ダンガン口ンパノウム (口田らみ)
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Prologue 『ようこそ、正義の教室へ』
プロローグ


この作品は創作論破です。

その事をご理解したうえで気楽に読んでいただけると嬉しいです。


悪役に、実は主人公によってもたらされた悲しい過去があって、その恨みから主人公の敵となる話は世の中にごまんとある。

その場合、悪いのはどちらなのだろう。もしかすると、主人公にもそうしなければいけない理由があったのかもしれない。さらにその前には悪役に何かあったのかもしれなくて…言い出せばきりがない。

 

きりがないから別の話をしよう。皆は今まで何か物語を読んだ事があるだろうか。最近気づいたのだが、基本、特に子供向けの作品は、主人公が勝つ。勝者は正義となる。悪役だから負けたんじゃない、負けたから悪役にされたんだ。

 

悪役にされた。

 

勝ったのに。

 

だから抗議しなくちゃいけないんだ。

 

 

悪いことをした覚えなんて、一切ない。

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ「ようこそ、正義の教室へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…久しぶりだな、制偽学園(セイギガクエン)。」

 

俺は、この都市近郊には少し似つかわしくない灰色の大きな建物、もとい学校の前にポツンと突っ立っていた。

制偽学園。俺の通っている学校だ。ここは基本寮制で年に一度、学年の変わり目に一か月ほど自宅に戻る。今はその休みが終わったところ。今日から俺は二年生だ。

 

二年生からは毎年学年から15人、特別に才能のある生徒を集めた「特別学級」というものが存在する。その生徒は「超高校級」の称号をもらい、普通の授業に加えて生徒個人の才能を伸ばすための授業も行うようになる。この特別学級を目当てに制偽学園には全国から才能のある高校生たちが集まり、毎年数多くの才能の卵たちがしのぎを削りあうわけだ。

 

俺はこの特別学級に入ることになった。俺と同じクラスからは他に一人、特別学級に入るらしい。とは言ってもその人は学校に一度も来ておらず会ったことがない。つまり俺にとっては全員全く知らない人達だ。緊張する。最初は自己紹介をするだろうし、ここで一旦自分のプロフィールを復習しておこう。

 

俺は超高校級の判断力、宮壁大希(ミヤカベダイキ)だ。

 

 

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判断力というとなんだか超能力のような感じがするが、決してそんなものではない。少し前から裁判官の補助として裁判場に顔を出している功績が学園長の目に留まり、称号が与えられたらしい。…うん、十分だろ。いくらか緊張も和らいできた気がする。

 

「いつまでもここで踏みとどまっている訳にはいかないよな。そろそろ行くか。」

 

と、俺が一歩踏み出した瞬間。

 

「…?」

 

違和感。

一瞬の立ち眩みの後、校舎を見渡す。

 

「人が…いない?」

 

おかしい。普通人がいないなんてことはあるはずがないのに。

 

「何か、あったのか?」

 

しばらく進んでも人影は見えず、物音一つしない、不気味な空間が広がっていた。段々と焦りが募る。

 

「一旦外に出よう。」

 

自分に超能力じみた判断力があるのかは分からないけれど、今は自分の直感に少しでも頼りたかった。

そして校門の方に向かおうと後ろを向いた、その時だった。

 

「っ!?」

 

後頭部に痛みが走る。痛みを感じると同時に、俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

「いぴぴ、これで特別学級のメンバーは全員揃ったかな?これだけいれば、これだけの人数でお互いに疑い合って、傷つけ合って、殺し合ってくれたなら…。超高校級の悪魔だって、きっとボクくんの前に現れてくれるパオ!」

 

真っ暗な部屋にモニターの明かりが差し込む。椅子に座っているゾウのぬいぐるみは奇妙な笑い声をあげながら楽しそうに言った。

 

「さあ、やっと始められるよ!ミンナ、いってらっしゃーい!」

 

 

 

 

 □□□

 

 

「あ、えっと、大丈夫…?」

 

誰かの声で目を覚ます。何かが頬に当たるのでゆっくりとそれを取って見てみると、木の葉だった。

…………木の葉?

 

「ここは…?」

 

その後俺の視界に真っ先に映ったのは青い空…いや、青すぎる空だった。一面がペンキで塗られたかのように鮮やかな色をしている。

 

「どこも痛くない?立てそう?」

 

そう言って手を差し伸べてきたのは、緑色のセーラー服の上からオレンジ色のパーカーを着た、同い年くらいの女子だった。

心配そうにこちらを覗き込んでいるので俺は慌てて立ち上がった。

 

「あっ、いや、一人で立てる。ありがとう、心配させてごめん。」

 

「ううん、起きてくれてよかった!…やっぱり、君にもここがどこかは分からないよね。」

 

「ああ、ここは…森、なのか?」

 

周りには何本もの木々、そして所々色鮮やかな花も咲いていて全体的に鬱蒼としていた。ちょろちょろと水が流れる音も聞こえてくる。

 

「かなり広い温室らしいよ。そうだ!何人かは起きてるから挨拶に行かない?」

 

「他にも人がいるんだな。…えっと、名前は?」

 

「私は前木琴奈(マエギコトナ)。超高校級の幸運っていう称号をもらっているの。」

 

 

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超高校級。その言葉に俺は思わず声を上げていた。

 

「それって、もしかして特別学級の超高校級か!?メンバーだったんだな!」

 

俺の返事に前木も嬉しそうに頷く。

 

「そうだよ!君もメンバーなの?」

 

「ああ。俺は宮壁大希。超高校級の判断力って言われているんだ。よろし…」

 

よろしく、と言いかけた俺の手を取り、前木は目をキラキラさせながら身を乗り出してきた。ち、近い!思わずドキッとしてしまう。

 

「え!?判断力ってことは、あの『将来期待の裁判官!』って言われてるあの宮壁くん!?握手していいですかってもうしちゃってる!ごめんなさい!」

 

慌てて手を離しながらも興奮気味の前木に困惑してしまう。普通裁判官に握手とか求めないだろ。

 

「そ、そうだけど、なんで知ってるんだ?」

 

「少し前にドキュメンタリーに出てたよね!倒れてるのを見つけた時から似てるな~って思ってたの!」

 

「あ、ああ…あれか。見ている人なんていたんだな。」

 

前木の横を歩きながら自分の記憶を辿る。何かの特集で少しだけテレビに出たことがあった。恥ずかしいから叔父さんに録画されたのも消したっけ。

 

「すごいなぁ、やっぱりここってすごい人ばかりだよね。」

 

横で前木がため息をつく。

 

「そういえば、前木の幸運ってどういう才能なんだ?宝くじが絶対当たる、みたいな?」

 

「まさか!そんなすごいものじゃないよ。正直私自身、よくわかっていないんだよね。」

 

「そうなのか…。」

 

久しぶりに同世代の女子とこんなに話した気がする。なんだか嬉しいな。

 

「着いたよ!」

 

前木の声に顔を前に向けると、背の高いがっしりした男子とスーツを着こなした色白の男子、小学生くらいのピンク髪の女子がいた。前木が三人に声をかける。

 

「一人起きたよ!あれ、着物の男の子は?」

 

それにスーツのイケメンが答える。

 

「おれたちを見てどこかへ行ってしまいました。」

 

横で小さな女子が楽しげに話す。

 

「いかにもネタになりそうな人だったよねー!」

 

大柄な男子が俺に気づいてにかっと笑う。

 

「とりあえず、お互いに自己紹介といくか!」

 

「あ、俺は超高校級の判断力、宮壁大希っていうんだ。」

 

「ふむ、きいたことがあるな。自分は超高校級のサバイバー、三笠壮太(ミカサソウタ)だ。よろしく頼むぞ!」

 

 

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そう言って三笠は握手する手を差し出した。

おお…近くに来るとなかなかの迫力の筋肉だ。緊張するな…。

 

「よ、よろしくお願いします。」

 

がっしりと握手をかわす。すごい、手の厚みからして俺とは比べ物にならない。

その迫力に恐縮し思わず敬語になる俺を見て、三笠は不思議そうな顔をする。

 

「いや、ここにいるということは同い年だろう?固くなることはないぞ!」

 

そうだった。特別学級の人が集められているようだし、実質クラスメートって事なのか。

 

「そ、そうだな!三笠の事はテレビで見たことがある。確か、雪山で一か月近くの滞在を成功させたんだっけ?」

 

ニュースで見たときは正直人間になせる業じゃないだろ…なんて思っていたけど、いざ本人を前にすると何年でも暮らせるんじゃないかとさえ思えてくる。

 

「おおとも!よく知っているなぁ!感謝する。」

 

「感謝されるほどの事でもないよ、どういたしまして。」

 

うっ、握手した手を上下に動かされているけど動きが速すぎないか?腕が痛くなってきた…。

なんて考えていると横からスカートをひらひらさせながら小さな子が割り込んできた。ピンクがかった赤色の髪が途中から上に上がっている。どうなってるんだその髪型。

 

「ねーねー!美亜のこと知ってるー?桜井美亜(サクライミア)!漫画家なんだよー!」

 

 

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「桜井…あ!『オレジカ』の!?」

 

『俺に恋していることを自覚しろ!』という漫画はスピード感あるギャグと実はこのタイトルのがただのモブのセリフであることで反響を呼び、アニメ、ノベライズとメディア拡大が著しい人気作品だ。ちなみにギャグメインのバトル漫画であり、俺も持っている。

 

「おおー!読者様かー!宮壁くん、よろしくね!へへ、具体的に感想を聞いてもいいかな?」

 

「勿論。あの主人公の…」

 

「あのドM主人公に惹かれたのー?」

 

ん?確かに主人公はドMだったけど…。

 

「ええっと、どちらかというと俺は主人公の周りのキャラの個性が…」

 

「えええ!?主人公をいたぶるあの仲間たちに!?つまり、きみは一緒になって主人公をいじめたいドSなんだねー!」

 

は、はぁ?

 

「な、なんでそうなって…」

 

「安心して、こういうあまり人に知られたくない性癖は内緒にするからね、ドS宮くん。」

 

「え、名前どうしたんだ?」

 

ドS宮くん…?というか、呼び名をそれにしたら全く内緒になってなくないか?いやドSじゃないけど!

なんとも変なあだ名をつけられてしまった。これが彼女なりのコミュニケーションなのか。やっぱり漫画家って不思議な人が多いんだな。

 

「次おれいいですか?おれは柳原龍也(ヤナギハラリュウヤ)、超高校級の投資家です。」

 

 

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投資家…!この人だったのか、俺と同じクラスだった人。

 

「よろしく。だけどお前、なんで学校に来てなかったんだ?同じクラスだったけど見たことないんだが。」

 

「ああ、それは家で投資をしていたんで。あ、ちゃんと宿題はやってましたよ!全くできなくてびっくりしました!」

 

「そ、そうなのか。…それにしても超高校級っていうくらいだから、かなり金持ちなんだな。」

 

思わず声に出してしまった。すると柳原は犬のようにブンブンと首を振って謙遜する。

 

「いえ!最初はたった一万円さんだったんで金持ちではないですよ!むしろ貧乏なくらいです。」

 

たった一万円…彼の才能は本物のようだ。それを聞いて前木が話に加わる。

 

「それでも、今じゃ謎のイケメン投資家って話題になってるよね!私は柳原くんの顔、初めて見たなぁ。」

 

「普段は顔出しNGにしてますからね。でも、こうやって話題になってしまうということは、どこからかばれたみたいです。」

 

イケメンなのに顔を隠しているのか。うん、好感が持てるな。

 

「すごいな、柳原って。」

 

素直にそう言うと柳原はまたブンブンと首を横に振る。本当に犬みたいだ。

 

「そんなことありませんよ!おれにはこれしか能がないというか、他のことは全くできない役立たずなので。」

 

「そ、そんなに自虐しなくてもいいと思うんだけどな。頑張ったからこうして特別学級に入れたわけだし。」

 

「…宮壁さん…。」

 

柳原が神妙な面持ちで俺の方を見つめる。なにかまずいことでも言ったのか?

 

「どうした?」

 

「感動しましたっ!おれのことをそんな風に言ってくださるなんて!よし!おれ今から宮壁さんの弟子になります!おれにできることならなんでもお申し付けください!できる範囲でなんでもやります!」

 

「そんなこき使う事なんてしないし、普通によろしくしたいんだけど…。」

 

「ええっ!おれと対等に!?その言葉だけで十分ですよ宮壁さん!ありがとうございます!」

 

柳原は子どものようにぱあっと顔を輝かせる。イケメンだからその笑顔が眩しい。

なんだか、柳原って思ったより幼い雰囲気なんだな。投資家っていうからてっきりクールな感じかと思っていた。

柳原との会話に区切りがついた事を確認したのか、三笠が声をかける。

 

「よし、一通り済んだことだ。他の奴らも起こしに行くとしよう。」

 

「あと何人くらいいたんだ?」

 

「なかなか大勢いたぞ。ここの倍くらいか。」

 

この調子だと特別学級のメンツが揃っているみたいだし、あと10人はいるのか。

 

「結構いたんだね。宮壁くんも手伝ってくれる?」

 

「勿論。どの辺りに行けばいいんだ?」

 

「ドS宮くんは小川みたいなところに行ってみてほしいなー!」

 

「分かった。…ところで。」

 

ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「皆もここがどこか知らないんだよな。心当たりとかも、ないか?」

 

桜井はきょとんとしているがあとの三人の顔が少し曇る。

 

「温室ってことは三笠くんが教えてくれたから知ってるんだけど、心当たりもないし、情報も少ないから、私は分からないかな…。」

 

「自分も遠くに白い壁が見えるから温室だと思っているだけでな。確証はないのだ。」

 

「あ、あとねー!あの空は絵だよ!美亜は分かっちゃうんだー!」

 

桜井、それは俺でもわかったぞ。違和感がすごかったからな。

 

「なんなんでしょう、ここは。これって『らちかんきん』ってやつですかね?これから殺されちゃうんでしょうか、おれ達。」

 

「お主、そのようなことを言って不安を煽ってどうする。まあ、まだこの温室全体を見た訳ではないし、何か事情を知っている奴もいるかもしれない。揃った後にもう一度確認するのも手だと思うぞ。」

 

そうだよな。いくら気になるとはいえ、今聞くものじゃなかった。

 

「気を悪くさせてごめん。小川だっけ、そっちに行ってみる。」

 

「バイバイ!美亜、ドS宮くんのこと、忘れないっ!」

 

「え!?小川ってそんな遠いところなんですか!?宮壁さん、お元気で!」

 

なんだこのテンション。大げさに見送る桜井と柳原を三笠と前木の二人がほほえましく見守っている。家族か。

別に小川は遠くなかった。木製の小さな橋を渡ると、着物を着た女子が倒れていた。

そっと肩をたたいてみる。

 

「あの…?」

 

声をかけると少し動いた。よかった、意識はあるみたいだ。

 

「ん…?」

 

ゆっくりと目を開ける。美人だ。橙色のきれいな瞳はぼうっと宙を見つめている。

 

「大丈夫?どこか痛いところはないか?」

 

「………はっ!わたくしとしたことが!他の方に起こされてしまいましたわ!」

 

物凄い速さで起き上がった。あまりにも急に起き上がるから危うく頭をぶつけてしまうところだった。

 

「だ、大丈夫そうだな…。」

 

「失礼いたしました。ここは、どこなのですか?」

 

「よく分からないんだけど、特別学級のメンバーが集められているみたいなんだ。立てるか?」

 

大丈夫ですよ、と言いながらすくりと立ち上がる。まったりした雰囲気とは反対に動きはきびきびしているようだ。

 

「なるほど、説明感謝致しますわ。わたくしは超高校級の茶道部。安鐘鈴華(ヤスガネスズカ)と申します。」

 

 

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「俺は宮壁大希、超高校級の判断力なんだ。よろしくな。」

 

「こちらこそよろしくお願い致します。」

 

そう言って微笑む姿はまさに大和撫子。流石茶道部。安鐘の話も聞いたことがあるな。

 

「容姿も動作も美しい茶道家だったっけ、確か。」

 

そう、俺が何気なく呟いた時だった。途端に安鐘の顔がりんごのように赤くなる。

 

「や、やめて、くだ、その、よよ、呼び名、すご、すごく、は、恥ずかし、のでででで」

 

もはや日本語になっていない。そこまで恥ずかしがること…いや、俺だったら恥ずかしいな。

 

「ご、ごめん、そこまで恥ずかしがるとは思わなくって。」

 

「いえ、わたくしこそ申し訳ないです…。」

 

直るのも早いのか。

 

「でも、何をそんなに謙遜することがあるんだ?安鐘はすごい人だって記事でも」

 

「あああの、な、慣れて、なく、てですね、その、ほめていただく、のの、は、嬉、嬉し」

 

これは大変だ。しばらく収拾がつかずに俺が慌てふためいていると、三笠が男子と並んで歩いてきた。その男子は肩に誰かを担いでいるのか、足が肩から垂れ下がっている。

 

「おお、いたいた。宮壁、ちょいとこやつの面倒を見てやってくれんか?」

 

「こやつ?」

 

「あ…俺が背負ってる子…なんだけど…。」

 

三笠の横にいた男子が誰かをゆっくり下ろす。子ども…いや、特別学級のメンバーなんだから同い年か。クッションで隠れていて顔は見えない。

 

「あ、ついでに、自己紹介…。俺は、サッカー選手の端部翔悟(ハタベショウゴ)。」

 

 

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「俺は超高校級の判断力、宮壁大希だ。」

 

「わたくしは茶道部の安鐘鈴華ですわ。」

 

「自分は三笠颯太、サバイバーだ。」

 

お互いに簡単な自己紹介をする。選手だからいかにもスポーツマンみたいな快活な人かと思っていたけど、案外大人しい人なんだな。

 

「端部って確かキーパーだったよな?」

 

「うん…よく、知ってるね。」

 

「テレビにもたくさん出てるじゃないか。あ、でも話すのはあまり見たことないけど。」

 

「……喋るの、苦手…なんだよね。」

 

困ったように笑う端部からお花が舞っているんじゃないかと疑うくらい和やかな雰囲気が漂う。女子ファンが多いのも頷けるな。

 

「ほら、俺って、サインが下手すぎるって有名でしょ…?」

 

いつの間にか二人も話を聞いていたらしく、会話に加わる。

 

「いえ、下手ではなく独創的と書いてありましたわよ!」

 

……安鐘、それはフォローになっていない気がする。

 

「自分も見たことがあるな。全て波線で書かれておったぞ。」

 

「それは、どういう事なんだ…?」

 

「俺、試合以外で人前に出ると…緊張しちゃって、ペンを、持つ手の震えが…止まらなくなるんだ。」

 

「そ、それで全部波線になるのか…。」

 

「ファンの方々からは『はたぶるサイン』と言われているとわたくしのお友達が申しておりましたわ。」

 

端部は安鐘の言葉に複雑な顔でため息をついた。安鐘はフォローする気があるのだろうか?意外と天然なところがあるのかもしれない。

 

「すごいな。俺、スポーツはあまり得意じゃなくて。場所があれば久しぶりにやってみようかな。」

 

「えっ、ほ、ほんとに…!?」

 

突然端部が俺の手を取る。あれっ、デジャヴ。

 

「や、やろう…!?人数が少ないから試合とまではいかなくても、ミニゲームならできると思う…!最悪、ここの木を伐採して更地にすれば…。」

 

それは流石に手間がかかりすぎだと思う。

 

「そうですわね!どうやらわたくし達はどなたかに連れ去られたようですし、こうなったら木を切り倒して犯人さんに一泡吹かせてやりますわよ!」

 

謎のやる気に満ち溢れ始めた二人を苦笑いで見つめる三笠。三笠は皆の父親なのか?

 

「お主ら、伐採の相談もいいが、そろそろ探索を続けてはどうだ?宮壁もまだ半分くらいだろう。」

 

「そうだな、じゃあ俺は」

 

いい感じに去ろうとする俺を端部が呼び止める。

 

「場所があれば伐採はしない、から。ゲーム…しよう、ね。」

 

「ありがとう、下手だから足引っ張るかもしれないけど。」

 

「大丈夫、任せて…!」

 

端部は嬉しそうに頷いた。今から楽しみだな。

 

「ではわたくしもお茶会を開きますわ。サッカーを見ながらお茶をいただくのもきっと楽しいはずです!」

 

サッカーの横で茶会か、すごい光景になりそうだ。

そんな感じで俺達はまたばらばらになっていった。…さて、忘れていたけど、改めて倒れている男子を見る。うん、見た目は子どもだな。頭脳は分からない。白衣を着てクッションにしがみついている。このクッションを取れば起きるか…?

 

「失礼します…。」

 

しゃがみこんで引っ張る。抜けない。

少し強く。取れる気がしない。

なんだこいつ、どんだけ強くしがみついているんだ。

 

「これ本当に寝てるのか?寝たふりじゃなくて?」

 

ぐいぐい引っ張っていると、よりによって桜井に見つかってしまった。しかも隣には極端に短いスカートを穿いた背が高く髪の長い女子もいる。あと結構胸が大きい。あっ、別に俺は変態じゃない!

 

「あ!ドS宮くんのSが発動してるー!そんな小さな子どもを…。」

 

やめろ桜井その変なあだ名で呼ばないでくれ勘違いされる。

 

「なんか修羅場な感じ?つか『ドエスミヤ』って名前やばくね?微妙にきもいんだけど。」

 

これはひどい。

桜井も十分子どもに見えるだろとか、勝手につけられたあだ名をキモいと言われても俺にはどうしようもないとか、何をどう見たら修羅場になるのかとか、ツッコミどころが多すぎて反応に困るけどとりあえず立ち上がって一言。

 

「俺は宮壁大希、超高校級の判断力だ。」

 

真剣な顔で訂正した俺を見て、背の高い女子は大爆笑し始める。

 

「あっはははははは!ひー、マジでその顔ウケるんだけど!てか名前普通じゃん、残念。期待して損したわ。アタシは超高校級の怪盗!難波紫織(ナニワシオリ)でーすっ!」

 

 

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顔に名前にひどい言われようだ。このタイプの女子は話しづらいんだよな。ちょっと怖い。

って、え、怪盗!?

 

「か、怪盗って犯罪じゃ」

 

「は?失礼すぎねぇ?アタシは、悪い奴が違法ルートとかで手に入れたお宝を元の所に返す正義の怪盗だから!よくある怪盗とは一緒にしないでくんない?ま、偽物だったらたまに売ることもあるけど。」

 

「お、おう、そうだったのか…ごめん。」

 

俺がたじろいでいる横で桜井は目を輝かせる。

 

「しおりんの話を聞いてるとー、アイデアがむごむご~って湧き出てくるよー!」

 

「マジで!?じゃあアタシの武勇伝をたっぷり聞かせてあげるわ!漫画のモデルになるとかアタシヤバくね!?」

 

「やったー!ヤバいよしおりん!」

 

二人がきゃっきゃとにぎわっていると、クッションの力が弱まった。

そのことに気づいて急いでクッションをはぎ取る。

 

「人が寝てるのに起こそうとしないでよ…。」

 

「や、やっと起きた!皆を起こして回ってるんだ、早く起きてくれないか?」

 

「……あと20分。」

 

一瞬でクッションが元の位置に戻っている。ずっとかまうのも疲れるしもういいや、放っておこう。仮にも男子高校生だろ?自分で起きてくれ。

 

ふと視線を感じて目を向けると、難波がいかにも興味津々といった感じで男子と俺を交互に見ていた。

 

「い、今の、誰?」

 

「え、分からないけど…。」

 

「おもりしたい。」

 

……え?お、おもり?

ちょっと難波が何を言っているのか分からない。

 

「いいのか?なんだか面倒そうな奴だけど。」

 

「全然オッケーだから!だってショタじゃん!?最近ショタ不足に陥ってたんだよねー本当感謝だわ。」

 

「しおりんってショタ萌えなんだねー!いかにもお姉ちゃんって感じがするもん!」

 

ショタ…不足?ショタって定期的に摂取しないとならないものなのか?じゃあ俺なんて恐ろしく不足しているじゃないか。

さっきから二人の会話についていけない。あの二人のタイプは結構違ってそうだからあんなに盛り上がっているのは意外だ。

なぜか手を合わせて拝みながら難波はそろりと男子に近づき、体育座りをした。

…………スカート………中……………。

 

いや、もう二人とも放っておこう。まだ会っていない人もいるし、俺はそっちを優先するべきだろうな。

 

「ほうほう、名前の通り紫なんだねー!しかも蝶々柄ときた!ドS宮くん的にはああいう強そうなのより薄ピンクのレースとかの方がいいのかなー?あ、ちなみに美亜は普通のパンツだよ!」

 

桜井、そんな大声で言う事じゃない。ちらりと見えた光景が脳内にフラッシュバックしてくるから忘れさせてくれ。あと恥じらいを持て。何も答えないぞ俺は。黙秘します。

こんな失礼な話が繰り広げられているにも関わらず、当の本人には全く聞こえていないようだ。男子の方をじっと見つめている。その真剣な眼差しが正直怖い。

 

「あ、じゃあ、難波…頼んだ。ありがとな。」

 

「バイバイしおりん!」

 

聞こえていない。すごいな、どこにそこまで集中する事があるんだろうか。

 

少し歩いたところで、木陰で休んでいる様子の男子と女子を見つけた。

男子の方は長い金髪を結んでおり、派手な衣装を着ている。テレビで見たことがあるな。女子はふわふわした髪型をして全身青っぽい服を着ており、二人は会話に花を咲かせている。とりあえず声をかけてみるか。

 

「あの」

 

「ギャー――――――!!!何!?誰君!?!?」

 

「にびゃーーーーーーー!?!?どこから現れたんですーかー!?」

 

二人とも飛んだ。男子の方は腰が抜けたのか四つん這いの状態で倒れ、女子の方は飛んだ勢いで茂みの方まで転がって行ってしまった。

あまりにもオーバーリアクションなので笑ってしまう。そんなにびっくりするような声かけだったか?

 

「ごめん、そこまで驚くと思わなかった。」

 

男子の方が俺を見て騒ぎ立てる。

 

「そりゃ驚くでしょ!?ひどいな!俺突然出てくる系のホラー映画とか無理なんだけど!あ、ここに来たってことは自己紹介の流れ?」

 

その言葉が終わる頃には女子の方も戻ってきていた。

 

「ああ、そんなところだ。二人ともこの場所に心当たりはあるのか?」

 

「分からないでーすねー。潜手めかぶは超高校級の海女、潜手(モグリテ)めかぶですー!」

 

 

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眉毛をへの字に曲げて潜手は困った顔をした。方言なのかよく知らないけれど変わったイントネーションだな。男子の方も続けて腕を組んで答える。

 

「俺も心当たりなーし。知ってると思うんだけど、超高校級のメンタリストの牧野(マキノ)いろは。よろしくー。」

 

 

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「俺は宮壁大希、超高校級の判断力だ。よろしくな。牧野の事はテレビで見たことがある。潜手は初めて見たけど、海女さんなのか。すごいな…」

 

俺の言葉に牧野は髪をかき上げ、潜手はぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

「やっぱり知ってるよな!こんなにもイケメンだもんな、俺って。」

 

まあそうだけど。それを自分で言ってしまうのはどうかと思う。

 

「うふふーでしょっでしょー?海のチカラは偉大ですかーらね!」

 

……海のチカラ?

 

「海のチカラっていうのはですねー、海のご加護のことなんでーすよー!」

 

「あれ?俺何か話したか?」

 

「なーんにも、話してませんよー?だけど、聞かれなくても説明するんでーす!」

 

えっへん、と潜手はどや顔を披露した。

それにしても、二人とも自分にかなりの自信を持っているんだな。やっぱりそういう人達は輝いて見えるものなのだろう、二人の笑顔が眩しい。

 

「二人はずっとここにいたみたいだけど、他の人達とは会ったのか?」

 

「ずっとじゃないよ?さっき休憩し始めたとこ。何人かとは会ったし。」

 

「休憩?そんな疲れるような事があったのか?」

 

「なんか着物着た男がどっか行ったらしくて。探してたけど面倒になっちゃってさ。」

 

「それで、しばらく休憩しよー!って提案したのですー!ねー牧野くんさん!」

 

「ねー潜手ちゃんさん!かれこれ20分くらいは経ってそうだよね!」

 

「まだまだ休めまーすよー、いろはしゃん!」

 

「俺も休む体力余裕で残ってるよ!めかぶしゃん!」

 

なんだこのノリ。というかこの二人、結構早くに起きてたんだな…。

 

「もうその人の事はいいから別の人を起こしに行ってくれないか?」

 

俺の提案というかお願いに二人ともしぶしぶという感じで腰を上げた。

 

「ちぇー。分かった分かった。」

 

「じゃねー!さよーなーらーですー!」

 

賑やかな二人と別れる。なんか、話をしているだけなのにだんだん疲れてきたな…。

 

俺もその着物の人とやらを探してみるか…って、いた。こっちには気づいていないみたいだ。逃げられるらしいし、こっそり近づこう。

 

「おい。」

 

「!?」

 

なんだか漫画に出てきそうな格好だな。それこそ桜井のオレジカとか。着物の上から和風の上着を羽織り、下駄を履き、首に刺繍をしている。

しかしこちらを見たのも一瞬のことで、どこかへ行こうとしたので呼び止める。

 

「なんで皆から逃げるんだよ?自己紹介くらいはしたらどうなんだ。」

 

「…関わりたくねえんだよ。」

 

そう言ってまた去ろうとするので肩を持つ。嫌でも名前くらいは教えてくれもいいじゃないか。すぐに手を払われ、そいつはまた歩き出した。なんだこいつ。

急いで相手の進行方向に回り込む。まるでカバディをやっている気分だ。カバディカバディ。いや、この動きはラグビーかもしれない。

 

「俺は宮壁大希、超高校級の判断力だ。お前は?」

 

「……除霊師、大渡響(オオワタリキョウ)…聞かれたことは答えたからな。」

 

 

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大渡は俺の横を通り過ぎて行ってしまった。除霊師か…。あまり聞いたことがないけれど、悪霊とかを払う人の事だよな?人から相談を受けてやるものだと思うけど、あいつなんかに務まるのか?

 

そんなことを考えながら歩いていると、柳原と出会った。背の高い女子を連れている。

 

「あ、宮壁さん!こちら…」

 

篠田瞳(シノダヒトミ)だ。」

 

 

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篠田はそれきり黙ってしまった。なんというか、とても怖い。俺より背が高い上に瞳が鋭すぎる。あ、別に名前が瞳だからっていうギャグではない。

 

「俺は宮壁大希。超高校級の判断力だ。って、篠田の才能は…?」

 

「言う必要があるのか?」

 

「えっ?まあ、クラスメートになるわけだし、知っておいた方がいいとは思う。」

 

「教える義理はないな。」

 

「な、なんでだよ…?」

 

困惑する俺を見て、柳原も困ったように笑う。

 

「おれも聞いてるんですけど、さっきから教えないの一点張りで…。」

 

「えっと…そうだな。嫌なら教えなくていいよ。」

 

俺の言葉に二人とも驚いたような顔をする。

 

「言いたくない理由があるなら無理に聞くことはないからな。でも、このどこか分からない場所にいる間、隠し事をしていたら怪しまれると思うから気を付けた方がいいぞ。」

 

気づいたら柳原が目を輝かせて俺を見ていた。

 

「宮壁さん、かっこいいです!おれ、宮壁さんみたいになれるように真似しますね!」

 

篠田の表情も心なしか柔らかくなり、俺に礼をした。

 

「そうか。気遣いまでありがとう。では、私はもう少しこの一帯を探索してみる。」

 

「ああ。分かった。」

 

でも、人に言えないような才能か…言わなくていいとは言ったけど気になるな。謎が多い人だ。

しばらく歩いてふと先を見ると、牧野が何かを見ていた。

 

「牧野、何やってるんだ?」

 

「ひっ!?…ってまた宮壁か脅かすなよ!ちょっとあそこにいる女の子を見てよ。」

 

牧野と一緒に木に隠れてそっとその先を見ると、女子が一人うろうろしていた。

 

「それで、あの子がどうかしたのか?」

 

「………タイプ。」

 

「え?」

 

「だから、顔!雰囲気!お尻!どこを見ても可愛すぎない!?」

 

ドキドキしちゃう…とか言いながら牧野は胸をおさえる。これが一目惚れってやつか!実際に一目惚れしている人を見たのは初めてだ。

 

「声をかけてみたらいいじゃないか。」

 

「む、無理無理無理!恥ずかしいし!」

 

「さっきからあたしの方見て何してるの?」

 

向こう気づいてたのか。

流石に会話は聞こえてないよな?尻とか言ってたし、聞かれてるとまずくないか?

 

「人のお尻を見るなんてどうかと思うんだけど。もっと他に見るものあるよね?」

 

聞かれてた。

 

「え、君の太ももとか?」

 

「は…?」

 

うわ、明らかに引かれてるぞ牧野。周りの様子とか、そういうものを見ろって意味だろ絶対!

二人の間になにかいたたまれない空気を感じたので話題を変えよう。

 

「あ、あのさ、名前を教えてもらってもいいか?俺は宮壁大希。」

 

俺の言葉に我に返った様子で女子は俺に向き直る。確かにちゃんと見ると美人な顔立ちだな。

 

「あたしは高堂光(タカドウヒカリ)。ここってどこなのか、宮壁は知ってるの?」

 

「いや、それは知らないな。ただ、特別学級の人達が集められているみたいだ。」

 

「そっか、ありがと。あたしは超高校級の山岳部。よろしくね。」

 

 

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「よろしく高堂ちゃん!俺はメンタリストの牧野いろは!」

 

俺は信じられないものを見てしまった。牧野の手が、高堂の尻に置かれている。こ、こいつ…女子のお尻を触ってやがる。高堂、今すぐ牧野を訴訟しよう。

 

「何、やってんの…?」

 

「す、スキンシップ…かな…。」

 

えへへと照れる牧野を確認した二秒後、牧野は地面に倒れていた。

 

「最低だね。」

 

そう言って高堂は去って行ってしまった。まあ普通そうなるよな。

 

「高堂ちゃん、俺を蹴り飛ばした時のお尻の形が最高だった…。」

 

倒れてもなお変態発言を繰り返している。もう放っておこう。

 

そろそろ起きてるんじゃないかと思って戻るとやはり、あのクッション男子は起きていた。なんだかさっきと似たような光景が広がっている。

 

「超かわいい…アンタマジで同い年なの?年齢詐称してね?」

 

「嘘をつくのは嫌いだから詐称なんてしないよ。もう離してくれない?疲れた。」

 

うん、性別は逆だけども。難波が男子をしっかりと抱きしめていた。幸せそうな顔をしている難波とは反対に、男子の方は無表情を貫いている。

 

「あっ!宮壁じゃん!見て!東城優馬(トウジョウユウマ)っていうんだけど、超かわいくね!?」

 

難波の元気な声掛けにどう反応すべきか迷っていると、東城と呼ばれた男子が俺の方を見上げる。

 

「ボクを起こしてた人だ。さっきは世話になったね。」

 

「あ、ああ。無理に引っ張ろうとして悪かったな。寝たふりかと思ってさ。」

 

「え?寝たふりだよ?」

 

「…は?」

 

「人間はどこまで寝たふりを続けると起こすのを諦めるのか気になって。キミで実験させてもらったんだ。あ、そうそう。ボクは化学者だよ。化学に関係なくても気になったことは調べちゃうけど。」

 

 

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前言撤回。俺は何も悪くなかった。あっさり白状するって事は、悪気はないんだな。余計に厄介だ。

 

「そうか。俺は宮壁大希。超高校級の判断力だ。」

 

「判断力。へえ、実験したい事が山盛りな才能だね。」

 

目を輝かせて言う東城に、かーわーいーいー!と言いながら難波が頭をわしゃわしゃする。俺にはかわいいと思える要素が見当たらなかったんだが…二人ともただの変人にしか見えない。

温室は大方見て回れた気がする。まだ見てないところもあるけど、他の人が探してくれているはずだ。

 

「そろそろ皆でどこかに集まりたいけど、いい場所はあるか?」

 

「あ、あれは?なんか近くに扉があったところ。近くに池もあるしあれでよくね?」

 

難波が奥の方を指さす。扉?温室の出入り口って事か。まだ見てない場所だな。

 

「なるほど、いいと思う。じゃあ難波と東城も声をかけてきてくれないか?」

 

「りょーかい!また後で。さあ、行こうか、東城きゅん!」

 

「きゅん?ボクは東城優馬だし、くんの間違いじゃないの?」

 

「何この子超ウブじゃんヤバくね!?」

 

なんか不思議な人が多いな。疲れた。とりあえず俺は扉を見てないし、先に場所確認に向かおう。他の人を呼ぶのはその後でもいいよな。

 

難波の指さした方向に向かって歩いていく。距離は短いけど木が多いから、遠くからじゃ扉があるとは分からないな。あ、あった。

一言で言うと、異質だ。周りに花や木が多かったり池があったりするのとは違って、人工物感がすごい。そして意外と大きい。一気に五人くらいは通れそうな幅だ。加えて鉄の扉の横の壁には『2F』と書かれていた。なかなか大きな建物らしいな。

 

なんて一人で悶々と考えていると、後ろからガサガサという音がした。慌てて振り返ると、一人の女子が俺の真後ろに立っていた。え、誰だ?まだ挨拶していない人がいたのか。その女子は長い黒髪を赤いリボンで二つにまとめている。真っ赤な目が俺と視線を無理矢理合わせてきた。

 

「えっと、なんでそんなに近距離なんだ?」

 

「……誰?」

 

いやこっちのセリフなんだが。ま、まあ聞かれたんだから答えておこう。

 

「超高校級の判断力の宮壁大希だ。」

 

「………宮壁、判断力。……………了解。」

 

「あ、えっと、できれば名前を教えてほしいんだけど。」

 

「……………勝卯木(カチウギ)(ラン)。…………記憶力。」

 

 

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「よろしく…。」

 

勝卯木はこくりと頷くとそのまま黙ってしまった。今のところセリフが全部漢字だから日本人か疑わしくなってくる…メタ台詞ってやつか、これ。

 

「日本語……話す…ばっちり……日本人…………。」

 

「あ、あれ?今、俺話してたか?」

 

「………そんな顔、してた……………。」

 

「そ、そうか。」

 

なんだか会話のテンポがつかめない。つかませる気もなさそうだ。

 

「今からここに皆を集めようと思うんだ。ここで待っていてくれるか?」

 

勝卯木はまた頷くと真下にしゃがみ込み、微動だにしなくなった。本当にピクリとも動かなくなってしまったので恐る恐る声をかける。

 

「ちょっと動くくらいはいいんだぞ?」

 

勝卯木はぱちぱちと瞬きをすると、もう一度俺の方を見上げる。

 

「………息は?止め」

 

「いや息は止めちゃダメだろ!」

 

思わず反射的に突っ込んでしまった。え、素なのか?わざとか?分からない…。

とりあえずなぜかゆらゆら揺れている勝卯木に別れを告げ、俺は皆を集めに向かった。

 

やっと揃った。潜手が桜井にぶつかりそのまま端部を巻き込んで転がったり、牧野が今度は前木のお尻を触ろうとして高堂にまた蹴られたり、東城が周りに生えている草を次々と他の人に食べさせて味を記録したり、そういう騒ぎがあったせいでとてつもなく時間がかかった。

ちなみに俺もとても不味い雑草を食べさせられた。早くこの口に広がる苦みをどうにかしたい。水が飲みたい。ということで俺は小川の水を手ですくって飲むことにした。

 

「宮壁…、自然界の小川ならまだしも、この人工の建物の中にある水は安全かどうか確かめてから飲まないと危険だと思うのだが…。」

 

三笠に心配された。

 

「えっ。あ、そうだな、あまりにもあの草が苦くて思わず。」

 

「確かにあれは苦かったな。一応害はない草だと思うが。」

 

「三笠がそういう事に詳しくて助かった。ありがとな。」

 

「ねえ、皆揃ってるんだけどどうするの?」

 

高堂の呼びかけに慌てて立ち上がる。まずい、完全にほったらかしにしていた。

そして、全員が鉄の扉の前に集まった。こうやって揃うと壮観というか…濃いな。最初に口を開いたのは三笠だった。

 

「これで特別学級に入る予定だったメンバー全員が揃った、という事でよいのだな?」

 

「1、2、3…ええ、特別学級は15人だったはずですから、これで揃っていますわ。」

 

「一応皆お互いに自己紹介は終わってる…のかな?」

 

前木の言葉に一同は顔を見合わせる。特にそれらしい発言はないから終わっているみたいだ。

 

「では、ここで分かったことを確認していくとするか。」

 

「まずはここにある扉じゃね?ドアノブがねーから開けるのは不可能だし、鉄っぽいから壊すのも無理。これって誰かが管理してるんじゃねーの?」

 

難波の方を見ると、確かにドアノブがない。でも、この感じは…。

 

「これ、エレベーターじゃないか?」

 

「エレベーター!それではー、ここって結構広い場所なんですーねー。」

 

「つまり、やっぱり誰かが管理してるってことだよね。開くのを待つしかないって事?」

 

「えー!?高堂ちゃんそれマジで!?いつ来るかもわかんないのに待つのか、やだなあ。高堂ちゃんに触って待っておこうかな。」

 

「は?」

 

牧野はハッスルしすぎだろ。女子が引いてるぞ。

 

「はいはーい!美亜は監視カメラみたいなのを見つけたよ!あと、モニターも!」

 

「監視カメラにモニターって、明らかに誘拐事件とかで出てくるセットじゃないですか。おれ達、やっぱり連れ去られて殺されちゃうんでしょうか…。」

 

「うーん、さすがにそんな事にはならないんじゃないかな?」

 

前木は不安に思っているのか、柳原に対する口調が弱くなっていた。

その間に割って入るように勝卯木が柳原の前に立つ。急にどうしたんだ?

 

「……怖いこと……だめ………ことな、かわいそう……。…謝罪。」

 

柳原はきょとんとした顔をする。まあ勝卯木が突然出てきたらびっくりするけどな。

 

「や、柳原…えっと、たぶん、不安を煽るような事を言うのはよくないって事を言いたいんだと思うぞ。」

 

「あっ、そういう事だったんですね!前木さん、ごめんなさい!」

 

「そ、そんな謝らなくても私は大丈夫だよ!?蘭ちゃんもありがとね?」

 

勝卯木は黙って頷いた。な、なんだったんだ急に…雰囲気は和やかになったけど。

 

「えーっと?とりあえずカメラとモニターでも見に行く?ここで待ってても仕方なさそうだし。じゃあ皆、美亜についてきてー!」

 

「そ、そうだね…早く、行ってみよう。」

 

桜井に案内され、俺達は監視カメラとモニターのある場所までやってきた。というかよく覚えてるな、似たような道ばかりなのに。

 

「うん、いかにも怪しい雰囲気のカメラとモニターだね。でも新しいし材質もしっかりしてるね。埃も少ないからボク達はここに連れてこられたんだと思うよ。」

 

「そうだ。ずっと考えてたんだけど、皆はここに来るまでの出来事って覚えてるの?あたしは校門に入るくらいからほとんど記憶がないんだけど。」

 

「そう言われると…ほとんど、何も覚えてない…気がする…。」

 

確かに、俺も覚えていないな。校門に足を踏み入れようとして…どうしたんだっけ。全員がほぼ同じタイミングから記憶が曖昧になるなんて事、有り得るのか?今考えても仕方のないことなのかもしれない。

俺がこの状況に頭を捻っていると、痺れを切らしたのか難波が文句を言う。

 

「つーかさ、ここから出るには結局このエレベーターを使わなきゃダメって事じゃん?それまでどうやって過ごせばいいわけ?東城きゅんいわくカメラとかは新しいみたいだし、そろそろ管理人とかが来てもいいと思うんですけどー。」

 

「そっか、管理人さんが来るまではエレベーターも動かないから、私たちはずっとこのままってことになるんだよね。大丈夫なのかな…。」

 

「うーん、何か召喚呪文がいる、とか?美亜がやってみるねー!出でよ、管理人!」

 

ピピ…ガガ…。

 

モニターから起動音のようなものが聞こえた、次の瞬間。

 

「やっほー特別学級の皆!元気?とりあえず今からエレベーターの入り口を開けてあげるからさっさと乗っちゃって!一階で待ってるパオ!」

 

プツン。

 

「何あれ…ゾウ?キモいデザインだなー、しかも首取れかかってたし。」

 

あまりにも突然の出来事に牧野のゾウに関する感想も俺の頭を抜けていった。皆困惑していた。

 

「ええー、美亜の適当な呪文があってたって事―?」

 

「さすがにそんなことはないと思いますわよ…?」

 

俺がまだ口を動かせずにいると、裾を引っ張られた。勝卯木だ。

 

「………乗る……。」

 

「そ、そうだな。」

 

全員なんとも言えない複雑な気持ちを抱えたままエレベーターに乗る。なんとも無骨なデザインだ。コンクリートの箱、と言った方が適切かもしれない。そのコンクリートにところどころできた染みが俺の体の芯をじわじわと冷やしていった。

上の方にある電光板が『1F』と表示され、エレベーターは動きを止めた。

扉が開くと、目の前に先ほどモニターに映っていたあのゾウがいた。

 

「よしよし、ミンナ元気に下りてこられたみたいだね!じゃあボクくんについてくるパオ!」

 

と言ってくるりと向こうを向くとちょこちょこ…いや、大きさの割には速いスピードで歩き始めた。

 

「なーんだかー、あのゾウさん気味が悪いですー。」

 

「本当にあれについていけばいいの?怪しさしか感じないんだけど。」

 

潜手と高堂の不満をしっかりと聞いていたのかゾウはこちらを振り返る。

 

「ちゃんとついてきてね?そうすればここがどこなのか教えてあげるパオー!」

 

「……チッ。」

 

やっと喋ったかと思ったら舌打ちだった。

皆ゾウの言葉にしぶしぶついていくことを決めた。とりあえず俺達がいた建物から渡り廊下を通って別の建物に入り、レッドカーペットに沿ってゾウの後に従う。

何が起きるのか怖くて、誰も話さなかった。皆の足音だけが廊下に響き渡る。

途中東城がどこかに行ったけどそれも気にならないくらい、その場の静かな空気に圧迫されていた。

 

やがて一際大きな扉のあるところに突き当たる。扉は半開きになっており、ゾウが体で押して開ける。

そこはちょっとしたホールのような部屋だった。細長いテーブルが四つあり、その内三つには四人分の椅子、残り一つには三人分の椅子が用意されていた。座ればいいのかどうか迷っている俺達をよそにゾウはステージにある教壇によじ登ると、大きな声で呼びかける。

 

「さて、着いたよ!ミンナをここまで案内してあげるだなんて、こんなに優しい学園長はこの世に存在しないよね!」

 

「が…学園長?貴方がですの…?」

 

「ゾウのぬいぐるみが学園長なんて魔法少女漫画みたいな展開だねー!この中の誰かが契約するのかな?」

 

「こーらっ!ぬいぐるみじゃなくて制偽学園の学園長、もしくはモノパオと呼んでよ!」

 

 

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「制偽学園?ここが?俺が去年通ってたところと全然違うんだけど。ていうか、俺会った事あるけど学園長は人間だったし!」

 

牧野の文句にゾウはうんうんと頷く。

 

「ああ、それはそうだよっ!ここは特別学級のミンナの為の課外授業用施設だからボクくんの管轄になるんだよ。」

 

「ふーん、でもアンタは何がしたいわけ?廊下歩いている時思ったんだけどここってアタシ達以外の人がいる気配がしないんだけど。仮にも高校生活を送るってのに先生1人いないのはマズくね?」

 

難波の言葉に確信めいたものを感じた。人のいない課外授業用施設、しかも見たこともないゾウのぬいぐるみが学園長だなんていくらなんでもおかしすぎる。

 

「特別学級に入ったら場所が変わるなんて聞いてないし、監視カメラなんてものがあるのも違和感がある。ゾウ、ちゃんと目的を話してくれ。」

 

ゾウは俺の指摘に顔を赤くして地団太を踏んだ。なんだこれ。無性に腹立たしいな。

 

「ボクくんはモノパオ!ちゃんと名前で呼んであげてよ!…はぁ、おもしろくない子が多くてビックリしちゃうよね。1回しか言わないからよく聞いてねっ!ミンナにはここで一生暮らしてもらいます!」

 

途端に皆の顔が固まった。一瞬の硬直の後難波が叫ぶ。

 

「はああああ!?意味分かんねーんだけど!?」

 

「そのまんまの意味だよ?ミンナはもう家に帰らずに今日からここで暮らすんだよ!ここがミンナのお家であり、世界であり、全てだっていう事パオ!」

 

「す、全てって…じゃあ外は…。」

 

「外?端部クン、ここで暮らすキミに外なんてものは必要ないでしょ?いーい?ミンナは残りの人生ここで暮らすんだから外の事なんてどうでもいいの!」

 

「…お前の目的は一体なんだ。」

 

ゾウは篠田の言葉に反応すると俺達の方をぐるりと見渡した。

 

「ふむふむ、この様子を見る限りだとミンナこの提案には不満なのかな?」

 

「さすがに一生は過ごせないよ…しかも外の事を忘れてだなんて…。」

 

皆が前木に賛同する。ゾウは困ったように頭をかくとポツリとつぶやいた。

 

「ここから出たい人の為に出る方法はあるんだよ。というかぶっちゃけそっちが本命だよね。」

 

「…あるならさっさと教えろキモ二色象が。」

 

「大渡クンったらひどすぎるよ!簡単に言うと、ここにいる資格のない人は出られるんだよ。つまり…」

 

モノパオはスウッと深呼吸をしてから何秒かためる。俺の呼吸も同時に止まる。そして、あまりにも長く感じた5秒後、今までで一番嬉しそうな声で言った。

 

「この中の誰かを殺せば出られるパオ!」

 

…………は?

え、今、なんて…?

ここにいる誰かを、『殺す』?

 

「ゾウ…発言、意味不明……。」

 

「意味不明って、殺人だよ?殺し方は問いません!ミンナがお好みのやり方で、お好みの人を選んでやっちゃってね!詳細なルールはまた後でお知らせするけど、とりあえずそうすれば出してあげるパオ!いぴぴぴぴ…。」

 

皆、声が出なかった。何を言っているのかは分かっても、頭が理解するのを拒否していた。

何も、考えられなかった。

 

「……い…だ。」

 

「はい?」

 

モノパオが首を傾げると同時に一歩踏み出したのは東城だった。今までの何も考えてなさそうな顔とはうって変わって、明らかに怒りを露にしていた。

 

「ボクは殺人が大嫌いなんだ。絶対にさせないし、キミには今すぐボク達をここから解放してもらうよ。」

 

「なーに言ってるんだか。そうやって正義面してる奴、ボクくん苦手なんだよね!それで、キミに何ができるのかな?」

 

モノパオの言葉が終わるのとほぼ同時だった。東城がモノパオにものすごいスピードで駆け寄っていくと、モノパオを掴んで壁に投げた。メキョッと何かが歪む音がした。

見ると、モノパオの首が完全に取れてしまっている。

 

「東城クン、キミは目上の人には礼儀正しくしろって習わなかったの?」

 

「今は関係ないよ。君があまりにもひどいことを言うから仕方なく暴力に訴えただけだよ。」

 

「…それでも、ルールを破った事には変わりないよ?東城クン、キミにはこのコロシアイの最初の犠牲者になってもらうパオ!」

 

 

モノパオが言い終わった瞬間、あらゆる方向からナイフのような刃物が飛んできた。

 

 

ザシュッと、肉を切る音がした。

 

 

知らない間に瞑っていた目を開ける。

 

「ふむふむ、なるほどね。君が助けてくれるなんて思ってもみなかったよ。ありがとう。」

 

 

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東城の満面の笑みの先に、腹部から血を流す篠田の姿があった。

篠田をかすめたナイフ以外は全て床に散らばっており、その内一本は篠田の手に握られている。

 

「し、篠田!大丈夫か!?」

 

慌てて駆け寄る。血の量からして、幸いにも重傷ではなかったらしい。

 

「ああ。多少怪我はしたが問題ない。おい、モノパオ、お前は先ほど東城をルール違反だと言ったが、まだルールの説明も受けていないのにその言い草はおかしいのではないか?」

 

篠田がモノパオを睨みつけると、首のないモノパオが近くまで戻ってきていた。中のスピーカーが丸見えになっている。

 

「はいはい。間違えて篠田サンを傷つけちゃったわけだし、大人しく言う事を聞いてあげるよ!ボクくんは優しいからねっ!さて、ルールのことなんだけど、こちらを贈呈します!」

 

モノパオがどこからか取り出したのはスマホくらいの大きさのタブレット端末だった。モノパオのパンツの模様が入った趣味の悪いデザインをしている。

 

「これは皆の電子生徒手帳だからね!ちゃんと校則を確認しておくこと!『特別ルール』もあるからね!」

 

モノパオはそう言って全員に配り終わると、壇上に戻り、そのままどこかへ消えてしまった。

俺はとりあえず篠田の様子をうかがう。

 

「どこかに運ぶぞ。」

 

「いや、手当は自分でする。」

 

「待って。人にしてもらった方がいいに決まってる。手当なら部活で慣れてるしあたしがする。場所を探そう。」

 

高堂はそう言って電子生徒手帳を開き調べ始めた。

ふとにこにこ笑っている東城の方を見る。東城には傷1つついていない。

 

「東城…そのナイフ、どうした?」

 

「これ?ああ、さっき弾いたやつだね。防弾チョッキをここに来る前に見つけた倉庫で着ておいたんだよ。」

 

「それじゃあ、篠田が助けに行かなくても…。」

 

「まあ大丈夫だったかな。だけどその事を知らなかったのに自分の危険を顧みず助けてくれた篠田さんには感謝しているよ。だからその傷の手当だってボクがするつもりだよ。」

 

「お前、こうされる事が分かっていて準備したんじゃないのか?」

 

「知らなかったよ。だからこれは実験だったんだ。あのモノパオって奴に反抗したらどうされるのか確かめるのが目的の実験。あ、あとこれも目的だったよ。『ボクが被害を被りそうになった際、誰が助けに来てくれるのか、そもそも助けに来てくれるような人がこの中にいるのか』。結果としてモノパオに反抗するのはやめた方がいい事、篠田さんはいい人だって事が分かったんだから、十分な収穫があったと言えるよね。」

 

「と、とりあえず篠田さんを連れて行きましょう…?」

 

「東城、あたしと鈴華ちゃんで運ぶからあんたはここにいて。」

 

「でも、」

 

「いいから。女子がした方がいいと思うし。鈴華ちゃん、保健室っぽい場所見つけた。急いで連れて行こう。」

 

「そうですわね。東城さん、わたくし達に任せてくださいな。」

 

「…2人とも、申し訳ない。」

 

そう言いいながら安鐘と高堂は篠田を支えながらホールを出て行った。ルールの確認とか今後の動きを確認したかったけど、こればっかりは仕方ないな。

3人が消えた後に東城が独り言のように呟く。

 

「なるほど、あの2人もいい人そうだね。もちろん、あの3人だけじゃなくてボクは皆の事を信じているよ。コロシアイなんて絶対に起きないって。でも、どうなるか分からないから対策も必要だと思うんだ。」

 

そう言いながら電子生徒手帳をスイスイと動かす。しばらくすると手を止めて立ち上がり、そのまま出口に向かう。

 

「と、東城…は、どこに行くの…?」

 

「コロシアイが起きないような対策を打ちに行くんだよ、端部クン。じゃあね。」

 

「えっ、ちょ、おい!」

 

俺の呼びかけも虚しく、東城もどこかへ行ってしまった。あいつ…だいじょうぶか?あまり放っておくと面倒なことになりそうだけど…。

 

「え、えっと、ルールとかはここにいる皆だけでも一緒に確認してる方がいいよね。」

 

前木の言葉に皆はハッとし、慌てたように手帳を開く。

起動させると俺の名前、そしてメニュー画面が出てきた。『校則』のアイコンをタップする。

 

『~制偽学園課外授業用施設の校則~

1:生徒の皆さんはこの施設内で共同生活を送ります。期限はありません。

2:夜10時から朝7時を夜時間とします。夜時間は一部の部屋が立ち入り禁止になります。

3:施設内の探索は自由とします。行動制限はありません。

4:学園長ことモノパオへの暴力、監視カメラ等物の破壊を禁じます。

5:コロシアイは基本1人になるまで行われます。

6:ただし、超高校級の悪魔の死亡が確認された時点で人数に関係なくコロシアイは終了します。

7:なお、校則は増える可能性があります。

 学園長 モノパオ』

 

「本当に、始まっちゃったんですね。」

 

「困ったなあ、お家に帰りたいよー…。」

 

柳原と桜井が少し下を向いて呟く。ふと横から潛手の視線を感じた。

 

「あ、あのー、皆さん?ちょーっとだけ、いいですーかー?」

 

「どうした?」

 

「こーの、校則の6個目って一体何なんですかーねー?悪魔なーんて才能の人、ここにはいないーじゃないですかー?」

 

「確かに、悪魔なんて才能、聞いたこともないな。それに特別学級は15人で編成されている。俺達の他に誰かいるって事なのか…?」

 

「…悪魔殺す…それだけ、コロシアイ…終わる…?皆…助かる……。」

 

「勝卯木、変な考えはしない方がいい。ここにそんな奴がいない以上、これは罠の可能性もある。」

 

「…いるかもしれねぇだろ。」

 

勝卯木が頷くよりも前に鋭い言葉が聞こえた。

 

「大渡くん、それってどういう事?目星がついてるの?」

 

「悪魔かは知らねぇが、才能が分かってねぇ奴ならいる。」

 

「あ…。」

 

前木はホールの出口の方を見た。

向いたのは前木だけじゃなかった。きっと全員思っていることは同じだ。

篠田を殺すか…最後1人になるまで殺し合え…?

 

「決め打つのはまだ早いよ皆!」

 

そんな重くなっていく空気を押しのけたのは桜井だった。

 

「漫画とかアニメではああやってしのみいみたいなあからさまに怪しい人は違うって相場が決まってるんだよー!」

 

「…だよねだよね!大渡ったら怖い事言うんだからさ!ほらほら、この中にいるなんて言われてないし、ここは皆で明るくいこうよ!」

 

牧野も桜井に便乗して皆を励まし始める。

そうだ。この校則自体が俺達を疑心暗鬼にさせるための罠かもしれない。

 

「とりあえず探索は自由みたいだしさ、ここに何があるのかって事くらいは把握してもいいんじゃねーの?」

 

「……おい。貴様、全員で協力して探索しろって言ってんのか。」

 

「は?当たり前じゃん。」

 

「貴様らと一緒に探索などお断りだ。幸い個室があるらしいからな、戻る。」

 

大渡はそのままホールから出て行ってしまった。まずい、このまま皆がバラバラになってしまうのはよくない。

 

「なにあいつ。てか、せっかくのショタ成分の東城もヤバい感じだったし最悪なんですけど。あーあー!純粋なショタが恋しいー!」

 

難波の叫びに桜井もうんうんと同調する。

 

「怖いよね!しろゆまくんはマッド系の化学者だったのかなー?うーん、典型的な死亡フラグを立てちゃったわたりんは一人にしたら危ないよね、美亜、ついていってみる!」

 

「あ、あれ?美亜?アンタまで行かなくても…行っちゃった。」

 

「皆さんマイペースでーすねー。潜手めかぶも負けないのですーよー!」

 

「マイペースっていうか、ゴーイングマイウェイな感じだよな。」

 

残ったメンバーで苦笑し合う。少しだけだけど気分は楽になった。

大丈夫だ。ここから1人たりとも脱落者なんて出させない。

周りを見渡して俺はそう自分に言い聞かせる。

 

このままでいればどうにか………………、

 

………………

 

どうにか、なる、よな?

 

けれど、言いようのない不安は、どうしても俺から離れてくれなかった。

 

 

□□□

 

 

モニターの前でモノパオはビジネスチェアに座りくるくると回っていた。

 

「笑っちゃうね。ミンナ知らないんだもの!悪魔がどれだけ恐ろしい奴なのか。一番知ってるはずの人も綺麗さっぱり忘れちゃって本当に楽しそうパオ!早く教えてあげたいよ、いぴぴぴぴ…あれ?」

 

ふと、あるモニターを見てモノパオは回るのを止めた。安鐘と高堂が映っている。

 

「あそこ何やってるんだろ?話し声が小さくて何も聞こえないや、ケチすぎるパオ!」

 

 

□□□

 

 

「わたくし、少し気になることがあるのです。」

 

「奇遇だね、あたしも。…学園長の事でしょ?」

 

「ではやはり…覚え間違いではないのですね、学園長の名前が『勝卯木市造』だって事。あのモノパオさんというのが本当に学園長かどうかは勝卯木さんに聞けば分かるはずですわ。」

 

「どういう関係かは分からないけど…蘭ちゃんが素直に話してくれるとは思えない。」

 

「それもそうですわね。わたくしは学園長本人を見たことがないので判別の方法がありませんし…」

 

「とりあえずは、瞳ちゃんのこれについてどうするかが先決だね。」

 

「これは…篠田さんにとっては隠したいものでしょうからね。」

 

二人はこれから先の事を案じてため息をついた。

そして眠っている篠田の腹部に広がる刺繍を見て、そっと服をおろしたのだった。

 

 

□□□

 

 

プロローグ 「ようこそ、正義の教室へ」

 

END

 

セイゾンシャ 15名

 

 



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Chapter 1『ワースト・イズ・リアル』
(非)日常編 1


お久しぶりです!のんびりしていたら2ヶ月経っていてびっくり。

まだゆったり読める内容となっております。

3月中に1章完結を目指してここから更新速度を上げていけたらいいなと思います。
1章は大体書き進めているので後は細かい部分をしっかり詰めていければな…。


 

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「…それで、どう分けるんだ?」

 

俺の声かけに皆の目がこちらに向く。今いるのは…勝卯木、難波、前木、潜手、牧野、三笠、端部、柳原…あと俺か。

 

「適当でいいんじゃね?今立ってるところから近い人で3人ずつ。」

 

難波の提案により、難波、潜手、柳原と勝卯木、前木、三笠そして端部、牧野、俺になった。なんだか、不思議なメンツだな。

 

「ちぇー、男ばっかりじゃん。難波ちゃんケチ臭いなー。」

 

「それを考慮して提案したアタシを逆に褒めてほしいんですけど?じゃあ、柳原、めかぶ、さっさと行かね?」

 

「うわあ…!難波さんも頼りになりますね!かっこいいです!」

 

「ほんとでーすー!潜手めかぶも、頑張って役に立つですーよー!」

 

颯爽と立ち去る難波を柳原と潜手がキャッキャと追いかけながらホールから消えていった。

 

「ふむ、では自分達も行くとするか。」

 

「そうだね!…ら、蘭ちゃん?近いね…!?」

 

「……二人とも、いい人……嬉しい。」

 

勝卯木は前木の手を握った状態で三笠の方にも近づいていく。なんなんだ仲良すぎるだろ!

 

「……あの、チーム…やだ。」

 

「そうなのか?自分との違いが分からんが…。」

 

「男の子ばっかりは嫌って事?」

 

「……。」

 

勝卯木は首を横に振りながら困惑する三笠の背中を後ろから押すようにしながらそのまま歩いて行った。え、やだって言われたんだが。

 

「俺もあそこに交じりたかったなー。前木ちゃんの真後ろについていきたかった。」

 

「ま、牧野……さっきから、すごいね…。」

 

「勝卯木が嫌がってたの牧野がいるからだろ!」

 

思わず声に出ていた。いや出ない方がおかしい。

 

「まあ勝卯木ちゃんとは去年同じクラスだったからね。俺もあんまり好きじゃないし。」

 

「えっ、牧野に苦手な女子なんているんだな…。」

 

「そりゃあね。何考えてるか分かんないんだよ。無表情すぎて。」

 

意外と牧野って好き嫌いがあるのか…。思ったより面倒だな。

 

「今俺の事面倒だって思ったでしょ。」

 

ふと意識を前に向けると牧野がじとーっと俺を睨んでいた。

 

「な、なんでわかったんだよ。」

 

「俺の才能忘れた?メンタリスト!宮壁くらいなら何考えてるか大体顔に出るから分かるんだって。」

 

そういえばそうだった。てっきり超高校級の変態か何かかと。俺はそこまで感情豊かなわけじゃないけど、そこは流石といったところだ。

 

「だからコロシアイしようとか考えても分かるから。殺人なんて変な事、絶対しないでよね。」

 

牧野の目は本気だった。真剣に、牧野なりにコロシアイを起こさないようにしているんだ。だけどその目に妙な威圧感を感じて、思わずごくりと唾をのむ。それは端部も同じだった。正直そのくらい今の牧野は、怖い。

 

「ちょっとちょっとそんなに怖がらないでよ!俺のキャラは『明るくてハッピーなウェイ系おしゃれ男子』なんだからさ!」

 

変態もキャラであってほしかった。というかこれ、遠回しにキャラ作ってる事自白してるけどいいのか?

 

「誰か反応してくれる!?怖がらせてごめんって!というかそんな怖がらせる気なかったし!そこまではっきり分かるわけじゃないから安心してよ!さあさあ探索探索!」

 

「そ、そうだね…。」

 

「あ、ああ…。」

 

勝卯木の言う通りかもしれない。

このチームは嫌だ。

 

よし。気を取り直して探索しよう。さっき高堂が保健室を見つけていたし、手帳にマップがあるかもしれない。

手帳を起動させると『校則』アイコンの横に『マップ』と書かれたアイコンがあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

こう見ると広いな…。今いるのはイベントホールってところか。

他にもいろいろ部屋があるから適当に見ていくか。

 

 

とりあえず俺達は温室のあった建物の一階を見ることにした。温室につながるエレベーターの方まで戻り、短い渡り廊下を渡ったところの左手にある重厚な扉を開ける。

 

「ここが食堂、だね。」

 

「じゃあもうあの不味い草は食べなくていいんだな!?」

 

「宮壁今までで一番元気いいのウケるんだけど。」

 

うっ、思わずはしゃいでしまった。牧野に冷めた目で見られるなんて屈辱にも程がある。…端部も苦笑している。なんでだよ!

 

「に、苦かっただろ…?」

 

二人は揃ってにっこり微笑むと何も言わずに厨房の方へと歩いて行った。…頼むから急に意気投合しないでくれ。前木と勝卯木もだけどその急な距離の詰め方はなんなんだ。ついていけない。

 

「すっげー!めっちゃでかい肉がある!絶対高いやつじゃん!」

 

「…ホットプレートもあるね。いろいろ、作れそうだよ…!」

 

「冷蔵庫にも大量!食器の数も申し分なさそうだね!よし!探索終わり!」

 

「次は…横の部屋に、行ってみる…?」

 

「横ってなんだっけ?あ、倉庫って書いてある!」

 

「じゃあ、俺達は…倉庫に行ってくる、ね…。宮壁はどうして立ち尽くしてるの?大丈夫…?」

 

「宮壁なにやってんの?早くしなよー、じゃあね!」

 

「え、ああ、大丈夫だ…。」

 

ついていけなくなっていた間に二人は食堂から出て行った。

チームって、なんだっけ…。

 

もういい!1人で探索してやる!

その方が無理に会話しなくていいから楽だし!

 

食堂は15席のプラスチックの椅子に囲まれた大きい長方形のテーブルが1つ。学校によくある食堂、って感じの見た目だ。

 

厨房も給食室みたいな銀を基調としたよくある風景。その中でも目を引くのは冷蔵庫の数だ。5個もある。肉用と魚介類用の冷蔵庫は別にあり、中で霜降り肉や魚の鱗がキラキラと光っている。

 

「これなら当分食事の心配はしなくていいな。」

 

「当分どころじゃないパオ!」

 

「…首が戻ってる。」

 

「え、ええ~!?今のは普通急に出てきたボクくんに驚くところじゃないのっ!?」

 

モノパオが出てきた。とれたはずの首が治っている。相変わらず縫い目は歪だけど。

 

「先代のボクくんは使い物にならなくなったからね!ボクくんはモノパオ2世なのさ!あ、呼び方はモノパオのままでいいよっ!」

 

「で、食事の心配はいらないってどういう事だ?」

 

「ボクくんが定期的に食料を補充しに来るってことだよ!もちろん、ルートは秘密パオ!」

 

「そうか、分かった。」

 

「ひ、ひどいパオ!そんな冷たくあしらわなくてもいいのに!そんなだからぼっちになるんだよっ!」

 

「ぼっちなのとは関係ないだろ!」

 

もう嫌だ。早く誰かと合流しよう。コイツに関わるのは一番面倒だ。

 

ため息をつきながら廊下に出る。倉庫はあの2人が調べてくれるみたいだし、俺はこの棟から出てホールがあった方に向かってもいいかもしれない。そう思いながら廊下を見ると、トイレの前に前木と三笠が立っていた。俺に気づいた前木が話しかけてくる。

 

「あれ?宮壁くん、どうして1人なの?」

 

「そっちこそ、なんで2人で固まってるんだ?」

 

「蘭ちゃんがトイレに行ったから待ってるんだよ。…あ、出てきた!」

 

「では、ここからは4人で行くとするか。」

 

「三笠…ありがとう!」

 

三笠が俺に起きた出来事をなんとなく察してくれたらしい。なんていい人なんだ…!あとの2人も頷いて俺の参加を受け入れてくれた。ありがとう…ありがとう…!

 

「……トイレ、綺麗。…カメラ………ない。」

 

「む、そうなのか。それは安心だな。」

 

「よかった!トイレまで見られたらどうしようかと思ってたから…。」

 

監視カメラがない場所もあるらしい。流石にトイレまで見られたらプライバシーもへったくれもないからな。よかった。

 

「あれ?4人揃って何をしているの?」

 

げ、東城だ。東城は何やらガラクタのようなものを抱えている。

 

「東城こそ何してるんだよ…。」

 

「保健室にも行ったんだけど結局高堂さんと安鐘さんに追い出されちゃってね。ボクはさっき言った通り『コロシアイ対策』をしているところだよ。」

 

コロシアイ、という言葉に思わず固まる。今は何事もないようにふるまっていたけれど、まだ気持ちの整理がついていない人もたくさんいる。その証拠に前木は元気がなさそうに下を向いた。

 

「大丈夫、ボクはボクなりに対策をするつもりだし、そもそもここにいる皆がそんなことをする人じゃないって信じているから。あとは皆がボクの期待と信頼に応えてくれればいいだけだよ。」

 

つらつらと言葉を並べていく東城に勝卯木は眉間にしわを寄せて呟く。

 

「……東城、殺さない……確証…ない…。」

 

「うーん、そこは信じてもらうしかないよね。まあ、詳しくは対策が完成してから説明するよ。じゃあまた。」

 

そう言ってガラクタを抱えたまま倉庫やエレベーターがある方に向かって進んでいってしまった。一体何を作るつもりなんだ?

 

「あれ?東城って倉庫に行くのか…?」

 

「宮壁、倉庫に誰かいるのか?」

 

「ああ、牧野と端部がいる。」

 

「…お疲れ様、とだけ言っておこう。」

 

「本当にありがとう。」

 

どうやら完全に察したらしい。三笠は苦笑していた。

そのまま4人で食堂や倉庫があった棟から離れ、ホールのあった棟に移った。

 

「これ…個室だったんだな。」

 

モノパオに案内されながらホールに向かった時は緊張のあまり周りを見渡す事を疎かにしていたから気づかなかったけれど、思ったより広い。後ろを見ると『←共有棟 現在地…生活棟』と書かれている。つまり食堂、倉庫、エレベーターがあった棟は共有棟で、ホールのある棟は生活棟と呼べばいいのか。

 

「生活棟の方が広いしいろんな部屋がありそうだよね。一回自分の個室を見てみるのはどうかな?」

 

前木の提案により俺達は一度分かれてそれぞれの個室を見てみる事にした。

そういえばマップに拡大する場所があったな。そう思い立ってマップを開く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

俺の部屋は共有棟から出て右に曲がった廊下の一番奥にあった。俺が壁際で一部屋挟んで隣が三笠。前木は大きい廊下に一番近いところで、勝卯木はその通りを挟んで前木の反対側の部屋らしい。

 

勝卯木は無言で前木のそばを離れると自分の扉に歩いて行った。俺達もそれぞれ自分の部屋の前に立つ。

「ミヤカベ」と書かれたプレートが付いている部屋を開け…あれ、開かない?

 

「呼ばれてないけどじゃじゃーん!モノパオくんだよ!」

 

俺と三笠の間にモノパオが割り込んできた。

 

「なぜ開かないのだ?」

 

「これは自分の電子生徒手帳がないと開かないんだよ!ここのパネルに手帳をかざすと開く仕組み!言ってしまえばオートロックってこと!だから絶対に手帳をなくさないでね?ボクくんとの約束パオ!」

 

「そうか。」

 

声がうるさいので適当に返事をする。三笠も前木も訝し気な目でモノパオを黙って見つめていた。

 

「だからなんでボクくんにはそんなに冷たいの!」

 

「優しくする理由が一切ないだろ。」

 

「あーー!言ったな!ボクくんに優しくしないといつか酷い目に合うんだからね!どうなっても知らないよ!」

 

「…次からは気をつける。」

 

嫌な予感がしたので渋々つけ足しておく。モノパオは俺の言葉を聞くと満足そうに胸を張った。

 

「聞き分けがよろしい生徒さん、ボクくんは大歓迎だよ!じゃ、ボクくんはやりたい事もあるんで消えまーす!バオバオ~!」

 

モノパオを怒らせるとまずそうだ…あからさまな態度を取るのはよくないな。

とりあえずパネルに手帳をかざす。ピッという音を聞いてドアノブを回すと難なく開いた。

 

「意外と普通の部屋だな…。」

 

これが第一印象。よくあるホテルにもう少し生活用品を足したような部屋だ。ソファと棚、ベッド、机、クローゼットがある。机にはある程度の文房具なども揃っているようだ。あれ?モニターって個室にもあるのか…最悪な気分だ。おまけにあの監視カメラもある。これじゃあ個室にいても外にいるのと変わらないようなものだ。

 

それとは他に扉を1つ見つけたので開けてみる。シャワールームだ。扉の内側に『夜時間は水が出ません』と書いてある。早めに洗っておいた方がよさそうだ。どうやら簡易的なアパートみたいな作りになっているらしい。

もう少し注意深く見ていくか。とりあえず机の引き出しを開けてみる。ん?これは…文房具が一式揃っているみたいだ。あとはノート。小さめだし一冊くらい持っておくか。

 

その隣の少し大きめの引き出しには2つの箱が入っていた。おそるおそる開けると簡単なドライバーやペンチ…これは工具か。もう1つの箱には待ち針などの裁縫道具が入っている。これがあればある程度の服のほつれは直せそうだ。

 

棚には法律関連の書籍がずらりと並んでいる。読んだ事のない本もいくつかあるし、優遇されていると言ってもいいほどの数だ。モノパオは一体何を企んでいるんだ…?

