回転半して吹っ飛んでくる彼女、

 

「え、ちょま、へぶしっ!?」

「きゃ!」

「グボハァ!?お、おいコラ黒ウサギ!最近のおんしは些か礼儀が欠けてはおらんか!?コレでも私は東側のフロアマスターだぞ!?」

「そ、その前にアンタら。俺の上から退きやがれ…………!」

 

 耀にフッ飛ばされ、空胡を下敷きにした状態で倒れた三人。しかし、黒ウサギは、

 

「耀さんを確保しておいてください!空胡さんは、当然ながら黒ウサギの味方デスヨネ?」

「は、はい!も、もちろんでございますよ!?」

 

 欠片も気にも留めず、空胡へと耀を押し付けてくる。あまりの恐ろしさに彼の口調がおかしなことになっているが、気にも留めない。

 

「白夜叉様は、お二人をお願いいたします!黒ウサギは、他の問題児様たちを捕まえに参りますので!」

「お、おお?うむ、何が何だか分からぬが心得たぞ、黒ウサギ。頑張るんだぞ」

「はい!」

 

 白夜叉もあまりの剣幕にどうしようもない。

 彼女の返答を聞くやいなや、黒ウサギは展望台の下へと飛び降りてしまう。

 

「ふむ、とりあえずおんしら、中に入ろうではないか。どうせ宿も無い事だしの」

「おう」

「…………」

 

 背中の汚れを払った空胡は、先を白夜叉の後を追って店の中へ。

 その後に続く耀は、一瞬だけ後ろを振り返り、同じく店へと入っていくのだった。



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15

 最早馴染みにもなりつつある和室に通され、お茶の入った湯呑と茶菓子を囲むようにして三人は向かい合っていた。

 

「…………」

「どしたよ、春日部。いつもなら、食い物には目が無いだろ?」

 

 茶菓子を摘まみながら、空胡は隣に正座する耀を見た。

 常の彼女ならば、空胡が一つ食べる間に三つは食べているであろう。だが、今の彼女は沈痛な表情で俯くばかりであり、どうにもいつもの調子には程遠かった。

 

「ふむ、空胡よ」

「あん?」

「おんしももう少し、女子の機微に聡くなければモテんぞ?」

「こちとら生まれながらの化物が約束されてんだよ。だったら、モテるとかそんなの考えてられねぇっての」

 

 窘める白夜叉に対して、空胡は肩を竦めた。

 時任の家に生まれた時点で、彼が次元刀を継承することは確定していたし。その為に片目が犠牲になる事も決まっていた。

 異次元の眼窩にあらゆる達人の凌駕したかのような剣の腕。そして斬れないモノが基本的に存在しない次元刀。他三人の問題児にも劣らない異常性。

 

 だからこそ、彼らは元の世界でもどこか浮いていた。

 

「黒ウサギ、怒ってたよね」

「まあ、だろうな」

「どうしたら、仲直りできる?」

「そりゃあ…………」

 

 謝ればいいだろ、とは続けられなかった。

 空胡自身、対人コミュニケーション能力には難があるタイプなのだ。そもそも経験自体が少ないし、謝るにしてもそれは表面上で何より芯が無い。

 

「どうするかね」

 

 胡坐のまま後ろへと上体を傾けて腕で支えながら、空胡は天井を見上げた。

 謝りたいという事は、関係を続けていきたいという事。そこに損得勘定が絡むか否かは関係が無く、あくまでも個人的な問題だろう。

 よろしくする気はない、とは当人の言い分であったのだが彼も存外お人好し。誰かの為に頭をひねる事にも躊躇いは無かった。

 

「ふふっ、存外おんしらも子供と言う事だな」

 

 どうしたものかと頭をひねる二人に、対面でニヤリと笑った白夜叉は助け船を出してくる。

 着物の袖より取り出したのは、一枚のチラシ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 “造物主達の決闘”

 

 

 

 ・参加資格、および概要

 

  ・参加者は創作系のギフトを所持。  

 

  ・サポートとして1名までの同伴を許可。

 

  ・決闘内容はその都度変化。

 

  ・ギフト保持者は創作系のギフト以外の使用を一部禁ず。

 

 

 

 ・授与される恩恵に関して

 

  ・“階層支配者”火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。

 

 

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。

 

         “サウザンドアイズ”印

 

         “サラマンドラ”印』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チラシの内容を確認した耀は首を傾げた。

 

「創作系のギフト?」

「うむ、創作系というのは人造、霊造等々、造り手の種別を問わず制作者の存在するギフトの事だ。ここ北では、過酷な環境を耐え忍ぶために恒久的に使える創作系のギフトが重宝されておってな。時にそれらギフトの技術や美術的観点を競い合うゲームが開催されるのだ。おんしの父から譲り受けたと言っていた“生命の目録”は技術、美術どちらの面から言っても一級品。その木彫りに宿る恩恵ならば、十分にゲームでも勝ち抜けるだろう。それに、」

 

 そこで一度言葉を切り、白夜叉は耀の隣で関係ありません、といった雰囲気の空胡へと目を向ける。

 

「サポーター役として、空胡もおる。幸いなことにな。実力的にもルイオスを軽くあしらえるというならば、申し分ないだろう」

「えっ、俺も出るのか?」

「当然ではないか。それに、私への頼みを持ってきたのは、おんしであろう?ならば、対価が無くてはな」

「頼み?」

「さよう。それはそれは厄介な案件を持ちかけてきたものよ」

「ふーん…………」

「何だよ」

「……別に」

 

 大げさにため息をつく白夜叉と、ジト目を向けてくる耀。

 二人の反応に、空胡は居心地の悪さを覚えていた。面倒ごとを持ち込んだことは事実である為反論の余地は欠片も無いのだが。ついでに、耀の前で語れることでもない。

 とはいえ、空胡もこのまま矛先を突き付けられたような居心地の悪さを体感し続けたいと思うようなマゾではない。

 

「分かった。出るよ、出ますよ、出させてくださいお願いします」

 

 両手を上げてそう宣言し、この場の打開を図った。古来より、複数の女性を相手にした時の男性というのは立場的に弱くなるものなのだ。

 

「ふっ、後はおんし次第だぞ、耀」

「…………このゲームで勝てば、黒ウサギと仲直りできる?」

 

 耀もまた、この箱庭に来るまでは動物たちが友達で、こうして友人との喧嘩というか、諍いは経験が無かった。

 そんな彼女の内心に気づいてかいないのか、白夜叉は微笑んだ。

 

「無論、出来るとも。黒ウサギとて、謝罪を無下に断るような狭量ではあるまい」

「…………そっか……うん、それなら頑張ってみようかな」

「まあ、最善を尽くすさ」

 

 二人の返答を聞き終え、白夜叉はパンッと一度手を合わせた。

 

「そうと決まれば早速舞台会場へと向かおうではないか。ゲーム開始までそれほど時がある訳でもないしの」

「了解」

 

 白夜叉が立ち上がり、その後に空胡も続くように立ち上がった。

 だが、肝心の耀はと言うと。

 

「待って」

 

 キリッとした顔で制止をかけた。

 出鼻をくじかれた二人は首を傾げて彼女を見る。

 

「ん?どうしたのだ?まだ何か質問があるのか?」

「受付があるなら、急ごうぜ?」

「……その前に、このお菓子の残り、食べても良いですか」

「おいおい…………」

「ふふっ、構わんよ。その程度の時間ならばある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラマンドラとサウザンドアイズの共同主催と言う事になるギフトゲーム。

 本日行われるのは、明日の決勝に向けての予選。

 集客としても上々であるし、参加しているコミュニティも結構な量に上っている。

 

『そこやー!お嬢ー!ブッ飛ばしたれー!』

「おっと、あんまり暴れるなよ。巻き込んじまったら、俺が春日部に怒られるんだからな」

 

 次元刀を提げ緒で腰の左側に吊るした空胡は、空中に猫パンチをかましまくる三毛猫を両手で抱いて、目の前の戦況を眺めていた。

 決勝は未だしも、予選は自分だけで勝ちあがると耀は彼に宣言したのだ。そして、見事に有言実行しており今も石垣の巨人と呼称された自動人形(オートマタ)を翻弄しながら立ち回っている。

 

「これで、終わり…………!」

 

