異世界の航路に祝福を (サモアオランウータン)
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ロデニウス統一戦争
組織・兵器紹介


本当に簡単な解説です


特筆するような事がある兵器だけ簡単な解説を入れてます

名前だけの兵器は各自調べて下さい


『ロデニウス連邦』

ロデニウス統一戦争を経てクワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国が合併した国家。

第四文明圏構想の盟主である。

国家元首である大統領は、旧クワ・トイネ公国首相カナタ。

 

『第四文明圏構想』

ロデニウス連邦が提唱した新たなる文明圏。

実際は、パーパルディア皇国の脅威に立ち向かう為の軍事同盟という面が強い。

 

『アズールレーン』

特定の国家に依らぬ第四文明圏全体の防衛軍。

第四文明圏構想参加国から人員や資金、資源、基地用地の提供を受けて運営されている。

大規模災害時の救援や、各国軍の教育、他文明圏からの防衛を想定している。

司令部はサモア、総指揮官はクリストファー・フレッツァ。

 

 

─ロデニウス連邦採用兵器─

 

銃火器

・P38

・ステンMK.Ⅴ

・M1903

・BAR

・M1919重機関銃

・M2重機関銃

 

 

航空機

・F2Aバッファロー

・F4Fワイルドキャット

・九九式艦爆

・九七式艦攻

・モスキート

戦闘爆撃機、夜間戦闘機、37mm砲搭載型等々の派生型がある。

 

・B-25ミッチェル

・ランカスター

爆撃機の他にもサーチライト搭載の夜間哨戒型もあり。

 

・Me264

与圧キャビン搭載の旅客型も配備。

 

・C-47スカイトレイン

・C-54スカイマスター

 

 

車輌

・M4A2(76)W

M4中戦車にトラック用ディーゼルエンジン2基を搭載、76.2mm砲を搭載、湿式弾薬庫を採用したモデル。

105mm榴弾砲を装備した自走砲型も配備。

 

・M3ハーフトラック

ディーゼルエンジン搭載、装甲強化、簡易天蓋装備。

人員輸送、通信指揮、自走対空砲、自走迫撃砲、自走榴弾砲、自走対戦車砲等々の様々な派生型がある。

 

 

艦艇

・幕下級警備艦

神風型駆逐艦をベースに武装を減らし、居住性を向上させたもの。

主な武装は127mm単装砲3門、20mm連装機関砲2基、12.7mm連装機銃6基。

沿岸警備隊に配置換えとなった。

 

・ピカイア級駆逐艦

フレッチャー級駆逐艦ベースに対空能力を更に向上、魚雷発射管は三連装を2基とした。

命名規則は旧ロウリア王国の都市名・地名。

 

・バクダル級巡洋艦

クリーブランド級軽巡洋艦をベースに、Mk.12・5インチ両用砲を一基減らし艦橋を大型化したもの。

命名規則は旧クイラ王国の都市名・地名。

 

・マイハーク級軽空母

インディペンデンス級軽空母ほぼそのまま。

命名規則は旧クワ・トイネ公国の都市名・地名。

 

・ロデニウス級戦艦

金剛型をベースに、副砲をMk.12・5インチ両用砲に変更したもの。

『ロデニウス』『クワ・トイネ』『クイラ』『ロウリア』の四隻が配備されている。

 

・1型潜水艦

UボートVIIB型ほぼそのまま。

 

・LST-1戦車揚陸艦

・LCM

 

・アグレッサー級帆走フリゲート

ロデニウス連邦で開発された帆走フリゲート。全長42m全幅11m排水量450t。

24門の76mmライフル砲と対空兵器『バイアクヘー』と水中兵器『クトゥルヒ』を備え、最高20ノットでの航行が可能。

 

 

特殊兵器

・ATM-09-STSスコープドッグ改

オリジナルのスコープドッグに使われていたPR液をより安全性の高い物に変更し、装甲を対20mm弾対応にしたもの。

上陸用にマーシィドッグ化したものも配備されている。

 

・対空兵器バイアクヘー、水中兵器クトゥルヒ

ロデニウス連邦にて開発された『イタクァの腕』或いは『ダゴンの鰭』を使用した誘導兵器。

『燃える三眼』という望遠鏡のような機器で目標をロックオンしてバリスタ、若しくは少量の黒色火薬を装填した鉄パイプのような発射チューブから発射される。

誘導方式は式神誘導という、重桜の『ミズホの神秘』を利用した科学とも魔導とも違う技術を用いている。

 

 




随時追加予定


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1.接触

初投稿です
短めですが、よろしくお願いします


──中央暦1637年1月24日未明、クワ・トイネ公国北東海上──

 

その日は快晴、風も波も無い穏やかな中を竜騎士マールパティマは哨戒任務を遂行していた。

やっと空が白み始めた薄暗い空に白い吐息を吐き出しながら、相棒である飛竜─ワイバーン─の背を軽く叩く。

 

「こんな肌寒くちゃ調子も出ないだろ。悪いなぁ…こんな朝早くに叩き起こして。」

 

マールパティマがそう声を掛けるとワイバーンはグルグルと喉を鳴らして応えた。

ワイバーンは基本的に寒さに弱い為、気温が下がる冬場の早朝はあまり調子が出ない。故に本来はこんな哨戒任務は行われない…はずだった。

何故このような任務を遂行しているかと言えば、深夜に起きた謎の現象の影響に理由があった。

月と星が輝く夜空が急に昼間のように明るくなる、という現象が発生した。

これは特定の地域だけではなく、国境にあるギムの街でも隣国であるクイラ王国でも発生したと魔信で伝えられている。

これを受け軍部は、近年軍拡を進めているもう一つの隣国…ロウリア王国が何かしらの大規模魔法を発動したのではないかと推測し、すぐに最大級の警戒体制に移行し明るくなり次第、哨戒の為のワイバーンや軍船を展開した。

 

「……ん?」

 

ロウリア船を探す為に海に向けていた目をふと、空に向ける。

竜騎士屈指と言われるマールパティマの視力は空を行く影を発見した。

キッ、と目を細めると鞍に取り付けていた魔法通信機を取り出し、語り掛ける。

 

「司令部、並びに周辺の友軍騎へ。こちらマールパティマ。ワイバーンらしき騎影を発見、確認に向かう。」

 

《了解、十分に警戒せよ。》

 

司令部からの返答を確認すると魔法通信機を鞍に戻し、未確認騎と高度を合わせる為にワイバーンを上昇させる。

少しずつ下方から近付いて行くが、近付くごとにブーンと妙な音がする。ワイバーンの鳴き声というよりも、蜂の羽音のようだ。

 

「なんだ…あれは…」

 

同じ高度に到達したマールパティマが見た未確認騎は、彼の知る空を飛ぶ生物のどれにも当て嵌まらない物だった。

かなり大きい、比較対象が無い空ではあるがそれでもかなりの大きさに見える。そして、不思議な事に羽ばたいていない翼には巨大な樽のような物がある。

全体的に深い緑色で一部は無色透明になっている。

その異様な姿に接近する事を躊躇うも、祖国の危機になるかもしれないと考え直し、すれ違い様に未確認騎の正体を確認しようと考えワイバーンの速度を上げる

 

「えっ!?」

 

未確認騎とすれ違った瞬間、透明な部分に目を向けた。そこには人が居なかった。

だが、代わりにヒヨコのような生物が数匹見えた。そう、鶏の雛であるヒヨコがだ。

しかも、未確認騎の大きさと比べるとかなり大きい。大型火喰い鳥の雛と同じぐらいの大きさだ。

 

「な…んっ!は…速い!?」

 

驚きながらも反転し追跡しようとするが、その巨体とは裏腹にワイバーンでは追い付けない程に速い。

 

「こちらマールパティマ!未確認騎はマイハーク方面へ進行!ワイバーンでは追い付けない、正体は不明!」

 

《こちら司令部!了解し……海軍からか!?200m以上の巨大船だと!?……マールパティマ君、他の未確認騎が飛来してこないか警戒をしてくれ!》

 

「り…了解!」

 

僅かに聴こえた海軍からの突拍子も無い情報と未確認騎の事で理解が追い付かない。

だが、何故か確信めいた予感が口から零れ落ちた。

 

「よく分からないが…とんでもない事が起きそうだ。」

 

 

 




感想等お待ちしております


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2.会談に向けて

とりあえず思い付いた分を書きました


──中央暦1637年1月24日未明、サモア基地・作戦司令部──

 

薄暗く非常灯と数々のモニターや、明滅するLEDが作戦司令部で慌ただしく動き回る人々を下方から照らしている。

作戦司令部は階段状にコンソールやデスクが設置されており、真っ正面にはサモア基地のCGマップとそこから8方向に伸びた先端に矢印のようなシンボルのある点線が巨大なモニターに映し出されていた。

 

「フレッツァ准将。タスクフォース5、旗艦シャングリラ殿より入電が。」

 

一人の男性通信技師がピンッと頭に垂直に生えた犬耳をピクピクと動かして振り返る。

振り返った先、階段状の作戦司令部の一番高い位置に設置されたデスクに両肘を着き、神妙な面持ちで巨大モニターを見ていた20代半ばの男性が答える。

癖のある金髪に肌は白く、彫りが深い顔立ちは世間一般ではイケメンの部類だろう。また、190cm近い身長とストイックに鍛えられた肉体は前線に立つ兵士のようである。

彼こそがサモア基地の指揮官、クリストファー・フレッツァ准将である。因みに、サディア系ユニオン人だ。

 

「繋いでくれ。」

 

短く返すと男性通信技師は頷き、コンソールを操作する。

すると、小さなノイズが作戦司令部のスピーカーから発せられ通信が繋がれる。

 

《タスクフォース5、旗艦シャングリラ。ご報告があります。画像データを送信致しますのでご確認を。》

 

「了解、確認する。」

 

デスクに置かれている端末を操作し、通信の相手…エセックス級航空母艦12番艦シャングリラから送られてきた画像データを巨大モニターに映し出す。

 

ザワッ……

 

作戦司令部がどよめく。

それも無理は無い、そこに映し出されていたのは翼の生えた爬虫類…そう、竜だった。しかも、その背には鐙と鞍があり人が跨がっている。

 

「ドラゴンか?」

「翼竜だ、プテラノドンだ!」

「違う、ワイバーンだ。脚が1対で翼が1対…間違いない。」

 

画像にある生物に対して議論をしている司令部要員だが、それを遮るようにパンパンと手を打ち鳴らす音が響いた。

 

「落ち着け、そんな分類は生物学者に任せておけばいい。今、重要な事は近くにそれなりに文明的な国家があると思われる事だ。少なくとも腰ミノで槍持って獣を追いかけ回す原始人はあんな鎧やら馬具…いや、竜具は作れん。おそらくは組織的に竜を運用していると思われる。領空、という概念があるかもしれん。」

 

そう言って議論を中断させるとマイクに向かって口を開いた。

 

「シャングリラ、相手方には領空の概念があるかもしれん。偵察機を戻して一旦基地に戻ってくれ。」

 

《了解しまし…水上レーダーが何かを捉えました!》

 

「……そのワイバーンが所属する国家なり、組織の艦船かもしれん。」

 

《どうしましょう?》

 

「問答無用で襲ってくるなら逃げろ。だが、臨検を求めるようなら素直に応じて我々の目的を正直に答えてくれ。下手な手を打ったらトラブルに繋がる。」

 

《了解しました。では、この位置で待機します。》

 

「了解、くれぐれも慎重にな。」

 

シャングリラとのやり取りを終えると、マイクが繋がれている端末を操作し再び口を開いた。

 

「司令部より全タスクフォースへ。タスクフォース5が現地住民を発見、もう間もなく接触すると思われる。タスクフォース5以外は速やかに帰還せよ。」

 

スピーカーから順番に了解の言葉が鳴り響くと満足そうに頷き、再び巨大モニターを見据えた。

 

 

──同日、クワ・トイネ公国・政治会議場──

 

「──以上が本日、マイハーク沖にて臨検した超巨大船の乗員より聴取した情報です。」

 

外交部の若手幹部が今一、理解が出来ていないような表情で締め括る。

そして、それはクワ・トイネ公国首脳部も同じ事だ。

なんでも200m以上の超巨大船に、たった一人だけ乗っていたシャングリラと名乗る女性の話では

・我々は人類海路保全組織"アズールレーン"のサモア基地である。

・我々は何らかのトラブルにより、突如としてこの世界に転移してきた。

・そのため、状況把握の為に哨戒活動を行っていたが、意図せず貴国の領空を侵犯した事については深く謝罪する。

・公式に謝罪するためにクワ・トイネ公国との会談を行いたい。

 

と要約すればこの通りだ。

むぅ…、と外務卿のリンスイが苦い顔で口を開く。

 

「領空侵犯をしておきながら謝罪だと?常識が無いにも程がある!」

 

吐き捨てるようなリンスイの言葉であったが、それをフォローするように首相のカナタが穏やかに告げた

 

「まあ、向こうも意図的では無いと言っている。転移云々や何とか保全組織はさておき、それ以外は筋が通っているじゃないか。それに、我々に対して攻撃するつもりなら話に聞く鉄竜を使ってとっくに攻撃しているのではないかな?」

 

リンスイに確固たる意思を伝えるように向き直り

 

「もし、彼らと友好関係を築く事が出来れば鉄竜…確かムーでは飛行機械と言うんだったか?…ともかく、それらを輸入する事も期待出来る。少なくとも損はしないと思うのだが?」

 

「…首相がそう仰るのであれば従いましょう」

 

それでも不信感を拭えていないであろうリンスイを見てカナタは、苦笑して若手幹部に目を向ける。

 

「サモア基地の方に会談を受け入れると伝えてくれ。それと…貴国を知る為に視察団を送りたいとも。あのような飛行機械や200mを超える船を持っている所だ、出来れば同盟も視野に入れたい。」

 

それは、マイハーク沖にて待機していたシャングリラに伝えられ2週間後にサモア基地代表がクワ・トイネ公国を訪問、会談を行った後クワ・トイネ公国視察団をサモア基地に送り届ける事となった

 

 

 




3話は独自設定・理論、盛りだくさんになると思います


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3.会談

キサラギ職員様より評価9を頂きました!

拙い文章ではありますが、出来る限り頑張ります!


──中央暦1637年2月7日午前9時頃、マイハーク城──

 

その日も雲一つ無い青空であり、鏡のような海面が何処までも続いていた。

空と海が作り出す果てしない水平線、そこに4つの黒い点が現れた。

 

《マールパティマより、司令部。4隻の巨大船を確認……錨と3つの星の旗と、王冠を被った獅子の旗が見えます。》

 

「了解、事前通告のあったアズールレーン所属ロイヤル艦隊で間違いないようです。」

 

マイハーク城に置かれている司令部に勤めている女性通信士は、マールパティマからの報告を書き留めると上官のマイハーク防衛騎士団長イーネに報告を伝える。

 

「ここからでもはっきり見えるとは…何と巨大な船だ。あれほどの大きさがあれば、乗り移って白兵戦に持ち込む事は困難だな。」

 

マイハーク城の窓からでもはっきりと見える巨大な4隻の船…1隻だけは純白で、残り3隻は若干青みがかった灰色をしている。

 

(成る程…あの色は海と空に溶け込んで見えにくいな。我々の軍船もあのような色にすべきかもしれない。)

 

そんな事を考えながらイーネは会談中の警備の為に、会談場所に指定されたマイハーク城の食堂に向かった。

 

 

──同時刻、マイハーク港──

 

マイハーク港の岸壁には多くの野次馬が集まっていた。丁度、2週間前に現れた謎の超巨大船…それを保有する謎の勢力がクワ・トイネ公国と会談をする為に再来すると言う事は話題になっており、彼らを一目見ようと見物人が押し寄せたのだ。

勿論この情報はクワ・トイネ公国が発したものであり、不要な混乱を避ける為にサモア側に許可を取り、住民に周知したのだ。

その結果、警備の為に防衛騎士団は勿論、軍船の水夫までもが駆り出されてしまったのだが。

 

「いやぁ、歓迎されてるじゃないか。少なくとも敵意は感じない。」

 

4隻からなる艦隊…正確には1隻は使節団を乗せるための客船である…の中でも一際大きな軍艦の左舷から身を乗り出して、双眼鏡で野次馬ひしめく岸壁を眺めながら指揮官は、傍らに居る女性に話し掛ける。

 

「指揮官様、落ちないようにお気を付け下さいませ。」

 

緩く巻いてサイドに流した金髪を海風に靡かせながら指揮官に注意を促す。彼女の名はフッド。ロイヤルネイビーの象徴的な巡洋戦艦であり、女王であるクイーン・エリザベスに次ぐ権力を持つ。

外交上手なロイヤルで多くの場数を踏んでいる彼女であれば、悪いようにはならないだろうと判断して随行員として指名したのだ。

 

「ですが指揮官様、私で宜しかったのでしょうか?」

 

「と言うと?」

 

「赤城さんや大鳳さん…他にも数名の方が指揮官様の随行員を自薦されていましたが…」

 

フッドが最後まで言う前に、彼女の眼前に掌を向けて言葉を遮った。

 

「重桜の空母を連れてきてみろ。下手すりゃ火の海が出来る。少なくとも冷静な判断が出来る奴が必要なんだ。」

 

「それで私に?」

 

「なんだ、不満か。」

 

「いいえ、光栄ですわ。」

 

ニコリと笑顔を見せるフッドに対して、無言で肩を竦めながらクレーンで吊るされた艦載艇に乗り込むとフッドに手を差し出す。

 

「お手をお借りしますわ。」

 

そう言って優雅で様になったカーテシーを披露して、指揮官の手を取り艦載艇に乗り込んだ。

独りでにクレーンが下がり、艦載艇が穏やかな海面に着水すると何処からともなく一抱え程もある巨大なヒヨコ…通称、饅頭が現れ操舵室に向かった。

饅頭電子公社なる東煌の電子メーカーで開発された作業補助ロボである饅頭は人口が減少した元の世界では様々な形で利用されており、軍用としてKAN-SENにも配備されていたりもするのだ。

そんな饅頭が操縦する艦載艇が鏡のような海面を切り裂きながら進み、マイハーク港に入港した。

 

 

──同日昼頃、マイハーク城食堂──

 

斯くして会談に挑んだ指揮官とフッド、クワ・トイネ首脳部による領空侵犯の謝罪から始まった2時間強の話し合いの結果、次のようになった。

 

・クワ・トイネ公国とサモアによる新たなる連邦国家を樹立を目指す。

・サモアはクワ・トイネ公国に対して技術支援、及び軍事支援を行う。

・その見返りとしてクワ・トイネ公国はサモアに対して食糧を輸出する。

・また、サモアはクワ・トイネ公国の一部を居留地、工場用地、軍事基地用として無期限租借する

 

と大まかに纏めるとこのような条約の草案が提示された

クワ・トイネ側からすれば土地を差し出すと言う屈辱的にも見える草案だが、租借用地は海流の影響で港の建設が困難な海岸、珍しく痩せて植物の育たない土地などクワ・トイネからすれば利用価値の無いような場所であり、それらと引き換えに技術・軍事両面の支援が受けられるのであれば寧ろプラスになると判断された為だ。

最も、隣国であるロウリア王国の脅威が日増しに強くなっている事から形振り構っていられない、と言う事情も絡んでいたのだが。

 

「では、我々から供与出来る各種技術を視察団の方々に精査していただき、果たしてこの条約が妥当か否かを判断される、という事でよろしいですか?」

 

「はい、何せ自国内の土地を租借という形とは言え他国に引き渡すのです。慎重にならなくては…」

 

「えぇ、そちらの事情は十分に理解出来ます。ですが、我々としてはサモア住民の住まいの問題がありますので。」

 

カナタの言葉に指揮官は理解を示すように頷きながらも、なるべく早くしてくれるように要請する。

実は、サモアが異世界に転移した日は東煌の旧正月…つまりは春節の時期だった。

そのため、南国であるサモアにバカンスにやって来た観光客が多数、転移に巻き込まれてしまった。観光客向けの宿泊施設はあるものの、何時までもそのままではいけない。

元々は軍事施設がメインのサモアだ。セイレーンの脅威が激減したとはいえ、軍用地の民間地転用は慎重に行われて来た。

更には他の基地や各国との繋がりが断たれてしまった為、必要な工業製品を自給する必要がある。そのため、基地と工場を置くのが手一杯で、民間人の住まいの確保が急務となっていた。

そして、リスク分散の為にも工場や基地の一部を離れ過ぎす、近すぎないような場所に置く事が望まれた。それを加味した結果、クワ・トイネ公国と友好関係を結び、クワ・トイネ領内にそれらを置く事が望ましいとされたのだった。

 

「こちらとしても貴国との友好は何よりも代えがたいものだと考えています。しかし、自国領内に他国の軍事施設を置く事はそれなりの恩恵が無ければ国民の理解が…」

 

「カナタ首相、私は我々の技術を導入すれば貴国は更に豊かになると確信しています。是非ともいいお返事を期待しています。」

 

「はい、視察団からの報告次第ではありますが。」

 

根気良く交渉しなければならないか、と指揮官が考えていると傍らに控えていたフッドが口を開いた。

 

「カナタ首相、我々は隣国…クイラ王国とロウリア王国とも国交を結ぼうと考えていますわ。両国がどのような国家なのか、教えて頂けるませんか?」

 

フッドの言葉に答えたのはカナタではなく、リンスイだった。

 

「それについては僭越ながら私がお答え致します。まずはクイラ王国ですが…土地は痩せ砂漠と山岳が広がっております。国中どこを掘っても、黒い燃える水が吹き出し作物を作るのもやっとな有り様です。古くから我が国とは同盟関係でございますが…」

 

「リンスイ殿、燃える水とは…?」

 

黒い燃える水の話を聞いた瞬間、指揮官が食い付いた。前のめりになりリンスイに詰め寄る。

 

「え…えぇ、何をどうしても燃やす以外の事には使えないと聞いていますな。強い酒を作る時のように蒸留すれば、透明な水は出来たらしいのですが…少しでも火の気があると激しく燃えて、家から火柱が上がったようです。」

 

リンスイの言葉に指揮官とフッドは顔を見合わせる。

 

「カナタ首相、リンスイ殿。視察団を貴国に帰したら直ぐにクイラ王国に出向こうと思います。厚かましいお願いではありますが、取り次いで下さいませんか?」

 

「それは構いませんが…燃える水に何かあるのですか?」

 

クイラ王国に強い興味を示す指揮官に、カナタはそう問いかけた。すると、指揮官は心底嬉しそうな笑顔で告げた。

 

「その燃える水を使えば、より豊かになりますよ。無論、燃える水の使い方もお教えします。……それで、ロウリア王国はどのような国ですか?」

 

「む…?あぁ、ロウリア王国でしたな。ロウリア王国は亜人排斥を標榜する国家でして、隙あれば我々を滅ぼそうと画策しています。」

 

「えぇ、外務卿の言う通りです。現国王のハーク・ロウリア34世は即位直後は、穏健派で亜人排斥を取り止めようとした…との噂がありましたが、噂は噂でしかなかったようです。」

 

「亜人…外見的には重桜の方々に似通っていますわ。指揮官様、ロウリア王国との接触は避けた方がよろしいようです。」

 

「ふむ…フッドの言う通りだな。重桜の民に何かあれば長門も赤城も黙ってはいられないだろう。特に赤城は、下手をすればロウリア全土を焼け野原にしかねん。」

 

指揮官の口から出た物騒な言葉…そのアカギ、という人物はどれ程の力を持っているのか。その恐ろしさに鳥肌を立てるカナタとリンスイを気にする事無く、クワ・トイネ視察団の視察工程を指揮官とフッドは軽く確認していた。

 




次回は視察団の外務局員ヤゴウの日記になります


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4.外務局員ヤゴウの日記より抜粋

Red October様より評価8を頂きました!

脳内プロットが続く限り、なるべくはやく更新しようと思っています


──中央暦1637年2月6日、ヤゴウ自室にて記す──

 

突如として現れた未確認騎…鉄竜と、超巨大船…鉄船が現れた事は2週間程前に記していた。その時の私はどうも混乱していたらしく、誤字脱字だらけで文法は滅茶苦茶な文書、今見返すと自分が書いたものながら意味不明だ。

5日前、外務卿からその鉄竜と鉄船の持ち主であるサモアへと赴く使節団のメンバーに指名された。同じくメンバーに選ばれた軍務局のハンキ将軍は、船旅に苦い思い出があるらしく不満を溜息混じりにぼやいていた。

しかし、私は遠目ではあるが鉄船を見た。突如として島が現れたような、沖合いにあるにも関わらず、見る者を圧倒するような偉容がヒシヒシと伝わってきた。

あれほど巨大な船であれば、ハンキ将軍の仰る「狭くて暗くて汚い」といった事は無いのではないかと思う。

今日は明日に備えて、寝る事とにする。

予定通りなら明日の今頃は鉄船の寝床だろう。そう思うと不安と期待が溢れて眠れそうにない。

 

 

──中央暦1637年2月7日、ヤゴウ白亜の鉄船内にて記す──

 

はっきり言って何から書けばいいのか分からない。マイハーク沖合いに現れたサモアの巨大船4隻、その内の1隻…『クイーンズランス』なる船の船室に居るのだが、何もかもが圧倒的だ。この船に乗り込む際に使った、カンサイテイなる小型船が帆もオールも無いのに高速で走っていた事や、カンサイテイを操縦しているのが巨大なヒヨコのようなものだとか、そんな事はこの白亜の鉄船に比べれば些事と言ってもいいかもしれない。

その余りの大きさに乗り込んだ際に出迎えに来たメイドらしき人物…ベルファスト殿にどれ程の大きさか聞いてみると、全長290m全幅38m乗員乗客4000名らしい。

もはや訳が分からない。

船室は明るく、仄かに薔薇の香りが漂い、毛足の長い絨毯にはチリ一つ落ちていない。あらゆる調度品が上品かつ優雅であり、この場に居る私が場違いに思えてくる。

今、私がこの日記を記している部屋にも圧倒されている。ハンキ将軍曰く、船旅は一部屋二人なら上等、下手をすれば大部屋でハンモックもあり得るとの事だっだが…五人で寝られるようなベッドのある部屋を一人で使って良い、となっている。

船旅だというのに、宮殿のように寛げる。このような船を作るサモアは間違いなく文明国…いや、列強クラスの力があるのだろう。私個人の意見としては、多少妥協してでもサモアと深い同盟関係を結ぶべきだと考えている。

 

追記

船旅を嫌がっていたハンキ将軍だが、展望テラスでカクテルなる鮮やかな色の酒を片手に月を眺めながら寛いでいた。

 

 

──中央暦1637年2月8日、ヤゴウ客船『クイーンズランス』船室にて記す──

 

昨日はとても良く眠れた。

様々な情報で疲弊した頭に、青いカクテルの酔いとあの上等過ぎるベッドは何物にも代えがたい誘惑だった。

朝、部屋の壁に備え付けられているトケイ、という時刻を知らせる為の機械が7時を指した頃にベルファスト殿が朝食の為に私を食堂へ案内した。

そこで半熟に茹でた卵や煮た豆、腸詰め等が一皿に盛り付けられた朝食を食べながらベルファスト殿から今日のスケジュールが読み上げられる。

今日は、サモアがあった世界の歴史等についての説明があるとの事だった。異世界の歴史、真偽はどうであれ興味深く思っていた。

だが、サモア代表であるクリストファー・フレッツァ准将から語られた彼らの世界の歴史はあまりにも過酷なものだった。

フレッツァ准将曰く、彼らの世界は全世界を巻き込んだ戦争で80億人も居た人口は10億人まで激減、高度な文明はその多くが失われてしまい復興には100年以上かかったそうだ。

そうして、どうにか復興し遺された文献等を解析しかつての高度な文明社会を取り戻すべく日々尽力していたのだが、謎の勢力『セイレーン』が突如として侵攻を開始。制海権を奪われた人類は文明復興どころか、再び滅亡の危機に晒されたという。

そうして『セイレーン』に対抗する為に生み出された存在…人の姿に超巨大軍船の力を持たせた生きる兵器、それこそがフレッツァ准将の傍らに立つベルファスト殿や、会談に出席されたフッド殿のようなKAN-SENと呼ばれる人型艦船であるというのだ。

やはり、理解が追い付かない。

そのような強い力を持ったKAN-SENを一元管理する為の組織『アズールレーン』や理念の違いから離反した『レッドアクシズ』の内乱や、『セイレーン』を退けた『第二次セイレーン大戦』まで一気に説明された為、知恵熱が出そうだ。

結局、私が理解出来た事は二つ。説明会が終わった後に説明内容を文書にした分厚い冊子の紙質の良さと、フレッツァ准将が締めくくりに告げた「このような歴史を歩んだからこそ私は思うのです。過ぎたる力は、何時か己すら滅ぼしてしまうのです…皆さんもぜひ、心に留めておいて下さい。」という言葉の重みだけだった。




本作でのアズールレーン世界は戦争に懲りた人々が、兵器開発よりも民生技術の復興を優先したためかなり歪な技術体系となっています。

次回は、サモア基地見学の話を予定しています。
アズールレーンの設定で陸戦はどうするのか?と思われてる皆さん、そこそこ前からプレイしている指揮官なら分かると思います。
アズールレーンには、一つだけですが大型陸戦兵器が登場しているのです。


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5.炎の匂い染み付いて

笑う男様、夜叉烏様より評価10を、ironkongss様より評価9を頂きました!

タイトルでネタバレしてますね


──中央暦1637年2月8日午前10時頃、サモア基地・サバイイ島演習場──

 

黒い岩に覆われた荒涼とした大地、そこに設営された深い緑色の天幕の下でヤゴウら視察団…特にハンキは簡素なテーブルに置かれた未知の兵器に興味津々な様子だ。

そして、それらの兵器よりも彼らの興味を引く物があった。

それは、巨人…天幕と同じ深い緑色の鎧を身に纏い、飾り気の無い半球状の兜を被った三つ目の巨人。視察団がその巨人を気にしていると、テーブルを挟んだ位置に立っていた指揮官がパンパンと手を打ち鳴らした。

 

「では、皆さん。これらの兵器の解説を始めます。これらの兵器は、クワ・トイネ公国に軍事支援の一環として提供する予定のものなのですが…」

 

指揮官が天幕の横に立つ、緑の巨人をチラッと見て。

 

「あれも提供予定のものですが、解説は最後に致しますので、とりあえずは気にしないで下さい。」

 

そう言って、傍らに立っているガッチリとした体型の男性を指す。

 

「紹介します。彼はチャーリー・ケリー軍曹。我がサモア基地陸上防衛部隊の中でも、特に優れた兵士です。」

 

「ご紹介に預かりました、チャーリー・ケリー軍曹です。僭越ながら私がクワ・トイネの皆様に、これらの兵器の実演を行います。」

 

ケリー軍曹が視察団に敬礼する。すると、ハンキが敬礼を返した。

 

「私はクワ・トイネ公国軍務局にて将軍位を拝命しているハンキと申します。我々は貴国の兵器に強い感心を持ってはいるのですが…如何せん、見たこともない兵器ですので何度も質問するかも知れませぬが、ご容赦頂きたい。」

 

「いえいえ、私とて一介の兵士に過ぎません。出来る事は、皆様にこれらの兵器がどのようなものであるか、というのをお見せする事しか出来ません。私こそ、専門的な質問にはお答えしかねるかもしれません。」

 

ハンキの言葉に返答しながら、ケリー軍曹がテーブルに置かれた兵器の中でも一番小さな物を手に取る。

 

「こちらは鉄血のクラップ社、銃火器部門パルサーが製造している『P38』と呼ばれる銃です。……と、先ずは銃とは何たるかをご説明致します。」

 

そう言ってケリー軍曹はP38のスライドを二回引いてカートリッジを排出した。

テーブルに転がった9mmパラベラム弾を手に取ると、ハンキ達に差し出すように見せた。

 

「これが、銃の弾…この銃が弓なら、この弾は矢と考えて下さい。」

 

「なるほど、弓は矢がなければ使えない。銃も同じく弾が無ければ使えない、という事でよろしいか?」

 

「その通りです、閣下。この弾は真鍮の容器に激しく燃える薬が入っていて、その燃える勢いでこの半分にした楕円形のような鉛の塊を秒速350m…時速にすると……」

 

「時速1260kmだ。」

 

「そうそう、指揮官の仰る通りの速さです。まあ、この銃ではと言う話なので、より強い銃も弱い銃もありますよ。」

 

指揮官からの助け船を得ながら、ケリー軍曹が銃とはどのようなものであるか説明しながら、天幕から出る。

 

「実際、どのようなものであるか。百聞は一見にしかず、実演してみましょう。」

 

そう言うと、饅頭がケリー軍曹の10m程前に白い円筒形の物体を設置した。高さは2m、幅は1m程だ。

 

「あれは合皮…人工的に作り出した鞣し革に綿を詰め込み、着色した水を染み込ませたものです。大体、人間と同じ固さがありますね。…あ、そこそこ大きな音がするので、ご注意を。」

 

ケリー軍曹が注意を促すと、ハンキ達は両手で耳を押さえて一歩下がった。

それを気にするような事は無く、ケリー軍曹はP38を両手で構え目を細め…静かにトリガーを引いた。

パンッ…チリン…パンッ…チリン…、と銃声である乾いた破裂音と、薬莢が黒い岩の大地に落ちた小さな金属音が2回ずつ鳴り響く。10m先のターゲットが震え、黄緑色に着色された水が弾痕から滴り落ちる。

 

「あのターゲットの中身、強酸とか入ってないだろうな?」

 

「私は頭に網目の傷がある奴が好きですね。」

 

指揮官とケリー軍曹が何気無い談笑をしている間に、数体の饅頭がターゲットを天幕まで運んで来る。銃弾は、濡れた綿の抵抗が働いたらしく貫通していなかったが、中程まで突き進んでいた。これが人間であれば、内臓に深刻なダメージを受けて重傷となっていたであろう。

それを見たハンキ達は戦慄した。剣のように近寄る事も無く、弓のように嵩張る事も無く、見る限り弓やクロスボウよりも早く二撃目を繰り出す事が出来るらしい。それをどうにか理解出来たハンキは、サモアが持つ兵器の力に恐れを抱きながらも、自らに…自国に幸運があった事を神に感謝した。

 

(サモアが友好的で本当に良かった…あのような兵器で武装した兵士が居れば、我が軍の兵士では太刀打ち出来なかっただろう。例え…売国奴の汚名を背負ってでも、彼らの支援を取り付けねば…!)

 

覚悟を決めたハンキは、より真剣に兵器の解説を聞いた。

先ほどのP38と同じ弾を連射出来る『ステンガン』や、より強力な弾を使う『M1903』にその強力な弾を連射出来る『BAR』とより強力な『M2』

他にも、爆発し金属片を撒き散らす手榴弾に、それを巨大化したような物を数km先まで飛ばす迫撃砲等々…様々な兵器の解説が成された。途中、挟まれた昼食を兼ねて行われた軍用糧食の試食会では、ヤゴウが粉末ジュースにハマる、という事もありながらいよいよ緑の巨人の解説に移った。

 

「では、この兵器について説明します。」

 

ケリー軍曹が、緑の巨人の前に立ってハンキ達に解説始める。

 

「これはアーマードトルーパーと言う兵器の、スコープドッグと呼ばれるタイプです。全高約4m、重量約6.5t、最高時速約80km。操縦性と整備性に優れ、何よりも人型であるため、人間のように様々な兵器を持ち替える事で汎用にも優れています。」

 

「操縦…となると船やワイバーンのように、人が乗って動かすのですか?」

 

「えぇ、今から実演しますので少々お待ちを。」

 

ケリー軍曹がスコープドッグからぶら下がっているリモコンを操作すると、降着姿勢に移行し、頭部がガバッと開いた。

その様子に驚く視察団の面々であったが、それを尻目にケリー軍曹がコックピットに乗り込み、頭部を元に戻して降着姿勢を解除する。

三つ目…ターレットレンズがクルクルと回り、青いレンズを持つ通常カメラの位置で固定され、キュイーン、とローラーダッシュ特有の音と共に発進した。

 

「おぉっ!動いた!」

「速い!あんな巨体なのに馬より速いぞ!」

「足が動いていないのにどうやって走っているんだ…?」

 

視察団の驚きの声を鋼鉄の背に受けながら、スコープドッグは辺りを一周した後、ガシュゥンッとターンピックによる急旋回を見せて、天幕の近くまでローラーダッシュでやってくると後は通常歩行で近付いた。

 

「このように、兵器としても優れた運動性を持っていますが、手先も中々器用なんですよ。サモアでは土木工事や建築にも使われていて…」

 

その後も、指揮官の補足を挟んだケリー軍曹の解説が続いたが、ポカンと口を開けたまま放心状態となっていた。

 




KAN-SENも出ず、指揮官も空気…アズレンクロスを名乗って良いのでしょうか?

それはそうと、アズレンで陸上戦力を出そうとした結果がこれです
信じられないかも知れませんがアズレンにはスコープドッグ(正確には湿地帯戦型のマーシィドッグ)がKAN-SENと共に戦ったのです
本当なんです、信じて下さい

ボトムズのタグは6話投稿の際に追加します
その6話で、本命の航空戦力や艦隊戦力を紹介します


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6.締結

松雨様、うましか様より評価9を頂きました!

通算UA2500オーバー、お気に入り50オーバーとは…
処女作でこんなにも評価して頂けるとは、感謝の極みであります!


──中央暦1637年2月8日午後3時頃、サモア基地・サバイイ島上空──

 

ブーン、と独特な音が鳴り響く中、視察団の面々はパイプとキャンバス生地で作られた椅子に座って、辺りをキョロキョロと見回していた。今、彼らが居るのは『B-25ミッチェル』爆撃機…に窓や座席を追加して連絡機兼哨戒機に改装した『P-25S』(Sはサモアの略であり、25型哨戒機サモア仕様の意味)の機内である。初めてクワ・トイネ公国に接触したのが、空母シャングリラより飛び立ったB-25であり、視察団からすれば噂の鉄竜に乗れるという事は、何よりも興味を引く事だろう。

最初はワイバーンよりも大きく、鉄…実際はより軽いジュラルミンであるが…で作られた物が飛ぶ事に懐疑的であったが、滑走路を走り離陸した事に大変驚愕し、さらに巡航速度が時速360km、最高速度は時速450km、更には高度7000m近くまで上昇出来るうえに、距離にして3000kmを一気に飛行する事さえ可能だとの解説があった際には、ヤゴウはすっかり腰を抜かして椅子から立ち上がれなくなっていた。

 

「来ましたよ。あれがF2A…通称バッファローです。」

 

ブーン、と力強いエンジン音を鳴り響かせながら、青い樽のような機体がミッチェルの側を通り過ぎて行った。

 

「最高時速は大体520kmぐらい、頑張れば10000mまで上昇出来、2500kmの距離を飛ぶ事が出来ます。因みに、先ほど解説したM2を4丁搭載していますよ。」

 

指揮官が解説していると、バッファローが急上昇や急降下、旋回やバレルロール等、運動性能をアピールする。

 

「全ての点においてワイバーンを凌駕している…ワイバーンでは逃げる事も、追う事も出来ない…凄まじい兵器だ…」

 

「うむ、見る限り旋回能力もワイバーンよりも優れている。しかも、機械であるのならば、ワイバーンのように能力が機嫌に左右される事も無い。いつでも全力を出せるというのは、それだけでも利点となる。」

 

ヤゴウの驚愕に満ちた言葉にハンキも同意し、軍務局の人間らしい意見を述べる。

 

「このまま造船所へ向かいましょう。隣のウポル島にあるので、直ぐに到着します。」

 

空中でのデモンストレーションが終了すると、ミッチェルはウポル島の飛行場へと舵を切った。

 

 

──中央暦1637年2月8日午後4時頃、サモア基地・ウポル島工業地区──

 

ウポル島飛行場から、造船所へと到着した視察団一行はコンテナを抱えた作業用スコープドッグが走り回る造船ドックを見学していた。

 

「こちらは、船を作る為のドックです。本来は稼働しているはずなのですが…生憎、転移の混乱で今は稼働していません。ですので、もう1つのドックに向かいましょう。」

 

何も無い空っぽの空間の巨大さに驚きつつも、これほどの空間に見合う船を作れるサモアの技術力に感嘆していた視察団は危うく、置いて行かれそうになりながらも、もう1つのドックとやらに向かって行った。

 

「こちらがKAN-SENドックです。文字通りKAN-SENを建造する為のドックですが、通常の艦艇の建造も可能です。」

 

マイクロバスに乗って、若干離れたドックに到着する。ドックは相変わらず巨大な空間であったが、壁や天井、床に至るまで丸い皿のような物が幾つも取り付けられている。

 

「こちらは、特殊な方法で建造します。せっかくなので、建造から進水まで見学されますか?」

 

指揮官の言葉に視察団がざわつく。それも無理は無い。

何せ、船の建造には何ヵ月もかかるのが普通であり、小さな船でも丸一日かかってもおかしく無い。

 

「あー…その、フレッツァ殿。我々はそこまで、長い間滞在する予定ではないのですが…」

 

困ったような顔でヤゴウが遠慮する言葉を指揮官に返す。しかし、指揮官はそれに対し、何でもないような顔で応えた。

 

「直ぐ終わりますよ。5分ぐらいで。」

 

またもや、視察団がざわついた。どうやって船を作るつもりなのか。

そんな疑問で埋め尽くされた視察団の前で、饅頭が指揮官に青い箱のような物と金貨のようなコインを運んで来た。

 

「使うのはこの、資材金属…通貨代わりに使われているので資金と呼んでいます。それと、このキューブです。」

 

「金属は分かりますが、この立方体…」

 

「キューブ」

 

「…はい?」

「キューブ」

 

「…」

 

「キューブ」

 

「…このキューブは何に使うのですか?」

 

視察団の一人が質問したが、指揮官による謎の拘りで発言の修正を余儀無くされた。

 

「キューブはあまりにも高度な技術により作られているので、我々にも詳しい事は分かりません。ただ、使い方は分かりますが。」

 

そう言うと饅頭にキューブと資金を渡して、視察団を別室に案内した。

別室は、ドックを見下ろすような位置にあり、ガラス越しにドックを見渡せるようになっていた。

 

「それでは、建造を始めます。」

 

指揮官が指示すると、空っぽのドックに先程のキューブと資金が天井から無造作にドック中心辺りに落とされた。

 

「んなっ!増えた!?」

 

視察団の一人がガラスに張り付きながら、食い入るようにドックを見ている。

そう…彼の言う通り、キューブが増えている。1つが2つ、2つが4つと倍々に増えて行く。そうなると、あっという間だ。直ぐにドックは、増殖したキューブがぎっしり詰まった空間になってしまった。

そんな中、そのキューブによって下敷きになっていた資金から、まるで植物の根のような物が上に向かって伸びだした。

その根は絡み合い、様々な方向に伸びながら何かを形作って行く。

 

「これは、神風型駆逐艦と呼ばれる船をベースに過剰な武装の撤去や、それに伴う居住性の向上を図ったものです。名前は…確か、幕下級警備駆逐艦。全長約102m、最大幅約9m、最高速度35ノット。武装は127mm単装砲3門、20mm連装機関砲2基、12.7mm連装機銃6基。本来は魚雷と言う兵器があるのですが、扱いが難しいので取り外してあります。」

 

指揮官から解説があるが、視察団は建造の様子に夢中らしい。

資金から伸びた根はやがて駆逐艦の姿になり、ものの5分程で完成した。これには、ハンキも開いた口が塞がらない様子である。

 

 

──その後──

 

居住地区があるトゥトゥイラ島も見学した視察団は、軍事だけでは無く民間技術も遥かに発展している事を認識し、視察団の帰国次第、サモアとの同盟締結に向けての会議が行われた。

その際にハンキ将軍がかなりギリギリな発言をして、あわや辞任か?という事件もありながら無事、サモアとクワ・トイネ公国はほぼ草案通りに条約を結ぶ事となった。

同じくして、隣国のクイラ王国も条約に参加し、クワ・トイネは食糧と土地を、クイラは燃える水こと石油と鉱物資源をサモアに輸出する事と引き換えに、両国共にサモアから軍事・技術支援、軍事同盟を受ける事となった。

 

 

 




若干、駆け足気味ですかね?
ドンパチパートまでもう少しかかりそうです

次回は、サモア基地の日常にしようかと思います
思い付かなかったら人物・兵器紹介てお茶を濁します


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7.サモアの日常

キャラの性格や口調に少し違和感があるかもしれませんが、多目に見て頂けると幸いです

もう二年も指揮官やってるんですがね…


突然ではあるが、ここでサモア基地の地理について簡単に説明しよう。

まず、サモアには3つの大きな島…サバイイ島、ウポル島、トゥトゥイラ島を中心に幾つもの小島が点在している。

その内サバイイ島は火山があり、開発等がしにくい事もあって西側は演習場、東側は火山の地熱を利用した発電所や温泉等がある。

次にウポル島であるが、この島に軍事施設や工場が集約されており、西側に母港や造船所が、東側には様々な工場が建ち並んでいる。因みに、西側にマノノ島とアポリマ島があるが、このマノノ島に所謂『学園』が存在しており、KAN-SEN達の研修やクラブ活動に利用している。アポリマ島には科学部の研究施設が存在している。

トゥトゥイラ島は民間用地が多く、リゾート地や居住地が中心となり警備の為の軍事施設が東側にある程度だ。

この他にも幾つも小さな島があるが、レーダーや重巡洋艦の主砲を流用した沿岸砲が置かれている監視所が点在しているのみである。

 

 

──中央暦1637年2月20日午後3時頃、サモア基地・ウポル島──

 

「つまり、指揮官様はこの赤城にパイロットの育成をお願いしたい…という事ですのね?」

 

「正確には一航戦…加賀も一緒にだ。頼めるか?」

 

「それは構わないが…何故、姉様と私に?提供するのはユニオンの戦闘機だろう。ならば、ユニオンの空母に頼むべきではないのか?」

 

「加賀の言う通りですわぁ、指揮官様。パイロット育成よりも、赤城は指揮官様と赤城の愛の結晶を育成したいと常々考えておりますのよ?」

 

ウポル島の西側、重桜の国名の元となった桜の木…『重桜』の枝を挿し木して育てた、常に満開の桜と重桜艦が住まう天守閣と城下町が印象的な重桜街の茶屋で、指揮官とそれぞれ焦げ茶色と白の毛並みを持った狐耳と九本の尻尾を持った二人の女性…誉れ高い重桜一航戦、『赤城』と『加賀』が羊羹と緑茶と共に茶屋の軒先で話し込んでいた。

 

「まあ、そうだが…やっぱり、やるなら徹底的にやる方がいい。世界最高錬度の一航戦なら、ズブの素人でもそれなりにはしてくれるんじゃないかと思ってな。」

 

毎度、積極的すぎるアピールをかけてくる赤城の言葉をスルーしながらバナナ羊羹…指揮官の好きな食べ物がバナナである事を知った赤城が製菓メーカーと"交渉"して作らせた物…を口にすると不快ではない苦味と渋みのある緑茶で流し込んだ。

 

「指揮官、具体的にはどれ程まで育てればいい?」

 

「やっぱり、子供は二人?きっと指揮官様に似て聡明な子になると思いますわぁ…家は平屋の庭付きで…」

 

指揮官と同じく赤城をスルーする加賀と、トリップしている赤城。赤城に関しては平常運転なので、今更気にしていない。

 

「お前達がヒヨッ子って言ってる五航戦レベル…と言ったら?」

 

「むぅ…指揮官、それは酷な話だ。五航戦の子達は確かに未熟だ。だが…」

 

「えぇ、指揮官様。五航戦もあれで中々努力していますわ。確かに未熟…ですがそれは、この赤城と加賀から見ればという話。五航戦には五航戦の強さがあるのですよ?」

 

「姉様の言う通りだ、指揮官。単純に比べられるものでもない。」

 

加賀と、トリップから戻ってきた赤城が指揮官の言葉に意見する。

表面的には五航戦に厳しい一航戦であるが、実はこうして高く評価しているのだ。

その言葉に指揮官は満足そうに頷き、赤城の足下に向かって声を掛けた。

 

「だってさ」

 

指揮官の行動に、怪訝な表情を浮かべる赤城に、何かを察したかのように頭を抱える加賀。

赤城が指揮官の視線を辿り、座っていた茶屋の縁側の下を覗き込む。

 

「あ…あはは…」

 

「~~~っ!~~っっ!」

 

そこには、二人の人影が腹這いになって潜んでいた。

一人は、気不味そうに苦笑いを浮かべて小さく手を振る長い茶髪をサイドテールにした少女…瑞鶴。

そして、顔を真っ赤にして悶えている白髪の少女…翔鶴が居た。

 

「はぁ…嵌めてくれたな、指揮官。意地が悪過ぎるぞ。」

 

「俺は誉めて伸ばすタイプでな。鶴姉妹には、お前らの口から誉めた方が効くと思っただけさ」

 

呆れたような加賀からの非難を悪びれもせず、指揮官は立ち上がり茶屋の傍らに停めているバイク…GAMAHAのYZF-R25に跨がって、ヘルメットを被る。

 

「それじゃあ、クワ・トイネとクイラのパイロット候補生の教育頼むわ。」

 

エンジンを始動させて頭を抱えている加賀に念押しすると、フリーズから復帰した赤城が、ゆらり…と立ち上がった。

 

「し~き~か~ん~さ~ま~?」

 

「弁明はせん、面白そうだったからやった。以上。」

 

殺気…というよりも妖気を発している赤城に言い訳も何もしない、直球な本心を告げるとスロットルを捻ってバイクを発進させた。

 

「逃がしませんわよ~、指揮官様ぁ!」

 

赤城が飛行甲板を展開し、逃げる指揮官を『烈風』を発艦させ追いかける。

そんな指揮官と赤城に、呆れのため息をつきながら縁側の下から這い出してくる五航戦に手を貸す加賀。

 

「ふんっ!そ…そそそそんな事言われてもちっとも嬉しくありませんよ!今日を記念して新しい曲を作ろうだなんてちっとも、ちぃーーーっとも考えてませんからね!」

 

「しょ…翔鶴姉、赤城先輩が指揮官に気を取られてる間に行こう?…加賀先輩、それでは失礼しますっ!」

 

「ああは言ったが、鍛練を怠るんじゃないぞ。」

 

顔を真っ赤にして軽いパニックを起こしている翔鶴の手を引いて、その場から離れて行く瑞鶴の背中に釘を刺す。

 

「これからも精進しまーす!」

 

離れて行く瑞鶴の返事を聴きながら、一人残された加賀は再びため息をつきながら茶屋に代金を支払った。

 

「領収書を、指揮官宛に。」

 

ついでに、この混乱を生み出した指揮官へのちょっとした報復も忘れなかった。




次回は、一年後まで時間が飛びます
ロウリア戦は一年前倒しの予定です


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8.戦乱の気配

装甲龍皇様より評価10を頂きました!

今日は時間があったので連続投稿です
まあ、一話一話が短いというのもありますが


──中央暦1638年3月22日夕方、公都クワ・トイネ──

滑らかに舗装された道路には自動車やバイクが走り、道沿いには街灯や信号機が設置されている。

サモアとの接触から1年、クワ・トイネは急速な発展を遂げていた。

 

「いやはや…凄いな。我が国がここまで発展するとは…」

 

「それもこれも、サモアによる技術提供の賜物ですな。近頃はサモアで研修を受けた者が帰国しているので、もう暫くすれば技術の国産化も可能でしょう。」

 

道路を走るサモア製の自動車…ヴィスカー社の自動車部門、ロールス・ロード社製高級車の後部座席に乗ったカナタとハンキが言葉を交わす。

 

「しかし、将軍が『そんな土地なぞくれてやれ!あの技術が手に入るのであれば安いものだ!』と仰った時は荒れましたな。」

 

「お恥ずかしい…私も冷静ではありませんでした。」

 

「いや、私も彼らの技術を目の当たりにすれば冷静ではいられなかったでしょう。……それで、ロウリアの動きとは?」

 

気不味そうな苦笑いを浮かべるハンキをフォローした後、真面目な表情で問いかける。それに応えるようにハンキがタブレットを操作し、画像を表示させる。

 

「密偵の報告では、地上戦力は40万以上。海上戦力は軍船4000以上、ワイバーンは500は居そうだと…」

 

ハンキが持つタブレットには密偵が撮影した写真が表示されていた。

サモアから提供されたコンパクトデジタルカメラは、鮮明な画像を瞬時に記録する事が出来、受け渡しもマイクロSDカードという細工した硬貨に隠せる物に記録されているため文書の写し等よりは容易だ。

 

「やはり、攻めてきますか…サモアからの兵器があれば負けはしないとは思いますが、何せ慣れない兵器です。使いこなせなければ…」

 

「現在、サモア本国にて海軍はペンシルベニア殿より砲撃戦を、陸軍はダイヤマン軍曹という方のブートキャンプなる戦闘訓練を、空軍は赤城殿と加賀殿の一航戦による空戦を学んでいます。フレッツァ准将の話では、意外と早く戦力として数えられるようになりそうだ、と。」

 

「開戦には間に合いそうですか?」

 

「おそらくは…兵士達は早く戦場に出せと言っていますよ。」

 

「随分と士気が高い……」

 

カナタの言葉を遮るようにハンキが頭を横に振った。

 

「訓練に比べれば戦場の方がマシだ、と異口同音に言っていますよ。」

 

どこか遠い目でハンキが口にする。何度か視察に訪れたが、訓練…というよりは何らかの耐久試験か虐待なのではないか?というような過酷なものだった。

 

「そ…そうですか…あー…ギムの再開発の件についても話ましょう。ギムの近郊に新たな軍の駐屯地を配備する計画なので将軍にも意見を伺おうかと。」

 

「おぉ、そうでありますか。ですがギムは古い街ですので再開発は厳しそうですな。」

 

そんな、国の未来を描く二人を乗せて夕暮れの町並みを白い高級車が走り抜けて言った。

 

 

──同日、ロウリア王国首都ジン・ハーク、ハーク城──

 

御前会議、それは本来国の行く末を定める為のものであり、ロウリア王国首脳部のみで行われるものだ。

だが、今回は…いや、現国王ハーク・ロウリア34世が即位した時からロウリア国外の者が出席するようになっていた。

 

「大王様、ようやく決心されましたね。クックックックッ…」

 

このような場には似つかわしくない、黒いローブの男がロウリア王に薄気味悪い声を掛ける。

 

「貴様に言われずとも…!」

 

ロウリア王はその男に、怒りと悔しさの入り交じった声を投げ掛ける。

 

(クソッ…王家代々の亜人排斥は結局、民と国を疲弊させるだけだった…だからこそ、クワ・トイネと和解し食糧輸入を行う計画であったのに…おのれ、パーパルディア!このロデニウス大陸にまで薄汚い手を伸ばして来るか!)

 

そう、現国王ハーク・ロウリア34世は歴代の亜人排斥政策は結局、徒に国を疲弊させるだけに過ぎない事に気付き、即位以前から秘密裏に西部諸侯との和解や、細々と行われてきた亜人解放運動を支援してきたのだ。

故に、即位の際にはクワ・トイネ公国・クイラ王国と和解をする為の計画を温めてきた。しかし、即位して計画を実行しようとした矢先に第三文明圏唯一の列強『パーパルディア皇国』の使者が訪れ、一方的に支援を押し付けてきた。

 

─「皇国が貴様らを支援をする。その引き換えに、支配した隣国から奴隷や資源を徴収し、皇国に献上せよ。」─

 

隣国との和解を目指すロウリア王にとっては、突き返すべき要求だった。だが、相手は列強…列強に一段劣る文明国相手でもロウリア王国なぞ鎧袖一触であろう。ましてや相手は世界にも五か国しかない列強国家パーパルディア皇国である。

無下に扱えば、無礼などと言い掛かりをつけられ侵略されてしまうだろう。

確かに、和解も大事だ。しかし、このままでは自国が滅ぼされてしまう。出来る事はただ一つ…準備に時間をかけて可能な限り、自然な形で軍拡の情報をクワ・トイネ、クイラ両国に流す事。そうすれば他国に逃げ出してくれるかもしれない。そう考え時間稼ぎをしてきたが、もう限界だ。使者を通してパーパルディア本国が侵略を急かしている。もはや開戦するしかない。

 

(すまん、貴国に恨みは無いがこれも生きる為だ。せめて…逃げてくれ。)

 

目を閉じ、覚悟を決める。その様子を古くからロウリア王に仕えてきた軍最高司令官は目を伏せ、王の葛藤に心を痛めた。

 

「これより、クワ・トイネ公国及びクイラ王国に侵攻する!陸軍の目標は国境の街ギム、海軍はマイハークに向けて進軍せよ!」

 

覚悟を決めたロウリア王は目を見開き、声高らかに宣言する。パーパルディア皇国の使者はその姿を、道化を見るように嘲り笑っていた。




キレイなロウリアを見て見たくて自給自足しました


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9.また、戻ってくる

ご都合主義な作戦の描写が含まれます

あと、メキシコで会った人だろ?


──中央暦1638年3月23日早朝、クワ・トイネ政治会議場──

 

「何っ!?それは本当か!?」

 

朝早くから、議場に赴き本日の議題…対ロウリア戦についての防衛会議を行う為の資料を確認していたカナタに、情報局から"ロウリアがクワ・トイネに対して侵攻作戦を開始した"とロウリアに潜入していた密偵から連絡があったと伝えられたのだ。

 

「防衛会議の時間を前倒しにします!今すぐ幹部を集めて下さい!そして…サモアに対して軍事同盟に基づいた援軍の要請を!」

 

カナタが指示を飛ばすと、情報局の者がタブレットを操作し幹部達が持つそれぞれの端末に連絡を行った。

 

「無線機があって良かった…こんなにも早く密偵からの情報が伝わるのだから。」

 

サモアから提供された技術に感謝しながら、幹部が集合するまでカナタはそわそわと落ち着かない時間を過ごす事となった。

 

 

──同日午前7時頃、クワ・トイネ政治会議場──

 

「では、現状を確認します。」

 

円卓を囲む形でクワ・トイネ首脳部が勢揃いしている。その中に、一台の大型タブレットが置かれておりそこには指揮官が映し出されていた。

流石にサモアから来るのは時間がかかる為、こうしてテレビ電話を利用して参加する事となったのだ。

 

「ロウリア王国に潜入している密偵の話では、3月22日に現国王ハーク・ロウリア34世が我がクワ・トイネ公国、及びクイラ王国に対して侵攻作戦を指示したようです。調理師として潜入している密偵でしたので、深夜まで飲み食いしていた兵士達に食事を提供していたので報告が今朝になったようです。」

 

「ふむ…報告が遅れたのはいかんが、そのような理由があるのであれば仕方あるまい。怪しい行動をして感付かれて、捕縛されては報告も出来んからな。」

 

「間違いなく、陸軍はギムへ侵攻して来るでしょうな。海軍は…おそらくマイハークにやって来るでしょう。」

 

「マイハークはまだしも、ギムは守りにくいですな…エジェイ程の防衛設備はありません。」

 

『ではいっそ、ギムは放棄されては?』

 

唐突に飛び出した意見に皆、その言葉の主の方を見る。意見を出した者は画面の向こう…そう、指揮官だった。

そんな住民に、生まれ育った故郷を捨てろ、と言うような事は最終手段であり初手から使うような事ではない。

 

『以前、都市開発局の方に伺ったのですが…ギムは街の作りが古く、大通りすら自動車の通行が難しくなっているそうですね?』

 

「えぇ、道路拡張の為の立ち退きも多くの建物に対して行わなくてはならない為、難航していました。」

 

指揮官の言葉に都市開発局の幹部が答える。

 

『では、丁度いいではありませんか。住民を避難させ、敵を引き入れた後ギムを包囲、敵部隊を掃討しましょう。』

 

「むぅ…だが、しかし…」

 

『このまま戦闘になれば、住民が巻き込まれて多くの死者が出ます。その上、ようやく新兵器の扱いに慣れてきた兵士を消耗してしまう可能性すらあります。ギムの住民への補償を十分に行えば不満も少ないでしょう。…同盟国いえど、私の意見はあくまでも他国の意見です。最終判断はそちらに任せます。街も家も再び作ればよい。ですが…命は失っても取り戻せないのです。』

 

そう言って指揮官は言葉を締めくくった。

幹部達は各々、隣の者に目を向けてどうするか一言二言、言葉を交わした。そして、最終的にこの国の最高責任者…つまりカナタへと皆の視線が向く。

 

「……」

 

フーッ、とカナタは一息つき一度、円卓を見渡しその場に居る全員と目を合わせる。

 

「私、クワ・トイネ公国首相カナタが命ず。ギムを放棄、全住民はエジェイに疎開し兵士はエジェイ防衛隊に合流せよ!戦後、あらゆる補償を約束すると住民に説明も忘れないように!」

 

こうして、クワ・トイネ公国は国境の街ギムの放棄を決定。その日の内にギムに避難命令が出された。

 

 

──中央暦1638年4月11日午後1時、国境の街ギム ──

 

「よーし、これで最後だな!」

 

クワ・トイネ西方騎士団団長モイジは、街の中心部にある井戸を埋めていた。

ロウリアが侵攻作戦を発動してから2週間あまり、避難命令が出されたギムは最早ゴーストタウンと化していた。住民は最低限の荷物を持ち、トラックに乗せられエジェイまで避難をしていた。

残るはモイジ達、西方騎士団の面々であり残されたインフラ等を利用されないように破壊していたのだった。

そうして、モイジが最後の一つとなった井戸を埋めると傍から啜り泣きが聴こえた。

 

「うっ…うっ…うっ…クソッ……団長…悔しいです…生まれ育った故郷を…ギムを捨てるなんて…」

 

泣いていたのは一番の若手騎士だった。そんな姿を見てモイジは彼の両肩を掴み、自分の方を向かせる。

 

「気持ちは良く分かる…俺も、このギムを護る為に努力してきた。だが、いざロウリアが攻めて来るとなると逃げるしかない…悔しい…あぁ、悔しいとも。だがな…俺達はこの新兵器をまだ十分に使いこなせていない。万が一、俺達が負けてロウリアにこの兵器が渡ったならば、数で勝るロウリアに負けてしまうかもしれない。」

 

モイジは若手騎士がスリングを使って、肩に掛けていたステンガンを指差す。

 

「だから…今回は逃げる。俺達の仕事はギムを護る事もだが、何より市民の安全を護る事だ。…俺達は必ず戻ってくる。」

 

「うっく……はい……うっ…」

 

「よし、じゃあ行くぞ!周りの集落に声を掛けに行っている団員を拾いながらエジェイに向かう!」

 

若手騎士の背中を軽く叩いてやると、モイジは専用機となったスコープドッグのカスタム機に乗り込みトラックや他のスコープドッグを引き連れ、エジェイに後退した。

 

 

──中央暦1638年4月11日午後8時、サモア基地ブリーフィングルーム──

 

「作戦を説明する。」

 

まるで映画館のような巨大スクリーンと、階段状に設置された席のあるブリーフィングルーム。その巨大スクリーンの前にあるステージ上をで指揮官が宣言した。

 

「今回の作戦はクワ・トイネ公国に侵攻するロウリア王国の撃退だ。本日の時点で、国境の街ギムの側までロウリア軍先遣隊凡そ3万が迫っている。偵察に向かった霧島からの話では、明日にでも進軍してくる兆候があるようだ。だが、幸いな事にギムの住民や兵士は既に避難しており、周辺の集落も避難は完了している。よって、ロウリア軍はもぬけの殻となったギムに無血入場する訳だ。」

 

そこまで指揮官が説明すると、席に着いていた何人もの美女美少女の内の一人が手を挙げた。

 

「はい、サウスダコタ」

 

「質問がある。ギムを易々と明け渡せば、敵はそこを拠点とすると思う。」

 

長い黒髪を三つ編みにした褐色肌のKAN-SEN、サウスダコタが指揮官に質問を投げ掛ける。

 

「そうだな、間違いなくそうなる。だが、逆に考えれば"敵が一ヶ所に集まってる"とも考えられる。……クワ・トイネにて今までの対ロウリア戦の記録を閲覧したが、ロウリアの手で陥落した街は略奪や虐殺、強姦等の被害にあったそうだ。」

 

強姦、という言葉を聴いたKAN-SENが一様に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「よって、連中は今回も同じ事を期待しているだろう。だが、今回ギムはもぬけの殻、お楽しみがお預けになった連中はどうするか…サウスダコタ、分かるか?」

 

「なるほど…近くの街、つまりエジェイにやって来ると?」

 

「おそらくだが、少なくとも兵士にお楽しみを提供するにはエジェイしか無いな。だが、エジェイに部隊を送るにはギムを占領するための部隊を残さなければならない。しかも、エジェイ攻略にはそれなりの規模の部隊が必要となる。」

 

「つまり…敵をエジェイに誘き寄せて撃破、次に橋頭堡としてギムを確保している敵本隊を叩く、って事かい?」

 

「理解が早くて助かる。」

 

「分かった、ありがとう。」

 

指揮官の答えに納得したサウスダコタが再び席に座る。

 

「今回、エジェイ防衛に協力するための部隊を派遣する事となった。鉄血陸戦部隊に任せようと考えている。…シュトロハイム大佐、よろしいか?」

 

と、この場では数少ない男性に声を掛ける。きっちり着込んだ鉄血陸軍の制服を纏った、如何にも軍人な男性は立ち上がり、右腕を前方斜め上に上げた。

 

「我が鉄血陸戦部隊の実力は世界一ィィィィィィィ!弓矢で武装した兵士なぞ物の数ではないわァァァァァ!」

 

「うん、じゃあ頼んだ。」

 

プライドが高く煩いが、決して悪い人間ではない。そんな鉄血陸戦部隊長の言葉を軽く流す。

 

「次に、ギムを占領する敵部隊を叩く為の戦力だが、三式弾を用いた対地攻撃を考えている。故に砲門数の多い戦艦が……」

 

言葉の途中で手が挙がった。長い金髪に黒い軍服、鉄血の顔とも言える戦艦ビスマルクであった。

 

「指揮官、ギムの被害は抑えなくていいのかしら? 」

 

「ギムは再開発の為に、どのみち多くの建物を解体し区画整理をする予定だったらしい。だから、いくら壊してもいいとクワ・トイネ政府からお墨付きを貰った。」

 

その言葉を聴いたビスマルクは少し考え。

 

「もし良かったら、私に任せてくれないかしら?試したい事があるの。」

 

「……分かった、普段から艤装研究ばっかりやってるビスマルクが、珍しく前線に出たがるんだ。許可しよう。」

 

「あまり、からかわないで…」

 

「それは、すまん。だが、バックアップに何人か付けておくぞ。」

 

「了解したわ。」

 

ビスマルクが座った事を確認すると、続けて航空戦力の話に移る

 

「次に敵航空戦力…ワイバーンだが、400~500。数こそ多いがあらゆる点においてクワ・トイネに提供したバッファローが勝っている。普通にやれば敗けはしないだろうが…念のためだ、一航戦はバックアップに…」

 

と、赤城と加賀を探すが加賀しか居ない。

 

「加賀、赤城は?」

 

「姉様は、天城さんに拳骨を貰って大鳳共々、ヴェスタルに治療されている。」

 

「何してんだ…あいつら…まぁ、いい。後で詳しい作戦内容は端末に送るから、確認するように言っておけ。」

 

「あぁ、分かった。」

 

加賀からの返事に頷くと、説明を再開した。

 

「次に海上戦力、4000以上。だが、どれもこれも大砲すら無いガレー船や帆船が主だ。何せ数が多いから、殲滅は厳しいだろう。基本的には我々が主戦力を務め、クワ・トイネ海軍がバックアップを行う。クワ・トイネに提供した、幕下級警備駆逐艦や改装ガレー船でも十分に圧倒出来るだろうが、念には念をだ。」

 

グルッとブリーフィングルームを見渡し。

 

「以上、作戦に参加するKAN-SENや人員には端末に連絡を入れる。きちんと確認するように、ブリーフィングに参加していない姉妹艦とかに言っておくように。……では解散!」

 

 

 




モイジ団長は死なせるには惜しい人物だと思うんですよ


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10.ロイヤルの真髄

haruhime様より評価9を頂きました!

時折、書き方が変わったりして違和感があるかもしれませんが、色々模索中なためです


──中央暦1638年4月12日午前10時、国境の街ギム ──

 

「どういう事だこれはぁぁぁぁぁあ!」

 

無人の街に怒号が響き渡る。それも無理は無い。意気揚々とギムへ進軍した3万のロウリア軍先遣隊は、各々がクワ・トイネ国民という獲物をどのように嬲ろうか舌舐めずりをしていた。

しかし、いざ攻勢を掛けるためワイバーンを飛ばしたが迎撃が来ない。低空を飛んで地上を確認したところ、ギムは猫の子一匹居ないという有り様だった。

歩兵によりギムに乗り込んでも、竜騎士からの報告通り無人の街並みがあるのみだった。さらに、呆然としているロウリア兵を嘲笑うかのように井戸は埋められ、街路は石畳ごと捲られガタガタ、食糧庫は空っぽという有り様だった。

これでは、ギムを侵攻拠点に利用する為には様々な復旧作業の必要がある上、クワ・トイネはギムを死守するために大量の備蓄をしているだろうと予想し、それを略奪する事で補給とする手筈だったのだがそれも叶わない。先ほどの怒号は、それを悟った先遣隊長アデムの怒りの雄叫びであった。

 

「おのれ…クワ・トイネの亜人共め!小癪な真似を!」

 

苛立ちを隠そうともしないアデムは、放置されていた水瓶を剣で叩いて八つ当たりし始める。

そんなアデムの様子に兵士達は出来るだけ関わらないように、復旧作業をしているふりをしていた。

 

「本隊のパンドール将軍に報告しろ!輜重隊と工兵をすぐに此方に派遣してくれ、とな!」

 

手近に居た兵士の尻を蹴り上げて高圧的に命令すると、既に砕け散った水瓶の破片を踏みにじりながら歯をギリギリと鳴らして吠えた。

 

「クワ・トイネめ!男は奴隷、女は夫の前で犯して魔獣の餌にしてくれるわぁぁぁぁぁあ!」

 

 

──中央暦1638年4月25日午前9時、マイハーク港 ──

 

その日のマイハーク港はどこか浮き足だった雰囲気だった。

予定では今夜、出港し明日の午前中にはロウリア海軍との海戦に突入するはずだ。初の実戦となる者も少なくはない

し、経験者であっても今回から投入された新兵器を使いこなせるのか、という不安を抱えている者も多い。

 

「指揮官殿は現状でも十分に勝てる、と仰っていたが…やはり兵は不安であろうな…」

 

マイハーク港の海軍司令部の最上階の窓から港を見下ろして呟くパンカーレ提督。彼の視線の先には100m以上もある、少なくともクワ・トイネ基準で言えば巨大船の幕下級警備駆逐艦が7隻、そして従来通りのガレー船があった。

だが、ガレー船には前後の甲板に黒い金属の塊から棒が生えたような物が搭載されている。そのガレー船はサモアの手によって改装された機械動力ガレー船であった。武装にクラップ社製37mm機銃を2基、動力にGAMAHA製クルーザー用ディーゼルエンジンを搭載したものであり、速力凡そ20ノットで走り回り2km先の敵船を攻撃出来る。

今までのガレー船よりも乗組員を少なく出来る上に、小回りが効くため沿岸警備用に20隻程を改造し配備されていた。

コンコン、とノックの音が響く。

 

「入れ。」

 

パンカーレが入室を許可すると、副官のブルーアイが入ってきた。

 

「ブルーアイ、出頭致しました!」

 

「うむ、待っていたぞ。とりあえず座ってくれ。」

 

敬礼をするブルーアイに敬礼を返し、ソファーを指して座るように指示する。

 

「失礼します。」

 

指示に従い腰を下ろしたブルーアイの真向かいに座ったパンカーレは早速、彼を呼び出した用件を話す。

 

「ブルーアイよ、君にはこれからやって来るサモア艦隊の旗艦に観戦武官として乗り込んで欲しいのだ。」

 

「観戦武官…ですか。」

 

「うむ。我々にサモアの兵器がもたらされて早一年…しかし、我々はまだ未熟。合格点は貰えるかも知れぬが、まだまだ満点は貰えぬ。」

 

「確かに…サモアの指揮官殿からは、魚雷や更なる大口径砲等は、まだ扱えないと判断されていますからね。事実そうなのですが…」

 

「うむ、そこでだ。サモアから長距離砲撃を得意とする戦艦が派遣されるそうだ。少しでも、彼らの戦術を学ぶために観戦武官を派遣する事となったのだ。」

 

「なるほど…承知しました。観戦武官の任、喜んでお受けします。」

 

「ブルーアイ君であればそう言ってくれると思った。午後3時…15時にはサモアの戦艦とその随伴艦が到着する予定となっている。それまで待機しておいてくれ。」

 

「はっ!」

 

パンカーレの命令にブルーアイは敬礼で返した。

 

 

──同日午後2時半頃、戦艦『ウォースパイト』艦上──

 

天を衝くように聳え立つマスト、水平線を睨むような重厚長大な連装砲、海を征す鋼鉄の城…戦艦とは正に海の王者だ。

そんな事を考えながらブルーアイは、よく磨かれた木材が貼られた甲板上を饅頭に案内されていた。

 

「観戦武官のブルーアイ殿ですね?お待ちしておりました。」

主砲塔の脇で3人のKAN-SENと談笑していた指揮官がブルーアイに気づくと、挨拶をしながら歩み寄ってくる。

3人のKAN-SENの内、2人はメイド、もう1人は幼い見た目に身の丈程もあるような大剣を携えていた。

 

「紹介しましょう。今作戦の旗艦、スゴ技の持ち主。戦艦ウォースパイトです。」

 

「ウォースパイトよ、よろしく頼むわ。」

 

「こっちのメイドが…片目隠してるのが、シェフィールド。」

 

「ロイヤルメイド隊、シェフィールドです。」

 

「こっちの丸眼鏡がエディンバラ。」

 

「ある意味、一番高価な軽巡洋艦ことエディンバラです!」

 

「ウォースパイト殿にシェフィールド殿、エディンバラ殿ですね。私は、パンカーレ提督の副官を務めているブルーアイと申します。」

 

「とりあえず、今作戦の概要を説明します。艦橋へ行きましょう。」

 

ウォースパイトを紹介した瞬間、ブルーアイが戸惑ったような表情を浮かべていたが敢えてスルーして、3人のKAN-SENを連れてブルーアイと共にウォースパイトの艦橋へ向かった。

 

 

──同日午後3時頃、ウォースパイト艦橋内部──

 

「と、纏めるとウォースパイトの長距離砲撃により敵艦隊中央への奇襲を仕掛けます。その後、中央から離れる為に左右へ散開した敵艦隊をシェフィールド及びエディンバラ、クワ・トイネ海軍の幕下級警備駆逐艦及び改装ガレー船により各個撃破します。敵艦隊が組織だった撤退を開始した場合はそのまま逃がします。」

 

「散り散りになった敵艦隊が海賊になる事を防ぐためでしたね?」

 

「えぇ、根拠地に戻ってくれるのであればそちらの方が叩き易いですから。」

 

艦橋に運び込まれていたガーデンセットの椅子に腰掛け、エディンバラが淹れた紅茶でティータイムを楽しみながら作戦の説明を聴くブルーアイ。

しかし、彼の視線はチラチラとウォースパイトの方に何度も向けられていた。

亜人の獣耳のような形に跳ねた癖毛に、幼い顔付きと体つきに似合わぬ大剣と風格。剣の道を行くブルーアイとしては彼女は、数々の戦場を潜り抜けてきた強者だと見抜く事が出来た。

だが…一つだけブルーアイには気になる事があった。だが、指揮官もメイド2人も気にしている様子は無いし、ウォースパイト本人も堂々としている。この疑問を投げ掛けるべきか否か…だが、このままでは気になり過ぎて観戦武官としての任務を遂行出来ないかもしれない。

 

「あの…指揮官殿。」

 

「何か?」

 

だから、思い切って質問する事にした。

指揮官の耳元に顔を近付け、耳打ちするように問いかける。

 

「何故、ウォースパイト殿はスカートを履いていないですか?」

 

そう、ウォースパイトはスカートなりズボンなりを履いていない…端的に言うなら、パンツ丸出しの状態だ。

 

「本人に聞いてみては?」

 

「えぇ…」

 

指揮官の言葉に思わず声が漏れる。

そんな質問を本人、しかも女性に聞くなんて出来るはずもない。だが、指揮官が本人に聞けと言うのであれば、何かしら特殊な事情があるのかもしれない。

 

「あの、ウォースパイト殿」

 

「なにかしら?ブルーアイ殿」

 

「あの…失礼かも知れませんが…スカート等は…?」

 

ブルーアイからの質問を聞いたウォースパイトはフッ、と不敵な笑みを浮かべ薄い胸を張り堂々と答えた。

 

「その質問をされるのは久しぶりね。いいわ、答えましょう。……『オールドレディでもスカートを上げれば走れるものだ』、ならばスカートを履かなければさらに速く走れるのは道理ではなくって?」

 

「…は…はぁ…?」

 

余りにも堂々とした答えにブルーアイの常識が崩れそうになる。どうにか、常識を取り戻そうと傍に控えていたシェフィールドに問いかける。

 

「ロ…ロイヤルの方にはそのような風習があるのですか?」

 

「いえ、あれはウォースパイト様だけですよ。少なくとも私はしません。」

 

「で…ですよね…」

 

「パンツ履いていないので。」

 

「……え?」

 

「機動力確保の為です。」

 

「……」

 

「もうっ、シェフィ!そういう事はあまり人に言っちゃダメだって言ってるでしょ!」

 

常識が完全に崩壊したブルーアイは呆然としながらシェフィールドに対するエディンバラの説教を聞いていた。

 

 

──後に、ブルーアイは海軍の剣術大会で審判ですら見切れない程の体捌きで驚異の30人抜きを果たす事になる。

その体捌きのコツを聞かれた彼は、こう応えた…

 

ロイヤルの真髄を見た、と

 

 




次回こそドンパチパートです


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11.獅子身中の虫

次回はドンパチパートだと言ったな?
あれは嘘だ



申し訳ありません
今後の展開を踏まえて書いたら海戦は後回しになりました


──中央暦1638年4月26日午前7時頃、マイハーク西方沖・ロウリア艦隊中央 ──

 

「いい景色だ、美しいな。」

 

4400隻にもなる大艦隊、その旗艦である帆船の甲板からロウリア海軍提督、シャークン将軍は呟いた。

陸軍がギムを抑えている間にマイハークへと強襲上陸をせよ。そんな命令を受けたシャークンはロウリア史上最大の艦隊を率いて、朝日を反射する波を切り裂いて突き進んでいた。

 

(しかし、王も心苦しいだろう。和解しようと考えていた相手と戦うなぞ。)

 

シャークンはロウリア王の計画の賛同者であった。

だが、パーパルディア皇国の横槍により計画は泡と消えた。故に、心苦しくも生きる為にこのような戦争に臨まねばならない。出来れば殺したくはない、だが自分を信じて命を預けてくれる兵士達の為にも、手を抜くような事はあってはならない。

そんな覚悟を胸に艦隊指揮を執るシャークンが水平線の向こうにあるであろう、マイハークの方向に目を向けた瞬間であった。

 

──ドンッ!

 

鈍い音と共に艦隊の先頭、中央の帆船が水柱に包まれた。

 

 

──同日同時刻、ロウリア艦隊後方──

 

ロウリア艦隊の後方には、マイハークに上陸し制圧するための兵士を乗せた帆船が多く配置されていた。

ロデニウス大陸における海戦とは、オールにより生み出された推進力を使うガレー船によって敵船に接近、兵士が直接乗り込み白兵戦による制圧もしくは、ガレー船の船首に取り付けられた衝角をぶつけて船体に穴を開けて、浸水により沈没させる、という戦法を主としている。

故に海戦においては風向きの影響が少なくガレー船が主力であり、帆船は艦隊旗艦や先導、揚陸作戦の為の輸送が主な仕事だ。その為、艦隊の後方に帆船が配置されている。

 

「はぁ…」

 

そんな帆船集団の一隻、まだ真新しい帆船の船室にてパーパルディア皇国の観戦武官ヴァルハルは首から掛けた指輪と飛竜の鱗を見詰めながら、ため息をついていた。

ヴァルハルはパーパルディア皇国の第三外務局…文明圏外国との外交を担当する部署に所属している。今回のロデニウス大陸への派遣はヴァルハル自らが熱望し、それが受け入れられた結果だ。

文明圏外国への長期派遣は本来、誰もやりたがらない。パーパルディア皇国での生活レベルに慣れた者は、質が劣る文明圏外国での生活なぞ苦痛でしかないためだ。

しかし、それでもヴァルハルはロウリア王国への派遣を熱望した。

 

「……父さん、姉さん。」

 

ヴァルハルがロウリア王国への派遣を熱望した理由。それは、"パーパルディア皇国への復讐"だった。

ヴァルハルの父は、ワイバーンの上位種であるワイバーンロードを駆る竜騎士であり、姉はとある文明国の王子との熱愛の末結ばれた将来の王妃だった。

パーパルディア皇国のエリートである父と、文明国の王妃となる姉…二人はヴァルハルの誇りだった。子供時代のヴァルハルは父から貰ったワイバーンロードの鱗をペンダントにして、友人に自慢していたものだ。

しかし、ある時…父が殺された。

とある文明国の刺客がワイバーンロードに乗る前を狙った。それを理由にパーパルディア皇国は、とある文明国に対して宣戦布告、1週間もたたずにその文明国は滅ぼされてしまった。

そう、その文明国こそヴァルハルの姉が嫁いだ文明国であった。

姉は元皇国民ながら、皇国兵により凌辱の限りを尽くされ街頭に吊るされた。

 

後から父の同僚から聞いた話では、パーパルディア皇国はその文明国で産出される資源欲しさに難癖を付けて、懲罰と称した攻撃を行った。それに激怒した文明国の王が報復として、皇国本国に刺客を送り込み皇国の力の象徴たる竜騎士の暗殺を行ったのだ。

残酷なる運命の巡り合わせにより、父と姉を亡くしたヴァルハルは子供ながら病弱な母や幼い弟と妹を養う事を強いられた。

初めは、父の軍人年金を受け取ろうかと思ったが軍からは、「不意を突かれて、無様に死ぬような者は皇国には居らん!」と突っぱねられた。

その時、ヴァルハルの心に灯った怨嗟の炎はそのまま彼の原動力となった。

必死に、勉学に励んだ。多くの知識を付けて政治を動かす立場に立つため。

必死に、働いた。残された家族を養うため。

苦しく挫折しそうな事もあった。その度に父から貰った鱗と、姉の唯一の形見である結婚指輪を握り締め乗り越えてきた。

そうして、遂に第三外務局に入る事が出来た。そして、ヴァルハルは長年温め続けた計画を実行する為に動き始めた。

 

「この戦争が終わったら…先ずは監察軍の装備をロウリアに密輸して…」

 

そう、彼の計画は"文明圏外国を文明国、そして列強相当まで育てる"、というものだった。

余りにも荒唐無稽な、余りにも幸運に頼った計画である。

この計画の為には密輸がバレず、技術開発を皇国に悟られず、尚且つそれが長期間続かなければならない。

パーパルディア皇国の横暴は、第三文明圏に列強が存在しない事による高慢さから来るものだ。故に、皇国を脅かす国家が存在すればパーパルディア皇国の横暴を抑える事が出来るかもしれない。そう考えたのだ。

パーパルディア皇国にはこんな諺がある『飛竜、風竜を知る』

これは、自らの力を誇る者でも更なる強者の前では萎縮してしまう。と言う意味だ。

つまり、ヴァルハルはパーパルディア皇国という飛竜を萎縮させる程の風竜を自らの手で生み出そうとしているのだ。

 

「ロデニウス大陸をロウリアに統一させれば不可能ではない筈だ。この大陸には、それだけの潜在能力がある。……後は、私の幸運次第か。」

 

ヴァルハルはロウリア王国だけではなく、クワ・トイネ公国やクイラ王国についても調べあげていた。

クワ・トイネ公国は、パーパルディア皇国の属領全ての生産量を足しても足りない程の食糧生産能力を持ち、クイラ王国に至っては第二文明圏のムーで消費される石油が豊富であるし、鉱石も豊富だ。

それに、人口が豊富なロウリアを組み合わせれば…そして時間をかければあるいは…

と、ヴァルハルが考えていた矢先であった。

 

──ドンッ!

 

その爆音に驚いたヴァルハルは、船室を飛び出し帆船の甲板へ転がり出た。

彼が見たのは、降り注ぐ海水と砕け散った木材…そして、水平線の彼方より飛来する光の玉であった。

 

 

──後に、ヴァルハルは語った。

「私の無謀なる計画は、波乱の幕開けと多大なる幸運に恵まれた。」




次回こそ、ドンパチパートです!
楽しみにしていた方、申し訳ありません!


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12.ロイヤル伝説

sigure4539様より評価9を頂きました!

今回は、アズールレーンに関する独自解釈及び、ゲーム的な用語を用いた表現、下手な例え話が含まれます
あらかじめ、ご了承下さい
























では、どうぞ


未知の敵、『セイレーン』に対抗する為に生み出された女性の姿を持った人型兵器KAN-SEN。

そもそもKAN-SENとは、Kinetic Artifactual Navy - Self-regulative En-lore Node…意訳するのであれば、動力学的人工海上作戦機構・自律行動型伝承接続端子の略である。

要約すれば、伝承に接続出来る自立行動可能な兵器…という事になるだろうか。

自立行動可能な兵器は理解出来る。KAN-SENにも人間と同じような人格がある以上、自ら考え行動する事は当たり前のように遂行出来る。

では、伝承接続とは一体どういう意味合いだろうか。

 

KAN-SENを、映画を上映するための機材に例えれば分かりやすいかもしれない。

KAN-SENを映写機、艤装がレンズ、戦場がスクリーンだ。

しかし、映画を上映する為にはもう1つ、欠かせない物がある…そう、フィルムだ。

そのフィルムこそがKAN-SENそれぞれが持つ生い立ちや特徴、逸話であり、これを『カンレキ』と呼ぶ。

言ってしまえばKAN-SENとは、『KAN-SEN』という映写機が『カンレキ』のフィルムを『艤装』のレンズを通して『戦場』というスクリーンに投影する事で、在りし日の軍艦の力を発揮している。

例えば、41cm砲を装備したKAN-SENがその主砲を発射したとしよう。

そのKAN-SENは、映写機がフィルムを投影する為にモーターやライトを作動させるかの如く、自らの体から特殊なエネルギーを発生させる…これを『伝承接続状態』と言う。この伝承接続状態で艤装を起動させ、そのエネルギーを艤装の主砲を通して発射する。すると、戦場というスクリーンには41cm砲弾の発射炎や音、弾道に衝撃波、そして直撃時の様々な破壊力が投影されるのだ。

これは『伝承打撃』と名付けられており、セイレーンに対しての有効打となりえる攻撃とされている。しかし、伝承を完全に再現出来ていない為、実際の威力は50%ほど減衰している。

映画は映写機とレンズとフィルムとスクリーンだけでは完全ではない。そう…音響が必要だ。

どちらかと言えばただの映画では無く、活動弁士が居る無声映画に例えた方が良いのかもしれない。

そして、活動弁士の役割を果たすのが実弾…つまりは弾薬だ。

実弾に伝承打撃のエネルギーを纏わせる事で装備している艤装の威力、それを100%引き出す事が出来るのだ。

 

他にも、艤装の換装や俗にスキルと呼ばれる『伝承再現』についてだとか色々とKAN-SENの情報はある。しかし、今はこれだけを知っていれば十分だろう。

『KAN-SENは弾薬が無くとも戦える』

 

 

──中央暦1638年4月26日午前7時頃、マイハーク西方沖・ウォースパイト艦橋内──

 

「Belli dura despicio!」

 

──ドンッ!ドンッ!

 

ウォースパイトの気迫溢れる言葉と共に、38.1cm連装砲が火を噴く。衝撃波により海面の波が潰れ、平らになってしまう。

 

「……手応えあり、命中ね。」

 

「流石の腕前だな、ウォースパイト。」

 

ロウリア艦隊より20km離れた位置に単艦で陣取っているウォースパイトの艦橋で水平線を見据えるウォースパイトと、レーダー画面を見る指揮官とブルーアイ。

ブルーアイはレーダーの見方をいまいち分かっていなかったが、画面に何らかの変化があった為、彼女の言うとおりロウリア艦を撃破したのだろう。

 

「でも、実弾が無いといまいちねぇ…」

 

「木造船相手には伝承打撃だけでも十分過ぎるさ」

 

そう、今のウォースパイトは"実弾"を使っていない。本来は弾薬切れの際に使う最後の手段、実弾を伴わない『伝承打撃』を使用して砲撃をしているのだ。

 

「20km先の相手に当てるなんて…」

 

「ウォースパイトは本気になれば、24km先の相手にも…しかも、ロウリア艦隊よりも速い相手に当てますよ。」

 

「なんと…」

 

「当然よ、私はウォースパイト…戦争を軽蔑する者よ。だが、この私から陛下や指揮官とのティータイムを奪う者には容赦しないわ。」

 

ふふん、と胸を張るウォースパイト。だが、その特徴的な癖毛がピクッと動いた。

 

「敵機…いいえ、"敵騎"の反応を感知。」

 

「この空は加賀に任せてある。クワ・トイネ空軍はエジェイに居るからな。」

 

「そう、なら安心ね。」

 

指揮官とウォースパイト、二人の会話を聞きながらブルーアイは異次元の戦場に戸惑う事しか出来なかった。

 

 

──同日同時刻、ロウリア艦隊──

 

「司令部!こちら、東方征伐艦隊!謎の攻撃を受けている!至急、反撃の為の航空支援を送ってくれ!」

 

通信士から魔信を引ったくると、悲鳴のようにロウリア本国の司令部へ通信を送るシャークン。

何処からか光の玉が飛んできたかと思うと、それが海面に達した瞬間、一番大きな帆船のマストすら越える水柱が上がり、それに飲み込まれた船はバラバラ…近くに居るだけでも転覆してしまう。

そんな光景を目の当たりにした水夫達はパニックになりながら、出鱈目に船を走らせる。

 

《その声はシャークン将軍か!?何があった!》

 

「パタジン殿!空から光……うぉっ!…くっ、何か分からない攻撃を受けている!」

 

《わ…分かった!とにかくワイバーンを150…いや、250送る!それまで持ちこたえてくれ!》

 

「助かる!」

 

通信に出た者が最高司令官であるパタジンであったため、素早い判断が下された事に感謝しながら揺れる船の上でどうにか踏ん張る。

付近に光の玉…ウォースパイトからの砲撃が着弾し、その度に水柱が上がり海水の雨が降り船が大きく揺れる。まるで時化に突っ込んだかのようだ。

 

「司令部にワイバーン部隊を要請した!それまで持ちこたえろ!」

 

どうにか士気を保たせるべく、援軍が来る事を知らせる。だが、シャークンの鼓舞は悲鳴混じりの報告に掻き消された。

 

「左舷方向より、大型船接近!」

 

「右舷からもだ!」

 

千切れんばかりに左舷方向を向く。

見たことも無いような巨大な灰色の船が3隻、やたら速いガレー船を引き連れて艦隊から離れた船を、何らかの方法で攻撃している。敵船が炎を噴く度に、船が砕けて海の藻屑となる。

 

(あれは…魔導砲か!?)

 

パーパルディア皇国にて演習を見学した事のあるシャークンは、その攻撃に心当たりがあった。

離れた敵船を一方的に破壊する恐るべき兵器…しかし、それは文明国でしかお目にかかれないものであり、こんな文明圏外にあっていい物ではない。

 

 

──同日同時刻、シェフィールド艦上──

 

「はぁ…実弾使用禁止とは…フラストレーションが溜まります。作戦が終わったら、がいちゅ…ご主人様に模擬弾を叩き込みましょうか。」

 

クワ・トイネ海軍の幕下級警備駆逐艦2隻と、改装ガレー船5隻を率いて散開したロウリア艦隊を各個撃破する任務についていたシェフィールドは不機嫌そうに呟いた。

 

《シェフィ!指揮官だって弾薬費と釣り合わないって言ってるし、事実そうなんだから抑えてよ!》

 

シェフィールドの独り言を通信越しに聞いていたエディンバラが彼女を嗜める。

そう、エディンバラの言うとおり対ロウリア艦隊においてサモアの戦力は色々と割りに合わない。

家一軒分の値段とも言われる魚雷を手漕ぎ船に使う事はコストパフォーマンスが余りにも悪い。もちろん、ウォースパイトの38.1cm砲弾もメイド二人の15.2cm砲弾も割りに合わない。その上、威力過剰だ。

その為、普段は使わない非実弾攻撃である伝承打撃によって攻撃している。

例え、威力が半減していてもロウリア艦隊には十分過ぎる威力であり、弾道や射程は変わらないため普段通りに戦える。

しかし、戦う為に生まれてきた自分達がこうして制限をかけられたまま戦場に出されると言う事は、少なくともシェフィールドにとっては不満であった。

 

「…トカゲが飛んできてますね。クワ・トイネの皆様、対空攻撃は気にせず海上に集中されますように。エディンバラもですよ」

 

《了解!》

 

《シェフィに言われなくても分かってるってば!》

 

自らが引き連れるクワ・トイネ海軍艦艇と、ロウリア艦隊を挟んで反対側に居るエディンバラに呼び掛ける。

今回、エアカバーにやってくるのは世界に名だたる空母機動部隊が片割れ、加賀の艦載機達。

性能の差は歴然、取り零しも自分とエディンバラで対応出来る。

そんな、指揮官からの指示を思い出しつつ頭上を飛び越えて行く機影を見上げた。

 

 

──同日ウォースパイトの初撃より15分後、マイハーク沖上空──

 

「なんだこの有り様は…」

 

海戦の舞台となっているマイハーク沖上空に到着した、ロウリア軍ワイバーン部隊の隊長は海上を見て唖然とした。

見送った艦隊は4000隻を越える大艦隊。美しい一切の乱れがない陣形で海を突き進む艦隊は、クワ・トイネ艦隊を蹂躙するだろうと思っていた。だが、現実は違った。

精強なるロウリア艦隊は、蜘蛛の子を散らしたように皆ががむしゃらに動き回り、波間には無残に破壊された船の残骸やバラバラになった人間のパーツが浮かんでいた。

 

「あの船か!?……なんて大きさだ!」

 

隊長がロウリア艦隊の左右に展開したシェフィールドとエディンバラ、そして遥か先に見えるウォースパイトを指した。

 

「味方の左右に居る敵大型船に75ずつ、100は俺について来い!」

 

隊長は素早く指示を飛ばし、上空からの攻撃で敵艦隊を撃破しようと試みた。

だが、それは叶わなかった。

 

《上空!敵騎接近!》

 

誰かからの報告を聞いた隊長は、上空を確認する前に、ブーンと言う聴き馴染みのない音が聴こえた。

次の瞬間には、愛騎もろとも何かに貫かれ、波間を漂う残骸の仲間入りを果たしていた。

 

 

──同日同時刻、ロウリア艦隊後方──

 

「なっ……」

 

謎の攻撃の正体を探るべく、水平線を睨んでいたヴァルハルは驚愕に思考が染められていた。

水平線の彼方から飛来する謎の光の玉に、ロウリア艦隊の左右に現れた巨大船。

 

「まっ…まさか、ムーか!?」

 

ヴァルハルの脳裏を過ったのは、この地から遥か西方の列強国、ムーの存在だった。

左右の巨大船は、遠目にしか見えないが回転砲塔のような物を備えているように見える。更には、帆が無いにも関わらず高速で航行し、うっすらと黒煙を吐き出している。それらの特徴は、ラ・サカミ級始めとするムーの船が持つものだ。

本来、ムーは中立を掲げているためこんな文明圏外国の戦争に荷担する事は無い。

だが、このロデニウス大陸のクイラ王国にはムーが求める石油が豊富に埋蔵されている。クイラ王国と国交を結んだムーが権益保護のため、介入してくる可能性もゼロでは無い。

 

(だが、こんな東方の僻地までムーが進出してくるか?それに…あの船はムーの物よりも洗練しているように見える。)

 

ヴァルハルが現状を分析しようと、いっぱいいっぱいな頭をフル回転させる。

正に、思考回路はショート寸前だ。

 

「ワイバーンが来たぞ!」

 

そんなヴァルハルの思考を遮るようにロウリア兵が上空を指差す。

それに釣られるように、空を見上げるとロウリア軍のワイバーン…200以上は居そうな大部隊が戦域に到着した。

 

(流石のムーでも船だけではワイバーンには苦戦するだろうな。)

 

そう考えていたヴァルハルであったが、彼の目に何やらキラッと光る物が映った。

ワイバーン部隊の遥か上空、小さな点にしか見えない。

それは、初めは何か理解出来なかった。だが、ブーンと言う独特の音はヴァルハルには理解出来た。

 

「やはり…飛行機械か!」

 

ワイバーンの上空から降下してきた飛行機械は、鼻先をチカチカ光らせた。すると、ロウリア軍のワイバーンが、ガクッと急に力を失い竜騎士もろとも混乱の最中にあるロウリア艦隊の只中に堕ちていった。

 

(違う!ムーの『マリン』ではない!)

 

ヴァルハルが掴んでいたムーの最新鋭飛行機械、マリンの情報と謎の飛行機械は大きく違っていた。

ムーのマリンは、翼が上下二段になっている複葉機と呼ばれるものだ。しかし、今ロウリア軍ワイバーンと交戦している飛行機械は、より洗練された形状で翼は左右を貫くような形で配置されている一枚しか無い。どちらかと言えば神聖ミリシアル帝国の『天の浮舟』とマリンを足したような形をしている。

そう、マイハーク港沖に停泊している加賀より発艦した『零戦52型』が機首の機銃でワイバーンを次々と撃墜しているのだ。

 

(なんだ!一体どこの飛行機械だ!?)

 

撃墜されて行くワイバーンを見上げながら、ヴァルハルは必死に考える。

だが、その思考は結論を出す事は出来なかった。

 

──ドンッ!

 

「うおぉぉぉぉ!?て…転覆する!」

 

至近距離に着弾したウォースパイトの砲弾によって発生した波に巻き込まれ、転覆する帆船。その勢いで海へと投げ出されたヴァルハルは、背中から海面に叩き付けられ気絶してしまった。

幸いな事に、仰向けだったため溺れる事はなかった。

 

 

──同日同時刻、ロウリア艦隊中央──

 

「……撤退だ!」

 

「は…?」

 

「撤退せよ!もう持たん!」

 

奇妙な飛竜により、250ものワイバーンは殆ど撃墜されてしまった。その上、艦隊はクワ・トイネ海軍と一戦交えるどころか、逃げるのに手一杯な状態だった。

故にシャークンは、無駄な犠牲をこれ以上出さない為に撤退を決断したのだった。

 

「は…はいっ!」

 

全艦に撤退命令を伝える通信士を、自ら手助けしようとした。しかし、上空から何か聴こえてきた。

 

「仲間の仇ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

奇跡的に加賀の零戦から逃れた竜騎士がワイバーンを全速力で飛ばし、ウォースパイト目掛けて飛んで行く。だが…

 

──ドンッ!

 

ウォースパイトの砲撃がワイバーンに直撃、竜騎士とワイバーンが血煙になった瞬間を目撃したシャークンが次に見た光景…それは、自らが乗船している帆船の船首に砲撃が命中した瞬間だった。

 

 

──同日同時刻、ウォースパイト艦橋内──

 

「やるねぇ、ワイバーンに主砲を当てるとは。」

 

「狙った訳じゃないわ。偶然よ。」

 

加賀からの通信で、ロウリア艦隊の撤退と、ついでにウォースパイトの砲撃が飛行しているワイバーンを撃墜した事を聞いた指揮官とウォースパイトは、一息つくように砲撃を止めてシェフィールドとエディンバラに漂流者の救助を命令した。

その間、ブルーアイは長距離砲撃の有効性を軍務局へ訴えかける為の、報告書の参考にするメモを取る事に忙殺されていた。

 

斯くして、マイハーク沖海戦は終結した。

ロウリア海軍の損害は、軍船3000隻以上、ワイバーン220騎、兵士集計不能、という大損害を被った。

一方、クワ・トイネ海軍の損害は改装ガレー船に装備した37mm機銃から排出された薬莢に接触した事による火傷が2名、確認されたのみだった

 




457mm連装砲の設計図が集まりません


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13.鉄蛇、鉄人、鉄竜

松雨様より評価10を、ガトリング・ゴードン様より評価8を頂きました!


若干グロが入ります


──中央暦1638年4月25日午前9時頃、要塞都市エジェイ防衛司令部──

 

「ふむ、陣地構築は完了しておるようですな!」

 

「えぇ、あとはビスマルク殿の作戦に使用するギムまでの線路が無事であれば良いのですが…」

 

エジェイ防衛司令部の窓から、エジェイを囲む城壁を眺める二人の男性。

一人はクワ・トイネ西部方面師団司令官、ノウ将軍。そして、もう一人は奇妙な形の片眼鏡らしきものを着用した重厚な雰囲気の軍服を身に纏う、サモア陸戦部隊司令官シュトロハイム大佐である。

そんな二人が眺める城壁は、M2重機関銃や37mm機銃、81mm迫撃砲が設置されており以前とは比べ物にならない程の防御火力を獲得していた。

 

「しかし、厚かましい願いではありますが…線路が不要な"戦車"とやらも配備したいものですな。」

 

「ふぅむ…確かにAT(アーマードトルーパー)では目立ち過ぎる上に大口径砲を装備してしまうと最大の特徴である機動力が発揮出来なくなり、装甲列車は線路が無い戦場には持って行けませんからな。」

 

チラッと、城壁の内側にあるエジェイ市街地を見下ろす。

そこには、重厚な装甲と長大な砲身を備えた列車…装甲列車が鎮座しており、周囲では兵士達が点検作業に従事していた。

サモアには、戦車や自走砲といった機甲戦力は少ない。さほど大きな島でもなく、対セイレーン戦では陸戦の可能性が低かったためだ。

その為、サモアにおける陸上火砲は戦艦の砲塔を流用した要塞砲や、移動砲台として装甲列車等が主力となっている。

 

「明日には作戦開始ですな。」

 

明日早朝、エジェイより2km西方で野営をしているロウリア軍に砲撃を行う手筈になっている。丁度、海戦が行われている間に陸戦を同時に行いロウリア軍を混乱させる作戦だ。

 

「ふっ…ご安心されよ。」

 

シュトロハイム大佐は右腕を前方斜め上に突き出したお決まりの特徴的な敬礼をした。

 

「我ァァァァァァが鉄血陸戦部隊のォォォォ戦術教導は世界一ィィィィィ!」

 

「は…ははは…」

 

相変わらず煩いシュトロハイム大佐に、ノウ将軍は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 

──中央暦1638年4月26日午前7時頃、エジェイ西方2km・ロウリア軍野営地──

 

野営地の後方にある一際大きな天幕の下、朝食の硬いパンと具材の少ないスープを前にロウリア陸軍エジェイ攻略部隊の司令官、ジューンフィルア伯爵は思考に耽っていた。

 

「エジェイへの街道にあった木と鉄の道…偵察隊が目撃した鉄の大蛇…クワ・トイネは一体何をしようとしている…?」

 

彼には幾つか懸念があった。

先ずは、補給の問題。ギムや周辺の集落はもぬけの殻であり、略奪による補給が出来なかった。その為、司令官であるジューンフィルア出さえも目の前にあるような粗食を強いられている。

次に、ギムとエジェイを結ぶ街道の中間地点辺りから現れた砂利を敷いた上に、木材と長大な棒状の鉄を置いた謎の道。

最後に、偵察と嫌がらせを兼ねた騎兵隊が目撃したという鉄の大蛇。

 

「導士ワッシューナよ、貴様はどう思う?」

 

一人で考えても仕方ない、と思い傍らの魔導士ワッシューナに問いかけた。

 

「はい、私も直接見た事はありませんが…列強国には"鉄道"と呼ばれる乗り物があると聞いています。噂によると、鉄の箱を幾つも並べた物で鉄で作られた道を、馬を遥かに越える速さで走る物…と聞いております。」

 

「なんと!列強国にはそのような物が…だが、我々も持たぬような物をクワ・トイネが持っているとは思えぬな。」

 

その言葉とは裏腹にジューンフィルアは言い様の無い不安に駆られていた。

 

「ここに陣を構えてもう二週間になろうとしている。騎兵隊による挑発で奴等も限界であろう。今日、仕掛けるぞ。」

 

ギムで略奪も何も出来なかった兵士達の不満は最高潮に達している。現に、素行のよろしくない兵士…赤目のジョーヴを始めとする者が些細な事でケンカを始める等している。

一応は彼らの直属の上司である騎士団長ホークが諌めてはいるが、このままでは士気に関わる。

それ故、ジューンフィルアはエジェイへの攻撃開始を決めた。

 

「おい!なんだありゃ!?」

「さっき見た奴だ!間違いねぇ!」

「鉄の…大蛇!?」

 

しかし、兵士達が何やら騒ぎ始めた。

何事か?と思い、天幕から出て騒ぐ兵士の視線を辿る。

 

「なんだ…あれは…」

 

エジェイの城壁の前に、2km先からでも分かる程に巨大かつ長大な鉄の大蛇…BP42と呼ばれる装甲列車だ。

Ⅳ号戦車パンターの砲塔を搭載した戦車駆逐車が2両、40mm4連装機関砲と7.62cm野砲を搭載した対空車が2両、10.5cm榴弾砲を搭載した砲車が2両、そして指揮車と機関車が連結されている。本来は、戦車運搬車が2両あるはずだが諸事情により砲車に置き換えられている。

つまり、10.5cm榴弾砲4門、7.62cm野砲2門、7.5cm戦車砲2門、40mm4連装機関砲2基…そして、エジェイの城壁上に設置された81mm迫撃砲が15門程が一斉にロウリア軍に向かって火を噴いた。

 

──同日攻撃開始より10分後、エジェイ防衛司令部──

 

「ヴァァァァァァカ者がァァァァァァ!我が鉄血のォォォォォォォ装甲列車にはクラップ社製の優れた火砲を搭載しておるのだァァァァァァ!」

 

「……」

 

ノウは、シュトロハイム大佐の横で耳を塞いで戦場の成り行きを見守っていた。

正直、ノウはサモアの指揮官を信頼していなかった。何を考えているか分からないあのポーカーフェイスは、何処か胡散臭さがあった。

 

「鉄血の火砲は世界一ィィィィィ!」

 

だが、こんな煩い男を受け入れている辺り器は大きいのだろう。

そんな事を考えながら、砲撃により左右に分断されたロウリア兵を見下ろしていた。

 

 

──同日攻撃開始より15分後、ロウリア軍野地周辺──

 

砲撃により、散り散りになったロウリア兵の前に立ち塞がったのは緑色の鉄の巨人だった。砲撃から逃れた兵士達に、奇妙な形の三つ目が向けられる。

 

「うっ…うぉぉぉぉぉお!」

 

一人の兵士が勇気を振り絞り、鉄の巨人に向かって槍を振るう。だが、その兵士は鉄の巨人…スコープドッグが持つ口径30mmのヘヴィマシンガンにより、地面を染める赤いシミとなった。

 

「うわぁぁぁぁぁあ!がぁっ…」

「化け物…げぶっ!」

「痛ぇよぉぉぉぉ!俺の腕…腕…はぁー…はぁー…はぁー…うぅぅ…」

 

一方的であった。

矢を弾き、近寄ろうにも手に持ったヘヴィマシンガンが火を噴きロウリア兵を無惨な肉塊に変えて行く。

ある者は30mm弾が直撃し血煙となり、またある者は30mm弾が炸裂した衝撃で四肢が千切れ、苦しみ抜いて失血死して行く。

これだけの巨体なら動きも鈍いだろう、と判断した騎兵が大回りするように通り過ぎようとするが、キュィーンというローラーダッシュの音と共に追いかけられ愛馬と合挽き肉になった。小回りは効かないだろうと判断した騎兵も、ターンピックを使った信地旋回によって動きを追尾され雑草の肥料となった。

砲撃からも、スコープドッグ部隊から奇跡的に逃げ仰せた者もエジェイの城壁に設置された、スコープを搭載したM2重機関銃の狙撃によりその命を散らして行く。

 

「ワイバーンだ!ワイバーンが来たぞ!」

 

誰かが空を指さして叫んだ。

ギムを占領した本隊から80騎のワイバーンが此方に向かって飛んで来る。

これで安心だ…鉄の大蛇も巨人も、地を這うしか出来ない。誰もがそう考えた。

だが…それは結局、哀れな犠牲者を増やすだけであった。

 

 

──同日攻撃開始より30分後、エジェイ郊外上空──

 

『ダメだ!追い付けない!』

『馬鹿!後ろだ!』

『え?…うわぁぁぁぁ…!』

『おい!?相棒!相棒!頼む!目を…目を開け…うおわぁぁぁぁぁぁ!』

 

地上に負けず劣らず、上空も地獄となった。

エジェイ東部に作られた簡易飛行場、そこから飛び立った鉄の飛竜…クワ・トイネ空軍所属の『F2Aバッファロー』がロウリア軍のワイバーンを蹂躙していた。

追おうにも追い付かず、逃げようにも逃れられず、当てようにも当たらず、避けようにも避けられぬ。単純ながら、圧倒的な性能差がある故にロウリア軍ワイバーンは圧倒されていた。

 

──ドドドッ!ドドドッ!ドドドッ!

 

そんな中、明らかに姿も動きも異なる者が存在した。

クワ・トイネ空軍のバッファローが、樽のような太く短いフォルムをしているのに対し、それは細長く滑らかな洗練された姿を持っていた。

機首に黒いチューリップのマーキング、コックピットの下にハートのエンブレム…BF-109T(Bubi)である。

そのBF-109Tは、低空を飛んでいたかと思うと急上昇し必死に逃げているワイバーンを下方から銃撃、そのまま上昇して後方宙返りしながら後方のワイバーンへ上方から銃撃、宙返りして水平飛行に戻った瞬間にヘッドオン状態になったワイバーンへ銃撃。その一連のマニューバで一気に3騎のワイバーンを叩き落とした。

 

《赤城教官!落としすぎですよ!》

 

《ごめんなさいねぇ、ツェッペリンから借りたこの子を使うのが、ついつい楽しくなってしまったのよ。》

 

クワ・トイネ空軍のパイロットが、自分達の活躍の場を奪われてはたまらんと言わんばかりに通信で抗議する。

だが、通信の相手…赤城はクスクスと笑うだけで、急降下して再びワイバーンを撃墜した。

 

《でも、指揮官様からは貴方達のサポートに徹しろ、と言われてますから私はここでお暇しましょう。》

 

散々暴れた赤城の操るBf-109Tは高度を上げて、エジェイの上空を旋回し始めた。

この空戦によって、ロウリア軍のワイバーン80騎は全滅、クワ・トイネ空軍の被害はゼロであった。

因みに、赤城所属機は1機で15騎の撃墜を記録した。

 

 

──同日同時刻、ロウリア軍野営地──

 

「これは…魔法…いや…違う…なんだ……なんだ…」

 

ワッシューナが虚ろな表情で、ブツブツと呪文のように呟いている。

それをBGMにジューンフィルアは膝を着き、天を仰いでいた。

厳しい訓練を積んだ兵士が、まるでゴミのように死んでゆく。

鉄の大蛇が噴く炎により原形すら留めず死ぬ者、鉄の巨人が持つ武器により血煙となり死ぬ者、鉄の飛竜によってワイバーンごと叩き落とされる者。

全てが圧倒的な破壊によって、葬られた。

 

「魔帝の復活…?違う…きっと…魔法では……なっ……」

 

ワッシューナの独り言が途切れた。

ふと、彼の方を見ると"顔の上半分が無い"

うー、だとか、あー、だとか…そんな不明瞭な声を発して三歩程歩いて倒れた。

 

(逃げなければ。)

 

そう思い、立ち上がろうとしたジューンフィルアの目に黒い点が見えた。

それは次第に大きくなり、やがて…10.5cm砲弾が炸裂した閃光と衝撃の中、ジューンフィルアの意識は消失した。

 

この戦闘にて、ロウリア軍の生き残りは僅か4名。

3名は、砲弾の破片により重傷を負っており懸命な治療の結果、後遺症こそ残ったものの生き延びる事が出来た。

残る1名は奇跡的に無傷だった、スワウロと名乗る謎の金属盾を持った重装歩兵であった。

 

 

──同日午前2時頃、マイハーク市近郊・サモア管理地──

 

クワ・トイネからサモアへ提供された土地に作られた、『アズールレーン・マイハーク駐屯地』の倉庫。

そこに、眼鏡に白衣姿のビスマルクと、ブカブカの白衣を羽織ったU-556の姿があった。

 

「556?貴女、列車の運転出来るの?」

 

「任せて下さい!アネキのお役に立てるように色々、勉強しましたから!」

 

そう、自信満々にU-556はディーゼル機関車を動かして倉庫から巨大な車両を引っ張り出す。

重厚長大な柱のような物が搭載された車両に、ビスマルクは歩み寄り静かに手を添えた。

 

「さて…この子が、ラインの黄金とならない事を願うしかないわね。」

 




どちらかと言えば、陸戦の方がスラスラ書けます


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14.バルムンク

少し短めですが
あと、超兵器出ます


──中央暦1638年4月28日午前9時頃、ロウリア軍東方征伐軍・ギム司令部──

 

ギムを占領したロウリア軍の司令部にて、東方征伐軍総司令官パンドール将軍が部下から報告を聞いていた。

 

「なるほど…エジェイに向かわせたワイバーン80騎だけではなく、ジューンフィルア伯爵が率いる先遣隊の消息が不明…」

 

「はい、ですのでワイバーン1騎を偵察騎として飛ばし状況確認を致したいのですが。」

 

パンドールに報告していた、副将アデムが同時に提案する。

 

「ふむ、ジューンフィルア伯爵の指揮でこのような事があるとは予想外だが…ここは敵地、何があってもおかしくはない。」

 

「では…」

 

「うむ、偵察騎を出しなさい。」

 

「承知しました。」

 

パンドールより、許可を得たアデムは偵察に出す竜騎士を選ぶ為に、竜舎へ向かった。

 

 

──同日同時刻、エジェイより西方24km地点──

 

黄色と黒の縞模様でペイントされたスコープドッグが、2機がかりで巨大かつ頑丈そうな銀色のケースを持って線路の脇を歩いている。

元々、ギム再開発のため資材運搬用の線路を敷設していたのだが、対ロウリア戦の影響により工事が中断していたのだ。

 

「ほぇ~…本当に大きいですね~。何時もはアネキの船体に乗ってるから実感が湧きにくいですけど。」

 

「そうね。ロイヤルやユニオン、重桜では40cm砲を搭載した戦艦が居るけど…地上では、この子より大きな砲はそうそう居ないわ。」

 

U-556とビスマルクがスコープドッグを先導するように歩く線路脇、U-556が見上げる線路上にそれはあった。

全長31.32m、重量286t、搭載されるは口径38cm、銃身長およそ18m…

ビスマルク級戦艦の主砲を流用し、竜殺しの英雄の名を持つ巨大陸上火砲『38cm ジークフリート K(E)列車砲』である。

 

「ここにお願い。それと、操作要員以外は退避するように伝えてくれるかしら?」

 

ジークフリートの砲尾付近にケースを置いたスコープドッグは、ビスマルクの言葉に敬礼するとローラーダッシュを使ってもと来た道を戻っていった。

それを見送ったビスマルクは、ケースに埋め込まれているコンソールを操作し開封する。白い冷気が、もくもくと地を這うように溢れ出し、徐々に納められている物の姿を露にした。

 

「これが…アネキの初代艤装から回収した…」

 

「えぇ、禁忌の力…セイレーンより与えられた未知の技術。そうね…ジークフリートから放たれるのであれば、こう呼ぶべきかしら。」

 

漆黒の38cm砲弾…だが、まるで血管のような赤い光の線が縦横に走っている。

 

「……『バルムンク』」

 

 

──中央暦1638年4月28日午前11時頃、ギム東方3km──

 

「腹減ったな…」

 

そんなぼやきと共に、竜騎士ムーラは愛騎であるワイバーンに騎乗し偵察に向かっていた。

早めの昼食をとり、正午からの哨戒任務に備えようと思った矢先にアデム直々にエジェイへの偵察を命令されたのだ。

そのため、昼食を食いそびれてしまったのだ。

 

「全く…誰かが言ってたぞ?腹が減っては戦は……」

 

──ズゥゥゥゥゥゥゥン……

 

東方から遠雷のような音が聴こえた。

 

「なんだ?」

 

音が聴こえた方向に目を向けても、雲一つ無い青空。雷なんて起きそうにもない天気だ。

何だったのだろう?ムーラが首を傾げた瞬間……

 

──シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 

空気を切り裂く音と共に、何かが頭上を通り過ぎて行った。

バッ、と振り向く。一瞬だけ、何かが見えた気がする。

しかし、それはギムの上空で"黒い太陽"となった。

 

「う…?おぉ…?」

 

オレンジ色の陽炎を纏った黒い太陽は、ムーラをワイバーンごと引き寄せようと不可視の力を行使した。

 

「う…う…おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

ムーラは引き寄せられまいとワイバーンに拍車をかける。

 

「頑張れ、相棒!あれは…ヤバい!」

 

必死にワイバーンを操るムーラ、だがギムは更なる地獄となっていた。

 

 

──同日同時刻、ギム──

 

ギムは未曾有の事態に陥っていた。

遠雷の後に聴こえてきた風切り音、そして上空に現れた、黒い太陽とした言い様の無い物体…それはまるで渦潮のようにあらゆる物を"吸い込み始めた"。

初めは、軽いぼろきれ。次に空の桶や外していた馬具。そして遂には…人間も馬もワイバーンも、挙げ句の果てには建物も土台ごと吸い込み始めた。

 

「アデム君!これはっ…一体…!?」

 

「わっ…分かりません!もしやっ…これは…っ!」

 

司令部の柱に掴まって、窓から吸い出されまいと踏ん張っていたパンドールとアデム。

アデムが知る物に、このような力を持つ兵器も魔法も無い。だからこそ、最後に残った可能性を思い浮かべた。

 

「まっ……まさか…魔法帝……」

 

ふわり、と浮遊感を覚えた瞬間、パンドールとアデムは瓦礫の一部と化した。

 

 

──実験報告《市街地に対する特殊弾頭使用について》製作者・ビスマルク──

 

今作戦において使用された特殊弾頭、コードネーム『バルムンク』はエジェイより西方24kmから、38cm砲弾に搭載しジークフリート列車砲から発射。

時限信管によりギム上空、500mにて炸裂の後に高重力場を空中に発生させギム中央部より範囲1kmを上空に巻き上げ完全に破壊、保護されたロウリア軍竜騎士の証言では3km先でワイバーンの全力飛行であっても500m程引き戻された模様。

出力5%状態であっても、上記の破壊力を発揮したため大量破壊兵器に分類すべきと判断する。

 

《セイレーン技術解析の為、研究は続行

なれど、生産は現状では行わない》

サモア指揮官クリストファー・フレッツァ准将より




黒鉄の楽章のEXビスマルクは強敵でしたね
……エセックス(手加減)は殿堂入りです


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15.男の背中

通算UAが1万に届きそうな事に驚いています


──中央暦1638年4月30日未明、ロウリア王国王都ジン・ハーク、ハーク城──

 

「鉄の巨人か……俄には信じがたい…だが、斥候は確かに見たのだな?」

 

「はい、私の直属の部下である魔導士斥候がジューンフィルア伯爵との連絡途絶の後、ギム付近まで進出したところ…」

 

「クワ・トイネの国章を付けた鉄の巨人を見たと…」

 

ロウリア王はパタジンからの報告を聴いていた。

報告によればギムの街は完全に崩壊、瓦礫の隙間からロウリア軍の軍旗や人の死体が見えたという。それが真実であれば、敗残兵にしか見えない状況で帰って来た海軍と合わせ、東方征伐軍は壊滅したとしか思えない。

ガタッ、と椅子を鳴らして黒いローブの者…パーパルディア皇国の使者が立ち上がった。

 

「貴様らには失望した。我々からの援助がありながら、こんなにも無様に敗北するとは。」

 

「海戦では超巨大船、陸戦では鉄の巨人に負けただと?貴様らの怠慢で負けた事に言い訳するな。」

 

「ヴァルハルを死なせた代償は重いぞ。……面倒な仕事は奴が引き受けていたから、我々は楽が出来たというのに。」

 

呆れと侮蔑を含んだ言葉と共にパーパルディア皇国の使者が、会議が行われていた王の間を後にする。

 

(援助だと!?戯言を!貴様らが行ってきたのは脅迫ではないか!貴様らのせいで、何人の人間が犠牲になったと思っている!)

 

去り行く使者達に怒りの双眸を向けながら、拳を握り締め歯を食い縛る。

 

「皆…すまぬ。余が弱く、臆病であったが故…多くの将兵を死なせてしまった。パーパルディアからの要求を、はね除ける程の力さえあれば…!」

 

使者達の足音が聴こえなくなると、ロウリア王は玉座より立ち上がり出席者に深々と頭を下げた。

目を伏せるパタジン、目頭を押さえるホエイル、王の謝罪に狼狽えるミミネルとスマーク。

 

「こうなってしまった以上、パーパルディア皇国からの侵攻は避けられん。これ以上、将兵を死なせる訳にはいかん。……クワ・トイネ公国とクイラ王国、両国に講和を申し出る。」

 

「講和ですと!?過程はどうであれ我々から仕掛け、我々は敗北を重ねています!これは講和ではなく降伏ではありませんか!」

 

王の決断に声をあげるミミネル。だが、ロウリア王の決意は固かった。

 

「良い、余の責任によって行った戦争だ。全ての責任は余にある…余の命一つで済むのなら、喜んで処刑台へ登ろうではないか。」

 

「王よ……」

 

パタジンが堪りかねてロウリア王に言葉を掛けようとするが、それは王の言葉によって防がれた。

 

「パタジンよ、おそらく余は裁かれ断頭台の露と消えるだろう。そうなれば、余の後を任せられる者の筆頭は貴様だ。……信じがたいが、クワ・トイネは未知の力を持っている。もし、それが事実ならパーパルディア皇国にも対抗出来るかもしれぬ。彼らの要求は可能な限り飲み、民の命を守るように。」

 

「……はっ!」

 

溢れ出しそうな涙を堪えるように上を向き、覚悟を決めた王に応えるように精一杯の返事をした。

 

「と、言う訳だスマークよ。余は自らギムに赴き、講和を…降伏を行う。一刻を争う事態だ。貴様から竜騎士団長アルデバランに伝えよ。誰か一人、初陣の竜騎士を選べとな。」

 

「初陣の…でありますか?」

 

「うむ。初陣の者であるならば、クワ・トイネの者も恨みは薄いだろう。余をギムの近くで降ろした後は直ぐ様帰らせるが、念のためだ。」

 

「…承知。」

 

王からの命令を実行すべく王の間を後にするスマーク。

 

「…出立の準備をする。下がってよいぞ。」

 

そう言って自室に向かうロウリア王。何処と無く悲しげな、だが覚悟に満ち溢れた背中であった。

 

 

──同日午前7時、王都防衛騎士団司令部──

 

「では、ターナケインよ。ギムまでの道すがら、よろしく頼むぞ。」

 

「ぎょ…御意!」

 

防衛騎士団司令部に併殺された竜舎の前で第2騎士団の新人竜騎士、ターナケインは降伏の為にロウリア王をギムまで送り届けるという大役を仰せつかった。

ワイバーンは人を二人乗せる事が限界であるが、降伏の為だという事で鎧等を着用していないので多少は余裕がある。

 

「ワイバーンに乗るのは初めてだ。」

 

「飛び立つ瞬間が一番危ないので、陛下は私の腰ベルトをしっかり持っていて下さい。」

 

「うむ。」

 

ターナケインの案内でロウリア王が鞍の後半部に跨がる。ロウリア王のがっしりした手が、自分が腰に巻いているベルトを掴んだ事を確認すると手綱を引き、ワイバーンを滑走させる。

 

「陛下、御武運を!」

 

その途中、パタジンを始めとするロウリア王国首脳部が手を大きく振って見送っていた。

それに、ロウリア王は小さく頷いて応えた。

 

飛び立って暫く、ジン・ハークが小さく見えるようになってから無言の空気に耐えきれずターナケインが口を開いた。

 

「陛下、お寒くはありませんか?」

 

「案ずるな。」

 

今、ロウリア王が着ているのは白一色のゆったりとした衣服。腰に巻かれているベルトには短剣が挿してあった。

まるで死に装束だ…、そうターナケインが考えていると次はロウリア王が口を開いた。

 

「よいか、ターナケインよ。ギムで余を降ろしたら貴様は、直ぐに去れ。貴様は戦に行っておらん新兵故、クワ・トイネも不要に痛めつけはせぬと思うが念のために……」

 

「陛下、それは出来ません。」

 

ターナケインはロウリア王の命令を拒否した。

 

「アルデバラン団長は私に、陛下を頼むとおっしゃいました。ならば、私には陛下が行う全てを見届ける義務がある…ですから、不肖この竜騎士ターナケインが陛下に最後までお供致します!」

 

「ターナケイン…貴様…」

 

ロウリア王は、その若き竜騎士の背中に未来を見た。きっと、彼のような若者が輝かしい未来を作っていくのだろう。

だからこそ、自分に出来る事は自らの手でこの戦争の幕引きを謀る…それだけだと考えた。

 

 

──同日午前8時頃、ギム西方2km──

 

そこには、4人の男と1頭のワイバーンと6体の巨人が居た。

ロウリア王とターナケイン、その愛騎のワイバーン。

クワ・トイネのノウ将軍と陸軍所属のスコープドッグ、サモアのシュトロハイム大佐。

ターナケインの魔信により、講和を申し込まれたクワ・トイネ、サモア連合軍は指定された地点に直ぐに派遣出来る者で、もっとも権限のある者を送り込んだのだ。

 

「うむ、では降伏するのであるな?」

 

「その通り、全ては余の責任である。だが、条件がある。」

 

「条件だと!?貴様、この期に及んで!」

 

シュトロハイム大佐からの確認に応えるロウリア王であったが、何やら条件があるようだった。

それに反論するノウ将軍だったが、シュトロハイム大佐によって宥められた。

 

「将軍、一度聞いてみようではありませんか。」

 

「感謝する。」

 

シュトロハイム大佐の言葉にロウリア王は頭を下げて、地面に胡座をかいて座り込む。

 

「まず一つ、民は此度の戦には関係ない。せめて、命は助けてやってはもらえぬか?」

 

「…まあ、それは構わんだろう。」

 

渋々ではあるが了承するノウ将軍。

もとから一般市民を積極的に傷付けるつもりはなかったが、こうして戦争相手から言われると釈然としない。

 

「二つ、貴様らが…その、鉄の巨人のような力を持っているのであれば…列強から…パーパルディア皇国から、このロデニウス大陸を守ってくれ。」

 

そう言って、服をはだけて上半身を露にするロウリア王。だが、その言葉にノウ将軍は慌てた。

 

「待て!パーパルディア皇国だと!?それから守れとは!?」

 

「詳しくはパタジンが知っている。余がこの地に来たのは……余の命を以て、此度の戦の責任を果たす為である。そして、この願いを余の血を以て貴様らに伝える為である。」

 

そう言って、短剣を抜くと自らの腹に切っ先を当てる。

 

「まっ…待てェェェェェェェェ!」

 

シュトロハイム大佐が止めようと、走り出す。

 

「フェン王国に伝わる、究極の謝罪と懇願の作法だ…刮目せよ!」

 

そのまま、力を入れて脇腹に短剣を突き入れる。

 

「ぬぅぅぅぅ……ぐぁぁぁぁぁぁ!」

 

次に真横、腹を一文字に切り裂く。

激痛により目の前で光が踊り、喉奥から鉄臭い液体が上がってくる。

 

「ぬぁぁぁぁ!どうか…どうかっ!民を…この大陸をぉぉぉぉ……」

 

反対側の脇腹まで切り裂くと、息も絶え絶えに懇願する。

 

「ノウ将軍!今すぐ医療班の要請を!」

 

「わっ…分かった!なんて奴だ、自ら腹を切るなぞ!」

 

「た…助けて頂けるのですか!?」

 

「王としてどうであるかは、さておき。これ程の覚悟を以て懇願する者にこのシュトロハイム、敬意を評す!」

 

「だが、大量に血が出ている!助かるのか!?」

 

「ご安心されよ、ノウ将軍!我が鉄血の医学薬学は世界一ィィィィィィィィ!例え、体がバラバラになろうと復活させてみせるわァァァァァァァァァ!」

 

薄れ行く意識の中、ロウリア王はそんなやり取りを聞いていたが…やがて、意識は闇に落ちた。

 




ロウリア王も形振り構ってられないんですよ


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16.戦後

通算UA1万を越えたので連続投稿です

あと、誤字報告ありがとうございます!


──中央暦1638年5月5日午後1時、クワ・トイネ政治部会議場──

 

その日、クワ・トイネ公国、クイラ王国…そして、ロウリア王国の間で平和条約が結ばれた。

クワ・トイネ公国首相カナタ、クイラ王国国王アルヴ、ロウリア王国国王ハーク・ロウリア34世の名で結ばれた平和条約は以下の通りだった。

 

・ロウリア王国はクワ・トイネ公国、クイラ王国に公式に謝罪する。

・ロウリア王国はクワ・トイネ公国に賠償金300万クワル(一般的な兵士の給与3年分にあたる)を支払う事。

・ロウリア王国は王都ジン・ハーク、及び港湾都市ピカイアにクワ・トイネ公国軍、クイラ王国軍を駐留させる事。

・ロウリア王国は大々的に亜人解放運動を行い、奴隷制を取り止める事。

 

等々…様々な細かい条項があったが、戦勝国が敗戦国に突き付ける条約としては余りにも軽いものだった。

その理由として、

・今回の開戦理由が列強国であるパーパルディア皇国からの脅迫染みた圧力であった事。

・ロウリア王が秘密裏にロウリア国内の亜人解放運動を支援していた証拠である書類等が見つかった事。

・クワ・トイネ公国、クイラ王国ともに人的被害が無かった上に、唯一被害を受けたギムも大規模な再開発予定だった事。

等があった。

だが、それ以外にも理由があった。

それは、3日前に遡る。

 

 

──中央暦1638年5月2日午前10時頃、サモア基地ブリーフィングルーム──

 

「……と、ロウリア王がギム郊外にて降伏を宣言した後、責任を果たすためと称して割腹自殺を謀った。だが、クワ・トイネ側の魔導士の回復魔法を使用した応急処置と、エジェイの病院にて緊急手術を行ったから一命はとりとめた。」

 

ザワザワとブリーフィングルームがざわめく。そんな中、スッと手が挙がった。

 

「はい、高雄。」

 

「指揮官殿、ロウリア王の処遇はどうなる?」

 

凛とした武士を思わせる黒髪ポニーテールのKAN-SEN、高雄が立ち上がり指揮官に問いかける。

 

「今のところ…パタジンという者が証言しているが…まあ、やむにやまれぬ事情があった、との事だ。詳しい事は端末に送っている。」

 

指揮官からの返答に『悪即斬!』と荒々しい書体で書かれたケースを着けた、タブレットを操作する高雄。

 

「……うむ、列強とやらがどれ程の者かは分からないが、確かに他国より圧力があったようではあるな。」

 

「そう、そして少なくともクワ・トイネもクイラもそんな厳しい処置をするつもりは無いようだ。」

 

「拙者は、寛大な処遇を求めたい。これ程の覚悟を持ち、民の為に自ら腹を切るなぞそうそう出来るものでもない。」

 

「余も高雄に賛成だ。」

 

ふと、幼さを感じさせる声が響いた。

薄暗いブリーフィングルームの入り口が開き、小柄な人影が後光を背負っているかのように歩んで来た。

 

「珍しいな、長門。寂しくなったのか?」

 

「むぅ…無礼者。余もたまには皆と、顔を合わせねばと思うた故である。」

 

長い黒髪の小柄なKAN-SEN、長門が指揮官の言葉が不満だったのか眉をひそめて指揮官の元へ歩み寄ってくる。

その傍らにはお付きのKAN-SEN、江風を伴っている。

 

「長門様、お疲れ様でございます。」

 

「よい、楽にせよ。」

 

ブリーフィングルームに居た重桜所属艦全員が立ち上がり、深々と頭を下げる。

だが、長門の言葉と共に一斉に座った。

 

「それで、長門。高雄に賛成とは?」

 

「うむ、記録映像を見たのだが…いささか不恰好とはいえ、良い覚悟であった。あれほどの覚悟を無下にする訳にはいかぬ。指揮官には、出来る限り寛大な処置をクワ・トイネ、クイラ両国に働きかけてはくれぬか?」

 

「ふむ……」

 

傍らの椅子を長門に薦めながら、少し考えKAN-SENの面々を見渡す。

 

「俺は、基本的にはクワ・トイネ、クイラ…まあ、戦場はクワ・トイネだからクワ・トイネ政治部が判断する事を基本的には尊重するつもりだ。だが…余りにも過ぎた賠償請求は、それなりの抗議はするつもりだ。……反対する奴は?」

 

再び見渡す。しかし、手を上げる者は居なかった。

 

「よし、では次だ。ヴェスタルからだったな?」

 

「はいはい、私からの報告で~す。」

 

修道服とナース服を足して2で割ったような服を着たKAN-SEN、ヴェスタルが立ち上がりタブレットを手に報告を始める。

 

「今回、重症で運び込まれたロウリア王さんや、マイハーク沖やエジェイで救助されたロウリア兵のみんなですけど~。みんな、傷の治りが早いんですよ。」

 

「傷の治りが早い…とは?」

 

ヴェスタルから送信されたデータを確認しながら問いかける。

 

「そのままの意味ですよ~。例えば、マイハーク沖で救助された人は、両大腿骨骨折の状態でしたけど、昨日から歩けるようになってたんですよ?」

 

「ふむ…確かに、撃沈した船に対して生存者が意外と多かったな?」

 

「はい、それにごく軽傷な人に協力してもらって身体検査をしたんですけど…骨密度・筋密度、どれもクワ・トイネ人の1.2~1.5倍はあるみたいですよ?」

 

確かに、ヴェスタルの言う通りだ。データを見る限り、ロウリア人は身体能力が非常に優れているらしい。しかも、栄養が不足気味にも関わらずだ。

 

「……ふむ、調査するべきかもしれないな。重力の強さや酸素濃度なんかもな。」

 

そう指揮官が、今後について考えているとヴェスタルが思い出したように告げた。

 

「そう言えば、シャークンさんが言ってましたけど~。その列強…パーパルディア皇国の使者の方がマイハーク沖海戦に観戦武官として参加していたみたいですよ?」

 

3日もの間、昏睡状態だったシャークンが目を覚まし回復を待ってから取り調べをしたのだが、そのような情報が昨日もたらされたのだ。

 

「もしかしたら、捕虜の中に居るかもしれん。下手に扱ったら大変な事になるだろう。風貌等を聞き出して、捜索してくれ。」

 

そう、指揮官が指示した。

 

 

──同日同時刻、マイハーク近郊・サモア管理地、総合病院──

 

「う……あ……?」

 

眩しい白い光の中で目が覚めた。

寒くも暑くもない、不快ではないが嗅いだ事の無い匂いがする。

白いベッドに清潔なシーツと布団…口には透明な緑色の軽くて硬い謎の器具が取り付けられている。

 

「うっ…うぅ……」

 

酷く体が重い。謎の器具を外して起き上がろうとする。

すると、白い服を着た女性がやって来た。

 

「あら、目が覚めました?大丈夫ですか?自分の名前、分かりますか?」

 

「私は……」

 

辺りを見回す。天井には白く光る棒が埋め込まれている。ベッドの回りには見たこともない機械らしき物が幾つも置かれている。

よく見ると、自分の右腕に細い透明な管が繋がっていた。

ここは何処だ?誰が私を助けた?

その答えは目の前の女性が知っているだろう。なら、その答えを引き出す為には質問に答えなければならないだろう。

酷く乾いた口を動かし、答えた。

 

「……ヴァルハルだ。」

 

 




次回からは投稿が少し遅れるかもしれません


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17.僣称国

意外と早く書けました


──中央暦1638年5月8日午後3時、クワ・トイネ政治部会議場──

 

その日、ヴァルハルはクワ・トイネ公国の政治の中枢に居た。

 

「ヌワラエリアのハイグロウンティーで御座います。」

 

「あ…あぁ、ありがとう。」

 

ニューカッスル、と呼ばれたメイドがヴァルハルの前にソーサーに乗ったカップを置く。

注がれているのはパーパルディア皇国でも…ただし、上流階級しか飲む事が出来ない紅茶だ。

今、ヴァルハルの前にはサンドイッチやスコーン、ケーキが置かれた鳥籠のようなケーキスタンド。

そして……

 

「フレッツァ准将、やはりロイヤルメイド隊が淹れた紅茶は最高ですね…心が落ち着きます。」

 

紅茶を片手に持つ姿がなかなか様になっている、クワ・トイネ公国首相カナタ。

 

「それにしてもメイド隊はもちろん、KAN-SENは皆美人揃いだな!指揮官殿が羨ましい!」

 

まるで宴会の酒の如く豪快に紅茶を飲む、クイラ王国国王アルヴ。

 

「紅茶も良いが…長門様より出された玉露は格別であったな。」

 

すっかり穏やかな表情でしみじみと語る、ロウリア王国国王ハーク・ロウリア34世。

 

「……」

 

静かにサンドイッチを一口齧って紅茶で流し込む、フレッツァ准将…あるいは指揮官と呼ばれている謎の男

ニューカッスルが常に彼の傍らに控えている事から、どうやら彼のメイドであるらしい。

 

(なんだ…これは…どうすればいい?)

 

マイハーク沖海戦の後、クワ・トイネ海軍により救助されたヴァルハル。

病院で目覚めてから尋問を受けた。だが、尋問と言っても話したくなければ話さなくてもいい、気分が悪いと言えば尋問は中止になる…これがパーパルディア皇国なら生爪を剥がれているだろう。

だが、見たこともない清潔な病室はとても快適で、自分が捕虜だという事を忘れてしまっていた。

そして、今日の朝食…体が弱っているからと出された麦粥…を食べていると呼び出しがかかった。午後に重要な会議を行うため、出席して欲しいと。

 

(何を…考えている?)

 

チラッと、自分の真向かいに座る指揮官を見る。表情の変化が分かりにくい。

始めは、半ば自棄で語った自らの生い立ちと目的(11.獅子身中の虫、を参照)、について何かあるのかと勘繰った。

だが…こうしてロデニウス大陸の首脳が茶会をしているだけだ。訳が分からない。

だが…尋問の前に質問した事に対する答えにより、分かる事はあった。あの、清潔な病室も海戦にて目撃した巨大船も…目の前の指揮官と呼ばれる男がクワ・トイネにもたらした物だ、という事。

 

──カチャッ……

 

小さな、陶器同士が触れ合う音が響いた。

指揮官がヴァルハルをジッと見ている。

居心地が悪そうにするヴァルハルを気にする事も無く、口を開く。

 

「ヴァルハル…とか言ったな。何でも…パーパルディア皇国への復讐を考えているとか。」

 

「……それが、何か?」

 

やはりか、そう考えたヴァルハル。

だが、続いた言葉は余りにも予想外だった。

 

「手伝おうか?」

 

「……は?」

 

思わずポカン、と口を開ける。だが、指揮官はそれに構わす話を続ける。

 

「何、簡単な事さ。ロウリア王国はパーパルディア皇国から援助を押し付けられたとは言え、それの返済しなければロウリア王国にパーパルディア皇国の軍が駐留する事になるんだろ?」

 

「あ…あぁ、そうだ。駐留どころか、国民を奴隷とした挙げ句、隣国にも攻め込むだろうな…」

 

パーパルディア皇国に逆らった国々の惨状はよく聞いている。

王族や指導者は一族郎党皆、処刑され国民は奴隷となり、国内のあらゆる財産や資源は搾取される。

かつて、姉が嫁いだ文明国もそうであった。

 

「そうだろうなぁ…そうなると此方としても色々困る。ロデニウス大陸は我々の後方拠点であるため、そのような蛮行に晒されるとなると非常に困る。」

 

「だろうな、クワ・トイネは食糧、クイラは石油、ロウリアは人口…それらがこれ程までに豊富な大陸はそうそう無い。」

 

ヴァルハルの言葉に、ほぅと声を洩らして感心する指揮官。

 

「よく調べているな。パーパルディア皇国では食糧はともかく、石油の必要性は低いと思っていたが……それとも、お前さんの"計画"のためか?」

 

「……私の話を信じるのか?」

 

「なんだ?騙したいのか?」

 

紅茶のおかわりをニューカッスルに求めながら、指揮官は続けた。

 

「ロウリア王国のパーパルディア皇国について詳しい者への調査の結果…そんな、お涙頂戴な三文芝居で同情を誘って、命乞いするような連中じゃない。でしょう?ロウリア王。」

 

「うむ、指揮官殿の仰る通り。皇国の者は、ヴァルハル殿のような状況に置かれれば直ぐ様、列強の立場を盾にあらゆる脅迫をしてくるでしょうな。」

 

「だがお前さんは落ち着いてるし、協力的だ。信じるに値すると考えている。……あと、ロウリア王。そんなに畏まらなくてもいいですよ?」

 

「いえ、余…私の命を救って頂いただけではなく、我が国に対して援助をして頂いたのはそちらの長門様よりの御口添えがあったが故、と聞いております。そうであるなら、私もロウリア王国もサモアに大恩があります故……」

 

「律儀ですね、ロウリア王。まあ、そういう所も長門に気に入られたんでしょうが。」

 

ロウリア王と言葉を交わした指揮官は、ヴァルハルに目を向けた。まるで、どうする?とでも問いかけているようだ。

 

「……具体的にどうするんだ?」

 

そう、ヴァルハルの目的を手伝うと言ってもどのような手段を取るのか。それが一番の疑問だ。

それに、ヴァルハルの同僚は皇国に戻り報告をしているだろう。そうなると、皇国の監察軍が侵攻してくる可能性な大いにある。

 

「新たな国を作る。」

 

その質問を待っていたかのように、余りにも斜め上な答えを出す。

 

「……はぁ?」

 

「名前は、『ロウリア統一王国』。国家元首はハーク・ロウリア34世、人口1名、領土はロウリア王国王都ジン・ハークの一部…1m四方、法律や通貨等は"隣国"のロウリア王国に準ずる。」

 

「いやいや、待て待て!なんだそれは!?」

 

意味が分からない。人口1名で1m四方の領土しかない国…国と言えるのか怪しい。

だが、ヴァルハルの戸惑いもどこ吹く風、指揮官は話を続けた。

 

「そして、ロウリア統一王国には我がサモアから各種支援を行う。主に、食糧を年間10万トン。カナタ首相、マイハークのサモア管理地を返還します。ですが、管理地に建設したインフラは…」

 

「もちろん、買い取らせて頂きます。代金の代わりに、年間10万トンを無償で輸出します。」

 

阿吽の呼吸でカナタが、答える。

 

「そして、ヴァルハル…お前さんは皇国に戻りこう報告するんだ。『ロウリア王国はロウリア統一王国となり、パーパルディア皇国からの支援の見返りとして食糧を年間10万トン無償で輸出するようになった。』とね。」

 

「ばっ……馬鹿な!皇国相手に詐欺紛いの事をするつもりか!?もし、バレれば即刻戦争になるぞ!」

 

だが、指揮官は不適な笑みを浮かべた。

 

「集めた情報からして、パーパルディア皇国との衝突は避けられない。今のまま戦っても勝てる…だが、可能な限り準備をしたい。…1年、1年だけ皇国を騙せれば十分だ。……やるか?」

 

ヴァルハルは考える。

あの病室、この場に来る為に乗った鉄道、警備兵が持っていた洗練された銃……

 

「……皇国は戦列艦を大量に保有している。」

 

「お前さんの話によれば射程2kmの大砲を搭載してるようだが…こちらの大砲は10km先にも届く。」

 

「ワイバーンを品種改良したワイバーンロード、さらにそれを品種改良したワイバーンオーバーロードが居るぞ。」

 

「時速600km、限界高度1万mの戦闘機に勝てるか?」

 

「……火を吹く地竜が居るし、牽引式の魔導砲もある。」

 

「時速80kmで走り回り、パーパルディア皇国の銃を遥かに越える銃を装備した兵器がある。」

 

「……勝てるのか?」

 

「無論。だが、万全な準備をしたい。」

 

ヴァルハルは考えた。

勝てる、と断言しながらも万全の準備を求める慎重さ。そして、マイハーク沖海戦にて目撃したムーに匹敵…いや、凌駕しているような兵器。

これは…もしかすると、もしかするかもしれない。

 

「……分かった。そちらは私を信じた…ならば、私もそちらを信じよう。だが、頼みが二つある。」

 

「聞いてから判断しよう。」

 

ヴァルハルは乾いた唇を湿らせるように、紅茶を口にして口を開いた。

 

「一つ目は、皇国への報告や交渉は私に任せてはくれないか?皇国のやり方はよく知っているし、何より大使として私が駐留しなければ時間稼ぎも厳しいものになる。」

 

「確かに、搾取しか考えていない奴が大使として派遣されれば厄介だな。…皆様、よろしいですか?」

 

そう、他の出席者に同意を求める。

すると、三人全員が頷いた。それを確認したヴァルハルは言葉を続ける。

 

「二つ目、これは…私事だが。……皇国に住んでいる家族を呼んでも構わないだろうか?万が一、計画が露呈すればどうなるか……」

 

「……家族は?」

 

「母と、妹と弟だ。親戚は居ない。」

 

「……」

 

それを聞いた指揮官は無言で出席者三人を見る。皆が頷いた。

 

「…どんな悪党でも身内は大切にするものさ。身内も大切に出来ない奴はただのクズ。ヴァルハル、お前さんが悪党かどうかは分からない。だが、クズでは無い事は確かだ。」

 

そう言って、ヴァルハルに右手を差し出す指揮官。

 

「これで我々は共犯者だ。一緒に、偉そうな列強とやらを騙してやろう。」

 

その時、ヴァルハルは悟った。

 

(私は…なんという幸運に恵まれたのか!)

 

二人はがっちりと、握手を交わした。




次回は、内政関連の話にしようと思います


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18.合同会議

今後、登場する兵器の予告みたいなもんです
テキトーに読み流して下さい


──中央暦1638年5月20日午前9時、サモア・ウポル島、工業地区──

 

「それじゃあ、第…何回か忘れたけど科学技術部・企業合同会議を始めるにゃ」

 

工業地区の片隅にある、無駄な箱物筆頭の『工業地区集会所』の会議室で緑色の髪に猫耳を持った小柄なKAN-SEN、明石が会議の開始を宣言する。

通称、合同会議。それはサモア基地直轄の科学技術部と、民間企業がお互いにアイデアを出し合い、それを実現する為に技術を持ち寄ると言ったものである。

 

「今回の議題は……これにゃ!」

 

明石がリモコンを操作する。すると、スクリーンにプロジェクターでスライドを投影した。

『対ロウリア戦における兵器運用の問題点と、対パーパルディア皇国を想定した兵器の開発方針について。』

と表示された。

 

「みんなも知っている通り、対ロウリア戦でクワ・トイネに提供した兵器を実戦使用したら色々な問題が出たにゃ。指揮官はこれを、仮想敵に定めているパーパルディア皇国との戦闘の前には解決したいと考えているみたいだにゃ。」

 

次のスライドを投影する。

 

『以下の問題点を確認。

・威力過剰

スコープドッグに搭載している30mmヘヴィマシンガンでは、歩兵に対してオーバーキルである。

よって、7.62mmあるいは12.7mmの対人機銃を開発の必要があると考える。

 

2.陸戦兵器の不足

陸戦兵器はスコープドッグ、装甲列車が主でありコンパクトかつ柔軟性のある陸戦兵器が必要である。

具体的には、戦車や装甲車等。

 

3.対地攻撃機の拡充

対ロウリア戦では使用しなかったが、B-25では過剰火力かつ柔軟性に欠ける。

その為、単発攻撃機あるいは爆撃機が必要である。

 

4.長距離進出が可能な航空機

戦略爆撃機としてだけではなく、旅客機や哨戒機として使用可能な大型航空機が必要と考える。

 

5.外洋艦隊の設立

巡洋艦、空母、戦艦を配備した外洋艦隊をもってシーレーン防衛に充てる。

また、将来的には潜水艦の配備も想定する。

 

といった内容である。

 

「色々、細かい問題や要求はあるけど、大まかに分けるとこんな感じにゃ。誰か意見はあるかにゃ?」

 

明石の言葉に手が挙がる。

黒髪に同じく黒い狐耳に、薄い緑色の着物を着たKAN-SEN…夕張だ。明石と同じく、サモア基地の科学技術部に所属している技術者だ。

 

「1についてだけど…12.7mmM2重機関銃を補強し、冷却設備を追加する程度でいいんじゃないかな?新しく設計するよりも、ヘヴィマシンガンの外装を流用して機関部や銃身を替える程度の方がコスト的にも安上がりになる。」

 

夕張の言葉に出席者が頷く。

 

「夕張の意見に賛成かにゃ?それじゃあ、次の問題点に移るにゃ。」

 

明石がレーザーポインターで、『2.陸戦兵器の不足』を指す。

 

「これは由々しき問題にゃ。今まで対セイレーン戦を前提としてきたサモアには戦車の数が少ないにゃ。今後、ロデニウス大陸を守るには大口径火砲と重装甲を備えた機動兵力と、それに歩兵を追随させる戦闘車両…つまり各種装甲車両の開発が急務にゃ。誰か、アイデアはあるかにゃ?」

 

明石が問いかけると、皆一斉に端末を操作する。

今、彼らが操作している端末はとあるデータベースに接続されている。

 

──人類技術保全情報群…かつての戦争により、全人類の90%が死亡した世界にて生き残った人類の希望となったデータベースである。

戦争以前のあらゆる技術、文化、情報が記録されたマイクロフィルムや文書は荒廃した世界を復興させる最大の要因となった。

結果、人類は驚くべきスピードで復興を成し遂げた。だが、記録されていた技術は平和的な物ばかりではなかった…

 

そう、データベースにはあらゆる兵器が記録されていた。

古くは投石機から、最新鋭のステルス戦闘機まで…あらゆる兵器の製造法やスペックが事細かに記されていた。

本来、最高機密である筈の最新鋭兵器の詳細がなぜ記録されているのか?疑問は尽きねど、一つだけ分かる事があった。

『この兵器達を復活させる事は危険だ』と…

故に、軍事技術は慎重に復興された。

だからこそ、サモアが元々あった世界は歪んだ世界だった。

携帯電話を持って話す警官はサーベルを腰に帯び、人々がスマートフォンを使って撮影する対象は前弩級戦艦であるなど、技術体系に歪みのある世界だった。

 

そのように軍事技術開発に様々な制限が掛けられていた為、データベースには特殊なプロテクトが施されており、限られた技術のみが閲覧出来る状態となっていた。──

 

そんな状態であるため、技術者達は閲覧出来るデータベースから様々な技術を掘り起こし、組み合わせながら要求に則した兵器をこの場で作り出そうとしているのだ。

因みに、データベースに施されたプロテクトは目下ハッキング中であるが状況は芳しくないようだ。

 

「それにしても、強固なプロテクトだにゃ…四大勢力の上層部は余程、かつての兵器を恐れているみたいだにゃ…」

 

「それは仕方ない話だぞ、明石。噂によれば、国一つ滅ぼす程の特殊爆弾の存在があったそうだから。」

 

「データサーバーはあるのに、手出し出来ないのは焦らされてる気分にゃ…」

 

マイクロフィルムや文書をデータ化した物を納めたサーバー自体は、サモアを始めとした各基地に設置されていた。

しかし、プロテクト解除は厳重に管理されており四大勢力の上層部が、それぞれ保有する電子キーによってのみ解除出来るとされている。

 

「スコープドッグだって作業用機械という名目で配備が許されていたんだぞ?あれより、先進的な兵器の情報を得るのは難しい…むむむ…」

 

明石と夕張がデータベースの厳重過ぎるプロテクトについて頭を抱えていると、各企業の技術者間による検索と、話し合いの結果が出たようだ。

一人のユニオンの技術者…どちらかと言えば科学者チックな白衣の男性が立ち上がる

 

「一先ずは、データベースにあった『M4中戦車シャーマン』と『M3ハーフトラック』を提案します。シャーマンは戦車としては勿論、車体を流用し自走榴弾砲に改装された実績もあるので生産ラインを一元化出来ます。また、ハーフトラックは戦車部隊に歩兵を随伴させるには十分な性能だと考えられるのでこちらにしました。」

 

「分かったにゃ。後で詳しく纏めて指揮官に送り付ければいいにゃ。」

 

会議というには余りにも大雑把だが、あくまでも基本方針を定めるのみであるため、詳細は時間をかけて煮詰めていくのだ。

 

「次は…3の単発攻撃機は九九艦爆でいいだろ?って指揮官が言ってたにゃ。下手に生産ラインを増やさずに済むなら、これが一番だと思うにゃ。」

 

明石の言葉に同意する参加者一同。

 

「次は4の…」

 

「それは私にお任せあれ。」

 

食い気味にヘソ出しルックに白衣、レンズが左右それぞれ3つも付いた珍妙な眼鏡を掛けた長身の男…通称、ドクと呼ばれる鉄血の科学者が立ち上がる。

 

「『Me264』!これは凄いですよ!航続距離15,000km、爆弾搭載量3,000kg!どうですか、これなら指揮官殿のお眼鏡にもかなうでしょう!」

 

「あ…あの…航続距離は及びませんが、爆弾搭載量10,000kgの『ランカスター』も…」

 

ドクのテンションに気圧されながらも、ロイヤルの女性技術者(メイド)が遠慮がちに提案する。

 

「わ…分かったにゃ。ともかく、指揮官への…」

 

「お任せあれ!」

 

明石の言葉を聴き終わる前にユニオンの技術者…タービン関連専門の技術者の襟首を掴んで、走りって行くドク。

 

「鉄血人はキャラが濃いにゃ…」

 

「我々、重桜も人の事は言えないぞ?」

 

「主に愛が重い勢のせいにゃ…それじゃあ、5は…」

 

明石が会場を見渡すと、一人の男性が手を挙げた。

着崩した着物にサラシ、無精髭とゴツゴツした手…刀匠にしか見えない重桜の技術者だった。

 

「巡洋艦と空母は船体を流用出来るユニオンの、『クリーブランド級』と『インディペンデンス級』で良いだろう。戦艦は…『金剛型』でどうだろうか?少なくとも35.6cmの主砲があれば十分な戦力だろう」

 

「分かったにゃ、とりあえず一通り意見が出たから…」

 

明石が、その長い袖から電卓を取り出す。

 

「予算配分の草案を作るにゃ!」

 

「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」

 

先ほどまでの、緩い会議はどこへやら。さっさと終わった兵器開発の話はそっちのけで、予算会議は深夜遅くまで続いたという…




ちょっと忙しいので次回の投稿遅れます


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19.日常

隆星様より、評価9を頂きました!

それと、誤字報告ありがとうございます!


パ皇戦はもう少し先になります
具体的にはムーとの接触後です


──中央暦1638年8月1日午前10時、クワ・トイネ公国ニューマイハーク市──

 

かつて、サモアに明け渡されていたマイハーク市の郊外…クワ・トイネ公国の中にあって、珍しく耕作に適さない土地に建設された新興都市ニューマイハークの街角にある住宅で一人の男が寛いでいた。

 

《繰り返し、ニュースをお伝えします。本日、中央暦1638年8月1日0時より『ロデニウス連邦法』が施行されした。これにより、クワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国はロデニウス連邦となり一つの国家となります。》

 

薄型液晶テレビの向こう側で、エルフ族の女性キャスターがニュース原稿を読み上げている。

そんなニュースを視聴しながら、クイラ王国の農業施設で作られたコーヒーなる豆を煎じた飲み物を啜る。

苦味と僅かな酸味が頭を冴えさせる。

 

《次に、ロデニウス連邦は第四文明圏の設立を目指す事を宣言しました。また、国家に依らぬ軍隊として『第四文明圏防衛軍・アズールレーン』の設立を発表、総指揮官としてサモア基地指揮官、クリストファー・フレッツァ准将が任命されました。フレッツァ准将はロデニウス連邦の外交官としても任命されているため、兼任という形になります。》

 

画面の角に表示されている時計が目に入る。もうそろそろ、出掛けよう。

体を沈めていたソファーから立ち上がり、ハンガーに掛けていたジャケットを羽織りテレビを消す。

財布に携帯電話があれば十分だ。

下駄箱の上に置いてあるキーボックスから、鍵束を掴むと家を出て玄関を施錠する。

 

──ブロロロロロ…

 

家の脇に作られたカーポートの下に停めてある自動車に乗り込むと、エンジンを始動し周囲を確認して発進させる。

クラップ社自動車部門のFMW製ステーションワゴンを走らせて片側3車線の道路を走る。

ムーは勿論、神聖ミリシアル帝国の自動車だってこれ程の完成度ではないだろう。

信号待ちをしていると、先の方に花屋が見えた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「入院している母に花を、と考えているのだが…何か適当に選んでくれ。」

 

車を路肩に停め、花屋に向かうと獣人の女性店員が明るい笑顔で出迎えた。

それに対し、手短に用件を伝える。

 

「畏まりました、少々お待ち下さいね。」

 

「すまないな、花を選ぶ事はあまりなくてだな…」

 

「いえいえ、男性のお客様はそういった方が多いのですよ。お気になさらず。」

 

店先に並べてある花を幾つか取って纏める店員。

告げられた値段を支払うと、花束を助手席に乗せて再び道路を病院に向かって走り出す。

 

家を出ておおよそ30分、ニューマイハーク市とオールドマイハーク市(今までマイハーク市はこのように呼ばれるようになった)の丁度境目辺りに建設された巨大建造物…『国立マイハーク総合病院』の駐車場に車を停めて、病院内に向かう。

 

「すまない、505号室に面会を…」

 

「あ、こんにちは。面会ですね、少々お待ちを…」

 

受付の男性看護師に、用件を伝えると病院内用の小型通信機で何やらやり取りを始める。

 

「はい…505号室に…はい…花瓶を用意しましょうか?」

 

「あぁ、ありがとう。」

 

花束に気付いた男性看護師の善意に感謝しながら、頷く。

暫くすると面会の許可が出た為、エレベーターに乗って5階に向かう。

音も無く上昇するエレベーターを作った技術力の高さに感心していると、あっという間に5階に到着した。

 

──ウィィィィン……

 

無機質で清潔なフロア、そこで円柱状の物体が僅かな音を鳴らしながら彷徨いていた。

話によると、勝手に掃除をしてくれる機械らしい。発達した科学は魔法と区別がつかない…そんな事を本で読んだが、その通りだ。

そんな事を考えながら、505と書かれた扉をノックする。

 

「はーい、どうぞ。」

 

やや掠れた女性の声がすると、僅かな力で開く引き戸を開けた。

 

「あら…今日、仕事は?」

 

「休日出勤したから振替休日だよ。」

 

「そうなの?」

 

「そう。…花、買ってきたよ。後で看護師が花瓶を持ってくるってさ。」

 

「あらあら、ありがとうね。」

 

一人部屋の病室でテレビを見ていた初老の女性が、ゆったりとした口調で問いかける。

それに応えながら、鮮やかな花束をベッド脇の棚に置く。

 

《次のニュースです。第四文明圏構想に、トーパ王国、フェン王国、ガハラ神国、シオス王国、アルタラス王国等の第三文明圏外国が相次いで参加を表明しています。準文明国とも評されるアルタラス王国が参加を表明した事が引き金となったようです。……次のニュースは、アルタラス王国王女ルミエス殿下がロデニウス連邦に留が……》

 

ニュースの途中で女性がテレビの電源を消した。

 

「あの子達はどう?」

 

「うん?…あぁ、毎日元気で学校に通ってるよ。アリアンヌは医者に、ザンデルは自動車デザイナーに成りたいんだってさ。」

 

「そう、元気ならいいの。あなたも、あの子達も…幸せなら、これ以上の事は無いわ。」

 

「母さんも幸せにならないとダメだよ。」

 

少し困ったように女性…彼の母親に告げる。

すると母は、静かに首を振った。

 

「私は十分、幸せよ。初めは文明圏外に行くなんて心配だったけど…こんなキレイな病院も、腕のいいお医者様も皇国にはなかったもの。体の調子もいいし、子供達は毎日元気…母親として、これ以上の幸せは無いわ。」

 

「母さん…」

 

何か話そうとしたが、病室にノックの音が響いた。

 

「はーい、どうぞー。」

 

「レリチルさーん、採血のお時間ですよー。」

 

母が返事をすると、女性看護師が様々な器具と白磁の花瓶を乗せたカートを押しながら入ってきた。

それを見ると、頃合いかと思い身を屈めて母に語り掛ける。

 

「それじゃあ、母さん。僕は帰るから。体に気をつけてね。」

 

「あなたもね、ヴァルハル。仕事を頑張るのはいいけど、無理はダメよ?」

 

「うん、分かってる。」

 

そう、言葉を交わすと軽く手を振って病室を後にした。

 

「そろそろ、3ヶ月になるか…」

 

エレベーターを待つ間に色々と思い出す。

サモアの指揮官が提示した、パーパルディア皇国の目を欺く作戦…紆余曲折あったものの、ロデニウス大陸には自分一人だけが大使として派遣されるように工作した。

家族も秘密裏に…潜水艦なる海に潜る船に乗って…ロデニウス大陸に脱出させた。

今の所は、上手く皇国の目を欺けている。

クワ・トイネ産の上等な小麦は舌の肥えた貴族連中にも好評だし、奴隷の献上も農地の復興や農作業の為1年程は行えないと報告している。

後は、指揮官の戦略眼に任せるしかない。

自分に出来る事は皇国を騙しつつ、皇国の情報を持ち帰る事…その代償に母の治療費と、妹と弟の学費や生活費を支給されているのだ。少なくとも、それらに見合う仕事はしなければ。

 

──ピンポーン

 

考えに耽っていると、エレベーターが到着した。

ヴァルハルはエレベーターの中でも思考を巡らすのであった。




外交面のやり取りの描写を面倒くさがった結果です


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衝撃!ムー編
20.第二列強・ムー


タルル様より、評価9を頂きました!

ムー編に入ります
とは言っても3~4話になると思いますが


──中央暦1638年11月22日午前9時、ムー国アイナンク空港──

 

すっかり寒くなってきた外を眺めながら、技術士官マイラスは空港の小会議室で待機していた。

 

(しかし、わざわざ空港に呼び出すとは何事だ?)

 

滑走路上でタキシングしている『ラ・カオス』を眺めながら思考を巡らせていると、不意に扉が開かれた。

三人の男性…一人は軍服を着たマイラスの上司である情報通信部部長で、残り二人は服装からして外交官だろう。

 

「待たせたな、マイラス君。…彼が技術士官マイラス君です。彼は、最年少で第一種総合技将の資格を取得した新進気鋭の逸材なのですよ。」

 

部長が外交官の男性二人にマイラスを紹介する。

その紹介を、やや気恥ずかしく思いながらも外交官に一礼する。

 

「初めまして、技術士官のマイラスです。」

 

「うむ、よろしく頼む。」

 

外交官と握手を交わすと、手で着席を促されたためソファーに腰掛ける。

 

「さて…何と説明しようか。今回、君を呼び出したのは正体不明の国の技術水準を探って欲しいのだよ。」

 

「グラ・バルカス帝国ですか?」

 

正体不明の国と聞いて思い付いたのは、『第八帝国』或いは『グラ・バルカス帝国』と名乗る国家であった。

ムーの隣国、第五列強レイフォルを"たった一隻の戦艦で滅ぼした"とされる目下、危険視されている国家だ。

 

「いや、違う。」

 

もう一人の外交官が否定した。

 

「話によれば、第三文明圏外…東の果てにある『ロデニウス連邦』という国家らしい。」

 

「ロデニウス連邦…聞いた事がありませんね。」

 

「うむ、私も初めて聞く名だったのだが…10日程前に我が国の東の海上に現れた船を海軍が臨検した所、乗船していた特使がそのように名乗り新たに国交を開設したいと言ってきたんだ。」

 

マイラスは首を傾げた。

列強国の中では比較的温厚なムーと国交を開きたい、という国家は少なくない。

わざわざ、技術士官である自分を呼び出すような用件であるとは思えない。

すると外交官は、マイラスの疑問に答えるように話を続けた。

 

「その船がな…"機械動力船"だったのだよ。魔力探知も反応しなかったし、もちろん帆も無かった。」

 

「機械…動力船ですか?第三文明圏外に?」

 

「驚くべき点はまだある。我が国の技術力を示す為にここ…アイナンク空港を指定したのだが…彼らは"飛行許可"を願い出てきたんだ。」

 

「ワイバーンで来たのですか?」

 

外交官が首を振り、否定する。

 

「我々も初めは、そう思った。だが、違ったのだよ…彼らは"飛行機械"で飛んできたのだよ。」

 

「飛行機械!?そっ……それは、どんな!」

 

「落ち着きなさい、マイラス君。」

 

驚愕で思わず立ち上がるマイラスを宥める部長。それに気付いたマイラスが、気不味そうに座り直す。

 

「も…申し訳ありません…」

 

「いや、構わない。私も初めて聞いた時は驚いたさ。」

 

外交官が気にしていないとジェスチャーで示す。

 

「それで本題だが、君には彼らの案内役を勤めてほしい。」

 

「つまり…彼らに我が国の技術を見せて反応を見ると共に、彼らの技術に探りを入れろ…と?」

 

「その通りだ。我々は外交官、技術の事は畑違い…しかし、私も彼らの飛行機械を見たのだが、ラ・カオスよりも洗練されているように見えた。君も見てみるといい、空港の東側に置いてあるからな。」

 

「分かりました。案内役の任、全力をもって勤めさせて頂きます。」

 

そう言って、再び外交官と握手を交わした。

 

それから10分後、空港東側。

マイラスは、目の前にある飛行機械を見て立ち尽くしていた。

全長は20mを越える程度でラ・カオスと同じぐらいであろう。だが、幅は40mはあるのではないか?

巨大なエンジンに、スマートな胴体、機体の上下には二つずつコブのようなものがあり金属の筒…明らかに機銃の銃身らしき物が生えている。

 

「あれはおそらく、防御用の機銃だな…口径20mmはありそうだ。防御機銃があるという事は軍用機だな。それにしても、洗練された機体だ…かなり計算されて作られたのだろうな。」

 

マイラスが飛行機械…Me264の回りを彷徨きながら、ぶつぶつ呟いているのを野次馬が怪訝な目で見ていた。

 

 

──同日午前10時頃、アイナンク空港応接室──

 

──コンコン

 

マイラスが応接室の扉をノックする。

 

「はい。」

 

扉の向こうから低い声がする。

扉を開けると…二人、若い男女が居た。

男性の方は外交官というより、武官と言った方が正しいのかもしれない。

女性の方は、長い灰色の髪に鋭い目付き、両腕には籠手のような物を着用しており、座っていたソファーには華麗な装飾が施された細身の剣が立て掛けられている。

 

「初めまして、マイラスと申します。今回の会談までの5日間、ムーをご案内致します。」

 

笑顔を浮かべながら、手を差し出しつつ挨拶をする。

すると、男性の方が同じく手を差し出し握手をしつつ自己紹介をした。

 

「初めまして、クリストファー・フレッツァと申します。ロデニウス連邦にて外交官と指揮官を兼任しております。」

 

マイラスは、自らの手を握り返した手の力強さに少し驚きつつ彼…指揮官の人物像を推測する。

 

(若いのに外交官と指揮官か…指揮官って、軍の指揮官か?陸海空どの指揮官だ?)

 

マイラスが考えていると、指揮官が傍らの女性を紹介した。

 

「こちらは同じくロデニウス連邦より参りました、私の部下の『ダンケルク』です。」

 

「初めまして、紹介に預りましたダンケルクと申します。以後、お見知りおきを。」

 

紹介された女性…ダンケルクが右手を胸に当てて一礼する。

 

(ダンケルクさんか…すごい美人だ。部下とは言うが…外交官としての部下じゃないな。剣を持ってるなら、軍の指揮官としての部下か…)

 

一頻り思考を終えたマイラスは、二人に此からの予定を告げる。

 

「それでは、ムー国内の案内は明日からにして本日はホテルにご案内します。ですが、その前に是非ともお見せしたい物がありますので、ご案内致します。」

 

大型機では負けてるかもしれない。

だが、小型機…つまり、戦闘機なら負けてはいないだろう。そう考えたマイラスは二人を格納庫に案内するのだった。

 

 

──この後、彼の…ムーの自信が打ち砕かれるというのに。

 




四連装はロマン


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21.驚愕

脳内プロットでムー編が思ったより長くなりそうです
まあ一話一話が短いので、合計しても大した長さではないと思いますが


──同日午前10時30分頃、アイナンク空港空軍格納庫──

 

格納庫に静かに佇む飛行機械。

全体は白く、青いストライプが施されている。機首にはプロペラが取り付けられており、翼は上下に二枚ある複葉機であり、固定式の車輪には空気抵抗を低減させる為のカバーが取り付けられている。

また、機首には機銃が二丁取り付けられている。

 

「如何でしょうか、我が国の最新鋭戦闘機『マリン』です。最高時速は380km/h、空戦能力にも優れています。全ての性能がワイバーンロードを凌駕しています。」

 

(さあ、どうだ!)

 

自信満々にムーの技術の結晶とも言える最新鋭戦闘機、マリンを紹介するマイラス。

小型の機体に収まる高出力エンジンや、急激な機動に耐えうる構造はかなりの技術力を必要とするはずだ。

これなら、ロデニウス連邦の二人も……と考えたマイラスだったが。

 

「あら、複葉機なのね。サモアの倉庫に眠っているのと似てるわね。」

 

「『シーグラディエーター』か?確かに似てるな。速度もそっくりだし…あぁ、でも今は練習機として活躍してるぞ。複葉機は操縦しやすいからな。」

 

ダンケルクと指揮官、二人の言葉を聴きながらマイラスは驚愕した。

 

(なん…だと…?倉庫に眠ってる?今は練習機…?シー…なんとかに似てる?まさか…ロデニウス連邦はより優れた戦闘機を持っているのか!?)

 

「あ…あの、失礼を承知でお聞きしますが、貴国の戦闘機はどのような物なのでしょうか?」

 

マイラスの言葉に指揮官はダンケルクに目を向ける。

 

「貴方の判断に任せるわ、指揮官。」

 

穏やかな笑顔と共に答えが帰ってくると、肩を竦めて指揮官が口を開く。

 

「先ず、我々が使用する複葉機は特殊用途機のみであり、主力はどれも単葉機ですね。速度は…まあ、そちらが言ったからには此方もある程度は開示すべきでしょうね。」

 

(なんと!単葉機が主力なのか…やはりロデニウス連邦は…)

 

と、マイラスが心中で驚いている間にも指揮官の言葉は続いた。

 

「最新鋭機で700km/h位ですね。」

 

「何ィィィィィィィィィィィィ!?」

 

急なマイラスの叫びに、ダンケルクが思わず肩を跳ねさせる。

それに気付いたマイラスが、気不味そうにしながらも頭を下げる。

 

「も…申し訳ありません!驚き過ぎてつい…」

 

「い…いえ、大丈夫ですよ。」

 

困ったような笑顔でダンケルクが言葉を返した。

 

「そっ…それにしても700km/hとは…」

 

「爆撃機でも600km/h出る物もありますよ。廃業の危機にあった、造船所の木工職人の救済の為に作った物ですがね。」

 

指揮官の言葉が、追撃のようにマイラスに突き刺さる。

 

(ば…爆撃機でも600km/h!?しかも、木工職人救済の為!?まっ…まさか、木で出来ているのか!?)

 

そんな爆撃機で攻め込まれては最後、マリンでは迎撃出来ない。

しかも、木で作られているらしい…ロデニウス連邦の技術力の高さを実感したマイラスは早速、心が折れそうになっていた。

 

 

──同日午前11時頃、アイナンク空港前──

 

アイナンク空港の前に送迎用の自動車が停まった。

それを見た指揮官が、後部ドアの下に足を差し出した。

 

「……何をされているのですか?」

 

指揮官の行動を疑問に思ったマイラスが訊ねると、ダンケルクが苦笑し。

 

「指揮官、自動ドアじゃないわよ。」

 

「…あぁ、そうだった。見た目は、ロイヤルの車っぽいからつい…な?」

 

そうしている間に、運転手が降りてきて後部ドアを開ける。

そうすると、二人は運転手に会釈して慣れた様子で後部座席に乗り込む。

 

(まさか…ロデニウス連邦の自動車は我が国の自動車より発達しているのか!?)

 

マイラスも助手席に乗り込みながら心中で驚愕する。

自動車が動き出しても驚く素振りは無いし、やや遠くに見える高層ビルが見えても大して驚く様子は無い。

 

「ロデニウス連邦には、どのような自動車がどれ程走っているのですか?」

 

自動車は、技術力の結晶だ。どのような自動車があるのか、またそれがどれ程あるのかで技術力と生産力の予測が出来る。

 

「そうですね…私が個人所有している自動車は、最高速度300km/hぐらいですかね。そんな自動車ばかりではありませんが、200万台ぐらいでしょうか?二輪車も含めれば、どれ程かは分かりませんね。」

 

(なんと!地上を走る自動車が、試作型マリンに匹敵するスピードを出せるのか!?しかも…200万台も走っているなんて…ロデニウス連邦は列強国じゃないのか?)

 

運転手が戸惑う横で、マイラスは底知れぬロデニウス連邦の実力について考察するのだった。

 

 

──同日午後1時、ホテル・グランアイナンク──

 

ホテルの一室、指揮官とダンケルクは昼食を終えて談笑していた。

 

「しかし、マイラスと言ったか?かなり驚いていたな。」

 

「仕方ない話よ。私達は別の世界から来たんだもの、この世界からすればイレギュラー過ぎるわ。」

 

ダンケルクの言葉に頷きながらも、指揮官は言葉を続ける。

 

「それもそうだが…ムーも中々イレギュラーだな。ヴァルハルも言っていたが、この世界唯一の科学文明国だってさ。魔法ではなく、科学で発展とは…意外とムーも別の世界から転移してきてたりしてな。」

 

「私達という生き証人が居る以上、否定は出来ないわね。」

 

ふふっ、と優しげな微笑みを浮かべるダンケルクに釣られるように笑う指揮官。

二人は夕食まで談笑したり、持参したタブレット端末で動画を視聴しながら過ごした。




バイクはGAMAHAがシェアトップでしょうね


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22.1万年と2千年前から

Walter様より、評価9を頂きました!

愛してるかは分からないけど、仲良くはしてるみたいです


あと、独自設定入ります


──中央暦1638年11月23日午前10時、ムー歴史資料館──

 

「先ず、幾つか説明しておかないといけません。各国には、なかなか信じて信じてもらえないのですが…我々の先祖は、この星の住人ではありません。」

 

「…ほぅ」

 

「どういう事かしら?」

 

歴史資料館のロビーの休憩スペースで、マイラスが指揮官とダンケルクの二人に案内の前の説明をする。

二人がやや驚いたように目を見開くのを見て、マイラスはやっと此方が驚かせられる事に気を良くして説明を続ける。

 

「時は1万2千年前、大陸大転移と呼ばれる現象が発生しました。これにより、ムー大陸の殆どはこの世界に転移してきたのです。これは、同時の王政ムーの公式記録として残されています。」

 

そうしてマイラスは、資料館の職員が用意した台座から生えた棒で中心が貫かれた球体…地球儀を二人の前に置いた。

 

「これが、元々ムーが存在した世界…つまり惑星です。その名も…」

 

「「地球…」」

 

指揮官とダンケルク、二人の声が重なった。

指揮官が恐る恐る、と言った様子で地球儀に手を伸ばしゆっくりと回転させる。

 

「間違いない…ユニオンもロイヤルも鉄血も重桜も…東煌もアイリスもサディアも北連もある…」

 

「間違いないわね…この、色が違う大陸がムー大陸かしら?」

 

「この地球儀は斜めになっていないな…もしかしたら大陸一つ無くなったから地軸がずれたのかもな。南極もこの位置なら、氷漬けにはなってなかったんだろうな。」

 

二人が地球という言葉を知っている事を驚きつつも、マイラスは説明を続ける。

 

「その大陸は『アトランティス』と言いまして、かつてはムーと世界を二分した大国でした。ムーが居なくなった今、おそらくアトランティスが世界を征しているでしょうね。」

 

マイラスが、ムー大陸の北西にある大きな島が四つ連なった場所を示す。

 

「この国は『ヤムート』と言って我が国唯一の友好国だったそうです。転移で引き裂かれたため、今はアトランティスに吸収されているでしょうが…」

 

と、次にムー大陸の南部を示す。

 

「それと、ここは『サウ・ムー・アー』と言って転移に取り残されたとされる土地です。現在のムー大陸には、その痕跡である入江や湖が残るのみですが…かつてはサウ族と呼ばれる民族が自治していました。動物の革で作ったボールを奪い合うスポーツを嗜み、闘争心を養っていたそうです。」

 

マイラスの説明が一段落つくと、指揮官が小さく手を挙げた。

 

「よろしいですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「我々を説明するのに、一番いい方法があります。」

 

そう言って指揮官が鞄からタブレット端末を取り出し操作する。

 

「我々も転移してきたのです…とは言っても、ロデニウス連邦がではありません。我々…ロデニウス連邦防衛軍の本拠地、サモアはこの世界から転移してきました。」

 

そう言って、タブレット端末をマイラスに見せる。

まるでテレビのように映像が表示されているタブレット端末のコンパクトさと映像の鮮やかさに驚くが、マイラスは表示されている物に更に驚愕した。

 

「ちっ…地球!?」

 

そう、タブレット端末に表示されていたのは立体的に地形を描いた世界地図…正に地球儀を平面にしたような地図であった。

 

「同じ世界なのかは不明ですが、おそらくはあなた方の居た惑星から転移してきた…そういった可能性もあります。」

 

指揮官が指でタブレット端末をタッチすると、重桜…ムーで言うところのヤムートが強調されるように明滅した。

 

「我々は元々の世界では、とある驚異に対抗する為の世界規模の軍事同盟が存在しました。もちろん、ヤムート…我々が重桜と呼んでいる国家も参加しています。そして、その拠点の一つ…この世界に転移してきた我々の本拠地こそ…」

 

続いてサモアをタッチして明滅させながら、地球儀のムー大陸南部を指差してマイラスに告げる。

 

「サモアです。サウ・ムー・アー…長い時の間に訛ってサモアになったのかもしれません。しかも、ラグビーという革製のボールを奪い合うスポーツが盛んです。…私としてはラグビー発祥がサモアらしいという事は驚きですがね。」

 

マイラスは、またもや驚愕した。昨日から驚愕し通しであるが、これは格別だ。

マイラスの記憶にあるサウ・ムー・アー跡地の入江や湖と形が殆ど同じだ。

わなわなと震えるマイラスを気にする事もなく、指揮官は続けた。

 

「我々の世界には1万2千年前に海底に没した大陸がある、超古代文明アトランティスが存在した。という伝説があります。ムー大陸は転移、アトランティスは地軸のズレによる気候変動により氷に閉ざされたのでしょう。」

 

「先程話したサウ・ムー・アー跡地の地形とそっくりです…まさか、こんな歴史的な発見があるとは…個人的には是非、あなた方と仲良くしたいものです。後で直ぐに上に報告しますよ。」

 

その後、気を取り直したマイラスは歴史資料館を案内しつつ、この世界でのムーの歴史を解説する。

転移後の混乱、周辺国との軋轢、魔法文明に比べての劣勢、科学文明としての出発、そして世界第二位の国家までの道のり…なかなかに苦難の道のりだったようだ。

また、それに応えるように指揮官が元の世界の歴史を知る限り説明した。

人類の90%が死滅した大戦争、荒廃からの復興と新たな国家の設立、未知の敵セイレーンと対抗するための人型兵器KAN-SEN、そしてセイレーンを撃退した第二次セイレーン大戦…復興の原動力となった『人類技術保全情報群』や、アズールレーンとレッドアクシズの抗争等々はややこしくなるため割愛したが。

 

「KAN-SEN…ダンケルクさんがですか?」

 

「ええ、私は動力学的人工海上作戦機構・自律行動型伝承接続端子…略してKAN-SEN、その一人です。」

 

「まあ、マイラス殿が信じられないのも無理はありません。人一人が巨大軍艦の力を持っているなんて荒唐無稽でしょう?」

 

「それは…その…はい、申し訳ありませんがとても…」

 

目の前に居る可憐な女性が、未知の敵に対抗する為の兵器である事は信じがたい事だった。

ムーの歴史を説明しても他国からは信じてもらえない。マイラスはそんな他国の心情を体験する事となった。

 

「この後は最新鋭戦艦の見学でしたね?海ならば、彼女がどのような者であるか証明出来ます。」

 

「そ…そうですね、少し時間が押しているので昼食の後に海軍基地のある港へ向かいましょう。」

 

混乱する頭で、どうにか笑顔を浮かべながら外務省が予約していた資料館近くのレストランに二人を案内する為に歩き出したマイラス。

だが、更なる驚愕が彼を待ち受けていた。

 




次回、マイラス驚愕!





マイラス君、驚き過ぎて脳が破裂するのでは?


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23.2×2+2×2

時間があったので連続投稿です


あと、誤字報告ありがとうございます


──中央暦1638年11月23日午後2時、ムー海軍基地──

 

──ミャウミャウミャウ

 

海猫が鳴きながら空を飛ぶ。

青い空に、やや濁った海、そこに浮かぶ黒鉄の船…ムーが誇る最新鋭戦艦、『ラ・カサミ』の姿があった。

 

「あれが、我が国の最新鋭戦艦ラ・カサミです。……どうですか?」

 

どーせ、より優れた戦艦があるんだろ?

的な、ふて腐れたような心中を悟られぬように努めてにこやかにラ・カサミを紹介する。

 

「……」

 

「…うそ…なんで…」

 

だが、指揮官とダンケルクの反応は違った。指揮官はあまり変わらない表情を崩してポカンとしているし、ダンケルクは手で口許を隠して目を見開いている。

 

(まさか…戦艦はあまり発達していないのか?巡洋艦クラスの艦艇しか存在しない…とか?)

 

意外な反応に驚きつつ、マイラスは推測する。

だが、指揮官が発した言葉はマイラスの推測を裏切るものだった。

 

「大先輩!なぜ大先輩がここに……やって来たのか?独断で出港を?大先輩!」

 

「あれは、三笠さんではないわ。」

 

腹パンこそしなかったものの、ダンケルクが指揮官の肩に手を置き宥める。

 

「あの…ダイセンパイとミカサとは…?」

 

珍しく驚愕した指揮官の迫力に気圧されながらも、マイラスが問いかける。

すると、指揮官はマイラスの方に向き直る。

 

「あぁ、失礼。先程、説明したセイレーンに対抗する為のKAN-SEN…その初期型の一人に『三笠』という戦艦が居るんですよ。KAN-SENの中では最古参の一人なので、尊敬を込めて大先輩とよんでるんです。」

 

「では、呼び方が違うだけの同一艦なんですね?」

 

「その通りです。…しかし、よく似ている。瓜二つだ…」

 

とりあえず、ロデニウス連邦の力を探る為にマイラスは問いかけた。

 

「失礼ですが、ロデニウス連邦にはどれ程の戦艦があるのですか?」

 

「そうですね…50隻ぐらいですね。」

 

「……は?」

 

「正確には内10隻程度は巡洋戦艦という大型巡洋艦で、戦艦の内1隻は先程紹介した三笠です。三笠はかなりの古株なので、半分引退してるようなものですが。」

 

それでも40隻近く…しかも、ラ・カサミと似ているという三笠なる戦艦が引退寸前という状況である。

最早、マイラスにはロデニウス連邦が魔境にしか思えなくなった。

 

「あら指揮官、空母があるみたいよ?ムーにも空母があるのね。」

 

ダンケルクが沖合いを航行する空母…ラ・コスタ級空母を指差す。

 

「あ……あぁ、あれは我が国のラ・コスタ級空母ですよ。……因みに、ロデニウス連邦にも空母ってありますか?」

 

衝撃でフリーズしていたが、ダンケルクの言葉により復帰したマイラスが恐る恐る問いかける。

 

「40隻ぐらいですね、内半分程度は軽空母と呼ばれる小型空母です。」

 

指揮官がそう言った瞬間、マイラスの動きがまた止まった。

空母まである…しかも、圧倒的数だ。

マイラスがフリーズしている間に、ダンケルクが埠頭の端から海を覗き込んでいた。

 

「水深は大丈夫そうよ、ここなら問題は無いわ。」

 

「よし、それじゃあ……マイラス殿?マーイーラースーどーのー?」

 

フリーズしているマイラスの眼前で指揮官が手を振る。

すると、虚ろだったマイラスの目に光が戻った。

 

「はっ!……あぁ、申し訳ありません!驚き過ぎてボーッとしてました…」

 

「大丈夫ですか?今からダンケルクが真の姿を見せますよ?」

 

「は…はい、大丈夫です。」

 

深呼吸し、心を落ち着けるマイラス。

よし、もう何が来ても驚かないぞ!と覚悟したが…

 

「それじゃ、指揮官。行くわよ。」

 

ダンケルクが腰に帯びた細剣を抜いて、切っ先を水平線に向ける。

 

「いつも通りで……!」

 

──ブゥゥゥン……

 

ノイズのような微かな音が響き、ダンケルクの周囲に光が踊る。

その光は複雑な線を描き、軌跡を舞う光の粒子が光を失い金属へと変わる。

 

「これはっ……!」

 

光の乱舞が終わった時、そこには細身の体に似つかわしくない巨大な機械を背負ったダンケルクの姿があった。

 

「ダンケルク。」

 

「分かっているわ。」

 

指揮官が一言で指示すると、ダンケルクは海に向かってジャンプした。

海に…落ちない。

人間離れした跳躍力で、ラ・カサミのマストより高く飛び上がった彼女が背負っていた機械…艤装がバラバラになった。

 

「一体…何が!?」

 

マイラスがダンケルクを見上げて驚愕を口にする。

バラバラになった艤装は、青く輝く立方体…キューブとなり海上に積み重なって行き…

 

「ヴィシア聖座・第一戦線総隊に所属、ダンケルクよ。」

 

最後に強い光に包まれたかと思うと、巨大戦艦が姿を現した。

全長131mのラ・カサミを遥かに…100m程大きな船体には城のような高い艦橋が聳え立ち、その頂上にダンケルクが立っている。

四本の砲身が生えた砲塔二基は前方にまとめられており、後方には小型砲…副砲が搭載されている。この副砲は連装と4連装の組み合わせだった。

 

「よっ……よよよよよよ4連装ぉぉぉぉぉ!?」

 

その戦艦…『高速戦艦ダンケルク』の姿に腰を抜かしたマイラス。それも無理は無い。

ラ・カサミの主砲は40口径30cm連装砲を前後に1基ずつ装備している。

しかし、ダンケルクは52口径33cm4連装砲を前方に集中配置している。

 

(明らかにラ・カサミの主砲より大口径で長砲身だ!しかも、4連装!単純に考えて、ラ・カサミの主砲斉射の二倍の火力じゃないか!)

 

腰を抜かして、へたりこむマイラスの傍らにしゃがむ指揮官が口を開く。

 

「基準排水量26,000tぐらい、全長は約215m、速力は…25ノットって事にしておいて下さい。」

 

マイラスの口から魂が抜けた気がした。

 

──カシャッ

 

シャッター音が響く。

その音で気を取り直したマイラスが音のした方を見ると、従軍記者がカメラでダンケルクの写真を撮っていた。

 

「むっ…」

 

指揮官もそれに気付いたらしく、立ち上がると従軍記者の方へ歩いて行く。

 

(不味い…撮影禁止だったか?外交問題になったら…戦争になったら…!)

 

マイラスの思考はどんどん悪い方に向かっている。

こんな戦艦を持つ国家と戦争になったら…と考え、顔色を悪くしてると指揮官が従軍記者を連れて戻ってきた。

 

「マイラス殿、一緒に写真を撮りましょう。」

 

「は…はい?」

 

「乗せたり、内部見学は流石に無理ですが…まあ、記念に写真ぐらいなら大丈夫ですよ。そこのムー軍の方も如何ですか?」

 

指揮官の言葉に、遠巻きに見ていた兵士が我先にと集まりだす。

ダンケルクの左舷の前に並び、従軍記者の掛け声と共にシャッターが切られた。

 

マイラスは、両脇を指揮官とダンケルクに抱えられた状態で写真に写っていた。

 

 




今日からホロライブのコラボですね


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24.緊急派遣案件

この話には、「いや…そうはならんやろ…」となる描写が含まれます
苦手な方は読まなくても大丈夫な内容です

あくまでもこの作品は、娯楽作品です
日本国召喚二次創作の先駆者の方々のような本格的な戦記物ではありません













よろしいですね?


──中央暦1638年11月25日午前8時、ムー政治部会──

 

「それでは、緊急会議を初めます。」

 

ムーにおける政治の中枢にて、外務省の幹部が緊急会議の開始を宣言する。

今回の会議の議題、それは参加者に配られた冊子の表紙に書いてあった。

 

『ロデニウス連邦に対する視察団派遣について』

 

である。

本来、まだ国交開設の会談も行っていない国家に対する視察団派遣を前提とした会議を開くなぞ、あり得ない事だ。

だが、今回は特例中の特例だ。

 

「今回、我が国との国交開設を求めて来た国家…ロデニウス連邦ですが。信じがたい事に、我が国に匹敵…あるいは凌駕する技術力を持っていると思われます。そのような結論に至った理由は、表紙を捲って頂ければ理解して頂けると思います。」

 

紙の擦れる音がして、一斉にページが捲られる。

表紙を捲った1ページ目と2ページ目の見開きに、Me264とダンケルクの写真が張り付けられていた。

 

「まさか第三文明圏外に、これ程の技術を持つ国が現れるとは…」

「我が国と同じく、転移国家だという話…眉唾ではなかったようだ。」

「しかも、取り残されたサウ・ムー・アーだとか。」

 

会議室がざわつく。

確かに信じがたい話だ。だが彼らが飛行機で飛来し、ラ・カサミを凌駕する戦艦を持っている事は事実だ。

ここで、情報通信部部長…つまり、マイラスの上司が手を挙げた。

 

「今回、ロデニウス連邦から訪れた特使の案内を務めた私の部下の話では特使から、直ぐに視察団を送るというなら彼方の飛行機に便乗しても構わない…との申し出を受けている。これは、チャンスです。彼らの飛行機に搭乗し、直接技術力を探れるのですから。」

 

部長の言葉に頷く者と、首を振る者…半々と言ったところか。

グラ・バルカス帝国の脅威がある以上、同じ科学文明であるロデニウス連邦の技術を可能な限り吸収すべき、と考えている者。

視察団に万が一の事があれば、貴重な人材を失う事になる、と考えている慎重派。

 

「もし…視察団を派遣するなら誰を派遣すべきか?」

 

派遣するかどうかは棚上げし、もし派遣するなら誰を派遣すべきかを検討する事となった。

すると、海軍参謀が手を挙げた。

 

「戦術士官のラッサンはどうでしょう?もし、彼らが我々ですら知らない新兵器を保有していた場合、どのような戦術を実行するのか…という事を分析する必要がある、そう考えます。」

 

海軍参謀の言葉に大半が頷く。

 

「だが、やはり技術士官が必要だ。技術士官と言えば…」

 

言葉を続けた海軍参謀がチラリと、情報通信部部長を見る。

新進気鋭の技術士官、マイラスなら適任だと思ったが故だ。だが、部長は首を振った。

 

「いや、マイラス君は精神をやられて…」

 

──バタンッ!ガタンッ!

「駄目ですよ!そんな状態で退院するなんて!」

「いや、彼らの技術をこの目で見極めなければ!」

「兵隊さん、その人止めて下さい!」

「任せ…うぉぉぉぉ!?なんだ、技官のくせになんて力だ!」

 

会議室の外で、何やら騒ぎが起きた。

会議の出席者が顔を見合わせていると、ノックも無しに扉が開かれた。

 

「私を…私をロデニウス連邦への視察団に加えて下さい!」

 

そこに居たのは、目の下に濃い隈を作ったマイラスだった。その手には大量の書類が握られており、腰には警備の兵士がしがみついていた。

 

「マイラス君…君はロデニウス連邦の兵器を目の当たりにして精神が…」

 

「大丈夫です!私はムーの技術発展の為に命を懸ける覚悟です!ですから、ロデニウス連邦に視察団を派遣する際は是非…是非私を……」

 

そこまで言ってマイラスは倒れ込んだ。

それに、息を切らせて走ってきた看護婦がマイラスの脈を計ったり、口を開けさせたりする。

 

「…極度の心的・肉体的過労です。十分な睡眠が必要です。」

 

「……そうか。君、マイラス君を病院に返してきてくれないか?」

 

マイラスが倒れたと同時に、巻き込まれる形で倒れた兵士に指示すると部長がマイラスの手から書類を外す。

 

「……私は、是非ロデニウス連邦に視察団を派遣すべきだと思う。勿論、国交開設が無事に終わればの話だが。」

 

マイラスの鬼気迫る直訴に気圧されたのか、今度は結構な数の参加者が頷いた。

部長がマイラスの手から外した書類…そこには、1日と少しで書き上げられたロデニウス連邦の兵器についての技術的考察が、A4用紙20枚に渡ってびっしりと書かれていた。

 

 

──中央暦1638年11月27日、ムー──

 

この日、ロデニウス連邦とムーの間で国交が開設された。

同盟はムーが中立政策をとっているため結ばれなかったものの、ゆくゆくは兵器の共同開発を行う事を目指した非公式の会談も行われた。

 

 

──中央暦1638年11月29日午前9時、アイナンク空港──

 

国交開設から2日後、アイナンク空港の滑走路には二人のムー国人が荷物と共に立っていた。

 

「あれが、ロデニウス連邦の飛行機か…凄い大きさだな。」

 

戦術士官のラッサンが少し離れた位置に停まっている飛行機…Me264を眺めながら呟く。

 

「あれほどで驚いていたら身が持たないぞ、ラッサン。」

 

と、マイラスが何とも説得力のある言葉を返す。

暫く、死んだように寝ていたマイラスはどうにか復活出来たようだ。

 

「お前が言うと冗談に思えないな。しかし、国交開設の2日後に視察団を送るなんて…と言っても俺とお前の二人だけだが。」

 

「何せ、失われたサウ・ムー・アーにヤムートの後継国家の関係者も居るんだ。特例中の特例で人員も確保出来なかったって話だ。……それだけ、グラ・バルカス帝国の脅威を感じているんだろう。多少のリスクには目を瞑り、参考となる技術を吸収するという腹積もりみたいだ。」

 

マイラスの言う通りだ。

隣国である第五列強レイフォルがグラ・バルカス帝国によって滅ぼさた事は、明確な脅威として首脳陣も捉えているらしく、新兵器開発を強く後押ししている。

そんな中、突如として現れたロデニウス連邦というムーをも凌ぐ科学文明国…それに加えて、友好的だとすれば食い付かない訳が無かった。

 

「マイラス殿、お体は大丈夫ですか?」

 

空港から、指揮官が手を振りながら出てくる。

その半歩後ろにはダンケルクが静かに控えている。

 

「ええ、お気遣いありがとうございます。…紹介します。こちらは、今回の臨時視察団に選ばれた戦術士官のラッサンです。」

 

「初めまして、ラッサンです。」

 

「ラッサン殿ですね。よろしくお願いします。早速ですが、飛行機に搭乗しましょう。長い空の旅になりますが、ご容赦願います。」

 

指揮官とラッサンが握手を交わすと早速、タラップを昇りMe264に乗り込んだ。

 

 

──ムーより東方約1万kmの洋上──

 

ムーを発ってから丸1日以上、空の旅を続けていた。

機内の広さや、巨大なヒヨコが操縦している事に驚いたラッサンを、すっかり慣れてしまったマイラスが宥めるといった一悶着もありながら順調にロデニウス連邦へ向かっていた。

 

「そろそろ、給油を行います。シートベルトを締めて下さい。」

 

ふと、指揮官がそんな言葉を発した。

 

「給油?……ここは洋上ですが?」

 

疑問に思ったマイラスが問いかける。

そう、マイラスの言う通り周囲に陸地は見えない。

どうやって給油するつもりだろうか?そんな事を考えていると、ゆっくりと高度を落とし始めた。

ラ・カオスを圧倒する程の航続距離を持つこの機体でも、ムーからロデニウス連邦までノンストップとは行かない事に妙な安心感を覚えながらも窓から外を覗くマイラス。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン……

 

青い影が追い抜いていった。

マイラスもラッサンも窓に張り付くようにして、その青い影を目で追った。

 

「マイラス、今の…見たか?」

 

「あぁ…なんて巨大な単発機だ…マリンの1.5倍はありそうだ。」

 

「違う!お前、見えなかったのか!?」

 

「な…何が?」

 

「……人が乗ってた。」

 

ラッサンの言葉にマイラスは疑問符を浮かべる。

確かに、今自分たちが乗っている飛行機は巨大なヒヨコが操縦している。しかし、操縦席を見る限り普通の人間が乗る事も普通に出来そうな作りだった。

ならば、あの巨大単発機に人が乗っていても不思議ではない。

 

「何を言ってるんだ、ラッサ……」

 

マイラスが最後まで言葉を続ける事は出来なかった。窓の横、主翼の端で巨大単発機が並走を始めたからだ。

無論、それだけなら飛行技術のデモンストレーションでしかない。

だが……

 

「人が……乗っている……?」

 

そう、マイラスが見たのは巨大単発機のキャノピーの前、つまり"エンジンカウルの上に仁王立ちになって乗る"人間の姿だった。

 

「……」

 

「……」

 

マイラスとラッサンが、ポカンと口を開けて呆然としていると指揮官からの説明があった。

 

「あれは、TBF…通称アヴェンジャーと呼ばれる艦上攻撃機です。デカイでしょう?」

 

「いやいやいやいや!今、人が…人が機外に立ってましたよ!?」

 

マイラスが盛大にツッコミを入れる。

ムーでもスタントマンがパフォーマンスで複葉機の翼の上に乗る事はある。

だが、明らかに300km/hは出ている飛行機の機外に立つなんて正気の沙汰じゃない。

 

「彼女は、我々が保有する空母。その名もエンタープライズです。勿論KAN-SENですよ?」

 

「え…それじゃあ、今空母が空を飛んでいると?」

 

「空母なんだから空ぐらい飛びますよ。」

 

マイラスは再び心が折れそうになった。

そんなマイラスを尻目に、アヴェンジャーからエンタープライズがMe264の翼に乗り移る。

その途中、呆けた顔を窓に向けていたマイラスとラッサンが可笑しかったのか、長い銀髪とコートを風に靡かせながら苦笑いしつつ小さく手を振る。

そんな彼女に、二人はぎこちなく手を振るしか出来なかった。

 

「それじゃあ、頼む。」

 

《まったく…こんな事、何度も出来るものじゃないぞ。》

 

「お前なら出来ると思ってな。」

 

《指揮官からの期待か…ふっ、過剰な期待には応えたくなるものだ。》

 

通信機でのやり取りを終えると、エンタープライズは主翼を伝って胴体の上まで来ると、アヴェンジャーをMe264の前方上空に向かわせる。

 

──ガコンッ!

 

アヴェンジャーの爆弾倉が開放され、同時にホースが垂れ下がってくるとエンタープライズはそれを掴み、Me264の胴体上部に設置された特設給油口に接続した。

アヴェンジャーの爆弾倉に固定された燃料タンクから燃料が送り込まれている事を確認すると、再び主翼に戻りエンジンカウルを開けて点検を始めた。

エンタープライズがそんな事をしている間も、マイラスとラッサンはポカンと呆けたままだった。

 




機外搭乗は一級空母の嗜み

因みに、空中給油は1920年代には成功してるらしいです


あと、アズレンのイベントが始まったので次回は遅れます


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25.陸の王者、前へ!

正憲様、クルスニク様より評価9を頂きました!

アズレンとFGOのイベントが重なって大変です


──中央暦1638年11月30日、サモア基地・サバイイ島西側演習場──

 

「ムーに、戦車ってありますか?」

 

揺れるトラックの荷台の上で唐突に指揮官の口から出たのは、そんな質問だった。

 

「……え?あぁ、戦車ですか?ありますよ。」

 

ぼんやりしていたため、反応が遅れたマイラスが答えながら鞄を探る。

昨日の夜、このサバイイ島の飛行場に到着した一行は視察は明日からにして、ひとまずは休む事にした。

重桜艦御用達の旅館に案内されたマイラスとラッサンの二人は、

──「黒だったな。」

──「あぁ、黒だった。」

そんな言葉を交わした後、シャワーを浴びて朝まで泥のように眠っていた。

様々な要因による疲れを引きずったままだったため、ぼんやりしていた。

 

「これですね。我が国の戦車、『ラ・グンド』です。」

 

そう言ってマイラスが取り出した、軍の広報写真に写ったそれは…

 

──それは、戦車と言うにはあまりにも高過ぎた。

高く、四角く、短く、そして大雑把すぎた。

それは、正に鉄塊だった。

 

「……攻城塔?」

 

指揮官が思わず言葉を漏らす。

そう、そこに写っていたのは剣と弓の時代に使われていた攻城塔を思わせる物体だった。

周囲で敬礼する兵士達と比べれば3m以上は確実にあるだろう。ボディはまさしく箱形で、幾つかの棒が生えている。また、箱形の頂上には深めのスープ皿をひっくり返したような物が乗っており、そこからやや太めの棒が生えている。

足回りは、前後幅の短い履帯が備わっており、申し訳程度の戦車要素が垣間見える。

 

「違いますよ、これは戦車です。これは、37mm砲で車体から突き出ているのは8mm機銃です。」

 

指揮官の言葉にマイラスが反論しながら写真に写る物体の頂上、続いて周囲を指差す。

どうも、ムーではこれが戦車らしい。外見は、ボブ・センプル戦車に非常に似ているように思える。

 

「因みに、都市防衛用に配備されています。歩兵の盾や、移動砲台として防衛戦では有効だと思われます。」

 

マイラスの言葉に続いて、ラッサンが解説する。

確かに、このような戦車では積極的攻勢には使えない。

重心が高過ぎて横転するだろうし、履帯が短すぎて段差を乗り越えるのも難しいだろう。

 

──キッ…

 

ふと、トラックが停まった。

 

「ご主人様、マイラス様、ラッサン様。演習場に到着致しました。」

 

トラックの運転席からメイド…『カーリュー』が降りてきて、荷台のあおりを開けてその下に小型の脚立を置く。

 

「すまんな。」

 

「いえ、メイドの務めですので。」

 

お決まりのやり取りをしながら、指揮官が荷台から降りるのに習い、二人も降りた。

 

「おぉ…」

 

演習場を一望出来る小高い丘の上に立ったマイラスとラッサンがどちらとも無く、感嘆の声を上げる。

冷え固まった溶岩の大地に緑色の蒲鉾型の建物が規則正しく並んでおり、その一つの扉が開いて行く。

 

「ご覧下さい。あれが我々の主力戦車、M4シャーマンです。」

 

蒲鉾型の建物…格納庫から、似たような緑色をした鋼鉄の獣が姿を現す。

台形の車体に、がっちりした履帯、砲塔は逆さにしたお椀型に近いだろうか。

砲塔から伸びた砲身は、ムーのラ・グンドよりも太く長い。砲口には、幾つもの切り欠きが施されている。

ディーゼルエンジン搭載型のM4A2(76)Wである。

 

「あれが…戦車…?」

 

「しかも見ろ!速い!」

 

シャーマンが、格納庫の前を履帯独特の音を響かせながら走り回る。

その速度は、20km/hが限界のラ・グンドを優に越えているようにみえる。

 

「大体、40km/hぐらい出ますよ。主砲は76.2mm、副武装として12.7mm機銃と7.62mm機銃があります。装甲は…50mmって事にしておきましょう。」

 

勝てない、マイラスとラッサンの二人の頭に浮かんだのはそんな言葉だ。

ラ・グンドでは間違い無く勝てない…それどころか、76.2mmと言えばラ・カサミの単装砲と同じぐらいだ。

そんな化け物が、ラ・グンドの5倍の装甲と2倍の速度を持っているのだ。

 

「あ、あれも我々の主力陸戦兵器です。」

 

シャーマンに続いて出てきた物…それを目にした瞬間、二人の心は折れた。

 

「スコープドッグです。大体80km/hで走り回り、30mm弾を撃ちまくります。」

 

──キュイィィィィィィィン…ガシュゥンッ!キュイィィィィィィィン…

 

ローラーダッシュとターンピックを用いた急制動を披露するスコープドッグを見た二人は最早、怖じ気づいてしまった。

 

「戦車…戦車はいいさ…技術的にラ・グンドが進化したら、ああなるんだろう…」

 

「なんだあれ…なんだあれ!?」

 

マイラスとラッサン、二人ともorzの体勢になり頭を抱える。

確かに、ラ・グンドは不恰好とはいえ履帯と装甲と全周砲塔を備えている為、技術的にシャーマンにたどり着けそうではある。

だが、スコープドッグは違った。

二本の脚で歩き、二本の腕で武器を使う。エンジンやモーターであんな複雑な動きが出来るとは思えない。

どのような技術が使われているのか、全くもって意味不明だ。

 

「今から演習…と言うより、デモンストレーションを行います。」

 

と、指揮官が演習場の一角を指差す。そこには、コンクリートブロックで作られた簡単な小屋が幾つか乱雑に建っていた。

 

「あのコンクリート製の小屋に敵兵が立て籠っている、という設定で攻撃を行います。……始めろ。」

 

指揮官の言葉を聞いたカーリューが通信機に向かって話す。

 

「皆様、デモンストレーション開始のお時間です。」

 

そう言った次の瞬間、シャーマンの主砲が火を噴いた。

 

──ドンッ!……ドォォンッ!

 

榴弾が炸裂し、コンクリートブロックが崩壊し、瓦礫の山が出来上がる。

 

──キュイィィィィィィィン……ダダダダッ!……ダダダダッ!

 

それと同時に、スコープドッグが大回りで側面から回り込み新たに開発した12.7mm機銃…通称ミドルマシンガンでバースト射撃を加えて行く。

 

「砲撃で敵兵を叩き出し、スコープドッグの機動性を以て散り散りになった目標を追撃する…まあ、こんな単純に行くとは思いませんが。私の理想の戦術には程遠いですね。」

 

「理想の…戦術…?」

 

シャーマンとスコープドッグのコンビネーションを呆然と見ていた二人だが、どうにかラッサンが問いかける。

 

「砲撃により、敵前線から後方までを一斉攻撃。穴の開いた戦線に各種装甲戦力を用いて突撃し、戦線の穴を広げ最終的には歩兵により制圧、占領する。というものです。とんでもない量の火砲と弾薬が必要なので、そうそうは出来ませんがね。」

 

「そ…それは余りにも力押し過ぎるのでは…?」

 

「力押し、結構ではありませんか。それだけの兵力を用意し、運用出来る体制を整える事が勝利への近道ですよ。『弱軍は戦って勝ち、強軍は戦う前から勝つ』、至言ですね。」

 

ラッサンは衝撃を受けた。

戦術士官として様々な戦術を立案する事、それが自分の仕事だと思っていた。

緻密な作戦こそ至高だと考えていた。

だが、こんな簡単な戦術にそんな考えは打ち砕かれた。今の自分が考えうる戦術では、指揮官が考える戦術を撃ち破る事が出来ない。

 

(戦車だ!戦車と火砲が必要だ!その為には、どうにかしてロデニウス連邦から戦車を輸入なりしなければ!)

 

そう、ラッサンが決意する側でマイラスが震える声で指揮官に問いかけた。

 

「あの…スコープドッグとやらは、我々でも作れるでしょうか?」

 

「無理でしょうね。」

 

バッサリと切り捨てられた。

 

「やはり…そうですか…」

 

「ですが、シャーマンは割りとどうにかなるかもしれません。」

 

「…え?」

 

一旦は項垂れたマイラスが顔を上げる。

 

「あのシャーマンは、トラック用のディーゼルエンジンを2基搭載していますが…他のタイプは航空機用の星型エンジン、つまり貴国のマリンに搭載されているようなエンジンを搭載したものもあります。車体や砲塔は鋳造で…履帯も作れはするみたいですし、ネックはトランスミッションですね。いくらエンジンや車体が良くても、トランスミッションがダメだと全てダメになります。」

 

「なるほど…」

 

マイラスは考えた。

 

(マリンのエンジンが流用出来るなら…だが、履帯は作れるだろうか?いや、トランスミッションの方が重要か?……ともかく、どうにか優れたトランスミッションを開発しなければ!)

 

マイラスもまた、決意するのであった。

 




ワイバーンが居る以上、ガソリンエンジン採用は怖い…


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26.Meals,Ready to Eat

この話、本当は少しだけにしようと思ったんですがね…


──中央暦1638年11月30日正午、サモア基地・サバイイ島西側演習場──

 

OD色の天幕の下、簡素なテーブルの上に雑に段ボールが置かれている。

その段ボールの側面には、『ロデニウス連邦戦闘糧食・重桜メニュー3』と書かれている。

 

「いい時間なので、昼食にしましょう。」

 

そう言って、指揮官が段ボールを開ける。

マイラスとラッサンは嫌な予感がした。ムーにも戦闘糧食…つまり、レーションは存在する。だがそれは、硬く焼き固めたビスケット…つまり乾パンであり、食物というよりも建材の類いではないのか?というものである。一応は缶詰めもあるが、塩辛くて食べていると喉が渇いて仕方ない…という代物だ。

そんな物が出るのか…と、不安になった二人の心中なぞお構い無しに指揮官が段ボールから天幕と同じ色をした厚手のビニール袋を取り出して、一つずつ二人の前に置いた。

 

「これが、我が国の制式採用戦闘糧食…レーションやMREとも言いますね。とりあえず開けて下さい。」

 

そう言うと、指揮官は袋の接着面を左右に引っ張って開けた。

それに習い、二人も開ける。

中には、幾つかのビニール袋やベージュ色の袋が入っていた。

 

「これは…重桜メニューの3だから…」

 

「山菜おこわと、鶏肉と野菜の煮物でございます。」

 

指揮官が思い出そうとしていると、カーリューが助け船を出す。

 

「おお、そうだったな。……ではマイラス殿、ラッサン殿。ベージュ色の袋を取り出して下さい。」

 

「これと…これですか?」

 

マイラスが指揮官の言葉に従い、二つあるベージュの袋を取り出す。

 

「次に、曇っている無色の袋…少しざらざらしている袋です。それを取り出して、ベージュ色の袋をその中に入れて下さい。」

 

ざらついた袋…磨りガラスのような見た目の袋を取り出して先ほど取り出したベージュ色の袋を入れる。

 

「この…袋には何が入っているのですか?」

 

ラッサンがざらついた袋に元から入っている白い板状の物を指差す。

 

「それは、発熱材です。水を入れると化学反応で熱くなります。……カーリュー、水を。」

 

「こちらに。」

 

「次はこの水を、袋に描かれている線まで注ぎます。注いだら、袋の縁を2回程折ってから、付属のテープで軽く留めて袋を寝かせます。」

 

カーリューが用意したペットボトルの水を、ざらついた袋に注ぐ。

次に、袋の開け口を2回程折って塞ぐとテープで留めてテーブルに寝かせるように置いた。

二人もそれに習い、同じ手順を行う。

 

「お?……おぉお!?」

 

「蒸気か?…熱っ!凄い、本当に熱くなった!」

 

化学反応により直ぐに熱が発生し、水が蒸気と成って袋の開け口から漏れだしてくる。

 

「温まるまで時間があるので、付属品も紹介しましょう。この銀色の袋は…ビタミン補給用のアセロラジュースですね。水に溶かして飲みます。」

 

銀色の袋を開けて、解説中にカーリューが用意したコップに袋の中身である粉末を入れる。次に、水を注ぐとピンク色っぽい液体が出来た。

それをマイラスの前に差し出す。

 

「……頂きます。」

 

その割りとキツイ色に躊躇いながらも、意を決して一口飲む。

甘酸っぱい、若干喉が渇いていたからかもしれないが…美味い、まるで水分が体に染み込んで行くようだ。

 

「…美味い。粉末を溶かしただけなのに…まるで、果汁を絞って作ったかのようだ…」

 

「ほ…本当か?」

 

ラッサンが訝しげにマイラスに問いかけていると、ラッサンの前にコップが置かれた。

 

「これも同じ物です。他にも、コーヒーにヘーゼルナッツココア…各種お茶もありますよ。」

 

「そんなに……美味っ!」

 

戦闘糧食らしからぬ豊富さに驚きながらアセロラジュースを一口飲む。あまりの美味しさに驚いていると、指揮官が直方体の銀色の物体を取り出した。大きさは掌に乗る程度だろうか。

 

「これは羊羮…豆を砂糖で煮詰めて固めたものです。重桜…ヤムートの伝統的な菓子です。」

 

「菓子まであるのですか…」

 

正に至れり尽くせりだ。指揮官が包装を開けて、マイラスに差し出す。

黒くツヤのある物体を食べるのは中々に勇気が必要だが、受け取り一口齧る。

甘い、歯が痛くなりそうな程甘い。だが、ほのかに豆の風味がある。

 

「羊羮は運動に必要なエネルギーを手軽に取れます。しかも、片手で手軽に食べる事が出来ます。」

 

指揮官が説明していると、袋から吹き出していた蒸気が止まった。

それを見計らったように、カーリューがアルミ製の皿とスプーンとフォークを用意する。

 

「熱いので気を付けて下さい。この切り口から開けて…」

 

山菜おこわの袋を皿の上で開ける。

ヌルン、と袋の形そのままに出てきた白い塊は所々に緑色や茶色の植物の茎が入っている。

次に、鶏肉と野菜の煮物を皿に開ける。

ゴロゴロとした鶏肉やニンジン、レンコンにタケノコとシイタケがとろみのある煮汁と共に溢れ落ちる。

山菜おこわも煮物もホカホカと湯気が立ち、辺りに食欲をそそる良い香りがただよう。

 

「これが戦闘糧食だって!?まるで厨房で作った料理みたいじゃないか!」

 

ラッサンが驚愕と共に様々な角度から煮物を観察する。と同時にマイラスが質問する。

 

「この糧食の保存期間はどれ程でしょうか?」

 

戦闘糧食…それに必要な要素の一つである保存性についてだった。

確かに栄養バランスが良く、温かく、美味い…そんな糧食があろうとも数日しか保存出来ないとなれば軍用としては不合格だ。だが、指揮官からの答えは予想を上回った。

 

「2年から3年ですね。先ほどの羊羮は物によっては5年保存出来ます。」

 

マイラス、再びの驚愕である。

そうしていると、指揮官から糧食を食べるように勧められた為、スプーンを持つ。

最初は山菜おこわだ。一見すると白い塊だが、よく見ると白い粒の集合体というのが分かる。

スプーンで切るようにして一口分取ると、口に入れる。

モチモチとした食感にほんのり塩味、だが混ぜ込んである植物の茎…山菜の食感がアクセントになり、シンプルな味付けも相まって飽きの来ない味わいだ。

次に、フォークで煮物の鶏肉を取って食べる。ホロッ、と身がほぐれ甘辛い味付けがよく染みている。野菜もぐずぐずに崩れているなんて事は無く、形も食感もちゃんとしている。

 

「…我が国の兵士が木片のような乾パンを食べている間に、ロデニウス連邦の兵士はこんな物を食べていたのか……」

 

ラッサンが頭を抱えて落胆している。

それも無理は無い。これと比べれば、ムーの糧食なんて兵士への虐待に等しい…としか言い様の無い。

 

(糧食関連の担当は誰だったか…早急な改善を求めよう。)

 

ラッサンの様子に哀れみを覚えながら、帰国後の予定を組むマイラスであった。

 




一番人気はサディアのメニュー


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27.賢者のプロペラ

指揮官「サモアへようこそ。これがシーファングだ。」


──中央暦1638年11月30日午後1時、サモア基地・サバイイ島西側演習場──

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥン……

 

雲一つ無い青空、空行くは羽ばたかぬ鉄の竜。

渡り鳥のようにV字編隊を組んで飛んで行く。

 

「あれが…ロデニウス連邦の戦闘機か…」

 

空を見上げていたマイラスが呟く。

 

「正確には、戦闘機と爆撃機ですね。端の機体から紹介します。」

 

そうするとV字編隊の端から一機が高度を落として、マイラスとラッサンからも見えやすい位置に来る。

 

「あれはF2A、通称『バッファロー』です。500km/hぐらいは出ますよ。今では、後継機への切り替えが進んでいます。」

 

「ごっ……500km/h!?しかも後継機への切り替えですか!?」

 

「ええ、バッファローにも色々と問題がありますからね…まあ、普通に使う分には問題ありませんが。」

 

肩を竦めながら、マイラスに答える。

機銃射撃時の安定性に問題を抱えている他は特に問題は無い機体であるが、どのみちとりあえずで提供したものだ。さっさと機種転換してしまった方がいい。

次に、バッファローの反対側に居た戦闘機が高度を落として来る。

先ほどのバッファローは樽のような胴体を持っていたが、この機体はやや洗練されたように見える。正にバッファローの正統進化と言っても良い見た目だ。

 

「あれはF4F、通称『ワイルドキャット』です。性能的には、バッファローを順当に強化した物ですね。現在の主力戦闘機です。……まだ、バッファローが多いのですがね。」

 

「なんと…ロデニウス連邦はあれほどの機体でも満足していないのか…」

 

ラッサンが愕然として呟く。

バッファローの時点で380km/hが限界のマリンを凌駕しているというのに、更に上を目指す貪欲さにある種の恐怖を感じる。

ラッサンが背筋の寒気に体を震わせると、次の機体がやって来た。

先ほどのバッファローやワイルドキャットよりも、洗練された流れるようなボディラインをしており、より高性能に見える。

 

「『ハリケーン』ですね。これも500km/hぐらいですが、翼が分厚いので20mm機銃を搭載したり、爆弾を搭載した戦闘爆撃機としての運用を予定しています。」

 

「あの機体は機首が滑らかな形状をしていますね?」

 

「あぁ…液冷エンジンですからね。バッファローやワイルドキャットは貴国のマリンと同じく星型空冷エンジンですが、ハリケーンは空気抵抗の少ない形状に出来る液冷エンジンなのであんな形をしているのです。」

 

マイラスの言葉に指揮官が答える。

ムーですら実用化していない液冷エンジンをさらっと実用化している事実に驚いたが、それでは話が進まないのでマイラスはその答えに再び問いかけた。

 

「では…なぜ、ワイルドキャットと同じ程の速度なのですか?空気抵抗が少ない形状に出来るのであれば、より速く出来そうですが…」

 

マイラスはそこが腑に落ちなかった。

ワイルドキャットより洗練された形状、液冷エンジンという高性能エンジン…前に指揮官が話していた700km/hまで出せる戦闘機とは、あのハリケーンではないのか?

そんな疑問を抱いたマイラスに、いつぞやのように指揮官の言葉が突き刺さった。

 

「あれ、木と鉄パイプと布で出来てますよ。」

 

「……は?」

 

「まあ、翼や胴体に多用している…という話ですよ。だから、翼が分厚く速度が出ないのですよ。」

 

「え…えぇ…」

 

マイラスは困惑した。先進的な全金属単葉機を連続で見た後に、まさかの鋼管フレーム布張り単葉機だ。先進的なのか後進的なのか判断に困る。

と、次の戦闘機らしき物が降下してきた。

 

「あれ?ロデニウス連邦の戦闘機にも固定脚の物があるのですか?」

 

「本当だ。マリンみたいな脚をしてるな。」

 

マイラスの言葉にラッサンも同意する。

 

「いえ、あれは爆撃機です。『九九艦爆』と呼ばれるもので、急降下爆撃により地上目標や艦艇等を破壊する為のものです。」

 

ふと、マイラスもラッサンも聞いた事の無い言葉が出てきた。

 

「急降下…爆撃?」

 

ラッサンが首を傾げた。

マリンにも小型爆弾を搭載する事で爆撃をする事は出来る。

だが多くの場合、水平飛行から投弾する水平爆撃か、緩く降下しながら投弾する降下爆撃…後に言う緩降下爆撃を行うに留まっている。

 

「大体、50°ぐらいの角度で降下しながら爆弾を落とす爆撃方法ですよ。戦車や艦艇のような移動目標に対して有効ですが…急降下やその後の引き起こしに耐えうる機体強度や、速度を制御する為のブレーキ等の専用設計が必要なんです。」

 

「なるほど…確かに、急降下したまま減速出来なければ空中分解や地面への衝突の危険がありますからね。……やはり、マリンでは厳しいか。」

 

「私は技術者ではないので詳しい事は分かりませんが…まあ、世の中の乗り物は大抵エンジンが良ければどうにかなりますよ。さっきのハリケーンも…ほら、今から来るあの『モスキート』も。」

 

次は、スマートなシルエットの双発機が降りてくる。

滑らかな機体形状には如何にも速そうだ。

 

「あれは…もしや、前に言っていた木製機ですか?」

 

「木製!?あれ、木で出来てるんですか!?」

 

マイラスが指揮官からの話を思い出していると、ラッサンがその言葉に反応し指揮官に問いかける。

 

「えぇ、そうですよ。防御機銃すら取り払った最速の爆撃機です。600km/hは出ますよ。」

 

「爆撃機なのに防御機銃が無いのですか!?」

 

「いや、ラッサン。そもそも600km/hに追い付く機体があるか?」

 

「……確かに。」

 

ラッサンがモスキートの思い切った設計に驚愕するが、マイラスの言葉に冷静になる。

マリンは勿論、先ほどのバッファローやワイルドキャット、ハリケーンですら追い付けない爆撃機なら防御機銃なぞは余計な錘でしか無いのだろう。

 

「ですが、木製で600km/hとは…あのモスキートも液冷エンジンですよね?」

 

「えぇ、ハリケーンと同じ『マーリン』というエンジンを搭載しています。馬力は…1200馬力ぐらいだったと思います。」

 

「1200馬力……1200!?」

 

もはや何度目か分からない驚愕の声をマイラスが上げた。

マリンのエンジンは600馬力…つまり、マーリンなるエンジンは2倍の出力を持っているのだ。

勿論、重量に対しての比率等様々な要因が絡むため単純な馬力のみで比べる事は出来ないが、それでも圧倒的だ。

因みに、次に紹介されたB-25『ミッチェル』は確かに性能こそムーの爆撃機を凌駕していたものの、モスキートの衝撃の前では大したものではなかった。

そして、最後の機体が紹介された。

 

──ブォォォォォォォォォォォォン!

 

今までの機体より圧倒的な速度…地上近くを恐ろしいまでのスピードで飛んでいる。

 

「あれが、我々の最新鋭戦闘機。『シーファング』です。700km/h出ますが…申し訳ありません。あれは、我々の切り札のようなものなので…それ以上の性能は開示出来ません。」

 

指揮官の言葉を聞きながら、マイラスとラッサンはポカンと口を開けた。

ハリケーンのような滑らかな機体形状ではあるが、翼はより薄い…間違い無く全金属製だろう。細身の機首は液冷エンジン搭載機の証…だが、機首のプロペラが問題だった。

そう、"プロペラが一つの軸に対して二つ付いている"のだ。

その形状にマイラスは覚えがあった。

 

「二重反転プロペラ……」

 

そう、ムーでは机上の空論…あるいはゲテモノとして扱われていた論文でのみ存在が確認されている。

将来的に開発されるであろう大出力エンジンの反トルクを相殺出来る事を狙ったものだが、現状そんな大出力エンジンは開発出来ていないうえ、求められるギアボックスは余りにも高度な工作精度を必要とし、その機構の重量が嵩む事もあって机上の空論扱いを受けていたのだった。

だが、現にこうやって目の前で飛行している。

 

「フレッツァ殿……」

 

「はい?」

 

「我々でも…500km/hに匹敵するような戦闘機を作れますかね?」

 

マイラスは半分自暴自棄だった。

単葉機で苦戦しているような自分達では無理だろう…そんな、自虐的な問いかけだった。

だが、その予想はまたもや裏切られた。

 

「出来ますよ、多分。」

 

「……え?」

 

「私も記録でしか見た事はありませんが…液冷エンジンを搭載した複葉機が520km/hを達成しています。空冷エンジンでも、430km/hを記録しているので…あとはそちらの頑張り次第ですね。」

 

「液冷エンジンですか…」

 

マイラスは考える。まだ、実用的な液冷エンジンは完成していない。早急な開発が必要だ。

だが…1200馬力ものエンジンを開発出来るだろうか?いや、そもそも戦車の開発に必要なトランスミッションの開発もしなければならない。

グラ・バルカス帝国の脅威が迫っている中、ムーにそんな余力も時間もあるのか。

マイラスが思考の海で溺れかけている時、手が差し伸べられた。

 

「もし…もし良ければ、マーリンエンジンや兵器の輸出や整備の教育。或いはそれらのライセンス生産を許可出来ますが?」

 

「ゆ…輸出…?」

 

ラッサンの目が見開かれる。

 

「これは、私の独断ではありません。ロデニウス連邦元首カナタ大統領、アルヴ首相、ハーク副首相等の首脳陣による判断です。」

 

「輸出に教育まで!?」

 

マイラスは自らを…そして、祖国を救い出せるであろう手を掴もうとした。

 

「ですが…条件があります。」

 

「……条件とは?」

 

「帰国の際に書状をお渡しします。それに書いてある条件を承諾出来るのであれば…輸出は叶うでしょう。」

 

マイラスとラッサンは生唾を飲んだ。

差し伸べられた手…それは、救いの神か…はたまた、破滅へ導く悪魔の手管か…

 

 




わりと危機感が強いムーです


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28.温故知新

余裕があったので連続投稿です


──中央暦1638年12月1日午前9時、サモア基地・ウポル島西側母港──

 

サモア基地の主要港であるウポル島軍港、通称『母港』は恐らくこの世界最大の軍港であるだろう。

400隻程のKAN-SENの全てを…とはいかないが埋め立てや、メガフロートを駆使して建設された港湾設備は、神聖ミリシアル帝国のルーンポリスとカルトアルパスの港湾設備を合わせても及ばないのでないか?と思えてしまう程の規模だ。

故に、敷地内には専用の道路が整備されている。

そんな道路の傍ら、駐車スペースに黒いハイヤーが停まった。

 

「キュラソー、ここで待っていてくれ。」

 

「畏まりました。」

 

指揮官が助手席から降りながら運転席のキュラソーに指示する。

カチャッ、と微かな音と共に後部ドアが開かれマイラスとラッサンが出てくる。

昨日、指揮官から聞かされた兵器輸出の条件とはなんなのか?とか、ドアの下に足を翳すだけで開くドアや驚く程静かで安定した走りを持つ自動車等、色々と驚くべき点はあるが…二人はそれが些細に思える物を目の当たりにしていた。

 

「……ラ・カサミじゃないか。」

 

「あぁ…本当に…ラ・カサミそっくりだ…」

 

船体の前後に備わった連装砲、両舷に並ぶ副砲と補助砲…艦橋やマストの形まで全く一緒だ。

 

「あれが前に話した戦艦『三笠』ですよ。あのタラップから甲板に上がりましょう。」

 

「よろしいのですか?」

 

「ラ・カサミと同じですよ。隠したって意味がありません。」

 

そう言って指揮官は二人を案内するように、三笠に掛けられたタラップを上がる。

マイラスとラッサンは歩きながら二人して三笠を事細かに観察する。

 

「本当にラ・カサミだな…似てない所を探す方が早いぞ。」

 

「だな…でも、なんか落ち着くな。」

 

ムーを発ってからマイラスとラッサンに取っては驚愕と衝撃の日々だった。だが、ラ・カサミに良く似た三笠は二人にも理解出来る物だ。そんな事から、妙な安心感を覚える二人であった。

 

「お客人、遠路遥々ご苦労であった。」

 

タラップを登りきった先、305mm連装砲の横に立つ人影から凛とした声が発せられた。

黒い軍服に金色の肩章、腰にはサーベルを帯びている。

キリッとした顔立ちに琥珀色の瞳、ボブカットの黒髪からは白い湾曲した角が覗いている。

 

「我、弾雨硝煙を振り払い、勝利を以って祖国に威光栄誉をもたらす者なり…我こそ二代目連合艦隊旗艦、三笠である!」

 

マイラスとラッサン、二人はKAN-SENという存在にある程度は慣れていたため驚愕こそしなかったが、思わず息を飲んだ。

見た目は美しい女性…だが、その身に纏う雰囲気は歴然の古強者そのものだ。そんな彼女が漂わせるカリスマに二人は圧倒されていた。

 

「気合い入ってるな、三笠。」

 

「ふっ…『むぅ』とやらにも重桜連合艦隊の威光を示さねばな。」

 

「紹介しましょう…とは言っても、もう済んでますが。戦艦三笠です。」

 

「初めまして、ムーより貴国の視察に参ったマイラスです。」

 

「同じくラッサンです。」

 

「うむ、礼儀正しい若者だ。こんな若者が居れば『むぅ』も安泰だな!」

 

マイラスとラッサン、順番に握手する。

三笠の言葉に二人は照れ笑いしている。満更でも無いようだ。

その後、艦内を案内された二人だったが余りにもラ・カサミに似ている為あっさりと案内は終わってしまった。

しかし、そんな中でも二つ程気になった点があったようだ。

 

 

──中央暦1638年12月1日午前10時、サモア基地・ウポル島西側母港──

 

母港内を走るハイヤーの中、後部座席に座るマイラスとラッサンはそれぞれ渡されたタブレット端末を食い入るように見ていた。

 

「蒸気タービン…まさか、我が国で見限られた蒸気機関がこんな大出力を出せるなんて…」

 

マイラスは画面に表示されている回転する風車のような物…簡易的に描かれた蒸気タービンを見ていた。

ラ・カサミと三笠の相違点は二つあった。

その一つが動力だ。ラ・カサミは重油を使うディーゼルエンジンだが、三笠は石炭を燃やして熱した水から発生した蒸気を利用する蒸気レシプロ機関だった。

ムーで蒸気機関は発展性が低いと判断され、内燃機関の開発を進める事になった為蒸気機関は蒸気レシプロから進んでいなかった。

故に、より単純な構造で大出力が実現出来る蒸気タービンは眼から鱗な発見だった。

 

「蒸気タービンも凄いが…この、魚雷って兵器も凄いぞ。小さなボートでも戦艦を倒せるなんて…こりゃ、海戦が変わるぞ。」

 

マイラスの横でラッサンがタブレットの画面を指す。

そこには円筒形の物体が海中を進み、船の喫水線下に直撃する様が表示されていた。

魚形水雷…つまり魚雷である。

喫水線下という防御の薄い部分に大量の炸薬を充填した弾頭をぶつける事で敵艦を破壊する…しかも大砲のような大掛かりな発射装置は必要とせず、極端に言えば小型ボートや航空機でも戦艦を撃沈しうるのだ。

 

「まさか、ムーに魚雷が無いとは思いませんでしたよ。ラ・カサミの副砲や補助砲は魚雷艇対策だと思ったんですが…」

 

「あれは、木造帆船対策ですね。木造船にいちいち主砲を撃つのは、もったいないですから。」

 

「確かに。」

 

助手席越しに投げ掛けられた指揮官からの質問にマイラスが答える。

そんな風なやり取りをしていると、次の目的地に到着した。

 

「ご主人様、マイラス様、ラッサン様。到着いたしました。」

 

「おう、ありがとうな。」

 

指揮官とマイラスとラッサンがハイヤーから降りる。

そこにあったのは二隻の戦艦…城の様な艦橋に、大口径の三連装砲が前方二基、後方一基備わっており、艦橋や煙突の周囲には連装砲や機銃が無数に装備されている。

 

「ノースカロライナ級戦艦の、ノースカロライナとワシントンです。流石に内部の見学は出来ませんが、多少の質問なら受け付けます。」

 

「そう!アタシと姉貴がな!」

 

「ムーのお二方、初めまして。ノースカロライナ級戦艦ネームシップのノースカロライナです。」

 

「アタシは二番艦ワシントン、よろしくな!」

 

桟橋から歩いてきた長い金髪に白い軍服のKAN-SEN、ノースカロライナと短めの銀髪に露出度の高い改造軍服のKAN-SEN、ワシントンが二人に自己紹介する。

それぞれ握手を交わすと、早速マイラスが質問した。

 

「早速ですが…主砲はどのようなものなのですか?」

 

「40.6cm45口径三連装砲ですね。私達、ユニオンの戦艦でよく使われる主砲です。」

 

「よっ……40cm…」

 

ノースカロライナの答えにマイラスは絶句した。

ラ・カサミより10cmも大きい大砲が三連装だ。もはや比べる事も烏滸がましい。

そんなマイラスを他所に、ラッサンが質問する。

 

「先程、航空機による魚雷攻撃は戦艦をも撃沈しうると聞いたのですが…貴女方も何かしら対策が?」

 

「あぁ、飛行機な。近付かれる前に撃ち落とせばいいんだよ。ほら、艦橋の周りに連装砲あるだろ?あれは、12.7cm両用砲…まあ、対艦対空兼用の大砲さ。それが10基、あとは40mm機関砲を60門と20mm機関砲を…あー…30門だったかな?とにかく!飛行機なんて一機たりとも通さねぇさ!」

 

「凄い…まるでハリネズミだ…」

 

マイラスに続いて、ラッサンも唖然としてしまう。

こんな戦艦、航空機で沈められるのか?と、先程の映像に早速疑問が出来た。

 

「二人には、機密情報以外は話しても構わないと言ってあるので、どんどん質問して下さい。」

 

指揮官の言葉に二人は、ノースカロライナとワシントンに次々と質問を投げ掛ける事となった。




次回、皆さんが気になっているであろうKAN-SENが出る予定です


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29.未知との遭遇

独自設定強めです
よろしければどうぞ


──中央暦1638年12月1日午後2時、サモア基地・ウポル島西側母港内『東煌飯店』──

 

母港には出撃や哨戒、演習を終えたKAN-SEN達が利用する為の施設が存在する。

汗を流す為のシャワールームや、食事を提供するファストフード店や喫茶店等だ。

そんな中にある赤を基調とした東煌料理を出す店の店内、その一角にある円卓を囲むように傍らにキュラソーを控えさせた指揮官とマイラス、ラッサンが座っていた。

結局、あの後ノースカロライナとワシントンへの質問時間が長引き、さらにはワシントンが経験した戦艦同士による夜間戦闘の話に熱が入ってしまった為、昼食を食いそびれてしまった。

そのため、東煌の軽食とお茶…つまり飲茶を昼食代わりにするためにこの店に来たのだ。

 

「皆様、お待たせいたしましたわ。当店自慢の小籠包です。こちらのフェン産茶葉の鉄観音と共にお召し上がり下さい。」

 

蒸籠と茶器を乗せたカートを押して来た切り揃えられた長い黒髪に、短いチャイナドレスのKAN-SEN…逸仙が円卓に蒸籠と茶器を配膳して行く。

蒸籠の蓋を開けると、鶏ガラスープの香りがする湯気が漂い、逸仙が淹れる鉄観音茶の甘いキンモクセイのような香りと相まってマイラスの腹の虫が思わず鳴いてしまう。

 

「申し訳ありませんね。ワシントンは自分の武勇伝になると話が長くなる癖があって。」

 

「いえいえ、とんでもない。実に有意義なお話でしたよ。」

 

マイラスの腹の虫を聴いた指揮官の言葉に、マイラスは苦笑しながら返す。

レーダーを用いた夜間戦闘…ムーでは、レーダーの理論自体はあるのだが技術的に実現していない。

 

(戦車開発のトランスミッション、戦闘機の大出力エンジン、レーダー…色々と開発する必要があるな…だが、ロデニウス連邦から輸入やライセンス生産が許可されれば…だが、"条件"ってなんだ?)

 

考えつつも、指揮官がしているように陶器製のスプーン…レンゲに小籠包を乗せて口に運ぶ。

薄くモチモチとした皮が破れると、熱々のスープが溢れ出してきた。鶏ガラから作られたスープはあっさりしているが、餡に使われている豚肉から出た肉汁と混ざり複雑で奥行きのある深い味わいになっている。

餡も、歯ごたえがありながらも噛めばホロリと崩れる豚挽肉にコリコリとした食感のキクラゲ、シャキシャキのタケノコが混ぜ込んであり退屈しない食感だ。

 

「あふっ……!ほふっ!美味っ…!」

 

熱々のスープに驚きながらも、どうにか咀嚼し飲み込む。

次は、鉄観音茶に手を付ける。

黄金色の水面から立ち昇る甘い香りを含んだ湯気が鼻腔を擽る。一口飲む。

フルーティーで芳醇、後味はほのかに甘くさっぱりしている。雑味や苦味は殆ど無く、口の中がリセットされたかのようだ。

 

「美味い……」

 

一息ついたマイラス、しかし彼の隣に座るラッサンはそれどころではないようだ。

 

「ラッサンさん、熱いので気を付けて下さいね?」

 

「は…ははは、大丈夫ですよ!自分、熱い食べ物好きなんで!」

 

逸仙に心配されながらも小籠包を食べていた。

この店に入ってから…正確には、出迎えた逸仙を見てからずっとこんな調子だ。

なんだかソワソワしているし、逸仙の姿が見えるとチラチラとそっちを見ている。

これは、間違いなく…

 

(惚れたな…間違いない。)

 

ラッサンは学生時代からの友人だった。

そんな付き合いのあるマイラスは、ラッサンの好みの女性を知っていた。そう、その好みの女性…それが当てはまるのが逸仙だ。

 

(こりゃあ…大変そうだな。)

 

どこか、他人事のように…まあ、実際他人事であるが…考えながら小籠包を口に入れた。

 

 

──中央暦1638年12月1日午後3時、サモア基地・ウポル島西側造船ドック──

 

「これが、ロデニウス連邦防衛軍の巡洋艦、マイハーク級巡洋艦です。防空能力を重視したもので、先程のノースカロライナ級戦艦にも採用されていた12.7cm両用砲を多数搭載しています。」

 

何人もの人間や機材、作業用に改造されたスコープドッグが行き交う中で指揮官が紹介した。

そこには、船台に横たわる重厚な船…クリーブランド級をベースにしたマイハーク級軽巡洋艦があった。

まだ、艤装を施していないため寂しい印象を受けるが、それでも完成すればムーの巡洋艦を突き放す性能になるであろうと予想出来た。

 

「リベットがありませんね?」

 

「電気溶接ですよ。ほら…あそこにいる工員が溶接作業中です。」

 

そう言って指揮官が、手元が目映く光っている工員を示す。

 

「電気溶接ですか…こんな巨大艦に採用しても大丈夫なのですか?」

 

「最初の頃は色々な問題があったそうですけど、今は技術が進んだので問題はありません。」

 

「なるほど…」

 

マイラスが感心している隣で、ラッサンがぼんやりしている。

時折、「逸仙さん……」と小さく呟いている。もう、ラッサンはダメだ。役に立たない。

 

「これは、通常の建造ドックです。次は、KAN-SENの建造ドックを見学しましょう。」

 

「よろしいのですか?」

 

「大丈夫ですよ。我々も詳しいメカニズムは分かりませんから。」

 

そんな物使って大丈夫なのか?と思いつつ、呆けているラッサンの手を引いて歩き出した指揮官の後を追う。

凡そ、5分ぐらいたっただろうか?

たどり着いたKAN-SEN建造ドックでかつてクワ・トイネの視察団にしたような説明(6.締結を参照)、をした。

 

「この立方体が…」

 

「キューブ」

 

「……キューブがKAN-SENになるなんて、信じがたいですね…」

 

いつぞややったようなやり取りも挟みながら、興味津々といった様子でキューブを観察する。

 

「触ってみても?」

 

「どうぞ。」

 

マイラスの方に差し出された指揮官の手、そこに乗っている青い立方体…キューブにマイラスの指先が触れた。

 

 

──中央暦16■■年■月■日、???????──

 

燃える都市、崩れる建物、転がる死体…港街だろうか?崩壊したその地から逃れるように人を満載した船が出航する。

ここは…知っている。

あの、崩れてしまっているが僅かに残ったドーム状の屋根を持つ建物……ムー中央銀行のオタハイト支店だ。

 

 

──中央暦16■■年■月■日、???????──

 

次は、揺れる船の甲板に居た。

三連装砲が轟音と共に火を噴く、機銃が天に向かって咆哮する。

鉄が軋み、乗組員が呻く。

遠くに見える規格外の超巨大戦艦…それが火を噴き、恐るべき破壊がこの船にやってくる。

 

(避けられないな…)

 

冷静に判断した。

ふと、艦橋を見上げる。一人、誰か立っていた。

 

「避難船はミリシアルに辿り着けるだろうか……?」

 

悲しげに呟く。

艦橋の手摺に手を置き、優しく撫でる。

 

「ごめんな、処女航海でこんな事になって…」

 

最大限の懺悔と、自らへの侮蔑を含んだ声だった。

 

「……お前は、誰がなんと言おうと……世界一の船だよ。」

 

あぁ……あれは……

閃光と爆音が全てを掻き消す。

 

「…さようなら。」

 

"私だ"

 

 

──中央暦1638年12月1日午後3時頃、サモア基地・ウポル島西側造船ドック──

 

「……殿!マイラス殿!」

 

「大丈夫か、マイラス!?」

 

ラッサンに肩を揺さぶられていた。

その背中を指揮官が叩いて、マイラスに呼び掛けている。

 

「え……?あ…あぁ…大丈夫だ。」

 

「本当か?さっき、スゲー顔色だったぞ?」

 

「大丈夫ですか?病院行きますか?」

 

「いえ、大丈夫です。……驚き過ぎて疲れたかな?」

 

ラッサンと指揮官からの心配の声を苦笑しながら受け流す。

 

「…では、建造を見学した後はホテルへ送ります。夕食は部屋に届けるように伝えておきます。」

 

そう、指揮官が言うとKAN-SEN建造ドックに取り付けられた丸い皿の様なもの…キューブを励起させる為の電磁波を発生させる発振機が稼働する。

普段なら、電磁波によりキューブが増殖するのだが……

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

「なんだ!?」

 

キューブが目映く光輝き始めた。

その光は次第に強くなって行く。

 

《指揮官!建造ドックで何をしているにゃ!?異常なエネルギーパルスが検知されてるにゃ!》

 

「俺にも分からん!お前か夕張が弄ったんじゃないのか!?」

 

《明石も夕張も弄ってないにゃ!》

 

指揮官が通信機で誰かと話している。

そんな事をしていると、光は遂に三人が建造ドックを見ている部屋の窓まで照らし始めた。

 

「これ、大丈夫ですか!?」

 

「建造ドックから光が逆流する……っ!うぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

ラッサンと指揮官の叫びと光が満ちる部屋の中、マイラスは別の声が聴こえた。

 

──やっと…やっと、会えました

 

物悲しげな、掠れた優しい声。

それが聴こえた後、光は次第に収まりキューブがあった場所に収束した。

 

「な……あれは……」

 

指揮官の戸惑う声がする。

光が粒子状に散り、一人の少女が姿を現す。

セミロングの明るい茶髪に、やや幼いながらも『三笠』に似た顔…目は閉じている。

そのスレンダーな体を簡素なノースリーブのシャツと、これまた簡素なスカートで包み、その上に精緻な刺繍を施した帯を右肩から斜めに、一度腰に巻いて背中から左肩に掛けるという見慣れない格好をしている。

だが、マイラスとラッサンには見覚えがあった。

 

「なんで…ムーの伝統装束が…」

 

ラッサンが口にする。

そう最早、厳粛な式典でしか着用する機会の無い1万2千年以上前から伝わるムーの民族衣装だ。

少女が口を開く。

 

「縁を巡り…漸く、辿り着いた。」

 

少女が目を開く。

息を飲む程、美しい緑色の瞳。

その背負った黒鉄…艤装の重みを噛み締めるように言葉を続ける

 

「改ラ・カサミ級戦艦一番艦ラ・ツマサ。指揮官、厚かましい願いだろうが…どうか、姉上と多くの人々の無念を晴らすため……ムーを救ってくれ。」




重桜特効スキルってグ帝相手でも発動するんだろうか?


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30.縁を手繰り

ZERO零様より評価9を、ガガギゴ様より評価1を頂きました!

今回も、ゲーム的な要素と下手な例え話が含まれます














よろしいですね?


KAN-SENは『伝承再現』俗に『スキル』と呼ばれる力を持っている。

以前、KAN-SENという存在を映画に例えた(12.ロイヤル伝説を参照)、それに準えれば伝承再現は映画のクライマックスにあたるだろう。

KAN-SENの元になった『艦船』、それらが持つ様々な生い立ちや戦歴、逸話をモデルにした超常の力を、キューブを励起させる事により発生したエネルギーを使い発動させる。

例えば、プリンツ・オイゲンという重巡洋艦のKAN-SENが居る。

彼女は優れた防御性能を持ち、『特殊爆弾』の攻撃に2度耐えた逸話を持っているため『破られぬ盾』という伝承再現を持つ。これは、自身の周囲に青い透明なシールドを展開させ砲撃を防ぐというものだ。

普通の艦船では有り得ない、時に物理法則すらネジ曲げる力…もはや魔法ともいうべき力がKAN-SENをKAN-SEN足らしめているのだ。

 

だが、それはKAN-SENのみで発動出来る訳ではない

『KAN-SEN』という映写機が、『艤装』というレンズを通して『カンレキ』というフィルムを、『戦場』というスクリーン投影し『弾薬』という活動弁士がストーリーを補完するだけでは映画の上映は叶わない。

そう『観客』が必要であり、その観客こそが『キューブ適性』と呼ばれる才能を持った人間…つまり、指揮官なのだ。

指揮官という観客が、映画を観ない限りはどのような映画が上映されているかは分からない。

実際は悲恋を描いた映画を上映していても、実際に観ない事には筋肉モリモリマッチョマンの変態が大暴れする映画である可能性もある。

そのKAN-SENという映画を視聴するためのチケットこそ、キューブ適性なのだ。

だからこそ、指揮官によってKAN-SENが正しく観測されなければKAN-SENは曖昧な存在となり、十全の力を発揮出来ない。

 

 

──中央暦1638年12月1日午後7時頃、サモア基地・ウポル島内ホテル──

 

「と、いう事でマイラス殿…貴方にはキューブ適性がある。そのKAN-SEN、ラ・ツマサを建造出来た事がその証拠です。」

 

母港近くにあるホテル内のレストランにて、指揮官がステーキをナイフで切りながら話す。

そんな指揮官の対面の席で話を聞いていた二人、マイラスとラッサンはポカンと…特にマイラスには戸惑いも見られる。

そんな二人を他所に、指揮官がマイラスの背後に控えているKAN-SEN…ラ・ツマサに問いかける。

 

「ラ・ツマサ、お前は別世界のムーでマイラス殿によって設計された戦艦…でいいんだな?」

 

その言葉にラ・ツマサは頷く。

 

「そう、私は"主"の手により設計された次世代戦艦のテストベッド。私を使って様々な技術の実証実験を行う予定だった。例えば、艦首形状や小口径高初速砲、それを搭載した三連装砲や自動装填装置、高出力ディーゼルエンジン等…ムーの技術の粋を集めたのが、この私。」

 

「なるほど…ドイッチュラント級に似てるな…」

 

ラ・ツマサの言葉に指揮官が納得したように頷く。

だが、そんなやり取りにラッサンが待ったをかけた。

 

「いやいやいや…ラ・ツマサって確か、予算不足で構想だけで計画は凍結されたはずです。……だよな、マイラス?」

 

「あ……あぁ、ラッサンの言う通りです。ラ・ツマサは確かにラ・カサミ級をベースに、次世代戦艦に使う新技術の実証実験を行う戦艦として開発される予定でしたが…予算不足で設計図すら存在しません。あるのは、どのような戦艦にするかのメモ書き程度で…」

 

ラッサンの言葉に、マイラスが同意しながら説明する。

だが、それに対しての指揮官の答えは二人には理解し難いものだった。

 

「だから、別世界です。ラ・ツマサに予算が付いて建造され、就役した…我々が存在している世界とよく似ている…ですが少しだけ違う世界。これを我々はパラレルワールドと呼称しています。」

 

「そんな…非科学的な…」

 

「我々も、貴国も別の世界から転移してきたのですよ?ならば、他の世界…そして、この世界によく似た世界があっても何ら不思議ではありません。」

 

「それは……」

 

ラッサンが指揮官の言葉に反論するが、ある意味納得せざるおえない理屈で返された。

そんな中、マイラスがラ・ツマサに問いかける。

 

「えっと…ラ・ツマサ…さん?あー…なぜ私を主と?」

 

「私は主により設計され、主と共に最初で最後の航海を行ったのです。謂わば、主は私の父であり艦長…そして、私の"指揮官"でもあります。ですが、此方には既に指揮官がいらっしゃいますので…」

 

ラ・ツマサが指揮官を示しながら言葉を続ける。

 

「ですので、貴方様を主と呼ばせて頂きます。……ご不満でしたか?」

 

「あっ…いや、そうじゃない…んですけど…」

 

「いや、待て。マイラス、今その…ラ・ツマサさんはお前を艦長って言ったぞ?」

 

「間違いではありません。主は私の艦長でした。」

 

「技術士官であるマイラス殿が艦長…それは、ムーを救ってくれ。という話に関係が?」

 

「あぁ、その通りだ。」

 

すると、ラ・ツマサは語り始めた。

 

──私は、ムーの期待を背負って就役した最新鋭戦艦。ラ・カサミ級戦艦…姉上達から国土防衛を引き継ぐ妹達の為に様々なデータを収集する為に生まれた。

だが…それは叶わなかった…

 

グラ・バルカス帝国…レイフォルを滅ぼした悪しき帝国がムーに侵攻してきた。

レイフォル国境より侵攻したグラ・バルカス帝国陸軍は電撃的に各都市を掌握、ムー陸軍必死の抵抗も虚しく徐々に東へ追い詰められて行った…

遂にはオタハイトにまで空襲されるようになり、神聖ミリシアル帝国へ市民を疎開させる事となった。

そう、ムーは滅びた。多くの人々が命を落とし、姉上達も海底に没した。

 

最後の避難船…それから目を逸らす為の囮が私の最初で最後の航海となった。

多くの将兵が戦死し、軍としての機能の大半を失ったムー統括軍が行った最後の作戦…寄せ集めの乗組員…その中で、私を良く知る者…主が私の艦長となった。

艦載機による空襲、数多の砲撃…多くの損傷を受けながら私は、敵艦3隻を撃沈。

だが…最後はあの…"あの忌まわしき戦艦"に…!──

 

悲しげな…だが、唇を噛み締めるように語る。

その端整な顔が悲しみと憎しみにより歪む。

そんな様子をマイラスとラッサンは息を飲んで、指揮官はステーキを咀嚼しながら見ていた。

 

「ふむ……つまり、グラ・バルカス帝国とやらからムーを守ってくれと?」

 

「そうだ、私が建造された世界にこのロデニウス連邦…いや、サモアは存在しなかった。加えて、私がこのような形で建造されたのも初めてだ。おそらく…いや、間違い無く貴方達が鍵だ。……どの世界でもムーは滅びた。この世界でムーを救っても、私の世界のムーが救われる訳ではない。だが…それでも…!」

 

「……」

 

ラ・ツマサの慟哭のような言葉を、指揮官は軽く頷きながら聞いている。

マイラスとラッサンは戸惑いながらも考えていた。ラ・ツマサの言葉…戯れ言というには余りにも彼女は真剣だった。

そして、グラ・バルカス帝国…その名を持つ国家は事実、レイフォルを占領しムーに威嚇している。

荒唐無稽とは言えない、リアリティーのある話…もし、本当ならば遠からずムーは滅びる。

 

「…ラ・ツマサさん、もし…もしも…ロデニウス連邦から兵器を輸入出来れば…ムーの滅びは回避出来るんですか?」

 

ラッサンが意を決したようにラ・ツマサに問いかける。

だが、ラ・ツマサは首を横に振った。

 

「分からない、サモアのような要素がある世界は初めてだから。だけど…何もしないよりは可能性がある。」

 

次に、マイラスが問いかける。

 

「それが…叶わなければ…?」

 

「間違いなく滅びるでしょう。これだけは、はっきりと言えます。」

 

ラ・ツマサに断言されてマイラスは指揮官に目を向ける。

 

「条件が気になりますか?」

 

「……えぇ、祖国の危機を救える可能性があるのなら。」

 

マイラスの言葉に、指揮官は肩を竦めた。

そして、指をパチンッと鳴らしてキュラソーを呼んだ。

 

「本来は貴国の首脳部に見て頂きたかったのですが…まあ、気になりすぎてこの後の視察に支障が出たら大変ですからね。」

 

そう言って、キュラソーが差し出した書状を受け取りテーブルの上で開く。

 

「これは…っ!」

 

驚愕の声を発したのはマイラスかラッサンか…定かではない。

しかし、二人して目を見開いていた事は間違いない。




ラ・ツマサ(SSR)

スキル1(黄)・科学の寵児
ムー所属艦の装填・幸運以外のステータスを40%アップ

スキル2(青)・ムーに捧ぐ鎮魂歌
自身が受けるダメージを25%減少する

スキル3(赤)・憤怒の咆哮
グラ・バルカス帝国所属艦に与えるダメージが30%アップ

スキル4(赤)・全弾発射-ラ・ツマサⅠ
主砲発射時50%で特殊弾幕を発動する(BIG SEVEN桜型弾幕)


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31.苦渋の決断

東 聖様、帝国将校様より評価9を、鈴木颯手様より評価7を頂きました!

時間があったので連続投稿です


──中央暦1638年12月8日午前10時、ムー政治部会──

 

ムーにおける政治の中枢で行われる会議は混迷を極めていた。

簡単に言えば、とある議題に関する賛成派と反対派による舌戦だ。

 

「しかし、グラ・バルカス帝国の驚異は確実だ!国際社会の目を気にして国を滅ぼす気か!?」

「だが、第二列強たる我が国がポッと出の国家を列強認定するなぞ、ミリシアルやエモールにどのような目で見られる!?」

 

そう、会議に混迷をもたらしたのは兵器の輸出に対する条件だった。

その条件というものが…

 

・ロデニウス連邦を列強として承認する事

・ロデニウス連邦周辺諸国を新たな文明圏として承認する事

・兵器製造、整備、運用等を学ぶ研修生をロデニウス連邦に留学させる事

 

他にも輸出兵器やライセンス生産兵器の改造についての規約等、細かいものがあったが大まかに纏めるとこうだ。

ムーにとっては至れり尽くせり。ただ単にロデニウス連邦を新たな列強と承認すれば良く、更には新兵器についての教育まで請け負ってもらえるとなれば、これ以上無い程の好条件だ。

だが…世の中、そんな簡単には行かないものだ。

 

「そもそも、建国から1年も経っていない国家を列強にするなぞ我が国の正気を疑われるぞ!」

「しかも留学生とは言っているが、体のいい人質ではないか!」

 

そう、列強とは世界秩序のバランスを担う国家だ。そうホイホイと承認すべき物ではない。

さらに、留学生は露骨に人質…つまり、ムーに輸出した兵器を自分たちに向かって使われない為の保険だ。

反対派は主に内政に関する官僚が中心であった。

 

「だが、レイフォルからの難民の話でグラ・バルカス帝国の進駐軍の横暴さが伝わっているではないか!国民が奴隷にされても良いのか!?」

「そもそも、人質とは言うが彼らとて慈善事業で兵器輸出をやっているわけじゃない!我が国に高性能兵器を輸入する以上、何かしらの保険を掛けるのは当たり前だろう!」

 

一方賛成派は外交や軍に関する官僚が中心だった。

彼らは神聖ミリシアル帝国に差を付けられている今までは勿論、現状のグラ・バルカス帝国の驚異が迫っている状況に強い危機感を覚えている。

国際世論におけるムーの立場を守るべきか、はたまたそれらをかなぐり捨ててでも武力によりムーを守るか…

その議論は一日中…深夜まで続いたという。

 

 

──中央暦1638年12月15日午後2時、ムー軍港──

 

灰色の岸壁、やや濁った海、空を飛ぶウミネコ。

 

「……ドッドッドッドッ…バーン。」

 

そんな軍港に係留された戦艦の上、二連装ボフォース40mm機関砲の射手席に座った少女が指鉄砲で、ウミネコを撃ち落とすような真似をする。そうした後、どこか憎しみが籠ったような目で西を…遥か西方にある仇敵の住み処を睨み付ける。

彼女はラ・ツマサ、パラレルワールドのムーに存在した最新鋭戦艦…その力を持ったKAN-SENだ。

マイラスとラッサンによるロデニウス連邦の視察を終えた後、「パラレルワールドの話とは言え、ムーの軍艦なのだからムーに居る方がいい。」という指揮官の判断により、二人と共にムーへ"帰国"したのだ。

 

「はぁ…」

 

指揮官から餞別代わりに装備して貰ったボフォース機関砲の射手席から降りて、溜息混じりに甲板を歩く。

彼女の存在は、驚愕と共に迎えられた。

一人の少女に戦艦の力を持たせた人型兵器…KAN-SENの存在はムーの人々には信じがたい者だった。

だが、かつてロデニウス連邦から来た特使…つまり、指揮官とダンケルクと共に戦艦ダンケルク前で記念写真を取った兵士達の中に居た佐官クラスの人物の証言と、実際にラ・ツマサが戦艦ラ・ツマサを呼び出した時にその疑念は払拭された。

確かに彼女がスパイかもしれないという疑いはあったが、無料で新技術盛りだくさんな最新鋭戦艦…しかも乗組員が必要無く、更には弾薬を使わずとも戦えるというKAN-SEN特有のメリットの前にはそんな疑念の声は小さくなって行った。

 

「ラ・ツマサ!」

 

岸壁から彼女を遠巻きに見ていた野次馬を掻き分けて、一人の若い男性が近付いてくる。

 

「主っ!」

 

その声を聴いたラ・ツマサは、その瞳に宿っていた憎悪の光を消して甲板から岸壁へ飛び降りて、声の主に駆け寄る。

そう、その声の持ち主こそ彼女の設計者であり艦長であり…自らを認めてくれた者。

 

「主じゃなくていい、って言ってるじゃないか。こっちだって敬語は止めてるのに。」

 

「いえ、貴方様は誰が何と言おうと私の主です。これだけは譲れません。」

 

やって来た若い男性、マイラスの腕に抱き付くようにして可愛らしく唇を尖らせる。

そんな二人…正確にはマイラスに向かって「リア充、爆発しろ!」的な視線が注がれる羽目になった。

 

「あー、えーっと……また、ロデニウス連邦に行く事になったよ。ラッサンも…他の戦術・技術士官も合わせて30名程ね。」

 

「では…あの条件を?」

 

「そう、ロデニウス連邦からの要請通り…『然るべきタイミングで第四文明圏設立を発表する際に、ムーはこれを支持する。』まったく…彼らも思いきった事をする。」

 

そう、ムー政治部会はロデニウス連邦から提示された条件を飲んだのだ。

勿論、ムー側からすれば苦渋の決断だったのだろう。だが、背に腹は代えられない。プライドと意地を履き違えて、国を滅ぼすような選択は出来ない。

ならば、恥を忍んででも新兵器輸入を行わなければならない。

 

「良かった…きっとこれでムーは…」

 

ラ・ツマサの美しい緑色の瞳に涙が浮かぶ。そんな彼女の様子にマイラスは慌ててハンカチを差し出す。

 

「そっ…そんないきなり泣かれると…」

 

「グスッ…ありがとうございます、主。」

 

マイラスからハンカチを受け取り、目頭を押さえるように涙を拭くと目映いばかりの笑顔をマイラスに向ける。

そんな笑顔を向けられたマイラスは自らの心拍数が上がり、顔が赤くなった事を自覚する。

それが気恥ずかしくて、顔を逸らす。

 

「と……年明けにロデニウス連邦に向かう事になるから、それまで君の兵装実験を行う事になったよ。」

 

「私は?私は、ロデニウス連邦に行けないのですか!?」

 

「い…いや、上層部は君を僕に預けると判断したらしいから…多分、一緒に行く事になると思うよ。」

 

要は最新鋭戦艦が手に入ったのは嬉しいが、何せKAN-SENは余りにも未知過ぎた。

故に扱いに困った挙げ句、彼女がなついているマイラスが監督役…ようは面倒を見る事になったのだ。

 

「本当ですか、主!」

 

マイラスと離れ離れになる事がそんなに嫌だったのか、思わず彼に抱き付くラ・ツマサ。

マイラスに更なる嫉妬の目…ギリギリと歯軋りの音までする…が向けられる。

 

「は……ははは…」

 

そんな中、マイラスは気不味さで乾いた笑いを出すしか出来なかった。




ムー編は一段落です
あと数話挟んでパ皇編に入ります


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32.希望の力、禁忌の技術

しーどらぐーん様より評価9を頂きました!


原作キャラ魔改造第三弾


──中央暦1638年10月6日午前9時、サモア沖合い演習海域──

 

時は遡り、2ヶ月前。

ロデニウス連邦が正式に発足してから2ヶ月後、演習海域にて数名のKAN-SENが演習…というよりは基礎訓練を行っていた。

 

「そう、その調子…です。」

 

メカニカルな耳にクリーム色の長い髪をポニーテールにした『綾波』

 

「大丈夫、艤装があれば沈まない。多分。」

 

癖のある銀髪をウサギ耳型の髪止めでツインテールにした『ラフィー』

 

「おぉ~っ!初めてにしては、いい感じですよ!」

 

小さな王冠が乗った紫色の髪を後頭部で纏めた『ジャベリン』

 

「いいですか?基礎を疎かにしていては、上を目指せませんよ。」

 

色の薄い金髪を肩口で切り揃えベレー帽を被った『ニーミ』こと『Z23』

 

ジャベリンが後進しながら先導し、ニーミが後ろから付いて行き、綾波とラフィーが手を引く。

四人に囲まれるようにして海面を、よたよたと航行するKAN-SEN…いや、正確にはKAN-SENではない。

 

「な……なんだか…変な感じです。地面とは違った……キャッ!」

 

跳ねた波飛沫に思わず小さな悲鳴を洩らす少女。

その背には軍艦を分解し、新たな形に組み上げたかのような黒鉄…艤装を背負っている。見た目はブラック・プリンスの物に似ているかもしれない。

そんな彼女の艤装に取り付けられた通信機から声が響いた。

 

《殿下、ご無事ですか!?》

 

「大丈夫よ、リルセイド。少し波が跳ねただけ。」

 

彼女こそ、アルタラス王国王女であるルミエスである。

アルタラス王国が第四文明圏構想に参加した際に、近年のパーパルディア皇国による拡大政策が自国に及ぶ事を危惧した国王ターラ14世が一人娘である彼女と、幾名かの武官を留学という名目で避難させていたのだ。

彼女自身、外交官としても活動していた為パーパルディア皇国による侵略の危機は重々承知していた。しかし、まるで国民を見捨てて脱出するような行いには難色を示していた。

だが、アルタラス王国に来訪したロデニウス連邦の特使が連れてきた医師による留学候補者の健康診断の結果、ルミエスにKAN-SEN適性…つまり、艤装を動かせる才能がある事が判明した。

自ら武器を持ち、戦場に立てる力がある…それを知ったルミエスは一転して留学を熱望し、逆にターラ14世は留学に反対するという逆転現象が発生した。

 

《もし、殿下にもしもの事があれば私は……》

 

「心配し過ぎよ、こうやって皆さんも一緒に居て下さるのに…ね?」

 

「大丈夫…ルミエス、友達。ラフィー、友達、大事。」

「ルミエスを狙う人は綾波がやっつける…です。」

「リルセイドさんも安心して下さいね~。ちゃんと私達が見てますから。」

「ご安心下さい、リルセイドさん。他のKAN-SENの皆も、ロデニウス連邦沿岸警備隊も哨戒してますから。」

 

サモアに来てから新たに出来た友人四人の言葉を頼もしく思う。

結局、ターラ14世はルミエスの熱意に負けて留学を許可した。

民を愛し、王国の為に身を捧げる覚悟を抱いていたルミエスにとっては祖国を危機から救える機会を逃す手は無かった。

 

「基礎訓練のあとはロイヤルメイド隊の皆からの砲撃訓練、そのあと伊勢さんと日向さんからの水上機運用訓練…です。」

 

綾波がそっとルミエスの手を離す。

 

「えっ!?ちょっ…ちょっと、綾波ちゃん!?」

 

「ルミエス、大丈夫。上手い。」

 

慌てるルミエスからラフィーまでもが手を離す。

 

「えっ……ちょっ…あぁ~!」

 

バランスを崩し、両腕をバタバタと慌ただしく動かして立て直そうとするも…

 

──バシャーン!

 

「へぶっ!」

 

王族として…そもそも、年頃の少女として出してはならない声をあげながら、水飛沫を立てて顔面から倒れた。

 

《殿下ぁー!》

 

通信機からリルセイドの悲鳴が聴こえる。

新米KAN-SEN、航空巡洋艦ルミエス…前途多難な第一歩であった。

 

 

──同日、サモア基地秘匿ラボ──

 

「おぉ~、ちゃんと適合してるじゃ~ん。流石、私の自信作ぅ!」

 

薄暗い室内、無数のモニターの前でケラケラ笑う少女。そのモニターには、顔面を海面に叩き付けるルミエスの姿が映し出されていた。

紫がかった白髪は椅子に座っているとはいえ毛先が床を這い、病的に青白い肌と相まってモニターの光を反射している。

そして、その爛々と輝く黄色い瞳…明らかに人間ではない。だが、KAN-SENでもない。

 

──ブシューッ!キュルキュルキュルキュル…

 

ふと、少女の背後にある潜水艦のハッチのような分厚い気密扉が開いた。

赤い非常灯が背後から人影を照らす…大柄な男性のようだ。

その男性は、腰の辺りに手をやり何かを引き抜く動作をすると…

 

──バンッ!バンッ!

 

少女が座る椅子の足元に向かって拳銃を発砲した。

 

「おわっ!おわっ!なっ…にすんのさぁー!」

 

いきなり撃たれた少女が抗議の声を上げる。

そんな少女なぞお構い無しに、ずかずかと部屋に足を踏み入れると少女が見ていたモニターをまじまじと見る。

 

「……本当に何もしてないだろうな?」

 

「ねぇ、なんで撃った!?なんで撃ったの!?」

 

少女の狂人でも見るような目を軽く受け流すと、再び問いかけた。

 

「本当に何もしてないだろうな?」

 

「いや!それより、なんで撃っ…」

 

「答えろ。」

 

少女の額に銃口が押し付けられる。

それに少女は両手を挙げて、ガタガタと体を震わせる。

 

「してない、してない!本当だって!そもそも、こんな物着けられちゃしたくても出来ないっての!」

 

そう言う少女の首には、鈍い銀色の重厚な首輪のような物が嵌められている。

 

「お前たちは油断ならんからな。今は使えるから生かしてやってるが、もしなんかあれば……お前の首が月までブッ飛ぶぞ。」

 

「分かってる!わーかってるってばぁ!……まったく、やり口がテロリストのそれだよ…」

 

「なんか言ったか?」

 

「ナニモイッテマセンヨ。」

 

そう、彼女は人間でもKAN-SENでもない。

『セイレーン』、かつて世界の海を蹂躙し尽くした人類の敵。

それが何故、アズールレーンの基地であるサモアに居るのか?

それは簡単な話だ。

セイレーンの脅威を駆逐したとされる『第二次セイレーン大戦』、その際に何故かほぼ無傷で機能停止していた個体…通称ピュリファイアーをサンプルとして持ち帰り、サモア基地の秘匿ラボにて保管していたのだ。

だが、転移してから凡そ一年…後に『ロデニウス統一戦争』と呼ばれる対ロウリア戦の直前、何の前触れもなく再起動した。

当初は厳戒態勢が敷かれ、秘匿ラボが存在する小島ごと砲爆撃にて消し去ろうとしたのだが、江風や瑞鶴等が以前に特殊海域にて出会った記憶喪失のセイレーン…『ピュリっち』と呼ばれる人格を持っており此方にも協力的であるため、一先ずは秘匿ラボからの出入りを禁止したうえで、明石と夕張が製作した首輪爆弾を装着するという条件で様子を見る事となったのだ。

 

「死にたくなけりゃ、せいぜい役に立て。」

 

「分かってますよぉー。」

 

ピュリファイアーこと、ピュリっちはどうやら特殊な兵器や艤装を作る事が出来る技術を持っているらしく、ルミエスの艤装を製作したのも彼女だ。

もちろん明石や夕張、ビスマルクによる念入りな調査を行った後にルミエスに与えている訳だが。

 

「それで…あれは使えるようになりそうか?」

 

「私一人じゃ時間かかるって~…まあ、7割位は出来たかな?」

 

そう言って秘匿ラボの窓から外…秘匿地下ドックを見下ろす二人。

そこで静かに眠る異形の艦……

 

「せっかく、重桜から引っ張ってきたんだ。何かの役に立ってもらわんとな。……なぁ、『オロチ』?」




航空巡洋艦ルミエス(SR)

スキル1(青)・麗しき王女
自身が受けるダメージを20%減少
15秒毎に自身の正面にシールド展開

スキル2(赤)・三次元戦法!
自身の航空攻撃時、瑞雲による特殊航空攻撃を展開する

スキル3(黄)・王国の守り手
自身の航空攻撃時、所属艦隊の耐久値を10%回復する


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33.サモアでは、戦場がメリークリスマス!(北連的倒置法)

日本武尊様より評価9を頂きました!

そろそろパ皇戦に入ろうかなぁ…


──中央暦1638年12月24日午後2時、サモア・トゥトゥイラ島──

 

海流や気流のお陰か、はたまた神の悪戯か。サモアは転移前とほぼ変わらぬ気候を保っていた。

やや涼しく、やや湿度が下がったが12月も終わりに近付いたこの時期でも薄着で過ごす事が出来る。

故に、今日…クリスマス・イブの街並みにもアロハシャツを着た人々がクリスマスツリーの前で写真を撮り、SNSにアップロードしている。

 

「ディナー…いや、夜に誘うと露骨過ぎるし…何より色々早すぎるし…」

 

そんな街角をブツブツ呟きながら歩く男性の姿があった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ…ダメだ…直接言える気がしない…」

 

いきなり街角で頭を抱えてしゃがみこみ、通行人から奇異の視線を集めている人物…そう、ムーの若手戦術士官であるラッサンだ。

本来ムーから留学生が来るのは年明けからであるが、ラッサンとマイラス…あとマイラスに着いてきたラ・ツマサは、ムーには存在しないがロデニウス連邦では必需品となっている電子機器の取り扱いを学ぶ為に先立って来訪したのだ。

先に二人+一人が電子機器の取り扱いを覚えて、後々やってくる留学生達にロデニウス連邦での生活の仕方を指導する為だ。

だが、ラッサンにとってはそれより重大な事があった。

 

「どうやって……どうやって…逸仙さんを"クリスマスデート"に誘う…?」

 

そう、凡そ20日前に出会った女性…否、KAN-SENである逸仙についてであった。

サモアに到着したのは3日前、到着した時から何やら街並みに飾り付けが施されていたり、店先に赤い服に付け髭を付けた店員が立っていたりと以前とは様子が変わっていた。

何故かと指揮官に問いかけると、こんな答えが返ってきた。

 

──「クリスマスですよ。12月25日はとある祝い事で、皆でパーティーをしたりします。恋人と一緒に過ごしたりもしますし…あとは、その日に意中の異性をデートに誘ったり……ね?」

 

それを聞いたラ・ツマサの目の色が変わった事に気付いたが、それよりも重要な事があった。

指揮官がラッサンの方を見てニヤリと口角を上げ、彼にだけ聴こえるような小さな声で告げた。

 

──「止めはしませんよ。」

 

これは…公認を受けたのだろうか?

そうであるなら、障害の一つが無くなったとも言える。

だが…ラッサンには何よりも高い壁があった。

 

「そもそも…どうやって女性に話しかければいいんだ……っ!」

 

そう、ラッサンは異性との交遊がほとんど無かった。

士官学校は女性が少なかった挙げ句、勉学を優先しなければ退学もあり得る程厳しかったからだ。

そして、士官学校を出てからもグラ・バルカス帝国の脅威が囁かれるようになり異性交遊なぞ夢のまた夢であった。

それは友人であるマイラスも同じはずだったが、彼にはラ・ツマサというイレギュラーが現れた。

 

──「それじゃあ、私は主と一緒に街に行くから。」

 

今朝、そんな事を言ってマイラスを引き摺るようにして出掛けたラ・ツマサ。

やや困ったような…だが、まんざらでもなさそうなマイラスの表情を思い出した。

 

「羨ま……けしからん!」

 

勢い良く立ち上がり、天に向かって吠える。

そんなラッサンの様子に通行人からの冷たい視線が突き刺さるが、悲しいかな。恋は盲目とは男女は勿論、世界が変わっても同じなようだ。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

そんなマイラスに大柄な男性…指揮官が駆け寄ってくる。

額に汗が浮き、酸素を求めるように息を切らしている。

 

「うおっ…!フレッツァ殿?」

 

「はぁ…はぁ…一歩…下がって…」

 

回りが見えていなかったラッサンは指揮官の姿に驚くが、指揮官は挨拶もそこそこにラッサンの足元を指差す。

そこには、『雨水』と書かれた金属の蓋…マンホールがあった。

指揮官の様子に戸惑いつつ、一歩後ろに下がるラッサン。

 

──ゴリッ…ガコン

 

手慣れた様子で蓋を外し、マンホールに滑り込む指揮官。

蓋を閉めた瞬間、雑踏の中から一人の特徴的過ぎる少女が現れた。

 

「指揮官様ぁ~、何処に行かれたのですかぁ?」

 

甘ったるい幼い声、長い黒髪をツインテールにし赤い着物から大胆に覗く豊満過ぎる胸元は歩く度に揺れていた。

 

「あら、貴方は確かムーの…」

 

「あっ、はい。ムーの戦術士官、ラッサンです。」

 

『ヤバい』と有名なKAN-SENの一人、『大鳳』である。

 

「そうそう、ラッサンさんでしたわね~。そ・れ・で……指揮官様、お見掛けになりませんでしたぁ?」

 

大鳳のハイライトの無い深紅の瞳で見られると、心臓を鷲掴みにされるかのような錯覚を受ける。

 

「あ…えっ…と…」

 

これは教えるべきか?それとも黙っておくべきか?

そんな事を考えている内に、無意識に視線がマンホールに向いたのだろう。大鳳がラッサンの足元に視線を移す。

 

「指揮官様ったら、いけずなんですからぁ~。うふふ…指揮官様ぁ~今年のクリスマスこそ、大鳳と性の6時間を…」

 

大鳳がマンホールの蓋に手を掛けた瞬間……

 

──ガコン!

 

「ハァーイ、大鳳!」

 

「アアアアアアアアアアアルバコアァァァァァァァア!?」

 

長い金髪に、平たい体つきを紐のような水着で申し訳程度に隠したKAN-SEN、『アルバコア』が姿を現した。

精神的に脆い大鳳…そんな彼女のトラウマであるアルバコアが驚かせてきたのだ。

するとどうなるか?

 

「ありゃ?大鳳~?」

 

「……」

 

マンホールの前で蓋に手を掛けようとした体勢のまま固まり、気絶していた。

そんな大鳳をよそに、指揮官がアルバコアの両脇を抱き抱えてマンホールから出てきた。

 

「赤城は天城に、愛宕はお化け屋敷に、隼鷹はフェンへ委託…今年も乗りきったか…」

 

「毎年毎年、大変だね~。この色男~このこの~」

 

「馬鹿野郎、ダモクレスの剣がダース単位であるようなもんだ。……あ、これ大鳳に渡しておいてくれ。」

 

そう言って、長方形の箱をアルバコアに渡す指揮官。

 

「オッケーオッケー。ところで私には?」

 

「明日な。」

 

「ならオッケー。」

 

満足そうに頷くアルバコアに手を振ると、ラッサンの背中を軽く叩く。

 

「少し、話しましょう。」

 

「話し…ですか?」

 

歩き出した指揮官の後を追うラッサン。

暫く無言で歩いていたが、ふと指揮官が口を開いた。

 

「KAN-SENは、戦う為に生まれた存在です。我々人間とは違う…生まれながらに戦う力を持った兵器です。」

 

「…はい、前にそのように教えて頂きましたね。」

 

そう、KAN-SENは根本的に人間とは違う存在だ。

見た目は美女美少女であるが、その本質は兵器である。

 

「あの…フレッツァ殿は、止めないと仰いましたが…それは…どういう…」

 

「好きなんでしょう?逸仙が、バレバレですよ。」

 

ドキリ、と心臓が早鐘を打った。

 

「ですが…よろしいのですか?」

 

「何が?」

 

「い…いえ…彼女はKAN-SENなのでしょう?ロデニウス連邦の戦力の一人です。そんな彼女を…」

 

「ほう、口説き落とす自信があると?」

 

「あっ…いやっ…」

 

慌てふためくラッサンに、指揮官は口角を上げた微かな笑みを浮かべる。

 

「ラッサン殿、私はKAN-SENが幸せならそれでいいんです。」

 

「幸せ…ですか?」

 

ラッサンの言葉に頷き、指揮官は言葉を続ける。

 

「兵器として生まれた…それでも、人の姿、人の言葉…そして、人の心を持っているんです。だから、戦う事以外の道を示してやりたい。いつか…いつか、戦いの無い世の中になった時、KAN-SENが"人"として生きられるようにしてやりたいんですよ。……まあ、自分の考えを押し付けてるだけですがね。」

 

肩を竦めて自嘲気味に話す。

 

「だから…止めないと?」

 

「そうですよ。……まあ、ラッサン殿にその覚悟があればの話…」

 

「指揮官様ぁ~!」

 

「…ヤベッ!」

 

背後からあの甘ったるい声が聴こえた瞬間、指揮官が走り出した。

 

「ともかく、やるなら幸せにしてやって下さいよ!指揮官との約束だ!」

 

ちょっとビックリするぐらいの速さで走り去る指揮官、それを追う大鳳…その髪には紅い羽をあしらった簪が差し込まれていた。

そんな二人の背中を見送り、ラッサンは無意識に拳を握り締めた。

 

「……勇気、出してみるか!」

 

胸を張り、歩き出した。




あと1話ぐらい挟んで、兵器紹介を書いてからのパ皇戦ですかねぇ…


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34.新カリキュラム

クローサー様より評価9を頂きました!

戦闘シーン、上手く書けるようになりてぇなぁ…


──中央暦1639年1月18日午前8時、サモア・マノノ島大講堂──

 

普段はKAN-SEN達が研修や倶楽部活動を行っているマノノ島の施設、所謂『学園』にある大講堂。

その一角の教室には男女30名程が集まっていた。

その教室の教壇に立つのは人間…でもなくKAN-SEN…でもなかった。

 

「諸君、ムーより遠路遥々ご苦労!私の名は『サッチ』。今回、編成された教育チームの責任者であり、防空戦闘の指導教官である!」

 

フライトジャケットを羽織った巨大なヒヨコ…そう、饅頭であった。

作業支援ロボットである饅頭はサモアで広く利用されている。その中でも特殊な饅頭が存在する。

科学技術部の研究の副産物として開発された『特殊人格AI』を搭載した饅頭…通称『ネームド』である。

これは、KAN-SENの元となった艦船が存在した時代のエースパイロットや司令官、技術者をモデルにしたAIであり、彼らの記憶や思考、技術を引き継いでいる。

それを利用した艦載機等が、通常よりも高い能力を発揮している事からもそれが分かるだろう。

そして彼ら、ネームドはこの世界にて新たな任務を受け持つ事となった。

 

「諸君らに見せたロデニウス連邦の戦闘機部隊、あれを育てたのは私だ。他にも、艦隊の防空システム構築も教育している。」

 

そう、ロデニウス連邦における各種教育だ。

兵器運用からインフラ整備、はたまた経済活動まであらゆる面で近代化を進められたのは饅頭による功績が大きい。

それゆえ、今回ムーより来訪した留学生にもネームドを中心とした教育チームが充てられたのだ。

 

「さて、諸君らに先立ってこの地に訪れていたマイラス君とラッサン君から幾らかは説明を受けているだろうが、改めて説明しよう。」

 

と、サッチがその短い腕?で眼鏡のような物を器用に持ち上げた。

 

「これはARグラス。先ずは、眼鏡のように着用してレンズの間…ブリッジを指先で軽く触れてくれ。」

 

そう指示すると、ムーの留学生がARグラスを掛けてブリッジ部分をタッチした。

教室を見渡したサッチは頷くと教壇に備え付けられた端末を操作する。

 

「それで私を見てくれ。諸君らのARグラスに情報が表示されるはずだ。」

 

留学生達がサッチの方に目を向けた。

 

──『饅頭電子公社製造』

──『ミリタリースペック対応』

──『状況:稼働中』

──『特殊人格:サッチ』

 

レンズに投影された情報を見た留学生達は口々に驚嘆の声を上げる。

 

「ちゃんと作動しているようだな。バッテリー駆動時間は24時間、1日の終わりにちゃんと充電するように。防水防塵、対衝撃性能はあるがあまり手荒に扱ってくれるなよ?」

 

ARグラスについての注意事項が終わると、留学生の一人が手を挙げた。

 

「サッチ教官、マイラスとラッサンの姿がありませんが…」

 

そう、ムーの留学生達の中にマイラスとラッサンの姿が無かった。

その問いかけに、サッチは思い出したかのように答える。

 

「おぉ、そうだった。伝えておくのを忘れていた。あの二人は今頃……」

 

 

──同日同時刻、サモア基地演習海域──

 

──ドンッ!ドンッ!

 

海面に幾つもの水柱が上がる。

海水の雨が降り、焼けた砲身がジュウジュウと音を立てる。

 

──ドドドンッ!ドドドンッ!

 

152mm三連装砲二基が火を噴き、6つの光弾が飛んで行く。

 

──ギィンッ!

──ドドドォンッ!ドドドォンッ!

 

鋭い金属音が響いた次の瞬間には、152mmより力強い砲声が返ってきた。

 

「くっ……うっ…」

 

至近距離に着弾した283mm砲弾が引き起こした波でバランスを崩す。

濡れた髪が頬に張り付き、若干不快だ。

 

《殿下、ご無事ですか!?》

 

「大丈夫よ、リルセイド。演習モードなら怪我の心配は無いって指揮官殿も言ってらしたわ。」

 

通信機から心配するリルセイドの声が聴こえる。

そう、砲声響く演習海域に身を置いているのはアルタラス王国のルミエス王女、その人だった。

 

「それにしても…流石、戦艦ね。近づけないわ。」

 

ルミエスが目を細めて見据える水平線、そこには自らが纏う艤装より遥かに重厚な艤装を纏った少女…ラ・ツマサが立っていた。

軽巡洋艦ベースのルミエスと、戦艦ラ・ツマサによる一対一の演習である。

 

(だけど……どうにか、回避出来てる…)

 

自動装填装置を使用し、三連装砲から高速徹甲弾を連射してくる。その上、装甲も戦艦に相応しい厚さを持つラ・ツマサ相手は少々厳しいものがある。

だが、ルミエスは優速であり小回りが効く。

そして、もう一つラ・ツマサより優れている性能があった。

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥゥン…タタタタタッ!

 

「…しつこい!」

 

自らの頭上を飛び回り、時おり機銃掃射を仕掛けてくる三機の瑞雲に対空機銃を向けるラ・ツマサ。

そう、航空機との連携によってラ・ツマサの砲撃を妨害しているのだ。

 

「ルミエスっ、小細工はここまで!」

 

瑞雲の機銃掃射は自らの装甲で防ぐ事にしたのか、対空機銃すらルミエスに向けて一斉射撃を開始する。

主砲の283mm砲弾、副砲の152mm砲弾、対空機銃の40mm砲弾が破壊力の暴風となってルミエスに襲い掛かる。

 

「来た……!」

 

自らに襲い掛かる光弾、それを見たルミエスは前傾姿勢となり駆け出す。

艤装を構成するキューブが励起し、エネルギーが彼女の前方に青いシールドを展開させる。

 

──ガンッ!ギィンッ!ギィンッ!

 

シールドによって砲弾が弾かれて行く。

 

「シールドか!…軽巡洋艦ベースで良くやる。だが…」

 

283mm三連装砲二基が向けられる。

何度も砲弾を弾いたシールドは主砲の斉射に耐えきれないだろう。だが、ルミエスには秘策が…『伊勢』から授かった"裏技"があった。

 

「瑞雲!」

 

ルミエスの声と共に瑞雲が彼女の前に突っ込んできた。

それと同時に、ラ・ツマサの主砲が発射される。

 

──ドンッ!ドガァン!

 

主砲弾が直撃した瑞雲が爆散し、ルミエスとラ・ツマサの間を黒煙と爆炎で分断する。

 

「まさか飛行機を…!」

 

自らの長所である航空機を盾にする、という行動に驚くラ・ツマサであったが、視界が遮られた事に対する不利を悟り素早く後退しようとした。

だが、それは叶わなかった。

 

「そしてこれが…」

 

爆炎の中からルミエスが飛び出して来る。

側面から回り込んでくると考えていたラ・ツマサは、ルミエスの行動に目を見開く。

 

「グローウォームちゃんの……」

 

ラ・ツマサの懐に潜り込み、顔を上に向ける。

 

「ミリオンヘッドスマッシュ!」

 

勢い良く、自らの額をラ・ツマサの額にぶつけた。所謂、頭突きである。

 

「がっ……!」

 

「はうっ!」

 

ラ・ツマサ、ルミエス…両名の視界に星が飛ぶ。

そして…二人して海面に倒れた。

暫く、波間を漂っていた二人だがルミエスが口を開いた。

 

「やっぱり…強いですね。ラ・ツマサさん。」

 

それに応えるようにラ・ツマサも口を開いた。

 

「ルミエスも中々…その…破天荒ね。」

 

ふと、水平線を見ると一隻の船が近付いてきた。

その甲板にはルミエスの従者であるリルセイドと、マイラスとラッサンの姿があった。

マイラスの姿が見えたラ・ツマサは優しげな微笑みを浮かべた。

 

「ルミエス。」

 

「なんですか、ラ・ツマサさん?」

 

「……次は勝つ。」

 

「…ふふっ、私こそ。」

 

「うん。あと…さん付けはしなくていい。もっと…親しくしてくれないか?」

 

ラ・ツマサの言葉を聞いたルミエスも釣られるように、微笑みを浮かべる。

 

「ふふっ…うん、分かったわ。ラ・ツマサ。」

 

船に拾われるまでの間、二人は波間に揺られながら空を見上げていた。




兵器紹介やら第四文明圏構想についての解説を書きながらパ皇編を書くので、次回投稿遅れます


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対列強、或いはジャイアントキリング
35.狼煙


黒髪大好き様より評価10を、東海様より評価7を頂きました!