続いてクローゼットも開けてみる。

 

「うわっ、なんだこれ。」

 

今着ているものと同じ服がたくさんある。一応寝間着のような服もあるけど、それ以外は下着類も含めて全て同じだ。正直言って気味が悪い。

部屋はこのくらいでいいだろう。そろそろ出てみるか。

 

「おお、宮壁も終わったか。」

 

「三笠はどんな感じだった?」

 

「レジャー道具が一式揃っていた。あとはクローゼットやベッドなどがあったぞ。」

 

「ん?本棚とかはなかったのか?俺の部屋にはレジャー道具はなかった。」

 

「ふむ、なるほど。この様子だとどうやら各々の才能に沿ったものも置いてあるらしいな。」

 

「あ、2人とももう終わってたんだ!」

 

ふとその声に廊下の方に目をやると前木と勝卯木が並んで歩いてきた。

 

「次はどこに行く?」

 

「保健室はどうだろうか。篠田の様子も気になるからな。」

 

「……賛成。」

 

ということで保健室に向かうことになった。教室の中から声がしたからあそこは別の誰かが調べてくれているらしい。

 

「あら、4人も揃ってどうなさいましたか?」

 

「瞳ちゃんなら今は寝てるけど。」

 

安心感抜群の安鐘と高堂が迎えてくれた。壁際のベッドには篠田が横になっているのが見える。

 

「傷は大丈夫だったのか?」

 

「かすったくらいだったから。まあしばらくは痛むと思うけど。」

 

「そういえば東城くんが追い返されたって言ってたんだけど、本当に来たの?」

 

前木はそもそも東城が来たことも信じてなかったらしい。思わず苦笑してしまう。

 

「来ていましたわよ。篠田さんは寝ていらっしゃいますし、東城さんに任せたい事も特になかったので戻っていただいたのですわ。」

 

「それに。東城が呑気な顔してたから単純にちょっと腹が立った。」

 

「そ、そうなのか…。」

 

「変わったところ……ある…?」

 

勝卯木の質問に2人はしばらく顔を合わせる。

 

「そうですわ、変わった事でしたらこちらを見ていただけませんか?」

 

安鐘が指さした棚をよく見てみる。

 

「これ、毒か?」

 

「かなりたくさん常備されていますの。あ、今思いつきましたわ!東城さんに処分していただけないかしら!」

 

安鐘はパンと手をたたいて声をあげる。

 

「鈴華ちゃんの提案、私はいいと思う!」

 

前木も嬉しそうに頷く。

 

「東城さんは化学者ですから毒についても詳しいはずですわ!あら、ですがわたくし先ほど追い返してしまいました…。」

 

「あたしもすっかり忘れてた。あとで聞いてみよう。東城はコロシアイを起こさないようにする、なんて言ってたし手があればどうにかしてくれるかもしれない。」

 

こうやって皆ができることをしようとしてくれているのが嬉しかった。皆コロシアイなんて起こしたくないって思ってるんだ。俺も何か見つけたら対策を練ってみよう。

 

「そういえば、宮壁達は今何してるの?」

 

「ああ、とりあえずこの施設内を探索することになったんだ。でも人手は足りてるようだから2人は篠田を見ていてほしい。」

 

「そう。それなら任されておくね。あと、東城を見つけたら保健室に行ってほしいって伝えてもらえるかな。」

 

「分かった。」

 

 

保健室から出て俺はほっと胸をなでおろした。なにはともあれ篠田が重傷じゃなくてよかった。

さて、次はどこに行こうかと考えていると急に前木が驚いた声をあげた。

 

「ら、蘭ちゃんまたトイレ?」

 

「琴奈…トイレ……行く…一緒、いい……。」

 

「も、も~男の子がいる前でトイレに行くとか言わないでよ~!恥ずかしい…。」

 

「琴奈…トイレ……先…言った。」

 

「そ、それを言われると何も言えない…あ、み、宮壁くん三笠くん!私、ちょっと離れるね!」

 

俺達の視線に気づいたのか慌てふためいた様子で前木は駆け足でトイレに向かった。その後を勝卯木が無言でついていく。本当ぴったりついてるな…。

 

「前木には申し訳ない事をしてしまったな。勝卯木があまりにもトイレが近いから思わず見てしまった。」

 

そして三笠のこの反応。こうやってすぐに謝れるような人になりたいと切実に思った。俺的には勝卯木が前木のいないところにいるのが嫌なんだろうと思ったけど三笠は素直に受け止めたらしい。いやもし本当だとしたら近すぎないか?

 

「三笠、俺この先の玄関ホールってところに行ってみようと思うんだけどどうする?」

 

「お、そこは見ていなかったから同行させてもらおう。」

 

さっき皆が集まっていた場所はイベントホールという部屋らしい。あんな最悪なイベントを見せられた後だし、入りたいとも思わないな。イベントホールが共有棟の入り口のちょうど向かいにあり、玄関ホールはそこを右に曲がったところにある。イベントホールほどではないけれどなかなか重苦しい雰囲気の扉だ。

 

「これを開けば出られたり…はしないか。」

 

「それはさすがにないだろうが、何か手掛かりはつかめるかもしれぬぞ。」

 

わずかな期待を込めて扉を開く。

 

他の場所とは違ってコンクリートでできた壁と床。目の間にある一際大きな扉が出口なのだろう。

ここを開けば出られるのにしばらく開くことはないのだろうという威圧感を受ける。

それがとてつもなくもどかしい。

 

「これは開きそうにないな…。」

 

三笠も険しい顔で扉を見上げる。何せ扉にはいくつもの鍵と鎖、そして監視カメラの横に銃器のようなものが設置されていた。カメラの下の位置にはり紙がある。

『無理に鍵などを壊すと銃でうつパオ!』

 

なんとも腹立たしい書き方だ。

 

「おい宮壁、これ、なんだと思う?」

 

三笠の声に右を向くと人1人が通れるくらいの幅の小さめの…これ、ドアか?

 

「ドアノブがないな…自動ドアかもしれない。」

 

もしかしてこっちが本当の出口なのか…?

三笠と二人で爪を入れて横に引っ張ってみるが全く動く気配はしない。

 

「いててっ、爪が折れそうだ。」

 

「ここも諦めた方がいいだろうな。向こう側は見えないし完全に閉まっている。」

 

「そうだな、残念だ…。」

 

あとはその扉の横に空のクリアケースがあるくらいだ。

 

「もう出てもいい気がするな。これからどこに行こうか…。」

 

「自分は東城のところに行って伝言してこようと思う。宮壁は教室などは見ていないのだろう?その辺に行ってみたらどうだ?まあそこまで情報があったとは思えんが。」

 

「そうする。本当にありがとな!」

 

「はは、お互い様というやつだ。」

 

 

三笠と別れて俺は教室に向かった。教室は玄関ホールを出たすぐの右手に2部屋ある。左手にあるのはトイレだな。手前にあるのは「教室1」のようだ。

 

「うわ、本当に普通の教室だ。」

 

机と椅子が20個ずつくらいある。ここにいる人数より多いけど、一体何のために作られたんだ…?

相変わらず監視カメラやモニターがあるくらいで他にめぼしいものはなさそうだ。

 

 

「…というわけでアタシはそこから大脱出!レーザーなんてなんのその!」

 

「わはー!難波さんはあの『スピーダーマン』みたいにスルスル動けちゃうんですーねー!すごいでーす!」

 

「すごーい!さすがしおりん!美亜のメモがどんどんたまっていくよー!」

 

「あ!宮壁さんじゃないですか!どうして1人になってるんですか?迷子ですか?」

 

さっきからずっと話し声がしていた「教室2」に入ると案の定難波達がいた。柳原の声に他の3人も俺に気づいて声をかけてきた。ん?3人…?あ、桜井がいるのか。

 

「え?なに?またボッチじゃん宮壁!ウケるー!」

 

「はわわあー、宮壁さんの顔が渋くなってますーよー?もしかしたら迷子じゃないのかもでーすねー!」

 

「当たり前だろ!電子生徒手帳に地図があるから流石に迷わないぞ!」

 

「じゃあなんでボッチなのー?」

 

「あのメンツで察してくれないか…?」

 

きょとんとしている桜井の横で察しがついたらしい難波は冷静に答える。

 

「そこを意地でも捕まえておかなきゃ友達なんてできねーと思うけど?」

 

うっ、それは正論だ…あの2人の後を追いかけて倉庫に行けばよかっただけの話だもんな。

俺が上の空になっているといつの間にか難波が目の前に来ていた。俺の耳元に口を近づける…。

 

「あのね、アタシもこう見えて疲れてるから。」

 

難波がびっくりするぐらい小声だったので俺の声もつられて小さくなる。

 

「そうなのか?」

 

「美亜が来てからずっと、アタシ自分の武勇伝語ってんのよ?めかぶも柳原も楽しそうに聞いてくれるから、最初思いっきり動きまでつけちゃってさ。だんだん疲れてきたけど急に動きなしになるのもかわいそうじゃね?正直宮壁が来てくれてめっちゃ安心した。」

 

「難波…!お前もお疲れ様…!」

 

「嬉しそうにしないでくんない?面倒事から逃げてるアンタとは疲れ具合が違うんだけど。」

 

「ごめん。」

 

一気に難波の目つきが鋭くなったのですぐに謝った。確かにその通りだからな…。

 

「わー!いきなり耳にキスだなんてしおりんったら大胆だね!ショタじゃなくてもいいんだ!」

 

桜井の声に恐ろしいくらい一瞬で距離がひらいた。正直その勘違いは俺も恥ずかしい。

 

「誰がいきなり宮壁の耳にキスなんかするわけ?お金もらってもやりたくないわ。」

 

ちょ、さすがにそこまで言わなくてもいいじゃないか!

 

「宮壁もなんか勘違いしてるみたいだけどさ、アタシが嫌なのはほぼ初対面だからって話。」

 

「あ、ああ…そういう事か。」

 

「全く、こんなことでショック受けてどうすんのよ。」

 

呆れたようにため息をつく難波の横で柳原が首をかしげる。

 

「あの…『きす』ってなんですか?」

 

「え、柳原…知らないのか?」

 

「あ、ごめんなさい!常識でしたか?」

 

この反応から見るに本当に知らないようだ。高校生なのにそんな事があるのか…?

 

「キスはですねー、簡単に言うと唇で相手に触れることで-すよー!もしくはー、お魚さんの名前ですーねー!」

 

「えっと、それでは、耳にキスするって言うのは、唇を耳に当てるって事なんですね!」

 

「ですでーすー!」

 

「へえ…あれが、そうなんですね…。おれは宮壁さんと難波さんがキスするの、いいと思いますよ!」

 

「おー!ここに新たなCPが爆誕したってことだねー!2人とも安心して!これは同人だよー!」

 

「わひゃー!おめでとうございまーすー!」

 

「これアタシどうしたらいい?」

 

げんなりした様子の難波を見ながら俺もかなり疲れを感じていた。この3人相手にずっと喋っていた難波はすごいと思う。

なんて考えているとふと聞きたい事があったのを思い出した。

 

「桜井、大渡はどうしたんだ?」

 

「ん?わたりんはねー、ずっとわたりんの部屋の前で美亜とおしゃべりしてたんだけど、いよいよキレそうになってたから離れたんだよ!あの顔は怖かったよ、なまはげと般若を足したような顔だったー!」

 

それを大渡に言っていたら間違いなくキレてただろうな…。桜井が無事でよかった。

 

一段落ついたので改めて教室内を見渡す。教室自体は「教室1」とあまり変わらないようだ。あるとすれば掃除用具入れという紙が貼られたロッカーが後ろにあるくらいか。三笠の言う通り特に手掛かりはないみたいだ。

 

「じゃあ俺、別のところに行こうかな…。」

 

「待って宮壁、アタシも行く。」

 

難波は素早くドアの前に移動した。相当出たいらしい。

 

「えーしおりん行っちゃうのー?じゃあ次はやなぎいがお話してー!」

 

「おれでよければ…うーん、投資の話しかできないんですけど…。」

 

3人はまたおしゃべりを始めた。ついていくとか言われなくてよかった…。ずっとあのテンションだとかなり疲れる。きっとあの2人は柳原の話で寝るんだろうな。特に潜手。

 

「あー!疲れたー!楽しかったけど疲れた!」

 

教室を出た途端難波は大きく伸びをした。

 

「で、宮壁はどこ行こうとしてんの?」

 

「ああ、倉庫の方に。ちょっと東城が何かするらしくてな…。」

 

「は?ゆうまきゅんが?何するか聞いた?」

 

…その変な呼び方には絶対つっこまないからな。

 

「コロシアイの対策をするとか言ってた。」

 

「ふーん、ゆうまきゅんなりに止めようとしてんのかな。瞳に怪我させといて何言ってんだって感じだけど。」

 

「同感だな。」

 

そう適当な話をしながら共有棟に入る。

 

「あ!宮壁じゃん!結局女子との方がよかったって事?全く宮壁も男子だなー。」

 

「ご、ごめんね、置いていっちゃって…まさか来ないとは思わなかったから…。」

 

「端部は謝らなくていいから!」

 

「え、俺は謝らなきゃいけないの?おかしくない?」

 

「そんな事一言も言ってない!」

 

牧野と端部に合流した。まだいるなんて思わなかったな。端部はサッカーボールを抱えている。嬉しそうだ。

 

「なんか普通のサッカーボールより柔らかい気がするけど、十分強度もあるし立派なボールだよ…!よかった…。」

 

「モノパオの顔がプリントされてるのだけが欠点だよね。ほんと趣味が悪いな~。」

 

「つかアンタらずっと倉庫にいたの?宮壁と食堂は見たんでしょ?進展なさすぎじゃね?」

 

難波も怪訝に思ったのか牧野に問い詰める。

 

「いやいやそんなすぐに探索終われないくらい広かったんだって!しかも途中東城がやってきてなんかごちゃごちゃし始めるしさあ…。」

 

「あ、そういえば、宮壁にも見てほしいって東城が言ってた…。」

 

「ああ、言ってたねそんな事。端部よく覚えてるね!」

 

「牧野が覚えるようとしなさすぎるだけなんじゃないかな…。まだいろいろやってたから見てきたらいいと思うよ…。今さっきまで俺達も手伝わされてたんだ。」

 

端部は困ったように笑うと倉庫の方を指さした。見たらわかるって事か。

難波も見たいと言うので2人で倉庫に向かう。

 

 

「あれ、2人揃ってどうしたの?」

 

「いやこっちのセリフなんだけど。東城きゅんはこの一角を完全に封鎖するつもり?」

 

「正直一角というよりほぼ全部だけどな…これ…。」

 

結論からいうと東城は凶器になりそうなものを全て倉庫の奥に集め、そこに入れないように不気味な装置を作っていた。

 

「…ん?東城きゅん、それ、包丁?」

 

「そうだよ。包丁なんてものを外に出しておくのは危険すぎるからね。」

 

「いやちょっと待て!これからしばらくここで生活するんだろ?それなのに包丁がなかったら料理に作るときに不便じゃないか?」

 

「包丁を使わなくて済むような料理を作ればいいと思うけど。」

 

「それはさすがに…。」

 

困惑する俺の横から真剣な顔をして難波が口を挟む。

 

「東城、アンタが何を思ってここまでコロシアイに対して必死になってるのか知らないけどさ、そこまで頑張ったところで起きるときは起きるよ。」

 

「…え?」

 

難波が口にしたのは、俺の想像していた言葉とほぼ正反対の言葉だった。東城も不審そうに難波を見上げる。

 

「よく考えてみなよ。凶器なんてなくたって手で首を絞めたり顔を何度も殴ったりすれば人は殺せる。それじゃなくても、日用品で凶器になりうるものなんて数えだしたらキリなんてねーの。アタシが言いたいのは、ある程度は信じるしかないってこと。」

 

「つまり難波さんは、包丁は厨房に戻してこいって言いたいのかな?」

 

「そういう事。包丁くらいは見逃さないと、それが隠されてるって事が余計にコロシアイっていう状況を彷彿とさせるんじゃないかってアタシは思うわけよ。」

 

「…そうか、そういう考えもあるという事だね。参考にさせてもらうよ、ありがとう。」

 

「どーいたしまして。」

 

険悪なのか和やかなのか、微妙な沈黙が流れる。難波の言葉を聞いてから倉庫の奥を見ると、どう考えても今後必要になりそうなものもいくつかしまわれてしまっている。

 

「そうだ、包丁はともかく、たまに必要になるかもしれない凶器はここに入れておくとして、封鎖してしまうんじゃなくって必要に応じて取り出せるようにすればいいんじゃないか?」

 

「うん、確かにその方がいいかもれないね。ありがとう宮壁くんと難波さん。」

 

「本当に微妙なラインを作ってくるなー!腹立たしいパオ!」

 

「うぎゃっ!?急に出てくるなよ!」

 

突然横に現れたから変な声を出してしまった。なんなんだ全く!

 

「はぁ…、悲しいから愚痴でもしゃべらせてよ!あのね、もし完全に取り出せないように封鎖してたらそれは『欠品』っていう扱いになるから元の場所に新たに補充するつもりだったの!それで東城クンが嘆き悲しむ顔でも拝んでやろうと思ったのに宮壁クンが余計な事言うから!けちけち!」

 

言いたい事を言い終えたのか俺達の反応は聞かずに消えてしまった。

 

「宮壁のファインプレーだったってこと?いいじゃんいいじゃん、そうしよ。」

 

「包丁は2本だけ厨房に返すことにするよ。他はここに閉まっておく。もちろん、簡単には取り出せないようにするから完成したら見ておいてよ。ボク以外数人には取り出し方も教えるけど、誰に教えるかはボクの独断で決めさせてもらう。それでいいかな?」

 

「問題ない。東城もありがとな。」

 

「お礼を言われるような事ではないけれどね。」

 

そのまま立ち去ろうとしたが1つ思い出したことがあった。

 

「あれ、東城、三笠がこっちに来なかったか?お前に伝言をしに行ったはずなんだけど。」

 

「ああ、三笠くんなら来たよ。とりあえずこれが終わってから行くと伝えておいた。」

 

倉庫の中もいろいろ見て回ったけど品数が本当に多い。ジャージやタオルなどの日用品から遊び道具まで…なんでも揃っている感じだ。何か欲しいものがあればここに来てもいいだろうな。

 

「じゃあアタシは向こう戻るわ。東城きゅんファイト!頑張るショタに幸あれ!」

 

急にぶりっ子みたいな声を出しながら難波は帰っていった。…俺も戻るか。

もう全て見て回っただろうしこのまま食堂に行くことにした。

 

 

「わー!高堂ちゃん久しぶり!会いたかったよ!!」

 

「琴奈ちゃんおつかれ。」

 

「ひ、光ちゃんこそお疲れ様!瞳ちゃんは大丈夫なの?」

 

「今鈴華ちゃんが残ってくれてる。あたしは状況を聞きにきたってところかな。」

 

高堂にガン無視されている牧野はおいておこう。今は…東城、篠田、安鐘、大渡以外はいるようだ。

一応情報共有はしたけれど、俺は全て回ったから知っていたし、これといって新しい情報はなかった。

 

「まだ探索してないところで気になるのは二部屋くらい行けない部屋があったのと、1つ空いた個室があったのと、二階への階段は封鎖されてたって事くらい?マジでここ広すぎじゃね?歩くだけでだいぶ時間かかるんだけど。」

 

難波が呆れたようにしゃべる中、勝卯木がおずおずと手をあげた。

 

「……エレベーター…地下…上の階……両方あった…。」

 

「共有棟の方もまだまだ探索できない場所があるという事か。現状いま行ける範囲に出口はなかった、という事しか分かっておらぬな。」

 

三笠も腕組みをして唸る。

皆浮かない顔をするのかと思えば思ったよりなんてことはなさそうで驚いてしまうな。

 

すると桜井がぴょんぴょんと飛び跳ねながらパンの入ったカゴを持ってきた。

 

「あ、そうだ!皆はもう部屋に戻ると思うんだけど、美亜は菓子パンを見つけたからとりあえず今日はこれを食べたらいいと思うよ!それでね、明日からどうするのか聞きたいなー!」

 

「確かに…朝ごはんとかも、作らなきゃいけないよね…。俺は朝早くから起きれるけど…。」

 

「うーん、早く起きれた人で作る、とかじゃダメかな?ほら、自分の家じゃないし早く起きれない人とか、その逆もいると思うんだ。」

 

結果、前木の提案によりとりあえず明日早く起きた人に任せる事にした。

…これ、皆朝ごはんを作るのが面倒で誰も起きてこないなんて事はないよな…?

 

「ほよー!潛手めかぶの好きなクリームパンがありますー!」

 

「うわあ…!おれ、こんな豪華なパン、見たことがありません!チョコが入っています!」

 

柳原はチョココロネを手に取り穴に入ったチョコを覗き込んでいる。

皆思い思いのパンとお茶やジュースを手に取り、今日はとりあえず解散という事になった。

 

 

 

 

 

 

「そうだ、宮壁、聞きたい事あるんだけど。」

 

個室に戻ろうとしたところで牧野に声をかけられた。

 

「どうした?」

 

 

「悪魔ってお前?」

 

 

「…は?」

 

え、何がどうしてそんな事になったんだ?だけど、牧野の顔は冗談を言っているような顔じゃなかった。

それでも身に覚えは一切ない。しばらく沈黙が続くと牧野は急に笑い始めた。

 

「あーあ、これは違う反応じゃん!残念。」

 

「え、えっと、どういう事だ…?」

 

「全員にカマかけてみようかと思って。怪しい反応した人がいれば調べていけばいいわけだし、その結果本当に悪魔ならその人を殺せば他の皆は出られるんでしょ?ならやらない手はないかなって。」

 

「牧野は、悪魔を殺すつもりなのか?」

 

「悪魔じゃない被害者が出るよりかはマシだと思うけど。もちろん、悪魔が誰かにもよるけどね。」

 

「そ、そう…だな…。」

 

「じゃ、俺は疲れたから寝まーす!宮壁も鍵はちゃんとかけようね!おやすみー!」

 

 

俺が何か返す前に牧野はドアを閉めてしまった。

俺はそのまま自分の部屋に入り、ベッドに転がった。

 

思ったより皆が、いろいろ考えている。

 

 

…どうしたらいい?すごく嫌な予感がする。

もしかすると、本当に誰か死んでしまうんじゃないか?

 

今は何も起きない事を信じるしかないけれど、とてつもなく怖い。

 

いや、信じよう。

 

何を信じればコロシアイなんてものが起きずにすむのか分からないけど、とにかく信じるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、長すぎるコロシアイ生活の、最初の夜だった。

 

 

 



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(非)日常編 2

今回はだらだらと長文が続くのでスチルを多めに入れました。設定から挿絵表示ありにして楽しんでもらえたら嬉しいです。


『ミンナおはぱお!7時だよ!今日もレッツ・コロシアイ生活!』

 

最悪なアナウンスで目が覚めてしまった。

少し夢なんじゃないかと期待していたけどここに閉じ込められた事は紛れもない現実だったらしい。

それでもしっかり寝たおかげか、昨日もやもやしていた気持ちもだいぶすっきりしていた。

 

起き上がって自分の格好を確認する。服を着替えるのを忘れていたからシャツに立派なしわができていた。

とりあえずシャワーを浴び、新しい服に着替えてトイレに行く。食堂に行くから共有棟のトイレの方が近いよな。

 

入ってみるとかなり綺麗な病院のトイレに近いものだった。勝卯木の言っていた通りカメラもない。個室にもカメラがあるから初めて開放された気分だな。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「あら宮壁さん、おはようございます。今朝食を作っていますので少々お待ちくださいな。」

 

食堂に入った俺を出迎えてくれたのは安鐘だった。机をふきんで拭いてくれている。

 

「安鐘…ありがとう。」

 

「ふふ、お礼はいりませんわ。用意しているのはわたくしだけじゃありませんもの。」

 

「安鐘はちゃんと休んだのか?昨日はずっと篠田の世話をしていたんだろ?」

 

「夜時間になる頃に戻りましたわ。篠田さんの体調もだいぶよくなりましたので今はご自分の部屋にいらっしゃいますのよ。」

 

「そうなのか!よかった。」

 

篠田の回復を聞きほっと胸をなでおろす。大事にならなくて本当に良かった。

 

「ありゃまー!宮壁さん!おはようごーざいますー!」

 

「潜手も早いな、おはよう。」

 

「当たり前でーすよー!海女の仕事の時はもーっと早いですーからねー!三笠さんー!どわどわ人が増えてきまーしたよー!」

 

「おお、宮壁か。体調は大丈夫か?」

 

「俺は全然問題ないよ、ありがとう。何か手伝う事はあるか?」

 

「そうだな…卵焼きを作ってもらってもいいか?」

 

「分かった。」

 

厨房に入って卵を取り出す。適当なフライパンを見つけて野菜を炒めてる三笠のとなりで卵を割ってかきまぜる。

 

「ほう、手慣れているな。普段から料理をしているのか?」

 

「まあな。簡単なものしかできないけど、仕事で忙しい叔父さんの分も作ってるから手際はそこそこいいと思う。」

 

「それはポイント高いぞ宮壁。」

 

「ポイントって…そんな花婿修行みたいな話を持ち出さなくても。」

 

「彼氏と一緒にご飯を作るのが夢、と言っている女子は多いらしいからな。」

 

「へ、へえ…詳しいな。」

 

「自分の姉がそうなんだ。」

 

「え、三笠、お姉さんがいるのか!?」

 

「ははは、意外だろう?」

 

「すごくびっくりした…。」

 

見た目も性格も兄貴って感じだからてっきり一番上なのかと思っていた。見かけによらないものだな。

そうこうしてる内に卵焼きも炒め物もでき、潜手は味噌汁をお椀についでいた。

 

 

「あっ、もしかして、もうできちゃった…?ご、ごめんなさい…。練習してたらこんな時間になってて…。」

 

端部だ。タオルを首から下げているのを見るにシャワーでも浴びてきたようだ。

 

「いえいえ、かまいませんのよ。どうしましょう?まだ来ていない人を待ってもいいですし、三笠さん達は先にいただいてもいいと思いますわ。」

 

確かにお腹は減ったし、まだ来ていない人には申し訳ないけど食べてしまおうかな…。おそらく安鐘が炊いてくれたのであろうお米を器に盛りつけ、ひとまず自分の分を準備する。

 

「いただきまーすー!」

 

早い。潜手があまりにも早くてびっくりしたぞ。いつの間に卵焼きまで取ったんだ。

 

 

「え!?皆早いね、まだ8時前だよ…おはよう!」

 

「……朝食……完成…早い…。」

 

前木と勝卯木もやってきた。相変わらず仲良さそうに話してるな…いや、会話というより前木の話を勝卯木が聞いているだけなんだけど。

 

「あれ?光ちゃんはまだ来てないの?さっき蘭ちゃんを待ってた時に見た気がしたんだけど…。」

 

「あら、そういえば朝早くに起きるのは慣れているとおっしゃっていましたわ。どうなさったんでしょう。」

 

「ふむ、自分が見てこよう。」

 

そう言って三笠が食堂を出ていき、他の食堂にいる人は朝ごはんを食べ始めた。

 

「おいしい!今日は結局誰が作ったの?」

 

「潜手めかぶとー、安鐘さんとー、三笠さんとー、宮壁さんでーすよー!」

 

「へえ…!すごい!料理上手な人が多いんだね!私もお昼からは手伝うよ、そこまで上手くはないけど。」

 

前木がキラキラと目を光らせて俺達の方を見る。なんだか少し恥ずかしいな。

 

「本当に素敵な方が多くて、わたくし感激しておりますわ。」

 

「何言ってるの、鈴華ちゃんだってすっごく素敵な人だよ!」

 

「うぇっ、あ、ええっと、あああ、ありがと、ご、ござ、いま、す!?」

 

「あはは…安鐘さん、恥ずかしがりすぎだと思うよ…。」

 

褒められてテンパる安鐘に端部が微笑みかける。

 

「そ、そうですわね、嬉しくて、つい…。」

 

「……この…ごはん……好き…自信……もつ…。」

 

勝卯木も嬉しそうに頬を紅潮させている。そしてそのままおかわりをしに席を立った。

 

 

「…おはよう。遅くなってごめん。」

 

この声、高堂だ…ってすごい疲れてる!

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「ほら高堂ちゃん、皆がいるんだからスマイルスマイルー!あ、皆おっはよー!」

 

「まきのんのせいでひかりんがシオシオになっちゃったんだよー!美亜も捕まっちゃったー!」

 

「いや美亜もかなり騒がしかったから。でもめちゃくちゃ笑ったわ!光には悪いけど!」

 

「うん…笑ってくれていいよ…。」

 

昨日あれだけ疲れていた難波のエンジンは全快だしそれに加えて桜井と牧野もいる。高堂の疲労具合も大体察しがつくな…。

 

「でも俺大した事はしてないよ!ちょっとお尻触っていい?って聞いただけだし!」

 

「まきのんったら完全にアウトなのに大した事ないって言いきってるのがおもしろいよねー!」

 

「それで牧野が蹴られたんだけど、その足さばきがヤバくって!美亜がもう1回見たいって騒いでたってわけ。」

 

「本当、朝から皆元気すぎるよ。元気そうで安心したけどね。」

 

笑いながら話す難波の横で高堂がため息をついた。

 

「後…篠田は自分の部屋だったよな、大渡と東城と柳原はどこにいるんだ?」

 

「は?まだ寝てるんじゃねーの?ゆうまきゅん起こしに行こうかな。」

 

「お寝坊さんがいっぱいでーすねー!」

 

「私的には規則正しい人が多すぎるだけな気がするけどね…。」

 

そう言いながら前木は目をこすった。まだ眠いのだろう。

 

「アタシはいつもならもっと遅いけどね。今日はあの変なアナウンスに起こされたけど。てことでゆうまきゅんに会ってくる!」

 

難波はまたあのぶりっ子みたいな声で食堂を飛び出していった。ひとまず来たばかりの人に朝食を渡す。

 

「今思ったんだけどさ、柳原はともかく大渡は呼びに行かないと来ないんじゃない?ほら、俺昨日探索してた時全く見てないし。桜井ちゃんはあれから見たの?」

 

「美亜も見てないよ!呼びに行こうかな!行ってくるー!」

 

牧野の声掛けにあっという間に1人会議をすませて桜井も食堂を飛び出していった。

うーん、あと行くべきなのは柳原のところか。

 

「俺はもう食べ終わったし、柳原を呼んでくる。」

 

皆に聞こえるように言って後片付けをする。すると安鐘が思い出したように立ち上がった。

 

「篠田さんにご飯を届けるのを忘れていましたわ!わたくし、今から届けに…」

 

「その必要はない。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「篠田!」

 

久しぶり…と言っても昨日ぶりだけど、篠田が喋っているのが懐かしく感じるな。

篠田の元気そうな姿を見てか、潜手や前木が嬉しそうに声をあげる。

 

「瞳ちゃん!」

 

「よかったですー!もう動けるのでーすかー?」

 

「激しい運動をするのは厳しいが普通に生活する分には困らない。安鐘と高堂には本当に世話になった。ありがとう。」

 

「いえいえ!すぐに回復されてよかったですわ!」

 

「傷が開いたらいけないし、包帯を変える時はあたしに言ってね。」

 

「ああ、頼らせてもらおう。…その事で話したい事があるのだがいいだろうか?」

 

「あ…。」

 

高堂が固まる。な、なんだ?何かあったのか?

 

「うん、分かった、それじゃあ鈴華ちゃんもいた方がいいよね。」

 

「そうだな。安鐘もいいだろうか。」

 

「もちろんですわ。」

 

一瞬、場の空気が固まった気がしたけれど気のせいか?

朝食を食べる手を止めて3人を見ている牧野を見るに、気のせいではないんだろうな…。

 

「篠田、お前も食べるといい。冷めていたら温めよう。」

 

「そのくらいは私にやらせてくれ。気遣い感謝するぞ、三笠。」

 

よかった、牧野も再び食べ始めたし俺も片づけ終わったし…って、柳原の事忘れてた!

 

「あ、俺柳原の部屋行ってくる!」

 

慌てて食堂を出ていく。あれ…そういえば大渡を呼びに行った桜井が全然戻ってこないな…。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「こらー!あーけーてーよーわーたーりーんー!」

 

ピンポンピンポンピンポン…。

 

案の定というかなんというか。桜井がインターホンを押しながら扉を叩き続けていた。

大渡も頑固だな。あの騒音に耐えられるくらい出たくないのか…。

桜井、と呼びそうになった口を抑える。いけない!声をかけたらまた呼びに行くのを忘れてしまう!

 

柳原の部屋のインターホンを押してみる。

しばらくすると扉が開いた。中から柳原が顔を出す。

 

「ふあ…おはようございます…?」

 

「柳原、もう起きれるか?」

 

「うん…起きる…ます…です…。」

 

かなり寝ぼけているようだ。目をこすりながらそのまま出てきた。

 

「眠いなら起きなくていいぞ?服も着替えてないし…。」

 

「いいんですか…?じゃあ寝ます…。」

 

「ああ、皆には言っておくよ。」

 

「ありがとうございます…えっと…前木さん…?あ、三笠さんですか…?それともモノパオ…?」

 

「今すぐ寝ろ!!!」

 

訳の分からない事を言っている柳原を押し込んで扉を閉めた。

眠すぎて俺が誰かも分かってないじゃないか…。

 

 

「あ!ドS宮くん!ちょっと手伝ってよー!」

 

結局桜井に捕まった。相変わらずインターホンを押す手は止まらない。いい加減大渡も観念すればいいのにな…。

 

「わーたーりーんー!わたりんが来ないとー!美亜朝ごはん食べられないのー!わたりんのせいでー!美亜はー!お腹ペコペコなのー!」

 

「チッ」

 

舌打ちしながらやっと大渡が出てきた。なんか…久しぶりに見たな…。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何の用だ。」

 

「あのね!皆がわたりんの分の朝ごはんも作ってくれてるの!というか昨日皆で集まることになったんだよー!だから来て!」

 

「行ってどうする。安否の確認なら今できただろ。」

 

「むむ!聞き捨てならないねー!美亜が『わざわざ』来てあげなくちゃわたりんの安否は分からなかったんだからね!感謝して美亜の言う事聞いてよー!」

 

うわ、正論。元々不機嫌そうな顔をさらに不機嫌にして大渡は渋々部屋の扉を閉めた。

そしてそのまますたすたと歩いて行ってしまう。

 

「あ!わたりん!」

 

桜井が驚いたような声をあげる。そりゃそうだよな…。無視までされてさすがの桜井も…。

 

「鬼ごっこしたいの!?待て待てー!」

 

違った。それだけは絶対に違うと思うぞ桜井。大渡が「鬼ごっこがしてぇ」とか言い出したら俺は間違いなく笑ってしまう。

桜井の声を聞いた瞬間大渡が早歩きになった。桜井は楽しそうに大渡に向かって走り出していった…。

 

あれ?俺、何も手伝ってなくないか?

…1人寂しく食堂に戻る事にした。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「まあ、それでは柳原さんのところにも朝食を持っていかなくてはなりませんわね…それとも昼食とまとめた方がよろしいでしょうか?」

 

「ああ、それでいいと思う。でも、申し訳ないな…余っちゃって。」

 

「………食べる。」

 

「あら勝卯木さん!遠慮なく食べてくださいませ!」

 

「勝卯木、そんなにお腹がすいていたのか…?」

 

勝卯木は首を横に振る。

 

「……食事…好き……つい…。」

 

「あひゃー!勝卯木さーん!いい事でーすよー!もっと食べていいですか―らねー!」

 

潜手が嬉しそうに勝卯木の持つお椀に味噌汁を注いでいた。

 

「和やかにしてるとこ悪いんだけど、これからどうするかって事について話しておいた方がよくね?皆が思ったより元気そうだから話しさせてもらったんだけど。」

 

難波の一言に皆が互いに顔を見合わせる。というか難波の膝に座ってぼーっと宙を見つめている東城に誰もツッコミを入れないのはどういう事なんだろう。かくいう俺も帰ってきてから今までスルーしてたわけだけど。

 

「ボクはとりあえず装置を完成させるよ。その後で保健室の毒薬の処理に手をつけていく。」

 

あ、東城が喋った。難波が偉いねー!と言いながら頭をわしゃわしゃしているけど東城は完全に無視を貫き通している。

 

「そうですわ!わたくし、やりたい事がありましたの!ね、端部さん。」

 

「え、えっとね……その、皆でサッカーとか…できたらいいなって…思ってるんだ。何もしないと逆に疲れるから、その…息抜き、にならないかな…?」

 

「その横でわたくしがお茶会を開きますの!そうすれば運動が苦手な方でも楽しめるでしょう!どうでしょう?もちろん、東城さんの作業を終わらせてから皆さんでやる予定ですわ。」

 

「それって、自己紹介の時に言ってたやつか!」

 

「その通りですわ、宮壁さん!やりませんこと?」

 

「だ、だけど結局ここにグラウンドみたいな広場はないし、まさか本当に木を伐採して…?」

 

その労働で疲れそうだけど…と思っていたら端部が嬉しそうな顔で説明する。

 

「あ、あのね、イベントホール、ってあったでしょ?あそこ、イスと机とカーペットを片付けたら体育館みたいに使えるんだ…!さっきはそこで練習してたんだよ。倉庫にテープがあったから、線はそれで引けるし…ど、どうかな…?」

 

「賛成!やっぱ遊ぶのが一番だよね!言っちゃえばこの建物全体が貸し切りみたいになってるわけだし!」

 

牧野が手をあげて満面の笑みをみせた。それを皮切りに皆楽しそうな顔に変わっていく。

 

「おい…まさか強制参加じゃねえだろうな…。」

 

「わたりんは強制だよー!美亜が、わ、ざ、わ、ざ、呼びに行ってあげたんだからね!」

 

舌打ちしてそっぽを向いた大渡の横で篠田がほんの少しだけ微笑んだ。

 

「サッカーなら遠慮させてもらうところだったが…安鐘の気遣いには感謝しかないな。」

 

「みなさんで楽しむ、というのがモットーですからね。他のみなさんも好きな方に参加してくださいませ!準備ができたら呼びに行きますわ!」

 

 

 

 

□□□

 

 

 

…さて。

東城のそばにある歪な装置に目を向ける。

集められたのは前木、安鐘、俺の3人。なぜこのメンツなのかは謎だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「この装置は簡単に言うと、この区域内に足を入れるとかなりの勢いで足に硬直剤が数本撃ち込まれる上に大きなブザー音が鳴るようになっているよ。それでも足をもう一歩踏み出した場合は上からちょっとギザギザしてるシャッターが下りる事になるから、怪我するよ。誰かが倉庫で見張るというのも考えたけど、共犯で凶器を取ってしまう可能性も捨てきれない。よってこの無人装置にさせてもらったよ。」

 

…怖いな…これは入る人もいないだろうな…。

 

「あれ?でも個室は防音効果が高いって聞いたよ?ブザーの音が聞こえるのかな?」

 

「え、そうなのか?」

 

「モノパオが突然私の部屋に出てきてそれだけ言って消えたんだよね。個室内にも現れるなんて聞いてなくてびっくりしちゃったよ…。」

 

「前木さんの言う事ももっともだよ。だからボクは扉を閉めずにいる事にした。」

 

「そ、それでは東城さんが危険になるかもしれませんわ…!」

 

「だからボクの部屋にも同じ装置を設置する。ボクが扉を開けている時に入ったら動けなくなるしケガするから気を付けてね。」

 

…寝ぼけても東城の部屋にだけは絶対に入らないようにしよう。

 

「待て、それならどうやって中から必要なものを取り出すんだ?」

 

「そう、それを教えるためにキミ達を呼ばせてもらったよ。この中のものを必要とする、かつある程度信用できる人をね。」

 

他の人達は信用できないって事か?とても信用が足りないとは思えないけれど…。

 

「必要なのはこれ。基本ボクの部屋に置いているから言ってくれれば貸すよ。」

 

そう言って取り出したのは長い棒だった。これは…物干し竿?

 

「あの倉庫の奥の壁に金属についている小さい針があるよね。あれを押し込むと…。」

 

東城が物干し竿の先端を針にあて、慎重に押し込む。

するとブザーのランプが消えた。東城がその装置を越えても何も起こらない。

 

「この通り30秒だけ解除される仕組みだよ。ちょっと戻って装置を発動させてみるね。」

 

しばらくすると再びランプが点灯した。そこに東城が自分の靴をなげ入れると、針が5本ほど靴の上をかすめ、もう片方の靴を入れるとシャッターが勢いよくしまった。

それだけじゃない。

 

「なんでーすかーこの音―!?」

 

「すごいうるさいんだけど!鈴華ちゃん達、何やってるの!?」

 

「それ、止めてくれぬか…!?」

 

あまりのブザーの音量に高堂達が駆けつけてきた。

東城が耳を塞ぎながら冷静に声を張り上げる。

 

「ごめんね、これ3分は鳴りやまないんだ。」

 

長い!!!そんなの待っていたら耳が割れそうだ!

皆、もちろん東城自身も耐え切れなくなり俺達は慌てて共有棟を飛び出した…。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

耳が痛い。まだぐわんぐわんと鳴っているような幻聴すら聞こえる。

一番遠いイベントホールで端部達の手伝いをしに来たけどここに着いてもしばらく聞こえていた。恐ろしい装置だ。装置というか罠だ。

 

「まあ、あれだけ大きければ気づかれるでしょ…。」

 

高堂はだいぶこたえたのか痛そうに頭を抑えている。

 

「高堂ちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫。」

 

「無理しない方がいいよ。後で運動するんだし、今は休んでいいんじゃない?」

 

「あ、ありがと…。」

 

牧野が急にまともな事を言うから高堂は困惑しているようだ。

 

「俺、高堂ちゃんがサッカーしてるのをじっくり見たいからね!絶対いい動きするし!」

 

「うわ。」

 

一瞬で高堂の眉間にしわができる。不審そうな顔のまま端に寄せた椅子に座りに行った。

普通に話してるだけなら脈はできると思うんだけどな…どうして変態発言を繰り返すのか。

 

「こら!宮壁は何人の会話を盗み聞きしてるんだよ!ちゃんと手伝いに行きなよ!」

 

なんで俺が牧野に怒られなきゃいけないんだ、納得いかない。

放っておいて俺は端部の手伝いに向かった。

 

「あ、宮壁、俺の部屋にもう1つ小さいゴールがあるから、持ってきてもらってもいいかな…?手帳、渡しておくね。あ、あと、持てそうだったらボールも1つあると…助かる、かな。」

 

「分かった。」

 

そのまま端部の部屋に向かい手帳をかざす。中に入ると流石と言ったところか、サッカー用具がたくさん並んでいた。倉庫から持ち帰ったのかボールが1つ置かれている。おそらくボールはこれを持っていけばいいのだろう。

 

「あ、意外と軽い。」

 

簡易ゴールなので重さは予想よりは軽かった。肩に枠の部分をかけて立ち上がる。

 

「あ、宮壁くん!お疲れ様。」

 

「前木。それ何を運んでるんだ?」

 

「鈴華ちゃんに頼まれて茶道具を運んでるの。本当、すごく丁寧に包まれてるから運ぶと緊張しちゃうね…。」

 

前木は少し困ったように道具を抱え直す。

 

「前木は安鐘のお茶会に参加するんだな。」

 

「プロのお点前なんてそうそう見られないからね。楽しみ!もちろん、サッカーの試合も見るよ!…宮壁くん。」

 

「どうした?」

 

「私ね、ちょっと不安だったの。同じクラスだった人はいるにはいるけどそこまで話すほど仲良しだった訳じゃないし、この調子で…その、コロシアイに巻き込まれて、ずっとこんな暗い気持ちでいるのかなって。でもね、私嬉しいんだ!皆がそれぞれ自分にできる事をして、楽しませようと、コロシアイを起こさないようにしてくれて。」

 

「前木…。」

 

「だから私、がんばるんだ!皆で協力して、仲良くなれば…コロシアイなんて起きないと思うから。」

 

「そう、だな。俺も何かできる事はしていきたい。がんばろうな。」

 

「うん!」

 

 

 

本当に?

 

起きない?

 

確証はどこにある?

 

常に最悪の事も考えておかないと、後々後悔するかもしれない。

 

 

ダメだ、こんな弱気じゃ。

俺は自分の頭から不安を追い出すようにイベントホールへと向かった。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「よし、できたね…!」

 

端部の声に改めてホール内を見渡す。こうして見ると立派な体育館だな。線も引けたし人数的にも簡易的なミニゲームならできそうだ。

安鐘の方もできたらしく赤いカーペット…なんだっけ、あれだ、毛氈。それの上に茶道具が並んでいる。安鐘の他には前木、勝卯木、篠田、東城、大渡がいるな。柳原は爆睡しているのか起きてこなかったのでそっとしておいた。

 

決めていなかったけどどちらに参加しようかな…でも前約束したしサッカーに行きたいな。

 

というわけで倉庫にあったジャージに着替えてきた。俺の他にもヒールを履いていた牧野や難波も着替えている。俺達の他にサッカーに入るのは…もちろん端部と三笠、桜井、高堂、潜手がいるのか。ちょうど8人だし4対4でできそうだ。

 

適当に腕章を手に取りチーム分けをする。俺は赤色の腕章をもらった。他に赤い人は…三笠、高堂、桜井か。

 

「では自分がキーパーに行こう。」

 

「えっ!」

 

うっ…端部が相手チームなのが痛い。だけど端部はさすがに自分の本職はマズいという事でキーパーには難波が名乗り出た。そしていざ始まる…という時に安鐘が声をあげた。

 

「あら、そういえば審判はどうしますの?大渡さんがなさいますか?」

 

「…俺にふるな。」

 

大渡は心底嫌そうな顔でそう言いながら入り口の方に歩いていく。

 

「あ!わたりん!出るのはダメだからねー!」

 

「うるせぇよ。…審判なんざコイツにやらせたらいい話じゃねえのか。」

 

そう言って大渡が俺達の目の前に突き出したのはなんとモノパオだった。首を掴まれてモノパオの胴体はバラバラと揺れている。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!なんでボクくんがミンナの審判なんかしなくちゃいけないんだよ!手伝う義理なんてあるのかな!こちとら超長時間労働で身も心も疲れ果てているっていうのにさぁ!ひどすぎるパオ!必ず訴えてやるパオ!」

 

「騒ぐな。入り口でこそこそしている貴様に落ち度があっただけだ。」

 

大渡の有無を言わせない目力でモノパオの額に大量の汗が流れる。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ…!もう!分かったパオ!やればいいんでしょ!ボクくんサッカーのルールとか詳しくないから適当にするからね!」

 

そう言ってモノパオは安鐘の近くにふんぞり返る。

 

「あの…そこは邪魔ですわ…。」

 

「キーーーーー!安鐘サンの天然かわざとか分からないイジメにボクくん傷ついちゃったパオ!って、ボクくんゾウなのにサルみたいな声出しちゃったよ!パオパオ!ボクくんはゾウパオ!」

 

1人、いや1匹騒がしいモノパオをよそに安鐘はお点前を始めた。

 

「はじめ!!!」

 

え!?安鐘の動作が開始の合図なんて聞いてないんだけど!?

声をあげた張本人である牧野は俺の横をするりと抜いていきなりシュートを放った。

 

「ちぇっ、三笠が相手だと俺じゃあ厳しいね。」

 

「ふふ、そうやすやすと入れられる訳にはいかんぞ。こちらにサッカー経験者は0だ。」

 

なんてかっこいいんだ三笠…!スポーツ漫画に出てくるベテランのコーチみたいな貫禄でボールを手に収め、にやりと笑った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「頼んだぞ宮壁!」

 

うわっ、飛んできた!

うまい具合に落としてくれたので慎重に蹴る。目の前に端部が来たから進んじゃダメだ!

慌ててパスをしようと周囲を見渡していると端部がすぐそこまで来ていたので大きく外れた方向に蹴ってしまった。

 

「高堂!」

 

「わ、わかった!」

 

「へっ、高堂ちゃん!?…なんてね。」

 

え!高堂なら牧野が譲ってくれると思ってたのに普通にかすめ取った!?

これじゃあせっかく高堂がボールを追いかけてくれたのに意味ないじゃないか…申し訳ない。

 

「まきのん見えてないよー!」

 

桜井が前に躍り出る。すると牧野はすぐに潜手の方にボールを戻した。

 

「はわわー!い、いきまーすねー!」

 

潜手の蹴ったボールは俺と端部の間に落ちる。まずい!

 

「いくよ…!」

 

端部がシュートを打とうとしたので前に寄る。だ、だんだん競争心がわいてきた…!

 

「み、宮壁、危ないよ…!」

 

いや端部優しいな敵チームなのに。

 

「桜井来てくれ!」

 

「らじゃー!」

 

 

…。

 

 

……。

 

 

結論から言うと、俺のチームが点をいれることはなかった。端部が上手すぎて俺のチームは勢いのあるシュートを打つことができないから難波に蹴り返されてしまった。というかたぶん俺がかなり下手だ。完全に足を引っ張ってしまった気がする。点を入れるチャンスを掴む事すらできないまま、俺達の体が悲鳴をあげてしまった。

 

「あー!疲れた!安鐘ちゃん!お茶がほしいーーーーー!」

 

どさりと牧野をはじめ皆が床に寝転がる。

 

「ヤバ、皆超汗かいてんじゃん。タオルで拭きなよー。」

 

難波が転がっている俺達の上にタオルを落としていく。

というか…。

 

「こんなに盛り上がると思ってなかった。」

 

俺がポツリとつぶやいた言葉に端部が起き上がって笑う。

 

「スポーツって、すごくて…いい意味での競争心が芽生えやすいから、誰とでも楽しめるんだ…。俺は、そういうところが好きなんだよね…。」

 

「はたべんが全然手を抜いてくれないから燃えちゃったよねー!絶対1点いれてやるー!って躍起になっちゃったもん!楽しかったー!」

 

「本当に、自分も程よい緊張で楽しめたぞ。」

 

「ふえー!ドキドキしまーしたー!」

 

「牧野があたしの前でふざけて手抜くかと思ったけど真面目でびっくりした。ちゃんとしてるところあるんだね。」

 

「…!へへ、まあね。」

 

あ、牧野めちゃくちゃ嬉しそう。照れ隠しなのか牧野は急に大声を出す。

 

「あーあ!俺明日から絶対筋肉痛だ!宮壁と桜井ちゃんもじゃない?」

 

「た、確かに…というか、すでに若干痛い…。」

 

「ほんとどうしよっかなー!美亜がふらふらしてたら元気な人は助けてね!」

 

「うう、それにしてーもー、お腹減ったでーすー…。」

 

潛手がふらふらしながら篠田の元に歩く。

 

「だいぶ動いていたからな、今抹茶は熱いか…?お茶をもってこよう。」

 

「あ、ありがとーございまーすー、篠田さーん…。筋肉痛ではありませんがー、なんでしょーかー、潜手めかぶ、海の方が疲れにくいのかもですー。」

 

「うーん、水中の方が体力使う気がするけど…めかぶちゃんみたいに慣れてる人はそんな感じはしないのかもね!」

 

前木はにこにことお菓子をお皿に並べている。

 

「……お菓子……おいしい…。」

 

勝卯木はさっきから食べてばっかりだな。

俺も重たくなった体をどうにか起こしてきちんと座りなおす。タオルで一通り汗を拭き、安鐘の動きを見ることにした。

 

 

「綺麗…。」

 

高堂が呟くのも当然なくらい、安鐘の所作は美しかった。

無駄のない流れるような動き。お茶碗を置く音すら綺麗に聞こえる。

叔父さんがお茶会とか好きだったんだよな…静寂の美、ってやつがやっと分かったような気がする。

 

誰も話さずに見守っていた。

ふと気づくと目の前に篠田が座り込んだ。

 

「お茶だ。抹茶も順に点ててくれるだろう。」

 

「あ、ありがとう。」

 

渇いたのどに冷たいお茶が染み渡る。

 

「安鐘の動きはすごいな、超高校級と呼ばれた所以が分かる。」

 

「本当にそう思う。」

 

「鈴華、マジですごいわ。あんなきっちりした動きとか、ただ素早いってだけじゃダメなんでしょ?すげー。」

 

「安鐘さん…すごいね、たくさん練習したんだろうなって、思うよ…。」

 

「うーん、美亜には到底できない動きだよー!」

 

…あれ?安鐘がぴくりとも動かなくなった。

 

「あ、あああああのですね、みなさん、ほ、ほめ、褒めすぎででででででで、すわ…!」

 

一段落ついたらしい。顔が真っ赤になっている。そ、そうか、今までの全部聞こえていたのか…。

 

「でも鈴華、それ普段のお茶会の時はどうしてんの?恥ずかしくならないわけ?」

 

「ふ、普段はお茶会中に話す事はありませんし、最後の挨拶も社交辞令ですし、何よりプロの方がほとんどですから…純粋に褒めていただくことはめったにありませんのよ。」

 

手で赤くなった顔を仰ぎながら安鐘は一息ついた。

 

「というか!ボクくん!いる意味なかったパオ!絶対訴えてやるパオ!」

 

だからどこに訴えるんだよ。と内心でツッコミを入れておいて無視しよう。

モノパオは沈黙に耐えかねたのか泣きながらドアを飛び出して行った。なんだったんだ…。

 

「さすがに長時間でしたので後の方々は点て出し…その、お点前をしなくてもいいですか?」

 

「うん!大丈夫だよー!」

 

「鈴華ちゃんありがとう。…もう片付ける?」

 

高堂の言葉にそういえば道具を片付けなければならない事を思い出した。

 

「なんか、終わるのがもったいないね。またしようよ。」

 

牧野がゴールを片付けながら端部に話しかける。

 

「うん…!牧野達の筋肉痛が治ったらまたしようよ…!」

 

「ちょっと鬼すぎない端部!?」

 

「そ、そうかな…?」

 

端部達がこんな風に楽しく笑ってるのは久しぶりに見たな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

牧野と端部が話して笑っているのを見たのはこれで何度目?

 

 

 

 

いや、初めてだよな?

 

 

 

 

 

じゃあ、俺はなんで『久しぶり』だと思った?

 

 

 

 

 

 

「……宮壁、後で、いい?」

 

高堂だ。目があちこちを泳いで不安そうに俺の方を見る。

 

「牧野のいないところでなら。あいつすぐ怒るだろ?」

 

 

 

 

 

 

あれ?なんで俺はそんな事を知ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

怖い。何か知ってはいけない事を知っている気がする。

 

高堂の方を見る事ができず、俺は返事も聞かずにゴールを担いでホールから出て行った。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「…い、おい!」

 

「えっ!?な、なんだ、篠田、どうした?」

 

振り返ると篠田がすぐそこまでついてきていた。ずっと呼びかけてくれていたのかと思うと申し訳ない。

 

「顔色が悪いぞ。何があった?」

 

「な、なんでもない。」

 

「嘘をつくな。」

 

篠田の目が鋭くなった。これは…怒らせるとヤバそうだ。

 

「その…信じてもらえないかもしれないけど、俺達、会ったことがあるんじゃないかと思って。」

 

「なんだと…?私は全く心当たりがない…宮壁、お前は私と会った記憶もあるのか?」

 

「そ、それはない…けど、今さっき端部と牧野が話してる光景を見たことがある気がするんだ。」

 

「嫌な予感がするな。イベントホールでモノパオが何をしていたのかもよく分からないし、何か聞ければいいが…。モノパオ!いないのか!」

 

篠田が呼びかけても現れる気配はない。結局どうする事もできないまま俺は端部の部屋に戻る事にした。

 

「宮壁、本人達には言ったのか?」

 

「いや、まだ確証はないし言わない方がいいと思ってる。」

 

「そうだな…何かあれば私も言おう。問い詰めてしまって悪かったな。」

 

篠田はくるりと振り返ると安鐘の部屋に戻っていった。

嫌な予感…か。どうしても嫌な事がちらついてしまうあたり、俺はかなり不便な性格らしいな。

 

 

その後安鐘の点てたおいしいお茶を飲み、疲れたこともあって少し休んでから昼食をとる事にした。

昼は安鐘が豚肉を焼いてくれたりポテトサラダを作ったり…朝食を作ったメンバーに加え前木と高堂が手伝ってくれた。…そこで事件は起きた。

 

俺がポテトサラダを作り終わり一息ついていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安鐘の悲鳴。何事かとそこにいた皆が厨房にかけつける…まさか、何か…!

厨房にあるコンロが真っ黒になっていた。正確にはフライパンにのってる何かが炭になっている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ご、ごめんね…美亜も、手伝いたいって思ったんだけど、やめておけばよかったねー…。」

 

しょんぼりしているのを見るに、この事態を引き起こした犯人は桜井のようだ。

 

「ヤバ…何があったわけ?」

 

「桜井さんが手伝うと言ってくださったので、お肉を焼くのをお願いしたんです。わたくし、それでここを離れていたらいつの間にか油がコンロの方に落ちていたみたいで、火が出たのですわ…。桜井さんお怪我はありませんの?」

 

「美亜はないけど…お肉が焦げちゃった…ごめんね豚さん…。」

 

桜井は豚の心配が第一なのか、真っ黒になってしまった豚肉を見て悲しそうに目を潤ませている。

 

「あ、あのね、火はすぐに俺が消したから…大丈夫。あとは飛び散った油を十分に拭けば、安心だから…皆も戻っていいよ。」

 

「ごめんねぇ、はたべん、やすずちゃん…。皆もごめんね、心配かけちゃって…。」

 

わわわ、桜井がちょっと泣きそうになっている。俺が口を開くより先に、難波が桜井の元へと近づいた。

 

「は?美亜、アンタには誰も怒ってないから。何もなくてよかったっていう意味で皆アンタの事見てんの。別に美亜が失敗したわけでもないんだからそんな責任追わなくていいの。分かった?」

 

「し、しおりん~!わかった!美亜、気をつけてお手伝いするね!」

 

桜井はパアッと顔を輝かせて頷く。そしてそのままメモを取り始めた。前木が不思議そうに首を傾げる。

 

「美亜ちゃん、何をメモしてるの?」

 

「これ?これはね、皆の素敵な言葉を書き溜めるメモだよー!かっこいい事を言ったら漫画に載せるかもしれないよ!」

 

「へえー!私も、何か言ってみようかな!でも紫織ちゃんには勝てる気がしないなあ。」

 

「フッフッフ、まあアタシだから仕方ないっつーか?カッコよさではトップクラスだから!」

 

難波が胸を張る。その周りにキラキラした目で桜井と前木が声援を送る。無事にこの場が収まったようで安心した…。

 

「よーし!これが終わったらごはんでーすよー!」

 

潜手が嬉しそうに声をあげる。と同時にお腹が盛大に鳴った。

 

「めかぶちゃん、お腹すいた?」

 

雑巾で床を拭きながら高堂が笑いかける。潜手は意外にも顔を真っ赤にしている。

 

「ふ、ふひゃあ~、恥ずかしいですーねー聞かれてしまーいましたー…!」

 

「えっ、ご、ごめんね、皆の前で言っちゃって…ほら、男子は早く戻って。」

 

明らかに高堂の目が俺と三笠と端部に向いている。確かに完全に立ち聞きしてるもんな…。

 

昼ご飯を食べ終えた俺達はいったん部屋に戻る事にした。数人は油で汚れたからな。

俺も部屋に戻ってみたけど…特にする事もない。別に眠くもないし、適当に歩いてみるか。

 

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

あ!そういえば後で高堂と話をしようとしてたんだった。探してみるか。

 

「あ、宮壁。ちょうどよかった。聞きたい事があるんだけど、今大丈夫?」

 

「ああ。それで、何を言いかけていたんだ?」

 

「宮壁も何か思い出したような顔をしてたから。」

 

「俺『も』って、まさか高堂も見覚えがあったのか?」

 

「あたし、牧野や端部と会った事ある気がする。テレビで見たとかじゃなくて。これってどういう事なんだろう?あたし達、ここに来るまでに覚えてない部分もあるし、その間で会ったって事なのかな。」

 

「モノパオになんかされたって事か?皆が一斉に同じ時期の記憶がないなんておかしいもんな。」

 

「そうだね。だからといってどうすればいいのかの目途なんて立たないし、宮壁以外に明らかに動揺してた人はいなかったから確認も取れない。」

 

「さっき篠田に様子がおかしいからって問い詰められて答えてしまったけど、篠田は全くそんな事は思わなかったって言ってた。」

 

「そっか。あたしは牧野に聞かれたけど答えてないよ。」

 

「え?そうなのか?」

 

「逆に宮壁みたいに簡単に口を割ってるのが心配なんだけど。牧野もなんとなく察してくれたみたいで詮索はしてこなかった。」

 

…自分では気をつけてるつもりだったけど危機感がないって事か…。気をつけよう。

 

「そうだ、高堂って牧野の事どう思ってるんだ?」

 

「は?急に何?恋バナ好きなの?」

 

「え、いや、別に俺は恋バナのつもりで言ったんじゃなくて…よくお尻を触られそうになってるから。」

 

そう返した瞬間!俺は高堂にはたかれた!わりと痛い!なんで!?

 

「あんた、牧野の次にデリカシーないね。」

 

「えっ!?ご、ごめん!」

 

「そうやってすぐ謝るあたり、無自覚なのが恐ろしいよね。…牧野の事…まあ、嫌いではないよ。」

 

「そ、そうなのか!」

 

よかったな牧野!

 

「しっかりしてるんだなって思ったから。変態なのは素直に腹立たしいけど。」

 

「だ、だな…。気をつけないとな。」

 

「そうだね。じゃあこれあげる。」

 

「ん?タオル?どうして急に?」

 

「今さっき叩いちゃったから。ごめんね。」

 

さっきの自身の行いを恥ずかしがっているのか、高堂の顔が少し赤い。

牧野が好きになる理由も分かる気がした。

もちろん俺は2人の為にも好きになるつもりなんて毛頭ないけれど。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「やあ、元気そうで何よりだよ。」

 

「本当に薬の分解なんてやってるんだな…。」

 

「どうしてやらないなんて事象が起きるのか説明してもらってもいいかな。」

 

あ、相変わらず面倒くさいな…!

 

「独り言だから気にしないでくれ。」

 

「独り言で嘘を言う事はまずないよね。つまりそれは本心だ。それならば余計になぜその一言を発したのか、詳しい説明が知りたい。という事で解説を頼むよ。」

 

「特に理由はない!うまい返しが思いつかなかっただけだ!強いて言うならすぐに取り掛かると思ってなかったんだ!察してくれ!」

 

「別にうまい返しを求めてはいなかったよ。」

 

もう帰ろう。そんなダラダラ話されると気分が下がってしまう。

 

「せっかく来たというのに、手伝ってあげようという親切心はないのかな。」

 

「…手伝います。何をすればいいか教えてください。」

 

「了解。」

 

という訳で東城のお手伝いをする事になった。

 

 

「キミは手際がいいね。研究者が向いていているよ。」

 

「ありがとう。とても嬉しい。」

 

棒読みには棒読みで返す。ストレスを減らすために俺がこの1時間で学んだコミュニケーション方法だ。

それにしても、だいぶ分解は進んでいてノートの表に『終了』と書かれた枠が増えてきた。

しかし同時に不安も増えてくる。

 

「これ、モノパオが欠品として新たに増やす、とかそういう事はないのか…?」

 

「ないよ。アレは化学について詳しくないみたいだから、どの瓶が無毒なのか把握できていないらしい。」

 

そんなポンコツでいいのか…?この調子だと意外とコロシアイの原因がなくなる事もあり得るんじゃないか?

 

「って、東城、モノパオに会ったのか?」

 

「勿論、実験だよ。無毒の瓶と未処理の瓶を並べておいておく。しばらくして帰ってきたけど変化はなかった。倉庫の時はすぐ下りてきていたところを見ると、今回はどうしていいか分からなかったのだろうと考えてボクは作業を続行しているという事だね。」

 

また実験、か…正直東城のいう実験は危ういものが多くて怖いな。

 

「毒の瓶が他の誰かに取られてたらどうするつもりだったんだ。」

 

俺の一言に東城の動きが止まる。そして俺の目をじっと見つめてきた。

 

「宮壁くん。驚きだよ。まさかキミが、そんなに周りの人を信用していないとは思わなかった。」

 

「え…?」

 

「そこは信用するしかないじゃないか。あれだけ周りを気にかけていたと見せかけて、実はボクよりも他人を信じていなかったようだね。恐れ入ったよ、キミみたいな人間が一番怖いな。」

 

相変わらず棒読みだけれど、その目は『実験したい物』を見つけたと言わんばかりにキラキラと輝いていた。

そして俺は、東城に反論する事は出来なかった。その意味に取れるのはごく普通の事だったから。

 

「気をつける。」

 

早く真っ向から反論できるようになるために。

 

「そうか。今日はありがとう。また何かあったら頼むかもしれないからよろしくね、助手くん。」

 

「いつから助手になったんだ…。」

 

相変わらず奔放で論理にうるさい東城をいつかぎゃふんと言わせてやる、そう思いながら保健室を後にした。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「あ!宮壁くん、じゃなかった、じみやくんだー!」

 

「最初ので合ってる。というかなんだ、じみやくん…?」

 

「地味な宮壁くん、略してじみやくんだよー!」

 

ふ、増えた…。だけどじみやくんの方があだ名っぽくていいな…じゃなかった!地味も比較的悪口の部類に入るぞ!?桜井は相変わらずにこにこと楽しそうにしている。そしてメモを取り出すと何か書き込み始めた。

 

「あれ?そのメモって雑誌の付録についてたオレジカのやつか?」

 

「そうだよー!不良品は美亜がもらうんだけど、部屋にたくさんあったんだー!じみやくんは持ってるの?」

 

不良品なのか…。まあ作者だしそれでいいのか?

 

「俺はコミック派だったから持ってないな。」

 

「そっかぁ…。あ!ちょっと待っててー!」

 

そう言って個室の方に消えていき、ものすごいスピードで戻ってきた。

 

「はい!あげる!不良品だけどねー!」

 

「いいのか?ありがとう。」

 

かわいい像のマスコットキャラクターが描かれている。

 

「そういえば桜井は何をしていたんだ?」

 

「今ね、ネタを探してたんだ!」

 

「ネタって、漫画の?」

 

「そーだよ!ここから出たら続きいっぱい描かなきゃだもん!ネタのストックをためるいい機会だよー!それにね、ここにはネタになるような人がたくさんいるからね!楽しいよー!」

 

鼻息を荒くして語る桜井から伝わる熱意は流石超高校級といった感じだ。

 

「それって、やっぱり難波や大渡の事か?」

 

「うんうん、やっぱり世間を騒がせていた正体不明の怪盗が派手なギャルJKだったなんて、展開としてはなかなかいいよねー!」

 

凄い…!難波の事がコンパクトにまとめられている…!え、これ、褒めてるよな?うん、褒めてるはず。

 

「あとわたりん?アレはすごいよー!きっと中二病真っただ中なんだろうね!幽霊を祓うタイプの漫画は多いけど、その漫画で言うと主人公になりうる能力を持ってるわたりんが人付き合い悪いっていうのは珍しい展開だと思うんだよねー!」

 

なんだかこれ…貶してないか?

 

「それにしても、桜井は皆の事を本当にしっかり見てるんだな。」

 

「まあねー!見てて飽きないからメモも止まらないよー!えっとね、ドS宮くんはねー…。」

 

って、俺の事もメモしてたのか…。特に書かれるような事はないと思うけど。

 

「まずねー、地味でしょ?」

 

「おい!そんな事書く必要ないだろ!」

 

「いやいや、大事な事だよー?地味なキャラって大体何か隠し持ってるんだからね!例えばすごい能力がある、とか!ほら、宮壁くんは判断力でしょ?それって立派だよー!キャラは立ちにくいけど。」

 

…褒めて上げてから落とすのはやめてくれ。悲しくなる。ま、まあ、地味なんだから仕方ないよな。

 

「俺…髪の毛緑にしようかな…。」

 

「う、うわー!じみやくんが典型的な大学デビューみたいな事しようとしてるー!やめなよ失敗するよ!」

 

ボ、ボロクソだな…!

 

「って、待ってよ!ドS宮くんはキャラ立ってるじゃん!」

 

「え?何かあったのか!?」

 

「ドS!」

 

もう嫌だ、俺は疲れた。桜井のとどめの一言に俺が何を思い何と返したのか、あまり覚えていない…。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

そうこうしているうちにお腹が減ってきたな。食堂に行ってみるか。

 

「あ、宮壁、遅かったね。」

 

「夜はお魚さんを食べますーよー!」

 

厨房に立っていたのは潜手と高堂だった。珍しく東城もいる。

 

「何やってるんだ?東城。」

 

「ああ、食糧の調達だよ。面倒な薬品を後回しにしてしまったし、今晩は徹夜かな。」

 

「東城さんーそんな無理しなくてもー…潜手めかぶ、なんだか申し訳ないでーすー…。」

 

「無理とかそういう話じゃなくて義務だから。コロシアイをさせないためにできる事はしていくつもりだよ。」

 

「東城、それであんたが倒れたら狙われる格好の的になる。そんな事をする人がこの中にいるとは全く思えないし思いたくもないけれど、明らかに弱ってる人を見たら動きたい気持ちが後押しされるかもしれないでしょ。…めかぶちゃん、あれ分けてもいい?」

 

「あ!なるほどでーす!………ほい!」

 

潜手が渡したのは…するめいか…?

 

「あとはこの辺の干物ね。めかぶちゃんが自分の部屋にあったからってここに置いてくれてるの。これでも食べて。あとは……はい、せめてパンでも食べなきゃ、あんたそのサプリメントで乗り越えるつもりでしょ?」

 

高堂の言葉に東城の手を見るとたくさんの錠剤を抱えていた。高堂と潜手から食べ物をもらうと東城は初めてにっこりと笑った。

 

「2人ともいい人でボクは嬉しいよ。このまま変な気はおこさないようにしてね。」

 

そのままくるりと踵を返すと食堂からでていった。2人が東城の背中に声をかける。

 

「こらこらー!言われなくても潜手めかぶは殺人なんてぜーったいにしませーんよー!」

 

「めかぶちゃんに同じく。」

 

 

 

東城が完全に姿を消した後、夕食の本格的な準備が始まった。

潜手はすばやく魚をさばいていく。綺麗に三枚におろされた大きな魚を見て高堂と俺は感嘆の声をもらした。

 

「すごいな…!さすが潜手だ。」

 

「ほ、ほわわーっ、緊張しちゃいますーねー。」

 

潜手はそう言いつつも手のスピードが衰える事はなく、あっという間に綺麗に並べられた刺身が俺達の前に姿を現した。

 

「うわ…すごいな…料亭とかに出てくるやつと全く一緒だ。」

 

「飾り切りっていうんだっけ?このきゅうり、花の形になってる。あたしもやってみたいな。」

 

「ではではー、まだ時間もありまーすしー、潜手めかぶが直々に教えますーよ!宮壁さんもーやりまーすかー?」

 

「あ、ああ、やってみる!」

 

潜手の教え通りに切ってみるけど…こんなに加減が難しいものなのか…!簡単にできるとは思ってなかったけど、潛手があまりにも楽々とやってのけるから簡単に見えてしまっていたみたいだ。

 

「あっ、切りすぎた。」

 

「俺は全く切れてなかった…。」

 

「うふふー、難しいですからーねー、何事も練習あるのみなのでーすよー!」

 

不器用ではないと思っていたけど、ちょっとやそっとの器用さではなかなかうまくいかないもんだな…。

 

 

 

だいぶ時間が経っていたようで、俺達があらかたの準備を終える頃にはほぼ全員が食堂に揃っていた。

 

「あ!美亜も手伝うー!」

 

「あら、高堂さん潜手さん宮壁さん…!ありがとうございます。」

 

「あ、あの!おれも手伝います!まだ何もしてないので…!」

 

桜井と安鐘と柳原が駆け寄ってきた。分担して食事の準備を済ませ、席につく。

 

「あれ、ゆうまきゅんは?」

 

「まだ保健室でしょうか…?わたくしは覗いていないので知りませんわね…。」

 

「じゃあ、俺、見てくるよ…。」

 

端部が立ち上がる。

 

「あ!わたりんもいない!美亜呼んでくるよー!」

 

桜井も端部の後に続いていった。すると前木が突然口を開く。

 

「あ、そういえば今日ってあれからモノパオを見た人っている…?」

 

誰も反応しないのをみるに、会ってないようだ。

 

「前木、急にそのような事を聞くとは、まさか何かあったのか?」

 

三笠が心配そうな顔をするので慌てて前木は言葉を続ける。

 

「あ、いや、実は私の部屋の裁縫セットに針が入ってなくて、モノパオに出してもらおうかと思ったんだけど、何回呼んでも出てこなかったんだよね…。」

 

針がない裁縫セットとか何の意味があるんだよ。

 

「ちょっとスカートのほつれを直したかったんだよね…何もしてないのにほつれるなんてびっくりだよ…。」

 

こんな短期間でスカートがほつれるなんて事があるのか…?さっきから前木が幸運どころか不運になっている気がする。

軽くため息をつく前木に勝卯木が手を差し出した。

 

「蘭ちゃん、どうしたの?」

 

「…縫う…。」

 

「そんな、悪いよ…!蘭ちゃんがやった訳でもないのに!」

 

「……琴奈、悪くない。」

 

「え、えっと…分かった、じゃあお願いしちゃうね!」

 

謎に固い意志表示をして勝卯木は前木に向かって両手でサムズアップをやってみせた。なんのやり取りだよ。

 

「チッ、なんでわざわざ来なきゃなんねぇんだよ…。」

 

「やあやあ皆!わたりんったらあいかわらずひきっこぐらししてたよー!」

 

大渡が恐ろしい形相で睨みつけているが桜井はけろっとした顔で食卓につく。

 

「あ、皆生きているね。安心したよ。」

 

「こらゆうまきゅん!いつまでもそんな事言ってるとアタシの拳がうなっちゃうぞ!」

 

端部の隣で不穏な事を言う東城を難波が笑顔で脅す。

これで何気に今日初めて全員が顔を合わせたわけだけど…思ったより元気そうだな。よかった。

東城と大渡以外の皆が食事を食べ進めてしばらくした時だった。

 

「皆、ごはんを食べながらでいいから聞いてほしい。」

 

三笠が少し神妙な面持ちをして話を始める。

 

「自分の中でいろいろ考えてみたが…ここから出る方法は、今のところない、と考えている。あるとすれば、まだ行けないところ…有力なのはここの地下、そして可能性があるのは二階以上の上の階だ。」

 

「探索場所が広がるのを待つって事?まあそのくらいしかないか。俺はそれでいいと思うけど。」

 

牧野は悪魔を殺すつもりだって言っていたけど…ここでは言わないつもりなのか…?