 グリフォンとの友誼によって得た旋風によって宙をかけ、巨人の真上をとった耀。

 そこから、自身の内包する能力の中でも最も重い“象”の体重となると、重力による加速を乗せてストンピングを敢行する。

 石垣というだけあって、巨人の頑強さはかなりの物。だが、巨体と石材という重量のある材料が組み合わさってしまうと自然と機動力を損なってしまうというもの。

 耀の落下攻撃を躱す事など出来るはずもなく、その巨体は舞台へと沈んだ。

 

「おーおー、スゲェなあの機動力。相手したくねぇや」

『お嬢ぉおおおおお!うおおおぉおおぉぉぉぉおおおおお!』

「興奮してんのは分かるから、ちったぁ落ち着け。落ちるぞ」

 

 三毛猫の言葉は分からずとも態度は雄弁。雄叫びを上げる彼が落ちないように上手く抑えながら、空胡は舞台の上へと視線を戻した。

 そこでは丁度、耀が小さくガッツポーズを決めている所。割と表情の変わらない彼女にしては、珍しいが実に可愛らしい。

 

 歓声の上がる会場。ざわめきが波のように広がり、ぶつかり飽和していく――――――――のだが、そのはざまに投げ込まれた二度の手拍子により凪となる。

 

「これにて、明日の決勝に出場する最後の一枠が決まった!ノーネーム所属の春日部耀だ!決勝のゲームの日取りは明日以降となっており、ルールに関しては…………詳しくは、此度のゲームもう一人の主催者にして、祭典の主賓よりお聞かせ願おうか」

 

 白夜叉が立つバルコニーの中心が空けられ、そこに立つのは真紅の髪を結いあげたノーネームのリーダーであるジンと同い年と思われる荘厳な衣装をまとった少女であった。

 

「ご紹介に与りました、北のフロアマスターを務めるサンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典である火龍生誕祭の日程も中日を迎えることが出来ました。さしたる事故もなく、進行にご協力してくださった北と東、それぞれのコミュニティの皆様には感謝の念しかありません。以降のゲームにつきましては、お手元の招待状をご覧くださいませ」

 

 サンドラに促され、招待客たちが手元へと目を落とす。

 すると、招待状に書かれていた文字などが直線と曲線へと分解され、再び纏まると別の文章を紡ぎ始めるではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名“造物主達の決闘”

 

 

 

 ・決勝戦参加コミュニティ

 

  ・ゲームマスター “サラマンドラ”

 

  ・プレイヤー “ウィル・オ・ウィスプ”

 

  ・プレイヤー “ラッテンフェンガー”

 

  ・プレイヤー “ノーネーム”

 

 

 

 ・決勝ゲームルール

 

  ・お互いのコミュニティが創造したギフトを比べ合う。

 

  ・ギフトを十全に扱うため、1人まで補佐が許される。

 

  ・ゲームのクリアは、登録されたギフト保持者の手で行うこと。

 

  ・総当たり戦を行い、勝ち星が多いコミュニティが優勝。

 

  ・優勝者はゲームマスターと対峙。

 

 

 ・授与される恩恵に関して

 

  ・“階層支配者”の火龍に対して、プレイヤーが希望する恩恵を進言できる。

 

 

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。

 

         “サウザンドアイズ”印

 

           “サラマンドラ”印 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総当たり戦か。ちょっと、厄介か?」

「?何で?」

「トーナメントなら、二戦で済むところを総当たりなら四戦する事になる。決勝に来るって事は、それ相応の実力者だろうし、春日部みたいに身に着けて地力を上げるようなタイプもあるだろ。それに、戦えばその分疲弊する」

「疲れるから、厄介?」

「それに、相手には対策取られるだろ?」

「空胡も?」

「あくまで俺は、サブだからな?簡単に見切られるつもりはないけども、確実じゃない。流石に、十六夜クラスの奴はいないと思うけども、念には念を入れとかねぇと」

 

 カツカツと石の廊下に二人分の足音が響く。

 提げ緒から左手へと次元とを移した空胡と、三毛猫を抱いた耀だ。

 明日の決勝に向けて色々と調整がありそうなものだが、主催でもあり借りもある白夜叉に呼ばれてしまえば行かないわけにもいかない。

 

「それより、呼び出しって何かな?」

「んー……まあ、十中八九面倒ごとじゃないか?よくよく考えれば、白夜叉も俺達に頼みがあってこうして北に連れてきたんだろうし。この祭りで何かがあるのか……若しくは、もっと別の何か」

「そっか………やっぱり、空胡って頭良いの?」

「急にどうしたよ…………まあ、程々じゃないか?俺は弱っちい人間だからな、頭回してないと生き残れないのさ」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は大きな石扉の前に立った。

 重苦しい音を立てて観音開きに開かれる。



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16

 扉の開かれた先、二人を待ち受けていたのは見知った面々。

 

「…………アンタら、今度は何をやったんだ?」

 

 入室早々、空胡は眉根を寄せて二人へと訝しむような目を向けた。

 彼の視線の先に居たのは、十六夜と黒ウサギそしてジンの三人と白夜叉。

 更にその奥では、サンドラと彼女のお付きであろう一団も確認できた。

 

「ヤハハ、俺達が何かをやった前提なのか?」

「寧ろ、あそこまで派手に逃げ回って何も起きなかったってのか?」

「成る程な。ヤハハ!正解だ、祭りを少しばかり盛り上げてやったのさ!」

「胸を張って言わないでください!こんの、お馬鹿様ッ!!!」

 

 十六夜の頭に炸裂するハリセンの軽快な音。

 一撃かました黒ウサギの後ろでは、ジンが頭が痛いというように抱えていた。

 そんなコントのようなやり取りに、白夜叉は笑いをかみ殺しながら、どうにかこうにか真面目な表情を保つことに苦心している。

 この場には主賓のサンドラが居るのだ。流石にいつものようにセクハラ噛ましてドン引きの様な空気を作る訳にはいかないのだろう。

 

 いつも通りの緩い空気、だがこの場には身内だけではないのだ。

 

「フン!ノーネームの分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな!相応の厳罰は覚悟しているのであろうな!?」

「これ、マンドラ。それを決めるのはおんしらの頭である、サンドラであろう?」

 

 軍服姿の男、マンドラが厳しい声を上げて、それを白夜叉が窘める。

 荒れ始めた場に、サンドラが声を掛けた。

 

「“箱庭の貴族”とその盟友の方々。此度は火龍生誕祭に足を運んでいただきありがとうございます。貴方達の破壊した建物に関しては、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者も奇跡的にゼロですのでこの件に関して私からは不問とさせていただきます」

 

 彼女の言葉に、しかしマンドラは舌打ちを零した。

 彼の立場というか、北のフロアマスター擁するコミュニティとしてノーネームに舐められる訳にはいかないのだ。

 無論、ノーネームの存在そのものが箱庭では別称であり、見下される要因である事は事実なのだが。

 

「へえ、随分と太っ腹だな?」

「うむ。仮にもおんしらは私が直々に招いた客人であり、同時に協力要請を出したのだからな。何より、怪我人が出なかったことが幸いした。路銀と修繕費は報酬の前金とでも思っておけ」

 

 意外そうな表情の十六夜と、ホッと息を吐きだす黒ウサギ。

 対照的な二人だが、それが性格を表しているというもの。

 そんな中で蚊帳の外を保っている空胡は眉根を寄せていた。

 

「……面倒ごとか」

「ゲームだけじゃない?」

「十六夜と黒ウサギがゲームしたんだろ。あの二人、本気でやったらこの街倒壊してるしな」

「そんなに?」

「十六夜のパワーは山河を砕くし、黒ウサギも相当強い。街自体は石造りで、強度はあっても壊すのは簡単だしな」

「お咎め無しだから、面倒ごとかな?」

「そういうこった」

 

 ヤダヤダ、と首を振る彼だが目の前の状況は更に険悪な物へと変わっていた。

 

「そのように気安く呼ぶな!名無しの小僧!!!」

 

 元より知り合いのジンと、サンドラが旧交を温めているのが気に食わないのかマンドラが腰の剣を抜刀し、ジンへと振り落としてきた。

 だが、

 

「なッ!?」

 

 振るわれた剣は、柄と鍔元だけを残して刀身が無い。正確には、綺麗な断面を残して刀身が鞘の中へと置いてきぼりにされていたのだ。

 何が起きたのか分からないマンドラは、刀身の無くなった剣と鞘を何度も見るしかない。

 

「落ち着けよ。血の気が多いのは分かるんだが、アンタのソレはコミュニティの品位を落とすだけだぞ?」

 