パ皇編は色々やりたい事があるので、今までの投稿ペースは保てないかもしれませんねぇ…


──中央暦1639年9月11日午前11時、ロデニウス連邦・マイハーク沖──

 

「あー、違う違う。いくら『イタクァの腕』があるにしても自然風を利用しなければ効率が悪いぞ。」

 

「「「「イエス、サー!」」」」

 

海風を受けて進む優美、かつ洗練されたシルエットを持つ帆船の上で男達が威勢の良い返事をする。

 

「改めて…よく分からん事になったな…」

 

甲板で帆が張られる様子を見上げる男。

そんな男の前に一人の船員が小走りでやって来て敬礼した。

 

「ヴァルハル特務大尉、行程は予定通りであります。この調子であればピカイアには17時には到着するでしょう。」

 

「よろしい。だが、気を抜くな。海の天候は変わりやすい。時化に飲まれてしまえば転覆するぞ。」

 

「イエス、サー!」

 

再び敬礼をして持ち場に戻る船員。

そう、この帆船の船長はパーパルディア皇国からロウリア王国に送り込まれた使者、ヴァルハルであった。

本来、ヴァルハルの仕事は本国に当たり障りの無い報告を送り『対パーパルディア包囲網』構築までの時間を稼ぐ事だったが…何せ暇だった。

適当な報告書を書き、パーパルディアに行く貨物船に報告書を預ける。それだけだ。

家でゴロゴロしている訳にもいかない。だから、指揮官に何か仕事が無いか?と聞いたのだが…

 

──「船とか…動かせるか?……知識はある?ならいいか。」

 

そんな事から、第四文明圏防衛軍アズールレーンの『特殊教育任務部隊』なる部隊の特務大尉とかいう肩書きを押し付けられたのだ。因みに今はシオス王国の海軍の訓練を行っている。

 

「この船もパーパルディアの戦列艦を凌駕している……やはり、ロデニウス連邦は…サモアは世界を変えうる存在となるだろうな。」

 

そう言ってヴァルハルはメインマストに背中を預ける。

この帆船は只の帆船ではない。

対パーパルディア戦を想定した仮想敵役…つまりアグレッサーを担う為と、魔導技術を研究するために建造した魔導フリゲート『アグレッサー級』である。

ヴァルハルが密かに持ち帰った『風神の涙』と『対魔弾鉄鋼式装甲』のサンプル、それを『蔵王重工』が中心となって解析した結果産み出された技術を利用したものだ。

解析に携わったKAN-SEN『扶桑』曰く、

 

──「『ミズホの神秘』に比べれば非常に単純なので複製や改良は容易でございます。」

 

との事らしい。

そうやって産み出された技術、一つは『イタクァの腕』。風神の涙を凌駕する出力と寿命を誇る魔導動力であり、これにより16ノットを叩き出す事が出来る。

だが、だめ押しとばかりに二つ目の技術『ダゴンの鰭』も搭載した。これはイタクァの腕を改良し、水流を制御する魔石だ。

これによって、喫水線下の水流を制御する事が出来るようになったため帆船としては驚異的な20ノットを記録した。

さらには、対魔弾鉄鋼式装甲を改良した『魔導強化FRP』で船体を作っている。

最新型の対魔弾鉄鋼式装甲より高い強度を持ち、軽く、腐食しない。というインチキじみた新素材だ。

これだけでもパーパルディアの魔導戦列艦を鼻で笑えるレベルだ。

 

だが、一番は武装だろう。

両舷合わせて24門の76mm後装式ライフル砲を搭載している。これだけでも最大射程8kmという魔導砲を圧倒する性能だ。

更にはアルタラス王国より提供された『風神の矢』を改良した『バイアクヘー』、『クトゥルヒ』を搭載している。

どちらも基本原理は同じだ。

『燃える三眼』と呼ばれる3つの赤い魔石の付いた望遠鏡で目標を指定すれば、その目標に向かって空中か水中を進んで行く。

バイアクヘーはイタクァの腕により高圧の風を、クトゥルヒはダゴンの鰭により高圧水流を吹き出して進む。更には、内部に仕込んだ『形代』と呼ばれる紙を人型に切り抜いたもので誘導しているらしい。

つまりは誘導兵器…要は『魔導ミサイル』とも言える兵器だ。或いはこう言った方が良いだろうか…『誘導魔光弾』と。

 

(まったく…ミリシアルですら保有していない誘導魔光弾を実用化するとは…科学技術のみならず、魔導技術まで列強を凌駕している…末恐ろしいな。)

 

ロデニウス連邦…いや、サモアの底知れぬ力に恐れを抱くヴァルハルを乗せ、船は青い海を進んで行く。

 

 

──同日、フェン王国首都アマノキ・王城──

 

天守閣にてフェン王国の王である剣王シハンが口を開いた。

 

「…パーパルディアと、戦争になるやもしれん。」

 

その言葉に集まった者がざわついた。

だが、シハンは言葉を続けた。

 

「しかし…最早、以前の我々ではない。ロデニウス連邦…アズールレーンより提供された兵器がある。」

 

天守閣の窓から港を見る。

そこには8隻のフリゲート…そう、ロデニウス連邦から提供されたアグレッサー級である。

元々は仮想敵役と魔導技術開発の為に建造されたアグレッサー級であるが、技術レベルが余りにも低い第三文明圏外にとっては"ちょうどいい"性能だった為、各国に貸与されているのだ。

 

「ですが、我々も十二分に使いこなせているとは言えませぬ。大使館にいらっしゃるお二方を通して、アズールレーンに援軍を要請致しましょう。」

 

千士長アインがシハンに進言する。

そう、アグレッサー級はパーパルディアの軍艦を凌駕する性能である。だが、フェン王国は火砲を用いた海戦の経験が未熟である。

ロデニウス連邦にて行われた研修も受けたが、国家存亡の危機を前にして不確定要素がある事は不味い。

 

「『飛鷹』殿と『隼鷹』殿だな?うむ、民の生死に関わる事だ。面子を気にしている場合ではない。…マグレブよ、大使館に行き援軍要請を頼む。」

 

「承知!」

 

シハンが王宮騎士長マグレブに指示を飛ばすと、マグレブは直ぐ様大使館に向かった。

それを満足そうに見送ると立ち上がり、従者に持たせていた刀を持つ。

 

「皆の者!援軍要請はしたが、我が国は我々で守らねばならぬ!パーパルディアの連中が攻めてくる迄に時間はある。それ迄、訓練をするぞ!」

 

「「「「応!!」」」」

 

集まった者がシハンに習い、自らの得物を手にして立ち上がる。

 

「チェストパーパルディア!」

 

「「「「チェストパーパルディア!!」」」」

 

チェストパーパルディアとはフェン王国の隠語で、「ぶち殺せ」の意である!




巨大九尾を召喚出来るぐらいだから、ミズホの神秘ってミ帝の魔導技術を凌駕しているのでは?


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36.開戦直前?

kanakuto様より評価8を頂きました!

魔導技術…欲しいよね?


──中央暦1639年9月17日午後2時、パーパルディア皇国皇都エストシラント・第三外務局──

 

「はぁ~…」

 

パーパルディア皇国において文明圏外国に対する外交を行う第三外務局、その局長室で一人の男がため息をついていた。

その男の名はカイオス、第三外務局の局長である。そんな彼が憂いを乗せた、ため息をついているのには理由があった。

 

(口を開けば奴隷、資源、領土…えぇい!醜い豚共め!)

 

結論から言えば、カイオスは皇国の…正確には、皇族と貴族のやり方に失望していた。

無理な拡大政策により皇国では有りとあらゆる物が不足傾向にあった。

無理な労働により奴隷は直ぐに使い物にならなくなり、新たな奴隷を求めて他国を侵略する。すると、占領地を維持する為の戦力が必要となり皇国民から兵士を募る。

そうすれば必要な兵器や食糧が増え、それらを生産するための奴隷を求めて他国を侵略する…そんな悪循環に陥っていた。

その結論、負傷兵や戦死者に対する恩給すらもマトモに払えなくなっていた。

 

(皇国の為に命を懸けた兵士に払う物も払わず、自分たちだけは毎日のように酒宴か!)

 

カイオスはその現状を憂い、少しでも力になろうと私財をなげうって負傷兵や戦死者の遺族対して個人的に援助を行っていた。

だが、そんなカイオスの思いなぞ知ったこっちゃない、とばかりに貴族から奴隷の催促がきたのだ。

 

「だが……フェンも強気だったな…もしや、ヴァルハルの企みに噛んでいるのか…?」

 

そう、カイオスはヴァルハルの企みを知っていた。

とは言っても、ヴァルハルと組んでいる訳ではない。私兵として抱えている隠密が、ヴァルハルが風神の涙等を密輸しようとしている事を察知したのだ。

最初は、小金を稼ぐ為の密輸か?と思ったのだが、懇意にしている商人からの話によれば違うらしい。

どうやら、謎の勢力がロデニウス大陸で活動しており、ヴァルハルはそれに協力しているらしい。しかも、ロデニウス大陸では大量の魔導砲や銃が配備されているようだ。

これはチャンスだ。そうカイオスは考えた。

力に酔って破滅へ歩む皇国に必要なのは、出血という冷水だ。

第三文明圏最強という立場が皇国の現状に繋がっているのであれば、皇国の立場を脅かす国家を作ればいい。

ヴァルハルが何故、そのような事をしているかは不明であるしロデニウス大陸で活動している勢力についても不明だ。

だが、皇国の目を覚まさせる為にはヴァルハルの企みに便乗するのが一番だ。

 

(もし…ヴァルハルの企みが成功すれば、拡大派の勢いを削げるかもしれん。そうなれば、政争を引き起こし政治の目を国内に向けさせる事も出来る。)

 

そんな事を考えながら、奴隷献上を断ったフェン王国に対する懲罰攻撃を許可する書類にサインをした。

何をするにしても、今は目立った事は出来ない。

心苦しさを覚えながら、局員を呼んで書類を渡した。

 

 

──中央暦1639年9月25日午前9時、フェン王国首都アマノキ──

 

今日はフェン王国にて5年に1度行われる『軍祭』の日である。

本来は第三文明圏外の国家が自国の軍船や兵士を派遣し、軍の力を見せ付ける事で他国を牽制する目的で開催されていたものだ。

だが、今回からは趣旨が変更された。

 

「おぉ、貴官はアワン王国の…」

 

「そういう貴官はネーツ公国の…」

 

二人の男性が握手を交わして、係留された船を見上げる。

 

「貴国の船は…船首の形状が変わっていますな?」

 

「ええ…我が国の周辺海域は寒く、波が凍りますので温熱の魔石を搭載しているのですよ。」

 

「なるほど…確かに、船首が凍りついてしまっては航行に支障が出ますな。」

 

そう、他国との交流に重きを置くようになった。

新兵器を扱う為のロデニウス連邦での研修。その際に、"学友"となった各国の武官や兵士達は研修中に交流を深めていたのだ。

その為、このような場では和気藹々とした雰囲気であり、合同演習や技術交流等が活発となり第三文明圏外国同士での結束が強まっていた。

 

「しかし、文明国も勿体無い事をしましたなぁ…アグレッサー級やロデニウスの兵器があればパーパルディアには負けないというのに…」

 

「軍祭を蛮族の祭り、と言っていましたからね。今更出てくる事も無いのでしょう。……そう言えば、文明国が来ているらしいですよ。」

 

「と、いうと…まさかリーム王国ですかな?」

 

「まさか。連中は、我々を見下してプライドを保っているような国ですよ。…パンドーラ大魔法公国らしいです。」

 

「パンドーラ?…何故、パーパルディアの属国が?」

 

「まあ、パンドーラはパーパルディアから脅されて属国になりましたからね。反パーパルディア感情の強さは我々より強い。」

 

「なるほど…パンドーラも形振り構ってはいられないと…」

 

アワン王国とネーツ公国の武官が話している岸壁から少し離れた桟橋、そこに黒いマント姿の女性が居た。

 

「す…すごい…これがロデニウス連邦の魔導船…」

 

彼女の名はプニェタカナ、パンドーラ大魔法公国の若手武官である。

パンドーラ大魔法公国はその名前の通り魔法…つまり魔導技術に優れた国家である。

その魔導技術は列強国であるパーパルディア皇国より優れてはいるものの、如何せん純粋な軍事力では劣っていた。

それゆえ、軍事圧力を掛けられ属国化された。それからというもの、パンドーラ大魔法公国のトップはパーパルディア皇国から派遣された公爵であり、パーパルディアから命令されて様々な魔導技術を開発させられているのだ。

だが、それを良しとしない者も数多く存在する。その一人が彼女、プニェタカナなのだ。

 

「とんでもない技術…船体は…木でも金属でもない…」

 

彼女が何故、パンドーラから遠く離れたフェン王国で開催されている軍祭にやって来たのか。

それは今年の初め頃、アルタラス王国に魔石の買い付けに向かう船に乗った時に激しい時化に巻き込まれた。

どうにか乗り越えはしたのだが、船はマストが折れて航行が不可能な状態になってしまった。

魔信によりアルタラス王国に曳航を要請した結果、救援にきたのがロデニウス連邦からアルタラス王国に提供されていたアグレッサー級フリゲートだった。

そのフリゲートは明らかに其処らの魔導船を凌駕する速度でやって来ると、こちらの船を軽々と曳航していったのだ。

後に、アルタラス海軍の兵士に聞いた所で出てきた名前がロデニウス連邦であった。そして、ロデニウス連邦がフェン王国で開催される軍祭に参加する事を聞き出した。

 

(この魔導船を作る技術があれば…属国から抜け出せるかもしれない!どうにかしてロデニウス連邦に接触しなければ…)

 

プニェタカナが決意した瞬間だった。

 

──ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!

 

港にサイレンが鳴り響いた。




プニェタカナは魔法より関節技の方が得意らしいですよ


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37.鷹の巣

時間があったから連続投稿…でもないですね
日付変わりましたし


──中央暦1639年9月25日午前9時、フェン王国首都アマノキ上空──

 

地上で各国の武官が交流を深めている頃、その上空をガハラ神国の風竜騎士団長スサノウは相棒の風竜に跨がり旋回していた。

 

《眩しいな…》

 

「それは仕方ない話だ。パーパルディアが軍祭を妨害しにくる可能性が高いから、アズールレーンのKAN-SENが警戒してるんだからな。」

 

念話で愚痴る風竜に応えるスサノウ。

確かに今日は、良い天気であり太陽と海からの反射で眩しいかもしれない。しかし、風竜の言う眩しいとは太陽光の事ではない。

風竜が使う不可視の光…レーダー波に酷似したものの事だ。そのような力を持つ風竜はレーダー波を察知する事も可能であるが故に、フェン王国に大使として派遣されているKAN-SENのレーダーを眩しく感じてしまうのだ。

 

《いやぁ、悪いね。指揮官から警戒しろ、って言われてるからさぁ…》

 

《いや、気にしてくれるな。飛ぶ事に支障が出る程ではない。》

 

チラッと風竜が王城の方を見る。

フェン王城の天守閣、その頂上で二人のKAN-SENが鯱に寄りかかっていた。

どちらもピョンッと猛禽類の飾り羽のように跳ねた紫色の髪に、露出度の高い着物を着た『飛鷹』と『隼鷹』である。

風竜の愚痴に応えた飛鷹が肩を竦めつつ続ける。

 

《そう言ってもらえると助かるよ。》

 

ガハラ神国は重桜艦に対して友好的だった。

どうもガハラ神国に伝わる『神通力』が重桜のミズホの神秘と似通っているらしく、同じ力を使う同志として。また、ガハラ神国の元首である当代アメテラスと長門が意気投合した為でもある。

 

「はぁ…どうして指揮官は私を大使役にしたのかしら…"小さな頃に"ずっと一緒に居よう、って約束したのに。」

 

と、隼鷹が呟く。

 

「仕方ないだろ。連絡窓口として大使館は必要なんだから。」

 

「それは分かってるけど…私は指揮官の"オサナナジミ"なんだから、側にいるべきじゃない?」

 

「……そうだな。」

 

KAN-SENは成り立ちからして、幼馴染なぞ存在しないはずなのだが隼鷹は何故か自分の事を、指揮官の幼馴染だと思い込んでいる。

いくら否定しても聞かない態度を貫く隼鷹は、長時間委託等に駆り出されている事が多い。大使役に選ばれたのも仕方ない話だろう。

 

「……!」

 

飛鷹と隼鷹、二人の跳ねた髪が同時にピクッと動いた。

 

「隼鷹!」

 

「えぇ!西方に未確認機、20!」

 

「到達まで時間がある!隼鷹、避難誘導を頼む!」

 

「分かったわ!」

 

隼鷹が天守閣の屋根から飛び降りる姿を横目に、飛鷹は通信機を手に取り呼び掛けた。

 

「こちらアズールレーンの飛鷹!西方より未確認機の接近を確認、パーパルディア皇国のワイバーンである可能性大!」

 

《こちらフェン王国、モトム。承知した。各国武官をシェルターに誘導しつつ、対空部隊の展開を行う!》

 

「了解、いざってなれば私達も加勢する!心配は無用だ!」

 

《感謝します。飛鷹殿と隼鷹殿が居れば百人力ですな!》

 

モトムからの通信を受け取った飛鷹は、隼鷹と同じように天守閣から飛び降りた。

パーパルディア皇国で配備されているというワイバーンの上位種、ワイバーンロード。飛鷹と隼鷹が持つ艦載機なら余裕で殲滅出来る相手ではある。

だが、今回はフェン王国軍主体で迎撃を行う事になっている。

 

「さあさあ、皆さん!窓付きシェルターはこちらですよ!」

 

そう言って、コンクリート製のトーチカのようなシェルターに各国の武官を誘導して行く飛鷹。

今回の迎撃がフェン王国軍主体で行われる理由。それは、ロデニウス連邦が第四文明圏構想参加国に貸与した兵器の実用性を実証する為であった。

そう、謂わばフェン王国に攻めてくるパーパルディア軍は、兵器の実験台の役目を知らず知らずの内に押し付けられてしまったのだった。

 

 

──同日、アマノキ付近上空──

 

20騎のワイバーンロード、パーパルディア皇国の国家監察軍所属の部隊はフェン王国に懲罰攻撃を加える為に、アマノキに向かって飛行していた。

 

「チッ…ガハラの風竜が居る!手は出すなよ!」

 

部隊長である特A級竜騎士レクマイアが部下に指示する。

風竜はワイバーンロードですら敵わない世界屈指の航空戦力だ。迂闊に手を出せば大損害は間違いないし、そもそもワイバーンロードが風竜を恐れている。

 

「いいか、とりあえず王城に半数を。残りは……」

 

第一の攻撃目標はフェン王城。そして、もう一つばかり…具体的には船を狙おうとした。

今日は軍船の日。第三文明圏外国の武官が集まっているはずだ。そんな武官達の前で、パーパルディア皇国に逆らった愚か者がどうなるかを見せ付ける。ならば派手に燃える船がいい、そう考えたレクマイアはどの船を狙うか吟味しようとしたが…

 

「な……なんだ…同じ船ばかりだ!」

 

アマノキの港に停泊している船は塗装や掲げた国旗等、他にも細かな差異はあるものの殆ど同じような見た目をしている。

本当に他国の船が混ざっているのか怪しいものだった。

レクマイアが戸惑っていると鞍に取り付けた魔信から声が響いた。

 

《こちら、フェン王国騎士長マグレブである。そちらはパーパルディア皇国の者であるな?》

 

「なっ…魔信だと!?馬鹿な、フェン王国には魔法は存在しないはず…!」

 

《そちらは我が国の領空を著しく侵犯している。即刻、引き返せ。さもなくば撃墜する。》

 

魔信から聴こえるマグレブの声にレクマイアは嘲笑する。

 

「はっ、魔信を使えるようになったからと言って調子に乗るな!ワイバーンも持たぬような蛮国中の蛮国が、我々のワイバーンロードを撃墜するだと!?」

 

だが、マグレブは繰り返し警告した。

 

《繰り返す。即刻、引き返せ。さもなくば、攻撃の意思があると見なし撃墜する。》

 

「ほざくな、蛮族めが!」

 

思い上がった蛮族に馬鹿にされた。そう思ったレクマイアが魔信を強制的に切ろうとした瞬間、僅かに声が聴こえた。

 

《是非もなし…》

 

レクマイアは気を取り直して攻撃目標を選定する。

ふと、3隻の船が目に入った。

どれも4機のバリスタを空に向けており、それが見えた瞬間には矢を発射していた。

 

「ふっ…馬鹿め。バリスタごときが当たるか。」

 

無駄な抵抗…そう思ったレクマイアだった。

だが次の瞬間、6騎程がガクッと高度を落とした。

 




【急募】隼鷹の対処法


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38.一の矢

やっぱりミズホの神秘ってチートだわ


──中央暦1639年9月25日午前9時、アマノキ港『アグレッサー級・剣神二世』──

 

「警告は無視された!皆の者、剣神二世の初陣であるぞ!」

 

フェン王国海軍提督、クシラが甲板上を慌ただしく動き回る兵士達に檄を飛ばす。

先代旗艦『剣神』を大きく上回る偉容を誇る剣神二世、今回使うのは両舷に備え付けられたライフル砲ではない。

甲板上に4基備え付けられたバリスタだ。

 

「バイアクヘー用意完了!」

「目標、燃える三眼でロックオン完了!」

 

望遠鏡のような機器が取り付けられたバリスタに、兵士が巨大な矢を装填し望遠鏡を覗く。

 

「バイアクヘーは1騎に対して2発だ!王城に向かった敵騎は王城の対空部隊が対処する!」

 

「「了解!」」

 

──グオォォォォォォォォ!

 

ワイバーンロードの咆哮が響く。

張り詰めた空気の漂う甲板…あるものは冷や汗を、またあるものは武者震いで体を震わせる。

赤い魔石が嵌め込まれた望遠鏡…燃える三眼で空を睨んでいた兵士が鋭い声を上げる。

 

「目標、有効射程内!」

 

「撃てぇぇぇぇい!」

 

クシラの号令と共にバリスタが放たれる。

 

──カシュウンッ!カシュウンッ!カシュウンッ!カシュウンッ!

 

張り詰めた弦の力が解放され、空気を切り裂きながら矢が飛翔する。

普通に考えればバリスタでワイバーンを撃墜する事は不可能だ。

バリスタの射程は凡そ400m、だがワイバーンの導力火炎弾の射程は500m程。しかも空中を自在に飛び回るワイバーンに連射能力が低いバリスタが当たる筈もない。

だが有効射程が1km近くになった挙げ句、狙った目標を追尾する…そんな矢であったらどうだろう?

 

──シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…

 

風神の矢をミズホの神秘によって魔改造した対空兵器、バイアクヘーがそれだ。

鏃は風神の矢の爆裂魔法をデチューンしたものを仕込んだ魔石を搭載。シャフトは空洞となっており、そこに改良型風神の涙であるイタクァの腕が仕込まれており、高圧の風を吹き出して推進している。

更には、風の噴射口には人型に切り抜いた紙…形代が張り付けられており、これが動く事により気流を制御している。

燃える三眼と呼ばれる照準装置によりロックオンすれば、独りでに目標に向かって飛翔する。

要は、ファイア・アンド・フォーゲット能力を持った推力偏向ノズル付きミサイルを魔導技術とミズホの神秘で作ったものだ。

もし、神聖ミリシアル帝国の技術者が見れば腰を抜かす事だろう。

そんな超技術が使われた矢がワイバーンロードに向かって飛んで行き…

 

──バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

 

放たれたバイアクヘーは12発、ワイバーンロード1騎に対し2発を使う事が基本であるため、6騎のワイバーンロードにバイアクヘーが直撃した。

鏃に仕込まれた爆裂魔法は軽量化の為にデチューンされたとは言え、十分な威力だった。

ワイバーンロードの首や翼が千切れ、竜騎士に直撃すれば人の姿を留めない肉塊と化した。

 

「残り4!」

 

「携帯型を使うぞ!」

 

10名程の兵士が太い鉄パイプにグリップが取り付けられた携帯型バイアクヘーを肩に担いで、それを空へ向ける。

少量の黒色火薬で軽量化された矢を放つ為、反動は人が持っていられる程度だ。

 

──ポンッ!ポンッ!ポンッ!

 

戦場には似つかわしくない、やや間抜けな発射音と共に必中の矢が放たれた。

 

 

──同日、アマノキ上空──

 

「なんだ!?何が起きている!?」

 

レクマイアはパニックに陥っていた。

楽な任務のはずだった。ワイバーンも持たない蛮国を蹂躙し、パーパルディア皇国の力を見せ付ける…特A級竜騎士である自分とその部下ならば余りにも簡単な任務。

その証拠に、フェン王国軍はバリスタで無駄な抵抗をしてきた。

射程も、機動力でも劣る地上のバリスタではワイバーンロードに傷を付ける事すら出来ない。だからこそ、鼻で笑っていた…はずだったのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!隊長ぉぉぉぉ……」

 

翼が千切れたワイバーンロードが錐揉み状態になり竜騎士ごと落ちて…地面の赤いシミとなった。

自分の直ぐ隣を飛んでいた者は何故そうなったのか、ワイバーンロードの背中から突き出た骨が顔面を貫き墜落していった。

 

「まっ……まさか!」

 

再び船上から放たれた矢によって生き残ったワイバーンロードが撃墜される。

その時、レクマイアは見た。

"矢が軌道を変えた"のだ。レクマイアはそれに心当たりがあった。

 

「誘導魔光弾……!」

 

──バァンッ!

 

視界が赤く染まり、嫌な浮遊感に包まれる。

目を擦りどうにか視界を取り戻すと、そこには頭の無いワイバーンロードの姿があった。

 

「なっ……」

 

だが、レクマイアは幸運だった。

即死したワイバーンロードは反射により翼を動かし続けていた為、洋上にまで出る事が出来た事。そしてフェン王国兵士が、首が無くなったワイバーンロードを脅威と見なさず攻撃を止めた事…それが彼の幸運であった。

息絶えたワイバーンロードの最後の忠義だろうか?硬直により翼がピンッと張り、滑空状態になる。

港から凡そ200m程離れた海面に着水しながら、フェン王城を見たレクマイア。

彼が見たのは、自分たちと同じく撃墜されて行くワイバーンロード…そして、地面に落ちて行く竜騎士の姿であった。

 

「なんと…いう事だ…」

 

ワイバーンロードごと沈む体。鎧を着けたレクマイアは水に浮く事も出来ず沈んで行く。

 

(まさか…古の魔法帝国が……)

 

沈み行くレクマイア。

このままではパーパルディア皇国だけではなく、世界が破滅してしまう。

そんな苦難に立ち向かう事が出来ぬ口惜しさと、恐るべき敵と戦わずに済む安心感が入り交じった感情を抱きながら意識を手放そうとした。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

体が急激に引き揚げられ、そんな声を掛けられた。

紫色の髪に、眼帯…そんな姿の女性が、信じがたい事に海面に立っている。

 

「生きてるぞ!直ぐに連れてくるから、医療班は用意しておけよ!」

 

レクマイアを助けた女性…飛鷹の肩に担がれながら、レクマイアは意識を手放した。

 

 

──同日、アマノキ・軍祭会場──

 

プニェタカナはポカンと、コンクリート製シェルターに取り付けられた防弾ガラス越しに空を見上げていた。

パーパルディア皇国のワイバーンロード…文明圏外国がそれを撃墜するだけでも一大事。だが、フェン王国軍はそんなワイバーンロード20騎を撃墜してしまった。

 

「いやぁ…訓練で知っていましたが、やはり凄まじい兵器ですなぁ…」

「えぇ、ワイバーンロードを易々と撃墜するとは…多少の無理はしてでも買い揃えなくてはなりませんな。」

 

プニェタカナは無意識の内に震えていた。

魔法を学ぶ者として誘導魔光弾は目指すべきものの一つだ。だが…こんな文明圏外国で纏まった数が運用されている。

しかも、輸出さえされている。

 

「あれが…我が国にあれば…」

 

きっと、パーパルディア皇国を追い出せる。

そう考えたプニェタカナの行動は早かった。

手近にいた武官…シオス王国の武官に話しかけた。

 

「急なお話で申し訳ありません。私はパンドーラ大魔法公国のプニェタカナと申します。厚かましいお願いではあるのですが……ロデニウス連邦の方を紹介して頂けないでしょうか?」




週末辺りが忙しいので次回の投稿遅れます


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39.フェン沖海戦

アズレン運営が頑張ってメンテを早く終わらせてくれたので、連続投稿です


──中央暦1639年9月25日午後3時、フェン王国西側海域──

 

「提督、やはりワイバーンロード部隊との連絡はつきません。」

 

フェン王国に向かうパーパルディア皇国国家監察軍東洋艦隊の旗艦『ヤハタ』の艦上で、艦隊提督ポクトアールは艦隊から報告を受けていた。

 

「…何が起きたと思う?」

 

情報を頭の中で整理しながら艦長に問いかけた。

 

「局所的な突風…例えば竜巻等に巻き込まれた可能性があります。現に、クーズに駐留していたワイバーンロード部隊が竜巻に巻き込まれて甚大な被害を被った事故がありました。」

 

「だが、魔信も入れられずに全滅とは考えにくい。」

 

「私もそう思いますが…それ意外に考えられません。ガハラ神国の風竜に迎撃された可能性もありますが…」

 

「風竜総出でもなければ、短時間で全滅はあり得ないな。」

 

「はい、ですので災害に巻き込まれた可能性が…」

 

艦長が言いかけた瞬間、ポクトアールがもう一つの可能性を口にした。

 

「艦長、私はフェン王国の手によってワイバーンロード部隊が殲滅された…そう考えている。」

 

ポクトアールは慎重な男だった。

常に最悪を想定し、万全の状態で決戦に挑む。だが、力に酔っているパーパルディア皇国の中でそれは余り理解されなかった。

"臆病者"、それがポクトアールに貼られたレッテルだった。本来は皇国海軍の提督になれる程の能力があるのだが、そのような評価であるため左遷のような形で監察軍で提督をしていたのだった。

 

「フェン王国が…ですか?」

 

艦長が信じられないような表情で言葉を返す。

ポクトアールは頷き、言葉を続ける。

 

「可能性は低いが…な。もしや、何やら隠し持っているかもしれん。」

 

そう言って水平線を睨んでいると、通信士が二人に駆け寄り報告を伝えた。

 

「提督、艦長。フェン王国からの魔信が…」

 

「魔信…?フェン王国に魔信は無いはず…」

 

艦長が疑問に思っていると、ポクトアールが通信士が持つ魔信を手に取った。

 

「こちら、パーパルディア皇国国家監察軍東洋艦隊提督、ポクトアールだ。」

 

『こちら、フェン王国海軍提督クシラだ。貴艦隊は我が国の領海を侵犯している。即刻引き返せ。』

 

「…ワイバーンロード部隊を撃墜したのは貴様らか?」

 

ポクトアールは自身が考えた可能性の裏付けをとるべく、そう問いかけた。

 

『そうだ。貴国のワイバーンロード20騎は全滅した。レクマイアという名の竜騎士一名以外は戦死した。』

 

レクマイア…その名前には覚えがあった。

確か、ワイバーンロード部隊の部隊長だったはずだ。

そのレクマイア以外は戦死…そして、レクマイアの名を知っているとなれば彼は捕虜になったのだろう。

隣で目を見開いている艦長に目配せし、警戒をするように言外に伝える。

 

「ならば分かるだろう。皇国に土を付けた者を前にして、尻尾を巻いて逃げる事なぞ出来る訳がない。」

『では、引き返す意思は無いのだな?』

 

「そうだ。これ以上の問答は不要だ。」

 

『……後悔するぞ。』

 

クシラの言葉を最後に、魔信が切られた。

やけに強気なクシラの言葉、ワイバーンロード部隊を殲滅したらしい事。勿論、単なる虚勢である可能性もある。

だが、ワイバーンロード部隊との連絡がつかない事は事実だ。

何か嫌な予感がする…そう、ポクトアールが思った時だ。

 

「前方、艦影確認!……フェン王国旗を確認!数、5隻!」

 

「来たか!」

マスト上の見張り員の声が響く。

艦長がムーから輸入したという双眼鏡で前方を確認する。

それに習い、ポクトアールも双眼鏡を覗く。

 

「なんだ…あれは…」

 

ポクトアールが知るフェンの船は角ばった形で、接舷からの白兵戦を想定したものだ。

だが、白地に黒いラインのシンプルなデザインのフェン王国旗をマストに掲げた船は全く違っていた。

黒く塗られたスマートな船体に、聳え立った三本のマストはパーパルディア皇国の戦列艦のようだ。

 

「フリゲートだと……」

 

艦長がポツリと呟いた。

そう、パーパルディア皇国にもフリゲートは存在する。戦列艦よりも速く、小回りが効くが火力は低い。故に、属領統治軍や沿岸警備に使用されている程度だ。

 

「見張り!敵艦隊までの距離は!?」

 

「凡そ3km!」

 

ポクトアールは疑問に思った。

双眼鏡越しに見る敵艦隊は接近するでもなく、此方に対して右舷を見せるような単縦陣…戦列艦が攻撃するかのような陣形を組んでいる。

こんな文明圏外中の文明圏外に魔導砲があるとは思えない。なまじ魔導砲を装備していたとしても、3kmも離れていては当たる筈もない。

そうポクトアールが考えていた時だった。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!…バギッ!ズゥゥン!

 

艦隊の正面に幾つもの水柱が上がり、先頭を航行していた戦列艦『パオス』が大量の木片を飛び散らせながら爆散した。

 

 

──同日、フェン王国海軍『剣神二世』──

 

「命中!繰り返す、命中!敵戦列艦、轟沈!」

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」

 

見張り員の言葉に艦上は沸き立っていた。

列強国の軍艦を、文明圏外国である自分たちが撃沈した。これは間違い無く、歴史に残る偉業だ。

だが、提督であるクシラはそれを諌めるように声を大にする。

 

「浮かれるでない!相手は列強国、一隻を沈めたからと言っても油断は出来ぬ!次の斉射の準備をせよ!」

 

「「「承知!!」」」

 

クシラの言葉に兵士達が今一度、気を引き締める。

そんな甲板の下、ライフル砲が設置されている砲甲板では兵士達が次弾を装填していた。

砲尾の鎖栓を開き、空になった薬莢を取り出し新たな砲弾を装填し、鎖栓を閉める。

そうして、縦長に開けられた砲門を使って仰角を付ける。一斉射目は先頭の戦列艦に直撃したとはいえ、やや手前に着弾した。だから、仰角を付けて遠くを狙う。

 

「装填完了!」

 

各砲の操作要員が口々に装填が完了した事を報告する。

 

『青剣、装填完了!』

『黄剣、装填完了!いつでもいけます!』

『赤剣、装填完了。』

『緑剣、装填…完了!』

 

各艦からの報告が上がる。

砲術長が魔信でクシラに報告する。

 

「クシラ提督、第二斉射いつでもいけます!」

 

『よし、では……撃てぇぇぇぇい!』

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

発砲時に発生する衝撃波による弾道の影響を避ける為に、一拍ずつずらされて76mmライフル砲が発砲された。

 

 

──戦列艦パオス轟沈より10分後、パーパルディア皇国国家監察軍東洋艦隊旗艦『ヤハタ』艦上──

 

「『ガリアス』轟沈!」

「『マミズ』、浸水により傾斜拡大!転覆します!」

──ドォォォン!

「『クマシロ』轟沈!」

 

通信士が悲鳴のような報告を次々と上げる。

22隻の戦列艦による艦長は既に15隻が撃沈、4隻が航行不能となっていた。

 

「ばっ……馬鹿な!奴らも魔導砲を!?しかも、我々のものより射程も装填速度も上回るというのか!」

 

艦長が驚愕の声を上げる。

パーパルディア皇国が持つ魔導砲は前装式の滑腔砲であり、装填するにはいちいち砲の前に回らねばならず、砲弾にジャイロ回転が加わっていないため射程も命中精度も低い。

さらに駐退復座機も無い為、発砲すれば車輪の付いた砲架ごと後退してしまう。

その為、着弾位置を確認して次弾を撃つ際の修正が出来ないのだ。

だからこそ、戦列艦は大量の砲を装備し"下手な鉄砲数撃ちゃ当たる"をしているのだ。

それゆえ船体に大量の砲門が開き強度は低く、トップヘビーとなり非常に不安定なのだ。

さらに、大量の砲に使う為の弾薬も満載している。そんな戦列艦に近代的な榴弾が直撃すればどうなるか?

それがこの有り様だ。

撃沈された戦列艦の木片や兵士の死体が浮かぶ海面…それを見てポクトアールは決断する。

 

「……撤退だ。」

 

「は……?」

 

「撤退する!これ以上、兵を無駄に死なせる訳にはいかん!」

 

「りょ…了解!」

 

艦長がポクトアールの命令に従い、操舵手に指示する。

鈍重な戦列がゆっくりと反転し、フェン王国艦隊に艦尾を向けて撤退しようとしたが…

 

──ドォンッ!

 

ヤハタの船体が大きく揺れた。

 

「艦尾に被弾!」

 

「なに!?」

 

艦長の驚愕の声。

それから間もなく、艦尾に開いた破孔から大量の海水が流入し船体が艦尾を下にして垂直に沈んで行く。

 

「うおぉぉぉぉ!?」

 

垂直となった甲板でポクトアールはどうにかマストに掴まる。

 

「提督ぅぅぅぅ……」

 

艦長も同じマストに掴まっていたが、落ちてきた木箱が直撃し共に落ちて行った。

砲甲板からも悲鳴が聴こえる。恐らくは魔導砲を繋いでいたロープが千切れ、落下した魔導砲によって兵士が潰されているのだろう。

 

(すまん…もう少し慎重になっていれば…!)

 

死に逝く兵士達に懺悔の思いを捧げていたが…

 

──バキバキバキバキッ!

 

マストが自重に耐えきれず、折れた。

妙にゆっくりと流れる景色の中、ポクトアールは転覆した戦列艦が完全に沈んで行くのを目にし…海面に叩き付けられた。




次回こそ投稿遅れます


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40.要求

09e16様より評価9を頂きました!


投稿遅れた割に短いですよねぇ…

あと、『三笠大先輩と学ぶ世界の艦船』は為になるなぁ!


──中央暦1639年10月2日、パーパルディア皇国第三外務局──

 

第三外務局の局長であるカイオスは局長室から応接室へ向かって歩いていた。彼の左右には、東部担当部長タールと東部島国担当課長バルコが控えていた。

 

「その話は間違いないのだな?」

 

カイオスの問いかけにタールが答えた。

 

「はい、フェン王国の外交官の話では我が国の国家監察軍東洋艦隊のポクトアール提督と、特A級竜騎士レクマイア…以下十数名を捕虜として捕らえているとの事です。」

 

「現に東洋艦隊もワイバーンロード部隊も帰還せず、連絡すらもつきません。信じがたい事ですが、彼らはフェン王国軍に敗れたようです。」

 

タールの言葉を捕捉するようにバルコが続ける。彼らの言う通りだ。

かれこれ一週間、フェン王国に向かった艦隊も部隊も帰還どころか連絡を絶っている。

こんな事は前代未聞だ。多少の被害を受けて帰還するような事はあったが、未帰還…つまりは全滅した可能性が非常に高い。

いくら旧式兵器と皇軍に一段劣る練度の国家監察軍とはいえ、文明圏外国に敗北…ましてや全滅なぞあり得ない。

 

「ともかく、彼らに聞くのが手っ取り早い。」

 

カイオスがそう言っていると、応接室の前に到着した。

バルコが気を効かせて扉を開けると、彼に会釈してカイオスが応接室に足を踏み入れた。

応接室に居たのは三名。一人はソファーに座った小綺麗だが質素な服装の中年…おそらく、フェン王国の外交官だろう。

だが、彼の背後に立つ二人の男女は異質な雰囲気を醸し出していた。

男性の方はガッチリした体型に、きっちりとした白い軍服のような服装だ。これだけなら、どこかの軍人…例えば、戦闘に巻き込まれた国家の武官が抗議に来たとも受け取れる。

だが、女性の方が異質だった。

色の濃い銀…というより灰色の髪に、赤い瞳と人形のように冷たい顔立ち。

白を基調とし、所々に青が入った服装に金色の装飾が施された籠手を装着している。

そして、二人とも歴戦の武人のような雰囲気を纏っている。

 

(若いな…どこの外交官…いや、武官か?)

 

疑問に思いながらも、カイオスは自己紹介する。

 

「第三外務局、局長カイオスだ。こっちは東部担当部長タールと、東部島国担当課長バルコだ。」

 

「お初にお目にかかります。フェン王国にて外交官をしております、トサカと申します。そして此方のお二方は…」

 

カイオスの疑問を察したのか、トサカが背後の二人に目を向ける。

 

「お初にお目にかかります。私はアズールレーンの指揮官、クリストファー・フレッツァと申します。」

 

「彼の部下、サン・ルイと申します。」

 

二人…指揮官とサン・ルイが自己紹介し、軽く頭を下げる。

それを聴いたカイオスは更に疑問符を浮かべた。

 

「失礼だが…アズールレーンとは?」

 

カイオスの疑問に指揮官が答える。

 

「貴方達が第三文明圏外と呼んでいる国家による軍事同盟のようなものです。」

 

「軍事同盟だと?無駄な事を…貴様ら蛮族が如何に集まろうと、我々の足元にも及ばぬわ。」

 

指揮官の言葉にタールが嘲笑うような言葉を投げ掛ける。

だが、指揮官もサン・ルイもトサカも大して気にした様子は無い。虚勢を張っている…ようには思えない。むしろ余裕から来るもののように思えた。

 

「よせ、タール。今はそのような事はどうでもよい。…して、我が国の国家監察軍に所属する者を捕虜としている事は事実か?」

 

「はい、貴国のワイバーンロード部隊と艦隊が我が国の領空、領海を侵犯したため警告を致しましたが…警告を無視されたので攻撃致しました。戦闘の結果、ワイバーンロード20騎と戦列艦22隻を撃破しました。その際、ワイバーンロード部隊のレクマイア殿、艦隊提督のポクトアール殿と十数名を救助し捕虜としております。」

 

タールを嗜めたカイオスの問いかけにトサカが答えた。

 

「馬鹿な!?貴様ら蛮国如きが我が国の国家監察軍を撃破だと!?あり得ん、貴様ら何をした!」

 

トサカの言葉にバルコが激昂したように詰め寄る。だが、それに対してもカイオスが嗜めた。

 

「止めろ、バルコ。…フェン王国の戦力では国家監察軍に対抗する事は不可能だ。アズールレーンと言ったか……貴様らが何かを仕組んだのか?」

 

カイオスの視線がサン・ルイ、そして指揮官に向かう。

だが、指揮官は疑問の視線を躱すように答えた。

 

「そうであるとも言えますが…我々はあくまでもオブザーバーとして同席しているに過ぎません。…トサカ殿、貴国の要求を。」

 

「うむ、そうだな。」

 

指揮官の言葉に促されたトサカが発言するために、姿勢を正す。

 

「我々、フェン王国としては貴国からの攻撃による被害を受けていない為、金銭的な賠償は求めない。只し、今回の件について正式に謝罪する事を要求します。貴国よりの謝罪の後、捕虜返還の協議を……」

 

「貴様っ!我が国に謝罪しろだと!?」

 

「調子に乗るのも大概にしろ!即刻、捕虜を解放しむしろ我が国に賠償金と奴隷を差し出せ!」

 

トサカの言葉を聞いたタールとバルコが激昂して、彼の言葉を遮って理不尽極まりない要求を突き付ける。

外交の場にてこのような発言は、著しく外交儀礼を欠く行為であるだろう。だが、第三文明圏においてはパーパルディア皇国が頂点であり、それ以外は有象無象でしかない。

故に、如何なる理不尽も許される。それがパーパルディア皇国の常識であった。

 

「止さんか!話が進まぬ!」

 

そんな典型的なパーパルディア皇国民な二人をカイオスが強い口調で諌める。

そうして、やや前のめりになりトサカの言葉に答える。

 

「我が国からの公式な謝罪となれば、我々だけでは決めかねる。上申の為に時間が必要であるため三日程時間を頂きたい。」

 

「…かしこまりました。では、我々は自国の船で待機しておりますので。」

 

トサカの言葉を最後に、会談は一先ず終了した。

トサカに続いて指揮官とサン・ルイが応接室から出て行くが、カイオスが指揮官を呼び止めた。

 

「クリストファー・フレッツァ…と言ったな?」

 

「はい、何か?」

 

「どこの国の者だ?」

 

「…サモアという小さな島国の者ですよ。」

 

指揮官の言葉にカイオスは小さく頷きながら、彼に歩み寄り小さな声で問いかけた。

 

「…ヴァルハルの手の者か?」

 

だが指揮官は答えるどころか、表情すら変えずに軽く会釈だけして応接室から出て行った。

 

(当たり…か。国家監察軍を殲滅するだけの力があるとするならば…文明国レベルの力はあるか…)

 

カイオスは謎の勢力、アズールレーンについて考えるのであった。

 




次回、ある意味で皆のアイドルが出てきます


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41.傾国の美女

オースチン様より評価8を頂きました!

あと毎回、閲覧、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます!


──中央暦1639年10月2日午後7時、エストシラント港『アグレッサー級・青剣』艦内──

 

「野蛮な者達だ。見てくれは良いが…その内には欲望が渦巻いている。まさしく…」

 

「ソドムのようだ…か?」

 

艦長室に設えた食卓でサン・ルイの言葉を指揮官が続けるように告げた。

二人の向かいの席にはフェン王国の外交官トサカと、青剣の艦長であるヴァートが座っていた。

 

「パーパルディアの連中は大体あのような感じですよ…まあ、珍しく理性的な者も居ましたが。」

 

トサカが呆れたように言いながら、紅茶を啜る。

 

「理性的な者なぞ少数でしょうな。現に、わざわざ戦列艦を青剣の真横に停泊させています。威圧的ですなぁ…」

 

ヴァートも呆れを含んだため息を吐きながら、肩を竦める。

現在、青剣のすぐ真横にパーパルディア皇国の戦列艦が停泊しており、威嚇するかのように魔導砲を砲門から覗かせている。

 

「撃たない事は分かってますが…確かに威圧的ですね。他人を蛮族と言いますが、どちらが蛮族だって話ですよ。」

 

「そうだな、指揮官。少なくとも彼らは外交儀礼を欠いている。本来であれば即刻、交渉を中断するような案件だ。」

 

「だが、捕虜を抱えたままなのも問題だ。早いとこ返還する為にも、向こうにも筋を通してもらわないとな。」

 

指揮官とサン・ルイ、そしてフェン王国の二人は今後について話し合った。

 

 

──同日、カイオス邸──

 

パーパルディア皇国において、政治に関わる立場にある者が住むにはあまりにも質素な内装の屋敷を一人の男が足音を消して歩いていた。

 

──コンコンッ…

 

とある部屋の前まで来ると、小さな音でノックをする。

音もなく扉が開いた。そこに居たのは、この屋敷の主であるカイオスだった。

 

「ご苦労、どうだった?」

 

自らの書斎に来た男を、部屋に入るように薦めつつ問いかける。

 

「ありがとうございます。…フェン王国の軍艦ですが、やはり大砲を搭載していました。」

 

「魔導砲か?」

 

「いえ…そこまでは分かりませんでした。」

 

その男は右腕が無かった。

元々は皇国軍の偵察兵だったが、負傷し不名誉除隊させられた彼をカイオスが密偵として雇っていた。

そんな男が言葉を続ける。

 

「ですが、砲身の内側に幾つもの溝が彫られていました。おそらくは……」

 

「ムーや神聖ミリシアル帝国の銃砲に使われているライフリングか…」

 

パーパルディア皇国において、ライフリングは未だに実用化されていない技術だ。

試作品は作られたのだがライフリングを施すコストや技術、更にライフリング対応の銃弾や砲弾を大量生産する事はパーパルディア皇国の技術力では叶わないものだった。

 

(我が国でも持たぬ兵器を装備しているとは…ヴァルハルの企みは関係無かったか…?)

 

フェン王国、そしてアズールレーンが持つ武力がどのような経緯で発展したものであるのか、更に疑問が深まった。

 

 

──中央暦1639年10月3日午前9時、パーパルディア皇国第三外務局──

 

その日、カイオスは息を切らせながら早足で廊下を歩いていた。

普段なら1時間早く出勤するのが彼のスタイルなのだが、昨日は密偵の男と夜遅くまで話し込んでいたため寝坊してしまった。

夜更かしして寝坊するという子供じみた失敗をしでかした事に気恥ずかしさと、どうにか遅刻しないで済むという安心感を覚えながらオフィスの扉を開ける。

 

「おはよう、諸君……?」

 

局長室に向かう前に局員に挨拶をする、といういつものルーティンをこなすがオフィスの一番奥…普段は使われない局長用のデスクに誰か座っている。

20代後半の美しい女性だ。彼女の両脇にはタールとバルコが控えている。

 

「遅かったではないか。貴様はいつも早く出勤すると聞いていたのだが?」

 

女性が高圧的にカイオスに問いかける。

それに対しカイオスは怪訝そうな表情で答える。

 

「少々、野暮用がありまして…あー…どちら様でしょうか?」

 

「外務局監査室のレミールだ。」

 

それを聞いたカイオスは、心中で頭を抱えた。

レミール…彼女に会うのは初めてだが、その傍若無人な振る舞いは耳にしている。

暇をもて余しているのか、様々な省庁に赴いては自分のワガママを押し通しているとの話だ。

はっきり言ってカイオスが一番嫌いなタイプの人間だ。皇族でなければ無視しているような相手である。

だが、一応は皇族。レミールに頭を下げて非礼を詫びる。

 

「これはこれは…して、何か御用で?」

 

「心当たりが無い訳ではなかろう?」

 

レミールが立ち上がり、カイオスに詰め寄る。

 

「フェン王国との会談の議事録を見たぞ。何だ、あの内容は?蛮族如きに文明国相手のような対応をして…あまつさえ、ルディアス陛下の名で謝罪をするように上申するだと!?」

 

ヒステリックに怒鳴るレミールに眉をひそめながら、カイオスが答える。

 

「しかし、監察軍の将兵が捕虜として捕らえられています。返還の為には我が国からの公式な謝罪が必要…」

 

「ふざけるな!」

 

──バンッ!

 

レミールが壁に拳を打ち付ける。

 

「蛮族に敗北し、生き恥を晒すような者なぞ皇国には要らん!そのような者の為にルディアス陛下のお手を煩わせる気か!?」

 

「し…しかし…」

 

「黙れ!」

 

レミールがカイオスの胸ぐらを掴む。

その美しい顔は怒りに歪んでおり、本能的に恐怖を感じるような表情になっている。

 

「もう良い。貴様は降格だ。」

 

「……は?」

 

あまりにも理不尽な宣告に、カイオスがポカンと口を開ける。

 

「聴こえなかったか?貴様は、少数民族係の係長に降格だ。」

 

少数民族係…それは、実質的な追い出し部屋である。

まともな仕事も無く、ただ毎日のように嘲笑の目を向けられ…最後には自ら辞表を書いて外務局から去る。そんな部署だ。

 

「なっ……」

 

驚きの余り、目を見開くカイオス。

それを見たレミールは得意気に告げる。

 

「貴様の後任は私だ。あとの事は私に任せて、精々ゆるりと仕事をしているがよい。ホッホッホッ…」

 

驚愕に見開かれた目でタールとバルコを見る。二人とも、ニヤニヤした笑みを浮かべていた。

 

(やられた…!)

 

噂によればレミールは自分の思い通りに動く者…つまりはイエスマンを重用するらしい。

レミールが局長となった第三外務局は最早、彼女のご機嫌を取るだけの場所になってしまった。

 

(小娘の靴を舐めてでも甘い汁を啜りたいか…家畜め…!)

 

かつての部下、そしてレミールに怒りを覚えながらカイオスは拳を握り締めた。

 




破滅するか、幸せになるか両極端なレミール様の登場です
ある意味アイドルでは?


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42.流血(before)

Red October様より評価10を、ブラックコーヒー牛乳様より評価9を頂きました!


レミールと言えば、これでしょう


──中央暦1639年10月4日午後1時、パーパルディア皇国第三外務局──

 

指揮官とサン・ルイ、フェン王国外交官トサカは前後をパーパルディア皇国の兵士に挟まれるような形で歩いていた。

 

「出頭"命令書"とは…いささか高圧的ではありませんか?」

 

「黙れ、貴様らは黙って我々に従えばよいのだ。」

 

指揮官の言葉に対し、兵士が高圧的な言葉で答える。

そう、先ほどパーパルディア皇国の第三外務局から出頭命令書なる礼儀知らずな書状が届き、馬車に乗せられてここまで来たのだ。

 

「指揮官…万が一を想定して、戦術記録カメラの起動を…」

 

「…許可する。」

 

小声でサン・ルイが指揮官に提案する。

KAN-SENは人型兵器であり、戦闘を記録する為のカメラやマイクが肉体に内蔵されている。

基本的には戦闘記録をとる為のものであるが、一部のKAN-SENが盗撮等を行うために悪用していた事が判明、その後は指揮官の許可が無ければ起動出来ないようなプロテクトが掛けられる事となった。

 

「ここだ。」

 

兵士が応接室を示す。

扉を開けるような事はしない。自分で開けろ、とでも言うような態度だ。

 

──コンコンッ

 

「入れ。」

 

兵士の態度に閉口しながら、ノックをすると扉の向こうから女性の声がした。

その事に少し驚きながら、扉を開ける。

 

「ほう、蛮族の分際でそれなりの身なりではないか。…あぁ、名乗らずともよい。貴様らの名は会談の議事録で知っている。」

 

いきなり他人を蛮族と呼ぶ女性に眉をひそめながら、トサカが問いかける。

 

「あの…失礼ですがどちら様でございますか?先日はカイオス殿が…」

 

「カイオスは更迭された。私はあやつの後任、皇族のレミールだ。」

 

皇族…つまり、パーパルディア皇国を支配する一族。そんな大物が何の前触れも無く現れた事に、それぞれ驚く三人。

それに対し、レミールは指揮官を指差した。

 

「今日は貴様に用がある。」

 

「私…にですか?」

 

「そうだ。まあ、座るが良い。」

 

レミールからの指名に疑問符を浮かべながら、言われるがままにソファーに座る指揮官。

 

「貴様は、アズールレーンなる蛮族達の同盟の者らしいな?」

 

「はい、貴女達が文明圏外国と呼ぶ国家による軍事同盟です。」

 

その当たり障りの無い答えに、レミールは何とも愉快そうに笑う。

 

「ホッホッホッ…そうかそうか。…あれを持って来い。」

 

レミールがそう指示すると、外務局の局員らしき人物が水晶の板が取り付けられた装置が運び込まれてきた。

 

「これは魔導通信を進化させ、音声のみならず映像まで送受信出来るようにした最先端魔導技術の結晶だ。この装置を実用化しているのは、神聖ミリシアル帝国と我が国くらいのものだ。」

 

「はぁ…?」

 

何の脈絡も無く、技術力を見せ付けられた為、レミールが何をしようとしているのか分からなくなる。

少なくとも分かったのは、あの装置がテレビ電話のような物である。という事だけだ。

 

「これを起動する前に、貴様らに最後のチャンスをやろう。」

 

レミールの言葉に合わせて、局員が指揮官に紙を渡す。

その紙には色々と書かれていたが、要約するとこうだ。

 

・アズールレーンの代表者には皇国から派遣された皇国人を置くこと。

・アズールレーンは皇国の求めに応じ、軍事力と奴隷を差し出すこと。

・アズールレーンは今後、皇国の許可無くして新たな国を同盟に加えてはならない。

・アズールレーンは現在知りえるあらゆる技術を皇国に開示すること。

 

等々が書かれていた。

要は、従属せよ、と言っているようだ。

 

「……これは?」

 

「どうやら貴様らは、国家監察軍を返り討ちにしたようではないか。皇軍に劣るとは言え、中々にやるではないか。」

 

まるで狂人を見るかのような指揮官からの視線に気付いていないのか、得意気に話すレミール。

 

「よって、我が国が貴様らを有効活用しよう、というのだ。」

 

圧倒的優位に立っているかのような態度で、一方的な要求を突き付けるレミール。

だが、指揮官の答えは決まっている。

 

「断ります。我々は文明圏外国による相互扶助を目的とした組織ですので、貴国に従属する事は理念に反します。」

 

キッパリと、答えた。

それを聞いたレミールは笑みを浮かべる。美女に似合うような静かな笑みではない。例えるなら…そう、悪魔のような笑みだった。

 

「ホッホッホッ…そう言うと思ったぞ。やはり、貴様らのような蛮族にはキツイ灸を据えてやらねばならないな。」

 

──パチンッ

 

レミールが指を鳴らすと、水晶の板に色彩も画質も悪い映像が映し出された。

 

「なっ……!」

 

「これは…!」

 

「ヴァート艦長!」

 

そこには、首を縄で繋がれた十名程の男性。

青剣の艦長であるヴァートを筆頭に、フェン王国海軍の兵士や犬耳を生やした男性と、金髪碧眼の男性も居る。

 

「こやつらは、甲板上から皇軍の武力を探っていた可能性がある…スパイ容疑で拘束させたところだ。」

 

「我が国の兵士を!」

 

「重桜人とユニオン人も…」

 

トサカが驚愕の表情を浮かべ、サン・ルイがレミールに怒りが籠った目線を向ける。

 

「そうだ、貴様らの返答次第ではこやつらを見逃してやってもよい。」

 

「卑怯な!彼らはただ我々を送り届けただけの者だ、彼らがスパイだと!?なんの証拠もない!」

 

指揮官が珍しく激昂する。

 

「これは外交儀礼…いや、人道に反する極めて野蛮な行為だ!即時解放を要求する!」

 

だが、レミールはそんな指揮官の言葉に逆上した。

 

「要求…?蛮族如きが皇国に要求だと!?不敬者め!」

 

レミールは魔信のマイクを取って、冷たく告げた。

 

「処刑しろ。」

 

「やめっ……」

 

水晶の板に映る男達の背後に、マスケット銃を持った兵士が立つ。

 

《──バンッ!》

《艦長ぉぉぉぉ!》

《──バンッ!》

《うぐっ…》

《──バンッ!》

《チクショウ!てめえら…》

《──バンッ!》

 

「お前達が何をしているのか理解しているのか!?止めさせろ!」

 

指揮官の怒りの言葉に、レミールは更に逆上する。

 

「"お前達"だと…蛮族風情が皇国に向かって"お前達"とはなんだ!」

 

レミールが背後に立つ二人の局員に目を向ける。

すると、局員が懐に手を入れ…

 

「指揮官!トサカ殿!」

 

サン・ルイが指揮官とトサカを床に引き倒した瞬間と、ほぼ同時だった。

 

──バンッ!バンッ!

 

局員が懐から取り出したピストルが発砲された。

一発は壁に、もう一発は…

 

「ヴッ……」

 

トサカの頭に当たり、彼の脳髄と脳漿が飛び散った。

即死だった。脳が弾け飛んで生きている人間なぞ居ない。

 

「トサカ殿!トサカ殿!」

 

「間に合わなかった……」

 

既に息絶えたトサカの肩を掴んで揺する指揮官、トサカの命を救えなかった事を悔しがるように唇を噛み締めるサン・ルイ。

 

「何を考えて……」

 

怒りの言葉を吐き出そうとした指揮官だったが、眼前に何かが飛んで来た。

 

──バリンッ!

 

「グッ…!」

 

水で満たされたガラス瓶…水差しが指揮官の右目の辺りに直撃し、ガラスが割れて水が飛び散る。

 

「ホッホッホッ…手が滑ってしまった。」

 

赤く歪む視界に、嫌らしく笑うレミールが映る。

指揮官は後悔した。

列強国…世界に五か国しかない先進国であるならば、野蛮な振る舞いはしないだろう。その判断のせいで十名以上の命が散った。

後悔しながら上着を脱ぎ、トサカの頭にターバンのようにして巻き付けてやる。

そんな指揮官を庇うようにサン・ルイがレミールと向き合う。

 

「何故そのように人の命を弄べる!」

 

「ふんっ…貴様ら蛮族からすれば、我々列強国は神にも等しいのだぞ?神が家畜の命を弄ぶ事に何の問題があるのだ?」

 

理性的で、自らの感情を抑える事に定評のあるサン・ルイが感情を露にしている。

レミールの答えを聞いたサン・ルイは怒り、侮蔑、そして哀れみを含んだ視線でレミールと局員を一瞥する。

 

「罪人よ、神の裁きを心して待つがよい。……指揮官、トサカ殿は私が。」

 

「あぁ…すまない。」

 

冷たくなって行くトサカの遺体を抱え上げたサン・ルイ、そして彼女の肩を掴んで後をついて行く右目を鮮血で染めた指揮官が応接室を後にした。

 




レミールに死亡フラグ乱立問題


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42.流血

帝国海軍様より評価10を頂きました!


レミールがあまりにも原作とかけ離れている、というご指摘を頂きましたので、少し改変しました
元々の『42.流血』は『42.流血(before)』として残しておきます
大体の流れは変わらないので、ご安心?下さい

あと、誠に勝手ではありますが、42話に対する感想の返信は予想以上の件数と身体的疲労により厳しいものがありますので行いません
43話からはちゃんと返信致します


──中央暦1639年10月4日午後1時、パーパルディア皇国第三外務局──

 

応接室のソファーに指揮官とサン・ルイが座っている。

 

「俺達だけに呼び出しとは…なんだと思う?」

 

指揮官がサン・ルイに問いかける。

そう、エストシラント港に停泊していた青剣に『出頭命令書』なる礼儀知らずな書状が届いたのだが、そこにはこう書かれていた。

 

──『アズールレーン』のクリストファー・フレッツァ、及びサン・ルイは速やかに第三外務局へ出頭せよ。

 

何とも高圧的な文書だが、無下にする事も憚られるので二人で出頭したのだ。

 

「少なくとも、フェン王国への公式謝罪の件ではない。そうであるならば、トサカ殿にも呼び出しがかかるだろう。」

 

「そうだな……サン・ルイ、戦術記録カメラを起動しておいてくれ。何か嫌な予感がする。」

 

「了解。」

 

指揮官の言葉を聞いたサン・ルイが、一度目を閉じて再び開ける。

KAN-SENは人型兵器であり、戦闘を記録する為のカメラやマイクが肉体に内蔵されている。

基本的には戦闘記録をとる為のものであるが、一部のKAN-SENが盗撮等を行うために悪用していた事が判明、その後は指揮官の許可が無ければ起動出来ないようなプロテクトが掛けられる事となった。

 

──ガチャッ…

 

そんな二人のやり取りを遮るように、扉が開いた。

扉を開けたのはバルコ、次にタールが入ってきて二人とも扉の脇に立つと頭を下げた。

タールとバルコ、二人に出迎えられるようにして応接室に足を踏み入れたのは美しい女性だった。その後に護衛と見られる兵士が二名、マスケット銃を持って入ってくる。

そんな女性が指揮官とサン・ルイを一瞥すると、口を開いた。

 

「ほう、蛮族の分際でそれなりの身なりではないか。…あぁ、名乗らずともよい。貴様らの名は会談の議事録で知っている。」

 

開口一番、他人を蛮族扱いという礼儀を著しく欠いた言葉を発すると、対面のソファーに腰を下ろした。

 

「あの…失礼ですがどちら様でしょうか?先日はカイオス殿が対応を…」

 

「カイオスは更迭された。私はあやつの後任、皇族のレミールだ。」

 

皇族…つまり、パーパルディア皇国を支配する一族。そんな大物が何の前触れも無く現れた事に、それぞれ驚く二人。

それに対し、レミールは指揮官を指差した。

 

「今日は貴様に用がある。」

 

「私…にですか?」

 

「そうだ。貴様は、アズールレーンなる蛮族達の同盟の者らしいな?」

 

「はい、貴女達が文明圏外国と呼ぶ国家による軍事同盟です。」

 

その当たり障りの無い答えに、レミールは何とも愉快そうに笑う。

 

「ホッホッホッ…そうかそうか。…あれを持って来い。」

 

レミールがそう指示すると、外務局の局員らしき人物が水晶の板が取り付けられた装置が運び込んできた。

 

「これは魔導通信を進化させ、音声のみならず映像まで送受信出来るようにした最先端魔導技術の結晶だ。この装置を実用化しているのは、神聖ミリシアル帝国と我が国くらいのものだ。」

 

「はぁ…?」

 

何の脈絡も無く、技術力を見せ付けられた為、レミールが何をしようとしているのか分からなくなる。

少なくとも分かったのは、あの装置がテレビ電話のような物である。という事だけだ。

 

「これを起動する前に、貴様らに最後のチャンスをやろう。」

 

レミールの言葉に合わせて、局員が指揮官に紙を渡す。

その紙には色々と書かれていたが、要約するとこうだ。

 

・アズールレーンの代表者には皇国から派遣された皇国人を置くこと。

・アズールレーンは皇国の求めに応じ、軍事力と奴隷を差し出すこと。

・アズールレーンは今後、皇国の許可無くして新たな国を同盟に加えてはならない。

・アズールレーンは現在知りえるあらゆる技術を皇国に開示すること。

 

等々が書かれていた。

要は、従属せよ、と言っているようだ。

 

「……これは?」

 

「どうやら貴様らは、国家監察軍を返り討ちにしたようではないか。皇軍に劣るとは言え、中々にやるではないか。」

 

まるで狂人を見るかのような指揮官からの視線に気付いていないのか、得意気に話すレミール。

 

「よって、我が国が貴様らを有効活用しよう、というのだ。皇国に土を付けた事は、それで水に流してやろう。」

 

圧倒的優位に立っているかのような態度で、一方的な要求を突き付けるレミール。

だが、指揮官の答えは決まっている。

 

「断ります。我々は文明圏外国による相互扶助を目的とした組織ですので、貴国に従属する事は理念に反します。」

 

キッパリと、答えた。

それを聞いたレミールは笑みを浮かべる。美女に似合うような静かな笑みではない。例えるなら…そう、悪魔のような笑みだった。

 

「ホッホッホッ…そう言うと思ったぞ。多少良い船を持っているようだが…やはり、貴様らのような蛮族にはキツイ灸を据えてやらねばならないな。」

 

──パチンッ

 

レミールが指を鳴らすと、水晶の板に色彩も画質も悪い映像が映し出された。

 

「なっ……!」

 

「これは…!」

 

そこには、首を縄で繋がれた百名程の男性。

青剣の艦長であるヴァートを筆頭に、外交官のトサカにフェン王国海軍の兵士や犬耳を生やした男性と、金髪碧眼の男性も居る。

 

「こやつらは、外交という名目で皇軍の武力を探っていた可能性がある…スパイ容疑で拘束させたところだ。」

 

「人質か…っ!」

 

「重桜人とユニオン人も…」

 

指揮官とサン・ルイがレミールに怒りが籠った目線を向ける。

 

「そうだ、貴様らの返答次第ではこやつらを見逃してやってもよい。」

 

「卑怯な!彼らはただ我々を送り届けただけの者だ、彼らがスパイだと!?なんの証拠もない!」

 

指揮官が珍しく激昂し、立ち上がってレミールに詰め寄ろうとする。

しかし、兵士から銃を向けられる。

 

「これは外交儀礼…いや、人道に反する極めて野蛮な行為だ!即時解放を要求する!」

 

「要求…?蛮族如きが皇国に要求だと!?不敬者め!」

 

レミールは魔信のマイクを取って、冷たく告げた。

 

「そうだな…十名程、処刑しろ。」

 

「やめっ……」

 

水晶の板に映る男達の背後に、マスケット銃を持った兵士が立つ。

 

《──バンッ!》

《艦長ぉぉぉぉ!》

《──バンッ!》

《うぐっ…》

《──バンッ!》

《チクショウ!てめえら…》

《──バンッ!》

 

「お前達が何をしているのか理解しているのか!?止めさせろ!」

 

指揮官の怒りの言葉に、レミールは更に逆上する。

 

「"お前達"だと…蛮族風情が皇国に向かって"お前達"とはなんだ!」

 

「蛮族はお前達……」

 

怒りの言葉を吐き出そうとした指揮官だったが、眼前に何かが飛んで来た。

 

「指揮官!」

 

サン・ルイが指揮官を庇おうとするが、一瞬だけ間に合わなかった

 

──バリンッ!

 

「グッ…!」

 

水で満たされたガラス瓶…水差しが指揮官の右目の辺りに直撃し、ガラスが割れて水が飛び散る。

 

「良いか?貴様らの命なぞ、何時でも消し去る事が出来るのだぞ。」

 

赤く歪む視界に、嫌らしく笑うレミールが映る。

指揮官は後悔した。

列強国…世界に五か国しかない先進国であるならば、野蛮な振る舞いはしないだろう。その判断のせいで十名以上の命が散った。

 

「何故そのように人の命を弄べる!」

 

「ふんっ…貴様ら蛮族からすれば、我々列強国は神にも等しいのだぞ?神が家畜の命を弄ぶ事に何の問題があるのだ?」

 

理性的で、自らの感情を抑える事に定評のあるサン・ルイが感情を露にしている。

レミールの答えを聞いたサン・ルイは怒り、侮蔑、そして哀れみを含んだ視線でレミールと局員を一瞥する。

 

「罪人よ、神の裁きを心して待つがよい。……指揮官、手を貸そう。」

 

「あぁ…すまない。」

 

瞼の薄い皮膚が裂けたのか、鮮血が滴る傷口を右手で押さえながら、差し出されたサン・ルイの手を左手で掴む。

それなりの重量がある物が頭に当たったうえ、右目が見えないため遠近感が掴めずふらつく指揮官。

そんな二人を見てレミールは嘲笑うような言葉を投げ掛ける。

 

「正真正銘、最後の慈悲だ。半月後、再びフェン王国に攻め入る。今度は監察軍などという二軍ではない。皇国本来の力、皇軍を投入する。」

 

応接室を後にする二人の背中に向かって続ける。

 

「ニシノミヤコ、そしてアマノキが陥落する迄に考えを改めておく事だ。そうでなければ…今度は十人では済まぬぞ?」

 

 




あまりレミールが変わってないように思えましたら、私の力不足が原因です


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43.研がれる牙

ふと、ランキングを見たら本作がランクインしてたので体力を振り絞って書きました

私の仕事は『なるべく早く投稿する』事だから……!


──中央暦1639年10月8日午前10時、サモア基地・ブリーフィングルーム──

 

「黙祷。」

 

指揮官が一言、それだけ告げるとブリーフィングルームがシンッ…と静まった。

電子機器と空調の作動音だけが響く時間が1分続いたのち…

 

──パンパンッ

 

「作戦を説明する。」

 

スクリーンの前に立った指揮官が手を叩いて黙祷を終わらせる。

だが、一人の手が挙がった。

 

「はい、サン・ルイ。」

 

「指揮官、すまない。私が居ながら指揮官にケガを…」

 

「もういい、気にするな。もう済んだ事だ。」

 

眉をハの字にするサン・ルイに手をヒラヒラと振って、気にするなというジェスチャーをとる。

そう、パーパルディア皇国で発生した事件…通称『10月の悲劇』の後、解放された青剣の乗組員と殺害された11名の遺体と共にフェン王国に戻った指揮官とサン・ルイは直ぐ様、サモアに帰還した。

その際に持ち帰った2名の遺体…重桜人とユニオン人の遺体だ…と、サン・ルイの戦術記録カメラに録画された映像は直ぐ様、アズールレーン参加国の上層部が知る事となった。

 

──パーパルディア許すまじ

 

全ての国が口を揃えて言った。

それは当然だろう。何せ、各国に列強国を凌駕する技術を与えてきたのはロデニウス連邦…そして、その技術はサモアからもたらされた物だ。

故に各国はサモアに大恩があると言ってもよい。

だからこそ、各国はサモアの者を殺害し傷つけたパーパルディア皇国に対して激しい怒りを燃やしていた。

ある国は義勇兵を集めた。ある国は基地を提供する事を決定した。ある国は昼夜問わず工場を動かして武器弾薬を生産した。

他国を侵略し、搾取するパーパルディア皇国の魔の手から、共存共栄を掲げるロデニウス連邦とサモアを助ける為に一丸となって各国が動いていた。

 

「不浄なる蛇よ。」

 

ブリーフィングルームに並ぶ席の間を縫うように、ピンクに近い赤い髪にエルフのような耳を持ったKAN-SEN『デューク・オブ・ヨーク』が指揮官に向かって歩いてきた。

 

「どうした、ヨーク公。」

 

「あぁ…そなたの瞳は最早、光を映す事は無いのか?」

 

デューク・オブ・ヨークが指揮官の右頬に手を添えて顔を近付ける。指揮官の顔には、右目を覆うように包帯が巻かれている。

その様子に一部KAN-SENが立ち上がりかけるが、指揮官が手でそれを制する。

 

「角膜が傷付いて失明した。だが、再生医療で治るって話だ。」

 

「左様か……」

 

フッ、と安心したような笑顔を浮かべ指揮官に背を向けて自らの席に戻る。

 

「苛烈なるアレスよ、そなたの指揮に期待するぞ。」

 

そんなデューク・オブ・ヨークに肩を竦めて、改めて口を開く。

 

「では…作戦を説明する。」

 

ピッ、とリモコンを操作するとスクリーンにフェン王国の地形図が表示される。

 

「今回の作戦はフェン王国の防衛だ。パーパルディア皇国の皇族、レミールは10月4日時点で半月後に侵攻を開始すると言っていた。」

 

手が挙がった。長い金髪に、小さな角が付いた制帽を被ったKAN-SEN『金剛』だ。

 

「こちらを騙し討ちするような女の話を信じる気でいますの?」

 

「ああいう奴は、自分が…自分達が一番強いと思っている。俺達を圧倒的格下だと思ってるのさ。」

 

「慢心…ですわね。」

 

「そうだ。変なブラフを使うような事をするようには思えん。それに…大規模な攻勢を仕掛けるつもりなら準備にもそれなりの時間がかかる。戦略分析チームによれば、2週間はかかる想定だ。」

 

そう、パーパルディア皇国はアズールレーンという組織を文明圏外国が集まった烏合の衆だと捉えている節がある。

そんな相手に、口先を使った小賢しいブラフ等を使うとは思えない。いわば、油断しきってベストな状況を作り出そうとしていないのだ。

だからこそ、そこに付け入る隙がある。

 

「まあ、フェン王国には飛鷹と隼鷹が大使として駐留している。万が一になっても二人の艦載機や高角砲でも十分に対象可能…そして、ドイッチュラントとアドミラル・グラーフ・シュペーを先んじて派遣させた。」

 

「最悪を想定しているのであれば、私からこれ以上言う事はありませんわ。」

 

指揮官の言葉に納得した金剛が着席する。

 

「では続ける。先ず、パーパルディア皇国軍は橋頭堡を確保するためにフェン王国西方の都市、ニシノミヤコに上陸する可能性が高い。故に、ニシノミヤコ沖に4艦隊、南北に1艦隊ずつ…東にはフェン王国海軍を置く。」

 

指揮官の言葉が切れると、数名の手が挙がる。

そんな中の一人、眼鏡を掛けた兎耳のKAN-SEN『蒼龍』を指名する。

 

「はい、蒼龍。」

 

「ニシノミヤコ沖に艦隊を展開させる事は合理的ですが…4艦隊も展開するのは過剰戦力ではありませんか?」

 

蒼龍の言葉にも一理ある。

確かに、パーパルディア皇国の戦列艦は並みの文明圏外国から見れば、とんでもない戦力であろう。

だが現在の第三文明圏外国からすればカモも同然であり、ロデニウス連邦やサモアからすれば標的艦以下…旧式の駆逐艦でも蹂躙出来る相手だ。

そんな相手に4艦隊も使うのは余りにも過剰だ。

 

「確かにな…だが、今回の作戦は効率じゃない。我々の力を見せ付け、連中の伸びた鼻をへし折ってやる事が目的だ。」

 

「つまり…殲滅すると?」

 

「あるいは、戦闘力を持つ艦を全て沈めて輸送艦のような補助艦艇を拿捕するのもいい。」

 

「分かりました。彼らは、それだけの事をしなければ分からないでしょうね。」

 

蒼龍が着席したのと入れ替わりに、ビスマルクが手を挙げる。

 

「指揮官、『バルムンク』は…」

 

「不許可だ。これは、ロウリア戦のようなマイナーリーグの練習試合じゃない。列強国相手なら多少…少なくともムーからの目が向けられる。そんな中であんな兵器を使ったら…分かるだろ?」

 

「…そうね、要らぬ危機感を抱かせてしまうわね。」

 

納得したビスマルクが座ると、再び入れ替わりに赤城が手を挙げたが…

 

「それはまだ待て。」

 

「あら~、私はまだ何も言ってませんわよ?」

 

はぁ…、とため息混じりに肩を竦める指揮官。

 

「どうせ、レミールを殺すつもりだろ?それなら、まだ待て。物事には順序がある。」

 

「では、あの人類の敵共を鏖殺する任務にはこの赤城を選んで下さいまし。」

 

赤城の中では最早レミール…というかパーパルディア皇族は、セイレーンと同列の存在なようだ。

それも仕方ない事だ。重桜人が殺害され、指揮官に傷を負わせた。正直、赤城が今この場にいる事が奇跡に近い。

はっきり言って、エストシラントが火の海になっていないのは赤城が指揮官を優先した結果でしかない。

 

「指揮官。」

 

挙手もせず、病的な白い肌に紅い瞳のKAN-SEN『コロラド』が立ち上がった。

 

「あの日…かわいそうな事にユニオンと重桜、フェンの人々が殺され、指揮官は傷付いた。即刻、侵略者達には相応の代償を払ってもらおう!」

 

拳を握りしめ、力強く宣誓するコロラドを手で制しながら指揮官が応える。

 

「皆の怒りはよく分かっている。ともかく、戦艦と空母の諸君には艦砲射撃や空爆の仕事があるから楽しみにしてな。」

 

指揮官の言葉に、一部のKAN-SENが笑みを浮かべた。

笑顔とは、獣が牙を剥く表情が起源だとされている。今の彼女達を見れば、その説はおそらく正しいのだろうと思える。

指揮官が、そんな一部KAN-SENを含めた全KAN-SENを見渡すと腕を組んだ。

そして、不敵な笑みを浮かべて口を開く。

 

「世界最強の軍事組織、アズールレーンのお披露目だ。諸君、派手に行こう!」

 

まるで、民衆を煽動する革命家のように高らかに宣言した。

 




因みに、見せしめに10人程処刑されたので他の乗組員や青剣は無事です


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44.戦略会議

Sagaris様より評価6を頂きました!


戦略(ガバガバ&テキトー)


──中央暦1639年10月9日午前9時、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ──

 

ロデニウス大陸の三か国が一つとなって生まれたロデニウス連邦。その首都である旧クワ・トイネ公国の公都であったクワ・トイネ、そこに置かれた大統領府にて会議が始まった。

 

「それでは、『対パーパルディア皇国戦略会議』を開始します。」

 

外務省のヤゴウが開始を宣言する。

この場にはロデニウス連邦の上層部とアズールレーンの上層部が集まっていた。

まずロデニウス連邦からは、

・大統領カナタ(旧クワ・トイネ首相)

・首相アルヴ(旧クイラ国王)

・副首相ハーク・ロウリア(旧ロウリア国王)

・外務大臣リンスイ(旧クワ・トイネ外務卿)

・防衛大臣パタジン(旧ロウリア防衛騎士団将軍)

・産業大臣アラハム(旧クイラ鉱山局長)

等々…

そして、アズールレーンからは

・総指揮官クリストファー・フレッツァ

・陸軍司令官ノウ(旧クワ・トイネ西方騎士団長)

・海軍司令官シャークン(旧ロウリア海軍将軍)

・空軍司令官アルデバラン(旧ロウリア竜騎士団長)

・海兵隊司令官ザラーフ(旧クイラ海軍白兵戦部隊長)

・憲兵隊司令官モイジ(旧クワ・トイネ西部騎士団長)

等々が参加していた。その中には、ほとんど亡命しているような状況であるヴァルハルの姿もあった。

 

「皆も知っての通り去る10月4日、フェン王国襲撃の件を抗議しに赴いた特使がパーパルディア皇国の皇族、レミール氏の命令により殺害されました。」

 

カナタが改めて経緯を説明する。

 

「我々は、パーパルディア皇国を大きな脅威と捉えながらも可能な限り平和的な解決法を探ってきました。しかし、かの国は我々を文明圏外国だというだけで著しく外交儀礼を欠いた…いや、理性ある人間だとは思えない凶行をもって我々を従属させようとしています。」

 

カナタが今一度、会議の参加者を見渡す。

 

「我々はこれに対抗し、11名の命を奪った事を償わせなければなりません。最早、話し合いで解決出来るような事態は過ぎ去りました。局地戦…最悪、全面戦争は避けられません。よって、この戦略会議を開催した訳であります。」

 

そう言うと、指揮官を指名する。

 

「フレッツァ殿、先ずは我々の戦略目標を。」

 

「はい、では私から説明させていただきます。」

 

そう言って立ち上がり、タブレット端末を操作する。

 

「それでは皆様、お手元の端末をご覧下さい。」

 

指揮官の言葉に、会議の参加者がそれぞれが持っている端末の画面を見る。

 

「今回の戦略目標は第四文明圏構想参加国の防衛、かつパーパルディア皇国の拡大政策を挫く事にあります。」

 

端末の画面にフェン王国の地形図、そしてそこへ伸びる黒い矢印と、それに正面からぶつかるように青い矢印が伸びている。

 

「先ずは、フェン王国への侵攻を企てるパーパルディア皇国軍を迎撃します。パーパルディア皇国は自らの力に絶対的な自信を持っています。それを逆手にとります。」

 

画面の中で黒い矢印が青い矢印によって細切れにされた。

 

「かの国はその軍事力を背景に他国を見下しています。しかし、その武力を打ち砕く事により交渉のテーブルに着かせる…その足掛かりとなるのが今回のフェン王国防衛戦です。」

 

スッ、と防衛大臣パタジンが手を挙げた。

 

「フレッツァ殿、はっきり言ってパーパルディア皇国は一筋縄に行くような国ではありません。例えフェン王国にて敗北したとしても、それは海戦による局地的な敗北としか捉えないでしょう」

 

「パーパルディアが大陸国家だから…ですか?」

 

「はい。かの国は地竜リントヴルムを使役する術を得た事により、周辺国を侵略してきました。故に、陸軍には絶対的な自信を持っています。」

 

パタジンの言葉の通り、パーパルディア皇国は強大な陸軍により周辺国を飲み込んできた国だ。勿論、海軍も強力ではあるのだが海軍を殲滅でもしない限り此方の力を示す事は難しいだろう。

つまり海戦は勿論、陸戦でもパーパルディア皇国を圧倒する力を見せ付けなければならない。

 

「それは今回は難しいでしょう。何せ、陸戦部隊を上陸させてしまえば民間人に被害が及ぶ可能性があります。ですので…敗北条件は、"第四文明圏構想参加国本土への被害"と言っても過言ではありません。」

 

「そうなれば戦力を的確に割り振らなければなりませんな。」

 

指揮官とパタジンのやり取りを聞いていたヴァルハルが手を挙げて発言する。

 

「私から、一ついいか?」

 

「ああ、構わんよ。」

 

指揮官から発言の許可を得たヴァルハルは、すっかり慣れた手つきでタブレット端末をタッチペンで操作する。

 

「はっきり言って、皇国軍はフェン王国防衛戦で壊滅するだろう。それは間違いない。アズールレーンの戦力なら容易い事だ。」

 

「そこまで評価してもらえるとは…嬉しいねぇ。」

 

「あの軍港を見れば馬鹿でも分かるさ。」

 

茶化すような指揮官の言葉を、ため息混じりに受け流しながら端末を操作し続ける。

 

「そうなれば、交渉どころか正式に宣戦布告を突き付ける可能性が高い。パーパルディア皇国という国は武力の恐怖によって属領を統治しているからな。その武力が否定されるような事態になれば…」

 

「……確かにな。面子を保つ為にもやりかねん。」

 

ヴァルハルの操作により黒い矢印が次々に書き込まれる。

 

「そう、軍拡を進めて全力で潰しにかかるだろう。そして皇国の軍艦に必要な物は…」

 

「アルタラス王国か?」

 

「間違いないな。手っ取り早く魔石を調達する為に、アルタラス王国に攻め込む可能性が高い…いや、私見だが間違いないと思う。」

 

パーパルディア皇国の主力艦である魔導戦列艦や、ワイバーンロードを搭載する竜母は大量の魔石を使用する。

もし、パーパルディア皇国がアズールレーンを本気で潰す為に軍拡を行うのであれば、豊富な魔石埋蔵量を誇るアルタラス王国を侵略する事は容易に想像出来る。

勿論、普通に貿易をして魔石を入手するという手段を取る可能性もあるが、アルタラス王国はアズールレーン参加国…つまり本質的にはパーパルディア皇国の敵だ。それが露呈すれば間違いなく、アルタラス王国に侵攻してくるだろう。

そんな想定に指揮官は肩を竦める。

 

「戦争する為に戦争か…馬鹿か?」

 

「馬鹿だよ、あの国は。どうせ、短期間でアルタラスを落とせると思っているさ。ナイフを持ったスラム街のチンピラみたいなものだ。」

 

仮にも列強国をチンピラと評するヴァルハルの言葉に、会議の参加者が苦笑する。

 

「そうなればアルタラス王国防衛は確実か…あとは、敵艦隊の根拠地を叩く必要があるな…」

 

「なら、我輩の出番ですかな?」

 

海兵隊司令官のザラーフが顎髭を撫でながら身を乗り出して指揮官に問いかける。

アズールレーンの海兵隊は、参加国防衛の為に敵拠点の制圧や逆上陸を想定した軍団であり、その発足理念からすれば正しく彼らの出番とも言える。

だが、指揮官は首を横に振った。

 

「いや、港湾施設を艦砲射撃や空爆で破壊し洋上侵攻能力を削ぐ予定です。それでもこちらの要求を突っぱねるのであれば…」

 

「なるほど。では、我々は揚陸艇をより念入りに整備しておきましょう。」

 

指揮官の意味深な言葉に納得したザラーフが椅子に座り直した。

 

「もし、海兵隊の出番ともなれば現地での治安維持の為に憲兵隊の出番も必然となります。モイジ殿、その時はよろしくお願いします。」

 

「ああ、任せておけ。民兵なんかは厄介だからな。」

 

憲兵隊司令官モイジが自信満々に胸を張る。

アズールレーンは第四文明圏全体の軍隊である。つまりは、歴史に類を見ない巨大軍事組織である。

故に、戦闘部隊が暴走しないように…あるいは敵国侵攻の際に現地での治安維持活動を専門とする憲兵隊を組織したのだ。

 

「それでは、ひとまず大まかな流れを改めて整理しましょう。」

 

端末を操作しながら対パーパルディア皇国戦について改めて説明する指揮官。

 

「先ず、第一段階としてフェン王国防衛戦。これによりパーパルディア皇国が我々の力を知り、要求を飲むのであればこれが最善です。」

 

フェン王国に向かう黒い矢印が青い矢印によって細切れにされる。

 

「もし、要求が飲まれなかった場合はパーパルディア皇国の洋上侵攻能力を削ぐ為に軍港を中心とした港湾施設に攻撃を加えます。」

 

青い矢印がそのままパーパルディア皇国の沿岸部に向かう。

 

「それでも、彼らが交渉のテーブルに着かないのであれば…上陸し陸戦に持ち込む必要があるでしょう。」

 

青い矢印がそのまま、沿岸部から内陸部に進む。

 

「細かい事はこれから煮詰める事としましょう。先ずはフェン王国防衛戦後に予想されるアルタラス王国防衛についてですが……」

 

後に、この会議は世界のパワーバランスを激変させたとして語り継がれる事となった。

 




クイラ人ってアラブ系の名前で良いのだろうか


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45.虎穴に入らずんば虎児を得ず

神移様より評価9を、himajin409様より評価8を頂きました!

何時もにも増して短いのはSecond Anniversary Art Collectionを読んでたからです


──中央暦1639年10月11日午後2時、ムー政治部会──

 

ロデニウス連邦へと留学生を送り出して約9ヶ月、それを決定した時のように会議が開かれていた。

 

「今回、駐ロデニウス大使館から伝えられた件だが…諸君らはどう思う?」

 

そう言って議長であるムー副首相が机に一通の書状を出す。

それは、ムーの駐ロデニウス大使館から送信されたものである。その内容とは…

 

──パーパルディア皇国との全面戦争に突入する可能性があるため、貴国より派遣された留学生を帰国させる事を推奨します。

ロデニウス連邦外務大臣リンスイ──

 

つまり、パーパルディア皇国との戦争にムー国人が巻き込まれないようにする為の配慮だ。

会議の参加者は既に、この書状を回覧していたのだが多く…いや、全ての参加者の答えは決まっていた。

そんな中、海軍参謀が代表するように挙手し発言する。

 

「そもそも、パーパルディアごときがロデニウス連邦に勝てるとは思えません。はっきり言って、我が国を凌駕する技術力を持っている以上、パーパルディアはロデニウス連邦相手に惨敗するでしょう。」

 

チラッと、議長席の背後に置かれている1/100スケールの『バクダル級巡洋艦』の模型に視線を向ける。因みに、輸出第一号の記念としてロデニウス連邦から送られたものである。

そして、そんな海軍参謀の言葉に参加者全員が頷く。

そんな中で情報通信部部長が挙手する。

 

「確かに現地には30名程の留学生…そして大使館職員や旅行客、民間企業の社員が滞在しています。ですが…逆に言えばそれら全員が観戦武官となり得ます。戦術・技術士官は勿論、民間企業の戦時下での動きも貴重なデータとなるでしょう。」

 

「なるほど…確かに、我が国は長らく大規模な戦争を経験していない。戦場のみならず、後方の動きや戦略もしっかり研究しておかなければな。」

 

部長の言葉に陸軍参謀が感心したように頷いた。

その様子を見た副首相が立ち上がる。

 

「それではロデニウス連邦からの避難は国民各々の判断に任せる事とし、パーパルディア皇国に滞在している国民に対しては避難を呼び掛ける事とする。なお、観戦武官に関しては…」

 

副首相に応えるように部長が立ち上がる。

 

「観戦武官はマイラス君とラッサン君が良いと思います。あの二人はロデニウス連邦に最も長く接していますし…なにより驚き過ぎて観戦も儘ならない、という状況には成りにくいでしょう。そして、なによりも…」

 

「ラ・ツマサ君かね?」

 

部長の言葉を引き継ぐように海軍参謀が告げた。

 

「はい、KAN-SENという力は我々にとっては未知中の未知です。そのKAN-SEN運用のプロであるフレッツァ殿曰く…"経験と思い"がKAN-SENの力を向上させる、という事です。思い…というのは何とも曖昧なのではっきりとはしません。しかし、経験であれば我々にも理解は出来ます。」

 

そう、部長はラ・ツマサに観戦武官としての経験を積ませる事で彼女の更なる可能性を探ろうとしていた。

 

「思い…これは現状、彼女の心の内にある我が国への愛国心とグラ・バルカス帝国への憎悪だと考えられますが…思い自体は彼女自身の問題です。ですが、経験については我々が手助け出来ます。」

 

「だからこそ、彼女を観戦武官に…か。」

 

腕を組み、外務次官が考え込む。

 

「何よりも…一時的にでも彼女をマイラス君から引き離すような決定をすればどうなるか…」

 

部長が冷や汗を浮かべる。

ラ・ツマサが初めてムーに来た時、事情聴取の為にマイラスとは別の部屋に案内したのだが…二部屋あった取調室が、大きな一部屋になってしまった。

その事を思い出した外務次官が、思わず肩を震わせる。

 

「……ですな。やはり、彼女はマイラス君と共に観戦武官に指名すべきでしょう。」

 

参加者全員が苦笑しながら頷く。

そして、副首相が参加者を見渡し宣言した。

 

「それでは、ロデニウス連邦への観戦武官としてマイラス君とラッサン君、そしてラ・ツマサ君を指名する。賛成は起立を!」

 

副首相の声と共に、全ての椅子が脚を鳴らした。

 

 

──同日午後8時、旧ロウリア王国首都ジン・ハーク『竜の酒』──

 

旧ロウリア王国の首都であるジン・ハークの一角にある坂場、『竜の酒』では一仕事終えた労働者が酒を飲み交わしていた。

 

「おい、聞いたか?パーパルディア皇国と戦争になるって話。」

 

「当たり前だろ?フェン王国人とサモア人がパ皇のクソ野郎共に殺されたんだ。そりゃ戦争だろうよ。」

 

酔っぱらいの一人が、少しずつ普及してきたスマートフォンを操作して画面を見せる。

そこには、レミールから水差しを投げつけられる指揮官の姿と、フェン王国と重桜、ユニオンの国旗を掛けられた11個の棺の写真が表示されていた。

 

「伊勢さんも日向さんも来てくれねぇし…10号店開店記念セールは延期だし…戦争って嫌なもんだよ。」

 

「だな。だが、ロデニウスがパ皇に占領されるなんて願い下げだな。……タンドリーチキン追加!」

 

ロデニウス統一戦争後、暫くジン・ハークに駐留していた部隊の中にはサモアから派遣された伊勢と日向も居た。

見目麗しく、大酒飲みな彼女達は竜の酒の華として常連客から人気を集め、彼女達を目当てに来る客も増えて繁盛した竜の酒は各地にチェーン展開するようになっていた。

因みに名物はサモアより伝えられたスパイスたっぷり、皮はパリパリに焼き上げられたタンドリーチキンだ。

 

「サモア…というかアズールレーン相手じゃ、流石にパ皇が可哀想だな。勝負にもならんさ。」

 

「だがよぉ、相手は腐っても列強国だぜ?それなりにデカイ戦争になるんじゃないのか?」

 

「ラムソーダをもう一杯!……って事は俺達、予備役にも招集がかかるかもな。」

 

ロデニウス連邦自体、国軍は保有しているのだが人口に対して規模は小さくなっている。

国防方針が、『アズールレーンによる援軍が到着するまでの時間稼ぎが出来れば十分』というものである為だ。

その為、削減され自主退役した兵士はインフラ開発や工員等に回され、ロデニウス大陸の近代化に貢献している。

しかし、軍務経験がある者をただ働かせるのも勿体無い…という事で定期的に訓練を受けさせて予備役として活用しているのだ。

 

「って事は…戦場で活躍したら伊勢さんに…」

 

「馬鹿野郎。俺達、予備役は後方で荷物運びだよ。お前の活躍を、海の上の伊勢さんがどうやって見るんだよ。……っていうかお前、伊勢さん派かよ。」

 

「伊勢さんのあの豪快な感じがいいんじゃねぇか。」

 

「俺は日向さん派だ。」

 

酔っぱらい達は戦争の心配なぞどこ吹く風、麗しい二人のKAN-SENについて語り明かすのであった。




Second Anniversary Art Collectionを熟読しているので次回投稿遅れます

次回は海戦ですね


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46.急降下爆撃

月末のイベントで武蔵が出るとか一部で噂になっていますが、どうなんでしょう?
あと月末イベントの新艦、能代と霞からヤンデレの匂いがします
なんで表情差分にハイライトoffがあるんですかねぇ…?


──中央暦1639年10月21日午前8時、フェン王国ニシノミヤコ沖合・パーパルディア皇国海軍竜母艦隊──

 

フェン王国へと向かうパーパルディア皇国海軍は艦隊を二つに分けていた。

一つは戦列艦を中心とした主力艦隊。そして、竜母艦隊である。

皇国海軍の基本戦術は、ワイバーンロード部隊を擁する竜母艦隊を先行させ索敵を行う。敵艦隊を発見した際には制空権を確保、その後に導力火炎弾による対艦攻撃を行いつつ主力艦隊が到着するまで敵艦隊を逃さない…いわば、皇国に噛み付いた者を必ず殲滅するという執拗なものである。

そんな皇国海軍の一番槍である竜母艦隊の副司令官であるアルモスが、整然と航行する艦隊を眺めて満足そうに頷いた。

そして、横に控える竜騎士長に言葉を投げ掛けた。

 

「竜騎士長!」

 

「はっ!」

 

「皇軍は強い!」

 

「存じております!」

 

「何故強いと思う?」

 

「圧倒的火力を誇る戦列艦。そして、竜母による制空能力があるからであります!」

 

「そうだ!皇軍がこれまでの海戦で無敗であったのは、この竜母艦隊があってこそ。この艦隊がある限り、皇軍…いや、皇国は覇王として世界に名を轟かせ続ける!」

 

何時ものやりとりに竜騎士長が微妙な顔をしている事に気付いていないのか、甲板上で一歩踏み出した。

 

「そして見るがよい!皇国の造船技術の結晶たる最新鋭竜母にして旗艦である『ミール』を!」

 

戦列艦より二回り程大きな竜母が多数を占める竜母艦隊の中でも若干大きく、美しい竜母に向かってアルモスが両腕を広げる。

 

「『対魔弾鉄鋼式装甲』による従来の竜母を凌駕する防御力、艦体を拡大させた事によるワイバーンロード搭載量と安定性の増大…正に機能美に溢れた竜母ではないか!」

 

苦笑いする竜騎士長、自らの演説じみた言葉に酔っているアルモス。

 

──ドォォォォォォォン!

 

そのミールが大爆発を起こし、多数の兵士とワイバーンロードと共に水底へ沈んで行った。

 

 

──同日、竜母艦隊上空8000m──

 

「こちら、バスター1。艦隊を発見、竜母と見られる。」

 

竜母艦隊上空でV字編隊を組んで飛ぶ九九艦爆、その先頭に位置する隊長機に搭乗するターナケインが無線で全体に伝える。

 

《バスター2、了解。小さいがどうにか見える。》

《バスター3、了解。》

《バスター4、了解。》

 

マイハーク級軽空母2番艦『リーン・ノウ』より発艦した九九艦爆による攻撃部隊、18機全てが応えるとそれを見計らったように無線から声が響いた。

 

《こちら、ドラグーン1。上は俺達が見てるから、遠慮なくぶち込んでやれ。》

 

攻撃部隊の後方を飛行する制空部隊から無線が来た。

同じく軽空母リーン・ノウより発艦した12機のワイルドキャットによる制空部隊の隊長機に搭乗するマールパティマからだ。

 

「残念ながら、撃墜スコアは稼げないな。」

 

《なぁーに、俺達だって爆装してる。お前達のおこぼれを狙うさ。》

 

「俺達だって蒼龍殿から猛訓練を受けたんだ。おこぼれなんて出ないさ。」

 

《それなら俺達は文字通り、高見の見物だな。》

 

「そうなるな。まあ、背中は任せた。」

 

無線の周波数を変えて、攻撃部隊に指示を出す。

 

「全機、攻撃準備。竜母を優先して狙え。」

 

準備は整った。あとは、愛機が腹に抱えている250kg爆弾を敵艦に叩き付けるのみ。

スゥ…、と小さく鼻から息を吸う。ミラー越しに後方機銃手を見る。彼はコクリと頷いた。

 

「全機、攻撃開始!エントリィィィィィィィィィィ!」

 

機首を海面に向けて降下を始めた。

ゴーッという風の音と、ブーンというエンジン音が響く。

高度計の数字がどんどん小さくなる…2000…まだだ…1500…1000…800…600、ここだ。

レバーを操作し、爆弾を投下する。

急降下する機体と同じ軌道で放り投げられた250kg爆弾は一際大きな竜母、ミールの甲板に向かって行った。

だが、その爆弾の行方を最後まで見届ける事は出来ない。海面に激突しないために、力の限りを尽くして操縦悍を引き機首を上げる。

 

「命中!命中!敵艦、轟沈!」

 

後方機銃手が嬉しそうに報告する。

ミラーで後方を確認すると、特大の火柱を上げながら轟沈する竜母の姿が見えた。ミール自慢の装甲も、甲板には施されていなかったようだ。

木製の脆弱な甲板を貫いた爆弾は、艦内で炸裂しミールの艦体を文字通り木っ端微塵にした。

 

──ドォォォン!ドォォォン!ドォォォン!ドォォォン!

 

僚機達も次々と投弾し、それは吸い込まれるようにして敵艦に直撃して行く。

幾つかは外れたり、至近弾に留まり撃沈出来なかった敵艦もあるがこの後に来るワイルドキャットの爆弾により、どのみち撃沈されるであろう。

 

「よおぉぉぉぉぉおしっ!」

 

ターナケインはコックピットで思わずガッツポーズする。初の実戦で敵艦撃沈、自慢できる成果だ。

旋回しながら高度を上げつつ海を見る。

燃える残骸に、無惨な死体…その惨状に、敵ながら懺悔の思いが首をもたげる。

 

──「力を恐れよ。力に溺れた者に待ち受ける物は破滅のみだ。」

 

指揮官から告げられた訓示が脳裏を過る。

そうだ…我々は、こんなにも圧倒的な力を持っている。ワイバーンよりも、弓矢よりも、剣よりも…果てしなく強力な力を持っている。

こんな兵器を持つ者同士で戦争をすれば歴史上、類を見ない悲惨なものとなる。

そんな恐れを抱きながら、浸水して傾きつつある竜母を横目に軽空母リーン・ノウへと帰還するために僚機を引き連れて来た空路を戻って行った。

 

 

──同日同時刻、パーパルディア皇国海軍竜母艦隊──

 

──ギャオォォォォォォォン!

 

斜めになった甲板をワイバーンロードが滑り落ちて行く。飛行出来るとはいえ、助走出来なければ飛ぶ事は出来ない。

空の王者たるワイバーンロードが転げ落ち、溺れ死ぬ様はまるで祖国の行く末を暗示しているかのようだ。

そんな不吉な事を思いながら、アルモスは必死にマストに引っ掛かったロープに掴まっていた。

 

「馬鹿な…っ!あれは…ムーの飛行機械ではないか!何故、蛮族があんな物を!」

 

徐々に弱くなる握力で、必死にロープを握り締めながら驚愕を口にする。

因みにさっきまで傍らに居た竜騎士長は鎧の重さが祟ってしまい、甲板から海に転落していた。

 

(何故…何故、気付かなかった…!)

 

瞬く間に、誉れある竜母艦隊が殲滅された理由。それをパニックになっている頭で必死に考える。

だが、彼の常識ではワイバーンの限界高度の2倍にあたる高度8000mから急降下するなど考えつくはずもない。

更には、機械動力を使用する飛行機であるため対空魔振感知器で発見する事も出来ない。

常識外の高度からの攻撃と、感知器では発見出来ない航空戦力…彼らが発見する事は元より不可能だったのだ。

 

──ブゥゥゥゥゥウウウウウン!

 

思考を巡らせているアルモスの耳に聞き慣れない音が突き刺さる。

その方向を見ると飛行機械…ワイルドキャットが爆弾を投下した。

その一瞬後、激しい衝撃と共にアルモスの意識は永遠の闇に葬られた。

 




私、実はガルパン観た事無いんですよ(唐突なカミングアウト)


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47.撃墜王

龍鳳の実装に、来年はアイオワ級の実装…
大和型は目玉だからまたまだですかね?


──中央暦1639年10月21日午前11時、フェン王国ニシノミヤコ沖合──

 

パーパルディア皇国が誇る、精鋭ワイバーンロード竜騎士隊12騎が間隔を広くとった編隊を組んで海上を飛行していた。

 

「これは……」

 

竜騎士隊を率いるチリーノは眼下の惨状に目を奪われていた。

主力艦隊より先行した竜母艦隊からの連絡が途絶えて3時間、主力艦隊の護衛として残っていた竜母より発艦した彼らは竜母艦隊の捜索を行っていた。

竜母艦隊が進んだであろう航路をなぞるように飛行していた彼らは、遂に竜母艦隊を発見した。

 

「何が…あったのだ…」

 

チリーノが声を震わせて呟く。

チリーノ以下、数名の竜騎士が釘付けになっている海面。そこには、大小の木材や青ざめた水死体、空の王者ワイバーンロードすら無様に溺死している。

その残骸の中で漂う一枚の布切れが視界に入った。

金のモールで縁取りが施されたパーパルディア国旗…皇国海軍艦隊の旗艦の証だ。

竜母艦隊の旗艦は最新鋭竜母ミールだった。そのミールが掲げるべき旗が波間を漂っているという事は…

 

「ぜっ…全滅だと!?」

 

周囲を見渡しても、必死に魔信で呼び掛けても味方艦は発見出来ない。

第三文明圏最強のパーパルディア皇国海軍が、文明圏外の蛮族相手に負けるはずがない。チリーノは余りにも想定外過ぎる自体に、パニックになっていた。

だが、一つの魔信が彼を現実に引き戻した。

 

《敵騎直上!数よ…ザーッ…》

 

頭が千切れんばかりに上を向いたチリーノ。その瞳に写ったものは、太陽を背にして急降下する4つの影だった。

 

 

──同日同空域、高度7000m付近──

 

──ブーン……

 

高空の澄んだ空気の中、4機のワイルドキャットが菱形の編隊を組んで飛行していた。

 

「こちら、ドラグーン1。皆、疲れてないか?」

 

編隊の先頭を飛ぶ小隊長機に搭乗するマールパティマが、酸素マスクに取り付けられた無線機のマイクを使って部下に話し掛ける。

 

《こちら、ドラグーン2。さっきは爆弾を落としただけですからね。まだまだ、やれますよ!》

 

《ドラグーン3。ワイバーンと比べたら楽な飛行ですよ。》

 

《ドラグーン4です。大した疲れはありません。》

 

小隊全員が頼もしい返事をしてくる。それに満足そうに頷いたマールパティマ。

そんな彼の目が、低空を飛ぶ黒い影を捕らえた。

 

「全機、下方10時の方角に敵騎らしき機影を確認。」

 

《ドラグーン2、了解。》

 

《ドラグーン3、了解。確認した。》

 

《ドラグーン4、了解。》

 

4機のワイルドキャットが、機体をバンクさせて左へ旋回する。

 

「ひぃ…ふぅ…みぃ……12騎か。一人あたり、3騎だな。」

 

《では、隊長はエースになれますね。》

 

《統一戦争で3騎撃墜…でしたかね?》

 

《エースパイロット認定は…5騎以上撃墜。なら、今回で達成ですな!》

 

部下が囃し立てる中、マールパティマはあくまでも冷静だった。

 

「戦果を求め過ぎると痛い目を見る…と、聞いた。あくまでも、訓練通りやるぞ!」

 

《了解!》

 

4機のワイルドキャットが横並びの編隊となって一斉に急降下する。

先ずは高高度から急降下し、一斉射を加えて敵編隊を乱す。

 

──ブゥゥゥゥゥウウウウウン!

 

4機の翼を持つ山猫が、己の縄張りを侵した愚かな空を飛ぶトカゲに襲い掛かる。

何かに気付いたのか、竜騎士が此方を向く。もう遅い。

 

──ダダダダダダダダダダダダッ!

 

1機あたり6基の12.7mm機銃が一斉に火を噴く。合計24門の銃口からシャワーの如く鉛の雨が降り注ぐ。

曳光弾が作り出す光のラインが、まるで槍のように竜騎士ごとワイバーンロードを貫いた。

血の尾を曳いて墜ちて行く人と竜…それは、これから始まる空戦の行く末を象徴しているかのようだった。

 

 

──初撃より5分後、同空域──

 

《ダメだ!逃げられな…ザーッ…》

 

また一人、戦友が叩き落とされた。

チリーノは完全にパニックに陥っていた。

12騎のワイバーンロード、これだけの戦力があれば例え100騎のワイバーンが相手でも圧勝出来るはずだ。

だが、彼らの相手はたった4騎…圧勝どころか、勝負にすらならない戦力差であるはずだった。

しかし、現実はどうだ。

 

《来るな!来るな!……ダメだ、逃げられない!》

 

──ダダダダダダダッ!

 

《ガッ……!ザーッ……》

 

空の王者たるワイバーンロードが得体の知れない飛竜に追い回され、成す術もなく撃墜されて行く。

チリーノは海面スレスレを飛んでどうにかやり過ごしてはいるが、この手が正解なのかは分からない。

 

──ギャオォォォォォォォン!

 

空にワイバーンロードの雄叫びが響く。

1騎が敵騎の背後をとったようだ。首を真っ直ぐに伸ばし、導力火炎弾を放とうとしている。

やった…あれは間違い無く直撃コースだ。導力火炎弾が直撃して墜ちない者なぞ無い。

だが、現実は彼らの希望を容易く打ち砕いた。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン……

 

敵騎が奇妙な鳴き声を上げると急上昇した。余りにも急角度を付け、尚且つ常識外れの速度であった為、竜騎士は敵騎が消えたように見えた。

だが、離れた場所から見ていたチリーノには、はっきりと見えていた。

 

「逃げろぉぉぉぉぉ!」

 

喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。だが、何もかもが遅い。

急上昇した敵騎は背面飛行の後、捻りを入れて急降下、瞬く間にワイバーンロードの背後をとった。

 

──ダダダダダダダッ!

 

ワイバーンロードの翼が千切れ、竜騎士の頭が熟した果実のように弾ける。

最強の竜騎士が…空の王者たるワイバーンロードが…まるで、ゴミのように成す術も無く叩き落とされる。

 

「無理だ…勝てる訳が無い……」

 

そう判断したチリーノは直ぐ様、主力艦隊の方向へと逃げようと試みた。

だが、それでも死神は決して彼を見逃そうとはしなかった。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン……

 

来る。あの奇妙な鳴き声が背後に迫る。

ワイバーンロードが羽ばたく音、自らの荒くなった息の音すら掻き消すような威圧的で、無機質な音。

それは、まるで処刑人が歩む足音のように思えた。

 

──ブゥゥゥゥゥウウウウウン!

 

来る。斧を携え、覆面を被った処刑人が驕り高ぶったパーパルディアの首を落とさんと歩いて来る。

 

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

どうにか逃れようと急上昇し、振り切ろうとしたチリーノ。急速に高度が上がる中、水平線の向こうに何かが見えた。

 

(何だ…島が…動いて……いや、船か!?)

 

現実逃避のような思考。だが、チリーノは見た。

動く島のような巨大な船…その数、凡そ20。

殆ど反射的に魔信を手にした。

 

「敵艦隊発見!超大が…」

 

──ダダダダダダダッ!

 

「たっ……」

 

チリーノは間違い無く優秀だったのだろう。こんなにも危機的状況ながら、味方に情報を伝えたのだから。

だが、死神は彼の心臓を掴んで離しはしなかった。

 

 

──同時刻、同空域──

 

「残り1騎だ。俺が貰ってもいいか?」

 

《ドラグーン2、構いませんよ。》

 

《こちら、ドラグーン3。これで合計7騎撃墜ですか。》

 

《ドラグーン4。弾を使い過ぎました…隊長にお任せします。》

 

部下達から許可を得たマールパティマが、海面スレスレを飛行するワイバーンロードに狙いを定めた。

最早、残るはあの1騎のみ。上空の警戒は部下に任せて、敵騎を追う。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン

 

低空になると空気抵抗により、最高速度が若干落ちてしまう。それでも450km/h以上の速度は軽く発揮出来る。

最高速度が350km/hのワイバーンロード相手なら十分過ぎる。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン!

 

エンジン音が響き、徐々にワイバーンロードに近付いて行く。

ガラス板に投影された照準の中心に、敵騎を合わせて操縦悍のトリガーを引く……が、敵騎は急上昇し逃れた。

しかし、慌てるような事ではない。

操縦悍を引いて、こちらも急上昇する。1200馬力にもなるエンジン出力は重力を振り切り、敵騎に易々と追い付く。

気を取り直し、トリガーを引く。

 

──ダダダダダダダッ!

 

機体に反動が伝わり、4発に1発の割合で装填されている曳光弾の軌跡が照準器越しに敵騎を貫く様子が見えた。

 

──ガチッ!

 

トリガーから違和感が伝わる。

計器を見ると、機銃の残弾が0になっていた。

 

「敵騎撃墜、俺も弾切れだ。帰還しよう。」

 

《ドラグーン2、了解!》

 

《ドラグーン3、了解。隊長、勲章モノですね。》

 

《ドラグーン4、了解!俺はあと1騎でエースなんですがねぇ…》

 

空を制した山猫は、再び菱形の編隊を組んで来た空路を戻って行った。

 

(装弾数と反動が気になるな…帰還したら上申しておこう。)

 

マールパティマはそんな事を考えながら、水平線の向こうにある母艦へと向かった。

後に、マールパティマはロデニウス連邦初のエースパイロットとして末永く軍事資料に名を残す事となった。

 




原作で1話しか出ていないマールパティマさんを覚えている人はどれ程居るのだろう


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48.16インチ砲対応防御

時間があったので連続投稿です

あと、フリードリヒ・デア・グローセの着せ替えヤバいですよね
あれじゃあ、アズレンがエロいゲームだと思われてしまう(すっとぼけ)


──中央暦1639年10月21日午後1時、フェン王国ニシノミヤコ沖合──

 

フェン王国侵攻艦隊総旗艦、超フィシャヌス級戦列艦『パール』の甲板上で侵攻作戦総司令官である将軍シウスは悩んでいた。

竜母艦隊との連絡途絶と、捜索の為に送り出したワイバーンロード部隊から送られた不可解な魔信。

敵艦隊発見の報告、その後に聞こえた奇妙な音…一体、この海に何が潜んでいるのか。

 

「まさか…全滅したのか…?」

 

否定したい可能性…しかし、このような不可解な現象に納得出来る理由を付けるならこの可能性しかない。

 

《南東方向に未確認艦18!》

 

上空で旋回していた竜騎士が魔信で伝える。

 

「来たか!総員、第一種戦闘配置!」

 

シウスは自らの脳裏を過る得体の知れない恐怖を振り払い、鋭い声で指示を飛ばす。

相手はたったの18隻。対して此方は、戦列艦183隻に竜母4隻、そして旧式の竜母や戦列艦を改装した揚陸艦120隻の大艦隊だ。

これ程の大艦隊を相手取る者なぞ、世界広し言えどムーと神聖ミリシアル帝国ぐらいであろう。

少なくとも、第三文明圏でパーパルディア皇国海軍に勝てる者は居ない。

 

「ダルダ君、勝てると思うかね?」

 

それでも自らの胸の奥底に残る違和感を払拭するために、パールの艦長であるダルダに問いかける。

それに対してダルダは自信満々に答えた。

 

「最新の戦列艦を編成したこれ程の大艦隊をもってすれば、神聖ミリシアル帝国の『第零魔導艦隊』を相手にしても負けますまい。我が国が保有する世界屈指の戦列艦、そして180隻以上の数…これを超える戦力など、第三文明圏には存在しないでしょう。」

 

「そうか…だが、アズールレーンの軍艦の性能が我らの戦列艦を上回っていたとしたら?」

 

「多少の性能差なぞ、この圧倒的物量の前には意味を成しません。たった18隻ではどうしようも無いでしょう。」

 

ダルダの絶対の自信、それでもシウスの違和感は拭えなかった。

 

「果たしてそうだろうか…」

 

シウスの小さな呟きは海風に溶けて、誰の耳にも届く事はなかった。

主力艦隊が戦闘配置へと陣形を変えると、風神の涙の出力を最大にして帆に風を受け、波を切り裂きながら進む。

 

「……ん?」

 

ふと、シウスは違和感を覚えた。

ベルトに挿した望遠鏡を取り、アズールレーン艦隊の動きを観察する。

望遠鏡で拡大すると、その様子がはっきりと分かる。

濃い灰色で塗られた艦体は、見た事が無いほどに大きい。そして、まるで城のように巨大な構造物が聳え立っている。

陸上ならまだしも、揺れる艦上にあんなにも巨大な建造物を建設する事が出来るとは…かなり高い造船技術を持っているらしい。

そんな艦により編成された艦隊から一隻、先行してきた。

 

「何を考えている……?」

 

その一隻だけ先行してきた敵艦と、此方の艦隊は互いに前進しているため、敵艦の姿がだんだん大きく、鮮明に見える。

5km程まで接近しても、進路を変える様子は無い。

如何に巨大な艦体を持っていようと、183隻の艦隊にたった1隻で突撃するなぞ自殺志願者としか思えない。

シウスは、その意味不明な敵艦の行動に首を傾げた。

 

 

──同日同海域、フェン王国防衛艦隊総旗艦『マサチューセッツ』──

 

「指揮官、レーダーに反応があったよ。かなりの数だ…」

 

長い銀髪に褐色の肌を持つKAN-SEN『マサチューセッツ』がタブレット端末を操作しながら報告する。

そんな報告を受けた指揮官は艦橋の指揮所の艦長席に座ったまま応えた。

 

「数や艦種は?」

 

「数は300…180ぐらいが前衛、120ぐらいが後方だね。艦種は……ごめん、似たような大きさだから分からない。」

 

「おそらく、前衛は戦列艦だな。後方の連中は陸戦部隊を乗せた揚陸艦じゃないか?」

 

未だに痛々しく包帯が巻かれた顔をマサチューセッツに向ける指揮官。

その言葉に、彼女は同意するように頷く。

 

「ぼくもそう思う。だとすれば…前衛艦隊を倒せば終わり…?」

 

「だな。」

 

そう短く返し、指揮官は掌で口元を隠し考える。

チラッと、手元のタブレットを見る。

そこには3艦隊、1艦隊6隻なので18隻のKAN-SENと艦船の位置情報が表示されていた。

その内訳は、

─第一艦隊─

・総旗艦、戦艦『マサチューセッツ』

・空母『ワスプ』

・軽巡洋艦『コロンビア』

・駆逐艦『ニコラス』

・駆逐艦『チャールズ・オースバーン』

・駆逐艦『スタンリー』

 

─第二艦隊─

・旗艦、巡洋戦艦『榛名』

・軽空母『祥鳳』

・重巡洋艦『足柄』

・駆逐艦『吹雪』

・駆逐艦『春月』

・駆逐艦『宵月』

 

─第三艦隊─

・旗艦、巡洋艦『バグダル』

・軽空母『リーン・ノウ』

・駆逐艦『ピカイア』

・駆逐艦『ビーズル』

・駆逐艦『マルズタ』

・駆逐艦『ラークメイル』

 

そんなKAN-SENや艦船の状態が表示されているタブレットを見ていると、ふと何か思い付いたように顔を上げた。

 

「艦隊の中で一番防御が優れてるのは…」

 

「勿論、ぼくだね。ぼく達、サウスダコタ級は例え上部構造物が破壊され尽くしたとしても航行が可能だよ。」

 

「だよな…」

 

「……なに?悪い事考えてる?」

 

指揮官の口角が、ややつり上がった事に気付いたマサチューセッツが首を傾げて問いかける。

 

「榛名に乗ってる3人にも、サウスダコタ級の防御力をお披露目してやろう。ちょうどいい、噛ませ犬も居る事だしな。」

 

「ん…分かった。それじゃあ、先行するね。」

 

指揮官の意図を理解したマサチューセッツが速度を上げて、艦隊から一隻だけ先行する。

 

「榛名、シャークン将軍。ムーのお三方にサウスダコタ級のデモンストレーションを見せる。各艦隊はその場で待機せよ。」

 

《あー…何をするのか分かったわ。了解、大丈夫だろうけど気を付けてね。》

 

第二艦隊の旗艦、榛名が何かを察したような、苦笑を含んだ言葉を返す。

 

《指揮官殿、何をするつもりで…?》

 

一方の第三艦隊司令シャークンは、指揮官の意図を図りかねているのか怪訝そうな言葉を投げ掛ける。

 

「まあ、見れば分かりますよ。」

 

煙突から黒煙を吐き出しながら進むマサチューセッツの艦橋で、指揮官は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

──同日同海域、戦艦艦パール──

 

「敵艦接近!」

「嘘だろ…なんてデカイんだ…」

「はっ!一隻だけで何が出来る!」

 

敵艦は凡そ3kmまで近付いているだろうか。尚も、そのまま此方に向かってくる。

 

「シウス将軍、攻撃準備整いました!後は、あのデカブツが射程内に捉えるだけです!」

 

「ダルダ君、奴らは何をするつもりだと思う?」

 

敵艦の不可解な動き…只でさえ数で劣っているというのに、たった一隻で180隻以上の大艦隊に近付いてくる。

巨艦ではあるが、たった一隻ではこの数に蹂躙されるはずだ。

 

「我々の力が分からぬ愚か者でしょう。あの愚かにも突撃している艦を沈めれば尻尾を巻いて逃げますよ。」

 

「かもな……」

 

楽観的なダルダの言葉とは対照的に眉をひそめて警戒するシウス。

そんな彼に通信士が声を掛けた。

 

「シウス将軍!アズールレーンの指揮官を名乗る者から魔信が…」

 

「何?」

 

シウスは前方に見える敵艦を見据える。

 

「もしや…"あれ"からか?……分かった。私が出よう。」

 

そう言って、通信士が持ってきた魔信を手に取ると口を開いた。

 

「パーパルディア皇国海軍、フェン王国侵攻艦隊総指揮官のシウスだ。」

 

《こちら、アズールレーン艦隊指揮官のクリストファー・フレッツァ。今ならまだ間に合う。即刻、武装を海に投棄し降伏せよ。》

 

その言葉にシウスは方眉を上げた。

 

「ほう?どういう意味だ?」

 

《そのままの意味だ。無駄な殺生はしたくない。流石の私も、竜母艦隊に続いて貴艦隊を殲滅するのは少々心苦しい。》

 

「……」

 

《降伏すれば人道的な扱いを保証する。賢明な判断を…》

 

「皇国を嘗めるな。」

 

シウスはただ一言、そう返すと魔信を通信士に渡した。

 

「敵艦射程内!」

 

ズラリと敵艦に対して弧を描くように横並びとなった戦列艦の射程内に敵艦が入った。

その報告を聞いたシウスは再び前方の敵艦を見据え、指示を出した。

 

「奴を海の藻屑にしろ、撃て!」

 

通信士がシウスの指示を各艦に伝える。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

魔導砲が轟音と共に炸裂砲弾を放つ。

多数の100門級戦列艦による一斉砲撃…数百の砲弾を浴びて無事でいられる船なぞ居ない。

激しい爆炎と、それに伴う煙により敵艦の姿が見えなくなる。だが、その煙が晴れれば無残な残骸が残るのみ……その場に居る全員がそう考えていた。

 

《てっ……敵艦健在!》

 

誰かがそんな事を魔信で伝えた。

まるで煙を振り払うかのように、変わらぬ速度で巨艦が姿を表した。

焦げたような跡こそ見られるが、ほぼ無傷と言ってもいいだろう。

そんな敵艦が、戦列艦により作られた戦列に突っ込んで来る。

避けようとも、止まろうともしない…そのまま戦列艦と衝突するコースだ。

 

──ゴンッ!ミシミシッ!

 

衝突を回避すべく、敵艦の進路に居た戦列艦が急速発進するが、密集陣形をとっていたため隣り合った戦列艦に衝突してしまう。

 

《どけ!ぶつかる!》

《こっちだって前が詰まってるんだ!無茶言うな!》

《浸水だぁぁぁぁぁ!》

 

魔信からは阿鼻叫喚の混乱が伝わってくる。

だが、敵艦は待ってくれない。

 

《う…わぁぁぁぁぁあ!来るぅぅぅぅぅ!》

 

──バキバキッ!ゴゴンッ!バンッ!

 

逃げ遅れた一隻の戦列艦に敵艦が衝突した。

敵艦の艦首により戦列艦が真っ二つになり、V字型になって沈んで行く。

そんな光景を目の当たりにした者は将兵の区別なく、ポカンと口を開ける事しか出来なかった。

 

「うっ……撃て!撃て!」

 

怖じ気づき、パニックになったダルダがシウスに代わって指示を出す。

艦隊の真っ只中に突っ込んで来た敵艦に向かって、戦列艦が魔導砲を発射する。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

敵艦で幾つもの爆発が起きる。だが、無傷。新たな焦げ目を作るだけで、敵艦にダメージは入っていないように見える。

 

──ドォォォォォォン!バキバキッ!バキバキッ!

 

流れ弾により同士討ちしてしまう戦列艦、敵艦から牽き潰されて沈む戦列艦。

 

「うおっ!」

 

変わらず航行する敵艦により引き起こされた波により、パールが揺れた。

その時、魔信がシウスの側に滑り込んできた。

それに気付かず、シウスは喉の奥から振り絞るように言葉を溢した。

 

「何だ…何なんだお前は!?」

 

魔信から冷たく、無慈悲な声が響いた。

 

《敵だよ。お前達が、そうさせた。》

 




明日からイベントなので次回投稿遅れます


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49.ワンサイドゲーム

思ったより短く仕上がってしまった…

あと、今回のイベントで信濃の名前が出てきましたがグラだけでも出ませんかね?

あと、龍鳳出ません
何故か能代は二人出ました


──中央暦1639年10月21日午後2時、フェン王国ニシノミヤコ沖合──

 

──バァンッ!バァンッ!バァンッ!

 

海に幾つもの炎の花が開き、直ぐ様その赤黒い花弁を散らせて行く。

純白の帆を持つ優美な戦列艦がその片舷40から50門程もある魔導砲を轟かせ、何十隻もの艦隊をもってひたすらにたった一隻の船を攻撃している。

それだけ聞けば、攻撃に晒されている船は残酷なリンチを受けているように思えるだろう。

だが、それは違った。

 

「チクショウ……チクショウ!何で効かないんだ!?」

「とにかく撃て!撃ちまくれ!」

「おい!もう装填してる!」

「え!?なんだって!?」

 

──ドゴォンッ!

 

戦列艦側は混乱の極みであった。

本来は一斉射撃により、最大の威力を発揮出来る多数の砲門はバラバラに発砲している。

砲を操作する者も、帆を操作する者も皆が目の前に存在するたった一隻の船に恐れ戦いていた。

何十…何百…何千もの砲弾を撃ち込んだというのに、沈むどころか悠々と艦隊の真っ只中を航行している。

その威容に恐怖し士気が下がり、統率を欠いた彼らは装填済みの魔導砲に再び装填…所謂、二重装填をしてしまい暴発させてしまう者も出てきた。

 

「弾が……弾がもう無い!」

 

1時間にも及ぶ砲撃の結果、砲弾が底をついた戦列艦まで出る始末だ。

そんな様子を目の当たりにしたシウスは力無く膝から崩れ落ちた。

 

「これは……夢…なのか?」

 

体がブルッと震え、股の辺りに温かさを感じる。視線を落とすと、ズボンが濡れていた。

そのまま、視線をダルダに移す。

 

「やれぇい…やれぇい…あははははははははは…皇軍の力は圧倒的ではないかぁ…」

 

虚ろな目で囃し立てるように、奇妙な踊りのような動きをしている。

彼の振る舞いは、誇り高き皇軍にあるまじきものだろう。だが失禁した自分も含め、誰がこの場に居る者を責められようか。

180隻以上の戦列艦から代わる代わる攻撃され、大した損傷も無く動き続ける敵艦…そんな現実離れした存在を目の当たりにして平然としていられる者が居るだろうか?

 

「どうすれば……私はどうすればいいのだ!」

 

甲板に拳を叩き付け、慟哭するシウス。

第三文明圏最強の艦隊…それが戦闘不能となってしまった。

竜母艦隊は全滅。主力艦隊は、たった一隻の敵艦に弾薬を使い果たしてしまった。

皇軍は全力で戦った。だが、敵艦はただ航行しただけで10隻もの戦列艦を海の藻屑にし、残る戦列艦の戦闘力を奪ってしまった。

多くの者が恐慌状態に陥り、発狂している中にあってもシウスがギリギリの所で踏み留まっている理由は、皮肉にも敵艦の様子にあった。

 

「あと200隻…戦列艦があればあるいは…」

 

敵艦は殆ど損傷を受けていない…だが、全く受けていないという訳では無かった。

敵艦の至る所から生えている金属製らしき棒や筒は歪にネジ曲がり、至るところから火の手が上がっている。

確かに敵艦は最強格であろう。それは間違いない。

だが、無敵ではない。魔導砲の砲撃により多少なりとも損傷を与える事が出来ている。

戦場に"もしも"は無い。だが、もしも…もしも、二倍の規模を持つ艦隊で挑んでいれば或いは…

シウスがそんな意味の無いもしもを思い浮かべていた時だった。

 

──ブシュゥゥゥゥゥゥゥ…

 

勢い良く空気が噴き出すような音がしたかと思うと、敵艦が白いモヤで覆われた。

 

(……なんだ?)

 

不可解な現象に内心、首を傾げていると次第に白いモヤが晴れてきた。

 

「うっ…うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

シウスの精神が折れた。

信じられない事に…僅かに与えていた損傷が"回復していた"

ネジ曲がった金属の棒や筒は綺麗に真っ直ぐになっており、火の手は鎮まり、表面の焦げ目すら無くなっている。

巨大な事はまだ分かる。数千の砲撃を受けても健在な事は常識外れだが、百歩譲ってまだいいだろう。

だが、損傷が回復するなぞ余りにも異常だ。これでは幾ら攻撃しようが意味が無い。

攻撃が効かず、僅かに与える事が出来た損傷も回復してしまう…こんな化け物を相手に、どうやって戦えばいい。

 

(あぁ…我々は……我々は、何を敵にしてしまったのだ…)

 

フェン王国で敗北し、虜囚の辱しめを受けている国家監察軍を皇国の恥だと思っていた。

だが、現実を目の当たりにしてその考えは180°変わった。

国家監察軍は、こんな強大な敵に立ち向かった…よしんば降伏したとしても、賢明な判断だったと言える。

へし折れた心が後悔となり、突き刺さる。

 

《皇国を嘗めるなぁぁぁぁぁぁぁあ!》

 

魔信から音が割れる程の声が響く。

奇しくもシウスと同じ言葉を発したのは、上空を飛ぶワイバーンロードに騎乗する竜騎士だった。

20騎程のワイバーンロードが導力火炎弾を放とうとする。

だが、それは叶わなかった。

 

──ドドドドドドドドッ!

 

敵艦の至るところから生えている金属製の筒が火を噴き、光の弾を連続して発射した。

その光の弾はワイバーンロードごと竜騎士を貫き、いとも容易く撃墜してしまった。

その時、シウスは初めて理解出来た。

至るところに生えている金属の筒も、箱状の構造物から伸びた太い筒も…あれは、"銃と大砲"だ。

 

「あ……あっ……あっ……」

 

人は余りにも小さな物を認識する事は出来ない。

そして同じように、余りにも大きな物も認識出来ない。

シウスはその状態に陥っていた。

ムーの最新鋭戦艦『ラ・カサミ』に搭載されている回転砲搭と似ている。だが余りにも巨大過ぎた為、そう認識出来なかったのだ。

その巨砲…『Mk.6 16インチ45口径3連装砲』がゆっくりと、旋回する。

その砲口が自らが乗る、戦列艦パールに向けられた瞬間…

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

シウスはガタガタと震えながら泡を吹き、意識を手放した。

 




SAN値(/・ω・)/ピンチ!


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50.Super Heavy Shell

何故か49話の感想が10件もありました
何故だ……


あと、今回も下手な例え話と独自理論が含まれます


以前、KAN-SENという存在を無声映画に例えた。

KAN-SEN自身が映写機、艤装がレンズ、カンレキがフィルム、弾薬が活動弁士。

今回はその中でも、艤装に搭載される『装備』について説明しよう。

手っ取り早く言えば『装備』は映画における、効果音やBGMと同じだ。

例えば、銃を撃つシーンを想像すると良いかもしれない。

 

──パンッ!パンッ!

 

──ドンッ!ドンッ!

 

この二つの効果音を比べて、どちらの銃声が強そうに思えるだろうか?

多くの人にとっては、後者の方が強そうに思えるだろう。

だが後者の効果音が強そうに思えても、実際に投影されている映像は変わらない。後者の効果音を使ってもフィルムの中に描かれた銃が変わる訳ではない。

それでも視聴者からすれば、後者の効果音が付いていた方が強そうに思える。

 

これを実際のKAN-SENに当て嵌めてみると分かりやすいだろうか?

例えば『三笠』…彼女は前弩級戦艦であり、稼働状態にあるKAN-SENの中では最も旧式と言ってもいい。

彼女の装備と言えば、『40口径30.5cm連装砲』である。だが、『戦艦』というジャンルの『カンレキ』を持つ彼女は同じ『戦艦のカンレキ』を持つ装備…主砲を装備する事が出来る。

これまた映画に例えるなら、ホラー映画の恐ろしい効果音やBGMは別のホラー映画に使い回しても大きな問題は無い。

それと同じく、戦艦の装備は同じく戦艦であれば時代や勢力を無視して使う事が出来る。

そう、時代や言語が違えど同じジャンルの映画なら効果音やBGMを使い回せるかのようなものだ。

それを踏まえて言えば、『三笠』のような旧式KAN-SENであっても40cm級の三連装砲を装備し、扱う事すら可能なのだ。

しかも、見た目には兵装の変化は無いというおまけ付きだ。

更に、一部の『装備』には『スキル』が備わっている。

これを装備する事によりKAN-SENに後付けで『スキル』を増設する事が可能なのだ。

 

そして、それらを纏めると…

・『伝承打撃』による圧倒的継戦能力。

・『伝承再現』による超常現象の発現。

・『艤装』と『装備』による旧式KAN-SENの容易な戦力化。及び、『装備』に備わる『伝承再現』による新たな力の後付けが可能。

それらを備えているからこそKAN-SENは、最強の海上戦力として君臨しているのだ。

 

 

──中央暦1639年10月21日午後2時、戦艦『マサチューセッツ』戦闘指揮所──

 

艦橋の窓が爆発により発生した閃光と黒煙に覆われ、外の様子を伺えなくなる。

そんな中、艦長席に座った指揮官はヘッドホンのような形をした耳栓…イヤーマフを装着してタブレット端末をぼんやりと見ていた。

 

「……流石に、機銃はダメか。」

 

そう呟く指揮官が見ている画面には、マサチューセッツの艦体の三面図が表示されていた。

いくつかの箇所…機銃が赤く明滅しており、右舷では炎のアイコンが表示され火災発生を知らせていた。

パーパルディア皇国海軍の実力を計り、ムーの観戦武官にアズールレーンの戦艦の実力を示す為に行ったマサチューセッツによる単艦突撃…それは概ね成功したと言えるだろう。

1時間にも及ぶ一方的な被弾でもダメージを受けたのは機銃や一部のアンテナ程度で、あとは小火レベルの火災が発生したのみだ。

 

「指揮官、対空レーダーに反応。ワイバーンロードって奴かな?」

 

指揮官の隣にアルミ鍛造製の椅子を持ってきて座っていたマサチューセッツが、バケツサイズのアイスクリームを食べながら窓から空を見上げる。

確かに、空に小さな黒い点が幾つか見える。

指揮官も同じように空を見上げたが、ふととある事に気付いた。

 

「砲撃が止んでるな…弾切れか。」

 

「みたいだね。応急修理装置と消火装置を起動してもいいかな?」

 

「許可する。」

 

──ブゥンッ…

 

まるで古いブラウン管テレビが映るかのような音がすると、艦内が淡い緑色の光で満たされた。

これにより艦体を構成するメンタルキューブが活性化され、曲がった機銃の銃身は勿論、表面の汚れまでも修復されて行く。

それと同時に高圧の二酸化炭素と、霧状の水が艦体の至るところから噴き出し火災を消し止めた。

マサチューセッツに装備させている『応急修理装置』と『消火装置』の効果だ。

 

「もう撃っていい…?」

 

マサチューセッツがアイスクリームを掬っていたスプーンを、徐々にはっきりと見えてくるワイバーンロードに向ける。

それに指揮官は頷いた。

 

「あぁ、構わん。」

 

「了解…」

 

マサチューセッツに搭載されたボフォース40mm4連装機関、18基72門が火を噴いた。

 

──ドドドドドドドドッ!

 

ワイバーンロードより遥かに高い飛行能力を持つ航空機を撃ち落とす為に作られたそれは、濃密な弾幕で無謀な勇気を振り絞って突撃してきた哀れなトカゲを絡めとり、撃ち落として行く。

名だたる航空機と比べてワイバーンロードの貧弱な飛行能力と、対空射撃に晒される事に慣れていない竜騎士の組み合わせだ。ろくに接近する事も出来ず、次々と無残な肉塊となって行く。

 

「これは深海魚が喜ぶな。」

 

「指揮官…その冗談、趣味が悪いよ。」

 

「そうかぁ?」

 

悪趣味な冗談と共に、指揮官の指先がパーパルディア皇国海軍艦隊の一点で止まる。

 

「あの目立つ船を狙え。信管は抜いておけ。零距離射撃だ。」

 

「ん…了解。」

 

マサチューセッツの主砲搭が、戦列艦パールの砲を向く。

仰角も俯角も付けない、砲身が水平となった正しい意味での零距離射撃だ。

 

──ジリリリリリリ!

 

主砲発射を報せるブザーが鳴り響き、マサチューセッツが指鉄砲を同じ方向へ向け…

 

「BANG!」

 

──ズドドドォォォォォオン!

 

一番砲搭から特大の爆炎と共に、至近距離に雷が落ちたかのような轟音が鳴り響いた。

 

 

──同日同時刻、第二艦隊旗艦『榛名』──

 

「ハハハハハ…なんだあれ…反則だろ…」

 

双眼鏡を覗きながらラッサンが乾いた笑いと共に驚愕を口にする。

それも無理は無い。1時間もの間、絶え間無く降り注ぐ砲撃を僅かな損傷で耐えきった事は勿論、その僅かな損傷でさえ瞬時に修復されてしまった。

もはやインチキであり、奇跡に片足を突っ込んでいる。

隣にいるマイラスも、双眼鏡を持つ手が細かく震えている。

だが、そんなマイラスの背中に抱き付くように同じ方向を見ている女性…ラ・ツマサは目を輝かせていた。

 

「私もアレ…欲しい…」

 

どうやらラ・ツマサは、応急修理装置と消火装置が欲しいようだ。

そんな彼女に、榛名が話し掛ける。

 

「頼めば貰えるんじゃない?指揮官ってKAN-SENには甘いし…倉庫に山積みになってるしね。」

 

「本当!?一式超重量徹甲弾とかも!?」

 

「一式徹甲弾とSHSを組み合わせたアレ?多分、大丈夫じゃない?」

 

「そっかー…そっかー…うふふふ…」

 

「ちょっ…ラ・ツマサ!耳元で笑われると…あひぃっ!」

 

ラ・ツマサの吐息が耳に吹き掛けられ、マイラスが体を悶えさせる。

その様子に、呆れを含んだ苦笑を見せたラッサンが再び双眼鏡を覗いた瞬間だった。

パッとマサチューセッツの主砲が光った。

それから数秒遅れ…

 

──ズドドドォォォォォオン!

 

戦列艦の魔導砲を…そして、ラ・カサミの主砲をも凌駕する程の砲声が海原に響いた。

発射された砲弾は重量約1200kgにもなりそれを、秒速700m…時速にして約2500kmで飛翔させるのだ。

サウスダコタ級等に使われるスーパーヘビーシェル、通称SHSは近距離での攻撃には向かないが、録な装甲を持たない戦列艦相手にはそれでも十分だ。

 

──ズガンッ!ズガンッ!ズガンッ!ズガンッ!

 

その圧倒的運動エネルギーの前には、木造船の抵抗による減衰なぞあって無いようなものだ。

射線上に居た10隻程の戦列艦を貫通し、艦体と艦隊に大穴を開けてしまった。

砲弾は最終的に海に着弾し、特大の水柱を上げた。

たった一発で10隻を撃沈…ラッサンはパーパルディア皇国に哀れみを覚えた。

 




指揮官の生い立ちの話とか…要るかなぁ…


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51.因果応報

UAがそろそろ5万に達しそうですね
お気に入りも350以上…感想もそろそろ200…
誤字報告も毎回ありがとうございます!


──中央暦1639年10月21日午後3時、フェン王国ニシノミヤコ沖合──

 

果てしない破砕音が海上を征する。

巨砲が火を噴き、戦列艦が砕け散る。戦列艦が沈み、命が散る。

海面にはさっきまで命だった物が…力だった物が散らばる。

そこに、第三文明圏最強のパーパルディア皇国軍の姿は無かった。

たった一隻に蹂躙される哀れな船達…彼らは自分達を狼の群れだとでも思っていたのだろう。

強く、気高い我々はか弱い羊の群れを蹂躙し、貪り喰らう権利があると。

だが、彼らが食らいついたのはドラゴンの尾だったのだ。

 

「助けてくれ!助けて……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「降参する!降さ……」

 

──ズドンッ!ズドンッ!ズガァァァァン!

 

命乞いが、悲鳴が、轟音により掻き消される。

16インチ砲9門、5インチ砲20門、40mm機関砲72門、20mm機関砲41門が逃げ惑う戦列艦を破砕し、蜂の巣にして行く。

そこに人の力が介入する余裕なぞ無かった。吹き荒れる鉄の嵐は、堪え忍ぶ事さえも赦さない。

 

「な…なんという事だ……」

 

主力艦隊の後方、揚陸部隊の司令官である陸将ベルトランは青ざめた顔で呟いた。

180隻もの戦列艦が、たった一隻の敵艦に蹂躙されている。

最強と信じていた魔導戦列艦が、精強な兵士がゴミのように打ち倒されて行く。ベルトランは悟った。

 

「かっ…勝てぬ!この作戦は失敗だ!」

 

旧式の竜母や戦列艦を改装した揚陸艦には、自衛用や揚陸時の火力支援用に数門の魔導砲を装備しているのみだ。

100門もの魔導砲を装備している戦列艦ですら勝てない相手に、揚陸艦が勝てる筈もない。

 

「撤退だ!今すぐ撤退しろ!」

 

蛮族相手に尻尾を巻いて逃げるなぞ、責任問題…間違いなく死罪となるだろう。

だが、このまま10万人近い兵士を無駄死にさせる訳には行かない。

その判断は、英断と言ってもいいだろう。だが、それは余りにも遅かった。

 

「ベルトラン様、ベルトラン様っ!」

 

陸戦策士ヨウシが悲鳴のような声と共に、ベルトランのもとへ駆け寄ってきた。

 

「囲まれています、もう逃げられません!」

 

「何!?」

 

慌てて周囲を見回す。

左右に広がる水平線に、それぞれ黒い点が見える。

そう、パーパルディア皇国軍がマサチューセッツに気を取られている間に、フェン王国の南北に展開していたアズールレーン艦隊…第四艦隊、第五艦隊が揚陸艦隊の左右を挟み込んでいたのだ。

 

「真後ろだ!真後ろに撤退…」

 

ベルトランがそう指示した瞬間だった。

 

──ズウゥゥゥゥン!

 

揚陸艦隊の最後尾の一隻が、巨大な水柱と共に轟沈した。

 

「なんだ!?こっ…攻撃されたのか!?」

 

──ズウゥゥゥゥン!ズウゥゥゥゥン!ズウゥゥゥゥン!

 

ベルトランが驚愕している間にも次々と揚陸艦が沈む。

 

(なんだ!?この攻撃は何なんだ!?)

 

正体不明の攻撃に冷や汗をダラダラと流すベルトラン。

恐怖と驚愕に支配される思考で必死に攻撃の正体を探ろうとしたが…おそらく、その答えが出る事はないだろう。

 

 

──同日、フェン王国沖海中──

 

「へへへ~、一隻撃沈♪」

 

まるで巨人の内臓のように配管が張り巡らされた薄暗い艦内で、猫耳に赤い髪をツインテールを持つスクール水着姿のKAN-SEN『伊19』が潜望鏡を覗きながら、嬉しそうに尻尾を振る。

 

《伊19殿、こちら1型潜水艦『1-1』。クトゥルヒ発射準備完了です。》

 

《こちら、『1-2』。こちらもクトゥルヒ発射準備完了しました。》

 

水中光無線通信を使って、僚艦である1型潜水艦二隻が伊19に報告する。

すると、伊19は戦場らしからぬ朗らかな声で答えた。

 

「よーしっ、皆一緒に~。どっか~ん☆」

 

伊19の気の抜けるような掛け声と共に、6発の水中兵器『クトゥルヒ』が甲板上に増設された発射管から発射された。

表面に幾つもの穴が開けられた空洞のシャフトに搭載された魔石『ダゴンの鰭』により、取り込まれた海水が後端から噴き出し推進力となる。

そして海水が噴出するノズルには、ミズホの神秘を用いた形代が張り付けられ、予め潜望鏡に増設されていた『燃える三眼』で指定された目標に向かうべく水流を操作する。

そうやって誘導された鏃は、寸分違わず揚陸艦の竜骨に突き刺さり…

 

──ズウゥゥゥゥン!

 

槍に仕込まれた爆裂魔法が炸裂、竜骨を真っ二つにへし折った。

 

 

──同日、パーパルディア皇国軍揚陸艦隊──

 

──ズウゥゥゥゥン!ズウゥゥゥゥン!ズウゥゥゥゥン!ズウゥゥゥゥン!

 

「また沈んだ!どこからだ!?」

「チクショー!卑怯者め!」

「殺される…殺される…全員殺されるんだ!」

 

主力艦隊もそうだったが、揚陸艦隊も阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。

所構わずマスケット銃を発砲する者、マストに登り罵声をあげる者、船室に逃げ込み震える者…彼らの士気もまた消沈しきっていた。

 

「ベルトラン様!降伏を…敵艦隊による包囲が狭まっています!」

 

ヨウシがすがり付くようにベルトランに懇願する。

彼はあくまでも陸戦策士、海戦については最低限しか分からない。だが、前方はたった一隻で主力艦隊を葬った巨艦。左右には敵艦隊、真後ろには不可視の敵…勝ち目は無い。

そして、それはベルトランも理解していた。

 

「…分かった、降伏の旗を掲げよ!」

 

通信士が、ベルトランの指示を各揚陸艦に伝える。

すると、各々が隊旗を上下逆さに付け替えて、左旋回で振り始めた。

これは、第三文明圏における降伏を示す合図だった。

それを見た兵士は、安心感を抱いた。

これで助かる…しかし、彼らはまだ自覚していなかった。

ここは、第三文明圏外である事。

そして……彼ら自身のこれまでの行いを…

 

 

──同日、マサチューセッツ戦闘指揮所──

 

「指揮官、敵艦隊の乗組員が上下逆にした旗を振ってるよ…?」

 

やや目を細めたマサチューセッツが首を傾げながら、指揮官に指示を求める。

それに対して指揮官はさっきまでマサチューセッツが食べていたアイスクリームを一口だけ口にした。

同じスプーンを使っているため間接キスになるが、そんな細かな事は気にしない二人である。

 

「何だと思う?」

 

「降伏…かな?」

 

マサチューセッツが、スプーンを返せとでも言うように指揮官に手を差し出す。

 

「どうかな?パーパルディア皇国は魔法文明…もしかしたら大規模魔法を発動する為の儀式なのかもしれん。」

 

「……かもね。」

 

指揮官から返されたスプーンを手にしたマサチューセッツは、アイスクリームを掬って口に運んだ。

 

「全艦隊へ通達。敵艦隊に不可解な動きが見られる。あれは大規模魔法発動の為の儀式かもしれない。その可能性がある以上、事態は一刻を争う!」

 

無線機のマイクを手に取り、指揮官が展開している艦隊に通達する。

 

「万が一、我々が敗北すればフェン王国に住まう罪無き人々が虐殺される可能性がある!全責任は私が負う、攻撃せよ!」

 

指揮官の言葉と同時に、各艦が砲身を…艦載機を敵艦隊へ向けた。

 

「撃て。」

 

静かな宣言。それにより万単位で人々が死ぬのだ。

 

《敵にふさわしい場所は墓以外にあらぬ》

《幸せそうに逝っちゃって~ふふふ…》

《等しく破滅をくれてやる…!》

《ぶっとばしてやるわぁー!!》

 

戦列艦すら粉微塵にする砲弾が、爆弾が、一斉に揚陸艦隊へ殺到した。

 

 

──同日、パーパルディア皇国軍揚陸艦隊──

 

──ズドォォォン!バギッ!ズガァァァァン!ドンッ!ボンッボンッ!

 

あらゆる破壊力が脆弱な木造船を破壊する。

砲弾が直撃し横っ腹に大穴が開き、大量の海水が流入し沈む。

爆弾が甲板を貫き、弾薬庫で炸裂し木っ端微塵となる。

全てが炎に沈む。造船技術の粋を集めた軍艦が、厳しい訓練を積んだ兵士が、あらゆる戦術を学んだ士官が…あらゆるモノが弾け、燃え、溺れる。

 

「そっ…そんなぁ!降伏したのに!」

 

ヨウシが悲鳴混じりに叫び、頭を抱える。

 

──ビチャッ!

 

甲板上に兵士の千切れた下半身が落ちてきた。

それを見たベルトランは歯を食い縛り、天を仰いで叫んだ。

 

「おのれぇ……!蛮族共めぇぇぇぇ!」

 

それと同時だった。

グラーフ・ツェッペリンから発艦したJu87Cが投下した500kg爆弾がベルトランを押し潰し、甲板を貫通し炸裂した。




鉄血の鷹
クラップ製艦載機(BF-109T、ME-155A、JU-87Cなど)を装備している時、それぞれの威力補正が15.0%(MAX30.0%)アップ

つまり、某空の魔王が更に強化されると……?


今年中にあと1話…行けるか行けないか…ってとこですね


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52.激情型皇女

minazuki提督様より評価9を頂きました!

UA5万突破しました!ご愛読ありがとうございます!



今年中にあと1話…行けるかなぁ…?


──中央暦1639年10月27日午前10時、パーパルディア皇国皇都エストシラント、パラディス城内ルディアスの私室──

 

第三文明圏で最も繁栄している、と言っても過言ではないエストシラントの皇宮に住まう皇帝ルディアス。

そんな彼の私室に一人の女性が訪れた。

 

「陛下…御加減は如何ですか?」

 

恭しく頭を下げるレミール。

そんな彼女にルディアスは手招きした。

 

「ああ、今日は調子がいい。少し…話をしよう。」

 

ベッドから上体を起こして、主治医を部屋から出すと傍らの椅子をレミールに勧める。

パーパルディア皇帝ルディアス、彼は病床にあった。そのため長期間、面会出来ない時期もある。

生まれつき体が弱い彼であるが、その精神性や政治手腕は第三文明圏の中でも群を抜いている。

だが……

 

「レミール。この世界のあり方…そして、パーパルディア皇国についてどう思う?」

 

「はい、陛下。数多くの国がひしめき、争う中で皇国は第三文明圏の頂点に立っています。そして、多くの国を"恐怖"により束ねていますが…これは非常に有効であると思います。」

 

「そう、恐怖による支配こそ国力増大の為には必要だ。神聖ミリシアル帝国やムーは近隣諸国に対し融和政策をとっているが…あまりにも軟弱だ。そのような弱腰な国より、我が国が下に見られている事は我慢ならない。」

 

はっきり言って、多様性を許容しない前時代的な思想の持ち主だった。

第三文明圏トップとは言え、結局は第三文明圏内だけでしか通用しないモノだ。

 

「我が国は第三文明圏を統一し、超大国として君臨する。いずれは中央世界も第二文明圏をも配下に置き、世界統一を果たす。そうすれば世界から戦争が無くなる…全ての民がパーパルディアの名にひれ伏す。それが世界の為になる…そうは思わぬか?」

 

さらには独善的、とまで来たものだ。

常識的な…ミリシアルやムーの人々が聞けば、ルディアスの正気を疑うだろう。

だが、パーパルディア皇国民…とりわけレミールは違った。

 

「へ…陛下がそれほどまでに、世界を思っておられるとは……このレミール、感激でございます。」

 

感動のあまり、瞳を潤ませるレミール。

ルディアスに心酔しきっている彼女は、彼の考えがとても素晴らしいものに思えた。

そして、ルディアスは言葉を続けた。

 

「世界統一の為には多くの血が流れ、苦難を極めるであろう…だが、私はこのような体だ。レミールよ、余をこれからも支えてはくれぬか?」

 

「は…はい!微力ながら尽力させて頂きます!」

 

レミールは彼に一生着いて行く事を固く誓った。

 

「そういえばレミール、アズールレーン…と言ったか?蛮族の集まりについてはどうなっている?」

 

「はい。国家監察軍を破った事で、いい気になっていたようですが…身の程を弁えず、フェン王国侵攻の件について陛下直々の謝罪を求めてきたので、奴らの船の乗組員10名程を殺処分しました。」

 

レミールの言葉にルディアスは薄ら笑いを浮かべる。

 

「寛大だな、レミールよ。教育の機会を与えたのだな?して、連中の反応はどうだった?」

 

「蛮族らしく、大声で喚き散らしていました。陛下、あのような民は即刻滅ぼすべきだと思うのですが…」

 

「私は、どのような蛮族でも滅びを回避する機会は等しく与えなければならない、と考えている。蛮族とて、有効利用出来る。無闇に殺しては成長の機会も奪う…それだけの知能があれば世界の利となる。そうでなければ獣…いや、それ以下だな。正に害悪でしかない。」

 

「なるほど。では、現在進めているフェン王国侵攻作戦の後、再度会談の機会を与えましょう。フェン王国もアズールレーンに参加しています。連中が集まっただけで調子付いてるのであれば、フェン王国を落とせば目を覚ますでしょう。それでも我々の意図を理解出来ないようであれば……」

 

「殲滅戦もやむ無しだな。」

 

──ピピピッピピピッ…

 

レミールとルディアス、二人して冷笑を浮かべているとレミールの左腕に装着しているブレスレットが点滅し、呼び出し音が鳴る。

 

「今は私的に話していただけだ、公務を優勢せよ。そこの魔信を使ってもいいぞ。」

 

ルディアスとの時間を邪魔され、不機嫌そうな表情を浮かべるレミールに、ルディアスは気を遣った。

 

「申し訳ありません。少々、失礼します。」

 

レミールは一礼すると、壁際に設置された魔信を使って第三外務局に連絡する。

 

「何事だ。」

 

『アズールレーンの者が急遽話をしたいと訪問して参りましたが、いかがされますか?』

 

「分かった。今行く、待たせておけ。」

 

魔信を切ったレミールは悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「陛下。たった今、アズールレーンが急遽会談をしたいと申してきました。陛下の意図を漸く理解出来たのかもしれません。」

 

「蛮族らしい慌てぶりだ。良い、アポ無しの非礼については許してやるがよい。」

 

「万が一…連中が陛下の御慈悲を理解出来ていなければ、いかがなさいます?」

 

ルディアスはフッ、と鼻で笑うと冷笑を浮かべた。

 

「あまり、蛮族にナメられた態度をとられるのも皇国の威厳に関わる。…処遇はそなたに一任する。」

 

ルディアスの言葉を聞いたレミールは頷き、部屋を出る直前で振り返る。

 

「陛下、今日は他にご予定がおありでしょうか?」

 

「いや、無い。」

 

「では会談が終わり次第、戻ってまいってもよろしいでしょうか?」

 

「うむ、よいぞ。」

 

それを聞いたレミールは、満面の笑みを浮かべた。

 

 

──同日、第三外務局応接室──

 

アズールレーンの者こと、指揮官と細長い箱を持ったサン・ルイはパーパルディア皇国第三外務局の応接室のソファーに座って待っていた。

そうしていると、レミールが入室してきた。

凶行に及んだとは言え、この国の皇族…一応は立ち上がり、出迎える。

 

「急な来訪だな。まあ、命が懸かっているのだ。その心情を汲んでやろう…皇国は寛大だ。今回の非礼は許して遣わそう。」

 

得意気に話すレミールに対し、指揮官は懐から書状を取り出した。

 

「先ずは此方を読んで頂きたい。」

 

「従属する決意がついたか?殊勝な事だ。」

 

益々、上機嫌になったレミールは書状を受け取ると開いて読み始めた。

その内容は…

 

・今回のアズールレーン関係者虐殺に関し、パーパルディア皇国は公式に謝罪し、賠償を行う事。

・賠償額は1人当たり10億パソ分を金に替えて支払う事。

・今回の虐殺に関した者はアズールレーン内の独自法律に基づいて処罰するため、身柄を引き渡す事。

・今回、フェン王国侵攻艦隊との交戦に費やした戦費70億パソを金に替えて支払う事。

 

「確約されなければ、我々は貴国に対し武力を用いる事に…」

 

──ドンッ!

 

指揮官がそう言っていると、レミールが拳をテーブルに叩き付けた。

 

「ふ……フ…フハハハハハ!」

 

突如、レミールは狂ったように笑い始めた。

 

「付け上がるなよ、蛮族如きが!謝罪と賠償だと!?ふざけるな!」

 

そんなレミールに指揮官は、敢えて優しげな笑みを浮かべた。

 

「サン・ルイ。」

 

「ああ…」

 

指揮官からの指示を受け、サン・ルイが細長い箱をテーブルに置くと、蓋を開けて中身を取り出した。

 

「貴国ご自慢の海軍は壊滅しました。生き残りは僅か4名…シウスなる将軍も居ますが、彼は発狂しマトモに話せなくなっています。」

 

サン・ルイがテーブル上に広げた物、焼け焦げた二枚の布切れ…金のモールで縁取られたパーパルディア皇国旗だ。それは、艦隊旗艦が掲げる事が出来る旗だ。

確か、フェン王国侵攻艦隊の竜母艦隊旗艦『ミール』と、主力艦隊旗艦『パール』が掲げていたはずだ。

それを見たレミールは一瞬にして怒りが冷めた。

 

「なっ……これは…!」

 

レミールはパーパルディア皇国のやり方に染まり、その力に酔っていた。

しかし、人並みの判断力はあった。

皇国海軍を壊滅させるだけの力がある相手…その得体の知れない力に恐れを抱いた。

もう少し、冷静に考えよう…そんな考えが頭を過った瞬間だった。

 

「我々の要求を飲んで頂けるのでしたら…"許してあげますよ"」

 

指揮官の上から目線な言葉…それはレミールのプライドを刺激し、再び冷静さを失わせた。

 

「"許してあげますよ"…だとぉ…?」

 

白い肌を真っ赤にしたレミールは歯をギリギリと鳴らし、般若のような怒りの表情を見せた。

 

「皇国の慈悲が理解出来ぬばかりか、皇国に偉そうな口を……最早、貴様らはこの世界の害悪だ…」

 

そんなレミールの怒りを涼やかに受け流す指揮官は、再び懐から2枚の書状を取り出した。

 

「交渉決裂…ですね?」

 

「当たり前だ!」

 

「では、此方が正式な宣戦布告の文書です。そして此方が…戦時協定に関する文書です。」

 

2枚の書状を引ったくるように受け取ったレミールは、2枚とも開いた。

 

「戦時協定は降伏の方法や、捕虜の扱い。また、略奪や虐殺を禁止する事を明文化した物で……」

 

──ビリッ!ビリッ!ビリッ!

 

書状の内1枚…戦時協定が書かれた紙がレミールの手によって破り捨てられた。

 

「貴様らの都合なぞ知らん…この期におよんで、詰まらぬ保険をかけるつもりか?」

 

「これがお互いの為になると思うのですが……」

 

「くどい!」

 

テーブルに両手をつき、詰め寄るレミールの剣幕に、指揮官は呆れたように溜め息をつく。

 

「分かりました。では、戦時協定は結ばない…で、よろしいですね?」

 

至近距離まで迫ったレミールの顔を払うように手を振る指揮官。その際にレミールの髪が一本、指先に絡まり毛根から抜けたが、怒りに囚われている彼女はそれに気付かなかった。

 

「もうよい、去れ!」

 

鋭く扉を指差すレミールに従うように退室する指揮官とサン・ルイ。

二人の胸中には、レミールへの怒りなぞ通り越した哀れみがあった。

 




金額交渉は先ず、ふっかけるのが基本


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53.Exile

これが今年最後の投稿ですね

大晦日ぐらいゆっくりします


──中央暦1639年10月27日午前10時、パーパルディア皇国皇都エストシラント、カイオス邸──

 

海の見える小高い丘に軒を連ねる邸宅の一つ、元第三外務局長カイオスは書斎で頭を抱えていた。

 

「これは…事実なのか?」

 

カイオスが隻腕の密偵に問いかける。

すると、密偵は頷いた。

 

「はい、間違いありません。ロデニウス大陸からムーへと船が何隻も出ています。そして積み荷は…」

 

ロデニウス大陸に潜入した他の密偵が撮影した魔写を取り出す。

そこには、ムー国旗を掲げた商船に翼と風車が付いた樽のような物が積み込まれている様子が写し出されていた。

 

「まさか…飛行機械か?」

 

「ムーの物と似ていますし…ミリシアルの天の浮船とも似ています。」

 

「しかもムーからの船ではなく、ムーへの船とは…つまり、ロデニウス大陸はムーへ飛行機械を輸出している…と、いう事か…」

 

局長の座から追いやられたカイオスは、増えた空き時間を利用して情報収集に力を注いでいた。

元々、実家が豪商であり、多くの貿易商と繋がりがあるカイオスがその気になれば多くの情報を集める事が出来る。

そうやって集めた情報…玉石混淆なそれらを精査し、纏めた結果がこれだ。

 

・ロデニウス大陸で活動している勢力はアズールレーンである。

・そのアズールレーンは優れた技術を持ち、多くの国に技術をばら蒔いている。

・アズールレーンが保有する兵器は、ムーや神聖ミリシアル帝国の兵器に近しいものである。

・そのような兵器をムーへ輸出している。この事から、アズールレーンの兵器はムーの物より優れている可能性が高い。

・はっきり言って、パーパルディア皇国の軍事力では勝てない。

 

と、いったものだった。

 

「不味いな…皇国の現状からして、アズールレーンの力を理解しているとは思えん…」

 

とっくに皇国上層部に失望していたカイオスからすれば、皇国上層部がどうなろうと構わない。

しかし、そのせいで多くの兵士や市民が犠牲になるのは見過ごせない。

だが、局長の座を追われた自分がいくら警告したところで聞き届けられるとは思えない。

 

──ピーッピーッピーッ

 

カイオスが頭を捻っているなか、机に置いた魔信が受信を報せる音を響かせた。

 

「私だ。……何!?それは本当か!?」

 

応答したカイオスは数回のやり取りの後、驚愕の声と共に望遠鏡を手に取ると、それを海に向ける。

 

「……フェン王国侵攻艦隊が敗北したそうだ。しかも、壊滅したらしい。その件でアズールレーン関係者が、フェン王国船で来訪したようだ。」

 

そう言いながら、密偵に望遠鏡を渡して海を見るように指示する。

 

「あの船…お前に調査を頼んだ船か?」

 

「はい、舳先が青く塗られています。間違いないかと。」

 

カイオスは密偵の言葉に頷くと、黒いローブを羽織った。

 

「そうであれば、あの男…クリストファー・フレッツァが居るかも知れん。会談終了を見計らって交渉してくる。」

 

「交渉…とは?」

 

怪訝な表情で問いかける密偵にカイオスは頷いた。

 

「亡命だ。我々…凡そ500名の亡命を交渉する!」

 

「カイオス様だけではなく、我々もですか?」

 

「いざ戦争となれば、体の不自由なお前達は逃げ遅れてしまう。……皇国より見放された者をこれ以上、不幸な目に会わせる訳にはいかんのだ!」

 

そう言いながら、フードを被ったカイオスは扉を開けながら密偵に指示を出した。

 

「皆にも伝えておいてくれ。何時でも亡命出来るように準備せよ、とな。」

 

慌ただしく書斎を後にするカイオスの背中に、密偵は頭を下げた。

 

 

──同日、エストシラントの通り──

 

「最低限のルールすら否定するとは…やはり、獣か。」

 

ガタガタと揺れる馬車の中で、サン・ルイが吐き捨てるように呟く。

規律を重んじる彼女からすれば、パーパルディア皇国…レミールの態度は唾棄すべきものだろう。

そんなサン・ルイの横で、指揮官が指に絡まったレミールの髪をほどきながら応える。

 

「負ける、なんて思ってないんだろう。もう2回も負けてるって事実からは目を反らして…な。」

 

ほどいた髪の毛を、普段から持ち歩いているパスケースに挟む。

 

「それにしても高慢過ぎる……やはり…」

 

──ガタンッ!

 

サン・ルイが言いかけた瞬間、馬車が急に停まった。

この馬車を操る御者は、明日にでもポックリ逝きそうな老人だった。

もしや、こんな往来で急死してしまったのかと慌てて指揮官が馬車の扉を開けて御者の生死を確かめようとしたが…

 

「あんれまぁ~飛び出しちゃ、危ないべ~」

 

フガフガと、呑気に話す御者。その視線の前には黒いローブを羽織り、深くフードを被った者が居た。

 

「刺客かっ!」

 

サン・ルイが指揮官を庇うように前に出ると、籠手で覆われた手を握り締めた。

サン・ルイのKAN-SENとしての力を振るえば、拳の一振りで人命を奪う事なぞ容易いだろう。

だが、指揮官がサン・ルイの前に手を差し出して動きを制した。

 

「いや…あれは…」

 

黒いローブの人物が馬車に近付いてくると、フードを取った。

 

「失礼、私だ。"元"第三外務局長のカイオスだ。」

 

「カイオス氏?」

 

憔悴したような顔付きになっているカイオスの様子に、サン・ルイが目を見開いて驚く。

 

「時間が無いので単刀直入に言う。我々、凡そ500名を貴国に…サモアに亡命させてくれ。頼む……!」

 

突拍子もない願いを口にしながら、頭を下げるカイオス。その様子にサン・ルイは戸惑ったように、指揮官に視線を送る。

 

「……カイオス殿。いきなり過ぎて理解出来ないのですが?」

 

「貴国…アズールレーンには少なくともムーを凌ぐ技術力があるのだろう?事実、皇国海軍を破った事も耳にしている。おそらく…皇国はアズールレーンに宣戦布告をしたのだろう?」

 

「まあ、宣戦布告は此方からしましたがね。」

 

「どのみち、戦争になれば飛行機械や軍艦でエストシラントにも攻撃が及ぶだろう…そうなれば、私が保護している傷痍軍人達は逃げ遅れてしまう。頼む…皇国に見捨てられた彼等だけでも…」

 

再び頭を下げて懇願するカイオスに指揮官は思考する。

ヴァルハルの生い立ちの話からして、パーパルディア皇国は傷痍軍人や戦死者への補償が十分ではないようだ。

それに当てはめて考えてみれば、カイオスはそんな傷痍軍人達を保護している、比較的マトモなパーパルディア人とも言える。その上、アズールレーンの力を理解している有能な人物だと言ってもいいだろう。

そして…後々、使えるかもしれない。そう考えた指揮官はカイオスに向かって口を開いた。

 

「良いでしょう。ただし、パーパルディア皇国についての情報を頂きますよ。」

 

「あぁ、構わない。私が知る事なら全て話そう。……これを。私が持つ魔信の周波数だ。」

 

ホッとした様子のカイオスが懐から紙切れを取り出して指揮官に渡す。

 

「では、詳しい話は魔信で…貴方が賢明な"ロト"である事を祈りますよ。」

 

そう言って、年老いた御者し指示して再び馬車を走らせる指揮官。

走り去る馬車を見送ったカイオスは、安心感からかその場にへたり込んでしまった。

 

 

──同日深夜、エストシラント郊外の邸宅──

 

とある小さな屋敷の中を歩く隻腕の男…カイオスに仕える密偵が、暗い廊下を歩いていた。

この屋敷はかつてとある子爵の所有物だったが、その子爵が不正を働いたため罰として没収された物だ。

現在は、皇族の持ち物となっているが皇族の住まいとしては相応しくない、と判断されたのか誰も気にしていない。

しかし、使われていないという訳ではない。

 

──コンコンッ

 

「お嬢様、失礼します。」

 

密偵がとある一室をノックすると、部屋の主に扉越しに声をかけた。

 

「……どうぞ…」

 

まるで息を強く吐きながら話しているかのような違和感のある声。だが、密偵は気にせず扉を開けて足を踏み入れる。

 

「お嬢様、カイオス殿はアズールレーンへの亡命を決意しました。……我々と共に、です。」

 

パチパチッ、と暖炉で燃える薪が弾ける。

炎で照らされた人物…簡素な寝間着を来た女性が密偵の方を向いた。

白い肌に、長い銀髪…だが、その顔は絹で作られた仮面に覆われていた。

 

「そう…ですか。……見知らぬ地ですが、頑張って下さいね。」

 

相変わらず、乾いた息を吐き出しているような声だが、慈悲に満ちた優しげな声で密偵に語りかける。

 

「お嬢様、貴女も共に…」

 

密偵の言葉に、女性は頭を横に振った。

 

「いえ、私は受け入れられないでしょう…何故なら私は……」

 

女性の言葉を遮るように、密偵が口を開いた。

 

「アズールレーンの者は理性的、だと聞いています。お嬢様の生い立ちを話せばきっと……」

 

今度は、女性が密偵の言葉を遮った。

 

「いいえ、私は皇族。そして、あの人の……レミールの…」

 

絹の仮面をずらし、目元を見せる。

 

「妹…なのですから。」

 

仮面の下から現れた素顔…目元だけだったが、それだけでもレミールと瓜二つだった。

 




今回、登場した新キャラのアイデアは東海様より頂きました
ありがとうございます!


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54.世界へ

明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願いします


──中央暦1639年10月31日午後1時、神聖ミリシアル帝国、港町カルトアルパスの酒場──

 

中央世界とも呼ばれる第一文明圏の最大国家…つまり、世界最大最強の国家である神聖ミリシアル帝国第二の都市であるカルトアルパスの酒場は多くの人々で賑わっていた。

 

「そろそろ始まるか?」

 

客の一人が、酒場の壁に掛けられている水晶の板に視線を向ける。

それに呼応するかのように、他の客も一斉に同じ方向を見る。

その水晶板は、カラー映像付き魔信ニュースを受信するためのもの…要はテレビだ。

映像付きの放送がこんな酒場でも流れるのは、この神聖ミリシアル帝国とムーのみであろう。そして、その事が上位列強の証でもある。

しかし、東の大陸…ロデニウス大陸では一般市民が掌サイズの通信機でカラー映像を送受信しているのだが。

 

《こんにちは、世界のニュースの時間です。今日は第三文明圏外の大陸、ロデニウス大陸より中継を繋げてお送りします。》

 

酒場がざわつく。それも無理は無い。

世界のニュースは世界情勢、主に列強国や文明国の動きを報道するものであり、文明圏外の事なぞわざわざ報道するようなものではない。

 

《それでは、ロデニウス大陸に中継を繋げます。お願いします。》

 

画面が切り替わり、ややノイズの入った映像となった。

 

 

──同日、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ、大統領官邸──

 

カメラのフラッシュが瞬き、幾つものレンズが向けられる中でロデニウス連邦国家元首、大統領カナタは演台を前にして立っていた。 所謂、記者会見だ。

多くは各国の新聞社のフィルムカメラだが、数名は肩に巨大なビデオカメラを担いでいる。

ロデニウス国営放送、クイラ文化放送局、For Tube、バチバチ動画…その中に、神聖ミリシアル帝国から来訪した世界のニュースのカメラマンも居る。

舞台袖の報道官がサムズアップしたのを合図に、カナタは口を開く。

 

「初めまして。旧クワ・トイネ公国の首相、カナタと申します。」

 

一際大きく、フラッシュが瞬く。

 

「さて…去る中央暦1638年4月12日、このロデニウス大陸で戦争が勃発しました。クワ・トイネ公国とクイラ王国に対し、ロウリア王国が宣戦布告した戦争…『ロデニウス統一戦争』です。しかし…この戦争には、裏がありました。」

 

演台に置かれたグラスを手に取り、水を一口飲む。

 

「ロウリア王国の国王は、パーパルディア皇国により恫喝されていたのです。故に…我が国、クワ・トイネ公国へ侵攻せざる負えなかった。そして…統一戦争により多くの血が流れました。」

 

カナタは演台に掌を叩き付けて、如何にも憤っているような態度を見せる。

 

「しかし我々はその痛みを乗り越え、固く強い絆で結ばれました!我々は、姑息な手段を用い、自らの利益のみを欲深く求めるパーパルディア皇国のやり方は一切許容出来ません!故に、我々は一つの国家としてパーパルディア皇国に立ち向かいます!」

 

バッ!とカナタが両腕を広げると、背後の緞帳がスルスルと左右に開いた。

そこには、一枚の旗が掲げられている。

上から、統一戦争により流れた血を意味する赤、白紙からのスタートを意味する白、不変を意味する黒の三色旗。

そして旗の中央にはクワ・トイネ公国を表す麦の穂、クイラ王国を表すツルハシ、ロウリア王国を表す剣が*型に配置されていた。

 

「我々は、ロデニウス連邦として新たに出発する事を宣言します!」

 

記者会見の場がざわめき、再びフラッシュが瞬く。

閃光の中、カナタは眼前で拳を握り締めた。

 

「先日、我が国の同盟国であるフェン王国の外交官の随行員…そして、我々のかけがえの無い親しい友人が、パーパルディア皇国の手により、殺害されるという事件が発生しました。姑息で、著しく外交儀礼を欠いた野蛮な国家であるパーパルディア皇国は列強国として相応しくありません!」

 

会見会場に居る者に同意を求めるように、辺りを見渡す。

 

「故に我が国、ロデニウス連邦は新たなる列強国…そして現在、第三文明圏外と呼ばれている地域は第四文明圏としての道を歩んで行く事を宣言します!」

 

会場は今日一番の閃光に包まれた。

 

「それを踏まえて、特定の国家に依らない第四文明圏全体の防衛軍『アズールレーン』を設立しました。我々に武力を振るうという事は、第四文明圏全てを敵に回すという事なのです。」

 

ざわめきの中、質疑応答へと移った。

 

 

──同日、港町カルトアルパスの酒場──

 

「わーはっはっはっはっ!身の程知らずな国もあるもんだなぁ!」

「しかもパーパルディア皇国にケンカ売るなんてなぁ…」

「滅ぼされるぜ、アイツら。」

 

世界のニュースを視聴していた客達は嘲笑い、呆れていた。

文明圏外国が列強国にケンカを売るどころか、自らを新たな列強国…そして、文明圏として名乗るなぞ驚愕よりも嘲りの方が大きくなるのも仕方無い。

しかし、そんな客達に驚愕すべきニュースが飛び込んできた。

 

《速報です!……はい?本当ですか!?……あ、失礼しました。アズールレーンは既にフェン王国に侵攻したパーパルディア皇国海軍の戦列艦と竜母合わせて200以上を撃沈する戦果を上げているようです!》

 

その速報が伝えられた瞬間、酒場が静まりかえった。

 

「おいおい…本当か?」

「いや…もしかしたら、型落ちを使ってる国家監察軍の間違いかもしれねぇ…」

「それでも文明圏外の戦力でパーパルディア皇国の戦力を潰すとは…侮れんかもな。」

 

ざわざわと酒場が活気を取り戻す中、再び冷や水がかけられた。

 

《え!?また、速報……失礼しました。再び速報です。……え?…む……ムーは、ロデニウス連邦主導の第四文明圏設立を支持すると表明しました!そして、ロデニウス連邦の列強国入りを歓迎するとも表明しています!》

 

「なっ……なっ……なっ……」

 

「「「「「「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」」」」」

 

酒場が混沌に包まれた。

 

「嘘だろ!?あの日和見主義のムーがか!?」

「どうしちまったんだ!?」

「おいおい、まさか…ムーはあの仕返しをするつもりか?」

 

一人の客が静かに告げる。

他の客は、その客に注目した。

 

「あの仕返し…って何だ?」

 

「今は滅びたが…何故、レイフォルみたいな文明国に毛が生えたような国が列強になれたか分かるか?」

 

「そう言えば…」

 

世界に5ヶ国しか無い列強国、その中で一段劣るとされているのがパーパルディア皇国とレイフォルだった。

また、その2ヶ国の内レイフォルは列強国最弱…準列強などと陰口を叩かれていた。

よくよく考えれば、そんなレイフォルが列強国であるのは違和感がある。

 

「それはな…ムーを牽制したい神聖ミリシアル帝国の差し金だ。第二文明圏でムーに好き勝手させない為に力を付けてきたレイフォルを列強国に推薦したのさ。それに、乗っかったのがパーパルディア皇国だ。」

 

「あぁ…自分がビリなのが気に食わないパーパルディア皇国が、神聖ミリシアル帝国の考えに乗った…と?」

 

「そうだ。ムーからすればその時の意趣返し…って事だな。」

 

「なるほど……」

 

酒場の客達は、今後の世界情勢について夜まで語り明かすのだった。

 

 

──同日、パーパルディア皇国第三外務局──

 

第三外務局のオフィスは静まり返っていた。

その原因は、BGMがわりに流していた魔信ラジオから発せられた世界のニュースだ。

パーパルディア皇国を姑息、野蛮と称し、自らを新たな列強国と名乗るロデニウス連邦…しかも第二列強であるムーがそれを支持している。

驚愕が広がるのは当たり前だった。

 

──バンッ!

 

そんな静寂を破るような音が響いた。

皆、一斉に音の方を見る。

局長用のデスク…レミールが両手をデスクに叩き付けて、立ち上がっていた。

 

「そうか…奴らが強気だったのはムーが後ろ楯になっていたからかぁ……」

 

歯をギリギリと鳴らし、身体中から怒気を放つレミールは手近に居た局員を睨み付けた。

 

「おいっ!今すぐムー大使を呼び出せ!」

 

「はっ…はいぃぃぃぃ!」

 

レミールの怒気に当てられた局長は、涙目になりながらオフィスから飛び出す。

 

「おのれぇ……ムーめぇ…訳の分からぬ技術ばかり使って気でも狂ったか!」

 

そんな怒りに溢れたレミールは、怒りを冷ますように黄金の杯にワインを注ぐと一気に飲み干した。

 

 

──同日、サモア基地医療センター──

 

検査機器が並ぶ部屋の一角で、サモア医療班のリーダー格である工作艦『ヴェスタル』がモニターの前で眉をひそめていた。

 

「お疲れさん、どうだ?検査結果は。」

 

そんなヴェスタルの背後から、指揮官がカフェオレが注がれた真空断熱タンブラーを差し出す。

 

「あ…指揮官。ありがとうございま~す。」

 

振り向いてタンブラーを受け取ると、指揮官に笑顔を見せてカフェオレを小さく一口飲む。

 

「……これは、鉛か?」

 

指揮官が、さっきまでヴェスタルが見ていたモニターを覗き込む。

そこには、ギザギザした波形型のグラフが表示されており、Pbと書かれた部分が異常に高くなっている。

 

「はい、指揮官が偶然手に入れたレミールさんの髪の毛…その解析結果です。」

 

ヴェスタルがマウスを手に取り、カーソルでグラフの一番高くなっている所を示す。

 

「鉛の数値が異常に高くなってます。そのレミールさんは、かなり短気だったようですね?」

 

「あぁ、プライドが高いとかいうレベルじゃないな…その鉛の数値が高い事と関係が?」

 

「はい、鉛中毒ですね。主な症状の一つとして人格の変化があります。」

 

ヴェスタルの言葉に指揮官は腕を組み、考え込む。

 

「ふむ…鉛…ね。他には?」

 

「まだ詳細はわかりませんけど……」

 

マウスを操作して、タブを切り替える。

そこには、二重螺旋の3Dモデルが表示されていた。

 

「何か、遺伝子的に異常があるような…そんな感じですね~。精密検査には時間がかかるので、もう少し…」

 

「いいさ、ゆっくりで大丈夫だ。」

 

そう言ってヴェスタルの頭を乱雑に撫でる指揮官。

 

「ちょっと~指揮官っ!お姉さん、怒りますよっ。」

 

「おお…怖い怖い。泣いちゃいそうだ。」

 

頬を膨らませるヴェスタルに、肩を竦める指揮官。

二人はカフェオレとコーヒーをそれぞれ啜りながら、一時を過ごすのだった。




積みゲーを消化しつつ、次を書く…忙しい正月休みだ…


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55.小さな親切、大きな過ち

龍鳳やっと出ました
あの着せ替え、ヤバくないですか?
青少年の何が危ない

あ、あと楊貴妃も引けました(FGO)


──中央暦1639年10月31日午後3時、パーパルディア皇国第一外務局──

 

ムーの駐パーパルディア皇国大使、ムーゲは書類を詰め込んだブリーフケースを持って第一外務局の廊下を大使館職員三人を伴って歩いていた。

四人の前には第一外務局の局員が案内するように歩いている。

今回の呼び出し、理由は容易に察する事が出来る。

 

(間違いなく、ロデニウス連邦について…だな。)

 

そう、今日放送された世界のニュースの内容…ムーがロデニウス連邦主導の第四文明圏の設立を支持する、という声明が原因だろう。

世界第二位のムーが支持する…その事の重大さはどんなに外交音痴でも理解出来るだろう。

 

「ムー大使ご一行が到着されました。」

 

案内役の局員が、応接室の扉をノックするとそう声をかけて扉を開けた。

その中には、第一外務局長のエルトや次長のハンス…そして、ここにも首を突っ込んできたレミールの姿があった。

 

「お待ちしておりました。どうぞ、お掛け下さい。」

 

エルトが四人にソファーを奨める。

ムー大使一行は皇族であるレミールの姿がある事に驚いたが、とりあえず今はそんな事は脇に置いておく。

 

「それでは、会談を始めさせていただきます。」

 

ムー大使一行を案内してきた局員が進行役となって会談の開始を宣言する。

すると、エルトを差し置いてレミールが切り出した。

 

「貴国はロデニウス連邦などという新興国を列強国に推しているようだが、理由をご説明願いたい。」

 

その言葉に、ムーゲは予想していた議題に余裕を持って頷いた。

 

「承知しました。この度、我が国がロデニウス連邦を列強国入りを歓迎…及びかの国が主導する第四文明圏の設立を支持する事となったのは、単純な理由です。」

 

ムーゲは両肘を太腿に置くような形で前のめりになる。

神妙な面持ちで、厳かに告げた。

 

「ロデニウス連邦には列強国たりえる力がある。我々の分析では、我が国…おそらくは"神聖ミリシアル帝国すら凌駕する力がある"と判断されました。」

 

パーパルディア皇国側がざわめく。

エルトは挙動不審になり、ハンスはポカンと口を開け、レミールは驚愕のあまり目を見開いている。

 

「故に我が国は、ロデニウス連邦は新たなる列強国に相応しいとの声明を発表……」

 

「き……貴国が支援しているではないのですか?」

 

ムーゲの言葉を遮るように、エルトが振り絞るような声で問いかける。

自らの言葉が遮られた事に、特に憤る事もなくムーゲはエルトの疑問に答える。

 

「なるほど…我が国が、ロデニウス連邦に支援をして傀儡政権を成立させた…とお考えですか。」

 

「ち…違うのですか?」

 

「はい、ロデニウス連邦は少なくとも我が国を凌駕する技術を持っています。」

 

そう言ってブリーフケースから二枚の写真を取り出す。

 

「こちらは、我が国の"最新鋭"戦闘用飛行機械のマリンです。ご存知の方も多いでしょう。」

 

まず、パーパルディア皇国側に示したのはムーのマリン。それに関してはレミールも知っている。

最大速度380km/hで運動性も高く、連射出来る銃である機関銃を搭載している。

この飛行機械の登場は世界に震撼を与えるに至った。

これを受けてパーパルディア皇国ではワイバーンロードを上回る『ワイバーンオーバーロード』の開発に着手する事となった。

 

「そしてこちらが、ロデニウス連邦の"旧式"戦闘用飛行機械であるバッファローです。」

 

次に示された写真は、樽のような胴体を持つ飛行機械だった。

マリンとバッファロー…どちらかと言えばバッファローの方が先進的に見える。

 

「我が国はロデニウス連邦を支援しているのではありません。むしろ、"ロデニウス連邦がムーを"支援しているのです。」

 

顔色が悪くなって行くパーパルディア皇国側の様子に気付きながらも、ムーゲは言葉を続けた。

 

「詳しいスペックは明かせませんが…このバッファローは、我が国のマリンを凌駕する性能を持っています。他にも陸戦兵器や軍艦等…全てにおいて我が国を凌駕しています。かの国に無いものは、国際的な地位のみです。」

 

ムーゲがそこまで言った時、エルトは震える声で問いかけた。

 

「つ…つまり…貴国はロデニウス連邦から兵器を輸入する見返りに、ロデニウス連邦の列強国入りを歓迎したと…?」

 

「はい、少なくとも彼らにはそれだけの力と品格があります。……これは、ロデニウス連邦の外交官より伝えられた話なのですが、貴国はロデニウス連邦の同盟国であるフェン王国の国民…そして、ロデニウス連邦内でも"特別な地位"にいる方を殺害し、負傷させたそうですね?」

 

ムーゲの言葉に、レミールの肩がビクッと跳ねる。

そんな彼女の態度に、ムーゲは全てを察した。

 

(あぁ…彼女の差し金か…)

 

たった一人の愚かな行いの為に犠牲となるであろう、パーパルディア皇国民に哀れみを覚えるムーゲであるが言葉を続ける。

 

「しかも、謝罪や賠償を拒否したうえで宣戦布告と共に彼らが紳士的に提案した戦時協定を破棄……これは、彼らから"何をされても文句は言えない"という事です。」

 

レミールの顔がみるみる青くなって行くが、ムーゲからすればそれは所詮パーパルディア皇国側の都合だ。

 

「し…しかし、なぜ彼らがそんな技術力を……?」

 

緊張のあまり息を荒くしたハンスが問いかける。

 

「彼ら…いや、ロデニウス連邦の実質的な盟主である『サモア』は我が国と同じ転移国家なのです。」

 

「貴国は…そんな話を信じるのですか!?」

 

恐怖を打ち払うように声を荒げるエルトに対し、ムーゲは落ち着いた様子で答える。

 

「我が国以外ではお伽噺と思われていますが、我が国…ムーも転移国家であり、当時の記録が残っています。そして、その記録によればムー大陸の転移に取り残された土地こそサモア…当時の『サウ・ムー・アー』なのです。それは我が国に存在するサウ・ムー・アー跡地とサモアの地形が一致している事から、裏付けが取れています。」

 

信じがたい話だが、ムーが公式の会談でそのような戯言を言うはずもない。

ムーは異端ではあるが、不誠実ではない。それは今までの外交記録からも伺える。

 

「な……んと…」

 

エルトは力無く項垂れた。

ここで、パーパルディア皇国の現状を纏めると…

 

・パーパルディア皇国はロデニウス連邦の怒りを買った。

・そのロデニウス連邦はムーに兵器を輸出する程の技術力を持っている。

・そんな怒り狂ったロデニウス連邦が紳士的に提示した戦時協定を踏みにじった。

・戦時協定を結ばなかったという事は降伏も許されず、軍民問わず虐殺される可能性がある。

・ムーを凌駕する技術力を持つロデニウス連邦に、パーパルディア皇国が勝てる可能性は限りなく低い。

 

それを理解した瞬間、パーパルディア皇国側の脳裏には一つの可能性が浮かんだ。

 

──『滅亡』

 

避けられぬ破滅が、自分達のそばまで近付いている足音がはっきり聴こえた。

 

──カチカチカチカチ…

 

異質な音が聴こえた。

ムーゲはその正体を探ろうともしなかった。

自分の向かいに座る女性…レミールが小刻みに震えているのが分かったからだ。

 

「少なくとも、彼らは理性的です。彼らから提示された謝罪と賠償の条件を受け入れれば、まだ間に合うと思います。」

 

ムーゲはそれ以上、話すべき事も無いため助け船を出しながら立ち上がる。

 

「我が国は、パーパルディア皇国に滞在する国民を退去させる決定を下しました。貴国とロデニウス連邦…いえ、アズールレーンとの全面戦争が勃発した際は類を見ない程苛烈な戦闘が予想されますので…我々も、じきに退去致します。」

 

扉を開けたムーゲは、最後に一言告げた。

 

「もし、貴国が残っていれば我々はまた戻ってきますよ。」

 

──バタンッ…

 

扉が閉められた。

それはまるで、パーパルディア皇国の行く末を暗示しているような……未来が閉ざされたかのようだった。

 

「ふっ……フハハハハハハハハ!」

 

突如レミールが大声で笑いだした。

その場に居た者が、ギョッとした様子で彼女に目を向ける。

 

「謝れ!?謝れだと!?文明圏外国にか!?」

 

バッ、と立ち上がるレミール。

 

「我が国は世界に名だたる大国っ!誇り高きパーパルディア皇国だぞ!」

 

怒りに任せて、テーブルを蹴りあげる。

そのほっそりした脚とは裏腹にテーブルは宙を舞い、さっきまでムーゲが座っていたソファーに落ちた。

 

──ガシャァァァンッ!

 

テーブルの上に乗っていたティーセットが砕け、ソファーの脚が折れる。

 

「ムーの後ろ楯がなんだ!所詮は蛮族の集まり、皇国の力を結集すれば容易く打ち破れるはずだ!」

 

レミールはもともと大して無い冷静さを欠いていた。

ムーからも忠告を受けたレミールは、その歪んだプライドを刺激されていたのだ。

 

「アルタラス王国に圧力をかけろ!それと同時に、アルデに侵攻作戦の準備をさせるんだ!」

 

「あ……アルタラス王国にですか!?」

 

エルトが聞き返す。

 

「皇国の戦力増大には大量の魔石が必要だ。クーズだけでは補えん。」

 

「アルタラス王国を占領するのですか!?二正面作戦に……」

 

ハンスが異論を唱えるが…

 

「アルタラス如き1週間もあれば落とせるだろう!」

 

有無を言わせぬ口調で言い切ると、荒々しい歩みで扉へ向かうと乱暴に開けた。

 

「いいな、アルデに伝えておけ!」

 

──バタンッ!

 

開けた時と同じように、荒々しく扉を閉めると第一外務局を後にした。




素人が軍事戦略に口を出すと録な事にならない


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56.邪知暴虐

アズレンのロード絵あるじゃないですか、今出てる正月とイベントの奴
あれ、ベルファストと吾妻のロード絵よりも、龍鳳と駿河のロード絵の駿河の尻のエロさが半端ないですよね


──中央暦1639年11月10日午後10時、アルタラス海峡──

 

フィルアデス大陸の南、アルタラス王国との間の海峡で波に揺られる船があった。

 

「ん~?」

 

その船…潜水艦のセイル上で双眼鏡を覗いている人物が居た。

赤い髪に露出度の高いピッチリした服装のKAN-SEN『シュルクーフ』が暗い海を滑るように進む影を発見した。

 

「あー…パーパルディアの船かぁ~…」

 

欠伸を噛み殺しながらハッチを開けて艦内に戻る。

本来KAN-SENの艦内は無人であり、少数の饅頭が配備されているのみだが今回は違った。

 

「シュルクーフ殿、どうかされましたか?」

 

一人の男…両目を隠すように布切れを巻いた男性が話しかけてきた。

彼は、カイオスが保護していた傷痍軍人の一人だ。

パーパルディア皇国各地の沿岸に潜水艦で直接乗り付け…あるいは、アルタラス王国やシオス王国を経由してロデニウス大陸へ脱出させているのだ。

 

「大丈夫大丈夫~、定時連絡するだけだよ~」

 

そう言って操舵室に向かい、無線機を手にする。

 

「Salut~プリンス・オブ・ウェールズ、聴こえる?」

 

《あぁ、聴こえているぞ。この回線を使うという事は…》

 

「そうそう、パーパルディア皇国の軍艦がそっちに行ってるみたい。」

 

シュルクーフの交信相手はアルタラス王国に大使として駐留しているKAN-SEN『プリンス・オブ・ウェールズ』だった。

 

《貴女の居る海域からして…明後日には此方に来るか…》

 

「かもね~どうする?」

 

《指揮官が予め立案していた迎撃作戦の準備を行う。……貴女はそのまま、亡命者の護送を頼む。》

 

「はいは~い、私にお任せっ!」

 

交信を終えたシュルクーフは、潜水艦らしからぬ巨体を闇夜に隠しながら経由地であるシオス王国へ向かって行った。

 

 

──中央暦1639年11月11日午前9時、アルタラス王国王都ル・ブリアス、アテノール城──

 

文明圏外国の中でも最も発展していると言われているアルタラス王国、その中心であるアテノール城で国王ターラ14世は怒りに身を震わせていた。

 

「パーパルディア皇国め…見境なしか…っ!」

 

ターラ14世の怒りの理由、それはパーパルディア皇国より送られてきた要請文だ。

 

・アルタラス王国の魔石採掘場、シルウトラス鉱山をパーパルディア皇国に献上せよ。

・アルタラス王国は王女ルミエスを奴隷としてパーパルディア皇国へ差し出せ。

・以上を可及的速やかに実行せよ。

 

アルタラス王国最大の魔石鉱山であるシルウトラス鉱山の献上、そして王女の奴隷化なぞ明らかな挑発だ。いや、挑発どころの話ではない。

明らかに此方の怒りを引き出し、戦争に持ち込む為としか思えない。

 

「宰相!あれを用意せよ!」

 

ターラ14世は自らの右腕である宰相を呼び出すと、一通の書状と銀色の物体を用意させる。

それは、ロデニウス連邦の力を知った時から用意していたものであり、傲慢なパーパルディア皇国の態度が度を越した時に使おうと考えていたものだ。

そんな二つの秘密兵器を携えたターラ14世は、ロデニウス連邦より友好の証として贈られたサスペンション付き馬車に飛び乗り王城を出発した。

 

 

──同日、パーパルディア皇国第三外務局アルタラス王国出張所──

 

お供の外交官と共にターラ14世が向かったのはパーパルディア皇国第三外務局のアルタラス王国出張所…つまりは、大使館のような場所である。

そんな大使館の大使室に足を踏み入れた瞬間だった。

 

「待っていたぞ、ターラ14世!」

 

椅子に座り、脚を組んだまま一国の王を呼びつけたのは大使であるカストだった。

小太りで短い脚、低い身長は冴えない中年といった風貌だ。

そんな偉そうな態度のカストに対し、ターラ14世は冷静を装って問いかける。

 

「あの文書の真意を伺いに参りました。」

 

「内容の通りだが?」

 

その問いかけに、カストはわざとらしく両手を挙げて答える。

 

「シルウトラス鉱山は我が国最大の鉱山です。」

 

「それが何だ?鉱山は他にもあるだろう?」

 

ニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべるカストの態度に爆発しそうになる怒りを抑えながら、再び問いかける。

 

「では、我が娘…ルミエスの事ですが、何故このような事を?」

 

「ああ、あれか。ルミエスはなかなか上玉だろう?俺が味見をするためだ。」

 

「「はぁ?」」

 

カストの言葉に今まで沈黙を守っていた外交官すら声をあげた。

 

「俺が抱き心地を確かめてやろうというのだ。まあ、飽きたら淫所にでも売り払うがな。」

 

ターラ14世は激怒した。

この大使はあまりにも無礼…いや、蛮族とはこのような者を言うのだろう。

しかし、まだ冷静を装っていた。

 

「これは、皇国の…ルディアス陛下の御意思なのですか?」

 

「なんだぁ…その反抗的な態度は。皇国の大使である俺の意思は即ち、ルディアス陛下の御意思だぞ!」

 

それを聞いたターラ14世は懐から書状を取り出してカストの顔面に叩き付けた。

 

「ぶべっ!」

 

「もう貴国のような野蛮な国とは断行だ!その断行宣言書を持って国に帰れ!」

 

顔面に張り付いた書状を剥がしながら、カストは顔を怒りに染めてターラ14世を睨み付けた。

 

「貴様…皇国の大使であるこの俺に対して無礼だぞ!」

 

「無礼は貴様の方だ!」

 

そうカストを怒鳴り付けたターラ14世は外交官を引き連れて大使室を後にした。

 

「俺様をナメるなよ、蛮族め!」

 

カストの怒声が投げかけられたが、彼らの歩みは止まらなかった。

 

 

──同日、馬車の中──

 

「我が国での皇国の資産の凍結をしろ。そして、ウェールズ殿に今回の件の報告を。」

 

余りにも怒り過ぎて冷静さを取り戻したターラ14世は、サスペンションにより揺れが軽減された馬車のシートに座って外交官に指示を出していた。

 

「はい、陛下。承知しました。」

 

「軍を召集し、守りを固めよ。アズールレーンに頼るばかりではいかん、あくまでも我が国が率先して動かなければならない。」

 

「しかし、そうなればルミエス殿下は…」

 

サモアへ留学していたルミエスだが、現在はアルタラス王国に帰省していた。

護衛として4人のKAN-SENが同行している為、戦争となってもルミエスの安全は確約されているようなものだ。

しかし、問題はルミエスの安全ではない。

 

「戦争となればルミエスは間違い無く、自らも戦場に行こうとするだろう。KAN-SENの力があるとは言え、ルミエスは王城育ち…人を殺めるような事は心に傷が出来てしまうだろうな。」

 

そう、どちらかと言えばルミエスが積極的に戦場に出向くであろう事が問題だった。

KAN-SENの力があればパーパルディア皇国の戦力なぞ鎧袖一触だろう。しかし、戦場に出るということ事は直接的にしろ間接的にしろ人を殺す、という事だ。

世間知らずの少女がそのような経験をする事は心に傷を負う事になるだろう。

ターラ14世としては、一人の父親としてそれが心配なのだ。

 

「それに関しては、我々が全力でフォローしなければなりませんな…」

 

「うむ。ともかく、今はこのボイスレコーダーをウェールズ殿に確認してもらわねば。」

 

そう言うターラ14世の手には銀色の長方形の物体…先ほどのカストの発言を確りと記録したボイスレコーダーが握られていた。




次回、アルタラス海峡海戦……だと思います


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57.強襲反転

正月は…暇だ…


──中央暦1639年11月11日午前11時、駐アルタラス王国アズールレーン連絡事務局──

 

アルタラス王国にムーが建設したルバイル空港。そこはムーとロデニウス連邦の間で結ばれた協定により、軍民両用の空港として改装されていた。

そんな空港の一角にアズールレーンの連絡事務局はあった。

 

「作戦を説明する。」

 

連絡事務局の一室、上等なソファーやテーブルが置かれた応接室で大使役のプリンス・オブ・ウェールズが口を開いた。

 

「昨夜、潜水艦シュルクーフよりパーパルディア皇国海軍らしき艦隊発見の報を受けた。そして本日、アルタラス王国宛にパーパルディア皇国より理不尽な要求が届いた…これは間違いなく、アルタラス王国を侵略する意思があるのだろう。」

 

テーブルの上に広げた地図のアルタラス海峡に赤い矢印の駒を置く。

 

「アルタラス王国海軍は沿岸部より、そして我々は敵艦隊の真後ろに回り込み挟撃する。指揮官からは、一隻足りとも逃がすな…との命令だ。」

 

その赤い矢印の駒を南北から挟み込むように青い矢印の駒を二つ置く。

それを覗き込んでいた5人のKAN-SENの内の一人、綾波が小さく手を挙げて問いかける。

 

「アルタラス王国海軍は大丈夫…ですか?」

 

「問題無いだろう。海上戦力はアグレッサー級20隻、航空戦力はシーグラディエーターの改造機…ハルファノ戦闘爆撃機50機が配備されている。」

 

そう言って、チラッと窓から見える滑走路に目を向ける。

そこには、次々と複葉機が着陸していた。

サモアがかつてクワ・トイネ公国と、クイラ王国に生産設備を提供し、ロウリア王国と合併してロデニウス連邦となってからも生産が続けられていた『シーグラディエーター』の改良機、『ハルファノ戦闘爆撃機』であった。

エンジンを1000馬力級の物に載せ換え、脚回りを強化、小型の爆弾やロケット弾を搭載出来るように改良したものだ。

ロデニウス連邦では練習機や地方部隊に、他国ではワイバーンに代わる航空戦力として配備されつつあった。

 

「アルタラス王国は、魔石や魔導技術との交換で十分な数が揃えられてますからね。更には十分な訓練も積んでいる…戦力的には十分でしょう。」

 

そう言いながらもう一人のKAN-SEN、ニーミがアルタラス王国の隣にある島国のシオス王国を指差す。

そこにはアズールレーンの航空基地があり、そこでアルタラス王国とシオス王国の空軍を教育していたのだ。

 

「そうだ、アルタラス王国軍は精強かつ士気も高い。我々が心配する事は無いだろう。」

 

「ウェールズ、艦隊の背後に回りこむの…どうする……?」

 

相変わらず眠そうにしながら、ラフィーが質問する。

それに対し、ウェールズは頷いて答えた。

 

「"強襲反転"だ。あれなら、最速で敵艦隊の背後に戦力を展開する事が可能だ。」

 

「ええ~っ!強襲反転ですか~!?」

 

ウェールズの言葉を聞いたジャベリンが心底嫌そうな顔で聞き返す。

そんなジャベリンに対し、ウェールズは若干苦笑しながら答えた。

 

「そうだ、ユニオン人の…指揮官らしい戦術だが、戦力の展開速度は確かだ。……ルミエス殿下、よろしいですか?」

 

ウェールズが問いかけた相手、それはこの場に居る最後のKAN-SENにしてアルタラス王国の王女、ルミエスだった。

その問いかけに対し、ルミエスは力強く頷いた。

 

「はいっ!訓練は受けてますし、大丈夫です!」

 

「…やはり、出撃なされるおつもりですか?」

 

「はい、勿論です。戦える力があるというのに、王城でのうのうとしている訳には行きません。力には義務と責任が伴う…そうであれば、私はこの国を守る義務と責任があるのです。」

 

確固たる意思を示すルミエスに対し、ウェールズは静かに頷いた。

 

「承知しました。そこまで言われるのであれば、我々は止めません。」

 

 

──中央暦1639年11月12日午前8時、アルタラス王国北東130km沖合い──

 

エストシラントを根拠地とするパーパルディア皇国海軍第三艦隊がアルタラス王国に向かって航行していた。

戦列艦250隻、竜母30隻からなる大艦隊を率いるのは、旗艦である150門型超フィシャヌス級魔導戦列艦『ディオス』に座乗するアルカオンだ。

海風に吹かれながら、彼は胸騒ぎを感じていた。

 

(この海に…何が潜んでいるのだ?)

 

アルカオンの脳裏にはとある報告書の一文が浮かんでいた。

 

──フェン王国侵攻艦隊、壊滅。シウス将軍他3名がアズールレーンに捕虜として捕らえられた。

 

180隻もの戦列艦、20隻もの竜母、120隻もの揚陸艦が壊滅したという報告だ。

しかも、その情報は世界のニュースでも報道されていた。

皇国はその報復としてアズールレーンを殲滅する為の戦力増強を図る為に、豊富な魔石埋蔵量を持つアルタラス王国を占領する…それが、アルカオン率いる第三艦隊に下された命令だった。

 

「それにしても、アルタラス王国に対しこれ程の大艦隊を差し向けるとは…」

 

「国家監察軍はまだしも、フェン王国侵攻艦隊までもが敗れた事は皇国の威厳に関わる。敗北は許されん…と、いう事だ。」

 

副官であり、アルタラス王国占領後の統治機構海上警備軍の司令官を任されたダーズの問いかけに、重々しく答えるアルカオン。

今のところ、パーパルディア皇国は連敗している。これ以上の敗北は、パーパルディア皇国の国策である『恐怖による支配』の基盤を崩壊させかねない。

故に、本来はエストシラントの防衛を担っている三つの艦隊の内の一つ、第三艦隊を動員したのだ。

 

「良いか、アズールレーンは少なくとも皇軍に匹敵する力を持っているようだ。油断するな……」

 

《南西方向に未確認騎5!……速い!追い付けない!》

 

アルカオンが兵士達の気を引き締めようとした瞬間だった。先行していたワイバーンロード部隊からの連絡が入った。

アルカオンが双眼鏡を手に取り南西方向を見た瞬間、それは見えた。

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥウン…

 

空に溶け込むような青みがかった灰色に、羽ばたかない翼。その翼の胴体寄りの部分には楕円形の物体が埋め込まれ、その物体の前方では何かが高速回転している。

その未確認騎は、みるみると大きく見え…あっという間に艦隊の頭上を飛び越えた。

 

「は……速い…!」

 

「飛行機械だと!?」

 

ダーズが未確認騎のスピードに驚き、アルカオンは未確認騎の姿に驚愕した。

それは、時折アルタラス王国へ向かう姿を見る事が出来るムーの飛行機械に酷似していた。

 

 

──同日、パーパルディア皇国第三艦隊上空──

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥウン!

 

エンジン音と風切り音が響く機内でルミエスは俯せになっていた。

今、彼女が搭乗しているのは旅客機ではない。

最低限の改造を施したモスキート爆撃機だった。

 

《殿下、間もなく投下地点です!準備はよろしいですか!?》

 

装着したヘッドフォンからリルセイドの声が聴こえる。

 

「大丈夫ですよ。何時でも行けます!」

 

喉元に装着した咽喉マイクを使い、リルセイドの言葉に答える。

すると爆弾倉の扉が開き、暗い機内に海面に反射した陽光が差し込む。

 

《3…2…1…投下!殿下、御武運を!》

 

リルセイドの言葉と共に、ルミエスの体を吊り下げていたアームが開き彼女を投下する。

高度1000mから500km/hの速度で投下され、慣性により身一つでパーパルディア艦隊を飛び越す。

 

(800…600…400…200!)

 

背負っている巨大なバックパックに取り付けられている高度計が200mを指した瞬間、高度計の近くから飛び出た紐を引く。

 

──グァバッ!

 

バックパックから勢い良く巨大なパラシュートが飛び出し、一気に落下速度を落とす。

この時点で、パーパルディア艦隊の最後尾の更に後方3kmの辺りに来た。

 

《綾波、着水した…です。》

《ラフィー、着水…できた。》

《ジャベリン、着水完了ですっ!》

《私…Z23、着水完了しました。》

 

無線機から聴こえる四人の友人の声を聞いたルミエスは、パラシュートを切り離し高度50m程から自由落下へと移行する。

 

「旗艦、航空巡洋艦ルミエス…」

 

ルミエスの体が光に包まれ、その光が艦船の形になって行く。

その光が収まった瞬間、そこにあったのは全長160m程の艦体に13.3cm連装砲2基を前部甲板に、カタパルトと格納庫を後部甲板に配置した航空巡洋艦の姿だった。

そして、彼女を守るように輪形陣を組む4隻の駆逐艦…彼女達の護衛を心強く思いながら、ルミエスは艦橋から凛々しく告げた。

 

「…アルタラス王国の為に!」

 

後に、パーパルディア皇国の落日を決定付けたとされる『アルタラス海峡海戦』が始まった。

 




アズレンCWのDLCはまだですかね…
大鳳の動きがカッコいい…穿いてるのかどうか確認せねば…


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58.鎚と鉄床

暇な内になるべく書いておくスタイル


──中央暦1639年11月12日午前8時、アルタラス王国北東130km沖合い──

 

パーパルディア皇国海軍は大混乱に陥っていた。

ワイバーンロードを易々と引き離す速度の未確認騎の存在もそうだが、その未確認騎から飛び降りてきた人影が戦列艦を凌駕する巨大艦となった事なぞ彼らの常識の外であった。

 

「アルカオン提督!あれは何ですか!?」

 

艦隊の後方へ双眼鏡を向けたダーズが半狂乱になりながらアルカオンに問いかける。しかし、アルカオンはどうにか冷静を保ちながら指示を飛ばした。

 

「落ち着け!奴らは有利な位置を陣取ったが、僅か5隻!落ち着いて陣形を……」

 

そう、アルカオンが言った瞬間だった。

敵艦隊の内の一回り大きな艦が一瞬、ピカッと光った。

それとほぼ同時に、最後尾の戦列艦が火の玉に包まれ…

 

──ズゥゥゥウン!

 

腹の底から響くような爆発音が聴こえた。

大量に積み込んでいた砲弾が誘爆したのだろう。戦列艦は火力こそ優れているが、被弾には弱い。故に装甲…対魔弾鉄鋼式装甲による防御を施している。

この防御を貫ける兵器は第三文明圏には存在しない…はずだった。

 

「まっ…まさか!ムーの回転砲塔か!?」

 

アルカオンはその正体に気付いた。

良く見れば、敵艦は全て長砲身を搭載した回転砲塔を数基装備しているではないか。

アルカオンが驚愕している間にも、再び敵艦…その周囲に展開している4隻の一回り小さな艦の砲が瞬いた。

 

──ズゥゥゥウン!ズゥゥゥウン!ズゥゥゥウン!

 

「戦列艦『ヂューバ』『トラウホ』『マーゼット』轟沈!」

 

見張り員が発する悲鳴のような報告が甲板上に響き渡る。

そうしている間にも敵艦は次々と発砲し、此方の艦隊を沈めている。

 

(馬鹿な…装填が早すぎる…!)

 

射程に優れ、装填速度も異次元の早さ…そうなれば数の有利なぞ意味は無い。

ひたすらに射程外から一方的に撃たれるだけだ。

だが、如何に優れた砲を持っていようが空中を縦横無尽に飛行するワイバーンロードに対しては無力なはずだ。

そう考えたアルカオンは、通信士から魔信をひったくり竜母に指示を出す。

 

「竜母は全騎を飛ばせ!」

 

《ぜっ…全騎ですか!?》

 

「敵艦を速やかに排除出来なければ、損害は拡大し続ける!全力で、敵艦を攻撃せよ!」

 

《了解!》

 

竜母がワイバーンロードを発艦させる為に帆を畳み、準備を進める。

だがそれを待ってくれる程、敵艦は甘くなかった。

 

──ズゥゥゥウン!

 

「竜母『アルドス』轟沈!」

 

足を止めた竜母なぞ的にしかならないだろう。事実、早速竜母が一隻轟沈した。

 

「竜母を守れ!竜母が壊滅すれば、被害が拡大する!」

 

「竜母『ドルバー』被弾…ダメです!転覆します!」

 

アルカオンが指示を出している間にも、竜母が被弾し沈んでしまう。

それでも各々の戦列艦が竜母を庇うような輪形陣を組んでいく様は、流石は列強国の艦隊とでも言おうか。その練度の高さが伺い知れる。

 

──ズゥゥゥウン!

 

「戦列艦『アシャーバ』轟沈!」

 

アルカオンが想定した通り、敵艦より放たれた砲弾は戦列艦に直撃した。

勿論、一隻足りとも沈まないのが理想だが、戦略的な重要性は竜母のほうが高い。竜母一隻で戦列艦十隻分以上の価値がある、と言っても過言ではない。

故に、多少の戦列艦は犠牲にしてでも竜母を守る必要があるのだ。

 

(とりあえず竜母は守れるか…)

 

アルカオンが心を圧し殺しながら、戦場の残酷な損得勘定をしていると竜母よりワイバーンロードが次々と飛び立った。

竜母一隻につき18騎前後のワイバーンロード、つまり約500騎のワイバーンロードがたった5隻の艦隊に襲い掛かるのだ。

如何に巨大でも、優れた砲を持っていようがこの物量の前には意味を成さない…そう考えたアルカオンは、安心感からか一息ついた。

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥウン…

 

しかし、アルカオンは吐き出した息を再び飲み込む羽目になった。

自らの背後から聴こえる聴き慣れない…そして、先程聴いた音。

無機質な羽ばたきの交響曲…それは紛れもなく、自分たちの耳に捩じ込まれる鎮魂曲となるだろう。

錆び付いたブリキ人形のようにぎこちなく振り向いたアルカオンとダーズ、そして多数の兵士達の目に写ったのはアルタラス王国方面から飛来する多数の複葉機と、威嚇するように凶暴な鮫の口が描かれたフリゲート艦隊の姿だった。

 

「や……やられた!」

 

パーパルディア艦隊が後方に現れた敵艦隊に釘付けになっている間に、アルタラス王国から出撃した艦隊と航空部隊が退路を塞ぐ。

そう、パーパルディア艦隊は前進も後退も出来なくなってしまったのだ。

それでも、圧倒的物量を誇るパーパルディア艦隊。

皇軍が負けるはずがない…、そう信じている彼らはこの後、絶望のドン底に叩き込まれる事になるのだ。

 

 

──同日、同海域上空──

 

陽光に翼を煌めかせながら空を行く40機の複葉機。

4機ずつのダイヤモンド編隊を組み合わせて巨大なダイヤモンド編隊を組んだアルタラス王国空軍だ。

その内の先頭を行く複葉機…『ハルファノ戦闘爆撃機』に搭乗する第一騎士団長ライアルが無線機を使い、全機に指示を出す。

 

「こちらアルタラス1、敵艦隊を捕捉した。アズールレーン艦隊に釘付けになっているようだ。攻撃隊は竜母を優先して狙え。」

 

《了解!》

 

全機から勇ましい了解の言葉の後、別の回線から通信が来た。

 

《それでは私は空に上がったワイバーンロードの相手だな?年甲斐もなく、腕が鳴る!》

 

「陛下、あまり無茶はなさならいで下さい。」

 

《これこれ、今の私はアルタラス0であるぞ?》

 

「……失礼致しました。」

 

《良い。部隊長はそなた…アルタラス1であろう?もっと胸を張り、私に命令しても良いのだぞ。》

 

「そうであるならば退却を…」

 

《出来ぬ!我が娘が最前線に居るというのに、尻尾を巻いて逃げるなぞ出来ぬ!》

 

通信相手の言葉に苦笑するライアル。

そう、彼の通信相手はアルタラス0ことターラ14世…つまり、アルタラス王国の国王だ。

何故、一国の王が戦場に出ているか?それには理由がある。

アルタラス王国は古くから魔石採掘が主要産業であった為、領土を失う事の重みが他国よりも重いのだ。

故に、国土防御の為に命を懸ける兵士の模範となるため王族の男子は兵役に就く事が義務とされていた。

そして、現国王のターラ14世は王太子時代はワイバーンに騎乗する竜騎士であった。

その経験から同じく空を飛ぶ飛行機にあっという間に慣れる事が出来た為、自らもアズールレーンによる教導を受けたのだ。

 

「総員、聞け!」

 

武闘派な自国の王族に頼もしさと、微妙な呆れを覚えながら再び無線機を取るライアル。

 

「パーパルディア皇国は我が国に対し理不尽な要求を突き付け、このような大艦隊を以て侵略を企てている。これを許せば美しいアルタラス王国が薄汚い皇国により汚されるのだ!」

 

無線機からは異口同音に、パーパルディア皇国への怒りの声が聴こえる。

アルタラス王国に対し突き付けられた要求は、兵士達に広く知られていた。

美しく、民を思うルミエスの奴隷化を要求する皇国への怒りは、そのまま高い士気に繋がったのだ。

 

「そして、我々の親しい友人であるアズールレーンの関係者が皇国により殺された!これは弔い合戦であり、我々の怒りだ!」

 

コックピットのキャノピーを開けて、天に向かって拳を突き上げる。

すると、全機がそれに習い同じく拳を突き上げた。勿論、ターラ14世もだ。

 

「皇国に!裁きの鉄槌をぉぉぉぉ!」

 

《ウオォォォォォォオ!》

 

《アルタラス王国をナメるでないわぁぁぁぁぁぁぁ!》

 

全員が雄叫びを上げて、急降下して行く。

飛び立ったばかりで上昇途中にあったワイバーンロードに12.7mm機銃を撃ち込む。

 

──ドダダダダダダッ!

 

──グギャァァァァァ……

 

竜騎士ごと撃ち抜かれたワイバーンロードが海へ叩き落とされた。

 

──バシュッ!バシュッ!

 

──バンッ!ズゥゥゥウン!

 

対艦攻撃部隊が発射した3インチロケット弾が竜母の甲板を突き破り、遅延信管により内部で爆発する。

素早く戦場を見渡すライアル。最優先目標である竜母は既に多数が轟沈している状況にあるが、あと5隻程残っている。

それを確認したライアルは、自機の主脚の間に搭載した20mmガンポッドを使い無力化を狙う。

一撃で轟沈とはいかないだろうが、飛行甲板や内部を破壊出来ればワイバーンロードを運用する事は不可能となるだろう。

 

──グギャァァァァァ!

 

残った竜母に向かうライアル機の背後に1騎のワイバーンロードが張り付いた。

ハルファノの運動性を以てすれば簡単に撃墜出来る。故に、操縦桿を引いて宙返りをし、逆に背後をとってやろうとしたがそれは叶わなかった。

 

──ドダダダダダダッ!

 

太陽を背に急降下してきた友軍機が前方斜め上からワイバーンロードを撃ち抜いた。

 

「すまん、ありがとう!」

 

礼を言ったライアルだったが、低空で宙返りし再び上昇してきた機体から通信が来た。

 

《うむ、余計なお世話であったか?》

 

「へっ…陛下!?」

 

《良い、今は竜母に集中せよ。》

 

「ぎょ……御意!」

 

ターラ14世の言葉に背中を押されるようにフルスロットルで竜母に向かい、緩降下しながら照準器に竜母の飛行甲板を捉えて、トリガーを引いた。

 

──ドンッドンッドンッドンッ!

 

20mm弾が木製の甲板を砕き、穴だらけにして行く。最早、ワイバーンロードを運用する事は出来ないだろう。

再び戦場を確認すれば、僅かに生き残った竜母も無力化されている。

それを確認したライアルは警戒の為の2個飛行小隊を残し、残りは各種弾薬を再装填するためにルバイル基地へ一旦帰還した。

 




書き貯め?
宵越しの話は持たねぇ(江戸っ子)


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59.力の重み

本作のパ皇軍は原作よりも規模が大きくなってます(今更)


──中央暦1639年11月12日午前9時、アルタラス王国北東130km沖合い──

 

──ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!

 

腹の底から響くような発砲音が鳴り響く。

綾波の12.7cm連装砲3基が、ラフィーの5インチ単装砲4門が、ジャベリンの4.7インチ連装砲3基が、ニーミの150mm単装砲4門が火を噴く。

その度に、戦列艦が巨大な水柱に包まれ木材の残骸と化する。

 

「綾波ちゃん!竜母が逃げそうになってる、お願い!」

 

彼女達を率いる旗艦であるルミエスがフラフラと西方へ逃れようとする竜母を発見し、綾波に指示を出す。

 

《了解…です。》

 

ルミエスの指示に従い、綾波が竜母に砲弾を叩き込む。

20mm弾により甲板が穴だらけになり、浸水によって傾いた竜母がそれを避けられる筈もなかった。

 

──バギッ!ゴガァァァン!

 

12.7cm砲弾が甲板を貫き、艦底付近で炸裂した。爆圧により甲板が跳ね上がり、竜骨を叩き折った。

その結果、パーパルディア皇国の造船技術の粋を集めた竜母はあっさりと海の藻屑となった。

 

《ルミエスちゃん、旗艦をお願い!》

 

ジャベリンが艦橋上から携えた槍で敵艦隊の中心部に陣取っている一回り大きな戦列艦…ディオスを示す。

 

「分かったわ!伊勢さんと日向さんから教わった三次元戦法を……」

 

ルミエスが後甲板に意識を集中させる。

コバルトブルーと黄色のジグザグ模様をエンジンカウルに描いた瑞雲が格納庫から現れ、カタパルト上に固定される。

 

「饅頭さん、お願い!」

 

コックピット内で2体の饅頭が短い腕で敬礼すると、瑞雲がカタパルトの火薬の爆発力により急発進した。

250kg爆弾を抱えた瑞雲が飛び上がると、それに続いて2機の瑞雲が発艦した。

上空で合流した3機の瑞雲は、アルタラス王国空軍の奮戦により掌握された空を敵旗艦に向かって飛んで行く。

 

 

──同日、アルタラス王国海軍旗艦アグレッサー級フリゲート『ル・ブリアス』──

 

「撃て!射程も精度も此方が上だ!」

 

アルタラス王国海軍長、ボルドが艦隊に檄を飛ばす。

片舷12門の76mmライフル砲が火を噴き、後方に展開するアズールレーン艦隊から逃れようとする敵艦隊を釣瓶撃ちして行く。

有効射程は凡そ8kmであるが、確実に命中させる為に4kmまで接近して砲撃している。

 

「はっはー!面白い程当たりますな!」

 

砲甲板へ指示を出す為のヘッドセットを着けた砲術長が、次々と沈み行く敵艦を見て手を叩く。

しかし、そんな状況でもボルドは油断しなかった。

 

「油断するな、相手は列強国の艦隊だ!そして、陛下と殿下が御覧になっている。皆、無事で帰るぞ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

アルタラス王国海軍向けにカスタマイズが施されたアグレッサー級は、前後甲板に40mm砲を追加装備されている。それにより敵艦の喫水線やマストを破壊し、足止めされた敵艦に76mm砲を叩き込んで沈めて行く。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

──ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!

 

圧倒的な爆発力を持つ榴弾が戦列艦の対魔弾鉄鋼式装甲を打ち砕き、大穴を開けてしまう。

ある戦列艦は大量に流入した海水により転覆し、ある戦列艦は砲弾の誘爆により巨大な火の玉となる。

制空権を抑えられ、火砲の射程も威力も装填速度も劣るパーパルディア皇国艦隊は、一矢報いる事すらも許されずアルタラス海峡の藻屑となった。

 

 

──同日、パーパルディア皇国第三艦隊旗艦『ディオス』──

 

《戦列艦『バーケン』轟ち…戦列艦『グライヴ』……駄目です!轟沈ペースが早すぎ……》

 

──ドガァァァァァン!

 

報告を続けていた通信士が乗っていた戦列艦が真っ二つになって轟沈した。

アルタラス王国侵攻の為に動員された合計280隻もの大艦隊は敵艦を沈める事はおろか、手傷を負わせる事すらも出来ないまま90%以上が水底に没した。

残存艦は最早20隻程しか残っていない。

 

「ま…まさか、フェン王国へ向かった艦隊はコイツらに…!」

 

ダーズが何かを察したように、悲鳴混じりに告げる。

それはアルカオンにも察する事が出来た。

これ程の戦力が相手では、300隻以上の艦隊も形無しであろう。寧ろ、よく四人生き残れたものだ。

 

「こ…皇国は何を敵に回してしまったのだ…」

 

そうしている間にも包囲は狭まり、次々と生き残った数少ない戦列艦が集中砲火に晒され沈む。

アルカオンは決断した。

 

「降伏だ!今すぐ降伏せねば皆殺し…」

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥウン!

 

アルカオンには理解出来た。

それは紛れもなく、自らの首を落とす処刑人の足音だ。

音のする方を向く暇も無かった。

 

──ズドォォォオン!

 

250kg爆弾の炸裂により生じた閃光と轟音の中、アルカオンもダーズも…そして、ディオスの乗組員全てがこの世から退場した。

 

 

──同日午前10時、アズールレーン艦隊旗艦『ルミエス』──

 

ルミエスは自らの名を冠した艦の甲板上で海を眺めていた。

そこに、パーパルディア皇国の大艦隊の姿は無かった。

あるのは砕け散った木材や、虚ろな顔で波間を漂う死体…紛れもない壊滅だ。生き残りなぞ一隻も居ない。

 

「勝った…」

 

海を眺めるルミエスの目に、アルタラス海軍のフリゲートが僅かに生き残ったパーパルディア兵を救助している。

しかし、殆どは溺れ死ぬか攻撃に巻き込まれて既に死んでいたかだ。

それを目にした彼女の喉が熱くなった。

 

「うっ……」

 

急いで甲板の端に駆け寄り、海に頭を突き出す。

 

「うぇぇぇぇぇぇっ…」

 

食べた朝食を全て吐き出してしまった。

彼女は強い。たった一人でパーパルディア艦隊を相手に出来る程には強い。

しかし、心は"人"なのだ。

照準を合わせ、発砲する…それだけで戦列艦が沈む。それだけで数百の人間が死ぬ。

今までは戦意が勝り自覚出来ていなかったが、戦闘の熱が冷めた今になって自覚が出てきたのだ。

 

──『人を殺した。』

 

国を守る為とは言え…いくら敵とは言え、人を殺した事に違いは無い。

口元からボタボタと海面に落ちる胃液と唾液の混合液を歪む視界で見ながら、力なく落下防止の鎖にもたれ掛かる。

 

「ルミエス、大丈夫…?」

 

そんな彼女に、ほわほわとした声が掛けられた。

声のした方を見ると、ラフィーの姿があった。

よく見れば、周囲に集まる4隻の駆逐艦…ルミエスの新たな4人の友人が集まっており、自らの艦体から此方へ飛び移ってきた。

それに対し、ルミエスは笑顔を作る。

 

「う…うん、大丈夫。ちょっと船酔い……」

 

「ルミエス、嘘…下手。」

 

言葉の途中で、ラフィーがルミエスの唇に自らの人差し指を当てて言葉を遮った。

 

「ルミエスさん、一人で抱え込まないで下さい。」

 

ニーミがしゃがんで、優しく語り懸ける。

 

「そうですよ~、ルミエスちゃん。一人で考えてると悪い方にいっちゃいますよっ。」

 

そんなニーミの頭頂部に顎を置くジャベリン。

「大丈夫、綾波も…ラフィーもジャベリンもニーミも…ルミエスの友達…です。」

 

綾波がルミエスの手を取り、力強く握る。

 

「大丈夫、指揮官も初めて人を撃った時吐いたって…言ってた。」

 

「えぇっ!本当ですか!?」

 

ラフィーの言葉に、勢い良く立ち上がるニーミ。

そうなればもちろん、ジャベリンの顎とニーミの頭頂部が衝突する訳で。

 

──ゴチンッ

 

「あうっ!」

 

「きゃうっ!」

 

「ラフィーも詳しくは知らない…ロングアイランドなら、知ってる。」

 

ニーミとジャベリンが各々、頭と顎を押さえている間にもマイペースに話すラフィー。

 

「ジャベリン、ニーミ大丈夫…です?」

 

ルミエスの手を離し、二人に歩み寄る綾波。

そんな四人の姿を見たルミエスは、何時もと変わらぬ彼女達に…

 

「ふふっ…」

 

思わず笑みが溢れた。

 

この海戦は後に『アルタラス海峡海戦』と名付けられた。

アルタラス王国に侵攻したパーパルディア皇国第三艦隊は全滅。戦列艦と竜母合わせて280隻は全てが沈み、生き残りは僅か20名だった。

フェン王国侵攻艦隊と合わせて、戦列艦430隻、竜母50隻、揚陸艦120隻…将兵50万を失ったパーパルディア皇国海軍は4割以上の戦力を失う事となった。

 




少し忙しくなりそうなので、次回の投稿は遅れるかもしれません


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番外編1.Desperado

とりあえず、書きかけたまま放置されていた話を仕上げて繋ぎに使う


別に読まなくても大丈夫な奴です


──新暦168年7月3日、ユニオン国内特別刑務所『トライアングル・ストーン』──

 

ユニオンの砂漠地帯、その真っ只中に巨大な構造物があった。

空から見下ろせば三角形をしており、高さ20m、一辺の長さ300m程もある巨大な建造物だ。

周囲には5mの高さと有刺鉄線を持つフェンスが三重に張り巡らされており、等間隔に監視塔が建っている。

ここは、ユニオン国立特別凶悪犯収容刑務所…通称『トライアングル・ストーン』である。

そんなコンクリート打ちっぱなしの建物の中を、重苦しい軍服を着た初老の男性が御付きの武官を伴って看守の先導で歩いていた。

 

「随分と暑いな…」

 

初老の男性…ユニオン海軍中将『ジョセフ・アンダーソン』がハンカチで額に浮いた汗を拭う。

それに対し、看守が答えた。

 

「冷房はあるのですが…いかんせん、面積の割に貧弱な設備なので。」

 

「いかんな。これでは受刑者が死んでしまうぞ。」

 

「この刑務所に居る連中は、最低のろくでなしばっかりですよ。死んでも誰も悲しまない…そんな奴らです。」

 

「この国にはどんな悪人にも人権はある。…所長に冷房を入れ替えるように具申せねばな。」

 

中将が看守の言葉を嗜めている間にも、目的の部屋の前にたどり着いた。

 

「クリストファー・フレッツァ。年齢は21、逮捕時は19だったので2年間収容されています。罪状は、20件の殺人に麻薬の密輸と密売、酒税法違反に放火…裁判では死刑が言い渡されていましたが…」

 

「『適性』があった為、執行は保留…か。」

 

「はい。…中将閣下、はっきり言って奴はろくでなし中のろくでなしです。奴以上の罪状の持ち主はこの刑務所に10人しか居ません…しかも、初めて殺人を犯したのは13の時…」

 

看守が中将を引き留めようとするが、中将は看守の言葉を遮った。

 

「彼の経歴は既に熟知している。それを知った上で、ここに居るのだよ。」

 

「……大人しくしていますが、凶悪犯である事に違いはありません。お気をつけて。」

 

看守が念押しの言葉を告げながら、扉を開ける。

扉の先は、廊下と変わらないコンクリート打ちっぱなしの灰色の空間だった。

だが、その空間を二つに分けるように強化ガラスと鉄格子の仕切りがあり、その前に書き物机と椅子が置かれている。そして、書き物机には電話の受話器が置かれていた。

仕切りの反対側も同じだった。

 

「彼が…」

 

中将がポツリと呟いた。

反対側の椅子に座っているのは、大柄な若い男だった。

くすんだ金髪に、彫りの深い顔立ちにギラついた青い瞳、無精髭を生やしてオレンジ色のツナギを着ている。その後ろには、警棒を持った看守がやや距離を置いて二人立っている

その荒んだ雰囲気に一瞬気圧されるが、気を取り直して椅子に座り受話器を取る。

反対側の男もそれに習い、手錠で繋がれた手で受話器を取る。

 

「初めまして、私はユニオン海軍中将のジョセフ・アンダーソンだ。君は、クリストファー・フレッツァでいいかな?」

 

強化ガラスと鉄格子の向こう側で男が怪訝そうな表情を浮かべつつも答えた。

 

《軍人が何の用だ。》

 

「まあ、単刀直入に言えばクリストファー…長いからクリスと呼ぶが、君をスカウトしに来た。」

 

それを聞いたクリスは鼻で笑った。

 

《ここにぶちこまれる前は、色んなマフィアやらテロリストからスカウトを受けた。だが、軍からのスカウトは初めてだ。……あれか?地雷処理でもやらせたいのか?》

 

「海軍は地雷処理はしない、機雷処理はするがね。…君には、とある艦隊を指揮してもらいたい。」

 

《──ガチャッ!》

 

受話器が乱暴に置かれた。

話を聞くつもりは無いのだろうか。椅子から立ち上がろうとするも…

 

──ガタンッガタンッバンッ

 

二人の看守により再び椅子に座らされた。警棒で叩かれ、受話器を無理矢理耳に押し当てられる。

分厚い強化ガラス越しに聴こえる程の音に驚く中将だったが、看守達にジェスチャーで止めるように指示する。

それに対し看守達はクリスを離して、クリスは渋々と受話器を持った。

 

「大丈夫かね?」

 

《俺が艦隊を指揮だと?もうボケたか…俺はただの無法者だ。》

 

「勿論、普通であれば無理だ。だが…君にしか出来ない仕事だ。」

 

《犯罪者しか出来ない仕事か?》

 

「違う、君にしか出来ない仕事だ。」

 

受話器越しにため息が聴こえる。

 

「君にはKAN-SENによる艦隊の指揮をお願いしたい。」

 

《KAN-SEN…あの女の形をした連中か?》

 

「そう、彼女達を指揮する為には特殊な適性が必要だ。これは、我が国でも二人…君を含めて三人しか持っていない適性だ。」

 

《だからと言って、俺みたいな犯罪者を使うのか?随分追い詰められてるようで。》

 

クリスの煽るような返答に、中将は重々しく頷く。

 

「そうだ、我々は追い詰められている。君の力を借りねばならない程に…な。」

 

《俺の知ったこっちゃ無い。》

 

それに対し、中将は予想していたように武官に手を差し出した。

そうすると武官は一枚の紙を中将に渡した。

 

「これは契約だ。君は死刑宣告を受けているが、この契約を結んでくれるのであれば一つ下…禁固1420年に引き下げよう。」

 

中将はその紙を見せながら、クリスに交渉する。

 

《どのみち死ぬまで出られねぇじゃん。》

 

「いや、君が指揮した艦隊の戦果により刑期を減らそう。セイレーン艦の内、駆逐艦と軽巡洋艦の撃沈で一ヶ月、重巡洋艦と軽空母は半年、戦艦と空母は一年…そして、上位個体と呼ばれるセイレーンの撃沈は50年、それだけ減刑しよう。」

 

《素人に艦隊指揮なんざ出来る訳が無い。端から無理な話だ。》

 

「勿論、我々が君を教育しよう。出来る限りのサポートは保証する。」

 

《……正気か?》

 

「いい返事を期待する。」

 

そう言って、受話器を置く中将。

それを見た看守達が、クリスを乱暴に押さえ付け面会室から連れ出した。

 

 

──新暦168年8月11日、ユニオン海軍キトサップ基地──

 

キトサップ半島と呼ばれる半島に建設されたキトサップ海軍基地、その一角にある桟橋に二人の少女が腰掛けていた。

 

「時間は過ぎてるが…来ないな。」

 

遠くに見える時計台を見て呟く浅黒い肌に茶髪で片目を隠したKAN-SEN『ノーザンプトン』

 

「なの~…まさか、ドタキャンかな~?」

 

長い茶髪に、ヘッドフォンを装着したKAN-SEN『ロングアイランド』の二人だ。

二人は新たな指揮官の初期艦となるように指示されたのだが、予定より1時間以上遅れているのだ。

 

「ドタキャンな筈はない。指揮官適性のある人間は数少ない…軍により行動は監視されて…」

 

──ブロロロロ…

 

そんな二人の近くに白塗りの装甲車がやって来た。

デカデカと『MP』と描かれた車体は間違い無く、憲兵隊のものだ。

 

「降りろ。彼女達が、お前の艦隊に初めて所属する事となるKAN-SENだ。」

 

強面の憲兵が降りてくると後部ドアを開けて、乗っている者に降りるように指示する。

そこそこ整えた金髪に、髭は剃られて、真新しい軍服を着ている。そして、両手には手錠を掛けられている。

 

「クリストファー・フレッツァだ。お前達がKAN-SENって奴か?」

 

手錠をガチャガチャと鳴らしながら、鋭い目付きで二人を見据えるクリス。

その視線に思わず体を震わせる二人だが、名乗られたからには名乗り返さなければならない。

 

「重巡洋艦ノーザンプトン級のネームシップ、ノーザンプトンだ。あなたが指揮官…でいいのかい?…よろしく。」

 

「護衛空母のロングアイランドなの~…指揮官さん~…どうかお手柔らかに、なの~…」

 

二人のKAN-SEN、その心の声が一致した。

 

((あ、これ危ない人だ。))

 

クリストファー・フレッツァという指揮官の始まりは、最悪なものであったと言えるだろう。

 

 

──中央暦1639年11月12日午前10時、サモア基地指揮官室──

 

「……きか……しき……指揮官…指揮官!」

 

肩を揺すられて目が覚めた。

少しぼやける視界に映るのは二人のKAN-SEN…最初期より艦隊を支えてきた最古参の二人、ノーザンプトンとロングアイランドだった。

その内のノーザンプトンが指揮官の肩を掴んで揺すっていたのだ。

 

「指揮官さんに~報告なの~」

 

相変わらず気の抜ける間延びした声で、ロングアイランドが報告書を差し出してくる。

 

「あぁ、すまん。少し居眠りしていたな。」

 

「大丈夫かい?仮眠を取ってきた方がいいと思うよ?」

 

報告書を確認しながら目を擦る指揮官に、心配そうな声を掛けるノーザンプトン。

それに対し、指揮官は頷いた。

 

「そうだな、30分ぐらい仮眠を取る。……あと、アルタラス王国にカウンセラー…いや、やっぱりいい。仲良し四人組に、ルミエス殿下と何時も通り接してあげるように伝えておいてくれ。」

 

「うん、分かったよ。」

 

「なの~」

 

サムズアップするノーザンプトンと、長い袖をパタパタと振るロングアイランド。

そんな二人に背を向けて仮眠室…という名の金庫のごとき部屋に向かう指揮官だった。




指揮官、ガチ悪人ですよ


あと真の幼なじみ軽空母ロングアイランド


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60.闇に蠢く

アプセトネデブ様より評価9を、茜。様より評価8を頂きました!


やっぱり、時間が開くと勢いが削がれてクオリティーが下がりますね…

今回、低クオリティーかもしれません


──中央暦1639年11月12日午後11時、パーパルディア皇国エストシラント郊外──

 

「これで全員か…」

 

エストシラントの郊外にある峡谷に海水が流れ込んで出来た深く、小さな入り江の岸でカイオスがポツリと呟いた。

 

「いや~、何度も往復して大変だったよ~。これは指揮官から、特別休暇を貰わないとね♪」

 

手漕ぎボートで巨大な潜水艦に乗り込み、案内役の兵士によって艦内に入って行く亡命者達をカイオスと共に見守るシュルクーフ。

カイオスはそんなシュルクーフの方を向いて深々と頭を下げた。

 

「シュルクーフ殿、本当に感謝します。貴艦のお陰で3000名の命が助かった。」

 

「いやいや、私は指揮官の命令に従っただけだしね。感謝するなら、指揮官と大統領にしてよ~」

 

当初カイオスから亡命を希望された人数は500名だったが、傷痍軍人達の家族やカイオスの思想に賛同した者等も亡命させていたらシュルクーフ率いる潜水艦隊だけで3000名をロデニウス連邦に脱出させていた。

アルタラス王国やシオス王国を経由して脱出した者も合わせれば、合計7000名にもなる。

それだけパーパルディア皇国の腐敗が進んでいるのだろう。

 

「……しかし、あやつはまだ来ないのか?ゆっくりする余裕は無いというのに…」

 

そわそわした様子で辺りを見渡すカイオス。彼が重用していた隻腕の密偵、彼がまだ来ていないのだ。

昨夜から「どうしても必要なモノがある」と行って出掛けたのだが、一向に戻る気配が無い。

 

「シュルクーフ殿、5分…あと5分だけ時間を貰えぬか?」

 

「ん~…まあ、いいけど。」

 

「感謝する。」

 

最後の亡命者がハッチからシュルクーフ艦内に乗り込んだ瞬間だった。

 

──ピーヒュルルルルルルル…

 

エストシラントの方向から鳥の鳴き声のようなものが聴こえた。

兵士がライフルを鳴き声がする方に向け、シュルクーフも甲板上の機銃を動かす。

 

「待ってくれ!あれは……」

 

カイオスは、その鳴き声に聞き覚えがあった。それは、文明圏外でも二線級の航空戦力として認識されている生物…火喰い鳥の鳴き声だ。

しかも、漆黒の夜空を飛ぶ火喰い鳥と言えば南方より伝わった特別な訓練を積んだ個体に限られる。そして、その火喰い鳥を操る者は…

 

「カイオス様、申し訳ありません。少々手間取りました。」

 

そう言って、火喰い鳥…正確には大柄な体を持つ大型火喰い鳥を着陸させたのは、カイオスが待っていた隻腕の密偵だった。

 

「おぉ、何をしていた?まあ、後で聞く。早くシュルクーフ殿……に…?」

 

密偵に歩み寄り、早くシュルクーフに乗り込むように促すカイオスだったが、密偵の背後に気付いた。

 

「……誰だ?」

 

彼の背後に居たのは、簡素なベージュ色の毛皮のコートを身に纏った女性だった。

長い白髪に、白い絹の仮面で顔を隠している。

 

「カイオス様、このお方もロデニウス連邦にお連れして頂けないでしょうか?」

 

「ん~?誰、それ?」

 

密偵がカイオスに頼んでいると、シュルクーフがその女性に歩み寄りそのうつむき気味の顔を覗き込んだ。

 

「いえ…やはり私は……」

 

「お嬢様!貴女は生きなければなりません!」

 

シュルクーフの視線から逃れるように密偵の背に隠れた彼女に、密偵は強い口調で言い聞かせる。

そんな密偵は、カイオスに向き直り頭を下げた。

 

「カイオス様…実は私は、このお方に命を救われました。私が貴方に拾われるまでの間、食事や寝床を恵んで下さったのです。……彼女は私の恩人です。どうか…どうか、彼女を…」

 

必死に頼み込む密偵のこれまでにない態度に驚きつつも、頷くカイオス。しかし、カイオスにもやるべき事がある。

 

「分かった。ロデニウス連邦には私から言っておこう。しかし…その女性の素顔が分からねば…」

 

カイオスの言葉の途中、その女性が自らの手で仮面を外した。

 

「どうです?これでも私を…この醜い私を逃がしますか?」

 

「なっ……!」

 

「おっ…おぉ?」

 

女性の素顔に、カイオスとシュルクーフが驚く。その顔は二人も知っていた。

カイオスにとっては自らを失脚させた人物、シュルクーフにとってはサモア人を殺して指揮官を傷付けた張本人…レミール、彼女と瓜二つだった。

 

「レミール……いや、違う…?」

 

驚愕に目を見開くカイオスだが、レミールとは明らかに違う点を見付けた。

それは、口元…上唇と鼻の間にある溝である"人中"と呼ばれる部分が縦に真っ二つに裂けており、前歯と歯茎が露出している。はっきり言って、口元だけ見れば化け物のようだ。

 

「私の名は、ファルミール。先帝陛下の姉君が私の母上…つまり、現皇帝ルディアス陛下の従姉となります。そして…私の双子の姉はレミール…私はあの凶行に及んだ者の妹なのです。」

 

「このお方…ファルミール様は生まれつきこの口を持っておられ、その為に表舞台に立つ事が出来なかったのです。故にエストシラント郊外の小さな屋敷に…」

 

女性…ファルミールが自らの立場を説明し、密偵が彼女の身の上を話す。

カイオスはそれを聞いて悩んだ。

 

(まさか、皇族とは…しかも、あのレミールの妹だと?ロデニウス連邦に受け入れられるか…)

 

「はいは~い、それじゃあ皆乗って乗って!」

 

そんなカイオスの悩みもどこ吹く風、シュルクーフはあっさりとした態度で密偵とファルミールをボートに乗せようとする。

 

「えっ…?あ…あの…?」

 

ファルミールが戸惑った様子でシュルクーフを見るが、シュルクーフはそれに対し笑顔を返した。

 

「まあまあ、指揮官なら大丈夫でしょ。少なくとも殺したりはしないと思うよ~」

 

戸惑いつつも、ボートに乗せられる密偵とファルミール。その様子にカイオスは苦笑した。

 

「そうだな…私が悩んでも仕方ない。ロデニウス連邦が決める事か…」

 

カイオスとファルミール、密偵を艦内に、ついでに密偵が乗ってきた大型火喰い鳥を水上機の格納庫に収容したシュルクーフは暗い海上をアルタラス王国へ向かって進んだ。

 

 

──同日同時刻、旧クイラ王国『ザラーフ・クレーター兵器実験場』──

 

岩や荒い砂で覆われた荒涼とした大地、そこに巨大な窪みがあった。

直径85km深さ200m程もある巨大なクレーターである。

草木の一つも無いクレーターの中心、そこにはこの場にそぐわない構造物が屹立していた。

トラス構造の7つの柱により空中に固定された金属製の多面体。何枚もの鉄板を溶接して作られたそれは、なんとも言えぬ不気味な雰囲気を漂わせている。

 

「上手くいくのか?」

 

そんなクレーターから30km程離れた分厚い鉄筋コンクリートで囲われた地下室で指揮官が問いかけた。

目の前には幾つものモニターが並んでおり、クレーターの各地点に置かれたカメラから送られた映像が映し出されている。

 

「何度もシミュレーションを重ねました、問題は一切ありませんよぉ!」

 

その問いかけに答えたのは、鉄血の名物技術者『ドク』だった。

自信満々に答えるドクは、地下室に持ち込まれた黒板にチョークで様々な数字や図形を書き込んで行く。

 

「先ずは我々が開発した高純度生成魔石、これにレーザー刻印機により高精度の爆裂魔法陣を施すのですっ!」

 

ロデニウス連邦が開発したパーパルディア皇国の、『風神の涙』すら凌駕する魔石…『イタクァの腕』の開発が可能となったのは高純度の魔石を生成出来るようになった為だ。

簡単に言えば砕いた魔石を遠心分離機にかけ、分離された粉末状の魔石を金型に入れてプレス成形する事で高純度魔石の生成に成功したのだ。

その高純度魔石にレーザー刻印機で高精度の魔法陣を刻印する事で、高効率の魔法を発動出来るという魔導技術と科学技術の融合こそがロデニウス連邦の魔石なのである。

 

「中心部に純度98%以上の魔石を置き、爆裂魔法陣を施した魔石を球状に配置します。そして、爆裂魔法を発動し魔石を圧縮します!」

 

「そうすると、魔石が溜め込んでる魔素とやらが熱と光になって一気に放出される…だったな?」

 

そう、実は高純度魔石の生成実験途中で、一定の純度と密度に達した魔石から高熱と閃光が発生した。

それを新たな炸薬として使えないか?と研究を続けた結果、高威力爆弾として完成したのだ。

 

「よし、では始めてくれ。」

 

「承知しましたぁ!」

 

6つのレンズが付いた奇妙な眼鏡を光らせて、ドクが異常に長い指でパソコンのキーボードを叩く。

すると、一つのモニターにカウントダウンが表示された。

 

──5…4…3…2…1…0

 

全てのモニターの表示が真っ白になり、次の瞬間には砂嵐になった。

 

──ズゥゥゥゥゥゥン……

 

地下室が揺れ、その威力の凄まじさを物語る。

 

「おぉっ!実験は成功です!」

 

ドクが歓声を上げて手を叩く。

そんなドクの横で、指揮官はポツリと呟いた。

 

「……『トラペゾヘドロン』」

 

「はい?」

 

指揮官の呟きにドクが首を傾げた。

 

「トラペゾヘドロン、そう名付けよう。」

 

魔導爆弾『トラペゾヘドロン』。それは、直径約30kmの範囲の土砂を熱線によりガラス化させた。

 

 

──同日、神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス『対魔帝対策省』──

 

世界最強の大国、神聖ミリシアル帝国の帝都ルーンポリスの中心地に建ち並ぶ各省庁。その内の一つ、『対魔帝対策省』の一角で仮面を被った男性が小さく震えていた。

 

「なんだ…この異常な魔力波は…」

 

彼の名はメテオス、古の魔法帝国が遺した遺物を解析し運用するための部署である『古代兵器戦術運用対策部運用課』の職員である。

彼の手にあったのは大きなジグザグが描かれた細長い紙だった。

古の魔法帝国、通称『魔帝』。かつて世界を蹂躙し、神にすら弓を引いた傲慢なる帝国…神聖ミリシアル帝国は魔帝の復活を恐れ、復活の予兆を察知すべく様々な探知方法を試していた。

その内の一つ、『広域魔力探知機』に反応があったのだ。

 

「東……東にあるのはパーパルディア皇国か…しかし、あの国にこんな強烈な魔力波を発する術があるとは思えない。」

 

広域魔力探知機は、強力な魔法や魔導兵器の駆動により発生する魔力波と呼ばれる力場を世界規模で探知するものだ。

しかし、余程強力な魔力波でなければ探知出来ない上、大体の方向しか分からないという不完全なものだった。

 

「そう言えば…」

 

メテオスはふと思い出した。

パーパルディア皇国があるフィルアデス大陸の更に東、文明圏外にロデニウス大陸と呼ばれる大陸があったはずだ。

そこには、かつて『魔王ノスグーラ』を撃退した『太陽神の使い』の伝説があるとされている。学生時代に読んだ文献にそのような記述があったため、その考えに行き着いた。

 

「ロデニウス大陸…そういえば、ロデニウス連邦という新興国がパーパルディア皇国に宣戦布告していた…まさか、太陽神の使いなる者が再び現れたのか…?」

 

一人、頭を抱えるメテオス。

神聖ミリシアル帝国のエリートである彼ですら、ロデニウス連邦が魔帝の兵器である『コア魔法』を知らず知らずの内に開発した事なぞ思いもよらなかった。

 




次回も遅れるかもしれません


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61.Avenger

吾妻の着せ替え…あれL2Dなん…?やべぇよ…


──中央暦1639年11月19日午後2時、サモア基地共同墓地──

 

霧雨が降る日だった。

綺麗に整えられた芝生の上に幾つもの墓標が建ち並んでいる。

そんな中、一人の女性が二つの墓標の前に傘をさして立っていた。

 

「この方々が……」

 

真新しい花輪が掛けられた二つの墓標、そこにはこう刻まれていた。

 

──偉大なる悪党『グレッグ・ボルドマン』異世界にて眠る

 

──穏やかなる剣士『倉本 徳二郎』異世界にて眠る

 

その二つの墓標の下で眠っているのは、パーパルディア皇国で殺害されたユニオン人と重桜人だった。

傘を畳み、墓標の前で跪き祈りを捧げる女性…その二人を含む11名を殺害した張本人レミール。その双子の妹であるファルミールだ。

そんなファルミールの背後から声が掛けられる。

 

「お前が、あの女の妹か?」

 

その声に、立ち上がり振り向くファルミール。

そこには、右目を包帯で覆った大男…クリストファー・フレッツァ、通称指揮官である。

 

「はい、私はレミールの双子の妹…ファルミールと申します。」

 

「挨拶するってのに面も見せんのか?パーパルディアらしいな。」

 

嘲笑するような指揮官の言葉に、ファルミールは少し躊躇うような様子を見せるが、絹の仮面を剥ぎ取る。

指揮官にとっては憎悪の対象であるレミールと瓜二つな顔付きに、人中が裂けた醜悪な口元…はっきり言って、マイナス要素しかない顔だ。

 

「その顔を見るのは胸くそ悪い。」

 

「そう…ですよね…」

 

あまりにも辛辣な指揮官の言葉に、顔を曇らせながら再び仮面を被ろうとするファルミール。

しかし、指揮官がそれを止めた。

 

「顔を隠すな、気分が悪い。」

 

「…はい。」

 

理不尽な言葉。しかし、ファルミールはそれも仕方ないと思っている。

自分は関係無いとは言え、身内がしでかした事だ。追放されたとはいえ皇族である事に違いは無い、指揮官の心情を汲めばこのような扱いも当たり前だ。

しかも、自分が反抗的な態度をとって亡命者の立場が悪くなる可能性もある。それだけは避けなくてはならない。

 

──ガチリ

 

そんな事を考えていたファルミールの耳が重々しい金属音を捉えた。

その音を辿ると、指揮官が金属の塊を手にしてそれを彼女に向けていた。

 

「グレッグ…アイツは、俺と一緒にこのサモアにやって来た17人の死刑囚の一人だった…初めはそれこそ殺し合い寸前のケンカをしたもんさ。だがな…ある日、島に自生してたバナナで酒を作ってやったらそりゃ喜んでな。あぁ……アイツは好きな酒を二度と飲めない。」

 

ファルミールはそれを知っていた。

共に亡命したカイオスが、それは何だ?と質問していた。

『拳銃』と呼ばれる小型かつ、連発出来る銃らしい。

それが自分に向けられている…それも仕方ない話だ。

 

「徳二郎はなぁ…重桜って国で剣術を習ってたらしい。だが才能が無く、仕方なくサモアに来たらしい。それでも…それでも、諦めきれなかったんだろうな。毎晩ずっと木刀を振ってたよ。でも、シリアスって奴から別の流派を教えられてからメキメキと上達してな…いつか、同門の奴らと対戦したいって言ってたよ。……もう叶わんがな。」

 

ファルミールは指揮官の目に宿る感情が見えた。

濃厚な、重い泥のような殺意…口だけの殺意ではない。本物の殺意だ。

そんな濃密な殺意を向けられた事の無いファルミールの心臓が早鐘を打つ。息が荒くなり、口の中がカラカラに渇く。

 

「確かに、グレッグは殺されても仕方ねぇかもしれねぇ!だがな、俺にとっちゃ悪人も善人も、出来も不出来も…このサモアで生きる奴は仲間だ!家族だ!」

 

指揮官の指が拳銃のハンマーを上げる。後はトリガーを引くだけだ。

 

「こんな小悪党な俺を受け入れてくれたKAN-SEN…アイツらが守るべき人々を殺し、悲しませるような奴らは許さん!それに…俺は、仲間や家族を殺されても理性的でいられる程大人じゃないんでな!」

 

指揮官の指がトリガーに掛かる。

ファルミールは覚悟した。だが、その前に言わなければならない。

 

「フレッツァ殿。貴方の怒りは理解出来ます…だから、私の命が貴方の慰めになるのであれば…」

 

再び跪くファルミール。

 

「ですが…どうか、カイオス殿達…亡命者の命だけは…」

 

「……」

 

無言の指揮官。

その指に力が少しずつかかり……

 

──バンッ

 

霧雨の降る湿った空気の中、乾いた破裂音が響いた。

芝生に、ポタリと鮮血が滴る。

 

「…31人。」

 

「え……?」

 

耳から伝わる鋭い痛みに顔をしかめながらファルミールが掠れた声で聞き返す。

それに指揮官は、背を向けながら答えた。

 

「俺が直接殺した人数だ。だが、見境なしに殺した訳じゃない。俺の命やら品物を狙ってきた連中を返り討ちにしてたら、この人数さ。」

 

「……私を…殺すのでは?」

 

ファルミールから発された震えた声に、肩を竦めた。

 

「お前は、俺を殺そうとしてない。それに…俺の仲間を殺したのはお前じゃない。理性的な大人じゃないが、それぐらいの分別はあるさ。」

 

拳銃をホルスターに収めると、一歩踏み出し思い出したように告げた。

 

「あぁ、後でヴェスタルって奴の所へ行きな。……何、悪いようにはせん。」

 

そう言って手をヒラヒラと振って、霧雨の中へ消えて行った指揮官。

ファルミールは、その背中を見送る事しか出来なかった。

 

 

──同日、パーパルディア皇国属領クーズ──

 

かつて『豊かと繁栄の象徴』と呼ばれていたクーズ王国。しかし、20年程前にパーパルディア皇国の侵攻を受け陥落し属領と成り下がっていた。

パーパルディア皇国より派遣されたクーズ統治機構からは、『クズのクーズ』などと呼ばれ、クーズの住民は日々重労働を強いられている。

そんなクーズ住民の一人が廃坑に入って行った。

曲がりくねった廃坑は熟知した者でなければ直ぐに迷ってしまうだろう。

 

──コンコンッ

 

「碧き航路に?」

 

たどり着いたのは半ば朽ちた木箱が積まれた一角だった。

そんな木箱の一つを叩くと、人の声が聴こえた。

それに対し、ここまで来た男…ハキは答えた。

 

「祝福を。」

 

すると、木箱がスライドして下へ行く梯子が見える。その梯子の終端には一人の男が立っていた。

 

「少し遅かったな、ハキ。」

 

「すまない、イキア。統治機構の連中が彷徨いててな…」

 

「尾行されてないだろうな?」

 

「大丈夫だ。かなり遠回りしてきたからな。」

 

梯子を降りて、天井の低い通路を歩いていると音が聴こえてきた。

 

──パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

歩き続けるとその音は段々と大きくなってきた。

そうして、最終的にたどり着いたのは天井から月明かりが射し込む巨大な空間だった。

落盤により出来た空間であるが、天井部分はネット状に生い茂った蔓植物により上空から見えづらくなっている。

そんな空間には、数十人の男女が金属の筒が付いた木の板を肩に当てていた。

 

「ヴァルハル教官、ハキ到着しました!」

 

「よし、もうじき行動を起こすからな…最後の訓練だと思えよ。」

 

「はいっ!」

 

そう言って金属の筒…銃を手に取るハキ。

これはロデニウス連邦より提供されたレジスタンス向けのライフルだ。

M1903の銃身に施されているライフリングを深くする事で、発射ガスのロスを大きくして初速を落とし、マガジンを持たない単発式に、ストックは簡素な合板製といったモンキーモデルだ。

ただし、そんなライフルでもパーパルディア皇国のマスケット銃よりも遥かに高性能である。

 

「しかし…アイツも人使いの荒い…」

 

ポツリとヴァルハルがぼやいた。

今のヴァルハルは、パーパルディア皇国の属領となっている地域のレジスタンスを訓練する任務に就いていた。

初めはパーパルディア人である事から警戒されていたが、ライフルを手土産にし自らがフェン王国を防衛したアズールレーンの者だと明かすと、一転して歓迎された。

もちろん、ヴァルハルだけではなく数十名が各属領のレジスタンスに武器を供与したり、教育を行っている。

アズールレーンと第四文明圏参加国が外から、そしてレジスタンスが内から攻撃を加えてパーパルディア皇国の継戦能力と軍事力を徹底的に擂り潰す…それが、対パーパルディア戦の基本戦略だ。

 

──パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

銃声の響く中、ヴァルハルは自らもライフルを手に取りレジスタンスと共に訓練を行った。




レミール閣下……やるべきか!?


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62.炎と氷

パロディって難しいですねぇ…時間かけた割にはクオリティー微妙です


──中央暦1639年11月24日午前11時、パーパルディア皇国第三外務局、局長室──

 

かつて、カイオスが主であった第三外務局の局長室。今やそこは彼を失脚させたレミールの私室も同然といった有り様であった。

重厚な黒檀のデスクに座るレミールは、ワナワナと震えていた。

その様子を冷や汗をかきながら見守るのは、皇軍最高司令官アルデを始めとした十数人の男女だった。

 

「い、以上がアルタラス王国侵攻艦隊の調査結果です…」

 

アルデが震え声で締め括る。

それは12日前に、アルタラス王国侵攻を目的とした第三艦隊が消息を絶った事に関する報告の件だった。

それを簡単に纏めるとこうだ。

 

・去る11月19日、エストシラント郊外の磯に大量の木材や布が漂着しているのを近隣住民が発見。

・これを景観保持の為に撤去しようとしたところ、皇国海軍艦の残骸だと判明。

・周辺の沿岸部にも同じく皇国海軍艦の残骸を確認。

・残骸の中には第三艦隊旗艦『ディオス』のネームプレートも存在。

・多数の兵士の遺体も確認された事から、第三艦隊は壊滅したものと見られる。

 

というものだった。

その報告書を読んだレミールは、震えながらデスクに報告書を置くとやや俯き加減に告げた。

 

「アルデ、バルス、マータル…ついでにバルコとタール以外は出ろ。」

 

レミールの言葉から一拍遅れて、局長室から次々と第三外務局の職員とレミールの侍女が出て行く。

そうして最終的に残ったのは5人。

皇軍最高司令官アルデ、海軍総司令官バルス、作戦参謀マータル。そして、レミールの腰巾着となっているバルコとタールだった。

 

──ガチャン

 

最後に、レミールの侍女が頭を下げながら扉を閉めた瞬間、レミールは顔を上げて口を開いた。

 

「これはどういう事だぁぁ!」

 

レミールの怒声が局長室に響き渡った。

 

「栄えある皇軍がフェン王国に続き、二度も敗北しただと!?何をしているんだ!!」

 

驚くべき大音量で怒鳴っているため、分厚い扉越しでもレミールの怒声が聴こえる。

局長室から追い出された人々は、彼女の剣幕にざわついた。

 

「第三艦隊はエストシラントの守り!練度も装備も一流であるはずだ!!」

 

"狂犬"と渾名されるレミールが喉が裂けんばかりに怒鳴り、顔を真っ赤にして激怒している。

はっきり言って怖い。

 

「それがアルタラス王国のような文明圏外国に敗れただと!?」

 

その証拠に、レミールの侍女の内の一人がメソメソと泣き始めた。

 

「マータルゥゥゥゥ!!貴様の頭は飾りかぁぁぁぁぁぁ!?」

 

レミールはアルタラス王国侵攻作戦を立案したマータルに詰め寄り、耳元で怒鳴る。

局長室の窓ガラスがビリビリと震える程の声量を鼓膜に叩き込まれたマータルは、目を白黒させながら頭を下げる。

 

「も…申しわ…」

 

「アルデ、貴様もだ!!」

 

マータルの言葉を遮りつつ、レミールは報告書を握りしめて次にアルデに詰め寄る。

 

「マータルの作戦に不備があれば、貴様が指摘すべきであろう!自分の仕事もこなせない奴なんて大っ嫌いだ!」

 

アルデは荒くなる息を抑えながら、腰を直角に曲げて頭を下げる。

 

「申し訳ありません!まさか、皇軍が敗れるとは……」

 

「うるさい、大っ嫌いだ!情けない言い訳をするな!!バァァァァァァァァカ!」

 

アルデは額に浮いた脂汗をハンカチで拭いつつ、弁明の言葉を続けた。

 

「つ……次こそは、より強力な軍を編成し必ずやアルタラス王国を落としてみせます…」

 

「ならば最初からそうしろ!!」

 

そう怒鳴りながら、レミールは握力と手汗でグチャグチャになった報告書をデスクに叩き付ける。

 

「チクショウめぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 

重厚な扉がビリビリと振動し、局長室の外で待機する人々がビクッと肩を跳ねさせる。

メソメソ泣いている侍女の肩を、女性局員が慰めるように優しく叩いた。

だが、レミールはそれに構わず怒声を上げ続ける。

 

「フェン王国侵攻艦隊とアルタラス王国侵攻艦隊合わせて、600隻の艦船と50万人もの人材が失われたのだぞ!皇国が敗北するという事の意味が分かっているのか、アルデェェェェェエ!!」

 

更にアルデに詰め寄るレミール。

その剣幕にアルデは一歩下がるが、レミールは一歩詰め寄る。それが繰り返され、とうとうアルデは壁際に追い詰められてしまった。

 

「貴様の皇軍最高司令官としての自覚が足らんかったからだ!お前も更迭してやろうか!?私の前任のカイオスのように!!」

 

そこまでまくし立てるとレミールはデスクに戻り、椅子にドカッと腰を下ろした。

 

「おのれぇ…蛮族めぇ…一度ならず二度までも皇国に泥を塗りおってぇ…」

 

流石に怒鳴り過ぎて疲れたのか、肩で息をしながら静かに怒りを燃やすレミール。

一方、局長室に残った面々は彼女の怒りに触れないように沈黙し、気配を消す事しか出来なかった。

 

「さてはアルタラス王国にもアズールレーンが関わっているなぁ……おのれぇぇぇ…許さんぞ…」

 

親指の爪をギリギリと噛みながら、再び怒りを燃やすレミール。

 

「なんだあのアズールレーンの女武官は…如何にも堅物な顔をしておいて、見せ付けるようなっ!おっぱいぷるーんぷるん!」

 

その場に居た全員の心が一致した。

 

(いや、あんたも大概だろ…)

 

しかし、この場は間違い無く"沈黙は金"な状況だ。全員が沈黙を貫く。

 

「おのれ…アズールレーンめ…絶対に許さん…」

 

レミールはアズールレーンに対する歪んだ怒りを燻らせるのであった。

 

 

──同日、旧ロウリア王国ジン・ハーク──

 

「ふんっ!…ふんっ!」

 

旧ロウリア王国の王都であったジン・ハーク。そこは現在はロデニウス連邦副首相の官邸が設置されている。

そんな官邸の一角に置かれた重桜風の道場で初老の男性が木刀を振っていた。

彼は旧ロウリア王国国王、ハーク・ロウリア34世。現在は、ロデニウス連邦副首相を勤めている。

 

「精が出ますな、副首相。」

 

そんなハークに声を掛ける人物。

それに対してハークは、手拭いで汗を拭きながら声がした方向に目を向ける。

純白のオーバーサイズコートをマントのように羽織った大男…指揮官だった。

 

「おぉ、指揮官殿。如何された?」

 

ハークにとって指揮官は、恩人…長門や高雄を始めとした重桜の武人の上司にあたるため最大限の敬意を払う相手である。

歩み寄るハークに対し、指揮官は口角を僅かに上げた笑みを浮かべる。

 

「今日は…"陛下"にお願いがありまして。」

 

「…ほう。」

 

ハークはロデニウス連邦副首相である。しかし、彼にはもう一つの顔がある。

それこそロデニウス大陸から、パーパルディア皇国の目を逸らす為の隠れ蓑である名前だけの国家『ロウリア統一王国』の国王、ハーク・ロウリア34世だ。

 

「貴方には……"もう一度、敗戦"して頂きたい。」

 

「……どういう意味ですか?」

 

ハークの疑問に、指揮官は背を向けた。

 

「シャワーを浴びて…まあ、平服で良いでしょう。それなりの地位の方と面会するので、そのつもりで。」

 

ブーツの底を鳴らして歩き去る指揮官の背中を見送りながら、ハークは改めて思った。

 

(指揮官殿を敵に回して生き残った私は…世界一の幸運に恵まれたのかもしれぬな。)

 

底知れぬ悪性と、気紛れの善性を持つ指揮官の有り様に恐怖と頼もしさを覚えながら、シャワー室へ向かった。




レミール閣下を後押しして下さったRed October様と瀬名誠庵様の作品も読みましょう
よりクオリティーの高いレミール閣下を見れますよ(勝手に宣伝)

あと、同じく日本国召喚×アズールレーンを執筆していらっしゃる夜叉烏様の作品も読みましょう
百合百合していて、とても華やかですよ(応援)


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63.茶番

MinorNovice様より評価7を頂きました!

大鳳の旧正月衣装…あんなんR18だろ

あと、457mm連装砲がやっとこさ完成しました


──中央暦1639年11月24日午後4時、国立マイハーク病院──

 

ロデニウス大陸最大の病院であるマイハーク病院。その巨大な建物の一角にある個室のベッドで一人の女性…ファルミールが鏡を見て震えていた。

 

「これが……私…?」

 

彼女の最大のコンプレックスであった裂けた人中は綺麗に縫合され、今では細かい縫い目が残るのみだ。その縫い目も暫くすれば薄くなり消えるらしい。

また、唇が正常な形になった事で顔つきも若干変化している。

全体的な顔立ちこそ彼女の姉であるレミールとそっくりだが、レミールよりも柔らかな顔付きになっている。

レミールが冷酷な美女とするなら、ファルミールは柔和な乙女といった雰囲気だ。

 

「唇の縫合跡はメイクで隠しましょうね~」

 

すっかり変貌した自らの顔に目を奪われているファルミールに、主治医であるヴェスタルがフォローするように告げる。

 

「お嬢様……お美しくなられて……」

 

ベッドの傍らに立っていた隻腕の密偵が、目じりに涙を浮かべている。

そんな彼は涙を"右手"で拭った。

彼の失われた右腕…それは、樹脂と軽合金で作られた義手により復活していた。

 

「魔導技術も…科学技術も皇国を遥かに凌駕している…ロデニウス連邦…いや、サモアが異世界から転移してきたというのは本当だったようですね。」

 

自らの上唇を指でなぞりながら呟くファルミール。

皇国の魔導戦列艦を凌駕するフリゲート艦に、自らの唇を縫合したり高性能な義肢を作り上げる技術…もはやパーパルディア皇国は列強として相応しくない、と思える程の国力がある。

姉…レミールは何故、ロデニウス連邦を敵に回すような事をしたのだろう?

そんな疑問を浮かべていると、ノックも無しに個室の扉が開かれた。

 

「おーおー…ちったぁ見られる顔になったじゃねぇか。」

 

「もうっ、指揮官!デリカシーがないですよ!」

 

指揮官が無遠慮に、ズカズカと入ってきた。

それに対し頬を膨らませながら注意するヴェスタル。

だが、ファルミールは穏やかに微笑んでヴェスタルを宥めた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。ヴェスタルさん。」

 

ファルミールがそんな事を言っていると、指揮官がベッドの傍ら…彼女の直ぐ側までやってくる。

ただでさえ大柄な指揮官を見上げる形になる。鋭い目付きに、服の上からでも分かる程の筋肉…今、彼がその気になればファルミールの首をへし折るなぞ余裕だろう。

そんな想像が頭を過るが、気を取り直して笑顔を浮かべて指揮官に問いかける。

 

「こんにちは、フレッツァ様。如何されました?」

 

「戦争しようぜ。」

 

指揮官からの答えに、笑顔のまま首を傾げるファルミール。

余りにも突拍子も無い答えに、頭の理解が追い付かない。

そんなファルミールに構う事無く、指揮官は手をパンパンッと叩いた。

 

「お二方、どうぞー」

 

「むぅ…指揮官殿、本当にやるのか?」

 

個室に入ってきたのは、ロデニウス連邦副首相のハーク・ロウリア34世。

そして…

 

「なんとも無茶苦茶な…」

 

ファルミールと共に亡命してきたカイオスの二人だった。

二人は、呆れたような…しかし、どこか面白そうな表情を浮かべている。

 

「はい、よーいスタート。」

 

指揮官が抑揚の無い声で告げると、ハークとカイオスの二人がファイティングポーズをとった。

 

「ふははははは!我こそは偉大なるパーパルディア皇国の下僕!ロウリア統一王国の王、ハーク・ロウリア34世である!皇国を裏切った貴様らを、ここで討ち取ってくれるわ!」

 

「何をっ!所詮、文明圏外であろう!私一人の力で十分だ!うぉぉぉぉぉぉお!」

 

「えっ……?あ…あの…?」

 

何やら胡散臭い芝居を始める二人に戸惑うファルミール。

それに構わず、カイオスはハークにパンチを繰り出す。

 

──ペチンッ

 

威勢の良い掛け声とは裏腹に、何とも気の抜ける打撃音が響いた。

 

「うわぁぁぁぁ…や~ら~れ~た~」

 

「貴様っ、このお方はパーパルディア皇国の皇族であるファルミール様であるぞ!そのようなお方を討ち取るなぞ…なんたる無礼!」

 

「も、申し訳ありません!責任をとって、我が国の全てを差し出しますので命だけは…」

 

胸を張るカイオスと、頭を下げるハーク。

 

「ふむ、ではロウリア統一王国はファルミール様が治める国とする!」

「…え?」

 

「ファルミール皇帝陛下ばんざーい!」

 

「あ…あの…カイオスさん?ハークさん?」

 

芝居がかった口調で宣言するカイオスと、諸手を挙げてファルミールを讃えるハーク。

そんな二人に戸惑い、しどろもどろになるファルミール。

指揮官はそんな三人を見て珍しくにやついていた。

 

「いやぁ、今日の出来事は教科書に掲載される事になるでしょうなぁ。……大根役者と三文芝居の典型例として。」

 

「指揮官殿!?」

 

「フレッツァ殿がやれと言ったではありませんか!」

 

いきなり梯子を外された形となった事に驚愕するハークとカイオス。しかし、指揮官はそれに構わずファルミールの方を見た。

 

「ファルミール…考えてもみろ。ここには多数のパーパルディア人が居て、皇族であるアンタも居る…ならば、この地でパーパルディア皇国の後継国を作っても構わねぇ、って話さ。」

 

「え?あの…どういう…?」

 

未だに理解が及ばないファルミールが目を白黒させていると、カイオスが彼女に跪いて補足した。

 

「ファルミール様、皇国はもうダメです。皇族の機嫌をとる為に軍を動かし、それにより傷付いたり戦死した兵士に対する保障も出来ない…最早、民の為ではなく皇族の為の国家となっているのです。」

 

カイオスは確固たる意志を宿した目をファルミールに向けた。

 

「今の皇国は国家ではなく、皇族をトップとしたマフィアと同じです!このままでは、罪の無い市民までもが使い潰されてしまう…そうならない為にも皇国の全てを白紙にし、新たなる国家として生まれ変わらせなければなりません。だからこそ…ファルミール様、貴女に新たなる国家の代表となって頂きたい。皇族である貴女が代表であれば市民の反発も最低限で済むでしょう…」

 

ファルミールはようやく理解出来た。

カイオス…いや、ロデニウス連邦やアズールレーンは対パーパルディア皇国戦争の戦後を見越してファルミールを祭り上げて、亡命政権を打ち立てようとしているのだ。

確かに、戦後にアズールレーンの軍隊が統治するのとファルミールを代表とした亡命政権が統治するのでは、後者の方が市民からの支持を得られるだろう。

 

「で…ですが、私達に何が出来るのですか?経済力も軍事力も無い…ロデニウス連邦からのお情けで生き永らえてる私達が……」

 

「俺達がどうにかしてやる。」

 

ファルミールの声を遮って指揮官が口を開く。

目を見開くファルミールに構わず言葉を続ける。

 

「経済力?亡命者が不自由なく生活出来るようには支援してやる。軍事力?義勇兵を用意しよう。我々の仲間には、どうしてもパーパルディアを滅ぼしたいって言ってるおっかない女が居るんでね。」

 

「で、ですが…」

 

ファルミールが躊躇うも、指揮官は有無を言わせぬ口調で言い放った。

 

「お前に断る権利は無い。」

 

それだけ言うと、指揮官は背を向けて個室を後にした。

 

「もうっ、指揮官ってば乱暴なんですからっ!」

 

その後をヴェスタルがプリプリ怒りながら追いかける。

 

「あー…では、あとはパーパルディアの方々で話して下され。」

 

最後にハークが苦笑して個室から出て行った。

 

「お嬢様…」

 

密偵が不安そうにファルミールに声を掛ける。

 

「ファルミール様、もし無理だと仰るのなら私がフレッツァ殿と交渉を…」

 

カイオスが気遣うような言葉を掛けるが、ファルミールは首を横に振った。

 

「いえ…私は皇族、世界に名だたるパーパルディア皇国の皇族です。だからこそ…」

 

密偵とカイオスに信念の籠った目を向けて言葉を続けた。

 

「義務を、果たしましょう。」

 

そこに居たのは忘れ去られた哀れな皇族ではない。

腐敗した皇国を変えるべく、立ち上がった若き女帝であった。




ふと、本屋に寄ったら『急降下爆撃』が売ってありました
買いました


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64.自由帝国

sdi様より評価9を頂きました!


ワイバーンの有効活用としてこれはありか…?


──中央暦1639年11月29日午後7時、ジン・ハーク『ハーク城』──

 

かつてロウリア王国の中心であったハーク城は、活気に満ち溢れていた。

大広間には、各国の…具体的には第四文明圏参加国の駐ロデニウス連邦大使が集まっていた。

談笑する人々の傍らには美しく盛り付けられたオードブルに、黄金色のシャンパン…所謂、立食パーティーだ。

 

「おお、ガハラ神国の…近頃は如何ですか?」

「おや、トーパ王国の…我が国は、野生種ワイバーンや魔獣を追い払う為の機器の開発に協力していましてね。もうじき市場に出回るでしょう。そういう貴国は?」

「あの工事は順調そのものですよ。あれが完成すれば、我が国の大きな利益となります。」

 

各テーブルで出席者が話していると、照明の光量が下がり始めた。

 

《皆様、本日はお集まり頂き誠に感謝します。間も無く、『自由フィシャヌス帝国』初代皇帝ファルミール陛下が入場されます。》

 

若い男性の声のアナウンスが流れ、薄暗く成り行く大広間に入る為の大扉へと参列者の視線が集まる。

 

──ガゴンッ

 

重々しい音を立ててゆっくりと開く大扉。そこから目映い光が射し込み、参列者が思わず目を細めた。

光の中から現れたのは、鱗と翼を持つ巨大な生物…ワイバーンだった。その左右には、金属部にクロームメッキを施したライフルを持つ煌びやかな軍服に身を包んだ儀仗隊が控えている。

 

──ザッザッザッザッ…

 

儀仗隊が一糸乱れぬ足取りで、大広間へと足を踏み入れる。

彼ら儀仗隊を率いるのは、元マイハーク防衛騎士団長にして現儀仗隊長イーネだった。

アズールレーン憲兵隊の一部門である儀仗隊は各国の式典に派遣され、パフォーマンスを実施するが、今回は世界情勢を一変させるであろう式典だ。イーネも含め儀仗隊皆が今までに無いほどに緊張している。

 

「捧げー…銃っ!」

 

イーネの号令と共に隊員がライフルを体の正中線上に構え、銃口を真上に向ける。

一糸乱れぬ統率された動き、参列者はそれに見惚れて思わず息を飲んだ。

 

──グルルルル……

 

左右の間隔を大きく空けて二列に並んだ儀仗隊、彼らの間の通路をワイバーンが喉を鳴らしながら歩む。

そのワイバーンを操るのは黒光りする鎧に身を包んだ竜騎士だった。

至るところに彫金が施された鎧を着込み、力強いワイバーンに騎乗する彼は旧ロウリア王国竜騎士のムーラだ。彼もまた儀仗隊に編入されており、航空戦力としては一線を退いたワイバーンと共に式典の花形として活躍している。

 

「おぉ…」

「改めて見ると…美しい…」

「パーパルディアの後継国であるなら、今後も見据え友好的にせねばな。」

 

そのワイバーンに牽かれるようにして大広間に現れる馬車、それに乗っていたのは美しい女性…ファルミールだった。

純白のドレスに身を包み、長い白髪に薄化粧。その鼻の下には、細かい縫い目が見える。縫い目は化粧で隠す事が出来るが、敢えて隠していない。

 

──パチパチパチパチ…

 

参列者が拍手をし、ファルミールがそれに対して小さく手を振って応える。

これは建国パレードだ。

しかし急遽行われる事となっため、大々的に行う事はせずに形式的なものに留めていた。

ワイバーンが足を止めるとイーネが馬車に小走りで駆け寄り、馬車を降りるファルミールを介助する。

 

「ありがとうございます。」

 

「お気遣い、感謝致します。」

 

ファルミールが会釈しながらイーネに感謝すると、イーネは応えながら頭を深々と下げる。

イーネを伴い、大広間に設置されたステージに上がる。

 

「……ふぅ。」

 

息を整えて大広間を見渡す。

参列者全員が自分を見ている事に緊張感が高まる。

産まれてこのかた大勢の視線に晒される事が無かったファルミールは、今すぐにでも逃げ出したくなるが勇気を振り絞って口を開いた。

 

「皆様、こんばんは。パーパルディア皇国皇族のファルミールです。」

 

静寂に包まれる大広間の角をチラッと見る。

そこにはカイオスと隻腕の密偵の姿があり、二人とも力強く頷いた。

 

「私は…現在のパーパルディア皇国の在り方に疑問を持っています。多くの国を武力により占領し、搾取する…そして、他国の王族を奴隷として差し出すように要求する事はまさしく野蛮で品性を欠いた所業です。さらには、皇国の為に命を懸けて戦った兵士達すらも使い捨てる…他者の命を弄ぶような国は、不幸しかもたらしません!」

 

参列者が一様に頷く。

 

「しかし、私は身分だけの皇族。皇位継承権もなく、政に関わる事すらも出来ませんでした。ですが、無力な私に手を差し伸べて下さったロデニウス連邦…そして、アズールレーンの方々のお力添えによりこのような機会を持つ事が出来ました。」

 

ファルミールの言葉が切れるタイミングで、イーネが巻かれた羊皮紙をファルミールに差し出す。

それを受け取り、開くと言葉を続けた。

 

「私は、腐敗したパーパルディア皇国を打ち倒し新たなる国家を建国します。国号は『自由フィシャヌス帝国』。政治体制は立憲君主制であり、皇帝は政治には関わらず、国家の象徴として君臨する事となります。」

 

その羊皮紙を参列者に見せるように掲げる。

それは建国宣言書であり、自由フィシャヌス帝国の国号と、初代皇帝ファルミールの名が書かれていた。

しかし、政治のトップとなる首相の名はまだ無かった。

 

──パチパチパチパチ!

 

参列者から一際大きな拍手が起こる。

惜しみ無い祝福…しかし、それを受けるにしても楽な道ではなかった。

パーパルディア皇国は各国から恨まれており、その上ファルミールはフェン王国人とサモア人の殺害を指示したレミールと瓜二つの妹であるからだ。

門前払いこそされなかったものの、懐疑的な各国の大使であったがファルミールが自ら頭を下げて亡命政権として認めてくれるように頼み込んだ事。そして何より、ロデニウス連邦とアズールレーンが後ろ楯となった事からファルミールを皇帝とした自由フィシャヌス帝国の設立が認められたのだ。

 

《以上、ファルミール陛下のお言葉でした。それでは皆様、本日の建国パーティーを引き続きお楽しみ下さい。》

 

アナウンスが流れる中、ステージから降りるファルミール。

そんな彼女に各国の大使が歩み寄り、口々に激励や祝福の言葉を投げ掛けながら握手する。

そんな中、一際身なりの良い男性がファルミールに手を差し出す。

 

「初めまして、ファルミール陛下。ムーの駐パーパルディア皇国大使、ムーゲと申します。」

 

「ムーの…方ですか?」

 

ファルミールは面食らった。

このパーティー会場には第四文明圏国しか居ないと思っていたため、ムーのような列強国の大使が居るとは思わなかったからだ。

 

「実は、本国からパーパルディア皇国からの退去を命じられていたのですが、現地での情報収集も要請されたのでこのロデニウス連邦に滞在しているのですよ。」

 

そう、ムーゲ達駐パーパルディア皇国大使館の職員や滞在していた民間人は、パーパルディア皇国からの退去を命じられている。

本来彼らはムー本国に戻らねばならないのだが、ロデニウス連邦とアズールレーンの軍事力であればパーパルディア皇国に敗北する事はあり得ない。と判断された為、ムー本国かロデニウス連邦のどちらに向かうか選んでも良い。と通達されたのだ。

前々からロデニウス連邦に興味があったムー国民は多かったらしく、ほとんどがロデニウス連邦行きを希望した。

もっとも、ロデニウス連邦政府が来訪するムー国民に格安で宿泊施設を提供する事を決定した事も後押しとなった。

 

「そうなのですか。ですが、私はあくまでも亡命政権の代表です。列強国の大使である貴方の立場上、私と話す事は…」

 

「いえ、これは私の個人的な…いわば非公式な会話です。そして、これも個人的な見解なのですが…パーパルディア皇国は間違い無く、アズールレーンによって解体されるでしょう。そうなれば亡命政権である貴女方が正統政府となる…それを見越した人脈作りのようなものです。」

 

ファルミールにも理解出来た。

ムーゲはファルミールと個人的に親しくなっておく事で戦後、パーパルディア皇国…その後継国である自由フィシャヌス帝国との友好関係を構築しておきたいのだろう。

 

「なるほど…分かりました。貴方の事はしっかりと、心に留めておきます。」

 

「光栄でございます。ファルミール陛下。」

 

 

──同日、アルタラス王国ハイペリオン軍港──

 

アルタラス王国の首都ル・ブリアスの東にある軍港。

そこから、北へ向かって海上を滑るように進む7名の人影があった。

その軍港に置かれたアルタラス・アズールレーン共同司令部の窓から、その人影を見送る2名。

 

「父上、この戦争は…どうなるのでしょうか?」

 

そう問いかけるのは、王女ルミエス。

彼女は自国が…アズールレーンが敗北するとは思っていない。しかし、いくら敵国とはいえ多くの人々が戦火に巻き込まれて亡くなるのは心が痛む。

 

「間違い無く勝利するだろう。だが、パーパルディアの皇族が愚かであれば…多くの血が流れるであろうな…」

 

不安げな表情で語る一人娘の肩を抱く国王ターラ14世。

きっと、彼女達の力によりパーパルディア皇国の皇都エストシラントは甚大な被害を受けるだろう。

ターラ14世はこれから起きるであろう惨劇を思い浮かべ、犠牲となるであろうパーパルディア国民にささやかな祈りを捧げた。




次回、エストシラント死す!
デュエルスタンバイ!


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65.黒鉄の七人

アークナイツやってたら遅くなりました&短くなりました
アーミヤいい子やで…ほんま…


あと、ダイドー級はエロ要員なのですか?


──中央暦1639年12月1日早朝、エストシラント港──

 

空が白み始めた早朝、パーパルディア皇国の皇都エストシラント。第三文明圏最大の都市である、この地を護る皇都防衛艦隊の根拠地に停泊する戦列艦の見張り台で一人の兵士が見張りに着いていた。

 

「くあぁぁぁ~…まったく、アズールレーンとか言ったか?連中のせいで寝不足になっちまった。」

 

アルタラス王国に侵攻した第三艦隊が壊滅してからというもの、艦隊の再編成までの間は厳戒体制を維持するように命令されている。

その為、兵士達は昼夜問わず警戒していた。

 

「……ん?」

 

兵士が望遠鏡を覗きつつ首を傾げる。

 

「人……?」

 

その兵士が見たのは人影だった。

エストシラント港からおよそ4km程だろうか?静かな海面に、長い黒髪の小柄な少女が立っていた。

その背には小さな櫓のような物を背負っており、頭には長めの獣耳が生えている。

見た目は亜人の少女だ。しかし、船に乗っている訳でも無いのに海面に立っている。

その光景に目を擦る兵士。再び望遠鏡を覗くが…

 

「うっ……!な、なんだ!?」

 

望遠鏡から閃光…いや、海面に立つ少女から目映い光が発せられた。

その光が少しずつ弱まって行く。

それと入れ換わるように東から太陽が昇ってきた。

 

「なっ……なんだ…あれは!」

 

思わず声を上げる。

そこに居たのは少女ではなかった。

朝日に照らされる200m程もある黒鉄の船体、天を衝くような艦橋。箱形の回転砲塔からは、重厚長大な砲身が生えている。

戦列艦が小舟に見えるような巨艦が7隻、エストシラントの喉元に何の前触れも無く現れた。

その巨艦のマストにはためく、3つの星と錨を描いた旗。

 

「まさか……アズールレーン!?」

 

見慣れぬ旗に、見慣れぬ船。こんな時にエストシラントに来る未確認船なぞ、現在皇国が戦争をしている相手…アズールレーンしか居ない。

あの巨艦はなんだ?どこから現れた?等々、疑問は尽きなかったが兵士は自らの責務を果たす為に魔信を手にした。

だがそれを、無駄だと切り捨てるようにその巨艦の砲口がピカッ、と光った。

 

「てっ……敵襲……」

 

──ズゴァァァァァァン!

 

彼の悲鳴のような報告は、足元から沸き上がる爆炎によって掻き消された。

上空高くに放り投げ投げられる木材や帆布…重量があるはずの魔導砲すら、風に巻き上げられた木の葉の如く宙を舞う。

そして、これが世界で最も凄惨な海戦『エストシラント近海海戦』の幕開けとなった。

 

 

──同日同時刻、エストシラント襲撃艦隊旗艦『長門』──

 

「ふむ…これ程近ければ当てる事は容易であるな…」

 

アルタラス王国より出港した7名のKAN-SEN、その旗艦である『長門』が艦橋内部で呟いた。

長門からエストシラント港までの距離は凡そ4km。それに比べ、戦艦の交戦想定距離は20~30kmだとされている。

それを前提とすれば、4kmなぞ至近距離と言ってもよい。

普通の戦艦であれば、ここまで接近する前に察知されてしまうだろう。

しかし、彼女達はKAN-SEN…人型である『機動戦形態』により秘密裏に接近、目標近くで艦船型である『重火力形態』となる事で敵地の懐へ艦隊を送り込む事が出来るのだ。

 

《長門姉、わたしも撃っちゃっていい?》

 

通信で彼女の妹、『陸奥』が問いかける。

 

「陸奥、まだ待て。指揮官からの指示をだな…」

 

自慢の41cm砲を撃ちたがる陸奥を押し留める長門に、別の通信が繋がる。

 

《ふんっ、アイツはそういう嫌がらせのような作戦ばっかり!》

 

《姉様、それでも指揮官の作戦に間違いはありませんでした。今回も上手く行きますよ。》

 

鼻を鳴らしてご機嫌斜めな様子の『ネルソン』と、それを宥める『ロドニー』。

 

《指揮官には感謝しなければな。私たち、戦艦に花を持たせてくれるのだからな。》

 

《ハハッ!帆船と港が相手なら、速力も関係ねぇな!》

 

《あの日受けた屈辱…この16インチ砲弾に乗せて返してやろう!》

 

目を閉じ、指揮官への感謝の念を口にする『コロラド』。今までの鬱憤を晴らすようにギラついた目をエストシラントに向ける『メリーランド』と、静かな闘志を燃やす『ウェストバージニア』。

 

「…流石は列強国と言ったところか。兵士の動きは良いな…だが、重桜の民…力無き人々を虐げる者を野放しにはしておけぬ。」

 

パーパルディアの兵士が、大慌てで戦列艦に乗り込む。また、ワイバーンロードもエストシラント市街地の向こう側から此方に向かって飛んで来る。

 

──ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!