 

「だが、そうなるとモノパオが現れないとどうすれば他の階や部屋に行けるのか勝手が分からないな。」

 

「まどろっこしい事はせずに悪魔を殺せばいいんじゃねぇのか。そこの才能の分かんねぇ女、貴様か?」

 

篠田の言葉にかぶせるように大渡が一番危惧していた事を口にした。場の雰囲気が一瞬で凍りつく。

 

「私は悪魔などという才能ではない。」

 

「じゃあ隠してる理由くらいは言えんだろ。」

 

「…言えない、まだ、言えないんだ。…寧ろ理由の方が言えない。」

 

「その言い方は悪魔で確定か?」

 

「それは違う!勿論、信じてもらえない事も分かっている。ただ、私じゃない。それだけしか言えない。」

 

「こらこらー!何をもめてるですーかー!」

 

「そーだよー!わたりん、いい加減にしないと美亜怒るよ!」

 

潜手と桜井が止めに入るが大渡は聞く耳を持たない。

 

「じゃあ貴様らはどう思っている。まさかコイツが全く怪しくないと本気で思ってる訳じゃねぇだろ。」

 

桜井が少しうろたえる。俺も何か言わなきゃ、雰囲気が最悪だ。

 

「潜手めかぶはー本気ですー!篠田さんはー、危険も顧みずに東城さんを助けたんでーすよー?悪魔さんが悪い奴なら、そんな事は絶対にしまーせーん!」

 

「はっ、勝手にほざいてろ。ここにいる意味はねぇな。帰る。」

 

「むむー!わたりんのバカ!そんな事ばっかり言ってたら死亡フラグが立っちゃうんだからねー!」

 

「騒ぐな。気味の悪いあだ名をつけやがって俺と対等になったつもりか?いいご身分だな。そういう貴様にこそフラグとやらが立ったんじゃねぇのか?そこらでくたばっとけ。」

 

「…」

 

桜井が言葉を返せないのを一瞥すると大渡はそのまま帰っていった。

いやなんなんだあいつ!言いたい放題言って単純に腹が立つ!

桜井も何か言ってやれ、そう思いながら俺の目が映した桜井は、俯いていた。

 

「…もぐちゃん、ありがとう。もぐちゃんのおかげでしのみーを信じる理由が分かったから。…でも、美亜、帰るね。あ、ごはんは持って行っていいかな…?」

 

「もちろんでーすよー!」

 

「ありがとう!…みんな、おやすみ!」

 

笑顔を作って桜井は帰っていった。俺が気づいてしまうほど、桜井の笑顔はぎこちなかった。

 

「すまない。私が早く才能を言えばいい話なのだ…だが、まだ待ってもらえないだろうか。きっと言う。約束しよう。…私はもうここにいない方がいいだろうから、すまないが食器をお願いする。」

 

篠田はそう言い残して、いつの間に食べ終わっていたのか食器を片付け、食堂から出て行った。

 

「…やはり、よくなかったか。すまなかった、自分がこのような話を始めてしまったせいだ。」

 

「三笠が謝る事じゃないと思うけど?いつかは話さないといけない話だったし。全員で協力するのは難しい話だと思う。」

 

高堂も深いため息をつきながら食事を再開した。

三笠はすっかり自分のせいだと落ち込んでしまったらしく、言葉を発さなくなった。重い空気が広がる。

そのまま長すぎる1分が経とうとしていた時だった。

 

 

 

 

「ああっ!?」

 

突然大きな声が食堂に響く。皆の目が俺に向いているのを見て初めて、それが俺の声だと気づいた。誰かが、いや、あいつしかいない!

 

「牧野、こんな時に俺の尻を触って何が楽しい!?空気を読め!というか空気を読むのはお前の得意分野じゃないのか!?」

 

牧野はけらけらと笑うと俺の尻から手を離した。なんか触り方が手慣れてて気持ち悪いな!

 

「あはは!得意だよ!いやーそれにしても宮壁のお尻は微妙だね!こんな事なら東城のにすればよかったよ!」

 

「ボクのお尻に興味があるの?」

 

牧野が目を細めて笑う。これは何か考えついたのか…?

 

「そうそう、いろんなお尻を触り比べて『実験』するんだよ!」

 

「へえ、実験。具体的にどんな事をするのか聞いてもいいかな。興味があるな、牧野くんの実験。」

 

その言葉で東城の興味をひこうとしたのか!?

というか東城も実験に興味示すのやめろ!?

 

「そうだなー、じゃあ東城はとりあえず難波ちゃんのお尻を触ってもらっていいかな?」

 

「ゆうまきゅんが、アタシのお尻を…?ゆうまきゅんならいいかな、なんちゃって…。」

 

いやいやいやいや、誰か止めろよ!難波もぶりっこ声で便乗するな!と思った矢先、高堂が牧野の頭をはたく。

 

「あんたがやりたい事はなんとなく分かったけど、もっといい話題にしてもらっていい?」

 

「あ、東城、高堂ちゃんのは触ったらだめだからね!絶対だよ!」

 

「分かった。他の人の尻部を触り比べてレポートにすればいいんだね。とりあえず尻部の感触と体重と体脂肪率が比例するのか調べてみるよ。」

 

「ちょっと待ってゆうまきゅん?女子に体重と体脂肪率を聞くのはタブーなの知ってる?」

 

「へえ、タブーなのか。知らなかったよ。興味深いね。」

 

「牧野はいい加減にして。これ以上言ったら本気で呆れるから。」

 

「ご、ごめん高堂ちゃん!もうやめる!はい終わり!ごちそうさまでした!片付けてきます!」

 

がやがやと騒ぐ4人を見て思わず笑う人もいれば肩をすくめる人もいた。…牧野がやりたい事、というのが俺もなんとなく分かったかもしれない。

 

皆食べ終わり席を立つ。途中のあの暗い雰囲気はすっかり、とまではいかなくてもほとんど元に戻っていた。

片付けも終わる頃に俺は牧野に話しかけた。

 

「牧野、盛り上げてくれてありがとな。」

 

「まあ、俺も悪魔を殺すのには賛成だけどね。」

 

「お前それ絶対人前で言うなよ。」

 

「分かってるって、誰に言ってんの。あ、あと少しいい?」

 

厨房の方にごめん!と手で謝る。安鐘が笑顔でOKサインをくれたので一足先に食堂を後にした。

入ったのはトイレだ。もちろん人の少ない教室の前にある方だ。

 

「あの後全員にカマかけたんだよ。いなかった。」

 

「は?」

 

「悪魔だと思える人はいなかった。俺の読み取りがあまいのか、悪魔の人が隠すのが上手なのか、それともこの中にはいないのか。どれかだろうね。超高校級を名乗ってる身としては読み取りがあまいとは思いたくないけれど。」

 

「…それで、なんで俺に話すんだ?俺が隠してる可能性はないのか?」

 

「そういう事を聞いて確認してくれるタイプの人間だからまだ信頼できるかと思ってね。もしかしたら俺が一番怪しんでるから聞いてるのかもしれないよ?」

 

…そう言いながらにやりと笑う牧野の本心が一番分からないな。

 

「俺を疑ってもいいけど、1人で動くとか変な気は起こさないでね。悪魔が判明したら他の全員に共有してどうするか決めたいし。」

 

筒抜けだったか。相変わらずよく見てるな…牧野なりにいろいろ考えてるのは分かるから口出しもしない方がいいだろう。

 

「分かった。牧野も…気をつけろよ。」

 

高堂のためにも、な。

 

「何、心配してくれてるの?ありがと、じゃあね。」

 

さすがにそんな事までは見抜けないのか、牧野は笑顔で手をひらひらさせながら部屋に入っていった。

 

 

 

 

 

 

今日は運動もやったし疲れたな、もう寝るか。寝支度を済ませて布団に入る。

 

それにしてもなんだったんだ、あの既視感。

俺がどうして牧野と端部を見たことがあるような気がしたのかも分からないし、そうだとしたらどうして俺と高堂以外は一切そういった話をしないんだ?いろいろとおかしいところがある。

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン。夜時間になりました。グッドスリーピングをエンジョイしてね、おやすみパオ!』

 

…もうそんな時間か。無駄に考えても仕方のない事だ、寝てしまおう。

そう思い無理矢理目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポーン』

 

 

 

寝かけていた頃にチャイムが鳴る。眠い目をこすりながら扉を開けると前木がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、宮壁くん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いている彼女の手には、包丁が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピロンピロン』

 

 

 

電子生徒手帳から、不気味な音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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(非)日常編 3

今回をもちまして(非)日常編は終了となります。
ここまでありがとうございました!
今回は特に挿絵表示をありに設定して読む事をおすすめします。
次話も早めに投稿できるよう、がんばっていきます!


 

「…っ!?」

 

間一髪で避ける。心臓に針を突きつけられたかのような、そんな恐怖。俺は今、死ぬところだった?

 

「ごめん、ごめんね。」

 

前木は声を震わせながらも包丁を向ける事を止めてくれなかった。包丁は俺の提案でしまわずにいたものだった。

 

「待ってくれ!意味が分からない!なんで急に俺を殺そうとするんだ!?」

 

前木を壁に押しつけて包丁を奪う。震え始める前木を横目に壁から離れた。

そしてそれを思い切り、机に刺した。これで抜けないだろう。そのままシャワールームの中に押しいれる。

 

「前木、何があったのか教えてくれ。俺がお前を殺す事はないし怒ってもない。だけど理由を説明してくれなきゃ納得できない。前木はそんな奴じゃないと思ってるから。」

 

前木は謝りながらぺたんと床に座り込んだ。

 

「ごめん、ごめんね、私おかしくなってた。止めてくれて、ありがとう…。」

 

泣き始めた前木をどうしていいか分からず、適当な位置に腰をおろす。

 

「…宮壁くんはまだ見てないんだよね。」

 

前木につられてソファに置いたままだった俺の生徒手帳を見る。

 

「今さっき音が鳴ったと思うけど、私の手帳も鳴ったの。それで…。ここからは、宮壁くん自身が確認した方が早いと思う。」

 

手帳を開くと、『マップ』『校則』の他に『忠告』という項目が増えていた。恐る恐るそのページを開く。

 

 

 

 

 

『たのしい学園生活をおくっているみなさんへ!注意!悪魔がみなさんの中にいます!いい子をそそのかしてくる悪い奴です!みなさんが生きてここから出るために、この15人の中に紛れ込んでいる悪魔を殺しましょう!みなさんの事はどうでもいいけど、悪魔を無事に追い払ってたのしい学園生活が送れたらいいですね!わらい!モノパオより』

 

 

 

 

 

 

 

 

え。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この中に、悪魔がいる?」

 

 

 

 

 

 

思わずつぶやいてしまう。一番信じたくなかった最悪の事態になってしまった。もしかしたら、という可能性の話だったものが現実になってしまった。

 

 

 

腹立たしい文面の中に明らかな殺意を感じた。これは忠告なんてかわいいものじゃない。

 

 

 

 

これは、動機だ。

 

 

 

 

モノパオの中の奴が、さっさとコロシアイをしろと痺れを切らしているんだ。

 

 

さっき牧野に言われた事が頭をよぎる。牧野のカマかけは失敗していたのか、あいつもこの忠告とやらを見たかもしれないな。悪魔は相当な手練れなんだろう。そんな奴がこの中にいて、俺達はそいつを殺さなきゃいけない…?

 

 

「じゃあ、前木は、俺が悪魔だと思ったって事か?」

 

「わ、分からない…なんて言ったらおかしいけど、錯乱してて、気がついたら宮壁くんの部屋の前に立ってて…そんな訳ないのに、ごめんなさい…。」

 

「前木…。」

 

「私、とんでもない事しちゃうところだった。…私、東城くんに今の事言っておくね。私は危険人物だって。そうすれば、皆私に注意してくれると思うから。私が間違える事もなくなると思うから…。」

 

目の淵に涙をためながらも、前木の目には決意が宿っていた。もうこんな事は絶対にしないという強い意志。俺はその意思を汲んでやるべきだと思った。

 

「分かった。…がんばろうな、前木。」

 

俺の声を聞いた瞬間、緊張の糸が解けたのか前木は再び涙を流し始めた。

 

 

なんで俺達がこんな目に合わなくちゃならないんだ。

 

目の前で泣く前木の背中をなでながら、俺は何も声をかけなかった。なんてかけるべきなのか、もう分からなかった。

 

…頼むから死んでくれないか、悪魔。

 

お前さえ死んでくれれば俺達は無傷で帰る事ができるんだ。

 

早く死ね。死んでくれって言ってんだよ。

 

なあ、お前は今、どこにいるんだ?

 

自分の胸のあたりを握りしめる。いつになったら終わるんだろうか。

 

こんなところで、不安を抱えたままずっと過ごすくらいなら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は俺なりに、悪魔を殺す準備をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探るんだ。俺もこのコロシアイを終わらせる手助けくらいはしたい。

 

 

そして、皆でここから出るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

たとえあの中の誰かが犠牲になろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

『おはぱお!今日も張り切ってレッツ・コロシアイ!』

 

昨日以上に最悪の寝覚めだった。気分はすっかり下がり、すぐにベッドから出る気力もなかった。相変わらずふざけたアナウンスに起こされて、しかもモノパオの声を聞くと昨日の忠告が頭に浮かび…。最悪の無限ループだ。それでも用意を済ませて食堂に向かう。

扉の前で固まった。どんな顔で入るべきなんだろう。起きていれば皆見ているはずだ。なんと声をかけるべきなんだろう。

 

「邪魔だ。」

 

「…大渡!?なんでお前がちゃんと来てるんだよ!?」

 

「もちろん美亜との攻防戦で負けたからだよー!ね、わたりん!」

 

「チッ、黙れ。」

 

桜井はすごいな…昨日いろいろ言われたのにすっかり元気だ。俺だったらすぐに折れてしまいそうな暴言だったのに。

 

「その…無理はするなよ、桜井。」

 

「ん?美亜、なにかやったかなー?」

 

「いや、なんでもない。」

 

意を決して扉を開く。

 

「あら、おはようございます!宮壁さん!」

 

「もうできてまーすよー!」

 

普通、だった。何の変りもない風景。笑顔で朝食を食べている皆。数人来ていない人はいるけれど、それでもそこに広がる空気は昨日と何も変わらなかった。

 

「お、おはよう…。」

 

なぜ?どうして皆普通でいられるんだ?この中に悪魔がいるんだぞ?

 

「もー!ドS宮くんたら邪魔だよー!早く入らないとわたりんが逃げちゃうから!」

 

桜井が俺を押しのけるようにして食堂に入っていく。

 

「おはよう宮壁。…顔色悪いけど大丈夫?」

 

「…大丈夫じゃあ、ないよな…。」

 

高堂に聞こえないようにこっそり呟く。もしかして、皆見ていないのか?

 

「見てる。」

 

ぽつりと、俺に向かって発せられた声に我に返ると、目の前に勝卯木がいた。

 

「…皆、忠告、見てる。……だけど、気にしない、ふり……不安……皆、嫌…。」

 

「不安を出さないようにしてるって事か…?」

 

勝卯木は黙って頷いた。…皆はどうやら、俺の何倍も強いらしい。だめだな、俺。

 

俺も不安を顔に出さないよう努めながら皆に挨拶をして食卓につく。今日はパンだった。随分簡素な感じだな。

 

「簡素だなっつった?」

 

え、あれ、俺声に出てた!?

 

「ご、ごめん難波、俺、今のは言葉のあやというか…。」

 

「いや実際簡素だからいいけど。アタシが適当に焼いてっただけだし。アタシだからいいけど。」

 

「うっ…ごめん、気をつけます…。」

 

普通に失礼だ。手伝ってもないのにこんな事を言ってしまうなんて。

 

「えーっと、とりあえず?皿洗いは宮壁が全部してくれるらしいから皆は帰っていいよって事で!アタシは東城きゅんのお手伝いにでも行ってくるわ。」

 

「あら、宮壁さんと難波さん、ありがとうございます!」

 

「宮壁…えっと、がんばってね、ありがとう…。」

 

「そうか、申し訳ないがやってくれるというなら任せよう。頼んだぞ、宮壁。」

 

難波の言葉を聞いて三笠や端部をはじめ、そこにいたほぼ全員がバラバラと席を立っていく。

あ、そういう事になるんだな、なるほど。

 

という訳で俺は皿洗いをする事になった。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

桜井はどうやら朝食を食べていたらしく、食堂に残ったのは俺と大渡だけになった。

2人きりでひっそり朝ごはんを食べるって…なかなかシュールな絵面だな。

 

「お、大渡…。」

 

「あ?」

 

「大渡はさ、桜井の言う事は聞くよな。」

 

「…は?何が言いたい。」

 

「もしかして桜井と友達になっ」

 

俺の言葉が止まった。痛みで。正確に言うと大渡から木の札が恐ろしいスピードで飛んできて顔にぶつかりました、とても痛いです。

 

「お、お前!いきなり何するんだよ!」

 

「祓った。」

 

「何をだよ!」

 

「害悪人間。」

 

く、くっそーこいつ…!いちいち人をいら立たせる奴だな!

 

「そんなに害悪な事言ったか!?桜井と一緒にいるから気になっただけだろ!」

 

「友達。」

 

「…え?」

 

「その言葉、二度と言うんじゃねぇよ。気に障る。」

 

そのまま立ち上がって木の札を拾う。俺に当たって跳ね返った札は大渡の近くに戻っていたらしい。無駄にコントロールがいいな。

 

「言われなきゃそんなの知った事じゃないだろ。」

 

「チッ、人生平凡平和地味野郎には理解しろなんざ言ってねぇよ。注意しただけだ。」

 

「…俺の人生が平和かどうか、親がいない俺には分からないな。」

 

ちょっと仕返しのつもりでそう返してみる。すると大渡は気持ち驚いたようで振り返った。

 

「俺の両親は俺が小学生くらいの時に死んでる。今は叔父さんの家に住んでるんだ。」

 

「…別に貴様の人生に興味はねぇな。………悪霊になってねぇといいが。」

 

最後付け加えるようにつぶやいて大渡は食堂を後にした。

 

全く、興味ないだの悪霊になってないといいだの…あれ?

 

それって、悪霊になってほしくないってことだよな?

 

…もしかしたら、思ったよりまともな奴なのかもしれない。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「お!壁宮じゃん!」

 

「いやどういう呼び方だよ。」

 

「ジョークだよジョーク。いろはジョーク!」

 

大渡という脅威が去ってから数分後、俺が皿洗いを始めたころに牧野という大差ない脅威が入ってきた。

 

「まだ食べてなかったんだな。」

 

「まあ、皆のいる食堂とか普通に行きたくないよね。」

 

…そうか、行かない手があったのか。

 

「牧野は…どう思ったんだ、いや、言いたくないなら答えなくていいけど、その…。」

 

「うん、悔しいよ。」

 

「…。」

 

「すっごい悔しい。認めたくないよね。そんな隠し事くらい俺が暴いてやるって思ってたけど人生上手くいかないもんだね。俺びっくりしちゃった。」

 

顔と声の調子が不気味なほどに合っていない。そのくらい牧野は笑っていなかった。

 

「…ごめん。」

 

「なんで宮壁が謝るわけ?別にその話を掘り返される事は気にしてないよ、聞いて当然でしょ。」

 

「牧野、俺もさ、悪魔を殺そうと思うんだ。」

 

牧野は目を見開いた。

 

「あー、宮壁って逆にそうなるタイプなんだ。へぇ、変わってるね、普通この中にいるってなったら怖くならない?」

 

「裏を返せば15分の1を当てればいい事になるから、俺は…。」

 

「俺ね、もし高堂ちゃんが悪魔だったら確証持てても殺さないし宮壁にも殺させないよ。」

 

「…は?」

 

「俺、かなり我儘なんだよねー。まあそういう人間もいるって事だよ。じゃあ聞くけど宮壁は『この中の誰が悪魔であっても』変わりなく殺そうと思えるの?」

 

「それは…。」

 

「宮壁は具体的に考えてないね。ほら、想像してみなよ。もし俺が悪魔だったら、宮壁はどうやって俺を殺す?」

 

想像?牧野の目を見つめ返しながら考える。横にはたくさんのお皿。それを割ってその破片で…。

 

「…無理だ。想像できない。」

 

「というかそもそも嫌でしょ。言うは易く行うは難しってやつだよ。実際にその状況になってみないと分かんない事なんていっぱいある、むしろそういう事しかないの。」

 

話を切って牧野は朝食に手をつけ始めた。…言うは易く行うは難し、か…。牧野にたしなめられてばっかりだ。何回か話してるけど、相変わらず牧野が何を考えているのか分からないな。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「…えっと、おはようございます…。」

 

「柳原!おはよう!」

 

まだぽやぽやしているのか目を擦りながら柳原もやってきた。ちなみに牧野は一瞬で食べ終わると出て行った。俺は洗い物が終わりかけたところだ。急いで柳原の分の朝食を準備する。

 

「わあ、ありがとうございます!昨日からすみません、朝に弱くて…。」

 

もそもそと食事を始めた柳原の斜め前くらいの席に座る。お皿は俺が洗う事になるだろうからな。

 

「柳原って夜型なのか?」

 

「えっと、あんまり寝てなくて…むしろここにいる方がたくさん眠れてます!」

 

「そうなのか…やっぱり投資って大変なんだな。」

 

「投資は大変ではないですよ。楽しいです!おれは投資以外にもいろいろやってて…デイトレードってわかりますか?1日単位の取引なんですけど。」

 

「うーん、なんとなく…。」

 

「あれはずっと見ていないといけないんです。寝ない日もあったくらいです!」

 

こうやって話してると柳原は普通に投資家なんだよな。なんで世間知らずなのか不思議なくらいだ。

 

「じゃあ、部屋に投資に必要なものがないって事か?」

 

「そうですね。それが少し心配でもありますが…大丈夫でしょう!ざまあみろというやつです!」

 

「…ん?」

 

え、今なんて言った?ざまあみろ?なんでそうなるんだ?

 

「…あっ、なんでもないです!えへへ!」

 

「いや…隠し方が無理矢理すぎるだろ…。」

 

「えっと…その、おれ、家が貧乏なので、今頃困ってるんだろうなと思って!」

 

「それでなんでざまあみろになるんだ…?」

 

そう聞いた瞬間、これは聞いてはいけない質問だったと認識した。

 

「困ってるのが嬉しいからです。これでやっとお互い様になるからです。おれがいなくてきっと困ってるはずです。それが嬉しいんです。」

 

無邪気な顔でそう言う柳原に、俺は何も返せなくなってしまった。人の事情に首を突っ込むのはよくない。…だけど、『家族が困ってるのが嬉しい』という柳原は、たぶん、おかしいと思う。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

無事に皿洗いも終わり、そんな自分へのご褒美にコーヒーを淹れる事にした。もちろんインスタントだ。ご褒美に労力のかかる事はしたくない。

 

「あら、宮壁さん!その匂い…コーヒーですか?」

 

「ああ。安鐘はコーヒー飲むか?よければ淹れるよ。」

 

「あら、いいんですの?わたくし、コーヒーも大好きですわ!ありがとうございます!」

 

2人でお茶をする事になった。

 

「宮壁さん…ブラックなのですね!すごいですわ!」

 

「え、まあ、気分によるけど…って安鐘!?何本砂糖入れるつもりなんだ!?」

 

見るとすでにスティックシュガーは2本破られ、3本目を破きかけていた。

 

「えっと、5本ですわよ…?」

 

「せめて3本にできないか…?そんなに入れるのは体に良くないと思うぞ。」

 

「そうですわね…!気をつけますわ!」

 

3本目の砂糖が消え、おまけにミルクを大量に入れてから安鐘はカップに口をつけた。

 

「…あら!おいしい!家の人が甘党なものでこれが普通だと思っていたのですが、これは1本でもよさそうな味ですわね!」

 

そう言って俺の方を見つめてきた。え、この流れはまさか…。

 

「一口いいでしょうか?飲んでみたいのです!」

 

「えっ!?あ、ああ、どうぞ。」

 

普通に飲まれると逆に恥ずかしい。俺ばっかり意識しちゃってるじゃないか!

 

「うーん、ええ、飲めますわね!おいしいです!ありがとうございました!」

 

安鐘は何も意識していないようなので俺は黙っておこう。お互いのために。

 

「それにしても安鐘の家の人、すごいな…。」

 

「ええ、糖尿病にならないのか心配ですわ。兄さんがその辺りはきちんとしていらっしゃるとは思うのですが。」

 

「あ、安鐘は妹なんだな。じゃあ家元を継ぐ必要もないのか?」

 

「ええ。ですが、兄さんは両親と不仲でして、どうなる事やら…。」

 

ため息をつく安鐘からいろいろと相談を受けながら、気づけば一時間が経っていた。安鐘と一緒に洗い物を済ませ、俺達は食堂を後にした。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「あ、宮壁くんだ!」

 

「前木!なんか…1人でいるの、珍しいな。」

 

「確かに。蘭ちゃんは裁縫やるって張り切ってどっか行っちゃったんだよね。」

 

「そうなのか。」

 

そういえば勝卯木は前木のスカートのほつれを直すとか言ってたな。相変わらず不思議な人だ。

 

「せっかくだからお散歩でもしようよ!温室とかどうかな?」

 

そんなこんなで俺は前木と一緒に散歩する事になった。

 

こうやって温室を歩いていると前木と初めてあった日…3日前を思い出すな。というかまだ3日だったのか…。

 

「そういえば、裁縫セットのやつはどうにかなったのか?」

 

「あ、あれ、モノパオが入れ忘れてたみたいで、朝補充しに来たんだよ。うっかりなところあるよね!」

 

うっかりですませていいものではないだろうけど、確かにモノパオは抜けているところがある。モノパオの首は縫い目が雑だからか中からピンク色の綿が出ているし。化学やサッカーにも疎いみたいだし。あんな調子でよく俺達を攫ってこんな事させようと考えたもんだ。あの調子ならいつか墓穴を掘るに違いない。

 

「へえ…。前木以外の人はそんなミスはなかったみたいだし、ドンマイだな。」

 

「うーん、やっぱり私のどこが幸運なのか分からないんだよね…。あ!でもね!今日はたまたま私の割った卵が双子でね、黄身が二つ入ってたんだよ!」

 

「そ、そうなのか。あれって結構珍しいやつだよな?不思議な事もあるもんだな。」

 

「いいこともあれば悪い事もあるって事なのかな?でもそんなの皆そうだし、結局なんで私が特別学級に入る事になったのか分からないなぁ。」

 

不安そうにつぶやく前木を見ていろいろと考えてみる。確かに、幸運なんて才能は聞いたことがないし、本人が納得いっていないのも仕方ないのだろう。

その後散歩をしながら前木は次々と四葉のクローバーを見つけていった。俺がやっと1つ見つけた時には四葉の束を抱えていた。こうしてると運がいいとしか思えないんだけどな…。

 

「せっかくだから栞みたいにしようかな!何か分厚い本があればいいんだけど…。」

 

「あ、じゃあ俺の部屋に会った本でも貸すよ。」

 

「本当!?ありがとう!えへへ、おまもり…みたいな感じになったらいいなあ。宮壁くんのおかげで今こうやって笑顔でいれるんだもん。お返ししなきゃね!」

 

前木の笑顔を見ながら、俺も「ありがとう。」と返す。こんな平和な日が続けばいいのに。そう思いながら俺達は温室を後にして、前木に本を渡した。できたら栞は配るつもりらしい。楽しみだな。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「ほわー!宮壁さーんでーすー!」

 

おっ、潛手だ。相変わらず元気がいい…って待ってぶつかるから止まってくれ!?

 

「い、いてて…。」

 

「あ、あわひゃー!宮壁さんー!大丈夫ですーかー!?」

 

「な、なんとか…。」

 

幸いにも気づいていたから受け止められた。よかった。潛手は慌てながら立ち上がる。

 

「あーーー!!!」

 

「うわっ!?こ、今度は何だ!?」

 

「宮壁さん!怪我してまーすー!」

 

「あ、本当だ。」

 

ちょっとしたかすり傷が手の平にできていた。全然気づかなかったな。

 

「潛手めかぶ、手当しーまーす!」

 

次の瞬間俺の体が浮いた。…え?浮いてる?

 

「運びまーすよー!」

 

「待て潛手!そんな事しなくて大丈夫だ!俺重いだろ!?そ、それに、これ!お姫様抱っこじゃないか!」

 

「1番簡単なんでーすよー!ではではー!」

 

「いやそもそも俺が怪我したの手だけだから歩けるんだって!」

 

おろされる気配はないので諦める事にした。

誰にも見られませんように。その事だけを考えて目を閉じる。廊下に潛手の走る音が響き渡った。

 

「はーい!着きまーしたー!」

 

誰にも会わなかった。本当によかった。

 

「あ、ありがとう…それにしても、潛手って力持ちなんだな…。早起きだし料理は作れるしすごいよ。」

 

「えへへえ、宮壁さんは褒め上手でーすねー!照れちゃいまーす!」

 

にこにこ笑顔の潛手を見るとこっちまで楽しい気分になってくる。そうやって話ながらでも手際よく処置を施していくところを見るとかなり手馴れているらしい。

 

「よく手当とかやってるのか?」

 

「簡単な怪我なら潛手めかぶ自身もしちゃいますしー、海女さん仲間のみなさんも怪我しちゃう方がたくさーんいるのーでー、場数は多いんですーよー!」

 

「へえ…。素潜り、だっけ?危なそうだもんな。」

 

「たしかにー、怖い事もありますけーどねー?かわいいおさかなさんたちと泳ぐのは楽しいのでおっけーなんでーすよー!」

 

そんな感じで潛手と話して過ごした。ちなみにずっと保健室にいた。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

昼だ。そろそろ食堂に行こう。

食堂を覗くと、勝卯木が椅子に座って何かごそごそしていた。

 

「勝卯木…何してるんだ?」

 

「……裁縫…スカート…。」

 

「あ、そういえばやるって言ってたな…あれ?まだやってたのか?」

 

俺が前木と出会う前には始めてたんだよな…?遅すぎないか?

 

「勝卯木ちゃんやめた方がいいよそれ!」

 

うわ牧野か急に来るなよ。

 

「は?蘭がんばってんじゃん。牧野は水ささないでもらえる?」

 

難波も来た。食堂にいるメンツとしては珍しいな。牧野の言葉を聞いてもお構いなしに針を動かしている。

 

「そ、そうだぞ牧野。何もそんな言い方しなくても。」

 

「だってそのまま進んだら確実に指に刺さるし。宮壁も難波ちゃんも危なっかしいと思ってるでしょ?」

 

「う、それは…。」

 

申し訳ないけど勝卯木のおぼつかなさはヤバい。ふらふらと宙で揺れている針を見ているこっちが怪我をしそうな気分だ…。

 

「光か鈴華呼んでこようか?三笠も得意だったと思うけど?」

 

難波の提案もガン無視したまま勝卯木は針をゆらゆらさせている。

 

「あーっ!勝卯木ちゃん!やらせて!」

 

痺れを切らしたのか、しばらくしてついに牧野が勝卯木に手を差し出す。勝卯木は観念したのか無言で手渡した。

牧野は思ったよりもスイスイと縫っていく。しばらく見守っていると縫い終わったのか勝卯木にスカートを返した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……縫い目、不思議…。」

 

「え?そう?」

 

確かに、牧野の縫い方変わってるな…なんというか、凝ってる。

 

「……変。」

 

「変でも縫えていればいいの!指血だらけにするよりマシ!」

 

「……刺してない。」

 

あああなんですぐ喧嘩腰になるんだ。たしかに牧野の縫い目は珍しいけど!

 

「終わったしもういいや。じゃあねー。」

 

牧野は食事を手伝う気はないのか。そのまま出て行ってしまった。

 

「ふーん?まあ牧野メイクも濃そうだし意外とそういうのできるんだろーね。じゃ、アタシは食べとくわ。このカップ麺食べていい?」

 

「いいんじゃないか?毎食作るのも疲れるし。」

 

難波が厨房に向かった後に勝卯木が呟く。

 

「……不服。」

 

「勝卯木も意地張るのやめろよ・・・一応やってくれたんだから。」

 

心なしか眉間にしわを寄せながら勝卯木はうなずいた。

 

さて、俺も自分のカップ麺でも作りにいくか。

 

俺達がカップ麺を食べている間に続々と人が集まってきて、各々の好みのカップ麺を取ってはお湯を沸かして準備していた。篠田と大渡は来なかった。安鐘や柳原は初めてカップ麺を食べるようで戸惑っていたが、おいしいと言っていた。カップ麺はおいしい。特に焼きそばは好きだ。自分で作る時も焼きそばだけは異常に味を濃くしてしまう…って、どうでもよすぎるな。

 

さて、特に何事もなく終わったし、まだ時間はたっぷりと言っていいほどある。

何かする事があればいいけど…。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

 

「あ、宮壁…今、あいてる…?」

 

「端部!丁度暇だった。どうした?」

 

「えっと、その…もしよかったら、ボール磨きを手伝ってほしいなって…。」

 

「分かった、手伝うよ。」

 

端部の部屋に入る。ボールはだいぶ汚れていたし、昨日使ったゴールなんかも汚れていた。

 

「あ、俺、そのまま返してたよな!?ごめん!」

 

「え、それはいいんだよ…!俺が何も言ってなかったんだし…。」

 

「ボール磨き好きなのか?」

 

「うん…このボール、普通のよりもろいから傷もつきやすくてね…。まだ1週間は綺麗なまま使えると思うけど、こんなにもろいサッカーボールなんて初めてだよ…。すぐボロボロになると思う。」

 

「モノパオは雑だな…。このサッカーゴールもあんまり大きくないもんな。」

 

「そうだね…軽いから本気で蹴ったら壊れるんじゃないかな…?」

 

端部がゴールを拭く間にボールを拭く事にした。あまりにも汚れていてびっくりした…というかボロボロになってきてるんだよな。風化とかじゃなくて単純に作りが悪い。

 

「ありがとう…!できるだけ使いたいからね…。」

 

「そうだな、いやいや、手伝えてよかったよ。」

 

「またやりたいね…それまで、何も起きなかったらいいなあ。」

 

遠くを見つめる端部は寂しそうだった。

この中に悪魔がいる。皆気にしないふりをして、心の中では不安に思っているんだろう。

 

「まさか!そんな事あるわけない。大丈夫だろ。」

 

無理矢理笑い飛ばして、俺は端部の部屋から出て行った。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「あれ、宮壁じゃん。相変わらず暇そうな顔してんねー。」

 

「…そっちこそ暇そうだな。」

 

「それ大渡に対する対応とほぼ一緒じゃね?アタシが一緒にされるとか心外なんだけど。」

 

ふてくされたようにそっぽを向いた難波を見て俺はため息をついた。

 

「は?仮にも女子の前でため息とかヤバくね?モテたかったら我慢も大事なんだけどー。」

 

「うっ…ごめん。」

 

「てかアタシが用もないのに話しかけると思う?いやー宮壁が死んだフナみたいな顔して歩いてたから大丈夫かと思って声かけたの。アンタ疲れてない?大丈夫?」

 

「そんなように見えるか?」

 

「いや、目が死んでただけだからなんとなくで言ってみただけ。」

 

「まあ、どうしていいか分かってないのは事実だ。」

 

「…考えすぎなんじゃね?そんな考えてもいい事ないと思うけど。」

 

難波の神妙な顔に思わず俯く。分かってるつもりなんだけどな…。

 

「はー!まあそれで?いい事があるならどうぞご自由にって感じだけどさ、アタシが言いたいのは、そんな辛気臭い顔してたら周りにも影響するって事!いい?皆はアンタの事も見てる。『これから』も大事だけど、『今』も大事なの。」

 

「!ご、ごめん。」

 

難波の言葉にハッとする。

 

「ふふん、さっきよりは少しはいい顔になったんじゃねーの?じゃ、夕食はアタシの分はアンタが作るって事で。」

 

「え!?あ、ああ…分かった。」

 

端から見れば俺をいいように使ってるとしか見えないだろうけど、難波の言葉には確かな優しさを感じた。話せば話すほどいい意味で普通のしっかり者の女子って感じだ。…なんで怪盗になったんだろう…。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

暇すぎて部屋に戻ってきてしまった。うーん、寝るか。ソファに転がる。

 

『ピンポーン』

 

……。普通の、なんて事ない用事だよな?さすがにアレの後じゃ何の考えもなしには動けないな。

一冊の本をもって扉に向かって、思い切り開ける。

 

「……本……なぜ…?」

 

勝卯木がポツンと立っていた。

 

「ご、ごめん。なんでもない。…というか、勝卯木が1人なのも珍しいな。」

 

「……いろんな人、見る、大事……お兄様、言う……。」

 

「お兄様?勝卯木、お兄さんがいるんだな。」

 

俺の言葉に勝卯木は頷く。それにしても、お兄様、か…そんな呼び方する人あんまりいないよな。

 

「もしかして、お金持ちとか?」

 

「……人並、以上…やや、裕福…。」

 

「へえ…。それで、何の用なんだ?」

 

「……いろんな人、見る。その為…。」

 

「え、ええ…?見るためだけにわざわざ来たのか?こんなところで話すのもなんだし、俺の部屋…はナンパみたいになるな。えっと、食堂にでも行くか?」

 

「……行かない。」

 

「そ、そうか。ここでいいのか?」

 

勝卯木は頷くだけで話を振る気はないらしい。前木、よく勝卯木と話が続くな…。それとも話しまくってるだけなのか?

 

「う、うーん、勝卯木のお兄さんは何歳なんだ?」

 

「1歳上。…イケメン。」

 

「へえ、かっこいいお兄さんか。羨ましいな。」

 

「……宮壁、少し…ほんの少し、似てる…。」

 

「え!?そうなのか!」

 

それってもしかして俺も少しはイケメンって事か…!?

 

「性格。」

 

まるで心を読んだかのように少し不満そうに付け加えられた。は、はい…そうですか…。

 

「……宮壁、おもしろい。また……話す…。」

 

そう言って勝卯木はくるりと回れ右をするとちょこちょこと走っていった。

勝卯木は相変わらず会話が難しい人だな。結局何がしたかったんだ…。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「おお、宮壁。元気そうだな。」

 

「三笠ほどじゃないけどな、時間が経ってだいぶ気持ちの整理がついてきたところだ。」

 

「ふむ、自分も同じ気持ちだ。お、コーヒー牛乳があるじゃないか。」

 

ここは食堂だ。のどが渇いたから寄ったところ、シャワーを浴びてきた三笠に会ったわけだ。

いつもあげている前髪がおりてるから一瞬誰か分からなかったな。

 

「急にこんな話をして申し訳ないけど…三笠はその、怖くないのか?」

 

「ははは、怖いぞ?」

 

「!…そのわりには全然そうは見えないな。」

 

「まあ、いろいろと慣れておるからな。様々な場所で過ごしてきた。こういう閉鎖空間にいたところもあるさ。…もっとも、コロシアイを命じられた事は初めてだけどな。」

 

「俺、自分が思ってる以上に怖がってるんだなって思ってさ。だから、皆が普通にしてるのが怖かったのかもしれない。…不安に思ってないなんて、そんな事あるわけないのにな。」

 

突如、頬に冷たいものが当たる。三笠がコーヒー牛乳を渡していた。

 

「これでも飲め。後シャワーでも浴びろ。」

 

「はは、ありがとう。」

 

2人で一気飲みする。冷たいものは一気に飲まない方がいい、なんて聞くけど…とても気持ちよかった。

 

「別の事を考えようにも何を考えていいのか思いつかない時がある。そんな時は自分の気を引くものを用意すればいい。自分で自分を退屈させるなよ。楽しく生きるためのコツだ。」

 

そうやって笑う三笠は本当に大人びていて…すごく頼りになる。北風と太陽に出るなら…そう、温風みたいな人だ。

 

「温風って…例えが変わっているな、宮壁。」

 

「え!?声に出てたか!?」

 

「普通に出ていたぞ。」

 

「そ、そっか…。」

 

なんて話をしながら俺は自分の気が安らぐのを感じていた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

「あ。」

 

たまたま廊下を歩いていたら部屋から出てくる篠田を見つけた。俺を見た瞬間すぐに部屋に戻ろうとしたので慌てて追いかける。

 

「し、篠田!なんで戻るんだ!」

 

「私に会ったら不快に思うに違いないだろう。なるべく会わないようにしているのだ。」

 

「ま、待ってくれ!そんな事誰も言ってない!」

 

「大渡はそう言っていただろう。」

 

「そ、れは…。いや、それでも俺は不快になんて思ってない。用事がなくても出歩く権利くらいある。篠田も自由にしていいんだ。」

 

「…そうか…いや、それでもしばらくはむやみに出歩く事はしない。出なくても平気な用事だからいいんだ。」

 

「ちなみに、何をしようとしていたんだ?」

 

「…食料の調達に厨房へ行こうと思ってな。」

 

その言葉に篠田が朝も昼も食堂に来ていなかった事を思い出した。

 

「ちょっと待っててくれ!」

 

急いで食堂にかけこみ、とりあえず3食分くらいの菓子パンや温めなくてもいいものを揃えてビニール袋に詰める。そしてそのまま篠田の部屋に走っていった。

 

「なんだ、これは…。」

 

「とりあえず1日分くらいの食事だ。」

 

「…!すまない、余計に迷惑をかけてしまった。」

 

悲しそうに眼を伏せる篠田がさっきまでの俺と重なる。

 

「篠田、謝る事じゃないんだ。頼ってくれていい。この中に悪魔がいたとしても、それでも…俺達は、仲間だ。同じ境遇の仲間だ。」

 

「ありがとう、宮壁は強いな。頼もしい。」

 

「俺は弱いよ。皆に励まされただけだ。だから、今度は俺が励ます番なんだ。がんばろう。一緒に。」

 

篠田は微笑みながら俺からビニール袋を受け取った。

 

「宮壁の気持ち、確かに受け取った。…よろしく頼む。」

 

「ああ、もちろんだ。」

 

 

 

□□□

 

 

 

 

あっという間にこんな時間だ。いつの間にか篠田以外の皆が揃って食卓につく。

 

「篠田さんの食事…本当にいいんですの?」

 

「篠田がいらないって言ってた。大丈夫だ。」

 

不安そうな安鐘に気持ち力強く答える。遠くで大渡が舌打ちをしたような気がしたけどそんなものは無視だ。

無視だ。

 

「折角ほぼ全員いる事だし、提案させてほしい事あるんだ。」

 

東城が口を開く。提案?

 

「夜時間は出歩かない。ここは強制ではないけれど、皆夜が不安で寝不足になっても困るからね。こればっかりはお互いの信用がカギになってくる。いいかな?」

 

「あらー東城きゅんは偉いねー!」

 

難波のいつものは放っておいて。素直に賛成だな。鍵はオートロックだからそこまで怖がる事もないけど、インターホンが鳴ったらまず怪しむ事ができるという訳か。

 

「東城…聞いたのか?」

 

俺の遠回しな聞き方だったけど、東城はうなずいた。それでこの提案に出たのか…東城は本当によく頑張ってるな。悪魔の事をどう考えているのか聞けていないから、後で聞いてみるのもいいかもしれない。

 

皆の賛同も得たようで、無事に夜時間の出歩きはなるべくしない、という方針で固まった。

 

「あと、化学物質の分解は終わった。分かりにくくしているから使いたいものがある人はボクに言ってほしい。最適のものを用意するよ。無論、用途は細かく聞かせてもらうし、その薬品を摂取するところまで監視する。薬は人を殺すための道具じゃないって事をモノパオの中の人に思い知らせるべきだからね。」

 

「わー!東城きゅんえらーい!お疲れ様!」

 

「ありがとう。それで早速なんだけど、今日使いたい人はいるかな?」

 

誰の手も挙がらなかった。そんなこんなで今日の夕食はお開きになった。

 

「東城さーん、すーごいですーねー!がんばりやさんでーすー!」

 

「本当。よくちゃんとやり切れるよね。あたしにできる事はあんまりないけど、何かあったら言ってね。」

 

「ありがとう、潛手さんに高堂さん。心配は無用だよ。後はボクの部屋に仕掛けを施したら終わり。」

 

「そう…まあ、ほどほどにね。」

 

高堂が肩をすくめながら潛手とともに食堂を出たところで東城に話しかける。

 

「東城、聞きたい事があるんだけど…。」

 

「前木さんの事か悪魔の事、どちらかな?」

 

「どっちも。」

 

さすが話が早いな。

 

「前木さんは信用しているからね。ボクは放置でいいと思っているよ。」

 

「どうしてそこまで信用してるんだ…?」

 

「そこまで話す義理はないね。信用ではなく、一種の実験だから。実験が終わるまでは確証がないから話す事はできない。」

 

「そうか…まあ、とりあえずの安心はできた。後は、悪魔の事だけど。」

 

「悪魔、の情報次第かな。名前こそいかにも犯罪者みたいだけどモノパオの中の人にとっての悪魔ならばボク達にとっては味方の可能性もある。」

 

「そ、そうか…!だけど、それならモノパオにとっては悪魔が死んでくれた方がコロシアイがしやすくなるはずだし、悪魔が死ぬ事でコロシアイが終わるなら違う気がするけど…。」

 

「まあ、低い可能性だとは思っているよ。どうすればより情報が得られるのか。その辺りも調べていかないといけないね。」

 

……正直頭が痛くなる話だ。昨日から考えすぎで疲れてる気がする。一回考えるのをやめよう。

東城に挨拶だけして俺はその場を後にした。

 

 

そのまま眠りにつく。…そういえば、今日は何も既視感を感じなかったな…なんだったんだろう。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「おはよう、宮壁くん!」

 

「前木、おはよう。」

 

「宮壁か、おはよう。」

 

昨日アナウンスよりも早く寝たおかげですっきり目覚めた俺は食堂に早めに行ったのだが…よく見る顔ぶれも揃っていたが、なんとその中に篠田がいた。

 

「篠田!?珍しいな!もう大丈夫なのか?」

 

「いや、実は…。」

 

「潛手めかぶが呼んだのでーすー!三笠さんの号令でーすよー!」

 

「号令というかだな…やはり心配になってしまって潛手に頼んだのだ。」

 

「…という訳で。お邪魔させてもらっている。」

 

「あーあー!またお邪魔って言ったでーすねー!三笠さーん!」

 

「そうだな、ミカン1.5個から2個に変更だ。」

 

「む、むむ…そんなに必要ないのだが…。」

 

どうやらマイナス発言をするとデザートが増える仕組みらしい。

というかこの3人はなんだか新鮮だな…。初めて会話しているところを見た気がする。

 

「…と、とにかく。朝食をいただいてら一足先に退室させてもらう。」

 

「えー?なんででーすかー?」

 

「私がいては困るだろう。私なりの配慮なのだ。」

 

「あ!ではでーはー、潛手めかぶが篠田さんのお部屋に行けばいいんでーすねー!三笠さんはどうしまーすかー?」

 

「自分が女性の部屋へ行ってもいいものなのか?」

 

「そこは気にしなくていい…ではなく!なぜ私のところに来ようとするのだ…!?」

 

「篠田さん1人で何するんでーすかー?する事がないんですーからー、潛手めかぶとお話しましょー!ねー!三笠さん!」

 

「という訳だ。もし篠田がよければ自分も参加しよう。」

 

「…そ、そこまで言われると断れないではないか…。分かった。後でな。」

 

少し恥ずかしそうにしながら朝食に手をつけ始める。それでも、篠田はなんだか嬉しそうに見えた。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「わーたーりーん!もー!いい加減にしてよー!」

 

そしていつものやり取り。なんか…懲りないな、2人とも。

 

「桜井…お前諦めが悪いな。」

 

「えー!?何で美亜が悪い人みたいになってるのー!?逆だよねー!?びっくり!わたりん、こうでもしないと来ないんだよー!知ってる?昨日も昼と夜は来てないの!わたりん食糧備蓄してるんだよ!それでも何の音沙汰もないと怖いでしょー?」

 

「それは怖いな。」

 

これだけ必死に扉を叩いたりインターホンを押したりしている桜井を見ていると一周回ってかわいそうになってくる。

俺も一緒になってインターホンを押してみる。しばらくすると大渡がのそりと顔を出した。

 

「…増えやがって…。」

 

「大渡、桜井が毎日呼びに来てあげてるんだからいい加減お前が自分で来いよ。」

 

「頼んだ覚えはねぇ。」

 

「だから、安否確認のためだって言ってるだろ。」

 

「そもそも俺の死体を見つけてもらおうなんざ思ってねぇ。勝手に死んでたら放っておけばいいだろ。」

 

「わたりん!そんな事言わないの!心配するんだよー!」

 

桜井の必死の説得にも耳を傾ける気配はない。もう好きにすればいいんじゃないのか、コイツは…。

なんて俺が思っている間も桜井は説得をやめなかった。

 

「わたりんは分かってないよ!美亜も皆も、心配するんだからね!心配してくれる皆に感謝してよー!」

 

「俺は貴様が死んだところでなんとも思わねぇけどな。貴様が悪魔なら寧ろ死んでくれた方が嬉しい、ここから出られるしなにより静かになる。」

 

「ここで言うのは洒落にならない。訂正しろ。」

 

さすがに見過ごせなかった。思わず手が出そうになるのをなんとかこらえ、睨みつける。

大渡はその倍くらいの目力で俺を睨みつけてきた。俺達の横をすり抜けようとするので腕を掴む。

 

「訂正しろ、失礼だ。謝れ。」

 

「謝るような事は言ってねぇ、事実だ。」

 

「お前…!もういい、好きにしろよ。お前が死んでも知らないからな!」

 

「…!……チッ。」

 

大渡が去った後、大渡が見ていた方を見る。

 

「……桜井…。」

 

桜井が、泣いていた。

 

「…あっ!ごめんね、じみやくん!」

 

「桜井!」

 

「……美亜、慣れてないんだ…漫画が貶された事はたくさんあったけど、美亜が貶される事、なかったんだ…皆いい人だったから…ごめんね、気にしないでね。すぐ直るから!」

 

廊下を駆けていく小さな背中は、こっちに来ないで、と言っているようだった。

 

 

心配だから、昼ご飯の時は様子を見に行こう。

不穏な気持ちを抱きつつ、俺は暇をつぶす事にした。

 

 

 

♢自由行動(おまけ) 開始♢

 

 

 

 

「…」

 

え、普通に帰りたい。大渡と話す事は何もない。

 

「やだなー何この雰囲気!高堂ちゃんも何か言ってあげてよ!」

 

「おはよう宮壁。」

 

「そうだね!挨拶は大事だもんね!」

 

そして牧野と高堂。ここは食堂だ。ペットボトルの調達に来たらこうなっていた。

 

「…じゃあ俺は帰る。」

 

「えー!なになに!なんか宮壁の癖に大渡みたいな雰囲気になってるよ!おもしろいな!」

 

「…牧野、たぶんそういう冗談が言える雰囲気じゃない。」

 

「へへ、知ってた。」

 

「だろうね。」

 

牧野と高堂の謎の漫才を見届けたことだし、俺は帰ろう。

 

「宮壁…何かあったの?大丈夫?って、あたしが聞いてもどうしようもないけど。」

 

「大渡がやらかした。」

 

それでなんとなく察したのか牧野は笑顔をやめて大渡に向き直る。

 

「やらかさないでくれる?俺達は誰も信用できないような状況におかれてるんだから、少しでも協力しようとする努力をみせてもらっていいかな?迷惑。」

 

「ちょっ、牧野、さすがに言いすぎ…。」

 

「言われなくても関わるつもりはねぇよ。勝手に絡んでくるのが悪ぃ。」

 

大渡の何がすごいって悪びれるそぶりが全くないところだよな。頭おかしいんじゃないか?

 

「いいんだよ高堂ちゃん。こういうタイプはちょっと言ったくらいじゃ大したダメージにならない。言葉よりも出来事がいい。」

 

「ふーん…まあ、変な火種は起こさないようにしてね。大渡も気をつけなよ。」

 

「チッ、うるせぇな。」

 

「は?親切心で言ってるのになんで舌打ちしてんの?高堂ちゃんにも失礼でしょ。」

 

「牧野、大渡、黙ろう。」

 

高堂の目が一気に厳しくなった。食堂が静かになる。

 

「…はい、終わり。気分を下げてどうするの。」

 

そう言い残して高堂は食堂から出て行った。

 

「あっ!待ってよ高堂ちゃん!ごめんってー!」

 

「…帰ろう。」

 

誰にともなく呟く。いつの間にか大渡も消えて食堂には俺1人になった。…どうしてこんな事になってるんだ…。肩を落として水だけ持って部屋に帰った。

 

 

 

□□□

 

 

 

いつものように安鐘達と簡単な食事を作り、珍しく全員揃って食べていた時だった。

 

 

 

「久しぶりパオー!ミンナ、元気に怯えてるかなっ?」

 

 

 

この気味の悪い声を聴くのはアナウンスを除くとわりと久しぶりだが、何度聞いても最悪な気分になる。

 

「って!全然怯えてないね!なんでさ!いつやるかやられるかハラハラドキドキするもんでしょここはっ!もっとギシギシ…じゃなくて!ギスギスいてほしいんだけど!もっとガタガタしてほしいんですけど!」

 

「何しに来たのー?」

 

桜井が怒ったようにモノパオに詰め寄る。

 

「なんのなんの、せっかく悪魔についての特大ヒントを与えてあげたのに誰も動かないから手助けしにきてあげたんだよ!」

 

手助け。それが何を意味するのかは嫌でも分かった。動機だ。あれだけじゃまだ足りないというのか。モノパオはどうやら意地でもコロシアイをさせるつもりらしい。

そんな手にのってたまるか。

 

「あ、そうそう!学園長からの手助けを受け取らないなんて悪い子がこの中にいる訳ないと思ってるけど、もし受け取らない子がいたら罰則…いや、オシオキがあるからね!注意するパオ~!」

 

オシオキ…東城に向かって降ってきて篠田を傷つけた無数のナイフの事が頭をよぎる。

あれと同じような事を起こすっていうのか…?大人しく手助けとやらを聞くしかないようだ。

 

俺がいろいろ考えている間もモノパオはちょこまかと皆の間を行ったり来たりと騒々しい。

 

「誰を狙えばいいか分からない、怖くて何もできない、そんな生徒もいるよね!そのためにボクくんは悪魔についての情報を追加で送ってあげたパオ!後で確認して推理に役立ててねっ!」

 

「それでも…私は、もう動かないよ。モノパオ、あなたの思い通りになんて絶対させない。」

 

「うわあ!前木サンはそんな事言っちゃって、ミンナを油断させるつもりなのかなっ?」

 

「前木さんがそういう事を率先してやる人だとは思わないよ。まあ、犯罪者なら殺してしまう方が妥当だとは思うけれどね。そういうキミこそ、そんな程度の煽りばかりしてレパートリーが尽きたのかな?」

 

東城の方を見てモノパオはブルブルと震え始める。笑っている。

 

 

 

 

「いぴ、いぴぴぴぴ…!そうやって意気込んでいられるのも今のうちパオ!なんてたって、ボクくんには秘密兵器ならぬ、秘密仲間がいるんだからねっ!」

 

 

「秘密…仲間…?それって、俺たちの、敵って…事…?」

 

 

「端部クンその通り!ミンナの中に、ボクくんの仲間が紛れ込んでいるんだよ!その名も『裏切り者』!ソイツはね、あまりにもコロシアイが起きなかったら、『悪魔以外の人間』を殺しちゃうんだ!ね?ずっとミンナで仲良く固まっていてもミンナの中から誰かが死ぬのは避けられないんだよ!」

 

 

「さあさあミンナ!横にいる人を刺してごらん!後ろにいる人を殴ってごらん!当たる可能性もなくはないパオ!いぴ、いぴぴぴぴぴぴぴ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の中に、もちろん皆の中にもあったであろう考え。

『たとえ悪魔がいたとしても、皆で励ましあって、どうにか悪魔を見つけて、皆でここから出る』という考え。

 

 

 

 

それが、一瞬にして打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

皆で出るんだ。そう思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

これじゃあ、無理じゃないか。

 

 

 

 

 

 

「え、えっとつまり…どういうことですか…?」

 

「簡単に言うと、俺達の中から必ず1人は、死者が出る。」

 

 

自分で柳原に向かって言った言葉が、随分遠くから聞こえる。まるで別の人間が話しているように。

 

 

 

理解してしまった。悪魔を殺さないと、このコロシアイは終わってくれない事を。

意地でも悪魔を探し当てて殺さないとならなくなったという事を。

 

受け入れてしまった。この中の誰かが、数日後には死体になっているという未来を。

 

 

未来に何が起こるかなんて分からない。普通はそうだ。

 

 

ここは、普通じゃない。

 

 

俺達の目の前にある未来は、たった1つ。その未来は変えられない。

 

俺達が変えられるのは、その未来で死んでいる人物が誰なのかという事だけだ。

 

 

 

苦虫を嚙み潰したような顔で篠田がモノパオに詰め寄る。

 

「学級裁判は裏切り者にも適用されるんだろうな?」

 

「もちのろんパオ!投票結果が正しければちゃんとクロはオシオキするパオ!それがたとえボクくんの秘密仲間であってもね!」

 

「むー、自分の仲間に優しくない悪役は美亜あんまり好きじゃないなー!」

 

「別に桜井サンにどう言われようがへっちゃらだもんねー!よーし!言いたい事言ったから終わり!じゃあミンナ、いい結果が出ることを期待してるよ!まったねー!」

 

モノパオが消えてもしばらく沈黙が流れた。

 

 

 

どうしていいか分からない。

 

相談しようにもその相談相手が悪魔だったり裏切り者だったりしたらどうすればいいんだ?

 

この数日間過ごして悪魔じゃないと確信できた人なんていない。

 

いや、そもそもこんなところで腹を割って話せるほど信頼できる仲間ができる事自体怪しい。

こんな状況になった以上、今までの姿を信じろと言われても無理だ。

 

俺は今、皆の事を、疑っている。

 

そんな自分に寒気がする。信じたくても本能が拒否して信じられない。

『信じられる訳がない』と脳が拒否しているのが分かる。

 

きっとお互いそう思っているはずだ。その証拠がこの長い沈黙に違いない。

 

 

 

「…その、悪魔の情報は皆で見た方がいいんじゃないかと思う。」

 

誰に、というわけでもなく独り言のように言ってみる。

ゆっくり辺りを見渡すと俺の言葉に従って皆が電子生徒手帳を開いていた。

 

…俺も意を決して『忠告』の中に追加された『悪魔の情報』のページを開く。

 

『【超高校級の悪魔とは?】

 あまり聞きなれないこの才能はあのお方がそう呼んでいるだけであり、正式には【超高校級の説得力】という才能である。その名の通りたぐい稀なる説得力を持ち、自分の意見を相手、あるいは周りにすぐさま納得させてしまう。その意見が正しくても、はたまた間違っていても。

あのお方によると一般人に殺人を行う事を提案し、殺人鬼を生み出した事もあるようだ。本人が実害を出している訳ではない上、殺人鬼になった者はまともな価値観と倫理観を失っていたため一般市民にはおろか、警察にも悪魔の情報は一切広まっていない。この人物を野放しにしていては平和で安全な生活を送ることは不可能であろう。一刻も早く処罰されるべき人物である。』

 

説得力…。

意味が分からないくらい恐ろしい才能だ。

 

…でも、モノパオの中の奴や『あのお方』って人は、どうして『悪魔が高校生であり、かつこのメンバーの中の誰か』だと確信してるんだ?警察にも広まっていない情報を手に入れる事ができるような奴がこのコロシアイを動かしているって事になるのか?それともたまたま制偽学園に入っただけ…?いや、そもそも年齢も分からないのだから悪魔が入ったところで普通なら気づくことはないはずだ。学園長なら入ってくる生徒の選別はできるか…いや、そういう問題なのか…?

 

 

 

 

俺がいろいろ考えあぐねている間も、誰も口を開こうとしなかった。

 

「誰なのか特定できたらボクは動くよ。こういう人間は野放しにしておかない方がいい。世の中のためにね。それまでに裏切り者が動いてしまわなければいいけれど。このままじゃあ埒が明かないし、ボクは部屋に戻るね。」

 

東城の言葉を皮切りに、大渡や篠田、難波辺りが黙って扉の方に足を向けたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の夜ご飯は、美亜が腕によりをかけておいしいご飯をふるまっちゃうよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…え?

皆の視線が桜井の方に向く。急にどうしたんだ?

 

「たしかに疑っちゃう気持ちも分かるよー?今も怖いもん。だけどね、美亜はそんな時でも構わず減っちゃう自分のお腹を優先させたいんだよ!皆もお腹減ってるはずだもん!」

 

今までずっとにこにこしていた桜井が真剣な顔をしていた。

その目を見て、俺は体が震えた。

桜井の声が、発する言葉が、ひとつひとつ脳と心にぶつかってくる。

 

「そーですねー!潜手めかぶも手伝うですー!みなさーん!お手伝いしまーすよー!」

 

「…ふふっ、桜井さんはこりごりだったのではありませんの?料理はわたくし達にお任せくださいな。」

 

「確かにな。自分達が料理は作ろう。」

 

「へへ、そうだったー!じゃあ美亜、お皿運びは絶対やるからねー!」

 

「あ…じゃあ、洗い物は…俺がやるね…。」

 

皆が口々に役割を決めていく。

ピリピリとしていた雰囲気が少しずつ和やかになっていくのがわかった。

 

「皆で手伝うか。今日は親睦を深める日にしてもよかろう。」

 

「わーい!俺も盛り上げちゃうよ!誰かお尻を触ってほしい人はいるかな!?」

 

「悪い意味で盛り上げるのはやめてくれる?」

 

「高堂ちゃん、視線がガチじゃん…。」

 

「よーし!全員参加だからね!わたりんも絶対来てよ!来るまでピンポン押しまくるからねー!」

 

「…チッ」

 

 

 

盛り上がっていく皆を見て俺は自分を責めた。

俺はだめだな。こういう時にかける言葉が何も見つからない…。

俺が人の事を疑ってばかりいる間に、皆はこの状況を打破するための一言を探していた。

 

自分の最低さに思わず失笑する。

 

 

「暗い顔しちゃだめだよ、宮壁くん。」

 

目の前で前木がにっこり笑いかけてきた。

 

「宮壁くんも、もっと皆の事を頼っていいと思うな。…それに、宮壁くんにも力はあるよ。私を止めてくれたんだもん。」

 

「…そうだな、悪い。」

 

「もう!謝ることでもないんだよ!ほら、美亜ちゃん達を手伝いに行こう?」

 

ちょっとむすっとした顔をして、また笑顔に戻る。

そんな前木に、俺はどきっとしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

夜ご飯はこの三日間で一番楽しい時間になった。

いや、皆が悪魔の事を忘れられるように思い切りはしゃいでいたからだろう。

相変わらず不機嫌そうだったりセクハラをかましたりする人もいたけれど…悪魔や裏切り者への不安はずっと心にあったけれど…それでも、この瞬間はそれを隅において、ちゃんと仲良くなってきていると、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それなのに、この状況は一体なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、次の日の朝に。

 

どうして。

 

潜手が青い顔で食堂に入ってきた?

 

大渡の手を掴んで走り出した?

 

三笠が朝食を作る手を止めて後を追いかけた?

 

安鐘がトレイを置いて駆け出した?

 

端部が真っ青になりながら俺達と合流した?

 

高堂がシャワーで髪を濡らしたまま駆けつけてきた?

 

柳原が震えながら床を見るように促してきた?

 

勝卯木の無表情が少し崩れて青ざめている?

 

難波の目尻に涙が浮かんでいる?

 

篠田が悔しそうに唇をかみしめながら床を見つめている?

 

牧野が腰を抜かして床にへたり込んでいる?

 

東城が真顔で立ち尽くしている?

 

前木が目の前で悲鳴を上げている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

どうして、桜井の頭から血が流れているんだ?

 

 

 

皆の呼びかけにも桜井が目を開けないのは、なぜなのか。

 

 

 

俺は、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter 1

 

『ワースト・イズ・リアル』(非)日常編

 

E N D

 

 

 

 

 

 




今回の1シロの挿絵は情報を省いておりますので、この挿絵を元に推理する事は推奨致しません。
(補足)
・自由行動(おまけ)のメンバーは作者のツイッターの方で投票を行った結果の上位3人となっております。意図的に出番を増やしたわけではないのであしからず。


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非日常編 1

こちらは捜査編となっております。
近日中に投稿する『閑話編』はこちらの要約版となっておりますので、読むのが面倒という方はそちらを読むのをおススメしますが、閑話編のみで犯人を当てるのは難しいと思います。

素人の考えたトリックもどきですので、多少のおかしな部分は目をつむっていただけると嬉しいです。


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「さ、桜井…?」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

やっと出た声は想像以上に小さく、誰にも聞こえていないようだった。

死んでいる。間違いなく、桜井は俺たちの目の前で絶命していた。

 

「美亜!?嘘でしょ!?」

 

「なぜだ…!」

 

難波や三笠の声が遠く感じる。二人の声にも桜井が目を開くことはなかった。

 

「これ、本当に…「起こっちゃったね!」

 

高堂のつぶやきを遮って元気よく現れたのはモノパオだった。

モノパオは周囲の様子をちょこまかと動きながら確認する。そして満足そうに胸を張った。

 

「しっかりびっくりしてくれたみたいでよかったパオ!さあ、お待ちかねの捜査に入るよ!」

 

「捜査?どういう事?」

 

「よくぞ聞いてくれました牧野クン!こうやって犠牲者…ここではシロと呼ぶんだけど、シロが発見されたら、一定時間ミンナには誰が犯人、クロなのかを当てるための捜査をしてもらいます!捜査が終わった後は『学級裁判』をしてもらうパオ!」

 

「…学級、裁判…?裁判の事、だよね…?」

 

端部は不安そうにつぶやく。

 

「ミンナでクロを当てる会議みたいなものだよ!そして最後に、自分がクロだと思う人に投票してもらいます!もしクロを当てる事ができればー、クロは死にます!逆にクロを外した人が多数派になるとー、クロ以外のミンナが死にます!説明終わり!ね、簡単でしょ?」

 

…?何か、そんな事をつい最近どこかで聞いたような気がするけど…どこで聞いたんだっけ…?

 

もう今更驚く事はなかった。裏切り者に命を狙われ、悪魔の命を狙っていて、今まさに犠牲者が出てしまった俺達に、犯人を当てなければ死ぬ、なんて言われても…元からなかった元気をさらになくすだけだった。そのくらい俺達は疲れていた。はあ、そうですか、とでも言わんばかりの空気だった。

ただ、この捜査は思ったより危険だ。誰が犯人かわからないまま、言ってしまえば、犯人と一緒に捜査をするのだ。

 

「でもミンナ、もちろん捜査なんて初めてだよね?何から手を付けていいかわからない!死体を見るのも嫌だ!そんな人がほとんどだと思うんだ。」

 

「…だから何だと言うのだ。」

 

三笠の厳しい目つきにモノパオは焦ったように小さなUSBを取り出した。

 

「タダーン!『モノパオファイル』!これをミンナに配ります!さ、全員分はないから適当に取って回してあげてねー!受け取った人から自分の生徒手帳の差し込み口にさして、ダウンロードしてね!」

 

…随分セルフサービスだな。

モノパオを自由に動かすほどの技術があるのだから、ファイルの一斉送信くらいできるだろうに。

 

「…何か出てきたよ?」

 

いち早くダウンロードできたらしい前木の生徒手帳を覗き込む。

そこには、死亡者名、発見場所、死亡推定時刻、死因など、桜井の遺体に関する情報が載っていた。

前木からUSBをもらって俺もダウンロードする。

 

「ミンナ表示されたかな?検死はやってあげたから、それも手掛かりにしながら捜査をがんばってほしいパオ!じゃあ、捜査時間だよ!終わったらチャイムで呼ぶから指定の場所に集まってね!バーイ!」

 

文句を言う間もなくモノパオは消え、無言の空間が広がった。

ふと横から視線を感じ、前木の方を向くと、前木だけじゃなく、数人が俺の方を見ていた。

 

「み、宮壁くん…どうしよう?」

 

前木の言葉にハッとする。俺は、頼られているらしい。仕方ないことだと思ったが、捜査をするのは俺だって初めてだ。けれど、涙を浮かべて震えながら俯く前木を突き放すことなんてできなかった。

しかし、なんと返していいかわからないのも事実。俺が答えるのをためらった一瞬に、無音の部屋に声が響いた。

 

「誰がやったの?」

 

東城だった。無表情で周りを見渡す。

 

「今名乗ったところで許すことはないけど、少なくとも反省しているとは見なすよ。」

 

「つーか、人殺した時点で名乗るつもりなんてなくね?そんな呼びかけ無駄だと思うけど。」

 

難波もこの中にいるのであろう犯人を睨みつけながらも東城を止めに入る。

 

「…ボクはどんな理由でも犯人を許さない。その選択を後悔させてやる。」

 

そう言いながら桜井の近くにしゃがむ。

 

「何をするんでーすかー?」

 

「このファイルの内容が正しいかどうかの簡単な判断をしようと思って。医者じゃないから専門的なことはできないけど。」

 

「私も手伝おう。」

 

そう言って東城の横に腰を下ろしたのは篠田だった。

 

「ありがとう。お互いの見張りも兼ねてお願いするよ。」

 

東城はさっきの無表情はなんだったのかというほどの笑顔で篠田と作業を始めた。

 

しばらく、この2人の他に動こうとする人はいなかった。

 

桜井の死を受け入れたくないという気持ちと、桜井の死を弔う時間すらくれないのかというモノパオへの怒りだけが燻っていた。

 

正直気は重いし周りの空気も最悪だ。この中に悪魔も裏切り者も犯人もいるなんて状況で平静を保つ方が難しい。

捜査も裁判も棄権できるならしたいくらいだ。

 

だけど、東城と篠田の様子を見て、ようやく重い腰をあげる気になった。

 

俺の経験を、俺の能力を皆は信じてくれている。ここは俺も信じないと失礼だ。

 

 

「…ここは二人に任せて、俺たちもそろそろ…始めるか。」

 

誰にともなく、いや、周りに向かって言ってみる。高堂や安鐘は俯いていた顔をあげ、東城はいつの間にか手袋を持ってきていた。皆がようやくお互いの顔を見合わせる。

 

この中に、犯人はいる。

 

モノパオが殺したとすればモノパオを操っている人がこの中にいるはずだ。

 

緊張でこわばる肩を三笠ががっしりと掴む。

 

「信じあえる部分は信じあうぞ、宮壁、皆。自分はこの手の事は不得手だ。頼りにしてるぞ。自分にできる事があれば手伝う。」

 

「…ああ、ありがとう。」

 

 

 

 

――捜査開始――

 

 

「まずはモノパオファイルの確認からだな。」

 

頼られた以上、ここからは俺が仕切っていくしかない。うまくできるかわからないけど、やれるだけのことはしよう。

生徒手帳の画面には『モノパオファイル1』という文字がでかでかと浮かんでいる。

 

…1?まだコロシアイが続くみたいな言い方だな、腹立たしい。

 

『被害者は桜井美亜。発見場所は教室1。頭部を殴られた事による失血死。死亡推定時刻は昨日の23時頃。』

 

「篠田、東城、この情報は合ってそうか?」

 

「間違いないだろうな。何か固いもので殴られたのだろう。」

 

 

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・・・コトダマ「モノパオファイル1」

 

「これが凶器なのかな…?」

 

前木が指さしたのは桜井の近くに落ちているハンマーだ。とげがついていて明らかに危険なものだ。

 

「このハンマーは…東城、これって東城が倉庫の奥にしまったやつか?」

 

「そうだよ。…どういう事なのか、犯人にはきっちり説明してもらわないといけないね。場合によっては装置の改善も試みるつもりだよ。」

 

…かなり怒ってるな…この話は裁判まで触れない方がよさそうだ。

 

「は?これ超軽くね?見た目的に重そうだったけど。」

 

気づいたら難波が拾っていた。

 

「それ勝手に触っていいのか?」

 

「別にかまわない。東城も私も警察ではないから1回触ったところで何も分からない。」

 

篠田の言葉に難波は安堵のため息をついた。

 

「アタシ的に、もしこれが凶器なら誰でも使えると思う。」

 

 

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・・・コトダマ「小ぶりのハンマー」

 

ふと横を見ると前木が懸命にメモを取っていた。俺も見習おうとしてポケットに手を入れる。

 

「…あ。」

 

取り出そうとしてそこから見えるイラストにドキリと心臓が鳴った。

桜井にもらったメモだ。これをくれた彼女は…もういない。

つい昨日まで動いていた桜井が、目の前で倒れている事が信じられなかった。

 

「桜井さんの無念は、わたくし達がはらすしかありませんのよね…。」

 

涙ぐんでいた安鐘はそっと袖で涙をぬぐい、手を叩いた。

 

「そうこうしている間にも時間は過ぎていますわ。わたくし、何か手掛かりを見つけたいのです!」

 

安鐘の言葉に皆は頷き合う。

 

「検死が終わり次第捜査に協力するけど、皆ほど回れないと思うからよろしく頼むよ。」

 

東城には装置も見てもらわないといけないだろうからな。他の場所は俺達ががんばって捜査しよう。

 

 

桜井にそっと手を合わせて、後の事は二人に頼み、教室を後にした。

 

 

「えっと、宮壁は、これからどうする…?」

 

「各自調べたいところに行ってみてほしい。ただ、単独行動はしない方がいいな。一人で得た情報は複数人で得た情報に比べると信用が下がってしまうし、一応、お互いを監視するのも大事だと思う。」

 

「私、一緒。」

 

俺の袖を引っ張ってきたのは勝卯木だった。え、俺?前木じゃなくて?

 

「…宮壁、おもしろい。…琴奈、宮壁、…交互。」

 

「なんだそのこだわり…。」

 

その後簡単に分けて決まったのが、安鐘と前木と高堂、難波と潜手、三笠と大渡、柳原と端部と牧野、そして俺と勝卯木。

 

とりあえず各々の行きたいところに行く事になった。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「ほわわっわーー!!」

 

「めかぶ!?ちょっと、しっかりして!?」

 

急に横が騒がしいと思ったら難波が潛手を抱きかかえていた。

 

「…えっと、何があったんだ?」

 

「床でつるりんこしちゃったのですー!」

 

「何?滑ったって事?大丈夫?」

 

「えっへへー、難波さんのおかげでー、なんともありませんでしーたー!」

 

「潛手、ちょっと靴の裏を見せてくれないか?」

 

俺の頼みに潛手は靴を脱ぎ、ひっくり返す。

 

「ほい!って、濡れてるですー!」

 

「なんだこれ、水か?」

 

「……ペロ。」

 

?????

勝卯木が床の液体を指で取って舐めた???

どうした????

 

「ら、ら、蘭!???!!!ちょ、アンタ、床に落ちてる液体なんか舐めない方がいいって!」

 

「なにやってるんでーすかー!?って、あ!足床におろしちゃってましたー!靴下が濡れちゃってまーすー!」

 

「……水。」

 

え?正直引いた。

いや引くなんて言わない方がいいし言えないけど!今のは引いてもおかしくないだろ!