 態と音を立てて納刀をアピールした空胡は、肩を竦めてそんな声を掛けた。

 何をしたのか。何の事は無い。単に斬った、ただそれだけ。

 次元刀は大抵のモノを斬る事が出来る。故に名刀や伝説の剣であろうとも斬る事が可能なのだから、マンドラの剣を斬った事もおかしくはない。

 異常なのは、実力者の揃うこの場で誰も彼の抜刀する姿を視認できていない点。

 それはつまり、やろうと思えば気づかれる前にこの場の全員の首を刎ねることが出来るという事

 

 割り込もうとした十六夜は、剣の刀身が抜かれた瞬間に折れた事だけは確認していた。拍子抜けしたように肩を竦め、軽薄な笑みをマンドラに向ける。

 

「オイオイ、知り合いの挨拶にしちゃ随分と物騒じゃないか?止める気なかっただろ、オマエ」

「あ、当たり前だ!サンドラは既に北のフロアマスターになったのだぞ!それが生誕祭で名無し風情に恩情をかけたどころか、剰え対等の口を利かれるなどサラマンドラの威厳に関わるわ!この、名無しのクズ共が!」

「出来もしねぇこと言うなよ…………」

 

 吠えるマンドラに対して、空胡は呆れたように肩を竦めた。

 火に油を注ぐような物言いだが、ここまで言われて何とも思わない程彼も冷血漢ではないのだ。

 

 一触即発のこの状況、サンドラがあわてて割って入る。

 

「マンドラ兄さま!彼らはかつてのサラマンドラの盟友!こちらから一方的に盟約を絶っておきながらそのような態度を取られては、我らの礼節に反する!」

「礼節よりも誇りだ!そのような事を口にするから見下されるのだぞ!」

「これ、マンドラ。いい加減に下がらぬか」

 

 白夜叉が呆れた口調で諫めにかかる。

 だが、熱くなったマンドラはその程度では止まらない。怒りの矛先を彼女にも向けた。

 

「フン!サウザンドアイズも余計な事をしてくれたものだ。同じフロアマスターとはいえ、此度の一件は越権行為にも程がある。『南の幻獣、北の精霊、東の落ち目』とはよく言ったもの。此度の一件も、東が北を妬んで仕組んだことではないのか?」

「マンドラ兄さま!!」

 

 流石に、これは失言が過ぎるというもの。サンドラも叱るが、だがマンドラには欠片も反省の色は見えない。

 だが、ここまで言われようとも白夜叉は揺らがない。そしてそれは、十六夜や空胡なども同様で、むしろ新たな疑問が浮かんだのか二人は白夜叉へと目を向けていた。

 

「白夜叉、今回の件ってなんだ?俺達を呼んだことにも関係してるんだろ?」

 

 十六夜が代表して問う。

 彼の言葉に、白夜叉は一度全員の顔を見たのち、一通の封書を着物の袖より取り出した。

 

「この封書に、おんしらを呼び寄せた理由が書かれてある。内容は…………己の目で確かめるがいい」

 

 促され受け取った封書。開かれた中身へと彼らの視線が集まった。

 そこにあるのは、ただ一文。

 

『火龍生誕祭にて“魔王襲来”の兆しあり』

 

「…………なっ……!」

 

 黒ウサギとジンは絶句し、耀は目を見開く。

 十六夜は冷静な面持ちで、空胡はため息を一つ吐きだした。

 

「…………はぁ……やっぱり面倒ごとか」

「俺としては、少し意外だがな。てっきりフロアマスターの跡目争いとかそんな話題だと思ってたんだがな」

「何だと!」

 

 十六夜の言葉に、マンドラが牙を剥く。

 だが、再びいがみ合いが始まってしまえば話が進まない為、白夜叉は無視して口を開いた。

 

「謝りはせんぞ。内容を聞かずに引き受けたのはおんしらだからな」

「違いねぇ………それで?俺達に何をさせたいんだ?魔王の首を取れって言うなら喜んでやるぜ?」

「待て待て、十六夜。それよりも、この情報の信憑性からだろ」

「うむ、ではそこから説明をしようか」

 

 そう言うと、白夜叉は神妙な表情を作り再び口を開いた。

 

「知っての通り、我々サウザンドアイズは特殊な瞳を持つギフトの保持者が多い。これは即ち、様々な視点での観測者が多いという事だな。そして、その中には未来の情報をギフトとして与えている者も居るのだ。この封書はその中でも幹部を務める者がよこした代物でな」

「へぇ、予言という名のギフトか。その信憑性はどんなものなんだ?」

「上に投げれば下に落ちる、という程度だな」

「はあ?そりゃ、当然じゃないのか?」

 

 空胡の疑問も無理はない。

 重力云々抜きにしても、それは基本事項であるのだから。

 十六夜は怪訝な目を白夜叉へと向ける。

 

「空胡の言うとおりだぜ?上に投げれば、下に落ちるのは当然だろ」

「だが、そやつの予言はそういうものなのだ。『誰が投げた』『どうやって投げた』『なぜ投げた』が分かる奴であるのだ。そうなれば必然的に、『どこに落ちてくるのか』を予想する事も出来るだろう?これはそういう類の予言なのだ」

「それは…………予言というか、未来観測とかじゃないのか?」

 

 空胡の絞り出す声。

 未来とは、“未だに来ない”ものであるから未来だ。その可能性は無数に枝分かれしており、そこから一本の道を選び取る事は難しい。

 

 そして、これに怒りの声を上げるのは、マンドラだった。

 

「ふ、ふざけるな!それだけのことが分かっていながら魔王の襲来しか教えぬだと!?戯言で我々を翻弄しようとしている狂言同然ではないか!今すぐにでも住処に帰れ!」

「に、兄さま、落ち着いてください……!これには、訳があるのです…………!」

 

 犯人も、動機も、犯行内容も全て分かっていながら、それを未然に防ぐことが出来ないのだから、この怒りも無理はないというもの。

 しかし、視点を変えればそれだけ分かっていても明かせない理由があると考える事も出来る。

 

「…………成る程、有りがちな話だな。十六夜の揶揄いも的外れじゃなかったらしい」

「だな。確認だが、白夜叉。主犯の名前は明かせないんだな?」

「うむ…………」

「じゃあ、確定じゃねぇか」

 

 嫌だ、と空胡は天井を見上げてうなじを撫でた。

 二人だけで成立してしまった会話に、しかし周りはいまいちピンと来ていない。

 耀が彼の上着の裾を摘まんで引く。

 

「つまり、どういう事?」

「今回の魔王襲来には、身内が関わってるって事だろ。立場が高いってのもあるだろうが、それ以上に無駄な不和を嫌ったってところじゃないか。それに、多分もう入り込んでる」

「えっと…………じゃあ―――――――」

 

 空胡の投げやりな説明で、耀は前を正確にはサンドラを見た。

 実力はどうあれ、彼女は幼い。そんな相手に頭を下げたくない者たちも少なくは無いだろう。

 

「まあ、珍しい話じゃないさ。知性と権力って材料があれば、その結果に謀が来るのも当然。政治家も神も仏も欲に濡れればもっと欲しくなる」

「…………なんか、嫌だな」

「政治や利権が絡めばこんなもんだろ。それより問題なのは、魔王だろうな」

「どうして?」

「元凶が分からないんじゃ、後手にしか回れない。とっくに入り込んでると考えるなら、相手の先手は確実だし、罠も考えられるだろ」

「何で入り込んでるって思うの?いつ来るか、書いてないのに」

「勘」

「…………」

「うっ……悪い悪い。ちょっとした予想でしかないんでな」

「どんな内容?」

「他のゲームマスターが主犯なら、通達とかでサウザンドアイズが一枚噛んでくるのは分かるだろうし、騙し討ちだけでどうにかなるとは考えないだろ。俺なら予め仕込んで、一番緩んだところでズドンと一発かます」

「…………」

「まあ、あくまでもそんな考えがあるって話だ。俺の考えすぎで横から殴り込んでくるかもしれないし、その時にならねぇと分からねぇよ」

 

 肩を竦める彼だが、最悪の想定は常に必要となる。

 

 魔王を相手にするのは白夜叉。だが、ノーネームにもまた、首を取れるならばとっていいとお達しも出た。

 

 だからか、彼らは知らない。もう一人の仲間が、事件の核心に迫る事態に巻き込まれている事に。



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17

 かぽーん、と桶のぶつかる音が響く。

 

「良い湯だ…………」

 