 

おそらくムーから輸入したのであろうサイレンが鳴り響き、市街地も港も蜂の巣を突っついたような騒ぎが巻き起こる。

ワイバーンロードが雄叫びをあげ、戦列艦が帆を目一杯に張り出港する。

 

「…恨むが良い。」

 

戦艦7隻で艦砲射撃すれば戦列艦は出港する事無く、ワイバーンロードは飛び立つ事無く市街地ごと焼き払われていた事だろう。

しかし、それをしなかったのは指揮官の指示によるものだった。

 

──「連中の目の前で、ご自慢の艦隊を叩き潰してやれ。……あぁ、ついでに港も使い物にならなくしておけ。」

 

つまり奇襲ではなく、正面から圧倒的に叩き潰す…それにより敵軍の士気をへし折り、市民の反戦感情を揺さぶる。

艦隊の殲滅や、港湾設備の破壊はその為の手段でしかない。

そんな指揮官の策略を思い返しながら、長門は重々しく口を開いた。

 

「余は長門…」

 

ある者は、民の誇りを背負いながらも悲劇的な最期を迎えた。

ある者は、欠陥品と呼ばれながらも幾多もの海戦に挑んだ。

ある者は、死の淵から甦り新たな力を手にした。

16インチ砲を搭載した7隻の戦艦。

彼女達を上回る艦はあれど、誇りは未だ潰えてはいない。

 

「重桜の長門である!」

 

『ビッグセブン』、世界最強を謳われた7人の乙女が挑むは第三文明圏の覇者パーパルディア皇国。

合計58門の16インチ砲が今、その力を傲慢なる皇国に叩き付ける。

 




前書きの通り、アークナイツやりながらなので遅れます


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66.エストシラント近海海戦・上

私ですね、スマホを使って執筆してるんですよ
で、アズレンにアークナイツにFGOをやってると執筆出来ないんですよ

なのでゲーム用にiPhone11買いました
ずっとAndroid使いだったのでiOSに慣れません


──中央暦1639年12月1日早朝、エストシラント近海──

 

「急げ!皇都の危機だぞ!」

 

誰かの怒声が響く中、多数の戦列艦がエストシラント港を出港した。

その数、第一艦隊と第二艦隊合わせて丁度700隻。戦力比は100対1、負けるはずもない戦力差だ。

しかし、兵士達の表情は切羽詰まったものだった。

 

「なんてデカイんだ…」

「あんな船、ムーでも見た事がないぞ!」

「まさか…第三艦隊をやったのはアイツらか!?」

 

帆に風を受けて進む戦列艦の甲板上で兵士達は、目の前の水平線上に鎮座する巨大な影を見ていた。

200m程ある巨艦だ。それが7隻…しかも、長大な砲身を持つ大口径砲を備えている。

第一艦隊は外交において他国、主に列強国へと派遣される事が多々ある。そんな彼らは、相対する巨艦の姿がムーの戦艦やミリシアルの魔導戦艦と重なって見えた。

 

「くそっ!せめて竜母があれば…」

 

そう嘆くのは第一艦隊よりも先行する第二艦隊の提督、バンデルである。

エストシラント防衛を任された三つの艦隊の内、竜母を保有するのは第三艦隊しかない。

基本的な皇都防衛戦略は第三艦隊が沖合いにて敵艦隊を撃滅、その取り零しや敵別動隊を第一艦隊と第二艦隊が陸上基地との連携で殲滅する…というものだった。

つまり第三艦隊が消失した今、皇都防衛艦隊には竜母が居ない。

勿論、陸上基地から飛来するワイバーンロードの存在は心強い。しかし、彼はどうも嫌な予感がした。

 

(もし、奴らが第三艦隊を倒したとするなら…皇都防衛部隊でも荷が重いかもしれんな…だが、この数に襲い掛かられれば無事では済まんだろう。確実な勝利の為には、さらに数が必要となるな。)

 

全速力で敵艦隊に向かって行く戦列艦と、陸上基地より飛び立ったワイバーンロード。

戦列艦よりもワイバーンロードの方が圧倒的に優速であるため、あっという間に敵艦隊に接近してゆく。その数300騎、それだけでもそこらの文明圏外国を易々と滅ぼせる戦力だ。しかも陸上基地には400騎以上が待機しており、やや遠くなるがエストシラントの北方の都市『アルーニ』や聖都『パールネウス』にも合計1000騎程が配備されている。

これ程の航空戦力と700隻もの戦列艦…これらの猛攻を如何に巨大であれど、たった7隻に耐えられる筈もない。

だが、バンデル以下多数の将兵の考えは無惨にも打ち砕かれた。

 

──ドンッドンッドンッドンッドンッ

 

敵艦に小さな爆炎が見えたと思った次の瞬間だった。空に幾つもの黒煙と炎の花が咲き、その近くにいたワイバーンロードが全身から鮮血を噴き出しながら墜ちて行く。

 

「なっ…なんだ!?」

 

バンデルがその光景に驚愕している間にも、次々とワイバーンロードが撃ち落とされて行く。

全身から噴き出した鮮血により線を描き墜ちる者、炎の花が目の前で咲き木っ端微塵になる者、半身が千切れて腸を空中にぶちまけながら墜ちて行く者。

空の王者ワイバーンロードが容易く、無惨に死に逝く。

 

──ギャオォォォォォォォン!

 

直ぐ様、低空飛行に移った数十騎のワイバーンロードが一直線に敵艦へと向かって行く。

それでも幾つもの炎の花が咲き、ワイバーンロードを絡め取る。しかし、先程より撃ち落とされる数は少なくなっている。

 

「よしっ!行けるぞ!」

 

誰かがそう歓声を上げた瞬間だった。

敵艦の至るところがチカチカッと瞬き、海面に小さな水柱が上がる。

 

──ギャオォォォォォォォ……

 

──パパパパパパパパパッ

 

幾つかの光弾にワイバーンロードが貫かれ、海面に叩き付けられる光景が見えた。

次にワイバーンロードの断末魔と、一拍遅れて連続した小さな乾いた破裂音が聴こえてきた。

 

「なんだあれは!?」

「どうなってる!ワイバーンロードがあんな簡単に!」

「アイツらはいったい何なんだ!?」

 

次々と、容易く撃ち落とされて行くワイバーンロード。その光景に半ば恐慌状態に陥っている兵士達。

だが、バンデルは敵艦の攻撃に見覚えがあった。

 

「まさか…対空魔光砲!?」

 

パーパルディア皇国に1基だけ存在する対空魔光砲。神聖ミリシアル帝国から密輸入したそれの試験を見学した事があるバンデルには、敵艦の攻撃が正に対空魔光砲そのものに見えた。

 

「バンデル提督!第二艦隊、全艦戦闘可能状態です!」

 

「よ…よしっ!全艦突撃!数は此方が上だ、必ず勝てる!」

 

バンデルの元に通信士が駆け寄り、報告する。それに対し、バンデルは不安を圧し殺しながら指示を飛ばす。

帆に風を受けて敵艦隊へと突撃する第二艦隊、戦列艦400隻からなる大艦隊の物量はそうそう防ぎきれるものではない。

 

(敵艦はワイバーンロードに気を取られているはずだ…その隙に敵艦隊の懐に……)

 

バンデルが即席で戦術を立てていた瞬間だった。

 

「敵艦発砲!」

 

「来たか!」

 

まだ敵艦隊とは3kmほど離れている。

だが、仮にムーに匹敵する艦砲を持っているのであれば届いても可笑しくはない。

そんなバンデルの考えを裏付けるように、第二艦隊の前方に幾つもの水柱が上がり、それに巻き込まれた戦列艦が木っ端微塵になる。

 

「戦列艦『ボーマ』『トリグアス』『サヴァクァン』『ドグリル』……ダメです!20隻以上が轟沈しました!」

 

「なんて威力だ!だが、あれだけの巨砲だ。連射は出来まい!今のうちに突撃せよ!」

 

バンデルの指示に従い、残った戦列艦が突き進む。

射程や威力は負けているだろうが、それでも数は圧倒的に優位だ。

多少の損害には目を瞑り、接近戦を挑む…それが現状とれるベストな戦術だった。

しかし、それはあっさりと否定された。

 

「バンデル提督!敵艦が…敵艦が光っています!」

 

「なんだと!?」

 

通信士の言葉にバンデルは勿論、多くの兵士が敵艦の方を見る。

7隻の敵艦、その黒鉄の巨艦から金色の粒子を伴った光がユラユラと揺らめいている。

 

「なんだ…?」

「何の魔法だ!?」

「魔力を感じない…違う、魔法じゃない!」

 

兵士達がざわめく最中、その揺らめく光の中で踊る粒子が虚空で一つに集まって行く。

上空100m程の所で、それは細長い雲のような形となって行く。

 

(なんだ…?)

 

バンデルが怪訝そうな目を金色の雲に向ける。

その金色の雲は回転し、細く長く…そして鋭くなる。

 

「や……槍?」

 

それは金色の光槍となった。

数を数える事すら馬鹿らしくなる…空を埋め尽くす程に、無数の槍が空に浮いている。

一本一本は細い。しかし、戦列艦を上回る程に長い。

 

(まるで……神の裁きだ…)

 

あまりにも荘厳な景色に、そんな考えが浮かんでくる。

しかし、そんな考えは次の瞬間には消し飛んでしまった。

 

──キュインッ

 

聞き慣れない音と共に、空を埋め尽くす多数の槍がその切っ先を下方に向ける。

その槍が向いた先…そこに、自分達が居る事に気付いたバンデルは一気に顔を青ざめさせつつも、力の限り叫んだ。

 

「たっ…待避ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

だが、もう遅い。

 

──キュィィィィ……ドドドドドドドドドドドドドドッ!

 

無数の光の槍が、第二艦隊に向かって降り注いだ。

 

──ズガァンッ!ズガァンッ!ドンッ!ズドォォォンッ!

 

その光景は正に神の裁きであった。

光の槍は戦列艦を甲板から竜骨まで貫き、瞬く間に残骸へと変えて行く。

V字型にへし折れ、弾薬庫に収納していた砲弾が誘爆し、爆炎と共に多数の命が散って行く。

不運にも、光の槍の雨に打たれたワイバーンロードが串刺しとなり、戦列艦に叩き付けられ運命を共にする。

そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中、バンデルは力無く膝から崩れ落ちた。

 

「ば…ば……」

 

バンデルが乗る旗艦『ローロンズ』に光の槍が降り注いだ。

金色の光に包まれる中、彼は最期の言葉を告げた。

 

「化け……物……」

 

エストシラント港から1km、正に皇都の喉元で第二艦隊は文字通り"全滅"した。

 




1日1話更新していた勢いを取り戻さねば…!


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67.エストシラント近海海戦・下

tomose様より評価9を頂きました!


もう5日も経過してしまった…
時が過ぎるのは早いなぁ…


──中央暦1639年12月1日午前7時、エストシラント襲撃艦隊旗艦『長門』──

 

「……出てこぬな。」

 

艦橋の戦闘指揮所の艦長席に座り、眉間に皺を寄せる長門。

彼女を悩ませているのは、港内でひしめいている戦列艦の群れだ。その数、凡そ300隻…そのどれもが帆を畳み、甲板上の兵士は怖じ気付いたような表情で此方を見ている。

 

「所詮は弱者を虐げる事しか出来ぬ半端者か…列強が聞いて呆れる、というものよな。」

 

ため息混じりに心底呆れたように呟く長門。

それもそのはず、各国から伝え聞いたパーパルディア皇国の評判は『軍事力に物言わせて高圧的な要求をしてくる』という典型的な力に溺れた者としか言い様のないものだった。

しかし、今はどうだろうか?

港内に引きこもり此方の様子を窺いつつ、虚勢を張るために見た目だけは陣形を整えている。

目の前で第二艦隊が短時間で壊滅した事で此方の力を思い知ったのだろうが、余りにも情けない。

 

「勝てぬと思うのであれば、民の避難誘導でもやれば良かろうものを……国の見栄で死に逝く民は哀れであるな…」

 

《チッ…詰まらねぇ連中だな。ビビってんのは分かるが、何もしねぇのはイラつくなぁ…》

 

長門の嘆息が聴こえたのか、通信でメリーランドが粗暴な口調で吐き捨てる。

血気盛んで好戦的な彼女からすれば、戦う格好だけの敵艦隊の態度はイラつきの原因でしかない。

 

《まったくね。自分の責務すら果たせない人間が軍人だなんて…笑わせるわね。》

 

メリーランドに負けず劣らずなイラついた口調で告げたのは、ネルソンだった。

それも無理は無いだろう。彼女の名の元となったとある提督…彼は戦列艦の艦隊を見事に指揮し、大軍を撃ち破ってみせた事で有名だ。

いくら性能で負けてるとは言え、何の動きも見せない敵艦隊は情けないものとしか思えなかった。

 

「指揮官からは、港湾設備の破壊も命じられておる。奴らが港と運命を共にするというのならば、そのようにしてやろうではないか。」

 

《えぇ、長門様の言うとおりですね。敵に情けをかける必要はありません。》

 

朗らかに…しかし、それがかえって冷酷に思える声色でロドニーが長門の言葉に同意する。

 

《艦隊決戦…とは程遠いが、地上への艦砲射撃も戦艦の任務の一つだ。今こそビッグセブンの力を見せる時じゃないか?》

 

《あの日受けた屈辱…全て、16インチ砲弾にして連中に返してやろう!》

 

コロラドとウェストバージニアも力強く長門の背中を押す。

その言葉を受けた長門は、艦橋の窓から隣に停まっている陸奥に目を向けた。

 

《わたしね、みんなを守りたいの!だから長門姉、いっしょに頑張ろう!》

 

測距儀の上で陸奥がピョンピョンと跳び跳ねながら自らの意思を示し、長門を激励する。

それに対し長門は、フッと穏やかに微笑んだ。

 

「躊躇えば、多くの民が苦しむ事となる。余はそれを見過ごす事は出来ぬ。だからこそ…」

 

7隻の戦艦の砲搭が旋回し、その砲身の先をエストシラント港と港内でたむろする戦列艦に向ける。

 

「目標、エストシラント港湾設備及び敵艦隊。襲撃艦隊、火力全開……っ!」

 

戦列艦たちが今頃になって慌ただしく帆を張り始める。

兵士が走り回り、魔導砲が火を噴く。

しかし、それらは水柱を上げるばかりで当たる様子も無い。

 

「撃てぇぇぇぇぇえ!」

 

長門の号令が海上に響いた。

 

──ズドドドドドドドォォォォォン!ズドドドォォォォォン!

 

58門もの16インチ砲が火を噴いた。

仰角を付けない零距離射撃で放たれた16インチ徹甲榴弾は、一挙に数隻の戦列艦を貫いたのち、港の岸壁に直撃し炸裂した。

 

──ドォォォォォン!

 

頑丈な石造りの岸壁が砕け、まるで巨大な獣によって食い千切られたかのような様相となってしまう

瓦礫が空高くに打ち上げられ、港近くの軍事施設や市街地に雨霰のように降り注いだ。

それも一度だけではない。

 

──ズドォォォォォン!ドォォォォォン!ドォォォォォン!ドォォォォォン!

 

エストシラント港のありとあらゆる所で、そんな破滅的な破壊の嵐が吹き荒れていた。

 

「全艦、合わせよ!」

 

《了解!》

 

長門の号令に呼応する6名。

その声に反応するように7隻の戦艦から金色の光が迸り、空へ光の槍を出現させた。

KAN-SENの攻撃エネルギーである『伝承打撃』、その余剰エネルギーを用いて更なる攻撃を行う特殊スキル…通称『弾幕』だ。

その弾幕の種類はKAN-SEN毎に違うが、彼女らビッグセブンは強力な弾幕を持っている。

 

──キュィィィィ……

 

天に輝く光の槍…その数、凡そ300。

その1本1本が、戦列艦どころか並みの軽巡洋艦ぐらいなら容易く轟沈せしめる威力を内包している。

これぞ『BIG SEVEN』。世界に名を轟かせ、自国民の誇りを背負った戦艦のみが持つ強力無比な弾幕である。

 

《今こそ見せてやる、ビッグセブンの真の力を!》

《何度でも沈めてやる!オラァ!》

《16インチ砲弾の重さを思い知れ!》

 

コロラド、メリーランド、ウェストバージニアの弾幕が戦列艦を串刺しにする。

船体の中央に大穴が空いた戦列艦は、その穴から噴水のように海水を噴き出しつつ真っ二つに裂けて沈んで行く。

 

《私が敵を侮ると思ったら大間違いよ!》

《敵に情けをかける必要がありませんね。》

 

ネルソンとロドニーの弾幕が降り注ぎ、桟橋や岸壁を粉砕する。

今まで多数の船を受け入れてきたそれらは、まるでビスケットが砕けるが如く崩壊し、舞い上がった瓦礫が更なる破壊を生み出す。

 

《ネコさん、しっかり掴まって~本気だすよ!》

 

陸奥の戦場に似つかわしくない言葉に続き、長門は再び宣言した。

 

「余は長門…重桜の長門である!」

 

多数の光弾を伴った光槍が、港に隣接する軍事施設に殺到する。

 

──ズガァンッ!ドンッ!ガゴンッ!

 

長い航海を終えた兵士が休む為の宿舎も、船の修理や改装を行うドックも、様々な作戦を練ってきた司令部も……パーパルディア皇国が誇る海軍戦力が、あっという間に残骸と化した。

 

──ズゴァァァァァアン!

 

その残骸の一角が、まるで火山が噴火したように爆発した。

地下に設置されていた弾薬庫が誘爆したのだろう。

その爆発により、瓦礫と黒焦げた人間の死体が宙を舞う。

 

──グオォォォォォォオン!

 

積み重なった瓦礫の下から地竜『リントヴルム』が這い出して来る。

あの砲撃の雨の中、生き残る事が出来たのはたぐいまれな幸運と言えるだろう。

 

──ヒュルルルルルルル……

 

風を切るような奇妙な音が頭上から聴こえる。

リントヴルムはその聴き馴染みのない音に興味を引かれたのか、その長い首をもたげて上を向く。

そこにあったのは、人間の頭程の大きさがある瓦礫…それが見事に、リントヴルムの口にすっぽりと嵌まった。

 

──ゴギャリッ!

 

その勢いで嫌な音を立てて、曲がってはいけない方向に曲がるリントヴルムの首。

そんなリントヴルムが最期に見た景色。それは、多数の砲撃により奇妙なオブジェとなった司令部の姿だった。

 

「……良い、これで十分であろう。」

 

その光景を、目を細めて見ていた長門はそう告げた。

 

──ブォォォォォォ……

 

汽笛を鳴らし、悠々と回頭する7隻の戦艦。

一仕事終えた彼女らの誇らしげな姿とは裏腹に、その力に晒されたエストシラント港は瓦礫が支配する海と成り果てていた。

 

この『エストシラント近海海戦』

アズールレーン側の被害0に対し、パーパルディア皇国の被害は…

第一、第二艦隊壊滅。ワイバーンロード、456騎撃墜。人的被害、計測不能。港湾設備、復旧の見込み無し。

という大損害であった。




そうか…ふわりんとは……ゲッターとは…



言ってみただけです


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68.涙 混迷、畏怖、離別

クロスウェーブのDLCって何時になるんですかね…
早く3Dモデルで動くローンを見たいのですが


──中央暦1639年12月1日午前8時、エストシラント港軍事施設の一角──

 

──ピチャッ……ピチャッ……

 

真っ暗な中、水が滴るような音が響く。

 

「うっ……うぅ……」

 

そんな暗闇の中でうめき声が聴こえた。

すると、砂埃と共に拳大の瓦礫が崩れ落ちた。

 

「何が……どうなって…?」

 

暗闇の中で響くのは女性の可愛らしい声だった。

彼女の名は、パイ。通信士であった彼女は元々陸軍所属であったが、第三艦隊壊滅による部隊再編で海軍に編入されたのだ。

 

「誰か……誰か!」

 

どうにか瓦礫の隙間から手を引き抜き、闇雲に振る。

だが誰も応える事は無く、辺りは静寂が支配していた。

それでも懸命に手を振りながらも、瓦礫から脱け出そうともがいていたパイだったが一つの光明が見えた。

 

──ガラッ……ガラガラガラッ!

 

体を動かしたせいだろうか?瓦礫の一部が大きく崩れ、彼女の体にのし掛かっていた重みが一気に軽くなった。

 

「これなら……ふんっ!んんん~……っ!」

 

全身が痛むが、それを我慢して背中にのし掛かる瓦礫を押し退けて立ち上がる。

細かい瓦礫が崩れ落ち、砂埃が舞い上がる。

 

「けほっ!けほっ!けほっ!……助かっ……た……?」

 

砂埃に咳き込みながら辺りを見渡す。

だが、そこに彼女の職場となる基地は無かった。

辺り一面、瓦礫の山…幾つか建物も見えるが、どれもどうにか立っているというような状態だ。今すぐ崩れ落ちても不思議ではない。

 

「と…とりあえず司令部に……」

 

やや離れた所に見える司令部を目指して歩き出す。

まるで未開地の岩場のように成り果ててしまった道のりを歩きながら、彼女はややうつむき気味に左右を確認する。

瓦礫の間から見える黒焦げの死体、四肢と首がもげた死体、首がおかしな方向に曲がった地竜…彼女の目に写るのは、明らかな"死"のみであった。

 

「こんな……いったい何が…」

 

瓦礫に足を取られながらもどうにか司令部に辿り着く。

司令部の建物はどうにか立っていた。しかし、巨大な獣に食い千切られたかのように外壁は大きく抉れ、立っているのがやっとという状態だ。

そんな状態の建物に立ち入る事は憚られたが、自分以外の生き残りが居るかも知れない。

ここまで来る間に見付けた人間は死体ばかりだった…生きている人間の姿を見なければ、自分の精神がおかしくなりそうだったパイは意を決して司令部に足を踏み入れる。

 

「……ヒィッ!」

 

無事だった外階段を上りつつ自らの職場である通信室を覗いてみたが、そこには凄惨な光景が広がっていた。

多数の金属片やガラス片がハリネズミのように突き刺さった者、胸元に瓦礫がめり込んだ者、首が千切れた者……何故こうなったのかは、通信士であるパイには理解出来なかった。

パイは海軍基地に慣れていなかったため、道に迷って司令部に辿り着くのが遅れた。もし、遅れなかったと思うと…

 

「ば…バルス将軍は…?」

 

生き残った事が幸運か不運かは分からない。しかし、今の彼女に出来る事は生存者を探す事だけだった。

全身に走る鈍い痛みに顔をしかめながら、司令室のある最上階を目指す。

 

「はぁ…はぁ…バルス将軍…マータル参謀…」

 

司令室と外階段の間にある扉は内側から強い力で打たれたように、くの字になっている。

そんな扉は、引っ張ってみると蝶番ごと外れてしまった。

 

「っ……」

 

司令室の中も無惨な状態だった。

天井は無くなり、青空が見える。四方を囲っていた壁は南側…港の方向が崩れ落ちており、残骸と死体が浮かぶ海が見える。

そして、そんな司令室の主であるバルスとマータルの姿は無かった。

代わりに、壁や床にこびりついた肉塊の中に階級章や勲章が見えた。

 

「うっ……うぅ……」

 

パイはその場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。

最早、どうすればいいか分からない。大勢が死に、多くか破壊された。

頭が状況を受け入れきれずパニックを起こし、涙が溢れてきた。

 

「うっ……うわぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁ……」

 

黒煙と粉塵が踊る瓦礫のステージでパイはただ一人、慟哭の歌を歌い続けた。

 

 

──同日同時刻、エストシラント中心部レミール邸──

 

その時、レミールは自らが住む邸宅のテラスで顔を真っ青にしていた。

 

「な…何だ…あれは…」

 

微睡みの中、けたたましいサイレンで叩き起こされた時は防衛部隊に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、とりあえず様子を伺おうとテラスに出た瞬間、その考えは砕け散った。

 

「まさか…アズール…レーン……?」

 

見た事も無い程に巨大な大砲を備えた7隻の巨艦。それに向かった戦列艦の大艦隊と、ワイバーンロードの大部隊…それだけで文明国すら滅ぼせるだけの戦力があっという間に返り討ちとなった。

その光景に目を奪われていたレミールだったが、そうしている間にも港が無惨にも破壊されてしまった。

 

「あ……あぁ……」

 

多数の将兵が駐屯する基地が、皇国の誇る勇壮な艦隊が…全て、原形を留めない瓦礫と化した。

その一部始終を目の当たりにしたレミールは脚の震えを堪えられず、テラスの欄干に体を預けるように崩れ落ちた。

 

「何なんだ……」

 

その時、彼女が抱いたのは恐怖…いや、畏怖だった。

古代の人々が、圧倒的破壊をもたらす天災を神と同一視したように…レミールもまた、アズールレーンが見せた力に畏怖を覚えたのだ。

 

「何なんだお前らはぁぁぁぁぁ!」

 

発狂しそうな自我を保つ為に、怒りを込めて海に向かって叫んだ。

初めて覚えた畏怖の感情と普段通りの怒り、その極端な二つの感情が流入した頭は混乱を極め、その結果独りでに涙が流れた。

 

 

──同日正午、旧クワ・トイネ公国ギム郊外──

 

かつて、クワ・トイネ公国の国境の街であったギム。統一戦争においてビスマルクが使用した"特殊弾頭"により壊滅した街だが、現在は復旧されており近代的な町並みとなっている。

そんなギムの郊外に、新たな街が作られていた。

赤褐色や紺色で塗装された金属製の箱を組み合わせた建物が、等間隔で幾つも並べられている。

輸送コンテナを流用したコンテナハウスによる街だ。

その街の名は『フィシャヌス・シティ』。パーパルディア皇国から亡命してきた皇国民が住まう居留地だ。

そんなフィシャヌス・シティの中心部にある大きな建物、集会場に多くの人々が集まっていた。

 

《お昼のニュースです。本日未明、アズールレーン艦隊がパーパルディア皇国首都、エストシラントの海軍基地に攻撃を行いました。これにより、エストシラント海軍基地は壊滅状態に陥り……》

 

液晶モニターの中で、女性獣人のニュースキャスターがニュースを読み上げる中、砲撃に晒されるエストシラント港の映像が流れる。

多くの戦列艦が轟沈し、軍事施設がオモチャのように木っ端微塵に吹き飛ぶ。

そんな映像を見た元パーパルディア皇国民が抱いた感情は様々だった。

自らを見捨てた報いだ、と思う者。亡命出来た幸運を噛み締める者。アズールレーンの力に恐怖する者。

そんな中、一人の初老の男性が集会場を後にした。

 

「バルス……あれでは生きていまい…」

 

彼の名はシルガイア。パーパルディア皇国海軍総司令官バルスの同窓生である。

かつて士官学校ではバルスに次ぐ程に優秀な人物だったが、無理な拡大政策を行う皇国のやり方に疑問を持っていた。

その疑問はシルガイアの足枷となり、私情を捨てて任務に集中していたバルスとの差は開いて行き…最終的にバルスは海軍総司令官、シルガイアは掃除夫と、その差は開いた。

 

「友よ……祖国から逃げた私を…嘲笑うか?」

 

バルスはしがないの掃除夫と成り下がった自分にも気さくに、学生時代と同じように接してくれた。

そんな友人に別れも言わず、異国の地でのうのうと暮らす事は申し訳なくもあった。

 

「バルス……すまん…私は……私は、臆病者だ……」

 

自らに割り当てられたコンテナハウスに入ると、ベッドに突っ伏して静かに涙した。




アズレンやってるとクリスマスとか正月とかバレンタインより春節を気にしますよね
因みに着せ替えはとりあえず吾妻、大鳳、雪風は買いました
あとは誰のを買うか…


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69.緊急帝前会議~無礼を添えて~

シリアスとイラストリアスの着せ替え買いました
何故ロイヤルはあんなにエロいのか…


──中央暦1639年12月2日午前10時、エストシラント──

 

パーパルディア皇国の中枢である皇宮パラディス城の大会議室。そこには、皇国の首脳部が集まっていた。

 

・皇帝ルディアス

・皇軍総司令官アルデ

・第一外務局長エルト

・第二外務局長リウス

・臣民統治機構長パーラス

・経済担当局長ムーリ

等々……

 

そして、そこには皇帝の相談役であるルパーサと、第三外務局長であるレミールの姿もあった。

 

「そ……それ……それでは…あ…あ…」

 

立ち上がって報告書を読み上げようとするアルデだが、その顔はまるで墓から掘り出した死体のように真っ青になり、体はガタガタと震えている。

持っている報告書は手汗でビシャビシャで、おまけに上下逆さまにしている。

その様子に、ルディアスはため息をついて口を開いた。

 

「アルデよ…報告書は自分で読む。お前は座れ。」

 

今にも死にそうなアルデを気遣った言葉だ。

それに対しアルデは頭を下げ、そのまま崩れ落ちるように椅子に座った。

そうして静まり返った大会議室。報告書の写しを捲る音だけが響いた。

 

──バリンッ!

 

静寂が支配する大会議室に、ガラスが砕け散った音が響く。

全員が音のする方を見ると、顔を真っ青にした経済担当局長のムーリの姿があった。そんな彼の足下は水浸しになっており、細かいガラス片が散らばっていた。

どうやら水の入ったグラスを落としてしまったようだ。

しかし、誰もそれを咎めようとはしなかった。いや、むしろ仕方ない事だとさえ思っている。

 

「皇国海軍は戦力の6割が消失…か…」

 

ルディアスが小さく呟いた。小さな声…それは、静まり返った大会議室に大きく響いた。

フェン王国侵攻艦隊とアルタラス王国侵攻に使用した第三艦隊。そして、エストシラント防衛艦隊である第一、第二艦隊の壊滅によりパーパルディア皇国が誇る海軍は、その6割が海の藻屑となった。

残り2割は工業都市であるデュロの防衛に充てられており、あとの2割は戦力的に劣る属領統治軍だ。

つまり、実質皇国海軍は8割が消失したと言っても過言ではない。

 

「アルデよ。忌憚無く申せ。」

 

ルディアスがアルデに目を向けた。

 

「…勝てるか?」

 

ルディアスの言葉は単刀直入なものだった。

パーパルディア皇国が建国して以来、無敗を誇った海軍。同じく列強国であるレイフォルの海軍をも圧倒出来、名実共に第三文明圏最強を誇る皇国海軍が今や風前の灯火だ。しかも、装備も練度も一流であるはずの皇都防衛艦隊は壊滅し、皇都にまで被害が及んでいる。

 

「あ…あの…海軍基地にて発見された敵艦より発射されたという砲弾ですが…直径は40.6cm、重量はおよそ1トンもあり先進兵器開発研究所の見解によりますと…」

 

「アルデ、御託は止めろ。もう一度聞く。……勝てるか?」

 

アルデが報告書に書いてある事を話そうとするのを遮り、再度問いかけた。

それに対しアルデは過呼吸気味に成りながらも答えた。

 

「……はっ…はっ…か……かっ…勝て…ません…」

 

皇国の頭脳が集まっていると言われる先進兵器開発研究所。通称"兵研"の解析によれば、敵艦より発射された砲弾がもし、皇国が配備する魔導砲と同じ初速で発射出来るとするなら、皇国の戦列艦の防御力では間違い無く防げない…と結論付けられた。

 

「…そうか。」

 

ルディアスが頷くと、アルデは糸が切れた操り人形のように机に突っ伏した。

余りのショックに精神が堪えきれなかったのだろう。白目を剥いて失神している。

 

「ともかく、エストシラント港の復旧及び防衛戦力の回復が必要だ。パーラス、貴様の指揮下にある属領統治軍を引き上げさせよ。」

 

ルディアスからそんな命令を受けたパーラスは目を白黒させた。

 

「へ、陛下…属領統治軍を引き上げれば、属領の維持に支障が…」

 

「パーラスよ、私は常々言っていたはずだぞ?"属領を統治する上で最も重要なのは反乱の芽を丁寧に摘む事"だとな。……よもや、出来ていないのか?」

 

パーラスはこれまでに無い程に焦っていた。

彼の指揮下にある属領統治軍…それははっきり言って、属領にてやりたい放題だった。

気に入らない者は適当な罪をでっち上げて処刑し、若く美しい女が居れば犯す…絵に書いたような悪行三昧だ。しかし、パーラスはそれを咎める事も無く、それどころか自らの欲求を満たす為にそれらの行為に加担していた。

そんな状態で属領統治軍が引き上げればどうなるか?そんな事は容易に想像出来る。

だが、それを馬鹿正直に言えば間違いなく自分は処刑され、一族の財産は没収となるだろう。皇帝の言葉に逆らった罪は重いのだ。

それを理解しているパーラスは冷や汗をかきながら精一杯の愛想笑いを見せた。

 

「い…いえ、少々心配し過ぎただけです。陛下のご命令に従い、属領統治軍を引き上げさせます。」

 

「うむ、それでよい。」

 

パーラスの言葉に満足そうに頷くルディアス。そんな彼の目はレミールを捉えた。

 

「レミールよ、そなたの指揮下にある国家監察軍を皇軍に編入させる。エストシラント港の復旧は勿論、デュロの防衛戦力も増大させる必要があるのでな。」

 

「……はい。」

 

その言葉に、レミールは虚ろな表情で頷いた。

いくら皇族とはいえ、皇帝にそんな態度を取る事は不敬であるが、ルディアスも他の参加者も咎める事はしなかった。

 

(私は…私は、とんでもない事をしでかしたのか……?)

 

第一、第二艦隊とエストシラント港を完膚無きまでに破壊した7隻の巨艦…その光景が目に焼き付いて離れなかった。

今でも全身が小刻みに震え、食欲も睡眠欲も湧かなくなっていた。

そんなレミールを一瞥したルディアスは再び報告書に目を落とす。

 

「しかし…アズールレーンめ…皇国に対してこのような挑発を…」

 

怒りを滲ませて呟く。

ルディアスを怒らせた物。それは、瓦礫の山となったエストシラント港の一角に落ちていたものだ。

見た事も無い程に大きく重い砲弾…『コロラド』から発射された16インチ砲弾の不発弾だった。

いや、正確には不発弾ではない。何故なら、その砲弾の表面には文字が彫られていた。

そして、その文字がルディアスに怒りを覚えさせたのだ。

 

──拝啓

パーパルディア皇国の皆様、もう12月になりましたがお元気でしょうか。

1年も終わりに近付いてきた事もあって、書類仕事が増えてきました。

 

さて、今回は一つお伝えしたくこの文をお送り致しました。

12月10日午前9時頃、貴国の工業都市であるデュロへの攻撃を開始致します。

今回、エストシラント港へ砲撃した艦船による砲撃と、飛行機械から爆弾を落とす爆撃という手段で貴国の生産能力を落とす作戦となります。

ですので、民間人の避難を速やかに行い、迎撃の準備を整える事を強く推奨します。

 

それでは、短い文ながらこれにて失礼致します。

デュロ陥落後はエストシラントへ侵攻致しますので、今のうちからご準備をお願いします。

それでは、またお会い致しましょう。

アズールレーン一同より。

 

追伸

もし、この文にご返事頂けるのでしたら、この砲弾に文字を彫って砲撃により此方まで返信をお願いします。──

 

ことごとく皇国を馬鹿にした態度だ。

作戦目標はおろか、日時すらも此方に明かしている。

これは明らかな挑発だ。「止められるなら、止めてみろ」とでも言うような無礼であからさまな挑発…本来なら皇軍の全力をもって殲滅するところだ。

しかし、海を越える為に必要な海軍は壊滅寸前…装備や練度が劣る属領統治軍や、国家監察軍をかき集める羽目になった皇軍がアズールレーンの海軍に勝てるだろうか?

 

(最悪、デュロは放棄せねばなるまいか……だが、いかに艦船が優れていようが陸には上がってこれまい。陸戦ともなれば、皇軍には地竜が居る。陸戦こそ、皇軍の本領…敗北はあり得ぬだろう。)

 

ルディアスがそんな希望的観測の入り雑じった推察をしていると、不意に大会議室の扉が激しくノックされた。

 

──ゴンッゴンッゴンッゴンッ!

 

「会議中、失礼します!」

 

入室の許可も貰わずに入ってきたのは、第一外務局の職員だった。

 

「なんだ騒々しい!陛下の御前であるぞ!」

 

そんな職員を、上司であるエルトが叱りつける。

しかし、職員はそれに構わず言葉を続けた。

 

「せっ……世界のニュースで……世界のニュースでとんでもない事が!」

 

鬼気迫る職員の言葉に、会議の参加者は顔を見合わせた。




煽り性能+2


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70.生餌

知り合いがインフルエンザになったので救援に行ってたら遅れました


──中央暦1639年12月2日午前9時30分、ロデニウス連邦内フィシャヌス・シティ集会場──

 

多くのメディアが集まったホールに設営された演台。そこにシンプルな青いドレスに身を包んだ女性の姿があった。

長い白髪は後頭部できっちり纏められ、顔はその美貌を際立たせるように薄化粧が施されている。

 

「皆様、初めまして。私の名はファルミール、現パーパルディア皇国皇帝ルディアスの従姉妹であり、去る10月4日…フェン王国人とサモア人の殺害を指示した皇族レミールの妹です。」

 

すっかりトレードマークとなった鼻の下の細かい縫い目を隠さず、レンズの前で凛々しく話すのは勿論ファルミールだった。

 

「何故、私がこの場に…ロデニウス連邦に居るのか疑問に思われるでしょう。それは、私がこの国への亡命を希望したからです。」

 

ファルミールの言葉に記者達がどよめく。

それに対し彼女は軽く頷いて話を続ける。

 

「私は…産まれた時から幽閉されていました。出来損ないの顔を持った醜い娘として…皇位継承権も与えられず、エストシラントの外れにある屋敷で外出も許されず、僅かな召し使いと共に過ごしていました。」

 

こんなに多くの人々の目に晒される事は慣れていないため、緊張してしまい額に汗が浮かぶ。

その汗をレースのハンカチで軽く叩くようにして拭いた。

 

「しかし、だからこそ皇国の現状を客観的に見る事が出来ました。神聖ミリシアル帝国やムーに対し醜い劣等感を抱き、追い付け追い越せと言わんばかりな拡大政策を行い続ける為に、属領の人々を搾取する…その行いは正に、悪魔のようではありませんか!」

 

列強国であるパーパルディア皇国を、悪魔と痛烈に批判したファルミールに対し記者達が驚きの声をあげる。

 

「それだけに飽き足らず、皇国の利益の為に戦う兵士の皆様方に対する保障すら蔑ろにし、自分達はその利益を独占する…パーパルディア皇国の皇族や貴族は最早、高貴な者ではありません!国家を名乗る山賊や海賊の集まりも同然ではありませんか!」

 

ファルミールが舞台袖に目を向ける。

すると、旗が巻き付けられた旗竿を持った初老の男性…カイオスが現れた。

 

「だからこそ、私達はここに宣言します。私達こそがパーパルディア皇国の正統政府であり、新たなる第三文明圏の国家『自由フィシャヌス帝国』を建国します!」

 

カイオスが旗竿に巻き付けた旗を広げる。

赤地に白で女神のシルエットが描かれたシンプルなデザインだ。

因みにこの女神のモデルはファルミールであり、初めてそれを知らされた彼女は顔を赤くして恥ずかしがったものだ。

 

「そして、現在パーパルディア皇国と名乗る者は、自由フィシャヌス帝国の領土を不法占拠する『武装勢力』と見なします。我が国はこの武装勢力を排除し、彼らによって不当な扱いを受けている人々を解放します。その為に、ロデニウス連邦と軍事同盟を締結し、アズールレーンへの参加も認められました。」

 

今一、ホールを見渡すファルミール。

そして、再び声高らかに宣言した。

 

「我々は自由フィシャヌス帝国。現在、我が国の領土を不法占拠しているパーパルディア皇国と名乗る武装勢力を、アズールレーン協力のもと鎮圧します!」

 

記者達がざわめき、フラッシュが激しく瞬く。

そのフラッシュに晒されるファルミールもカイオスも、確固たる意思を秘めた面持ちであった。

 

 

──同日、エストシラント皇宮パラディス城の大会議室──

 

《録画した映像により繰り返しお伝えしました!前代未聞の事態です!列強国にてこのような事態が……》

 

──ブツッ!

 

大会議室に持ち込まれた映像魔信の受信機が消された。

消した張本人、ルディアスは小刻みに震えながら自らの相談役であるルパーサに目を向けた。

 

「ルパーサよ…レミールに妹が居るなぞ私は知らぬが…?」

 

ルディアスの問いかけにルパーサは、顔を青くして掠れた声で答えた。

 

「……事実であります。今はもう亡くなりましたが、産婆であった私の叔母がレミール様を取り上げたのですが…その時、同じくお生まれになったのが、ファルミール様です。」

 

「な……んと……」

 

ルディアスはガックリと項垂れた。

先帝である父の代から仕えるルパーサが言うのであれば、間違いなく事実なのだろう。

皇后候補であるレミールに幽閉され続けた妹が居る…その衝撃の事実は、皇国を批判された事が小さく思える程だった。

 

「んくっ……ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!…」

 

余りの事実に体調が崩れてしまったのだろう。激しく咳き込むルディアス。

 

「陛下!い、医者を!」

 

そんな様子にエルトが立ち上がり、慌ただしく大会議室から飛び出し医者を呼びに行く。

 

「陛下!」

 

レミールがルディアスの背中を擦るが、彼は口から泡を吹いて意識を失っていた。

 

「くっ……おい、今すぐデュロに皇軍の全戦力を集めろ!アズールレーンを返り討ちにして、カイオスとファルミールとか言う女を殺せ!」

 

「で…ですが、第一・第二艦隊が手も足も出なかった相手を返り討ちにするとは……」

 

怒りに我を忘れたレミールが唾を飛ばしながら命令するも、パーラスがそれに対して意見を述べる。

だが、怒り狂った彼女は最早抱いていた恐怖も後悔も忘れていた。

 

「陛下のご心労の種を放置する事なぞ出来るか!裏切り者のカイオスとあの女の首を陛下にお見せするのだ!」

 

「は…はいぃぃぃぃ!」

 

レミールの怒りに恐怖したパーラスは、失神したままのアルデを引き摺って大会議室から出ていった。

それと入れ替わりに、医者を連れたエルトが入ってくる。

 

「お~…の~…れ~…アズールレーンめぇ…陛下のご心労を増やしよってぇ……絶対に、殲滅してやる!」

 

医者による処置を受けるルディアスの傍らでレミールが吼えた。

 

 

──同日、サモア基地指揮官室──

 

《やってくれたな。》

 

無線機からそんな呆れたような言葉が聴こえた。

 

「やるんなら派手にやった方がいいだろ?こっちに敵が集まるってなら、そっちは楽になるだろうさ。」

 

その言葉に指揮官が応える。

 

《ふん……まあ、確かにクーズの統治軍は動き始めている。この分なら、一週間以内に戦力の大部分が引き上げるだろうな。》

 

通信の相手は、パーパルディア皇国の属領であるクーズで反乱軍の指導を行っているヴァルハルだった。

 

《しかし…皇族を引き込むとはな…カイオス殿はまだしも…》

 

「偶然だよ、偶然。まあ、いい餌だな。皇国の連中からすれば食い付かずにはいられない…そんな生餌だよ。」

 

指揮官の言葉にヴァルハルはため息をついた。

 

《はぁー…お前は悪辣だな。アズールレーンは正義の味方じゃないのか?》

 

そんなヴァルハルの言葉に指揮官はニヒルな笑みを浮かべて答えた。

 

「俺達が正義かどうか…それは歴史が決めるものさ。」

 

 

──同日、サモア基地演習海域──

 

穏やかな海上を一隻の空母が航行している。

その空母の艦橋、そこには白いドレスに白い肌、輝くような白銀の髪を持つKAN-SEN『イラストリアス』の姿があった。

 

「ふふっ、なんだか可愛らしい形をしてますね♪」

 

艦橋の窓から甲板を見下ろす。

そこには、『シーファング』や『バラクーダ』のようなプロペラ機に混じって、一機の異形とも言える機体があった。

細長い楕円形の胴体に、幅広い翼は前縁が翼端に向かうにつれて後方へ傾いている。

そして、胴体と翼の接合部からは二本のアームが延びており、その後端に尾翼か取り付けられている。

その姿はユニオン製の双発戦闘機『P-38ライトニング』に似ている。

だが、P-38とは決定的に違う所があった。そう、"プロペラが存在していない"のだ。

そんな機体の周囲には数名の作業員が、何やら作業している。

 

《イラストリアス殿、発艦準備完了です!》

 

作業員からそんな通信が来た。

 

「かしこまりましたわ。皆様、待避をお願いします。」

 

イラストリアスが返答すると、作業員達が甲板の縁に取り付けられているキャットウォークに待避した。

 

「こほん…それでは…」

 

可愛らしく咳払いをし、目を閉じて甲板上の機体に意識を集中する。

イラストリアスにとっては初めて運用する機体であるため、いつものようにはいかない。

 

──キィィィィィィィィィィン……

 

異形の機体が既存の機体とは違う駆動音を鳴り響かせる。

その駆動音が一際大きくなった瞬間、目を開いた。

 

「聖なる光よ、私に力を!…なんちゃって♪」

 

お決まりのセリフと共に、甲板に取り付けられた油圧カタパルトが異形の機体を一気に加速させる。

それと同時に異形の機体も胴体の後端から陽炎を吹き出し、青空へと飛び立った。

 

《発艦成功!発艦成功!》

 

キャットウォークで作業員達が万歳をしたり、互いに抱き合ったりして喜びを爆発させている。

そんな彼らに微笑み、イラストリアスは空を行く異形の機体を見上げた。

 

「これで輝きをもっと速く広げられますね♪」

 




先に言っておきますが、指揮官とKAN-SENはR-18な関係ではありません


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71.下拵え

自由に発言出来るブリーフィングは大事(自由過ぎる)


──中央暦1639年12月2日午前11時、サモア基地ブリーフィングルーム─

 

「作戦を説明する。」

 

いつものブリーフィングルームにて指揮官が、いつも通りの言葉で話を切り出す。

 

「今回の作戦はパーパルディア皇国最大の工業都市であるデュロへの侵攻作戦だ。デュロには大規模な造船所と軍港があり、多数の工廠が存在する。この都市を占領すれば、パーパルディア軍の補給能力は大幅に低下する事となる。」

 

スクリーンに簡易的なデュロの地形図が投影され、海岸線に赤いマーカーが付けられている。

 

「カイオス氏を始めとするパーパルディアからの亡命者…現自由フィシャヌス帝国民からの情報では、小火器や各種弾薬の製造工場はアルーニ、パールネウス、エストシラントと言った各地に分散されているが、大口径魔導砲や艦艇の製造はデュロのみで行われているらしい。」

 

集まっているKAN-SENの一人が手を挙げた。

切り揃えた長い薄紫の髪に、赤いフレームの眼鏡を掛けた『グナイゼナウ』だ。

 

「はい、グナイゼナウ。」

 

「そんなに重要な都市であるならば、かなりの防衛戦力が配備されていると思われますが?」

 

立ち上がり棒付きキャンディをペロッ、と舐めてグナイゼナウが指揮官に問いかける。

それに対して指揮官は、こう答えた。

 

「カイオス氏からの情報では、パーパルディアの主力航空戦力であるワイバーンロードを更に品種改良した『ワイバーンオーバーロード』なる個体が配備され始めているようだ。詳しいスペックは不明だが…少なくともムーのマリン戦闘機に対抗する為に開発されたらしい。そうなれば、少なくともマリンを上回る性能と見た方がいいだろう。さらにそれを運用するための新型竜母も建造されているようだ。」

 

「だとすれば、鈍足な爆撃機や攻撃機は十分注意をしなければなりませんね。」

 

「ああ、そうだ。だから今回は確実に制空権を確保した後に対地攻撃を行う。エストシラント襲撃ではビッグセブンが大活躍だったからな。そろそろ、空母諸君にも出番を…な?」

 

指揮官が首を傾げてグナイゼナウに同意を求める。

 

「承知しました。」

 

グナイゼナウはそう言って頷くと、再び席に座った。

 

「そうだ。これもカイオス氏からの情報だが、デュロには『イクシオン20mm対空魔光砲』なる兵器が配備されているらしい。此方も詳しいスペックは不明だが…神聖ミリシアル帝国から密輸された物であり、その名の通り口径20mmの対空兵器だという話だ。」

 

スクリーンにサモアを始め、ロデニウス連邦や同盟国に対空兵器として配備されている『20mmエリコン機関砲』の3Dモデルが映し出される。

 

「おそらくは20mmエリコン機関砲のような物だと考えられるが…少なくとも"現在この世界で"最強とされる神聖ミリシアル帝国が製造した物だ。我々が想像出来ないような技術が使われている可能性もある。少なくとも『ボフォース40mm機関砲』…最悪、『113mm連装高角砲』クラスの対空能力があるものと思っておけ。」

 

指揮官の注意の言葉を聞いた『赤城』が手を挙げる。

 

「はい、赤城。」

 

「その機関砲が指揮官様の悩みの種であるなら、この赤城が"ソウジ"して差し上げますわ~」

 

口角を上げた黒い笑みを浮かべる赤城だったが、指揮官はそれに対して首を横に振った。

 

「赤城、お前はエストシラント上陸支援の訓練があるから、この作戦への参加は見送ってくれ。今、明石に特殊兵装を用意させ…」

 

「指揮官様~、本当にあの作戦をなさるおつもりなのですか?」

 

眉を下げて問いかける赤城に対し、指揮官は彼女の瞳をしっかりと見据えて告げた。

 

「エストシラントには多数の機密書類がある。それらは戦後に必要となる…そういう物を灰にしない為にも必要な作戦だ。何より……中々似合ってたぞ?」

 

指揮官の言葉を聞いた赤城は頬を紅潮させ、隣に座っていた加賀の襟首を掴んだ。

 

「ね…姉様!?」

 

「うふふ…指揮官様がお望みならこの赤城、全力で作戦を遂行致しますわ!さあ、行くわよ加賀!しっかりレッスンをこなして最高の出来にするのよ!」

 

ブリーフィングルームを後にする赤城と、彼女に引き摺られる加賀。

 

「指揮官!お前、覚えておけ!姉様、少し落ち着い……」

 

加賀からの苦情を涼しい顔で受け流すと、何事もなかったかのように話を続ける。

残されたKAN-SEN達も慣れた様子で、指揮官の言葉に耳を傾ける。

 

「では、作戦の大まかな流れを説明する。先ずは爆装した戦闘機により小規模な爆撃…要は威力偵察を行う。これにより目標の指揮系統を混乱させつつ、敵対空兵器の捜索を行い…発見次第、破壊せよ。」

 

一旦言葉を区切り、ブリーフィングルームを見渡す。

全員が頷いたのを確認すると、ペットボトルの水を一口飲み言葉を続けた。

 

「その後、イラストリアス級に配備した"新型"で制空権を確保…その後、重爆撃機や艦載機による本格的な爆撃を行う。今回は北連の技術チームによって開発された爆弾を使用する。このブリーフィングが終わったらレクチャーを受けるように。」

 

空母のKAN-SENが頷く。

それを見た指揮官は次に、戦艦のKAN-SENが多いエリアに目を向ける。

 

「戦艦の諸君らはデュロ沿岸の軍港や造船所への砲撃だ。内陸部は空母に任せて、敵水上戦力や沿岸部の施設の破壊を優先してくれ。」

 

一人のKAN-SENが手を挙げる。

短めの黒髪に蛍光ブルーの三角形の髪止め、左目がゴールドで右目がブルーなKAN-SEN『ジョージア』だ。

 

「勿論、ジョージアにも出てもらう。457mmの迫力を見せてくれ。」

 

「ははは、指揮官にはお見通しか。しかし、『大和』や『武蔵』も居れば久しぶりに撃ち比べが出来たのになぁ…」

 

ジョージアの言葉に肩を竦めた指揮官はため息混じりに告げた。

 

「第二次セイレーン大戦からそこそこ経ったが…やはり、あの激戦のダメージは深かったようだな。『夕立』みたいな駆逐艦だって完全修復まで3ヶ月かかったんだぞ?あのデカブツの修復なんて、10年かかってもおかしくない。」

 

前世界における最後にして最大の戦争『第二次セイレーン大戦』…その戦争には多数のKAN-SENが参加した。

戦争の結果セイレーンの撃退に成功したのだが、参加したKAN-SENの多くが轟沈級のダメージを受けているのだ。

中でも激戦区にて奮戦した、大和型やアイオワ級等々は原形を留めない程のダメージを受け、人間でいう所の昏睡状態にあった。

 

「まあ、死んだ訳じゃない。気を長くして待ってれば目覚めるさ。」

 

「そうだな。……すまないな、変な話題にして。」

 

軽く頭を下げて謝るジョージアだが、それに対して指揮官は気にするなと言うように手をヒラヒラと振った。

 

「確かにあの二人が居れば派手になったんだがなぁ…まあ、あの二人の分も頼むぞ。」

 

「あぁ、任せてくれ。」

 

力強く頷くジョージアに、満足そうに頷く指揮官。

 

「で、仕上げは海兵隊による上陸作戦だ。シュトロハイム大佐、指揮は任せた。」

 

「任されよ!我ァァァァァァが鉄血の進軍速度は世界一ィィィィィィィ!パーパルディアの連中が迎撃する間もなく、デュロを制圧してみせるわァァァァァァ!」

 

相変わらずうるさいシュトロハイム大佐に肩を竦める。

そうして、再度ブリーフィングルームを見渡した指揮官はこう締め括った。

 

「今回の作戦…おそらく多くの人間…パーパルディア皇国民は死ぬ事となる…だが、心配するな。お前達の罪の全てとは言わんが、半分ぐらいなら俺が背負う。俺は責任を取るぐらいしか出来ん。だから、何も気にせず暴れてこい!」

 




設定上は大和型もアイオワ級も居ますが、ダメージ受け過ぎて眠っている感じです


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72.ムーの三人

ともあれマイラス君は爆発すべし


──中央暦1639年12月2日午後8時、サモア基地ウポル島居住区──

 

サモア基地の中でも軍事施設や工場が集まっているウポル島。その一角に、何棟かのマンションが建っていた。

軍事施設や工場で働く民間人の為に建設されたものであり、トゥトゥイラ島程では無いがそれなりの街が存在する。

しかし、ロデニウス大陸に新たな工業地帯が完成した事によりそちらに引っ越す者が増えたため、現在では空き部屋が多くなっていた。

そんなマンションの一部屋のリビングで三名が何やら話し合っていた。

 

「それにしても凄い数の戦力を動員するんだな…アズールレーンの戦力の質を考慮すれば、これだけでもパーパルディア全土を焼け野原に出来るぞ。」

 

部屋に備え付けられたソファーに座って、半ば呆れたように告げるのはムーの技術士官であるマイラスだ。

このマンションを始めとする一帯のマンションの空き部屋は、ムーからの留学生が滞在する為にサモアから提供されているのだ。

そんな事もあって今のマイラスはかっちりした軍服ではなく、Tシャツとスウェットパンツというラフな格好だ。

そんなマイラスの手には、一冊の冊子があった。

 

「しかし…この情報って機密情報とかじゃないのか?参加する艦艇や航空機の数…あぁ、流石に上陸地点なんかは書かれてないが…まあ、この情報がパーパルディアに流れても勝てないだろうがな。」

 

同じように呆れたように言ったのは、ソファーの対面に座る同じくムーの戦術士官であるラッサンだった。因みに彼の格好は、黄色に黒のラインが入ったジャージだった。なんとなく往年のカンフーアクションスターに似ている。

彼の手にも同じ冊子があった。その冊子とは……

 

「『デュロ攻略作戦のしおり~帰る迄が戦争です!~』……指揮官殿って意外と遊び心あるんですね。」

 

床に置いてある巨大饅頭クッションの上でゴロゴロしながら冊子を捲っていたラ・ツマサが冊子の表題を口にした。

そう、このムー人の三名が持っているのはパーパルディア皇国の工業都市デュロを攻略する為の大まかな作戦内容や、参加艦艇と航空機数が記載された冊子だった。

 

「戦艦5隻、空母11隻、巡洋艦15隻、駆逐艦32隻…航空機に至っては1000機以上…こんな大部隊、ムー統括軍を全て動員しても止められないだろうな…」

 

そう言ってマイラスは参加戦力について記されたページを開く。

そこには様々な艦艇や航空機のシルエットが描かれていたが、航空機の内の1機種だけが大きな?マークで隠されている。

その?マークには『新型登場!』と赤文字で注釈が付けられていた。

 

「この新型ってなんだろうな?」

 

「戦闘機の項目にあるのなら、新型戦闘機では?」

 

首を傾げるマイラスに、ラ・ツマサが立ち上がって歩み寄り、密着するように隣に座った。

因みに今のラ・ツマサの服装は緩い書体で『むー』とプリントされた白いTシャツだけだ。流石に下着は穿いてるし、Tシャツはサイズの大きな物を着ている為、ワンピースのようになっている。

 

「そっ…そうだな。ししし…しかし、シーファングみたいな高性能戦闘機があるのに更に新型とは…」

 

そんなラ・ツマサに密着されたマイラスは冷静を装いながらも、顔を真っ赤にしていた。

何せ美少女に薄布一枚を隔て密着されたのだ。意識するなというのは無理な話だろう。しかもラ・ツマサだが、おそらく"穿いてはいるが着けていない"…つまりはそういう事だ。

 

「……俺はこの対空兵器破壊専門の部隊、『ワイルド・ウィーゼル』が気になるな。真っ先に敵地上空に進出して、対空兵器を破壊するなんて…本当に命知らずだな。」

 

そんなマイラスとラ・ツマサに生暖かい視線を向けたラッサンは、冊子の作戦の流れを説明しているページを開く。

『一番槍を務める命知らずな野郎共!』と銘打たれた部隊が描かれていた。

ロケット弾を搭載した『F4Fワイルドキャット』が24機。デュロに配備されているらしい、神聖ミリシアル帝国製の対空機関砲を破壊する為の専門部隊のようだ。

 

「対空機銃はそうそう当たる物じゃないが…それでも鈍足な爆撃機にとっては脅威だしな、我が国にもこういう部隊が必要なのかもしれない。」

 

そう言いつつマイラスは、然り気無くラ・ツマサから距離を取る。

 

「しかし、パーパルディア皇国も空気が読めませんね。せっかく主と『クリスマスデート』をしようと思ったのに…余計な事を…」

 

距離を取ったマイラスに対しラ・ツマサは、もう離さないとばかりに彼の腕を抱くように再び密着した。

 

「あー…まあ、仕方ないさ。観戦武官に任命されたからには、その任を優先しないと。」

 

「主…流石ですっ!如何なる時も祖国を思う…やはり、主は最高の軍人ですね!」

 

顔を赤くしながらも苦笑し、そう告げるマイラスにラ・ツマサは感極まったように抱き着いた。

 

「あっ!ちょっ……ラ・ツマサ!?近い近い近い!」

 

ラ・ツマサの体つきは決して豊満なものではないが、女性特有の柔らかくしなやかな感触がマイラスの体全体に伝わる。

その上、彼女からは何とも言えぬ甘い良い匂いがする。

そんな柔らかさと匂いに包まれたマイラスは軽いパニックに陥っていた。

 

「はぁ~…はははっ。まあ、俺達は8日に艦載機でデュロ攻略艦隊に合流する予定だから、それまでにどの艦に乗るか決めておこう。」

 

盛大にイチャついている二人にため息をつきながらも、どこか面白そうに笑って立ち上がるラッサン。

 

「あ、ラ・ツマサ。クリスマスデートは無理でも来年の春節デートなんかいいんじゃないか?」

 

「んちゅ……ラッサン、それ名案。」

 

マイラスの首筋に口付けしていたラ・ツマサが、ラッサンの言葉にサムズアップで応える。

 

「それじゃあ、あとは若い二人に…」

 

「ラッサン!?助け……」

 

──ガチャン

 

からかうように言ってリビングを出て行くラッサンに、マイラスが悲痛な声で助けを求めたが皆まで言う前にリビングの扉が閉められた。

 

「ふぅ~…」

 

背中でマイラスの情けない声と、ラ・ツマサの歓喜の声を聞き届けつつ二人が住むマンションの一室を後にするラッサン。

少し歩き、エレベーターに乗り込んだ時だった。

 

──ピロリンッ

 

彼のポケットから軽快な電子音が聴こえた。

サモアから、ムーの留学生へ支給されているスマートフォンにインストールされたトークアプリの通知音だ。

誰からだ?と思いながら防水防塵耐衝撃性スマホをポケットから取り出して、通知を見る。

 

《逸仙さんから一件のメッセージがあります。》

 

それを見たラッサンは目にも止まらない速さで画面ロックを解除し、トークアプリを起動させた。

 

《ラッサンさん、申し訳ありません。

せっかく誘って頂きましたが対パーパルディア皇国戦の為、今年のクリスマスはご遠慮させて下さい。》

 

「やっぱりか……」

 

ガックリと肩を落とすラッサンだったが、彼に福音が訪れた。

 

──ピロリンッ

 

《その代わり、と言っては何ですが春節のご予定はいかがですか?トゥトゥイラ島の東煌街で、春節のお祭りがあるので宜しければ二人で出掛けませんか?》

 

それを見た瞬間、ラッサンの手からスマホが滑り落ち、その耐衝撃性能を発揮した。

 

「よっ………しゃぁぁぁぁぁぁあ!」

 

LED照明が輝くエレベーター内の天井を仰いで歓喜するラッサン。

その間に、マンションの一階エントランスに到着し、エレベーターの扉が開いた事により他の住人から奇異の目を向けられたが、今の彼にとってそんな事は些事だった。

 




指揮官「マイラス殿もラッサン殿もいちいち驚くの面倒くせぇ!このしおり読んで予習しろ!」

って感じです


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73.義務と揺れる心

最近、暑いぐらいの陽気かと思えば急に寒くなったり…
まあ、雪が降らないのでバイクに乗れていいのですが


──中央暦1639年12月6日正午、工業都市デュロ──

 

パーパルディア皇国最大の工業都市であるデュロ。多数の造船所や、鉄工所、魔石の精製工場が軒を連ねる町並みは第三文明圏の工場と称されていた。

本来は正午ともなれば、昼食を求める多く工員達が食堂や屋台にやって来るのだが、今日のデュロはそんな様子も無く閑散としていた。

そんなデュロの中心部にある一際大きな建物…デュロ市庁舎の市長室で二人の男が言い争っていた。

 

「貴様!皇軍の力を信用出来んのか!」

 

相手の胸ぐらを掴み、怒鳴り付ける強面の男。幾つもの勲章が付いた軍服を着ている、デュロ防衛軍の司令官であるアールダである。

そんなアールダから至近距離から怒鳴られ、彼の唾を浴びているのは人の良さそうな柔和な雰囲気のデュロ市長のシャアダであった。

 

「知っていますとも、皇軍は強い。しかし、私は知っているのですよ!エストシラントが敵艦隊により攻撃され、皇都防衛艦隊も港も甚大な被害を受けた事を!」

 

怒りに顔を歪ませるアールダに臆する事もなく、真っ正面から反論するシャアダ。

それに対し、アールダは痛い所を突かれたかのように若干怯む。しかし、市長室の窓から見える港に目を向けた。

 

「ぐっ…いや、それは奴ら蛮族が卑怯な奇襲を仕掛けてきたからだ!見よ、デュロ防衛の為に集まったこの大艦隊!大部隊!最新兵器!ルディアス陛下のご高配により、この地に最優先で配備された戦力だ!」

 

右手でシャアダの胸ぐらを掴んだまま左手で港を指差す。

港を埋め尽くす程の戦列艦750隻と竜母121隻、その数合計871隻。

その竜母の内の1隻に至っては、パーパルディア皇国が持つ造船技術の粋を集めて建造した最新鋭竜母『ヴェロニア』であった。

更にはヴェロニアにはムーのマリン戦闘機にすら対抗する為に開発された、ワイバーンオーバーロードも20騎配備されている。

 

「海上戦力だけではなく、陸軍にも100万人もの兵士と3000頭の地竜が居る!そうだと言うのに貴様は、市民を避難させるだと!?良いか、皇軍は強いのだ!奴らはデュロの街並みを見る事も無く死ぬ!それともあれか、貴様は我々が敗北するとでも思っているのか!?」

 

エストシラント防衛艦隊が壊滅した事を知っているにも関わらず、この言い様である。

あくまでも皇軍が敗北したのは相手から卑怯な手を使われたからであって、それさえ無ければ勝っていたという事である。

 

「卑怯な手を使われたから負けた!?ならば今回もまた、卑怯な手を使われるかもしれないのですよ!それを分かっているのですか!?」

 

そんなアールダに対し、シャアダはあまりにも真っ当な反論をする。

 

「ぐっ…だ…黙れ!軍人でもない貴様が心配するような事ではない!対策ぐらい立てている!」

 

「では、その対策とは何なのですか?」

 

「えぇい、くどいぞ!それは機密だ!」

 

逆上したアールダはシャアダの胸ぐらから手を離すと、ドスドスと足を鳴らして市長室の扉へ向かう。

 

「市民の避難をしたければ勝手にしろ!ただし我々が勝利し、デュロに何の被害も無かった場合、貴様を敗北主義者として報告するからな!」

 

──バタンッ!

 

そんな捨て台詞を吐いて市長室を後にするアールダ。

そんな彼の態度に、ため息をついて呆れた様子なシャアダは懐からハンカチを取り出して唾でベタベタになった顔を拭った。

 

「ポクトアール……無事だろうか…」

 

シャアダは窓に歩み寄ると、水平線を眺めた。

フェン王国へ懲罰攻撃を仕掛ける為にこのデュロから出撃し、異国の地にて囚われの身となっている友の安否を気にかけつつ、シャアダは市長の義務を果たすべく仕事に戻った。

 

 

──同日、皇都エストシラント第一外務局──

 

パーパルディア皇国の政府機関の中でも、エリート中のエリートが集まるとされている第一外務局。そんな者達を束ねる局長であるエルトは、局長室で頭を抱えていた。

 

「なんという事だ……」

 

普段、冷静沈着な彼女がすっかり憔悴している。その原因は、デスクに広げられた数枚の書類だった。

それは、ムーに駐留している駐在武官から送られてきた物だ。

 

「ムーゲ殿から飛行機械、先のエストシラント港襲撃では艦船の情報を得られたが…まさか、陸上戦力にこのような物があるとは…」

 

エルトが一枚の魔写を手に取る。

そこには、ムーの港の岸壁にズラリと並ぶ鉄の獣…ロデニウス連邦からムーへ輸出された『M4中戦車シャーマン』と『M3ハーフトラック』が写し出されていた。

 

「まさか、これは魔導砲か?ムーがこんな纏まった数を輸入するという事は…ムーすら認める程の価値がある兵器だと言う事だろうな…」

 

エルトは外交官であるため、軍事については明るくない。

しかし、世界第二位の国力を誇るムーがわざわざ遠くにあるロデニウス大陸から輸入…しかも、少数ではなく纏まった数を輸入しているという事は、ムーにとってはそれだけの価値がある物だという事だろう。

それを考えれば、ロデニウス連邦…そして、アズールレーンはムーに匹敵するか凌駕するような技術力を持っていると推測出来る。

 

「カイオスはこれを知っていたのか……」

 

先日、世界のニュースにて電撃的に報じられた『自由フィシャヌス帝国』建国のニュース。

その映像に映っていたカイオスについて殆どの者は、彼を裏切り者と罵った。しかし、エルトは違った。

カイオスは第三外務局という、最も多くの国家を相手にする省庁のトップでありながら、国家監察軍の総司令官も兼任していた。

そんな事もあって彼は多くを見聞きし、その観察眼や客観的視点を鍛えてきた。その点に関しては、エルトを始めとする他の外務局員では及ばないだろう。

そのカイオスが、皇国を捨ててレミールの妹を名乗る者の元へ行った。

 

「……負けるのか、皇国は。」

 

優れた観察眼と客観的視点を持つカイオスが、皇国を捨てた…つまり、カイオスは皇国の敗北を予見しているのだ。

少なくともカイオス自身は賄賂や目先の利益で動くような人物ではない。それについてはよく理解しているつもりだ。

 

「カイオス……何故、私達は…こうも離れてしまうのだろうか…」

 

そう言ってデスクの引き出しを開けるエルト。

そこには、書類に混じって一枚の魔写があった。

中性的な容姿の若い女性と、仏頂面で若白髪の男性が肩を寄せ合っている。

若かりし頃のエルトとカイオスを写した魔写だった。

まだ、若手の外交官だったエルトは慣れない仕事で四苦八苦していた時、同期だったカイオスに何度も助けられていた。

そうしていく内に、互いに意識し始め交際するに至った。

しかし、時が経つにつれて仕事量の増加ですれ違う事が多くなり、何時しか二人の関係は自然消滅してしまった。

だが、エルトが未だに独身であるのは尚もカイオスに対して思う所があるのだろう。

 

「……2…88…964…」

 

ふと、立ち上がり魔信に歩み寄り周波数を変えた。

それはエルトとカイオスが交際していた頃に、二人で使ってい個人用回線の周波数だった。

 

──ピーッピーッピーッ……

 

魔信の呼び出し待機音が鳴る。

カイオスがまだこの回線を使っているかは分からないし、応答してくれるかは分からない。

そもそも、応答してくれたとしても何を話せばいいか分からない。

だが、それでも無性にかつて愛した…あるいは、今でも愛している男の存在を感じたかった。

 

──ピーッピーッピーッ……

 

「……私は何をやっているのだろう。」

 

何だか自分のやっている事が馬鹿らしくなってきた。

こんな事をするなぞ、まるで初恋に浮かれた生娘のようではないか。

そんな自分を嘲笑するように苦笑すると、魔信の周波数を元に戻そうと手を伸ばした瞬間だった。

 

《……エルトか?》

 

周波数を調整する為のダイヤルに伸ばした手が途中で止まる。

まさか応答があるとは思わなかった。

予想外の事態にエルトは口を数回、パクパクさせるが意を決して言葉を紡いだ。

 

「……ひ、久しぶり…だな。カイオス。」




次回はドンパチパートにするか、番外編(転移前の話)にするか…

どっちがいいと思います?


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番外編2.神と人

今後のフラグを立てておきたいので、少し番外編をやります


──新暦170年6月24日、重桜・佐世保沖──

 

薄暗い通路に、人工的な冷たい光が瞬く。

無数のパイプやコード、そして脈動するグロテスクな触手…巨大な生き物の腹の中のようでもあり、手付かずの熱帯雨林の奥地のようでもある。

そんな無機質なジャングルの中を一人の人間が歩いていた。

適当に整えた金髪に鍛え上げた肉体、その巨躯を軍服とオーバーサイズのコートで包むその者は『アズールレーン・ユニオン本部サモア基地指揮官』の肩書きを持つ男、クリストファー・フレッツァであった。

 

「……ここか。」

 

通路の終点、巨大な扉の前で立ち止まる。

 

「き…かん…しつ…?…あぁ、機関室か。重桜語は難しくてかなわん。」

 

今、彼が居るのは船の内部だった。

『最終戦略決戦兵器・オロチ』…重桜がユニオンとロイヤルに対抗する為に秘密裏に建造した最終兵器である、超弩級戦艦だ。

ユニオンとロイヤルが所属するアズールレーンと、重桜と鉄血が所属するレッドアクシズの抗争の最終局面。同盟国である鉄血の降伏により追い詰められた重桜は、この最終兵器を起動。しかし、オロチは制御系統が未完成であり『赤城』『加賀』の二人を取り込み暴走を始めたのだ。

 

「あの二人を取っ捕まえれば止まるだろ。」

 

そんな暴走したオロチに対しクリスは無理矢理乗り込み、内部へ潜入する事が出来た。

策がある訳ではないが、赤城と加賀をオロチの外へ引きずり出せばどうにかなるのではないか?と何となく考えていた。

そんな余りにも無計画な考えを抱いたまま、機関室の扉を蹴る。

 

──ガゴォォォン!

 

その巨大さとは裏腹にあっさりと開いた。

防衛設備どころか鍵すらも無い。そもそも、ここに至るまでの道程ですら真っ直ぐな一本道だった。

無防備…と言うよりは、誘い込まれているようである。しかし、彼はそんな事を気にするような人間ではない。

 

「チッ……やっぱりお前か。」

 

蹴破った扉の先、機関室の内部を見て舌打ちする。

そこには機関室には似つかわしくない二本の巨木があり、その幹に赤城と加賀がそれぞれ埋め込まれている。まるで、長い年月を経て取り込まれた人工物のようだ。

その巨木の間には巨大な緑色の柱のような物があり、その柱の前に一人の少女が居た。

 

「あら、やっぱり来たのね。」

 

人を誘惑するような甘い声、青紫がかった銀色の長い髪。肌は青白く、目は爛々と黄色に輝いている。

そして、巨大な頭足類の触手が塊となったような物の上に腰掛けている。

その姿は彫刻のように美しくもあり、生理的嫌悪感を煽るような醜さを兼ね備えたものであった。

セイレーン・オブザーバー…彼女こそが人類から海を奪った、張本人の一人である。

 

「やっぱり、お前が関わっていたか。回りくどい真似しやがって…」

 

「うふふ…でも、面白かったでしょう?美しき姉妹愛に、健気な献身…」

 

──ジュルリ……ジュルリ……

 

オブザーバーが触手を動かし、クリスへと近寄ってくる。

しかし、彼は逃げる素振りさえ見せず堂々とした様子だ。

 

「どれも貴方が持っていないモノよ?いい参考になったんじゃ……」

 

──ガリッ!

 

クリスの耳に顔を寄せ、頬を触れ合わせながら囁くオブザーバーだったが、自らの耳に走った鋭い痛みに言葉を詰まらせた。

 

「プッ……ゴタゴタ言ってんじゃねぇよ。お前らの思惑なんざどうでもいい。」

 

ゆっくりとクリスから離れるオブザーバー。

そんな彼女の側頭部…耳の辺りから蛍光イエローの液体が滴る。

そして、クリスが口から何かを吐き出して乱雑に告げた。

 

「女の子に乱暴しゃいけません、って習わなかったのかしら?」

 

オブザーバーの視線が、クリスが吐き出した物に向けられる。

そこにあったのは、青白い薄い物…オブザーバーの耳だった。十数本の髪も一緒だ。

 

「あいにく教えてくれるお袋も親父も、随分前に居なくなったんでな。俺に常識を求めても無駄だぜ?」

 

まるで小馬鹿にするような言葉と共に、コートを脱ぎ捨てオブザーバーに向かって投げつける。

 

「とにかく、お前を殺せば全部解決なんだよ!」

 

ショルダーホルスターから拳銃を抜き、一切の躊躇いも無く発砲する。

 

──ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 

投げつけたコートを貫き、弾丸がオブザーバーへと飛翔する。

しかし、それは滑りのある触手によって防がれた。

 

「うふふ…こんな物で私を殺せるとでも…」

 

意味の無い攻撃に、オブザーバーは嘲笑とも憐憫とも取れる笑みと表情を浮かべる。

しかし、クリスは相手の隙を逃さない。

 

──ブンッ!

 

空気を切り裂く程の勢いを持って突き出されるナイフの切っ先。

触手の間を縫って繰り出されたそれは、正確無比にオブザーバーの喉笛を貫かんとした。

 

「……無駄よ。特異点でもない人間が私達を殺すなんて、出来は……」

 

ナイフの切っ先を触手で絡めとり、哀れみを含んだ表情で告げるオブザーバー。

しかし、次の瞬間には驚愕に染まる事となった。

 

「訳分からねぇ事を……」

 

ナイフを両手で握り、一歩踏み出すクリス。

 

「ほざくなぁぁぁぁぁぁ!」

 

そのままの勢いで、体ごとぶつかるようにしてオブザーバーを押して行く。

 

──ガリガリガリガリガリッ!

 

「なっ……何、この力は!?」

 

触手ごと押され行く事に驚愕するオブザーバー。離脱すべく体を横にずらそうとしたが、一瞬だけ遅かった。

 

──ドゴォッ!

 

「ガッ……!?」

 

クリスに押されたオブザーバーは、背後にあった緑色の柱に叩き付けられた。

柱にヒビが入り、そこから緑色の液体が噴き出してくる。

だがしかし、それに構わずナイフから手を離して拳を握るクリス。

 

「アディオスアミーゴ!」

 

拳を振りかぶり、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「地獄で会おう!」

 

拳をナイフの柄頭に向かって振るう。

拳の勢いを持って打ち込まれたナイフは、まるで杭打ち機のようにオブザーバーの触手を貫き、そのまま彼女の喉笛へ突き刺さった。

 

「あ……」

 

オブザーバーが一瞬だけ掠れた声を出すが、蛍光イエローの液体が彼女の喉笛から噴き出してそれを掻き消した。

 

──バキッ!バチバチバチバチッ!

 

そのままの勢いで、オブザーバーの体は緑色の柱にめり込み、柱を完全に破壊した。

その際に何らかの電子機器が破壊されたのか火花が散り、電流が緑色の液体を伝ってクリスへと襲い掛かった。

 

「ガアァァァァァァァァァア!」

 

まるで獣の雄叫びのような悲鳴を上げて、ガクガクと体を振るわせる。

時間にしてほんの数秒だったのであろうが、彼にとっては数時間に感じられた。

 

──バシャッ!

 

「はぁー…はぁー…はぁー…」

 

緑色と蛍光イエローが混ざった液体の上に倒れ込み、止まりかけた息を整える。

心臓が異常な程に脈打つが、止まっていないなら大丈夫だろうと判断しどうにか立ち上がる。

 

「……これで50年減刑だ。」

 

目を見開いたままピクリとも動かないオブザーバーの様子にニヤリと笑うと、彼女の下敷きになっている人物の存在に気付く。

オブザーバーの体を乱雑にどけて、その姿を確認する。

 

「……コイツが『天城』か?」

 

長い茶髪に、濡れた九本の尻尾を持った一糸纏わぬ姿の美女が居た。

赤城や加賀との言い合いで何度も出てきた天城だろうと推測したクリスは、自らが脱ぎ捨てたコートを使って彼女を背中に縛り付けるように背負う。

 

「三人か……クソッ、重桜人は尻尾の分重いから嫌なんだがな!」

 

機関室にあった巨木はどういう訳か枯れ始めており、幹に取り込まれていた赤城と加賀は上半身を、ダランとさせている。

あれなら引っ張れば取れそうだ。

 

「あぁ…重い!腰を悪くしそうだ!」

 

どうにかこうにか、赤城と加賀を引き摺り出し二人をそれぞれ脇に抱えたクリスだったが、いくら女性でも三人も抱えればそれなりの重量にはなる。

ましてやオロチに飛び乗り、オブザーバーと生身で戦い、電撃で死にかけた身だ。むしろ立っている事すら奇跡だろう。

だが、休む事は許されない。

 

「不味いな…どんどん傾いている…」

 

そう、オロチが沈みつつあった。

この戦艦は潜水も出来るようだが、機能停止した今となっては浸水してしまうかもしれない。

一刻を争う事態だ。

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

通路にブザーが鳴り響く。

真っ直ぐな一本道だが、三人も抱えた状態で傾いた道程を走るのは骨が折れる。

それでもどうにか、侵入するのに使ったハッチまで来るとそれを器用に足で開けて、甲板上に出た。

 

「指揮かぁぁぁぁぁぁん!」

 

「指揮官さぁぁぁぁぁぁん!」

 

彼を呼ぶ声が聴こえる。

正面にはノーザンプトン、そして『SB2Cヘルダイバー』を操縦するロングアイランド。

 

「ナイスタイミング!やっぱり最高だ、お前ら!」

 

ノーザンプトンとオロチの間にヘルダイバーが来た瞬間、ヘルダイバーの右翼に飛び乗る。

一瞬、機体が右に傾くもロングアイランドが操縦捍を操作し、勢い良く左に傾ける。

すると、まるで投石機のように三人を抱えたクリスが放り投げられた。

その先には、ノーザンプトンが甲板上で救命用ゴムボートを広げて待ち構えている。

これなら多少、衝撃は和らげられるだろう。

自らが指揮する艦隊の最古参である二人に心中で感謝しながら、クリスの意識は衝撃と共に闇に落ちた。

 

 

──■■■■■──

 

白亜の石柱が建ち並ぶ光に満ち溢れた空間。

そこに二人の人影があった。

 

「どうかしら、あの"失敗作"は。」

 

一人は触手を持つ青白い少女…オブザーバーだ。

 

「確かに…自らを曲げず、力に溺れる事も無い。素晴らしい人材だが…」

 

白髪に、長い髭。ゆったりとした純白の服を着た老人…人が想像する『神』そのものな人物がオブザーバーの言葉に応えるも、若干言い淀んだ。

 

「…"悪意"、彼の中にあるそれが気になるのかしら?」

 

オブザーバーの言葉を聞いた老人は小さく頷いた。

しかし、それに対しオブザーバーは小さく笑う。

 

「うふふ…大丈夫よ。あんな、悪意に満ちた失敗作でも世界の一つぐらい救えるわ。それに……」

 

──ゴポッ

 

オブザーバーが喉を鳴らして、口から何かを出した。

 

「毒をもって毒を征す…貴方達が恐れる"羽虫"の悪意では、彼が世界に撒き散らす悪意を侵す事は出来ないわ。」

 

ニヤニヤと笑うオブザーバーは口から出した物を虚空へと放り投げた。

 

「さあ、貴方はどんな道を歩むのかしら?うふふ……」

 

新しいオモチャを見つけた子供のように笑うオブザーバー。

それを何とも言えない顔で見る老人は不安を口にした。

 

「世界を救う悪意……そんな物、存在するのだろうか?」

 

オブザーバーによって放り投げられた物が光と共に消え去った。

 

 

──中央暦1639年12月9日午前8時、重巡洋艦『ノーザンプトン』──

 

「もうすぐ作戦だけど…指揮官、準備は出来ているかい?」

 

水音に混ざってノーザンプトンが問いかける。

それに対し、指揮官はため息混じりに答えた。

 

「はぁ…こういうのは苦手なんだがなぁ…まあ、たまには指揮官らしい事せんとな。」

 

キュッ、とシャワーを止める。

ここは、ノーザンプトン艦内のシャワールームだ。

肩から膝の辺り迄を隠す仕切りで区切られているが、それ以外に視線を遮る物は無い。

互いの顔は見えるし、少し顔を動かせば一糸纏わぬ姿を覗き見る事も出来る。

そんなシャワールームで指揮官とノーザンプトンは、隣同士のブースで身を清めていた。

 

「まあ、そうだね。指揮官は言葉を選ぶのが苦手だし。」

 

ノーザンプトンもシャワーを止めて、指揮官の顔を見上げる。

年若い男女が、共に裸でシャワーを浴びる…如何わしい関係なのだろうと邪推されるかもしれない。

しかし、この二人…いや、ロングアイランドも含めた三人はそんな間柄ではない。

友情だとか恋愛感情だとか、そんな世間一般的な言葉では言い表せない程の信頼関係がこの三人にはあった。

 

「どうにか上手くやらんとなぁ…ワイルドウィーゼルも、海兵隊も命懸けで砲火の前に姿を晒すんだ。下手な事言えば士気に関わる。」

 

肩を竦めた指揮官はブースから出て、脱衣場へ向かう。

そんな彼の体には、まるで植物の根のような跡があった。

高圧電流により生じた火傷の跡だ。血管に沿うように電流が走った為、このようになっている。

 

「たまには、赤城と加賀と天城にも構ってあげなよ?ああ見えて、特に赤城は寂しがりなんだからさ。」

 

「何はともあれ、この戦争が終わったらな。」

 

ノーザンプトンの言葉に背を向けたまま答え、脱衣場に足を踏み入れる。

 

「……何だこれ?」

 

脱衣場の中央、扇風機とベンチが置かれた辺りに何か落ちている。

近寄って観察する。

 

「鍵…か?」

 

そこにあったのは、楕円から一本の棒が生えた金属だった。

棒には幾つもの窪みがあり、それは電子的なロックを外す為のマスターキーのようだった。

それを拾い上げようと手を伸ばす指揮官。

 

「……うわっ、ぬるってした。」

 

何らかの粘液に濡れた鍵。

その楕円の部分には、こう彫り込まれていた。

『~1969,unlock』と…

 




次回、『デュロ攻略戦』開始!


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74.地獄と煉獄

演説って難しいですよね


──中央暦1639年12月9日午前8時30分、デュロ沖──

 

パーパルディア皇国の生産能力を奪うべく編成された艦隊、航空隊、揚陸部隊。

各々が胸中に闘争心を、あるいは不安を抱きながらデュロへと向かっていた。

 

《諸君、おはよう。アズールレーン総指揮官のクリストファー・フレッツァだ。》

 

ある者は機上で、ある者は艦内でその通信を聴いた。

 

《あぁ、作業をしている者は手を止めなくてもいい。さて…諸君に聞きたい事がある。……文明人とはなんだ?》

 

その問いかけに兵士達が様々な答えを口にする。

 

「文明圏に住む奴だろ?」

「いや、文明国に産まれた人間だ。」

「違うな、結局はどんな風に生きるかじゃないのか?」

 

ざわめきが起きるも、スピーカーから流れる言葉を受けて静かになる。

 

《様々な考えがあると思う。しかし、私はこう思っている。真の文明人とは、"自由を愛し、優雅に生き、約束を尊び、時に神秘を奉じる"事だと…そこに産まれた国も住んでいる場所も関係無い。》

 

ほぅ…、と感心するような声が上がる。

 

《しかし現在、列強国と称されているパーパルディア皇国はどうだ。他国の者を奴隷とする者が自由を愛しているように見えるだろうか?他国からの搾取に腐心する者が優雅に見えるだろうか?平然と他国の者を殺害する者が約束を守るように見えるだろうか?そして、自らを神と称する者が神秘を奉る事が出来るだろうか?》

 

「そうだ!パーパルディアの連中こそが蛮族だ!」

「外交の場で他国の者を殺す…奴らの方がよっぽど野蛮だ!」

「そんな連中が列強国だなんて間違っている!」

 

指揮官の言葉に同意するように、兵士達が口々にパーパルディア皇国への批判を口にする。

 

《そうだ、そのようなパーパルディア皇国は列強として相応しくない。脅迫と搾取でしか運営出来ない国家なぞ、害悪でしかない。故に、我々アズールレーンはパーパルディア皇国を完膚無きまでに叩きのめし、この世界に新たなる秩序をもたらす!諸君らの活躍は、その新たなる秩序の先駆者として未来永劫、子々孫々と受け継がれるであろう!》

 

スッ…と静まりかえる。

しかし、それも一瞬。まるで地響きのような雄叫びが何重にも重なった歓声が、海上と上空に木霊した。

 

「「「「うおぉぉぉぉぉぉお!!」」」」

「そうだ!やってやる!」

「カミさんに格好いいとこ見せねぇとな。」

「腕が鳴る、ってもんよ。」

 

士気は十分、自分たちの行いが世界に大きな影響を与える事を再認識した兵士達は、歓喜した。

しかし、そんな兵士達に冷や水が浴びせられた。

 

《だが、忘れるな。我々は地獄に堕ちる。》

 

シーン…、と一気に静まりかえった。

 

《この作戦では多くのパーパルディア人が死ぬ。何万も…何十万も死ぬだろう。他でもない、我々が彼等を殺すのだ。》

 

指揮官の言葉に兵士達の歓喜は引っ込み、熱を持った感情が冷めて行く。

 

《確かに虐殺や略奪、強姦を嗜むどうしようもないクズも居るだろう。だが、多くは自らの祖国を護るために軍人と成った者だろう…そう、諸君らと同じ思いを抱き戦場に立つ者だ。我らはそんな純真な思いを持った者を、彼等より遥かに優れた兵器を使って一方的に殺すのだ。》

 

兵士達が各々が扱う兵器を改めて認識する。

このレバーを引けば多数の爆弾が降り注ぎ、デュロの街は廃墟となる。

この砲を放てば、戦列艦もろとも多くの人が死ぬ。

このトリガーを引けば、相手の射程外から一方的に殺せる。

巨大な爆撃機を操るパイロットから、ライフルを持つ兵士まで、皆が自分が操る兵器の力を再認識した。

 

《そうだ、多くを殺す我々は間違い無く地獄に堕ちる。だが…私は、こう思う。》

 

多くの兵士が息を飲んで言葉の続きを待つ。

永遠にも感じられる僅かな静寂。

それを破ったのは、どこか楽しげな声だった。

 

《諸君らと共に行けるのなら、地獄も悪くない。》

 

「……そうだな。理由がどうであれ、俺達は人を殺すんだ。」

「だが…どうせ地獄に堕ちるんなら、子供や孫が自慢出来るぐらいに暴れてやろう。」

「あぁ、違いない。俺達が地獄に堕ちるぐらいで、後の世代が平和で幸せに暮らせるなら…これ以上の事は無い。」

 

兵士達がこれから自らが行う事に対し、改めて向き合い覚悟を決めた。

その瞬間だった。別回線から通信が届いた。

 

《こちら、ラーテル4。敵ワイバーンと接触!なんて数だ……空がワイバーンだらけだ!》

《ラーテル1より各機へ!我々の任務は、対空兵器の破壊だ!ワイバーンへの攻撃は控えよ!》

 

先行していた対空兵器破壊部隊、ワイルドウィーゼル部隊からの通信だ。

どうやら、デュロ防衛隊のワイバーンロードとの交戦は秒読みといった段階のようだ。

 

《よし、少し予定より早いが始めよう。ラーテル隊、交戦を許可する。幸運を。》

 

《ラーテル1、了解!デュロ攻略の成否は俺達に懸かってる!ラーテル隊、エンゲージ!》

 

通信越しに、エンジン音とワイバーンロードの雄叫びが聴こえる。

それに対し、指揮官は声高らかに宣言した。

 

《『オペレーション・インフェルノ』開始!諸君らに、碧き航路の祝福があらん事を!》

 

 

──同日、パーパルディア皇国属領クーズ──

 

《…碧き航路の祝福があらん事を!》

 

廃坑に作られた隠れ家で、数名の男がポータブル無線機から流れる声に耳を傾けていた。

 

「インフェルノ作戦が始まったぞ。我々も作戦を開始しよう。」

 

無線機の前から離れ、立て掛けてあったライフルを手に取るヴァルハル。

そんな彼に従うように、ハキとイキアもライフルを手に取った。

 

「仲間の話では、統治機構には最低限の戦力しか残していないようです。具体的には、銃兵が30名ほど…」

 

「地竜も飛竜も、ついでに魔導砲もエストシラントやデュロに引き上げている…我々は連中の銃よりも優れた銃を持っている上、人数は200人程。勝ちましたね。」

 

そう、現在クーズ…と言うより多くの属領に配備されていた属領統治軍は、その戦力の多くがパーパルディア本国防衛の為引き上げられていた。

残っているのは、属領に残る統治機構職員の護衛や治安維持の為に残された歩兵のみだ。

農具や棍棒ぐらいしかなかった頃なら、それでも立ち向かえなかっただろう。

しかし、アズールレーンから武器を提供された今なら易々とパーパルディア人を追い出す事が出来るだろう。

 

「確かに勝てるだろうが…決して油断するなよ。何だかんだ言っても列強国の兵士だからな。それと……兵士ならいいが、統治機構の職員はなるべく殺すなよ。」

 

ヴァルハルは若干浮かれている二人に釘を刺しながら、アズールレーンから伝えられた指示を再度伝える。

 

「殺さず、捕まえず…わざとパーパルディアに逃がすんでしたよね?」

 

「何でそんな事を?その場でサクッと殺せば早いのでは?」

 

ヴァルハルの言葉に二人が首を傾げる。

一週間程前に伝えられた指示だが、未だに疑問に思っていた。

それに対し、ヴァルハルは肩を竦めた。

 

「分からん。分からんが…それ相応の報いを受けさせる為には必要な事、だそうだ。詳しい事は私も分からんよ。」

 

この指示をしてきた者…指揮官の顔を思い浮かべる。

 

(まあ、ロクな事は考えてないだろうがな。)

 

そう考えるが、今は自分の任務を全うすべく頭を切り替える。

 

「よし、属領大反抗作戦『オペレーション・プルガトリオ』を開始するぞ。」

 

「「了解!」」

 




バレンタインイベントが始まりますが誰からチョコを貰います?
私は綾波とDoYから貰ったので今年は、大鳳から貰おうかと…

あと、北連イベント来ますね
ソ連艦って…下手すればこのイベントで目玉艦を出し尽くしてしまうのでは?


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75.ワイルドウィーゼル……の筈だった

ひだりみぎ様より評価5を頂きました!


実は私、農業をやってるんですよ
それでですね、週始めは冷え込むって予報が出てたのでその対策してたら遅れました、序でに短くてクオリティー低いです
今年は暖冬だから燃料費浮くと思ってたのに…!


──中央暦1639年12月9日午前8時30分頃、デュロ近海上空──

 

「なんて数だ……100…いや、奥にも100は居るな。流石はパーパルディア皇国…凄まじい戦力だ。」

 

眼下に海とデュロの街並みが広がる上空5000m、そこで24機のワイルドキャットが編隊を組み飛行していた。

その内の1機、隊長機を務める機体のコックピットで『ラーテル1』ことフェン王国十士長アインは酸素マスク越しに呟いた。

ワイバーンの限界高度は凡そ4000m、そのため空を埋め尽くさんばかりのワイバーンロード部隊は自分たちよりも遥かな高みを飛行するワイルドキャット達を悔しそうな表情で睨んでいた。

 

「数だけは向こうが有利か…まあ、いい。此方の任務はあくまでも対空兵器の破壊だ。下手に空戦を仕掛けず、一撃離脱を心がけよう。」

 

アインが目を皿のようにして地上を観測していた時だった。

 

「……あれか!」

 

編隊を組み、飛行するワイバーンロード。正にカモメの一羽も通さないであろう様相だが、一部だけがポッカリと空いた空域があった。

 

「こちら、ラーテル1。各機、目標を発見した。3時の方向、3本の尖塔がある建物のそばだ。」

 

アインが指示すると、無線機から次々と応答が来た。

 

《ラーテル2、了解。》

《ラーテル3、了解。あれは市庁舎のようです。》

 

3本の尖塔が特徴的なデュロ市庁舎。その脇に立つ増築されたであろう建物の屋上に何やら異質な物があった。

自動車のエンジンをそのまま大きくしたような金属の塊から、細長い筒が突き出ている。

どうやらあれが対空兵器のようだ。

 

(銃身以外は20mm機銃より大きいな…装弾数がそれだけ多いのか…まさか、レーダーを搭載して連動させているのか?)

 

アインの脳裏に過ったのは、演習の際に幾度も撃墜判定を食らった相手…『連装ボフォース40mm機関砲STAAG』だった。

波に揺れる船体の上でもスタビライザーにより常に水平を保ち、尚且つ装備したレーダーにより自動追尾してくるあの対空機関砲から逃れる術はなかった。

だからこそ、安定した地上にある上にあんな大袈裟な付属品のあるパーパルディアの対空兵器に対して最大限の警戒をしている。

 

(だが…あれを潰さなければ、爆撃機が安心して任務を遂行出来ない。)

 

アインはフーッ、と息を吐くと一気に息を吸い指示を飛ばした。

 

「全機に通達!敵対空兵器に対し、攻撃を仕掛ける!内陸部の方向から急降下で攻撃し、そのまま低空で海上へ離脱する!」

 

《了解!》

 

部下達の力強い応答を聞くと、機体を一旦内陸部へ向かわせる。

 

(叔父上……このアインが必ずや仇を打って見せます。)

 

アインは心中で固く誓う。

『10月の悲劇』の際に殺害された『青剣』の艦長ヴァートはアインの叔父だった。

死没した両親の代わりに自分を育ててくれたヴァート。何時かは恩返しをしようと考えていたが、最早それは叶わない。

だからこそ、せめて弔い合戦の一番槍を務めて無念を晴らす。その為に危険を承知でこの任務に志願したのだ。

 

「用意はいいか!全機、突撃準備!」

 

《応!》

 

デュロ郊外まで飛ぶと反転し、全機が縦一直線に並ぶ。

 

「チィィィィィィィェェェストォォォォオ!」

 

鋭い奇声と共に24機のワイルドキャットがデュロ市庁舎に向け、猛禽類の狩りの如く急降下を開始した。

 

 

──同日、デュロ市庁舎倉庫屋上──

 

「反対だ!反対側に行ったぞ!」

「早く旋回させろ!」

「いいか、なるべく引き付けろ!」

 

デュロ市庁舎の脇に増築された倉庫の屋上、そこには巨大な装置が置かれていた。

金属製の筐体に取り付けられた水晶の板を眺める男、新兵器研究開発部の主任であるハルカスは苛立ちを隠さぬ態度で吐き捨てた。

 

「えぇい!まだ魔力充填は終わらないのか!?奴らは直ぐそこまで来ていると言うのに!」

 

倉庫の屋上に据えられた対空魔光砲。神聖ミリシアル帝国から密輸入したそれは、このデュロで新兵器開発の為に研究されていたのだが、デュロ防衛の切り札として引っ張り出されていた。

研究所から移動させ、稼働状態に持っていけたのが昨夜…それからずっと魔石を使用して魔力充填を行っているのだが、12時間程経過した今でも半分程度しか充填出来ていない。

アルタラス王国から良質な魔石が輸入出来ない状態になったため、想定通りの性能が出せていないのだ。

 

「敵機、急降下!此方に来ます!」

 

ハルカスの部下の一人が悲鳴混じりに報告する。

 

(充填を待っていてはやられる…致し方無い!)

 

ハルカスはそう判断すると対空魔光砲の射手席に座り、照準器を覗き込んだ。

十字マークのど真ん中に敵機を捉えた。

 

「列強の力を思い知れ!」

 

羽ばたかぬ無機質な翼を持つ鉄の飛竜に啖呵を切ったハルカスは、敵意と共に発射ボタンを押した。

その瞬間だった。

 

──ドッパパパパパパァン!

 

ハルカスと彼の部下、そして十数名の兵士は筐体から迸った光に包まれた。

対空魔光砲は雷魔法と炎魔法を封じ込めた砲弾を風魔法を用いて発射するのだが、魔力充填が十分でない状態で…尚且つ、パーパルディア皇国の未熟な技術で分解組み立てを繰り返した為、風魔法の出力が低下していた。

その為、初速不足により砲弾が砲身内部で"渋滞"を起こしてしまった結果、砲弾が次々に誘爆してしまったのだ。

 

 

──同日、デュロ上空──

 

──ドッパパパパパパァン!

 

その轟音はデュロ上空を飛行するワイルドキャットのパイロットにも、そのワイルドキャットを追いかけるワイバーンロードと竜騎士の耳にも入った。

パイロット達は破壊目標がいきなり爆発した事に、竜騎士は防衛対象が破裂した事に…皆一様に呆然となった。

 

「さ……作戦中止!作戦中止!」

 

いち早く冷静さを取り戻したアインが無線を通じて作戦中止を通達する。

彼らの任務は対空兵器の破壊…だが、それは訳の分からない爆発により達成された。

何が何だか分からないが、ともかく目標は達成出来た。

 

「離脱だ!離脱しろ!バンカー・ヒル殿の元まで戻るぞ!」

 

《りょ…了解!》

 

急降下していたワイルドキャット、24機は直ぐ様水平飛行に移り海上へと全速力で離脱して行く。

続いて冷静さを取り戻した竜騎士達がワイバーンロードを操ってワイルドキャットを追うが、凡そ500km/hで飛行するワイルドキャットに追い付ける筈もなく、あっさりと海上への逃亡を許してしまった。

 

(……なんだか、不完全燃焼だな。)

 

アインも、彼の部下も出鼻を挫かれたような気分でモクモクと黒煙を上げる市庁舎を後方確認用ミラーで見ながら、母艦であるKAN-SEN『バンカー・ヒル』へと帰還して行った。




替え歌って難しいなぁ…


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76.淑女の毒液

グルッペン閣下様より評価9を頂きました!

金曜日はアズレンの公式生放送ですよ!
いやー、北連イベント楽しみだなぁ!


──中央暦1639年12月9日午前9時、デュロ上空──

 

「対空魔光砲が爆発するとは…ミリシアルの連中め、不良品を掴ませたな。」

 

黒煙に混ざって色とりどりの魔石の破片が弾ける市庁舎倉庫の屋上を見下ろしながら、ワイバーンオーバーロード部隊の隊長であるグラッザは呆れたように呟いた。

最新鋭竜母『ヴェロニア』に配備されているワイバーンオーバーロードは、従来のワイバーンロードを大きく上回る性能を持つがそれと引き換えに活動可能時間が短い。

それゆえワイバーンロードのように哨戒飛行が出来ない為、敵機の襲来を確認してから飛び立つ…謂わば迎撃機のような運用法が取られていた。

 

「しかし…速いな。ムーのマリンを遥かに上回る速度性能だ。」

 

敵機襲来の報を受けヴェロニアより飛び立ったのだが、敵機は既に水平線の向こう側へ飛び去っていた。

十数騎のワイバーンロードが必死に追い縋ろうとしているものの、あれだけの速度差があるのならば追い付く事は出来ないだろう。

寧ろ無闇にワイバーンロードの体力を消耗してしまうだけだ。

 

(敵機は確かに速い。しかし、格闘戦能力は此方が上の筈だ。あれほどの速度ならば旋回性能は低いだろう。)

 

グラッザは比較的冷静な判断が出来ていた。

下手に追わず体力を温存し、味方騎の支援を受ける事が出来る空域で敵第二波に備える。

加えて、敵機の性能についても自分なりに分析をしていた。

一般的に、速度が速くなればなるほど曲がりにくくなる。それは人間でも、ワイバーンでも同じ事だ。

ワイバーンロードを易々と振り切る速度性能…恐らくは500km/hは出ているだろう。そうであれば最高速度430km/hであるワイバーンオーバーロードですら敵わない相手だ。

しかし、格闘戦ともなれば速度を落とす必要がある。

そう考えたグラッザは、格闘戦を挑む事で速度性能を補おうと考えていた。

 

《て…敵機接き……》

 

《──ドダダダダダダンッ!……ゴォォォォォォォ!》

 

そんなグラッザの思考を遮るように魔信から叫ぶような報告が聴こえた。先ほど敵機を追って水平線へと消えた味方騎からだろう。

その報告は、鈍い破裂音と暴風のような音により途切れてしまったが彼には理解出来た。

 

「全騎、傾注!敵第二波が接近している。横隊を組み、導力火炎弾の発射準備をせよ!」

 

《了解致しました、グラッザ隊長!》

 

ヴェロニアから飛び立ったワイバーンオーバーロード20騎が横一直線の編隊を組み、首を真っ直ぐに伸ばす。典型的なワイバーンの対空攻撃陣形だ。如何に基本性能が上がっていようが、それに代わるモノは無い。

 

──ゴォォォォォォォ……

 

暴風のような音が前方の上方から聴こえた。

見える機影は12機、先程より少ない

 

「な…何だ?さっきの奴じゃない!」

 

グラッザの顔が驚愕に染まる。

先程の敵機は翼と胴体が十字に交差し、その胴体の鼻先でプロペラが高速回転するものだった。仮想敵として定めているムーのマリンに似た姿だった。

しかし、今回飛来してきた敵機は異形とも言える姿だった。

幅広いV字型の翼の中心部にワイバーンの卵(ワイバーンの卵は細長い薬のカプセル状である)のような胴体が埋め込まれるように配置され、翼の両端にはヒレを切り落とした魚を思わせる細長い楕円形の物が取り付けられている。

滑らかに繋がった胴体と翼の繋ぎ目からは尻尾のような細長い物が二本、後方に向かって伸びており、端の方で一枚の板で互いが繋がっている。

極め付けは胴体の後端から青い炎を吹き出している。機体構成は異形だったが、その推進方法は見覚えがあった。

 

「あれは……まさか、ミリシアルの『天の浮船』!?馬鹿な…ムーだけではなく、ミリシアルもアズールレーンに加担していると言うのか!」

 

羽ばたきもプロペラも無く空を飛ぶ物と言えば、神聖ミリシアル帝国で採用されている天の浮船以外に無い。

しかし、エリート竜騎士であるグラッザが持つ情報では、よもや文明圏外国が独自に開発したとは考えつかないだろう。

 

《隊長!来ます!》

 

混乱するグラッザの思考が現実に引き戻される。

そうだ、政治的な事を考えている場合ではない。今は敵機を迎撃する事に集中しなければ、デュロの…パーパルディア皇国の空を奪われてしまう。

 

「全騎、私に合わせろ!3…2…1!?」

 

──ゴォォォォォォォ!

 

敵機の速度を500km/hと推測し、進行方向に向かって導力火炎弾を放つ…つまりは偏差射撃を行おうとした。

事実それは見事なものであり、先程の敵機…ワイルドキャット相手なら直撃したであろう。

しかし、そうはならなかった。

 

「馬鹿な!速過ぎる!」

 

そう、あまりにも速すぎた。

800km/h近く出ているだろうか。導力火炎弾の射程内に入ったかと思えば、轟音と共に後方に飛び去ってしまった。

 

「くっ…全騎、反転!」

 

グラッザが指示を飛ばし、編隊を反転させようとする。

しかし、20騎もの編隊は細かな動きに対し機敏に反応出来ないでいる。

そうしている内に、敵機の内4機が反転し此方に向かって来る。

 

(間に合わない!)

 

グラッザの額に冷や汗が流れ、風により吹き飛ばされた瞬間だった。

 

──ドダダダダダダンッ!

 

敵機の鼻先が瞬いたと思ったら、乾燥した鈍い破裂音と共に20騎のワイバーンオーバーロードの内、4騎が堕ちた。

強固な外皮を持つ筈のワイバーンオーバーロードは肉が抉れ、防御魔法を施した鎧を着用していた筈の竜騎士は四肢がバラバラになってしまった。

悲鳴を上げる暇も無かった。

魂を失った骸は、力無く重力に従ってデュロの街並みへ吸い込まれるように落ちて行った。

 

「や、やられたのか!?何だ、あの攻撃は!どんな魔法だ!」

 

導力火炎弾の射程外から、鼻先を瞬かせただけで空の覇者であるワイバーンオーバーロードが容易く撃墜される…そんな攻撃をグラッザは知らなかった。

と、言うのもグラッザはマリンや天の浮船の速度性能ばかりを気にしていた為、武装の事までは調べが回らなかったのだ。

 

《まっ…また来るぞ!》

《うわぁぁぁぁぁあ!助けてくれぇぇぇ!》

《馬鹿、編隊を乱すな!》

 

攻撃を終えた敵機がワイバーンオーバーロード部隊を通りすぎ、反転して再び襲い掛かってくる。

まるで縫い針と糸で布を縫い合わせるような動きだ。

一撃加えたら速度を利用し離脱、離れた位置で反転すると再びその圧倒的速度をもって襲い掛かってくる。グラッザの想定した、格闘戦による性能差の穴埋めという戦法が介入する余地は一切無かった。

エリート竜騎士ばかりが集められた部隊だったが、明らかに次元の違う敵機を目の当たりにしてパニックに陥っていた。

 

「全員落ち着け!冷静になれ!」

 

魔信で呼び掛けるグラッザだったが、彼も冷静とは言えない状態だった。

彼自信もパニックになりながらも、どうにか状況を把握すべく素早く周囲を見渡す。

 

──ギャオォォォォォォン!

 

──ドダダダダダンッ!ドダダダダダンッ!ドダダダダダンッ!

 

──ゴォォォォォォォ!

 

200騎は居たワイバーンロードが次々と撃墜されて行く。

基地からも、停泊している竜母からも飛び立った追加のワイバーンロード150騎も僅かな敵機に蹂躙されている。

時折、水平線から同じ姿の敵機が現れては入れ替わって再び蹂躙劇を再開する。

 

《敵機、直上!》

 

魔信から鳴り響いた悲鳴混じりの報告を受け、首が千切れんばかりに勢い良く空を見上げる。

 

──ドダダダダダンッ!

 

その音が聴こえた瞬間、グラッザの意識は永遠に閉ざされた。

 

 

──同日、デュロ沖、空母『フォーミダブル』──

 

──ゴォォォォォォォ!

 

轟音と共に異形の機体が海に浮かぶ巨大な船…空母『フォーミダブル』に着艦した。

それと入れ替わるように艦首に取り付けられた油圧カタパルトにより、同型の機体が発艦した。

 

「すごいな…あれが『ジェット機』って奴か。」

 

フォーミダブルのアイランド型艦橋の戦闘指揮所でマイラスがポツリと呟いた。

 

「マリンより…いや、グラ・バルカス帝国の航空機よりずっと速い。」

 

そんなマイラスの傍らでラ・ツマサが感心したように声を上げた。

そんな二人に声が掛けられる。

 

「マイラスさん、ラ・ツマサさん。お茶でも如何ですか?」

 

床に着きそうな程に長い銀髪をツインテールにし、胸元が大胆に開いたゴスロリ風ドレスのKAN-SEN『フォーミダブル』がティーセットを乗せたワゴンを押して来た。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「……ん、ありがとう。」

 

マイラスとラ・ツマサ、二人がフォーミダブルに礼を言うと彼女はウインクしながらティーポットからカップへ紅茶を注いだ。

 

「素晴らしいでしよう?私達の最新鋭戦闘機『シーヴェノム』は。900km/hを越える速度性能に、機首に武装を集中させた事による命中精度の向上…正に、最新最強の戦闘機ですわ。」

 

自慢気に話ながらフォーミダブルがカップを乗せたソーサーを二人に差し出す。

会釈しながらそれを受けとるマイラスとラ・ツマサだったが、ラ・ツマサは何故だかフォーミダブルを…具体的には彼女の胸元を羨望と嫉妬が入り交じった目で見ていた。

 

「……主も大きい方が好きなのでしょうか。」

 

ポツリと呟いたラ・ツマサの声は、発艦するシーヴェノムのエンジン音に掻き消された。

 




ヴァンパイアにしようと思ったのですが、駆逐艦ヴァンパイアと紛らわしいのでヴェノムになりました


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77.地獄の番犬

aik24様より評価7を頂きました!

北連イベントの情報来ましたね
ガングートをSSRで出すと思ったんですが、まさかソビエツキー・ソユーズ級を出すとは…
まさか開発感三期はクレムリンが出るのでは…?

皆さんは誰が気になりますか?
私は勿論、ソビエツカヤ・ロシアですね
あの人、何頭身あるんだ…身長2mぐらいありそう


──中央暦1639年12月9日午前10時、デュロ沖合い──

 

デュロの空が地獄めいた状況となっている頃、沖合いも地獄となっていた。

 

「戦列艦『ドルバン』『クルーサ』轟沈!……『ラックシャン』傾斜拡大!沈みます!」

「敵艦の動きが速すぎる、回頭が間に合わない!」

「竜母『マークス』、搭載騎全滅!戦闘能力喪失!」

 

デュロ沖合いで展開していた戦列艦700隻と竜母20隻。皇軍は勿論、国家監察軍や属領統治軍からもかき集めたパーパルディア皇国海軍は風前の灯火も同然であった。

 

「何をしている!敵はたった3隻なのだぞ!」

 

旗艦である100門級戦列艦『ムーライト』の艦長であるサクシードが檄を飛ばす。

それとは対照的に、デュロ防衛艦隊提督のルトスは腕を組んで敵艦の動きを観察していた。

 

(あれほど無秩序に動いているというのに衝突しない……もしや、あれは戦闘機動の一種なのか?そうであるなら、敵艦隊の練度は我々とは比べ物にならない。)

 

ルトスが思っているように、700隻もの戦列艦を手玉に取っている3隻の敵艦…それは艦隊の真っ只中に突撃したかと思えば、戦列艦より放たれた多数の砲弾を易々と回避しながら、一撃で戦列艦を轟沈せしめる砲を手当たり次第に発砲し始めた。

敵艦は目算で全長100mはある、戦列艦を凌駕する巨艦だ。速力も20ノット…いや、30ノット程出ているかもしれない。

 

(陣形を組み直して一斉射を…いや、間に合わんな。)

 

ルトスは考える。

いや、それは考えというよりも現実逃避に近いモノだった。

戦列艦を一撃で沈める砲を備えた、速く小回りが効く巨艦…ルトスは冷静だった。冷静だったが故に、誰よりも発狂に近い状態だった。

 

「ルトス提督!?どうされ……」

 

ふらふらと甲板を歩き出しルトスに対し、サクシードが困惑したように声を上げる。

それに対し、ルトスは小さく呟いた。

 

「終わりだよ。何もかも……」

 

ルトスの言葉が終わるか終わらないか、そんなタイミングで兵士が悲鳴のような報告を告げた。

 

「か…海中を何かが……」

 

──ズゥゥゥゥゥゥン!

 

腹に響くような轟音、四肢をバラバラにするような衝撃、肉が焼けるような熱を感じた。

それが、ルトスとサクシード。そして戦列艦ムーライトの乗組員の最期であった。

 

 

──同日、デュロ攻略艦隊先鋒部隊『夕立』──

 

「ふふんっ、壊すって任務はやっぱり最高だよな~。おまけに魚雷も撃ち放題…たまんないぜ!」

 

駆逐艦『夕立』の艦橋、そこで一人のKAN-SENが満面の笑みを浮かべていた。

適当に整えつつも一部を三つ編みにした銀髪に、装甲で覆われた犬耳。丈の短いセーラー服から大胆に露出した脇腹には花をモチーフにした刺青を施している。

彼女こそKAN-SEN『夕立』。デュロ攻略の為の露払いを命じられ、デュロ防衛艦隊へ斬り込んだ3隻の駆逐艦の内の1隻だ。

 

《夕立、少しは回りを気にするのだ!あんたの砲弾が雪風様の艦尾にかすったのだ!》

 

そんな夕立に通信が入る。やや離れた位置にいる駆逐艦のマスト。その上でピョンピョン跳ねる人影が見える。

雪を思わせる白髪に、黒いリボン。その勝ち気さを表すようなツリ目に、これまた丈の短いセーラー服。KAN-SEN『雪風』であった。

 

《まあまあ、いいじゃない。夕立にとっては久しぶりの戦場だから舞い上がるのも仕方ないわよ。それとも雪風、あんた…流れ弾が怖いの~?》

 

雪風の通信に割り込むように別の通信が入る。雪風とは夕立を挟んで反対側にいる駆逐艦からだ。

その駆逐艦の砲塔に腰掛けている人影が見える。

ポニーテールにした黒髪に、夕立と同じような装甲付きの犬耳。どこか得意気な表情は、生意気という言葉がぴったりだ。そして、お約束のように丈の短いセーラー服を着用している。

夕立の姉妹艦であるKAN-SEN『時雨』だ。

 

《なっ……ふ、ふんっ!雪風様が流れ弾に当たるなんて事は無いのだ!》

 

煽るような時雨の言葉に雪風は反論しつつも12.7cm連装砲を発砲、ノロノロと回頭していた戦列艦を木っ端微塵にする。

 

《ふっふ~ん♪なら、この時雨様と勝負しなさいよ。どっちが多く沈められるかをね♪》

 

どこか楽しげな言葉と共に時雨は40mm機関砲を使い、決死の覚悟で突撃してきた戦列艦を蜂の巣にした。

 

「勝負か!夕立も参加するぜぇ!」

 

雪風と時雨、二人の言い争いを辟易した様子で聞き流していた夕立だったが、時雨から"勝負"という言葉が出てくると目を輝かせた。

それと同時に61mm4連装魚雷発射管から魚雷を発射する。

扇状に放たれた魚雷は海面下を走り、4隻の戦列艦を撃沈した。

実はこの魚雷、従来の魚雷では木造船に対してコストパフォーマンスが悪すぎる事を受けて開発された新型魚雷なのだ。

外装はプラスチック、動力はバッテリーとモーター。炸薬量を半減させ、全長と重量も凡そ半分にする事で搭載量を倍増させている。さらにはコストは九三式酸素魚雷の30分の1というローコストさだ。

ただし速力は30ノット前後となり、射程4000m程度となってしまった。

それでも魚雷を撃てるというのは駆逐艦や軽巡洋艦…主に重桜艦にとっては余程有り難かったのか、是非実戦で使いたいという重桜艦が多く、今回のデュロ攻略作戦では重桜艦が多数起用されている。

 

《それじゃあ、夕立も参加ね。それじゃあ…向こうのバカどもにお見舞いしましょう!》

 

《ふんっ、雪風様の真の力を見せてやるのだ!》

 

「オォウ!喧嘩なら手加減しないぜ!」

 

 

──同日、同海域上空──

 

夕立、雪風、時雨の3隻が暴れている海域の上空。そこでは空戦が行われていた。

 

《クソッ!速すぎる、追い付けない!》

《よし、ケツとっ…な、消え……──タタタタタタッ!──ザー……》

《馬鹿な!?あれはムーのマリン……ぐあっ!》

 

デュロ防衛艦隊と共に出港していた竜母から飛び立ったワイバーンロード凡そ100騎は、その数を既に20騎弱にまで減らしていた。

そんな蹂躙劇の主役は空を飛ぶ機械…航空機だった。

しかし、それはバッファローやワイルドキャットといった従来型ではない。かと言ってシーヴェノムのような最新鋭機でもない。

どちらかと言えば、型落ちの旧世代機…複葉機だった。

 

「うむ…この計器類は見易いな。こういった細かい部分も作り込むとは……ロデニウス連邦、侮り難し。」

 

そんな複葉機のコックピットで男性が呟いた。

彼の名はアックタ、ムー国人である。

何故、中立国であるムーの国民がアズールレーン側として戦争に参加しているのか?それには理由がある。

 

「速度性能も高高度性能も上昇能力も大幅に向上…さらに武装もより強力となった。しかし、離着陸性能や運動性能は据え置き…素晴らしい。この『ディープ・マリン』はとても素晴らしいな。」

 

淡々とした口調ながら、興奮した様子で独り言を呟く。

ロデニウス連邦からムーへ先進的な単葉機が輸出されているが、ムー統括軍上層部がそれに待ったをかけたのだ。

と言うのも、国防を担う為の兵器を外国に依存する事は好ましくない。部品の補給や、損耗機の補充が迅速に行えない可能性があるためだ。

だからと言ってマリンを使い続ける訳にも行かない。

そこでムー統括軍上層部は、ロデニウス連邦とアズールレーンに対しこんな打診をしたのだ。

 

──「我が国のマリン戦闘機を貴国の技術で改修してくれないか。」

 

そんな事もあり、ムーから運び込まれサモア基地で改修を受けたマリン12機がこのデュロ攻略作戦に実戦テストとして投入された。

そして、改修されたマリンを操縦するのは現役のムー統括軍人だ。

もし、これが明るみに出れば国際問題になりかねないがムー統括軍はその危険も承知でアックタを含めた12名のパイロットを派遣したのだ。

最近、第二文明圏を荒らし回っているグラ・バルカス帝国に対しムー統括軍はそれだけ危機感を覚えているのだろう。

 

《大佐、そちらの機体はどうですか?》

 

「ヤンマイか。実に素晴らしい機体だよ、このディープ・マリンは。そちらの『アビス・マリン』はどうだね?」

 

すっかり疎らになった空を飛ぶディープ・マリンの側に、もう1機のマリン…『アビス・マリン』が飛来して来た。

アックタの副官であるヤンマイが操縦する機体だ。

サモア基地で改修を受けたマリンの内、半数は『ディープ・マリン』に、残り半数は『アビス・マリン』へと改修された。

どちらも基本的には同じ改修を受けている。

下翼の長さを半分にし、上下の翼を繋ぐワイヤーをアルミ鍛造製のV字フレームに変更。過吸機を搭載し、武装を12.7mm機銃に変更する等の改修を施している。

そして、ディープ・マリンは14気筒二重星形エンジンを、アビス・マリンは12気筒液冷V型エンジンを搭載している。

 

「速度はやはりそちらが上か。こちらのディープ・マリンは430km/hが限界だ。」

 

《アビス・マリンは530km/h出ますからね。しかし、液冷エンジンは整備も難しく、耐久性が心配ですね…モーターカノンでしたかね?このプロペラ軸に搭載された37mm砲の威力は魅力的なのですが。》

 

「まあ、エンジンの変更は後からでも出来る。とりあえずはディープ・マリンへの改修が行われるだろうな。」

 

二人のムー国人が自国軍の将来を案じている間に、パーパルディア皇国海軍は完膚無きまでに壊滅した。

このデュロ防衛艦隊の壊滅により、パーパルディア皇国は海上戦力の9割以上を喪失、組織的な行動は不可能となった。

 




夕立と時雨のカラフルネイル、割と好きです


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78.鉄の雨

明日から北連イベントですね
もしかしたら次回の投稿遅れるかもしれません


──中央暦1639年12月9日午前11時、デュロ市庁舎──

 

デュロ市庁舎の市長室。

そこは、シンプルながら品の良い調度品が配置されており、この部屋の主の趣味の良さを感じさせるものだった。

しかし、現在は物々しい雰囲気になっている。

黒檀のデスクには巨大な軍用魔信機が置かれ、かっちりとした軍服に身を包んだ軍人が多数配属されていた。

デュロ防衛のために編成されたデュロ防衛軍…市庁舎は彼らの為の臨時司令部として軍に接収されているのだ。

 

「防衛艦隊旗艦ムーライトからの通信、途絶えました……」

 

市長室は重苦しい雰囲気に支配されていた。俗に言う、お通夜ムードという奴だ。

そんな市長室の大きな窓から外を見ていたデュロ防衛軍司令官のアールダは、ワナワナと震えながら通信士からの報告を聞いた。

 

「ぜ……全滅したのか?」

 

まるで潤滑油を切らした機械のように振り向き、通信士に問いただすアールダ。それに対し、通信士は歯切れ悪く答えた。

 

「ムーライトだけではなく…その…他の艦にも呼び掛けていますが……応答は…ありません…」

 

──ガタンッ

 

その言葉を聞いたアールダは顔を真っ青にして、その場に崩れ落ちた。

動悸が激しくなり、冷や汗が止まらず、吐き気までしてきた。

それも無理は無いだろう。

切り札である対空魔光砲は爆発、空を支配していたワイバーンロードとワイバーンオーバーロードは未知の飛行機械の手により全滅、艦隊の詳しい状況は分からないが間違い無く壊滅に近い状態にあるのだろう。

つまり、デュロ防衛軍は空も海も失った。そんな状態で満足な戦闘を行う事は困難を極める。

それを理解しているからこそ、アールダを始めとした臨時司令部要員は軍人にあるまじき狼狽を見せているのだ。

 

「アールダ司令!何かが此方に向かってきます!」

 

そんな空気を撃ち破るように、市庁舎の尖塔で見張りをしていた兵士が市長室に転がり込んできた。

 

 

──同日、デュロ上空──

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……

 

デュロの街並みが、まるでミニチュアのように見える高度6,000m。そこを100機程の大型航空機と、200程の艦上攻撃機が飛行していた。

その大型航空機の内1機…『ランカスター重爆撃機』の機長席にはアズールレーン空軍司令官であるアルテバランが座っていた。

 

「まもなく、爆弾投下位置だ。準備はいいか?」

 

酸素マスク越しに、塔乗員に対して問いかける。

 

「はい、アルテバラン司令。機体の状況は万全。敵対空兵器も、航空戦力も片付いています。」

 

操縦手が頷きながら答えた。

 

「照準よーしっ!投下準備完了!」

 

機首の方から爆撃手が照準器を覗きながら威勢良く答える。

それを聞いたアルテバランは頷き、酸素マスクに取り付けられている無線機のマイクに向かって口を開いた。

 

「我々、戦略爆撃部隊『クニクズシ』の初陣だ!あの嫌味なパーパルディア皇国を石器時代に戻してやれ!」

 

《了解!クニクズシ2、投下開始します!》

《クニクズシ3、爆弾投下!》

《クニクズシ4、派手に行こう!》

 

100機ものランカスター重爆撃機と、200機近い艦上攻撃機…デュロ攻略艦隊に編入された『エセックス』『シャングリラ』『バンカー・ヒル』から飛び立った『TBFアヴェンジャー』が爆弾倉から爆弾を投下した。

それは只の爆弾ではなかった。

先ず小さい。250kg爆弾とは比べ物にならない程に小さく、弾頭重量は2kg程度だろう。

それが大量に投下された。

ランカスター重爆撃機からは2,000発程、TBFアヴェンジャーからは300発程…合計、260,000発もの小型爆弾がデュロの街並みへ降り注いだ。

北連で開発された『PTAB』と呼ばれる小型爆弾だ。成形炸薬を用いた対戦車航空爆弾であり、有力な陸上戦力を持つ鉄血に対抗する為に開発された爆弾である。

 

──ヒュルルルルルルルルルル……

 

PTABが甲高い風切り音を響かせ、重力に従い落下する。

そして、デュロの街に炎の花が咲いた。

 

 

──同日、デュロ市街──

 

──バァンッ!バァンッ!バァンッ!バァンッ!バァンッ!

 

「なんだこれは!」

「火災発生!水を…水を持って来い!」

「あぁぁぁぁあぁあ!熱い!熱い!助けてぇぇぇぇぇぇ!」

 

空と海に続き、ついに陸でも地獄が展開された。

市街戦になる事を予想して、民家や工場を利用して作られた陣地に配属されていた兵士達は逃げ惑うしか出来なかった。

何せ、建物の外壁自体は頑丈な石材やレンガで作られているものの、屋根は木材の上に瓦を乗せただけだ。6,000mもの高度から投下された金属製の爆弾を防ぐ程の強度は無い。

屋根をぶち抜いたPTABは遅延信管が作動し成形炸薬が炸裂、高温高圧のメタルジェットにより可燃物は瞬時に引火し、破裂した弾体の破片が兵士に襲い掛かる。

 

「退避!退避ぃぃぃぃぃ……」

 

──ドスッ!

 

火災が発生した工場から退避しようとした小隊長の背中にPTABが突き刺さり、胸から先端が飛び出た。

 

「かっ……はっ……あ……ぁぁぁぁ…」

 

──バァンッ!

 

小隊長は自らの体を貫いた弾体を驚愕の目で見ていたが、信管が作動し彼は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 

──同日、デュロ市庁舎──

 

「何だ…あれは…まさか、皇国は…」

 

真っ青を通り越して真っ白になった顔で、爆炎と火災が支配する街並みを窓枠にしがみつくように見ていたアールダ。

そんな彼の背後では、また別の地獄が展開されていた。

 

「神様!助けて下さい!」

「もう終わりだ!みんな死ぬ、炎に巻かれて死ぬんだよぉぉぉぉお!」

「うぅ~……うぅぅぅぅぅ……」

 

手を組んで、天に向かって祈る者。半狂乱となり、暴れまわる者。部屋の角に蹲ってガタガタ震える者。

最早、この場に冷静な者なぞ居なかった。

そんな中、アールダは小さく呟いた。

 

「魔帝を…敵にしてしまったのか……?」

 

それが彼の最期の言葉だった。

斜め上から突入し窓を突き破ったPTABが彼の顔面までも貫通し、炸裂した。

 

 

──同日、デュロ郊外──

 

「デュロが…デュロが燃えている…」

「うわぁぁぁぁぁん!お母さぁぁぁぁん!」

「大丈夫よ、お母さんはここに居るからね。」

 

デュロの南方、小高い丘の麓に幾つものテントが建っていた。

その丘の上で数十人の人々が燃え盛るデュロの街を見て泣き崩れていた。

 

「あれが…ロデニウス連邦の……アズールレーンの力だというのか…?これは、ムーを…いや、ミリシアルすら凌駕しているのではないか?」

 

そんな人々に混ざってデュロ市長のシャアダがポツリと呟いた。

デュロの住人は凡そ20万人。その全てとは行かないが、沿岸部や中心部に住まう人々はどうにか避難出来た。

現在のデュロの惨状を見るにシャアダの判断は正しかったのだろう。

 

「うっ……うぅぅぅぅぅ……」

 

シャアダに着いてきた市庁舎職員が崩れ落ち、人目も憚らず泣き出す。

 

(多くの人々を虐げてきた皇国の行い…そのツケを払う時が来たか…)

 

デュロの上空を悠々と旋回する多数の飛行機械を見上げ、シャアダは皇国の行く末を憂いた。

 

 

──同日、デュロ沖、デュロ攻略艦隊旗艦『ノーザンプトン』──

 

《こちらクニクズシ1、爆撃任務完了。フェン飛行場へ帰投します。》

 

ノーザンプトンの艦橋の艦長席に座る指揮官に向かってアルテバランが通信越しに報告する。

 

「了解、初めての任務にしては上出来…いや、完璧に近い。これからも訓練に励んで頂きたい。」

 

傍らにノーザンプトンを控えさせ、アルテバランの言葉に返答する指揮官。

 

《はっ!ありがたき言葉です。これからも精進いたしましょう。》

 

なんとも真面目なアルテバランの答えを聞き届けると、無線機のマイクを置いてノーザンプトンの方を見た。

 

「連中の艦隊は潰したが…捕虜はどうなっている?」

 

「かなりの数が溺死したりしたみたいだね。それでも、第六駆逐隊…『暁』『響』『雷』『電』が救助活動を行っているよ。」

 

ノーザンプトンからの報告を聞いた指揮官は少し考えるような仕草をすると、フッと鼻から息を吐いて肩を竦めた。

 

「戦時協定も結んでない相手に紳士的に振る舞いたくはないが……」

 

「虐殺や略奪は厳しく取り締まる…それが人々の意識改革に繋がる。だね?」

 

「そうだな。虐殺や略奪なんて事は犯罪者のやる事だ、軍人のやる事じゃない…人殺しや盗みなんて、マトモな人間のやる事じゃないさ。」

 

指揮官の言葉に苦笑するノーザンプトン。

 

「指揮官、貴方が言うと説得力があるね。」

 

「だろ?」

 

二人がそんな事を話している間も、艦隊は黒鉄の船体で波を切り裂きデュロへと進む。




あ、アークナイツの新章も実装されたんだ…


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79.ヘビーバレル・バスター

UA10万突破!
こんなノリと勢いだけの作品を読んで頂き、感謝感激です!

北連イベント、新KAN-SEN全員入手しました
あとはポイント集めつつ、装備集めですね



キーロフとソビエツキー・ソユーズの実装、待ってます


──中央暦1639年12月9日正午、デュロ港──

 

敵の揚陸部隊を迎撃するために配置されたデュロ防衛陸軍部隊。敵艦隊からの艦砲射撃や、航空戦力による対地攻撃に対抗する為に造られた防衛陣地が港の至るところに設置されていた。

その陣地群のやや後方にやや規模の大きな陣地があった。

 

「空も海も奪われた…か。」

 

半ば諦めたような口調で陸軍将軍ブレムが呟く。

丸太を組み合わせて、土嚢を積み上げたドーム状の陣地内部に漂う土の臭気が何処と無く墓場を思わせる。

 

「栄えある皇軍がこのような穴蔵に籠るしか出来ぬとは……ふっ、お笑いだな。」

 

自嘲するように話すブレムに対し、副官が励ますように語りかける。

 

「いえ、将軍。まだ勝負が決まった訳ではありません。如何に空と海を制圧しようが、歩兵を投入しない事には陸を占領する事は出来ません。」

 

「では、君は陸戦ならば勝てるとでも?」

 

「はい。一般的に攻撃する側は、防御側の3倍の戦力が必要だと言われています。加えて、此方はムーから取り寄せた戦術教本による強固な陣地を構築しています。現に、敵飛行機械による攻撃にも耐えた事から、陸上における我々の優位は揺るぎないかと。」

 

副官の言う通りだ。

デュロ市街地の各所に作られた陣地はムーから取り寄せた戦術教本に基づいて造られた物であり、かつて近隣諸国のワイバーンの脅威から逃れる為に編み出された物だ。

そして、その効果は確かなものであった。敵飛行機械より投下された爆発物…ランカスターとアヴェンジャーから投下されたPTABの直撃にも耐えた防御性能は、防衛戦を得意とするムーの戦術の正しさを証明しているようだった。

 

「だが、敵飛行機械は我々のワイバーンロードとワイバーンオーバーロードを易々と殲滅し、敵艦隊は我々の艦隊に甚大な被害を与えている。それ程の戦力を形作る技術を陸戦兵器に転用していないとは考えられん。」

 

「それは…」

 

副官がどうにか反論の言葉を発しようとした瞬間だった。

 

「沿岸部陣地より通信!《敵艦隊見ゆ。超大型艦3!》」

 

その言葉を聞いたブレムは陣地に開けられた覗き窓から身を乗り出し、双眼鏡を覗き込んだ。

 

「な……なんだあれは……」

 

ブレムと同じようにして双眼鏡を覗いていた副官が生唾を飲み込み、震える声で告げた。

海に浮かぶ3隻の巨艦…剣を思わせるスマートな船体に、城郭のように聳え立つ構造物。そんな空前絶後の巨艦が此方に向かって長大な筒を向けている。

 

「ま…まさか、あれは…」

 

ブレムが驚愕に目を見開きながら言葉を紡ごうとした。

しかし、その言葉は敵艦の筒から噴き出した爆炎の閃光で目を潰された事により、続く事は無かった。

 

 

──同日、デュロ攻略艦隊対地攻撃部隊『ジョージア』──

 

「さぁーて、とっ。ウォーミングアップにもならないが、指揮官がくれた出番だ。大和や武蔵の分もやろうかね!」

 

艦橋の戦闘指揮所でKAN-SEN『ジョージア』が酸素コーラの瓶を片手に、気合いを入れるように言った。

 

《こちら、『クワ・トイネ』のブルーアイです。射撃準備完了、ジョージア殿に合わせます。》

 

《『クイラ』のオサマです。此方も射撃準備完了しました。何時でもどうぞ。》

 

そんなジョージアに対し通信が入った。

デュロ攻略艦隊に編入されたロデニウス連邦海軍の戦艦、『クワ・トイネ』の艦長ブルーアイと『クイラ』の艦長オサマからだ。

ジョージアが率いる対地攻撃部隊。その目的は、空爆で破壊しきれなかった沿岸部の敵拠点の破壊である。

 

「よーし、可能な限り沿岸部を破壊するぞ。私達が上手くやれれば、それだけ上陸作戦も上手く行く。」

 

《はっ、承知致しました。》

 

《この砲を撃つ日を楽しみにしてましたよ!》

 

真面目なブルーアイと、豪快なオサマの返答を聞いたジョージアは満足そうに頷くと、青と金の瞳でデュロの港湾設備に狙いを定めた。

 

「目標、デュロ沿岸部!徹底的にやるぞ!」

 

狙うは5km程先のデュロ沿岸部。

水平となっていた砲身が僅かに仰角を付ける。

クワ・トイネとクイラの35.6cm連装砲4基が、そして最大級を誇るジョージアの457mm連装砲3基がその巨砲をデュロへと向ける。

その圧倒的破壊力を的確に送り届けるべく。

 

──シュポンッ

 

ジョージアの艦橋に、そんな音が鳴り響いた。

彼女が持っていた酸素コーラの詮を開けた音だ。

 

「んぐっ……んぐっ……ぷはーっ!」

 

舌を突くような刺激的な味わいの酸素コーラを一気に飲み干したジョージアは、口元を拭うと空瓶の飲み口でデュロを指した。

 

「この巨砲の響きでお前らの最後を奏でよう!」

 

《主砲発射!》

 

《撃てぇぇぇぇぇぇい!》

 

──ドドドドドドドドォォンッ!ドドドドドドドドォォンッ!

 

クワ・トイネとクイラの砲口が火を噴き、35.6cm砲弾を発射した。

それとは一拍遅れて、ジョージアも主砲を発射した。

 

──ズガガガガガガァァァァァァァンッ!

 

まるで目の前に雷が落ちたかのような轟音、火山が噴火したかのような爆炎。

莫大なエネルギーを伴って発射された457mm砲弾は緩い弾道を描き、デュロへと飛翔した。

 

──ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 

まるで笛のような風切り音を伴い飛翔する22発の砲弾。

その内、16発の35.6cm砲弾が一足速く着弾した。

 

──ズドォォォンッ!ズドォォォンッ!

 

着弾と同時に炸裂、爆炎と衝撃波と破片が石畳の港を瓦礫の山へと変貌させる。

だが、それはまだ序の口だ。

 

──ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…

 

飛来する457mm砲弾、それが突如として分裂した。

信管の誤作動や、砲弾の強度不足による空中分解等ではない。

ジョージアが持つスキル『ヘビーバレル・バスター』による物だ。

これは457mm徹甲弾1発あたり、9発の127mm弾程度の威力を持つ榴弾を円形にばら蒔くというものである。

 

──ギャギャギャギャギャ…ズドォォォンッ!

 

457mm徹甲弾が緩い角度で突入し、暫し地表近くの地中を突き進む。そして、最終的には遅延信管が作動し地中で爆発する。

まるで湧水が砂を巻き上げるように地面が盛り上がったかと思えば、大量の土砂と砕けた石畳が間欠泉の如く天高く舞い上がった。

だが、それでは終わらない。

 

──ドドドドンッ!

 

追い討ちするように多数の榴弾が降り注ぐ。それにより、逃げ惑う兵士達が爆炎に焼かれ、破片に貫かれて命を散らす。

空襲により発生した市街地の火災と、沿岸部に降り注ぐ砲弾に挟まれた兵士達に最早打つ手は無かった。

 

 

──同日、デュロ防衛陣地──

 

「8番、9番、13番、22番陣地…応答ありません!」

「砲撃陣地より通信!《陣地崩壊、退却する》との事!」

 

──ズドォォォンッ!

 

「うわぁぁぁぁ!」

「至近弾!」

「痛いぃぃぃぃぃ……痛いぃぃぃぃぃ!」

 

防衛陣地は手が付けられない程に混迷を極めていた。

次々と飛び込む陣地壊滅の報告、そして砲弾の破片。

此方の魔導砲の射程外から、地形を変えてしまう程の威力を持つ砲弾を叩き込む敵艦…全員が理解出来た。

 

──勝てない。

 

と…

それは、この場を任されているブレムにも痛いほど理解出来た。

 

「……諸君。」

 

ブレムの言葉に、その場が静まり返る。

 

「敵は明らかに我々より優れた…遥かに優れた兵器を保有している。この場に居る諸君はそれを痛感しているだろう…だからこそ…我々は、この場を放棄し後方の基地に移動する。」

 

「し…しかし、市街地は火災となっています。さらには敵の砲撃が…」

 

半分諦めたように言う副官の言葉に、首を振って否定するブレム。

すると、机の上に地図を広げて地図上に指を滑らせる。

 

「何も市街地を突っ切る必要は無い。遠回りになるが、街外れの倉庫街を経由して基地へ向かう。……武器や防具は放棄…いや、兜と胸甲は着けておけ。破片ぐらいなら防げるはずだ。」

 

「し、承知!」

 

ブレムの言葉に、副官を始めとした兵士達が退却の準備を始める。

 

「私が先導する、体力のある者は負傷者を……」

 

陣地の出入り口から一歩出て、辺りを窺いつつ指示をしていたブレムだったが視界の隅に何かが見えた。

それは、空から降り注ぐ光の弾……

 

「逃げ……」

 

──ドォォォォンッ!

 

轟音と衝撃、熱波と閃光を全身に受けたブレムは宙を舞い、砲撃により耕された地面に落下する。

 

「あぅ……うぅ……」

 

頭がガンガンと痛み、耳はキーンという音以外聴こえない。目が霞み、涙が溢れてくる。

そんな状態で、全身の痛みを堪えながら辺りを見回す。

崩壊した建物と大きくへこんだ地面…そして、散らばる丸太や土嚢。

 

(遅かった…か…)

 

自らの判断の遅さを後悔し、彼の意識は闇に溶けて行った。




ソビエツカヤ・ロシアのポンコツお姉さん感……嫌いじゃないわ!


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80.鉄血、脅威の技術力!

今回、独自設定とSFじみた兵器が登場します
それを理解した上で読んで下さい





















OK?


KAN-SENは人型の『機動戦形態』と、艦船型の『重火力形態』という2つの形態を使い分ける事が出来る。

『機動戦形態』は人間程度の大きさに艦船の能力を凝縮したものであり、兵装の威力や装甲の強度等を保ったまま人間と同じような動きを行える。

その為、通常の艦船が入り込めないような浅瀬や暗礁海域にも入り込む事が出来る上、陸上を歩けば陸地を迂回する事無く別海域に艦隊を展開させる事が出来る。

対して『重火力形態』は通常の艦船と同じ形態である。

『機動戦形態』より小回りこそ効かないが同時に使用出来る兵装が多く、長距離航行時の快適性や安定性に優れ、物資や人員等を多数搭載出来る。

その為、基本的にはセイレーンやKAN-SENと対峙する場合は『機動戦形態』に、対通常兵器や哨戒・輸送任務では『重火力形態』といった風に使い分けている。

だが、一部のKAN-SENにはもう1つの形態が存在する。

それは重桜と鉄血、北連所属の一部KAN-SENが持つ特殊能力だ。

 

 

──中央暦1639年12月9日午後2時、デュロ基地──

 

デュロ郊外の街道上あるデュロ基地。

デュロは小高い山と丘に囲まれた盆地であり、その盆地へと入るために山の麓に整備された街道。そこにデュロ基地はあった。

そんな基地の司令官であるストリームは執務机に広げた地図とにらめっこをしている。

 

「アールダ将軍、ルトス将軍、ブレム将軍……誰も応答しない…か。」

 

重苦しい口調で呟きながら、羽根ペンでデュロの沖合いと沿岸部、市街地に数本の斜線を描く。

 

「飛行機械による攻撃と…敵艦隊による艦砲射撃か。次は、揚陸部隊を送り込み占領するつもりだろうな。だが…市街戦ともなれば敵味方入り乱れての戦闘となる。そうなれば武器の性能差は関係ない。地の利がある此方が有利だ。そうなれば、援軍を呼ぶ時間を稼げる。」

 

地図上に敵部隊の予想進路を描きつつ思考を巡らせる。

 

──ゴンゴンッ!

 

ストリームの思考を遮るように、荒々しく執務室の扉がノックされた。

その事に眉をひそめつつも入室を許可する。

 

「……入れ。」

 

「はぁ…はぁ…失礼します!」

 

「どうした?騒々しい。」

 

雪崩れ込むように入ってきたのは若手の通信士だった。

額には汗が浮かび、息を切らせている。余程の事があったらしい。

 

「も、申し訳ありません!ですが、緊急です!」

 

「…敵部隊が上陸してきたか?」

 

「はい!」

 

ストリームは軽く頷き、先程立てた作戦を伝えるべく口を開く。

 

「よろしい。では、敵部隊を市街地まで引き込み……」

 

「て、敵部隊は"鉄の獣"を6体、"鉄の地竜"と"鉄の巨人"を多数使役している模様!市街地の建物を薙ぎ倒しながら進攻しています!」

 

余程テンパっているのか、ストリームの言葉を遮って報告を続ける通信士。

本来なら叱責する行為だが、それは出来なかった。

 

「な……なん…だと…」

 

ストリームの手から羽根ペンが、フワリと床に落ちた。

 

 

──同日、アズールレーン海兵隊上陸指揮艦『アンバーサ』──

 

『クリーブランド級軽巡洋艦』の準同型艦であり、ロデニウス連邦海軍のワークホースとして活躍している『バグダル級巡洋艦』。

その内の3隻は改装が行われ、アズールレーン海兵隊の上陸指揮艦として引き渡されていた。

そんな艦の艦橋で、一人のムー国人…ラッサンが苦笑いを浮かべていた。

 

「は…ははは……なんじゃありゃ……」

 

アズールレーンが持つ驚異的な技術には慣れたつもりだった。しかし、これはどうだろうか?

アズールレーン海兵隊を乗せた揚陸艦を護衛する為に共に航行していた2隻の戦艦と1隻の空母、そして3隻の巡洋艦。

それらのやや過剰に思える護衛艦隊は、揚陸艦が接岸した後は艦砲や艦搭機で海兵隊を援護するのだろうと思っていた。

だが、それは予想なぞ出来る筈もない形で裏切られた。

 

──グオォォォォォォォォォォォォ……

 

デュロ沿岸部から獣…いや、怪物の唸り声のような音が聴こえる。

 

「ラッサン殿。どうですかな?鉄血の技術の粋を集めた艦隊は。」

 

そんなラッサンに重厚な軍服を来た男性…シュトロハイム大佐が声を掛ける。

それに対しラッサンは、もうどうしようもないと言うように首を振った。

 

「我が国では、貴国から提供された図面を元に新型戦車の開発を進めているのですが…いやはや、"アレ"と比べればネズミと地竜ですよ。」

 

「ふっ…何、気を落とす事はありませんぞ。何故ならば…」

 

──シュバッ!

 

軍服の衣擦れと空気が切り裂かれる音を出しながら、右腕を斜め上方に突き出すシュトロハイム大佐。

 

「我ぁぁぁぁぁが鉄血の造船技術はぁぁぁぁぁ…世界一ぃぃぃぃぃぃ!軍艦を陸上兵器に変形させる事なぞ、造作もないわぁぁぁぁぁぁ!」

 

(この人、本当に煩いな…悪い人じゃないけど…)

 

いつも通り煩いシュトロハイム大佐に、なんとも残念な人を見る目を向けるラッサンであった。

 

 

──同日、デュロ沿岸部──

 

「あははははは!どうかしらぁ?蛮族と侮っていた相手に蹂躙される気分は。感想を聞かせなさいよ~。」

 

甲高い声でサディスティックな笑みを浮かべる小柄な少女。

黒と赤を基調とした改造軍服、長い黒髪に赤と白のメッシュを入れたKAN-SEN『ドイッチュラント』だ。

 

「姉ちゃん、随分楽しそうね。まあ、私も『装甲獣形態』を出すのは久しぶりだから…少し、楽しい。」

 

そんなドイッチュラントとは対照的に落ち着いた様子で話す少女。

これまた黒と赤を基調としているが、ボンテージ風の衣装に身を包み、その両手を巨大な手甲で覆ったKAN-SEN『アドミラル・グラーフ・シュペー』だ。

そんな2人…いや、デュロに上陸した6人のKAN-SENは皆、とあるモノに搭乗している。

 

──グオォォォォォォォォォォォォン!

 

それがこれだ。

ロイヤル本島への上陸と、大地を埋め尽くす程の陸上戦力を誇る北連への対抗を想定した兵器…それこそが『装甲獣形態』を搭載したKAN-SENである。

これは、KAN-SENの『重火力形態』を獣のような姿に変形させる事により、大型艦船を陸上兵器に転用するというものだ。

普通ならそんな事は考えもしないだろうし、考えても実行はしないだろう。

しかし、鉄血の技術力とセイレーンから入手した技術がそれを可能とした。

まあ、北連にコピーされてしまっているのだが。

因みにドイッチュラントとアドミラル・グラーフ・シュペーの艤装は狼のような姿となっている。

 

「自分は無抵抗の人々を無慈悲に殺しておいて、自分の番になると命乞いですかぁ?そんな身勝手……許せないよね!」

 

肉食恐竜のような形態となった艤装の頭に乗っている赤みがかった金髪に、ミニスカートの軍服を着用したKAN-SEN『ローン』がおっとりした口調から急に豹変し、逃げ惑うパーパルディア軍兵士を踏み潰して行く。

悲鳴を上げながら次々と、地面の赤いシミとなる兵士達…思わず目を逸らしたくなる光景だ。

 

「おーおー…ローンの奴も派手にやってるなぁ。」

 

そんな光景をなんとも微妙な顔で見る紫色の長髪に、眼帯を着用したKAN-SEN『シャルンホルスト』。

それに対し、彼女の妹である『グナイゼナウ』が棒付きキャンディーで街角を指す。

 

「シャルンホルスト姉さん。艦砲射撃の撃ち漏らしが有ります。相手方にいくらマスケット銃しかないとは言っても、歩兵には脅威となります。排除しましょう。」

 

「と…なると、あのデカイ建物にも潜んでそうだな…。よし、『びーる』の荷電粒子砲でブッ飛ばすか!」

 

「ならば、私の『じゃがいも』は2時方向の倉庫らしき建物を狙いましょう。」

 

ワニのような姿をしたシャルンホルストとグナイゼナウの艤装が口を開き、口内から複雑な形状の砲口を展開した。

 

──キュィィィィィィィ……

 

砲口が赤熱し、艤装の背部に搭載されたファンが回転する。

そして、砲口から閃光が迸った。

 

──ゴォォォォォォォッ!

 

雷撃を伴った極太の閃光が大気を焼き、石造りの建物を粉砕する。

建物も、建物に潜んでいた兵士も、全てが閃光の中で塵となる。

 

「鉄と、血の匂い……あぁ、そうだ。ここが…この戦場こそが我らの生きる世界。」

 

ドラゴンを模した艤装の背に乗る長い癖のある銀髪に、大胆に胸元を開けた軍服姿のKAN-SEN『グラーフ・ツェッペリン』がアンニュイな口調で告げる。

 

「良い。それが指揮官…卿が望む戦争ならば…」

 

鋼鉄の竜が口を開け、オレンジ色に輝く砲口を展開する。

 

「始めよう──我らの戦争を。」

 

──ゴォォォォォォォンッ!

 

落雷の如き轟音と共に放たれる炎のように赤熱した雷撃。

それはデュロの街並みに降り注ぎ、区画をまるごと焼け野原にした。

 




どうしてこうなったか、って?
分からん。私は雰囲気で執筆している




あ、あと装甲獣形態の艤装が鳴くのは色んなパーツの軋みや駆動音が、装甲内で響いてる音が鳴き声っぽく聴こえてるだけです


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81.恐怖は海より来る

taka坊様より評価8を頂きました!

お気に入り数500突破!
書き始めた時はこうなるとは思いませんでしたよ


──中央暦1639年12月9日午後3時、デュロ市街地──

 

──ターンッ……ターンッ……タタタタタタタッ…ヒュルルルルルルル……ドンッ!

 

パーパルディア皇国最大の工業都市であるデュロは戦場となった。

竜騎士の全滅による制空権、及び艦隊の壊滅による制海権の喪失。空爆と艦砲射撃による指揮系統の混乱と、防御陣地の崩壊。

そんな状況でも健気に立ち向かう皇軍兵士達であったが、彼らを待ち受けていたのは地獄からの使者であった。

 

──グオォォォォォォォォォォォォン!

 

──キュラキュラキュラキュラキュラ…ドンッ!…ドンッ!

 

──キュィィィィィィィ…カシャオォン!キュィィィィィィィ…

 

咆哮する鉄の巨獣、長大な角から火を噴く鉄の地竜、恐ろしく素早い三つ目の鉄の巨人。

 

「建物の影に隠れろ!」

「魔導砲を早く持ってこい!」

「装填中!装填中だ!」

 

──ドォォォォンッ!

 

建物の影に隠れて魔導砲を装填していた皇軍兵士の部隊。しかし、彼らは283mm砲弾により建物ごと撃ち抜かれ、痛みを感じる間もなく黄泉へと旅立った。

 

「撤退!撤退しろ!」

 

防衛は不可能だと悟った砲兵隊長が撤退を指示する。

 

「り、了解!」

 

「魔導砲は放棄しろ!足手まといになる!」

 

自らの商売道具である魔導砲を牽いて行こうとする砲兵であったが、砲兵隊長がそれを止めさせる。

 

「急げ!敵の砲撃がっ…ぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

砲兵隊長の頭が一瞬だけ、ガクッと揺れたと思ったらそのまま息が抜けるような声を出しながら倒れた。

 

──ターンッ……

 

砲兵が遠くから響いてきた音を聴いた次の瞬間だった。

頭に強い衝撃を感じ…そして、彼の意識は永遠の闇へと消えた。

 

「"降参だ!降参する!なあ、俺は武器を持ってない!"」

 

一人の皇軍兵士が両手を挙げ、必死に命乞いをする。

その相手は、二人のアズールレーン海兵隊の兵士だった。

 

「あぁ!?なんだって!?」

 

「なんて言ってんだ!?」

 

カーキ色のフィールドジャケットを着用し、それぞれM1903とステンガンを構えた二人の海兵隊員は皇軍兵士にジリジリと接近する。

 

「"頼む!抵抗はしな…"」

 

──タンッ!タタタタッ!

 

必死に命乞いをしていたが、呆気なく射殺された。

その不運な皇軍兵士はテンパっていたのか、パーパルディア皇国の公用語である『フィルアデス語』を話していたのだ。

第三文明圏であれば通じたのかもしれないが、相手は第三文明圏外の住人だ。世界共通語でなければ理解出来ない。

 

「こいつ、なんて言ったんだ?」

 

「ママ~見て見て~僕ちゃんとおてて洗ったよ~…だってさ。」

 

「ははは!そりゃ傑作だ!」

 

もっとも、フィルアデス語が通じたとしても射殺されていたであろうが。

 

「これでも食らえ!」

 

別の区画では、魔導砲が火を噴いた。

 

──ドォォォォンッ!

 

爆炎が通りを焼き、熱を持った風が頬を撫でる。

 

「よしっ!撃破したぞ!」

「ザマァ見ろ!」

「列強に歯向かうからだ!」

 

魔導砲の直撃を食らって無事である筈が無い。彼らは自らの勝利を確信した事だろう。

 

──キュラキュラキュラキュラ…

 

その金属が擦れるような音が聴こえた瞬間、彼らの勝利は絶望へと変わった。

 

「う…嘘だ……」

 

煙と炎の中から現れる長い角を持った鉄の地竜。焦げたような跡こそあるが、それ以外は全くの無傷だ。

そんな鉄の地竜が皇軍兵士へ、その長い角を向け…

 

──ドンッ!

 

腹に響くような轟音と共に彼らの人生は強制終了となった。

 

 

──同日、デュロ攻略艦隊旗艦『ノーザンプトン』──

 

「海兵隊は無事に上陸。空爆と艦砲射撃…それに、鉄血艦隊の装甲獣形態による上陸支援が上手く行ったね。」

 

タブレット端末を見て軽く頷きつつ指揮官に伝えるノーザンプトン。

それに対し指揮官はエナジーバーをコーヒーで流し込んでから応えた。

 

「上陸自体は上手く行ったが…市街地での戦闘ともなれば、間違いなく死人が出る。そうなった時に士気を保てるか…」

 

考えながらエナジーバーを一口齧る。

甘い、強烈に甘い。シリアルとドライフルーツとチョコチップを、溶かしたマシュマロで固めた物だから当然だ。

脳に叩き込まれるような甘味を、ステンレス製マグカップに注いだコーヒーで流し込む。

苦い、不快な苦味だ。安物のインスタントコーヒーをテキトーに作った物だ。美味い訳が無い。

 

「はぁ…メイド隊の紅茶や、アイリス料理にサディア料理、重桜料理を毎日食べてるのに舌は肥えないみたいだね。」

 

そんな雑なカロリー補給をしている指揮官に苦笑するノーザンプトン。

 

「あんな上等な物が食える程の人間じゃないんでね。俺には、これぐらいで十分さ。」

 

残ったエナジーバーを一気に口へと押し込み、コーヒーで流し込む指揮官。

その様子にノーザンプトンは呆れたように肩を竦める。

 

「ベルファストやニューカッスルが見たら卒倒するね。『指揮官であるご主人様の健康を守る事もメイドの…』」

 

「止してくれよ。毎日、肩肘張って生活するのは疲れるんだぞ?たまには気を抜いてもいいじゃねぇか。」

 

「戦争中だからこそ気を抜けるって…矛盾してるよね。」

 

「人間なんて矛盾に満ちた生き物だよ。…ベルには言うなよ。」

 

「はいはい。」

 

そうやり取りする指揮官とノーザンプトン。

そんな二人の頭上を、20機程の航空機がデュロへ向かって飛んで行った。

 

「お?……あぁ、基地制圧部隊か。こりゃ、デュロは今日中に堕ちるな。」

 

「グライダー…ユニオンではあまり使わなかったから、少し新鮮だね。」

 

ノーザンプトンの言葉の通り、8機のアヴェンジャーに先導されて6機のランカスターが1機ずつグライダーを牽引して飛行していた。

 

 

──同日、デュロ基地──

 

「5番区画、防衛ライン維持出来ません!」

「8番倉庫街、戦線崩壊!」

《此方、11番区画!駄目だ、地竜では奴らの巨人に歯が立たない!》

《血……血だ!肩が…血のように暗い赤…》

「11番区画、通信途絶えました!」

 

司令部へ次々と飛び込んでくる絶望的な報告。

勝利の報告どころか、敵を撃破したという報告すら上がって来ない。

 

「馬鹿な……文明圏外の蛮族相手に皇軍が抵抗すら出来ないだと…?」

 

そんな中で基地司令のストリームは、顔を真っ青にして呟いた。

いや、彼はそんな言葉とは裏腹に気付いていた。

ワイバーンオーバーロードを凌駕する飛行機械や、爆発物を大量に投下する大型飛行機械。戦列艦を上回る巨艦に、鉄の怪物達。

更には、ムーが新たな文明圏と列強に相応しい支持する国力…ふと、ストリームの脳裏にある可能性が浮かび上がった。

 

「ま…まさか!」

 

古の魔法帝国。

神々に弓を引いた傲慢なる帝国の復活…彼の脳裏に浮かんだのはそれだった。

そうであれば辻褄が合う。

世界最強の神聖ミリシアル帝国が最大の警戒を払う程の力を持つ魔帝であれば、このような兵器を運用していても可笑しくはない。

復活した魔帝に対しムーは何らかの方法で接触し、手を組んだ…そうとしか考えられなかった。

 

(魔帝が相手…駄目だ、勝てぬ…終わりだ…何もかも終わりだ!)

 

だが生憎、絶望感に支配されたストリームは一つ重要な事が頭から抜け落ちていた。

世界を支配し、全ての種族を奴隷とした程に傲慢な魔帝がこのような回りくどい真似をする筈が無い。

ましてや、ムーと手を組むような事なぞする筈も無い。

 

《敵飛行機械接近、数20!大型も居ます!》

 

基地の見張り塔で警戒していた兵士が魔信を通じて報告する。

 

「きっ…来た……」

 

震える声で呟き、司令部の窓から空を見上げるストリーム。

青い空に黒い点が見える。

此方にワイバーンは居ないし、対空魔光砲も無い。

 

──殺される

 

最前線から長らく離れていたストリームは、そんな確実な死の気配がもたらすストレスに耐えきれなかった。

 

「ぁ……ぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

か細い声と共に崩れ落ち、意識を失った。




軍用グライダーって詫び錆びですよね


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82.嵐の中で輝いて

イブ_ib様より評価3を頂きました!


時間があったので連続投稿です

話の進み方が少し遅いかな?と思ったので駆け足気味です


──中央暦1639年12月9日午後3時、デュロ基地上空──

 

──バチンッ!

 

ランカスターとグライダーを繋いでいたワイヤーが外される。

滑空状態となった無動力グライダーは最早、引き返す事は出来ない。

 

「よーし、これでもう戻れない!我々に出来る事はただ一つ!敵基地に強行着陸し、占領する!」

 

グライダー『AS.51ホルサ』の機内でチャーリー・ケリー軍曹が兵士達を鼓舞するように声を上げる。

彼が率いる100名の空挺部隊は改めて自らの得物を点検し、作戦に備える。

 

「大尉殿!捕虜の取り扱いについて確認しておきたいのでありますが!」

 

ドワーフ族の兵士が手を挙げて質問する。

因みに、ケリー軍曹は『軍曹』と名乗ってはいるが実際の階級は大尉だ。ややこしいが、本人は軍曹という呼び名が好きらしく親しい者にはそう呼ばせている。

 

「どうした!」

 

「はい!敵兵が降服してきた場合なのですが、射殺してもよい…で、よろしいでしょうか!」

 

「そうだ!我々の方が数が少ない。降服した者を一々受け入れる余裕は無い!我々の作戦目標は敵司令官クラスの人物を確保する事だ!分かったか!」

 

「サー!イエスサー!」

 

兵士の言葉にケリー軍曹が答えていると、着陸支援の為に着いてきた8機のアヴェンジャーが機種を下げて降下し始めた。

 

──ヒュルルルルルルル……ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

アヴェンジャーから投下された爆弾が着弾し、爆炎と共に基地の建物が弾ける。

逃げ惑う兵士の様子がはっきり見える…いや、表情まではっきり見える。どうやらかなり高度が下がっているようだ。

 

──バキッ!バキッ!

 

そんな中、突如として2機のグライダーが空中分解を起こした。

グライダーの塔乗員は25名。空中分解を起こせば、それだけの兵士が墜落死するという事である。

しかしグライダーは6機あり、作戦に参加する歩兵は100名。4機で丁度100名の計算だ。

そうなれば残り2機は何故存在するのか?

 

《アッセンブル1、降下開始!》

 

《アッセンブル2、同じく降下開始!》

 

それは只のグライダーではない。

アズールレーン制式採用人型兵器『スコープドッグ』をうつ伏せにし、そこに翼や機首を取り付けたものだ。

一定高度まで降下すると、爆薬により飛行に必要な機材を排除、バックパックに取り付けたパラシュートと制動用ロケットにより落下速度を落として着陸する。

 

「着陸するぞー!衝撃に備えろ!」

 

一方、兵士を運んでいたグライダーも着陸した。

木製の機体は着陸の衝撃により、ミシミシと軋む。それでも兵士達を戦場へと無事に届けられた。

 

「GO!GO!奴らが体勢を立て直す前に制圧するぞ!」

 

グライダーのランプが開き、完全武装の兵士達が混乱の渦中にあるデュロ基地を制圧すべく走り出す。

 

──タタタタタタタッ!

 

爆弾が炸裂した事により生じたクレーターに飛び込み、伏せた兵士がステンガンのトリガーを引き9mm弾による弾幕を張る。

 

「グレネード!ワン!ツー!」

 

十名程度の皇軍兵士が建物に潜んでいる事を確認すると、手榴弾のピンを抜きレバーを飛ばして数を数える。

 

「スリー!」

 

3つ数え終わったのと同時に、窓から建物の中へ手榴弾を投げ込む。

 

「なっ…なん…」

 

──ボンッ!

 

「ぐぁぁぁぁぁぁ!」

「あぁぁぁ!あぁぁっ!耳がぁぁぁ!」

「何…何が!」

 

屋内という閉鎖空間で炸裂した手榴弾は爆風と破片で皇軍兵士を殺傷し、それから逃れた者も爆音と衝撃波で混乱している。

 

「行け!行け!突入ぅぅぅぅぅ!」

 

窓から兵士が突入し、動く者があれば容赦なく弾丸を叩き込む。

この世の地獄と評された鉄血と北連による東部戦線を経験した者達から叩き込まれたCQB、それは平野での戦闘を得意としていた皇軍兵士達にとっては未知のモノだった。

 

「地竜部隊はまだなのか!?」

「ダメです!竜舎が襲撃されているようで……」

 

──ボトッ

 

「あん?」

 

建物の影に身を寄せ、通信士に地竜部隊への交信を指示していた小隊長の足下に何かが転がってきた。

楕円形で、表面がゴツゴツした拳大の金属の塊…微かに、シュー…と聴こえる。

小隊長は嫌な予感…濃厚な死の匂いを嗅ぎとった。

 

「逃げっ……」

 

──ボンッ!

 

その言葉が終わる前に金属の塊こと手榴弾が炸裂し、爆風と共に砕けた外殻が飛び散り彼と彼の部下数人は致命傷を負い、この戦場から退場した。

 

──ダダダンッ!ダダダンッ!ダダダンッ!ダダダンッ!

 

「弾が無くなってきた!アファム、弾持ってこい!アファァァァァァァァム!」

 

M1919A6マシンガンを腰だめに構えて猛烈な弾幕を展開していた兵士が、同僚である弾薬係の兵士に追加の弾薬を要求しながらも射撃は続ける。

 

「有ったよ、弾が!」

 

「でかした!」

 

アファムと呼ばれた兵士が両手に弾薬箱と、腰に剣のように替えの銃身を挿して持ってくる。

 

「よっしゃあ!まだまだ行けるぜ!アファァァァァァァァム!」

 

手早く銃身を交換し、弾帯を装填すると再び射撃を開始する。

そうして敵の動きを制限し、別部隊が回り込んで殲滅する。

そんな事を繰り返していると、戦線はあっという間に司令部の建物まで押し上げられた。

 

「あそこが司令部だ!敵の守りが硬い!」

「迫撃砲を使うぞ!」

「了解!そうて~ん!」

 

──シュポンッ!

 

砲口から落とし込まれた砲弾の尻が砲尾の撃針に接触し発射薬に点火され、81mm砲弾が発射される。

 

──ヒュルルルルルルル……

 

「なんだ!?何かが落ちてくるぞ!」

 

司令部の前を守っていた部隊の隊長が空を見上げるが、それ以上何か出来る訳でもなく。

 

──ドォォォォンッ!

 

迫撃砲弾が着弾し、爆風により皇軍兵士の死体が宙を舞う。

 

《すまん、遅れた!》

 

《地竜の処理に手間取ってな。》

 

司令部への道を確保した部隊の元に、地竜を片付けた2機のスコープドッグが合流する。

 

「よし、お前らは敵増援を警戒!歩兵部隊は私に続け!ライフルよりも手榴弾とハンドガンを持っていけ!」

 

「「「了解!」」」

 

ケリー軍曹の支持に従い、司令部の建物へと突入する兵士達。

 

──パンッ!パンッ!パンッ!ボンッ!

 

狭い屋内では長いライフルは寧ろ邪魔だ。

ならばハンドガンやサブマシンガンのような取り回しの良い銃を持ち、敵が潜んでいそうな部屋には手榴弾を投げ込む。

世界で最も過酷な市街戦を経験した、鉄血・北連の兵士から訓練を受けたアズールレーン空挺部隊のCQB能力は確かなモノだった。

 

「開けろ!アズールレーンだ!」

 

まるで乾いたスポンジに水が染み込むように基地を制圧していった部隊は、あっという間に司令部も制圧した。

それは時間にして、1時間もかからなかっただろう。

司令室の扉へとたどり着いた兵士達は、蝶番を爆薬で破壊し内部へと雪崩れ込み基地司令であるストリームを確保した。

 

 

──同日午後6時、デュロ沿岸部アズールレーン海兵隊前線基地──

 

艦砲射撃により瓦礫の山となったデュロの港。

そこには、LST-1やLCMといった揚陸艦が海岸に乗り上げており、瓦礫を片付けて作った広場にはOD色のテントが軒を連ねていた。

 

「デュロ基地の司令官の様子はどうだ?」

 

「あぁ、彼かい?少なくとも今のところは、此方に従っているよ。市街地に潜んでいる皇国軍兵士に対する武装解除の呼び掛けにも協力的だ。」

 

そんなテントの合間を指揮官とノーザンプトンが歩いていた。

 

「街外れの難民キャンプは?」

 

「彼らは戦う術を持たない一般市民だ。監視こそしているけど、此方から干渉はしないようにしているよ。」

 

──てーてけてーけ♪てーてけてーけ♪てってってー♪(戦え!ロイヤルメイド隊のBGM)

 

ノーザンプトンの言葉に満足そうに頷く指揮官の懐から唐突に軽快な音楽が流れた。

 

「……ロングアイランドからか。」

 

懐から音楽の発生源…スマートフォンを取り出すと、画面をスライドさせて応答する。

 

「俺だ。……あぁ…成る程。ようやく出来たか…分かった。エセックスに向かってくれ。」

 

「ロングアイランドからって事は……例の"アレ"かい?」

 

通話を終了させた指揮官に向かって、首を傾げて問いかけるノーザンプトン。

それに対し、指揮官は頷いて応えた。

 

「そうだ。上陸したばかりで悪いが……」

 

「エセックスまで送ってくれ……でしょ?私は構わないよ。」

 

「悪いね。」

 

そんなやり取りをしながら踵を返して海岸へと戻る二人。

 

中央暦1639年12月9日午後8時。

第四列強であるパーパルディア皇国の工業都市デュロは、アズールレーンの手によって占領された。

このニュースは世界に衝撃を与え、パーパルディア皇国の勝利を信じて止まなかった皇国臣民、及び一部貴族や皇族すら皇国の勝利を疑い始めていた。

 




ふと、ですね日本国召喚で、マクロス召喚というのを思い付いたんですよ
アンタレス戦闘機をバルキリーがバッタバッタと薙ぎ倒し、復活した魔帝のパル・キマイラにクォーター級がダイダロスアタックするという

思い付きはしたんですが、平行して執筆出来る気がしないので誰か書いて下さい(丸投げ)

あ、因みに私はVF-25Sが好きです
あの三つ目っぽいバイザーアイがいいですよね


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83.Dirty Deeds Done Dirt Cheap

どんどん進めないと…パ皇編だけで50話ぐらい使ってる…ヤバい


──中央暦1639年12月14日午後1時、神聖ミリシアル帝国、港町カルトアルパスの酒場──

 

《皆さん、こんにちは。世界のニュースの時間です。》

 

酒場に集まる全員が、世界のニュースを映し出している水晶板を見る。

 

《本日のニュースは第三文明圏、パーパルディア皇国についてお伝えします。去る12月9日、パーパルディア皇国と戦争状態にある第三文明圏外国による軍事同盟アズールレーンからの発表によりますと、パーパルディア皇国東部の工業都市デュロを占領したとの事です。これを受け、神聖ミリシアル帝国を始めとした各国は自国民の退去を指示、パーパルディア皇国各地で外国人の退去が始まっています。》

 

ニュースキャスターから伝えられた情報。それは、静まり返った酒場に再び活気を与えた。

 

「おいおい、デュロが陥落しただなんて…」

「あそこはパーパルディア皇国の生産力の要だぞ?こうなると損耗した兵器の補充も儘ならない。」

「パーパルディアはもう終わりだな…これからは第三文明圏外…いや、第四文明圏で商売するか。」

 

一般市民や傭兵、商人が口々に自らの見解を口にする。

様々な言葉が飛び交うが、人々の意見は概ね一致していた。

 

──パーパルディア皇国は敗北する

 

レイフォルという列強国が滅びた前例がある以上、その事実はすんなりと受け入れられた。

 

《次のニュースもパーパルディア皇国からです。パーパルディア皇国が支配する属領である72の地域で反乱が勃発、現地統治機構関係者を追放し相次いで独立を宣言しました。また、これに伴いパンドーラ大魔法公国はパーパルディア皇国に対し宣戦布告、同国に居住するパーパルディア皇国民を国外追放したとの情報が入っております。》

 

そのニュースに酒場は一層ざわめいた。

 

「属領が一斉に反乱を起こすって事は…」

「あぁ、間違いなくアズールレーンが関わってるな…軍事力だけじゃなく、謀まで優れてるとはな。」

「しかも、パンドーラ大魔法公国まで宣戦布告だぞ?属国にまで反乱されるとは…まあ、パーパルディアなら仕方ねぇ。」

 

人々の予感は確信へと変わった。

生産力の要であるデュロを失い、資源や奴隷の供給源である属領の反乱。こうなればパーパルディア皇国は戦争どころではない。

寧ろ、国家体制を維持する事すら不可能になる可能性が出てきた。

 

《次は第四文明圏構想参加国であるアルタラス王国から提供されたニュースです。此方の音声をお聴き下さい。》

 

ニュースキャスターの言葉と同時に、画面が切り替わりアルタラス王国旗と、パーパルディア皇国旗が表示される。

 

《"では、我が娘…ルミエスの事ですが、何故このような事を?"》

《"ああ、あれか。ルミエスはなかなか上玉だろう?ルディアス陛下が味見をする為だ。"》

《"はぁ?"》

《"ルディアス陛下が抱き心地を確かめられるのだ。まあ、飽きたら淫所にでも売り払われるだろうがな"》

 

《以上が、アルタラス王国から提供された音声となります。これを受けたアルタラス国王ターラ14世はパーパルディア皇国大使であるカスト氏を国外追放したとの事です。またこれを受け、第四文明圏構想参加国は「パーパルディア皇国は列強と名乗りながら、他国の姫君に下劣な感情を向けている。パーパルディア皇国は列強として相応しくない。」との声明を発表している模様です。》

 

この音声、アルタラス王国にてターラ14世とカストの間で行われたやり取りであるがかなり改変されている。

ターラ14世が録音したカストの声を編集、一部は彼の声に似せた合成音声を使って作られたでっち上げだ。

 

「うわぁ…パーパルディアの皇帝って、そんな奴なのかよ…」

「仕事を手伝ってる娘が居るが…いやはや、パーパルディアには連れて行かなくて正解だな。」

「しかもルミエスって、アルタラスの姫様だろ?そりゃ、怒るわ。いや、カスト…って言ったか?国外追放で済んで良かったじゃないか。普通、縛り首だぞ。」

 

余りにも過激な内容だったが、酒場の人々はすんなり信じた。

と言うのも、神聖ミリシアル帝国にもムーにも音声を編集する技術はあるのだが、こんなにも自然で滑らかに編集する技術は無い。ましてや合成音声なぞ概念すら無いのだ。

故に酒場の人々は、アルタラス王国がどうにかして手に入れた録音機器で会話を録音した、と思い込んでいる。

そうして、酒場の人々…いや、世界のニュースを観ていた人々の認識はこう一致した。

 

──パーパルディア皇国の皇帝ルディアスは、女を取っ替え引っ替えする色狂いだ

 

 

──同日、皇宮パラディス城──

 

──バリンッ!

 

パーパルディア皇国の中枢パラディス城。その中にある皇帝ルディアスの私室に魔信ラジオの音声に混ざってガラスが割れる音が響いた。

 

「ルパーサよ…」

 

ルディアスは普段青白い顔色を真っ赤にして、相談役であるルパーサに声をかけた。

そんなルディアスは上体を起こした状態でベッドに座り、そのベッドの足下には砕け散ったグラスが散らばっている。

 

「はい、ルパーサは此方に…」

 

「カストと…パーラスを呼び出せ。」

 

「承知致しまし…」

 

「いや、カストは呼び出さずとも良い。」

 

ルパーサの返答を遮ってルディアスは告げた。

 

「と…申しますと?」

 

「カストは死刑だ。私の名誉を傷付けた…パーラスも同じような事を…私の名を勝手に使い、属領の女を抱いていた可能性がある。属領から逃げてきた統治機構の連中共々、取り調べをしろ!事実であれば処刑だ!拷問をしてでも吐かせ……ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

 

「陛下!い、医者を!」

 

血の混じった咳をするルディアスの背中を擦りながら、ルパーサは医者を呼ぶように衛兵に言い付ける。

 

「「承知しました!」」

 

ルパーサから命じられた二人の衛兵は、小走りで医者を呼びに行くが。

 

「俺は、カスト殿とパーラス殿を呼びにいく。医者を呼ぶのは任せた。」

 

「おぉ、そうだな。二手に分かれよう。」

 

そう言って二人の衛兵は分かれると、それぞれ目的の人物が居るであろう場所へ向かった。

しかし、その内のカストとパーラスを呼び出そうとしている衛兵は足を止めて、長らく使われていない空き部屋へと静かに入った。

 

「…こちら、ディープ・スロート。カストの処刑が命じられた。パーラス以下、統治機構の連中も処刑となる可能性が濃厚。通信終わり。」

 

その衛兵は胸甲の裏に向かって小声で話すと、何事も無かったかのように空き部屋を後にした。

そうしてカストとパーラスを連行する為に走り出す。

 

 

──同日、サモア基地指揮官室──

 

《……通信終わり。》

 

執務室に置かれた味気無いスチールデスク。

そこに置かれた魔信機から聴こえる声に指揮官が頷いた。

 

「上手く行ったな…」

 

そんな零細企業の事務所のようなデスクに座り、やや苦しそうに告げる指揮官。

呼吸が阻害されているかのような息遣い…しかし、体調を崩している訳ではない。

 

「ふふっ、流石指揮官ね。」

 

優しげな口調で指揮官に語りかける女性。

長い黒髪に同じ色の犬耳、金のモールが施された白い軍服に身を包むKAN-SEN『愛宕』だ。

 

「愛宕、指揮官殿の執務の邪魔になっているぞ。少々控えよ。」

 

そんな愛宕を諌めるのは、愛宕と同じ軍服に身を包み、同じ黒髪をポニーテールにしたKAN-SEN『高雄』だった。

 

「あら高雄ちゃん、いいじゃない。指揮官ってば毎日毎日仕事ばっかり…たまには、お姉さんが癒してあげなくちゃいつか潰れちゃうわ。」

 

頬を膨らませて反論する愛宕。

そんな愛宕は指揮官の右半身に身を置いて、彼の肩に手を回して抱き締めている。

そんな位置関係であるため、指揮官の顔の右半分は愛宕が持つ圧倒的質量の胸部装甲に埋もれていた。

 

「成る程、愛宕は心配してくれているのか。」

 

「えぇ、そうよ。指揮官ったら本当に働き過ぎよ?」

 

母性の象徴とも言える女性の胸部に包まれる…そんなシチュエーションは役得以外の何物でも無いだろう。

しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。

先ず、愛宕は自らの方へと指揮官を引き寄せている。つまり、右側へ引っ張られている。

しかし、頭は柔らかくも弾力のある脂肪により左側へ押し出されている。

そんな相反する力による負荷がかかる場所がある。そう、首だ。

具体的に言えば、愛宕に抱き締められているせいで首が折れそうだ。

普通の男性なら、顔を赤くしながら離れてくれと懇願するだろう。

しかし、この男は普通ではない。

 

──ゴキッ!

 

指揮官の首から鈍い音が響き、その音に驚いた愛宕がビクッと肩を跳ねさせる。

 

「……指揮官?」

 

恐る恐るといった様子で、自らの胸の中にある指揮官の顔を覗き込む。

指揮官の顔は生気を失っており、首が妙な方向を向いていた。

 

「はぁ……」

 

それに対し高雄が呆れたようなため息をつく。

まさか、死なせてしまったのか?そんな考えが頭を過り、狼狽える愛宕。

そんな愛宕に追い討ちをかけるように、指揮官の左目がギョロッと動いた。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」

 

「キャァァァァァァァァ!!」

 

狼狽えている状態で、苦手なホラー展開を見せられた愛宕は悲鳴を上げてフラッと倒れ込むが…

 

「指揮官殿、流石に趣味が悪いぞ。」

 

倒れそうになった愛宕を高雄が支えてやる。

だが、指揮官は首をゴキゴキと鳴らして何事も無かったかのように涼しい顔をしてみせる。

 

「普通に言っても聞かないからな。俺は手っ取り早い方が得意だ。」

 

指揮官が幾つか持つ"隠し芸"の一つ、死んだフリ(リアル)だ。

因みに愛宕、何度もこれに引っ掛かっている。

 

「はぁ~…まったく…」

 

頭を抱えてため息をつく高雄。

それに対し、指揮官はデスクの引き出しから腕章を取り出すと高雄に向かって放り投げた。

 

「じゃあ、俺は出かけるから。高雄、指揮官代理は任せる。」

 

指揮官が高雄に渡した腕章には、『指揮官代理』の文字が刺繍されていた。

それを受け取った高雄は、再び深いため息をつく。

 

「はぁ~…不本意だが、承知した。指揮官代理の責務、確かに拝命致す。」

 

高雄の言葉に満足した指揮官は頷きながら立ち上がると、高雄の片腕に抱かれている愛宕の頭を撫でて部屋を後にしようとする。

 

「指揮官殿。」

 

が、高雄に引き留められた。

 

「どうした、高雄。」

 

「その…本気か?指揮官殿が全てを背負う必要は無いのだぞ。可能ならば拙者が引き金を……」

 

「高雄。」

 

意を決して告げた高雄の言葉は、指揮官の感情の読めない言葉により遮られた。

 

「高雄、お前たちKAN-SENは兵器だ。戦争をする為の兵器…だからこそ、"人殺し"にだけはなるな。"人殺し"なら、俺に任せておけ。」

 

「指揮官殿……」

 

「だが、お前と愛宕の心配は嬉しいよ。」

 

フッと微笑みを見せた指揮官は、部屋を出て後ろ手に扉を閉めた。

 

 

──同日午後11時、パールネウス中心部──

 

闇と静寂、そして僅かな魔石灯が織り成す街並み。パーパルディア皇国の前身である『パールネウス共和国』の首都であり、現在も『聖都』と称される『パールネウス』

初代パーパルディア皇帝生誕の地であるこの都には多く愛国者達が巡礼に訪れる。

そんなパールネウスの中心部近くにある宿屋の地下で、一人の男が何やら作業をしていた。

 

「赤い線を繋いで……金属棒を伸ばす…よし、これで大丈夫だ。」

 

その男はカイオスが重用していた隻腕の密偵だった。

彼はアズールレーンの協力者として、巡礼者の集団に混ざってパールネウスに潜入していた。

 

「……悪いな、これも仕事だ。恨みたければ恨め。」

 

密偵の前には円筒形の物体があった。

人が背負える程の物体、それを素焼きの壺に入れて金属棒を伸ばすと赤いボタンを押した。

宿屋の主人には3日後に取りに来ると伝えているため、勝手に捨てられる事は無いだろう。それなりの袖の下も渡してある。

 

──ピッ

 

小さな電子音が鳴るのを確認した密偵は、闇夜に紛れてパールネウスを後にした。

 




GAMAHAより発売中!カストロイド!
プリセットは命乞いボイス20種類!


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84.最も多くを殺した個人

なんか上手いこと筆が進んだので連続投稿です

注意!
この話は、以下の要素を含みます!
・超兵器
・SF兵器
・独自理論
・胸糞要素

それでも良いという方はどうぞお進み下さい




























やりたかったネタ、その2です
因みに1は鉄血艦の装甲獣形態


──中央暦1639年12月16日午後11時、皇宮パラディス城壁外──

 

篝火にくべられた薪がパチパチと弾け、揺らめく炎が城壁に人影を映し出す。

その人影の正体、それはマスケット銃を構えた十数名の兵士。そして、城壁を背にするようにして地面に打ち付けられた杭に縛り付けられている同じ数の男達だった。

 

「これより、貴様らを処刑する!罪状は皇帝陛下の名誉を傷付けた事による、国家反逆罪だ!」

 

厳つい顔付きの衛兵隊長が羊皮紙に書かれた内容を読み上げる。

それを聴くのは、駐アルタラス王国大使であったカストと臣民統治機構長のパーラス。そして、反乱を起こした属領から本国へと逃げ帰って来た臣民統治機構職員達だった。

 

「まっ…待ってくれ!私はあのような事は言っていない!あれはでっち上げだ!蛮族共が…」

 

「黙れ!貴様の処刑は皇帝陛下の御意志である!」

 

反論するカストであったが、衛兵隊長の一喝によりその言葉は強制終了された。

続いて、パーラスが口を開いた。

 

「わ、私は……」

 

「黙れ!貴様は属領統治軍の者から賄賂を受け取り、多くの悪行を黙認していたのだろう!」

 

パーラスは弁解の一つも言えなかった。

72の属領で勃発した反乱。属領に残された僅かな兵力で止められる筈も無く、属領統治軍の兵士はほぼ壊滅、臣民統治機構の職員と僅かな兵士が命からがら逃げ延びたという有り様だった。

そんな彼らは皇帝ルディアスの命令により取り調べが行われ、様々な証言から各属領の統治責任者は処刑、それ以外の者は懲罰部隊送りという処分が下された。

もっとも、取り調べと言っても拷問を含んでいたようでパーラス達、臣民統治機構職員は傷だらけだった。

無傷なのは処刑が決まっていたカストのみだ。

 

「もう良い!貴様らの見苦しい言い訳に構っている暇は無い!この後も処刑せねばならない者が居るのだ!…構えーっ!」

 

衛兵隊長の言葉に、銃兵がマスケット銃を構える。

 

「撃てぇぇぇぇ!」

 

──バババババババンッ!

 

銃声と共に白煙を纏って鉛弾が銃口から飛び出す。

鉛を融かして固めただけのそれは人体に着弾すると、変形し肉と内臓を抉る。

多くの者は心臓が変形した鉛弾により喰い破られ即死したが、狙いが外れた者は即死出来ずに地獄の苦しみを味わった。

その中にカストとパーラスの姿もあった。

 

「うぅぅぅぅぅ!痛いぃぃ!医者を…医者を呼んでくれぇぇ!」

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

痛みにのたうち喚き散らすカストと、あまりの痛みに過呼吸を起こすパーラス。

 

「隊長!トドメは如何いたしましょう!」

 

衛兵の一人が、衛兵隊長に問いかける。

だが、衛兵隊長の言葉は冷酷なものだった。

 

「放って置いても死ぬ。それよりも時間と弾が勿体無い。縄をほどいてその辺に捨てておけ。…次!」

 

衛兵隊長の言葉に従い、衛兵達がカストとパーラスの縄をほどいて城壁の脇に転がす。

 

「うぅぅぅぅぅ…うぅぅぅぅぅ!」

 

「はぁー…はぁー…」

 

陸に打ち上げられた魚のようにのたうつカストと、呼吸が細くなってきたパーラス。

段々と薄れ行く意識の中、二人が最期に見た光景…それは、抵抗空しく杭に縛り付けられる統治機構の職員達。そして、夜空を駆ける蒼白い彗星であった。

 

 

──同日、レミール邸──

 

「うぅぅぅ…あぁ…来るな…来るな…」

 

天蓋付きのクイーンサイズベッドの上、身を捩りながらうなされるレミールの姿があった。

その長い銀髪も白い肌も、寝間着すらも汗でじっとりと湿っている。

 

「う…う…うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

そんな彼女だったが、突如として悲鳴を上げて飛び起きた。

息を荒げて千切れんばかりに首を振り、辺りを見回す。

 

「はぁ…はぁ…夢か…」

 

先程までの恐怖が夢だったと分かると、ホッと胸を撫で下ろす。

ふと、尻の辺りに違和感を覚えて視線を落とす。

下半身…というよりも、股関の辺りがびしょ濡れになっていた。失禁していた。

 

「はぁ…はぁ…クソッ!」

 

自らの醜態に苛立ち、マットレスを殴り付ける。その弾みでアンモニア臭が立ち上ぼり、彼女の鼻腔に突き刺さる。

それが羞恥と嫌悪感を刺激した。

 

「夢の中も私を愚弄するか…アズールレーン…!」

 

ギリッ、と歯を鳴らすレミール。

そう、彼女は先程まで悪夢を…失禁してしまう程の悪夢を見ていた。

それは、真っ暗な空間でたった一人で立っていると金髪の大男…クリストファー・フレッツァというアズールレーンの代表である男が現れるというものだった。

次第にその男の姿は巨大な蛇のような姿となり、レミールを足からバリバリと喰い始めた。

激しい痛みと恐怖、鋭い牙の生えた口がどんどん腰から腹、胸…そして、首迄を喰った所で目覚めた。

 

「くっ……クソッ!クソッ!クソッ!」

 

思い出すだけで身震いする。

それを振り払うようにマットレスに両拳を叩き付けるが、体の震えが止まらない。

気分を落ち着かせる為に窓の外を見る。

魔石灯の夜景が美しいエストシラントの街並み、星が輝く夜空…それらは、レミールの心を僅かに落ち着かせる事が出来た。

だが、彼女の視界に何かが写った。

夜空を切り裂くように進む蒼白い光の帯…彗星だ。

 

「あ……あれは…!」

 

パーパルディア皇国において彗星は凶兆だとされている。

というのも初代パーパルディア皇帝が崩御した夜、蒼白い彗星が夜空に輝いたという伝承があるのだ。

 

「あの方向は…パールネウス!?」

 

彗星が向かう方向。その方向には初代皇帝生誕の地であり、今なお聖都として巡礼の地となっているパールネウスがある。

凶事を知らせる彗星の行く先は、パーパルディア皇国始まりの地であるパールネウス。

不吉な予感にレミールは、ただただ身を震わせる事しか出来なかった。

 

 

──同日、アルタラス海峡──

 

フィルアデス大陸とアルタラス王国の間に横たわるアルタラス海峡。この日は新月であり、星明かり以外の光源は無い。

まるで墨を流したかのような漆黒の海面、それは前触れも無く現れた。

 

──ズザザザザザザザザ!

 

海を割るように現れた巨大な物体。

それは夜の海に溶け込むような漆黒であり、まるで海中生物のような流線形をしていた。

しかし、それは生物ではない。

 

「随分と速いな。海中だってのに、ル・トリオンファンの全速力より速いぞ。」

 

海中から現れた物体、その内部で一人の男…指揮官が呟いた。

 

「それに凄く静かで広いの~」

 

指揮官の言葉に同意するようにロングアイランドが口を開いた。

そんな二人の間に挟まれるように立っている人物…セイレーン『ピュリファイアー』が得意気に胸を張った。

 

「ふふん、どーよこの『オロチ』は!」

 

そう、この物体はかつて重桜で開発されていた決戦兵器『オロチ』を修理した物だ。

全長約800m、全幅約260m、排水量計測不能という馬鹿と冗談が総動員したような超巨大艦だ。

しかもこれは只の艦ではない。

外見はアウトリガーカヌーのような三胴艦となっており、中央の艦体は750mもの飛行甲板を持つ空母なのだ。これ程の長さならば、滑走路と呼ぶべきかもしれない。

そして、空母の左右にアウトリガー状に配置されているのは全長約300mもの偉容を誇る戦艦…超大和型戦艦をも上回る物だ。

51cm連装砲を4基備え、数えるのも馬鹿らしくなる程の高角砲と対空機銃にレーダー…何を考えているのか理解出来ない。

それだけでも十分過ぎる程だというのに潜水が可能であり、その上ほぼ無音で超高速潜水航行が可能だというのだ。

重桜に伝わる『ミズホの神秘』とセイレーンの技術が融合し、恐竜的進化を遂げた艦船…それこそが『オロチ』であった。

 

「恐ろしい兵器だな。こりゃ、世界最強に相応しい。」

 

「そんな世界最強に、無理矢理乗り込んだ指揮官さんはおかしいの~」

 

肩を竦めて冗談めかした口調で話す指揮官に対し、ジト目を向けるロングアイランド。

そんな二人の様子を気にする事無く、艦内に配置されたCICのコンソールを操作するピュリファイアー。

 

「地上航行モードや装甲獣形態はまだまだ時間が必要だけど…海上と海中での戦闘なら問題無くこなせるぜ!」

 

黄色い瞳を爛々と輝かせてサムズアップするピュリファイアー。

指揮官はそれに満足そうに頷くと、コンソールに嵌め込まれた画面の一つを指差す。

 

「カイオス氏の部下が設置したビーコンは正常に作動している。地図上での位置も大体同じだ。」

 

「オッケー、それなら発射準備に入るよー!」

 

オロチの飛行甲板の前端部分、カタパルトが埋め込まれている部分が甲板の中心線から観音開き状に開く。

そこから現れたのは、細長い二枚の板を面同士で向かい合わせたような物体。それが二組ある。

それは、オロチのカタパルトである『電磁カタパルト』のユニットだ。

そのユニットが中心線に向かってスライドし、ピッタリと組合わさる。

 

「飛行甲板開放!電磁カタパルトユニット、マスドライバー形態に移行!ペイロード、特殊魔導爆弾『トラペゾヘドロン』!装填完了!」

 

ピュリファイアーがノリノリで発射シークエンスの流れを口にする。

 

「照準…ロックオン!エネルギー充填率、90…93…97…99…100%!発射準備完了、何時でも撃てるよ!」

 

そう言って、拳銃の銃口にコードが繋がったようなコントローラーを指揮官に差し出すピュリファイアー。

 

「指揮官さ~ん…本当にやるの~?」

 

ロングアイランドが心配そうな声をかけるが、指揮官はそれに構わずにコントローラーを受け取る。

 

「ロングアイランド、これは俺がやる…いや、俺にやらせてくれ!」

 

コントローラーのトリガーに指を掛け、確固たる意思を示す指揮官。

 

「分かったの~指揮官さんがやりたい事なら~幽霊さんは止めないの~」

 

「おう、任せとけ!」

 

威勢良く言うと、コントローラーをパールネウスの方向に向けると楽しげな笑顔を見せた。

 

「アディオスアミーゴ!」

 

トリガーに掛かった指に力を入れる。

 

「地獄で会おう!」

 

──カチッ

 

トリガーが完全に引かれた。

 

──バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 

電磁誘導により超高速で放たれるペイロード。

大気との摩擦で生じた放電現象が蒼白い光となり、夜空を切り裂くような光の帯となった。

 

 

──同日、パールネウス──

 

パールネウスの中心に存在するネウス城。

そこは、政から身を引いた皇族や未成年の皇族が暮らしていた。

そんなネウス城の一角、暖炉の火が揺らめく談話室には数人の皇族が集まっていた。

 

「デュロが陥落し、反乱により属領を失った…皇国は最早、終わりだ。」

 

絶望したように話す中年の男性皇族。

しかし、それに年老いた男性皇族が反論した。

 

「いや、"狂犬"レミールの妹…"出来損ない"ファルミールに上手く取り入れば、我々の安全は確保出来るかもしれない。」

 

その言葉に、若い女性皇族が問いかけた。

 

「お爺様、そんな事が出来るの?」

 

「あぁ…レミールに全ての罪を被せ、ルディアス陛下はレミールに唆されたという事にして退位していただく。その後、ファルミールを皇帝として我々が支持するのだ。」

 

「成る程…確かに、自分の支持者ならば粛清なぞ出来ないでしょうね。」

 

皇族達がそんな企てをしていると、窓際に立って夜空を見上げていた少年皇族が何かを見付けたようで、中年の男性皇族のもとへ向かった。

 

「父上っ、父上っ。」

 

「む…どうしたんだい、何かあったのかい?」

 

「綺麗なね、お星様をね、見付けたの。」

 

子煩悩な中年男性皇族は、愛する息子の指差す方に目を向ける。

星が輝く夜空を切り裂く蒼白い彗星…その姿を見た誰かが呟いた。

 

「不吉な…」

 

それが最期だった。

 

──ヒュオッ

 

小さな風が吹いたような音。

新月の夜だというのに、目を開けていられない程に目映い真っ白な光……

 

その夜、地上に太陽が生まれた。

その光と熱はパールネウスのあらゆるモノを飲み込み、それが収まった時には何も残らなかった。

その時、パールネウスに居た約40万人は一瞬にして世界から消え去った。

 




パールネウスよ、私は帰って来た!

もしくは

青き清浄なる航路の為に!


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85.列強の陰り

とっくの昔に陰ってる、というツッコミは無しで


そうそう、やっと『日本国召喚』の6巻買いました
出来れば店舗で買いたかったんですが、何処にもなかったのでamazonに頼りました


──中央暦1639年12月19日午前9時、エストシラント──

 

第三文明圏最大の都市にして、パーパルディア皇国の栄華と繁栄の象徴である皇都エストシラント。

本来であれば人々の活気ある喧騒で満ち溢れている筈の時間帯だ。

しかし、現在のエストシラントはどこか陰鬱な雰囲気に支配されていた。

通りに面した商店の店先に並んだ商品棚、そこにあるべき商品は殆ど無い。

特に悲惨なのが生鮮食品を扱う青果店や精肉店、鮮魚店だ。

それら生鮮食品は属領で生産していたのだが、属領で勃発した反乱と交易の要であるエストシラント港が破壊された事により入荷が出来なくなっていた。

その影響で市民の間では、こんな噂が蔓延っていた。

 

──あらゆる生活必需品が不足する

 

そんな噂を耳にしたエストシラントに住まう100万人もの人々は我先にと、それらを買い求めた。

先ずは確実に不足するであろう生鮮食品、次に日保ちのする保存食…そして、被服や石鹸のような物。

そういった物の需要に対し供給が圧倒的に不足した結果、僅か数日でエストシラントの物価は空前絶後のインフレーションを起こした。

今では主食である小麦の値段が、凡そ100倍程になってしまった。

第一次産業を属領に頼りきった歪んだ体制の皺寄せが一挙に押し寄せた形だ。

そんな陰鬱な街並みを一台の馬車がゆっくりと走っていた。

 

「……まるで死にかけの病人のようだ。」

 

ガタガタと揺れる豪華な馬車の中で呟くのは、憔悴した様子のレミール。

外見上はさほど変わり無いが、その疲れきったような雰囲気は隠せる物ではない。ついでに言えば、目の下には濃い隈が出来ているが厚化粧によりどうにか隠している。

レミールは連日連夜、悪夢にうなされていた。

悪夢にうなされ飛び起き、夢だと安心して再び寝てもまたもや悪夢を見る…その繰り返しだ。更には、恐怖を"与えられる事"に慣れていない彼女は睡眠の度に失禁していた。

この歳にもなって寝小便を繰り返す事に対する羞恥と屈辱は、彼女に多大なストレスを与えていた。

 

「……ん?何だ?」

 

港の復興作業へと向かう肉体労働者の列をぼんやりと眺めていたが、先の方から聴こえる騒ぎに気付く。

どうやらパラディス城を囲む城壁、その城門の方で騒ぎが起きているようだ。

馬車がゆっくりと…しかし、確実に騒ぎの方向へと接近する。

騒ぎの原因が分かった。

 

「小麦の値段が高過ぎる!どうなってるんだ!?」

「家には小さな子供がいるんです!お願いします!食べ物の値段を下げるように商人に命じて下さい!」

「高い税金を払ってきたのに、助けてくれないのか!?」

「話によれば、デュロが占領されたそうじゃないか!」

「息子は!?息子は無事なんですか!?デュロの工場で働いているんです!」

 

城門の前では、大勢の市民達が抗議の声を上げていた。

食料品の値上がり、デュロ陥落の噂、そして何より記憶に新しいエストシラント港襲撃…それら対し危機感を覚えた市民達の不満が爆発したのだ。

そんな不満を訴えて集まった市民に対応しているのは、パラディス城の警備を担っている衛兵達だった。

 

「現在、皇帝陛下を始めとした閣僚が対策しておられる!貴様らは何の心配もする必要は無い!」

 

衛兵隊長が声を大にして呼び掛けるが、暴徒化しかけている市民達の怒りを煽るだけだった。

 

「対策ってなんだよ!具体的な事を言え!」

「そうだ、そうだ!」

「皇帝陛下は、この頃お姿をお見せしないじゃないか!そんなお方の言う事なんて信じられるか!」

「俺は知っているんだぞ!パールネウスが壊滅したそうじゃないか!」

 

その言葉を聞いたレミールの肩が、ピクッと跳ねた。

その言葉を発した男は、一枚の紙切れを衛兵隊長に突き出す。

 

「そんなデマを信じるな!これは蛮族共の策略だ!」

 

衛兵隊長は突き出された紙を男の腕ごと払い除ける。

男は腕に走る痛みに堪えきれず、その紙を離してしまった。

紙切れは風に乗り、フワリフワリと宙を舞い…レミールが乗る馬車の窓から中に入って来た。

恐る恐る、と言った様子で紙切れを手に取るレミール。そこには信じがたい事実が書かれていた。

 

──パールネウス消滅、生き残りは無し

 

目を引く大文字の見出しと、魔写と思われる画像…そこには、瓦礫と消し炭だけが転がる大地が広がっていた。

そこにレミールの知るパールネウスの街並みは無かった。

情緒ある歴史的街並みも、中心部に聳えるネウス城も…何も無い。

勿論、そんな紙切れ一枚でパールネウスが壊滅したと考えるのは早計だ。

しかし、パールネウスへと向かう凶兆の蒼白い彗星…それを見てしまったレミールには、事実としか思えなかった。

 

「これは…正面から入るのは難しいですね。裏門から入りましょう。よろしいですか?」

 

城門の様子を観察していた御者は、裏門から入る事をレミールに提案する。

 

「……あぁ。」

 

だが、レミールは力無く頷く事しか出来なかった。

 

 

──同日午後9時、パラディス城大会議室──

 

その日行われた緊急帝前会議。

やはりと言うか、当たり前と言うか…絶望的な雰囲気に沈んでいた。

皇軍総司令官アルデは真っ青な顔で意味不明なうわ言をぶつぶつ言っているし、第二外務局長リウスは書類の前で頭を抱えている。

特に悲惨なのが経済担当局長ムーリと農務局長テモンだった。

エストシラント港の壊滅とデュロ陥落の影響で各国の大使は引き上げ、戦争の激化を理由に貿易は停止状態にある。更には、物価の上昇によりあらゆる経済活動がボロボロになっていた。

更には、属領が一斉に反乱を起こした事により穀倉地帯を失ってしまった為、食料不足が起きる…最悪、餓死者が出てくる可能性すらある。

 

「皇軍は寄せ集め、経済は壊滅、産業は喪失…この状況を打開出来る策がある者は居るか?」

 

皇帝ルディアスの言葉に会議の参加者は一様に俯く。

誰も打開策なぞ思い付かない。最早、降伏する以外に道は無い。

しかし、アズールレーンは皇族の一人を担ぎ上げて、彼女こそが正統なる皇帝である…と宣言し、現在のパーパルディア皇国政府を領土を不法に占拠する武装勢力だと批判している。

更には、皇国はアズールレーンに対し殲滅戦を宣言している。

こんな状況で降伏しても受け入れられず、殲滅…つまり、皆殺しにされる可能性は濃厚だ。

それが分かりきっているという状況で降伏なぞ出来る筈もない。

 

「はぁ…万策尽きたか…」

 

ルディアスはチラッと、レミールの方に目を向ける。

彼女は俯いて虚ろな目をしている。厚化粧が死化粧に見える程に生気が無い。

 

(さて…どうするか…)

 

口元に手を当てて思案するルディアス。

それと同時に思考している者が居た。

第一外務局長エルトだ。

 

(いかん…このままではなし崩し的に文字通りの殲滅戦になってしまう…アズールレーンはパールネウスの住人を全滅せしめる兵器を持っている。これをエストシラントに使われたら……)

 

エルトはかつての同僚であり恋人であったカイオスと密談を重ねていた。

その過程で、カイオスに同調する衛兵や兵士から様々な情報を手に入れていた。

その情報の中には、アズールレーンがパールネウスに"特殊兵器"を使った、との情報もあった。

現に、パールネウスとの交信は途絶している。事実であると受け止めるしかない。

 

(やはり、カイオスの手に乗るしか…)

 

思考を巡らせていたルディアスとエルト。

しかし、その思考は強制的に中断させられた。

 

──ドゥゥゥゥゥゥン!ギュィィィィィィィンッ!ティロティロティロティロティロ!

 

突如として響く聴き慣れない爆音、カーテン越しでも分かる程に強い光。

それを認識したと同時に、衛兵がノックもせずに大会議室に転がり込んできた。

 

「き、緊急事態です!皇都の目の前に、敵艦隊が!」

 

それを聞いたアルデがビクッ、と肩を跳ねさせた。

 

「な…目の前だと!?何故、察知出来なかった!」

 

「闇夜に紛れて接近したようで……」

 

たちまち混乱の渦に叩き込まれる大会議室。

そんな中、エルトは自分でも不思議に思う程に冷静だった。

 

(……始まったか。)

 




何が始まるか大体予想できますよね
まあ、それを言うのは野暮ってもんですよ


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86.ポラリス・アタック!

ブランビー様より評価9を頂きました!


今回、馬鹿みたいな作戦をします
それでもよろしい、という方はどうぞ


──中央暦1639年12月19日午後9時、エストシラント近海──

 

暗い海に浮かぶ巨大な影が6つ、細い三日月が放つ月光に照らされていた。

 

「よし…準備は出来たな?」

 

巨大な影の1つ…空母の甲板上で指揮官が5人の人影に問いかけた。

 

「はい、赤城の準備は整っておりますわ~」

普段とは違う化粧を施し、雰囲気まで変わった赤城が指揮官の言葉に答える。

 

「私も準備万端だぞ!まあ、もっと平和な時にやりたかったけど…仕方ないな!」

 

腰の辺りまで伸ばした金髪の一部をサイドテールにした赤い瞳のKAN-SEN『クリーブランド』が、やや苦笑いしながらも答える。

 

「はぁ、がいちゅ……ご主人様の趣味に付き合うのは疲れます。」

 

ヘッドドレスに片目を隠した髪型が特徴的なKAN-SEN『シェフィールド』がため息混じりに呟いた。

 

「アンタに言われなくても準備ぐらい出来てるわよ!いくらふざけた作戦でも、手を抜くなんて有り得ないっての!」

 

長い金髪を、赤いリボンでツーサイドアップにしたKAN-SEN『アドミラル・ヒッパー』がツンツンした態度で言った。

 

「主(メートル)、ガスコーニュのモジュール変更完了。バックコーラスモードへの移行を確認。」

 

青い髪をボブカットにした無機質な雰囲気のKAN-SEN『ガスコーニュ』が、淡々とした口調で応答する。

 

「よし…久々の『ポラリス』の出番が戦時になるのは癪だが…まあ、すまんな。」

 

指揮官が赤城の甲板上に作られた段差に上がる。

彼女達、5人のKAN-SENは普段とは違った装いだった。

全員、白いシャツに黒いジャケットとボトムスを着用した統一感のあるものだ。

『μ兵装』…何を血迷ったか、歌の力でセイレーンを撃退する事を狙って製作された特殊兵装を装備したKAN-SENアイドルグループ『ポラリス』である。

 

「まあまあ。私的には、また使う機会があって嬉しいから大丈夫だって!」

 

ニカッ、と明るい笑顔を見せるクリーブランド。

指揮官はそれに頷くと、『ポラリス』のメンバーの準備完了を見届け、赤城に目配せした。

 

「えぇ、かしこまりましたわ。加賀、マナーの悪い"お客様"への対応は任せるわ。」

 

《はい、赤城姉様。警戒は私に任せて下さい。》

 

赤城がやや後方で展開している空母、『加賀』に指示をする。

 

「決まってしまったのなら、仕方ありません。ロイヤルメイドである以上、責務は果たします。」

 

やや嫌そうながらも、何処か満更でもない様子で砲塔を旋回させるシェフィールド。

 

「全く…せっかく整備したんだから、失敗は許されないわよ!」

 

アドミラル・ヒッパーが艤装を、重火力形態から装甲獣形態に変形させる。

その姿は、双頭の竜のようだ。

 

「では、主。開始の合図を。」

 

ガスコーニュが指揮官にマイクを差し出す。

指揮官は軽く頷きながらマイクを受け取る。

 

「よし…それでは、パーパルディア皇国本土攻略作戦第三段階。『オペレーション・パラディーゾ』開始!」

 

指揮官の言葉と共に、クリーブランド、シェフィールド、アドミラル・ヒッパー、ガスコーニュの主砲口が光を放った。

市街地に対する無差別砲撃…いや、違う。轟音も爆炎も発していない。

長大な砲身から放たれたのは、色とりどりの光だった。

そう、主砲を改造して作られた大型サーチライトである。

そして全艦の甲板の一部が、舷側を支点にして持ち上がる。

 

──ギュィィィィィィィンッ!ティロティロティロ!ドルルルルル…ジャーン!テェンテェンテェェェェェン!

 

赤城がベースを、アドミラル・ヒッパーがギターを、クリーブランドがドラムを、シェフィールドがシンセサイザーをそれぞれ弾くと持ち上がった甲板がビリビリと震え、爆音を発生させる。

巡洋艦や戦艦、空母の甲板の一部を利用した超大型スピーカーだ。

 

「よしっ!それじゃあ、一曲目行くか!」

 

指揮官が上着を脱ぎ捨て、タンクトップに包まれた筋骨隆々の肉体を露にする。

 

「ポラリスWithコマンダーのデビュー曲、『くたばれ、パーパルディア!』俺の歌を聴けぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

軽快な前奏が奏でられる。

何処か牧歌的な、緑溢れる牧場で歌われるような曲だ。

 

《"俺の仲間は高貴なお方から鉛弾を頂戴した。

とんでもない悪党と、気弱だけど優しい剣士と、誇り高い9人の武士は皆死んださ。

そいつらの女房と倅は泣き出して、俺に頼み込んで来たのさ。

「どうか、仇を討って下さい!」ってな。"》

 

流暢なフィルアデス語だ。

軽快な音楽に乗せて、リズム良く歌われる無駄に美しい発音の言葉はスッと、耳に入ってくる。

 

《"出て来い、パーパルディアの連中よ!今さら恐くなったのか?

お前らの女房に教えてやれよ!属領の女を抱いた時は、どんな気持ちだったのかを!

ガキにも教えてやれ!どうやってデュロから逃げ出したのかを!

エストシラントの美しい街並みでな。"》

 

罵りを含んだ歌詞に合わせて奏でられる軽快な音楽。

 

《"さあ、ここに来て教えてくれ。

マルタ人はどんな風に弄んだんだ?どんな風に殺したんだ?

クーズ人は剣と弓で戦ったんだろ?勇敢なお前達はそいつらに立ち向かった。

地竜と飛竜と魔導砲の陰に隠れながらな。

お前らは罪の無い人々を、骨の髄まで怯えさせたんだよな。"》

 

そして、皮肉も織り混ぜている。

 

《"さあ、来い!パーパルディアの腰抜けよ!鉛弾ばかりに頼り過ぎて"タマ"が鉛になっちまったのか?

女房に教えてやれ!奴隷の女の抱き心地を!

倅に教えてやれ!血筋しか能の無い豚にケツを差し出すコツを!

パールネウスの文明的な通りでな!"》

 

更には、皇族や貴族を馬鹿にし始める。

 

《"まだまだ聞きたい事があるぞ?

お前達は麗しの姫様を、奴隷にしようとしたんだってな?

よーく考えた結果、そんな要求をしたんだろう。

その時の偉そうな態度は、何処に行ったんだ?

お前達に勇気があるなら、聞かせてほしいんだがな。

欲望の捌け口を皇帝に差し出す、お前らのおべっかを。"》

 

指揮官自身が広めたデマまで歌詞に入れるという念の入れようだ。

 

《"どうした、来ないのか?パーパルディアの色狂い共!

女房に教えてやれ!自分の蒔いた"タネ"で出来たかわいそうな子供の事を!

倅に教えてやれ!どうやって属領からネズミの如く逃げ出したのかを!

アルーニの勇壮なる陸軍の前でな。"》

 

歌はここで一旦途切れ、間奏が流れる。

それぞれのソロパートや、ガスコーニュによる天上にまで響くようなハミングが箸休めのように奏でられる。

そこだけなら延々と聴いていたい素晴らしいモノだが、そんな希望は男の歌声によって打ち砕かれた。

 

《"出てこい、お前らこそが蛮族だ!

外に出て来て、属領にやったように俺達を殺してみせろ!

女房に教えてやれ!自分がどうやって死ぬのかを!

お前らは殺し過ぎた!お前らを放っておけば、また同じ事をするだろう!

だから、俺達の方から出向いてやる。そうして、パーパルディアの軍隊を滅茶苦茶にしてやる!"》

 

とうとう殺意を隠さなくなってきた。

酒場で酔っ払いが言うような、憂さ晴らしのモノではない本物の殺意だ。

 

《"出て来い!パーパルディアの連中よ!

男らしく俺達と戦え!

女房にお別れを言っておけ!どうせ悲しまないだろうがな!

倅はお前の死に様を見て学ぶだろう!お前のような男にはならないと!

お前が新しい女に食いついたように、新しい男と新しい人生を歩むだろうさ!"》

 

国を護ろうと奮起する兵士すらも馬鹿にする。

お前達がやろうとしている事は無駄だと…そんな事を軽快なリズムに乗せて語りかける。

まるで、音楽に乗せて笑いをとるコメディアンのネタが頭から離れなくなるように、それはエストシラントに住まう全ての者に刻み込まれた。

 




出て来い、英軍の連中よ!
というアイルランドの反英歌をモデルにしました


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87.一方その頃…

MODPLAN様より評価10を頂きました!


最近、人気なあの国が出ます


──中央暦1639年12月21日正午、デュロ基地──

 

《独りで~佇み~♪》

 

アズールレーンにより占領されたデュロ。その郊外にあるデュロ基地の敷地内に設営された大型テントの中で兵士達が昼食を取っていた。

 

「かわいいなぁ…」

 

大型テントの内部、幾つものテーブルや椅子が置かれた一角で一人の兵士…ターナケインが、中央に置かれた四面モニターを見ながら呟いた。

そのモニターには、青い髪をボブカットにした女性…ガスコーニュが映っていた。

それは、エストシラント近くに展開した『ポラリス艦隊』から送信されたライブ映像だ。

19日の夜から始まった音楽を利用したエストシラントへの攻撃、『ポラリス・アタック』は他のKAN-SENや民間のアーティストも呼んでの大規模ライブ…つまりは、フェスのようになっていた。

 

「戦争が終わっても、ライブしてくれるかなぁ。」

 

そんな事をボヤキながら、昼食であるフライドチキンにかぶり付く。

薄い衣はパリパリとした食感で、混ぜ込まれたコショウを始めとするスパイスの爽やかな辛味と香りが鼻に抜ける。

鶏肉の溢れる肉汁と、ホロホロとした食感が堪らない。

辛味と油で満たされた口内を洗い流す為のビールが欲しくなるが、残念ながら戦地で酒を飲む事は出来ない。

今日のところは、レモンスカッシュで我慢する。

舌を刺激する炭酸と、酸っぱ苦いレモン果汁で油っこくなった口内をリセットする。

 

「隣、いいか?」

 

再びフライドチキンにかぶり付こうとしたターナケインに、マールパティマが話し掛けた。

その手には、様々な料理が乗ったトレーがある。

 

「あぁ、いいぞ。」

 

「ありがとさん。」

 

マールパティマがトレーをテーブルに置く。

クシ型に切った皮付きのジャガイモを揚げたフライドポテトに、豆やセロリやキャベツが入ったトマトスープ、それにフライドチキンとリンゴがまるごと。飲み物はオレンジジュース…先ほどまでターナケインが食べていたメニューだった。

 

「明日は出撃だな。」

 

マールパティマがフォークでポテトを突き刺しながら、ふと呟いた。

 

「アルーニ…って所へだな。属領の反乱軍、『72ヶ国連合』が張り付いて牽制してるって話だが…」

 

指に付いた油を舐めとりながら、ターナケインが今朝伝えられた指示を確認するように口にする。

 

「まあ、アルーニの戦力は殆どデュロやエストシラントに派遣されているって話だし、パンドーラ大魔法公国の魔導師部隊が72ヶ国連合に合流したらしいから大丈夫だろ。」

 

「とは言っても、リーム王国まで合流したんだろ?準列強って言われてるぐらいだから実力は確かなんだろうが…」

 

「周辺国で戦争が起きれば介入して、領土を掠めとる火事場泥棒みたいな事ばかりしてるらしいぞ。今回も参戦した見返りを求める腹積もりなんだろ。」

 

ターナケインとマールパティマが呆れたように溜め息をつく。

 

「まあ、俺達には政治的な事は関係無い。いざとなれば大統領とかがどうにかしてくれるさ。」

 

ターナケインがフライドチキンの骨をプラプラと揺らし、肩を竦める。

それに対し、マールパティマはトマトスープをスプーンで掬いながら同意した。

 

「だな、しかも指揮官殿も居るしな。あの人に脅されたら小便チビッちまうよ。」

 

「違いない。……ごちそうさま。」

 

「早いな。」

 

「哨戒任務があるからな。それじゃ、お先に。」

 

「おう、気を付けてな。」

 

マールパティマは、トレーを持ってテントを後にするターナケインの背に向けて手を振った。

 

 

──同日、アルーニ郊外──

 

エストシラントの北方500kmに位置するアルーニは、パーパルディア皇国がパールネウス共和国だった頃の国境の都市であり、現在でも北方からの侵略に対抗するための軍備が整えられている。

そのため、各属領から統治軍を引き上げるような事態となっても、このアルーニの地上部隊はそれなりに残されていた。

 

「貴方達、やる気はあるのですか!?」

 

こめかみに青筋を出しながら怒鳴る男。

彼は、フィルアデス大陸の文明国『リーム王国』の将軍カルマである。

そんなカルマが怒鳴り散らす相手、それはアルーニの郊外5km程の地点に設営されたテントでゆったりと昼食を取っている男達だ。

 

「はぁ…まあ、そんなに急ぐ必要もないだろ?」

 

「そうそう。アズールレーンから俺達に言われた事は、アルーニの近くで陣取ってくれって事だけ。無理に攻撃とかしなくてもいいって言われてるしな。」

 

そんなカルマの言葉に答えるのは、シチューの入った椀を持って堅パンをバリバリと食っているクーズ人のハキとイキアだった。

そう、この地に布陣しているのはパーパルディア皇国から独立した属領により結成された連合軍『72ヶ国連合軍』である。

アズールレーンから武器の提供や、戦術指導教官の派遣を受けた各属領はパーパルディア人を追放したのち、アズールレーンからの要請を受けてアルーニの兵力を牽制するために派兵したのだ。

 

「何を慌ててる。相手は腐っても列強…無策に突っ込めば、いくら文明国である貴国でも大損害は免れんぞ。それはワイバーン部隊の被害で痛感しただろう。」

 

カルマの言葉に呆れるように言ったのは、クーズ担当戦術指導教官ヴァルハルだった。

 

「くっ…しかし、それでもワイバーンロードを半数撃墜した!これで奴らは積極的な航空攻撃を行えなくなったはずだ!」

 

ヴァルハルの言葉にカルマが反論…というよりも言い訳をする。

と言うのも、リーム王国軍はパーパルディア皇国が劣勢なのを悟ると直ぐ様72ヶ国連合に対して援軍を送ってきた。

ワイバーン100騎という中々の戦力であったが、アルーニに残されていたワイバーンロード12騎の前に全滅、それと引き換えに撃墜出来たのはたったの5騎であった。

20対1というキルレシオ、流石は列強国と言うべきであろう。

 

「だが、はっきり言って貴国の支援は役に立ったとは言い難いぞ?100騎のワイバーンを持ってしても撃墜出来たのは5騎…少なくともあと7騎のワイバーンロードが存在する以上、我々は下手に動く事が出来ない。」

 

「そうですよ。そんな状況で皇国最大の基地があるアルーニに攻め込むなんて無謀です。」

 

ヴァルハルの意見に同意したのは、黒いとんがり帽子とローブという如何にも魔法使いな格好をした女性…パンドーラ大魔法公国の女性魔導師プニェタカナだ。

その肩には、ハンドルが付いた円筒形の物体が固定された三脚を担いでいる。

 

「昼食か?」

 

「それと魔石の交換ですね。この『バイバイワイバーン』を途切れさせたら大変な事になっちゃいますから。」

 

そう言ってプニェタカナは円筒形の物体のハンドルが付いた方を開けると、灰色の立方体を取り出す。

それを見たヴァルハルが腰のポーチから、同じ大きさをした琥珀色の立方体を取り出してプニェタカナに渡す。

 

「回し続けるのは大変だろう?私が代わろうか。」

 

「あ、いえいえ!私、力仕事も治癒魔法も出来ないのでこれぐらいは…」

 

ヴァルハルからの申し出を、やや気まずそうな笑みを浮かべて辞退するプニェタカナ。

アズールレーンからパンドーラ大魔法公国の反パーパルディア派勢力に提供されたのは、『バイバイワイバーン』という珍妙な名前の機材だった。

これは、見た目は手回し式のサイレンのような形状をしている。

しかし、内部には発電ダイナモと高純度精製魔石が仕込まれている。これによりハンドルを回す事で発電され、魔石に電気が流れる。すると、電気が流された魔石は僅かな電荷を帯びた魔導波…ある種のレーダー波を発生させる。

この魔導波、実はガハラ神国の協力によって忠実に再現された風竜の威嚇魔導波なのだ。

風竜が存在するだけでワイバーンはその空域を避ける…そんな強い力を持つ風竜の威嚇が空に飛び交っていたらどうなるだろう?

その結果がこれだ。

アルーニに配備された竜騎士達は、ワイバーンロード達が怯えて飛び立てないでいる。

それ故、72ヶ国連合とパンドーラ大魔法公国軍は空からの攻撃に怯える事なく悠々と陣を構える事が出来た。

しかし、カルマはそんな状況に焦っていた。

 

(ま…不味い…72ヶ国連合やロデニウス連邦の軍事行動に協力し恩を売って、戦後には分け前としてパーパルディアの領土を頂こうと思ったのに…!)

 

そう、リーム王国は各国の対パーパルディア皇国戦に協力する事で自らの存在感を高めつつ"分け前"を多く貰おうとしていた。

フィルアデス大陸統一を夢見て配備したワイバーンは、僅かなワイバーンロードにより全滅させられたばかりか、パンドーラ大魔法公国の珍妙な道具の方が役に立っているという状況…そして、72ヶ国連合から向けられる「お前、何しに来たの?」的な視線。

これではリーム王国の存在感を高めるどころか、逆に足手まといやら無能の烙印を押されかねない。

カルマは考える、失態を取り戻すべく必死に策を練る。

 

「おーう、クーズの。」

 

「お?アルークの奴じゃないか。」

 

「我が国自慢の果物が届いたぞ。さあ、たんまり食ってくれ!」

 

「甘いものか!ありがてぇなぁ。」

 

「ほら、魔導師の嬢ちゃんも食べな。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

そんなカルマの企みなぞ、どこ吹く風。

72ヶ国連合の兵士達は戦場だというのに、どこか長閑に交流を重ねていた。




前回のあの歌が意外と好評で驚いています
やっぱり、歌は銀河を救うんだな…って


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88.崩壊の序曲

マサル様より評価9を頂きました!


アズレンの初鉄血イベあったじゃないですか、ほらグラーフ・ツェッペリンの
あの時のグナイゼナウがイベ終了まで出なかったのが未だにトラウマなんですよ
まあ、今ではイベ海域限定ドロは無くなったし、グナイゼナウは復刻でポイント交換に入ったので多少は克服しましたが


──中央暦1639年12月22日午後2時、エストシラント市街──

 

100万人の人々が住まう第三文明圏最大の都市、エストシラントはまるでゴーストタウンのような有り様だった。

商店は鎧戸を固く閉ざし、貴族の邸宅や民家はきっちりと雨戸を閉めている。

エストシラント近海に展開したポラリス艦隊による音響攻撃により、エストシラント市民はマトモな生活を送る事が出来なくなり、近隣の小さな町や村の親戚の元へ避難していた。

しかし、そんな親戚もいないような者や住み慣れた我が家を離れる事を嫌がった者、それに加えて「蛮族の嫌がらせに屈する訳にはいかん!」と意地を張る者は騒音と色とりどりの光が飛び交う中で、ひたすら堪えていた。

それでも、やり場の無い不満は積もってゆく。

 

「どうなっているんだ!戦列艦でもワイバーンでもいいから、アイツらを追い払ってくれよ!」

「朝も夜も騒がしくて寝られないのよ!」

「なんて奴らに喧嘩を売ったんだ!責任取って、こんな戦争早く終わらせてくれ!」

 

そんな市民の不満の矛先が向いたのは政府…つまりはパーパルディア皇国の支配階層である皇族や貴族、そして彼らに従う軍に向けられた。

 

「えぇい、落ち着け!今は国難の時である!少しの間だけ堪えれば精強なる皇軍が…」

 

パラディス城の城門前に集まった市民達に対し、衛兵隊長は怒鳴りながら解散するように命じる。

しかし、それは市民の怒りと言う名の火に油を注ぐ事となった。

 

「堪える?堪えるだと!?」

「お前達は属領で好き勝手してきたのに、俺達は我慢しろってのか!」

「そもそも、そんな事をして怨まれてるからこんな事になったんじゃないのか!?軍と政府は責任を取れ!」

 

市民達は時折流れる歌…『くたばれ、パーパルディア!』の歌詞にあった事を挙げて政府を批判する。

 

「黙れ!今すぐ解散しろ!」

 

衛兵隊長が合図すると、盾を持った衛兵が集まった市民達を押し返して強引に解散させにかかる。

 

「痛い痛い痛い!」

「ちょっと、レディーには優しくしなさいよ!」

「敵には何も出来ない癖に!」

 

屈強な衛兵達によって強制的に排除させられる市民達。

だが、衛兵達も寝不足なのだろう。何名の足下はふらついており、市民達の抵抗に四苦八苦していた。

 

 

──同日、パラディス城──

 

皇宮パラディス城の大会議室、そこでは帝前会議が行われていた。

しかし、それは会議の体を成していない。

出席者は数人しか…と、言うよりも各外務局の局長であるエルトとリウス、そしてレミールしか出席していなかった。

 

「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

 

会議室に咳の音が響く。

皇帝ルディアスの咳だった。

元々、病弱だったルディアスは騒音と光により安眠出来ず体調が悪化していた。

それに加えて、皇軍の再編に奔走するアルデと経済対策を考えるムーリ、農産物を工面しようとするテモンは過労と睡眠不足と心労により今朝から寝込んでしまっていた。

 

「陛下…お身体に障ります。もうお休みに…」

 

ルパーサがルディアスの体調を気遣った言葉をかける。

しかし、ルディアスは首を振った。

 

「ゴホッ!…いや、今は建国以来の国難である。皇帝である私が蛮族を前にして膝を着くなぞ…」

 

気丈に振る舞うルディアス。

しかし、それは前触れもなく起きた。

 

「っ!ゴホッ!ゴホッ!…ゴボッ!ゲボッ!」

 

一瞬、目を白黒させたルディアスは体を折るように前屈みになると大きく咳き込んだ。

純白のテーブルクロスに散る赤い飛沫に、彼の口から溢れ落ちる血の塊…

 

「へ、陛下!」

 

その場に居た全員がルディアスに目を向ける。

しかし、ルディアスは全身をガタガタと痙攣させて玉座から転落した。

 

「医者を!早く!」

 

ルパーサが会議室の外で待機していた医者を呼ぶ。

ノックなぞしている暇は無い、とばかりに飛び込んできた医者がルディアスに治癒魔法を施す。

そんな混乱の中、開けっ放しになっていた会議室の扉からもう一人…メモを持った通信士が入ってきた。

 

「失礼します!アルーニ守備隊より緊急通信!《皇国の栄光を。》…以上です!」

 

エルトとリウスとレミールがその言葉に目を見開く。

皇国の栄光を…それは初代皇帝に仕えた将軍が、初代皇帝を追手から逃す為に殿となった際に口にした言葉だという。結局、初代皇帝は逃げ切ったがその将軍は戦死したとされる。

それ以降、皇軍では命を散らす覚悟を決めた部隊の言葉として受け継がれている。

つまり、アルーニ守備隊は玉砕覚悟の戦いを強いらるような劣勢にあるという事だ。

 

「ど…どうしましょう……」

 

通信士が真っ青な顔で誰ともなく問いかける。

しかし、この場にその判断が出来る者は居ない。

ルディアスは口から血を吐きながら痙攣しているし、皇軍の最高司令官であるアルデは寝込んでいる。

 

「て……」

 

狼狽えていたレミールが口を開いた。

 

「徹底抗戦だ!我々はパーパルディア皇国!世界に名だたる列強にして、何時かは世界を統べる大国である!蛮族如きに屈する訳にはいかん!」

 

その時、レミールの心にあったのは責任感だった。

自らの判断ミスで皇国が危機に陥っている。だからこそ、皇族でありルディアスの婚約者である自分が病に倒れた彼に代わって皇国を導かなければならない…と。

だが、彼女は忘れていた。

彼女が余計な事をした事が、全ての始まりだったという事を。

 

 

──同日、『赤城』艦長室──

 

空母『赤城』の内部にある艦長室。

やや手狭な部屋ながら、上等なオーク材の机が置かれ毛足の長い絨毯が敷かれた室内。

そんな中で指揮官は、如何にも高級そうな椅子に座っていた。

 

「しまった…あと一本しかない。」

 

懐から銀色のアルミ製ケースを取り出してそれを開くと、独りで呟く。

その中には、細長い注射器が一本入っていた。

 

「また、ドクに作ってもらわないとな…」

 

ケースから注射器を取り出すと、先端のキャップを外して首筋に突き刺す。

 

「あ……あぁぁぁ……」

 

幾つもの細かい針で作られた無痛針により、薬剤が体内に流し込まれて行く。

感覚が鋭敏になり、微かに聴こえる音楽がはっきりと聴こえるようになる。

『フリードリヒ・デア・グローセ』が率いる鉄血管弦楽団の壮大なクラシックだ。

 

──コンコンッ

 

丁度注射が終わった瞬間、艦長室の扉がノックされた。

 

「入れ。」

 

「指揮官さんに~報告なの~」

 

指揮官による入室許可と共に入ってきたのは、ロングアイランドだった。

 

「アルーニの件か?」

 

「そうそう。作戦は成功……」

 

ロングアイランドの言葉が詰まる。

彼女の目は指揮官の手…握られている注射器に向けられていた。

 

「指揮官さ~ん…それ、まだ使ってるの~?」

 

「まあ、な。これを使わないと指揮官なんてやってられねぇよ。」

 

指揮官が自らに注射した薬物、それは『ジーニアス・メーカー』と呼ばれる物だった。

その作用は単純なもので、脳を活性化させ"頭を良くする"という物だ。

これは人類が制海権を失った『第一次セイレーン大戦』後に開発された物で、戦死した多くの優秀な将兵の代用を平凡な人員にさせる事を目的としていた。

しかし、世の中にそんな美味い話がある筈もない。

 

「もう指揮官さんの身体はボロボロなの~。もうそろそろ死んでも不思議じゃないの~…」

 

そう、強烈な副作用があった。

ヘロイン並みの依存性があり、服用を続けると欲求の減退…つまりは食欲や睡眠欲、物欲に性欲までも薄れてゆく。

そうして次第に感情まで薄れ…最後には廃人となり死ぬ。

指揮官の場合、既に食欲と性欲が常人の1%以下にまで低下していた。

 

「もう手遅れだよ。最近じゃ眠気も感じなくなってきた。あと5年…いや、2年持つか怪しいな。」

 

それは、アズールレーン本部が彼に着けた首輪だ。

貴重な指揮官適性を持つが、過去の経歴に問題がある彼を軍に縛り付け使い潰す為の首輪…さらにはマトモな教育を受けていない彼を即戦力とするには都合がよかったのだ。

依存性により縛り付け、知能を上げる事により最低限"使える"ようにする。更には服用していれば遠からず死ぬ為、セイレーン駆逐後の扱いを考えずとも良い。

正に一石三鳥だ。

 

「はぁ~…明石やヴェスタルが頑張って中和剤を作ってるから、それまでは頑張って生きて欲しいの~」

 

「それはどうかな?今直ぐに死んでもおかしくはない。」

 

呆れたように言うロングアイランドと、自らの命に無頓着な指揮官。

果たして、彼は救われる事を望んでいるのか…それは神にも、彼自身にも分からない。

 




あー、もう(パ皇の体制)滅茶苦茶だよ


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89.憎悪の声は歓喜する

あんころ(餅)様、yock様より評価8を頂きました!

パ皇戦もいよいよ終盤です!


──中央暦1639年12月24日午後2時、『赤城』艦長室──

 

「赤城、ご苦労だったな。ともかくこれで制圧作戦は、かなり楽になるだろうな。」

 

空母『赤城』内部の艦長室で指揮官が、満足そうに頷きながら赤城に声を掛ける。

 

「ええ、指揮官様。数日間にも及ぶ音響攻撃……ふふふっ、あの女の憔悴した顔が目に浮かびますわぁ…」

 

怪しげな笑みを浮かべつつ、指揮官の言葉に同意する赤城。

今の彼女はμ兵装用の衣装ではなく、普段通りの衣装に着替えていた。

因みに、あの女とは勿論レミールの事である。

 

「アルタラス王国の空港には空挺部隊が待機、港からは既に揚陸艦隊が出港している。予定通り、25日…クリスマスには制圧作戦を行えるだろう。奴らはろくな装備も無く、寝不足で士気も下がっている。油断は禁物だが、まず負ける事は無い。」

 

「そして、亡命者…自由フィシャヌス帝国の協力者が城内の衛兵に潜んでいるともなれば、負ける要素はありませんわ。」

 

「あぁ、考えうる限りの準備はしてきた。エストシラントは、戦後処理に必要だから破壊出来ないが…まあ、デュロでの市街戦の結果を見るに大きな被害は出ないと思う。」

 

デュロ制圧作戦は数十名の負傷者こそ出たものの、戦死者は出ず非常に軽微な損害で成功させる事が出来た。

先進的な応急処置や医療技術、回復魔法を専門に扱う『魔導衛生兵』を導入していた故の結果だ。

 

「ふふふっ、楽しみですわぁ…」

 

エストシラントが炎に包まれる様を想像した赤城が舌舐めずりをし、ほぅ…と息を吐く。

そんな赤城を見ていた指揮官だが、ふとこんな事を思い出した。

 

──「たまには、赤城と加賀と天城にも構ってあげなよ?ああ見えて、特に赤城は寂しがりなんだからさ。」

 

デュロ攻略の前にノーザンプトンから言われた事だ。

指揮官は基本的には、思い付いたら即行動というタイプだ。

今この場は指揮官と赤城、二人きり…という事は騒ぐギャラリーは居ない。

 

「赤城。」

 

「はい、如何されましたか?」

 

「座れ。」

 

赤城に声を掛け、自らの太ももを手でポンポンと軽く叩く。

それに対し、赤城は驚いたように目を見開いて戸惑った。

 

「え…あの…指揮官様?」

 

普段から指揮官に対して過剰な程にアプローチをかける赤城だが、意外とアプローチをかけられる事には弱い。

だが、指揮官はそんな赤城の戸惑いを気にする事なく言葉を続けた。

 

「戦争が終われば忙しくなる。そうなれば、お前に構ってやれる時間が無くなるからな…まあ、今の内に褒めておこうと思ってな。……嫌だったか?」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「ダメならこんな事は言わん。」

 

おろおろしながら問いかける赤城に対し、太ももを叩きながら答える指揮官。

赤城は躊躇うような仕草をするが、意を決したように指揮官の太ももに座った。

 

「し…失礼します…」

 

「おう。」

 

人間を軽々と蹴り殺せる程の筋肉を内包した指揮官の太ももに、赤城の柔らかくしなやかな太ももが重ねられる。

赤城を始めとした重桜艦が愛用する椿油の華やかな香りが鼻腔をくすぐり、やや高い体温が直に感じられる。

 

「……」

 

「……」

 

指揮官と赤城、共に無言である。

ただ、二人の無言は意味合いが違った。

指揮官はデスクに置かれたモニターを見ながら、赤城の頭をゆっくりと撫でている。少し目線を下にすれば、赤城のザックリと胸元が開いた衣装から見える谷間を堪能する事が出来る。しかし、指揮官の思考はモニターに表示されている揚陸艦隊の動きに集中しており、赤城に対する興味はそのサラサラとした黒髪の手触りぐらいにしか向けられていない。

一方、赤城は想い人である指揮官と密着状態となっているため脳がオーバーヒートを起こしそうになっていた。

 

(あぁぁぁぁぁ…指揮官様の体温が…お召し物に染み付いたコーヒーの香りが…コーヒーは嫌いですが、指揮官様の香りならば…)

 

顔を真っ赤にして悶える赤城。

そんな赤城とは対象的に冷静そのものな指揮官。

 

──ピロンッ

 

イチャついてるとは言い難いものの、決して冷めきったとも言い難い雰囲気の艦長室に電子音が鳴り響いた。

 

「……早いな。意外と我慢弱かったらしい。」

 

「指揮官様?」

 

腕を伸ばし、マウスを操作してモニター上に表示された通知をクリックする。

モニターに表示されたメッセージ。そこには、こう記されていた。

 

──エストシラントにて暴動発生

 

 

──同日、エストシラント市街──

 

閑散としながらも騒がしいエストシラントの街並み、そこを一台の馬車が走っていた。

 

「市民は田舎に帰ったか…はたまた、家に閉じ籠っているのか。」

 

馬車の中で呟いたのは、第一外務局長エルトだった。

騒音とカラフルな光により寝不足となっている者が多い中、エルトやカイオスの協力者達はある程度の睡眠を確保出来ていた。

というのも、アズールレーン側から密かに提供された『ノイズキャンセリング耳栓』なる騒音をほとんど無くせる耳栓とアイマスクを装着する事で快適に眠る事が出来ていた。

 

「すまない、城門の方を経由してくれないか?現状を確かめておきたい。」

 

「かしこまりました。」

 

馬車を操る御者に指示をして最近使っている裏門へ直接向かうのではなく、市民の抗議活動がどうなっているのかを確かめるべく城門を経由させる。

 

「この腰抜け!色情魔!」

「お前らのせいで俺達がこんな目に!」

「息子を返してぇぇぇぇぇ!アルーニ守備隊に配属されたのぉぉ!」

 

市民の怒りは頂点に達していた。

本来、敬うべき皇宮に罵倒の言葉を投げ掛け、息子が戦死したと思っている女性が髪を振り乱して喚き散らしている。

そんな市民達は怒りに任せて石を衛兵に向かって投げ付けている。

 

「止めろ!貴様ら、不敬であるぞ!」

 

衛兵隊長が市民達を怒鳴り付ける。

彼の部下である衛兵達は盾を使って投げ付けられる石を防いでいる。

皇国の繁栄を象徴するように煌びやかな装飾が施された盾は、ボロボロになっており、寝不足で足下がふらついている衛兵と相まって悲壮感に溢れている。

 

「……どうにかしなければ。」

 

そんな様子を目の当たりにしたエルトは頭を抱えた。

 

「おい、お前大丈夫か?」

「ふらふらじゃないか。」

「う…うぅ…」

 

そんな混沌とした様相の城門周辺を見下ろす位置にある城壁上部。

そこに配属された銃兵の一人が同僚に心配されていた。

心配されている銃兵…彼は気が弱い男だった。

だからこそ、騒音と市民からの罵倒によるストレスが溜まり他の衛兵よりも深刻な寝不足となっていた。

それが、運の尽きだった。

 

「あ、おっ…おい!」

「落ち…!」

 

ふらついていた銃兵が大きくふらつき、城壁上部から落下した。

真っ逆さまに落ちる銃兵、彼は自らに与えられたマスケット銃を確りと握り締めたまま地面に叩き付けられ…

 

──バンッ!

 

落下の衝撃でマスケット銃が暴発した。

銃口から吹き出す白煙、そして鉛弾。

その鉛弾は白煙の尾を曳きながら…

 

「せめて…せめて息子の形見だけでも…っ!」

 

狂乱していた女性の眉間に直撃した。

静まり返る周囲。だが、それも一瞬の事だった。

 

「う、撃った!撃ちやがった!」

「市民を守るどころか、殺すだと!?」

「おい、アンタ…し、死んでる!」

 

市民達は衛兵が意図的に発砲したと思い込んでしまった。

しかし、衛兵達も勘違いをしていた。

 

「やりやがったな!俺達の仲間を!」

「我慢してきたがもう限界だ!」

「お前達は最早、善良な市民ではない!」

 

市民の投げた石が直撃し、そのせいで銃兵が転落死してしまったと勘違いしてしまった。

そんな不運な事故により発生した勘違い。だがそんな勘違いのせいで怒りに我を忘れた市民、衛兵の両陣営は乱闘というには余りにも凄惨な暴力によって自らが定めた敵を排除すべく行動した。

それは、紛れもない暴動であった。

 

「なっ…おい!止めるぞ、お前も手伝え!」

 

「と、とは言われましても…!」

 

そんな暴動が発生するまでの一部始終を見ていたエルトは、事態を収拾すべく動こうとした。

しかし、それは叶わなかった。

 

「おい、あの馬車!」

「間違いない、官僚が乗ってる馬車だ!」

「アイツも同罪だ!」

 

怒り狂った市民に目を付けられてしまった。

 

「エルト様、揺れますのでお気をつけ下さい!」

 

石や木材を携えて迫ってくる市民達から逃れる為に、馬に鞭を振るう御者。

 

──ヒヒィィィィィンッ!

 

馬が高らかに嘶き、走り出す。

石畳の凹凸により馬車がガタガタと揺れ、投げ付けられる石がバチバチと音を立てる。

そんな馬車の中、エルトは頭を抱えて嘆くしか出来なかった。

 

「皇国は……皇国はもう終わりだ!」

 




活動報告にアンケートがありますので、回答頂けると幸いです


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90.皇国の残光

ぴょんすけうさぎ様より評価9を、五徳猫様より評価8を頂きました!

100話までにはパ皇戦終わらせたかったので、かなり駆け足気味です


あ、あとアズレンの次回イベントの前哨戦が告知されましたね
経験値アップのメンツを見ると…ユニオンイベント?
まさか、もうミズーリが来るのか!?


──中央暦1639年12月25日午前8時、エストシラント近海──

 

揺れる揚陸艦の内部で兵士達が、緊張した面持ちでそれぞれの得物を手にしていた。

 

「新入り、緊張するか?」

 

そんな中、一人の大盾を持った兵士…スワウロが同じ大盾を持った兵士に話し掛けた。

 

「あ、スワウロ中尉。……はい、少し緊張しています。」

 

「大丈夫だ、恥ずかしがる事はない。最初は皆、そんなもんさ。」

 

そう言って新兵が被っているヘルメットを小突いてやる。

彼らこそ、重装歩兵部隊『ロウリア』。かつてロウリア王国の象徴であった重装歩兵部隊の流れを汲む部隊である。

鉄血風のフリッツヘルメットにガスマスク、各種プロテクターに大盾。

それら全てには、魔導技術を使って製造された合金が用いられており、角度さえ良ければ12.7mm弾すら弾く程の防御力を誇る。

 

「ですが、中尉と…『鉄壁』スワウロ殿と共に戦える事は、光栄です。」

 

「私だけじゃないぞ。『クワ・トイネ』と『クイラ』の猛者達も居る。」

 

そう言って、M4中戦車の砲塔に腰掛けて談笑していたエルフとドワーフに目を向けた。彼らはスワウロの視線に気付いたのか、手をヒラヒラと振ってみせる。

弓の扱いに長け自然と調和する事により、風を読みつつ優れたカモフラージュ能力を発揮するエルフ族が中心となった狙撃部隊『クワ・トイネ』

小柄ながら手先が器用で、優れた筋力を持つドワーフ族が中心となった戦車部隊『クイラ』

その二つの部隊も、このエストシラント攻略部隊に編入されていた。

 

「は、はい。彼らが居るならば百人力ですね。」

 

「あぁ、そうだ…」

 

《接岸1分前!総員、上陸準備!》

 

スワウロの言葉を遮るように、揚陸艦内にそんなアナウンスが流れた。

そのアナウンスを聞いた兵士達は、慌ただしく動き始めた。

戦車兵は自らに割り当てられた車輌に乗り込み、歩兵は装備品を取り付けたハーネスを締める。

 

「それじゃあな、新入り。生きてたら、また会おう。」

 

「はいっ!中尉もご武運を!」

 

重装歩兵部隊が、歩兵の盾となるべく先頭に立つ。

 

──ゴリゴリゴリゴリ…

 

艦底が海岸に乗り上げ、衝撃が艦内に伝わる。

 

──ゴクリ

 

誰かが生唾を飲み込んだ音がやけに大きく聴こえた。

 

《バウドア開放!バウランプ展開!行ってこい、命知らず共!》

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

アナウンスとブザーが鳴り響くと、揚陸艦の艦首が左右に開く。

折り畳まれたランプが展開され、陸地までのなだらかなスロープが出来上がる。

 

──ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!

 

「「「「護ります!我が国、我が友、我が家族!」」」」

 

重装歩兵部隊が大盾を上下に揺らし、威嚇音を鳴らしながら全身する。

 

──パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

海岸沿いに作られた簡易的なバリケードから白煙が上がる。どうやら皇軍兵は、暴動の最中にあっても組織的な行動が出来ているらしい。

その証拠に、上陸してきた重装歩兵部隊に銃撃が加えられる。

 

──バチンッ!バチンッ!キンッ!ガキンッ!

 

だが、それは無駄だった。

重装歩兵が持つ大盾は勿論、彼らが装備しているプロテクターすらも貫通出来ないでいる。

 

「怯むな!進め!」

 

重装歩兵が先行し、拳銃を発砲して手近な皇軍兵を射殺して行く。

そうやって梱包爆薬のような、戦車に打撃を与える可能性がある兵器が無い事を確認すると戦車部隊に指示を出す。

 

「上陸地点、クリア!戦車部隊前へ!」

 

《了解、よくやった!後は任せてくれ!》

 

──グォォォォォオンッ!キュラキュラキュラ…

 

M4中戦車がエンジンを吹かし、黒煙を排気させながら前進する。

鋼鉄製の履帯は瓦礫を乗り越え、鋳鉄の装甲はマスケット銃から放たれた鉛弾を雨粒のように弾いて行く。

 

「2時方向、商店のような建物に大量の木箱がある。おそらく、弾薬の集積所だ!」

 

《了解、榴弾で片付ける。破片に気を付けろ。》

 

「了解!近くにいる歩兵は、我々の背に隠れろ!」

 

ライフルやサブマシンガンを携えた歩兵達が重装歩兵の背後に隠れたのを確認すると、戦車が砲塔を旋回させその長大な76mm砲を指示された建物に向ける。

 

──ズドォォンッ!

 

轟音と爆炎が砲口から吹き出し、砲弾が建物に向かって飛翔する。

 

──ドォォォォォォンッ!

 

76mm砲弾が建物の外壁を貫通し内部で炸裂、集積されていた魔導砲の砲弾が誘爆し建物内部や周囲に展開していた皇軍兵が特大の爆炎と共に天高く打ち上げられた。

 

「行け、行け、行け!武器を向けて来る者は全員敵だ!」

 

重装歩兵に守られた歩兵が皇軍兵を打ち倒し、戦車の巨砲がバリケードや建物を破壊する。

数日にも及んだ音響攻撃により著しく士気が低下した皇軍兵に、それを防ぐ手立てなぞある筈もなかった。

 

 

──同日、エストシラント上空──

 

「降下準備!総員、ハーネスを確認しろ!」

 

エストシラント上空を飛行する大型航空機、『C-47スカイトレイン』のキャビンでエンジン音に掻き消されないように怒鳴る男が居た。

彼の名はガイ。トーパ王国の傭兵であり、魔物の侵入を防ぐ『世界の扉』を防衛していた者であった。

 

「パラシュートは問題無いな!?ワイヤーを確り確認しろ!」

 

そんな彼は、アズールレーン陸軍の空挺部隊の小隊長となっていた。

今回は初の実戦という事もあり、緊張している。

しかし、小隊長という立場上そんな態度を露にする事は出来ない。

 

「よし、いいな!?ドア開放!」

 

部下達が準備を終えたのを確認すると、機体側面に取り付けられたドアを開放する。

開け放たれたドアからは風がゴウゴウと音を鳴らしながら流れ込み、眼下にはエストシラントの郊外に広がる貴族の荘園が流れて行く。

 

「GO!GO!GO!」

 

ガイの掛け声と共に兵士達がドアから飛び降りる。

背負ったパラシュートコンテナから飛び出た紐…スタティック・ラインは端が機内に張られたワイヤーに固定されており、飛び降りれば装着者の自重でパラシュートが引き出されるようになっている。

そうやって開傘されたパラシュートは空にカーキ色の花を咲かせて行く。

 

「よしっ!行くぞ!」

 

部下達が無事に降下出来ている事を確認したガイは、自らもドアから飛び降りて戦場へと向かった。

 

 

──同日、パラディス城──

 

皇宮パラディス城内に設置された皇都防衛司令部。

そこは、正に地獄のような有り様だった。

 

「沿岸部、敵部隊上陸!敵は鉄の魔物を使役している模様!」

「皇都北方に敵部隊確認!敵部隊は飛行機械から飛び降りて展開したようです!」

「ぼ、暴動を起こした市民が敵部隊に協力しているようです!」

 

次々と飛び込んでくる絶望的な情報。

どこの部隊が壊滅しただとか、どこの戦線が突破されただとか、そんな情報しか入って来ない。

連日連夜に渡って行われた音響攻撃による士気の低下と、寄せ集めの兵力の錬度の低さ…さらには、暴動を起こした市民達が敵に協力し始めている。

司令部に居た者、全員が脳裏に"敗北"の文字を浮かべていた。

 

「きっ…緊急!緊急!」

 

扉をノックする事もなく、一人の兵士が飛び込んできた。

 

「一部の衛兵、及び兵士が反乱を起こしました!」

 

全員の目が見開かれる。

それも無理は無い。市民ならまだしも、皇国に忠誠を誓った筈の衛兵と兵士が皇国に牙を剥くなんて事は誰も考えていなかったのだ。

しかし、混乱の真っ只中にある彼らはより深い混乱…絶望へと叩き込まれた。

 

「は、反乱の首謀者は…第一外務局長エルト殿です!『皇国のあり方には失望した。我々は、自由フィシャヌス帝国に下る。』と宣言しています!」

 

誰もが皇国の滅亡を確信した瞬間だった。

 

 

──同日、第三外務局・局長室──

 

「レミール様!ここをお開け下さい!」

「皇帝陛下も、アルデ総司令官も病に伏せておられる今、皇軍を導くのは貴女の役目です!」

「レミール様!レミール様!」

 

──ガンガンガンガンッ!

 

扉が激しくノックされ、怒鳴るような呼び掛けがされる。

そんな中、レミールは局長室の隅っこでまるで胎児のようにうずくまって震えていた。

 

「違う…私は悪くない…私は悪くない…」

 

レミールは酷く憔悴していた。

毎日見る悪夢に、連日連夜行われた音響攻撃。さらには、市民による暴動…それらによりレミールの精神はすっかり蝕まれてしまった。

その上、皇軍総司令官代理の座まで押し付けられた事もあり、彼女の精神はズタズタだった。

 

「違う…あの蛮族が無礼な態度をとってきたからだ…いつかは世界の母となる私に…無礼な態度を…」

 

唇まで真っ青にしたレミールは、震える声で責任転嫁じみた言い訳をただ一人で繰り返す事しか出来なかった。

 




そういえばアニメで弾道ミサイルじみた物が出てましたね


活動報告のアンケートの回答期限はとりあえず月末までです
まだ回答していない方は、よろしければ回答お願いします!
回答済みの方も、期限内であれば回答の変更も大丈夫ですので!


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91.地獄の釜

L田深愚様より評価9を頂きました!


時間があったので連続投稿です


──中央暦1639年12月25日午後6時、エストシラント市街──

 

──タタタターンッ!ターン…ターン…ドンッ!ヒュルルルルルル……ズドォォンッ!

 

パーパルディア皇国の皇都、第三文明圏最大の都市エストシラント。

だが、現在のエストシラントにそう言った呼称は相応しくないだろう。

今のエストシラントに 相応しいのは、地獄の釜、殺戮と断末魔の都…という言葉かもしれない。

 

「リロード!」

「了解、カバーする!」

「グレネードを投擲する!」

 

アズールレーン側の兵士達は射程、威力、連射性に優れた銃火器を用いて皇軍兵を圧倒して行く。

 

「クソッ!奴らは蛮族じゃなかったのか!?俺達の銃より強い銃を持っているじゃないか!」

「あぁぁぁぁあ!撃たれた!イテェよぉぉぉ!」

「回復魔法を使える奴が居ないんだ!我慢してくれ!」

 

一方、圧倒されている皇軍兵側は悲惨な有り様だった。

彼らの持つ前装式滑腔銃身マスケット銃は命中率も連射性能も、マシンガンやサブマシンガン、ボルトアクション式ライフルとは比べ物に成らない程に劣る。

それ故、皇軍兵達は射程外から一方的に撃たれ、間断無く撃たれるため装填する事すら出来ない。

つまり、彼らは圧倒的な兵器の性能差に成す術もなくバリケードや建物に隠れる事しか出来なかった。

 

──シュポンッ!ヒュルルルルルル……

 

「な…なんだ…?」

 

民家から引っ張り出した家具で作られたバリケードに隠れながらも、マスケット銃を装填していた兵士の耳に聴き慣れない音が届いた。

シャンパンのコルクを抜いたような音の後に聴こえた風切り音…それが段々と近付いてくる。

上から聴こえてくるようだ。

 

──ドンッ!

 

その音を確認すべく上を向いた皇軍兵だったが、視界の端に黒い塊が写った次の瞬間には轟音と共に彼は命を散らした。

ほぼ垂直に降り注ぐ81mm迫撃砲弾は、正面からの攻撃しか想定していないバリケードを易々と飛び越えて多数の皇軍兵を殺傷した。

しかし、皇軍兵の悩みの種はそれだけではなかった。

 

「自由フィシャヌス帝国万歳!」

「もう、お前達の言う事なんか聞けるか!」

「横暴なる皇国に鉄槌を!自由フィシャヌス帝国こそ、我々の救世主だ!」

 

反乱を起こした一部の衛兵や皇軍兵、そして市民達…反乱軍だ。

土地勘がある彼らは、細い路地や建物の影に潜んでマスケット銃や弓矢、投石で攻撃を仕掛けてくる。

それだけではなく、建物に火を放ち退路を塞ぐような事をする者まで出て来た。

 

「くっ…クソッ!売国奴共め!」

「貴様ら皇国の臣民だろう!」

「我々に協力…グベェッ!」

 

そんな、反乱軍に足止めされていた皇軍の部隊があったが次々と飛来する礫から身を守るので精一杯だ。

大した防具もない彼らは、投げ付けられる礫により皮膚が裂け、骨が砕けてゆく。

 

「うるさい!お前達が好き勝手したせいでこうなったんだ!」

「兄貴が死んだのも、お前達のせいだ!」

「もう、皇国は終わりなんだよぉぉ!」

 

彼ら反乱軍は謂わば、勝ち馬に乗りながら鬱憤を晴らしている状態だ。

しかし、逆に考えればアズールレーン側が目に見えて勝っている状況であれば皇軍側を妨害させる"障害物"とする事が出来る。

これにより皇軍側はアズールレーンと反乱軍、両方の相手をせざるをえない状況に陥っていた。

 

 

──同日、エストシラント沿岸部──

 

戦線が押し上げられ、すっかり静かになったエストシラントの沿岸部。

そこに乗り上げた揚陸艦の一隻に近付く数名の人影があった。

 

「私だ、第一外務局のエルトだ!」

 

それは、パーパルディア皇国第一外務局長でありながら反乱軍の首謀者となったエルトと、彼女を案内するアズールレーンの兵士達だった。

 

「エルト…久しぶりだな。」

 

大きく開いた揚陸艦の艦首、その先に広がる暗闇から元第三外務局長カイオスが現れた。

久方ぶりにカイオスの姿を目の当たりにしたエルトは思わず駆け寄ろうとした。

しかし、ここは戦場だ。逸る気持ちを抑えて敢えてゆっくりと歩く。

 

「あぁ…久しぶりだな、カイオス。…そちらの方が?」

 

カイオスの元へ歩み寄るエルト。その途中、カイオスの背後に若い女性の姿が見えた。

動きやすい女性用軍服を着た美女…レミールの双子の妹、ファルミールだった。

 

「初めまして、エルトさん。ご存知とは思いますが、改めて自己紹介を…」

 

そう言って深々と頭を下げるファルミール。

その姿は、高慢なパーパルディア皇族とは思えない程に奥ゆかしいモノだった。

 

「パーパルディア皇族の末席…現第三外務局長であるレミールの妹、ファルミールと申します。現在は、自由フィシャヌス帝国の皇帝を名乗っております。」

 

「い、いえ!どうか頭をお上げ下さい!」

 

その態度に面食らったエルトだったが、彼女の態度は好印象なものだった。

 

「あんたがエルトか?ほー…美人だな。年は行ってるが…」

 

カイオスとファルミールの背後から、そんな男の声が聴こえた。

 

「初見となる、アズールレーン総指揮官をやっているクリストファー・フレッツァだ。」

 

「っ!貴方が!」

 

エルトの顔が驚愕に染まる。

それも無理は無いだろう。これ程の戦力を持つ軍隊の総司令官が、まさかこんな戦場に出てくるなんて思わなかったからだ。

そんなエルトの驚愕なぞ知ったこっちゃない、と言わんばかりに夕日に照らされるパラディス城を指差した。

 

「あんたには、カイオス氏とファルミール"陛下"…あと、我々の指揮下にある護衛部隊を連れて皇帝ルディアスの確保に動いてもらう。あの古臭い城に突入するんだ。」

 

「陛下を捕らえるのか?」

 

「そうだ、エルト。」

 

エルトの疑問にカイオスが答える。

 

「陛下…いや、ルディアスから退位と降伏の言質をとり、この戦争を終わらせる。そうでなければ、戦争が長引き多くの人が死ぬ。」

 

「エルトさん、私からもお願いします!」

 

カイオスの言葉に続いて、ファルミールが勢い良く頭を下げて懇願した。

 

「戦争が長引き、多くの人が死ぬ事となればこの国は二度と立ち直れません!私は…私は皇位を簒奪し、新たな国を作る事で多くの人々を救いたいのです!例え、簒奪者…売国奴と罵られようとも、せめて皇族としての義務を果たさせて下さい!」

 

カイオスとファルミールから伝えられる確固たる意志。

 

(自らの利益ではなく、人々の為に…か。)

 

二人の決意に胸を打たれたエルトはゆっくりと頷き、口を開いた。

 

「分かった…皇国が滅ぼうと、多くの罪無き人々の生活は守らなければならない…どのような罵りを受けようとも、それだけは果たさなければな…」

 

「話は纏まったか?」

 

エルトが決意を口にしていると、指揮官が腕時計を見ながら問いかけた。

 

「あぁ、もう毒を食らわば皿までだ。陛下を捕らえ、この戦争を終わらせよう。」

 

「ありがとう、エルト。」

 

「エルトさん…本当に…本当に、ありがとうございます。」

 

カイオスとファルミールがエルトへの感謝を口にしていると、揚陸艦内にアナウンスが鳴り響いた。

 

《エストシラント市街地の制圧は90%完了、パラディス城の城門を突破した模様!》

 

「速い…これが、アズールレーンの力か!」

 

本格的侵攻から半日程でエストシラントの殆どが制圧され、強固な防備を誇るパラディス城の城門さえも突破された事に驚くエルト。

しかし、カイオスとファルミールはアズールレーンの軍事力を熟知している為、大して驚いてはいない。

 

──ブロロロロ…

 

そんな4人のもとへ車輪と履帯の両方が付いた車輌…『M3ハーフトラック』が車体を寄せてきた。

 

「コイツに乗って城まで行く。マスケット銃ぐらいなら防げる装甲があるから安心してくれ。」

 

「こ…これは…ムーの自動車のようだな…」

 

おっかなびっくりハーフトラックに乗り込むエルト。

それに続いてカイオスとファルミール、指揮官が乗り込む。

 

「あぁ、そうだ。」

 

指揮官が、ふと思い出したように呟く。

 

「戦場に出たら、家族や色恋沙汰の話は絶対にしないように。」

 

「フレッツァ様、何故ですか?」

 

「戦場でそういう話をする奴は、大体死ぬ。命が惜しかったら、そういう話は戦後まで我慢しな。」

 

「そういうものですか?」

 

指揮官の言葉に首を傾げるファルミール。

一方カイオスとエルト、二人の頬は若干赤くなっていた。




アンケート、4が多いですねぇ…
1も中々ドラマチックな展開でいいと思ってたのですが


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92.処刑人

TJ-クリサリス-6000様より評価10、Sagaris様より評価6を頂きました!

活動報告にも書きましたが、身内に不幸があったので投稿遅れました
それに伴い、勢いが削がれたのでクオリティー低めになってしまいました
勘を取り戻せるように頑張ります


──中央暦1639年12月25日午後7時、パラディス城──

 

「GO!GO!GO!」

「クリアリングは確実に行え!突入の前には、必ず手榴弾を投げ込め!」

「衛生兵、来てくれ!」

 

第三文明圏全ての富を集めた、と言っても過言ではない程に煌びやかで荘厳な皇宮パラディス城。普段であれば芳しい香が焚かれ、楽団による厳かな音楽が流れ、壁には美しい絵画や装飾が飾られているはずだ。

しかし、今は大きく様変わりしていた。

芳しい香ではなく鼻を突くような硝煙の臭いが充満し、厳かな音楽ではなく兵士の怒号と銃声が鳴り響き、壁の美しい絵画は血痕と弾痕により無惨な姿となっていた。

 

「構えーっ!撃て!」

 

──パパパパパンッ!

 

パラディス城の守りの要である衛兵達が磨き上げられた石材で作られた廊下で陣形を組み、マスケット銃を構えて発砲する。

白煙を纏った鉛弾が飛翔し、アズールレーン側の兵士達へ向かう。

 

──ガキンッ!ガキンッ!キンッ!

 

しかし、それは重装歩兵が構える大盾により容易く防がれた。

 

「クソッ!効いてないぞ!」

「銃ならば蛮族の盾なんて簡単に貫けるはずなのに!」

「文句を言う前に装填を……」

 

──タンッ!

 

「ぐっ……!」

「小隊長ぉぉぉ!」

 

皇国が持つ絶対的な力の一端である銃。それが効かない相手に対し混乱しそうになる部隊をどうにか立て直そうとする小隊長だったが、大盾の脇から突き出たサブマシンガンにより射殺された。

 

──パパパパパッ!

 

連続した軽快な発砲音と共にサブマシンガンの銃口が瞬き、マスケット銃の弾丸とは比べ物に成らない程の初速を持った9mmパラベラム弾が幾つも吐き出される。

 

「グアッ!」

「なっ…なんだ!…ぐっ!」

「ゴベァッ!」

 

衛兵達は自らが持つ銃よりも遥かに連射性、命中精度に優れるサブマシンガンを前に成す術もなく倒れて行く。

 

「クリア!」

「クリア!全員死んでる。」

「お三方、此方へ!」

 

兵士達が倒れた衛兵達に銃口を向けつつ、腹や頭を爪先で蹴って生死を確認する。

そうやって全ての衛兵が死亡しているのを確認した兵士達が、背後にある廊下の曲がり角の向こう側に声をかける。

 

「訓練の見学はしたが…いやはや、とんでもない兵器ばかりだ。」

 

大盾を持った重装歩兵に四方を囲まれるように護衛された三人の内の一人…カイオスが感心したように呟いた。

 

「こんな兵器を量産し、全面配備するとは…これはムーどころか、ミリシアルすら凌駕しているぞ…」

 

カイオスの後ろで若干の恐怖を滲ませながら呟くエルト。

 

「これが…戦争の現実…なのですね…」

 

カイオスとエルトに挟まれるような位置に居たファルミールが、息を飲んで震える声で告げる。

 

「ですが、これで城内の戦闘員は殆ど排除したと思われます。」

 

カイオスとエルトンとファルミールに付けられた護衛部隊の隊長、マーフィー少佐がファルミールの言葉に応えつつ廊下の向こうを指差した。

 

「カイオス殿。皇帝ルディアスの居室はこの先で間違いありませんね?」

 

「あぁ、この先にある広間の奥…そこにある扉がルディアスの居室だ。」

 

「よし、では行きましょう。」

 

マーフィー少佐が手招きして、先に進むように指示する。

 

「はい、行きましょうファルミール陛下。」

 

エルトが頷いてファルミールの肩を軽く叩く。

それに対しファルミールは力強く頷きながら応えた。

 

「はい、行きましょう。この戦争を…終わらせる為に!」

 

 

──同日、外務局監査室──

 

「誰かあの男を止めろ!」

「なんだアイツは!本当に人間なのか!」

「死神…死神だ!死神が俺達を殺しに来たんだ!」

 

外務局の不正や対応の不手際に対象する部署である外務局監査室。

エリート揃いの外務局を監督する立場であるため、この部署の人員は全員が皇族である。

故に警備も厳重であり、直ぐ近くに衛兵の詰所がある。

そんな外務局監査室に繋がる渡り廊下は、正に血の海と言った様相だった。

 

「おいおい…そんなにギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ。人間、いつかは死ぬんだから覚悟決めなよ。」

 

詰所や近くの部屋から引っ張り出した家具で作られたバリケードの裏側に隠れている衛兵とは対称的に、堂々とした足取りで歩む男…クリストファー・フレッツァこと指揮官が笑みを含ませた口調で告げた。

 

「クソッ!撃て!撃て!」

 

衛兵がマスケット銃を構えて立ち上がる。

その数5名…いくら射程と命中精度の低いマスケット銃言えど、近距離から撃たれればひとたまりもない。

しかし、その5名がトリガーを引く前に指揮官の手が動いた。

 

「遅い。」

 

指揮官が腰に巻いたガンベルトに挿したリボルバー…シングルアクションアーミー、通称ピースメーカーを抜く。

左手でグリップを掴みつつ、親指でハンマーを上げる。

そうして銃口が前方を向いた瞬間、トリガーを引きつつ右手をハンマーの位置に持って行く。右手の親指から人差し指、中指、薬指と順番にハンマーの表面を撫でるようにして連続でハンマーを上げて行く。

 

──バァァンッ!

 

銃声が重なって一つに聴こえてしまう程の速さで5発の銃弾が発射される。

ファニングショットと呼ばれるガンプレイの一種だ。

 

「ぐあっ!」

「うっ…」

「がっ…!」

 

腰だめに構えて発砲したというのに全弾命中だ。

全ての弾丸が吸い込まれるように衛兵の眉間や胸に直撃し、彼らの命を刈り取った。

 

──ヒュンッ!

 

すると空気を切り裂いて何かが放り投げられた。

指揮官の目の前に落下した物体…鞘に収められた剣だった。

 

「ふっ…貴様、蛮族の分際で中々やるではないか!」

 

宝石で装飾された剣を持った男、衛兵隊長がバリケードを乗り越えて前に出てきた。

 

「貴様、目的と名と階級はなんだ!」

 

ヒュンヒュンと風切り音を鳴らしながら剣をまるで演舞のように振り回す衛兵隊長。

指揮官はそれに対し、ふっと溜め息をついて気だるそうに答えた。

 

「戦争、クリストファー・フレッツァ、アズールレーン総指揮官。」

 

なんとも簡潔な答え。

その言葉に衛兵隊長は驚いたように目を見開いた。

 

「ほう…よもや最高司令官が最前線に出てくるとはな。よかろう!皇国最高と謳われた私の剣技で相手をしてやる!」

 

まるで決闘だ。

一対一の剣を使った古き良き決闘…どうやら衛兵隊長はそんな状況に酔っているらしい。

演舞のような動きを繰り返す衛兵隊長。

しかし、それは唐突に終わりを告げた。

 

──バンッ!

 

「ガッ……!」

 

衛兵隊長に対し、指揮官は躊躇いもなくトリガーを引いた。

 

「……脳筋め。誰がお前に合わせるかよ。」

 

銃口から僅かに立ち上る硝煙をフッ、と吹きつつ肩を竦める指揮官。

 

「た、隊長が…」

「あいつ…人を殺してもなんとも思わないのか…?」

「殺される…殺される…」

 

頼みの綱であった衛兵隊長が、まるで紙くずを捨てるかのように殺されたのを目の当たりにした衛兵達はすっかり恐慌状態に陥っていた。

しかし、指揮官はそれに構わず歩みを進める。

 

「あ……あぁぁぁぁ…」

「命だけは…命だけは…」

「う……あ…」

 

戦意を無くし、命乞いをする事しか出来ない衛兵。

指揮官はエジェクターロッドで空薬莢を排出し、ローディングゲートから実包を装填し…

 

──バンッ!

 

「黙れ、全員殺す。」

 

あまりにも直接的な殺意。

崩れ落ちる衛兵。

その瞬間、衛兵達は悟った。

 

──自分達は最早、死の運命から逃れられない

 

その日、外務局監査室は最も凄惨な殺戮の舞台となった。

全ての衛兵、そして監査室の皇族…男女問わず全員が明確な殺意を持って殺された。

それは紛れもなく、かつてユニオン犯罪史上最悪と呼ばれた犯罪者『毒蛇』の手口そのものだった。

 




今さらですが、指揮官のイメージは毒蛇です


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93.カルマの芥 寄る辺無く

そう言えば皆さん、今回のユニオンイベでは誰がお気に入りですか?
私は、イントレピッドとブレマートンですかねぇ…
イントレピッドから漂う駿河感と、ブレマートンの着せ替えが何とも…ねぇ?


──中央暦1639年12月25日午後8時、第三外務局長室──

 

遠くで聴こえる銃声と悲鳴。

その一つ一つ、全てが命の終わりを告げる音だ。

そんな音を掻き消すように連続した打撃音が響く。

 

「レミール様!早く逃げましょう!」

 

「幸い、ここには敵兵が来ていません!さあ、急いで下さい!」

 

扉を激しく叩きながら局長室の中に向かって呼び掛ける二人の男…タールとバルコだ。

そんな二人から呼び掛けられているのは、局長室の片隅で踞って震えているレミールだった。

 

「うっ……うぅぅぅ…何故…何故、私がこんな目に…」

 

目から大粒の涙を流しながら啜り泣くレミール。

今の彼女は深い後悔の海に沈んでいた。

生意気な蛮族を"教育"するために、見せしめとして処刑した…彼女からすれば、いつも通りの事だった。それにより蛮族が怒り狂い、戦争を仕掛けてきたとしても皇軍の力を以てすれば、文明圏外国なぞ簡単に滅ぼせる…そう思っていた。

だが、レミールの考えは無惨に打ち砕かれた。

彼女が言うところの蛮族による軍事同盟アズールレーンは、皇軍をことごとく打ち倒し、皇国本土すら蹂躙している。

さらには、レミールの双子の妹を名乗るファルミールを担ぎ上げ、皇国を潰そうとしている。

この状況で逃亡しても、アズールレーンはレミールを血眼になって探し出して処刑台送りにする事だろう。

だが、この場に留まっていても事態が好転する事は無い。

故にレミールは、ただただ涙を流しながら現実から目を背ける事しか出来なかった。

 

──ガタンッ!ガタンッ!

 

唐突に何かが倒れる音がした。

その音に驚いたレミールは、体をビクッと跳ねさせて扉の方を見る。

どうやら扉の向こうにある第三外務局の事務室から響いてきたようだ。

 

「なっ…なんだ!?」

 

タールの驚いたような声が聴こえる。

 

「お……お前は…っ!」

 

続いてバルコの悲鳴のような声が聴こえた。

 

──ダンッ!

 

まるでテーブルを拳で叩いたかのような音。

 

──ドサッ…

 

そして、何やら重い物が倒れる音がした。

 

「ば、バルコ!……ガァァァァァ!」

 

タールの驚愕に満ちた声を発した次の瞬間、彼の苦痛を受けたような叫び声が響いた。

 

「た、タール……?バルコ……?」

 

何が起きたのか、それを確かめるべく立ち上がり扉に歩み寄るレミール。

激しく脈打つ心臓の動きを抑えるように胸元に手をあてながら、恐る恐るドアノブに手を伸ばし……

 

──ダァンッ!

 

「ヒィッ!」

 

扉を開けようとした瞬間、強い力で扉が叩かれた。

 

──ダァンッ!

 

「やっ…やめっ…」

 

──ダァンッ!

 

「うぐっ!」

 

──ダァンッ!

 

「ま…待て…」

 

──ダァンッ!

 

「あぅぅぅ……」

 

──ダァンッ!

 

扉が叩かれる音の合間に、タールの声が聴こえる。

初めは抵抗するようなタールだったがその声は徐々に弱々しくなって行き、次第に小さなうめき声が聴こえるだけになった。

 

──ダァンッ!

 

レミールにはその理由が予想出来た。

 

──ビチャアッ!

 

その音が湿り気を帯びたモノになってきた。

それにより、レミールの予想は確信へと変わった。

 

──ゴシャアッ!

 

間違いない。

これは、タールの頭が扉に打ち付けられている音だ。

 

──グチュッ!ミシッミシッ…

 

何者かがタールの頭を扉に打ち付けている…そして、レミールはその"何者か"が誰か予想出来た。

 

──バギッ!バギッ!……ゴシャアッ!

 

扉の表面が隆起し、蝶番が軋む。

そして、遂に蝶番が外れ扉が破られた。

 

「あ……あぁ……」

 

木片まみれの血肉の塊を持った大男の姿を見たレミールは、床にへたり込み震える声を上げるしか出来なかった。

 

「オープン…セサミ…」

 

──ドチャッ…

 

木片まみれの血肉の塊…顔面が潰れたタールを捨てるように捨て置く男は、そんな事を言ってレミールに目を向けた。

 

「アーンド……メリークリスマス!会いたかったぜぇ、レミールちゃんよぉ!」

 

「貴様は…」

 

「忘れたか?酷いじゃないか…クリストファー・フレッツァだよ。」

 

血塗れの手の人差し指を左右に振りながら、レミールの真横を通り過ぎて局長室の奥にある局長用のデスクに向かう。

 

「タール…バルコ…」

 

指揮官が捨て置いたタールは、まるで陸に打ち上げられた魚のように体をビクビクと痙攣させており、破壊された扉の先に見える事務室には、脳天に手斧が刺さったバルコが倒れていた。

 

「うん、どうした?死体を見るのは初めてじゃないだろ。」

 

無惨に殺された死体を目の当たりにしたレミールが腰を抜かしているのに気付いた指揮官は、どこか面白そうに声をかけた。

 

「き…貴様…」

 

まるで油が切れた機械のように指揮官の方を向くレミール。

その顔には、深い恐怖が刻まれていた。

それを見た指揮官は、デスクに浅く腰掛けつつ満足そうに頷いた。

 

「そうだ…その顔が見たかった…たまらねぇな、股ぐらがいきり立つ。」

 

右目を覆っている眼帯を外しながら、詰まらなそうに呟く指揮官。

レミールにより傷付けられたその右目は再生医療により完璧に治療されており、海のような碧眼が彼女を射抜くように見据えている。

 

「蛮族め……」

 

震えながらも虚勢を張るようにして、喉からそんな言葉を振り絞るレミール。

だが、指揮官は懐から一本のペンを取り出して指の間でクルクルと回し始めた。

 

「そんな邪険にしなくてもいいじゃないか。アンタらが喜びそうなプレゼントを持ってきたのに。」

 

「プレゼント……だと?」

 

困惑するレミールを一瞥し、局長室のカーテンと窓を開ける。

 

「戦争だよ。アンタら、戦争好きだろ?だから、ここまで持ってきた。」

 

窓の外に広がるのは、戦禍によって破壊されたエストシラントの街並みだった。

建物は半ば倒壊し、石畳の通りには多数の死体が転がっている。

その光景にレミールは吐き気を覚え、口元を押さえる。

 

「あ、あとこれ。」

 

そう言って指揮官がレミールに向かって赤い袋を放り投げる。

 

──ドチャッ…

 

その袋がレミールの目の前に落下する。

袋の口は縛られていなかったのか、中に入った物がこぼれ落ちた。

 

「うっ…うえぇぇぇぇぇ…」

 

袋から出てきた物。それを見たレミールは思わず嘔吐した。

ここ最近は食欲が無く、殆ど食べていなかったため出てくる物は胃液だけだ。

そして、その胃液が袋から出てきた物を汚した。

 

「おいおい。アンタの親戚だぞ?ゲロをぶっかけたら失礼じゃないか。」

 

指揮官がレミールに放り投げた袋。その中身は、切り取られた耳だった。

透明なビニール袋は血液により赤く染まっており、中には幾つもの耳が詰め込まれていた。

 

「し…親戚…?貴様…まさか、皇族を!」

 

「そうだが、何か…問題が?」

 

恐怖を圧し殺し、怒りの感情を露にするレミール。

だが、指揮官はそれに対し首を傾げて疑問を投げ掛けた。

 

「当たり前だろう!何世代にも渡り繋いできたパーパルディア皇族の高貴な血を…こんな…見境もなく…っ!」

 

歯を食い縛り、震える脚でどうにか立ち上がり指揮官に詰め寄ろうとする。

しかし、指揮官の言葉は冷徹なものだった。

 

「あぁ、そんな高貴な血筋の人間を殺すのは…楽しかったよ。」

 

その言葉を聞いたレミールは驚愕に目を見開き、その場にへたり込んだ。

彼女はその時、ようやく理解出来た。

この男…クリストファー・フレッツァは、敵に回してはならない存在だった。

破壊と殺戮に何の躊躇も無く、それを行う為の力もある。

しかし、レミールは結局のところ皇族という肩書きしかない女でしかない。

殺戮者と血筋しかない女…どちらが殺されるかなぞ明確な話だ。

 

「き、貴様は悪だ!何者よりもどす黒い…この世に存在してはならない悪だ!」

 

精一杯の罵り。

それは、レミールに残された最後の対抗手段だった。

 

「そうだな、俺は悪だ。何時かは正義によって打ち倒される悪…」

 

力無くへたり込んでいるレミールに歩み寄る指揮官。

そして、レミールの首筋にペンの先端を押し当てる。

 

「だからこそ、お前らは正義ではなかった。俺を殺す事が出来なかったんだからな。」

 

──カチッ…

 

ペンの後端を押す。

すると前端から針が飛び出し、レミールの体内に薬剤を流し込んだ。

 

「あ…ぅ……」

 

レミールの体がグラリ、と揺れて床に倒れた。

それを見た指揮官は、レミールの体を軽々と担ぐと第三外務局を後にした。

 




執筆中にかけてるBGMは平沢進です


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94.インペリアル・スレイヤー

今回、少し長くなりましたね
何時もは3000文字ぐらいにしているんですが、5000文字ぐらいになりました


──中央暦1639年12月25日午後8時、ルディアスの私室──

 

パラディス城の中でも最も重要だとされる部屋。それこそが第三文明圏の覇者であるパーパルディア皇国皇帝ルディアスの私室である。

そんな部屋の主であるルディアスは、巨大な天蓋付きベッドに横たわり苦し気な咳をしていた。

 

「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

 

「陛下…」

 

「お気を確かに!」

 

ルディアスが咳き込む度に血の飛沫が飛び散り、真っ白なシーツに赤い斑模様を作ってゆく。

そんなルディアスを心配そうに見詰める相談役ルパーサと主治医。

口元に付着した血を拭ってやるルパーサにも、必死に回復魔法を施している主治医にも、ルディアスの命の灯火が消えて行く様がはっきりと見て取れた。

皇帝の崩御…これだけでも一大事だと言うのに、敵の軍勢がパラディス城に侵入している。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!ドドドドドドッ!

 

──ドンッ!ヒュルルルル……ズドォォォンッ!

 

固く閉ざした窓の向こう側から飛行機械が発する音と、大砲の轟音が聴こえる。

 

「陛下をお守りしろ!」

「怯むな!陛下さえご無事であれば、皇国は何度でも甦る!」

「クソッ、蛮族め!死ね!死ね!死ね!」

 

──パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

衛兵達がルディアスを守るべく、必死に抵抗している。

このような状況でも逃げ出さないのは忠誠心からだろうか。はたまた、逃げる事すら出来なくなった事で自暴自棄になったからだろうか。

 

──ドンッ!……パパパパパパパパパパッ!

 

どちらか聞く事は出来なくなった。

腹の底に響くような爆発音の後に聴こえた連続する乾いた破裂音…それを最後に、衛兵達の声は聴こえなくなった。

代わりに聴こえてくるのは、別の声だ。

 

「開けろ、アズールレーンだ!」

「10数える間に開けろ!さもなくば、強引な手段をとるぞ!」

「10!…9!…8!…7!…6!…5!」

 

アズールレーンの兵士達だ。

デュロを占領し、属領の反乱を扇動した恐るべき軍隊が皇帝の直ぐそこまで来ている。

そんな非常事態に、ルパーサと主治医は何も出来ないでいた。

 

「ゴホッ!ゴホッ!…終わり…か…」

 

そんな中、ルディアスは虚ろな目で扉の方に目を向けた。

 

「4!…3!…2!…1!」

 

カウントダウンが終わる。

 

「0!爆破!」

 

──バンッ!

 

爆音と共に蝶番の辺りから爆炎が吹き出し、蝶番を破壊する。

 

──ギギギギギ……バタンッ!

 

分厚い木材の間に鉄板を挟み込んだ頑丈な扉は軋みながら、木片や煙を巻き込みつつ倒れた。

 

──ドタドタドタドタ!

 

皇軍と比べると地味な装いの兵士達がブーツを鳴らしながらルディアスの私室に突入する。

 

──ジャキッ!ジャキッ!ジャキッ!

 

「皇帝ルディアスだな!?」

 

兵士達が筒が付いた奇妙な形の金属と木材の道具…ライフルとサブマシンガンをルディアスに向ける。

 

「陛下っ!」

 

「う…あ…」

 

ルディアスを庇おうとするルパーサと、腰を抜かしている主治医。

そんな二人を、ルディアスは手で制して大人しくするように伝えた。

 

「よい、こやつらが用があるのは私だけのようだ。」

 

「し、しかし陛下……」

 

食い下がろうとするルパーサに向かって首を振るルディアス。

それを見た兵士達の隊長…マーフィー少佐が一歩前に出て、ベッドに横たわるルディアスを見下ろしながら口を開いた。

 

「単刀直入に言おう。お前に要求する事は2つ…先ずは無条件降伏を宣言してもらおう。」

 

マーフィー少佐の言葉を聞いたルディアスは、コクリと頷いた。

 

「よかろう、降伏する。」

 

「陛下…」

 

「良いのだ、ルパーサ。最早…悪あがきすら出来ん。」

 

ルディアスとルパーサのやり取りを聞いたマーフィー少佐は、満足そうに頷いて右に一歩ずれた。

 

「潔い態度なのは感心だな。では、次は…」

 

マーフィー少佐の背後からカイオスとエルト、そしてファルミールが現れた。

 

「パーパルディア皇国皇帝の座を『自由フィシャヌス帝国』皇帝ファルミール陛下に譲渡せよ。」

 

ハッ、とルディアスが息を飲む。

マーフィー少佐から伝えられた要求のせいもあるが、レミールと瓜二つであるファルミールを目の当たりにしたからだ。

そんな驚愕に目を見開いているルディアスにファルミールは、一歩近付いて頭を下げた。

 

「初めまして、ルディアス陛下。貴方の婚約者であるレミールの妹…ファルミールでございます。」

 

そう自己紹介したファルミールは、頭を上げてルディアスの目をしっかりと見据えながら言葉を続けた。

 

「本日は、皇帝の座を簒奪しに参りました。」

 

「ルディアス。もし、拒めば我々自由フィシャヌス帝国と同盟関係にあるアズールレーンが、この国を文字通り焼け野原にしてしまうだろう。」

 

ファルミールに続いて、カイオスが確固たる意思…ルディアスを呼び捨てにする事により皇国との決別の意思を露にしながら最終通告染みた言葉を口にする。

 

「陛下…いや、ルディアス殿。彼らは本気です。貴方が彼らの要求を飲まなければ…本格的な殲滅戦が始まるでしょう。」

 

エルトもカイオスに習おうとしたが、根が真面目なせいもありあくまでも敬語のままだ。

 

「ルディアス陛下……」

 

唇を噛み締めて、ルディアスを視線で真っ直ぐ射抜くファルミール。

その目を見たルディアスは、薄く目を閉じ……

 

「良い…私は…もう疲れた。ファルミール、貴様に帝位を譲渡する…」

 

心底疲れきったように息を吐きながら告げた。

しかし、その言葉には続きがあった。

 

「だが、ファルミール…カイオス、エルト。これだけは約束せよ…」

 

「無条件降伏と言ったはずだが?」

 

マーフィー少佐が口を挟む。

しかし、ファルミールは構わずに問いかけた。

 

「何でしょうか。」

 

「ゴホッ…せめて…民が飢える事が無いように…頼む…」

 

それは、最後の良心だったのだろう。

せめて最期の瞬間だけは歪んだ覇権主義国家の皇帝ではなく、平凡な国の王のように…民の平穏を望んだ。

そんなルディアスの遺言のような言葉に、ファルミールは力強く頷いた。

 

「はい。戦後の治安維持や食糧支援は、アズールレーンとロデニウス連邦が主体となって行う事になっています。彼らであれば不要な殺生は行わないはずです。」

 

「そうか…そうであるなら、私からは何も言う事は無い。」

 

それを聞いたルディアスは、安心したように深いため息をついた。

 

「今のは記録したか?」

 

「バッチリです。映像も音声も…しっかり記録出来ています。」

 

マーフィー少佐が部下である兵士に問いかける。

問いかけられた兵士は、ハンディカムとボイスレコーダー、そしてヘルメットに取り付けられたアクションカムを指差しつつ答えた。

 

「よし!半分は、お三方を護衛して揚陸艦まで戻れ!残りは私と共に、ここで待機!」

 

「了解!」

 

マーフィー少佐の命令を受けた兵士達が慌ただしく動き始めた。

部隊の半分は、ファルミールとカイオスとエルトを連れて部屋を後にした。

そして、残り半分は部屋で待機しようとしたが…

 

「終わったか?」

 

護衛部隊が出ていって5分も経たない内に、女性を担いだ男が入ってきた。

レミールを捕らえた指揮官である。

 

「指揮官殿、お疲れ様です。任務は全て完了しています。」

 

マーフィー少佐が敬礼し、指揮官を出迎える。

それに対し、指揮官は緩く敬礼を返した。

 

「ご苦労。……そいつが皇帝か?」

 

「はい、もう死にかけていますが。」

 

「まだ死んでないなら大丈夫だ。」

 

マーフィー少佐の言葉に頷きつつ、指揮官はレミールを担いだままルディアスに歩み寄る。

 

「貴様は…?」

 

「お前に名乗っても仕方ない。」

 

「……レミールをどうするつもりだ。」

 

余りにも不敬な指揮官の態度に、機嫌を悪くするルディアス。しかし、この状況で噛み付いても意味が無い。

それよりも気掛かりなのが、担がれているレミールについてだ。

内面はともかく、レミールはルックスもスタイルも抜群だ。

そんな彼女が男に捕らえられている、というのは嫌な予感しかしない。

 

「どう…とは?」

 

真顔で首を傾げる指揮官。

それに対しルディアスは、咳き込みつつ軽蔑するような目を向けた。

 

「ゲホッ…やはり蛮族か…レミールを辱しめてみろ。その時は…私が怨霊となり、貴様を呪い殺してやる…」

 

ルディアスの悪あがきのような言葉を聞いた指揮官は、目を見開き息を飲んだ。

ルディアスの最後の気力により発せられた、憤怒と殺気に心を揺さぶられた…と、いう訳ではない。

 

「フッ……ククッ…ククッ…フッ…ハハハハハハハハハハハハハハハ!アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

その証拠に、笑い始めた。

それは狂気に満ちたものではない。

一流コメディアンの取って置きのジョークを聞いた時のような…心底、楽しそうな笑い声だった。

 

「な…なんだ…」

 

いきなり笑いだした指揮官に戸惑うルディアス。

戸惑っているのはルディアスだけではない。

ルパーサも主治医も…そして、指揮官の部下として転移前から付き合いのあったマーフィー少佐達すら驚愕していた。

こんな大笑いする指揮官を見たのは初めてだったからだ。

 

「し…指揮か…」

 

「ハハハ!お前…ヒヒヒッ…面白いなぁ…ククッ…」

 

マーフィー少佐が恐る恐る話し掛けるが、指揮官はそれを遮って話し始めた。

 

「お前達、それを言える立場じゃねぇだろ?戦争をして男は死ぬまで働かせ、女は死ぬまで犯す…お前らは、そんな事をしてきたってのに俺達はそれをやるなってか!?」

 

「それは現場の独だ…」

 

「だが、最高司令官はお前だろう?現場の暴走や独断でも、最終的に責任はお前にある。上に立つ人間ってのは責任を取る為に居るんだぜ?」

 

ニヤニヤと笑いながら担いだレミールを床に下ろす指揮官。

 

「安心しろ。犯すにしたって、こんな女を抱くのは嫌だね。それに…俺は童貞なんだ。女の抱き方も知らねぇし、ムスコだって小便を出す以外には使ってねぇんだ。」

 

そう言いながらマーフィー少佐に目配せする指揮官。

マーフィー少佐は頷くと、レミールを担ぎ上げ部下に指示を出した。

 

「その医者と、爺さんを連行しろ。指揮官殿は一人で大丈夫だ。」

 

「了解。…二人とも、来い!」

 

「ぐっ…陛下…」

 

「止めろ!私が治療しなければ陛下は…」

 

兵士達に押さえ付けられつつも抵抗するルパーサと主治医。

しかし、ライフルのストックで殴られて気絶したところを連行されて行った。

 

「では、指揮官殿。我々はこれで…」

 

「あぁ…その女は、指示した通りの所に頼むぜ。」

 

「はっ!」

 

敬礼をしレミールを担いで部屋を後にするマーフィー少佐の背中を見送った指揮官は、再びルディアスに向き直った。

 

「さて……1から34までの数字を1つだけ言え。」

 

「何…?」

 

突如として不可解な質問をされたルディアスは、指揮官に怪訝そうな視線を向ける。

しかし、指揮官は詳しい事は一切言わない。

 

「言え。」

 

「……27」

 

答えなければ話が進まない。そう考えたルディアスは、そんな答えを出した。

特に意味は無い。何となく浮かんだ数字だ。

それを聞いた指揮官は頷きながら、ルディアスが横たわるベッドに片足を乗せた。

 

「何でこんな質問をするのか…不思議だろ?」

 

前触れもなく、ルディアスの胸ぐらを掴んだ。

 

「34通りの殺し方を思い付いたんだよ!」

 

ルディアスの体が持ち上げられる。

長年、病床にあったルディアスの体は痩せ細っており、そこに指揮官の筋力も相まってまるで枯れ枝のように軽々と持ち上がった。

 

「なっ…ま、待て!」

 

穏やかに死ぬ事すら許されない事に気付いたルディアスが抵抗する。

しかし、鍛え抜かれた指揮官の筋力から逃れる事なぞ出来ない。

そんなルディアスを気にする事無く、ズンズンと窓に歩み寄る指揮官。

 

──ジャッ!