絶句していて声が出なかったけど、横で騒いでいる2人を見てやっと落ち着いてきた。

 

「勝卯木!!!汚いからペッ!ペッてしろ!」

 

「…ペッ。……これ…水…。」

 

「そ、そうか…。」

 

今のペッはどう見ても言っただけで水は出せてないだろうな…勝卯木床の水飲んだのか…なんてどうでもいい事が頭をよぎる。

勝卯木の家族は…相当手を焼いたんだろうな…。

えっと、一応水、なんだよな。

 

 

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・・・コトダマ「廊下の床」

 

「難波達はこれからどこに行くんだ?」

 

「んー、アタシらってぶっちゃけ装置の事もよく知らねーしなんにもできそうにないんだよね。」

 

「あ!でもでもー、潛手めかぶは装置を解除してもらった事ありまーすよー!」

 

「あ、そーなんだ?行ってみるっか。じゃあまたー。」

 

2人が立ち去った後、俺達はとりあえず近くにあった教室2に入ってみる事にした。

 

「……机、ずれ…ある…。」

 

その言葉によく見ると机の並びがガタついているような気がする。はっきり分かるほどじゃないけど、机を直しに動かしたみたいなずれ方だな。

 

「ん?ああ、本当だ。後で直さないとな。」

 

勝卯木がうろちょろし始めたので俺も色々見てみるか。とりあえずずれた机を直そうと思って机に手をかけると、何か違和感を感じた。

 

「これ…湿気ているのか?」

 

他の机と触り比べてみると、3つくらいのずれている机が全て一部が湿気ていた。木でできているからなかなか乾かないんだろうな。

 

 

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・・・コトダマ「教室2の机」

 

あ、そうだ。そろそろメモをとらないと。そう思っておそるおそるメモを取り出す。

…ここに桜井の事件の捜査についてメモする時がくるなんて、思いもしなかった。

ふと横を見ると勝卯木がじっとこちらを…正確には俺の手にあるメモ帳を見ていた。

 

「……それ…。」

 

「ああ、桜井に、もらってたんだ…。」

 

「……後で……ほしい。」

 

「後って、これから裁判があるんだぞ?」

 

「裁判、終わる、後…私、もらう。」

 

「そ、そうか。」

 

その裁判に勝つっていう自信はどこからくるんだよ…なんてぼんやり考えていると、勝卯木がしゃがんで何かを凝視していた。

 

「ここ、不自然。」

 

勝卯木の指さした方を見ると一つだけ椅子にも血痕が付いていた。正確に言うと、椅子の脚の部分だ。大半が拭き取られてはいるが溝に入り込んでいたりして、ほんの少しだけ残っている。

 

「本当だ。よく見ないと分からなかったな。ありがとう。」

 

「……感謝、求む。」

 

「ありがとうって俺言わなかったか?」

 

「心……込める。」

 

「ありがとうございました!」

 

勝卯木はドヤ顔の代わりに腰に手をあててふんぞり返った。

ちょっとだけ嬉しそうだけど、相変わらず無表情だな…不思議な人だ。

 

 

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・・・コトダマ「教室2の椅子」

 

あとあるのは掃除用具のロッカーくらいか。試しに開いてみるとメモが落ちてきた。

 

『用具は元に戻しましょう基本中の基本!

・ほうき…2

・ぞうきん…2

・ちりとり…1

・バケツ…1

協力して掃除しましょう。学園長』

 

と書いてある。汚い字だな。適当に中をみてみる。

 

「あれ?」

 

「……雑巾、ない。」

 

メモによると2枚入っていたらしいけど、どこにも見当たらなかった。

 

 

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・・・コトダマ「なくなった雑巾」

 

 

 

□□□

 

 

 

「はあ…落ち着いた…。あれ?宮壁、今度は勝卯木ちゃんとデート?」

 

「牧野…相変わらず元気だな…。」

 

「え?でも牧野さんさっきまで吐いてましたよ?」

 

「ちょっと柳原、言わないでもらっていい?思い出してまた吐きそうだからね?」

 

「…とまあ、こんな感じでまだ何の手掛かりも得ていない訳だ。申し訳ない。」

 

三笠が締めくくってくれた。

 

「牧野、無理はするなよ。」

 

「皆の命がかかってるんだから無理するしかないよねー。まあ、休ませてはもらうよ…元々グロ系が得意じゃなくてね…それでも嫌なのに、よく知った子が死ぬとキツイね。」

 

泣きそうな顔を隠すかのように牧野は右手で両目を隠した。

…桜井。今お前がここにいたら、背中を叩いて励ましてくれたんだろうか…なんて、考えるだけ無駄なんだろうな。

 

「…あ、そうだ、三笠、なんかあったよね。トイレ。」

 

「ああ、そういえば。一番手前のトイレが詰まっておったぞ。事件に関係あるかは分からんが覚えておいてもいいかもしれんな。」

 

「水を流したらいいかと思ったのですが、何も変わりませんでしたね。水があふれるだけでした!」

 

 

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・・・コトダマ「詰まったトイレ」

 

「そうなのか。ありがとう。…って、まさかとは思うけど、廊下の水って柳原達があふれさせたのか…?」

 

「いや?あふれたのは便器の周りだけだからそこまでは広がっていないと思うが?」

 

「あ、そうなのか。」

 

「え?どこか濡れてるんですか?ってわああっ!?」

 

言ったそばから勝卯木を押し倒す形で柳原が盛大に転んだ。

 

「あ、勝卯木さん!?ご、ごめんなさい!痛かったですよね!?」

 

「…痛い、でも、許す。…わざと、違う。」

 

「えへへ、ありがとうございます!」

 

「柳原は気をつけてよね。勝卯木ちゃんに迷惑でしょ。」

 

「…心配、不要。」

 

「あっそ、心配はしてないけど?」

 

「2人とも引き下がらんか…。」

 

三笠が困ったようにため息をついたので急いで勝卯木の背中を押してその場を後にした。

 

 

「全く、なんでそんなに勝卯木は牧野を毛嫌いしてるんだよ…。」

 

「変態。」

 

やっぱりそれが原因かよ!?

と心の中だけでツッコミをしておいて、俺は教室1に戻る事にした。

 

「ああ、宮壁か。丁度終わったところだ。」

 

篠田が立ち上がって手招きしてくれた。よく見ると前木達もいる。

 

「…桜井…。」

 

 

 

遺体の向きが変わり、桜井の顔が見えるようになっていた。寝ているようにも見えるけれど、頭から流れた血がそれを否定していた。

 

「簡単にすませるよ。まず死亡時刻や死因。これらは間違いなさそうだからこのファイルの情報は信用できる。次はこの傷。ハンマーと一致はしている。だけど、完全一致ではない。」

 

「えっと…どういうことだ?」

 

「おそらく2回以上叩いたか別のものでも殴ったか、だね。確実に言えるのはこの1番最後につけられた傷はハンマーのもので間違いないという事だけかな。まあ、歪な傷だって事を覚えておけばいいだろうね。」

 

「…分かった。」

 

 

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・・・コトダマ「桜井の頭部の傷」

 

「宮壁。後はこれを見てほしい。」

 

「ん?それ…擦れてるのか?」

 

篠田が指したのは血だまりだった。よく見ると端の方…入り口に近いところが擦れたようになっている。

 

「出血がひどく、まだ乾いていないところもあったから他の部分は私達が動かして擦れてしまったのだが、ここ

だけは私達が桜井の体を動かす時より前についていた。何かのヒントになればいいが…。」

 

 

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・・・コトダマ「擦れた血痕」

 

なんか横から気配が消えたと思っていたら案の定勝卯木は前木達のところに行っていた。だろうな。

 

「勝卯木はここにいるのか?俺はもう別のところに行くから、またな。」

 

「……まだ。」

 

諦めてさっさと行こうとしたら袖を掴まれた。何か?…ってさっきから俺辛辣になってるな。気をつけよう。

 

「えっと、何かあるのか?」

 

「……おしゃべり、違う。アリバイ。」

 

「あっ、そういえば誰にも聞いてなかったな…。」

 

完全に遊び始めたのかと思っていた。心の中で謝る。

 

「とは言っても、皆は夜時間のアリバイとかあるのか?もしくは何してたとか…。」

 

「わたくしは夜時間の開始とともに寝ましたわ!」

 

「うん。あたしもすぐ寝た。昨日は結構疲れてたし。」

 

「私も…というか、今まで会った皆大体寝てるか個室にいるかなんだよね。」

 

「まあ、俺も何もしてないな。」

 

安鐘、高堂、前木は「だよね」と言わんばかりに顔を見合わせる。じゃあどうして桜井は教室なんかにいたんだ…?

 

「……昨日、夜…食堂…行った。」

 

「何やってるんだ勝卯木は。」

 

「喉、渇いた…時、水、必要。」

 

「え、ええっと、具体的に何時なんだ?」

 

「…10時57分32秒開始、11時8分45秒終了。…人……遭遇、なし…。」

 

「こ、細かいな…。」

 

さすがの記憶力。というか1つ1つの行動がいつの事かを覚えてるのか?恐ろしいな…。

 

 

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・・・コトダマ「勝卯木の証言」

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「あれ…?宮壁、1人はダメって言ってなかったっけ…?」

 

「ボクと篠田さんがいるよ。」

 

「なんか、変な距離感だね…。」

 

倉庫に行く途中でぴかぴかのサッカーボールを小脇に抱えた端部と大渡に会った。なぜか2人が俺の数メートル後ろをついてくるせいで変な勘違いをされてしまった。

 

「何も意識していなかった。すまない宮壁。」

 

篠田が小走りでやってきてくれた。

 

「なるほどな。というか端部、その…サッカーボール邪魔じゃないか?」

 

「た、たしかに…!騒ぎがあってびっくりして駆けつけたんだよね…。そのまま捜査になったから、忘れてたんだ…。」

 

「なるほど。もう少し詳しく聞いてもいいか?」

 

「あ、そうだね…。えっと、俺、練習の時は自分の部屋からまっすぐイベントホールに向かうから、教室なんて見てなくって…練習が終わって戻ってきたら、潛手さんが教室から出てきたんだ。その後ちょうど廊下にいた高堂さんと合流して、俺と高堂さんが教室に向かったら柳原と、死んだ桜井さんがいたんだ…。その後は潛手さんに続いて他の皆を呼びに行ったんだよ。」

 

なるほど…。でも、朝に弱いはずの柳原が起きてるなんて珍しいな…。捜査時間に余裕があれば後で話を聞こう、無理なら裁判で聞くしかないな。高堂は端部と同じような情報だろうから大丈夫だろうけど。捜査時間が切れてもいけないからな。

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「端部の証言」

 

「とりあえず戻してきたらどうだ?さすがに裁判に持ち込むのは邪魔すぎると思う。」

 

篠田の言葉に端部は頷いた。うん、それがいいだろうな。

 

「そ、そうだね…!あ、大渡、ついてきてもらっていい…?ご、ごめんね。」

 

「……さっさと行くぞ。」

 

大渡は端部の言う事の大半を無視してすたすたと歩きだした。

 

「大渡はアリバイとかないか?」

 

「ねぇよ、んなもん。」

 

吐き捨てるように言って去っていった大渡を端部が慌てて追いかける。

…そういえば、大渡が桜井以外の誰かといるのを見たのは初めてな気がするな…。

 

また襲ってきた喪失感を振り払い、倉庫へと向かった。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「ゆうまきゅん!?会いに来てくれたの!?う~れ~し~い~!」

 

「キミに用はないよ。」

 

そうなると思った。潛手ががっくりと肩を落とす難波の背中をポンポンと叩くと、難波は涙目で潛手に抱きついた。元気そうでなによりだ。

 

「てか装置の奥に入る道具がねーからめかぶとずっとぼけーっとしてたわ。食堂見てもなんもなかったし。ごめん。」

 

「いや、それは仕方ないだろ。あ、じゃあ食堂はもう見なくていいんだな。」

 

「あ、そーいえばー!みなさんに言いたかった事があるんでーすよー!潛手めかぶが桜井さんを見つけた時と、みなさんが集まった時で少し机が動いてたのでーすー!」

 

「つまり、向きが変わっていたという事か?」

 

「篠田さんの言う通りですー!今考えたらおかしいなーと思ってでーすねー…。」

 

 

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・・・コトダマ「潛手の証言」

 

「ええっと、あ、ちょうどいいところに柳原くん達が。ちょっと手伝ってもらえるかな?」

 

「うわ。めっちゃ人多いじゃん。柳原は呼ばれたから…三笠と潛手ちゃんと篠田ちゃん帰ろうよ!」

 

「ほよよ、いいんでーすかー?」

 

「ああ、まだ見ていない部屋もあるだろうからそっちに行ってもらった方がいいかもな。ありがとう牧野。」

 

「どういたしまして。じゃあねー。」

 

牧野の提案によりごった返していた倉庫は落ち着いた。難波を残したのは東城がいるからか。なんだかんだで気が利くんだよな…。

東城の持ってきた棒で装置の針を押そうとして…手が止まった。

 

「なんだあれ、針に何かついてる。」

 

ひとまず針を押して装置の奥に入り、針をよく見てみる。よく分からないので取ってみた。

 

「なんだこれ?」

 

黒いゴムのような物体だ。針に刺さって千切れたように見える。触るとボロボロしていてよく分からない。

 

「誰か心当たりはあるか?」

 

俺の質問に3人は首を横に振った。よく分からないけど、きっと事件に関係しているに違いない。

 

 

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・・・コトダマ「黒い欠片」

 

「これ、針を押したままにできないのか?」

 

「押したままでも30秒間しか効果はないよ。後はこれだね。」

 

俺の腕が疲れていくのを気にも留めずに東城はノートを取り出した。めんどくさい装置だな。

というより、犯人はどうやってこの装置を突破したんだ…?装置の作りも思い出しておこう。

 

 

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・・・コトダマ「装置の仕組み」

 

「東城さん、それはなんですか?」

 

「ここに入れたもの、後は倉庫にあるものの個数把握メモだよ。タオルとかボールとか抹茶の粉とか、使ったものはある程度減ってるけど特に不審なものはないね。この装置より奥にあるもので何が減っているのかを調べていくよ。」

 

30秒入っては出てくる東城がもどかしいので皆で手分けすることになった。

 

「う、うう…こんなに重いもの、持てません…!」

 

「柳原力なさすぎじゃね?わざと?」

 

「わざと足を引っ張るなんてバカみたいなことしません!これが重すぎるだけですよ!」

 

柳原が持ち上げる前に30秒がきそうだったので一旦出る。そしてもう一度入ってから難波が柳原の持てなかった荷物を調べ始めた。

 

「うっわ、アタシが持ってたのよりだいぶ軽いんですけど。」

 

「え!難波さんは強いんですね!筋肉ムキムキなんですか?腕がゴリラなんですか?」

 

「柳原、後でちょっとお話しよっか。」

 

「2人とも…特に柳原。手を動かしてくれ…。」

 

そんなこんなで一通りメモの個数と確認したが、減ったものはハンマーだけのようだ。

 

「ざんねん、ムダでしたね!」

 

「減ったものがハンマーのみと確定させる事ができたのだからムダではないよ。」

 

「そうですか…?」

 

未だ納得のいっていない柳原は放っておこう。

 

「や!元気してる!?あとちょっとで捜査時間が終わるパオ!がんばってねって言いに来てあげたパオ!」

 

「うるさい。元気なわけねーだろ。」

 

難波が不機嫌そうに突然現れたモノパオの首を掴もうとした。

が、モノパオは動かなかった。

 

「は!?え、モノパオってこんな重いの!?」

 

「新しいボクくんは重いパオ!東城くんに放り投げられたからあの後すぐに重くしたパオ!」

 

「あ、本当だ。重くなってる。」

 

東城も持ち上げようとしてすぐに諦めた。俺も持とうとしたが持ち上げるのがやっとって感じの重さだ。

 

「本当に時間のムダですね!」

 

柳原がいつものテンションで言うからモノパオはすっかり元気をなくしたようだ。

 

「え、ええ…そんな笑顔で言わないでよ…傷ついたパオ…。」

 

そのままとぼとぼと倉庫から出て行った。

 

「そういえば東城、あの…他の人が中のものを取りたい時ってどうしてるんだ?」

 

「ボクに言ってくれたらついていっているよ。ちなみに今までついていった人についてもメモは取っているよ。」

 

 

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・・・コトダマ「装置の解除について」

 

「じゃあそのメンバーも言いなよ。ゆうまきゅんったら何もったいぶってんの?あ、もしかして好きなものは最後に食べる派?」

 

「えっと、三笠くん、潛手さん、端部くんだね。安鐘さんは1度棒を借りに来たよ。」

 

さすがに、ここまで綺麗な完全無視をしなくてもいいんじゃ…。いくら今話す事じゃないとはいえ、ちょっとかわいそうだ。

 

 

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・・・コトダマ「装置を解除したメンバー」

 

 

 

□□□

 

 

 

 

『ぴろりろりろりろ!捜査終わりだよ!いえーい!』

 

ふざけたアナウンスだったけれど、そのおふざけですら、俺達の空気を冷たくするには十分な言葉だった。

 

「…アタシ、美亜とはこの中なら結構喋った方だからさ、許せそうにねーわ。美亜を殺す理由がない。勿論、この中の全員殺されていいような人じゃないけど。」

 

難波が真剣な顔で呟く。難波が桜井達に武勇伝を聞かせていたのは、つい最近の事だった。

 

実を言うと、俺はまだ桜井が死んだ事を信じられていない。正確に言うと実感がわかないんだ。

 

だって、昨日まであんなに元気がよかったのに。急に目の前で倒れてるのを見つけて、死んでますなんて言われても、俺には理解できない。

 

ましてや、この中の誰かに殺されたなんて。意味が分からない。

 

自分の鼓動が早くなっているのだけを感じながら俺達は誰も話さずに倉庫を出た。

 

『はい!ミンナ、温室に行くのに使ったエレベーターに来てね!そこから地下に行くと裁判場があるパオ!』

 

誰よりも早くエレベーターの前に着いた俺達は皆が集まるまで待った。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

エレベーターが開くのを待ちながらその空気を破るように皆が声を出していく。

 

「ボクも犯人を絶対に許さない。とりあえず全てを白状してもらって、いかにその行為が愚かなものなのか、きちんと説明してあげないといけないね。どうやら犯人はここで殺人を犯す事が間違いだという事にも気づかない人間のようだから。できる事なら、キミ達が『そう』でない事を願いたいけれどね。」

 

不気味な言葉が節々ににじみ出ている人。

 

「その、おれ…役に立てるとは思えませんが、がんばります!桜井さんのために、おれ、がんばりたいです!」

 

緊張しながらも犯人を突き止めようと決意をする人。

 

「よし。過度な緊張や不安、焦りは禁物だ。自分達にできるだけの事をしよう。生きる為に。」

 

卓越した精神で少しでも皆を落ち着かせようとする人。

 

「……。」

 

相変わらず口を開かない、桜井と1番関わっていたであろう人。

 

気づけば全員が揃っていた。

 

 

 

俺がそれを認識したほぼ同時にエレベーターが開く。

 

「じゃあ、ミンナのっちゃってー!」

 

中からモノパオが手招きしている。

俺は誰かに押されて無理矢理エレベーターの奥に押し込まれた。

 

「宮壁。誰が犯人か目星ついてるの?」

 

こそこそと、かろうじて俺が聞こえるくらいの声で牧野が耳元でささやく。

 

「まだついていない。」

 

「犯人かはともかく、表情もしくは言動が怪しい人、教えてあげよっか。」

 

「…どうして俺に?」

 

「裁判慣れしてそう。」

 

「そんな嫌な慣れ、まっぴらだ。…一応聞くよ。」

 

「勝卯木ちゃん、篠田ちゃん、安鐘ちゃん、大渡、端部、柳原。このあたりは不審だね。あと宮壁。」

 

「は?」

 

え、俺?

 

「お前自分で気づいてるか分かんないけど、全然悲しそうな顔してないよ。」

 

「…え?」

 

思わず自分の顔を触る。そんなまさか。

 

「じゃ、そんな訳で。宮壁からしたら俺も怪しいだろうし犯人候補に入れておきなよ。」

 

牧野はそれだけ言うと俺の方には見向きもしなくなった。同時にエレベーターが目的の階についた事を知らせ、ゆっくりと開いた。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「なんだ、ここ…。」

 

思わず声が漏れる。

 

「これが裁判場…?」

 

前木の不安そうな声を聞いてモノパオは手を叩いた。

 

「そうだよ!ミンナいらっしゃーい!ずーっと待ってたパオ!」

 

中央に広がるのは円形に並んだ証言台。少し凝った装飾も施されており不気味な空気を醸し出していた。

モノパオはその円から少し外れたところにある一際背の高いプールの監督席のような台座に向かって走るとちょこんと座った。

 

「空いてるところに適当にいってね!」

 

その言葉に改めて証言台を見渡すと一つの席に何かがあるのを見つけた。

 

「なんだこれ…。」

 

桜井のモノクロの顔写真に血の色で大きなバツ印がついたものが、おそらく桜井の頭の高さに合わせて立てられていた。はっきり言って趣味が悪い。

 

「それ?どう見ても遺影だよね!死んだ人の事を忘れないためにボクくんがわざわざ作ってあげたんだよっ!」

 

「余計なお世話だよ!私たちが美亜ちゃんの事を忘れるなんてそんな訳、」

 

「あるかもしれないでしょ?もし犯人をちゃんと当てられたらこの先長い長~い生活が待ってるんだからさ!いずれはミンナよぼよぼになって、ここは老人ホームになってしまうんだろうね…やだなあ!大変そう!」

 

「縁起でもないこと言うなっつってんの!」

 

難波の睨みに対してもモノパオはお構いなしだ。くるくると踊って皆が席につくのを急かしている。

不安な顔を浮かべながら、皆思い思いの席に立つ。

全員が席についてから、俺は改めて周りを見渡した。

 

心臓が緊張で痛いくらいにドキドキしている。それは皆同じだろう。視線はちらちらと合っても、誰1人として口を開かなかった。胸に手をあてて無理矢理気持ちを落ち着けさせる。

 

 

 

 

 

ここから最低でもまた1人、犠牲者が出る。

 

 

 

 

 

周りも見渡しても犯人なんて分かるわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

無理矢理命を懸けさせられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも俺は、自分を信じて最良の判断を下してみせる。

 

 

 

 

桜井美亜。お前を殺した人間は、俺達が突き止めてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが俺にできるたった1つの弔いで、たった1つの生存方法だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話編

こちらは前話、非日常編1までのネタバレを含むおまけとなっております。
詳しい説明は本文にて行います。
裁判編に向けての準備編、と思っていただけたら嬉しいです。


 

どうもこんにちは。メタ台詞しか喋らないナレーターです。

私の存在は先の伏線でもなければ、次回作の布石でもありません。

そういえばこちらダンガンロンパノウム、次回作も用意しております。いわゆる二部作という奴ですね。

おっと、話が逸れました。戻しましょう。

私は単純に読者の皆様にこの閑話編についての説明をしにやってきただけでございます。

マジでこのナレーターについて考察しても意味はないので、本家のプレイ方法を説明するアレと同じようなものだと思ってくださいませ。

 

こちらの閑話編では、捜査編(非日常編1)がダルくて読みたくない、面倒、時間がない、といった方のための『短縮版捜査編』となっております。つまり、コトダマ一覧ですね。これを見れば一目瞭然!というわけです。

ここで補足。

閑話編ですので『1章非日常編1』までのネタバレを含みます。コトダマ一覧では裁判に使用する情報をかなり簡潔にまとめているだけですので、こちらの事件について真面目に推理をしたいという変わった方がいらっしゃれば、前話の『非日常編1』を読む事を推奨します。決定打はそちらにある、かもしれませんので…。

 

おっと、捜査編をしっかり読んでくださった皆様、まだブラウザバックはしないでいただきたい。それプラス、大サービスとして黒幕、つまりモノパオの仕事ぶりを記した『モノパオシアター』もございます。こちらを読むとモノパオの正体への考察が深まるかも…というものです。考察するほど大層な奴ではないので流してくださってもかまいません。

 

長々と説明いたしましたが、こちら、『閑話』ですので勿論読まなくて結構です。読まなくても話は分かりますし、なんら問題ございません。ただ、裁判編を読むときにこちらのページを開いていればコトダマをいつでも見返せたり、これから先の本編にてモノパオの情報が追加した時にこのモノパオシアターの内容が参考にできたりなど、おまけとしてはなかなか充実したものとなっております。自画自賛乙。

 

このままではこのナレーターの方が長くなってしまいますのでこの辺で。失礼しました。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

『1章コトダマ一覧』

 

 

・【モノパオファイル1】

被害者は桜井美亜。場所は教室1.

頭部を殴られた事による失血死。死亡推定時刻は昨日の23時頃。

 

・【小ぶりのハンマー】

桜井の近くに落ちていた殺傷能力の高そうなハンマー。

その見た目とは裏腹にかなり軽く、誰にでも扱えそうだ。

 

・【廊下の床】

教室1とトイレの間の廊下が濡れていた。

 

・【教室2の椅子】

椅子の脚部分の溝に血がついていた。

 

・【教室2の机】

一部の机の表面が湿気ている。

 

・【なくなった雑巾】

教室2の掃除用具入れのロッカーにあったはずの雑巾がなくなっている。

 

・【詰まったトイレ】

生活棟にある男子トイレのうち1つの便器が詰まっていた。

 

・【桜井の頭部の傷】

傷の形が歪。2回以上叩いたと思われる。傷口はハンマーと部分的に一致する。

 

・【擦れた血痕】

桜井の頭部周辺の血だまりが一部擦れている。擦れた部分は手の平サイズ。

 

・【勝卯木の証言】

昨日の夜中23時周辺に食堂に行ったが、その間は誰とも会っていない。

23時10分には部屋に戻った模様。

 

・【端部の証言】

第一発見者は柳原、その後潛手、少し遅れて自分と高堂が見つけた。後は同じくらい。

 

・【潛手の証言】

桜井を発見した時と皆で集まった時で一部の机の向きが変わっていた。

 

・【黒い欠片】

倉庫に作られた装置の針に小さな黒いゴムのようなものがついていた。ボロボロしている。

 

・【装置の仕組み】

倉庫と東城の部屋に設置された装置。壁の奥の針を押すと30秒間だけ作動しなくなる。

 

・【装置の解除について】

宮壁、前木、安鐘以外の人でも東城の同行があれば倉庫で危険物を取る事ができる。

(補足 他の人は解除の方法を知らないため。)

今までの記録はメモしているとの事。

 

・【装置を解除したメンバー】

今までに東城が装置の解除に同行したのは端部、三笠、潛手の3人。

安鐘は1度だけ棒を借りに来た事がある。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

【モノパオシアター その1】

 

 

 

やあ!ボクくんは……おっと、危うく本名を言ってしまうところだったよ!じゃなくて!モノパオだよ!とってもいい子パオ!

 

今はね、桜井サンが死んだ直後にモノパオファイルをちまちま作ってるところだよっ!正直すっごく眠い!こんな時間に殺人なんかやるなよあんぽんたん!って感じだよね!あ、でもよく考えたら昼に起きたらのんびりファイルを作ってる時間もないのか…もー!こんな事なら検死のプロをコロシアイに参加させればよかったパオ!って、別にコロシアイメンバーなんて選べないじゃん!いぴぴ、ボクくんはお茶目パオ!

 

この度は皆に愛されていた桜井サンが死んじゃって、ボクくんとしても悲しくて仕方ないパオ…。でもでも!これを機にミンナが仲良くしてくれると嬉しいパオねっ!いや、別に仲の良さなんてどうでもいいんだけどね!

 

まあちゃんと捜査していればクロの目星がついていてもおかしくないんだけど。というか簡単すぎるんだよねっ!ヒントじゃないんだけどさ、ボクくんはね、ある1つの証拠が判明すればクロが決定できると思うな!そう、『アレ』だよ!

 

 

『ピロリロリン』

 

 

…ハッ!!!!!この音は…!!!あのお方からの連絡パオ!!!!!

えーっと…あ!チャットパオ!声が聞けないのは寂しいけどすっごく嬉しいっ!なになに?

 

『夜中だからって大きい声で話さない方がいいよ。最悪死ぬ事になってしまう。気をつけて。』

 

死ぬ事になる?そのくらい大丈夫パオ!なんて事ないよっ!その覚悟ができてなきゃ黒幕なんてできないもんっ!心配してくれるなんて流石あのお方様!好きです!宇宙で1番好き♡

 

『大げさだよ。僕も好きだけど。死なない程度にがんばってね。』

 

え、え、やった、『好き』って、言ってもらえた…嬉しい…嬉しい嬉しい嬉しいっ!!!これだけであと100年は生きていける!

えへへ、死んでもいいから大丈夫だよっ!覚悟は生まれた時からできてる♡

 

『ありがとう、無理しないで。』

 

応援だけで生きていける、ボクくんがんばるね……!

神様仏様あのお方様!ボクくんの事、応援してねっ♡

 

絶対、ミンナびっくりするよねっ!わくわくとドキドキで寿命が縮んでる気がするよっ!

というかそこまで我慢できない気がする…ミンナがちゃんと正体を当ててくれるまでどのくらいかかるんだろう…寂しくって泣いちゃうよっ!

 

 

まあ、もし我慢できなくなったら…その時はその時だよねっ!

それまではがんばってコロシアイするんだ!最近寝不足だけどがんばるぞっ!あのお方にもカツ?を入れてもらったし!後はミンナの推理次第…みたいな?今からでも余裕でだいきくん達の驚く顔が想像できちゃうよ!あーあ、楽しみだなっ!えへへ♡

 

 

って、もしかして、さっきから完全に素で話してた!?ちょっとちょっと、誰かに聞かれたら黒幕だってバレちゃう!やだやだー!さすがにこんな独り言でバレるのは不本意だよねっ!あのお方様もこれだけは望んでないだろうし…誰も聞いてませんように!

 

 

よーし!ここからはボクくんらしくがんばるパオ!丁度ファイルも完成したし!

うーん、これどうやって送信するんだろう…裏切り者がいないとこういうのさっぱり分かんないよー!あ、そうだ、USBに保存して適当に配ればいいじゃんっ!いやーさすがボクくん、適応能力が高いパオ!

 

えーっと?朝起きたらミンナにこれを配ってからしばらく捜査してもらって、裁判に入るんだよね…簡単なんだからクロくらいバッチリ当ててよね、ミンナ!んじゃ、おやすみ~!

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

なんと皮肉な事か。

 

混沌に陥った時に誰よりも一番に動き、皆の為に行動した本物の天使が。

 

悪魔が擬態したものだと思われたなんて。

 

 

なんと哀れな事か。

 

こうしている間、『今は』裏切り者などいないのに。

 

裏切り者がいると思い込み、焦り、天使を血で染めてしまったなんて。

 

悪魔の関与がなくても、殺人に手を染めてしまったなんて。

 

 

なんと悲しい事か。

 

現実は、最低で最悪なものだ。

 

いや、いつの時も、最低で最悪なものが現実なのである。

 

 

 




裁判編は本文が長くならなければ1話で完結する予定です。
投稿時期は未定ですが、見守っていただけたら嬉しいです。


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非日常編 2

裁判編です。思ったより短く収まったので1話で裁判は終わります。
簡単な事件だったので楽に当てられたと思います。
今回は挿絵も凝ってみましたので、ぜひ挿絵表示アリの状態にしてゲームっぽく楽しんでいただけたらと思います。



 

裁判場が静まり返ったのを確認して、モノパオが気味の悪い笑い声をあげる。

 

 

「いぴぴ…ミンナ立ち位置は決まったかな?ではでは、初めて学級裁判、はじまりはじまり~!」

 

 

桜井を殺した犯人はこの中にいる。

俺達も捜査なんて不慣れだけど、それは犯人だって同じはずだ。穴を見つけていけばいい。

 

桜井の無念を晴らす事ができるのは、俺達しかいないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

□□□学級裁判 開廷!□□□

 

 

 

 

 

 

 

モノパオ「では最初に、学級裁判のルールについて再確認しておくよ!学級裁判では『誰が犯人か?』について議論してもらいます!」

 

モノパオ「犯人、つまりクロを当てられたらクロだけがオシオキ、その時クロが悪魔だったらミンナは外に出られます!反対にクロを外してしまうとクロは外に出られるけどクロ以外のミンナがオシオキされてしまうパオ~!」

 

モノパオ「簡単に言うと、この裁判が終わるとここにいる人のうち少なくとも1人は死んじゃうってことだね!ミンナ、かわいい自分を守るためにせいぜいがんばってねっ!ボクくんも応援してるパオ!」

 

モノパオはそれきり黙ってしまった…。ここからは俺達でやりたいようににやれってことか。

 

潛手「えーとー、何から話せばいいんでーすかーねー?」

 

牧野「もうクロが分かった!っていう人とかいないの?」

 

三笠「そんなやつがいればもうとっくに言っておると思うが。」

 

難波「とりあえずは情報共有じゃねーの?アタシ捜査時間に行ってないところ結構あるし。」

 

安鐘「わたくしもあまり手掛かりを掴めませんでしたので、皆さんの話が聞きたいですわね…。」

 

宮壁「じゃあまずは、モノパオがくれたファイルを見ながら、状況を確認してみないか?」

 

周りを見渡す。特に反対の人はいないようだ。1つ1つを確実にしていこう…!

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

高堂「この…モノパオファイルだっけ?これを見れば情報が載ってるんだよね。」

 

東城「ここに間違った情報は載っていないよ。ボクと篠田さんが断言する。」

 

前木「えっと、☆美亜ちゃんが殺されたんだよね…。」

 

安鐘「☆教室1で倒れていましたわね…。」

 

端部「頭を殴られたのが死因、って書いてあったよね。」

 

潛手「ということーはー、桜井さんは頭をばっかーんと叩かれて☆一瞬で死んでしまったんです―かー?」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

▼[桜井の頭部の傷]→『一瞬で死んでしまった』

宮壁「潜手、それは違うんだ。」

 

 

 

潛手「はへー?どういうことですーかー?」

 

宮壁「2人の検死の結果から、桜井は2回叩かれていた事が分かったんだ。」

 

潛手「2回…桜井さん…そうだったんですーねー…。」

 

三笠「潛手、無理はするなよ。」

 

潛手「三笠さんー、ありがとうございまーすー…。」

 

よかった。どうにか潜手の元気は戻りそうだ。

 

篠田「検死で気になった事があった。東城、今共有するべきだと思うのだが。」

 

東城「…ぐぅ………ん?何?」

 

高堂「あんた今寝てた…?」

 

東城「そんなまさか。うん、篠田さんの言う通りだよ。桜井さんの頭の傷が歪だったんだ。」

 

前木「うーん、美亜ちゃんの近くに落ちていたハンマーは変な形だったから、歪な傷になると思うけど…そういう意味じゃないのかな?」

 

宮壁「ああ、どうやらハンマーと傷口が完全に一致はしなかったらしい。そうだったよな?」

 

東城「わざわざボクに確認してくれなくても間違っていたら指摘するよ。その通り。」

 

篠田「2回叩いたせいとも考えてよさそうではあるが…私達は検死の素人だ。理由は不明だと思ってほしい。」

 

東城「理由はさっぱり分からないからボクは放棄しておくよ。皆で頑張って考えてほしいね。」

 

東城はそのまま証言台の手すりに体重をかけ、休み始めたようだ…。危機感なさすぎるだろ。捜査からずっと機嫌も悪そうだし仕方ない…で済ませていいのか…?

 

難波「は?ゆうまきゅん推理できねーの?」

 

東城「探偵じゃああるまいし、なんでもできると思わないでほしいな。そこはもっと頭の柔軟な人が取り組めばいいと思うよ。」

 

三笠「あ、頭が硬いとは思っていたのだな…。ゴホン、死因の次は何について確認するのがいいんだ?」

 

難波「美亜の周りの状況とかは?…アタシ、ほとんど見られてないし…。」

 

三笠「ふむ、自分も別のところにいたからな…。現場にあったものの復習からするべきか?」

 

よし、少しだけだけど進んだな。現場か…。気になった事があったら積極的に指摘していこう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

難波「現場を捜査してたのって誰?」

 

前木「私達は結局ほとんど現場にいたよ。光ちゃんと鈴華ちゃんと一緒にいたんだ。」

 

篠田「後は私と東城だな。けれど前木達の方が長くいたはずだ。何かあったか?」

 

安鐘「ええと…気になった事といえば…☆机が一部ガタガタしていた事でしょうか…?」

 

端部「ガタガタって…、あの、ずれてた机の事…?」

 

安鐘「そういえば、ずれていた机はいくらかありましたわね…。」

 

高堂「あれって☆犯人と美亜ちゃんがもめた時にずれたの?」

 

 

 

 

 

▼[潜手の証言]→『犯人と美亜ちゃんがもめた時にずれた』

宮壁「それについて説明できる人がいるんだ。」

 

 

 

宮壁「潛手、お前は言っていたよな?自分が桜井を発見した時と皆が集まった時で机の向きが違っていたって。」

 

潛手「は、はいー!そうでーすよー!」

 

難波「そんな細かいところ、よく気づくね。めかぶすげーじゃん!」

 

潛手「え、えへへっ、そうですかーねー?でも、潜手めかぶだけでは自信がなくなってきちゃいましたー…。」

 

難波「マジか…でも変わってなかったらそんな事思わねーし、自信もっていいんじゃね?」

 

宮壁「潛手の証言が正しいのかどうか分かる人は他にもいる。」

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[端部の証言]

宮壁「端部、高堂、柳原。潜手の他にこの3人は俺達よりも先に桜井を見ている。3人の中で机に違和感を覚えた人はいなかったのか?」

 

 

 

柳原「ごめんなさい…びっくりして、それどころじゃありませんでした…。」

 

高堂「はっきりとは言えないけど…たぶん動いてた。」

 

端部「そう言われてみれば…1つだけ変わってた気がする…。」

 

宮壁「2人の同意が得られればこれは確定情報でいいはずだ。」

 

牧野「じゃあ柳原が動かしたんでしょ。」

 

宮壁「…!」

 

高堂「なんで柳原が机を動かす必要があるの?」

 

牧野「なんかやましいものでもあったんじゃない?」

 

柳原「ま、待ってください!なんでそうなるんですか!?」

 

話が脱線…はしてないけど、おかしい方向に進んでないか?

まさか牧野…柳原を怪しんでいるのか?裁判前にも似たような事を言っていた。

指摘できるところがあれば積極的に発言していかないと…。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

宮壁「何があったのか教えてほしいだけなんだ。誰も問い詰めようなんて思っていない。」

 

柳原「じ、実は…☆驚いたときに足をぶつけてしまったんです。だから、机が動いたなら、その時だと思います…。」

 

牧野「なんですぐに言わなかったの?」

 

柳原「疑われると思って…。」

 

牧野「本当は☆いい言い訳を考えてたんじゃないの?」

 

勝卯木「柳原…犯人…?」

 

柳原「違います!おれはなにもしていません!」

 

三笠「柳原は1人だったのか…。ふむ、誰か☆柳原の行動を証明できる物はないのか?」

 

柳原「え、えっと、みなさん…?」

 

東城「じゃあ後は殺害方法とボクの装置を解除した手順を探るだけになりそうだね。」

 

難波「は?もう決定なわけ?決定打なさすぎじゃね?」

 

東城「事実にしてはできすぎじゃないかな。ボクとしては犯罪者と同じ空気を吸うのはそろそろやめにしたいからね。ここを軸に他の証拠を揃えていこう。」

 

前木「い、☆いくらなんでも早いと思うよ?そうだ、牧野くんなら今のが嘘かどうかなんて簡単にわかるよね!?それで判断してもらえば…。」

 

牧野「挙動不審って事は分かるけど、それが焦りからくるものなのか嘘をついたからなのかは微妙。本当の事を言っていると断定はできないね。可能性は五分五分ってところかな。」

 

前木「そ、そんな…。」

 

柳原「ま、待ってください!どうしておれがこんなに疑われないといけないんですか!?」

 

待ってくれ、話の流れが速すぎてどこに賛成できそうな意見があったのか分からなかった…!

だ、誰か、ちゃんと聞こえた人はいないのか…?

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

『支援』

▼[擦れた血痕] →『柳原の行動を証明できる物』

篠田「これでどうだろうか。」

 

 

 

牧野「血痕?」

 

篠田「ああ。桜井の周りの血だまりの一部が擦れていた。これは柳原がつけたものではないのか?」

 

柳原「あ!そうです!」

 

篠田「大きさもちょうど手の平程度だ。無論、これだけで柳原を容疑者から外せと言っている訳ではない。ただ、『保留』というのも手だと思う。」

 

宮壁「篠田の言う通りだ。判断するのはまだ早い。」

 

安鐘「で、ですが…宮壁さん達は他に怪しい人の検討がついていらっしゃるのですか?」

 

宮壁「犯人は最初に決めるものじゃない。犯行の流れが判明した後でそれが可能だった人物をわり出していく方法でもいいはずだし、何よりこの議論には俺達全員の命がかかっているんだ。もっと慎重にいって当然だと思う。」

 

高堂「あたしは瞳ちゃん達に賛成。まだわかってない事が多すぎる。」

 

牧野「えー!高堂ちゃんがそういうなら俺も賛成ー!」

 

こ、こいつ…!一瞬で意見変えて、誰のせいでこの話になったと思ってるんだ…!

 

三笠「ふむ、それでは桜井の周りの状況について再度話し合えばよいのだな。」

 

宮壁「ああ。とりあえず現場について話していこう。」

 

篠田のおかげでどうにか話を戻せたみたいだ。脱線していて忘れかけていたけどまだ何もわかっていない。

裁判に制限時間があるなんて話は聞いていないけど、モノパオの事だし話が進まなくなったらそこで打ち切り、なんて事もあるかもしれない。ここは議論が止まりそうになったら俺から話題を次々提供していくべきだろうな。

 

前木「他に何を話せばいいんだろう…?美亜ちゃんの周りについては大体話終わったよね?」

 

大渡「…さっさと凶器の話をすればいいだろ。」

 

高堂「大渡…もしかしてだけど初めて喋った…?」

 

大渡「うるせぇ。」

 

高堂「…もう少し裁判に参加するべきだと思うけど。」

 

大渡「いつ発言しようが俺の勝手だ。校則に『発言しなくてはならない』なんてのはねぇだろ。」

 

牧野「もー!話をそらしてどうするの!高堂ちゃんも、こんな奴にかまう必要なんてないからね!俺達で解決しちゃおうよ!」

 

高堂「あんたも脱線させてなかった?」

 

牧野「何の事?」

 

高堂「……なんでもない。」

 

勝卯木「大渡…除霊……幽霊、見える……犯人、聞く。」

 

柳原「な、なるほど!大渡さんに幽霊とおしゃべりしてもらって犯人を当ててしまえばいいんですよ!」

 

勝卯木「…幽霊、一発攻略。……できる…?」

 

大渡「いい加減にしろ。俺は幽霊とは話さねぇ。」

 

勝卯木「けち…。」

 

三笠「ゴ、ゴホン!えっと…話が脱線してないか?そろそろ真面目に考えないといけないと思うのだが…。」

 

謎のやり取りが続いて本題を忘れかけていたけど、忘れていいものじゃなかった!

とりあえず大渡に意見を求めるだけ無駄だって事は分かったな。よし。

 

端部「えっと…大渡の言葉を借りる形になるんだけど…凶器について話すのはどう、かな…?」

 

宮壁「ああ、それでいいと思う。」

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

前木「一番凶器らしいのは美亜ちゃんの近くに落ちてたよね。」

 

難波「ああ、あのハンマーの事?血もついてたし。」

 

三笠「ふむ、凶器はあの近くに落ちていたハンマーで間違いないのか?」

 

端部「俺は…そうだと思っていたけど…。」

 

東城「篠田さんとボクがこの局面で嘘を言うと思っているのかな?間違いなく、☆部分的に一致していたよ。」

 

三笠「いや、お主達を疑ってなどはいない。」

 

安鐘「わたくしはそうだと思いますわ!あのハンマーは痛そうでしたし、あれを☆振り切れるだけの力があれば桜井さんを…殺す…事は、できたと思いますの。」

 

柳原「おれも、血がついていたなら間違いないと思います!」

 

 

 

 

 

▼[小ぶりのハンマー]→『振り切れるだけの力があれば』

宮壁「いや、そうとは限らないんだ。」

 

 

 

安鐘「宮壁さん?どういう事ですの?」

 

宮壁「あのハンマーは見た目よりずっと軽く作られているんだ。確か難波が持っていたはずだ。」

 

難波「ああ、ちゃんと全員には言ってなかったっけ。勝手に持ってみたんだけど、すげー軽かった。あれを振り下ろすくらいならそんなに力はいらないと思う。」

 

柳原「でも、難波さんは怪力ですし…案外そんなことないかもしれませんよ?」

 

難波「柳原に分かりやすく言うとアンタが持ち運ぼうとしていた倉庫のケースは比じゃないくらい軽い。」

 

柳原「じゃあすごく軽いんですね!」

 

難波「だからそう言ってるんだって…怪力とか言わないでくれる…?」

 

前木「あはは…。そういえば聞きたかったんだけど、三笠くんは何で凶器について納得していない感じだったの?」

 

三笠「いや、自分はさっきの東城達の発言が気になってな…。あのハンマーなら振り下ろすスピードにもよるかもしれぬが、1回で殺せるような気がする。わざわざ2回叩いた理由が分からなくてな。」

 

篠田「そうだな。最後…2回目につけられた傷はハンマーによるものだと断定できるのだが、1回目の傷と位置が被っているのもあって断定できなくてな、だから『歪』という言い方をしていたのだ。」

 

東城「うん。ここが特定できれば犯人像に近づくかもしれないね。」

 

前木「そもそも他に凶器になりそうなものってあるのかな?」

 

前木の言葉に裁判場に沈黙が広がる。そうだよな…他に血がついてたものなんてどこにも…。

 

…あれ?何かそれに当てはまりそうな物を見た事があるような…?

 

勝卯木「……凶器……可能性…ある。……見た。教室2。」

 

勝卯木の言葉で確信した。あれがもう1つの凶器なんだ…!

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[教室2の椅子]

宮壁「教室2に、脚部分に血の付いた椅子があった。これが凶器の可能性が高い。」

 

 

 

勝卯木「宮壁…発言……パクリ…。」

 

宮壁「え!?そんなつもりじゃなかったんだけど…ごめん。」

 

じゃあ勝卯木が明言すればよかったのに…とは言わないでおこう…。

 

大渡「あ?血の付いた椅子なんてあったか?」

 

端部「た、確かに…俺と大渡も教室2に入ったけど…そんな椅子はなかったよ。」

 

宮壁「椅子といってもたくさんついていたわけじゃなかったんだ。脚の溝の部分。ここに少しだけ残っていたんだ。」

 

難波「は?それで殴ったんなら普通もっとたくさん血がついてんじゃねーの?」

 

三笠「だが宮壁達がそれを凶器と予測しているなら血を取る方法も思いついているという事でよいのだな?よければ説明してほしい。」

 

宮壁「ああ、わかった。」

 

 

 

―論問論答 開始―

 

 

 

『Q1 血を取る方法は?』

 

A. 拭いた

B. 洗った

C. 舐めた

 

 

 

 

 

→ A

 

 

『Q2 拭くのに使った道具は?』

 

A.自身の服

B.雑巾

C.桜井の服

 

 

 

 

 

→ B

 

 

『Q3 雑巾はどこから調達した?』

 

A.自身の個室

B.教室1

C.教室2

 

 

 

 

 

→ C

 

 

 

 

『Q LASTこれを証明するコトダマは?』

 

 

 

 

 

→[なくなった雑巾]

宮壁「これで筋道が通る!」

 

 

 

宮壁「犯人は教室2のロッカーにある雑巾を使って血を拭いたはずだ。現にロッカーの中の雑巾がなくなっていた。しかも、椅子だけを拭いたわけではないはずだ。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[教室2の机]

宮壁「机もいくつか湿気ていた。これは犯人が桜井を椅子で殴った時に机に飛び散った血を、濡らした雑巾を使って拭いたからに違いない。」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

『反論』

▼[廊下の床]

難波「その推理で本当にいいわけ?」

 

 

 

宮壁「な、難波?」

 

難波「たしかに雑巾を濡らして使ったのは間違いないと思う。アタシの予想だとトイレで濡らしたんだろうね。だけどそれならこの廊下はどうして『教室1とトイレの間』が濡れてる事になんの?机も椅子も教室2にあるものでしょ?それなら普通は『教室2とトイレの間』が濡れるんじゃねーの?」

 

宮壁「そ、それは…!」

 

難波「それとも、教室1の中に濡らされたものでもあった?そもそも、美亜は教室1にいるのに血のついてる机や椅子が教室2にあるのがおかしくね?」

 

確かに難波の言う通りだ…。

でも待てよ、椅子を素早く桜井の頭上まで振り上げてそのまま振り下ろして殴ったならそこそこの力がいるはずだ。椅子が凶器だと分かれば犯人像が絞られてしまう。つまり、犯人は…。

 

 

 

A.桜井を動かした

B.机と椅子を動かした

C.ハンマーを移動させた

 

 

 

 

 

→ B

宮壁「犯人が机や椅子を動かしたのかもしれない。…桜井の近くに血の付いた椅子があれば、すぐに椅子が凶器だとバレてしまうから。」

 

 

 

難波「あー、なるほど。それならまあ納得はできるわ。」

 

前木「うーん、それだけでいいのかな?ちょっと疑問が残るんだよね。」

 

宮壁「疑問?教えてもらっていいか?」

 

前木「う、うん!」

 

とりあえず前木の疑問点を聞いてみよう…!

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

前木「確かに椅子は運ぶべきだとおもうんだけど、なんで机まで運ぶ必要があったのかな?大変だと思うんだよね。」

 

宮壁「確かに…3つくらいだったけど、運ぶのは椅子だけでもいいのか…。」

 

端部「もしかして、☆机も凶器だったとか…?」

 

三笠「いや、それはないんじゃないか?とは言っても証拠などは持っておらんがな…。」

 

潛手「ではではー、桜井さんが☆本当は教室2で殺されてしまった…というのはありますかーねー?」

 

篠田「それだと廊下の水が教室1に続いていた理由が分からないぞ…?」

 

潛手「そ、そこは潛手めかぶも分かりませーん!ううー、頭がぐちゃぐちゃでーすー!」

 

潛手の言う事は間違っている気がするけど篠田の言う廊下の水以外に、もっと確実な根拠はないのか…?

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

『支援』

▼[モノパオファイル1]→【本当は教室2で殺されてしまった】

牧野「ここは鋭い俺に任せなよ!」

 

 

 

前木「ま、牧野くんは、何か知ってるの?」

 

宮壁「ファイルがどうかしたのか?」

 

牧野「潛手ちゃんは桜井ちゃんが殺されたのは本当は教室2なんじゃないかって疑ってるんだよね。そうでもないと椅子や机を教室1から運ぶ理由がないから。」

 

潛手「そ、そうですー!」

 

牧野「大丈夫。説明はしてくれるはずだよ、モノパオがね。モノパオ、質問していいかな。」

 

端部「モノパオが、説明してくれるの…?」

 

モノパオ「すやすやすやぐーぐーすやすや…。」

 

牧野「…えっと、ふざけないでくれる?」

 

モノパオ「ハッ!何の用パオ!」

 

高堂「あんたも寝るんだ…。」

 

牧野「高堂ちゃんナイスツッコミ!さすが!」

 

高堂「ごめんだけどあんたもふざけないでくれる?」

 

牧野「コホン。…このモノパオファイルにある『場所は教室1』って、具体的に☆何の場所を説明しているのか教えてよ。」

 

モノパオ「質問じゃなくて命令になってるんだけど!?とまあそれは水に流してあげよう。えーっと?ああ、

それね!文字が足りなかったパオ!正確には☆殺害場所が教室1、パオ!」

 

…!足りなかったで済まされる問題じゃないぞ…!さっきまでの時間はなんだったんだ!

 

宮壁「よく思いついたな…。」

 

牧野「まあね。普通なら『発見場所』、とかそういう感じで書きそうだなーって思って。」

 

宮壁「それもそうだな。ひとまずこれで桜井の殺された場所は教室1.つまり教室1から椅子や机を運んだって事で合ってるんだ。」

 

前木「だとしたらどうして机を動かしたんだろう?」

 

宮壁「…もしかしたら犯人は教室2を細かく捜査されると思っていなかったからかもしれない。だから凶器ごと怪しいものは全て運んだとか…。廊下に水を落とした事にも気づいていなかった可能性もある。」

 

勝卯木「…違う。」

 

宮壁「え?」

 

勝卯木「…机、番号、ある…。教室1…1番から30番…教室2…31番から60番…。番号、違う…怪しまれる…セット、大事…。」

 

宮壁「そうだったのか!?何も言ってなかったじゃないか!」

 

勝卯木「議論、不必要…思った……。」

 

宮壁「ご、ごめん…。」

 

難波「はー、まあいろいろ分かってきたんじゃね?犯人は椅子を振り上げられる人って事でしょ?」

 

宮壁「そうだな。それなら柳原は犯人じゃないだろう。その…何人かは知ってると思うが、柳原はかなり非力だ。」

 

東城「そういえばそうだったね。まあ椅子が持ち上げられるかどうかは不明だしまだ犯人候補から外すには早いと思うけれど。」

 

宮壁「…別にすぐに疑うのをやめろとは言ってない。」

 

安鐘「あの…次はわたくしから質問をさせていただきたいのですわ。よろしいでしょうか?」

 

宮壁「ああ。なんだ?」

 

安鐘「犯人さんは雑巾をどこで処分したんですの?雑巾を洗う手間がなかったからロッカーからなくなっているんでしょうし、そうであればどこかに捨てたはずですわ!」

 

たしかに…次はそれについて話してみよう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

安鐘「雑巾をどこで処分したのか…☆教室1にはありませんでしたわよ!」

 

柳原「お、おれも見てないです!」

 

難波「☆倉庫に雑巾はあった気がするけど…別に濡れてはなかった。」

 

東城「もし血なんてついた雑巾があれば見落とす事はないだろうね。」

 

潛手「食堂あたりも見ましたが―…特に変わったものはありませんでしーたー!」

 

端部「個室が並んでるところは見たけど…どこにも、落ちてなかったよ…。」

 

三笠「…☆トイレじゃないか?」

 

…!きっとあの人の発言で間違いない!

 

 

 

 

 

▼[詰まったトイレ]→【トイレ】

宮壁「それに賛成する!」

 

 

 

宮壁「三笠の言う通り、俺もトイレだと思う。」

 

難波「トイレに落ちてたの?」

 

宮壁「男子トイレのうち1つが詰まって使えなくなっていたらしいんだ。」

 

三笠「このタイミングで詰まったとしたなら、もしかしたらと思ったが…合っていたようだな。」

 

高堂「詰まってたトイレって、どっちだったの?」

 

三笠「…男子トイレだったな。そこから考えるなら犯人は男という事になる。」

 

高堂「水を廊下にこぼしてる事にも気づかないほど焦ってたなら思わず自分の性別の方に行ってもおかしくないよね…もちろん、断定はできないだろうけど。」

 

三笠「いや…女子が椅子を凶器にするのもおかしな話だ。」

 

柳原「あ、でも難波さんならできそうですよ!怪力だったんです!」

 

難波「分かった、柳原、容疑者に入れてくれていいから怪力はやめろ。」

 

柳原「はい!力持ちなんです!」

 

難波「…うん、ありがと。…それはともかく、じゃあなんで犯人はハンマーも凶器にしてんの?用意する意味あった?」

 

宮壁「可能性があるとすれば…。」

 

『Q ハンマーを使った理由は?複数選べ。』

 

A.凶器を誤認させるため

B.使いたくなったから

C.ハンマーが軽いから

 

 

 

 

 

→ A,C

宮壁「これだ!」

 

 

 

難波「凶器の誤認…じゃあやっぱり椅子だとバレたくなかったからって事か。」

 

宮壁「ついでに言ってしまうとハンマーは誰にでも持てそうな重さだ。それなら全員に扱えるからより犯人像を広げられると思ったのかもしれない。」

 

東城「つまり現段階で犯人は力のある男という事になるよね。ここから外れる可能性があるのは今のところ柳原くんくらいか。まだまだ絞り切れないね。ここで聞いたところで皆非力だと答えそうだけれど。」

 

篠田「ところで東城、あの凶器…ハンマーは倉庫にあったもので間違いないのだな?」

 

東城「そうだよ。それを聞くという事はいよいよ入手方法について推理するという事だね。ボクも気になっているから早く解き明かしてほしいね。」

 

端部「と、東城も考えたらいいんじゃないかな…?その、東城が作ったんだし、一番詳しいと思うんだけど…。」

 

東城「ボクは明らかになった事以外を考察するのは苦手だから、そこは皆に任せるというのはダメな事かな?役に立てそうにない人が余計な口を挟むのはよくない事だと思うね。」

 

三笠「こ、ここまでくると清々しいな。」

 

東城「ちなみに昨日は棒を貸したり誰かの付き添いに行ったりはしていないよ。昨日モノパオから悪魔についての情報をもらう前に倉庫を確認した時は中の物で減ったものはなかった。つまり犯人は間違いなく昨日の夕食後に装置を解除してハンマーを手に入れたんだ。」

 

高堂「あのうるさいアラームとかは鳴らなかったの?犯人が装置を解除したとは言い切れないし。」

 

東城「いいや、聞こえていないね。寝てしまったけれど流石にあの音量なら起きるから。」

 

高堂「じゃあやっぱり犯人は装置を解除したんだ。でもどうやって…?そもそもあたしは装置の仕組みもよくわかってないんだけど。」

 

宮壁「そこについて話してみよう。何か糸口が見つかるかもしれない。」

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

高堂「装置はあのアラームだけじゃないの?」

 

潛手「なーんだかー、☆トゲトゲが飛んでくるらしいでーすよー!」

 

端部「後は…☆上から刃のついた板みたいなのも落ちてくるようになってた、気がする…。」

 

難波「ぶ、物騒…それで死んだら殺人になるくね?」

 

東城「それほど大きな危害は与えないよ。せいぜい痛みでしばらく動く事が億劫になるくらいだから。」

 

勝卯木「…奥…☆針、飛び出す…?」

 

そういえばあいつは解除方法を知らなかったんだったな。ここで指摘させてもらおう。

 

 

 

 

 

▼[装置の仕組み]→【針、飛び出す】

宮壁「勝卯木、それは違うんだ。」

 

 

 

勝卯木「針、奥……あった…。」

 

宮壁「ああ。だけどあの針が飛んでくるわけじゃないんだ。あれは、装置を解除させるための針なんだよ。そこを押すと30秒間だけ装置が作動しなくなるんだ。」

 

高堂「つまり、その30秒間で中の物を取る事ができるって事か。短いけど。」

 

篠田「待て。あの針は壁の奥にあったが…どうやって押すのだ?」

 

東城「ボクの部屋に長い棒を用意してあってね。それで針を押す事ができるんだ。宮壁くん、前木さん、安鐘さんの3人には最初に説明していたから3人は棒がボクの部屋にある事を知っているけれど、他の人達には言っていなかったね。」

 

牧野「なんでその3人なの?」

 

東城「…今言う事じゃない。ボクは確証を得ていない事は言わないようにしているんだ。」

 

牧野「…ふーん?」

 

空気が悪くなってしまった。たしかに東城の目的や人選も気になるけど、今はそれについて話している場合じゃんないはずだ…!

ひとまず皆の話を聞いて、誰かの話から話題を広げられないかを慎重に見極めていこう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

牧野「まあそれはまた今度でいいや。じゃあその☆3人以外に解除方法を知ってる人はいないんだよね?」

 

東城「そういう事になるね。」

 

牧野「それで、犯人は男なんだよね。」

 

前木「今までの議論だとそうなってるね。」

 

安鐘「じゃあ犯人は宮壁さんという事ですの!?」

 

宮壁「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

篠田「いや、東城も入るだろう。装置を作った本人も知っているのだから。」

 

牧野「そう!これで☆その2人にしか装置は解除できないって事になるよね!」

 

俺が犯人じゃない事は俺が1番分かってる。東城がどうなのかは分からないけど、ここは反論させてもらう!

 

 

 

 

 

 

▼[装置の解除について]→【その2人にしか装置は解除できない】

宮壁「それは違う!」

 

 

 

牧野「あれ、そうなの?」

 

宮壁「その3人以外でも、東城に頼めば同行してもらって装置を解除してもらう事ができるんだ。」

 

牧野「えーっと、でも俺はそんな事も知らなかったわけだし…今ここで聞いたところで怪しまれるから誰も名乗り出ないんじゃないかな?」

 

宮壁「そこは東城に聞けば分かるはずだ。」

 

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[装置を解除したメンバー]

宮壁「現に東城はメモをしている。それによると端部、三笠、潛手は1度東城に同行してもらって装置を解除してもらってる。だから解除の方法だって知ってるんだ。」

 

牧野「えー!そんなの知らなかったから変な推理しちゃったじゃん!」

 

東城「あ、あと安鐘さんも棒を借りに来ているけれど、この4人は何を持って行ったのか確認したし、使い終わったら回収して戻しているからさっきも言った通り、犯人はボクの手を借りずに装置を解除している事になるよ。」

 

大渡「…そこの白衣チビ野郎が犯人の殺人に加担してなけりゃの話だろ、んなもん。」

 

東城「あれ?大渡くんは知らないのかな?ボクは絶対にコロシアイには反対…」

 

難波「脱線しない。2人ともすみっこで言い合ってくんね?」

 

前木「つ、つまり、今犯人候補になってるのは宮壁くん、東城くん、三笠くん、端部くんなんだよね。…あ!これで柳原くんは犯人から外れたって事かな!?」

 

柳原「え!そうなんですか!?やったー!」

 

心底嬉しそうな顔をして柳原は万歳をした。

 

高堂「き、聞いてなかったの…?」

 

柳原「聞いてたけどよく分からなかったんです!」

 

宮壁「そ、そうか。えっと、大渡も知らなかったんだろ?」

 

大渡「…どうだかな、自己申請の意見が参考になるとは思えねぇが。」

 

こ、こいつ…!せっかく容疑が晴れるところなのにそんな事言いやがって…!

 

三笠「ふむ…犯人の動きも犯人も絞れてきたが、なかなか断定とはいかないものだな。」

 

東城「ここでボクが犯人じゃない事を示させてもらうね。」

 

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[黒い欠片]

東城「これだよ。」

 

 

 

安鐘「それは一体…なんですの?」

 

東城「装置の針の先についていた物体だよ。何かは分からないからそこには触れないけれど、これが針の先についていたのは宮壁くんたちも見ていたから分かるよね?」

 

宮壁「あ、ああ。…!そうか!」

 

前木「え、どういう事?どうしてそれが東城くんの無罪を証明する事になるの?」

 

宮壁「東城は針を押すための棒を持ってる。その棒で針を押したところで針には何もつかない。」

 

前木「あ!そっか!あの変な物がついてるって事は、犯人が棒以外の物を使って装置を解除した事になるんだもんね!」

 

東城「これで犯人は3人に絞られたね。」

 

端部「その…針についてたものって、何か分かるの…?」

 

東城「ボクは知らない。」

 

潛手「潛手めかぶもー見たことないでーすねー…。」

 

難波「分かんねー事いつまでも考えても仕方ないじゃん?別の事も話し合ってみねーの?」

 

篠田「別の事…?」

 

難波「『犯人がハンマーを取りに行ったタイミング』。これが分かれば犯人の狙いとかはもっと分かるようになるんじゃね?」

 

宮壁「確かに…。」

 

ハンマーをいつ手に入れたのか…桜井と犯人の間で何が起きたのかが掴めるかもしれない…!

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

三笠「自分は、☆椅子の血を拭いた後だと思っていたが…どうなのだろうな…。」

 

高堂「普通に考えて☆椅子で殴った直後だと思うけど…。」

 

牧野「それか椅子で殴って血を拭いて移動させてハンマーをゲットして殴ったとか?」

 

篠田「しかし犯人は慌てていたのだろう?その中で装置を解除する方法を思いつくとは考えにくいと思うのだが。」

 

潛手「や、ややこしいでーすねー…犯人さんはいつハンマーをもらったんでしょーかー?」

 

難波「もらった訳ではないと思うけど…。」

 

俺も正しいタイミングは分からないけれど…少なくともあの時ではないはずだ…。

 

 

 

 

 

▼[勝卯木の証言]→【椅子で殴った直後】

宮壁「それは違うと思うな…。」

 

 

 

高堂「ええっと、理由を聞いてもいい?」

 

宮壁「ああ。モノパオファイルによると桜井が死んだのは23時だ。その後で装置のある場所…倉庫に向かったなら勝卯木と遭遇する事になるからな。」

 

高堂「え、なんで蘭ちゃんが外に出てるの?」

 

勝卯木「……食堂…水……飲む…。」

 

高堂「そ、そうなんだ…でも夜は危ないからできれば出歩かない方がいいと思うよ?」

 

勝卯木は高堂の言葉にうなずいた。もし犯人と遭遇していたら、危ないところだったかもしれないのに…。

 

三笠「勝卯木が食堂から戻ったのはいつ頃なんだ?」

 

勝卯木「11時8分45秒。」

 

三笠「詳しいな…。」

 

宮壁「俺は犯行の前だと思う。」

 

牧野「前?どういう事?犯人は桜井ちゃんを殺した事に対して慌てていると思ってたけど。もし犯行の前にハンマーを手に入れたのだとしたらこの事件は計画的に行われたって事にならない?それならそもそも椅子で殴る必要ないよね?」

 

宮壁「そうなんだ。だから、これは俺の想像になるんだけど、犯人はハンマーを凶器として手に入れた訳ではないのかもしれない。」

 

牧野「凶器以外の方法でハンマー…でもあのハンマーはとげもついてたし、部屋には工具セットもあるから工具として…って訳でもなさそうだけど。他にあるとすれば…武器?」

 

潛手「きょ、凶器と武器ってなにが違うんでーすかー…?」

 

篠田「犯人は…桜井を殺すつもりでハンマーを取ったのではなく、自分の身を守るために隠し持っておこうとしたのではないか?凶器と武器の違いはそこだろう。」

 

潛手「え、ええっとー…?どうして急に…?」

 

高堂「そのきっかけを与えたのがあの悪魔と裏切り者の情報だった…そういう事になるのかな。モノパオが変な事を言ったせいで…。」

 

東城「いや、おかしいよ。」

 

宮壁「何がおかしいんだ?」

 

東城「ボクは1日に2回は倉庫の確認をしている。ハンマーを手に入れたところでボクがすぐに物の不足に気づくからずっと持っておく事は出来ないよ。」

 

牧野「そんな先の事まで考えられない人もいる、この状況ならそうなってもおかしくないよ。それだけの話でしょ。」

 

東城「うーん、理解できないね。」

 

東城はそうつぶやくと再び証言台にもたれかかった。すっかり興味もなくなったみたいだ…。

いろいろ分かってきたけど、俺の容疑はまだ晴れないな…。どうにかしたいけど今疑われている三笠、端部、俺は全員針を押せば装置が解除出来る事も知っているし力もある程度はある。ここまでの条件には当てはまってしまっている。

やっぱりあの黒い欠片がなんなのかを突き止めるしかないみたいだ。

 

端部「針を押すにしても…東城の棒以外で、針を押せるものなんてない気がするけど…。」

 

三笠「ああ、ここで証明はできないが自分の部屋にあそこまで届く『長い物』はなかったのだ。」

 

大渡「…長くなくてもいいだろ。」

 

宮壁「え?」

 

大渡「要は『針まで届けばいい』んだろ?なら…投げりゃいいんじゃねえのか。」

 

難波「は?あの針狙うのは結構むずくね?」

 

大渡「…あ?あれも狙えねぇのか?」

 

宮壁「そういえば大渡は無駄にコントロールがよかったな…。」

 

食堂で札を投げつけられた事を思い出す。

 

難波「ふーん?大渡は投げられるんだ?」

 

大渡「ここで俺を疑う奴はとんだ馬鹿だ。そもそも俺は装置の開け方なんざなんも知らねぇ。その3人の中に『そういう事に長けている奴』がいるんじゃねぇのかっつってんだよ。」

 

吐き捨てるようにそこから大渡は何も言わなくなった。

だけど、これでやっと分かった気がする。犯人が誰なのか。

 

宮壁「投げられる物があって、黒い部分がある、ゴムのようなもの。」

 

俺は今朝、それを見た。違和感を覚えたのに、どうして今まで思い出さなかったのか。

 

宮壁「サッカーボールだ。」

 

高堂「さ、サッカーボールって…じゃあ、犯人は…。」

 

皆の目が一斉に端部にいく。端部は困惑したように周りをちらちらとみている。

 

端部「ま、待ってよ、サッカーボールは倉庫にたくさんあるから、誰だって使えるよ…?」

 

宮壁「じゃあ、犯人は倉庫にあったサッカーボールを針に投げたって事か?」

 

端部「そうじゃないの…?お、俺は、知らない、し…。」

 

難波「東城、あの倉庫に穴の開いたサッカーボールとかあったの?あと何個減ってたんだっけ?」

 

東城「なかったよ。ボールは昨日から1つ減っていたね。」

 

難波「じゃあその減ったボールが穴をあけるために使われたって事?」

 

東城「ボクに聞かれても分からないよ。」

 

宮壁「そもそも俺や三笠はサッカーボールで針を押そうとは思わない。端部はサッカー選手なんだから思いつくはずだし、針を狙えるだけの才能がある。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

端部「その推理は、防いでみせる…!」

 

宮壁「端部…。」

 

端部「それだけで、俺を犯人にするなんておかしいよ…!状況は三笠も宮壁も同じはずだよね…?俺は、認めない、よ…!」

 

確かに俺はそこだけで端部を怪しんでいる…。俺は犯人じゃないから俺視点では犯人は三笠か端部だ。

あとは俺の違和感を解消しなければならないはず。…指摘、しなければならない。

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

端部「サッカーボールを見つけて、俺しか使いそうな人がいないなんて、そんなの無茶苦茶だよ…!」

 

端部「それに、一度しかチャンスがないわけじゃない、よね…?得意じゃなくても、何度かやれば当てられるかもしれない…!」

 

端部「そもそも、サッカーボールに穴が開いたからってゴムが欠けて残るなんて聞いたことがないよ…!」

 

―発展―

 

宮壁「それは、『一般的なサッカーボール』だった場合だ。今回のボールは普通のじゃない。『モノパオ特製の印があるサッカーボール』。普通と変わった構造になっていてもおかしくないんだ。」

 

端部「そんなの、確かめようがないじゃないか、別の事も考えてみようよ…!」

 

宮壁「別の事はもう話終えたはずだ!それをふまえて俺はお前が怪しいと思ってる…!」

 

端部「そんなの、ただの憶測にすぎないよ…!」

 

さ、さすがにこのままだと無理がある。あの違和感の正体について何も触れられないから確かめようがない…。何か証拠はないのか?