 湯船に肩まで浸かりながら、空胡は蕩けるような表情で息を吐いていた。

 眼帯を嵌めた右目はそのままだ。いつぞやの執事騒動の際にもらい受けたものだが、なかなかどうして高性能。濡れない破れない燃えないという代物であり、元の世界で着けていた医療用眼帯と比べれば雲泥の差がある。

 一緒に入った十六夜やジンは既に上がって久しい。

 元々、風呂の中で長考する事の多い空胡は自然と長湯となった。

 

「面倒な事になったな…………」

 

 考えるのは、魔王襲来の件。

 グルグルと頭を回るのは、違和感だ。しかし、何が引っ掛かっているのか当人にも分からないという悪循環に陥っておりどうしても答えが出ない。

 

「魔王襲来……火龍生誕祭……幼いフロアマスター……明かされない予言……うーん」

 

 湯船に顔の半分まで浸かり、浮かび上がる気泡によって揺れる水面を見ながら一旦頭を空にする。

 

「そもそも、予言を明かさないのは不和の可能性って言ったけどもフロアマスターじゃなくて、サラマンドラからならどうだ?」

 

 ピンときたことを口に出してみる。そして、そこまで考えれば空胡はある事に気が付いてしまった。

 

「オイオイオイオイ、そうなったらひっくり返るぞ?というか、やらせじゃねぇか」

 

 湯船から立ち上がった彼は嫌そうに、その表情を歪めた。

 余談だが、彼の体。武術を得意とするからかかなり絞られており、実に細マッチョ。

 ついでに、思考の海から這い上がった事により彼の耳に壁の向こうの音が聞こえてきた。

 

「…………いや、聞かねぇよ?」

 

 誰に言い訳しているのか、空胡はそのまま出入口へと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――暑ぃ………」

「長風呂でしたからね」

「いや、考え事しててな…………」

 

 浴衣となり、前を大きくはだけさせて肩まで見えている空胡と、そんな彼を団扇で扇ぐジン。

 二人が見る先では、今まさに十六夜がセクハラをかまして黒ウサギにハリセンで頭をしばかれている所だ。

 

「にしても、ジンよ」

「え、何ですか?」

「いや、アンタってサンドラの事好きなのか?」

「ごふっ!?」

 

 予想外の人から予想外の質問に、ジンは勢いよく噴出した。

 

「ゲホッ!エホッ!な、何ですかいきなり!」

「ん?いや、なに、ちょいと気になったからな。まあ、雑談みたいなもんさ」

「だ、だからって…………!」

「カカッ、悪い悪い。まあ、面白いもの見れたから良いか」

「良くありませんよ!…………じゃ、じゃあ、空胡さんは居るんですか?す、好きな女性、とか…………」

「俺か?俺はなぁ…………」

 

 そこで彼は言葉を切ると、顎を掻く。

 

「…………まあ、居ねぇか。生憎と、初恋とかも未だでな。その点でいえば、ジンにも劣ってるな」

「い、今までに一人もいないんですか?」

「居ない。これからも、それは変わらねぇと思う。元々、色恋には興味が無いしな」

 

 興味が無い。これは、彼の本心だ。

 幼少期に自身の家が抱える問題と向き合う事になった空胡にとって、解決こそが一番であり残りは全てが些事でしかない。

 ちょっとした仕返しのつもりであったのだが、思ったよりも重い話題になってしまったことにジンは俯く。

 そんな彼の年相応の頭の上に手が乗せられた。

 

「気にするなよ、ジン。俺は割と、今の生活が気に入ってる。最初の通り、宜しくは出来ないけど、まあ、力を尽くす程度ならやってやるさ」

「…………」

「アッハッハ、悪かったって。ンな面するなよ、な?」

 

 カラカラと笑う同士の手のひらの感触を頭に感じながら、ジンは前を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂でさっぱりし、一室に集まった面々。

 上座に座った白夜叉は、中央にあるテーブルへと肘をつくと、真剣な表情で口を開いた。

 

「それではこれより、第一回黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を――――――」

「始めません」

「始めます」

「始めません!」

「既に、結構なものを着てると思うが?」

「く、空胡さん!?」

 

 アホな議題を持ち出す白夜叉に、彼女に便乗して悪乗りする十六夜。そして、興味なさげに頬杖をついた空胡のそれぞれへと黒ウサギの突っ込みが走った。

 とはいえ、おふざけがワンクッションとして入れば必要以上の気負いも無くなるというもの。

 

「白夜叉、緊張解すのはいいが、本題はどうしたよ」

「ふむ、おふざけではないのだが…………まあ、良い。それに本筋からはそこまで外れてはおらんのでな」

「何だ?黒ウサギの衣装でも新調するのか?」

「これなんてどうかの!」

 

 真面目な雰囲気になるかと思えば、どこから取り出したのか白夜叉は衣装を晒す。

 

「へぇ、丈の短い着物か」

「…………いや、黒ウサギが着るには少し小さいだろ」

 

 口笛を吹く十六夜に、しくじったと額に手を当てる空胡。

 

 そこからどうにかこうにか話を軌道修正し、話題は耀の出場するギフトゲーム。その決勝の話へ。

 

「――――そういえば、白夜叉。私達の明日の相手ってどんな感じなの?」

「それは明かせんな。ゲームの公平性は保たねばならん。教えるとすれば、コミュニティの名前ぐらいだの」

 

 パチリと白夜叉の指が慣らされ耀の前に羊皮紙が現れた。

 

「ウィル・オ・ウィスプに――――――――ラッテンフェンガーですって?」

「うむ。この二つは珍しい事に六桁の外門。要するに一つ上の階層からの参加者でな。格上と思ってもらって構わん。詳しく明かすわけにはいかんが格上と考え、覚悟をしておくべきだろう」

「鬼火に、ネズミ捕り道化か。おどろおどろしいな」

「成る程な、さしずめお前らの明日の相手は、ハーメルンの笛吹き道化ってところだな」

 

 同じく、契約書類へと目を通していた十六夜がそう呟けば、そこに白夜叉と黒ウサギが喰いついてくる。

 

「ハ、ハーメルンの笛吹ですか!?」

「詳しく聞かせてくれぬか、小僧。事と次第によっては、厄介極まりないぞ」

 

 思わぬ二人の食いつきにそこまで意図していなかった十六夜は、瞬きする。

 彼含めた新参者たちの反応に、白夜叉は一つ咳払いすると重々しく口を開いた。

 

「最近召喚されたおんしらは知らんのであったな。実はな、ハーメルンの笛吹きというのはとある魔王の下部コミュニティだったものの名なのだ」

「なに?」

「魔王だ?」

「さよう。魔王のコミュニティは幻想魔導書群(グリムグリモワール)。全二百篇以上にも及ぶ魔書から悪魔を呼び出した召喚士が統べていたコミュニティだ」

「しかも、一篇から呼び出される悪魔は複数。特に驚くべきなのが、魔書の一つ一つが独立した世界を内包しており、魔書そのものがゲーム盤にもなるというもので、その強制力と確立されたルールは穴を突くことすら難しい強大な魔王でございました」

「…………へぇ?」

 

 十六夜の目が鋭く光った。

 黒ウサギの説明は続く。

 

「けれど、その魔王はとあるコミュニティとのゲームに敗れてこの世を去ったはずなのです…………ですが、十六夜さんはラッテンフェンガーをハーメルンの笛吹きだと言いました。黒ウサギは童話の類には詳しくありませんので、万が一にでも備えてご教授願えませんか?」

「成る程、そういう事か」

 

 十六夜は納得したように頷いた。

 彼としても、ここで疑問を晴らしておくことに異論はない。似たような知識を持ち合わせているであろう空胡に目を向ければ、肩を竦めているため彼自身が語る気が無いのは明らかだ。

 であるならば、

 

「話は分かった。ならここは、御チビ様にご説明願おうじゃねぇか!」

「ええっ!?ぼ、僕ですか!?」

 

 まさかの選出に、十六夜の隣に座っていたジンは驚きの声を上げた。

 何やら耳元で少しの言葉をかけて、彼は少年をおす。

 それが決め手となったのか、彼は口を開いた。

 

「ラッテンフェンガーとはドイツという国でネズミ捕りの男を指します――――――――」



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18

 夜も更ける箱庭の空。

 

「…………」

 

 ノーネーム一同も世話になているサウザンドアイズの支店前。展望台となっているその縁近くで、肩に次元刀を立てかけて胡坐を組んで座り込んだ空胡は、ぼんやりと北の街並みを眺めていた。流石に浴衣では寒かったのか、今はいつものジャージにスニーカーという格好だ。