 

「アディオスアミーゴ!」

 

閉ざされていたカーテンを開け、まるで野球のピッチャーのように振りかぶる。

 

「地獄で会おう!」

 

そして、ルディアスの体をオーバースローでぶん投げた。

 

──バリィィィンッ!

 

ルディアスの体が勢い良く衝突し、窓に嵌め込まれていた大きなガラス板が粉砕される。

炎と月明かりを反射してキラキラと輝くガラス片。

乱反射する光に包まれ、宙を舞うルディアス。

 

「う…うわぁぁぁ!」

 

それも一瞬の事。

大量のガラス片とルディアスは、重力に従って落下して行き…

 

──ドチャァッ!

 

窓の外、その真下に設置されていた銅像に落下した。

その銅像は、パーパルディア皇国初代皇帝が天に剣を掲げた姿を模したものであり、ルディアスはその剣に貫かれた。

 

「がっ……あ…あぁ…」

 

自らの胴体から突き出た剣。

それを信じられないような目で見ていたルディアスだったが、落下の衝撃と肉体の損傷により間もなく息絶えた。

 

「敗北の屈辱により、皇帝ルディアスは投身自殺…まあ、こんなものかな。」

 

その様子を破れた窓から顔を出して見ていた指揮官は、そんな事を呟いて部屋を後にした。




もうこれ、(どっちが悪役か)わかんねぇな


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番外編?アイアンリリィ

デルフト様より評価9を頂きました!

それと晶彦様、多数の誤字報告ありがとうございます!


今回はあれですね
エイプリルフール企画ってヤツです


──?暦????年、サモア基地──

 

これは、あり得たかも知れない可能性…サモア基地が異世界に転移したとも言えるし、しなかったとも言える…そんな曖昧な世界線の話である。

そんな曖昧な世界線にあるサモア基地では、小さな騒動が発生していた。

 

「誇らしきご主人様ぁぁ!」

「指揮官ちゃぁぁん!どこに行ったのぉぉ!」

「美しくも苛烈なるシニョリーナ…恥ずかしがってないで出ておいで。大丈夫だ、貴女はこのリットリオに匹敵する程の可能性を持っているのだから。」

 

多くのKAN-SENが誰かを探して基地の敷地を奔走する。

そんな騒ぎが届かぬ地下、雨水を排水する為に張り巡らされた下水道の中を人影が走っていた。

 

「はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…」

 

規則正しく呼吸をしながら、暗闇を迷う事無く走る人影。

時折、格子が嵌め込まれた排水口から射し込む太陽光に照らされる事で、その姿が僅かに窺える。

走る事で生み出された風圧により流れるセミロングの金髪に、海のような碧眼。

背丈は180cmを越えており、すらりとした体つきは正にスレンダーと言うに相応しく、引き締まった筋肉と相まってアスリートのようである。

 

「はっ…はっ…はっ…よし、静かになったね。」

 

マンホールの真下へとたどり着いた人影は、耳を澄ませて地上の様子を確認した後やや低い掠れたハスキーボイスでそう呟いた。

 

「はぁ…はぁ…まったく…本当に余計なお世話ばっかり…」

 

息を整えつつ、マンホールの内部に取り付けられた梯子を登り蓋を押し上げる。

 

──ゴリッ…ゴリッ…キィィィィ…

 

マンホールの蓋がアスファルトと擦れ合い、耳障りな音を立てて開く。

そうやって、ぽっかりと開いたマンホールから這いずり出す人物…それは、白い軍服を着た女性だった。

 

「はぁ…私がお洒落や化粧やる意味なんて無い、って言ってるのに…」

 

辺りを見回して早足で歩き出す女性。

彼女こそ、このサモア基地の指揮官である『クリスティーナ・フレッツァ』だ。

その背丈にサバサバした雰囲気、男物の軍服を着用している事もあり男装の麗人と言った風貌である。

そんな女性指揮官は、ユニオン所属KAN-SENが住んでいるユニオン寮までやってくるとカーテンを閉ざした窓にノックした。

 

──コンコンッ

 

「は~い、開いてるよ~」

 

間延びした緊張感の無い声が返ってくる。

それを聞いた指揮官は遠慮無く窓を開け、そこから寮内に侵入する。

 

「指揮官さ~ん、今度は何したの~?」

 

窓から入ってきた指揮官に問いかけたのは、最新ゲーム機でFPSをプレイしている『ロングアイランド』だった。

そんなロングアイランドに、指揮官は肩を竦めつつ答えた。

 

「軍服以外の服は無いの?って聞かれたから、ジャージと作業服しか持ってないって答えたら…」

 

「着せ替え人形にされかけた…とか~?」

 

指揮官の言葉の続きを察したのか、ロングアイランドが引き継ぐように告げた。

その言葉に、指揮官は指をパチンッと鳴らして頷いた。

 

「ビンゴ、その通り。」

 

「あぁ~…やっぱりなの~」

 

「ああいう、ヒラヒラした服は苦手なんだけど…なんで、あの娘達は私にあんな際どい服を着せようとする訳?」

 

苦笑するロングアイランドに、げんなりした様子の指揮官。

 

「指揮官さんは~女の子らしくないから、放っておけないのかもね~」

 

「女の子らしくないって…私は女として軍に入った訳じゃないんだけど。あくまでも指揮官、それ以上の事は無いでしょう?」

 

「あはは…指揮官さんが言うと、説得力半端無いの~…」

 

そう言って視線をフィギュアが飾られている棚に向けるロングアイランド。その棚には、一枚の写真が飾られていた。

このサモア基地が稼働し始めたばかりの頃、指揮官とロングアイランドとノーザンプトンの三人で写った写真だ。

ロングアイランドとノーザンプトンは特に変わらないが、指揮官の姿はやや変わっている。

その最たる物が、彼女の胸元だろう。

シャツが閉まらない程に大きく、形の良い乳房。写真の中の彼女にはそれがあるが、この場に居る彼女の胸元は真っ平らだ。

過去の指揮官と、現在の指揮官を見比べたロングアイランドはため息混じりに呟いた。

 

「本当に、もったいないの~」

 

しかし、指揮官はそれに何でも無い事のように答えた。

 

「重くて疲れるしマトモに服も着られないし、邪魔で仕方無かったからね。要らない物は捨てるに限るよ。子供を作る予定も無いし。」

 

「贅沢な悩みなの~」

 

「ノーザンプトンにも言われた…」

 

──コンコンッ

 

指揮官とロングアイランドのやり取り、それがノック音で遮られた。

 

「ロングアイランド様。申し訳ありませんが…ご主人様が此方に来られませんでしたか?」

 

凛とした良く通る声…ロイヤルが誇る完璧なメイド長『ベルファスト』だ。

その声を聴いた指揮官は、そっ…と窓に向かう。

 

「それじゃあ、お邪魔したね。」

 

「は~い。」

 

小声で別れの言葉を告げて窓から出て行く指揮官。

それに、同じく小声で返すロングアイランド。

静かに静かに…まるで忍者のように出て行く指揮官だったが…

 

「指揮官様ぁ~お待ちして取りましたわ~」

 

窓の外から聴こえる幼く甘い声。

 

「た、大鳳!?ちょっ…まっ…ひゃうっ!何処を触って…」

 

「大鳳様!ご主人様をそのまま押さえておいて下さいませ!」

 

──バタンッ!

 

ベルファストがロングアイランドの部屋に押し入ってくる。

 

「ロングアイランド様。失礼致します。」

 

「は~い、なの~」

 

長い銀髪とスカートを翻らせながら、開け放された窓に向かって飛び込むベルファスト。

ロングアイランドは、それに対しゆるゆると手を振った。

 

「私、指揮官様の為に色々なお召し物を仕立てましたの。指揮官様ならきっと、お似合いですわぁ。」

 

「ご主人様には是非とも、淑女としての身だしなみと礼節を身に付けて頂きたいと思います。ご安心下さい。メイド隊総出でお教えしますので。」

 

大鳳とベルファストによって両脇を抱えられて引き摺られて行く指揮官。

そんな中でも、指揮官は足をばたつかせて抵抗していた。

 

「待って待って!大鳳、ベルファスト!いいから、私の事は気にしなくていいからぁぁぁぁぁぁ……」

 

そんな引き摺られて行く指揮官を、ロングアイランドは長い袖を振って見送った。

 

「頑張って~なの~」

 

その後、サモア基地内でメイド服や和服を着た指揮官が目撃された。

顔を真っ赤にした指揮官の回りで、息を荒くしてカメラのシャッターを切るKAN-SEN達の姿は何とも危ないものだったという……




指揮官女体化…需要があるかは分からん

あと、今年のアズレンのエイプリルフール…結婚のヤツってスタッフのこだわりが窺えますねぇ…


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95.後始末

たんこぶ二世様より評価9を頂きました!

今回は戦後処理の話しです
こういう政治的な話しは苦手なのでガバガバでしょうが、私の文才ではこれが限界です
ご勘弁を


──中央暦1640年1月5日午後2時、エストシラント──

 

アズールレーンとパーパルディア皇国による戦争。

それは、第三文明圏のパワーバランスを大きく変容させた。

アズールレーンとの衝突により多数の兵力を失った皇国は、属領の反乱を鎮圧する事すら叶わず国力すらも大きく削がれてしまった。

結果、パーパルディア皇国はアズールレーンに対し屈服する事となった。

そう、戦争は終わったのだ。

列強国が文明圏外国の手により滅ぼされる。そんな衝撃的な結果を伴ってだ。

そうなれば、戦後処理をしなければならない。

パーパルディア皇国の行いにより被った被害を賠償させる為の後始末…それを決める為の話し合いが、エストシラントの沿岸部に設営されたアズールレーンの駐留キャンプにて行われていた。

 

「馬鹿な!我が国はパーパルディア皇国に宣戦布告をし、兵力を動員したのですよ!?」

 

そんなキャンプの中心部にある巨大なテントの下で怒号が飛んだ。

怒号の主はリーム王国の将軍、カルマだった。

 

「ですが、パーパルディア皇国は"正統政府"である自由フィシャヌス帝国が"奪還"致しました。故に、貴国が賠償を求めるべきパーパルディア皇国は最早この世界には存在しないのです。」

 

カルマの怒号に対し、あっさりと答えたのはロデニウス連邦の外務大臣リンスイだった。

 

「ならば、我々はパーパルディア皇国の後継国家である自由フィシャヌス帝国に賠償を求めます!具体的には、金銭と領土の割譲…」

 

「カルマ殿。」

 

ヒートアップするカルマに、リンスイが冷たい声を投げ掛けた。

 

「自由フィシャヌス帝国は、我が国と同盟を結んでいます。更には、アズールレーンにも参加しているため我々第四文明圏の国々とも準同盟関係にある…そう言っても過言ではありません。」

 

「だ、だからどうした!」

 

「まだ、お分かりになりませんか?」

 

怒りに顔を真っ赤にするカルマに対し、呆れた様子のリンスイ。

 

「ブルックリン殿。」

 

リンスイが声を描けたのは小麦色の肌に、色の薄い茶髪の女性…KAN-SEN『ブルックリン』だった。

 

「大臣、何でしょうか。」

 

「貴官の率いる艦隊をリーム王国まで派遣しては貰えぬだろうか?是非とも、リーム王国の首脳部と詳しく話したい。」

 

「なるほど…砲艦外交ですね。畏まりました。」

 

「なっ…」

 

リンスイとブルックリンのやり取りを聞いたカルマは、目を見開いて体を震わせた。

力を持っているとは言え、所詮は文明圏外の蛮国。準列強とも謳われるリーム王国を無下に扱うような事は無い、そう考えていたカルマは面食らった。

第三文明圏の戦争とは、勝者が敗者の全てを奪い尽くす…そんな、野蛮な物だった。

しかし、ロデニウス連邦…そしてアズールレーンは、この間まで戦争をしていた敵国を守る為に砲艦外交を行うつもりなのだ。

そんな理解し難い価値観を前にして、カルマは震えた。

 

(な…何故だ!?国号が変わったからと言って…何故、文明国である我が国との関係を悪化させるような事をしてでも敗戦国を庇う!?)

 

まるで理解不可能な怪物を目にしたように恐怖するカルマ。

しかし、そんな彼の疑問に対する答えはリンスイの口から語られた。

 

「カルマ殿。貴国は我が国が何故このような事をしているか理解出来ていないようなので、単刀直入に申し上げます。」

 

そう言って、リンスイが前のめりになりカルマと目を合わせる。

 

「我々が求めるのは、平和の先にある共存共栄…その目的の為には植民地や属領は不要なのです。貴方も見たでしょう?数多の属領を抱えていたパーパルディア皇国が腐敗し、崩れ落ちて行く様を。」

 

「それは貴国の都合でしょう!我が国は、戦勝国としての権利を行使しようとしているだけです!」

 

「そうですね。貴国はパーパルディア皇国に宣戦布告し、多数の兵士の犠牲と引き換えに72ヶ国連合の勝利に貢献しました。」

 

唾を飛ばして反論するカルマの言葉に同調するように、ブルックリンが頷きながら告げた。

思わぬ援護射撃に驚いたカルマだったが、直ぐ様満面の笑みを浮かべてブルックリンにすり寄るように言った。

 

「貴女もそう思われますよねぇ。我が国の援護があったからこそ、72ヶ国連合は勝利したのであって…」

 

「はい、"テロリスト排除の協力"ありがとうございました。」

 

「……は?」

 

淡々としたブルックリンの口調に、カルマが間抜けな声を出す。

 

「自由フィシャヌス帝国の主権を不法に占拠していた、パーパルディア皇国と名乗るテロリストの排除に協力して頂き誠に感謝しております。この件に関しましては、犠牲となった貴国の兵士に叙勲を行う事で調整しておりますので…」

 

「ちょ…ちょっと待って下さい!叙勲!?叙勲ですと!?」

 

──バンッ!

 

両手をテーブルに叩き付けながら立ち上がるカルマ。

 

「勲章だけで納得しろとでも!?我々がパーパルディア皇国から受けた数々の屈辱が、そんな物で晴れるとでも!?皆さんもそう思いますよね!」

 

そう言いながら横を向くカルマ。

そこには、72ヶ国連合の代表…クーズ王国のハキとイキアが居た。

 

「確かに…パーパルディア皇国に恨みはあるが…」

 

「だからと言って、賠償金や領土を貰ったとしても我々にはそれを活用する術が無い。それならば、アズールレーンからの提案に乗るのが最善だ。」

 

パーパルディア皇国の最終防衛ラインであったアルーニを牽制していた72ヶ国連合は、ヴァルハルを始めとした指導教官からある提案を受けていた。

 

「まあ、自由フィシャヌス帝国はアズールレーンが監視してくれてるし、ファルミール陛下も自治権を確約してくれたしなぁ…」

 

ハキが腕を組ながら頷く。

アズールレーンは72ヶ国連合に対してこんな提案をしていた。

それは、72ヶ国連合に多大な復興支援を行う事と引き換えに、自由フィシャヌス帝国の構成国となるというものだ。

これは、せっかく独立を勝ち取った元属領に対して再び属領に戻れと言っているようなものだ。

しかし、全ての元属領が独立し多数の国家が乱立するような事となれば、さながら戦国時代のような状態になる事が危惧される。

そうでなくても、パーパルディア皇国により国家基盤をズタズタに破壊された元属領が既存の国家に侵略される可能性がある。そうなれば第二のパーパルディア皇国が誕生し、新たな悲劇の火種と成りかねない。

そんな想定をしたアズールレーンは、全ての元属領に自由フィシャヌス帝国の構成国となるように要請したのだ。

勿論、この要請を受けた多くの元属領は反発したが、自由フィシャヌス帝国にはアズールレーンが駐留し監視を行う事、各元属領には自治権を認める事を条件に要請は受け入れられた。

言ってしまえば、帝国と言う名の合衆国である。

 

「元属領の方々の意見は一致しています。それに…貴国は旧パーパルディア皇国沿岸部の一部を占領しているではありませんか。それ以上を望むと言うなら…此方としても、相応の対応を取らなければなりません。」

 

「ぐっ……」

 

ドスの効いたリンスイの言葉に後ずさるカルマ。

助けを求めるように会議の参加者を見るが、ブルックリンは書類に何かを書き込んでいるし、ハキとイキアは冷ややかな目を向けている。

正に孤立無援、この場にカルマの味方は居なかった。

 

「ぐっ…う…も、もういい!勝手にすればいい!」

 

結局、何も言えない状況となったカルマはそんな捨て台詞を吐いて早足でテントから出ていった。

 

「……ふーっ、噂通り強欲でしたな。」

 

カルマが出ていったのを確認したリンスイは、息を吐きながら椅子に深く座り直した。

そんなリンスイの肩をブルックリンが軽く叩く。

 

「ご苦労様です、大臣。少々、荒削りでしたが…この第三文明圏では、この方がいいでしょう。」

 

「ははは…やはり、準列強を相手にするのは緊張するな。VR訓練をしていなかったら、マトモに相手出来なかっただろう。」

 

ブルックリンから掛けられた労いの言葉に、リンスイが苦笑いしながら答える。

ロデニウス連邦は新たな列強国を目指すにあたって、様々な人材を育てていた。

工業製品やインフラを作る技術者は勿論、経済や外交、軍事を司る政治家や軍人も可能な限り迅速に育てる必要があった。

それに活用されたのが、サモアからもたらされたVRとAIを組み合わせた技術だ。

これにより、AIから生み出された擬似人格とのやり取りや、VRによる環境再現等々…実践さながらのシミュレーションを簡単に行う事が出来る為、ロデニウス連邦の人材は急速に育っていた。

 

「それでは皆様、このあとは自由フィシャヌス帝国の暫定外務大臣であるカイオス氏との会談があります。事前の打ち合わせ通り、自由フィシャヌス帝国構成国加入の署名をお願いします。」

 

ブルックリンの呼び掛けに、全ての参加者が頷いて同意した。

 

 

その後、自由フィシャヌス帝国と元属領は共存共栄を目指す声明を発表する事となった。

自由フィシャヌス帝国は、敗戦国であるパーパルディア皇国の後継国家であるにも関わらず列強国に相応しい規模を維持する事となり、第三文明圏の主として君臨する事となった。




新KAN-SENの着せ替えを買ったら諭吉が消し飛びました


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96.羽ばたく者、堕ちる者

f4ejhantom様より評価9を、Alan=Smitee様より評価8を頂きました!


一応、今回でパ皇編は終わりですね


──中央暦1640年1月20日午後1時、エストシラント沿岸部──

 

大まかに瓦礫や遺体を片付け、整地されたエストシラント。

その港跡には、幾つもの白い無機質な建物が建っていた。

周辺に張り巡らされた鉄条網やフェンス、コンクリートブロックによるバリケードは外からの侵入者を寄せ付けない要塞のようである。

ここは『アズールレーン駐留軍エストシラントキャンプ』であり、『自由フィシャヌス帝国臨時議会』であった。

 

「皆様、お久しぶりです。自由フィシャヌス帝国初代皇帝、ファルミールです。」

 

そんな白い建物の内の一つで会見が行われていた。

その会見の主役は勿論、自由フィシャヌス帝国初代皇帝に即位したファルミールであった。

 

「先ずは、先の戦争で犠牲になられた兵士と市民の皆様に哀悼の意を表します。…そして、遺族の皆様にも心よりお悔やみ申し上げます。」

 

そう言って、胸元に手を当てて目を閉じ、深く頭を下げるファルミール。

そんな彼女の姿に向かって多数のフラッシュが焚かれ、人々がどよめく。

それも無理は無い。今までパーパルディア皇国を支配していた皇族はプライドが高く、頭を下げるような事なぞしなかったからだ。

 

「……さて、パーパルディア皇国はアズールレーンにより滅亡し我々自由フィシャヌス帝国が後継国家となりました。しかし、必要以上に恐怖する必要はありません。」

 

この会見は、会場に押し寄せた各種メディアと世界のニュースを通じて全世界に配信されている。

 

「アズールレーンは奴隷や領土を求めている訳ではありません。その証拠に、某国が我が国に対して領土割譲を求めた際には、アズールレーン関係者が某国に圧力をかけ要求を拒絶しました。」

 

会場が大きくざわめく。

敗戦国の領土を切り分けるどころか、庇うような行動をとる…あまりにも甘い対処だ。

だが、彼女の口から発せられた言葉は更に信じがたいものだった。

 

「そして我々の粘り強い交渉の末、食糧と復興を主とした人道支援を取り付ける事が出来ました。これにより、皆様が飢えるような事態は避ける事が出来ました。」

 

正に至れり尽くせり。あまりにも非常識な待遇の数々に会場に集まった人々も、受信機の前で放送を視聴していた人々も驚愕した。

 

──苛烈な力を持ちながら、なんと懐が深いのか…

 

まるで、大自然のようだ。

災害により多大なる破壊を与える事もあれば、豊かな恵みを与える事もある。

激しく矛盾したその在り方に、多くの人々はある種の恐怖を覚えざるおえなかった。

 

 

──同日、サモア基地秘匿ラボ──

 

《また、旧パーパルディア皇国皇族はパラディス城での戦闘とパールネウスで発生した"大規模な爆発事故"により私以外は全員亡くなり……》

 

サモアにある幾つかの小島。外見上は灯台があるだけの無人島だが、そんな島の地下には秘匿ラボがあった。

そんな秘匿ラボの一室、そこには二つの人影があった。

 

「ふむ…中々、様になってるじゃないか。流石は上流階級と言った所か。」

 

そんな人影の一つ、リクライニングチェアに座ってテレビを観ていた指揮官が軽く頷きながら呟いた。

そんな指揮官の傍らに、無機質で冷たい雰囲気がある緑色のビニールマットを張った手術台がある。

その手術台の上に、もう一つの人影が横たわっていた。

 

「んーっ!んーっ!んんっ!!」

 

その人影は、一糸纏わぬ銀髪の豊満なスタイルの女性…レミールだった。

四肢や胴体は手術台に縛り付けられ、口には猿轡が噛まされている。

顔を真っ赤にしどうにか拘束から逃れようと体を捩っているが、その度に押さえ付ける衣服を失った乳房がタプンタプンと揺れる。

ふと、指揮官の手がレミールに伸びた。

精神はともかくとして、見た目は極上の女性が一糸纏わぬ姿で拘束されている…劣情を催しても仕方ないだろう。

しかし、指揮官の手はレミールの猿轡を乱暴に剥ぎ取っただけだった。

 

「ぶはっ!はーっ!はーっ!はーっ!」

 

「どうした、何か言いたい事でも?」

 

やっと正常に呼吸が出来たレミールが荒い息を吐いている事なぞ、知ったこっちゃないとばかりに問いかける指揮官。

それに対しレミールは絶望的な状況にも関わらずキッ、と鋭い視線で指揮官を睨み付けた。

 

「はーっ!はーっ……んくっ…はー…ゲスめが…口では何と言おうが、所詮は蛮族ではないか!」

 

「……何が?」

 

どうにか息を整え指揮官を罵倒するレミールだったが、罵倒された本人は首を傾げるだけだった。

その態度が、レミールの怒りの炎に油を注いだ。

 

「惚けるな!私を辱しめるつもりだろう!最初から可笑しいと思っていたのだ!女武官を側に置き、この基地にも女が多い…色狂いは貴様の方ではないか!」

 

どうやらレミールは、指揮官が彼女を慰み者にする為に生け捕りにしたと思っているらしい。

そんなレミールの言葉に、指揮官は再び首を傾げた。

 

「そうだとしても…何の問題が?」

 

「大有りだ!私は世界の太母となる者だ!貴様のような薄汚い男が汚して良いような人間ではない!」

 

「世界の…太母?なんだそりゃ?」

 

この期に及んで妄言を吐くレミールに呆れたような視線を向ける指揮官。

しかし、レミールはそれに気付かず最早実現不可能となった理想を語り始めた。

 

「ルディアス陛下が世界を統べた後、皇后となった私が全世界の人々を母の愛をもって包み込むのだ!」

 

「随分な妄想だな。お前は世界、全ての人々の母親代わりになろうってのか。」

 

「妄想!?妄想だと!?いいか、私はそれを行う義務が…」

 

──ダンッ!

 

尚も妄言を吐き続けるレミールの顔の真横に指揮官が何かを突き立てた。

白いLEDライトの光を反射する鋭利なナイフだ。

 

「……っ!」

 

目を見開いて息を飲むレミール。

そんなレミールに、指揮官は淡々と告げた。

 

「俺の母は…俺が13の時に死んだよ。目の前で、強盗に犯されながら殺された。だが…最後まで俺を助けようとしてくれた。」

 

ズイッ、とレミールに顔を寄せて至近距離から睨み付ける指揮官。

 

「母とは…最期まで自分の子供を助けようとする者だ。理由もなく、殺しをするような者が人の親になれると思うなよ!」

 

「あ……あぁ…」

 

レミールはすっかり怖じ気付いてしまった。

真っ正面からぶつけられた憤怒と殺意…それをモロに食らった彼女は、奥歯をガチガチ言わせながら失禁してしまった。

 

「…ふんっ、だがお前の願いは叶うぞ。」

 

指揮官がナイフを抜いて鞘に仕舞うと同時に、白衣を着た数人の男が部屋に入ってきた。

 

「お前のような活きのいい奴は貴重だからな。まあ、医療の発展に役立ってくれ。お前が殺した以上の人数を救えるかもしれんぞ。……ドク、あとは頼む。」

 

そう言って指揮官は、痩せた長身の男の肩を軽く叩いた。

 

「ええ、お任せ下さい指揮官殿!こんなにも活きのいい被験体は久しぶりですよ!しかも、異世界人…たまりませんなぁ!」

 

新しい玩具を買って貰った子供のようにはしゃぐドク。

そんなドクは、背後に控えていた助手から注射器を受け取るとレミールに歩み寄って行く。

 

「ひ、被験体…?……ま、まさか!」

 

「大丈夫ですよぉ!チクッ、としたら全ての痛みが無くなりますから!さあさあ、行きますよ行きますよ~!」

 

「や、やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!あ…あぁ!あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ドクの手にある注射器の針がレミールに近付いて行く。

その途中、指揮官はドク達が入って来た扉に向かった。

 

「じゃあ、ドク。あとは頼むぞ。」

 

「はいぃぃ!私にお任せあれ!必ずや、役に立つ実験結果を持ち帰りますので!」

 

「おう。」

 

──ガチャン

 

後ろ手に扉を閉めて部屋を後にする。

 

《や、やめろ!何だその器具は!》

《ふっふっふっ…大丈夫ですよ大丈夫ですよ!痛みはありませんから!》

《待て待て待て待てぇぇぇぇ!そこにそんな物が入る訳……おぎぃ!》

《ほほう…肝臓が中々傷んでますねぇ…》

《こ…殺せ…いっそ…一思いに…》

《まだまだ始まったばかりですよ?さて…次は胃の方を見ましょう。メスとガーゼを…》

 

扉越しに聴こえるドクの楽しげな声と、レミールの悲鳴を聴いた指揮官はどこか満足そうに頷いて薄暗い廊下の先へ消えて行った。

 




次回からは新章です
流れとしては、日常編、魔王編、竜の伝説編の順にやって行こうと思います


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戦争と戦争の間
97.世界の反応


かじバン様より評価8を、打出小槌様より評価7を、りうまえ様より評価5を頂きました!

新章の導入をどうしようか考えていたら遅れました



──中央暦1640年1月29日午後7時、神聖ミリシアル帝国港町カルトアルパスの酒場──

 

一仕事終えた労働者や商人が集まるカルトアルパスの酒場。

雑多な言葉が飛び交う場であったが、話題は一つに絞られていた。

 

「レイフォルに続いてパーパルディア皇国まで…いくら下位とは言え、列強国が二か国も滅亡するってのは…」

「とんでもない国際情勢になってきたな…」

「こりゃ、もう一波乱ありそうだぜ?」

 

そう、パーパルディア皇国が滅亡した事に対する話題で持ちきりだった。

レイフォルがグラ・バルカス帝国という新興国に滅ぼされ、続いてパーパルディア皇国がアズールレーンという文明圏外国の軍事同盟に滅ぼされた事は国際情勢に大きな衝撃を与えていた。

 

「だが、パーパルディア皇国の代わりに建国した…えぇ、っと…」

「自由フィシャヌス帝国か?」

「そうそう、自由フィシャヌス帝国だ!あの国の皇帝、めっちゃ美人だな。」

「分かる。優しそうでたまらねぇな。しかも、市場開放とか言って商売もやり易くなったしな。まったく、グラ・バルカス帝国にも見習ってほしいぜ。」

 

パーパルディア皇国の後継国家である自由フィシャヌス帝国は、経済と産業再生の為に積極的な市場開放を行っていた。

それとは対照的に、グラ・バルカス帝国は旧レイフォルの市場開放を殆ど行っておらず、各国を行き来する商人にとっては商売がしにくい場となっていた。

 

「俺は、今までレイフォルに持って行ってた品物を自由フィシャヌス帝国やロデニウス連邦に持っていく事にしたよ。あっちの方が商売しやすいし、儲かるからな。」

「でもよ、あの辺で商売するには商業ビザかパスポートってのが必要なんだろ?」

「大丈夫だ。お前、ムーで商売する為の許可書を持ってるだろ?それがあれば、ムーで商業ビザの発行が出来る。明後日にでもムーに行くんだが…お前も来るか?」

「おっ、いいのか?ありがてぇ、一杯奢るよ。」

 

 

──同日、ルーンポリス宮殿アルビオン城──

 

神聖ミリシアル帝国の中枢であるアルビオン城の一角、帝国情報局で二人の男性が話し込んでいた。

 

「成る程…君は、ロデニウス連邦は新たな列強国に相応しい…そう考えると?」

 

ゆったりしたソファーに座って軽く頷くのは、帝国情報局長アルネウス。

 

「はい。我が国の諜報員が手に入れた情報によれば、かの国はムーを凌駕する程の技術力を持っているとの事です。」

 

アルネウスの言葉に答えつつ、テーブルの上に何枚かの魔写を並べるのは彼の部下であるライドルカだった。

 

「これは、ムーに居る駐在武官が撮影した物です。」

 

そこに写されていたのは、大型貨物船から降ろされている飛行機械…『F2Aバッファロー』と鉄の獣…『M4シャーマン』の姿だった。

その貨物船には、ロデニウス連邦の国旗が翻っており、降ろされている"積み荷"にはムー統括軍の国籍マークが描かれている。

 

「……ふむ、これはムーが輸入しているという事か?」

 

「はい。それに加えて、積み荷を降ろした貨物船は国旗をムーの物に変えたそうです。つまり積み荷だけではなく、貨物船も商品だったようです。」

 

ライドルカの推測は大正解だった。

ロデニウス連邦はムーに対して多種多様な兵器を輸出しているが、兵器だけではない。

貨物船や自動車のような民需品も輸出している。

なかでも、貨物船は多数が輸出されている。

これは、ムーの造船所が新型艦建造の為に貨物船を作る余裕が無くなっているというのもあるが、もう一つ理由があった。

その理由は、貨物船の甲板がやたらフラットにされている事から何と無く察せられるが、ライドルカはそこまで考えが回らなかった。

 

「他国に兵器を輸出しているとなれば…」

 

「はい。本国にはより高性能な兵器があり、旧式兵器を輸出しても構わない程の生産力が…」

 

──ゴンゴンゴンッ!

 

アルネウスとライドルカの会話を遮るように、扉が激しくノックされた。

突然の事に二人は肩を跳ねさせ驚き、互いに顔を見合わせる。

 

「…誰だ?」

 

ライドルカが立ち上がり、扉をゆっくりと開ける。

すると、男が部屋に雪崩れ込んできた。

 

「あぁ、良かった。誰か居てくれたのは幸運でしたよ。」

 

「貴方は…?」

 

「あぁ、すまない。私はメテオス、対魔帝対策省の者だ。」

 

雪崩れ込んできた男…メテオスの言葉に、アルネウスとライドルカは再び顔を見合わせた。

対魔帝対策省と言えば、遺跡から発掘された物を使って怪しげな実験をしている者達だ。

現存する国家に対して諜報活動を行う、帝国情報局とは関わりの薄い省庁である。

 

「な、何の用で…」

 

「君たちに頼みたい事があるのだが…」

 

ライドルカの問いかけを遮るようにして、テーブルに歩み寄って大きな紙を広げるメテオス。

それは、世界地図だった。

 

「去年の11月12日の午後11時頃…そして、12月16日の午後11時頃に『広域魔力探知機』が反応した。どちらも東方で発生した"異常な魔力波"に反応したらしく…」

 

「異常な魔力波…?」

 

アルネウスが首を傾げて問いかける。

それに対し、メテオスは頷きながら答えた。

 

「異常な程に巨大で、かつ純粋な魔力の奔流…仮に、これが魔力による爆発だとすれば都市一つが消滅する程の…」

 

「そ、それ程の魔力が…?」

 

狼狽えるライドルカにメテオスが真剣な目を向ける。

 

「これは、我々が研究している魔帝の兵器…その内で最も強力とされる『コア魔法』に匹敵する規模と思われる。」

 

「ま、魔帝だと!?まさか、もう復活したのか!?」

 

目を見開き、腰を抜かしそうになるアルネウス。

しかし、それに対しメテオスは首を横に振った。

 

「いや、もし本当に魔帝が復活したのであればとうの昔に世界は戦禍に包まれているだろう…」

 

「だとすれば何が…?」

 

「そう、そこだよ。」

 

そう言って広げた地図を指差すメテオス。

地図には旧パーパルディア皇国のパールネウス辺りにマーカーが描かれていた。

 

「11月の反応は東方からとしか分からなかったが…12月の反応は旧パーパルディア皇国のパールネウス付近、という事を突き止めた。」

 

アルネウスとライドルカが地図を覗き込み、メテオスの説明に耳を傾ける。

 

「この地は、現在旧パーパルディア皇国の後継国家である自由フィシャヌス帝国に組み込まれているのだろう?もし良ければ、君たちの情報網を使って調べてもらえないかね?」

 

「ふむ…」

 

メテオスの言葉に、アルネウスは小さく頷いてライドルカに目を向けた。

 

「ライドルカ、12月16日と言えばまだ自由フィシャヌス帝国は正式には建国されず、パーパルディア皇国が存在していた頃だな?」

 

「はい。とは言っても、殆ど勝敗は決まっていたような時期でしたが…」

 

「ふむ……メテオス殿、ライドルカ。私は、その異常な魔力波とやらにはどうもロデニウス連邦が関わっているように思える。」

 

その言葉に次はメテオスとライドルカが顔を見合わせた。

 

「確かに…かの国はムーに兵器を輸出出来る程の技術力を持っていますし…」

 

「加えて、ロデニウス連邦が支配しているロデニウス大陸には『太陽神の使い』なる伝説がある…その『太陽神の使い』に関連する物を発掘し、解析に成功したのであれば…」

 

二人が自らの推測をブツブツと呟いていると、アルネウスが手をパンパンと叩いた。

 

「私は、どのみちロデニウス連邦に使節団を送る必要があると思っている。自由フィシャヌス帝国はそれなりの影響力を維持しているとは言え、ロデニウス連邦に比べると劣っていると言わざるおえない。つまり、ロデニウス連邦が新たな列強国として台頭する可能性が高い。」

 

「何よりも、ムーがロデニウス連邦の列強国入りを歓迎するという声明を出していますからね。」

 

捕捉するようなライドルカの言葉に、アルネウスが頷く。

 

「そういう事だ。ムーすらも認める力に、未知の技術力…それを見極め、世界秩序にとって有用か否かを判断する必要がある。その為の使節団には…メテオス殿、是非貴方達も参加出来るように取り計らおう。」

 

「それはありがたい。もし、ロデニウス連邦にコア魔法があるとするなら魔帝を研究するのに有用だからね。」

 

密かに続けられる雑談のような突発的な会議。

しかし、その時誰も想定する事は出来なかっただろう。

ロデニウス連邦…アズールレーンが、あんな破天荒な手段を取るとは…




そういえばアンケートの結果ですが、回答26の内…
①→0
②→5(+1)
③→1
④→19(+1)

となりましたので、④で行こうと思います


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98.定例会議と緊急事態

そろそろ開発艦3期来そうですが…私、吾妻の強化がまだ29なんですよね

あと、五十鈴の改造変わり過ぎでは?


──中央暦1640年2月1日午前9時、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ──

 

第三文明圏のパワーバランスを激変させた戦争…『パーパルディア皇国解体戦争』の終結から一ヶ月と少しが過ぎた。

大まかな戦後処理は終わり、現在は捕虜の返還と旧パーパルディア皇国の残党の対処を行っている所だ。

とりあえず、一番忙しい時期は過ぎ去ったと言える。

しかし、それでも仕事は山積みだ。

何せ、ロデニウス連邦は新たな文明圏の盟主となるのだ。

それに相応しい軍事力は勿論、産業の発展や社会保障の充実等々…列強国の仲間入りをする為に必要な事は多岐に渡る。

 

「それでは、会議を始めよう。」

 

そんな中、大統領府の会議室でとある会議が防衛大臣であるパタジンの言葉で始まった。

 

「先ずは参加した将兵に対して、従軍記章の叙勲。戦傷者と戦死者に対しては名誉勲章の授与…とくに、戦死者の遺族には十分な保障を行う必要がある。」

 

パタジンの言葉に、会議の参加者が一様に頷いた。

先の戦争でのターニングポイントの一つである、パーパルディア皇国から出た多数の亡命者…その原因は、戦傷者や戦死者に対する保障不足だった。

かの国と同じ轍を踏まない為にも、そういった保障は充実させる必要があった。

幸いにも、戦傷者・戦死者共に戦争の規模の割には少なかった為、財務省が頭を抱えるような事にはならなそうだが。

 

「加えて、軍務に支障が出る程の後遺症を負った戦傷者については…」

 

「それについては、産業省にて救済策が検討されています。」

 

パタジンの言葉に、産業大臣であるアラハムが答えた。

 

「民間の警備会社や、農業関連…更には、IT関連の企業が彼らの雇用に興味を示しています。また、そういった企業に対しては補助金を出す事で、退役軍人の積極的な雇用を推進していこうと検討しています。」

 

「うむ、それならば退役軍人の先行きも明るいものとなるだろう。」

 

「パタジン殿、よろしいか?」

 

アラハムの言葉に満足そうに頷くパタジンに対し、外務大臣であるリンスイが手を挙げながら問いかけた。

 

「リンスイ殿、いかがなされた?」

 

「第四文明圏参加国…そして、自由フィシャヌス帝国とその傘下国から幾つかの要請があったのはご存知か?」

 

リンスイの言葉にパタジンは頷きつつ、アラハムの方に目を向けた。

 

「アラハム殿から聞いている。インフラの復興や、産業振興の支援については産業省で受け持っているようだが…」

 

「はい、各国からの要請には防衛戦力の復旧や拡充といったものも含まれています。」

 

第四文明圏参加国、自由フィシャヌス帝国と傘下国は旧パーパルディア皇国残党に対応する為の防衛戦力を欲していた。

勿論アズールレーンに丸投げするという方法もあるが、自国の国土は自国で守るという当たり前の事を出来なくては文明国とは言えない。

それゆえ、各国は対ゲリラ戦や小規模な軍事衝突に対応出来るだけの戦力を欲していた。

 

「それに関しては問題無い。我が国や、第四文明圏参加国に既に配備されているライフルやサブマシンガン等…更には航空機や車輌、軍艦を貸与する事になっている。」

 

「そうなると貸与した兵器の穴埋めが必要となりますが…」

 

「それに関しても問題無い。アズールレーンがそれら中古兵器を買い上げ、指導教官と共に各国に派遣するそうだ。そして、我が国を始めとした第四文明圏参加国は新たに開発した各種兵器を配備する事になっている。」

 

「短小弾を用いた自動小銃や、大型空母…支援艦ですな?」

 

リンスイの言葉にパタジンは深く頷いて答えた。

確かに、旧パーパルディア皇国との戦争は兵器の圧倒的な性能差によって有利に戦う事が出来た。

しかし、細かい不満も出てきた。

市街地…特に整備された通りが幾つもあるような市街地では、サブマシンガンでは射程が不足し、ライフルや軽機関銃では取り回しが悪い。その為、サブマシンガンとライフルの中間を担うような小火器が必要だと結論付けられた。

更には、ロデニウス連邦軍に配備されている『マイハーク級軽空母』は甲板が手狭気味な事もあり、大型空母が求められている。また、損傷した艦載機の大規模な修理を行えるような支援艦の配備も求められていた。

 

「サモアのデータベースにある『突撃銃』とエセックス級空母の開発と建造を進めつつ、支援艦に関してはマイハーク級軽空母や、輸送船を改装し繋ぎとしよう。」

 

「そういえば、沿岸警備隊のホエイル長官から警備艇増強の要望が出ていますが…」

 

そう発言したのは、旧クイラ王国出身のサラヴァン内務大臣だった。

比較的治安がいいロデニウス連邦ではあるが、いかんせん領土も領海も広く様々な無法者が流入する可能性が高い。

それを防ぐ為に、内務省直轄の警察組織…一般的な警察や、自然保護を目的とする森林保安官、密漁や密航に目を光らせる沿岸警備隊等々の警察組織が存在するがそれらに配備する装備も求められている。

 

「各国に提供しているアグレッサー級フリゲートを再生産するか、幕下級警備艦を増産か…今後の事を考えて新たな警備艇を開発するか…」

 

「パタジン殿、私としては新規開発を希望する。」

 

迷いを見せるパタジンに対し、アラハムが挙手しながら提案する。

 

「ほう?アラハム殿、その心は?」

 

「サモアの技術は確かに優れている。しかし、何時までも頼る訳にはいかない。彼らが異世界より突然来訪したように、突然消え去るかもしれん。そうなった時、模倣するしか出来ないままではいかん。」

 

「確かに…いかに上部が良くとも、基礎が無ければ少しの事で揺らいでしまう…国も家も同じですな。」

 

アラハムの言葉に、リンスイが同意する。

そんなリンスイの言葉に、パタジンは感心したように頷いた。

 

「確かに、アラハム殿とリンスイ殿の言う通りだ。本格的な軍艦の前に、警備艇のような小規模な物から始めよう。」

 

「そうであれば、各造船所に性能要求書を送りコンペを行いましょう。」

 

「うむ、続いて人事についてだが…指揮官殿は昇進させるべきでは?」

 

サラヴァンの言葉に頷いたパタジンは、話題を変えた。

 

「確かに…彼は将軍位の中でも下である准将ですからな。先の戦争での活躍と、箔を付ける為にも昇進は必須でしょうな。」

アラハムが口髭を撫でつつ同意した。

 

「前線指揮に、後方指揮…各国との連携調整と八面六臂の活躍でしたからね。これで昇進させなければ、他の将兵の士気にも関わりますからね。」

 

アラハムの後に続いてリンスイも同意した。

 

「准将から昇進となれば少将…いや、少なくとも中将か大将ぐらいには…」

 

パタジンそう悩んでいた時だった。

 

──コンコンッ

 

会議室の扉がノックされた。

会議の参加者が顔を見合わせ、誰が来たのかと考える。

 

「入れ。」

 

サラヴァンが入室を許可する言葉を発する。

入ってきたのは、保健衛生省の副大臣ハガマであった。

その顔は真っ青になっており、何やら緊急事態でも発生したような様相だ。

 

「失礼します!緊急にお伝えしたい事がありまして…」

 

「どうされた?まさか…新手の伝染病でも発生したのか!?」

 

ハガマの慌てぶりに、何かあったのかと全員が身構える。

それに対し、ハガマは一冊の冊子を掲げて見せた。

 

「こ、これを!」

 

ハガマが持っている冊子。

その表紙には、こんな見出しが踊っていた。

 

──『長時間労働と過労死問題!~労働者を守る為に今から出来る労働改革~』

 

 




YZF-R25のエセックスモデル…当選しないかなぁ…


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99.ワーカーホリック

天城イベ復刻に新KAN-SEN…花月から正統派ヒロインの波動を感じる!

あと開発艦3期はまだみたいですね
どんな娘が来るのやら…


──中央暦1640年2月1日午前4時、サモア基地──

 

指揮官の朝は早い。

太陽が顔を出す前に起床する。

 

──ピピッ…ピピッ…ピピッ…

 

「ん……あぁ……」

 

小さな窓に簡素な扉、スチールデスクとキャスター付きの椅子。そして、壁際に取り付けられた小さな洗面台。

そんな独房のような部屋こそが、指揮官の私室であった。

ベッドも無いため椅子に座ったまま眠る。

 

──ジャー…バシャバシャ…キュッ

 

顔を洗い、私室を後にする。

誰もいない静かな廊下を執務室に向かってゆっくりと歩く。

 

「ご主人様、おはようございます。」

 

廊下を歩いていると、前方からメイドが此方に向かって歩いてきた。

紫色のボリュームのあるボブカットに、金色の瞳。左目は前髪で若干隠れている。

KAN-SEN『グロスター』だ。

 

「あぁ、おはようグロスター。夜間哨戒任務ご苦労だったな。ゆっくり休め。」

 

「ご厚意感謝します。ですが、ご主人様もしっかり休息をとりなさい。」

 

「大丈夫だよ。気にするな。」

 

グロスターから向けられる呆れたような視線を受け流し、手をヒラヒラと振って執務室に入る。

 

「さて…」

 

執務室に備え付けられている湯沸し器で湯を作っている間に、マグカップにインスタントコーヒーの粉末をテキトーに入れる。

少し量が多い気がするが気にしない。

沸いた湯をマグカップに注げば、雑なコーヒーの完成だ。

そんなコーヒーが入ったマグカップを持ってデスクに着くと、今日の予定を確認しつつ各種資源や機材の割り振り等々を行う。

 

──コンコンッ

 

そうこうしていると、執務室の扉がノックされた。

 

「入れ。」

 

「Hey、指揮官!今日もいい朝だね、朝食の時間だよ!」

 

薄紫色の髪に、大きなリボン付きのカチューシャを着用したKAN-SEN『ケント』が勢い良く扉を開けて入ってきた。

活発な性格からそうは思えないが、彼女もまた先ほどのグロスターと同じく、ロイヤルメイド隊の一人だ。

 

「…あぁ、もうそんな時間か。」

 

チラッと時計を見ると午前7時になろうとしている。

冷めきった苦過ぎるコーヒーを一気に飲み干し、ケントの後を追って食堂へ向かう。

 

「同志指揮官。同席しても?」

 

多数のKAN-SENや基地運営スタッフが朝食を食べている中、目についたボックス席に座った指揮官の元に一人のKAN-SENが現れた。

長い銀髪に赤い瞳。180cm程ある長身を丈の短いタンクトップとスキニージーンズで包んでいる。

北連最強戦艦と名高い『ソビエツカヤ・ロシア』だ。

 

「ロシア…?あぁ、今は戻ってるんだったな。トーパ王国はどんなだ?」

 

「時折魔物が出現するが…平和だな。各家庭には暖房器具が行き渡り、運河の建設も9割方完了している。だが…」

 

「リーム王国か?何やら不穏な動きをしているようだが…」

 

「うむ。だからこそ、重火力形態でかの国の領海スレスレを航行してきた。」

 

「ふっ…大層驚いただろうな。」

 

そんな他愛の無い話を交わしながらロイヤル式の朝食を完食すると、ソビエツカヤ・ロシアに別れを告げて食堂を後にした。

朝食をとった指揮官が次に向かったのは、演習管理室と呼ばれる部屋だった。

演習海域や演習場で行われている演習をモニターや各種通信機を用いてモニタリング出来る施設だ。

今行われているのは、KAN-SEN『チェイサー』率いる対潜艦隊による対潜戦闘演習のようだ。

 

「チェイサー、陣形が崩れてるぞ。」

 

《あら、指揮官。ごきげんよう。》

 

通信機で呼び掛けた指揮官にチェイサーが応答した。

 

「今、指揮しているのはロデニウス連邦海軍の護衛駆逐艦隊か?」

 

《えぇ、そうなのよ。あの子達ったら潜水艦を探知すると我先に…》

 

「闘争心があるのはいいが…考えなしに突っ込むのはいかんな。座学からやり直しだな。」

 

そうやって3時間ほど演習を視察した後、演習管理室を後にし司令部の建物から出て行くと、バイクに跨がり学園があるマノノ島へと向かう。

学園に到着すると、勉学やクラブ活動に励むKAN-SEN達を見て回る。

その途中、正午になった。

学園の中にある学食で何か食べようか…そんな事を考えていると、中庭に屋台が建っていた。

 

「……アイツらか。」

 

心当たりがあるのか、屋台を覗き込む。

 

「指揮官、いらっしゃい。肉まんでいいわよね?」

 

黒髪を特徴的な形に纏めたKAN-SEN『寧海』と…

 

「あむあむ……」

 

売り物であるはずの肉まんを食べている、茶髪をツインテールにしたKAN-SEN『平海』だった。

 

「勝手な事を…まあ、別にいいが。そういえば、逸仙は?」

 

「ムーの…何とかって人と春節に出掛ける予定がある、って言って色々準備しているみたいよ?」

 

「あむあむ…」

 

「そいつはお熱い事で。」

 

寧海の言葉に満足そうに頷きつつ、肉まんを受け取ると近くのベンチに腰をおろして肉まんを齧る。

食べ終わると、再び一通り学園を見回りして次は隣の島であるアポリマ島へ向かった。

 

「やっほー、指揮官。丁度よかった、報告したい事があったんだよねー」

 

橋を渡って直ぐの所で一人のKAN-SENに出会った。

一部を小さなサイドテールにした長い黒髪の鉄血KAN-SEN『U-73』だった。

 

「おう、どうした?」

「パールネウスについての調査結果なんだけど…地下に大規模な施設が発見されたのは知ってるよね?」

 

「あぁ、相当古い施設…というよりは遺跡のような物らしいな。」

 

バイクを停めると、U-73と共に研究施設へ向かいつつ話を続ける。

 

「そう、遺跡みたいなんだけど…つい最近まで稼働していたみたいなんだよね。」

 

「ほう?」

 

「動力はおそらく魔力…みたいなんだけど、今は魔力が枯渇して停止しているよ。多分、『トラペゾヘドロン』の影響かな?」

 

「何でも、辺りの魔力すら吸い付くして破壊力にするらしいじゃないか。その遺跡の魔力も吸い付くされたんだろう。……で?その遺跡が何なのかは分かったか?」

 

「それなんだけど…驚かないでね?」

 

U-73が真剣な表情で前置きする。

 

「多少の事じゃ驚かん。」

 

「…バイオテクノロジー関連らしいの。」

 

「バイオテクノロジー…品種改良とか遺伝子組み換えの話か?」

 

「そう、民間のバイオテクノロジー企業…『パラソル』の研究員がバイオテクノロジー関連施設とよく似ている、って…」

 

U-73の話を聞いた指揮官は少し考え、チラッと彼女に目を向けた。

 

「パールネウスはアズールレーン駐屯地として自由フィシャヌス帝国から提供されている。今まで通り内密に調査を。」

 

「うん、分かったよ。」

 

そんな話や新技術開発の打ち合わせ等を行い、研究施設を後にする指揮官。

現在、午後5時を回った所だ。

打ち合わせや報告が長引いてしまった。

 

「さて…」

 

今日の夕食は重桜寮に招待されている。

一日中あちこち回っていた為、汗や埃を洗い流す意味でもシャワーを浴びてから出向いた方がいいだろう。

そう考えた指揮官は一旦、司令部に戻ってシャワーを浴びた。

そうして、重桜寮に向かう。

 

「指揮官様、ようこそおいで下さいました。」

 

広大な敷地を持つ木造平屋の重桜寮…まるで温泉旅館のようなその建物の玄関口で赤城が指揮官を出迎えた。

「わざわざすまんな。」

 

「うふふ、指揮官様ぁ~お待ちしておりました~」

 

出迎えてくれた赤城に対して感謝の言葉を口にする指揮官。

しかし、そんな指揮官の背後に大鳳が忍び寄り抱き付いてきた。

 

「あらあら…大鳳何をしているのかしら?」

 

「何って…愛しの指揮官様を私の身体で癒して差し上げているだけですわ~」

 

「…指揮官様、先に行かれて下さいませ。赤城は少し、オジャマ虫を駆除して…」

 

「赤城、大鳳。」

 

一触即発な雰囲気の二人に、冷静沈着そのものな声をかける指揮官。

 

「お前ら二人が遅れると食事の時間が遅くなる。他の奴等を待たせるのは悪いだろう?」

 

デジタル腕時計を人差し指でコツコツと突っつきながら時刻を示す。

時刻は午後7時…夕食にはいい時間だろう。

 

「……そうですわね。和を乱しては後輩への示しがつきませんもの。」

 

「指揮官様がそうおっしゃるのでしたら、大鳳はそれに従いますわ~」

 

なんとかその場を治めた指揮官は、両手に花な状態で重桜寮の大広間へと向かった。

因みにメニューは、スッポン鍋やら鰻やら山芋やら…とにかく何かしらの意図を感じさせるものだった。

 

「よし、また報告が溜まってんなぁ…」

 

色々とあった重桜寮での会食だったが、午後9時には執務室に戻ってくる事が出来た。

 

「あー…ノーザンプトンの改装か…かなり大規模だが…基本はボルチモア級から設計を流用するのか。これは優先的に進めよう。」

 

様々な部署から集まってきた報告や要望。それらを確認しているとあっという間に時間は過ぎる。

 

「……もうこんな時間か。」

 

現在の時刻は午前1時…既に日付を跨いでいる。

仕事もキリのいい所だ。切り上げて睡眠を取る事にしよう。

そう考えた指揮官は私室に向かい横になる事はせず、椅子に座ったまま浅い眠りにつく……

それが指揮官の一日だ。

 

 

──中央暦1640年2月4日午前10時、ロデニウス連邦大統領府──

 

その日、指揮官は大統領府に呼び出されていた。

目の前にはロデニウス連邦大統領カナタと首相アルヴ、副首相ハーク…ロデニウス連邦トップ3勢揃いだ。

そんな三人と指揮官の間にある大統領の執務机の上には二枚の上質な紙が置かれていた。

内一枚は辞令だった。

 

──クリストファー・フレッツァを上級大将へと特進させる。

 

昇進の知らせだった。

上級大将…扱い上では一階級上の元帥と同じ扱いになる、という話だ。

それは別に構わない。出世欲が殆どない指揮官からすれば階級なぞどうでもいい。

問題はもう一枚の方だった。

 

「大統領、これはどういった意味で?」

 

「指揮官殿、そのままの意味だよ。」

 

穏やかな笑みでカナタが答える。

続いてアルヴに目を向ける指揮官。

 

「あんなべっぴんさん揃いなんだ。たまには"楽しめ"ばいいじゃないか。ハッハッハッハッ!」

 

豪快に笑い、何やら意味深な言葉を発するアルヴ。

続いてはハークに目を向けるが…

 

「指揮官殿…貴方は少々…いや、著しく"働き過ぎ"だ。このままでは身体を壊し、最悪、死んでしまう。」

 

そう、彼ら…いや、ロデニウス連邦上層部は指揮官の働きぶりを良く知っていた。

だからこそ、このままだと指揮官が過労死しかねないと判断した。

 

「いえ、心配には及びませんよ。転移前からこんな風に仕事していましたし…」

 

「指揮官殿。」

 

カナタが指揮官の言葉を遮った。

いつも穏やかな表情のカナタだが、今日ばかりは目が笑っていない。

 

「大統領命令ですよ。」

 

「……承知、しました。」

 

──クリストファー・フレッツァ上級大将に一ヶ月の休暇を与える。

 

指揮官はそんな辞令を渋々受け入れる事となった。

 




アズールレーンをやった事がないというそこの君!
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100.人間性を求めよ

100話に到達しました
これからもノリと勢いが続く限り執筆して行きますので、応援よろしくお願いします

どんな風に書くか悩んでたら遅れました
クオリティー低いかもしれません


──中央暦1640年2月10日午前10時、サモア基地マノノ島大講堂──

 

2月も半ばに差し掛かったサモア基地。

そこは、いつも以上に賑わっていた。

それもその筈、先の戦争によりクリスマスと正月の各種イベントが中止となっていた為、その有り余ったエネルギーを春節とバレンタインにぶつけるべく様々な人々が準備に奔走している。

そんな中、静かな…しかし、どこよりも熱い場所があった。

 

「それでは…会議を始めましょう。」

 

多くのKAN-SENが研修やクラブ活動に利用している学園の一角にある大講堂。そこで一人のKAN-SEN…『赤城』が会議の開始を宣言した。

大講堂に集まった数十名のKAN-SEN、その目的はただ一つ。

 

──休暇中、どの陣営あるいは誰が指揮官と過ごすのか

 

その権利を手に入れる為に集まったのだ。

勿論、話し合いではなく武力を用いて決める事も出来るが、そうなれば指揮官に要らぬ業務を押し付けてしまう事になる。

それを避ける為にも話し合いの場が設けられた。

 

「赤城、ちょっといいかしら?」

 

小さな手が挙げられた。

縦ロールの長い金髪に小さな王冠。手にマストを模した錫杖を持った幼さを感じさせるKAN-SEN、『クイーン・エリザベス』だ。

 

「あら…"小さな"女王様、こんな会議に出席するなんて珍しいですわね。」

 

「むっ…小さなって…まぁ、いいわ。」

 

赤城からのジャブを受け流したエリザベスは、席から立ち上がり胸を張って発言した。

 

「休暇中の下僕はロイヤルで預かるわ。」

 

エリザベスの言葉にKAN-SEN達がざわめく。

腹の探り合いの段階で放たれた渾身の右ストレート。怯むのも無理はない。

しかし、そんな中で挙手するKAN-SENが居た。

 

「可愛らしいシニョリーナ。申し訳ないが、意見させてもらうよ。」

 

若草色の長髪に突起の付いた髪飾り。袖口に赤白緑のトリコローレが施された軍服を着用したKAN-SEN、『リットリオ』だ。

 

「あら、何かしら?私の決定に不服でも?」

「あるとも、可愛らしいシニョリーナ。指揮官の母君は我々の同胞…つまりはサディア人らしいじゃないか。せっかくの休暇ならば、母君の料理を味わえる我々サディアに居るべきだと思うのだが?」

 

「サディア料理ならばメイド隊にも作れるわ。それに、メイド隊ならば身の回りの世話まで…」

 

「あら、果たしてそうかしら。」

 

リットリオに反論するエリザベスの言葉を遮るように、穏やかな声が発せられた。

 

「ボウヤに必要なのは無償の"愛"…主従の"奉仕"ではなく、母から与えられる包み込まれるような"愛"ではないかしら?」

 

濡れ羽色の長髪に、漆黒のドレスのような軍服を着用したKAN-SEN『フリードリヒ・デア・グローセ』だ。

 

「ボウヤはいつも頑張っているもの。たまには甘えさせてもいいんじゃないかしら?」

 

「確かに、グローセさんの言う通りかもしれませんね~」

 

グローセの言葉に同意したのは、サモア基地古参KAN-SENの一人『ヴェスタル』だった。

 

「指揮官は自分が無理している事に気付いてませんからね~。人の温もりを通じて"人"として大切なモノを取り戻して欲しいので…昔から付き合いのあるユニオンで預かりますね。」

 

「ヴェスタル、少し待ってもらおうか。」

 

挙手しながらヴェスタルに反論したのは『サン・ルイ』だった。

 

「如何に休暇と言えど指揮官の護衛は必要だろう。そして、休暇中に安心して過ごせるように昔馴染みが護衛に当たるのがいい。それを踏まえれば…私が、延いてはアイリス・ヴィシアで身柄を預かるのが道理ではないか?」

 

そう、実はサン・ルイはサモア基地古参の一人である。

彼女は当初こそ指揮官の事を軽蔑していたが、交流を重ねる内に友好的に…というよりは恋一歩手前の感情を抱いていた。

 

「あら、何時もは仲裁仲裁言っている割には欲を出してきたわね?それとも…それが聖教騎士とやらのやり方かしら?」

 

「……私は合理的に考えた事を口にしただけだ。」

 

赤城の言葉に冷静に返すサン・ルイだったが、その額には冷や汗が浮かんでいる。

我欲の混ざった発言をしてしまった事に対して多少なりとも罪悪感を覚えているのだろう。

 

「私としては…指揮官様へのお礼も兼ねて是非、我らが重桜が全力で"おもてなし"を致したいと思っていますわ。うふふふ…」

 

赤城が袖で口元を隠して妖艶な笑みを浮かべる。

 

「そのお礼って…天城救出の件についてかい?」

 

「指揮官さんは~別に気にしてないと思うの~」

 

赤城の言葉にツッコミを入れたのは『ノーザンプトン』と『ロングアイランド』だった。

二人は指揮官がどのような休暇を過ごすかについては興味は無いが、会議が妙な方向に進んで要らぬ混乱を生み出してしまう事を防ぐ為に監督役として参加しているのだ。

 

「そうだとしても、お礼をしなければ重桜としての面子が立ちませんわ。」

 

「強情なの~」

 

どうしても譲歩するつもりはなさそうな赤城の態度を見て、机に突っ伏すロングアイランド。

そんなロングアイランドを一瞥したノーザンプトンは、ふむ…と少し考え込む。

 

「休暇は一ヶ月もあるんだから、4~5日間ずつ分けたらどうだい?それなら、平等になるだろうし…」

 

「確かに…」

「まあ、先任であるノーザンプトンが言うのであれば…」

「この辺りで妥協すべきでは?」

 

ノーザンプトンの提案に渋々ながら同意するKAN-SEN達。

彼女達も無闇な争いをするよりも、適当な着地点で妥協する方がいいと判断したのだろう。

 

「よし、それじゃあその方向で調整…」

 

全員が納得したと判断したノーザンプトンが締め括ろうとした瞬間だった。

 

──ドンドンッ!

 

大講堂の扉が激しくノックされた。

 

「……どうぞ。」

 

誰が来たのだろうか?

そう思いながらノーザンプトンが入室の許可を出す。

 

「失礼しますよぉ!」

 

大講堂に勢い良く入って来たのは、鉄血の名物科学者ドクだった。

何やら興奮した様子でタブレット端末を抱えている。

 

「ドク~ずいぶん慌ててるみたいなの~」

 

机の上でダラッと溶けていたロングアイランドが、ドクに向かって長い袖をヒラヒラと振る。

 

「あぁ、ロングアイランド殿。ごきげんよう……ではなく!これをご覧あれ!」

 

何時もよりテンション高めに言いながら、タブレット端末を大講堂に設置されている大型モニターに接続する。

タブレット端末の画面が表示されたのを確認すると、動画ファイルをタップして再生する。

 

《あぁ…あぁ…ワたシが無くナる…溶けル…ココロが……アァ…あァ…赦シテくれ…》

 

《おやおや、指揮官殿はより濃度の高い物を摂取しているのですがね…意外と早く壊れましたね。》

 

《タエられナい…あはハは…うぅぅウ…ワタシは…ワタシは…アァ…こロしてくれ…私が…ナクなル…アァ…》

 

《まあ、良いでしょう。貴重なデータが取れました。んん~、いいですねぇ…》

 

手術台に縛り付けられた人物…おそらく女性とドクのやり取りが記録された動画だった。

どう考えても違法な非人道的実験の有り様であるが、今更言及するような事はしない。

 

「実に有意義な実験が出来ましたよ。」

 

ニィ…、と口角を吊り上げて笑みを浮かべるドク。

そんなドクに対し、ノーザンプトンが質問した。

 

「で、そんな事を報告する為に来たのかい?」

 

「勿論違いますよ!」

 

ドヤ顔で白衣のポケットから薬のアンプルを取り出すドク。

そのアンプルには『Human nature』と書かれたラベルが張り付けられていた。

 

「指揮官殿が服用している『ジーニアス・メーカー』の中和剤…その名も『ヒューマン・ネイチャー』です!」

 

「おぉ~本当に出来たんだ~」

 

ドヤ顔で胸を張るドクに向かってパチパチと手を叩くロングアイランド。

しかし、他のKAN-SEN達には正に福音でった。

あの人として何か大切な物が欠落している指揮官が普通になれるかもしれないのだ。

 

「ですが…この『ヒューマン・ネイチャー』は点滴のように時間をかけて少しずつ投与する必要があります。その期間はおよそ3週間と少し…およそ25日間程かける必要が…」

 

説明していたドクだったが、言葉が詰まった。

それもその筈、指揮官の休暇期間の内、投薬期間を除いた5日間の争奪戦が始まろうとしていたからだ。

KAN-SEN達から漂う闘争心に当てられたドクは、冷や汗を垂らしながら大講堂を後にする事しか出来なかった。

 




活動報告にアンケートがありますので、良ければ回答をお願いします


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101.異界の恋 暫しの眠り

ARIAHALO様より評価8を頂きました!

なぜアズレンは変な時期に水着を実装するんでしょうね
あぁ、土佐の水着は勿論買いましたが何か?


──中央暦1640年2月14日午後1時、サモア基地トゥトゥイラ島東煌街──

 

サモア基地の中でも民間用地が多いトゥトゥイラ島。

そこは空前絶後の賑わいを見せていた。

先の戦争により中止となってしまったクリスマスと正月の鬱憤を晴らすかのように先勝祝いと春節、ついでにバレンタインデーの祭りが開催されているのだ。

 

──ジャーン!ジャーン!ジャーン!パパパパパパパンッ!

 

そんなトゥトゥイラ島の中でも一際賑わっているのが東煌街である。

街並みには銅鑼や爆竹の音が鳴り響き、メインストリートでは着飾った人々が演舞を披露し、そんな人々の間を縫うように東洋の龍を模した張子…龍舞が多数の演者に操られアクロバティックな動きを見せる。

通り沿いには多くの屋台がひしめき合い、揚げ菓子や包子の匂いを漂わせている。

また、街並みには提灯や上下逆さまになった"福"の文字が描かれた幟やタペストリーが飾られており、非日常感を加速させている。

流石は春節の本場東煌、気合いの入れ方が違う。

 

「うわっ…ちょっ…す、すみません!通ります!通ります!」

 

そんな人混みの中を泳ぐように掻き分ける一人の若者が居た。

ムーからの留学生にして、かの国の戦術士官ラッサンである。

 

「ふぅ…すごい人混みだ…ムーの建国祭よりも賑わっているぞ…」

 

人の波を掻き分け、どうにか広場まで辿り着くと一息ついて辺りを見回す。

なぜ彼がここに居るのか…それは他でもない、『逸仙』からお誘いがあった為だ。

 

「あぁ…でもなぁ…女性の方からお誘いを受けるなんて…男としての威厳がなぁ…」

 

ラッサンは若干、後悔していた。

意中の女性を男らしくリードする…そんな事を望んでいたのだが、実際の所彼は女性とあまり接した事が無い。

故にどのように誘うか思い悩み、ズルズルと引き延ばしていた結果、逸仙の方からお誘いの言葉を掛けられてしまった。

 

(男としての威厳が…いや、待てよ…)

 

ふと、今朝の事を思い出した。

それは、彼の同期である技術士官マイラスと平行世界のムーで建造された戦艦のKAN-SEN、『ラ・ツマサ』とのやり取りだった。

 

──「それじゃあ、ラッサン。私は主と一緒にサディア街に行くから邪魔しないでね。」

 

──「は、ははは…えっと…頑張れよ。」

 

がっちりと手を繋いだラ・ツマサとマイラス…何故かツヤツヤとしたラ・ツマサと、ややげっそりしたマイラスの姿は鮮明に目に浮かぶ。

 

(もしかして…KAN-SENって"肉食系"って奴なのか…?)

 

「ラッサンさーん。こちらですよー。」

 

ラッサンがそんな考察をしていると、人混みの中から彼を呼ぶ声が聴こえた。

バッ、と声のした方に首を振り目を皿のようにして声の主を探す。

人混みの中、簡単には見付からないだろうと思ったが、意外にもすんなり発見する事が出来た。

切り揃えられた長い黒髪に、青い花の刺繍が施された白いチャイナ服。その手にトレードマークである青い日傘を持っている。間違い無い。

 

「逸仙さん!」

 

「合流出来て良かったです。例年より人が多くて…少し、想定が甘かったですね。」

 

「あぁ…何時もより多いんですか…凄い人混みで目が回りそうですよ、ははは…」

 

困ったように、しかしながら上品な微笑みを浮かべる逸仙と苦笑いを浮かべるラッサン。

 

「おっと、ごめんよ。」

 

その時、荷物を抱えた男が逸仙の肩にぶつかった。

 

「きゃっ!」

 

「逸仙さん!」

 

よろめく逸仙、思わず彼女を支えようと腕を伸ばすラッサン。

 

──ポスッ…

 

「悪い悪い、急いでるんだ!」

 

謝罪もそこそこに立ち去る男。

本来なら抗議の一つもしたいものだが、生憎ラッサンにはそんな余裕が無かった。

それも無理は無い。予想外に大きくよろめいてしまった逸仙は、差し伸べられたラッサンの腕の間をすり抜け、彼の体へともたれかかる形となってしまった。

その上、自らの体に何かがぶつかるという状況から反射的に肘を曲げて防御体勢を取ってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

まるで逸仙を抱き締めているようになってしまったラッサン。

フリーズしてしまう二人。

世界に自分達以外誰も居ないような静寂に包まれる。

しかし、ここは天下の往来。逢瀬を楽しむ二人が居れば、冷やかしたくなるものだ。

 

「ヒュー…大胆だねぇ。」

「あれは…KAN-SENの逸仙さんじゃないか。あんなべっぴんさんを射止めるなんて…やるじゃない!」

「ママー、あの人の顔真っ赤だよー」

「こら、邪魔しちゃいけませんよ!」

 

道行く人々が二人に冷やかしの言葉を掛ける。

その言葉にようやく状況が飲み込めたのか、ぎこちなくゆっくり離れる二人。

 

「あ…えっと…すみません…」

 

「い、いえ…ありがとうございます…」

 

激しく動悸する心臓により熱い血液が全身を駆け巡り、あっという間に体温が上昇する。

顔が熱い、まるで茹でられたタコのように顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

その事に対し更に羞恥を覚えて、更に真っ赤になるラッサン。

 

(あぁ…こんなの、まるで子供じゃないか!こんな顔、逸仙さんに見られたら笑われてしまう…!)

 

自らの恥ずかしい赤面を見られていないか、チラッと逸仙の方に目を向ける。

しかし、彼女の表情を窺う事は出来なかった。

 

「さ、さあ行きましょう。向こうの方で雑技団の演舞があるんですよ。」

 

俯いたままラッサンの手を取り、歩き出す逸仙。

手を引かれ、つんのめりながらも彼女について行くラッサンの目に映ったのは、黒髪の合間から覗く真っ赤になった逸仙の耳であった。

 

その夜、滞在するマンションに戻ってきたラッサンの手には甘い香りのするラッピングされた箱があったという。

 

 

──同日午後8時、サモア基地秘匿ラボ──

 

サモア基地秘匿ラボの地上部分にある灯台のレンズ部分、その周囲に設置されたキャットウォークに二つの人影があった。

 

「成る程…つまり、俺が見付けた電子キーは『人類技術保全情報群』の解除キーだったと?」

 

「そうだにゃ。沢山の軍事技術がアンロックされたから、新兵器の開発が出来るようになったにゃ。」

 

その二つの人影とは、指揮官と『明石』だった。

 

「機械動力式のガトリング砲に、高出力ジェットエンジンと超音速機…純粋な科学技術による誘導弾…ピュリっちにも協力してもらってるもけど、結構手こずってるにゃ。」

 

「成る程な…俺もチラッと見たが、赤外線誘導だとかアフターバーナーだとか…いまいちよく分からん。手こずっても仕方ない。」

 

「そう言ってもらえると気が楽だにゃ~」

 

──ガチャ

 

そんな話をしていた指揮官と明石だったが、不意に灯台内部とキャットウォークを繋ぐ扉が開いた。

 

「おぉっ、指揮官殿。準備が整いましたので、お迎えにあがりましたよ。」

 

開いた扉から出てきたのはドクだった。

 

「あぁ、そうか。……それじゃあ、明石。俺の休暇が終わる迄には、試作品ぐらいは完成させておけ。」

 

「にゃ!?」

 

「お前と夕張に専用ラボを与えたのは、怪しげな媚薬やらを作らせる為じゃないぞ。ラボを物置にされたくなきゃ、成果を出せ。」

 

「き、鬼畜だにゃ…」

 

シュン…と猫耳を萎れさせる明石を尻目にドクに歩み寄る指揮官。

 

「それじゃあ、案内を頼む。」

 

「えぇ、承知しました。」

 

ドクに先導されて灯台内部に取り付けられている螺旋階段を下って行く。

 

──カンッカンッカンッカンッ……

 

遥か下方に広がる深淵に向かって鉄製の階段をひたすら下る。

 

「まさか本当に出来るとは思わなかったぞ、ドク。しかも、こんな短期間で…」

 

「えぇ、えぇ。指揮官殿が新鮮な被験体を与えて下さったからですよ。そして、睡眠も休日も返上して開発に挑んでいましたからねぇ!」

 

徹夜続きだったからだろうか。

ドクの目元には濃いクマが出来ており、若干ふらついている。

 

「無理は良くないぞ。お前の才能は惜しいからな。」

 

「いえいえ、指揮官殿の命が懸かっているともなれば無理の一つや二つ、覚悟の上ですよ!鉄血から追放された我々を受け入れて下さった恩義…今こそ報いるべきではありませんか!」

 

「別に恩を売る為にやった訳じゃない。上手い事生きていく為には汚い手だって使うべきなのさ。」

 

「それでも我々にとっては大恩ですよ。」

 

そんな話をしていると、灯台の地下にある秘匿ラボへとたどり着いた。

 

「なんじゃこりゃ、カプセルか?」

 

指揮官とドクの前にあったのは、幾つもの装置が取り付けられた円筒形の強化ガラスだった。

まるでB級映画に出てくるエイリアンの培養槽のようだ。

 

「はい、この装置の中に入って頂きます。」

 

「点滴みたいな物だと思っていたんだが…なかなか大事だな。」

 

半ば呆れたように呟く指揮官に頷きながらドクがカプセルの側に寄って作業し始める。

 

「指揮官殿が摂取している『ジーニアス・メーカー』はかなり強烈な薬剤ですからね…全身を中和剤である『ヒューマン・ネイチャー』に浸して身体の内外から投与しなければ完全に中和しきれません。」

 

「って事は、3週間入りっぱなしか?飢え死にするだろ。」

 

「ご心配なく!このために特殊栄養剤を開発致しました!これを血管に投与する事で各種栄養素とカロリーを補えます!……さあ、用意できましたよ。服を全て脱いで下さい。」

 

「…全部?素っ裸って事か?」

 

ドクが力強く頷くのを見ると肩を竦めて服を脱ぎ始める。

 

「あぁ、そう言えば…その身体の傷はどう致しましょう?ついでに再生医療で消せますが…」

 

ドクの言う通り、指揮官の身体には幾つもの傷が刻まれていた。

電撃による火傷や弾痕、刺し傷や切り傷…それらは皮膚に施されたタトゥーを歪めてしまっている。

 

「いや、いい。勲章みたいなもんだ。」

 

「畏まりました、仰せのままに。」

 

仰々しく頭を下げるドクを背にカプセルに潜り込む指揮官。

 

──ウィィィィィン……

 

微かな機械音と共にカプセル内に搭載された細いアームが伸び、先端に取り付けられた針を指揮官の腕や脚に突き刺す。

 

「酸素等も血管から直接送り込むのでご心配なく。……では、薬剤の注入を開始します。約3週間後にお会いしましょう。」

 

「あぁ…」

 

ドクが端末を操作すると、カプセル内部に赤い血のような液体が注入され始める。

 

「ゆっくり…寝るのは……久しぶりだな…」

 

血管に流し込まれる栄養剤に睡眠薬でも入っているのだろう。

激しい…しかし、心地よい眠気に襲われた指揮官は抵抗する事無く深い眠りに堕ちて行った。




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102.水面下の騒動

もうセミが鳴き出す季節になりましたね
暑くなればウィルスも死滅するとか言いますが果たして…


──中央暦1640年2月20日午前7時、ロデニウス大陸南方海域──

 

ロデニウス大陸旧クイラ王国の南方に広がる海域、その海中に巨大な影があった。

全長100m以上もあるそれは、明らかに鯨等ではない。

 

「よし、もうじきロデニウス連邦なる蛮国の領域だ。潜望鏡深度まで浮上、潜望鏡による海上偵察を開始する。」

 

その影は潜水艦…遥か西方にて周辺国を荒らし回っている『グラ・バルカス帝国』の潜水艦、『ミラ』である。

かの国で『シータス級潜水艦』と呼ばれているその艦は、重桜の『伊400型潜水艦』に酷似している。

ムー大陸よりも西方にあるグラ・バルカス帝国の潜水艦が何故、遥か東方にあるロデニウス大陸周辺で潜航しているのか。

その理由は彼らに課せられた任務にあった。

 

「しかし、前世界…『ユクド』では戦艦すら屠ってきた我々が運び屋紛いの事をするなんて…少々、不満ですな。」

 

そうため息混じりに発言したのは、ミラの副長であった。

しかし、それに対して艦長は苦笑しながら応えた。

 

「仕方ない、この世界の海上戦力は木造船…唯一、脅威となりそうなムーでさえも我々から見れば時代遅れの艦ばかりだ。潜水艦は過剰戦力だからな…まあ、隠密性を活かした偵察も潜水艦の仕事だからな。今は任務を遂行する事に集中しよう。」

 

そう、彼らの任務はロデニウス連邦に対する偵察と監視拠点の設営であった。

その為、ミラの艦内には様々な資材が詰め込まれている。

 

「潜望鏡深度に到達しました。」

 

操舵手がそう言うと、艦長は潜望鏡を操作してレンズを覗き込んだ。

 

「さて…何かあるか…」

 

レンズ越しに見えるのは、青い海と少々雲が浮かんだ青い空…遠くの空に黒い点が幾つか見える。

 

「あれは…鳥…いや、ワイバーンか?」

 

黒い点はバラバラに動いており、何らかの飛行物体であるという事が分かる。

 

「やはり、我々と同じく列強国を打ち倒したと言っても所詮は蛮国か…やはり、ワイバーンが主力か……?」

 

どこかガッカリしたように呟く艦長だったが、何か違和感を覚えた。

その黒い点は時折、太陽光を反射してキラキラと輝いている。

しかも、その動きはワイバーンとは違うように見える。

潜望鏡を操作して少しずつ拡大させてゆく。

 

「……なっ!ば、馬鹿な!?」

 

目を見開き、驚愕を口にする艦長。それに、乗組員が肩を跳ねさせて驚く。

 

「艦長?如何なされ…」

 

怪訝そうな表情で艦長に問いかける副長。

それに対し、艦長は目頭を押さえて潜望鏡を指差した。

 

「一体何が……?」

 

潜水艦内という極限状態で指揮をとり続ける艦長が驚愕を露にしている。

その事に、若干の恐怖を感じながら潜望鏡を覗く。

 

「なっ……あ、あれは…!」

 

潜望鏡を覗き込んだ瞬間、副長の口から驚愕の言葉が飛び出る。

 

「航空機だと!?しかも、あれは『アンタレス』!?」

 

そう、艦長と副長が見たのは空を舞う多数の航空機…グラ・バルカス帝国の主力戦闘機アンタレスに酷似した航空機だった。

 

「な、なんだ…?あれは、戦闘しているのか?」

 

副長がアンタレスのような航空機に目を奪われていると、上空から濃紺のずんぐりした航空機が急降下してきた。

濃紺の航空機の翼が数度瞬いたかと思うと、アンタレスのような航空機が火と黒煙を噴いて急激に高度を下げてゆく。

おそらく撃墜されたのだろう。

しかし、アンタレスのような航空機も負けてはいない。

濃紺の航空機からの急降下攻撃を避けた機体は、まるで曲芸飛行のような機動で濃紺の航空機に機首を向けると、一瞬の隙を突いて翼を瞬かせ濃紺の航空機を撃墜してしまう。

 

「ば、馬鹿な…こんな辺境の地で、こんな大規模の空戦が行われているなんて…」

 

「あ…ありえん…」

 

共に驚愕する艦長と副長。

それも無理は無い。

現状、脅威となりそうなムーの主力戦闘機は時代遅れの複葉機であり、ムーの上を行く神聖ミリシアル帝国の戦闘機はアンタレスより遅いと諜報員から聞いている。

そうであれば、グラ・バルカス帝国がこの世界を征服するなぞ容易い事…全帝国軍人はそんな考えを抱いていた。

しかし、少なくとも二人はそんな考えを改めざる負えなかった。

アンタレスのような航空機に、それを撃墜出来るだけの航空機が存在する。

つまり、この周辺にはグラ・バルカス帝国に匹敵するであろう国家が二か国はあるという事になる。

 

「どちらがロデニウス連邦の戦闘機だ?アンタレス擬きか、それとも濃紺の機体か?」

 

どうにか落ち着いて再び潜望鏡を覗き込む艦長。

しかし、想定外の事態であるため脳内は混乱の中にあった。

ロデニウス連邦の他にもう一国、脅威となりえる国家が存在する…これは由々しき事態だ。

転移してから勝ち戦続きだったグラ・バルカス帝国は、はっきり言って慢心している。

そんな帝国が、同レベルの技術を持つ国家と戦ったとして今まで通り易々と勝てるだろうか。

勝てたとしても無傷では済まないだろう。

 

「不味いな…下手をすればロデニウス連邦と不明国の二か国を敵に回してしまう…」

 

「しかし、どちらかを味方に引き込む事が出来れば…」

 

艦長と副長が額に冷や汗を滲ませながら話し合っていた瞬間だった。

 

──ガゴンッ!ギィィィィィ…ギィィィィィ…

 

「うわぁぁぁ!」

「なっ、なんだ!?」

「あぁっ!クソッ、頭打った!」

 

艦内が大きく揺れ、乗組員や搭載物が転がった。

それは、艦長と副長も例外ではない。

まるで、急ブレーキが掛けられた列車に乗っているかのように前につんのめり床を転がった。

 

「あぐっ…ど、どうした!?」

 

「まさか、暗礁に乗り上げたか!?」

 

艦長は潜望鏡に目をぶつけたのか片目を押さえ、副長は擦りむいた額から血を滲ませながら各部署に問いかけた。

 

「各部、異常無し!」

「水圧、油圧、気圧共に異常無し!」

「バラストタンクにも異常はありません!」

 

「一体何が…?」

 

「か、艦長…」

 

「どうした、副長。」

 

何が起きたか必死に考える艦長。

そんな艦長に、副長が青ざめた顔で話し掛けてきた。

 

「う…後ろに…進んでませんか?」

 

「何…?」

 

一旦、思考を止めて神経を集中させる。

すると体が僅かに後ろに引っ張られるような感覚がある。

 

「おい、後進の指示をした覚えはないぞ!」

 

艦内電話で機関室に怒鳴る艦長だったが、機関室に詰めている機関士からは狼狽えたようや声が返ってきた。

 

《い、いえ!機関は微速前進のままです!》

 

「な、何が起きて…何だ、この匂い…?」

 

機関士からの言葉に更なる混乱に陥る艦長。

だからだろうか、鼻を突く匂いに漸く気付いた。

 

「まさか…ガソリ…ン…」

 

シータス級潜水艦には3機の水上機『特殊攻撃機アクルックス』が搭載されている。

監視拠点建造の為に資材を積み込んだミラには1機しか搭載されていないものの、燃料であるガソリンは3機分が搭載されていた。

おそらくは先ほどの衝撃でガソリンタンク自体か、配管が破損したのだろう。

気化したガソリンが艦内に充満してしまっていた。

 

「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!」

「はっ…はっ…はっ…」

「目が…目が痛い…」

 

空調により気化したガソリンが艦内にあっという間に充満し、乗組員がバタバタと苦しみながら倒れる。

艦長はその光景を霞んだ視界で捉えながら、小さな呻きのような言葉を紡ぐしか出来なかった。

 

「こ…こんな…辺境の海で…終わ…」

 

暗闇に沈み行く艦長の意識。

それが、艦長の最期であった。

 

 

──同日、ロデニウス大陸南方海域──

 

「やっぱり、伊400じゃないわよ。似てるけど、あの娘はまだ眠っているもの。」

 

生命反応が無くなったミラの船体をペチペチと叩く小さな手。

薄墨色のツインテールに赤い瞳、白いスク水のKAN-SEN『伊168』だ。

 

「ん~…やっぱり人違いか~。でも、だとしたらどこの潜水艦?」

 

首を傾げて考えるのは、水色の髪に特徴的な角を持ったKAN-SEN『伊13』だ。

 

「ユニオンや鉄血…ロイヤルでも無いわね…それにしても本当に伊400に似ているわ。」

 

伊168と伊13は哨戒任務中に謎の潜水艦を発見、その外見から彼女達の仲間である伊400と思って接近したのだが、話し掛けても応答しないため二人がかりで後方に思い切り引っ張ったのだ。

これが、ミラを襲った衝撃の正体である。

 

「とりあえず、基地に持って帰る?何処の国の潜水艦にしても、指揮官が上手く誤魔化してくれるよ~」

「そうね…直ぐ近くで大鳳とイラストリアスが指揮官の休暇争奪戦をやってるから、巻き込まれない内に曳航しちゃいましょう。」

 

ゆっくりと、鉄の巨体を曳航してゆく二人のKAN-SEN。

それは、ロデニウス連邦とアズールレーンに多大なる恩恵を与える事になった。

 




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103.新たな一歩

最近、胸部装甲の厚い駆逐艦が出ても動じなくなりました

あ、タルテュの水着買いました


──中央暦1640年2月24日午後2時、自由フィシャヌス帝国首都エストシラント──

 

『パーパルディア皇国解体戦争』より凡そ二ヶ月…パーパルディア皇国の後継国家である『自由フィシャヌス帝国』は徐々に都市機能を復旧させていた。

 

「カイオス首相、皇家所有の土地ですが建物や設備の撤去に手間取っています。農地転用には少々時間がかかるかと…」

 

そんな自由フィシャヌス帝国の首都エストシラントの外れにある小さな館…かつてファルミールが幽閉されていた館では、政権運営に関わる様々な業務が行われていた。

 

「それに関してはロデニウス連邦より中古の重機…作業用機材と作業員が送られてくる。それを活用すれば、10倍以上の速度で作業を行える。それまでは、援助された食糧で食い繋ぐしかあるまい。」

 

そんな館の一室で話していたのは、現政権トップである首相のカイオスと、旧政権で農務局長を勤めていたテモンだった。

 

「今は辛抱する時ですな…私も、ロデニウス連邦の農業改革を学ばねば…」

 

「すまんな、病み上がりだというのに激務を押し付けてしまって。」

 

「いえいえ。処刑や公職追放にもならず、それどころか再び農務局長として働ける事は何よりもありがたい事です。寛大な処置をして頂いた恩に報いませんと…」

 

そう、テモンは旧政権から引き続き農務局長の席を与えられていた。

そして、それはテモンだけではない。

現政権の中には旧政権の要職に就いていた者も少なくない。

と言うのも、旧政権に関わる人物を迫害すれば彼らが反政府ゲリラ等になってしまう可能性が非常に高い。

そうなってしまうと、アズールレーンの介入により再び戦禍に飲まれてしまい、多くの人命が失われてしまうだろう。

それを避ける為にも、旧政権の中から政権運営に関わらせても問題無いであろう人物を選んで採用しているのだ。

そんな人物の中でもテモンや旧皇軍総司令官アルデ、旧経済担当局長ムーリは戦争終盤、過労やストレスで寝込んでいた間に色々と考えを改めたらしく今では新政権運営に全面協力している。

 

「まあ、あまり無理はしてくれるな。先の戦争では多くの人材が失われた…これ以上、政治に関われる者を失うのは痛いからな。」

 

「お気遣い感謝致します。」

 

カイオスがテモンに労いの言葉をかけると、彼は軽く頭を下げて応えた。

 

──コンコンッ

 

すると、部屋の扉がノックされた。

 

「入れ。」

 

「失礼します。」

 

カイオスから入室許可を得て入って来たのは、旧経済担当局長ムーリだった。

現在は復興担当局長という新たな職務を与えられている。

 

「現在、解体準備が進んでいるパラディス城の跡地活用の計画書をお持ちしました。」

 

そう言ってムーリがカイオスに差し出したのは、ロデニウス連邦から輸入した紙に書かれた事業計画書だった。

それを受け取ったカイオスは、計画書をパラパラと捲って内容を斜め読みする。

 

「ふむ…パラディス城跡地は戦死者慰霊碑を建立し、広場にすると…」

 

「はい。先の戦争…延いては旧政権の過ちを反省する為の象徴としての石碑、更には様々な集会の会場や災害時の避難所となる広場を備える事となります。加えて、解体したパラディス城の建材は砕いて様々な形で再利用します。」

 

エストシラントの象徴であったパラディス城。

そこは、アズールレーンの部隊が踏み込んだ事で多数の戦死者が発生した。

そんな血生臭い城をそのままの形で利用する事は憚られた為、解体する事となったのだ。

 

「港湾施設の復旧にも多数の建材が必要ですからな。パラディス城の石材を再利用すれば、石切場からわざわざ持って来なくて済みます。」

 

ムーリの案に、テモンが頷いて同意する。

 

「うむ。これならば有効活用出来るだろう。早速、必要な機材や人員を算出してくれ。」

 

「お任せ下さい。これほどの事業なら、失業者を多数雇用する事が出来るでしょう。」

 

「頼むぞ。経済を復興させなければ、この国は再び混乱に陥ってしまうからな。」

 

真剣な表情でムーリとテモンを激励するカイオス。

 

「お任せを、全身全霊で取り組みますので。」

 

「信頼に足る働きをしませんとな。」

 

それに対し二人は、力強く頷いた。

 

 

──同日、自由フィシャヌス帝国皇帝居室──

 

カイオス達が政権運営の為に尽力している館のとある一室。そこは、自由フィシャヌス帝国皇帝ファルミールの居室となっていた。

質素ながら品の良い調度品が設置されたその部屋は、とにかく豪華さを求めた旧パーパルディア皇族とは明らかに違った趣がある。

 

「本日はご足労頂き、ありがとうございます。」

 

シンプルなデザインのソファーに座り、握手の為に手を差し出すのは居室の主にして皇帝ファルミールだ。

 

「いえいえ。お忙しい中、対応して頂き誠に感謝致します。」

 

差し出された彼女の手を握るのはムーの外交官ムーゲだ。

先の戦争時にはロデニウス連邦に避難していた彼だが、戦争終結に伴いエストシラントに戻って来たのだ。

 

「再びこの地に来て頂けるとは思いませんでした。ありがとうございます。」

 

続いて深々と頭を下げつつ彼に手を差し出したのは、旧第一外務局長であり現外務大臣であるエルトだった。

彼女がこんな態度を取っているのには訳がある。

今回、ムーゲが訪れた理由は大使館再開の挨拶であるからだ。

ムーゲの祖国であるムーは世界第二位の列強国であり、誰もが認める大国である。

それ故、面子を維持する為にどこの馬の骨とも知らない国に大使館を置く事はしない。

そんなムーが大使館を再開した…つまり、自由フィシャヌス帝国は少なくともムーから認められた国家である、という事だ。

 

「我が国としても戦後間もない国家に大使館を置く事は異例なのですが…」

 

エルトの手を握りながら会釈するムーゲ。

 

「しかし、アズールレーンの治安維持部隊が駐留するという事なので大使館を再開させる事に致しました。何よりも、貴国は非常に魅力的な市場となるでしょう。お互いに良い関係を築き、共に繁栄しようではありませんか。」

 

ムーゲの言葉は耳当りのよいものだが、本音はムーの利益を求めるものだ。

実際のところムーはロデニウス連邦から来る優れた工業製品により、無視出来ない程の貿易赤字が出始めている。

ライセンス生産等が行える大企業ならまだしも、このままでは中小企業の倒産が発生する可能性がある。

そうなれば新たな市場を開拓する必要がある…そんな中で現れたのが、第三文明圏最大の勢力を持つ自由フィシャヌス帝国だ。

経済的に不安定ではあるが、将来性は十分に見込める。何よりも、皇帝ファルミールはロデニウス連邦での生活により科学技術に理解がある。

つまりそれは、ムーの製品を売り捌ける可能性が高いという事だ。

 

「はい。我が国は歩き出したばかりの赤子のような国ですが…いつかは、貴国や神聖ミリシアル帝国…そして、ロデニウス連邦のような一流国となれるように努力致します。」

 

穏やかな笑みを浮かべつつも、自信に満ちた様子で宣言するファルミール。

それを見たムーゲは頷き、応えた。

 

「これは個人的な見解ですが…貴女のようなお方が導かれるのであれば、この国は再び列強国となれるでしょう。その日を楽しみにしていますよ。」

 

上品に微笑むファルミールと、嬉しさを隠しきれない笑顔を浮かべるエルト。

それに対しムーゲは、何処か楽しそうな笑みを見せた。

 

それから遠くない未来。

自由フィシャヌス帝国は世界屈指の大国として名を轟かせる事となった。

中でも、初代皇帝ファルミールと初代首相カイオスの名は後世まで語られる事となるのであった。

 




そろそろ新アイリスイベントですかね?
リシュリューやジャンヌダルク、楽しみです


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104.朝日と共に

アイリスイベントが常設化したので、138mm砲を掘る日々が始まります


──中央暦1640年3月7日午前7時、サモア基地重桜寮──

 

サモア基地ウポル島母港内にある重桜寮。

その一室は、柱に使われているヒノキと畳に使われているイグサの爽やかな香りが漂い、障子を通して射し込む朝日によって柔らかな光に包まれていた。

そんな部屋の中央には布団が敷かれており、その布団には一人の男…指揮官が横たわっていた。

 

「ぅ……ぁ……」

 

ゆっくりと目を開ける。

天井の木目が視界に映る。

何故自分がここに居るのか…それを確かめる為に、上体を起こす。

今、自分が来ているのは重桜人が着ている着物のような物…浴衣だ。

霞がかったように、ぼんやりする頭でどうにか状況を把握しようと辺りを見回す。

枕元にガラス製の水差しとコップが置かれていた。

 

「丁度いい…」

 

コップを使う事なく、水差しに直接口を付けて水を飲む。

乾いた口内が、喉が、細胞が水分を得た事で歓喜しているようだ。

 

「全く…いつの間にここに…」

 

体に十分な水分が行き渡った事により、やっと意識がはっきりしてきた。

建物の造りからして、ここは重桜寮…最後の記憶は、秘匿ラボのカプセルの中で眠りについたところだった筈だ。

 

「すー…すー…」

 

指揮官が考え込んでいると、部屋の角から穏やかな寝息が聴こえてきた。

寝息のする方に目を向けると、正座している人影が見えた。

紫がかった茶髪に羊のような角、ノースリーブの白い軍服を着たKAN-SEN『駿河』である。

 

「…駿河。」

 

「すー…すー…」

 

声を掛けてみたが、駿河の目が開く気配は無い。

それを見た指揮官は、肩を竦めると気だるい体を引き摺るようにして四つん這いの状態で彼女に接近する。

 

「すー…すー…」

 

目を閉じたままの端正な顔を至近距離から覗き込むと、スッと僅かに息を吸い込み…

 

「駿河っ!」

 

「うひゃぁぁぁぁあ!?し、指揮官!?」

 

至近距離から放たれた呼び声に驚く駿河。

彼女はそのまま飛び上がるように立ち上がると、勢い良く後ろに下がり壁に背中を打ち付けてしまう。

 

──バンッ!

 

「はうっ!っっ~…!」

 

強かに背中を打ち付けてしまった駿河は、膝から崩れ落ちてしまう。

その瞬間、彼女の頭から何が落ちてきた。

 

「ははは…三週間ぶりぐらいか?お前は相変わらずだな。」

 

「お、起きたなら言って下さいよ…」

 

「声は掛けたが…起きなかったじゃないか。文字通り"狸寝入り"かと思ったが…本当に寝ていたようだな。」

 

愉快そうに笑いながら、駿河の足下の畳に落ちた物を拾い上げて彼女に差し出す指揮官。

それは、艶のある厚い広葉樹の葉だった。

 

「か、からかうのは止めて下さい…もう…」

 

眉をひそめて指揮官から葉を受け取ると、頭に乗せて目を閉じた。

痛みのせいなのか、やや涙ぐんでいる彼女の頭には先程まで生えていた筈の角は無く、茶色い毛で覆われた半円状の耳が生えていた。ついでに腰の辺りにはフサフサの毛で覆われた太い尻尾が生えている。

 

「もう少し動じない精神を鍛えろ。いちいち驚いてたら疲れるだろ。」

 

「はぁ…驚かせたのは誰だと思ってるんですか…」

 

ため息混じりに『ミズホの神秘』の力を集中させる駿河。

すると耳と尻尾が煙と共に消え去り、代わりに角が現れた。

 

「別に隠す必要は無いだろ。」

 

「こういうのは威厳が大切なんですよ。指揮官みたいに強面の巨漢ならまだしも…」

 

「そういうもんかね。」

 

「そうですよ。」

 

角を触って変化が上手く行っている事を確認している駿河に、指揮官は問いかけた。

 

「そう言えば…俺はドクの秘匿ラボでホルマリン漬けにされてた筈だぞ?何故、重桜寮で寝てたんだ?」

 

「あぁ、それはですね…治療は二日前に完了したので、あのカプセルから指揮官を出したんですけど…まだ眠っていたのでここまで運んで来たのですよ。」

 

「起こせば良かったじゃないか。そうすりゃ、面倒は省けただろう?」

 

指揮官の言葉を聞いた駿河は、苦笑いしつつ人差し指で頬を掻きながらその疑問に答えた。

 

「それは…赤城さんがですね…」

 

「赤城が?」

 

「はい。"指揮官様がこんなに安らかに眠っておられるのに起こしてしまうのは失礼ですわ。"…と仰って…」

 

「過保護な奴だ。別に気にする必要は無い、と常々言っているんだがな。」

 

半ば呆れたように告げる指揮官に対し、駿河もまた呆れたように告げた。

 

「指揮官は前々から無理をし過ぎです。私達、重桜がサモアに合流してからずっと指揮官の働きぶりを見てきましたが…明らかに働き過ぎです。これは赤城さん…いや、全KAN-SENの総意でもあります。そんな総意を無視して叩き起こせと?」

 

「仕方ないだろう?俺は指揮官として…軍人としては、二流どころか三流にもなれん。他の軍人に並ぶ為には、ある程度の無茶は仕方ない。」

 

「そうは思いませんが…」

 

「一応は任された仕事だからな。仕事は完璧にこなす、これが俺のポリシーだ。」

 

「ならば、今はしっかりと休息をとる事が仕事です。カナタ大統領直々の命令でしょう?完璧にこなして下さいね。」

 

「……一本取られたな。」

 

バツが悪そうに苦笑する指揮官と、少しだけ勝ち誇ったような駿河。

そうした後、駿河は敷かれた布団の枕元に歩み寄り、空になった水差しを盆に乗せて障子の方へ向かう。

 

「それじゃあ、皆に指揮官が目覚めた事を伝えに行きますね。…流石に一度に押し寄せるような事はしないと思います。」

 

「あぁ、すまんな。」

 

「では…」

 

障子を開けて退室しようとする駿河。

しかし、指揮官にはもう一つだけ疑問があった。

 

「駿河。」

 

「なんですか?」

 

「何故…重桜寮なんだ?別にユニオンでもロイヤルでも…それこそ司令部の宿泊施設でも良かっただろうに。」

 

それを聞かれた駿河は、やや気まずそうに顔を逸らした。

 

「えっと…その…あれですよ。休暇中の指揮官を誰が、どの陣営がお世話するかという話になりまして…」

 

「ほう……で?」

 

少々、意地悪な追及だ。

短い言葉で相手の失言を誘導するような質問…しかし、駿河にはその短い言葉の意味が理解出来た。

 

「航空機述べ500機以上、量産型艦船は大型が12隻、中型が37隻、小型が100隻近く…損耗しました。」

 

「はぁ…やってくれたな。」

 

KAN-SENとは兵器であり、戦う為に生まれてきた存在である。

如何に優れた容姿と頭脳を持っていようがそれは否定出来ない事実であり、またそれが彼女達のアイデンティティなのだ。

故に、彼女達は自分たちの中で何かしら問題が発生すると、ある程度の話し合いの後に闘争によって解決しようとする傾向にある。

だが、それを一概に悪手だと断じる事は出来ない。

演習モードを利用すれば轟沈する事は無く、下手な話し合いで禍根を残すよりも死力を尽くした闘争によって解決する方が後腐れ無い、という事もある。

しかし、今回勃発した指揮官の休暇争奪戦は演習では済まない規模になっていたらしい。

 

「申し訳ありません…皆、ヒートアップしていて私では止められなくて…」

 

「いや、いい。たまには、こんな演習も悪くは無いだろう。練度維持にも役に立つ。…今回は不問にするが、次からは許可を取れと伝えてくれ。」

 

「はい、分かりました。」

 

三つ指をついて頭を下げ、退室する駿河を見送った指揮官は特にする事も無いので布団に寝転がった。

 

その後やって来た赤城や大鳳、愛宕や鈴谷といった一癖も二癖もある面子に翻弄される事となったのは、語るまでも無いだろう。

 




アンケートの結果、最も得票数の多かった重桜に指揮官をシュゥゥゥゥ!超☆エキサイティン!

気が向いたら他の陣営のifルートも書くかもしれませんが、あまり期待しないで下さい


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105.桜の下で

アズレンにはGAMAHAが出ますが、私の愛車は羽マークのメーカーとイタリアメーカーの奴です


──中央暦1640年3月8日午後1時、サモア基地重桜寮──

 

重桜寮にて指揮官が目覚めてから1日が経った。

昨日は様々なKAN-SENがお見舞いに…とは言っても各陣営の顔役や有力者が代表として訪れる程度だった…来た為その対応をしたり、わざわざ出張してきた医療班による検査が行われたりと若干の忙しさがあった。

そういった事もあり、本格的な休暇は今日からとなった。

しかし、指揮官はとある問題に直面していた。

 

「……暇だ。」

 

そう、はっきり言って暇過ぎた。

指揮官は軍に入る前も後も働き詰めの日々だった。

故に、休暇…特に目的も無く、ゆっくりするという時間をどう過ごせばいいのか分からないでいるのだ。

 

「……散歩でもするか。」

 

今日は天気も良く、小春日和といった陽気だ。屋内に閉じ籠っているというのは不健康的だろう。

そうと決まれば、早速行動に移す事にする。

部屋着として着ている着物から、長袖のTシャツとカーゴパンツへと着替える。

 

「あら、指揮官様。お身体の方は、もうよろしいのですか?」

 

部屋から出て廊下を歩いていた指揮官の背後から声をかけたのは、フワッとした黒髪に猫耳、肩口と袖が分離した着物を着たKAN-SEN『扶桑』だった。

 

「あぁ…日の光を浴びて外の空気を吸わないと健康に悪いらしいからな。少し散歩に行ってくる。」

 

「では、お供致しましょう。出先で倒れられては大変…」

 

「その任は、余に任せては貰えぬだろうか。」

 

指揮官と扶桑が話しながら歩いていると、再び背後から声がかけられた。

威厳がありながらも幼さを含んだ声だ。

その声はよく知っている。

 

「おや、長門に…陸奥も一緒か。」

 

そう、現在の重桜代表にしてビッグセブンの一人である長門と、その妹の陸奥である。

 

「こんにちは、指揮官!調子はどう?元気?」

 

「あぁ、大丈夫だ。別に怪我や病気をした訳じゃないからな。」

 

「なら良かった!元気なのが一番だよっ!」

 

天真爛漫、という言葉が似合う笑顔を浮かべる陸奥。

その笑顔に、他の三人は微笑ましそうな目を向けた。

 

「陸奥よ、 余は指揮官と少し話がしたい。すまぬが、扶桑と遊んではくれぬか?…良いか、扶桑?」

 

「はい、長門様。お任せ下さい。」

 

「それじゃあ、山城ちゃんも呼ぼうよ!きっと楽しいよ!」

 

「ふふっ、そうですね。あの子も、陸奥様と遊ぶのは好きですから。…では長門様、失礼します。」

 

「長門姉、また後でね!」

 

「うむ。」

 

自分よりも背が低い陸奥の手を引いて行く扶桑。落ち着いた雰囲気の扶桑と、元気が有り余っている陸奥の組み合わせは母子のように見える。

 

「……」

 

「指揮官、何か思う事でも?」

 

「いや、何でもない。……少し、街に出るか。」

 

長門からの言葉に対しフッ、と小さく鼻で笑いつつ肩を竦めると再び廊下を歩き始める指揮官。

そんな指揮官に向かって、長門はやや悲しげな表情を向けつつ彼の背中を追って歩き出した。

 

──トスッ…トスッ…トスッ…トスッ…

 

柔らかい底を持つスリッパで板張りの廊下を歩く二人。

微かな足音が二人分…話こともなく歩みを進める。

 

「長門。」

 

「なんだ?」

 

「少し、遠出するか。」

 

玄関まで辿り着くと、下駄箱からライディングブーツを取り出しながら長門に声をかける指揮官。

そんな指揮官に、長門は首を傾げた。

 

「遠出…とな?」

 

「何、飛行機を使うような所に行く訳じゃない。そうだな…」

 

上がり框に腰掛け、ブーツに足を捩じ込む指揮官。

長門もそれに習い普段から愛用しているぽっくり下駄を履く。

 

「73番桟橋に行くか。」

 

「73番桟橋と言うと…『重桜』が根付いたタンカーが停泊している所ではないか?」

 

73番桟橋…それは母港の中で最も辺鄙な所にある桟橋であり、標的艦とする為の老朽船舶が雑多に停泊しているような桟橋である。

 

「話したい事があるんだろう?なら、人気の少ない所の方が気兼ねなく話せる。」

 

「うむ、そうであるな。では車を…」

 

人を呼ぼうとする長門だが、その言葉は指揮官によって遮られた。

 

「いや、GAMAHAから寄贈されたバイクがあるだろ。俺が運転するから後ろに乗れ。」

 

「いや、しかしだな…病み上がりのそなたに無理をさせる訳には…」

 

「だから、怪我も病気もしてねぇって。ほら行くぞ。」

 

「ま、待て!…全く、お主という奴は…」

 

有無を言わせぬ態度で歩き出す指揮官。

長門はその後を溜め息を吐きながら着いて行く。

 

「お、いいバイクじゃないか。」

 

重桜寮の隣にある車庫の中。そこには、如何にも高級そうな自動車や生活感のある自転車に混ざって一台のバイクが停めてあった。

前輪が二つある特徴的な大型バイク…GAMAHA製のNIKENだ。

 

──カチッ…キュルッ!フォォンッ!フォォンッ!

 

付けっぱなしのキーを回し、セルスターターボタンを押してエンジンを始動させる。

 

「慣らし運転も…終わってるか。よし、乗れ。」

 

「はぁ…承知した。」

 

シートに跨がり、ハンドルのスイッチ類を確認する指揮官の後ろ跨がる長門。

 

「よし、行くか。」

 

「うむ。」

 

軽くスロットルを捻りつつ、クラッチレバーをゆっくりと離す。

 

──フォォォォォォォン…

 

クラッチが滑らかに繋がり、それと連動してタイヤがゆっくりと転がる。

 

「吹き飛ばされるなよ?お前は小さくて軽いんだからな。」

 

「ぶ、無礼者っ!連合艦隊旗艦たる余に向かってなんたる言い種であるか!」

 

顔を赤くして反論する長門だったが、吹き飛ばされてしまう事を想像したのか、指揮官の背中に抱き付いて密着した。

 

──フォォォォォン…

 

バイクを走らせて行くと、木造建築と石畳が占める重桜街のオリエンタルな街並みから、徐々にコンクリートとアスファルトが占める無機質な母港の風景へと変わって行く。

 

「おー…前よりデカイな。このままだと島全部飲み込まれそうだ。」

 

30分程バイクを走らせると、巨大な桜の木が見えてきた。

スロットルを捻り更に近づいて行く。

そこにあったのは、巨大な桜の木の根が絡み付いた古いタンカーと桟橋…そして、徐々に桜の根に侵食されつつある武装解除された駆逐艦の姿だった。

 

「潮風と海水に当たり続けても枯れるどころか育ち続けるとは…我々もこのように在りたいものであるな。」

 

長門が驚嘆したような口調で告げつつ桜を見上げる。

これは重桜本土に自生し、国号の由来ともなった一年を通して花を咲かせ続ける桜、『重桜』である。

重桜街の中心にはその『重桜』の枝を挿し木して育てた物がある。

それ自体は重桜からサモアに贈られたものだが、目の前に生えている『重桜』は重桜街の『重桜』の枝が台風により折れ、風に乗って解体待ちなっていたタンカー上に流れ着き根付いたものである。

台風後の片付けや、第二次セイレーン大戦のゴタゴタもあり誰にも気付かれずに放置されていた為、気付いた時には移植する事も難しい程に成長してしまっていた。

 

「お、丁度いい所があるじゃないか。」

 

そう言って指揮官が指差したのはタンカーの船体表面を伝い、桟橋の上に這う根の一部だった。

太い根はちょうど人が座り易い高さになっており、頭上は枝と桜の花によって日陰が出来ている。

 

「うん…大丈夫だな。長門も座れ。」

 

「そなた…神聖な『重桜』に…はぁ…まあ、良い。そなたは『カミ』をも恐れぬ男であったな。」

 

根にドカッと腰を降ろす指揮官の姿に呆れたような溜め息を吐く長門だったが、この男にそんなデリカシーは無い事を思い出すと遠慮がちに隣に座る。

 

「で、話ってなんだ?礼以外なら聞くぞ。」

 

「むっ…」

 

口を開こうとしたが、指揮官により先手を打たれてしまった。

そう、長門はかつての『アズールレーン・レッドアクシズ抗争』における『佐世保沖海戦』…『最終戦略決戦兵器・オロチ』の暴走を食い止め、赤城・加賀・天城を救出した件について正式に礼をしようとしていた。

本来ならばとうの昔に済ませておくべきだったが、指揮官は常に何かしらの仕事をしており、どうにか時間を見計らっても「礼はいい」の一点張りだった為だ。

彼としては、オロチを食い止めたのは上からの命令だったからであり、赤城達を救出したのはあわよくばサモアの戦力として再利用する腹積もりであったに過ぎない。

別に義心に駆られた訳でも、恩を売ろうという訳でも無い。そんな身勝手な行動に対し礼を言われても困る…それが指揮官の考えだった。

 

「義理堅いのはいい事だが、俺は別に感謝されたくてやった訳じゃない。前々から言っている筈だ。それが分からない程バカじゃないだろ?」

 

「そなたがそういう男であると理解しておるが…どのような考えであれ、結果として我々は救われた。それに対して何もせずに、のうのうとしている事は赦せぬのだ…誰でもない、余自身が余を赦せぬ。」

 

「重桜人は難しく考えるなぁ…」

 

肩を竦める指揮官に、長門は不満そうな目を向ける。

 

「では、何かしらそなた贈り物をしようではないか。」

 

「贈り物?プレゼントか?」

 

うむ、と頷く長門。

 

「余がそうしたいからそうする…そなたのように身勝手に、そなたに贈り物をしよう。文句は言わせぬぞ?」

 

「本当に頑固だな…はぁ、分かった分かった。俺の敗けだ。」

 

長門の真剣な双眸で射抜かれるように見据えられた指揮官は、逃れる術が無いと判断したのか両手を挙げて降参のポーズをとる。正にお手上げ状態だ。

 

「うむ、それでよい。して…何か欲しい物はあるか?何でも申してみよ。」

 

「欲しい物…か…特に無いな…」

 

少し考えるが、欲しい物なぞ特に思い付かない。

大した趣味も無いし、必要な物があればその度に購入しているため、前々から欲しかった、という物は無い。

 

「…邪魔にならずに、思い出に残るような物で…あと値段が付けられない程貴重で、派手じゃない物がいい。」

 

だからこそ、かなり意地悪な要求をした。

 

「む…なんだそれは…?」

 

「他に欲しい物は無い。強いて言うなら、これに当てはまるような物だな。」

 

指揮官から伝えられた要求に長門が首を傾げる。

まあ、答えは出ないだろう。指揮官自身も考えたが、そんな物は思い付かない。

 

「むぅぅぅぅぅ……」

 

「ふぅー……」

 

小さく唸りながら考え込む長門と、手持ちぶさたに空を見上げて舞い散る桜の花弁を眺める指揮官。

たっぷり一時間程だろうか、ふと長門が俯きながら口を開いた。

 

「指揮官よ……」

 

「どうした?」

 

「あ…あ…るぞ…その…邪魔にならず、思い出に残り、値段が付ける事が出来ず、派手ではないモノ…」

 

「ほう、重桜にはそんな物があるのか?凄いな…流石、東洋の神秘と言われてるだけの事はある。」

 

俯いたままコクッと頷く長門。

 

「そうか、なら用意しといてくれ。用意に時間がかかっても気にしないから。」

 

「い、いや…用意は…今すぐ…出来る…」

 

「別に急いで用意する必要は無いぞ。」

 

「い、今すぐだ。勢いがなければ…出来ぬ…」

 

「勢いってなんだ。ラムアタックでもするつもりか?」

 

「もうっ!からわかないで!」

 

冗談を飛ばす指揮官の態度に業を煮やしたのか、普段の威厳に満ちた口調はどこへやら…顔を真っ赤にして年齢相応の口調で抗議の声を挙げる長門。

それを見た指揮官は、再び両手を挙げて見せた。

 

「冗談だ、冗談。お前が今すぐ渡したいと言うなら、早速貰おうか。」

 

「むぅ…じゃあ、目を閉じて。」

 

「はいはい。」

 

まるで駄々を捏ねる子供のように頬を膨らませる長門の言う通りに目を閉じる。

 

「ちゃんと…閉じた?」

 

「何も見えねぇよ。」

 

心配そうな長門の声に答えた瞬間だった。

指揮官の鼻を甘い花のような香りが擽り、口元に熱い空気の流れを感じ…

 

──チュッ

 

唇に柔らかい物が触れ、微かな小鳥の囀ずりのような音が聴こえた。

 

「……あ?」

 

驚き、身を引いて目を開く指揮官。

目の前には誰も居ない。

首を振って左右を見る。

居た。小さな背中が桟橋から海に向かって飛び込んだ。

 

「おいっ!」

 

その背中に呼び掛けながら立ち上がり追いかける。しかし、遅かった。

 

「い、今のはやっぱり無し無し!忘れてよね!」

 

その背中…顔を真っ赤にして口調を戻す事も忘れている長門は、海面を滑り沖合いへ真っ直ぐ向かっていった。

 

「……なんなんだ、あいつは。」

 

呆れを含んだ溜め息をつく指揮官。

だがその胸中には、熱くなって行く自らの顔に対する戸惑いが渦巻いていた。

 




日本国召喚の要素が一切無い話に仕上がってしまった…


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106.歩む覚悟

日本国召喚とあまり関係無い話が続きますが、あと一話で指揮官の休暇編は終わりです



──中央暦1640年3月9日午後3時、サモア基地重桜寮──

 

──パチッ…パチッ……パチッ…

 

静かな昼下がり。

『重桜』から散る花弁が舞う空の下、小さな音が響いていた。

 

「…王手。」

 

「む…」

 

「詰み、ですわ。」

 

それは将棋盤に駒が打ち付けられる音…つまり、対局中であるらしい。

対局しているのは指揮官と、一人のKAN-SEN。

長い茶髪に同じ色の狐耳、思慮深さとどこか憂いを帯びた紫色の瞳を持つKAN-SEN『天城』だ。

 

「はぁ…調子出ねぇなぁ…寝過ぎて頭が働かん。」

 

クシャッ、と髪をかき上げて嘆く指揮官。彼が嘆くのも無理は無い。

天城相手でも、普段なら3割程度は勝てるのだが今日は全く勝てない。

しかもボロ負けである。初心者が有段者に挑むかの如く、手も足も出ない程だ。

 

──パチンッ

 

「指揮官様。」

 

そんな指揮官に、天城は扇子を鳴らして声をかけた。

 

「今日の指揮官様は何やら雑念を抱えているようですわ。…如何されました?」

 

「大した事は無い。」

 

天城の質問に何時ものように答える。

普段ならここで引き下がるが、今日の彼女は違った。

 

「左様ですか。……長門様と接吻された事は関係無いのですね。」

 

「……何故知っている。」

 

何となく気不味くなってしまい、天城から顔を逸らす指揮官。

しかし、彼女はそれを逃さない。

 

「やはり、そうでしたか。少し…変わられましたね。」

 

微笑みながら指揮官の頬に手を添え、前を向かせようとする天城。

その手付きは端から見れば優しいものであるが、意外な程パワフルだ。

下手に抵抗すると首の骨が折れるんじゃなかろうか、という程の力である。

 

「人は…変わるものだぞ。」

 

「確かに、人は少しずつ変わるものです。しかし、今の指揮官様は少しどころではありませんわ。まるで…」

 

指揮官の顔に、自らの顔を近付ける天城。

碧と紫の視線が絡み合い、互いの吐息が混ざり合う。

 

「"ヒト"のようです。」

 

「俺は産まれた時から人間だぞ。」

 

「確かに、指揮官様は"人間"として産まれたのでしょう。しかし、指揮官様は自らの命すらも等しく焼き尽くす"悪"となっていました。ですが…ふふっ…」

 

「分かりやすく言え。俺はあまり頭がいい方じゃない。」

 

意味深な事を言って微笑む天城に、やや苛立ったように問い詰める指揮官。

だが、天城は敢えてそれを無視した。

 

「私が何故、指揮官様と長門様が接吻した事を知っているのか…でしたわね。それは簡単な話です。」

 

指揮官との距離を少し離す天城。

 

「昨夜、長門様のお部屋の前を通り掛かった時にですね…」

 

「要は盗み聞きじゃねぇか。重桜艦にはプライバシーって言葉が無いのか?」

呆れたように肩を竦める指揮官だが、一方の天城は静かに笑みを浮かべるのみだ。

 

「それで…如何でしたか?」

 

「…何がだ。」

 

「長門様との接吻ですよ。…あぁ、ですがユニオンやサディアでは接吻が挨拶代わりとも聞きますしね…」

 

「お前、それあれだぞ。重桜がニンジャとアイドルとHENTAIの国って言ってるぐらいのステレオタイプな……いや、重桜に関しては間違ってない気がするな…」

 

額を押さえて頭を抱える仕草をする指揮官を見逃すような天城ではない。

 

「それで、本命は誰なのですか?」

 

「はぁ?」

 

「オススメは…身内贔屓ですが、赤城ですよ。あの子は変な育ち方をしちゃいましたけど…ですが、指揮官様であればあの子の全てを受け入れて…」

 

「天城、お前病院行け。…頭のだぞ?」

 

つらつらと話を進める天城に、戸惑ったような様子の指揮官。

しかし、天城はまたしても敢えて無視した。

 

「指揮官。私は三番目で構いませんわ。」

 

「二番目は誰だよ!?」

 

天城の突拍子もない発言に、思わず声を荒らげてしまった。

思慮深く、落ち着いている天城がこんな事を言うなぞ、空から戦艦でも降ってきたかのような衝撃だ。

 

「長門様でよろしいでしょう?」

 

「よろしい訳あるか!」

 

どんどん話を進めていく天城。

その姿は正に"あの"赤城の姉である。

赤城は変な育ち方をした…とは言ったものの、それは天城型の特徴なのではないか?とさえ思えてくる。

 

「なんて、冗談ですよ。指揮官様。」

 

「はぁ…変な冗談は止めてくれ…お前が言うと冗談に聞こえな…」

 

「やはり、私が二番目で。」

 

「おっと、そう来たか?」

 

もう一周回って冷静になってきた。

だからだろうか。天城に反論する余裕も出て来た。

 

「そもそも、何股もかけるような男ってどうだ?控え目に言って最低野郎じゃねぇか。流石の俺にだって、それぐらいの分別はあるぞ。」

 

「英雄色を好む、と言うではありませんか。……"俺は英雄なんかじゃない"、というのは通用しませんよ。指揮官様がどう思っても、周囲の評価というものはそう簡単には覆りません。」

 

天城に先手を打たれ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる指揮官。

しかし、それでも諦めない。

 

「待て、そもそも連邦法で不貞行為は禁止…」

 

「重婚は認められていますわよ?」

 

「…マジ?」

 

「ロデニウス連邦法はクワ・トイネ公国、クイラ王国、ロウリア王国の法律を組み合わせて作られた物ですが…三か国とも、重婚は合法でしたので連邦法でも合法となっているのですよ。」

 

「えぇ……」

 

思わず頭を抱えてしまう。

それでも天城は攻めの姿勢を崩さない。

 

「そもそも、指揮官様はいい歳ではありませんか。そろそろ所帯を持ち、お世継ぎを作りませんと…」

 

「お世継ぎ…つまり、ガキを作れってか?…俺みたいな人間がマトモな親になれる訳がないだろう。アーカイブで俺の経歴を見れば嫌でも分かるだろうさ。」

 

自嘲気味に鼻で笑う。

指揮官自身、当たり前の…普通の人間のような生き方は別に望んでいない。

あのまま薬に蝕まれて死ぬ事も、戦場で炎に沈む事も、全てを失って朽ちて行く事も…全て覚悟の上だ。

そんな惨めで残酷な末路を辿っても仕方ない生き方をしてきた事は自覚している。

 

「それは違いますわ、指揮官様。」

 

しかし、天城はまるで心を読んでいるかのように否定の言葉を口にした。

 

「確かに…指揮官様の経歴は知っていますわ。ですが…それでも私は…"私達"は指揮官様をお慕いしております。指揮官様が破滅へ歩む覚悟を決めていらっしゃるなら…私達も共に無間地獄へでもお供致しましょう。」

 

「止めておけ、後悔するぞ。」

 

立ち上がり、去ろうとする事で強制的に話を切り上げにかかる指揮官。

そんな指揮官の背中に、天城は投げ掛けた。

 

「"後悔なら死んだ後にでも出来る。"…私と赤城、加賀を助けた後…そう仰ったじゃありませんか。」

 

「余計な事を覚えているな…」

 

「これでも重桜の元参謀でしたので。」

 

「勝てんな、お前には。」

 

深い溜め息をついて歩き出す指揮官。

天城はその背中が見えなくなるまで視線を送り続けた。

 




天城ってこんなキャラだっけ……?
分からん…誰か助けて…(白目)


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107.愛の獣

アイリスイベント第二弾!
リシュリュー実装は胸熱ですなぁ!


──中央暦1640年3月12日午後8時、サモア基地重桜寮・大宴会場──

 

重桜寮の中心にある座敷を仕切る襖を取り払って設えた大宴会場。

ずらっと並べられたお膳には、鯛の姿焼きや天ぷら、刺身にかぶら蒸し等…豪勢な料理が盛り付けられている。

 

「こほんっ…それでは各員、盃は持ったか?」

 

見目麗しい重桜KAN-SEN達が勢揃いした大宴会場の上座、そこで元連合艦隊旗艦『三笠』が清酒を注いだ盃を持って音頭を取っていた。

 

「それでは指揮官の快気祝い、そしてサモアの更なる躍進を願って…」

 

「ははは!どうした日向ぁ~、せっかくの宴会なんだから飲まないと損ってもんさ!ほらほら、かんぱーい!」

 

そんな三笠の言葉を遮るような陽気な声。

それが聴こえてきた方を見ると、赤毛と狼耳を持ったKAN-SEN『伊勢』が焼酎の瓶を片手に隣のKAN-SENに絡んでいた。

 

「馬鹿!三笠様が話されている途中だぞ!」

 

伊勢に絡まれているのは、銀髪に赤の差し色が入った狼耳のKAN-SEN『日向』だ。

もう"出来上がって"しまっている伊勢をどうにか抑えようとするが、一歩遅かった。

 

「飲め飲めー!」

 

「おぐっ!んぐっ…んぐっ…」

 

瓶の口を自らの口に突っ込まれてしまう日向。

アルハラなんかを通り越して、傷害罪や殺人未遂すら適応されかねない程の傍若無人っぷりだが、KAN-SENが急性アルコール中毒で死亡したという話は聞いた事は無い。まあ、大丈夫だろう。

 

「あやつらは…三笠様のありがたいお言葉を何だと思っておるのだ…」

 

伊勢と日向のやり取りに、呆れたような溜め息を吐く長門。

しかし、当の三笠は楽しげな笑顔を浮かべて見せた。

 

「うむ、元気があってよろしい!今日は無礼講、堅苦しい事は抜きにしようではないか!指揮官もそれで良いか?」

 

「あぁ、構わんよ。」

 

「よし…では、乾杯!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

挨拶もそこそこに、盃を掲げる三笠。

それに習い、皆も盃やグラスを掲げた。

 

「乾杯。」

 

続いて指揮官もグラスを掲げ、一気に飲み干した。

KAN-SEN達のように清酒や焼酎ではなく、ミネラルウォーターである。

続いて料理に手を付ける。

鯛の姿焼きは皮はパリッと、身はほくほくしており絶妙な塩加減が効いている。天ぷらの衣はサクサクしており、刺身は歯応えがあり新鮮そのもの…重桜の食への拘りが伺い知れる出来だ。

そんな料理に舌鼓を打っていると、何者かが近付いてきた。

 

「やあやあ、指揮官。ちょっとお話いいかな?」

 

エメラルドグリーンの髪に犬耳、艦首を模した首輪と常にペンを持っているのが特徴のKAN-SEN『青葉』だ。

 

「どうした、急ぐ話か?」

 

「まぁ、前から気になってたんだけどさぁ~…指揮官ってお酒飲まないよね?何でかな~?って…」

 

「別に大した理由は無い。何かあった時、酔ってたらマトモに対応出来ないだろ。何時、どんな用で呼び出されても十分なパフォーマンスを発揮する為だ。それに…酒は好きじゃない。」

 

「ほうほう…プロ意識って奴ね。意外と真面目だよね~」

 

指揮官の言葉をメモ帳に書き記して行く青葉。

 

「任された仕事ぐらいは全力でやってやるさ。それ位しか出来んからな。」

 

「ふむふむ…で、もう一つ質問が…」

 

更に質問…いや、"取材"をしようとする青葉だったがそれは叶わなかった。

 

「えへへ~殿しゃま~」

 

呂律も足元も怪しい様子で此方に歩いてくるのは、黒髪のおかっぱに猫耳、よく分からない構造をした着物を着たKAN-SEN『山城』だ。

 

「ほら、あぁなるから酒は飲まないようにしているんだ。あれで艦隊の指揮とか無理だろ。」

 

「あぁ…成る程…」

 

呆れた様子の指揮官と、苦笑いを浮かべる青葉。

しかし、山城はそんな事お構い無しに…酒の入った徳利片手に近付いてくる。

 

「殿しゃま~殿しゃまもいっしょに飲みましょ~」

 

「山城、足元に気を付けろよ。」

 

指揮官の言う通り山城の進路上には敷居があり、僅かな段差がある。

ただでさえドジっ娘と称される山城が、酩酊状態となっている…と、なればどうなるかは火を見るより明らかであろう。

 

「殿しゃ…まぁぁぁぁ!?」

 

案の定、爪先を敷居に引っ掛けてしまう山城。

どうにかバランスを取ろうと両腕をバタつかせるが、重力には抗えず倒れ行く。

 

「あ……」

 

青葉が視線を上に向け、気の抜けたような声を出す。

それもそのはず…山城が持っていた徳利、それが放物線を描いて宙を舞い…

 

「指揮官、危な…」

 

三笠が指揮官を庇おうと立ち上がろうとする。

しかし、そこは指揮官自身の方が早かった。

 

「ふんっ!」

 

顔面直撃コースに乗っていた徳利を着弾直前でキャッチした。

しかし、一つ失念していた。

 

──バシャッ!

 

徳利の中に注がれていた酒、それが慣性に従って噴き出してきた。

それなりの重量物が直撃するという事態こそ避けられたが、顔や胴体が酒で濡れてしまった。

 

「あ、あわわわ…殿様…」

 

自分のやらかした事により、一気に酔いが覚めてしまったらしい山城が顔を青くしている。

しかし、指揮官は怒るような事はしない。

 

「そう言えば…半年ぐらい前にもこんな事があったな。まあ、あの時よりはダメージは少ないがな。」

 

手で顔を拭いつつ、何でも無いかのように告げる指揮官。

まあ山城のドジは今に始まった事でもなく、今や忌まわしい記憶となっ"あの女"とは違って悪意ある行為ではないというのは明白だ。

 

「あ、あの…殿様ぁ…」

 

「気にするな。」

 

今にも泣き出しそうな山城の頭を撫でてやると、宴会場を見渡して様子を確認する。

宴会が始まって凡そ一時間…皆、酒が回ってきたのか思い思いに酒を嗜んだり、何やら歌ったりしている。

そのせいもあってか、上座の一角で起きた小さな騒ぎには気付いていないようだ。

 

「……風呂に入ってから部屋に戻る。久しぶりの宴会で、少し疲れたんでな。皆にはそう伝えておいてくれ。」

 

「は、はい。」

 

山城にそう伝言を頼むと、三笠と長門の方を向く。

 

「それじゃあ、後は頼んだ。」

 

「うむ、任せるがいい。」

 

「だ、大丈夫か?山城には余から…」

 

「今日は無礼講だろ?気にする事はない。」

 

そう言って手をヒラヒラと振って大宴会場を後にする指揮官。

その後ろ姿を見詰める二つの視線があった。

 

「ふふふ…山城は予定通りの働きをしてくれましたね。指揮官様のお部屋の準備は万全…あとは赤城、貴女次第ですよ?」

 

「あ、天城姉様…そ、その…まだ心の準備が…」

 

「何を言うのですか。愛宕に大鳳、隼鷹等々…指揮官様と貴女の逢瀬を邪魔するであろう者をせっかく酔い潰したというのに…しっかりしなさい。」

 

「で、ですが…」

 

「はいはい、早く行きなさい。」

 

 

──同日午後10時、重桜寮客室──

 

休暇中、指揮官が滞在する為に用意された重桜寮の客室。

普段はいつの間にか布団が敷かれ、翌日の着替えが枕元に置かれているのだが今日は違った。

布団は敷いてある、ただし二組…ぴったり寄り添うように敷いてある。

枕元に翌日の着替えは無い。しかし、ティッシュ箱が置かれている。

だが、それよりも目を引くモノがあった。

 

「……何だこれは。」

 

浴衣に身を包み、呆れたように呟く指揮官。

その視線の先には、人影があった。

敷かれた布団の傍らで三つ指を着いて深々と頭を下げているのは、長い茶髪に狐耳、九本のフサフサとした尻尾は見間違える事は無い。

 

「……」

 

「赤城、何とか言え。」

 

そう、重桜が誇る一航戦の片割れ赤城である。

普段、熱烈過ぎるアプローチをかけてくる彼女だが今日は借りてきた猫のようだ。

 

「はぁ…天城か?」

 

「……」

 

溜め息混じりに問いかけると、赤城の肩がピクッと跳ねた。当たりだ。

まあ、先日の天城の口振りからして何からしら仕掛けて来るであろうとは予想していた。

 

「何を期待しているか分からんが、"そういう事"を期待してんなら止めとけ。」

 

「……何故ですか?」

 

ようやく口を開く赤城。

そんな彼女の前に胡座をかいて座る指揮官。

 

「俺より優れた人間はごまんと居る。誉れある一航戦が、そこらの馬の骨に…」

 

「それは違います!」

 

静かに指揮官の言葉を聞いていた赤城だったが、思わず声を荒らげながら顔を上げた。

 

「そんなに、ご自分を卑下しないで下さいませ!指揮官様は赤城を…重桜を救って下さったではありませんか!」

 

「恩義で縛る為にお前達を助けた訳じゃないぞ。お前達は自分達に課せられた義務を十分に果たしている…それ以上の事は求めない。」

 

指揮官はあくまでも冷静だった。

しかし、赤城はそんな冷静さをも融かさんとする程に燃えていた。

 

「確かに、始めは恩義から始まったのかもしれません…ですが…っ!指揮官様は多くの過ちを犯した赤城を受け入れて下さったではありませんか!」

 

膝立ちとなり、指揮官の両肩を掴んで布団に押し倒す。

驚いて目を丸くする指揮官の顔に、真っ赤になった顔を近付ける。

 

「貴方がどれ程血に汚れていようと…数多の闇を抱えていようと…赤城にそうして下さったように、貴方の全てを受け入れたいのです!」

 

「…我が儘な女だな。」

 

「"好きなように生きて、好きなように死ぬ"…そうすればいい、と仰ったではありませんか。」

 

赤城の顔が、唇がゆっくり近付いてくる。

 

「返せ…と言われても返せんぞ。」

 

「もとより、全てを捧げるつもりですわ。」

 

行灯の淡い灯火により作られたぼんやりとした影が重なり…そして、一つに溶け合った。

 




あ、ダンケルクの水着は是非買いましょう
そして中華兄貴達に、水着ダンケルクおりゅ?しましょう


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108.鯨のはらわた

潜水艦について、こんな解釈で正しいのかは分かりません
まあ、潜水艦は機密の塊だからね、仕方ないね


──中央暦1640年3月18日午前9時、サモア基地秘匿ドック──

 

「弾頭の解析、完了しました。TNTとヘキシルの混合爆薬…重桜製魚雷と酷似しています。」

 

薄暗い秘匿ドックの中、普段はセイレーン技術の解析を行っている研究施設の一角にそれは横たわっていた。

全長約120m、全幅約12mの巨体…それは潜水艦、グラ・バルカス帝国所属の『シータス級潜水艦ミラ』である。

 

「成る程…見た目だけではなく、細かい部分も酷似しているとはな…」

 

乾ドックに固定されたミラの傍らで指揮官と一人の研究員が話し込んでいた。

そう、凡そ一ヶ月前に運悪く拿捕されてしまったミラの解析を行っているのだ。

 

「俺が寝ている間にそんな事があったとはな…」

 

「ですが、早めに見つかって運が良かったとも言えます。近海に潜まれて商船を撃沈でもされれば…」

 

「確かに…これまで以上に、対潜哨戒の訓練に力を入れる必要があるな。」

 

「そうね。でも、余り警戒し過ぎるのも考えものだわ。」

 

指揮官と研究員が話していると、背後から声がかかった。

色素の薄い金髪に空色の瞳のKAN-SEN『ビスマルク』だ。今日は研究者らしく、白衣に黒縁メガネという出で立ちだ。

 

「ほう、その心は?」

 

会釈して持ち場に戻る研究員に手を振りながらビスマルクに問いかける。

それに対しビスマルクはタブレット端末を操作して、画面を指揮官に見せた。

 

「見て、この潜水艦の構造について解析した物よ。」

 

「あぁ、確かに。本当に伊400に似ているな。水上機を3機も乗せれるなんて…どうかしてるな。」

 

指揮官の言うとおり、サモア基地に所属し第二次セイレーン大戦のダメージにより休眠状態となっているKAN-SEN『伊400』の重火力形態に酷似している。

 

「えぇ、良く似ているわ。でも、この潜水艦…ゴム類が不足しているの。」

 

「ゴム…?パッキンとかか?」

 

「違うわ。振動を抑え、騒音を防ぐ為の防振ゴム…それが船体規模の割に少なすぎるわ。」

 

「と、なると…相当五月蝿いって事か?」

 

水面下を行く潜水艦にとって自艦から発せられる騒音は大敵である。

故に、艦内には様々な防音措置が施されている。その一つが、機材等のズレを防止するための防振ゴムだ。

この防振ゴムが有るのと無いのでは、騒音レベルに大きな違いがある。

 

「そうね。これほどの…Uボートシリーズの2倍近い船体規模があるのならば、騒音対策は必須よ。防振ゴムが無ければ…かなり大きな騒音が発生するでしょうね。」

 

「成る程…なら、搭載されていた水上機についてはどうだ?」

 

「あの水上機ね。サモアに酷似した機体があったわ。」

 

「水上機までもか…潜水艦搭載の水上機と言えば『晴嵐』だが…」

 

指揮官の脳裏に浮かんだのは、伊400や伊13が搭載している水上攻撃機『晴嵐』である。

しかし、ビスマルクは首を横に振った。

 

「いえ、機体自体は『零式艦上戦闘機』にフロートを付けた『二式水上戦闘機』に近いわ。」

 

「ゲタ履きのゼロか…」

 

「似てはいるけど、構造には若干の差異があるわ。主翼の折り畳み機構の違いや、機体自体の大きさ…洗練されていない箇所が幾つかあるから、試作機の類いなのかもしれないわ。」

 

「その機体、見れるか?」

 

「ごめんなさい。あの機体は今、蔵王重工とクロキッド社で調査されているわ。」

 

ビスマルクの言うとおり、ミラに搭載されていた水上機…『特殊攻撃機アクルックス』は、民間企業である蔵王重工とクロキッド社の研究施設に運び込まれ、ネジの一本に至るまで調査されている。

現在は、3Dプリンターを駆使して寸分違わぬコピーを製作しているとの事だ。

 

「そうか。まあ、専門家に任せておけば悪い事にはならんだろう。」

 

「えぇ、彼らの腕は確かよ。」

 

ビスマルクの言葉に満足そうに頷く指揮官だったが、ふと何かを思い出したかのように手を叩いた。

 

「そうだ。ところで…何かいい物はあったか?」

 

指揮官の言葉にビスマルクは小さく頷いた。

 

「えぇ、様々な書類が見つかったわ。おそらく…伊168と伊13が"イタズラ"を仕掛けた弾みで気化したガソリンが漏れ出して、中毒になったんでしょうね。処分する暇も無かったみたい。」

 

「何か分かった事はあるか?」

 

「"何も分からない"…それが分かったわ。」

 

矛盾した言葉。理知的なビスマルクの口からこんな曖昧な言葉が出るとは意外だ。

しかし、指揮官はビスマルクの言葉の裏に隠れた意図を読み取る事が出来た。

 

「ムーでも神聖ミリシアル帝国でもない…か…」

 

「えぇ、艦内の遺留品に書かれた文字…それは第一・第二・第三文明圏、どの国でも使われていない文字よ。」

 

「そうなると、解読からか…」

 

「今はAI解析にかけている所よ。解読率は凡そ3%…固有名詞が多いせいで思ったようには進まないわ。」

 

申し訳なさそうに肩を落とすビスマルク。

しかし、そこまで気落ちする必要はないだろう。

何せ、鉄血の『人工知能制御技術』は世界屈指の物だ。それを駆使した解読・解析能力を以てすれば不可能は無いだろう。

 

「それで、それ以外には何かあったか?」

 

「暗号機…のような物が見付かったわ。」

 

「ほう…暗号機?鉄血のエニグマみたいな物か?」

 

「えぇ、これを。」

 

指揮官の言葉に頷きつつタブレット端末を操作するビスマルク。

その画面に映し出されていたのは、トランクに納まったタイプライターのような物だった。

 

「…エニグマじゃないか。」

 

「えぇ、エニグマそのものよ。構造も全く同じ…キーの文字は違うのだけど。」

 

「エニグマって本体を確保出来れば暗号解読が出来るんだろ?」

 

「翻訳が出来ないと暗号解読も出来ないけど…逆に言えば、翻訳さえ出来れば暗号解読は比較的楽に出来るわ。」

 

得意気に胸を張るビスマルク。

それに頷きつつも、考え込む指揮官。

 

「と、なると…どこの国の潜水艦なのかが問題だな…」

 

「もしかして…あの国なのかもしれないわ。」

 

「……グラ・バルカス帝国か?南の方にも、アニュンリュール皇国っていうそこそこデカイ国があるらしいが…」

 

「その可能性も否定出来ないけど、ムーから聞く限りではアニュンリュール皇国の文明レベルは低いという話よ。」

 

「だが、重桜のように妙な力を持っている可能性もある…この潜水艦やら水上機は純粋な科学技術の産物なんだろう?なら、やっぱりグラ・バルカス帝国か。」

 

「その可能性は高い…そう考えても良さそうね。」

 

グラ・バルカス帝国の噂はムーの留学生から聞いている。

ムーの隣国であるレイフォルを"たった一隻の戦艦"で滅ぼしただとか、支配した国を植民地とし搾取しているだとか…とにかく悪い噂しか聞こえて来ない。

 

「ビスマルク、一国を戦艦一隻で滅ぼす…そんな事は可能か?」

 

その問いかけに、ビスマルクは少しだけ考えて口を開いた。

 

「理論上は可能よ。レイフォル国の文明レベルは旧パーパルディア皇国と同じ…それを踏まえれば首都を砲撃し、指導者層を葬ればあるいは…」

 

「頭を失った身体は動く事も叶わない…ふむ…ビスマルク。」

 

「何かしら。」

 

「その潜水艦の解析、言語の解読が最優先だ。他の研究は多少遅れても構わない。」

 

「承知したわ。鉄血の名に懸けて、必ずや解読してみせるわ。」

 

何とも力強いビスマルクの言葉に、笑みを浮かべる指揮官。

 

「あ、そういえば…乗組員はどうしたんだ?曳航が終わった時には全員、死んでたと聞いたが…」

 

「あぁ…彼らは、ロングアイランドからの指示で声帯データを採取した後に埋葬したわ。」

 

「声帯データ…?喉をかっ捌いたのか。」

 

「えぇ、何でも…色々と使えそうだからって言ってね。」

 

それを聞いた指揮官は肩を竦め、ため息混じりに呟いた。

 

「アイツも人の事言えねぇじゃんか…まあ、いい。悪いようにはならんだろ。」

 




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良い子は読んじゃ駄目だよ!


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109.取捨選択

モスクワ防衛軍司令部様より評価10、ゆきなりα様より評価8、藤守よーき様より評価2を頂きました!
久しぶりに評価を頂きました…嬉しいものですね


新アイリスイベントの情報がぞくぞく出てますね
ベアルンは貴重な貧乳主力ですし…と言うより、シュルクーフの水着、なんですかあれ!エロゲじゃん!


──中央暦1640年3月24日正午、サモア基地アポリマ島──

 

サモア基地を構成する島の一つであり、様々な研究施設が建ち並ぶアポリマ島の一角…そこから取り乱したような声が聴こえてきた。

 

「ぬぁぁぁぁぁぁぁっ!ダメだ!ダメだ!ダメだ!構造が複雑過ぎる!こんな複雑で高価な物を量産するなんて、財務省が許さない!」

 

その呻き声の主はムーの技術士官であるマイラスだった。

そんな彼が居るのは古い倉庫を改装した研究所である。

その研究所、建物自体は古いのだが掛けられた看板は真新しいものであり、その看板にはこう書かれていた。

 

──『ムー先端技術研究局・サモア出張所』

 

そう、ここはムーが新たな技術…特に軍事技術を開発する為に設立した研究機関の出張所だ。

 

「重量を分散する為に転輪を増やすと、車体の前後長が長くなり過ぎる…かと言って、ぎっちり詰めると転輪の取り外しが難しくなって整備性が落ちる…あ"あ"あ"あ"あ"あ"!どうしたらいいんだぁぁぁぁぁ!」

 

地獄の底から響くような絶叫と共に頭を抱え、床を転げ回るマイラス。

その様はまるで狂人のようだ。

マイラスがこうなった理由、それはムー本国から伝えられた指示にあった。

 

──「75mm級の主砲を搭載し、最高時速40km以上、正面装甲50mm以上、整備が容易かつ生産性良好な戦車を可能な限り国産技術で開発せよ。」

 

そんな無茶ぶり過ぎる要求だ。

現在ムーは、ロデニウス連邦から『M4中戦車シャーマン』を輸入しているが、陸戦兵器というものは損耗が激しい。

故障したり撃破されたりして数が減った場合、輸入に頼りきりでは迅速な補充が出来ない。

故に、陸戦の主役となるであろう戦車の自主開発に乗り出したのだ。

 

「あの要求をした連中は、ムーの技術レベルが分かってないんじゃないか!?『ラ・グンド』が精一杯なのに無茶苦茶だぁぁぁあ!」

 

祖国の事を悪く言いたくは無いが、思わずこう言わざるを得ない。

まず主砲、これ自体はムーでも製造出来るだろう。

次に装甲、これは鋳鉄なり圧延鋼鈑なりで製造出来る。

整備性や生産性も構造を単純にすれば、それなりに良くなるだろう。

 

「やっぱり、足回りが一番の難関だな…」

 

しかし、速度が一番のネックだ。

巨大な砲と分厚い装甲の重量を支えつつ、路面の凹凸に追従する強靭なサスペンション。

数十トンにもなるであろう車重を動かす為のハイパワーなエンジンと、そのパワーを適切に制御するためのトランスミッション。

サスペンション、エンジン、トランスミッション…その三つは複雑であるため簡単には整備も生産も出来ない。

 

「サスペンションは…コイルスプリングかリーフスプリングか…トーションバーか…製造設備的にコイルスプリングがいいか?」

 

床に転がったまま、ブツブツと呟くマイラス。

 

「エンジンは、マリンの星型空冷エンジンで決まり…液冷は我が国じゃ、まだ満足に製造も整備も出来ないしな…」

 

傍らに落ちていた書類を手に取る。

本国からの要求書だ。

苦い顔をし、クシャクシャに丸めて放り投げる。

 

「問題はトランスミッションだな…我が国の技術じゃ、30トンの車重を時速40kmで無理無く動かせるトランスミッションは作れない…よしんば作れても量産は…」

 

まるで芋虫のように体を捩るマイラス。

実はかれこれ、二日連続で徹夜しているのだ。最早、寝不足を通り越して変なテンションに突入しつつある。

 

「……主?」

 

そんなマイラスに、鈴の鳴るような声が掛けられた。

明るい茶髪に宝石のように美しい緑色の瞳、スレンダーな体つきのKAN-SEN『ラ・ツマサ』だ。今はKAN-SENとしての正式な服装であるムーの伝統装束ではなく、パーカーにショートパンツというボーイッシュな格好だ。

 

「あぁ…ラ・ツマサぁ…」

 

「あの…お茶をお持ちしたのですが…」

 

その言葉の通り、彼女の手にはティーセットが乗ったトレーがあった。

 

「そこに置いて…私は疲れたよ…」

 

「あぁ…あの新型戦車の…」

 

今にも死にそうな声で答えたマイラスに、苦笑するラ・ツマサ。

マイラスの情熱…と言うよりも技術バカさ加減を知っているラ・ツマサには彼を止める事は出来ない。

 

「もう、どうすりゃいいんだよぉ…上の奴らは自分たちの技術レベルを弁えてない…」

 

「ふふっ…そうですね。主は頑張っていらっしゃるのに…」

 

トレーを机に置き、マイラスが放り投げた紙を拾うラ・ツマサ。

そのまま、彼の傍らに座ると自らの膝をポンポンと軽く叩いた。

 

「頑張ってる主にはご褒美です。さあ、私の膝にどうぞ。」

 

ニコニコしながらマイラスの頭を自らの膝に乗せるラ・ツマサ。

「ちょっ…!?いや、いいから!大丈夫だから!」

 

流石に恥ずかしいのか、直ぐ様起き上がって逃れてようとする。

しかし、頭をがっちり掴まれてしまい起き上がる事が出来ない。

 

「遠慮しないで下さい……ね?」

 

「……はい。」

 

笑顔の…しかし目が笑ってないラ・ツマサにそう言われたマイラスは、大人しく従うしかなかった。

 

「んふふ~♪」

 

なにやらハミングしながらマイラスの頭を優しく撫でるラ・ツマサ。

恥ずかしそうに顔を赤らめる彼に気付きながらも、片手で器用に丸まった紙を広げる。

 

「ふんふ~…ん?」

 

「…ラ・ツマサ?」

 

ハミングと手が止まった事に違和感を覚えたマイラスが、ラ・ツマサの顔を見上げる。

 

(うわ…美人だし可愛いし…肌キレイすぎるだろ!目も宝石みたいで…って、じゃなくて!)

 

「ど、どうした?」

 

胸中でのろけながらも、広げた紙を見たまま固まっているラ・ツマサに問いかけるマイラス。

 

「主…本国からの要求仕様はこれだけですか?」

 

「あぁ、そうだよ。凄く簡単に言ってるけど…」

 

カクンッ、とラ・ツマサが顔を下に向けてマイラスの顔を真っ正面から覗き込んだ。

 

「無理に…"シャーマン戦車のような形にする必要は無い"のでは?」

 

「……え?」

 

ラ・ツマサが放った言葉に目を丸くするマイラス。

 

「……あ、申し訳ありません。門戸外の私がこんな事を…」

 

「あ…いやいや、大丈夫!大丈夫!続けて!」

 

自らの発言にハッとした様子の彼女に、言葉を続けるように促す。

 

「左様…ですか?では…素人の考えですが…例えば旋回砲塔を無くして固定砲塔にしてしまうとか…砲塔の側面や背面や天板の装甲を大きく削れば…そうすれば、かなりの軽量化が見込めます。」

 

「……確かに。」

 

口元に手を当てて考え込むマイラス。

 

「要求仕様には、旋回砲塔搭載の指定も正面装甲以外の厚さ指定も無い!固定砲塔にすれば剛性が向上して、主砲の命中率を高められる!砲塔の装甲を削れば旋回速度の向上を見込めるし、天板を無くせば視界が良くなる!」

 

勢い良く立ち上がるマイラス。

一気にテンションMAXになる彼に、今度はラ・ツマサが目を丸くした。

 

「い、言った自分が言うのもなんですが…旋回砲塔を無くしたり、装甲を削るのは戦闘力が下がるのでは…」

 

「いや、ムーは基本的に防衛戦が基本…つまり、国土に侵攻してくる敵を迎え討つ事が基本戦略だ!そうなれば必然的に待ち伏せ攻撃が中心となる!待ち伏せの時に砲を左右に大きく振る必要は無いし、側面や背面から攻撃を受ける可能性は低い!」

 

「つ、つまり…?」

 

マイラスの余りの剣幕に萎縮するラ・ツマサ。

しかし、マイラスはそれに構わずに言葉を続けた。

 

「旋回砲塔や、正面装甲以外はそこまで必要じゃない!我々に必要なのは、待ち伏せ攻撃に有利な戦車だ!ありがとう、ラ・ツマサ!」

 

「きゃっ!?」

 

漸く良いアイディアを閃いたマイラスは、ラ・ツマサを抱き上げるとクルクルと回り始める。

 

「あ、主…ちょっ…降ろし…」

 

「ありがとう!ありがとう!ラ・ツマサ!君は最高の戦艦だ!」

 

「ちょっ…ちょっと、主!嬉しいのですが降ろし…あ…ちょっと気分が……」

 

濃い隈のある顔で満面の笑みを浮かべるマイラスと、顔を赤らめたり青ざめさせたりと忙しいラ・ツマサ。

そんな二人のやり取りは、マイラスの寝落ちとラ・ツマサの乗り物酔いで幕を閉じたという。

 




もう一つの作品の方が中々の勢いで伸びてる…
少しびっくり


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110.E=mc2

護衛艦 ゆきかぜ様より評価10を頂きました!

いよいよ明日からアイリスイベントですねぇ!
PVを見た限り、リシュリューは意外と乙女だし、ジャンヌダルクはポンコツ感あるし、アルジュリーはなんか面白お姉さんだし…あと、あの眼帯金髪ぱっつんロリは何者!?


──中央暦1640年3月30日午前10時、サモア基地サバイイ島──

 

冷え固まった溶岩が広がる荒涼とした大地。

サモア基地を構成する島々の内、演習場として使われているサバイイ島の一角にある射撃場でとある試験が行われていた。

 

──ダダダンッ!ダダダンッ!ダダダンッ!

 

連続した鋭い破裂音が響き渡り、盛り土が小さく弾ける。

 

「ご主人、どうだろう。この新型ライフル…アサルトライフルは。」

 

「良い感じだ。少々、反動が強い気がするが…」

 

射撃場に居たのは指揮官と夕張…そして数人の技術者だった。

そんな指揮官の手にあったのは木製のストックとグリップ、ハンドガードを持ち、バナナのように湾曲したマガジンが挿入されたライフルだった。

 

「『AK-47』…解放されたデータベースにあった短小弾を使うフル・セミ切り替え式のライフルだね。他にも、フルサイズ弾薬を使う物もあったけど…データベースにあった運用記録では、反動が強すぎるとかなんとか…」

 

「確かにな。多少威力が落ちている筈のこいつでも、それなりに反動がある。」

 

「その代わり、強度は随一だよ。クイラの砂漠でも、ロウリアの湿地でも問題無く稼働する。」

 

「信頼性は大事だな。どんなに立派な兵器でも、動かなきゃ只の置物…兵器は集めて楽しいコレクションじゃないんだよ。」

 

──キィィィィィン……

 

指揮官と夕張がそんなやり取りをしていると、雲一つ無い青空に甲高い風切り音が響いた。

 

「あれは…」

 

空を見上げ、目を細める。

轟音を響かせながら悠々と空を飛んでいたのは、見た事もない飛行機だった。

高翼配置の主翼に、太い胴体…プロペラは無く、胴体の後端からバーナーのような炎を噴き出している。

 

──ガチャ…

 

「指揮官、やっぱりここに居たか。」

 

ドアを開け、射撃場に入ってきたのは一人のKAN-SENだった。

銀糸のような長髪に、青みがかった灰色の瞳。ノースリーブの軍服の上から黒いコートを羽織った姿は見紛う筈もない。

ユニオンの英雄、全KAN-SENの中でも五指に入る実力者…『エンタープライズ』である。

 

「お前のか?」

 

そんなエンタープライズに対し、挨拶もそこそこに指揮官が問いかける。

その質問に彼女は頷きながら答えた。

 

「あぁ、クロキッド社が主体となってデータベースから復元した戦闘機だ。」

 

コツコツ、と射撃場の床をブーツの底で鳴らしながら指揮官の傍らに歩み寄る。

そうして、彼女もまた空を見上げる。

 

「『シーヴェノム』と同じく、ジェットエンジンを用いた戦闘機…『F-8クルセイダー』だ。」

 

「ほう…もう出来上がったのか。」

 

新型…しかも新動力を用いた全く異なる形の戦闘機を、こんなにも短期間で開発した事に驚く指揮官。

 

「まあ、データベースには製造方法や運用方法…実戦データまで、ありとあらゆる情報があったからね。それに加えて、サモア初のジェット戦闘機はヴィスカー社に先を越されたから、それに触発されたのかも。」

 

夕張が補足するように告げる。

実際、彼女の言う通りだった。

新型戦闘機…従来の機体を大きく凌駕する性能を持つ戦闘機の開発競争は、ロイヤルのヴィスカー社がシーヴェノムを開発した事で一歩先を行っていた。

それに触発されたのが、航空機開発最大手のクロキッド社だ。

 

──「ロイヤルに負けてはいられない。データベースが解放された今、クロキッド社の技術力を集約して音の壁を越える。」

 

そんな技術者達の情熱の結晶こそが、あの機体…『F-8クルセイダー』だった。

そんな新たな機体を見上げながら、エンタープライズが説明を始めた。

 

「最高速度は音の1.7倍…マッハ1.7。武装は20mm機関砲を4門、実用上限高度は16000m。更には機首にレーダーの装備も予定しているし、誘導弾も開発完了しだい搭載する事になっている。」

 

「ほう…そいつは凄いな。量産の予定は?」

 

「まだ試作段階だからどうとも…あぁ、でもクロキッド社は既に生産ラインを着工しているらしい。」

 

採用が決まった訳でも無いのに、気の早い話だ。

しかし、こんな素晴らしい性能を持つ戦闘機を採用しない話は無い。

 

「夕張、お前はどう思う?」

 

「私は航空機に関しては門戸外だよ。でも…いいと思う。」

 

指揮官からの問いかけに眉を潜めた夕張だったが、少し考えるとそんな答えを出す。

 

「うん、よし。採用内定だな。」

 

「良かった。クロキッド社の皆も喜ぶよ。」

 

「で、新しいオモチャの自慢をしに来ただけ…って事は無いだろ?」

 

空からエンタープライズへと、視線を移す指揮官。

それに彼女は苦笑した。

 

「ふっ、お見通しか…」

 

「当たり前だ。」

 

「それじゃあ、もう一つのオモチャも自慢していいかな?」

 

そう言うと、KAN-SENの力の一端である艤装を呼び出して装着した。

手に携えた艦橋を模した弓に、腰に装着した飛行甲板。かつて勃発した、『アズールレーン・レッドアクシズ抗争』において彼女はこの艤装を存分に振るい一騎当千の活躍を見せたものだ。

 

「……壊したか?」

 

艤装を装着したエンタープライズの姿を見た指揮官は開口一番、呆れたように呟いた。

それもその筈、彼女の艤装は真新しい物になっていたからだ。

基本的に艤装は破損すれば修理するが、余りにも破損が激しい場合は新造する。

それなりに時間とコストがかかるため、可能な限り修理で済ませているのではあるが。

 

「いや、違う。新しい艤装に違いはないが、別に壊した訳じゃないぞ?」

 

指揮官からあらぬ疑いを掛けられたエンタープライズは、頬を膨らませ否定する。

そんな彼女に助け船を出すように夕張が説明した。

 

「ご主人、そのエンタープライズの艤装をよく見てくれ。…特に、弓をだ。」

 

「弓…?」

 

夕張の言葉を聞いて、エンタープライズが持つ弓をまじまじと観察する。

アレスティングワイヤーを模した弦に、艦橋を模した持ち手…いや、艦橋に違和感がある。

 

「ん?…んん?」

 

あるべき物が無い。

造船…特に空母設計時に数多の技術者がそのレイアウトに苦労したであろう物…

 

「…煙突が…無い?」

 

「正解だ、ご主人。」

 

答え合わせをするように夕張に目を向けると、彼女はサムズアップして見せた。

そう、煙突が無いのだ。

エンタープライズが所属する艦級であるヨークタウン級の煙突は、艦橋と一体化している。故に艦橋に煙突が無いのは腑に落ちない。

飛行甲板の方も見てみる。

加賀よろしく、煙突を延長して艦尾付近から排煙するのかと思ったが…やはり違った。

 

「いや、本当に煙突が無いぞ?」

 

燃料を燃やす以上、艦船には排煙する為の煙突がどうしても必要となる。

しかし、今のエンタープライズが装着している艤装には煙突らしき物は何処にも無い。

 

「ふふっ、驚いているようだな。まあ、かく言う私も初めて見た時には驚いたんだが…」

 

「ご主人、これには新しい動力を採用しているんだ。」

 

「新しい動力?」

 

首を傾げる指揮官に、夕張は小さく頷いた。

 

「しかし、まだ上手く行くとは限らない。だから…」

 

「そう。だから、試験の為に遠洋に出ようと思う。今日はその許可を取りに来たんだ。」

 

そう言われて合点がついた。

夕張もエンタープライズもその"新しい動力"について何も言わないという事は…

 

「危険か?」

 

「無い…とは言い切れない。だから、ずっと北東にある海域で試験を行おうと思ってる。」

 

「因みに、私とエンタープライズ…そして、新しい艤装を装備したノーザンプトンで試験を行おうと思ってる。どうかな、ご主人。」

 

サモアから遠く離れた海域で危険を伴う試験…だが、心配は無い。

造船技術に明るい夕張に、誰もが認める英雄エンタープライズ、昔から指揮官の右腕として数多の戦場を駆け抜けてきたノーザンプトン…この三人が居れば、多少のトラブルなぞ屁でもない。

 

「よし、許可する。くれぐれも気を付けろよ。」

 

「あぁ、任せてくれ。」

 

「必ず、ご主人の期待に応えるよ。」

 

力強くエンタープライズと夕張に握手する指揮官。

そんな時だった。

 

──テーレーレレレーレレ♪(炎のさだめ)

 

指揮官が持つスマホに電話がかかった。

 

「俺だ。…あぁ…あぁ…ヤバいのか?……分かった、大丈夫だ…直ぐに向かう。」

 

短いやり取りの後、通話を終えて二人に目を向ける。

 

「トーパ王国でトラブルが発生した。俺は、そうだな……翔鶴と瑞鶴…あと鉄血陸戦部隊を連れて現地に駐留している北連艦隊と合流、トラブル解決の為に動く。」

 

「大丈夫なのか?」

 

エンタープライズが問いかける。

 

「問題は無い。トーパ王国の防衛戦力はかなりの物だ。放っておいても自力で解決出来るとは思うが…」

 

「余計な犠牲を減らす為、かい?」

 

指揮官の言葉に、夕張が続いた。

 

「そうだ。トーパ王国の件は此方で解決する。お前達は、試験に集中しろ。」

 

力強く頷く指揮官。

彼がこう言うなら大丈夫だ。

だから、二人は姿勢を正して敬礼した。

 

「「了解!」」

 




次回から魔王編です
イベント始まったり、もう一つの作品の執筆で遅れるかもしれません


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北方争乱
111.神話の復活


ルサルカ親衛隊員様・Amesupi様・夜狐様より評価9を、
量産型例のアレ様・ヴェノム様より評価8を頂きました!

今回から辺境の魔王編スタートです


今回のイベントでも顔出しのみKAN-SENが出ましたね…
ル・テリブル、なかなか好きな性格です


──中央暦1640年3月29日午前8時、トーパ王国世界の扉──

 

第三文明圏フィルアデス大陸の北東部、そこにトーパ王国はある。

最北の大陸と称されるグラメウス大陸と、フィルアデス大陸を結ぶ幅100m、長さ40kmの地峡を領土とする文明圏外国だ。

二つの大陸を結ぶ地峡…本来なら交通の要所として発展するか、他国から侵略される運命にあっただろう。

しかし、そうはならなかった。

何故なら、グラメウス大陸には『魔物』と呼ばれる危険生物の楽園であり、好き好んで出向くような者はいないからだ。

そして、そんな魔物がフィルアデス大陸に侵入する事を防ぐ為の要塞…『世界の扉』の上で二人の男が双眼鏡を持って、延々と広がる未開の地を監視していた。

 

「ふぃー…今日も冷えるなぁ…」

 

「だな。朝飯のカーシャ(蕎麦の実と牛肉の粥)で暖まった体が、キンッキンに冷えてやがる…ッ!」

 

高さ20mにも及ぶ壁のような要塞の上で監視任務を行っているのはエルフの騎士モアと、かつて非常勤として雇われていた元傭兵にして現『アズールレーン北方航路防衛陸戦旅団』小隊長ガイだった。

二人は幼馴染であり、所属が違うにも関わらずよく二人で任務にあたっていた。

 

「しかし、俺達がこんなに寒い思いをしてまで監視する意味はあるのかねぇ…ここ10年で来た最大の群れでも、道に迷ったゴブリンが10匹程度。ゴブリンなら100匹…いや、1000匹来たってこの要塞はびくともしないぜ?」

 

ガイが要塞の外壁を拳でガツガツと叩く。

彼がそう思うのも無理は無いだろう。

ゴブリンと言えば最弱の魔物…大した力も知能も無く、一対一なら間違いなく負けない。

数で押されればその限りではないが、世界の扉ほど強固な防備ならそれも問題にはならない。

 

「おいおい、アズールレーンの小隊長様がそんな不真面目な事言っていいのか?グラメウス大陸の魔物の監視は人類の存亡に関わる重要な任務だ。そうやって油断している時に、オークやゴブリンロードが来たら大変な事になるぞ。まあ、でも…」

 

不真面目なガイの言葉を嗜めつつ、肩を竦めるモア。

しかし、その目はグラメウス大陸の反対側へと向けられる。

 

「あんな"運河"があるのなら、世界の扉が突破されても市街地に魔物が来る事は無いだろうな。」

 

モアの視線の先、城塞都市トルメスへ続く街道が延びている。

しかし、その街道は途中から深い渓谷により分断されており、街道の続きは鉄橋となっている。

 

「それにしても、ロデニウス連邦は凄いなぁ…1年で地峡を海峡に変えるんだから。」

 

ガイもモアと同じ方向に目を向ける。

そう、幅100mの地峡はダイナマイトや重機を駆使して掘り下げられ、幅80mもの運河となっていた。

これは、第四文明圏構想の一環として造られたものだ。

ロデニウス連邦の主要な交易路…アルタラス海峡のバックアップとして。また、アズールレーン艦隊がフィルアデス大陸北方に展開するため…何よりも友好国トーパ王国の防衛力強化の全てを実現するための手段が運河の建造だったのだ。

 

「あの運河のお陰で国の財政はウハウハ、運河防衛の為にアズールレーン艦隊も常駐してるから海賊なんかも出ない。いい国になったもんだ。」

 

遠くに見えるトルメスを眺めながら楽しげに話すガイ。

トルメスの街並みには幾つもの高層建築物が建設されつつあり、自動車が何台も走っている。

運河の所有権はロデニウス連邦とトーパ王国が共同保有しており、ロデニウス連邦が通行許可の発行権を、トーパ王国が通行料の徴収権をそれぞれ保有している。

故にトーパ王国は通行する船舶から払われる通行料や、港の使用料等で莫大な収入を得ていた。

 

「確かにな。道は良くなったし、ゴブリンが破裂するぐらい強力な兵器も…」

 

ガイの言葉にモアが同意していた時だった。

暗雲立ち込めるグラメウス大陸の空。そこに白い点が見えた。

 

「ガイ…今日、この辺りを飛行する飛行機はあったか?」

 

「いや、そういう話は聞いてないが…」

 

ガイの言葉を聞いたモアは、要塞の上部に取り付けられているバリスタに飛び付いた。

 

「魔物だ、エンジン音もしない!」

 

「何っ!?」

 

バリスタが向く方に目を向けつつ、バリスタの傍らにある受話器を取るガイ。

 

「こちら、27班のガイだ!グラメウス大陸方向から此方へ向かってくる、未確認飛行物体を発見!エンジン音等は皆無!指示を請う!」

 

一拍おき、受話器のスピーカーから声が返ってきた。

 

《こちら、世界の扉防衛本部。了解した。本日、その空域を飛行する航空機は存在しない。姿を確認したのち、魔物と判断出来れば撃墜せ…》

 

「ガイ!間違いなくあれは魔物だ!翼の付いた人型の何かだ!」

 

「本部、モアが魔物と確認した!迎撃する!」

 

《了解。直ぐ様、応援を送る。》

 

その言葉を聞いたガイは受話器を元の場所に置く事もせず、担いでいたM1903ライフルのボルトを操作して射撃準備を整えた。

 

「モア、周囲の警戒は俺に任せろ!」

 

「頼むぞ、ガイ!」

 

なんとも頼もしい相棒の言葉を聞いたモアは、弾薬箱から矢…誘導兵器バイアクヘーを取り出してバリスタにつがえると、照準器である燃える三眼を覗いた。

 

「まだ…まだ……もう少し…」

 

有効射程は1km程あるが、必中を求めるのであれば500mまで引き付けた方がいい。

だからこそ、逸る気持ちを抑えながらトリガーに指を掛け…

 

「……今ッ!」

 

照準器の視野の半分が魔物の姿で埋まった瞬間、トリガーを引いた。

 

──カシュゥゥンッ!

 

張りつめた弦が矢を射出する。

魔石により空気を噴出させながら飛翔する矢は、形代により気流を制御してロックオンした対象へと軌道を修正し…

 

──バンッ!

 

魔物に直撃し、鏃に仕込まれた魔石が炸裂した。

 

「よしっ!」

 

「当たった!」

 

命中に喜んだガイとモアがハイタッチを交わす。

しかし、そんな事をしている暇は無かった。

 

「…あれ?こっちに向かって…」

 

「ヤベッ!ぶつかるぞ!」

 

ボロボロになった魔物が、黒煙の尾を引きながら此方に向かって落ちてくる。

せっかく迎撃したというのに、落ちてきた魔物に当たって死ぬのはゴメンだ、とばかりに落下地点から一目散に逃げ出す二人。

 

──ガシャァァンッ!ガラガラ…

 

危機一髪、なんとか二人がヘッドスライディングで回避した次の瞬間、魔物がバリスタに落下してきた。

 

「ガイ、大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ!あー…ビビったぁ…」

 

互いの無事を確認しながら立ち上がりガイはライフルを、モアはP-38拳銃を抜いて構えながら墜落した魔物へと近付く。

 

「うっ……ぐぅぅぅっ…」

 

苦し気な声がする。

思わず足を止め、遠巻きに観察する。

 

「おーい!大丈夫かぁ!?」

 

応援の兵士が来た。

皆、サブマシンガンやライフルを持っている。

 

「魔物は撃墜しました!ですが、まだ息があります!」

 

ガイが魔物へ銃口を向けたまま、兵士達に警戒を呼び掛ける。

ギョッとした様子で各々の銃を構える兵士達だったが、モアがポツリと呟いた。

 

「マラス…トラス…?」

 

その言葉にガイも、兵士達も目を見開いて一歩後ずさった。

漆黒の翼に、黒く染まった凸凹のある肌…そして、醜悪な顔は見間違えようもない。

魔王の側近にして、100人を超える騎士を葬ってきた恐るべき魔物、マラストラスである。

 

「お…のれぇ…っ!何故…何故、貴様らのような下等生物が…!」

 

そんな強大な存在はどこへやら。

マラストラスの脇腹は大きく抉れ、苦し気な呼吸に合わせてドス黒い血が流れ出している。

 

「チィッ!しぶとい!」

 

「待て、ガイ!」

 

トリガーに指を掛けたガイをモアが制した。

 

「何故…貴様らがぁ…誘導…魔光弾を!」

 

口からゴボゴボと血を吐き、体をガクガクと震わせながら立ち上がるマラストラス。

その濁った眼には、激しい怒りが見てとれる。

 

「ザマァ見やがれ!テメェはもう終わりだ!」

 

「お前には散々苦しめられたが…散っていった騎士達の無念、晴らさせてもらうぞ!」

 

チラッ、と兵士達に目配せするモア。

それを合図に、マラストラスに向かって幾つもの銃口が向けられる。

 

「ふ…ふ…ふはははは!魔帝様の技術を手に入れたようだが、所詮は猿真似!その程度では復活した我が主、魔王ノスグーラ様には敵わぬ!せいぜい、悪あがきをしてみろ!ふはははは!」

 

「撃てぇぇ!」

 

──パパパパパパッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 

勝ち誇ったように高笑いするマラストラスに、モアの号令により放たれた銃弾が殺到する。

合計100発以上の9mmパラベラム弾と30- 06弾をまともに食らったマラストラスは、弾痕からドス黒い血を吹き出しながら倒れ…息絶えた。

 

「モア…こいつ、魔王が復活したって…」

 

倒れ、もの言わぬ骸と化したマラストラスをライフルの先で突っつくガイ。

モアはそれに頷き、兵士達に指示を出した。

 

「皆、魔王復活の知らせを本部と王都に!…ガイ、お前からもアズールレーンに伝えてくれ!」

 

「そうだな、本当に魔王が復活したとするなら一大事だ!港に居るロシアさんを通して伝える!」

 

力強く頷くガイと兵士達。

その日の午後にトーパ王国政府は『国家緊急事態』を宣言、世界の扉へと戦力を集めると共に翌日にはアズールレーンへ応援を要請した。




………(リーン・ノウの森の下りをどうしようか悩んでるうちに辺境の魔王編まで来てしまったのは不味いかな?と思ってる顔)


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112.防衛ライン構築

水着アルジェリーの下に滑り込みたい
これが条約型重巡か…!

そんな世迷い言を考える今日この頃です


──中央暦1640年4月6日午前11時、トーパ王国イースト・トルメス港──

 

トーパ王国の城塞都市トルメスの東側、運河建設の為にロデニウス連邦が新設した港に二隻の空母が入港した。

全長250m以上にも及ぶ瓜二つの空母…重桜五航戦を成す『翔鶴型』である。

そんな二隻が停泊している桟橋に二つの人影があった。

 

「はぁ~…やっぱり、緯度が高いだけあって寒いですね。こんなに寒いなら、魔物が南に行きたがるのも理解出来ちゃいますよ。」

 

長い白髪に水色の瞳、鶴の翼を模した長い袖を持つ着物を着用したKAN-SEN『翔鶴』が指先を吐息で温めながらぼやいた。

 

「あはは…確かに、暖かいサモアに居たからこの寒さは堪えるよね。翔鶴姉、風邪とかひかないでよ?」

 

長い茶髪をサイドテールにし同じ色の瞳、袴を模した赤いワンピースの上に翔鶴と同じ着物を羽織ったKAN-SEN『瑞鶴』が、翔鶴の言葉に同意しつつ彼女を労る言葉をかける。

 

「全くもうっ…冷えは女の子の体の天敵なのに…」

 

腕を組み、頬を膨らませて不機嫌アピールをする翔鶴。

そんな彼女を苦笑しながら見ていた瑞鶴だったが、急にその顔が引きつった。

 

「し、翔鶴姉…」

 

「ほう…では、今からでも別の奴と交代するか?レキシントン姉妹とか…イラストリアス姉妹とかな。」

 

翔鶴の背後に忍び寄った指揮官が彼女の頭を鷲掴みにし、軽く締め上げた。

 

「あぁぁぁ!し、指揮官!?ちょっ…ちょっとぉ!?頭が割れますぅぅぅ!」

 

「指揮官…翔鶴姉も冗談のつもりだから、その辺に…」

 

指揮官からのアイアンクローを食らった翔鶴が悶える。

瑞鶴からしてみれば何時もの光景だ。

翔鶴が毒を吐き、指揮官がアイアンクローで黙らせ、それを瑞鶴が止める。

 

「今回の敵は魔物…航空戦力は非常に少ないって話だからお前達を連れてきたんだ。重桜仕込みの精密急降下爆撃…期待しているぞ。」

 

パッと翔鶴の頭を離して、瑞鶴の肩を軽く叩いて激励する指揮官。

それに対し、瑞鶴は敬礼して応えた。

 

「了解!"グレイゴースト"にも負けないぐらい活躍してみせるからね!」

 

「頼んだぞ。俺はトルメスの防衛司令部に行って打ち合わせをしてくる。」

 

瑞鶴の頼もしい応えに満足したのか、小さく頷きながら背を向けて歩き出す指揮官。

その背中を見送った瑞鶴は、頭を抑えて蹲る翔鶴の側でしゃがみ込む。

 

「翔鶴姉、大丈夫?」

 

「…無理。」

 

短く答える翔鶴。

指揮官もかなり手加減している為、大した痛みも無い筈だ。

しかし彼女の白磁の肌には朱が差し、耳まで真っ赤になっていた。

 

「はぁ~…翔鶴姉ったら…」

 

呆れたように…しかし、微笑ましげに瑞鶴は翔鶴の背を撫でてやった。

 

 

──同日、トルメス城──

 

城塞都市トルメスの中心部に聳え立つ城、その上層階にある防衛司令部、通称『円卓の間』で会議が始まった。

 

「フレッツァ殿。遠路遥々ご足労頂き、誠に感謝致します。」

 

先ず発言したのは、トーパ王国軍騎士長でありこの度編成された魔王討伐隊隊長のアジズだった。

 

「いえいえ、滅相もない。地域の安定と平和の為…自らを省みずに、危険生物へと立ち向かう貴国からの要請を無視は出来ません。魔王とやらの討伐…全力で支援致します。」

 

「おぉ…なんという志…このベルゲン、感服致しました!」

 

指揮官の言葉に感動したのか、涙ながらに握手を求める副騎士長ベルゲン。

その握手に応えながら、指揮官は言葉を続けた。

 

「お褒めの言葉ありがとうございます。しかし、今は防衛作戦を練る事が最優先でしょう。アジズ殿、現状の確認を。」

 

「はい。では、改めて確認しましょう。」

 

頷きながら円卓に地図を広げるアジズ。

 

「去る3月29日午前8時頃、世界の扉にて我が騎士団所属のモア、そしてアズールレーン所属のガイ両名によるパトロール班がグラメウス大陸より飛来する未確認飛行物体を発見、飛行型の魔物と確認し撃墜した所…」

 

「それが、魔王の側近と呼ばれている個体…だったという訳ですな?」

 

アジズの言葉を引き継ぐように発言したのは、今回派遣された鉄血陸戦部隊の隊長シュトロハイム大佐だった。

 

「はい、魔王の側近マラストラス…ワイバーンが生息しない我が国において、空から攻撃してくる奴は恐るべき魔物でした。貴殿方から提供された誘導兵器が無ければ、成す術もなく多くの血が流れた事でしょう。」

 

「そうならなかったのは、貴国が我々を信頼して下さったからです。我々の力だけではなく、貴国の判断が多くの命を救ったのです。」

 

「そう言って頂けると、ラドス王陛下もお喜びになるでしょう。…話を戻しましょう。撃墜したマラストラスは瀕死の状態でしたが、死の間際に魔王が復活したという言葉を…」

 

「ブラフ…という可能性は無いのかしら?」

 

眉をひそめながら発言したのは女性だった。

氷のように冷ややかな水色のボブカットに同じ色の瞳、純白の軍服の胸元を大きく開けたKAN-SEN『チャパエフ』だ。

 

「確かに、その可能性もあるでしょう。しかし、欺瞞と断じて油断していては万が一真実だった時、未曾有の被害を被る事となるでしょう。ましてや相手は神話にも語られる魔王…用心には用心を重ねませんと。」

 

チャパエフの言葉にベルゲンが答えた。

彼は始めチャパエフの露出にどぎまぎしていたが、今では慣れたようだ。

 

「何もなかった時には笑って済ませればいい。何もないさ、と決め付けて人死にが出るのが一番不味い。」

 

「そうね。指揮官とベルゲンさんの言う通りだわ。それで、作戦はあるのかしら?」

 

チャパエフの言葉に、アジズが頷きながら地図を指差す。

 

「第一防衛ラインが世界の扉。第二防衛ラインが運河…そして、最終防衛ラインがこのトルメスの北にあるミナイサ地区となります。」

 

「ふむ…極寒の中での市街戦をもう一度味わう羽目になるとは…」

 

シュトロハイム大佐が苦い顔で呟く。

まあ、無理は無いだろう。

鉄血と北連の陸戦は、正に地獄だったという。

その経験があるからこその言葉だろう。

 

「でも、第一防衛ラインには機関砲や重機関銃、迫撃砲が配備されているわ。それに五航戦の航空支援もあるから、そう簡単には突破されない筈よ。」

 

「チャパエフ殿の言うとおり、普通の魔物なら突破は不可能でしょう。しかし、相手は古の『勇者一行』ですら討ち滅ぼせなかった魔王です。何があるかは分かりません。」

 

チャパエフの言葉に、アジズが腕を組んで難しい顔で答える。

いささか用心し過ぎな感もあるが、長年魔物の驚異と対峙してきたが故の考えだろう。

 

「ふむ…アジズ殿。」

 

「なんでしょうか?フレッツァ殿。」

 

「防衛ラインを、もう一つ増やしましょう。」

 

指揮官がアジズに提案しながら、地図上に描かれた世界の扉を指でなぞる。

 

「何か瓦礫はありますか?木材や石材のような…ある程度の強度がある瓦礫です。それを、世界の扉の"外側"に配置するんです。」

 

「瓦礫なら、都市開発の際に解体した建物の物があります。ですが…外側に、ですか?」

 

「世界の扉から…50m程離れた位置に瓦礫で障害物を作るんです。」

 

世界の扉から少し離れた位置、グラメウス大陸側をトントンと指で叩く。

 

「それでは、魔物が逃れる場所になってしまいます。何故、そんな事を…」

 

戸惑いの声をあげながら、ベルゲンが問いかける。

それに対し、指揮官は頷きながら答えた。

 

「それが狙いです。逃げ場が無いという状況になれば、魔物達は死に物狂いで世界の扉へと殺到するでしょう。しかし、逃げ場があれば生きたい一心で隠れる…」

 

「そうする事により進軍速度を低下させつつ、一度に対処する目標を減らす…更には障害物がある事で一気呵成に突撃させる事を防ぐ訳ですな?」

 

シュトロハイム大佐が納得したような声をあげる。

指揮官はそれに頷きつつ話を続けた。

 

「障害物に隠れた魔物は航空支援や迫撃砲により撃破する予定ですが…魔王はどうするか…」

 

「我が軍には貴殿方から提供された戦闘車輌…自走砲型ハーフトラックによる砲撃も可能です。如何に魔王が強靭でも、75mm砲の前では無力でしょう。」

 

グッと拳を握って力説するアジズ。

しかし、指揮官は念には念を入れる事にした。

 

「…チャパエフ。」

 

「何かしら?」

 

「ロシアに何時でも支援砲撃が出来るように、と伝えておけ。艦砲射撃じゃ勢い余って、運河や世界の扉を破壊する可能性があるが…」

 

「分かったわ。ちゃんと伝えておくわ。」

 

「頼むぞ。」

 




アズレンやってると多少の大きさじゃ巨乳と思えなくなる


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113.北方の熱波

アイリスイベントの全新艦入手完了!
あとは育成しながらアイリス砲でも掘りますか…


──中央暦1640年4月11日午後2時、トーパ王国城塞都市トルメス・ミナイサ地区──

 

「持ち出すのは貴重品だけにしてくださーい!迅速な避難の為には、皆さんのご協力が必要でーす!」

 

魔王復活の報を受けたトーパ王国軍は、アズールレーンの戦力と共に迎撃体制を整えつつ、世界の扉と運河が突破された場合の事を想定しミナイサ地区から住人を避難させていた。

 

「お婆さん、大丈夫ですか?」

 

「あぁ…すまないねぇ…何せ足が悪くて…」

 

住人達が用意されたバスやトラックの荷台に乗り込んでいる中、トーパ王国騎士団の騎士であるモアも住人の避難を手伝っていた。

一人の老婆が、バスの乗降口に乗り込めずにおろおろしていた所を手助けしてやる。

そんな彼に声がかけられた。

 

「モア様。」

 

「モア君。」

 

「ん…?あぁ、エレイさんとメニアさん。二人も今から避難ですか?」

 

彼に話し掛けてきたのは幼馴染である二人のエルフの女性、エレイとメニアだった。

エレイの実家はミナイサ地区一番の飯屋であり、彼女の隣に住んでいるメニアはその飯屋で働いている。

 

「はい、お店の片付けをしていたら時間がかかっちゃって…最後の便になっちゃいました…」

 

「私もエレイの手伝いをしてたら遅れちゃってねー。まあ、食べ物とかを残して行ったらネズミが湧くから仕方ないよねー。」

 

申し訳なさそうき眉を下げるエレイと、呑気そうな笑顔を浮かべるメニア。

その様子を見る限り、避難に対する不安等は無いようだ。

 

「まあ、食料なんかは騎士団が買い上げてるから丸損にはならないですし。休業保障なんかも出るって話だから、魔王を討伐した後は店を再開してくださいね?」

 

「はいっ、勿論ですぅ♥️お店を開けたら、一番に来て下さいね?」

 

エレイはモアに恋心を抱いている。

眉目秀麗で気品もあり、騎士なので将来性もある。何より、幼馴染で同族のエルフ…彼女からしてみれば、これ以上無い優良物件だ。

だが、エレイに恋心を抱いていたもう一人の幼馴染がいる。

 

「そう言えば、ガイ君はどこー?いつもモア君と一緒なのにー。」

 

メニアが問いかける。

そう、モアの相棒にして幼馴染であるガイだ。

彼は3年前に付き合って欲しいと告白してきたが、エレイは丁重にお断りした。

傭兵であるガイと、騎士であるモア…二人を比べればガイは見劣りしてしまう。

故に、現実的に考えて彼からの告白を断ったのだ。

 

「ガイ?ガイなら…」

 

「同志ガイ!貴官は最前線へ赴く事を希望したそうだな!何故だ!」

 

モアがメニアの疑問に答えようとした瞬間、避難バス乗り場のざわめきすらも掻き消す程の大声が聴こえてきた。

思わず声のする方に目を向ける。

 

「はい、同志ガングート!愛する祖国を守る為であります!」

 

「素晴らしい!素晴らしいぞ、同志ガイ!貴官の愛国心、それを貫く勇気があればどのような困難でも乗り越えられるであろう!」

 

閑散とした通りを歩くガイと、長身の女性。

癖のある雪のような長髪に、赤紫色の瞳。ピッタリとした丈の短い軍服の上からファーの付いたコートを羽織ったKAN-SEN『ガングート』だ。

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます!」

 

「いいぞ、同志ガイ!更なる困難に挑め!勇敢なるこの国の人々に、революция(レヴァリューツィヤ)の光を見せてやろう!」

 

気温はこんなにも寒いというのに、あの二人の周りだけ熱気に満ち溢れている。

そんな二人を目の当たりにしたエレイとメニアは若干引くが、モアは慣れたものなのか普通に話し掛けた。

 

「ガイ!ガングート殿!」

 

「おぉ、モア!」

 

「貴官は確か、同志ガイの幼馴染だな!」

 

モアの言葉に反応した二人が歩み寄ってくる。

ガングートから感じる圧に思わず後退るエレイとメニアだが、彼女はそんな小さな事なぞ気にしない。

 

「同志モア、騎士の務めご苦労!」

 

「ありがとうございます、ガングート殿。…しかし、ガイ。お前、ガングート殿の前じゃ真面目なんだな?」

 

「ば、馬鹿!余計な事を言うんじゃ…」

 

普段の不真面目な勤務態度とはかけ離れたガイの態度に、モアはからかうような言葉を放つ。

それを聞いたガングートは、ガイの首に腕を回しヘッドロックを彼に仕掛ける。

 

「ほほぅ、同志ガイ?サボタージュとは感心せんなぁ…まさか、北方連合の処罰を知らないわけではあるまいな。」

 

「め…滅相もありません、同志!少し気が緩んでいただけであります!」

 

処罰を恐れ、必死に弁解するガイ。

しかし、必死な理由は他にもあった。

今のガイは、ガングートによりヘッドロックをかけられ頭が彼女の小脇に抱えられている状態だ。

そうなれば、ガングートが持つ大きな膨らみに顔が密着してしまう。

役得かもしれないが、衆人環視の中では羞恥が勝る…故に必死に弁解しているのだ。

 

「本当か、同志ガイ!?」

 

「本当であります、同志ガングート!」

 

その言葉に満足したのか、ガイを解放するガングート。

 

「なら、良い!今回は見逃してやろう!」

 

「あ、ありがとうございます! 」

 

ガイの顔が真っ赤になっているのは、息苦しさや羞恥によるものだけでは無いだろう。

ガイがガングートを見る目…その目は上官に対する尊敬以上のものが籠っていた。

それも仕方ないのかも知れない。

片想いの相手に振られ、傷心中に自分の事を認めてくれた相手…別の感情を抱いても仕方ない。

もっとも、ガングートの方はガイの事を"見込みのある部下"として可愛がっているだけなのだが…

 

「エレイ。」

 

「どうしたの、メニア?」

 

二人のやり取りを見ていたメニアが、エレイに耳打ちした。

 

「逃した魚は大きいかもよ?」

 

「は、はぁ!?」

 

確かに、メニアの言う通りかもしれない。

ガイは傭兵だったが、現在でこそ第四文明圏のみならず第三文明圏に多大なる影響を与える軍事組織アズールレーンの正規兵だ。

しかも一兵卒ではなく小隊長であり、アズールレーン内でも特別な地位にあるKAN-SENとも親密な関係だ。

はっきり言って、騎士であるモアよりも将来性があるかもしれない。

だが、だからと言って振った相手に言い寄る程の面の皮の厚さは持ち合わせていない。

 

「エレイが諦めるなら、私が狙おうかなー。」

 

「ち、ちょっと!?」

 

予想だにしない事を言い出したメニアにエレイが戸惑っていると、街角に設置されたスピーカーからサイレンとアナウンスが鳴り響いた。

 

──ウゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥ!

 

《世界の扉より11km地点に大規模な魔物の群れを確認!低速で此方へ向かって進撃中!》

 

そのアナウンスに周囲は騒然となる。

しかし、そんな状況でもパニックを抑えるのが騎士の仕事だ。

 

「皆さん、落ち着いて下さい!魔物が世界の扉に到達する迄、まだ時間があります!ゆっくりと、落ち着いて避難を進めて下さい!」

 

モアが避難民の誘導を始める最中、ガイとガングートは顔を見合わせて頷いた。

 

「ガングート殿!」

 

「うむ、同志ガイ!実戦の時だ!さあ、貴官の勇気を見せてみろ!」

 

そして、たまたま通りかかったハーフトラックを停めさせ荷台へと乗り込む。

そんな二人に向かって、エレイとメニアが声をかけた。

 

「が、頑張りなさいよ!」

 

「ガイ君、気を付けてねー。」

 

「おう!二人も気を付けてな!」

 

走り出すハーフトラック。

それを見送ったモアは、エレイとメニアの背を押してバスに乗り込ませた。

 

「それじゃあ、僕も行きます!必ず、魔王を倒して戻りますのでご安心を!」

 

「も、モア様!ご武運を!」

 

閉まり行くバスの扉越しに告げたエレイの言葉に頷くモア。

走り去るバスを見送った彼はガイの後を追う為、騎士団詰め所に向かって馬を調達した。




開発艦3期は日本版3周年ですかねぇ…


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114.百鬼夜行

kida様より評価9を頂きました!

まさかリトル艦追加とは…このリハクの目を(以下略


──中央暦1640年4月11日午後3時、魔王軍──

 

真っ白な雪原を塗り潰すように、悪鬼の軍勢が進撃する。

万を超えるゴブリンの群れ、それを幾つかの部隊に分割して纏める百を超えるオーク達に、獣のような魔獣達。

それら醜悪な魔物達による軍勢の後方、それは圧倒的な存在感を以て君臨していた。

オークよりも大きな人型の魔物、それぞれ赤と青の肌を持つモノ…伝説の魔物、レッドオーガとブルーオーガ。

それを左右に侍らせ、旧パーパルディア皇国が運用していた地竜を三回り程も大きくした、赤い四足歩行の竜…赤竜に騎乗したオーガよりも更に一回り大きな人型の魔物。

それこそが神話に語られる魔王ノスグーラである。

 

「グァッグァッグァッ…下等種共の恐怖で歪んだ顔と断末魔の叫び…再び楽しめる日がくるとはな。」

 

顔を歪ませ、醜悪な笑みを浮かべるノスグーラ。

それを見たレッドオーガとブルーオーガも同じような笑顔を見せた。

 

「我々も、再び魔王様と共に戦える日を心待ちにしておりました。」

 

「魔王様、目覚めの食事は如何いたしましょう?さっぱりとエルフに…がっつりとドワーフに…それとも量を優先して人間に致しますか?」

 

二体の配下の言葉に頷きつつ、ノスグーラは答えた。

 

「そうだな…若い女が良い。吊し上げ、肉を削いで悲鳴を上げさせながらその肉を食らうのだ。」

 

「それはそれは…実に美味い事でしょうな。」

 

「流石は魔王様。下等生物共の泣き叫ぶ顔が目に浮かびますなぁ…」

 

残虐な考えを披露した魔王を褒め称えるオーガ達。

彼らは流暢に言葉を話し、知能も人間並み…あるいはそれ以上なのだが、対話なぞ不可能な程に価値観がかけ離れていた。

 

「マオウサマ…カベ…ミエル…」

 

そんな身の毛もよだつ会話をしていた三体の元に、一体のオークが報告してきた。

その言葉を聞いた魔王は赤竜の背に立つと、オークが指差す方向を眺めた。

 

「ほう…あれが貴様らが話していた壁か。下等生物共も知恵を絞ったと見える。」

 

ノスグーラが目にしたのは、地峡を塞ぐように聳え立つ壁…世界の扉だった。

20mにも及ぶ高さの壁を乗り越える事はゴブリンやオークでは不可能だろう。

だが、この場にはオーガもノスグーラも居る。

オーガの拳を以てすれば穴を開ける事は容易であろうし、ノスグーラが持つ莫大な魔力を使った魔法ならば軍勢が通り抜けられる程に崩壊させる事も出来るだろう。

 

「あんな物で我々を止められる筈がない。」

 

「魔王様。我々が先行し、壁に穴を開けにいきましょうか?」

 

ブルーオーガからの提案を首を横に振って却下するノスグーラ。

確かに、スムーズな進軍を目指すならば彼の提案を受け入れるべきだろう。

だが、少数を無闇に先行させれば各個撃破される可能性がある。それを考えれば得策とは言えない。

しかし、ノスグーラの考えはまた違うものだった。

 

「まあ、そう急くな。敢えてこうやっているのだ。」

 

「ほう…何故ですか?」

 

レッドオーガの問いかけに、ノスグーラは得意気に答えた。

 

「地を埋め尽くす程のゴブリンとオークの群れ、そして我々…それを見た下等生物共はどう思うだろうなぁ…」

 

ニヤリ、と口角を吊り上げるノスグーラ。

それに納得した二体のオーガも、口角を吊り上げつつ頷いた。

 

「成る程、そうやって絶望を与えるのですな。」

 

「流石は魔王様。深い考えをお持ちですな。」

 

「そうだろう、そうだろう。かつて我を封印した報い…絶望で償わせてやろう!」

 

「「「グァッグァッグァッグァッ!」」」

 

三体の魔物が大地を震わせる程の大音量で高笑いする。

そうしている間にも魔物の軍勢は世界の扉に向かって突き進む。

だが、その進軍スピードがやや落ち始めている。

 

「む、どうした?ゴブリン共の足が止まっているではないか。」

 

苛立ったようなノスグーラの元へ、一体のオークがやって来た。

 

「マオウサマ…デコボコ…タクサン…アルキ…ニクイ…」

 

「何だと?」

 

その言葉にレッドオーガが軍勢の先頭を眺める。

そこにあったのは小さな雪山…いや、積まれた瓦礫に雪が積もったものだった。

 

「小癪な…我々の進軍を妨害する小細工か。マラストラスを討ち取るだけの知恵を付けただけの事はある。良い、気にするな。所詮はただの石積み…無視して進め!」

 

ギリッと歯を鳴らすノスグーラだが、二体のオーガは体をブルッと震わせた。

 

「魔王様…嫌な予感が致します…」

 

「前回の戦いの相手…『太陽神の使者』と同じ気配がします…」

 

暴虐の化身とも形容される二体のオーガが恐れている。

しかし、ノスグーラはそれを笑い飛ばした。

 

「グァッグァッグァッ、何を言うか!奴らが現れたのは1万年以上前の話だぞ!こんなにも永い時を経れば、奴らも寿命を迎え死に絶えているだろうよ!」

 

「しかし、我々の魂に使者達に対する恐怖がこびりついています…」

 

「甲高い音を鳴らして高速で飛び回る『神の船』、強烈な爆裂魔法を吐き出す角の付いた『鉄の地竜』…そして全長250mを超える『魔導船』の爆裂魔法は地形を変える程…あぁ…恐ろしい…」

 

見た事もないほどに震える二体のオーガ。

しかし、ノスグーラはそれでも笑い飛ばした。

 

「グァッグァッグァッ…それがどうした。あの忌々しい太陽神の使者なぞ、魔帝様の足元にも及ばん。魔帝軍の『天の浮舟』の速さは音を超えるのだ。音の半分の速さしか出ぬ神の船ごとき、敵ではない。巨大な魔導船も、空中戦艦や海上要塞から放たれる爆裂誘導魔光弾の飽和攻撃の前では無力だ。魔帝様はもうじき復活する…何も心配は要らんのだ。」

 

ノスグーラの言葉を聞いた二体のオーガは、安心したのか体の震えを止める事が出来た。

 

「そ、そうですな!」

 

「魔帝様の力は絶対…恐れるものはありませんな!」

 

「グァッグァッグァッ!そうだ!」

 

立ち直った配下に満足したのか、高笑いしながら空を見上げるノスグーラ。

ふと、彼の目に何かが見えた。

 

「…なんだ?下等生物共の投石か?」

 

暗雲立ち込める灰色の空。

そこに幾つか黒い塊が見えた。

 

──ヒュルルルルルル…

 

笛のような風切り音を立てて此方に向かって落下してくる。

ただの投石ならば大した問題ではない。

ノスグーラやオーガはおろか、オークに当たっても大した事にはならないだろう。まあ、ゴブリンならば大怪我か死ぬかするだろうが。

 

「ま、魔王様…あれは…」

 

レッドオーガの額に冷や汗が流れ…

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「ビギャァァァッ!」

「ギィィィッ!ギィィィッ!」

「グォォォォォッ!」

 

腹の奥に響くような轟音と共に地面が弾け、土塊と共に魔物が宙を舞う。

ゴブリンやオーク、獣のような姿をした魔獣が力無く地面に叩き付けられる。

 

「ば、爆裂…魔法…」

 

ブルーオーガが喉から絞り出すように呟いた。

 

──ヒュルルルルルル…ヒュルルルルルル…

 

次々と聴こえる風切り音。

だが、それに混ざって別の音が聴こえる。

 

──ポロンッ♪ポロンッ♪デンデーンッ♪デレデレデーン♪

 

「なんだ…これは…」

 

その音を耳にしたノスグーラ。

それには聞き覚えがあった。

一定の感覚で鳴る音…音楽と呼ばれる物だ。

そしてその音楽というものは、太陽神の使者による攻勢の前触れとして耳にしていた。

 

「ま、まさか…本当に、奴らが!?」

 

ノスグーラが目を見開き驚愕した瞬間、彼らの足元が沸き上がるように弾けた。




魔王軍殲滅RTA、はーじまーるよー


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115.『1812年』

魔王軍戦をどうしようかと考えましたが、けっこう駆け足気味になってしまいましたね…

やはり、文才不足をどうにかして克服しなければ…


──中央暦1640年4月11日午後3時、世界の扉──

 

「魔王軍が見えたぞぉぉぉ!」

「榴弾砲用意!」

「迫撃砲は3km地点に打ち込んだ杭を基準にして照準を合わせろ!」

 

世界の扉の中でも最も高い位置にある監視塔。そこで監視任務にあたっていた兵士が報告の声を上げた瞬間、世界の扉の内外で多数の兵士達が慌ただしく動き出した。

世界の扉に設置された『M101 105mm榴弾砲』が仰角を付け、『M1 81mm迫撃砲』の側に多数の砲弾が運び込まれる。

 

「ガイ小隊長、爆薬の設置完了致しました!あとはスイッチ一つで、ドカンですよ!」

 

「よしっ!可能な限り魔王軍の後方を巻き込めるようなタイミングで発破しろ!」

 

そんな中、アズールレーン所属のガイが部下から報告を受けつつ世界の扉の最上部を歩いていた。

 

「指揮官殿、迎撃準備完了致しました!」

 

最上部に設けられた胸壁の一角。

荷車等を転回させる為のスペースに陣取っている指揮官に報告する。

 

「よし…では、事前に説明した作戦通りだ。魔王軍の前後に迫撃砲と榴弾砲を使った同時攻撃を行い、必要なら航空機による爆撃だ。イースト・トルメス港の沖合いに展開している五航戦との交信は間違い無く出来ているか?」

 

「はい。何度かテストしましたが、感度良好です。」

 

「よろしい。現場の判断で適宜、航空支援を要請しろ。」

 

淀み無く指示を出す指揮官。

その姿に思わず感心するガイだったが、少し気になる点があった。

 

「同志ちゃん。早く弾いてくれない?タシュケント、暇で仕方ないんだけど。」

 

頭上に疑問符を浮かべるガイに構わず、胸壁に腰掛けて足をぶらぶらさせている少女が不機嫌そうに呟いた。

膝下まで届く程に長い紫色の髪に、空色の瞳。獣耳のような髪飾りに、モコモコのコートを着込んだKAN-SEN『タシュケント』だ。

 

「そうだな。そろそろいい時間だし…」

 

タシュケントからの催促の言葉に頷きながら、自らの前にある物体に向き直る指揮官。

それは、黒い木製のテーブルのような物だった。

いや、それはテーブルではない。

テーブルにしてはやけに分厚く高く、一部の側面は大きく湾曲し窪んでいる。

そう、それはピアノだった。

しかも一般家庭にあるようなアップライトピアノではなく、コンサートホールに設置されているようなグランドピアノだ。

 

「それ…ピアノ…ですよね?」

 

「そうだ。GAMAHAの最高級品…お前の年収ぐらいの値段だぞ。」

 

ガイからの疑問に何でもない事のように答える指揮官だが、質問をしたガイはギョッと目を見開いた。

まあ、戦場に楽器を持ち込むのはおかしな事ではない。

ラッパや太鼓の音を攻撃開始の合図とする事は、よくある話だ。

しかし、ピアノ…しかも高級品を持ち込むなんて非常識だ。

 

「…弾けるんですか?」

 

ガイの疑問も仕方ない事だろう。

偏見かもしれないが、指揮官の体格や振る舞いを見るに楽器…しかも、繊細なピアノを弾けるとは思えない。

そんな訝しげなガイに答えたのは、タシュケントだった。

 

「同志ガイちゃん。人を外見で判断するのは良くないわ。」

 

「あ、いや…」

 

タシュケントから告げられた、心中を読んでいるかのような言葉に思わず口をつぐんでしまうガイ。

しかし、指揮官は鍵盤蓋を開けながら答えた。

 

「サウスダコダにな…教わった。こういう事が出来ると、色々と役に立つんだよ。」

 

「はあ…?」

 

役に立つ、とは何の事だろうか?

まあ、下士官である自分には理解出来ない事だろう…ガイが腑に落ちないままどうにか納得していると、軽やかな音色が響いた。

 

──ポロン♪ポロン♪テンテンテーン♪

 

「…まあ、こんなもんだろ。」

 

幾つかの鍵盤を叩いた指揮官だが、流石に調律までは出来ないので何となくで良しとする。

 

「同志ちゃんのピアノ…何だか久しぶりね~。」

 

ワクワクした様子でタシュケントが笑顔を浮かべる。

何が始まるのか気になるガイだが、小隊長としての責務を果たさなければならない。

 

「えっと…指揮官殿。では私は持ち場に…」

 

「あぁ、頑張れよ。」

 

ヒラヒラと手を振る指揮官に敬礼し、持ち場へ戻るガイ。

しかし、その持ち場はピアノの音色が十分に届くような距離だった。

 

「一体何を…」

 

指揮官とタシュケントが居る方向をチラッと一瞥したのち、双眼鏡を覗いて蠢く魔物の群れの様子を見るガイ。

 

──テンテーン…♪テンテンテーン…♪

 

ゆっくりしたメロディが聴こえてきた。

まるで、そよ風に揺れる枝葉のような…

 

「魔王軍前衛、距離4000!」

 

誰かが叫ぶように報告する。

 

──テロンッ♪テレーテンッ♪テレーテンッ♪

 

曲が変調した。

低音がテンポを上げてくる様は、まるで魔王軍の進撃を暗喩しているようだ。

 

「距離3600!」

 

またもや誰かが報告する。

 

──テレテレッテー♪テッテッテー♪テレテレッテー♪テッテッテー♪

 

またもや変調した。

次は軽やかで跳ねるようなリズム…様々な弾薬を担いで走り回る、兵士達の足音のようだ。

 

「距離3300!」

 

もう近い。だが、発砲はまだだ。

 

──デレレッ♪デレレッ♪デレレッ♪デレレッ♪

 

曲の方も兵士達の逸る気持ちを代弁するかのようなものになっている。

 

「距離3000!」

 

「撃てぇぇぇぇぇ!」

 

報告が聴こえた瞬間、発砲の合図が叫ばれた。

 

──ズドンッ!

 

腹に響くような砲声と共に、発射炎と砲弾が砲口から飛び出し魔王軍に向かって飛翔する。

 

──テーンッ♪テレテレテレテレッ♪テンッ♪

 

まるで砲声の後に続くように曲が変調した。

その時、ガイは漸く理解出来た。

これは、"大砲を楽器にしている"のだ。

太鼓の代わりに砲声を…炸裂音を使った音楽だ。

 

──ドォォンッ!ドォォンッ!ドォォンッ!

 

「ビギィィィィッ!」

「ギュルァァァァァ!」

「ギィィィィッ!」

 

榴弾が着弾、炸裂し土柱と共に数多の魔物が宙を舞う。

 

──テンッ♪テンッ♪テレテレテレテレッ♪

 

炸裂音と魔物達の断末魔も、この音楽の一部らしい。

人々の脅威たる魔物が、人々が生み出した音楽を奏でる為の楽器として死に逝く…なんたる皮肉だろうか。

 

「ガイ小隊長!魔王軍後方が爆薬地帯に入りました!」

 

前方は迫撃砲と障害物、後方は榴弾砲により挟まれ足止めされた魔王軍が地中に埋めた爆薬の真上に足を踏み入れたのだ。

 

「っ!発破ぁっ!」

 

戦場に響き渡る音楽に聞き惚れていたガイだったが、部下からの報告により現実に引き戻され、直ぐ様指示を飛ばした。

 

「了解!」

 

──ガチッ!

 

無線機を改造したスイッチが押され、信管に取り付けられた受信機が電波を受信する。

 

──ズゴガァァァァァァァンッ!

 

大地を揺さぶる程の大爆発。

それも無理はない。

ソビエツカヤ・ロシアから分けてもらった40.6cm砲弾を10発、地中に埋めてあるのだ。

爆心地に深いクレーターが出来る程の爆発力…大量の土塊や石、そして数多の魔物が宙を舞った。

そんな中、赤と青の影が見えた。

 

「あれ…赤い鱗の魔物…まさか、赤竜か!?」

 

「ガイ小隊長!赤と青の魔物も居ました!あれはもしや、レッドオーガとブルーオーガでは!?」

 

赤竜と二体のオーガ。それは、神話の中でも魔王直属の配下であると言われている。

そんな三体の魔物が紙屑のように宙を舞い、地面に叩き付けられ…ピクリとも動かなくなった。

 

「や…やったのか?」

 

ガイは呆然としながら呟いた。

三体の魔物の手足や首はおかしな方向を向いており、赤竜に至っては胴体から真っ二つになっている。

魔王は赤竜に騎乗していると伝わっている。

乗騎があのような状態であれば、魔王も爆発に巻き込まれたであろう。

しかし、それは違った。

 

──ゴゴゴゴゴゴ…

 

地面が揺れている。

先ほどの爆破の余韻…いや、違う。

 

──ズゥゥンッ…ズゥゥンッ…ズゥゥンッ…

 

一定の感覚で響く重い音…まるで何かが歩いているような…

 

「な、なんだ…あれ…」

 

「まさか…あれは…」

 

ガイの隣で部下が双眼鏡を落とし、口をあんぐりと開ける。

土煙が少しずつ晴れて行き、爆心地がはっきりと見る事が出来た。

 

「下等生物共めぇぇぇ…よくも…よくも我が軍勢を!」

 

地の底から響くような怒声。

それは紛れもない、神話に語られる存在。

 

「魔王…ノスグーラ…」

 

爆心地に立っていたのは、巨大な岩石の人型。

そして、人型の肩で仁王立ちする魔王であった。

 




サブタイを見れば、何の曲かは分かりますよね?


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116.巨獣戦線

究極のあこ推し様より評価9を頂きました!

どうしてもやりたいネタがあるので、今回も駆け足気味です


──中央暦1640年4月11日午後4時、世界の扉──

 

──ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!…ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「駄目だ!榴弾じゃ外殻を貫通出来ない!」

「砕いた傍から修復されてるぞ!」

「足を狙え!時間を稼ぐんだ!」

 

世界の扉は混乱の渦中にあった。

始めこそ火砲や爆薬を用いた面制圧により万単位の魔王軍を容易く削り取り、伝説の魔物であるレッドオーガとブルーオーガ、更には魔王の乗騎であるとされる赤竜すら瞬殺せしめた。

しかし未だに魔王は健在であり、それどころか全高20mにも及ぶ巨大ゴーレム…カイザーゴーレムを呼び出し、それの肩に乗り此方へ向かって歩いてくる。

 

「クソッ!榴弾じゃ埒が明かない!」

 

「どうしましょう!」

 

「…そうだ!五航戦のお二人なら、徹甲爆弾を持っているはず!航空支援を要請しよう!」

 

次々と砲弾を受けながらも侵攻してくるカイザーゴーレムの姿に歯噛みしていたガイだったが、二隻の空母による航空支援が用意されている事を思い出す。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!

 

そんな事を話していると、空に風を切り裂く音が響いた。

空を見上げると、10機程の航空機がカイザーゴーレムに向かって一直線に飛んで行くのが見える。

大柄な胴体に、中ほどから跳ね上がるような角度が付いた特徴的な逆ガルの主翼…『流星』だ。

垂直尾翼の識別番号を見るに、『翔鶴』所属の物であろう。

 

「先んじて動いていたか!」

 

沖合いで停泊していた五航戦だが、流石に巨大なカイザーゴーレムの姿に気付いたらしく、上空で待機させていた流星を要請前に向かわせていたのだ。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!ガチャンッ!

 

流星の爆弾倉が開き、抱えた500kg爆弾を投下すべく急降下を開始する。

強固な装甲を持つ軍艦を撃沈する為の爆弾だ。如何に魔力で強化された岩石の外殻を持つカイザーゴーレムでも、直撃すればひとたまりも無いだろう。

 

「ぬぅぅぅっ!あれは…『神の船』ではないか!本当に『太陽神の使者』だというのか!」

 

しかし、魔王ノスグーラはその脅威を熟知しており、永い封印の中でその対処方法を編み出していた。

右手を天に掲げ、魔力を集中させる。

 

「《詩を紡ぎ静寂を迎えよ。汝福音をもたらすとき、灰塵は土に舞う。極彩食らいて影落とすべし。照らせ、我が使者。空の彼方はまだまだ暗い。》─ヘル・ファイア・バースト!」

 

──ゴオッ!

 

ノスグーラが詠唱すると、赤黒い火球が幾つも浮かび上がった。

その数は10や20では済まない。

100は優に超え、500近くは有るだろう。

人間の魔導師一人が魔力全てを使い、漸く生み出す事が出来るような火球をこんなにも扱う事が出来るのは、流石魔王と言ったところか。

 

「撃ち落としてくれる!」

 

右手を振り下ろしながら、殺意に満ちた声をあげる。

 

──ゴォォォォォッ!

 

暴風が吹くような音と共に、火球が空に向かって放たれる。

まるで濃密な対空射撃…地から空へ向かって降る雨のようだ。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!ボンッ!ボンッ!

 

急降下爆撃の体勢に入り回避行動が出来なかったうえ、加えてまさかこんな弾幕に曝されるとは思っていなかったのか、次々と撃墜されて行く流星。

 

「そ…そんな…」

 

ワイバーンを遥かに上回る速度で飛行する航空機が容易く撃墜されてしまった。

あれはKAN-SENである翔鶴が運用する無人艦載機だったため人的被害こそ無いが、圧倒的性能の兵器ですら太刀打ち出来ない。

 

「ガイ!」

 

そんな光景を目の当たりにし、呆然としていたガイに声がかけられた。

 

「も、モア!?」

 

「無事で良かった!あのゴーレムやばいぞ!どんどん大きくなってる!」

 

「な、何だって…」

 

目をゴシゴシと擦ってカイザーゴーレムをよく観察する。

 

「グァッグァッグァッグァッ!見たか、使者共!貴様らの神の船なぞ羽虫も同然…最早、何も恐れるものはないわぁぁぁ!」

 

勝ち誇ったように高笑いする魔王。

よく見ると、その位置が高くなっている気がする。

距離が近付いたから、だけではない。

よく見れば、カイザーゴーレムが全体的に大きくなっている気がする。

 

「あ、あれは…!」

 

カイザーゴーレムの足下、そこが大きく凹んでいる。

いや、あれは"吸い上げている"のだ。

まるで樹木が水を吸うように、カイザーゴーレムを構成する土砂や岩石を吸い上げているのだ。

 

「う…嘘だろ!?」

 

「倍位になってるぞ!」

 

驚愕に目を見開くガイとモア。

確かに、カイザーゴーレムは世界の扉よりも遥かに大きく…40m程迄に巨大化している。

 

「このままじゃ、世界の扉が破壊されるぞ!騎士団は防衛ラインを運河へ後退させる判断を下した!お前達も後退した方がいい!」

 

切羽詰まったような声でモアが告げる。

確かに、あんな巨大ゴーレムの一撃を食らえば世界の扉は破壊されてしまうだろう。

しかし、ガイは逃げる訳にはいかなかった。

 

「指揮官殿が!指揮官殿がまだいる筈だ!」

 

「あ、おい!」

 

「避難しているとは思うが、確認してくる!お前は先に行っててくれ!」

 

引き止めようとするモアの言葉を振り払い、走り出すガイ。

戦場でピアノを弾いたりするよく分からない人物だが、一応は最高指揮官だ。

安否を確認しなければならないだろう。

カイザーゴーレムが歩行する事により発生する揺れに足を取られながらも、指揮官とタシュケントが居た場所へ向かって走る。

 

「指揮官殿!」

 

ピアノの音色は聴こえない。

流石に避難したのだろう。そう思い、胸を撫で下ろしたガイだったが…

 

「同志ちゃんも飲んだら?」

 

「だから、酒は飲まないって言ってるだろ?」

 

いや、居た。

透明な液体が入った瓶を持ったタシュケントを肩車して、此方に向かってくるカイザーゴーレムを見物している指揮官が居た。

 

「し、指揮官殿!?」

 

「ん?…あぁ、お前か。」

 

「やっほー、同志ガイちゃん。」

 

下手すれば巻き込まれて死ぬかもしれないというのに、呑気な態度の二人。

それを見て、ガイは思わず脱力してしまった。

 

「な…何をしているんですか?」

 

「いや、魔法って凄いな。って思って見物してた。…ふむ、魔法技術の研究も更に進めるべきか?」

 

「いやいや…逃げましょうよ…」

 

ため息混じりに進言するガイ。

しかし、指揮官はそんな彼に不思議そうな目を向けた。

 

「何故?」

 

「な、何故ってそれは…」

 

チラッとカイザーゴーレムに視線を送り、肩を竦める。

 

「あれ、ヤバいですよね?」

 

「あぁ、そんな事か…」

 

同じく肩を竦める指揮官。

そして、指揮官に同調するようにタシュケントがガイにジト目を向けた。

 

「同志ガイちゃん。同志ちゃんが何の手も打ってない訳ないでしょ?」

 

「はあ…?」

 

いまいち飲み込めず、間抜けな声を出してしまうガイ。

だが、その答えは直ぐに分かった。

 

──グオォォォォォォォォンッ!

 

海の方から雄叫びが聴こえた。

空気をビリビリと震わすような大音量の雄叫び。

それを聴いた者は皆…魔王ですらも海に目を向けた。

 

「あ、あれは…」

 

先程まで勝ち誇ったような表情をしていた魔王の顔が、驚愕に染まる。

魔王だけではない。世界の扉にいた者全て…指揮官とタシュケント以外の全員が、魔王と同じように驚愕していた。

 

──グオォォォォォォォォ!

 

ゴツゴツとした磯を砕きながら上陸する巨体。

二つの頭に長い首を持つ四足歩行の鉄竜…その胴体には、長大な三本の砲身を持つ砲塔が三基搭載されている。

 

「俺の部下は優秀でね…ロシア、あとは頼んだぞ。」

 

どこか満足そうに頷きながら鉄竜に声をかける指揮官。

それに応えたのは、砲塔の内の一つに立った一人の人影であった。

 

「任せろ、同志指揮官。神話なぞ、我が艦砲で押し潰してやる!」

 

長い銀髪に、赤い瞳。180cm程もある長身を白い軍服で包んだKAN-SEN『ソビエツカヤ・ロシア』だ。

艤装を『装甲獣形態』に変形させ、上陸してきたのだ。

 

「な…まさか…使者共の魔導船なのか!?変形し、陸上にまで進出してくるとは!?」

 

想定外の事態に狼狽える魔王だったが、直ぐに気を取り直した。

正面からソビエツカヤ・ロシアを迎え撃つように、カイザーゴーレムを転回させる。

 

「このカイザーゴーレムは魔帝様の『二足歩行型陸戦兵器』をモデルにして造った!貴様らなぞに負けてなるものかぁぁぁぁぁあ!」

 

──ゴガァァァァァァァッ!

 

──グオォォォォォォォォン!

 

北の地で、二体の巨獣が吼えた。




セントルイスって着せ替えが出る度にデカくなってません?


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117.最新鋭の神話

この作品は
「いや、そうは…ならんやろ。」
「なっとるやろがい!」
の精神で楽しんで頂けると幸いです


















OK?


──中央暦1640年4月11日午後5時、世界の扉──

 

轟音が響き、空気が震え、大地が揺れる。

曇天の空の下、二匹の巨獣が吼える。

 

──ゴガァァァァァァァッ!

 

一方は土砂と岩石により造られた巨大な人形…神話に語られる魔王ノスグーラが生み出したカイザーゴーレム。

 

──グオォォォォォォォォン!

 

もう一方は鋼鉄の体躯を持つ双頭の巨竜…異世界の人々が造りし艦船、ソビエツカヤ・ロシアの『装甲獣形態』

本来、対峙する筈のなかった巨獣が睨み合う様は、まるで新たな神話が誕生して行くかのようだ。

 

──ゴガァァァァァァァッ!

 

先に動いたのは、カイザーゴーレムだった。

城の尖塔よりも太い腕を振りかぶり、巨岩の拳を正拳突きのような形で放つ。

その動きはとても緩慢なものに見える。

しかし、巨大な物体というものはある程度の速さで動くだけでも風を巻き上げ、空気を振るわせる。

その証拠のように、カイザーゴーレムの腕の回りでは雪が激しく渦巻いていた。

 

──ガゴォォォォォンッ!

 

巨岩の拳が、装甲獣の頭部に打ち付けられた。

空気がビリビリと震え、腹の底まで響くような轟音が響き渡る。

装甲獣の頭部が凹み、それなりのダメージがあったようだ。

しかし、装甲獣の方もやられっぱなしではない。

 

──グオ…オォォォォォォォォン!

 

もう一方の頭で、カイザーゴーレムの肩に噛み付く。

もともとは強靭な装甲を持つ鉄血KAN-SENの『装甲獣形態』に対し、白兵戦にて撃破する事を目的としたものだ。

いくら魔力で強化されているとはいえ、岩石なぞ簡単に食い破れる。

 

──ギギィッ!…ギギィッ!…バゴンッ!

 

鋼鉄と岩石が軋み、最終的には岩石が砕かれカイザーゴーレムの片腕が落ちた。

切断面から雨霰のように降り注ぐ土砂はまるで、噴き出す血液のようだ。

 

「お…おのれぇぇぇぇぇ!太陽神の使者め!一度では飽き足らず、二度も我々の邪魔をするか!」

 

魔帝の兵器を除けば間違いなく最強であろう、カイザーゴーレムの腕を切り落とした装甲獣に激しい怒りを覚える魔王。

フィルアデス大陸からあらゆる種族のヒトを追い出し、海を渡ってロデニウス大陸まで侵攻したというのに訳の分からない軍隊…『太陽神の使者』の手により再びグラメウス大陸に追い返された事は、魔王にとっては屈辱でありトラウマでもあった。

ゆえに、彼は『太陽神の使者』に対して激しい憎悪を抱いていた。

だからこそ、『神の船』に対抗する為の魔法や『鉄竜』に対抗する為にカイザーゴーレムの強化を行った。

しかし、『太陽神の使者』は『魔導船』を変形させて陸揚げするという方法で此方の上を行った。

 

「やはり、貴様らは魔帝様復活の障害となる!なんとしてでも、この場で討ち滅ぼしてくれるわぁぁぁぁぁ!」

 

カイザーゴーレムが残った腕を振りかぶり、巨岩の拳を打ち下ろす。

まるで地面に杭を打つような一撃。

それは、直撃すれば世界の扉を崩壊させる事が出来る威力となるだろう。

 

──ゴォォォォンッ!

 

しかし、そうはならなかった。

装甲獣がカイザーゴーレムの二の腕に噛み付き、その動きを防いでしまったのだ。

加えて、脇腹にはもう一つの頭が噛み付いてきた。

 

「なっ!?く、クソッ!離せ!」

 

カイザーゴーレムに魔力を送り込みパワーアップを試みる魔王だが、いくら魔力を注いでも噛み付いた装甲獣を振りほどけない。

それも当然、最大で23万馬力にも及ぶ出力から繰り出される咬合力から逃れる術なぞ無いに等しい。

"あの"大和型戦艦が繰り出した式神でさえ逃れる事が出来なかったのだ。

 

「おのれぇぇぇぇ…下等生物共が生意気な!」

 

四苦八苦している魔王の目に装甲獣の背に立つ人影…ソビエツカヤ・ロシアが映った。

 

「何故、我々の邪魔をする!貴様ら下等生物なぞ、魔帝様の家畜に過ぎん!そんな貴様らが、魔帝様の被造物たる我々を…」

 

「…愚かな。」

 

ひたすら憤怒と怨嗟の言葉を吐き出し続ける魔王に対し、ソビエツカヤ・ロシアは冷たく言い放った。

 

「1万年前の遺物が、常に進歩を続ける人類に勝てる訳がないだろう。そうやって、他者を見下し続ける限り…貴様には進歩も勝利も無い!」

 

不敵な笑みを浮かべ、啖呵を切るソビエツカヤ・ロシア。

しかし、その言葉は正に火に油。

更に魔王の怒りを燃え上がらせた。

 

「か、下等生物めぇぇぇぇ…!生意気な!もう良い!貴様から焼き殺してくれる!」

 

カイザーゴーレムに魔力を送り込むのを中断すると、天に手を掲げた。

 

「《詩を紡ぎ静寂を迎えよ。汝福音を…》」

 

「あれはっ!同志翔鶴の艦載機を撃墜した魔法か!?」

 

撃墜された艦載機を操っていた翔鶴から、魔王が扱う魔法がどのようなものか聞いていたソビエツカヤ・ロシアは、打たせまいと装甲獣の出力を限界まで引き出す。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴッ!ズゴンッ!ズゴンッ!

 

装甲獣の動力が唸り、踏ん張った四肢が接地する地面が砕ける。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「な、なんだ!?…う、浮いている!?」

 

そう、カイザーゴーレムの両足が地面から離れていた。

何百…いや、何千トンもあるであろう巨大なカイザーゴーレムが装甲獣の二本の首で持ち上げられていたのだ。

 

「馬鹿な!こんな…こんな馬鹿な事が…」

 

あまりの事態に詠唱する事も忘れ、振り落とされないようにカイザーゴーレムにしがみつく魔王。

そんな魔王を見て、ソビエツカヤ・ロシアはほくそ笑んだ。

 

「あれだけ下等生物呼ばわりをしておいてそれとは…無様だな。」

 

「貴様…っ!」

 

一瞬で怒りのボルテージを上げた魔王が、ソビエツカヤ・ロシアに手を向ける。

詠唱無しで魔法を放つ為、手に魔力を集中させるが…

 

「吹っ……飛べ!」

 

装甲獣が首を振り、カイザーゴーレムを天高らかに放り投げた。

 

──ゴォォォォォォォォッ!

 

大質量の物体が急速に上方へと移動した為、強烈な上昇気流が発生する。

巻き上げられる雪や土砂…その行く先には、宙を舞うカイザーゴーレムの姿があった。

信じられない光景だ。

全高40mものカイザーゴーレムが天高く放り投げられる…正に、新たな神話が誕生した瞬間だった。

 

「同志瑞鶴!」

 

空に向かって、ソビエツカヤ・ロシアが叫んだ。

それを見計らったように、曇天の空を裂いて一機の飛行機が全速力で飛来した。

 

──ブゥゥゥゥゥゥンッ!

 

絞られた滑らかな胴体に、上反りした主翼を持つ戦闘機…重桜の最新鋭機『烈風』だ。

その烈風のエンジンカウルの上で、瑞鶴が腰の刀に手をかけていた。

 

「こんなにお膳立てされたら…」

 

──チャキッ…

 

鍔を鳴らし、抜刀する。

 

「決めない訳には行かないでしょ!」

 

後ろ腰に装備された飛行甲板を模した艤装に、ミニチュアになったような流星を三機呼び出すと同時に刀の柄頭を飛行甲板の後端に押し付ける。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…シャンッ!シャンッ!シャンッ!

 

呼び出されたミニチュアの流星は飛行甲板を逆方向に滑走し、瑞鶴の刀と接触すると炎となって刀身に纏い付く。

 

「あ…あれは…!」

 

宙を舞うカイザーゴーレムの肩で、魔王は目を見開いた。

その脳裏に過ったのは恐怖…死への本能的な恐怖だ。

 

「くっ…来るな!来るな!」

 

手に魔力を集中させ、防御魔法を展開する。

しかし、対空攻撃に使用した魔法とカイザーゴーレム維持の為の魔力はあまりにも膨大過ぎた。

特に、装甲獣から逃れる為に注ぎ入れた魔力は莫大な魔王の魔力を枯渇させてしまっていた。

それを示すように、防御魔法の厚みは何とも頼りない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

烈風のエンジンカウルを蹴り、飛び上がる瑞鶴。

鶴の翼を模した袖が風をはらんで羽ばたくようにはためき、燃え盛る刀が空に炎の帯を描く。

 

「う…うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「貰ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

──バチッ!バチッ!バチッ!

 

防御魔法と刀が競り合い、火花が散る。

しかし、それも一瞬の事だった。

 

──バリンッ!

 

まるでガラスが割れたような音が響き、防御魔法が破られた。

それを目の当たりにした魔王は、呆然と呟く。

 

「馬鹿…な…」

 

──ザンッ!

 

魔王の体を刃が袈裟斬りに切りつけ、そこから炎が噴き出す。

 

「…斬り捨て、御免!」

 

そのまま魔王の体を斬り抜いた瑞鶴が、烈風に飛び乗る。

次の瞬間だった。

 

──ズッ…

 

カイザーゴーレムが炎に包まれ、巨大な火の玉となり…

 

──ゴガァァァァァンッ!

 

放射状に魔力を噴出しながら崩壊した。

空に浮かび上がる火の玉を中心とした放射状の模様。

それはまるで、太陽のようだった。

 




瑞鶴の「貰ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」を成功させたかった


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118.神話の終焉

ヘレナに加えて初霜の改造とは…
あれ?初霜大して変わってなくね?


──中央暦1640年4月11日午後6時、世界の扉──

 

堂々と聳える世界の扉、踞る鉄竜、うず高く積まれた土砂…それらを沈み行く夕日が照らしていた。

 

「凄かったな…」

 

「あぁ…夢でも見てる気分だった。」

 

土砂の山の傍らで呆然とした様子のガイとモア。

いや、二人だけではない。

世界の扉にて防衛作戦に従事していた騎士や兵士達は皆、世界の扉から出て来て後片付けに追われていた。

目の前の土砂や魔物の死体、不発弾の処理等々…戦闘よりも大変かもしれない作業に着手していた。

 

「魔王軍に攻撃してから3時間しか経っていない…」

 

「こんな短時間で魔王を討伐するとは…しかも、死人はゼロ。怪我人が10人ぐらい出ただけだぞ?」

 

人類文明の危機と認識された魔王復活。それは、人類文明の勝利に終わった。

砲撃により魔王軍は壊滅、伝説の魔物であるレッドオーガやブルーオーガ、魔王の乗騎である赤竜すら瞬殺した。

魔王が巨大なカイザーゴーレムを造り出した時は肝が冷えたが、鉄竜…ソビエツカヤ・ロシアの『装甲獣形態』が打ち破り、魔王自身も瑞鶴の刃により斬り伏せられた。

それでいて世界の扉は無事で、人的被害も負傷者10名程度。

完全勝利と言っても差し支えない。

 

「これで…世界の扉もお役御免かな?」

 

どこか寂しそうにガイが呟いた。

魔王が敗れた直後、生き残っていた魔物達は蜘蛛の子を散らすようにグラメウス大陸へと逃亡を始めた。

魔王という絶対的な強者が居なくなった以上、命を懸ける理由を失ってしまったのかもしれない。

本来、世界の扉は復活するであろう魔王を食い止める為に建造されたものだ。

魔王が消滅した今では価値が無くなったとまではいかないが、大幅に下落した事は間違いないだろう。

解体こそしないだろうが、人員は削減されるかもしれない。

 

「かもな…でも、第二の魔王が出ないとも限らない。それに備えて、世界の扉と共にフィルアデス大陸を守ろうじゃないか。」

 

パシッとガイの背を叩くモア。

そんな二人の真横を巨大な人型機械が通り過ぎる。

 

──ガチョンッ…ガチョンッ…ガチョンッ…

 

両腕をショベルカーのアームに取り替えたスコープドッグだった。

あれで、土砂を掬い取るのだろう。

 

「もう山を片付けるのか?もうそろそろ日没だから明日にすればいいのに…」

 

首を傾げるガイの背後から声があがった。

 

「魔王の死体を回収するんだ。」

 

「あ、指揮官殿!」

 

「フレッツァ殿、お疲れ様です!」

 

その声に振り返った二人の目に映ったのは、指揮官の姿だった。

普段、肩に羽織っているだけのコートを今日ばかりはしっかり着込んでいる。

 

「トーパ王国に伝わる文献には、魔王は古の魔法帝国により生み出されたとあった。あれほどの生命体を生み出せる技術…どんなものか確かめたくてな。」

 

「なるほど…確かに、神話にも魔帝の復活が予言されていますからね。それに備えて、と言う訳ですか。」

 

モアの言葉に頷く指揮官。

 

「そう。眉唾物だが、備えても損は無い。ガセネタだったら…その時は笑って誤魔化そう。」

 

「まったく…まさかあんな強力な対空射撃が出来るなんて想定外でしたよ…流星が10機も…」

 

フッと鼻で笑いながら告げる指揮官の後ろから、落ち込んだ様子の翔鶴がトボトボと歩いてきた。

新進気鋭の重桜五航戦として、何としても攻撃を成功させるつもりだったのに、まさか全機被撃墜とは考えもしなかったのだろう。

 

「いや…まさか、魔王があんな事をするなんて誰にも予想出来ない。むしろ、想定しなければならない俺の判断ミスだ。気にするな。」

 

苦笑しながら翔鶴の頭をガシガシと撫でてやる指揮官。

 

「なっ…ちょっと!髪が乱れるじゃないですか!」

 

そんな強引な手付きに顔を赤らめながら抗議する翔鶴。

その赤面は怒りによるもの…ではないようだ。

 

「ははは…指揮官殿も罪な男だ…」

 

「まあ、嫌われちゃKAN-SENの方々を率いるなんて無理だろうしなぁ…」

 

そんな二人を見ながら小声で話すガイとモア。

そうしていると、土砂の山から声があがった。

 

「ま、魔王だぁぁぁぁぁあ!」

「嘘だろ、まだ生きてるぞ!?」

「ライフルでもマシンガンでもいいから持ってこい!」

 

一瞬で周囲が混乱の渦に叩き込まれる。

瑞鶴により両断され、業火で焼かれたというのに生きているとは信じられない。

 

「翔鶴、行くぞ!」

 

「はい、指揮官!」

 

「お供します!」

 

「私も、トーパの騎士としてお供します!」

 

直ぐ様思考を切り替え、翔鶴に呼び掛けながら走り出す指揮官。

それに応えるように頷き、滅多に抜かない刀の柄に手を掛ける翔鶴。

ガイとモアもまた、力強く頷きながらその後を追う。

 

「うわっ、臭っ!」

「なんと…醜い顔なんだ…」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 

土砂と岩石の山の一角、作業用スコープドッグと多数の兵士が集まっている場所があった。

近付いて行くと、不快な焼けた酸っぱい臭いが漂ってくる。

その臭いの元、兵士達が構えるライフルの銃口の先にそれはあった。

 

「あ……ぐぅぅ…あ…ぁ…」

 

焼け爛れ、半ば炭化したような異形の人型の上半身…変わり果てた姿となった魔王ノスグーラだった。

辛うじて原形を留めている事は勿論、まだ息があるというのも驚きだ。

 

「魔王…ねぇ…こうなりゃ、道端で潰れているカエルと変わらんな。」

 

もはや虫の息といった具合の魔王を見下ろしながら呟く指揮官。

 

「え~…?これが魔王ですかぁ?死にかけだし威厳も無いし…何より気持ち悪い顔してますねぇ。」

 

ここぞとばかりに翔鶴が魔王を煽り倒す。

10機の流星を失った腹いせなのであろう。

更には、次いでとばかりに刀の切っ先で魔王の喉笛を突っついている。

 

「ば、馬鹿な…何故…何故、貴様ら下等生物が人型戦闘兵器を持っている…?」

 

しかし、魔王の興味は鉄の巨人…スコープドッグに向けられていた。

ボロボロと崩れゆく腕を持ち上げ何かを掴むような仕草をするが、指がボトッと落ちて掌さえも崩れてしまった。

 

「死ぬしか道が無いお前に教えて何になる。さっさと死ね。」

 

なかなか息絶えない魔王に苛立ったのか、その醜い顔をブーツで踏みつける指揮官。

だが、魔王の顔に怒りは無くむしろ嘲笑うような表情を浮かべていた。

 

「グァッグァッグァッ…魔帝様の技術を模倣しただけで図に乗るなよ、下等生物共。まもなく魔帝様は復活される!その時が貴様らの最後だ!」

 

最期の力を振り絞り、勝ち誇ったように宣言する魔王。

その言葉に、その場に居た全員がざわめいた。

 

「古の魔法帝国が!?」

「伝承は本当だったのか…」

「い、いつ…いつ復活するんだ!?」

 

古の魔法帝国…ラヴァーナル帝国の強大さは列強国・文明国・文明圏外国問わず知られている。

並び立つ者が居ない程の技術力と強大な軍事力を持ち、他種族を奴隷とし娯楽として拷問して殺す等の悪行三昧。

挙げ句の果てに神々に弓を引いたとされる、傲慢で悪辣な帝国…その恐怖は、この世界の人々に遺伝子レベルで刻み込まれていた。

草食獣が肉食獣を恐れるように、この世界の全ての種族は魔帝を恐れるのだ。

 

「グァッグァッグァッ、もう手遅れだ!貴様らは、魔帝様復活までの僅かな時間を怯えながら…グギィッ!?」

 

しかし、それを恐れぬ者も居た。

 

「魔帝様、魔帝様って…お前はそいつが居ないと何も出来ないのか?そういうのを…あー…トラ…トラ…」

 

「虎の威を借る狐、ですよ。」

 

「そうそう、それだ。…いや、虎よりも狐の方が強い気がしてならんのだが?」

 

それは二人の異邦人…指揮官と翔鶴だった。

指揮官は魔王の顔をより強く踏み、翔鶴は魔王の首に刀を突き刺した。

 

「き、貴様ら…魔帝様が怖くないのか!?無敵の魔帝様だぞ!?」

 

「あら、喉笛に刺したのに喋れるんですね。びっくりです♪」

 

サディスティックな笑みを浮かべ刀をグリグリと左右に捻る翔鶴。

それを見て苦笑する指揮官だったが、その顔は直ぐに魔王に向けられた。

 

「無敵?だからどうした。」

 

腰を折り、近距離から魔王の目を覗き込む。

 

「神から逃げるような奴が『カミ』を殺した俺達に勝てる訳が無いだろう。」

 

「き、貴様…」

 

虚勢を張るな!と反論しようとした魔王だが、言葉にする事が出来なかった。

目の前に居るのは、ただのヒト族の男…だと言うのに、魔王は恐怖していた。

 

「貴様…!貴様!」

 

魔王の視界を埋め尽くす男。

その背後に、"触手の塊に鎮座する青白い少女"の幻影が見えたのだ。

そして、その少女の口が動いた。

声は出ず、口だけの動き…だが、魔王はその動きだけで少女の言葉が理解出来た。

 

──経験値の役目、ご苦労様

 

「う…う……わぁぁぁぁぁぁっ!」

 

耳をつんざくような断末魔と共に、魔王の体は石となり…砂となって完全に崩れ去った。




ミ帝との絡みの後に竜の伝説編をやりたいと思います


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最強と渡り合う為に
119.先触れ


豆腐兄貴様より評価10を頂きました!

今回よりミ帝接触編です


──中央暦1640年5月14日午前11時、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ──

 

ロデニウス連邦の中枢である大統領府。

その中心である大統領執務室のソファーに座る四人の人影があった。

 

「成る程…神聖ミリシアル帝国が、国交開設を前提とした使節団を派遣したいと申し入れて来たと?」

 

「神聖ミリシアル帝国と言えば…ムーも凌ぐ国力を持つ、世界最強国家ですよね~?」

 

内二人は、指揮官と女性。

青紫色の髪で右目を隠し、緑と赤を基調にした軍服を着用したKAN-SEN『トレント』だ。

 

「えぇ…やはりパーパルディア皇国を下したという実績と、新たなる列強国として名乗りを上げた事がかの国の興味を引いたのでしょう。」

 

難しい顔で頷きながら答えたのは、対面のソファーに座る紺色のスーツを着用したロデニウス連邦大統領カナタ。

 

「神聖ミリシアル帝国は、古の魔法帝国の遺跡を解析して手に入れた強大な軍事力と優れた技術力を以てして世界最強に相応しい力を持っている。そのような国家が自ら出向くとは…我々の地位も随分と向上したものだ。」

 

神妙な…しかし、どこか嬉しさを隠せないような表情で何度も頷くのはカナタの隣に座った外務大臣リンスイである。

そう、実は2日前に神聖ミリシアル帝国からコンタクトがあり、ロデニウス連邦へ使節団を派遣したいという要請があったのだ。

それに対し連邦政府は快諾。使節団を出迎える準備の為の話し合いが行われているのだ。

 

「神聖ミリシアル帝国、世界最強の国家ですか…ムーよりも進んだ文明という事は、少なくとも理性的な国家である事は間違い無いでしょうね。」

 

「うむ。しかし、世界最強というプライドは勿論あるだろうし、我々を新興国として見くびっている可能性もある。故に、刺激せずに…かつ舐められないような出迎えを執り行いたいのだが…」

 

指揮官の確認するような言葉に、リンスイが難しい顔をしながら答える。

今までロデニウス連邦が接触した列強国と言えば、ムーとパーパルディア皇国…ムーはかなり理性的であったが、パーパルディア皇国については思い出す事も憚られる程に酷いものだった。

つまり、ロデニウス連邦の対列強国外交は50%の確率で失敗しているとも言える。

故に、神聖ミリシアル帝国に対する外交は慎重にならざる負えなかった。

 

「飛行機で来訪する、というお話でしたよね~?」

 

トレントが下唇に人差し指を当てながら問いかけ、それにカナタが答えた。

 

「先方からはそう説明されているので、大陸の西にある『アルバント市』にある空港で着陸してもらい、大陸横断鉄道北側路線でこのクワ・トイネまでお越し頂きましょう。」

 

カナタはそう言いながらローテーブルの上に広げられた地図上を指でなぞった。

そのルートは旧ロウリア王国の西にあるアルバント市から旧クワ・トイネ公国の国境の街ギムを通り、最終的に首都クワ・トイネへ向かうというものだ。

 

「まずは空港での出迎えが重要となるな…第一印象が全てを左右すると言っても過言ではない。」

 

むぅ、と唸りながらリンスイが思案する。

確かに彼の言う通り、もし出迎えに粗相があればそれこそ外交問題に発展するだろう。

それに関してはトレントから答えが出た。

 

「アルバント市の空港に儀仗隊を派遣して…鉄血の楽団に演奏をお願いしてはどうでしょ~?勿論、神聖ミリシアル帝国の国歌を演奏すれば好印象だと思いますよ?」

 

「うむ、それがよいな。それと…指揮官殿、空軍からアクロバットチームを派遣してはくれまいか?」

 

トレントの言葉に頷きつつ、リンスイは指揮官に声をかけた。

 

「アクロバットチームですか?」

 

「うむ、音楽に合わせて空にスモークで神聖ミリシアル帝国の国旗を描く事は…可能だろうか?」

 

「んー…先方が此方に来るのはいつ頃でしたかね?」

 

眉をひそめて考え込みながら問いかける指揮官。

それに対しカナタが手帳を見ながら答えた。

 

「凡そ1ヶ月後…6月の半ばですね。」

 

「1ヶ月…まあ、ギリギリどうにかなるでしょう。…あぁ、そうだ。」

 

脳内でアクロバットチームの訓練スケジュールを組みながら、地図の一点を指差す。

 

「ギムから直接クワ・トイネではなく、ピカイアとマイハークを経由した方が良いのでは?」

 

「ほう、何故に?」

 

首を傾げるリンスイに対し、指揮官は頷く。

 

「ピカイアには大規模な軍港があり、マイハークはロデニウス連邦随一の経済都市です。ですから…」

 

「成る程、我が国の海軍力と経済力を示すという事ですね?」

 

合点がいったように手を叩くカナタ。

ピカイアはロデニウス連邦海軍の根拠地であり、軍艦が停泊している。

そしてマイハークは、統一戦争後の再開発により様々な企業が本社を置いており、マイハーク港は商船が絶え間く出入りしている。

それを見れば、ロデニウス連邦の国力は嫌でも理解出来るであろう。

 

「勿論、使節団の到着に合わせて我々の艦隊もピカイアやマイハークに派遣させましょう。ロデニウス連邦は新たな文明圏の盟主…最新の列強国となるのですから、多少の見栄は張りませんと。」

 

苦笑しながら提案する指揮官だが、リンスイがやや心配そうに告げる。

 

「しかし…余りにも大規模は戦力を見せびらかす事は、先方に要らぬ警戒心を与えてしまうのではないか?もし、世界最強の神聖ミリシアル帝国が我々を敵と見なせば…」

 

ブルッと身を震わせるリンスイ。

確かに彼の言葉にも一理ある。

東の果てに急に現れた新興国が大規模な艦隊を保有していれば、要らぬ警戒心を与えてしまうかもしれない。

しかも相手は"あの"神聖ミリシアル帝国だ。

敵対国は慈悲すら与えずに滅ぼす世界最強国家…万が一、かの国を敵に回すような事があれば大変な事になるだろう。

だが、指揮官はそんな心配はしていなかった。

 

「楽観視する訳ではありませんが…大丈夫でしょう。かの国がそんなに短絡的なら、この世界はこんなにも平和ではありませんよ。ただ…万が一、我々を敵対視し戦争を仕掛けてくるのであれば…」

 

その碧眼が刃のように鋭くなる。

その目付きにカナタとリンスイが思わず寒気を覚えた。

 

「もうっ、指揮官ったら。怖い顔になってるわよ?ほら、スマイル♪スマイル♪」

 

だが、そんな指揮官の頭をトレントが、撫でる。

優しく慈しむような手付きに、思わず顔が綻んでしまった。

 

「ははっ…そうか…大統領、外務大臣、申し訳ありません。」

 

やんわりとトレントの手を払い除け、カナタとリンスイに向かって深々と頭を下げる指揮官。

しかし、二人は苦笑しながらフォローした。

 

「いえいえ…いざという時に躊躇していては取り返しの付かない事になりますから。指揮官殿のように躊躇い無く行動出来る事は強みですよ。」

 

「大統領の仰る通りですな。まあ、指揮官殿のように肝が座っていれば使節団に物怖じするような事は無い。舐められない、という一点では卿は適任であろう。」

 

「お気遣い、感謝致します。」

 

再び深々と頭を下げる指揮官。

それを笑顔で見ていたトレントだったが、何かを思い出したように目を見開きながら手を叩いた。

 

「あら、そういえば…」

 

「トレント、どうかしたのか?」

 

「おもてなしの為のお料理のメニューを考えないといけませんね。」

 

確かに使節団を出迎えるにあたって軍事力や経済力を示す事も重要だが、文化水準の高さを示す事も大事だ。

勿論、空港で出迎える予定の楽団が奏でる音楽でも示す事は出来る。

しかし、ロデニウス連邦の主要産業の一つである豊富な農作物を使った多種多様な料理でも文化水準を示すべきだろう。

如何に他が優れていても、串焼き肉しか出ないようでは先方をガッカリさせてしまう。

加えて、宗教的に口にする事が出来ない物を出してしまうとそれだけで外交問題だ。

 

「アイリス料理のフルコースとか…重桜の懐石料理とかはどうだ?」

 

「神聖ミリシアル帝国は主要国の中でも最もエルフが多いので、植物性の食べ物を好むエルフに合わせて懐石料理は中々良いかもしれません。」

 

エルフであるカナタは重桜の懐石料理がお気に入りらしく、プライベートでもよく料亭に通っている。

しかし、それに反論したのがリンスイだった。

 

「いえいえ、大統領。使節団の方々は長旅でお疲れでしょうし、精を付ける為に肉料理…つまり、ユニオンのステーキ等をですね…」

 

疲れている人間相手に消化に悪そうなステーキを出すのはどうかと思ってしまうが、ドワーフとヒトのハーフであるリンスイは豪快なユニオン料理がお好みのようだ。

 

「私は…赤、緑、白が鮮やかなサディア料理がいいと思うのだけど…指揮官はどうかしら?」

 

予期せぬ議題で詰まる議論。

しかし、それに対して指揮官が出したのは単純な答えだった。

 

「国籍問わず様々な料亭を並べ、各々が気に入った料理を取る…ビュッフェ方式の立食パーティーにしては?各々の好き嫌いやアレルギー等の問題もありますし、そのような形にするのが無難だと考えます。」

 

他三人が「それだ!」というような顔を見せ、とりあえずこの話し合いは一区切りとなった。

 

 




イベントの後に周回イベントは流石に燃料が…


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120.空を征く十字軍

エスキモーイベントやりながら開発艦のレベル上げしてると燃料が面白いほど溶けます

明石ぃ!燃料よこせぇ!


──中央暦1640年6月11日午前11時、ロデニウス大陸西方700km沖上空──

 

雲一つ無い青空を、純白の航空機が飛んでいる。

テーパー翼に、卵形のプロペラの無いエンジンを2基持つそれは神聖ミリシアル帝国の旅客型天の浮船『ゲルニカ35型』である。

この世界では屈指の性能を誇る大型航空機の機内で、5人のミリシアル人が如何にも座り心地が良さそうな座席に座って寛いでいた。

 

《乗客の皆様、本機は間もなくロデニウス連邦の領空に入ります。なお、ロデニウス連邦の戦闘機が2機、着陸誘導を行う予定となっております。》

 

機内放送が流れると、各々が伸びをしたり肩を回したりして長旅の疲れを少しでも発散しようとする。

 

「長かった!あと2時間ちょっとで着きますね。」

 

伸びをして関節をバキバキ鳴らしているのは、情報局情報官のライドルカであった。

一方、彼の隣で明らかに不機嫌になっているのは外交官のフィアームだ。

 

「まったくもって遠い…それに、東の果ての思い上がった文明圏外国を相手にしなければならないと思うと…頭が痛いな…」

 

「いやいや、戦闘機が来るって話ですよ?そこらの文明圏外国と同じように考えてはいけないのかもしれません。」

 

そんなフィアームに釘を刺したのは、軍務次官のアルパナ。

そして、アルパナに同調するように頷く技術研究開発局開発室長のベルーノ。

 

「そうですな…ロデニウス連邦はムーの支援を受けていると考えられます。『マリン』はまだしも、前世代機の『リバー』を保有している可能性があります。」

 

『リバー』というのはムーが『マリン』以前に採用していた三葉機であり、優れた運動性とプロペラ同調機銃によりワイバーンに対して圧倒的な優位性を誇った事でも知られている。

現在は全てが退役している筈だが、ロデニウス連邦に輸出されているかもしれないと判断したのだ。

 

「ふむ…私はムーの支援ではなく、我が国のように遺跡から発掘した兵器を解析して兵器を開発したと考えているのだがね。」

 

そんなベルーノの言葉を否定したのは、対魔帝対策省のメテオスだった。

 

「メテオス殿、いくら何でもそれは有り得ませんよ。魔帝の遺跡を解析するのは、我が国でも何百年とかかりました。"世界最強たる我が国でさえも"ですよ?東の果ての文明圏外国にそんな事、出来るとは思えません。」

 

今度はフィアームがメテオスの言葉を否定した。

なんとも高慢で、相手を侮ったような言葉…しかし、そう思うのも仕方ないのかもしれない。

何せ、魔帝の遺跡は1万年以上前の物。解析する事はおろか、場合によっては発掘すら難しい場合もある。

そんな遺跡を発掘し、それがどのような物か解析し、更には驚異的な技術力を以て作られたそれを模倣する事なぞ神聖ミリシアル帝国以外には出来ないと言うのは、この世界の常識であるからだ。

 

「いや、ロデニウス大陸には『太陽神の使い』に関する伝承がある。その伝承によれば、使い達が残した物はエルフの聖地に…」

 

メテオスが鞄から持参した古文書を取り出し、フィアームに見せようとした時だった。

 

「ん?……なんだ、この音?」

 

手持ちぶさたに窓から外を見ていたアルパナが、窓ガラスから伝わる機外の音に違和感を覚えて首を傾げた。

 

「ど、どうしました?」

 

アルパナの様子にライドルカが問いかける。

それに対しアルパナは、眉をひそめながら答えた。

 

「何か…暴風のような音が…」

 

「天の浮船のエンジン音でしょう。雲一つ無いのに、そんな激しい暴風が…」

 

呆れたように肩を竦めるフィアーム。

しかし、そんな彼女を嘲笑うかのようにその音は聴こえてきた。

 

──ゴォォォォォォォ…

 

「…いや、これはゲルニカ35型のエンジン音ではない!」

 

普段から様々な魔帝の兵器のエンジン音を聴いているメテオスが真っ先に気付いた。

 

「上からだ!」

 

ベルーノが音の発生源を特定し、窓ガラスに頬を擦り付けながら上空を確認しようとした瞬間だった。

 

──ゴォォォォォォォッ!ゴォォォォォォォッ!

 

二つのライトグレーの物体が上空から猛スピードで、天の浮船の左右を急降下しながら追い抜いた。

 

「な、なんだ!?」

 

その物体に驚いたフィアームが仰け反り、座席のヘッドレストに後頭部をぶつけてしまう。

しかし、そんなフィアームの都合なぞ知る術もない物体は遥か低空で反転、あっという間に天の浮船と同じ高度に到達すると並走を始める。

 

「あれは…まさか、ロデニウス連邦の戦闘機か!?」

 

「プロペラが無いぞ!?…はっ!機体の前方に空気取り入れ口がある!まさか、ロデニウス連邦も魔光呪発式空気圧縮放射エンジンを実用化しているのか!?」

 

ライドルカとアルパナが驚愕の余り座席から立ち上がり、顔面で窓ガラスを突き破るような勢いで並走する機体を観察する。

 

「むむっ、あの翼型は…後退翼!?速度が音速を超えた場合に、翼端が超音速に達する気流に触れない為に考えられた翼型だ!我が国では未だに机上の空論だと言うのに…まさか、あの機体は音速を超えると言うのか!?」

 

同じく窓ガラスから見える機体に釘付けとなっているベルーノが、興奮で全身をワナワナと震わせている。

そう、この機体…『F8クルセイダー』はベルーノの言う通り、超音速機である。

しかし、それどころでは無い者も居た。

 

「バカな…文明圏外国が、我が国を凌駕する航空機を持っている筈がない!あり得ない!」

 

自国の力を絶対視するフィアームは、冷や汗をダラダラと流しながら顔を青くしていた。

だが、そんな彼女とは対照的にベルーノは興奮により頬を紅潮させていた。

 

「後退翼は超音速でなければ非効率…という事は、あの機体は間違い無く超音速飛行を目的としています!凄い!着陸したら真っ先に見に行きたいですね!」

 

「そんな…我が国は最先端のはずだ!魔法帝国の遺産を、どの国よりも深く早く研究解析してきたんじゃないのか!?それなのに…よりによって航空機技術という重要な分野で負けるとは!」

 

顔を赤くするベルーノと、顔面蒼白なフィアーム。

しかし、そんな二人とは対照的にメテオスは冷静に分析していた。

 

(ふむ、魔力を感じない…天の浮船と同じタイプのエンジンを搭載しているのであれば、魔力感知器を使わなくても済む程の魔力を放出する筈だが…まさか、あれはムーのように科学技術を用いて設計されたものなのか?いや…だとしたら去年、フィルアデス大陸方向で検知した魔力波は何だ…?)

 

ポカンと機外を見るライドルカとアルパナ。

興奮と驚愕で阿鼻叫喚となっているフィアームとベルーノ。

一人黙々と分析するメテオス。

そんなカオスな事態になっているキャビンに、機内放送が流れた。

 

《ゆ、誘導機のパイロットが皆様にご挨拶をしたいとの事ですので、通信を繋げます。》

 

やや戸惑ったような、天の浮船のパイロットの声が響く。

そのあと若干のノイズが流れ、機内放送が切り替わった。

 

《初めまして、神聖ミリシアル帝国の皆様。私は、今回皆様をご案内する名誉に預かりました『イントレピッド』と申します。》

 

《同じく…誘導機を勤める『バンカー・ヒル』と申します。》

 

その放送に機内がざわめいた。

 

「じょ…女性!?」

 

ライドルカが思わず声を荒らげてしまう。

神聖ミリシアル帝国にも軍属の女性は存在する。しかし、彼女達は基地の食堂で調理を担当したり、軍医の助手をしたりと後方要員として働いているに過ぎない。

パイロット…しかも戦闘機のパイロットを勤めている女性なぞ、彼らの常識では考えられないものなのである。

 

《着陸後、皆様の歓迎セレモニーを行う予定ですので、お疲れでしょうが少々お付き合い下さい。》

 

《歓迎セレモニーは皆様の疲労も考慮し、15分程を予定しております。》

 

イントレピッドとバンカー・ヒルがそのように述べるが、5人はそれどころではなかった。

ロデニウス連邦、かの国がどのような国家であるか…それが気になって仕方がない状況になったからだ。




第二世代ジェット戦闘機の試行錯誤感が好きです

…あれ?前にも言いましたかね?


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121.カルチャーショック

5人を動かすのは難しい…


──中央暦1640年6月11日午後2時、ロデニウス連邦アルバント市空港──

 

ロデニウス大陸の西海岸沿いに存在するアルバント市。

もともとは旧ロウリア王国で西方諸侯と呼ばれていた貴族が治めていた小さな街であったが、大陸横断鉄道の終着駅として都合が良かったためターミナル駅や空港が置かれた地方都市となっていた。

そんなアルバント市の郊外にある空港に着陸する神聖ミリシアル帝国の航空機、天の浮船ゲルニカ35型。

風でふらつく事もなく、3本ある滑走路の内の1本に着陸した。

 

「ふぅ…到着しましたね。」

 

シートベルトを外し、一息つくライドルカ。

そんな彼の隣の座席に座るフィアームはシートベルトを外す事も忘れ、窓から見える景色に釘付けになっていた。

 

「ば…バカな…文明圏外国に、こんな空港が…?」

 

フィアームが見ていたのは、空港の景色だった。

綺麗に舗装されたアスファルトの滑走路と、しっかり手入れされた芝生。聳え立つ管制塔と、ガラスを多用したターミナルビル…それは、神聖ミリシアル帝国内に存在する地方空港と何ら遜色無いものだった。

いや…滑走路が長い分、この空港の方が優れているかもしれない。

 

「おおっ、あの機体にはプロペラが付いています!いや…と言うより、かなり大きい機体ですな!もしや旅客機では!?」

 

「ちょっ…まっ…!落ち着いて下さい!」

 

相変わらず興奮した様子のベルーノが、まるで子供のようにはしゃぎながら窓から見える格納庫を指差しつつアルパナの肩を掴んでガクガクと揺すっていた。

因みにベルーノが見たのは、格納庫内で整備を受けているMe264である。

 

「ふむ…成る程…これは実に興味深い…」

 

相変わらずカオスな様相の機内で小さく頷くメテオス。

そんな彼に対し、ライドルカは頭上の荷物入れに置いた鞄を取り出しながら問いかけた。

 

「メテオス殿、どうかされました?」

 

「…ん?あぁ、いや…ロデニウス連邦はムーのような科学文明国だと思ったが…違うようだ。」

 

「ほう?それはどういう事ですかな?」

 

ゲルニカ35型がタキシングし、駐機場へ向かうまでの時間はまだある。

故にメテオスはベルーノからの問いかけに答えた。

 

「先程着陸した滑走路…あそこから強い魔力を感じた。おそらく、滑走路に『風神の涙』のような物を埋め込んでいるのだろう。しかも…おそらく、その『風神の涙』は我が国のものより性能がいいのかもしれないね。」

 

「な、なんですって!? 」

 

メテオスの言葉に、アルパナが目を見開いた。

科学技術ならまだしも、魔法技術でも負けているかもしれない…それは驚くには十分過ぎる材料だった。

 

「君たちはヒト族だから分かり難いかもしれないが、私はエルフだからね…魔力の感知には長けているのだよ。」

 

どこか得意気に話すメテオスに、フィアームが震える声で問いかけた。

 

「あの…性能がいいとは、どの程度…」

 

「ふむ、舗装材が5cm程度と仮定して…ゲルニカ35型の降着装置の長さを考慮して、感じた魔力から推測すると…およそ、我が国の『風神の涙』の3倍の魔力量があってもおかしくはないね。」

 

「さっ…3倍…」

 

メテオスから突き付けられた現実を前に、フィアームがポカンと口を開ける。

最早、彼女の精神は限界寸前だ。心なしか、口から魂が出ているような気がする。

 

「これを使えば、航空機の滑走距離を大幅に短縮する事が出来るだろう…」

 

──ゴォォォォォォ…

 

あくまでも冷静にメテオスが話していると、再び"あの"暴風のような音が聴こえてきた。

 

「おおっ、着陸するのか!」

 

その音を耳にしたベルーノが再び窓に顔を押し付け、滑走路に釘付けとなった。

彼の視線の先にはプロペラの無い2機の航空機…ゲルニカ35型を誘導した『F8クルセイダー』が着陸体勢に入っていた。

 

──ヒュイィィィィィ…ギッ!ギッ!

 

風切り音と降着装置のブレーキ音が聴こえ、2機のクルセイダーは危なげなく同時に着陸した。

1本の滑走路に、2機横並びとなって着陸する様は技量の高さを見せ付けているようだ。

 

「お見事、素晴らしいね。」

 

淡々と、しかし嫌みを感じさせない口調で言いながらパチパチと手を叩くメテオス。

しかし、一番はしゃぎそうなベルーノは目を見開いてプルプルと震えていた。

 

「…ベルーノ殿、如何されました?」

 

怪訝そうな表情で問いかけるアルパナ。

その問いかけにベルーノは振り絞るように答えた。

 

「あ…あの戦闘機…翼が…可動している…」

 

「翼が可動…?あぁ、折り畳み翼ですか?」

 

ベルーノの言葉に首を傾げながら答えるライドルカ。

しかし、ベルーノは鬼気迫る表情でクルセイダーを指差した。

 

「違う!胴体との接合部が持ち上がって…翼自体に迎角が付いている!成る程…ああして着陸時の低速安定性と視界を確保しているんだな…」

 

彼の言う通り、クルセイダーの主翼は油圧アクチュエーターにより前桁を持ち上げて翼の上下角度を変える事が出来る機能を持っている。

それに気付いた目敏さは流石なものである。

 

《大変お待たせ致しました。準備が整いましたので、足下に注意してお降り下さい。》

 

喧騒渦巻く機内に響くアナウンス。

もう、はしゃいでいる場合じゃない。自分たちは観光客ではなく、一国を背負う使節団なのだ。

全員が上着に袖を通し身だしなみを確認した後、出口からタラップへと足を踏み出すと…

 

──パー♪パパパッパー♪パー♪パパパッパー♪

 

白いモールをあしらった黒い制服に身を包んだ楽団が金管楽器を吹き、ファンファーレを奏でる。

 

「捧げー…銃っ!」

 

金のモールをあしらった白い軍服を着用した儀仗隊が、隊長であるイーネの号令に合わせて一糸乱れぬ動きで着剣したライフルで捧げ銃をする。

着剣状態の捧げ銃は最高位の敬礼であり、それは奇遇にも神聖ミリシアル帝国も同じだった。

 

「お、おぉ…」

 

タラップから伸びるレッドカーペットの左右に並ぶ儀仗隊と楽団…あまりにも盛大な歓迎に思わず足踏みしてしまうフィアーム。

彼女自身、他の列強国や文明国に赴く事もあったが、こんな歓待を受けたのは初めてだ。

外交官として多くの経験を積んだ彼女でもこうなのだ、他の四人はポカンと呆けている。

すると、儀仗隊の列からイーネが一歩前に出て深々と頭を下げた。

 

「神聖ミリシアル帝国使節団の皆様。遠路はるばるご足労頂き、誠に感謝致します。ささやかながら歓迎セレモニーを行いますので、少しばかりお付き合い下さい。」

 

「あ、あぁ…」

 

文明圏外国だからせいぜい太鼓を叩く位だろうと侮っていたフィアームだが、イーネを始めとした儀仗隊と楽団の堂々としたパフォーマンスを前に圧倒されていた。

 

「用意っ!」

 

イーネの号令に合わせ、楽団の指揮者がタクトを振る。

 

──ファーファーファファーン♪

 

ゆったりとした壮大な曲調…神聖ミリシアル帝国の国歌だ。

 

「て、帝国劇場のコンサートのようだ…」

 

ライドルカが嬉しさを滲ませた震える声で呟くと、演奏に混ざって奇妙な音が聴こえてきた。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…

 

「あ、あれ!」

 

アルパナが空を指差しながら驚愕を口にする。

そこにあったのは、11機の航空機…機首には高速回転するプロペラがあった。

 

「プロペラ機…いや、マリンのような複葉機ではないぞ!」

 

新しいオモチャを買って貰った子供のような笑顔を浮かべるベルーノ。

そんな彼の期待に応えるかのように、11機の航空機は散開すると尾翼の辺りから白煙を噴射し始めた。

2機がそれぞれ大小の円を、残り9機が小さな円から放射状に広がる9本の線を大空に描く。

 

「わ、我が国の国旗ではないか…」

 

口を開けたまま空を見上げていたフィアームが、驚嘆を隠せぬ様子で呟く。

まさか、文明圏外国でこんなアクロバット飛行を見る事になるとは思わなかったのだろう。

そんなフィアームの一歩後ろ、同じように空に目を向けていたメテオスは微笑みながら小さく呟いた。

 

「成る程…悪くない国だ。」

 




ミ帝接触編、長くなりそうだなぁ…


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122.シリコンの暴力

N.R様より評価8を頂きました!

とりあえずマウントを取っていけ


──中央暦1640年6月11日午後3時、ロデニウス連邦アルバント市空港──

 

アルバント市空港のターミナルビル内に存在する応接室では、神聖ミリシアル帝国使節団の面々が外交官から挨拶と説明を受けていた。

 

「神聖ミリシアル帝国の皆様、遠路遥々ご足労頂き誠に感謝致します。"世界最強の超大国"である貴国からの訪問を受けるとは…これは、我が国最大の出来事でしょう。あぁ、申し遅れました。私は今回、貴国との外交を担当させて頂きますロデニウス連邦外務省外交官のメツサルと申します。」

 

上等な仕立てのスーツに身を包んだドワーフ族の男性、旧クイラ王国の外交官であるメツサルが如何にも人の良さそうな笑顔を浮かべながら手を差し出して握手を求める。

 

「ご丁寧にありがとうございます。神聖ミリシアル帝国外務省外交官のフィアームと申します。」

 

文明圏外国とは思えない程に丁寧な対応と、神聖ミリシアル帝国を『世界最強の超大国』と言って尊重している事に気を良くした彼女は、メツサルの握手に笑顔で応えた。

 

「フィアーム殿ですね、よろしくお願いいたします。…さて、では皆様が我が国で円滑な視察を行う為に必要な物をお貸し致します。」

 

そう言ってメツサルに付き従っている外務省職員がアタッシュケースをテーブルに置いて開けると、中身を使節団を見せるように180°回す。

そこにあったのは、灰色のスポンジの中に埋め込まれた縦15cm幅6cm程度の5つの黒いガラス板のような物だった。

 

「どうぞ、お取り下さい。」

 

メツサルがアタッシュケースを手で示し、ガラス板を手に取るように指示する。

 

「これは…なんでしょう?」

 

おずおずとアタッシュケースに手を伸ばし、ガラス板を手にする使節団。

その内の一人、ベルーノがガラス板を様々な角度から観察しながら問いかけた。

黒いガラス板に見えたが表面だけがガラスであり、側面や背面は一体成型された銀色の金属で作られているらしい。

側面には、樹脂製らしい突起が幾つか付いている。

 

「それは『スマートフォン』という物です。我が国ではポピュラーな通信機器の一つです。」

 

そう答えながらメツサルも同じ物を懐から取り出した。

 

「す、スマートフォン?」

 

聞き慣れない言葉に、首を傾げるライドルカ。

彼に対して頷きながら、メツサルは自らが持つスマートフォンの側面を見せた。

 

「側面に青くて細長い突起があると思いますが…それを3秒程度長押しして下さい。」

 

使節団の面々が指示に従い、側面の突起を長押しする。

すると、スマートフォンがブーッと振動してガラス板の部分が白く発光した。

 

「おおっ!?」

 

驚き、スマートフォンを落としそうになるアルパナ。

そうしている間にも、ガラス板…画面には様々な情報が表示される。

 

──饅頭電子公社

──ロデニウス連邦政府専用

──GH-04

 

「これは、電話・カメラ・テレビ・計算機・電子マネー・インターネット等々の機能を一つに纏めた機械です。使節団の皆様が我が国に滞在される期間中、お貸ししますのでご活用下さい。」

 

驚く使節団に構わず、何でもないように説明するメツサル。

初めは彼もスマートフォンに驚いていたが、今ではすっかり慣れてしまった。

外国から訪れた使節団の驚愕にも慣れっこだ。

 

「電子マネーやインターネットとは…なんだね?」

 

未知の言葉を耳にしたメテオスが問いかける。

それにメツサルは頷きながら答えた。

 

「電子マネーというのは、我が国で普及している決済システムの一つです。貴国を始めとした多くの国では、紙幣や硬貨を支払って商店から商品を購入しますよね?勿論我が国にも紙幣や硬貨はありますが、そういった物を使わず支払いを行えるシステムです。イメージとしては…この機械を通して銀行口座から直接、商店等へ支払いをするという感じでしょうか。」

 

説明しながら、画面に表示された電子決済アプリをタップして決済画面を表示させる。

画面の中央には複雑な紋様が描かれた四角形…QRコードが表示されていた。

 

「市街地での見学の際、お気に召す物がありましたらこの画面を商店の店員に提示して頂ければ購入出来ます。一定以上の高級品や危険物…自動車や宝飾品、武器以外でしたら大体の物は購入出来ます。支払いは我が国で行いますので、ご遠慮無くお使い下さい。」

 

その説明を聞いた使節団は唖然としていた。

こんな小さな機械が財布の代わりになる…しかもこれが銀行口座と繋がり、それにより決済が出来るシステムが普及しているのだ。

このシステムがあれば、紙幣や硬貨を製造・流通させる為のコストを削減させる事も出来る上、通貨偽装等の犯罪を撲滅出来るだろう。

 

「続いてインターネットについてですが…これは、図書館のような物です。」

 

「と、図書館…?」

 

電子マネーという概念に驚愕しながらも、ぎこちなく問いかけるベルーノ。

 

「はい、この表示されている横長の物の端にマイクの形がありますよね?これを指で触れて…」

 

画面の上方、横長の検索ウィジェットの端にある音声入力のアイコンをタップする。

 

「えーっと…"アルバント市空港からマイハーク空港への定期便"…はい、このように表示されます。」

 

スマートフォン底部のマイクに話し掛けると画面には、アルバント市空港とマイハーク空港を結ぶ定期便の出発時刻が表示された。

 

「今日は全ての便が予定通り運航するようですが、悪天候等で出発が延期されたり欠航するような事があれば航空会社がその都度、最新の情報を更新するようになっています。また、この機能を利用して地図を表示して道案内させたり、映像や音楽を楽しむ事も出来ます。」

 

もう使節団の頭はパンク寸前だった。

リアルタイムで更新される情報に、それを利用した娯楽の提供…自分たちでは思い付かないような新たな概念が押し寄せてきてもう処理が追い付かない。

 

「め、メツサル殿…計算機としても使えるという話ですが…?」

 

顔を青くし、冷や汗を浮かばせながらフィアームが問いかける。

メツサルは、そんな彼女に心配そうな目を向けながら答えた。

 

「はい、画面の左下にある"電卓"を指で触れて…」

 

電卓アプリを起動し、テンキーや記号を表示させる。

 

「この計算機…電卓は足し算引き算は勿論、掛け算や割り座、各種関数の計算も出来ます。最大で兆単位の計算も出来ますが…兆単位の計算なんて日常生活で使う機会は無いのですがね。まあ、専用に作られた計算機の方が使いやすいのでオマケみたいなものですが…」

 

苦笑し説明するメツサルだが、フィアームは電卓アプリを起動して見よう見まねで様々な計算をしていた。

基本的な初等算術は勿論、三角関数や平方根等…直感的な操作が出来るスマートフォンのお陰で、初めて触れた彼女でも基本的な操作が出来た。

しかし、だからこそ彼女は残酷な現実を知る事になった。

 

「さて…基本的な説明はここまでにして、本日皆様が宿泊されるホテルへとご案内致します。」

 

メツサルが立ち上がると、彼の付き人が応接室の扉を開けた。

 

「ホテル迄の道中、質問等があればお答えしますのでご遠慮せずにどうぞ。」

 

メツサルが扉を手で示しつつ、使節団を先導する。

 

「は、はい…」

 

「ロデニウス連邦では、これが普及しているのか…」

 

「"ロデニウス連邦の名物料理"…おおっ!本当に表示された!何々…?魚を生で食べる料理もあるんだな…」

 

「裏面のこれがカメラのレンズか?なら、フィルムは何処に…?」

 

「ふむ…手袋をしていると反応しないようだね…」

 

意気消沈したフィアーム。

スマートフォン片手に呆然とするライドルカ。

早速、検索機能を使うアルパナ。

スマートフォンを様々な角度から観察するベルーノ。

手袋をしたままではタッチパネルが反応しない事に気付いたメテオス。

様々な反応を見せる使節団の先頭を歩いていたメツサルだったが、ふと思い出したように真後ろのフィアームに声をかけた。

 

「あ、そうだ…フィアーム殿、貴殿の荷物の一つに精密機械があったようですが…専用の輸送車を用意致しますが、如何しましょう?」

 

使節団は滞在中の着替えや、記録用のカメラ等を持ってきていた。

その中でもフィアームの私物とされた黒いケースに入った重量物…それには『精密機械・取り扱い注意』と書かれていた為、メツサルは気を利かせてそんな提案をしたのだ。

しかし、フィアームは首を横に振った。

 

「いえ…やはりあれは、天の浮船に置いたままで良いです…」

 

「左様…ですか…?」

 

だとしたらアレは何なのだろう?

そんな疑問を抱くメツサルだが、女性の私物に探りを入れるのも憚られた為、追及はしない事にした。

 

(兆単位の計算に、関数計算だと…?しかも、通信機器のオマケ…こんな物が普及している国に我が国の計算機を持ってきても…笑い者になるだけだ…)

 

祖国の技術力の高さを見せ付ける為に持参した魔導式計算機…巨大なタイプライター程もあるそれを思い浮かべ、自らの手にあるスマートフォンを見る。

胸中に広がる敗北感は、彼女のプライドをへし折るには十分だった。




【悲報】フィアーム、心が折れる


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123.美味い話には裏がある

因幡守様・戦極凌馬様・starship様より評価10を頂きました!

アズレンアプリ内で、アズレン世界にはジェットエンジン付きラジコンを作る技術がある事が判明しましたね…
対戦車ミサイルぐらいなら作れそうです


──中央暦1640年6月11日午後7時、ロデニウス連邦アルバント市『ホテル・グランドアルバント』──

 

「では皆様、お好きな料理をお楽しみ下さい。」

 

「はい。ご丁寧にありがとうございます。」

 

神聖ミリシアル帝国から来訪した使節団は、空港からアルバント市内のホテルに移動し、暫しの休憩を挟んで歓迎の立食パーティーに参加していた。

今しがた、アルバント市長と挨拶を交わしたフィアームだがその顔は疲労の色が滲んでいた。

 

「はぁ…何なんだ。この国は…」

 

空港からホテル迄の道すがら街並みを観察していたが、様々な物を見る度に彼女の精神はガリガリと削られていた。

 

(材料さえあれば独りでに建物を作り上げる『3Dプリンター建築』に、高画質高音質の映像や音楽を数秒で送り届ける『5G通信』…自動車は恐ろしい程に静かで速い…しかも、一部の金持ちだけではなく庶民でも購入する事が出来るとは…)

 

頭痛に耐えながら情報を整理するフィアームだが、不意に声がかけられた。

 

「フィアーム様、お飲み物は如何でしょうか?」

 

薄墨色の髪を後頭部で二つに纏めておさげにし、ホワイトブリムとメイド服を着用したKAN-SEN『グラスゴー』だった。

その手には、シャンパンやミネラルウォーターが注がれたグラスを乗せたトレーを持っていた。

 

「あ、あぁ…では、シャンパンを頂こう…」

 

トレーから、黄金色のシャンパンが注がれたグラスを取るフィアーム。

そんな彼女の顔をグラスゴーがジッと見詰めていた。

 

「…何か?」

 

「いえ、少々お疲れのようでしたので…お休みになられますか?」

 

メイド隊として様々な手解きを受けているグラスゴーは、フィアームの疲労を見抜きそんな提案をしたのだ。

しかし、フィアームは愛想笑いを浮かべてやんわりと断った。

 

「いや…移動の疲れが出たのでしょう。大した事はありません…」

 

「そうですか…?…気分が優れない時は、何時でも仰ってくださいね。」

 

とりあえずはフィアームの言葉を信じて引き下がるグラスゴー。

トレーを持っていない側の手で器用にカーテシーをして見せると、なんとも優雅に去って言った。

そんな彼女の背を見送りつつ、グラスに口を付けるフィアーム。

 

「むっ…これは…」

 

黄金色の水面から漂う爽やかな香りに、口内で弾ける微炭酸。

酸味・甘味・苦味・渋味が複雑に絡み合ったコクがあり、芳醇な果実感と熟成されたまろやかさがある。

喉をサラッと通り抜けた後の風味や鼻に抜ける香りは、爽やかなリンゴのようだ。

かなり質が良いシャンパンだと言えるだろう。

 

(そうだな…疲れているなら、ちゃんと栄養を取らなければ。)

 

美味いシャンパンに気を良くしたフィアームが、どうにか立ち直ってテーブルに置かれた色とりどりの料理に向き合う。

大半が見たことも無い料理だが、料理が盛り付けられた皿の脇には料理名と使われた材料が書かれたプレートがあった。

 

「これは…ペンネアラビアータ?小麦粉で作った短い麺を、トマトとニンニクと唐辛子で作ったソースで絡めたものか…」

 

彼女の目に付いたのは、ペンネというペン先のような形をしたパスタをピリ辛のトマトソースで絡めたサディア料理だった。

それを取り皿に取ると、ペンネをフォークで突き刺す。

 

(文明圏外国の料理…果たしてどんなものか…)

 

ペンネを口にし、数回咀嚼する。

トマトの酸味と甘味に、後からくる仄かな辛味。ペンネのモチモチとした食感に、香ばしい小麦とニンニクの香り…

 

「美味い…」

 

言葉が口を突いて出てきた。

もう一つペンネを口にして、シャンパンで流し込む。

口の中に留まる辛味と油が微炭酸と爽やかな風味でリセットされ、再びペンネに手が伸びる。

 

「これが…文明圏外の料理なのか…?こ、これは?」

 

続いて手を伸ばしたのは、カリッと焼いたバゲットに焼き魚と野菜を挟んだサンドイッチだった。

 

──カリッ

 

「っ!?う、美味っ!」

 

思わず大きな声が出てしまう。

カリカリに焼いた香ばしいバゲットは勿論美味く、間に挟まれた魚…サバは脂がのっていて、口の中で溶けるようだ。

しかし、共に挟まれた野菜であるレタスのみずみずしさと、スライスオニオンの程よい辛味が口内で混ざり合い、脂のしつこさを打ち消してくれる。

 

「この魚も野菜も…かなり新鮮だ!美味い…美味過ぎる!」

 

実を言うと、フィアームは外務省でも有名な美食家なのだ。

外交活動のついでに、各国の名物料理を楽しむのが彼女の趣味である。

それ故、料理のレベルの高さと食材の質の良さが嫌でも理解出来た。

そんな彼女の元へ、一人のドワーフ…メツサルが歩み寄ってきた。

 

「フィアーム殿、我が国の料理は如何ですか?」

 

「んっ…あぁ、メツサル殿。」

 

サバサンドに齧り付いていたフィアームだったが、メツサルに気付くと急いで咀嚼して飲み込んだ。

 

「はははっ、お気に召されたようで何よりです。」

 

「いやぁ…お見苦しい所を…」

 

朗らかな笑みを浮かべるメツサルに、思わず顔を赤らめるフィアーム。

彼女は観光客ではなく、あくまでも神聖ミリシアル帝国の外交官としてこの場に居るのだ。いくら料理が美味かろうと、それに夢中になっていては話にならない。

 

「んんっ…しかし、驚きましたよ。まさか、第三文明圏にも属さない貴国が…ムーすら上回る文明を築いているとは…」

 

咳払いをして、驚嘆を隠せぬ口調で告げる。

その言葉にメツサルはニコニコしながら会釈した。

 

「神聖ミリシアル帝国の方にそう言って貰えるとは…努力のかいがありました。」

 

「しかし…失礼ですが、腑に落ちない点があるのです。」

 

「ほう、何でしょうか?」

 

眉をひそめ、怪訝そうな表情を浮かべたフィアームは意を決して問いかけた。

 

「何故…何故、これ程の文明を築いている貴国が今まで国際社会の表舞台に立たなかったのか…という点です。」

 

フィアームの疑問も尤もな話だ。

何せ、ロデニウス連邦が国際社会に出てきたのは中央暦1639年10月末…つまり、まだ1年も経っていない。

だと言うのにこの国は、ムーから列強国に相応しいと認められている。

そんな国が今まで表舞台に出てこなかったのは、何かしらの裏があるのではないか?そう考えていた。

 

「なるほど…確かに、我が国が国際社会の表舞台に立ったのは対パーパルディア皇国戦争中、貴国の世界のニュースを通じてでしたね。」

 

「はい。貴国が新たなる列強国に名乗りを挙げ、第四文明圏創設を宣言したあのニュースですね。」

 

実はあのニュース(参照:54.世界へ)は、フィアームも観ていた。

初めは思い上がった蛮国が虚勢を張るためにそんな事をしたのだと思ったが、ムーがロデニウス連邦に同調し、更にはパーパルディア皇国に勝利した時にはまさかと思ったが、所詮パーパルディア皇国は下位列強…それに勝っても大した事は無いだろうと思い込んでいたのだ。

しかし、実際にロデニウス連邦を目の当たりにした瞬間、その思い込みは間違いだったと気付いた。

口にこそしていないが彼女はロデニウス連邦をムーどころか、祖国である神聖ミリシアル帝国よりも高度な文明を持っていると考えるようになっていた。

 

「実はあれより前…中央暦1637年1月か2月の頃、『とある方々』が我が国の前身であるクワ・トイネ公国とクイラ王国に接触してきたのです。」

 

「『とある方々』…?」

 

「はい。彼らは自らを、異世界の住人と名乗りました。…えぇ。勿論、初めは信じませんでした。」

 

それからメツサルは笑顔のまま語った。

羽ばたかぬ飛竜である飛行機や、200mを超える鉄船こと戦艦…それを使う彼らは、武力ではなく理性的な交渉で資源と引き換えに様々な技術を与えてくれた。

その後に勃発した『ロデニウス統一戦争』を乗り越え、ロデニウス連邦の建国。

ムーとの接触や、その後の対パーパルディア皇国戦『パーパルディア皇国解体戦争』等々…まるで英雄譚を話すようだった。

 

「そうして、我々はここまで発展出来たのです。」

 

「な…成る程…」

 

メツサルは一仕事終えたという雰囲気だが、フィアームは更に混乱した。

 

(異世界の住人…つまりは転移してきたのか?まるで魔帝…いや、違う。魔帝ならば理性的な交渉なぞ出来ないはずだ。と、なると…ムー神話のようなものか?)

 

脳内で様々な考察を展開するが、彼女には気掛かりな事があった。

 

「メツサル殿、貴殿の話によく出てきた『指揮官殿』という人物ですが…」

 

「彼ですか?彼は、第四文明圏防衛軍『アズールレーン』の総指揮官として活躍されてますよ。」

 

「その、指揮官殿と面会する事は可能でしょうか?」

 

メツサルの話を聞いたフィアームは、ある事を確信していた。

それこそが、"アズールレーンこそがロデニウス連邦の本質"というものだ。

それ故、アズールレーン総指揮官との接触を望んだ。

 

「指揮官殿は…確か、ピカイア軍港にいらっしゃいますよ。指揮官殿と時間が合えば或いは…ですが、彼は多忙でして…」

 

「いえ、出来ればで構いませんよ。」

 

苦笑し、ペコペコと頭を下げるメツサルにフォローの言葉をかけながらも、彼女はまだ見ぬ『指揮官殿』の姿を思い浮かべていた。

そんなフィアームに、メツサルが思い出したように話しかける。

 

「あぁ、因みにですが。あの二つ結びのメイド…『とある方々』の内のお一人です。」

 

「…え?」

 




そろそろ長門かビスマルク、常設入りしませんかね?
友人が欲しがってるんですよ


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124.異次元の力

烈風牙様・グンヒルドの剣様より評価10、daisann様・ロクサーヌ様より評価9を頂きました!