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

『支援』

▼[コトダマなし]

勝卯木「……不明点……聞く…。」

 

 

 

宮壁「勝卯木?不明点を聞くってどういう事だ?」

 

勝卯木「ボール…材質……モノパオ…聞く。」

 

潛手「ほええ!答えてくれるんですーかー!?」

 

さっきまでこと切れたぬいぐるみのようになっていたモノパオが急に元気よく立ち上がった。

 

モノパオ「いぴぴのぴ!答えてしんぜよう…ずばり!ボクくん印のサッカーボールは1番外側以外はびっくりするくらいもろいゴムが使われているパオ!理由?経費削減だよっ!」

 

前木「ほ、本当に答えてる…蘭ちゃん、よく聞こうと思ったね!」

 

勝卯木「不明点、聞く。…これ…大事。」

 

前木「そうだけど私じゃ思いつかなかったよ…すごいね!」

 

勝卯木「…褒められた。」

 

いや流石に今はいちゃいちゃしないでくれ…。

 

牧野「…1番外、以外?」

 

…!これだ、俺の違和感の正体。そしてこれは、『俺と犯人しか詳しく知らない情報』だ。

 

宮壁「…端部、やっぱりお前が犯人だ。」

 

端部「な、なんで今の流れで、そうなるの…?」

 

宮壁「いくらモノパオの作ったサッカーボールでも、『すべてのボールがもろいわけじゃない』。」

 

高堂「あ、まさか…。」

 

三笠「…そういう、事か…。」

 

難波「…アタシ達で証拠を作ったって事じゃん、これ。」

 

牧野「潛手ちゃんも分かるんじゃないかな?君も見てるんだからさ…。」

 

潛手「ほわ?……あ、わ、分かってしまい、ましーたー…。」

 

潜手の哀しそうな顔を見て俺も確信してしまった。

この5人と、犯人と、俺と、…桜井でやった事は1つしかないんだ。

そして、これが分かればどんなボールが当てはまるのかも分かる。

 

 

 

♢閃きアナグラム 開始♢

 

『Q 犯人はどんなボールを使って装置を解除した?』

 

A.使っ

B.ール

C.たボ

D.何度か

 

 

 

 

 

→D,A,C,B…【何度か使ったボール】

宮壁「これが…俺の、答えだ。」

 

 

 

宮壁「皆でサッカーをした時に使ったボールは、ボロボロになっていた。針の先についていた欠片もボロボロだった。」

 

端部「…!」

 

宮壁「俺はあのボールを拭いたからよく知ってる。モノパオ特製のサッカーボールは作りが雑だから端部の練習やミニゲームでボロボロになっていたんだ。」

 

宮壁「…端部、どうして今日使っていたボールが新品だったんだ?」

 

俺の感じた違和感。

 

□□□

 

「あれ…?宮壁、1人はダメって言ってなかったっけ…?」

 

「ボクと篠田さんがいるよ。」

 

「なんか、変な距離感だね…。」

 

倉庫に行く途中でぴかぴかのサッカーボールを小脇に抱えた端部と大渡に会った。

 

(中略)

 

「とりあえず戻してきたらどうだ?さすがに裁判に持ち込むのは邪魔すぎると思う。」

 

篠田の言葉に端部は頷いた。うん、それがいいだろうな。

 

□□□

 

それは…ずっと同じボールを使っていた端部が今朝は綺麗なボールを使っていた事だった。

 

宮壁「お前は…俺が拭いたボールを『まだ数日は使える』って受け取っていたじゃないか。」

 

端部「あれはただの想像だよ!実際はそこまで長持ちしなかったんだ…!俺はボールを作った人じゃないんだ、どのくらいボールが使えるかなんて分からないから…!」

 

頭の隅であの時の景色が崩れていくのを感じていた。

 

宮壁「仮にそうだとしてもあのボールしか装置を解除するのに使えるボールはなかったはずだ。倉庫からサッカーボールは1つしか減っていない。新しく持って行ったボールは端部自身が今朝小脇に抱えて、お前の部屋に戻しに行ったじゃないか。」

 

俺が皆の思い出を壊している。それを理解しながら、俺は端部を追い詰めていく。

 

端部「そ、それは…。」

 

宮壁「その上俺はあのサッカーボールをお前の部屋から持ち出していない。あのボールを使えた人は1人しか…お前しかいないんだ。」

 

端部「……。」

 

端部はこんな状況じゃなければ声をかけたくなるくらい青ざめていて、震えていた。

その口から力強い反論の言葉は出てこなかった。

 

出てきてくれなかった。

 

端部「違う…違うんだ…。」

 

消え入りそうな声がしんと静まり返った裁判場に響く。

諦めともとれるような声。それでも生来の負けず嫌いからか、「ちがう」という言葉はずっと聞こえてきた。

 

そんなの、皆思ってる。

端部みたいな人が人殺しなんてするわけないじゃないか。何かの間違いだ。

そんな間違いであってほしい答えが正解になってしまった。

 

牧野「端部…君、最初は桜井ちゃんを殺すつもりなんてなかったんじゃない?」

 

端部「…え?」

 

牧野「自分に何かあった時の為にハンマーを用意するなんて、これから殺人を起こそうとする人がやる事じゃない。それに君の…犯行の、慌てっぷり。君にとって全てが想定外だったとしか思えない。」

 

端部「ちがう…。」

 

牧野「君は…桜井ちゃんを、頼りたかったんじゃないの?」

 

端部「違う…!」

 

端部は、泣いていた。涙をこぼしながら、それでも牧野の言葉をさっきよりも強く否定していた。

 

牧野「桜井ちゃんと何があったのかは分からない。だけど、悪魔とかの話を聞いた時の君に殺意は感じなかった。」

 

端部「違うって言ってるじゃないか!」

 

牧野「…嘘つくなよ。俺と散々一緒に話したくせに、嘘が通じると思ってんのかよ。」

 

端部「嘘なんて言ってない!」

 

牧野「…その反応はさ、図星って言ってるのと同じなんだよ…。メンタリストとか、そんな事以前に、友達舐めるんじゃねえよ。」

 

牧野も泣いていた。

3人でこの建物を探索してからまだ1週間も経ってないのに。もう、そんな事すらできないのか。

悔しさからか、怒りか、悲しみか、何も分からないままこぶしを握る。

 

宮壁「端部…お願いだ。」

 

俺の声に端部が顔をあげる。

 

宮壁「これから、俺達が考えた事件の流れを説明する。…それで反論がなければ…俺はお前に、認めてほしい。」

 

握りしめたこぶしの内側に爪が食い込む。端部を見据えて俺は…この判断を告げることにした。

 

 

 

 

 

―クライマックス推理―

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「そもそも犯人は殺人の為にハンマーを用意したわけではなかった。モノパオから裏切り者の存在を知った犯人は、桜井を筆頭に皆が結託し始める中で、自分の…おそらく護身用に凶器を携帯しておく事を考えたんだ。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「凶器を手に入れるためには東城の作った装置を解除する必要があるけど、犯人は一度別の用事で装置を解除してもらった事があったから解除方法を知っていた。解除の鍵となっている装置の針を、犯人の『特技』で押す事にしたんだ。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「犯人は針を狙ってサッカーボールを蹴った。針はそこまで小さくもないし、何より犯人にはその手段をとれるだけの才能があった。見事針を狙って装置を解除できた犯人は『誰にでも扱いやすそうな軽いハンマー』を手に入れた。そしてボールを回収してその場を去った。30秒という短い時間だったために、ボロいボールが欠けて針についてしまった事なんて気づかずに。この時に穴が開いてしまったから犯人は次の日の朝新しいボールを抱えていたんだ。練習を日課としていた犯人は急に練習をやめると怪しまれると思ったのかもしれない。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「ここからは犯人の犯行の流れについて説明する。犯人は夜に桜井を犯行現場である教室1に呼んだ。モノパオからの話を聞いた犯人は、思わず護身用の武器を手に入れるくらいに怯えていた。そこで夕食の時に感じた桜井の説得力を見込んだ犯人は、桜井に自分の不安を相談したかったのかもしれない。桜井は人間観察が好きだったし、犯人が自分に殺意を抱いていないと信じたからこそ犯人の呼びかけに応じたんだろうな。…だけど、事件は起きてしまった。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「その間何があったのか俺には分からないけれど、犯人は桜井を教室にあった椅子で殺害。その時まで殺人の準備を一切していなかった犯人は、椅子を振り上げられる人が犯人だと分かればすぐに犯人が絞られてしまう事に気づいた。だから犯人は『誰にでも起こせるような殺人に見せかける』事にしたんだろう。とりあえず椅子や机についた血を拭くために教室2にある掃除用具ロッカーに入っていた雑巾をトイレで濡らし、血をある程度拭いた後にそれらをトイレの便器に流す事で処分した。そのせいで廊下が濡れたり便器が詰まったりしたんだ。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「そして拭いた椅子を隣の教室2の方に移動した。凶器となった椅子の脚部分は溝も深い分、血痕を完全に拭く事ができなかったから捜査されないであろう場所に移そうとしたんだろう。犯人は教室1の椅子と教室2の椅子を入れ換えた。柳原がずらしてしまった机以外はこの時のずれだ。そして現場に戻った犯人は、凶器をハンマーにするためにもう一度同じ場所を殴った。そしてハンマーに血をつける事ができた犯人は桜井の近くにハンマーを置き、その場を後にした。この二度目の傷が最初の傷と重なっていたせいであのハンマーの形と一部が合わない歪な傷を作ったんだ。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「ここまで言えば分かるはずだ。椅子というある程度力のある人にしか扱えないものを凶器にし、ボロボロのボールを蹴って装置を解除するなんて手段をとる事ができた人は1人しかいない。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「…『超高校級のサッカー選手、端部翔梧』、お前が犯人だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮壁「……何か反論はあるか?」

 

 

俺の問いかけに犯人…端部は黙って首を横に振った。

 

 

 

端部「…ごめんなさい…。」

 

 

 

終わった。いや、終わってしまった。

 

達成感なんて微塵も感じない、俺に残されたのは真実を暴いた事に対する虚無感だった。

 

 

端部は桜井を殺して、俺達はこれから端部を殺す。

 

この裁判場にいるのは加害者だけだ。

 

 

その事実と、目の前で涙をこぼす端部に俺はどんな顔をしていいか分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

モノパオ「はいはーい!結論が出たみたいだね!それでは投票タイムに入ります!」

 

そんな空気をものともせずモノパオが元気よく言うと、全員の生徒手帳から音が鳴った。見ると『投票』というアイコンが増えている。

 

モノパオ「ふー、ギリギリこのシステムが間に合ってよかったよ!もう少し遅かったら皆で指さし投票になるところだったからね!という訳でアイコン開いたら皆の顔が映ってるよね?クロだと思う人の顔をタップして、投票しますか?っていう表示が出たら『はい』を押す!簡単でしょ!」

 

端部「…。」

 

俺の視線に気がついて何か言おうと口を開きかけたが、端部は黙って頷くだけだった。

端部の挙動の1つ1つが震えていた。俺は手帳を落としそうになりながらも、端部に投票した。

 

1度俯いてしまった顔をあげる事に耐えられず、俺は俯いたまま、裁判場には沈黙が広がった。

 

 

モノパオ「はい!ミンナの投票を確認しました!じゃあ答え合わせに入るよっ!はたして正解なるかーっ!?」

 

 

ガラガラという音に思わず顔をあげる。14枚のコインが投入され、奇妙な白黒のガチャガチャがひとりでに回っていた。しばらくして静止し、盛大なファンファーレとともに、サッカーの応援歌が流れ出した。

 

 

端部の顔がイラスト化されたようなアイコンが描かれた安っぽい玉が、俺達の目の前で輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 




次回で1章完結です。長い間お付き合いくださりありがとうございました!


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非日常編 3

これにて一章完結です。ありがとうございました!
オシオキタイトルのセンスの悪さは仕様です。
前回はりきったおかげで今回はスチルは少なめです。


ガチャガチャから出てきた玉を拾うとモノパオは嬉しそうに跳んだ。

 

「すごいすごいっ!あいつの作ったガチャガチャも正常に動いてるし、ばっちりだね!」

 

普段なら元気になれるはずのサッカーの応援歌が流れるこの場所に、笑顔を浮かべる人は1人もいなかった。

…目の前で小躍りしているモノパオを除いて。

 

「というわーけーでー!超高校級の漫画家、桜井美亜サンを殺したのは人畜無害そうな超高校級のサッカー選手、端部翔梧クンでした!見事、正解でーすっ!」

 

「たしかこの後処刑があったよね。始めようよ。」

 

「と、東城くん?何を言ってるの…?」

 

「それはボクの台詞だよ、前木さん。今後コロシアイが起きないようにするために対策を練らないといけない。こんなところに時間をかけている場合ではないと思うよ。」

 

東城の言い方に何かを察したのか、前木は少し語気を荒げる。

 

「だからって、そんな言い方ないよ!それじゃあ、まるで…」

 

「分かった。分かりやすく言おう。早く死んでほしい。」

 

東城のまっすぐな、曇りのない視線は、端部を捉えていた。

 

「おい。」

 

牧野が東城の前に出る。気づいたら俺もほぼ同時に東城の前に出ていた。

 

「東城、訂正しろ。そんな事言うのは間違ってる。」

 

「えっと…なんでボクが悪者になっているのか分からないけれど、桜井さんの前でも同じ事が言えるのかな。」

 

「…!」

 

「言える。」

 

俺がうろたえる中で牧野はハッキリと言った。

 

「理解できないな。」

 

「桜井ちゃんなら分かってくれる。俺はそう信じてる。それじゃあダメかな?」

 

「ダメだよ。君はメンタリストという才能で他人の事でも理解できると過信しているだけで、本当は自分の理想の感情を相手に押し付けているようにしか見えない。」

 

「…もうやめた。君と話したところで埒が明かない。」

 

牧野は不機嫌そうに言い捨てる。気味の悪い、微妙な空気が広がっていく。

 

「…東城の、言う通りだよ。俺が悪いんだから。」

 

「…端部さんー…。」

 

潛手が眉を下げる横で東城はきょとんとした顔を浮かべる。

 

「まさか犯罪者自身が肯定するとはね。そういう自覚があるならどうしてやったのか、尚更意味が分からないな。今となっては関係のない事だけれどね。」

 

何が関係ないだ。そう咎めたくなるのをこらえる。俺は知りたい。端部と桜井に何があったのか。端部も桜井も悪い人なんかじゃない、そう信じ切るために。

 

「端部、昨日の夜の事…教えてくれないか。」

 

「そんな事聞く意味ないよ、宮壁く」

 

「ある。」

 

東城を睨むと観念したのか、何も言わなくなった。

 

「話す事なんて…ないよ。俺が全部悪いから。桜井さんは何もしてない。」

 

「もー、端部クンったら物静かすぎてつまんないパオ!もっとべらべら言いたい事言えよーって感じだよねっ!」

 

「なんでここでアンタがしゃしゃり出てくるわけ?」

 

「学園長は全てを知る生き物パオ!端部クンに何があったのか、ばっちりボクくんの心と監視カメラに記憶してあげてるパオ!」

 

「え…。」

 

端部が焦ったようにモノパオの方を見る。

 

「あれれ?端部クン、そんなに目を泳がせてどうしたの?何かやましい事でもあったのかなっ?」

 

「べ、別に…ない、よ…。」

 

「じゃあ見せちゃうパオー!」

 

 

 

プツン。と音がしていつの間にか天井からぶら下がっていたモニターに映像が映し出される。

 

―――

 

教室だ。桜井と端部がいる。

桜井が、動いている。

本当に、ついさっきまで生きていたんだ。いまだに桜井がここにいない事が信じられない。

 

 

 

♢♢♢

 

…昔から、何かに名乗りをあげたり、人から注目されたりする事が苦手だった。

何かきっかけがある訳でもなく、ただ人より弱い俺はそういう人間なのだろう。

 

そんな俺が唯一得意だった事が、サッカーだ。

 

ボールを追いかけて、蹴る。シンプルな動きの中に込められたたくさんの技術と経験が勝敗を決める。夢中だった。

 

それでも、人気になれるかどうか、チームに選ばれるかどうかは本人の意思が必要だ。

 

「端部は全部優秀だし、その大きさを活かしてキーパーもいいんじゃね?」

 

好きなのもやりたいのも、キーパーではなかったけど……俺は皆の言う事に従った。

そもそもサッカーも親に薦められた事だし、たまたまうまくなって、普通の家なら反対されるようなスポーツ推薦すら親の方から薦めてくる始末だった。

もちろん嬉しい。俺に期待してくれているのも分かるし、俺が嫌なら好きな事をやればいいとも言ってくれた。

だけど、他にしたい事もないし…。

 

とにかく、俺は意志を貫く事がとてつもなく苦手だった。

 

 

そんな俺がコロシアイや悪魔の話を聞いてどう思ったかなんて、言わなくても分かると思う。

 

「はたべん!用事があるんだよね!不安そうだけど大丈夫―?」

 

「う、うん…実は、俺…倉庫から武器を取っちゃって…。」

 

「は、はたべん、まさか、誰かを…!?」

 

「ち、違うよ!そんな事考えてないし、俺にはできない…。だけど、悪魔も黒幕も裏切り者も、怖くて…皆の事を疑っているわけじゃないんだ、でも…。」

 

「…その武器、ずっと持っておくの?」

 

「そ、それは…。」

 

桜井さんの真剣な顔に、何も言えなかった。返そうと思って相談したけれど、いざそう言われると恐怖心が勝ちそうになる。

 

「返そう。しろゆまくんに頼んで、戻してもらおう。たぶん…それを持ってる間は、はたべんはずっと怖がっちゃうよ。関連するものはなるべく持っておかない方がいいよ。…大丈夫、はたべんは強いよ。絶対はたべんを襲う人はいないし、はたべんも襲わない。」

 

桜井さんが俺の手を掴んだ。

 

「はたべんは、美亜の事を信じてくれたんだもん。皆の事も信じられるよ。それに…」

 

そして、パッと両手をあげ、

 

「美亜も、はたべんの事信じてるよ!なんにも持ってないよ!」

 

そのままくるりと回って笑ってみせた。

 

「えへへ、はたべん、元気になったかな?美亜ねー、『説得には自信があるんだ』!編集者さんを説得するのも何回もやって………………………え?」

 

 

気づいた時には、桜井さんは動かなくなっていた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

…察してしまった。

桜井の失言。きっと本人にとっては失言でもなんでもなくて、端部をより元気づけるための言葉。

 

「いぴぴ!いやー、びっくりですなあ!まさかあの一瞬で『桜井さんが悪魔だと勘違い』しちゃうなんてね!変なところで頭が回る癖に肝心の犯行は穴だらけ…ざるもいいところだよねー!」

 

「端部…顔で、語らないでよ…。」

 

牧野は恐怖のどん底…いや、絶望のどん底にいるような表情を浮かべた。

彼にはきっと、俺達の何倍もの情報が入っている。牧野はそのまま目をつぶって下を向いた。

なんて声をかけたらいいのか分からない。

 

仮に桜井が本当に悪魔だったなら、俺達は裁判も行わずに今頃外に出られていた。

端部のした事は間違っていた。でもそれは結果論だ。

端部が俺達の為にやったかどうかは分からない、本人は教えてくれないだろう。

 

「端部さんー…桜井さんー…。」

 

潜手や前木のすすり泣く声が聞こえる。

 

「ちょっとちょっと!端部クンもミンナも、ここで終わったと思ってない?」

 

「…!待って、これ、時間が…。」

 

高堂が震える指で画面の右下を指さす。

 

 

 

【PM10:30:12】

 

 

 

…は?

モノパオファイルには、『死亡推定時刻は23時頃』と書かれていた。22時半はまだ23時頃とは言わない。

 

俺の中に、おそらく端部の中にも嫌な予感が渦巻いた。

モニターに目が釘付けになる。

 

 

―――

 

焦ったように端部は周りを見渡すと推理の通りに血を拭き、教室を後にした。

 

「はた…べん…な…ん……で…。」

 

ずる、と手が動く。

 

「……だれ…か………たす…け…て…。」

 

ゆっくりと、桜井が顔をあげた。動くたびに血が床に広がっていく。

 

「……いや、だ……だ…れか…。」

 

桜井はそれを無視して廊下に向かって少しずつ這いずっていく。

 

「……おね………い……。」

 

だけど、途中で、止まった。

 

 

桜井が止まって数秒後、足音がした。

 

桜井は顔をあげる気力が残ってないのか、それでもわずかに足を横に動かす。

 

気づいて、助けて、と言わんばかりに。

 

帰ってきたのは他の人でも、助けでもなく、手にハンマーを携え恐怖に顔をひきつらせた端部だった。

 

そして、そのハンマーはそのまま……。

 

右下の表示は【PM11:00:08】だった。

 

 

―――

 

「うそだ…。」

 

端部が顔を真っ青にする横でモノパオがふんぞり返る。

 

「まったくもう、端部クンはせっかちすぎるよ!とどめを刺さずにちゃんと最初に殴っちゃった後に確認していれば『今頃桜井サンも立って歩いてた』のにねっ!」

 

「あ、あ…ごめん、なさ…俺…。」

 

目から光を消し、呆然と涙をこぼし続ける端部と、声がでない皆と、満足そうなモノパオ。

端部は唇を噛んでいるのか、床に涙と血が混ざったしずくが垂れていく。

 

これを地獄と呼ばずに、他のどこに地獄があるんだ。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…。」

 

俺よりも大きかった背中は、今では誰よりも縮こまっていた。

 

「全く桜井さんは悪くなかった。キミは勝手な勘違いにかられて『キミを信じてくれた人を殺した』。これで何のしがらみもなくキミを処刑台に送り込む事ができるよ。」

 

東城はそう言いながら青い顔を下に向けて震える端部に近づいていく。

 

「…。」

 

「そもそも、キミがただ勘違いしただけなら裁判で自白してくれたらいい話なんだ。それでもキミはその事を隠して、犯行を暴かれまいとしていた。その時点でキミは自分1人で生き残ろうとしていた。紛れもない犯罪者だよね。キミに同情する人がいるとしたらそれはおかしい話だ。」

 

「ごめん…なさい…。」

 

「ところでキミは謝ってばかりだけどどうしてほしいのかな?桜井さんは死んだ。ボク達にキミを許す権利はないのだから謝ったところで無駄だよね。」

 

何か続けようとした東城の声が止まる。難波が東城の肩を掴んで見た事がないほど強く睨んでいた。

 

「それ以上言うな。これは命令。アンタこそそこまで追い詰めて何がしたいわけ?」

 

「コロシアイを起こさせないためだよ。犯人になって暴かれた時どれだけ惨めな思いをするか分かれば殺人を犯そうと考える人はいなくなる、そう考えたんだ。そもそも…。」

 

今度は東城が難波の腕を掴む。

 

「犯罪者の癖に偉そうに語らないでもらえるかな、難波さん。」

 

「!…アタシは…!」

 

「えーっと、2人で騒いでるとこ悪いけど、そろそろ初めていいかな?ボクくん今日は早く休みたいパオ!」

 

モノパオの恐ろしい一言に嫌な汗が出る中、潛手が泣きながら叫ぶ。

 

「端部さんを殺すなんて、あんまりでーすー!潛手めかぶは嫌ですー!」

 

「じゃあ殺人犯と一緒に暮らしていくの?悪魔だと思われたら殺されちゃうよっ?こっわーい!よし!ではそろそろいっちゃいますか!」

 

「ごめんなさい…俺が…頼れば、よかったんだ…。もっと早くに、皆に相談したら良かったんだ…。」

 

「端部…待ってくれ、死ぬなよ…。」

 

俺がぐるぐる回る頭をどうにか抑えてかけた声も意味はなく、端部は謝罪の言葉を繰り返すだけだった。

 

「本当に…ごめんなさい…。」

 

「えっと…ではでは!勘違いとかいう馬鹿な理由で殺人に手を染めたどうしようもないおまぬけなサッカー選手、端部翔梧さんに!」

 

牧野が走って端部の腕を引っ張る。

 

「待てよ端部!俺は諦めてほしくない!」

 

「牧野…ごめん。」

 

「ぴったりのオシオキを用意してやりました!思う存分楽しんでねっ!」

 

「でも…死にたく…ないよ…。」

 

モノパオが何かのボタンを押した瞬間、端部が牧野を突き飛ばした。

 

「!?端部っ…。」

 

そして端部は、床に空いた穴に消えた。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

GAME OVER

 

ハタベくんがクロに決まりました。

  おしおきを開始します。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか裁判場が変形し、広く開けた先に端部がいた。

この場所はサッカースタジアムのつもりだろうか。相変わらず天井や壁は真っ暗で作りも稚拙だ。

 

 

盛大な応援歌が流れ、端部はサッカーゴールの前に立っている。

 

俺達の前に透明な壁のようなものが現れ、『観客席』というライトが点灯した。

 

11匹のゼッケンをつけたモノパオがそれぞれのポジションにつき、開始の合図が鳴り響いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【ライフキーパー  超高校級のサッカー選手 端部翔梧処刑執行】

 

 

 

端部の元に1匹のモノパオがシュートを仕掛ける…が、端部は持ち前の才能でボールをキャッチしていく。

 

モノパオはいくつものボールを蹴り、シュートの頻度がじわじわと上がっていく。

 

端部の額に汗が浮かび始める。

 

モノパオの人数も増えていく。

30匹を超えるモノパオがぐちゃぐちゃともみ合いながら、ポジションもルールもそっちのけで端部のいるゴールへとボールを蹴り続ける。

 

一部のモノパオはもみ合いの末に再起不能になり、その場にモノパオの残骸がバラバラと落ちていく。

チームワークもへったくそもないプレーだ。

 

そして、蹴られるボールはだんだんと黒くなっていった。

いつの間にかボールは爆弾になっていた。

 

火が付き始めた爆弾をモノパオが蹴っては端部が必死に返していく。

ボールは形を変え、とげのついたものや明らかに刃がむき出しになったもの。

 

端部の手にグローブはない。

 

端部の手や体が血だらけになる頃には、モノパオの集団がそれぞれに爆弾を抱え、端部の方に転がり込んできていた。

 

端部は避ける事に決めたようで横を向いた。

そして、端部自身で隠れて見えなくなっていたゴールの中に、桜井の遺影がポツンとあるのを見つけてしまった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

気を取られた端部は、火だるまと化したモノパオの集団に巻き込まれた。

 

 

 

地響きのするほどの衝撃をもった爆発音。咄嗟に目をつぶる。

 

ひどすぎる悪臭に思わず目を開けると、真っ黒い塊がそこにあった。

俺達の前にある壁に、血と炭とガラクタがついている。

透明な壁のせいで宙に浮いているように見えた。

何かに向かって伸ばされた手の形をした物が唯一、端部がそこいいた事を証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

俺が我に返ると、いつの間にかサッカースタジアムは消え、さっきまで議論をしていた裁判場に戻っていた。

 

「わーい!オシオキ楽しい!サッカーはこんな感じでいいのかなっ?よく分かんないけど、これでゲームセットだね!」

 

試合が終わって疲れました、とでも言わんばかりにモノパオはタオルを肩にかけてスポーツドリンクを顔に向けている。向けているだけで飲んではいない。

 

 

 

 

端部が、死んだ。

 

 

 

 

…。

 

 

 

死んだ?

 

 

 

あの黒いかたまりが端部なのか?

あれは燃え尽きたゴールで、端部はまだ生きてるんじゃないか、…そう頭が誤解させようとしてくるけれど、燃え残った端部の服、焦げ付くような匂い、チリチリという音、体に伝わる全ての情報が、『これは現実だ』と突きつけてくる。

 

なんで端部はこんな殺され方をしたんだ。意味が分からない。

 

 

「うそだよ、ね?」

 

前木の目は見開かれ、恐怖のあまり涙を流していた。

 

「いやーっ、『ミンナのお望み通り』、無事に犯人はオシオキされました!これで安心してコロシアイ生活を続けられるね!おめでとうパオ!」

 

「こんな、こんなの…ひどすぎますわ…。」

 

安鐘もガタガタと震えていた。

 

「…おい。モノパオ、こんな悪趣味な事をして何が楽しい?私には到底理解できない。」

 

「何を楽しみにするかなんて人それぞれパオ。篠田サンごときに口出しされたくないもんねー!」

 

「殺されるのも納得がいかないというのに、こんな無残に殺される理由がどこにあった…!」

 

怒りを露わにする三笠にモノパオは気持ち悪い笑い声をあげる。

 

「いぴぴ、いぴぴぴぴぴ!こうしろって言われたんだから仕方ないパオ!それに、ちょっとおもしろく死んでもらった方がゲームをクリアしたみたいな達成感が出るでしょ?」

 

「ふざけるな…!」

 

三笠はそう吐き捨てる。こんなに感情を表に出すのは珍しい気がする。無理もない事だ。

俺も病気になったんじゃないかというくらい気分が悪い。

 

「チッ、キモ二色象。アイツは本当に死んだんだろうな?」

 

「そのあだ名は失礼だよ大渡クン…。うん、そりゃあもうばっちり死んだよっ!ここまで運んできて確かめてみる?」

 

「黙れ。」

 

 

「ひどいな。あれはちょっとかわいそうだよ。」

 

しんと静まりかえった中、モノパオに向かって文句を言ったのは東城だった。

 

「…ねえ、東城、さっき端部を追い詰めたのはあんただよ?今更どうしてかわいそうなんて…」

 

 

 

「何にも使えない死に方をしたからね。文句くらいは言ってもいいと思ったんだ。」

 

 

 

………は?

 

「と、東城くん…どういう事?」

 

「実験だよ。」

 

……は、こいつは、何を言ってるんだ…?

 

「ど、どういうことでーすかー…?冗談です…よねー…?」

 

「今は別に冗談を言う場面ではないよね?ボクは処刑の後にあそこで死んだ人の体を何らかの形で保存して使う事で何かいい薬でも作れないか試そうと思っていてね。あれほど爆破されたらどうしようもない。残念だけれど仕方ないから諦めるしか」

 

 

バシッ!!!

裁判場に大きな音が響き渡る。

 

「あなた…人として間違っていますわよ。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

東城の頬を叩いたのは安鐘だった。いつもの柔和な笑顔からは想像もできないような厳しい顔で東城を見下ろしている。涙を必死にこらえながら、東城を睨みつけていた。

 

「安鐘さん、人を叩くのは悪い事だよ。」

 

「知っています。けれど、あなたは叩かれるのに十分な事をしましたから。」

 

「何かしたかな。」

 

「仲間の侮辱。死んだ方への非人道的な発言。今なら取り消す事もできますわよ、訂正なさってください。」

 

「何を言っているのかな?仲間を、桜井さんを殺したのはアイツだよね。ボクは誰にも何もしていない。」

 

東城は本当に心当たりがないのかきょとんとしている。

安鐘は一息おくと、怒鳴った。

 

「あなたは今までがんばっていましたわ!努力もして、素晴らしい人だと思っていました!ですが!桜井さんだけでなく、端部さんもわたくし達の仲間です!たとえ勘違いをして桜井さんを殺したとしても、わたくし達の事を犠牲にして外に出ようと裁判台に立っていたとしても!」

 

「端部さんを頼らせてあげられなかった、頼っていいと言えなかったわたくし達にも、責任はあるのです!」

 

ハッとした顔で何人かが目を見開く。それは俺も同じだった。

 

「そうだ…そうなんだ、東城。お前は確かに、装置を作ったり喚起をしたりがんばっていた。それはすごい事だし、俺達もありがたいと思ってる。だけど、それだけじゃあダメなんだ。俺達が皆で協力していかなくちゃダメなんだよ。俺達が、信頼し合わないといけないんだ。」

 

「……そっか。モノパオ。」

 

「すっかり空気と化していたボクくんに声をかけてくれるなんて東城クンはぼっちにも優しいんだね!発言は優しさのかけらもないみたいだけど!…で、何の用かな?」

 

「『次は』使える状態にしてね。」

 

……こいつ!

 

「東城さん、あなたっ!」

 

「ボクが努力しても現状は厳しいみたいだ。それならここにない薬でも合成してしまう方がずっと有意義だよ。コロシアイはこれからも起こさないように注意するけれど、死体を予約するくらいは当然の権利だ。」

 

「東城…お主は、これからもコロシアイが起きると思っておるという事か?」

 

「そうだよ。」

 

「あんた…いい加減にしなよ。」

 

「じゃあ高堂さんはコロシアイを止めるために何かしたのかな。」

 

「!そ、それは…。」

 

「高堂さんだけじゃない。皆そうだよ、キミ達はふらふらと何をしていたの?サッカー?お茶会?それらに何の効果があったのか教えてほしいな。効果があったというなら素直に引き下がるけど、結論そんなものは一切なかったよね。現に今回死んだのはサッカーをしていた人達じゃないか。コロシアイを止める対策も考えないキミ達にどうしてボクが文句を言われなければならなかったのか分からないよ。そもそも…」

 

「宮壁くん、君が犯人を決定できたのはボクが装置を作っていたからじゃないか。」

 

…そうだ。東城が装置の奥に凶器をしまわなければ凶器は誰にでもとる事ができた。装置がなければ俺か三笠か端部か、犯人の決定的証拠はないままだった事になる。

 

「ご、ごめん…。」

 

「何に謝っているのか分からないけれど、キミ達はコロシアイを止めるための行動も起こさなければ捜査の手掛かりすらボク頼りだ。何がしたいのか分からない。」

 

「…東城、俺は…。」

 

「宮壁くんと話す事はないよ。じゃあね。」

 

そう言い残して東城は裁判場から帰っていった。いつの間にかモノパオも消えていた。

…俺は、この数日間何をしていたんだろう。

 

 

端部と楽しくサッカーをして、桜井と一緒におしゃべりして…。

 

何もしてない。注意していたはずなのに、俺はコロシアイなんて起きるはずがないと思うようになっていた。仲良しになっていく皆を見て、心の奥では安心しきっていたんだ。

 

俺が悪魔をしっかり見極めていこうと考えている内は、コロシアイとは無縁の時間をすごせると勝手に思っていたんだ。

 

裏切り者がいるのに俺はどうしてこんなに安心していたんだろうか。

 

 

「…ごめん。俺が1番、注意できたはずなのに。何もしてなくって。」

 

泣きはらした目でそうつぶやいたのは牧野だった。

 

「俺は最低な奴だ。…本当に、ごめんなさい。」

 

その目に光はなかった。踵を返して俺達から離れていく。

 

「ま、牧野!」

 

牧野の表情は素人にも分かるくらい負の感情に染まっていた。高堂が慌ててかけよる。

 

「牧野、あたしも何もしてなかったから、1人でそんな事言わないでよ。だから…」

 

「ついてこないで。」

 

「…!…ご、ごめん…。」

 

牧野は高堂を厳しく制すると、そのまま裁判場の出口に向かう。高堂を追い返すなんて…。

だけどエレベーターはまだ来なかった。

 

「あ、エレベーターがこないからお困り?そうだよねっ!捨て台詞吐いた癖にしばらく裁判場の後ろでエレベーター待ちとか、捨て台詞吐いた人達ミンナが同じエレベーターに乗って帰るとか、基本描写されないところってよく考えると恥ずかしすぎてやってられないもんね!かわいそうパオ!」

 

「うるさい。消えたんじゃなかったの。」

 

牧野の言葉はお構いなしでモノパオは続ける。

 

「そんな捨て台詞大好きっ子に朗報です!なんとこの裁判場のそこの通路!ここをまっすぐ行くと階段があるパオ!そこを進むと寄宿棟に戻れるから、活用するパオ!じゃ、まったねー!」

 

「…。」

 

モノパオが消え、牧野が歩き出したと同時に、三笠が俺達にすまん!と言って牧野の元に走っていった。

 

「…来るなって…。」

 

「今のお主に自分を振り払う力があるとは思えん。肩、貸してみろ。」

 

「…!…ありがと。」

 

 

「…みなさん、ごめんなさいね。わたくし、カッとなって、東城さんに失礼な事を言ってしまいましたわ…。頭を冷やしてきます。あと…わたくしも何もできず、申し訳ありませんでした。」

 

2人が通路の奥に消えると深々と一礼し、安鐘も微笑みを浮かべて出ていった。

彼女のひきつった笑みは、今声をかけてしまったら一瞬で崩れてしまうだろう。誰も声をかけられなかった。

 

 

ずっと悪魔さえ殺せばいいと思っていた。

でも、その悪魔はこの中にいる。

悪魔を探すには、『仲間』がいるんだ。

 

「安鐘のおかげで、俺は自分の本当にすべき事が見つかった。」

 

「すべき事?宮壁くん、どういう事?」

 

「信頼関係を築いていくしかない。悪魔や裏切り者が怖いのは皆同じだ。怖いけど、それ以上にもうここに来る事がないようにしないといけない。コロシアイだけは避けないといけない。裏切り者やモノパオの好きにはさせない。」

 

「うん。あたし達がする事って、それしかないよね。他にも何かできる事があればやっていくしかない。皆、頑張ろうね。」

 

高堂もやっと前向きな表情を見せ、周りは頷く。

 

 

 

 

「おれは無理です。」

 

 

 

「…え?」

 

見たこともないような真顔で、柳原は声を発した。

 

「今さっきの東城さんや、裁判の事を考えると、みなさんとはいられません。しんらい、なんて無理です。」

 

「柳原、どうして急に…。」

 

「急じゃないですよ。第一発見者で机がずれたくらいであんなに疑ってきたのはみなさんじゃないですか。もしかして、裁判が終わったら裁判であったことはみんな忘れると、おれが許したと思っていたんですか?」

 

皆、固まった。俺も、ほとんど忘れていた。確かに柳原は疑われていた。柳原は容疑が晴れた時に万歳をしていたから、『解決した事』だと思い込んでいた。

 

疑われた人にとっては、すぐに解決するような問題ではなかったのに。

 

「やっぱり、わすれてたんですよね。おれがよろこんだから、みなさんはおれのこと、『あつかいやすいこどもだ』っておもったんですよね。あやまらなくてもかってにわすれてくれるって、そうおもったんですよね。」

 

「ち、違う…!」

 

「…おれは怖いです。コロシアイも、疑われるのも、捜査も、裁判も、オシオキも、そして、その恐怖をすぐになかったことにするみなさんも。…だから、1人にさせてください。お願いします。」

 

「…柳原…ごめん、なさい…。」

 

高堂がすぐに頭を下げる。そんな高堂を見つめる柳原は、真顔のままだった。そのまま何も言わずに通路の方へと歩いて行った。

まずい。溝だらけになってしまう。俺は、俺の判断は、間違っていたって事か…?

 

「んー、アタシも帰るわ。しばらく離れてみる。」

 

「紫織ちゃん…!」

 

「琴奈、そんな心配しなくてもアタシは考えてみるだけだから。誰が敵で誰が味方か全く分かんない状況で、やみくもにお互いを信頼していくってのは…柳原には無理だろうし、正直アタシも無理。信頼できない奴がいるかと言われたらそういう訳じゃねーけど。自分でそれを志してもらうのは勝手だけど、それを全員の目標にするってのは全然違う問題になるって事よ。」

 

…!

 

「…悪い、引き留めて。皆も疲れてるだろうし…まだ夜寝るには早い時間だろうけど、朝からずっとがんばったから、休んで、また明日会おう。来られる人だけでいい。無理は言わない。」

 

「アンタもよ、宮壁。お疲れ様。皆の事引っ張ってくれてありがと。んじゃ、アタシは寝るわ。」

 

難波もヒールを鳴らしながら姿を消した。

 

…ありがと、か。俺は、皆の役に立てたんだろうか…。正しいクロを暴く事が、俺の1番の判断だったんだろうか。焦った時の俺は、学校に認められるような才能なんてほとんど役に立たない。頭をすっきりさせて、余分な私情を捨てて、それで初めて冷静で最適な判断が下せる。裁判で俺は…冷静だったのだろうか。

 

「……同意……帰る…。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

勝卯木も難波の後をついていった。

 

「み、宮壁さんー…。」

 

声と同時に後ろから肩をとんとんと叩かれる。潛手だ。

 

「疲れたーのでー、このーまま帰りまーすねー。…落ち込まないーでくださいーねー、宮壁さんー。きっと今日休めば皆さん元気もーりもり、でーすよー。」

 

「あ、ありがとう。…顔色悪いけど、大丈夫か?」

 

「それならば私が付き添おう。」

 

「私もお話するくらいならできるよ…!」

 

篠田と前木がそっと潛手の肩をもつ。

 

「やっほーい!…………。」

 

元気に返事をしたが、それは口だけやっぱり気分も悪そうだった。きっと無理をしている。

 

「2人とも…ありがとうございますー…宮壁さん達も、また明日でーすー…。」

 

とぼとぼと通路を歩いていく3人。

見送るようにしばらく通路の方を見ていると、潛手の大きく泣く声が聞こえた。

 

…コロシアイ。この裁判で俺達の関係は崩れてしまった。また初めからだ。今度は前よりも仲良くなるのがきっと数倍難しいのに。

 

一体モノパオの目的は何なんだ。こんな事をして、俺達の命と気持ちを弄んで、どうするつもりなんだ。

 

「…はぁ。」

 

ひとりでにため息が出る。

 

「協力なんて、あたしもできるか分からない。」

 

「高堂。」

 

「だけど、それくらいは言ってないと、希望なんて持てない。明日からの事すら何も考えられないのに。…あたしは信頼したい。だけど、今日だけは、あたしを奮い立たせるための口実にさせてほしい。前を向くための手段にさせてほしい。あたしは、強くないから。…ただの人間だから。」

 

「俺も、弱いよ。皆きっと強くない。精一杯自身にできる事をしようとがんばってるんだ。…この判断が最初からできていればよかったんだけどな。」

 

高堂は頷くとそのまま通路の方に歩いていく。去り際にふと振り返った。

 

「…じゃあ、また明日。宮壁、大渡。」

 

その言葉に大渡がまだいた事を思い出す。

 

「大渡!お前、なんで…。」

 

「うるせぇ。……気になる事があるだけだ。」

 

「気になる事?」

 

「貴様に相談することじゃねぇ。」

 

「…お前だけは相変わらずだな。…でも、今はそれが少し安心できる。」

 

「…気色悪ぃ。」

 

凄い目だ。全力で俺の存在を拒もうとする目。やっぱりこいつで安心なんてしたくないな。

 

「…前言撤回。」

 

「最初から言うな。」

 

俺とこいつの目的は違うと思うけど二人きりになってしまった。全く遺憾だな。

 

「チッ……なぜ貴様なんだ。」

 

それはこっちの台詞だ。まあ、俺はさっさと自分の用事を済ませるとしよう。

 

 

用事、というよりは………弔い、に近い物なのだけど。

 

 

「………」

 

無言で狭い通路を通る。たまにしかないぼんやりとしたライトに照らされた無機質なコンクリートの道を道なりに進んでいく。疲れ切って、何も考えが浮かばなかった。

 

階段を上ると自動ドアになっていたようでゆっくりと扉が開く。

 

「ここ…玄関ホールだ。」

 

玄関ホールにあった謎の扉。そこから出てきていた。

そうか。裁判場は地下にあった。ここにつながっていたのか。

ふと見ると横のクリアケースに何かが入っている。

 

「生徒手帳だ。」

 

「…なるほどな。脱落した奴等の生徒手帳を入れる為の物だったって事か。」

 

明日集まれる人だけで集合するだろうしそこでこの話を聞いてみよう。エレベーターを使った奴もいる。明日も東城と普通に会話ができるとは思えないし、しばらく会いたくないけれど…共有するのは大事だ。きっと信頼を築くための手段になる。

 

生徒手帳を起動させ、2人の名前を確認するとそっと戻し、俺は目的の場所に向かう事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「………」

 

ずっと嫌な予感はしていたがここまでくると当たりのようだ。二人並んで桜井の個室の扉の前に立つ。

 

「何の用なんだ、大渡は。」

 

「貴様が先に答えろ。」

 

その質問は無視して扉を開ける。

…インクや紙の匂いが鼻につく。そこら中に本や紙が重なっているが、何より目をひいたのは、壁一面に貼られたメモだった。

一面にあるメモの中に、何枚か色が塗ってある。思わず、近づいてみると。

 

「これ…。」

 

難波の事が描かれていた。知らない制服を着て、横には怪盗らしい服を着た姿もある。まさかと思って周りのメモを見ると他の皆それぞれにも漫画であろう設定の描かれたものがあった。よく見ると俺のものもある。

 

『名前未定

・若手裁判員

・優しいお兄ちゃんポジ

・とっても頼りになる!

・サポート枠』

 

そう書かれていた。

 

「…ははっ、どこにも書いてないじゃないか。ドSとか、地味なんて。」

 

胸が痛い。

このメモの下の方には桜井のマンガのマスコットキャラの絵が印刷されていた。桜井がいつも持ち歩いていたメモだった。周りには他の皆についてのメモもある。

そのまま見ていると、ピンクの付箋の貼られた大きめの紙が一枚、机の上に広がっている事に気づく。

 

 

全員が、今さっきメモで見た制服を着た皆が笑顔で駆け出している絵だった。

 

 

前木、難波、東城、大渡、勝卯木、潜手、三笠、安鐘、牧野、高堂、端部、柳原、篠田、…俺。

14人だ。

…桜井は、いない。

 

作者だからか?

桜井は俺達を『ネタになりそうな人』と言っていた。

そこにきっと、桜井自身は入れていなかったのだろう。

 

「いたって…いいじゃないか、お前みたいなやつが一番、物語を明るくしてくれるんじゃないのかよ…。」

 

桜井の絵の中で笑ってる俺達を見る。絵の中の端部は照れているのか、困ったように、けど嬉しそうにはにかんでいた。

皆幸せそうで、だからこそ。

胸が締め付けられたように苦しい。続く言葉が出てこない。

 

この思いを死んだ桜井に届けられるような語彙力なんて、俺は持っていないんだ。

 

「…い…、…ろ…」

 

遠くで大渡の声がする。何を言っているんだあいつは。そういえば、大渡は何をしにきたのだろうか。

 

「起きろ、何度呼ばせるんだ。今は仮眠とる時間じゃねぇ。」

 

…俺、寝かけてたのか。大渡に起こされるなんて、というより、起こしてくれる人だったんだな。がばりと起き上がると眉間に皺を寄せた大渡がこちらを睨んでいた。

 

「…貴様がメモに没頭するせいで何もできてねぇ。……あいつらは本当に死んだのか。」

 

「桜井と端部のことか…?いつまでそんなこと言ってるんだよ、…二人は…もう、死んだだろ。」

 

「察しの悪い奴だ。なぜこんな質問をするのか程度、少し考えれば分かるだろうが。その才能はお飾りか?ああ、お飾りだってサイコ研究野郎に言われてたな。」

 

本当大渡はいちいち癪に障る言い方をするな。あれは別に俺だけに向かって言われた事じゃない。お前も言われてるくせに。でもバカと言われるのは不愉快だから少し考えてみる。

 

「………幽霊関連の事か?」

 

「当たり前だ。…ここに来れば見えるかと思ったんだがな。」

 

大渡はだるそうに溜め息をつくと少し焦ったような口調で言った。

 

 

「…見えねぇ。二人とも。」

 

 

見えない?2人は幽霊になってないって事か?いや、未練がないってだけかも…。

 

「…悪霊じゃなきゃ見えない、なんてことはないのか?」

 

「貴様は舐めているのか。殺人が起きたときから違和感ではあった。だから貴様らの内誰か一人には言おうと思い、裁判の後最後まで残ってみたら貴様だった訳だ。」

 

「…俺で悪かったな。」

 

「ああ、悪い。最悪だ。反吐が出る。」

 

俺も出してやろうか。

 

「………あれ、つまり、見えないってことは、ずっと探してたのか?証拠になると思って…?」

 

幽霊が見えたら犯人に繋がるから?

そりゃあ大渡が犯人だったら意味がないけどもしそんな事ができれば裁判やそれ以外でもかなり役に立つはずだ。それを探ろうとしてくれるだけ意外といい奴なのかもしれない。

 

「死んだ場所には霊気…死んだ人間がいる気配がする事が大半だ。それすらも感じねぇから気味が悪いっつう話だ。…後、気色悪ぃ顔で見るな。急ににやつきやがって気持ち悪ぃ。」

 

「俺、お前とは一生友達になれない。」

 

「珍しいな。気味の悪ぃ事に、丁度同じ事を考えていた。」

 

にやりと口角だけをうっすら歪めた不敵な笑みをみせる。

 

 

………あれ、初めて笑ったんじゃないか?

 

 

「……アイツに散々言われたから朝食の時に顔は出す。うぜぇ起こし方は二度とするなよ。」

 

そう思ったのもつかの間、大渡はまた何時もの眉間にシワを寄せた無愛想な顔に戻っていた。

 

桜井、お前は…大渡を、少しではあるけれど、変えた。

 

偉いよ。すごいよ。かっこいいよ。

 

そう、本人に直接言えたら、どれだけ良かったか。

どれだけ、喜んでくれたのだろうか。

 

 

『そりゃそうだよー!美亜は強いもん!わたりんなんてへっちゃらなんだよ!』

 

 

横の机に向かってる桜井が俺の方を振り返り、そう返してくれた気がした。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

もう一通りいてもおかしくない場所は見た、と言って大渡は部屋に帰っていった。

1人で端部の部屋に入る。

 

この部屋にちゃんと入るのは3度目くらいだろうか。サッカーの準備と片付けの時、端部と話した時…そして今。

モノパオいわく今日の間は死んだ人の個室は開いているらしいが、明日からは入れなくなるらしい。

どことなくひんやりとした空気に、もうここに寝に帰る人はいないのだと思い知らされる。

 

……綺麗なサッカーボールの隣に、穴のあいたボロボロのサッカーボールが転がっていた。

紛れもなく、俺が磨いたやつだった。このボールを蹴る時、俺や皆の事は何も思い出さなかったのだろうか、そこで踏みとどまれなかったのか、なんてとんでもなく自己中心的な考えが頭をよぎる。

 

端部が桜井を殺したという事実に、まだ実感は湧いていない。

 

サッカーをしたのはついこの間で、端部とここで話したのなんてついさっきだ。確かに端部は生きていた。ここにいたのに。

 

端部だけじゃない、他の人の事を何も考えずに変に躍起になっていた自分がバカみたいだ。

…どうして頼ってくれなかったんだろうか。俺じゃダメな理由があったのか、俺には分からない。

 

信頼し合う、口ではそう言ったけど端部に信頼されなかった俺がそんな事を言ったところで誰がついてきてくれるんだ。頭を掻きむしりたくなるほどの頭痛にため息をつきながら…

 

…頭痛?なんでこんなに頭が痛いんだ?

そう自覚してから、あまりの痛さにうずくまる。痛い、なんでこんな、急に…。

 

「宮壁くん!」

 

誰かの声が聞こえる。

 

「おい、宮壁、大丈夫か…よし、私が運ぼう。前木は帰って大丈夫だ。」

 

「瞳ちゃんだけに任せられないよ!私も行く!」

 

「潛手めかぶもお手伝いするーですー!」

 

 

 

□□□

 

 

 

「お、気がついたか。」

 

目を開けると心配そうな篠田と前木と潛手の顔があった。

 

「ここは…保健室か。」

 

「端部さんの部屋に今日なら入れると聞いてー、潛手めかぶ達も、何かできないかなーと思ったのでーすー!そしたら、宮壁さんが倒れていてびっくりしたんですーよー!」

 

「そうなのか…ごめん。」

 

「謝らないで。宮壁くん。」

 

前木の真剣な顔に思わず口を閉じる。

 

「宮壁くんは、皆のためにがんばってくれたんだから、今度は私ががんばる番だもん。」

 

「がんばった…?俺はよかったのか?皆の役に立てたのか?」

 

「立ったよ。あの状態で、皆が生きる事は無理になってた。真実を暴けなかったら今頃ここにいるのは端部くんだけだった。それがいい事か悪い事か…そんなふうに決めちゃいけないけれど、宮壁くんががんばってくれたのは事実だから。…ありがとう。」

 

「ありがとうございましーたー!潛手めかぶは頭を使うのが苦手なのーでー、すごいでーす!」

 

「ああ、世話になった。ありがとう、宮壁。」

 

「…皆…。」

 

俺はまだ、皆をひっぱれるだろうか。

皆はついてきてくれるだろうか。

 

信じよう。

俺が信じなきゃ、誰も信じてくれない。

 

今の俺なら、自分の悩みに判断を下せる。

 

 

端部が俺を頼らなかったのは、俺が端部を頼らなかったからだ。

安鐘の言う通り、結局悪いのは皆なんだ。

 

 

信じ合う、とはそういう事に違いない。

その事を端部は教えてくれたのかもしれない。

 

いつの間にか頭痛もおさまっていた。

 

「もう大丈夫みたいだ。皆も…ありがとう。だから皆も休んでほしい。」

 

3人は安心したようで、保健室から出て行った。

俺も出ていこうとして視界の端に何かが映る。

 

「…なんだこれ…。」

 

毒だ。紛れもない毒。見た事のない瓶が増えていた。

 

「東城が全部分解したはずじゃないのか…?」

 

…その瓶を持って保健室を後にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「大丈夫か。」

 

「うん、結構吐いたから。」

 

「お礼など気にするな。気分が落ち着くまでしっかり休めばいい。」

 

「…三笠、今日ここで寝てもいい?邪魔はしないから…。」

 

「かまわんが、そこまで思い詰めているとは気づけなかった。すまない。」

 

「三笠が気にする事ないよ。本当は疲れてる時に部屋に他人が入ってくるのも嫌でしょ。」

 

「さすがに嫌とは思っておらんぞ…?」

 

三笠は違和感を覚えていた。普段の牧野は他人、特に男子に気を遣うような人とは思えなかったからだ。

それにメンタリストでありながら三笠の思ってもないような事を口にする。

だからなのか、次の言葉を聞いてもあまり驚きはしなかった。

 

「三笠は、『僕』の事、どう思う?」

 

「…それが本当のお主、という事か。」

 

「え、なんで…。」

 

「自分はいろんなところで生活してきた経験があるからな。普段の性格がそのまま本心通りなのかどうかは話してみないと分からんものだ。」

 

「…そっか、三笠はすごいね。」

 

「高堂の事をなぜ頼らなかった?それも、本心ではないからか?」

 

「高堂ちゃんの事が好きなのは本心だよ。だけど…僕なんかが高堂ちゃんを頼っていいわけがない。足をひっぱりたくない。僕は高堂ちゃんに会えない。」

 

「話は…まだあるんだろう?」

 

彼は三笠をじっと見る。しばらくして気の抜けた声を出した。

 

「三笠、いい人すぎない?こんだけ見ても他意が感じられないよ。嫌がってないのも本当だったんだね。…話していい?」

 

「ああ、いいぞ。」

 

「…桜井ちゃんが死んで、皆ぴりぴりして。裁判ではもっと張りつめてるし、皆が疑い合う。僕、メンタリストの勉強とかしてきたから、皆の考えてる事が詳しくではないけど分かるんだ。」

 

彼は三笠の方を見まいとそっぽを向いた。

 

「分かるんだよ。誰が誰を疑ってて、誰が誰に怒ってて、皆が皆の事をどう思ってるか。俺も疑われてるんだって事が気持ち悪いくらい伝わってくる。」

 

「…。」

 

「…死にたくなってきちゃうんだ。」

 

「…!」

 

「皆の顔を見て、声を聞くたびにどんどん皆の事が見れなくなるし聞きたくなくなる。どんどん嫌いになっていく。僕ががんばらなきゃいけなかったのに。端部が不安がってる事くらいわかってたはずなのに、声をかけられなかった。怖かった。俺が悪魔だと思われてるんじゃないか、そう思ったらできなかった。放っておいたんだ。2人を殺したのは僕だ。僕ががんばらなかったから2人は死んだんだ。そんな僕が誰よりも嫌いなんだ。」

 

「お主だけが気に病む事じゃない!自分も、全員気づけなかった責任がある!思い詰めすぎだ!」

 

「そんな事ないんだよ。皆が好きなのは、皆が見てるのは『牧野いろは』だから。僕が必死で演じてる俺を見てるだけ。きっと高堂ちゃんが見てくれるのも俺だけなんだ。」

 

「高堂がそんな奴だと思うのか。それに今、自分はお主と話している。自分はお主を、牧野とは呼んでおらん。」

 

「…え。」

 

「皆の事を嫌いになりたくないのだろう?ならお主はいい奴だ。高堂だってわかってくれる。自信を持て。皆自分の事で手一杯だった。だから今日の事は起きてしまった。避けられる方法があったとするならそれは今日1日でどうにかなる事じゃない。信頼が足りなかった。あまりにも短い時間ではどうしようもなかったというだけだ。」

 

「僕が、いい奴?」

 

「ああ。だから生きろ。」

 

「初めて言われた。」

 

「ははっ、それは大げさだ。お主はそうやって反省できる奴だ。前に進める奴なんだ。お主はお主が思う以上に、がんばってる奴だ。」

 

「三笠…。」

 

彼は泣いていた。号泣していた。子どものように震える背中を三笠はそっとさする。

 

「僕…がんばるね。死にたいなんて言わない。三笠がいれば大丈夫かもしれない。…応援してくれる?」

 

泣きすぎてメイクの落ちた、そばかすだらけの決して綺麗な顔とは言えない彼は初めて笑った。三笠は彼としっかり目を合わせる。

 

「ああ、約束だ。自分がついているぞ。」

 

 

 

□□□

 

 

 

裁判場で、端部だったものを見る。

 

端部と桜井の名前の横にチェックを入れる。

 

「2人は悪魔ではなかったのか。」

 

しっかりとこの目で見た。2人が死んでいるところを。

これで候補者は私を除いて12人。

 

「私は必ず悪魔を殺す。そのためにこの才能を磨いたのだから。」

 

「…またコロシアイに巻き込まれているのだから、必ず殺してみせよう。」

 

気分の悪くなる話だ。周りは高校生だったが私はまだ小さかったはずだ。あの時私以外に生存した者達は今どこで何をしている。1度目は半ば自分からコロシアイに参加したようなものだったが今回は違う。こんな事、2度とやりたくなかった。

 

あの時の黒幕は気味が悪かった。『5回も事件起きるの見たら飽きた』と言って私達を解放した。

 

ならばどうして再びコロシアイを起こす必要がある?問題は解決しなかったのか?そもそも同じ黒幕なのか?

あれから何年経った?悪魔に対する執着はなんだ?何がしたい?

何も分からない。ただ1つ私だけが分かる事があるとすれば、私が思い出した事実があるとすれば、

 

「私の知っている勝卯木蘭は…記憶力などという才能は持っていなかった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER1 『ワースト・イズ・リアル』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級の漫画家 桜井美亜

【端部により死亡】

 

超高校級のサッカー選手 端部翔梧

【オシオキにより死亡】

 

 

残り生存者数 13人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼[14人の集合イラスト]を手に入れた。

 

▼[ボロボロのサッカーボール]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Chapter 2『君に届かない』
(非)日常編 1


短めな上に久しぶりの投稿となってしまいました。次はまた少し間が空いてしまうと思いますが地道に続けていきます。
2章の始まりです。よろしくお願いします。


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

『ミンナおはパオ!7時だよ!昨日はしっかり寝たし大丈夫だよねっ?今日もレッツ・コロシアイ生活!』

 

「……7時…!?」

 

がばりと起き上がる。昨日の昼過ぎにベッドに腰かけた状態から倒れてそのまま寝てしまったらしく、体が痛い。服もそのままだった。

えっと、昨日はどうしてこんな体勢で…そう考え始めた俺の視界の端に、机に置かれた1枚のイラストが映りこんできた。

 

「あ…。…夢じゃ、なかったのか…。」

 

昨日、桜井と端部が死んだ。まるで夢の出来事のようで、全く実感がわかなかった。

それでも、事実だと自分に言い聞かせるために持って帰ったイラストとサッカーボールは部屋に存在していた。気が重い。

昨日俺達はバラバラになってしまった。今まで過ごしてきた時間は数時間の裁判で粉々に砕け散ってしまった。

 

「…行かなくても、いいかな…。」

 

ベッドに倒れこむ。今度はちゃんと寝転がるように。

…起きたくなかった。昨日の俺の判断に自信がもてなかったから。

 

もう少し転がっていよう。あと30分くらい…。

 

 

 

□□□

 

 

 

『ピンポーン』

 

「!?あれ、俺、寝てたのか?」

 

慌てて時計を見ると9時を回っていた。2時間も経っている。

とりあえず顔だけ出してそろそろ準備しよう。

 

「おはようございます、宮壁さん!心配しましたわ…。」

 

「安鐘…!ごめん、二度寝してた。」

 

「それならよかったですわ。…まだ半分くらいしか来ていませんので、安心してくださいませ。」

 

「…そっか。」

 

安鐘は強いな。いつもと変わらない笑顔で他の部屋に向かっていった。

俺もしっかりしないと。俺より傷ついてる人だってたくさんいるはずだ。俺にできる事があれば率先してやっていこう。崩れてしまった関係は、また築いていくしかないんだ。

 

 

 

□□□

 

 

 

「わー!宮壁さんー!おはようございまーすー!」

 

俺が食堂に入ると、おにぎりの入ったお皿を持った潛手が元気よく挨拶してくれた。

 

「おはよう。潛手も早いな。」

 

「おお、宮壁か。朝食は食べれるか?」

 

「あ、自分で用意するよ。」

 

「そうか。」

 

三笠にふっと微笑まれると少し照れくさいな。弟扱いされた気分だ。

思ったよりは食堂の雰囲気が暗くない事に安堵しながら厨房に入る。

 

「あ、宮壁くん…おはよう。ちょうど温めなおしたところだよ。」

 

前木はそう言ってトレイを差し出す。

とりあえず受け取り自分の席へ戻ろうとするが、ふと調理台の奥の方に何かが見えた。

 

「ん?あれ…」

 

「なんでもない。」

 

高堂が隠す。

 

「なんで隠すんだ?」

 

「なんでもないったら。」

 

「そ、そうか…。」

 

普通の朝食ののった2枚のトレイ…おにぎりは潛手が持ってるから卵焼きとサラダだけに見えたけど、なんであんな奥に…そう思ってテーブルについて、ふと目を開いた。

 

テーブルには、俺のを含めたら8人分のトレイが並んでいた。流しに5人分のトレイがある。

 

「あ…。」

 

あのトレイは…じゃあ…。

 

トレイだけを置いて厨房に戻る。高堂と前木を半ば押しのける形で俺は箸を手に取り、卵焼きとサラダを口に運んだ。

 

「み、宮壁くん!?」

 

気持ち早めに食べ終わると食器を洗う。

 

「…2人とも泣きそうなんだから、俺にできる事はさせてくれ。」

 

本来ならあの2人が食べるはずのものだ。そう謝りながら前木と高堂の顔を見る。2人とも図星なのか、何も答えなかった。無言で軽く微笑まれた。

 

「…宮壁、ありがと。」

 

「………ずるい……宮壁……。」

 

「え?」

 

急に真後ろで聞こえた声に思わず振り向くと、勝卯木がいた。

 

「……大食い……ずるい…。」

 

「ら、蘭ちゃん、ごめんね!今からまた作るね?卵焼きでいい?それとも目玉焼きの方がいいかな?」

 

「……めだま…。」

 

「うん、目玉焼きね!テーブルで待っててくれるかな?」

 

「……琴奈……好き…。」

 

「あ、あはは…ありがとう!」

 

「蘭ちゃん相変わらずだね。あたしの何倍も食べてるのに。」

 

「そうなのか…。」

 

高堂と苦笑し合ってからテーブルに戻ろうとした時、横から舌打ちの音が聞こえてきた。

 

「チッ、ぼっちの癖に戯れやがって騒々しい。」

 

「なんだその言い草は!…って、大渡!?」

 

「なんだ。」

 

「お前…本当に来たんだな…!よかった。」

 

かなり端の席に座っていたから見えていなかったようだ。

 

「嘘吐く理由がねぇ。」

 

相変わらず不機嫌そうに言い捨て、トレイごと食器を乱雑に流しに置いてそそくさと食堂から出て行った。

 

「あ!大渡くん全部食べてる!よかった…!」

 

「……私…食べた……。」

 

「うん!蘭ちゃんもたくさん食べてすごいね!」

 

「……勝利……。」

 

勝卯木は両手でピースサインをしている。

謎のノリに若干おいていかれながらも俺はテーブルに戻った。

 

「宮壁さんー、たーくさん、食べてくださいーねー!」

 

「あ、ああ。ありがとう。」

 

正直さっき2人分食べたから、おにぎりはまだ食べてないにしてもお腹もいっぱいになってきたな…。

 

「…皆、昨日…忘れた?話……出さない…。」

 

しばらく食べ進めていると、テーブルにいつの間にか戻ってきていた勝卯木がデザートのりんごをかじりながら口を開いた。

 

「そう話に出す事でもないだろう…。」

 

三笠が思わず眉をひそめる。それは俺も同じだった。忘れたいわけじゃないけど、でも、今は…。

 

「今、疑心暗鬼。…これから…話す、大事。」

 

…勝卯木の言葉にドキリとした。『これから』。俺達が変わっていかないとこのコロシアイはきっと終わらないんだ。

 

「皆が起きたら1度集まるのがいいかもな。」

 

俺がそういうと勝卯木はこくりと頷く。それにしても勝卯木がそんな事を言うなんて。彼女も昨日でいろいろと思う事があったのかもしれない。

 

「ところで、まだ起きてない人って誰なんだ?」

 

「ふむ、難波、牧野、柳原だな。篠田と東城は随分早くに来て帰ったぞ。」

 

「そうか…。」

 

今は東城に会いたくない。難波や柳原と会うのも怖いけど…東城と会わなくていいだけマシだ。牧野は心配だな……。

 

突然目の前が真っ暗になった。

 

「だーれだっ!?」

 

「牧野。」

 

「ちょっと!勝卯木ちゃんが答えてどうするの!空気読めないねー本当。」

 

「……不快…。」

 

「あわわ、朝から喧嘩しないでくださーいー!」

 

まあ、声で普通に分かるけどな。この少し高くてよく通る声は牧野しかいない。牧野の手が俺の顔から離れた。

 

「潛手ちゃんごめんね!おはよう!髪まいてたら時間かかっちゃった!あれ?高堂ちゃんは?」

 

「高堂なら厨房にいるぞ。」

 

「光ちゃん、いつも他の人がやってるから残りのお皿洗いはするって言ってくれたの!食後のコーヒーでも飲んでていいよだって!」

 

「お、そうなのか。悪いな。」

 

「そうなんだ!高堂ちゃーん!おっはよー!昨日はごめんねー!」

 

牧野は昨日の様子が嘘みたいに元気だな…。というか最初会った時くらい元気がいい。

そして、厨房から悲鳴が聞こえてきた。

 

「変態。最低。」

 

「もー!あとちょっとでコーヒーこぼすところだったんだけど!?」

 

「その前に謝罪してほしいんだけど。」

 

「ごめん!」

 

「…はぁ。」

 

このやり取りで察しがついてしまった。案の定牧野は腕を抑えている。蹴られたらしい。

高堂は不快そうに紅茶を片手に俺達の元にやってきた。

 

「牧野くん…朝から絶好調だね…。」

 

前木の言う通りだ。本当に元気がよすぎないか?

 

「牧野さんは昨日の夜―…大丈夫だったのですーか…?」

 

おそるおそる潛手が尋ねる。

 

「三笠のおかげでピンピンしてるから平気!」

 

「…本当でーすかー?」

 

まだ心配そうな潛手に牧野は笑顔を向ける。

 

「それに、暗い顔して食べるなんてよくないでしょ?ここにいる皆にも、2人のためにもね。」

 

牧野の言葉に潛手を含めた全員の顔が少し明るくなった。

 

「そーでーすねー!牧野さんの言うとーりですー!」

 

「…無理はするなよ。」

 

三笠も穏やかに微笑みながら牧野の肩を軽く叩くと厨房にトレイを持って行った。

 

三笠と潛手は朝からいたようで部屋に休みに戻った。牧野も高堂と一緒にどこかに行き、食堂には俺と前木と勝卯木が残った。

 

一応、柳原と難波の様子を見ておきたかったからだ。怖いけど、逃げていたら進まない。

 

 

 

□□□

 

 

 

「あれ?蘭以外もう終わった感じ?」

 

しばらくすると難波が食堂に入ってきた。

 

「勝卯木はずっと食べてるだけだから実質終わってる。」

 

「そ、蘭ってマジで大食いじゃね?まあ元気そうでよかったわ。」

 

笑いながら椅子に腰をおろす。

 

「あー…その、昨日はごめん。やっぱ…アタシも結構混乱しててさ。昨日言った通り、少し考えてみた。アタシなりにできる事はやってくつもり。犯罪者の言う事なんて信用ならないかもしれないけど、まあこれからもよろしく。」

 

少し照れたように笑う難波は、俺が言うのも変だけど年相応で、あれだけ強い難波でもきっと相当つらかったんだろうなと思った。

 

「…って、俺は難波の才能の事はなんとも思ってないぞ!?あれは東城が勝手に言っただけだ!」

 

「あ、そうだったっけ。」

 

「それに難波は…『正義の怪盗』なんだろ?東城はその事を知らないだけだ。」

 

「…ま、そうだね。」

 

「ん?正義の怪盗?」

 

「あ、琴奈と蘭には言ってなかったっけ。まあ、悪党からしか盗まないようにしてんの。で、盗んだ奴はれっきとした場所に返して…そういう感じ。」

 

「へえ…!すごい!かっこいいね!」

 

「…紫織…すごい……。」

 

「ふふっ、どーも。」

 

難波が少し自信をみせる笑顔を見せた。

難波がそこから帰ってしばらくしたところで、食堂の扉が開いた。

 

「あらみなさん、まだいらしたんですのね!」

 

「…おはようございます…。」

 

安鐘と柳原だ。柳原が来るとは思ってなかったからびっくりした。

 

「宮壁さんと前木さんは終わったのですか?」

 

「ああ。」

 

「うん!…えっと、柳原くんはどのくらい食べる?準備するよ?」

 

「あ、えっと…お、お願いします。」

 

「わたくしもコーヒーを飲みますわ。前木さんのを見たら欲しくなってしまいました!」

 

前木と安鐘は立ち上がると厨房に向かっていった。食堂には勝卯木と柳原と俺。はっきり言ってかなり気まずい。

 

「…。」

 

「…。」

 

「きょ、今日は早く起きれたんだな。」

 

「は、はい…。」

 

う、うわーーー、誰か助けてくれーー。

 

「…来た……理由……何?」

 

「勝卯木!?」

 

「あ、えっと…その…。」

 

…ん?柳原はちらちらと目を泳がせると俯いてしまった。…何か言いたい事があるのか?

ともかく、勝卯木の発言で気まずさが加速する事にならなくてよかった。

 

「はい、どうぞ!温めなおしてきたよ!」

 

前木も帰ってきたし安泰だろう。

 

「ありがとうございます…。」

 

「鈴華ちゃんって皆の事を呼びに行ったの?」

 

「ええ、みなさんが出てくるまで待っていましたわ。」

 

 

「あ、あの!」

 

 

「柳原さん?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

食器をずらすと勢いよく頭を下げた。突然の事に俺も含めて皆が慌てる。

 

「ど、どうしたんだよ!?」

 

「おれ、昨日あんなこといって、すみませんでした!」

 

「昨日…?」

 

安鐘がきょとんとしている。そっか、安鐘は聞いていなかったのか。だからそもそも柳原を呼びに行けたんだろうな。

 

「おれ、みなさんががんばろうとしていたのに、それを壊すようなことを言ってしまって…本当にごめんなさい!」

 

「待ってくれ、柳原が謝る事じゃないだろ!俺達が悪かったじゃないか…!」

 

「で、でも、それでもあの場で言うことじゃなかったはずです!おれ、あのあと考えてたんです。みなさんはたしかに疑ってきたけど、宮壁さん達はちゃんとおれの疑いを晴らしてくれました!だから、なんであんなこと言っちゃったんだろうって、あやまらないといけないって思ったんです!」

 

「柳原…。」

 

「わ、私もごめんなさい!柳原くんの事、疑ってたのに、すぐ謝らなくって!」

 

「…琴奈と、同じ……。…ごめんなさい…。」

 

「…!柳原さん、わたくし達からも謝らせてくださいな、申し訳ございませんでした。配慮が足りませんでしたわ…。」

 

「俺もだ。柳原、本当にごめんなさい。」

 

「み、みなさん…!?え、えっと、その…!?」

 

今度は柳原の方が慌てて俺達の顔をあげさせる。その柳原の慌てようがおもしろくて少し笑ってしまう。

 

昨日からずっと疲れていたけれど、今はこうして笑えている。皆の顔に笑顔が戻る。まだ大丈夫だ。まだ俺は、俺達は、黒幕なんかに負けていない。絶望なんてしていない。

 

一息ついたところで柳原が再び話し始める。

 

「それでですね、おれ、昨日は何の役にも立てなくて、自分の事も守れませんでした。だから、みなさんとおれを守るためにも、勉強しようと思うんです!」

 

「勉強って…裁判のか?」

 

「はい!こう、頭で組み立てる…推理…?それが、おれにもできるようになれば役に立てると思ったんです!」

 

「柳原…。」

 

そう語る柳原の顔は輝いていた。

 

「………場所…ない…。」

 

「たしかに、図書館のような部屋はありませんから、勉強もできないのではないでしょうか…?」

 

「ええ!じゃあおれ、このまま何の役にも立てないんですか!?」

 

そんな柳原の声にかぶせるようにアナウンスが鳴った。

 

『ミンナ、おはぱおー!本日より、2階に行けるようになったパオ!無事に裁判を乗り越えたご褒美パオ!いろんな部屋があるから、さらに有意義なコロシアイ生活にしてねっ!』

 

マップを開いてみると新しい階、そして1階の行けなかった部屋が一部開放されていた。

「図書室…ある…。推理小説…ある…?」

 

「なるほど!本を読めば参考になるかもしれません!勝卯木さんありがとうございます!」

 

2階を見ると確かに図書室の文字があった。相変わらず行けない部屋もあるけどいろいろありそうだ。

 

「皆を集めてまた探索した方がいいよね?今度こそ何か見つかるかもしれないよ!」

 

「コロシアイ生活を進めてる人がヒントをくれるわけないですよ!」

 

「柳原さんのおっしゃる事ももっともですが…、モノパオさんはおっちょこちょいなところがありますわ。もしかしたら何かを残しているかもしれませんわよ!」

 

とりあえず探索をするために皆を集めよう、という話になった。

これ、呼びに行くのも大変だな…。

 

 

 

□□□

 

 

 

「あ、篠田!…と、東城…。」

 

「宮壁か。昨晩は眠れたか?」

 

「ああ、なんとか。2人一緒に何をしていたんだ?」

 

「このトラッシュルームが気になってね。」

 

「ここ、トラッシュルームなのか。というより、ここも含めて皆で分担して探索しようと思ってたんだ。」

 

「では宮壁、私達と行かないか?」

 

「え、まあ、いいけど…。」

 

少したじろいだのを見られたのか篠田は俺の近くに来ると耳元でささやいた。

 

「東城の監視だ。東城と険悪な人もいるだろうと思い私が同行している。…宮壁が嫌じゃなければ一緒に来てほしい。」

 

「なら行くよ。ちょっと待っててくれないか?安鐘達に俺達が一緒に動くって事を一応言っておくから。」

 

「ああ、頼む。」

 

 

 

□□□

 

 

 

「まあ、そうなんですのね!トラッシュルームは探索しなくていいと…。了解しましたわ!」

 

食堂に戻ってみるとちょうど皆が集まりつつあったので報告をする。

 

「東城……嫌い……宮壁…変人…。」

 

「え、いや、まあ…そうなのか…?」

 

確かにさっきまでは東城に会いたくもないと思っていたけれど、ああやって強くいられる篠田を見ても駄々をこねるのは子どもだ…そう思った。それに、東城も篠田も「これから」の事を考えて動いている。忘れたりなかった事にしたりするつもりはないけれど、それにとらわれるべきではない…たぶん。

 

「じゃあ、行ってくるから…ちなみにどこを探索するんだ?」

 

「潛手めかぶはー、柳原さん達と図書室に行きますーよー!」

 

「わたくし達はパソコンルームや教室を見てみますわ。」

 

「じゃあそこの部屋は時間があったらでいいか…。」

 

「あ、そうだ。ゆうまきゅんがいるんならさ、理科室見てくんね?適任でしょ。」

 

「理科室があるのか…分かった、後で見てみる。」

 

探索が終わったらまた食堂に集合するらしい。報告会ってやつだな。

簡単に会話を切り上げて食堂を後にする。東城と篠田と合流してから地図を開いてみた。

 

 

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なるほど、図書室はかなり広そうだ。理科室もなかなか大きい。まだ行けない部屋もある。

…大浴場がある。トラッシュルームにめちゃくちゃ近いから見てもいいな。

 

「トラッシュルームと理科室が分担場所、つまりそこ以外は見なくていいという事だね。」

 

…頑固な東城を動かすのも面倒だ。最後は食堂に集まるし、2階を見てからでいいか。

 

トラッシュルームは上の方に不透明なガラスでできた小窓のついた引き戸になっていた。前まで開かなかった扉は開くようになっていた。

 

「ふむ、内鍵になっているのか。だからこそ今まで入れなかったのだな。」

 

篠田の声に部屋の中から扉を見てみると取っ手の下につまみがあった。

その確認をしてから改めて部屋を見渡す。掃除用具やビニール袋が並んでいる。掃除機や大きめの塵取りなんかもここに収納されているようだ。後は台車と大きいゴミ箱とか…便利になりそうだ。

 

「2人とも、ここにあるもので消耗品以外は補充されなさそうだよ。」

 

「え、なんでそんな事が分かるんだ?」

 

「この貼り紙。『ゴミ箱、特に掃除機は数に限りがあるので使いやすいところに設置して大事に使ってください』って書いてある。限りがあるって事はいつでも補充はされないだろうと思ってね。」

 

「なるほど…。後でよく料理する人達にどこに置くか相談してみるか。」

 

俺も何か見つけなきゃと思ってしっかり観察すると、壁の中央に人1人がなんとか入れそうなくらいの大きさの扉…というか、取っ手付きの蓋のようなものがついていた。蓋は簡単に開けられるようで難なく外す事ができた。

 

「なんだこれ。」

 

「はい!お待たせパオー!説明しにきたよ!…いやリアクション薄いねっ!?なにその顔!」

 

何か出てきたけど気にしないでおこう。中を覗いても真っ暗でよく分からない。

どうにか光を入れられないかと体を避けてみるけど深いのかあまり見えない…それに、何か匂う。

 

「宮壁、懐中電灯があったからこれを使って照らせないだろうか?」

 

「そんな物もあったんだな、ありがとう。」

 

照らしてみるとおそらく底であろう地面が見えた。ここの部屋と同じくらいの空間が広がっている。中にはゴミがたくさん落ちていた。異臭の原因はこれのようだ。

 

「ちょ、ちょっとー!ボクくんに聞けばいいのにどうしてそうやってなんでも自分でやっちゃうのかな!?」

 

「これ、ゴミ捨て場って事かな?確かにトラッシュルームだからゴミ捨て場がないとおかしいよね。」

 

「そうだよ!もう、何のために出てきてあげたのか…。えっと、これダストホールだよっ!命名はボクくんです!ゴミがたまったらちゃんと袋に入れて中身が出ないようにしてからここに投げ入れてくれたらボクくんが片付けておくからね!」

 

「ゴミの分別はしなくていいのかな。」

 

「…考えてなかった…うーん、明らかに燃やしちゃダメなやつだけ分けてくれたらいいよっ!落ちたら危険だから蓋は閉めておいてね!ちなみにもし落ちてもボクくん以外は助けられないから気をつけるように!じゃあねっ!」

 

モノパオはそれだけ言うと消えていった。ダストホール…つまり最終的なゴミ箱って訳だ。

間違って大事なものを捨ててしまわないように気をつけよう。

 

「ふむ…トラッシュルームはこのくらいだろうか。次は理科室だったな。」

 

篠田についていく形で2階にあがる事になった。

2階も同じような構造だ。1階から上がってきた階段の右側に設置された3階への階段はまだ封鎖されている。一体何階まであるんだ…?