 問題は、山積み。主に魔王関連ではあったが。

 それだけではない。自身で依頼を出したことではあったが、もしかすると彼の先祖に関する情報のアレコレを得られるかもしれないのだから。

 空胡自身は戦う事が好きではない。むしろ、戦わずとも良いのならばそれに越したことではないのだから。

 だがしかし、それと同時に戦わなければならない事もまた自覚している。

 問題は、

 

「ッ…………」

 

 グッと握られた次元刀だ。

 文字通り、何でも斬れる刀。射程も無く、刃毀れもしなければ、防ぐ手立ても基本的に在りはしない。空胡としては、この箱庭ならば或いは、と考えていないわけでもないのだが、今のところは何でも斬れる。

 その事実が、あまりにも空胡には重かった。これは、ルイオス戦で次元刀を抜き放った時から彼の中にあった懸念事項でもある。

 

 命を奪えるか、否か

 

 それをゲームと理解しながらも、その刃を相手の命に向ける事を躊躇ってしまう甘さが彼には有ったのだ。

 自分の力がコミュニティの為になる事は理解している。しかし、それとこれとはやはり話は別であり、度胸の無い彼には重い物であった。

 

「―――――寝ないの?」

「ッ!……よぉ、春日部か」

 

 深く沈みそうになっていた空胡を呼び戻したのは、いつの間にか出てきたのか眠りそうになっている三毛猫を抱いた耀であった。

 振り返った空胡は、その目を見開くとすぐさま閉じていた上着のジッパーを下げる。

 ささっと上着を脱いだ彼は、それを耀へと差し出した。

 

「?なに?」

「その格好じゃ寒いだろ?風邪ひいちまうぞ」

「でも…………」

「俺は気にするな。一応、着替えちゃいたんだがそこまでなかったからな」

 

 肩を竦めて上着を差し出してくる彼の顔と差し出された上着を何度か見比べて、耀はそれを受け取った。

 流石に三毛猫を抱いているため袖は通せないが、肩にかけるだけでも十分。浴衣で表に出たことを後悔していた彼女には十分だった。

 そして彼女は、空後の隣に腰を下ろす。これに眉を上げたのは彼の方だ。

 

「寝なくていいのか?明日本番だろ?」

「…………空胡こそ寝なくていいの?」

「俺は……アレだ。遠足前にわくわくして眠れない小学生みたいなやつさ」

「…………」

「お、おいおい、ジト目は無しにしようぜ。そんな目でこっち見るなよ」

 

 ヘラヘラといつもの調子でおどける空胡。

 ポーカーフェイスという言葉があるが、彼の笑みもまたその一つである。そもそも、ポーカーフェイスは無表情の代名詞のようになっているが、アレは結局のところ内心を読み取られないように顔の表情を内心から切り離すことなのだ。

 悩もうと、何だろうと空胡は内心を悟らせない――――――――のだが、

 

「うそ」

「あ?」

「眠れないの、ここに来る前からだよね?」

「…………さてな」

「悩み?」

「おいおい、本当にどうした?春日部ってそういうところは無頓着だと思ったんだが?」

「白夜叉からの条件が、原因?」

「突っ込んでくるな…………まあ、中らずと雖も遠からずってところか」

 

 ごまかしも出来ないならば、と彼はあっさりと折れる。

 

「俺のこの右目含めて先祖代々のモノなんだが、その一つに切裂き魔がいてな」

「切裂き魔?」

「そうそう。イギリスのジャック・ザ・リッパーは知ってるか?」

「うん。有名だよね」

「そいつに近いんだが、次元刀の切れ味に飲まれて斬り続けた奴がいて、それ関連の事を白夜叉に調査依頼してたのさ。今回のギフトゲーム参加はその対価の一つ。春日部がいてくれて助かったぜ」

「どうして?」

「そりゃ、一人で戦うよりも二人で戦う方が心強いだろ?」

 

 当然だろ、と彼は笑った。

 だが、その言葉は耀にとっては馴染みがないと言わざるを得ないもの。

 

「心強い…………」

「まあ、一人で何でもしてきた奴には分からないだろうがな。人の強みはやっぱりその数だと俺は思ってる。アリだって個体は小さくとも群れになれば自分の何倍もある甲虫を仕留めたりするだろ?それと一緒さ」

「私達は、アリかな?」

「少なくとも、白夜叉とかと比べればな」

「……次は負けないから」

「アンタらは、本当に強いな。俺ァ、御免だがな」

「空胡は、ギフトゲームしたくないの?」

「あんまり、乗り気じゃないって話だ。俺の目的は、右目の解呪。それが終われば…………まあ、箱庭に長居する理由も無いしな」

「…………」

 

 アッサリと言い切った彼の表情は、前を向いていて耀からはハッキリとは窺えなかった。

 だが、事実彼は最初の顔合わせから言っていた。『宜しくしない』と。

 時任空胡は自覚している。自分がそれほど良い人間ではない事を。少なくとも、右目の解呪と引き換えに誰かを差し出せと言われれば迷ってしまう程度には。

 そんな雰囲気を感じ取ったのか、耀はほんの少しだけ眉を顰める。

 

「…………ダメ」

「あ?」

 

 気づけばそんな言葉が口をついていた。

 

「空胡は、私に借りがあるから」

「はあ?仮なんて――――――――」

「私が、サポーターを断れば空胡は困るよね?」

「ぐぬっ…………それは、そうだが…………」

「だから、私に借りを返して?」

「…………はぁ……了解」

 

 こんな奴だったか?と内心で首を傾げながら空胡はそう言うしかなかった。

 一方、耀としても自分がなぜそんな事を言ったのかは分かっていなかったりする。

 少しの間考え込み、そして彼女は初めての友人が一人減ってしまうのは嫌だから、という発想で落ち着いた。

 

 男女間の友情は成立するのか否か。

 少なくとも、二人の間にあるのは友情である事は確か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明け、その日はやってくる。

 溢れんばかりの観客で埋め尽くされた会場。その舞台袖では今まさに出番を待つ二人がスタンバイしている所だ。

 

「――――――――一応、これで僕の持っているウィル・オ・ウィスプに関する情報は以上です。お役に立てればいいんですが…………」

「ありがとう、大丈夫。ケースバイケースで臨機応変に対応するから」

「まあ、相手さんも俺たちの情報は大して無いだろ」

 

 緊迫した面持ちのジンに対して、実際にゲームに参加する二人は自然体そのものだ。

 三毛猫を耀から預かったレティシアは、そんな二人に笑みを浮かべると口を開く。

 

「しかし、相手は曲がりなりにも格上だ。くれぐれも油断だけはしないように。私達も舞台袖からだが応援しているからな」

「うん。大丈夫」

「自分の力量位把握してるし、問題ねぇよ」

 

 過分な緊張も気の緩みも無い臨戦態勢とでも言うべきか、程よい感じ。

 必要以上に気負わないのは良い事だ。

 ジンとレティシアに送り出され、二人は入口間際に立った。

 

「盛り上がってるな」

「うん」

「まあ、気負わず行こうぜ。作戦は“いのちだいじに”だ」

「それは二人とも?」

「勿論。無駄に傷作ってみろ、黒ウサギに泣きつかれるぜ?」

「ふふっ、確かにそうだね」

 

 今も審判として、ゲームを盛り上げている大切な仲間の姿を思い浮かべ、二人は揃って笑みを浮かべる。

 まずは勝つことから始める、そう決めたのだ。

 そうして二人は光の先へと歩を進めていく。



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19

『それでは選手に入場していただきましょう!第一ゲームプレイヤー・“ノーネーム”春日部耀!対するは、“ウィル・オ・ウィスプ”アーシャ=イグニスファトゥスです!』

 

 舞台の真ん中でウサミミを揺らした黒ウサギが、入場口から迎え入れるようにして片手を広げて宣言する。

 その言葉に反応し、最初に耀がその後を少し遅れて空胡が出てくる。

 二人が観客の前に姿を現した――――――――その瞬間、耀の眼前を火の玉が高速で駆け抜けた。

 

「YAFUFUUUUUUuuuuuuuu!!」

「わっ…………!」

 

 反射的に身を引いてしまった耀は、そのまま後ろへと倒れそうになり、その前に空胡が彼女の背中を受け止めた。後ろを歩いていたことが功を奏した。

 