やっぱり評価を頂けるとモチベーション上がりますよねぇ
ありがたい事です


──中央暦1640年6月14日午後2時、ピカイア軍港──

 

神話ミリシアル帝国使節団の面々は、アルバント市から大陸横断鉄道北側路線を使い、ギムを経由してピカイアに到着した。

統一戦争により崩壊したギムは、ロデニウス連邦がサモアから学んだ技術を実践するための都市となっており、サモア全面協力で再開発されたアルバント市には劣るものの、文明圏外国とは思えないほどに発展していた。

そして、軍港都市であるピカイアに訪れた使節団は二手に分かれて視察する事となった。

一方はライドルカ、ベルーノ、メテオスの市街地視察班。

そして、もう一方は…

 

「は…ははは…」

 

「嘘だ…」

 

乾いた笑いしか出てこないアルパナと、今にも吐きそうな顔色のフィアームによる軍港視察班だった。

今二人は、広大な埠頭の一角にある建物…入港する艦船を誘導する為の、港内管制室から軍港を見下ろしていた。

 

「どの船も100m以上はある…」

 

「えぇ…しかも、100隻以上はありますね…」

 

フィアームが震える声で告げ、それにアルパナが同意する。

二人の目には桟橋に停泊する大小様々な軍艦が映っていた。

100m程度の艦体に小型砲と6~8本程度の筒状の物体を装備した艦から、200m以上はあるだろう巨砲を備えた城のような艦に、平たい甲板の上に航空機を搭載した巨艦。

100m程度の小型艦船が最も多いが軍港内は勿論、港外にも整然と多数の艦船が並んでいる。

その数100隻は下らないだろう。

 

「戦艦と空母だけで10隻はある…巡洋艦らしき艦船は30隻ぐらいか?小型艦に搭載されている、あの筒状の物体はなんだ…?形状からして投光器…にしては数が多すぎるし大きすぎる…」

 

アルパナが、難しい顔をしながら小型艦の筒状の物体…駆逐艦の魚雷について推察する。

魚雷という兵器が存在しないこの世界では、まさかあれが戦艦すら屠る兵器だとは考えもつかないだろう。

そんな彼の真横で青くなっているフィアームは、ある一つの可能性に行き着いた。

 

(おそらくは我々の視察を受け入れるに当たって、この軍港に艦船を集めたのだろうが…これが全てだとは思えない。いくら見栄を張る為でも、戦力を全て飾りに使うような愚行を犯す事は無い筈…となると…)

 

「神聖ミリシアル帝国の方々ですね?」

 

思考に耽っている二人の背後から、落ち着いた声がかけられた。

ビクッと肩を跳ねさせて素早く振り向く。

 

「おっと…申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。」

 

二人の視線の先で、声の主は苦笑した。

癖のある金髪に、彫りの深い顔立ちと海のような碧眼。

金のモールをあしらった濃紺の軍服は、如何にも高級将校といった雰囲気があり、胸元には略綬がズラッと付けられている。多数の功績を打ち立てた英雄なのだろう。

 

「初めまして。アズールレーン総指揮官、クリストファー・フレッツァ上級大将と申します。」

 

190cm以上ある長身と、筋骨隆々な体格からは想像出来ないような穏やかな笑みと紳士的な態度で二人に握手を求めてきた。

 

「あぁ、初めまして。神聖ミリシアル帝国軍務省軍務次官のアルパナ・ベイダールと申します。」

 

「初めまして。神聖ミリシアル帝国外務省のフィアーム・イザロンと申します。」

 

「アルパナ殿とフィアーム殿ですね?よろしくお願いいたします。」

 

何の前触れもなく現れた指揮官に一瞬戸惑った二人だが、形式的な挨拶を返しながら握手に応えた。

 

(若い…)

 

指揮官のがっしりした手の感触を感じながら、フィアームはそう思った。

確かにメツサルから、『指揮官殿』は若いと聞いてはいた。

しかし、一軍を統べる立場にある者で"若い"と言えばどうしても40代程度と考えてしまう。

だが、彼女の目の前にいる男はどう見ても30代…いや、もしかすると20代後半という可能性もある。

そんな"若者"が第四文明圏防衛軍を標榜するアズールレーン総指揮官というのは、いささか違和感がある。

よほど才能があるのか、はたまた親の七光りでも使ったか…しかし、メツサルの話を信じるなら彼は異世界の人間だという話だ。

もしかすると、異世界人は若く見えるのかもしれない。

 

「大規模な艦隊ですね…全て、フレッツァ殿が指揮官を勤めるアズールレーン所属の艦船なのですか?」

 

フィアームが考えていると、アルパナが軍港を指しながら問いかけた。

それに対し指揮官は、頷きながら答えた。

 

「全てではありませんが、それなりの数がそうですよ。あの中には、ロデニウス連邦海軍の艦船も含まれていますが…どれがどこの所属だというのは、防衛機密なのでお教えしかねます。」

 

申し訳なさそうに軽く頭を下げる指揮官を見たフィアームは、その態度に内心舌を巻いた。

 

(ほう…中々に殊勝な態度だ。親の七光りで無理矢理、地位を勝ち取るような者ではなさそうだ。演技の可能性もあるが…とりあえず無能ではないのだろう。)

 

神聖ミリシアル帝国内でも、有力者が箔を付けるために自らの子を省庁や軍隊に捩じ込む事が僅かにある。

そうやって捩じ込まれた子は大抵、自らの親の地位を振りかざして現場を引っ掻き回す事が多数だった。

かく言うフィアームも、そんな有力者の子の監督役に着いて散々苦労した経験の持ち主なのである。

故に、そういった血筋しか誇るような物が無い人間には敏感だった。

 

「いえいえ、確かに国交も無い国には教えられませんよね。あー…あれらの艦船は、魔法を使わない機械動力船なのですか?」

 

指揮官に対し気まずそうな表情を浮かべるアルパナだが、雰囲気を改める為に新たな質問を投げ掛けた。

 

「はい。ムーと同じく、魔法を使わない科学技術の賜物ですよ。ですが、第四文明圏参加国や新たにロデニウス連邦の同盟国となった、自由フィシャヌス帝国等へ輸出・供与している帆走フリゲートは独自の魔法技術を使用しています。」

 

「ほう…独自の…」

 

指揮官の言葉に感心したように頷くアルパナ。

そんな二人のやり取りの間に、フィアームが割り込んできた。

 

「お話の途中、申し訳ありません。どうしてもお聞きしたい事があるのですが…」

 

「…我々が異世界から転移してきた、という事に関するものですか?」

 

質問内容を先読みされていた事に、思わず言葉に詰まるフィアーム。

だが指揮官は、彼女に構わず言葉を続ける。

 

「メツサル殿からお聞きしたのでしょう?…結論から言いますが、我々は本当に異世界から転移してきたのです。」

 

「ふ、フレッツァ殿が居られた世界はどのような…世界なのですか?」

 

おずおずと、アルパナが問いかける。

 

「…あの戦艦や空母、巡洋艦を易々と沈めるような、海に巣食う化け物と戦争をしてました。…話せば長くなります。」

 

「あれを…易々と…?」

 

指揮官の答えに目を見開くアルパナ。

それに対し、指揮官はゆっくりと頷いた。

 

「えぇ。人類から海を奪い、滅亡寸前まで追い詰めた化け物…我々は、そんな化け物を狩るハンターでした。」

 

「という事は…今頃、フレッツァ殿の世界は…」

 

「いえ、我々が転移したのはその化け物を駆逐した後なので、おそらくは大丈夫でしょう。」

 

「な、成る程…」

 

信じがたい話を聞いて戸惑うアルパナだが、フィアームは別の考えを抱いていた。

 

(信じがたい…だが、嘘と断じる事も出来ない。ロデニウス連邦の異常な発展…地道な技術の蓄積やムーの介入でも不可能だ。そうなると…消去法で、ムー神話のような国家転移が発生したと考える他無い…非現実的だが、それしかない。)

 

チラッと指揮官を見る。

どうやらアルパナと兵器について話しているようだ。

 

(もし…もし、彼の話が全て本当なら…彼は相当な手練れ、世界を救った英雄の一人という事になる。)

 

指揮官を更に観察する。

彼女の目は、彼の手に向いていた。

 

(薬指に指輪は…無い。となると未婚か。)

 

フィアームは移動中、ロデニウス連邦の風習等を貸し出されたスマートフォンを使って調べていた。

その結果、ロデニウス連邦では既婚者は手の薬指に指輪を着けるという風習がある事が分かった。

 

(もし、彼の話が本当なら…適当な貴族の娘を…)

 

フィアームは、指揮官の話が真実だった時の事を考えて策を練っていた。

優秀な人材と、大規模な戦力…その矛先が祖国に向かない為に、そしていつの日か復活するであろう魔帝との戦いで彼らを利用する為の策だ。

言ってしまえば、神聖ミリシアル帝国民…特に貴族の娘と、彼を結婚させる政略結婚を狙っていた。

自分の妻の祖国を攻め込むような男は居ないだろうし、妻の祖国が危機ならば率先して助けに行くはずだ。

覇権主義から脱却した神聖ミリシアル帝国が、武力の代わりに勢力拡大に用いていた手段を、ロデニウス連邦及びアズールレーンに使おうと考えたのだ。

 

「…何か?」

 

策を練るフィアームに、指揮官が問いかけた。

どうやら彼の手をじっと見ていた事に感付かれたらしい。

 

「あ…い、いえ…あ、薬指に何か怪我をされていますよね?それが気になって…」

 

「あぁ…これですか。」

 

フィアームの言う通り、指揮官の左手薬指の付け根には小さな傷があった。

それを見ながら指揮官は、フッと微笑んだ。

 

「キツネに…噛まれたんですよ。」

 

「キツネ…ですか?」

 

「えぇ。凶暴で恐ろしく…可愛い奴ですよ。」




【悲報】フィアーム、地雷を踏みそう


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125.水底よりの使者

アガメムノン様より評価9、GIOSU様より評価6、瀬名誠庵様より評価5を頂きました!

梅雨入りして湿気のせいで色んなもののヤル気が出ません


──中央暦1640年6月17日午後8時、首都クワ・トイネ──

 

ピカイア軍港の視察を終えた使節団は大陸横断鉄道北側路線を使い、経済都市マイハークを視察したのちロデニウス連邦政府との会談に備えて首都クワ・トイネのホテルに宿泊する事となった。

そんなホテルの一室で、使節団の面々が顔を合わせて話し合っていた。

 

「さて…では、皆に聞きたい事がある。この国、ロデニウス連邦について…何か気付いた事はあるか?」

 

使節団代表であり、この話し合いの進行役であるフィアームがそう切り出した。

その言葉を聞いて真っ先に手を挙げたのは、ベルーノだった。

 

「まず、皆さん知っての通りですが。この国の技術力は、どう少なく見積もってもムーを凌駕しています。例えば人の営みがある所なら何処でも走っている自動車や二輪車…これだけを見ても、ムーでは勝負にならないでしょう」

 

「ふむ、確かに…我々の為に用意されたリムジンも、恐ろしく静かで振動も全く無かった…」

 

「はい。動力はムーと同じく石油を用いた内燃機関エンジンのようですが、色々と調べて見ると一部はそうではないようです」

 

そう言ってベルーノが傍らの紙袋から一冊の本を取り出した。

その本の表紙には『ロデニウスモーターマガジン』と記されている。

マイハーク市街地視察の際に取られた自由時間の中で買い求めたものだ。

 

「これは自動車や二輪車の事について扱った雑誌のようでして、その中に『ハイブリッドシステム』という物が特集されていました。これはどうやら、内燃機関の力により発電機を動かし、そこで発生した電気…つまり雷力によってモーターを回す…」

 

「ん?何故、そんなに回りくどい事を…?」

 

ベルーノの説明を聞き首を傾げるライドルカ。

 

「どうもその方式の方が燃料消費や大気汚染を抑えられるようで…」

 

「大気汚染?」

 

次はアルパナが首を傾げた。

それもその筈。この世界では、環境問題の意識が薄い為だ。

 

「えぇ、何でも石油を燃やした時に発生する黒煙は土壌や水源に悪影響を与えるらしく、今は良くても何世代も先の子孫を苦しめる事になるそうです」

 

「そんな将来まで見据えて技術開発をしているのか…」

 

フィアームが驚いたように静かに告げる。

今この瞬間の栄華ではなく、何世代先も繁栄する事が出来るような長期的な発展…その意識は、正に先進国のものだった。

 

「私からも…よろしいですか?」

 

続いて手を挙げたのはアルパナだった。

進行役であるフィアームは彼に手を差し出して、発言を許可するジェスチャーをして見せた。

 

「まず、ロデニウス連邦…ではなくアズールレーンの軍事力について色々と調べました」

 

そう言ってアルパナは、小さな冊子をテーブルに広げて見せた。

 

「これは、マイハークにあったロデニウス連邦国立博物で手に入れたパンフレットです。この写真、『戦火の記憶』という展示コーナーの一角を撮影したものらしいのですが…」

 

アルパナが指差す写真を、一同が目を細めてじっくりと観察する。

そこにあったのは、黒光りする流線型の円柱だった。

 

「これは…砲弾?」

 

ベルーノが目を擦りながら問いかける。

そう、それは紛れもなく大砲から放たれる砲弾だった。

その問いかけに頷きながらも、アルパナは写真の下に書かれた説明文を指差した。

 

「えぇ。そして、ここに信じられない事が書いてありました」

 

アルパナが指差した説明文には、こう書かれていた。

 

──エストシラント港復旧中に発見された41cm砲弾

『パーパルディア皇国解体戦争』中に行われた『エストシラント襲撃作戦』に参加した全7隻の戦艦より発射された砲弾の一つです。

 

「41cm砲弾…?」

 

ライドルカが目を見開き、震える声で呟いた。

 

「はい、直径41cmの砲弾ですね。我が国…いや、"世界一の超大型魔導戦艦"である『ミスリル級』の主砲が38.1cmなので…」

 

「馬鹿な!我が国の戦艦よりも強力な戦艦があるというのか!? 」

 

冷静に…しかし、どこか落ち着き無く話すアルパナの言葉を遮りベルーノが悲鳴のような声を上げた。

それもその筈。神聖ミリシアル帝国…いや、"現時点で"世界最強の戦艦と言えば38.1cm三連装砲を2基装備した『ミスリル級』だとされている。

一方で、アズールレーンに所属する戦艦は40cm級の砲を搭載した者も少なくない。

さらに言えばミスリル級と同じ38.1cm砲を搭載した戦艦も多く、例えば『フッド』は連装砲4基と砲門数で勝っている。

もっと言えば『大和型』、そしてまだ見ぬグラ・バルカス帝国の『グレート・アドラスター級』等は46cm三連装砲3基という化け物のような力を持っている。

謂わば、神聖ミリシアル帝国はもはや世界最強ではない。

政治的な力はまだしも、純粋な軍事力と技術力は世界の東西に現れた転移国家に凌駕されているのだ。

 

「成る程…」

 

半狂乱となるベルーノを宥めるアルパナを見ながら、フィアームは小さく呟いた。

 

(認めたくは無いが…ロデニウス連邦とアズールレーンは我が国よりも優れている点が多い。となれば…やはり我が方に引き入れる為に、あの男を…クリストファー・フレッツァの下へ、我が国の貴族の娘を嫁がせて繋がりを作る必要があるな…知り合いの男爵家の娘が、35にもなっても貰い手が見付からないと嘆いていたな…よし、ちょうどいい)

 

一人納得したように頷くフィアーム。

そんな彼女にライドルカが声をかけた。

 

「フィアーム殿。そう言えばメテオス殿は…?」

 

「ん?あぁ…メテオス殿なら、1階のロビーにある『ぱそこん』とやらで調べ物をすると言っていたな。スマートフォンよりも画面が大きいから見易いそうだ」

 

 

──同日、ホテル1階ロビー──

 

広いロビーの片隅に設置されたブースの中、ディスプレイの明かりに顔を照らされながら表示された文章を読んでいる男が居た。

 

「魔石を砕いて…『遠心分離機』で純度を高めて、プレス機で成形する…か。成る程…この遠心分離機とやら、なかなか便利そうじゃないか…」

 

その男、メテオスが読んでいたのはロデニウス連邦で用いられる高純度魔法石の生成方法だった。

ただし、一定の純度以上にはならないように行程の一部を変えているものである。

 

「科学と魔法が高度に融合しているのを見るに、この国は第二文明圏の『マギカライヒ共同体』のようだねぇ…」

 

持参した万年筆をクルクルと回し、何処か感心したように呟くメテオス。

視察やインターネット検索で得た情報を脳内でまとめ、いざ手帳に内容を記そうとした。

 

「…誰だね?」

 

ふと、自分の背後に視線を感じた。

敵意…ではない。どちらかと言えば、好奇的視線だ。

 

「あ、気付くんだ。意外と鋭いんだねぇ」

 

──ガタッ!

 

思ったより近くから声が聴こえ、驚愕と共に立ち上がりながら振り向く。

 

「やだな~、そんなに驚かなくてもいいじゃん」

 

振り向いたメテオスの目に映ったのは、異形の存在だった。

まるで水死体のように青白い肌に、毛先が地を這う程に長い紫がかった白髪。

爛々と輝く黄色い瞳と、首に付けられた重そうな金属製の首輪が目を引く。

 

「すぅ…何者かね?」

 

ヒトの形をしているのに、どうしてもヒトとは思えない。

例えるなら、化け物に無理矢理ヒトの皮を被せたような…歪でおぞましい"何か"である。

しかし、メテオスは小さく息を吸い込むと冷静を装って問いかけた。

 

「いやいや、そんな身構えないでよ~捕って食おうって訳じゃないんだからさ」

 

だが、"何か"はまるで無邪気な子供のようにコロコロと笑って見せた。

 

「でも、何者か?って聞かれたからには答えないとね。ん~…まあ『ピュリっち』って呼んでね」

 

「ピュリっち…?」

 

得体の知れない存在に冷や汗を浮かべつつも、『ピュリっち』と名乗る存在の一挙一動に注目し続ける。

 

「で?おにーさんは、何者なのかにゃ~?」

 

緊張の糸を限界まで張ったメテオスに対し、ふざけながら問いかけるピュリっち。

本来ならこんな礼儀しらずには答えたくないが、答えなければ何をされるか分からない。

 

「メテオス・ローグライダー…」

 

「ふーん…」

 

短く答えたメテオスをまじまじと観察し、ニパッと笑みを浮かべた。

 

「うん、いいじゃん!面白い、面白い!」

 

「…は?」

 

何か一人で納得したようにスキップしながらその場を離れて行くピュリっち。

メテオスは彼女を引き留め問いただそうとしたが、その暇も無かった。

 

「…何だったんだ?」

 

一人残されたメテオスは、小さく呟くのみだった。




我ながら雑なフラグの建て方ですねぇ


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126.これには大統領も苦笑い

勇脚様より評価8を頂きました!

イベント虚無期間だから執筆捗ると思いましたが、2作品平行だと思ったより進みません


──中央暦1640年6月18日午後1時、首都クワ・トイネ大統領府──

 

昼食会の後に行われた国交開設についての会談は、特筆すべき事も無く無事に終了した。

互いに大使館を置き、官民の交流を円滑に進める為の法整備等を行って行く事が表明され、国交開設と相成った。

だが、使節団が来訪した目的は国交開設以外にももう一つあった。

 

「我が国を…『先進11ヶ国会議』に、ですか?」

 

「はい。2年毎に我が国で行われており、今年も開催する筈もだったのですが…レイフォル及びパーパルディア皇国という列強2ヶ国が、文明圏外国に敗れるという事態となったため中止となっていたのです」

 

目を丸くして問いかけるロデニウス連邦大統領カナタに対してフィアームは、小さく頷きながら答えた。

彼女の言う通り、下位列強2ヶ国…レイフォルがグラ・バルカス帝国に、パーパルディア皇国がロデニウス連邦に対して短期間で敗北するとう前代未聞の事態に、神聖ミリシアル帝国を始めとした列強3ヶ国や参加予定だった文明国は中央暦1640年の先進11ヶ国会議を中止する事を決定したのだ。

世界秩序の柱たる列強国が2ヶ国も倒れてしまった状態で会議を開催しても、形骸化するだけだと判断されたのだろう。

 

「何時かは参加し、名実共に列強国にとは思っていましたが…まさか、こんなにも早く参加を打診されるとは夢にも思いませんでした」

 

「とは言っても、まだ予定の段階ですね。しかし貴国の現状を見るに、間違い無く参加は認められると思います」

 

「おぉ…まるで、夢でも見ているかのようです…この間まで文明圏外国と呼ばれていた我々が、世界に名だたる大国しか参加出来ないような会議に出席する事となるとは…」

 

カナタの隣に座る外務大臣リンスイが、歓喜に体を震わせながら目尻に涙を浮かべる。それはリンスイだけではない。

ロデニウス連邦政府側の者は皆、大なり小なり歓喜していた。

サモアから与えられた様々な技術や知識を積極的に学び、例えサモアが急に消滅したとしてもやっていけるように努力した事が実を結んだようなものだ。

 

「再来年の中央暦1642年の4月頃…大体2年程の時間がありますが、初めての事なので分からない事も多いと思います。ですので固定参加国であるムーや、持ち回り参加国として何度か参加しているパンドーラ大魔法公国とも情報共有をしておくとよろしいかと」

 

「ご丁寧にありがとうございます。どちらも我が国とは親密な関係ですので、情報共有は恙無く行えるでしょう」

 

フィアームからのアドバイスに、リンスイが頭を下げながら感謝する。

何せ、国際社会の大舞台に立つ事となるのだ。トラブルを防ぐ為にも、ノウハウを持つ国から情報を貰っておいた方が良いだろう。

 

「現在、どういった国家が参加予定なのですか?」

 

「はい、次回の参加国は…」

 

カナタからの問いかけに、フィアームは手帳を開きながら答えた。

 

「固定参加国として我が国神聖ミリシアル帝国、ムー、エモール王国。持ち回り参加国としてトルキア王国、アガルタ法国、マギカライヒ共同体、ニグラート連合、パンドーラ大魔法公国。そして南方世界代表として文明圏外国ではありますが、アニュンリール皇国が参加予定となっています。」

 

「そこに我が国が加わる訳ですか。…いや、それでも10ヶ国ですよね?」

 

「えぇ。ですので、レイフォル国を下した文明圏外国…グラ・バルカス帝国に参加要請を出す、という事になると思われます。それと、パンドーラ大魔法公国の代わりに、未だに国力を保つパーパルディア皇国の後継国…自由フィシャヌス帝国を参加させるという案も存在します」

 

カナタの質問に答え、補足するフィアームの言葉に参加者の一人である防衛大臣パタジンにある考えが浮かんだ。

 

(グラ・バルカス帝国…確か、我が国の領海に侵入した所属不明潜水艦はグラ・バルカス帝国の物かもしれないという話だったな…しかも、ムーとも一触即発だとか…)

 

ロデニウス連邦防衛の責を負うパタジンは様々な情報を収集しており、その中にはムーの駐在武官から伝えられたグラ・バルカス帝国の情報もあった。

それによれば、グラ・バルカス帝国は征服した諸国を植民地とし住人に労働を課しているだとか、周辺諸国を武力で恫喝しているだとか…そんな物騒な話しか聞いていない。

 

(一方的に彼らを悪と断じる事は出来んが、火の無い所に煙は立たないとも言う。指揮官殿ともより緊密に連携をとり、万が一に備えるべきであろうな)

 

パタジンがそんな事を考えているとは露知らず、リンスイがフィアームに質問した。

 

「フィアーム殿。その先進11ヶ国会議参加国は、どのような手段で貴国を訪れるのですか?」

 

「会場は我が国最大の港街カルトアルパスで行われますので、全ての参加国は艦船で訪れる事となっています。その際、多くの参加国は自国の最新鋭戦闘艦を護衛として随伴させるのですが…貴国もそうされますよね?」

 

「…ん?あぁ、失礼。そうですね…それが慣習だとすれば、それに従うのが道理でしょう」

 

考え事をしていた為、返事こそ遅れたがパタジンがそう答える。

 

「その際は、アズールレーン海軍の戦力を護衛とします。指揮官殿であれば、万が一不測の事態が起きても対処出来るでしょう」

 

「指揮官殿…フレッツァ殿ですね?」

 

確認するようなフィアームの問いかけに、パタジンは頷いて答えた。

 

「皆様、フレッツァ殿を信頼してらっしゃるのですね。お若いのに優秀で…そんなお方を支える奥方も、さぞ優秀なお方なのでしょうね」

 

この時、フィアームは然り気無く探りを入れた。

そう、指揮官が未婚である事の最終確認だ。

そして、返ってきた答えは彼女を満足させるに足るものだった。

 

「確かに、優秀な方のサポートはありますが…指揮官殿はまだ未婚でしてね」

 

「あ、そうだったのですか…失礼致しました 」

 

「いえいえ」

 

答えたカナタも、問いかけたフィアームも共に苦笑する。

気まずい問答を笑って誤魔化すような苦笑…表面的には似たような表情だが、内心は全く違うものだった。

 

(よしっ、やはり未婚か。なら、男爵家の娘と引き合わせよう。先進11ヶ国会議に参加するだけでもこんなに喜ぶのだ。我が国の貴族と婚姻関係が結べるとなれば本人の意思とは関係無く、周囲が話を進めるだろう)

正に獲らぬ狸の皮算用を始め、自らの"冴えた"考えで緩む頬を誤魔化す為に苦笑を浮かべるフィアーム。

 

(指揮官殿の結婚…あぁ…考えるだけでも恐ろしい。そうなれば、次はどれ程の兵器が海底に沈む事になるか…)

 

かつて目撃した"演習"を思い出し、青くなる顔を誤魔化す為に苦笑するカナタ。

そんな何時終わるとも分からない苦笑の応酬だったが、それはノックの音によって終わりを告げた。

 

──コンコンッ

 

「入れ」

 

扉をノックした者へ、リンスイが入室許可を出す。

そうして入って来たのは、防衛省の職員だった。

 

「パタジン大臣、失礼します」

 

一礼しパタジンの元に歩み寄った職員は、彼に耳打ちし何かを伝えると一通の封筒を渡して、そそくさと退室した。

するとパタジンは、カナタの耳元に顔を寄せた。

 

「大統領」

 

「どうしました?」

 

防衛大臣であるパタジンへ、急に伝えられた情報。

緊急事態かと思ったが、耳元で告げられた情報は予想外なものだった。

 

「ど、どうされました…?」

 

何事かあったのかと思い、おずおずと問いかけるフィアーム。

だが、カナタはフィアームには答えなかった。

 

「…メテオス殿」

 

「…私が、何か」

 

外交の場という事で、余計な口出しをしないように黙っていたメテオスに声をかけた。

 

「急な話で申し訳ありません。ですが… 」

 

パタジンがテーブルに職員から渡された封筒を置いて、メテオスの前へ滑らせながら言葉を続けた。

 

「指揮官殿が…貴方と話をしたいと…」

 

やや驚いたように目を見開くメテオス。

彼の目に映った封筒。そこには、こんな事が書かれていた。

 

──ようこそ、二人目の同胞よ




さーて、どうしようかなー


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127.君臨せし王

糖分99%様・さたんくろーす様より評価10を頂きました!

なんだろう…最近、上手く書けない気がするなぁ…


──中央暦1640年6月19日午後2時、サモア基地ウポル島母港──

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…キッ…キッ…

 

母港に併設された飛行場に1機の爆撃機が着陸した。

白を基調とし青いラインを描いたそれは、『ランカスター爆撃機』を旅客機に改造したものだ。

すると、機体側面の搭乗口が開いてそこから人影が現れた。

 

「ここが…アズールレーンの本拠地…」

 

「なんだ、この港は…カルトアルパス並み…いや、カルトアルパスより遥かに大きいぞ…」

 

タラップを降り、辺りを見渡しながら呆然と呟いたのはライドルカとフィアームだった。

まるで植物の根のように海へと突き出した無数の桟橋に、忙しなく動く巨大なクレーン。建ち並ぶ無数の建物は、飾り気が無く物々しい雰囲気を漂わせており、この港が軍港という事を知らしめている。

 

「な…な…これが…全部軍艦なのか!?戦艦も空母も巡洋艦も…ピカイア軍港の二倍は居るじゃないか!」

 

「おぉっ!?あれは、まさかゴーレム!?我が国でも実験段階のゴーレムがあんなにも…」

 

一方でアルパナは桟橋に停泊する200隻もの艦船を目の当たりにして何度も目を擦り、ベルーノは母港内を行き来するゴーレム…作業用スコープドッグを目の当たりにして興奮しながら顔を青くするという、器用な芸当を披露していた。

 

「これは…ムーどころか、我が国でも勝てるか…」

 

それぞれ驚愕の表情を浮かべる4人の最後尾を歩くメテオスは、眉をひそめながら呟いた。

そんな使節団の前に、純白のリムジンが停車し後部座席のドアが開いて一人の女性が降りてきた。

 

「あなた方が神聖ミリシアル帝国の使節団か」

 

内巻きの長い金髪に、ルビーのように赤い瞳。白と赤を基調とし、金のモールや肩章をあしらった華美な軍服は相当に高い位の人物であるという事を窺わせる。

 

「初見となる。我が名は、キング・ジョージ5世。ジョージ、と呼んでくれても構わない」

 

深紅のマントを翻らせながら名乗ったのは、KAN-SEN『キング・ジョージ5世』だった。

堂々とした立ち振舞いに、そこらの女優でも霞むような美貌…その名も相まって、どこかの王族と思わせる高貴な雰囲気を纏っている。

 

「…あ、失礼。私はフィアーム・イザロンと申します。そして、こちらが…」

 

「構わない。あなた方の事は聞いている」

 

雰囲気に飲まれかけていたフィアームが自己紹介しようとするが、予め使節団について教えられていたジョージは手でやんわりと彼女の言葉を遮る。

 

「ふむ…あなたが、メテオス・ローグライダーか?」

 

「…そうだったら、何か?」

 

使節団の最後尾に居たメテオスに向かって、ジョージが問いかける。

 

「…いや、私から言うべきではないな。さあ、車に乗ってくれ」

 

フッ、と何か含みのある笑みを浮かべたジョージだったが、手でリムジンを指すと乗り込むように促した。

 

「あの…どちらへ?」

 

ライドルカが怪訝そうな顔でジョージに問いかける。

それに対し、ジョージは得意気な顔で答えた。

 

「指揮官が建造ドックで待っている。離れているから車を使うが…道すがら、あなた方に伝えておくべき事がある」

 

 

──同日、リムジン内──

 

革張りの上等なシートが据え付けられた、僅かなロードノイズすら聴こえない車内。

そこでは、使節団の5人がジョージから様々な話を聞いていた。

それは、サモアがあった世界…異世界についての事だった。

 

「信じ…られない…」

 

ライドルカが虚ろな表情で俯きながら、首を横に振った。

それも無理は無いだろう。

80億もの人口が10億まで減る程の世界大戦に、100年以上の復興期間。

漸く復興し、新たなる歴史を刻み始めた人類の前に現れた脅威『セイレーン』。

セイレーンにより制海権を失い、再び滅亡の危機に晒された人類を救う新たなる剣…

 

「その…ジョージ殿、貴女が…」

 

「人の姿を持った兵器…KAN-SEN…だと言うのですか?」

 

アルパナとベルーノが瞳を震わせながら、ジョージに目を向ける。

セイレーンに対抗する為に生み出された兵器…在りし日の軍艦の力を人の姿に収めた最強の海上戦力KAN-SEN。

目の前にいるジョージが、その一人だという事は余りにも衝撃的だった。

 

「そうだ。私はKAN-SENの内の一人…戦艦『キング・ジョージ5世』の力を持つ者だ」

 

何でも無い事のようにあっさりと肯定するジョージだが、使節団の面々は互いに顔を見合わせたりして落ち着きの無い様子だった。

 

──ダンッ!

 

ざわつく車内に、一際大きな音が響く。

何事かと、全員が音のした方を見る。

 

「馬鹿に…しているのですか…?」

 

それは、俯いたままプルプルと震えるフィアームだった。どうやら、シートに備え付けられているひじ掛けに拳を叩き付けたらしい。

 

「このサモアが異世界から転移したという事は百歩譲って認めましょう…その異世界で未曾有の戦争が勃発した事も、未知の敵が再び人類を危機に陥れた事も同じく認めましょう…」

 

顔を上げ、キッと鋭い目付きでジョージを睨み付けた。

 

「貴女が戦艦!?あり得ない!戦艦の艦長だと言うのであれば分かりますが、"戦艦そのもの"だというのはあり得ない!」

 

ビシッと窓を指差し、停泊している艦船を示すフィアーム。

 

「あの鉄の塊が、貴女だと言うのですか!?」

 

「その通り。だが、この場に私の艦体は展開していない」

 

「ならば証拠を…」

 

「フィアーム殿、落ち着いて下さい!」

 

ヒートアップするフィアームを宥めようとするライドルカ。

優秀で理解力もあるフィアームだが、いくら何でも一人の女性が巨大な戦艦その物だという事は理解出来ないようだ。

それ故、荒唐無稽な話で馬鹿にされたと感じてしまったらしい。

余りにも多くの非常識な話を聞いて余裕が無い中、そんな話を聞いてしまっては取り乱してしまうのも仕方ない。

 

「ふむ…証拠か」

 

ジョージは取り乱すフィアームに何の感心も無いのか、腕を組んで何か考え込む。

 

「…ここでいいか。停めてくれ」

 

窓の外を眺めていた彼女だったが、何かを見付けたのか運転手に停車を命じて、リムジンを桟橋の袂に停止させる。

 

「フィアーム殿。証拠が見たいと言うのであれば、今すぐに見せようではないか」

 

「な、何を…」

 

未だに怒りが消えない表情のフィアームだが、ジョージは彼女に悪戯っぽい笑みを向けて見せた。

 

「百聞は一見にしかず…さあ、ご覧あれ!」

 

そう言ってリムジンのドアから出ると、桟橋から飛び降りた。

 

「なっ…!?」

 

アルパナが目を見開き、身を乗り出す。

桟橋から海面まではそれなりの高さがある上、ジョージは服を着込んでいた。

普通に考えれば海面に叩き付けられ、衣服が海水を吸って沈んでしまう筈だ。

しかし、そうはならなかった。

 

「この光…っ!」

 

メテオスが思わず顔を逸らしてしまう程の閃光が海面から放たれ、閃光と共に輝く青い立方体が乱舞する。

 

「な、なんだ…これは…」

 

ライドルカが口を開け、ポカンとした表情を浮かべる。

青い立方体により描かれる軌跡は巨大な戦艦のシルエットとなり、更なる光を放って輝く。

 

「目を…開けてられない!」

 

ベルーノが顔を伏せ、閃光から目を守る。

だが、閃光は直ぐに治まり使節団の面々は恐る恐る顔を上げた。

 

「ま、まさか…こんな事が…」

 

フィアームが全身をガタガタと震わせ、顔を真っ青にする。

彼女の目に映っていたのは、内陸に艦首を向ける戦艦だった。

全長227.2m、全幅31.4m、基準排水量36,772tにも及ぶ巨体には、35.6cm4連装砲塔2基が誇らしげに装備されている。

『キング・ジョージ5世級戦艦』のネームシップ、その堂々たる姿に彼女は…いや、使節団の面々は畏怖の感情を覚えた。

 

「キング・ジョージ5世級のネームシップとは私の事だ。他に知りたい事があれば申すがよい」

 

艦首に立つジョージの良く通る声が使節団の耳に届く。

だがフィアームを始めとした面々は、大海の王者を前に平伏する事しか出来なかった。

 




PoWとDoYが姉妹っていうのは違和感あるけど、二人ともKGVの妹っていうと納得出来る


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128.落とし子

イフォンプス様より評価10、sansin様より評価8、黒鷹商業組合様より評価6を頂きました!

そろそろ…大型イベントを…(溢れる資金)


──中央暦1640年6月19日午後3時、サモア基地ウポル島建造ドック──

 

「「「「「…」」」」」

 

建造ドックがある建物に到着した使節団だったが、皆一様に口をつぐんで押し黙っていた。

それもその筈、自身の理解力を遥かに越える驚愕の事実を目の当たりにしてしまい、何を言っていいか分からなくなっているのだ。

 

「私だ。指揮官からの指示で、神聖ミリシアル帝国使節団をお連れした」

 

「ジョージ殿、ご苦労様です」

 

そんな使節団の驚愕の対象であるジョージこと、キング・ジョージ5世は警備の兵士にそう伝えて扉を開けさせた。

 

「さあ、此方に」

 

「は、はい…」

 

ジョージが先導するように歩き出すが、使節団の代表であるフィアームは真っ青になった顔でまるでゾンビのようにフラフラと彼女に着いて行く。

そんな中、一際顔を青くしていたのは軍務次官であるアルパナだった。

 

(ひ、一人の女性があんな巨大戦艦に変化するなんて…これじゃあ、戦力分析も偵察も意味が無い…)

 

彼の脳裏に浮かぶのは、KAN-SENの戦略的機動性の高さについてだ。

 

(KAN-SEN…彼女達を使えば大艦隊を1隻の小型艦に詰め込む事も、秘密裏に上陸させて大河や湖を利用して内陸部を攻撃する事も出来る…!そんな手段を使われたら…どうやって防げばいいんだ!?)

 

そう、KAN-SENがその気になればたった一艘の漁船が一国を滅ぼす程の艦隊に変貌したり、内陸部の川沿いに築かれた工業都市等が艦砲射撃に晒されたりする可能性がある。

勿論、普通の艦隊相手であれば海上封鎖や哨戒網の充実等で動きを封じたり、察知する事が出来るだろう。

しかしKAN-SENは200mを超える巨艦の姿と、人間の女性の姿を充実に使い分ける事が出来るのだ。

つまり有事の際は、海上だけではなく沿岸部や市街地…その他、人が隠れる事が出来るような場所全てを警戒しなければならない。

極少数の人員による大規模な破壊工作を警戒しながら、敵通常戦力による攻撃に備える…そんな事は、流石の神聖ミリシアル帝国でも難しい。

だからと言って少しでも気を抜けば、それこそ首都ルーンポリスが瓦礫の山となるだろう。

 

「おや、あれは『ジェネラル・パンドール級』だったか…進水までもう少しだな」

 

ゾンビのような使節団を引き連れながら、ジョージがその視線を真横に向ける。

そこにあったのは、全長270mにもなる大型空母『ジェネラル・パンドール級』のネームシップ『ジェネラル・パンドール』だった。

エセックス級の後期型であるタイコンデロガ級を、ロデニウス連邦海軍向けに小改良したものだ。

 

「あれは…普通の空母なのですか?」

 

「あれは、ロデニウス連邦海軍向けの空母だ。我々のようなKAN-SENではない」

 

ベルーノの問いかけに、ジョージはさも当然のように答える。

KAN-SENではない…しかし、ドックに横たわる巨体はそれでも驚異的だ。

どう少なく見積もっても、神聖ミリシアル帝国の『ロデオス級魔導航空母艦』よりも大きく、搭載機数も多いように思える。

 

「ユニオンの艦は内装が気に入らんが…まあ、量産には向いている。中々に良い選択だな」

 

何やら独りでに納得した様子のジョージが不意に足を止める。

 

「ここだ。ここに、指揮官が居る」

 

ジョージが示すのは、『KAN-SEN建造ドック』と書かれたプレートが掛かった分厚い気密扉だった。

 

「は、入っても…良いのですか?」

 

「指揮官が良いと言ったからには、良いのだろう」

 

如何にも機密が詰まっていそうな扉の先に足を踏み入れる事への不安を覚えたのか、おろおろとしだすライドルカ。

だがジョージは、彼には構わず自らの手で扉のハンドルを回して開け放した。

 

「此方だ」

 

扉の先へ足を踏み入れ手招きするジョージに従い、扉の先…KAN-SEN建造ドックに足を踏み入れる使節団の面々。

そんな彼らが目にしたのは、ガラスの向こう側に広がる純白の空間。

そして…

 

「まったく…ダンケルクとかに頼めなかったのか?」

 

「いいじゃない。私、指揮官に髪をといてもらうの好きよ♪」

 

ガラスの手前に置いた椅子に座って、美女の髪を櫛でといている指揮官の姿だった。

 

「あら、Bonjour。指揮官、お客様よ。」

 

使節団の姿に気付いた美女が、にこやかに微笑みながら会釈する。

一部を縦ロールにした長い銀髪に、紫水晶のような瞳。黒と赤と金という豪華な配色の衣装を身に纏ったKAN-SEN『アルジェリー』だ。

 

「む、アルジェリー。それは、そんなに良いのか?」

 

「えぇ、上手くはないけど…癖になるわ♪」

 

髪をとかれる事に興味を抱いたのか、指揮官の手をまじまじと見ながら問いかけるジョージ。

その問いかけに、アルジェリーはどこか嬉しそうに答えた。

 

「上手くないは余計だ。…客が来たからここまで。持ち場に戻れ」

 

「ふふっ、分かったわ。またお願いね?」

 

指揮官の言葉を聞いたアルジェリーはどこか残念そうに言って立ち上がると、使節団にヒラヒラと手を振りながら颯爽と建造ドックを後にした。

 

「…指揮官」

 

「後でな」

 

目をキラキラさせて何かを期待するジョージだが、あっさりと指揮官の言葉によって制された。

それとなく不満なジョージであるが、流石に客の前だという事で自重したようだ。

 

「さて…フィアーム殿とアルパナ殿とは、この前お会いしましたね。ですが…今回、用があるのは貴方です」

 

立ち上がり使節団の元へ歩み寄った指揮官は、メテオスの前で立ち止まると彼に何処か面白そうな目を向ける。

 

「私に…いったい、なんの用が…?」

 

巨体から放たれる威圧感と、得体の知れない雰囲気に気圧されながらも真意を確かめるべく問いかけるメテオス。

すると、彼の目の前に指揮官の手が差し出された。

そこにあったのは、ぼんやりと輝く青い立方体…メンタルキューブだった。

 

「…これは?」

 

「メンタルキューブです。KAN-SENの肉体や艤装、艦体を構成する未知の物体…触って下さい」

 

僅かに手を突き出し、キューブに触れるように促す指揮官。

メテオスとしては、そんな得体の知れない物なぞ触りたくはない。

 

「…」

 

しかしその青い輝きを見ていると、何故だが無性に触りたくなってくる。

まるで、光に寄り付く羽虫のように…メテオスの手がキューブに触れた。

 

「こ、これは…!?」

 

目が潰れる程の目映い閃光。

彼の意識は、青い輝きに飲み込まれた。

 

 

──■■■年、■■島──

 

「これは、破棄するのですか?」

 

「そうだ。思った通りの働きも出来んというなら、無駄飯食らいにしかならん」

 

砂浜に幾人かの人影が見える。

話している二人だけが白衣のような物を羽織っており、逆光の中にあるようにその姿はよく見えない。

 

「では、爆破準備を…」

 

「要らぬ。無駄に頑丈に造ってしまったからな…爆破するにも一苦労だ」

 

「しかし、放置したままでは下等生物共に奪われるのでは?」

 

「ふんっ。下等生物如きには、我々の技術なぞ一片たりとも理解出来ぬ」

 

人影の内の一人はそう吐き捨てると、背を向けて歩き去って行った。

 

「まあ、確かに…それもそうか。おい、撤収するぞ!」

 

もう一つの人影がそう言うと、他の人影はよたよたとした足取りで歩き出した。

それはぼろきれのような服を纏ったヒトやエルフ、ドワーフに獣人…奴隷の身分なのだろう。皆、首輪と錘付きの足枷が着けられている。

それらの人影が砂浜の先に広がる森に消えた時…辺りが青い光に包まれた。

 

 

──同日、建造ドック──

 

「…ど…テオ…殿!」

 

誰かが叫ぶように呼び掛けている。

頬を叩き、肩を揺さぶりながら乱暴に叩き起こそうとしているようだ。

 

「メテオス殿!」

 

目を覚ましたメテオスの眼前にあったのは、額に脂汗を浮かせているベルーノの顔面だった。

起き抜けに男の顔のドアップというのは文句の一つも言いたくなるが、どうやらそれどころではないようだ。

 

──キィィィィィィィンッ!

 

「な、なんだ!?何が起きている!?」

 

「魔法…違う!魔法ではない!」

 

部屋の中を埋め尽くす青い光…その中心部ではキューブが浮遊しながら高速回転しており、ライドルカとアルパナが腰を抜かしてその光景に恐れ戦いている。

 

「驚いた…まさか、ドックも使わずに始まるとは…」

 

「な…なんですかこれは!?」

 

回転するキューブをニヤニヤしながら見詰める指揮官と、彼に食ってかかるフィアーム。

混沌とした中でも、メテオスは何故か冷静に事態を注視する事が出来ていた。

 

(まさかこれが…KAN-SENが生まれる瞬間…?)

 

メテオスの脳裏にそんな考えが浮かんだ瞬間だった。

 

──パリンッ!

 

ガラスが割れるような音が響き、部屋全体が目映い閃光に包まれた。

皆、顔を伏せて閃光から目を守る。

しかし、全員の耳に声が聴こえてきた。

 

──あぁ…屈辱だ…捨てられた挙げ句、下郎に拾われるなぞ…

 

半ば怒りを含んだような女性の声。

フィアームのものでも、ジョージのものでもない。

それが聴こえた後、光は収束して人の形となった。

 

「まさか…本当に、二人目だったとはな…」

 

口角を吊り上げ、笑みを浮かべる指揮官。

彼…いや、その場に居た全員は新たに現れた"ヒト"に釘付けだった。

 

「ふん…まさか、我がこのようなカタチで目覚める事になるとはな…」

 

オパールのように光の加減によって七色に輝く白銀の長い髪に、右目は金で左目は銀のオッドアイ。

大柄な指揮官に匹敵する程の長身で、近未来的なピッタリしたボディースーツの上から見慣れない工具が大量に挿してある丈の長いコートのような物を羽織っていた。

 

「ふん…まあ、既に廃棄された身。創造主に従属する義理も無いだろう。…特設工作艦『テュポーン』、不本意ながら貴様らに力を貸してやろう」

 

まるで全てを睥睨するように、彼女は胸を張って告げた。




原作キャラ魔改造の時間だぁぁぁぁ!


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129.忠義の価値

UA20万突破しました!
こんなにも多くの方に読んで頂けるとは、光栄です!


──中央暦1640年6月19日午後7時、サモア基地ウポル島内ホテル──

 

母港近くにあるホテル内のレストランの一角。

そこには8人の男女が円卓を囲んでいた。

 

「ほう…肉を焼いただけの野蛮な食い物だと思ったが…中々に美味いではないか」

 

「だろう?黒毛重桜牛という、最高級の牛肉だ。そこらの牛とはモノが違う」

 

オパールのような銀髪を持つ金銀オッドアイの女性『テュポーン』がA5ランク重桜牛のステーキに舌鼓を打ち、その隣では『キング・ジョージ5世』が得意気な様子で分厚い赤身のステーキをナイフで切っていた。

 

「…食べないのですか?冷めますよ」

 

そんな二人の美女と同じく、ステーキを切っている指揮官が手付かずとなっている5つの皿に目を向けながら不思議そうに言った。

しかし、皿を前にした5人…神聖ミリシアル帝国の使節団は押し黙り、時折視線をテュポーンに送るのみだった。

 

「…おい、下郎。我の美貌に見惚れるのは構わんが、誉め称える言葉の一つでも口にしたらどうだ。そうでなければ、下郎らしく顔を伏せるがよい」

 

無言のまま視線を向けられる事が不愉快なのか、あからさまに不機嫌そうな言葉を使節団に投げ掛けるテュポーン。

だが、指揮官は彼女の苛立ちを鎮めるように冷静な声で告げた。

 

「まあまあ、KAN-SENという存在が生まれる瞬間を目の当たりにしたんだ。驚いても仕方無い。しかも、"あの"古の魔法帝国製の艦船が元になった存在とあってはな」

 

「ふん…確かに、我もこのような身となって現世に甦るとは予想外だった。矮小な下郎の頭では、理解が及ばぬであろう」

 

指揮官の言葉に納得したのか、頷きながら切ったステーキをフォークで刺して口に入れるテュポーン。

すると、おずおずと手を挙げる者が一名…使節団代表のフィアームが、恐る恐るといった様子で口を開いた。

 

「あ、あの…質問があるのですが…」

 

「構わん」

 

テュポーンが、フィアームに許可を出す。

 

「その…ジョージ殿からKAN-SENについては説明を受け、実際にKAN-SENの力を目の当たりにしたのでかろうじて理解出来ます。ですが…テュポーン…殿?は古の魔法帝国が建造した艦船がKAN-SENとなったとの事ですが…」

 

「同じ事を二度も言わねば理解出来ぬか?やはり、下郎の頭はたかが知れているな…」

 

心底呆れたように肩を竦めるテュポーンだが、一旦ナイフとフォークを置くと腕を組んで如何にも偉そうな態度で告げた。

 

「まあ、仕方無い。三度目は無いと思え。我は、貴様らが古の魔法帝国と呼んでいるラヴァーナル帝国にて建造された特設工作艦である。海上にて損傷した艦船を修理する任を与えられたのだが…如何せん、貴様らの先祖が貧弱過ぎたが故に活躍の場を失い、不要となり廃棄された。保存処理もされず…終いには朽ち果て、本来の我は海の藻屑と成り果てたのだ」

 

「ほ、本当に魔帝の…?」

 

テュポーンの言葉に、怖じ気づいた様子のアルパナ。

彼の反応も無理は無いだろう。

何せ、神聖ミリシアル帝国は魔帝の遺跡を解析して手に入れた技術を用いて世界最強の座を射止めた。しかし、同国でも魔帝の技術全てを把握している訳ではない。

そんな、圧倒的な技術力を持つ魔帝…彼らと直接繋がりがある者が、急に現れたのだ。普通に考えれば恐ろしくて仕方無いだろう。

 

「我が偽りを口にしているとでも?無礼な…貴様の首を捩じ切ってやっても良いが…」

 

チラッとジョージを見るテュポーン。

 

「所詮、我は工作艦。武器なぞ、対空魔光砲しかない。そこの戦艦に取り押さえられれば、何も出来ん。」

 

忌々しそうに述べながらも、グラスを傾けて赤ワインを口にする。

 

「む…美味いな」

 

ワインの深く濃厚な味わいに機嫌を直したのか、笑みを浮かべてみせる。

すると彼女の興味は、一人の人物に向いたようだ。

 

「おい、貴様。耳長の貴様だ」

 

「…私かね?」

 

テュポーンの声がかかったのは、エルフの男性…メテオスだった。

 

「そう、貴様だ。我の為に、この葡萄酒を買い込んでおけ。切らしたら只では済まんぞ」

 

「は…?」

 

テーブルに置かれた赤ワインの瓶を指差すテュポーンの言葉に、間抜けな声を出しながら首を傾げるメテオス。

しかし、彼女はそれに構う事無く言葉を続ける。

 

「食事に手抜きは赦さぬ。寝床は広く、柔かな物…風呂には香を焚いて、我の体を洗う女の奴隷を最低5人は用意せよ」

 

「テュポーン、神聖ミリシアル帝国には奴隷は居ないらしい。メイドとか侍女にしておけ」

 

「ふむ…まあ、仕方あるまい。奴隷ではなく、メイドか侍女でもよい」

 

指揮官の言葉に少し驚いた様子のテュポーンだったが、如何にも妥協したという様子である。

だが、メテオスは相変わらず戸惑った様子だ。

 

「いや…待ってはもらえないかね?今の話を聞く限り…彼女を我々が連れ帰って面倒を見る、という話のようだが…」

 

「当たり前じゃないですか。指揮官適性を持つメテオス殿がキューブに干渉したからこそ、彼女を建造出来たんですよ?指揮官なら、KAN-SENの身柄を預かる事は常識です」

 

さも世の中の常識と言った風な口振りの指揮官だが、彼が言っているのはあくまでも元々の世界での話。この異世界の常識ではない。

 

「いや、KAN-SENという未知の存在…しかも、魔帝に関わる者を我が国に入れる訳には…」

 

強引に進む話に待ったをかけるフィアーム。

しかし、指揮官は首を傾げて不思議そうに答えた。

 

「ダメですか?ムーは受け入れましたよ」

 

「は?」

 

「実は、ムーのとある方も指揮官適性を持っていたのですよ。それで、メテオス殿と同じようにKAN-SENを…別世界のムーで建造された戦艦のKAN-SENを建造したんです。暫くはムーに居ましたが…今はこの基地に留学生として滞在していますよ」

 

「えぇ…」

 

KAN-SENなどという不可思議な存在をムーが保有しているという事実に、思わず脱力してしまう。

まあ、百歩譲ってKAN-SENという存在を受け入れる事は良しとしても、魔帝の艦船…世界中を恐怖のドン底に陥れたラヴァーナル帝国と価値観を共有しているであろう者を受け入れる事は、到底出来ない話だ。

 

「テュポーン。お前、何か良からぬ事とか考えてるか?」

 

「何だ?まさか、我がラヴァーナル帝国復活の為に暗躍するとでも思っておるのか?」

 

フィアームの疑念を代弁するように問いかける指揮官。

だが、テュポーンは半ば呆れたように告げた。

 

「我は不要と断じられて棄てられた身…そのような仕打ちを受けてなお、帝国に尽くすような被虐趣味は持ち合わせておらん。…何、我を棄てた者を見返すのも一興ではないか」

 

「確かにな。忠義を果たす価値もない連中だ」

 

悔しそうにギリギリと歯を鳴らすテュポーンの言葉に同意する指揮官。

意思を持たぬ兵器だった頃ならいざ知らず、KAN-SENとなってヒトの心を持った彼女は自らの創造主を見限っていた。

 

「だが、しかし…上層部が首を縦に振るか…」

 

難しそうな顔で思案するフィアーム。

だが、彼女の懸念なぞ気にしていないようにメテオスが口を開いた。

 

「…分かった。彼女は我々が預かろう」

 

「メテオス殿!?」

 

彼の言葉に、思わず立ち上がるフィアーム。

メテオスも同じように立ち上がり、使節団一人一人に目を向ける。

 

「確かに…確かに、彼女のような得体の知れない存在を国内に入れる事は不安があるだろう…しかし、彼女は当時の魔帝を知る貴重な存在だ。ことごとく危険を排除し機会を棒に振るより、多少の危険を侵してでも機会をモノにすべきではないかね?」

 

「…そうかもしれません」

 

メテオスの言葉にベルーノが同意した。

 

「我々は、魔帝の全てを知っている訳ではありません。しかし、それを知る事が出来る可能性が目の前にある!その可能性を掴む為にも、彼女を受け入れるべきでしょう!」

 

熱弁するベルーノ。

そんな彼の言葉に、ライドルカとアルパナも頷いた。

 

「…分かった。だが、我々の独断で決定を下す事は出来ない。一先ず私とメテオス殿が残り、他のお三方は一旦我が国に戻って報告をしていただきたい」

 

そしてフィアームも、渋々と頷いた。

しかし、そのまま連れて行く事は出来ない為、フィアームとメテオス以外の者が神聖ミリシアル帝国に帰国して事の顛末を報告、上層部からの判断を仰ぐ事にしたようだ。

 

「よかろう。多少は待ってやろうではないか」

 

使節団の葛藤もどこ吹く風。

テュポーンは、ステーキを赤ワインで流し込みながら満足そうに呟いた。




指揮官は新しいKAN-SENが来た時には必ずステーキを食べるようにしている
という裏設定


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130.家族のあり方

鉄槌様より評価10、ぽんこっつ様より評価8を頂きました!

レースクイーン着せ替え全部買ったら諭吉が消し飛びました
っていうかあのCM放映するのか…これじゃ、アズレンがエッチなゲームだと思われてしまう


──中央暦1640年6月21日正午、サモア基地ウポル島内ホテル──

 

「むぅぅぅぅ…」

 

ホテルの上層階の一室、そこで一人の女性が机と向き合って頭を抱えていた。

 

「転移によりこの世界に現れたサモア…戦闘艦の力を持った女性であるKAN-SEN…そして、メテオス殿の干渉により生み出された魔帝のKAN-SEN…ダメだ、何をどう説明すればいいんだ…」

 

神聖ミリシアル帝国使節団代表のフィアームは、白紙の報告書を前にして深い溜め息をついた。

しかし、こう悩んでいるのは彼女だけではない。

彼女達使節団は、一旦帰国する三人に持たせる為の報告書を製作しているのだ。

 

「テュポーン殿は口調こそアレだが、比較的友好的だ。彼女と上手く付き合って行く事が我が国の利益となるだろう…」

 

眉間に深いシワを刻みながら腕を組み、うーん…と唸るフィアーム。

 

──コンコンコンコンッ…

 

すると、部屋の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

やや驚きつつも、扉の向こう側に居るであろう人物に入室を許可する。

 

「フィアーム様、失礼致します。昼食をお持ちしました」

 

扉を開けサービスワゴンを押して入って来たのは、一人のメイドだった。

純白のホワイトプリムを頂いた長い銀髪に、やや紫がかった碧眼。二の腕や胸元が大きく開いた中々に露出度が高いメイド服を着用しているものの、いやらしさを全く感じさせない気品を持つKAN-SEN『ベルファスト』だ。

 

「ん…?あぁ、もう正午でしたね」

 

ベルファストの言葉を聴いて漸く昼食時だと気付いたフィアーム。

正に時間も忘れて机と向き合っていた彼女だが、時間を認識すると空腹を自覚してしまう。

 

「随分と根を詰めておられたようですが…体調等は崩しておられませんか?」

 

「いえ、大丈夫です。こういった作業には慣れていますので」

 

ソファーの前に置いてあるテーブルに、サービスワゴンから取り出したサンドイッチや、ティーセットを配膳しながら問いかけるベルファスト。

そんな問いかけにフィアームはずっと座っていた椅子から重い腰を上げ、伸びをしながら窓に近付きつつそう答えた。

 

「左様でございますか。差し出がましい言葉、失礼致しました」

 

「いえいえ、お気にならさず」

 

ペコリと頭を下げるベルファストに、フィアームは苦笑しながら返した。

普通のメイドならば適当にあしらってしまう所だが、彼女はKAN-SEN…ロデニウス連邦の実質的な盟主である、サモアの戦力を担う存在。それ故、フィアームはベルファストに対してどう接すれば良いのかイマイチ掴みかねていた。

だからだろうか、気不味さを紛らわせるように窓から地上を何気無く見下ろす。

 

「ん…?」

 

ふと、彼女の目を引く物があった。

それは、大通りを挟んで向かい側にある高層ビル…フィアーム達使節団が滞在しているホテルと同系列の企業が運営しているホテルから、三人の人影が出てくるが見えた。

太陽の光を反射するような金髪が一人と、銀髪が二人。銀髪の人物の内一人はかなり小柄で金髪の人物に抱き抱えられている事が窺える。

 

「あれは…?」

 

目を細め、良く観察してみる。

金髪の方は見た事がある。遠くからでも分かる程に恵まれた体格を持つ男、指揮官ことクリストファー・フレッツァだ。

そんな彼の傍らに居るのは、ツバの広い帽子を被った白銀の髪を持つ、遠くからでも分かる程に豊満な肢体の女性だという事が分かる。

そして、指揮官の腕に抱かれているのはおそらく子供…傍らの女性と同じ白銀の髪で、服装から見て女児であるようだ。

 

「あら…ご主人様とイラストリアス様とリトル・イラストリアス様でございますね」

 

いつの間にフィアームの真横に立って、同じく窓から地上を見下ろしていたベルファストがそう述べた。

 

「彼女達も、KAN-SENなのですか?」

 

「はい。イラストリアス様もリトル・イラストリアス様も、お二方共私と同じロイヤルのKAN-SENでございます」

 

そう答えたベルファストの言葉に、やはりかという態度で頷く。

そうしながらも三人を見ていたが、迎えに来たらしい黒塗りのハイヤーに三人が乗り込んだ。そうなれば、もう様子を窺う事は出来ない。

しかし、フィアームの脳裏にはとある疑問が浮かんでいた。

 

「あの…ベルファスト殿。少し失礼かもしれませんが…質問をよろしいでしょうか?」

 

「はい、私にお答え出来る範囲であれば何なりと」

 

正直、こういった質問は憚られる事だろう。

しかしフィアームは、自らの計画を実行するにはこの質問をしなければならないと考えていた。

 

「では、失礼しまして。フレッツァ殿が抱き抱えていた…リトル・イラストリアス殿、彼女はフレッツァ殿とイラストリアス殿のお子様なのですか?」

 

そう、ここにきて指揮官が子持ちだという疑惑が発生したのだ。

ロデニウス連邦大統領であるカナタから、指揮官は未婚だと聞いてはいる。

普通に考えれば、未婚の男性が子持ちな訳がない。子持ちの未亡人等と交際をしているという可能性もあるが、KAN-SENという特殊な存在である彼女達が未亡人という可能性は低いだろう。

しかし、彼女達は異世界の住人。もしかしたら異世界では、未婚でも子供を作る習慣があるのかもしれない。そうなればフィアームの計画…指揮官と自国の貴族を結婚させ、サモアの戦力を利用するという事が難しくなるだろう。

 

「その通りでございます」

 

その鈴の鳴るような声は、フィアームの計画をあっさりと否定した。

 

「で…ですが、フレッツァ殿は未婚だと…」

 

まさか本当に子持ちだとは思わず、目を見開いてしまうフィアーム。

そんな彼女にベルファストは、あくまでも淡々と真実を告げるように答えた。

 

「左様でございます。ご主人様は未だ未婚…ですが、ご主人様は私達を分け隔て無く愛して下さいます。それ故ただ一人だけを特別視せず、平等に愛する為に敢えて未婚なのです」

 

実を言うとベルファストは嘘をついている。

リトル・イラストリアスは指揮官とイラストリアスの間に産まれた子供ではない。キューブ実験の際に生み出されたKAN-SENである。

なぜ彼女がそんな嘘をついたのか。それは、彼女がフィアームの考えを察していたからだ。

 

(ふふっ…大方そちらのお嬢様とご主人様を婚姻させ、政治的に利用するご計画なのでしょうが…そうはさせません。ご主人様を…私達の指揮官を、貴国の駒にはさせませんよ)

 

時に"三枚舌"とも言われる外交手腕と諜報能力を持つロイヤルだが、それはKAN-SENにも言えるのだろう。

大国の考えというのは、彼女にとってはある意味分かりやすいものだった。

心中で意地の悪い勝ち誇ったような笑みを浮かべるベルファストだったが、一方でフィアームは顔には出さないものの内心焦りまくっていた。

 

(み、未婚で子供が居るとは…しかも複数人のKAN-SENと関係を…?いやいや、私の思い過ごしかもしれない。誤解して、間違った情報でフレッツァ殿を誹謗中傷するような事となれば、"最悪の事態"となるかもしれない!だが、どのみち男爵家の行き遅れ…もとい、お嬢様ではイラストリアス殿やベルファスト殿には敵わんだろう。別の手を考えなければ…)

 

実を言えば、フィアームが指揮官に引き合わせようとした男爵家の娘というのは所謂"地雷女"という者だった。

決して不細工では無いが、甘やかされた末っ子という事もあって我が儘で理想がやたら高く、使用人に対しても高圧的な態度という如何にもな地雷なのである。

そんな"地雷"と、美しく気立ても良いKAN-SEN達ならどちらを選ぶかは明白だろう。

 

「フィアーム様、昼食をどうぞ」

 

ニコニコしながらテーブル上のサンドイッチと紅茶が注がれたティーカップを指すベルファスト。

そんな彼女に、フィアームも精一杯の愛想笑いを浮かべながら応えた。

 

「あ、あはは…そうですね。そういえば、空腹でしたよ」

 

ソファーに座り、お絞りで手を拭いてからサンドイッチに手を伸ばす。

 

(サモアの戦力を利用するにはどうすべきか…いや、もういいか。私はあくまでも外交官。専門家に任せよう)

 

思考を放棄し、サンドイッチを口にする。

軽くトーストした薄切りの食パンにスライスした玉ねぎの辛味と、黒胡椒を効かせたローストビーフ。食パンにはバターが塗ってあるのか、玉ねぎと黒胡椒の辛味をまろやかにしている。

 

(美味い…こんな簡単な食事すらもこのクオリティー…政略結婚なんぞより、駐ロデニウス連邦大使になるために動いた方がいいのかもしれん)

 

ある種の現実逃避に走るフィアームだが、その諦めは英断だと言えるだろう。




やはり口を閉じたエセックスは強い…


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131.国境を越える若鷹

香取様より評価10、Ex10様・いいひと様・本郷 刃様より評価9、感謝ノ極ミ様より評価8、モルガーナ・ベルンカステル様より評価7を頂きました!


投稿が大幅に遅れてしまい申し訳ありません
活動報告にも書きましたが、豪雨の影響で様々な対応をしていました
私自身は被害を受けていませんので、ご安心下さい


2ヶ月ぶりの執筆なのでクオリティ低めになってしまいました
一刻も早く感を取り戻せるように努力します


──中央暦1640年6月22日午後1時、ムー首都オタハイト──

 

神聖ミリシアル帝国の使節団がロデニウス連邦を視察している頃、ムー首都オタハイトに置かれたとある企業の本社の応接室で会談が行われていた。

 

「国際共同開発…ですか?」

 

目を丸くし、驚嘆したように告げたのは初老の男性…ムーの航空機製造メーカー『アクア発動機』の代表取締役であるランセット・アクアだった。

 

「はい。貴社と我が社の技術と資金を持ち寄り、我が国で進められている計画…『多目的高速航空機計画』に提出する為の航空機を開発しようと考えています」

 

ランセットの言葉に応えたのは、これまた初老の男性。元ロウリア王国三大将軍の一人、ミミネルである。

彼はロデニウス統一後、軍務を退いた後にサモアからもたらされた技術を用いて民間向けの小型飛行機や、一部軍用機の委託生産を請け負っている半官半民企業『ロデニウス・エア・インダストリアル』のCEOとして活躍していた。

 

「その…『多目的高速航空機計画』とは一体どのような物なのですか?」

 

ミミネルに問いかけたのはムー海軍機動部隊提督、レイダー・ミレールだ。

何故、企業同士の会談の場に居るのか?

その答えはミミネルの言葉にあった。

 

「はい、今回レイダー殿にもご臨席頂いた事からも察せられるかとお思いですが、この計画は軍用機…戦闘機は勿論、攻撃機・爆撃機・練習機を1機種で賄おうという計画であるのです」

 

「戦闘機と爆撃機を同一の機体で…?」

 

「概要は聞いていますが…果たして本当にそんな事が可能なのですか?」

 

ミミネルの言葉を聞いてもイマイチ理解が及んでいないようなレイダーと、半信半疑といった様子のランセット。

だが、それも無理は無いだろう。

何せ戦闘機と攻撃機と練習機を1機種で賄う事はまだしも、爆撃機まで兼任させるというのは無理難題としか思えないからだ。

ムー統括軍でも現主力戦闘機である『マリン』に小型爆弾を搭載して簡易的な攻撃機として運用する場合もあるが、その搭載量は爆撃機とは比べ物にならない程に少ない。

かと言って十分な搭載力を持つ爆撃機型『ラ・カオス』では戦闘機のような空戦機動は行なえない。

それ故、ミミネルからの提案は机上の空論としか思えなかった。

 

「はい。お二方の仰る通り1機種で多数の任務を兼任させようとすれば無理が生じ、中途半端な性能になってしまいます。しかし、サモアより提供された技術によりこれまでより遥かに高性能な航空機の開発が可能となりました。こちらをご覧下さい」

 

そう言って新型機の簡易的な三面図と、性能諸元が書き込まれた図面を机上に広げて見せるミミネル。

 

「なっ…!」

 

「こ、これは本当なのですか!?」

 

溢れ落ちそうな程に目を見開き、驚愕に顔を歪める二人。

彼らの目に映るのは、鏃のような主翼と水平尾翼を持つ洗練された機体…しかし、外見だけではなく性能諸元にある数値も信じ難いものであった。

それが以下の通りである。

 

・全長×全高×翼幅12.22 m×4.57m×8.38m

・空虚重量4,750kg

・最大離陸重量11,136kg

・最大速度1,077km/h

・航続距離3,220km

・実用上昇限度12,880m

・固定武装20mm機関砲2門

・爆弾等最大4,490kg

 

…と、余りにもこの世界の平均を大きく引き離すような性能である。

もし、これが実現出来るのであればムー統括軍の航空戦力は飛躍的に向上するだろう。

だが、それはあくまでも実現出来ればの話…理想のスペックを羅列するだけなら誰でも出来る。

だからこそ、レイダーは渋い顔で問いかけた。

 

「大変魅力な機体ですが…これは実現可能なのですか?ロデニウス連邦…サモアの技術を疑う訳ではありませんが、如何せん現実離れしたスペックですので…」

 

「それに関しては問題無いと思います。現にアズールレーンでは超音速機が既に配備されており、その機体『F8クルセイダー』は素晴らしい性能を示しています」

 

「ちょ…超音速…!?」

 

ミミネルの答えを聞いたランセットの顔が引きつったが、レイダーはそれに構わず再びミミネルに問いかける。

 

「既に超音速機を配備している事は驚きましたが…しかし、そのような機体が既に存在しているのであれば我が国と共同開発する必要は無いのでは?」

 

レイダーの疑問も当然の事だ。

科学技術立国であるムーの人間として認めたくはないが、ロデニウス連邦やアズールレーンの技術はムー統括遥か先を行っている。

そんな技術力を持つ彼らがムーの技術を宛にしているとは思えない。

その問いかけに対し、ミミネルはやや恥ずかしそうに応えた。

 

「それがですね…予算が…足りないのですよ」

 

「「は?」」

 

彼の口から飛び出た予想外の言葉に、ランセットとレイダーから間の抜けたような声が出た。

 

「実を言うと我が国は新型空母や新型戦車、更には歩兵用小銃の開発・配備を進めているのですが…攻撃機や訓練機に必要な予算が不足しているのですよ。そこで…」

 

「なる程…つまり、我が社と共同開発する事で開発費用を折半し、生産数を増やして単価を下げる…と言う事ですか?」

 

「はい、仰る通りです」

 

ランセットの問いかけに応えるミミネル。

それを聞いてランセットもレイダーも合点がいった。

確かに兵器開発は多額の資金が必要であり、軍に採用されたとしてもある程度の数が採用されなくては開発費を回収する事が出来ずに開発企業が困窮する可能性がある。

しかし、多数が採用されれば企業は開発を回収した上でそれなりの利益を確保出来、量産効果によって単価が安くなれば採用する側としても大きな利点となる。

そして大量採用を目論むのであれば一ヶ国だけではなく、多数の国家に採用される方が良い。

 

「しかし、我が社との共同開発という事は我が社…我が国に貴社と貴国の技術が流出するという事になりますよ?」

 

「それに関しては問題ありません。政府は勿論、サモアからの承諾も得てこの計画を進めています。とは言っても、共同開発によって得た技術を他国に許可なく提供しないと言った契約を結ぶ必要はありますが」

 

ランセットの言葉に、ミミネルがそう応えた。

確かに共同開発は他国に最新技術を与える事になってしまう。

しかし、ロデニウス連邦政府やアズールレーン上層部は近年緊張が高まっている第二文明圏の安定…最大の貿易相手であるムーの安全こそが安全保障や経済活動において重要だと判断し、ムーの航空戦力向上計画と自国の練習機配備計画を統合して提案する事にしたのだ。

 

「なるほど…しかし、これ程高性能な航空機の共同開発、我が社の一存で決定する事は出来ません。一度、統括軍上層部に話してみませんと…」

 

「私も同感ですな。私としては是非とも共同開発を行い、我が国の主力戦闘機をこの機体に更新したいのですが…」

 

ランセットが腕を組みながら眉間に皺を寄せ、レイダーが図面を見ながら苦笑する。

ムーが立憲君主制国家である以上、このような国家の命運を左右するようなプロジェクトを企業の一存で決定する事は出来ない。

それ故、政治部会や軍部に話を持って行く事にした。

 

「畏まりました。では、貴社と貴国の回答があるまで本プロジェクトは一時停止と致します」

 

「申し訳ありません。せっかく提案を頂いたというのに…」

 

二人の立場を十分に理解しているミミネルが頭を下げて了解の意を示すのに対し、申し訳なさそうに深々と頭を下げるランセット。

一方のレイダーは図面に書かれたとある文字を口にした。

 

「『A-4スカイホーク』…これがこの機体の名称なのですか?」

 

「えぇ。高い運動性と搭載力…そして簡素な構造で整備性に優れ、値段も安く済ませられるそうです」

 

「なるほど…これは私見ですが、この機体は非常に優れた航空機となるでしょう。この共同開発の承認を得るため、私も微力ながら全力を尽くしましょう」

 

「ありがとうございます。ムー統括軍の方からそのような言葉を頂けるとは…感無量です」

 

そうしてランセット、レイダー両名と固い握手を交わすミミネル。

 

 

その後、ロデニウス連邦とムーによる共同開発計画はムー政治部会と統括軍上層部により承認される運びとなった。

これによりロデニウス連邦は新型艦上攻撃機と練習機として、ムーは陸上型マリンを更新して『A-4スカイホーク』を陸上機として多く配備する事となるのだった。




アズレンももうすぐ3周年ですね
それにしても25時間生放送とは…一体何をするんですかねぇ…


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132.水先案内人

Gジェネラー様より評価10、もよもと7号様・maru114様より評価9、モギュ様より評価6を頂きました!
評価者100人突破致しました!皆様、ありがとうございます!

130話の続きとは関係無い話が続きますが、執筆のリハビリと今後の展開の伏線に必要な話となっています




──中央暦1640年6月22日午前10時、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ大統領府──

 

「では、これより『空路・航路における安全航行の為の会議』を始めます」

 

ロデニウス連邦に神聖ミリシアル帝国の使節団が訪れているなか、大統領府内の会議室にて産業大臣アラハムが宣言した。

 

「はい。発言よろしいですか?」

 

「ホエイル長官、どうぞ」

 

挙手しアラハムから発言の許可を得たのは、沿岸警備隊長官のホエイルだった。

 

「えー…我が国を始めとした第四文明圏、そして第三文明圏の一部、及びムーにロラン基地局を設置し運用している事は皆さんご存知の事かと思います」

 

彼の言う通りロデニウス連邦とアズールレーンは、彼らが中心となる第四文明圏や同盟国であるアルタラス王国等が在籍する第三文明圏、更に友好国であり最大の貿易相手であるムーに『LONG RANGE NAVIGATION』…通称『ロラン』の基地局を建設し、それを活用して航空機や船舶の安全な航行を行ってきた。

 

「私が指揮する沿岸警備隊や民間企業では民間向けのロランAを、軍ではロランCを使用している事もご存知の事と思います」

 

ホエイルの言葉に会議の参加者が一様に頷く。

このロランは、2ヶ所の基地局から発せられる信号の到達時間差を利用し自らの位置を特定するというものである。

沿岸部の地形を見て位置を特定する『地文航法』や天体の動きや位置を利用する『天文航法』よりも正確かつ、天候等に左右されにくいという特徴を持つため、より安全で効率的な航行が可能となっていた。

しかし、このロランにも幾つかの欠点があった。

 

「ですがロランAの最高有効距離は約2,500km、ロランCは約4,200km…十分な距離と言えますが、第三文明圏から第二文明圏へ向かうとなると有効距離から外れてしまい、従来の天文航法に頼らざる負えません。勿論、各地に点在するムーの空港からの信号を利用する事も可能ですが、如何せんムーの電波航法システムはロランよりも有効距離が短いので安全かつ効率的な航行には使い辛いのです」

 

「確かに…それは貿易会社や航空会社から改善を求められています。機械動力船や航空機は、風さえあれば良い帆船とは違って燃料を消費してしまいますからな。効率的な航行を行わなければ経済的な損失は勿論、難破の恐れもあります」

 

タブレット端末を見ながら発言するホエイルに、アラハムが同意する。

 

「ですがタイミングがいい事に、神聖ミリシアル帝国の使節団が国交開設の為に我が国を訪問しています。神聖ミリシアル帝国の港町カルトアルパスや、首都ルーンポリス…他数ヵ所に基地局を設置する事が出来れば主要な航路をカバーする事が出来ますので…」

 

「国交開設の暁には建設許可を求めると?しかし、ミリシアルが他国の大規模基地局建設に同意するだろうか?かの国は魔法文明国の総本山…科学文明国の技術をふんだんに利用した施設を主要都市に置かれる事にいい顔はせんだろう」

 

ホエイルの考えに外務大臣リンスイが渋い顔をしながら応える。

ロランの基地局は長大なアンテナと莫大な電力が必要となる為、それなりに大規模な施設となってしまう。

近代的な設備の無い文明圏外国や科学文明に理解のある国家なら物珍しさや、技術的価値から設置は歓迎されるが相手は"世界最強"の魔法文明国である。

自分達の技術に絶対的な自身を持ち、プライドの高い神聖ミリシアル帝国が新興国の施設を受け入れるとは思えない。

 

「やはり…厳しいものですな…」

 

「いや、お待ちを」

 

半ば諦めたようなホエイルの言葉だが、その言葉は防衛大臣であるパタジンによって遮られた。

 

「実は…サモアから新たな航法システムが提示されているのです。現在はサモア基地で建造中らしいのですが…」

 

専用のタブレット端末を操作し、会議室の壁に嵌め込まれている特大モニターに画像を表示させる。

そうして表示されたのは天を突くように高く、何本ものワイヤーで支えられた鉄塔だった。

 

「ロランをより発展させた『オメガ』と呼ばれる基地局です。最高有効距離は凡そ10,000km…ロランCの倍以上となります。これなら、フィルアデス大陸の西方とムー大陸の東方に設置する事で中央世界に基地局を置かずとも電波航法を利用する事が可能です。…もっとも、現状は実地試験の段階らしく直ぐに実用化とは行かないようですが」

 

「10,000km!?それは凄い…しかし、一番良いのはミリシアル国内にロラン基地局を置く事です。外務省には頑張って頂きたい」

 

「ホエイル殿も無茶を仰る…全力で挑みますが、ダメでも恨まないで頂きたい」

 

パタジンの言葉に驚きつつ釘を刺す事を忘れないホエイルに対し、苦笑するリンスイ。

そんな中、会議の参加者の一人が手を挙げた。

 

「気象局のミドリです。よろしいですか?」

 

「ミドリ局長、どうぞ」

 

挙手したのは、クワ・トイネ海軍出身で現在は気象局の局長を務めるミドリだった。

 

「我々気象局は現在気象レーダーで雲や風を、各地に設置した観測所で気温や気圧を観測し天気予報に役立てています。ですが、その予報精度は未だ改良の余地があります事は皆さんご存知でしょう」

 

「そうだな…確かに私の息子の妻が、天気予報を信じたら雨が降ったと言っていましたな」

 

ミドリの言葉に対し茶化すように応えるアラハム。

そんな冗談に会議室が僅かな笑いに包まれるが、それはミドリの咳払いによって鎮まった。

 

「コホンッ…我々気象局としても予報精度の向上は急務だと考えています。洗濯物が台無しになる程度ならまだしも、天気予報が外れて嵐に巻き込まれたとあっては我々の面目丸つぶれですよ。そこで空の遥か上…"宇宙"と呼ばれる空間に『人工衛星』と呼ばれる人の手で作った星を飛ばして遥か高みから雲の動きを観測する計画についての報告を行いたいと思います」

 

「あの計画か…まるで伝説に伝わる魔帝の『僕の星』のようだ。それで、どうなったのだ?」

 

ミドリの言葉にパタジンが前のめりになりながら問いかける。

それもそのはず、軍事行動において天候とは重要な要素の一つでもある。

それ故、気象局の人工衛星計画は防衛省からも多大な期待を寄せられていた。

 

「結論から言いますと…全て失敗しています」

 

だが、ミドリの口から出たのは会議の参加者を落胆させる言葉だった。

 

「今まで5基のロケットを打ち上げてますが…3基は地上付近で爆発、2基は空中分解となってしまいました」

 

「むう…流石にそう容易くは行きませんな…」

 

唸りながら腕を組み、眉間に皺を寄せるアラハム。

他の参加者も同じような雰囲気だ。

何せロデニウス連邦の経済は急成長しているが、軍民問わない急速な近代化はそんな急成長続ける経済力でもギリギリな程だ。

そんな自転車操業一歩手前な状況での宇宙開発は中々に厳しいものがある。

しかし、より正確な天気予報が出来れば天災による経済損失を抑えるだけではなく、国防においても有利となる。

それ故、端から見れば金食い虫な事業でも継続する必要があるのだ。

 

「ですが、今月の始めに行われた打ち上げでは宇宙空間まであと一歩の所まで迫りました。もう一歩…もう一歩なんです!」

 

「あと一歩…可能であれば来年の今頃迄には打ち上げは頂きたい。私も財務局等に掛け合って予算を確保しよう」

 

「では私も防衛予算から宇宙開発予算を工面してみようではないか。古来より上を取った者が戦を制すると言う…ならば、宇宙空間を取れば誰よりも有利となるだろう」

 

「アラハム大臣、パタジン大臣、ありがとうございます!」

 

やや苦笑しながら予算確保に動く事を確約するアラハムとパタジン。

それに対しミドリは思わず立ち上がり、深々と頭を下げた。




Wikipediaや個人ブログ、You Tubeでは分からない事も多いので色々と資料を買い漁っていたら10万近く溶けました


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133.西の果てと東の果て

ブンブーン様より評価10、イデオン様より評価9、タイヨー様より評価6を頂きました!

大雨の後は台風…毎年、激甚災害指定出てますよねぇ…



何はともあれ、アズレン三周年ですよ!
信濃実装に、巨乳ランキングに食い込んだ樫野…そして、テーマソングに西川兄貴!
凄まじい情報密度でしたねぇ…財布が軽くなる…


──中央暦1640年6月22日午後2時、グラ・バルカス帝国帝都ラグナ──

 

第二文明圏…ムー大陸の西方に突如として出現し周辺国家を次々と併合し、更には第二文明圏のパガンダ王国とその宗主国である列強レイフォルを滅ぼした恐るべき大帝国『グラ・バルカス帝国』

その首都であり繁栄の象徴である帝都ラグナの中心にある帝王府の自室から霞がかった街並みを眺める一人の男が居た。

 

「クックックッ…」

 

やや老いを感じさせるものの、未だに生命力に溢れた美丈夫…彼こそがこの大帝国の帝王グラ・ルークスである。

 

「この世界は我々に何を求める?」

 

国ごと異世界に転移するというバカげた事が発生し、統一寸前だった前世界『ユグド』を失った事は手痛い損失だった。

しかし、この異世界は余りにも都合が良かった。

弓矢や剣、旧式戦闘機でも容易く屠れるワイバーン。それらしか戦力を持たぬ蛮族と、手付かずの各種資源…前世界で"最強"であったグラ・バルカス帝国から見れば正に理想的な世界だった。

 

「蛮族ばかりの世界…この余りにも稚拙な世界を我が帝国が統一し、私が世界の帝王となる」

 

ニヤリと口角を釣り上げ、野心に満ちた笑みを見せるグラ・ルークス。

転移直後は失った植民地を補う為に周辺国を恫喝、或いは武力侵攻する事で食糧や燃料を始めとする様々な資源を搾取していたのだが、一部穏健派の皇族がそれに反発していた。

しかし、穏健派筆頭の皇族は国交開設の交渉中に『パガンダ王国』の手により処刑された。

これにより穏健派は急速に発言権を失い、グラ・ルークスを筆頭とする武闘派が幅を利かせる事となったのだ。

それからというもの、グラ・ルークスはとある野望に情熱を注いでいた。

 

「我が偉大なる父…先帝グラ・ルーメンですら無し得なかった世界統一。それを成し遂げ、私が帝国史上最も偉大な帝王となる!」

 

自室に飾られた歴代帝王の肖像画や写真の内、端にある写真に目を向ける。

グラルークスの野望、それは"先帝を超える"事だった。

前世界で世界統一目前だったグラ・バルカス帝国だが、それはグラ・ルークス一代で成し得た訳では無い。前世界で帝国が統治していた植民地の7割を手に入れたのは先帝であり、彼の父であるグラ・ルーメンだったのだ。

言ってしまえばグラ・ルークスは父の後を継ぎ、消化試合をやっているに過ぎなかった。

それ故か彼は父に対するコンプレックスがあった。

 

──「父を超えたい…父よりも偉大な帝王となりたい…」

 

そんな嫉妬に近い思いこそあったが、世界統一目前とあっては無理もない話だ。

世界を統一したとしても彼はあくまでも"グラ・ルーメンの遺志を継ぎ、世界統一を成した帝王"でしかない。

勿論、それはそれで偉大な事だろう。

しかし、彼はそれで満足したくはなかった。

 

「クックックッ…この世界はユグドよりも広大で、"世界最強"などと嘯く国家もある。それを打ち倒し、我が名を世界に轟かせる!それこそが、我が悲願!我が願い!」

 

先帝が建造させ、帝国の象徴にしようとした戦艦と巡洋戦艦を空母に改装させ『グレードアトラスター級』を新たに建造させ帝国の象徴とする等、先帝を常に超えるべく動いていた彼の野望は燃え盛るばかり。

狂気と野心の炎が宿った瞳で先帝の肖像を見据えながら高笑いし続けるグラ・ルークス。

そんな彼の姿を見下ろす肖像。癖のある金髪に彫りの深い顔立ち、海のような瞳を持つグラ・ルーメン…この時、グラ・ルークスは思いもしなかっただろう。

異世界にて、父の生き写しに出会う事となるとは…

 

 

──同日、サモア基地母港──

 

「ヘックション!」

 

潮の香りがする海風の中、一人の男…指揮官が大きなくしゃみをした。

そのくしゃみに驚く三人の女性が居た。

 

「指揮官、大丈夫か?」

 

苦笑し、体調を心配するエンタープライズ。

 

「見送りに来てくれたのは嬉しいけど…体調不良を隠すのは感心しないぞ、ご主人」

 

同じく心配し、やや諌めるような口調の夕張。

 

「指揮官が風邪なんて引く訳ないよ。大方、誰かに噂されたんじゃないかな?」

 

何でも無いような態度でそんな推測をするノーザンプトン。しかし、彼女は何時もと様子が違う。

と言うのも、普段なら陸上選手のようなスポーツウェアじみた服装なのだが現在の彼女は、普段の服装の上から『ボルチモア』や『ブレマートン』のような上着を着用している。

 

「ノーザンプトンの言う通りかもな。お前のアンテナで何処の誰が噂してるのか特定してくれよ」

 

「その噂話が無線で行われているなら出来るけどね」

 

指揮官の冗談に肩を竦めて応えつつ、母港に停泊している自らの艦体に目を向けるノーザンプトン。

彼女の目線の先にある艦は、元々のノーザンプトンより全長が20m程長くなっており、全体的に大型化していた。

だが、一際目を引くのは艦橋の頂点に配置された大型のパラボラアンテナと40m近い高さのマストだ。

 

「出来るんだな…まあ、通信能力が高いに越した事はない。今回の試験航海で有効活用出来るように頑張ってくれよ」

 

「あぁ、任せて」

 

「よし、では指揮官。新型動力試験の航海に行ってくる。サモアで何かあったら直ぐに戻って…」

 

指揮官がノーザンプトンに激励の言葉をかけ、エンタープライズが出発する事を伝えた瞬間だった。

 

「お〜い!待って待って〜!」

 

エンタープライズ、ノーザンプトン、夕張が停泊している桟橋へと走り寄ってくる人影が現れた。

桃色の髪を頭頂部の辺りで括り、胸元からヘソの辺りまで縦にザックリと開いた競泳水着を着たKAN-SEN…『デイス』だ。

 

「デイス、どうした?」

 

「あはは…ごめんごめん。私も試験航海に同行する事になってね〜」

 

「おや、間に合ったみたいだね」

 

指揮官の疑問にデイスが答えていると、夕張が目を丸くし感心したように呟いた。

 

「間に合った…?もしかして、デイスも改装をしたのか?」

 

「そうだね。エンタープライズに搭載した新型動力と同じ原理の物を搭載し、それに合わせて新しい艦体を建造するって話だったけど…もう出来たんだね」

 

「ふっふ〜ん。新しい艦体に動力に、新しい魚雷…これで思う存分、魚雷ショーが出来るよ!」

 

指揮官の問いかけに答える夕張の横で胸を張って得意気な様子のデイス。

言われて見れば確かに、彼女の腰に付いているセイルを模した艤装の形状が変わっている。対空砲やアンテナ等が幾つも突き出したゴチャゴチャした物ではなく、ツルッとした質感で左右に一対の短い翼が生えたような形状だ。

 

「だが、潜水艦のお前が水上艦…巡洋艦と空母に着いて行けるか?頑張れば行けるかもしれんが…」

 

「平気だよ〜。何せ、水中で28ノットぐらい出せるようになったからね!」

 

「水中でか?そりゃ凄い」

 

「コホンッ…指揮官、そろそろ出発しようと思うんだが…」

 

指揮官とデイスが話していると、エンタープライズが咳払いをして割り込んできた。

その言葉を聴いて腕時計を見てみると、出港予定時間を過ぎていた。

 

「あぁ、すまん。新型動力だけじゃなく、超高高度偵察機や超音速戦闘爆撃機の試験もするんだったな」

 

「その通り。今回の為に艦載型に改造したんだ。…まあ、戦闘爆撃機の方は元々は艦載機だったみたいだ」

 

指揮官の確認の言葉に、エンタープライズが頷きながら答える。

様々な試験を一度に行うのであればキチンと予定を立て、それを恙無く行わなければ想定外の事態に巻き込まれる可能性もある。

だからこそ、出港予定時刻を大幅に遅れる訳にはいかない。

 

「よし、じゃあ全員準備はいいか?」

 

指揮官による最終確認の言葉に頷く四人。

それを見た指揮官は、一人一人の瞳をしっかりと見据えると力強く頷いた。

 

「常に最悪を想定し、最善を尽くせ。では、よい航海を」




最近、執筆が捗らない事ばかり…
一回、気合いを入れ直す必要がありますね


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134.無知の知

X兵隊元帥(曹長)様より評価9を頂きました!

今回のイベント限定艦、全員確保しました
あと限定スキンも全部買いました

と言うかイベントストーリーいいですねぇ…
天城イベ、ビスマルクイベに匹敵する傑作ですよ



──中央暦1640年6月23日午前10時、サモア基地ウポル島空港──

 

──ゴシャァッ!

 

いくつかの雲が浮かぶ青空の下、アスファルトによって舗装された滑走路上に純白の飛行機…神聖ミリシアル帝国製の天の浮船『ゲルニカ35型』がタキシングし離陸準備を整えていた。

しかし、そんな光景を眺める事が出来る空港併設のターミナルビルの中では一人の男性が、一人の女性によって殴り飛ばされていた。

 

──ドサッ!

 

「うごっ!」

 

女性に殴り飛ばされた男性、神聖ミリシアル帝国の技術研究開発局開発室長のベルーノが床に敷かれたカーペットに墜落し苦悶の声をあげる。

 

「貴様…貴様ぁぁぁぁ!」

 

床に転がり頬を押さえるベルーノを憤怒の目で見下ろすのは、彼を殴り飛ばした女性…魔帝が建造した工作艦がKAN-SENとなった存在、『テュポーン』だった。

 

「ふざけるな、下郎めが!これは冒涜だ!ラヴァーナル帝国に対してではない!技術に対する冒涜だ!所詮は過ぎた物を手に入れて思い上がった猿ではないか!」

 

まるで火山が噴火したかのような剣幕で激怒するテュポーン。

そんな彼女を前にしてフィアームを始めとした、遣ロデニウス連邦使節団の面々は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がる事しか出来ないでいた。

 

「し、しかしテュポーン殿…確かに完全再現とは行きませんが…」

 

「それ以前の問題だ!あれは『巡航型誘導魔光弾』用のエンジンだ!耐久性、燃費、寸法…全てにおいて旅客機には向かん!」

 

こんな事になったのには訳がある。

実はロデニウス連邦やサモア、テュポーンの事を詳しく報告する為に先んじて帰国するベルーノ達を見送る為に空港にやって来たフィアームとメテオスに着いてきたテュポーンだったが、そこでベルーノからゲルニカ35型の紹介を受けたのだ。

初めは如何にもつまらなそうに聞いていた彼女だが、エンジン音が聴こえて来た瞬間にその表情は怪訝なものとなり、ゲルニカ35型のエンジンが目に入った瞬間にはベルーノを殴り飛ばしていた。

 

「で、ですが、あれはゲルニカ35型のモデルとなった発掘品の側で発見されたもので…」

 

「下郎めが!あれは旧式の爆撃機で、雑用機としての価値しかないガラクタだ!大方、エンジンを取り外した機体と余剰となったエンジンを捨て置いていたのだろう」

 

「な…なんと…」

 

テュポーンの言葉を聞いたベルーノが、ガックリと肩を落とす。

それも仕方ない事だろう。

何せ彼はゲルニカ35型開発チームの一員であり、ゲルニカ35型は彼の誇りでもあった。

故に、それが大きな誤りだったと断言されてしまうのは彼にとっては、人生が否定されたと言っても過言ではない。

 

「ベ、ベルーノ殿…」

 

「か、改良しましょう…我々も協力致しますので」

 

頬を押さえて打ちひしがれた様子のベルーノを慰めるライドルカとアルパナ。

そんな三人と、苛ついたテュポーンを目の当たりにしどうすればいいか分からないと言った様子のフィアームとメテオス。

だが、そんな状況でも救い主は現れるものだ。

 

「テュポーン、止めろ。KAN-SENが本気で殴ったら人なんか簡単に死ぬ」

 

金髪の大男…指揮官が呆れたような言葉をテュポーンにかける。

 

「そうですよ、テュポーンさん。私達KAN-SENは人々を護る為に生まれた存在…貴女の出自がどうであれ、KAN-SENとなった以上は徒に人を傷付けてはなりませんよ」

 

さらに指揮官の側に控える少女もテュポーンを諌めるような言葉を告げる。

きっちりと整えた長い黒髪に、額に生えた二本の角。黒いセーラー服を着用し、白い鞘と柄の太刀を携えたKAN-SEN『能代』だ。

だが、そんな二人の言葉にテュポーンは憮然とした様子で応える。

 

「ふん…阿保に言葉は難しいであろう。痛みを伴って教えてやらねば、直ぐに忘れ去る」

 

「…ある意味、真面目だな」

 

肩を竦め、ポツリと呟く指揮官。

テュポーンの言葉を聞く限り、彼女は根っからの技術者なのだろう。

技術に対して真摯であるが故にその技術を理解もせずに使い、得意気になっている者が赦せないと言ったところか。

 

「ベルーノ殿、大丈夫ですか。医務室へお連れしましょうか?」

 

「あ…あぁ…御心配なく…」

 

能代がベルーノに手を差し伸べて立たせる。

彼の頬は若干腫れているものの、内出血や骨折等はしていないようだ。

 

「そ、それより…頼んでおいた物は…」

 

「文房具セットですか?えぇ、100セット確かにそちらの旅客機に積み込んでおきました」

 

「ベルーノ殿はこんな時まで土産物の心配か…」

 

「いや…まあ、ロデニウス連邦のペンは品質がいいですからね。製図班に配れば喜ばれますよ」

 

能代とベルーノのやり取りを苦笑しながら見守るライドルカとアルパナ。

視察中、ベルーノはロデニウス連邦に売られていたペンの品質の高さに度肝を抜かれ、同僚へのお土産とするため大量注文をしていた。

 

「ふん…いくら道具が良かろうと、使い手が下郎では意味を成さん」

 

「あー…その、あまり責めないでやってくれないかね?我々とて、魔帝に追い付く為に必死にやっているのだが…」

 

余りにも辛辣なテュポーンの言葉を聴き流石に言い過ぎだと思ったのか、なるべく刺激しないように嗜めるメテオス。

しかし、テュポーンはメテオスに呆れたような目を向けて鼻で笑った。

 

「ふんっ、帝国に追い付くだと?貴様らでは1万年かかろうが不可能だ。貴様らなぞより、ロデニウスやサモア連中に併合された方がまだ追い付ける可能性がある」

 

「テュポーン、流石にそれは言い過ぎだ。それに、あくまでも我々は神聖ミリシアル帝国と友好的で対等な関係を築きたいだけ…併合や上下関係を明確にするような事は考えたくもない」

 

「ふっ…野望の無い男だ」

 

テュポーンのあまりにも失礼な言い分を注意する指揮官。

KAN-SENの中には少しズレた感性を持つ者も居る。指揮官は慣れっこだが、使節団の面々はそうではない。

 

「くぅ…彼女を我が国に連れて行けるだろうか…無礼な事を言って皇帝陛下の逆鱗に触れでもしたら…」

 

その証拠に、フィアームは腹を押さえて渋い顔をしている。

KAN-SENという理解不能な存在である上に魔帝出身という出自…それだけでも危険視される事は間違いない。それに加え、歯に絹を着せぬ物言いとなれば間違いなくトラブルに発展するであろう。

そんな想像しただけで胃が痛くなるのも仕方ない。

 

「で、では、我々はそろそろ出発致しますので…」

 

「しっかりと報告し、テュポーン殿を受け入れられるように取り図らいます。それと、ロデニウス連邦政府から預かった書状も確実に届けませんと」

 

「ベルーノ殿、ライドルカ殿。行きましょう」

 

これ以上、テュポーンから毒を吐かれてはたまらないのだろう。

帰国班の三人は、荷物を持ってそそくさとターミナルビルの出口へと歩き去って行った。

 

「はぁ…これではミリシアルなぞという国も同じような連中ばかりであろうな。帝国の猿真似で悦に入る、程度の低い下郎の国だ」

 

「テュポーン殿…我が国に来訪した際には言動に注意して頂けると助かります…」

 

「気分によるな。ところで…」

 

すっかり憔悴した様子のフィアームからの懇願をサラッと流すと、テュポーンはメテオスに目を向けた。

 

「貴様、何か言いたげだな?それも我にではなく、そこの男に対してだ」

 

クイッと顎をしゃくって指揮官を指すテュポーン。

メテオスは自らの考えが読まれていた事に驚き目を丸くするも内心では、切り出し難かった話題を振ってくれた彼女に僅かに感謝した。

 

「あぁ…実はフレッツァ殿。お尋ねしたい事が…」

 

「何でしょうか?」

 

首を傾げ、メテオスからの質問を待つ指揮官。

 

「去年の11月と12月…貴国は何をしていましたか?」

 

「去年のですか?その時期は、パーパルディア皇国との戦争中でしたよ」

 

「では、もう一つ…11月12日、12月16日のそれぞれ午後11時頃…何か異変は?」

 

「あぁ…なるほど…流石は魔法技術の総本山ですね」

 

どこか納得したように頷く指揮官。

一方、メテオスは自らの背中に冷たい汗が流れる感覚を覚えた。

もしかすると自分は、知ってはならない事を知ってしまったのではないか…

しかし、それは杞憂に終わった。

 

「いいですよ、お教えしましょう。まあ、こちらとしてもバレる可能性は想定していましたので。飛行機を呼んで、旧クイラ王国の砂漠地帯に向かいます。我々が新兵器の実験を行っている場所でお教えしますよ」

 




水着樫野をタッチしてると、もう一つの作品のネタを樫野にしたくなってきます


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135.砂塵と雷火

コーヤン様より評価9を頂きました!

最近、急に朝方とか寒くなりましたね
皆様お身体にはお気を付けて下さい


あと、アズレンのCM流れ過ぎでは?


──中央暦1640年6月24日午後2時、旧クイラ王国内『ザラーフ地区飛行場』──

 

旧クイラ王国の内陸部。荒涼とした大地が広がり、生命なぞ存在しないかのような荒野。

だが、そんな只中にコンクリートの建物と滑走路が置かれた一角があった。

それこそが、ロデニウス連邦とアズールレーンが共同で運用している兵器実験場『ザラーフ・クレーター兵器実験場』である。

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…キッ…キッ…

 

陽炎が揺らめく陽炎に旅客機が着陸し、タキシングして格納庫へとその身を収めて行く。

タラップが用意され、旅客機の乗降口が開いて人影が姿を現す。

 

「ふう…気温が高いとはいえ、湿度が低いせいか不快さはありませんね。指揮官、水分補給を怠ってはいけませんよ」

 

お下げにした灰色の髪に、やや前時代的な印象を受ける臙脂色と黒を基調とした軍服。

赤いフレームの眼鏡も相まって知的な印象のKAN-SEN『ケルン』だ。

彼女はその『カンレキ』を活かし、現在はこの兵器実験場で回転翼機の実用化試験を監督している。

 

「サモアは蒸し暑いからな…それと比べれば快適だな。どうぞ、降りて下さい。足下にはお気を付けて」

 

ケルンの言葉に頷きつつ、タラップを降りながら機内に向かって声をかける指揮官。

その背後を追うように三人の人影が姿を現した。

 

「なんて広大な実験場…ここが、ロデニウス連邦とサモアの軍事力が生み出される場所なのか…」

 

格納庫内を行き交う様々な人々を驚嘆したように眺めるフィアーム。

白衣や作業服を着た技術者は勿論、フード付きローブを着用した魔導師や緑色の不規則な縞模様の珍妙な服を着用した兵士らしき者も居る。

開発側と運用側の人間が一同に会しているあたり、かなり大規模な兵器実験を行っているのだろう。

 

「ここに来る途中に見えた"砂漠のど真ん中に置かれた大量の航空機や車両"は何だと思うかね?捨てられたにしては綺麗に並んでいる上に、まだまだ使えそうな物ばかりだったのだが…」

 

フィアームの後ろを歩くメテオスは、自らの背後に首を捻って問いかけていた。

 

「退役した兵器を保管し、何時でも使えるようにしているのだろう。湿度や天候の変化の少ない砂漠地帯に置く事で劣化を防ぐ…劣化防止魔法すら使えんようだな。やはり、魔法技術は帝国に敵わんか」

 

僅かに吹き込む熱風が不快なのか、眉をひそめながらメテオスの疑問に対して自らの見解を示すテュポーン。

そして彼女の見解は正解だった。

サモア基地が転移した直後、旧クワ・トイネ公国と旧クイラ王国に多数の旧式兵器を供与したのだが旧ロウリア王国との統一戦争後、ロデニウス連邦として再出発した際に産業と経済の発展を目的とし大量の航空機や車両を製造した。

その結果ロデニウス連邦は大量生産・大量消費の時代となり、軍民問わず従来型を最新型に取り替えるというサイクルがとんでもない早さとなっていた。結果として従来型が中古市場に溢れる事態となってしまったのだ。

民生品ならば第四文明圏構想参加国でも安く買い求める事が出来る為問題無い。しかし、軍用は高価で民間向けに転用し辛い事から余ってしまっていた。

故に中古兵器は砂漠地帯でモスボール保管し、買い手がついた場合や有事の際に再就役出来るようにしてあるのだ。

 

「さて…早速、メテオス殿が気になっていた物をお見せしましょう。こちらです」

 

全員がタラップから降りた頃合いになると、格納庫の前で待機していたバンを指差して乗り込むように促す指揮官。

それに従いフィアームとメテオス、テュポーンはバンの後部に乗り込んだ。

 

「それじゃあ、ケルン。頼んだ」

 

「承知致しました」

 

指揮官が助手席に、ケルンが運転席に乗り込みバンが発車する。

 

 

──同日、『ザラーフ・クレーター兵器実験場』──

 

──ドンッ!…ドンッ!…ドンッ!

 

──ブォォォォォォォォン!

 

──バシュゥゥゥ!バシュゥゥゥ!バシュゥゥゥ!バシュゥゥゥ!

 

コンクリート製の道路に浮いた砂を踏み締めながら進むバンの車内。それなりに防音が施された車内だが、周辺ではひっきりなしに兵器実験が行われているためまるで戦場のような轟音が耳に届いていた。

巡洋艦の主砲程もありそうな大砲を備えた車両に、空薬莢を滝のように垂れ流しながら絹が裂けるような銃声を放つガトリング砲、白煙を噴き出しながら矢継ぎ早に飛翔する太い円柱…フィアームとメテオスは車窓に張り付きながらそれらを観察していた。

 

「な…なんだあれは…?ムーの戦車のようだが…なんて巨大な砲なんだ…」

 

「なんという連射力…まるでアトラタテス砲のようだ。しかし、あれは見るにかつてムーで運用されていた回転銃身機関銃のようだねぇ…」

 

フィアームは巨砲…203mm榴弾砲の威容に驚き、メテオスは20mmバルカン砲の弾幕を前に驚嘆した様子だ。

しかし、そんな二人とは対象的にテュポーンはチラッと車窓に目を向けただけだ。

 

「燃焼ガスを噴出させて炸薬入りの弾体を飛ばしているだけか…砲熕兵器よりは構造が簡易に出来るが、精度は期待出来ぬ。面制圧用だな」

 

様々な兵器を目の当たりにし、各々が考察するがどうにも腑に落ちない事があった。

そして、それを口にしたのはフィアームだった。

 

「フレッツァ殿、質問よろしいですか?」

 

「私に答えられる事なら」

 

「この…先程から見えている兵器はロデニウス連邦やアズールレーンで運用される予定の…言わば、最新鋭兵器でよろしいのですよね?」

 

「採用するかは未定ですが、よほど扱い難かったり致命的な欠陥があったりしない限りは採用するでしょうね」

 

「そのような兵器を我々に…同盟どころかまだ国交も結んでいない国の者に見せてもよろしいのですか?」

 

フィアームの言葉も尤もな話だ。

確かにこの世界では最新鋭兵器を見せ付け、自国の優位性を示す砲艦外交じみた行為は当たり前に行われている。

しかし、開発中の兵器…ましてや開発中の光景を見せ付ける事は前例に無い。そんな事をしてしまえば開発中の兵器の上を行く兵器を開発され、苦労して開発した最新鋭兵器があっという間に旧式化してしまう可能性があるためだ。

 

「…我々は世界秩序を担う事を目的としている為です」

 

「…は?」

 

思わず目を丸くし、聞き返すフィアーム。

しかし、指揮官はそれに構わず言葉を続けた。

 

「我々は確かにパーパルディア皇国を撃破し、世界秩序に大きな衝撃を与えました。しかし、それはパーパルディア皇国が我々に対し殲滅戦を宣言したが故…かの国が友好的であれば、同盟を組み共存共栄の道を歩んでいた事でしょう。ですがそうは成らず、世界秩序の根底を揺るがす事態を招いてしまった」

 

首を捻り、後部座席に目を向ける指揮官。

 

「力には責任が伴う…力を振りかざし、弱き者から搾取するような者は街にたむろするギャングと同じです。我々はそうなるべきではない。責任を背負い、秩序と人々の自由の為に戦う…既に国交を結んでいるムー、そして貴国とはそういった価値観を共有出来る。違いますか?」

 

「い、いえ…その通りだと思います…」

 

思わぬ話題を振られた事に面食らうフィアーム。

しかし、彼の言葉には全面的に同意出来る。

確かにかつての神聖ミリシアル帝国は、パーパルディア皇国のように周辺国を侵略し搾取する覇権主義国だった。

だが現在では融和政策に舵を切り、鍛え上げた軍事力を世界秩序を保つ為に使い、いつかは復活するであろう魔法帝国に対抗するために備えている。

それを踏まえればロデニウス連邦とアズールレーン、神聖ミリシアル帝国は価値観を共有する立場にあると言ってもよいだろう。

少なくとも彼の言葉を信じるのであれば、他種族を奴隷にするような魔帝を許しはしない筈だ。

 

「少なくとも貴国とは敵対する意味が無い…寧ろ、協力関係を築く事が出来るでしょう。貴方達に我々の兵器開発を見せているのは、協力関係を築く前に信頼を得る為なのです」

 

「な…なるほど…」

 

無理矢理納得し、頷くフィアーム。

だが、指揮官の考えは別だった。

 

(魔法技術を使った誘導兵器は上手い事行った…だが、もう少し煮詰めたい。ミリシアルとの共同開発が叶えば、より高性能な誘導兵器を作れるな。ラ・ツマサが言うには、グラ・バルカス帝国は先進11ヶ国会議で全世界に対して宣戦布告をするって話だ。この世界でもそうなるかは不明だが…まあ、備えるに越した事はない)

 

別の世界線で建造され、その世界の記憶を持ったまま建造されたムーのKAN-SEN『ラ・ツマサ』。

彼女が言うには、グラ・バルカス帝国は凄まじい力を以てムーと神聖ミリシアル帝国の軍勢を打ち倒したそうだ。

この世界でも同じ事になるかは分からないが、それに備えておくのは無駄ではないだろう。

 

(魔帝なんて言う奴らも居るらしいしな…何事も最悪を想定すべきだな)

 

「…なんだ」

 

ふと、不機嫌そうな声が響いた。

どうやら魔帝の事を考えている内に、無意識にテュポーンに目を向けていたらしい。

 

「いや、何も」

 

「…ふん」

 

指揮官の言葉に鼻を鳴らし、座席の肘掛けを使って頬杖をつくテュポーン。

それを見たフィアームとメテオスは、怪訝そうな顔をするのみだった。




信濃ってエモール王国の空間占い周りの話で使えそうですよね
あと、びそくの信濃がまた…こう…エッッッッッッ!


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136.地上の太陽

サン・ルイ、良かったなぁ!念願のスキンだぞ!しかもL2D!
今回のドレスシリーズも全部買ってしまいました…財布がまた軽くなりましたよ


──中央暦1640年6月24日午後7時、旧クイラ王国『ザラーフ・クレーター兵器実験場』──

 

砂漠地帯の只中に位置する直径85kmにも及ぶ巨大クレーター。

周囲の環境も相まって居住には適さない地域ではあるが、今は多数の住宅や低階層ビルが幾つも立ち並んでいた。

まるでコピー&ペーストを繰り返したかのような同じ造りの建物ばかりだが規模自体はかなりの物で、主要都市郊外に広がる住宅街にも匹敵する程だ。

しかしそんな街並みには人影は一切無く、通りの所々に明らかに通行の邪魔になるであろう半球形のコンクリート塊が置かれているのみだ。

 

「なんと…こんな街並みを砂漠のど真ん中に造るとは…」

 

クレーターから凡そ30km離れた地下に作られた分厚い鉄筋コンクリート製シェルターの中に設置されたモニターを見ながら、フィアームは驚嘆したように呟いた。

ベニヤ板を組み合わせて造ったハリボテではなく、ちゃんとした建材を用いて建設されたのであろう街並みは住む事も可能であろう。

 

「これを…今から破壊するのですか?」

 

「もったいないでしょう?ですが、何もない荒野や簡単に倒壊するハリボテでは意味がありません。市街地で使用した場合の破壊力を検証する為には、こうするのが一番なんですよ」

 

確認するようなフィアームの言葉に、指揮官が苦笑しながら応える。

実を言えば魔石爆弾『トラペゾヘドロン』の実験を行う為にクレーター内に市街地を建設したのだが、彼女達使節団が来訪する事が決定したため先延ばしになっていた。

しかしながら標的も爆弾も直ぐに使える状態であった為、今回の急な実験にも対応出来たのだ。

 

「ですが、災害時の仮設住宅建設の訓練にもなりますし、第四文明圏参加国の建築技術向上の為の研修にもなります。あとは市街地戦の訓練にも使えるので決して無駄ではありません」

 

「なるほど…」

 

その言葉を聞いたフィアームはますます感心した。

どうやら彼らアズールレーンはただの暴力装置ではなく、人命救助や生活水準向上にも貢献しているようだ。

 

「随分とカメラの画角が狭い。周囲の状況が見辛いのはいただけないね」

 

「おそらくは、円筒形の強化ガラスを嵌め込んだシェルターの中にカメラを設置しているのだろう」

 

そんなやり取りをする二人の側にあるモニターの前にはメテオスとテュポーンが座っていた。

メテオスはモニターと共に置かれたジョイスティックを前後左右に動かし、ズームしたり別視点のカメラに切り替えたりしている。

 

「はい…はい…指揮官。爆撃機が空域に到達しました。現在はクレーター上空にて旋回して待機、いつでも投下可能だそうです」

 

「例の試作型戦略爆撃機だな?ランカスターやMe264をも上回る性能…まさか、通常爆弾より先に特殊爆弾を抱える事になるとはな」

 

シェルターの片隅に置かれた電話の受話器を耳に当てて話していたケルンが、受話器を置いて指揮官にそう伝える。

その言葉を聞いた指揮官は、ジョイスティックに手を伸ばしてカメラを上空を撮影している物に切り替えた。

 

「…よく見えないな」

 

ポツリとメテオスが呟く。

日も殆ど沈み、暗い空に黒っぽい機体色も相まってその姿をはっきりと覗う事は出来ない。

しかし、旋回している機体を見ていると僅かな夕陽に照らされて幾つかの特徴を捉える事が出来た。

細長い胴体に、後退角の付いた長大な翼。その翼には、まるで双眼鏡のような物が左右合わせて4基吊り下がっている。

 

「あれは…」

 

「かなりの大きさだ。一瞬見えた窓の大きさから推測するに、全長は50m近く、幅はそれより長い。そして翼に吊り下がっている物はエンジンだな…空気の揺らめきが見えた。おそらく2基を一纏めにしている。我の見立てが正しければ、あれは8発の超大型機だな」

 

「50m!?しかも8発機!?」

 

目を細めどうにか爆撃機の姿を観察しようとするメテオスの横でテュポーンが腕を組んで自らの見解を口にし、フィアームが目を丸くして驚く。

 

「よし、投下準備。投下したら全速力で退避するように」

 

三人を横目に、壁に掛けられている無線機のマイクを取って爆撃機に向かって呼びかける指揮官。

 

《ピヨッ!》

 

指示を受けた爆撃機のテストパイロット…饅頭がヒヨコのような鳴き声で応える。

 

「さて…ではご覧下さい、メテオス殿。これこそが貴方が知りたかった真実…今更、目を逸らすのは無しですよ」

 

「…覚悟の上です」

 

謎の魔力波…その正体を目の当たりにする事となり、額に冷や汗が浮かぶ。

しかし、自分は魔帝に対抗する神聖ミリシアル帝国の技術者…魔帝に対抗する為の手段となり得るかどうか、それを見極めるのも彼の仕事だ。今更、恐れても仕方ない。

 

「よろしい。…間もなく投下です」

 

指揮官の言葉に、皆が一様に空を映し出したモニターに目を向ける。

先程までクレーターの外周に沿うように旋回していた爆撃機は進路を変更し、クレーターを一文字に切り裂くように真っ直ぐに飛んでいた。

 

──ゴクッ…

 

誰かが生唾を飲み込む音が静かなシェルター内に響いた。

その瞬間、何かが爆撃機から投下された。

暫く重力に従い落下していたが、それは後端から黄昏の空に映える純白のパラシュートを繰り出し、一気に減速する。

 

「ほう…」

 

テュポーンの感心したような声。

モニターが捉えている落下物は、卵型の胴体に短い円筒形の安定翼が付いた鈍色の爆弾だ。

パラシュートによりゆっくりと落下して行く爆弾…それを尻目に全速力で安全圏までの離脱を行う爆撃機。

静寂の中、緩慢に落下する爆弾を見守る…永遠に続くと思われた時間は不意に終わりを告げた。

 

──プツンッ…

 

全てのモニターが真っ白になり、その内側の幾つかが砂嵐に切り替わった。

それはクレーター中心部から半径6kmの範囲に置かれたカメラから送信される映像を映し出した物だった。

 

──ズゥゥゥゥゥゥゥン……

 

そして静寂が支配していたシェルター内に響く地響き。しかし、その地響きに反応した者は居なかった。

何故なら、全員が一つのモニター…クレーター外縁部に設置されたカメラの映像を映し出しているものに釘付けだったからだ。

 

「あ…れは…」

 

顔を真っ青にし、冷や汗を滝のように流しながら唇を震わせるフィアーム。

彼女の目に映るのは、まるで大災害でも発生したかのように損傷した街並み…それはクレーターの中心に近付くにつれてより激しい損傷となり、火の海となっていた。

 

「なんだ…あの雲は…?何故だが…酷く…おぞましい物に見える…」

 

ワナワナと震えるメテオスが見ているのは、空高く聳えるまるでキノコのような形の雲。

しかし、そんな二人よりも深刻な状態だったのがテュポーンだ。

 

──ドサッ…

 

「グッ…なるほど…こうなるか…」

 

「テュポーン…?だ、大丈夫かね?」

 

片膝をつき、こめかみを押さえるテュポーンを心配するメテオス。

それを見た指揮官は頷きながら、しゃがみこんだテュポーンに目線を合わせるようにしゃがんだ。

 

「あれこそ、我々が開発した魔石爆弾『トラペゾヘドロン』。高純度の魔石が一定の密度に達した際に発生する熱と光を利用した兵器です」

 

「はぁ…はぁ…それだけでは…ないだろう?」

 

まるで貧血にでもなったかのように息を荒くしながらも、椅子に掴まってフラフラと立ち上がるテュポーン。

それに頷きながら指揮官は説明を続けた。

 

「破壊力はご覧の通り…高熱によりプラズマ化した大気が一気に膨張し、熱線と爆風…それに伴う火災と破片が大破壊を巻き起こします。ですが、それとは別に副次効果も存在します」

 

「副次…効果ですか…?」

 

恐る恐る問いかけるフィアームに頷く。

 

「"周囲の魔力を吸い取ってしまう"のです。おそらくは爆心地の魔力すらも反応し燃え尽きてしまう事により、謂わば真空状態のようになってしまう為だと言われていますが…まだ全ての実験や検証が済んだ訳ではないので何とも言えませんが」

 

そこまで説明すると、テュポーンの方に目を向ける。

彼女は、メテオスの手を借りながらどうにか椅子に座ってぐったりとしている。

 

「テュポーンがこうなったのもそのせいです。おそらく彼女は人間とは比べ物にならない魔力を有し、それを動力としているのでしょう。爆心地から十分離れていても魔力を吸い取られてしまい、こうなったのかもしれません。人間で言えば、大量出血したようなものです」

 

「ふん…まさか『コア魔法』よりも質が悪い代物だったとはな…」

 

顔色を悪くしながらも、楽しげな笑みを浮かべるテュポーン。

彼女からすれば、新しい技術を目の当たりにした事が嬉しいのだろう。

しかし、そんな中でフィアームは心底驚愕していた。

 

(なっ…!魔力を吸い取ってしまうだと!?そうなれば我が国の軍事力はおろか、ライフラインすらマトモに動かなくなってしまう!)

 

そう、神聖ミリシアル帝国は車両や航空機の動力は勿論、発電所や水道設備に至るまで魔法技術を用いている。

もしこの魔石爆弾がミリシアル国内に投下されれば最期、ムーから輸入した僅かな科学技術製品を除いた全てが止まる事になってしまう。

そうなればミリシアルは世界最強国家から転落し、文明圏外国と変わらぬ程度まで落ちてしまうだろう。

 

(た、確かに魔帝に対しては凄まじく効果的だろう…しかし、この兵器は我が国に対しても効果的だ!いかん…この兵器をチラつかせて恫喝でもされれば…)

 

祖国が新興国に恫喝されるという屈辱的な未来を予想するフィアーム。

しかし、彼女の考えはとある言葉により掻き消された。

 

「そうですね…研究用に3発で如何でしょう?」

 

「…はい?」

 

何の脈絡もない指揮官の言葉に、思わず間の抜けた声が出てしまった。

 

「何の事…ですか?」

 

怪訝な表情で指揮官に問いかけるメテオス。

それに対する答えは余りにも予想外過ぎるものだった。

 

「今、ご覧頂いた魔石爆弾ですが…3発、貴国に差し上げます。流石に無料で、とは行きませんが…どうです?」




魔法関連の設定は独自設定が大量に採用されております


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137.喧々諤々

紫電改二の2機目が出来そうです
あと、シャンパーニュの強化レベル30達成しました


──中央暦1640年7月1日午後1時、神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス『中央議会』──

 

『眠らない魔都』とも称されるルーンポリスの中心部に聳え立つ『アルビオン城』

"世界最強"である神聖ミリシアル帝国に君臨する皇帝の居城であり、国家運営の中枢でもある荘厳な城に置かれた議会は荒れに荒れていた。

 

「ポッと出の新興国如きが新たな国際秩序を提唱するなぞ片腹痛い!パーパルディア皇国を打ち破っただけで調子に乗るような連中の口車になぞ乗れるか!」

 

「そうだそうだ!大体『魔帝の物と見られる遺跡の解析と、魔法技術発展を目的とした共同研究所開設』なぞ、我が国が積み上げてきた知識に背乗りするも同然ではないか!」

 

「そうは言いますが、我が国の財務状況を貴方達は理解しているのですか!?周辺国同士の紛争への介入や仲介。更には、災害や疫病への対処…我が国のメンツを保つ為に幾らかかっているか知らないのでしょう!?」

 

「この報告書には、"ロデニウス連邦とアズールレーンの文明レベルや軍事力は、我が国と同等かそれ以上"とある!これが事実なら、かの国と協調路線を取る事が我が国にとって大きな利益となる!」

 

議会に参加した者の意見は2つに分かれていた。

何故、こんなにも議会が荒れているのか。それは、ロデニウス連邦に送った使節団が持ち帰った報告書とロデニウス連邦政府からの書簡が原因だった。

その報告書の内容は以下の通りである

 

──ロデニウス連邦は一般庶民ですら自動車を持つ事が出来る程に豊かであり、カラー映像を送受信する事が出来る『スマートフォン』なる掌に乗る程度の大きさの機械が普及し、非常に高い文明を保有している。また、ロデニウス連邦を中心とする第四文明圏構想参加国を防衛する為の軍事組織『アズールレーン』は我が国を凌駕するような軍事力を持っており、公開された兵器は全て我が国のそれを遥かに上回っている──

 

そんな報告書と共に提出されたアズールレーン広報部が出版した書籍『アズールレーン大図解スペシャルブック〜中央暦1640年版〜』は、議会参加者…主に軍関係者に大きな衝撃を与え、ざわめかせた。

しかし、それ以上に衝撃を与えたのはロデニウス連邦政府からの書簡だった。

それは簡単に言えば以下の通りだった。

 

・昨年、我が国と旧パーパルディア皇国との間で勃発した戦争では相手国の皇族が暴走し、捕虜への虐待や民間人虐殺を禁止する戦時協定を結ぶ事が出来ないまま戦争に突入してしまった。

今回は我が国とアズールレーンの兵士が規律を守ったため捕虜虐待や民間人虐殺等は発生しなかったが、世界では非人道的な行いが多発していると思われる。

そこで我が国は捕虜の取り扱い法や、虐殺・略奪・暴行・非人道的兵器を禁止する『国際戦時条約』を提唱し、貴国とムー国を始めとした列強・文明国は勿論の事、非文明国と呼ばれる国家への条約参加を呼びかけ、戦場での悲劇を抑止したいと考えている。

 

・それに加え今年の4月トーパ王国にて魔王軍を撃滅した際、魔王が魔帝の復活を予言した事を受け、我が国とアズールレーンも魔帝対策部を設立し各地で魔帝の痕跡を捜索していた。

すると、旧パーパルディア皇国のパールネウス地下に大規模な遺跡を発見。アズールレーンが駐留しつつ調査を行っているものの遅々として解析が進まない為、貴国と協力し調査・解析を行いたい。

それに伴い、貴国と我が国で共同研究所を設立出来れば幸いである。

 

・そして『国際戦時条約』に基づき戦争犯罪行為を抑止し、来たるべき魔帝復活に備える為の国際機関を設立すべきと考える。

それに加えこの国際機関は国際的な疫病や貿易問題、著しく非人道的な奴隷制、大規模災害等に対処する為に行動する事とする。

 

等々…彼らの価値観ではあり得ない提案だった。

勿論、当初は誰もが反対した。

神聖ミリシアル帝国は最古の列強国であり、常に世界秩序の中心であり続けた。それ故、新たな秩序を提唱する新興国の動きは"礼を弁えぬ新参"の戯言に過ぎなかった。

しかし、何度か会議をしていく内にロデニウス連邦の提案を支持する者が現れ始めた。

 

「我が国は、世界秩序の中心であるために様々な事案に介入しています!しかし、その介入の為には多額の予算が必要となるのですよ!?紛争介入と仲介の為に軍を動かせば燃料費や兵士への手当て…災害復興支援では各種物資や作業員への給与…とにかく金がかかるのです!」

 

そう怒号をあげるのは、財務省の事務次官だった。

実をいうと、神聖ミリシアル帝国は周辺国に対し様々な介入を行っている。

紛争が勃発すれば介入し、停戦を仲介して早期終結に尽力する。大規模な災害が発生すると救援隊や義援金を送り復興支援を行う…"世界最強国家"であり"世界秩序の根幹"であり、"世界の脅威である魔帝復活に備える旗手"としてのメンツを保つ為にはそのような活動も必要となってくる。何せ「神聖ミリシアル帝国は役に立たない」というイメージが付いてしまえば、魔帝復活の際に魔帝に媚を売る為に寝返る国が出てくるかもしれないからだ。

しかし、そういった活動は帝国の国庫を徐々に圧迫していた。

 

「それに魔帝の遺跡を解析し、技術を開発するのにも多額の予算が必要なのです!それを少しでも軽減出来るのであれば、そうするべきです!貴方達は納税者から責められる事が無いからそんな事が言えるのです!」

 

どこの国でも財務関係の部署は官僚に強く、納税者に弱い。

それは神聖ミリシアル帝国でも変わらないようだ。

 

「ぐっ…そ、そうだな…では、テュポーンだったか?彼女についてはどうする?」

 

予算という痛い所を突かれた国防省の役人が、話題を逸らすように次の議題に移る。

そう、テュポーン…KAN-SENという未知の存在かつ、魔帝出身の彼女だ。

 

「自分としては…彼女?は、在りし日の魔帝を知る存在です。情報収集の面では勿論、純粋な戦力としても期待出来ると考えています」

 

「しかしなぁ…気難しい上に開発局のベルーノ殿を殴った前科があるのだろう?我が国で問題を起こすならまだしも、魔帝のスパイだったりしたら…」

 

参加者が口々に自らの意見を述べる。

魔帝の兵器が発見されたというだけであれば難しい事は何も無い。しかし相手は人の姿を持ち、感情を持ったKAN-SENという未知の存在だ。

先程の国際機関設立の構想といい、KAN-SENテュポーンといい…前例の無い事ばかりで、会議は思うように進まなかった。

 

「うーむ…このままでは収拾がつかない。全員、静粛に!」

 

ああでもない、こうでもない…と議論を続ける参加者達を見かねたのか、議長が木槌を打ち鳴らして一旦その場を治める。

 

「確かに前例の無い事ばかりで混乱する事は分かる、私だってそうだ。しかし、こんな議論を延々と続けても仕方ない」

 

議長の言葉に、参加者達が一様に頷く。

確かにこんな未知の議題の前で、議論を繰り広げても結論は出ないだろう。

 

「だが、我が国には『賢王』であらせられる皇帝ミリシアル8世陛下が居られる。この件は陛下にお任せしてはどうだろうか?」

 

神聖ミリシアル帝国の現皇帝、ミリシアル8世は4000年以上にも及ぶ時を生きてきた聡明なエルフである。

常に冷静沈着で、他者への威圧を避けるように配慮する謙虚さを持つ…ミリシアル建国以来、最も優れた指導者と言われている皇帝だ。

皇帝の聡明さとカリスマを以てすれば、どのような答えでも反論は出ないであろう。

 

「それでよいか?……よし。では、陛下へ奏上するために各省庁は情報を纏めて文書にするように」

 

皇帝に任せるというのであれば誰も文句は無い。

議長の指示を聞いた参加者達は、自らの仕事に取り掛かるべく早足で議場を後にした。




次のイベントは復刻でしょうねぇ…
順番的にサディアかボルチモアか…
新キャラや新スキンが出たら財布が死にます


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138.持つべきものは友

もうそろそろイベント終わりますが、限定建造は全員出ましたか?累計ポイントはちゃんと貯めましたか?ミニゲームはちゃんとやりましたか?
私は紫電改二の二機目が出来ました


──中央暦1640年7月7日午前10時、神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス『アルビオン城』──

 

「久方ぶりであるな」

 

《お久しぶりです。最後にお話させて頂いたのは…1年半前でしたね》

 

アルビオン城の中枢、厳重な警備が施された居室で一人のエルフが電話の受話器を耳に当てながら電話口の相手と挨拶を交わしていた。

長い白髪と顎髭に、深い皺が刻まれた顔。見るからに老人であるが背筋が曲がるような事は無く、その眼光も相まって力強く根付いた巨木のような印象を受ける。

彼こそ世界最強の列強国、神聖ミリシアル帝国に君臨する皇帝ミリシアル8世である。

 

「貴殿も貴国の者から聞いているであろう?」

 

《ロデニウス連邦が提唱した、国際機関設立の件について…ですね?》

 

「うむ。貴殿は政治に関わらぬ身である事は承知の上…一人の友人として、どう思うかを聞かせて欲しいのだ」

 

ミリシアル8世と通話をする相手…それは神聖ミリシアル帝国に次ぐ列強二位の大国であり、この世界では非常に稀な科学文明国ムーの国王『ラ・ムー』であった。

ムー王族は政治から身を引き、外交においての顔役や式典の際の象徴としての役割に徹している。

故にこうやって電話会談を行う意味は無いのだが、ミリシアル8世とラ・ムーは国同士の関係はともかく互いを友人として、優れた指導者として尊重していた。

 

《私の意見を…ですか?》

 

「うむ。我が国の官僚や政治家は優秀ではあるが、少々前例主義に縛られておる。それ故、この議題の判断を余に丸投げしおったのだ」

 

《あぁ…なるほど…ご苦労なさっているのですね》

 

4000年もの時を生きてきたとは言え、世界最強国家の指導者としての重荷に馴れる事は無い。だが、弱音を吐く事も投げ出す事も出来ない。

そんな彼が友人のように接してきたのが、歴代のムー国王であった。

 

《我が国は国際機関設立を支持する立場を表明する予定です。理由としましては、我が国の隣国であるレイフォルを侵略した『グラ・バルカス帝国』の蛮行が伝えられている事にあります》

 

「ほう…」

 

ミリシアルにもグラ・バルカス帝国の噂は届いていた。なんでも、たった1隻の戦艦でレイフォルを滅ぼしただとか…眉唾ものだが、世界秩序に反するような国家であれば対処する必要もあるため、現在諜報活動を行っている最中だ。

しかし、それを口外する事は無い。ラ・ムーが友人であっても、線引きはキチンとしている。

 

《現地住民に対し苛烈な強制労働を命じ、逆らった者には暴力を振るう。周辺国に武力を用いて恫喝し、軍門に降らなければ攻め滅ぼす等…正に蛮族の振る舞いと聞いています。彼らもロデニウス連邦のように理性的であれば良いのですが…》

 

「ふむ…それは確かに危険ではあるな。多少尾ひれがついた噂ではあろうが、レイフォルを滅ぼしたのは事実…列強最弱言えどレイフォルを滅ぼせるだけの力を持つと言う事は、それなりの脅威であるな」

 

《はい。ですので、我が国としてはロデニウス連邦とより強い繋がりを持ち、グラ・バルカス帝国を牽制しようと考えております。何せ、ロデニウス連邦もまたパーパルディア皇国という列強国を滅ぼした国家…万が一、グラ・バルカス帝国がロデニウス連邦と同等の戦力を保有していたとしたら、我が国では対処出来ませんので》

 

ミリシアル8世は内心、驚いていた。

確かに使節団からの報告で、ロデニウス連邦の兵器がどのような物かは把握していた。しかしそのスペックが信じがたい程に高性能だった事と、科学技術を用いている為どのような物かイマイチ把握出来なかった事もあり、正確な評価が出来ていなかった。

そんな中、科学文明の盟主であるムーがそのような評価をしている事は驚愕に値いするものだった。

 

「貴国がそんなにも評価しているとは…それ程までにロデニウス連邦は優れた文明を持っているのか?」

 

《はい、我が国よりも遥か先に…仮に我が国とロデニウス連邦が戦争をしたら、我が国の惨敗で終わると予想されている程です》

 

「そこまで…か」

 

確かに報告書には、10トン以上もの搭載量を持つ爆撃機や超音速機。推定40cmの口径を持つ艦砲を備えた戦艦や、人型戦闘兵器…それらの存在が記されていた。

もしこれが事実であれば、ロデニウス連邦はムーはおろか神聖ミリシアル帝国をも凌駕する存在だという事になる。

 

《ですが、それ以上に私はロデニウス連邦の提唱する国際機関は必要になると考えています》

 

「何故に」

 

《世界では未だに苛烈な奴隷労働による罪無き民への搾取が続き、戦争ともなれば民族浄化すら簡単に行われ、疫病や飢饉で多くの命が失われる…そのような悲劇が日常的に発生しています。自国が良ければそれで良い…そのような考えでは、世界の衰退へと繋がってしまうでしょう。それを防ぐ為にも、我々は変わらなければならないのです。列強国・文明国・非文明国という垣根を取り払い、互いが互いを尊重し対等な関係を築く事が出来る新たな秩序…そんな新たな世界を築く事が、未来の子供達の為となる。私はそう考えています》

 

「確かにな…余も同じ事を考えていた」

 

ラ・ムーは政治から一歩引いた大局的な目線でロデニウス連邦の提唱を評価し、そのような考えを持っていた。

一方でミリシアル8世は大筋は同じだが、やや異なる考えで評価していた。

 

「我が国は魔帝復活に備え、遺跡を解析し技術を開発してきた。しかし、この世界は余りにも争いが多すぎる。このままでは魔帝復活の前に、我々は度重なる戦争により疲弊してしまうであろう。そんな疲弊した国々ばかりの世界では魔帝復活に備える事なぞ出来ぬ…2つの列強国が倒れ世界秩序の枠に綻びが出た今、新たなる秩序構築に動き出すべきであろう」

 

《左様ですか。では…》

 

「うむ。貴殿の言葉を聞いて余も踏ん切りが付いた。余の名において、国際機関設立に尽力しようではないか」

 

《貴国が加わるのであれば、追随する国も多く出る事でしょう。…それで、それだけでは無いのでしょう?》

 

「ふん…中々に鋭いな」

 

それなりに長い付き合いであるラ・ムーはミリシアル8世の僅かな口調の変化を感じとり、他にも相談事がある事を言い当てた。

 

「…KAN-SENという存在について、貴殿はどう思っている?」

 

そう、余りにも現実離れした存在であるKAN-SEN…その存在について既にKAN-SENを受け入れているムーはどのように思っているのか、そう問いかけた。

 

《陛下も貴国の方々もご存じでしょうが、我が国は『ラ・ツマサ』と呼ばれる並行世界の我が国にて建造されたKAN-SENを受け入れています。私も彼女と面会した事があるのですが…人間と何ら変わらない、普通の女性ですよ》

 

「ふむ、普通の女性…か」

 

ラ・ムーからラ・ツマサ…ひいてはKAN-SENの印象を聞き、しばし思考するミリシアル8世。

報告書にあるKAN-SEN…テュポーンは未知の存在である上、魔帝出身という身の上だ。普通なら、そんな存在を国内に受け入れたくは無い。

しかし、前例主義に縛られた自国の状況を打破する為にはある程度強引な手段をとる方が良いだろう。

 

「フッフッフッ…」

 

《陛下?》

 

ミリシアル皇帝となったばかりの日々…覇権主義に染まり切った自国に変革を巻き起こすべく奮闘していた過去の記憶と、現在の状況が重なり思わず笑みが溢れてしまった。

 

「いや、気にするな。年甲斐もなく、興奮してしまっただけの話よ」

 

《ははっ、左様ですか》

 

「時間を取らせてしまったな。また、何かの機会があれば語らおうではないか」

 

《はい、陛下もお元気で。…では》

 

──カチャンッ…ツーッ…ツーッ…ツーッ…

 

電話が切られた事を確認すると、ミリシアル8世も受話器を置いた。

 

「我が国も…この世界も、変わらねばならん。その為には、多少の痛みは受け入れようではないか」

 

重々しく頷くと、彼は自らの執務机に置いたままになっていた書類と向かい合いペンを手にした。

 

「魔帝に対しても決定打となるであろう兵器…それを手に入れる為には、この程度の代償なぞ軽いものよ」

 

サラサラと書類に自らの名を記す。

この書類はテュポーンをサモアに置いて帰国した、フィアームとメテオスが持ち帰った物だった。

 

──ロデニウス連邦及びサモアは、神聖ミリシアル帝国に対して魔石爆弾『トラペゾヘドロン』を譲渡する。その対価として神聖ミリシアル帝国は、対魔帝兵器開発の共同開発をロデニウス連邦及びサモアと行う事。

 

一歩間違えば技術流出に繋がるだろう。

しかしムーより優れた科学技術と、魔法技術を組み合わせればより高性能な兵器を生み出す事が出来るかもしれない。

それを考えれば、この取り引きは魅力的なものだった。




ミリシアル8世とラ・ムーがこんな関係なのかは分かりませんが、政治に関係なく国のトップが話してるのっていいですよね


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139.大使の日誌より

とりあえずミリシアル接触編はこれで一区切りです
次回からは、竜の伝説、エモール接触、各国の日常の話を一つの章に纏めてお送りします


それと毎回毎回、誤字報告ありがとうございます!
読み返しはするんですが、その時は意外と気付かないんですよね…


──中央暦1640年12月19日午後10時、駐ロデニウス連邦大使フィアーム・イザロン、大使公邸にて記す──

 

私、フィアーム・イザロンが使節団としてロデニウス連邦に訪れてから5ヶ月程が過ぎた。

当初は、東の果ての蛮国までわざわざ行かなければならない事に不満を覚えたが、今では志願して駐ロデニウス連邦大使となっている。いやはや…世の中、何が起こるか分からないものだ。

さて、今後私の補佐や後任として訪れる外交官やその他省庁職員の為に私見ではあるがロデニウス連邦について説明しておこうと思う。

これ以前に記した日誌は我ながら上手く纏められた内容ではない為、ここで一度ちゃんとした形で纏めておこう。

 

まずはロデニウス連邦全体に関してだが、この国は今までの非文明国と考えてはいけない。

まず、軍事力は圧倒的なものである。それこそ現時点でのムーや我が国をも上回り、兵器の性能や兵士の士気も高く…何よりも世論からの支持が強い。

中でも興味深い事が、社会保障と軍属女性の多さである。

この社会保障とは、退役軍人や傷痍軍人に今後の生活を保障するというものである。

退役軍人に対しては民間企業への就職を斡旋する他、民間企業自体も退役軍人を積極的に採用する傾向がある。また、戦闘や訓練において負傷した軍人…傷痍軍人に対しては恩給を支給し、本人が希望すれば適性や残された身体機能で行える職業を斡旋する等、非常に手厚い保障が用意されている。このような保障が無く、退役軍人が盗賊となるような国家が大多数を占める中、これは非常に先進的な政策であると言える。

また軍属女性の多さについてだが、これは極端に女性兵士が多いという訳では無い。

流石に最前線で戦う女性兵士は少ないが、航空機のパイロットや輸送トラックの運転手…中には砲兵や狙撃手を務める女性兵士も存在している。

女性兵士を採用している国々は他にもあるが、殆どが通信士や軍医助手としてだ。ロデニウス連邦のように大々的に採用され、活躍している訳ではない。

兵士に対する手厚い社会保障と、男女平等…これがロデニウス連邦軍が世論から支持されている理由であると考えられる。

また、ロデニウス連邦軍とは別に第四文明圏構想参加国が参加し、それらの国々を防衛する『アズールレーン』という軍事組織も存在するが、今回はロデニウス連邦についての説明であるため割愛する。

 

次はロデニウス連邦の市民生活についてだが…非常に豊か、この一言に尽きる。

街並みは高層建築が建ち並び、夜でも明るい。道路は石畳等ではなく、アスファルトで真っ平らに舗装され、その道路には数え切れない程の自動車や二輪車が走り、それらが事故を起こさないように様々な標識や信号機が至る所に設置されている。

また、文化の面でも興味深い物が幾つも見られる。

映画はプロパガンダを多く含んだ堅苦しい物は少なく、純粋な娯楽作品が大多数を占めており、音楽は数十人規模の楽団よりも5名程度の『バンド』と呼ばれるグループが演奏と歌唱を行う『ロック』や『ポップス』という聴いた事も無い音楽が流行であるようだ。

更にはムーで使われている物よりも優れたテレビは毎日、様々な番組が配信されている。流行りの音楽を紹介するものや、動く絵…『アニメーション』は毎日観ていても飽きない程だ。夢中になり過ぎないように注意しなければ、仕事が手に付かなくなってしまうだろう。

 

次は、今後ロデニウス連邦に駐在する事となるであろう者への個人的なアドバイスを記したいと思う。

まずはロデニウス連邦内の自動車運転免許を持つ事をオススメする。

この運転免許は各地に置かれた『教習所』という施設で3週間程の講習を受ければ比較的容易に取得する事が出来る。

無論、運転手付きの公用車も用意されているが、我が国の自動車は知っての通り図体は大きく車内は狭く、航続距離も100km以下のものだ。使い勝手も悪い上、私用では使えない公用車よりも自家用車を持つ方が良いだろう。

個人的なオススメとしては、ムーのガラッゾ・オートモービル製の『スカラベ』という自動車だ。これは、ロデニウス連邦がムーに対し製造設備やノウハウをタダ同然で貸し出して製造している物らしく、ムーで製造した後にロデニウス連邦が輸入しているらしい。

ムーとの貿易問題を解消する為の措置らしいが…なんとも太っ腹な事だ。

まるで甲虫のように丸みを帯びた姿の小型車で、他の自動車よりも安いため直ぐに判別出来るだろう。安物ではあるが300km以上の航続距離に、時速100kmで巡航可能…大人4人がゆったりと乗れる為、実用性はバツグンだ。これを我が国にも輸入出来れば良いが…話が逸れてしまった。

ともかく、ロデニウス連邦に駐在するには自動車運転免許と自家用車があると便利である。

 

次いでに忠告しておくと、ロデニウス連邦は様々な文化が入り混じっており、それに伴って様々な料理が存在する。

生魚の切り身に黒いソースを付けるだけの物から、まるで芸術品のような盛り付けが成された見た事も無い料理まで様々だ。外交官や各省庁職員の中には私のように、各国の名物料理を食べ歩く事が趣味だという者も少なからず居るであろう。

私のオススメは、アヒージョと呼ばれる野菜や魚をオリーブオイルという油で煮込んだ料理なのだが…如何せん、どの料理も非常にクオリティが高くついつい食べ過ぎてしまう。

お陰で体重が増加してしまったので今は、アズールレーン海兵隊に所属していた元軍曹の『ブートキャンプトレーニング』なる映像を参考にして運動する羽目になってしまった。

ブクブク太ってしまうのが嫌なら、ほどほどに節制すべきだろう。

 

この日誌が読んだ者の助けになれば幸いであるが、自らの目で見極める事が一番である。

貴殿のロデニウス連邦生活が良きものとなるように…

 

 

〜追記〜

前述したアズールレーンについてではあるが、アズールレーン所属の者との付き合いは十分に注意するように。

この日誌を読む者が女性である場合は総指揮官、男性である場合は特に獣人には決して色目を使わぬように最大限の注意を払う事。




ミリシアルの自動車は動力となる魔石が車内容積を食ってしまっているので、車体は大きくとも車内は狭いという設定です
因みにムーに貸し出して製造させている自動車は、鉄血製のアレです


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広がる世界、変わりゆく国々
140.竜の王国


今回から新章突入です!
やや時間を遡って、まずはエモール王国編です

とは言っても2〜3話で終わるとおもいますが…

あと、活動報告にお知らせを上げております
二次創作をされている方以外には関係のないお知らせですが…


──中央暦1640年10月6日午後9時、エモール王国竜都ドラグスマキラ『ウィルマンズ城』──

 

中央世界と呼ばれるミリシエント大陸北方の内陸部に、その国はあった。

"亜人"の中でも特に珍しい"竜人族"単一民族国家…それがこの『エモール王国』である。

大して広くもない領土な上、その領土も大半は居住に適さない森林と渓谷ばかりであるため、よくある中小国であるように思えるかもしれない。

しかし、実際の所は国民全員が人間やそこらの亜人よりも身体能力や魔力に優れた竜人である上、竜人達は竜とコミュニケーションを取り使役する事が出来る。

そのため竜人族と、この世界における最強クラスの航空戦力である風竜からなる軍勢は在りし日のパーパルディア皇国をも上回るとされ、列強三位に君臨している。

 

「では、皆の衆。これより『空間の占い』を執り行う」

 

そんなエモール王国の首都、竜都ドラグスマキラの北部に座すウィルマンズ城の北にある別棟で国家元首である竜王ワグドラーンが厳かに告げた。

『空間の占い』とは、莫大な魔力を用いて未来を垣間見る…占いとは名ばかりの"予言"である。

エモール王国では年に一度、この『空間の占い』を行う事で国家運営の方針を決定している。

 

「では…──空間の神々に許しを請い、これより未来を視る…」

 

国の重役が見守る中、集められた30人もの占い師を纏める大魔導師アレースルが緊張感に満ちた声色で宣言した。

 

「むぅ……むうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

座禅を組んだアレースルが全意識を未来へと集中し、その為に必要な魔力を占い師達がアレースルへ送り込む。

 

「むっ…!ぬぅぅぅぅぅぅ!」

 

歯を食い縛り、全身に青筋を立てるアレースル。

すると彼の脳内に曖昧なイメージが浮かび上がり、それはやがて徐々に鮮明になって行った。

 

 

──中央暦????年──

 

「こ…ここは…?」

 

アレースルが視る未来。

そこは年代は愚か、場所すらも分からなかった。

 

──ズドォォォンッ!ズドォォォンッ!

 

「うえぇぇぇん!お母さぁぁぁん!」

「助けてくれ!死にたくない!死にたく…ぐべぁっ!」

「い、命だけは助けてください!奴隷にでも何でもなりま…ぎゃぁぁぁ!痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

絶え間なく響き渡る轟音と悲鳴…周りを見渡してみても火災と、元が何だったのか分からない程に破壊された瓦礫ばかり。

正にこの世の地獄と形容するに相応しい光景だ。

 

(これは…戦争か?助けを求める者は…同胞ではない。では、何処と何処の戦争だ?)

 

地獄の中へ足を踏み入れるアレースル。

逃げ惑う人々は彼の存在に気付く事も無く、一心不乱に走っている。

彼はあくまでも"視る"だけである。ただの傍観者であるため、干渉する事なぞ出来ない。

 

「まさか…まさか、本当に復活するなんて!」

「何処に逃げればいいんだぁぁぁぁ!」

「エミリー!エミリー!何処に行ったの!?」

 

人々の流れに逆らうように歩き続ける。

こんな所業を行うのは何者なのか?それを突き止めねばなるまい、と考えたからである。

 

(何故…神々は私にこれをお見せになられたのだ?この戦争は我々にも関係するものだと…?)

 

エモール王国は基本的に他国に対しては不可侵を貫いている。流石に宣戦布告をされれば武力を行使する事もあるが、列強三位にケンカを売るような国なぞあるはずもない。

それ故、他国同士の戦争が視えた事に対して若干腑に落ちないでいた。

 

「ギャハハハハハ!」

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」

「フハハハハハハ!」

 

思考しながら歩いていると、耳障りな品の無い笑い声が聴こえてきた。

ふと気付くと逃げ惑う人々は既に居らず、辺りには瓦礫とモノ言わぬ骸ばかりが転がるようになっていた。

 

「なっ…ま、まさか…」

 

笑い声の方に目を向けたアレースルは、その眼を目玉が零れ落ちんばかりに見開き人生最大の驚愕の表情を見せた。

 

「ギャハハハハハ!」

 

顔や身なりは霞がかったかのようにボヤけているが、それでも分かる特徴があった。

背中に生えたギラギラと光輝く翼と、鱗の付いた革で出来たバッグらしきもの…

 

「光翼人…!」

 

顔を青褪めさせながら絞り出すように言葉を発した。

世界を手中に収めあらゆる種族を奴隷とし、エモール王国の原点となった『インフィドラグーン』に対し「竜人族の革は工芸品や軍用品のいい材料になるから民を寄越せ」などと傲慢にも程がある要求をした挙げ句、『コア魔法』を使用してインフィドラグーンを滅亡させたに留まらず神々にすら弓を引いた古の魔法帝国こと『ラヴァーナル帝国』に住まう者…その光翼人が人々を追い立て、戯れの如く屠っていた。

 

「ギャハハハハハ!ギャハハハハハ!」

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」

 

余りにも醜悪な笑い声は、おぞましい光翼人の性根を表したものであろう。なんと言っているのかは分からないが、身の毛もよだつ聞くに耐えない邪悪な言葉を交わしているのであろう事は分かる。

 

「まさか…魔帝の復活!?馬鹿な!奴らの復活は直ぐそこまで近付いていると言うのか!?」

 

この事実から目を逸し、必死に否定したい気分だ。しかし、『空間の占い』の的中率は98%を誇っている。

今回ばかりは、この高い的中率を呪いたくなった。

 

「なんという…事だ…!」

 

もしこれが現実のものとなるのなら、それは最早エモール王国だけの問題ではない。

列強国も文明国も非文明国も関係無い。この世界に生きる者全ての危機である。

 

「ギャハハハハハ!ギャハハハハハ!」

「ヒャッヒャッヒャッ!ヒャッヒャッ?」

 

尚も鼓膜を引っ掻くように響き渡る笑い声。しかし、それは不意に終わりを告げた。

 

──サァァァァァァァァ…

 

悲鳴と轟音と笑い声が支配していた地獄に、穏やかなそよ風が吹いた。

その風は炎を消し、瓦礫を元の建物に戻し、骸に命を吹き込んで行く。

 

「ギャハハハハハ?ギャハハハハハ!?」

 

風と共に再生する街並みや人々を目にした光翼人達は、何が起こったのか理解出来ずに辺りをキョロキョロと見回しながら慌てふためいている。

 

──サァァァァァァァァ…

 

「…蝶?」

 

不思議と落ち着く風を浴びていたアレースルは、そよ風の中で舞うように羽ばたく蝶の姿を目にした。

光翼人のギラギラとした翼とは対象的に、ぼんやりと落ち着きのある光を持った蒼い蝶の群れ…それは光翼人に群がり始めた。

 

「ギャァッ!ギャァッ!」

「ウガァ!ウガァァァァァ!」

「ギィィィィィィィ!」

 

蒼い蝶を振り払おうと出鱈目に腕を振り回す光翼人達。

しかし、蒼い蝶はまるで実態が無いかのように彼らの腕を通り抜け、その醜悪な姿を覆い隠して行く。

 

「な…何が…」

 

再び驚愕に目を見開き、事の行く末を見守るアレースル。

すると再び風が吹き、蝶達が飛び去り…その後には何も残っていなかった。

 

「これは…一体どういう…!」

 

あまりの急展開ぶりに困惑し、辺りを見回す。

綺麗に舗装された道路に、天を突くかのような摩天楼…街並みを行き交う人々は種族関係なく、親しげに談笑していた。

そんな中、一人の人物と目が合った。

 

「…っ!」

 

アレースルは『空間の占い』で未来を視ているだけであり、肉体が未来にある訳ではない。だからこそ、未来の人物はアレースルの存在を認知する事は出来ない筈なのだ。

しかし、その人物はアレースルを認識しているようだった。

 

「──────」

 

月光のような冷たい灰銀の長髪に、眠たげな蒼い瞳を持った女性。ヒラヒラとした青と藍を基調とした特徴的な衣服はアレースルにとっては見馴れない物だが、それがどこか神秘的な雰囲気を漂わせている。

そして何よりも目を引くのが、彼女の頭に生えている尖った三角形の耳と、腰の辺りに生えているフワフワとした毛並みを持つ九本の尻尾だった。

 

「美しい…」

 

アレースルの口から、思わずそんな言葉が零れ落ちた。

他種族とは美的感覚も違い、排他的な傾向があるとされる竜人族。アレースルも例外ではないが、そんな彼でさえも彼女の美しさに目を奪われてしまった。

 

「──────」

 

「な、何と?」

 

口が動いているのを見るに彼女はアレースルに何か言葉を投げ掛けているようだが、その言葉は全く聴き取れない。

 

「──────」

 

「申し訳ない。貴殿の言葉は、私には届かないようだ」

 

暫く口をパクパクさせる彼女に頭を下げ、そう述べるアレースル。

すると彼女は、やや悲しげな顔をすると何かを思い出したようにアレースルの背後の上方を指差した。

 

「…?あれは…?」

 

ほっそりした白い指が差す方に目を向ける。

そこに見えたのは、天を突くかのような高層ビル…その屋上から下ろされた垂れ幕だ。

 

「船の錨と…3つの星?」

 

──サァァァァァァァァ…

 

「ぬっ…?」

 

再び風が吹くと、景色が急激にボヤけ始めた。

 

「なっ…ここまでか!」

 

街並みも人々も、白いモヤの中に消えて行く。

そんな中、ただ一人…"彼女"はアレースルをジッと見据えていた。

 

「貴殿が…貴殿が魔帝を倒す為の鍵なのか!?名前だけでも!」

 

消えゆく世界の中、必死に手を伸ばすアレースル。

それに対し、彼女は静かに告げた。

 

「────アズール──レーン──信濃」

 

 

──中央暦1640年10月6日午後10時、エモール王国竜都ドラグスマキラ『ウィルマンズ城』──

 

「……!…レース…!アレー……!アレースル!」

 

「はっ!」

 

「アレースル!無事か!?」

 

目を覚ましたアレースルの前にあったのは、竜王ワグドラーンの顔だった。

その周りでは、国の重役や占い師達がホッと胸を撫でおろしていた。

 

「私は…」

 

「アレースル…お主は今までの意識を失っておったのだ。1時間もの間…呼び掛けても目を開けず…」

 

ワグドラーンの言う通りアレースルは『空間の占い』の最中、急に意識を失い今までの目を覚まさなかったのだ。

王国随一の占い師にして大魔導師である彼に何かあっては一大事と、ワグドラーン達は回復魔法を掛けたり、祈祷をしたりとてんやわんやの大騒ぎであった。

 

「申し訳ありません…ですが、"視え"ました」

 

「何が…視えた?」

 

ワグドラーンの問いかけにアレースルは重々しく口を開いた。

 

「…魔帝なり」

 

「なっ…!」

 

驚愕するワグドラーン達。

だが、アレースルは更に言葉を続けた。

 

「しかし、恐れる事なかれ。魔帝を打ち滅ぼし、人々に安寧を与える者あり」

 

更に驚愕する一同。

それを代表するように、ワグドラーンが問いかけた。

 

「安寧を与える者…とは?」

 

「アズールレーン…錨と三つ星の旗を掲げる者…」

 

それを聞いた重役や占い師達が動き出そうとする。

アズールレーンなる者の事を調べ、接触するためだ。

しかし、アレースルはそれを手で制した。

 

「慌てる事はない。かの者は…今、こちらに向かっている」

 




16日からカレー生活だ…


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141.ヒーロータイム

川徳 当麻様より評価10、醍醐様より評価9を頂きました!

今回はゲストに登場してもらってます
まあ、ちょっとした息抜きみたいなもんです


──中央暦1640年10月11日午前8時、ミルキー王国国境付近『パムナ砂漠』──

 

エモール王国に通じる道の一つであるミルキー王国領土の砂漠地帯を一隻の帆船が航行していた。

片側20個もの車輪を持ち、帆に風を受けて陸上を進むこの地域独特の船『砂船』である。

そんなゆっくりと航行する砂船の船内、多くの乗客がとある一角にすし詰め状態となっていた。

 

《ひょっひょっひょっ…来たな、『シルバークロウ』!》

 

《し、シルバークロウ!?来ちゃダメ!》

 

船室に集まった者達の視線の先、そこは帆を修繕する為に積み込まれていた白い布が掛けられた壁があり、それをスクリーンにして映像が流されていた。

 

《サイレン帝国…!何故、無関係の人を巻き込むの!アナタ達の目的は私でしょう!?》

 

《ひょっひょっひょっ…お前は優しいからなぁ…こうやって人質を取れば無視は出来ないだろう?》

 

映像に映し出されていたのは三人。黒のワイシャツと白いネクタイ、金のモールが装飾されたブレザーに加えてスリット入りスカートから覗く太ももが眩しい長い銀髪の女性…鳥をモチーフにしているらしい仮面を被っていても分かる程の美少女と、背中に大砲を背負った二足歩行する亀のような怪人。そして、その怪人の背後には太い鎖で縛り付けられた銀髪の美女の姿があった。

 

《なんて卑劣な…!》

 

《ふんっ…サイレン大皇帝様を裏切り、兄弟姉妹も同然の我が仲間達を殺してきたお前の方が卑劣ではないか!》

 

《違う!私は…世界征服の為に戦うなんて御免だわ!私は、皆の笑顔と自由の為に戦うって決めたの!》

 

流れている映像…それは、今ロデニウス連邦を始めとした第四文明圏で大流行しているアニメーション作品『マスクドネイビー・シルバークロウ』だった。

世界征服を目論む海底人の帝国『サイレン帝国』で生み出された地上侵攻用生物兵器『コードネーム・アビスレイブン』…偵察の為に人間が通う学園に潜入したが、そこで交流した人々の優しさに触れた結果正義の心に目覚め、サイレン帝国を裏切って人々を守る為に戦うというストーリーだ。

ド派手なアクションと可愛らしくも美しいキャラクター、生物兵器である自分の存在に苦悩する主人公の心情や、彼女の正体に気付きながらも陰から支える学園の先輩…勧善懲悪なストーリーの中に様々な考察要素、CGや手書きを駆使した超絶作画等、子供から大人まで楽しめる作品となっている。

 

《だが、人質を取られては何も出来まい!》

 

《フッ…それはどうかしら?》

 

人質を盾に勝ち誇った様子の怪人。

しかし、シルバークロウは不敵な笑みを浮かべると腰のベルトのバックルに手を翳した。

 

《\ギュイィィィィンッ!チェンジ…デストロイヤー!/》

 

すると特徴的な電子音声が流れ、旋風と共にシルバークロウの姿が消えた。

 

《な、何が起きた!?》

 

《こっちよ、ノロマな亀さん♪》

 

シルバークロウが視界から消えた事に驚き、キョロキョロと辺りを見回す怪人。

そんな怪人に対しシルバークロウは小馬鹿にするような口調で、怪人の真後ろに立っていた。

その姿はセーラー服を模したような服装となっている。

 

《大丈夫ですか、せんぱ…じゃなくて、お嬢さん?》

 

《え…えぇ、大丈夫…》

 

シルバークロウは怪人が知覚出来ない程のスピードで美女に近付き、拘束を解いてその銀髪美女をお姫様抱っこしていた。

 

《お、おのれ〜!俺様を馬鹿にしやがってぇ!》

 

ノロマと言われた怪人が背中の大砲をシルバークロウに向ける。

 

《おっと…》

 

《\チェンジ…バトルシップ!/》

 

大砲が発射される直前、シルバークロウは銀髪美女をお姫様抱っこしたまま後ろを向き、片手で器用にバックルに手を翳した。

 

──ズドォォォンッ!

 

《ひゃっひゃっひゃっ!俺様のキャノンはイテェだろぉ〜?まあ、木っ端微塵で痛みなんて分からねぇだろうがな!》

 

爆炎を前にして高笑いする怪人…しかし、その顔は直ぐに驚愕に染まった。

 

《ふぅ〜…大丈夫ですか?怪我、してませんか?》

 

《えぇ、私は大丈夫。貴女は平気なの?》

 

《勿論!戦艦が簡単に沈む訳ありません!》

 

《な…な…何ぃぃぃぃぃ!?》

 

爆炎が収まった後に現れたらのは、自身と銀髪美女を掲げたマントで防御したシルバークロウだった。

 

《まったく…乙女の柔肌に傷を付けようだなんて…》

 

《\チェンジ…クルーザー!/》

 

驚愕する怪人に笑顔を向けながらバックルに手を翳すシルバークロウ。

その姿は、優雅な赤いドレスとなっていた。

 

《少し…オシオキが必要なようね?》

 

《や…止めろ!来るなぁぁぁぁぁ!》

 

目元に影を落とし、可憐な…それでいて背後に鬼が見えるような恐ろしい笑顔を浮かべながら、僅かに腰を落とし…

 

「皆様!まもなくエモール王国に到着致します!」

 

目的地に到着した事を告げる砂船の船員の大声が響き渡った。

 

「なっ!いいとこだったのに!」

「もう少し…もう少ししたら降りる準備をするので!」

「シルバークロウの必殺技はスゴイんですよ!?これは見なければ!」

 

いよいよクライマックスという所で水を差された乗客達が口々に不満を口にする。

 

「ですが、エモール王国から戻る方々を乗せる為にも、皆様に降りて頂かなければ円滑な運行が…」

 

不満たらたらな乗客に困ったような表情を浮かべる船員。

すると、乗客達の合間を縫って小さな人影が乗客達と船員の間に割り込んだ。

 

「各々方!船に乗ったからには『お客様は神様』という考えは通用しません!船では船員の方々と船長殿に敬意を払い、指示に従う。それが常識ですよ!」

 

サイドテールに結わえた桃色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。そして何よりも目を引くのは、額から生えた三叉に分かれた二本の角と後腰から生えた鱗に覆われた太い尻尾である。

 

「むぅ…確かに。少し大人げなかった…」

「それもそうだ。申し訳ない。」

「龍驤殿に言われてはな…」

 

乗客を叱咤したのはアズールレーン所属のKAN-SEN、重桜の軽空母『龍驤』だった。

 

「おぉ…ありがとうございます、龍驤殿」

 

「いえいえ。元はと言えば私が持ち込んだプロジェクターのせいなので…」

 

ロデニウス連邦はエモール王国と国交を結ぶ為に使節団を派遣したのだが、使節団の護衛として同行したのが龍驤だった。

その際彼女は、エモール王国に到着するまでの間の暇つぶしとしてアニメや特撮を保存したタブレットと、それに装着する小型プロジェクターを持参していた。

そして砂船に乗っている時にふと大画面で観たいと思い立ち、修繕用の布を借りてミニシアターとしていたところ他の乗客が物珍しさに集まり、最終的には乗客の大部分がアニメに釘付けとなってしまった。

 

「龍驤殿!エモール王国と国交を結んだら次は貴国に向かいますよ!」

「我が国も!我が国も国交を結びに参ります!」

「またお会いしましょう!」

 

荷物を纏めた乗客達が龍驤にそんな言葉をかけながら下船してゆく。

そんな中、一人の男性が龍驤に駆け寄ってきた。

 

「龍驤殿、我々も降りましょう。エモール王国の外交窓口は非常に混むようなので、早く行かなければ…」

 

「むっ、そうでしたね。急ぎましょう!」

 

男性…ロデニウス連邦外務省外交官ヤゴウの急かす言葉に応え、タブレットと小型プロジェクターを回収する龍驤。

 

「では、お世話になりました。他の船員の方々と船長殿にもよろしくお伝え下さい」

 

「ご丁寧にありがとうございます。帰りのご利用もお待ちしております」

 

深々と頭を下げ感謝を示す龍驤に、船員も心からの感謝を口にした。

 




好きなライダーはクウガとG3-Xです


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142.龍の娘

パッパラー様より評価9を頂きました!

とりあえずエモール王国編はこれで一区切りですね

ココイチコラボのアクリルスタンドは伊吹が人気なようですね
私が全種買い占めたら丁度、伊吹が無くなりました
クリアファイルも全種集まったし…缶バッジは大先輩とインディペンデンスが出ませんでした
またココイチ行くか…


──中央暦1640年10月11日午前11時、エモール王国国境の門──

 

砂船から降り、木々が生い茂る中に敷かれた石畳の道を歩く事およそ30〜40分程。そこに、その門はあった。

30m程もある巨大で重厚な青い門…かつてこの地にあったエモール王国の前身であるインフィドラグーンの時代に建造された要塞の一部を利用した外交窓口である。

そこには、国交を結ぶ為に各国から派遣された外交官達が列を成していた。

 

「並んで2時間以上経ちますが…列が進んでいる気がしませんね…」

 

長蛇の列の中程に並んでいるロデニウス連邦使節団の代表であるヤゴウが、半ばウンザリしたような口調でボヤいた。

そもそも、エモール王国は列強国だというのに外交に関わる者がかなり少ない。

他種族との関わりに消極的な上、竜人族の数も少ないため仕方ない事かも知れないが…それでも、それなりの数は揃えてほしいものだ。

 

「やはり最近は自動車や列車ばかりに頼っていたせいで、足腰が弱ってしまってますね…適度な運動もせねば…」

 

しかも、長時間立っていたせいで脚が痛くなってきた。

かつては何処に行くにも歩きか馬であったが、今ではそれらよりも楽な乗り物があったり、そもそも書類を届けるぐらいなら指先の動きだけで出来るようになっている。それ故、体力が落ちた者が多数出ていた。

 

「ヤゴウ殿、それはいけませんな。外交官と言えど、体力は必要…粘り強い交渉を行う為にも、規則正しい生活と適度な運動は必要ですよ!」

 

そんなヤゴウに対して護衛である龍驤が苦言を呈する。

 

「確かに…龍驤殿の仰る通りですね。私も一駅分は歩いたり、エスカレーターやエレベーターを使わない生活をして運動不足を解消しませんと…」

 

龍驤の苦言に対し、苦笑で応えるヤゴウ。

しかし、そんな時だった。

 

「おいっ!お前達は後から来たのだろう?なら、列の一番後ろに並べ!」

 

列の前の方で何やら騒ぎが起きた。

声を荒げているのは列の整理をしていた外務省職員の竜人族の男性であり、彼の前には数人のヒト族の男性が居た。

どうやら列に割込もうとした不届き者が出たらしい。

 

「我々はそこらの商人や蛮国とは違う!第三文明圏の文明国、リーム王国だぞ!国交開設の交渉の為に来ているのだ。可及的速やかに、貴国の外交官に取り次いで頂きたい!」

 

竜人族の威圧感満載の怒鳴り声を前にしても、怯む事無く抗議するリーム王国の使節団。

しかし、職員の方も退く事は無い。

 

「商人だろうが非文明国だろうが文明国だろうが関係は無い!貴様らが同胞である竜人族や、ハイエルフであれば優遇はするが…所詮はヒト族であろう!さっさと最後尾に並べ!」

 

「何を…!」

 

尚も食って掛かろうとするとするリーム王国使節団。

だが、その声はある声に掻き消された。

 

「その行い…下の下でありますな!」

 

「な、何だお前は!?」

 

ギャーギャーと騒ぐ使節団のすぐ側に小柄な少女が立っており、彼等を一喝した。

 

「自分はアズールレーン重桜艦隊所属の龍驤!そんな事よりも…貴殿らの、その行いはどういう事ですか!まるで聞き分けの無い子供のように駄々をこね…恥ずかしいとは思わないのですか!」

 

「うるさい!子供は引っ込んでいろ!」

 

自分より遥かに小柄で、幼い子供に嗜められる事は彼等のプライドを大いに刺激したようだ。

使節団の一人が龍驤の胸倉を掴もうと腕を伸ばし…

 

「感情に任せ、手を上げるなぞ…」

 

伸ばされた腕を自らの手を当てて横に逸らす。

すると、龍驤に腕を伸ばした男性は思わぬ反撃に目を白黒させて体勢を崩してしまう。

 

「うおっ…!?」

 

「せい…っ!」

 

前のめりに倒れる男性…それに対し龍驤は左脚を軸にし、まるで独楽のように回転しながら右脚を振り上げた。

 

──ゴシャァッ!

 

「がっ…!」

 

キレイな後ろ回し蹴りがカウンター気味に側頭部へ直撃し、それにより脳を揺らされた男性はそのまま前のめりに倒れ伏した。

 

「なっ…おいっ!大丈夫か!?」

「なんて事を…貴様!これは外交問題だぞ!」

「誰か!そのガキを捕まえろ!」

 

自分の仲間が倒れた事に驚愕し、喚き散らす使節団。

しかし、龍驤は怯む事無く反論した。

 

「先に手を出してきたのは、そちらではありませんか!それを棚に上げて…なんと破廉恥な!」

 

勇ましく正義感が強い龍驤らしい行いだが、それは少なくともこの場では不適切なものだ。

その証拠に、ヤゴウが全力疾走で騒ぎの現場に駆け付けた。

 

「りゅ、龍驤殿!急に居なくなったと思ったら…不味いですよ!他国の外交官に暴力を振るったとなれば…」

 

ヤゴウの脳裏に浮かぶのは、外交問題からの賠償問題や国際社会の目…そして、最悪の場合は戦争に発展するかもしれない。

そんな事を考えたヤゴウの顔はみるみる青くなって行った。

 

「えぇい!鎮まれぇ!」

 

すると、事態を静観していた職員が一帯に響くような大声で一喝した。

 

「そもそもリーム王国…と言ったか?貴様らが我が国の掟に逆らい、列を乱した事が全ての発端であろう?まず、そこに非がある。そして、そんな貴様らを注意した…龍驤と申したか?彼女に逆上し先に手を出したのも貴様らの非だ。そして何より…彼女の行いは貴様らの狼藉に対する正当防衛であるように思えるのだが…違うか?」

 

「うっ…」

 

痛い所を突かれ、今までのよりも強い威圧感で圧力を掛けられたリーム王国外交官達はそれまでの威勢は何処へやら…縮こまり押し黙ってしまった。

そんな彼等に背を向け、職員は龍驤とヤゴウに向き直った。

 

「龍驤殿…でよろしかったか?」

 

しゃがみ込み、小柄な龍驤と目線の高さを合わせる職員。

 

「はい!自分はロデニウス連邦使節団の護衛を務める龍驤と申します!」

 

「ふむ…貴殿は…我が同胞ではないか?」

 

ハキハキと自己紹介する龍驤の態度が気に入ったのか、笑みを浮かべつつ問いかける職員。

龍驤の角を見てそう判断したようである。

 

「いえ、自分は貴殿らとは別種族でありましょう。話せば長くなりますが…ともかく自分は竜人族ではありませぬ」

 

「ふむ…左様か。それにしても良き鱗であるな」

 

なんとも和気あいあいと会話する龍驤と職員。

その後ろでは、列に並ぶ人々の冷ややかな視線に耐え切れなくなったリーム王国使節団が気絶した外交官を担ぎ、早足でその場から去っていった。

 

「あれは…」

 

そして、そんな光景を遠巻きに見ている者が居た。

 

「モーリアウル様、あの龍驤と名乗った娘…アズールレーン所属と名乗っておりましたな」

 

「『空間の占い』で告げられた名もアズールレーン…もしや、アレースル殿が仰っていたのは彼女の事では?」

 

一連の騒動を見ていた者…それは、王命によりアズールレーン関係者を探していた外交担当の貴族であるモーリアウルと、その部下二人であった。

 

「間違いはないだろう…我々の調べでは、アズールレーンはロデニウス連邦を拠点としていると聞く…ロデニウス連邦の使節団に帯同しているという事は、間違いなくあのアズールレーンだろう」

 

柱の影に隠れ、ゆっくりと頷くモーリアウル。

 

「では、モーリアウル様。彼女らを別室に案内いたしましょう」

 

「あまりに長く待たせると、帰ってしまうやもしれません」

 

実を言うと、エモール王国との国交開設手続きは待ち時間等も含めてかなり時間がかかる。

その為、途中で国交開設を諦めて帰ってしまう国も少なくない。

だからこそ、彼女達が諦めない内に動く必要があるのだが…

 

「……」

 

「モーリアウル様?」

 

だと言うのに、モーリアウルは動かない。

ジーッと、龍驤と職員のやり取りに釘付けとなっている。

 

「如何なされました?」

 

上司の異変に首を傾げながらも、彼の肩を軽く叩く部下。

 

「うおっ!ち、違うぞ!あの乳白色の鱗が美しいだとか、小振りな角が可愛らしいだとか、あの太い尻尾が力強そうだとか…そんな事は決して思っておらぬ!」

 

ビクゥッ!と肩を跳ねさせ、勢いよく振り向いて矢継ぎ早に弁解らしき言葉を発するモーリアウル。

竜人族という種族は他種族とは美的感覚が大きく違い、顔立ち等は美醜の基準とは成り得ない。

ならば美醜の判断はどのように行うか?

それこそ鱗の色や形、角の形状である。

そしてどうやら、龍驤の鱗や角の造形はモーリアウルのタイプど真ん中だったらしい。

 

「えぇ…」

 

「モーリアウル様…お労しや…」

 

普段の威厳ある態度からは想像も出来ない程に浮ついた様子のモーリアウルに生温かい視線を向ける部下二人。

しかし、モーリアウルはそれに気付いていないのかモジモジとし始める。

 

「ど…どのように声をかけたら良いのだろうか?いきなり話しかけては、怖がられないだろうか?」

 

初恋を知ったばかりの子供のような事をのたまい、一向に踏み出せないでいるモーリアウル。

そんな彼の様子を見ている二人の部下も彼の指示が無ければ動けない。

そんな時、龍驤と話していた職員が立ち上がった。

 

「うむ…では、龍驤殿。申し訳ありませぬが、別室で事情聴取をお願い出来ますかな?…勿論、貴殿を責め立てる訳ではありません。一応は我が国で起きた騒動ですので、経緯を含めて記録する必要があるのです」

 

「承知致しました。では、ヤゴウ殿はお待ち…」

 

「一応、使節団の方々にも事情聴取をお願いしたいので同行をお願いします。貴殿らの代わりに私の部下を場所取りさせておきますので」

 

そのやり取りを耳にしたモーリアウルは、思わずガッツポーズをした。

 

「よしっ!あの列整理係、気が効くではないか!よし、事情聴取は応接室で行われるであろうから先回りするぞ!」

 

意気揚々と歩き出すモーリアウル。

そんな彼の背中を二人の部下は、げんなりした表情を浮べて見ていた。

 

その後、ロデニウス連邦とエモール王国の国交開設は恙無く行われエモール王国もロデニウス連邦へ使節団を派遣する事となった。




次回からは竜の伝説の予定です
もしかしたら、各国の状況を描写する話を数話挟むかもしれません


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143.海の果てに

獣人様より評価9を頂きました!

今回から竜の伝説編です
何話かかるかなぁ…


──中央暦1640年11月8日午前10時、サモア基地司令部指揮官執務室──

 

エモール王国との国交開設も恙無く完了し、中央世界に存在する他の国々とも国交を結ぼうと動いていたある日の事であった。

 

「…確かに、国にしか見えんな」

 

指揮官は大きな執務机に向き合いながら、眉間に皺を寄せて呟いた。

彼の視線の先、そこに置かれたのは十数枚の写真だった。

その写真は一枚一枚別の風景を撮影している訳ではなく、それぞれが半分程重ねられており一枚のパノラマ写真のようになったものだ。

そして、その写真に映し出されていたのはリング状に連なる岩山と、そのリングの内側の海に浮かぶ島だった。

 

「この前の実験航海の最中に偶然発見したんだ。その写真からも分かるように住居らしき建物と、農地らしき平地…結構立派な城のような建物もあるから多分、それなりの文明を持つ国家だと思うよ」

 

写真を睨み付ける指揮官に、ノーザンプトンが説明するように付け加える。

確かに彼女の言う通り、その島には石かレンガで作られているらしい大小様々な建物や、きっちりと区画が分かれた農地らしき土壌が露出した土地もある。

何処からどう見ても、文明的な生活を送る人々が住んでいるようだ。

 

「しかし…この地形じゃ外海に出る事は難しそうだな。この写真を見る限り"囲い"に隙間は無いし、見えてる範囲は断崖絶壁ばかりだ」

 

「そうだね。それにロデニウス連邦は勿論、周辺諸国に聞いてもそんな国は知らないって」

 

まるで巨大なカルデラのような岩山を指でなぞりながらそう述べる指揮官に、タブレット端末を見ながら応えるノーザンプトン。

指揮官の言葉通りリング状の岩山には船が出入り出来るような隙間等は無く、なだらかな傾斜があるようには見えない事…更にはサモアから4000km以上離れた海域にポツンとある事から、とても知的生命体が生存出来る環境とは思えない。

 

「でも、建物や農地らしき土地の状態からして明らかに文明があるからね。どんな人々が住んでいるか…調査の必要があるんじゃないかな?」

 

「同感だ。よく分からない連中が居るってのは気持ちいいもんじゃないからな」

 

「なら早速、調査員と外交官の派遣をしたいところだけど…生憎、国交開設交渉に慣れた外交官は皆出払ってるんだ」

 

肩を竦めたノーザンプトンがため息混じりに告げる。

先にも述べたようにロデニウス連邦は、中央世界の主要国である神聖ミリシアル帝国とエモール王国との国交を開設した事を皮切りに、中央世界に存在する様々な国家との国交開設に動いている。

そのため、国交開設交渉に慣れた外交官が中央世界に出払ってしまっていた。

 

「そうか…なら、俺が行くか」

 

「その間、サモアはどうするんだい?」

 

「お前かロングアイランドに…と思ったが、今回はお前にも来て欲しいしロングアイランドはムーに行ってるしな」

 

未知の国家との接触には、実験航海に参加したノーザンプトンとエンタープライズを連れて行く事は確定していた。

ノーザンプトンは新たな艤装により高性能な通信設備を手に入れた為、ロデニウス連邦本国との綿密な連絡が可能となる。

またエンタープライズは、新たな艤装に搭載された新型動力のお陰で無限に近い航続距離と駆逐艦に匹敵するような速度があるという。

そんな最新鋭装備に身を固めた二人なら、万が一の事態が起きても切り抜けられるだろう。

そしてロングアイランドだが、彼女は今ムーに居る。と言うのも、実はロングアイランドは『護衛空母』の魁とでも言うべき艦船なのだ。

そのカンレキを活かし、ムーで商船改造空母の運用方法の指導を行っている。

 

「なるべく真面目で、要らぬ軋轢を生まないような奴がいい。あと、それなりの人望も必要だ」

 

「となると…」

 

「高雄だな…いや、別にビスマルクとかリシュリューでもいいんだが。まあ、暇そうな奴を見繕っておこう」

 

ともかく、指揮官不在の間の代理人問題は解決したようだ。

 

「それにしても…随分と高い位置から撮った写真もあるな。あの島がまるで胡麻粒だ」

 

話題を切り替えるように、とある一枚の写真を手に取る指揮官。

一見すると真っ青な海が写っているだけだが、よく見ると角の方に小さな点がある。

 

「新型偵察機のテストをしている最中に見付けたからね。パイロットをしていた饅頭が報告してきたからズームさせたんだ」

 

「新型偵察機ねぇ…どんなのだ?」

 

「最高速度は900km/hに少し届かないぐらいで航続距離は7000kmちょっと、そして最高高度がずば抜けていて27000m」

 

その言葉を聞いた指揮官の眉がピクッと跳ねた。

 

「27000m…27kmって事か?桁を間違えてるんじゃないか?」

 

「2700mじゃワイバーンより下だよ…間違いなく、27000m。殆ど空気の無い場所を飛べるよ。所謂、成層圏って所だね」

 

現在サモアで開発され、アズールレーンやロデニウス連邦軍で少しずつ配備が進んでいる超大型戦略爆撃機でも、実用上昇高度15000m程度だ。

"成層圏の要塞"の名を持つ爆撃機よりも遥か高みを行く偵察機…そんな物、迎撃しようがない。いや、もしかしたら高度が高過ぎてレーダーに映らない可能性もある。

 

「なるほど…そりゃいいな。一度、その偵察機を見たいんだが」

 

新型偵察機に興味が湧いたらしい指揮官が、現物を一目見たいと希望する。

しかし、ノーザンプトンは首を横に振った。

 

「残念だけど…その偵察機は壊れたよ」

 

「壊れた?」

 

「そう。艦載機型に改造したものをエンタープライズから発艦、飛行中の色々なテストは問題なく出来たんだけど…」

 

苦笑し、タブレット端末の画面を指揮官に見せるノーザンプトン。

 

「着艦に失敗してね。スクラップ一歩手前だよ」

 

そこに映し出されていたのは、細長い胴体から長いグライダーのような翼を生やした黒い機体が、半ば海に沈んでいる光景だった。

機首は大きくヘコみ、長い翼はまるで紙切れの如くグシャグシャになっている。

 

「マジかよ…試作機作りだってタダじゃないんだぞ?」

 

「仕方ないよ。何せ翼幅が31mもあるからね」

 

「なるほどな…そりゃ、色々と難しそうだ。だが、そんな高度を飛べる偵察機はいいな。艦載機型は諦めて陸上基地から運用しよう。そもそもそんなデカイ飛行機、空母の格納庫を圧迫するだけだ」

 

「エンタープライズもそう言ってたよ。後でクロキッド社にそう伝えておくね」

 

「頼む」

 

新型偵察機についての話題が一段落つくと、ノーザンプトンがふと何かを思い出したかのような表情で指揮官に問いかけた。

 

「そう言えば指揮官、母港の虫干しでもしているのかい?お古の艤装が色々出てたけど…」

 

「あぁ…あれか?赤城の巡洋戦艦艤装と、加賀の戦艦艤装。それとお前のお古と、ヨークタウン級とレキシントンの奴な。あと、ヘレナとかのお古もあるな」

 

「何か使う予定でもあるのかい?」

 

首を傾げて問いかけるノーザンプトン。

すると、指揮官は何やら含みのある笑みを浮かべた。

 

「バランスだ」

 

「ん?」

 

「世の中が平和になるにはバランスが必要なんだ。一方が強ければバランスが崩れて戦争になる…」

 

執務机の引き出しを開け、上等な紙で作られた一通の封筒を取り出す指揮官。

すると、これが答えだとばかりにノーザンプトンへ封筒に書かれた宛名を見せた。

 

「傾いた天秤を釣り合うようにするなら…それなりの錘が必要じゃないか?」

 

「それで、排水量の錘を使うって訳?…ふう、いつもいつも…大胆な事をするね」

 

「もともと道からは外れてんだ。今更だろ?」

 

 




そう言えば、リーン・ノウの森の下りですが…
あの…紀伊と土佐…どうしよう…端折ろうかなぁ…


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144.夢見る少女(成人済み)

新イベントはポラリスイベントみたいですね
イラストリアスにタシュケントにボルチモア、アルバコアとダイドーとローン…
これじゃμ兵装じゃなくてπ兵装ですよ


──中央暦1640年11月23日午後3時、カルアミーク王国──

 

カルアミーク王国三大諸侯の一角、ウィスーク公爵家の一人娘エネシーは、自らの行いを酷く後悔していた。

近々行われる『建国記念祭』、公爵家の娘としてドレスを着て参加する事は決定事項であったが一つ問題があった。

ドレスを装飾する為に必要な『べノンの花』、それが無いのである。

元々今年は不作気味だった上、隣国であるスーワイ共和国で疫病が発生したため支援として、様々な薬効成分を秘めるべノンの花が輸出されてしまったのだ。

それ故、エネシーは幼い頃に山で見たべノンの花の群生地に向い、無事に群生地を発見したのだが…

 

──グチュッ…グチュッ…ボリッ!バリッ!

 

「あ…あ…あぁ…」

 

べノンの花を摘んでいる最中に出会った無害な魔物『二重まぶたイノシシ』…それが醜悪な姿をした怪物に骨ごと食べられていた。

全長は3m程、脚が6本につり上がった黒目。皮膚は無く、筋肉が剥き出しになった体に、頭には角が12本。

エネシーはその姿に覚えがあった。

 

「何で…伝説の魔獣が…12角獣が…」

 

彼女が最近ハマっている物語、『英雄の伝説』に描かれている伝説の魔獣『12角獣』そのものである。

そして12角獣に関してもう一つ情報があった。

 

(確か12角獣って…人間に激しい敵意を持っていて、お腹が空いてなくても襲ってくるって…)

 

今にも失神してしまいそうになりながらも、必死に12角獣の伝承を思い出すエネシー。

しかし、そんな事を思い出しても意味は無い。

何せ12角獣は重武装の騎士団ですら撃退するのが精一杯だと伝わっているのだ。丸腰の…しかも食器以上に重い物を持った事が無い貴族の娘では、死の覚悟を決める事しか出来ないだろう。

 

──(最近、魔物が多いらしいから街から出てはいけないよ)

 

今更になって父の言いつけを思い出したが、今となっては後の祭り…着飾る事を諦め、屋敷で大人しく本でも読んでいれば良かった。

しかし、もうどうにもならない。

二重まぶたイノシシを平らげた12角獣は、エネシーに黒い瞳を向けると態と恐怖を与えるようにゆっくりと手を伸ばしてきた。

 

(助けて…誰か…私の"ナイト"様…!12角獣が出るって間違いなく王国の危機よ!?早く…早く来なさいよ!)

 

エネシーは『英雄の伝説』に記されている予言で言及されている異国の騎士に恋い焦がれていた。

予言曰く、《王国に危機が及ぶ時、天駆ける魔物を操りし騎士が現れ、王国を救うであろう》となっている。

もう20歳になったエネシーは、その騎士こそが自らの運命の相手だと思いこんでいた。

良く言えばロマンチスト、オブラートに包まなければ"頭お花畑"とでも評するのが妥当であろう。

しかし、ここで死んでしまえば運命の相手とのロマンスどころか今日のディナーすら味わえない。

 

「い……」

 

恐怖のあまり腰を抜かしていたが、生き延びようとする本能は彼女の口を大きく開けさせた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

──同日1時間ほど前、輪状山脈南西5km──

 

「それではなるべく居住区から離れ、尚かつ開けた平地を探せば良いのですね?」

 

「あぁ、ヘリが降りれる場所が必要だしな」

 

そびえ立つ輪状山脈の断崖絶壁が見える海上に浮かぶ一隻の船、全長300mを優に超える巨体を持つ空母の飛行甲板の一角で二人の男がそんなやり取りを交わしていた。

一人はカーキ色の士官用勤務服を着用した指揮官。そしてもう一人は、彫金が施されピカピカに磨き上げた銀色の鎧を身に纏った竜騎士…アズールレーン儀仗隊に所属するムーラだ。

 

「それにしても…役に立たないと思っていた技能がこんな所で役立つとは思いませんでしたよ」

 

「しかし、航空機よりも静かでしかも垂直離着陸まで出来るとなれば何かしらには使えるさ。もっと早く教えてくれれば良かったんだが…」

 

何故、儀仗隊であるムーラがここに居るのか。

それは、ムーラが調教したワイバーンが持つ特殊技能、垂直離着陸が今回必要だと判断された為だ。

と言うのも、今回接触しようとしている未知の国家には飛行機が離着陸出来るような場所が無い。そうなれば垂直離着陸出来る航空機が必要だ。

アズールレーンやロデニウス連邦では、新たに開発された回転翼機…ヘリコプターの配備が進んでおり、それらはもう運用開始されているが何せ煩い。

轟音を放ちながら空を飛ぶ機械なぞ、警戒されてしまうだろう。

しかし、ワイバーンであれば比較的静かに飛行する事が出来る。

その為、垂直離着陸が出来るムーラと相棒のワイバーンが今回の使節団に組み込まれたのだ。

 

「では、そろそろ時間ですね。行って参ります」

 

「気を付けろよ」

 

妻と子供の写真を蓋に嵌め込んだ懐中時計で時間を確認すると、指揮官に敬礼して出発する旨を伝えるムーラ。

それに対して指揮官も敬礼で応えた。

 

「よーし、行くぞ!通信感度良好、風速は微風…ムーラ特務中尉、発艦します!」

 

兜に仕込んだ無線・魔信兼用通信機の調子を確認すると、自らが纏う鎧と同じ意匠を施した鎧を着用した相棒のワイバーンに跨がる。

 

《こちらエンタープライズ。ムーラ特務中尉、道中気を付けてくれ》

 

「はい、エンタープライズ殿!」

 

巨大空母を操るエンタープライズからの激励を受け、ムーラは手綱を鳴らして相棒を羽ばたかせる。

するとワイバーンは旋風を巻き起こしながらフワッ…と浮かび上がった。

 

「よし…今日もいい調子だな」

 

そのまま高度を上げ、水平飛行に移ると未知の空を滑るように飛んでゆく。

 

「おぉ…スゴい地形だな…まるで天然の要塞だ」

 

ムーラの目に映るのはリング状に連なる断崖絶壁と、その内側に浮かぶ島。

この地形なら、船を着けて上陸したりは出来ないだろう。

 

「ん〜…お、あの山の辺りが良さそうだ。相棒、あの辺りに…」

 

山の裾野に丁度いい開けた平地を見付け着陸しようとするムーラ。

そんな時だった。

 

──「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「っ!?」

 

彼の耳に、絹を裂くような女の悲鳴が届いた。

どう考えても只事ではない。

 

「コントロール、こちらムーラ!女性の悲鳴が聴こえた!救助に向かおうと思うがよろしいか!?」

 

《止めても行くんだろ?好きにしろ》

 

「指揮官殿、ありがとうございます!」

 

イヤフォンから聴こえる指揮官の言葉に礼を言うと、手綱を引いてワイバーンを木々スレスレの低空で飛行させるムーラ。

すると、それが見えた。

 

「あれか…」

 

花畑のような場所に見える2つの影。

一つは腰を抜かして座り込む若い女。もう一つは、見たこともない化け物だ。

どう見ても女が化け物に襲われている現場である。

 

「マズイな…これじゃ女性を巻き込んでしまう」

 

相棒に命じて導力火炎弾か火炎放射を化け物にお見舞いしてやろうと考えたが、化け物と女の距離が近過ぎる。

しかし、何もワイバーンの攻撃手段は炎だけではない。

 

「よしっ…行くぞ、相棒!」

 

──ギャオォォォォォオンッ!

 

自らの主人の意図が理解出来たのか、猛々しい雄叫びを上げながら化け物に向って急降下しながら近付くワイバーン。

その雄叫びに気付いたのか、化け物と女が此方に目を向ける。

 

「はっ!」

 

ワイバーンはムーラの掛け声に合わせ、その鋭い爪を備えた足を化け物に向けた。

 

──ゴガァァァァ!

 

鋭い爪が突き刺さり、化け物が苦悶の悲鳴を上げる。

しかし、離しはしない。そのまま化け物を足で掴んで上空へと舞い上がる。

 

──ガァァァァァァッ!

 

おそらく生まれて初めて空を飛んだであろう化け物は、必死に体を捩って逃れようとするがワイバーンの脚力には敵わない。

 

「よし、離せ!」

 

──ギャオォォォォンッ!

 

急上昇中、ムーラが命じるとワイバーンはそれに従い化け物を上方へ放り投げた。

 

「撃て!」

 

──ギャオッ!

 

宙を舞う化け物を指差し、攻撃命令を下す。

首を伸し、顎に炎を溜め込むワイバーン。

そして、導力火炎弾を放つ。

 

──ゴガァァァァァァァァッ!!

 

火炎弾が化け物に直撃。その醜悪な姿は炎に飲まれ、重力に従い地に落ちて行く。

 

「汚い花火だ…」

 

消し炭となった化け物を一瞥すると、襲われていた女が居るであろう場所に向って手綱を取る。

 

「ふぅ…無事みたいだな」

 

女は花畑の中で座り込んだままだが、見る限り怪我一つ無さそうだ。

目を見開き、此方を見上げている。

 

「大丈夫ですか、お怪我は?」

 

彼女の近くにワイバーンを着陸させ、怖がらせないようにゆっくり歩み寄るムーラ。

それに対し女…エネシーは頬を朱に染めながら答えた。

 

「は、はい…大丈夫です…あの…騎士様、お名前は…?」




ココイチのグッズ、コンプリートしました
暫くはカレー食べなくていいな…


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145.ボタンの掛け違い

間もなくアイドルイベントですね!
限定キャラに着せ替えに新曲…MVも公開されて気合い入ってますよねぇ…
あのMV、イラストリアスがヤバいです
何がとは言いませんが


──中央暦1640年11月23日午後4時、輪状山脈南西5km──

 

「ほう…そうなるとその女性はカルアミーク王国なる国の公爵家の娘だと?…あぁ、ともかく第一印象は良いものになったのは幸運だ。彼女の招待に応じては如何かな?…いや、こちらは急に風が出てきてな。戦闘機ならまだしも、ヘリコプターを飛ばすのは難しそうだ」

 

荒れ始めた海上に浮かぶ空母エンタープライズの艦橋では、指揮官が通信機片手に空を見上げていた。

ムーラが飛び立ってからヘリコプターを飛ばそうと準備をしていたのだが、急に風が強まり始めたため天候が回復するまで待機となったのだ。

 

「あぁ…あぁ…分かった。くれぐれも失礼の無いようにな。…天候が回復次第そちらに向う。あぁ…通信終わり」

 

輪状山脈の内側で現地住民との接触に成功したムーラとの通信を終え、腕を組んで空を睨みつける。

そこらのチンピラなら逃げ出す程の眼力だが、相手は大自然…風は強さを増し、雨まで降ってきた。

 

「ハリケーンか?こんな緯度の高い海で…」

 

「いや、違うみたいだよ」

 

溜息混じりにぼやく指揮官の言葉に、今回の調査に同行したノーザンプトンが応えた。

 

「気象レーダーを見るにハリケーン特有の雲は確認出来ない。おそらくは、あの山脈と気流…そして、南方から流れてくる暖かい海流のせいで山脈の外側は荒れやすくなっているんだと思うよ」

 

「確かに…とんでもない地形だしな。そういう未知の気象現象が起きても不思議じゃない」

 

ノーザンプトンの言葉に納得したように頷く指揮官。

すると、艦内電話のベルが鳴り始めた。

 

──ジリリリリリリリッ!…ガチャッ

 

「俺だ。どうかしたか?」

 

《あぁ、指揮官。私だ。エンタープライズだ》

 

電話の主は、格納庫に向かったエンタープライズだった。

 

《さっきよりも揺れが強くなっているのは分かるか?そのせいで、搭載している航空機が格納庫内で暴れそうなんだ。ワイヤーやチェーンで確りと固定はするが…万が一に備えて搭載機銃の弾薬を下ろしておきたい》

 

ややノイズのかかったエンタープライズの声と共に、金属やゴムが軋むような音が聴こえる。

確かに彼女の言う通り船体の揺れは徐々に強くなり、船酔いしそうな嫌な揺れを感じる。

満載排水量9万トン近い巨体がこんなにも揺れるのだ。万が一に備えるべきだろう。

 

「分かった。何かの拍子に暴発でもしたら大事だしな。安全対策には万全を払え。人手が必要なら俺も手伝うが?」

 

《いや、問題は無い。元々、外交の為に出港したんだ。艦載機はそこまで搭載してはいないし饅頭達も居る。…私としては相手国に渡す贈り物が壊れないか心配だ》

 

「確かにな…沖の方に出るか。下手に流されて座礁でもしたら大変だしな」

 

《了解。では、艦載機の固定作業をしながら沖へ向かおう》

 

そんな言葉を交わし、艦内電話の受話器を置く。

すると、いつの間にかノーザンプトンが通信内容を書き記したメモ帳を読んでいた。

 

「ムーラ特務中尉が接触したのは、カルアミーク王国でも有力な貴族、ウィスーク家の一人娘…魔獣らしき生物に襲われている所を助け、とても懐かれていると」

 

「らしいな。まあ、人間第一印象が全てだ。命の恩人ともあれば無碍には出来んだろ。それにムーラ特務中尉は儀仗隊として各国を巡っている。いい所のお嬢さんの取り扱いには慣れているだろう」

 

「そう。まあ、指揮官がそう言うなら大丈夫だね。それにしても…嫌な予感がするね」

 

口元を手で覆い、眉をひそめるノーザンプトン。

指揮官も荒れる海を睨みながら同意した。

 

「あぁ、俺もだ。こりゃきな臭い事が起こりそうだ…」

 

 

──同日、ウィスーク公爵家邸宅──

 

「いやはやムーラ殿、我が娘を助けてくださってありがとうございます」

 

「いえいえ、人として当然の事をしたまでですので…」

 

燭台によって照らされた食堂で初老の男性がムーラに頭を下げていた。

彼はウィスーク公爵、エネシーの父である。

 

「あぁ…ムーラ様…なんて謙虚なお言葉。素敵過ぎますぅ〜」

 

一方、ウィスーク公爵の隣の席に座るエネシーは、ウィスーク公爵の頭の動きに合わせてペコペコと頭を下げるムーラの言動をうっとりした表情で見詰めていた。

伝説の魔獣を容易く屠る程の力を持ちながらも驕らず、顔も良いムーラは彼女が理想とする"救国の騎士"であった。

 

「コラッ!よくもそんな呑気な事を…次からは護衛無しでの外出は禁止にせんとな…」

 

デレデレしているエネシーを嗜めるウィスーク公爵。

それだけを見れば正に子を叱りつける親だが、残念な事にエネシーはもう20歳…こんな風に親から叱られるのには恥ずかしい年頃だ。

 

「ははは…」

 

結構痛々しいやり取りを見せられたムーラは苦笑以外に何も出来ない。

するとウィスーク公爵は彼の乾いた笑いに気付いたのか、咳払いして話題を変えた。

 

「おほん…それでムーラ殿。貴殿は本当にあの山脈の向こう…"外の世界"に広がる海からやって来たのですか?」

 

「はい、正確にはロデニウス連邦…この地から南西に5000km程離れたロデニウス大陸を国土とする国からやって参りました。私の上官も同行する予定だったのですが…悪天候に遭遇したせいで大幅に遅れるとの事です」

 

「ふむ…」

 

ムーラの言葉を聞いたウィスーク公爵は、腕を組んで難しそうな表情を浮かべた。

 

「娘の命の恩人であるムーラ殿の言葉を疑う訳ではないのですが…どうにも信じ難いのです。5000kmもの距離を一息で行ける300m以上の船や、伝説の生き物である竜を操る竜騎士…」

 

「確かに、いきなりこんな話をしても信じて頂けないのも仕方のない話です。山脈の外側の天候が回復すればヘリコプターという空飛ぶ機械を使ってそれらをお見せ出来るのですが…」

 

「まあ、どのみち我が国の外交部が本格的に動くには1週間程はかかると思います。何せ"外の世界"からの来訪者というのは前代未聞ですからね…それまで我が家に滞在して頂いても構いません」

 

彼らにとっての世界とは、この輪状山脈の内側…カルアミーク王国、ポウシュ国、スーワイ共和国の三国の事である。

そんな小さな世界で生きてきた彼らにとっては"外の世界"の住人と言うのは、例えるなら地球に異星人がやって来たような衝撃だ。

そんな前代未聞の事態の前では慎重にならざる負えない。

 

「お気遣い、感謝致します。では、お言葉に甘えてお世話になります」

 

ヘリも飛ばせないような悪天候であればどの道帰還する事は困難だ。

それなら自分の出来る範囲で情報収集をしたり、現地住民との交流を行うのも悪くはない。

そう判断したムーラは、ウィスーク公爵の提案に乗る事とした。

 

「ムーラ様、一つ…お伺いしてもよろしいかしら?」

 

短い間だがムーラと一つ屋根の下で過ごす事となったエネシーは、歓喜の表情でムーラに質問を投げかけた。

 

「はい。私にお答え出来る事なら」

 

にこやかに、他国の要人に向けるような営業スマイルを浮かべるムーラ。

そんな彼にエネシーは顔を赤らめながら問いかけた。

 

「ムーラ様は…独身でいらっしゃいますか?」

 

「…あー」

 

その質問なムーラは言葉を濁した。

何も貴族の娘からこんな事を聞かれるのは初めてではない。寧ろ、儀仗隊として各国を巡っているとこんな事を聞かれるのも少なくはない。

そもそもムーラは非公式に行われた儀仗隊人気投票で男性部門一位に輝いた事もある程に顔立ちは良く、更には正義感と紳士的な態度も兼ね備えた正に騎士といった人物だ。

それ故、言い寄られる事もしばしばある。

しかし、彼は既婚者で子供まで居る。しかも大層な愛妻家であり、ロデニウス連邦では重婚が認められているとはいえ、妻と子供の為に人生を捧げようとする一途な男であった。

だからこそ、求婚されてもキッパリ断っていたのだが、そのたびに女性側は非常に傷付くようでムーラとしても心苦しい思いをしていた。

 

「あー…こういう事です」

 

故にやんわりと突き放すようには断らず、察してくれとばかりに左手薬指に嵌めた指輪をエネシーに見せた。

 

「まあ…っ!」

 

それを見た瞬間、彼女は口元を両手で覆って顔を真っ赤にした。

ムーラはそれを、既婚者に無粋な質問をしてしまった事を恥じる態度だと判断した。

しかし、それは違った。

というのも、カルアミーク王国では"未婚男性は左手薬指に指輪を嵌め、結婚したらその指輪を妻に贈る"という風習があったのだ。

 

「そう言う訳なので…」

 

苦笑し、軽く会釈するムーラ。

彼はサモアから伝わったロデニウス連邦の風習がすっかり身に染み付いていたらしく、国毎に既婚者を表す風習は違うという事を失念していた。

儀仗隊として各国を巡る者としてあってはならぬ失念だ。

しかし、いきなり他国に一人で放り出されるという予期せぬ事態で頭が一杯になっていたせいもあり、彼は最後までそれに気付く事はなかった。




もう一つの作品の筆がどんどん進んでしまいます…


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146.野望の炎

皆さん、アイドルイベントはどうですか?
私は、イベント報酬の強化ユニットでチェシャーとマインツの強化レベル30を達成しました
あとはオーディンとドレイクですねぇ…


──中央暦1640年11月23日午後11時、霊峰ルードより東側約50km──

 

カルアミーク王国にて信仰の対象となっている山、『霊峰ルード』

その円錐形の山の周囲にはいくつかの遺跡が点在している。

そんな遺跡の一つ…新しく作られたであろう集落に囲まれた遺跡の一角で、一人の男が高笑いしていた。

 

「フハハハハハハ!あのラーガが…王国最強の魔法剣士ラーガをこうも容易く屠るとは!良いぞ…実に良い!この兵器があれば、この世界…いや、"外の世界"を我が手に収める事も容易いわ!」

 

その男とはカルアミーク王国三大諸侯の一人、マウリ・ハンマン公爵であった。

彼の視線の先にあるのは、石垣で囲われた円形の平地…闘技場のような空間に横たわる黒焦げの死体と、左右合わせて8つの鉄輪を持つ鉄の箱だった。

 

「200人の騎士にも勝ると謳われたラーガも『魔装炎戦車』の前では、まるで岩に打ち付けた枝のようですなぁ…流石は魔帝の兵器。この力に敵う者なぞ居りますまい」

 

心底楽しそうに笑うマウリ・ハンマンの側に控えていた魔導師が、ご機嫌とりのように彼の言葉に同調する。

 

「フッフッフッ…大魔導師オルドよ。貴様には感謝しているぞ。この世界を征した暁には褒美をくれてやろう。何が欲しい?」

 

「では、研究に必要な資金と人手を所望します。魔帝の遺物はまだ9割以上が未解析の状態にありますので…」

 

「左様か…貴様は相変わらずだな。良かろう。金も奴隷も好きなだけくれてやろうではないか!」

 

「ありがたき幸せにございます」

 

大魔導師オルド…彼は異端の魔導師である。

歴史に名を残す程の才能を持ちながらも、王宮魔導師の誘いを蹴ってまで遺跡の解析に没頭する変人であった。

 

「しかし、よもやこの山脈の内側が魔帝の要塞であったとはな…」

 

ふと、マウリ・ハンマンが呟く。

実は、輪状山脈とその内海に浮かぶ島…それらは在りし日の魔帝が神々を攻撃する為に建造した要塞であったのだ。

島に様々な兵器と、景気付に嬲り殺しにするための奴隷を集めた光翼人達であったが、そこへ神々が星を落として先手を打った。

その結果、集まっていた光翼人は全滅したのだが狭い穴蔵に押し込まれていた奴隷達だけは生き残り、その生き残りの奴隷達は永い時を経て国を作った。

それこそが、カルアミーク王国を始めとする輪状山脈内の国々である。

遺跡を解析したオルドは独力でそれを解明し、世間に公表したのだが眉唾物として一笑に付されてしまった。

しかし、そんなオルドの言葉を信じたマウリ・ハンマンがパトロンとなって彼の研究を後押しし、その見返りとして魔帝の兵器を開発させていた。

 

「完全に再現されている訳ではありませんが…騎兵や歩兵では魔装炎戦車を止める事は不可能でしょう。更に、同じく遺跡を解析する事により得た魔物を操る術…魔物は勿論、空の王者である火喰い鳥すら使役する我々は正に無敵でございます」

 

得意気に胸を張り、更にマウリ・ハンマンを煽てるオルド。

だが、実を言うとオルドが開発した魔装炎戦車は戦闘用ではない。嬲り殺しにした奴隷の死体や、ゴミを焼却処分する為の作業用機械…それをオルドは最新鋭兵器だと勘違いしているのだ。しかも、この魔装炎戦車は弓矢やバリスタ位なら防げる装甲だが、魔導砲を防ぐ事は不可能である。

更に言えば、確かに輪状山脈内であれば火喰い鳥は最強の航空戦力だろう。

しかし、輪状山脈外に広がる世界では火喰い鳥なぞ2線級の戦力でしかなく、あらゆる面で火喰い鳥を上回るワイバーンや航空機が犇めいているのだ。

はっきり言ってこんな戦力では世界征服なぞ不可能であろう。

 

「無敵…フッフッフッ…そうか無敵か…フッフッ…フハハハハハハ!」

 

そんな事なぞ露知らず、マウリ・ハンマンは世界中の人々が自分に傅く様を想像して大笑いする。

正に井の中の蛙…明確に上の存在を知っていた在りし日のパーパルディア皇国がマシに思える程に傲慢で身勝手な考えだ。

 

「では、マウリ様。さっそく王都に攻め入りますか?」

 

「そうしたい所だが…戦車は20台しかないのであろう?」

 

「はい。如何せん製造には魔鉱石が大量に必要となりますので…」

 

「ならば、イワン侯領にあるワイザーを落とすぞ。あそこは魔鉱石の採掘場があり、たんまりと魔鉱石を溜め込んでいる。出発は夜明けだ。一気呵成に占領するぞ!」

 

「かしこまりました!」

 

その後、夜明けと共にマウリ・ハンマン率いる反乱軍はイワン侯領の地方都市ワイザーに進軍。

伝統と実力を両立した鳳凰騎士団は魔獣の波状攻撃と火喰い鳥による空襲、戦車による突撃で瓦解。

半日も経たずに占領され、ワイザーの住民は老若男女問わず悲惨な最期を迎えた。

 

 

──中央暦1640年11月25日午前6時、王都アルクール──

 

「号外!号外!」

 

早朝の町並みに新聞屋の叫びが響き渡る。

家の前を掃除していた人々は勿論、寝ていた者も寝ぼけ眼を擦りながらその叫びに耳を傾ける。

 

「なんとなんと!王国三大諸侯が一人、マウリ・ハンマン公爵が謀反を起こしたよ!どうやったかは知らないが、伝説級の魔獣をウジャウジャ引き連れてイワン公爵領のワイザーを占領して住民を皆殺しにしたらしい!」

 

それを聴いた住民達の眠気は吹っ飛び、皆一様に目を丸くする。

 

「国王ブランデ様は各騎士団に王都防衛の命令を下したぞ!マウリ・ハンマンが攻めてくるぞ!戦争だ!もっと詳しく知りたいなら今日のモルーツ新聞を買ってくれ!さぁ、大変だ大変だぁー!」

 

ざわめく住民達。

そんな中、一人の男が驚愕を顕にしたまま立ち尽くしていた。

 

「た、大変だ…!」

 

その男、ムーラは喉から絞り出すように呟いた。

日課の早朝トレーニングの為に王都を走っていたらこんな衝撃的なニュースを聞いてしまうとは。

こんな状況では国交開設交渉はおろか、下手をすれば戦闘に巻き込まれてしまうかもしれない。

そう考えたムーラは、直ぐ様ウィスーク公爵の邸宅へと戻って行った。

 

 

──同日、ウィスーク公爵家邸宅──

 

「うむ、分かった。こんな非常時なのだ。客人には私から言っておこう」

 

ウィスーク公爵家の邸宅の玄関にて完全武装の騎士数名と、邸宅の主であるウィスーク公爵が話し込んでいた。

 

「では、陛下と王都を頼むぞ」

 

「「はっ!」」

 

ウィスーク公爵の激励を受けた騎士達は敬礼をし、一糸乱れぬ足取りで王宮へ続く道を戻って行った。

 

「むぅ…」

 

腕を組み、顔を顰めるウィスーク公爵。

 

「ウィスーク公爵!」

 

そんな彼を呼びかける声があった。

 

「ん?…おぉ!ムーラ殿!」

 

「はぁ…はぁ…ウィスーク公爵。さっき、街の新聞屋が…」

 

余程急いでここまで走ってきたのだろう。

額に汗を浮べ息を荒げるムーラだが、ウィスーク公爵は彼の言わんとする事が理解出来た。

 

「謀反の話ですかな?」

 

「は、はい…」

 

「ご安心下さい。王国の騎士団は精強です。確かにマウリ・ハンマンは三大諸侯に数えられる程の勢力を持っていますが…それでもイワン公爵と我が家、王国直属の騎士団の連合軍を打ち破る事は不可能です」

 

ウィスーク公爵の話は間違いではない。

確かにマウリ・ハンマンは三大諸侯に相応しい騎士団と私兵を揃えているが、数では正規軍の方が上だ。

普通に考えればマウリ・ハンマンが勝つ可能性は無い。

 

「ふぅ…ふぅ…しかし、こんな状況では国交開設交渉は難しいでしょう。私は一旦、仲間の所へ帰還しようと思います」

 

息を整え、そう述べるムーラ。

自分達はあくまでも外交の為に訪れたのだ。観戦武官ではない。

それ故の言葉だったが、ウィスーク公爵は首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが…先程、騎士団からの要請がありまして…反乱軍鎮圧までは王都への出入りを禁止するとの事です。スパイを警戒するための措置だそうですが…」

 

「そ、そんな!」

 

絶望的な言葉だ。

ただ一人、戦場となるかもしれない地に取り残されてしまった。

輪状山脈の外側で待っている指揮官に指示を仰ごうとも考えたが、装備している通信機は小型の物でバッテリーが切れてしまっていた。

相棒のワイバーンに装備させている鎧に内蔵している小型の風力発電タービンを使えば充電は出来るが、厳戒態勢の都市部にワイバーンを飛ばすのは要らぬ警戒をさせてしまうだろう。

 

「ご安心下さい。王都は難攻不落…マウリ・ハンマンの軍勢如きでは城門を破る事なぞ出来ません」

 

「そう…ですか…」

 

得意気に語るウィスーク公爵だが、ムーラは対象的に嫌な予感を覚えていた。




霊峰ルードってエーレンベルクみたいな衛星軌道掃射砲だったりしたら面白いなぁ…


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147.噴炎

ユニオン艦は同じ名前を持つ後継艦が結構いますが、他陣営は中々難しいんですよね…
でも、調べてみるとレナウンとレパルスっていう戦略原潜が居ました
あの二人に競泳水着着せるか…


──中央暦1640年12月4日午後3時、王都アルクール、ウィスーク公爵家邸宅──

 

穏やかな日差しが心地良い昼下り。

豪邸の中庭に設置された東屋の下で一組の男女がティーカップ片手に談笑していた。

 

「ムーラ様、お花がキレイに咲いておりますわ♪」

 

「…はい」

 

「このお茶とお菓子はいかがですか?」

 

「あぁ…美味しいですよ…」

 

「うれしいっ!私、昨日から寝ずにムーラ様を想って作りましたの!」

 

デレデレとした様子で矢継ぎ早に話すエネシーに、心ここに有らずといった様子で彼女の言葉に相槌を打つムーラ。

想い人と優雅にティータイムを嗜むというシチュエーションにテンションが上がっているエネシーだが、一方でムーラは彼女の様子にも気付かない程に思考を巡らせていた。

 

(マウリ・ハンマンの討伐に赴いた王国軍は敢え無く敗北。噂によれば王国軍は半数以上が戦死したそうだが…それが事実なら直接的な戦力は勿論、士気もガタ落ちだろうな)

 

王都への出入りが禁止されて以降、情報収集は難しくなったが、それでも監視の目から逃れて出入りする者も多少は存在する。

そんな者達から伝えられる情報はどれもこれも信じ難いものだった。

曰く、5000名以上の騎士がなす術もなく戦死した。曰く、マウリ・ハンマンは多数の魔物を使役し占領した地の住民を魔物のエサにしている。曰く、空を駆ける魔物すらも使役し空から一方的に攻撃してくる。

等々…絶望的とも言える話ばかりだ。

 

(魔物を使役…?しかも、住民を魔物のエサにしているだと!?なんと悪辣な…マウリ・ハンマン、赦せん!)

 

強い正義感を持つムーラは憤っていた。

マウリ・ハンマンの行いは、正に恐怖を以て人々を支配する独裁的なものでしかない。

今すぐにでも相棒であるワイバーンを呼び、マウリ・ハンマンの軍勢に突撃を仕掛けたいところだが、生憎今のムーラは外交の為にこの国に居るのだ。国交を結んでいる訳でもない国の内紛に介入する事は好ましくないだろう。

 

(クソッ…山脈の外側は相変わらずか…)

 

朝起きて直ぐに、遠くに見える輪状山脈の様子を見てみたのだが相変わらず山脈の外側には暗雲が立ち込めており、とても航空機を飛ばせる状況にはなっていないように見える。

 

(どうにかして指揮官殿やエンタープライズ殿に連絡を取らなければ…しかし、この国には魔信も無いからな…)

 

「あぁ…ムーラ様…なんと凛々しいお顔…」

 

様々な考えを巡らすムーラ。しかし、エネシーは彼の悩みなぞ露知らず顔を赤らめて鼻の下を伸ばしていた。

そんな噛み合わない二人の時間…それは唐突に終わりを告げた。

 

──ゴウゥゥゥゥン…

 

遠くで何かが爆発したような重低音が王都に響き、至る所から人々の悲鳴が上がった。

 

 

──同日、アルクール王城──

 

「報告!報告!第一城門が反乱軍により破られました!反乱軍は第一城門内の市街地に浸透、連中が使役している魔物共が住民を食っているとの事です!」

「反乱軍は"天の覇者"火喰い鳥を使役し、空から攻撃を仕掛けています!こちらの攻撃が全く当たりません!」

「反乱軍は未知の兵器を使っています!馬の無い馬車のような…鉄で覆われているためバリスタでも貫けません!」

 

カルアミーク王国の中枢である王城。

その大会議室は絶望的な報告が渦巻く修羅場と化していた。

部下から報告を受け対処を命じる大臣達の疲労の色は濃く、皆一様に額から冷や汗を滝のように流している。

そんな中、一際顔色の悪い者が居た。

カルアミーク王国の国王ブランデである。

 

「陛下、随分と顔色が優れないご様子…少しばかりお休みになられては?」

 

そんなブランデに近衛騎士団長ラーベルが進言する。

しかし、ブランデは首を横に振った。

 

「それは出来ぬ。余はこの国の王…国の一大事だと言うのに、一人だけ惰眠を貪る訳にはいかん」

 

「…承知しました。ですが、決して無理はなさらないように…」

 

気丈に振る舞うブランデに恭しく頭を下げて了解するラーベル。

しかし、そうは言うもののブランデの精神はボロボロだった。何せカルアミーク王国は長年戦争とは無縁であり、武力を振るうのは魔物か盗賊の討伐だけ…数百年もの間そんな状況であったため、戦争のノウハウが失われていたのだ。

 

「ふむ…ラーベルよ。近衛騎士団を第二城門に配置せよ」

 

「しかし、そうなると王城の守りが…!」

 

「第二城門を突破されては城の守りも難しくなる。…良いか?第二城門を死守せよ!」

 

「…御意!」

 

ブランデの命に従い、頭を下げて了解を示すと直ぐ様大会議室の扉から出ようとするラーベル。

だが、彼らは相手に航空戦力が存在するという事が何を意味するのか…それを理解していなかった。

 

──グァッ!グァッ!グァッ!

 

身の毛もよだつ濁った鳴き声。

その正体は、王都を一望する大会議室の大きな窓越しに窺う事が出来た。

 

「ひ、火喰い鳥!」

 

誰かが悲鳴のような事を上げた。

そう、マウリ・ハンマン率いる火喰い鳥部隊『有翼騎士団』は第二城門を容易く飛び越え、王城へ直接乗り込んできたのだ。

 

「陛下ぁぁぁぁぁぁ!」

 

火喰い鳥のノコギリのようなギザギザがあるクチバシが開き、口内に炎が見えた。

それを見たラーベルは踵を返し、ブランデを庇おうとするが…

 

──ゴオォォォォォッ!

 

遅かった。

火喰い鳥が噴き出した炎はガラスを破り、大会議室を業火で焼き尽くした。

驚愕に目を見開く大臣も、書類の束をもって駆け回る官僚も…そして、国民から慕われる国王ブランデも、大会議室に居た全ての者が炎に飲まれて消えた。

 

「うぐぁっ!」

 

そんな中、ただ一人ラーベルは生き残った。

高温の炎によって熱せられ膨張した空気は、開きかけていた扉に殺到しラーベルごと大会議室の外に噴出した。

 

「うぅ…あ…ぁ…」

 

背中から壁に叩き付けられ、一瞬息が出来なくなる。

しかし、無理やり呼吸をしてどうにか体内に酸素を取り入れる。

 

「う…う…っ!」

 

ややふらつく体を動かし、大会議室の中に目を向けるラーベル。

そんな彼の目に映ったのは正に地獄であった。

品の良い調度品は赤い炎によって消し炭となり、先程まで慌ただしく働いていた人々は全員が物言わぬ黒焦げの骸となっている。

どれが誰かさえ最早分からない。

 

「う…うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

目の前で守るべき者を失ったラーベルは、大粒の涙を流しながら慟哭するしか出来なかった。

 

 

──同日、輪状山脈外エンタープライズ艦上──

 

──ゴォォォォォォォォォ…

 

今だに暗雲立ち込める輪状山脈外側の海域。

しかし風と雨は漸く止み、航空機の発艦は可能と判断されたためエンタープライズ艦上では艦載機の発艦準備が進んでいた。

 

「ムーラ特務中尉が連絡を断ってから10日…動くのが遅すぎた感はあるが…無理に飛行機を飛ばして二次被害を起こすのもいかんしな」

 

甲板上で輪状山脈を睨みながら呟く指揮官。

そんな彼の隣に控えるノーザンプトンは、その言葉に同意するように頷いた。 

 

「連絡を断った理由は通信機のバッテリー切れだろうね。それに、万が一の時にはワイバーンに乗って直ぐに戻るはずだよ」

 

そんな話をしていると、指揮官の首に掛けられたヘッドフォンから声が発せられた。

 

《指揮官、艦載機各種の発艦準備完了した。いつでも行ける》

 

ヘッドフォンから聞こえるエンタープライズの声に反応し、カタパルトに固定されている艦載機…『F-8クルセイダー』に目を向ける指揮官。

キャノピーは開いており、そこからエンタープライズの手が振られている様子が見える。

 

「了解。ノーザンプトンの機体は?」

 

《大丈夫だ、そちらも問題無い》

 

なんとも頼もしいエンタープライズの言葉に満足したように頷く指揮官。

一方、ノーザンプトンは肩を竦めて呆れた様子だ。

 

「本当に私も戦闘機に?」

 

「あの戦闘機は強力なレーダーを装備している。それを使ってムーラ特務中尉のワイバーンを探してくれ。クルセイダーのレーダーや目視では厳しいかもしれんからな」

 

「分かったよ。ふぅ…空母でもないのに戦闘機に乗るなんて…」

 

仕方ないと言わんばかりの態度で甲板に駐機されている戦闘機に向かいタラップを使ってコックピットに乗り込むノーザンプトン。

彼女が搭乗したのは、クルセイダーよりも大型の戦闘機だった。

僅かな後退角が付いた直線翼に2基のジェットエンジン。コックピットは複座型であるが、前後に座席が並んでいるタイプではなく、まるで自動車のように左右に座席が並ぶ並列複座式のコックピットである。

 

「マッハ2.5で飛び、10トン以上の搭載量。レーダーは最大で200km以上を探知可能…最新鋭戦闘機『F-111アードヴァーク』だ。こんな新型に乗れるんだぜ?役得じゃないか」

 

《はいはい…ご期待に添えるように頑張るよ》

 

「俺もヘリで後を追いかける。それまで捜索を頼むぞ」

 

《了解。エンタープライズ、出撃する!》

 

指揮官の指示を聞き、クルセイダーで出撃するエンタープライズ。

最新鋭の蒸気カタパルトは、レシプロ機よりも大柄なジェット機を容易く加速させ、空中に放り出した。

 

《それじゃあ、私も行ってくるよ》

 

「おう、頼んだ」

 

ノーザンプトンが操るアードヴァークがタキシングし、カタパルトに固定されるのを見届けると、指揮官は自らの乗機であるヘリコプター…『UH-1イロコイ』に乗り込み、操縦手を務める饅頭に発艦を命じた。

 




可変翼機ならF-14よりもF-111の方が好きです


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148.騎士道

ふと気付きましたが、連載一周年を迎えました
これも皆様のご愛読のお陰でございます
ノリと勢いで始めた執筆ですが、完結目指して出来る限り頑張りますのでこれからも応援のほどよろしくお願いします


──中央暦1640年12月4日午後4時、王都アルクール、ウィスーク公爵家邸宅──

 

「エネシー…頼むから私の言う事を聞いてくれ!」

 

「嫌ですわ!お父様も一緒に地下へ!」

 

激しく言い争うウィスーク公爵とエネシー。

 

「ブランデ陛下が反乱軍の手によって討ち取られてしまった今、王規法に従って正式な王が決まるまでウィスーク公爵家当主…つまり私が臨時国家元首を務めねばならん!言ってしまえば、一時的にとは言え私はこの国の王となったのだ!王が民を見捨て、隠れるなぞあってはならぬ!」

 

カルアミーク王国には、万が一に備えて王規法という法律が存在する。

権力争い等を避ける為に作られた法律だが、その一文には『国王が急病・急死により国政を担えない状況となった場合、正式な国王が任命されるまでの間ウィスーク公爵家当主を臨時国家元首とする』というものがあった。

それ故、ウィスーク公爵は自らの家系に課された使命を全うする為に王城へ向かおうとしていた。

 

「こんな状況では死にに行くようなものです!お父様、考え直して…」

 

地下室へ避難するように言いつけられたエネシーだが、やはり父の事が心配なのだろう。

父と共に城へ行く、あるいは父も一緒に避難すると言ってウィスーク公爵の言う事を聞かない。

 

──ガチャ…ガチャ…

 

「ウィスーク公爵」

 

父と娘の平行線を辿る議論は、第三者の言葉によって中断される事となった。

 

「む、ムーラ殿…」

 

「ムーラ様…?」

 

そう、外の世界よりの来訪者、竜騎士ムーラであった。今の彼はウィスーク公爵から借りた普段着ではなく、この地に初めて降り立った時に着用していた鎧を身に纏っている。

 

「ウィスーク公爵…話は聞かせて頂きました。国王陛下の崩御…慎んでお悔やみ申し上げます」

 

胸に手をあて、深々と頭を下げるムーラ。

それを前にしたウィスーク公爵はポカンとした様子だったが、直ぐに気を取り直すと同じように頭を下げて返礼した。

 

「これはご丁寧に…しかし、ムーラ殿。その姿は…?」

 

「要らぬ世話かもしれませんが…竜騎士ムーラ、反乱軍鎮圧に助太刀致します」

 

その言葉を聞いたウィスーク公爵とエネシーはギョッと目を見開いた。

 

「ムーラ殿、これは我が国の問題です!貴殿が危険を犯す必要は無いのです!」

 

「ダメです、ムーラ様!マウリ・ハンマンは多数の魔物だけではなく、空の王者とも呼ばれる火喰い鳥を何羽も使役していると聞きますわ!いくらムーラ様と愛騎の竜が強いと言っても…」

 

確かに二人の言う通りだ。

マウリ・ハンマンの謀反はカルアミーク王国内の問題であり、同盟どころかマトモに国交さえ結んでいない国の兵士であるムーラが首を突っ込む意味は無い。

それ以前に王国騎士団を軽々と蹴散らした反乱軍にただ一人で挑むなぞ勇敢を通り越して無謀、あるいは大馬鹿者の所業だ。

しかし、ムーラには考えがあった。

 

「確かに私一人では無謀でしょう。しかし、空を飛べば通信機が使えます。それを使い、仲間に連絡して援軍を要請出来れば空を飛ぶ機械…『戦闘機』の部隊を呼ぶ事が出来ます」

 

「しかし、援軍は一瞬で来る訳ではないのでしょう?それまでの間にムーラ殿の身に何かあれば…」

 

「ウィスーク公爵」

 

尚も心配するウィスーク公爵の瞳をムーラはしっかりと見据えた。

 

「私は…赦せないのです」

 

「赦せ…ない?」

 

気迫に満ちるムーラに気圧されながらもエネシーが問いかける。

 

「人の尊厳を踏みにじるような所業、罪無き市民に対する虐殺行為…兵士としてではなく、一人の人間として赦せないのです!確かに、私は他国の人間…だからと言って、見て見ぬふりなぞ出来ません!」

 

覚悟を決めたかのように自らの意思を強く示す。

そんな彼の気迫にウィスーク公爵とエネシーはただただ圧倒されていた。

 

──ピィィィィィィィッ!

 

そんな二人なぞお構いなしに、遠くまで響く指笛を吹くムーラ。

彼のワイバーンは賢い。この指笛を聴けば、主の元へ直ぐ様飛んでくるだろう。

 

「ウィスーク公爵、貴方が責務を全う出来るように祈ります。エネシーさん、貴女は父君の言う通り避難すべきです。子を失う事は親にとっては何よりの苦痛でしょうから」

 

「は、はい…」

 

ムーラの言葉に戸惑いながらも頷くウィスーク公爵。

そんな時、エネシーの目に空を飛ぶ何者かが映った。

 

──グァァァァッ!

 

空に響き渡る濁った鳴き声。

こんな時に現れる天よりの来訪者なぞ一つしかない。

 

「ムーラ様!ひ、火喰い鳥が!」

 

絹を裂くような悲鳴混じりに叫ぶエネシー。

そう、それは反乱軍の快進撃の立役者である火喰い鳥に跨がる有翼騎士団であった。マウリ・ハンマンの命により、二騎の有翼騎士が襲撃をかけてきたのだ。

 

「エネシー!」

 

身の危険を感じたウィスーク公爵が愛娘を庇うべく、彼女に飛びかかり抱き締めたまま蹲る。

火喰い鳥は口から噴き出す炎により他の魔物を容易く消し炭にすると言う…魔物よりも遥かに脆弱な人間なぞ、二人纏めて灰になってしまう事だろう。

しかし、死の瞬間が訪れる事はなかった。

 

──ギャオォォォォォォォンッ!

 

降下してくる二騎の有翼騎士…それより高い空に恐ろしくも猛々しい雄叫びが響き渡る。

その雄叫びに驚き、思わず空を見上げる有翼騎士だが、彼らはそれの正体を知る事は無かった。

 

──ゴシャァッ!

 

急降下した大きな影が騎士ごと火喰い鳥を鋭い爪で引裂き、物言わぬ骸にした。

 

「よく来てくれた!」

 

その姿を目にしたムーラが笑みを浮かべる。

重厚な鱗に、鋭い牙と爪。力強く羽ばたく翼も、がっちりした筋肉も火喰い鳥とは比べ物にならない程に強力なものに見える。

それは紛れもなく、ムーラの相棒であるワイバーンだ。

 

──ギャオッ!ギャオッ!

 

ムーラの姿を視認したワイバーンが嬉しそうに鳴き、中庭に降りてくる。

巻き上がる落ち葉にも構わず相棒の元へ駆け寄るムーラと、竜を目の当たりにしてポカンとするウィスーク公爵。エネシーは一度ワイバーンを見ているため驚きこそ少ないが、それでもワイバーンの迫力に慣れる事は無い。

 

「よしよし。一人で寂しくなかったか?言いつけ通り人を食べたりはしてないか?」

 

──ギャオ!

 

頭を撫でられ目を細めるワイバーンの様子を見て、調子は良さそうだと判断したムーラは相棒の背に着けられている鞍に跨った。

 

「では、行ってまいります!お二人とも、何とぞお気を付けて!」

 

落下防止用のロープで自らと相棒を繋ぎ合わせたムーラは、そう言うと直ぐに相棒の脇腹を小突いて飛び立たせた。

 

──ギャオォォォォォンッ!

 

暴風を巻き起こし、垂直離陸するワイバーン。

それを目にしたウィスーク親子の目には、希望の光が宿っていた。

 

「伝説の竜を操る騎士…まさか彼が…『英雄の伝説』に語られる救国の騎士…?あの予言は…真実だったのか?」

 

「竜を駆り、空を征くムーラ様…ステキ過ぎますぅ…」

 

ただし、エネシーの目にはハートマークが浮かんでいたが…




これ、間違いなくムーラが主人公ですね


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149.ドラゴンナイト

20ムギワラテサラン様より評価9を頂きました!

島風の実装まだですかねぇ…
ここまで来ると、正月イベントで実装なんでしょうか?


──中央暦1640年12月4日午後4時、王都アルクール上空──

 

マウリ・ハンマン率いる反乱軍主力の一角を担う有翼騎士団。

その団長であるメッシュは歓喜に打ち震えていた。

 

「フフ…フッフッフッ…フハハハハハ!」

 

彼が率いる有翼騎士団の空襲に王国騎士団は手も足も出ず、当たりもしない矢を放ちながら逃げ惑う事しか出来ない。

そんな様子を見下ろすメッシュは、ある種の全能感を覚えていた。

 

「見ろ、人がまるでゴミのようだ!」

 

自身の乗騎である火喰い鳥を降下させ、逃げ惑う人々に炎を浴びせる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「熱い!熱いぃぃぃぃぃぃ!」

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 

火達磨となってのたうち回り、断末魔をあげながら消し炭となる騎士や市民。

自分の意思一つで幾人もの人間が容易く炎に消える…他人の生殺与奪権を握る事はこんなも楽しい事なのか!力を振るう事はこんなにも心地良い事なのか!

力に酔いしれ、戦意を失った者を悪戯に害する彼は最早騎士ではない。ただの人殺しだ。

しかも、人殺しは彼だけではない。

メッシュが指揮する有翼騎士団…それら全てが市街地に対し無差別攻撃を仕掛け、市民を虐殺していた。

 

「国王も炎に消え、第二城門は陥落寸前…最早カルアミーク王国の滅亡は避けられん!我が有翼騎士団は無敵!このままの勢いでスーワイ共和国もポウシュ国も燃やし尽くし、外の世界に有翼騎士団の名を轟かせるのだ!」

 

野望の炎を宿した瞳で、遠くに見える輪状山脈を睨み付けるメッシュ。

しかし、そんな野望を打ち砕かんと立ち上がった者の声が空に響き渡った。

 

「そうはさせん!」

 

「だ、誰だ!?」

 

空に響く聞き慣れない声…この空には見知った有翼騎士団しかいない筈だ。

その正体を突き止めるべく、周囲を見回し声の主を探す。

 

「なっ…何だ、あれは!?」

 

メッシュの右手方向、二騎の有翼騎士を送り込んだウィスーク公爵家邸宅の方向から何かがこちらに向かって"飛んでくる"

深緑色の鱗に彫金が施された銀の鎧。力強く羽ばたく翼は羽毛に覆われた物ではなく、厚い膜のようだ。正に未知の飛行生物である。

そして、そんな飛行生物に跨がるのは同じく彫金が施された銀の鎧に身を包んだ騎士らしき人物…その威風堂々たる姿は、まるでお伽噺から飛び出してきたかのようだ。

 

「お前達は間違っている!お前達が外の世界に出て、他国を侵略しようとしても不可能だ!」

 

「何だと!?」

 

銀鎧の騎士…ムーラの言葉に、メッシュの側を飛んでいた有翼騎士が反応する。

 

「外の世界にはお前達が想像も出来ないような兵器が山のようにある!お前達のような臆病者には勝てん!」

 

「臆病者!?臆病者だと!?この俺達がか!」

 

「そうだ!お前達は逃げ惑う市民を…抵抗しない者を安全な位置から攻撃するしか出来ない臆病者だ!」

 

「なっ…!」

 

ムーラの言葉に怒り、顔を真っ赤にする有翼騎士団。

それは無論、メッシュも同じであった。

 

「偉そうに言うが、貴様はたった一人ではないか!訳の分からん生き物に乗ってはいるが多勢に無勢!総員、あの生意気な男を殺せ!」

 

メッシュの言葉に従い、ムーラへと殺到する有翼騎士団。

その数はざっと50騎程だろうか。

いくら性能で勝ろうが、数の暴力に抗う事は難しいだろう。

しかし、ムーラは逃げる事なぞ考えていない。

 

「来い、相手になってやる!撃てよ、臆病者!」

 

そう啖呵を切ると、水平旋回をし有翼騎士団に背を向ける。

一見、逃げに転じたようにも見える。

 

「デカイ口を叩く割に逃げるのか!」

「臆病者はお前の方だ!」

「どこのどいつかは知らんが、俺達を馬鹿にしたからには火喰い鳥のエサにしてやる!」

 

ムーラの背に投げ掛けられる様々な罵声。

そんな中でも彼は、時折背後を気にしながらも逃げ続けた。

 

(よし…この国の火喰い鳥も最高速度は変わらんな。なら、このまま付かず離れずを保って…)

 

火喰い鳥の最高速度は水平飛行で110km/h程、一方のワイバーンは水平飛行で235km/h程であるためワイバーンの方が2倍程速い。

更には、ムーラのワイバーンは栄養学と魔導学に基づいて開発されたワイバーン用飼料を主食としているため、ワイバーンロードに肉薄する性能となっている。

その為、火喰い鳥を振り切る事なぞ容易な筈だ。

しかし、ムーラは敢えて振り切ろうとはせずに付かず離れずの距離をキープしていた。

 

「クソッ!俺達と同じ速さが出てるのか!?」

「もうちょっとだってのに…あぁ!イライラする!」

「火炎放射の射程にも入らねぇ!」

 

背後に迫る有翼騎士団は、明らかに苛ついているらしい。

それこそが、ムーラの作戦だ。

 

(いい頃合いだ…よしっ!)

 

手綱を引き、ワイバーンの頭を上げさせて急上昇の体勢を取らせる。

しかし、急上昇する訳ではない。

進行方向に腹を向け、その体勢のまま翼を目一杯広げさせた。

 

──ギャオォォンッ!

 

雄叫びと共に急減速するワイバーン。

広げた翼と体がエアブレーキとなった為、その場に止まったような急減速が可能となったのだ。

 

「ぐうぅぅぅぅ…っ!」

 

100km/hで急減速をしたため、ムーラの体には前へ進もうとする慣性が働き、鞍に体が押し付けられるようなGが発生した。

しかし、そのお陰で背後に迫っていた有翼騎士団は勢い余ってワイバーンの前へ飛び出してしまう。

 

「相棒!」

 

──ギャオッ!

 

主の意図を読んだワイバーンが口内に火炎を溜め、無防備となった有翼騎士団の背後へ向けて一気に噴き出した。

 

──ゴォォォォォッ!

 

火喰い鳥のものよりも遥かに強力な火炎放射は、一挙に3騎の有翼騎士を火達磨にした。

 

「よしっ!」

 

地に堕ちて行く3つの火球を確認したムーラは、直ぐ様相棒を反転させ高度を上げさせながら風力発電タービンにより充電された通信機に向かって叫ぶように呼びかけた。

 

「緊急!緊急!こちらムーラ特務中尉!接触中のカルアミーク王国にてクーデター発生!反政府側は首都に対して無差別攻撃を仕掛け、市民を虐殺している!人道的観点から介入する必要があると判断した!至急、応援求む!」

 

それだけ言うと、通信機のSOSビーコンを作動させながら背後を確認する。

すると、有翼騎士団が憤怒の形相で追いすがってくるのが見えた。

仲間を殺された怒りか、はたまたこれから始まる無敗伝説に泥を付けられた為か…どちらかは分からないが、怒りを隠そうともせずにムーラとワイバーンを殺すべく殺意満々で追いかける。

しかし、それこそムーラの思う壺だ。

 

「はっ!」

 

手綱を引き、相棒に反転を指示する。

するとワイバーンは翼を畳み、体を丸めて前転のような形で反転すると、捻りを加えながら急降下を始めた。

 

「な、なんて機動り…ぶべらぁっ!」

 

火喰い鳥を軽々と上回る機動力を目の当たりにした有翼騎士が驚愕を口にするが、通り過ぎざまに太い尻尾に叩かれ鞍から叩き落された。

 

「野郎!」

「逃がすな!」

「急降下なら…!」

 

更に仲間を失い、すっかり冷静さを失った有翼騎士がムーラの誘いに乗って急降下を開始する。

 

「来たか…相棒、お前に任せる!」

 

──ギャオッ!

 

自らを追ってくる有翼騎士の姿を確認すると、ワイバーンの首の付け根を撫でながら声をかける。

どんどん地面が近付き、ムーラの生存本能が警鐘を鳴らす。

だが、彼は苦楽を共にしたワイバーンを信頼していた。

 

──ギャオォォォォォンッ!

 

地面に激突する寸前、ワイバーンは翼を広げ一瞬だけホバリング、そのまま超低空を這うように飛び始めた。

 

「うっ…ぐうぅぅぅぅ!」

 

先程よりも強いGがかかる。

血液が足へ下がってしまい、一瞬視界が暗くなるが苦痛に耐えたかいはあったようだ。

 

「止まれ!止まれぇぇぇぇっ!」

「駄目です!減速出来ません!」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

──ゴシャッ!ドチャッ!

 

火喰い鳥達にワイバーンのような芸当は出来なかったようだ。

自らが出したスピードを制御する事が出来ず、ほぼトップスピードで地面と熱い接吻を交わした。

 

「これで11騎…クソッ!まだ居るな!」

 

総数70騎の有翼騎士団の内11騎を撃墜せしめたムーラだが、相手はまだ59騎も居る。

 

(目立つ為とは言え…派手に暴れ過ぎたな…)

 

もっと堅実な…速度差を活かした一撃離脱ならばもっと楽に戦えただろう。

しかし彼の目的は、敢えて目立つ行動をし自らを囮にする事だった。

地上でも魔物や戦車らしき物体が市民を害しているが、少しでも被害を抑えるには自分が囮となって敵の目を釘付けにするしかない。

勿論、危険な作戦だと理解はしている。

それでも力無き人々を守る為に騎士となったムーラは、現状を見過ごす訳にはいかなった。

 

(必ず…生きて帰るからな!)

 

胸甲越しに愛する妻と子の写真を嵌め込んである懐中時計に触れ、超低空から火喰いがひしめく空へ上昇した。




今回はネタを多めにしてみました


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150.夕陽の翼

もうこれアズレンじゃなくてエリア88では?


──中央暦1640年12月4日午後5時、王都アルクール上空──

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「手こずらせおって…貴様のせいでマウリ様より賜った有翼騎士が20騎も減ってしまったではないか!だが、貴様もここまで…所詮は多勢に無勢であったな!」

 

沈みゆく夕陽と市街地から上がる火の手により赤く染められた王都アルクール。その上空では、多数の火喰い鳥が一頭のワイバーンを追いかけていた。

そして、追いかけられているワイバーン…竜騎士ムーラとその相棒は、明らかに消耗している様子だった。

身に着けた鎧はすっかり煤けてしまい、ムーラは滝のような汗を流し、ワイバーンは鱗の合間から鮮血を滴らせている。このままでは撃墜されるのも時間の問題だろう。

 

「だが…貴様に選ばせてやろう!」

 

「選ぶ…だと?」

 

そんなワイバーンを追いかける火喰い鳥達の先頭に陣取る有翼騎士団長メッシュが勝ち誇ったような口調で告げた。

 

「我が有翼騎士団にこんなにも損害を与えた貴様の腕…確かなものである事は否定出来ん。どうだ?我が有翼騎士の戦列に加わらんか?」

 

「何だと!?」

 

意外な事にメッシュは、ムーラを勧誘し始めた。

 

「20騎も撃墜したと言う事は、貴様は有翼騎士20騎分の力があると言っても良いだろう。貴様が加われば、損害を帳消しに出来る」

 

「お前に従えば…助けてくれるのか…?」

 

まるで心が揺れているかのようなムーラの言葉。それを聞いたメッシュは、ニンマリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「私の言葉ならばマウリ様も無視は出来ん筈だ。貴様がマウリ様の軍門に下った暁には、我が右腕として重用してやろう!そして、外の世界に我々の名を轟かせようではないか!」

 

自らの仲間を多数撃墜されたにも関わらずムーラを迎え入れ、そして地位も約束すると豪語するメッシュ。

おそらくは、敵であっても有能ならば認める器の大きな自分、という幻想に酔っているのだろう。

だが、ムーラはフッと鼻で笑ってみせた。

 

「だが断る」

 

「何っ!?」

 

相棒をホバリングさせつつ反転させ、導力火炎弾を撃たせる。

 

──ボンッ!

 

「ぎゃっ…!」

 

火球が直撃した有翼騎士が短い悲鳴をあげて堕ちて行く。

ムーラはそれを一瞥すると、メッシュを睨み付けるながら言葉を続けた。

 

「この竜騎士ムーラが最も好きな事の一つは、自分の事を強いと思っている奴にNOと断ってやる事だ!」

 

おそらくは人生最大であろうドヤ顔を披露するムーラ。

一方、強烈な拒絶の意思を叩き付けられたメッシュはそのプライドを大いに傷付けられたようだ。顔を真っ赤にして、ムーラをビシッと指差した。

 

「あの無礼者を殺せ!奴を堕とした者には褒美を与える!」

 

「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

メッシュの言葉と共に目をギラつかせた有翼騎士がムーラとワイバーンへと殺到する。

消耗しきった状態で50騎近い火喰い鳥に対抗する事は難しい…いや、絶望的と言ってもよい。

 

「ははっ…今日が最期の日か…」

 

半ば諦めたかのようなムーラの言葉。

しかし、全てを諦めた訳ではない。

 

「こうなれば、1騎でも多く道連れにしてやる…!」

 

正に決死の覚悟を決め、手綱を取る。

 

「行くぞ、相棒!」

 

──ギャオォォォォォンッ!

 

まるで命の灯火を燃やし尽くすような覚悟…しかし、その覚悟は無駄に終わる事となった。

 

──シュンッ……バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

 

ムーラの背後から"何か"が高速で飛来し、彼を追い越して行ったかと思うと有翼騎士団の目の前で爆発した。

 

「ぎゃぁぁぁぁあっ!」

「痛え!痛えよぉぉぉぉ!」

「ごぼっ…ごぼっ!」

 

爆発に巻き込まれた有翼騎士は悲鳴を上げる間もなく、爆発の近くに居た者は乗騎もろとも大量の金属片に貫かれ堕ちて行った。

 

「…?」

 

突然の事態にポカンとするムーラ。

しかし、直後に聴こえてきた轟音により彼は何が起こったか全て理解した。

 

──ゴォォォォォォォォ…

 

「この音は…!」

 

首が千切れんばかりの勢いで後ろを向き、音の方向を確認する。

彼の目に映ったのは、夕陽を反射しキラキラと輝く金属の翼…

 

《やあ、中尉。生きてるか?》

 

「エンタープライズ殿…!」

 

轟音と共に空を飛ぶ金属の翼、エンタープライズが駆るF-8クルセイダーである。

 

 

──同日、F-8クルセイダーコックピット内──

 

《エンタープライズ殿!あの火喰い鳥は…》

 

「大丈夫だ、中尉。貴方の通信で彼らが市民を虐殺しているというのは把握している。待たせてしまってすまない。後は私達に任せてくれ」

 

《了解!》

 

ともあれムーラが無事だった事に胸を撫で下ろすエンタープライズ。

そんな彼女に別の通信が入る。

 

《エンタープライズ。対空目標は残り35騎…さっきのミサイルで14騎撃墜したからね》

 

「ミサイルは4発全部使ってしまった。あとは機銃で対処する」

 

《了解、くれぐれも気を付けて》

 

王都周囲の空域を旋回するノーザンプトンからの通信だった。

彼女が搭乗するF-111Bは、探知距離200kmにも及ぶAN/AWG-9というレーダーを搭載している。本来であれば長距離対空ミサイルを運用出来るのだが、生憎今回は機銃…M61バルカンしか装備していない。

それ故、万が一の為に対空ミサイルを装備したF-8をサポートする早期警戒機代わりとなっているのだ。

 

《エンタープライズ、ミサイルの調子はどうだ?》

 

再び別の通信が入る。

ヘリコプターに乗って王都上空に向かっている指揮官からだ。

 

「上々だ…と言いたいが、相手は火喰い鳥だ。標的機よりも遅くては正当な評価は下せないな。それより、指揮官。地上部隊も居るようだ。ヘリの武装で対処出来るか?」

 

《M2なら大概の奴には対処出来る》

 

「では頼む」

 

《任せな》

 

先程発射したミサイル、AIM-9Cは赤外線誘導ミサイルであるAIM-9シリーズ唯一のセミアクティブレーダー誘導ミサイルであり、強い熱源を発しない対空目標に対しても有効だ。

しかし、今回の目標は速度も遅く鈍重な火喰い鳥…古いレシプロ機にすら及ばない。

それ故、初の実戦相手には不足過ぎる。

 

「それでも貴重な実戦経験だ。報告書はちゃんと書かないと…」

 

コックピット内で呟き、操縦桿に取り付けてあるトリガーを引く。

 

──ドドドドドドドドッ!

 

機首に装備された4門の20mm機銃が火を噴き、火喰い鳥を有翼騎士ごとズタズタに引き裂いてしまう。

そのまま火喰い鳥の群れを通り過ぎ、後方で旋回すると慌てふためく彼らに横殴りの雨が如く20mm砲弾を浴びせる。

圧倒的な速度差と、攻撃手段の射程…それは、ワイバーンによるものよりも容易く空を塗り替えていった。

 

 

──同日、王都アルクール上空──

 

「なんだあれは!?何がどうなっている!?」

 

有翼騎士団長メッシュは完全に混乱していた。

"この世界の空"を支配する火喰い鳥を駆り、"外の世界の空"をも支配する筈だった有翼騎士団。

それが突然現れた謎の生物に翻弄された挙げ句、生き物かも分からない謎の飛行物体により屠られている。

城よりも高い場所を飛ぶという恐怖に打ち勝ち、血の滲むような訓練を積んだ騎士達がまるで赤子の手を捻るかのように撃墜されゆく。

こんな理不尽な事態の前に、メッシュは余りにも無力だった。

 

「と、とにかく陣形を整え…」

 

ともあれ部下の混乱を纏めるべく指示を飛ばし、陣形を組ませようとする。

しかし、彼が積み重ねてきた悪行の因果はここにきて彼に牙を剥いた。

 

「だ、団長!」

 

部下の一人が前方を指差しながら悲鳴のような声をあげる。

 

「はっ…!」

 

周囲を見回していて気付かなかったが、真正面から謎の飛行物体…F-8が迫っていた。

 

──ドドドッ!

 

F-8の機首が瞬き、一瞬にしてメッシュの視界が真っ暗になった。

 

「あぁっ!目が…目がぁぁぁぁっ!」

 

何とも情けない悲鳴をあげ、顔を押えて悶えるメッシュ。

F-8が放った20mm砲弾の1発が彼の乗る火喰い鳥の頭部で炸裂し、それによって飛び散った破片が彼の顔面に突き刺さったのだ。

 

「あぁぁぁ…」

 

命を失い、堕ちてゆく火喰い鳥の背で悶えるメッシュだったが、そのまま乗騎と共に地面に叩き付けられた。

そして、彼の死を以って有翼騎士団は全滅となった。




F-8のミサイルランチャーの取り付け方が結構好きです
あとA-7って設計をF-8から流用してますが、F-8にバルカンって搭載出来るんですかね?
買い集めた資料を見るに搭載出来そうな気はするんですが…


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151.潰える野望

あまり引き伸ばすのもアレなんで少し駆け足気味ですが反乱軍鎮圧はこれにて終了ですね
竜の伝説編は次回で多分終わりです


──中央暦1640年12月4日午後5時、王都アルクール上空──

 

──ババババババババババ…

 

連続した空気が破裂する音と共に王都上空に飛来する物体。

楕円形の胴体からは太い尻尾のような物が生え、胴体の上と尻尾の先端では風車のような物が高速回転している。

その珍妙な飛行物体を目にした者は皆…逃げ惑っていた市民も、剣を振るう騎士も、弓を引絞る反乱軍も、そして理性を持たぬ魔物すらも空を見上げてポカンとしていた。

 

「よーし、アイツらが反乱軍か!好き勝手暴れやがって…」

 

そんな飛行物体、ヘリコプター『UH-1Hイロコイ』のキャビンのドアから地上を見下ろしていた指揮官が、指をゴキゴキと鳴らし意気揚々と告げた。

そんな彼に対し、コックピットにてヘリを操縦する饅頭が話しかける。

 

「このヘリの爆音…何も出来ずに呆ける敵…たまりませんなぁ!」

 

ディフォルメ化したヒヨコのような可愛らしい姿を持つ饅頭だが、ヘリパイロットを務めている饅頭は一味違った。

テンガロンハットにサングラス、黄色いスカーフ…いつの間にか母港に居た『キルゴア』と名乗るネームド饅頭だ。

何故かヘリコプターとサーフィン、あと鉄血のクラシック音楽を好む謎の饅頭である。

 

「キルゴア、あの城門の上に付けろ!内側の城門だぞ!」

 

キャビン内に響き渡るタービンの駆動音と、ローターブレードが放つ爆音に負けじと声を張り、指示する指揮官。

その手は、ドアガンとして設置してあるM2重機関銃に伸びており、太いボルトハンドルをガチャガチャと2回往復させていた。

 

「指揮官殿!どれが反乱軍か区別出来ますか!?」

 

「城門をぶち破ろうとしてる連中は全員反乱軍の筈だ!」

 

「市民が居たら!?」

 

「それは所謂、コラテラルダメージというものに過ぎん!軍事目的の為の、致し方ない犠牲だ!」

 

機関部の後端に取り付けてあるグリップを両手で確り握ると、逆Y字型の押し金を両親指で押し込んだ。

 

──ダッダッダッダッダンッ!ダッダッダッダッダンッ!

 

地上で蠢く反乱軍と彼らが使役する魔物に12.7mm弾が降り注ぐ。

対空・対車両戦闘に使用する事を想定して開発されたその大口径弾の前では、前時代的な鎧や野性味溢れる筋肉なぞ紙切れの如しである。

 

「な、何じゃありゃ…くぼっ!」

「脚…俺の脚ぃぃぃぃぃ!」

「グゴアァァァァァァァ!!」

 

50口径弾が腹に当たれば上半身と下半身が泣き別れ、四肢に当たれば容易く千切れ飛ぶ。数名の騎士でも苦戦する魔物グランドマンや、伝説と謳われる十二角獣ですら強靭な肉体を削られボロ切れのような死骸と成り果てる。

 

「ワーグナーを流したい気分だ!」

 

「いいぞベイベー!逃げる奴は反乱軍だ!逃げない奴は訓練された反乱軍だ!ホント戦争は地獄だぜ!フゥハハハーハァー!」

 

正に一方的。

空から降り注ぐ金属の雨は快進撃と虐殺を繰り返してきた反乱軍に、虐殺の恐怖を叩き込んでゆく。

楽しげに笑いながら反乱軍を虐殺する指揮官とキルゴア。高みに居る彼らに弓矢等で勇敢に立ち向かう反乱軍…どちらが悪人なのか、分からなくなってくる光景だ。

 

──ボヒュッ!ボヒュッ!

 

「おっとぉ!?」

 

反乱軍を血祭りにあげていたヘリに向かって、地上から何が打ち上げられた。

 

「指揮官殿!地上に戦車らしき奴が居ます!」

 

キルゴアが短い腕をパタパタと動かし、市街地の一角を指差す。

その方向に目を向けると、確かに戦車らしき物がこちらに短い砲身を向けて火球を発射している。

反乱軍主力の一角、魔装炎戦車だ。

城壁の上に陣取る兵士を狙うために高い仰角が付けられるようになってはいるが、空を飛ぶ目標を狙うようには出来ていないようで方向以外の照準は滅茶苦茶である。

 

「チッ…まぐれ当たりが怖いな…」

 

舌打ちし、M2の銃口を魔装炎戦車へと向ける指揮官。

 

──ダッダッダッダッダンッ!ダッダッダッダッダンッ!

 

押し金を押し込んで指切り射撃で魔装炎戦車へ弾丸を叩き込む。

 

──カキンッ…カキンッ…バスッバスッ

 

何発か着弾角度が悪かったらしく弾かれるが、他は装甲を貫通する事が出来た。

弓矢やバリスタには無敵を誇った魔装炎戦車であるが、その装甲である鉄板にはろくな表面処理が施されておらず、そのまま貫通されるか着弾の衝撃で叩き割れてしまった。

 

「ヒュー♪まるでブリキ缶だな!重桜の戦車が重戦車に思えるぜ!」

 

「サディアの豆戦車といい勝負ですな!」

 

軽口を言い合いながら恐慌状態となって逃げ惑う反乱軍に、容赦無い攻撃を加えて行くヘリの二人。

すると、王都外周を飛行していたF-111がこちらに向かってくるのが見えた。

 

《楽しむのはいいけど、無茶は禁物だよ。指揮官の身に何かあったら、とんでもない事をしでかす人達が居るからね》

 

F-111を駆るノーザンプトンからの通信が届く。

 

「ならお前も手伝ってくれよ。機銃しかなくても対地攻撃なら出来るだろ?」

 

《勿論、そのつもりだよ》

 

翼とフラップを目一杯展開し、低空へ侵入するF-111。

やや機首を下げ、機体の進行方向にある反乱軍の一群へと狙いを定め…

 

──ブォォォォォォォォンッ!

 

一般的な銃声とは一線を画す独特な銃声が響き渡る。

F-111が持つ爆弾倉内に搭載したガトリング砲、『M61バルカン』による機銃掃射だ。

毎分6000発にも及ぶ20mm弾の暴風。その人工的な災害に飲まれた者は痛みすら…いや、自らの死すら実感すること無く無残な肉塊、或いは血煙となって姿を消した。

しかし、それでも幸運な事に逃れた者も居る。

だが、その幸運も糠喜びでしかない。

 

──ゴォォォォォォォォ!

 

そのまま市街地に着陸するのではないか?と言いたくなる程に減速しながら機首を上げ、同時に燃料を投棄する。

すると、燃料投棄口から放出された燃料が高温のジェット排気により引火。まるで火炎放射器が如き炎を地上を右往左往する反乱軍へ浴びせかけた。

 

「アイツも人の事は言えねぇな。KAN-SENよりパイロットの方が向いてんじゃねぇの?」

 

呆れたように呟く指揮官。

しかし、その呟きは立て続けに響き渡る爆発音に掻き消された。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

爆発音の方に目を向けると、F-8が市街地の外れで急上昇しているのが見え、F-8の飛行経路の直下では黒煙が上がっている。

おそらくエンタープライズは、F-8の胴体下面に埋め込まれているロケットランチャーを使って空爆したのだろう。

見ると王都を蹂躙していた反乱軍は脱兎の如く逃げ出し、生き残りの大半は既に第一城門から脱出している。

そして、敗走する反乱軍を追撃する復讐心に満ちた王国騎士団…最早、勝負は決まったようなものだ。あとは彼らが後始末をしてくれるだろう。

 

「エンタープライズとノーザンプトンに通常人員を乗せておいたのは幸運だったな。とりあえず医療チームをヘリに乗せて送り込むか…」

 

沈みゆく真っ赤な夕陽を眺めて呟く指揮官。

思った以上に忙しくなりそうだ。

 

 

──同日、王都アルクール郊外──

 

「何だあれは…何だあれは…」

 

暗くなりゆく森の中を走る数名の男達。

服はボロボロで顔は真っ青、おまけに半数程は失禁してしまっている。

 

「まさか…あれは外の世界の軍隊か…?だとすれば…我が軍では世界征服なぞ不可能ではないか!」

 

そう、この男達は反乱軍の首領であるマウリ・ハンマンとその側近である。

勿論、魔導師オルドも同行していた。

 

「マウリ様…あれは遺跡に記されていた戦闘機と同じような原理で稼働していると思われます…もしや、外の世界では遺跡の解析がより進んで…」

 

──ヒヒィィィィンッ!

 

青を通り越して白くなった顔でマウリ・ハンマンに自らの見解を示すオルドだが、その言葉は馬の嘶きによって遮られた。

 

「マァァァァァァウゥゥゥゥゥゥゥリィィィィィィィィィ!!」

 

まるで地獄の底から響いてくるような激しい復讐心を感じさせる怒声…主君を護れなかった自らへの怒りと、マウリ・ハンマンへの怒りにより復讐の鬼と化した近衛騎士団長ラーベルの声だ。

彼は今、その怒りに呼応した近衛騎士団を率いて残党狩りをしつつ、マウリ・ハンマンを探しているのだ。

 

「クソッ!もう来たぞ!」

「マウリ様!こちらです!」

「殺される…殺される…」

 

パニックになりながらも追手から逃れようと索を巡らす男達。

ともかく距離を取るのが先決だ。そのまま向かっていた方向に向って走り出すが…

 

──ドンッ…

 

「いっ…!」

 

先導しようとした騎士が何かにぶつかって倒れた。

 

「おい、貴様!私を守るのだろう!何だそ…の…体た…らく…は…」

 

八つ当たり気味に騎士を叱咤するマウリ・ハンマンだが、暗い森の中で佇むそれを目にするとその怒りは一気に冷めてしまった。

 

──グルルルル…

 

爛々と輝く目に、ギラリと光る牙。吐き出される吐息は熱く生臭い。

 

──ギャオォォォォォンッ!

 

「「「ギャァァァァァァァ!?」」」

 

森の中に突如として現れた鱗のある化け物。

それに威嚇されたマウリ・ハンマンとオルド、そしてその護衛の騎士達は白目を向き泡を吹いて失神してしまった。

 

「おーい…どうしたんだ?」

 

そんな化け物の背後から現れる騎士…ムーラは相棒のワイバーンが何に威嚇したのか確かめるべく、ペンライトで倒れた男達を照らした。

 

「何だ、このオッサン達は?よく分からんが…食べちゃダメだぞ。多分お腹壊すから」

 

──ギャオ!

 

マウリ・ハンマン最大の不運…それは、休息の為に森に身を隠していたムーラとワイバーンの元へ、知らず知らずの内に向っていたという事だろう。

 

 




次のイベントはエロバレーコラボですか…
つまりコラボキャラの3サイズからKAN-SENの3サイズを逆算出来る…?


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152.一難去ってまた一難?

これにて竜の伝説編は終了です!

そう言えばやっとSuperGroupiesのアズレンコラボグッズが届きました
思ったより良さげです


──中央暦1640年12月5日午後6時、王都アルクール──

 

マウリ・ハンマンによるクーデター、後に『マウリの乱』と呼ばれる戦乱から一夜明け、生き残った人々は自らの幸運に感謝しながら胸を撫で下ろしていた。

いくつもの街が焼かれ、多数の尊い命が失われたものの王国騎士団の奮戦と"外の世界の軍隊"が見せた圧倒的な力、今回の戦乱の首謀者であるマウリ・ハンマンとその一味が捕らえられたというニュースは、人々に希望の光を与えていた。

そんなカルアミーク王国の王都アルクール。戦いの傷跡が生々しく残る街並みの中でも被害の少なかった一角に建つ迎賓館では、騎士や貴族が集まって酒宴を開いていた。

 

「ブランデ陛下に!」

 

誰かが志半ばで反乱軍に討ち取られた国王ブランデの名を高らかに呼びながらグラスを傾け、酒を一気に飲み干す。

カルアミーク王国では、死者が安心してあの世へ旅立てるように明るい雰囲気で宴をする事が風習となっていた。

そしてこの酒宴は戦勝記念と新たな王の誕生…国王ブランデの弟、リキュルが兄の意思を継いでブランデ二世として戴冠した事を祝う宴でもある。

 

「泣きながら笑ってやがる…忙しい奴らだ」

 

酒宴会場の一角、グラス片手に壁に寄りかかっている指揮官がポツリと呟いた。

この宴は先にも述べた通り戦勝記念も兼ねており、反乱軍鎮圧に多大なる貢献をした"外の世界の軍隊"…つまり、指揮官達も招待されているのだ。

 

「でも、湿っぽい雰囲気になって殉死する人が出るよりはいいんじゃないかな?」

 

そんな指揮官の隣にしゃがんでいるノーザンプトンが苦笑しながら肩を竦める。

二人の言う通り、酒宴の参加者の殆どは多数の命が失われた悲しみにより涙を流しながらも、勝利の喜びで笑顔を浮かべている。

何ともアンバランスな光景だが、これがカルアミーク王国の風習なのだろう。

 

「指揮官」

 

「おう、エンタープライズか」

 

不可思議な光景を見ていた指揮官の元へエンタープライズが早足で歩み寄る。

 

「とりあえず搭載していた物資と人員の輸送は完了した。今はテントを設営して負傷者の治療や、憲兵隊が市街地に展開して残党狩りの支援を行っているところだ」

 

「おう、ご苦労さん」

 

今回の国交開設交渉の為に派遣されたのは、指揮官達だけではない。

輪状山脈により隔離された特異な環境に興味を示した学者や、その護衛の為に同行した憲兵隊。そして彼らをサポートする医療スタッフも同行し、調査隊の拠点とする為の野営テントや食料・医薬品等もエンタープライズやノーザンプトンに積み込んでいたのだ。

そんな事もあり現在彼らは、憲兵隊を中心として人道支援という名目で負傷者の救護や死者の収容、王国騎士団による反乱軍残党狩りの手助けを行っている。

 

「ムーラ殿!是非、是非ともこの私を弟子にして下さい!」

 

ふと、会場に男の声が響き渡った。

皆が何事かと声の方へ目を向けると、そこでは一人の男が見事な土下座を披露している。

 

「か、顔を上げてください…いきなりそんな事言われても…」

 

土下座を披露された相手、ムーラは平伏するラーベルに戸惑いを隠せない様子だ。

 

「貴殿の一騎当千の活躍…このラーベル、感激しました!私は近衛騎士団長という地位に居ましたが、自らの主君すら護れずに生き恥を晒しております!最早、近衛騎士としては相応しくない!故に、貴殿の元で騎士見習いから再出発したいと考えております!」

 

ラーベルは国王ブランデを護れなかった事を悔いており、自ら近衛騎士団長の職を辞して1からやり直そうと考えているらしい。

しかし、現在ムーラが所属するアズールレーンは近代的な軍隊であり、前時代的な騎士の師弟制度等は既に廃止されており、弟子入りを志願されてもどうする事も出来ない。

 

「ですが私は弟子をとりませんので…」

 

「であれば、召使いでも構いません!」

 

「いや、だから…」

 

引き下がる様子の無いラーベルの様子に困り果てるムーラ。

そんな時、ムーラの肩が軽く叩かれる。

 

「ムーラ殿、少しよろしいか?」

 

それは酒に酔い、赤ら顔となったウィスーク公爵であった。

ムーラはこれ幸いとウィスーク公爵に向き直り、尚も土下座を続けるラーベルからそっと距離を取る。

 

「えぇ、何でしょうか?」

 

「私は…大事な一人娘のエネシーを貴殿の嫁にやっても良いと考えているのですよ」

 

「……はい?」

 

反乱軍鎮圧に協力した事に対する礼でも言われるのかと思いきや、まさかの言葉である。

 

「エネシーもそれを望んでいますし…どうでしょう?」

 

「どう…って…」

 

ウィスーク公爵の邸宅でムーラは、自身の左手薬指に着けている結婚指輪を見せた筈だ。

もしやよく見えていなかったのか?と思って左手をウィスーク公爵に見せる。

 

「こういう事なのですが…」

 

「だからこそ、ですよ。失礼かもしれませんが、ムーラ殿程の騎士が何時までも独り身というのは世間体も悪いでしょう?確かにエネシーは夢見がちなところこそありますが、それなりに美人なのでムーラ殿と並んでも見劣りはしないでしょうし…」

 

「んん…?」

 

どうも会話が噛み合わない。

まさかウィスーク公爵は泥酔しているのではないか?と思ったムーラは彼を休ませようと考え、座れそうな場所を探す為に辺りを見回す。

 

(どこか座れそうな所は…それにしても国王が亡くなったってのにパーティーとはな。まあ、こんな環境だから独自の文化が…ん?)

 

思考していたムーラがとある可能性に行き着き、まさかと思いぎこちなくウィスーク公爵に問いかける。

 

「あ、あの…ウィスーク公爵…この指輪の意味…」

 

「ん?それは"未婚の成人男性"が身に着ける指輪では?」

 

そのまさかが的中した。

 

「やってしまったぁぁぁぁぁ!」

 

とんでもないミスをやらかした事を自覚し、天を仰ぎながら膝から崩れ落ちるムーラ。

それを見たウィスーク公爵は、驚きのあまり酔いが覚めてしまったようだ。

 

「む、ムーラ殿!?」

 

「ウィスーク公爵!申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!」

 

そのまま土下座し、事情を話すムーラ。

自身が住まうロデニウス連邦における左手薬指の指輪の意味と、はっきりと既婚だと言わなかった理由…それら全てを包み隠さず話した。

戸惑いながらも話しを聞いていたウィスーク公爵だが、聞いていく度にその顔から赤みは徐々に消えてゆく。

 

「お二人には多大な勘違いをさせてしまった事は全て、このムーラの不覚のせいです!どの様なお怒りの言葉も受け入れます!さあ、如何様にも罵って頂いても構いません!」

 

全ては自分の失念が生み出した勘違いだ。

その失念のせいでウィスーク公爵には恥をかかせ、エネシーの恋心を弄んでしまった。これは立派な外交問題であろう。

最悪、ムーラは不名誉除隊となるかもしれない。

 

「い、いや…この国の危機を救ってくれた英雄を罵るなぞ出来ません。これは互いの勘違いが起こした不運なすれ違い…この件は、水に流しましょう…」

 

しかし、ウィスーク公爵は器の大きな男だったようだ。

ムーラの立場や境遇を理解し、彼の失念を赦すと言った。

 

「あ、ありがとうござい…」

 

──パリンッ!

 

ウィスーク公爵の寛大な言葉に感謝の言葉を述べるムーラだが、会場に響いたグラスの割れる音がそれを中断させた。

 

「え…エネシー…」

 

「ムーラ…様が…既婚者…?」

 

恰幅の良いウィスーク公爵の体に遮られていたため見えなかったが、いつの間にやらエネシーが父の背後で立ち尽くしていた。

 

「エネシーさん…申し訳…ありません…」

 

地に額を擦り付けながら深く謝罪するムーラ。

それに対し、エネシーは怒るでも悲しむでもなく、ただ逃げるようにその場を後にした。

 

「やらかしたな」

 

エネシーが去った後も頭を下げ続けるムーラの側に歩み寄った指揮官が、彼の前でしゃがみながら声をかけた。

 

「はい…とんでもない事を…」

 

「何があったかは大体分かったが…まあ、こんな見知らぬ地で一人放り出されればミスも起こす。いくらトラブルがあったと言え、お前を一人にした俺にも多少の責任はある」

 

「そう…でしょうか…」

 

漸く顔を上げたムーラだが、その顔は一目見て分かる程に落ち込んでいる。

責任感が強いムーラの事だ。きっと、全て自分の責任だと思っているのだろう。

 

「だが、ミスはミス…情状酌量の余地があるとは言え、処分は受けてもらうぞ?」

 

「はい…」

 

「一ヶ月の謹慎と減給だ。ただし、謹慎中は監視等は特に付けない。あと、減給は謹慎中給料の1%をカットだ」

 

「え…?それって…」

 

監視もなく、給料を1%だけカットされるだけ…つまり、一ヶ月丸々休暇を言い渡されたも同然だ。

しかし、指揮官はさらに付け加えた。

 

「ただし、儀仗隊としての練度維持の為に自主訓練を怠らないように。それさえ守っておけば、他は何しようが知らん」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

感謝の言葉と共にムーラは再び深く頭を下げた。

 

 

──同日、ウィスーク公爵家邸宅エネシーの部屋──

 

逃げるように迎賓館を後にしたエネシー。

幸いにも迎賓館からウィスーク公爵家邸宅までの道のりは戦闘の影響が少なく、足を取られたりする事なく辿り着いたが、それでも彼女はボロボロだった。

体や衣服がではない、心がボロボロだった。

 

「うっ…うぅっ…」

 

召使い達の出迎えも振り切り、自室へ駆け込んだエネシーの目には大粒の涙が浮かんでいる。

 

(ムーラ様に…もう奥様が…なんで…私の…運命の人が…よりによって…!)

 

様々な感情が入り混じり、涙が溢れ出す。

 

(こうなれば…我が家の騎士に命じてムーラ様を監禁して…)

 

何やら不穏な考えに至るエネシーだが、ふと自らの右手に握られている物が目に入った。

それは、クリスなんとかと名乗ったムーラの上司が配っていた外の世界の国、ロデニウス連邦を紹介するパンフレットだった。

 

「…?」

 

握りしめていたためページがズレ、書かれている文章の一部が見えているのだが、その一部が妙に気になってそのページを開いていたみた。

 

「これって…!」

 

エネシーが開いたページ。それはロデニウス連邦の文化を紹介するものであり、そこにはこう書かれていた。

 

──ロデニウス連邦では既婚者は左手薬指に指輪を着ける風習があります。なお法律では重婚が許されていますが、実際に重婚する方は少なく、殆ど形骸化した法となっています。

 

「ふふふ…うふふふ…」

 

エネシーの顔に涙は既に無く、代わりに黒い笑みが浮かんでいた。




次回からはアズールレーンの介入によって変化した国々の様子やら何やらの話を書きたいと思います


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153.天駆ける星

五里様より評価10、d-ske様より評価9を頂きました!

今回からはムーの変化について描写します
大体5話ぐらいになると思いますが…もしかしたら増えたり減ったりするかもしれません


──中央暦1640年12月1日午前11時、ムー国アイナンク空港──

 

第二文明圏の雄であり、世界第二位の列強国であるムー。

同国最大の空港であるアイナンク空港に併設されたターミナルビルには、多くの報道陣や見物人が押し寄せていた。

 

「5秒前!4…3…っ…っ…」  

 

集まった報道陣の中でも一際立派な機材を持参している一団…ムー最大の新聞社である『オタハイト・タイムズ』社内で新設されたテレビ放送部門のディレクターがカウントダウンをし、女性キャスターに放送開始の合図を出した。

 

「皆様、こんにちは。オタハイト・タイムズ記者のキャノーラ・バルニエと申します。我が社に新設されたテレビ放送部門…その最初の生中継がこのような歴史的出来事だという事は大変光栄な事です」

 

元々は記者として活躍していたキャノーラだが、自分の顔と声がムー全土に放映されているというのは流石に緊張するのだろう。

原稿を持つ手は小さく震え、喋りもぎこちないものに思える。

そんな時、人混みの一角から歓声が上がった。

 

「陛下!ラ・ムー陛下がいらっしゃった!」

 

報道陣のカメラが一斉に歓声の方を向き、パシャパシャとフラッシュが焚かれた。

 

「あ…もうそんな時間…コホンッ。えー…ラ・ムー陛下がお見えになられました!こちらに手を振っておられます!陛下もご臨席されるという事は、政府もこの式典を重要視していると思われます!」

 

人々の視線とカメラのレンズを向けらる人物…ムー国王ラ・ムーは柔和な笑顔を浮かべ、小さく手を振って人々の歓声に応えている。

一見すると身なりのよい初老の紳士といった風貌だが、その高貴な雰囲気は明らかに一般人とは一線を画すものだ。

 

「静かに!静かに!」

「陛下がご登壇なされます!道を開けて下さい!」

「メディアの方々も一旦下がって下さい!」

 

ムー王室警護隊が人混みを掻き分け、自ら壁となってラ・ムーの通り道を確保する。

そんな彼らにラ・ムーは会釈し小さく感謝の言葉を述べると、滑走路を一望できる窓の前に設営されたステージに登壇した。

それと同時に集まった人々は静まり返り、自然と姿勢を正してラ・ムーの言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

「親愛なるムー国民の皆様、こんにちは。本日はお日柄も良く、天もこの記念すべき日を祝福してくれているかのようです」

 

笑みを深くし、冒頭の挨拶を述べるラ・ムー。

すると、観衆からの拍手と共に報道陣が持つカメラのフラッシュが瞬いた。

 

「さて…皆様既にご存知かとは思われますが、本日はロデニウス連邦と我が国が共同設立した航空会社、『ワールドエアライン』初運航の日です。今まで我が国や神聖ミリシアル帝国が運航していた旅客機よりも速く、大勢をより遠くまで運べる新型旅客機を運用するこの航空会社は多くの人々に空の旅を与えてくれる事でしょう」

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…

 

短いながらもこの日を心より祝福している事が分かるラ・ムーの祝辞が終わると同時に、ムーの人々にして見れば聴き慣れたレシプロエンジンの音…しかし、その音を放つ航空機はよく見る『ラ・カオス』ではなかった。

 

「テレビの前の皆様、ご覧下さい!ロデニウス連邦大統領を乗せた新型旅客機、コンステレーションです!今回、ロデニウス連邦大統領カナタ氏は我が国の国賓として招かれており、ラ・ムー陛下との昼食会の後、首脳会談を行うそうです!」

 

キャノーラが掌を向けた先にカメラを向けるカメラマン。

真っ青な空を悠然と飛行する大型の旅客機…洗練された流線形の胴体に4基のエンジン。3枚の垂直尾翼と、主翼端に装備された増槽が特徴的な航空機『L1049スーパー・コンステレーション』だ。

1万km近い航続距離と100名近い乗客を乗せ、500km/h以上の速度を発揮する大型旅客機である。

 

「デカイ…なんて大きさだ!」

「あれもロデニウス連邦が作ってるのか?」

「いや、どうやら我が国との共同開発らしいぞ?」

 

降下し、滑走路へと着陸するコンステレーションの先進的ながらも優美な姿を目にして思わず唸る観衆。

実を言えばこのコンステレーション、サモアへ留学した技術者達を開発チームに加え開発されたものである。

当初からロデニウス・ムー間の航路で使用する事としていたため、ムーでも重整備や部品の生産も行えるようにこのような共同開発の形をとったのだ。

 

「それでは皆様、陛下はカナタ氏のお出迎えがありますので道を開けて下さい!」

 

王宮警護隊の隊長が観衆に呼びかけると、人々は直ぐに道を開けた。

誰もがラ・ムーを敬愛しているからこその行動であろう。

 

「はい、えー…陛下はどうやらロデニウス連邦大統領を出迎えるために滑走路へと向かわれるようです。陛下自らお出迎えという事はやはり、ロデニウス連邦の実質的な盟主であるサモアとの関係を優先したが故なのでしょうか」

 

カメラが、タキシングし駐機場へ向かうコンステレーションを映す事に専念しているため幾分か緊張が和らいだのか、饒舌になるキャノーラ。

彼女の言う通り、ムー政府は地球に取り残された『サウ・ムー・アー』…現在のサモアとの再開を運命的なものだと考えており、サモアそしてロデニウス連邦に対して様々な便宜を図っていた。

今回のカナタ大統領を国賓待遇で招待した事や、ラ・ムー直々の出迎えもその一環である。

だが勿論、運命という曖昧な価値観ばかりで動いている訳ではない。

 

「陛下」

 

「おや…貴方は…」

 

駐機場へと向かうラ・ムーと護衛の一団。そこに合流する人影があった。

 

「海軍少将レイダー・ミレールです」

 

「あぁ…思い出した。確か一昨年、叙勲式に出席していましたね」

 

「お覚えでしたか…光栄でございます」

 

レイダーはラ・ムーと挨拶を交わすと護衛に断りを入れ、彼の側に立って共に歩き出した。

 

「ところで陛下。あの旅客機…コンステレーションはいかがでしょうか?」

 

「見た目と書類に書かれている諸元しか知りませんが…素晴らしい性能という事は理解出来ます。ですが…民間航路に就役する旅客機について、何故貴方がそのような事を?」

 

この世界において旅客機を運用している国家は現状、神聖ミリシアル帝国とムーしかなく、どちらも軍用機の設計を流用したものとなっている。

それ故、軍人であるレイダーが気に掛けるのは当然の事だが、ラ・ムーは敢えて問いかけた。

 

「陛下もご存知の通り、我が国の旅客機『ラ・カオス』は軍用輸送機や爆撃機としても活用されています。勿論、コンステレーションも軍用機への転用も可能となっていますが、とある特殊な用途の機体となるようで…」

 

「特殊な用途…とは?」

 

首を傾げるラ・ムーに対し、レイダーは小脇に抱えていたファイルを開いて一枚の図面を示す。

 

「早期警戒機、と呼ばれる機体です。胴体の背面に"レドーム"と呼ばれるレーダーを収めた機材を搭載し、飛行しながら敵航空機や艦艇を探知する物となります」

 

「なるほど…確かに、レーダーは高い位置にある方が遠くまで探知出来ますからね」

 

レイダーの言葉に感心しながら図面に目を向けるラ・ムー。

彼が見る図面には、背中にコブのような物が付いたコンステレーションの三面図が描かれている。

『EC-121ウォーニングスター』それが、その機体の名であった。

 

「更に、この機体に搭載されているエンジンは戦闘機にも転用出来、ロデニウス連邦からそれらの戦闘機のライセンス生産も許可されています」

 

「アクア発動機の方から窺いました。どうやら新型エンジンを搭載した戦闘機はコストが高く、それを補完する為にマリンよりも高性能な戦闘機が必要になると…」

 

そう、ロデニウス連邦はムーに対して様々な兵器の生産ライセンスを格安で提供している。

これはムーからの印象を良くする事を目的としているのは勿論、最大の貿易相手であるムーの安定こそがロデニウス連邦の利益となる、と考えている為だ。

それ故、ロデニウス連邦は航空機や戦車や小火器は勿論、果ては軍艦のライセンス生産まで許可している。

それに加え、サモアに留学している技術者や士官が新たな技術や戦術を持ち帰ってくる事もあり、ムー統括軍は急速に進化しているのだ。

 

「ところで…最近、私の元へ様々な報告が届きますが…"そういう事"でしょうか?」

 

ふと、ラ・ムーがレイダーに問いかけた。

ラ・ムーはムー国王であるが、実権を持たない立憲君主である。そのため彼にこのような細かな報告をしたり、意見を求めたりする事は滅多に無い。

しかし、ムーには有事の際…大規模災害や国家存亡の危機クラスの戦争等が発生した場合、国王に権限が集約する制度がある。

つまり、様々な人物がラ・ムーに報告を上げるという事は、その制度を使う可能性が出て来たという事だ。

 

「…グラ・バルカス帝国の航空機や艦船が我が国の領空・領海侵犯を頻繁に繰り返しています。今までは警告を行えば直ぐに旧レイフォルの領域に引き下がってましたが…最近はスクランブルに出たマリンに向って発砲する等、行動が過激になっています。いつ偶発的戦闘が発生してもおかしくない状況です」

 

「…ラ・ツマサ君が話していたような、我が国がかの国に滅ぼされるような戦争に発展するかも知れないと?」

 

「…軍人として、平行世界などというオカルトを信じる事は許されない事でしょう。しかし、彼女は嘘をついているようには見えませんでした。グラ・バルカス帝国の名を口にする度に彼女の目に浮かぶ激しい憎悪…どんな名優でもあのような演技は出来ないでしょう」

 

やや自嘲するように告げられたレイダーの言葉だが、ラ・ムーは柔和な笑顔で頷きつつ懐から一通の封筒を取り出し、レイダーに差し出した。

 

「ですが、異世界というものがあるなら平行世界があっても不思議ではないでしょう。あらゆる可能性を想定し、備える…貴方のような方が居れば、ムーも安泰でしょう」

 

「ありがたきお言葉ですが…これは?」

 

差し出された封筒を受け取り、問いかけるレイダー。

しかしラ・ムーは笑顔のまま、読んでくれと言うように手をクイッと動かすのみだ。

 

「…?」

 

怪訝な表情を浮かべつつ封筒を開け、中の便箋を取り出して内容を読む。

書き連ねられている文章を目で追いながら読み進めるレイダーだが、その表情は徐々に引きつったものとなってゆく。

 

「へ…陛下…これは…?」

 

「国交開設二周年と、私の50歳の誕生日を祝しての個人的な"プレゼント"という名目ですが…確かに、驚きますよね。では、私はカナタ氏との昼食会がありますので」

 

余りの衝撃に固まってしまったレイダーを置き去りにし、そのまま駐機場へ向ってしまったラ・ムー。

一方、置き去りにされたレイダーは何度も何度も…便箋の内容を繰り返し読んでいた。




細かい事は気にするな!


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154.屑鉄艦隊

今回はかなり無理やりな、そして結構なご都合主義が含まれています


──中央暦1640年12月10日午前11時、ムー国ジャナム軍港──

 

ムー最大の港と言えば人々は口々にマイカル港と言うだろう。

しかし、最大の"軍港"は何処だ?と問われれば答えられぬ者も多い。

確かにマイカル港はムー最大の港ではあるが、あくまでも商業港としての側面が強い。勿論、大規模な港湾設備があるためムー艦隊が停泊する事も多いのだが、実を言えば純粋な軍港として最大の物は首都オタハイトとマイカルの中間に位置するジャナム軍港なのである。

そんなジャナム軍港の埠頭…かつて使節団としてこの地を訪れた指揮官とKAN-SEN『ダンケルク』がラ・カサミを見学した埠頭には多くのムー海軍将兵が集まり、停泊する軍艦を眺めていた。

 

「は…ははは…」

 

階級問わず集まり、軍艦を見ている将兵の中でも一際立派な軍服を着用した将官、海軍少将レイダー・ミレールが乾いた笑いを発した。

しかも彼だけではない。見習い水兵から熟練の叩き上げ士官、艦長クラスの人物までポカンと呆けるか、どうしていいか分からずにとりあえず笑っているかしている。

 

「何ともまあ…あれが…"スクラップ"だと…?いや…無理があるだろう…」

 

引きつった笑顔で呟くレイダー。

そんな彼の視線の先にある軍艦、それは余りにも巨大な物だった。

 

「なんてデカさだ…ラ・エルドの倍はあるぞ!」

「あの平べったい艦はまさか空母か!?ラ・ヴェニアより大きいな…しかも機銃だらけだ!」

「え?あの艦は巡洋艦?確かに主砲口径が小さいとは思ったが…あれでか…」

 

レイダーの呟きに触発されたのか、次々に喋り始める将兵達。

彼らの視線の先にある軍艦はどれもこれもムーが誇る最新鋭艦を凌駕する大きさと武装を持っており、非常に洗練された姿である。

 

「ロデニウス連邦…いや、アズールレーンはとんでもない事をするな」

 

そう言いながら懐から封筒を取り出し、中の便箋を取り出して記された文章に目を通すレイダー。

その文章の内容は、このようなものだ。

 

──(前・中略)では改めましてラ・ムー陛下、50歳のお誕生日おめでとうございます。

本来であれば貴金属で作られた装飾品等をお贈りするべきでしょうが、大使の方から陛下は華美な物を好まないとお聞きしましたのでいささか地味過ぎますが金属スクラップをお贈り致します。

我々が運用していた軍艦や艦載機ですが、故障してしまい処分にも困っていたのでそちらで金属資源として活用頂ければ幸いです。

 

ムー国民が敬愛するラ・ムーの誕生日にスクラップを贈るなぞ言語道断。

そんな真似をすれば大顰蹙をかい、下手をすれば断交モノだろう。

しかし、そんな事態にならなかったのはその"スクラップ"が金銀宝石で飾り付けた宝剣よりも価値のあるものだったからだ。

 

──それでは、一応のためスクラップとなった軍艦と艦載機の名称と数量を記載しておきますので、管理等にご活用下さい。

・空母レキシントン級×2

・空母レンジャー

・空母ヨークタウン級×3

・空母ワスプ

・軽空母プリンストン

・戦艦加賀

・巡洋戦艦赤城

・巡洋戦艦レナウン級×2

・重巡洋艦ノーザンプトン

・軽巡洋艦ヘレナ

・軽巡洋艦アトランタ級前期型×2

・駆逐艦ピカイア級前期型×12

・F4U戦闘機250機

・TBF攻撃機150機

・SB2C爆撃機130機

・B-25爆撃機10機

・他、スクラップパーツ

 

…とまあ、少し頭がおかしいとしか思えない数である。

しかも、事前に行われた調査ではスクラップとは名ばかりで、機銃の銃身が外れていたり、タイヤの空気が抜けていたり、塗装の一部が剥がれていたりと…スクラップにせざる負えないような故障は見受けられなかった。

だが、問題は運用面である。

確かにこれらの"スクラップ"を"修理"して戦力化すれば非常に強力な艦隊となるだろう。

しかし今までのムー艦船とは使い勝手が違い過ぎ、使いこなせない可能性がある。

 

「おい、あれサラ先生じゃないか!?」

「あっちはレパルスさんだ!」

「ジュノーちゃんも!」

 

その心配は無かったようだ。

この埠頭に集まった多数の将兵…その一部とこの場には居ない技術者達はサモアへの留学経験があり、指導教官の資格を取得した者も居る。しかも、彼らは目の前にある"スクラップ"を教材としていたようだ。

それに加え、サモアで新技術・戦術を学んでいる者はまだまだ居る。

万全とは言えないかもしれないが、十分に運用する事が出来るだろう。

 

「レイダー少将!」

 

「ん…?あぁ、君は…ラ・エルドの」

 

「はい、ラ・エルド艦長のテナル・カミーユ大佐です」

 

人混みを掻き分け、レイダーの前に姿を現したのは痩せぎすの中年男性、ラ・カサミ級戦艦二番艦ラ・エルド艦長テナルだった。

互いに敬礼を交わし挨拶すると、テナルはレイダーに耳打ちするように小声で告げた。

 

「少将…あの噂は本当ですか?」

 

「あの噂…?」

 

「何でもこの"スクラップ"を修理して編成する艦隊の提督に、少将が任命されるという噂ですよ」

 

「な、何!?」

 

彼自身も存ぜぬ噂が流れている事に驚き、思わず大きな声を出してしまうレイダー。

しかし、周囲の将兵達は目の前の軍艦について談義していた為に気付いていないようだ。

 

「あ…コホンッ…何故そのような噂が…?」

 

「どうやら参謀本部がロデニウス連邦にて行われたロデニウス連邦軍・アズールレーン合同演習を見学した際、航空機による対艦攻撃の有用性を痛感したようで…今後は海上航空戦力に注力するとの方針を固めたそうです」

 

「それは私も聞いたし、何ならその合同演習も見学した。確かに、"魚雷"という兵器が標的艦を一撃で沈めたのは心底驚いた」

 

実を言うと4月…トーパ王国にて魔王が復活した頃、ロデニウス連邦軍とアズールレーンによる合同軍事演習が行われ、第四文明圏の国々は勿論、ムーも見学に招待されていたのだ。

その時ムーは参謀本部の人員に加え、一部現場の人間…つまりレイダーを始めとした軍人を派遣した。

 

「そうでしたか…まあ、そのような事もあってより進んだ空母機動部隊の提督には海軍で最も長く空母運用を行ってきたレイダー少将が適任であり、参謀本部もそれを前提に人事再編を準備しているそうです。あくまでも噂ですが…」

 

確かにレイダーはムー海軍に入った当初は基地航空隊、空母が就役してからは空母航空隊司令を経験し、現在では空母機動部隊司令を務めている。

そんな経歴を踏まえれば、確かに新たな空母機動部隊の提督にはレイダーが適任であろう。

 

「なんと…しかし、あれらの中には空母だけではなく戦艦や巡洋艦もある。私は空母の運用には自信はあるが、戦艦等はな…」

 

「これも噂ですが…どうやらサモアに留学している若手の戦術士官が大層優秀なようで、あの戦艦の艦長に抜擢される予定だとか何とか…」

 

「若手の戦術士官か…まあ、能力があれば年齢なぞ大した問題ではない。それに、この艦隊は成り立ちからして普通ではないのだ。伝統と慣習に縛られず、新たな風を吹かせる為に若手の艦長というのも悪くはないだろう」

 

「私もそう思います」

 

「しかし、君も優秀だと聞いている。もし、噂が本当で私が新空母機動部隊提督となった際には、君をあの戦艦の艦長に推薦したいのだが…」

 

艦橋の窓ガラスが全て外された戦艦『加賀』を指差し、テナルにそう持ちかける。

しかし、テナルは首を横に振って拒否の意思を示した。

 

「お気持ちはありがたいのですが…私はラ・エルドの艦長です。確かにあの戦艦はラ・エルドよりも高い性能を持っている事でしょう…しかし、だからと言って簡単に乗り換える事は私を艦長として認めてくれている乗組員、何よりラ・エルドに失礼です」

 

「頑固な男だな、貴官は。だが、貴官のような考え、嫌いではない」

 

「恐れ入ります。しかし、実を言うとそれだけではないのですよ」

 

そう言って埠頭の一角、巨艦達により存在が霞んでしまっている停泊中のラ・エルドを指差すテナル。

 

「ラ・エルドのエンジンの調子が悪い…と言うのはご存知でしょう?」

 

「あぁ…確か、ラ・カサミに比べて振動が強いだとか…」

 

「はい、どうやらクランクシャフトの一部に予期せぬ欠陥があったとの事でリグリエラ・ビサンズ社にて改修工事を行っていたのですが…せっかくならサモアから入手した新技術のテストベッドにしようと言う話になったのです」

 

「新技術…?確かにアンテナや機銃が増えているな。後は副砲が変更されているか?」

 

レイダーの言う通りラ・エルドは若干姿を変えていた。

艦橋はやや高くなり、その天辺には魚の骨のようなアンテナが何本も生えており、副砲もケースメイト式から砲塔式に改められている。更には艦上構造物の各部には連装式の機銃が幾つも増設されていた。

 

「航空機への対処を想定したものです。ですが、一番変わったのは主砲とエンジンです」

 

「ほう…?」

 

「主砲はゲルリッヒ砲と言う高い初速と貫徹力を持つ物に換装されています。話によれば、条件さえ整えば対40cm砲防御も貫通出来るとか…」

 

「何と!」

 

「更にエンジンは、ディーゼル・エレクトリックというディーゼルエンジンで発電機を回し、発生した電気でモーターを動かすという物です。これにより複雑な変速機が不要で、エンジンの負担を軽減出来るとの事です。こちらは試験したところ、僅かな時間ですが25ノットを発揮しました」

 

「それはそれは…」

 

目を丸くし驚愕するレイダーだが、内心は歓喜に満ち溢れていた。

サモアからの技術提供があったとは言え、自国内での改修でもこれ程の性能向上が可能となった事は実に喜ばしい事だ。

 

「やはり、自国で作られた艦には愛着がありますからね…来年に開催される方向で調整されている国際大演習では、新たな力を手にしたラ・エルドの力を見せ付けてやりますよ」

 

自信満々に胸を張るテナル。

そんな彼にレイダーは笑みを向け、こう告げた。

 

「そうだな…追い抜かれたとは言え我々は列強海軍!新参者には負けられんな!」




スクラップと言い張って兵器の輸出入をするのは伝統ですよね


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155.陸上戦艦、鋼鉄騎兵

az26様より評価4を頂きました!