 

いつになったらこの建物の全容を知る事ができるのか…そんな事を考えてまた不安になり始めたので思考を切り替える。

 

「理科室はここか。」

 

「へえ、かなり頑丈な扉になっているんだね。試薬も本格的に揃っているから保健室以上に毒物が多い。」

 

そういうと東城はゴーグルを身につけた。

 

「何をするんだ?」

 

「決まっているでしょう、分解だよ。正直ラベルがないものもあるから時間はかなりかかってしまうだろうね。それでもボクにしかできない事なのだから必ずやるよ。」

 

「…コロシアイはいずれ起きる、昨日はそう言い切っていたのにどうして黙々と作業ができる?」

 

「毒殺という手段をなくすためだよ。毒は機会さえあれば誰でも簡単に扱う事ができる。いつ仕込んだのかの特定もかなり困難だ。だからだよ。」

 

そのまま作業を始めてしまったので諦めて篠田と周りを観察する。

ずらっと並んだ薬品が飾られた棚。実験を行うための机…イメージしては理科室というより研究室、か?ちゃんと見た事ないから想像だけど。

 

「やっぱりよく分からないな…篠田は何か…篠田?」

 

「な、なんだ?」

 

…少し慌てたようにこちらを振り返る。見るとホルマリン漬けのようなものが並んでいた。

カエルやネズミ、鶏…いろんな生き物のいろんな部位が飾られている。変なライトアップがされているから余計に不気味だ。

 

「ゾンビ映画にでてきそうな部屋だな、こうして見ると。」

 

「いや、宮壁、ここを見てほしいんだ…。」

 

篠田が指さしたホルマリン漬けの瓶のラベルを読む。『ニンゲン 腸』と書いていた。

その段はそのまま同じ人間と思われる人間の目や骨が展示されていた。

 

「なんだこれ…こんなの、博物館にでも行かないとないようなものだろ…。」

 

「東城に任せてここを離れないか?…勘なのだが、このホルマリン漬けは新しいものの気がする。他の動物が入った瓶と比べるとこの瓶だけ異様に綺麗だ。だからあまりいい気はしない…。」

 

「…ああ。」

 

篠田の顔色が少し悪い。もちろん俺も嫌な気分だった。皮肉ともとれるライトアップの色は赤色だった。

 

 

 

□□□

 

 

 

「あ、宮壁くんと瞳ちゃん!…あれ?東城くんは?」

 

「理科室で作業を始めたんだ。毒がたくさんあるって言ってた。」

 

「あら…東城さんに差し入れでももっていきましょうか…。」

 

「安鐘…昨日の事があったが、大丈夫なのか?」

 

「篠田さん、ご心配ありがとうございます。ですが東城さんがやっている事は間違いなくみなさんのためになる事ですわ。…考え方はどうしても認められないところもありますが、東城さんががんばっているのは事実ですもの。」

 

安鐘は大人だった。全てを認めるなんてできないからこそ、認められるところで協力する事くらいはできるはずだよな。俺はまだまだ考えが甘いのかもしれないな。

 

一通り会話を交わしたところでパソコンルームを見渡す。パソコンが1つの机に1台設置されており、壁沿いにはディスクやイヤホン、ヘッドホンやスピーカーが並んでいる。ちなみにパソコンはしっかりと固定されていて動かせそうにない。

 

「……机、多い……。」

 

「教室もそうだけど、玄関ホール以外は私達の人数より机も椅子も多いよね。課外授業用施設っていうのは本当なのかな…?」

 

「……たぶん……?不明……。」

 

疑問は残るけどすぐに分かる事でもなさそうだ。パソコンルーム自体には特に情報はなさそうだし、別の部屋に行くのもいいだろうな。

 

「図書室にあるディスクもここで聞けるらしい。図書室に向かうのがいいかもしれないな。」

 

という事でこれから教室に向かうという3人と別れて図書室に入る。

 

「うわ…広い…。」

 

地図から分かっていたけどかなり広い。理科室もなかなか広かったけれど正直小さな図書館と言ってもいいレベルの広さだ。

 

いろんな棚に本の内容ごとに分かれているらしい。本を読むためのスペースもあってなかなか快適そうだ。文庫本のコーナーに柳原と潛手、少し離れた別の棚に大渡がいるのが見えた。

 

「何を読んでるんだ?」

 

「あ!宮壁さん!これです!」

 

そう言って柳原が見せてきたのは推理小説だった。といっても小学生向けの挿絵の多いものだ。

 

「いっぱい文字があるのは読むのに時間がかかりますから、慣れてきたら読むんです!とりあえずたくさんの本を読んだ方が役立つと思って…。」

 

「潛手めかぶはお料理の本を見てたのでーすが―、柳原さんの読んでる本がおもしろそうなので一緒に見てるんですー!」

 

「そっか。柳原は偉いな。潛手も何か作りたいものは見つかったのか?」

 

「そーですねー、今まで作る料理が偏っていたので―、フレンチとかおいしそうだなーって思ってます!」

 

潛手の持ってる本…、それプロが見るやつじゃないか?さすがすぎる…。

 

「へへ、宮壁さんに褒められちゃいました!やった!」

 

「柳原さん、よかったでーすねー!」

 

「はい!」

 

ほほえましいな。ふと隣を見ると篠田の姿がない。

 

「あれ、篠田?」

 

「大渡、そこで何を見ている?」

 

「…貴様には関係ねぇ。」

 

大渡は心霊現象やオカルト関係の本を読んでいた。

 

「チッ、役に立たねぇ本しかねぇな。」

 

「あ、そうか、見つけられなかったんだっけ…。」

 

「貴様、勘違いするな。見つけられないんじゃねえ、『いなくなってる』んだよ。」

 

「いなく…?なんの話だ?」

 

篠田には申し訳ないけど説明していたら大渡が話す気を失うかもしれない。がんばって会話から読み取ってほしい…!

そういう目を送ると篠田は何かを察したのか柳原達の方へ向かった。

 

「間違いなく死んでいる。それは事実だ。ただ幽霊がいない。…処刑の時に生気の消えた瞬間はあった。未練がなかったらそりゃ現れねぇ可能性もあるが、あいつらに未練がないはずがねぇだろ。」

 

「じゃあ、どういう事なんだ?」

 

「それが分かってたら貴様に話してねぇよ。」

 

あ、行ってしまった。

 

「おい、貴様らいつまでその本を読んでいる。」

 

「え、読み終わるまでですよ?」

 

「…チッ。」

 

柳原のきょとんとした顔に舌打ちをすると大渡は図書室を出て行った。

 

「宮壁、用事は終わったのか。」

 

「ああ。」

 

「ならば私達も東城に声をかけて戻ろう。まだ見ていない部屋もあるからな。」

 

理科室に入ってもうそろそろ皆が食堂に集まる事を東城に伝えてから1階に降りる。

1階で行ってないのは大浴場だけか。

 

「…は?マジ?」

 

「これは…まずいな…。」

 

難波と三笠の話し声がする。

 

「2人ともどうしたんだ?」

 

「あ、瞳と宮壁じゃん。この浴場、男女兼用らしい。」

 

「…は?」

 

「私には関係ない事だが…それは困るな。時間をずらすしかないだろう。」

 

篠田のその発言は入らないって事か…?

と、というかそんな呑気な事を考えている場合じゃない!バッタリ出会ってしまったらどうするんだ!?

 

「きちんと確認しておけば大丈夫だろう。今はどちらが入浴中なのかの立て札でも立てておけばそう間違いが起きる事もあるまい。」

 

「立て札…まあ倉庫を探せばあるか。特に男子、絶対気をつけて入ってよ!?」

 

「あ、当たり前だ!」

 

モノパオの目的がさっぱり分からない…!こんな変な仕様にして、誰がいい思いをするっていうんだ…!

とにかく気をつけて入る事にしよう。ずっとシャワーだったから湯舟が恋しいのは事実だし。

 

脱衣所はよくある銭湯みたいな感じだ。なかに入ると広々とした浴室。氷も用意されているし、ここだけ見ると皆で合宿に来たかのように感じる。

 

『注意:基本お湯は常に入っていますが不定期で掃除するのでその時は入れません!』

 

「不定期…。」

 

少し見直したらすぐにモノパオのずぼらというか適当な面が目立つ。雑だな…。

大浴場はこのくらいだな。時間に注意する事は皆に伝えておかないとな。

 

「あ、アタシも出るわ。瞳達ももう食堂に行くの?」

 

「ああ。そのつもりだ。」

 

「そろそろお昼だしお腹すくー!ご飯できてねーかなー!」

 

ご飯はまだできてなかった。

 

「マジか。え?皆お腹減ってねーの?」

 

「ごめん、まだお米炊くくらいしかやってなくて。その…いろいろあってね。」

 

そう答える高堂の横で牧野がにこにことしている。うん、お疲れ様としか言えないな…。

 

「あ、ならあとちょっとじゃん。とりあえずご飯作るの手伝おっかな、レシピがあれば作れないわけじゃねーし。」

 

「そういえばー、レシピも図書室にありまーしたーよー!何を作ってくれるのか今から楽しみでーすー!」

 

潛手の笑顔に負けじと難波も笑顔を浮かべる。

 

「おいしすぎて食べるのがもったいないって言わせてやっから待っててよ!じゃあ取ってくるわ!」

 

難波はそのまま食堂を飛び出していった。

とりあえず探索は終わったし、後はご飯ができて皆が揃うのを待つだけだな。

 

 

 

□□□

 

 

 

「ふっふっふ…牛丼!どうよ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

難波が持ってきたのは牛丼だった。ほかほかと湯気を立てており、一気にいい匂いが食堂に充満する。

その頃には全員が揃っており、潜手と難波を除く皆は適度に談笑しながら昼ご飯を待っていた。

 

「難波さんお上手で-したー!潛手めかぶの師匠さんですー!」

 

「めかぶに手伝ってもらったところも多いけど、まぁ不味くはないから食べてよ。」

 

「いただきます!」

 

誰かの声を筆頭に皆で手をつける。たまねぎやしめじなど牛肉以外の具も多くて出汁にうまみが染みだしている。その出汁をたくさん吸ったお米のおいしさは言うまでもなかった。

うまいうまいと食べる皆を見て難波は満足そうに笑って潛手と手を合わせる。

新しい部屋を見たり、おいしいものを食べたりしたおかげか、昨日の暗かった空気はだいぶ落ち着いていた。

 

「本当においしかったですわ!難波さんと潛手さん、ありがとうございました!」

 

「いいって事よ。ね、めかぶ?」

 

「はいー!これがみなさんの元気のミナモトになったらいいなーって思ったので嬉しいでーすー!」

 

「で?報告会だっけ?どこから話す?」

 

「じゃあ俺から話すよ。」

 

調べた箇所が1番多いはずなので俺が手を挙げる。皆が俺を見たので話してよさそうだ。

 

「まずトラッシュルーム。掃除用具や大きいゴミ箱は自由に配置していいらしいからよく使う人…食堂にいる人が決めたらいいと思う。あと壁にダストホールっていう蓋つきの穴があって、そこにゴミを入れておけばモノパオが回収してくれるみたいだ。」

 

「ふーん、今までのゴミもたまってたしそれは普通に助かるわ。」

 

「あの、わたくし、厨房にゴミ箱を置いてもよろしいでしょうか?生ごみは今までモノパオさんに押し付けていたのですが、いつも現れるわけではないので困っていたのです!」

 

「じゃあそこに置くか。掃除機もあったからそれも運んだらいいと思う。」

 

「じゃあ理科室についてはボクが説明するよ。実験器具が揃っていて、試薬の種類も申し分なかった。」

 

「東城、まさかとは思うが、その試薬というのは…。」

 

「三笠くんの想像している事で間違いないよ。毒物もたくさんあった。ボクは分解作業に入る。」

 

「…そうか…。東城、自分も手伝える事があれば手伝いたいのだが。」

 

「キミはこれ以外の事をしてよ。同じ作業に多人数を振り分けるよりもできる事があるはずだから。」

 

「では、あの装置の改善はどうしたのかだけ教えてくれ。」

 

「そうだね。倉庫とボクの部屋にある装置の解除にはパスワードの入力をしてもらう事にした。あの針は撤去したから、ボク以外に解除できる人はいないよ。」

 

つまり倉庫の中の物が取りたい時には東城を通さなくちゃいけないのか。面倒だけど仕方ないよな…。

ふと前を見ると三笠が少し申し訳なさそうな顔をしていた。…倉庫の話になって皆の顔が少し曇ったからか。

 

「すまない。」

 

「み、三笠くんが謝る事じゃないよ!私も気にしてたし…。東城くんもありがとう。」

 

東城はどうしてお礼を言われたのか分からないらしく、前木の言葉にきょとんとしていた。

正直きょとん顔は腹が立つ。面と向かって怒りはしないけどその顔で許しがたい発言をしたのは事実だ。

 

「…えっと、ではわたくしから。教室は1階にあったものと大差ありませんでしたわ。ただ、教室3の黒板に、血がついていましたの…。」

 

「血!?だ、誰か怪我してる人でもいんの!?」

 

「いえ…そもそも血がすっかり乾いていましたので、最近の事ではないのではないでしょうか…?よくわかりませんが情報共有だけでもしておこうと思ったのですわ。」

 

見てなかったけどそんなものがあったのか…。一体ここで何があったんだ…?

 

「あと私達が見たのはパソコンルームだよ。たくさんパソコンがあって、動画とかも見れるみたいだけど、怪しいフォルダとかそんなのはなかったよ。」

 

「図書室にあるDVDなども再生できるそうですわ。」

 

「ほー!そういえば潛手めかぶ、DVDがたくさんある棚を図書室で見つけてまーした―!そこで見るんですねー、ちょっと遠いでーすがー…。」

 

「潛手さん達が図書室に行ってくださったのですよね?何があったんですの?」

 

「えーとですねー、たくさん本があったり…脱出方法みたいなものはなかったですー…。」

 

「やはりまだ厳しいか…。牧野と高堂はどこを見ていたんだ?」

 

「俺は高堂ちゃんと開けられない扉の表示を見たり、いろいろしてたかなー。皆が詳しく言ってくれたから報告する事はないよ。…あ、そうそう!2階の行事棟の部屋はプールになってて、もう少ししたら入れるようになるって言ってた!プールが開いたら行くしかないよね!皆水着を着てもらっ」

 

「黙って。」

 

高堂の鋭い眼光に牧野は首をすくめた。気持ち悪い発言をしているのに高堂に怒られてちょっと嬉しそうなのが癪だ。

 

「まあこれで報告する事は終わりだろうな。ここからは各自自由に行動してもらえればいいと思うぞ。」

 

三笠の号令と同時に大渡は何も言わずに出て行き、他の皆もぱらぱらと帰っていく。

その間も一心不乱に本を読んでいる柳原に声をかける。

 

「柳原はずっとここにいるのか?報告会も終わったけど…。」

 

「はい!この本、小学生向けって書いてあるだけあって読みやすくていいですね!ふりがながあります!」

 

「よ、よかったな。…柳原は、怒ってないのか?」

 

「何をですか?」

 

「その、昨日の事だ。俺だったら明日の朝に自分から謝ろうなんて、とてもじゃないけど思えない気がする。」

 

「え、えっと…?それって、おれがすごいって事ですか?」

 

「本当に怒ってないなら、すごすぎて頭が上がらないな。」

 

「…えへへ、宮壁さんに褒められちゃいました!みなさんとおれのためにもがんばりたいです!だから、もっともっといろいろ読むつもりなんです!宮壁さん、昨日はありがとうございました!」

 

笑顔でそう返され、少し戸惑ってしまう。だけど柳原は心の底からそう思ってくれているように見えた。

 

そのまま食堂を後にする。

 

 

皆と会話したはずなのに、足りない、そう感じた。

当たり前だった。まだ2人話してない人がいる。

 

ふとした時に後ろからやってくるんじゃないか、そう思うくらいには実感がわいていなかった。

純粋に悲しいという気持ちよりも、信じられないという想いの方が強かった。

 

 

たぶん、ずっと信じられていなかったからだ。2人が死んだ事以前に、自分の判断が合っていたのかが分からなかった。

 

でも、いつまでも悩んでいる場合じゃない。皆は前を向いてがんばろうとしている。

 

逆に言うと、皆に前を向いてもらえた。

 

だから、俺の判断はきっと合っていた。俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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(非)日常編 2

投稿が少し開いてしまいました、お久しぶりです。
今回は最後の方に少し人によっては不快になるかもしれない文章があります。ご注意ください。


 

部屋に戻る。

今日は何をしようか…って、なんだかここにすっかり馴染んでるみたいで嫌だな。

 

しかし特にする事もないのも事実なので図書室に向かう。映画でも見るか。

適当に漁っているとちょっとおもしろそうなアクション映画が見つかったので手に取る。数年前にやってたけど見に行かなかったやつだ。まさかこんなところで見る事になるなんて。

 

「はわ!宮壁さんー!それ見るんでーすかー?」

 

「ん?潛手に…篠田と三笠じゃないか。…一緒に見るか?」

 

「じゃあお言葉に甘えるとしよう。たしかパソコンルームにスクリーンも用意されていただろう。私も手伝う。」

 

「お、いいな。映画館みたいに見られる訳だな。」

 

4人でわくわくしながらパソコンルームの設備を整える。机が動かせないので椅子を教室の後方に並べ、向かいの壁にスクリーンをはって機械を使って映像を映し出す。

電気を消すと一気にそれっぽくなった。

 

「わー!すごいですー!映画館みたいでーすねー!」

 

再生しようとボタンを押す手が止まる。…ポップコーンがほしいな。

 

「宮壁、取りに行かないか?2人ともほしい飲み物はあるか?」

 

三笠が察してくれた。というより三笠も欲しくなったのだろう。2人の要望を聞いて三笠と食堂の方に向かった。中に入ると案の定柳原が本を読んでいた。俺達に気づくと顔をあげる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ああ、映画のおともにポップコーンを持っていこうと思って。」

 

「…?ぽっぷこーん?」

 

そ、そこからか…!

 

「とうもろこしの種で作るお菓子なんだ。…食べるか?」

 

「いいんですか!わーい!」

 

「お、あったあった。すでに作られてるものがあってよかったな。柳原、これだ。」

 

三笠が小さい袋を1つ柳原に渡す。あれは、キャラメル味…!

柳原は袋を開けるとポップコーンをつまんで口に入れる。

 

「…!甘いですね!おいしいです!」

 

…それはキャラメルの甘さじゃないか?と思ったけどそんな事を言ってたら面倒だしキリ

がないのでやめておいた。

 

「よし、宮壁もドリンクを持ったら戻るか?」

 

3人分の飲み物を片手にもう片方の手にポップコーンを持った三笠が現れた。

 

「あ、柳原も見ないか?今からパソコンルームで映画を見ようと思ってるんだ。」

 

「映画ですか?でもおれ、この本がいいところなので今回はやめておきます!誘ってくださったのにごめんなさい!」

 

「そっか…じゃあまた今度見ような。」

 

「いいんですか!?ぜひ!」

 

 

柳原と別れてパソコンルームに戻る。わくわくしているのか潛手が足を揺らしながら待っていた。篠田も準備万端のようだ。

 

映画の始まる前のこの映像会社が出てくるところって、テンションが上がってくるから結構好きなんだよな…。

 

そのまま映画が始まった。簡単に言うとスパイの主人公が敵のアジトに忍び込んで真実を見つける…みたいな、そういう外国の映画だ。ちなみに吹き替え。

 

大音量にしたおかげで映画館並の迫力で見る事ができた。

 

 

「はわーー!!!とってもおもしろかったでーすー!」

 

「いい話だったな……。」

 

少し涙ぐんでいる三笠と潛手を見ながら誘ってよかったと思った。

 

「他にもたくさんあったのだろう?また別の物も見てみたいな。」

 

「ああ、その時は誘うよ。」

 

篠田も気持ち嬉しそうに表情を緩めた。

人と見た後は感想を話せるのも楽しいよな。しばらく3人と映画について話して解散した。

 

気がついたらもう夕食の時間になっていたので食堂に向かう。

 

「わたくし、これを作るのは初めてですから心配だったのですが…いかがでしょう?潛手さんに教わりながら作ってみましたの!」

 

安鐘がテーブルに運んできたのはかば焼きだった。ウナギ…はさすがになかったらしくアナゴのようだ。

横で潛手がえっへんと胸をそらしていた。

もちろんご飯にのせて食べる。アナゴをのせると真っ白いお米に食欲をそそる匂いのたれがじわじわと染み渡っていく。お米が色づいたところで箸を進める。

 

「お、おいひい…。」

 

前木の幸せそうな顔が…って前木のアナゴ、脂のノリが段違いだ。あれは相当おいしいやつ。ああいうところを見ると何気に運がいいんだろうなと思ってしまう。いや、別に羨ましいとかは思ってないぞ!よかったな、って思っただけだ!

 

心の中で1人で語っているのがだんだんと恥ずかしくなってきたので周りの会話に耳を傾ける。

そのまま皆と雑談をしつつ、朝よりも元気になってきた皆に安心しながら夕食を食べ終え、自室に戻る事になった。

 

 

 

□□□

 

 

 

「宮壁、少しいいか。」

 

「篠田?どうしたんだ?」

 

「今日見た映画…あれは、どういうつもりなのだ?」

 

「…え?」

 

篠田は映画を見た時とはうって変わって厳しい目をしていた。あのアクション映画に何か問題があったのか…?

 

「私の反応をうかがおうとしていたのか?あの映画を選んで…。」

 

「待て、本当に話が分からない!何かいけない事があったなら今度見る時は別の映画にするし、それに…俺とじゃなくて、3人で見てくれたら…。」

 

「宮壁だから嫌という話ではない。…何も意識せずにあの話を選んだのか?」

 

「もちろんだ。前から見たいと思っていたから選んだだけで…。そもそも篠田達が来た時に俺は選び終わっていたからな。」

 

「…!そうだった、な…。すまない。私が早とちりだった。今のは忘れてくれ。」

 

「篠田…?」

 

最後は本当に申し訳なさそうな顔をして帰っていった。

一体何があったんだ…?分からないけど今度からは篠田に映画の内容を決めてもらおう。

 

少しもやもやした気持ちを抱えたままシャワーを浴びてベッドに転がる。

しばらくすると程よい眠気が襲ってきて、抗う事もせずに目を閉じた。

 

 

 

□□□

 

 

 

『ミンナおはパオ!7時だよ!今日もレッツ・コロシアイ生活!カレンダーのないミンナのために今日で1週間って事も教えてあげるパオ!』

 

 

余計な情報を教えられて朝から不快だ。

普段の生活ならあっという間に過ぎていくはずの1週間で、人の死とお互いを疑い合う状況と…いろいろな事を経験してしまった。長い1週間だったな…。皆と出会ったのが随分前に感じる。

 

「…行くか。」

 

重い腰をあげて適当に身支度を済ませると食堂に向かう。

今日も相変わらずのメンバーが揃っていた。

 

「いつもごめん。昼は俺がやるよ。」

 

「あら、いいのですか?お昼でしたら三笠さんが作るとおっしゃっていましたので三笠さんを手伝ってくださると嬉しいですわ!」

 

「わかった。」

 

ご飯をささっと済ませて食堂を出る。ここから何をしようか…昼ご飯までは時間があるし、適当に歩いてみるか。

 

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

「あれ、こんなところで何してるんだ?」

 

「暇してる。」

 

1階の階段横の机と椅子だけが用意された簡素なスペース。そこで暇そうにくつろいでいる牧野を見つけたので声をかける。

 

「高堂と一緒にいないのか?」

 

「いや、四六時中ひっついてたらさすがに気持ち悪いでしょ。俺別にストーカーではないからね。」

 

「…え?」

 

「え?」

 

初めて高堂を見つけた時とかどう考えてもストーカーだった気がするぞ…?

 

「なんでもない。ただ自分の行為を振り返ってほしいなと思っただけだ。」

 

「ふーん?宮壁、そういえばあれからなんか分かった事ってある?」

 

「分かった事?いや、ないけど…。」

 

「…俺も。前は分かったら殺す、なんて言ったけどこの中にいるって思うとそう簡単に踏み切れなくなってきたなって。仮にも一緒に過ごしてるのに何の感情もなしに殺すなんてできない。」

 

そう言う牧野の顔は少し暗く、何か思い詰めてるようにも見えた。

 

「この中に悪魔とか裏切り者がいるなんて考えたくもないけど、でも、牧野だけが無理しなくていいんじゃないか。」

 

「でも宮壁も俺がもっとがんばっていればって」

 

「え?えっと…俺自身もがんばらないと、とは思ったけど、牧野ががんばればよかったなんて考えた事もないぞ?」

 

「マジ?」

 

「ああ。」

 

「三笠にも似たような事言われちゃったな。こうやって周りにいい人がいるからなおさら怖いんだけど…なんてね!宮壁も一緒にがんばろうぜ!ここから出るためにさ!」

 

いつの間にか牧野の顔には笑顔が戻っていた。

 

「もちろん。がんばろうな!」

 

目を合わせてお互いの意思を確認する。その後…少し恥ずかしいけど握手した。

牧野自身の事はまだ知らない事がほとんどだけど、同じ目標を持つ仲間として仲良くなれる気がする。

 

「あ、宮壁!この空き缶捨てといてよ!」

 

そう言って飲み終わったジュースの缶を投げてきた。

 

「は?」

 

「じゃあね!」

 

「おい!すぐ横にトラッシュルームがあるだろ!」

 

牧野は笑いながらどこかへ走って行ってしまった。

仲良く………た、たぶん仲良くなってる!勝手にそう思っておこう!

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

トラッシュルームから出たところで前木と出くわした。

 

「あ、宮壁くん!あのね、一緒にやってほしいものがあるんだけど…。」

 

そう言って前木が取り出したのは知恵の輪だった。

 

「倉庫にあったから暇つぶしにやろうかと思って挑戦してたんだけど、どんどんこんがらがっちゃって…。」

 

うわ…正直修復できるのか怪しいレベルにこんがらがってるな…。

 

「頭が硬いのかな…だけどこんなにしちゃったし、もうちょっとがんばりたいの!」

 

「わかった。できるだけやってみよう。」

 

前木と一緒にしばらく知恵の輪に悪戦苦闘した。

 

「助けて…。」

 

惨敗した。

1回前木の指が巻き込まれそうになって人差し指が赤くなっている。

 

「ほ、保健室行くか…。」

 

とりあえず保冷剤を布で包んで指にまいておく。

 

「ありがとう!ごめんね、結局知恵の輪もできないし…。」

 

「いや、前木の指が巻き込まれる前に止められてよかったよ。続きはもっと得意な人に任せた方がいいかもな。初期よりひどい状態になってそうだし。」

 

「そうしようかな。…へへ、宮壁くんって優しいんだね。」

 

「え?」

 

「だって、私が勝手にやった事なのに心配して手当までしてくれるんだもん。知恵の輪より気にしてもらえて嬉しいなって。」

 

「さすがに知恵の輪の方が大事っていう奴はいないだろ。」

 

「あはは!さすがに冗談だよ!」

 

「俺、からかわれたのか…。」

 

「そういうつもりじゃなかったんだよ!?あ、でもそうなっちゃったね。」

 

えへへと笑う前木は純粋にかわいいなと思……いや、何を考えているんだ俺は!

 

「み、宮壁くん?どうしたの?急に頭振ったりして…。」

 

「えっ、あ、いや、なんでもない!」

 

今度は俺が心配されてしまった。恥ずかしいな…。

 

「…ヘドバン?」

 

「別に俺はツッコミ待ちでもボケ待ちでもないからな!?」

 

「あはは、ごめんごめん!宮壁くんのリアクションがおもしろくってついボケちゃった。でも急に頭振られたらびっくりするよ!」

 

「それは普通にごめん。」

 

そんなこんなで謎の漫才を繰り広げてから前木と別れた。

なんというか、気がついたら前木のペースにのせられちゃうんだよな…。

恥ずかしかったり困惑したりするけど、何より楽しいからいいか。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……分かりました!犯人はAさんです!……あれ?Bさん?こんな人いましたっけ…?」

 

「いや、柳原…登場人物のところにBさんの名前あるぞ…。」

 

俺も本でも読もうと思って図書室に行くと柳原が声を出しながら読んでいたので気になって少し見ていた。

 

「あ、本当だ!さすがです宮壁さん!すごいです!」

 

「あ、ああ…。」

 

なんというか、褒め言葉が大げさだよな…。悪い気はしないからいいんだけど。

 

「宮壁さんは推理ができるんですよね!コツはなんですか?」

 

「こ、コツ…特にないけど、そうだな、柳原も消去法を使ったらいいんじゃないか?」

 

「しょうきょほう?」

 

「簡単に言うと、いろんな理由からこの人にはできない、って絞り込んでいくんだ。」

 

「なるほど!無理だと思ったら候補から消すって事ですね!宮壁さんはそんな事まで考えられるなんて…!かっこいいです!」

 

「そうなのか…?まあ、柳原も無理はするなよ。本ばかり読んでいたら疲れるだろうし。」

 

「おれ、体力はたくさんあるので大丈夫ですよ!」

 

「そっか。がんばってな。」

 

「はい!宮壁さんはすごいですね!さすがです!」

 

「え、何がだ…?」

 

「宮壁さんはおれのことを助けてくれましたし、すっごくかっこよかったです!」

 

「ありがとう…?」

 

かっこよかった…真実を暴く事がかっこよく見えたのか…。普段なら喜ぶ事だけど、あの出来事は手放しで喜べるようなものじゃないからか、俺の中ではどうも納得できなかった。

 

「おれ、宮壁さんみたいになりたいです!がんばろうって思ったんです。だから、えっと…本当にありがとうございました!」

 

それでも柳原は純粋にそう思ってくれているのだろう。それなら俺は柳原の言葉をちゃんと受け取るべきだと思った。

 

「どういたしまして。」

 

「宮壁さんは何か普段からやっている事はありますか?もしよければ本を読むのもいいと思います!ここでは何もする事がありませんから、読書をすれば少しは充実すると思います!」

 

「そうだな、適当に読んでみるよ。」

 

「ぜひ!」

 

時間もいい感じになってきたので何冊か本を選んで自室に戻る事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

自分の部屋に本を置いてから厨房に行くと三笠昼食を作り始めていた。

 

「あ、三笠、俺も手伝っていいか?」

 

「ああ。助かる。最近安鐘や潛手に任せる事が多かったからな。前木や高堂が手伝っているのもよく見る。男子が何もしていないと思ってな。」

 

「たしかに。」

 

と言っても昼からがっつり作るのも…という感じだったのでここはファーストフードの王道、ハンバーガーを作る事にした。親切にもハンバーガー用のパン…バンズが用意されており、後は野菜を切ったり肉を焼いたりするくらいで作れそうだ。

 

分担しながら作る事30分ほど。野菜多めのハンバーガーが人数分できた。塩コショウで味はつけてあるしドレッシングなんかもつけたからそれなりのものはできたと思う。

 

「あ、そういえばお昼ご飯は三笠くんと宮壁くんが作ってくれたんだよね!」

 

「わー!ハンバーガーでーすー!なんだか久しぶりーでーすねー!」

 

この外食みたいなメニューもたまにはいいだろうと思っていたら案の定皆に喜んでもらえたみたいだ。

 

「ですがこうして何もせずに過ごしていると1日がとても長く感じますわね…。やっぱりわたくしも料理しますわ!気分転換にもなりますもの!」

 

「うん。夜はあたしも手伝う。」

 

「潛手めかぶもやりまーすー!じっとするより料理の方が向いてるのでー!」

 

「料理が苦手な方もいらっしゃいますし、ここはわたくし達にお任せくださいな!」

 

「いいのか?もちろん俺も言ってくれたら手伝う。」

 

「そうですわね…暇であればお願いしますわ!基本わたくしがやりますのでみなさん安心なさってくださいませ。」

 

今度からは安鐘達が主体になってくれるらしい。ありがたいな。

食べ終わって片付けも済ませる。今は14時前くらいだから夕食までは時間もあるしもう少しいろいろ出歩いてみるか。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

そんな俺が向かったのは理科室だった。もちろん、目当ての人はいた。

 

「何の用かな?」

 

「今どのあたりまで進んでいるのか気になっただけだ。」

 

「終わったら報告するから気にしてくれなくていいよ。まあ、そうだね、4割も達成できていないのが現状だよ。」

 

「…手伝える事はあるか?」

 

「そうだね、じゃあその瓶に横の瓶の液体を入れておいてくれるかな。」

 

そんな感じで東城の手伝いをした。

無心で手伝う事数十分、ふと東城が声をあげる。

 

「間違えた。」

 

「え?」

 

「手順を間違えた。これはやり直さないとね。」

 

「お前…失敗するんだな…。」

 

「どういう意味かな?」

 

「お前は失敗とか許さないタイプだと思ってたから。」

 

「それをきちんと対処できるならいいよ。対処できなくても取り返しがつくならボクは何も言わない。」

 

なんか意外だ…。てっきり自分にも他人にもストイックなのかと。

 

「じゃあ俺が失敗しても大丈夫なんだな?」

 

「わざとじゃないなら。そこまで非道ではないよ。」

 

「いやお前は十分非道だ。」

 

そこだけは絶対訂正しないといけない。そういえば…。

 

「東城はその、人体実験とかが違法だって事、分かってるのか?」

 

「ボクは犯罪者なら使っても許されるべきだと思っているだけだよ。動物と人とじゃ正しい結果が得られるか怪しい物だってあるよね?」

 

「…。」

 

分かってたらしい。余計にたちが悪いじゃないか…。

 

「まあこんなものかな。宮壁くん、手伝ってくれてありがとう。」

 

きっと東城と分かりあう日なんて来ないんだろう。そう思っていても当たり前のように笑顔でお礼を言う東城は普通の男子高校生にしか見えなかった。

 

 

♢♢♢

 

 

 

「あ、宮壁。」

 

イベントホールの隙間から高堂の姿が見えたと思ったら本人から声がかかる。

 

「高堂か。何をやってるんだ?」

 

「トレーニングだけど。」

 

…前から思ってたけど、高堂ってあまり笑わない気がする。

だからかその…ちょっと怖いんだよな…。

 

「何?」

 

「え、な、何って?」

 

「何してるか聞いたきりぼーっとしてるから。」

 

「ご、ごめん。」

 

「しっかりしてよね。普通に心配するから。」

 

…そういう事をさらっと言うから牧野に好かれるんだろうな…。いやあいつの場合は一目惚れって言ってたけども。

 

「高堂って優しいよな。」

 

「…え、急に何。」

 

え?もしかしなくても少し引かれてる?嘘だろ…難しすぎないか?

 

「ちゃんと心配するんだなって思ってさ。」

 

「…掘り返されると恥ずかしいね。」

 

ちょっと顔を赤らめた高堂を見てさっき不愛想だと思った事を反省する。よく考えたら前木とかといる時は普通に笑っていたな。

 

「そういえば高堂って普段からトレーニングしてたのか?」

 

「たまに1人でね。やっぱり体を動かしておかないと体力なんてすぐに落ちるし。」

 

「そっか、山岳部って運動部だもんな。」

 

「まあね。大会とかもあるし体力づくりは必須かな。」

 

「大会?じゃあチームとかがあるのか?」

 

「うん。宮壁もやる?」

 

「えっ?山岳?」

 

「あ、いや、トレーニングのつもりだった。もちろん山岳に興味を持ってくれるならそれが嬉しいけど。」

 

そんな感じでまた今度一緒にトレーニングをする事になった。牧野に怒られないか心配だけど高堂公認だし大丈夫だろう。

淡々としてるけど高堂は思ったより話しやすいんだよな。トレーニングの時も色々話せたらいいな。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「ほわー!宮壁さんー!」

 

「潛手!どうしたんだ?」

 

「暇すぎるのでー、何かしませんかー?いろんな人に声をかけて回ってるんでーすー!」

 

「いいぞ。何をしようか…?」

 

「あのでーすねー、図書室にこんなものがありまーしてー…。」

 

そう言って潛手が取り出したのはトランプだった。遊び道具も結構あるのかもしれない。

 

「とりあえず2人でするなら…スピードとかが無難じゃないか?」

 

「潛手めかぶ、スピードは得意なんですーよー!神経衰弱は苦手なんですけーどー…。」

 

素早い動きが必要なスピードを潛手がやってるイメージはあまり浮かばないけど…どれくらい速いんだろうか。わくわくしながらカードを配っていく。

 

「ではではー、いきまーすよー!」

 

負けた。いや…速すぎる…。正直舐めてた。よく考えたら泳ぎはプロみたいなもんだし普段から魚を追いかけてるんだから速いのは当たり前だった。

 

「わーい!勝ちまーしたー!」

 

「負けました。すごいな潛手…力も強いし速いし…。」

 

「このくらいしてないと海女さんとしては役に立てませんかーらねー!」

 

「そうなんだな…海女さんってやっぱりなれるだけですごい職業だよな。」

 

「へへへ、褒めてもらえると嬉しいのでーすー!」

 

照れる潛手をほほえましく感じながらもう一戦。さすがに今さっきボロ負けしたので終わりたくはない。

 

 

「ひ、引き分け…。」

 

潛手の最後の1枚がなかなか出せず、結果残り1枚ずつの引き分けになった。

 

「あわわー!宮壁さんお強いですーねー!」

 

「いや潜手の方がよっぽど前に残り1枚になってただろ…。」

 

悔しいけどすぐに追いつけるようなものじゃなかった。そこまで諦めが悪いわけではないしこれで今日はやめておこう。

 

「これ、みなさんでやりたいでーすねー!きっと楽しいはずですー!」

 

「そうだな。今度やってみよう。」

 

「はいー!」

 

潜手と軽い約束を交わして別れた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……。」

 

「お、おお…どうした…?」

 

「…ポップコーン…。」

 

…えっと、食べたいって事か?

 

「取る…身長……低い…。」

 

「あ、確かに勝卯木にはちょっと届かないかもな。」

 

たまたま廊下でばったり出会ったので勝卯木についてポップコーンを取ってあげる事にした。どうやら柳原が食堂で食べているのを目撃していたらしい。

 

「あれ…。」

 

「ん…これか?どうぞ。」

 

「…。」

 

ぺこりとお辞儀をする。

…前から気になってた事があるんだよな…。

 

「なあ、勝卯木ってどうしてその…そういう喋り方なんだ?」

 

「……。」

 

勝卯木はじっと俺の方を見たまま何も答えない。

この間がちょっと苦手なんだよな。何をしていいか分からないのに目だけはずっと合ってるんだもんな…。

 

「えっと、その…なんでもない。ごめん。」

 

「……喋る、苦手…。」

 

思ったより普通の理由だった。

 

「家族、お兄様…無言、分かる…。」

 

「あ、そういえばお兄さんがいるって言ってたな。何も言わなくても分かるって、相当仲がいいんだな…。」

 

勝卯木は「仲がいい」という言葉にちょっと嬉しそうにするとポップコーンを俺の口に当ててきた。

 

「ふへっへほほは?」

 

…食えって事か?目を見たところで何も分からないけどたぶんそういう事だろう。

おそるおそる食べると勝卯木は満足そうにして今度は自分で食べ始めた。

 

「…つまり普通に喋る事は一応できる、んだよな…。」

 

「……苦手。」

 

たどたどしいところを見ると、家族が甘やかしすぎたんじゃないかとさえ思えてくる。

何も言わなくても全部やってくれてたんだろうな…。

 

袋を抱え直すと勝卯木は食堂から出ていく。

 

「……宮壁、おもしろい。」

 

なんか、前もそんな事言われたよな…。

そろそろ夕食なのにポップコーンなんて食べてよかったのかなんて変な心配をしながら自分の部屋に戻る事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

夜は野菜炒めとかいろいろ。適当な材料で作ったと言ったけどそれでこのクオリティならすごいよな…。

皆で…いや、13人での食事でやっと談笑する様子が目立ってきた。こうやって何事もなければきっと…。誰とも話さずに食べている人は相変わらずいるけど、揃わない事はほとんどなくなった。それだけでも大きな進歩だ。

 

「…。」

 

「ご馳走様でした。」

 

食器はそのままで立ち上がって出て行った東城を睨んでいるのは勿論…難波だ。

この2人は、まだ時間がかかるだろうな…。

 

安鐘も少し困ったように、それでも何も言わずに食器を片付ける。

気づいたら大渡もいなくなっている。全員が仲良くなるなんて高い目標を持とうとは思わないけど、こう、もうちょっと…どうにか、な…。

残りはバラバラと帰っていった。俺は自分の食器だけ洗って食堂を後にした。

 

 

「あ、宮壁さん!あの…。」

 

「柳原?」

 

「あのですね、この本に『裸の付き合い』って言葉があったんです!東城さんとか大渡さんみたいに1人で行動している人もいますから、裸の付き合いをすればいいんじゃないかと思って!」

 

…ん?

 

「…えっと、具体的に何をするんだ?」

 

「ここにいる13人全員でお風呂に入り」

「女子はだめだ!!!」

 

…嫌な予感はしていたけど本当にそう言うとは思わなかった。

 

「え?なんでですか?」

 

「いや、そんな、なんでってお前、女子の裸なんて見たら犯罪だぞ!?」

 

「男の裸は犯罪にはならないんですか?」

 

「ならない。」

 

「不公平ですね!」

 

…そういう人権問題につながるような発言はしないでくれ!

というか世間知らずにもほどがあるだろ!

 

「そ、そもそも女子の裸なんて見たら恥ずかしいし申し訳なくなるだろ?」

 

「別に…?」

 

頼むからせめて申し訳なくなってくれよ…!

 

「覗きの相談ですか?よく今日わたくし達がお風呂に行く事をご存じでしたわね?」

 

………。

 

「おれも入ります!」

 

「…柳原さん…時間をずらしてくださいませ…。」

 

「そ、そんなに言うなら…分かりました…反省します…。」

 

そもそも何を反省するのか分かってなさそうだけど柳原はすごすごと帰っていった。

 

「宮壁さんも変な気は起こさないでくださいね?」

 

「はい。何の気も起こしてません。」

 

ひ、ひえ…怖い…。目が全く笑ってない…。そりゃ今の会話を途中から聞いてたらそうなって当たり前なんだけど。

そのままそそくさと帰った。

 

 

部屋に戻ってシャワーを浴びる。あの様子だと女子は皆でお風呂だろう。長くなるだろうし俺が大浴場を使うのは明日でいいだろう。

 

濡れた髪を乾かしながら夜時間の始まりのチャイムを聞く。

不快な声にもだんだん慣れてきた自分に腹が立つけれど、あの1番聞きたくないアナウンスを今日も聞かずに過ごせた事に安堵しながら眠りについた。

 

 

 

□□□

 

 

 

「おはパオ!」

 

なんだ、チャイムにしてはハッキリした声だ………あれ?

目を開けるとしっかりと2色のゾウが映り込んでいる。

 

「おはパオ!」

 

「おはパオ…って誰が返すかよ。」

 

途中から覚醒し無意識に出ていた言葉を濁す。そもそもなんでここにいるんだ?

 

「今日はいい日になるパオ!別のところに行こうとしたら間違えてここに来ちゃっただけだよっ!」

 

「いい日…?」

 

コイツの言う『いい』が俺達にとっていいものではないと知っているから思わず顔がこわばる。

 

「身構えなくても大丈夫だよっ!ボクくんは平等ではあるけどクロを勝たせようとは思ってないって前の裁判で言ったでしょ?」

 

「…クロはもう出たりしない。」

 

「あまいねっ!そんな事言ってると痛い目に合うよ!」

 

俺が睨んだのを軽く流し、そのまま好き放題言って消えてしまった。

…朝から嫌な気分だ。早く忘れたくて急いで準備をし、食堂に向かった。

 

いつも通りご飯を食べる。今日は少し遅くなったから大体の人が朝食を終えていたらしい。食堂に残っていたのは三笠と篠田と勝卯木だけだった。

 

「篠田が食堂にいるのは珍しいな。」

 

「朝食をとるのを忘れていてな。さっきまで安鐘が残っていてくれたのだがさすがに皿洗いまで任せるのは申し訳ない。」

 

「なるほど。勝卯木は何を食べてるんだ?」

 

「……。…デザート。」

 

「えっと、カップラーメンはデザートに入るのか?」

 

「入らないだろうな…。」

 

三笠が苦笑する。朝からすごいな本当…。

篠田が出て行くと同時に食べ終わったので俺も皿を洗う。

この後は…特にする事もないよな。暇だ。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

勝卯木はともかく三笠がまだ残っていたのが気になったので声をかける。

 

「三笠は何をしているんだ?」

 

「ん…ああ、これだ。」

 

三笠が手に持っていたものを俺の方に見せてくる。作者のところに『桜井美亜』と書かれている。

 

「…オレジカじゃないか。図書室にあったのか?」

 

「ああ。しかもこれ、よく見てくれ。」

 

「…13巻?オレジカってまだ10巻までしか出ていなかったよな?数字を間違えただけじゃ…。」

 

「いや、話はちゃんとつながっているし絵も桜井の絵柄で間違いない。」

 

「じゃあなんでここにあるんだ?」

 

「案外黒幕からのヒントかもしれぬぞ。モノパオの事だからヒントではなく単純なミスの可能性もあるがな。」

 

気づいたら勝卯木がこっちを見ていた。ラーメンが熱かったのか少し汗をかいている。

俺達の視線に気がつくとまたラーメンをすすり始めた。

 

「まあとにかく、これで分かった事がある。宮壁は既視感を感じた事はあるか?ここにいる人と出会った事があるような…。」

 

「それならある。まさか、本当に会っていて…?」

 

その時の記憶がなんらかの理由で抜けているとするなら桜井の漫画の新刊がその間に出ていると考えられる。

 

「…うむ…だめだ、さっぱり分からない。そもそも記憶を揃って失うなんておかしいが。」

 

まだ分からない事ばかりだけれど、こうやって他の階や部屋が解放されたら分かる事も増えていくのかもしれない。…コロシアイなんて起きなくても上の階を開放する手段はあるかもしれない。それを探していけばいいんじゃないか?

 

「とは言っても、三笠ってよくそれを見つけたよな。図書室のイメージがあまりないから驚いた。」

 

「桜井の漫画も好きだったからな。本も読むがやはり漫画の方が短い時間で読めるから普段は漫画ばかり読んでいた。」

 

「そうか、三笠もいろんなところに行くから暇つぶしには本がいいのか。」

 

「ああ、だからその…桜井を出会った時は感激したものだ。もっと言えばよかったと今になって思う。」

 

「三笠…。」

 

再び苦笑する三笠を見て、何も言えなくなる。

 

「…すまない、しんみりさせてしまったな。」

 

「いや、いいんだ!その、三笠もそういう事言ってほしいなって思って、いつも皆の事を励ましてばかりだから…。」

 

「ははは、宮壁はいい奴だな。その時があれば、また頼むぞ。」

 

「…ああ。」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

食堂を出てから図書室に行く。部屋にある読み終えた本の代わりに、俺も桜井の漫画を読みたいと思ったからだ。

 

「…宮壁か。」

 

「あ、篠田。何してるんだ?」

 

「見て分からないか。」

 

持ってるのは…料理本?

 

「料理するのか?」

 

「私は料理をほとんどした事がなくてな、おそらくレシピを見れば同じものは作れるはずだが…。」

 

「安鐘達が任せろって言ってたぞ?」

 

「気づいているか知らないが私は1度も料理を手伝った事がない。さすがに申し訳なくてな。」

 

「ああ、なるほど…。」

 

篠田はなんだかんだでかなり真面目だよな。真剣な表情でレシピを睨みつけている。

 

「宮壁は何が簡単だと思う?」

 

そう言って見せてくる。…正直このページにある料理は俺も作れない。フレンチは手をつけた事がないぞ。

 

「このページじゃないもっと普通のやつはどうだ?例えば…焼きそばとか。」

 

「なるほど、焼きそばか。麺をゆでて焼くだけの簡単なやつだな。」

 

「いいと思う。野菜を多くすれば栄養もある程度摂れるし。」

 

「分かった。しかしレシピがないと不安だな…。探すか。」

 

篠田と焼きそばに入れる具材を相談しながらレシピを探した。

 

「ありがとう。宮壁も手伝わなくていいからな。では作ってくる。」

 

踵を返して篠田は図書室から出て行った。

今日の話だったんだな、めちゃくちゃ行動が早い。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「あら宮壁さん、こんにちは。」

 

漫画を手に部屋に戻る途中で安鐘に会った。

 

「篠田さんが作ってくださるそうで、嬉しいですわ。気を遣ってもらったようで申し訳ないのですが…。」

 

「安鐘こそ休んでほしいって気持ちがあるから篠田の気持ちも分かるぞ。」

 

「そんな、恥ずかしいですわ…。」

 

嬉しそうに照れる安鐘を見るとやっぱり美人だな、なんて思ってしまう。

 

「安鐘はすごいよ、いつもいろんな料理を作ってくれて。」

 

「え、えと、あの…その…。」

 

「ご、ごめん!」

 

そうだった。最近見てなかったから忘れてた。

 

「わたくしこそごめんなさい。その、ここに来てから褒められる事が増えたので慣れたいとは思っているのですが…。」

 

「そうなのか?そういえば社交辞令って言ってたっけ。」

 

「まあ、それもありますが…わたくし、中学の時はお金持ちの学校に通っていたのです。そこだとその…マウントってわかりますか?自慢合戦というか…。」

 

「あ、ああ…。」

 

…お金持ちの闇を見た。自分の家とかを自慢し合うってわけか。生徒も親も。…いい環境ではないだろうな。

 

「ですからその、コロシアイという場でこんな事で喜んでいいのか分かりませんが、こうしてみなさんに出会えて嬉しいのです!」

 

「いや、大事な事だよ。…じゃあ、これからも褒めていく!」

 

「えっ?あの、そういうつもりではありませんのよ!?」

 

「はは、ごめん、ちょっとからかった。」

 

「宮壁さんたら…!昨日の事、忘れていませんわよ?」

 

「うっ……!きゅ、急用が…。」

 

仕返しがひどそうなのでそそくさと帰った。

 

 

 

□□□

 

 

 

昼はもちろん篠田が作ってくれた焼きそばだ。

おいしかった。潜手いわく料理をめったにしないとは思えないくらい手際もよかったらしい。

 

「しかしこれをほぼ毎回している安鐘や潜手はすごいな。レシピの3倍で作ると大変だった。」

 

「でもでーもー、篠田さんすごくお上手でーしたー!」

 

「…ありがとう。」

 

…篠田、潜手には異常に弱いよな。確かに潛手のきらきらした笑顔を振り払うのは無理だ。

 

「篠田も自分達と料理しないか?手分けすれば楽になるはずだ。」

 

「ああ、たまになら…かまわない。」

 

三笠にも弱いんだよな。ちょっとほほえましく感じてしまう。…2人とも俺より背が高いんだけどな。

 

「あ、宮壁、後でちょっといい?」

 

「難波?いいけど何が…?」

 

「なんでもない。」

 

???…珍しいな。いつもは前木といるし…。

片づけを終えて俺は難波の呼び出しに応じる事にした。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

「お、きたきた。」

 

「なんだ難波?話があるとか…?」

 

「そ。簡単に言うと東城について。」

 

「…何を聞きたいんだ?俺も東城の事はよく知らないぞ。」

 

「いいのいいの。聞きたいのはそこじゃなくて、アンタが東城をどう思ってるかっていう話。アンタにとって東城は敵?味方?どっちなの?」

 

難波は何を聞きたいんだ…?少なくとも俺の中では敵ではない。言ってる事は理解できないし理解したくもないけど。

 

「どちらかというと味方…だけど。」

 

俺の答えに難波はため息をついた。

 

「アンタはそう言う気がしてた。というかここにいる人ほとんどそう答えてる。アタシはまだ分からない。」

 

「難波はなにがそこまで引っかかるんだ?」

 

「何って、アイツ、犯罪者が嫌いって言いながらアタシの事を邪険にしないでしょ。あの裁判の時はあんな感じだったけどそれまでは大した反応なんてしてなかった。それって変じゃね?アタシが嫌いなら最初からそういう反応をとってもおかしくない。」

 

「たしかに。難波の事をよく思う理由があるのか?」

 

「分かんない。それに、アタシは個人的に東城を知ってた気がする。アイツは危険だって、アイツを見るたびに何かが言ってる。」

 

「えっと…大渡に見てもらった方がいいんじゃ…。」

 

小突かれた。なんでだよ!

 

「あのね、そういうオカルトの話じゃねーの。本能…的な?もう1人の自分的な?」

 

「…漫画の読みすぎじゃないのか?」

 

小突かれた。今のはごめん。

 

「アンタよくそんなからかいで勝てると思ったね。鈴華に弱み握られてるんでしょ?」

 

「え!?なんで知ってるんだよ!というか別に弱みじゃない!」

 

「覗こうとしたって…アンタが1番変態だったとはね…ゆうまきゅんみたいな見た目なら許せたのに。」

 

「それは許すな。」

 

というか柳原が誰からもスルーされている気がする。理不尽だ。

 

「というか難波はなんでその事を知ってるんだよ。」

 

「アタシ見てたから。廊下で立ち聞きしてた。怪盗だからそういうのは流石に上手じゃないとヤバいでしょ。」

 

「な、なるほど…あれ?なら俺がわりと理不尽に怒られた事も知ってるんじゃ…」

 

難波はてへぺろ、とでも言いたげな表情で自分の頭をコツンと叩いた。

 

「ま、まさかここまでのやり取り全部…!」

 

「からかった。だから言ったじゃん。『よくそんなからかいで勝てると思ったね』って。」

 

そう言って笑いながら歩いて行った。

…難波には勝てそうにないな。結局難波が言いたい事も分からないままだ。

俺、難波の事とか全然知らないんだよな…。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「…。」

 

「…えっと…。」

 

「邪魔だ。どけろ。」

 

「ごめん。」

 

…大渡が久しぶりに喋った気がする。

 

「大渡、最近誰かと喋ったか?」

 

「…あ?」

 

「誰かと話してるところなんて全然見ないから。」

 

「うるせぇよ。」

 

「俺と話さないか?」

 

「キモ。」

 

…………キ?キモ?

 

「おい!俺はお前の事これでも一応気にかけてるのになんだそれ!」

 

「気にかけてくれなんて頼んでねぇ。」

 

「……お前…!」

 

相変わらず嫌な奴だな…!

 

「でも、ご飯は毎回来てるんだな。一緒にならない時が多いから知らなかったけど安鐘が言ってた。」

 

「……何が言いたい。」

 

「よかったって話だ。そうやって確認しないと安否が心配になるからな。」

 

「親かよ。」

 

「同じ境遇の仲間だ。」

 

「キモ…。」

 

キ……………?

よく見ると顔もドン引きしている。え?そんな引かれる事言ったか?

なんでこんな性格なんだよ…親も大渡に似てたんだろうか。もう話題も見当たらないぞ!

 

「大渡…お前友達できた事ないだろ…。」

 

「ねぇよ。悪いか。」

 

え、ええー…はっきり…言うなぁ…。

 

「悪くは、ないけど…。」

 

「もう話しかけんな。」

 

そのまま無言で去っていく。悪い人ではない、そうは思うけどよく分からない…とりあえずキモいって2回も言われた事は忘れないからな!

 

 

 

□□□

 

 

 

大渡と話して嫌な気分になったところで食堂に行く。

特に理由はない。強いて言うなら水分補給?

 

「あ、宮壁だ。」

 

「高堂達か。何してるんだ?」

 

「おやつの時間にしてたんだよ!」

 

にこにこと笑う前木の隣で勝卯木はドーナツをむさぼっている。またか。

なんて声をかけようかと思った時だった。

 

 

『ミンナ~!今から配りたい物があるからイベントホールに集まるパオ!ボクくんの言う事には従わないと校則違反とみなしちゃうよっ!』

 

 

急に鳴り響いたアナウンス。なんだ、急に…。

 

「い、今までこんな事なかったよね?なんなんだろう、これ…。」

 

「……不気味……。」

 

前木や勝卯木も不安そうだ。

 

「校則違反って事は、逆らっちゃダメなやつだよね。」

 

高堂の言葉に緊張しながらも俺達はイベントホールに向かった。

 

 

 

□□□

 

 

 

「やあミンナ久しぶりパオ!」

 

イベントホールに着くとモノパオがいつもの場所で待ち構えていた。

 

「モノパオ、何の用で私達を集めた?そのような大事な用事があるとは思えない。」

 

「いやー、だってね?ミンナあれだけギスギスしてたのにすっかり平和ボケみたいになっちゃってさ?人数少ないから解放感が出ちゃったパオ?」

 

「いちいち前置きが長い。つまりアンタはまたアタシ達をギスギスさせようって目論んでるって事でしょ?」

 

「難波サンにカットされたパオ!ひどいよっ!…まあその通りだよ!言っちゃえば動機!前回はミンナ共通だったから今回は1人1人に合わせた手の込んだ動機パオ!」

 

1人1人…?少なくとも俺にそんな弱い部分があるようには思えない。知ってる限りで俺に地雷みたいなものは存在しないし…。

 

「題して!『自分も知らない自分の秘密』!」

 

そう考えていた俺の認識があまい事を痛感した。自分も知らない…そう考えてよぎったのは、俺達が会った事があるかもしれないというあの不安。

あれがもし記憶を消されているのだとしたら?そうすれば『今の俺』が知らない『昔の俺』に何かがあってもおかしくない。

そう考えたのは俺だけじゃなかったようで、気づけば重い空気に支配されていた。

 

「はい!はい!はい!はい!…………はい!配り終わったパオ!ボクくんからもらったものにはちゃんと目を通すように!先生からの伝達を無視するなんて普通に人として間違ってるからねっ!」

 

真っ白な封筒を手渡された。なんでここだけアナログなんだ。

 

「人として間違ってんのはこんな事を強要する貴様だろ。」

 

「こらっ!大渡クンも口答えしない!まあちゃっちゃと見ちゃってよ!もしかしたらそんなに危険なものでもないかもしれないよっ?」

 

周りでかさかさと紙を開く音がする。

モノパオの前で見るのは癪だけど仕方ない。そう思って俺も開こうとした時、

 

 

「モノパオさん、あの、大変言いにくいのですが、これはわたくしの秘密ではありませんわ…。」

 

 

安鐘が困ったようにつぶやく。

…え?開こうとした手が止まる。本人の物じゃないのか?

 

「え?どれどれ…。」

 

モノパオが駈け寄ってわざわざしゃがんでくれた安鐘の紙を見る。

 

「いぴぴ!本当だ!うっかりしちゃったパオ!順番バラバラに渡してるパオ!」

 

…笑いごとじゃないだろ…!

 

「まあもう見ちゃってる人もいるみたいだし入れ替えないけど、自分のを持ってない人は怖いねー!自分すら知らない大事な秘密を他人に握られちゃった訳なんだからねっ!あ、そうだ、これ自分も知らない、というか本人が忘れてる秘密なんだよね。」

 

「忘れている…?ボク達は記憶喪失になっているという事かな?」

 

「簡単に言っちゃえばそういう事!で、で、ここからがボクくんのすっごいところなんだけどね、この封筒の中にもう1つメモリがあるでしょ?これに、その紙に書いてある事を裏付ける証拠が入ってるんだよっ!嘘は言ってないっていう証明パオ!これも他人が好きに見る事ができるパオ!生徒手帳にモノパオファイルと同じようにさし込むだけだからねっ!」

 

その言葉でもしかしたらモノパオの嘘かもしれないという淡い期待は消えてしまった。

気になってしまう。自分の知らない秘密が。

 

「いぴぴ!おもしろい事になったからカメラから確認しよーっと!」

 

モノパオは失敗して良かったと言わんばかりの元気よさで小躍りしながら消えていった。

後に残ったのは勿論…沈黙。

 

「自分は、誰の秘密なのかだけ確認した。」

 

「わたくしもまだ内容は見ていませんわ。」

 

「そこで提案なのだが…元の人に返さないか?お互いを疑う訳にはいかない。もしかしたら他人に知られたくない秘密が入っているかもしれない。」

 

「だ、だめ!」

 

三笠の提案を真っ先に断ったのは前木だった。

 

「見てしまったのか?」

 

「…私は、これが本人に渡らない方がいいと思う。だって、モノパオはコロシアイを起こす為に秘密を用意したんだよ?だったら、この秘密っていうのは本人が見ちゃいけないものなんだよ。」

 

「それもそうだな…。」

 

「私は渡せない。ごめんなさい。」

 

…前木は誰のを引いてしまったのか、申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「他の人のを引いている人は…各自で判断してほしい。本人に伝えても大丈夫な内容かどうか。そして、その伝えるラインは厳しくした方がいい。よっぽど小さいと考えた時だけ…いや、それも怖いか…基本隠そう。前木の反応を見るに知らない方がいい事の方が書かれている可能性は高い。」

 

「そもそも確認ってするの?見なくてもいいんじゃない?」

 

「で、でもー、モノパオさんが『見るように』って念を押していた―のでー…自分のを見ろとは言っていませんでしたが、『配られたもの』は見ないと危ないなんて事もあるかもでーすー…。」

 

「はあ。やだなー、別に今見ないといけないわけじゃないでしょ?俺とこの人だけの秘密って事だし、部屋で見る。」

 

牧野がそう言って帰ったのを皮切りに、皆がバラバラと戻っていく。

もう嫌だ。また関係をボロボロにされるのはうんざりだ。

 

「柳原」と書かれた紙を持って、俺も部屋に戻った。

 

 

 

□□□

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

これは本人に見せるべきなのだろうか?

一瞬迷ったけどすぐにその考えを頭から消した。俺はこれを柳原には見せないだろう。

これは俺にはどうしようもない問題で、きっと彼にも解決できない事なのだから。

 

怖い。この手紙から破り捨ててしまいたいくらいの恐怖を感じる。

メモリは確認していないのに鳥肌がおさまらない。

誰かに見られる前に捨ててしまおうか。

知らない方がいい事もある。

これはおそらく、柳原にとっての『地雷』だ。

 

 

―――

龍也へ

 

学校はどう?

早く龍也に帰ってきてほしいです。

やっぱり送り出すんじゃなかった。

龍也がいなくて皆困っています。

龍也は寂しくない?

他人しかいない学校なんて龍也にとっては初めてだもんね。

お母さんは龍也が心配です。

でも、龍也が才能を伸ばすために決断してくれた事、とても嬉しく思います。

本当にがんばり屋さんだね。偉いね。

そんな龍也を見習って子ども達もすくすくと成長しています。

龍也が学校に行っていた間に3人目が生まれました。とっても元気な女の子よ。産ませてくれて本当にありがとう。

いつになったら帰ってくるのか分からなくて心配だけど、龍也の事を考えたらがんばれます。

誰よりも大人で素敵な私の息子へ。

返事を待っています。

 

母より

 

 



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(非)日常編 3

次回は非日常に入ります。時間はあるはずなので夏の間に2章を完結させたい所存。

全員何かしらイベントを起こすのがかなり大変でした。いい感じに分散できたと思います。


 

『ピンポーン』

 

突然のインターホンに慌てて手紙を机にしまう。扉を開けると潛手がいた。

 

「宮壁さんー!あのですね、1時間後に食堂に来てもらえまーすかー?」

 

「1時間後…?何かあるのか?」

 

「えっとですねー…みなさんにごは…あっ、秘密ですー!」

 

慌てたように潛手は走って行ってしまった。

えっと…ほとんど言ってたようなものだけど、果たして集まるのか…?誰が誰のものを持っているのかも分からないのに、こんなすぐに…。

ダメだ、また俺はそうやって周りを信じようとしない。きっと来てくれるはずだ。

 

幸いにも図書室から持ってきていた本があるからそれでも読んで暇をつぶそう。…モノパオはあのメモリに秘密の証拠があると言っていたけど、今のタイミングで見たくはない。また今度…そもそもメモリは秘密とは違って見なくちゃいけないものでもないし、柳原の事をこれ以上勝手に知るのも気が引けるので見ないのも手だろう。

 

 

キリのいいところまで読み進めてふと顔をあげるといい時間になっていた。もうそろそろ食堂に向かってもいいだろう。

 

部屋を出ると丁度難波が出てきたところだった。

 

「難波も食堂に行くのか?」

 

「めかぶに呼ばれたら行くしかないでしょ。…アンタは自分に配られたやつ、見たの?」

 

「…ああ。見た。難波は?」

 

「見ちゃった。最悪な引きしたなって感じ。」

 

「自分のじゃなかったのか。俺もだけど。」

 

「13分の1じゃ自分のが当たってる人のが少ないんじゃね?…最悪とか言っちゃったしアンタのではないとだけ言っとくわ。」

 

「あ、俺も難波のじゃなかった。」

 

「それにしては元気ねーじゃん。」

 

「…正直、メモリを見ようとは思わないものだったからな。」

 

「ふーん…。深くは聞かないけど、それなら本人には言わないのが得策って訳か。」

 

「他の皆はどうだったんだろうな、前木とかはかなり不安そうにしていたけど…。」

 

「それを払拭するためにめかぶは皆を呼んでくれてんでしょ?ならそこに乗るっきゃないっしょ。」

 

「…そうだな、悪い。」

 

 

なんて会話をしながら食堂の前に着いたのでとびらを開ける。

 

「…え!?」

 

「宮壁くんと紫織ちゃん!遅いよ!って、蘭ちゃんよだれ!」

 

「………おいしそう……まだ…?」

 

「こんなにいろんな食材があったのも驚きだけど、このスピードで料理を作れるめかぶちゃんと鈴華ちゃんには頭が上がらないね…。ほんとにおいしそう。」

 

「み、見たことないごはんばっかりです!すごいです!」

 

「えへへ…安鐘さんー、やりましたーねー!」

 

「ええ!がんばった甲斐がありましたわ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

料亭。頭に真っ先に浮かんできたのはこの二文字。

ど真ん中にあるのはお造り。鯛が光をうけてキラキラと輝いている。周りにも豪華なちらし寿司、焼き肉、カルパッチョ…?これ全部作ったのかってレベルの豪華さ。和洋中華なんでもござれ状態になっているこのテーブルを見て思わず喉を鳴らしたのは言うまでもない。

 

「ヤバ…写真撮りたいのにカメラねーのかよここ…。」

 

難波が不満そうに監視カメラを睨みつける。

普段ご飯の写真を撮らない俺でももったいないと感じるんだから、難波はもっと悔しいだろうな…。

 

「これ…食べていいんだよね…?申し訳ないくらいだけど。」

 

「いいえ、みなさんのために作ったのですから遠慮しないでくださいませ!」

 

「へへ…おいしそう…!じゃあ、いただきます!」

 

前木の挨拶を皮切りに皆の箸がテーブルへとのびる。

おいしい、それ以外の言葉はグルメリポーターでもないと言えないくらい今の俺は目の前のご飯に対する幸福感に包まれていた。

 

今さっきまで笑顔になるような状況ではなかった事を思い出したのは夕食が終わってからだった。動機になりうるものが配られた直後でも潜手達のおかげで嫌な事を一時でも忘れられたんだ。その事は感謝するべきだろう。

 

「ごちそうさまでした。」

 

1人で片づけをしている潜手に声をかける。

 

「手伝うよ。」

 

「ほわー!ありがとうございます!安鐘さんは先にお風呂に入るそうなので、後で交代するのですーがー、宮壁さんがいればその前に終わりそうでーすねー!」

 

「本当にありがとうな。潛手だって…その、何事もなかった訳じゃないだろうに。」

 

「いえいえですー!潛手めかぶの秘密ではありませんでしたしー、そもそもまだ見てないんですー!…見なくちゃダメなんですよねー…。」

 

「つらいと思うけど…見なかったからって潛手が死ぬなんて絶対にダメな事だからな。がんばれ、としか言いようがない…ごめん。」

 

「あわわっ、宮壁さんが謝る事ではないですーよー!?…はっ、もしかして宮壁さんが仕組んだんでーすかー!」

 

「それは違う!誤解しないでくれ!」

 

こんな感じでしばらく2人で会話していたらいつの間にか片づけは終わっていた。

 

「ふふふー、ありがとうございましたー!安鐘さんにはもう終わったよって言っておきますー!」

 

潛手はそう言ってスキップしながら食堂を出ていった。

そう言えばお風呂に入るって話はどうなったんだ?柳原は部屋に帰ったみたいだし、今日はなくなったんだろうか。柳原の動機は俺が持ってるから柳原自身が秘密を知る事はないけれど…。

ご飯を食べ終わって一息ついた人の中には少し暗い顔をした人もいた。皆ご飯のおかげで楽しくすごせていたけど、内心不安に思ってる人だってたくさんいただろうな。

 

しばらく考え、俺も今日はさっさと寝る事にした。一応机の引き出しに秘密の入った封筒をしまい、軽くシャワーを浴びてベッドに入る。

 

『夜時間パオ!明日のアナウンスまでには見ておくようにねっ!見ないのはダメだよっ!』

 

ダメ、か…じゃあもう皆自分に配られたのは見たんだよな。誰かは俺の秘密を見たという事になる。

…明日からは特に気をつけよう、モノパオがわざわざ配るくらいだ。ただの秘密のわけがない。

でも、モノパオは「秘密を見なければオシオキ」以外の説明はしていなかった。本人が知っている秘密が動機ならその秘密を持ってる人を放っておけなくなるかもしれないけど…一体モノパオは何が目的なんだ?

 

考えても仕方のない事ばかりになってきたので、俺は無理矢理目を閉じた。

 

 

 

□□□

 

 

 

いつものアナウンスを聞いて起き上がる。今日は思ったよりすっきり目覚めた気がする。

 

食堂に行くと、いつものメンバーが揃っていた。

 

「あら、宮壁さんおはようございます!」

 

「おはよう。今日も早いな。」

 

今日は味噌汁とご飯と目玉焼き。シンプルにおいしい献立だ。

潛手と安鐘に感謝しながら箸を進める。やはり皆昨日までに見た秘密が気になるのか、口数も減っていた。

 

「みなさんー、えっとー…今日のお昼は鶏肉食べましょうー!」

 

「え、いいの!?やった!」

 

その沈黙に耐えかねたのか潛手が昼食のメニューを提案する。前木は嬉しそうに声をあげた。

 

「そうですーねー、竜田揚げとかどうでしょうかー?」

 

「超うまそうじゃん。アタシも手伝うわ。」

 

「ほわわっ!いいんですーかー!?」

 

「もちろん。」

 

難波が笑顔で立ち上がって潜手と一緒に食器を片付けに厨房に向かった。

 

「潜手さんの料理のレパートリーの広さはすごいですわ。わたくし、家にいた時は和食で野菜が多かったので、ここでこんなにいろいろ食べられるなんて思ってもいませんでした。」

 

「ああ、自分も正直ここに来てからの方が食生活は改善されている気がするぞ。野宿だと限られたものしか食べられないからな…。」

 

「おれもです!こんなにいろんなご飯が食べられて幸せです!」

 

…まずい、柳原の声にいまだにドキリとしてしまう。過剰に反応するのもよくないよな…。

だけどいろいろとおかしい点がある。あれが本当に柳原の母親からの手紙だとしたら、どうして柳原はこんなに世間知らずなんだ?そもそも家にずっといたようだけどどうして家の外に出てないんだ?分からない事が多すぎる上に柳原本人にはとてもじゃないけど確認できない。

 

「…宮壁くん、どうしたの?」

 

ふと我に返ると前木が心配そうに俺の顔を見ていた。

 

「………ぼーっと、する……隙あり……。」

 

いつの間にかご飯が減っている気がする。これ、勝卯木に食べられたな…。

 

「勝卯木…人のを横取りせずにおかわりしたらどうなんだ…それか自分で作るとか…。」

 

「できない。」

 

「……そっか。」

 

言い切ってるけど全然かっこいい事じゃないぞそれ。

 

「あの、宮壁さん…?体調がすぐれないんですか…?」

 

だめだ、柳原にまで心配されてる。

 

「いや、ちょっと考え事をしていただけだから気にしなくて大丈夫だ。」

 

「…そうですか?」

 

あまり納得していない様子の柳原を適当に流す。

その適当に流したのがよくなかったし、俺の考えがあまかった事を思い知らされたのは、朝食が一段落した時だった。

 

「宮壁さん…おれ、なにかしましたか…?」

 

「え?」

 

「あの、おれと目が合った時の様子が変に見えたので…。」

 

…あれ?柳原ってこんなに察しがよかったか?

 

「い、いや…。」

 

「もう!宮壁さん、なんか変ですよ!言いたい事があるならはっきり言ったらいいじゃないですか!」

 

俺はどうするべきなんだ?柳原に秘密を見せるべきなのか?でもここで無理矢理ごまかして、嘘をつくのはいい事には思えない。

 

悩んだあげく、俺は柳原の部屋に封筒を持って向かった。

 

 

 

「…柳原、俺がもらったのはお前の秘密だったんだ。」

 

「おれの…?」

 

「その、家族の事なんだけど…。」

 

「えっと、家族のことでおれに関係する秘密なんですか…?てっきりおれの事かと思いましたよ!それなら心配することないですよ!」

 

…言うしかない。怖いけれど、たぶんこれが正解だ。なんでもないと嘘をついて信用を下げるくらいなら正直に言った方がいいに決まってる。

 

「覚えてないかもしれないけれど…柳原、お前に、子どもがいるって書いてあった。」

 

「…?子ども?」

 

「分からなくても仕方ない。だってこれはお前の知らない秘密なんだから。だけど…」

 

「いますよ?」

 

「…え?」

 

「えっと…名前は…覚えてないんですけど…いますよ、2人。」

 

…2人?じゃあ、この秘密が言いたい事って…。

 

「この紙には3人いるって書いてあったけど…。」

 

「え?じゃあ、おれがここにいる間に生まれたってことですかね?『3人目ができた』ということが秘密だったのかもしれませんね!大した秘密じゃなくてよかったです!」

 

「そ、そうなのか…?」

 

思っていたより数倍なんともない反応で逆に困ってしまった。だけど、この柳原の言い方からして『柳原にはまだ秘密がある』事になるんじゃないか…?