「狙ってやがったな………大丈夫か、春日部」

「うん。空胡のお陰」

 

 礼を言いながら立ち上がった耀と彼女が何ともないことを確認した空胡は、揃ってそらをみあげた。

 そこに浮かぶのは大きな火の玉。そしてその上に腰掛ける青髪ツインテールのゴスロリ少女。

 

「あっははははは!見て見て見たぁ、ジャック?ノーネームの女が無様にすっころんでる!ふふふ、さあ、素的に不敵に面白おかしく笑ってやろうぜ!」

「YAFUFFUFUUUUUUUuuuuuuu!!!!」

 

 彼女、アーシャ=イグニスファトゥスの言葉に会場が湧き上がる。

 当然と言うべきか、その他大勢でしかないノーネームが舞台に上がる事に対して不満を持つ者は少なからずいるのが現状だ。正直なところ、同じコミュニティの面々と白夜叉位しか味方はいないのではなかろうか。

 だが、当の嘲笑の対象となっている二人はと言うと、

 

「お、見ろよ春日部。あのバルコニーに久遠たちが居るぞ」

「本当だ。なんだか、盛り上がってる」

「白夜叉と十六夜の組み合わせの時点で内容が想像つくがな」

「そう?」

 

 全く気にした素振りも無い。むしろ、ガン無視である。

 この反応には、アーシャじゃなくとも苛立つというもの。

 

「ッ!こんの…………!」

「?あ、空胡。あの火の玉って…………」

「あん?…………多分、見た目的にそうじゃないか?」

 

 怒鳴ろうとしたところで、漸く二人の目がアーシャに。正確には、彼女の座る火の玉へと向けられた。

 

「ハンッ!アーシャ様の作品が単なる火の玉な訳が無いだろ!コイツは我らがウィル・オ・ウィスプの名物幽鬼、ジャック・オー・ランタンだ!」

「YAFUFFUFUuuuUUUUuuuuuuuu!!!!」

 

 アーシャが腰かける火の玉に合図が送られ、炎が不自然に揺らめき離れていく。

 現れたるは、黒い外灯に囂々と燃えるランタンを手にする異形。何より目を引くのは、その巨大なカボチャ頭だろうか。

 憧れの存在の出現に、戦後間もない世界よりやって来た令嬢が興奮しているのだが、相対する二人はと言うと楽観できるような状態ではなかった。

 

「あの炎、厄介だね」

「だな。何より、人形ならゴーレムに近いのか、あるいは付喪神か。流石に簡単に壊れる代物じゃなさそうだ」

 

 とはいえ、脅威として見ているのがジャックだけであり、やはりアーシャに対しては警戒のけの字も持ち合わせていない事には変わりが無いのだが。

 その事に気付いているのかいないのか、見る目が変わった事に満足してしまったのかアーシャは鼻高々に胸を張る。

 

「ふふ~ん♪ノーネーム風情が、私達ウィル・オ・ウィスプよりも先に紹介されるとか生意気だっつの。私の晴れ舞台を相手させてもらえるだけ感謝しろよ、この名無し」

「YAHOHOHO!YAFUFUUUUUUUuuuuuu!」

 

 笑い転げるジャックとアーシャの二人。

 もしもこの場に飛鳥がいたならば、憧れもかなぐり捨てて顔を真っ赤にして激怒していた可能性もあるのだが、今回は距離があって助かった。

 ただ、審判役として至近距離に居る黒ウサギは見た目はどうあれ、内心穏やかではいられない。

 それこそ、問題児の脱退騒動の時やレティシアの件で事を構えたペルセウスなどに対する怒りのオーラが溢れ出ようとしていた。

 だが、

 

「ん?おい春日部、あれ見ろよ。久遠が興奮してるぜ」

「本当だ。十六夜が振り回されてる」

「パワフルだな、アイツら」

 

 当人たちが柳に風と受け流しているのだから、怒る訳にもいかない。

 そんな二人の様子に、ギリギリとアーシャの歯が鳴る。強者感を出そうとしてるのだが、相手にされていない現状が合わさるとどうしても哀れに見えてならない不思議。

 

「オォケェェェ…………!オマエらがアタシを舐め腐ってることは、よぉぉぉく分かった!ぜってぇ試合でほえ面書かせてやるから覚悟しとけよ!精々子犬みてぇにプルプル震えて怯えてやがれ!」

「ねえ聞いた、空胡?子犬だって」

「存外、可愛らしいものに当てはめた表現だよな」

「馬鹿にしてんのか!?してるんだな!オマエら本当に容赦しねぇからな!ギッタンギッタンのボッコボコにして泣いて謝っても許してやらねぇからな!」

「「え、何か言った?」」

「ぬがーーーーーーー!!!!」

 

 頭を抱えて絶叫するアーシャは、地団太を踏む。

 ここまで手玉に取れれば、溜飲も下がるというもの。黒ウサギは入場口を示した時のように大きな動作でバルコニーを示した。

 

『それでは、第一ゲームの開幕前に白夜叉様より舞台に関するお話がございます!ギャラリーの皆様、どうかご清聴のほどを』

 

 彼女が言い終わるとほぼ同時に、会場から音が消える。

 皆の視線が真っ直ぐにバルコニーへと向けられ、今か今かと白夜叉の言葉を待っていた。

 

「―――――うむ、協力を感謝するぞ皆の衆。私は何分、このような(なり)をしておるのでな。大きな声を出すというのは苦手なのだ。さて、長ったらしい前置きも必要無いであろう?まずは、手元の招待状へと目を落としてほしい。そこにナンバーが書かれてはおらんか?」

 

 観客たちは一斉に自身の招待状へと視線を走らせる。中には、カバンの中に収めていたり、宿などに置いてきてしまった者も居たのだが、彼らは運が無かったのだろう。

 白夜叉は、一喜一憂する観客たちの様子を暫く観察し、間を開けて再び口を開いた。

 

「ではそこに書かれているナンバーが、我々ホストの出身外門サウザンドアイズ三三四五番となっているものは居るかの?居たならば招待状を掲げ、コミュニティの名を叫んでおくれ」

 

 ざわめく観客席。

 やがて、バルコニーの丁度対面である席より樹霊の少年が招待状を掲げた。

 

「こ、ここにあります!アンダーウッドのコミュニティが、三三四五番の招待状を持っています!」

 

 少年の周りから歓声が上がった。

 その姿を確認し、白夜叉は霞の様にバルコニーより消え失せて―――――瞬きの間に、少年の前へと現れていた。

 

「ふふっ、おめでとうアンダーウッドの樹霊の童よ。のちに記念品でも届けさせようではないか。さて、良ければおんしの旗印を拝見させてもらってもよろしいかな?」

 

 コクコクと頷く少年。彼が差し出した腕輪には、巨大な大樹に囲まれた街が描かれていた。

 少しの間、旗印を見つめていた白夜叉は微笑んで腕輪を少年へと返すと、先程と同じように、バルコニーへと戻ってくる。

 

「今しがた、決勝の舞台が決定した。それでは皆の者、お手を拝借」

 

 白夜叉が両手を前に出し、それに倣って観客たちも両手を前に出す。

 会場一致による柏手がパンッ!と響き渡った。

 その瞬間、たったそれだけの事ではあったが世界は一変する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………やっぱ、マジものの化物じゃねぇか」

 

 闇の中を落ちながら、空胡は頬を引きつらせてそう呟く。

 彼らが落ちていく虚無の中には数多の世界が浮かんでいた。その中には、初対面の折りに投げ出された雪原と山脈、湖の湖畔が広がる世界もあった。

 何が起きているのか。そこでふと、彼は白夜叉が複数のゲーム盤を持っている事を思い出す。

 であるならば、これから向かう先もその中の一つであると理解できた。

 

 やがて、三人と一体は暗い空間へと投げ出された。

 

「ここは…………木か、これ?」

「えっと…………うん、多分そう。木の根に囲まれた場所、かな」

「って事は、地面の中なのか?何でもありだな、あの元魔王」

 

 ガリガリと頭を掻く相方を見つつ、耀は鼻を鳴らす。

 彼女のギフトによる強力な嗅覚が土の匂いと木の匂いをそれぞれ嗅ぎ取り、この場が木の根に囲まれているのだという事を看破したのだ。

 そんな二人の会話が聞こえていたのか、アーシャが小馬鹿にしたような笑みを向けてくる。

 