この前まで夏日だったのに、今週からまた冷え込みましたね…
気温差で風邪等を引かないようにお気を付け下さい
特にこのご時世では要らぬ誤解を招きますからね


──中央暦1640年12月17日午前11時、ムー国キールセキ陸軍駐屯地──

 

ムーを南北に縦断する大陸鉄道の西回りルートの拠点であり、鉱業が盛んな都市キールセキ。

戦略的に重要視されているこの都市にはムー陸軍西部方面隊の司令部が置かれ、精強なる兵士達が西方に睨みを効かせていた。

 

「おぉ…これは凄まじいな…」

 

キールセキ陸軍駐屯地に引き込まれている路線に置かれた駅で、西部方面隊司令官であるホクゴウ・ミルゾーレ中将が貨車から自走して降りる車両を見て感嘆の吐息をつく。 

 

──キュラキュラキュラキュラ…

 

ゴムタイヤとは違う異質な走行音。腕時計のバンドを巨大化させたような走行装置を持ち、強固な装甲と重厚な砲を兼ね備えた車両…ムー初の本格戦車、その先行量産型の2機種がキールセキに配備されたのだ。

 

「「中将閣下!」」

 

貨車から降ろされてゆく戦車を見ているホクゴウに何者かが声をかけた。

声の方に目を向けると、二人の男性が小走りでこちらに向って来るのが見える。

 

「お初に…」

 

「始めまして!ガエタン工業新型戦車開発部主任のリガラ・サッパーと申します!」

 

二人の男性の内、痩せ気味な長身の白衣を着た男性がもう一方の男性の言葉を遮るようにしてホクゴウに自己紹介をした。

 

「なっ…えぇい!お初にお目にかかります!イレール兵器工業次世代車両開発部主任のトコツ・コテリという者です!」

 

遮られた方も黙ってはいない。

リガラを押し退け、太り気味で身長が低めな作業服姿の男性が自己紹介をした。

 

「あぁ…ガエタンとイレールの…」

 

バチバチと火花を散らすように睨み合うリガラとトコツの様子に呆れたような、何処か諦めたような目を向けるホクゴウ。

ガエタン工業とイレール兵器工業…ムーの二大軍事企業と名高く、ムー統括軍制式採用兵器のシェアを奪い合っているライバル企業同士である。

 

「はんっ!何ですかな、あの戦車は!如何にも重そうな割に、付いている砲は『ラ・グンド』そのままではありませんか!」

 

リガラが重低音を響かせて走行する戦車を指差す。

水平と垂直を主体とした車体に、多数の小径転輪を備えた履帯。車体自体に砲を埋め込むように搭載したケースメイト式の主砲に、車体上部には旧式戦車である『ラ・グンド』の主砲であった37mm砲をそのまま砲塔ごと搭載している。

その姿は『M3中戦車』に『チャーチル歩兵戦車』のエッセンスを足したように見える。

 

「しかも名前も『ラ・グンドⅡ』?要求性能を無視した最高速度20km/h…"ノロマ"なイレールらしい肥満体ですなぁ!」

 

「何をぉ!」

 

リガラの言葉にトコツが顔を真っ赤にして言い返す。

 

「貴様はあの現場の声を反映した機能美溢れる姿を愚弄するか!見よ!あの行く手を阻む障害をなぎ倒すための105mm砲に、味方歩兵を守る為の厚い装甲!群がる敵兵を殲滅する為にキャニスター弾に対応した37mm砲と同軸機銃!更には自社開発の空冷ディーゼルエンジンと低速重視のトランスミッションにより如何なる悪路でも走破し、歩兵の進軍に常に寄り添う!正に歩兵の守り神、陸上戦艦!貴様らが作った"痩せ馬"なぞ相手にならんわ!」

 

「何ですとぉ!?」

 

今度はリガラが額に青筋を浮かび上がらせた。

 

「我が社の最新鋭戦車『ラ・リオット』は痩せ馬ではありません!」

 

ラ・グンドⅡを差していた指を別の戦車に向けるリガラ。

全体的なシルエットは台形で、片側5個の大径転輪を備えた幅広履帯。全周旋回が可能な砲塔から長大な主砲を伸ばしており、砲塔上部にはライセンス生産したM2重機関銃を装備している。

その姿は『T-34中戦車』の車体に、『M10駆逐戦車』の砲塔を乗せたかのようだ。

 

「これは駿馬です!戦場を縦横無尽に駆け回る騎兵の新たなる乗騎…それがこの『ラ・リオット』です!見て下さい!敵戦車を貫く76mm50口径長カノン砲に、軽快な旋回能力を持つ軽量砲塔!軽装甲車両や敵歩兵に対抗するための12.7mm重機関銃!アクア発動機製390馬力空冷星型エンジンと、ガラッゾ・オートモービル製トランスミッション搭載により最高速度40km/h!貴方達の鈍重な戦車では、ラ・リオットを捉える事すら出来ませんよ!」

 

「何を言うか!旋回速度の速い37mmでタングステン徹甲弾を発射すれば正面ならともかく、側面や背面はブリキ缶の如く貫けるぞ!そもそもなんだ、あの装甲のやる気の無さは!正面ばかり厚く、側面や背面はペラペラ、上面に至っては露天ではないか!」

 

「それはそちらも同じでしょう!こちらの76mmにタングステン徹甲弾を装填すれば、角度さえ良ければ側面装甲ぐらいなら容易く貫通出来ますよ!」

 

至近距離から睨み合い、自社戦車の利点を主張しながら互いの戦車の欠点を言い合うリガラとトコツ。

しかし、ムーは両方の戦車を採用すると決めている。

どちらの戦車も元を辿ればサモアへ留学している技官…マイラスが考案した試作型を元に、ムー独自の改良を加えた物なのだ。

ラ・グンドⅡは旧来のラ・グンドの正統後継車として、無砲塔車両に小型砲塔を搭載し歩兵部隊を支援する所謂歩兵戦車としての活躍を期待したものであり、ラ・リオットは対戦車戦闘を想定した快速戦車としてそれぞれ開発された為、張り合う必要は一切無い。

だが、似たような兵器をライバル企業が作ると言う状況は、両社の競争心に火を点けたようだ。

 

「あの…」

 

「む?」

 

すっかり蚊帳の外となっていたホクゴウに対して控えめに声をかける人物。

七三分けでメガネを掛けたスーツ姿の冴えないサラリーマン風の男だ。

 

「以前お会いしました。リグリエラ・ビサンズの弾道研究課のソーミ・コクです」

 

「おお…確か、砲弾の研究を行っている…でよろしかったか?」

 

「はい。此度は、この新型戦車に搭載する対戦車徹甲弾についてのご説明に窺いました。歩きながら話しませんか?」

 

「確かに…これでは説明が聴き取れんな」

 

尚も言い争っているリガラとトコツを一瞥したホクゴウは、ソーミの言葉に従ってその場から距離を取るように歩き始める。

 

「今回、採用された対戦車徹甲弾…タングステン徹甲弾について、どれほど知っておられますか?」

 

「ほんの触りだけしか知りませんな。電球のフィラメントや、特殊工具に使われているタングステンを加工し、その先端に柔らかい金属を被せた物だとか…」

 

実はホクゴウ率いる西部方面隊が守備するキールセキには、大規模なタングステン鉱山が存在する。そして、意外な事にムーは高度な冶金技術…ムーより遥かに優れた技術力を持つサモアにも匹敵するような冶金技術を持っている。

 

「はい。今まで我が国に配備されていた砲弾は榴弾…歩兵や騎兵を殺傷する為の物でしたが、参謀本部はグラ・バルカス帝国がアズールレーンやロデニウス連邦軍と同等の戦車を配備していると予想し、対戦車兵器の配備を推進しています。この対戦車徹甲弾もその一環です」

 

「アズールレーンの戦車は私も見た、というより我が国はM4中戦車という戦車を輸入しているからな…あの戦車に対抗するには野砲や旧来のラ・グンドでは厳しいものがある」

 

「はい。ですので、我が国で豊富に産出され、加工技術も確立しているタングステンを砲弾としました。タングステンは重く硬いので高い運動エネルギーを発揮し、そのエネルギーで敵戦車の装甲を貫通出来る筈です。ただ、角度によっては跳弾してしまうので滑り止めとして軟鋼の外殻を取り付けてあります」

 

「なるほど…装甲に軟鋼が食い付き、運動エネルギーが逸れるのを防ぐのだな?」

 

理解の早いホクゴウの言葉に満足した様子で話を続けるソーミ。

 

「閣下の仰る通りです。そのかいもあり本砲弾は76mm砲から発射した場合、1000mの距離から130mmの均一圧延鋼板を貫通する事が出来ます。おそらく、この手の砲としては世界最高クラスと言っても過言ではないでしょう」

 

「なるほど…しかし、それほどの貫通力を持つと言う事は初速も相当な物だろう?新造砲ならまだしも、やはり旧来の砲ではその徹甲弾は使えないのか?」

 

「ご心配無く。確かにこの徹甲弾は旧来の砲では使えませんが、代わりの旧来の砲でも使用出来る新型砲弾を開発しています。これは運動エネルギーではなく、炸薬の爆発力を利用する物なのですが…まあ、今のところ開発は順調です。来年の国際大演習に間に合うかどうかは怪しいところですがね」

 

やや謙遜気味に告げるソーミだが、ホクゴウはそんな彼の肩を軽く叩いて激励した。

 

「何、君達の技術力の高さと努力は十二分に承知しているとも。短期間で素晴らしい兵器を作り上げた事は誇っても…」

 

──ゴシャアッ!

 

「ケンカだぁぁ!」

「誰と誰がやってんだ!?」

「イレールとガエタンの技術者の取っ組み合いだ!」

 

歩いて来た方から聴こえる喧騒…ホクゴウは何処か遠い目をしてこう締め括った。

 

「…あまり熱中し過ぎないように。少なくともああはならないでくれ…」

 

「は、はい…」

 

頭を抱えるホクゴウに対し、ソーミは愛想笑いを浮かべながらそう返す他無かった。




ムー変化編は次回でとりあえず一区切りです


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156.人事異動

なんだか久々に登場する面子ですね
久々過ぎてキャラを忘れかけてます


あと、なんでアズレンは11月の終わりにバカンスとビーチバレーをさせつつ水着を買わせようとするのでしょう?
季節感狂うわ!


──中央暦1640年12月20日午前10時、サモア基地ウポル島工業地区集会所──

 

サモア基地ウポル島の一角にある工業地区集会所。その大ホールに多くの人々が列を成していた。

 

「しまった…出遅れたな…」

 

長蛇の列の最後尾に並んだ男性…ムーからの留学生であるマイラス・ルクレールが苦々しい表情を浮かべて呟いた。

 

「これがムー統括軍名物、年末人事異動の大行列…書類を受け取るだけとは言え、中々に時間がかかりそうです…」

 

そんなマイラスの右腕に自らの腕を絡め、スレンダーな肢体を押し付けている少女…平行世界のムーが建造した戦艦がKAN-SENとなった存在、ラ・ツマサが同じくげんなりした様子で彼の言葉に同意した。

ムーの人事異動発表は年末に行われ、新年には新たな部署で仕事始めが出来るような体制となっている。

その為、ムーでは年末に人事関係の部署に大行列が出来るのが恒例となっているのだ。

そして、それはサモアに滞在するムー国人も同じなようだ。

 

「おーい!マイラス、ラ・ツマサ!」

 

そんな二人に声をかける男性…マイラスの友人であり、戦術士官であるラッサン・デヴリンだ。何故か制服ではなく、ジャージ姿で首にはタオルを掛けている。

 

「おぉ、ラッサン。シャワーを浴びたのか?」

 

「何、朝帰り?少し弛んでるね」

 

そんなラッサンの姿に首を傾げるマイラスと、ジト目で見てくるラ・ツマサ。

それに対しラッサンは頷きながら応えた。

 

「朝帰りは朝帰りだが…想像してるような事じゃないぞ。真夜中に叩き起こされて…ダメージコントロール訓練を叩き込まれてた」

 

「あぁ…それは大事な訓練だな。いくら優れた軍艦を持っていても、ダメコンが上手く出来なければ消耗するばかりになるからな」

 

そう、ラッサンのような戦術士官を始めとした武官達は戦術や兵器の運用方法だけではなく、より進歩した兵站管理方法や緊急事態への対処方法を学んでいた。

その一環として、軍艦のダメージコントロール訓練を行っているのだが…それが中々に厳しいものだった。

 

「ヨークタウンさん…大人しそうな割にかなり厳しいんだよ…笑顔でダメ出しされるのは結構来るモノがあるな…」

 

数日の間ダメージコントロール訓練用の施設で寝泊まりをし、ある日突然《浸水発生!》のアナウンスで叩き起こされて浸水箇所に向かう。

そうして浸水発生箇所にたどり着くと、破孔を毛布やマットで塞いで流入する海水の勢いを抑え、その隙に木材で壁や支柱を作って破孔を完全に塞いだ後に排水ポンプで溜まった海水を排出する…しかし、それで終わりな訳がない。

更に浸水発生のアナウンスが流れ、一晩中ダメージコントロールの為に訓練施設内を駆け回る事となる。

それで明け方に訓練が終了するのだが、訓練教官であるKAN-SEN『ヨークタウン』から小一時間ほど改善点等を言われ、ビショ濡れのまま次は火災消火訓練を行う。

かなりスパルタな訓練だが、そのかいもあってムー海軍のダメコン技術はこれまでとは比べ物にならない程に向上していた。

 

「それは…大変だったな。お疲れさん」

 

「ラッサンの割には頑張ったみたいね」

 

「ラ・ツマサ…それは褒めてるのか?」

 

そんなやり取りをしていた三人だが、その隣を一人の紳士が通りかかる。

 

「おや…君達は…」

 

カイゼル髭に黒い詰め襟をキッチリと着込んだ紳士然とした武官、かつて改良型マリンの運用テストを行っていたアックタ・ローメルである。

 

「あ、貴方は!」

 

「なんだ、マイラス。知ってるのか?」

 

アックタの姿を目にし驚くマイラスと、何故マイラスが驚いているのかイマイチ理解していないラッサン。

すると、ラ・ツマサが呆れたような口調でラッサンに解説する。

 

「はぁ…ラッサン、この方を知らないの?この方はアックタ・ローメル大佐。マリン開発時にテストパイロットを務め、"ミスター・マリン"と呼ばれる程の腕前を持つ凄腕パイロットよ」

 

「レディーラ・ツマサ、それは過大評価だよ。私はあくまでもただのテストパイロット…"公式"な撃墜記録は持たない、一般的なムーの戦闘機パイロットでしかないよ」

 

謙遜するような物言いではあるが、マリン制式採用にあたって彼は多くのテストを行い、細かな改善点を洗い出してきた。

その功績は図り知れず、一部では"マリンの父"とまで言われている。

 

「アックタ大佐。失礼ですが、昇進等は…」

 

おずおずとマイラスがアックタに問いかける。

彼は先の対パーパルディア戦において義勇軍扱いとは言え、多数のワイバーンロードを撃墜した腕前もさる事ながら様々な戦術を学び、教導隊の資格も取得している。それらを踏まえれば、昇進してもおかしくはないだろう。

 

「私は将軍位に就けるような教育は受けていなくてね。昇進は出来ないが…今度新設される艦隊の飛行隊司令官へ内定したよ。話によれば、ムー海軍で最も多くの空母を擁する艦隊だとか…」

 

「おぉ!それはそれは…」

 

「すみませーん!認識票をお願いしまーす!」

 

ラッサンがアックタに祝福の言葉をかけようとするが、人事部職員の呼びかけにより遮られた。

それにより漸く自分たちの番が来た事に気付いたマイラスとラッサンは、首に掛けている認識票をいそいそと外し始めた。

 

「では、私はこれで失礼する。君達は若い…煌めくような未来があるよう、祈っておくよ」

 

軽く会釈し、その場を後にするアックタ。

マイラスは人事部職員に自分の認識票を提出しつつ、彼の背に声をかけた。

 

「ありがとうございます!また、いずれ何処かで!」

 

振り向かずに手を振り歩き去ってゆくアックタの姿から視線を剥がし、人事部職員に目を向けるマイラス。

その隣では、ラッサンも認識票を出していた。

 

「情報通信部のマイラス・ルクレール中尉と、戦術参謀部のラッサン・デヴリン中尉ですね。えー…っと…これと…これですね」

 

人事部職員が2通の封筒を取り出し、1通ずつマイラスとラッサンに手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「どうも、ありがとうございます」

 

人事部職員に会釈しそれぞれ封筒を受け取ると、直ぐにホールの角に移動して封筒を開けにかかった。

 

「どうかなぁ…昇進とかしてるかな?」

 

「さぁな。配置換えぐらいはあっても、そう簡単には昇進出来ないだろ」

 

「主の功績を踏まえれば昇進なんて余裕ですよ!主が設計した戦車の評判も上々と聞きますし…佐官にもなれますよ!あ、ラッサンもそれなりには成績優秀だから期待していいんじゃない?」

 

やや期待するマイラスと、特に期待もしていなさそうなラッサン。そして、マイラスに多大なる期待を寄せつつラッサンにもそれなりの期待をするラ・ツマサ。

 

──ガサッ…

 

封筒を開け、ほぼ同時に中身を取り出す二人。

 

「「……」」

 

だが、二人は落胆のため息をつくでもなく、歓喜の声をあげるでもなく、取り出した書類の文面に釘付けとなっていた。

 

「主?ラッサン?」

 

まるで彫像のように固まってしまった二人の様子を不審に思ったラ・ツマサが首を傾げ、その手にある書類を覗き込む。

二人の人事異動に関する書類…辞令にはそれぞれこう書かれていた。

 

──情報通信部所属マイラス・ルクレール中尉を軍備総監部へ異動とし、新設予定の『先進兵器技術課』の課長に任命する。また、これに伴い中尉から少佐へ昇進とする。

 

──戦術参謀部所属ラッサン・デヴリン中尉を海軍へ異動とし、配備予定の巡洋戦艦『ラ・アカギ(仮称)』艦長に任命する。また、これに伴い中尉から中佐へ昇進とする。

 

昇進や栄転どころの騒ぎではない。

マイラスは佐官へ昇進した上に、軍備総監部というムー統括軍の兵器を研究開発する部署に配置換えとなった上、課長職に任命。

ラッサンも佐官への昇進は勿論、戦艦の艦長へ任命された。

余りにも衝撃的な人事にマイラスとラッサン、ラ・ツマサは暫しその場で硬直していた。




気付けば一年が終わろうとしている…新年イベントは何が来るんでしょうか…
いや、クリスマス生放送が先か


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157.残党狩りと祝福の鐘

そう言えば12月にセイレーン作戦やるって話ですが…そうなると通常イベントはどうなるんですかね?
いや、そもそもセイレーン作戦予定通り出来るのか?


──中央暦1640年12月5日午後8時、某所──

 

とある都市の郊外に建ち並ぶ倉庫の内の一棟。

外壁に蔦が絡み換気窓も板が打ち付けられており、長らく使われていないように見える。

しかし、そんな倉庫の中では隙間から射し込む月光に微かに照らされた十数人の人影が蠢いていた。

 

「ふん、簒奪者共め…蛮族に尻尾を振るような輩が大手を振って表を歩いているのはガマンならん」

 

その内の一人がまるで吐き捨てるように呟く。

 

「そうだな…正に厚顔無恥とは奴らの為にある言葉だ。だが、連中の運命も明日には終わる」

「あぁ、皇国はまだ負けていない。蛮族共に洗脳された連中が…あの売国奴達さえ排除出来れば同志達も立ち上がり、皇国復興の悲願は成されるであろう」

「噂によれば皇族女性が奴らの本拠地に連行された、とも聞く…おそらくは、ルディアス陛下の婚約者であったレミール様だ。ルディアス陛下が崩御された今、皇国の求心力を取り戻すにはあのお方を奪還せねば」

 

ボソボソと小さな声で話し合う男達。

その場に集まっている男達は皆、瞳をギラつかせておりその手には剣やマスケット銃を携えていた。

 

「よし、では作戦を確認するぞ。明日、パラディス城跡地にて行われる式典を奇襲、火薬を詰めた樽を満載した馬車を突っ込ませ爆破する。それと共に各地に潜伏しているであろう同志達に決起を促す魔信を流し、同時多発的に蛮族の基地を制圧し兵器を鹵獲して連中をフィルアデス大陸から追い出し、逆侵攻をかける…完璧な作戦だ」

 

リーダー格と思わしき男が放置されていた木箱に腰掛け、得意気に述べる。

それを聞いた男達はニヤニヤとした笑みを浮かべた。

 

「奴らの本拠地を占領したら、そこに居る連中は好きにしていいんですよね?」

「ヘッヘッヘッ…蛮族のクセに中々にソソる女がいるんだ」

「俺はあの女がいいなぁ…デケェ鉄の箱と筒を運んできた乳がバカデカイ、牛みてぇな女だ」

 

下品な笑みを浮かべ、飢えた獣のように舌なめずりをする男達…だが、それは謎の落下物により中断された。

 

──カランッ…

 

「あ?」

 

男達の輪の中心に落下した物体。

それは筒のような形をしており、側面にはいくつもの穴が空いている。

それが何か確かめるべく手を伸ばすが…

 

──バンッ!

 

耳が聴こえなくなる程の轟音と、視界が真っ白に塗り潰される程の閃光が迸り男達の聴覚と視界を奪う。

 

「ぐあっ!な、何がぁっ!?」

 

防衛本能から反射的に蹲ってしまうリーダー格の男。

しかし、それが不味かった。

後頭部を思いっ切り殴られたかのような衝撃に襲われ、そのまま何者かによって地に組み伏せられた。

 

「動くな!治安維持隊だ!お前達をテロ未遂容疑で逮捕する!」

 

冷たい金属の腕がリーダー格の男を押さえ付け、有無を言わせぬような言葉が投げ掛けられる。

 

「なっ…貴様らは売国奴の走狗ではないか!えぇい、離せ!」

 

「ふんっ…理想に酔い、無差別殺人を企てるような畜生よりは売国奴の狗の方が数倍マシだ」

 

リーダー格の男を取り押さえ、その頭に黒い金属の筒を突き付けた黒ずくめの男が呆れたように応えた。

 

「隊長!密告の通り、火薬や武器が大量にありました!」

 

すると、黒ずくめの男の仲間らしき者が荷馬車に掛かっていた幌を捲って積荷を指差す。

そこには剣やマスケット銃、いくつもの樽が積み上げられており、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

「密告…?密告だと!?」

 

黒ずくめの男の仲間の言葉に驚愕し、目を見開くリーダー格の男。

それに対し、黒ずくめの男は諭すように告げた。

 

「そうだ。お前達のテロ計画を我々に知らせてくれたのは一般市民だ。お前達は国を思って行動を起こそうとしたのかも知れんが…市民はそんな事、望んでいない。今のままでも人々は不自由無く暮らし、平和と繁栄を甘受する事が出来るんだ。お前達がやろうとした事は…無差別殺人を引き起こし、市民を戦乱に巻き込む事にしかならない。もう諦めろ」

 

「嘘だ…そんな筈は無い…人々はパーパルディア皇国の栄光を…」

 

黒ずくめの男の言葉に消沈してしまったのか、脱力するリーダー格の男。

それは彼だけではない。この廃倉庫に集まった男達全員が取り押さえられ、或いは銃口を突き付けられ全てを諦めたような表情を浮かべていた。

 

「よし、全員拘束しろ。抵抗したら射殺も止む無しだが…全員に裁判を受けさせ、罪を償わせるんだ」

 

「了解!」

 

黒ずくめの男からの指示を受け、彼の仲間が男達を手錠で拘束してゆく。

その光景を見ながら黒ずくめの男は、胸を撫で下ろしながら呟いた。

 

「お嬢様とカイオス様が掴んだ平和…こんな事で潰される訳にはいかんな」

 

 

──中央暦1640年12月6日午前10時、自由フィシャヌス帝国首都エストシラント──

 

『パーパルディア皇国解体戦争』より1年弱、パーパルディア皇国の後継国である『自由フィシャヌス帝国』の正式な建国より凡そ10ヶ月…再び首都となったエストシラントは8割方復興され、市街地は活気を取り戻していた。

そんなエストシラントの中心部に位置する丘の上、かつてパラディス城が聳え立っていた場所は芝生や広葉樹が植えられ、緑溢れる公園となっていた。

 

「それでは皆様、本日の主役の登場です!大きな拍手を!」

 

しかし、今日は少し様子が違った。

公園の敷地には椅子が整然と並べられており、そこには礼服に身を包んだ政治家や各国の大使が着席し、設置された演台では可愛らしい声の若い女性…元皇軍通信士パイが笑顔で参列者に拍手を促した。

彼女の言葉に従い、割れんばかりの拍手をする参列者。

すると、椅子の間に敷かれたレッドカーペットを踏み締めながら一組の男女が姿を表した。

 

「カイオス首相、エルト外相。どうぞ前へ!」

 

一層強くなる拍手。

それを受けタキシードを着用したカイオスと、純白のドレスを着用したエルトは手を繋いで一歩一歩踏み締めるように演台へと向かう。

 

「ふっ…まさか、私とお前がこうなるとはな…」

 

「私も同じ気持ちだ。もう結婚は諦めていたのだが…人生、何が起きるか分からんものだ」

 

前を向いたまま小さな声で言葉を交わすカイオスとエルト。

そう、今日はカイオスとエルトの結婚式なのだ。

若かりし頃に交際し、互いの仕事によってすれ違っていた二人だが、首相と外相という地位になった事で共に仕事をする事が多くなり、今まで以上に親密になった結果いつの間にかヨリを戻して結婚まで漕ぎつけた。

 

「では、皇帝ファルミール陛下より祝福のお言葉を頂きます。もし、宜しければ参列者の皆様もご起立をお願いします」

 

演台の前にカイオスとエルトが立ったのを確認したパイは、演台から見て右側に最敬礼すると静かに演台を降りた。

そしてパイの代わりに演台に登ったのは、簡素な式典用ドレスを着用した自由フィシャヌス帝国初代皇帝のファルミールだ。

彼女は静かな笑みを浮かべると一礼し、口を開いた。

 

「まずはカイオスさん、エルトさん。ご結婚、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

ファルミールからの祝福に、深々と頭を下げて感謝するカイオスとエルト。

 

「そして、本日お集まり下さいました皆様。二人の門出を祝福して下さる事に感謝致します。ありがとうございます」

 

続いて起立した参列者に頭を下げ、感謝の意を示すファルミール。

それに対し参列者も頭を下げて応えた。

 

「さて…先の戦争から凡そ1年。町並みの復興は大きく進みましたが、人々の心には戦乱の爪痕が深く残っています。しかし我々は立ち上がり、新たな未来へと歩まなければなりません。そんな中、お二人が手を取り合い、共に歩む姿は人々に希望を与える事となるでしょう。私はそれを期待し、お二人の新たな門出を祝福致します。改めまして…ご結婚、おめでとうございます」

 

祝辞を述べ、頭を深々と下げて締め括るファルミール。

それに合わせてカイオスとエルトも頭を下げ、参列者は静かに拍手をした。

 

「ファルミール陛下、ありがとうございます。では続きまして、祝報のご紹介を…」

 

ファルミールが演台から降り、代わりに再びパイが登壇して各国から寄せられた祝報を読み上げる。

 

「エルト」

 

「どうした?」

 

読み上げられる祝報を邪魔せぬように小声でエルトに声をかけるカイオス。

 

「私は…この国を真の先進国にしてみせる。私の任期中には難しいかもしれんが…」

 

「何を言うか。お前は私の夫…妻の仕事は夫を支える事だぞ?一人で気負うな、私も全力で手伝うさ」

 

何とも力強いエルト…妻の言葉にカイオスは少し困ったような、しかし幸せそうな笑顔を浮かべた。

 




エロバレーコラボのキャラって運の数値がヒップサイズと同じらしいですね
ヨースターは変態しか居ないのか…(今更)


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158.クリスマスプレゼント

そろそろ前書きのネタが無くなってきました…
という事で、ものすごく私事ですが…前から欲しかった電熱グローブを買いました
今までなんで買わなかったんだ!となるぐらい快適です


──中央暦1640年12月20日午後1時、工業都市デュロ──

 

かつては第三文明圏随一の工業都市であり、パーパルディア皇国の工業力を支えていた工業都市デュロ。

先の戦争では大規模な空襲や艦砲射撃、陸戦が行われたため市街地の半分以上が焼け落ちる被害を被った。

しかし今では復興も進み、民需品製造に舵を切って新たな道を歩み始めている。

 

「ふぅ…やはりこの辺りは冷えるな…」

 

未だに更地が目立つデュロの街並みを歩む男の姿があった。

何処にでも居そうな20代後半の男だが、首から下げた飛竜の鱗と指輪が特徴的だ。

 

「あ、ヴァルハルさん!」

 

「ん?」

 

北風に耐えるように首を縮め、早足であるいていた男…ヴァルハルの耳に別の男の声が届く。

 

「あぁ…シウス"園長"、こんにちは」

 

ヴァルハルは何も目的もなく歩いていた訳ではない。

とある用事があってここに来たのだ。

 

「ははっ…まだ園長と呼ばれるのには馴れませんね…」

 

恥ずかしそうに頭掻く元パーパルディア皇国海軍提督のシウス。

そんな彼が立つ場所の隣には門柱が建っており、そこには『帝国立・慈愛の園』という表札が掲げられていた。

そう、ここは先の戦争により夫を無くした妻子や両親を亡くした子、負傷し満足に働けなくなった元兵士達を保護する施設だ。

このような施設は自由フィシャヌス帝国内各地に設置され、治安維持や現政権の支持率向上に一役かっている。

 

「それで、最近はどうです?何か不足している物等はありませんか?」

 

「特に不足している物はありません。この土地もシャアダ市長が寄付して下さいましたし、ロデニウス連邦から農機具やミシン、タイプライター等の寄付も頂いたのでそれらを使って多少は生活費も賄えます」

 

「子供は虫除けの材料になる花の栽培、未亡人達は衣料品の製造、元兵士達は写本をしているのでしたね」

 

「はい。皆、毎日暖かい食事と寝床にありつけるのはありがたい事だ、と口々に言ってますよ」

 

先の戦争によるトラウマで海に出られなくなってしまったシウスだが、今はこうして施設の園長として人々の為に働いている。

その顔は軍人であった時よりも晴れやかで、何とも清々しいものだ。

 

「それは良かった。ですが…たまには贅沢するのも悪くは無いと思いますよ?」

 

シウスの言葉に満足したように頷くヴァルハルだが、外套の懐から一通の封筒を取り出してシウスに差し出した。

 

「これは…?」

 

「"ミスターX"からです。クリスマス…という祝い事に贈るプレゼントとの事です」

 

シウスが封筒を開け中身を確認すると、そこには一枚のカードが入っていた。

 

「ミスターX…感謝してもしきれません…」

 

カードを両手で持ち、天に掲げながら深々と頭を下げるシウス。

ミスターX…それは保護施設に寄付をしている謎の人物である。

毎月このようにしてアズールレーン所属の連絡員が保護施設にミスターXからだと言ってカードを持ってくる。それを各地のロデニウス連邦銀行の支店に持って行けば貸し金庫にいつの間にか預けられている金貨や銀貨と交換出来るようになっているのだ。

各施設はそれを換金し、運営費に宛てているのだが…一つだけ問題がある。

ミスターXの正体が不明なのだ。

アズールレーンの連絡員を経由して寄付される為アズールレーン関係者だとも言われるが、それ以上の事は不明である。

 

「いつもの如く、礼は不要との事です」

 

「謙虚なお方なのですね…いつかは直接お礼をしたい所なのですが…あ、ヴァルハルさん。お茶でもいかがですか?」

 

「いえ、私はこの後シャアダ市長との面会がありますので…」

 

「左様ですか…では、またの機会に」

 

「はい、では…」

 

シウスに別れを告げ、市庁舎の方へ歩き出すヴァルハル。

今にも雪が降りそうな鉛色の空を見上げ、白い吐息と共にポツリと呟いた。

 

「ふぅ…謙虚ではないな…アイツは…」

 

その呟きは寒空に溶け、側を通り過ぎたトラックの騒音に掻き消された。

 

 

──同日、旧クイラ王国『ジャンクヤード』──

 

ところ変わってロデニウス大陸旧クイラ王国の砂漠地帯。

12月になってもこの地域は相変わらずカラッとした熱い風が吹いていた。

 

「おぉ、コイツだコイツだ!これがお前さん達には丁度いいだろう」

 

そんな砂漠のド真ん中。カマボコ型の倉庫が建ち並ぶ平地の一角で、イボのある鷲鼻が特徴的な一人の老人が大きなキャンバス地を捲りながら笑みを浮べてそう述べた。

 

「ほれ、若造!コイツを取れ!」

 

「爺さん…私はレクマイアという名前がある。…このまま引っ張ればいいのか?」

 

老人からキャンバス地を取るように指示された若者…元パーパルディア皇国国家監察軍の特A級竜騎士であり、現自由フィシャヌス帝国防衛空軍のレクマイアが半ば諦めた様子で老人の指示に従い、キャンバス地の端を引っ張った。

 

──バサッ…

 

レクマイアの手により取り払われたキャンバス地の下から現れたのは、翼の生えた樽の様な物体だった。

 

「これが…」

 

「そう、コイツがお前さん達に売る戦闘機…北連製の『I-16』さ!」

 

樽のように太く寸詰まりな胴体に、低翼配置の幅広テーパー翼。二枚羽のプロペラと、シャッター付きのエンジンカウルが特徴的な戦闘機、『I-16』である。

 

「本当に売ってくれるのか?まだ使えそうだが…」

 

「まあ、細かい事は気にしちゃいけねぇ。販売許可は下りてるんだ。お前さん達に売っても問題はねぇさ。勿論、訓練費用もコミコミさ」

 

レクマイアがI-16の機体を一通り観察し、辺りを見回す。

彼の目に映るのは荒野に大量に並ぶキャンバス地の盛り上がり…全てカバーが掛けられた航空機や車両だ。

ここは通称『ジャンクヤード』、サモア基地の倉庫に詰め込まれていたり転移後に作り過ぎたりした兵器をモスボール処理し、保管しておくための場所だ。

打ち捨てられているようにも見えるが、燃料や弾薬を抜いて各所にグリスを塗りたくっているため整備をすれば直ぐに使える状態となっている。

因みに先程からレクマイアと話している老人は、転移前に指揮官からスカウトされた武器商人らしい。

 

「まあ、ともかく安く売ってくれるのはありがたい。ワイバーンは食費がかかるからな…飛ばさなくても予算を圧迫するんだ」

 

「確かになぁ…ワイバーンは静かに飛べるが、使わない時は無駄飯喰らいだしなぁ…」

 

レクマイアの言葉に同意した老人が腕を組み、うんうんと頷く。

確かにレクマイアの言う通り、ワイバーンは地上待機中でもエサが必要となる。これが自由フィシャヌス帝国の悩みの種だった。

確かに国防は大事だが、民を飢えさせない為にも食料は無駄に出来ない。そして、待機中のワイバーンに与えるエサは無駄の筆頭だ。

それ故、首相であるカイオスが交渉し航空機や車両の輸入を行う事となったのだ。

 

「まあ、何はともあれこれで国を護る事が出来る。次は剣としてではなく、盾として国に尽くそう」

 

厚い主翼をコンコンッと軽く叩き、決意を新たにするレクマイア。

しかし、老人はそれに構わず小脇に抱えていたバインダーを開いて、綴じている書類を捲っていた。

 

「そんじゃあ、車両の方も見ていくかい?対空連装機銃を搭載したハーフトラックがあるぞ?」

 

「いや…陸の方は後日、ブレム将軍が確認されるとの事だ。詳しい説明は将軍に頼む」

 

I-16の胴体に寄りかかりながら応えるレクマイアと、了解の意を示すようにバインダーを閉じる老人。

その後、来訪したブレム将軍により売買契約が結ばれ、正式に自由フィシャヌス帝国へロデニウス連邦製の兵器が格安で輸出される事となった。




次回からはミ帝編をやりたいと思います

ところで、WWⅡ型の駆逐艦にMk.13発射機って搭載出来ると思います?
主砲を撤去したら入りそうな気がするような…しないような…


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159.木製の驚異

前話のあとがきについてのアドバイス、色々とありがとうございます
やはり大戦型駆逐艦にターターは厳しいですねぇ…
となると、対空は機銃や速射砲に任せて魚雷の代わりにP-15でも搭載しますか。あれ、ミサイル艇でも使えるぐらいですし
あ、でもシースパローなら行けたりするんですかね?元になったスパローは戦闘機に搭載出来る装備で運用出来ますし。…素人の考えですかね?


──中央暦1640年12月3日午後1時、神聖ミリシアル帝国ルーンズヴァレッタ魔導学院──

 

世界最強と名高い神聖ミリシアル帝国だが、その技術力を支えているのは魔導学院と呼ばれる学術研究機関である。

帝国領内の主要な都市に置かれ、学生達の憧れの的になっている魔導学院だが、その中でも一際格式高い魔導学院が2校存在する。

一つは首都にあり、帝国最高学府の名を欲しいままにする『ルーンポリス魔導学院』。そしてもう一つは、二番手ながら航空機開発においてはルーンポリス魔導学院をも上回る『ルーンズヴァレッタ魔導学院』である。

エリート中のエリート揃い、人々の羨望を集める魔導学院の技術者や研究者だが…今日ばかりは一様に阿呆のように口をポカンと開け、空を見上げている。

 

──ゴォォォォォォォ…

 

彼らの視線の先にある空に響き渡る轟音…その轟音を響かせているのは、銀翼を煌めかせ複雑な空戦機動を行う二機の航空機だった。

1機は逆ガル翼とT字型尾翼が特徴的な戦闘機、神聖ミリシアル帝国が誇る戦闘爆撃機型天の浮舟『ジグラント2』である。

最高速度510km/hを誇り、最大520kgの魔導爆弾を搭載可能という汎用性の高い機体である。

対するもう1機は、幅広の主翼に前後に短い卵型の胴体。後方に伸びた二本の桁と主翼端に取り付けられた流線型の燃料タンクが特徴的な戦闘機『シーヴェノム』だ。

そう、一時期アズールレーンが使用していたジェット戦闘機、シーヴェノムである。

しかし、何故アズールレーンの戦闘機が神聖ミリシアル帝国の空を飛んでいるのか?それには理由があった。

 

「ありえん…文明圏外国の戦闘機に我が国の天の浮舟が負けるなぞ…」

 

顔を青くした中年男性、ルーンズヴァレッタ魔導学院主席…つまりは最高責任者であるジンドリン・マレマヤが震える声で呟いた。

彼の言う通り、ジグラント2はシーヴェノムにより追い回され、或いは容易く追い抜かれたりと明らかに弄ばれている。

確かにジグラント2は純粋な制空戦闘機ではない為、運動性も最高速度も制空戦闘機『エルペシオ3』には劣る。

しかしジンドリンの目には、エルペシオ3を以てしてもシーヴェノムには勝てないであろう事が理解出来た。

 

「我々が苦心して開発した天の浮舟が…陛下のお言葉は、紛れも無い真実だったという事か…」

 

膝から崩れ落ち、模擬戦を終えて着陸する両機に目を向けるジンドリン。

 

──「ロデニウス連邦及びアズールレーンと協力し、対魔帝兵器の研究開発をせよ。彼らの技術力は確かなモノであるため、対等な関係で向き合うべし」

 

凡そ2ヶ月前、そんな内容の書簡がミリシアル8世の名で届けられた。

始めはジンドリン以下学院の面々皆が驚き、困惑した。

ロデニウス連邦とアズールレーンの名ぐらいは知っている。パーパルディア皇国を下し、新たなる列強に名を上げた国家と、ロデニウス連邦を中心とする第四文明圏の防衛軍を名乗る組織だ。

確かに、パーパルディア皇国を下した事は目を見張る事実だろう。しかし、所詮パーパルディア皇国は下位列強…上位列強から見れば地域大国の域を出ない。

そんな下位列強を下したからと言って、確かな技術力を持っているとは考え難い。良くてマギカライヒ共同体、悪くて数ばかり揃えたレイフォルぐらいだろうと言うのがルーンズヴァレッタ魔導学院の面々の認識だった。

それ故、彼らはとうとう皇帝が錯乱したと思い、国の行く末を憂いた。

 

「魔帝の模倣しか出来ない我々に…陛下が試練を与えて下さったのか…?」

 

実際にロデニウス連邦とアズールレーンの兵器を見た時も、その認識は変わらなかった。

輸送船で運び込まれたシーヴェノムの姿は彼らから見たら珍妙で、コミカルな形に思えた。

その時点では模型か、或いはグライダーのような物だと思い込み、幾人かは笑いを堪えていた。しかも、機体の観察をしてみれば操縦席周りが木製だという事が判明した時には笑いを堪えられなくなり、皆クスクスと嘲笑してしまった。

しかし、来訪したアズールレーンの技術者は嘲笑に怒る事もなく、彼らにこう提案した。

 

──「どうですか?そちらの戦闘機と、こちらの戦闘機…模擬戦で性能を比べてみませんか?」

 

その言葉を聞いたジンドリンは二つ返事で承諾し、学院に配備されている試験用のジグラント2と偶然居合わせた軍で同機を操っているパイロット、オメガ・アルパを以て模擬戦に挑む事となったのだが…結果は散々なものであった。

まず、離陸からしてシーヴェノムの方が短距離で離陸し、飛び立った後も加速・速度・運動性能でジグラント2を圧倒した。

自分達が苦心して作り上げた戦闘機が、ぽっと出の新興国の戦闘機に惨敗する…そんな信じ難い現実を目の当たりにした学院の面々は頭を抱え、シーヴェノムを嘲笑した自らを恥じていた。

 

「どうです?我々の戦闘機は。中々のものでしょう」

 

すっかりお通夜モードなジンドリン達に一人の老紳士が声をかけた。

アズールレーンに兵器を供給するヴィスカー社の技術者だ。

実はヴィスカー社だが、シーヴェノムの開発成功に気を良くして制式採用前に大量生産に踏み切ったまでは良かったが、直後にクロキッド社が超音速機の開発に成功し同機が制式採用されたため、大量の不良在庫を抱える羽目になってしまったのだ。

それ故、在庫処分の為に指揮官へ直訴して輸出許可を得た後、各国に売り込みをかけている。

 

「は…はは…確かに…素晴らしい性能ですね…どのようなエンジンを使用しているのですか?」

 

「あれに使われているのは、遠心式ターボジェットエンジンと呼ばれる物です。そちらの戦闘機のエンジンは見たところ軸流式のようですが…遠心式は軸流式に比べ、高出力化が難しいという欠点こそありますが、部品点数が少なく頑丈かつ低コストな仕上がりとなります。まあ、出力が低いと言っても900km/hは出せるので現状、大きな問題はありませんがね」

 

「なんと…」

 

ジンドリンとヴィスカー社の技術者が話していると、駐機場に停まったジグラント2とシーヴェノムからパイロットが降りてきた。

ジグラント2のパイロットを務めたオメガ・アルパは傍から見ても分かる程に憔悴しきっており、一方シーヴェノムのパイロットはまだまだ余力を残しているように見える。

 

「それに、今回は"猫目"の腕前のお陰でもありますね」

 

「猫目…?そちらのパイロットの異名か何かですか?」

 

「まあ、そんなところです。それより…どうです?このシーヴェノム、買いませんか?今ならお安く…そちらの液体魔石に対応出来るように改修も致しますよ」

 

「液体魔石も使えるのですか!?」

 

「はい。そちらから頂いたサンプルを解析したところ、我々が使用する燃料と非常に似通った性質を有しておりました。我々の見立てでは、多少の改修で液体魔石に対応出来る筈です」

 

液体魔石も使えると言うなら少なくとも燃料問題は解決だ。

後は武装の問題だが、これは国産の魔光砲に換装してしまえばよい。

 

「なるほど…私としては是非導入したい所ですが…軍に採用されるかは私の一存では決めかねます。しかし、評価試験用として数機購入したいのですが…よろしいでしょうか?」

 

「勿論です!いやー、良かった良かった」

 

満面の笑みを浮べ、ジンドリンに握手を求める技術者。

ジンドリンはそれに応え、彼の手を握った。




多分、ミ帝は無理にターボファン使うより遠心式使った方がいいと思うんです

あと、今年もやって参りましたアズレンクリスマス生放送!
セイレーン作戦の詳細がついに!?
あの世界一カッコいいウサミミこと闇落ち飛龍早く使わせてくれ!


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160.魔法文明の意地

色々と調べてましたが、スペイン製のCIWSって凄い変態的ですよね
往年のポンポン砲を思い出しました
まあ、性能は段違いでしょうが


──中央暦1640年12月11日午前11時神聖ミリシアル帝国ルーンポリス魔導学院──  

 

神聖ミリシアル帝国魔導学院双璧の片割れであるルーンズヴァレッタ魔導学院がロデニウス連邦及びアズールレーンから提供されたシーヴェノムの評価試験をしている頃、最高学府であるルーンポリス魔導学院でもとある兵器の評価試験が行われていた。

 

「発射5秒前ー!4…3…2…1…発射!」

 

──カシュンッ!

 

試験場に設置されたバリスタの弦が空気を裂き、装填された太矢を発射する。

発射された太矢は独特な風切り音を放ち、空を進み…

 

──バンッ!

 

緩やかにカーブし、バリスタの射線上から右斜め方向でプカプカと浮かんでいたバルーンに直撃した。

 

「おお!当たった!」

「伝え聞いていた誘導魔光弾とは些か違うが…」

「だが、照準器を覗くだけで目標を指定出来るのは画期的だ!天の浮舟に搭載出来れば空対空能力を一気に向上出来るぞ!」

 

評価試験の参加者が一様に驚嘆し、歓喜の声をあげる。

 

「いやぁ…流石は魔法文明の総本山。我々は魔法の事となると力押ししか出来ませぬ」

 

参加者の中に混ざっていたガッチリした体格の男性…作務衣姿に頭には手拭いを巻いた刀鍛冶か職人にしか見えない蔵王重工の技術者が感心したように呟く。

そう、現在行われている評価試験の対象となっているのはアズールレーンが開発した誘導型風神の矢『バイアクヘー』とその照準器『燃える三眼』である。

当初は新興国がそのような物を開発した事に腰を抜かし、恐れおののいていたミリシアル側だったが、原理を教えサンプルを幾つか提供すると10日程で改良型を製作していた。

と言うのも、実はアズールレーンが開発した魔法誘導兵器はどれもこれも無駄に高出力かつ高機能なくせに、基礎の部分がイマイチなのだ。

例えるなら、扇風機を作れと言われたのにV8エンジンを動力に幾つもの減速ギアを介して羽根を回す扇風機を作ってしまったようなものだ。

一方のミリシアルは魔力の低消費化が得意だった。と言うのもミリシアルの兵器の元になった魔帝の兵器は莫大な魔力量を誇る光翼人が使用する事を前提とした為、人間やエルフでは満足に動かす事すら出来ない。それ故、光翼人以外でも稼働出来るように低消費化技術を磨いたのである。

そういった事もあり、ミリシアル側は提供されたサンプルを改良し射程や誘導性能の向上を成し遂げた。

 

「いえいえ、元々は貴殿らの発想があってこそ…これが無ければ、我々は延々と誘導兵器を理解出来ないでいたでしょう」

 

謙遜するように告げたのは若々しい姿をしたエルフ族の男性、ルーンポリス魔導学院主席のハンプトク・ニッセイだった。

 

「魔力の流出量を調整し、あえて速度を犠牲とする事で射程と誘導性能を向上。しかも我々しか使えぬ『ミズホの神秘』ではなく、魔法技術で類似の物を作るとは…」

 

「貴殿らの『式神』と言う物がヒントになりした。我々が開発したゴーレム…その小型版はせいぜい玩具にしかなりませんでしたが…このような形で利用出来るとは思いもしませんでした」

 

ミリシアルが改良した『バイアクヘー』は確かな性能向上を果たしていた。

先ずは射程だがオリジナルが1km程であったのに対し、改良型は5kmもの有効射程を持つに至り、速度こそオリジナルが1000km/h程であったのに対し改良型は800km/hと遅くなってはいるがその分運動性が向上し、誘導性能はオリジナルよりも高くなっている。

その上、オリジナルはアズールレーンに所属する重桜の民にしか扱う事が出来ない『ミズホの神秘』を製造に利用していたため量産性に劣っていたが、改良型は初歩的なゴーレム技術を利用しているため一定水準の魔法文明国であれば誘導装置自体は容易に作れるというメリットがある。

 

「それに、貴殿らの開発した高純度魔石が無ければこれ程の射程は見込めなかったでしょう。我々が出来る事は他人の物を分析し、コピーするだけ…しかし、貴殿らのお陰で魔帝を模倣せずとも優れた兵器を作り上げる事が出来ると認識出来ました。これは紛れも無く我が国の夜明けとなるでしょう」

 

「そう言って頂けると、我々も開発したかいがあると言うものです」

 

深々と頭を下げるハンプトクに対し、返すように同じだけ頭を下げる蔵王重工の技術者。

ハンプトクは神聖ミリシアル帝国の最高学府たる魔導学院の主席の座にあっても研鑽を忘れぬ人物だった。

魔帝の遺跡を解析する傍ら独自技術の開発にも勤しんでおり、超大型魔導爆弾『ジビル』の開発を主導した事でも知られている。

そんな人物像であるため、彼は自国でも成し得なかった誘導兵器を独自技術で開発したアズールレーンには多大なる尊敬の念を抱いていた。

 

「ですが魔帝の誘導兵器…『誘導魔光弾』はより長い射程を持ち、オリジナルの天の浮舟は超音速で飛行するとされています。更に性能向上に努めなければ…」

 

だが、ハンプトクはまだまだ満足はしていなかった。

遺跡から発掘された魔帝の天の浮舟は超音速を意識した後退翼を持ち、伝承によれば数百kmの射程を持つ誘導兵器も配備していると伝わっている。

この程度で満足していては魔帝に打ち勝つ事なぞ夢のまた夢…故に、ハンプトクは独自に魔法誘導兵器を開発しながらも優れた科学技術力を持つロデニウス連邦及びアズールレーンとの協力は必要不可欠、という結論に行き着いた。

 

「しかし、魔帝には軍艦もありますし魔帝本土を攻撃する手段も必要となりますな。我々は対艦・対地用の誘導兵器も開発中ですが、それらは純科学技術製です。魔法技術兵器を運用している貴国で運用するのは難しいかもしれません」

 

そんな言葉を述べる蔵王重工の技術者の言葉にハンプトクは同意するように頷く。

確かに航空機を撃墜出来たとしても艦隊や陸上基地を破壊する術を持たなければ意味が無い。

一応、アズールレーンでも対艦・対地ミサイルは開発が進んでいるが、それらはミリシアルからすれば未知とも言える科学技術製であるため開発しても安定した量産体制を整えられないという理由で、

魔法技術を使った兵器の開発を進める事となったのだ。

 

「しかし…貴殿らの仲間であるヴィスカー社であったか?彼らが何とも興味深い兵器を提示していたが…」

 

「ヴィスカー社…あぁ、彼らですか…」

 

ハンプトクの言葉を聞いた蔵王重工の技術者が苦笑する。

ルーンズヴァレッタ魔導学院でシーヴェノムの評価試験を支援しているヴィスカー社だが、彼らは時にとんでもない兵器を開発する事がある。

今となっては笑い話だが、第二次セイレーン大戦直前に『対空火炎放射器』なる物を開発したと聞いた時は、彼らの研究室に殴り込みをかけた事もあった。

しかし、ハンプトクはそんな事情も知らずに自らの構想を得意気に披露する。

 

「魔力の基本は円運動ですので、我々にとってあの兵器の制御は得意分野とも言えます。確かに見た目はふざけているとしか思えませんが…水上を100km/h以上で滑走する1トンクラスの爆薬となれば対艦・対地共に十分な威力でしょう。こんな秘密兵器の図面を提供してくれたヴィスカー社にはいくら感謝しても足りません」

 

「は、はは…その言葉を聞けば彼らも喜ぶでしょう」

 

新兵器への期待からか表情が緩むハンプトク。

しかし、蔵王重工の技術者は当たり障りの無い言葉で返す事しか出来なかった。

何故なら彼は知っている。ヴィスカー社の秘密兵器とは、"他国に知られたくない秘密の兵器"という意味ではない。

秘密"にしておきたかった"兵器、という意味だという事を…




ミ帝編はあと2話ぐらいします


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161.頼るは恥だが大地に立つ

siva天様より評価10、KIYO299様より評価9を頂きました!

セイレーン作戦βテストで公開された情報が色々来てますね
ダーク飛龍とか、新アイテム『ナノセラミックアルミニウム合金』とか、ワイバーン戦闘雷撃機とか…
これで遠慮なく次世代素材やらターボプロップを使えるんですね(今更)


──中央暦1640年12月11日午前11時神聖ミリシアル帝国エリア48──  

 

神聖ミリシアル帝国領内、南西部に広がる荒れ地…バネタ地区と呼ばれる地域には『エリア48』と呼ばれる秘密基地が存在する。

外見上は岩石に覆われた低い丘にしか見えないが、その地下は広大な空洞となっており、そこには魔帝の遺跡から発掘された超兵器が秘匿されている。

そんな秘密基地の一角、魔帝の兵器を解析する為に併設された研究所では騒動が起きていた。

 

「ぶべらぁ!!」

 

白衣を着た男性研究者が背中から床に叩き付けられ、肺の中の空気を全て吐き出しながら名状しがたい悲鳴をあげる。

彼は衝撃のせいか白目を剥いて失神しており、数人の研究者が遠巻きにそれを見ていた。

 

「貴様らぁ!なんだこの体たらくは!?」

 

研究者達の視線を集めながらも、それを気にする事もなく今にも火を噴きそうな程に怒り狂っているのは七色に輝く銀髪に金銀のオッドアイが神秘的な美女、魔帝のKAN-SEN『テュポーン』だ。

 

「こんな物、ただの土人形ではないか!いいか、帝国の『機甲ゴーレム』はより優れた装甲と運動性を持ち、なおかつ様々な武装を搭載出来る汎用性が特徴だ!これでは的にしかならんぞ!」

 

烈火の如き怒声と共に傍らに立つ人形をバンバンと叩く。

身長10m程もある人形だが腕は無く、代わりに『アクタイオン25mm連装魔光砲』が直接取り付けてあり、脚は何故か3本もある。

その外見と土を固めて作られた外装のせいで不格好な埴輪か土偶のように見えてしまう。

これこそ神聖ミリシアル帝国の威信を賭けて開発した陸戦兵器『ディオティマ機甲ゴーレム』であるのだが、如何せん魔帝オリジナルのゴーレムは未だに発掘されておらず壁画しか参考に出来る物が無かった為、性能的にはかなり残念な事になっている。

具体的に言うと装甲は12.7mm弾で貫通出来、速度は全力でも10km/h程度しか出ない。更に操縦方法はマスタースレイブ式…つまり操縦者と機体の手足が連動するタイプであるため操縦者への負担が多く、しかも機体に直接埋まる形で搭乗するため土に埋められるような形となってしまう。

要は装甲も薄く動きも遅く、搭乗者は生き埋め状態で激しい動きを要求される…性能的にも運用性的にも"最低"と言わざる負えない物だった。

 

「し、しかし…」

 

「しかしもカカシもあるか!こんな物は兵器とは言わん、巨大な着ぐるみと何が違う!?」

 

反論する技術者の言葉を遮りテュポーンが吠える。

魔帝由来であり、KAN-SENという未知の存在であった彼女は始めこそ冷ややかな目で見られていたが、確かな技術力と厳しいながらも何だかんだで面倒見がよい性格、何よりも絶世の美女と言っても差し支えない容姿のお陰で今ではすっかり研究所に溶け込んでいた。

 

「まったく…こんな物にリソースを費やすよりもやるべき事があるだろうに…」

 

「君も怒鳴り散らすよりもやるべき事があるんじゃないかね?」

 

腕を組み、ブツブツとボヤくテュポーンに向かって一人の男が声をかけた。

テュポーン建造のトリガーとなった男、メテオスだ。

 

「貴様か」

 

「貴様か、って…君が問題を起こす度に呼び付けられる身にもなってくれたまえよ。お陰で研究に集中出来ないではないか…」

 

憮然とした様子のテュポーンに対し、ガックリと肩を落として溜め息混じりに告げるメテオス。

と言うのもテュポーンは形式上、メテオスの部下という事になっている。その為、今回のように彼女が揉め事を起こした際には彼が呼び出され、彼女を落ち着かせなければならなかった。

 

「そんな事より、"アレ"の解析はどうなっている?発掘品ではなく、今でも使われているともなれば解析なぞ容易いであろう?」

 

「それならどうにか解析出来たよ。一部、解析出来ない物こそあったが…そこはゴーレム技術の転用でどうにかなりそうだ」

 

そう言って小脇に抱えているバインダーを開いて見せるメテオス。

そこにあったのは、半球状の頭に三つ眼が特徴的な鋼の巨人…『スコープドッグ』の三面図と透過図だった。

これもまた対魔帝兵器共同開発の為にアズールレーンからミリシアル側へ提供されたものであり、駆動系である『マッスルシリンダー』や『ポリマーリンゲル液』、装甲材である『魔導合金』の製造ライセンスまで提供されている。

始めはライセンス生産どころか部品を輸入して製造するノックダウン生産すら難しいと思われていたが、メテオスを始めとした魔帝対策省や軍の技術者による解析により、どうやらこの兵器は意外とシンプルで設備さえ整えれば生産出来そうだという事が判明した。

流石に制御系統…コンピューター等は製造出来ないと結論づけられたが、代わりに以前より作業用に運用していた自律ゴーレムの技術を流用する事で解決する事が出来た。

 

「ほう…中々にやるではないか。であれば、あの土人形は即刻破棄すべきだな。あんな物に固執するよりも、見込みのある兵器にリソースを割くべきだ」

 

「そ、そんな!我々の努力はどうなるのです!?」

 

何とも冷酷なテュポーンの言葉に抗議する技術者達。

しかし、彼女は彼らの抗議もバッサリと切り捨てた。

 

「阿呆か。帝国の模倣では帝国を超える事なぞ出来ん、と以前に言ったであろう。戦力評価の為に研究すると言うのなら理解は出来るが、大枚叩いて戦力化するのは分の悪い賭けにもならん」

 

「そ…そんなぁ…」

 

床に手を突き項垂れる技術者達だが、テュポーンはそんな彼らに対して言葉を続けた。

 

「ウジウジするな。貴様らは曲がりなりにも帝国の兵器を解析し、運用しているではないか。その熱意と技術を用い、帝国には無い兵器を開発せよ。さすれば、帝国の度肝を抜く事ぐらいは出来るであろうさ」

 

「テュポーン殿…」

 

確かにテュポーンは高圧的ではあるが、こうして不器用ながらも激励してくれるる。

所謂ツンデレである事も彼女が受け入れられた要因なのかもしれない。

だが、彼女としては自身が好かれているかどうかは大した問題ではない。

ただ新たな技術を探求し、それが魔帝に通用するかを自らの目で見届けたい…そんな好奇心と探求心が満たされればそれで良いとしている。

それ故、項垂れた技術者への興味は直ぐに失われ彼女はメテオスに目を向けた。

 

「それで、あの兵器の見返りはなんだ?」

 

「見返り…とは?」

 

首を傾げ、問いかけるメテオス。

それに対してテュポーンは溜め息混じりに応えた。

 

「はぁ…決まっているだろう。あの人型兵器の現物は勿論、各種製造技術の供与の見返りに何を奴らに…アズールレーンに与えた?」

 

「あぁ…それか。私も詳しくは知らないが…船舶や航空機の航行をサポートする機材の設置を許可したそうだ。その機材の使用権は勿論我が国にも与えられ、機材を運用するための技術も与えられたようだよ」

 

「なるほどな…確かに貴様らは天測航法や地測航法に頼っていると言う話だったな?となると…奴らが設置するのは電波航法の機材か」

 

「その通り。確か、ロラン…と言う名だった筈。空軍や海軍も航法の誤りで少なくない遭難事故を起こしているからね…ああいった天候に左右されない航法システムは渡りに船だったようだね」

 

メテオスの言葉通り、ミリシアルにはマトモな航法システムが存在しない。

そこに目を付けたアズールレーン及びロデニウス連邦は、スコープドッグのサンプルとライセンス生産権をチラつかせながらロラン基地局建設許可を求めた。

始めは自国内に他国の大規模建築物を置く事に難色を示していたミリシアル側であったが、アズールレーン側から提出されたロラン航法使用による効率的な航行実績と、低い事故率のデータを見せ付けられたミリシアル側…特に航法の誤りによる遭難事故が多発していた空軍や海軍、民間船舶会社がロラン航法導入を熱望し基地局建設の許可が下りる事となった。

 

「自らの位置を正確に把握し、効率的な道筋を立てる事は何事においても重要だ。戦争でも、技術開発でもな…」

 

メテオスを始めとした周囲の技術者に、そして自らに言い聞かせるように告げるテュポーン。

幾人かがそれに対し同意の声を上げようとするが、彼女はそれだけ言って興味を失ったのか、幾つもの工具を挿したコートを翻らせ自身に与えられた研究室へ向かって歩み始めた。

 

「まったく…少しは協調性という物を身に着けてほしいね…」

 

呆れたように呟くメテオス。

その言葉に技術者達は頷きながらも、自らの仕事に戻るべく各々与えられた研究室に戻って行った。




久々に登場したスコープドッグです


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162.ホルスの眼

名無しのミリオタにわか様より評価8を頂きました!

漸くアズレンのアートブック買えました…地方は入荷が遅れるのが嫌ですねぇ…
ともかくこれでより深くアズレンの設定を知れます


──中央暦1640年12月19日午前10時神聖ミリシアル帝国ゴースウィーヴス── 

 

神聖ミリシアル帝国東部の大都市『ゴースウィーヴス』

北西部に置かれた首都『ルーンポリス』の丁度反対側に置かれたこの都市は有事の際には首都の代替となる機能を有しており、各省庁の第二庁舎や支部が置かれている事から、首都であるルーンポリスと経済の中心である港町カルトアルパスに次ぐ重要都市とされている。 

そう言った事もありこのゴースウィーヴスには軍民共用の空港が置かれいるのだが、空港ターミナルビル内にてとある会談が行われていた。

 

「『WPS協定』…ですか?」

 

ターミナルビル内の応接室に置かれたソファーに深く座り、バインダーを開いて綴られた書類の内容を目で追いながら怪訝そうな表情を浮かべるのは、神聖ミリシアル帝国軍務大臣のシュミールパオ・ディスカスだ。

 

「はい。まだ草案の段階ですが、貴国にも利のある協定だと思われます」

 

シュミールパオの言葉に応えたのは対面のソファーに座るロデニウス連邦防衛大臣のパタジンである。

そう、今回行われている会談はミリシアルとロデニウスによる国防相会談といった形となっている。

 

「この協定ですが…一見すると軍事同盟にしか思えないのですが、通常の軍事同盟とは何が違うのでしょう?」

 

そう問いかけながらソファーの前に置かれたローテーブルにバインダーを置き、協定内容が記された文面を指先でトントンと小突くシュミールパオ。

その協定内容とは、大まかに記すとこのようなものだった。

 

・協定に参加した国家及び団体は、他の参加国・団体の要請に基づき情報・武器・弾薬・一部部隊の派遣を行う。

・協定は世界秩序の安定を目的としたものであるため、協定を利用し他国へ領土的野心を以て侵攻してはならない。

・協定により得た情報・武器・弾薬・派遣部隊を協定参加国・団体以外に無断で供与してはならない。

 

といった、確かに軍事同盟に近いような内容となっていた。

 

「はい、このWPS協定…正式には『戦力共有協定』と申しますが、事実上の軍事同盟と捉えて頂いても構いません。しかし、通常の軍事同盟と違う点としては、あくまでも世界秩序の安定を重視したものであると言う事です」

 

「世界…秩序?」

 

「はい」

 

シュミールパオの言葉に頷いたパタジンは出された茶を一口飲むと、姿勢を正して言葉を続けた。

 

「通常の軍事同盟は主に国家間で結ばれ、様々な軍事行動に同盟国が協力するという構造になっています。例えば…貴国と我が国が軍事同盟を結んだとします。その状態で我が国が他国に攻め込まれた際、貴国はどう致しますか?」

 

「無論、同盟に従って貴国の防衛に協力するでしょう。しかし、あくまでも防衛での話…万が一、貴国が他国に理由もなく侵攻した場合には同盟を破棄するでしょう」

 

神聖ミリシアル帝国としては、領土的野心を抱いた国と軍事同盟を締結するというのは世界秩序の担い手としてのメンツに関わる問題だ。それを考えれば、シュミールパオの言葉は納得出来る。

 

「貴国であればそうするでしょうし、我々としても貴国の理念は理解出来ます。それ故、通常の軍事同盟ではなく防衛を主軸としたこの協定を提案したのです」

 

「しかし、我が国の防衛は問題なく行なえます。この協定に我々が参加する利点とは?」

 

実態はどうであれ、神聖ミリシアル帝国は"世界最強"の列強国である。

そんなミリシアルが、実質的な列強と目されているとは言え文明圏外国であるロデニウス連邦とそのような協定を結ぶメリットは無いように思える上、それどころかミリシアルの軍事力に寄生しようとしているようにしか思えない。

しかし、その問いかけに対しパタジンは自信有りげに答えた。

 

「確かに、正面戦力では貴国とは比べ物にならないでしょう。ですが、戦争とは兵器だけで行うものではありません。軍艦や航空機や車両を動かす為の燃料、現場で戦う兵士達の衣食住、戦略・戦術を練る為の情報…それらを欠けば如何に高性能な兵器を揃えたとしても戦争には勝てません。普段であれば貴国はそれを卒なくこなせるでしょう。しかし、強大な力と野心に満ちた相手…例えば魔帝のような敵が現れた時、貴国だけで全てを賄えるでしょうか?勿論、貴国の力を疑っている訳ではありません。しかし、戦争とは時に不測の事態が起きるもの…それに備え、後方支援体制に余裕を持たせる事は決して無駄ではないと思います。それに…」

 

パタジンが持参したアタッシュケースから"極秘"と記された大きな封筒を取り出し、中から2枚の厚紙を抜き出した。

 

「少なくとも、我々の情報は貴国にとっても役に立つと思います。協定を結んで頂ければ、有事の際には我々が収集した情報を提供致します」

 

「っ!こ、これは!?」

 

目を見開き、ローテーブルに置かれた厚紙に釘付けとなるシュミールパオ。

その厚紙の表面には、地図が描かれていた。海岸線の形からしておそらくは第三文明圏と、ロデニウス大陸の周辺でありそれぞれカラーと白黒になっている。しかし、白黒の方には雲の様な物が描かれており、一見すると未知の土地を誤魔化しているようにも見える。

だが、シュミールパオにはそれが何か理解出来た。

 

「まさか、これは…絵ではない!?魔写ですか!?」

 

そう、これは遥か上空から撮影された何枚もの写真を縮小し貼り合わせ、一枚の航空写真としたものだ。

 

「流石お目が高い。仰る通り、これは魔写…魔法ではなく科学の力で撮影したので写真と呼ぶのが正しいでしょう。ともかく、この写真は超高高度から撮影した物です。カラーの方は最新鋭偵察機から、白黒の方は『気象衛星』と呼ばれる特殊機材を用いて撮影した物です。これらを利用する事で敵地の重要拠点を探って戦略を立案したり、雲を観察して天候を予測する事が出来ます」

 

パタジンが解説するが、シュミールパオは写真に釘付けとなったまま冷や汗を流していた。

確かにミリシアルにも偵察機はあるが、こんなにも精細な画像を撮影する事は出来ない。ましてや、雲がこのような形で見えるような高度まで上昇出来る物なぞ存在しない。

それ故、このような画像を撮影出来るロデニウス連邦の技術力の高さに驚愕しているのだ。

 

「更に、我々が使用している軍用糧食や野営設備等は…」

 

「パタジン殿…」

 

加えて自国の後方支援能力を説明しようとするパタジンだが、それはシュミールパオの重々しい言葉に遮られた。

 

「今すぐ…私の一存では決定出来ない事が残念でなりません。しかし、私は貴国と協定を結ぶべきだと思います」

 

「おぉ!では…」

 

「ですが、他の閣僚や将校が納得するかは分かりません。ですので、貴国の力を彼らに示してはくれませんか?」

 

シュミールパオがそう言うのも仕方ない。

ミリシアルの軍人達は自国こそが世界最強だと自負し、他国の助けなぞ要らないと考えている。それ故、文明圏外国と軍事同盟を結んだとなれば不満が出てくる恐れもある。

そんな事情もあり、シュミールパオはロデニウス連邦の力を現場の人間に示し、協定が有意義な物であると認識させる必要があった。

 

「それでは…来年の7月、ムーと我が国との合同軍事演習があります。それに参加致しませんか?」

 

「よろしいのですか?」

 

「我が国としては問題ありません。ムーの方もおそらくは承諾して下さるでしょう」

 

「ご提案、ありがとうございます。では、参加に向けて調整致します」

 

そう言って笑顔を浮かべ、手を差し出すシュミールパオ。

それを見たパタジンは、同じく笑みを浮べて彼の手を握った。

 

「承知しました。では、大使館を通して追って連絡致します」




とりあえずミ帝編はこれで一区切りです
次回からは合同演習編に移ります


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163.三賢人

Lankas様より評価4を頂きました!

とりあえず合同演習編導入部の導入みたいなものです


そんな事より、今年のクリスマス生放送も盛り上がりましたね!
年末年始イベントは鉄血…P級装甲艦のプリンツ・ハインリヒにグラーフ・ツェッペリン級ペーター・シュトラッサー…もう鉄血は計画艦が当たり前になってきましたね

あとはセイレーン作戦…よし、燃料溶かしまくって回しまくりましょう



──中央暦1641年4月5日午後2時、サモア基地司令部指揮官執務室──

 

──コンコンッ

 

年が明け、あっという間に月日は過ぎて春となった。

もっとも熱帯に属するサモアに季節感なぞ無いようなものだが…ともかく、そんな日の昼下りに何者かが執務室のドアをノックした。

 

「入れ」

 

執務室の主である指揮官が短く、入室を許可する言葉を発する。

 

──ガチャ…

 

「ただいま〜…幽霊さんが帰ってきたの〜…」

 

言葉と共に開かれたドアから執務室に足を踏み入れたのは、サモア基地最古参KAN-SENの一人であるロング・アイランドだ。

普段からダウナーな彼女だが、今日は何時にも増して気怠そうにしている。

と言うのも、彼女はこの前までムーに派遣され現地で護衛空母やカタパルトの運用方法の指導を行っていた為、疲労が蓄積しているのだろう。

 

「お疲れさん。ムーでの生活はどうだった?」

 

フラフラとした足取りでソファーに倒れ込んだロング・アイランドに対し、指揮官は労いの言葉をかけつつも問いかける。

 

「VIP待遇で大変だったの〜…何をするにもお手伝いさんが着いてきて〜…気が休まらなかったの〜…」

 

ソファーに置かれているクッションに顔を埋め、ピクリともせずに応えるロング・アイランド。

その様子を見るに、やり慣れない事をしたせいで心身共に疲弊しているのだろう。

 

「お疲れ様。半年以上の長期間任務の後だから、2ヶ月の休暇が申請出来るよ。私が代わりにやっておこうか?」

 

そんなロング・アイランドに本日の秘書艦であるノーザンプトンが提案する。

サモアでは身一つで海戦を戦い抜くKAN-SEN達のケアを重要視しており、長期間任務の後には長期間の休暇を取る事が認められているのだ。

真面目なKAN-SENは練度の更なる向上の為に最低限の休暇で済ますのだが、少なくともロング・アイランドはそこまで真面目な訳ではない。

 

「2ヶ月休むの〜…アニメの録画も溜まってるし、新作ゲームも積んだままなの〜…」

 

「だってさ」

 

「ああ、構わんよ。だが、申請書のサインぐらいは自分で書けよ」

 

力無く腕を振り、長い袖をパタパタと動かすロング・アイランドの様子に苦笑したノーザンプトンが肩を竦めながら指揮官に目を向け、指揮官も呆れた様子で執務机の引き出しから休暇申請書を取り出す。

 

「あと〜指揮官さんに〜…お土産なの〜」

 

そう言って何処からともなく大判の封筒を取り出し、ソファーの前にあるローテーブルに投げ置くロング・アイランド。

するとノーザンプトンがそれを手に取り、執務机に置いた。

 

「土産ねぇ…」

 

封筒を閉じている糸を解き、中身を取り出す指揮官。

入っているのは、数枚の写真のようだ。

 

「…コイツは何処で撮影した?」

 

写真を執務机の上で広げ一通り目を通した後、ロング・アイランドに問いかける。

その写真に写っているのは、重桜の兵器と思わしきものだった。

 

「これはゼロ…の52型かな?機首の辺りに排気炎らしき物が複数あるね。こっちの艦艇は…特型駆逐艦?アンテナ類が増設されてるみたいだけど…」

 

ノーザンプトンもその写真を覗き込み、その被写体を確認する。

写真は白黒で若干ボヤけているが、確かにノーザンプトンが言った通りの特徴を見て取れる。

 

「ムーの北方海域で撮影したみたいだよ〜?何でも最近、グラ・バルカス帝国っていう国が領空や領海ギリギリまでやってくるらしいの〜」

 

相変わらずクッションに顔を埋めたままなロング・アイランドが答える。

それを聞いた指揮官は眉をひそめ、溜息をついた。

 

「はぁ…噂の国か。ラ・ツマサの話では、平行世界のムーはその国に滅ぼされたらしい…平行世界でもこういった兵器を保有していたとするなら、確かにムーでは手に余る相手だな」

 

「彼女の話では、平行世界のムーもこの世界のムーと同じ技術レベルだったらしいね。そうなるとマリンではゼロの相手は厳しいだろうし、魚雷の概念を知らなければ航空機や小型艦艇を侮ってしまうだろうね」

 

ノーザンプトンが特型駆逐艦らしき艦艇の船体の中程を指差す。

そこに砲塔等は無いが、何やら平べったい箱のような物が搭載されている。

現状では断定出来ないが、おそらくは魚雷発射管であろう。少なくとも重桜の兵器に酷似していると言う事は、強力な水雷戦力を保有していると想定すべきだろう。

そして、魚雷という概念を理解していなければ脅威度の判断を誤り、思いもよらない損害を受ける事になる。

 

「そうだ。それに…この駆逐艦らしき艦艇だが、アンテナらしき物が多いと言う事は…」

 

「レーダーピケット艦かな?もしくは、通信中継の為かもしれないね」

 

「多分、対空レーダーかもね〜。それを撮影したムーのパイロットの人が、主砲で威嚇射撃されたって言ってたの〜」

 

「となると…主砲は両用砲かもな。写真が鮮明じゃないからハッキリとは言えんが、少なくとも対空戦闘を意識した艦だ」

 

3人が各々の推測を述べるが、3人共に過小評価する事はしていない。

グラ・バルカス帝国が本当に敵になるのかは不明だが、万が一の事があっては遅い。故に、アズールレーンはグラ・バルカス帝国と衝突する事を想定し様々な戦略を練っているのだ。

 

「それに、前に鹵獲した潜水艦の件もあるよ。ロデニウス大陸近海まで潜水艦で来ているって事は、後ろ暗い目的があるんだろうね。仲良くしたいならわざわざ潜水艦で来る必要は無い」

 

「偵察かもな。何かしら事を起こす為の下準備だろう。最近、ムーの領域を侵犯しているのはムーの防空能力なんかを調べる為と考えるべきだな」

 

「でも〜そんな国がすぐ近くに居るのに、演習なんかしたら戦力を分析されるかも〜」

 

ソファーに寝転ぶロング・アイランドが懸念を口にする。

確かに3ヶ月後、ムーとロデニウス連邦とアズールレーンの合同軍事演習が行われる予定となっている。

しかも演習はムーの北方海域…グラ・バルカス帝国の領土となっている旧列強国レイフォルに近い地域で行われる事となっている。

そうなるとロング・アイランドの言う通り、グラ・バルカス帝国に手の内を晒してしまう事となるだろう。

しかし、指揮官はそれも織り込み済みだ。

 

「確かにな。だが、先の戦争…パーパルディア皇国との戦争の発端は、相手が俺達の力を把握していなかったからだ。もし、連中が俺達の力を正しく理解していたら起きなかった筈だ」

 

「だからこそ、態と戦力を見せ付けるのかい?」

 

 「そうだ。相手が俺達の力を理解すれば戦争に踏み切る事を躊躇するかもしれん」

 

「それでも躊躇しなかったらどうするの〜?」

 

勿論、それでも勝てると踏んで戦争を吹っ掛けてくる恐れもある。

現状、グラ・バルカス帝国の戦力とイデオロギーが不透明である以上、開戦止む無しという状況になるかもしれない。

 

「そうなれば、全力で相手をする。敵戦力を徹底的に粉砕し、二度と戦争が出来ないまで痛め付けてやるよ」

 

「野蛮だね。いつか世界征服でも始めそうだよ」

 

「ラスボスのセリフなの〜」

 

指揮官の言葉に、ノーザンプトンとロング・アイランドが誂うように述べる。

それに対し指揮官は不敵な笑みを浮かべると、冗談混じりに応えた。

 

「そうだな…もし、俺がトチ狂ってそんな事やりだしたらお前らが止めろよ?」

 

「そうだね。そうなったら、私達は指揮官の後を追ってノビノビと生きる事にするよ」

 

「指揮官さんは〜何しても死ななそうなの〜」

 

何とも忠誠心に欠ける二人の物言い。

だが、指揮官はそれを良しとしている。

彼は自分自身を余り優秀な人間だとは思っていない。それ故、間違いを犯す事もあるだろう。

そうなった時、この二人のような者が正してくれれば良い…そう考えている。

 

「泣けるぜ…まあ、いい。ともかく、俺が演習に行ってる間は基地を任せた。あとロング・アイランドは休暇申請書にサインしろ」

 

肩を竦めつつも二人に留守を頼みつつ、ロング・アイランドの休暇申請書を執務机に置く。

それに対しノーザンプトンは敬礼で、ロング・アイランドは気怠そうに手を挙げて応えた。

 

「了解」

 

「は〜い…後で書くの〜」




樫野のマウスパッド、5万ですか…3万ぐらいだったら買ったかも…


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164.集う者達

blossoms様より評価6を頂きました!

投稿が遅れてしまい申し訳ありません
年末が色々と忙しかったり、セイレーン作戦が楽し過ぎたり、鉄血イベントを走ってたりしてたら時間があっという間に過ぎ去って行きました…

あ、新年明けましておめでとうございます


──中央暦1641年7月11日午前8時、ムー国デヴァルポート軍港──

 

──ドンッ!ドンッ!

 

ムー国北方海域、護りの要であるデヴァルポート軍港に腹の底まで響くような砲声が響き渡る。

近年グラ・バルカス帝国の航空機や艦艇が領空・領海侵犯を行い、スクランブル発進したムー軍機が発砲を受ける事件も発生したという事もあってデヴァルポート軍港は何処かピリピリした雰囲気にあった。

そんな中で響き渡る砲声ともなれば、軍港に配属されているムー軍兵士達は蜂の巣を突っついたような騒ぎとなるだろうが、今回はそうはならなかった。

 

「おぉ…凄まじい爆音だな…」

 

入港する艦艇を誘導する為の管制室で双眼鏡を覗き込んでいる男性、管制官のクルムスが驚嘆したように呟いた。

それもそのはず、彼の視線の先には波を切り裂きながら航行する黒鉄の大艦隊の姿があった。

 

──ドンッ!ドンッ!

 

艦隊を構成する軍艦の砲口から爆炎が吹き出し、数秒遅れて轟音が響き渡る。

しかし、砲弾が着弾する事は無い。というのもこれは空砲…古き良き慣例に倣った礼砲だ。

そして、その礼砲を放った軍艦のマストにはムー国旗がはためいており、艦尾にはそれぞれロデニウス連邦海軍旗やアズールレーン旗が海風に揺れている。

そう、この艦隊は来週より行われる国際合同演習に参加する為に派遣されたロデニウス連邦軍とアズールレーンの艦隊である。

 

「ロデニウス連邦軍とアズールレーン…合わせて戦艦7隻、空母8隻、巡洋艦22隻、駆逐艦35隻、その他に輸送艦や揚陸艦が多数…まるで戦争だな。これ程の戦力であれば、並の文明国ならば数日で灰になってしまうだろう。いや…我が国でさえも渡り合う事は不可能であろうな…」

 

感心したように、それと同時に悔しそうに述べるクルムス。

彼は管制官として軍港に長らく勤めてきたが、自身の目に映る艦隊はどれも先進的であり、ムーの艦隊では太刀打ち出来ないように思える。

友好国で良かった…と思うと同時に、祖国の軍事力が新興国に劣っているという現実を目の当たりにし、若干の劣等感を覚えてしまう。

 

「ミリシアルであればあの艦隊に対抗出来るだろうか…うーむ…是非ともブロントと語らいたいものだな」

 

神聖ミリシアル帝国に住む友人の顔を思い浮かべつつ、腕を組む。

とは言ってもクルムス自身は、神聖ミリシアル帝国が誇る第零魔導艦隊でも勝てるかどうかは怪しいと考えている。

 

「ですが、我が国とて指を咥えて見ていた訳ではありませんよ。確かにアズールレーンの協力こそありましたが、新型艦艇の開発と建造に成功したではありませんか」

 

考え込むクルムスの背に声がかけられた。

穏やかで柔和な声色はこのような軍港ではなく、迎賓館のような空間こそが似合うように思える。

 

「っ!?で、殿下!?」

 

その声に聴き覚えがあったクルムスは素早く振り向き、ビシッと背筋を伸ばして敬礼する。

管制室にいる人員も同じく姿勢を正して敬礼しているのを見るに、どうやらクルムスは思考に熱中する余り来訪者に気付けなかったようだ。

 

「ははは…大丈夫ですよ、楽にして下さい」

 

管制室に満ちた緊張感を和らげるように柔らかな声で告げるのは、紺色の海軍士官服に身を包んだ40代半ばの男性。彼の名はアウドムラ・ムー…その姓からも分かる通りムー王家に連なる者であり、現国王ラ・ムーの弟である。

 

「いらっしゃるのであれば迎えを…」

 

「いえいえ、今の私は一人の軍人です。それに加え、私は所詮お飾り艦長…そこまで特別扱いしてもらっては申し訳が立ちません」

 

ぎこちない動きで敬礼を解くクルムスに苦笑しながら応えるアウドムラ。

ムー王家は政治には関わらないスタンスを取っているものの、何もせずに血税を浪費してタダ飯喰らいをしている訳ではない。

その多くは大学のような学術機関で様々な研究に励んでいたり、軍に入隊し軍務に従事している。そして、アウドムラもその一人だ。

王太子時代から海軍の船乗りとして活躍し、今では戦艦の艦長を務めるまでになっている。しかし、実際のところアウドムラは決して才能があるという訳ではない。

確かに無能ではないが、彼より優れた士官は多数居るであろう。だが自身の出自を鼻にかける事なく、部下の提言にしっかり耳を傾けつつも自らの考えも持っている…人から好かれるタイプの人間だと言えるだろう。

 

「ですが…」

 

「そんな事より」

 

食い下がろうとするクルムスの言葉を遮り、窓から軍港を見下ろすアウドムラ。

桟橋には十数隻もの軍艦が停泊しており、どれもが艦首からマストを経由し艦尾まで信号旗を連ねて掲揚してある。所謂、満艦飾というものだ。

だがムーが誇る最新鋭戦艦ラ・カサミ級戦艦二番艦『ラ・エルド』や、『ラ・ヴェニア級航空母艦』、『ラ・デルタ級装甲巡洋艦』が連なる中、一風変わった艦艇が数隻停泊している。

その姿はムーの既存艦艇をより洗練させたようであり、一番小さな艦でもラ・エルドに近い全長を持っている。

 

「アズールレーンより贈られた"スクラップ"を整備した艦隊…私が艦長を務める『ラ・カガ』は勿論、アズールレーンとライセンス生産契約を結んでサモアのドックを借りて建造した新鋭空母『ラ・ヴォルト』に"魚雷"という新兵器を装備した小型艦…『ラ・シナア級駆逐艦』等、我が国の海軍も中々に進歩しています。確かに、ロデニウス連邦やアズールレーンとは未だに差がありますが…今のペースで努力して行けば、必ずや彼らに追い付けるでしょう」

 

アウドムラの視線の先にある軍艦…それは、『コロッサス級航空母艦』と『フレッチャー級駆逐艦』をムー海軍向けに設計を改め、建造したものだ。

それらを簡単に説明するなら、ムー版コロッサス級であるラ・ヴォルトは原型と比べて弾薬庫や航空用燃料タンクの装甲が増加しており、ムー版フレッチャー級であるラ・シナア級駆逐艦は原型とほとんど差異は無いが、ムー海軍の伝統に則り居住性を重視したものとなっている。

 

「私もそう思いますが…やはり、あの艦隊を見てしまっては自信が失われてしまいます。建造ドックの拡張や"油圧カタパルト"や"レーダーFCS"の研究・開発は順調らしいのですが…その間にも彼らは先へ先へと行ってしまいます。…失礼、当事者でもないのに差し出がましい言葉を…」

 

「いえいえ。それほどまでに国を思ってくれる民が居るのは喜ばしい事です。自らの力を絶対的な物だと考え、何の疑問も抱かないようになってしまうのは非常に良くない事です。貴方のように一人一人が自分の事のように考えてくれる…素晴らしいと思いますよ」

 

「お褒め頂き、光栄でございます」

 

腰を45°に曲げて頭を下げるクルムス。

 

「クルムス管制官、神聖ミリシアル帝国艦隊より入電。およそ1時間程でこちらの視認距離に入るとの事です」

 

すると、管制室の人員の一人がメモ用紙を片手に敬礼しながら報告してきた。

今回行われる演習の中心はムーとロデニウス連邦とアズールレーンだが、それ以外の国々も観戦武官や艦艇を派遣している。

何せ、このような形で演習が行われる事は非常に珍しく方や第二列強、方や列強国を下した実質的列強…注目を集めない訳がない。

故にこうして各国の代表が演習を一目見ようと集まっており、それは神聖ミリシアル帝国も例外ではない。

 

「分かった。…殿下、申し訳ありません。ミリシアル海軍の受け入れ準備がありますので…」

 

「私には構わず、自らの責務を全うして下さい。私もこれ以上邪魔しては悪いので、艦に戻ります」

 

申し訳なさそうに頭を下げるクルムスに対し、笑顔を浮べて応えたアウドムラは管制官達に一礼するとゆっくりとした足取りで管制室を後にした。




演習ですが、模擬戦とかではなく各国の最新兵器お披露目会のようなカジュアルなものになります


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165.海上宮殿

earthmoon様より評価8を頂きました!

雪の影響で投稿が遅れました…まさかここまで降るとは思いませんでしたよ

まあ、それはともかく
アニメびそく、始まりましたねぇ…単行本の特装版で既に観てましたが、やっぱり何度観てもいいものだ…


──中央暦1641年7月17日午前10時、ムー国デヴァルポート軍港──

 

ムー国北方に置かれたデヴァルポート軍港の桟橋。

普段はムー海軍の軍艦や兵士達が軍務に励んでいる場だが、今日は様子が違った。

ムー海軍の艦艇が停泊しているのは勿論だが、剣を思わせる鋭いシルエットを持つ帆船やムー艦艇をより洗練させたような戦艦と空母…さらには近未来的なデザインの艦艇も停泊している。

しかし、そんな中でも特に目を引く一隻があった。

純白の船体は隣に停泊する大型空母にも匹敵する程の威容を誇り、多数の窓や装飾はまるで宮殿を思わせる。

これこそアズールレーン所属の豪華客船『クイーンズランス』だ。

サモアがこの世界に転移してきた当初、旧クワ・トイネ公国の使節団をサモア基地へ送り届けたあの豪華客船である。

 

「ふにゃぁ〜♡にゃぁ♡」

 

そんな豪華絢爛な客船の中でも限られた人物しか立ち入れない一等客室…そこは甘ったるい猫なで声が響いていた。

 

「変な声出すんじゃねぇよ。あとクネクネ動くな」

 

それに対し呆れたように述べたのは高級感のあるソファーに腰を下ろした指揮官だが、手には櫛がありその手は隣に座った女性の頭に伸びている。

 

「だってぇ…ダンナさまの手付き凄く…にゃふぅ♡」

 

熱に浮かされたような舌足らずな声で返すのは、濃い灰色の髪にエメラルドグリーンのメッシュと瞳、ネコミミのようなデザインのベッドドレスと実用性よりも可愛らしさを優先したメイド服で着飾ったKAN-SEN、ロイヤル所属の『チェシャー』だ。

 

「ふふふ、私の言った通りでしょ?指揮官に髪をとかしてもらうの癖になっちゃうって」

 

暖房を前にした猫のようにリラックスした様子のチェシャーに微笑ましげな視線を向けるのは、指揮官を挟んでチェシャーの反対側に座ったKAN-SENだ。

赤みがかった長い金髪とフサフサのファーが縫い付けられたマントが何ともゴージャスなロイヤル所属の『ハウ』である。

 

「はぁ、全く…ジョージも面倒な事を広めてくれたもんだな。お陰で櫛が手放せん」

 

「いいじゃない。私達KAN-SENのケアも指揮官の仕事よ?」

 

溜息混じりにボヤく指揮官の言葉に対して朗らかに応えるハウ。

そんな時、ソファーの前に置かれたレトロなデザインの電話機のベルが鳴り響いた。

 

──ジリリリリリリッ!ガチャッ…

 

「俺だ。…あぁ…分かった、応接室に通せ」

 

受話器を取った指揮官が電話の向こうの相手と短いやり取りを交わすと、受話器を置いてソファーから立ち上がった。

 

「客が来た。だから今日はここまでだ」

 

「えぇ〜…そんにゃぁ…」

 

突き放すような指揮官の言葉に対してあからさまにガッカリとした様子のチェシャー。

そんな彼女を見ていると放っておけない気分になるが、イチャつく為にムーまで来た訳ではない。

 

「演習が終わったら構ってやるからそれまで我慢しろ」

 

「むぅ…ダンナさまがそう言うなら仕方にゃいかなぁ…」

 

拗ねたように唇を尖らせるチェシャーを見ていると猫と言うよりは甘えたがりな子犬のようだ。

 

「ふぅ…なら、ハウと一緒にクッキーでも焼いててくれないか?いいか、ハウ?」

 

「勿論、腕によりをかけるわ!今日のティータイムが楽しみね♪」

 

「にゃっ!これはダンナさまに美味しいクッキーを出して愛情アピールするチャンス!よし…チェシャー頑張っちゃうよ!」

 

盛り上がる二人のKAN-SENに満足した指揮官は、そのまま部屋を出て客室に併設されている応接室に向かう。

客室とは言っても一部屋だけではなく、キッチンやダイニングにリビング、専用の浴室等もあるため下手なマンションよりも豪華な作りとなっているのは流石一等客室というところか。

 

「指揮官様、お疲れ様でございます。中でお客様がお待ちですよ」

 

応接室の前で指揮官を待っていたのは

一人のメイドだった。

一部を三つ編みにした長い白髪に翡翠のような瞳。黒を基調にしたシックなメイド服が特徴的なKAN-SEN、これまたロイヤル所属の『ハーマイオニー』だ。

 

「あぁ、ご苦労」

 

短くハーマイオニーに労いの言葉をかけると、彼女は応接室の扉をノックした。

 

「失礼します。指揮官様がいらっしゃいました」

 

──「はい、どうぞ」

 

扉の向こう側から男の声で入室を許可する言葉が聴こえる。

するとハーマイオニーが目配せし、指揮官はそれに応えて頷く。

 

──ガチャッ…

 

扉が開かれ、それと同時に応接室に足を踏み入れる。

そこに居たのは、二人の男性だった。

 

「お初にお目にかかります。ムー海軍少将、レイダー・ミレールと申します」

 

「同じく、お初にお目にかかります。ムー陸軍中将、ホクゴウ・ミルゾーレです」

 

ソファーから立ち上がり、指揮官に対して礼をする二人…ムー軍のレイダーとホクゴウだ。

それに対し、指揮官も礼をして自己紹介する。

 

「ご丁寧にありがとうございます。アズールレーン総指揮官、クリストファー・フレッツァと申します。わざわざご足労頂き、恐縮です」

 

自己紹介をすると二人に座るように促しながら対面のソファーに座る指揮官。

それに従い、レイダーとホクゴウがソファーに座り直す。

 

「いえいえ…わざわざ我が国まで艦隊は勿論、陸軍まで演習の為に派遣して頂いたというのに此方だけ動かないのは失礼に当たりますからね」

 

苦笑しながらそう応えるレイダー。

それにホクゴウも同意するように口を開く。

 

「それに…こんな豪華な船に乗れる機会なぞそうそうありませんからね。まるで海に浮かぶ豪邸…いや、宮殿ですな」

 

応接室を見回し、内装の豪華さに驚嘆するホクゴウ。

彼が驚くのも無理は無いだろう。

天井にはキラキラと輝くシャンデリアが吊り下げられており、壁は深い色の木材と大理石、床には幾何学的な紋様が施された毛足の長い絨毯…これが軍事組織であるアズールレーンの装備品というのはやや違和感があるが、それにはとある理由があった。

 

「この船はですね…KAN-SEN達のケアに必要な物なのですよ」

 

「ほう…それはどういう意味で?」

 

指揮官の言葉に興味を持ったのか、やや身を乗り出すレイダー。

 

「簡単に言えば…KAN-SENは兵器ですが、我々と同じ心を持った"ヒト"でもあります。長い航海となれば相応のストレスが溜まりますからね。心身ともに万全の状態を維持する為にもこのような船が必要なんです。まあ、この世界に転移してからはこのように各国の要人を饗す為に使用する事が多くなっていますがね」

 

「なるほど…」

 

その答えに納得したらしいレイダーは、腕を組んで何度か頷いた。

 

「っと…そうだ。今回の演習ですが…」

 

ふと思い出したようにホクゴウがバインダーを持参した鞄から取り出し、机上に置いて広げる。

 

「えー…そちらが用意した標的艦や標的機を使った実弾演習との事ですが…」

 

「はい。"量産型"と呼ばれる艦艇を標的艦とし、使い古した戦闘機や爆撃機を無線操縦出来るように改造した物を標的機とします。どちらも単純な動きしか出来ない物ですが…まあ、ハリボテ相手よりはマシでしょう」

 

アズールレーンには"量産型"と呼ばれる艦艇が存在する。

これは転移前にはアズールレーンは勿論、一時離脱した重桜と鉄血によるレッドアクシズも、共通の敵であるセイレーンも使用していた兵器である。

メンタルキューブを利用した建造方法により大量生産が可能で操縦には人員を必要とせず、遠隔操作かKAN-SENによる管制により操作可能だが単純な動きしか出来ないという欠点がある。

だからと言って人が乗り込んで直接操作しようにも操作に必要な機器が省略されている…つまり、無人以外での運用は不可能となっているのだ。

それ故、普段から実弾演習の標的として使用しており、今回の演習でも量産型を標的艦として運用する事となっている。

 

「此方としても市街地での戦闘を想定した演習用の街を設置していますが…ホクゴウ閣下、それは陸軍の方が…」

 

レイダーの視線がチラッとホクゴウの方を向く。

それに対しホクゴウは、胸を張って応えた。

 

「ご安心を。我が軍の工兵が本物の街と見紛う程の街並みを演習場に作り上げました。練度確認の為とは言え壊すのが申し訳ない程ですよ」

 

「どうやら貴国の工兵は優秀なようですね。それに…噂に聞く新型戦車と新型戦闘機の活躍にも期待しています」

 

「本来なら我々海軍も拡張したドックで建造中の新型巡洋艦をお披露目したかったのですが…まだまだ艤装中でして…」

 

得意気なホクゴウとは対象的に肩を落とすレイダー。

厶ー海軍はサモアの建造ドックを間借りして近代的な艦艇の建造を進めているが、国内でも新型艦の建造を進めている。

しかし、厶ー国内のドックでは手狭であり拡張工事から始める事になってしまった為に、新型巡洋艦の就役が遅れてしまっているのだ。

 

「確かに今回の演習に間に合わなかったのは残念ですが…まあ、次回に期待しましょう」

 

「そうですよ、レイダー殿。せっかくの純国産艦なのですから確りと仕上げ、次回の演習に備えましょう」

 

指揮官とホクゴウがレイダーに激励の言葉をかける。

その言葉が心に響いたのか、レイダーは何度か小さく頷くと笑顔を浮べて見せた。

 

「そうですね…間に合わなかった物は仕方ありません。新型艦は次回の演習でお披露目するという事で、今は今の演習に集中しましょう!」

 

気を取り直したレイダーに合わせるように指揮官とホクゴウも笑顔を浮かべると、今回の演習の流れについての最終確認を始めた。




ただただチェシャーをネコミミ可愛がりしたい


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166.演習開始!

なんだか執筆した後に読み返すと、「あれ?これって表現的におかしくない?…いや、大丈夫か?」って感じて軽いゲシュタルト崩壊になるのは私だけでしょうか?


まあ、それはそうとサディアイベ復刻ですね
大人気のフォーミダブルやザラの入手チャンスですよ!
あと出来れば新キャラ追加されたらいいなぁ…

そう言えば装備開発でスカイパイレートを作ったんですが…魚雷4本搭載ってヤバくないですか?
単純計算でアヴェンジャー4機分ですよ


──中央暦1641年7月18日午前8時、ムー国デヴァルポート軍港沖合──

 

デヴァルポート軍港から十分に離れた沖合の演習海域。

普段から厶ー海軍による演習が行われている海域にはアズールレーン側が用意した標的艦による小艦隊が展開していた。

『量産型アドミラル・ヒッパー級』と『量産型ケルン級』に護衛された『量産型グラーフ・ツェッペリン級』による機動艦隊である。

それらの艦隊は外見こそ物々しいが、その動きは非常に単調なものだ。

 

──ヒュゥゥゥゥゥゥゥ…

 

そんな艦隊の上空に響く風切り音…遠距離から放たれた砲弾がほぼ垂直に落下して来る音だが、艦隊は回避行動を一切取ろうとはしない。巡航速度よりもやや速い程度の速力で、ジグザグに規則正しく航行し続けている。

 

──ドォォンッ!ドォォンッ!

 

凪いだ海面に聳え立つ幾つもの水柱。

それは艦隊の戦闘を航行していた『量産型アドミラル・ヒッパー級』の周囲に聳え立ち、黒鉄の船体をまるで嵐の後のように濡らした。

 

──ヒュゥゥゥゥゥゥゥ…ドォォンッ!ドォォンッ!

 

それからおおよそ1分後、再び風切り音と共に砲弾が飛来し海面に巨大な水柱が聳え立つ。

その水柱はまたもや『量産型アドミラル・ヒッパー級』を包み込んだ。

 

 

──同日、厶ー海軍戦艦『ラ・エルド改』艦橋──

 

「初弾夾叉!次弾装填中!」

 

不具合解決ついでに改装が施された厶ー海軍の最新鋭戦艦、『ラ・エルド改』の艦橋に備え付けられた大型双眼鏡を覗き込んでいた観測員が喜びを隠せぬ声で高らかに報告した。

いくら単調な動きをしている標的艦相手とは言え、初弾から夾叉…つまり、そのまま撃ち続ければ命中するという段階まで持って来れたと言うのはとんでもない事だ。

何せ今までは測距儀を用いて目標との大まかな距離を算出、そして相対速度や目標の回避行動を考慮し偏差射撃をする必要があるため本来なら何発…いや、何十発も撃って細かな調整をする必要があるのだが、今回は初弾から夾叉となった。

普通に考えればよほど厶ー海軍の練度が凄まじく高いか、単なるまぐれという結論になる。

勿論、彼らは日々厳しい訓練を受けているため練度は申し分ないだろう。しかし、それに負けず劣らず貢献した物があった。

 

「距離、速度算出完了!射撃諸元、入力完了しました!」

「装填完了!何時でも発砲出来ます!」

 

艦橋に新たに設置されたブラウン管テレビのような画面を見ている士官が艦長であるテナルに報告する。

それに対しテナルは頷くと、右手で標的艦を指して号令をかけた。

 

「よし、全門斉射!撃てぇいっ!」

 

 「全門斉射ぁー!撃てぇぇっ!」

 

テナルの命令を副長が復唱し、それを聞いた砲術長が主砲を発射する為のトリガーを引いて発砲する。

 

 ──ドドドドンッ!

 

ラ・エルドの主砲28cm連装ゲルリッヒ砲2基が火を吹き、高初速の砲弾が空気を切り裂いて飛翔する。

このゲルリッヒ砲だが、サモアに留学していたリグリエラ・ビサンズ社の技術者が得た知見を元にして作られており、砲身の根元は従来通り30.5cmだが砲口へ向かうにつれてテーパー状に狭くなってゆき、砲口ともなれば28cmとなっている。

これにより発射薬が爆燃した際に発生し砲弾の推進力となる発射ガスを無駄無く活用出来る為、初速と貫徹力が大きく向上する事となるのだ。

だが、それと引き換えに砲身寿命が短かったり砲弾に高価なタングステンを使用する必要がある等欠点もあるが、それでも厶ー海軍は攻撃力を欲したようだ。

 

「命中!命中!標的艦の左舷周辺に被害を与えた模様!」

 

「よしっ!二度目の斉射で命中弾を与えたぞ!」

 

観測員の報告にテナルがガッツポーズをし、それと同時に他の士官も歓喜の声を上げる。

標的艦にどのような被害を与えたのが確認するために私物の双眼鏡を覗き込むテナル。

レンズを通して彼の目に映ったのは、左舷の甲板が肉食獣に噛み千切られたかのような有様となっている『量産型アドミラル・ヒッパー級』だった。

 

「よしっ!あれは間違いなく有効弾だな。流石は最新鋭砲…凄まじい威力だ。しかし、それ以上にレーダーFCSが効いているな」

 

満足したように何度も小さく頷くテナル。

彼の言うとおりラ・エルドはサモアから技術提供を受けて生産した『レーダーFCS』とを装備している。

レーダーから発せられる電波の反射を利用し、目標との距離や相対速度を読み取りそれを機械式の計算機に入力すると砲の仰角や方向が出力されるという優れ物だ。

更にそれに留まらず、最新型の装填装置も導入した事で装填に用する時間も1分程になっている。

言ってしまえばラ・エルドは、レーダーFCSによる高い命中率の砲撃を毎分1回行える、決して侮れない戦艦に生まれ変わったのである。

因みにこの改装はラ・カサミ級一隻分の費用がかかり、それにより財務関係の部署が頭を抱えたのはまた別の話である。

 

「艦長、ラ・カガ艦長より通信です。繋げますか?」

 

「殿下から?断る訳にもいかんだろう」

 

歓喜の余韻に浸っていたテナルに通信士が報告する。

今回の演習に参加している戦艦ラ・カガの艦長を勤める厶ー国王の弟、アウドムラ・厶ーからの通信があったらしい。

余程の緊急事態でも無い限り断るのは不敬にあたる…そう考えたテナルは直ぐ様承諾した。

 

「此方、ラ・エルド。艦長のテナル・カミーユです。如何されましたか?」

 

《此方、ラ・カガ。艦長のアウドムラ・厶ーです。先程の砲撃、見事でした》

 

「お褒め頂き、誠に光栄でございます」

 

どうやらテナルを始めとしたラ・エルド乗組員の腕前を褒めたかったらしい。

厶ー国民から絶大な支持を集める王族直々の称賛ともなれば兵の士気は大きく向上する。恐らくアウドムラの通信はそれを意図しての事だろう。

その証拠に、ラ・エルドに満ちていた浮かれた雰囲気は一掃され、心地よい緊張感となっていた。

 

《次は私達、ラ・カガの砲撃なのですが…あのような見事な腕前を披露されては緊張してしまいますね》

 

「ご冗談を…殿下も船乗りとして長年努力していると聞いています」

 

《そう言って頂けると幸いです。…うん、少し緊張が解れました。ありがとうございます》

 

「いえいえ…私如きがお役に立てたのなら、これ以上に嬉しい事はありません」

 

《それでは、我々も砲撃を開始致します。これにて失礼》

 

「はい」

 

通信が終わると同時にテナルはラ・エルドの艦尾方向に目を向ける。

そこにはラ・エルドを遥かに上回る巨体を持つ『ラ・カガ』…アズールレーンからスクラップとしてラ・厶ーに贈られた戦艦『加賀』を修復した厶ー海軍最大の戦艦が海面を切り裂きながら航行していた。

 

「デカイな…流石は40cm砲搭載艦。離れていても凄まじい威圧感だ」

 

全長234mにも及ぶ排水量4万トンの巨艦は正に大海の王者という風格であり、テナルは思わず息を飲んでしまう。

単純な大きさだけなら同じくスクラップだった巡洋戦艦『赤城』こと『ラ・アカギ』の方が勝っているが、厶ーとしては巡洋戦艦は戦艦並の攻撃力を持った巡洋艦と捉えているため純粋な戦艦としてはラ・カガが最大である。

それ故か、ラ・カガからは上手く言い表せない"凄み"のような雰囲気がある。

 

 ──ドドドドンッ!

 

そんな海に浮かぶ黒鉄の城に搭載された41cm連装砲5基が火を吹き、巨大な砲弾を標的艦へと放り投げた。

砲弾が向かうのはラ・エルドの砲撃により損傷し、速力が落ちて艦隊から落伍した『量産型アドミラル・ヒッパー級』…戦艦の主砲弾が直撃した重巡洋艦の最期は壮絶なものとなった。




ゲルリッヒ砲は大口径砲には向かないらしいのですが、そこは厶ーの人達が頑張ったという事で…


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167.異界の海賊

シャルとグナ様より評価8を頂きました!

なんだかドンパチシーンが上手く書けないようになってます…
最近書いてなかったせいですかねぇ…グ帝戦までには確り書けるように努力します


あと自動周回が快適過ぎてザラ砲堀りが捗りまくります
ただし、燃料は枯渇する


──中央暦1641年7月18日午前8時、ムー国デヴァルポート軍港沖合上空──

 

『ラ・エルド』や『ラ・カガ』等が砲撃により標的艦隊を攻撃している頃、その海域からやや離れた位置にある空域では航空機部隊による演習が行われていた。

 

「3番機は私に、2番機は4番機を率いてくれ」

 

プロペラと翼が奏でる風切り音と、大出力エンジンから鳴り響く重低音が響くコックピット内で小隊長であるヤンマイ・エーカーが酸素マスクに内蔵された無線機を通して僚機に指示を出した。

 

《了解!3番機、長機の援護に入ります!》

 

ヤンマイの指示を受けた3番機が離れた位置に移動し、それと同じく2番機と4番機も互いの間隔を十分に空けた陣形をとる。

 

(よし…あとは標的機が来るのを…っ!)

 

左右を見回し警戒していたヤンマイの目に派手なカラーリングをした4機の航空機が映った。

低翼配置の幅広い主翼に、まるで鳥籠のようなキャノピー。カラーリングは黒と黄色のストライプとまるで虎のようで、軍用機と言うよりは工事現場で活躍する重機を彷彿とさせる。

それこそが今回の演習において標的機に指定された戦闘機『零式艦上戦闘機二一型』である。

 

「長機後方4時の方向、下方に敵機4!"ゼロ"と呼ばれるタイプだ。上昇力と低速での格闘戦能力に気を付けろ!」

 

無線機に向かって鋭く呼びかけながら操縦桿を右に倒し、プロペラが生み出す反トルクを利用して右にロールさせる。

以前、サモアに留学していたヤンマイは『改良型マリン水冷タイプ』こと『アビス・マリン』を操っていたのだが、留学中に経験した"ゼロ"の圧倒的とも言える運動性に度肝を抜かれ、その悔しさをバネに様々な空戦技術をモノにしていった。

 

(着いてきたのは…2機!)

 

「3番機、事前に打ち合わせた通りに!」

 

《3番機、了解!》

 

まるで金魚鉢のように丸みを帯びたキャノピーの視界は良好そのものであり、標的機の派手なカラーリングも相まって自機を追いかけてくるのが2機だと言う事が良く分かる。

そう、彼が操縦しているのは改良型マリンではない。

サモアやロデニウス連邦との共同開発や技術支援により国産化した2000馬力級エンジンを搭載し、機体自体もライセンス生産した『F4Uコルセア』だ。

元々はロデニウス連邦と共同開発している新型エンジン搭載機『A-4スカイホーク』が本格的に配備されるまでの間、改良型マリンで凌ぐというプランであったがスカイホークの開発は予想以上に難航、更には開発が完了したとしても調達コストの問題や運用面での問題解決に更に時間がかかるという事が判明した為、急遽従来通りのレシプロエンジンを搭載した全金属製単葉機の配備計画が発令されたのだ。

当初は急な方針転換に混乱した開発陣だったが、サモアの軍需企業である『クロキッド社』から2000馬力級エンジンと過給器の設計図供給を受けられた為、あとはすんなりと開発・製造が出来た。

そんな事もあり、ムーのパイロット達は新たな機体を思う存分動かせるこの演習を待ち望んでいたらしく、士気は十分過ぎるほど高い。

 

「来た…!」

 

コックピット内に装備された後方確認用のミラー越しに自機を追いかけるゼロの姿を捉えたヤンマイ。

右ロールし一回転した機体を更に右へバンクさせ、右旋回に移る。

するとヤンマイ機を追いかける2機のゼロは、それに追従するように右旋回を始めた。

今回の標的機は無人機であり、人間のパイロットの代わりにサモアで製造された作業支援ロボットである饅頭の訓練支援型が搭乗し、操縦している。

基本的には有人機の後方の一定距離を保ちながら飛行するように設定されているため実戦とは程遠いが、それでも射撃訓練用の吹流しよりは実践的な演習が行える。

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 

スロットを開け、加速しながら更に操縦桿を倒してより鋭く旋回する。

勿論、饅頭が操縦するゼロもそれに追従するが速度性能に差があるため突き放されてしまう。

それでも饅頭達は自らに課せられた使命を果たす為に追い縋ろうとするが…

 

──ダダダダダダンッ!ダダダダダダンッ!

 

青い空を切り裂くように曳光弾混じりの火線が走り、横合いから1機のゼロを切り裂いた。

 

《撃墜確実!》

 

無線機から3番機のパイロットの声が聴こえる。

それを聞いたヤンマイは、素早く首を捻って後方を確認した。

彼の視線の先に見えたのは、火達磨となって墜落するゼロ。そして、それを飛び越えるようにして飛び去ってゆくコルセア…ヤンマイ機の指揮下に入った3番機が左旋回をし、ヤンマイ機の背後に着いた2番のゼロを真横から殴り付けたのだ。

これこそ彼らがサモア留学中に身に着けた新戦術、『サッチ・ウィーブ』だ。

これは簡単に言えば2機1組の部隊で行うもので片方が囮となり、もう片方が囮に引っ掛かった敵機を攻撃するというシンプルなものだ。

しかしそれ故に付け入る隙は少なく、いくらでも応用が効く。

 

「次は私だな」

 

残ったゼロは目標を変更したらしく、3番機に追い縋ろうとしている。

それを撃墜すべくヤンマイは、フラップを用いた旋回を行って機首をゼロの方向に向けにかかる。

 

「ふぅぅぅぅぅぅんっ!」

 

体に強いGがかかり、脚に血液が集まって頭がクラッとするが視界が暗くなるブラックアウトは発生しなかった。

これもまたサモアから入手した『対Gスーツ』のお陰でである。

 

(やはり…この対Gスーツは素晴らしいな。もうこれ無しでの空戦は考えられん)

 

今までより快適な空戦にほくそ笑むヤンマイだが、そうしている間にも彼の乗機は既に方向転換を完了し、3番機を追いかけるゼロへと徐々に接近していった。

 

「後方から撃つぞ!合図をする!」

 

《了解、急降下して避けます!》

 

3番機に呼びかけつつ、操縦桿に取り付けられた機銃のトリガーに指を掛ける。

 

「3!2!1!シュート!」

 

《降下!》

 

3番機の機首が下方を向いた瞬間、トリガーを引き切った。

 

──ダダダダダダンッ!

 

コルセアの特徴的な逆ガル翼に装備された12.7mm機銃が火を噴いた。

空を切り裂く4本の火線…それは寸分たがわずゼロの主翼に直撃し、燃料に引火させた。

 

──ボンッ!

 

直ぐに火の玉となって黒煙の尾を引きながら墜ちるゼロ。だが、その中から黄色いヒヨコのようなモノが飛び出し、小さな翼をパタパタと羽ばたかせながら緩やかに降下しながら演習空域を離れてゆく。

 

「あんなぬいぐるみのような物が戦闘機を操れるとは…分かっていても違和感があるな」

 

脱出した饅頭を一瞥したヤンマイは、目の前に広がる幾つもの計器を確認する。

 

「速度よし、高度よし、燃料よし。残弾は…各370発、まだまだ行けるな」

 

計器から得られた情報からまだまだ戦えると判断するヤンマイ。

と言うのも今まで彼が操っていたマリンは燃料搭載量も機銃の弾数も少なく、1回か2回の空戦が精一杯だった。

しかし、このコルセアは900リットルにも及ぶ燃料と大威力かつ弾道特性の良い12.7mm弾400発を装填した機銃を4門搭載している為、継戦能力はマリンとは比べ物にならない程に優れている。

因みにオリジナルのコルセアの機銃は12.7mm6門か20mm4門だが、ムーの飛行場や空母でも無理なく運用出来るように12.7mm4門とされており、火力低下と引き換えに反動軽減による精度向上や軽量化による運動性能向上を実現している事からパイロット達からの評判は上々である。

 

《2番機・4番機、目標撃墜!燃料、残弾共に余裕あり!》

 

コルセアの性能に満足した様子のヤンマイが小さく何度も頷いていると、無線機のスピーカーから2番機パイロットの嬉しそうな声が聴こえてきた。

どうやら彼らも標的機を撃墜出来たようだ。

 

「よし、まだまだ戦えるだろうが他の部隊の演習もある。一度帰投して反省点等を確認しよう」

 

《了解、帰投します》

 

僚機達からの応答を聞いたヤンマイはコンパスを確認し、母艦から発せられるビーコンを捉えて帰還して行った。




そう言えばチャイナ服の季節こと、春節の時期ですね
今回の着せ替えも良い物が揃っているのでダイヤが溶けます


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168.トンボ捕り

kyonshy様より評価9を頂きました!

対空戦闘って細かい描写難しいですよね
色々と資料漁ってもちんぷんかんぷんです…

あ、あと東煌艦の新キャラ来ましたね
これは予想外でした


──中央暦1641年7月18日午前10時、ムー国デヴァルポート軍港沖合──

 

演習は対艦砲撃訓練と模擬空戦を経て対空戦闘訓練へと切り替わっていた。

その訓練のシチュエーションは、艦隊に攻撃を加えようとする敵艦載機を阻止するというものだ。

そして、今回の標的機は無人型の『スクア』と『TBDデバステイター』であり、手始めにスクアが対空砲やレーダーを破壊する為に急降下爆撃を仕掛けるという想定である。

 

「諸元入力完了!右舷両用砲、発射!」

 

──ドンッ!ドンッ!

 

黒鉄の船体を司る艦橋に凛々しい女性の声が響き、それを掻き消すかのような砲声が轟く。

基本的に男社会である軍隊で女性…しかもあどけなさの残る若々しい女性の声というのは違和感がある。

しかし、その声の主はある意味ムー海軍中で最も上手く艦艇を運用する事が出来るであろう人物であろう。

その証拠に、斜め上に放たれた12.7cm砲弾は急降下爆撃の為に横隊を組んだスクア隊へと飛翔し…

 

──バンッ!バンッ!

 

スクア隊の進路上で砲弾が炸裂した。

黒煙と共に破片が飛び散り、鉄の暴風となってスクア隊はそれに飛び込んでしまう。

それなりの装甲を備えた艦艇や車両であれば大した損害にはならない破片であるが、残念ながら航空機にそんな防御力を求めるのは酷な事だ。

鉄の暴風はジュラルミンの外皮を切り裂き、構造材や燃料タンクまで貫いて4機からなるスクア隊の内、2機が炎上しながら錐揉み状態となり撃墜された。

 

「やったぁ!主、見てくれましたか?」

 

墜ちて行くスクアの姿を確認し、嬉しいそうに小躍りしながら満面の笑みを浮べて傍らに立っていた男に抱き着く若い女性。

並行世界のムーで建造され、この世界ではKAN-SENとして建造された『ラ・ツマサ』である。

サモアで建造され、ムーに引き渡された後に再び留学生としてサモアに滞在していた彼女だが、今回の演習に合わせてムーへ帰って着たのだ。

 

「ちょっ…ラ・ツマサ!まだ残ってる!」

 

そんなラ・ツマサに抱き着かれている男、ムーの若手技術士官にしてラ・ツマサ建造のトリガーとなったマイラスは、彼女のスレンダーでありながら女性特有の柔かさを持ち合わせる肢体に顔を赤らめながらも艦橋の窓から見える空を指差した。

 

「はいっ!私の活躍、見てて下さいね♪40mm機関砲、発射!」

 

マイラスの指摘に笑顔で応えたラ・ツマサは、急降下を始めた残りのスクアに意識を集中させると機関砲を発砲した。

 

──ダダダダダダダダダダダダンッ!

 

右舷に装備された『二連装ボフォース40mm機関砲』が火を噴く。

それらは急降下中のスクアへと砲弾を殺到させ、瞬く間に火の玉へと変えた。

並行世界のムーでは次世代戦艦開発と兵装試験の為のテストベットとして建造された彼女だが、この世界ではその拡張性を活かして対空兵装を充実させて対空戦艦とも言うべき存在となっていた。

『Mk.12 5インチ単装両用砲』を10基に、『二連装ボフォース40mm機関砲』を10基、『20mmエリコン機関砲』を18基。それに加えてユニオンの技術を取り入れた改良型の『94式高射装置』やサモアの倉庫に転がっていた『SGレーダー』等々…兵装交換が容易いというKAN-SENの特性をフルに活かし、手を加えていない所は無いというレベルにまで改装された結果、彼女はより近代的な戦闘にも耐えうる程の性能となった。

 

「ラ・ツマサは毎日教本を読み込んだり、他のKAN-SENの皆さんと訓練してたもんな。流石だよ」

 

装備もさる事ながら、それを使い熟す為に人一倍努力していた彼女の姿を知るマイラスは、感心したような口調で告げながらラ・ツマサの頭をポンポンと軽く叩くように撫でた。

 

「っっっ〜〜〜♡主ぃ…♡」

 

自らの頭頂部に感じるマイラスの温もりに表情を綻ばせ、モジモジと悶るラ・ツマサ。

爆発しろ!と言いたくなるリア充空間であるが、マイラスはそんな中でも窓を一瞥してポツリと呟いた。

 

「ラッサンの奴…大丈夫かな?」

 

 

──同日、『ラ・アカギ』艦橋──

 

「雷撃機接近!」

 

「迎撃の準備を!」

 

サモアから贈られた『赤城』の巡洋戦艦艤装をムー海軍艦として復帰させた『ラ・アカギ』の戦闘指揮所では、最年少艦長となったラッサンが指揮を執っていた。

サモアでより近代的な戦術を学び、艦長としての教育を受けたもののまだまだぎこちない。

しかし、それでも自らの責務を果たそうと奮闘している。

 

「艦長、対空戦闘の準備が完了致しました!」

 

副長がラッサンに報告する。

それに対しラッサンは、小さく頷いて檄を飛ばすように指示を出した。

 

「対空戦闘開始!実戦と思って全力で戦え!」

 

「対空戦闘、開始!」

 

ラッサンの指示を副長が復唱する。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

ラ・アカギの副砲はムーに贈られた時から連装両用砲…Mk.12の連装型に換装されており、対艦戦闘力と引き換えに対空戦闘力を向上させている。

更には排水量4万トン超の巨体を活かして両用砲の他にも四連装型のボフォース40mm機関砲や20mm機関砲、それらの能力を引き出す為のレーダーや射撃管制装置も装備している為、ラ・ツマサと同じく対空戦闘に優れた艦となっていた。

更には主砲もSHSこと超重弾に対応出来るように改修している事から、主砲による対艦戦闘力も向上しているのだ。

 

「敵機健在!尚も接近中!」

 

「狼狽えるな、撃ち続けろ!」

 

観測員が双眼鏡を覗き込んだまま悲鳴のように報告する。

しかし、ラッサンはそれに構わずに射撃続行を指示した。

対空戦闘はとにかく手数が必要だ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる…ではないが、三次元的に動く航空機を撃墜する為にはとにかく弾幕を張る必要がある。

 

(くっ…当たらないな…やはり、サモアで見た『VT信管』があれば…)

 

虚空に咲く黒煙の花を物ともせずに、低空を飛行して接近してくるデバステイターを見て歯噛みするラッサン。

彼はサモア留学中に様々な対空兵器を見学していたが、その中には『VT信管』こと『近接信管』もあった。

ご存知の方も多いかとは思うが、VT信管とはレーダー反射波を利用して敵機の近くで砲弾を炸裂させる画期的な信管である。

当初はこれを導入する事を望んだムー統括軍だったが、ムーの技術では製造自体は出来ても生産性や信頼性に不安がある事から研究は続けるが制式採用は見送る、という事になった。

 

──バンッ!バンッ!

 

撃ち続けていた両用砲から放たれた砲弾が炸裂し、破片を撒き散らす。

すると、鉄片の網に1機のデバステイターが引っ掛かった。

プロペラがぶっ飛び、主翼が中程から折れて垂直尾翼がもぎ取られた。

無論、そんな状態で飛行出来る訳が無い。直ぐ様バランスを崩し、重たい模擬魚雷を抱えたまま海面に叩き付けられた。

 

「撃墜確認!」

 

「ぃよしっ!だが、まだまだ残っているぞ!」

 

標的機を撃墜出来た事に思わず浮ついてしまいそうになるが、散々叩き込まれた"慢心は敗北に繋がる"という言葉を思い出して気を引き締める。

 

「撃ち続けろ!実戦ならあの魚雷は一撃で戦艦を沈め得るからな!」

 

檄を飛ばして皆の気を引き締めるラッサン。

それを了解したのか、両用砲は火を噴き続けた。

確かにVT信管があれば多少は楽だろう。しかしVT信管は一発逆転の最強兵器ではなく、幾重にも折り重なる戦闘システムの一つに過ぎない。

適切なレーダーに対空兵器、それを制御する管制装置があれば時限信管でも十分な対空戦闘は行える。

 

「敵機尚も接近!」

 

「40mmを使え!とにかく弾幕を張るんだ!」

 

両用砲の砲火に40mm機関砲も加わる。

響き渡る砲声は最早演習とは思えない。

そんな中、ラッサンは懐から懐中時計を取り出して裏蓋に目をやった。

 

(逸仙さん…必ず立派な艦長となって貴女を…)

 

その懐中時計は、ラッサンが艦長職に抜擢された際に逸仙から贈られたものだ。

二人とも奥手であるため未だにプラトニックな交際が続いているが、このように愛情は確かなものらしい。

 

「力を以て山を抜き、気迫を以て世を覆う…か」

 

「艦長?」

 

突如として脈絡無く呟いたラッサンに怪訝な目を向ける副長。

それに対しラッサンは、頷きながら応えた。

 

「ムーとサモアがあった世界のとある英雄の詩、との事だ。気高く強く、愛に生きたらしいが…我々もそうありたいな」

 

懐中時計を再び懐に戻しながらフッと笑みを浮かべるラッサン。

逸仙から贈られた懐中時計の裏蓋…そこには"抜山蓋世"と彫り込まれていた。




ラッサンのあれはフラグではないのでご安心を


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169.優雅なる責務

かたかたなる様より評価9を頂きました!

お気に入り数1000突破!
ありがとうございます!全て読んで下さる皆様のお陰です!
これからも出来るだけ連載致しますので、感想・評価をお願い致します!

あと、唐突にTwitter始めました
私のユーザーページにユーザー名を貼っておくので、興味のある方はフォローを
まあ、大した事は呟きませんが


──中央暦1641年7月18日午後3時、ムー国デヴァルポート軍港沖合──

 

対水上艦砲撃訓練や対空射撃訓練、戦闘機同士による空対空戦闘訓練は一通り完了し、現在は艦載機による対艦攻撃訓練を実施している。

 

──ブォォォォォォ…

 

今回の演習に参加したロイヤル艦隊の旗艦『イラストリアス』の飛行甲板から、新型の蒸気カタパルトにより1機のプロペラ機が飛び立つ。

見た目は単発単座のやや大柄な戦闘機に見えるが、実際は戦闘機ではない。

幅広な主翼には左右それぞれ7ヶ所にも及ぶ兵装架が取り付けられており、胴体の中心軸線上の物を合わせれば合計15ヶ所にも及ぶ。

普通の戦闘機であれば増槽や多少の対地攻撃兵装を搭載出来れば十分であるため、3〜5ヶ所もあれば良いだろう。

そう、この機体は多数の兵装を懸架する必要のある攻撃機、或いは爆撃機である。

その名も『A-1 スカイレイダー』、これまで採用していた『TBF アヴェンジャー』の後継となる機体だ。

急降下爆撃機と雷撃機を統合する目的で開発された本機は、最大2800馬力にも及ぶエンジンにより4発爆撃機にも匹敵する約3.1トンものペイロードを誇っている。

更にはあらゆる性能が前任機であるアヴェンジャーよりも格段に優れており、非常に高い運動性も持ち合わせている事から実質的には爆撃機であり雷撃機であり、戦闘機でもあると言う正に万能機と呼べるものに仕上がっている。

 

「わぁ〜…指揮官さまっ。あの飛行機、スゴイです♪」

 

そんなスカイレイダーが飛び立つ姿を見てはしゃぐ小さな人影。

輝く銀色のセミロングボブに浅い海の様な碧眼。純白のドレスに、背中には妖精の羽を模した飾りが特徴的なKAN-SEN『リトル・イラストリアス』だ。

本来であれば彼女はサモア基地で待機する筈だったのだが、本人の強い希望で見学の為に同行している。

 

「確かに大出力エンジンを積んでるから音もかなりのもんだな。まあ、ジェット機の方が性能的にはいいが…」

 

楽しげにはしゃぐリトル・イラストリアスを抱き上げ、艦橋にある航空管制室の窓から飛行甲板を見下ろしていた指揮官が彼女に同意するように小さく頷きながら述べた。

 

「ですけど、ジェット機は滑走路のコンディションによっては運用が困難になってしまいますわ。未舗装の滑走路では異物を吸い込んでエンジン破損、木製の飛行甲板ではジェット噴流によって火災の可能性…強き力には、常に代償が伴うと言う所でしょうか?」

 

指揮官の言葉を続けたのは、彼の腕に抱かれているリトル・イラストリアスと同じような白いドレス姿のKAN-SEN…『イラストリアス』だ。

今まで管制室に持ち込んだティーセットとテーブルでティータイムを楽しんでいた彼女だが、1杯の紅茶を飲み干すと立ち上がって指揮官の傍らに歩み寄ってきた。

そしてそのまま彼の腕に自らの腕を絡め、しなだれかかる。

女児を抱き上げている男と、その男と非常に親密そうな美女…見た目は完全に子持ちの夫婦であるが、指揮官はイラストリアスの腕をやんわりと払い除け、リトル・イラストリアスをそっと床に下ろした。

 

「よせ、こんな事をする為にムーまで来た訳じゃない。それに、他の奴らに知られたら厄介…」

 

「あら、指揮官さまったら…昨日の夜はあんなに…」

 

──ブォォォォォォ…キッ…キッ…

 

イラストリアスが言葉を続けようとした瞬間、飛行甲板に別の機体が着艦した。

こちらもプロペラ機であるが、先程発艦したスカイレイダーと比べるとかなり小柄である。

こちらも新開発された『F8F ベアキャット』だ。

スカイレイダーと同型のエンジンに、重桜の"ゼロ"からインスピレーションを受けたという小型軽量の機体を持つ、"究極のレシプロ戦闘機"の名に相応しい機体だ。

 

「わぁ〜…あの飛行機もカッコいいです!」

 

イラストリアスから爆弾発言が飛び出す直前にベアキャットが着艦した事で、リトル・イラストリアスの興味が逸れる。

その様子に指揮官は胸を撫で下ろし、イラストリアスへ非難がましい目を向けた。

 

「妙な事を口走るな。教育に悪いだろう」

 

「ふふっ、冗談ですよ♪それにしても…指揮官さまがそんな事を仰るなんて。いい父親になれますね♪」

 

ペロッと小さく舌を出していたずらっぽい笑みを浮かべるイラストリアスに、呆れたように肩を竦める指揮官。

しかし、リトル・イラストリアスはそんな二人に気付いていないのか、ぴょんぴょん跳ねながらはしゃいでいた。

 

「あの飛行機があれば、愛と平和の敵をボコボコに出来ますねっ♪」

 

「…ヴィクトリアスに子供の世話は任せられんな」

 

「あら…あの娘、ヴィクトリアスにはよく懐いてますよ?」

 

優雅なロイヤルレディとは一体何なのか…そんな疑問を噛み殺しながら指揮官は、憮然とした様子で遠目に見えるスカイレイダーが魚雷を投下する様を眺める事しか出来なかった。

 

 

──同日、空母『ジェネラル・パンドール』戦闘指揮所──

 

「攻撃隊、魚雷投下…4本中、2本命中。標的艦、沈みます」

「爆撃隊…全弾命中せず!」

「第二次爆撃隊、発艦して下さい!」

 

ロデニウス連邦海軍から派遣された演習艦隊旗艦である『ジェネラル・パンドール』の戦闘指揮所では、戦果報告と航空管制の声が飛び交っていた。

そんな中、艦隊司令を務めるパンカーレは眉間に皺を寄せた難しい表情を浮かべている。

 

(むぅ…この空母は確かにこれまでのマイハーク級軽空母より規模が大きくなり、今までのように手狭さを感じなくはなったが…その分、やる事が多くなったなぁ…)

 

チラッと窓から飛行甲板を見下ろす。

そこには愛機に向かって走って行くパイロットや太いホースを抱えた給油作業員、爆弾や機銃弾を台車に載せて運ぶ兵装作業員等が艦載機の合間を縫うようにして動き回っている。

何せ今まで主力空母としていたマイハーク級の搭載機量は最大でも45機程度であったが、このジェネラル・パンドール…サモアから提供された『エセックス級』の準同型艦である『タイコンデロガ級』に蒸気カタパルトやアングルドデッキを装備した本艦は、最大で150機もの艦載機を運用出来る。

単純計算で3倍以上の人員が必要なのだ。

確かに大型空母は頼もしい存在だが、流石に運用の難しさは如何ともし難い。

 

「パンカーレ司令。随分と怖い顔になっておりますよ?」

 

大型空母運用の難しさに頭を悩ませていたパンカーレの背後に声がかけられた。

振り向くと、そこには元ロウリア三大将軍の一人であったスマークが立っていた。今の彼は、このジェネラル・パンドールの艦長として手腕を振るっている。

 

「あぁ、スマーク艦長。いや…これ程の巨艦の運用は難しい…と、思いましてな」

 

「ははは…確かに、そうですなぁ…ですが今の内に慣れませんと。今後は更に大型の空母…それこそエンタープライズ殿のような空母の就役も目指している、との事ですから」

 

「更にはアズールレーンで先行配備されている超音速戦闘機や、ムーと共同開発している攻撃機等も配備される予定もありますからな。兵士達も新兵器を使い熟す為に努力しています。我々も全力を尽くしませんと…」

 

「はっはっはっ!これでは早期退職して、退職金で長閑な田舎暮らしとはいきませんな。少なくとも、我が友の名を冠した艦を途中で投げ出したくはありませんから」

 

態とらしく自らの手で肩を揉みながら深いため息をつくパンカーレと、快活に笑いながら決意を新たにするスマーク。

ムーやアズールレーンばかりが目立つが、彼らも着実に力を付けているのであった。

 




あとは陸上兵器の話と、各国の動向の話を書いてから本格的なグ帝編に突入したいと思います


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170.自動火器

クルスニク様より評価9を頂きました!

そう言えばエアコミケのグッズが届きましたが、イラストリアスとユニコーンのタペストリーは購入年齢制限をかけるべき代物でしたねぇ…

あと、三笠大先輩のブルーレイ視聴しましたが特典の長門回もためになりましたね
下手な資料漁るよりも三笠大先輩を観た方が良い気がします


──中央暦1641年7月20日午前8時、ムー国アルヴァタール兵器試験場──

 

短い下草で覆われた平地と、いくつかの小高い丘が連なる無人の大地。

そこはムー陸軍が射撃演習や新兵器の実験を行う為の演習場として利用されている。

 

──ターンッ…ターンッ…タタタタタッ…

 

丘の間を通り抜ける風の音に混じって木霊する乾いた破裂音…それは平地に築かれた小さな街から響いているようだ。

 

「うん…中々にこの銃はいいな。精度も射程も十分で分解清掃も容易…名銃だな」

 

街並みを貫く大通りに設置された土嚢の山で作られた陣地の背後で一人の士官が満足気に呟いた。

名はマレアス・ルーザー、階級は准尉。ムー陸軍の小隊長であり、一兵卒からの叩き上げ士官である。

そんな彼の手にあるのは一丁の小銃…木製のストックとハンドガードにそこから伸びたフロントサイト付きの銃身、機関部の下方には箱型のマガジンが装入されている一見すると特におかしな所は無い普通のライフルだ。

しかし、凡庸な見た目とは裏腹にムー陸軍にとっては革新的な点があった。

 

──パンッ!…パンッ!…パンッ!

 

マレアスが率いる小隊に所属する兵士が土嚢を利用した委託射撃で小銃を発砲する。

これまた普通の射撃訓練だが、普段とは違う点がある。

射撃を続ける兵士だが、彼の右手はグリップとトリガーに、左手はハンドガードを保持したままだ。

そう、このライフルは"トリガーを引くだけで弾丸を発射"する事が出来る『半自動小銃』と呼ばれるライフルなのである。

元々ムーはボルトアクション式の『8mm歩兵銃』と呼ばれる小銃を採用していたのだが、アズールレーンやロデニウス連邦で自動小銃の採用が進んでいる事に触発され自国でも自動小銃を採用するという計画が持ち上がった。

しかし、アズールレーンの自動小銃は『短小弾』と呼ばれる全長が短い実包を用いるというものであり、未だに旧型実包である6.5mm弾が残っている現状では新たに制式採用実包を増やす事は得策ではないと判断されて計画は一旦破棄されたのだが、ここで何とも都合の良い事が起きた。

アズールレーンの本拠地であるサモア基地、そこの陸戦部隊である鉄血部隊が採用していた半自動小銃が新型自動小銃配備に伴って破棄される事となり、それに目を付けたムー統括軍が交渉を行って中古品と製造機械を買い取る事に成功した。

しかもそのライフルの使用弾薬は7.92mmだったが、寸法はムーの8mm弾と一致していたのだ。

それこそ『Gew43』と呼ばれる半自動小銃である。

 

「それに…」

 

──ブォォォォォォォンッ!

 

言葉を続けようとしたマレアスを遮るように異質な銃声が鳴り響いた。

余りにも速く、一つに繋がった銃声はまるで電動ノコギリのようだ。

 

「っ…!…凄まじい銃声だな…聴き過ぎると耳が悪くなりそうだ…」

 

小隊所属の機関銃手が二脚を土嚢に食い込ませながら発砲していたのもサモアから輸入した機関銃、『MG42』だ。

今まで三脚に据え付けて使う重機関銃か、それを無理矢理持ち運び出来るようにした軽機関銃しか保有していなかったムー陸軍だが、このMG42は歩兵の進軍に合わせられる軽快な軽機関銃としても、三脚に据え付けて拠点防衛用重機関銃としても使える汎用性から、これも製造機械ごと買い取ってムー陸軍制式採用機関銃として旧来の各種機関銃を置き換えている。

 

「小隊長!小銃、及び機関銃の射撃訓練一通り完了致しました!これより擲弾筒発射訓練に移ります!」

 

MG42の発射音に顔を顰めていたマレアスの元へ、部下であり分隊長である曹長が駆け寄り敬礼しながら報告する。

それに対しマレアスは、頷きながら応えた。

 

「よろしい。だが、擲弾筒は我々にとって慣れない兵器だ。キチンとマニュアルの手順に従って訓練を行ってくれ」

 

「了解!」

 

マレアスの言葉を聞いた曹長は再び敬礼すると、キビキビとした動きで回れ右し小走りで分隊員の元へ駆け寄って行く。

 

「擲弾筒、発射訓練開始!」

 

「発射準備、開始!」

 

曹長の掛け声の後に分隊員が金属製の筒を長方形の箱から取り出した。

外見は太さの違う金属筒二本を繋げたような見た目をしており、細い金属筒の後端にはアーチ状に曲げた鉄板が溶接されている。

こちらは重桜製の『八九式重擲弾筒』のコピー品である。

元々ムー陸軍は『26型ガエタン70mm歩兵砲』と呼ばれる歩兵部隊が運用する軽量な歩兵砲があったのだが、いくら軽量とは言え小隊規模での運用は厳しいものがあり、それ故に小部隊の火力が貧弱という欠点があった。

そこで目を付けたのが『迫撃砲』…その中でも特に軽便な『擲弾筒』という兵器だった。

砲自体は軽量かつ簡素な作りになっており、低初速である為に炸薬量も十分。更には分隊規模での運用も可能で、遮蔽物に隠れた敵兵を頭上から攻撃出来るとあってムー統括軍はこの兵器の有用性を確信し、直ぐ様配備する事となったのだ。

因みに『50mm曲射分隊砲』と名付けられた本砲だが、輸入やライセンス生産ではなく無断コピーであり、製造権を持っている『蔵王重工』からは見逃されている状態となっている。

というのも、迫撃砲は原理さえ理解出来ていれば素人でも製作が可能という事から建前上は、「蔵王重工の兵器からインスピレーションを受けたムーの技術者が開発した」という事になっているのだ。

 

「発射!」

 

──シュポンッ!

 

砲身に専用砲弾を落とし込み、狙いを定めてトリガーを引く。

するとまるでスパーリングワインの栓を抜いたかのような発射音と共に、炸薬を充填した50mm対人榴弾が砲口から飛び出した。

 

──ヒュウゥゥゥゥゥゥ…

 

下手な口笛のような掠れた風切り音を発しながら放物線を描いて飛翔し、急角度で落ちてくる砲弾。

それはムー陸軍工兵隊が築いた住居に向かい…

 

──ボンッ!

 

二階建ての住居の屋根を突き破り、爆発音と共に倒壊させてしまった。

破壊する事を前提としている為、一般的な住居よりは脆いがそれでも十分な強度はあった筈だ。

それがいとも容易く、歩兵が小脇に抱えられる程の兵器で瓦礫と化した。

 

「うむ、凄まじい威力だな。これなら敵小隊と衝突した際にも火力で圧倒出来る。しかし…」

 

擲弾筒の威力に大変満足した様子のマレアスだが、隣の陣地で射撃訓練をする部隊を見ると若干表情が曇る。

 

──タタタンッ!…タタタンッ!…タタタンッ!

 

規則的に鳴り響く銃声。

それは隣の陣地で訓練をするアズールレーン部隊が携える自動小銃、『AK47』の発展型である『AKM』から鳴り響いていた。

機関銃のようなフルオート射撃が可能で、粗雑に扱っても故障しない程に頑丈であるそれはムーの兵士から見れば夢のような銃である。

勿論、連射時の命中精度が悪かったり従来のフルサイズ弾薬を用いるライフルより射程が劣る等の欠点こそあるものの、それでも射撃する度に高速で前後するボルトハンドルや30発装填のマガジンは何とも頼もしく見える。

 

「まあ…半自動小銃でも十分に戦える。他所を羨んでも仕方ないか…」

 

まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐマレアス。

自らの頬をパンパンと叩き気合いを入れ直すと、射撃訓練を再開すべくGew43の安全装置を外した。

 

 




今年のバレンタインは樫野から貰う事にしました


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171.無限に続く鉄の道

まる@@様より評価9を頂きました!

なんか21日に生放送やるらしいですね
いきなりの事で驚きましたよ
さてさて…新情報は何がくるやら…


──中央暦1641年7月20日午後2時、ムー国アルヴァタール兵器試験場──

 

歩兵携行火器による射撃訓練が一段落した演習場。

建ち並ぶ建物の外壁には数多くの弾痕が穿たれ、擲弾筒や榴弾砲の直撃により何棟かの建物は全壊して瓦礫の山と化していた。

勿論、人っ子一人存在しない破壊される為のゴーストタウンであるが何とも侘しさを感じる光景である。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴ…

 

しかし、突如として地鳴りのような低音が空気を揺らし、その振動により小さな瓦礫や粉塵が大きな瓦礫からパラパラと落ちて行く。

 

──グォォォォォンッ!

 

地鳴りを掻き消すように響き渡るのは、まるで獣の雄叫びのような駆動音。

熱気と共に黒煙を吐き出すそれは、正に鋼鉄の猛獣…

 

──バキバキッ!

 

瓦礫を踏み締め、粉砕しながら現れたのは1輌の戦車。

ムーが歩兵支援の為に開発した『ラ・グンドⅡ』である。

歩兵に寄り添う為に開発されたこの戦車は走破性に優れており、このような激しい凹凸面は勿論、勾配のキツイ山道でも走破出来るという性能を誇っている。

その反面、最高速度は20km/hしかないため機動戦には向かない。

しかしながら大口径砲でも持ち出さなければ貫通出来ない装甲を持ち、大威力の105mm榴弾砲と、ある程度の装甲車輌相手なら対応出来る37mm砲、更には新たに採用されたMG42機関銃を装備しているという事もあって歩兵からは最大級の信頼を得ている。

 

「目標、2時の方向!土嚢を用いた防御陣地と見られる!」

 

そんなラ・グンドⅡの周囲に展開する歩兵部隊、随伴歩兵の隊長が履帯を覆うフェンダーに装備された通信機の受話器を用いて呼びかける。

ラ・グンドⅡは装甲と重武装を持ち合わせている兼ね合いで視界が悪く、敵歩兵に肉薄されても気付かない可能性がある為、このように随伴歩兵と緊密なコミュニケーションを取れるような装備が施されている。

 

《了解…確認した。主砲を使うから砲口の周囲には立ち入らないように》

 

隊長からの報告を受けたラ・グンドⅡの車長が外部視察用のペリスコープで目標を確認する。

見えたのは、土嚢で作られたドーム状の防御陣地だ。

一部にはスリット状の銃眼があり、そこからは機関銃を模した木工模型の一部が見て取れる。

 

「総員、車体の後方へ隠れろ!…よし、退避完了!何時でもどうぞ!」

 

率いている部隊員全てが車体の後方へと避難した事を確認した隊長はそう述べると、受話器を置いて自らも早足で部隊員達の元へ向かった。

今回用いるのは破壊力の低い演習弾だが、それでも発射時の衝撃波は人体に損傷を与えるには十分な物だ。

 

──キュラキュラキュラキュラ…

 

ラ・グンドⅡの左側の履帯が回り、右側の履帯は逆回転する。

こうする事で最低限のスペースで車体の向きを変える事が出来る…いわゆる超信地旋回というものだ。

足回りに負荷が掛かり、ムーの技術では厳しいと思われたが、ラ・グンドⅡの主砲は車体全面に固定されている為に照準を付ける為にはどうしても車体ごと動かす必要がある。それに加え、歩兵と共に行動するには隘路でも柔軟に機動する必要がある為に技術者達が過労死寸前になりながらも超信地旋回機構を開発したのだ。

 

──ドンッ!

 

そうしてその場から殆ど動かずに車体を旋回させたラ・グンドⅡは、車体前面に搭載された短砲身の105mm榴弾砲を発射した。

 

──ボンッ!

 

発射された砲弾は緩い弾道を描き、防御陣地へと着弾して炸裂した。

着弾の衝撃で土嚢が破れ、爆風によって中身である土が辺りに飛散する。

防御陣地は暫くの間爆煙と土煙により隠されていたが、吹き抜ける風によりそれが晴れると砲撃の効果が明らかになった。

 

「おぉ…」

 

車体の影から顔を覗かせた隊長が思わず感嘆の声をあげる。

そこにあったのは、4分の1程が崩れ去った防御陣地…本格的なコンクリート製トーチカより防御性能は劣るものの、通常の文明国で使われているような魔導砲の砲撃ならばびくともしないそれが無残な姿を晒していた。

威力の低い演習弾を使ってこうなら、実弾を使えば跡形もなく吹き飛んでいる事だろう。

 

「車長。目標は完全破壊相当の被害を受けた。次の訓練に移りたい」

 

《了解。次は…対戦車兵器を装備した随伴歩兵も交えた対戦車戦闘だったか?》

 

「そうだ。ロデニウス連邦が初期に製造した戦車を標的として提供してくれたらしい。技術が未熟だった頃のものらしく、戦力とはならんから遠慮なく壊しても良いとの事だ」

 

《ロデニウスの戦車…シャーマン戦車か。まあ、彼らもあれ程の技術を物にするまでには並々ならぬ苦労があったのだろうな》

 

対防御陣地戦闘訓練を終えたラ・グンドⅡと随伴歩兵達は、周囲を警戒しながら再び無人の街並みを歩んで行った。

 

 

──同日、アルヴァタール兵器試験場丘陵地帯──

 

「これぐらいか?」

 

「いや…車長がもっと下れと指示してるぞ」

 

──ブォォォォォォォンッ!キッ…

 

「これぐらい…」

 

「あー…車長が見えなくなった。これは下がり過ぎだな」

 

市街戦の訓練が行われている平地から少し離れた丘陵地帯。

そこではムー陸軍内に新たに設立された機甲部隊に配備された戦車、『ラ・リオット』が稜線射撃の訓練を行っていた。

ラ・リオットはラ・グンドⅡよりも機動性に優れ、対戦車戦闘における主力とされているのだが何もだだっ広い平野で走り回りながら敵戦車と戦う訳ではない。

何せラ・リオットは砲塔正面の装甲は80mmあるのだが、他は40〜20mm程度しかなく砲塔上面に至っては露天になっている。

そんな装甲で敵戦車と殴り合うのは、かなりの度胸が必要だろう。

それ故、ムー陸軍機甲部隊はサモア基地鉄血部隊からの指導を受けて稜線射撃という戦法を身に着ける事にした。

 

「お、いいんじゃないか?」

 

「車長も良いって言ってるみたいだ」

 

訓練を行っているラ・リオットの内の1輌に乗り込んでいる装填手と操縦手が、やや離れた位置で手を振っている車長を確認しながら砲塔だけが稜線から出る位置でブレーキをかけた。

機甲部隊の基本戦術はムー大陸各所に存在する丘陵地帯を利用し、稜線から稜線へ移動しながら敵戦車を攻撃するというものだ。

幸いにもムー国境付近は丘陵地帯が多い為、このような戦法は有効であると予想されている。

 

「しかし、ロデニウスから輸入したシャーマンならこんな風にコソコソ動かなくてもいいのになぁ…」

 

「いや、そうでもないらしいぞ?」

 

ボヤく装填手の言葉に対して、操縦手がやや離れた稜線に陣取っている戦車に目を向ける。

アズールレーンの『M4中戦車シャーマン』だ。砲塔にツルハシを持ったモグラのエンブレムが描かれている事から、旧クイラ王国の鉱山で働いていたドワーフを中心とした機甲部隊『クイラ』であるようだ。

ドワーフは古くから鉱山や鍛冶場で働いてきた歴史がある事から、体力に優れ、狭い場所でもストレスを感じず、手先が器用な者が多い。

そんな彼らからしてみれば戦車兵というのは天職に近いのだろう。

その証拠に、ドワーフが操るシャーマンは移動しながらも稜線から砲塔を出しただけの状態を維持している。

 

「やはり、装甲が頑強でも被弾しないに越した事は無いからな。いくらシャーマンでも100mm以上の野砲が直撃したら危ないだろうし」

 

「ふーん…?まあ、確かに砲弾が直撃したら撃破されなくても心臓には悪いだろうな。それにしても、あのシャーマン…こっちに輸入されてるシャーマンと少し違うように見えるな?」

 

丘の上を自由自在に駆け回るシャーマンを見ていた装填手が、ふと違和感を覚えた。

確かに彼の言う通り、アズールレーンのシャーマンは砲塔後部が大きく張り出しているように見える。

それに加え主砲の先端にはかなりゴツいマズルブレーキが装備され、砲身自体もかなり長くなっていた。

 

「砲塔の後ろは砲弾を積んでるのか?」

 

「かもな…砲身も長いから、より高初速の砲になっているのか…」

 

装填手と操縦手がそれぞれ自らの見解を口にしていると、突如として耳障りな金属音が鳴り響いた。

 

──ガンガンガンッ!

 

「おいっ!お前ら何をボケっとしている!」

 

耳に突き刺さる轟音に顔を顰めながら砲塔上面から顔を出して音のした方を見ると、ハンマーを持った車長が怒鳴っている。

どうやらアズールレーンのシャーマンに気を取られて一向に動かない彼らを注意する為に、ハンマーで装甲を叩いたらしい。

 

「あっ…す、すいません!」

 

「次は移動ですね!」

 

車長に怒鳴られた二人は、額に冷や汗を浮べて自らに課された訓練内容に意識を向けた。




色々調べてると魔改造に魔改造を重ねたシャーマンが出てきて変な笑いが出て来ます


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172.人間らしく

色々と書きたい事はありましたが、あまり長引いてもダレるだけなので演習編はこれで一区切りです


あと新北連イベントの情報が出ましたね!
私はタリンとソビエツカヤ・ベラルーシアが気になりますねぇ…
あと久しぶりの改造はまさかのクーちゃん!改造設計図は100単位で溜め込んでるので直ぐにでも改造出来ますね!


──中央暦1641年7月22日午後7時、ムー国アルヴァタール兵器試験場──

 

演習場の一角に設営された幾つものOD色のテント。

そこは演習に参加する将兵が寝泊まりする兵舎として機能しており、所属も種族も階級も様々な兵士達がテントの間を行き交っている。

そんな兵舎の一つ、"食堂"と書かれたプレートが掲げられている大きなテントの中では、腹を空かせた兵士達が供される料理に舌鼓を打っていた。

 

「スゴイ…軍隊でこんなレストランのような食事がとれるなんて…」

 

簡素なテーブルと椅子の食卓についたムー統括軍情報通信部の女性士官、カーナ・チェルコートが感嘆の声を上げた。

彼女の前には薄い金属板をプレスして作ったと思われる凹みの付いたプレート…メスプレートが置かれており、そこには様々な料理が盛り付けられていた。

 

「このパンは…何か穀物の粉が振り掛けてありますね。トーストされている事もあって香ばしく、このジャムと良く合いますね」

 

カーナが最初に手にしたのは、トウモロコシ粉が振り掛けてある円形のパン…トーストしたロイヤル風マフィンだ。

優しい甘さとカリッとした食感、それに合わせるのは柑橘類を砂糖で煮込んだジャム。

それを咀嚼すればトウモロコシ粉と小麦の香ばしさが鼻に抜け、ジャムの甘酸っぱさが疲弊した脳に染み渡るかのようだ。

 

「これは…揚げた肉団子でしょうか?それにしては随分と大きな…ん…?中に茹で卵が!」

 

次は茶色の塊にフォークを刺してナイフで切った。

すると切り口からは外見からは想像できない鮮やかな白と黄色が姿を現す。

スパイスを練り込んだ挽き肉で茹で卵を包んで素揚げにしたスコッチエッグだ。

茹で卵の白身の淡白な味わいと黄身の濃厚な味わい、それらを包む肉汁溢れるジューシーな肉ダネは合い挽き肉の旨味もさる事ながら、胡椒やマスタードの爽やかな辛味が味を全体的に引き締めているようだ。

 

「うん…うん…ボリューム満点ですね。これなら最前線で戦う方も大満足でしょう。こっちは…魚と芋の揚げ物でしょうか?揚げ物が多いのはやはり、エネルギーを補給する為でしょう」

 

年頃の女性としては油っこい物は控えたいが、最前線で敵と戦う兵士達を考えて作られた物である以上は仕方ない。

"明日は護身用火器の取り扱い訓練で体を動かすからいいか…"と自分を納得させつつ皮付きのフライドポテトを口にする。

表面は香ばしく中はホクホクとしており、皮付きである為に大地の香りを感じられる。塩が振り掛けられているようだが、薄くされているらしい。おそらくは個人が好きに味付け出来るようにされているのだろう。

そして白身魚のフライ、衣はサクッとしており胡椒で下味が付けられた魚肉は魚介の旨味が溢れてくる。

 

「美味しい…アズールレーンの人は毎日こんな美味しい物を食べているのですか…」

 

油っこくなった口をサッパリさせる為に続いては蒸し野菜を手を付ける。

ブロッコリーとアスパラガス、ニンジンにカボチャと中々に彩り鮮やかだ。

特に味付けはされていないようであるため、テーブルに置かれているビネガーをかける。

 

「野菜も新鮮で美味しいですね。こんな新鮮な食材を安定して補給出来るとは…彼らは兵器のみならず、兵站にも気を使っているのですね…」

 

とても軍隊とは思えぬクオリティーの料理に舌鼓を打ち、何度も頷くカーナ。

こんな食事が用意されているのなら、何が何でも生きて帰ろうという気持ちになるだろうし、何よりも暖かく美味い食事というのは気持ちに余裕を持たせてくれる。

余裕が無く飢えた軍隊と、余裕があり安定して食える軍隊。どちらが強いかと問われれば間違いなく後者であろう。

 

「それに…」

 

プレート上の料理を綺麗に平らげたカーナは、まだ残っている料理にフォークを伸ばした。

それはデザートとして配膳されたサマープディングだ。

ベリーの果汁を配合したシロップを染み込ませた薄切り食パンの型に、砂糖で煮詰めたベリーを詰め込んだロイヤル伝統のスイーツである。

 

「んん〜♪甘酸っぱい果汁とシロップの甘さ…アクセントのミントが演出する爽やかさ…デザートが出るだけでもビックリなのに、こんなに美味しいなんて…もし、我が国がアズールレーンに参加する事になったら志願しちゃいましょうか?」

 

年頃の女性は甘い物が好み…それは異世界でも変わらないようである。

頬を緩ませサマープディングを完食したカーナは最後に紅茶で口内に残る甘味を流し込むと、メスプレートを返却口に返して食堂テントを後にした。

尚、演習終了後に体重計に乗った彼女の顔が真っ青になったのは、また別の話である。

 

 

──同日、同兵舎内──

 

食堂テントからやや離れた大きなテント。

そこには"浴場"と書かれたプレートが掲げられていた。

内部には幾つものシャワーブースは勿論、中央部には大きな湯船が設置され暖かい湯が溜められていた。

 

「あ"あ"あ"〜〜……」

 

その大きな湯船にムー陸軍キールセキ駐屯地司令、ホクゴウ・ミルゾーレがオッサンのような─実際オッサンだが─声を出しながら肩まで浸かった。

 

「良い湯加減だ…足を伸ばして風呂に入れるとは…実に素晴らしい」

 

ムー陸軍の装備品にも入浴設備は当然存在する。

しかし入浴設備と言っても簡易的なシャワーであり、温水を作る為の設備も貧弱な為に冷水が出たり熱すぎる湯が出たりと扱いが難しいものだった。

 

「どうですかな?我々の衛生装備品は」

 

体を芯から温める湯の心地よさにリラックスしているホクゴウの隣に初老の男性が腰を下ろした。

アズールレーン陸軍司令官であるノウ・ヒーリョーである。

 

「あぁ、ノウ司令。いやはや、いくら後方地帯とは言えこうして湯に浸かれるというのは贅沢なものですな。一日の疲れが湯に溶けてゆくようですよ」

 

そう言って辺りを見回すホクゴウ。

この大きな湯船は一度に30名程が入浴出来るようになっており、今でも20名程度がリラックスした様子で入浴している。

重い装備品や銃器を抱えて戦場を走り回る一兵卒は勿論、地図を前にして戦術を立案する士官も分け隔てなく体を清めている様は正に一時の休息と言うに相応しいだろう。

 

「疲れを取る事は勿論ですが、やはり清潔にしておかないと感染症の可能性がありますからね。もう利用されたかもしれませんが、そう言った意味では洗濯部隊も重要ですな」

 

自分の肩を揉みながら脱衣場の方を指差すノウ。

アズールレーンやロデニウス連邦軍、それらに影響を受けた第三・第四文明圏の軍は補給部隊内部に衛生関連専門部隊を設けている。

彼らは後方地帯で活動し、拠点の衛生管理…入浴設備やトイレ、洗濯機材等を扱う事で戦闘部隊の支援を行っているのだ。

 

「確かに…我が国でも一時期、感染症の胃腸炎が蔓延した時期がありました。その際には軍も機能不全に陥り…もし、戦時中であれば大変な事になっていたでしょう」

 

「えぇ、我々もそれを危惧しているのです。戦場で感染症が蔓延すれば如何に強力な兵器を保有していたとしても満足に扱う事が出来ません。戦場で倒れるならまだしも、飢えや病で死なせてしまっては我々を信じて志願してくれた若者達に申し訳が立ちません」

 

「そうですな。若者達が命を懸けて戦っているなら、我々がやるべきは彼らがなるべく快適に戦う事が出来る環境を整える事でしょう」

 

風呂に浸かって忌憚なく語らうホクゴウとノウ。

所属も階級も違うが、この状況は正に裸の付き合いだ。

この風呂場では所属を示す制服も、階級を示す階級章も存在はしない。

 

「ホクゴウ司令、ノウ司令!長風呂し過ぎですよ!入浴待ちがまだ居るのですから、早く上がって服を着て下さい!」

 

「あ…あぁ、すまない!直ぐに上がる!」

 

「思ったより話し込んでしまいましたな」

 

しかし、いくらオープンな場であってもこの入浴設備を運用する衛生部隊の言葉は絶対だ。

彼らは綿密なスケジュールを立て、快適な環境を整えるのが仕事…それに対して階級を振りかざすのは、彼らを侮辱する事に他ならない。

それ故、衛生部隊員の注意を受けたホクゴウとノウはいそいそと湯船から上がり、手早く体を拭いて予め用意していた清潔な略装を着て浴場を後にした。

 

 

その後、ムーとアズールレーン・ロデニウス連邦軍による国際合同演習は二週間の日程を完了し、終了となった。

この演習には様々な国家が観戦武官を派遣し、少なくない国がアズールレーンへの参加とロデニウス連邦と軍事同盟を結ぶ事を決める事となり、"世界最強"である神聖ミリシアル帝国すら方針転換を行う程であった。

そんな事もあり、本演習は後世で『世界のパワーバランスを変えた演習』と呼ばれる事となったのである。




各国の動向についてを書いてからグ帝編に移ろうかと思います


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173.演習を終えて〜ロデニウス連邦・アズールレーンの場合〜

明日からアズレンのイベントに加えてアークナイツとブルーアーカイブのイベントが始まるので急いで書き上げました
という訳で、次回は投稿が遅れるかもしれません


──中央暦1641年8月10日午前10時、ロデニウス連邦首都クワ・トイネ──

 

「では、先日行われたムーとの国際演習について反省点等ありましたら挙手をお願いします」

 

もはや実質的に列強国に数えられる事も多くなってきたロデニウス連邦、その首都クワ・トイネ。

そこに置かれた大統領府の会議室では軍関係者を中心とした会議が行われていた。

無論、会議の議題は先月行われたムーとの演習についてである。

 

「よろしいですか?」

 

「パタジン防衛大臣、どうぞ」

 

ロデニウス連邦防衛大臣パタジンが挙手し、進行役であるアズールレーン憲兵隊儀仗隊長イーネが発言を許可する。

 

「では…まずは皆様、今回の演習は大きな事故も無く全行程を恙無く行う事が出来ました。ですが、我々ロデニウス連邦軍としては幾つかの課題が顕となりました。まずは…」

 

タブレットを操作し、会議室に設置された大型モニターにグラフや数値を表示させる。

 

「まず、航空戦力についてですが…空対空戦闘、つまり戦闘機を用いて敵航空機を撃破するという事については非常に高い成績を残しています。今回の演習では、標的機が一定の空域から出る前に撃墜するという想定で行われました。撃墜率は80%以上、一部の部隊では90%を超えています」

 

会議の参加者から感嘆の声が上がる。

幾ら単純な動きの標的機相手とは言え、これ程の撃墜率を叩き出すというのは驚異的とも言えるだろう。

しかし、モニターに表示された4本のグラフの内1つは最も高い空対空戦闘を示したグラフより2割程短く、残り2つは半分以下となっている。

 

「そして此方は地上目標に対する攻撃成績です。命中率は凡そ60%…これはトーチカのような固定目標と、戦車のような移動目標を合算したものです。今回の演習では通常爆弾を用いた急降下爆撃は勿論、大口径機関砲やロケット弾を使用した攻撃も行いましたが、移動目標に対する命中率が若干劣る程度で十分な成績だと評価出来ます」

 

こちらも中々に優れた命中率だと言えるだろう。

歩兵部隊にとってトーチカや戦車と言った火力と防御力に優れた兵器は脅威であり、戦車部隊にとっても対戦車砲を主軸とした攻撃陣地は厄介な相手だ。

そんな地上目標を効率的に破壊するには、上方からの攻撃…つまり航空機による対地攻撃が一番だ。

 

「しかし…これが対艦攻撃ともなれば違います。急降下爆撃の命中率は25%程度、雷撃の命中率は20%程度と大きく下がります」

 

「よろしいですか?」

 

パタジンの言葉に一区切り付いた所で、旧クイラ王国出身のロデニウス連邦陸軍第一師団長であるアジフーラ・アヴドゥが挙手した。

 

「艦艇は地上目標よりも大きく、機敏な動きが出来ないのに何故命中率が下がっているのでしょうか?」

 

確かにアジフーラの言葉通り、戦車やトーチカに比べれば艦艇は的が大きい。

しかも急制動性能は戦車等とは比べ物にならない程に低い為、普通に考えれば対地攻撃よりもやりやすい筈だ。

 

「それは対空攻撃が地上目標よりも苛烈だったからです。こちらの…」

 

アジフーラの言葉に応えつつタブレットを操作して次のスライドを表示させる。

するとモニターにはパイロット用のヘルメットが表示された。

 

「このヘルメットですが、バイザー部分がARゴーグルとなっており、これによりパイロット達には標的艦が猛烈な弾幕を張っているように見えていたのです。…いくら現実ではないと分かっていても、砲弾が迫りくる恐怖というものは中々に恐ろしいものです」

 

実はアズールレーンとロデニウス連邦軍のパイロット達は訓練用のARシステムを装着した状態で演習を行っていた。

そしてARシステムに投影された映像はユニオンKAN-SEN達の対空射撃に準じたものであり、音響設備も合わさってかなりリアルな物となっている。

そんな事もあって彼らは普段の訓練よりも低い命中率となってしまった。

もっとも、対艦攻撃の命中率が20%程と言うのは十分に高いと言えるだろう。

しかし、彼らの基準は死人が出る程の猛訓練によって人外レベルの練度を誇る重桜航空隊…一言で言えば、上を見すぎて感覚がおかしくなっているのだ。

 

「なるほど…恐怖心から投弾タイミングを見誤った結果、このような命中率となったのですね」

 

「はい。しかし、一方的に彼らを責める事は出来ません。彼らも一人の人間である以上、恐怖する事もあります」

 

「確かに…彼らは感情を持たない殺戮機械ではありませんからね。ですが我が国の防衛戦略上、対艦攻撃は最重要課題であります。その辺りは如何お考えでしょうか?」

 

パタジンに対しアジフーラが問いかける。

ロデニウス連邦軍の基本理念は国土防衛であり、ロデニウス大陸へ上陸しようとする敵軍を撃破する事が基本戦略だ。

そのため海からの脅威…つまり敵国海軍を撃破し制海権と制空権を確保する事がロデニウス大陸防衛に繋がるのだ。

それ故、敵艦隊を撃滅する為の攻撃手段は必須である。

 

「その件については私の方から宜しいでしょうか?」

 

挙手したのは指揮官こと、アズールレーン総指揮官クリストファー・フレッツァである。

 

「指揮官殿、何か秘策が?」

 

「はい。こちらをご覧下さい」

 

パタジンの言葉に頷きつつ、タブレットを操作してモニターの表示を切り替える。

 

「現在、我々は対艦誘導弾…いわゆる対艦ミサイルの開発と配備を進めています。現状は北連系の技術者が中心となっていますが…」

 

モニターに映し出されたのは翼の生えた細長い円筒形の物と、同じく翼の生えた弾丸のような物だった。

細長い円筒形の下にはKh-22、弾丸状の物にはP-15と書かれている。

 

「これらは大型機や艦艇に搭載する対艦ミサイルですが…これらは大型の為、艦載機に搭載する事は難しいのです。しかし、ユニオン系の技術者と厶ーの技術者が共同でテレビ放送技術を利用した滑空誘導爆弾の開発を進めています。これが実用化されれば、対空砲火の中を急降下しなくても済みます。…まあ、急降下爆撃が不要となる訳ではないでしょうが」

 

指揮官の言葉に感心したような声が上がる。

 

「ですが、懸念が無い訳ではありません。先ず皆様もご存知の通り、目下の仮想敵国はグラ・バルカス帝国…ムーより西方に位置する国家となっています。ムーより提供された情報や一般市民からの目撃情報、更にロデニウス大陸近海で鹵獲した潜水艦に使われている技術から察するにかの国は我々と同等…あるいはより高度な技術力を保有していると想定されています」

 

厶ーのパイロットが撮影した『零式艦上戦闘機』に酷似した航空機や、厶ー大陸沿岸部の住人が目撃した大型艦、さらには鹵獲した『伊400型潜水艦』に酷似した潜水艦の存在等からアズールレーンではグラ・バルカス帝国が優れた技術力を持っていると推測している。

また、マギカライヒ共同体へ亡命した旧レイフォルの住人の話から、グラ・バルカス帝国の苛烈な植民地支配の実情が露わになった事から、同国を"覇権主義を標榜する潜在的敵性国家"と位置付ける事となった。

 

「となると…指揮官殿はかの国がジェット機や誘導弾を保有していると?」

 

アジフーラの言葉に指揮官は頷いた。

 

「はい。かの国にとってレイフォルは植民地…植民地を他国に奪われない為にある程度の戦力は配置しているでしょうが、最新鋭兵器を配備している可能性は低いでしょう。本国にはより高性能な兵器…ジェット機や誘導弾が存在するかは不明ですが、我々の概念では思い付かないような兵器を保有している可能性も否定出来ません」

 

基本的に指揮官は敵を過大評価する傾向にある。

明らかに技術レベルが劣っていたパーパルディア皇国ならまだしも、似通った兵器を運用出来る相手であれば自分達が知らない兵器を保有していると考えている。

それもこれも前世界にて、セイレーンと戦ってきた経験によるものだ。

 

「もし、かの国がそのような兵器を保有し我々に対して使用してきた場合、エストシラントやアルタラス王国に設置した40cm級要塞砲群での対処は厳しいでしょう。やはり対艦誘導弾や対空誘導弾、更には誘導弾を無力化あるいは撃墜出来るような兵器の開発が必要ですね。我々はジェット機と対空誘導弾を少数配備していますが、安定した供給は未だに厳しい状況にあります。せっかくの高性能兵器でも数が揃わなければ戦力としては心許無いので…暫くは従来のレシプロ機で凌ぐ他無いでしょう」

 

一度言葉を区切り、再び口を開く。

 

「ですが、我々の支援により厶ーは2000馬力級エンジンの国産化に成功し、神聖ミリシアル帝国はアーマード・トルーパーの独自開発に成功しています。また、自由フィシャヌス帝国を始めとした第三文明圏の国々は我々が輸出した中古兵器により以前の厶ーと同等の武力を手に入れました。もし、グラ・バルカス帝国がロデニウス大陸に侵攻するのであれば、それらの国々を突破する必要があります。かの国が如何に優れた兵器を保有していようが、連戦を重ねれば消耗は免れないでしょう」

 

自由フィシャヌス帝国には多大な支援を行い、厶ーには多数の技術支援を、神聖ミリシアル帝国には大量破壊兵器の譲渡すら行ってきたのは別にいい顔をしたいが為ではない。

いざとなれば他国を防波堤代わりにしようという算段なのだ。

勿論、防波堤になるどころか牙を剥かれる事も考えられるが、そうなれば牙を剥いた国の首都に大量破壊兵器が撃ち込まれる事となるだろう。

言ってしまえば味方となれば甘く、敵となれば容赦はしない…中世の遊牧民のようなスタンスである。

 

「ですが、それでも突破された場合は?」

 

アジフーラが問いかける。

それに対し指揮官は、不敵な笑みを浮べて答えた。

 

「そうですね…それでも時間は稼げるでしょうから、それまでには十分な量の兵器を配備出来るでしょう。もし、間に合わなければ…あらゆる手段を使ってでも勝利をもぎ取りましょう」

 




長々喋ってる割には中身のある話してねぇ!


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174.演習を終えて〜神聖ミリシアル帝国の場合〜

今回のイベント、色々とアズレン世界の核心に触れるストーリーで中々に熱い展開ですね!
派手な四大勢力ではなく、秘密のヴェールに包まれていた北連がそれを教えてくれるとは…
あと、涙滴型潜水艦の登場はちょっとビックリしました


──中央暦1641年8月12日午後2時、神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス── 

 

神聖ミリシアル帝国では月に1度、皇帝が臨席する帝前会議が行われる。

これは現皇帝であるミリシアル8世が即位してから続く習慣であり、この帝前会議によりミリシアルは国家運営方針を定めている。

そして今回の帝前会議の議題は勿論、厶ーにて行われた国際演習についてであった。

 

「私からよろしいでしょうか」

 

会議が始まって直ぐに挙手をしたのは、国防省長官のアグラ・ブリンストンだ。

彼は観戦武官として国際演習を見学した面々の一人である。

 

「先日行われた厶ー国とロデニウス連邦、アズールレーンによる演習ですが目を瞠るような兵器が多数投入されました。お手数ですが、配布した資料の8ページを開いて下さい」

 

アグラの言葉に従って会議の参加者が様々な資料を纏めた冊子を捲る。

そこには観戦武官達が撮影した様々な魔写や、被写体の解説文が印刷されている。

 

「先ず、天の浮舟…ではなく航空機についてですが、赤い線で囲んである物に注目して頂きたい。特筆すべきはロデニウス連邦とアズールレーンが投入した『F8Fベアキャット』と呼ばれる機体でしょう。見た目は厶ーが運用するプロペラ機をより洗練させたような物ですが、なんと2000馬力超のエンジンを搭載しているとの事で最高速度は700km/hに匹敵し、更には小柄な機体であるため運動性能、加速性能、上昇力、急降下能力、離着陸性能にも優れています。また、武装も我が国の魔光砲に相当する20mm機関砲を4門装備し、対地攻撃用の爆弾等も1トン以上搭載出来るとの事です」

 

参加者達がざわつく。

それもその筈、何せミリシアルに配備されている戦闘機こと制空戦闘型天の浮舟『エルペシオ3』の最高速度は凡そ600km/h程度。

速度こそそれなりだが、如何せん加速力が悪く、一度減速すると速度回復に手こずるという欠点があった。

他にも速度を確保する為に軽量化を施した結果、機体強度が低下して急降下等の急激な機動を行うと空中分解の危険があったり、爆弾等がロクに搭載出来ない為汎用性に欠けたり、魔光砲の取り付け位置とエアインテークの相性が絶妙に悪く射撃中に発射薬代わりの粉末魔石の残りカスがエンジンに吸い込まれてコンプレッサーストールを起こしたりと色々と問題を抱えている。

それでも世界最強の座を維持している辺り、問題を補う為に様々な運用方法を編み出している事は特筆すべき点であろう。

 

「そして、厶ーの『TBFアヴェンジャー』、ロデニウス連邦・アズールレーンの『A-1スカイレイダー』ですが、これらの機体自体もさる事ながら搭載された兵器はかなりの脅威となるでしょう。その名も『魚雷』…海中を自走し、艦艇の喫水線下を攻撃する為の兵器です。資料の20ページをご覧下さい」

 

パラパラと紙の擦れる音が鳴る。

参加者達が開いたページに掲載されていたのは、3枚の魔写だった。

一枚目は各所に赤いマーキングが施された大型の巡洋艦らしき艦船が凪いだ海に浮かんでいる様が写し出されており、二枚目はその巡洋艦が大きな水柱に包まれる様子、三枚目はその巡洋艦らしき物が真っ二つに折れて沈み行く様が克明に記録されている。

 

「これはアズールレーン側から派遣された標的艦であり、船体自体の大きさや武装面では我が国の『シルバー級魔導巡洋艦』と同規模、物理的な装甲は遥かに厚くなっていると思われます。…皆様もお察しの通り、この標的艦は魚雷による攻撃を受けて轟沈しました。しかもたったの2発…1発は艦首に直撃し、大きな効果は無かったようなので実質的に1発で大型巡洋艦を撃沈したという事になります」

 

参加者達のざわめきが更に増した。

神聖ミリシアル帝国は勿論、厶ーにおいても巡洋艦以上の大型艦艇は同レベル以上の艦艇による砲撃戦でしか沈める事が出来ないと考えられている。

しかし、それが覆ったのだ。

小型の航空機に搭載出来るような兵器で大型艦艇を撃沈出来る…極端な事を言ってしまえば数人で1000人の水兵と莫大な資金と時間を費やして建造した戦艦を海の藻屑と化す事が出来てしまう。

 

「勿論、これらは理想的な条件で発生したものですが、それでも小型艦艇や航空機で主力艦を撃破出来る可能性があるというのは、非常に厄介な事です。例えるなら取るに足らないような羽虫が、ある時から致死性の毒を持ったようなもの…とでも言いましょうか。ともかく、万が一彼らが敵となった際には我が方より優れた戦闘機を打ち倒し、魚雷を搭載した機体を撃墜しなければ艦隊は大きな損害を被る事になるでしょう」

 

アグラの言葉に参加者、特に軍関係者が頭を抱える。

理屈で言えば簡単な話だ。

制空権を取る為に敵戦闘機を掃討し、爆弾やら魚雷やらを抱えた攻撃機を撃墜する。しかし、それは決して簡単な事ではない。

速度も運動性も優れた敵を掃討する事は難しく、また大規模な航空攻撃を想定していないミリシアル艦隊ではワイバーンより遥かに優れた性能を持つ航空機を撃墜する事は不可能に近い。

 

「しかし、彼らは友好的であり我々と共に対魔帝を想定した兵器開発の為に様々な技術を公開しています。現状は、我々が無礼な態度を取らなければ彼らが敵対する事は無いと言えるでしょう。続いて、海軍戦力ですが…資料の30ページを開いて下さい」

 

ホッとしたような、或いは悔しいような表情を浮べて資料を捲る参加者達。

ミリシアルは比較的近代的な価値観を持ってはいるが、中には「ミリシアルはいつか復活するであろう魔帝に対抗する為の主戦力であり、他国は弾除けや資源供出の為の存在である」と言う思想の持ち主も少なくはない。通称、"ミリシアル至上主義者"と呼ばれている。

そんな彼らからしてみれば東の果てに現れた新興国が自国よりも優れた技術を持ち、更には共同開発という名目で兵器開発に干渉してくる現状は気に食わないものであった。

しかし、ロデニウス連邦・アズールレーンとの友好関係構築は皇帝肝いりの方針であり、反発しようものなら首が飛ぶ…とまではいかないがキャリアに傷が付き、出世街道から転落してしまうだろう。

それに、アズールレーンの力が確かなものであると言うのは理解出来た。

彼らとて、自分のプライドの為に国の発展を阻害する事は愚策であると分かっている。

 

「厶ーはアズールレーン本拠地であるサモアの造船ドックを借りて、大型空母や新型戦艦の建造を進めているようです。また、アズールレーンから中古で購入したとされる各種艦船は高度な対空戦闘能力を持っており、戦艦は40cm級の主砲を搭載し我が国のミスリル級魔導戦艦を上回る巨体を持っております。空母はどれも全長200mを優に超えており、演習では新造されたと見られる空母の姿もありました」

 

資料の魔写には、厶ー海軍旗を掲げる戦艦と空母…アズールレーンからスクラップと言う名目で譲渡された『ラ・アカギ』と、『コロッサス級航空母艦』の設計を流用しサモアの造船ドックで建造された『ラ・ヴォルト』が映し出されていた。

ラ・アカギは多数の副砲や機関砲を備えており、どれもかなりの仰角を付けてある事から明らかに対空戦闘を意識した物だと推測出来る。

また、ラ・ヴォルトはミリシアル海軍の主力空母である『ロデオス級航空魔導母艦』に匹敵する全長を持ち、無駄が無いながらも飛行甲板の外縁部に多数の高角砲や機関砲が備え付けられている。

 

「これらには多数のレーダーや、それを利用した射撃補助機構が装備されており演習では非常に高い命中率を記録しています。もっとも、厶ー水兵の練度による可能性も有りますが。あとは、先ほど説明した魚雷を装備した駆逐艦…我が国で言う小型艦等もありますが、これは後ほど説明致しましょう。続いては陸上兵器ですが、資料の50ページを参照下さい」

 

続いて示された資料には、砲撃する戦車や野砲が掲載されていた。

 

「こちらは我が国には存在しない兵器、戦車です。魔導車のように動力を使用して走行し、野砲の直撃にも耐えうる装甲を備え、大口径砲や多数の機関銃を装備しています。しっかりした装備が無ければ、大隊規模の歩兵を動員したとしても一方的に蹂躪される事でしょう」

 

「なるほど…ロデニウス連邦とアズールレーン、その力は確かと言う事か」

 

アグラの説明を沈黙して聞いていた皇帝、ミリシアル8世が重々しく口を開いて威厳に満ちた声色で告げた。

 

「はい。私も…部下達も彼らの力を前に圧倒されてしまいました。…認め難い事実ですが、我が国を上回る力を持っている事は最早疑いようがありません」

 

一言一言、噛み締めるように紡がれたアグラの言葉は決して大きくはないが、やけに会議室に響いた。

確かに彼の言う通り、ロデニウス連邦やアズールレーンは神聖ミリシアル帝国よりも高い軍事力を持っている。

それは会議の参加者達も理解せざる負えなかった。

 

「ふむ…では、先日ロデニウス連邦より打診があった『戦力共有協定』だったか。それへ参加すべきではないか?余もロデニウス側の力は十分に承知した。そして、皆も理解したであろう?」

 

ミリシアル8世の言葉に参加者達が重々しく頷く。

"世界最強"である自国が新興国と軍事同盟に準じた協定を結ぶ事…それは自国の力が不足していると認める事と同義だが、それを認めざるを得ない程の衝撃だったのだろう。

 

「…よろしい。では、ロデニウス側が打診した『戦力共有協定』への参加を我が名において推し進めよ。異議のある者は起立を」

 

ミリシアル8世の言葉を受けた参加者の答えは着席、つまり満場一致で可決である。

 

 

 

「時に…そうなればよりロデニウス側とより深い関係を築く必要がありますな」

 

「なんでもアズールレーンの総指揮官は若い男…しかも未婚だと言うではありませんか。どうでしょう、我が国の貴族の娘を充てがってやれば…」

 

「フィアーム殿、貴女はロデニウス連邦に大使として赴任しているでしょう?その総指揮官とやらの好み等は…」

 

「ダメです!そんな事は絶対にしてはなりません!結婚と言うものは互いの気持ちが重要なのですから!えぇ、えぇ…絶対にダメです!陛下もそう思われますよね!?」

 

「う…うむ…確かに貴殿の言う通りやもしれんな…今のところ、此方が誠実に対応を行えばロデニウス側はそれに応えておる。政略結婚のような搦め手を使っては不誠実だと思われるかもしれぬな…」




あと厶ーとグ帝の話を書いてから対グ帝編に移ろうかと思います


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175.演習を終えて〜厶ーの場合〜

セイレーン作戦リセットをすっかり忘れてて要塞戦を逃してしまいました…
リセットは任意のタイミングで出来るようにしてもらいたいものです


──中央暦1641年8月12日午後3時、厶ー国ジャナム軍港──

 

厶ー最大の軍港、ジャナム軍港の埠頭。

そこには何隻もの軍艦が停泊しており、その黒鉄の巨躯を休ませていた。

その内の1隻、一際大きな船体と天を衝くような艦橋、5基の連装砲が特徴的な戦艦『ラ・アカギ』の艦長室では一人の若者が多くの書物を前にコーヒー入りのマグカップを傾けている。

 

「んー…夜間レーダー射撃の基本は…」

 

──コンコンッ

 

一冊の書籍に記された文章を目で追いながら思考に耽っていた艦長室の主、厶ー海軍最年少艦長であるラッサン・デヴリンの集中を乱すように唐突に扉がノックされた。

 

「は…」

 

「やっほー、ラッサン。暇?」

 

入室を許可する間もなく扉が開かれ、軽い言葉と共にあどけなさが残る女性が艦長室にズカズカと入ってきた。

 

「あー…すまん、ラッサン」

 

続いて入ってくるのは、ラッサンと同年代の若者。

二人ともラッサンにとっては馴染みの相手である。

 

「ラ・ツマサ、マイラス。思ったより早かったな」

 

先程まで熟読していた書籍に栞を挟み、苦笑しながらも二人を歓迎するラッサン。

 

「すんすん…うへぇ…コーヒーの匂いが充満してて気持ち悪い…こんな状況でよく勉強出来るね。外に出て風でも浴びてくれば?」

 

艦長室に漂うコーヒーの芳香に閉口しながら呆れたように述べるラ・ツマサ。

幾ら空調があるとは言え、窓一つ無い軍艦の居住スペースでは匂いが籠もってしまうのも仕方ない事であろう。

男の汗や皮脂ではなく、香ばしいコーヒーの香りなだけマシだ。

 

「無茶言うなよ。今日は雨、しかもザーザー降りの豪雨だぞ。…まあ、座れよ」

 

ラ・ツマサの言葉に対して苦笑混じりに応えつつ、二人に艦長室備え付けの応接セットのソファーを奨めるラッサン。

彼女の言う通り今日は雨。傘を差しても足元がぐっしょりと濡れてしまう程に強い雨が降っている。

 

「昨日はあんなに晴れてたのにな。やっぱり、『人工衛星』ってスゴいなぁ…」

 

ラッサンの言葉に従ってソファーに腰を下ろしながら感心したように呟くマイラス。ラ・ツマサは彼の隣に当たり前のように腰を下ろし、ピトッと体を密着させた。

人前でイチャつくな!と言いたい所だが、この二人を知る人物にとっては最早何時も通りの光景過ぎてツッコミを入れる気にもなれない。

 

「あぁ…ロデニウス連邦が打ち上げた『宇宙ロケット』って奴で厶ー大陸上空に気象観測機器を載せた機械を飛ばし続けてるんだろ?そのお陰で天気予報がかなり正確になったとかなんとか…」

 

続いてラッサンも感心したような言葉を紡ぐ。

人工衛星打ち上げに成功したロデニウス連邦だが、正確な気象観測の為には遠隔地の気象データも必要となる。

そこで厶ー大陸上空の静止軌道上に気象衛星を投入する事にしたのだ。

勿論、厶ーとしてはこれに反対だった。如何に友好国とは言え、遥か高みから覗き見られる事は戦略的に見て非常に不味い。

そこでロデニウス側から提案されたのが、厶ーによる"気象衛星の買い取り"だった。

これはロデニウス連邦が開発した人工衛星を厶ーが買い取り、観測データ等をロデニウス連邦と厶ーが共有するものとなっている。

これにはシステム運用ノウハウの提供等も含まれており、厶ーは人工衛星の運用・開発ノウハウを得られる事が出来る上にこれまでよりも高い精度で気象予報が出来る事となった為、デメリットを受け入れてでも導入すべきとなったのだ。

因みにこの話を聞いた神聖ミリシアル帝国は驚愕し、直ぐ様厶ーと同じような条件で人工衛星を導入したのはまた別の話である。

 

「まあ、それよりこの間の国際演習についての会議だが…」

 

「あぁ…確か昨日会議してたんだっけか?俺達は別個で会議をしたが…そっちの会議はどうだった?」

 

マイラスの口から出たのは、先日行われた国際演習についての会議の話題だった。

実はマイラスは技術者の視点からの意見が必要だとの事で、オタハイトで行われた会議への出席を要請されていた。

 

「まず、やはり政府としてはロデニウス連邦との関係をより良好なものとする…と言う方針を定めたよ。それに、まだ曖昧だけど軍事同盟締結も視野に入れるべきと考えているらしい」

 

「やっぱりな。ロデニウス連邦は我が国最大の友好国だし、官民問わず活発な交流が行われている。現状は『戦力共有協定』を結んではいるが…やっぱりより友好な関係をアピールしたいなら軍事同盟が一番だよなぁ…」

 

国際演習を通して厶ー政府はロデニウス連邦の力を改めて認識し、同国が自国と戦略的価値観を共有出来ると判断していた。

何せ厶ーはロデニウス連邦から様々な技術提供を受け、その技術で開発した製品をロデニウス連邦へ輸出する事でそれなりの利益を得ている。

また、ロデニウス連邦も厶ーに対して兵器等を輸出する事でこれまた莫大な利益を得ている。

言ってしまえば厶ーとロデニウス連邦、第二文明圏と第四文明圏による新たなる経済圏が出来上がったと言っても良い状態だ。

更には自由フィシャヌス帝国を中心とした第三文明圏の国々も厶ーの安い工業製品に注目しており、インフラ関係の製品が徐々に売上を伸ばしている状況だ。

そんな中でロデニウス連邦とより深い良好関係を築いた事をアピール出来れば、厶ーの製品を売り込みやすくなるであろう。

 

「それに…あのグラ・バルカス帝国の件も…」

 

マイラスの腕に緩んだ表情で頬ずりしていたラ・ツマサが眉間に皺を寄せながらギリッと奥歯を鳴らす。

勿論、厶ーとて商売の為に長年守り抜いた中立を捨てるのではない。

演習中、厶ーが入手したグラ・バルカス帝国についての情報をロデニウス連邦とアズールレーンに渡して解析を頼んだのだが、そこから得られたグラ・バルカス帝国製兵器は度胆を抜くようなものだった。

500km/h以上の速度が発揮出来ると思われる戦闘機に、雷撃機らしい機体。艦船はどれも30ノット以上は発揮出来ると想定され、40cm級の主砲を搭載した戦艦を保有している可能性がある…そんな予測が出された。

いくら新兵器の配備が進んでいる厶ーと言えど、相手がどんな兵器を隠し持っているか分からない以上独力で対抗するには厳しいモノがある。

だからこそ、ロデニウス連邦との軍事同盟を視野に入れているのだ。

 

「だが、ロデニウス連邦軍はどちらかと言えば防衛を前提とした戦略を軸にしているんだろ?どちらかと言えばアズールレーンに参加した方がいい気がするが…」

 

ラッサンの言う通り、ロデニウス連邦軍は他国に侵攻するような軍ではなく自国を防衛する為の軍である。

他国に…と言うより敵国の軍事施設や生産設備を叩いて戦意を挫くのはアズールレーンの仕事であり、第四文明圏の国々を防衛すると言う事もある為いざと言う時に助けてもらうにはアズールレーンに参加する方が良いだろう。

 

「勿論アズールレーンへ参加する話もあるぞ。そっちはロデニウス連邦との軍事同盟よりも具体的な話になってる。もしかしたら、今年中には参加する事になるかもな…」

 

「確か誘導弾の共同開発プロジェクトや輸入なんかもアズールレーンに参加していないから、という理由で断られたんでしたっけ?」

 

マイラスの言葉に対してラ・ツマサが記憶を手繰りながら告げる。

彼女の言う通り厶ーはアズールレーンにて開発中の誘導弾を導入しようと考え、共同開発や輸入を要請していた。

しかし、流石に誘導弾ことミサイルを渡す事は難しいらしく折衷案として誘導滑空爆弾の共同開発が提案された。

 

「あぁ…確かに誘導滑空爆弾もスゴイ兵器だが、対艦誘導弾や対空誘導弾があればなぁ…」

 

「まあ、仕方ないさ。あっちとしても誘導弾はまだ実験的な兵器だし、実用化出来ても自分達に優先的に配備したいだろうから暫くは輸入も無理だろうな」

 

「だけど…もしロデニウス連邦との軍事同盟やアズールレーンへの参加が叶えば、それらの誘導弾がグラ・バルカス帝国に牙を剥くと…ふふふ…」

 

難しい顔をして語らうマイラスとラッサンだが、ラ・ツマサは怨敵が苦しむ様を想像して黒い笑みを浮べていた。




最近なんだか考えた事を上手く文書に出来なくなってるような気がします…

あとグ帝戦に向けてレシプロ機の空戦を勉強したいのですが、いい書籍とかありますか?
とりあえず『大空のサムライ』『撃墜王』『急降下爆撃』は持ってます


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176.演習を終えて〜グラ・バルカス帝国の場合〜

ふじさん様より評価8を頂きました!

とりあえず長々と続いた広がる世界、変わりゆく国々編はこれにて一区切りとなります!

次回からはグ帝戦編ですが…色々と勉強するので、もしかしたら投稿が遅れるかもしれません
予めご了承下さい


──中央暦1641年8月13日午前10時、グラ・バルカス帝国帝都ラグナ──

 

厶ー大陸より西へ5000km程の海域に浮かぶ陸地。島と呼ぶには大きく、大陸と呼ぶには小さな陸地こそ近年、第二文明圏を荒らし回っている『グラ・バルカス帝国』の本土である。

そんな帝国本土の北方に位置する『帝都ラグナ』は、その繁栄した街並みを、漂う靄の中に秘匿していた。

霧…ではない。それは建ち並ぶ工場からの排煙や、そこで働く労働者や出来上がった製品を運ぶ為のバス・トラックが吐き出す排気ガスにより発生した光化学スモッグだ。

更には無秩序に海や川に垂れ流される廃液により海は濁り、幾つものゴミが漂流している。

それによりこのラグナに住まう多くの者は呼吸器系疾患を抱え、目は充血してしまっているが彼らはそれを"帝都患い"と呼び、帝都に住む事が出来るエリートの証として寧ろ誇っているような有様だ。

こんな惨状を見れば、環境保護に懐疑的な人物であっても過激派エコロジストに鞍替えするであろう。

そんなラグナに置かれた各種省庁の一つ、主に仮想敵国の情報を収集・解析を行っている『情報局』の部署である『技術部』では一人の職員が頭を抱えていた。

 

(な、なんだこの兵器は…!厶ーが保有する兵器は我々から見れば二世代以上前の物ばかりだった筈…なのに、何だこれは!)

 

デスクに広げられた何十枚もの写真や手書きの報告書の前で険しい表情を浮べているのは、情報技官のナグアノである。

彼が何故こんな締切間近の作家が如き表情を浮べているのか…それは彼に与えられた仕事が原因だった。

 

(先月あった厶ーと"新興国"であるロデニウス連邦との合同演習…大した情報は得られないと思っていたのに…)

 

そう、彼を悩ませているのは先日行われた厶ーとロデニウス連邦・アズールレーンによる国際演習についてだった。

グラ・バルカス帝国はこの国際演習が行われると知るや否や直ぐ様秘密裏に観戦者…つまりはスパイを送り込んだ。

諜報員は勿論、情報局直属の潜水艦を用いて海上演習も覗いた。

その結果得られた数多くの情報…それはナグアノに胃痛を与えるには十分過ぎた。

 

(厶ーの主力戦闘機は複葉機だった筈…なのに何だこれは!)

 

先ずナグアノの目に映ったのは逆ガル翼が特徴的な戦闘機、『F4Uコルセア』だ。

停泊している空母『ラ・ヴォルト』の甲板に駐機している姿を遠目に撮影されている。

 

(単座戦闘機だとは思うが…この大径プロペラに折れ曲がった主翼…おそらくは大出力エンジンの力を効率良く発揮する為だろうし、曲がった主翼は短く頑丈な主脚を装備する為だろう。不味いな…厶ーは我が国を上回るエンジンを開発したのかもしれない)

 

彼の推測は当たりである。

現在、グラ・バルカス帝国の主力戦闘機である『アンタレス型艦上戦闘機』だが、幾度ものマイナーチェンジを繰り返した現行モデルの"07式"でもエンジン出力は1200馬力程度…それに比べてコルセアは2000馬力超だ。

やたら滅多に出力が高ければ良いと言う簡単な話ではないが、それでも最高速度や加速性能を追及するのであれば出力が高いに越した事はない。

 

(そして…魚雷かこれは?となるとこれは雷撃機と見るべきだろうな。厶ーに魚雷は存在しないと言う話だったのに…)

 

『TBFアヴェンジャー』とその近くに置かれた台車上の魚雷を見て冷や汗を浮べながらも次の資料に目を移す。

 

(厶ーに配備されたと思われる自動小銃…我が国でも一部精鋭部隊にしか装備していないのに!それにこの戦車…我が国の『ハウンド戦車』より強そうだ…何…?40km/h近くの速度を発揮している!?馬鹿な…諜報員の目測が間違っているんじゃないのか!?しかも主砲は50mm以上は確実…ま、不味い…ハウンド戦車の装甲では耐えられんぞ!)

 

と言うのもグラ・バルカス帝国の戦車は基本的には対歩兵戦闘を意識した物となっており、対装甲車輌を意識したバリエーション車輌が最近ようやく開発されたに過ぎない。

対して厶ーの戦車は、アズールレーンの戦車に追い縋るべく開発された。

比べるのも酷かもしれない。

 

(それに戦艦や空母…厶ーの最新鋭戦艦は『ラ・カサミ級戦艦』だった筈だ!それなのに…この戦艦は空母に改装された我が国の戦艦そっくりじゃないか!)

 

ナグアノが注目しているのは、アズールレーンから厶ーに贈られた『ラ・アカギ』と『ラ・カガ』だった。

実はグラ・バルカス帝国で建造されていた『ダイモス級巡洋戦艦』と『フォボス級戦艦』、それがそれぞれ『天城型巡洋戦艦』と『加賀型戦艦』に酷似しているのだ。

しかし、ダイモス級とフォボス級は先帝であるグラ・ルーメン指導の元で建造された物であり、進水後にグラ・ルーメンが崩御すると後を継いだ現皇帝グラ・ルークスが空母戦力拡充の為に空母に改装させたと言う経緯がある。

それ故か帝国民の間ではダイモス級、フォボス級は"幻の戦艦"としてそれなりの知名度を誇っている。

 

(確か上層部は来年開催される『先進11ヶ国会議』で全世界に対して宣戦布告する方針だった筈…ダメだ!厶ーがこんな兵器を保有している以上、そんな事をすれば多大な被害を受けるどころか下手をすると敗北するかもしれない!…よし、この情報を纏めて再来週の御前会議に提出しよう。そうすれば帝王陛下も宣戦布告を先延ばしにされるかもしれない!)

 

嫌な予感に支配されたナグアノは、最悪の未来を想像して直ぐ様報告書の作成に取り掛かった。

 

 

──一週間後、高級料亭『ミルトコウモ』──

 

帝都ラグナの郊外。比較的汚染の少ない地域に建てられた高級料亭『ミルトコウモ』。

そこでは二人の男がテーブル上に並べられた贅を尽くした料理に舌鼓を打ちながら密談をしていた。

 

「ふむ…それで、情報局の若造がこれを御前会議に提出しようとしたと…」

 

「えぇ、何とも荒唐無稽な報告でしてな。思わず笑ってしまいましたよ」

 

分厚い書類の束を興味なさげにペラペラと捲るのは、グラ・バルカス帝国有数の軍需企業である『カルスライン社』役員のエルチルゴ。

そして、彼の対面に座るのは『グラ・バルカス帝国帝王府』副長官のオルダイカだ。

 

「なになに…?我が国のアンタレスを上回るエンジンを搭載した戦闘機に、ハウンド戦車以上の戦車…それに幻の戦艦であるダイモス級とフォボス級に酷似した戦艦?」

 

「ハッハッハッ!そんな兵器、厶ーが作れる訳がありません。この報告書を作った情報技官は現実が見えていませんなぁ…」

 

エルチルゴが手にしているのは、ナグアノが寝る間も惜しんで作成した報告書だ。

 

「"以上の事から厶ーは我々の想定を上回る力を持っており、決して油断出来る相手ではない。本格的な開戦は時期尚早だと考えられる"…フッフッフッ…なんともまぁ…この情報技官は敵を過大評価する傾向がありますな」

 

「まあ、ですが情報局からの報告書ともなれば会議の流れを変えてしまうやもしれません。それは此方で処分しておきます」

 

「えぇ…では、お願いします」

 

エルチルゴがオルダイカに書類の束を返すが、エルチルゴはそのついでにオルダイカに耳打ちした。

 

「ところで…あの件ですが…」

 

「分かっておりますよ。我が国が全世界に対して宣戦布告すると同時に、貴社に大量発注をかけるように軍部に通達します」

 

「ありがとうございます。その見返り…と言っては何ですが…」

 

嫌らしい笑みを浮べたオルダイカに、エルチルゴが懐から小さな包みを取り出して彼に渡す。

オルダイカはそれを開け、より深い笑みを浮べた。

包みに入っていたのは透明で綺羅びやかな鉱物…宝石だ。

そう、彼らは癒着している。

オルダイカは帝王府副長官と言う立場を利用し軍の制式採用兵器をカルスライン社の製品にする事の見返りに、エルチルゴから多大な賄賂を受け取っているのだ。

 

「まあ、この報告書とまでは行かなくても厶ーがそこそこの力を持っていれば、損耗等でより多く貴社の兵器を購入出来るでしょう」

 

「おぉ…そうなると、新しく生産ラインを作る必要がありますな」

 

国家の中枢と兵器製造関係者の癒着…それはよくある話である。

しかし、戦争特需で儲けるどころではない状況に陥る事になるとは…彼らでは想像も出来なかったであろう。




さて…アドバイスを受けて買った戦闘機と空中戦の100年史を読み込みましょうか


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新世界大戦
177.会議に向けて


村上 ゆう様より評価9を頂きました!

今回から対グ帝戦編です!

久々の本格的なドンパチに、初めての対称戦…上手く出来るかは分かりませんが、努力はしますので、改めましてよろしくお願いします!


──中央暦1642年4月2日午前9時、サモア基地母港──

 

年が開け、早くも春となった。

世間一般では桜の季節であるが、あいにくサモア基地には一年中満開状態である『重桜』がある上、熱帯気候であるため春という実感は中々湧かない。

 

「それでは、今月開催されるサミット…『先進11ヶ国会議』についてだが…」

 

そんなサモア基地の中でも最重要施設の一つとされている総司令部、その中のブリーフィングルームの壇上で指揮官がそう切り出した。

 

「この会議は、この世界における有力国…つまり、列強国や選出された文明国合わせて11ヶ国が集まり、世界秩序の流れ等を決定する世界で最も権威のある会議だ。参加国は…各々の端末で確認してくれ」

 

そう、今年は『先進11ヶ国会議』の開催年であり、何事もなければ今月の22日に開会する運びとなっている。

 

「また、この会議に参加する国は外交官の護衛として最新鋭の艦艇等も一緒に派遣するのが慣例となっているらしい。そこで、今回は会議初参加となるロデニウス連邦を護衛する為の艦隊編成を決めようと思う。普通なら適当なパトロール艦隊でも編成して最低限の体裁を整えるだけでいいが…」

 

「ふむ…例の"予言"の件かね?」

 

指揮官の言葉に先んじて発言するのは、切り揃えた銀髪に琥珀色の瞳、緑を基調とし金の装飾を取り入れた豪奢な軍服を纏ったKAN-SEN、サディア所属の『コンテ・ディ・カブール』だ。

 

「あぁ、そうだ」

 

カブールの言葉に頷く指揮官。

彼女の言う"予言"とは厶ーのKAN-SEN『ラ・ツマサ』が並行世界で経験した出来事の記憶である。

 

「確か彼女の言う通りなら…グラ・バルカス帝国は先進11ヶ国会議の最中に突如として全世界に対して宣戦布告を行い、外交官を乗せてきた戦艦『グレードアトラスター』を以て会議場がある神聖ミリシアル帝国の港町カルトアルパスの入口となっているフォーク海峡を封鎖、各国外交官の護衛艦隊を殲滅した…で正しかったか?」

 

「あぁ、それで概ね問題ない。代わりに説明してくれて、ありがとうな」

 

自身に代わって"予言"の内容について述べてくれたカブールに礼を言う。

勿論、ラ・ツマサの体験はあくまでも並行世界での話…この世界でもそうなるとは限らない。

 

「お前達の中にはラ・ツマサの言葉に懐疑的な奴も居るかもしれん。だが、グラ・バルカス帝国の動きは現状でもかなりキナ臭い。厶ーからの話では去年…丁度、国際演習が終わって一週間後、厶ー大陸と西方世界を繋ぐ海上交通の要所である『イルネティア王国』がかの国によって滅ぼされたそうだ。未確認の情報だが王族は全員処刑、国民は虐殺されるか奴隷となるかの二択だとさ。可哀そうな事に厶ーに救援を求めて国外に居た王子は暫く寝込んでしまったらしい。少なくとも俺は、そんな事する連中が大人しく話し合いをするとは思えん。だからこそ、ラ・ツマサの言葉を真実だと考えて艦隊を編成する。…異議は?」

 

ブリーフィングルームを見渡し、挙手する者が居るか確認する。

しかし、誰も手を挙げない。

 

「よろしい。では、艦隊編成についてだが…まず、グレードアトラスターなる戦艦の性能だ」

 

手元のリモコンを操作し、スクリーンに画像を表示させる。

映し出されたのは『大和型戦艦』のシルエットだった。

 

「外見は不明だが、集まった情報から便宜的に大和型を出している。で、結論から言うと…少なくとも38cm以上の三連装砲を3基装備、多数の機銃やアンテナを備えていると思われる。対空戦闘能力もそれなりにはあるだろうな」

 

映し出されたシルエットの主砲と艦橋を指すように矢印が伸び、"?"が表示される。

これらの情報は今は亡きレイフォルの首都レイフォリアの郊外に住み、グラ・バルカス帝国の苛烈な支配に耐え兼ねて厶ーへ亡命した者達から集めた証言や、厶ーの領海ギリギリに進出してきた艦艇の姿から技術体系を推測して予想したものだ。

 

「まあ、さっきは便宜的にと言ったが、グレードアトラスターとやらは大和型に非常に近しい性能を持っていると考えている。厶ーにあったレイフォリアを撮影した写真を見るに、あれだけの都市を完全に破壊するには少なくとも40cm…出来ればそれ以上の砲が必要だろう。そこで、46cm砲を搭載しているという推測を立てた。あと、グラ・バルカス帝国は重桜の『零式艦上戦闘機』と酷似した戦闘機を保有しているんだが…」

 

「指揮官、そのゼロに酷似した戦闘機についてだけど名称が判明したわ」

 

タブレットを操作していたビスマルクが挙手と共に発言した。

 

「それは…いつぞやの潜水艦から回収した書類から分析した情報か?」

 

「えぇ。固有名詞が多くて翻訳に手こずっていたのだけれど…『アンタレス艦上戦闘機』が例のゼロに酷似した戦闘機と思われるわ」

 

「なるほど。合ってるかは不明だが、"ゼロモドキ"や"ニセゼロ"では味気ない。ではアンタレスと呼称しよう。…話を戻そう。とにかく、ああいった戦闘機を配備している以上、防空に無関心とは思えん。もしかしたら『ノースカロライナ級』に匹敵するような対空戦闘能力を持っているかもしれん。勿論、対空戦闘能力も大和型に準じている可能性もあるが…目撃情報によると多数のアンテナらしき物を装備しているようだ。艦隊旗艦を務める為の通信用アンテナかもしれんが…対空レーダーという点も捨てきれん。そうなるとより高性能な射撃指揮装置や近接信管も保有しているだろう。…我々が出来る事は相手にも出来る、同じ人間なんだからな。ともかく、楽観視は禁物だ」

 

ブリーフィングに参加しているKAN-SENが一様に頷く。

彼女達とてセイレーンという恐るべき敵と対峙してきた猛者…敵が誘導弾どころか、荷電粒子ビームや天候操作を行う事すらも想定の範囲内だ。

 

「で、会議が行われるカルトアルパスは細長い湾…フィヨルドのような地形だ。幅は最大で湾の入口であるフォーク海峡で14km。ここを封鎖されてしまってはどうしょうもない」

 

続いてスクリーンにカルトアルパスの地図が表示される。

この地形であれば外海が荒れていても湾内の内海は穏やかなままであるため、商業港として見れば中々に良港だと言える。

しかし、軍港として見ると微妙だ。

確かに一見すると出入り口となる海峡の防衛に注力すれば良いように思えるが、出入り口が一つしか無いと言う事は"そこを封鎖されれば終わり"と言う事だ。

例えば海峡に機雷を敷設されたり、潜水艦により待ち伏せされれば港へ出入り出来なくなってしまう。

 

「そこでだ。封鎖を突破する為に近接戦闘能力に優れた奴を連れて行く事にした。封鎖される前に逃げてもいいんだが…連邦政府からの要望は、逃げずに戦ってほしいとの事だ。まあ、友好関係を築けているミリシアルを見捨てる事は勿論、他国の目があるのに逃げ出すのは心象がよろしくないからな…はぁ…面倒な話だよ」

 

溜息をつき、肩を竦めると幾人かのKAN-SENから笑いが起きる。

今回は新たなる列強国であるロデニウス連邦の護衛として…そして、新たなる文明圏の防衛軍であるアズールレーンとして会議に参加するのだ。

それなのにいの一番に逃げてしまっては各国から大顰蹙を買ってしまうだろう。

 

「で、今回は…アイリスとヴィシアの艦隊で行こうと思う。リシュリュー、いいか?」

 

「構いませんが…理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 

指揮官からの問いかけに対し、立ち上がって質問を返すのは神々しさを感じる風貌のKAN-SEN、アイリス所属の『リシュリュー』だ。

 

「構わんよ。簡単に言えば穏やかな内海での戦闘に慣れ、貫徹力に優れた主砲と一定以上の対空戦闘能力があるからだ。特にお前達…リシュリュー、ジャン・バール、ガスコーニュ、シャンパーニュに搭載されている主砲は大和型以外では防ぐ事も困難だ。…どうした、ジョージア」

 

リシュリューの質問に答えていた指揮官だが、挙手している『ジョージア』に気付いた。

 

「確かにリシュリュー達の主砲も魅力的だが…それなら私の457mmの方がいいんじゃないか?」

 

彼女の言う通り、大和型に準じていると想定されるグレードアトラスターを沈めるのであれば、かつて大和と砲撃を交わし、彼女に打撃を与えたジョージアが適任であろう。

しかし、指揮官の考えはジョージアとは違った。

 

「確かにな。もし、グレードアトラスターが大和型と似たような性能を持っていて、それを沈めるのならお前を連れて行くのがいいだろうな。だが、沈めはせん。ある程度痛い目を見てもらうぐらいで済ませようと考えている」

 

「それは…何故ですか?」

 

怪訝そうな表情でリシュリューが問いかける。

それに対し、指揮官は不敵な笑みを浮べて答えた。

 

「何、連中に道案内してもらうのさ。まあ、それは後で詳しく説明する。後は…沿岸警備隊が新型警備船の試験航海の為に途中まで同行するそうだ。カルトアルパスには入港せず、手前で引き返す予定だから彼らが戦闘に巻き込まれる事は無いだろう」




そう言えば新しいタイトル絵…あんな青春を過ごしたかった…


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178.嵐の前の静けさ

masakun様より評価9を頂きました!

なんだか列強国に行くときはアイリス・ヴィシアKAN-SENを連れて行ってますね
別に意図した事ではありませんが…まあ、重桜や鉄血を連れて行くとやばいかもしれませんので…


──中央暦1642年4月21日午前11時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス──

 

第一列強であり世界最強の名を欲しいままにする神聖ミリシアル帝国。

その第二の心臓と呼ばれ、世界最大の経済都市でもあるカルトアルパスには普段よりも厳重な警備が布かれていた。

それもそのはず、明日は『先進11ヶ国会議』の開催日であり、今日は会議に参加する各国の外交官を乗せた艦隊がカルトアルパスの港に集結する日であるからだ。

 

「第一文明圏から2ヶ国が到着!アガルタ法国からは魔法船団6、民間船2。トルキア王国からは戦列艦7、使節船1。第一文明圏区画への誘導を開始します」

 

「分かった。確か、アガルタ法国の魔法船団の方が小回りが効いた筈だ。小回りが効かないトルキア王国の戦列艦を先に誘導せよ」

 

「了解!」

 

各国の護衛艦隊が衝突等を起こさないように誘導を行う港湾管理局は修羅場が如き忙しさである。

何せ護衛艦隊は各国の最新鋭艦…万が一こちらの不手際で衝突事故を誘発しようものなら、ミリシアル側の責任問題になるばかりか、"世界で最も進歩した国家"という看板に泥を塗ってしまう羽目になるであろう。

それ故、いつもはデスクワークをしている局長のブロントが自ら陣頭指揮を執っている。

 

「ふーむ…やはり、この辺りの国は代わり映えせんな…」

 

如何にも落胆したように呟くブロント。

実はブロントは各国の艦艇を見る事が趣味…所謂ミリオタなのである。

だからこそ、先進11ヶ国会議に参加する各国の護衛艦隊は彼にとっては一大イベントであるのだが、あいにくアガルタ法国とトルキア王国は10年前から変わりない様子であった。

 

「しかし、クルムスが言うには厶ーの艦隊は今までとは一味違うらしいが…」

 

遠く厶ーの地で港湾管理の職務に就いている古い友人を思い浮かべる。

 

「第二文明圏より厶ーが到着!戦艦2、空母3、巡洋艦4、小型艦8の艦隊です!」

 

「おぉっ!来たか!」

 

丁度良く厶ーの艦隊が到着する。

どんな艦隊が来たのか確かめるべく、固定式の大型双眼鏡を覗き込んだブロントの顔は、驚愕に染まった。

 

「なっ…何だあれは!?あれが厶ーの艦隊か!」

 

彼の目に映ったのは黒鉄の船体を持つ厶ーの機械動力艦…『ラ・カサミ級戦艦』や『ラ・ヴェニア級航空母艦』は分かるが、問題なのはそれらを囲むように配置されている艦船だった。

艦隊の中でも一番小さいと思われる小型艦でもラ・カサミに匹敵するような全長を持ち、一番大きな戦艦と思しき艦はラ・カサミの倍はあろうかという規模だ。

そう、この艦隊はアズールレーンが厶ーへ贈った艦船により編成されたものである。

 

──「まあ、見れば分かる。ビックリするから」

 

どんな艦隊が来るのかを聞かれ、そう答えたクルムスの言葉がブロントの脳内を巡る。

確かにこれはビックリだ。

 

「局長、あれ程の艦隊であれば第二文明圏区画に入港させるのは厳しいと思われます。先に到着していたニグラート連合の艦隊をタグボートで押して詰めさせましょうか?」

 

「あ…あぁ、そうだな。このあとはグラ・バルカス帝国という国も来る予定になっている。彼らはカルトアルパスに初めて来るそうだから、なるべくスペースを大きくとってくれ」

 

予想外の艦隊に驚愕していたブロントだが、部下からの言葉により現実に引き戻される。

 

「局長、第三文明圏より自由フィシャヌス帝国が到着!フリゲート4、旅客船1。第三文明圏区画へ誘導します」

 

「自由フィシャヌス帝国…?あぁ…確かパーパルディア皇国が政変をして出来た国だったな」

 

再び双眼鏡を覗き、水平線の果てに見える艦隊を補足する。

 

「ほう…中々に優美な艦隊だ。パーパルディアの戦列艦はゴテゴテしていたが…」

 

まるで剣のような洗練された帆船の姿に思わず感嘆してしまうブロント。

彼の言うとおり旧パーパルディア皇国の艦隊は国力を誇示するように豪奢な装飾が施されており、兵器と言うよりも美術品と言った方が正しいような物だった。

しかし、後継国である自由フィシャヌス帝国の艦隊は無駄を削ぎ落としたような姿をしており、機能美と呼ぶに相応しい優美さがある。

と言うのもこれはアズールレーンが自由フィシャヌス帝国防衛海軍に譲渡した『アグレッサー級フリゲート』そのものであり、流体力学により洗練されているが故の機能美なのだ。

 

「たまには帆船も良いな…だが、第三文明圏と言えばあの国だな。パーパルディア皇国を下し、新たなる列強として名乗りを上げたロデニウス連邦と、それを中心とする第四文明圏の防衛を担うアズールレーン…列強国を下したからには、それなりの力は持っている筈だが…」

 

「局長、第三文明圏外よりロデニウス連邦及びアズールレーンが到着しました!ロデニウス連邦所属の客船1、アズールレーン所属の…せ、戦艦5、空母1、巡洋艦5、小型艦8!厶ー以上の大艦隊です!」

 

「な、何ぃ!?」

 

噂をすれば何とやら。

予想外の大艦隊を引き連れてきたロデニウス連邦・アズールレーンにざわめく管制室。

ブロントはすぐ様双眼鏡の方向を変え、目的の艦隊を探す。

 

「あ、あれか…!」

 

厶ー艦隊を見た時よりも大きな衝撃を食らってしまった。

艦隊の中心には4連装砲塔を前方に2基備えた戦艦が居り、その右舷側には同型艦と思しき戦艦が1隻、左舷側には中心の戦艦をそのまま一回り小さくしたような戦艦が1隻配置されている。

そして前方には似たようなデザインながら4連装砲塔を前後に備えた戦艦が1隻と三連装砲塔を前後に装備した戦艦が1隻、後方には小型空母と客船が陣取っている。

そんな主力艦の集団を囲むようにして巡洋艦と小型艦が配置されていた。

 

「あれは…輪形陣か?むむむ…陣形が全く崩れていないな…かなりの練度を持っているのだろう。それにあの戦艦…4連装砲塔なぞ初めて見たぞ。なるほど…パーパルディアが負けるのも頷ける」

 

長年各国の艦隊を見てきたブロントは、アズールレーン艦隊の練度の高さが理解出来たし、4連装砲塔を実用化出来る程の技術力を持っていると言う事に驚嘆していた。

 

「いやぁ…それにしても我が国の艦隊には負けるだろうが、アズールレーンの艦隊も中々に強そうではないか!あの艦隊であれば厶ーともいい勝負が出来そうだ!」

 

ブロントにとっては今年の会議は間違い無く"当たり年"だろう。

厶ーは目を瞠る程の艦隊を揃えているし、今まで見向きもされなかった第三文明圏外に位置するロデニウス連邦もそれに匹敵する程の艦隊を揃えていた。

 

「と、なると…レイフォルを滅ぼしたグラ・バルカス帝国の艦隊も期待出来るな」

 

入港し、タグボートで押されて接岸するアズールレーンの艦隊を眺めながら腕を組み、何度も頷くブロント。

眉唾ものではあるが、グラ・バルカス帝国はグレードアトラスターなる"たった1隻"の戦艦によってレイフォリアを灰燼に帰したと言う話だ。

それが本当ならとんでもない大戦艦…誇張された話だとしてもそれなりの規模の艦隊を保有しているであろう。

 

「第二文明圏外よりグラ・バルカス帝国が到着!戦艦1、以上です!」

 

「来たか!だが、戦艦1隻だけとは…いったいどんな戦艦で来たんだ?」

 

怪訝な表情を浮べて、双眼鏡を覗こうとしたブロントだったが、水平線の向こうから現れた戦艦を目にして固まってしまう。

 

「ま、まさか…"あれ"が…?」

 

双眼鏡を使わずとも分かる。

明らかに大きい。それこそ厶ーやアズールレーンの戦艦を凌駕する巨体を持っている事が遠目にも分かってしまう。

 

「眉唾だと思っていたが…あの戦艦なら単艦でレイフォリアを滅ぼせるやもしれんな…」

 

徐々に近付いてくる巨艦に魅入られたように視線を外せない。

巨大な三連装砲塔が前方に2基、後方に1基。甲板上にはいくつもの機銃や副砲が搭載され、天高く聳える艦橋はまるで城塞のようだ。

これこそがグレードアトラスター。

現時点での世界最強戦艦が秘密のヴェールから顔を覗かせた瞬間であった。




ル・ファンタスク級のエゲツない馬力ってなんなんでしょうね
最大10万馬力とか…鉄腕アトムかよ


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179.それぞれの驚き

うわぁぁぁぁぁ!アークロイヤルMETAだぁぁぁぁぁ!


──中央暦1642年4月21日午後1時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス、厶ー国戦艦『ラ・カサミ』艦上──

 

カルトアルパス港の第二文明圏エリアに停泊した厶ー海軍の国産最新鋭戦艦『ラ・カサミ』の艦橋で、艦長であるミニラル・デュバルが近くに停泊している巨艦を睨むようにして観察していた。

 

「あれがグラ・バルカス帝国の戦艦…このラ・カサミより…いや、『ラ・アカギ』よりも大きいな…」

 

ミニラルが観察している戦艦と言うのは勿論、グラ・バルカス帝国が派遣した『グレード・アトラスター』である。

 

「そうですね…明らかに『ラ・アカギ』や『ラ・カガ』が搭載している40cm砲よりも大口径に見えます。それに艦橋の上部に多数のアンテナらしき物がある事から、レーダー管制射撃を行えるかもしれません」

 

「グレード…アトラスターぁぁぁ…」

 

腕を組んで眉間に皺を寄せていたミニラルに声がかけられる。

 

「君は確か…」

 

「はい、軍備総監部先進兵器技術課長のマイラス・ルクレール少佐と申します。こちらはKAN-SENのラ・ツマサです」

 

ミニラルに敬礼しながら自己紹介するのは、厶ー軍内ではちょっとした有名人になりつつあるマイラスであった。

 

「やはり、マイラス君か。君の事はよく聞いているよ。なんでも陸軍の新型戦車の基本設計を担当したとか、我が国初めてのKAN-SEN運用者だとか、我が国有数の技術者だとか…」

 

「恐縮です。ですが、戦車の設計に関しては製造企業の努力あってのものですし、ラ・ツマサ…KAN-SENの運用者となったのもサモアの力があったからです」

 

褒められる事に擽ったさを覚えたのか、後頭部を掻くような仕草をしながら何度もペコペコと頭を下げるマイラス。

だが、そんなマイラスの隣には明らかに殺気立っている女の姿があった。

 

「赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない…」

 

ブツブツと小さな声で何度も怨嗟の籠もった言葉を口にするのは、ラ・ツマサだ。

彼女の眼はグレードアトラスターに向けられており、マイラスが手を握っていなければ直ぐにでも飛び掛かりそうな雰囲気である。

 

「その…彼女は大丈夫なのか?」

 

「えぇ…多分…大丈夫だと…」

 

普段のあどけなさが残る可愛らしい顔立ちからは掛け離れた、殺気と憎悪に満ちた顔…軍人として長らく勤めてきたミニラルすらも冷や汗をかいてしまう。

そもそもラ・ツマサは平行世界の厶ーで建造され、準姉妹艦とも言えるラ・カサミ級達が沈んだ後に疎開民を逃がす為に単身グレードアトラスターが率いるグラ・バルカス帝国艦隊に挑み、沈められたというカンレキを持っている。

それ故か、グラ・バルカス帝国…特に自身や尊敬するラ・カサミ級を沈めたグレードアトラスターには深い憎悪の感情を持っているのだ。

そんな仇敵が目の前に居る…殺気を引っ込めろと言うのは酷な話であろう。むしろここまでガマンしている事は称賛に値するかもしれない。

 

「燃やす…叩き割る…沈める…」

 

しかし、いくらガマンしているとは言えこんな殺気立っている者が居るのは他の者にとっては、心休まらないであろう。

その証拠に、艦橋内の幾人かはすっかり萎縮してしまっている。

 

「艦長、アズールレーン艦隊のダンケルク殿とル・テメレール殿がいらっしゃいました!」

 

何とも気不味い雰囲気だが、救いの手とは唐突に訪れるものだ。

そう報告してきた部下にミニラルはこれ幸いと歩み寄り、何度も頷きながら応えた。

 

「そうかそうか!分かった、お二人は今どちらに?」

 

「はっ!副長からの指示で直ぐそこまでご案内致しました」

 

「では、こちらへ案内してくれ」

 

ミニラルの指示に従い一旦艦橋から出た部下だが、直ぐに二人の美女を連れて戻ってきた。

 

「初めまして、アズールレーン所属の『ダンケルク』と申します。マイラスさんとラ・ツマサさんはお久しぶりです」

 

「初めまして!ダンケルクさんの護衛の『ル・テメレール』って言います!」

 

手入れの行き届いた灰色の長髪に切れ長の鋭い目付きという冷徹さを感じさせる風貌ながらも、纏う雰囲気は柔和なヴィシア所属の『ダンケルク』

そしてダンケルクの側に控えているのは、ボリュームのある金髪とコロコロ変わる表情がなんとも魅力的なアイリス所属の『ル・テメレール』だ。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私はこのラ・カサミの艦長を勤めております、ミニラル・デュバルと申します」

 

「あ、どうもダンケルクさん。久しぶりですね」

 

ミニラルが二人に応えるように自己紹介を返し、マイラスはダンケルクとの久しぶりの邂逅に笑みを浮かべた。

 

「それでダンケルク殿、ル・テメレール殿、如何されました?」

 

「はい、実は指揮官からの提案で厶ーの皆様と親睦を深める為に食事会を開く事になりまして…よろしければ、私達の艦隊へご足労お願い出来ますか?」

 

「リシュリュー様やアルジェリーさん達が腕によりをかけて料理してくれますよ!」

 

ミニラルの疑問にダンケルクとル・テメレールがそう応える。

 

「それは…いいですね。私もサモアで食べたアイリス料理を久しぶりに食べたい気分です。…ラ・ツマサも行くよな?」

 

「はいっ、勿論ですよ!主の居る所が私の居場所…是非ともお供させて下さい!」

 

マイラスが声をかけると、ラ・ツマサは猫を被ったかのように殺気を引っ込めて彼の腕に抱き着く。

その様子に艦橋勤務の者はホッと胸を撫で下ろし、ミニラルも苦笑を浮かべつつも安心した様子でダンケルクに返事をした。、

 

「お誘い頂き、ありがとうございます。では、後ほどお邪魔いたしましょう」

 

 

──グラ・バルカス帝国戦艦、『グレードアトラスター』──

 

西方世界に君臨する異世界の覇者、グラ・バルカス帝国。

その力の象徴であり、世界最強最大と謳われる戦艦『グレードアトラスター』の艦橋で艦長であるラクスタル・ボイルドが双眼鏡片手に苦い顔をしていた。

 

「諜報屋め…また適当な仕事をしたな?厶ーにあのような戦艦と空母があるとは聞いていないぞ」

 

ラクスタルの目は、やや離れた位置に停泊している厶ー艦隊…その中でも一際目立つ戦艦と空母に注視されている。

 

(あの戦艦、ダイモス級巡洋戦艦にそっくりだな…しかし、計画時のダイモス級の副砲は砲郭式だった筈。あの戦艦は砲塔式で、砲身にかなりの仰角が付けられるようになっているようだ。つまり、副砲と高角砲を兼任する両用砲だな)

 

ラクスタルが考察しているのは、サモアで近代化改修された『ラ・アカギ』だ。

事前に入手した情報によると厶ーの戦艦は最新鋭のものでもラ・カサミ級だった筈…だというのに、彼の目に映っているのは自国の戦艦にも匹敵するような戦艦だった。

 

(しかもあの空母…大きさもだが、甲板上の艦載機…厶ーの主力戦闘機は複葉機だった筈だぞ!?確かに僅かに複葉機もあるが…ほとんど単葉機ではないか!)

 

続いてラクスタルが目を向けたのは、厶ーの最新鋭空母である『ラ・ヴォルト』である。

その飛行甲板には若干の『ディープ・マリン』も見られるが、大多数は『F4U コルセア』や『TBF アヴェンジャー』といった近代的な全金属製単葉機であった。

 

(それに他の艦船も連装機銃や両用砲を装備しているようだ。不味いな…思ったよりも手こずるかもしれん。それに…)

 

厶ー艦隊から視線を離し、更に離れた位置に停泊している艦隊を観察する。

そこは第三文明圏エリアであり、彼の興味は各国の護衛艦隊中、一番の大艦隊でやってきたアズールレーン艦隊に向けられた。

 

(戦艦が5隻…1隻はやや小さく、1隻だけ3連装砲塔で残りは小さいのも含めて4連装砲塔か。4連装砲塔とはまた珍しい物を…)

 

先ず目を引いたのは、何処と無く優美さを感じる5隻の戦艦であった。

因みにやや小さい戦艦とはダンケルクの事であり、1隻だけある3連装砲塔の戦艦とは『シャンパーニュ』である。

 

(空母は1隻だけ。小さいな…あんな空母では搭載機数も大した事は無いだろう。あとは…大小の巡洋艦と駆逐艦らしき艦船…ん?あれはまさか魚雷…?いや、待てよ…)

 

嫌な予感を覚え、再び厶ー艦隊に双眼鏡を向ける。

見えたのは駆逐艦に装備された筒を束ねたような構造物…

 

(…やはりか!あれは間違い無く魚雷発射管だ!むぅ…これはますます不味いぞ…流石のグレードアトラスターも魚雷を喰らい続けたらどうなるか分からん。だが、この作戦は陛下よりの勅命…逆らう訳にはいかんな…)

 

キリキリと胃が痛んだ気がするが、ラクスタルはそれを無視して"作戦"を完遂する為の戦術を脳内で組み立て始めた。

 

 

──アズールレーン艦隊戦艦、『ジャン・バール』──

 

「ぬぉぉぉぉ…」

 

「お、おい…大丈夫か…?」

 

頭を抱えて身を捩らせ、まるで激しい痛みを堪えているかのような呻きを漏らす指揮官。

そんな彼の隣では、濃い亜麻色の髪をポニーテールにして黒や赤を基調にした改造軍服を着用したヴィシア所属の『ジャン・バール』が戸惑いつつも呆れた様子で心配するような言葉をかけていた。

 

「大和型に近い性能かもしれんとは言ったがよぉ…まさか本当に大和だとは思わんだろぉ!?」

 

そのまま天を仰ぎ、吠える指揮官。

彼が何故こんな事になっているのか…それは、お察しの通りグレードアトラスターが原因である。

 

「まあ、確かにオレも驚いたな…入港した時、お前が変なサプライズを仕掛けたのかと思ったぞ?」

 

フンッと鼻を鳴らし、グレードアトラスターを顎で指すジャン・バール。

サモア基地所属の大和型…『大和』と『武蔵』は第二次セイレーン大戦で撃沈クラスのダメージを受け、それが原因で昏睡状態となっている。

一応、姉妹艦である『信濃』は先に目覚めているのだが、彼女の姉達が目覚める気配は未だ無い。

つまりあれは大和や武蔵ではなく、紛れもなくグラ・バルカス帝国のグレードアトラスターなのだ。

 

「あの二人が目を覚ましたなら黙っとく訳ないだろ?信濃の時だって快気祝いのパーティーをしたんだからな」

 

「まあ、そうだな。…で、お前はどうするつもりだ?」

 

「どう、とは?」

 

ジャン・バールの問いかけに質問を返す指揮官。

それに対しジャン・バールは腕を組み、憮然とした様子で応えた。

 

「とぼけるなよ。もし、アイツが本当にオレ達に襲い掛かってきたとして、どう対処するつもりだ?」

 

「あぁ、それなら大丈夫だ」

 

指揮官はそう言うと不敵な笑みを浮かべ、グレードアトラスターに向かって指鉄砲を向ける。

 

「ガスコーニュとシャンパーニュに作戦は伝えてある。お前達は…」

 

クイッと手首を捻り、発砲による反動を再現する。

 

「ただ撃ちまくれ。それだけでいい」

 

余りにも簡潔な指示にジャン・バールは思わず天を仰いでしまう。

 

「…何も考えてないんだな?」

 

「バカ言え、そんな訳無いだろ。考えているが…何時だってシミュレーション通りとはいかん。だが、一つだけ確実な事がある」

 

「ほーう?」

 

まるで疑うようなジャン・バールの視線。

それに対し指揮官は肩を竦めながら応えた。

 

「ヒトが作ってヒトが動かす…なら、ヒトが壊せるのも道理だろ?」

 




そう言えば前話でシャンパーニュの主砲を4連装と記述してました
今は訂正しています


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180.大波乱

あー…もうそろそろ本格的なドンパチシーンかぁ…
上手く書けるか心配で心配で…

あと復刻イベントで新キャラも追加されてますねぇ
SSRの追加に期待ですね!


──中央暦1642年4月22日午前9時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス──

 

とうとう始まった『先進11ヶ国会議』

世界各地よりこの地に集まった有力国が今後の世界秩序の在り方を決定付ける世界で最も重要とされている会議であり、今回の参加国は以下の11ヶ国である。

 

・神聖ミリシアル帝国(第一列強・中央世界)

・厶ー(第二列強・第二文明圏)

・エモール王国(第三列強・中央世界)

・トルキア王国(文明国・中央世界)

・アガルタ法国(文明国・中央世界)

・マギカライヒ共同体(文明国・第二文明圏)

・ニグラート連合(文明国・第二文明圏)

・自由フィシャヌス帝国(暫定的列強・第三文明圏)

・ロデニウス連邦(実質列強・第三文明圏外)

・グラ・バルカス帝国(実質列強・第二文明圏外)

・アニュンリール皇国(南方世界)

 

となっており、南方世界代表として慣例的に招待されているアニュンリール皇国を除けば、世界に名だたる強国が揃っている。

 

「…ではこれより、先進11ヶ国会議を開会いたします!」

 

ホスト国である神聖ミリシアル帝国の外務大臣ペクラスが開会を高らかに宣言した。

1週間にも渡る会議が始まる…そう考えると身が引き締まるかのようだ。

 

「よろしいか?」

 

口火を切ったのはエモール王国代表のモーリアウルであった。

 

「先ず…各国に伝えねばならない事がある。…よいか?」

 

議場がやけにざわめく。

何せエモール王国は今迄の会議では聞き手に徹しており、このように自ら発言するのは非常に珍しい事であるからだ。

それ故、各国の外交官達は何事かと考えを巡らせていたのだが、モーリアウルの口から飛び出たのは彼らの予想を遥かに上回るものだった。

 

「先日、我が国は『空間の占い』を実施した。その結果…遠くない未来に、"古の魔法帝国が復活する"!」

 

シンッ…と議場が静寂に包まれる。

しかし、それも一瞬の事…直ぐにパニックじみたざわめきに支配された。

 

「なっ、何だってぇぇぇ!?」

「ほ…本当に復活するのか!?」

「いつ!いつ魔帝は復活するんだ!?」

 

一部を除いて半狂乱となり、モーリアウルに問い詰める各国の外交官。

この世界の人々にとって魔帝こと『古の魔法帝国』とは正に恐怖の象徴…復活すれば世界は破壊しつくされ、生き残りは奴隷にされてしまう。

それ故に慌てふためくのも仕方ない事だが、モーリアウルは彼らを手で制して落ち着くように促す。

 

「皆の者、どうか落ち着いてほしい。残念ながら我が国の『空間の占い』にそのように出たという事は魔帝の復活は避けられぬ運命…しかし、今から準備をすれば必ず抗い、立ち向かえるだろう。その為には諍いは止め、手を取り合って協力を…」

 

「クハハハハハハハッ!」

 

モーリアウルの言葉を遮るように議場の一角から嘲笑が起こった。

参加者達が何事かとその方向を見てみれば、グラ・バルカス帝国の外交官達が腹を抱えて笑っている。

そんな彼らにモーリアウルは怒気を孕んだ声で叱責する。

 

「貴様!何がおかしい!」

 

「ハハハ…はぁーあ…いやいや、失礼した。私はグラ・バルカス帝国外務省のシエリア・オウドウィンという。魔法帝国だか何だか知らんが…そんな過去の遺物をそんなにも恐れる貴様らが可笑しくてなぁ。それに、占いなぞという不確かなものに踊らされるというのもお笑いだ。まるで世の中を知らぬ女学生のようだな」

 

眼鏡を掛けた20代後半の若い女だが、その態度は尊大不遜そのものだ。

新参者だというのに何とも不躾な振る舞い…あまつさえ自国の誇りである『空間の占い』を馬鹿にされたモーリアウルは、正に怒髪天を衝くと言った様子である。

 

「貴様っ!我が国の『空間の占い』をそこらの占いと一緒にするな!礼を知らぬ野蛮人め!」

 

「ふんっ、科学を知らぬ亜人のクセによく吠える。体もデカければ声もデカイという事か」

 

「き、貴様ぁぁ〜…!亜人とは人族以下という意味だ!我々は誇り高き竜人族だぞ!貴様らのように魔力の低い人間如きとは違うのだ!」

 

会議は初っ端から大荒れだ。

エモール王国側からは殺気が満ち溢れているし、グラ・バルカス帝国は嘲笑を隠そうともしない。

このまま宣戦布告を叩き付けても不思議ではないだろう。

 

「はぁ〜…もういい。貴様らのような劣等種と話しても時間の無駄だ。いいか、我々は貴様らと無駄な話し合いをしに来たのではない。我が国からの通告を伝えに来たのだ」

 

心底呆れたような溜息混じりの言葉と共に立ち上がり、眼鏡を外して胸ポケットに仕舞うシエリア。

一度議場を見渡すと小さく息を吸い、口を開いた。

 

「グラ・バルカス帝国の当代帝王グラ・ルークスの名において汝らに告げる。我が国に従い、我が国の支配を受け入れよ。我が国に忠誠を誓えば永遠の繁栄を約束するが、従わぬのであれば容赦はしない。沈黙は反抗と見做し、先ずは問おう」

 

呆気にとられる参加者達に勝ち誇ったような笑みを向け、睥睨するような目付きで告げた。

 

「今ここで、我が国に従う国はあるか?」

 

再びの沈黙。しかし、先程と同じように沈黙は人々の声により破られた。

違うとすれば先程は魔帝に対する恐怖の叫びだったのに対し、今回のそれは余りにも礼儀知らずな新参者に対する怒号である。

 

「貴様!何だその態度は!」

「それは我が国に貴様らの植民地になれという事か!」

「断る!礼も知らぬ蛮族に従うなぞ末代までの恥だ!」

 

勿論、そんな理不尽極まりない要求に頷く国なぞ居ない。

シエリアもそれは分かっているようで何度も深く頷くと荷物を纏めながら、まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせるような態度でこう述べた。

 

「やはり、今直ぐにというのは難しいか。まあ、当然の事だろう。帝王陛下は寛大なお方だ…結論を出すのは我が国の力を知ってからでもよい。用があればレイフォルの出張所へ来るがいい。もっとも、多大な出血を経験してからになるだろうがな。では現地人共、確かに伝えたぞ!」

 

好き勝手に振る舞ったグラ・バルカス帝国の外交官達は、そのまま議場を後にした。

 

 

──同日、カルトアルパスのカフェ──

 

先進11ヶ国会議に波乱が起きている頃、船着き場へと続く通りにあるカフェのテラス席で一組の男女がミリシアル名物の紅茶を片手に早すぎるティータイムを楽しんでいた。

 

「んー…紅茶はよく分からんなぁ…多分、美味いってのは分かるが…ベルが淹れたヤツの方が美味い気がする」

 

一人はアズールレーンの代表である指揮官。

 

「でもこのケーキは失敗だったかも。やっぱりダンケルクが作ったスイーツを食べてたから舌が肥えちゃったのかなぁ?」

 

もう一人は桃色の長い髪をツインテールにし、肩や脇を大胆に露出した丈の短い鎧のデザインを取り入れたワンピースを着用したヴィシア所属のKAN-SEN『ラ・ガリソニエール』だ。

 

「で、ちゃんと撮れてるか?」

 

「勿論♪ちゃーんと、乗組員の顔まで撮れてるよ」

 

二人してサボっている訳ではない。

このカフェは丁度、カルトアルパス港の第二文明圏区画を眺望出来る位置にあるのだ。

そして、ラ・ガリソニエール自身に内蔵されている記録カメラを利用して撮影しているのは勿論、一際目立つ巨艦である。

 

「にしても、やっぱり大和と武蔵に似てるなぁ…細部は違うが、雰囲気としてはユニオンのレーダーを積んだアイツらにそっくりだ」

 

「って事は、やっぱり46cm砲かな?そうなると厄介だよ〜?」

 

「知ってるよ…あの姉妹には何度も煮え湯を飲まされたからな…」

 

二人が巨艦…グレードアトラスターについて話していると、通りの向こうが何やら騒がしくなった。

 

「なんだ?」

 

怪訝な表情で騒ぎの方向を覗う指揮官だが、その正体は直ぐ分かった。

若い女性を先頭に、幾人ものスーツや軍服を着た男達が早足で通りを船着き場に向かっている。

服装からして厶ーやマギカライヒ共同体、ニグラート連合ではない。

 

「噂をすればなんとやら…か」

 

そう、彼女達はグラ・バルカス帝国の外交団である。

しかし、まだ会議は始まったばかりのはず…1人2人抜けるのならまだしも、こんなに纏まった人数が抜けるというのは何かがあったとしか思えない。

 

「何だかキナ臭いね」

 

「あぁ…俺もそう思う」

 

指揮官もラ・ガリソニエールも荒事には慣れている。

それ故、彼女達が纏っている只ならない雰囲気を察知していたが、先頭を歩く女性…シエリアがふと指揮官の方を見た。

おそらくそれは全くの偶然だったのであろうが、彼女は指揮官の姿を見るや否や足を止めて目を見開いた。

それは、彼女が引き連れる男達も同じであった。

 

「…へ、陛下…?」

 

まるで幽霊でも見たような表情。

小さな掠れた声で呟いた為、指揮官とラ・ガリソニエールには幸いにも聴こえなかったようだ。

 

「……何か?」

 

暫し見つめ合っていた指揮官とシエリアだが、何とも言えない雰囲気に耐えきれなくなった指揮官がシエリアに対して営業スマイルを浮かべて問いかける。

 

「っ!い、いえ…何でも…ありません…」

 

顔を逸して再び歩き出すシエリア。

お供も彼女に触発されたのか、気を取り直して歩き出す。

 

「ねーねー、指揮官。あの人、知り合い?」

 

「知らん。何だ、アイツ?」

 

去りゆくグラ・バルカス帝国外交団の背に怪訝な目を向ける指揮官とラ・ガリソニエール。

しかし、そんな二人の元を去ったシエリアは内心穏やかではなかった。

 

(う、嘘…あのお顔…先帝陛下…グラ・ルーメン陛下そのもの…!まさか…あの言い伝えは本当だったの!?)

 

実はグラ・バルカス帝国の先代帝王であるグラ・ルーメンは列車事故で亡くなっている。

しかも、その列車事故は不可解な点が多く、事故の際に生じた火災のせいか車両の焼け跡から先帝の遺体は見付からず仕舞いになっていた。

その為、事故に見せかけた暗殺だとか誘拐だとか噂されているが、その中でも人々の間で噂されている言い伝えがある。

 

(先帝陛下は自らの死を偽装し、帝国を陰ながら見守り、危機が訪れた時に救いに来てくださる…まさか…帝国に危機が迫っていて、こうして私達に警告する為にお姿を現して下さったのでは!?)

 

先帝はかなりの人気があった。

帝国最大の版図を築いた功績は勿論、若かりし頃は『帝国の至宝』と呼ばれる程に容姿に優れていた点や、下々の者にも気さくに接する等、名君と呼ぶに相応しい人物であったが故だ。

 

(となると…あの場で全世界に服従を要求したのは間違い…?で、でもこれはグラ・ルークス陛下の勅命…)

 

占いを否定した彼女が都市伝説に踊らされる…何とも皮肉な事である。




ラ・ガリソニエールの春節衣装って明らかにデカくなってますよね?
まあ、アズレンではよくある事ですが


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181.マグドラ群島沖海戦【1】

昼提灯様より評価5を頂きました!

さて、今回からいよいよドンパチ…ですが、先ずはマグドラ群島沖海戦ですね
上手く出来るだろうか…


──中央暦1642年4月23日午前8時、神聖ミリシアル帝国マグドラ群島沖──

 

カルトアルパスより西方へ500kmの海上に浮かぶいくつかの島で構成されたマグドラ群島。

そこは海流の乱れや濃い霧が発生するため地元民でも立ち寄らず、その殆どは無人島となっている。

唯一人の営みがあるのも離島防衛用のミリシアル海軍飛行隊が置かれた島のみ…

 

──ドンッ!ドンッ!

 

普段は静かな海域に轟音が響き渡る。

その轟音の主こそ、ミリシアル海軍『第零式魔導艦隊』である。

『ミスリル級魔導戦艦』が2隻に、『ゴールド級魔導戦艦』が1隻、『ロンギヌス級重巡洋装甲艦』が2隻。軽巡洋艦相当の『ファルシオン級魔導艦』が3隻に、魚雷を装備していない駆逐艦のような『ダガー級小型艦』が8隻とこの世界においては最強と言っても差し支えない艦隊だ。

本来であれば第零式魔導艦隊はカルトアルパスを母港とし、新たに開発された各種兵器をテストする任を帯びているのだが、先進11ヶ国会議開催中は他国を無用に刺激しない為にこうしてマグドラ群島で演習を行う事となっていた。

 

「ん…?っ!魔力探知レーダーに反応あり、機械動力艦と思われます!12時の方向、距離およそ60km!戦艦級2、重巡洋装甲艦級3、巡洋艦級2、小型艦級5の合計12隻!推定速度27…いや、増速しました!推定速度29ノット!」

 

旗艦であるミスリル級魔導戦艦『コールブランド』の艦橋にレーダー手の叫ぶような報告が響き渡る。

 

「何…?機械動力艦でその速さ…厶ーではないな。話によればロデニウス連邦とアズールレーンの艦船はそれぐらいの速度が出るらしいが、彼らの艦隊が通るという通告は受けていないな」

 

コールブランドの艦長であるクロムウェル・インフィールが眉根を寄せて思案する。

 

「だとすれば、グラ・バルカス帝国かもしれん。全艦、戦闘配備!これは訓練ではない、実戦だ!繰り返す!全艦、戦闘配備!これは訓練ではない、実戦だ!」

 

第零式魔導艦隊司令官バッティスタ・アルテマが鋭く指示を飛ばす。

グラ・バルカス帝国が先進11ヶ国会議にて理不尽極まりない要求を行い、一方的に退場した事は本国からの通信で彼らの耳にも届いていた。

国際会議の場でそのような事をするような連中であれば何をしてもおかしくはない…頭の片隅にそんな考えを置いていたバッティスタは、これをグラ・バルカス帝国の奇襲だと断定し、迎撃の準備に応らせた。

 

「司令、確か離島防衛隊の基地に『ジグラント2』が配備されていたはずです。彼らにエアカバーを要請しましょう」

 

「そうだな、地の利は存分に活かさねばなるまい。離島防衛隊に支援要請!不明艦隊の所属を確認し、グラ・バルカス帝国艦隊と確認次第攻撃せよ!」

 

クロムウェルの提案をバッティスタは了承し、通信士に指示を出す。

それを受けた通信士は素早く離島防衛隊に対して出撃を要請する通信を送った。

 

 

──同日、グラ・バルカス帝国東征艦隊旗艦『ベテルギウス』──

 

「敵レーダーに捕捉された模様。敵艦隊、増速」

 

全世界に対して宣戦布告とも取れる一方的な通告を宣言したグラ・バルカス帝国は、早々に次の一手を打っていた。

目標は"世界最強"を自称する神聖ミリシアル帝国の威光を失墜させる事であり、その第一段階としてマグドラ群島にて演習を行っている第零式魔導艦隊に対して威力偵察を実行する事が彼ら『東征艦隊』の任務であった。

 

「気付かれたか…なら仕方ない。全艦に通達!第一種戦闘配置!」

 

艦隊司令であるアルカイド・アトレイが苦々しい表情を浮かべながら命令を下す。

 

「まったく…諜報部の情報はこんな時に限って正確ですな」

 

アルカイドの隣に控える『ベテルギウス』艦長、バーダン・マーが苦笑を浮かべながらぼやく。

というのも東征艦隊は高速戦艦2隻を中心とし、重巡洋艦3隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦5隻という編成であった。

空母は無く、主力となる戦艦も速度は優れているものの旧式の『オリオン級戦艦』…無論、前時代的な帆船相手ならば問題なく勝てる相手だが、今回の相手はこの世界において最強と名高いミリシアル海軍である。

『グレードアトラスター級戦艦』とまでは言わないが、せめてより大型かつ重装甲な『ヘルクレス級戦艦』を主力に据えたいところだ。

 

「本来なら倍の戦力が欲しいが…ミレケネス様の意向だからな」

 

溜息混じりのアルカイドの言葉。

今回の東征艦隊による第零式魔導艦隊強襲は、グラ・バルカス帝国三将の一人にして帝国海軍特務軍司令長官であるミレケネス・セーブルスが、反対意見を押し切って"この戦力でどの程度戦えるのかを見てみたい"と敢えて少ない戦力で挑ませているという背景がある。

勿論負けるつもりは無いが、戦場に絶対は有り得ない以上、可能な限り戦力は欲しいところだ。

 

「上の思惑で苦労するのは何時だって現場です。我々に出来る事は…帝国の栄光に泥を塗らぬように、全力で戦う事のみですな」

 

「そうだな。今は勝つ事だけを考えよう」

 

バーダンの言葉に力強く頷いて気持ちを切り替えるバッティスタ。

ここでいくら愚痴をこぼしても仕方ない。

後々抗議するにしても勝って生き残らねば出来はしないのだから。

 

「対空レーダーに感あり!12時の方向、数は25!」

 

「対空戦闘準備!」

 

レーダー手の報告を受けたバーダンが対空攻撃の準備を命じる。

 

「艦長、敵機はまだ居るかもしれない。本隊にエアカバーも要請すべきだな」

 

「承知しました、司令。通信士、本隊に艦載機を出すように伝えてくれ」

 

 

──同日、マグドラ群島沖上空──

 

──ゴォォォォォ…

 

第零式魔導艦隊からの要請を受けて出撃したジグラント2中隊25機は、その腹に225kg魔導爆弾を抱えて400km/hという速度でグラ・バルカス帝国艦隊へと向かっていた。

 

「見えた…あれか」

 

編隊の先頭を飛ぶ中隊長機に搭乗したオメガ・アルパが目を細めて海面を見下ろす。

彼の目に映ったのは黒煙を吐き出しながら白波を切り裂いて進む黒鉄の艦隊…紛れもなく石油や石炭で稼働する機械動力艦だ。

ヘルメットのバイザーに埋め込まれた望遠魔石でマストの天辺ではためく旗を確認する。

白地に、白十字が描かれた赤い丸…間違い無い、グラ・バルカス帝国だ。

 

「全機に通達。未確認艦隊はグラ・バルカス帝国艦隊だ。第零式魔導艦隊からはグラ・バルカス帝国艦ならば攻撃せよと要請されている。連中は先進11ヶ国会議中に全世界に対して植民地になれと要求したそうだ。そんな礼儀知らずの野蛮人に遠慮は要らん。全機、突撃!」

 

《了解、突撃します!》

 

オメガの命令に従い、警戒を担当する5機を除いた20機が急降下を開始する。

ジグラント2は最大で520kgの魔導爆弾を搭載出来る戦闘爆撃機であり、制空型である『エルペシオ3』より最高速度では劣るが機体構造が頑丈であるため急降下爆撃が可能となっている。

 

「まだだ…まだだ…」

 

高度計の針がグルグルと回り、メーターがカウントダウンしている。

命中させるには高度1000m以下で投弾する必要があり、機体を引き起こす為には高度500m以上は欲しい所だ。

そこで、オメガを始めとしたジグラント2部隊は訓練通り高度700mで投弾しようとしたのだが…

 

《うぁ…ザーーーー》

 

「何!?」

 

編隊を組んでいた1機が爆発した。

事故…ではない。

 

「対空射撃か!」

 

見ると敵艦隊を構成する艦船の所々がチカチカと瞬き、空にいくつもの爆煙が花開く。

そう、オメガが言ったようにグラ・バルカス艦隊がジグラント2部隊の攻撃を阻止すべく対空射撃を開始したのだ。

 

「くっ…よくも!」

 

苦楽を共にした仲間の無念を晴らすべく、戦艦と思しき艦船に狙いを定めるオメガ。

しかし、彼と共に急降下していた僚機に敵弾が近付いた瞬間、敵弾の炸裂と共に僚機が爆裂した。

 

「!?ま、まさか…近くを通っただけで爆発するのか!」

 

オメガの顔が驚愕に染まり、麾下のジグラント2部隊は対空射撃を恐れて想定よりも高い高度で投弾してしまう。

だが、そんな中でオメガは隊長としての意地を見せるべく更に高度を下げてゆく。

 

「800…700…600!」

 

──ガコンッ!

 

必中させるべく想定よりも低い高度で投弾レバーを引く。

225kgの荷物を捨て身軽となった機体は、その頑丈な構造を活かすように無理やり引き起こされ、海面ギリギリを這うように飛び去って行った。

 

──ドンッ…

 

エンジンの轟音に紛れて辛うじて聴こえた爆発音。

とりあえず命中した事に安堵しながらもオメガは生きて帰るべく全力で基地へと急いだ。




ミリシアルとか厶ーの小型艦ってやっぱり非対称戦とかに使うんでしょうか?


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182.マグドラ群島沖海戦【2】

砂箱イベ復刻始まりましたね
追加の新キャラは10連で二人とも出ましたが、ブルアカは大爆死しました


追記
0が一つ足りない箇所がありましたので修正致しました


──中央暦1642年4月23日、グラ・バルカス帝国東征艦隊旗艦『ベテルギウス』──

 

神聖ミリシアル帝国離島防衛隊の空襲を切り抜けた東征艦隊は、回避運動により乱れた隊列を整えていた。

 

「『プロキオン』に被弾し、銃座が損壊。機銃操作員6名が死亡か…沈む程の被害ではないがな。流石に"世界最強"の看板を背負っているだけはある」

 

『ベテルギウス』の姉妹艦である『プロキオン』が被弾し、被害が出たという報告を受けたアルカイドが苦々しく口にする。

 

「しかし、敵機が魚雷を抱えていなかったのは幸いでした。やはり、諜報部の情報は正しかったようです」

 

アルカイドをフォローするようにバーダンが告げる。

諜報部からの情報によればこの世界には魚雷やそれに相当する兵器は無く、航空機による対艦攻撃は爆撃か機銃掃射しかないとの事だ。

しかし、アルカイドには一つの懸念があった。

 

「だが…カルトアルパスへ向かったグレードアトラスターの艦長ラクスタル殿が、厶ーの艦船に魚雷のような物が搭載されている事を確認したそうだ。他にも諜報部からの情報との相違点も多々あったらしい。…嫌な予感がするな」

 

「ですが、諜報部の情報が間違っている事はよくある話です。やはり、適当な仕事ばかりしている給料泥棒なぞアテにせず、我々が現場で適切な判断をすべきでしょう」

 

グラ・バルカス帝国の諜報部は軍部からは"役立たず"の烙印を押されている。

確かに正確な情報を持ってくる事もあるが、半分以上は不正確でありそれが原因で少なくない被害が出た事もある。

しかし、帝国軍人達はその度に兵器性能や自身の練度を発揮して幾度も困難な局面を乗り越えてきたという事もあって、「諜報部よりも自分の目の方が信用出来る」という価値観が染み付いていた。

尤も、諜報部からの情報が不正確なのには少なからぬ陰謀が潜んでいるのだが、彼らがそれを知る事は無い。

 

「もしかしたら我が方に空母が居ると想定しての事だったのかもしれん。このあとに魚雷か、それに類似した兵器を搭載した航空機を投入してくる可能性がある以上、本隊へ航空支援要請をしたのは正解だったな」

 

「敵艦隊、距離30kmまで接近!」

 

腕を組み、対峙する敵の戦力を考察していたアルカイドの思考を遮るようにレーダー手が報告した。

 

「30か…当たるか?」

 

「最大射程は35km程なので届きはしますが、あまり期待はしないで下さい」

 

アルカイドの問いかけにバーダンが答える。

ベテルギウスを始めとした『オリオン級戦艦』の主砲は35.6cmであり、最大射程はおよそ35km程である。

しかし35km先に砲弾が届くだけであり、レーダー管制射撃を以てしても命中弾を送り込むには25〜20kmまで近付く必要がある。

 

「構わない。先に撃って向こうがどう動くかを見てみたい。艦長、よろしいか?」

 

「私も司令と同じ事を考えていました。…撃ち方よーい!」

 

アルカイドの言葉に頷いたバーダンが司令塔内に響き渡る声で命令を下す。

それを受けた各員は慌ただしくも秩序正しく各種計器を操作したり、各部門への連絡の為に艦内電話を手に取る。

 

「主砲1番、2番!装填中……装填完了!」

「方位よし、仰角よし!」

「射撃準備よーし!プロキオンも射撃準備完了とのこと!艦長、命令を!」

 

「よし…目標、神聖ミリシアル帝国艦隊!主砲1番2番、撃てぇぇぇぇい!」

 

──ドドドドォォォォォンッ!!

 

空を揺らし、海を波立たせる轟音。

異世界の古強者が、世界最強最新の艦隊に牙を剥いた瞬間だった。

 

 

──同日、神聖ミリシアル帝国第零式魔導艦隊旗艦『コールブランド』──

 

「敵艦、発砲!」

 

双眼鏡を覗いていた見張り員が喉が張り裂けそうな程の大声で報告する。

 

「何っ!?まだ30kmはあるぞ!」

 

目を見開き、驚愕の表情を浮かべるクロムウェル。

だが、彼の隣に佇むバッティスタは冷静に告げた。

 

「いや、あれはおそらく我々の出方を見極める為の牽制だろう。あんな遠距離で撃てば、砲弾が風の影響を受けてしまうから如何に高性能な照準器を備えていようがそうそうには当たらん。艦隊、陣形そのまま。怯むな、当たりはしない。だが…万が一に備えて水平装甲を強化せよ」

 

突然の実戦に浮足立っていた乗組員だが、バッティスタの言葉によりその緊張は若干和らぐ。

そんな肩の力が抜けた乗組員達は、装甲強化魔法を発動させる。

その動きは淀みなく、日々訓練に励んでいる彼らの努力が十分に分かるものだった。

 

──ヒュウゥゥゥゥゥゥ…ズゥンッ!

 

掠れた笛のような風切り音の後に空きっ腹に響くような轟音が響き、艦隊の前方300m程の場所に幾つもの水柱が上がる。

 

「ふぅ…司令の言う通りでしたな。しかし、距離はまだしも方向は合っていました。敵艦隊は中々に優秀な照準器と砲手を揃えているようです」

 

「そうだな。あのまま放置して置けば命中弾を送り込まれるだろう。だが、戦艦もだが小型艦が気になるな…」

 

胸を撫で下ろし、額の冷や汗を拭うクロムウェルに同意しながらもバッティスタの意識は敵艦隊から突出した小型艦に向けられていた。

 

「小型艦…ですか?」

 

「あぁ…我々や厶ーが保有する小型艦は木造帆船のような脅威度の低い敵と戦う為の物だ。しかし、ロデニウス連邦とアズールレーンの小型艦は違うらしい」

 

「ロデニウス連邦とアズールレーン…確か第三文明圏外にあり、パーパルディア皇国を下した国家ですな。話によれば先進11ヶ国会議で正式に列強と認定され、かの国を中心とする新たな文明圏、第四文明圏も承認されるとか…」

 

記憶を辿りながらそう述べたクロムウェルに頷きながらバッティスタは言葉を続ける。

 

「その通りだ。そして彼らは厶ーを上回る技術力を持ち、荒削りながらも独自の魔法技術も持ち合わせているらしい。その技術力は皇帝陛下のお墨付きだ」

 

「ほう…」

 

「で、彼らが保有する小型艦は『駆逐艦』という名らしい。役割は我々の小型艦と同じようなものもあるらしいが、魔光砲…科学文明風に言うなら機関砲を多数備えて空からの驚異に対処したり、『ソナー』や『爆雷』という兵器を用いて『潜水艦』という自発的に海に潜る艦船に対抗する…らしい」

 

「潜水艦…?それも気になりますが、司令があの小型艦を気にする理由はそれではないでしょう?」

 

「あぁ、そうだ。駆逐艦の役割…それは、『魚雷』という"海中自走爆弾"を使って敵艦艇を撃破する事らしい」

 

「魚雷…つまり、司令は敵小型艦はその魚雷とやらで我々を狙っていると?」

 

「可能性はある。巡洋艦と小型艦に通達。敵小型艦の接近を許すな。あと…"例の新兵器"の使用を許可する」

 

一旦クロムウェルとの話を切ったバッティスタが通信士に指示を出す。

彼は昨年の厶ーとロデニウス連邦・アズールレーンの合同演習に観戦武官として派遣されており、雷撃機から投下された数本の魚雷で巡洋艦が沈む様を見ていた。

それ故、彼は航空機や小型艦を決して侮りはしない。

 

「新兵器…ルーンポリス魔導学院で開発されたとかいう"あれ"ですか」

 

クロムウェルの確認するような言葉にバッティスタが頷く。

 

「そうだ。見てくれは頼りないが、破壊力はかなりの物だ。対沿岸要塞用らしいが…まあ、要塞を破壊出来るなら艦船も破壊出来るだろう」

 

敵駆逐艦を撃退すべく、艦隊から先行してゆく小型艦と巡洋艦を一瞥するバッティスタ。

その内の『ダガー級小型艦』は後部の砲塔を撤去してあり、砲塔があった部分には大きな通気用ダクトのような物が生えており、それの艦尾側には横倒しにした巨大なドラム缶のような物が9基固定されている。

 

「敵艦隊、25km!主砲の有効射程内です!」

 

見張り員の言葉によりバッティスタの意識が再び敵艦隊の方へ向けられる。

 

「主砲発射よーい!」

 

艦橋内に響き渡るクロムウェルの命令。

それを受けた乗組員は主砲発射の為に魔力の流れをコントロールし、最適な属性割合で主砲へ魔力を注入する。

 

「魔力属性、対艦戦闘用に移行完了!」

「魔力探知レーダーによる測位完了!」

「方位、仰角共によし!何時でも撃てます!」

 

各員から報告を受けたクロムウェルは一度バッティスタに目を向ける。

それに対しバッティスタは無言で頷いた。

 

「よしっ!あの無礼な野蛮人に痛い目を見せてやれ!全砲門、撃てっ!」

 

──ドドドドォォォォォンッ!!

 

『ミスリル級魔導戦艦』2隻と『ゴールド級魔導戦艦』1隻による一斉射。

砲口からは爆炎ではなく青白い魔力が迸り、砲弾が青白い魔力の尾を引いて飛んで行った。




4月のロクボ艦は追風…つまり4月は重桜イベ?
まさか…大和、武蔵が来る!?(多分来ない)


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183.マグドラ群島沖海戦【3】

投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!
ちょっとスランプらしき何かになってしまい、上手く書けない日々が続いておりました
以前のようなペースが保てるかは不明ですが、どうにかこうにか書いて行きますのでこれからもよろしくおねがいします!


──中央暦1642年4月23日、グラ・バルカス帝国東征艦隊、駆逐艦『キャニス・ミナー』──

 

──ドンッ!ドンッ!

 

戦艦同士の砲撃戦が行われる最中、艦隊から離れて最大戦速でミリシアル艦隊へ接近する水雷戦隊を率いる駆逐艦『キャニス・ミナー』の露天艦橋では、艦長であるエッス・オースが海風に目を細めながら指揮を執っていた。

 

「久々に水雷屋の気概を見せる時が来たぞ!水雷長、信管調定は間違いないな!?」

 

「えぇ、艦長!各発射管、問題ありません!」

 

ビュービューと吹き抜ける海風の中、エッスは水雷兵装運用の責任者である水雷長に最終確認をした。

彼が艦長を務める駆逐艦キャニス・ミナーを始めとする『キャニス・ミナー級駆逐艦』は、従来の駆逐艦よりも航行能力が高く重武装であり、傑作駆逐艦と名高い。

今では後継艦である『エクレウス級駆逐艦』も配備されつつあり比較的旧式の部類ではあるが、それでもこの世界においては屈指の性能を持っていると言っても良いだろう。

 

──ゴォォォォォン…

 

「戦艦プロキオン、被弾!速力、徐々に低下しています!」

 

後方から響く轟音にいち早く反応した見張り員が、双眼鏡を覗きながら悲鳴のような報告をあげる。

それに釣られる形でエッスも後方に目を向けると、黒煙を立ち昇らせる戦艦の姿が目に映った。

ミリシアル海軍の戦艦が放った砲撃が直撃したのだろう。どうやら煙突近辺に被弾し、ボイラーに被害を受けたらしい。

 

「くっ…流石に世界最強と名乗るだけはある。一刻も早く魚雷を放ち、敵主力艦を撃破するぞ!」

 

速力が落ちた艦は積極的に狙われる事となるだろう。

如何に『オリオン級戦艦』が老朽艦で失っても惜しくないとは言え、それを操るベテラン水兵約2000名の命と彼らの経験は何物にも代え難い。

それ故エッスは、必殺の一撃となり得る魚雷を以て敵艦隊に大打撃を与える事で主力艦を助けようとしているのだ。

 

「敵小型艦船、発砲!」

 

「何っ!?距離はまだ17kmを切ったばかりだぞ!」

 

後ろ髪を引かれる思いで徐々に艦隊運動から落伍するプロキオンから視線を引き剥がしたエッスに、別の見張り員が報告する。

キャニス・ミナー級駆逐艦に搭載されている『12.7cm連装砲』の最大射程は凡そ18kmだが、ミリシアル海軍の小型艦である『ダガー級小型艦』の主砲は『13cm単装砲』であり、最大射程は約22kmとなっている。

勿論これらはあくまでも最大射程であり、命中が期待出来る有効射程となればより短い距離となる。

しかし、それでもミリシアル側の小型艦の方が有効射程に優れており、グラ・バルカス側の駆逐艦は射程外から一方的に撃たれる羽目になったのだ。

 

──ヒュゥゥゥゥゥゥ……ズゥゥンッ!ズゥゥンッ!

 

「うぉぉぉぉぉっ!?」

 

風切り音の後、水雷戦隊の周囲に轟音と共に水柱が立つ。

天高く巻き上げられた海水は飛沫となり、キャニス・ミナーの露天艦橋を水浸しにした。

 

「くっ…初弾から夾叉とは!被害は!?」

 

「被害…ありません!ずぶ濡れになっただけです!」

 

「そうか、なら良し!いい加減、屋根を付けて欲しいものだな!チッ…それにしても…やはり侮れんな…」

 

海水で濡れた顔を手で拭い、眼前に迫るミリシアル艦隊を睨み付けるエッス。

戦艦よりも交戦距離が短いとは言え、初弾から夾叉させる事が出来る程の練度…彼は内心、死を覚悟した。

 

「流石に一筋縄には行きませんな!やはり、戦列艦を主力にしていた連中よりも遥かに強い!」

 

次々と着弾するミリシアル側の砲撃により揺れる船体から振り落とされないように踏ん張っていたエッスに、副官が険しい表情で告げる。

 

「あぁ、だが負ける訳にはいかん!我々は無敵の帝国海軍水雷戦隊!魚雷を知らぬ連中の度肝を抜いてやらなければ、死んでも死にきれん!全艦、全速前進!敵艦隊に魚雷を叩き込んでやれ!」

 

如何に敵が強くとも恐れず、近距離から魚雷を叩き込む。

この単純明快な戦法により、前世界における最大の敵であった『ケイン神王国』の戦艦や空母をも屠った。

駆逐艦が大型艦を沈めるには、どの道これしか無いのだ。

 

──ドォォォンッ!

 

「ゴ、ゴメイサ被弾!駄目です!あれでは…」

 

──ズガァァァァンッ!!

 

「うわぁぁっ!ゴメイサ轟沈!ゴメイサ、轟沈!」

 

キャニス・ミナーの背後に着いていた2番艦の『ゴメイサ』に、ミリシアル艦隊が放った13cm砲弾が直撃した。

装甲なぞ有って無いような駆逐艦…しかも運悪く魚雷発射管に直撃してしまったようだ。

ダメージコントロールの暇も無く、誘爆によってゴメイサは火柱と水柱の中で真っ二つに折れ、浮力を失った船体は乗組員と共に海底へと引き摺り込まれた。

 

「クソッ…!怯むな!ゴメイサの敵を討つぞ!」

 

ゴメイサの轟沈により発生した熱い海水の飛沫の熱を頬に感じながらも指示を飛ばす。

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「我が方の砲撃、敵小型艦船に対して効果小!連中、中々に硬い…!」

 

ミリシアルの前衛艦船に砲撃をするが砲術長が言う通り、思った程の効果は無いように見える。

確かに手傷を負わせてはいるし、そのまま砲撃を当て続ければ沈める事は出来るだろうが、相手はグラ・バルカス側の駆逐艦よりも防御に優れているようだ。

というのも、ミリシアルの小型艦は格下相手…それこそ大挙して押し寄せる帆船を相手する事を想定しており、それらが装備する大型バリスタや魔導砲に耐えうるだけの装甲を備えており、これによってグラ・バルカス側の砲撃に耐えているのだ。

 

「距離、9000!魚雷の射程内です!」

 

「よしっ!魚雷発射よーい!」

 

砲弾の雨の中、一心不乱に艦を走らせていると、いつの間にか魚雷の射程内に辿り着いたようだ。

本来ならより近付いて発射したいところだが、無理に接近してしまっては敵艦の砲撃によりこちらが壊滅しかねない。

 

「発射ぁぁぁぁっ!!」

 

「魚雷発射!繰り返す、魚雷発射!」

 

──バシュゥゥゥゥゥンッ!

 

エッスの号令を副長が復唱し、圧搾空気により魚雷が発射管から押し出されて海中へと投下された。

 

「よしっ、退却!これ以上敵に付き合う義理は…」

 

海中を進む幾本もの白い航跡を横目に、エッスは退却の指示を出したが…

 

──ヒュゥゥゥゥゥゥ…

 

「…っ!か、回避ぃぃぃぃぃぃっ!」

 

上空から聴こえてくる不気味な風切り音。

その正体は分かっている。それ故、回避運動をするように指示を出したが、それは一歩遅かった。

 

──ガギィィンッ!!

 

「うぉぉぉぉぉっ!?」

 

金属が引き裂かれるような嫌な音と共に伝わる下から突き上げるような衝撃。

方向転換をしようとしていたキャニス・ミナーの前甲板に搭載された主砲の正面に、敵弾が直撃したのだ。

 

──ドンッ!

 

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 

炸裂した砲弾により、弾薬庫に収められている砲弾や発射薬が誘爆し、その衝撃でエッスは艦橋から放り出された。

 

──ドォォォンッ!!

 

炎に包まれ、艦首が破断するキャニス・ミナー。

幸運な事に轟沈は免れたが、沈没は時間の問題だろう。

 

「ぶはあっ!ゲホッ!ゲホッ!」

 

そして、エッスも幸運だった。

衝撃により放り出され、結構な高さから海面に叩き付けられたにも関わらず失神する事もなく、偶然近くに浮いていたゴメイサの救命浮輪に掴まる事が出来た。

 

「はぁ…はぁ…キャニス・ミナーが…」

 

破断した艦首部分から流入する海水により徐々に…しかし、急速に沈みゆく艦を前に悲しげな表情を浮かべるエッス。

だが、ここは戦場だ。感傷に浸っている場合ではない。

 

「て、敵艦隊は…?」

 

体中がズキズキと痛むが、どうにか脚をバタつかせて敵であるミリシアル艦隊の方を向く。

すると、ミリシアル艦隊の小型艦や巡洋艦が舷側をグラ・バルカス艦隊に向けるような陣形を組む様子が見て取れる。

 

「なんだ…?あのドラム缶みたいな物は…?」

 

その様子をそのまま捉えれば、砲撃戦の準備に見えるが、エッスは目敏く敵艦の後甲板に搭載されている巨大な円筒形の物体に気付いた。

 

「機雷か?いや、今更機雷を敷設しても意味は無い…」

 

頭に疑問符を浮かべていたエッスだが、その答えは直ぐに分かった。

 

──ガゴンッ…ガゴンッ…ガゴンッ…

 

甲板に設置されたレールを伝って舷側へ次々と投下される円筒形の物体。

一見すると機雷敷設をしているように見えるが、それは海面に浮かび…

 

──グォォォォ…ザバザバ…バシャバシャバシャバシャバシャバシャ!

 

「な…なっ…」

 

低い唸り声のような音がした後、円筒形の物体が微かに発光したと思ったらそのまま"勢い良く回転を始め、水飛沫を巻き上げながら海面を爆走"し始めた。

 

「何じゃありゃぁぁぁぁ!?」

 

見た事も聞いた事も無い兵器に、エッスは口をあんぐり開けて驚愕する事しか出来なかった。




ところでアズレンは色々とアップデートして快適になりましたね
特にセイレーン作戦のオートはもう最高ですね!あとはリセットを任意のタイミングで出来るようになればいいのですが…

あと、サディアイベントの情報も来ましたね!
私的には、アクィラが刺さりましたし、ポーラとヴェネトの水着が…こう…ね!
それにまさかの天城ちゃん!ここでぶっ込んでくるとは…と思いましたが、早いもので子供の日は間近でしたね
これは日本版4周年も期待出来ますねぇ…


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184.マグドラ群島沖海戦【4】

今回のサディアイベントはスキン買いすぎてダイヤが溶けました…
やっぱりアクィラはいいですねぇ…
あとヴェネトの声で脳が融けそうです


──中央暦1642年4月23日、グラ・バルカス帝国東征艦隊旗艦『ベテルギウス』──

 

「な…何だあれは…!」

 

「分かりません!しかし、兵器である事は間違いないでしょう!」

 

撃沈された駆逐艦こそ出たものの、水雷戦隊による雷撃は魚雷を放てずに全艦撃沈という最悪の事態を避けられた為、一先は最低限の成功を収めたと言ってもよいだろう。

後は敵艦に魚雷が直撃する事を祈りつつ、砲撃戦と再出撃するであろう敵機との対空戦闘を繰り広げるだけ…と思っていたアルカイドだったが、敵艦隊が放った謎の兵器らしき物体に戸惑っていた。

 

「とにかく魚雷を避ける要領で回避運動を行うんだ!取り舵いっぱーい!」

 

「了解!取り舵いっぱーい!」

 

海上を回転しながら爆走する円筒の正体を見極めようとするアルカイドを余所に、艦長であるバーダンが操舵手に指示を出して艦を左へと転じさせる。

海面に見える謎の円筒は凡そ30弱…派手に水飛沫を掻き上げている為、魚雷よりも軌道が分かりやすいのが幸いだが、未知の物体と言うのは何とも気味が悪い。

 

「『アシュタール』、回避間に合いません!被弾します!」

 

双眼鏡を覗いていた見張り員が切羽詰まったような声を上げる。

それに釣られるようにアルカイドは、撤退する水雷戦隊から落伍しつつある駆逐艦『アシュタール』に目を向けた。

どうやら先程の敵小型艦艇との砲撃戦により被弾し、浸水してしまったらしい。

明らかに動きが鈍く、突っ込んでくる円筒を避けられそうもない。

 

(くっ…あれではアシュタールに直撃してしまうな…乗組員には申し訳ないが、あの兵器を見極め…)

 

アルカイドは部下を大事にする軍人であるが、何も全員にどうしても生きていて欲しい訳ではない。

必要があれば部下を死地に向かわせる事も厭わない、冷徹さも持ち合わせる優秀な軍人であると言えるだろう。

それ故、彼はアシュタールの事はスッパリと諦めて敵艦隊が放った謎の兵器を見極めようとしていた。

それは間違いなく、その時点では最良の判断であろう。

しかし次の瞬間、彼は驚愕する事になった。

 

「ダメです!直撃します!」

 

見張り員の言葉と共に、アシュタールの艦尾に謎の兵器らしき物が接触した。

 

──ズゴガァァァァァンッ!!

 

閃光が迸り、それから数拍ほど置いて腹の底が揺さぶられるような轟音が響き渡った。

 

「……は?」

 

まるで落雷を思わせるような現象を目の当たりにし、誰かが間抜けな声を上げた。

だが、そんなベテルギウスの乗組員の都合なぞ知ったこっちゃないとばかりにアシュタールは、"消し飛んだ"艦尾から浸水してあっという間に沈没してしまった。

 

「か…」

 

ワナワナと震え、顔を真っ青にしたアルカイドが乾いた唇を開く。

 

「回避ぃぃぃぃぃぃっ!全艦、全力で回避しろぉぉぉっ!」

 

あの轟音と閃光、そして駆逐艦の艦尾が消し飛ぶ程の威力から、あの兵器は少なくとも魚雷に匹敵…或いは上回ると判断し、すぐさま全力回避を命じた。

 

「副砲と機銃はあのドラム缶の化け物を狙え!水上にある分、魚雷よりも迎撃しやすい筈だ!」

 

アルカイドに続いてバーダンが命令を下す。

どうしても魚雷が回避出来ない事態に陥った場合、苦し紛れに海中に向かって発砲する事がある。

あんな威力の兵器が直撃すれば戦艦でも無事では済まない…そう考えたが故の命令であった。

 

──ドンッ!ドンッ!ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

爆走する円筒の進行方向に対して船体を平行にしながら、射線が通っている副砲や機関砲が火を吹く。

未知の兵器に対してパニックになっている事を示すように、その砲火は統制を欠いているように見える。

 

「プ…プロキオン、回避間に合いません!」

 

見張り員の悲鳴混じりの報告。

落伍していた筈のプロキオンに目を向ければ、丁度ノロノロと回頭している最中であった。

 

「不味い…っ…!」

 

このままでは直撃だ。

無論、プロキオンも必死に機関砲を撃って迎撃しているが、どうやら兵器の回転のせいで機関砲弾が弾かれてしまっているようだ。

 

──ズゴガァァァァァァンッ!!

 

回避も迎撃も虚しく、プロキオンの左舷やや艦尾よりの部分に円筒が接触して炸裂した。

魚雷や主砲の直撃を上回る程の水柱と爆炎…アルカイドは演習で見ていた『グレードアトラスター』の主砲や、爆撃機から投下された1トン爆弾の着弾が脳裏を過ぎった。

 

「敵兵器、回避出来ました!」

 

冷や汗を垂らしながら操舵輪を動かしていた操舵手がホッとした様子で告げた。

しかし、アルカイドやバーダンの意識は水柱の中から現れたプロキオンの姿に向けられている。

 

「プロキオンが…」

 

バーダンが震える声で呟いた。

それも無理は無い。

長年グラ・バルカス帝国海軍を支え続けた古豪の一角であるプロキオンは、見るも無惨な姿と成り果てている。

強固な装甲は接合部が破断してしまい、そこから大量の海水が流入して徐々に傾斜してゆく。

 

「な…なんという威力だ…」

 

傾斜が増し、そのまま転覆してしまったプロキオンを目にしたアルカイドは更に顔を青くした。

 

 

──同日、神聖ミリシアル帝国第零式魔導艦隊旗艦『コールブランド』──

 

「敵戦艦撃沈!繰り返します!敵戦艦、撃沈!」

 

「いよぉぉしっ!」

 

通信士の報告に、バッティスタがガッツポーズをして喜びを露わにする。

 

「ハハハ!司令、ご覧下さい!あの無礼な連中が尻尾を巻いて逃げて行きますよ!」

 

そんなバッティスタの側で、クロムウェルが手を叩いて撤退して行く敵艦隊を如何にも痛快といった様子で笑う。

 

「いやはや、対沿岸要塞用ではあるが…速度も十分だから対艦用にも使えるな。これは魔導学院に報告しなければな」

 

満足気に何度も頷くバッティスタ。

 

「そうですな。新興国が開発を諦めた兵器だから使えるかは心配でしたが…我が国の優秀な技術者達の手にかかれば実用化なぞ容易いものです」

 

バッティスタに同意するように、クロムウェルは誇らしげに胸を張る。

先程、ミリシアルの小型艦が放ったのはかつてアズールレーンに兵器を供給する軍需企業『ヴィスカー社』が開発し、実用性等の問題から開発中止となった対沿岸要塞兵器…色んな意味で有名な迷兵器『パンジャンドラム』をミリシアルの技術者達が実用化させた代物なのだ。

 

「あれ程の威力があれば、小型艦でも主力艦に対抗出来る…素晴らしい!」

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべながらもバッティスタは新兵器…その名も『ゼノン』を使った戦術を考える。

このゼノン、元になったパンジャンドラムは巨大な車輪にいくつものロケットを取り付け、その推進力で車輪を回転させて転がすというものだったが、ロケットの推力が安定せずに真っ直ぐ進まないという致命的な欠点があった。

しかし、ミリシアルからしてみれば回転…つまり円運動は魔力制御の基本であり、必要に応じて回転力を増減させる事は容易い事だった。

そこで技術者達は、単純なドラム型の外装に大量の爆裂魔石を封入し、両端には魔力を流す事により回転するリングを装備、中心部に傾きを感知するジャイロを搭載して傾きに応じて左右のリングの回転を制御する機能を付けた。

これにより波や陸上の凹凸によって傾いても真っ直ぐ進む事が出来る仕組みだ。

しかも爆薬となる爆裂魔石の量は凡そ1トン…威力に定評のある『酸素魚雷』こと『九三式魚雷』でも炸薬量490kgである事から、その威力は完全な水中爆発でないにも関わらずこうして戦艦を一撃で仕留める事が出来る程だ。

 

「今は艦艇に搭載する物しかありませんが…将来的には更なるバリエーションを開発する予定なのでしょう?」

 

「うむ。今は天の浮舟に搭載する物の開発が進んでいる他、回転により発生する揚力を利用した飛行型に、誘導型も視野に入れているらしい」

 

クロムウェルの言葉に、バッティスタが応える。

彼の言う通り、各魔導学院ではゼノンのバリエーションとして天の浮舟から投下するタイプや、回転により揚力が発生するマグヌス効果を利用した飛行型、更にはそれらに誘導装置を搭載した物の開発が行われている。

飛行型や誘導型は手こずっているらしいが、天の浮舟搭載型は先行量産型の生産が始まっているらしい。

 

「素晴らしいですな!この兵器があれば、魔帝にも対抗出来るでしょう!」

 

「うむっ!我が国…世界の未来は明るいぞ!」

 

余裕を持って魚雷を回避する艦上で、クロムウェルとバッティスタは自国が世界の国々を率いて対魔帝戦において華々しく活躍する様を空想していた。




そろそろ大陸版4周年ですが、どうなるんでしょう?
新URとか…SSRの改造なんかも欲しいですね


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185.マグドラ群島沖海戦【5】

前回の感想が10件以上あってビックリしましたよ
やっぱり皆パンジャンが好きなんですねぇ!


──中央暦1642年4月23日、神聖ミリシアル帝国マグドラ群島防衛隊基地──

 

「どうだ、動かないか!?」

 

「動きませーん!やはり、海水を吸い込んだ事でエンジンが破損したようです!」

 

マグドラ群島に置かれた離島防衛隊の基地では1機のジグラント2が、排気口から黒煙を吐き出しながら機体を細かく震わせていた。

 

「くっ…この機体は初期生産型だからな…やはり、寿命か…」

 

明らかな不調を見せる機体のコンソールに取り付けられたスイッチ類をパチパチと弾きながら、中隊長であるオメガが半ば諦めたような口調で呟いた。

オメガが駆るこのジグラント2は初期に生産された機体であり、首都防衛隊からのお下がりだった為、かなり酷使されていた。

しかも先程行った決死の急降下爆撃からの離脱の際に、かなり低空を飛んだ事で海水の飛沫を空気取り入れ口から吸い込んでしまった事がトドメとなったのだろう。

 

《隊長、機体の調子は如何ですか?》

 

「副長、やはりダメなようだ。修理は…」

 

搭載されている魔信から副隊長が呼びかけ、オメガはそれに応えつつエンジンを始動させようと苦心する整備士に目を向ける。

だが、整備士は腕をクロスさせて大きな✕を作って首を横に何度も振った。

 

「出来ないらしい。エンジンを載せ替えるかオーバーホールする必要がありそうだ。すまないが副長、先に出撃してくれるか?私もどうにか出撃出来るように尽力する」

 

《了解。ですが、無理して出撃はしないで下さいよ?…心配は要りません。我が国の天の浮舟は世界最強の航空戦力です。それが22機もあれば、遅れを取る事はありませんよ》

 

「…そうだな。では頼んだ」

 

《了解!》

 

慢心とも取れる自信を見せる副隊長に一抹の不安を覚えるオメガであったが、せっかくの高い戦意に水を差すのは憚られたのか、短い言葉で指揮を任せる。

 

──ゴォォォォォッ!ゴォォォォォッ!

 

副隊長機を先頭に、次々と離陸して行くジグラント2を口惜しそうに見送るオメガ。

しかし、何時までもそうしている訳にはいかない。

愛機のコックピットから降りると、グリス塗れになった顔を拭う整備士に歩み寄った。

 

「他に使える機体は無いか?」

 

「残念ながら予備機はメンテナンス中で飛び立てません。あとは…」

 

「あとは…何だ?」

 

何とも歯切れの悪い整備士の言葉。

それを問い詰めるオメガに、整備士は躊躇いがちに言葉を続けた。

 

「首都防衛隊から送られた機体があります。なんでも他国から輸入した機体で妙な形をしていて、首都防衛隊が使うのを嫌がったらしい曰く付きの機体です」

 

「他国…?それはもしや、ロデニウス連邦の事か?」

 

「確か、そんな名前だったと思います」

 

ロデニウス連邦から輸入された妙な形の機体…オメガはその機体に心当たりがあった。

 

「動かせるか?」

 

「液体魔石と弾薬を積めば出撃出来ますが…無理ですよ!慣熟訓練もしていない機体に乗るのは危険過ぎます!」

 

オメガの目論見に気付いた整備士が彼を引き止める。

確かに整備士の言葉は納得出来る事だ。

何せ天の浮舟…航空機は最新鋭技術の塊。機種が違えば操作系統や特有のクセはガラリと変わってしまい、慣れないまま操縦するのは自殺行為に等しい。

だが、オメガは何処か自信ありげである。

 

「大丈夫だ。その機体が私の頭に浮かんでいる物なら…何度も操縦した事がある」

 

 

──同日、神聖ミリシアル帝国第零式魔導艦隊旗艦『コールブランド』──

 

「レーダーに反応有り!この反応…っ!機械動力タイプです!」

 

「機械動力…グラ・バルカス帝国の航空戦力か。数は?」

 

「機械動力タイプなので反応が小さく、特定は困難ですが…なっ…!?200!?少なくとも200の反応があります!」

 

「何だと!?」

 

レーダー手の報告に、思わず腰を抜かしそうになるクロムウェル。

 

「確か…離島防衛隊基地からはジグラント2が22機出現したそうだな。彼我の戦力差は凡そ1対10…不味いな…」

 

そんなクロムウェルの隣で、バッティスタが腕を組んで苦い表情を浮かべる。

確かにミリシアルの航空機…天の浮舟はこの世界においては正しく世界最強の航空戦力と言える。

しかし、如何に最強とは言えど流石に10倍近い戦力差は如何ともし難い。

 

「40から50程が突出しています!おそらくは制空型であると予測されます!」

 

レーダー手が目の前の画面に映し出されたいくつもの光点を目で追いながら報告する。

確かに彼の言う通り、無数の微かな光点の群れの内から40個程の光点が先行しているのが見て取れる。

 

「こちらの航空戦力に対抗する為か…教科書通りの戦法だな。という事は、後衛は爆撃隊か」

 

「いや、艦長。ただの爆撃機ではないだろう。おそらくは魚雷を抱えた爆撃機…ロデニウス風に言えば"雷撃機"の可能性がある。雷撃機は通常の爆撃機よりも低空を飛ぶ傾向があり、重量のある魚雷を搭載している事から運動性能が低い」

 

敵航空隊の内訳を予想するクロムウェルにバッティスタが指摘する。

 

「という事は…君、敵航空隊の後衛の高度は?」

 

「はい、今解析を…出ました。凡そ100程度が高度を低く取っています!」

 

バッティスタの指摘を受けたクロムウェルがレーダー手に指示をすると、レーダー手はレーダーを操作して敵航空隊の高度を算出した。

 

「となると…残りの60程が爆撃機か…では、航空隊には高度を取っている敵制空機と爆撃機に集中するように伝えてくれ。低空を飛ぶ雷撃機は対空魔光砲で対処せねばなるまい。…天の浮舟は低空での戦闘が苦手だからな」

 

苦虫を噛み潰したような表情で通信士にそう伝えるバッティスタ。

彼の言う通り実は天の浮舟は低空での戦闘が推奨されていない。高度2000m以上であればさほど問題は無いが、高度1000m切った状態で魔光砲を発射すると発射ガスや粉末魔石の燃えカスが空気取入口に吸い込まれる事によってエンジン出力が低下、最悪エンジンが停止してそのまま出力を上げたり再起動する間もなく墜落するという事例が多々発生した為だ。

それ故、低空の敵航空戦力は対空魔光砲で対処するというのがミリシアル軍の鉄則となっていた。

しかし、相手は一撃必殺とも言える兵器を搭載した航空機…如何に低空飛行中で運動性能が低かろうと、相手は三次元的な機動が可能だ。

ワイバーン相手ならともかく、近代的な航空機を平面的な動きしか出来ない艦船が撃破するというのは厳しいものがある。

故に、航空機に対抗するには航空機を充てる必要があるが、天の浮舟の特性上それは難しい。

 

「全艦に通達。敵飛行機械の内、低空を飛行する物には特に集中して迎撃せよ。当該機の動きには注視し、何かを投下した場合は海面に注視し航跡を発見次第、回避を優先して行え」

 

「了解!…ん?」

 

バッティスタの指示を艦隊に伝えようとした通信士だが、その直前に別の通信が入った。

 

「航空隊、敵編隊を確認!迎撃行動に移るとの事!」

 

「始まったか!」

 

通信士の言葉に反応したクロムウェルが艦橋の窓から空を見上げる。

いくつかの雲が浮かぶ青空…そこに引かれる幾本もの飛行機雲が相対していた。

 

「…明日は雨だな」

 

同じく空を見上げたバッティスタは、"飛行機雲が出た日の翌日は雨が降る"という言い伝えを思い出しつつ、ミリシアル初の近代的空戦を前にして嫌な予感を覚えずにはいられなかった。




月末はユニオンイベントだそうで…
大陸版4周年ですし、満を持してアイオワ級やミッドウェー級が欲しい所ですね


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186.マグドラ群島沖海戦【6】

どうも、展開をどうするか迷ってたら投稿が遅れました
まあ、結局はあんまり長々と続けるとグダる事が目に見えているので、駆け足気味に詰め込む事になりました


あと遅くなりましたがユニオンイベント、皆さんはどうでした?
私はやっぱりニュージャージー実装が驚きでしたねぇ…ミズーリが来るかと思ってましたが…

でもこれで漸くアズレンにもアイオワ級が来たと言う事は、もしかして日本版4周年はもしや武蔵が…?
ニュージャージーがあの性能なら、大和型は弾幕お化け間違いなしですね!