…いや、ここで余計な詮索をするのはやめておこう。少なくともこれで柳原には動機がない事になったんだからここは喜ぶべきところのはずだ。

 

「ごめん、話はそれだけだったんだ。」

 

「あれ、そうなんですか!へへ、心配して損しちゃいました!隠す事でもないですよね!あ、おれは勝卯木さんの秘密でした!よく分からないけれど、『勝卯木蘭には才能がない』とだけ書いてありました!」

 

「え?」

 

止める間もなく柳原が口に出してしまったので知ってしまった事自体は仕方ないけど…『才能がない』ってどういう事だ?だって勝卯木は間違いなくすごい記憶力を持っている。捜査の時はかなり助けられたのに、あの記憶力は才能じゃないのか…?そもそもそんな大事な事を勝卯木本人が知らないってどういう事なんだ?

 

「…勝卯木には見せるなよ。」

 

「はい!」

 

俺の不安要素は減ったけど、また新しい不安を抱えてしまったな…。

 

「あ、宮壁さん!」

 

「なんだ?」

 

「あの、話してくれて、ありがとうございました!おれ、宮壁さんに助けてもらったし、今日もちゃんと打ち明けてくれたので、今度の裁判はおれが宮壁さんの役に立ちます!がんばります!そのためにお勉強もしてるんです!がんばって一緒にここから出ましょう!」

 

「…ああ、もちろんだ。」

 

正直言うともう裁判が起きない事が1番理想なんだけど…今はそんな事を言って柳原のやる気を奪うのもよくない気がする。柳原1人ががんばってる状況にならないように、俺も自分にできる事をやっていかないといけないな。

にこにこ笑って返事をする柳原に別れを告げて部屋に戻った。

 

「宮壁!ちょうどいいところにいるじゃん!」

 

「牧野、どうしたんだ…」

 

「って、その紙持ち出して何やってんの?」

 

「あ、えっと…これは、不可抗力で本人に見せる事になったんだ。」

 

「…誰に?」

 

「…柳原。だけど本人に見せても大した反応はなかった。別に人に言っても構わないらしい。」

 

「ふーん?俺に配られたやつもそこまで怖い秘密じゃなかったから、宮壁の反応からしてもこれが動機になる人は少なそうだね。誰かを狙い打ちしてる可能性もある。…黒幕にとって邪魔になる人間にね。」

 

「まさか…!」

 

「俺とかすごい役に立つからすごい邪魔に思われてそうだよね!俺は秘密の多いイケメンだから困っちゃうなー!」

 

「…そうか。」

 

「反応冷たいね!そんな宮壁の方が邪魔に思われていたりして。判断力の才能があればよっぽどの完全犯罪でも起きない限りは裁判で勝てそうだもん。黒幕からすれば邪魔でしかないよ。俺が黒幕なら真っ先に消すね。あ、やっぱり俺の次かな!あはは!」

 

「…俺を狙ってるって事か?」

 

牧野は冗談みたいに言ってるけど俺にとっては全く冗談に聞こえなかった。こういう事を言ってる時の牧野は怖すぎるんだよ…。

 

「可能性があるとすれば宮壁がシロになるような動機になっているのかもね。だから宮壁が柳原に秘密を見せたって聞いた時は『ひえーこいつ死ぬんじゃね?』って焦った!」

 

…たしかに。その時は悩んだ末に柳原の信用を得にいったわけだけど、場合によってはそのまま殺されていたかもしれないのか…。今思えば結果オーライとは言え迂闊な事をしてしまった。

 

「って、そんな事はどうでもいいんだよ!」

 

「どうでもよくはないだろ。」

 

「お昼ご飯終わってしばらくしたらイベントホールにおいでよ!天才メンタリスト牧野いろはくんが特別ショーをしてあげるからさ!」

 

「ショー?」

 

「そうそう!数人誘ってるんだけど、大人数いた方が楽しいと思うんだよね!」

 

「分かった。ぜひ行かせてもらう。」

 

「オッケー!じゃあ高堂ちゃん達と準備しておくからよろしくね!」

 

…なんだかんだ高堂とも仲良くなってるみたいだ。よかったな。

 

 

 

□□□

 

 

 

お昼は前木や安鐘がオムレツをメインに作ってくれた。

皆どうやら牧野から話を聞いていたようで、昨日の豪華なご飯といい楽しい事が続いて怯えたり不安がったりしている人はいないみたいだった。

そんな皆に感謝しながら後片付けはせめてと俺がやり、あとは呼ばれるのを待つだけとなった。

 

「宮壁さんー!おやつ食べまーすかー?」

 

「潜手?さっきお昼を食べたばかりだけど…。」

 

「勝卯木さんに頼まれて作っていたのでーすが―、まだあるのでー、どうですーかー?」

 

そう言って潛手が差し出してくれたのはゼリーだった。

 

「ありがとう。潜手は本当に料理が上手だよな。」

 

「褒められると照れちゃいまーすねー!勝卯木さんみたいに喜んで食べてくれる人がいるとー、どんどん作りたくなるんですー!」

 

「………おいしい。」

 

満足そうにスプーンでゼリーをすくっている勝卯木を見て一瞬今さっきの事が頭をよぎるが慌てて振り払う。

 

「宮壁さん…?」

 

「ああ、いや、なんでもない。すごくおいしいよ。」

 

グルメレポーターでもないからおいしい以外の感想が浮かんでこなくて申し訳ないけど、潜手は嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ではではー、いい時間になりましたし、宮壁さんたちもイベントホールに行くんです―かー?」

 

「ああ、そのつもりだ。行かない人はいるのか?」

 

「ええっとー、大渡さんと東城さんと篠田さんは行かないって言ってたはずでーすねー。」

 

「あれ、篠田もか?」

 

「はいー…誘ったんですけーどー…考え事があるから今日は行けないって断られちゃいまーしたー。」

 

その時の事を思い出したのか潜手は悲しそうに目を伏せた。2人は比較的中もよかっただろうし余計に悲しかっただろうな…。

 

「……私も…行かない。」

 

「あれ、勝卯木も行かないのか?」

 

「牧野……苦手…。」

 

まだそれ続いてたのか…まあそれは仕方ないよな。

 

「めかぶ…ゼリー……作ってくれた…満足……。」

 

普通に気にしてなさそうだったので、勝卯木を1人にして申し訳ないとは思いつつも俺は潜手を連れてイベントホールに向かった。

 

 

 

□□□

 

 

 

「よし!全員集まったね!今日は皆にメンタリズムショーを見せてあげようと思います!立案者は我らが兄貴の三笠!この看板含めた道具は俺と高堂ちゃんで準備しました!素敵な助っ人に拍手!」

 

おお…こうやって喋ってる牧野は完全にテレビで見ている牧野いろはそのものだ。

映画の前みたいにどきどきしながら牧野のショーが始まった。

 

「簡単にさくさくやっていきたいのでトランプを使うね。ルールは簡単で、誰かにそのカードを引いてもらってそのカードの絵柄、数字を俺が当てる。その時にそうだな…3つ質問をするから、全部『いいえ』で答えてね。最初は試しに一種類のカードでやるよ!やりたい人ー!」

 

「はーい!」

 

「潜手ちゃん元気がいいね!さ、壇上へどうぞ!」

 

潛手が壇上に用意された椅子に座る。机をはさんで座っている牧野が13枚のカードを取り出し適当にシャッフルすると、潛手の前に裏向きで広げた。

 

「好きなカードを選んでね。」

 

潜手は慎重にカードを1枚抜き、俺達に見せる。カードはスペードの9だ。

 

「じゃあ今から質問をします。そのカードは奇数ですか?」

 

「いいえ…!」

 

……これ、牧野じゃなくてもバレバレなんじゃないか?正直、俺でも嘘ついてそうだと分かってしまった…気がする。カードの中身を知ってるから気のせいかもしれないけど。

 

「そのカードは3の倍数ですか?」

 

「えっと…いいえ。」

 

「そのカードは9ですか?」

 

「…!いいえ!」

 

…やっぱりバレバレな気がする。どっちにしろ「いいえ」って答えなきゃいけないのに完全に見て考えてる間があるんだよな…。

 

「…9だね?」

 

「は、はい…!」

 

潜手はめちゃくちゃ驚いてるけど牧野は微妙に苦笑いしてるし、たぶん牧野からしてもかなり分かりやすかったんだろうな…。

 

「というわけで潛手ちゃんは見事当てられちゃったね!次は2種類でやるけど誰がやりたい?」

 

「あ、おれ、やりたいです!」

 

元気よく挙手したのは柳原だった。

さっきと同じように牧野の向かいに座り、カードを引き、質問されているところまでは一緒だけど…。

 

「な、何?」

 

「いえ、牧野さんがどこでおれの嘘を見破っているのか気になりまして!勉強させてもらってるんです!」

 

「そっか。まあ簡単に俺の技術が真似できるとは思えないけどね。これ、結構難しいから。」

 

「そうなんですね…。たしかにちょっと見ただけじゃ分かりません!すごいですね!」

 

「どうも。カードはクローバーの5で合ってるね?」

 

「わ…!すごい!なんで分かるんですか!?」

 

「秘密。」

 

柳原は俺からするとあまり分からなかったけどさすがだな。普通に当ててる。

 

「はい!じゃあ最後は全カードを使ってやってみようと思います!誰かやりたい人は…」

 

「じゃあ、やりたいな。」

 

牧野の顔が一瞬固まる。意外にも手を挙げたのは高堂だった。

後ろでにこにこしている前木を見るに、どうやら前木が勧めたみたいだ。

 

「…コホン!じゃあこの中から1枚選んでね!」

 

高堂は少し緊張した面持ちでカードを引いて俺達の方に見せる。ハートの4だ。

 

「では質問です。うーん…そのカードは奇数ですか?」

 

「いいえ。」

 

「ハートのカードですか?」

 

「いいえ。」

 

ぱっと見た感じでは高堂の表情は変わっていないように見える。

 

「…そのカードは5より小さいですか?」

 

「いいえ。」

 

「……。」

 

あ、あれ?牧野が固まっている。今の条件で正しく絞り込めていれば候補はハートの2か4だ。かなり正解に近いはずだけど…。

牧野から次に発せられた言葉は予想だにしないものだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ギブアップしていい…?」

 

「え、あたしそんなに分からなかったの?」

 

「その…。」

 

「ふふ、勝ったみたいでちょっと嬉しいかも。」

 

「…っ!??!!?!」

 

「え、牧野?」

 

…顔を真っ赤にして牧野が倒れた。うん…ギブアップ宣言からこうなる気はしていた。高堂の顔を間近で見すぎて心臓が痛くなったんだろう。

はっきり言って高堂の今さっきの笑顔は狙っているとしか思えないくらい美人だった気がする。牧野の反応から見るときっとクリーンヒットしたに違いない。

 

三笠も察したのかそっと牧野を支えに行く。高堂も手伝って2人は牧野を保健室に運びに行った。

変な終わり方になってしまったけど…仕方ないな。

 

 

 

□□□

 

 

 

「鼻血は出てるけど大した事はなかった。」

 

三笠の報告に心配そうだった人達が安心したようにため息をついた。

 

「てっきりあのまま死んじゃうのかと思いました!」

 

「柳原くん、それはちょっと不謹慎すぎるかな…。」

 

前木が苦笑しながら訂正する。

 

「牧野いわくショーはあれで終わる予定だったらしいから、ここで解散でいいと思う。自分と高堂は持ってきた道具もあるしここの片付けをするから残る。牧野も後で片づけると言っていた。」

 

「分かったよ!楽しいショーを開いてくれてありがとうって牧野くんに伝えておいてもらえると嬉しいな…!」

 

前木は笑顔でそう答えると難波と一緒に帰っていった。

楽しい事が続くと時間はあっという間に感じる。いつの間にかもう夕方になっていた。

 

ここにいない人も数人いるけど、また全員でこういう事ができたらいいな…そう考えて、前回イベントを企画してくれた人を思い出す。あの時皆を呼んで回ってくれたのは安鐘と端部だった。

端部が皆と仲良くなりたい、仲良くなろうとしてくれているのは本当だった。俺達がここで立ち止まるわけにはいかないんだ。

 

 

また立ち止まる事になるなんて、俺は考えてなかった。

 

端部と桜井の死のように勘違いではない、純粋に俺達を殺そうとしている人がいる事に、俺達は1人も気づいていなかった。

 

 

 

□□□

 

 

 

やる事もなくなったし夜ご飯まで何をして過ごそうかと考えていた矢先、インターホンが鳴った。

 

「ん?誰だ?」

 

「宮壁さん、あの!」

 

扉を開けると柳原が待ち望んだように声をかけてきた。

 

「柳原…どうした?」

 

「あの、お風呂、今日行きませんか?」

 

なんでここまで固執しているんだろうか。裸の付き合いってそんな大事なものなのか?

そもそも柳原を見ると緊張してしまうから2人でお風呂に行くのはちょっと…。

 

「他の人も誘ってみるか。女子は絶対声をかけちゃだめだからな。」

 

「はい!」

 

元気のいい柳原をつれて他の男子に声をかけてまわってみる事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「え、男だけで風呂?楽しくなさそー…。」

 

「2人で入るのも寂しいものがあるだろ。」

 

「いや、俺は無理。悪いけど人と風呂とか行きたくないんだよね。」

 

「ど、どうしてですか?」

 

「メイク落としたくないから。」

 

「落とさずに入るのはダメですか?」

 

「風呂の意味ないよね?それに俺さっきの片付けもあるから諦めてよ。」

 

牧野の返事に柳原が明らかにしょんぼりしてしまった。

 

「や、柳原、仕方ない。まだ人はいるし牧野は諦めよう。1人くらいいなくても大丈夫だ。」

 

「…そうですね!さようなら牧野さん!」

 

 

 

「え、三笠、もう入ったのか?」

 

「す、すまないな。そんな予定があれば入らなかったのだが…。」

 

申し訳なさそうな三笠の顔を見て慌てて訂正する。

 

「いや、全然言ってなかったから仕方ない。急にごめんな。」

 

「こちらこそすまなかった。また誘ってくれると嬉しい。」

 

「もちろん。」

 

あっ、横で柳原がさっきの数倍はしょんぼりしている。

た、耐えてくれ…!俺だって三笠なら来てくれると思ってたんだ…!

 

 

 

「三笠さんもダメでしたね…。」

 

「あ、ああ…。」

 

「あと2人はあまり来てくれる気がしません…。」

 

「…そうだな。」

 

「今も大渡さんは扉を開けてくれませんね…。」

 

「大渡!いるんだろ!ちょっと話聞くだけでも聞いてくれ!」

 

「…なんだ。」

 

あ、ちょうど開いた。

 

「一緒に風呂に…」

 

閉まった……。いくらなんでも早すぎるだろ…。

 

「宮壁さんの話を聞かないなんて大渡さんはひどい人ですよ!こんなにすごい人なのに!」

 

なんか柳原が怒ってるけど放っておこう。

 

 

 

「お風呂?」

 

「…来たければ来いよ。」

 

「宮壁さん!?今までと誘い方が全然違いますよ!」

 

「生憎大浴場に複数人で行く用事はないのだけれど。」

 

「柳原提案の親睦会みたいなものだ。」

 

「実験したい事はあるから行こうかな。」

 

「やっぱり来るな。」

 

「宮壁さん!」

 

東城の手にはビニールに包まれた入浴剤のようなものが握られていた。完全にお湯に何か溶かそうとしてるぞこいつ!こんな危険な奴と一緒に入れるわけないだろ!

何事もなかったかのように部屋に戻る事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「柳原…今度三笠を誘おう。今日は俺だけしかいないけど我慢してくれ。」

 

「はい!我慢します!」

 

…面と向かって『我慢する』なんて言われるとキツ…い…な…。

早くも心が砕け散りそうだが仕方ない。たぶん柳原は無意識で言ってる。

着替えなどを抱えて2人で大浴場に向かった。

 

 

「宮壁さん!準備できました!さっそく入りましょう!」

 

俺が服を入れるための手ごろなカゴを探している間に柳原は浴室の扉に向かっていた。

 

その時だった。

 

俺の視界に畳まれたオレンジ色のパーカーが映ったのは。

 

「きゃあああああああああ!!!!!!!」

 

あ、俺と柳原の人生、終わったのでは…?

 

そんな事を思いながらも柳原を早くこちらに引き戻そうと体は無意識に柳原の方に向かっていた。

 

「柳原!戻れ……………」

 

………。状況を説明しよう。

柳原は浴室にほぼ入ったと言っても過言ではない。

俺はそれを引き留めるために動いた結果、現在柳原の腕を掴んでいる。

つまり、俺もほぼ浴室に入ったようなものだ。

柳原は裸、俺は服を着ている。

そして浴室に元々いる人達が服を着ているわけがない。

タオルを巻いている人「も」いるけれど。

「も」という事はタオルすら身に着けていない人がいるという事だ。

 

そして俺達は、目が合っている。

正確に言うと、中にいた前木、安鐘、難波と目が合った。

 

「……。」

 

無言で数秒固まった後、すぐに浴室のドアを閉めた。

…どうしよう。とりあえず3人を外で待って謝ってあと柳原に服を着せよう。

 

「柳原、早く服を着てくれ。」

 

「え、でも…。」

 

「じゃあせめてタオルで隠せ!!!」

 

柳原の腰に急いでタオルを巻…え、大きいな…どことは言わないけど……。

とりあえず最低限隠して出口に向かって柳原の背中を押す。さっさと出て着替えやすくしてあげなきゃと思って大浴場から出ようとした時、

 

「おい。逃げんな宮壁。」

 

ひ、ひえ…………難波の声だ……怒ってる…当たり前だよな…。

難波の方を振り向く訳にもいかないので後ろを向いたまま棒立ち状態になる。

だめだ、難波の声を聞くと思い出してしまう、今さっき一瞬見えてしまった景色が…!

 

「こっちを見る。」

 

「は、はい…。」

 

恐る恐る後ろを見る…って着替えてない!!!!なんでだよ!!!!!!!!

タオル1枚で身を包んだ難波が俺を睨んでいた。…む、胸が…見えそうだ…。

前木と安鐘は寝間着…ジャージを着て怒ったように見ていた。

 

「宮壁。柳原に何吹き込んだ?白状しろっつってんの。」

 

「本当にごめんなさい。今日も入ってるなんて知らなかったんだ。」

 

「た、たしかにわたくし達は伝えていませんでしたから仕方ないところもありますが…その、脱衣所を見て気づきませんでしたの?」

 

「そ、それは…。」

 

柳原が勝手に入っていったから…と言おうとしたけど、それだと全ての責任が柳原に向いてしまうんじゃないか?さすがにそれは申し訳ないというか…それに、その、事故だけど見られて、うん、ちょっと、ドキドキしたっていうか…そこは柳原に感謝してるのもあるし…。

 

「変質者の顔してるからわざとでいいんじゃね?」

 

す、鋭すぎるだろ…!!いや変質者の顔ってなんだよ!そんな顔してな…顔から熱が出てるくらい熱い。なるほどそういう事か。待て、納得したくない…!

 

「ごめんなさい!柳原も黙ってないで謝るんだ!」

 

「宮壁さんは何も悪くないです!そもそも見られて困る事なんて何もないじゃないですか!おれもみなさんに裸を見られたんですし、後は宮壁さんが見せたらおあいこになるんじゃないんですか!?」

 

だめだ!フォローが謎すぎる!柳原が訳の分からない事を言ったせいで難波がついにキレた。

 

「はーーーー!?困る事しかねーだろ!てか柳原も服着ろって!」

 

「もう脱いじゃいました!おれは今からお風呂に入りたいんです!」

 

そう言うと柳原はお風呂に向かって走っていった…。

 

「ね、ねえ紫織ちゃんもそんな恰好してたらまずいよ…服着よう?」

 

「ま、前木…!よかった、前木は俺の事信じてくれるん」

 

「えっと、それはないかな…。」

 

…。どうして男湯と女湯で分かれていないのか意味が分からない。その後事態を収めるのに30分近くかかった。

前木のあそこまで冷たい視線を忘れる事はないだろう。

 

ここで俺が脱いだら確実に変質者だし柳原も俺にこっちに来るようには言わなかったので俺はいったん帰る事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「あ、大渡!お前今日もほぼ1日引きこもってたのか?」

 

「あ?」

 

「ほら、牧野のショーにも行ってないし、さっきだって…。」

 

「興味がねぇだけだ。それにずっと部屋にいたわけじゃねぇよ。」

 

興味がない…バッサリ言うな本当…。逆に何に興味があるんだこいつ。

 

「おや。珍しいな。」

 

「篠田!今日はほとんど顔を見てなかったから久しぶりだな。」

 

「ああ。いろいろと用事があってな。用事というよりかは調べものだが…。」

 

「調べもの?」

 

「残念ながら有力な情報はなかった。今行ける場所には特に情報はないようだ。」

 

「…はぁ。あの糞化学者と似たような事を言うのは気味が悪ぃが、貴様らみたいに遊んでる連中よりかはマシなんじゃねぇのか。」

 

「…大渡。その言い方はやめろ。私は交友関係を築くのも大事だと思っている。現に私にも友人ができたのだからな…。」

 

あ、篠田がちょっと嬉しそうだ。照れたようなそぶりを見せ、篠田は部屋に帰っていった。

 

「…幽霊の気配は人に憑りついたらなくなる。」

 

「え?」

 

「見えねえ理由として考えられるやつだ。たまにそういう体質の奴がいる。顔にも出さねぇ癖にしっかり憑りつかれてる奴がな。俺の才能が消えたわけじゃねえって事だ。」

 

「そ、そうなのか…。」

 

不穏な事を言って去っていく大渡を、ただぼーっと見送る事しかできなかった。

 

 

 

□□□

 

 

 

夜時間30分前くらいになった。せっかく着替えの準備とかもしてしまったし、こうなったら1人で大浴場に行こう。さっき疲れてしまった心を癒すためにも広々としたお風呂でくつろぐのも悪くない。

 

「あれ、宮壁くんはどうして1人でいるのかな?」

 

そう思って大浴場の暖簾をくぐった俺を出迎えたのは東城だった…。

俺の心はいつになったら癒されるんだ。最悪にもほどがある。

 

「…お前、まさか実験するんじゃないだろうな。」

 

「それ以外にここに来る目的があるのかな?」

 

「それ以外の方が多いんだよ。」

 

「へえ。」

 

興味なさそうに返事をした東城を見て俺も興ざめしたというか、とりあえずコイツとお風呂には入りたくない。今日は諦めてシャワーで済まそうと部屋に戻ろうとした時、東城に呼び止められた。

 

「宮壁くん、トラッシュルームの中は見た?」

 

「トラッシュルーム?今日は見てないけど。」

 

俺の返答に東城はじゃあ知らないか、と困ったように話し始めた。

 

「ここに来る前に少し覗いたら散らかっているのが見えてね。かなり物が散乱していた。ちゃんと片付けてほしいよ。」

 

「見つけたなら東城が片付けたらいいじゃないか。」

 

「入れそうになかったからね。元々あそこまで荷物があるような部屋じゃないと思うのだけれど。」

 

「諦めちゃだめだろ…。」

 

「そもそも片付けるのは散らかした人の仕事だよ。ボクが代わってあげるような事ではないからね。」

 

 

 

 

 

 

 

……ガッシャアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「近くの部屋からかな?方向的にはトラッシュルームだろうね。」

 

ぞわりと、嫌な予感がした。嘘だ。いや、まさか、そんな訳が、

 

「…東城、ちょっとついて来てくれ。」

 

「いいけれど、急にどうかしたの?」

 

そう言うと半裸の上から白衣を羽織った。俺は黙って向かいのトラッシュルームに向かって走る。

 

トラッシュルームのドアからは中の様子は見えなかった。

 

「…!鍵が開かない!」

 

「ここって、内鍵だったよね。どうして閉める必要があるのだろうね、不思議だ。」

 

「東城!ぶつかるぞ!」

 

間に合うか?汗が滝のように流れる。頼む、間に合ってくれ…!

 

「え?」

 

肝心な時に鈍い東城に若干のいら立ちを覚えながら全力で扉にぶつかる。鍵がかかっているならスライド式のドアは蹴破った方が早い気がしたからだ。

2回、3回。何度か繰り返してもびくともしない。

 

「これ、向こう側に何かある気がするよ。バリケードなのかな?」

 

まだ、まだ音がして1分くらいのはずだ。

 

「…モノパオ!」

 

「宮壁くん、モノパオを呼ぶなんて急にどうした…」

 

「…ふう、ふう、疲れた…。急に呼ぶから猛ダッシュだよ…。はいはーい!何の用パオ!」

 

「ここを開けられないのか。今すぐにだ。」

 

「ちょっと待ってね!鍵開けたら向こうからノックするから入ってきたらいいよっ!」

 

その数十秒後にやっとノックの音が聞こえたので急いでドアを開ける。

 

「…!宮壁くん、これって…。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

東城もやっと理解したのだろう、目を見開いて床に広がる真っ赤な血を見つめる。

だけど、ここにあるのは血だけだった。

 

「…急いで探すんだ。」

 

モノパオはいつの間にか消えている。もう手伝ってはくれないのだろう。だけど部屋全体を見渡しても誰もいなかった。

 

「ここ。」

 

東城が指さした先はダストホールだ。穴の横側には手形の血痕がついている。

おそるおそる2人で中を確認する。

 

 

……誰かが、いる。

 

 

 

 

「どうして、また起きたのかな。」

 

 

 

 

 

そう東城が呟いた瞬間、あのふざけた忌々しいアナウンスが鳴った。

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン!』

 

 

『あー忙しいなあ全く…。えっと、死体が発見されました!一定時間の後、学級裁判を開きます!ミンナ、トラッシュルームに集まれーっ!』

 

 

 

 

 

その直後、暗がりにいる彼をライトが照らす。

 

 

 

 

 

 

「…え、」

 

 

 

 

 

 

 

 

これが現実だなんて、俺は認めたくない。

 

 

 

 

 

 

 

なんで、お前が。

 

 

 

 

 

 

 

今日のショーを大成功させたお前が。

 

 

 

 

 

 

 

あんなに嬉しそうに高堂といたお前が。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな無残な姿になるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダストホールの底。

明るい衣装とは正反対の暗く冷たい場所。

 

 

 

 

 

 

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超高校級のメンタリスト、牧野いろははそこで最期のスポットライトを浴びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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非日常編 1

捜査編です。かなり短いのであっという間に終わると思います。
次回は裁判ですが前後編に分けるかどうかで悩んでいる今日この頃…。
来月中には2章を終わらせたいですね。


 

【挿絵表示】

 

 

 

白い明かりに照らされたダストホールを見つめていた俺が我に返ったのは皆の足音が鳴りやんでからだった。

 

「宮壁!今のアナウンスって何………!?」

 

駆けつけた皆がトラッシュルームの床を見て立ち尽くす。気づいた時には11人全員が揃っていた。

「全員」という言葉が表すのが11人になってしまった。

 

「ま、待って、誰がいないの…?」

 

不安そうな前木を含め、全員が辺りを見渡す。

 

「牧野…。」

 

呟いたのは高堂だった。

 

「ねえ、宮壁、東城。牧野はそこにいるの?」

 

俺が言い淀んでいる間に東城がさらりと答える。

 

「いるよ。まだ血は流れてるからついさっき落ちたんだろうね。」

 

「…そう。」

 

高堂は無言で俯く。唇を噛みしめているように見えた。

 

「…ちょっと、部屋に戻っていい、かな…。」

 

「も、潛手めかぶもついていきまーすー!」

 

高堂を1人にしておけないと思ったのか、潜手はいち早く高堂を追いかけて行った。

 

「よっこらせ!やっほー!他のミンナが元気そうでよかったパオ!」

 

「今のどこを見たら元気そうなどという言葉が出るのだ。」

 

「もー!三笠クンったら冗談が通じなさすぎパオ!健康イコール元気って事でいいじゃない!そこに健康じゃない人もいるんだからねっ!」

 

「今日はやけに機嫌がいいじゃん。そんなにコロシアイが起きて嬉しい訳?マジで屑。」

 

「へーんだ!なんとでも言えパオ!とりあえず裁判に向けてこれをあげるパオ!モノパオファイル、2!あの2人にも渡しに行くから安心してねっ!」

 

そう言ってモノパオはUSBを取り出した。またこれを受け取らなきゃいけないなんて、正直最悪な気分だ。

 

「…おい象、コイツも本当に死んでるんだろうな?」

 

「大渡クンは実はミンナに生きてほしい素敵な人なのかな?前も似たような事言ってたもんねっ!」

 

「きめぇ。」

 

モノパオを鼻であしらうと、いつの間にファイルをダウンロードしていたのか黙ってでていこうとする。その大渡を呼び止めたのは柳原だった。

 

「1人で行くと疑われますよ!こういう時はお互いの監視を兼ねて集団行動です!みなさん、今回もがんばりましょうね!もうおれを疑うのはやめてくださいよ!」

 

笑顔でそう言う柳原を見て雰囲気が和やかに……なるはずがない。

どうして笑顔でいられるんだ?仮にも目の前に血を流して死んでいる人がいるのに?

 

「宮壁さん?どうかしたんですか?」

 

「…柳原、一緒に捜査しよう。」

 

「…?はい!おれ、がんばって役に立ちます!」

 

相変わらずにこやかに返事をしてくれる。彼は、周りの視線に気づいていないのだろうか。たぶん今柳原と捜査したい奴はいないだろうから、我慢できる俺が一緒に捜査をするべきだ。

 

「あ、まだモノパオがいたね。今さっきのアナウンスの説明をしてもらえるかな。」

 

「もう、東城クンは人使い…ゾウ使いが粗いなぁ!分かったよ。今のは『死体発見アナウンス』って言って、その名の通りどこに死体があるのか、これから捜査だよって事を皆に伝えるためのアナウンスなんだよっ!」

 

「あれ…?でも、アナウンス聞いたのって今回が初めてだよね?どうして前回は鳴らなかったの?」

 

「あの時は皆が自発的に集まってくれたからだよっ!皆呼びに行ってくれたでしょ?このアナウンスは『犯人以外の人間が死体を発見した時』にボクくんが行うパオ!見つけた人が皆を呼びに行く気配がなかったらこれからもやるつもりパオ!」

 

…つまり、「死体を発見した人が死体を放置、もしくは現場から動かない時に鳴る」という事か。なんだかややこしい条件だ。今回鳴らしたのは俺達が牧野を見つけても固まっていたからという事か。東城は死体の分析をしているようだったし。俺は…恥ずかしながらショックで動けなくなっていただけだけど。

 

「宮壁さん、ぼーっとしてたらほんとにやられちゃいますよ!血の量や殺害場所も不可解ですしお腹にも刺された跡があります!今回は前みたいに事故まがいでもない、完全な殺意を持っての犯行のはずです!さあ、行きましょう!」

 

「え、あ、ああ…。」

 

…柳原って、こんなにいろいろ考えられる奴だったか…?

これが勉強の成果なら大したものだ。俺の手を引く柳原を…とりあえず呼び止める。

 

「柳原、はりきってるところ悪いがちょっとだけいいか?」

 

 

 

□□□

 

 

 

「あのな、その、あまりテンションが高いと不謹慎というか…。」

 

「でも、悲しい時こそ明るくっていうのが推理小説では多かったです!」

 

廊下に連れ出して少し態度を改めてもらおうと説明してるけど全然納得してくれないからいよいよ放っておこうかと思い始めた。

 

「その、柳原自身は悲しくないのか?」

 

「え?だって牧野さんとおれ、親しくないですよ。」

 

「…え。だ、だって、お前、ショーで…。」

 

「あれだけで親しくはなれませんよ!」

 

「………。忘れてくれ。さっさと捜査を始めよう。まずは…ファイルの確認だな。」

 

これ以上は押し問答が続くだけだと思い、今は諦める事にした。

 

 

 

――捜査開始――

 

 

 

現場は東城達がいるだろうから後で見るとして、とりあえず生徒手帳を起動させる。

 

『被害者は牧野いろは。殺害場所はダストホール。転落死。死亡時刻はついさっき。』

 

「…情報が少ないな。見たままじゃないか…。」

 

 

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・・・コトダマ「モノパオファイル2」

 

「あ、宮壁くん。どこを捜査するの…?」

 

前木と難波が出てきた。他の皆もぞろぞろとそれぞれ思うところに散っていく。

 

「まだ決めてない。今誰がトラッシュルームに残ってるんだ?」

 

「東城くんと瞳ちゃんだよ。他の皆は適当にやってみるって。」

 

「そうか…2人は?」

 

「私達は…とりあえず光ちゃん達のところに行くよ。その後いろいろ回ってみるつもり。」

 

「宮壁、その…よろしく。」

 

難波が申し訳なさそうにちらりと柳原の事を見る。

 

「わかってるよ。」

 

「こういう時は頼りになるじゃん?さっきのがなければいいんだけど。」

 

…風呂の事か…。あれが随分前に感じる。あの間はまだ牧野は生きていたんだよな…。あの後1人でいた時にトラッシュルームの違和感に気づいていれば…いや、今は牧野を弔うためにも捜査に集中しないと。

 

前木達と別れた時、柳原が何かを指さす。

 

「宮壁さん!これ、危ないですよ!ガラスの破片です!」

 

「え?」

 

見ると床に小さなガラスの欠片が落ちていた。トラッシュルームの扉の前だ。

 

「この辺にガラスの物なんてあったか?…あ、もしかして。」

 

少しトラッシュルームから離れて扉の上の方を見る。扉についているすりガラスの小窓が少し割れていた。

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「割られた小窓」

 

「完全な密室ってわけじゃなかったのか…。」

 

「え?密室だったんですか?」

 

そうか。この事は俺と東城しか知らないのか。

 

「ああ。内側から鍵がかかってたんだ。」

 

「密室って事は、犯人が中にいたんでしょうか?」

 

「いや、くまなく探したけどどこにもいなかったぞ。」

 

「じゃあ牧野さんの自殺…?」

 

自殺?あいつが?今日はあんなに嬉しそうに倒れてたのに、その流れで自殺する事なんてあるのか…?

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「鍵のかかった扉」

 

「そうだ、この事も聞いておきたかったんだ。モノパオ!」

 

「ええー!質問があるならさっき聞いておいてよっ!って仕方ないよね!ぼけっとしてたもんね!」

 

「トラッシュルームの扉は内鍵しかないのか?」

 

「そうだよっ!外からはどうしようもないパオ!」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「トラッシュルームの扉」

 

じゃあやっぱり犯人が扉を閉めたって事か…。あの割れた小窓は関係しているに違いない。しっかり確認するべきだろうな。

とは言っても外から見た感じ扉に変わったところはなさそうだ。

 

「中に入ってみますか?」

 

「そうだな。」

 

トラッシュルームでは相変わらず東城と篠田が黙々と観察していた。

 

「…あれ?そこからでも分かるのか?」

 

「モノパオがこのトラッシュルームに引き上げる術がないからここから覗くだけで我慢しろと言ってきたからね。」

 

「え、じゃあゴミはどうしてるんだ?アイツ、ゴミは回収するって言ってたよな?」

 

「燃えないゴミだけ避けて後はあの奥で燃やしているみたいだよ。奥に焼却炉みたいなものが見えるから、あれで処理しているのだろうね。」

 

…今回は検死から詳しい情報を得る事はできなさそうだ。それを見越してここにつき落としたとしたら…今回はかなり手ごわい犯人に違いない。

今はとりあえず扉について考えよう。そう思い内側から扉を見ようと振り返ると、扉の手前の床に何かが落ちているのを見つけた。

 

「…これ、なんだ?」

 

「輪っかみたいになっていますね!糸がついています!」

 

「どうした、何か見つかったのか?」

 

「ああ、篠田はこれが何か分かるか?」

 

篠田は東城を一瞥すると俺達の方に歩いてきた。もちろん床に広がっている血痕を避けながらだ。触ってすぐ顔をあげる。

 

「…フェルトじゃないか?裁縫セットに入っていただろう。糸もついているし縫い目もあるから裁縫セットの物で間違いないだろう。この輪の部分を何かにかけて使ったのではないか?…私にはよく分からないが。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「フェルトの輪っか」

 

「よいしょ…!うーん、なかなか動かせませんね…。」

 

「柳原、本当に押してるのか?」

 

本当、あまりにも力がないな…。運動とは無縁だったんだろう。

柳原の代わりに机を壁際に寄せてみる。机の脚があった場所には血痕はなかった。

 

「脚にもついてますね!」

 

「本当だ。じゃあ犯人は…。」

 

というか、そもそもこの大量の血はなんだ?牧野は転落死なのに、一体どこから…?

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「床の血痕」

 

壁にはダストホールの蓋が立てかけられていた。ところどころ血がついている。

 

「これで殴って気絶させたのか?」

 

「いいや、それはないだろうな。この蓋はそこまで強靭ではない。本気で人の頭を殴ればこの蓋も多少は歪む上に血がつくはずだ。しかしよく見てくれ。この蓋の傷ができている角には血がついていない。別の事に使った可能性が高いだろうな。」

 

「そうなんですね!篠田さんもとっても賢いんですね!勉強になります!」

 

「私は賢くなどないが…まあいい、捜査に役立ててくれ。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「ダストホールの蓋」

 

「血痕といえば…少し東城の邪魔になるがここも気になる。」

 

篠田が指さしたのはダストホールだ。その両側に手形の血痕が残っていた。

 

「手形の血痕なんて本当にあるんだな…。」

 

「悪霊みたいですね!不気味です!」

 

「この手形のつき方も変だ。まるでこのダストホールの淵を掴むかのような手の跡だろう。」

 

言われてみると篠田の言う通りで、その手形からここで何があったのか少し理解してしまった俺は咄嗟に目を逸らした。

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「手形の血痕」

 

「東城、まだかかりそうか?」

 

「この距離があるからね。もう少ししたらまた来るといいよ。」

 

「分かった。」

 

 

 

□□□

 

 

 

「宮壁さん、思ったのですが、裁縫セットを使った人が容疑者候補の筆頭になりますよね?だから、裁縫セットを使った人を探せばいいのではないですか?」

 

「たしかに…そうだな。今回はアリバイがある人も多そうだし、犯人は絞れるかもしれない。」

 

とは言え、トラッシュルーム以外に探すべきところなんて思いつかない。あそこにあった物はトラッシュルームに元々あった物ばかりだし…。

 

「お、宮壁と柳原か。どうだ、捜査は順調か?」

 

「三笠と大渡か。まずまずってところだ。今は裁縫セットについて何かヒントが得られないかと思って調べようと思っていたんだ。」

 

「どういう事だ?」

 

「犯人は、犯行の途中で裁縫セットを使った可能性が高いんです!ですから、それを使った事ある人が犯人だと思うんです!」

 

「…その推理は通らねぇ。」

 

「なんでですか?」

 

大渡は無言で電子生徒手帳を2つ取り出した。

 

「誰の手帳だ?」

 

俺達の声を無視して起動させる。そこには『桜井美亜』と『端部翔梧』の名前が浮かんでいた。

 

「玄関ホールにあったクリアケース。」

 

その言葉で思い出した。そういえばすっかり共有するのを忘れていた…。

 

「これを使えばあの2人の裁縫セットを使えるという訳だ。だが、牧野の生徒手帳はまだ入っていなかったぞ。死んだ直後だからか、あるいは牧野と一緒に落ちてしまったからか…。」

 

もしこの情報を共有していれば…いや、この情報は共有したところで意味がないだろう。

 

「今から2人の部屋に入って使われた形跡があるか調べようと思う。また後で報告しよう。」

 

「そうだ。2人のアリバイも聞いておきたい。」

 

「俺はねぇよ。」

 

「自分はショーの片付けを手伝っていた。分かれたのが6時だからアリバイはないようなものだな。」

 

「そうか…。片付けの時はなんともなかったんだよな?」

 

「ああ、普通だったぞ。ちなみにだが、高堂も自分と同じ時間に出て行っている。牧野は最後にゴミを捨てるためにトラッシュルームに行くと言っていた。今思えばあの時に自分がついていけばよかったのかもしれないな…。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「三笠の証言」

 

「いや、死亡時刻はついさっきだ。いくらなんでも犯行に3時間もかからないと思う。」

 

悔しそうな三笠にいくらか適当な言葉をかける。何の足しにもならないような言葉しか言えないのが悔しい。

今は9時半過ぎ。正しい時刻は覚えてないけど俺が見つけたのが9時くらいのはずだ。牧野は本当にさっきまで生きていたんだ。あの音がする前に、もっと早くに気づけていれば…なんてできもしない事ばかり考えてしまう。

 

「宮壁さん!別のところも見てみましょう!」

 

「そうだな。」

 

 

 

□□□

 

 

 

「さっきはごめん。もう大丈夫。」

 

「よかったでーすー!」

 

廊下で潜手に謝っている高堂を見つけた。どうやら高堂は持ち直したらしい。三笠と情報はほぼ同じだろうけど話は聞いておこう。

 

「大丈夫…じゃないか。なんとか裁判には行けそうか?」

 

「気にしないで。あんた達も命がかかってるんだから。」

 

「…そうだな。」

 

「そういえば宮壁達はどうして気づいたの?ゴミ捨ては普段してないよね。」

 

「ああ、それは音がしたからなんだ。」

 

「音ですーかー?」

 

「え!おれも初耳ですよ、宮壁さん!」

 

「ご、ごめん。何かが落ちるような結構大きい音がしたんだけど…聞こえてなかったか?」

 

そういえばこれも重要な情報だよな。音がしてすぐに向かったらあんな惨状になっていた…。一体どうやって俺達が向かうまでの数分で犯人は犯行を終えたんだ?それとも犯行をほぼ終えて後は牧野を落とすだけだったのか?…謎だらけだな。

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「大きな音」

 

「あたしは食堂にいたけど、そこまではっきりとは聞こえてなかったよ。皆とおしゃべりしてたせいかもしれない。」

 

「潜手めかぶも同じですー!みなさんと楽しくおしゃべりしてたらですねー、アナウンスが鳴ったんですー…。」

 

「そうだったんだな。2人は何時ごろから食堂にいたんだ?」

 

「えっと…7時半には食堂にいたはず。めかぶちゃんとほぼ同じタイミングで入ってそこからは一緒だった。1時間くらいしてから琴奈ちゃん達も食堂に集まってきて、アナウンスが鳴るまで誰も食堂から出てないよ。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「高堂の証言」

 

「そうか。詳しくありがとう。」

 

「正しく言っておかないとあらぬ疑いをかけられるかもしれないから。他の人にも一応確認をとってみて。」

 

「分かった。」

 

高堂はそのまま踵を返していった。…泣いた跡…はほとんどなかった。強いな、高堂は。

ふらつく事もなく、しっかりと歩いていく高堂を横目に、俺達もさらなる手掛かりを求めて他の人にも話を聞いてみる事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「たしかに、まだわたくしは宮壁さん達と話していませんでしたものね。」

 

「なんか分かった事はあるわけ?」

 

女子4人に囲まれるのは嬉しいのかもしれないけどこの状況とメンツの大半がお風呂事故の時と同じだから気まずい気分の方が圧勝してるな…。

 

「ちらほらって感じだ。まだ犯人が絞れたとは思えないし、正直このままだとまずいと思う。」

 

俺の言葉に前木や安鐘は少し俯いてしまった…がすぐに顔をあげる。

 

「私達の情報が役に立つかもしれないし、言える事は言うよ。とりあえず食堂に行ってみたんだ。厨房の包丁が1本なくなってたよ。」

 

「包丁?でも、牧野の体には刺さっていなかったよな。」

 

「ダストホールの中はかなり暗いはずですわ。どこかに包丁が落ちていても気づかない事もあるのではないでしょうか…?」

 

「確かに。俺が見た時もごちゃごちゃしていたし、物陰に隠れていても気づかないだろうな。」

 

「安鐘さんはよくトラッシュルームに来ていたんですか?」

 

「そうですね…1日に1度ほどでしょうか。夜ご飯の後に1日のゴミをまとめてだしていましたわ。」

 

「じゃあ今日はまだ出してなかったんだな。ダストホールの中に木や鉄骨があったけどあれは元々あったのか?」

 

「暗がりだったのではっきりとは言えませんが、あったはずですわ。」

 

「そっか…。後はそうだな、夕方からの行動を教えてもらってもいいか?」

 

「ええ。わたくし達は7時頃からお風呂にいて…8時前くらいに宮壁さん達が来たのです。」

 

…うっ。視線が冷たい、気がする。

 

「8時半には別れていましたよね。その後は食堂に向かいましたの。高堂さんと潜手さんがいましたわ。アナウンスが鳴るまでは一緒でしたわね。」

 

なるほど、高堂が言っている事と同じだな。

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「安鐘の証言」

 

「あれ?勝卯木さんは一緒じゃなかったんですか?」

 

柳原の言葉を聞いて目の前にいる勝卯木が何も話していない事に気づく。

 

「勝卯木はその…アリバイとかはないか?」

 

「アリバイ………ない。…話す事……ある……。」

 

「なんだ?」

 

「保健室……牧野…出てきた……。」

 

「え?いつくらいの事だ?」

 

「6時10分11秒……。」

 

「相変わらず細かいな…。」

 

「すごいね…蘭ちゃん…!」

 

「……ピース。」

 

「よくそんなに覚えていられますね!すごいです!かっこいいです!」

 

「……別に……。」

 

前木と柳原で勝卯木の対応の差が激しいな…。

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「勝卯木の証言」

 

「……トイレ…行く…。」

 

「え、ええ?蘭ちゃんまた?うん、ここで待っておくね。」

 

前木達に手を振りながらどこかへ…というかトイレ向かっていった。勝卯木は本当に自由というかなんというか…。

 

「アタシらから言えるのは大体こんなもんじゃね?死因とか、もっと詳しい事は分かってねーの?」

 

「それなら今から聞きに行くところなんだ。」

 

「ふーん。じゃあアタシはもうちょっと何かないか周り調べてみるわ。任せた。」

 

「ああ。」

 

「行きましょう宮壁さん!あ、その前に俺トイレに行ってきてもいいですか!?勝卯木さんを見てたら行きたくなってしまいました!時間も限られているでしょうし、おれの事は気にせずに行ってください!」

 

「そうか。分かった。」

 

捜査中に1人にするのは気が引けるけど、あとどのくらい時間があるかも分からないからもう仕方ない。

たしかにそろそろ東城達の検死も終わっているはずだ。様子を見に行ってみよう。

 

 

 

□□□

 

 

 

トラッシュルームに向かっていた俺を呼び止めたのは三笠だった。

 

「調べてきたぞ。2人の生徒手帳が使われた形跡はなかった。後は…そうだな、自分と大渡も未使用な事はお互い確認済みだ。会う人には聞いて回ったが使った事のある人はほとんどいなかった。」

 

「そうか…。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「電子生徒手帳」

 

「捜査はこのくらいか?自分達はもう少し周りを見てみよう。」

 

「分かった。ありがとう。」

 

ここまでで、犯人は絞れてきた気がするけれど…油断は禁物だ。

 

 

 

□□□

 

 

 

「ああ、検死なら終わっているよ。」

 

「そうか。どのくらい詳しく分かったんだ?」

 

「死因は転落死で間違いないと思うけれど、その前に腹部を刺されている。腹部からは血がほとんど流れていないから転落する前に刺されたのだと考えているよ。」

 

「何で刺されたかは分かっているのか?」

 

「ダストホールの底に刃物が落ちていたよ。懐中電灯で照らしてやっと分かったという感じかな。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「腹部の傷」「ダストホールの刃物」

 

「他の怪我は全部転落の時にできたのか?」

 

「そうだね。服も綺麗なままだからあまり揉めた様子もない。頭の傷も後ろの鉄筋か木材かにぶつけたのだろうね。後は靴底に血がついている事と手の平にも血がついている事。この2つが特に気がかりな事だね。」

 

「なるほど。…ありがとう。」

 

「お礼を言われるような事じゃないかな。ボク達が犯人を追い詰めるために必要な事だからね。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「遺体の様子」

 

「後は状況整理でもしておいた方がいいかもしれないね。」

 

「宮壁と東城が2人で最初に見つけたのだったな。裁判でもその確認はする事になるだろうが、よければ状況を聞かせてほしい。」

 

「そうだね。ボクが浴場に行く前からトラッシュルームの扉は開かなくなっていた。その後浴場で大きな音を聞いてモノパオに扉を開けてもらった。その時点で時すでに遅し、な状況だったよ。」

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ「発見当時の様子」

 

「そうか。しかし音がしたのが転落だとしたら、その時には犯人は部屋からいなくなっていたのだろう?一体どうやって犯人は出て行ったのだ…?ここを密室状態にするような方法…難しいな。」

 

篠田は腕を組んで考え込んでいる。

俺達が最初にここに入った時、くまなく探したけれど犯人らしき人はいなかった。

どうやってここの扉を閉めて出て行ったのか、謎は深まるばかりだな…。

 

「宮壁さん!お待たせしました!もう終わりましたか?」

 

「ああ。」

 

「さすがです!おれも1つすっきりしました!」

 

…本当にトイレに行ったのか…?

 

「あ。」

 

「柳原?どうした?」

 

柳原は扉の方を見て固まっていた。そのまま唸りながら何かを考えている。

 

「うーん…。」

 

「何か証拠があったのか?」

 

「………うーん、気のせいかもしれません!」

 

なんだ今の間は。絶対何かあっただろ…。

 

「なんで隠すんだよ…?」

 

「気のせいかもしれないからです!変な事を言って宮壁さんを困らせる訳にはいきません!」

 

「そうか…何かあったら教えてくれよ。俺は柳原の事も頼りにしてる。」

 

「へへ、ありがとうございます。おれもがんばります!」

 

 

『ぴぽぱぽぴぽぱ!捜査終わりだよっ!はー、それにしても痛かった…。コホン、とりあえずミンナはエレベーター前に集まってねっ!』

 

 

…?何かトラブルがあったのか…?

それにしても相変わらずふざけたアナウンスだ。それでもそのアナウンスは、俺達の命がかかった裁判の幕開けを明確に突きつけてきた。じっとりと背中を汗が伝う。

 

本当ならまだ調べたいところがあったけれど仕方ない。誰かが捜査してくれている事を願おう。

 

「じゃあ裁判に向かおうか。裁判自体には気乗りしないけれど、この中にいる犯罪者を確実に炙り出せるこのシステムはなかなか都合がいいね。」

 

不気味な事を言っている奴がいるけどそういうのは無視だ。

 

「ででどどん!」

 

「うわっ!?」

 

「わ!久しぶりに宮壁クンがボクくんに対していい感じの反応をしてくれたパオ!でも残念!ボクくん、今回用があるのは柳原クンの方なんだよねっ!」

 

そう言ったと思った次の瞬間にはモノパオは柳原の手を掴んでいた。

 

「えっ?な、なんですか?おれ何もしてませんよ!」

 

そのまま連れ去られてしまった…。1人と1匹を放ってエレベーターに向かっていいんだろうか?なんだか嫌な予感がするけど…。

 

「行くしか…ないんだろうな…。」

 

深呼吸して意識を裁判へと向けていく。

死ぬ、という事がどういう事なのか、全く分からない俺は死ぬ心構えもできていないし覚悟もない。…生きるしか、この裁判で勝つしかないんだ。

 

 

 

□□□

 

 

 

『よし!ミンナちゃんと集まったみたいだねっ!ではでは、エレベーターに乗ってね!』

 

俺達がエレベーター前に集まるとアナウンスが鳴り響いた。いつの間にか柳原も戻っていた。皆無言で乗り込んでいく。

 

「…。」

 

前木が心配そうに高堂を見ていた。高堂は今何を思ってあそこに立っているのだろうか。

 

ガコン、と音がしてエレベーターは普段なら動かない地下1階に向かって動き出した。

ゆっくりと沈んでいく感覚を体に受けながら再び深呼吸をする。

 

前エレベーターに載った時、俺に助言をくれた牧野はもういない。

その時に乗っていた端部もいない。

 

いないのに、探せばいるのではないかと目をエレベーターの中で必死に動かしてしまう。

いないと分かっているつもりでも、それを認めたくない自分が確かに心の中に存在していた。

 

「………いない。」

 

ぼそりと隣で勝卯木が呟く。まるで俺の心の中を完璧に理解しているかのように。

 

「…分かってるよ。分かってる、つもりなんだ。」

 

かろうじて勝卯木に聞こえるような俺の小声をしっかりと聞き取り、勝卯木は頷いてから何も言わなくなった。

 

そして、エレベーターはその扉をゆっくりと開けていく。

 

やや暗がりのエレベーターから急に明るい裁判場が広がり瞬きをする。

3つに増えた遺影が、背筋をなぞるように緊張と恐怖を与えてくるのが分かる。

 

「やっほー!忙しかったからやっと休めて嬉しいパオ!」

 

そんな中で1人…いや、1匹楽しそうな奴は小躍りしながら席につけと促してくる。

 

エレベーターの陰に押されるように席につき周りを見渡すと、皆不安そうな顔を浮かべていた。

 

 

 

この中に犯人がいるのか。信じたくないし信じられないけれど…やるしかない。

 

 

 

 

さらに減った仲間と協力して、仲間の数をまた1人減らしてしまう。

 

 

 

 

 

 

……あいつは危険な動機はもらっていないと言っていた。

 

 

 

どうしてあんな悲惨な目にあったのか、今の俺には見当がつかない。

 

 

 

 

 

 

 

答えを知っているのは、未来の俺達と、ニタニタ笑っている黒幕だけだ。

 

 

 

 

 

迷っている場合じゃない。

 

 

 

 

 

牧野いろはを殺した犯人を突き止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

未来の俺達の生死を決められるのは、今の俺達だけだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「…ふう。」

 

 

 

「みなさん、不安そうですね。」

 

 

 

 

…モノパオさんに言われた事が、よく、分かりません。

今のおれは、犯人が分かっていると思います。まだ確証はないんですけど。

 

 

『柳原クン!なんかキミの様子を見てたらすぐに犯人指名しそうな勢いだけど、それはダメだからねっ!そんな事したらキミだけオシオキしちゃうパオ!』

 

 

『じーっくり犯人を当てていかないと、簡単に分かったら絶望なんてできないんだからねっ!』

 

 

なんであんな事を言うんでしょうか?意味が分かりません。

またおれは、何の役にも立てずに、終わっちゃうんでしょうか…?

せっかく勉強したのに、これじゃ意味がないです。モノパオさんもひどい人です。

 

このままじゃ×××の役にも立てなくなってしまいます。

それだけは嫌だ。ここに来てから×××の様子が分からなくて怖い。気が気じゃなくて、勉強でもしていないと頭がおかしくなりそうで。

せっかく宮壁さんが見せてくれたのに、おれの動機にはどうでもいい事しか書いていなかった。×××の事は何も分からなかった。子どもとか母親とか、そんなものおれには関係ない。いらない。必要ない。

×××の為に生きているのに、こんなところで死にたくない。

おれはもう分かっているのに、もし、他の人が間違えたせいで死んでしまったら?

嫌だ。そんな事になったらみなさんの事を一生恨んでしまいます。

 

ここから出たいなんて思ってない。

ただ、今は、生きていたい。死にたくない。

おれの願いはそれだけだから、せめてその願いくらいは叶えさせてください。

 

みなさん、がんばってください。

おれの推理が正しいと、みなさんで証明してください。

 

 

 

 

裁判場に立つ。誰かに聞こえていればいいなと思いながら、こっそりつぶやく。

 

 

 

「…おれより賢いみなさんなら、当然、分かりますよね?」

 

 

 

 

 

 

 



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閑話編

2章コトダマまとめです。
裁判編を読む時はこのページを見ながらだと内容が頭に入ってきやすいかもしれません。
裁判編は近い内に投稿できると思います。
相変わらず裁判編の挿絵が1番多くなりがちなので楽しみにしていただければ幸いです。


皆様、お久しぶりです。ナレーターです。

 

前回はこの閑話編の説明ばかりでヒントなんてほとんどなかったようなものですから、今回は真相に近づきたい人のために真面目なヒントをお伝えしましょう。

 

さて今回の事件、鍵となるのは疑似密室を如何にして作り出したのかという事です。

実は、捜査編を読まなくても(非)日常編3を読めば犯人「だけ」なら一瞬で分かるようになっているのですが、犯行の流れを読み取りたいならば話は変わってきます。

しかも、厄介な事に捜査編だけでは犯行は暴けないと思われます。え?裁判でやっと分かるような情報が出るという事かって?いえいえ、そうではありません。ここで特大ヒント。裁縫セット、と言われて、何か思い当たるイベントはございませんでしたか?

 

ヒントはこれくらいにします。あまり言ってしまっては裁判編を読んでくださる人もいなくなりそうですからね。…いや、さてはここを読む人の方が少ないな?

 

閑話、と銘打っているにも関わらずモノパオシアターでは黒幕や真相に関してのヒントが駄々洩れだったりしていますから、早く黒幕が誰か知りたければ今後もこの閑話編を読む事をお勧めします。もちろん何度も言うように「閑話」ですのでここの内容が伏線になる事はございません。あくまでおまけです。コトダマを見やすくまとめるのがメインです、実は。

 

そろそろ終わらないとどこがメインなのか余計に分からなくなってしまいますね。ではさっさと終わりにしようと思います。

 

最後にもう1つ、閑話編を呼んでくださった皆様のために予告が。

 

次の3章の閑話編で黒幕の正体が分かります。お楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

『2章コトダマ一覧』

 

 

【モノパオファイル2】

・被害者は牧野いろは。死亡場所はダストホール。転落死。

死亡時刻は死体発見アナウンスの数分前。

 

【割られた小窓】

・トラッシュルームの扉の上部分にある小窓が一部割られていた。

廊下の床にその破片が落ちていた。

 

【鍵のかかった扉】

・宮壁達がトラッシュルームに向かった時、扉には鍵がかかっていた。

 

【トラッシュルームの扉】

・トラッシュルームの扉は内鍵しかないスライド式。つまみを回して鍵をかけるタイプ。

 

【フェルトの輪っか】

・トラッシュルームの床に落ちていた輪っか。裁縫セットを使って作られたものだと考えられる。長めの糸がついている。

 

【床の血痕】

・トラッシュルームの床にまき散らされた大量の血痕。机の脚があった部分にはついていない。

 

【ダストホールの蓋】

・ところどころ血がついている蓋。角に傷があるが、その部分は血がついていない。

 

【手形の血痕】

・ダストホールの縁を内側から掴むような形でつけられた手形。

 

【電子生徒手帳】

・玄関ホールのクリアケースにある生徒手帳を使えば、死んだ人の部屋に入る事ができる。使われた形跡はなく、牧野の手帳はまだなかった。

 

【三笠の証言】

・6時頃に牧野と別れた。牧野は1人でトラッシュルームに向かった。

 

【大きな音】

・9時頃、トラッシュルームから何かが落ちる大きな音がした。

宮壁と東城が聞いている。

 

【高堂の証言】

・7時半からアナウンスが鳴るまで高堂と潛手は食堂にいた。

1時間後には前木、安鐘、難波も一緒にいた。

 

【安鐘の証言】

・安鐘、前木、難波の3人は7時から8時半まで大浴場にいた。

その後はアナウンスが鳴るまで高堂と潛手がいる食堂にいた。

 

【勝卯木の証言】

・6時10分11秒、牧野が保健室から出てくるところを目撃した。

 

【腹部の傷】

・転落する前に腹部を刺されていた。刺されてから落ちるまで少し時間があいているらしい。

 

【ダストホールの刃物】

・ダストホールの底に刃物が落ちていた。

 

【遺体の様子】

・腹部の傷以外は転落時にできたものであり、犯人と揉めた様子はない。靴底と手の平に血がついている。

 

【発見当時の状況】

・東城が大浴場に向かう前から扉は閉まっており、音を聞きつけて駆けつけた時にはすでに牧野は死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパオシアター その2】

 

 

 

やあ!モノパオだよ!

 

今はね、モノパオファイルを作り終えて、宮壁クンに呼び出しくらってダッシュして、なんとかアナウンスも鳴らして説明して質問にも返して…やっと一息ついたところだよっ!前は深夜に「こんな時間に殺人なんかやるなよ」って怒ったけど、よく考えたらこうやって直後にファイルを配らなきゃいけない状況になるのがダントツで最悪パオ!大統領もビックリの多忙っぷりパオ!思わず手抜きになっちゃったよね!

 

さてさて、今回の事件とかはきっと宮壁クン達がするすると暴いてくれると信じて…はいるけど、ぶっちゃけ前より犯人を当てるのが難しい気がするパオ!ちゃんと暴いてくれないとボクくん的にも大問題だから、いざとなったらボクくんがヒントを出してもいいかなって思ってるパオ!

 

『ピロリロリン』

 

あ!連絡がきてるパオ!なになに?…ヒントは出さないで?…はーい!分かった!ボクくんはいい子だからしっかり言う事聞くパオ!他の誰に何聞かれても答えないよっ!

 

じゃあ、もし宮壁クン達が暴けなかったらそれまでって事で。ミンナがんばれー!クロなんかに負けちゃだめだよっ!ボクくんはこの裁判が終わってからもたっくさん楽しい事を企画してるんだから!

 

 

お?

 

裏切り者じゃん!…え?なにやってるのか?なんでお前がここにいるのか?何をしたらいいか?質問多いね!うるさいよ!って無理ないか!

 

 

さっき自分が裏切り者って事を思い出したんだもんね。

 

 

死体発見アナウンスに特殊な音波を混ぜるの、大変だったんだよ。

 

 

そうだよ。ボクくんが黒幕。かっこいいしかわいいでしょっ!

キミは裏切り者だから、もしコロシアイが起きない日が1週間続いたら…そうだなあ、この人以外を殺してね。え?なんでこの人はダメなのか?そりゃこの人が正真正銘悪魔だからに決まってるじゃない!あれ?キミはこの事知ってるはずだよね?

 

もしかして、急にいろいろ思い出しちゃったから頭が混乱してる?

まさか自分が裏切り者だなんて知らなかったからびっくりしちゃった?

あーあー、泣かないでよ、よしよーし…って、痛っ!急に手叩かないでよ!

 

いぴぴ、怒ってる怒ってる。怒って忘れてるのかもしれないけど、これから裁判だよ?ほら、お互いやるべき事をしようよ。ね?せっかくボクくんに仲間が増えたんだもん。相性抜群のパートナーとは言い難いけど、それでも協力せざるを得ないもんねっ!がんばろーよ!

 

 

…ん?柳原クンが犯人を示す証拠に気づいちゃったパオ!まいったな…すぐに暴かれるのもおもしろくないんだよね…裏切り者にとってもそういう展開は嫌だもんねっ!という事で注意してくるからそこで待っててくれパオ!じゃーねー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔あるところに少年がいました。

 

ある日、少年は自分の人生を大きく変える存在に出会いました。

 

 

 

少年はその人の事を神様だと思いました。

 

 

長年祈りを捧げ、努力をして。その結果、少年は神様の視界に映るようになりました。

 

 

 

少年は神様に告白をしました。

 

神様が他の誰かの物になってしまうのが嫌だったからです。

 

 

だけど少年は、告白をした後も神様の事を恋人のようには思えません。

 

自分のような人間が、神様に触る事は許されないからです。

 

 

人間と神様は別の存在だから、対等になんてなれっこないのです。

 

 

 

 

 

 

そうして少年は最後までその人の事を何も理解する事なく、息をするのをやめました。

 

 

 

 

 

その神様は、少年と何の変りもない、ただの人間だったのに。

 

ただ、優しいだけの人間でした。

 

 

神様だと思われているから、自分は神様だと言い聞かせるしかありませんでした。

 

少年の死に涙を流し、普通の人間のように笑い、普通の人間のように怖い思いだってする。

 

何の変哲もない、人間でした。

 

 

神様は告白されてからも、恋人として接してくれない少年を見守る事しかできませんでした。

 

もしかしたら、少年がいつか自分が人間だと気づいてくれるかもしれない…

 

そんな淡い期待を抱いてしまうような人間でした。

 

 

 

少年と神様はいつまで経ってもすれ違い続けます。

 

 

 

記憶をなくしても、それは変わりませんでした。

 

 

 

 

ああ、もし本当にこの世に神様という存在がいるなら、

 

 

どうしてこの2人の記憶を奪い、コロシアイなんて汚い世界に巻き込んでしまったのか、

 

 

ぜひとも聞いてみたいところですね。

 

 

 

 



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非日常編 2

裁判です。オシオキは少し間があくかもしれません。あと少しだけ、2章にお付き合いください。
今年中に3章入るのが目標です。


 

裁判場が静まり返る。

その無音の空間を打ち破るようにモノパオは意気揚々と声をあげた。

 

「ではでは、もう分かってると思うけど、改めて学級裁判の説明をしておくパオ!この中にいる犯人…クロを当てられたらクロだけがオシオキ、間違えたらクロ以外のミンナがオシオキ。それだけのとっても簡単なルールパオ!」

 

オシオキ、なんて子どもみたいな言い方をしても実際に待ち受けているのは処刑…死だ。

下がっていく体温に気づかないふりをしながらどうにか口を開く。

 

「…まずは、状況の整理をしよう。」

 

 

 

 

 

□□□学級裁判 開廷!□□□

 

 

 

 

 

前木「状況…とりあえず、ファイルを確認すればいいんだよね。」

 

宮壁「ああ、発見当時の状況を振り返ってみよう。」

 

篠田「そうは言っても最初に牧野を見つけた東城と宮壁、2人の情報がほとんどのはずだ。説明してもらってもいいだろうか?」

 

横目で東城を見てみるけれど、同じように視線で返された。

 

宮壁「分かった。俺が説明する。」

 

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[モノパオファイル2]

宮壁「これで説明させてもらう。」

 

 

 

宮壁「牧野はトラッシュルームにあるダストホールに転落した事で死んだ。ファイルにも書いてある通り、死亡時刻は俺達が見つけたのとほぼ同時だ。だから、その前まで牧野は生きていたんだと思う。」

 

…説明してしまえば淡々としたものだけど、やっぱり悔しい。

直前まで生きていたはずの牧野に気づかず、落ちてしまったのだとしたら…もしかしたら、いや、もしかしなくても救えていたのだろうから。

 

難波「アンタ達はなんでトラッシュルームに入ったんだっけ。」

 

潜手「たしかにー、東城さんなんて理科室と食堂以外ではめったに見ないですかーらねー!」

 

東城「どこへ行こうがボクの自由じゃないのかな。」

 

三笠「…お主の普段の言動のせいじゃないのか…?」

 

…話がずれてきている。とりあえず俺達が牧野を見つけた流れを説明していこう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

宮壁「俺は大浴場に向かった時に東城にたまたま出くわしたんだ。」

 

柳原「え?宮壁さん、あの後大浴場に行っていたんですか?」

 

潜手「あの後…でーすかー…?」

 

柳原「はい!おれと宮壁さんはその前にお風呂に行こうとしていたんです!難波さん達が邪魔をしてきたせいで、結局宮壁さんは入れなかったんですけど…。」

 

難波「は?邪魔?」

 

柳原「邪魔してきたじゃないですか!」

 

難波「してねーし!むしろ邪魔してきたのはそっちなんだけど!」

 

まずい、そんな事言ってたらまた怒られるぞ…!

 

宮壁「と…とにかく!俺はあの後もう1度大浴場に向かったんだ。」

 

東城「ちなみにボクは入浴剤の実験をしようと思って大浴場に行ったよ。」

 

前木「な、なんだか、怪しい事しそうで怖いね…。」

 

三笠「うん?2人とも大浴場に入ったのか?だとしたら【牧野に気づくタイミングはない】のではないか…?」

 

途中話が脱線しまくっていたけれど、やっと議論が進みそうだ…!

 

 

 

 

 

▼[大きな音]→【牧野に気づくタイミングはない】

宮壁「いや、これがあったから気づけたんだ。」

 

 

 

三笠「音…?」

 

宮壁「ああ。俺達がお風呂に入ろうとしていたらトラッシュルームから何かが落ちるような音がしたんだ。それで何があったのかと思って急いで駆けつけたら…ああいう状況になっていた。」

 

三笠「なるほど。それなら納得だ。」

 

前木「えっと…落ちる音がしてすぐに駆けつけたんだよね?その時に犯人と会う事はなかったの?」

 

東城「犯人らしき人物はどこにもいなかったよ。トラッシュルームの中にもいなかった。」

 

前木「ど、どういう事…?犯人が牧野くんを落とした音かと思ったけど、そうじゃないのかな…?」

 

安鐘「もしくは…他に落ちたものがあったのでしょうか?」

 

宮壁「いや、あの音は牧野が落ちた音で間違いないはずだ。他に落ちたものであんなに大きな音がするものはないと思う。」

 

勝卯木「………不明……。」

 

難波「そもそも牧野がそう簡単に落とされたりする訳?柳原とかみたいに力がないなんて事もなかったし、急に突き落とされる事なんてあんの?」

 

…そうだな…牧野に何があったのか、次はそこから暴いていこう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

宮壁「難波はどう考えているんだ?」

 

難波「うーん、落とされただけじゃなさそうだなって思って。」

 

潜手「どういう事ですーかー?」

 

難波「誰が牧野を落とすにしろ、よっぽど力がある奴に押し込まれて落とされたりしない限りはああいう微妙に狭いところから落ちたりしないでしょ。【事故で落ちた】訳でもなさそうだし。」

 

安鐘「そうですわね…。あ、これならどうでしょう?」

 

安鐘「トラッシュルームの床には血が広がっていましたし…【落ちる前に怪我を負っていた】のではないでしょうか?落とされる時、すでに牧野さんは弱っていたのかもしれませんもの!」

 

あの人がいい案を思いついてくれたな。そこに同意すれば話が進むはずだ…!

 

 

 

 

 

▼[腹部の傷]→【落ちる前に怪我を負っていた】

宮壁「その通りなんだ。」

 

 

 

安鐘「まあ、やっぱり、牧野さんは怪我をされていたのですか…?」

 

宮壁「ああ。お腹に何かで刺されたような傷ができていた。」

 

篠田「転落した後に刺す事は不可能だから、その前に刺されたので間違いないだろう。」

 

安鐘「そんな…わたくし自身が言った事ですけれど、その時はまだ死んでいなかったのですよね?とても…痛そうですわ…。」

 

潜手「ほわわー……、想像したくないですー…。」

 

難波「刺された…どんなものだったのか、どっかに落ちてねーの?」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[ダストホールの刃物]

宮壁「それならダストホールに落ちていた刃物がある。」

 

 

 

難波「刃物ってどんなやつ?」

 

東城「ナイフみたいなよくある物だったね。包丁のようにも見えたけれど。ちなみに今回は倉庫から持ち出されたものは何もないよ。物の数に変化はなかった。」

 

難波「ふーん?じゃあそれ包丁だと思うわ。」

 

宮壁「そういえば、包丁がなくなったって言っていたよな。」

 

難波「厨房のね。ちょっと小さ目の包丁がなくなってたから、倉庫の物が減ってないんだったらそれだと思うわ。」

 

そこについては誰も反論はなさそうだ。それにしても、どうして犯人は大きい包丁を持って行かなかったんだろうか…?

わざわざ密室状態を作り出しているのだから、最初から転落させる事が目的だったのかもしれない。でもそれなら尚更動けなくなるような深い傷を負わせた方が楽だと思うけれど…。犯人の目的が全く見えてこないな。

 

前木「とりあえず今分かっているのは、犯人は食堂から包丁を持って行って、トラッシュルームにいた牧野くんを刺したって事だよね…。それにしても、どうして牧野くんはトラッシュルームにいたんだろう?何か用事があったのかな?」

 

柳原「用事ならあの人に聞けば分かるはずです!」

 

柳原が言っている人…そうだな、あの人に話してもらおう。

 

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[三笠の証言]

宮壁「三笠、説明してもらっていいか?」

 

 

 

三笠「ふむ、牧野はショーの片付けの後、1人でゴミ捨てにトラッシュルームに向かった。6時頃だった。」

 

前木「あれ…?でも、アナウンスが鳴ったのはそれから3時間も後だよね?牧野くんはその間ずっとトラッシュルームにいたの?」

 

三笠「いや…そこまで時間がかかるほどのゴミは持って行っていなかったはずだ。」

 

高堂「牧野がそれぞれの時間にどこにいたのか…順番に整理していくのがいいと思う。」

 

とは言え、目撃証言の数はかなり少ない…。皆の話をしっかり聞きながら情報を整理していこう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

三笠「ショーの後、牧野が倒れたから保健室に運ばれた。その後6時までは自分達と片づけをしていたな。」

 

高堂「あたしと三笠はそこで牧野と別れた。1人でトラッシュルームに向かったらしいけど、そこからはあたしは見てない。」

 

篠田「そして牧野を見つけたのは東城と宮壁。時間は9時頃だったな。」

 

東城「その間…死ぬまで何をしていたのか、見つけた人はいないのかな?」

 

 

…あいつに聞けば、話してくれるだろうな。

 

 

 

 

 

―コトダマ提示―

 

▼[勝卯木の証言]

宮壁「勝卯木、お前は見たって言っていたよな。」

 

 

 

篠田「そうなのか?」

 

勝卯木は篠田の問いかけに無言でうなずいた。

 

勝卯木「…6時10分11秒。保健室、牧野、出てきた……。」

 

三笠「そうなのか?保健室に用事があるなど、一言も言っていなかったが…。」

 

高堂「何しに行ったか分かる?何か持っていたとか。」

 

勝卯木「……よく分からない…けど、持ってた…。」

 

宮壁「そうなのか!そんな事捜査では何も言ってなかったのに…。」

 

勝卯木「聞かれてない。」

 

俺が悪い事をしたつもりは全くなかったけれど睨まれて思わず肩をすくめてしまった。

 

宮壁「す、すみません…。ゴミ袋とかは持ってたか?」

 

勝卯木「ない…。」

 

…。それを踏まえると牧野はトラッシュルームに行った後、保健室に向かった事になる。

 

前木「忘れ物をしていたとか?ほら、ショーの時にも保健室に運ばれてたし。」

 

高堂「忘れ物は特になかったと思う。」

 

何をしに行ったのか気になるけれど、これ以上の目撃証言は誰も持ってないだろうし、また後で必要になった時に話す事にしよう。

 

大渡「…なんで誰も外に出てねぇんだよ。普通その時間ならもっと発見されていてもおかしくねぇだろ。」

 

難波「はぁ?引きこもりのアンタにだけは言われたくないんですけど。」

 

大渡「うるせぇ。」

 

前木「外に出ていなかったっていうより…アリバイがある人…誰かと一緒にいた人が多いからじゃないかな?」

 

潜手「そうでーすねー!潜手めかぶもみなさんと一緒に食堂にいた時間が長かったでーすー!」

 

話が進むか分からないけれど…今は皆のアリバイをまとめた方がよさそうだ。

 

 

―コトダマ提示―

Q全員のアリバイを説明できるコトダマを複数個提示せよ。

 

 

 

 

 

▼[高堂の証言][安鐘の証言]

宮壁「2人に説明してもらおう。」

 

 

 

宮壁「高堂、安鐘。2人に分かる範囲で自分と周りのアリバイについて説明してほしい。」

 

安鐘「捜査で話した事をもう一度説明すればよいのですね。分かりましたわ!」

 

高堂「…………。」

 

宮壁「高堂?」

 

高堂「あ、ごめん、ぼーっとしちゃって。アリバイね。分かった。」

 

安鐘「ではまずわたくしから説明させていただきますわね。わたくしと難波さんと前木さんはショーが終わった後、7時から8時半まで大浴場、その後は食堂にいましたわ。」

 

高堂「あたしとめかぶちゃんは7時半くらいからずっと食堂にいた。鈴華ちゃんの言ってる事も合ってる。」

 

東城「ボクと宮壁クンは9時前くらいから行動を共にしているよ。他にはあるのかな。」

 

柳原「おれと宮壁さんは8時から8時半くらいまで一緒にいました!その後は知りませんが…。」

 

三笠「ふむ…自分はアリバイはないぞ。」

 

篠田「私もだ。」

 

難波「この様子だと大渡もアリバイねーじゃん?人に言う前に自分が出歩けっつーの!」

 

大渡「出歩いてたせいで殺されている奴がいるのにも関わらず、か?」

 

……滅多に喋らない癖に大渡のせいで空気は最悪だ。とりあえず、忘れない内にアリバイをまとめてしまおう。

 

宮壁「前木、安鐘、難波は7時から。高堂と潜手は7時半から。正直俺と柳原、東城のアリバイは時間が短いから役に立つか分からないけれど…一応部分的にある。後の勝卯木、大渡、三笠、篠田はアリバイと呼べそうなものはないって事だな。」

 

東城「そうは言っても牧野くんを最後に見たのは6時すぎだ。7時までは誰もアリバイがないし、参考になるかは怪しいところだね。」

 

篠田「そろそろトリック…あの現場について話した方がよさそうだな。」

 

潜手「わ、分かりますかーねー…?すっごく、難しそうでしたー…。」

 

高堂「見つけなきゃ、いけないと思う。」

 

……。話すしか、ないんだろうな。

牧野を弔うのはその後だ。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

宮壁「まずはあの部屋の状態から話していきたいと思う。」

 

篠田「そうだな。今のところ分かっている事と言えば…音がした事くらいか。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

▼[鍵のかかった扉]

 

 

宮壁「ああ。実は、俺達が来た時はトラッシュルームには鍵がかかっていたんだ。」

 

安鐘「では、あそこは密室だったという事ですの…!?」

 

前木「宮壁くん達はどうやって入ったの?」

 

宮壁「モノパオに開けてもらった。」

 

潜手「犯人さんはー、【外から鍵をかけた】って事ですーかー?」

 

大渡「扉に【つっかえ棒】が立てかけてあった。あれじゃねぇのか?」

 

東城「いや、鍵はかかっていたけれど…。」

 

東城が言いたい事はおそらく「あの事」についてだろうな…。

 

 

 

 

 

▼[トラッシュルームの扉]→【外から鍵をかけた】

宮壁「知らない人もいるだろうから伝えておこう。」

 

 

 

宮壁「潜手、実はトラッシュルームの扉は内鍵なんだ。だから犯人が外側から鍵をかける事は出来なかったはずだ。内側のつまみを回す必要がある。」

 

東城「ちなみに、つっかえ棒もあったけれどほとんど意味はなかっただろうね。扉までの長さも合っていなかったようだから。」

 

潜手「そうなんですーねー…!じゃあ、犯人さんは内鍵をかけたって事ですーよねー?どうやってそんな事ができたんでしょうかー…?」

 

前木「次はそれについて話していけばいいんだよね…!あまり捜査してないところだから、皆の捜査の結果を教えてほしいな…!」

 

よし、次はその事について話し合っていこう…!