「ふーん、そりゃあどうも教えてくれてありがとよ。ここは木の根の中なのかー」

「斬り過ぎには注意しなきゃならねぇか」

「斬れる?」

「斬ったら盛り上がらねぇだろ?冷めた演出は、俺も好きじゃない。それにこれはゲームだ。見世物なら見世物らしくするべきだろ?」

「…………そうかな?」

「だ・か・ら!無視するんじゃねぇええええええええええ!!!!」

 

 喚くアーシャ。マウントを取ろうとするのだが、実に哀れなものだ。

 堪忍袋の緒が切れたのか、彼女は傍らに浮かぶジャック・オー・ランタンと共に臨戦態勢を取るとキツイ眼差しで自身を小馬鹿にする二人を睨んだ。

 だが、当の二人はと言うと構えようともしない。

 

「どうしたよ。今更戦意喪失降参しても許さねぇからな!」

「いや、まだ開始の合図どころかルールも発表されて無いだろ。ちょっとは落ち着けよセッカチ娘」

「ぐっ……フンッ!」

 

 頭に血が上り過ぎていた彼女も、ここまで小馬鹿にして失格負けなどしたいはずもない。目を逸らして鼻を鳴らすにとどめるが、その内心は沸々敵対心が燃えている事だろう。

 話の矛が一旦治まったところで、両者の丁度中心辺りでピシりと空間が裂けて、その中より光り輝く羊皮紙を携えた黒ウサギが飛び出してきた。

 主催者権限によって製作された契約書類。そのルールは絶対であり、彼女はそれを振りかざすとその中身を淡々と読み上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 “アンダーウッドの迷路”

 

 

 

 ・勝利条件

 

   1、プレイヤーが大樹の迷路より野外に出る

 

   2、対戦プレイヤーのギフトを破壊

 

   3、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)

 

 

 ・敗北条件

 

   1、対戦プレイヤーが勝利条件の1つを満たした場合

 

   2、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合』

 

 

 

 

 

 

 

 

「審判権限の名の下に、以上が両者不可侵であることを、御旗の下に契ります。お二人とも、どうか誇りある戦いを。ここにゲームの開始を宣言いたします」

 

 黒ウサギの宣言が終わる。

 ここにゲームの幕は開かれた。



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20

 ゲームの開始と同時に、両者の初手は様子見に回るというものであった。

 互いの手の内など知らないし、初手から攻撃を仕掛けてその結果窮地に追い込まれるなどお笑い種にもならないからだ。

 どちらが先に仕掛けるかの間。

 先に動いたのはアーシャであった。

 

「睨み合っても進まねぇし、先手は譲るぜ」

「そうか?んじゃ、遠慮なぐえっ!?」

「待って」

 

 促されるままに進もうとした空胡であったが、その首根っこを耀は捕まえ引っ張っていた。

 結果、シャツに引っ張られて喉が絞まった彼はえずいてしまう。

 非難がましい目を向けられるが、そんな事よりも彼女の関心はアーシャという少女の立場にある。

 

「アナタは、ウィル・オ・ウィスプのリーダー?」

「え?あ、そう見える?なら嬉しいんだけど……残念なことに、アーシャ様はコミュニティのトップじゃないんだなぁコレが」

 

 リーダーと間違われたことがうれしかったのか、アーシャは花が咲いたような笑みを浮かべる。

 意味のなさそうな質問であったが、二人にとってはこれで十分。一瞬互いに目配せをすると、耀を先頭に踵を返してダッシュしその場を離れていくではないか。

 

 そうとは気づかないアーシャは、一人その場でニヤニヤとしていたのだが、その肩をジャック・オー・ランタンに突かれて現実へと戻ってくる。

 そして、目の前へと目を戻して―――――蟀谷に青筋を浮かべた。

 

「こ、このアーシャ様をおだててその隙に逃げやがって…………ハッ、良いぜ。手加減しだ!焼いてやる!」

 

 少し先を行く二人へと追いつき追い抜かんと猛追を開始した。

 

 一方そのころ、一手速く進み始めた耀と空胡は駆けながら情報整理としゃれこんでいた。

 

「あの子はリーダーじゃない。多分、嘘はついてないと思う」

「同意だ。となると、あの喧しい奴は悪魔じゃない。仮に悪魔だったとしても生と死を行き来できるような怪物じゃないって事になるな」

「あくまで、仮定。油断は駄目」

「分かってるさ。後は―――――」

「待ぁぁぁぁちぃぃぃぃやぁぁぁぁがぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 そこまで言葉を交わしたところで、相当な声量の声が二人の鼓膜を揺らした。

 首だけで後方を確認すればアーシャとジャック・オー・ランタンが、結構な距離にまで追いつきそうな距離だ。

 

「焼き払え、ジャック!」

「YAHOFUuuuuUUUUUuuuuuu!!!!」

 

 大きく左手をかざすアーシャと彼女の動きに合わせるようにして、ジャックの右手に下げられたランタンから激しい業火が吹き上がる。

 青い炎、悪魔の業火は容易くステージの樹木を焼き破り二人に襲い掛かった。

 だが、

 

「なっ…………!」

 

 斬ッ、と幾筋もの蒼い線が駆け抜け迫った炎は斬り刻まれた(・・・・・・)

 火力もさることながら、炎を斬るという尋常じゃない事態。

 

(斬撃!?炎を斬るってことはソレに特化してるのか?チッ、多分あっちの男のギフトだよな?女の方は分からねぇ!)

 

 アーシャは、比較的冷静に己の現状を把握しながらも歯噛みする気持ちが抑えられそうには無かった。

 対して、ギフトを使ったとしてもそう簡単には種が明かせそうにない二人はと言うと、ジャックに関してはある程度の情報が出揃っている所。

 

「青い炎だったな。ってことは、伝承通りか?」

「うん。試合前にジンが言ってた通りだと思う」

「とすると、あのジャック・オー・ランタンを作ったのはあの女じゃないな。リーダーの作なら、相当厄介だぞ」

「…………!避けて!」

 

 耀が体ごと並走する空胡へと突っ込みその場を離れる。

 突っ込まれた彼は、突然の事態であったが体幹を使い右の踵を軸に回転しながら後ろに下がり倒れる事は無かった。

 直後に二人が走っていた地点を炎が焼く。

 再び走り出した二人。空胡は相方へと称賛の声を上げた。

 

「へぇ、よく分かったな」

「ん、臭いで分かった。ガスの臭い。青い炎の原因はジャックじゃない。あの子が手から可燃性のガスや燐を撒き散らしてる」

「成る程な。ウィル・オ・ウィスプの科学的な学説がそのまま当てはめられるって訳か」

 

 鬼火の出現に天然ガスなどが絡むのは学説としても発表されている事だ。

 天然ガスの臭いなど、そうそう気付けるような物ではないのだが、耀の鼻は人間とは比べ物にならない程に鋭敏である。仮に、空胡が斬らずとも鷲獅子のギフトによる旋風で逸らすことが出来ただろう。

 

 種を見破られたアーシャはと言うと、このままでは敗北待ったなしの状況である。

 両者の走力で言えば、耀と空胡に軍配が挙がるのだから。炎を放ってもその都度斬り刻まれるだけであるし、既に耀は鋭敏な感覚によってゴールまでの道筋を把握している。

 それ故に、

 

「…………くそったれ。悔しいけど、今のアタシじゃあの二人に届かねぇか…………だから、後は任せるよ。本気でやっちゃって、ジャックさん」

「分かりました」

 

 聞こえるはずの無い返答に、耀は思わず後ろを振り返る。

 その瞬間、はるか後方であったはずのジャックの姿は眼前へと現れていた。

 

「嘘」

「嘘じゃありませんよ。失礼、お嬢さん」

「やらせるわけねェだ、ろッ!」

 

 ジャックの巨大な手が耀へと迫る。

 だが、当たる直前に次元刀を棒高跳びの棒のように使った空胡が、巨大なカボチャ頭へと後ろ回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばしていた。

 

「ヤホホ、良い動きですね。私の動きを、確りと見切りましたか」

「生憎、目は良いんでな」

 

 居合の体勢で腰を落とした空胡と空中で体勢を整えたジャックが向かい合う。

 

「く、空胡」

「先に行け、春日部。元々、アンタを勝たせるのが俺の仕事だ」

 

 鯉口を切ったその背は覚悟を感じさせる。

 その背に一言、耀はかけるのみ。

 

「―――――信じてる」

 

 それだけを残し、彼女は先へと進んだ。

 その言葉を背に受けて、彼はニヒルに頬を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かい合う、空胡とジャックの両者。