──中央暦1642年4月23日、神聖ミリシアル帝国第零式魔導艦隊旗艦『コールブランド』──

 

「馬鹿な…」

 

双眼鏡を覗き、上空で繰り広げられる戦闘機同士の戦いを注視していたクロムウェルが驚愕の言葉を漏らす。

そして、それは他の者も同じだった。

 

「れ、レーダーから魔力反応が…」

「ヒポグリフ4、応答を…ヒポグリフ4!応答して下さい!」

「後ろだ!後ろに…あぁっ!」

 

レーダー手は次々と消えてゆく魔力反応を前に戸惑い、通信士は雑音を発する魔信に向かって必死に呼びかけ、見張員は双眼鏡を覗き込みながら届く筈もない警告を叫んでいる。

 

「不味い…まさかとは思ったが、グラ・バルカス帝国の飛行機械は我々の天の浮舟よりも優れているのか!?」

 

次々と飛び込んでくる報告に、バッティスタが後悔混じりに驚愕する。

そもそもミリシアルで採用されている戦闘用天の浮舟…つまり、エルペシオ3やジグラント2は運動性能が悪い。

それでもワイバーンを遥かに上回る速度や射程距離で勝る魔光砲を以て圧倒的優位を誇っていたのだが、グラ・バルカス帝国が誇る戦闘機『アンタレス』に対しては余りにも分が悪かった。

訓練通り一撃離脱戦法を取っていたジグラント2部隊は、アンタレスの軽快な動きに翻弄され、背後から銃撃されて呆気なく撃墜されてしまう。

 

「報告!ジグラント2…全機…レーダーから消えました…」

 

時間にして10分か20分か経った時、レーダー手が青ざめた顔で震える唇を必死に動かして報告した。

 

「ま…まさか…全滅したのか!?ジグラント2が!我が国の…航空戦力の一角を担うジグラント2が!?」

 

すっかり冷静さを失ってしまったクロムウェルが目を見開きながら、崩れ落ちそうな体を必死に支える。

彼が取り乱すのも無理は無い。

何せジグラント2が22機もあればそこらの文明国…いや、下位列強国の空を掌握する事なぞ容易い。

そんな戦力が1時間足らずの間に1機残らず全滅してしまうというのは、有り得ない事だ。

 

「艦長、腰を抜かしている暇は無いぞ!敵は制空権を確保した。次は爆弾か魚雷を抱えた飛行機械が来る!対空攻撃を!」

 

「…っ!は、はい!敵機が来るぞ!対空射撃用意!」

 

冷や汗をかきながらも、一足先に冷静さを取り戻したバッティスタが呆けているクロムウェルを一喝して命令を下す。

それに対しクロムウェルはブルブルと頭を左右に振り、気持ちを切り替えるとバッティスタの命令を復唱した。

 

「敵機、来ます!」

「対空魔光砲、射撃準備!」

「副砲も最大仰角!とにかく弾幕を張れ!」

 

クロムウェルの命令を聞いた乗組員達が慌ただしく各所に指示を出し、対空攻撃の準備を進める。

 

──ダダダーンッ!ダダダーンッ!

 

艦隊の外縁部に配置された『ファルシオン級魔導艦』が魔光砲の射撃を開始した。

色とりどりの光の線が空を裂くように伸び、飛来する敵機…グラ・バルカス帝国の艦上爆撃機『シリウス』と、艦上雷撃機『リゲル』からなる攻撃隊に向かってゆく。

 

「こちらにも来るぞ!対空射撃開始!」

 

大規模な空襲を想定していないミリシアル艦船の対空射撃は、シリウスとリゲルにとっては大した驚異にはならないようだ。

ファルシオン級の散発的な射撃を悠々とやり過ごした攻撃隊は、あっという間にミリシアル艦隊中枢に肉薄するとシリウスは急降下へ、リゲルは隊列を整えてそれぞれ攻撃体制に移行した。

 

「敵機、急降下!」

 

「対爆魔法障壁展開!回避も同時に行う!面舵いっぱい!」

 

見張員の叫びに、クロムウェルがすぐさま命令を飛ばす。

それを受けた魔力制御手が魔法障壁を展開させる諸元をコンソールに打ち込み、操舵手が操舵輪を右へ回した。

 

「…くっ、直撃するぞ!総員、衝撃に備えろ!」

 

空を睨んでいたバッティスタが、シリウスから黒い塊が放り出されたのを確認するやいなや回避は不可能と判断して乗組員に警告する。

 

──ヒュゥゥゥ…ドンッ!

 

シリウスから投下された250kg徹甲爆弾は不快な風切り音を響かせ、コールブランドの1番主砲塔に直撃した。

 

──ドゴォォォォンッ!!

 

「うぉぉぉぉぉっ!?」

 

直撃した爆弾はそのまま砲塔の上面を貫通し内部で炸裂、砲塔内部に用意されていた発射薬や砲弾が誘爆して砲身から炎が噴き出した。

 

「1番主砲塔、応答を!……ダメです、応答ありません!」

「弾薬庫、どうした…は?も、もう一度…っ!弾薬庫で火災発生!」

「消火を急げ!注水を早く!」

 

最悪な事に、どうやら砲塔内部の炎が揚弾機を伝って弾薬庫まで届いてしまったようだ。

しかし、コールブランドの不運はこれで終わらない。

 

──ドドドドッ!ドドドドッ!ドドドドッ!ボンッ!

 

隊列を組んで低空飛行する敵機、リゲル雷撃機が直ぐそこまで迫っていた。

魔光砲の射手の腕が良かったのか、はたまた偶然から分からないが1機のリゲルがカラフルな火線に絡め取られて海面に叩き付けられたが…

 

「……クソッタレ」

 

リゲルから投下される魚雷の姿を目にしたバッティスタは、最期の瞬間を前にして悪態をつく事しか出来ない。

 

──ゴゥゥゥゥゥン…

 

腹の底から響くような低い轟音と共に体が下方から突き上げられ、バッティスタやクロムウェルを始めとした艦橋要員の視界が真っ赤に染まる。

弾薬庫で発生した火災の消火が間に合わず、満載されていた粉末魔石や弾薬が誘爆して主砲塔が吹っ飛んで爆炎が空高く立ち昇った。

もはやコールブランドは沈みゆく運命…それにトドメを刺すように、喫水線下にリゲル雷撃機が放った4本の魚雷が命中し、コールブランドの左舷に大穴を開けた。

 

──ギィィィィ…ゴンッ…ゴガァァァァァンッ!!

 

金属が軋み、何かが破断したような音が響いた次の瞬間にはコールブランドは大爆発を起こしてあっという間に、1000名程の乗組員と共に海底へと引きずり込まれた。

 

 

後世、コールブランドは『悲劇の戦艦』と渾名され、ミリシアル海軍最大の悲劇として知られる事となった。

この反省からミリシアル海軍は艦艇の抗堪性向上や、ダメージコントロールを重視するようになり、後々のミリシアル海軍の活躍はコールブランドの犠牲無くしてはあり得なかったとされている。




マグドラ海戦は次回で終了です
その後はマグドラ海戦の結果を受けての各国の一悶着を書いた後、フォーク海峡海戦に移ります


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187.マグドラ群島沖海戦【7】

やっとマグドラ沖海戦が終わりました…
さっさと終わらせる為に駆け足気味ですが…いつまでもダラダラと続ける訳にもいかないですしね


──中央暦1642年4月23日、マグドラ群島沖上空──

 

──ブゥゥゥゥゥン…

 

普段ならばミリシアル軍の離島防衛隊が演習を行っている空域は、何十機ものプロペラ機が我が物顔で飛び回る空域となっていた。

 

「ふん…世界最強と名乗る割には大した事がねぇな。所詮は猿山の大将か…」

 

そんな空域の中でも一際高度を取って飛行するプロペラ機、グラ・バルカス帝国軍の主力戦闘機『アンタレス』のコックピットで制空部隊長であるガルバス・クベームが、雷撃機や爆撃機に追い回されているミリシアル艦艇を見下ろしながら吐き捨てた。

彼は粗暴な面があるものの、前世界『ユグド』における対ケイン神国戦においては撃墜数32機というスコアを記録しており、帝国軍内でも指折りのエースである。

しかし、彼は現状に不満を抱いていた。

前世界では上層部からしつこく後方で新兵教育を行うように通告され、転移後は即戦力が必要となった為に異動は棚上げにされたものの敵は余りにも弱いワイバーンばかり…ハッキリ言って退屈だった。

そんな時に"この世界での最強国"である神聖ミリシアル帝国に対する奇襲するという話は、自身の闘争心を満たしてくれると思ったのだが…

 

「ちっ…弱い…弱すぎるぞ!世界最強!」

 

舌打ちし、怒りを顕にしたガルバスは機体を降下させた。

彼はミリシアルに対して怒りを…世界最強と名乗るには余りにも弱い彼らに怒りを覚えているのだ。

 

「久々に血湧き肉躍る激戦を味わえると思ったのに!よくも…よくも俺の期待を裏切ってくれたな!」

 

余りにも理不尽な怒りと、燻る闘争心のままガルバスは操縦桿に取り付けられたトリガーを引いた。

 

──タタタタタタッ!

 

軽快な連続した破裂音が響き、アンタレスの機首に装備された2丁の7.7mm機銃が火を噴いた。

その照準の先に居るのは救命具や艦船の残骸にしがみつくミリシアル水兵達…彼らが浮かぶ海面に小さな水柱の列が発生し、その列は水兵達を巻き込んだ。

 

「ハッハッハーッ!見たか!弱いくせに調子に乗るからだ!」

 

機体を上昇させつつ、振り返って海面の様子を確認する。

すると、先程まで驚愕と恐怖の表情を浮かべていた水兵達はグッタリとしており、青い海が徐々に赤く染まってゆくのが見えた。

 

「おらぁっ!まだまだ終わらねぇぞ!」

 

──タタタタタタッ!

 

再び機体を降下させて機銃で漂流者を虐殺する。

本来ならばこのような行為は国際法において禁止されている筈だ。

しかし、国際法があったのは前世界の話であり、この世界には明文化された国際法は無い。

一応前世界での国際法を遵守する者も少なからず存在はするが、今の帝国軍は破竹の勢いで勝利を重ねて来た為か万能感に支配されており、捕虜虐殺や民間への暴行は余程の事が無い限りは見逃されるという有様になっていた。

言ってしまえば強い自分達は何をしても許される…そんな考えが蔓延っているのだ。

 

《隊長ぉ、俺達も混ぜて下さいよ》

 

《そうですよ〜、ミリシアルの戦闘機は歯応えがありませんでしたからね》

 

まるで射的遊びのように虐殺を楽しんでいたガルバスの元へ、上空で警戒にあたっていた部下達がやって来る。

 

「おいおい…上で見張っとけって言っただろ?」

 

《はっ、ミリシアルの戦闘機部隊は全滅したでしょう。自分達の船がやられてるのに、出て来ませんからね》

 

《大方、俺達の力にビビって基地で閉じ籠もってるんじゃないですか?この体たらくで世界最強とは…》

 

「ふっ…まあ、そうだな。あれで世界最強…まるでカカシだ。あの程度の相手…俺達なら、瞬きする間に皆殺しに出来る」

 

部下達の言葉に指を鳴らし、軽口を叩くガルバス。

確かに彼らは素行こそ悪いが、それでも正規軍に留まれる実力はある。

例えミリシアルの天の浮舟が奇襲を仕掛けても対処出来るだろう。

 

「それじゃあ…カルロ、お前はあっちの戦艦が沈んだ方を見てこい」

 

《了解しまし…っ!?バンッ!……ザーッ……》

 

「?…カルロ?」

 

部下の一人に命じて新しい的を探させようとしたが、破裂音とノイズが無線機から聴こえてきた。

無線機の故障か、或いは機体にトラブルでもあったか…それを確かめるべく、カルロという名の部下が乗るアンタレスの方へ目を向けた。

 

──ボンッ!

 

「……は?」

 

隣を飛んでいたアンタレスが爆発した。

 

──ィィィィィィ…

 

その後に聴こえてきた鋭い風音…

 

「敵か!?」

 

素早くそう判断したガルバスは、スロットルを全開にしてその場から離れるという判断を下した。

そして、その判断は正しかったようだ。

 

《なっ…何だあ…ボンッ!…ザーッ…》

 

別の部下の混乱したような叫びと共に、再び無線機から爆発音が聴こえた。

 

「何処だ!?何処に…」

 

──ゴオッ!

 

何処から撃たれたかも分からない。

そんな状況に混乱しながらも、ガルバスは素早く頭を振って敵機を探していたが、彼が乗るアンタレスの直ぐ横を轟音と共に何かが通り過ぎた。

 

「っ!アイツか!」

 

敵機の姿を見るや否や、直ぐ様追撃にかかる。

まるで胴体が2つあるような見慣れない造りの機体に一瞬面食らうが、部下を殺した相手だ。

落とし前はつけて貰わねばならない。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!

 

「は…速い!?」

 

しかし、敵機の速度はアンタレスでは追い付けない程だった。

アンタレスは最大で550km/hの速度を発揮出来るのだが、敵機はそんなアンタレスをドンドン引き離してゆく。

おそらく700km/h…或いはそれ以上かもしれない。

 

「何だ、あれは!まさか…ミリシアルの新型!?」

 

自機から遠く離れた位置で旋回し、機首を向けて迫ってくる敵機に驚愕しながらもトリガーに指を掛けるガルバス。

互いに機首を向けたまま真正面から打ち合う所謂ヘッドオンの形となる…と思いきや、敵機はある程度まで接近するとヒラッと身を翻して降下して行った。

 

「はっ!ビビったか…臆病も…ん?」

 

攻撃もせずに逃げる敵機を一瞥し、後を追おうとしたガルバスの目に何かが映った。

青い空に浮かぶ小さな黒い点…その点は少しずつだが、徐々に大きくなってるように見える。

 

「あれは…ロケット弾か?ふぅ…あんな兵器が当たる訳がないだろう」

 

グラ・バルカス帝国にもロケット弾の概念は存在する。

しかし、帝国軍内ではロケット弾は命中率が悪い非効率な兵器と認識されており、制式採用どころかマトモな試験もされていなかった。

それ故、ガルバスは己の認識に従ってロケット弾らしき物を無視するが…

 

──ボンッ!

 

「なっ…!?」

 

機体をバンクさせて降下する最中、背中を殴られたような衝撃を感じた。

それと同時に響く爆発音と、身を焼く様な熱…鼻孔を擽るガソリンの臭いの中、ガルバスは目を見開いて言葉を紡いだ。

 

「あ…当たった…?馬鹿な…あの距離で当たる筈が…まさか…まさか誘ど…」

 

──ボンッ!!

 

とある一つのあり得ない可能性に行き着いたガルバスであったが、ガソリンの誘爆により彼の人生は閉ざされた。

 

 

──同日、同空域──

 

「…クソッ」

 

轟音響くコックピットの中、一人の男が血が滲む程に唇を噛みながら悪態をついた。

彼はミリシアル離島防衛航空部隊長のオメガ・アルパ。

今まで愛用していた『ジグラント2』が不調となったため出撃が遅れていた彼だったが、新たな翼を手にして戦場に馳せ参じていた。

 

「私は…間に合わなった…」

 

俯いて拳を握り締めながら慟哭するオメガ。

戦場でそんな事をしていても良いのか?と思われるだろうが、敵機は既に撤退しつつある。

敵機の動きはオメガの活躍により制空部隊が壊滅したが故なのか、はたまた第零式魔導艦隊が壊滅して目標が無くなったからなのか…ともかくオメガは大戦果を挙げたが、艦隊は壊滅してしまっていた。

 

「もっと早く…このジグラント3で出ていれば…っ…」

 

眼尻に涙を浮べながら後悔を口にする。

そう、彼が搭乗しているのは新型天の浮舟である『ジグラント3』…アズールレーンから購入した『シーヴェノム』をミリシアル向けに改良したものだった。

機首に3基装備した25mm航空魔光砲に、アズールレーンと共同で開発した誘導兵器『メリッソス』を12発も搭載するミリシアル最強の航空戦力だったのだが…残念ながらその力を振るうには遅すぎた。

 

「すまん…皆…すまんっ…!仇は…必ず…」

 

涙を拭ってグラ・バルカス艦隊が居るであろう方向を睨みつけるオメガの目には、烈火のような怒りが燃え盛っていた。




そうそう、私のTwitterフォローしてる方ならご存知かもしれませんが例のマウスパッドが届きました
お陰でR-18版の筆が進んでこちらが進むか心配になってきました…
まあ、読んで下さる方がいらっしゃる以上は頑張って書き続けないといけませんね


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188.疑惑

毎日暑いですねー
暑くて頭が働きませんよ…仕事柄クーラーを効かせるのも難しいです…

あ、そういえば22日には生放送がありますね!
どうやら駿河イベントの復刻らしいですが…いよいよ島風が実装か!?
それと重大発表…何が始まるんです?


──中央暦1642年4月24日午前9時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス──

 

グラ・バルカス帝国による全世界へ向けた宣戦布告という衝撃的な出来事により幕開けした『先進11ヶ国会議』だったが、その他の事は大した問題も無く進行された。

各国の近隣諸国の動向や懸念事項、魔帝復活の予兆の調査について等々…毎回お決まりの議題についてが殆どを占めていたが、今回はいつもと一味違う議題も挙がっていた。

 

「ふふっ…んふふふ…」

 

「大臣、その笑い方…気持ち悪いですよ?」

 

議場となっている『帝国文化会館』の大ホールへと伸びる廊下で、初老の男性が若い男性によって注意を受けていた。

 

「いや、しかしだなヤゴウ君。我々が…この前まで東の果ての文明圏外国だった我々が列強国となったのだぞ?これを喜ばずに、何を喜べというのだ」

 

「それは結構ですが、もう少し喜び方があるでしょうに…"ロデニウス連邦のリンスイ外務大臣がニヤニヤと気味悪い笑顔をしてた"とか陰口叩かれたらどうするんですか…」

 

そんなやり取りをしているのは、ロデニウス連邦外務大臣のリンスイとお供のヤゴウである。

そう、今回の会議で新たに挙がった議題…それは、ロデニウス連邦を新たな列強国として承認するか否かであった。

だが、それは満場一致で承認される事となった。

余りにもあっさりと決まったため拍子抜けしてしまったが、考えてみれば長きにわたって第三文明圏の覇者として君臨してきたパーパルディア皇国を下し、ムーが認めるほどの軍事力を持っているという事を鑑みれば当然であると言えるだろう。

しかも会議中は終始"自分達は新参者"と弁えた発言をし、魔帝対策にも特別予算を組むと表明する等、一方的に宣戦布告をするどこぞの無礼な新興国とは比べ物にならない程に謙虚な姿勢も影響しているのかもしれない。

 

「しかも自由フィシャヌス帝国を列強に留任させるという我々の提言も受け入れられた…グラ・バルカス帝国の件を除けば、正に順風満帆だ」

 

「まあ、その件に関しては我が国の意向が尊重されたとは言い難いのですがね」

 

彼らの言う通り、パーパルディア皇国の後継国である自由フィシャヌス帝国も此度の会議で列強留任が認められた。

確かに第三文明圏の安定を求めるロデニウス連邦の提言がきっかけではあるが、フィルアデス大陸で市場開拓を行いたいムーと、自由フィシャヌス帝国領内に点在する魔帝の遺跡を解析したい神聖ミリシアル帝国の意向が尊重されたというのが真実だ。

だがともかくとしてロデニウス連邦は第四列強、自由フィシャヌス帝国は第五列強として世界に受け入れられる事となった。

 

「第四文明圏も広く認識された事だし、これからは世界に名だたる大国として相応しい気品を…おや?」

 

「…?大臣、どうかされましたか?」

 

自国の輝かしい未来を想像していたリンスイであったが、大ホールの前で脚を止めた。

 

「あれは確か…」

 

リンスイの視線を辿ると、幾人かの草臥れた男達が目に映った。

簡素な衣服に、革紐を編んで作ったらしきサンダルを履いた男は如何にも文明圏外から来たと言わんばかりの雰囲気を纏っている。

それだけなら普通の文明圏外人だが、普通の人間とは明らかに違う特徴が見て取れる。

 

「アニュンリール皇国の代表団ですね。あの白と黒の翼…間違いありません」

 

確信を持った口調でヤゴウが告げる。

彼の言う通りアニュンリール皇国代表団の背中には片方が黒、もう片方が白い翼が生えていた。

南方世界にしか住まない『有翼人』と呼ばれる種族だ。

 

「ふむ…ヤゴウ、すまないが先に席に向かっておいてくれ。政府から彼らと話をするように言われている」

 

「分かりました。出来るだけ手短に済ませて下さいね」

 

顎髭をジョリジョリと撫で、何時に無く真剣な表情を浮かべたリンスイの様子に何か察したヤゴウは、軽く会釈すると一足先に大ホールへと向かった。

 

「さて…」

 

ヤゴウを見送ったリンスイはネクタイを整えると、大ホール前のエントランスで屯しているアニュンリール皇国代表団の元へ歩を進める。

 

「初めまして、アニュンリール皇国の方ですね」

 

「あぁ、そうだ。何か?」

 

営業スマイルで話掛けたリンスイに対して素っ気ない態度のアニュンリール側。

しかし、リンスイは気にした様子も無く言葉を続けた。

 

「私はロデニウス連邦外務大臣のリンスイと申します。我が国は南方世界にて多大な影響力を持つと評判の貴国と是非国交を結び、交易をしたいと考えているのです。今回はそのご挨拶…のようなものです」

 

「そうですか。ご存知かもしれませんが、我が国は国交窓口を北の島『ブシュカパ・ラタン』に限定しております。正式な国交開設はそちらでお願いします。また、南方世界の我が国の配下となっている国々との交易もブシュカパ・ラタンを通してのみ許可しておりますので予めご了承下さい」

 

アニュンリール側の対応を見ていると"塩対応"や"けんもほろろ"という言葉が浮かんでくるが、AIを活用した交渉訓練を積んできたリンスイは、彼らの感情が無いように見える瞳の奥で渦巻くモノに勘付いた。

それは此方を見下すような傲慢さ…慇懃無礼という言葉がよく似合う。

しかし、リンスイはそれをおくびにも出さずに営業スマイルを浮かべていた。

 

「承知しました。ところで…貴国はどの国に対してもブシュカパ・ラタンでしか交流しないのですか?」

 

「はい。我が国は法によって他国の者を本土に立ち入らせる事を許可していませんし、これには例外もありません」

 

「なるほど…では、ブシュカパ・ラタン以外には外国籍の者も、船も無いと?」

 

「そうなります。何故、そのような事を聞くのですか?」

 

応対している男は素っ気ないままだが、リンスイからして見れば明らかに苛ついている。

もう潮時だろう…これ以上の質問をすれば、彼らは無理やり話を切り上げてしまう。だが、あと1つぐらいは質問出来るだろうし、リンスイにとってはその1つだけで十分だ。

 

「いえ…皆様はこちらに帆船でいらっしゃったのに、"本国ではミリシアル海軍のような船を使っていらっしゃるな"と思いまして…」

 

「っ!?」

 

ビンゴだ。

リンスイが告げた疑問により、アニュンリール側は目を見開いて動揺している。

おそらく彼らは自分達の本性を隠しているのだろう。

自分達が辺境の蛮族だと思われようとも、それでも本来の力を見せたくない…間違いなく碌でもない事を考えているのだろう。

 

──《まもなく、先進11ヶ国会議実務者協議を開催致します。皆様、ご着席をお願いします》

 

タイミングよくアナウンスが流れた。

 

「時間ですね。では、後日改めてご挨拶に伺いますので…」

 

目の色が変わったアニュンリール代表団に会釈し、余裕を感じる足取りで大ホールへと向かうリンスイ。

アニュンリール側の面々はそんなリンスイの背を睨みつけながら、ポツリと呟いた。

 

「ロデニウス連邦…何を知っている…?」

 

アニュンリール皇国は世間一般では南方世界を手中に収めてはいるが、文明レベルが低い蛮族だと思われている。

だが、実はそうではない。

彼らは古の魔法帝国の住民である『光翼人』の末裔であり、魔帝復活の為に暗躍している、謂わば潜在的な世界の敵なのだ。

以前、トーパ王国に出現した魔王ノスグーラを復活させたのも彼らの仕業であり、本国にはミリシアルでも解析し切れない魔帝の兵器が完全な状態で実戦配備されている。

そんな力を持つ彼らだが、目的はあくまでも魔帝復活。下手に目立って阻止されては適わないという事で本来の力を隠していたのだが…突然現れた新興国によってあっさりとバレてしまった。

何故バレたか…実を言うとそれにはロデニウス連邦の気象局が深く関わっている。

より高精度の気象予報を行う為に新型の気象観測衛星を打ち上げる事となった気象局だが、その折にミリシアルの魔帝対策省が衛星にとある機材を搭載して欲しいと要請してきた。

その機材というのが『広域魔力探知機』であり、それは宇宙空間から地上の魔力反応を検出するという物だ。

そして、それを搭載した衛星は無事に打ち上げられて運用開始となったが、南方世界の各地で妙な魔力反応が検知され、それをミリシアルに送って解析したところ何とミリシアル海軍の軍艦から発せられる魔力反応に酷似しているという事だった。

そこからロデニウス連邦とミリシアルは協同で調査を開始し、その結果どうやらアニュンリール皇国が怪しいという事になったのだ。

そんな事もつゆ知らず、アニュンリール皇国は情報漏洩対策に多額のコストを費やす羽目になったのは、また別の話である。




本作では初出演(多分)なア皇の皆さんでした


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189.欺瞞作戦

もー、毎日毎日暑くて堪りませんね!
驚きのスピードで麦茶と塩タブレットが消えてゆきますよ…
皆さんも熱中症には気をつけて下さいね


──中央暦1642年4月24日午前10時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス──

 

参加国の代表団が指定された席に着き、いよいよ本日の会議が始まるという頃、開会を宣言する為に議長が登壇した。

 

「皆様、本日は実務者協議の予定でしたが急遽予定を変更させて頂きます」

 

司会者の発言に場がざわめく。

 

「昨日、我が国の西にあるマグドラ群島がグラ・バルカス帝国所属と見られる艦隊によって奇襲攻撃を受け、"地方隊"が被害を受けました」

 

ざわめきは一層大きなものとなり、会場全体が動揺の渦に飲み込まれているのが良く分かる。

そんな中、議長はあくまでも冷静に言葉を続けた。

 

「テロ対策としてこのカルトアルパスには魔導巡洋艦8隻が警備に就いておりますし、周辺の空軍基地に所属する天の浮舟部隊が上空を警戒するので問題はありません。しかし、グラ・バルカス帝国がこの地にも奇襲を仕掛ける可能性がある以上、我が国はホスト国として皆様の安全を確約する必要があります。ですので、本日の夕方までに護衛艦隊と代表団の皆様は東海岸の都市『カン・ブリッド』への移動をお願い致します」

 

各国代表団にはそう説明しているが、実際は異なる。

各国へはあくまでも"地方隊が被害を受けた為、万が一を考えて場所を移そう"と説明しているが、実際は"第零式魔導艦隊が全滅させた相手が来るかもしれないから即効逃げろ"である。

ホスト国として虚偽の情報を伝えるのは如何なものかと思われるだろうが、"世界最強"という看板を背負っているミリシアルとしてはそれ相応のメンツを保たねば国家戦略に関わってくるのだ。

しかし、何も伝えずに各国の護衛艦隊や代表団が被害を受ければ、それこそ面目丸潰れである。

そういった事情から、ミリシアルはこのような説明を行い、各国に避難するように求めたのだ。

 

「何を言うか」

 

各国代表団がどうするかを内輪で話し合っていると、大柄な人影が立ち上がりながら怒りを含んだ低い声で発言した。

エモール王国代表のモーリアウルだ。

 

「あの無礼な新参者が攻撃して来たから尻尾を巻いて逃げる…だと?我々は世界に名だたる強国であるのだぞ。堂々としていればよい。それに、この場には各国の最新鋭の艦船を含んだ精鋭の護衛艦隊が居るではないか。連中が襲ってきたとしても、皆で返り討ちにすればよい。我が国は陸路で来ているため艦隊は無いが、控えの風竜騎士22騎を投入しても構わぬ」

 

「おぉ…」

 

エモール王国の風竜と言えばこの世界屈指の航空戦力だ。

500km/hにも及ぶ速度と、不可視の圧縮空気弾による攻撃、更には視覚に依らぬ特殊な探知能力を持つ事からその戦闘力はミリシアルの天の浮舟にも匹敵するとまで謳われている。

そんな風竜騎士団がミリシアル空軍と戦列を並べると表明しているのだ。この時点でカルトアルパスの空は何人たりとも犯せぬ聖域になったも同然だ。

 

「わ、我が国も無礼なグラ・バルカス帝国を罰する為ならば、喜んで手を貸しますぞ!風竜騎士団に比べれば微力でありましょうが、最新鋭の戦列艦7隻。この戦力があれば奇襲でもされない限りは負けますまい!」

 

中央世界に属するトルキア王国もエモール王国に賛同する。

尤も、トルキア王国はエモール王国と同盟を組んでいる為、同国のこうした行動は当然の事だろう。

 

「我が国としてもエモール王国、トルキア王国、両国の考えに賛成です。我が国が属する第二文明圏ではグラ・バルカス帝国が我が物顔で暴れ回っております。調子に乗っている連中は痛い目を見ねば増長したままでしょう…我が国の艦隊もグラ・バルカス帝国懲罰の為に参戦致しましょう」

 

第二文明圏国の一つであるマギカライヒ共同体も参戦を表明した。

それに続いて同じく第二文明圏国であるニグラート連合もそれに続く。

 

「我々も、もちろん参戦致します。連中は以前より上から目線で我々に対して不平等条約を押し付けようとしているのです!連中の鼻っ柱をへし折る為なら、喜んで艦隊を出しますよ!ところで…自由フィシャヌス帝国と、ロデニウス連邦は如何されるおつもりで?」

 

期待感に…正確には列強国であるパーパルディア皇国を下したロデニウス連邦に対する期待感を抱いた視線を向けるニグラート連合の代表。

 

「皆様もご存知の通り、我が国は前身であるパーパルディア皇国とロデニウス連邦・アズールレーンとの戦争により多くの戦力を失った状態です。現在はロデニウス連邦からの支援により国土防衛に必要な戦力こそ確保出来ていますが、積極的に他国と矛を交える余力はありません。故に、ホスト国であるミリシアルの指示に従い、我々はカン・ブリッドへ移動しようと思います」

 

挙手しながら発言したのは、自由フィシャヌス帝国代表として参加していたエルトであった。

ホスト国の要請に従うという姿勢は一般的には正しい行動であろう。

しかし、この場においてはそうではなかった。

 

「ふん…敗北を知って牙を抜かれたか。まあ、良い。少なくとも私は貴国に期待していない。問題は…ロデニウス連邦、貴国は如何する?」

 

エルトに対して失望したような目を向けたモーリアウルは、続いてロデニウス連邦代表であるリンスイに目を向けた。

 

「此度派遣された護衛艦隊は我が国の海軍ではなく、第四文明圏防衛軍アズールレーンが務めております。我々が要請しても艦隊司令の戦略・戦術判断により、参戦を見送る可能性がありますが…」

 

「その必要はありませんよ」

 

国際社会からの目と自国の世論の事を考え、慎重に言葉を選びつつ発言していたリンスイの言葉を遮るように、別の男の声が議場に響いた。

代表団達が一斉にその声の方向を向く。

そこに居たのは、紺色のカッチリとした軍服を着用した大柄な人族の男性であった。

 

「皆様はミリシアルの指示に従い、即効カン・ブリッドへ移動すべきです」

 

「な…何ですか、貴方は?」

 

軍人らしき男の言葉に対して戸惑ったような言葉を放つニグラート連合の代表。

それに対し男は軽く頷くと、ロデニウス連邦代表団の席の傍らに控えた。

 

「申し遅れました。私はロデニウス連邦国防軍上級大将にして、第四文明圏防衛軍アズールレーンの総指揮官を務めております、クリストファー・フレッツァと申します。以後、お見知りおきを」

 

そう名乗った男…指揮官に人々の視線が再度集まる。

 

「あれがパーパルディアを滅ぼした組織の…」

「若い…まだ30にも届いてないんじゃないか?」

「あんな艦隊を引き連れているのに、何と弱腰なんだ」

 

次々に指揮官に対しての印象を小さく口にする各国代表団。

 

──ダンッ!

 

ざわめく議場の中でも一際大きく響いた音…それはモーリアウルが机に掌を叩き付けた音であった。

人々は間違いなく、モーリアウルが怒っていると思った。

グラ・バルカス帝国の代表からは亜人と罵られ、そんな連中を罰してやろうという雰囲気になりつつあったのにポッと出の若造から逃げるべきだと忠告された…もはや彼の苛つきは頂点に達していてもおかしくは無い。

そう思ったからこそ、人々は今から落ちるであろう雷に備えて体を縮こまらせたのだが…

 

「何をしている!さっさとカン・ブリッドへ向かうぞ!」

 

「「「「え…?えぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」

 

ミリシアルの要請を受け入れなかったというのに、若造の言う事をあっさりと受け入れたモーリアウルに参加者全員が驚愕の言葉と共にズッコケた。

 

「いやいや!今、皆でグラ・バルカス帝国を罰するという雰囲気でしたよね!?」

「というか、モーリアウル殿が言いだしっぺでしょう!?」

「お労しや…モーリアウル様…」

 

「えぇい、クドいぞ!グズグズするな!」

 

対グラ・バルカス帝国戦への参戦を表明していた国々の代表団がモーリアウルに詰め寄るが、彼はそれを封殺するように荷物を纏め始めた。

無論、モーリアウルとて自分と同族を侮辱した連中をギャフンと言わせたい気持ちはあるが…

 

「……」

 

「…?」

 

無言でチラチラと指揮官に視線を送る。

それに対して指揮官は頭に疑問符を浮かべる事しか出来ない。

何故モーリアウルがそのような行動をしているのか?それは外交官失格な個人的事情から来るものだが、それは彼の名誉の為に伏すべきであろう。

 

「ふむ…フレッツァ殿。何故、これだけの戦力がありながら退避を推奨するのか…理由をお聞かせ頂けますかな?」

 

混沌とした様相を呈してきた議場の中で、冷静さを保っていたムー代表オーディグスが問いかける。

その問いに指揮官は頷きながら答えた。

 

「はい、実は私がグラ・バルカス帝国艦隊が襲撃してくる可能性があるという情報を手にしたのはつい先程…ミリシアルの軍関係者から伝えられたのです。その際、その方は"とある作戦"に協力して欲しいと…」

 

「"とある作戦"?」

 

首を傾げるオーディグス。

そんな彼に指揮官が歩み寄る。

 

「はい。その作戦の肝は適材適所…つまり、グラ・バルカス帝国艦隊の襲撃を万全な状態で迎え撃つ為に、各国の艦隊の利点を活かした布陣を敷くのです」

 

そう言うと指揮官は、手帳を取り出してページを一枚破って机に置いた。

 

「先ず、護衛艦隊の中で最も数が多い戦列艦は多数の大砲を一斉射する為に戦列を整える必要があります」

 

破ったページに緩やかな弧を描き、それに戦列艦隊と書き加えた。

 

「対して我々やムー、ミリシアルが保有する艦船は回転砲塔を搭載している為、戦列を組まずともある程度の火力を発揮する事が出来ます。簡単に言えば、その場で堂々と構えて敵を圧倒する要塞が戦列艦隊、獲物を追い立てて弱らせる猟犬が回転砲塔艦です」

 

続いて描いた緩やかな弧の内側に真っ直ぐな線を引いて、回転砲塔艦と書き込んだ。

 

「なるほど…つまり、戦列艦が待ち構え、そこへ我々や貴殿らの艦隊が敵艦隊を追い込むと…?」

 

「理解が早くて助かります。それにしてもこの作戦を考えたミリシアルの方は素晴らしい。我々の艦隊に追い立てられた先に多数の砲門を備えた戦列艦があったら、連中は腰を抜かしてしまうでしょう。あ…もしや、この作戦がグラ・バルカス側に漏れないような処置を取っていたり…しましたか?」

 

心底感心したような言葉の後に、ハッとしたような表情を浮かべて議長に目を向ける指揮官。

それに対し議長は、数秒程思考した後に何度も小さく頷いた。

 

「あ…あぁ、フレッツァ殿。それは構いませぬ。上からは各国が交戦の意思を示した際には、その作戦を伝えよと指示されていましたから。ははは…」

 

ぎこちなく笑みを浮かべる議長だが、その表情はどことなくホッとしているようだ

そう、これは各国護衛艦隊を退避させる為に指揮官が考えた方便だ。

確かにミリシアルの軍関係者からグラ・バルカス帝国艦隊の情報は伝えられており、ムーのラ・ツマサが経験した並行世界の情報と照らし合わせ、かの国が襲撃してくるというのは間違いないと判断した。

しかし、そうなると問題なのが各国護衛艦隊だ。

確かにこの世界においては間違いなく屈指の戦力が揃ってはいるが、如何せん技術レベルや戦術ドクトリンが違い過ぎて協調する事は不可能と言っても良い。

それならばいっそあらゆる面で劣る戦列艦を離脱させ、比較的似通った性能の艦船で統一した方が合理的である。

しかもそういった戦列艦の被害を無くせばグラ・バルカス帝国の、「各国の精鋭を完膚無きまでに撃滅する事で、各国と会議ホスト国であり世界最強国であるミリシアルのメンツを潰す」という目論見を外す事も出来るのだ。

 

「な…なるほど…」

「確かに後ろからミリシアルの艦隊に追い回され、その先に我々の艦隊が待ち伏せをすれば…」

「連中、馬鹿な事をしたと後悔するでしょうね」

 

「うむ、やはりフレッツァ殿とミリシアルの言葉に従うべきだろう。我々は堂々と待ち受け、あの無礼な野蛮人に目に物見せてやろうではないか!」

 

各国代表団は指揮官によってでっち上げられた"作戦"に乗り気らしい。

特にモーリアウルは満足気に何度も頷いていた。

 

「よし…では、皆様。そうと決まれば一刻も早くカン・ブリッドへ向かい、どの艦隊がどの海域を担当するかを話し合うべきではありませんか?」

 

そんな指揮官の言葉を聞いた各国代表団は直ぐ様荷物をまとめ、自国の艦隊へと連絡を入れたのであった。




本当にそれでいいのか、モーリアウル


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190.死せる先帝生ける臣民を走らす

今回の生放送も大ボリュームでしたね!
まかさ重大発表がアイマスコラボとは…某72さんはあの爆乳ワールドで生き残れるのか!?
まあ、私はあまりアイマス詳しくないのですがね

私的にはやっぱり計画艦四期が楽しみですね
今回も魅力的な艦船ばかりですが…私は白龍から作ろうかと思います
皆様は誰から作りますか?


──中央暦1642年4月24日午後8時、神聖ミリシアル帝国南方沖──

 

日没後の墨を流したような真っ暗な海に浮かぶ黒鉄の巨体…グラ・バルカス帝国海軍最強最大の戦艦『グレードアトラスター』の艦長室では、同国の外交官であるシエリアが机を前にして頭を抱えていた。

 

「あの男…いや、まさか…だが、しかし…」

 

若くして優秀な外交官と評判な彼女がこのような状態になっている理由、それは机に置かれた一枚の写真と一冊の雑誌にあった。

 

「見れば見る程似ている…しかし、先帝陛下はご存命であればもう60を超える年齢になっておられる筈だ…」

 

その写真の被写体は、一人の男性だった。

白黒であるためはっきりとは分からないが、薄い色味の軽い癖毛に彫りの深い顔立ち、幾つもの勲章が付いた軍服の上からでも分かる程に鍛え上げられた肉体を持っている男だ。

そしてその写真の余白部分には、『グラ・ルーメン陛下御即位記念』と書かれている。

写真に写っていたのは現グラ・バルカス帝国皇帝グラ・ルークスの父であるグラ・ルーメンであった。

 

「しかし、この男…クリストファー・フレッツァはどう見ても30代かそれ以下…」

 

続いてシエリアの視線が向いたのは、一冊の雑誌…『開催!先進11ヶ国会議〜各国の注目人物!〜』と銘打たれたミリシアルで購入した雑誌の、第三文明圏外のページだった。

そこには、ロデニウス連邦大統領カナタや外務大臣リンスイの顔写真やインタビューが掲載されているが、彼女を悩ませているのはそれではない。

その二人の横にある顔写真…やや癖のある金髪に彫りの深い顔立ち、幾つもの勲章が付いた紺色の軍服を着用した筋肉質な男である。

その男の隣には、『第四文明圏(仮)防衛軍アズールレーン総指揮官、クリストファー・フレッツァ氏』と書かれていた。

そう、指揮官の事だ。

 

「むぅ…名前も違うし、年齢も違う…だが、顔立ちは瓜二つ…」

 

写真と雑誌を見比べ、眉間にシワを寄せるシエリア。

シエリアが言う通りこの二人は余りにも似過ぎている。

グラ・ルーメンの写真をカラー化したり、逆に指揮官の写真を白黒化したらそれこそ見分けがつかないだろう。

 

「い…いやいや、先帝陛下の崩御は帝王府から正式発表されたし、帝都で国葬も行われたではないか。間違いなく、先帝陛下は崩御された…」

 

揺れ動く心を落ち着けるべく、自らに言い聞かせる。

 

「だが、もしあの伝説が本当なら…」

 

しかし、彼女の心は再び揺れ動く。

 

──「先帝陛下は崩御されたのではない。ご自身の死を偽装し影から帝国を見守り、帝国へ危機が訪れた際には救いに来てくださる」

 

先帝の崩御で国中が悲しみに包まれている頃、発刊されたゴシップ誌に書かれたトンデモ話…それは偉大なる帝王を失った臣民の心に一種の希望をもたらし、当時女学生であったシエリアも学友と共にその噂話に花を咲かせたものだ。

しかもその噂が流れた頃、先帝の崩御を帝王府が正式発表し、ゴシップ誌を発刊した出版社を処罰したという事もあったため人々は「先帝陛下は自らの死を偽装するために帝王府へ指示を出した」とまたもや噂になった。

それも時が経つにつれて真剣に信じる者こそ少なくなったが、当時本気で信じていた者は心の何処かで未だに信じており、シエリアもその一人なのである。

 

「だが、現地人共にああ言った手前…」

 

だが、シエリアは『空間の占い』に基づいて伝説の魔帝なる者が復活すると発言したエモール王国を散々扱き下ろして会議を退席したくせに、都市伝説的な噂話に振り回される自分はどうなのだ?とも思い始めていた。

 

「それでも、もしも噂が本当なら…いやいや、それでも噂を信じるなんて…」

 

苦悩し続けるシエリアに構う事なく、グレードアトラスターは漆黒の海面を滑るように航行を続けた。

 

 

──同日、グレードアトラスター艦橋──

 

最低限の照明のみが灯された艦橋。

その艦長席で、艦の主であるラクスタルが書類を捲りながらコーヒーを啜っていた。

 

「艦長、お部屋には戻らないのですか?」

 

レーダー画面を見ていたレーダー手が伸びをしながら問いかける。

 

「ん?あぁ…艦長室は今、シエリア殿が使っているからな」

 

「そう言えばそうでしたね。…では、私は交代の時間ですので」

 

「うむ、ご苦労」

 

軍艦という物はスペースが限られている為、睡眠をとるスペースは何段も重なった簡易ベッドやハンモックが一般的だ。

しかし、艦の最高責任者である艦長や艦隊司令であれば個室が与えられている。

それはグレードアトラスターも例外ではなく、艦長室と艦隊司令用の長官公室があるが、広い長官公室は会議に参加した代表団に、艦長室は紅一点であるシエリアに貸し与えられている。

そんな事もあって今回の航海では士官用の相部屋を使っているラクスタルだったが、今日は嫌な胸騒ぎがして寝付けずにいた。

 

「…東征艦隊は手酷くやられたな。全く…ミレケネスめ…敵の力量を測るのも良いが、それで兵を無意味に損耗するのは頂けん」

 

交代要員を呼びに行ったレーダー手を見送り、携えた書類の束…マグドラ群島を強襲した東征艦隊所属の水上機から受け取った戦闘詳報を読み進めながらボヤくラクスタル。

戦闘詳報によれば、駆逐艦3隻と戦艦1隻が撃沈され、損傷艦も幾つがあるようだ。

無傷で勝てるとは思っていないが、想定よりも多くの損害があった事は事実である。

 

「まあ、死んで行った者の為にも得られた情報は上手く活用せねばな…何々…?海面を滑走するドラム缶状の兵器?プロキオンを轟沈せしめる威力なのか!?これは気をつけねばな…」

 

戦闘詳報を捲り、ミリシアルの新兵器に驚愕してしまう。

この世界に魚雷は無いという話だったが、どうやら魚雷の代わりとなる兵器はあるようだ。

 

「しかも、カルトアルパスで見た限りではムーと…アズールレーンだったか?連中の艦に魚雷らしき物が搭載されていたな。不味いな…フォーク海峡封鎖の際には戦艦ではなく、駆逐艦を優先して撃破しなければ返り討ちに合うぞ」

 

此度の会議参加は全世界に対する宣戦布告も目的の一つだが、最大の目的は会議に参加する各有力国の護衛艦隊を殲滅し、全世界に力を示す事で各国を帝国の軍門に下らせる事だ。

それを実現させる為に参謀本部から皇帝の署名付きで下された命令が

 

──『航空戦力により制空権を確保し、艦爆・艦攻により各国護衛艦隊とカルトアルパス市街地を攻撃。それと並行してフォーク海峡をグレードアトラスターで封鎖し、逃げようとする艦隊を撃破せよ。尚、今作戦は帝国の圧倒的軍事力を見せ付ける為にも最低限の戦力で行う事とする』

 

であった。

圧倒的軍事力を見せ付けるのに何故、最低限の戦力を用いるのか?という疑問が浮かぶが、参謀本部は"帝国の最低限の戦力でも先進国の艦隊を容易に殲滅出来る"と知らしめたいのだろう。

 

「はぁ…皇帝陛下の署名が無ければ参謀本部に抗議したが…陛下は何故にこのような作戦を承認されたのか…」

 

戦闘詳報から顔を上げ、真っ暗な窓に眼を向けながら溜息をつく。

 

「やはりグラ・ルーメン陛下を超える為か…」

 

グレードアトラスターはグラ・ルークス指導の元で建造されたという経緯がある。

グラ・ルークスはそんな自らが主導した戦艦の力を見せ付け、世界征服の足掛かりとする事で偉大な父に対して抱くコンプレックスを解消したいのかもしれない。

 

「陛下…貴方のお父上が見られたら、嘆かれますよ…」

 

ポツリと呟いたラクスタルの言葉は誰の耳に届く事もなく、夜の闇に溶けてしまった。




島風、どこ…?ここ…?


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191.固定観念

回転営業様より評価9、ryo0000様より評価7を頂きました!

あーでもない、こーでもないと言った具合に色々とこねくり回してたら遅くなりました
なんか最近上手く書けないんですよね…

あ、そう言えば白龍建造出来ました!
入手アニメはカッコいいし、面白いキャラしてるし…最高ですね!


──中央暦1642年4月25日午前11時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス『竜の酒・11番通り店』──

 

港湾労働者や、各国の商人の胃袋を支えるカルトアルパスの繁華街である11番通り。

そこについ先日オープンした酒場では、ほろ酔い気分な商人達がボックス席で話し込んでいた。

 

「おい、聞いたか?今、このカルトアルパスで先進11ヶ国会議をやっているが、その最中にグラ・バルカス帝国が全世界に宣戦布告したらしいぞ」

 

「あぁ、聞いたぞ。なんでもそのグラ・バルカス帝国って国は第二文明圏の西側にある国々を次々と侵略し、挙げ句の果てにはレイフォルまで占領したとか…」

 

「なるほど…つまり、調子に乗ってるんだろ。そうじゃなけりゃ、全世界に対して宣戦布告なんて馬鹿な真似は出来ん」

 

商人達の話題の種は色んな意味で噂になっているグラ・バルカス帝国についてだ。

 

「だがよぉ…お前達、グラ・バルカス帝国の戦艦を見たか?ありゃあ、とんでもない戦艦だ。山の様に大きく、馬鹿デカい3つの回転砲塔…下手をすると、我が国の最新鋭戦艦でも敵わねぇかもしれねぇな…」

 

甘辛いタレを塗った串焼きの鶏肉を片手に、ミリシアルの商人が悔しげに告げる。

各国の商船や軍艦を見てきた彼は、グラ・バルカス帝国の戦艦こと『グレードアトラスター』が高い技術力を以て建造された事を直感で理解していた。

 

「馬鹿言うなよ。連中がいくら強い戦艦を持っていたとしても、ミリシアルには敵わないだろ?それに、大体の国の護衛艦隊は移動したらしいが、港に残っているのは世界最強のミリシアルに第二列強ムー、それにパーパルディアをボコボコにしたアズールレーンだ。連中が如何に強かろうが、多勢に無勢だろ」

 

「だよなぁ…でも、アズールレーンとムーの戦艦合わせて3隻が海峡から出て行ったらしいぞ。巡洋艦や小型艦ならまだしも、戦艦が3隻も居なくなるのはなぁ…」

 

「あぁ…ムーの最新鋭戦艦って話のデカい戦艦と、アズールレーンの4連装砲塔の戦艦と3連装砲塔の戦艦だろ?ムーならまだしも、アズールレーンとかいう新参者があんな戦艦を作れるなんて驚きだ」

 

「その話についてなんだが…こんな噂を聞いた事がある」

 

一人の商人が声のトーンを落とし、如何にも内緒話をするような態度をとる。

 

「アズールレーン…もっと言うと、その本拠地は"異世界"からこの世界に転移してきた…って話だ」

 

「それって…ムーの神話みたいなもんか?」

 

「そうだ。しかも、ムーがあった世界から来たって話だ。それが本当なら、ムーが新興勢力であるアズールレーンや、連中が活動拠点にしているロデニウス連邦に便宜を図っているのも納得だ」

 

「はー…なるほどなぁ…それに、グラ・バルカス帝国も異世界から転移したって自称してるらしいじゃないか。もしかしたら、グラ・バルカス帝国もムーやアズールレーンがあった世界から来たのかもな」

 

「かもな。そうだとしたら、他所の世界の厄介事をこの世界に持ち込まないで欲しいもんだ。だが…」

 

げんなりした風に告げる商人だが、ジョッキに注がれた黄金色の液体…よく冷えたビールに目を向けるとニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「この美味いビールはドンドン持ち込んで欲しいもんだ」

 

「まったく、その通りだな!ハッハッハーッ!」

 

「おーい、ビールお代わり!あと、この"ヤキトリ"と"エダマメ"ってのも!」

 

商人達は迫りくる戦火なぞ知る由もなく、麦とホップの香りがするビールと異国の肴に舌鼓を打つのであった。

 

 

──同日、カルトアルパス防衛基地──

 

カルトアルパスの郊外に置かれた都市防衛隊の基地。

5本の滑走路と、台形の格納庫が建ち並ぶ飛行場では数十機にも及ぶ天の浮舟が慌ただしく出撃準備を整えていた。

そんな中、とある格納庫では何とも剣呑な雰囲気が漂っている。

 

「おいっ!何とか言ったらどうなんだ!」

 

飛行服を着た男…階級章からして隊長格であろうパイロットが、別のパイロットの胸倉を掴んで怒鳴っていた。

 

「…さっきから言っているだろう。マグドラ群島での失態は私の判断ミスだ。しかし、それでも敵の…グラ・バルカス帝国の飛行機械は我々の天の浮舟を上回る性能を持っている。貴殿らでも撃墜されるぞ」

 

胸倉を掴まれて怒鳴られているのは、マグドラ群島に置かれた離島防衛隊の飛行隊長オメガ・アルパであり、彼に怒鳴っているのは42機もの『エルペシオ3』を擁する第7制空戦闘団団長シルバー・ルーングである。

 

「そんな事を聞いているのではない!会議の最中に宣戦布告をするような野蛮人に負け、帝国の看板に泥を塗った事がどういう事か分かっているのかというのを聞いているんだ!」

 

「よく理解している。我が国が多くの国々から認められているのは魔帝の技術を解析し、それを活かした圧倒的軍事力があるからこそ…しかし、局地戦とは言えグラ・バルカス帝国に敗北した以上、それを疑問に思う国も出てくるだろう」

 

「そうだ!だと言うのに貴様はおめおめと敗北の汚名を背負い…」

 

「団長」

 

激怒するシルバーに対し、オメガは何の感情も浮かんでいない瞳で彼を見据える。

 

「私がここに来たのは基地司令の命令だと言った筈だ。司令は最期までカルトアルパスを…帝国民の安寧を案じておられた。私はあくまでも、グラ・バルカス帝国がどのような兵器を使い、どのような戦術を使うかを貴殿らに伝えるためにここに居るのだ。私を逃亡者と罵るのは勝手だが、司令や私の部下達の犠牲を踏み躙るような真似は止して頂こう」

 

離島防衛隊所属のオメガが都市防衛隊の基地に居る理由、それは離島防衛隊司令の命令だった。

新たに配備された『ジグラント3』で一騎当千の活躍を見せたオメガだったが、基地へ戻ってみると迂回したグラ・バルカス艦隊の艦載機によって爆撃されたらしく、滑走路には幾つものクレーターが出来、格納庫や司令部は倒壊し、上空からでも分かる程に多くの死体が転がっていた。

その有り様にグラ・バルカス帝国に対する怒りと、またもや戦友を守れなかった無力感を覚えたオメガだったが彼が尊敬する基地司令から息も絶え絶えに魔信で指示が入った。

 

──《そのままカルトアルパスへ向かい、敵がどれほどのものか報告せよ》

 

もちろん、持ち場を離れる事に躊躇いはあったが司令の熱意に負けてそれに従って、カルトアルパスへ向かったのだ。

しかし、都市防衛隊基地に到着すると同時に司令の死亡が伝えられた。

部下も仲間も上官も喪った今のオメガにあるのはグラ・バルカス帝国に対する復讐心…いや、それ以上に無力な自分に対する静かな怒りである。

 

「う…」

 

そんなオメガの瞳の奥底で渦巻く感情に気圧されたのか、思わず後退りしてしまうシルバー。

そんなシルバーを一瞥し、掴まれた事で皺になった胸元を整えるとオメガは格納庫で整備を受けている新たな翼…ジグラント3に向かって歩き始めた。

 

「あぁ、そうだ。此度の戦いで生き残れたのなら、ジグラント3への機種転換訓練を受けるといい。あれはエルペシオ3よりもいいぞ」

 

「ふ、ふんっ!新興国が作った飛行機械なぞ信用にならん!我が国の天の浮舟以上の性能と信頼性を持った飛行機械なぞあり得ん!」

 

オメガの忠告を嘲笑うように受け流すシルバー。

彼はミリシアルこそが世界を牽引するという思想の"ミリシアル至上主義者"であるため、新興国…しかも科学技術国であるロデニウスの兵器は信用出来ないのだろう。

 

「そうか…なら、無理強いは…」

 

──《アズールレーン艦隊より入電!南西方向より未確認機接近!距離約160km、数…に、200!?》

 

残念そうなオメガの言葉を遮るようにアナウンスが響き渡った。

 

「アズールレーンからだと?はっ…新興勢力が我が国よりも早く敵を発見するなぞありえな…」

 

──《此方のレーダーでも確認しました!魔力反応数200、距離は約130kmまで接近!航空隊は速やかに迎撃して下さい!》

 

訝しむシルバーを真正面から否定するように、アナウンスがミリシアル側のレーダーでも敵機の反応を捉えたと報告する。

 

「な…に…?馬鹿な…アズールレーンのレーダーは我が国のレーダーよりも優れているのか!?」

 

「来たか…」

 

驚愕に目を見開きながらも急いで自機に乗り込むシルバーを横目に、オメガはジグラント3をタキシングさせて滑走路へ向かった。




もうそろそろアイマスコラボですねぇ…
第2回があったら貴音さんを…


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192.航空隊、出撃!

アイマスコラボ前に計画艦建造の為に燃料を溶かす…
明石…ダイヤ頂戴…


──中央暦1642年4月25日午後1時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス──

 

「急げ!戦闘機隊は直ちに発艦準備!」

「ディープ・マリン部隊が飛び立ったら、コルセア隊を上げろ!」

「艦攻隊は待機、対空機銃は今のうちに最終確認をしておけ!」

 

カルトアルパスの港から出向したミリシアル、ムー、アズールレーンの合同艦隊は南西より迫りくる多数のグラ・バルカス帝国航空隊に対処すべく慌ただしく迎撃準備を整えていた。

そんな中でも空母3隻を保有するムー艦隊は艦載機の発艦準備に勤しんでいるようだ。

 

「大佐!」

 

「ん?…おぉ、ヤンマイ君」

 

一際大きなムー海軍最新鋭空母である『ラ・ヴォルト』の飛行甲板で発艦準備を整えているディープ・マリンの側に立つアックタ・ローメルに、コルセア隊の隊長であるヤンマイ・エーカーが声をかけた。

 

「大佐、もしかして出撃なさるおつもりで?」

 

甲板上に響くエンジン音に負けじと声を張り、アックタに問いかけるヤンマイ。

確かにアックタは飛行服を着用し、内側に毛皮を貼り付けた飛行帽を被っていた。

何処からどう見ても、今から飛び立つパイロットそのものである。

 

「うむ、そうだ。…君の言いたい事は分かる。私がこの空母の航空隊司令官である以上、前線に行くべきではないと言いたいのだろう?」

 

「…はい」

 

アックタの言葉に頷くヤンマイ。

確かに彼の言う通り、アックタは新設された艦隊の航空隊司令官に内定しており、本来なら最前線で操縦桿を握る事は好ましくない。

しかし、アックタは傍らのディープ・マリンの翼を撫でるとヤンマイに言葉を返した。

 

「確かに君は正しい。しかし、私は航空隊司令官に内定はしているが、まだ正式に就任している訳ではない。この先進11ヶ国会議が終わり、本国に帰投した時に正式に就任する事になっている…つまり、私はまだディープ・マリン隊の隊長でしかないのだよ」

 

「しかし、正式に就任していないにしても大佐は実質的に司令官として扱われているではありませんか」

 

「ヤンマイ君」

 

食い下がるヤンマイに、真剣な目を向けるアックタ。

 

「私も、もう歳だ…もうパイロットとしては古株どころか、引退すら考える時期にある。それに加え、祖国に帰れば司令官としての責務に追われ、空を飛ぶ事は出来なくなるだろう。だからこそミリシアルとアズールレーンの強者、君のような我が国の若者が見ているこの空で有終の美を飾りたいのだよ。…結局、これは私のワガママでしかない。しかし、私のパイロット人生最後のワガママだ…聞いてはくれんか?」

 

アックタは若かりし頃から…それこそムーが動力飛行を成功させた頃から航空機のテストパイロットを務めてきた古参パイロットである。

常に命令に忠実であり、部下を思い、後進の育成に心血注いできた彼の唯一のワガママ…それを出されては、ヤンマイも首を縦に振るしかなかった。

 

「…分かりました。ですが、約束して下さい。必ず…必ずや生きて帰って下さい」

 

「なに、我々ディープ・マリン隊の任務は遊撃だよ。寧ろ君たちコルセア隊の方が心配だ。敵編隊の真っ只中に突っ込むのだろう?」

 

そう冗談交じりに告げるアックタは、飛行服のポケットから小さな布の袋を取り出してヤンマイに差し出した。

 

「大佐、これは?」

 

「これは、かつてヒノマワリ王国の神官から賜った御守りだよ。旅の安全を祈願する物だそうだが…君に預けよう。この戦いが終わったら、君の手で返してくれ。私も受け取る為に帰ってくる」

 

「…はい。このヤンマイ、必ずや生きて戻ります」

 

ムー屈指のパイロットに数えられる二人は敬礼を交わすと、出撃準備を整えた愛機へ向かって歩み出した。

 

 

──同日、アズールレーン艦隊『ベアルン』──

 

「さて…では、計画通り参りましょう」

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!

 

アズールレーン艦隊の後方に位置する小型空母の艦橋で、1人の少女が分厚い本を片手に飛び立つ艦載機を目で追っていた。

薄紫色の短い切り揃えられた髪に、灰色の瞳。知的な雰囲気が漂う片眼鏡に、まるでバレエダンサーのレオタードのようなピッチリしたボディスーツが特徴的なアイリス所属の空母KAN-SEN『ベアルン』だ。

 

「ふむ…やはり、最新鋭機は素晴らしいですね。可能ならジェット機を運用してみたいものですが…まあ、このベアキャットでも十分に戦えます」

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!

 

矢継ぎ早に飛び立つ艦載機に目を向けながら何度も小さく頷く。

今回ベアルンが搭載しているのはユニオン製の戦闘機『F8F ベアキャット』だ。

2500馬力にもなる空冷エンジンに、軽量小型な『零式艦上戦闘機』よりも小さな機体ながらもユニオンらしく高い防御力を持ち、運動性や最高速はこれまでのレシプロ戦闘機を上回る"最強のレシプロ戦闘機"である。

最近配備され始めたジェット戦闘機には劣るだろうが、それでも零戦に酷似した『アンタレス型艦上戦闘機』相手なら十分な戦力であろう。

 

──ブゥゥゥゥゥン…

 

「あれは…」

 

横合いから飛来した航空機が視界に入る。

鼻先で高速回転するプロペラはベアキャットと同じレシプロ機である事を示しているが、ベアキャットよりも大型で主翼が途中から上向きに折れ曲がっている特徴的な姿は見紛う筈もない。

『F4U コルセア』だ。今回、アズールレーン艦隊はコルセアを運用していない為、ライセンス生産しているムーの機体である事は間違い無い。

どうやらグラ・バルカス帝国航空隊を横方向から叩くために大きく迂回するルートを取っているようだ。

 

「流石は列強国、あの扱い難い機体を実戦運用するとは…」

 

コルセアは確かに強力な機体であるが、胴体に…エンジンとコックピットの間に燃料タンクを置いたせいで空母への離着艦が難しいという欠点がある。

しかしムー海軍のパイロットや管制官、甲板作業員はそれこそ血の滲むような訓練を重ね、完璧な離着艦をモノにしていた。

 

「確か作戦は、突撃力に優れるムー航空隊とミリシアル航空隊が遠方で敵編隊を奇襲、それで数を減らして尚も突撃する敵機は格闘戦に優れる我々の航空隊…それでも打ち漏らした敵機はミリシアル航空隊が対処する…ですが…」

 

チラッと後方に目を向けるベアルン。

 

──キィィィィィン…

 

視線の先にあったのは、甲高いタービン音を響かせて飛来してくるミリシアル航空隊、第7制空戦闘団の『エルペシオ3』42機だ。

V字編隊とダイヤモンド編隊を組み合わせた一糸乱れぬ編隊飛行は見事であるが、些か残念な面が見てとれる。

それは、速度…ジェット戦闘機だと言うのに、レシプロ戦闘機であるベアキャットを追い越せないでいた。

確かにベアキャットが先行し、エルペシオ3は戦闘行動時間を稼ぐ為に全速を出していないにしても、その速度は明らかにベアキャットどころかコルセアにも劣っているように見える。

 

「…いや、下衆の勘繰りは良くありませんね。彼らとて無策ではないでしょうし、何より世界最強の看板を背負っているのです。見聞きしたスペックだけで判断すべきではないでしょう」

 

ミリシアル航空隊の力に若干の不安を覚えたベアルンだったが、頭を振って思考を切り替えると自分に言い聞かせるように呟く。

 

──キィィィィィン…

 

「ん…?あれは…」

 

そうしていると、エルペシオ3とは違うタービン音が聴こえてきた。

その音の方を見れば、遥か後方からエルペシオ3の編隊を追い越す双ブームを持つ異形の機体…アズールレーンからミリシアルに引き渡され、『ジグラント3』と名を変えた1機の『シーヴェノム』が視界に映った。

 

「1機だけ所属部隊マークが違いますね…もしかしたら別の部隊から引き抜かれたのでしょうか?」

 

1機だけ突出したジグラント3はそのままムーのコルセア隊に合流すると、エルペシオ3を置いて行ってしまう。

 

「…まあ、部外者である私がミリシアルの内情をどうこう言う権利はありませんね。今はこれからの戦いを考えましょう」

 

ふぅ…と一息ついたベアルンはチラッとカルトアルパスの内海を作り出す長い岬の東側の岬に目を向けた。

 

「ガスコーニュ、シャンパーニュ…指揮官様の作戦通り、お願いしますよ」




そう言えば原作でミリシアルが誘導魔光弾の開発に成功してましたね
本作ではアズールレーン・ロデニウス連邦が積極的に関わっているので、結構早く登場するかもしれません


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193.カルトアルパス沖空戦【1】

いやー、アイマスコラボ始まりましたね
燃料が枯渇してたから燃料パックありがてぇ!


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス沖──

 

──ィィィィィィィ…

 

「くっ…何故追い付けん!」

 

タービンの高音が響くエルペシオ3のコックピット内で、シルバーが歯噛みする。

彼が率いる第7制空戦闘団は、高度5600mの空を500km/h程の速度で飛行しながらカルトアルパスへ向かっているグラ・バルカス帝国航空隊を捜索しているのだが、シルバーの視線は前方斜め上に向けられていた。

そこに見えるのは、時折ピカッと瞬く小さな黒点…先行するムー海軍のコルセア隊全48機だ。

 

「我が国の天の浮舟は、世界で最も速い飛行物体である筈だ!なのに何故追い付けない!」

 

自国の技術に絶対的な自信を持つシルバーは、"たかが科学文明"が自国の兵器より優れた兵器を作り出すなぞあり得ない、という固定観念に囚われていた。

しかし、今この空で起きている事態は彼の固定観念を粉々に砕きかねない。

何せコルセア隊は第7制空戦闘団よりも僅かに速い巡航速度で、高度7000m付近を悠々と飛行しているのだ。

無論、エルペシオ3でも高度7000m以上を飛行する事は出来るが、エルペシオ3は速度性能を追求したせいで機体自体の強度が不足しており、高高度から急降下を行えば空中分解してしまう可能性がある。

それ故、ミリシアル空軍・海軍航空隊の制空戦闘団は高度5000〜6000mを巡航し、敵編隊を発見次第、陣形を整えて緩やかに降下しながら速度を稼いで一斉に射撃し、そのまま離脱するという戦術を基本としているのだ。

 

「だ…だが、ムーの飛行機械が我が国の天の浮舟以上の降下性能を持っている筈が無い。連中がノロノロと降下している間に全て終わらせてやろう」

 

速度で負けている事を棚に上げ、ムー航空隊の失策を嘲笑うシルバー。

だが、残念ながら彼の思い込みは的外れである。

ムー航空隊が配備しているコルセアは2000馬力超という有り余るエンジンパワーを以て強固な構造と防弾装備を備えており、急降下爆撃機としても活用出来る程の強度を持っているのだ。

言ってしまえば、ありとあらゆる面でエルペシオ3はコルセアに敗北している。

 

「ん…?あれか…」

 

コルセア隊から目を離し、敵編隊の捜索に戻ったシルバーは早速眼下に煌めく物を発見した。

ヘルメットのフェイスシールドに埋め込まれた薄型魔石に組み込まれている望遠魔法を使用し、その煌めく物を確認する。

凡そ高度4000m程の所に、ムーの物と酷似した飛行機械が密集陣形を組んで飛行していた。

 

「よし…各機、傾注。敵飛行機械の編隊を発見した。降下攻撃フォーメーションで攻撃する」

 

《団長、先行したオメガ殿から通信が入っていますが…》

 

「ふん、あの腰抜けが今更何を喚こうが知った事ではない。奴やムー、アズールレーンの出番は無い。我々だけで事足りる」

 

《はぁ…了解しました》

 

何とも歯切れの悪い部下からの通信に顔を顰めるシルバー。

その間にも42機のエルペシオ3は7機による横隊を6列組み、攻撃準備を整える。

このまま緩降下し、波状攻撃を仕掛けるのがミリシアル航空隊の基本戦術だ。

 

「各隊、準備はいいか?これより無礼な蛮族に対して懲罰攻撃を仕掛ける。レイフォルを打ち負かしていい気になっているようだが、所詮は列強最弱…我々は格が違うというのを教え…」

 

《うぁ…!ボンッ!……ザーー…》

 

隊の士気を上げるべく、まるで演説のよう語っていたシルバーの言葉を遮るように魔信から短い悲鳴と爆発音、そして雑音が聴こえてきた。

 

「な…なんだ!?まさか…っ!」

 

編隊の先頭に居たシルバーは直ぐ様首を捻り、後方に目を向ける。

彼の目に映ったのは黒煙に包まれて真っ逆さまに落ちて行く数機のエルペシオ3と、プロペラを持つ深緑色の飛行機械…

 

──ブゥゥゥゥゥンッ…ダダダダダッ!

 

《うわぁぁぁぁ!!…ドンッ!…ザー…》

 

後方上空から降下してきた飛行機械の主翼が何度か瞬き、太い火箭がエルペシオ3を貫いたかと思えば次の瞬間には青空に黒煙混じりの炎の花が咲いた。

 

「ぜ…全機散開!敵飛行機械の攻撃だ!」

 

漸く状況を飲み込んだシルバーが狼狽えながらも指示を出す。

編隊を組んだままでは自由な機動が出来ず、被弾する確率がグンと高まってしまう。

それを理解している制空戦闘団のパイロット達は直ぐに操縦桿を動かし、散開しにかかる。

だが、一足遅かった。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!ブゥゥゥゥゥンッ!

 

後方上空から次々と襲いかかる飛行機械の群れ。

それは酷く緩慢な動きで機動するエルペシオ3に着いてくるどころか、ヒラリヒラリとまるで蝶のように軽やかな動きで背後を取ってきた。

 

《チクショウ!ケツに付かれた!》

 

《上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ!!あぁっ!追い付かれ……》

 

《ぬぅぅぅっ!…なっ!?尾翼が!》

 

背後を取られ酷く取り乱す者、必死にスロットルを開いて速度を上げようとする者、どうにか逃れようとして機体の強度限界を無視した機動をする者…それらの断末魔じみた言葉が魔信から鳴り響き、それはやがて爆発音と雑音へと変わった。

 

「ば…馬鹿な…我々は…世界最強の…神聖ミリシアル帝国の制空戦闘団だぞ!そ…そうだ…ムーは?あの腰抜けは?」

 

次々と部下が空に散る中、あろうことかシルバーは上空に目を向ける。

敵飛行機械は自分達よりも高い空から降下してきた…つまり、ムー航空隊と先行したオメガは先に落とされている筈だと彼は考えていた。

自分達より劣る者を見て精神の安定を図らねば心が折れそうなのだ。

何とも下劣な考えだが、一方的に彼を責めるのは酷だろう。

何せミリシアルは近年大きな戦争には巻き込まれておらず、特に都市防衛を担当する部隊は訓練や演習ばかりで実戦を経験せず、シルバーも実は初めての実戦で緊張していたのだ。

そんな緊張状態の中、同じ釜の飯を食ってきた部下が羽虫の如く落されるという状況を前にしては精神安定を優先してしまうのも無理は無いのかもしれない。

 

「っ!あれ…は…」

 

残念ながらシルバーの考えは真っ向から否定された。

第7制空戦闘団が必死に抵抗している空よりも高い空では、2種のプロペラ機が青空のキャンバスに飛行機雲で複雑怪奇な紋様を描いている。

しかもよく見てみれば、ムー航空隊所属の濃紺の飛行機械はグラ・バルカス航空隊所属の深緑色の飛行機械を2機1組で追い回しており、既に何機か撃墜しているらしい。

そんな中、シルバーの目を奪ったのは異形の飛行機械であった。

 

──キィィィィィン…ドドドドッ!

 

2種のプロペラ機よりも明らかに優速なそれは、絡み合う飛行機雲から一旦距離を取ろうとする敵機をカラフルな火箭で仕留めて行く。

そのカラフルな火箭はシルバーも見覚えがある。

それは彼の愛機にも搭載されている魔光砲から砲弾を発射した際に発せられる魔力の光…

 

──「ジグラント3への機種転換訓練を受けるといい。あれはエルペシオ3よりもいいぞ」

 

腰抜けと馬鹿にしていた男の言葉がシルバーの脳裏に過る。

もうこうなると認めざる負えない。

彼の…オメガの言葉は正しかった。

もし…もしも、少し前に基地に届いたジグラント3を素直に受領していれば…新興国が作った飛行機械をわざわざ輸入した軍上層部の考えを読めていれば…後悔してもしきれないが、もう後の祭りだ。

 

《ぅ…!…ょう!…団長!後ろ!》

 

「っ!?」

 

泥濘のように絡み付く後悔に沈んでいたシルバーだったが、魔信から聴こえる部下の叫びに反応し背後を確認する。

 

《あぁっ!クソっ……ボンッ!…ザー…》

 

それと同時に部下…背後に着いていた副団長の機体が弾け、その破片がガンガンと自機の外装を叩く。

それに驚愕する暇すらも与えずに爆炎の向こうから現れたのは深緑色の飛行機械…その姿を確認した瞬間、シルバーは渾身の力で操縦桿を左に倒した。

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

やけにゆっくりとした時間の流れの中、コックピット内に響き渡るブザー音。

それは、エルペシオ3の機体強度を超えた機動を行った際に発せられる警告音だ。

本来なら機体が空中分解する前に操縦桿を戻して負担がかからない水平飛行へ移行すべきだが、それを行う事は出来なかった。

 

──ミシッ…バァンッ!バァンッ!

 

「なっ…!?」

 

小さく軋む音が聴こえ、それは直ぐに致命的な破断音へと変わった。

視界が大きく揺れ、轟々とした暴風が何処からか吹き込み、気付けばシルバーは身一つで空に放り出されていた。

 

「ぁ……」

 

副団長の機体の破片が当たった事によって強度が下がっていたのだろう。

シルバーの機体は体勢を立て直す暇も無く空中分解してしまった。

 

「そん…な…」

 

重力に従って落下してゆく中、シルバーの目に映るのは悠々と飛び去る敵飛行機械だけであった。




本作のエルペシオ3は直線ならそこそこ、運動性はお察しって感じです
いっそ爆薬満載の無人機にして巡航ミサイル的な奴にするか…


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194.カルトアルパス沖空戦【2】

やっぱり空戦の描写って難しいですねぇ…
某とある飛空士クロスの描写を見習いたいものです


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス沖──

 

「第7制空戦闘団、応答せよ。…繰り返す。第7制空戦闘団、応答せよ」

 

第7制空戦闘団の上空を先行するムー航空隊に混ざって飛ぶ『ジグラント3』のコックピットで、パイロットであるオメガが魔信に向かって呼びかけていた。

 

《ブツッ…ブツッ…ブツッ…》

 

しかし、返ってくるのは通信拒否を示す小さなクリック音のみだ。

 

「…随分と嫌われたな。だが、こういう時ぐらいは聞いて欲しいものだ」

 

呆れたように呟くオメガの視線は広がる青空ではなく、コンソールに取り付けられた小さなレーダー画面に向けられている。

そこに映るのは幾つもの光点…低空に展開している攻撃隊を狙う者を奇襲する為に高空に展開しているグラ・バルカス戦闘機部隊を捉えたものだ。

 

「確かエルペシオ3にはレーダーは搭載されていなかった筈…おそらくは気付いていないのだろうな。仕方ない…」

 

肩を竦め、魔信に取り付けられたダイヤルを切り替えて無線モードにする。

 

「此方、神聖ミリシアル帝国離島防衛隊航空隊長オメガ・アルパだ。ムー航空隊、応答せよ」

 

《此方ムー海軍コルセア隊隊長、ヤンマイ・エーカーだ。オメガ殿、話は前方の敵機についてか?》

 

「ヤンマイ殿、その通りだ。恥ずかしい話だが、我が国の天の浮舟にレーダーは搭載されていない。おそらく、下に居る第7制空戦闘団は気付いていないだろう。それに加え、私の通信も届いていない」

 

《いや、寧ろ当たり前のように機上レーダーを開発・量産しているロデニウスがおかしい。その件については我が国も貴国をとやかく言う権利は無い。だが、貴殿の通信を無視するとは…貴国も色々とあるようだな》

 

「面目ない」

 

苦笑しながらチラッとキャノピー越しにやや離れた位置を飛ぶムーのコルセア隊に目を向けるオメガ。

曲がった主翼と長い機首が特徴的な48機のコルセアだが、その内の6機は右翼に楕円形の膨らみを持っている。

夜間レーダーポッドを装備した夜間迎撃型だ。

本来はその名の通り、夜間攻撃を仕掛けてくる敵機を迎撃する為のものだが、ムーでは簡易的な艦載早期警戒機として運用しているのだ。

 

《では、どうする?》

 

「貴殿らはそのまま敵編隊に攻撃してくれ。私は第7制空戦闘団を狙う敵機を攻撃する。…よろしいか?」

 

《構わない。貴殿の機体は我々の機体よりも優速だ。そうする方が良いだろう。何より、彼らには敵対艦攻撃隊を撃ち落としてもらわねばならないからな》

 

「感謝する。では、また後で」

 

《武運を祈る》

 

通信を終わらせ、青空の彼方に見えるゴマ粒のような無数の黒点を睨み付ける。

その黒点の幾つかが、まるで零れ落ちるように低空へと降下して行く。

 

「やらせるか!」

 

──キィィィィィン…ゴォォォッ!

 

スロットルを開き、速度を上げる。

評価試験の為に何度か乗った事はあるが、やはりジグラント3の加速性はジグラント2はもちろん、エルペシオ3よりも優れている。

それを実感したオメガの口角は思わず吊り上がってしまう。

 

「っ…!いかんな…浮かれている場合では…ない!」

 

己に喝を入れ、照準器に映し出されたレチクルを敵機の未来位置に合わせて操縦桿に取り付けられたトリガーを引く。

 

──ドドドドッ!

 

機首下面に内蔵された3門の25mm魔光砲がカラフルなマズルフラッシュと共に爆裂魔法を封じ込めた砲弾を吐き出す。

一撃必殺の力を持つそれは、これまたカラフルな光の尾を引き…

 

──バキャァンッ!

 

第7制空戦闘団の無防備な背中に襲いかかるべく降下する敵編隊へ吸い込まれるように飛翔し、その内の1機の左翼をもぎ取った。

 

「まずは1機…」

 

僚機が撃墜された事に驚いたのか散開し、二手に分かれる敵編隊。

凡そ5機程がオメガの元へ殺意満々で迫ってくる。

 

「くっ…多勢に無勢か…誘導弾があれば良かったが…」

 

ミリシアル初の誘導兵器である『メリッソス』はまだ十分な数が行き渡っておらず、都市防衛隊の基地にも配備されていなかった。

それ故、魔光砲で対処せねばならない。

 

「第7制空戦闘団…なるべく持ち堪えてくれよ…っ!」

 

流石に5機もの敵機を引き連れたまま、第7制空戦闘団を襲撃する敵編隊を攻撃する事は出来ない。

一応、ムー航空隊にも目を向けたが彼らは既に敵本隊との戦闘に突入していた。

つまり、オメガ1人でどうにかしなければならないという事だ。

 

──ゴォォォッ!

 

操縦桿を引いて機首を上げ、急上昇に転じる。

敵機もそれと同時に機首を上げてオメガ機を追いかけるべく上昇して来た。

 

「ぬぅぅぅぅっ…!」

 

シートの背もたれに体が押し付けられ、肺から空気が絞り出される。

いくら酸素マスクをしているとはいえ、息苦しさに思わず顔を顰めるオメガであるが、勢いよくカウントアップする高度計が10000mを指した辺りで操縦桿を引き切って宙返りをして反転する。

 

「そこっ!」

 

──ダダダダダッ!

 

反転し、敵機と相対する形となったオメガの目に映ったのはヨタヨタと上昇する敵機…それを見逃す筈もない。

トリガーを引いて魔光砲を発砲する。

 

──ボンッ!ボンッ!

 

敵部隊の真正面にばら撒かれた砲弾は2機の敵機に直撃し、その爆裂魔法の力を以てジュラルミンの機体をズタズタに引き裂いてガソリンの誘爆を引き起こさせた。

 

「ふんっ!」

 

高高度の薄い空気のせいで思うように機動出来ない敵機を尻目に、そのまま敵部隊下方で宙返りして再び急上昇へ転じる。

 

「やはり、プロペラ機は高高度が苦手なようだ…なっ!」

 

──ダダダッ!ダダダッ!

 

無防備な背後に向かって発砲すれば、不得意な高高度での格闘戦に持ち込まれた敵機はロクに回避する事も出来ずに、空に爆炎の花を咲かせる事となった。

 

「よし…第7制空戦闘団は…?」

 

一先ず自らに対する危機を脱したオメガは首を捻って、第7制空戦闘団の安否を確認する。

 

「くっ…」

 

しかし、オメガの目に映ったのは爆散するエルペシオ3の姿だった。

 

「クソっ…!また、間に合わなかった…!」

 

奥歯が砕けそうな程に食い縛り、全身をワナワナと震わせて無力な己に憤るオメガ。

だが、そんな彼の視界の隅に何やら白い物が映った。

 

「…ん?あれは…」

 

群青の海に映える白い円形は物体…それは、パラシュートだった。

おそらく誰かが脱出に成功したのだろう。

 

「良かった…誰かは分からんが、生きていれば次がある」

 

絶望的な戦況に僅かな希望を見出したオメガは、ムー航空隊を掩護すべく主戦場へと機首を向けた。




アイマスコラボのガチャで資金が3ケタになりました


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195.カルトアルパス沖空戦【3】

スマホを落として画面にヒビが入りました
機能は問題ありませんが…気になりますね…



──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス沖──

 

雲一つ無い青空を舞う無数の影。

それらは複雑に絡み合うかのような動きを見せ、時折オレンジ色の炎とドス黒い煙を吐き出しながら眼下に広がる大海原へと堕ちて行く…

 

「くっ…ミリシアルはもうやられたのか!?」

 

響き渡るエンジンの轟音に負けじと声を張り上げ、驚愕の言葉を発するのはムー航空隊隊長であるヤンマイ・エーカーだ。

 

「我々だけで攻撃隊を…ふっ!…どうにかするのは厳しいな…!」

 

まさか"世界最強"であるミリシアルの航空隊がこんなにも早々に退場するとは夢にも思わなかったヤンマイは、下方から突き上げるように上昇する敵機から放たれる銃撃を機体を横滑りさせる事で回避すると、直ぐ様上昇に転じて上空へ逃げる敵機を追う。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!

 

2000馬力超のエンジンと、そのパワーを推進力に変換する大径プロペラが唸りを上げ、5トンを超えるコルセアの機体をグイグイと高みへと引っ張り上げる。

それに気付いた敵機は更にスロットルを開き、エンジンパワーを絞り出そうとするがそれでも背後に迫るコルセアは徐々に彼我の距離を詰めてゆく。

以前行われたロデニウス連邦・アズールレーンとの合同演習での実弾訓練によってヤンマイは敵機…演習時に標的機として投入された『零戦』こと『零式艦上戦闘機』によく似た『アンタレス型艦上戦闘機』の特性をある程度予想していた。

アンタレスは軽量な機体であり、非常に優れた格闘戦能力と上昇力を持つ反面、防弾と機体強度に劣るという予想だ。

そして、それはある程度的中していた。

この空戦に於いてヤンマイは既に4機のアンタレスを撃墜しているが、零戦よりも防弾性能が多少良いという事以外は概ね予想通りであった。

 

──ダダダッ!ダダダッ!ダダダッ!

 

十分に距離を詰められたと判断したヤンマイは、眼前に備え付けられたガラス板に投影されたレクティルと敵機が重なった瞬間にトリガーを引いた。

 

──ボンッ!

 

黄色い曳光弾の光が吸い込まれるように敵機の主翼に着弾し、腹の底から響くような爆音と共に主翼が千切れ飛んだ。

どうやら翼内機銃の弾倉に12.7mm弾が直撃し、誘爆してしまったらしい。

如何に優れた性能を持っていても主翼が無くては飛べる筈も無く、被弾したアンタレスはプロペラが生み出す強烈な反トルクに逆らえずに錐揉みしながら凪いだ大海原へ真っ逆さまに落ちて行った。

 

「次っ!」

 

確認するまでもなく撃墜確実な敵機から意識を逸し、次なる目標を探す。

 

「…あれだ!」

 

ヤンマイが目標と定めたのは、自機と同高度にあるアンタレスだ。

スロットルを開いて速度を上げ、一気に接近する。

 

──ダダダダダッ!

 

十分に接近し背後から射撃を開始したが、敵機はクルッと機体を左にバンクさせて射撃を回避すると速度を上げてヤンマイ機と距離を取った。

 

「避けられた!?だが…速度は此方が上だ!」

 

必中と思われた攻撃が避けられた事に驚愕するヤンマイだったが、直ぐに気を取り直すと逃げる敵機を追い始めた。

予想が正しければコルセアはアンタレスより高い性能を持っている筈…その思考はヤンマイへ余裕と共に一種の慢心を与えていた。

 

「これで…」

 

敵機の姿をレチクルに捉え、トリガーに指を掛けた瞬間だった。

 

「っ!?き…消えた!?」

 

ヤンマイは自らの目を疑った。

先程まで目の前に居た敵機…深緑色をしたアンタレスが忽然とその姿を消したのだ。

まるで幻でも見ていたかのような事態に思わず瞬間的に思考が止まってしまう。

しかし、高速で行われる空戦において僅かな思考の停止は命取りである。

 

──ガンッ!

 

「うぐぁっ!?」

 

座席のヘッドレストに後頭部が叩き付けられ、その痛みで混乱していた脳が強制的に覚醒した。

それと同時に機体全体がガタガタと無視出来ないレベルで揺れ、コックピット内に油の臭いが漂う。

迫りくる濃厚な死の気配に抗うべく急降下で逃れようと試みる…だが、機首が普段よりも下がらない。

 

──ダダダッ!ダダダッ!

 

《隊長!ご無事ですか!?》

 

死を覚悟したヤンマイだったが、彼の窮地を察したのか部下の一人が駆け付け、威嚇射撃で敵機を追い払ってくれたようだ。

その証拠に揺れるヤンマイの視界には、南西方向へ飛び去って行く敵機の姿が見えた。

 

「うぐっ…大丈夫だ…ケガは…していない」

 

まるで暴れ馬のように震える機体を制御しながら自らの体をザッと確認し、部下の問いかけに応えるヤンマイ。

幸いにも敵弾はキャノピーによって弾かれたらしく、ヤンマイ自身には後頭部の打撲以外にはケガらしいケガは無い。

 

「それより…私の機体はどうなっている?」

 

《ここから見える限りですと…エンジンカウルに幾つかの小さな穴が空いていて…あっ!》

 

「どうした?」

 

《す…水平尾翼が…》

 

狼狽える部下の言葉に嫌な予感を覚えたヤンマイは、周囲の状況に注意しながら首を捻って機体の後部を確認する。

 

「なっ…!?」

 

彼の目に映ったのは"半分程無くなっている右水平尾翼"であった。

信じ難い光景に絶句しながら前を向く。

目の前にはコルセアの長い機首…その先端付近にあるエンジンカウルにはいくつもの穴が空き、その穴からは黒いオイルが漏れ出して風によって吹き飛ばされていた。

 

「そ、そうか…」

 

急に消えた敵機、エンジンカウルの上面に空いた穴と千切れた水平尾翼…それらからヤンマイは何が起きたかを理解した。

 

「"木の葉落とし"…」

 

敵機が背後についた際、急上昇して敢えて失速状態となる事で急激に速度を落とし、敵機が自機を追い越した瞬間に慣性を利用し失速状態から回復。

敵機の目をくらましつつ背後に回り込むという高度な空戦機動『木の葉落とし』…グラ・バルカス帝国のパイロットはそれを行い、性能面で優位に立っていたヤンマイに上空から痛烈な一撃を与えたのだ。

 

「なんという失態だ…!」

 

サモアへ留学へ行った際、様々な戦術教本を読み込んでいたヤンマイは木の葉落としの存在を知ってはいたが、まさか実戦で使う者が居るとは夢にも思わなかった。

その結果、このザマである。

 

《隊長、今すぐ帰還して下さい!》

 

「あぁ…分かった」

 

エンジンにも被弾しているようだが、幸いにも停止には至っていない。

おそらくは何気筒かは機能していないが、少なくとも飛行は出来る。

しかし、このまま空戦は出来ないだろう。

 

《護衛します。どのみち我々も燃料や弾数が底をつきそうなので…》

 

「…すまない」

 

失態を演じた自分自身に激しい嫌悪感を覚えながら、ヤンマイは何名かの部下を引き連れて帰還ルートへ機首を向けた。




そう言えば、そろそろ日本版4周年ですが誰が来るんでしょうか?
これまでの法則からするとロイヤル空母な気がしますが…


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196.カルトアルパス沖空戦【4】

皆さん、アイマスイベントお疲れ様でした
何だか寮舎のBGMが物足りなくなってしまいました…

そう言えばもうそろEN版の周年記念ですが、何かするんですかね?


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス沖──

 

──ダダダダダッ!ダダダッ!

 

「む、ムーがこんなに強いなんて聞いてないよぉ!おいら、ここで死ぬのかなぁ…」

 

「うるせぇ!こうなったら仕方ないだろ!死にたくなけりゃ、しっかり狙え!」 

 

「ひぃぃぃっ!今、敵弾が掠りましたよ!?しっかり避けて下さい!」

 

「バカヤロー!こちとら800kg爆弾を抱えてんだ!避けられる訳ねぇだろ!」

 

海面スレスレを飛ぶグラ・バルカス帝国の主力艦上雷撃機『リゲル型雷撃機』のコックピットでは、操縦手と航法士と機銃手の3人が襲いかかる敵弾が自機に当たらぬよう、必死に対処していた。

 

「で、でも…7.7mmの豆鉄砲1つじゃ無理だよぉ…」

 

縦に3つ並んだ座席の最後尾に座る太り気味の機銃手スーンが、此方に攻撃を仕掛けようとする敵機を牽制するようにトリガーを引き、空へ曳光弾による光の線を描く。

 

「もう、適当な所で爆弾を落として帰りましょう!」

 

機銃手席の前にある座席に座る眼鏡を掛けた痩せ気味な航法士ベローが顔を青くし、必死に前席に座る操縦手に呼びかける。

 

「ベロー!そんな事、出来る訳ねぇだろ!万が一バレたら抗命罪で俺達全員、銃殺刑だぞ!おい、スーン!機銃の弾はまだあるな!?」

 

そんな弱気を見せる二人に怒鳴り散らすのは、如何にも粗暴な顔付きをした操縦手のケルだ。

彼は自らに下された命令であるカルトアルパスへの爆撃を遂行する為、800kg爆弾の重量によってロクに回避も出来ない機体を操ってどうにかこうにかジリジリとカルトアルパスへ向かっていた。

 

「あるけど…弾倉があと1つしか無いよぉ!」

 

「何ぃ!?撃ち過ぎは禁物だ、って言っただろ!」

 

「撃ちまくれと言ったのはケル、貴方でしょう!?」

 

この三人、幼い頃からの親友であるのだが、三人とも性格も出自も見事にバラバラだ。

機銃手のスーンは軍人…しかも飛行機乗りらしからぬ体型である上におっとりのんびりした性格であり、実家は小さな菓子問屋を営んでいる。

航法士のベローは地方都市の名士の生まれであり、幼い頃から勉強漬けの日々を送ったせいか航法士としてはとても優秀であり、言語学にも秀でている。

そして、操縦手のケルは貧民街出身であり、大層名のしれた悪ガキであった。

そんな三人が親友だと言うのは何とも不思議な関係だが、スーンは貧民街の悪ガキ達にイジメられている時に、ベローは危うく身代金目的で誘拐されかけた時にケルに助けられたという過去があり、それ以来三人は不思議なトリオとしてつるんでいるのだ。

 

「っ!やべぇ!」

 

ベローに反論しようとしたケルだったが、頭上に殺気を感じて本能的に機体を横滑りさせる。

 

──ダダダッ!

 

間一髪、先程まで右翼があった所に小さな水柱がいくつも現れ、ケル達が乗るリゲルの直ぐ上を敵機が飛び去って行った。

 

「ひぃぃぃぃっ!あ、危ないじゃないですか!」

 

「お母ちゃぁぁぁぁん!おいら、死にたくねぇよぉぉぉ!」

 

「情けねぇ声出すんじゃねぇよ!それでもタマ付いてんのか!?あぁ!?」

 

まるで戦闘に巻き込まれた一般人のように騒ぐベローとスーンに怒鳴るケルだが、彼もこの状況が不味いというのは理解していた。

 

(ヤベェ…ヤベェぞ…今のところはアンタレス隊が時間を稼いでくれてるからいいが…逆に言えばアンタレス隊の護衛は来ねぇ。つまり、俺達はカルトアルパスに護衛無しで行くって事だ…)

 

額に脂汗を浮かべ、必死に知恵を絞るケル。

上空を舞うアンタレス隊は敵機が十分な脅威と成り得ると判断すると、撃滅から足止めへ戦法を切り替えた。

その為、ムーのコルセア隊はグラ・バルカス航空隊の雷撃機や急降下爆撃機の編隊に散発的な攻撃しか出来ていない。

 

(奴らだって全機を迎撃に出すようなヘマをする筈がねぇ。カルトアルパスにはそれなりの敵機が居るはずだ…シリウスぐらい速くて動けるなら大丈夫かもしれねぇが…)

 

対艦攻撃を行う航空機と言えば雷撃機と急降下爆撃機だが、この2機種は結構な違いがある。

先ず雷撃機だが雷撃を主任務とする以上、かなりの重量とサイズがある魚雷を搭載するため機体は大柄になり、運動性は低くなってしまう。

逆に急降下爆撃機は、急降下爆撃を主任務にするため急激な引き起こしに耐えうる機体強度を持ち、それこそ場合によっては対空戦闘も行える程の運動性を持っている。

そして、ケル達が乗っているのは雷撃機…しかも市街地攻撃用の800kg爆弾を抱えた状態だ。

こんな機体では例え複葉機相手でも厳しい戦いを強いられるだろう。

 

「ケル!南方に伸びた二本の長い岬…あの間がカルトアルパスです!」

 

どう生き残ろうかと知恵を振り絞るケルへ、ベローが声を掛けた。

 

「あぁ…分かってるよ、クソッタレめ…」

 

しかし、ケルが見ていたのは真正面から迫りくる新たな敵機の姿だった。

先程まで襲い掛かって来ていた折れ曲がった主翼を持つムーの戦闘機とは違うプロペラ機…遠目からでも分かる程に小柄であるが、ケルはその敵機が危険な相手だと直感的に感じていた。

 

「ね…ねぇ、ケル…」

 

「あぁ?どうした、スーン」

 

「さっき、他のリゲルが引き返していったんだけど…おいら達も逃げようよぉ…」

 

「何っ!?」

 

「スーン、それは本当ですか!?」

 

後方を警戒していたスーンの言葉に目を見開き、驚愕を顕にするケルとベロー。

このカルトアルパス襲撃は帝国の力を全世界に知らしめる為の作戦であり、戦略的な重要度は非常に高いはずだ。

それだと言うに敵前逃亡を謀るとは…ケルは命がけで任務を遂行しようとする自分が馬鹿らしくなってしまった。

 

「いや…あれは、逃げているようには見えません。逃げるなら爆弾や魚雷を投棄した方がいいでしょうし…」

 

「もう、どうだっていいだろ…クソっ…俺達は命賭けてやってるってのによぉ!」

 

南西方向へ舵を切る友軍機の様子に違和感を覚えたベローが疑問を口にするが、ケルはそれどころではない。

遠くに見えていた敵機は徐々に接近してきており、このままならあっという間に攻撃を受ける事になるだろう。

 

「うぅ…お母ちゃん…お父ちゃん…おいらの墓にはクリームたっぷりのケーキを供えて欲しいなぁ…」

 

「こ…こんな事なら、士官学校に行って参謀本部を目指すべきでしたね…あぁ…でも、手遅れですか…」

 

爆弾を投棄して全速力で逃げようが、もう遅い。

迫りくる死の気配にスーンとベローは全てを諦めたかのような虚ろな表情を浮かべ、脳裏を駆け巡る走馬灯に身を任せていた。

しかし、ケルは違った。

 

「チクショー!死んでたまるか!こんなオンボロが棺桶なんて俺はイヤだぜ!」

 

迫りくる敵機を射殺さんばかりに睨み付け、ケルは後方の二人を励ますように叫んだ。

 

「諦めるんじゃねぇ!俺達は帰るんだ!三人で、一緒に!だから…最後まで諦めるんじゃねぇ!」

 

「ケル…」

 

「あなたという人は…」

 

この絶望的な状況を覆すような作戦なぞ無いが、少なくともケルは諦めずに打開策を探している。

そんな親友の姿に触発されたのか、スーンとベローの表情に生気が戻ってゆく。

 

──ドドドドッ!

 

「うぉぉぉぉっ!?」

 

しかし、敵機はそんな三人の友情なぞ知ったこっちゃないとばかりに発砲してきた。

主翼が瞬き、4つの太い火箭が空を裂いてリゲルの広い主翼へと吸い込まれるように直撃した。

 

「しゅ…主翼が!」

 

「うひゃぁぁぁ!神様、助けてくだせぇ!」

 

主翼がもぎ取られ、体がふわりと浮くような感覚に襲われる。

 

「やべ…逃げ…!」

 

──バゴガァァァァンッ!

 

急いでキャノピーを開けたケルは、致命的な破砕音の中、下から突き上げるような衝撃によって海へ放り出された。

 




計画艦、あとエーギルだけですが…鉄血前衛艦で経験値240万を集めるのは厳しそうです…


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197.鋼の暴風

最近、大雨が続いて気が滅入りますね…
土砂災害や冠水被害を被っている地域も多数出ているそうで…
皆様がお住まいの地域は大丈夫ですか?


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

《指揮官様、第一迎撃網が突破されたようです。これに伴い、艦載機を予定空域よりも前進させました》

 

「了解。それぐらいの配置変更なら許容範囲内だ」

 

カルトアルパス港と外海の丁度中間地点に布陣した艦隊の後方に位置する巡洋艦、その艦橋では艦長席に座った指揮官がベアルンからの通信に応えていた。

 

《しかし、敵は中々に手練のようです。こちらの艦載機の動きに着いてくる者も少数ながら確認され…っ!艦載機、被弾しました》

 

「連中、戦い慣れしてるな…まあ、いい。ベアルン、お前は敵機撃墜に拘るよりもとにかく敵攻撃隊に圧力を与えて攻撃し難くするんだ」

 

《承知しました》

 

そんなやり取りで一旦通信を終えた指揮官は、隣に控える女性に目を向けた。

 

「ジャンヌ、敵機はどれぐらい来る?」

 

「こちらへ向かっているのは、凡そ80…多いですね…」

 

その言葉に応えたのは、綺羅びやかな鎧を身に着け、美しいブロンドを纏め上げたアイリス所属のKAN-SEN『ジャンヌ・ダルク』だ。

元々は練習巡洋艦だった彼女だが、現在では新艤装を装備し"ヘリ空母"へと艦種を変えている。

 

「対空砲火で全部叩き落とせると思うか?」

 

「多数を撃墜する事は出来るでしょうが、やはり全機撃墜は厳しいかと思います」

 

「ちっ…多少の無理をしてでもミサイルを持ってくるべきだったか…」

 

苦々しく、後悔するように呟く指揮官。

今まで暫定的に運用していた魔導式誘導弾『バイアクヘー』は生産性が悪く、射程や威力が不足していた為、現在はユニオンのクロキッド社や最近急成長している北連のグラーニン記念設計局が共同で各種誘導弾を開発しているのだが、その内の一つに艦船から発射する対空誘導弾…つまりは艦対空ミサイルも存在する。

本来ならそれを装備する予定だったのだが、KAN-SEN達からしてみればミサイルは未知の兵器であり、如何せん従来の兵器よりもより入念な慣熟訓練が必要となってしまっており、それ故に今回カルトアルパスに派遣されたアイリス・ヴィシア艦隊は訓練時間の関係もあってミサイル類を装備していない。

 

「ですが、無理に装備しても私達では使い熟せるかどうか…」

 

「分かってるよ。使い慣れない道具を無理やり使ってもロクな事にはならん」

 

申し訳なさそうなジャンヌ・ダルクにフォローの言葉をかけた指揮官が、通信機のマイクに向かって指示を出す。

 

「サン・ルイ、駆逐艦を連れてミリシアル艦隊の防空支援を頼む」

 

《承知した。しかし、駆逐艦全てをミリシアル艦隊の支援に向かわせるのか?それではそちらの防空が…》

 

「問題無い。こちらにはエミール・ベルタンにラ・ガリソニエール、アルジェリーも居るし、リシュリュー達戦艦の弾幕もかなりの物だ。だが、ミリシアルはそうは行かん。"世界最強"のミリシアルの船が一方的に沈められれば、グラ・バルカス帝国の目論見通りになってしまう」

 

《…分かった。指揮官、貴方に神のご加護のあらんことを》

 

指揮官から指示を受けたサン・ルイが総勢8隻の駆逐艦を連れて増速し、艦隊の最前列に位置するミリシアル艦隊を左右から挟み込む形で布陣する。

 

「敵編隊、距離10000!低高度目標50、中高度目標30です!」

 

「来たか…サン・ルイ。距離5000辺りから迎撃を開始しろ。戦力の振り分けは…お前に任せる」

 

《承知した。では、ル・マラン、ル・トリオンファン、ヴォークランに中高度の対空射撃を任せよう》

 

レーダーからの情報で敵攻撃隊が間近に迫っている事を報告するジャンヌ・ダルク。

それを聞いた指揮官は再び通信機越しにサン・ルイへ指示を下した。

そうしている間にもPPIスコープ上に映し出された幾つもの光点は、徐々に接近してくる。

 

「距離8000!7000…6000…5000!前衛艦隊対空砲火、開始!」

 

──ドドドドドドドッ!ドドドドドドッ!

 

ジャンヌ・ダルクが視線をPPIスコープから前方へと向けた瞬間、轟雷にも似た砲声が海上に鳴り響いた。

まるで記者会見におけるフラッシュの嵐を思わせるようなマズルフラッシュの連射…それは空へ無数の砲弾を撃ち出し、全速力で向かってくる敵編隊へ飛翔する。

 

──バババババババッ!

 

青空に咲く黒い爆煙の花。

それは花粉のように周囲へ金属片を撒き散らし、運悪くそれに絡め取られた敵機は外皮をズタズタに引き裂かれ、黒煙と共に海へと堕ちて行く。

そして、猛烈な対空砲火を掻い潜った幸運な者も少なからず存在したが、生憎彼らが胸を撫で下ろす暇は無かった。

 

──ドドドドドドドドッ!ドドドドドドッ!

 

再び巻き起こる死の花舞う鉄の暴風。

それは幸運な者達を、一足先に逝った不幸な者達と同じ運命を歩ませる事となった。

 

「おーおー…スゲェ弾幕だ。流石はクロキッド製の最新鋭両用砲だな」

 

次々と撃ち落とされる敵機の姿を眺めていた指揮官が、どこか感心したように呟く。

というのも駆逐艦の主砲や巡洋艦、戦艦の副砲はクロキッド製の最新鋭両用砲『Mk42 5インチ単装速射砲』に換装されていた。

この速射砲は従来の『Mk12 5インチ砲』の後継として開発されたものであり、主に射程と発射速度を向上させた物だ。

その射程はMk12の約16000mに対して凡そ1.5倍となる約24000mとなり、発射速度に関しては毎分15発のMk12を大きく上回る毎分40発だ。

そして現在、敵編隊に対して41門もの砲口が向けられており、全力射撃が行われている。

つまり、単純計算で毎分1640発もの5インチ砲弾─しかも全て近接信管搭載─が襲い掛かって来るのだ。

そんな濃密な弾幕に鈍足な攻撃機で突っ込む羽目になる敵パイロットは気の毒としか思えない。

更に、奇跡的にそれを掻い潜れたとしても2段目がある。

 

──ダラララララララッ!ダラララララララッ!

 

海面ギリギリへ逃げた雷撃機と、咄嗟に高度を上げた急降下爆撃機は5インチ砲による弾幕を回避し、幾人もの戦友を葬った敵艦に復讐すべく魚雷や爆弾を投下しようとするが、投下コースに乗った瞬間に凄まじい発射速度を持つ機関砲の掃射によって粉微塵に吹き飛んだ。

 

「あれが北連の最新鋭対空機関砲…あんなに正確に狙えるなんて…訓練でも扱いましたが、改めて目の当たりにすると圧倒されてしまいます」

 

感心を通り越し、もはや絶句しそうなジャンヌ・ダルクが自らの艦体に搭載された同型の機関砲へチラッと目を向ける。

それは、密閉砲塔に30mm連装機関砲を搭載した物々しい雰囲気を持つ北連のグラーニン記念設計局製『AK-230』である。

毎分1000発もの発射速度を持つリヴォルヴァーカノンを2門、つまり毎分2000発もの発射速度を発揮しながらも火器管制レーダーと連動しているため、従来の対空機関砲よりも優れた命中率を誇る代物だ。

それが26基…つまり毎分52000発もの30mm砲弾が襲い掛かってくる。

そこにダメ押しとばかりに最終防空火器として無数の20mm機関砲まであるのだ。

そんなハリネズミが如き対空射撃の嵐を前に、グラ・バルカス帝国が誇る航空隊は徐々にその数を減らして行った。

 

「はー…全部叩き落とすのは厳しいと思ってたが…これなら案外イケそうだな」

 

黒煙が立ち込める空を遠目に、指揮官は半ば呆れたように告げた。

確かにこのまま行けば大した被害も無く、襲い来る敵機を殲滅する事も出来るだろう。

しかし、敵は何も真正面から飛来する航空機ばかりではない。

 

「っ…!水上レーダーに反応あり!数1、大型戦艦…来ます!」

 

「ヤツか…気合い入れねぇと不味いな…」

 

ジャンヌ・ダルクからの報告を受け、これまでに無い緊張感を覚える指揮官。

その額には一筋の冷や汗が流れ、床に滴った。




そう言えばようやくノースカロライナのバニー衣装が来ましたね!
あれは買いですよ、マジで


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198.胸騒ぎ

アズレンも早いもので4周年ですねぇ…
生放送で何が発表されるのか楽しみ過ぎて若干寝不足です


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス沖──

 

「艦長、間もなくフォーク海峡へ突入します」

 

大海を北上する戦艦『グレードアトラスター』の艦橋で、操舵手が緊張を顕にした面持ちで告げた。

 

「うむ。総員、警戒を厳にせよ!奴らは今まで戦ってきた連中とは違う!油断すれば、我々は艦と運命を共にする事になるだろう!」

 

その言葉に艦長であるラクスタルが応え、放送を使って艦内全体へ戒めの言葉を行き渡らせる。

今までグラ・バルカス帝国海軍が相手にしてきたのは帆船や手漕ぎ船…そんな負ける方が難しいような敵ばかりを相手にしてきたが故に海軍全体には、慢心や油断が蔓延っていた。

しかし、此度の相手は"世界最強"と名高い神聖ミリシアル帝国と、二番手のムー。

そして列強国を打ち倒し、新たな文明圏の防衛軍と名乗るアズールレーンだ。

 

「しかし、艦長。ミリシアル海軍はマグドラ群島にて東征艦隊に敗北しましたし、ムーに至っては複葉機や旧世代戦艦が主力…アズールレーンはポッと出の新顔ですし、我々の敗北はあり得ないのでは?」

 

そうラクスタルに進言するのは、副長であるカーベンだ。

一見すると彼もまた油断と慢心に塗れているようだが、実は違う。

先程カーベンが述べたような考えを持っている者はグレードアトラスター内にも少なくない。

そんな考えを持ったまま戦闘に突入すれば間違いなく痛い目を見るだろう。

そこでカーベンは敢えて愚者を演じる事でラクスタルに説明の機会を与えたのだ。

 

「カーベン副長、それは違うぞ」

 

勿論、ラクスタルはカーベンの思惑に気付いていた。

それ故に気の利く副長に内心感謝しながら、ラクスタルは言葉を続けた。

 

「確かに東征艦隊はミリシアル艦隊に勝利こそしたが、圧勝や快勝の類いではなく"辛勝"と言うべきものだったようだ。中でも、『オリオン級戦艦』の『プロキオン』は敵の新兵器が直撃し"一撃"で轟沈したと聞く。如何に旧式とは言え、戦艦を一撃轟沈へ追い込む兵器だ…このグレードアトラスターでも複数発喰らったらどうなるかは分からない」

 

その言葉に艦橋内の空気が引き締まる。

報告は聞いている筈だが、やはり艦の最高責任者である艦長が危惧しているという事実はかなり効いたようだ。

 

「そして、ムーだが…アレも今では侮れない戦力だな。如何にして用意したのかは不明だが、我が国の"幻の戦艦"『ダイモス級巡洋戦艦』に酷似した戦艦や『ペガスス級空母』に匹敵する大型空母を配備している。それに加え、魚雷を開発したようだ。少なくとも駆逐艦と航空機に搭載しているらしい。…諸君らは諜報部の話と違うと思っているだろうが、諜報部の情報が間違っているのは今に始まった事ではないだろう?」

 

ラクスタルの言葉に幾人かがバツの悪そうな表情を浮かべる。

確かに諜報部からの情報は信頼性が低いという風潮だったが、帝国がこの世界に転移してからはそれなりに正確な情報を寄越すようになっていた為、軍内では「ようやく改善されたか」という声が挙がっていたのだ。

 

「では、アズールレーンはどうでしょうか?」

 

「うむ。実を言うと、私はアズールレーンこそが最大の脅威だと感じている」

 

愚者を演じてくれていたカーベンだが、ラクスタルの言葉に純粋な驚きの感情を顕にする。

 

「と、申しますと…」

 

「彼らが表舞台に姿を現したのは、凡そ2年半前…ロデニウス連邦と、パーパルディア皇国が戦争状態にあった時だ。それ以前の彼らの動向は殆ど情報が無い。まるでいきなり…"ある日突然、この世界に現れた"かのようだ」

 

「…つまり、彼らも我々と同じようにこの世界に転移してきたと?」

 

カーベンの言葉に、ラクスタルは頷いて言葉を続けた。

 

「ロデニウス大陸の名はレイフォルに残されていた文献等で残っている事から、ロデニウス連邦自体が転移してきたという事は無いだろう。しかし、文献に残るような大陸にある国家がこれまで表舞台に出て来なかったというのは余りにも不自然…そうなると、アズールレーンという組織のみが転移し、ロデニウス連邦を作り上げたと考えるのが道理だろう」

 

「な…なるほど…」

 

「そして、私が思うに…ムーが突然力を付けた要因は、おそらくアズールレーンの介入があったからだろう」

 

そこまで述べたラクスタルは一息つき、徐々に近くなる特徴的な2つの岬を一瞥すると話を続ける。

 

「レイフォリアで傍受したムーのテレビ放送で、ムー・ロデニウス連邦間の航空国際線を運行する合弁会社を両国間で開業したと伝えていた。15000kmも離れた大陸間を繋ぐ航空路線をわざわざ運営するなぞ、よほど関係が深く無ければ出来ないだろうな」

 

「つまり…ロデニウス連邦ないしアズールレーンは自国の戦力を整えつつも、ムーへ戦艦や空母を輸出出来る程の生産力を持っていると?」

 

「しかも、長距離を航行出来る旅客機を開発する能力がある…。決して見縊って勝てるような相手ではない」

 

「艦長!」

 

今一度、気を引き締めるような言葉を発したラクスタルへ、見張員が声をかけた。

 

「フォーク海峡上空に黒煙が漂っています!おそらくは煙幕ではないかと…」

 

「黒煙?」

 

ラクスタルは怪訝そうな表情を浮かべる。

確かに、海戦において敵の攻撃を妨害する為に煙幕を用いる事はよくある。

しかし、ラクスタルが見るにその黒煙は些か高い位置にあるように見えた。

 

「…いや、あれは煙幕ではない!」

 

愛用の双眼鏡で黒煙の方向を注視する。

そうして、ラクスタルはその黒煙の正体に気付いた。

 

「あれは対空射撃の爆煙だ!何という弾幕だ…攻撃隊が次々と落とされているぞ!」

 

思わず驚愕の表情を浮かべてしまうラクスタル。

彼が目にしたのは、恐ろしい程のレートで砲弾を打ち上げる艦船の姿と、上空で炸裂する砲弾に絡め取られる『リゲル型雷撃機』と『シリウス型爆撃機』の姿であった。

この世界に転移してからというもの、幾隻もの帆船を海の藻屑にしてきた帝国が誇る攻撃機が為すすべもなく叩き落されてゆく姿は、ラクスタルを慄かせるには十分過ぎる光景である。

 

「っ!敵艦、発砲!」

 

「何っ!?まだ50kmは離れているぞ!」

 

そんな中、見張員が切羽詰まったような口調で報告し、それを聞いたカーベンが目を見開いた。

グレードアトラスターの強みと言えば圧倒的な威力と射程を誇る46cm砲だ。

その威力はグレードアトラスター級以外の戦艦を容易く轟沈せしめる程の威力であり、最大射程は42kmにも及ぶ。

しかし、敵艦はグレードアトラスターの最大射程を上回る距離50km先から砲撃してきたのだ。

それ故、乗組員は"敵はこちらよりも優れた砲を持っている"と考え、思わず被弾の衝撃に耐えるべく身構えた。

 

「…ちゃ…着弾しましたが…」

 

だが、それは杞憂に終わった。

敵艦が放った砲弾はグレードアトラスターの進行方向…つまりは前方、凡そ10kmの辺りに着弾し、水柱を上げるだけで終わった。

 

「ふぅ…やはり、当たる訳がないか…」

 

盛大に外れた事にホッと胸を撫で下ろすカーベンだが、彼の隣でラクスタルは険しい表情を浮かべていた。

 

(あれは当てようとは考えていないな…むしろ、こちらに釘を刺す為の威嚇だな。「こちらもそれなりの砲を持っているぞ」とでも言っているようだ)

 

そんな事を考えながら、ラクスタルは再び双眼鏡を覗いた。

 

「副長、我々が入港した時より戦艦が少なくなっていないか?」

 

「…確かに、そのようですね…。3隻程少ないようです。もしや、退避した外交官の護衛に回したのでは?諜報部もミリシアルからの要請で各国の外交官は退避し、カルトアルパスからアズールレーンとムーの戦艦、計3隻が出港したとの情報を寄越していましたから…」

 

ラクスタルの言葉に、カーベンが応える。

確かに諜報部からの情報でそれは聞いている。

しかし、ラクスタルは戦艦という一大戦力を護衛に充てるという愚を行う筈が無いと考え、それは信じていなかった。

 

「どうやら、今回ばかりは諜報部が正しかったようですな。連中、せっかくの数の優位を手放すとは…このような判断をした者の顔を見てみたいものです」

 

「あぁ…そうだな…」

 

確かに戦艦が3隻も不在なのは、こちらからしてみれば有り難い話だ。

だが、ラクスタルは胸中に渦巻く不信感を拭えずにいた。




ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、新作投稿しました
続くかどうかは分からない上に、なんならもう辞めようか揺らいでますがね


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199.意識外から

Zakuweru様より評価10、蓬月 瞠様より評価3を頂きました!

アズールレーン配信4周年おめでとうございます!
いやー、今年の生放送も情報盛り沢山でしたね
待ちに待った島風の実装に、初期からエネミー限定だった筑摩の実装…さらには久々のSSR改造で夕立改!
そして14章実装や新コンシューマーゲームの発表と、グリッドマン&ダイナゼノンコラボ…
個人的には大和型が来るか?と思ってましたが…まあ、それは5周年に期待しましょう


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

ムー艦隊の旗艦を務める最新鋭空母『ラ・ヴォルト』の艦橋に設けられた司令部では、司令官であるレイダーがアズールレーン艦隊から発せられた"敵戦艦接近"の報を受け、分厚い本を片手に机上の海図を睨み付けていた。

 

「敵戦艦…グレードアトラスターの主砲は46cm3連装が3基9門、最大射程は最低でも42km。威力は…言うまでもないな…」

 

レイダーが目を落とす海図…それはカルトアルパス周辺を描いたものであり、海図上には木製の船を模したブロックが幾つも置かれている。

 

「司令、やはりここは艦載機による雷撃を行うべきでしょう。我々の艦隊に残った戦艦…ラ・カサミではおそらく敵戦艦に対する有効打は与えられません。しかし、魚雷なら…」

 

レイダーに意見を述べたのは、ラ・ヴォルトの艦長であるケネス・ユーラティネンであった。

彼の手にもまた、レイダーが持つ物と同じ分厚い本がある。

 

「確かにそうだな。この本が正しければ、敵戦艦の舷側装甲は最大で410mmもある。ラ・カサミの主砲では弾かれてしまうな」

 

一旦本を閉じ、ハードカバーの表紙をコンコンッと拳で叩くレイダー。

その表紙には箔押し加工で『ジョーンズ海軍年鑑』と記されている。

この本はアズールレーンが発刊した各国軍艦の基礎情報を纏めた物であり、情報共有の一環としてムーに配付されている物だ。

基本的には寸法や基本武装等が記載されているだけなのだが、グラ・バルカス帝国軍艦に対しては速力や装甲厚、搭載機数等が詳しく記されている。

勿論、グラ・バルカス帝国が親切に情報を寄越した訳ではないし、アズールレーンがスパイを使ったという訳でもない。

 

「確か…アズールレーンに所属する『重桜』の『大和型』と呼ばれる戦艦と似通っているんでしたね?」

 

「あぁ、そうだ。何故、グラ・バルカス帝国の軍艦と彼らの軍艦が似通っているか気になる所ではあるが…まあ、今はそれは気にしない事にしよう。こんなに詳細な情報が手元にあるんだ。それを活かし、無礼な連中の鼻を明かしてやる事にしよう」

 

そう、実はアズールレーンに所属する重桜艦隊のKAN-SENのスペックを丸写ししただけなのだ。

無論、細かい点は違っている可能性が大いにあるが、ムー大陸周辺でのグラ・バルカス帝国軍艦の目撃情報から得られた姿や、ロデニウス大陸近海で鹵獲された潜水艦の解析結果から重桜艦に非常に酷似している事は間違いない為、このような事になった。

 

「司令、では…」

 

「うむ、雷撃機を用いた魚雷による攻撃を敢行せよ」

 

現在のムー海軍には魚雷があり、航空魚雷を搭載できる雷撃機が存在する。

如何に優れた防御力を持とうが、魚雷によって喫水線に幾つもの穴を空けられては如何なる船も沈む筈だ。

それを理解しているからこそ、レイダーは雷撃機の発艦を命じた。

 

「了解!攻撃隊に通達!準備が出来次第、発艦を…」

 

「あぁっ!」

 

命令を下そうとしたケネスだったが、その声は通信士の悲鳴のような声によって掻き消された。

 

「おいっ!どうし…」

 

──ボンッ!

 

命令を阻害した通信士を怒鳴り付けようとしたケネスは、言葉が続かなかった。

それもその筈。

通信士の視線の先には、大きな水柱に包まれる『ラ・コスタ級空母』の1隻『ラ・ラシュコ』の姿があったからだ。

 

「なっ…何だ…?まさか…敵の砲撃…?」

 

あっという間に傾斜が増し、転覆してゆくラ・ラシュコの姿に理解が追い付かないケネス。

いや、ケネスだけではない。

司令部に居る士官達皆が驚愕の余り目を見開いている。

そんな中、レイダーは額に冷や汗を浮かべながら鋭い声で叫んだ。

 

「敵機!敵雷撃機だ!攻撃隊、発艦中止!回避行動に移れ!」

 

大きな水柱により発生した水煙の向こうに見える幾つかの影。

それは海面スレスレを這うように飛び、ムー艦隊へ向かってくる。

 

「っ!回避!回避ー!」

 

気を取り直したケネスが叫ぶように指示を飛ばす。

それを受けた操舵手の操艦により、ラ・ヴォルトの艦体は傾斜しながら大きく時計回りに旋回した。

 

「うぅぅぅっ…!くっ…一体どこから…っ!?」

 

海中を進む白い航跡の軌道から逃れられた事に胸を撫で下ろしながらも、素早く思考を巡らせる。

轟沈したラ・ラシュコはラ・ヴォルトの3時方向、西側に居たはずだ。

そして、敵機から飛来したのは西側…つまり、敵機は西側の岬を飛び越えて来たという事になる。

しかし、レイダーは腑に落ちなかった。

元々ムー艦隊はグレードアトラスターがレーダー射撃を行う可能性があると判断し、敵レーダーが地形で乱反射する事を狙って西側の岬の側に布陣していた。

しかし、そうなると岬の向こう側から敵艦載機による奇襲を受ける可能性も生まれる。

それ故、ムー艦隊は岬を飛び越えて飛来する敵機を警戒する為に対空レーダーを向けており、レーダーで敵機を捉え次第艦隊の近くで待機しているディープ・マリン部隊による迎撃を行う手筈となっていた。

だが、レーダーは敵機の姿を捉えられずに奇襲を許してしまった。

レーダーの故障か、はたまたレーダー手の練度不足か…様々な可能性を探っていたレイダーだったが、ふと机上に広げていた海図が目に映った。

 

「…っ!こ、これは!」

 

艦隊の動きを把握する為のブロックが置かれていた海図は、先程の回避運動の傾斜によりブロックが全て滑り落ちてしまっている。

そして、無駄な情報が無くなった為かレイダーは自らの"見落とし"に気付く事が出来た。

 

「た…"谷"だ!奴ら、岬の谷を縫って来たというのか!?」

 

レイダーの考察は当たっていた。

カルトアルパスへ向かったグラ・バルカス海軍航空隊は、濃密な防空網を前にして攻撃は難しい判断すると、攻撃隊の一部を迂回させていたのだ。

しかも、岬の地表にある波と風で侵食されて出来た複雑な谷を縫うように飛行し、レーダーと肉眼による観測を避けるという念の入れようだ。

これはレイダーも面食らった。

確かに可能性の一つとして考えられたが、重たい魚雷を積んだ雷撃機がそのような曲芸じみた機動をする訳が無いと判断し、自軍の雷撃機パイロット達もそんな芸当は不可能だと言い切った。

しかし、現状はこのザマだ。

グラ・バルカス帝国のパイロットはムーのパイロットを上回る技量と度胸で、不可能と思われた奇襲を成功させたのだ。

 

「奴ら…何て腕前だ!くっ…ディープ・マリン部隊を直ぐに呼び戻せ!」

 

「了解!」

 

ケネスが指示を出し、それを受けた通信士が艦隊の前方やや東側の低空で空中待機していたディープ・マリン部隊へ呼び掛ける。

 

「司令、ミリシアルの都市防衛隊から緊急通信!読み上げます!《敵機により攻撃を受けている。至急、応援求む!》…以上です!」

 

「ミリシアルから!?」

 

別の通信士からの報告を受け、カルトアルパス市街地に目を向けるレイダー。

よく見ればカルトアルパスの一角には黒々とした煙が立ち昇っており、低空には何機かの敵機が飛んでいた。

 

「っ……ど、どうすれば…!」

 

レイダーは2つの選択肢を前にして迷っていた。

ミリシアルの要請を受け、応援を送れば自分達に危険が及ぶ。

かと言ってミリシアルの要請を蹴って自分達を守れば、カルトアルパスに住まう何の罪も無い市民が命を落とす。

軍人として部下を守るか他国の一般市民を守るか…

 

「ミリシアルより再び緊急通信!スピーカーに繋げます!」

 

《─ザッ…こちら、カルトアルパス防衛隊!頼む、誰でもいいから応援を頼む!敵機が向った方向には学校があるんだ!このままでは…未来ある子供達が!》

 

防衛隊の誰が話しているかは不明だが、この上なく切羽詰まったような言葉だ。

 

《私が行こう!》

 

「き、貴官は!?」

 

無線機から聴こえたのは、何とも頼もしい渋い声。

それと同時に、4機のディープ・マリンが1000馬力のエンジンを轟かせながらラ・ヴォルト上空をパスしてカルトアルパスへ向かった。

 

《第一航空小隊、カルトアルパス救援へ向かう!》

 

ムー屈指の飛行士であり、英雄と名高いアックタ・ローメルと彼が率いる3機からなる第一航空小隊であった。




そう言えばメンテ情報にありましたが、どうやら今年中に建造URがもう1隻来るそうで…
新規なのか、それとも信濃復刻なのか…


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200.哀戦士達

五里様より評価10、雲外鏡様より評価9を頂きました!

島風イベントも今日までですが、皆様は島風…手に入りました?
私は勿論手に入れましたし、シーズンパスも買ってMETA扶桑も手に入れました

シーズンパス…オススメですよ

というかナンバリングで200話到達しましたね


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス上空──

 

煉瓦やコンクリートで造られた建物が建ち並ぶ区画整理された街並みを、屋根を掠める程の低空を何機かのプロペラ機が飛行している。

よく見ればプロペラ機は単葉機と複葉機の2機種が存在し、その内の単葉機は複葉機から追跡されている形だ。

 

「クバン、トーゴ、テレジア。敵機は8機、おそらくは対地攻撃用の爆弾を搭載した雷撃機だ。1人辺り2機を墜とすぞ。…やれるか?」

 

前方を飛行するグラ・バルカス帝国の『リゲル型雷撃機』の尻を睨み付けながら、それを追う形となっている4機の『ディープ・マリン』から構成される第一航空小隊の隊長であるアックタが無線機を通して隊員達に問いかけた。

 

《もちろんですとも、大佐。我らがやらねばミリシアルの子供達が連中に殺されますからね。体当たりしてでも止めてみせますよ!》

 

アックタの言葉に最初に応えたのは、副隊長でありアックタの同期であるクバンである。

彼は長距離飛行の記録を持ち、エンジントラブルに陥った際も上昇気流を利用して空港まで辿り着いた腕前の持ち主だ。

 

《…無論》

 

次に短い言葉で応えたのは、元郵便機パイロットであるトーゴだ。

彼はかつて郵便機を操縦している際に、レイフォルの脱走兵で組織された盗賊のワイバーンから襲撃された事があるが、機体の限界ギリギリを見極めた機動で非武装の郵便機でワイバーンをマニューバキルするという逸話の持ち主である。

 

《はんっ!アタシの孫ぐらいのガキンチョが居るんだってね!そんな事聞いて、黙ってられるかってんだ!》

 

最後に応えたのは、ムー唯一の女性パイロットであるテレジア。

先程紹介したトーゴが操縦する郵便機を襲った盗賊の討伐で活躍した経歴を持ち、ムーでは数少ない撃墜記録の持ち主だ。

 

「血気盛んでよろしい。だが、あえて言うが…死ぬなよ!」

 

《了解!》

 

ムー航空隊のベテランが揃ったドリームチームとも言うべき第一航空小隊の士気は非常に高い。

異国の民間人相手であっても、力無き者を守る為なら彼らは命を賭ける事も惜しまないだろう。

そんな頼もしい部下にアックタは激励の言葉をかけ、その言葉に3人は更に奮起したようだ。

 

「っ!回避!」

 

──ダダダダダッ!

 

前方のリゲルを注視していたアックタの目は、リゲルのキャノピー後端が瞬いたのを見逃さなかった。

防御用の機銃だ。

それを察知した彼は部下達へと回避を指示するが、彼らはやや食い気味に回避行動へ移っていた。

 

「ふんっ!」

 

勿論、アックタも回避する。

プロペラの反トルクを利用して機体を左側へロールさせれば、先程まで自機が居た場所に曳光弾による光のラインが引かれた。

もし、気付かなければ真正面から鉛玉を喰らっていただろう。

その様を想像するだけでゾッとする。

だが、アックタは同時に一種の高揚感も覚えていた。

 

(この感覚…久方ぶりだ…!)

 

異世界から転移してきたムーにはワイバーンや火喰い鳥と言った生物は居らず、長年侵略者達が駆るそれらに苦しめられてきた。

そんなムーが自分達が持つ優れた科学技術を以て空を目指すのは当然の帰結であり、アックタ自身もテストパイロットとして危険な目に遭いながらも無辜の民を守る為に尽力したという自負がある。

それ故か彼は危険が増す程に"燃える"性分であり、一歩間違えば死が待ち受けるこの状況を何処か楽しんでいるかのようだ。

 

「これが…我が最後の奉公!不遜なる者よ、受け取れ!」

 

機体を安定させ、トリガーを引く。

 

──ダダダダダダダダッ!

 

機首に装備された2門の12.7mm機銃が火を吹き、吸い込まれるようにして敵機へ曳光弾の光が伸びてゆく。

 

《うわぁぁぁぁっ!来るな!来るなぁぁぁっ!》

 

混線した無線から断末魔の悲鳴が聴こえる。

恐らくはアックタが狙った敵機のものだろう。

多少の防弾こそあるが、ディープ・マリンの低速性能と小回りを活かした張り付くような銃撃の前では余りにも心許ない。

アックタ機はリゲルの背後にピッタリと張り付き、苦し紛れの機銃をクルクルと避けながら主翼を執拗に狙い続ける。

 

《がっ……ザーー…》

 

短い悲鳴の後にノイズが聴こえたかと思えば、リゲルの主翼がもげるように脱落し、それを追うように胴体もカルトアルパスの通りへと堕ちていった。

 

「よしっ!次は…」

 

《えぇい!しっかりしな!このポンコツめ!》

 

次なる目標へ向かおうとしたアックタの目に映ったのは、黒煙を吐きながらヨロヨロと飛んでいるディープ・マリン…垂直尾翼にジャガイモの花を描いたテレジア機だ。

 

「テレジア!?」

 

《クソッ!やられちまったよ!ガソリンが漏れて酷い臭いだ!》

 

しゃがれた声で応えるテレジアだが、アックタは彼女の僅かな違和感に気付いた。

 

「テレジア、苦しそうだが…」

 

《あぁ…気付かれちまったかい。…腹わたが出ちまってんだよ。クソッタレめ…せっかく墜としたのに、最後っ屁をかまして…》

 

よく見れば、テレジア機からはガソリンと共に赤い液体が漏れ出している。

おそらく、敵機に致命傷を与えたものの生き残った機銃手が彼女を道連れにするために放った弾丸がガソリンタンクと彼女を穿ったのだろう。

 

「テレジア!今すぐに降りれそうな場所を探し…」

 

《バカな事言うんじゃないよ…こんなんで着陸なんて…ゴボッ!ゴボッ!》

 

無線機越しに水っぽい咳が聴こえる。

彼女自身、気付いているのだろう。

もう助からない…このまま着陸場所を探そうにも、その途中で息絶えてしまうだろう。

そうなれば、主を失った機は何処に墜ちるか分からない。

 

《…行きな。こんな棺桶に片脚突っ込んだババアの死に目に遭いたくはないだろ?》

 

「…すまん」

 

テレジア機の進行方向にはちょっとした広場があった。

滑走距離が短いディープ・マリンですら着陸は不可能な程の面積だが、幸いにも周囲の建物は頑丈そうなコンクリート造りだった。

それが何を意味するか理解したアックタは、唇を噛み締めながらムー航空隊の紅一点へ別れを告げた。




そういえば急な仕様変更でアズレンが荒れてましたが、牧場をやっていない私はあまり実感がありませんね…
ただ、確かに仕様変更するなら前もって予告はしてほしいものです

まあ、毎週燃料が4000と色々貰えるようになるので、それはありがたいですね


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201.いくつもの愛をかさねて

秋月艦隊様、ユニオン様より評価9を頂きました!

投稿が遅くなってしまい申し訳ありません
ちょっと色々忙しかったり、Skeb依頼品を仕上げてたらこんなに遅く…


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス上空──

 

《ぬぉぉぉぉぉぉっ!》

 

「っ!?この声…トーゴか!?」

 

ムー航空隊の紅一点を喪った事により喪失感を抱えるアックタの耳に届いたのは、無線機から聴こえる鬼気迫る男の雄叫びであった。

その声の主は紛れもなく、寡黙な元郵便機パイロットのトーゴだ。

普段から最低限の言葉しか発さない彼がこんなにも激しく発声するとは、よほどの事が起きたのだろう。

それを確かめる為に、アックタは素早く首を左右に振って周囲を見渡す。

 

「……あれか!」

 

尾翼に切手を模したエンブレムを描いたトーゴ機の姿は直ぐに発見する事が出来た。

しかし、トーゴ機の状況は良いとは言えないだろう。

 

《がっ…!ぬぅぅぅっ!》

 

トーゴ機は敵機の真後ろにピッタリと張り付いて銃撃を行っているが、敵機とて黙って撃たれている訳ではない。

防御機銃を間断なく打ち続け、トーゴ機へ何発も命中弾を与えながら小刻みに機体を横滑りさせる事でダメージを分散させているようだ。

 

「トーゴ!それ以上は無茶だ!直ぐに帰投しろ!」

 

《無用…っ!直ぐに…終わる…》

 

トーゴ機は射撃訓練で使われた標的機が如く穴だらけになっており、主翼に至ってはいつ千切れてもおかしくは無い。

しかし、それでも彼が撤退しないのは、民間上りとはいえ彼もまた市民を守る軍人だからに他ならない。

 

「トーゴ!」

 

《覚悟…!》

 

空中で曳光弾の光が交錯し、それぞれが羽ばたかぬ翼に直撃する。

次の瞬間、敵機の翼から炎が噴き出し、あっという間に火達磨となって空中で爆散した。

恐らくは燃料か油圧油に引火し、燃料タンクに火が回ったのだろう。

 

《…さらば》

 

だが、トーゴ機もただでは済まなかった。

どうにか僅かなフレームだけで支えられていた主翼は着弾のダメージと飛行による風圧で完全に折れ、そのまま不規則な軌道を描いて地へ堕ちてゆく。

 

「トォォォォゴォォォォッ!!」

 

墜ちる戦友へ差し伸べるように手を伸ばすアックタだが、その手が届く筈もない。

トーゴ機はアックタの悲痛な叫びを餞に、黒煙を街並みに立ち昇らせた。

 

《テレジア…トーゴ…二人とも、惜しい人でしたね》

 

「クバン…」

 

立て続けに戦友を亡くしたアックタへ声を掛けたのは、古くからの友人であるクバンだった。

そのままの意味で捉えるなら彼も戦友を喪った悲しみに打ちひしがれているようだが、アックタはその声色に秘めた覚悟を察していた。

 

「…クバン、逝くのか?」

 

《弾がね、無いんですよ。連中の機体、中々に堕ちなくて…狙いが悪かったんですかね?》

 

残りの敵機は2機。

それぞれアックタ機とクバン機の近くに居るが、クバン機は既に弾切れとなっており、アックタ機も弾数は心許ない上にクバン機の方へ向えば残した敵機は爆弾を投下してしまうだろう。

 

「帰投を…」

 

《しません》

 

アックタの提案はバッサリと切り捨てられた。

 

《大佐…いや、"アックタ"。俺はな、戦う術を持たない市民を助ける為に軍人になったんだ。今、ここで俺が逃げたら狙ったのか偶然かは知らないが、連中は学校に爆弾を落として未来ある子供達を何人も殺すだろう。…子供は宝だ。その事に国籍は関係ない…違うか?》

 

「…そうだな、クバン。お前はそういう奴だったな」

 

上官と部下という関係ではなく、敢えて古くからの言葉遣いでアックタに語り掛けるクバン。

実はクバンは捨て子であり、幼少期から18歳になるまで孤児院で育ってきたという経歴がある。

そういう事もあって自分より歳下の子供達の面倒を見てきた彼は子供達に幸福な人生を歩んで貰いたいと常に考えており、今でも軍から出る給料の殆どを孤児院に寄付している程だ。

そんな彼からしてみれば意図的か偶然かは不明だが、大勢の子供達が居るであろう学校を狙うグラ・バルカス帝国は赦せないのだろう。

それこそ、"自らの命を投げ打って"でも阻止しようと考えるぐらいには。

 

《長い付き合いじゃないか。分かってるだろ?…さて、恩給は孤児院に送金するように手続きしてあるから、思い残した事は無い。またな、アックタ》

 

「あぁ、クバン。また、何処かで」

 

まるで喫茶店で談笑した友人同士が帰路につくかのような別れの言葉…しかし、その再会を願う言葉は叶う事はない。

それを理解しているアックタはただ前を見据え、自らが倒すべき侵略者をその双眸に焼き付けた。

 

──《ブゥゥゥゥゥゥゥンッ!》

 

無線機からエンジン音が鳴り響く。

おそらくは、無線機のプレストークスイッチを押したままにしているのだろう。

 

──《ぐっ…!へっ…ざまぁみ……ザーーーッ》

 

クバンの悪態が途切れ、ノイズだけが無情に響く。

それが何を意味するか理解したアックタは、自らの責務を果たすべくスロットルを開けて愛機を増速させる。

 

「テレジア…トーゴ…クバン…」

 

唸るエンジンの轟音の中、先に逝った戦友達の姿を思い浮かべるアックタ。

皆、個性的かつ気の良い者達であった。

しかし、彼等はもう居ない。

軍人として…力を持つ者として義務を果たし、散ったのだ。

 

「皆の思い…決して無駄にはせん!」

 

照準器のど真ん中に敵機の姿を捉え、トリガーを引く。

 

──ドドドドドドドッ!

 

機首に2門装備された12.7mm機銃が火を噴き、曳光弾と焼夷弾の暴風を吹かせる。

 

──ビシッ!ビシッ!

 

それと同時に、まるで鞭で打たれたような音と衝撃がアックタ機に襲いかかる。

それは敵機の防護機銃による銃撃が直撃した音だ。

 

「ぬぅっ!?えぇい、味な真似をぉ!」

 

エンジンに直撃した敵弾によりエンジンオイルが漏れ出し、風防にべったりと黒いオイルがこびり付く。

しかし、アックタは首を傾げてオイルが付着していない箇所から前方を視認し、攻撃を続ける。

 

──ドドドドドッ!カチッ…カチッ…

 

「た…弾切れだと!?くっ…大口径化が仇になったか!」

 

敵機は既に黒煙を噴いており、あと一息で撃墜出来るであろう。

しかし、ここに来てアックタ機も弾切れとなってしまった。

そもそも『ディープ・マリン』の元になった『マリン』は機首に8mm機銃を2丁装備していた。

機首配置の機銃は命中精度が良好な代わりにエンジンや燃料タンク、操縦系統の影響で弾数が少ないというデメリットが存在するのだ。

そんなデメリットを抱えたマリンを近代化改修により12.7mm機銃を装備させたものだから、より弾数が減少してしまっており、それがこの局面で響いてしまった。

無論、アックタもそれは承知していたが、敵機が想定よりも頑丈だった事がより事態を悪化させた。

 

「…ふっ、致し方あるまい」

 

珍しく慌てふためいていたアックタだったが、直ぐに落ち着きを取り戻すとコックピット内に新設されていた赤いボタンに指を掛けた。

 

「ムーの戦士達よ、聴こえるか。私は第一航空小隊隊長のアックタ・ローメルである」

 

無線機の周波数をオープンチャンネルに切り替え、友軍へ…いや、戦場に存在する無線機を持つ全ての者へ呼びかける。

 

「カルトアルパス市街地に存在する学校を狙う敵機…グラ・バルカス帝国航空隊の爆撃機は現在残り1機である。しかし、我が小隊は私を残して全滅しており、我が機も弾切れとなってしまった。…このままでは、未来ある子供達が傲慢なる侵略者の手によって無惨にも殺戮されてしまうだろう」

 

彼は示そうとしていた。

自身の覚悟を、戦友の遺志を…そして、ムーの誇りを。

 

「私はそれを良しとしない!子供達の未来を断ち切るなぞ、神が許しても私が許さん!」

 

自らの覚悟を表すように赤いボタンを渾身の力を込めて押し込む。

 

──ガロロロロロッ!バンッバンッバンッバンッバンッバンッ!

 

エンジンが獣のような唸り声を発し、排気管からは機関銃のように炎と閃光が迸る。

それはアックタ機に取り付けられた試作装備、『緊急ブーストシステム』によるものだ。

これは、『亜酸化窒素』という大気の1.5倍もの酸素含む気体を圧縮して液化させた物を充填したボンベと、噴射装置からなるものであり、これを使用すればエンジンへ大量の低温酸素を送り込む事が出来る為、パワーアップとシリンダー内の異常燃焼を抑制する事が出来るのだ。

しかし、これには致命的な欠点も存在する。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

回転計の針が跳ね上がり、機体がバラバラになりそうな程に振動する。

ディープ・マリンに搭載された1000馬力エンジンは、大量の酸素を送り込まれつつ冷却される事で凡そ1.5倍もの出力を振り絞る事が出来るが、エンジンパワーに機体が追い付けないでいる。

このままだと、エンジンが破裂してしまうだろう。

しかし、彼に恐怖は無い。

 

「行け、マリン!誇りと共に!!」

 

恐怖の代わりに脳裏に浮かんだのは、ムーの未来を担う若者達の姿であった。

戦艦の力を持つ少女に、いくつもの新兵器を開発する技術士官、最年少艦長に相応しい能力を身に着けるべく日々努力する戦術士官…

 

──ボンッ!

 

オイルで濡れた風防越しでも分かる程の閃光と熱。

僅かに確保出来る視界からは、炎と真っ赤に焼けたピストンが見える。

どうやらエンジンの急激なパワーアップに耐え切れなかったシリンダーヘッドが弾け飛んだのだろう。

こうなればもう飛べない。

だが、もう飛ぶ必要は無い。

 

「ヤンマイ…後は頼む…」

 

身を焦がすような熱と激しい衝撃の中、彼は愛弟子へ別れの言葉を紡いだ。




次回は漸くGAとの対決ですね


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202.護教騎士

最近、寒くなりましたがあと1週間もすると更に寒くなるようで…
皆様も、体調にはお気を付け下さいね
今年はインフルエンザが大流行するとかいう噂もありますし…

そう言えば、ようやくエンタープライズとオイゲンにL2D衣装が実装されましたね!
いやー…どっちもL2Dとは思えぬ動き…あれは買いですよ


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

「いい人達だったのに…」

 

数多の航空機が海の藻屑となり、勇敢な戦士達が散った空を見上げる『ダンケルク』の灰色の髪が海風に舞った。

彼女はムーと初めて接触したKAN-SENという事もあって、サモアへ留学したムーの人々の多くは彼女との面会を希望し、彼女も新しい知人を作れるという事もあり快く面会を承諾していた。

勿論その面々の中にはアックタを始めとする第一航空小隊も含まれており、ダンケルクは彼らと個人的な文通をするぐらいに仲が良かった。

言ってしまえば彼女は短時間の間に多くの友人を喪ってしまった事になるが、悲しんでいる暇は無い。

 

「…彼らの誇り高き魂に、安らぎのあらん事を」

 

瞳を閉じ、祈る。

 

「さあ、行くわよ。指揮官には沈めない程度にと言われたけど…すまない、敵に手加減など出来るはずがないわ」

 

次に瞳を開けた時には、彼女の瞳に悲しみは無かった。

そこにあるのは、まるで研ぎ澄まされた刃のような鋭い戦意。

そこに居るのはお菓子作りが得意なお姉さん、ダンケルクではない。

ヴィシア聖座の一角、絶望な状況にありながらも果敢に戦い続けた護教騎士『ダンケルク』である。

 

「全砲門、目標敵戦艦『グレードアトラスター』!彼らの犠牲…無駄にはするな!」

 

ダンケルクの主兵装である33cm52口径4連装砲2基が、その砲口を迫りくる島のような黒鉄の巨艦…グラ・バルカス帝国海軍戦艦『グレードアトラスター』へ向けられる。

戦力予想では敵艦は戦艦の中でも最強と目される『大和型』に匹敵、或いは凌駕するとの事だ。

正直言ってダンケルクの主砲では決定打を与える事は不可能だろう。

しかし、だからと言って打つ手が無い訳ではない。

 

「レーダー測距儀…よしっ!光学測距儀…よしっ!距離方位算出…仰角調整…完了!主砲斉射、feu!」

 

──ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

艦の前方に集中配置された4連装砲が発射タイミングを僅かにずらしながら火を噴き、8発の33cm砲弾が強装弾の力を以てして高初速で飛翔する。

 

──ズドォォンッ!ズドォォンッ!

 

ダンケルクの砲撃を鏑矢として、戦列を共にする『リシュリュー』と『ジャン・バール』も砲撃を開始する。

合計24発もの斉射…そこらの艦であればスクラップになってしまう程の投射量だ。

しかし、相手は現時点での"世界最強戦艦"である。

一方的に攻撃されて黙ってる訳が無い。

 

──ゴォォォンッ!ゴォォォンッ!

 

遠雷のような轟音が海上に響き渡り、20km以上先にある敵艦が爆煙に包まれる。

砲撃が命中した…のではない。

 

「っ!!敵艦発砲、回避する!」

 

それは敵艦による発砲だ。

おそらく敵戦艦の主砲は46cm…その暴力的な破壊力を受けてしまってはダンケルクは勿論、リシュリューとジャン・バールもタダでは済まないだろう。

 

《各員、回避に専念!恐れ、慌てる必要は無い!我らには天の加護がついている!》

 

《祈りは終わりだ。回避行動、モタモタするんじゃないぞ!》

 

それは二人の指導者も理解している。

すぐさま麾下のKAN-SEN達へ回避を指示すると、自らも回避運動へ移る。

 

──ズゥゥゥゥンッ…ズゥゥゥゥンッ…

 

遠くに幾つもの水柱が上がり、その衝撃が海中を伝ってダンケルクの足裏へ、こそばゆい振動を与える。

命中弾こそ無いが夾叉までもう少しといった具合だ。

 

「あれなら次は夾叉が狙えそうね…。次弾装填、次こそ…っ!」

 

こちらの弾が届いたという事は、あちらの砲撃も程なくして届くという事でもある。

 

──ドォォンッ!ドォォンッ!

 

「きゃっ…!?」

 

放たれた敵弾が当たる事は無かったが、1発がダンケルクの近くに落下し、彼女の艦橋より高い水柱を上げる。

窓にバチバチと音を立てて海水の飛礫がぶつかり、引き起こされた波によって艦が横に揺れた。

彼女の艦体だって決して小さい物ではない。

だというのに着弾の衝撃だけで揺さぶられるとは…あれがもし直撃したらと思うとゾッとする。

 

《ダンケルク、大丈夫か!?》

 

「えぇ…問題無いわ。貴女とリシュリュー様こそ平気?」

 

《私達には至近弾もありませんでした。しかし、ダンケルク…今は貴女が狙われているようです。回避に専念して下さい》

 

「私が…?なるほど…」

 

此方を気遣うジャン・バールとリシュリューの言葉に、ダンケルクは自らが置かれた状況を理解した。

どうやら敵は数で劣るという事を理解しているらしく、先ずは此方の数を減らそうとしているのだ。

 

「私なら直ぐ沈められると?舐められたものね…」

 

駆逐艦や巡洋艦の攻撃は届かない為、肉薄して来ない限りは無視するつもりだろう。

戦場の後方に位置する空母は主砲の射程外である為、無視せざる負えない。

そうなると狙うべきは同じ射程で戦う戦艦…その中でも小柄なダンケルクを集中して狙うのは、数を減らす事を優先するのなら納得出来る話だ。

言ってしまえば彼女は敵からしてみれば楽に倒せる相手と見られているらしい。

 

「敵を侮ると痛い目を見るわよ…全砲門、feu!」

 

──ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

──ズゥゥゥゥンッ…

 

再びダンケルクの主砲が火を噴き、ほぼ同時にグレードアトラスターが轟音を響き渡らせる。

 

──ヒュゥゥゥゥゥ…

 

砲弾が飛翔する不気味な風切り音が神経を逆撫でする。

額に冷や汗が浮き、前髪が張り付いて不快だ。

 

──ズドォォンッ!ドォォンッ!

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

 

超至近距離に敵弾が落下し、ダンケルクの優美な艦体が荒波に揉まれて軋む。

生きた心地がしないとは正にこの事だろう。

 

《ダンケルク!大丈夫!?》

 

揺れる艦橋で衝撃をやり過ごすダンケルクの元へ『ラ・ガリソニエール』が通信で呼び掛けながら接近してきた。

 

「ラ・ガリソニエール!?対空防御は…」

 

《敵艦載機は撤退を始めてるわ。おそらく、想定以上の被害を受けたのでしょうね》

 

「アルジェリー…」

 

ダンケルクの元へ集まったのはラ・ガリソニエールだけではなかった。

重巡洋艦中、屈指の打たれ強さを誇る『アルジェリー』の姿もある。

 

《指揮官からダンケルクさんの援護を頼まれたんです!全力で、お守り致しますよ!》

 

「ルーちゃんまで…。えぇ、分かったわ。私達の力、見せ付けてやりましょう!」

 

駆逐艦の身でありながら果敢に敵射程内へ飛び込んできた『ル・テメレール』の姿に勇気を貰ったのか、額に張り付いた前髪をかき上げて今一度打倒すべき敵艦の姿をその目に焼き付けるダンケルク。

先程、彼女が放った砲撃は夾叉…つまり、そのまま撃ち続ければ命中弾を与えられる筈だ。

しかし、先程彼女の至近距離に敵弾が降り注いだ事からも分かるように、敵艦の砲撃が直撃するのも時間の問題である。

 

(このままだと撃ち負けるわね…。でも、私は前方に全ての主砲を集中配置しているわ。私は艦首を向ければいいけど、あの戦艦は舷側を向けなければ全砲門を此方に向ける事は出来ない…。と、なると…)

 

ダンケルクを始めとしたアイリス・ヴィシアの戦艦は一部を除いて主砲である4連装砲を艦橋より前に集中配置している。

つまりは目標へ艦首を向けた状態で最大火力を発揮出来るようになっているのだ。

それを考慮すれば互いの舷側を晒し合う同航戦や反航戦よりも、舷側を向ける敵艦に対して艦首を向ける戦法…言ってしまえば"逆"丁字戦法をとるべきだろう。

何よりもそうすれば全面投影面積が最小となって被弾確率が下がり、全速力で突っ込めば敵は狙いが付け難くなるという寸法だ。

 

「ラ・ガリソニエールとル・テメレールは煙幕を展開!アルジェリーは私と敵艦へ向けて全力航行しつつ砲撃を!」

 

《了解!こうなったら、最後まで付き合ってあげるわ》

 

ダンケルクの主砲は強装弾を長砲身から放つという性質上、高初速から来る高い貫通力が強みだ。

その強みを活かす為には、敵艦の装甲に対して可能な限り砲弾を垂直に近い角度で叩き付ける必要がある。

それを実現するには、最大仰角で発砲し真上から砲弾を降らせるか、仰角を最小限にして水平に近い角度で砲弾をぶつけるかだ。

そして、ダンケルクが選んだのは後者だった。

 

──ボォォォォォォッ!

 

汽笛を鳴らし、ボイラーとタービンを全力で稼働させ、煙突から大量の黒煙を吐き出すダンケルク。

それを合図にしてアルジェリーがダンケルクの前方へ回り込み、ラ・ガリソニエールとル・テメレールが二人の周囲をグルグルと旋回しながら煙幕を展開する。

全力航行し、舷側を晒す敵艦へ本来の意味での"ゼロ距離射撃"を敢行する…"エレガント"を標榜する普段の彼女達からは考えられない乱暴な戦術である。

しかし、何も考え無しで突っ込む訳では無い。

 

(可能な限り敵艦へ被害を与えて指揮系統を混乱させれば…必ずリシュリュー様達が痛打を与えて下さるはず…!)

 

接近し、ゼロ距離射撃に成功した所で彼女の主砲では対46cm砲防御を備えているであろう敵戦艦…グレードアトラスターのバイタルパートを撃ち抜いて致命打を与える事は不可能だろう。

それ故、彼女が狙うのは上部構造物…特に艦橋に集中しているレーダーや測距儀といった索敵・照準設備だ。

これを潰してしまえば、自慢の大火力も十全に発揮出来まい。

 

「データリンク!…よしっ、feu!」

 

──ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

敵艦の光学的な照準を阻害する煙幕は、内側に居る者の照準も等しく阻害してしまう。

しかし、観測手段は目だけではない。

ユニオン製の最新鋭レーダーと連動FCSは闇夜の中でも正確な照準を可能とし、更には僚艦から送られる情報を統合・処理するデータリンクシステムは照準の精度をより高める。

 

──ドォォンッ!

 

《きゃぁぁぁぁっ!》

 

「ルーちゃん!?」

 

《ひ、被弾しました!ごめんなさい、艤装を放棄して離脱しますっ!》

 

降り注ぐ鋼の礫をもろに受けた駆逐艦は、もう戦える筈もない。

煙幕によってどうなっているか分からないまま、ダンケルクのレーダースコープ上から友軍反応が一つ消えた。

 

「っ…!もう一度!feu!」

 

──ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

幸運な事に敵弾はル・テメレールの艦体を過貫通したのだろう。

KAN-SENは一撃で轟沈し、昏睡状態にならなければ復帰に時間は掛からない。

しかし、自らを慕ってくれる小さな戦友を傷付けられたとあっては黙っていられない。

 

《ダンケルク、至近弾だよ!その調子…っ!?》

 

──ドォンッ!ドォンッ!

 

「ラ・ガリソニエール!?」

 

《いっ…たぁいっ!副砲の射程内に入ったみたいね…うわっ!魚雷が…ヤバッ…ごめんっ!離脱するねっ!》

 

──ドォォォォォンッ!

 

申し訳なさそうなラ・ガリソニエールの言葉から一拍置き、腹の底から響くような轟音と共に煙幕の一部が爆風によって引き剥がされた。

おそらく敵艦は全速力で突っ込んでくるダンケルク達を近付けさせまいと、副砲まで動員して砲撃しているのだろう。

ラ・ガリソニエールは、そんな副砲の砲弾が運悪く魚雷発射管に直撃してしまったらしい。

 

《ダンケルク、あの娘ならきっと大丈夫よ。今は、目の前の敵に集中して》

 

「えぇ…分かってるわ。でも、煙幕が…」

 

二人が離脱した事により全力航行していたダンケルクとアルジェリーは、煙幕の範囲から抜け出してしまう。

アルジェリーに煙幕を展開してもらうか、もしくは自らも煙幕を展開すべきか数秒だけ思案したダンケルクだったが、直ぐに煙幕はもう不要だと悟った。

 

「アルジェリー…もう煙幕は必要無いみたいね…」

 

《えぇ…》

 

レーダーによる数値だけの情報とは違う視覚からの直接的な情報…海に浮かぶ城のような敵戦艦、グレードアトラスターは既にゼロ距離射撃の射程内まで迫っていた。

そして、それは相手も同じ事が言える。

 

《ダンケルクっ!》

 

殆ど水平となった敵艦の砲身…それが火を噴いた瞬間、アルジェリーが自らの艦体を横に向けた。

 

「アルジェ…きゃぁっ!!」

 

──ゴガァァァァァァンッ!!

 

破滅的な爆発音と破断音が入り混じった破砕音が海面を揺らし、熱を帯びた閃光がダンケルクの頬を舐める。

 

──ガゴォォォォンッ!

 

「あぁっ!!」

 

ダンケルクを守る為に破壊の暴風を一身に受けたアルジェリーはその脚を止め、ダンケルクは彼女の横腹に突っ込んでしまった。

 

「アルジェリー!?」

 

《わた……いじょうぶ…それより…はやく…うっ…》

 

艦体の左舷が殆ど消し飛んでいるような有様ながら、アルジェリーは意識を保っていた。

 

「っ!!」

 

死の危険を顧みず、自らを守ってくれた戦友の覚悟を無駄にする訳にはいかない。

 

「ルーちゃん…ラ・ガリソニエール…アルジェリー…」

 

アルジェリーの艦体に乗り上げる形となっているが、それによって丁度良い仰角が付けられていた。

狙いはただ一つ…艦の中枢である艦橋だ。

 

「これは…貴女達と共に掴んだ戦果よ」

 

──ドォォォォォンッ!

 

想定よりも早く敵戦艦の砲口が火を噴く。

どうやら砲身が水平になっているお陰か、装填がスムーズに出来たらしい。

だが、それは彼女も同じこと…

 

「…feu」

 

静かに、アイリス語の"撃て"を意味する言葉を呟く。

次の瞬間、ダンケルクは激しい衝撃と共に艦橋から投げ出された。




20日はグリッドマンとダイナゼノンコラボの生放送がありますが…いったい誰が実装されるんでしょうか?


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203.手負い

いよいよ今夜生放送ですが、コラボ以外の情報は出るんですかね?
そろそろ初期実装組に改造を実装してほしい所です


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

「右舷中央部、高角砲群にて火災発生!消火班は速やかに消火活動を!」

「医療班からの報告!《後艦橋、壊滅!》い、以上!」

「なんだって!?もう一度…っ!?機関室より報告!煙突損傷により排煙がスムーズに行えないとの事!機関出力低下!」

 

帝国海軍最大最強…いや、"世界最大最強"である戦艦『グレードアトラスター』は竣工してから初めての危機に瀕していた。

肉薄した敵戦艦…アズールレーン所属の『ダンケルク』によるゼロ距離射撃を艦の右舷中央部に喰らったからである。

 

「後艦橋…壊滅…?馬鹿な!副砲術長は?」

 

「消息不明です!」

 

「副航海長は!?」

 

「死亡が確認されています!」

 

各部署からの報告が引っ切り無しに飛び込んでくる司令室では、冷や汗をダラダラと流す副艦長のカーベンが報告を受ける通信士へ確認を取っていた。

しかし、伝えられるのはどれもこれも絶望的なものばかり。

 

具体的には、

・後艦橋に直撃弾。副砲術長及び副航海長以下、後艦橋要員が死亡もしくは重傷。

・煙突に被弾。これにより排煙に問題が生じ、機関出力低下と艦後方の火砲の照準精度低下。

・右舷中央部付近の高角砲及び対空機銃群破損と、火災発生。

である。

 

この世界に転移してから…いや、前世界『ユグド』でも味わった事の無い被害にカーベンを始めとした多くの乗組員は浮き足立ち、慌てふためいている。

しかし、そんな中でも冷静さを保っているのが艦長のラクスタルである。

 

「慌てるな!先ずは消火活動を優先させる為に転舵せよ!左舷を敵方へ向けるのだ!」

 

「りょ…了解!」

 

右舷中央部の高角砲群で発生した火災は最優先で対象すべきだ。

何せ揚弾機を伝って炎が弾薬庫まで回ってしまえば、如何に最強の装甲を持つグレードアトラスターであっても沈没は免れないであろう。

しかし、消火を優先させてしまうと主砲発射が不可能となる。

というのも、グレードアトラスターの主砲である46cm砲は発射時の衝撃が桁違いであり、主砲発射時に甲板に居ようものなら命の保証は無い。

それ故ラクスタルは消火活動をさせつつ敵艦隊への攻撃を続行する為、左舷を敵艦隊へ向ける事を決断した。

こうすれば主砲発射時の衝撃波は艦橋構造物によって遮られる筈だ。

 

「ほ…報告!測距儀、旋回不可能!繰り返します!測距儀、旋回不可能!」

 

「何っ!?」

 

これにはラクスタルも面食らった。

グレードアトラスターは主砲の威力を存分に発揮する為に、艦載型としては最大級となる15.5mもの測距儀を艦橋の上部に装備している。

本来なら射撃する方向に向かって測距儀が旋回し、光学的な照準を合わせるのだが被弾の衝撃で旋回機構が破損してしまったらしい。

これでは左舷方向に照準を合わせる事が困難になる。

しかも、グレードアトラスターの不運はこれで終わらない。

 

「報告!方位盤破損!こちらも旋回不可能です!」

 

「なっ…!?」

 

続けて発せられた通信士からの悲痛な報告に、ラクスタルは思わず絶句した。

方位盤は測距儀の上部に取り付けられており、言ってしまえば主砲の照準装置のようなものだ。

極めて高度な技術によって作られた方位盤は精密機器であるため振動等に弱く、振動を軽減する防振装置と組み合わせられていたが、流石に近距離から戦艦の主砲斉射を喰らっては意味が無かったらしい。

 

(不味い…不味いぞ…!)

 

"目"と"脳の一部"を失ったに等しい状況に、ラクスタルが抱く焦りは最高潮に達する。

 

「そ、それならば後艦橋にも測距儀と方位盤が…」

 

「後艦橋は敵の攻撃により滅茶苦茶です!」

 

「ならばレーダー射撃…」

 

「レーダー照準単体では大幅に精度が落ちます!そもそもレーダー射撃は測距儀との併用で…」

 

──ドォォォォォンッ!

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

カーベンと通信士がどうにか状況を打破すべく議論しているが、それを悠長に待っている敵なぞ居ない。

艦尾から数十メートル程離れた位置に敵弾が落下し、巨大な水柱と共に轟音が響き渡る。

このままでは、攻撃もままならずに一方的に撃たれるだけだ。

 

(どうする…?測距儀と方位盤は使えず、効果的な砲撃は見込めない。その上、煙突の損傷により機関出力が低下し、消火活動を阻害しない為に動きも制限されている…。まさか、グレードアトラスターがこんなに被害を受けるとはな。アズールレーン…やはり、奴らは油断ならぬ相手だ…!)

 

窮地を脱する為の知恵を絞り出しながらも、ラクスタルの脳裏に浮かんでいたのは、此方をここまで追い詰めた敵への称賛だった。

 

(全力航行しながら砲撃し、それを援護するように煙幕を展開する…凄まじい操艦技術だ。そして、何よりもそれを躊躇いなく実行する士気の高さ…死を恐れぬ、高い練度を持った兵士か…。何とも恐ろしいものだ)

 

敵艦隊が見せた突撃は、ラクスタルの目から見ても素晴らしいものと言わざる負えない。

あんな戦闘機動を行える者は、帝国海軍でもそうそう居ないだろう。

 

(しかも、類似の戦艦があと2隻!同様の戦法を…しかも2隻同時に強行されれば…)

 

敵方に残った2隻の戦艦…『リシュリュー』と『ジャン・バール』の姿に、ラクスタルは内心頭を抱えた。

カルトアルパスの港に停泊していた際に観察していたが、その2隻は先程撃沈した戦艦よりも大口径の主砲を搭載しているようだ。

しかも、敵は何も戦艦だけではない。

まるで付き人のように随伴する駆逐艦や巡洋艦の魚雷もかなりの脅威であるし、ムーの空母に搭載されている艦載機の存在もある。

如何にグレードアトラスターが強かろうが、多勢に無勢はハンデとしては余りにも重い。

 

(…ん?)

 

ふと、ラクスタルの視界に何か違和感を覚える物が映った。

遠くに…しかし、火のついた油が浮かぶ海では非常に目立つ。

無性にそれが気になったラクスタルは首から掛けていた双眼鏡を手にし、ピントを"何か"に合わせる。

 

「…人?」

 

拡大された視界に捉えたのは、海面を滑走する人のような物体だった。

銀色の長い巻毛を海風に踊らせながら海面を滑るように走る人型の物体は、もう一つの人型物体と身を寄せ合っている。

まるで、負傷した者に肩を貸しているかのように見えなくもない。

そして、それは人間の女…しかも、とびきりの美女のようにも見える。

 

「艦長!」

 

「っ!?…な、何だね?」

 

意味の分からないモノを目撃し、固まっていたラクスタルであったが、砲術長であるメイルの言葉によって現実へ引き戻された。

 

「幸いにも、各砲塔の測距儀は無事です。確かに精度は下がりますが、私の部下であれば必ずや命中弾を与えられるでしょう」

 

メイルの言う通り、グレードアトラスターの各主砲塔には前艦橋に搭載されている測距儀と同等の物が搭載されている。

これにより、上部構造物を破壊され尽くしたとしても最低限の攻撃力を維持する事が出来るのだ。

しかし、そうなると主砲の精度は各砲塔の射手の腕前に頼る事となってしまう。

 

「…分かった。こちらも、測距儀と方位盤の修理を可能な限り早く済ませるようにする。それまで…」

 

「はい。撃たれっぱなしというのも性に合いません。この戦艦の力、思い知らせてやりますよ」

 

砲術課の腕を信じ、託してくれたラクスタルにメイルは不敵な笑みで応えた。




戦艦のダメージ描写がこれで正しいのかは分かりませんが、まあ本作はあくまでも仮想戦記ではなく娯楽作品ですので細かい事は気にしないで下さい


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204.男の意地

いやー…今回の生放送も情報盛り沢山でしたね!
グリッドマン、ダイナゼノンキャラがあんなに実装されるとは…
それに、ブレマートンとインディペンデンスの新規着せ替え!
あれは買わないと…(使命感)


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

カルトアルパス近海に展開した連合艦隊の一角を成すムー艦隊に所属する戦艦『ラ・カサミ』。

相対する敵戦艦よりも遥かに小さい彼女は、友軍であるアズールレーン戦艦より遅い速度ながらも徐々に距離を詰めていた。

 

──ズドォォンッ!ズドォォンッ!

 

「くぅ…っ!怯むな、全速力で敵艦との距離を詰めろ!」

 

敵戦艦の副砲から放たれたと思われる砲弾が周囲に着弾し、艦橋へ大量の水飛沫が浴びられる。

しかし、ムーの男達はそれに恐れる事も無く、黒鉄の艦体を操り続ける。

 

「ダンケルク殿達が…アックタ大佐達が命を懸けたというのに、指を咥えているだけでいいのか!否、断じて否である!撃沈は無理でも、せめて一太刀浴びせて見せるぞ!」

 

ラ・カサミの艦長であるミニラルが、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げて乗組員を鼓舞する。

先程までラ・カサミは迫り来る敵艦載機の襲撃から自衛する為に苛烈な対空射撃を行っていたが、アズールレーン艦隊の優秀な艦載機の活躍と、アックタ達第一航空小隊の壮絶な捨て身の攻撃により空襲はすっかり散発的なものとなっていた。

そして、それを好機と見たミニラル以下、ラ・カサミの乗組員達はダンケルク達の決死の突撃に続けと言わんばかりに、全速力でグレードアトラスターへの突撃を開始した。

 

「このままでは、ムーの船乗りは腰抜けだと笑われてしまうぞ!機関室、エンジンが破裂してもいい!全速前進だ!」

 

《了解ぃぃぃぃぃぃぃっ!》

 

艦内電話を用いて機関室へ指示を出せば、機関士長が叫ぶように応える。

すると、煙突から大量の黒煙が吐き出され、排水量1万5千トンの艦体が徐々に加速してゆく。

一見すると、何とも無謀な突撃であるが何も考え無しに突撃している訳ではない。

というのも、正直言ってこれまで活躍しているのはアズールレーンや航空隊…ミリシアルの地方隊は既に空襲によって行動不能となっているが、彼らの本隊である『第零式魔導艦隊』はマグドラ群島にてグラ・バルカス帝国艦隊へ大きな出血を強いたと聞いている。

そんな中、ムーの水上部隊は自衛するのに必死で大して活躍出来ていないのだ。

無論、面子の問題もあるが一番の問題は"敵から侮られる"事である。

 

「敵艦発砲!」

 

「面舵一杯、回避!」

 

見張り員の報告を聞くや否や、すぐ様回避の命令を下す。

敵から侮られるという事は、付け込まれる隙を与えてしまうという事だ。

つまり、ムーの戦艦は弱いと思われれば敵の士気を上げてしまう要因となりかねない。

それを回避するには、敵国の中でも有力な戦力を持つと思われる戦艦に損傷を与え、ムーは決して侮れない敵だと知らしめる必要がある。

それ故、ミニラルは無謀とも言える突撃を敢行したのだ。

 

──ドォォォォォンッ!

 

「ぬぉっ!?」

 

回避運動虚しく、敵弾が艦首付近に直撃して艦体が大きく揺さぶられる。

現在、敵艦の主砲はアズールレーンの戦艦に向けられているためラ・カサミは副砲を喰らった訳だが、副砲言えどかなりの被害を被ってしまった。

艦首はまるで食い千切られたかのような有様であり、それによって水の抵抗が増してガクンと速度が落ちた。

 

「艦首損傷!速度低下!」

「このままでは、狙い撃ちにされます!」

「浸水発生!隔壁を…」

 

──ドォォォォォンッ!

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

甚大な被害を受け、フラフラとした航跡を描いて航行するラ・カサミへ再び砲弾が降り注いだ。

それは艦尾に直撃し、ほぼ垂直に着弾した為か甲板を貫いた。

 

《こ…こちら機関室!被害甚大!繰り返す、被害甚大!スロットルが言う事を聞かない!》

 

「何っ!?どういう事だ!」

 

《出力最大から下がらない!このままじゃ、速度が落とせん!》

 

敬語を忘れ、乱暴な口調になっている機関士長の言葉からも切迫した事態だというのが分かる。

艦首が破損した現状では、速度を落として艦内に流入する海水の水圧を抑えなければ浸水が進んでしまう。

しかし、速度が落とせないとなると押し寄せる海水に隔壁が破られ、そのまま沈没してしまうだろう。

 

「か、艦長!」

 

「次は何だ!」

 

切羽詰まったような航海長の言葉に、ミニラルはもううんざりだとでも言いそうな態度で応える。

 

「こ…このルートは…暗礁があります!」

 

航海長が指差す方向に目を向ける。

その方向には、赤い旗が取り付けられたポール付きのブイが幾つも浮いている。

記憶が正しければ、あれは暗礁を示す標識であった筈…本来なら座礁を避ける為に舵を切らねばならない。

しかし、ミニラルはその暗礁が神より与えられた救いの手に見えた。

 

「進路そのまま!総員、衝撃に備えろ!」

 

「そっ…そのままぁ!?座礁しますよ!?」

 

ミニラルの発言に、操舵手が情けない声を上げる。

それも無理は無い。

座礁すれば他の船で引っ張ってもらわねば脱出出来ないだろうし、ましてやこんな状況では牽引を頼む事なぞ出来ない。

つまり、座礁すればラ・カサミは戦列から離脱してしまうのだ。

 

「このままでは沈む…だが、座礁させれば少なくとも沈没は避けられる筈だ!…奴に、一太刀も浴びせられなかったのは屈辱だが…今は生きて帰り、この悔しさをバネにして再び奴と相見えるぞ!」

 

当初は刺し違えてでも敵戦艦に損傷を与えるつもりであったが、現状ではそれもままならない。

であれば、このまま無駄死にするよりも生き恥を晒してでも生き残るべきだと考えたのだ。

生きて帰れば、今回の教訓を活用出来る機会もあるだろう。

使命を貫く事も重要であるが、固執する事は愚行だ。

 

「…分かりました。次こそは、勝ちましょう」

 

「うむっ…」

 

沈黙を守っていた副長がミニラルに賛同する。

 

「暗礁まであと僅か!総員、何かに掴まって下さぁーい!」

 

膝をガクガクと震わせる操舵手が、何とも情けない声で呼びかける。

それに合わせ、ミニラルを始めとする艦橋要員が皆、手近な物に掴まって頭を庇い…

 

──ガゴォォォォォォォンッ!

 

満身創痍のラ・カサミは暗礁に乗り上げ、下から衝き上げるような衝撃に晒される。

 

「ぬぐっ…!」

 

一瞬、足が床から離れて不愉快な浮遊感に襲われるが、ミニラルはしっかり固定されている羅針盤に掴まっていたお陰で床を転げる事にならずに済んだ。

 

「くっ…総員、被害の確認と負傷者の救助を!」

 

指示を出しながらも遠くに見えるグレードアトラスターの挙動を気にするミニラル。

確かに沈没こそ免れたが、砲弾を撃ち込まれては一溜まりもない。

しかし、幸運な事に敵戦艦は座礁したラ・カサミを戦闘不能と判断したのか、副砲をアズールレーン艦隊へと向けた。




そう言えば、スキルでインスタンス・ドミネーションが再現されるようですが…あれって召喚世界の魔獣とかにも使えるんですかね?
ほら、グ帝戦の裏で起きてた騒動に出てきた危険生物とかに…


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205.隠し球

新年、あけましておめでとうございます!
色々忙しくて投稿間隔が開いてしまいましたが、今年も本作をよろしくお願いします!


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

──ゴォォォォンッ!

 

「ル・マルス!」

 

《うぅ…損傷が激し過ぎます…。ごめんなさい、離脱します!》

 

ジグザクに航行しながら砲撃を続ける『ジャン・バール』の近くで敵艦に対する肉薄雷撃の機会を窺っていた駆逐艦『ル・マルス』が特大の水柱に包まれ、致命的な破砕音が響き渡る。

 

──ゴトンッ!

 

「っ!?これは…タービン!?」

 

ジャン・バールの後甲板に降り注いできたのは、いくつもの羽根車が組み合わさったタービンであった。

直ぐにル・マルスの方を見れば、彼女の艦体は艦首を空に突き立てるような格好で今まさに沈み行くところだ。

おそらくは艦尾付近に被弾し、爆発で天高くタービンがふっ飛ばされてしまったのだろう。

 

《ジャン・バールさん、役に立てず申し訳ありません!》

 

「気にすんな。今は生きて帰る事が先決だ。艤装を放棄し、直ぐに陸地へ戻れ!」

 

《はいっ!》

 

その言葉と共に、ル・マルスの艦橋から小麦色の肌を持つ少女が飛び出し海面に降り立つと、アイススケートのように海面を滑走して戦域を離脱してゆく。

その姿に一先ずの安心を得たジャン・バールは衰えぬ闘志を宿した瞳を鋼鉄の怪物へ向けた。

 

「クソっ…測距儀が回ってないから精度は落ちると思ったが…いい砲手を揃えているみたいだな」

 

ジャン・バールは自身の目で敵艦『グレードアトラスター』の高い艦橋上にある測距儀が旋回しない事に気付いていた。

彼女だって戦艦のKAN-SENである以上、測距儀の重要性は理解しているし、また測距儀が破損した場合の対処法だって理解している。

しかし、艦橋の物よりも観測し難い砲塔に取り付けられた測距儀で効果的な砲撃を行える敵艦の砲術員の腕前は、流石のジャン・バールも舌を巻く。

 

「だが、オレだって負ける訳にはいかない…!全砲門、撃てぇぇぇっ!」

 

──ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

2基の4連装砲が火を噴き、約900kgの砲弾が空を切り裂くように飛翔する。

 

──ゴォォォォンッ…

 

海を震わせるように着弾した砲弾は敵艦の艦尾付近にいくつもの水柱を作り出し、降り注ぐ飛沫が各所で発生した火災の炎に降り掛かって白い水蒸気となった。

 

《ジャン・バール、射撃諸元のリンクをお願いします!》

 

「了解!」

 

敵艦の動きを注視しながらも、姉である『リシュリュー』の通信に応えつつ艦橋内に備え付けられたコンソールを使い、先程の砲撃で得られた射撃諸元を送信する。

同じ艦体に、同じ兵装を持つ姉妹艦が故の芸当だ。

後はリシュリュー側がジャン・バールと自艦の位置の差異を算出すれば、高精度の砲撃を行える筈だ。

 

《天の裁きを受けよ!》

 

──ドドドドンッ!ドドドドンッ!

 

確固たる信念を秘めた凛々しい声と共に轟音が鳴り響く。

 

──ズゥゥゥゥゥンッ…

 

先程と同じように敵艦の艦尾に着弾した砲弾はこれまた同じように大きな水柱を作り、豪雨となって降り注ぐ。

しかし、一つだけ先程とは違う点もあった。

 

「よしっ!艦尾付近に直撃弾を確認!」

 

拳を握り締め直し、歓喜の声を上げるジャン・バール。

彼女の瞳は、敵艦の艦尾が沈み込んでいるのを確かに視認していた。

 

「あれなら舵かスクリューにダメージを負った筈だ…それにもうじき…」

 

チラッとコンソール上に表示されたレーダー情報を確認する。

そこに映し出されていたのは赤い矢印で表示された敵艦と、カルトアルパスの象徴である長い岬…そして、その岬の尖端同士を結ぶ黄色い破線であった。

 

「…来た!全艦に通達!作戦、第二段階へ移行!」

 

赤い矢印が黄色い破線を越えた瞬間、ジャン・バールの鋭い指示が通信電波に乗って戦乙女達へ伝えられた。

 

 

──同日、『グレードアトラスター』艦上──

 

──ゴォォォォンッ!!

 

「ぬぉぉぉぉっ!?」

 

耳をつんざき、脳まで揺らされるような轟音がグレードアトラスターの高い艦橋を揺らし、内部に詰めていた乗組員が大きく揺さぶられる。

 

「くっ…じ、状況を報告!」

 

衝撃のせいで痛めてしまった肘を庇いながらずり落ちそうな帽子を直し、混乱のざわめきを掻き消すような声量で報告を求めるラクスタル。

 

「艦尾に被弾!浸水が発生している模様!」

 

「至急、ダメージコントロール班を向かわせろ!場合によっては隔壁を閉鎖し、艦首側に注水してバランスを取る!」

 

敵艦…つまりリシュリューから放たれた砲弾はグレードアトラスターの艦尾付近の海面に着弾し、そのまま海中を進んで艦体の外殻に食い込みながら炸裂したようだ。

その為、グレードアトラスターの右舷側艦尾は接合部に使われるリベットが破断し、そこから大量の海水が流入してしまっている。

このままだと沈没は免れない為、艦内に用意されている資材を使って浸水箇所を塞ぐか、水密扉を閉鎖して浸水を食い止める必要があるのだが…

 

「艦長!舵が…舵の手応えがありません!」

 

「何っ!?」

 

青い顔で冷や汗を流す操舵手が、カラカラと音を立てて空回りする操舵輪を回しながら悲鳴のような報告を上げる。

それを聞いたラクスタスが驚愕の表情を浮かべ、操舵手の方を見た瞬間だった。

 

「舵機室より報告!舵の油圧機構、破損!予備の油圧機構に切り替えるとの事!」

 

艦内電話を手汗でびしょ濡れにした通信士が震えるような声で告げた。

 

「くっ…やはり舵か…。だが、油圧機構だけならどうとでもなる!舵自体もスクリューも無事なら本艦は戦える!」

 

そもそも軍艦ないし殆どの近代艦船は艦尾に航行に必要な機構…推進力を生み出すスクリュープロペラや、方向転換に必要な舵が集中している。

それ故、艦尾への被弾は大概致命的なものになりやすいが、舵を軽く動かす為の油圧機構が故障しただけで済んだのは幸運と言えるだろう。

 

(しかし、予備まで破損したら撤退しなければならないだろう…。この艦は万全ではないのだからな)

 

顎髭をジョリジョリと撫でながら思考するラクスタル。

実はグレードアトラスターは"未完成"なのである。

というのも前世界『ユグド』におけるグラ・バルカス帝国唯一のライバルであった『ケイン神王国』との最終決戦に間に合うように突貫工事で建造された為、幾つかの欠陥を抱えたままなのだ。

無論、グラ・バルカス帝国とてそれを把握しており改修する予定だったが、それは異世界に転移した事による混乱で棚上げとなり、更には前世界よりも広く弱小国ばかりのこの世界を征服する為の巡洋艦や駆逐艦の増産に予算を割かれた事もあって改修予定は未定となってしまったのだ。

 

「間もなく海峡に突入します!これより海峡封鎖に…」

 

──ズゥゥゥゥゥンッ!!

 

航海長の言葉を遮るようにして響き渡る轟音と高く立ち昇る水柱…普通に考えれば海峡の内側に居る敵艦からの砲撃であるはずだが、敵艦の発砲炎は確認出来なかった。

 

「か、艦長!東側の岬より新手の敵艦隊です!大型戦艦3、小型戦艦1!アズールレーンとムーの艦隊です!」

 

「何だと!?何処に隠れていた!?」

 

海峡に突入し封鎖するという作戦上、挟み撃ちにされないようにレーダーや目視、空母艦載機による索敵をフル活用して敵艦が隠れていないか確認していた筈だ。

しかし、敵は戦艦を…しかも4隻にもなる艦隊をなんの前触れも無く、岬の裏側から出現させた。

 

「奴ら…魔法でも使ったのか!?」

 

自らの常識では理解出来ない事態を前に、ラクスタルは今まで馬鹿にしていたオカルトに初めて恐怖を抱いたのだった。




そういえば皆さん、イベントはどうですか?
私はとりあえず建造と報酬の新艦は揃えられました

あと、どうやら今年はURが4隻投入されるようで…
となると後は建造URが居ないロイヤルからヴァンガードかオーディシャス級が来るかもしれませんね
あとは大和型戦艦とか、ミッドウェー級空母とか…
いやー、楽しみですね!


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206.スレッジハンマー

フォーク海峡海戦をダラダラ続けても仕方ないので、若干駆け足気味でお届けいたします


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海東側──

 

──カチンッ…カチンッ…カチンッ

 

カルトアルパスの内海と外海を隔てる南方へ向って伸びた2つの岬。

その東側の岬の外海側では、青い光と共にガラスのブロックが積み上がるような音が響いていた。

 

「ガスコーニュ、重火力形態へ移行完了。目標を視認、攻撃を開始する」

 

先程まで何も無かった海上に現れる4隻の戦艦…その内の1隻である『ガスコーニュ』が淡々とした言葉と共に航行を開始する。

 

「艦隊の為に戦わん…シャンパーニュに課せられた使命なり」

 

続いてガスコーニュの準姉妹艦である『シャンパーニュ』が続く。

彼女はガスコーニュに準じた艦体を持つが、その主砲は406mm3連装砲に置き換わっており、その威力は"あの"大和型戦艦のバイタルパート装甲すら貫く貫徹力を持っており、事実前世界での"アズールレーン・レッドアクシズ抗争"では大和型戦艦二番艦『武蔵』を砲撃戦にて大破に追い込んだ程だ。

しかし、その代償に装甲は戦艦を名乗るには烏滸がましい程に薄く、その為他の戦艦を盾にして作戦行動をとる事が多い。

 

「くっ…皆、大丈夫か?やっぱり、戻る時は変な気分になるな…」

 

「ラッサン艦長、大丈夫ですか?総員、支給された気付け薬を飲め!奴の背後を取ったとは言え、油断すれば返り討ちにされるぞ!」

 

やや遅れて動き出したのは、艦橋の最上部にムー海軍旗を掲げた『ラ・アカギ』だ。

元々『赤城』の巡洋戦艦時代の艤装を改修してムーへ引き渡したラ・アカギは、KAN-SENの艤装…つまり機動戦形態へ移行する事が出来る上に、内部の乗組員達も艤装に合うサイズまで縮小出来る。

それを利用し、ラッサン達ラ・アカギの乗組員達は艤装化したラ・アカギをガスコーニュ達に運んでもらい、自分達ごと岬の影に隠れていたのだ。

 

「ふふふ…ふふっ…あーはっはっはっはっ!グレードアトラスターぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ラ・ツマサ…ちょっと落ち着いて…」

 

最後に航行を始めたのは、艤装内部にマイラスを納めたまま身を潜めていたラ・ツマサ。

彼女は年頃の女性とは思えない程に怒りに顔を歪め、全身から殺気を放っている。

 

「よくもアックタ大佐を…第一航空小隊の方々を!よくも…よくも姉上をぉぉぉぉっ!」

 

尊敬していたアックタ大佐達を喪い、そして敬愛するラ・カサミを傷付けられた彼女の怒りは頂点に達していた。

本来なら全速力で憎っくきグレードアトラスターへ接近し、主砲も副砲も機銃すらも総動員して至近距離から最大火力を叩き込むところだ。

そうしないのは、艦橋に己の愛しい指揮官であるマイラスを乗せているからである。

 

「これはアックタ大佐の分!」

 

──ドドドンッ!

 

他の3隻よりも小さいが故に舵が効きやすいラ・ツマサはグレードアトラスターへ舷側を向けるや否や、前甲板に搭載された28cm3連装砲を発砲する。

 

「これはクバンさんの分!」

 

──ドドドンッ!

 

先程の砲撃から間を置かず、後甲板の3連装砲が火を噴く。

 

「これはテレジアさんの!これはトーゴさんの分!」

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

続いて副砲である12.7cm両用砲を発砲する。

主砲よりも小口径である為、大した損傷は与えられないだろうが、装填しているのは焼夷榴弾だ。

例え致命傷は与えられずとも、乗組員を殺傷したりダメージコントロールを妨害出来れば十分である。

 

「そしてこれは…」

 

ラ・ツマサの主砲には平行世界のムーが死物狂いで開発した最新鋭の自動装填装置が搭載されており、凡そ15秒で装填する事が出来る。

その為、副砲が撃ち終わった頃には既に主砲の発射準備が整っていた。

 

「姉上の分だぁぁぁぁっ!」

 

──ドドドンッ!ドドドンッ!

 

前後の主砲塔が轟音と共に砲弾を放ち、飛翔する砲弾は一直線に敵艦へと向かってゆく。

 

──ギィィィィィンッ…!

 

格上の戦艦にも対抗出来る高初速の小口径砲だが、いくらなんでも相手が悪かったらしい。

直撃弾の殆どは装甲に弾かれてしまい、海上に虚しい金属音を響かせるに留まった。

 

「…ふふっ」

 

「だ、大丈夫か…?」

 

普通ならば渾身の一撃が効かなかった事に歯噛みするだろうが、ラ・ツマサは不敵な笑みを浮かべていた。

そんなラ・ツマサの姿を見てマイラスは、怒りの余り彼女がおかしくなったのではないか?と思いおずおずと話しかけるが…

 

「あははははっ!見てください、主っ♪殆ど弾かれましたが…1発だけ、甲板装甲を貫通出来ましたよ♪炸薬無しの無垢弾だったので被害はさほどではないと思いますが…まあ、奴らを怯えさせるには十分でしょう♪」

 

艦橋内に備え付けられた大型双眼鏡の接眼レンズを指差して楽しそうに笑うラ・ツマサの姿に、マイラスは恐る恐る双眼鏡を覗く。

 

「これは…」

 

マイラスの目に映ったのは、若干沈み込んでいるグレードアトラスターの後甲板…その中央部付近にぽっかりと穴が開いており、そこから白煙が立ち昇るという光景であった。

 

「んー…でもやっぱり徹甲榴弾ではないと派手に壊せませんね。次は徹甲榴弾で派手に燃やし…いや、無垢弾で穴あきチーズにするのもいいですね♪主はどちらがお好きですか?」

 

「あ…あぁ…チーズはいいね…」

 

「かしこまりました♪無垢弾での攻撃を続行しますね♪」

 

──ドォォォンッ…ドォォォンッ…

 

何とも楽しそうに物騒な質問をするラ・ツマサに、マイラスは他の3隻による砲撃音をBGMにして上の空で応えるしか無かった。

 

 

──同日、グレードアトラスター艦長室──

 

──ゴォォォォンッ…ゴォォォォンッ…ギンッ!チュイィンッ!

 

「ひっ!?」

 

遠くで響く砲声と、時折響く不快な金属音。

特に敵弾が装甲によって弾かれた事によって発生する金属音が聴こえる度に、艦長室を借りているシエリアは肩を跳ねさせて短い悲鳴を上げていた。

 

「だ…大丈夫…大丈夫…。この戦艦は世界最強の装甲を持っている…。この世界の野蛮人共が作る戦艦如きでは絶対に沈まない…」

 

湧き上がる恐怖心を抑え付ける為に、必死に自分に言い聞かせる。

それでも一外交官であり、戦場とはかけ離れた職場で働いてきた彼女にとってはこのような海戦の渦中に居るという事実は、間違い無く大きなストレスとなっていた。

 

──「おいっ!しっかりしろ!目を開けろ!」

 

──「…駄目だ、もう死んでる」

 

──「チクショー!話が違うじゃねぇか!」

 

そして時折扉の向こうから聴こえる慌ただしい足音と、乗組員達の怒号と慟哭。

艦長室の近くに医務室があるが故だ。

 

「やはり…驕り高ぶった我々を戒める為に先帝陛下が…。いや、そんな事はない!あれは所詮は都市伝説!先帝陛下はあの列車事故で崩御され、国葬だって執り行われたではないか!あの男は他人の空似!そもそも、この世界はユグドとは違う世界なのだ!ありえない!ありえ…」

 

──スゴガァァァァァァァンッ!!

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

鼓膜が破裂したかと思う程の轟音と衝撃。

それは艦長の隣…艦隊司令が乗り込んだ際に使われる長官公室から伝わってきたようだ。

 

「な…何が…?」

 

衝撃によって脳が揺さぶられたせいか、視界がグラつき頭がガンガンと痛む。

もう倒れ伏して眠って意識を手放してしまいたいが、あいにくそうもいかない。

なにせ長官公室には、同僚である男性外交官達が待機しているからだ。

 

「おい、だいじょ…」

 

重く分厚い扉に寄り掛かるようにして開けたシエリアの視界に飛び込んできたのは、彼女にとってはあまりにも凄惨な光景であった。

 

「ぁ…あぁ…ぁ…」

 

磨き上げられた暗褐色の木材で作られた調度品には赤黒い血液がべったりと塗られ、絨毯の上に転がる同僚達は四肢がネジ曲がって千切れてしまい、明らかに即死であろう者ばかりだ。

敵弾…甲板装甲を貫通したラ・ツマサの砲弾が長官公室に砕けながら飛び込み、散弾となって外交官達に襲い掛かったのだ。

如何に装甲によって威力が弱まっていたとはいえ、人間にとってはオーバーキルもいいとこである。

 

「もう…もう嫌だぁぁぁ…」

 

同僚達だった物が転がる中、シエリアはへたり込んで大粒の涙を零す事しか出来なかった。




大和型の内部構造がよく分からなかったので艦長室の位置などが合ってるか分かりませんが、グレードアトラスターはそういう風になっているという感じでお願いします


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207.フォーク海峡海戦、終結

久々の1日2話連続更新!
まあ、5日から忙しくなるので書ける内に書かないとですね

という訳で漸くフォーク海峡海戦終了!
やっと本格的な対グ帝戦に入れますね


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス近海──

 

──ズガァァァンッ!ボンッ!ボンッ!

 

「右舷高角砲群にて火災発生!敵小型戦艦の副砲は焼夷榴弾を使用している模様!」

「死傷者多数発生!医療班より応援の要請が来ています!」

「また医療班からです!が、外交官の方々が重しょ…いえ、死亡が確認されたようです!」

 

各所から立ち昇る炎が頬を撫で、黒煙が涙腺を刺激して涙が溢れる。

中堅水兵達がしっかりと磨き上げていた艦橋の窓は度重なる被弾によってビビ割れており、いくつかの窓は完全に割れてしまいそこから焦げ臭い風がビュウビュウと吹き込んでいた。

 

「馬鹿な…ありえん…。奴らはいったい何処から…?」

 

慌ただしく報告する部下達が織り成す喧騒の中、ラクスタルは呆然とした様子で艦長席にもたれ掛かっている。

それも無理は無い。

彼は単艦での各国護衛艦隊の撃破という任務を全うする為にあらゆる手段を講じてきた事は間違い無い。

東征艦隊航空隊に手厚い航空支援を要請し、奇襲を受けない為に索敵を確実に行い、痛打を受けても冷静さを失わずに指揮を執り続けてきた。

事実、彼の行いに落ち度は無かったし、下された命令を実行するにはこれ以上の作戦は無かっただろう。

しかし、それはあっさり覆された。

大した事は無いと思われていた列強国の航空隊により東征艦隊航空隊はほぼ壊滅状態となり、どうやったかは不明だが4隻もの敵戦艦によって挟み撃ちを受けており、それによってラクスタルは冷静さを失っている。

 

「ま…負けるのか…?グレードアトラスターが…帝国海軍が…常勝無敗のグラ・バルカス帝国が…負けるというのか…?」

 

冷や汗で眉毛までぐっしょりと濡らしたラクスタルは、震える小さな声でそう述べた。

 

──ゴァァァァァァンッ!!

 

「ぬぉぉぉっ!?」

 

そんな時、呆然とするラクスタルの思考を現実へ引き戻す轟音が鳴り響く。

 

「そ、そんな!3番主砲塔が!」

 

誰かの悲鳴混じりの声。

それを聴いたラクスタルは直ぐに後方に顔を向け、割れた窓から後甲板に装備されている3番主砲塔を己の目で確認する。

 

「なっ…」

 

正に驚愕、正に絶句。

グレードアトラスターが最強たる所以である3基の46cm3連装砲の1基である3番主砲塔が、その内部構造を晒していた。

どうやら敵弾が砲塔側面に直撃し貫通、内部で炸裂して天蓋を弾き飛ばしてしまったのだろう。

あれでは、砲塔内部に詰めていた砲術員達の生存は絶望的だ。

だが、悲しんでいる暇は無い。

 

「3番主砲塔弾薬庫へ注水!」

 

「だ、弾薬庫へ注水を!?それでは弾薬類が…」

 

「どのみち3番主砲塔は使えん!それに、あのままだとバーベット内部に敵弾が飛び込みでもしたら、一瞬で弾薬庫が誘爆するぞ!」

 

「りょ…了解!」

 

ラクスタルは直様、弾薬庫への注水を命じた。

どうせ3番主砲塔は使えないのだ。

であれば、注水して誘爆を防いだ方が賢明であろう。

 

「ほうこーく!ほうこーく!」

 

艦内電話を使って弾薬庫へ連絡を始めた部下の姿を確認したラクスタルの元へ、見慣れない男が駆け寄ってきた。

作業服の胸元に縫い付けられた名札から、名前と所属は分かる。

 

「舵機室班の…ブーカ一等兵か?どうした?」

 

「はぁ…はぁ…だ、舵機室より報告です!予備油圧機構、全系統油圧喪失!繰り返します!予備油圧機構、全系統油圧喪失!」

 

「何だと!?」

 

報告の中でも5指に入る程の最悪な報告であった。

 

「貴様、何故それを早く言わなかった!それほどの報告なら、艦内電話で素早く…」

 

「艦内電話が通じないんです!うんともすんとも言わない…きっと電話線が被弾で切れてしまったんです!」

 

わざわざ舵機室から伝令の為に走ってきたブーカ一等兵の非合理的な行動に副長のカーベンが怒鳴りつけるが、これ程の被害を受けて艦内電話だけが無事な訳がないのだ。

実際ブーカ一等兵の言う通り、舵機室と艦橋を結ぶ電話線は被弾と火災の影響で切断されており、更にはいくつかの部署とも連絡がつかないようになっていた。

 

「くっ…何という事だ…」

 

爪が食い込んで血が滲む程に拳を握り締めるラクスタル。

舵が動かせなくなれば、如何に最強の砲と装甲を持つ戦艦と言えどただの真っ直ぐ海を進む鉄塊でしかない。

有利な位置取りどころか、回避運動すらも出来ない戦艦の行く末は2つ…撃沈か、座礁だ。

 

「艦長、油圧を喪失した以上、ハンドホイールにて操舵する必要があります。しかし、ハンドホイールを動かすには大量の人員が必要な上に、操舵の指示を伝える伝令が必要です」

 

ブーカ一等兵がそう噛みしめるように告げる。

油圧を喪失したと言っても、舵を動かす方法はある。

それがハンドホイール…舵と直結された操舵輪の化け物のような物だ。

しかし、満載排水量7万トンを超える巨艦の方向を変える舵の重さは想像を絶するものがある。

それ故、巨大な操舵輪のようなハンドホイールは幾つも連なっており、数十人規模で回すようになっているのだ。

だが、各所で火災や死傷者が発生している状況で操舵に回す人員は出せない。

出せるとすれば、戦闘行動を止めて無事な砲術員等を充てるより他無いだろう。

 

「……分かった、撤退だ。総員!我々はこれよりフォーク海峡を離脱し、パガンダ島泊地へと向かう!」

 

僅かに逡巡したラクスタルは、撤退命令を下した。

マトモに操舵出来ず、大量の死傷者が発生し、攻撃力の1/3を失ったという事実は間違い無く撤退を決断するに値するものであろう。

 

「しかし、艦長…奴らが逃してくれるか…」

 

カーベンがラクスタルへ耳打ちする。

確かに、眼の前に手負いの敵が居て見逃してくれる程、敵も甘くは無いだろう。

実際、ラクスタルだってあと一息で撃沈出来る敵艦が居れば、迷い無く追撃している。

 

「いや、副長…どうやら連中はこれ以上戦うつもりは無いらしい」

 

しかし、不思議な事に攻撃は止んでいた。

正確に言えば、撃ってきてはいるがどれも外れており、殆ど狙いが定まっていない。

おそらくは態と外しているのだろう。

 

「何を考えている…?ただ逃してくれるのならありがたいがな…」

 

いまいち狙いが読めない敵艦隊の動きに、ラクスタルは薄気味悪さを感じていた。

 

 

──同日、『ジャンヌ・ダルク』艦上──

 

──バタバタバタバタバタバタバタバタ…

 

ミリシアル・ムー・アズールレーン連合艦隊の最後方で展開していたジャンヌ・ダルクの甲板上で大きなプロペラを回す回転翼機…『UH-1』ヘリコプターの側方ドアを開け、キャビン内に据え付けられた簡素な椅子に指揮官が座る。

 

「ジャンヌ、奴の電波は記録出来たか?」

 

「はい、逆探知でどのような電波を使っているかは記録し、解析しています。詳しい周波数等は基地に戻らないと解析出来ませんが…。それより、本当に行かれるのですか?」

 

ローターが空気を叩く轟音の中、ジャンヌ・ダルクが心配そうに指揮官へ問いかける。

 

「なぁに、奴はもう戦えんよ。それに、これにはレーダー警戒機とチャフが装備されてる。万が一撃って来ても、十分逃げられるさ。じゃあ、行ってくる」

 

UH-1がローターの回転数を上げ、ふわりと軽やかに浮き上がり、高度100m程を200km/h程の速度で飛んで行く。

向かう先は黒煙を上げながらよたよたと西方へ向かって航行する巨艦…グレードアトラスターだ。

 

「キルゴア、万が一の時はお前が頼りだ」

 

「お任せを、指揮官殿!」

 

傷付いた黒鉄の巨艦が近付いてきた辺りで指揮官は操縦手である饅頭のキルゴアに話しかけつつ、機内に用意されていた望遠カメラを手に取るとファインダーを覗き込み、シャッターを切る。

 

──カシャッ!カシャッ!…カシャッ!

 

一応はアズールレーン最高司令官である指揮官が何故、こんな危険を犯して写真撮影をしているのかと言えば…まあ、それは指揮官の性格が悪いからだとしか言いようがない。

 

「ん?…あぁ、あれが艦長かな?ヘリコプターを見たのは初めてか?すっげーバカみてぇな顔してやがるぜ」

 

──カシャッ!

 

望遠レンズで捉えた敵艦の艦橋でこちらを見上げる初老の男を撮影した指揮官は、一先ず気が済んだのかカメラを下ろすとヘリコプターの高度を上げさせて小さく呟いた。

 

「さて…あとは頼むぞ。くれぐれもサボるんじゃねぇぞー」

 

海面を見下ろす指揮官の青い瞳…それはグレードアトラスターではなく、その直下にある"巨大な黒い影"に向けられていた。




やっぱり駆け足気味かつ、ご都合主義塗れる感はありますね
まあ、あくまでも頭空っぽにして楽しむ娯楽作品なので余り深い事は無しで行きましょう


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208.濡れネズミ

ekusakane様より評価8を頂きました!

また最近、感染が広まっているようですね…
皆様もお身体にはお気を付け下さい


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス港湾部──

 

「へっぷしっ!へっぷしっ!あぁぁぁっ!いてぇぇぇっ!」

 

「ケル、大丈夫ですか?」

 

「おいらの毛布を使っていいよぉ」

 

油と炎の匂いが混ざった潮風が吹き抜ける港の一角には、ずぶ濡れとなった男達が身を寄せ合っていた。

その中にグラ・バルカス帝国海軍航空隊のリゲル型雷撃機の乗組員であるケル、ベロー、スーンの姿があった。

撃墜されたリゲルに乗っていた彼らだが運良く一人も欠けずに生き延びており、海戦終了後の救助活動で3人皆無事に救助されていたのだ。

 

「ぐぅぅぅっ…スーン、それはありがたいけどよぉ…お前は大丈夫なのか?」

 

「おいら達はあんまり濡れてないから大丈夫だよぉ」

 

「はい、私とスーンは機内に取り残されていましたからね。意外とリゲル型の浮力があって助かりましたよ。ですがケル、貴方は海に投げ出されて全身打撲の上に低体温症になりかけなんですよ?私の毛布も使って下さい」

 

「あぁ…すまねぇ…」

 

ベローの言葉通り、ケルは機体から放り出された際に海面に叩き付けられたせいで全身を打撲しており、所々骨にヒビが入っている状態だ。

しかも長時間漂流していたせいで体温が奪われてしまい、このまま放っておけば低体温症になる可能性もある。

しかし、ベローとスーンが毛布を貸してくれたお陰で低体温症にはならずに済みそうだ。

 

「で、でも…これからおいら達どうなるのかなぁ…?やっぱり…処刑とか…」

 

「それは無いんじゃないですか?処刑するつもりなら、わざわざ救助するとは思えません。となると…捕虜収容所で強制労働ですかね…」

 

不安気に俯くスーンの言葉に、ベローが半ば諦めたように応える。

グラ・バルカス帝国における捕虜の扱いというのは、収容所に送られて帝国軍の兵器を作る為の労働力にされるのが一般的だ。

きっと自分達もそうなるのだろう。

同胞を殺す為の兵器を作る事になってしまう…そう考えると、どうしても気が重くなってしまう。

 

「大丈夫よ〜♪私達はそんな事しないから、安心してちょうだい♪」

 

暗いムードで包まれた捕虜達の元へ何とも明るい声が届いた。

 

「…女?」

 

横たわったケルの瞳に映ったのは、未だ硝煙の匂いが残るこの場には相応しくない女性の姿だった。

ウェーブがかかった長い金髪に、空色を基調として金色のモール等の装飾が施された派手な衣服を着ている、美少女と言っても良い風貌の持ち主だ。

 

「あの…貴女は…?」

 

突如として現れた輝くような美少女を前に顔を赤らめたりしてまごつく捕虜達だが、意を決したようにベローが問いかける。

 

「あら、自己紹介がまだだったわね。では、改めて…」

 

くるりとその場でターンし、一回転すると胸元に手を当てて深々と頭を下げる。

 

「Bonjour、私は自由アイリス…ではなくて、アズールレーン所存のエミール・ベルタンよ。エミールって呼んでね〜」

 

ターンによって煽られた長い金髪から華やかなコロンの香りが漂い、捕虜達は思わず鼻の下を伸ばしてしまう。

無論ベローも例外ではないが、それでもこれから自分がどうなるかは聞いておかなければならない。

 

「えっと…では、エミール…さん?私達はこの後、どうなるのでしょう?」

 

「その件については、私達の指揮官がミリシアルやムーの人達と話し合って、私達の活動拠点があるロデニウス大陸の収容所へ貴方達を移送するという事になったわ。私達は最近、パーパルディア皇国っていう国と戦争をしてたから、その時使った収容所がまだあるのよ」

 

エミール・ベルタンの言葉を聞いた捕虜達は、一斉に落胆した。

何せ彼らの一部は捕虜収容所がどんな物かを知っているからだ。

暗くてジメジメしたコンクリート打ちっぱなしの大部屋に数十人が詰め込まれ、食事はヌルいクズ野菜のスープに下等な小麦粉を使った粗末なパン…ロクにシャワーも浴びれず、暑くても寒くてもボロ布のような毛布一枚で硬い床に雑魚寝しなければならない。

少なくとも、グラ・バルカス帝国が作っている捕虜収容所とはそんな物だ。

それに12時間をゆうに超える強制労働まで加わるのだから、病人や死人だって当たり前のように出る。

しかし、続くエミール・ベルタンの言葉は彼らの耳を疑うようなものだった。

 

「あら…怖がらせちゃったかしら?でも、大丈夫よ♪捕虜収容所とは言っても、貴方達が思っている程酷くないわ。基本的には狭いけど一人一人個室があるし、食事だって毎日栄養士さんが考えて献立を考えて、それを調理師さんが作ってくれるし…それに、毎日お風呂にも入れて、部屋には空調まであるのよ♪」

 

「ほ…本当なんですか…?」

 

一応、ベローは一時期士官を目指していた事もあり、自国の捕虜収容所について知っている。

そんな彼からすれば、エミール・ベルタンの言葉はにわかにも信じがたい。

どちらかと言えば、彼女がとんでもないサディストで、自分達に希望を抱かせた後に絶望へ叩き落とす準備をしていると考えた方がまだ納得出来る。

 

「まあ、信じられないのも無理はないわね…。パーパルディアの人達も、信じられないって言ってたみたいだし…。あ、それよりコレをどうぞ♪ミリシアルの人達から、魔導ストーブを借りてきたの♪もう春だけど、今日はちょっと風が冷たいから皆で暖まってね〜」

 

そう言うとエミール・ベルタンは、引っ張ってきた籠付きの台車からミリシアルで広く使われている暖房器具である魔導ストーブを下ろすと、起動させてその場を後にした。

 

「エミールさん…いい人だなぁ。それにスッゴイ美人だし…」

 

「スーン、見た目に惑わされてはいけませんよ。ケル、貴方は彼女をどう思いました?貴方は昔から危ない人間を見分ける嗅覚は鋭い…?ケル、どうしました?」

 

「エミールさん…」

 

呑気なスーンに釘を刺しながらもケルに意見を求めるベロー。

しかし、当のケルは去り行くエミール・ベルタンの後ろ姿を見つめ続けていた。

 

 

──同日、臨時治療所──

 

時を同じくして港の一角。

そこにはいくつものテントが建ち並び、幾人もの医療者が行き交っている。

 

「………」

 

そのテントの一つ…救出された遭難者の中でも軽症者が集められたテントの端に置かれた簡易ベッドの上では、第七制空戦闘団団長シルバー・ルーングが虚ろな目で濃紺の天幕をぼんやりと見上げていた。

 

──バサッ

 

「シルバー団長、ここにいたのか」

 

テントの入口を捲りあげて入ってきたのは、離島防衛隊飛行隊長のオメガ・アルパだ。

 

「…笑いにきたのか」

 

オメガを一瞥したシルバーは開口一番、何の感情も籠もらぬ口調で告げる。

撃墜されたものの無事に脱出出来たシルバーだが、結局第七制空戦闘団で生き残ったのは彼一人…他の団員は愛機と運命を共にするか、外海の激しい海流によって流され行方不明となっていた。

そんな中たった一人生き残ってしまった彼は部下を喪った悲しみと、呆気なく撃墜された情けなさによって抜け殻のような有様だ。

 

「違う」

 

「では同情か」

 

「それも違う」

 

「…なら放っておいてくれ。私はもう…」

 

寝返りをうち、オメガに背を向けようとするシルバー。

しかし、オメガはそれを許さなかった。

 

「甘ったれるな!」

 

「っ…!」

 

オメガはシルバーの胸ぐらを掴み無理矢理立たせると、不貞腐れるシルバーを一喝した。

 

「部下を喪った?撃墜された?だからどうした!?そんなもの、退く理由にはならない!今、貴殿が戦う事を止めれば死んでいった部下達は本当に無駄死にになってしまう!負けたからといって諦めたら、敗北に塗れたまま全てが終わってしまう!」

 

「…私に…どうしろと言うんだ…?」

 

出撃前に見せた、高慢とも取れる自信に満ち溢れたシルバーの姿は何処にも無かった。

まるで置き去りにされた子犬が不安げに鳴いているような…そんな打ちひしがれた弱々しい態度である。

 

「もし…もし、貴殿が再び空を飛ぶつもりがあるなら、ルーンズヴァレッタ魔導学院のジンドリン主席を訪ねるといい」

 

「ルーンズヴァレッタ…?」

 

ルーンズヴァレッタ魔導学院の事は当然、シルバーも知っている。

エルペシオ3等の天の浮舟開発において大きく貢献する、神聖ミリシアル帝国における二大魔導学院の一つである。

 

「ルーンズヴァレッタでは皇帝陛下の勅命を受けて新たな天の浮舟の開発を行っているが、テストパイロットが足りずに苦労しているらしい。…貴殿であればテストパイロットに必要な技量は十分だろう」

 

「新たな…天の浮舟…」

 

「あぁ、今までの魔帝の模倣ではなく新規設計…従来機の生産ラインも活かせるようにパーツを流用しながらも、各部にロデニウス連邦から手に入れた科学的な航空機設計も取り入れた、これまでとは一味違う機体になるそうだ。…これはあくまでも私個人の提案だ。貴殿が気乗りしないのであれば断っても何ら問題は無い。全て、貴殿が思うままに判断してくれ。…では、私はこれで失礼する。しっかりと養生してくれ」

 

そう述べたオメガはやんわりとシルバーをベッドに座らせると、会釈してその場を去った。

 

「…私は…また…空を…」

 

残されたシルバーは俯き、考える。

自分のような無能が再び空を飛んでもいいのか…再び、仲間を率いても良いのか…

その答えは、とても今すぐ出せるようなものではなかった。




グ帝戦をどう書くかを定めるために、原作を読み直さなければ…!


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209.勝利の代償

さーて、そろそろ鉄血イベントも終わりますね
皆様はお目当ての娘はゲット出来ましたか?
欲しい着せ替えは買いましたか?

あとサディアイベントが常設になるので、ぜひザラ&ポーラの水着は買いましょう


──中央暦1642年4月25日、カルトアルパス都市防衛隊飛行場──

 

被弾した『エルペシオ3』や『ジグラント2』といった神聖ミリシアル帝国が誇る天の浮舟達が痛々しい姿を晒す飛行場の片隅、そこには何とも場違いに思える1機のプロペラ機の姿があった。

 

──ザーッ…ザザッ…ザーッ…

 

「…チッ、やはり駄目か。まあ、ここに来る事は部下達に伝えてあるからな。それにミリシアルの管制官も私が着陸した事を伝えてくれると言うし、待っていれば迎えに来るだろう」

 

プロペラ機…ムー海軍航空隊の『F4U コルセア』のコックピット内では、パイロットであるヤンマイ・エーカーが雑音を発する無線機と格闘していた。

空戦を終えた彼は機体の被弾状況から空母への着艦は危険と判断し、ミリシアルの飛行場へ着陸したのだ。

 

「ふぅ…命があっただけ良かったと思うか。…ミリシアルも随分とやられたようだな。どの格納庫も空っぽじゃないか」

 

コックピットから降り、愛機の尾部へと向かいながら辺りを見回してみれば建ち並ぶ格納庫は殆ど空っぽであり、残っているものと言えば幾つもの弾痕が残る天の浮舟と意気消沈したパイロットや整備士達ぐらいだ。

グラ・バルカス帝国海軍航空隊の襲撃を迎撃する為に何十機もの天の浮舟がこの飛行場から飛び立ったが、結局戻ってきたのは10機にも満たず、帰還出来た機体もその損傷の激しさからそのまま廃棄処分になるであろう。

 

「うーむ…これなら修理でどうにか出来る範囲だな。やはり全金属製の機体は頑丈でいい。しかし、この強度が無ければ私は間違いなく撃墜されていたな…」

 

ヤンマイ機は尾部に被弾し、多数の弾痕が残ってはいるもののフレーム自体は無事なようであり、修理すれば再び飛び立つ事が出来るだろう。

 

「少佐!ヤンマイ少佐!」

 

「む…?」

 

空戦にて痛手を負った事に対する自分自身への情けなさと、これ程頑丈な航空機を製造出来るロデニウスの技術を改めて実感するヤンマイの背後から声がかけられる。

 

「君は…」

 

「大丈夫ですか?お怪我等は…?」

 

振り向くとそこには、顔見知りの整備士が居た。

彼の背後にはまさしく"箱"といった見た目のミリシアル製大型魔導車が停まっており、そこから他の整備士や軍医が降りて此方へ小走りで向かって来ている。

どうやら緊急着陸をしたヤンマイを心配して駆け付けてくれたらしい。

 

「私は大丈夫だ、何処も痛まない。しかし…見ての通り尾翼が穴だらけになってしまった。君達の仕事を増やしてしまったな」

 

尾翼を指差しながら軽く頭を下げ、申し訳なさそうに述べるヤンマイ。

それに対し整備士は怒るでも心配するでもなく、目を見開いて固まってしまった。

 

「…どうした?何かあったのか?」

 

「あの…少佐…。無線はお聞きに…?」

 

「無線は被弾した時から雑音ばかりで使い物にならないんだ。おそらくは電線が切断されてしまったんだろう」

 

ヤンマイの言葉を聞いた整備士は、戸惑いの表情を浮かべてソワソワし始めた。

まるで、言い難い事を言い出そうか、言わずにおくべきか迷っているかのようだ。

 

「その…あの…大佐の事なんですが…」

 

「大佐?アックタ大佐の事か?」

 

「はい…大佐は…アックタ・ローメル大佐以下、第一航空小隊の方々は…戦死されました…っ!」

 

整備士の目に浮かぶ涙…やって来た他の整備士や軍医も肩を震わせ啜り泣いている。

 

「……は?」

 

「立派な…ムー軍人に恥じない、立派な最期でした!」

 

まるで魂が抜けてしまったかのような表情で佇むヤンマイへ、整備士がアックタ達の最期を語る。

子供達を護る為にその命を顧みず戦い、壮絶に散った4人の空の英雄…その活躍はきっと、ムーのみならずミリシアルでもロデニウスでも語り継がれる事だろう。

 

「…嘘…だ…」

 

しかし、ヤンマイは信じたくなかった。

 

「嘘だ!なぁ、嘘なんだろ!?」

 

整備士の両肩を掴んで揺さぶりながら問い質す。

だが、整備士は唇を噛み締めたまま無言で首を左右に振るだけだ。

 

「そんな…そんな…っ!そんな事…大佐!」

 

もう、信じ難い現実を受け入れる他無い。

それを悟ったヤンマイはその場に崩れ落ちてしまう。

 

「大佐…っ!私は…まだ…貴方に追い付いていないのに!貴方から学びたい事はまだあったのに!何故…何故逝ってしまわれたのですか!」

 

閑散とした滑走路に響く慟哭。

その哀しみはカルトアルパスに吹く南風に乗って、天高くまで届くかのようだった。

 

 

──同日、『ジャンヌ・ダルク』艦上──

 

「…以上が此方の被害です、大統領」

 

《なるほど…確かに指揮官殿の言う通り、グレードアトラスターとやらは非常に強力ですね…》

 

ジャンヌ・ダルクへと戻ってきた指揮官は、ロデニウス連邦大統領カナタへ最近導入された衛星通信を使って報告を行っていた。

 

《戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦2喪失。他にも中破や小破も少なくないですね》

 

「はい。敵航空機による空襲と、敵戦艦への攻撃を手加減したせいですね。…私の方針のせいでダンケルク達に不要な痛みを与えてしまいました」

 

《いえ、指揮官殿の方針は決して悪いものではありませんでした。グラ・バルカス帝国…彼らの象徴である戦艦を大破させ、彼の国に我々の力を示すと同時に追跡して本土の位置を探る。これが上手く行けば無駄な血を流す事を避けられるかもしれませんし、万が一彼らが方針転換せずとも我々は情報を手に入れた状態で対峙する事が出来る…どちらに転んでも我々に利がある良い戦略だと思いますよ。それに…その気になれば沈める事も出来るのでしょう?》

 

「えぇ、それは十分に可能です。次に対峙する時はおそらく敵は艦隊を率いて来ると思いますが、その時は我々も容赦はしません。100隻単位の艦隊に、ジェット機、各種誘導弾を総動員してでも完膚なきまでに叩きのめしてご覧に入れましょう」

 

《指揮官殿がそう言われるのであれば我々としても安心出来ます。しかし、全ての心配が無いと言えば嘘になります》

 

画面の向こうでカナタがやや前のめりになり、両肘をデスクに突いて口元を組んだ手で隠すような体勢となる。

 

《此度の海戦では、ムーとミリシアルにも被害が出たようですね》

 

「はい。詳しくはまだ分かりませんが、此方で確認出来る確実なものとしてはムーは戦艦1隻が大破、ミリシアルは巡洋艦4隻が沈没です。他の被害については調査中です」

 

《なるほど…。私の心配は、グラ・バルカス帝国との戦いにおいてムーやミリシアルが早々に戦線を離脱しないか、という事です》

 

カナタの心配ももっともな話だ。

確かにムーもミリシアルもこの世界においてはトップクラスの実力を持ってはいるが、グラ・バルカス帝国はそれを上回る力を持っている。

今でこそロデニウス連邦・アズールレーンの技術支援によってムー・ミリシアル両国は着実に軍事力を高めているが、それでもまだ十分とは言えない。

特にムーはグラ・バルカス帝国の植民地であるレイフォルと国境を接している為、電撃的に侵攻されてしまえば新兵器配備が間に合わずに占領されてしまうかもしれない。

そうなればムーに供与した兵器の生産設備を利用されてしまう可能性は大いにある。

それ故よりムーの軍事力強化し、単独でも国土防衛を果たせるようにしなければならないだろう。

 

「では、モスボール保管をしている兵器を再就役させてムーへ供与しましょう。クイラの砂漠にはモスボール状態の『ランカスター爆撃機』5000機や、『F6F ヘルキャット』がざっと1万機はあります。他にも輸送機や戦車、装甲車…ちゃんと使える物を選別する必要はありますが、それなりに纏まった数を供与出来るでしょう」

 

ロデニウス連邦軍とアズールレーンは早すぎる技術進歩により開発された新兵器を次々と導入しており、その際に退役となった兵器は友好国に売却するかモスボール処理をされて保管されている。

それをムーに供与すれば、とりあえずは戦力を大幅に上げる事が出来るだろう。

 

《ですが…そうなるとムーへ軍事顧問を派遣する必要がありますね。私から連邦軍へ働きかけておきます。…何か?》

 

「大統領?」

 

ムーへの軍事援助について話し合っていると、カナタへ秘書が耳打ちした。

 

《…指揮官殿、緊急事態です》

 

「緊急事態?いったい何が…」

 

《沿岸警備隊の新型警備船『ロマネス』が海難者への救助活動を開始するという連絡を最後に、消息を絶ちました》

 

覇道を征く帝国は想定よりも早く、その刃を振り下ろしていた。




〜対パ皇戦中〜
各企業「おっしゃ!あのクソ皇国ぶっ潰す為に兵器を万単位で作りまくったるわ!」

指揮官「あ、ごめん。戦争終わったわ」

各企業「え!?じ、じゃあムーとかの友好国に売るか…」

指揮官「産業育成したいから、ただ売るのは控えて欲しい」

各企業「えー…じゃあ、仕方ないから在庫としてモスボール処理しよ。新兵器で儲かってるし、いざとなったら標的にでもしよう」

みたいな感じでクイラの砂漠には万単位のWW2世代兵器が保管されてます



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210.勝利の裏で

皆さん、春節イベント楽しんでますか?
私は着せ替えを買いすぎて財布が軽くなったり、鎮海に心を奪われたりしております

それはそうと、まさかミサイルが本実装されるとは…
しかも強いのなんのって…それに、前衛と主力を切り替えられる改造はいいですねぇ
東煌艦隊がようやく組めますよ


──中央暦1642年4月22日午前11時、フィルアデス大陸より南西約1000kmの海域──

 

南方から運ばれてきた雨雲が空に蓋をし、生暖かい風が細かな波を立てる海上を1隻の船が航行している。

全体的に白く、船首には赤・白・黒の三色の太い斜めラインがペイントされており、マストにはロデニウス連邦旗が掲げられている真新しい船だ。

 

「うーむ、やはり新しい船は素晴らしい!こんな遠洋航海を終えたばかりだというのに、快適快適!」

 

「父う…いや、長官。さっきからそればかりですね」

 

そんな船の船橋では、ロデニウス連邦沿岸警備隊長官であるマッコー・ホエイルと、彼の息子でありこの船の船長であるザトー・ホエイルの姿があった。

 

「なぁに、海の男は『新しい船と女に乗る』のが好きなんだぞ?少しばかりはしゃいでもよかろう」

 

「新しい船には同感ですが、女性の部分には同意しかねますね。母上に言いつけますよ?」

 

「なっ…!ざ、ザトー…それはものの例えでな…」

 

ジト目で父であり上司であるマッコーを睨みつけるザトーに、マッコーもたじたじな様子だ。

それを見て、他の船員達の間にも笑いが起きる。

 

「せっかくこの『ロマネス』の処女航海なんですから、しっかりして下さいよ。妙な発言をして長官辞任となったら、ホエイル家末代までの恥です」

 

「う…うむ…」

 

ホエイル親子が乗るこの船、これこそがロデニウス連邦沿岸警備隊に配備された最新鋭警備船『ロマネス』である。

全長約115m、全幅約13m、満載排水量3000トンと傑作駆逐艦『フレッチャー級』を上回る規模を持ち、『Mk.12 5インチ単装砲』を1基、『ボフォース40mm単装機関砲』を1基の他に両舷にそれぞれ連装型の『M2重機関銃』を2基ずつ搭載した重武装警備船だ。

警備船と言うには過剰、しかし軍艦と言うには頼りないどっち付かずな船であるが、ロマネスがこうなったのには事情がある。

というのも、パーパルディア皇国とレイフォルが滅びた事により流出した技術を海賊やそれらを支援する所謂ならず者国家が手に入れ、これまでより海賊被害が多くなってしまっているのだ。

それ故、ロデニウス連邦は今まで使っていた帆走フリゲートではなく、海賊達の戦意を挫く武装と、魔導砲を防げる装甲を備えた長距離警備船として本船を建造したのであった。

 

「長官、船長。在カルトアルパス領事館より通信です。『グラ・バルカス帝国、宣戦布告』以上」

 

通信士からの報告に、空気が張り詰めた。

 

「長官、やはり彼らは世界を敵に回す事を選択したようですね」

 

「うむ…ムーとの演習を見ていなかったのか、はたまた見た上で勝てると判断したのか…。考えても仕方無い。戦争が始まったという事は、我々は通達の後に国防省の管轄内に編入される事になるな」

 

ロデニウス連邦沿岸警備隊はそこらの文明国を上回る海軍力を持っているが、陸・海・空軍を統括する国防省ではなく、警察機関を統括する内務省の機構の一つである。

しかし、有事の際は大統領命令により国防省に編入され、海軍のサポートを行う事になっている為、本国へ戻れば彼らは商船の護衛か沿岸部の警戒に駆り出されるであろう。

 

「ん…?これは…」

 

先程、グラ・バルカス帝国による宣戦布告を伝えた通信士が別の通信に気付いた。

 

「長官、船長。北東方向より救難信号が発せられています」

 

「救難信号?」

 

「はい。この信号パターンは…ムーですね」

 

怪訝そうな表情で通信機を覗き込むザトーに応えつつ、通信士はムー海運業界から提供された信号表を取り出して受信した信号がどの船からのものかを確認する。

 

「えー…あー…これ…いや、これか。ムー船籍の貨客船『ラ・ミタア』です。ムーのマイカル港を出航し、神聖ミリシアル帝国のルーンポリス港に寄港。その後、我が国のマイハーク港へ向かう定期便の一つです」

 

「ムーの船が救難信号を?君、救難信号が出ている海域に低気圧は?」

 

「出ていませんが、我々が居る海域から低気圧が徐々に北上しています」

 

通信士の言葉に疑問を覚えたマッコーが気象観測員に問いかけるが、返ってきた言葉は彼の疑問を解決する事は出来ないものだった。

というのもムーの長距離航路用貨客船といえば大抵は金属製の機械動力船であり、よほどの悪天候でもなければ沈む事はなく、海賊対策に旧式の速射砲を搭載している事もあって海賊に襲われる事はまず無い。

 

「長官。もしやグラ・バルカス帝国では?我が国の近海でも彼の国の物と見られる潜水艦が見つかっていますし…」

 

暫し考え込んでいたザトーだったが、ある一つの可能性…先程、全世界に対して宣戦布告を行ったグラ・バルカス帝国によるものという推測を立てる。

もし、ザトーの推測が正しければ救難信号を受けて急行した民間船なり軍艦なりを、グラ・バルカス帝国の軍艦が待ち受けている可能性がある。

 

「確かにそうかもしれない。しかし、救難信号が出ているのは事実なのだろう?もしかしたら、何か予想だにしていなかった事故によって難破したのかもしれないし、本当にグラ・バルカス帝国からの襲撃だったとしても友邦であるムーの人々を見捨てる訳にはいかん!」

 

「同感です、父上。…皆、聞いたな?我々はこれより助けを求めるラ・ミタアの救助へと向かう!警戒は厳とし、些細な事も見逃すなよ!」

 

しかし、だからと言って見て見ぬ振りは出来ない。

彼ら沿岸警備隊が掲げる目標は海上交通の安全と水難事故撲滅であり、例え危険だと分かっても助けを求める声があれば馳せ参じる。

そんな男達を載せたロマネスは煌めく船首を北東へ向け、白波を立てて速力を上げてゆく。

 

 

──同日、フィルアデス大陸西方海域──

 

「艦長、南西方向よりスクリュー音が接近。間もなく視認距離に入ると思われます」

 

「よし、潜望鏡深度まで浮上。ゆっくり慌てずにな」

 

海中に潜む鉄の鯨…グラ・バルカス帝国海軍第17潜水艦隊に所属する『シータス級潜水艦』の1隻『アスケラ』は徐々に深度を上げ、海面上に潜望鏡を出して周辺を確認する。

 

「…ふん。連中、何が起きたか分からないだろうな。まさか我々が海中に潜み、そのまま攻撃出来るなぞ考えもしなかった筈だ」

 

潜望鏡を覗き、海面に漂ういくつかの救命ボートを見て嘲笑するのはアスケラの艦長であるグルズ・サーブルだ。

彼はカルトアルパスにて自国の外交官が宣戦布告を行うと同時に適当な艦船を沈める事で、全世界にグラ・バルカス帝国の長距離攻撃能力を見せ付けるという使命を帯びていた。

 

「しかし…ただの民間船ではつまらんな。やはり、軍艦を沈めてこそだ。デカい顔をしている戦艦乗りや空母乗りなぞ、時代遅れの産物だと知らしめてやろう」

 

ほくそ笑みながら潜望鏡を旋回させ、南西方向を確認するグルズ。

 

「あれか…白い船…デカくて細身だな。もしかしたら軍艦かもしれん。よし…アレを沈めて、今漂流している連中を捕らえてから基地に戻るぞ。潜航せよ!」

 

舌舐めずりをして命令を下す。

この世界の劣等人達は、帝国の技術力の粋を集めた潜水艦を攻撃する手段なぞ持たないだろう。

しかし、潜望鏡を出したままだと見つかってしまい、体当たりされかねない。

事実、前世界『ユグド』では油断したとある潜水艦が商船から体当たりを食らって沈められるという事があった為、グルズもそれを警戒しているのだ。

 

「ククク…さぁて、劣等人共よ。帝国の偉大なる力の前に平伏すがよい」

 

警戒はしているが、揺るぎ無い優位にある事を確信しているグルズは嗜虐的な笑みを浮かべていた。




今後は残りの二人もミサイル駆逐艦になるんですかね?
あとミサイル搭載出来そうなのは…ニュージャージーとか…ドゥーカ・デッリ・アヴルッツィの姉妹艦とか…?


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211.ファースト・ブラッド

犬筆様より評価8、far777様より評価5を頂きました!

4周年記念のイラスト集がようやく届きました…
遅れに遅れましたが、やっぱりああいった物は所有欲が満たされますね



──中央暦1642年4月22日午後4時、フィルアデス大陸西方海域海中──

 

海中に身を潜め獲物を待ち構えるグラ・バルカス帝国海軍所属の潜水艦『アスケラ』は、自らが撃沈したムーの貨客船『ラ・ミタア』から流出する重油の中から潜望鏡を海面上に出し、救助活動をしている白い船の様子を覗っていた。

 

「艦長、あの船はロデニウス連邦の船のようです。駆逐艦に似ていますが砲が少なく、何よりも魚雷を搭載していません」

 

「ほう、ロデニウス連邦と言えば我が国と同じく列強国を屈服させ、有名になった東に位置する国だったか?確かに、この世界の弱小国には十分な戦力であろうが、所詮は劣等人種の戦争ごっこの玩具。本物の戦争を幾度となく遂行してきた帝国の力の前では無意味であるな」

 

潜望鏡を覗き込みながら報告する副長に対し、艦長であるグルズは嘲り笑うかのようにそう述べた。

 

「では、攻撃を…」

 

「うむ、駆逐艦モドキが戦果というのは少々物足りんが…前菜としては十分だろう」

 

「はっ!水雷班、魚雷発射用意!」

 

グルズと副長の言葉により、アスケラの乗組員は獰猛な笑みを浮かべた。

"潜水艦さえあれば戦艦なぞ不要"と謳われた帝国海軍潜水艦隊は、この世界に転移してからずっと偵察や資材運びのような雑用ばかりしており、派手な活躍を見せる水上艦隊や航空隊から後ろ指をさされ続ける日々であった。

しかし、今日からは違う。

全世界に対して宣戦布告を行うにあたり潜水艦隊は帝王グラ・ルークスより直々に、"前世界のように圧倒的な戦果を期待する"という言葉を賜っているのだ。

それを錦の御旗に、サブマリナー達は魚雷発射までの手順を正確かつ手早く済ませてゆく。

 

「諸元、算出よし!」

「ジャイロ、問題なく稼働!」

「発射管注水!繰り返す、発射管注水!」

 

──ゴポゴポゴポ…

 

魚雷を装填した発射管に注水され、空気が漏れ出す。

 

「クックックッ…1発で仕留めてやる。魚雷発射!」

 

「魚雷、発射!」

 

──ゴォン…

 

口角を吊り上げたグルズの命令を副長が復唱し、それから一拍遅れて圧縮空気によって魚雷が押し出され、海中に白い軌跡を描きながら真っ直ぐに突き進む。

 

 

──同日、同海域海上──

 

──ゴポゴポゴポ…

 

「これは…!海中より魚雷発射管注水音らしき音源を確認!」

 

「やはり…!」

 

海中に潜む狩人に狙われた警備船『ロマネス』は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっていた。

ヘッドフォンから聴こえるパッシブソナーが捉えた排水口に水が流れ込むような音は、ソナー手が訓練で嫌と言う程聴いた魚雷発射管の注水音そのものであり、それは敵潜水艦が付近に潜んでいる事を裏付けるものであったからだ。

 

「右舷4時方向に雷跡確認!真っ直ぐこちらへ突っ込んできます!」

 

「慌てるな!バウスラスター起動、取り舵45度!」

 

「とぉぉりかぁぁじ、45度!よーそろー!」

 

ザトーの命令を受け、操舵手が操舵輪…ではなく、ジョイスティックを左に倒すとロマネスの船体は何かに押されるようにして、船首を左方向へ急速に向ける。

ロマネスは海難救助や不審船に対する臨検が主任務であり、細かい操船を要求されるという事もあってバウスラスターを装備している。

そのため、このように停船状態でも急速な方向転換が可能なのだ。

 

「雷跡、右舷を平行に抜けます!」

 

「誘導は!?」

 

「していません!航走音、徐々に遠ざかっています!」

 

見張員が船体の右舷方向を平行に走り抜ける雷跡を目で追い、マッコーがソナー手へ確認するが彼の心配は杞憂で済んだ。

というのもアズールレーンとロデニウス連邦では音響誘導魚雷を配備しており、敵潜水艦が放った魚雷も誘導魚雷なのではないかと考えた為である。

 

「再び魚雷航走音!」

 

「雷跡確認!弧を描いて右舷2時方向より来ます!…もう1本、船尾6時方向より来ます!」

 

どうやら敵潜水艦はロマネスを沈めたくて仕方無いようだ。

魚雷の進路を定めるジャイロを調整して2方向から同時に魚雷を襲いかからせてきた。

 

「機関微速、面舵一杯!船首を4時方向へ向け、機関全速で魚雷の間を走り抜けるんだ!」

 

「ザトー、私は上の見張所で見張りの手伝いをしてくる!」

 

「父上、どうかご無理はなさらずに!」

 

船長として素早く的確に命令を下すザトーの姿に頼もしさを覚えながらも、マッコーは自らが出来る事をやり遂げる為に船橋の階段を駆け上がっていった。

 

 

──同日、同海域海中──

 

「クソッ!クソッ!なんだあの船は!気持ち悪い動きで魚雷を躱してる!」

 

潜望鏡を覗きながらグルズは地団駄を踏み、顔を真っ赤にしていた。

それもそのはず…必中と思われた不意をついた雷撃は妙な動きで躱され、次こそはと放った2本の魚雷もまるで小型モーターボートのような動きでことごとく躱されてしまった。

その後も何本も魚雷を放ったが目標である白い船はまるで此方を嘲笑うようにヒョイヒョイと回避し、とうとうアスケラは発射管に装填した魚雷を使い果たしてしまったのだ。

 

「か…艦長、発射管に魚雷を再装填しなければ…」

 

「分かっている!さっさと再装填しろ!」

 

「し、しかし…」

 

怒髪天を突く勢いなグルズに萎縮しながらも、副長は無数に並んだ計器の一つに目を向ける。

それはバッテリーの電圧計であり、示す数値はかなり低いものであった。

この電圧では魚雷の再装填に必要な手順を行う為に使われる機器…つまり発射管から海水を排水する為のポンプや、予備魚雷保管庫から魚雷を運び出す為のウインチを動かすには心許ないものがある。

それ故バッテリーを充電する為に浮上し、水上航行用のディーゼルエンジンを稼働させる必要があるのだが…

 

「再装填に必要な電力を得るためには浮上する必要があります。ですが、浮上すれば敵艦の砲撃で…」

 

潜航中の潜水艦は確かに手強い相手だが、浮上中は駆逐艦どころかより小型の武装船にも負けかねない程ひ弱だ。

一応、甲板上に速射砲を装備してはいるが、防水処理が施されているため直ぐに使える訳ではない。

しかも、今のアスケラは発射管が空であるため非武装と言っても過言ではない。

普通に考えれば相手が比較的軽武装とは言え、そんな状態で浮上してしまえば自殺行為以外の何ものでもないだろう。

 

「それがどうした!奴は小口径砲しか持たない貧弱な船だ!それに、レイフォルに毛が生えたような列強国を滅ぼしただけでいい気になっているような新興国が、帝国並みの砲を持っている訳がない!どうせ射程は短く、威力も貧弱だ!」

 

魚雷を大量消費させられたグルズはすっかり頭に血が昇って、冷静な判断が出来なくなっていた。

そもそもこんな問答をする羽目になったのは、ヒートアップしたグルズがバッテリー容量の確認を怠った上に、機関士や副長の忠告を怒鳴り散らして流してしまったせいである。

 

「ですが…」

 

「口答えするな!艦長命令に逆らうな!」

 

「…承知しました」

 

必死に止めようとする副長を、グルズはとうとう権力を振りかざして封殺してしまった。

副長とてこんな命令には従いたくないが、もし生きて戻れたら抗命罪で軍法会議にかけられ、敗北主義として死罪になるか強制労働で死ぬまで働かされる運命が待っている。

 

「ふ…浮上せよ」

 

苦々しい表情で命令を伝達する副長を他所に、グルズは血走った目で潜望鏡を覗き込む。

 

「クソッ…クソッ…!ロデニウス連邦めぇぇぇ…たった一隻にこんなに魚雷を使ったと知れたら、戦艦連中や空母連中に笑われるではないか!この屈辱…ロデニウスの連中を徹底に…ん?」

 

潜望鏡から見える景色に敵艦の姿が無い。

白い目立つ姿をしているというのに、見当たらない。

 

(違う方向を見てしまったか?)

 

グルズはそう思い、潜望鏡を回して辺りを見渡すが…

 

──ガゴォォォォォンッ!

 

「うがっ…!?」

 

突如として襲いかかる激しい衝撃と共に、グルズの顔面は強かに潜望鏡の接眼部へ叩き付けられ、彼の脳は頭蓋の内部で激しく揺さぶられた。

 

「何だ!?いったい何が…」

「浸水発生!浸水!浸水だ!」

「ちくしょう!奴ら、体当たりを…」

 

意識が遠退き、フラッ…と倒れるグルズ。

しかし、彼を助ける者は居ない。

皆、艦内に現れた瀑布へと向かって走っている。

 

「ロデニウス連邦め…」

 

徐々に暗くなる視界の中、グルズは頬に海水の冷たさを感じながら最期まで敵への恨み言を吐いていた。

 

 

──同日、同海域海上──

 

「……圧壊音を確認。敵潜水艦、撃沈しました!」

 

「よぉぉぉしっ!」

 

「やったぁぁぁぁ!」

「へっ、ザマァみろってんだ!」

「ふう…ヒヤヒヤしたぁ…」

 

ヘッドフォンに耳を澄ませていたソナー手が歓喜の声をあげると共に、ザトーと乗組員が同じく歓喜する。

 

「ザトー、無事か?」

 

「えぇ、父上こそ大丈夫ですか?」

 

「手摺に腰をぶつけてしまったよ…。まさか体当たりをするとはな…無茶をする…」

 

歓声が渦巻く船橋へ、マッコーが見張所へ通じる階段を降りて足を踏み入れる。

ロマネスはコスト削減と、海軍への対潜兵器優先配備の影響で対潜兵器を搭載しておらず、敵潜水艦への積極的な攻撃が出来ない状態であった。

それ故、手を拱いている状態であったが回避運動を続けている内に至近距離に敵潜水艦の潜望鏡を発見、主砲の俯角の関係上砲撃が出来なかった為そのまま体当たりしたのだ。

その結果、敵潜水艦ことアスケラは自慢の水上機格納庫が押し出され、そのままセイルが玉突き事故のようにへし折れ大量の浸水が発生してそのまま沈没してしまった。

 

「問題ありませんよ。この船は漂流物を押し退ける為に船首が強固に作られています」

 

「そういう意味では…」

 

どこかズレた返答をする息子に、苦笑するマッコー。

だが、何はともあれ窮地は脱したのだ。

後は救助活動を再開し、一番近い友好国の港へ向かう。

それでロマネスの処女航海任務は完了である。

 

「いや、いいか…。ザトーよ、私は再び見張所へ行って遭難者の捜索を手伝うとしよう」

 

「では暗くなってきたのでサーチライトを使いましょう。くれぐれもライトの前に立たないよう…」

 

一応の注意事項をマッコーに伝えようとするザトーであったが、彼の言葉は最後まで続く事は無かった。

激しい衝撃…音すらも聴こえない程の衝撃がロマネスに襲いかかり、再び見張所へ向おうとしたマッコーはそのまま船外へ放り出された。

 

「ザトー!!」

 

宙を舞いながら必死に手を伸ばす。

だが、ロマネスは巨大な水柱に包まれながら真っ二つに折れてゆく。

 

「がっ…!」

 

驚愕に目を見開いたマッコーはそのまま海面に叩き付けられ、苦痛の声を上げる。

しかし幸運にも彼は気を失わず、救命胴衣を着用していた為、溺れずに済んだ。

 

「ろ…ロマネスが…」

 

暫し痛みに悶ていたマッコーだが、次の瞬間に彼の目に飛び込んできたのは痛みすらも忘れるような光景だった。

真新しいロマネスの船体は無惨にも真っ二つになり、船橋はその原型が分からない程に…まるでグシャグシャに丸めた紙切れのような有様となっている。

あれでは船橋にいた乗組員の生存は絶望的だろう。

 

──ザザザザザザザッ!

 

「な…んだ…?」

 

未だ混乱の中にあるマッコーの近くの海面が盛り上がり、巨大な黒光りする物体が姿を現す。

その物体は彼にも見覚えがあった。

 

「グラ・バルカスの…潜水艦…!」

 

サモアの研究施設で見学したグラ・バルカス帝国の潜水艦そのものだ。

そうして彼は漸く理解した。

グラ・バルカス帝国の潜水艦は2隻存在したのだ。

ロマネスが1隻と大立ち回りを演じている間にも、もう1隻は息を潜めて好機を窺い、此方が油断した瞬間に魚雷を放ったらしい。

 

「おやおや…生き残りがいましたか。…ふむ、まだ漂流者が居るなら好都合。手土産には十分でしょう」

 

浮上した潜水艦のハッチが開き、そこから一人の男が現れて海面に浮かぶマッコーを睥睨するように眺めながらそう述べる。

 

「貴様…グラ・バルカス帝国軍か!」

 

「いいえ、違いますよ。私達をあのような食い扶持目当ての粗野な人間と同じにしないで下さい」

 

マッコーの問いに男は呆れたように嘆息しながら答える。

その男は黒染めの軍服を乱れなく着こなし、丸い眼鏡をかけた冷酷な印象の顔立ちをした如何にもエリートといった風貌であった。

そして、一際目立つのは左腕に着けている赤地に白い十字が描かれた腕章である。

 

「哀れな貴方に教えて差し上げましょう」

 

男は芝居がかった大仰な仕草で深々と頭を下げると、貼り付いたような笑顔で名乗りを上げた。

 

「我々こそ真の愛国者にして帝王陛下の代弁者。世界最高民族たるバルカス人の模範にして尊き純血を保持する選ばれし優性者…グラ・バルカス帝国近衛兵団所属のエルザン・ドープルスと申します。短い間ですが、以後お見知りおきを」

 




そう言えば18日に生放送するようなのですが、やっぱり月末の大型イベントの発表ですかね?

今ちょうど北連イベントの復刻ライト版をやっているので新しい北連イベントか…
はたまた最近イベントが無いロイヤルか…
あと、今年はURを4隻実装するという話なので、ペースを考えると次のイベントで来そうですね


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212.出る杭は打たれる

ブロス様より評価9を頂きました!

今回は前々から書きたかった話を書いてみました
一応、フォーク海峡海戦の一連の流れが終わったこのタイミングしか捩じ込めないと思ったので…


──中央歴1642年5月15日午後2時、グラ・バルカス帝国工業都市ガルバリ──

 

グラ・バルカス帝国第二の都市にして、多くの工業製品が作り出される工業都市ガルバリの一角。

何処にでもあるような工場では、作業服を着た技術者達が祈るように両手を合わせていくつもの太いパイプを組み合わせた機械らしき物へ視線を注いでいた。

 

「えー…それでは第32回、新型エンジン稼働実験を開始致します。では、社長…」

 

「うむ」

 

しきりにメガネの位置を変えながら書類に書かれた内容を読み上げる技術者の言葉に応え、一人の老技術者が一歩前に出て謎の機械に繋がれた航空機用エンジンのスターターの前に立つ。

 

「諸君、今日こそこの新型エンジン…過給排気エンジン稼働の記念日としよう!」

 

老技術者が必死に祈る技術者達へ自信に満ち溢れた言葉を投げかける。

彼の名はアーザン・チャージャー、航空機用エンジン等に搭載する為の過給器で圧倒的シェアを誇る『チャージャー圧縮機製造』の代表取締役社長であり、主任技術者である。

彼はもう引退してもおかしくない年齢ながら若手技術者に混ざって日夜研究開発に没頭し、近年ではエンジン排気を利用した新型過給器も開発して最新鋭超大型爆撃機の実用に大きな貢献を果たしており、それに満足せずこれまでのエンジンとは一線を画す新型エンジンの開発を行っていた。

 

「よし、では…エンジン始動!」

 

──キュル…キュルキュルキュル!ドルンッ!ドルンッ!ドルンッドルンッドルンッ!

 

アーザンがスタータースイッチを押し、セルモーターが回転してエンジンが稼働する。

するとエンジンの回転がクランクシャフトを介して新型エンジンの内部に置かれた羽根車を回し、羽根車が回転する甲高い音を伴って周囲の空気を吸い込みながら圧縮してゆく。

 

──キィィィィィィィン!

 

「過給圧縮エンジン、燃料供給開始!」

 

「はいっ!燃料コック開放!」

 

アーザンの指示を受け、やや離れた位置に置かれた燃料タンクの側で待機していた技術者が燃料コックを開放し、新型エンジンへ燃料を送り込む。

 

──ボフッ!ボフッ!ボボボボボッ!

 

羽根車により圧縮され高熱を帯びた空気は、送り込まれた燃料といくつもの筒を束ねたような部分…燃焼室で混ぜ合わさり、点火プラグによって点火され、燃焼室後方にある排気口からバーナーのような炎となって噴出する。

 

──キィィィィィィィィィンッ!

 

──ゴォォォォォォォォォォッ!

 

「よしっ!動いたぞ!」

 

暫く不安定な挙動を見せていた新型エンジンだったが徐々に安定した動きとなって、最終的には羽根車の甲高い音と高速で吐き出される排気の轟音が工場内に響き渡った。

 

「やった!やっと動いた!」

「すごい音だ…見ろ、エンジンマウントが少しずつ動いてるぞ!1トンはあるのに…」

「これぞ新世代のエンジン…私がこんな歴史的な瞬間に立ち会えるなんて…!」

 

エンジンの轟音にも負けぬ歓声をあげるアーザンであるが、彼の部下である技術者達もそれに負けず劣らずな喜びようである。

ある者は飛び跳ね、ある者は感動に打ち震え、ある者は眼尻に涙を浮べていた。

 

──バスンッ!バスンッ!ボフッ…!ボンッ…

 

しかし、それも長くは続かなかった。

順調に見えたエンジンの稼働は徐々に途切れ途切れとなり、とうとう黒煙を吐いて停止してしまった。

 

「むっ…これは…?」

 

「社長、燃料切れです…。100リットルもあったのに、あっという間に無くなってしまいました…」

 

眉間にシワを寄せるアーザンへ、燃料タンクに付き添っていた技術者が燃料計を指差しながら声をかける。

 

「ふむ…予想はしていたが、やはり燃料消費は従来のエンジンの比ではないな…。しかし、あの調子であれば燃料が無くならなければ問題は無かっただろう。解決すべき課題が一つ増えたな」

 

エンジン停止の原因がガス欠だと分かった為か、アーザンは胸を撫で下ろしながらどう燃料消費量を抑えるかに関して思考を巡らせる。

そんな時、彼の助手である中堅技術者が声をかけてきた。

 

「社長、新型エンジンの稼働実験は成功と見て良いでしょう。それにしても、社長の発想力は素晴らしい!過給されて熱せられた空気を利用して燃料を燃焼させ、膨張させた排気を後方に排出して推力を得るなんて…」

 

過給器という物は空気を圧縮する事でエンジンへより濃い空気を送り込んで馬力上昇や、高高度での馬力低下を防ぐ為の物だ。

しかし、空気という物は圧縮すると温度が上昇し、そのまま高温の空気をエンジンへ送り込んでしまうと異常燃焼を起こす原因となり、馬力上昇どころか大幅な馬力低下を引き起こしてしまう。

それ故、高温の圧縮空気を冷却する為のインタークーラーや水噴射装置が必要となるのだが、アーザンは高温の空気に燃料を噴射して燃焼させ、その排気を後方に排出するという正に逆転の発想でそれを解決しようとしていた。

そして、その発想は現代を生きる我々なら何か理解出来るだろう。

そう、これは正しく遠心式ジェットエンジン…その中でも黎明期に開発された、圧縮機を外部動力により駆動させる『モータージェット』である。

 

「いやいや、これはまだ未完成だよ。これでは重量が嵩む従来型エンジンが必要となり、2つのエンジンを駆動させる為に大量の燃料が必要となる」

 

「しかし…圧縮機を動かす為には動力が必要となります。こうやって別のエンジンで動かさなければ…」

 

「簡単な事だよ、君。排気口に圧縮機と繋がったタービンを付けてやれば良いのだ。そうすれば一度動き出せば、燃料切れまで自力で動き続ける事が出来る」

 

確かにこの新型エンジンはまだ洗練されておらず無駄が多い為、従来型エンジンに勝る点は少ないだろう。

だがアーザンの脳内には既に様々な改善策が浮かんでおり、それらが実現すれば新型エンジンは従来型を置き去りにする高性能な物となる筈だ。

 

「なるほど!…しかし、高温の排気に曝されながら高速回転するタービンとなれば、今までの素材では強度が足りないでしょう。鉄やアルミではなく、より強固で可能な限り軽い素材が必要です」

 

「私もそれが悩みの種なのだよ。知り合いの伝手を辿って良い素材が無いか探しているのだが…」

 

「社長!社長宛に荷物が届いています!」

 

アーザンと中堅技術者が今後の課題について話していると、事務所で電話番をしていた女性事務員が大きな木箱を載せた台車をゆっくりと押してアーザンの元へ向かって来ている。

 

「む…君、大丈夫かね?重い荷物が届いたら誰かを呼べと…」

 

「あはは…皆さん忙しそうだったので…。えーっと…『トモズーミ金属加工』様からの荷物ですね」

 

「トモズーミ?聞いた事が無い会社だな…」

 

「ふーむ…よほど小さな会社なのだろう。まあ、昔馴染みの伝手まで使ったのだから無名の会社は幾つも出てくるものだ。だが、そういった小さな会社が意外と良い物を作るのだよ」

 

きっと何処かの会社がアーザンが新素材を求めていると聞いてサンプルを送ってくれたのだろう。

そう考えたアーザンは、釘が打ち込まれた木箱の角をバールで抉じ開けにかかる。

 

「ふぅー…ふんっ!」

 

──バキッ!

 

僅かな隙間にバールを挿し込み、テコの原理を利用して気合いと共に抉じ開ける。

 

──カチッ…

 

乾いた木材が割れる音に紛れ込むように聴こえる小さなクリック音…それを不可思議に思う暇はアーザンにも、他の技術者達にも無かった。

 

「なっ…!?」

 

木箱の隙間から閃光が迸り、それはアーザン達の視界を奪う程に大きなものとなり、強い衝撃と熱が工場内を埋め尽くし…アーザン達と新型エンジンをバラバラにしてしまった。

 

 

──中央歴1642年5月16日午前9時、帝都ラグナ、カルスライン社本社ビル──

 

「んふっふっふっ…」

 

今日も今日とてスモッグで霞む帝都ラグナの中心部に聳え立つカルスライン社の本社ビル。

その上層階にある役員室では、エルチルゴが新聞の一面を読みながらニヤニヤとした気味の悪い笑みを浮かべていた。

彼が読んでいる新聞の見出しには『帝国第二の都ガルバリにて爆発発生!原因はチャージャー圧縮機製造と思われる』と、読者の目を引くようなフォントでそんな事が書かれている。

 

「中小企業の分際で、帝国屈指の大企業である我が社から特許料をとるからこうなるのだよ。ふっふっふっ…」

 

もう察せられると思うが、チャージャー圧縮機製造で発生した爆発の原因はエルチルゴである。

というのもチャージャー圧縮機製造は過給器に関する特許を多数保有しており、航空機が主力商品であるカルスライン社は過給器を装備した航空機を製造する毎に一定の特許料をチャージャー圧縮機製造へ支払う契約になっているのだ。

無論、その契約自体はグラ・バルカス帝国の法律に基づいたものである為、決して不当なものではない。

しかし、カルスライン社としては大量生産する軍用機から得られる利益の一部を他社に横取りされているように感じられ、一部の役員はそれに腹立たしさを覚えていた。

そして、"一部の役員"の筆頭であるエルチルゴは"取引相手"であるオルダイカから紹介された暗殺者を使い、チャージャー圧縮機製造へ爆弾を送り付けてアーザン社長を始めとする主力技術者を殺害して同社を死に体まで追い込む事に成功したのだ。

 

「あとは、チャージャー圧縮機製造を買収すれば特許料は払わずに済む。そうなれば我が社が得る利益はより大きなものとなるだろう…ふっふっふっ…ふはははははは!」

 

自らの愚行により次世代の芽を潰してしまった事なぞ露知らず、エルチルゴはスモッグが渦巻く帝都を眼下に眺めながら高笑いをするのであった。

 

 

 




活動報告に拙作の設定に関するお知らせがございます
まあ、以前にお知らせした内容とほぼ同じですがね

要は、日本国召喚二次創作をされる方を微力ながら応援したいから拙作の設定は好きに使っていいぜ!
という内容です


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213.エスニッククレンジング

akasakasu様より評価9を頂きました!

今回は色々と詰め込み過ぎましたかね…?
ちょっと読み難いかもしれません

ただ、勢いがある内にどんどん書き続けないと失速してしまうので…


──中央歴1642年5月12日午前10時、グラ・バルカス帝国領パガンダ島──

 

かつて列強国レイフォルの筆頭保護国であり、同国と文明圏外国の外交窓口及び交易中継地として栄えていたパガンダ王国。

だがグラ・バルカス帝国の皇族を理不尽極まりない理由で処刑し、帝国の怒りを買ってしまった故に滅ぼされ、現在はグラ・バルカス帝国領として帝国本土とムー大陸を結ぶ中継地として利用されていた。

そういった事もあってこのパガンダ島には帝国軍の大規模な拠点が設けられ、帝国海軍の泊地となっている。

 

「ラクスタル君、随分と手酷くやられたな」

 

「申し訳ありません、閣下。単に私の油断と判断の誤りによる被害ですので、乗組員達に落ち度はありません。彼らは良く戦いました」

 

泊地に置かれた司令部施設。

その最上階にある長官室では、『グレードアトラスター』の艦長であるラクスタルが長官室の主へ深々と頭を下げていた。

 

「いや、君もよくやった。戦艦は沈まなければ修理して戦列に復帰出来る。被害を受けたとはいえ、撤退の判断を下せたのは英断と言えるだろう。…そもそも、カルトアルパス奇襲作戦立案には私も関わっていたのだ。そんな私が君にとやかく言う資格は無い」

 

頭を下げるラクスタルに対して頭を上げるようにジェスチャーを交えて指示するのは、東方艦隊司令長官にして帝国三将に数えられる"軍神"カイザル・ローランドである。

 

「お気遣い、感謝致します。…しかし、まさかこの世界の国家があのような兵器を持っていたとは…。やはり、諜報部はアテになりませんな」

 

「まったくだな。このような戦艦や航空機があるなぞ一言も言わなかった。連中の目は節穴か?」

 

ラクスタルとカイザルが二人してそれぞれが着席しているソファーの間に置かれたローテーブル、その上に広げられた多数の写真を見て溜め息混じりに言葉を紡ぐ。

その写真に写し出されているのは、グレードアトラスターに同乗していた従軍記者が撮影したカルトアルパスに停泊する各国の護衛艦隊である。

多くは木造帆船でありどう過大評価しても脅威と成りえないが、ムー艦隊とアズールレーン艦隊は彼らの危機意識を喚起させるに十分なものであった。

 

「神聖ミリシアル帝国がそれなりの脅威になるのはある程度予想していましたが…まさか旧世代の兵器ばかり運用していたムーと、情報が少ない遥か東の新興勢力が帝国に匹敵する兵器を保有しているとは夢にも思いませんでした」

 

「ムーの戦闘機は複葉機だった筈だぞ。だと言うのに、なんだこの艦載機は!?空母にしても我が軍の空母に匹敵する規模…むっ?この戦艦は…ダイモス級巡洋戦艦にそっくりではないか!」

 

今一度写真を確認するカイザルの胸中は驚愕と共に、ろくな情報を持ってこない諜報部への怒りが渦巻いている。

 

「閣下、それだけではありません。戦闘詳報はもうお読みになられたかと思いますが、奴らの戦艦は我々が用いるあらゆる索敵手段をすり抜ける何らかの技術を持っているようです」

 

「あぁ…信じ難い事だが、君が嘘を言う訳がない。レーダーならともかく、目視による索敵からも逃れるとは…。どんなカラクリかは分からないが、その技術を解明しなければ我々は一方的に撃たれてしまう。技術畑に分析を要請しなければな…」

 

これから対峙する敵国が予想以上に手強い相手だと認識したカイザルは、まるで頭痛を堪えるかのような顰めっ面で唸り、これからの対策に思考を巡らせる。

 

「……そう言えば閣下。これは誰にも見せていないのですが…こちらを…」

 

暫く頭を悩ませるカイザルを見ていたラクスタルであったが、ふと思い出したかのように持参した鞄から封筒を取り出す。

 

「こちらも、それらの写真を撮影した従軍記者が撮影したものなのですが…。撤退する此方を暫く追跡してきた相手方の航空機らしき物です」

 

「これは…オートジャイロか?」

 

ラクスタルから差し出された封筒を受け取り、中の写真を取り出して被写体を観察するカイザル。

カイザルの言う通り写真に写し出されている航空機らしき物は、オタマジャクシを連想するシルエットを持ち、高速で回転しているらしい巨大なプロペラを胴体上部に備えていた。

 

「そのように見えますが、どうやら我々が知るオートジャイロとは違うようです。空中停止や機首を前方に向けたままの後進等…オートジャイロとは全く異なる挙動を見せていました。ですが、本題はその機体ではありません。二枚目の写真をご覧下さい」

 

「ん…?んん!?」

 

ラクスタルの言葉に従い、先程まで見ていた写真を捲って二枚目の写真に目を向けるカイザル。

それはどうやら先程の航空機の胴体部分を拡大したものらしい。

 

「これは…!?」

 

胴体部分にはスライド式の扉があるらしく、その扉を開いて一人の人間がこちらを見下ろしているのがハッキリと分かる。

そして、その人物の姿がカイザルへ強烈な衝撃を与えた。

 

「る…ルーメン陛下…?」

 

写真に写し出された人物と、長官室に掲げられた2つの肖像画の内の1つを見比べる。

その肖像画は1つは現皇帝であるグラ・ルークス…そして、もう1つは前皇帝であるグラ・ルーメンの若かりし頃を描いた肖像画であった。

 

「他人の空似だとは思いますが…初め見た時には私も腰を抜かしかけました」

 

グラ・バルカス帝国では若い時期に肖像画や写真を残し、それを遺影とする風習がある。

それは皇族も例外では無く、多くの国民は崩御した先帝の姿を若かりし頃のものしか知らなかったりするのだ。

そのため、何も知らない一般人がこの写真を見れば、「先帝が生きてて新兵器の視察をしている」と思い込んでしまうだろう。

 

「うむ…確かにルーメン陛下に瓜二つだが、陛下はもっと御歳を召しておられた…。しかし、これを兵達が見てしまったら余計な混乱を招く事になる」

 

「えぇ、未だにルーメン陛下生存説を信じる者は少なくありません。なので、これは内密の事としましょう。この写真を撮影した従軍記者にもしっかりと口止めはしてあります」

 

「うむ、それがいい…」

 

この写真の人物は敬愛する先帝とは違うと確信する事で冷静さを取り戻したカイザルは、ラクスタルの提案を承諾する。

 

──コンッ…コンッ

 

帝国を混乱の渦へ巻き込みかねない事案について話し合う二人の邪魔をするように、長官室のドアが特徴的なリズムノックされた。

そのノック音を聴いた瞬間、カイザルは顔を顰め、ラクスタルは頭を抱えつつも件の写真を封筒へ戻す。

何故ならこのノックは、二人にとっては聞き覚えのあるものであったからだ。

 

「失礼しますよ、カイザル長官。おや…おやおや、ラクスタル艦長もご一緒でしたか」

 

入室の許可も待たずに扉を開け、長官室へ遠慮なく足を踏み入れたのはカイザルとラクスタルにとっては最も会いたくない人物…帝国近衛兵団所属のエルザン・ドープルスであった。

漆黒の軍服に赤地に白い十字が描かれた腕章、黒い革手袋にインテリっぽい丸眼鏡越しの視線は二人を嘲笑しているかのようだ。

 

「これはこれはエルザン殿…。本日は如何なされた?」

 

自分の息子と同年代…いや、下手をすれば年下であろう若造に対し敬語で挨拶をするカイザル。

何とも歪な関係性であるが、これはグラ・バルカス帝国の歴史によるものである。

というのも帝国が産業革命を果たし、世界有数の強国へと成り上がる道程の途中…先々代皇帝グラ・シャールの治世で、地方の貧困を無視して植民地経営に傾倒する政府と皇帝に直訴すべく帝国軍の一部将校とそれに同調した部隊がクーデターを起こし、一時帝都を占拠した『ラグナ事変』と呼ばれる事件を受けてグラ・シャールは軍部を監視する組織を発足した。

それこそが帝国近衛兵団であり、彼らは帝王府…ひいては皇帝直属の軍事組織として軍部を威圧する立場にあるのだ。

それ故、大将という最高クラスの地位にあるカイザルでさえ、エルザンに対しては腰を低くして対応しなければならない。

 

「いえ、少し"狩り"をした帰りに近くを通ったので立ち寄ったまでですよ。今日は中々の成果がありましたね」

 

カイザルの言葉に応えつつエルザンは、背負った最新鋭セミオートライフルを指差し冷酷な笑みを浮かべ、それを聞いたラクスタルは苦々しい表情を浮かべた。

実を言うとエルザンが言う"狩り"とは野生動物を狩猟するという意味での狩りではない。

彼の獲物は人間…パガンダ島中央部に広がる森林に潜むパガンダ人の生き残りだ。

帝国の怒りを買ったパガンダ王国が滅ぼされた事は先述の通りだが、その怒りの矛先はパガンダに住まう人々にも向けられ、軍民老若男女問わず凄惨な虐殺の犠牲者となった。

それでも生き残った者は未開の森林に逃げ込んだものの、帝国近衛兵団の手段を問わない虐殺…戦車や攻撃機は勿論、対トーチカ用の毒ガス兵器まで動員した"狩り"により着実に数を減らしている。

 

「おや、ラクスタル艦長。そのお顔は我々の狩りにご不満があるように見えますが?」

 

「…いえ、そのような意図は御座いません」

 

「ふむ…そうですか。まあ、激戦の疲れが出たのでしょう。次は決して"油断"なさらないようにお願いしますよ」

 

ラクスタルもレイフォリア攻撃時に無差別砲撃を行って多数の民間人を殺害しているが、それでも毒ガスのような残酷極まりない兵器を何の躊躇いもなく使用する近衛兵団のやり方は許容出来るものではない。

それ故の表情だったが、そんな事を口に出せば"愛国心欠如者"というレッテルを貼られ、家族もろとも被差別階級となってしまうだろう。

 

「ん?あぁ、もうこんな時間ですか。私はこれにて失礼しますよ。少々"客人"と話をしなければならないので…」

 

客人と話…それが意味する言葉を察したカイザルとラクスタルは、どこか上機嫌なエルザンの背を見送る事しか出来なかった。




皆さんは誰からチョコを貰いました?
私は、今年は信濃から貰いました


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214.折れない翼

stss様より評価9を頂きました!

クーちゃんの生放送…良かったですね
流石VTuber機材を揃えてるだけあっていい動きでした

あとやっぱり18日の生放送は北連イベントみたいですね!
さて…どんな艦が来るのか…


──中央歴1642年5月20日午前11時、神聖ミリシアル帝国ルーンズヴァレッタ魔導学院──

 

──ゴォォォォォォォォォォッ!

 

ルーンズヴァレッタ魔導学院の航空試験場の上空を暴風のような轟音と共に飛行する1機の航空機…いや、ここはミリシアル風に『天の浮舟』と呼ぶべきだろう。

塗装も施されていない魔導軽合金そのままな青みがかった銀色の機体を陽光に煌めかせるその天の浮舟は、これまでミリシアルが開発してきた『エルペシオ』シリーズや『ジグラント』シリーズとは全く異なる姿をしていた。

胴体は長い円筒の両端に半球を被せたような葉巻型であり、主翼は翼端に向うにつれて細くなる直線的なテーパー翼、尾翼は1枚の垂直尾翼と左右に突き出した水平尾翼、そして主翼の付け根前縁部にはエンジンへ空気を取り入れる為のエアインテークがあり、後縁部にはジェット排気を噴出させる為のノズルが備わっている。

その姿は『P-80 シューティングスター』に『シーホーク』のエッセンスを足したようだ。

 

《これで予定していた午前の部のテストは完了しました。30分程時間が余りましたので、無理はしない程度に貴殿の判断で自由に機体を動かして頂いても構いません》

 

「承知した。ちょうど燃料が程よく減ってきたところだから、この状態での戦闘機動をテストする」

 

天の浮舟を操るパイロットは地上でテスト飛行を見守る技術者達からの通信に応え、自己判断によるテストを続行する旨を伝える。

 

──ゴォォォォォォォォォォッ!

 

「ふんっ!」

 

スロットルレバーを倒し、増速する。

すると先程まで600km/hを指していた速度計の針が一気に跳ね上がり、800km/h台後半を示した。

その状態で操縦桿を引き、機首を上げる。

 

「ぬぅぅぅぅっ!」

 

そのまま機体は曲線を描きながら上昇し、宙返りを何度も繰り返す。

 

──ミシッ…ミシッ…

 

機体が軋むが、致命的なものではない。

この機体を操るパイロットが今まで搭乗してきた天の浮舟であれば、こんな機動をすれば即座に空中分解していただろう。

しかし、この機体は僅かに軋むだけでそれ以上のダメージは全く無く、パイロット自身も新たに導入された対Gスーツのお陰で意識を失うような事はなかった。

 

「っ…あっ!はぁーっ…はぁーっ…よし、まだ行くぞ!」

 

だが、如何に対Gスーツの恩恵があろうとも限界はある。

上半身…特に頭部の血液が遠心力によって下半身へと流入し、それによって視界が徐々に暗くなる。

このままだと意識を失うという寸前、パイロットは機体を水平に戻し、続いてスロットルレバーの側に取り付けられたやや小さめな2本のレバーを後方に倒す。

 

──ヒュィィィィィィッ!

 

やや音調が変わった轟音と共に機体が再び上昇する。

だが、機首は全く上を向かず"水平飛行の姿勢を保ったまま"上昇し始めた。

 

「よし…アレをするか」

 

従来の天の浮舟では到底不可能な挙動を見せる機体に満足した様子のパイロットは、小さめなレバーの内の1本を前に倒す。

すると機体は凄まじい速度でロールし始めた。

 

「おぉぉぉっ!これは…ぬぐっ!」

 

機体自体には何の問題も無さそうだが、このままだと自分の身に危険が及ぶであろう。

そう考えたパイロットは直ぐにレバーを中立に戻し、スロットルを絞って速度を落とす。

 

「ふぅ…むっ、もうこんな時間か。着陸して昼食にしよう」

 

計器盤に取り付けられた時計を見ると、もう20分程経過していた。

このままテスト飛行を続けても中途半端なところで切り上げる事になるだろうと考えたパイロットは、機体を徐々に降下させて滑走路へとアプローチする。

 

──ゴォォォォォォォォォォッ…キュッ…キュッ!

 

失速ギリギリまで速度を落とし、ライディングギアのタイヤが接地した瞬間に小刻みなブレーキをかけて減速してゆく。

 

「お疲れ様でした。どうですか、この『エピクロス』は?」

 

「うむ、実に良い機体だ。単純な最高速度は勿論、加速力も運動性能もエルペシオやジグラントの比では無い。何より、強度と航続力の高さは素晴らしい。ただ、推力偏向排気口を使った戦闘機動は危険だな。熟練者ならともかく、経験の浅いパイロットなら扱いきれずに自滅してしまうだろう」

 

「はい、それは私達も憂慮していました。ですので、排気口操作レバーにはリミッターを設けようかと考えています」

 

滑走路の中程で停止した機体から降りてくるパイロットへ技術者が駆け寄り、感想を求める。

それに対しパイロットは絶賛しながらも改善点を提示し、技術者もそれに頷きながら改善策を提示した。

この会話からも分かる通り、この天の浮舟…『エピクロス』は神聖ミリシアル帝国が新規開発した制空型天の浮舟である。

ロデニウス連邦・アズールレーンとの交流で手に入れた技術や概念を用いて、手堅い設計で仕上げた癖のない機体ではあるが、性能は最高速度900km/h以上、最大航続距離2000km以上という今までミリシアルが開発した天の浮舟を大きく上回るものだ。

しかも外見自体は何とも平凡であるが、様々な新機軸を採用しており、その最たる物がエンジン周りと主翼である。

 

エンジン自体は、アズールレーンより生産ライセンスを購入した『シーヴェノム』のエンジンを液体魔石に対応させた物を胴体中央部に搭載し、推力となるジェット排気を二分割させて主翼付け根のノズルから噴出させるという一見すると無駄があるように思える構造だが、この構造のお陰で胴体後部に大型の燃料タンクを装備する事が出来た為、長い航続距離を得る事が出来た。

その上、ノズルはアズールレーンで開発中の垂直離着陸機からインスピレーションを受けて開発された推力偏向ノズルであり、短距離着陸性能やテスト飛行中に見せた急機動を可能としている。

 

そして主翼だが、なんとフラップやスポイラーの類が全く無い。

そう聞くと何とも黎明期的な航空機を思い浮かべるかもしれないが、それは間違った認識である。

というのもこの動翼が一切ない主翼はミリシアルが長年蓄積してきた魔導技術の結晶であり、『風神の涙』を利用した気圧・気流操作により可動部無しに動翼に相当する効果を発揮出来るのだ。

これにより生産効率や強度の向上は勿論、空気抵抗や重量の低減まで実現した為、急降下しても空中分解どころか亜音速まで達する事が出来る。

しかもそれだけには留まらず、アズールレーンの戦闘機…特にユニオン系艦載機から着想を得た90°捻って後方にスイングさせるタイプの折り畳み翼を採用した為、空母へ1.5倍から2倍もの機数を搭載する事まで可能となったのだ。

 

それら革新的な技術もさる事ながら、パーツ類はエルペシオやジグラントといった従来機の物を手直しした物であり、生産設備の多くを流用出来る為すぐに大量生産へと移れる。

まさにいい事尽くしな新鋭機はすぐさま軍上層部…更には皇帝ミリシアル8世の耳にも届き、皇帝勅令により速やかな戦力化が指示された。

 

「うむ、それがいい。何せ、グラ・バルカス帝国との戦争は今までとは比べ物にならない程に激しいものとなるだろう。新米パイロットを事故で喪わない為にも、多少の性能低下は許容すべきだな」

 

「はい、シルバー団長が仰るのであれば間違いはないでしょう。量産計画書に書き加えておきます」

 

「よしてくれ…私には、もう団長という肩書は相応しくない。率いるべき戦闘団はもう無いのだからな…私は、ただのテストパイロットだよ」

 

技術者の言葉に自嘲気味に応えたパイロット…そう、彼はカルトアルパスにて全滅した第7制空戦闘団の団長にして唯一の生き残りであるシルバー・ルーングその人だ。

彼は暫くの静養の後、オメガ・アルパの言葉に従って新鋭機開発中のルーンズヴァレッタ魔導学院へ赴き、テストパイロットに志願していたのだ。

 

「いえ、シルバー殿の多大なる協力によってこのエピクロスは完成したのです。敬意ぐらい払わせて下さい」

 

「…そうか、ありがとう。ところで、レーダーの搭載はどうなっているんだ?話によれば索敵と射撃管制に使えるレーダーを機首に搭載するという話だが…」

 

「レーダーはアズールレーンから生産ライセンスを得て、我が国でも生産する予定となっています。ですが、生産ライン構築に手間取っているようで…暫くはロデニウスから輸入するという形になるでしょう」

 

「ふむ…まあ、こちらは魔導文明、彼らは科学文明だからな。手間取るのも仕方無い。最悪、レーダーが無くとも戦えはするから大丈夫だろう」

 

素直な称賛を受けたシルバーは気恥ずかしさと、心に温かいものを覚えながら昼食の為に学院の食堂へと技術者と共に歩いて行った。

 




やっぱりミリシアルには魔法を極めて欲しいですね


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215.死してなお輝く

なんだかまた急に寒くなりましたね
降雪地帯にお住まいの方は勿論、その他の地域の方も路面凍結にはご注意下さい


──中央歴1642年6月5日午前10時、神聖ミリシアル帝国カルトアルパス──

 

先進11ヶ国会議の最中、グラ・バルカス帝国による宣戦布告と間髪入れずに行われた奇襲を経験した港町カルトアルパス。

そのやや内陸部には、神聖ミリシアル帝国の未来を担う子供達が通う『カルトアルパス幼年学院』が置かれている。

 

「大佐…」

 

幼年学院の敷地内、正門から入って直ぐの前庭にはもともと高名な彫刻家の手により作られた噴水があったのだが今は移設され、別の像が建っている。

 

「貴方の分までムーの為に戦います。ですので、どうか安らかに…」

 

その像の前に歩み寄った男…礼服を着用したムー軍人のヤンマイ・エーカーが青い花を像の前の台に置き、敬礼を捧げる。

彼が敬礼を捧げた像…それはマリンを模した物であり、台座にはアックタ・ローメルを始めとする第一航空小隊の面々や、他の戦死したムー軍人の名前が彫り込まれている。

そう、これは『フォーク海峡海戦』と呼ばれる一連の戦いで戦死したムー軍人へ敬意を払う為にミリシアル側が建立した慰霊碑なのだ。

特に第一航空小隊の面々は、ミリシアルの未来を担う子供達を命を賭して救ったとして、外国人に与えられる最上級の勲章である『帝国蒼珠金糸勲章』を授与されていた。

 

「おや…?貴殿は…」

 

「ん?」

 

今までアックタ大佐と共に過ごした日々を想い起こしていたヤンマイへ、青い花を持った男が声をかける。

 

「もしや、ムーのヤンマイ・エーカー殿か?私はオメガ・アルパと言うのだが…」

 

「あぁ、あのロデニウスのジェット機に乗っていたオメガ殿か。こうして直接会うのは初めてだな」

 

ヤンマイへ声をかけたのは、フォーク海峡海戦の前哨戦にあたる航空戦で轡を並べたオメガ・アルパであった。

 

「うむ、その節は世話になった。ところで、私も良いか?」

 

「む…失礼」

 

オメガが青い花を軽く揺らすと、ヤンマイも彼が何をしようとしているのか察して像の前から数歩下がる。

 

「…まったく、彼らは厄介な事をしてくれた」

 

「厄介?」

 

献花し敬礼を捧げたオメガは、やや呆れたようにそう述べる。

それに対しヤンマイは怪訝な表情を浮かべたが、彼が抱いた疑問は続くオメガの言葉により氷解した。

 

「軍の士官クラスの者達が次々に辞表を出している。ムーへ…貴国へ義勇兵として赴くつもりらしい。対グラ・バルカス帝国におけるムーとの協調をどうするか決めかねている我が国の姿勢に痺れを切らせたんだろうな」

 

「そんな事が…」

 

実を言うとアックタ達が護った幼年学院の卒業生にはミリシアル帝国軍の高官や士官が多数居り、彼らはムー軍人の英雄的な行いに感動し、それに報いる為に自らのキャリアを捨ててでも義勇兵としてムーへ渡ろうとしていた。

そしてその風潮は一般市民にも広がり、ムーへ援軍を送るべきだという世論が形成されつつあるのだ。

それを示すように慰霊碑の前に置かれた献花台には青い花─ミリシアルでは尊敬する人物に贈る風習がある花─が何百本と捧げられている。

 

「そのせいで軍の人事部は…いや、上層部も政府の中枢も大混乱らしい。まったく…一時の感情に身を任せてキャリアを捨てるなぞ、実に愚かだな。…まあ、私も人の事は言えないがね」

 

「まさか…貴殿も?」

 

オメガもこの幼年学院の卒業生であり、ムーへ渡る為に人事部へ辞表を提出してきたばかりだった。

 

「いや、人事部も流石に受理するかは保留しているらしい。末端の一兵卒ならともかく、士官ともなれば容易に辞めさせる訳にはいかないようだな。…だが、このままだと不満が増大し、脱走してでもムーへ行く者が出てくるだろう。そうなる前に、政府には早いところ方針を決めてほしいのだがな…」

 

「ははっ、貴国も大変だな」

 

「誰のせいだと…」

 

異国の戦友と言葉を交わしつつ、ヤンマイは自らの師の行いが正しいものであったと確信する事が出来た。

 

 

──同日、フォーク海峡──

 

空の戦士達が言葉を交わしている頃、カルトアルパスを象徴する長い2本の岬に挟まれた海域フォーク海峡では、異形の"フネ"が傷付いた"艦"へ寄り添うような形で何やら作業していた。

 

──ギィィィィ…ガゴンッ!

 

「チッ…船底が岩礁に食い込んでいるな…」

 

異形のフネの甲板上に立つのは、オパールのように光の反射によって色が変わる長い銀髪を潮風に靡かせる魔帝KAN-SEN『テュポーン』だ。

彼女は今、フォーク海峡海戦にて被弾して座礁したムーの戦艦『ラ・カサミ』の離礁作業を行っている所である。

 

「テュポーン、困難かもしれないが出来るだけ損傷を拡げないでくれたまえよ?この作業はムーからの依頼であり、ミリシアル8世陛下の勅命の下で…」

 

「くどい。貴様、さっきから口を開けばそれしか言わんな。我の手に全て委ねると言ったのも、あの街エルフであるのだぞ」

 

自らの艦体を操りながら作業を進めるテュポーンに注意したのは、彼女が建造されるトリガーとなったメテオスであった。

しかし、テュポーンは眉根を寄せて溜め息混じりにそう返すだけだ。

 

「君が陛下から直接お言葉を賜ったのは聞いているとも。しかし、君は中々に強引な所があるからね…」

 

同じく溜め息混じりに述べながらメテオスは、自らが搭乗するテュポーンの艦体を甲板上で見渡す。

対角線の長さが100m程ある六角形の本体に、合計6本の太い"脚"がそれぞれの頂点に取り付けられている姿はメテオスが知る艦船の姿とは全く異なる。

一見すると海底油田のプラットフォームのようだが、テュポーン曰くこれは工作艦として理想的な姿らしい。

事実、彼女は事故により大きな損傷を受けたミリシアル海軍の巡洋艦をその"脚"で抱きかかえるようにして跨ぎ、本体の下面から多数のアームを繰り出して短期間の内に修復してしまった事でそれを証明してみせた。

 

《こらー!姉上の玉体を大切に扱いなさい!》

 

「っ!…相変わらず騒々しい奴だな。我らと同じ姿を持っているならともかく、ただの鉄塊を姉とは…」

 

通信機から鳴り響く幼気な怒号に顔を顰め、西側の岬に目を向けるテュポーン。

西側の岬には艦長であるミニラルを始めとしたラ・カサミの乗組員達は勿論、ムーのKAN-SENラ・ツマサと彼女の保護者(?)であるマイラスが離礁作業を見守っていた。

 

「…それにしても意外だ」

 

「何がだ?」

 

《もっとやんわりと、羽毛を扱うかのよ…ブツッ…》

 

細かい注文をつけるラ・ツマサからの通信を切断しながら、テュポーンはメテオスへ不機嫌そうな目を向ける。

 

「君なら、"こんな物をわざわざ修理するなぞ愚行、さっさと解体して金属資源にでもすべきだ"とか言いそうだと思っていたんだがね」

 

メテオスの言う通りテュポーンはリアリストであり、普段の彼女ならメテオスの想像通りの発言をした事だろう。

しかし、彼女はラ・カサミの離礁作業を指示された際、多少の皮肉を言ったもののこうして作業をしている。

 

「…ここでどのような戦いがあったのかは報告書で知っている。この艦がどう戦い、このような姿となったのかをな…」

 

──ギィィィィ…

 

テュポーンの艦体から伸びる"脚"に装備されたアジマススラスターが細かく角度を変え、ゆっくりとラ・カサミの艦体を引いて徐々に動かしてゆく。

 

「こやつの働きはお世辞にも華々しいものとは言えなかった。…物言わぬ兵器とて、自らの役割も果たせぬまま屑鉄になるのは悲しかろう」

 

その言葉はきっと彼女自身の…生み出されながらも勝手な理由で打ち捨てられたカンレキからのものだろう。

何時もの尊大で自信に満ち溢れた態度は身を潜め、どこか悲しくも慈悲深い一面を覗かせた。

 

「ふぅん…君もそんな顔が出来るのだね。普段からそれぐらい謙虚なら、もっと私も楽なんだが…」

 

「はっ…ぬかしおる。我は貴様らに尻尾なぞ振らん。もし、我が貴様らの言葉に従う時が来るとしたら…」

 

──ゴォォォォンッ…

 

ラ・カサミの艦体が暗礁から引き出され、重く鈍い音を立てる。

 

「貴様らが魔帝を超えた時だ」

 

腹の底に響く重低音は、ラ・カサミなりの礼であったのかもしれない。

 




連続更新してると前書きと後書きのネタが無くなるんですよ…
まあ、次の更新は生放送の後になるのでネタが出来ますね


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216.変革の風

いやー…今回の生放送も色々ありましたね!
今回はURのクロンシュタットに、北連初の空母であるヴォルガ…
私的にはアルハンゲリスクも中々に好みです


──中央歴1642年6月30日午後2時、ロデニウス連邦旧クイラ王国南方──

 

荒涼とした砂漠の只中に存在する塩湖。

そこは太古の昔に地殻変動により内陸部に取り残された湾であったとされ、地下から湧き出す真水によって海水と同じ塩分濃度の塩水をなみなみと湛えている。

かつては小規模な漁業と製塩が行われるだけの塩湖であったが、現在ではアズールレーンによる新兵器開発の為の実験場として用いられていた。

 

「北連流奥義!12連誘導弾!」

 

──バシュゥゥッ!バシュゥゥッ!

 

湖面を疾走するようなよく通る声と共に、塩湖に浮かぶ駆逐艦が盛大な白煙と共に飛行物体を撃ち出す。

その数12…その飛行物体は高度200m付近を編隊を組むように、整然と飛翔してゆく。

 

「おぉ〜…これは壮観ですな!発射時の反動も気にならない程度ですし…あとは当たってくれれば、文句なしです!」

 

あっという間に遥か彼方へと飛び去る飛行物体を見送りつつ満足そうに頷くのは、重桜所属の駆逐艦『島風』である。

長い白髪に前髪は兎の目を模したように一部を赤く染め、頭の上に兎耳を生やした可愛らしい少女だが、彼女は重桜艦屈指の速力と全駆逐艦中最高峰の雷撃能力を持つ事から『夜戦では最も出会いたくない駆逐艦』と呼ばれたりしている。

しかし、現在の彼女は自慢の『五連装魚雷発射管』3基を下ろし、とある新兵器の慣熟訓練を行っていた。

 

「おっと、見惚れてる場合ではありませんでした!えー…あー、あー…指揮官殿ー『P-15対艦誘導弾』12発、全弾発射完了です!」

 

《おう、こちらからも確認した。やっぱり派手だな…どうにかして発射煙を無くせないものか…。あぁ、そうだ。前の5連装ランチャーと比べて4連装はどうだ?》

 

「はいっ!軽くなったお陰で、以前より安定感が増したように思います」

 

島風が通信機を手にし、湖畔の実験監視施設で訓練を見守っている指揮官へ報告する。

そう、今しがた島風が発射した飛行物体とは北連系軍需企業『グラーニン記念設計局』が開発した対艦誘導弾『P-15 テルミート』である。

これは、自身が持つレーダーを用いた『アクティブ・レーダー・ホーミング(ARH)』もしくは『赤外線ホーミング(IRH)』によって目標へ誘導され、弾頭重量450kgの榴弾をマッハ0.9で目標へ叩き付けるというこれまでの海戦の常識を覆すような兵器なのだ。

しかも射程は46km、一般的な戦艦の交戦距離が20〜30kmな事を考えれば、これまで海の王者として君臨してきた戦艦を駆逐艦が…いや、より小型の魚雷艇クラスの艦艇でも一方的に攻撃出来てしまう。

正に夢の最強兵器…と言いたい所だが、残念ながらそうとは言い難い。

 

《もうじき着弾するぞ。3…2…1…着弾。効果の確認をするから少し待っ…いや、待たなくていい。標的艦、大破。ただし、撃沈には至らず》

 

指揮官の通信と共に、島風が持つタブレットへ何枚かの画像が送信される。

送信された画像は、もうもうと黒煙と炎を上げる無惨な姿と成り果てた艦船…『量産型サウスダコタ』が写し出されていた。

だがよく見れば副砲や機銃類は壊滅状態だが艦橋や主砲塔は無事であり、喫水線も殆ど変化が無い事から戦闘能力を維持したままであると推測出来る。

 

「12発も撃ったのに…魚雷だったら3発も直撃すれば轟沈でしたよ?」

 

《弾頭が榴弾だからな…軽装甲相手なら間違いなく沈められたが、重装甲相手じゃこんなもんか》

 

落胆したように肩を落とす島風に、想定内と言わんばかりの指揮官。

指揮官の言う通り、P-15の弾頭は榴弾である上に目標艦船の喫水線より上にしか当たらない為、戦艦のように強固な装甲を備えた艦船に対しては効果が薄いのだ。

しかし、その欠点を補う方法は幾つか提示されていた。

 

《メーカーからは弾頭を徹甲弾にするとか、成形炸薬弾にするとか提案されている。一応、弾頭の変更で重巡ぐらいなら対処出来るって話だが…まあ、戦艦相手を相手にするなら伊勢型ぐらいならどうにかって感じらしい》

 

「むぅ…。ならば島風達駆逐艦は敵主力艦の僚艦に対して攻撃すべきですね。そうして重巡や戦艦の皆さん、陸上基地から飛び立つ航空隊の皆さんが大型誘導弾で主力艦艇を攻撃すると…」

 

《そうだ。対艦ミサイル駆逐艦隊はお前達、重桜駆逐艦隊が中心となるからな。今のうちからしっかり取り扱いと戦術を確認しておけ》

 

「島風、了解しました!」

 

指揮官の言葉に、島風はビシッと敬礼して応える。

現在、アズールレーンに所属するKAN-SEN達は誘導弾の開発完了を受けて順次改装を行っており、各々の適正に合わせて各種誘導弾を装備しているのだ。

例えば重桜の艦隊決戦型駆逐艦の集大成として対艦攻撃への適正が高い島風はこのように対艦誘導弾を装備し、対空攻撃が得意な『アレン・M・サムナー』は対空誘導弾、対潜攻撃が得意な『Z23』は誘導魚雷を弾頭としたロケット弾をと言った具合にだ。

とは言っても島風とて主砲を対空攻撃に適したものに換装したり、『ヘッジホッグ』のような対潜兵器も装備している為、完全に特化させている訳ではない。

 

《よし、ならば次は巡洋艦と軽空母によるパトロール艦隊を目標とする。補給と休憩の後、『北風』『江風』『山風』を率いて攻撃しろ》

 

「率いて…という事は、島風が旗艦ですね!島風、旗艦の任を承りました!」

 

湖畔に建設されたドックから出撃する量産艦と入れ替わりに、島風はドックへと帰っていった。

 

 

──同日、塩湖畔実験監視施設──

 

「よし、とりあえずミサイルとジェット機はどうにかなりそうだな。まあ、戦争にならないのが一番だが…」

 

モニターに映し出されている島風へのミサイル再装填風景に目を向けつつそんな事を呟いていた指揮官だが、そんな彼の耳にノックの音が届く。

 

──コンコンッ

 

「どうぞー」

 

「指揮官殿、失礼します」

 

「おや、大統領。お疲れ様です」

 

ドアを開けて入ってきたのは、ロデニウス連邦大統領であるカナタだった。

 

「指揮官殿こそお疲れ様です。新兵器開発は順調ですか?」

 

「えぇ、多少の改良等は必要ですが、概ね順調ですよ。KAN-SEN達による訓練も進んでいるので、じきに連邦軍へ引き渡す事も出来るでしょう」

 

「それは心強い。KAN-SENの方々による運用データがあればスムーズに実戦配備が出来ますからね。もっとも、戦争が起きないのが一番ですが…」

 

「奇遇ですね。私も同じ事を考えていました。…立ち話もなんなので、此方へどうぞ」

 

カナタと言葉を交わしつつ、コンソールの前に置かれた椅子へ座るように促す指揮官。

それに対してカナタは会釈しながら、静かに腰を下ろした。

 

「指揮官殿、現在我々がグラ・バルカス帝国に対して宣戦布告の撤回と、『ロマネス』が消息を絶った事に関しての事情聴取を要請している事はご存知でしょうが…」

 

「相変わらずのらりくらりと躱されているのでしょう?連中、カルトアルパスであれだけ損害を受けても戦うつもりとは…」

 

「もしかしたら、あの戦艦以上の切り札があるのかもしれません。少なくとも交渉の為にレイフォリアへ向かった外交官からは、そのような兵器を目撃したというような話は聞きませんが…」

 

「ふむ…。ともかく、警戒すべきでしょうね。我々が考えもつかないような兵器を保有しているかもしれません」

 

「ですが、そうなると真っ先に攻撃を受けるであろうムーは危機的な状況にあります。ムーから依頼されたラ・カサミの改修を速やかに…」

 

対グラ・バルカス帝国戦について話し合う指揮官とカナタの元へ、カナタの護衛を勤めるシークレットサービスが耳に付けたイヤホンから聴こえる音声に耳を澄ませながら歩み寄ってくる。

 

「大統領、指揮官殿。グラ・バルカス帝国が世界のニュースを通じて声明を発表するとの情報が…」

 

「指揮官殿!」

 

「モニターを切り替えろ!世界のニュースを映せ!」

 

カナタと指揮官の言葉を受け、監視施設の職員がコンソールを操作してモニターの一つを切り替えて世界のニュースを映す。

 

《皆さん、こんにちは。今日の世界のニュースですが、グラ・バルカス帝国が重大な声明を発表するとの事ですので、特別番組を編成してお送り致します》

 

世界のニュースの看板アナウンサーである女性の何時になく緊張したような口調…それは、視聴する全ての人々の感情を代弁しているかのようだった。




北連艦も増えましたねぇ…
そろそろ北連の計画艦も実装されそうで楽しみです


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217.第八帝国の凶行

今日からは北連イベント、明日はエルデンリングの発売…
これは執筆時間が取れるかどうか…


──中央歴1642年6月30日午後2時、グラ・バルカス帝国領レイフォリア──

 

「本気ですか、ゲスタ部長!?」

 

グラ・バルカス帝国の植民地となった列強国レイフォルの首都であったレイフォリア。

現在では帝国による植民地支配の中心地となり、グレードアトラスターの艦砲射撃によって廃墟と化した街並みはコンクリート造の近代的な建物が建ち並んでいた。

その中にある帝国外務省レイフォリア出張所の一室で、シエリアが驚愕を多く含んだ声を張り上げる。

 

「本気も本気だよ、シエリア君。奴らは我々に対して非協力的ではないか。そんな連中を、帝国臣民の血税で養うなど無駄の極みだ」

 

シエリアの言葉を受けて鷹揚に頷きながら述べたのは、彼女の上司にあたる東部方面異界部長のゲスタだ。

何故、彼が部下からそんな言葉を投げ掛けられているのか…それは、彼の発言に原因があった。

 

「捕らえた現地人を処刑するなぞ、この世界の蛮族と同じですよ!?ハイラス殿下を処刑したパガンダ人と同じ、野蛮な行いを帝国がするなんて…」

 

そう、ゲスタはシエリアに現地人の処刑を命じたのだ。

この現地人と言うのは、去る4月22日に帝国海軍の潜水艦により撃沈されたムーの貨客船に乗っていたムー人とミリシアル人、そして『白い軍艦』に乗っていたロデニウス人である。

彼らは帝国海軍の潜水艦によって救助され、いくつかの離島秘密基地を経由してこのレイフォリアへ移送されていた。

 

「確かにシエリア君の言わんとする事は分かる。しかしだね、これは"必要な犠牲"なのだよ」

 

「必要な…犠牲…?」

 

戸惑いを見せるシエリアに対し、ゲスタは如何にも重要な事柄を話すように重々しく言葉を続ける。

 

「この世界は余りにも野蛮…列強国や文明国と呼ばれる国々が非文明国を虐げ、当たり前のように交渉に赴いた外交官が理不尽に処刑される事すらある。ハイラス殿下の件のようにな」

 

デスクに置いたカップを手に取り、紅茶で唇を湿らせてから尚も言葉を紡ぐ。

 

「そのように理不尽極まりない連中が跋扈しているのがこの世界。そのような野蛮極まりない世界に新たな秩序を…優等民族であるバルカス人がこの混沌とした世界に繁栄と秩序をもたらす為には、帝国の確固たる意思を世界に知らしめる必要があるのだ」

 

「それと捕虜を処刑する事に何の関係が…?」

 

「帝国が世界を相手に戦うという覚悟を示せば、それに追随する非文明国も出てくるだろう。事実、進んで帝国の軍門に下った国々の中には列強・文明国による世界秩序を疑問視している者も多い。そのような状況の中、ムーと神聖ミリシアル帝国という二大国へ帝国が立ち向かうとなれば、彼らは帝国が築く新たな世界秩序の為に喜んでその身を捧げる事は確実だ」

 

そう述べたゲスタは立ち上がりシエリアに近寄ると、彼女の肩を力強く掴んで一言一言噛みしめるように告げる。

 

「これは、この世界に真の平和をもたらす為に必要な犠牲なのだ。彼らの死は帝国による平和の礎となり、後世まで語り継がれる事となるだろう…。そう、あの犠牲があったからこそ、この平和があるのだと…」

 

「帝国による…平和のため…」

 

自信無さげに言葉を反芻するシエリア。

それにゲスタは、真剣な眼差しで彼女の目を覗き込む。

 

「その役目を担うのは、入省試験に置いて女性として初めて主席となったシエリア君が相応しいだろう。…やってくれるか?」

 

「…は…い…」

 

幾度か迷っていたシエリアだが、顔を伏せると小さな声で承諾した。

そして、それを聴いたゲスタは笑みを…酷く醜悪な笑みを浮かべていた。

 

「さあ、では行ってくれ。近衛兵団の方々が待っていらっしゃる。待たせては失礼になるからな」

 

(ふん…やはり女は御し易い。これでコイツは精神を病んで、じきに外務省を去るだろう)

 

実はゲスタ、シエリアを始めとする若手外交官を嫌っていた。

というのも、今まで外務省は植民地や属国から巻き上げた財産で私腹を肥やす外交官ばかりであったのだが、シエリアと同世代の外交官はそれを良しとせずに改革を行おうと活動していたのだ。

しかし、ゲスタを始めとする私腹を肥やしていた者達にとっては面白くない話である。

今まで楽に大金を手に入れていたのに、ポッと出の若造にその手段を潰されようとしているのだから。

だが、改革派の中心である若手外交官はカルトアルパスでの海戦に巻き込まれて死亡、それを間近で見てしまったシエリアは精神的に不安定となっており、ゲスタはそれを利用して彼女の精神を完全に崩す事で改革派を消し去ろうと画策していた。

 

(くっくっくっ…女如きが殺しの命令なぞ下せる訳がない。下したら最後…奴の精神は限界を迎える…)

 

男尊女卑的な思想を持つゲスタは、フラつきながら処刑場所へと向かうシエリアを嘲笑を向けて見送った。

 

 

──同日、帝国近衛兵団レイフォリア司令部──

 

帝国近衛兵団のレイフォリア司令部を訪れたシエリアは、そのまま地下の一室へと通された。

 

「ご機嫌麗しゅう、シエリア殿。カルトアルパスでは残念でした…彼らは帝国の未来を担う優秀な外交官だったのですが…」

 

地下室の扉を開けたシエリアを出迎えたのは、近衛兵団のエルザンであった。

近衛兵団の制服である漆黒の装いは何時も通りだが、手に嵌めた白手袋には赤黒いシミが幾つか付いている。

 

「おや…いつのまに付いたのでしょう?これではシミになってしまいますし、何より劣等人種の薄汚れた血が付いてしまっては使い物になりません。仕方ありませんが、捨ててしまいましょう」

 

シエリアの視線に気付いたエルザンは自らの手袋に付着した血痕に漸く気付き、溜め息をつきながら手袋を外して部屋の隅に置いてあるゴミ箱へ捨てた。

 

「…彼らは?」

 

「何も話しませんね…少々痛めつけたのですが…。劣等人種なりに意地でもあるのでしょうか?」

 

何が可笑しいのかクスクスと笑うエルザンから視線を外し、冷たいコンクリートの床に座らされた男達に目を向けるシエリア。

彼ら…エルザンが艦長を務める潜水艦によって捕らえられた捕虜達には無傷な者は一人も居なかった。

ある者は上半身にいくつものミミズ腫れを、ある者は全ての指の爪を剥がされ、ある者は顔中が腫れ上がってしまっている。

これの何処が"少々"なのだ?と問わずにはいられなかったが、近衛兵団の行いに疑問を持つ事は帝国自体に疑問を持つ事と同じだ。

運が悪ければ"愛国心欠如者"として"再教育"という名の強制労働が待っている。

 

「…お前達、これが最後のチャンスだ。お前達の国の機密を話せ。政治、軍事問わない。今からでも話せば、命だけは助かるぞ?」

 

もし、ここで全員が機密を話す意思を示せばシエリアは処刑の指示を出さずに済む。

それ故の最終通告であったが、彼女に返ってきたのは沈黙であった。

 

「…っ」

 

「シエリア殿はお優しいのですね。ですが、話すつもりは無いようで…。忠誠心だけは認めてあげましょう」

 

表情を曇らせるシエリアに気付いていないのか、沈黙を貫く捕虜達に感心した様子のエルザン。

しかし、彼の視線は控えていた近衛兵団員に向けられ、それを受けた団員はセミオートライフルの安全装置を外した。

 

「さあ、シエリア殿。ご指示を…」

 

「構え…」

 

(これは帝国の為…世界平和の為…。必要な犠牲…必要な犠牲…)

 

顔を真っ青にし、胸中で必死に自らに言い聞かせながら団員に指示する。

それを聞いた団員は一糸乱れぬ動きで、整然とライフルを構えた。

 

「いい…だろう…」

 

あとはトリガーを引くだけ…というところで、捕虜の一人が口を開いた。

ロデニウス連邦沿岸警備隊長官のマッコー・ホエイルだ。

 

「貴様らが…最も知りたい情報を…教えてやる」

 

「話して…くれるのか?」

 

どこかホッとした様子でシエリアが聴き返す。

それに対しマッコーは、腫れ上がった顔ながらも不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

「我が国と…貴様らが戦争をすれば…ぬぐっ…。貴様らは…負ける…。完膚無きまでに…負け…」

 

「…撃てっ!」

 

──バンッ!バンッ!バンッ!

 

期待を裏切られたシエリアは、反射的に発砲の指示を出してしまった。

そして、それに従って次々とトリガーを引いて発砲する団員達…

 

「ラ・ムー陛下万歳!ばんざ…」

「神聖帝国に栄光を…!」

「この報いは必ずや…」

 

次々と倒れる捕虜達。

もう、戻れない…溢れた水が二度と器に戻らないように、失われた命はもう戻らない。

 

「…これは帝国による新たな秩序、そのために必要な犠牲である!世界よ、もう一度問う!」

 

半ば自棄になったシエリアは、処刑の様子を捉えた魔信カメラ─レイフォルの地方都市に残されていたもの─へ向かって改めて宣言する。

 

「帝国の軍門に下るか。それとも、戦い敗北するか…選ばせてやろう!」




ラダーンフェスティバァァァァァァル!が耳に残って仕方ありません


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218.凶行への怒り〜ロデニウスの場合〜

エルデンリングをやってたら遅くなりました
マルギットが強すぎたのに、ゴドリックはアッサリ突破出来ました


──中央歴1642年6月30日午後3時、ロデニウス連邦旧クイラ王国南方──

 

『帝国に従わぬ者はこうなる…。いいか?我々に従えば繁栄が、逆らえばこのような死あるのみだ。それを踏まえて貴様らにもう最後に問おう。グラ・バルカス帝国に従うか、それとも否か…従う国家は、我々が治めるレイフォルにある出張所へ赴くか連絡をしろ。期限は2ヶ月、それまでに回答しない国家は敵性国家と見做され、帝国の鉄槌が下されるであろう』

 

モニターに映し出されたシエリアが絶命した捕虜たちを背に、感情の無い表情でそう述べる。

それを見ていた者達は愕然としながらも自らの内から湧き上がる怒りに身を震わせた。

無論、ロデニウス連邦の国家元首であるカナタも例外ではない。

 

「な…なんと野蛮な…!」

 

普段から温厚であり、古くからの友人ですらも怒る姿を見た事がないと有名なカナタですら、顔を赤くして小さく震えながら拳を握り締めている。

何せ先程モニターの向こうでいともたやすく射殺されたマッコー・ホエイルは確かにかつての敵ではあったが、今では共に祖国を護る同志なのだ。

そんな同志を見せしめのように殺害し、一方的に従属を求めるグラ・バルカス帝国の振る舞いは許されざるものであり、可能な限り戦争という手段を避けようとしていたカナタはいよいよ覚悟を決めた。

 

「もうこうなれば、かの国との全面戦争は避けられません!各閣僚を招集し、緊急の国家安全保障会議を開催。その後に本邦駐留大使を通じて各同盟国へ我が国の意向を伝達します!」

 

連邦政府による外交努力を虐殺という行為で踏み躙る蛮行の前では、最早話し合いなぞ意味を成さない。

全面戦争は不可避と判断したカナタは秘書へ指示を出し、自国と同盟国を護るために動きだした。

 

「指揮官殿、我が国はアズールレーンへ報復及び防衛の為に出動要請を…」

 

無論、その中にはロデニウス連邦を盟主とする第四文明圏の防衛軍であるアズールレーンへの出動要請も含まれる。

それ故、すぐ近くにいた指揮官へ非公式な出動要請を出したのだが…

 

「ふぅん…なるほどなぁ…」

 

世界のニュースのキャスターがグラ・バルカス帝国の行いを非難する各国の緊急声明を読み上げている様子が映し出されているモニターを見ながら、指揮官は何度も小さく頷く。

その表情は怒りに染まってはおらず、寧ろやや口角を上げて笑っているかのようだ。

 

「っ……!」

 

仲間が殺されたというのに笑う…普通に考えれば人の心を持たない狂人だと思ってしまうだろう。

しかし、カナタはサモアの人々とKAN-SEN達から指揮官の"悪癖"を聞いていた為、そのようには思わなかった。

 

「それにしても…ククッ…パーパルディアの時も…フッ…。なんで…こんな…フハッ…殺して従わせ…フハッ…ハハッ!」

 

"指揮官はキレると笑ってしまう"…その悪癖を知っていたからこそ、カナタは言葉の端々に笑いを混ぜながら腹を抱える指揮官の姿を見て、冷や汗を垂らしてしまう。

 

(な…なんという怒気…。これは…戦争ではない…"殺戮"が始まる…!)

 

以前見学したアズールレーンによる大規模火力演習を思い出したカナタは、顔を青くして生唾を飲み込む。

古の魔法帝国が復活したという想定で行われた演習は旧ロウリア王国沿岸部の『ライナル丘陵』にて行われたのだが、その際は海軍艦艇200隻、航空機1500機、歩兵戦力9万人、戦車500輌、自走砲・牽引火砲合わせて700門、多連装ロケット砲300基、弾道ロケット1000発という『史上最大規模の演習』の結果、ライナル丘陵は『ライナル平野』と改名される程に地形が変わってしまった。

それらを見学したロデニウス連邦の閣僚は「これが演習というのなら、本物の戦争になったらどんな殺戮が行われるのだ」と発言したとされている。

その為、カナタはアズールレーンがグラ・バルカス帝国に負けるとは一切思っていない。

寧ろ、かの帝国に対する怒りはすっかり消え失せ、キレた指揮官が敵国を地図から消してしまいかねない事に恐れ慄いた。

 

「ふぅ…大統領、先程のホエイル長官の言葉…お聞きになりましたか?」

 

「え…?あ、はい」

 

一頻り笑った指揮官は息を整えると、カナタへ問いかける。

 

「ホエイル長官は、"あの女"に我々の圧倒的な勝利を宣言しました。これから殺されるというのに…凄まじい覚悟でした」

 

「はい…私も、彼の気迫には心を打たれました。ホエイル長官の言葉を偽りとしない為にも…何より、凶弾に倒れた者達の無念を晴らす為にも…我々はかの国と戦わなければなりません」

 

「えぇ、そして掴むのです。勝利と、自由と…平和を」

 

互いの信念をカナタと確認しあった指揮官は立ち上がり、コンソールに取り付けられた通信機を操作してサモア基地へのホットラインを繋げる。

 

「こちら、クリストファー・フレッツァ上級大将。最早グラ・バルカス帝国との全面戦争は不可避となった。陸・海・空軍、海兵隊、憲兵隊、沿岸警備隊は連中の強襲に備えて警戒レベルを最大に引き上げろ。加えて、戦略軍は出動に備えよ。連邦政府とムーとの交渉が済み次第、諸君らにはムー大陸へ向かってもらう。…では、大統領。ムーとの交渉をお願いします」

 

「戦略軍をムーへ派遣するのですね?分かりました。では、合わせて神聖ミリシアル帝国へ領空飛行許可と空港使用許可を申請します」

 

アズールレーンの本拠地であるサモア基地へ命令を下した指揮官は、カナタへムーに対する交渉を要請する。

それを受けたカナタは、併せて神聖ミリシアル帝国領内を利用する必要があると判断をし、それを提案した。

 

「はい、お願いします。先ずは『U-2』を派遣してレイフォルへの強行偵察を行います。なので無いとは思いますが、もしミリシアル側が許可を渋った際にはレイフォル地域の航空写真の提供をエサに交渉を」

 

「はい、交渉を行う駐ミリシアル大使にはそのように伝えておきましょう」

 

最近、アズールレーン内に新設された軍…それこそが戦略軍である。

これは言ってしまえば戦略爆撃機や戦略偵察機、更には大陸間弾道ミサイルや戦略ミサイル原潜を運用する為の軍であり、強大な抑止力として第四文明圏や同盟国に対する侵略を押し留める役割を持っている。

しかし、いざ侵略者の魔の手が伸びてきた際には抑止力ではなく、"戦力"として振るわれるのだ。

 

「ではお願いします。…あとは"ヤツ"がいい情報を帰ってくればいいのですが」

 

「ヤツ…?」

 

椅子に座り直しながらボヤくように述べる指揮官へ、カナタが怪訝そうな表情を浮かべた時だった。

 

──ガチャッ

 

「ちょっとぉっ!遠路はるばる、ムー大陸の向こうまで行ってきたのに出迎えも無しってどういう事さ!汚い海の中に何日も居たのに労いの一つも…」

 

扉を開けて入ってきたのは、『ピュリっち』ことピュリファイアーであった。

あいも変わらず血色の悪い死体のようだが、その手には頑丈そうなジュラルミンケースを持っている。

 

「いいタイミングだな。首尾はどうだった?」

 

「はいはい、バッチリですよー!まったく…本当に人使いの荒い…」

 

「人じゃないだろ」

 

労いの言葉一つ口にしない指揮官に苛ついた様子ながらもピュリファイアーはジュラルミンケースを指揮官へ差し出し、指揮官はそれを受け取って中身を確認する。

 

「海岸線から予想した地形と面積…工業地帯や人口密集地、軍港の場所。あと周囲の海水のサンプル…よし、間違いないな」

 

「これがグラ・バルカス帝国本土なのですか?…意外と小さいですね」

 

ジュラルミンケースから取り出した写真や書類を確認し、その中から幾つかをカナタへ差し出す指揮官。

カナタはそれを見て、感嘆したような声を上げた。

実はフォーク海峡海戦後、極秘裏に連れてきていたピュリファイアーに艤装を展開させ、撤退するグレードアトラスターを追尾させていたのだ。

その結果、ピュリファイアーはパガンダ島にある大規模な軍事施設は勿論、そこで応急修理されたグレードアトラスターが向かったグラ・バルカス帝国本土にある専用ドックや本土の海岸線全周を撮影する事に成功していた。

 

「内陸部が見えないのは仕方無いか…。だがこれで連中の本拠地が分かった。後はこれを上手く使うか…」

 

「はぁ…私はサモアに帰るからね。あの国の回りの海、すっごいヘドロ臭かったから艤装を洗いたい…」

 

ピュリファイアーが持ち帰った情報をもとに対グラ・バルカス帝国戦の戦略を練る指揮官の様子に、ピュリファイアーは呆れた様子でサモアへ帰還しようとするが…

 

「あぁ、ご苦労さん。お前はよく働いてくれたからな…首の爆弾はもう要らんだろ。ほら、鍵だ」

 

「おわっ!?…とっと…。イエーイ!やっと外れたぜ!はぁ〜…首が軽くなった〜」

 

指揮官から投げ渡された鍵で自らの首に巻かれた首輪爆弾を外したピュリファイアーは、先程までとは打って変わって軽い足取りでスキップして去って行った。




もうすぐ大陸版の5周年記念ですが…そろそろロイヤルイベントが欲しいですね
やっぱりURに期待です


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219.凶行への怒り〜ムーの場合〜

今日は少し色々やっててエルデンリングやる時間が取れなかったので、ちょこちょこある空き時間を執筆に費やしました



──中央歴1642年6月30日午後3時、サモア基地アポリマ島──

 

──ガチャンッ!

 

サモア諸島に属するアポリマ島の一角に置かれたムー統括軍の先端技術研究局。

そこでは、サモア基地に運び込まれたラ・カサミの修理と改修を見届ける為に赴いたミニラルやマイラスといった面々が、モニターに映し出されたグラ・バルカス帝国の蛮行に啞然としていた。

誰一人身動ぎせず、誰かが取り落としたグラスが割れる音にすらも反応が無い。

 

「な…んと…」

 

自らの目が捉えた情報を漸く理解出来たマイラスがワナワナと震えながら口元を手で覆い、喉奥から絞り出すように呟く。

彼がこんなにも動揺しているのは、人の死を目の当たりにしたという事もあるのだが、処刑されたムー人…彼らはマイラスの部下であるのだ。

彼らはロデニウスから齎された技術を元に、前線へ人員や物資を安全かつ迅速に運ぶ為の装甲車輌の開発を担当していたチームであり、迅速な戦力化の為に先進的なテスト機材が豊富に存在するサモア基地へ、試作車を貨客船に搭載して運んでいた。

それに対しマイラスはグラ・バルカス帝国の攻撃があるかもしれないと反対したのだが、開発チームは祖国を護る為の兵器を一刻も早く前線の将兵へ完璧な形で届けたいと熱望し、結局マイラスはその熱意に圧されて許可してしまったのだ。

 

「ランダー…マザリグ…ベーナム…うぅっ…私が…もっと強く止めていれば…」

 

目の下に濃いクマを作りながらも生き生きとした様子で図面を引き、油塗れになりながら機材を弄っていた彼らの姿はもう見る事が出来ない。

愉快で気のいい彼らは凶弾に倒れ、冷たい死体となってしまった。

 

「主…そんなに自分を責めないで下さい…。悪いのは、あの国…グラ・バルカス帝国です。私が絶対に、奴らを吊るして差し上げますから…」

 

大粒の涙を溢しながら泣き崩れたマイラスを、傍らに居たラ・ツマサが抱き締めて慈愛に満ちた手付きで頭を撫でる。

しかしながら彼女の瞳の奥…エメラルドを思わせる瞳の奥底には、地獄の業火が焚き火に思える程に激しく巨大な憤怒の猛火が渦巻いていた。

 

──ダンッ!

 

勿論、怒りに燃えているのはラ・ツマサだけではない。

ラ・カサミの乗組員をサモアへ送り届ける為に派遣されたラ・アカギの艦長であるラッサンもまた、額に青筋を浮かべた憤怒の形相でモニターに映し出されたシエリアを睨み付け、壁に拳を打ち付けた。

 

「クソッタレェ…!あんな痛い目に遭ったってのに、連中はそんなに戦争がしたいのか!?クソッ!クソッ!従えば繁栄があるだと!?あんな簡単に人を殺す連中の靴を舐めて得られる繁栄なんざ、こっちから願い下げだ!」

 

──ダンッ!ダンッ!ダンッ!!

 

怒りのまま、何度も何度も壁に拳を打ち付けるラッサン。

硬いモルタルの壁に打ち付けられた彼の拳には血が滲み、やや黄ばんだ白い壁に赤黒いシミを幾つも作る。

 

「そうだ、そうだ!ラッサン中佐の言う通りだ!」

「連中こそが本物の蛮族だ!」

「ムーの力を見せてやる!今すぐ報復に…」

 

「落ち着け!」

 

ラッサンの怒りに感化された周囲の者が同調し、怒りのボルテージを更に上昇させる。

だが、それが最高潮に達する寸前でミニラルが鋭く一括した。

 

「一旦冷静になれ!…諸君らの気持ちはよく分かる…私も同じ気持ちだからな…。しかし、感情に飲み込まれて物事の本質を忘れてはならない!我々の主目標はあくまでもムー大陸を…世界を征服せんとするグラ・バルカス帝国の野心を挫く事であり、報復は二の次である!先ずは、今まさに侵略の手に怯える人々を救う事が先決であろう」

 

声を張り上げるミニラルの姿に、気炎を吐いていた者達はハッとした様子で静まり返る。

そう、ムー統括軍の基本戦略は国土防衛であり、積極的な報復攻撃は想定されていない。

その為、生半可な報復攻撃を行ったとしてもノウハウ不足で失敗してしまうだろうし、それによって戦力を損耗してしまえば国土防衛すらままならなくなるだろう。

そうなればムーの国土は侵略者に蹂躙され、モニター越しに行われた惨劇が祖国の各地で行われる事は想像に難くない。

 

「…申し訳ありません、ミニラル大佐。少々…いや、大いに冷静さを欠いてしまいました…」

 

1000人規模の乗組員を擁する戦艦の艦長という立場としては失格と言わざる負えない態度を見せてしまった自らを恥じ、ミニラルに謝罪するラッサン。

しかし、ミニラルは怒鳴りつけたりせず、ラッサンに諭すように語り掛ける。

 

「確かに先程の君は艦長として相応しくないものだった。だが、それに気付けた事は大きな成長だ。…君はまだ若い。今の内に失敗を知り、それを糧に出来るのは若者の特権だよ」

 

「…ありがとうございます」

 

ミニラルによる年長者らしい含蓄のある激励に、ラッサンは感激しつつ深々と頭を下げる。

それに対し、ミニラルはゆっくりと大きく頷きながら応えた。

 

「うむ…だが、余り気に病む必要もない。私とて、君の事を言えたものではないからな」

 

苦笑と共に開かれたミニラルの手は鮮血が滲んでいた。

どうやら彼も怒りに身を震わせ、爪が皮膚を突き破る程に拳を握り締めていたらしい。

 

「しかし、ミニラル大佐。このまま何もしないという訳にはいかないでしょう。先程の犠牲者の中には、ミリシアル人もロデニウス人も居ました。ミリシアルは先進11ヶ国会議のホスト国として顔に泥を塗られた事もありますし、間違いなく報復攻撃を行うでしょう。それに、ロデニウスは防衛を基本としていますが…」

 

「アズールレーン…彼らに報復攻撃を要請するだろうな」

 

「はい、そんな中で我が国だけ参加しないというのはありえません。ですが、勝利を確実にするにはアズールレーンの戦力と技術が必要となります。政府首脳陣にアズールレーンへ加盟する事を要求しなければ…」

 

「それについては問題ないだろう。アズールレーンへの加盟を検討する議論は議会内で非公式ながら進んでいるらしい。それも今回の件でより深いものとなり、大々的に議会で取り上げられるだろう」

 

備品のティッシュで血を拭いながらラッサンとミニラルが言葉を交わしていた時だった。

 

──ジリリリリリッ!ジリリリリリッ!

 

レトロな黒電話のベルが鳴り響く。

 

「あ、私が出ますよ」

 

たまたま近くに居た技官の一人が受話器を取り、応対する。

 

「はい、こちらムー先端技術研究局…は?今なんと…?ぇ…?え?ふ、フレッツァ閣下!?少々お待ち下さい!今、ミニラル大佐…いや、このままでいいと仰られても…。はぁ…はい…はい…はぁ…?わ、分かりました。そのように……」

 

電話の主は、アズールレーンの最高指揮官である指揮官ことクリストファー・フレッツァだった。

そんな大物相手に電話対応する羽目になった技官は目を白黒させていたが、どうやら一方的に要件を伝えられて通話を切られてしまったようだ。

 

「君、今の電話はフレッツァ上級大将殿だったのか?」

 

「えぇ…何でも、ラ・カサミの改修計画を大幅に変更するのでその許可が欲しいとの事で…」

 

「改修計画の変更?確か現状の改修計画は、ラ・ツマサ君に似たものになると聞いていたのだが…。他に何か仰ってはいなかったか?」

 

ミニラルが電話応対をした技官に確認するが、技官も指揮官からの要件をイマイチ把握出来ていないようで、何とも歯切れの悪い言葉が返ってきた。

 

「姉上の…改修計画を…?」

 

「はい、何でも『封印指定技術第8号』?なる特殊な技術を用いて改修を行うとの事でして…。あ…そう言えば、ラ・ツマサさんにも同様の改修を行う準備があると言っていたような…」

 

「封印指定…技術?そう言えば、フレッツァ殿から聞いた事がある。なんでもサモア基地の最重要区画に封印された"イレギュラーな技術"があると…」

 

マイラスを慰めていたラ・ツマサだが、姉であるラ・カサミに関わる事を耳にしてそちらに興味を向け、マイラスも瞼を腫らしながらかつて指揮官から聞いた噂話を思い出す。

 

「とにかく、詳しい事は電話では話せないので、明日か明後日にでも総司令部に来てほしいとの事でして…えー…っと…どうしましょうか?」

 

世界有数の軍事組織の最高指揮官の言葉を伝えるという大役を押し付けられた技官は、冷や汗をかきながら気まずそうな笑顔を浮かべる事しか出来なかった。

 

 




ラ・カサミもラ・ツマサもとんでもない魔改造&ロマンを詰め込むつもりです


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220.凶行への怒り〜ミリシアルの場合〜

いやー、まさか次のイベントがサディアイベントになるとは…
サディアと言えばアズレン屈指のナイスデザイン(意味深)なキャラの総本山…!
楽しみですな!


──中央歴1642年6月30日午後5時、神聖ミリシアル帝国アルビオン城──

 

グラ・バルカス帝国による捕虜の公開処刑という凶行を受け、皇帝ミリシアル8世によって緊急招集された議会はピリピリとした緊張感が漂っていた。

 

「余は…赦せぬ…」

 

世界一の大帝国の頂点に立つ皇帝の怒り…それは平伏して皇帝の言葉を待っていた閣僚達へ、圧倒的なプレッシャーをかけるに十分すぎるものだ。

 

「我が民を…愛すべき帝国臣民を、帝国の為に死地へ向かう事を躊躇わぬ忠義の戦士達を罪人のように殺した事。カルトアルパスを攻撃し、世界会議を踏み躙り、世界の長たる神聖ミリシアル帝国の顔に泥を塗ったあの忌まわしき傲慢なるかの国…奴らは自らが異世界から転移したなどと嘯いているようだが、それが事実であるなら奴らはこの世界を舐めきっている!余はこの世界の長として、この世界を侮辱したグラ・バルカス帝国へ神罰を下す!」

 

「「「ははーっ!」」」

 

ここ数百年は見る事がなかったであろうミリシアル8世の怒りを前に、閣僚達は平伏したまま全員が了解の意を示した。

何せグラ・バルカス帝国によって処刑された捕虜の中には『マグドラ群島沖海戦』にて全滅した『第零式魔導艦隊』の乗組員も多数含まれていたからだ。

そんな事もあって慎重派の閣僚すらも一気に主戦派へ鞍替えし、ミリシアル国内はグラ・バルカス帝国への報復を望む世論一色となっている。

 

「うむ、では改めて会議を始めよう。我が国が主導するグラ・バルカス帝国への報復作戦だが、各国の反応はどうなっておる」

 

「その件に関しては私めが」

 

ミリシアル8世の問いかけに対して挙手しながら応えたのは、国防省長官アグラだ。

 

「陛下直々に発案されましたグラ・バルカス帝国への報復作戦ですが、大使館を通じて各国へ確かに伝えられました。その結果ですが、中央世界からはエモール王国やアガルタ法国、第二文明圏からはムーやマギカライヒ共同体等が参戦を表明しております」

 

そう述べたアグラはキビキビとした動きでミリシアル8世の前へ進むと、跪きながら恭しく書類を手渡した。

それはミリシアル主導の報復作戦への参戦を表明した国々のリストであり、それを受け取ったミリシアル8世は満足そうに頷く。

 

「ふむ…列強国も文明国も、文明圏外国も多くが参戦を決意したようであるな。だが…第三文明圏と第四文明圏に属する国家が無いようだが?」

 

「はっ!先ず第三文明圏の国々ですが、殆どが自国防衛の為の戦力が必要であるため派遣する戦力に余裕がない、との事で今回は参戦を見送るとの事です。ただし、戦争が長期化するようであれば必要に応じて戦力の派遣や、物資の供出を行う準備があると…」

 

「ふむ…だがどのみち第三文明圏の主力である帆走艦では、作戦開始に間に合わぬであろう」

 

第三文明圏の国々が参加を見送った事に関しては、ミリシアル8世も予測していた事らしい。

しかし、それでも全体的にグラ・バルカス帝国に対抗する枠組みに参加するという言質を取れたのは、十分な収穫だ。

 

「それと第四文明圏ですが…こちらも同じく防衛を主としている為、戦力派遣は難しいとの事です。ですがこちらも必要に応じて戦力・物資の拠出を行うとの事です」

 

「だが、アズールレーンはどうだ?第四文明圏の国々は戦力を防衛主体としているが、アズールレーンは敵地攻撃用の戦力を持っていると聞く。彼らであれば、我が国に匹敵する戦力となるであろう」

 

第四文明圏に関してもミリシアル8世の読み通りだったらしい。

だが、第四文明圏には文明圏全体の防衛軍であり、抑止力とも言える世界最大の軍事組織アズールレーンが存在する。

アズールレーンの戦力がどれほどのものであるか、ミリシアル8世を始めとした神聖ミリシアル帝国上層部は理解している為、彼らの参戦を期待しているのだが…

 

「残念ですが、アズールレーンも参戦を見送るそうです。何でも主力艦隊への新兵器装備と慣熟訓練を行って、グラ・バルカス帝国へ万全の状態で攻撃を行いたいとの事でして…」

 

「陛下、私からもよろしいでしょうか?」

 

落胆した様子のアグラに続いて、外務省統括官のリアージュが挙手した。

 

「申せ」

 

「はっ。私も先程伝えられたのですが、ロデニウス連邦とアズールレーンの連名で外務省へ要望書が届きましたので、要点をかいつまんで読み上げさせて頂きます」

 

発言の許可を受けたリアージュが起立し、先程渡された要望書を読み上げる。

 

「今回のグラ・バルカス帝国の蛮行を受け、我々は報復攻撃の下準備として…何より友好国であるムーへの支援の為にムー大陸へ超高高度戦略偵察機を派遣する事を決定した。その為に貴国の領空飛行許可と、空港の使用許可を頂きたい。との事です」

 

要望書の要点だけを読み上げ、リアージュは要望書の原本をミリシアル8世へ跪きながら手渡す。

 

「超高高度戦略偵察機とな?」

 

「陛下。私めが聞き及んだ話によりますと彼らが保有する偵察機は、何でも高度27000mを800km/hもの速度で飛行するというものらしく前線は勿論、遥か遠方の敵国本土すらも捉える事が出来るそうです」

 

ミリシアル8世の疑問にアグラが応えるが、その言葉にざわめいたのは他の参加者であった。

 

「に…27000m…?馬鹿な…」

「我々が保有する偵察型エルペシオ3の2倍以上の高度を、より速く飛ぶのか…」

「だが、偵察機にとって最も重要なのはカメラだ。如何に優れた機体でも、カメラの性能がお粗末なら意味が無い」

 

驚愕と敗北感、そして精一杯の負け惜しみが入り混じったざわめきだが、それはミリシアル8世とアグラの言葉によって沈黙へと変わる。

 

「それほどの高空を飛ぶ偵察機であるなら、それなりの偵察機材を搭載しておるのだろう?」

 

「はい。以前にシュミールパオ軍務大臣がロデニウス連邦のパタジン国防大臣と会談した際、その偵察機から撮影した魔写…いえ、写真をサンプルとして提供されたのですが、2万m以上の高さから撮影したにも関わらず1m四方の解像度を持っていました。その際は彼らが我が国に提案した軍事協定『WPS協定』を結んでいなかった為、敢えて解像度を下げたものだったらしいのですが…しかし、今は違います。ロデニウス連邦・アズールレーンとのWPS協定を結んだ事により、我が国は彼らに対して情報の提供を要求する事が出来ます。したがって、彼らの偵察機による領空飛行と空港利用を許可する見返りに、偵察によって得られた情報の共有を要請すべきと私めは考えています」

 

以前、ロデニウス連邦・アズールレーンと神聖ミリシアル帝国の間で結ばれた『戦力共有協定』、通称WPS協定の条文の中には有事における軍事施設や情報の共有規定が設けられており、それに則ればロデニウス側が収集した戦略的価値の高い情報を得た上でグラ・バルカス帝国に対する報復攻撃を行う事が出来るだろう。

 

「ふむ、よかろう。アグラよ、そなたの考えには余も賛成だ。ロデニウス側の要請を受け入れ、その見返りとして得た情報の全てを我が国と共有する事を要請せよ。リアージュよ、ロデニウス側との交渉はそなたに一任する」

 

「「はっ!」」

 

アグラは自らの意見が採用された事に、リアージュは大役を任されたという事に対する感激によりミリシアル8世へ深々と頭を下げ、自らの席へ戻った。

 

「それと、もしロデニウス側からもたらされた情報を精査した結果、グラ・バルカス帝国の脅威度が高いと判明した場合は秘匿兵器…『パル・キマイラ』を派遣する事も視野に入れるべきであろうな」

 

重々しく紡がれたミリシアル8世の言葉…それを受け閣僚達は再びざわめき、会議は仕切り直しとなるのだった。




そう言えば最近、暑いと思ったらまた肌寒くなりましたね
体調管理にはお気を付け下さい


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221.楽しい捕虜生活

やまねこ3417様より評価9を頂きました!

今回のイベントは結構小規模なイベントですね…
まあ、前哨戦も生放送も無かったですし、こんなものですか
ただ今回は次の大型イベントに繋がりそうなので、今から楽しみです!


──中央歴1642年6月30日午後3時、ロデニウス連邦旧ロウリア王国東部──

 

《さあ、来るか…来た!4回転アクセル!正に氷上の踊り子…いえ、氷上の妖精と呼ぶべきでしょう!》

 

「ふへー…すっげぇ…」

 

ロデニウス大陸の内陸部、かつてロウリア王国東部と呼ばれていた地域にはロデニウス連邦とアズールレーンが共同で運営する捕虜収容所…通称『レインボーヤード』が存在する。

その一角ではグラ・バルカス帝国海軍航空隊の雷撃機乗りであったケルが目の前に置かれた画面を見て深く感心していた。

 

「いやー…本当にエミールさんはキレイだなぁ…。しかも、氷の上をあんな靴で自由自在に滑るなんて…」

 

ケルが見ている画面には、以前開催されたアズールレーンによる民間人との交流イベントで披露された、エミール・ベルタンの氷上演技…所謂フィギュアスケートが映し出されている。

実はケル、カルトアルパスで撃墜された後にエミール・ベルタンと出会ってから、彼女に夢中なのだ。

とは言っても恋愛的な意味ではなく、どちらかと言えば推しのアイドルに夢中といった感じなのだが…

 

「だけど、本当に凄いのはロデニウス連邦かもな…。こんな部屋、軍艦の艦長クラスじゃないともらえないぞ?」

 

エミール・ベルタンによる演技が終わったタイミングで一旦立ち上がり、伸びをしながら自らに与えられた部屋を改めて見渡すケル。

約2.3m四方の小さな空間であるが内部は木製のベッドやデスクや椅子が備え付けられており、小さいながらも2つの窓があるため採光も風通しも抜群である。

更には天井には電球とも蛍光灯とも違うコンパクトながらも明るい照明が取り付けられており、動画や音楽や書籍を楽しむ事が出来る"タブレット"とか言う未知の機械まで支給されており、空調まで完備されているのだ。

捕虜収容所という陰鬱なイメージとは真逆な快適で明るい設備を見ていると、ケルは自国の捕虜収容所がどれほど非人道的な施設であったかを理解する事が出来た。

 

「エミールさんの言う事は本当だったんだな。一人でゆっくり出来るし、飯は美味くて動画は面白くて、しっかり眠れる。もう最高だなぁ…戦争が終わってもここに居たいぐらいだ」

 

改めて感心したように述べるケル。

確かに捕虜収容所としては余りにも手厚く、余りにも豪華な設備であるが、それにはアズールレーンとロデニウス連邦のとある理念によるものが影響している。

それこそが"捕虜は罪人ではなく、ただ国の為に戦った兵士であり、ある意味で政治の被害者である。故に彼らに理不尽な苦難を背負わせる事はあってはならない"というものだ。

それ故にロデニウス連邦の捕虜収容所は可能な限り快適になってはいるが、それでいて可能な限りコストを抑えた作りになっている。

例えば捕虜一人一人に与えられた個室…これはアズールレーンやロデニウス連邦軍に所属する兵士達が寝泊まりする兵舎、あるいは自然災害や紛争等で住まいを失った被災者・難民の仮住まいとして用いられるコンテナハウスである。

海上輸送コンテナの規格で作られており、予め工場で生産して必要な場所まで船舶・鉄道・トラックで運べば後は水道や電線を繋ぐだけでよい為、非常に安上がりになっているのだ。

その他にも旧クワ・トイネ公国産の形や色が悪い作物を安く仕入れて食費を抑えたりしている為、収容所の運営経費は意外な程低く抑えられている。

だが、それにしてもそれなりの値段がするであろうタブレット端末まで与えているというのは、過剰な待遇と思われるだろう。

しかし、それにもとある思惑が存在するのだ。

 

──ピロンッ♪

 

「ん?今日のニュースが来たか。えー…っと、なになに?上院議員による政治資金横領が発覚、連邦捜査局が家宅捜索を開始…か…。ロデニウス連邦もそういうのあるんだな。だけど、ちゃんと悪い事したら捕まるんだな…」

 

賄賂や癒着が横行する自国との差を痛感し、嘆息するケル。

そう、捕虜達にタブレット端末が与えられている理由…それは、多くの情報を与える事で彼らの固定観念を打ち砕く為なのである。

例えば、我々の世界における中世時代の庶民が生涯で得られる情報量は新聞1部分と言われており、それ故に我々からしてみればあり得ないような情報でも、彼らにしてみればそれこそが常識であるのだ。

グラ・バルカス帝国のような近代的な国家であれば庶民でもそれなりに多くの情報を得られるだろうが、それでも現代人が一日で得られる情報量に比べれば非常に少ないと言わざるおえない。

そんな中で、様々なプロパガンダや上官からの目がある軍隊内は特に情報の偏りが強く、明らかに敵が優れた兵器を持っていようが末端の兵士は下士官はそれを知る事も出来ずに命令のまま無謀な作戦に駆り出されて命を散らす事となるだろう。

しかし、それでも生き残った者達はケルのような捕虜となるが、捕虜達もそのような自国の軍のプロパガンダに染まりきったままだと力の差を理解出来ずに収容所内で暴動や脱走を企てるおそれがある。

その為、ロデニウス連邦では捕虜達に自国の優れた国力や文化を知らしめる事で、力を用いずに抵抗の意思を挫くという意図の下、彼らにタブレット端末を支給しているのだ。

 

──ピロンッ♪

 

「お、速報…?」

 

ややぎこち無い手付きでタブレットを操作してニュースサイトを閲覧していたケルであったが、画面の通知欄に速報が来た事を示すバナーが表示された。

 

「んー…グラ・バルカス帝国が世界のニュースにて捕虜を公開処刑……はぁぁぁぁ!?」

 

バナーをタップし、ニュースのタイトルを確認したケルは目玉が溢れそうな程に目を見開き、驚愕の声を上げた。

 

「ロデニウス連邦政府はこの蛮行に対して断固たる措置を取る、って…ま、まさか…!」

 

ニュース内容を斜め読みしたケルの脳裏に浮かぶのは、ロデニウス連邦による報復…つまり、グラ・バルカス帝国人であるケル達の処刑だ。

 

──ドンドン!ドンドン!

 

「ケル、居ますか!?」

 

「っ!?…ベローか!待ってろ、今出る!」

 

扉を強く叩かれた為、驚いてタブレットを取り落としてしまうが、扉の向こう側に居るのが幼なじみであるベローだと分かると慌ただしく扉を開ける。

 

「け…ケル、大変なんだよぉ〜!さっきのニュースで皆が…皆が!」

 

扉を開けると、ベローともう一人の幼なじみであるスーンが額に脂汗を浮かべてケルを待っていた。

 

「皆が…って、まさかロデニウスがもう!?」

 

「いえ、私もそれは考えましたが違います。ですが…事態はより深刻になるかもしれません」

 

早速、他の捕虜がロデニウス連邦軍の兵士により殺害されたのかと思ったケルだったが、ベローは彼の考えを否定した。

しかし、ベロー曰くより悪い事になっているらしい。

 

「と、とにかくケルが来てくれないとどうしようもないよぉ…」

 

「どうなってるか分からないが…よし、とにかく他の連中の所に行くぞ!」

 

慌てふためく二人の様子を見て只事では無いと判断したケルは、詳細を聞く事もなく収容所内にある広場へと走り出した。




そう言えば謎にフォーミダブルがピックアップされているので、次こそロイヤルイベントが来るのか!?


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222.責務の矜持

佐藤幸男様より評価9を頂きました!

今年もエイプリルフールがやってきましたが…いつぞやのケッコンモーションは復活しないんですかねぇ…
やっぱりアプリストアとかから怒られたのでしょうか


──中央歴1642年6月30日午後4時、ロデニウス連邦旧ロウリア王国東部──

 

捕虜収容所の中央広場、そこに置かれた集会所は殺気立った喧騒に包まれていた。

 

「急げ!急げ!」

「クソッ、外務省の連中め!余計な事を!」

「俺たちは見捨てられたのか…?」

 

『フォーク海峡海戦』の前哨戦である航空戦にて撃墜され、捕虜となったグラ・バルカス帝国海軍航空隊の搭乗員達、約30名は集会所の要塞化を進めていた。

ある者は自室から持ち出したマットレスを盾のように構え、ある者は支給された作業服に土を詰めて土嚢のようにして積み重ね、ある者は集会所に置かれている椅子の脚を折って棍棒にしている。

そう、彼らは自らの祖国が捕虜を虐殺したというニュースを受け、ロデニウス連邦が報復の為に自分達を処刑しにくると考え、せめて一矢報いる為にこうしているのだ。

しかし、彼らは航空機の搭乗員である。

白兵戦に関しては最低限の知識しかなく、見様見真似で拠点を構築する事しか出来ないでいる。

 

「どうせ近衛兵団が何かを企んだに違いない!」

「奴らは俺たちが必死に戦ってる時に横槍を入れてくるからな…」

「けっ!連中にとっては、俺達の命なんざゴミ同然なんだろ」

 

彼らの胸中は、ロデニウス連邦による報復の恐怖もあるが、それ以上に帝国上層部の軽率な行動に対する怒りが大部分を占めていた。

そもそも、グラ・バルカス帝国がこの世界の国々に対して武力で訴えるようになったのは、パガンダ王国が皇族ハイラスを処刑した事がきっかけであった。

その事は帝国本土の各種メディアでもセンセーショナルに報じられ、帝国臣民達は異世界の野蛮さに憤っていたはずだ。

しかし、捕虜を公開処刑するなぞこの世界の野蛮人と変わらない…いや、海軍航空隊を撃滅し、グレードアトラスターを撃退した軍事力を持つ国々が存在すると分かった以上、そのような相手を刺激するような真似は避けるべきであるだろう。

だというのに捕虜を処刑しながら植民地になれと要求する帝国のやり方は、一介の下士官である彼らでも明らかに間違っていると判断出来る。

だが、捕虜の身ではどうする事も出来ない。

それ故に自らを殺しに来るであろう死神を少しでも食い止める為に、こうして稚拙な陣地を作る事が彼らにとっての最大の抵抗なのである。

 

「おーい!お前ら、何やってんだ!?」

 

「ケルか!お前も手伝え!早くしないと、ロデニウスの兵士が俺達を殺しに来る!」

 

汗だくになりながらバリケードを作っている捕虜達の元へ、ベローとスーンに呼び出されたケルが駆け寄ってきた。

 

「そんな事無駄だ!この収容所を見張ってるロデニウスの連中は小銃や機関銃どころか、戦車や"鉄の巨人"まで持っているんだぞ!?こんな事やってる暇があるなら、全力で逃げる方がいい!」

 

「逃げるって言ってもどこに!?外側には3mはあるフェンスと有刺鉄線に深い空堀!それを乗り越えたって、回りは何もない平原なんだぞ!逃げたって直ぐに見つかって、嬲り殺しだ!」

 

ケルとしては下手に抵抗するより、どうにか脱出すべきだと考えたが、この収容所ではそれも難しいだろう。

確かに収容所の敷地は上端に有刺鉄線を巻き付けた高さ3mものフェンスが三重に囲っており、フェンスとフェンスの間と外縁部にはコンクリートで塗り固められた深さ2m幅4mの空堀が存在する。

それだけでも脱走は困難だが、それらを乗り越えても収容所の外側は短い下草が生えた広大な平原が広がっており、一番近い市街地まで30kmはあるのだ。

つまり、脱出は絶望的と言えるだろう。

 

「うぅ…し、死にたくないよぉ…。せっかく助かったのに…おいら、何も悪い事してないのにぃ…」

 

ケルと両手を土で汚した捕虜が言い争っていると、スーンが大粒の涙をボロボロと溢しながら崩れ落ちた。

そもそも彼らは世界の解放者として、野蛮で悪しき国々から人々を解放すると聞かされて作戦に従事していたのだ。

故に彼らにとっては忠実に命令に従ったのに、その命令を下した者の行いによって殺されるという理不尽極まりない状況に置かれていると言えよう。

泣きたくなるのも当然だ。

 

「うぇぇぇ…お母ちゃぁぁん…お父ちゃぁぁん…」

 

「スーン、泣かないで下さいよ…。誉れある…ぐすっ…帝国軍人がそんな…」

 

まるで子供のように泣きじゃくるスーンを宥めるベローだが、彼も故郷に残してきた両親の姿が脳裏に過ぎって思わず涙ぐんでしまう。

そして、それはスーンとベローだけではない。

 

「俺だって…俺だって死にたくねぇよ…」

「故郷には体の弱い母と、まだ小さい弟を残してるんだ…。私が死んだら、あの二人はどうなる…?」

「せめて…帝国軍人として立派な最期を!」

 

如何に軍人であろうとも彼らとて人間である。

差し迫った死の気配に恐怖し、郷里に残した家族の今後を想像して悲観的になるのも仕方無い話だろう。

 

──ブロロロロロロ…

 

悲壮な雰囲気に包まれる彼らの元へ、収容所の警備をしているアズールレーン憲兵隊のジープがやって来た。

それを見た瞬間、捕虜達はとうとう自らの死期がやってきたと覚悟をしたが…

 

「グラ・バルカス帝国の諸君!私はアズールレーン憲兵隊司令官のモイジだ!本日は君たちに伝えたい事がある!」

 

ジープから降りてきたのは、偶然収容所の視察の為に訪れていた憲兵隊司令官モイジである。

 

「先ず、君たちの命を奪う事は無いと断言しよう!これはアズールレーン戦時法第13条"捕虜は常に人道的に扱い、暴行または脅迫並びに侮辱及び大衆の好奇心から保護しなければならない。また、捕虜に対する報復措置は全面的に禁止する"に則るものである。我々はこれを全面的に遵守し、ロデニウス連邦政府及びアズールレーン上層部から君たちに対する処刑命令が下ったとしても、我々はそれを拒否して君たちを守る為に戦う事を宣言する!」

 

それを聞いた捕虜達は、信じられない事を聞いたという風な表情である。

何せ自分達を殺す為に来たと思っていた者達が殺さないと明言したばかりか、上層部の命令に逆らってでも自分達を守ると宣言したのだ。

しかし、グラ・バルカス帝国ではあり得ない話である為、捕虜達の態度は半信半疑である。

 

「…確かに、君たちの気持ちも分かる。君たちの祖国の手で処刑された者の中には、私の友人も居たからな…。しかし、彼らの処刑を命じたのは君たちではない。真に憎むべきは処刑を命じたグラ・バルカス帝国上層部であり、君たちは全くの無関係だ!いわば、君たちは愚かな政府によって命の危険に晒された被害者である!故に、私は君たちを庇護する為に全力を尽くす!だから、どうか冷静になってほしい」

 

モイジの瞳には一切の曇り無く、捕虜一人一人をしっかりと見据えながら語り掛ける。

それだけではない。

モイジの護衛として同行する憲兵達も、携えたサブマシンガンをスリングで肩に掛けたまま、弾倉を挿し込む事もしていない。

 

「…なあ、もう止めようぜ」

 

暫し無言で対峙していた憲兵隊と捕虜達であったが、捕虜の中から前に出たケルの言葉によって沈黙が打ち破られる。

 

「モイジさんも、憲兵隊の人達も俺達を殺す気は無いってはっきり分かった。確かに、信用出来ない奴も居るかもしれねぇ…。でも、収容所の中だけとはいえ、俺達はかなり自由に快適に暮らさせてもらってるじゃないか。それはきっと、この人達が俺達を信用してくれたからじゃないのか?そうだとしたら、俺達はその信頼に応えないといけない。帝国軍人としてじゃない、男として…人としてだ」

 

「ケル…おいらもそう思うよ」

 

「ケル…確かに、貴方の言う通りかもしれませんね」

 

ケルの言葉を聞き、スーンとベローがバリケードの陰から出てきた。

そして、それに続く他の捕虜達…

 

「…ありがとう、我々を信用してくれて。私も君たちの信頼を裏切らない為に、命を賭してでも君たちを守ってみせる!」

 

全ての捕虜が前に出て整列した光景を前に、モイジは憲兵隊としての責務を全うする事を改めて誓ったのだった。

 

 




因みに捕虜収容所の周辺は憲兵隊所属のスコープドッグ(カブリオレカスタム)とM24軽戦車が彷徨いてます


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223.成層圏のゴースト

何かエイプリルフール特別編を書こうかと考えていましたが、結局間に合いませんでした


──中央歴1642年7月4日午前9時、グラ・バルカス帝国領レイフォリア──

 

レイフォリアに置かれたグラ・バルカス帝国ムー大陸方面軍総合指令基地『ラルス・フィルマイナ』。

帝国による世界征服の橋頭堡であるこの基地はかつてレイフォルと呼ばれた領域の各地に置かれた軍事基地の中でも格別の規模を誇り、最大の脅威と目される神聖ミリシアル帝国の反撃を跳ね除ける為に基地そのものの頑強さは勿論、周囲には予備も含めた8基の対空レーダーを備え、多数の高射砲陣地やトーチカを配置した正に難攻不落の要塞である。

 

「ふぁ〜…あ〜…」

 

物々しい雰囲気が漂う要塞であるが、そこに配備された兵士は何とも呑気に欠伸をしていた。

 

「おい、気を抜くんじゃない。帝国は本格的に全世界に対して宣戦布告したんだ。いつ現地人が奇襲を仕掛けてもおかしくない状況なんだぞ」

 

欠伸をした兵士に対して、別の兵士が注意する。

しかし、注意された兵士は特に悪びれる事もなく、目の前に置かれたレーダー画面を指差しながら応えた。

 

「そんな事言ってもなぁ…。このラルス・フィルマイナはムーとの国境からかなり離れてるし、この辺りの国が持ってる航空戦力なんてワイバーン、良くてムーのオンボロだぞ?そんな連中なんて、ここに来るまでに撃墜されちまうさ」

 

確かに彼の言う通り、帝国に敵対する事を選んだ国家群が奇襲を仕掛けて来ようが道中の基地により阻まれ、ラルス・フィルマイナまで辿り着く事はまず不可能であるだろう。

 

「だが、噂によれば神聖ミリシアル帝国の港町を襲撃した東征艦隊がかなりの被害を受けたそうじゃないか。しかも、航空隊もほぼ壊滅だって…」

 

「お前はまーた、そんな与太話を信じてるのか?確かに東征艦隊は被害を受けたらしいが、それは神聖ミリシアル帝国の最精鋭艦隊と戦ったからで、航空隊は激しい低気圧に巻き込まれたせいで壊滅したって話だろ?確かに神聖ミリシアル帝国はそれなりに強いみたいだが、それ以外は雑魚だよ」

 

何とも楽観的であるが、実はカルトアルパスで被った被害に関しては箝口令が敷かれており、参加した将兵やパガンダ島の泊地で損傷した艦船を修理した者達も口を揃えて"艦船の被害はミリシアルの精鋭に、航空隊の被害は低気圧が引き起こした異常気象によるもの"と言わざるおえない状況なのだ。

例え処罰を恐れずに親しい人物に真実を伝えたとしても、帝国軍の常勝神話に染まりきった人々は与太話として全く取り合わない有様である。

 

「むぅ…しかし…」

 

「そんな事よりタバコないか?最近、売店に入ってこなくてな…」

 

憮然とした様子の同僚へ、タバコを強請る兵士。

彼の手には空っぽになったタバコの箱があり、レーダー画面の前に置かれた灰皿には吸い殻が山盛りになっていた。

 

「悪いがこっちも無い…というより、持ってる奴の方が少ないんじゃないか?話によれば、専売公社が『ルクセリア』に優先してタバコやら酒やらを卸しているらしい」

 

「はぁ〜…また近衛兵団絡みかよ…。軍が反乱を起こしたのなんて、もう随分前の話じゃないか…」

 

「まあ、近衛兵団連中は帝国軍を監視するって役目を陛下から直々に賜っているからな。ああいうプライドの高い奴が自分の権力を簡単に手放す訳ないわな。それに、ルクセリアはグラ・カバル皇太子殿下直々に都市設計を行われた都市だ。将来的にはムー大陸統治の中心は、このレイフォリアからルクセリアに変わるらしい」

 

グラ・バルカス帝国は現在、レイフォリアの北方に新たな都市を建造中である。

その名も『ルクセリア』…現皇帝グラ・ルークスから名を取り、皇太子であるグラ・カバル設計という正に帝国の、更には優等民族バルカス人の優秀な能力の象徴となるような都市であるとされている。

無論、そこには帝国の民族主義を体現した近衛兵団のムー大陸方面総督府が置かれ、現地のレイフォル人を都市建設に駆り出し、文字通り"死ぬまで"働かせているのだ。

 

「まったく、俺達の仕事がどんどん近衛兵団に奪われてるな…。このままじゃ、いつか帝国軍もなくなって俺達もクビかもな。そうなったらどうしよ…ん?」

 

「どうした?」

 

常に高圧的に接してくるのみならず、嗜好品まで奪ってくる近衛兵団に対する愚痴をこぼしていた兵士だったが、彼の目がレーダー画面に向く。

それは対空目標の高度を測定する為のAスコープであるのだが…

 

「なぁ、コレ何だと思う?」

 

「あー…それ、ノイズかなんかだろ。たまに風でアンテナにゴミが付いたり、小規模な磁気嵐で変なモノが映り込むんだよな。…気にしなくてもいいな。少なくとも高度15000m以上を飛べる飛行出来る物なんて、この世界の現地国家が持ってるわけがない」

 

「んー…そうか。まあ、それもそう…あ、消えた。やっぱりノイズか」

 

確かに画面上に表示された飛行物体を示す光点は目盛りの上限を超えた位置…つまり、高度15000m以上を飛行している事が分かる。

だが、少なくとも帝国の航空機ではそんな高度を巡航出来る物は無く、遥かに劣る技術しか持たぬ現地国家がそのような物を持っている訳がない。

そう考えた彼らは、その反応をノイズと判断して特に報告する事もなく、再び退屈な警戒任務へ戻った。

 

 

──同日、レイフォリア上空──

 

──ゴォォォ…

 

微かに聞こえるエンジン音、それ以外には自らの呼吸音しか聴こえない。

目の前に広がるのは薄ら青く光る大気の靄に覆われた大きく弧を描く地平線。

見上げれば青空は無く、星の瞬く漆黒の夜空が広がっていた。

ここは高度24000m…大気密度も気温も地表と比べれば極めて低く、通常の航空機では到達する事なぞ不可能である。

そんな遥か高空の不可侵領域を独占するように、或いは孤独に突き進むのは黒い十字架のような航空機だ。

全幅30m以上にも及ぶ長大な翼を持つそれは、アズールレーンにて開発された戦略偵察『U-2』を大型化させ、燃料及び機材搭載量を向上させた『U-2R』である。

最新鋭の機体に最新鋭の機材を積み込んだ漆黒の怪鳥は、地上で警戒にあたるグラ・バルカス帝国軍を嘲笑うように悠々と巡航しながら、飛行経路に存在する帝国軍の拠点を撮影していた。

 

「…キレイ」

 

ロデニウス大陸より飛び立ち、空中給油を駆使して着陸することなくムー大陸まで進出した4機のU-2Rによる長距離偵察部隊『ブラックキャット』の隊長機に搭乗するパイロットが、手が届きそうな程に近い夜空を上目遣いで見上げながら感嘆したように呟いた。

本機専用のパイロットスーツは潜水服、もしくは宇宙服のようになっている関係で上下方向へ自由に首を動かす事が出来ない。

その為、上方を確認するためにはこうして上目遣いにならざるおえないのだ。

 

「ルミエス殿下にも是非見ていただきたいのですが…流石に殿下にこのような厳しいフライトをして頂くのは無理でしょうね…」

 

ヘルメットの内側で残念そうに告げるパイロット…彼女の名はリルセイド、アルタラス王国の王女であるルミエスお付きの騎士である。

普段からルミエスの側で彼女の護衛をしている彼女が何故、こんな事をしているのかと言えば実は彼女、アズールレーンにスカウトされてこの偵察部隊を任されているのだ。

というのも、彼女はサモア基地で受けたパイロット教育の最中、長距離の高高度飛行に耐えうる才能があると判明し、特別教育を受けた後にアズールレーンで新設された戦略軍に編入されていた。

 

「ん…これは…レイフォリアですね。まるでロデニウス連邦の都市のような造り…停泊しているのは軍艦でしょうか?…ともかく、これは重要な情報で間違いないでしょう」

 

旧レイフォル各地を偵察する為に別行動をとっている部下達がどのような情報を得られたかを気にしていたリルセイドだったが、コンソールの中央部に埋め込まれた円形のモニターに映し出された近代的な都市に気付くと、操縦桿に取り付けられたシャッターボタンを押して街並みと、港に停泊する数々の艦船を撮影した。

 

「さて、残りの燃料的にそろそろ戻らねばなりませんね。今回の任務はかなりハードでしたし、王国に戻ったら長期休暇を申請して…殿下がオススメされてたフルーツパーラーにでも行ってみますか」

 

一頻り撮影を終えたリルセイドは機体を僅かにバンクさせながらゆっくりと旋回し、ムーの領空まで一直線で引き返して行った。




いい加減Skeb依頼品を書き上げなければならないので、次回は遅れるかもしれません


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224.お友達から

最近暑くて暑くてたまりませんね…
仕事場であるビニールハウス内はもうサウナですよ…


──中央歴1642年7月20日午後6時、グラ・バルカス帝国領レイフォリア──

 

この世界におけるグラ・バルカス帝国の外交窓口である外務省レイフォリア出張所。

その中でも賓客を饗すための特別応接室では二人の男性と一人の女性が何やら話し合っていた。

 

「シエリアさん、件の話ですが…考えて下さいましたか?」

 

上等なソファーに座り、テーブルに置かれたコーヒーで唇を湿らせてから発言したのは近衛兵団所属のエルザンだ。

彼の目は自らの向かいに座るシエリアへと向けられている。

 

「…申し訳ありません。まだ…結論は…」

 

自らに投げ掛けられた問いに、シエリアは顔を伏せながら消え入りそうな声で応えた。

今の彼女は同僚の無惨な死を目の当たりにした事と、捕虜の処刑を命じてしまった事によるストレスで憔悴しきっており、少し前にエルザンから受けた"とある話"の返事を考える事すら出来なくなっている。

 

「シエリア君!ダメじゃないか、エルザン殿の気持ちを踏み躙っているのと同じだぞ?私が聞いた話によれば、エルザン殿は家系図を見ても由緒正しき純バルカス人の家系…更には帝国大学を主席で卒業し、近衛兵団の入団試験も最優秀成績で通過した秀才なのだ。彼のような優秀な男が君を見初めたと言うのに…」

 

そんなシエリアの隣に座るゲスタが彼女を叱責するような勢いでそう述べる。

そう実はエルザン、シエリアに惚れており彼女が捕虜の処刑を指示したその日に結婚を申し込んだのだ。

 

「いえいえ、ゲスタ殿。シエリアさんもかなりの才女ではありませんか。それに現地人の処分を命じた時に見せたあの冷徹さ…私はあの時、貴女の内に真の愛国心を!高潔なる優等民族バルカス人の在り方を見出したのです!正しく貴女こそ、模範的帝国臣民!貴女こそ、私の伴侶に相応しい!だからこそ私と婚姻を結び、未来の帝国の模範的となる子を成そうではありませんか!」

 

「シエリア君もいい歳ではないか。そろそろ結婚し、家庭に入って落ち着くべきではないか?このような機会は滅多にない…いや、寧ろエルザン殿との出会いは運命だろう。この話を逃せば、婚期を逃してしまうぞ」

 

熱烈に、なおかつ芝居がかった口調でシエリアへ求婚するエルザン。

それに便乗するようにゲスタもシエリアへ決断するように促す。

エルザンは純粋に─とは言っても歪んだ愛国心から来るものだが─シエリアを想っての言葉だが、ゲスタは違った。

 

(よしよし、その調子で押すのだ。今のシエリアは精神的に弱っている…そのような状態でお前へ嫁入りするという進路があるなら、退職もしやすくなるだろう。所詮、女なぞ男に寄生しなければ生きてはいけぬ。自分を養ってくれる男が居れば、そちらにコロッと行くだろうよ)

 

前時代的な男尊女卑思想剥き出しの考えを持ったゲスタは、エルザンがシエリアに惚れた事すらもシエリアを追い出す為に利用しようとしていた。

しかも、その野心にはとある思惑もあった。

 

(後は返事を引き伸ばした件について責めてやれば今度こそ折れるだろう。そうなれば、私は仲人として小僧に恩が売れる…。それをネタに上手いこと近衛兵団員の資格を持てさえすれば、私の地位は揺るがぬものに…ぐふふふ…)

 

心中で舌舐めずりするゲスタはシエリアへ熱烈にアプローチするエルザンを横目に、密かに下卑た笑みを浮かべるのだった。

 

 

──同日、女性職員宿舎──

 

間もなく日付が変わろうとする深夜、シエリアは省庁で働く女性職員が寝泊まりする宿舎の中にある自室へフラフラとした足取りで向かっていた。

結局、求婚は一旦保留としてエルザンには帰ってもらったのだが、その後はゲスタから優柔不断な態度を叱責され、更には追加の仕事まで押し付けられてこんな時間になってしまった。

 

(私は…こんな事をする為に外務省に入ったのか…?)

 

揺れる視界に酔いながら廊下の壁に肩を擦り付けながら歩く。

最近では食欲も無く、無理に食べては嘔吐するの毎日であり、亡くなった同僚の分の仕事もしなければならない為、睡眠時間も短くなってしまった。

正直言ってしまえばもう辞表を提出し、外務省から逃げ出してしまいたい…しかし、彼女がそうしないのは居場所を失うのが怖かったからだ。

というのも彼女は幼い頃に両親を亡くしており、親戚に預けられて育った。

しかし、親戚の彼女に対する態度は腫れ物を扱うようなよそよそしいものであり、高等学校を卒業すると同時に親戚の元を離れ、成績優秀者に給付される奨学金を利用して一人暮らししながら大学へ通っていたのだ。

その為、例え退職しても彼女には帰る場所はなく、次の就職先も男社会なグラ・バルカス帝国では彼女が如何に優秀だろうと見つかる可能性は低い。

 

(やはり…エルザン殿からの求婚を受け入れるべきだろうか…。しかし、彼は…"彼ら"には黒い噂がある…。いや…今となっては私も同類か…)

 

それならばさっさとエルザンからの求婚を受け入れ、家庭に入れば良いと思うが一生を左右する選択をそんな簡単に決める事なんて出来ない。

ましてや相手はかねてより交際をしていた訳でも無いし、更には色々と黒い噂のある近衛兵団の団員だ。

もし、選択を誤れば取り返しのつかない事になってしまうだろう。

 

(あぁ…頭が働かない…。シャワーを浴びて…いや、いいか。今は早く寝たい…)

 

どうにかこうにか自室まで辿り着くと、ドアを開けてすぐ近くにある電灯のスイッチに手を伸ばす。

 

──パチッ

 

スイッチが入り、電灯の回路に電気が流れた瞬間だった。

 

──ボンッ!

 

「…っ…っ!?きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

天井に取り付けられた電球が眩い光を放ち、ガラス片を撒き散らしながら爆ぜた。

それと同時に鼻を突くガソリンのような刺激臭と、額や頬に走る激痛…だが、シエリアの弱りきった体と精神は余りの衝撃により、その意識を強制停止してしまった。

 

 

──同日、サモア基地指揮官執務室──

 

「指揮官さ〜ん、"お友達"からお知らせなの〜」

 

ちょっとした騒動が起きているグラ・バルカス帝国より遥か東方に位置するサモア基地。

その中枢である総司令部の指揮官執務室に、ロングアイランドが執務室の主である指揮官へ一枚のメモ用紙を届けに来た。

 

「おう、何だって?」

 

「"花火は咲いた。観客は大盛りあがり"だって〜」

 

デスクで様々な書類を処理する指揮官からの問いかけに、ロングアイランドはメモ用紙を渡しながらその内容を読み上げる。

 

「流石いい腕だ。俺が見込んだだけの事はある」

 

内容を伝えられた指揮官は満足そうに頷き、パチパチと拍手をする。

もう察せられると思うが、シエリアを襲った災難…それは指揮官の差し金によるものなのだ。

電球の中に少量のガソリンを入れ、ターゲットの部屋の電球とすり替え、スイッチが入った瞬間に電球が破裂するという一部のマフィアが使う嫌がらせ手段を使い、シエリアへ危害を加えた。

そしてそれを実行したのは指揮官の"お友達"と呼ばれる直属の暗部である。

 

「相変わらず指揮官さんのやる事はえげつないの〜…。いっそ、暗殺の方が優しいかも〜…」

 

「それも考えたが、ただ殺すのはつまらん。あの女にも、あの国にも…"野蛮人"ってのはどんなモノかをしっかりと教えてやる。殺すのは全部終わって、連中を裁判所に引きずり出してからだ」

 

既に指揮官の"お友達"はムー経由、或いは潜水艦を用いてレイフォル各地に潜んでいるのだ。

今でこそ軽い"嫌がらせ"で留めてはいるが、アズールレーンが本格参戦する際には破壊工作や暗殺を行うように命令を下している。

 

「奴らに伝えておけ。"前菜は少し多めにしてくれ"ってな」

 

「別命あるまで同程度の嫌がらせ工作をしろ、って事だよね〜。ちゃんと伝えておくよ〜」

 

指揮官からの指示を受けたロングアイランドは、長い袖をヒラヒラと振りながら執務室を後にし、電信室へ向かって行った。

 




そう言えばパーシュースが復刻中なので手に入れてない指揮官諸君、これからアズレンを始めようとする皆さんはチャンスですよ!
パーシュースは色々と使えますからね


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225.深淵の恩恵

starship様より評価9を頂きました!

いやー、新イベント楽しんでますか?
今回は色々とクセのあるキャラが多くていいですよね!
私的にはやっぱりエムデンの2人で1人ってのがお気に入りです


──中央歴1642年7月22日午前11時、サモア基地ウポル島特殊ドック──

 

「艦尾破孔、切り離し完了。これよりプロペラシャフトの引き抜き作業に移ります」

「後甲板、切開開始。…これは酷い…ピストンで甲板が突き上げられているぞ」

「艦首の破損が酷いな…。これは修復不可能だ。こちらも切除して、新しい艦首を拵えよう」

 

数名の技術者が言葉を交しつつ、各々が目の前に設置されたコンソールを操作し、それに合わせて視察窓から見える空間の内側で巨大な機械が忙しなく動く。

 

──ギュイィィィィィンッ!バツンッ!バツンッ!

 

その空間はそれなりに防音処理が施されているものの、カッターが分厚い鋼板を切断する耳障りな音や、リベットを切り落とす破断音はそれなりに響いてくる。

 

「…すごいな」

 

それらの音に慣れている技術者は特に気にする事もなくコンソールのスイッチやジョイスティックを操作しているが、彼らとは違う格好をした初老の男性は不快な音が耳に入らない程に視察窓から見える光景に釘付けとなっていた。

 

「これがサモアのドックか…。艦船の建造や改装のペースが異常に早いと思っていたが、こんなカラクリだったとはな」

 

感心半分、畏怖半分といった風に呟いたのはムー海軍にて戦艦ラ・カサミの艦長を務めるミニラルである。

 

「話によればこのドックも"セイレーン"とやらの技術を利用して作られたそうだが、サモアが…ムーがあった世界の未来の人々はとんでもない怪物と戦っていたのだな…」

 

自らの考えでは及ばない圧倒的な技術力を以て作られた施設を見ながら戦慄するミニラル。

彼が見ているのはフォーク海峡海戦により被害を受け、サモア基地のドックで改修を受けているラ・カサミなのだが、ラ・カサミが入渠しているドックはミニラルが知るドックとは大きく異なっていた。

一般的に船舶が入渠する乾ドックは沿岸部に作られた水路のような形状をしており、メンテナンスを行う船舶を所定の位置へ導いた後にドック内の海水を抜いて船舶を完全に水面から切り離した後に足場を組む等して、多くの作業員が作業を行うというものだ。

しかし、サモア基地のドック…ミニラルが見ている"特殊ドック"は違う。

確かに入渠までの手順は似通っているが、改修作業を受けているラ・カサミの周囲には人影が存在しない。

変わりに様々なアームが多種多様な工具を駆使し、正確かつ迅速に作業を進めている。

そう、これは先程のミニラルの言葉からも分かるように、セイレーンから手に入れた技術を利用して建造されたドックなのだ。

AIによる自動制御、"可塑性ロボティクスアーム"を用いた遠隔操作作業によって艦船の建造・改修作業は十名以下の人員で行う事が出来、更にはドック自体も屋根や壁を備えた屋内型であるため天候や時間を気にせず作業出来るという事で、従来のドックより遥かに短時間で効率的な作業を行える。

 

「しかし、この改修案も中々に怪物じみてるな…。確かにより強くなるのは願ったり叶ったりだが、果たして我々に使いこなせるか…」

 

ひたすら驚愕しきりなミニラルだが、彼の驚きは特殊ドック内で行われているラ・カサミの改修よりも、指揮官により手渡された仕様書にあった。

 

「全長は約240m、全幅は約27m、基準排水量3万トン以上。最大速力は33ノットに、装甲は舷側で200mm近く…改修前より薄くはなるが、最新式の表面処理を施している為、防御力は遜色ない。…排水量からしてもラ・カサミの2倍以上になるが、本当にこんな改修が可能なのか?最早、新造と言うべきかもしれないな…」

 

『ラ・カサミ封印指定技術第8号適合化改修案』のタイトルと共に極秘のスタンプが捺されたバインダーを開き、綴じられた書類を捲るミニラル。

 

「主砲は50口径長31cm連装砲とし、長砲身化による威力向上と自動装填装置による時間当たりの投射量増加。副砲は長砲身の10cm連装砲とし、40mm機関砲や20mm機関砲…更には特例措置として対艦誘導弾と対空誘導弾を装備し、よりハイレベルな戦闘能力を付与する。…いやはや、彼らには何時も驚かされるな…。こんな改修をどのように施すか、確りこの目で見届けようではないか」

 

巨大なディーゼルエンジンがこれまた巨大なアームに引き抜かれる光景を前に、ミニラルは期待を胸に秘めていた。

 

 

──同日、サモア基地秘匿ラボ──

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!あぐっ…っ!あぁぁぁぁぁっ!」

 

ラ・カサミの改修作業が行われている頃、特殊ドックから離れた位置にある小島の地下に作られた秘匿ラボには、少女の苦悶に満ちた悲鳴が響いていた。

 

「あぁっ!」

 

碧く光輝く立方体を胸元に押し付けていた少女…ラ・ツマサは全身から湯気が立ち昇る程に汗をかき、そのまま倒れ伏す

 

「はいっ、またダメみたいだねぇー。まあ、そんなに急がなくていいんじゃない?アンタの"姉"の改修だってまだ時間がかかるみたいだし」

 

ラ・ツマサが取り落とした立方体…メンタルキューブを拾い上げたピュリファイアーが肩を竦め、息も絶え絶えなラ・ツマサへタオルを投げ渡した。

 

「…まだ……まだ…私はやれる…!姉上を傷付け…ムーの人々を傷付けた奴等を焼き尽くす!それが私の使命!その為なら痛みなんて…っ!」

 

「ダメダメー。そんなに慌てても良いことナッシングだぜぇい?そもそも、こんな大幅改修の為にメンタルキューブを増設する事自体、前例が無いんだからもっとじっくりやらないかい?」

 

「そうだよ、ラ・ツマサ。ピュリファイアーさんの言う通り、少しずつ慣らすように…」

 

メンタルキューブを奪おうとするラ・ツマサの手を避け、彼女を諌めるピュリファイアーとそれに同意するマイラス。

というのも、ラ・ツマサは指揮官より提示された特殊改修案の為、彼女自身の心臓とも言えるメンタルキューブの増設を行っているのだ。

 

「まったく…貴様の愛国心はもはや狂気の部類であるな。まったくもって度し難い」

 

焦りを見せるラ・ツマサと、そんな彼女を止める為に苦心するピュリファイアーとマイラスを傍観するように、ワイングラスを片手にテュポーンが呆れたように告げる。

 

「はぁ…はぁ…ふぅ…貴女の理解なんて必要ありません。私は私の祖国と誇りの為に戦うのです。そこに、他者の理解なんて…」

 

息を整え、テュポーンに対して反論するラ・ツマサ。

そうして再びメンタルキューブの増設へ挑もうとするが…

 

「貴様」

 

「なんですか、しつこいで…」

 

──ドスッ!

 

「っ…!?」

 

テュポーンが呼び掛けと共に、彼女の鳩尾へ拳を叩き込んだ。

普段のラ・ツマサであれば何ともないであろう。

しかし、酷く消耗した彼女にとってそれは意識を失うに十分な打撃となった。

 

「テュ…テュポーンさん!?一体何を…」

 

突然の暴挙に驚き、慌てふためくマイラス。

だが下手人のテュポーンは特に悪びれもせず、失神したラ・ツマサを抱きかかえ、ラボに置かれた手術台の上に寝かせた。

 

「寝かせておけ。あまり根を詰めてもロクな事は無かろう」

 

短くぶっきらぼうに応えたテュポーンは、ワイングラスに残った赤ワインを一気に飲み干すと、そのまま秘匿ラボからさっさと出て行ってしまったのだった。




そう言えば今回でアズレン世界の色々なストーリーが進みましたね
さて…この後はどうなるのか…?


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226.青の騎士

さて、そろそろグ帝vs世界連合艦隊の海戦へ移らなければいけませんね


──中央歴1642年7月30日午後2時、神聖ミリシアル帝国エリア48──

 

砂漠地帯に存在する神聖ミリシアル帝国の秘密基地エリア48。

その屋外実験場は夏場という事もあって非常に気温が高く、赤銅色の地表には陽炎が揺らめいている。

 

──カシュゥンッ!ヒュイィィィィィィ…

 

そんな中、砂煙を上げながら疾走する青い人影…いや、その様は疾走というよりも"滑走"と言うべきだろうし、姿も人間に近いが人間とは言い難いシルエットである。

まず全高は凡そ4m程あり、全体的に青を基調として各所へ黄色のライン。

首は無く胴体に直接ヘルメットのような頭部が取り付けられ、その後頭部からは三日月状のブレードアンテナが生えており、顔面には目鼻口の変わりに緑色の四角いガラスのような物と、その下にそれぞれ赤と緑の丸いレンズのような物が取り付けられていた。

そして右腕には歩兵用ライフルをそのままスケールアップした物を携えており、左腕の前腕には楕円形の盾が取り付けられている。

そんな異形の巨人が脚に備え付けたローラーを高速回転させ、自動車並みの速度で滑走している姿は、何処か非現実的なものに見えてしまう。

 

「陛下、最新鋭装甲ゴーレム『スパルタクス』は如何でしょう?これまで開発してきたゴーレムを上回る実用性に、魔導装甲車を上回る運動性能と装甲。更には様々な武装を追加する事であらゆる作戦に投入可能な汎用性…これを大量配備する事が出来れば帝国陸軍はこれまでより遥かに強くなる事でしょう」

 

『スパルタクス』と名付けられた青い巨人が縦横無尽に駆け回る実験場を見下ろす小高い丘の上に建てられた監視所。

冷却魔石による冷房が効いた室内で、軍務大臣のシュミールパオが恭しく跪きながらそう述べた。

 

「ふむ…良い。実に良い」

 

その言葉を受けたミリシアル8世はゆっくりと頷き、満足そうに応えた。

 

「シュミールパオよ、これまでの我が帝国陸軍の欠点…理解はしておるか?」

 

「はっ!僭越ながら申し上げさせて頂きますと、陸軍は海軍・空軍に比べて貧弱…具体的には我が国の後塵を拝するムー、かの国の陸軍と比べて砲兵及び自動車部隊は大きく劣ると言わざるを得ません」

 

ミリシアル8世の質問にシュミールパオが答える。

実はシュミールパオの言う通り、神聖ミリシアル帝国の陸軍は弱い。

とは言っても文明国は勿論、下位列強ぐらいなら鎧袖一触に出来るだけの力はあるのだが、ライバルであるムー陸軍には敗北するであろうと言われてきた。

その原因が砲兵と自動車部隊である。

そもそも神聖ミリシアル帝国で軍民問わず広く使用されている魔導車は同国の魔石精製技術の限界からくる内包魔力量の問題で航続距離が短く、ある程度の航続距離を確保するには魔導車の搭載量を犠牲にして大量の魔石を積載する必要があった。

その点では現状の魔導車は科学文明の内燃機関車に劣り、大口径砲の牽引車両や運搬車両はムー製の車両に負けているのだ。

 

「うむ、左様。陸戦は砲兵火力と歩兵の進軍速度こそが肝心…何万もの歩兵を揃えようと砲兵の前には砕け散り、如何に防御を固めようが素早い部隊には翻弄されてしまう。しかし、"あれ"があればそれは解決するのであろう?」

 

「はっ!このスパルタクスは大口径砲の牽引は勿論、砲弾の装填作業も可能であり、装甲に関しては空軍にて採用されている25mm魔光砲に耐えられる強度を確保してあります。このため砲兵隊の補助や、敵歩兵部隊へ対する強襲も可能となります」

 

「しかし当面の敵となるグラ・バルカス帝国は、"戦車"なる強固な装甲と火砲を備えた戦闘車両を配備しているそうではないか。それに対抗する為の装備はどうだ?」

 

「それに関しても抜かりはありません。陛下にご覧頂いているスパルタクスですが、現在右腕に装備されている37mm対装甲ライフルは900m先から45mmの装甲を貫通可能であり、左腕に装備されている防盾は先程の対装甲ライフルの射撃に耐えうる強度を持っています。グラ・バルカス帝国の戦車の性能がアズールレーンによって算出された予測値と同等なら、本機の機動性によって側面や背面に回り込んで一方的に撃破出来るでしょう。もし、想定を上回る戦車…アズールレーンやロデニウス連邦が配備しているようなより高性能な戦車をグラ・バルカス帝国が投入したとしても、より大口径の低反動砲の装備によって火力は直ぐに増強可能です」

 

「ふむ…では生産体制はどうだ?」

 

「それに関しても大きな問題はありません。陛下もご存知の通り、本機はアズールレーンにて配備されている『スコープドッグ』を我が国の運用思想に合わせて各部に手を加えていますが、基本パーツはスコープドッグと共通となっております。その為、現在はロデニウスからパーツを輸入し我が国で組み立てを行っておりますが、もうじき生産ラインが完成しますので完全国産化は目前です」

 

ミリシアル8世の言葉にシュミールパオが跪いたまま応える。

彼らが交わす言葉からも分かる通り、神聖ミリシアル帝国はアズールレーンからの技術協力を得てアーマードトルーパーを国産化し、独自の改良を加えた上で陸軍装甲戦力の主力にしようとしているのだ。

その名も『スパルタクス』…開発コードネーム『ブルーナイト』はスコープドッグを上回る装甲と出力を持つヘヴィ級に属するアーマードトルーパーであり、その性能は今まで開発されていたゴーレムを圧倒するものとなった。

 

「うむ、よろしい。レイフォルに屯するかの国の陸軍を排除するには数を揃える必要がある。ムー大陸へ我が国の陸軍を派遣するのはグラ・バルカス帝国海軍を排除してからになるだろう。それまでにどれほどの機数を揃えられる?」

 

「はっ!現在はこのエリア48内の工廠にて先行量産型24機が製造中でありますが、先述した生産ラインが完成すれば月産120機を想定しております。また、生産ライン構築中もエリア48工廠にて輸入パーツを利用した製造を続けますので、9月にムー大陸へ派遣すると仮定した場合ですと、凡そ100機程度の配備が完了している事でしょう」

 

「左様か。それだけの戦力を派遣出来れば国民も納得するであろう」

 

満足そうに頷くミリシアル8世。

カルトアルパス空襲を防いだムー軍人の英雄的活躍により、神聖ミリシアル帝国内ではムーへ援軍を派遣すべしという世論が形成された事は以前にも話したが、最新鋭兵器を配備した部隊を派遣するとなれば世論も納得する筈だ。

 

「ですが、その為には先ずムー大陸周辺の制海権を確固たるものにする必要があります。アズールレーンから提供された航空写真によりグラ・バルカス帝国の海軍戦力は決して侮れない…いえ、非常に強力であると判明しています。正直に申しまして勝率は50%かと…」

 

「その件については余も懸念していた。ロデニウスから輸入した『ジグラント3』と新型機である『エピクロス』の配備によって海軍航空隊の戦力は向上したが、両機の配備数はまだ心許ない。艦艇に関しても第零式魔導艦隊が壊滅した事により、一線級の戦力が大きく数を減らしてしまった…。最新鋭戦艦である『オリハルコン級』の就役こそ間に合ったが、それでも余は十分ではないと考えている」

 

「私めもそう考えております。オリハルコン級は従来の主力戦艦であるミスリル級を上回る性能を持っていますが、主兵装である誘導魔光弾の配備数は両手の指で数えられる程しかありません。時間をかければそれなりの数を揃えられるでしょうが、そうなるとグラ・バルカス帝国へ軍備増強の時間を与えてしまう事になります」

 

「うむ、余も同じ考えだ。故に、発掘兵器を…空中戦艦『パル・キマイラ』を投入すべきだと判断しておる」

 

「なっ…!?」

 

ミリシアル8世の言葉に、シュミールパオは絶句した。

『パル・キマイラ』…それは神聖ミリシアル帝国が発掘した古の魔法帝国の超兵器の一つであり、正に同国の秘密兵器といえる物だ。

それを投入するという事は、ミリシアル8世はそれだけ本気でグラ・バルカス帝国を叩こうとしているのだ。

 

「シュミールパオよ。国防省並びに対魔帝対策省と緊密に連携し、必ずやグラ・バルカス帝国へ鉄槌を下すのだ。これは我が国だけの問題ではない。この世界、全ての誇りを懸けた戦である。その旨…しかと心に刻むがよい」

 

「ははーっ!」

 

ひたすらに平伏し、恭しく了承の意を示すシュミールパオ。

後に彼はこう語った。

 

──「普段、我々と接している陛下は厳しくも慈悲深いお方だ。しかし、あの時の陛下は正しく世界の皇帝に相応しい…正に神のようであった」




ミ帝版アーマードトルーパーですが…余りにも元ネタそのまま過ぎますかね?
でも、カラーリング的にミ帝にピッタリなんですよね


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227.小市民

やっと…やっと新規ロイヤルイベントが来ましたよ!
もうこれは新規URやイラストリアス級空母、新メイド隊やSSR駆逐艦も欲しいところですね!
あとは陛下の改造が来れば文句なしなんですが…


──中央歴1642年8月2日午後6時、グラ・バルカス帝国領レイフォリア──

 

私の名はダラス・クレイモンド、偉大なるグラ・バルカス帝国の外務省に勤める者だ。

さて、帝国からこの異世界に転移してからそれなりの年月が経ったが、帝国の躍進は留まる事を知らない。

確かに転移直後は様々な混乱こそあったものの、強大なる帝国軍の力によって豊富な資源を擁する現地国家を植民地とした事で転移前よりも経済的成長が見込めると財務省が発表していた。

流石は優等種たるバルカス人の国だ。

如何なる困難を前にしても臆する事なく発展に尽力する姿勢は、前世界『ユグド』やこの世界の現地国家に屯する劣等人種では真似する事なぞ出来ないだろう。

そして、私もバルカス人…確かに真のバルカス人である近衛兵団の方々には劣るだろうが、そんな私でも優等種の末席に並んでいると思うと誇らしい気分になってくる。

 

「ふぅ…」

 

そんな私だが、与えられた仕事を終えて時計を確認する。

もう午後6時…定時だ。

 

「シエリア殿、もう定時ですよ。私は帰宅しようと思うのですが…」

 

「ん?あぁ…もうこんな時間か。私はまだ仕事が残っているから、ダラス君は先に帰ってくれ」

 

そろそろ帰ろうかと思い私が声をかけたのは、私が外務省に入省したばかりの頃に教育係を勤めてくれたシエリア殿だ。

 

「ですが、最近はかなりの仕事を抱え込んでいるようではありませんか。今日ぐらいは早めにお帰りに…」

 

「いいや、私は大丈夫だよ。エルザン殿から頂いた薬のお陰で気分もいいし、集中力も普段より研ぎ澄まされている。薬は一日一錠だから、効力があるうちに可能な限り仕事を片付けておきたい」

 

私の気遣いは余計なお世話だったようだ。

シエリア殿は『近衛兵団用官給品』と書かれたラベルが貼られた瓶を私に見せ、その中に入っている錠剤の存在を示すように揺らしてザラザラと音を出した。

 

「それは…確か近衛兵団の方々が愛用している抗疲労剤ですか?」

 

「あぁ、エルザン殿が私を見かねて特別に分けて下さったのだ」

 

エルザン殿といえばシエリア殿に求婚している近衛兵団の潜水艦艦長だ。

彼もまた近衛兵団内では近年稀に見る秀才らしい。

なるほど…才女と秀才ならお似合いだ。

 

「ははぁ…確かに最近のシエリア殿は、私から見ても少々危うさがありましたからね。そんな貴女をここまで回復させる薬を開発出来る帝国の科学力は素晴らしいですな」

 

「そうだな…その説は君にも迷惑をかけた。…そうだ、君も疲れているならどうだ?」

 

「いえいえ、それはあくまでもエルザン殿がシエリア殿に差し上げた物…。それを私が頂いては、エルザン殿に申し訳ありません」

 

「そうか、君は律儀だな。…では、ご苦労様」

 

「はい。お先に失礼します」

 

そう言葉を交し、私は帰宅する為に自家用車を停めてある駐車場へと向かった。

 

 

──中央歴1642年7月20日午後7時、グラ・バルカス帝国領レイフォリア──

 

「クソっ!ツイてない!」

 

外務省の庁舎から帰路に着いた私だが、なんと不運な事に自家用車のエンジンが急に止まってしまった。

幸いこのレイフォリアにはまだ自動車が少なく、時間も帰宅ラッシュから僅かに外れていた為事故にならずに済んだが、運が悪ければ他の自動車から追突されて怪我を…いや、もしかしたら重量物を積載したトラックに追突されて命を落としていたかもしれない。

 

「ん…?スンスン…何だ…?この甘いニオイは…」

 

ボンネットを開け、どうにか自力で修理出来ないか試みるが、日没後のこの時間帯では細かい部分まで見る事が出来ない。

それ故にエンジンの熱気に顔を顰めながらもボンネット内に顔を突っ込んで原因究明にあたっていたが、どうにも妙な甘ったるいニオイがする。

ガソリンやエンジンオイルのニオイとは明らかに違う。

そう言えば高級車に搭載される水冷エンジンの冷却水は甘いニオイがすると聞いたが、私の自家用車は空冷エンジンだ。

 

「何かが焼けているのか…?えぇい、分からん!」

 

残念ながら私は文系であり、こういった機械関係は最低限の知識しかない。

それ故に機械の故障は専門業者に丸投げしてきたのだが、生憎この辺りに自動車修理工場は無い。

 

「はぁ…駄目か…仕方ない。メモを残して、一旦外務省まで戻ろう」

 

自身の所属・氏名と"故障中"と記したメモを書き、ワイパーに挟んで外務省までの道を歩む。

外務省には緊急事態対応員として誰かしらは居るであろうし、事情を話せば仮眠室を使わせてくれるだろう。

 

──プップー!

 

「ん?」

 

肩を落として歩く私の背に、自動車のクラクションが鳴らされた。

 

「何だ?」

 

もしかしたらボンヤリしていていつの間にか車道にはみ出していたか?と思ったが、どうやらそうではないらしい。

戸惑う私の真横で停車するのは、黒塗りの高級車…

 

「君、どうしたのかね?」

 

窓を開け、私に話しかけてきたのは白髪が目立つ老人であった。

 

「はぁ…実は自家用車が急に壊れてしまって…。整備工事もこの近くには無いので、一旦職場に戻ろうかと…」

 

何処かで見た事のある老人だが、誰だったか思い出せない。

しかし、乗っている車と身なりからそれなりに地位のある人物と判断し、丁寧な態度を心掛ける。

 

「ふむ…。君の家は何処だい?」

 

「北大通りの21番区画です」

 

「おぉ、そうか。では、乗せて行こうではないか。私も北大通りの先に住んでいるのだよ」

 

「閣下」

 

何ともありがたい老人の提案だが、運転手が咎めるように口を開く。

 

「恐れ入りますが、私は閣下の御身を何事もなく送り届けるという義務があります。ですので、このような名も知らぬ男を便乗させるのは…」

 

「いや、彼は大丈夫だよ。ほら、背広のバッジを見れば分かる。彼は外務省の官僚だ」

 

「…あ」

 

運転手と言葉を交わす老人の正体について考えていた私は、ふと記憶の扉が開いたように一気に思い出した。

 

「ま、まさか…か、カーデラ総帥!?」

 

「うむ、その通り。私こそ、近衛兵団の総帥…カーデラだよ」

 

柔和な笑みを浮かべて応える老人…否、カーデラ総帥を前に、私は反射的に跪いた。

カーデラ総帥は帝王グラ・ルークス陛下の叔父、つまり"大帝"グラ・ルーメン陛下の弟であり、帝国のエリート集団である近衛兵団の頂点に立つお方だ。

 

「とんだ御無礼をお赦し下さい!何分暗く、お顔がよく見えず、護衛の車列も御座いませんでしたので…」

 

「いやいや、そこまで畏まらなくていい。私は皇族から離脱した身だからね。君たち帝国臣民と変わらないよ。それに、私は仰々しい護衛が嫌いなんだ」

 

カーデラ総帥は皇籍を放棄する事と引き換えに、近衛兵団総帥の座を与えられたという話だが、それでも偉大なるグラ・バルカス帝国皇族の血を引くお方だ。

そんなお方に、普通の対応なんて出来る訳もない。

 

「それより早く乗り給え。困っている同胞を見捨てるのは、近衛兵団の総帥として恥だからね」

 

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて…」

 

深々と頭を下げ、カーデラ総帥に感謝していると運転手が仕方なさそうな表情を浮かべ、後部座席のドアを開けてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「閣下の御指示ですので」

 

運転手にも感謝するが、返ってきたのは何とも素っ気ない言葉だ。

カーデラ総帥は気さくなお方だが、普段から側に居る者は気が気でないのだろう。

 

「では、発進致します」

 

極めて事務的な運転手の言葉と共に、自動車が滑らかに発進する。

 

「ふぅ…。ところで…あー…」

 

「ダラス・クレイモンドと申します」

 

「では、ダラス君。我が国は全世界に対して宣戦布告を行った訳だが…どうなると思う?」

 

暫し沈黙が続いていたが、カーデラ総帥が唐突にそんな話題を振ってきた。

 

「はっ!強大なる帝国は野蛮で未発展な現地国家を次々と打ち破り、この世界は遠からず優等民族たるバルカス人の下で統一される事でしょう」

 

「うむ、私もそう思う。しかし、私が聞いたのは長期的な話ではなく、近々の話…現地国家がどのような動きをするかという話だ。まあ、これは私の聞き方が悪かったかな」

 

「いえ、カーデラ総帥のお考えを察し損ねた私の落ち度であります!そうですね…おそらくは各国が徒党を組んで帝国に対して攻撃を仕掛けてくる事でしょう。そして、その目標はこのレイフォルとなる筈です。帝国本土は秘匿している為、現地国家は現在確認出来る唯一の帝国領土であるレイフォルを目指すかと…」

 

「君の言う通りだ。間違いなく、現地国家はこのレイフォルに対して攻撃を仕掛けてくるだろうね」

 

「しかし、現地国家はどれもこれも程度の低い蛮国です。この世界において最強と嘯いている神聖ミリシアル帝国の精鋭艦隊でさえ、グレードアトラスター1隻を大破に追い込むのがやっとだったのです。帝国海軍が本格的な艦隊で迎え撃てば、現地国家が束になったとしても到底かなわないでしょう。それに、万が一帝国海軍が敗北したとしても近衛兵団艦隊が存在します。確かに近衛兵団艦隊は帝国海軍より規模こそ小さいものの、配備する兵器と所属する近衛兵団員の方々の質は帝国海軍を上回っています。間違いなく、帝国が敗北する事はないでしょう。しかし…」

 

「しかし…なんだね?」

 

「はい、これは私の個人的な意見…軍事素人の愚考だと受け取って頂きたいのですが…」

 

正直、私は軍事には疎い。

しかし、そんな私でも少しばかり気になる事がある。

 

「ムー、そして現地国家の連合軍が陸上から攻めてくる可能性もあります。このレイフォルとムーの国境は長く、警戒にあたる兵力も不足気味であると聞き及びました。もし、現地国家が大挙して押し寄せれば…」

 

「君は聡明だな。実は私も同じ懸念を抱いていた」

 

「はい、ですので私としましてはムーの沿岸部にある都市に対して艦隊を派遣し、敵を撹乱すべきではないかと…」

 

「ふむ…君の言うことも一理あるな…。よし、ではムーへ第52地方艦隊を派遣させるとしよう」

 

「第52地方艦隊…!死神イシュタムですか!?」

 

カーデラ総帥の言葉に私は思わず驚愕した。

第52地方艦隊、通称『死神イシュタム』は建前上占領地の治安維持及び防衛を主任務としているが、実際は占領地の現地住民が反乱を起こさないよう徹底的に恐怖心を植え付ける為の艦隊である。

その為イシュタムに所属する者は司令官から一兵卒に至るまで残虐非道かつ粗暴な連中であり、中には犯罪者まで居るという有様だ。

 

「うむ、イシュタムは失っても惜しくはない艦隊だ。例えムー決死の抵抗によって大損害を被ったとしても、今後の戦略には影響を及ぼさないだろう」

 

「イシュタムは練度も低く配備している兵器も旧式が多くを占めているという話ですが、ムー如きに大損害を被るとは思いません。せいぜい駆逐艦が何隻か損害を受けるだけかと…」

 

「念の為、だよ。ダラス君、生き残るのに必要なのは用心深くあることだ」

 

「はぁ…そうですか…」

 

まあ、私がとやかく言っても仕方ない。

皇族として様々な英才教育を受けてきたカーデラ総帥がそう判断されたのだ。

私のような小市民はその言葉に従い、自分の仕事を全うすべきであろう。




そう言えば最近、日本国召喚✕アズレンクロスが増えましたねぇ…
嬉しいものです


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228.王者の緩み

ドレイクの竜骨編纂が来るとは…FDGの方が先に来ると思ってたので、強化ユニットが不足してます…


──中央歴1642年8月25日午後2時、ムー大陸東方沖──

 

やや波のある外海を切り裂くように白波を立てて航行する艦隊があった。

現代に生きる我々から見ればどれもこれも近未来的なデザインをしており、人によっては中々にカッコイイと思うだろう。

この艦隊こそ、神聖ミリシアル帝国が不遜なるグラ・バルカス帝国を撃破する為に編成した報復艦隊『第一魔導艦隊』である。

戦艦4隻、空母2隻、巡洋艦6隻、小型艦20隻、補給艦3隻からなる艦隊は正しく世界最強を体現するようであり、更には最新鋭戦艦であるオリハルコン級魔導戦艦『コスモ』まで擁するという事もあって、それぞれの艦船の乗組員達は自分達がグラ・バルカス帝国艦隊を殲滅するという事に何の疑いも持っていない。

 

「ほぅ…これは素晴らしい空撮魔写…いや、写真と呼ぶべきでしたな。これなら敵艦隊の規模も丸わかりです」

 

コスモの艦橋の根本付近に設けられた司令部にて、机の上に広げられた数々の大判写真を前に感心したように声を上げたのは同艦の艦長であるイレイザ・ケーゴムだ。

 

「むむむ…何度見ても精巧な解像度…し、しかしっ!如何に情報を集めようとも、それを活かせるのは前線の将兵である!我が国の圧倒的戦力があるからこそ、貴殿らが集めた情報にも価値が出るというものだ!」

 

一方で悔しさを隠しもせずにそう述べるのは、艦隊司令のレッタル・カウランである。

彼が何故こんなに悔しがっているのか…それは机に置かれた写真こと、アズールレーンが撮影した空撮写真が原因であった。

 

「はい、それは重々承知しております。我々は現状戦力の派遣が出来ず、貴国を始めとした各国へ情報を与える事でしか貢献出来ません。それを踏まえれば…貴国の役割は非常に大きいものだと考えております」

 

そんな二人と机を挟んで対面に座るのは、アズールレーンより空撮写真を届けに来た重桜KAN-SEN『天城』だ。

何故彼女がわざわざミリシアル艦隊まで出向いて直接空撮写真を届けたのかと言うと、グラ・バルカス帝国の艦艇には何故か重桜艦との類似性が多く見られる為重桜艦について多くを知っている事、なお且つ重桜の軍師として数々の実績がある事と…あとは"面倒な輩"を相手にしても物腰柔らかに対応出来る事こそ彼女が連絡役に選ばれた理由である。

 

「ふふん、そうだろう。貴殿はよく分かっているではないか。しかし、貴殿らの情報収集能力も中々のものだ。あまり卑下する事はないぞ」

 

「レッタル閣下のお言葉、しかと肝に命じます」

 

自身の言葉を肯定した天城に対して好印象を抱いたのか、今更過ぎるフォローをするレッタル。

それに対して天城は謙るような態度で頭を下げた。

この状況をもし重桜の面々が…特に赤城が見れば抜け駆けをし、先にグラ・バルカス艦隊を撃滅してミリシアル艦隊に赤っ恥をかかせただろうが、幸いな事に彼女達は艤装の改装中である為そうする事は出来ない。

 

(この方は、今まで平和を謳歌してきたのでしょうね…。自国の力が最も優れていたが故の、仮初めの平和…私もこの方のような慢心には注意しないといけません)

 

心中でそんな事を考えつつも自戒していた天城へ、上官の態度に閉口していたイレイザが問いかける。

 

「天城殿、一応の確認なのですが…この敵艦隊の戦力は如何ほどなのですか?」

 

「はい、グラ・バルカス帝国艦隊…我々はかの国の名称を省略して"グ帝"と称していますが、グ帝艦隊は少なくとも戦艦10隻、空母9隻を主力としているようです。その随伴として巡洋艦クラスが40隻近く、駆逐艦…貴国でいうところの小型艦が約110隻、そして潜水艦が少なくとも50隻は確認されています。総数で約200隻もの大艦隊であり、その中にはカルトアルパスを襲撃したグレードアトラスターの同型艦が存在します。決して楽観視出来ない相手かと…」

 

イレイザへ応えながら白魚のような指で空撮写真に写し出されたレイフォリアの港から出港する多数のグ帝艦船を示す天城。

その中には一際大きな艦影も存在する。

 

「ふぅむ、確かに数はそれなりだな。しかし、我が国の艦隊戦力はこれだけではない!同程度の第二・第三艦隊、更には…」

 

「司令っ!」

 

天城から煽てられた事でいい気になったらしいレッタルが盛大に口を滑らせかけるが、どうにかイレイザが止めた。

しかし、どの道レッタルが口を滑らせなくてもミリシアル側がどのような戦略を組んでいるのか、天城は理解していた。

 

(レッタル殿の様子から察するに、おそらくは先行した艦隊は他国の艦隊と共に囮とする魂胆でしょう。我々に対しては、小規模艦隊を先行させて警戒に充てると説明していましたが…それでは艦隊を派遣した他国の信頼を損ないかねません。神聖ミリシアル帝国は覇権主義から脱却したと言いますが、それでも根幹は覇を唱えていた頃を忘れられないのでしょう)

 

天城から見ればミリシアルはどうにも他国を見下す…というよりは自国が最上であり、他国は有象無象でしかないという価値観で凝り固まっているようにしか見えない。

確かに自国に誇りを持ち、愛し、信じる事は尊い事だろう。

しかし、それも行き過ぎれば傲慢や慢心となり、国を滅ぼす毒となる。

そして、目の前にいるレッタルはそれを体現したような存在に見えてしまう。

 

(出来れば我々も力添えをしたいところですが、生憎指揮官様からそれは止められていますからね…。ですが、ミリシアル艦隊の戦力はかなりのものですし、ムー艦隊も供与した兵器で以前より遥かに増強されています。順当に行けば、辛勝か…悪くても惨敗は防げるでしょう)

 

そんは事を考えている天城へ再びイレイザが問いかける。

 

「そう言えば敵艦隊が保有している潜水艦という艦船についてですが…」

 

「そちらに関してはムー艦隊が頼もしい存在となって下さいます。我々の中でも古参の空母が対潜水艦戦闘を彼らに伝授しましたから」

 

「では、潜水艦に関してはムー艦隊へ…」

 

「天城殿、この戦いが終わったら是非とも我が息子に会ってはくれないだろうか?」

 

しかし、急にレッタルが割り込んできた。

 

「レッタル閣下の…ご子息様ですか?」

 

「うむ、貴殿は中々に気立ても良いし、顔も良い。息子はまだ独身でな…貴殿が嫁に来るなら、カウラン家も安泰だ。それに…ほら、アズールレーンとしても我が国の名家と繋りを持てるのは悪くない話だろう?」

 

レッタルの言葉に天城は思わず眉根を寄せた。

どうやらこの男、戦う前から勝った気でいるらしい。

これがもし、社交界のパーティー会場であったなら分からない話でもない。

どう客観的に見ても天城は容姿端麗で気立ても良く、教養に溢れている正に完璧な美女であり、年頃の子を持つ親なら彼女を嫁に迎え入れたいと思うのは当然だろう。

しかし、ここは今から死地に赴こうとする軍艦の艦上だ。

そのような脳天気な話をしている時間があれば、少しでも作戦を練るべきだろう。

 

「司令…このような話は全てが終わった時に…」

 

「閣下」

 

呆れたように述べるイレイザを遮るように天城が口を開く。

 

「申し訳ありませんが、私には心に決めた殿方が居りますので…そのお話はお断りさせて頂きます」

 

息を呑む程に美しい笑顔だが、それを前にした者は彼女が恐ろしい獣に見えたそうだ。

 

 

──同日、シルバー級魔導巡洋艦『ハルペー』──

 

第一魔導艦隊を構成する魔導巡洋艦の1隻、ハルペーの艦橋上部にある見張所では数名の見張員が双眼鏡を同じ方向へ向けていた。

 

「うぉぉ〜…すっげぇ美人…」

「獣人なのに毛深く見えないな…脱いだら毛深いのか?」

「って言うかデカいな…歩く度に揺れてるぞ」

 

彼らが見ているのは、旗艦であるコスモの艦橋から出てきた一人の美女こと天城であった。

というのも彼らは、アズールレーンから来た連絡員がとんでもない美女だと聞いて、彼女が姿を表すのを今か今かと待っていたのだ。

 

「うおっ!横から見るとヤベェ…あんなんにしゃぶりつきてぇ〜」

「お前、控え目な方が好きって言ってたじゃねぇか」

「いやいや、控え目な方も好きってだけだよ」

 

何とも緊張感が無いが、男社会な軍隊の中でも閉鎖的な環境で過ごす船乗り達だ。

気分転換となる娯楽も少ない中、天城のような極上の美女は正に目の保養になる事だろう。

 

「でも、話によればロデニウス連邦の船乗りはあんな美人達に訓練してもらってるらしいぞ?」

「あ、それ俺も聞いた事あるぞ。あとはムーの船乗りも…」

「マジかよ!クッソ〜…俺もロデニウスかムーに行きてぇ…。そして、夜の訓練も…」

 

──ゴチンッ!

 

「貴様ら、何をやっとるかぁぁぁっ!」

 

鼻の下を伸ばして猥談に花を咲かせていた見張員達だったが、彼らの脳天へ怒号と共に拳骨が着弾した。

 

「弛んどるっ!まったく以て嘆かわしい!誉れある神聖帝国艦隊の船乗り達が女を前にだらし無く鼻の下を伸ばすなぞ…」

 

「も…申し訳ありません、先任伍長…」

 

見張員達へ拳骨を落としたのは、ある意味艦長より怖いと言われている先任伍長であった。

 

「まったく…貴様らは未だに乳離れが出来んのか?乳ならこの艦にもついておろう…」

 

「乳って、あの新型防御兵装の事ですか?」

 

呆れた先任伍長が指差すのは、舷側に幾つも並べられた半球形の物体だった。

ぱっと見は接岸時に船体を傷付けない為のクッションにも見える。

 

「そうだ。グラ・バルカス帝国が運用する"魚雷"と呼ばれる自走式機雷に対処する為の物だ」

 

「確かに頼りになる兵装って話ですが…」

 

「あんな美女、滅多に見れませんよ!」

「あぁっ!もう迎えの飛行艇とかいう飛行機械が来ました!」

「何っ!?今のうちに目に焼き付けないと!」

 

艦隊の上空へと向かってくる船のような胴体を持つ大型飛行機械の姿を見て、天城がもうじき居なくなる事を察して最後に一目見ようと双眼鏡に齧り付く見張員達。

それを見た先任伍長は再び拳骨を…

 

「…本当に美人だな」

 

落とす事なく、自前の双眼鏡で天城の美貌を網膜に焼き付けるのだった。




露出の少ない天城じゃないとね、ミ帝船乗りには刺激が強すぎるよね
ヴィクトリア辺りを派遣したらある意味大変な事になるよね


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229.第二文明圏の雄

naosi様より評価8を頂きました!

待ちに待った大陸版5周年イベントの情報が発表されましたね!

やはり予想通りUR戦艦ヴァンガードに、イラストリアス級インドミダブル…初期からお世話になってきたあの娘の改造に、着せ替えも大量!
これは…財布が軽くなりますねぇ…


──中央歴1642年9月4日午前10、ムー国ジャナム軍港──

 

──ボォォォォォ…

 

ムー最大の軍港であるジャナム軍港より黒鉄の軍艦が汽笛と共に出港してゆく。

1隻だけではない。

大小合わせて20隻もの艦隊であり、その大多数が従来のムー軍艦より近代的な姿をしていた。

もうご察しかもしれないが、この艦隊は以前にアズールレーンからムー国王への誕生日プレゼントという名目で贈られた"スクラップ"を再生して編成された艦隊なのだ。

その内訳だが…

 

戦艦

ラ・カガ

ラ・エルド改

 

空母

ラ・ヨークタウン

ラ・エンタープライズ

ラ・ホーネット

ラ・プリンストン

 

対潜空母

ラ・ヴァニア(改装により対潜空母に変更)

ラ・トウエン(同上)

 

大型巡洋艦

ラ・レナウン(ムー独自の分類により巡洋戦艦ではなく、大型巡洋艦に変更)

ラ・ノーザンプトン(同上)

 

巡洋艦

ラ・ヘレナ

ラ・アトランタ

ラ・ジュノー

 

駆逐艦

ラ・ピカイア

ラ・エンセウル

ラ・トークン

ラ・ハルハール

ラ・クルーマー

ラ・ファルイス

ラ・トカマクル

 

と、従来のムー艦隊どころか少し前までのミリシアル艦隊すら圧倒出来るであろう陣容である。

しかも変わったのはガワだけではない。

確かに配備兵器というハード面の更新は重要だが、それを運用する為の戦術…つまりソフト面での更新が無ければ最新鋭軍艦もただの海に浮かぶ鉄屑である。

しかし、ムー海軍は幸運な事に様々な戦術に精通するアズールレーンと友好関係を築けた為、彼らの下で先進的な海戦技術を磨く事が出来た。

その最たるモノが"スペシャリスト・フリート"と呼ばれる艦隊運用方法だろう。

これはアズールレーン…というよりはサモア基地に留学したムー軍人に手っ取り早くより高度な戦術を伝授する為に考案された思想であり、言ってしまえば"それぞれの任務に特化した小艦隊を複数纏めて大艦隊とする"というものだ。

例えば今回出撃したムー艦隊は5個の小艦隊で1つの大艦隊を成している。

 

先ずはラ・カガを旗艦としラ・エルド改、ラ・レナウン、ラ・ノーザンプトンで構成された砲撃による敵艦撃破を意図した『水上打撃艦隊』

次にラ・ヨークタウンを旗艦としラ・アトランタ、ラ・ジュノー、ラ・ピカイアで構成される艦隊全体の防空を担う『対空戦闘艦隊』

続いてはラ・ホーネットを旗艦としラ・プリンストン、ラ・エンセウル、ラ・トークンで構成される敵艦隊に対して航空戦力による爆撃・雷撃を敢行する『航空打撃艦隊』

そしてラ・ヴァニアを旗艦としラ・トウエン、ラ・ハルハール、ラ・クルーマーで構成された潜水艦を警戒・攻撃する為の『対潜艦隊』

最後にラ・エンタープライズを旗艦とし、ラ・ヘレナ、ラ・ファルイス、ラ・トカマクルで構成される大艦隊の中枢であり、戦況に合わせて柔軟に遊撃を行う『統括艦隊』

これら5つの艦隊で構成された大艦隊こそ、グラ・バルカス帝国を叩く為にレイフォルへ向かうムー艦隊である。

正にムー最強最新鋭の艦隊であるが、そんな艦隊の総旗艦であるラ・エンタープライズの飛行甲板では、一人のパイロットが不安な面持ちで潮風を浴びていた。

 

「……此度の戦、果たして勝てるか…」

 

飛行甲板に駐機した何機もの『F4U コルセア』の内の1機、その右翼に腰掛けて不安げに呟いたのは統括艦隊の航空隊長に任命されたヤンマイ・エーカーである。

確かに彼は同胞を理不尽に殺害したグラ・バルカス帝国へ報復の鉄槌を下す事は望むところであるが、いざ実戦間近となると『フォーク海峡海戦』にて不覚を取った記憶が喚び起こされてしまう。

機体の性能では勝っていた筈なのに、危うく撃墜されかけた経験はヤンマイを戒めると同時に、極端に恐れを抱かせてしまったようだ。

 

「アックタ大佐…貴方がいらっしゃれば、どんなに心強い事か…」

 

首に掛けた御守りを悲しげな表情で見つめ、亡き恩師を思う。

しかし、彼はもう居ない。

ムーの英雄は正に英雄的行為により、異国の空に散った。

故に彼の一番弟子である自分がしっかりしないといけないというのに…現実はこのザマだ。

 

「私は…」

 

再び弱音を吐きそうになるヤンマイ。

しかし、そんな弱音を掻き消すように艦隊上空で轟音が響き渡った。

 

──ゴォォォォォォォッ!

 

「っ!?」

 

轟音の主を確かめるべく、素早く空を見上げた先に"ソレ"はあった。

 

「あれは…」

 

鏃を思わせる三角形のシルエット。

ムーで一般的な飛行機にあるはずのプロペラは無く、機体の後端からバーナーのような炎を噴き出しながらとんでもない速度で艦隊上空を飛び去り、旋回して再び艦隊上空へと向かってくる飛行機…

 

「『アクアホーク』…そうだな。我々がしくじったとしても、彼らがムーを守ってくれる。我々は恐れず、全力を尽くせば良い」

 

自分達がもし敗北すれば、野蛮な殺戮者によって祖国は蹂躙されるかもしれない…そんな考えは、力強く空を舞う"小さな巨人"を前に雲散霧消したのだった。

 

 

──同日、ジャナム軍港南方沖上空──

 

「戦果を楽しみにしているぞ、同胞達よ」

 

出港してゆく艦船達の甲板上で帽子を振っている水兵達へ敬礼を捧げるパイロット。

彼の名はスードリ・ムー。

ラ・カガ艦長であるアウドムラ・ムーの息子であり、現国王ラ・ムーの甥にあたる人物であり、王位継承権8位のれっきとしたムー王族だ。

そんな彼だが他の王族の例に漏れず国民の模範となるべく働いており、彼はムー統括軍直轄の試験飛行隊の隊長として新型航空機開発に携わっている。

そんな事もあってスードリは国民から"飛行王子"の名で親しまれていたりする。

 

《殿下、参加出来ずに残念ですね。せっかくの新鋭機なのに…》

 

「殿下はよせ、と言った筈だぞ?…まあ、今回は仕方ない。この機体でも交戦予想海域には行けるが、現状は長距離攻撃のリスクを無視出来ない。空母があれば話は別だが、この機体を搭載出来る『ラ・ヴォルト』は改修中だ」

 

勇壮な艦隊を後目に、本来の目的である試験飛行の為に演習海域へ向かうスードリ機の下へ、部下が操る機体が接近して通信を寄越してきた。

 

《このアクアホークは性能は素晴らしいのですが、それだけに敵に鹵獲されれば厄介この上無いですしね》

 

「あぁ、そしてそれは我々を信用して技術支援をしてくれたロデニウスに対する裏切りとなる。口惜しいが、今は本土近くの空域での活動に留めるしかない」

 

彼らが操る機体…その名を『アクアホーク』という。

このアクアホークは、以前にロデニウス連邦・アズールレーンより持ち掛けられた艦載ジェット攻撃機『A-4 スカイホーク』の共同開発プロジェクトに於いて開発された、言わばムー版スカイホークである。

基本的にはスカイホークの初期型である『A-4B』に酷似しているが、エンジンはロデニウス版と共通の『J52』系列とし、それに合わせてエアインテークは境界層を吸い込まない為にスプリッターベーンが設置されている。

また主翼も若干大型化されており、主翼前縁部の付け根は装備した20mm機関砲の装弾数を増量する為に『J35 ドラケン』を思わせるダブルデルタ翼じみた翼型となっており、翼端には燃料配管付きのハードポイントが設置された。

そんな機体をムーは制空戦闘機、高速雷撃・爆撃機として運用するとしており、本機は固定武装として装弾数250発の20mm機関砲を2門、追加兵装として各種ガンポッドや爆弾類は勿論、最大で2発の航空魚雷や、先日実戦配備が始まったテレビ誘導滑空爆弾『AGM-62 ウォールアイ』等の対地誘導兵器まで搭載出来るのだ。

 

《そうですねぇ…確か、アズールレーンが配備し始めてるぶ…ぶいとーる機?とか言う奴なら最低限の改修でイケるみたいですが…》

 

「VTOL機だな。確かにあれも凄い航空機だが…空戦能力ならアクアホークの方が上だ。以前のロデニウス機との模擬空戦では、此方が有利だった」

 

アクアホークは制空戦闘も行う関係上、不要な電子機器は省いて最低限のレーダーやFCSの搭載に留めている。

一方でロデニウス連邦・アズールレーンのスカイホークは『A-4F』と呼ばれる現状最新鋭の機体であり、対地・対艦攻撃に重きを置いているため様々な電子機器を搭載しており、その分重量が重いのだ。

そのため空戦においてはアクアホークが有利である。

 

《ですけど、ロデニウスは超音速機を配備しているのでしょう?いいなー…俺も超音速機に乗りてぇ…》

 

「あまり欲を出し過ぎるな。…何、我々もいつかは超音速機を乗り回せる日が来るさ」

 

《なら、その日まで現役でいないとですね。お、あれが標的か…飛行王子、どうぞお先に》

 

「そう呼ぶな、帰ったら説教だぞ。…まったく」

 

部下と軽口を叩きあったスードリは自機の高度を下げ、主翼下に抱えた2発の魚雷を標的となるハリボテへと放った。

 




現状のムー艦隊は中々に歪な感じですが、あれもこれもと教えるより、いっそ1つの事に集中させた方がいいのでは?となった結果です


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230.サイレントハンター・ハンター

戦場の派遣(渡鳥)社員様より評価10を頂きました!

皆様は今回のイベント、どうでしたか?
私はとりあえずピックアップ艦は50連で揃ったので、後はゆっくりポイント集めですね

あとシーホーネットの設計図うめぇ…


──中央歴1642年9月28日午後11時、ムー大陸西方沖──

 

ムー大陸の南西部に位置する文明国である『ニグラート連合』。

同国の西方に広がる海域は『バルチスタ海』と呼ばれており、世界有数の好漁場として知られていた。

しかし、それは昔の話。

現在は列強国である『レイフォル』を滅ぼし占領した『グラ・バルカス帝国』の軍艦が跋扈し、ニグラート連合の漁船を強制排除して漁場の殆どを奪ってしまっている。

そんなバルチスタ海、月明かりも殆ど無い漆黒の海上を鉄の海獣が滑るように航行していた。

 

「はぁ〜…暇だなぁ…」

 

鉄の怪獣から突き出た"コブ"の天辺で、若い男が頬杖を突きながら溜息混じりに呟く。

 

「この辺にこの世界の有力国が連合艦隊を組んでやって来るって話だが…」

 

彼の名はアレム・コーシュキン、グラ・バルカス帝国海軍所属の潜水艦『ウヌクアルハイ』の乗組員である。

 

「うぉっ…とっと…。危なっ…やっぱりシータス級より小さいから揺れるなぁ…」

 

急に船体が横に揺れ、セイルに立って見張りをしていたアレムは危うく振り落とされかけた。

というのもこのウヌクアルハイは、帝国海軍の主力潜水艦『シータス級』を補完する為に開発された小型潜水艦『サーペント級』の1隻である為、凌波性等はシータス級よりも劣る。

そのため、こうした海底の地形に影響を受けた急な潮流の変化により、船体が大きく揺れてしまうのだ。

 

「図体の大きなシータス級では小回りが効きにくいし、乗組員同士の連携も取りにくい。それを踏まえれば、私はこの潜水艦の事を気に入っているのだがね」

 

「か、艦長!?」

 

愚痴を溢すアレムの背後から声をかけたのは、艦長であるランディ・フルスルであった。

無精髭が生えた柔和そうな顔に笑みを浮かべた初老の彼の手には、湯気が立ち上るマグカップが2つある。

 

「アレム君、見張りの任ご苦労さま。さっきの揺れで半分になってしまったが…眠気覚ましのコーヒーだ」

 

「あ…ありがとうございます」

 

差し出されたマグカップを受け取ったアレムは、どことなく気まずそうにしながらもセイルの手摺に体を預け、目の前に広がる海面の様に黒い水面を傾けた。

 

「何か異変は?」

 

「あれば真っ先に報告しますよ。現状は何も無い…星がキレイな事ぐらいです」

 

「おや、意外と君はロマンチストなんだな。私も若い頃には、今の妻にそんな言葉で結婚を申し込んだものだ」

 

「艦長には言われたくありませんよ。…今日もこんな時間まで起きてたって事は、相変わらずポエムでも書いてたんですか?」

 

取止めもない言葉を交わすアレムとランディ。

端から見ると上下関係に厳しい軍人同士の会話というより、歳の離れた友人同士に見えてしまう。

 

「しかし…中々獲物が見付からないなぁ…。位置取りを間違えたか?」

 

「ソナー手の話によると、遠方で爆発音や圧潰音が聴こえたとの事ですしね。他の潜水艦は上手く敵艦隊の通り道に布陣出来たのでしょう」

 

現在、帝国海軍の潜水艦隊はレイフォル攻撃の為に襲来する世界連合艦隊を迎撃すべくこのバルチスタ海で待ち伏せをしているのだが、時折遠方の海中から爆発音や圧潰音らしき轟音が聴こえるのみで、ウヌクアルハイが布陣した海域には帆船の一つも通り掛からない。

 

「ふーむ…もしや、他の潜水艦に全て沈められたか…?いや、確かに敵艦隊を撃滅出来たのならそれで良いのだが…」

 

爆発音や圧潰音は間違いなく味方潜水艦が魚雷を放ち、敵艦を撃沈した時に発生したものだろう。

ランディとしては個人的な戦果より、軍全体の勝利を重視している為それはそれで問題無いのだが…

 

──…ゥゥゥゥゥゥ…

 

「ん…?艦長、何か聴こえませんか?…飛行機の…エンジン音のような…」

 

アレムが声を潜め、耳を澄ませる。

それに倣い、ランディも聴覚を研ぎ澄ませ…

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…

 

「確かに…飛行機のようだな。しかし、こんな夜中…しかも月明かりも少ないのに飛行するとは考えられん。何かの聞き間違いか?」

 

帝国海軍・陸軍の航空隊において夜間飛行というのはごく一部の特殊な訓練を受けたパイロットしか出来ない、特殊技能である。

無論、現地国家にも夜間飛行が出来るパイロットが存在するかもしれないが、明日には新月になるであろう暗い夜空の下で航行する小さな潜水艦を発見出来るとは考え難い。

 

「もしかしたら、他の潜水艦に沈められた空母からどうにか飛び立って、飛べる限り飛んでいるのかもしれません。運が良ければ陸地に辿り着ける…とか」

 

「かもしれんな。だが、念の為に潜航を…」

 

万が一の事を考え、潜降すべくアレムと共に艦内へ戻ろうとするランディ。

しかし、その瞬間だった。

 

──シュゥゥゥゥゥゥッ!

 

「何だ!?」

 

突如として頭上に響き渡る不気味な風切り音…それに驚き、空を見上げるも風切り音の正体を知る事は出来なかった。

 

──バンッ!

 

「う…うぉぉぉぉっ!?」

 

微かな星明かりと細い月光によって頼り無く照らされていた海上は炸裂音と共に、一瞬にして白昼のように輝いた。

夜目に慣れていたアレムとランディの二人は太陽光線が如き閃光に網膜を焼かれ、視界が真っ白になってしまう。

 

──シュゥゥゥゥゥゥッ!

 

輝く夜空に再び響き渡る不気味な風切り音。

それに騎乗した死神の気配に気付いた時には全てが手遅れであった。

 

──ドンッ!

 

激しい衝撃、凄まじい熱波、身を刻む破片…それは、セイル上の二人をバラバラにしながら焼き焦がし、彼らの家同然であるウヌクアルハイの甲板に大穴を開け、艦内に残った乗組員を僅かな時間で溺死させた。

 

 

──同日、ムー海軍対潜艦隊旗艦『ラ・トウエン』──

 

──ブゥゥゥゥゥゥン…キッ…キッ…

 

漆黒の海に浮かぶムー海軍所属の空母『ラ・トウエン』の甲板に複葉機が着艦する。

潜水艦による襲撃を警戒し灯火管制を行っている為着艦は最早不可能と言ってもいいが、それでもムーのパイロットは危なげもなく着艦してみせた。

 

「ふぅ〜…よしっ!1隻やったぞ!」

 

「やりましたね!連中、何が起きたのかすら分からなかったでしょうね!」

 

着艦した複葉機のパイロットが喜びの声を上げ、その後席に座っていた乗組員も同じく歓喜する。

この複葉機、複座なのだがムーが採用していたマリンの複座型ではない。

アズールレーンから購入したロイヤル製雷撃機『ソードフィッシュ』の対潜型である。

対水上レーダーを装備した事で浮上中の潜水艦は勿論、潜望鏡すらも探知出来、更には夜間作戦用に照明弾頭のロケット弾を装備しているのだ。

そんな機体をムー対潜艦隊は主力として配備しており、レーダー・照明弾を装備した探索型と、徹甲ロケット弾を装備した攻撃型のペアで運用している。 

因みに後席に座るのは勿論レーダー手であるが、先程着艦したソードフィッシュのレーダー手は義勇兵としてムーへやってきたミリシアル人である。

 

「おーい、補給を頼む!それが済んだら直ぐに出撃するぞ!」

 

「はいっ!」

 

パイロットは甲板員へ補給を依頼しつつ、補給完了まで休憩する為にレーダー手と共に一旦艦内へ戻って行った。

 

 

──同日、『ラ・トウエン』艦橋──

 

「うむ、バルチスタ海に到着してから撃沈した敵潜水艦は15隻…初めての実戦にしては上出来ではないか?」

 

"ぼんやりと光る"飛行甲板を艦橋から見下ろしながら満足そうに述べるラ・トウエン艦長マシガ・ベンチュラ。

彼は対潜艦隊の司令官も兼任しており、他の艦隊より先行して敵潜水艦を排除する為にこのバルチスタ海で一足先に活動しているのだ。

 

「しかし、訓練通りグラ・バルカス帝国の潜水艦は騒音が酷いな。この前まで素人だった我々がこんなにも沈める事が出来るのだからな。…まあ、Uボートの方々が相手ならこうはならんだろうが」

 

マシガを始めとした対潜艦隊の面々はサモア基地への留学経験があり、そこで対潜作戦について様々な事を学んでいた。

座学は勿論、実艦を用いた実戦さながらの訓練も行っており、その訓練の中にはアズールレーンが秘密裏に鹵獲したグラ・バルカス帝国海軍の潜水艦『ミラ』を用いたプログラムもあった為、現在のムー対潜艦隊は対グラ・バルカス潜水艦戦闘のプロフェッショナルと言っても過言ではない。

もっとも、より高みを目指す為にアズールレーン内でも屈指の練度を誇る鉄血Uボート艦隊に挑んだ際には、呆気なく全滅判定を喰らったのだが…

 

「だが、グラ・バルカス帝国の潜水艦に対抗する為には現状でも十分だ。今は確実に敵を沈めなければ、ミリシアルにも申し訳ないからな」

 

そう言いながらマシガは艦橋の窓際に置かれたガラス板を指先でコンコンと小突く。

というのも、ムーはアズールレーンを通してミリシアルから魔導技術を導入しており、先述したぼんやりと光る甲板とガラス板こそが導入した魔導技術である。

これは特殊な粉末魔石を溶かした塗料と、魔石を加工したガラス板を使ったものであり、粉末魔石塗料を塗布した物はこのガラス板を通して見るとぼんやりと光って見えるのだ。

ムーはそれを空母の甲板に塗り、夜間作戦を行う機体に搭載する事でパイロットに白昼と変わらぬ着艦環境を与えている。

 

「ふぅ…とりあえず小休止とするか。ロデニウス連邦で買ったフェン産茶葉はまだあったかな?」

 

時計を確認し、予め決めていた休憩時間になっていた事に気付いたマシガは好物の紅茶を淹れる為に艦内の厨房へと向かった。




そう言えば色々と調べてたんですが、大戦後〜70年代までの西側ってロクな艦対艦・空対艦兵器持ってませんね…
私の調べ方が悪いのかもしれませんが、ハープーンとか出るまで東側の方が対艦ミサイルは進んでたんですね

…あれ?そうなるとそれまでの西側諸国は東側諸国の艦隊をどうやって攻撃するつもりだったんだろう?
潜水艦の雷撃は別にして、水上艦とか空母艦載機の対艦攻撃手段って…


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231.AEW

佐藤幸男様より評価8を頂きました!

いやー、とうとう近接攻撃が実装されましたね!
最近は色々とバタバタしているので新機能はあまり触れていませんが、手段が増えるのはいい事です

それと、ふと思い立って拙作と同じ日本国召喚×アズールレーンクロス作品の推薦を書いてみました
皆様もよろしければ他作品も読んでみて下さい


──中央歴1642年9月30日午前7時、バルチスタ海──

 

《こちら索敵1号。各機、状況を報告せよ》

 

まだ夜の残り香が残る朝の時間帯。

やや波立つ海を見下ろしながら高度3000mを約260km/hで飛行するグラ・バルカス帝国海軍航空隊のリゲル型雷撃機の無線機が静寂を破った。

 

《こちら索敵2号。現在、異常は無し。どうぞ》

 

《索敵3号、こちらも異常は無し。どうぞ》

 

艦隊より東方へ展開した海軍航空隊の偵察小隊による定時連絡だ。

 

「こちら索敵4号、何の異常もありません。どうぞー。…ふぅ〜」

 

パイロットの後ろに座る航法士兼無線手がお決まりの報告を行い、深い溜息をつく。

一応パイロットが機長であるため、そのような態度をとる航法士へ注意するべきであろうが、生憎彼はそんな気にはなれなかった。

何せ行けども行けども海と空が広がるばかりであり、今はまだ良いがこれから日が昇ってくれば巨大なキャノピーを持つリゲルの内部は蒸し風呂状態となってしまう。

暑さに耐えながら退屈な索敵任務を行う…そう考えれば航法士の憂鬱も理解出来る。

 

「…腹減ったな」

 

「乾パンと代用コーヒーが支給されてるからそれを朝食にしよう」

 

機内に立ち籠める憂鬱な雰囲気を吹き飛ばそうと、今にも鳴きそうな腹の虫を宥めるように呟けば、航法士がゴソゴソと荷物を漁り始める。

 

「…乾パンと代用コーヒーか。少し前まではちゃんとしたサンドイッチとコーヒーだったのになぁ…」

 

うんざりしたように呟くのは、最後尾で退屈そうに空を見上げていた機銃手であった。

彼の言う通り最近、長時間任務を行う空中勤務者へ支給される機内食は徐々にグレードが下がっている。

事実彼らが入隊した頃は肉や野菜がたっぷり詰まったサンドイッチとコーヒーが支給されていたが、暫くすれば具材が少なくなった雑穀パンのサンドイッチと薄いコーヒーとなり、今では陸軍向け乾パンと植物の根を焙煎した代用コーヒーとなっていた。

 

「はぁ〜…近衛兵団の連中が予算を横取りしてるって話だからなぁ…。連中は景気良く新型機やら美味い飯を楽しんでるってのに、俺達はオンボロの中で粗末な飯か…」

 

何もグラ・バルカス帝国の物資が欠乏している訳ではない。

軍部に分配される筈の予算が近衛兵団と、その下部組織によって横取りされている為だ。

 

「まったくだ。本当なら専用の偵察機を開発配備する予定だったのに、近衛兵団の横槍で開発は中止。そのくせ自分達は新型雷撃機やら新型戦闘機をバンバン開発させてるってんだから、やってられんよな」

 

物悲しい表情で硬い乾パンを見詰めながらぼやいたパイロットへ、航法士が魔法瓶に入った代用コーヒーをコップに注ぎながら同意する。

現在のグラ・バルカス帝国海軍は敵艦隊をいち早く発見する為にリゲルを使用している。

いち早く発見する為というなら戦闘機であるアンタレス型艦上戦闘機や、同機に次ぐ速度を持つシリウス型爆撃機が適当ではないか?と思われるかもしれないがそうではない。

というのも索敵任務に必要なのは単純な速度ではなく、"目"なのである。

つまりは可能な限り多数の搭乗員が居た方が有利であり、それを考えれば複座であるシリウスはともかく単座のアンタレスでは効果的な索敵は難しい。

それに加えて航法士が搭乗するリゲルであれば、発見した目標の正確な位置を味方へ伝える事も可能だ。

それ故に帝国海軍は伝統的に雷撃機へ偵察機としての任務を与えている。

しかし、雷撃機は魚雷を搭載せずとも鈍足かつ鈍重であり、敵戦闘機からの迎撃を受ければ為す術もなく撃墜されてしまうだろう。

だからこそ帝国海軍は高速な専用偵察機を開発しようとしたのだが、そこで近衛兵団が難癖をつけ、海軍は泣く泣く開発を諦めざる負えなかった上に、開発費用まで奪われてしまったのだ。

その後もリゲルの後継となる雷撃機の開発計画も奪われてしまった為、海軍は徐々に旧式化してきたリゲルを騙し騙し使う羽目になっているのである。

 

「ん。ふー…ふー…んぐっ。最近ではその新型機を演習で出して、俺達やら陸さんをいたぶってるしな…。帝国が世界を統一するのはいいが、近衛兵団がますますデカい顔をすると考えるとイヤになってくるぜ」

 

コップに注がれた代用コーヒーを受け取った機銃手は吐息で黒い水面を冷まし、唇を湿らせると心底うんざりしたように述べる。

 

「その割には前線には出て来ない。いい機材を持ってるなら実戦で使って……あれ?」

 

「どうした?」

 

近衛兵団への愚痴を溢そうとしたパイロットであったが、ふとした違和感を覚える。

 

「なぁ、索敵1号からの返信って…あったか?」

 

違和感の正体…それは長機である索敵1号からの返信が無い事だった。

 

「確かに…もしかしたら上手く通じてなかったのかも。もう一度…」

 

「おいおい、しっかりしてくれよ」

 

一旦乾パンとコーヒーを置いて再び無線機と向き合う航法士を茶化す機銃手。

 

「間違いぐらい誰にでもあるだろ。…あー…あー…こちら索敵4号、先程の通信は通じたか。どうぞ」

 

しかし、返答は無い。

帰ってくるのはサー…というホワイトノイズのみ…

 

──ガキュゥンッ!ガキュゥンッ!バスッ!バスッ!

 

「っ!?」

 

航法士へ何があったか訊ねようと首を捻って横目で彼を覗おうとしたパイロットの視界が、衝撃と共に赤く染まった。

 

「敵だ!敵機襲来!敵機襲来!」

 

慌てふためいた機銃手が乾パンの袋を引っ掛けていた機銃を動かし、高速で飛び交う群青色の影へ銃口を向ける。

 

──パパパパパッ!パパパパパッ!

 

7.7mm機銃の軽快な連射音の中、パイロットは目元を拭って操縦に集中する。

さっきから何の反応も示さない航法士はもう役に立たないだろう。

何せパイロットが拭ったのは鮮血…しかも自分のものではなかったからだ。

 

「クソっ!まさか…全員やられたの…」

 

同僚を喪った事に動揺しつつも、最悪の可能性を見出すパイロットであったが、それは現実のものとなった。

 

──ダダダダダダンッ!

 

空を切る黄色い光の線がリゲルの主翼をズタズタに引き裂いた瞬間、軋みながらも飛んでいた同機は一瞬だけ白煙を引き…

 

──ボンッ!

 

火だるまとなり、爆発しながら海へと墜ちて逝った。

 

 

──同日、バルチスタ海東方──

 

「迎撃部隊、敵偵察機と思わしき飛行物体を全機撃墜。所定の哨戒行動の後に帰投させます」

 

グラ・バルカス帝国海軍の偵察機が撃墜された空域より凡そ500km程離れた海域を航行するムー海軍艦隊。

その艦隊の中心である『統括艦隊』所属の巡洋艦『ラ・ヘレナ』の艦内で、レーダースコープを前にしたレーダー手が淡々と報告した。

 

「上出来ね。だけど、奴らも偵察部隊からの通信が途絶えれば何があったかは察する筈…次の迎撃も上手く行くとは限らないわ。早期警戒機にはこれまで以上の警戒をお願いして頂戴」

 

「かしこまりました」

 

報告を受けてそう応えたのは、女性士官であった。

名はアリシア・トワネロ、カルトアルパスにて壮絶に散ったムーのパイロットであるテレジアの娘だ。

彼女はもともと母親と同じくパイロットを志していたのだが、心肺機能が弱く空中勤務者としては不適格とされ、泣く泣く航空管制官となっていた。

しかし、彼女は管制官としては非常に優秀でありこうして新設された『早期警戒管制隊』の隊長として手腕を振るっているのだ。

 

「それにしてもロデニウスの技術は素晴らしいわね。今までの私達ではきっと為す術もなく見つかっていた筈よ。やっぱり、レーダーは空中に有るに限るわ」

 

バルチスタ海の海図が描かれたガラス板へ水性ペンで『敵偵察機、撃墜4』と書き加えながら感心したように述べるアリシア。

というのもムー艦隊はロデニウスより輸入した『TBF アヴェンジャー』に100km先の戦闘機を発見出来るレーダーを搭載した『TBM-3W グッピー』を艦隊の各方向、凡そ400kmの地点、高度9000mに合計8機展開させ、敵機や敵艦隊を捜索しているのだ。

そうした捜索の結果、もし敵機を発見すればグッピーが捉えたレーダー情報が早期警戒管制隊のあるラ・ヘレナへ送信され、そこから空母へ迎撃に必要な情報が与えられるという訳だ。

その結果、グラ・バルカス帝国偵察隊は自機の距離や高度まで丸裸にされた挙げ句、それらを知っているムーの迎撃機によって味方艦隊へ通信を送る暇もなく撃墜されていたのだ。

 

「隊長、第一・第二警戒小隊を帰投させ、第三・第四警戒小隊と入れ替えさせます」

 

「ええ、よくってよ。彼らは夜明け前から飛んでいるもの。休息が必要だし、何より燃料が減っているのでしょう?そうして頂戴。私は席を外すわ。帰ってきた彼らに、母様から教わったサンドイッチを作ってあげたいの」

 

「かしこまりました。何かあったら連絡するので、なるべく艦内電話の近くに居て下さい」

 

「分かってるわ。…勿論、みんなの分も作ってくるから待っててくれないかしら?」

 

「アイ・マム」

 

「ふふっ、いい子ね」

 

ロデニウス風の返答をする管制官達の姿を見て上品に笑ったアリシアは、軽やかな足取りで艦内にある厨房へと向かって行った。




何だかムーを持ち上げ過ぎか?と思わなくもないですが、原作でも好きなのはムーなので、そのバイアスのせいだと思って下さい


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232.接敵

ウズラ11様より評価9を頂きました!

そろそろイベントも終わりですねぇ…新艦、新衣装のお目当ては手に入れましたか?



──中央歴1642年10月1日午前8時、バルチスタ海──

 

「…何かがおかしい」

 

レイフォルへ向って来ると思われる世界連合艦隊を迎撃する為にバルチスタ海西方を航行するグラ・バルカス帝国海軍東征艦隊の臨時旗艦、グレードアトラスター級戦艦2番艦『パルサー』の艦橋内にある司令官専用個室では、艦隊司令長官であるカイザルが報告書を片手に眉をひそめていた。

 

「偵察機全てが連絡を絶ち、消息不明になるなぞ有り得ない。やはり、敵に撃墜されたか…?」

 

カイザルの頭を悩ませているのは、航空隊からの『偵察機、全機消息不明』という何かの間違いだと思いたい絶望的な報告であった。

確かに偵察機として運用しているリゲル型雷撃機は鈍足で運動性能も低く、しかも広範囲をカバーする為に分散させて運用している為、敵機から奇襲を受けて各個撃破されれば為す術もなく撃墜される事もあり得なくはない。

事実、陸軍で爆撃機として運用しているリゲルは『イルネティア王国』侵攻の際、イルネティア王国軍のワイバーンの奇襲によって数機が撃墜された事もある。

それを踏まえればより進んだ航空戦力を持つ敵…つまり世界連合艦隊の中核を成しているであろうムーや神聖ミリシアル帝国の戦闘機によって撃墜されてしまった可能性は十分にあり得る。

しかし、いくら何でも全機が緊急通信も無く消息不明となるだろうか?

 

「まさか…敵は我々より優れたレーダーを持っているのか?」

 

この広大な空を飛ぶ単機のリゲルは、例えるなら砂漠に置かれたコインのようなものだ。

偶然視界に入らなければ見つける事は困難を極めるであろうが、カイザルには偶然に頼らずに済む方法を知っている。

それこそがレーダーだ。

レーダーを使えば肉眼やレンズでは捉えられない遠距離に居る目標でも発見し、その情報を元に迎撃機を誘導する事も可能だろう。

しかし、レーダーにも限界はある。

 

「確かにラクスタル君がカルトアルパスにて対峙したムーの戦艦にはレーダーらしき物が装備されていたが…しかし、如何に優れたレーダーを配備していたとしても水平線の先まで見通す事は出来ない」

 

カイザルの言う通り、レーダーは基本的に地形に遮られてしまう。

陸上であれば山や建物、海上であれば遥か彼方の水平線にだ。

だが逆に言えば海上を行く艦船のレーダーは基本的に水平線以外に遮られる事はなく、そして青い海に黒々とした軍艦の姿はレーダー探知範囲内に踏み入った航空機からハッキリ視認出来る筈である。

それ故に、例え迎撃機によって撃墜されたとしても撃墜されるまでの間に通信ぐらいは出来るだろう。

それに加え、敵に見付かりもせず、敵を見付けられなかった偵察機すらも帰還出来ていないという事は…

 

「まさか…敵艦隊は水平線以遠を探知出来るレーダーを使い、我々の偵察機を能動的に迎撃しているのか…?」

 

先程までカイザルが考えていたのは受動的な迎撃…つまり、レーダー探知範囲内に敵機が飛来したから撃墜するという言わば"待ち"の戦術だ。

しかし、今のカイザルが想像するのは積極的にレーダーを活用し、敵機を探知して敵の…つまりグラ・バルカス帝国海軍の偵察活動を能動的に迎撃する"攻め"の戦術である。

 

「しかし、艦船のレーダーでは限界がある。艦橋を山のような高さにする訳にはいかないからな。となると…艦載機か?」

 

一つの可能性に行き着き、以前にラクスタルから渡されたカルトアルパスにて従軍記者が撮影した写真を取り出すカイザル。

 

「…これか。周囲の人物と比べて非常に大きな機体だな。これなら、嵩張るレーダーも搭載出来るかもしれん」

 

パラパラと写真の束を捲っていたカイザルだが、とある一枚の写真に目を留める。

それはムー空母の甲板上に並ぶ大型単発機…『TBF アヴェンジャー』が写し出されたものであった。

 

「今でもムーがこのような艦載機を配備しているのは信じられんが…写真にある以上は信じるしかない。確か、陸軍が双発機に搭載出来るレーダーを開発していた筈だ。もし、ムーが我々に匹敵する…或いは凌駕するレーダー技術を持っていた場合、この機体にレーダーを搭載して"空飛ぶレーダー"としている可能性もあるな」

 

カルトアルパスにてグレードアトラスター大破という衝撃的な被害を受けた事に、カイザルは異世界国家に対する認識を改めており、決して油断はしないと自戒していた。

 

──ジリリリリリッ!ジリリリリリッ!

 

もし、自分の想定通りならどう戦うべきか…それを考えていたカイザルの思考を遮るように、艦内電話が鳴り響いた。

 

「私だ」

 

《カイザル司令、レーダーにて未確認飛行物体を捕捉。数は確認出来るだけで100は下りません。異世界国家の航空戦力と思われます》

 

何とも淡々とした報告に、カイザルは眉間にシワを寄せた。

きっと報告してきた者はワイバーンを始めとした、取るに足りない羽虫が哀れにも叩き落されに来た、とでも考えているのだろう。

 

「分かった、直ぐに昼戦艦橋へ向かう。全艦に対空戦闘の指示を」

 

《はっ!》

 

──ガチャッ…

 

電話の向こうの相手からの返事を聞くとカイザルは受話器を戻し、几帳面に成形された軍帽を被った。

 

「さて…行こうか」

 

 

──同日、同海域東方上空──

 

《敵艦隊及び敵航空部隊捕捉。各機、警戒を》

 

「了解、警戒機は撤退せよ。世話になったな」

 

《ありがとうございます。ヤンマイ中佐もご武運を》

 

西方へ向かって飛んでゆくムー航空隊による大編隊。

その中から1機の『TBM-3W グッピー』が離脱し、来た空路を辿るように戻ってゆく。

レーダーによる支援が薄くなる事への不安はあるが、最低限の防御機銃しか持たぬ同機ではこれから起きるであろう大空戦を生き残る事は難しいだろう。

 

「やはりこの辺りだったか…レイダー提督は賭けに勝ったな」

 

遥か遠くの空に見える無数の黒い粒へ鋭い眼光を送りつつも、酸素マスクの下でほくそ笑むヤンマイ。

というのもムー艦隊は事前にアズールレーンより提供されたグラ・バルカス帝国艦隊の空撮写真と、これまでに撃墜した偵察機の位置情報から同艦隊の位置を大まかながらも割り出しており、ムー艦隊の総司令官を務めるレイダーの判断でこの空域へ航空隊を送り込んだのだ。

その結果は大当たり…ムー航空隊は見事、グラ・バルカス艦隊の真正面へ躍り出る事に成功した。

 

「……。やはりニグラート連合はやや遅れているな。流石のワイバーンロードでも、このコルセアに着いてくるのは困難か」

 

ムー航空隊は120機もの戦闘機、60機の雷撃機を以てグラ・バルカス艦隊を撃滅せんとしているが、それは何もムーだけではない。

第二文明圏の文明国『ニグラート連合』のワイバーンロード50騎が、戦列を共にしているのだ。

しかし、やはり2000馬力級エンジンを搭載した戦闘機隊と轡を並べる事は無理なようで、後続の雷撃隊を護衛するような形となっていた。

 

「しかし、ミリシアルは何をしているんだ?確かに艦隊は派遣したようだが、参加しているのは空母もない地方艦隊…ミリシアルの戦力はこんなものではない筈だ」

 

《中佐!》

 

「ん…?君は…」

 

何を考えているかイマイチ読めない神聖ミリシアル帝国への不信感を口にしていると、紺色の戦闘機がヤンマイ機の側へ飛来すると同時に無線機からミリシアル訛りの男の声が聴こえてきた。

 

《今回は帝国も戦力を派遣すると聞いていましたが…あの艦隊がそうなのでしょうか?》

 

「私も同じ事を考えていた。…これは私の邪推なのだが、ミリシアルは我々を囮にするつもりではなかろうか?」

 

《お…囮!?》

 

「自身が主催者である先進11ヶ国会議を宣戦布告の場に使われ、あまつさえ自国民を公開処刑されて、あれだけの戦力しか派遣しないとは考え難い…。おそらくは、我々がグラ・バルカス艦隊と戦っている最中に横合いから攻める算段なのかもしれない」

 

《なんと…!なんと情けない卑怯なやり口を!これが世界最強、列強国筆頭として君臨してきた神聖帝国だと!》

 

「私の邪推、と言った筈だ。もしかしたら単に遅れているだけなのかもしれない」

 

無線の向こう側で憤る男を宥めるヤンマイであるが、彼自身は自らの邪推が的中しているという自信があった。

 

「まあ、ミリシアルが遅れているなら彼らが来る前に我々で奴らを始末してしまおう。それなら何の問題も無い」

 

《…えぇ、そうですね。例え帝国が来ずとも、十分に戦えると示してやりましょう!このヘルキャットなら、怖いものなしですよ!》

 

もう察せられると思うが、ヤンマイと無線越しに話しているのはミリシアル人義勇兵だ。

彼は元々は神聖ミリシアル帝国海軍の旧型天の浮舟『エルペシオ2』のパイロットであったが、現在は退官届けを上官に叩き付けてムーで義勇兵となっている。

そして、彼を始めとした元天の浮舟パイロット達へムーが与えたのが、ロデニウス連邦・アズールレーンより有償供与された戦闘機『F6F ヘルキャット』だ。

性能的にはムーの主力戦闘機である『F4U コルセア』より若干劣るもののその分扱い易く、全く操縦特性が異なる機体からの乗り換えも容易という特性からミリシアル人義勇兵へ与えられているのだ。

因みに有償供与とは言うが値段は1機辺り100ムガル…現代日本で生きる我々に分かりやすく例えるなら100円程度である。

 

「だが、油断は禁物だぞ。確かに単純な性能なら我々の戦闘機は敵のそれより優れているが、それに頼り切っては足元を掬われる。…私もカルトアルパスでは痛い目を見た。貴殿もよく注意するように」

 

《はい、確りと心に刻みますとも》

 

「よろしい。…さて、そろそろ射程内に入るぞ。各機、戦闘に備えよ!」

 

《了解、これより戦闘行動に移行する》

《奴らにムーの力を…この世界の力を見せてやる!》

《この命、この為にあった!》

 

ヤンマイの言葉を受け、空の男達は世界の防人となる。

世界を…人々の平穏を護る為なら命なぞ惜しくはない。

そんな鬼気迫る覚悟が電波に乗って犇々と伝わる。

しかし、ヤンマイは敢えて彼らに告げた。

 

「交戦規定はただ一つ…生き残れ!」

 

エンジンが排気管を鳴らし、プロペラが空気の弦を掻き鳴らす。

けたたましい交響曲を合図にして始まるは、男達の命を散らす輪舞曲でもあった。




ヘルキャットよりコルセアの方が性能がいいという描写に賛否両論あるかもしれませんが、私的には性能のコルセア、使いやすさのヘルキャットだと思ってます
異論は認めます
そこら人それぞれだと思いますしね


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233.バルチスタに炎は走る【1】

BB/EXTRA様より評価9、花崗岩様より評価8を頂きました!

やって来ました久々のドンパチパート!
空戦って描写するのが難しいですね…


──中央歴1642年10月1日午前9時、バルチスタ海上空──

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥン…

 

「ふぅー…はぁー…ふぅー…はぁー…」

 

傲慢なる帝国と、それに抗う国々の翼が火花を散らす空。

その"抗う側"に所属するミリシアル人義勇兵アレン・パゥは新たな愛機である『F6F ヘルキャット』のコックピット内で、鉄の風味がする空気の中で深呼吸をする。

彼を始めとしたミリシアル人義勇兵にとっては初めての実戦であり、誰もが例外無く緊張していた。

しかし、それと同時に誰もが確かな"勇気"を胸に秘めている。

 

「大丈夫だ…。決して相手の得意技である格闘戦には付き合わず、一撃離脱を原則とする…帝国に居た頃と変わらない戦法だ」

 

彼が祖国を離れ、異国の地にて根本的に違う機体に乗り始めて1ヶ月半…促成栽培と言っても差し支えない訓練プログラムであったが、それでも彼は一端のパイロットとしてムー航空隊内に臨時編成された義勇兵部隊『第四予備飛行小隊』の隊長として任命されていた。

それはヘルキャットが扱いやすい機体であった事も大きな要因であるだろうが、何より彼が戦闘機乗りとして必要な才能を持っていた事が大きいだろう。

 

「マレーはトムソンを、ラリックは私と組め。」

 

《了解。トムソン、しくじるなよ?》

 

《誰に言ってるんだ?お前こそヘマをするんじゃないぞ》

 

《隊長、よろしくおねがいします!》

 

4機で1編隊であった第四予備飛行小隊は半分に分かれ、2機1組のチームとなる。

 

「各機、我々の任務はあくまでも敵機に対する牽制だ。無理に撃墜に拘らず、ムー本隊のアシストに徹せよ。では諸君、幸運を」

 

《了解!》

 

《了解!》

 

アレンの言葉と共に、マレーとトムソンのチームが緩やかに高度を下げる。

降下して速度を稼ぎ、敵機の上方から銃弾の雨を降らせるつもりなのだろう。

 

「ラリック、私達は目の前に見える敵小部隊をやるぞ。着いてこい!」

 

《はっ!》

 

同程度の高度を飛ぶ4機の敵機…おそらくは『アンタレス』と言う戦闘機だろう。

カルトアルパスでは同機が、神聖ミリシアル帝国が誇る天の浮舟を瞬く間に叩き落としたと聞いている。

それが4機…それに比べてこちらは2機だ。

数だけなら不利だ。

しかし、アレンはそれでも任務を遂行出来ると確信していた。

 

「何、逃げ回れば死にはしない。私達が死なずに奴らを引き付けていれば、それだけ友軍は楽を出来る。撃墜は確実に仕留められるチャンスが来てからでいい」

 

彼は無鉄砲でありながら臆病者である。

かつて神聖ミリシアル帝国海軍に在籍していた際に参加した演習では、旧式の『エルペシオ2』を駆って最新鋭機である『エルペシオ3』部隊へ単機で吶喊し、数十分に渡って逃げ回る事で味方部隊の奇襲を手助けした実績もある、ある意味で"囮"に相応しい人物であった。

 

《了解!…しかし、奴ら此方に気付いている筈なのに避ける素振りを見せませんね》

 

「数の差で勝てると思っているのだろう。それは正しい…しかし、奴ら我々を侮ったな。ラリック、此方も真正面から行くぞ。後は分かってるな?」

 

《はっ!お任せあれ!》

 

「よしっ!」

 

──ブウゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 

相棒からの頼もしい返答から一拍置き、スロットルを全開にする。

2000馬力を誇るエンジンは6トン近い機体をグングンと加速させてゆく。

その速度約600km/h、敵機が此方へ向かってくる事も相まって彼我の距離はドンドン縮まる。

 

──ピピッ!ピピッ!ピピッ!

 

コックピット内にアラームが鳴り響き、計器盤に取り付けられた青い電球がチカチカと点滅する。

ムーへ供与されたヘルキャットには簡易的なレーダーが搭載されており、レーダースコープで目標を探知するような事は出来ないが、こうして一定の範囲内に存在する友軍信号を発しない飛行物体の存在をアラームと光でパイロットに知らせるという便利な機能を持っている。

 

(まだだ…まだ近くに…)

 

レーダーが反応したという事は敵機は500mの距離まで迫っているという事だ。

しかし、基本的に戦闘機の翼内機銃は300m先に集中するように設定されている為、敵も此方も現時点では発砲しない。

だが、高速で向かい合う戦闘機同士の相対速度の前では、200mなぞ正にあっという間の距離だ。

光像式レティクルの両端に敵機の両翼端が重なった瞬間、アレンは操縦桿に取り付けられたトリガーに指を掛け…

 

「…今だ!」

 

──ブウゥゥゥゥワァァンッ!

 

操縦桿を勢いよく左へ倒すと同時にラダーペダルを踏み込み、機体を上昇させながら左へ旋回する。

機体かミシミシと軋み、急激な重力加速度によって脳の血流が一時的に枯渇し、頭がクラッとした。

そんな中でもアレンは背面飛行状態となっている機体を素早くロールさせて正常な状態へ戻すと、慌てて旋回しようとする敵機と円形のレティクルを重ね合わせた。

 

──ドドドドドッ!

 

レティクルの範囲内いっぱいに映る敵機へ黄色い火線が伸び、次の瞬間には薄いジュラルミンの体は炎に包まれた。

敵機…アンタレスは非常に酷似した姿を持つ『零式艦上戦闘機』よりも優れた防弾装備を持ってはいたものの、ヘルキャットが主翼内に装備する6門の12.7mm機銃から放たれる徹甲焼夷弾のシャワーを浴びてはどうにもならなかったようだ。

 

「次…っ!?」

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

敵機が炎上しながら墜ちてゆくのを油断なく確認したアレンは素早く周囲の状況を把握すべく辺りを見渡す。

すると、けたたましいブザーと共に赤色の電球が点滅し始めた。

 

──カキュウンッ!カキュウンッ!

 

「くっ…!」

 

赤色の点滅は敵機が後方に居る事を示している。

故に彼は再び旋回しようとするが、軽い衝撃と共に主翼上に火花が散る。

 

「撃たれた!?えぇいっ!」

 

主翼がどうなっているか分からないが、悠長に確認する時間は無い。

ここは大した事は無いと信じ、とにかく彼我の距離を離すべきであろう。

 

「ふんっ!」

 

計器盤を殴り付ける勢いで操縦桿を前方へ倒し、急降下する。

高度はそのまま速度へ変換され、頑強な機体は急激な増速にも耐えて敵機を突き離してゆく…筈だった。

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

「馬鹿な!?アンタレスは急降下には着いて来れない筈だ!」

 

アズールレーンからムーへ齎された情報によれば、グラ・バルカス帝国の主力戦闘機であるアンタレスは運動性能は非常に高いが、機体剛性が低くく急降下時には速度制限がかかるという話だった。

しかし、敵機は急降下によって800km/h近く出ているヘルキャットに食いつき、それどころか徐々に距離を詰めて来ている。

 

「まさか…新型か!」

 

背筋をゾワゾワと這うような嫌な予感に、アレンはキャノピー内に取り付けられた後方確認ミラーを確認する。

全体的に大柄で、ムーのコルセアのような逆ガル翼を持つ機体…明らかにアンタレスではない。

 

「クソっ…ツイてない!」

 

簡単にとは行かないまでも、それなりに渡り合えると思っていた相手の中にまさか未知の新型機が居るとは…しかし、今の彼に自らの不運を呪う暇は無かった。

 

「くぅ…っ…!速い…!」

 

速度計は810km/hを示しており、ヘルキャットの急降下制限速度に達している。

しかし敵新型機は空中分解するような事はなく、徐々に距離を詰め、確実に撃墜しにかかっているようだ。

 

「こうなれば…」

 

制限速度を報せるブザーと電球の点滅の中、アレンはコックピットに持ち込んだある物を取り出した。

 

「炎よ、渦巻き、収束し、解き放たれよ!」

 

それは木製のタクトのような"杖"であった。

それを軽く揺らしながら詠唱し…

 

「フレイム・ボール!」

 

素早く振り向くと、追尾してくる敵機へ杖の先端を向けた。

 

──ボゥッ!

 

ちょうど尾翼の真後ろに生み出された直径5mの火の玉は、その場に留まっているかのような速度で直進する。

普通なら歩いている人にすら当たらない低速の魔法だが、高速で直進する敵機は突如として目の前に現れた火の玉を回避する事が出来ず、そのまま突っ込んでしまった。

 

《ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!》

 

炎に飲まれた敵機のパイロットか、はたまた別の何処かで撃墜されたパイロットのものだったのか…アレン機に搭載されている無線から断末魔の悲鳴が響くと共に、彼を追尾していた敵機はガクッと機首を下げて炎に包まれたまま錐揉みしながら海面へ叩き付けられた。

 

「ふぅっ!はぁー…はぁー…あ、危なかった。…全機、敵には新型戦闘機が居るぞ!気を付けろ!」

 

命の危機を脱したアレンは一旦呼吸を整えると、機体を再び上昇させながら友軍へ警告の通信を行った。

 




因みに今回登場したミリシアル人義勇兵のアレンは後の世で『個人で使用する魔法で戦闘機を撃墜した勇者』として永らく語り継がれてる、という裏設定というか与太話があります


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234.バルチスタに炎は走る【2】

2ヶ月以上ぶりの更新です
活動報告を見てくださった方はお分かりかもしれませんが、この2ヶ月Skeb依頼を消化する為に一時休止しておりました
そのかいもあって幾つかは無事に納品出来たのですが…また、新しい依頼が来てデスマーチになりそうです


あ、あと一時休止中に色々と新規実装されましたね
皆さんは計画艦、どれだけ出来ましたか?
私はプリマスを残すのみとなりました


──中央歴1642年10月1日、バルチスタ海上空──

 

ミリシアル人義勇兵部隊が奮戦している頃、主戦力であるムー海軍航空隊も彼らに負けじと奮戦していた。

 

「ふっ!」

 

ムーの主力戦闘機である『F4U コルセア』が背後に回り込んだグラ・バルカス帝国の主力戦闘機『アンタレス 07式艦上戦闘機』から浴びせられる銃撃を素早い切り返しで回避し、そのまま旋回。

勢い余ってコルセアを追い越してしまったアンタレスは慌てて自らも旋回しようとするが、もう手遅れだ。

 

──ドドドドドッ!

 

コルセアの主翼から放たれた4本の太い火箭は寸分違わずアンタレスの右主翼と胴体へ突き刺さり、世界最強と謳われた帝国の翼を燃え盛るジュラルミンの残骸へと変えた。

 

「くっ…義勇兵部隊が牽制しているとはいえ、やはり数が多い!」

 

撃墜確実な敵機を一瞥したムー航空隊の隊長であるヤンマイ・エーカーは遠方から飛来する新手の姿を視認し、吐き捨てるようにそう述べた。

 

「時間をかければ連中は戦闘機をより多く上げてくる…やはり、多少の無茶は覚悟せねば…!」

 

向かってくる敵機から一瞬だけ視線を外すと、自機の主翼に懸架された電柱のような兵装を確認する。

 

「…各機、空母への攻撃を最優先とせよ!背中は義勇兵部隊に任せ、我々は敵空母の甲板を破壊し、これ以上敵機を増やさないようにするのだ!」

 

無線を介して同じ志を抱く同胞たちへ檄を飛ばし、その魁となるべくスロットルを全開にして愛機を一気に増速させるヤンマイ。

 

──グォォォォォォォォンッ!

 

正に獣のようなエンジンの唸り声と共に全金属製の機体は見る見る間にスピードを増し、台風の真っ只中よりも激しい暴風の轟音とシートに身体がめり込むような重力加速度が彼に襲いかかった。

 

「んんぅぅぅぅっ!」

 

肺が圧迫され、息苦しい。

余りのスピードによって視野が狭くなり、キャノピーの真横を通り過ぎた敵弾にすら気が付かない。

常人なら一瞬で失神してしまうような極限状況の中、それでもヤンマイは確固たる信念を保ったまま眼下に見える黒鉄の巨艦に向かって降下を開始する。

 

「まだ…まだ……っ…今っ!」

 

緩やかな降下角ながらも800km/hもの速度が出ている為、高度計の針はグルグルと高速回転しながらドラム式のカウンターの数字が下がってゆく。

それが1000mを指した瞬間、ヤンマイの指は操縦桿に取り付けられた赤いボタンを押した。

 

──バシュゥゥゥゥゥゥッ!

 

凄まじい白煙と共に主翼下に懸架された電柱のような兵装が、螺旋状の炎と煙の尾を引きながら前方へとかっ飛んで行く。

ヤンマイ機が発射した兵装、それは大型のロケット弾『タイニー・ティム』であった。

重量にして約580kg、全長約3m、直径約30cmにもなる大型艦船にすら痛打を与える事が出来る最大級のロケット弾である。

しかし、同兵器は大型であるが故に横風の影響を受けやすかったり、発射炎から母機を保護する為に一旦投下した後にロケットモーターに点火するといった発射方法の為に命中率が悪いという欠点がある。

だがムーで運用されている物はアズールレーンにて改良を施されたものであり、ロケットモーターのノズルに捻りを付ける事で弾体自体を回転させて安定させる事で空気抵抗となる安定翼を無くしたり、母機との接続に使われるレールランチャーにブラストリフレクターを追加する事で発射直前まで不要な"ブレ"を省く事に成功し、結果として従来型より高い命中率を持たせる事に成功したのだ。

しかも、ロケット燃料自体も炎魔法を封入した粉末魔石を配合する事で出力と燃焼時間を向上させ、射程と速度を保ちつつも燃料を減らし、その分弾頭重量と炸薬量を増やす事で破壊力は従来型より向上している。

そんな同兵器を搭載した戦闘機をムーは急降下爆撃機の代用として運用しており、特に2本ものタイニー・ティムを搭載したコルセアは『空母キラー』とあだ名される程に強力な戦力と位置付けられているのだ。

 

「…よし」

 

狙われた空母は回避機動をしているが、投下された爆弾よりも速く飛翔するロケット弾は必死に操艦する乗組員達を嘲笑うかのように、広大な飛行甲板へと2発とも突き刺さった。

 

──ゴガァァァァァァァァァンッ!

 

噴き上がる紅蓮の火柱と、どす黒い煙。

それらは甲板上で発艦する為に滑走していた戦闘機は勿論、甲板下の格納庫で出撃を待っていた爆撃機・攻撃機の燃料や弾薬がロケット弾の炸裂により引火し、業火となって全てを焼き尽くして行く様を何よりも残酷に表したものであった。

 

「よしっ、敵空母を撃破!あれは確かショーカクタイプか?少々形状が異なるし、飛び立とうとしていた戦闘機も例の新型のようだったが…まあ、いい。次だ!」

 

1.2トン近くもの重量物から解き放たれたコルセアは次の獲物を空へと舞い上がる。

 

「あれも新型か?まだ発艦したてでエネルギーを十分に溜め込めていないようだな。悪いが、狩らせてもらうぞ」

 

降下によって得た速度を高度に変換しつつ発見した敵機と照準器のレティクルを重ね合わせ、躊躇いなくトリガーを引く。

 

──ドドドドドッ!

 

主翼から放たれる4本の火箭は発艦直後のよたよたと上昇する敵新型機へと突き刺さり、それをマトモに喰らった敵機はアッサリと火達磨となってバラバラになりながら錐揉み回転で墜落した。

 

「ふふん、我々が想定よりも強力な戦闘機を導入していたから焦って新型を投入したのだろうが…残念だったな。このコルセアは今までとは違うぞ」

 

もう察している者も居るかも知れないが、ヤンマイ達が駆るコルセアは『フォーク海峡海戦』にて実戦投入されたコルセアとは一味違う。

というのも、グラ・バルカス帝国との全面戦争は避けられないと判断したムー統括軍は同国がアンタレスより優れた戦闘機を投入してくる事を予想し、ロデニウス側にコルセアの強化改修を依頼していたのだ。

そしてそれを受け、ロデニウス側は現地改修が可能な形での強化キットを開発、輸出する事となり、それを輸入したムーは既存機の改修を行った。

その改修内容というのが…

 

・エンジン制御、プロペラピッチを自動制御する"コマンドゲレート"搭載して操縦を簡易化

・自動空戦フラップを装備する事で、よりハイレベルな空戦機動を実現

・主翼の構造と材質を見直し軽量化を図ると共に翼端増槽の装備、翼下への兵装搭載量向上を可能に

・プロペラの材質と形状を見直す事による軽量化と高効率化

・簡易型レーダーによる全周囲警戒システムを搭載

・胴体下部へ火薬式エジェクターラック装備により1トンクラスの爆弾による急降下爆撃を可能に

・機銃を高初速20mm機関砲4門に変更

・照準器をより高性能な物に変更

・対Gスーツのアップグレード

 

といったものであり、中でもヤンマイ機を始めとした隊長機には特別な改修が施されている。

それこそがエンジンの換装であり、元々2000馬力もの出力があったエンジンは3000馬力級へと変更され、先程ヤンマイが見せたように外部兵装を懸架中でもパワーに物言わせた機動が可能となっているのだ。

 

《ヒャッホーゥ!!グ帝め、見たか!》

 

「ん?」

 

疎らな対空砲火をヒラリヒラリと掻い潜りながら制空権を掌握すべく敵機の撃墜を目指していたヤンマイだが、無線機より鳴り響く喜色に染まった歓声に一瞬だけ意識を海面に向ける。

 

「ほぅ…中々に戦果を上げたようだな、クーガー」

 

《おうよ、ヤンマイ!巡洋艦2隻と駆逐艦1隻をやってやったぜ!》

 

歓声の主は、ヤンマイの友人であり良きライバルでもあるクーガー・パンテルであった。

ヤンマイと同じく3000馬力級エンジンを搭載した隊長機型コルセアを駆り、特に彼の愛機はタイニー・ティム2発の他に、『5インチFFAR』と呼ばれる弾頭直径12.7cmのロケットを8発、更には胴体下に500kg爆弾を1発搭載した超重武装型となっている。

その火力は大型巡洋艦の1斉射に匹敵すると言われ、その前評判に違わず彼は急降下して爆弾を投下し駆逐艦を、そのまま水平飛行に移ってタイニー・ティムで巡洋艦の横っ腹に、その流れで近くに居たもう1隻の巡洋艦の上部構造物へFFARを斉射したのだ。

その結果、駆逐艦は轟沈、タイニー・ティムを喰らった巡洋艦は大きく傾斜し転覆寸前、FFARの斉射を受けた巡洋艦はさながら炎上する廃墟と化している。

 

「流石だな、私は空母1隻で精一杯だよ」

 

《はんっ、皮肉か?》

 

「まさか。3隻も無力化したのであれば、雷撃機への対空砲火は大きく減る。如何に乱戦に持ち込んで、敵対空砲火を抑えたとしても低空を飛ぶ雷撃機は容赦無く狙われるからな。君の働きは私よりも素晴らしいと思う」

 

《…ふん、まあいいさ。お前だってスゲェ戦果なんだから、胸を張りなよ》

 

「努力しよう」

 

ライバルと言葉を交わしたヤンマイは、再び目を皿のようにして新たなる獲物を求め始めた。

 




中々に魔改造なコルセアですが、余り深くは考えないで下さい…


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235.バルチスタに炎は走る【3】

順順様より評価7を頂きました!

というわけでプリマスも建造して計画艦5期、コンプリートです
あとは5周年記念に備えてキューブと資金を備蓄しないと…武蔵、来るんだろうなぁ…


──中央歴1642年10月1日、バルチスタ海──

 

時は少し遡り、グラ・バルカス帝国艦隊が飛来する世界連合航空隊を発見した頃、帝国艦隊の中心やや後方に位置する戦艦の艦橋では、黒ずくめの重厚な物々しい軍服を着用した男達が冷笑を浮かべていた。

 

「全く…本当に軍部の連中は愚鈍だな。こんなにも接近されるまで発見出来ないとは…」

 

黒ずくめの男達の中でも一際身なりの良い、いわゆる"偉そうな"が男が嘆息しながらそう述べた。

 

「はい、ルーマン艦長。これなら我々が初めから出るべきでしたな」

 

ルーマンと呼ばれた男の傍らに控えていた男が彼に同意するかのように声をあげる。

彼らはグラ・バルカス帝国にて民族主義を掲げて活動する特権階級集団、近衛兵団の海洋活動部の構成員であり、此度の作戦において帝国海軍を監督するという名目で戦艦と空母を1隻ずつ、巡洋艦を3隻、駆逐艦を5隻という艦隊を派遣しているのだ。

しかし、"監督"とは言うものの実態は「近衛兵団が参戦した事で勝利出来た」とプロパガンダに利用する為の実績作りだったりするのだが…

 

「全くだな、この改ヘラクレス級戦艦とペルセウス級装甲空母…更にはアルゴル艦上戦闘機と、ミルファク艦上攻撃機を以てすれば異世界の蛮族なぞ鎧袖一触に出来るというのに…。見栄っ張りな軍部には呆れてしまうな」

 

慌てて戦闘機を発艦させる海軍所属の空母を嘲笑しながらも、少し遠くに見える空母へ目を移して誇らしげな表情を浮かべるルーマン。

今回の近衛兵団艦隊の派遣だが、プロパガンダの効果をより高める為に最新鋭兵器を惜しみなく配備していた。

まずルーマンらが乗り込んでいる戦艦だが、帝国海軍において主力戦艦と位置付けられている『ヘラクレス級戦艦』の対空能力を向上させた『改ヘラクレス級戦艦』と呼ばれるものであり、対空火器を管制する高射装置を更新したり一部の副砲を撤去して長砲身の高角砲を装備した謂わば"対空戦艦"とも呼べる戦艦である。

次に新型空母である『ペルセウス級装甲空母』であるが、これまた帝国海軍の主力大型空母である『ペガスス級空母』をベースとしており、空母の戦闘力の源であり最大の弱点である飛行甲板を装甲化したという挑戦的な特徴を持ったものである。

また、同空母へ搭載する艦載機として『アルゴル艦上戦闘機』と『ミルファク艦上攻撃機』があるのだが、アルゴルは2000馬力級エンジンを搭載した頑強な機体を持つ戦闘機であり従来のアンタレスを凌ぐ速度性能を持ちながらも格闘戦能力も高いという最強の名に相応しい戦闘機であり、ミルファクはこれまで分かれていた艦上攻撃機と艦上爆撃機を統合する為に開発された事もあって雷撃も急降下爆撃も可能という次世代攻撃機なのだ。

更には巡洋艦・駆逐艦共に対空・対潜能力を向上させた新型であるが、今回は割愛させていただこう。

とにかく、同数の帝国海軍艦隊が相手なら鎧袖一触、倍の数が相手でも負けはしないという優れた"質"を持つ艦隊こそ、近衛兵団艦隊なのだ。

 

「しかし、敵方に先制された事は由々しき事態です。航空隊へ直掩機の増加を要請すべきではありませんか?」

 

ルーマンは戦艦『ラス・アルゲティ』の艦長でありながら、派遣艦隊の司令官も兼任している。

それ故、彼の右腕である副官は万が一を想定して空へ上げる戦闘機を増やすように進言した。

 

「ふーむ…以下に軍部が腑抜けと言えど、異世界の蛮族共に負けるとは思えんが…。まあ、君の懸念も尤もだ。既に直掩機としてアルゴルが4機展開しているが、万が一があっては近衛兵団の名に傷が付く。通信士、メンキブへ戦闘機部隊の展開を要請せよ」

 

「はっ!」

 

副官の進言にルーマンも同感らしい。

少しばかり逡巡した後、通信士へと命令を下す。

 

「こちらラス・アルゲティ。メンキブへ司令官より通達。制空権を絶対的なものとするため、戦闘機部隊を展開せよ。繰り返す、こちらラス・アルゲティ…」

 

「まあ、不要だとは思うが…」

 

ペルセウス級装甲空母『メンキブ』へ自身の命令を伝える通信士を一瞥しながらルーマンは、これより戦闘機を発艦させるであろう同艦へ目を向ける。

 

「う〜ん…やはり素晴らしいな。あの力強いエンジン音がここまで響いてくるようだ。あのアルゴル部隊が一度空へ上がればワイバーンは勿論、ムーやミリシアルの戦闘機すらも羽虫の如く…」

 

「あぁっ!」

 

自信たっぷりに自国が開発した戦闘機の素晴らしさを語るルーマンの言葉を遮る短い悲鳴…それはプロパガンダに使用する写真や映像を撮影する為に同乗させた従軍記者のものだった。

 

「どうした。貴様も優等種たるバルカス人ならそのような情けない悲鳴は…」

 

顔を顰めた副官が従軍記者を嗜めつつ、彼が何を目にしたのか視線を手繰るように追う。

その先にあるのは今まさに戦闘機を発艦させようとするメンキブの姿と、その上空から襲いかかる濃紺の機影…

 

──ドンッ…

 

「……は?」

 

濃紺の機影から白煙の帯が伸びたかと思えば、メンキブの艦体の中央部からドス黒い煙を伴った爆炎が立ち昇り、それから少しばかり遅れて腹の底を叩くような轟音が響き渡った。

何が起きたか分からずフリーズする近衛兵団員達と従軍記者…彼らが活動を再開したのは爆炎を背によたよたと飛び立ったアルゴルが、急激な切り返しと上昇を行った濃紺の機影から伸びた火箭によって火だるまとなった時であった。

 

「め…メンキブ!メンキブ!損害は!?」

 

《こちらメンキブ!敵機のロケット弾による攻撃を受けた!うわっ!…か、火災が発生している!救援を求む!至急救援を求む!》

 

一足先にフリーズが解けた通信士がメンキブへと呼び掛けるが、メンキブ側はそれに応答するのもやっとな様子だ。

何故なら濃紺の機影ことムーのコルセアが放った大型ロケット弾タイニー・ティムは1発が開きかけていた甲板のエレベーターに飛び込み格納庫内で炸裂、もう一発は発艦を待っていたアルゴル部隊へと飛び込んだのだ。

それによって発艦待機中の機体は勿論、反撃の為にミルファクへ搭載しようとしていた魚雷や爆弾が次々と誘爆し、メンキブは噴火した火山のような有様となってしまった。

 

「なっ…なななっ…何が起きた!?メンキブはっ…ペルセウス級は800kg爆弾の直撃にも耐える装甲甲板を持っていた筈だ!蛮族共の兵器では傷すら付けられぬ、鉄壁の空母の筈だ!」

 

視線の先で小さな爆発を起こしながら蛇行するメンキブの姿を捉えてしまい、ルーマンは額に脂汗を浮べて酷く狼狽えている。

このとき、彼の胸中にあったのは二つの恐怖であった。

一つは指揮下にある最新鋭空母を大破させてしまった事に対する近衛兵団上層部からの処罰…もう一つは、メンキブをあのようにした敵機の攻撃が自身が乗艦するラス・アルゲティへ向けられるという恐怖だ。

 

「艦長!一旦落ち着いて…」

 

「た、対空射撃用意!」

 

「艦長!?」

 

副官が何とか宥めようとする言葉も振り切り、ルーマンは唾を飛ばしながら叫ぶように命令を下した。

確かに通常なら彼の命令は納得出来るものだろう。

しかし、現在の艦隊上空は敵味方入り乱れての混戦である。

そんな中、対空砲火を打ち上げれば味方機を巻き込んでしまうかもしれない。

それ故、副官はルーマンへ考え直すように呼びかける。

 

「艦長、冷静になって下さい!現状、高角砲を用いた対空射撃は味方への誤射の危険性があります。今は対空機銃を用いた近接防御を…」

 

「軍部の連中なぞ誤射しても構わん!我々、近衛兵団に危険が及んでいるのだぞ!?我々は優等種たるバルカス人、その中でも選ばれしエリートなのだ!巻き込まれた軍部の連中も、我々の血を守る為となれば納得する!」

 

「しかし…」

 

「私はっ!艦長で艦隊司令だぞ!命令に逆らうか!?」

 

「…はっ」

 

血走った目を見開きつつ青ざめた顔で暴論を力説しながら権力を振りかざすルーマンに、副官は渋々ながら同意するしかなかった。

 

「高角砲、用意!…撃て!」

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

艦体の各部に据え付けられた65口径10cm高角砲が火を噴き、近接信管付きの砲弾を空へと放り投げた。

 

──バンッ!バンッ!バンッ!

 

遥か高みで炸裂する砲弾。

いくらレーダー技術を用いた近接信管と言えど、高速で三次元機動を行う航空機に対して百発百中とはいかない。

少なくない数が青空に黒煙の花を咲かせるだけであったが、不運にも1機のコルセアが撒き散らされた弾片の網に絡め取られ、ジュラルミンの体をズタズタに引き裂かれた。

 

「はっはっはっ!見たか蛮族め!我らバルカス人を愚弄するからだ!」

 

被弾した敵機は当たりどころが悪かったのか、漏れ出したガソリンの尾を引きながら急速に高度を落としてゆく。

その姿を見たルーマンは小躍りしながら歓喜するが…

 

「か…艦長…。あの敵機…こっちに向かってませんか…?」

 

「…え?」

 

そのまま海へ真っ逆さまだと思われた敵機だが、急に進路を変えるとガクッと機首を下げながらラス・アルゲティへと向かってくるではないか。

 

「まさか…っ!あの敵機を撃ち落とせ!操舵手、回避!取舵いっぱい!」

 

ある可能性に思い当たった副官は艦長であるルーマンに指示を仰ぐ時間も惜しいといった様子で防空指揮所と操舵手へと命令を下す。

 

──ドドドドドドッ!ドドドッ!

 

「取舵いっぱーい!」

 

25mm機関砲が雨霰の如く砲弾を打ち上げ、操舵手は操舵輪を思いっ切り回す。

25mm砲弾は回避機動なぞ行わず真っ直ぐ突っ込んでくる敵機を貫き、炎上させる。

だが、間に合わなかった。

 

──ドォォォォンッ!

 

「うぉぉぉぉっ!?」

 

炎に包まれた敵機はそのままラス・アルゲティの最も前方にある第一砲塔へと突っ込み、盛大な爆発を起こした。

 

「被害報告!応急修理班、すぐさま消火活動を!」

 

迎撃と回避を指示した勢いでダメージコントロールの指示を出す副官。

しかし、本来そのような命令を出す立場であるルーマンはその場にへたり込んで消え入りそうな声でこう告げた。

 

「…回頭せよ」

 

「艦長…?」

 

「6時方向へ回頭するんだ!我々、近衛兵団艦隊はこの戦域から離脱する!」

 

「て、撤退ですか?」

 

「違う!メンキブ乗組員の救助と、本艦の応急修理の為に転進するのだ!」

 

「了解…しました」

 

腑に落ちない様子ながらも、副官もこの場は撤退が最善と判断したのだろう。

他の乗組員にもそう伝え、応急修理の指揮を執る副官の影でルーマンは小さく震えていた。

というのも、彼の胸中には新たな恐怖心が芽生えてしまったのだ。

ラス・アルゲティへ突っ込む敵機…そのコックピットに見えたパイロットの鬼気迫る表情を見たルーマンは、すっかり怖じ気付いてしまったのだった。

 




そういえば今回のブリュッヒャー、いいですよね
よく懐いた大型犬みたいで


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236.バルチスタに炎は走る【4】

祝!アズールレーン5周年!

という訳で待ちに待った大和型戦艦、武蔵実装!
信濃のエッセンスを加えつつも黒を基調とした美しい姿に、安定のママ属性…控え目に言って素晴らしいですね

私的には本作で大和型ミラーマッチが出来そうで何よりです
やっぱり戦艦同士の殴り合いはロマンですな!


──中央歴1642年10月1日、バルチスタ海──

 

「カイザル閣下。近衛兵団艦隊、被害甚大との事、戦域より離脱します」

 

「ふむ…余計な連中が居なくなって清々しいが、あれだけの戦力が消えたのは由々しき事態だな」

 

戦艦『パルサー』の艦長であるパラーシュが艦隊司令であるカイザルへ通信士が受け取った情報を報告する。

しかし、カイザルが発した言葉はあくまでも戦力が減る事への不安であり、近衛兵団の心配は全くしていない。

 

「司令、お言葉ですが余り公にそのような事は…」

 

「むっ…それもそうだな。しかし、近衛兵団艦隊が離脱してしまったのは不味いぞ。ムーの航空隊が想定より遥かに強力である以上、近衛兵団艦隊の防空駆逐艦と防空巡洋艦は有効な対抗手段になる筈だ。それに、もう使えないが新型戦闘機であるアルゴルならばより効果的な防空が行えるのだが…」

 

近衛兵団自体は気に食わない連中であるが、それでも配備されている兵器はどれもこれも優秀な事は認めざるをえない。

だが、そんな優秀な兵器も前線に無ければ存在しないも同然である。

 

「無い物ねだりをしても仕方ありません。ここは現状の戦力で対処せねば…」

 

「うむ、パラーシュ君の言う通りだ…」

 

「敵機直上!急降下開始!」

 

先手を取られ、少なくない被害が出ている中でどうにか打開策を見出そうと頭を巡らせるカイザルだが、戦場にはボードゲームのように長考の時間は無い。

アンタレスによる迎撃、水上艦艇による対空砲火を潜り抜けた敵機がパルサーの直上に到達し、翼下に吊り下げた2発の500kg爆弾を叩き込む為に急降下を開始した。

 

「対空戦闘!高角砲は使うな!味方に当たるぞ!」

 

「防空部隊へ!対空機銃による迎撃を行え!繰り返す、対空機銃による迎撃を行え!」

 

近接信管を使えば迎撃は格段に楽になるが、こういった敵味方入り乱れる戦場では味方を巻き込む可能性がある。

1機でも戦闘機が惜しい状況で同士討ちなぞすれば、防空能力のみならず士気にも影響するであろう。

それ故、パラーシュは制限を課した対空戦闘を命令した。

 

──ドドドドドッ!ドドドドドッ!

 

しかし、制限されているとは言ってもグレードアトラスター級戦艦の対空砲火は最強クラスである。

帝国海軍における最小の艦載砲である25mm機銃であるが、その巨大な船体の各所に装備されており、その数合計150門にも及ぶ数の暴力は正に雨霰の如く空へ鉄塊を打ち上げてゆく。

 

──ドドドドドッ!ドドッ!ドドドドドッ!ボンッ!

 

「よしっ!」

 

曳光弾の雨の中、攻撃は不可能だと悟った敵機が身を翻して離脱しようとするが一歩遅かったらしい。

胴体に多数の砲弾を食らった敵機は一瞬だけ白煙を吐いたかと思えば、次の瞬間には空中で爆発四散してしまった。

恐らくは燃料タンクを損傷し、漏れ出したガソリンが引火したのだろう。

その光景を見た誰かが歓喜の声を上げた。

 

「危なかった…爆弾の大きさからして500kgはあった…それが2発。ムーは空母に重爆を積んでいるのか?」

 

最強の装甲を持つグレードアトラスター級であっても艦橋や煙突内部は比較的装甲が薄い。

そんな所に500kg爆弾が立て続けに直撃すれば、艦の首脳陣全滅やボイラーの爆発といった最悪の事態さえ考えられる。

しかし、防空部隊の活躍で最悪は回避された。

その事に安堵し、冷や汗を袖で拭うパラーシュだが、一方のカイザルは険しい顔で水平線を睨んでいる。

 

「油断するな!次が来るぞ!」

 

それは長く戦場に立ってきた者の勘…そして何よりもラクスタルが、カルトアルパスにて目撃した物に対する警戒心から来る言葉であった。

 

「レーダーに反応!低空より飛来する未確認機!数は…凡そ100!」

 

「低空からだと?」

 

「ムーの雷撃機!カルトアルパスにて確認された新型だ!」

 

「ら…雷撃機!?」

 

この世界には魚雷が存在しないという固定観念に囚われていたパラーシュであったが、カイザルの言葉を聞いてまたたく間に顔を青くする。

確かにグレードアトラスター級は世界最強を目指した為、喫水線下の防御にも抜かりはない。

しかし、だからと言って雷撃機の存在を無視すべきではない。

 

「駆逐艦『メイリーン』よりの通信途絶…っ!駆逐艦『マザリック』より通信!《我、被雷す。救援を求む》との事です!」

 

「やはり魚雷だ!ムーは魚雷を実用化し、雷撃機を運用しているぞ!」

 

「防空部隊、低空目標を優先して狙え!低空なら味方機を巻き込む事もない。高角砲を使い、全力で撃ち落とせ!」

 

自身の懸念が現実となった事に狼狽するカイザルであるが、彼をフォローするようにパラーシュが命令を下す。

比較的高い位置で激しい空戦を繰り広げる戦闘機とは違い、雷撃機は低空を飛んでくる為、砲弾の炸裂に味方機が巻き込まれる可能性は低くなる。

 

「…馬鹿な」

 

激しく鼓動する心臓を抑えるように胸元に手を当てて、双眼鏡で敵雷撃機が来ているであろう方向を確認するカイザルの目に映ったのは、彼を驚愕させるに十分過ぎる光景であった。

 

「低い…低すぎる…。いかん…これでは近接信管が役に立たん!」

 

カイザルが目にしたのは、プロペラが波に接触する程の低空を這うように飛行する濃紺の大型単発機…ムーの雷撃機が恐ろしい程の低空飛行をしている光景だった。

こんな低空飛行を行える技量は勿論それだけで脅威であるが、何よりも目標があまりにも低空であると近接信管が海面に反応してしまい、役に立たない恐れがあるのだ。

 

「敵機、魚雷らしき物体を…雷跡確認!8時方向より雷跡3!」

 

「取り舵一杯!舷側と平行に通過させるんだ!」

 

黒鉄の巨艦を喰い破らんとする青白い槍が迫る中、操舵手は命令に従って巨艦を全力で操作する。

 

「敵機、本艦直上を飛び越え…うわっ!」

 

──ブゥゥゥゥゥゥンッ!ビスッ!ビスッ!

 

魚雷を投下した敵雷撃機はそのままフルスロットルでパルサーを飛び越し、そのついでと言わんばかりに胴体下部に取り付けられている機銃を乱射して行った。

 

「…帝国は…道を間違えたのか…?」

 

ひび割れた分厚い防弾ガラス越しに水兵達が倒れた甲板を見下ろしながら、カイザルは喧騒に掻き消される程小さな声で苦々しく呟いた。




さて、あとほ大和だけど…何時になるんでしょうね?
下手すれば10周年の時とか…?流石にないか


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237.高みの見物

久々に本格的な台風が来ましたね…
幸いにも私の方は少しの倒木に留まってますが…


──中央歴1642年10月1日、サモア基地──

 

第二文明圏にて空前絶後の大海戦が行われている頃、遠く離れた第四文明圏にあるサモア基地では、その海戦の推移を多くの人々が見守っていた。

 

「最新の戦況画像、受信完了。モニターに表示するよ」

 

大講堂に詰め掛けたムー・ミリシアル両国の留学生を前に、艤装を展開したノーザンプトンが艤装と接続された端末を操作して巨大なモニターに画像を映し出した。

 

「「「おおっ!」」」

 

留学生達が一様に感嘆の声を上げ、喜色の笑みを浮かべる。

彼らを歓喜させたその画像は多数の艦船が航行する海上を写し出したものであるが、その中には黒煙に包まれた艦船や今まさに海中に没し行く艦船が不鮮明ながらもハッキリと描写されていた。

そう、これはサモア基地より遠く離れたバルチスタ海で勃発した世界連合艦隊とグラ・バルカス帝国艦隊との戦闘を撮影した画像なのである。

 

「現状、グ帝艦隊は空母1・戦艦1・巡洋艦2が大破もしくは撃沈間近。駆逐艦3〜4が撃沈確実…航空機の損害は不明だけど、大破した空母が戦線を離脱し始めているから実質40〜50機の航空戦力を撃墜したも同然だね」

 

モニターに釘付けとなっている留学生達へレーザーポインターで黒煙に包まれる艦船を指しながら、戦況解析班から上げられた情報を伝えてゆくノーザンプトン。

それを聞いた留学生達は、再び感嘆したようにざわめきながら、近くに座る新しい友人達と喜びを分かち合う。

 

「スゴイ…短時間でこんな戦果を…」

「流石はムーだ!あの愚かな国の吠え面が見えるようだな!」

「しかし、あんな遠い場所の写真をこんなに早く見れるなんて…」

 

喜びの声が多数であるが、中には心底感心したような声もチラホラ見られる。

というのも今回の戦闘においてアズールレーンは直接的な戦力の派遣を見送る代わりに偵察機による情報で世界連合艦隊の支援を行っていたのだが、それは戦闘が始まってからも続いていた。

グラ・バルカス帝国艦隊を発見したムー艦隊からの通信を受けて飛来したアズールレーンのU-2R偵察機は高度25000m付近を巡航しながらグ帝艦隊を監視し、搭載されたデジタルカメラと衛星通信装置を用いて遠く離れたサモア基地へリアルタイムで戦況を伝えているのだ。

 

「現状、世界連合艦隊は航空戦にて先手を打ち、有利に戦いを進めているけど…やはり有効な戦力であるムー航空隊は数に不安がある。ミリシアル艦隊の後詰が早く着てくれれば制空権は確固としたものになるのだけど…」

 

ノーザンプトンの言葉に、ミリシアルの留学生達が嘆息する。

せっかく有力な戦力があるというのにこの重大な局面で遅刻している自国に情けなさを感じているのだろう。

 

「…まあ、大艦隊ともなれば必然的に動きは遅くなるし、それなりに距離が離れているから遅れるのは仕方ない話だね」

 

そうノーザンプトンがフォローするもののミリシアル人達は天を仰ぎ続ける。

それを見てムー人が彼らを慰める姿は、中々に奇妙なものであった。

 

「ん?…戦況画像の更新が来たみたいだね。映し出すよ」

 

二大国の民が奇妙な交流をしている様をやや困ったように見ていたノーザンプトンだが、彼女が持つ端末に新たな空撮画像を受信したという通知が届いた。

 

「これは…?」

 

「私が説明してもいいかね?」

 

モニターに映し出された画像に写り込んだ見慣れない物体に眉を潜めるノーザンプトン。

すると留学生達の中の一人が挙手をした。

 

「確か貴方は…」

 

「神聖ミリシアル帝国魔帝対策省古代兵器戦術運用対策部運用課のメテオス・ローグライダーという。それに写っているのは、我が国が発掘した魔帝の兵器…その名も『空中戦艦パル・キマイラ』」

 

手短に自己紹介をしたメテオスは、もったいぶる様子もなくアッサリと写り込んだ異物の正体を明かした。

 

「く、空中戦艦だって!?」

「馬鹿な…おとぎ話の存在じゃなかったのか!」

「あんな物が空を飛ぶのか?これが魔法の力か…」

 

鉄血の高級車メーカーのロゴマークのように円の中に放射状に広がる3本の渡り廊下のような構造物を持つそれは、やや不鮮明な画像でも空中に浮遊している事が分かる。

一見するとどのような物体か理解が及ばないが、メテオスの言葉を信じるなら戦艦…つまりは何かしらの攻撃手段を持った大型飛行物体なのだろう。

 

「噂に聞く魔帝の兵器…か。でも、良かったのかい?周りの反応からして秘密兵器なんじゃ…」

 

「それは問題ないよ。皇帝陛下から存在と名称ぐらいは明かしても構わないと許可されているからね」

 

心配そうなノーザンプトンの言葉に頷きながら応えるメテオス。

しかし、彼の表情には若干の焦燥が見てとれる。

 

「スゴイ…魔帝の兵器があればこの戦い…いや、この戦争は間違いなく圧勝だ!」

「素晴らしい!やはり帝国は最強の国だ!バンザイ!ミリシアル8世陛下バンザーイ!」

「むむっ…我が国もうかうかしていられないな…」

 

大講堂は伝説に語られる超兵器が投入された事に沸き立っているが、メテオスには一つの懸念があった。

 

(ワールマン…。決して…決して無理はしてくれるな…)

 

モニターを射抜くようなメテオスの視線には、遥か彼方で戦地へと向かう友人への祈りが込められていた。

 

 

──同日、サモア基地ウポル島特殊ドック──

 

──ウィィィィンッ…ゴウン…ゴウン…ギュィィィッ!

 

ラ・カサミが改装を受けている特殊ドック。

その天井に取り付けられた自動クレーンのバックアップ用手動操縦席に座った指揮官が、青く輝く立方体を手に忙しなく動くアーム類を見下ろしていた。

 

「改装の進捗は95%、乗組員の訓練にも大きな問題は無しか。慣熟訓練はムーへ向かいながらになるが、仕方ない」

 

独り言に聞こえるが、厳密に言えば彼は一人な訳ではない。

 

「…あぁ、そうだな。何せ時間が無い。今この瞬間だって、ムーの近くでは派手にドンパチやっているんだ。何時、グ帝がムー本土にやって来ても可笑しくはない。ぶっつけ本番になるかもしれんが…まあ、大丈夫だよ」

 

指揮官の手に乗った立方体…メンタルキューブが星のように瞬き、指揮官はそれに対して苦笑しながら応える。

一見するととうとう激務でメンタルが崩壊したように見えるが、勿論そんな訳はない。

 

「ともあれ、コイツに搭載した誘導弾を有効に使えるかはお前次第だ。シミュレーションでもいいから、しっかりと練習しておけよ?」

 

メンタルキューブはその言葉を了解したように何度か明滅すると、フワッと浮かび上がってスーッと空中を滑るように何処かへ飛んでいってしまった。

 

「…さて、俺達もムーへ向かう準備をしないとな。メンバーは…」

 

ラ・カサミ及びラ・ツマサの改装が完了すればムーへ確実に送り届ける必要がたる。

それ故それなりの護衛を派遣し、そのままムー救援の為の派遣戦力として活用するつもりであるが、そのメンバーが悩みどころだ。

 

「エンタープライズは必須だな。あとはグローセに、ドレイクに…」

 

「妾も同行してよいか?」

 

とりあえず主力艦を選び、その僚艦は彼女達自身に選ばせようと考えた指揮官だが、意外な所から自薦の声が聴こえてきた。

 

「…目が覚めたのか、武蔵」

 

「妾だけではない。ロイヤルの『ヴァンガード』、鉄血の『ウルリッヒ・フォン・フッテン』、ユニオンの『ニュージャージー』…"あの戦い"で眠りについた強者達が目覚め、汝の力にならんとしているわ」

 

長く艷やかな黒髪にピンッと立った狐耳。

高い背丈にスラリとした手足、女らし過ぎるスタイル…前世界における人類とセイレーンの最終決戦において大破し、長らく昏睡状態となっていた重桜最強の戦艦、大和型戦艦二番艦『武蔵』がクレーンの先端に立っていた。

 

「悪いが快気祝いは出来そうにない、戦時下だからな」

 

「この世界については記憶共有で理解しているわ。…大変だったわね。でも、妾が汝を害する全てを滅してしまおう。それが、汝を護る最善なら妾は躊躇いなくそれを実行しようではないか」

 

「ならお言葉に甘えようか。武蔵、ムーへ行くぞ」

 

「汝が征くなら何処へでも」




早速、武蔵を出してみました
今年はあと1隻URが出るらしいのですが…今回のストーリー的にアラスカ級ですかね?


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238.古の超兵器【1】

nkte様より評価1、佐藤幸男様より評価8、SUNN様より評価9を頂きました!

最近、昼夜の寒暖差がヤバイですね
なんで自律神経って重要なくせに壊れやすいんでしょうか?


──中央歴1642年10月1日午後4時、バルチスタ海──

 

ムー航空隊による苛烈な空襲に曝されたグラ・バルカス帝国艦隊であったが、必死の抵抗が功を奏したらしく、ムー航空隊は撤収し、同艦隊は一先ず窮地を脱したと言えるだろう。

しかし、当然無傷な訳ではない。

前世界ユグドにおいても滅多になかった損害を受けた艦隊はその数とは裏腹に、何とも頼りない有様と成り果てていた。

 

「……16時となれば空襲の第二波が来る事も無いだろう。とりあえずは応急修理と、遭難者救助に集中出来る筈だ」

 

旗艦であるパルサーの艦橋内で疲労困憊と言った様子の艦隊司令カイザルが椅子に深く座り、ため息混じりに述べる。

ムー航空隊が撤収して凡そ3時間、いつ第二波攻撃が来るか気が抜けない状況であったが、この日没まで数える程しかない時間帯ともなれば空襲の恐れは無い。

それ故、帝国艦隊は対空警戒に割いていたリソースを損傷艦の応急修理や遭難者の救助に充て、どうにか体勢の建て直しを図っていた。

 

「カイザル司令、損害の大まかな集計結果が出ましたのでご報告致します」

 

「頼む」

 

目頭を揉んでいたカイザルへ、参謀が声をかけた。

 

「では、えー…まず被撃沈艦ですが、巡洋艦3、駆逐艦12。次に大破判定艦は戦艦1、空母2、巡洋艦2、駆逐艦4。中破判定艦は空母1、巡洋艦1、駆逐艦7…との事です。我が軍において中破以上の損害では応急修理したとしても戦闘行動は不可能とされていますので、艦隊は戦艦1、空母3、巡洋艦6、駆逐艦23を失った事になります」

 

「手痛い損害だ。しかも近衛兵団艦隊も離脱して戦力には数えられん。それを踏まえると…」

 

「我が方は戦艦2、空母3、巡洋艦9、駆逐艦28の損害です。それに加えて小破以下の被害艦、死傷した乗組員、撃墜・飛行不能な損傷を受けた艦載機は目下集計中でして…」

 

「つまり、被害は更に増える可能性があるという事か…」

 

キリキリと痛む胃を抑えながら出来る限り冷静な態度で告げるカイザルだが、何をどう考えても戦局は最悪だ。

特に痛いのは3隻の空母が戦力外となった事だろう。

敵がアンタレスより高性能な戦闘機を持っている以上、可能な限り多くの戦闘機が必要になるが空母3隻分の戦闘機が無くなったも同然なこの状況は余りにも心許ない。

 

「…仕方ない」

 

しかし、現状を嘆いてばかりでは問題は解決しない。

暫し目を閉じて思考を巡らせたカイザルは参謀へ向けて口を開けた、

 

「中破以上の艦は海域より離脱し、パガンダ島へ向かうようにしよう。加えて、空母は飛ばせる限りの戦闘機を出して他の空母へ着艦させるんだ」

 

「司令、それでは場合によっては空母の収容能力を超過してしまいます。甲板上に露天駐機させるにしても限りがありますし…」

 

「そうなれば致し方無いが、爆撃機か雷撃機を中破した空母に移乗させるか…或いは海没処分も止む無しだ。…とにかく戦闘機が必要だ。君も見た通り、現地国家の戦闘機はアンタレスを超える性能を持っている。艦隊の防空能力をこれ以上低下させない為には、こうするしかない」

 

「はっ!では、各艦にそう伝達致します」

 

「あぁ、あと死傷者についても余裕があれば離脱する艦に移乗させてくれないか?彼らも然るべき治療と弔いを受けるべきだ」

 

「はっ!」

 

カイザルの言葉を受け、敬礼して通信室へと向かう参謀。

 

「…しかし、ムー航空隊が来た割にはミリシアルとロデニウスは影も形も無いな。ムーに任せているのか、はたまた遅れているだけか…嫌な予感がするな」

 

この世界における最強国家と、東の果てにある得体の知れない新興国の姿が無い事に、カイザルは妙な胸騒ぎを覚えていた。

 

 

──同日、バルチスタ海北方──

 

──ゴゴゴゴゴゴゴ…

 

地鳴りのような重低音と共に、夕日で朱く染まった海に不自然なさざ波が立つ。

冬に備えてムー大陸から南方海域へ向かっていた渡り鳥達は何かを察知したように編隊を崩して四方八方へと逃げ去り、水面付近に浮かんでいた海魔は身を翻して深海へと潜って行った。

 

「艦長、間もなく日没です。光増幅式暗視映像装置を起動させます」

 

「よろしい。起動を許可する」

 

海面より高度300mを滑るように飛ぶ異形…それは現代を生きる我々にとっては、某高級自動車メーカーのエンブレムにそっくりな、円の内側に3本の支柱が放射状に広がっている航空力学を無視した姿をしている。

しかも直径260m近くもあり、そんな飛行物体と言えば最早UFOにしか思えないが、内部でそれを操っているのは宇宙人ではなくこの世界に住まう人間である。

 

「艦長、世界連合艦隊に帯同している先遣艦隊より報告があったグラ・バルカス帝国艦隊の位置と我々の位置、移動速度から算出した接敵予定時刻です」

 

「ふーむ、明日の午後までには我が国の主力艦隊と共に接敵するか…よろしい。針路、速度共にこのまま。今のうちに武装の最終調整を行うのだ。明日の今頃、撃沈したグラ・バルカス帝国艦隊を見下ろして優雅な晩餐を楽しむ為にな」

 

宇宙人でこそないが、乗組員は全員仮面を装着している。

彼らは神聖ミリシアル帝国において古の魔法帝国が遺した遺跡や発掘品を調査・複製・運用研究・管理を行う為の省庁、魔帝対策省の職員である。

 

「はい、艦長。この空中戦艦『パル・キマイラ』の力を以てすれば、下劣な科学文明の兵器なぞ渦潮に飲まれた木の葉も同然…ムーもロデニウスも我が国の圧倒的な力を再確認し、ひれ伏す事でしょう」

 

「そうだとも。"あの女"はパル・キマイラは戦闘用ではないと言っていたが…所詮、あの女は魔帝を父とする者。我々に力を着けさせない為の虚言だろう」

 

軍人ではない彼らが戦場へ向かっている理由…それこそが、空中戦艦『パル・キマイラ』を投入する為であった。

このパル・キマイラは空中戦艦と名付けられただけあって長時間の滞空能力を持ちながらも、大口径魔導砲や高性能魔光砲、更には超大型魔導爆弾の投下能力も持つ正に"古代の超兵器"と呼ぶに相応しい兵器である。

 

「あの女…あぁ、魔帝の艦が人の姿となったとか言うアレですか。しかし、アレの証言には幾つか参考に出来るものがありましたが…」

 

あの女こと魔帝KAN-SENテュポーンはミリシアルへ魔帝製兵器について多くの知見を与えたが、何しろ元は魔帝で造られたという事もあって一部の者…特にこのパル・キマイラ初号機の艦長であるワールマンと、彼の部下である運用チーム等からは常に疑いの目が向けられている。

尤も、テュポーン自身はそんな事は気にせずに同じく魔帝の超兵器である海上要塞『パルカオン』修復の片手間に、パル・キマイラがどう運用されていたのか彼らに教えていたのだが…

 

「ふん、大方程よく真実を織り交ぜる事で此方の信用を勝ち取る算段だったのだろう。こんな力を持つ兵器がただの偵察機だったなぞ…誰が信じるものか」

 

無論、彼らは信じなかった。

テュポーンは自らの記憶から、パル・キマイラは唯一魔帝に対抗出来ていた古代竜人国家『インフィドラグーン』が保有する『亜神龍』を早期に発見、制空型天の浮舟を管制して優位に制空戦を進める為の謂わば早期警戒管制機だと伝えたのだが、テュポーンに対して不信感を持つ彼らはその助言を黙殺してしまったのだ。

因みにテュポーンはワールマンらが早期警戒管制機の概念を理解出来ないだろうと判断した為、噛み砕いてレーダーを利用した高性能偵察機と手短に説明していた。

 

「しかし、艦長の友人も皇帝陛下も随分とアレに入れ込んでいるようですが…」

 

「余程口が上手いのだろうな。しかし、私は違う!あの人の形をした物の流言なぞに惑う事無く、我々こそが真実だと示してメテオスと皇帝陛下の目を覚まさせてやろうではないか!ハーッハッハッハッハッ!」

 

自らが正しいと信じて止まないワールマン達を乗せ、古の超兵器は遥か彼方の水平線へと向かって行く。




そういえば、信濃のレースクイーン…ヤバくないですか?
ログインの動きにスカートのギミック、追加されたモーション…これ、大丈夫?


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239.古の超兵器【2】

凡人作者様・にゃんこンゴ様より評価10、おたから7様より評価9、kな人様・nkte様より評価0を頂きました!

遅くなってしまいまして申し訳ありません!
ちょっとR-18作品を書いたりしていたもので…

そう言えばロイヤル・フォーチュンが実装されましたが…まさかの帆船!しかも結構強い!
ゲーム中で使ってみましたが、量産型重巡ぐらいなら独力で倒せてしまいますね…
あの前装式砲、どんなカラクリが…


──中央歴1642年10月2日午前8時、バルチスタ海──

 

ムーへ向かって航行するグラ・バルカス帝国艦隊。

出港したばかりの頃は我こそが世界の覇者であると喧伝するような威容であったが、現在では数こそそれなりだがどことなく消沈している様に見えてしまう。

 

「司令、艦隊再編完了しました。戦闘不能艦とそれらの護衛として離脱させた艦を引いて我が方の艦隊は、戦艦8、空母6、巡洋艦29、駆逐艦75となっております。特に空母は防空を優先させた為に離脱する空母との間で戦闘機と攻撃機・爆撃機を入れ替えた為、実質的な攻撃力は低下していると言って言いでしょう」

 

異世界に転移してから…というより前世界でもそうそう味わった事が無い損害を受けた事による暗いムードの中、参謀がカイザルへと報告する。

 

「確かに出港時より戦力は大きく減じてしまったな。しかし、我らは常勝無敗!この痛みを乗り越えてこその帝国艦隊であろう!」

 

だが、艦隊司令であるカイザルはそんな報告を前にしても戦意は衰えていない。

寧ろこれこそが試練だと言わんばかりに語気を強めて乗組員に発破をかけるが、そんな言葉だけでは漂う嫌な雰囲気を発散させる事は出来なかった。

 

(…心にも無い事を嘯き、皆を死地へと向かわせる。これでは道化…いや、詐欺師ではないか)

 

そしてカイザル自身も虚勢を張っているだけである。

艦隊司令として、世界を征するべきグラ・バルカス帝国の一員として気弱な面を見せる訳にはいかないと考えたが故の言葉であったが、彼自身が一番この状況を悲観していた。

 

(それにしても不味い…ムーが予想以上の戦力を持ち、我が方にこれまでの被害を与えたという事は勿論だが、ムーの後には神聖ミリシアル帝国が待ち構えている。死にもの狂いでムーを討ったとしても、帝国はミリシアルと刃を交えるだけの力を保てているだろうか?)

 

懸念は幾つもあるが、一番はこの世界における最強の国家である神聖ミリシアル帝国の存在だ。

 

(大した脅威にはならないと踏んでいた厶ーによってこれ程の被害を受けた…。となれば警戒に値する軍事力を持つミリシアルはより強大な力を持っていると考えるべきだろう。何せ相手はマグドラ群島にて我が方の艦隊にそれなりの被害を与えた…場合によっては撤退を考えるべきだろう)

 

正直言ってカイザルは今すぐ全艦に対して撤退を命令し、パガンダ島にて戦力の補充を行うべきだと考えている。

しかし、それを行えばムーとミリシアルを筆頭とした世界連合艦隊は帝国の支配領域に進出し、橋頭堡を確保する時間を与えてしまう事になるだろう。

何より、そんな事になれば海軍は近衛兵団から糾弾され、連中の更なる増長を招きかねない。

そうなればいよいよ帝国は終わりだ。

民族主義者が過ぎたる力を持てば他民族の虐殺や奴隷化が横行し、それは帝国がこの野蛮な世界の国々と同レベルまで堕落してしまうという事だ。

そして、そうなった帝国の行く先は同胞ですらもヒエラルキーを設けた徹底的な階級社会…純血のバルカス人以外は人権を保障されない、閉塞した社会である。

前世界でもケイン神王国が似たような情勢であった為、カイザルはその有様が手に取るように想像出来た。

 

(くっ…我ながら貧乏くじを引いたものだ。近衛兵団…あの黒服共が居なければ、まだ自由が効いたが…)

 

「東方海域に展開中の潜水艦『ヴァルべー』より緊急入電!」

 

「読み上げろ!」

 

当代皇帝グラ・ルークスの治世において急速に力を付けてきた近衛兵団への愚痴を内心で溢していたカイザルであったが、その思考は通信士と参謀のやり取りによって中断された。

 

「はっ!平文です。《我、神聖ミリシアル帝国のものと思われる艦隊を補足。数少なくとも戦艦或いは空母と見られる大型艦20近くを有する大艦隊》との事です。座標はこちらに…」

 

メモの走り書きを読み上げつつも、もう一枚のメモを参謀へと差し出す通信士。

 

「平文?相当急いでいたようだが…続報は?」

 

「……ありません。もしかしたら発見されて潜航したのかもしれません。水中は無線が通じませんし…」

 

「あるいは撃沈されたか…」

 

ポツリと呟いたカイザルの言葉は思いの外、よく通ってしまったらしい。

その言葉を聞いた参謀と通信士を始めとした艦橋要員達は目を見開き、信じられないといった表情を浮かべていた。

 

「司令、それはどういう…」

 

「…我々より先行して当海域に展開していた潜水艦隊に所属する潜水艦が次々と音信不通になっているのは知っているな?」

 

「はい、しかしそれは事故ではないのでしょうか?この世界の海中情報は未だ不明な部分が多く、事実転移直後は少なくない潜水艦が航法の誤りや、海底地形への衝突により遭難する等しました。現在は少なくなっていますが、当海域は最低限の調査しかしていないので…」

 

「17隻」

 

「は…?」

 

「現時点で消息を絶った潜水艦は17隻だ。出撃した潜水艦隊は総勢53隻だ。単なる事故というには多すぎる」

 

呆然とする参謀を横目にカイザルはタバコを─通常は艦内禁煙だが、佐官以上は例外─点けると、紫煙を燻らせる。

 

「これは推測だが、異世界国家…厶ーかミリシアルは潜水艦を能動的に発見し、撃沈する術を持っているのかもしれない」

 

「し、しかしっ!異世界国家は…」

 

「潜水艦どころか魚雷すらも知らぬ二流海軍ばかり、と言いたいのだろう?だが、昨日の苛烈な空襲を味わって尚も同じ考えに至れるのかね?」

 

「ぅ…」

 

「おそらくは潜水艦隊の皆も同じ考えに固執し、油断しきっていたのだろう」

 

唇を噛み締め、俯く参謀を尻目にカイザルは灰を落としながら自身の発言を悔いていた。

 

(思わず声に出てしまったとは言え、少々喋り過ぎたか…。口は災いの元と言うが…まったくもってその通りだな。己の言葉で士気を下げてしまうとは、司令官失格だな)

 

内心で自嘲するカイザル。

 

(さて…この状況を打破するには何か大きな戦果が必要だ。厶ーかミリシアルの秘密兵器でも出てきてくれれば、それを撃破して士気回復の足掛かりに出来るが…そんな都合が良い事に期待は出来ないな)

 

不安を抱えた男たちを載せた海の要塞は、白波を切って突き進む事しか出来ないでいた。

 

 

 




さて…次のイベントはプリンツ・ハインリの復刻ですが、その次は新規イベントでしょう
ライザコラボかμイベントか…


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240.古の超兵器【3】

明日からはライザのアトリエコラボですね
私は生放送でライザのアトリエ、面白そうだと思ったのでソフトを買ってしまいました


──中央歴1642年10月2日午前11時、バルチスタ海──

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

《敵機襲来!繰り返す、敵機襲来!13時方向、距離約150km!迎撃部隊は速やかに発艦せよ!》

 

グラ・バルカス帝国艦隊に所属するペガスス級空母『サダルバリ』の艦上に警報が鳴り響き、広大な飛行甲板を走るパイロット達は愛機の操縦席に飛び込む。

 

「数と高度は!?」

 

「報告によれば少なくとも100!高度6000mよりこちらへ向かってくるそうです!それと、偵察機は既に撃墜されたようで音信不通です!」

 

「チッ…こちらは手負いだというのに…!」

 

エンジンを始動させ、暖機運転の爆音の中で叫ぶように整備士─グラ・バルカス帝国では一部の整備士がパイロットと司令部の連絡員を兼任している─とやり取りをしているのは、空母サダルバリ所属の飛行中隊長であるラムレス・アートマンであった。

突然の敵襲で慌ててこそいるが、淀みない所作とマニュアル通りに計器をチェックする姿は、冷静さを失っていない何よりの証拠であろう。

 

「敵編隊の機種は!?」

 

「現状は不明ですが、ムーとミリシアルの艦載機による連合部隊であるとの事!爆弾等は確認出来なかったようです!」

 

「よし、分かった!暖機運転完了、直ぐに出るぞ!」

 

「了解、誘導を開始します!」

 

整備士の言葉に頷きつつ、エンジンの回転が安定してきたタイミングを見計らってラムレスは発艦する意思を伝える。

すると整備士は腰に差した手旗を数度振って発艦準備を行う事を周囲に伝えると、ラムレスに見えるように手旗で飛行甲板の発艦区画を指した。

 

「高度は6000…爆弾は確認出来ず…。という事は敵編隊は戦闘機による制空部隊である可能性が高い。連中、我々の制空権を本腰で奪いに来たな…」

 

海戦において制空権という物は勝敗を左右する重要な要素だ。

敵艦隊の上空を自由に飛ぶ事が出来れば爆弾や魚雷を叩き込み易くなるし、水上艦同士の砲撃戦となっても観測機を飛ばして正確な弾着観測を行う事だって出来る。

 

「各機、艦隊の頭上を何としても守り抜くぞ!制空権を維持出来れば、我が方の精強なる砲術士が敵艦隊を粉砕してくれる!」

 

発艦区画へタキシングしながら無線機を取り、部下達を鼓舞するラムレスは返事を待たずに滑走を開始した。

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 

「ふっ…はぁ…よしっ」

 

全速力で風上へ向かって航行するサダルバリの発艦区画から危なげ無く飛び立ったアンタレスは、後続の機の邪魔にならないように左へ旋回し、そのままサダルバリの右舷側へ行くと機首を上げて上昇へと移った。

 

「2番、4番小隊は高度2000を維持せよ。我々が高空に気を取られている内に敵雷撃機が接近するおそれがある。低空への注意を怠るな」

 

《了解、半中隊にて低空警戒を実施します》

 

発艦したばかりのアンタレス2個小隊が早々に水平飛行へ移ったのを尻目に、ラムレスが率いる1番小隊と3番小隊は尚も高度を上げてゆく。

 

「こちらは戦闘機180…数の上ではこちらが優位だが…」

 

前世界において世界最強と謳われたアンタレス戦闘機…それが180機もあればそこらの中小国の航空戦力を殲滅する事なぞ容易い話だ。

しかし、先日の空襲によってその価値観は粉々に砕け散った。

完璧と思われた空の守りはムーが繰り出した高性能戦闘爆撃機の前に安々と突破され、少なくない艦船が被害を受けたのだから当然と言えば当然である。

そして今回はそんな敵機が爆装を下ろして飛来するとあって、不安を覚えてしまう。

 

「……やるしかない」

 

高度計が3000を越した事を確認したラムレスは酸素マスクを着用しながら、覚悟を決めたように呟いた。

 

 

──同日、バルチスタ海東方海域上空──  

 

──ゴォォォォォォォォ…

 

──ブゥゥゥゥゥゥゥン…

 

小さな雲がいくつか浮かぶ空を行く3種の戦闘機…1種はムーの主力であるコルセア、残り2種は神聖ミリシアル帝国において戦闘爆撃機として運用されているジグラント3、そして次期制空戦闘機として期待されているエピクロスである。

その内の1機、エピクロスで構成された実戦試験制空戦闘団の指揮官機のコックピットで同戦闘団の団長であるシルバー・ルーングは魔信を手に取り、戦列を共にする者たちへ呼び掛けた。

 

「レーダーに反応あり。距離はおよそ70km、高度は同程度、数は100は超えているが200は居ない程度だと思われる」

 

《…こちらのレーダーでも確認した。シルバー団長とほぼ同じ反応だ》

 

通信に応えたのは、シルバーと同じ神聖ミリシアル帝国海軍所属であり、ジグラント3部隊を率いるオメガ・アルパであった。

 

「オメガ団長も確認したのなら間違いないな。ムー航空隊、聴こえたか?」

 

《あぁ、しっかりと聴こえたとも。しかし200機近い数を上げられるとはな…グ帝の士気は未だ健在らしい》

 

《確かに、こっちの2倍近い数があるのは厄介だな…。性能はこっちが上とは言え、これだけ数に差があるのは…》

 

続いてシルバーに応えたのは、ムー航空隊所属のヤンマイとクーガーである。

 

「こちらとしても艦隊の直掩機を減らして制空権部隊に回したいところだったのだがな…我々の司令官殿はあくまでも艦隊決戦で決着をつけたいらしい。そのために、艦隊を無傷で敵艦隊と接触させるのに必要な事なのだとか…」

 

《確かに…。グ帝には雷撃機があり、我々より雷撃機の運用は上手な筈だ。直掩機を減らした状態で雷撃機に襲い掛かられては危険だ》

 

申し訳なさそうなシルバーの言葉に、ヤンマイが理解を示したように返す。

実は先んじて展開していたムーを始めとする世界連合艦隊に合流したミリシアル艦隊は、航空機による決着ではなくあくまでも艦隊決戦による決着を主張したのだ。

建前としては"空だけではなく、海でも我が方が優勢だと知らしめる事でグラ・バルカス帝国の戦意を削ぐ"というものであり、その建前自体はそれなりに納得出来るものであった為、ムー等も同意した事で制空権を確保してから艦隊決戦に持ち込む事となった。

しかし、ミリシアル側には"本音"がある。

それこそが"最新鋭のオリハルコン級戦艦で以て、グラ・バルカス帝国の象徴であろうグレードアトラスター級戦艦を撃沈する事で、ミリシアルの力を世界中に喧伝する"というものだ。

というのも、マグドラ群島とフォーク海峡における海戦でミリシアル海軍は活躍出来ず、寧ろムーやロデニウスといった国々の活躍が目立った事によってミリシアルは影響力が徐々に衰えを見せていた。

そんな影響力の衰えを挽回する為にも、ミリシアルとしては艦隊決戦で存在感を示す必要があるのだ。

 

「上の連中の考えで割を食うのはいつも現場だ。…だが、決まった事は仕方な…ん?」

 

一旦魔信を切ってボヤいていたシルバーの視界に瞬く物が映った。

 

「……各機、前方に敵機らしき物が見える。戦闘態勢に移れ」

 

《了解、確認した。我々の部隊は左方より仕掛ける。では、また後で》

 

オメガが率いるジグラント3隊が特徴的な双胴の機体を翻し、左へ旋回する。

 

《ではこちらは下方からだ。武運長久を祈る》

 

次にヤンマイ率いるコルセア隊が緩降下して高度を速度に変換する形で敵編隊の下方へと向かう。

 

《じゃあ、俺達は右からだ。野郎共、行くぞ!》

 

続いてクーガー率いるファイアパターンのマーキングを施したコルセア隊が右旋回をし、スロットルを開けて増速する。

 

「…よしっ!真正面から行くぞ!」

 

最後にシルバー率いるエピクロス隊がタービンの甲高い音と共に真っ直ぐ敵編隊へ向かって行った。




そうなるとアズレン世界にはアトリエシリーズの錬金術のノウハウが伝わっているのかもしれませんね…
高炉クラスの錬金釜とか…面白そう


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241.古の超兵器【4】

サブタイトルの割に航空戦しかしていないので、今回は駆け足でお送りします


──中央歴1642年10月2日正午、バルチスタ海──

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!ドドドドッ!ドドドドッ!

 

「くっ…また避けられた!」

 

グラ・バルカス帝国所属のラムレスは愛機を操り、敵機をレティクルに捉えた瞬間に主翼内の20mm機関砲を発砲するが、濃紺の敵機はまるで後ろにも目があるかのように鋭く機動して射線から逃れてしまう。

もうこれで三度目…ここまで来ると偶然とは思えない。

 

「っ!?」

 

残弾を気にしながら歯噛みするも束の間、ラムレスの攻撃を回避した敵機は回避運動と同じように鋭く身を翻し、右手側から全速力で突っ込んでくるではないか。

 

──ドドドドドドッ!

 

「ぬぉぉっ!」

 

敵機の主翼に装備された4本の太く長い銃身─おそらくは20mm機関砲─が火を吹いた瞬間、ラムレスは素早くスロットルを絞りつつ機首を上げ、自機を急減速させた。

 

──ブゥゥゥゥゥンッ!

 

敵機はラムレス機がそのままの速度、あるいは増速すると踏んで未来位置へ射撃したが、急減速によりそれは空振りとなってしまった。

虚空を切り裂いた弾丸は空の彼方へと消え、敵機もそれを追うようにラムレス機を置いてそのまま飛び去ってしまう。

 

「…フラップ旋回だと?馬鹿な…まさか精鋭のエース部隊でも連れてきたのか!?」

 

油断なく周囲を警戒しながらもラムレスは敵機が見せた旋回時の挙動に驚愕する。

敵機は旋回時にフラップを展開する…所謂フラップ旋回をしていたのだ。

このフラップ旋回、確かに通常の旋回よりも半径の小さい急激な旋回が可能となるのだが、周囲の警戒やエンジン出力調整等々、様々な事をしなくてはならない空戦においてフラップを操作するなぞそこらのパイロットでは不可能に近い。

更には急旋回をすれば重量加速度によって、上半身の血液が下半身に流れてしまう事によって視野の暗転や失神してしまう危険性が非常に高くなってしまう。

 

「あの速度であの旋回半径…えぇい!ムーのパイロットは鉄の心臓を持っているのか!?」

 

気付けばラムレスは乱戦の只中から外れ、戦域の端まで来ていた。

それ故に戦場を俯瞰する事が出来、濃紺のムー戦闘機の殆どが高速で鋭い運動を行っている事がよく観測出来たが、彼が置かれた現状は非常に不味い状況でもある。

 

「早く…早く戦域に飛び込まなくては!」

 

四方から突っ込んできた敵編隊によって引き起こされた敵味方入り乱れる乱戦は、確かにいつ何処から弾丸が飛んでくるか分からない恐怖こそあるが、戦域の外れにポツンと飛んでいる方が遥かに危険だ。

何せ、性能は明らかに敵機の方が上…そんな相手に一対一の空戦なぞ分が悪いにも程がある。

ラムレス自身も前世界ユグドにおいてケイン神王国の戦闘機を10機撃墜したエースであるが、ケイン神王国の主力戦闘機は双発複座の重戦闘機であった為だ。

重戦闘機相手なら軽量軽快なアンタレスで翻弄出来るが、今回の相手は速度・運動性共に今までの比では無い。

 

「くっ…早く…!早く!早…っ!?」

 

乱戦の中へ一刻も早く戻ろうとするが、先程の急減速によってエネルギーを失った機体は遅々として加速しない。

いや、正確には軽量な機体のお陰でそれなり以上の加速はしているのだが、周囲が速過ぎる為に遅く思えてしまうのだ。

 

──ヒュィィィィィィィッ!

 

そんな時、ラムレスの耳が嵐に吹かれた風車のような甲高い音を捉えた。

それは後方斜め上…ラムレスの背中から聞こえて来るようだ。

 

「ふっ…!」

 

──ドドドドッ!

 

操縦桿を左へ倒し、機体を左へロールさせた瞬間であった。

先程までラムレス機があった空間にカラフルな火線が通過し、同時に恐怖を覚えるには十分過ぎる砲声が聴こえた。

 

「新手か!」

 

降下しながらラムレス機の右方を通り過ぎた敵機は見慣れない姿をしていた。

葉巻型の胴体に単純なテーパー翼自体はオーソドックスなスタイルであるが、主翼付け根の後端から勢いよく陽炎が吹き出している。

そして、主翼と垂直尾翼に描かれた内側に放射状の黄色ラインを施した青丸の国籍標識は、神聖ミリシアル帝国のものだ。

 

「速い!ムーの戦闘機より遥かに…200km/hは速いぞ!」

 

青みがかった銀色の機体を煌めかせる敵機は低空で機首を上げると、再上昇してラムレス機へと機首を向けてきた。

 

「真正面からか…面白い!」

 

ラムレスは外見で敵機の武装をある程度予想していた。

機首にプロペラが無いという事は、間違いなく機首に多数の機銃、或いは機関砲を装備している筈だ。

そして、グ帝パイロット達は機首に機銃を装備したケイン神王国の重戦闘機への対処法を頭に叩き込まれている。

 

「敵機が射撃寸前に急上昇し、宙返りして背面から射撃…よし!」

 

重戦闘機への対処法を今一度口にする事で確認し、照準器のハーフミラーに投影されたレティクルと敵機の大きさを見比べる事で彼我の大まかな距離を算出する。

 

「ケインの戦闘機より小さく見えたな…という事は、まだ遠い…まだ…まだ…」

 

もし、距離算出を間違えたら高精度の射撃が飛んできて、こちらが逆に撃墜されてしまうだろう。

並みのパイロットならこの時点でそんな考えが頭を過り、早すぎる回避や射撃をしてしまいかねない。

しかし、ラムレスはベテランである。

敵機を注視しながらも周囲を警戒し、冷静に回避のタイミングを待つ。

 

「まだ……ここっ!」

 

渾身の力で操縦桿を引き機首を上げて上昇、そのまま背面飛行へと移る。

 

──ドドドドッ!

 

頭上を─背面飛行中であるため正確には下方だが─を通り過ぎるカラフルな火線に一瞬目を奪われそうになるが、視線を引き剥がして敵機の姿を確認する。

火線の後を追うようにラムレス機を追い抜く敵機…それを見たラムレスは、口角を上げてほくそ笑んだ。

 

「速さだけでは勝てんよぉ!」

 

視界に敵機の姿を捉えたまま機体をロールさせ、僅かに機首を下げて速度を稼ぎつつトリガーに指を掛ける。

距離は300mも無いだろう。

正に必中の距離、ラムレスの脳裏には20mm機関砲弾によってズタズタに切り裂かれ、炎上しながら墜落する敵機の姿が既に浮かんでいた。

 

──ドドドドッ!

 

「……は?」

 

しかし、そうはならなかった。

ラムレス機から放たれた機関砲弾は虚空に緩い弾道を描き、眼下に広がる波立つ海へと吸い込まれただけだ。

そして次の瞬間、ラムレスはあり得ないものを見ていた。

 

「なっ…なっ…」

 

機首を真上に向け、機体の腹を進行方向に向けたまま静止する敵機…まるで遥か上空から糸で吊られているかのようだ。

無論、ピタッと完全に静止している訳ではなく極低速で前進しているが、緩降下によって速度を稼いでいたラムレス機から見れば止まっているも同然である。

そうすれば当然、ラムレス機は敵機を追い抜いてしまった。

 

「不味い…!」

 

──ドドドドッ!

 

猛烈な嫌な予感を覚え、直ぐ様急降下しようとするが、後方確認用ミラーに映る敵機はまるで衝立を倒すように機体を水平に戻すと、直ぐ様射撃を開始した。

 

「がっ!!」

 

後頭部をハンマーで殴られたような衝撃と、計器盤から散る火花。

機体がグラグラと揺れ、ビュオゥだかヒュウッだかどう表現すればいいか分からない嫌な風切り音がコックピット内に響く。

 

「やられた!?クソっ!」

 

機体の挙動から致命的な打撃を受けた事を悟ったラムレスは、自身の体を確認しながらキャノピー強制開放用のレバーに手を掛ける。

幸い、負傷はしていないらしい。

20mm級と思われる銃撃を食らっても無事なのは、座席に仕込まれた防弾板とその後方に置かれた無線機が破片を防いでくれたからであろう。

アンタレスの設計に携わった名も知らぬ技術者に内心で感謝すると、彼はパラシュートを掴んでコックピットから飛び出す。

 

「脱出は三度目だな…。次は勝つ!」

 

以前、二回被弾によって脱出した経験があるラムレスは自身を撃墜した敵にリベンジを誓いながら右翼へ這って行くと、そのまま両足に力を込めて飛び出した。

 

──ブォンッ!

 

「ん?」

 

その瞬間、妙な音が聴こえ…

 

──ドンッ!

 

「……?ぁ…?ぁ……?」

 

次の瞬間、ラムレスが見たのは自身の腹から突きだす捻れた金属板であった。

というのもラムレス機は被弾によって尾翼がズタズタになっていたのだが、それによって機体がブレてラムレスが飛び出した瞬間に、鋭利な刃となった尾翼が彼を串刺しにしてしまったのだ。

 

「が…ぁ……」

 

しかし、ラムレス自身は衝撃と出血によって意識を失い、最期の瞬間まで自らの身に何が起こったか理解出来なかった。

 

 

その後、グラ・バルカス帝国航空隊はムー・ミリシアル連合航空隊によって壊滅。

140機以上の損害と引き換えに、20機程度のムー機を撃墜する事しか出来ないまま世界連合艦隊に制空権を奪われてしまったのだった。




ライザイベ、周回しまくりですね
やはりアズレンの基本は周回…!


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242.古の超兵器【5】

遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます
本年も本作を是非ともご愛読頂けると幸いです

という訳で皆さん、新規イベントは如何でしたか?
まさかのⅡ型艦でちょっとビックリしましたね…
拙作でもノーザンプトンなんかがⅡ型のようになっていますので、未来予知をしてしまった…?まあ、外見までは違いましたがね

という事は今後ヘレナⅡやアークロイヤルⅡが出たり…アズレンが長く続けばタイコンデロガⅡが出たり!?


──中央歴1642年10月2日午後4時、バルチスタ海──

 

白波を蹴り上げるようにして航行するグラ・バルカス帝国艦隊。

戦艦や巡洋艦及び駆逐艦からなる水上打撃艦隊は後方に空母と護衛となる駆逐艦隊を残し、巡航速度より速い25ノットという戦闘船速で東方へ向かっている。

 

「…よし、敵航空隊による襲撃は無かったな。一先ずは命を拾った、という訳だ」

 

腕時計と低くなった太陽を見比べつつ、艦隊司令であるカイザルはホッとした様子で胸を撫で下ろす。

航空隊壊滅による制空権喪失は百戦錬磨の猛将たる彼の肝を冷やすのに十分過ぎる程の悲報だったが、この時間帯まで敵航空隊の襲撃が無かった事は不幸中の幸いと言っても良いだろう。

そんな中、カイザルは航空攻撃は諦めた上で艦隊を敵艦隊が居るであろう方向─敵航空隊の通信を傍受した事によりある程度推測は出来た─へ艦隊を進出させ、艦隊決戦を行おうとしているのだ。

 

(艦隊決戦であれば敵も同士討ちを恐れて空襲は出来ない筈だ。しかもこれより日は沈み、夜に差し掛かる…夜戦こそ帝国艦隊の独壇場だ)

 

グラ・バルカス帝国海軍は夜戦を得意としている。

かつて、ケイン神王国より劣る戦力しか持たなかった頃より帝国海軍は駆逐艦を主体とした水雷戦隊による夜襲によって多大なる戦果を上げ、結果としてケイン神王国の襲来を幾度となく退けてきたのだ。

それ故に帝国海軍は─勿論カイザルも─夜戦には絶対的な自信があった。

 

「艦長、敵艦隊との会敵までどれくらいかな?」

 

「はっ!予測される敵艦隊の位置、そして敵艦隊も我が方に接近している事を考えれば凡そ、2時間程度で会敵すると思われます。加えて予想が正しければもうじきレーダーの探知範囲内に敵艦隊が入る筈ですが…」

 

「艦長、レーダーに反応あり!敵艦隊と思われます!」

 

噂をすれば何とやらである。

カイザルと艦長のパラーシュが言葉を交わしていると、レーダースコープを凝視していたレーダー手が声を上げた。

 

「司令、どうやら読みは当たったようですな?」

 

「うむ、このまま何事も無ければ夜戦に…視界が失われた中での近接戦闘となる。そうなれば、このグレードアトラスター級を持ち、なおかつ優れたレーダーを持つ我が方が有利だ。空戦の失態は、艦隊決戦で挽回しよう」

 

「はっ!では司令、夜戦艦橋にお移り下さい。夜戦は何が起きるか分かりませんので…」

 

「うむ、ではそうしよう」

 

パラーシュの提案を受け入れ、カイザルは高く聳える艦橋の根元にある夜戦艦橋へと向かった。

 

 

──同日、バルチスタ海東方──

 

「レイダー提督、水上レーダーに反応あり。敵艦隊と思われます」

 

「会敵予想時間は?」

 

「約2時間と予想されます」

 

ムー艦隊の旗艦である空母『ラ・エンタープライズ』の艦橋では艦隊司令であるレイダーとレーダー手が言葉を交わしていた。

 

「提督、もう太陽が随分と沈んでいます。直掩機は着艦させ、我々は後方に下がるべきではないでしょうか?」

 

そんな中、艦長であるレプタル・ボーマンがレイダーへと具申する。

確かにこの時間帯なら敵航空隊による襲撃は無いだろうし、何よりも本格的な艦隊夜戦において空母の出番は無い。

それを考えれば、レプタルの具申は至極真っ当なものである。

 

「あぁ、私もそう思う。艦長、飛行隊司令へ全機着艦の指示を私の名前で出してくれ」

 

「かしこまりました」

 

それ故にレイダーは直掩機の全機着艦命令をレプタルを通して命令した。

 

「しかし…敵艦隊は未だにそれなりの数を維持し、更にはグレードアトラスター級と思われる巨大戦艦も健在だ。出来れば昼の間に空襲でケリをつけたかったが…」

 

腕を組み、若干の後悔を見せながら呟くレイダー。

制空権を奪取した世界連合艦隊であったが、その後の航空攻撃は行わなかった。

いや、正確に言えば"行えなかった"と言った方が正しいだろう。

というのも世界連合艦隊の主力の一角であるムーだが、実は半数の空母がカタパルトの不調によって魚雷や大型爆弾を搭載した艦載機を発艦出来ない状態であったし、もう一つの主力であるミリシアル艦隊はフォーク海峡海戦における空戦のトラウマから数の上での主力であるエルペシオやジグラントを繰り出せないでいたのだ。

そんな状態では纏まった数の艦載機による空襲は出来ず、散発的な攻撃しか出来ないと判断されて以後の空襲は中止されたのだ。

 

「やはり、武装満載ではカタパルトに負担が掛かり過ぎましたね…。アズールレーンからも我が国のコルセアは改造に次ぐ改造でカタパルトの想定重量ギリギリだと言われていましたし…」

 

「とは言っても複数回の出撃では敵対空砲火により損害を受ける可能性が高くなる。少ない出撃回数で敵対空砲火を制圧するには一機辺りの武装を増やして大火力で圧倒するべきだ。…まあ、そのせいでカタパルトが不調になったのは紛れもない事実であり、私の判断ミスだが」

 

ムーはアズールレーンとの合同演習により先進的な対空装備を持つ艦艇の手強さを嫌という味わっており、グラ・バルカス帝国も同等の防空能力を持つと推測して様々な戦術や兵器の運用方法を模索していた。

その内の一つこそレイダーが提唱した超重武装戦闘爆撃機による一撃必殺…つまり、コルセアに積めるだけの爆弾やロケット弾を搭載し、その大火力を以て敵艦を確実に無力化する事で敵艦隊の防空能力を削ごうというドクトリンだ。

事実そのドクトリンは現状それなりに有効的に働きはしたが、いかんせん艦載機を飛ばす為のカタパルトがその重量が増えすぎた機体の負荷に耐えきれず、こうやって結局は攻撃機会を減らす羽目になってしまったという訳だ。

 

「技術部が開発中の蒸気カタパルトが欲しいところですね…。ともあれ、我々は夜戦では役立たずですが何もしないという訳にはいきません。どう致しますか?」

 

「対潜艦隊の対潜攻撃機を飛ばせ。彼らは夜間飛行に馴れているし、対潜攻撃機にはレーダーが搭載されている。レーダー情報をラ・ヘレナの早期警戒管制隊へと送信して処理、戦闘がどう推移しているかを確りと把握するんだ。そうして味方を支援する」

 

「では、この艦からも早期警戒機を飛ばしましょう。彼らも夜間の計器飛行の訓練は受けていますし、艦の上空であれば万が一事故があっても直ぐに対応出来ます」

 

「そうだな…ではそうしよう。早期警戒機を一機ずつ、2時間交代で本艦上空に張り付かせるんだ」

 

異世界における世界最大規模の海戦。

それは同時に世界初の大規模海上夜戦となるのであった。

 

 




北連イベントの軽量復刻中ですが、そろそろソビエツキー・ソユーズは来ませんかね…?


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243.古の超兵器【6】

サブタイトルの割に未だにパル・キマイラが全く出て来ない…
これはタイトル詐欺では?


──中央歴1642年10月2日午後6時、バルチスタ海──

 

「敵艦隊、距離40km!まもなく戦艦主砲の射程内です!」

 

「1、2番副砲は照明弾を装填!他の副砲は焼夷榴弾を装填しろ!」

 

「お前ら、我々砲術科の出番だぞ!大砲屋の意地を見せてやれ!」

 

ムー艦隊を構成する小艦隊の中でも砲撃によって敵艦隊を叩く事を主任務とした『水上打撃艦隊』の旗艦『ラ・カガ』の夜戦艦橋では、乗組員達が刻一刻と迫りくる夜戦に挑む為に慌ただしく動いていた。

 

「艦長、各小艦隊より駆逐艦が合流。臨時水雷戦隊の編成を完了しました。旗艦はラ・ノーザンプトンを指定しました」

 

「ご報告、ありがとうございます。彼らは夜陰に乗じて敵艦隊へ接近、魚雷の射程内に入った瞬間に本艦とラ・レナウンが照明弾を発射し雷撃を支援します」

 

「はっ!」

 

副艦長であるレイメックの言葉に、艦長のアウドムラ・ムーが戦場とは思えぬ程に柔らかな物腰で指示をする。

 

「そして本艦は主砲の用意を行います。弾種は重量徹甲弾、狙いは敵巡洋艦です」

 

「は…?じ、巡洋艦でよろしいのですか?」

 

続いてアウドムラが下した命令は、レイメックを戸惑わせるものであった。

敵艦隊には最大の脅威となるグレードアトラスター級が存在し、それに対してムー艦隊の中で対抗出来る戦艦は、重量徹甲弾ことスーパーヘビーシェルを発射出来る50口径長41cm連装砲を5基10門装備するラ・カガだけだ。

そんな有力な戦艦で格下の巡洋艦を狙うのは非効率だと思ってしまう。

 

「はい。アズールレーンから提供されたグラ・バルカス帝国艦隊の戦闘艦艇の性能予測によれば、我々が導入したロデニウス製のレーダー及び火器管制装置に近しいものを戦艦から駆逐艦まで装備しているとされています。その予測が正しければ敵巡洋艦と駆逐艦は雷撃の為に接近する我が方の水雷戦隊を迎撃すべく、その優れた電子機器を利用した正確な砲撃を行ってくるでしょう。そうなれば、水雷戦隊にとって火力に勝る敵巡洋艦は大きな脅威となります」

 

「なるほど…つまり艦長はあくまでも水雷戦隊援護の為に本艦の力を振るうのですな?」

 

「異議が?」

 

「いえ、艦長の決定に従います。…よし、皆聴いたな!?本艦はこれより水雷戦隊援護の為に敵巡洋艦を撃破する!レーダー手、敵巡洋艦を捉えられるか?」

 

「副艦長、レーダーの反射波では方位ならまだしも、大まかなサイズと距離しか分かりませんが…」

 

「構いません。貴方が巡洋艦だと判断した艦の方位と距離を夜間見張り員に伝えて下さい。彼らの目を信じて…」

 

──ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

アウドムラより下された命令を実行すべく副艦長とレーダー手が奮闘する中、艦橋内にけたたましいブザーが鳴り響いた。

 

「逆探に反応!敵照準レーダーです!」

 

「敵戦艦か!?」

 

「分かりませんが…少なくともその可能性があります!」

 

ブザーは敵艦から発せられた射撃管制レーダー波を逆探知装置が探知した事を意味するものだ。

つまり、現在のラ・カガは敵艦に狙われている状態だ。

 

「進路そのまま、機関全速前進!敵戦艦が本艦を狙っているなら好都合!本艦を囮としつつ、水雷戦隊への援護を行います!」

 

「仰せのままに!」

 

──ゴォォォォォォォッ!

 

ボイラーとタービンの唸りが遠雷のように響き、煙突が黄昏時の空をより暗くするように黒煙を吐き出す。

 

《敵戦艦発砲!繰り返す、敵戦艦発砲!狙いは本艦と思われます!》

 

艦橋の最上部にある見張所で目視観測の任に就いている見張員が、艦内放送を用いて報告する。

 

「やはり狙っていたのは戦艦でしたか…。総員、対衝撃体勢の準備を!手空きの防空要員はダメージコントロール班に合流し、被弾に備えよ!」

 

「艦長、着弾します!5…4…3…2…1…っ!」

 

──ゴォォォォォォンッ!

 

《敵砲弾、着弾!本艦の後方約200mに着弾しました!》

 

それなりに着弾地点との距離が開いているというのにラ・カガにまで衝撃が伝わる程の威力…間違いなく、グレードアトラスター級が装備しているであろう46cm砲だ。

それを認識したラ・カガの乗組員は血の気が引いてしまうが、それでも彼らは王族として率先して指揮を執るアウドムラの前で情けない言動は出来ない。

 

「すぅ〜…はぁ〜…か、艦長!敵巡洋艦と思わしき艦影を確認。如何なさいますか?」

 

「では1、2番砲塔を発砲。続いて得られた射撃諸元を元に3、4、5番砲塔の発砲を」

 

深呼吸して心を落ち着かせたレイメックが見張所よりの報告をアウドムラに伝えると、彼は落ち着き払った様子で指示をする。

 

「艦長!まもなく水雷戦隊が敵艦隊を雷撃射程内に捉えます!」

 

「分かりました。では1、2番副砲より照明弾発射。その後、主砲を先程伝えたように発砲して下さい」

 

「はっ!」

 

通信士からの報告を受け、指示に若干の修正を加え、アウドムラは右腕を振り上げ…

 

「副砲、撃てっ!」

 

──ドドドドンッ!

 

右腕を振り下ろしながは発射命令を下した次の瞬間、副砲である5インチ連装両用砲が火を吹き、高空へ照明弾を打ち上げた。

 

「主砲は!?」

 

「いつでもどうぞ!」

 

「よしっ!1、2番主砲塔、撃てっ!」

 

──ドゴォォンッ!ドゴォォンッ!

 

副砲よりも遥かに巨大な砲から生えたこれまた巨大な砲身が、まるで火山の噴火のように特大の爆炎を吐き出した。

その発射炎はパラシュートによってゆっくりと降下する照明弾の眩いマグネシウム燃焼光に匹敵するような光量を放ち、一瞬だけラ・カガの巨体を照らす。

 

「……艦長!上空にて支援中の観測機より入電!初弾夾叉!初弾夾叉です!」

 

「次は当てる!3、4、5番主砲塔、撃てっ!」

 

──ドゴォォォンッ!ドゴォォォンッ!ドゴォォォンッ!

 

再びの爆炎と轟音。

放たれた1トンを超える重量級の砲弾は放物線を描いて夜空を切り裂き、高空より急角度で落下する。

そして、落下した先にあったのは、慌てふためくようにしてジグザグに航行するグラ・バルカス艦隊の巡洋艦…その煙突であった。

 

──ゴォォォォォォォ……

 

「……命中!敵巡洋艦と思わしき艦に命中しました!見張員と観測機によれば撃沈は確実と思われるとの事!」

 

「よしっ!よしよしよしよしよぉぉぉぉしっ!」

「やった!夜なのに当たったぞ!」

「やっぱりレーダーはスゲェ!ムー万歳!ロデニウスありがとう!」

 

遠方に見える爆炎と、微かに聴こえる地鳴りのような音…それによって敵艦を沈めた事を感じ取ったラ・カガの乗組員達は全身で喜びを表しつつ、歓声をあげた。

 

「先ずは1隻…あとは水雷戦隊の雷撃が上手く行くか…」

 

そんな中、アウドムラは徐々に小さくなりゆく照明弾の灯火を眺めながら祈るように小さく呟いた。

 

 

 

 




そろそろ春節ですね
結構な数の新規実装艦が居るようで楽しみです
とりあえず定安は…いいですねぇ…


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244.古の超兵器【7】

更新が遅くなってしまい申し訳ありません
R-18作品の依頼が立て込んでいたり、コロナになってしまったり…あとは活動報告の通りの事があったりと…

久々の更新なので短めかつ、色々と矛盾点や拙い点があるかと思いますが、これから感を取り戻していくので次回の更新をお待ち頂けると幸いです


──中央歴1642年10月2日午後6時、バルチスタ海──

 

──ゴォォォォォンッ!

 

「ファフニール轟沈!馬鹿な…ファフニールはタウルス級重巡洋艦…戦艦に準ずる装甲を持った巡洋艦だぞ!?それが一撃で…!」

 

「水雷長!今は目の前の事に集中しろ!敵水雷戦隊らしき艦隊が主力艦隊へ向かっている!雷撃を許せば我々は一気に不利になるぞ!」

 

狼狽する水雷長を叱責しながら乗組員に檄を飛ばすのは、グラ・バルカス帝国海軍の軽巡洋艦『レオ級巡洋艦』の11番艦『ザニア』の艦長、『マルデン・クゥネル』だ。

本来、レオ級巡洋艦は空母の護衛として設計された防空能力を重視した巡洋艦だったのだが、艦隊再編で対水上戦闘…しかも夜間の水雷戦隊迎撃という不慣れな戦いを強いられる羽目になってしまった。

しかし、だからと言って投げ出す訳にはいかない。

 

「敵水雷戦隊の先頭を狙え!レーダーも目視も、使える物は何でも使ってなんとしてでも食い止めるのだ!」

 

「了解!目標、敵駆逐艦!主砲、撃てぇぇぇっ!」

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

レオ級巡洋艦の主砲である15.2cm連装砲が火を噴き、夕闇を切り裂いて突貫するムーの駆逐艦へ飛翔するが…

 

「敵駆逐艦健在!なおも30ノット以上で接近中です!」

 

「撃て!とにかく撃つんだ!高角砲も機関砲も撃てる物は全て撃て!」

 

如何にレーダーがあれど、夜戦は不確定要素が幾つも転がっている。

うっかり味方を誤射する事も珍しくなく、視界に頼れない環境は人の余裕を奪ってしまう。

 

──ドンッ!ドンッ!ドドドドドドドッ!

 

8cm連装高角砲や25mm3連装機関砲、更には舷側の手摺に取り付けていた7.7mm機銃すら使い、迫りくるムー駆逐艦を食い止めようとする。

駆逐艦に装甲は無いに等しく、例え7.7mmの豆鉄砲でも当たりどころが良ければ人員を殺傷して混乱させる事も不可能ではない。

それを期待しての攻撃だが、軽いパニックに陥っている乗組員の狙いはてんでバラバラだ。

これでは効果的な打撃を与える事は不可能と言っても良いだろう。

 

──ドォォォォォンッ!

 

「うぉぉぉぉぉっ!?」

 

激しい衝撃と、豪雨のように降り注ぐ海水。

どうやら大口径砲弾が至近に着脱したようだが、それが敵からなのか味方からの誤射なのかすらも分からない。

 

「くっ…怯むな!敵駆逐艦に集中しろ!」

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

はやる気持ちを抑え込み、命令を下すマルデン。

そんな彼の必死の働きは功を奏した。

 

──ドンッ!ドゴォォォォォンッ!!

 

放った砲弾が敵駆逐艦の艦橋に直撃、そのまま貫通して弾薬庫か魚雷発射管に誘爆し、暗い海に爆炎の花を咲かせた。

 

「やった!砲術長、次を…」

 

敵艦を撃沈出来た事に歓喜しつつ更なる獲物を見定めるべく艦橋の窓から辺りを見回すマルデンだが、ザニアはいつの間にか戦闘の最前線から離れてしまっていた。

どうやら敵駆逐艦の回避行動に釣られ、戦列を離れた事に気付けなかったらしい。

 

「ま、不味い!今すぐ戦列に戻…」

 

顔を青くするマルデン。

しかし、それは遅すぎた。

 

──ドォォォォォンッ!!

 

先程の敵駆逐艦を撃沈した時とは比べ物にならない程に大きな爆炎と轟音…それは何が起きたかを察するに余りあるものであった。




アズレンももう6周年とは…早いものですね
今回のイベントで姿は出なかったとは言え大和が出てきたので7周年は大和で間違いないでしょうね


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245.■■■■■の影

バルチスタ沖海戦が長くなって中弛み感があるので、箸休め的にバルチスタ沖海戦で損傷してレイフォルへ撤退中のグ帝艦隊の話を何話か挟みたいと思います

あと個人的に出したいKAN-SEN達が居ますので…


──中央歴1642年10月2日午後7時、ニグラート連合西方海域北側──

 

暗い海を行く艦隊。

その殆どが傷つき、焼け焦げ、中には甲板が海面とほぼ同じ高さになった艦も存在するその艦隊は、後に『バルチスタ沖海戦』と呼ばれる海戦にて損傷し撤退中のグラ・バルカス帝国海軍艦隊であった。

 

「臨時司令。まもなくレイフォル海…すなわち我々の支配領域に入ります。追撃がなく一安心です」

 

「最後まで気を抜くな。レイフォル海に入ったとて、まだ敵の航空機が飛来する可能性がある。ニグラート連合にムーの航空隊が展開していないとも限らないのだからな」

 

安心した様子の部下を嗜めるのは、損傷艦隊の護衛を務める護衛艦隊の旗艦であるタウルス級重巡洋艦『タイゲタ』の艦長であり、臨時艦隊司令に任命された『ラジール・ディンクス』だ。

 

「しかし、ムーもバルチスタ海に戦力を集中している事でしょうし、そこまで恐れる必要は無いのでは?」

 

「油断するな。現在の我々が今まで通りに戦えると思ったら大間違いだ。今となってはワイバーンはともかく、ムーの複葉機ですら脅威になり得るのだからな」

 

苦虫を噛み潰したような表情で述べるラジール。

というのも損傷艦と護衛艦は防空戦闘に必要不可欠な戦闘機、そして近接信管の殆どをバルチスタ海に残った艦隊に引き渡した為、この艦隊には少しのアンタレス戦闘機、多少は格闘戦が出来るシリウス爆撃機、旧式の時限信管を装着した砲弾しか空の守りが無い。

この状況では、例えムーのマリン戦闘機でも苦戦しかねないであろう。

 

「だが、こんな時間に空襲には来ないだろう。敵艦隊が来るにしてもニグラート連合の帆走艦ぐらいだろうから、灯火管制を敷いたのちに最低限の見張りを配置して他の者は休息を摂らせよう。今まで気を張っていたのだからな」

 

「とは言いますが、一番気を張っていたのは臨時司令でしょう。随分とお疲れのようですが…」

 

「はっはっはっ、バレたか。いきなり臨時とは言え艦隊司令に任命されたからな。確かに負担を感じていたのかもしれない」

 

「ではしっかり休まれて下さい。帰還したら事情聴取や戦闘詳報の記載等があるでしょうし」

 

「あぁ、そうしよう」

 

部下と言葉を交わし、ラジールは艦長室へと向かい、直ぐ様ベッドに横になって泥のように眠るのであった。

 

 

──同日午後10時、ニグラート連合・レイフォル海上国境付近──

 

艦隊の最後尾にて曳航されている一隻の『エクレウス級駆逐艦』。

バルチスタ沖海戦にて艦尾に被弾したこの艦は、艦尾の殆どが水没してしまっており、今では補助動力で排水ポンプを動かしながらどうにか沈まないように足掻いているといった状況であった。

 

「ふぅ…どうにか帰れそうだな」

 

「あぁ、まったくひどい目に会ったぜ」

 

石油ランプだけが灯るガランとした艦橋内では、曳航中のトラブルに対処する為の乗組員が二人、誰も居ないのをいい事に規則違反である筈の飲酒と喫煙を楽しんでいた。

 

「それにしたってムーがあんな化け物みたいな戦闘機を持ってるなんて考えらんねぇよ…。お前、見たか?馬鹿デカいロケット弾がたった2発で巡洋艦を大破させてたぞ」

 

「見たよ。その後、小さいロケット弾を何発も撃って、その後は普通に対空戦闘してたもんな。多分あのパイロットは相当な凄腕だぜ」

 

干し肉をナイフで削りながら安物のウイスキーをチビチビと飲む彼らは、ふと割れて使い物にならなくなったレーダースクリーンに置かれた懐中時計に目を向けた。

 

「げっ、見回りの交代時間だ。冷えるから出たくねぇなぁ…」

 

「本当だ。…ん?だけどあいつ等、呼びに来ないな」

 

彼らの他に数名が対処要員として乗り込んでいるが、交代時間になっても呼びに来ない事はどうも不自然だ。

 

「えっと…ポンプ室は…」

 

一人が艦内電話で排水ポンプ室で待機している者を呼び出す。

しかし、呼び出しベルが鳴るだけで一向に出る気配は無い。

 

「もしかしたらポンプがうるさくて聴こえないんじゃないか?」

 

「かもな…。もしかしたら見回りに出てる奴ら、海に落ちたのかもしれない。探してみよう」

 

「はぁ〜…仕方ねぇ」

 

そうして二人は艦橋を後にし、甲板上を石油ランプを頼りに探索し始めた。

 

「おーい!誰か返事をしろー!」

 

「うーん…海にも落ちてないみたいだな…」

 

見回りに出た者は救命胴衣を着用しており、その救命胴衣も防水ライトが取り付けられているため、夜の海に落ちてもよほど遠くに流されるか沈まない限りは見つかる筈である。

 

「もしかしてどっかでサボって、そのまま寝たんじゃないのか?」

 

海面を覗き込んでいた一人がため息混じりに推測を口にするが、もう一人からの反応が無い。

 

「おい、どう…し…た…」

 

返事が無い事を不審に思い、もう一人が居た方に目を向けると…

 

──ふふっ…ふふっ…

 

「女…?誰だ…?」

 

長い紫がかった黒髪に、紫水晶のような瞳。

石油ランプの揺らめく明かりを反射する病的に白い肌と、男なら目が釘付けになってしまうであろう豊満なバスト…

 

──ねぇ、あなた…私の夫を知らない?

 

「お、夫…?」

 

ゆらゆらと純白のドレスを揺らしながら歩み寄る謎の女を前に、彼は目を逸らす事が出来なかった。

 

──レイフォリアに住んでたの…来週、結婚するんだけど…夫になる人が帰って来ないの…

 

女が一歩、歩み寄る。

 

──あの人は…船乗りで…あの日も…大きな戦列艦に乗って…帰って来なかった…

 

また一歩、歩み寄る。

 

──私は波止場で待ってた…待ってたのに…黒い鉄船がやって来て…どこの船…?

 

彼は一歩下がる。

 

──赤い丸に…白い十字…あぁ…あの旗…

 

女はマストではためくグラ・バルカス帝国旗を見上げ、指差した。

 

──この船じゃない…でも…

 

女の冷たく、滑った手が彼の肩を掴む。

その時、彼はようやく気付いた。

女の手には古びて錆び付いた、刃こぼれだらけの斧があった事に…

 

──お前の…仲間かぁぁぁ…!

 

地の底から響くような怨嗟の慟哭。

振り上げられる斧。

 

──返せ!あの人を!夫を返せ!

 

「はっ…あっ…あっ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

いつの間にか血みどろになった女が斧を振り下ろした瞬間、彼は意識を失って甲板に倒れ伏した。




私事ですが、11/21、私の誕生日に入籍する事が決定いたしました


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246.■■ペ■■の影

筆が進んだので、久々の1日2本投稿です

あ、感想の返信は割と体力使うので今後は適当に選んだ感想のみ返信致しますので悪しからず


──中央歴1642年10月3日午前2時、ニグラート連合・レイフォル海上国境付近──  

 

夜も更け、僅かな見張り以外寝静まった深夜…ラジールの目を覚まさせたのは、寒気と尿意であった。

 

「うぅ…なんだ…やけに冷えるな…」

 

肩をブルッと震わせ、ベッドから起き上がったラジールは靴を履いて艦長室からやや離れた位置にあるトイレへと向かう。

 

「…霧?」

 

トイレの近くにある艦内から甲板へと出る為の水密扉、それが楔形に切った木材で半開きのまま固定されている。

それ自体はトイレの近くであるため悪臭を籠らせないように許可しているが、その扉の向こうは10m先も見えない程の濃い霧が発生していた。

 

「この時期に、こんな時間帯に霧とは…やはり異世界は気象条件もユグドとは違うのか?」

 

怪訝に思いながらもラジールはトイレに入りさっさと用を済ますと、手を洗って再び艦長室で睡眠を摂るべく戻って行く。

 

「あっ、臨時司令。如何なされました?」

 

すると通路の向こうから見回りをしている砲手の一人が歩いてきた。

 

「いや、小便をしたくてね。…ん?君、それはなんだね?」

 

砲手の問いかけに答えつつ、彼の手にある物が気になって問いかけを返すラジール。

 

「これですか?甲板を見回ってたら、機銃の銃身に引っ掛かっていたんですよ」

 

そう言って砲手は自身の手にあった何か…一枚の紙を広げて見せた。

それは黄ばんだ質の悪い紙に炭で描かれた"絵のようなもの"であった。

 

「これは…この世界の文字だな。えー…"おとーさんとおかーさんとわたし"…子供が描いた絵のようだな」

 

絵の具や色鉛筆が使われず、炭しか使われていない為最初は何が描かれているか全く分からなかったが、言われてみれば確かに父と母と子供を描いたものに見える。

 

「どこからか飛んできたんですかね?」

 

「いや、ここは海のど真ん中、陸地からは随分と離れているぞ。ここまで飛んでくるなんて考えられん」

 

──タタタッ…

 

「!?」

 

砲手とラジールが謎の絵に頭を悩ませていると、通路の曲がり角の向こう側から小さな足音が聴こえてきた。

 

「…誰かいるのか!?」

 

砲手が足音のした方へ呼び掛けるが、何の返事も無い。

 

「君、これを」

 

「ありがとうございます」

 

ダメージコントロール用に通路の各所に備え付けてある斧を砲手に渡しつつ、ラジール自身もバールを持ち二人してジリジリと足音の方向へゆっくりと歩みを進める。 

 

──うっ…うっ…

 

「……」

 

曲がり角の向こう側から聴こえてくる微かな声に、砲手とラジールは互いに目を合わせ、小さく頷く。

 

「誰だ!」

 

斧を振りかぶり曲がり角の向こう側に飛び出した砲手に続き、ラジールもバールを中段に構えて飛び出す。

 

「……子供…?」

 

しかし、砲手とラジールの目に映ったのは配管の下でこちらに背を向けて蹲っている小さな人影…10歳になるかならないかの年頃の少女であった。

 

「ど、どこで乗り込んだんだ…?」

 

夜陰に乗じて乗り込んだ敵工作員だと思い込んでいたラジールはすっかり予想を裏切られ、構えていたバールを下ろすと恐る恐る少女に近づく。

 

「あー…お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」

 

しゃがみ込み、少女の肩に手を伸ばした瞬間だった。

 

──おとーさん…おかーさん…どこ…うっ…うっ…

 

啜り泣きながら両親を探す言葉を発する少女。

それだけなら迷子だと思えるが、ここは絶海の孤島も同然な軍艦…その中に居る時点で普通ではない。

何より、ラジールはその少女から得体の知れない雰囲気を感じ取っていた。

 

──おとーさん…おかーさん…あついよぉ…あついよぉ…

 

ゆらり、と立ち上がり二人の方を向く少女。

華奢な体つきを黒いふんわりしたドレスに身を包んだ長い黒髪の少女…しかし、その顔は醜く焼け爛れており、顔の右半分は金属の破片がいくつも突き刺さっていた。

 

「なっ…!?」

 

あまりの衝撃に絶句するラジール。

しかし、少女はラジールに縋り付くようにして啜り泣きながら怨嗟の声を上げる。

 

──おじさん…なんでおじさんのおともだちは…わたしのおとーさんとおかーさんを…ころしたの…?なんで…?なんで…?

 

爛れた顔からどす黒い血を垂らしながらラジールの脚に爪を立てる少女。

それに対しラジールは絶句したまま何も出来ずにいたが…

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

半狂乱となった砲手が斧を振り下ろし、少女の脳天に刃を食い込ませた。

 

「臨時司令!ご無事ですか!?」

 

「あ…あぁ…」

 

脳天に斧が食い込んだ少女は倒れてピクリとも動かない。

おそらくはレイフォリア攻撃で両親を喪った少女が、復讐の為に上手いこと艦内に身を潜めていたのだろう。

そうとしか考えられない…いや、可能性はもう一つあるがそんな非科学的な事は信じたくない。

信じたくないのだが…

 

──うっ…うっ…いたいよぉ…いたいよぉ…おじさん…なんでわたしもころすの…?わたしわるいことしてないのに…

 

「う…そだ…ろ…?」

 

倒れ込んだ少女が身動ぎ一つせずに、まるで糸で吊られているかのようにムクッと起き上がり…そのまま宙に浮かんだ。

その様子をラジールと砲手は目を見開き、全身を震わせて見る事しか出来ない。

 

──ゆるさない…ゆるさない…ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

宙に浮かび、怨嗟の声を撒き散らしながら向かってくる少女にラジールと砲手はすっかり怖じ気付き、情け無く喚き散らしながら脱兎の如く逃げ出し…気付けば甲板へ出て来てしまった。

 

「はぁ…はぁ…き、君…今のは…」

 

「まさか…ゆ、ゆうれ…」

 

──あぁぁぁぁぁぁぁ…

 

真っ青な顔を突き合わせながら自身が見たモノが見間違いや幻覚でない事を確認し合っていると、霧の中から女性の悲鳴のような音が響いた。

 

「こ…今度は何だ…?」

 

全身を震わせながら音が聴こえた方向に目を向けるラジール。

正直言って見たくはないが、臨時艦隊司令として確認しなくてはならないが…

 

「あ…あ…あぁ…!」

 

砲手が腰を抜かし、少しでも"それ"から離れようと這ってでも逃げようとする。

その姿は帝国海軍人として恥ずべきものだが、今のラジールにはそれを咎める事も出来ない。

 

「ゆ…ゆ…幽霊船…?」

 

タイゲタの右舷20m程度の距離、そこには不気味な"帆船"が並走していた。

引き裂かれた帆に折れたマスト、穴の空いた船体に、舷側からぶら下がった錆び付いた大砲…青白い篝火がいくつも燃え盛る中、いくつもの人影が蠢いている。

 

「ひ、人が居る…?なら幽霊船では…」

 

人影が見えた事に安心したのもつかの間、次の瞬間にはラジールの顔は恐怖により凍りついた。

 

──イタゾ…イタゾ…シネ…シネ…カゾク…コロシタ…シネ…シネ…ワスレナイ…ウラム…シネ…

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!助けてぇぇぇぇぇっ!」

 

幽霊船の舷側からこちらを覗き込んでいたのは、ボロボロの軍服を着たガイコツ…それら全てがラジールを指差しながら恨みがましい言葉を吐いていると気付いた瞬間、彼は恥も外部も無く逃げ出し、そのまま海に飛び込んだ。

 

 

 




今回のイベント、良かったですね
ロイヤル・フォーチュン、結構好きになりました


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247.■■ペ■タの影

せっかくのハロウィンですし、はっちゃけてみました


──中央歴1642年10月3日午前2時、ニグラート連合・レイフォル海上国境付近──  

 

「なっ、なんだアレは!?」

「幽霊船…!?バカな…今までレーダーには映ってなかったぞ!」

「ガイコツが…動いてる…!?」

 

グ帝艦隊は突如として現れた"幽霊船"を前に蜂の巣を突付いたような騒ぎとなっていた。

ある者は腰を抜かし、ある者は瞼が擦り切れそうな程に目を擦り、またある者は蹲ってガタガタと震えている。

海の男は信心深い…もっと言えば迷信を信じやすい傾向にある。

それを示すようにグ帝の艦艇にも艦内に彼らが信じる『帝国正教』の簡易礼拝所が置かれており、作戦前には艦長を始めとした各兵科長が礼拝する程だ。

そんな海の男達が不可解な事象…それこそレーダーにも映る事無く突如として艦隊の真っ只中に現れた幽霊船を前にしては、パニックに陥るのも無理は無い。

そして、これまで起きた事も彼らの不安を増大させる。

 

「おい、臨時司令は?」

「…居ない!艦長室にも、艦橋にも居ないぞ!司令!臨時司令ー!!」

「ま、まさか…臨時司令はもう…」

 

臨時司令であるラジールを始めとした数名の人員が忽然と姿を消した事で彼らはより深刻なパニックへと陥る。

 

──カエセ…カゾク…カエセ…クニ…カエセ…

 

幽霊船の舷側から顔を覗かせるガイコツ達が骨をガタガタと震わせながら恨みがましい、地の底から響くような悍ましい怨嗟を彼らに投げ掛ける。

それを以ていよいよ彼らの恐怖は頂点へと達し、恐慌状態へ…

 

《狼狽えるな!それでも帝国軍人か!》

 

となる前に広域無線によって鋭い叱咤が全艦に鳴り響く。

それは甲板から艦底まで爆弾で貫かれ、大破状態で曳航されるペガスス級空母『マタル』の艦長『ワイナ・アイルマン』から発せられたものだ。

 

《幽霊船がなんだ!我々が操るのは帝国科学の結晶たる軍艦なのだぞ!如何に幽霊船と言えど、カビの生えた木造帆船!鋼鉄の軍艦に勝てる訳がない!》

 

ワイナの言葉を聴いた各乗組員は徐々に正気を取り戻してゆく。

言われてみれば確かにそうだ。

超常の存在といえど相手は単艦…しかもボロボロの木造帆船だ。

駆逐艦どころか、植民地警備用の警備船…いや、河川戦闘艇ですら容易く勝てる相手なのだから恐れる必要はない。

 

《幽霊船なぞ恐れるに足りず!攻撃して海の藻屑にしてしまえ!ただし、位置が悪いから主砲や副砲、高角砲は使うな。機銃で穴だらけにするんだ》

 

ワイナの言う通り、気を付けるべきは過貫通による味方への被弾や誤射であろう。

徐々に冷静さを取り戻した彼らは機銃を用意すると照準を幽霊船に合わせトリガーを…

 

《ん…?な、なんだ?》

 

不安げなワイナの声…おそらくは広域無線のマイクのスイッチを切っていなかったのだろう。

 

《おい、どうした。艦の傾斜が…》

 

《──ギィィィィィ…》

 

《傾く…!艦が…マタルが転覆する!?何が起きている!?おい、誰か見に行って…なっ!?なんだ!?うわっ!ば…化けも…》

 

《──ゴガァァァァァァン!…ザーッ……》

 

ワイナの断末魔の叫びの後に轟音が鳴り響き、ホワイトノイズしか聴こえなくなる。

おそらくは何かが起きてマタルが転覆し、通信機器が壊れたのだろう。

それは誰でも分かるのだが…その"何か"が全く分からない。

全長257m、全幅29m、満載排水量3万2千トンにもなる大型空母を、大破しているとは言え瞬く間に転覆或いは轟沈させてしまう存在なぞ何があるというのだ。

 

──あぁぁぁぁぁぁぁ…あぁぁぁぁぁぁぁ…

 

幽霊船から響く女の悲鳴…いや、これは"呼んでいる"のだ。

海の底から…人智の及ばぬ深淵から…"何か"を…。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

──ダダダダダダダダダダ!!

 

恐慌状態に陥った乗組員が機銃を幽霊船目掛けて発砲する。

しかし、空を裂いて飛翔する25mm弾は幽霊船を構成する木材を打ち砕く事もなく、まるで霧に向かって撃ったかのようりすり抜けてしまった。

 

「攻撃が当たらない!やっぱり幽霊船だ!」

「た…助けてぇぇぇ!」

「お、俺はまだ配属されたばかりで何もしてない!信じてくれ!」

 

半狂乱になり銃身が赤熱しても撃ち続ける者、ひたすら命乞いする者、自身の潔白を訴える者…しかし、水底より現れた"何か"は慈悲なぞ持ち合わせてはいない。

 

──ゴゴゴゴゴゴ…

 

地震…いや、こんな海のど真ん中で起きる筈は無い。

海面が小さく波打ち、あらゆる所で小さな気泡が発生し、それらは徐々に大きくなる。

 

「な…何が…」

 

──ズザァァァァァァァァァッ!!

 

まるで滝の近くに居るかのような轟音。

微かな星明かりと月明かりすらも覆い隠す巨大な"何か"…それはタコやイカのような頭足類の触腕を何千倍にも拡大したかのような姿を持つ、巨大な触手であった。

 

「あ…ぁ…」

 

一様にその姿を目にし、青褪めたグ帝艦隊の乗組員達。

海面から突き出し、夜空に揺らめく10本近い触手は、呆然と立ち尽くす機銃手が居る駆逐艦へと振り下ろされ…

 

──ゴガァァァァァァァァァンッ!!

 

直径10mはありそうな肉厚の触手が勢いよく打ち付けられた駆逐艦は真っ二つに圧し折れ、そのまま触手によってグルグル巻きにされると、あっという間に海中へ引きずり込まれてしまった。

その光景を目の当たりにした乗組員達は皆がこう思った。

 

──マタルはアレによって海に引きずり込まれたのだ

 

──次に狙われるのは自分達だ

 

「撃てぇぇぇぇぇっ!」

 

──ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

誰かが絞り出した悲鳴のような号令と共に巡洋艦の主砲が発砲される。

15.2cm徹甲榴弾は、場合によっては格上である重巡洋艦相手でも痛打を与える事が出来る威力を持つ。

如何に相手が巨大生物と言えど、鋼の装甲を持たないのであれば容易く撃ち抜ける筈だ。

 

──ズゴォォォォォンッ!

 

その予想は的中した。

巨大な触手に直撃した砲弾は中程まで食込むと、炸裂して触手を半分ほど千切り飛ばした。

砲が通用するなら勝てる…ならば恐れる事は無い。

誰もが一縷の望みを見出した瞬間であった。

 

──ズリュンッ!

 

千切れた断面から新たな触手が生え、何事も無かったかのように蠢きだした。

 

「神様…助けて下さい…」

 

誰かが絶望のあまり全てを投げ出し、艦内礼拝所のある方向へ祈りを捧げた。

しかし、絶望とは"望みが絶たれた"という意味である。

それに…彼らが味わう絶望はこれからが本番なのだから。

 

 




そう言えば古の超兵器の下りが始まって一年以上になるんですね
早いとこバルチスタ沖海戦を纏めないと…


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248.■ンペ■タの影

これまで滞っていた分を取り戻すべく頑張りました


──中央歴1642年10月3日午前3時、ニグラート連合・レイフォル海上国境付近── 

 

私の名は『イーサン・フェデック』、グラ・バルカス帝国海軍のオリオン級戦艦『アルニラム』の炊事員…つまりはアルニラムの乗組員皆の食事を作るコックだ。

とは言ってもまだまだ芋の皮むきぐらいしか任されていない見習いだが…。

ともかく、私が配属されたアルニラムは野蛮な異世界国家を打ち倒すべく、手始めにムーを攻略するための海戦を戦っていたのだが、どうも手酷く被弾したらしく撤退の途上なのだ。

私は戦闘中も食事を作っていた為どうなったのかは分からないが、艦首付近の食糧庫が使い物にならなくなったと聞いた事と、ずっと後進で航行している事からおそらくは艦首に深い損傷を受けたのだろう。

まあ、一炊事員である私は戦闘については門戸外だ。

私はただ、この艦を帰還させるべく奮闘する皆にしっかりと力を付けてもらうべく、美味い食事を作るだけだ。

 

「イーサン、今は人が少ないから飯作ってみるか?」

 

そう私に問いかけたのは副料理長であった。

夜食作りと朝食の仕込みの為に私と共に夜勤をしていたのだが、まさかこんな事を言ってくれるとは思わなかった。

返事はもちろん、大きな声で「はいっ!」だ。

 

「そうかそうか。お前もよく頑張ってるし、簡単な調理ぐらいは任せられる。それじゃあ…卵サンドでも作るか?」

 

卵サンド…茹でた卵を潰し、マヨネーズや塩胡椒で和えたものをバターを塗ったパンに挟むだけの簡単な料理だが、それでも調理を任せてくれるというのは嬉しいものだ。

 

「よし、じゃあ先ずは何をするか分かるか?」

 

先ずは卵の用意だ。

卵は藁やおが屑と共に木箱に入っている。

確か卵は厨房の隣にある食糧庫にあったはず…。

 

──ドンッ…ドンッ…ドンッ…

 

「何だ…?これは…砲声か?」

 

副料理長が微かに聴こえる音に反応し、怪訝な表情を浮かべる。

もしや異世界国家の軍が追撃してきたのだろうか?

そう考えた私は、副料理長に自身の考えを伝える。

 

「かもな。だが、ムーやミリシアルは主力艦隊をこちらに回す余裕は無いだろう。追撃にしても小規模艦隊か…それか時代遅れの木造船だよ。直ぐに追い払われる」

 

それもそうだ。

このアルニラムだって撤退しなければならい程の損害を受けてはいるが、それでも副砲や高角砲は使えるだろう。

それらを使えば木造船の艦隊を追い払うなぞ容易い話だ。

 

──ドンッ…ドンッ…ドンッ…

 

「おーおー、派手にやってるなぁ。それにしてもここまで撃ってるって事は、結構な規模の…」

 

──ドォォォォォンッ!!

 

「っ!?コイツは…」

 

これまでの砲声とは訳が違う。

かなり近くで発砲された大口径砲の砲声…おそらくはアルニラムに搭載された40cm砲のものだ。

 

「おいおい…主砲を使ったのか?って事はムーかミリシアルの追撃艦隊が…艦内電話は…壊れてるんだったな。イーサン、俺はちょっと様子を見てくるから、お前は飯を作っておいてくれ」

 

はい、という私の返事も待たずに副料理長は早足で厨房を出て行ってしまった。

異世界国家による追撃…先の戦闘による損害を思い出した私は最悪の結末を想像して震えてしまうが、だからといって私に出来る事は一つだけだ。

戦う皆が力を発揮出来るように美味い飯を作る、その為には人手が必要だが、卵を茹でる間に寝ている他の炊事員を起こしに行った方が効率的だろう。

そう判断した私は、食糧庫から運び出した卵が入った木箱を抱え、スチーム釜の前に立ち…

 

──ゴォォォォォォォンッ!

 

突き上げるような衝撃、置かれていた調理器具が跳ね上がり、開けたばかりの木箱が床に落ちて卵がぐしゃりと潰れた。

そう言えば副料理長から聞いた事がある。

魚雷や機雷を受けた時は下から突き上げるような衝撃が来る…しかし、私の記憶によれば異世界国家は魚雷を保有していないという話だ。

ならば機雷だろうか?

 

「逃げろ!逃げろ!」

「助けてくれぇぇぇ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

厨房の前の通路を何人かの乗組員が半狂乱になりながら走り抜けて行った。

よく訓練された帝国軍人がこんな状態になるとは…やはり機雷に接触して致命的な損傷を受けたのかもしれない。

となれば一刻も早く、他の乗組員や同僚である炊事員に呼び掛けなくては!

 

「イーサン!逃げろ!」

 

そんな使命感に燃えていた私だったが、厨房に飛び込んできた副料理長の姿を見てその炎は完全に消え失せてしまった。

というのも副料理長の顔は浅黒く日焼けしているにも関わらず、まるで死人のように青白くなっている。

海の男を体現したかのように豪快で怖いもの知らずな副料理長がこんなになるとは…状況は余程悪いようだ。

やはり機雷に接触してしまったのか。

 

「機雷?…馬鹿を言え!あれは…あれは…!」

 

──ズル…ズル…

 

何か妙な音が聴こえる。

聴いたことが無い音だが、強いて言うなら魚市場で巨大な魚を引き摺っている音に似ているかもしれない。

少なくとも軍艦の内部で聴くような音ではないのは確かだ。

 

「き…来た…逃げるぞ、イーサン!」

 

何が何だか分からないが、副料理長がここまで豹変してしまうという事は只事ではないのだろう。

その時、私の頭からは他の乗組員や同僚へ呼び掛けるという考えはすっかり抜け落ちてしまった。

 

「走れ!走れ!」

 

後ろも振り返らず走る。

狭く暗い通路だが、普段から料理や食材を運ぶのに何度も通った道だ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

誰かの悲鳴が聴こえ、思わず走りを緩めてしまう。

 

「イーサン!もうアイツは諦めろ!」

 

副料理長の汗ばんだ手が私の腕をグイッと引き、無理やり走らせる。

一体何が…何がこの艦を…私達を追っているのだろうか?

しかし、逃げ切らなければ間違いなく命は無い。

私はそれを本能でも、理性でも理解し始めていた。

 

「あそこだ!あそこから外に出られる!」

 

時間にして5分もかからなかった筈だが、私にとっては永遠のような時間であった。

開け放された水密扉から飛び出た私と副料理長は、そのままの勢いで傾いた甲板を駆け抜ける。

そう、傾いてたのだ。

走っている最中、いつもより走る速度が速い気がしていたが、それは通路が下り坂になっていたかららしい。

 

「ボートは…無いか!クソッ、飛び込むぞ!何か浮かぶ物を持て!」

 

辺りを見回し、使えるボートが無い事を悟った副料理長が覚悟を決めたように告げた。

それに従い、私も辺りを見回して海に飛び込んだ後に体を預けられるような物を探す。

…あった!

ゴム引きの布でコルク材を包んだ救命胴衣だ。

運良く最適な物を見つけた私は、ほっとしながら救命胴衣を拾い上げようとした瞬間…

 

──ヌチャ…ヌチャ…ズルルルル…

 

"それ"を見てしまった。

赤黒い触手…タコかイカを思わせる吸盤を持ち、生臭い粘液を滴らせながら先程私達が飛び出した出入り口から這い出てくる、"この世のモノではない異物"…

気付けば私は海に浮かんでいた。

 

「イーサン!イーサン!早く泳げ!渦に巻き込まれるぞ!」

 

アルニラムの艦体に巨木のような触手が何本も絡みつき、海に引き摺り込もうとしている光景をぼんやりと眺めていたが、木材にしがみついて浮かんでいる副料理長からの呼びかけによって正気を取り戻した。

沈む船…特に軍艦のような大型船は周囲の物を巻き込む渦を発生させながら沈むという。

それに巻き込まれてしまえば一瞬で海底まで引きずり込まれてしまうだろう。

せっかく生き残ったのに、こんな事で艦と命運を共にはしたくない。

必死に泳ぎ、泳ぎ…疲れ果てて気を失ってしまった。

 


 

目を覚ましたのは、何とも古びた艦の甲板上…植民地警備隊の警備艦の上だった。

気を失った私や、その他漂流していた乗組員は彼らによって救助されたらしい。

 

「いったい何があったんだ?」

 

警備艦の乗組員が問いかけてくるが、今は話す気になれなかった。

もし話しても信じてはくれないだろう。

しかし、これだけは言える。

 

もう…海には行きたくない…。




これ、もはやただのモンスターパニックでは?


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