 既にゲームプレイヤーの二人は先に進ませた。

 どちらもが、相方の勝利の為に相手を止めなければならないという利害の一致からだ。

 

「ヤホホ、隙が見当たりませんねぇ。その若さでよくぞその高みにまで上り詰めたものです」

「ハッ、褒めてくれるのはありがたいがな。俺のこいつ(技術)呪い(ギフト)の副産物さ」

「それでも、貴方の(ギフト)なのでしょう?」

「まあ、な!」

 

 会話の中から、先手は空胡。肉眼ではほとんど捉える事すら出来ない抜刀による居合が空を切り裂きジャックへと迫る。

 

「ヤホホ!成る程、貴方は生粋の戦士のようですね!」

 

 だが、斬撃は当たる直前にジャックの姿が陽炎の様に消えたことにより背後の根の檻を深く切り裂くばかり。

 カボチャの幽鬼が現れるのは、空胡の背後。ゴウゴウと燃え盛るランタンが振るわれ、その中に秘められた業火が解放される。

 扇状に広がった炎は容易く木の根を焼き焦がし、彼の姿を飲み込んでしまった。

 

「嘗めるんじゃねぇ!」

 

 直後、炎の波は不自然に一瞬膨らみ弾け飛んでいた。

 散り散りとなった残り火の中、頬を熱気に赤くさせながら飛び出してくる空胡。

 居合抜きの速度は、抜かれる刀の切れ味に依存する。

 某有名な元人斬りが持つ逆刃刀など、本来ならば抜刀術に不向きな筈なのだ。

 次元刀は、鞘以外は基本的に何でも斬れる。その切れ味で鞘をレールに放たれる居合抜きは視認などまず不可能というもの。

 放たれた斬撃は、間一髪でジャックの黒衣の一部を斬り飛ばし、その先にある根の檻を切り裂いた。

 

「成る程、その剣、いえ刀ですか。それが貴方のギフトという事ですねぇ。凄まじい切れ味。私のカボチャ頭も真っ二つにされそうです」

「チッ、その割には軽々と避けるじゃねぇか」

「それは当然の事。こちらも、コミュニティの看板を背負っておりますからねぇ」

 

 軽口を交わしながらも二人の戦いは膠着状態へと陥っていた。

 ジャックが遠距離から火焔を放ち、それらを空胡は居合によって斬り刻み前へと進むというもの。

 様子見というにはあまりにも苛烈なその戦いに、多くの観客たちは飲み込まれていく。

 そこには、ノーネームであるという差別的な見方は既にない。

 

「時任君って、ここまで強かったの?」

「そう言えば、お嬢様はアイツが戦ってるのは見てなかったんだっけな」

 

 曲芸の様に宙返りなどを合間に挟みながら炎を切り捨てる仲間の姿に、飛鳥は思わず隣の十六夜に問うていた。

 ペルセウス戦の後から参加するようになった幾つかのギフトゲーム。それらは、ここまで大規模な戦闘になる事など無かった。その為、周りに配慮して真面に戦おうとしなかった空胡の実力をその目で彼女が見る事は今までなかった。

 だからこそ驚く。ほぼブレるばかりでハッキリと視認できない右腕から放たれる居合の技の凄まじさに。

 

 そんな同じコミュニティの面子に驚愕されているとは思いもしない空胡はどうにも攻めあぐねていた。

 彼が気にするのは耀の位置。ゴールが分からない手前、どの方向にどの程度進んでいるのか分からないせいで、本気で次元刀を振るった場合どうなるか分からないのだ。

 そして、その事にジャックは気づいている。

 

「ヤホホ♪これも勝負ですからねぇ。命までは奪いません、が再起不能とさせていただきましょうか!」

「ッ!」

 

 空中から足場の木の根へと降り立った瞬間の僅かな硬直。

 その瞬間、空胡を取り囲むように正三角形の形で業火を溢れさせるランタンが出現する。

 

「フィナーレと参りましょうか!顕現するは、地獄の業火!」

 

 蓋越しにすら溢れていた業火が一斉に中央に向かって吐き出される。

 跳躍して躱せるような物でもない。十六夜ならば別だが、あくまでも空胡は人間でしかないのだから。

 であるならば、死なないために抗うしかない。

 

「―――――フーッ!」

 

 腰を落とし、次元刀を左腰に添えて右手を柄に掛ける。

 目を閉じ感覚を鋭敏化。そして、動き出した。

 

「――――――――――次元刀斬法」

 

 業火が彼を飲み込み、三つがぶつかった波が岩壁にぶつかって空へと弾けるように打ちあがる。が、次の瞬間には炎の波は弾け飛ぶ。

 見れば、炎を吐きだしていたランタン諸共周囲四方八方に斬痕が走り、弾けるではないか。

 宙をユラユラと揺れる残り火。その中央。不自然なまでに焦げ目のついていない足場があった。

 

「あっぶねぇ…………!消し炭になるかと思ったぜ」

 

 その中央、ほんの少しだけ頬に煤の跡を残した空胡はいつぞや山を斬ったときのようにヘラリとそこに立っていた。

 

「あっちぃ…………」

 

 次元刀を鞘ごと噛んで口にくわえ、空胡はジャージの上着を脱ぐと腰に袖を巻いて結び、腰布の様に括りつけた。

 まさかあの状態からほぼ無傷で生還してくるとは思っていなかったジャックは、炎を宿した瞳を僅かに細める。

 

「ヤホホ、これは何とも驚きです。まさか、あの包囲網を無傷で切り抜けられてしまうとは。それに四方八方に飛んだ斬撃。後学の為に聞いてもよろしいでしょうか?」

「別に大したことはしてないさ。只、少し頑張って(・・・・)腕を振るっただけだ。炎が斬れるのは見てたから知ってるだろ?」

「ヤホホホ!これはこれは、何とも凄まじいですねぇ!まさかルーキーでここまでの力を誇るとは!」

「抜かせ」

 

 吐き捨てた空胡は再び腰を落とす。

 柄に掛けられた右腕は、先程までジャージの袖によって隠れていたために分かりにくかったが血管が浮かび上がるほどに力が込められていた。

 脱力を重視するのが基本であるのだが、彼のこれは謂わばデコピンの力を溜めているような状態。次の一手への準備だ。

 その気配の変化に、ジャックも感づいた。問題は、如何に地獄の業火であろうとも斬られてしまう点。

 だが同時に弱点もまた気付いている。

 

 ジャックの後方に四つのランタンが現れ、蓋が開かれ巨大な炎の塊が形成されていく。

 

 明らかに互いの必殺の一撃を放とうとしているのは明白だ。

 空気が張り詰めていく。観客たちもまた、生唾を飲み込み次に何が起きるのか、その一瞬を見逃すまいと目を皿のようにしてその光景を見つめていた。

 

 だが、忘れるなかれ。これは決闘でも一騎討でもなく、ギフトゲームだ。何より向かい合う両者は主役ではない(・・・・・・)

 

「―――――ッ!」

 

 空胡が前へと駆け出す。溜めた力を爆発させ、左手で鞘を後方へと引きながら抜刀へ。

 対するジャックも、集めた火焔を膨脹に任せて球体のまま放り込む。

 激t―――――

 

「「ッ!」」

 

 互いの必殺がぶつかる前に、ガラスの砕けるような儚い音が響きジャックも空胡も舞台の上へと戻ってきていた。

 今まさにぶつかり合おうとしていた二人のみならず、息をのんでいた観客たちもまた同じことだ。

 何故このような事になったのかというと、

 

『勝者、春日部耀!』

 

 黒ウサギの宣言が全ての答えを明かしてくれた。

 ゲームの勝利条件を耀が満たしたのだ。如何に派手だろうと、空胡とジャックの戦いはあくまでも足止めに過ぎなかった。

 

「…………はぁ………疲れたぁ…………」

 

 右手を次元刀の柄より放して、プラプラと振るいつつ空胡はそのまま舞台の上にへたり込み息を吐きだす。

 余裕があったようにも見えたかもしれないが、そんな物はまやかしだ。一歩間違えば消し炭にされていたかもしれないのだから。

 

「お疲れ様」

「ん?よぉ、春日部。お前もお疲れ様だな」

 

 ボケっとしていればいつの間にやら耀が隣へとやって来ていた。

 

 とにもかくにも、ゲームに勝った。その事実は覆らない事実。

 再度、空胡は空を見上げ―――――

 

「あ?」

 

 それに気付いた。



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