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

安鐘「犯人はトラッシュルームの中にはいなかったのですよね?」

 

宮壁「ああ。どこにもいなかった。」

 

難波「という事は犯人は外から内側の鍵をかけて出て行ったんでしょ?」

 

三笠「そう言えば、扉の小窓が開いていたな。あそこから【何か長い物を使って】つまみに当てたのではないか?」

 

前木「トラッシュルームには物がいっぱいあったし、その内のどれかを【落とした】とか…?」

 

…うーん、どれも違う気がするけれど…。だけど、あの小窓を使ったのは間違いないはずだ。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

『支援』

▼[フェルトの輪っか]

柳原「これが答えのはずです!」

 

 

 

篠田「トラッシュルームに落ちていたものだな。」

 

柳原「はい!おれの推測になりますが、犯人はこの輪っかの部分をつまみに引っかけて、先についている糸を小窓から外に出し、自身も部屋から出て扉を閉めた後、その糸を引っ張ったんだと思います!」

 

東城「なるほどね。筋は通っていると思う。それにしても変だね。」

 

柳原「何がですか?」

 

東城「キミはそこまで推理が得意ではなかったと思うのだけれど。」

 

柳原「勉強しましたからね!これからは任せてください!役に立ちます!」

 

東城「…ふうん。」

 

難波「小窓は何で割ったか、次はそれが分かればいいんじゃね?」

 

高堂「後は犯人が扉を閉めて出て行ったタイミング。犯人がいつ出て行ったかが分かれば、どのアリバイが成立するのかも分かるから犯人に近づけると思う。」

 

前木「そうだね!だんだん分かってきた気がする…!」

 

とりあえず、まずは小窓を割った物が何なのか…これを証明しよう。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[ダストホールの蓋]

宮壁「これじゃないか?」

 

 

 

宮壁「このダストホールの蓋、角に傷がついてるんだ。その傷がある部分には血がついていない。だから凶器として使った訳ではないはずだ、おそらく小窓を割るのに使われたんだと思う。」

 

難波「すっと思ってたけど、それ、なんで血がついてんの?」

 

前木「たしかに変だよね、血がかかったっていう感じじゃなくて、それって…手形みたいだもん。犯人が牧野くんを刺した時に手に血がついたとか…かな?」

 

三笠「もしくは…牧野が刺された部分をさらに蓋で殴られたというのはどうだろうか?」

 

篠田「それならば蓋にも傷がついていなければおかしいはずだ。何かにぶつけたような跡はその血のついていない角にしか存在していない。」

 

三笠「……なるほどな。」

 

三笠は何か気がかりな事があるのだろうか…?さっきから考え込んでいる事が多い気がする。

 

高堂「…小窓って、犯人が割ったの?」

 

宮壁「え?どういう事だ?」

 

高堂「あたしは、犯人がやった訳じゃないと思う。」

 

宮壁「なんでそう思うんだ…?」

 

高堂「そのダストホールの蓋についている血。牧野の手についているじゃないかと思って。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

『支援』

▼[割られた小窓]

高堂「それに、これも証明の材料になると思う。」

 

 

 

 

 

前木「小窓…?でも、割られた以外に特徴なんてあったかな?」

 

高堂「あたしが言いたいのは破片が落ちている場所。廊下に破片が落ちているって事はトラッシュルームの中から割られた事になるよね。」

 

宮壁「それは犯人がやっても同じじゃないのか…?」

 

高堂「そもそも犯人ならダストホールの蓋なんかで割らなくても外からいくらでも物を準備してこれると思うんだけど…考えすぎかな。ごめん。」

 

柳原「いいえ、おれもそうだと思います!あれで割るのって難しいと思いませんか?棒状の…例えば工具とかで割った方が簡単だし危険じゃないはずです。だから…」

 

モノパオ「ぶえっっっくしょーーーーん!!!!」

 

…。

 

宮壁「急になんだよ!」

 

モノパオ「いやー張り切ってて偉いなって思って見ていたら結論を急ぎそうな人がいたからびっくりしすぎてくしゃみが出ちゃったっ!てへ!ごめんねっ!」

 

柳原「あ、えっと、みなさんごめんなさい…出しゃばりすぎました…。」

 

安鐘「謝る事なんてありませんわ。柳原さんはがんばってくださっているのですもの。」

 

柳原「安鐘さん…!ありがとうございます!」

 

安鐘「いえいえ。どういたしまして、ですわ。」

 

結論を急ぎすぎてはダメという事か?本当に、モノパオは俺達に何をさせたいんだ…。

 

柳原「そうだ、ずっと話そうとおもっていた事があるんです!裁縫セットについてなんですけど…。」

 

宮壁「ああ、そうだったな。」

 

東城「裁縫セット?今それが関係しているものなんてあるかな?」

 

柳原「さっき出ましたよ!フェルトです!」

 

三笠「ふむ、確かフェルトは糸で縫われていたと言っていたな。」

 

難波「あー…アタシは使った事ねーわ。まあ自己申告だったら誰も…あ、蘭は?前に使ってたよね。」

 

難波の一言で、場が静まり返った。

 

三笠「難波…実はほとんどの人から使っていないと確認も取れているのだ…。」

 

難波「え?マジで…?」

 

三笠「ほぼ全員に聞き取り調査を行っていたが、全員使った形跡はなかった。おそらく、勝卯木以外に裁縫セットを使った人はいないだろう。」

 

勝卯木「……私、使った……。でも、犯人、違う。」

 

前木「だ、だよね、だって、蘭ちゃんはアリバイ…は、ないんだっけ…えっと…。」

 

…確かに、ここにいる誰も勝卯木が犯人じゃない証明はできない。

だけど、犯人であるという証明もどこにもない。今断定してしまうのは絶対に間違っている。これくらいは判断力とか思考なんて関係なく言える事だ。

 

勝卯木「……証明、できない。……これから……する…。」

 

ここは勝卯木の強い意思を信じよう。

…前の裁判みたいに、1人を責めるような流れを作ってはいけない。

 

嫌な沈黙が続く事数十秒。その空気を破ったのは潜手だった。

 

潜手「あ、あのあーのー!」

 

三笠「どうした?」

 

潜手「話が進んでいるとは思うのですけーどー、1つ、気になる事があるんでーすよー!」

 

篠田「ふむ。潜手、ぜひ話してほしい。私もまだ謎に思っている事だらけだ。」

 

潜手「篠田さん…!わ、分かりまーした―!」

 

潜手の気になる事…?よし、とりあえず話を聞いてみよう。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

潜手「潜手めかぶ、やっぱり床の血が気になりまーすねー!今さっき、お腹を刺されたと言っていましたーがー…お腹を刺されただけで、あそこまで血が出るものなんでしょーかー?」

 

三笠「確かに…あの量はかなり異常な気がする。あそこまで血が出ていれば、普通ならば死因は転落死にはならないだろうな。」

 

前木「え?えっと…じゃああれは、【血じゃない】って事…?」

 

安鐘「血に代用できそうなもの…【血糊】などでしょうか?」

 

難波「いや、血の匂いはかなりしたと思う。あの匂いまで嘘っていうのは無理じゃね?」

 

篠田「…「血」ではあるのではないか?」

 

宮壁「どういう事だ?」

 

篠田「…【輸血用の血】の可能性はないだろうか?」

 

 

…あの人が正しい事を言っている気がする。

 

 

 

 

Q誰に賛同する?

 

A. 前木

B. 安鐘

C. 篠田

 

 

 

 

 

→ C

宮壁「これしか、考えられない…。」

 

 

 

前木「輸血…?そんな物、どこにあったの?」

 

柳原「保健室です。」

 

前木「…え?」

 

柳原「おれは捜査中、保健室に行きました!輸血パックがずらりと並んでいましたし、いくつかなくなっているようでした!」

 

宮壁「柳原、いつ保健室を捜査なんて…って、そうか、急に単独行動をした時か…。」

 

柳原「説明している間に捜査が終わってしまうかもしれないから、1人で行った方が早いと思ったので…。」

 

難波「待って。保健室に行った人って、牧野じゃね?…まあ、あの時間は誰もアリバイがないから断定はできねーと思うけど。」

 

宮壁「…牧野は輸血パックを持って行った。俺はそう考えてる。」

 

難波「なんか根拠があんの?」

 

根拠…これが何を示すのか、俺にはまだ判断できないけれど…。

 

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[床の血痕]

宮壁「これだ!」

 

 

 

宮壁「この血痕は、机の脚があったところにはついていないんだ。ちょうど脚の形に跡ができている。」

 

柳原「つまり、机をこの位置に置いた後に血が床に流れた事になります。机は扉に寄せてありましたし、刺された後に机を移動したはずですから犯人がこの輸血パックを使う事はできなかったと思います。」

 

宮壁「俺も柳原と同じ意見だ。この輸血パックを誰が持ち出そうと、それを現場で使えたのは牧野だけなんだ。」

 

前木「なんで、牧野くんがそんな事をする必要があったの…?それじゃあまるで…」

 

前木は口をつぐんだ。言いたい事は皆同じだろう。

 

前木「牧野くんが犯人みたい…だよね。」

 

三笠「…!先ほど、今まで裁縫セットを使った事がある人は勝卯木以外にいないという話になっていたな。…牧野も犯人候補に挙がるのならば、裁縫セットを使った可能性のある奴は勝卯木だけではなくなるはずだ。」

 

…三笠の言っている事って、もしかして…!

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

▼[電子生徒手帳]

宮壁「そういう事か…!」

 

 

難波「は?その言い方だと、裁縫セットを使ったのも牧野って事になるけど。」

 

宮壁「その可能性が高い。実は玄関ホールにはクリアケースがあって、その中にある電子生徒手帳を使えばここにいない人の部屋に入る事ができるんだ。」

 

三笠「そして、桜井と端部の部屋を自分と大渡で見に行ったが使われた形跡はなかった。さらに重要なのが、そのクリアケースの中に牧野の電子生徒手帳は入っていなかったという事だ。」

 

大渡「…アイツの部屋には、アイツ以外には誰も入れなかったって事か。」

 

宮壁「ああ。後、フォローになるか分からないから言わなかったけれど…勝卯木は、裁縫が下手なんだ。」

 

勝卯木「……。」

 

凄い目で睨まれた…。仕方ない。これで勝卯木の疑いを晴らさなきゃいけないんだから我慢してもらおう。

 

宮壁「前に勝卯木が前木のスカートを縫っていた時、そのあまりの不器用さを見かねた牧野が代わりに縫っていた事があったんだ。」

 

前木「え!?あれ、蘭ちゃんじゃなかったの!?な、なんか変な気分だね…。」

 

……代わりに縫ってもらった事、言ってなかったのか…。

 

勝卯木「…縫い目……。」

 

難波「……あ!それだ!」

 

急に難波が大声をあげるから思わず肩がはねた。

 

宮壁「どうした急に…。」

 

難波「宮壁も思い出せるでしょ!牧野の縫い方!」

 

 

♢♢

♢♢♢

1章(非)日常編3

♢♢♢

 

 

痺れを切らしたのか、しばらくしてついに牧野が勝卯木に手を差し出す。勝卯木は観念したのか無言で手渡した。

牧野は思ったよりもスイスイと縫っていく。しばらく見守っていると縫い終わったのか勝卯木にスカートを返した。

 

「……縫い目、不思議…。」

 

「え?そう?」

 

確かに、牧野の縫い方変わってるな…なんというか、凝ってる。

 

「……変。」

 

「変でも縫えていればいいの!指血だらけにするよりマシ!」

 

「……刺してない。」

 

あああなんですぐ喧嘩腰になるんだ。たしかに牧野の縫い目は珍しいけど!

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

宮壁「…あの時の…!そうか、このフェルトの縫い目は、牧野ので間違いない!珍しい縫い方をするなと思ったんだ!」

 

柳原「もっと確実なのがあるんじゃないですか?」

 

宮壁「え?」

 

柳原「前木さんのスカートをここで見せてもらったらいいんです!」

 

前木「え、えっ?ぬ、脱げってこと?」

 

柳原「当たり前じゃないですか。真相を暴くためですよ!」

 

あ、難波にはたかれた。

 

難波「デリカシーなさすぎ。」

 

柳原「…おれは今どうして叩かれたんですか……?」

 

難波「それについても勉強してもらえると助かる。」

 

柳原「分かりました…?」

 

前木「……。」

 

隣で前木がしゃがんで自分のスカートを確認し始めたので俺は無言で天井を見る事にした。

 

前木「本当だ、フェルトのと同じ縫い目だよ。今日はたまたまそのスカートを穿いてたから焦っちゃった…。」

 

難波「フェルトも床の血も被害者である牧野自身が仕組んだもの…ねぇ。」

 

宮壁「…俺は、自殺じゃないと思っている。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

三笠「その推理で果たして生き残れるか?」

 

 

宮壁「み、三笠…!?」

 

まさかここで反論がくるとは思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

三笠「勿論お主の推理を全否定するつもりはない。ただ…ずっと気がかりな事があったのだが、話してもいいだろうか?」

 

宮壁「分かった。俺もまだ分からない事だらけだし、話し合ってみよう。」

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

宮壁「三笠が気がかりに思っている事って一体何だ?」

 

三笠「ダストホールに落とした方法がいまだによく分からない。」

 

三笠「犯人は牧野よりも先にトラッシュルームに入り、準備しておかなければならないはずだ。牧野がトラッシュルームに行く事を知っていなければ準備すらできないだろう。」

 

…たしかに。

いや、納得してどうするんだ。この事を認めてしまったら今までの推理は間違っている事になる。

今まで出した結論は間違っていないはずだ。この疑問をどうにか解消しないと…!

 

宮壁「…牧野が犯人を呼び出していれば、状況は全く違ってくるはずだ。」

 

三笠「あくまで返り討ちされたと言いたいのか?」

 

宮壁「その可能性が高い…俺はそう思っている。」

 

三笠「あいつにそんな様子はなかったが?」

 

宮壁「牧野はメンタリストだ。自分の本心を隠す事くらい造作もないはずだ。」

 

三笠「…ふう。宮壁、何を急いでいる?」

 

宮壁「俺は何も急いでなんて…。」

 

三笠の眼光が鋭くなった。俺の推理に穴があったのか…!?

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

『反撃論破』

▼[遺体の様子]

三笠「宮壁、判断が鈍っておるぞ。」

 

 

 

三笠「牧野は犯人と揉めていない。失念していたか?」

 

宮壁「あ…!」

 

そうだ!なんで俺はそんな事を忘れて…いや、あまりにも話が見えてこなくて焦っているのかもしれない。

 

宮壁「皆、ごめん…。三笠、ありがとう。」

 

三笠「お安い御用だ。」

 

1度目を閉じて深呼吸する。

今は、この裁判が終わるまでは、本気にならなくちゃいけない。

 

死んだ皆の事も、今ここにいる皆の事も、全て考えるのは後だ。

今は目の前の事件の真実を暴く。

思考を邪魔する私情は捨てろ。

俺はただの裁判官だ。俺がこの事件に関わっている訳じゃない。

今はこの裁判の被告人を決める事に専念しよう。

 

宮壁「…俺はもう大丈夫だ。まずは皆の意見を聞きたい。今のやり取りで、牧野が誰かを殺そうと考えていた訳ではないという事はほぼ確定でいいと思っている。返り討ちにあったのに揉めた形跡がないのはあまりに不自然だからだ。」

 

三笠「ここからが自分が言いたい事だ。俺はやはり、牧野は自殺なのではないかと疑っている。」

 

宮壁「…そうか。」

 

難波「全然分かんねーわこれ。自殺って証拠もないけど自殺じゃない証拠もねーし。」

 

高堂「あたしは牧野は自殺なんかじゃないと思ってる。」

 

柳原「えっと…。他殺だとは思うんですけど、説明ができるかどうか…。」

 

潜手「わ、分からなくなってきちゃいまーしたー…自殺、なのでーしょーか…?」

 

モノパオ「もーしーかーしーてー、意見が割れた?バリッバリに、割りばしもびっくりなくらい綺麗に割れちゃった?」

 

宮壁「お前の意見は聞いてない。」

 

モノパオ「対立しちゃったなら、その対立が分かりやすいように席を組み替えてあげようじゃないの!もー、ボクくん説明書読みながらすっごいがんばったんだからね!使ってくれなきゃ一生ここでジタバタしてやる!」

 

安鐘「な、何をするつもりですの…?」

 

モノパオ「議論しやすい形に裁判場をいじってあげるって言ってるのっ!せっかくだし、どうせなら裁判だって楽しくやりたいでしょ?」

 

高堂「…余計なお世話だけどね。」

 

モノパオ「うるさーーーいっ!ほらっ!しっかり捕まっててよね!」

 

モノパオが何かのスイッチを押すと席が移動し始めた。なんだこれ…!?

 

意見が同じ人が横に並び、対立する人が向かい合うような向きに落ち着いた。ここにいない人の席は俺達の席の横に並んでいる。

こうやって向かい合うとまるで戦のような気分だ…こんなふうに席を移動して盛り上げようだなんて、完全に俺達で遊んでいるとしか思えない。本当にモノパオにとっては遊びでしかないのかと思うと怒りがわいてくるが、今は議論を進める事の方が先決だ。

 

俺と意見が違う人がここまでいると、俺だけで説得するのは難しい。ここは同じ意見の人達の力を借りよう。

 

宮壁「ここで引き下がる訳にはいかないんだ。きっと、ここの判断が裁判の結果を分けてくる…!」

 

 

 

Q牧野は自殺か?

 

『A.自殺だ!』

ミカサ

マエギ

カチウギ

モグリテ

トウジョウ

オオワタリ

 

『B.自殺じゃない!』

ミヤカベ

ヤナギハラ

タカドウ

ヤスガネ

ナニワ

シノダ

 

♢議論スクラム♢

 

前木「牧野くんがやったと考えたら辻褄は合うんだよね…?」

 

宮壁「安鐘!」

 

安鐘「辻褄は合いますが、それが正解とは限りませんわ。」

 

勝卯木「……輸血パック…撒いた………。」

 

宮壁「柳原!」

 

柳原「凄惨に殺されたと思わせ、真犯人を除外するための演出でしょうね。」

 

東城「お腹を刺す事は自分でもできる。傷の深さは分からないから浅い可能性もあるよ。」

 

宮壁「篠田!」

 

篠田「それだと転落する必要がないはずだ。」

 

大渡「自分でフェルトを縫う理由なんざ、犯人以外に考えられねぇだろ。」

 

宮壁「難波!」

 

難波「犯人が牧野に縫わせた、もしくは縫ってあげたのかもよ?」

 

潜手「縫ってあげる理由がないでーすよー!」

 

宮壁「高堂!」

 

高堂「別の理由をつければ縫ってもらえると思う。」

 

三笠「牧野は…自殺をしてもおかしくない精神状態だった…!」

 

宮壁「…俺が。」

 

宮壁「それなら、犯人に『殺してもらった』可能性も高くなるはずだ。」

 

 

「これが俺達の答えだ!」

 

 

三笠「そうか…自殺なのかと思ってしまったが、その可能性があるのか…。」

 

難波「ここから出たかった人からしたら恰好の的って訳か。…ってか、いよいよ犯人が分からなくなってきたわ。この事件って犯人が誰を殺すか選んだ訳じゃねーじゃん。」

 

…そうだ。自殺じゃない事は証明できても、肝心の犯人についてはここまでほとんど情報が出ていないじゃないか。

 

高堂「…見落としてる事があるのかもしれない。ここまで分かったんだからがんばろうよ。」

 

宮壁「高堂…。」

 

高堂「牧野がほとんど仕組んでいるなら、犯人がやった事は牧野を刺した事くらいだよね。…だから、犯人はその間にアリバイを作る事ができると思う。」

 

宮壁「なるほど…!逆にアリバイがある奴が犯人だって言いたい訳だな。」

 

よし、ここをどうにか証明できる物があれば…!

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[発見当時の状況]

宮壁「これが助けになるはずだ…!」

 

 

宮壁「確かに、東城が大浴場に向かう前から扉は閉まっているって言ってたよな。あれって何時くらいだ?」

 

東城「かなり前だから…7時くらいだろうね。」

 

高堂「7時…じゃあ、ほとんどの人のアリバイは意味がなくなるんだね。」

 

宮壁「そうなるな。助言ありがとう。」

 

高堂「…あたしだって、暴きたいから。」

 

柳原「…?」

 

宮壁「柳原、何か困った事でもあるのか?」

 

柳原「いえ…おれが、勉強不足な気がしただけです。理解ができなくて。」

 

どういう事だ…?

さっきから柳原が何を言っているのか理解ができない。

 

三笠「ちょっと待ってくれ。牧野は、ただ殺されたかっただけではないのか?」

 

潜手「たしかーにー、これだと牧野さんは、犯人をかばっているようにしか見えないでーすー!」

 

難波「…自分を殺してもらう見返りとして犯人をここから出してあげようとしたって事?」

 

三笠「他の全員が犠牲になるのに、か…?いや、そうなってもおかしくはないのか…自分は何一つ牧野を説得できていなかったのだな…。」

 

重い空気が流れる。

俺達を元気づけようとショーをしてくれていた間も、アイツは俺達を犠牲にする計画を練っていたのか…?

 

前木「考えよう。まだトリックが全部暴かれている訳じゃないもん。」

 

高堂「何かまだ話していない情報はないの?」

 

宮壁「…そうだな、どうやって牧野は落ちたのかが分かっていない。これについて話してみよう。」

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

難波「ここまできたら牧野は【自分で落ちた】んじゃねーの?」

 

東城「犯人がトラッシュルームから出て行った後に机を寄せて血を撒いたというのが正しい順番だとすると、犯人が牧野くんを落とす事はできなかったはずだよ。」

 

安鐘「で、ですが、それだとクロは牧野さんになってしまいますわ…!」

 

潜手「うーん…ファイルにはー、転落死って書いてありますーよねー。」

 

篠田「それこそ【事故】で落ちたのではないか?」

 

難波「え?最初の話題に戻る訳?」

 

三笠「蓋は現場の様子からしてずっと開いていただろうし、そうなってもおかしくないだろうな…。」

 

柳原「いえ。ここまでの裁判でほぼ結論は出ているはずです。犯行を不可解にするために【無意識で落ちた】のだと思いますよ。」

 

…!そういう、事なのか…?

 

 

 

 

 

▼[手形の血痕]→【無意識で落ちた】

宮壁「それに賛成する。」

 

 

柳原「わぁっ!やっぱりそうですよね、宮壁さん!」

 

前木「無意識で落ちるってどういう事…?そんな状況が作れるの?」

 

宮壁「あくまで俺の推測だけれど、あのダストホールの縁にあった手形ヒントになる。牧野は、意識を失うまであそこに捕まっていたんじゃないか?」

 

難波「はっ?いや、さすがにそんな何時間ももたないでしょ…。手だけであそこに捕まるとか、ボディービルダーとかじゃあるまいし。」

 

宮壁「確かに手だけなら無理だろうな。だけどダストホールに腰をかけた状態で手で捕まるようにしたらどうだ?人間は頭の方が重いから、きっと意識を手放せば頭の方から落ちていくはずだ。そうすれば、意識がない状態…つまり、牧野の故意ではない状態でダストホールに転落する事ができる。」

 

三笠「なるほど…。その場合は、やはりその腹部を傷つけた犯人の方がクロとして扱われるのだな?モノパオ、聞かせてもらおうか。」

 

モノパオ「ふあ……あれ?質問?えーっとねぇ……まあ、自分から落ちたんじゃないなら意識を失わせた人をクロ扱いする事になるかなっ!とは言え、そんな危ない方法を使うなんて怖いパオ!きっと普通じゃないんだねっ!その推理が合ってるかは言えないけど!」

 

安鐘「と、とにかく…その方法で牧野さんが転落したのであれば、牧野さんの自殺にはならないという事ですわね…?」

 

難波「意識がなくなるまでそこで耐えるとか…アタシじゃ考えられないわ。」

 

たしかに、この推理が仮に合っているとしても、かなり危ない話だ。よくこんな計画を練ったな…。

 

高堂「…そういえば柳原、裁判中、モノパオに何か話を遮られてたよね。そろそろ言ってもいいんじゃない?」

 

柳原「…?」

 

高堂「固まってどうしたの?言いたくないの?」

 

柳原「いえ、そういう訳ではないんですけど…そうですね…。…おれは、犯人ならとっくの昔から分かっています。」

 

前木「え!?」

 

大渡「チッ、なんで言わねぇんだよ。」

 

柳原「モノパオさんに口止めされてしまって…。」

 

難波「はぁ?口止めって…モノパオ、アンタ、まるで裁判に負けてほしいみたいな言い方じゃん。」

 

モノパオ「いやむしろ逆だよっ?だけどね、そんなウルトラスピードで判明してもミンナ納得しないだろうし、そもそもそんなつまらない裁判、おもしろくないでしょ?」

 

モノパオのふざけた言い方に難波は舌打ちした。

 

難波「趣味わっる。キレそう。」

 

宮壁「えっと…柳原はどこで分かったんだ?」

 

柳原「捜査で…『あれ』を見つけた時です。」

 

宮壁「あれ…?」

 

柳原「宮壁さんも絶対見てます!すぐに分かると思っていたのに、みなさんがあまりにも時間をかけているから驚きましたよ!慎重派なんですね!」

 

篠田「慎重というより…なかなか苦労していただけだがな…。」

 

柳原「…あ、そっか。えーと、そうですよね!難しかったですもんね!」

 

…相変わらずにこにこと笑顔で話す柳原を横目に見ながら、「あれ」について考えてみる事にしよう。犯人を示す決定的な物らしいけど…。そこまで考えて、ふと俺の脳裏に少し前のやり取りが浮かんできた。

 

♢♢

♢♢♢

2章非日常編1

♢♢♢

 

「あ。」

 

「柳原?どうした?」

 

柳原は扉の方を見て固まっていた。そのまま唸りながら何かを考えている。

 

「うーん…。」

 

「何か証拠があったのか?」

 

「………うーん、気のせいかもしれません!」

 

なんだ今の間は。絶対何かあっただろ…。

 

「なんで隠すんだよ…?」

 

「気のせいかもしれないからです!変な事を言って宮壁さんを困らせる訳にはいきません!」

 

「そうか…何かあったら教えてくれよ。俺は柳原の事も頼りにしてる。」

 

「へへ、ありがとうございます。おれもがんばります!」

 

♢♢♢

♢♢

 

…扉の方を見ていた…?

必死に記憶を遡る。扉付近にあったもので、犯人を示す証拠…。

 

 

 

♢怪しい部分を選択せよ♢

 

 

【挿絵表示】

 

 

ここに証拠があるんだ…!

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「………これだ。」

 

潜手「宮壁さんー?どうしましたーかー?」

 

 

 

 

…嘘だろ?

え、だって、あいつが犯人だなんて、有り得ない。

 

 

でも、あれは、確かに、ショーで使われていたものだ。

あの扉のつっかえ棒は、ショーの看板の一部として使われていたんだ。

 

 

 

そして、それを準備したのは………。

 

 

♢♢

♢♢♢

2章(非)日常編3

♢♢♢

 

「よし!全員集まったね!今日は皆にメンタリズムショーを見せてあげようと思います!立案者は我らが兄貴の三笠!この看板含めた道具は俺と高堂ちゃんで準備しました!素敵な助っ人に拍手!」

 

おお…こうやって喋ってる牧野は完全にテレビで見ている牧野いろはそのものだ。

映画の前みたいにどきどきしながら牧野のショーが始まった。

 

♢♢♢

♢♢

 

 

 

 

 

 

宮壁「高堂…犯人って、お前なのか?」

 

 

 

裁判場が凍りついた。

 

柳原「えっ?宮壁さんやっと気づいたんですか?宮壁さんの事だからてっきり、一瞬で分かってたけどあえて皆に合わせているのかと思っ…」

 

宮壁「高堂。」

 

柳原の話を遮ってでも、答えが知りたい。

できる事なら否定してほしい。

 

 

高堂「………。」

 

 

だけど、否定されたのは俺の言葉じゃなくて、

 

 

高堂「うん。」

 

 

俺の小さな希望だった。

 

 

 

 

前木「ま、待って、え?」

 

宮壁「トラッシュルームの中にあったつっかえ棒。あれは俺達が共通して使う部屋では見た事がない物だ。そして、ショーで使われていた物だ。」

 

潜手「ほ、ほへ…?」

 

宮壁「牧野はショーの時に『道具を準備したのは自分と高堂だ』と言っていた。そして片付けだって各自でやっている。あの棒を現場に置く事ができるのは高堂しかいない。」

 

高堂「…うん。」

 

…なんで否定してくれないんだ。そんな悲しそうな顔をするくらいなら、いっその事、怒ってでも反論してほしいのに。

 

難波「待てって!よりによって光な訳ねーじゃん!」

 

宮壁「…そもそも、牧野が自分を含め俺達全員を犠牲にしてでも外に出してあげたくなる相手なんて、高堂以外にいないはずなんだ。」

 

高堂「…宮壁から見ても、そうなんだ。」

 

宮壁「…。」

 

なんで反論しないんだ。

牧野はお前を出したがってたんだろ?

 

高堂「あたしは、牧野の期待に応えられるような神様じゃない。」

 

高堂は、よく分からない事を呟いた。

神様…?どういう事だ…?

 

東城「そんな事どうだっていいよ。犯人は分かった。いくら牧野くんが仕組んだ事だとしても、その要因も実行犯もキミだ。さっさと投票に移ろう。」

 

潜手「待ってくださーいー!潜手めかぶは、納得できませーん!」

 

宮壁「潜手…。」

 

潜手「ご、ごめんなさいー…分かってるんです、高堂さんにしか、できないってこと…。で、でも、嫌なんでーすー!牧野さんがその計画を立てていたこともー、高堂さんがその計画にのったことも…潜手めかぶは、信じたくないです…。」

 

潜手は悲しそうな顔をして俯いてしまった。

 

高堂「…宮壁。」

 

宮壁「な、なんだ…?」

 

高堂「ちゃんと、聞かせてくれるかな。あんたの推理。」

 

宮壁「……。」

 

高堂「反論なんてないよ。あたしは受け入れるから。」

 

前木「なんで…光ちゃん…。」

 

高堂「そんな悲しそうな顔しないでよ。じゃあ逆に聞くけど、あたし以外に誰がいるの?」

 

前木「それは…。」

 

高堂「…ここに立つのって、想像以上に怖いね。でもあたしは覚悟してる。宮壁、聞かせて。きっと、あんたの推理は合ってるから。」

 

…なんで、そんな他人事のように受けいれられるんだ。

それを認めてしまったら、お前は死んでしまうのに。

 

噛みしめていた唇を離し、俺は…この事件の全容を、伝える事にした。

 

 

―クライマックス推理―

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「今回はほとんどが被害者である牧野自身によって組まれた事件だ。どうしてこんな事を企んだのか、詳しくはもう聞けないから分からないけれど…順を追って説明していくぞ。牧野は今日自分が死ぬ事を想定して、まずは下準備から始めた。自分の裁縫セットを使ってフェルトで輪を作った。先に糸をつけて、犯人が扉を閉められる装置を作り出したんだ。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「そして、ショーの片付けを終えた牧野は三笠や犯人と別れ、1人の時間を作った。この間に輸血パックを取りに保健室に向かったんだ。さっきの輪も含めて、おそらく牧野は『他殺を装った自殺』に見えるような工作をしていたんだろうな。犯人を自分だと思わせる事で犯人を勝たせようとしたんだ。仮に自殺じゃないと分かっても、凄惨に殺されていれば犯人はクロから除外される…そのつもりだったはずだ。こうして、一通り準備を終えた牧野は犯人をトラッシュルームに呼び出した。もしかしたら、ショーより前からこの時間に来るようにと伝えていたのかもしれない。呼び出された犯人は、牧野が前もって用意していたであろう厨房の包丁を使って…牧野を刺したんだ。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「牧野を刺した後、牧野はダストホールの蓋を使って扉の小窓を破壊。蓋の血は刺された時に腹部を抑えてしまったものが付着したのかもしれないな。フェルトの輪を扉のつまみにかけて小窓から通し犯人をトラッシュルームから出した。犯人が外から糸を引いて鍵をかけたんだ。ここで輪を回収していればよかったのかもしれないけれど、運悪く輪が外れてトラッシュルームの中に落ちてしまったんだろうな。犯人は回収できないまま現場を後にしたんだ。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「犯人はその後、牧野が発見されるまでの間のアリバイを作る事にしたんだろう。たまたま食堂にいた潜手と話をして過ごしていた。途中から前木や難波、安鐘も加わって、アナウンスが鳴るまで共にいる事でアリバイを作っていったんだ。…内心、牧野の計画がどうなっているのか気がかりだったに違いない。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「ここからは牧野の計画の続きだ。犯人を無事に出せた牧野は、机や犯人の持ってきた物で念のために扉を塞ぐと、持ってきていた輸血パックを床に撒いて、あたかもここで完全に殺されたかのように見せかけようとしたんだ。そして自分に刺さった凶器をダストホールに投げ入れ、止血をせずにトラッシュルームの中で過ごす事にした。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「そして、刺した時刻を検死などで悟られないようにするために、牧野は自分が転落して死ぬ事を考えていた。だけど犯人がいない状況で転落死でもしてしまうとクロが自分になってしまうかもしれない。それを危惧した牧野は、自分が意識を失うまでダストホールの入り口に座っている事にしたんだ。手形もこの時についたはずだ。そして、しばらく自分の体を支えていたけれど…ついに出血で意識を失い、ダストホールの底へと落ちてしまった。後はその転落した音で俺と東城が駆けつけ、アナウンスが鳴ったんだ…。」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「…こんなの、被害者にはメリットなんて1つもない、普通じゃ考えられないような計画だけれど、牧野にはそうしてでも…自分を含めて俺達全員の命を使ってでも…外に出してあげたい人がいた。それがこの事件の犯人なんだ。」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「この犯行ができた人物は…牧野が自分の命を使ってでも外に出そうと思える人物は…。『超高校級の山岳部、高堂光』。お前しかいないんだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮壁「…。」

 

未だに信じられなかった。潜手や前木のすすり泣く声が聞こえる。

本当に良かったのか?

牧野の計画を捻り潰して、高堂をクロだと決め打つ事は、本当に正しい選択だったのだろうか。

 

 

高堂「そう。それが事件の全貌なんだね。」

 

 

宮壁「…え?どういう事だ?」

 

高堂「…そのままの意味だけど。」

 

柳原「あ、おれ、ずっと疑問だったんです。なんで高堂さんはあれほど裁判に積極的だったのですか?裁判を進めるような発言ばかりで…自分がクロだと当てられようとしているとしか思えませんでした。」

 

柳原の純粋な目とは裏腹に目を伏せる。

 

高堂「…知りたかったから。」

 

宮壁「待ってくれ。じゃあ、高堂は牧野の計画を知らなかったのか?」

 

俺の問いかけに高堂は無言で頷く。

 

高堂「全部は聞いてなかった。…だからあたしは、自分が牧野に何をさせてしまったのか知りたかった。」

 

 

 

モノパオ「じゃあ、お決まりのあれ、やっちゃおっか!ではでは、ミンナ電子生徒手帳の投票のところから、自分がクロだと思う人に投票してねっ!」

 

雰囲気をぶち壊すように楽しそうに笑うモノパオを睨みつけながら、こわばる手で高堂を選択する。

 

 

モノパオ「はい!ミンナの投票を確認しました!答え合わせの時間だね、はたして正解なるかーっ!?」

 

 

12枚のコインが、どこからともなく現れた白黒のガチャガチャに投入され、ひとりでに回る。しばらくして盛大なファンファーレとともに、小鳥のさえずりが聞こえ始めた。

 

 

ガチャガチャから出てきた玉には、紛れもなく、高堂のイラストが描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 



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非日常編 3

お久しぶりです。なぜ前回から二か月も空いているのかは謎です。
今回で2章は完結となります。引き続き3章もよろしくお願いします。


 

「おめでとーう!無事大正解!いやー、前よりは難しかったかな?」

 

ぬいぐるみらしいポスポスというモノパオの拍手の音だけが裁判場に響く。

 

「……。」

 

高堂は無言で立っていた。誰も、何も言えなかった。

 

「結論が出たなら事を進めてくれないかな。」

 

本当に東城は嫌な言い方をする。

 

「えーっ?東城クンは気にならないの?だって、『あの』高堂サンだよっ?」

 

「…たしかに、気になる事がないとは言い切れないね。」

 

そう言うと東城は高堂に向き直った。

 

「どうして、牧野クンを殺したの?キミはそんな事はしない人だと信じていたのだけれど。」

 

「……。」

 

高堂は何も言いたくないのか口を閉ざしている。

 

「黙秘だなんてずるい事をするね。」

 

「光ちゃん…。」

 

前木が声をかけても、高堂は何も答えない。

 

「モノパオ、あたしは言う事なんて何もない。処刑するならさっさとして。」

 

「さっさとしないと、死ぬ覚悟が揺らいじゃうから?」

 

モノパオの言葉に少し肩を震わせる。

高堂が何を思って牧野を刺すに至ったのか、俺は知りたい。けれど、それで高堂を引き留めたところで、何が変わると言うのだろう。

このまま高堂には何も話を聞かない方がいいんじゃないか。

そんな考えが頭をよぎる。

 

「…牧野もあたしも、自分の動機をもらってた。…いや、牧野はもらったって言ってたけど。」

 

「…!」

 

俺と話した時は、牧野は自分のをもらったとは言っていなかった…。あの後、誰かにもらったって事か?

 

「あたしは、その秘密を見て外に出たいって思ってしまった。丁度その時に牧野に声をかけられて…そういう流れ。犯行についてあたしは詳しく聞いていないし、あんた達の推理で合ってるんじゃないのかな。」

 

「光、アンタの秘密は何だった訳?」

 

「…あたし、弟がいるんだけど…。その弟が入院してるって書いてた。もちろん最初は本気になんてしていなかったけど、証拠を見たら本当としか思えなかった。」

 

「私、配られた動機の証拠の方は見てないんだけど…写真とか、だったの?」

 

「もっと具体的…動画だった。たぶん病院の監視カメラの映像だと思う。痛そうにしてる弟が映ってて、手術するって声も聞こえて。…こんなの、言い訳にしかならないよね。」

 

…沈黙。自分の家族が入院しているだなんて聞かされて、自分がいつ殺されるかも分からない状況で平気でいられる人なんているのだろうか。人を殺すというのは悪い事だ。だけど、俺が同じ状況になった時、高堂と同じことをしないとは限らない。だから俺達は、何も声をかけてあげる事ができなかった。

 

「それだけで殺す事になるのかな。自分のお姉さんが殺人犯になって帰ってきました、なんて言われたらそれこそショック死するのではないかと思うけれど。」

 

「…。」

 

「ちょっとちょっと東城クン!高堂サンばかりを責めないの!牧野クンだって悪いところいっぱいあるんだから…。高堂サンももう少し自分を擁護する発言をね…。」

 

「あたしが悪いんだから擁護する必要なんてない。」

 

「高堂さんはこう言っているし、もういいと思うよ。」

 

東城はすっかり興味を失ったようでもう高堂の事は見ていなかった。

高堂もこれ以上喋る気はなさそうだ。

 

「東城クンはそれでいいかもしれないけど、ミンナはどうなの?高堂サンの事、なんにも分からなくてもいいの?」

 

モノパオの問いかけとほぼ同時に高堂に近づいたのは柳原だった。

 

「知りたいです。裁判中、高堂さんがおれが発言するのを後押しした理由が分からないので。」

 

「…それは、犯行の内容をあたしも知らなかったから…。」

 

「それだけなら自分を犯人だと思う根拠につなげる理由になりません。誰かのせいにしたまま犯行を暴く事だってできたはずです。」

 

「…それは…。」

 

「……聞く…よく、ない…。」

 

俯く高堂をかばうように前に出たのは、意外にも勝卯木だった。

 

「勝卯木…?どうしたんだ、急に…。」

 

「………だめ……。」

 

勝卯木は何か言いたそうな顔をしたが、口を噤んで首を横に振る。

 

「…柳原、ここは…やめておこう。」

 

「でも…。」

 

「仕方ないなあ。これを見たら早いパオ!えいっ!」

 

そう言ってモノパオはリモコンを取り出すと、誰の返事も待たずにそのスイッチを入れた。

 

 

―――

 

 

ピンポーン

 

「…誰だろ。」

 

扉を開けると、牧野がいた。

 

「牧野。急にどうし…」

 

「出たいよね?」

 

「え?」

 

「高堂ちゃん、出たがってるよね?」

 

「ま、待って、急に何…」

 

「俺が出してみせるから、俺を殺していいよ。」

 

「待って、本当に、どうしたの?」

 

目が、怖かった。あたしの事を見透かしているようで、あたしじゃない何かを見ている目だった。

 

「俺、思い出したんだ。だから、出してあげなきゃいけなくって。高堂ちゃん、皆で夜ご飯食べてた時も不安そうにしてたから、きっと何かつらい動機をもらったんだろうなと思って。だから、俺を殺せば出られるようにするから、ここから出よう。」

 

「…そんなつもり…ないから、しっかりして!ねえ、牧野こそ動機でおかしくなったんじゃないの?」

 

思わず肩を掴んで牧野をゆする。

 

「高堂ちゃん、手、離してくれる…?高堂ちゃんは俺の事なんて触っちゃダメなんだよ。」

 

「どういう事…?さっきから、何を言ってるの…?」

 

「俺はおかしくないよ。記憶が戻って、やっと自分が何をするべきだったのか思い出しただけなんだ。高堂ちゃんは、俺が出してあげなきゃいけないんだよ。大丈夫、今は分からなくても、高堂ちゃんがここから出る時には分かるはずだから。安心して殺せばいい。そのためにいろいろ考えてるからさ。」

 

どういう返事をしても、牧野はいつもの牧野に戻ってくれなかった。

 

「動機、つらかったよね?戻りたいよね?早くこんなところから出てしまいたいよね?」

 

……ここで、嫌だと、強く言っていたら。牧野の顔をはたいてでも拒否していれば。

牧野はあたしに殺されずに済んだのだろうか。

 

「俺は、高堂ちゃんに外に出てほしいんだ。こんな汚い場所にいるべきじゃない。」

 

でも、仮に拒否した時、牧野は壊れずにいられたのか。

 

怖かった。弟の事も、牧野を殺す事も、皆と裁判で戦う事になる事も。

でも、それ以上に、今ここで牧野を受け入れない事が、怖かった。

ここで拒否したら、きっと壊れる。牧野は、壊れてしまう。

あたしを映していない彼の目を例えるなら、狂信者の目だ。

狂信者なんて見た事ないけど、サスペンスドラマとかでたまに出てくるような、「神様」だけを映している目。

死ぬ事が救済だなんて思わない。

だけど、彼の願いは彼の死によるあたしの勝利だ。

あたしが…いや、あたししか、今の牧野に何かしてあげられないのなら。

 

 

「……分かっ…た…。」

 

 

彼は、満面の笑みで、あたしの返事を受け取った。

 

 

―――

 

 

「よし!じゃあ高堂ちゃん。これ使って刺してここから出るだけでいいよ。」

 

そう言って当然のように包丁を渡される。

 

「どこを…?」

 

「うーん、心臓はすぐ死んじゃいそうだから…お腹とかかな?」

 

緊張を抑えるためにかけた声は、けらけらと笑いながら返される。

 

「笑い事じゃないでしょ…。」

 

「俺、嬉しいんだ。俺が高堂ちゃんの役に立てるのが。ずっとずっと役に立ちたくて、俺、いろいろ頑張ったんだ。高堂ちゃんが俺をメンタリストにしてくれたんだよ。高堂ちゃんがいなかったら俺……あ、今は覚えてないんだよね。大丈夫。俺は覚えてるから。」

 

あたしは、牧野に何をしたんだろう。牧野が自分の命を懸けてもいいと思える存在になってしまうような事をしてしまったなんて、信じられなかった。

 

「高堂ちゃん?」

 

「え、あ…。」

 

包丁を持つ手が震えていた。当たり前だ。人を刺した事なんてないんだから。

 

「…。」

 

怖い。

今からでも拒否してしまおうか、今ならまだ間に合う。まだ牧野は生きてる。

 

「高堂ちゃん。」

 

「な、なに…。」

 

「俺が悪魔だって言ったら、どうする?」

 

「え?」

 

「俺は、動機で俺が悪魔だって事を思い出した。だから、高堂ちゃんに殺してもらおうと考えた。そう言ったら、どうする?」

 

嘘だ。嘘な事くらいすぐに分かった。

でも、そんな嘘を通そうとしてでも、あたしに殺されたい事も分かってしまった。

 

「牧野は、死にたいの?」

 

泣きそうだ、と思った瞬間には目頭が潤っていくのを感じていた。

 

「あたしは、牧野に死んでほしいなんて思ってない。」

 

「死にたいとかじゃないんだよ。この状況において高堂ちゃんの役に立つには死ぬ事が1番ってだけだからね。俺は、高堂ちゃん以外どうでもいいんだ。コロシアイとか、他の人達とか、心底どうでもいい。でも、高堂ちゃんには生きてほしい。高堂ちゃんを生かすには、こうするのが1番なんだよ。」

 

「……。」

 

「今が1番幸せなんだ…!俺なんかでも高堂ちゃんの役に立てるって証明されるんだから。人生の中で今が幸せの絶頂なんだ。高堂ちゃんはやっぱりすごいんだよ、俺なんかにもそうやって幸せを感じる機会を与えてくれるんだから。その上俺に死んでほしくないなんて言ってくれる。これ以上嬉しい事はないね。そういう意味では、今死んでしまいたい。」

 

「…え。」

 

気づいた時には、包丁は深々と牧野のお腹に刺さっていた。

牧野が、刃の部分を持って自分に引き寄せていた。誰がどう見ても、私が持っている包丁が牧野を刺している。

 

「痛っ……うわ、お腹熱い。」

 

「ま、牧野。」

 

「高堂ちゃんはそのまま行ってよ。…うん、返り血も一切なさそうだね。よかった。じゃあね。」

 

牧野はそう言うと扉を開ける。

 

 

「…ごめん、なさい。」

 

あたしの最後の言葉に牧野がどんな表情をしたのかは、分からない。

 

 

 

□□□

 

 

 

「えっと…おれの質問に答えてないと思うんですけど…。」

 

「もー!柳原クンは何を見てたのさ!簡単に言うと牧野くんに無理矢理されたせいでやっぱり1人で出る事が怖くなったんだよ!国語の勉強もする事!」

 

高堂は、牧野に半ば強制的に殺すように言われたって事か…?

だからこそ、高堂は裁判中も俺達を騙す事に負い目を感じていた…それが真実なのか?

 

「…あたしがどう思ったかなんて、あんたに言語化される筋合いはないし、そもそもあんたに分かると思ってない。勝手に捏造しないで。」

 

「えー!じゃあ高堂サンが正解を言ってよ!ボクくんも正解なんて分からないもん!」

 

「…怖くなったのは、その通り。やっぱりあたしにはできなかった。…あたしには、あんた達の命をあたしの命と引き換えられなかった。それだけ。」

 

「なんだよー!ボクくんの考えが合ってるじゃん!」

 

「でも、牧野に諭された訳じゃない。牧野を加害者みたいに言わないで。クロはあたし。牧野はあたしに殺された被害者だから。」

 

ここにきてもなお牧野を責める事を咎める高堂は、人間の優しさの範疇を超えているような気がした。

 

「うげげっ!気色悪いレベルのお人よしというかなんというか…怖いよっ!なんか高堂サンも怖く感じてきちゃったところだし、そろそろやっちゃおっか!」

 

「光ちゃん…。」

 

「あたしなんかを引き留める必要なんてないでしょ、琴奈ちゃん。あたしは、一時でも皆の事を犠牲にしようと考えたんだから。」

 

「待って、光ちゃん、違う、あの、…ごめんね。」

 

「え?」

 

「気づけなくて、ごめんね。光ちゃんが牧野くんを刺した後、私達と食堂でおしゃべりしてたのに、私、呑気にくだらない話ばっかりして。光ちゃん、ずっと怖かったのに、ごめんなさい…。私が気づいていたら、光ちゃんも牧野くんもここにいて、裁判なんてしなくて済んだかもしれない。牧野くんが死んでもいいって思ってたとしても、私は2人にここにいてほしかった。それに、光ちゃんが1人で怖い思いしてここに立つ必要もなかったのに。」

 

前木は泣きながら謝っていた。

 

「琴奈ちゃん…。」

 

「ごめんね、私の自分勝手な話まで聞かせちゃって。でも、私…。」

 

「琴奈ちゃん。ありがとう。」

 

泣きそうな顔で、でも笑顔のまま、高堂は消えていった。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

GAME OVER

 

タカドウさんがクロにきまりました。

オシオキを開始します。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

気づいたら高堂は木の柱のようなものに縛り付けられていた。

 

高堂の右横にはずらっと同じような丸太が並んでいる。

 

モノパオがその前に躍り出る。

 

 

まるで処刑だ。中世ヨーロッパのような…そう、魔女狩りのような。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【ウィッチトライアル  超高校級の山岳部 高堂光処刑執行】

 

 

 

鎖をじゃらじゃらと連れてつり下がっているのは人の何倍もあるようなとてつもなく巨大な斧だ。

 

……嫌な予感がする。

 

高堂から1番遠い丸太の真上で斧をクレーンでつり上げ、そのまま振り下ろされた。

 

当たり前のように支柱は真っ二つになって倒れた。

 

斧はモノパオが捜査しているようでしっかり丸太を真っ二つにできた事に安堵しているようだった。

 

…まさか、これ、全部の丸太にやるのか?

 

高堂も自分に起きる事を察したのか、顔色が悪くなっていく。

 

斧はゆっくり持ち上げられ、その重力で丸太を切っていく。

 

大きすぎるからか、全ての動きがスローモーションに見えてしまう。

 

それでも振り下ろす時の動きは早くて、一瞬で丸太が切られていく。

 

 

突然、高堂が縛り付けられている丸太の前にナイフが用意された。

 

縛り付けているロープをこれで切れという事だろうか。

 

だけど、高堂は、ナイフを手に取る事はしなかった。

 

肘から先は動かせるにも関わらず、どれだけ近くにナイフがあっても無視し続けていた。

 

高堂の頭上に、斧が掲げられていく。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

そして、真っ二つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

吐きそうだ。

じわじわと鉄の匂いが鼻にまとわりついてくる。

人間が真っ二つになるところを見てしまった。

それも綺麗に二つになった訳じゃない。あんな太い斧で切られて、ケーキのように簡単に切れる訳がない。

目を背けてしまった。気持ち悪いと、思ってしまった。

 

「わーい!やる事やったから裁判は終わりだっ!ボクくんがんばったパオ!ミンナも早く寝たら?」

 

「…あのナイフはなんだったのだ。お前が救済措置など与えるはずがないだろう。」

 

篠田はモノパオを睨みつける。

 

「ああ、ナイフは救済措置もどきだよっ!あのナイフで切れるほどあのロープは脆くないからね!あのナイフで脱出を試みてほしいなって思ってたけど…高堂サンは手に取ろうともしなかったからなあ。もっとあがいてくれた方がおもしろくなったのにねっ!残念!」

 

「聞いた私が馬鹿だった。今すぐ帰ってくれ。」

 

「きゃっ、篠田サン怖いよっ!ひどいパオ!いたいけな象に向かって帰れだなんて…。まあ眠いから帰るけどねっ!バイバーイ!」

 

「…アタシもさっさと帰るわ。ちょっときつかったし…。精神的にも、視覚的にもさ。」

 

モノパオが消えた事を確認してから難波も帰ろうと通路に向かう。

 

「…待ってくれ。」

 

「は?宮壁、急に何?」

 

……。

 

犯人探しがしたい訳じゃない。

だけど、この事件が起きたのは、誰かが牧野に秘密を返したからだ。そう思い込んでしまった俺は、自分の口を止める事ができなかった。

 

「牧野に動機を渡した人は、誰なんだ?牧野は自分の秘密をもらってはいなかった。」

 

「…宮壁…それは、よくない。」

 

「いいえ。聞くべきです。」

 

三笠の言葉を遮り、俺の肩をもったのは柳原だった。

 

「その人は自分で分かってるはずです。でもここで名乗り出ないという事は、『反省する気がない』という事ですよね?宮壁さんも、そんな危険人物がいる事を周知するべきだと言ってくれているんです。」

 

「…え、っと…。」

 

そうなのか、と聞かんばかりの篠田の目にもろくな返事ができない。

詮索はよくない、だけど、何にどの感情を向けていいかすら分からない。

 

「この話は…」

 

三笠が話を打ち切ろうとした時だった。

震えながら、1人の手が小さくあがった。

 

 

 

「………。」

 

 

 

「…勝卯木…。」

 

「…どうして、見せようと思ったんですの…?」

 

「………大した事、なかった……から……。」

 

勝卯木は泣きそうな顔で下を向いた。

 

「大した事かどうかは本人にしか分からないし、三笠の提案で極力見せないようにするって話だったよな。高堂をかばったのも、牧野に動機を見せた事を後悔したからなのか?」

 

「宮壁くん!やめてよ!蘭ちゃんだけが悪い話じゃないよ!」

 

「それは、そうなんだけど…。」

 

おかしい。こんな事言うつもりなかった。

でも、ここで明かしておくべきだという判断をしてしまっている。

 

「牧野さんの動機は具体的になんだったんですか?」

 

「……光と、会った事がある。…それだけ…。」

 

「うーん。宮壁さん、仕方ないんじゃないですか?おれが渡されていても見せたと思います!嬉しいニュースに見えますもん!」

 

「…ごめん。」

 

「……謝る、必要……ない…。」

 

「あ、私も、強く言っちゃってごめんなさい…。」

 

前木もすかさず謝ってきた。申し訳ない事を言ってしまったな…。

 

「…呼び止めるから何かと思ったら責任転嫁かな。悪いのは高堂さんだからそのような事を問い詰める必要はないと思っていたけれど。」

 

「東城はまだいろいろ言われたい訳?」

 

「生憎、難波さんに言われなきゃいけないような事思いつかないかな。」

 

「…帰る。」

 

難波は吐き捨てるように言うと、呼び止める間もなく消えてしまった。

 

「…いろいろ気がかりな事はあるが、全ては明日だな。」

 

「そうだな…。勝卯木、本当にごめんな。責めたいとかじゃなかったんだ。」

 

「……大丈夫。…私、悪い…事実…。」

 

勝卯木は俺の近くに来ると、そうはっきりと言ってくれた。

 

「…そうか…ありがとう。」

 

勝卯木は無言で頷いた。相変わらず真顔だけど、勝卯木は俺よりよっぽど強い事は確かだ。

 

 

「めかぶ…大丈夫か?」

 

「あ、え、えっとーですねー…その…やっぱり、少し休まないとどうにも…でーすねー…。」

 

「……無理するな。私も付き添うから。」

 

篠田はこういう時は潜手を引っ張ってくれるんだよな…。そんな姿を見せてくれる人がいるだけでもありがたい。

 

バラバラと人が減っていく。

 

「あ、宮壁さん、おやすみなさい!」

 

元気に挨拶する人もいれば、

 

「お先に、失礼いたしますわね…。」

 

つらそうに後にする人もいた。

 

…。

 

俺も、帰るか。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

二度目の裁判が終わった。

 

 

 

じわじわと襲ってくる恐怖とショック…他いろいろと複雑な感情。

…いや、これは自分の本心から逃げるためのお茶濁しだ。

 

 

『俺は、高堂ちゃん以外どうでもいいんだ。コロシアイとか、他の人達とか、心底どうでもいい。』

 

 

…。

 

そんな風に思いながら、あのショーをやってたのか。

 

…楽しくなかったのかな。

 

あんなに楽しくやってた俺達が馬鹿みたいだ。

 

 

ずっと心にわだかまりを作っていたのは、牧野のその言葉だった。

 

 

 

「ねえ、宮壁くん。」

 

後ろを振り返ると前木がついてきていた。

 

「あの…ついていっても、いい?前、宮壁くんも美亜ちゃんや端部くんの部屋に行ってたから、今日も行くのかな…と思って。えっと、蘭ちゃんは前も行ってなかったし、瞳ちゃんとめかぶちゃんは休むって言ってたし、紫織ちゃんは声もかけられなくて…。」

 

「…もちろん。」

 

 

2人で牧野の個室に向かう。

かなり整理整頓された小綺麗な部屋だった。

机の上には封筒がポツンと置かれていた。

 

「宮壁くん。動機…見るの?」

 

「…いや、見ないよ。見るとしても今じゃない気がする。」

 

「そうだね。今2人の事なんて知ったら堪えられないよ。」

 

「牧野くん…何を考えてたんだろうね。あっ、その、悪い意味じゃないんだけど…。」

 

「…俺も分からないな。」

 

「牧野くんが私達と過ごしてて楽しかったのは事実だと思うんだ。牧野くんは記憶が戻ったって言ってたよね。あれはいつの記憶なのかなって。」

 

「…たしかに。前木はこの中と誰かとの記憶はあるのか?」

 

「私はあまり…。でも、皆どこかの記憶が抜けてるって考えたら怖くなっちゃうよね。今の私達は本来の私達とは別人って事もあるかもしれない。牧野くんは…きっと、「そう」だったんだと思う。」

 

「そっか…。」

 

前木とちゃんと話した事は何度かあるけど、こんな風に誰かの話をするのは初めてだ。

 

「宮壁くん、ショックだったんじゃないかなって思って。」

 

「…ショックじゃないかって言われたら、ショックではあるよ。だけど、俺はやっぱりどうしてももっといい方法があったんじゃないのかって思ってしまう。結果として牧野の願いを俺達が潰して、高堂は処刑される事になった。本当にあいつにとってその判断が最善だったのか、俺は…納得できないんだ。」

 

「…私、宮壁くんが光ちゃんを犯人って確定した証拠を聞いた時思ったんだ。牧野くんはそれに気づかなかったのかなって。」

 

「…!」

 

「これは、私の勝手な妄想だし、そうあってほしいっていう押しつけだけど…。牧野くんも、迷ったんじゃないかなって。だって、あの棒は実際扉を閉めるのに役に立ったか分からないし、そもそもダストホールに投げ入れてしまえば見つかる事もなかった証拠なんだもん。」

 

何か答えようとした時、扉が勢いよく開いた。

見ると走ってきたのか肩で息をしている大渡がいた。

 

「大渡!」

 

「大渡くん!?ど、どうしたの、何かあった訳じゃないよね…?」

 

「……チッ、逃したか。」

 

「…え、まさか、大渡、見えたのか?」

 

「…なんでもねぇよ。そっちこそ他人の部屋で二人きりで何やってんだ気色悪ぃ。」

 

「いきなり気持ち悪いなんてひどいよ!何もしてないししないよ!」

 

そうか、大渡はまだ誰にも言ってなかったのか。これは失言したかもしれない。

 

「…いなくなったから用はねぇ。」

 

「…え、いなくなったって、幽霊?」

 

「……。」

 

前木、結構鋭いんだよな…。

 

「ね、ねえ、喋れたりできるの?どっちの幽霊だったの?私まだ聞きたい事も話したい事もたくさんあって…。」

 

「いなくなったっつってんだろ。うるせぇな。」

 

「その言い方はないだろ!」

 

「話すほど強くねぇ、せいぜい気配程度だ。どっちかもほとんど分かんなかったし何もできねぇよ。」

 

「そ、そっか…ごめんね。でも、大渡くんも必死になってくれてるんだね。よかった。」

 

前木の笑顔にさすがの大渡も…表情1つ変わってない。なんだこいつは。

大渡は本当にそれだけの用事だったようですぐに帰っていった。

 

高堂の部屋にも入る。

こちらも綺麗に整理されていて、まさに女子の部屋って感じがする。

 

「光ちゃん、すっごく優しかったんだ。牧野くんが好きになる気持ちも分かるよ。」

 

「…ああ。」

 

「私達が光ちゃんを犯人だって決めてよかったのかな。宮壁くんも言ってた通り、私も自信がないんだ。でも、私達も生きたいから、仕方のない事なんだよね。…仕方ないで済ませていいはずないのにね。」

 

何も返せなかった。

前木は俯いていて、その背中は震えていた。

背中を撫でてあげたいけど、そうしてもいいような関係なのか分からない。

 

「……。」

 

そのまま数分が経とうとしていた時だ。

前木がもたれてきたから思わずびくりとする。うつらうつらとしている。かなり眠そうだ。

 

「…歩けるか?」

 

「…うん。」

 

「しっかり寝て、また明日…皆で話そう。」

 

「そうだね。」

 

前木を部屋まで送る。

 

「宮壁くんも、具合悪そうだしちゃんと寝てね。おやすみ。」

 

「え、あ、ああ…おやすみ。」

 

 

 

□□□

 

 

 

保健室の薬の数を確認し、戻ろうとした東城に声をかけたのは三笠だった。

 

「あれ、三笠くん。ボクと話すのなんて久しぶり…いや、2人きりはほぼ初めてかな?」

 

「東城、寝れないからおすすめの睡眠薬をくれないか。」

 

「ボクの眠気を分けてあげたいくらいだよ。まだボクはやりたい事がたくさんあるのに。…はい、すぐ寝るならこれ。」

 

「やけに簡単に手渡してくれるな。」

 

「まあ、三笠くんは信頼できそうだからね。ここ数日の行いの結果だよ。」

 

「それはどうも…。」

 

「それにしても、サバイバーのキミが寝られないなんて珍しいというか問題というか。寝るべき時に寝られないのは致命的ではないのかな?」

 

「…あの後に寝られるほど、自分も非情ではなくてな。」

 

「オシオキの事?あれは酷かったね。また悲惨な状態にしてしまうのだから…予約が届くのはいつになるのか。」

 

「東城、それ、二度と他の奴等の前で言うなよ。殺されかねないぞ。それにオシオキの話じゃない。」

 

「へえ。何?」

 

「牧野を、励ましたつもりだった。あいつは前回の裁判の後、自分とひとしきり話をしたのだが、その時あいつは言っていたのだ。「皆の役に立てるようになる」と。自分の力不足を感じると、どうも寝れなくなってな…。」

 

「人を励ます…。興味深いね。この極限状況においても人の心配ができる程余裕があるなんて、人間としてかなり完成されているようだね。」

 

「…お主のそれは褒めているのか…?」

 

「認めているよ。キミはおもしろい人間だね。ここにいる人はいろいろと不思議な人が多いから毎日飽きないよ。」

 

「そうか…。最後に1つ聞かせてくれ。お主は、余裕がある奴の代表のようなものだと思っていたが、その言いぶりからして違うのか?」

 

「………。余裕のある人間になりたいとは思っているよ。」

 

「東城、お主は…。」

 

「コロシアイを防ぐ事に何の尽力もしていない人達に殺されるのは癪だよ。だからこうして対策を取っている訳だからね。ボクは用意周到なだけだよ。逆に言えばキミ達は無防備すぎる。正直死んでも文句言えないよね。」

 

東城は三笠の返事を待つ事なく出て行く。

 

「その睡眠薬、水なしで飲めるから。」

 

 

 

□□□

 

 

 

「なあ、告白しないのか?」

 

「えっ、む、無理だよ、俺なんか…絶対フラれるし、そもそもそういう感情じゃないっていうか…。」

 

「うーん、でも、折角同じクラスになれたんだよな?特別学級に入るためにすごい勉強したって言ってたじゃないか。」

 

俺の言葉に彼は緊張した面持ちで唸る。

 

「言ってみたらいいんじゃないか?自分が見た感じだと、脈は十分ありそうだが。」

 

「うん。俺も…応援、してる。」

 

三笠と端部も笑顔で後押しする。

 

「……。いつかするよ。」

 

 

 

その一か月後くらいだろうか。

 

「あ、あのさ…。」

 

「ど、どうだったんだ…?」

 

「えっと、OKって…。」

 

「おめでとう!よかったじゃないか!」

 

「夢みたいだよ。というか、どうしていいか分からないし、そもそも付き合って何していいかも分からないし…。」

 

「それは今まで通りでいいんじゃないか?少し気を遣いすぎな気はするけど…。」

 

「いや、高堂ちゃんに気を遣うのは当たり前なんだって。」

 

「お主、本当に高堂の事になるとガチになるな…。」

 

「…あ、高堂さん、待ってるよ。俺達にかまってないで行ってあげなきゃ。」

 

「え、え、嘘!?待って、髪乱れてない!?いい匂いする!?服の皺とか…!」

 

「大丈夫だって。」

 

笑いながら背中を押す。

 

「あ、えっと…皆、ありがとう。」

 

牧野ははにかみながらカバンを背負うと高堂のところに走っていった。

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

……目が覚めた。

 

相変わらず俺がいるのはシンプルなベッドの上だ。今さっきいた教室なんてどこにもない。

 

夢にしてはやけにリアルで、その内容もはっきりと覚えている。

 

もしかしたら、これは……。

 

…やめよう、こんな事考えても2人には届かない。

 

 

 

 

 

「…なんだ、夢か。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER2 『君に届かない』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級のメンタリスト 牧野いろは

【転落により死亡】

 

超高校級の山岳部 高堂光

【オシオキにより死亡】

 

 

残り生存者数 11人

 

 

 

 

 

 

 

▼[黒いリボン]を手に入れた。

 

▼[オレンジのリボン]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT →→→ CHAPTER3『 I のままにワガママに』

 

 

 

 

 

 

 




今回、シロとクロの2人のやり取りの中で、あまり腑に落ちなかった部分がある方はいらっしゃると思います。ここは後日、完結後になりそうですが番外編か何かできちんと補足しようと思っておりますので、ご安心ください。かなり曖昧に書いている部分があるので今回は流し読みしてくださって大丈夫です。

2章完走までお付き合いくださり、誠にありがとうございました。


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Chapter 3『 I のママにワガママに』
(非)日常編 1


この作品で1番話数が多くなる予定の3章の始まりです。
年末にどうにか始められてよかったです。
2章投稿時からそろそろ更新ペースをあげたいと言い続けていたらもう今年が終わりますね。
3章のトリックがほぼ考えられていない、まずいぞどうしよう。


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「まあ、宮壁さん。今日は早いですわね…!大丈夫ですの?」

 

「俺は大丈夫だ。安鐘こそ、相変わらず早起きだけど…。」

 

「これは習慣ですから。勿論、昨日の事があって平気だなんて思っていませんわ。…今日は大層なものではなくてもよろしいでしょうか?」

 

「もちろん。俺も手伝うよ。…そういえば、三笠も潜手もいないんだな。あの2人もいつもは早いのに。」

 

「…潜手さんもかなりショックを受けていましたし、三笠さんもきっと…。今日もみなさんで集まるのでしょうか?」

 

「無理に集まる事はないんじゃないか。…というより、集まれないと思う。」

 

「…そう、ですわね。」

 

安鐘は軽くため息をついてオーブンから食パンを取り出す。

 

「……うっ。」

 

パンに塗る物を選ぼうと棚を見た時、イチゴジャムが目に入り思わず口を手で覆ってしまった。昨日はあれから何も食べていないから出るものはないはずなのに、何かが喉をせり上がる。

 

「み、宮壁さん?大丈夫ですか!?席についてくださいませ…!」

 

安鐘に背中を押されて席につく。数回深呼吸したらじわじわと落ち着いてきた。

 

「ごめん、もう大丈夫。」

 

「無理はなさらないでください…。体調がすぐれないなら無理に来る必要はありませんわ。」

 

「分かってる。でも、1人でいるのも逆効果だと思って…。」

 

「…それも一理ありますわね。まだ朝のアナウンスも鳴っていませんし、もう少しすれば来るかもしれませんわ。」

 

「そうだな。」

 

人のいない食堂は静かで、パンを袋から取り出したり、皿を準備する音だけが響き渡る。

俺達はお互い何も言わずに、朝食を済ませた。

 

『ミンナおはパオ!7時だよ!今日もレッツ・コロシアイ生活!』

 

「鳴りましたわね。みなさん、来てくださるといいのですが…。」

 

「そういえば、前は裁判の次の日には皆協力しようっていう雰囲気になってたよな。二回も起きれば、やっぱり難しいかもしれないな…。」

 

「…いえ、それだけじゃないかもしれませんわ。わたくし達はまだ動機がなくなった訳じゃありませんもの。」

 

「…!そうか、秘密…!」

 

「ええ…。わたくしも含め、自分の秘密を知らない方が多いと思うのです。実際に秘密をきっかけにコロシアイが起きてしまった以上、人の秘密を持っておく事自体、十分怖いですわね…。」

 

…またあれが起きる可能性がある。それが皆の集まりが悪い事に拍車をかけているのだろう。

 

「おはよ。あれ?人少なくね?」

 

「!難波!」

 

「昨日わりと早く寝たからすぐ起きれたわ。てか2人とも早くね?…それにしては三笠とかめかぶがいないのが気になるけど。」

 

「…やっぱりそうだよな。」

 

「早い方と言えば、今日は東城さんも篠田さんも見ていませんわ。いつもあの2人はかなり早く来て、特に東城さんは皆さんが来る前に自室に戻る事も多いので…。」

 

「…ま、昨日あんなことがあったし、今日は集まらなくていいんじゃね?アタシは周りの様子見に来ただけだけど。」

 

「そうなのか、難波も昨日はほとんど何も話さずに帰ってたから心配した。」

 

「気遣いどうも。ま、病む事はないから気にしなくていいわ。」

 

「そうか。難波はここに来るまでに他の人達に会ったりしてないか?」

 

「ああ、東城ならちらっと見た。2階に行ってたみたいだけど何しに行ったのかは知らない。…ま、相変わらず作業でもしてんじゃねーの?」

 

…そういえば、昨日は東城もオシオキが終わったらすぐに帰っていた。あいつの事だからオシオキがショックだったとかいう事はないだろうけど…少し気になるな。

 

「後で行ってみる。」

 

「そ。じゃあ東城の事は宮壁に任せて…今日は何もしないの?」

 

「何かしようって言われてもな…。」

 

「何かっていうか、探索の事ね。前も裁判があった次の日は二階に行けるようになってたでしょ?あれって今回もじゃねーの?」

 

「あ、あれか。」

 

たしかに、もしかするとまた新しい場所に行けるようになっているかもしれない。

 

「モノパオさんもあのカメラで見ているなら教えてくださってもよろしいですのに…。」

 

そんな感じで話していると、前木と勝卯木、少し遅れて潜手と篠田がやってきた。

…女子しか集まらないのが気まずくなってきたので、俺はひとまず東城の様子を見に行く事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「あ、3階に行けるようになってる。」

 

2階に上がったすぐ横に新しく階段が解放されていた。一体何階まであるのか…。

理科室にいるだろうと思い廊下に向かおうとした時、階段を下りてきたのは東城だった。

 

「え、お前、なんで…!?」

 

「行けるようになっているだろうと思って探索していただけだよ。もう終わったからボクはもう理科室に戻るし、皆と探索はしなくていい。」

 

「そ、そうか…。何か変わった事とか、それこそ脱出の手掛かりとか…」

 

「そのようなものがあればすぐに報告しに行くよ。ボクは1人で出ようなんて思っていないからね。今までの犯罪者共とは違って身勝手じゃあないよ。」

 

…2人の事を馬鹿にされた気がしてむかつくが、ここで俺が言い争っても仕方ない。

 

「…嫌味な言い方ばっかりするなよ。もっと素直に協力してくれてもいいじゃないか。」

 

「しているつもりだけどね。」

 

「あれ、宮壁さん!おはようございます!」

 

「え、柳原…?」

 

柳原も階段から下りてきた。皆探索に行くの早くないか?

 

「あ、そういえば朝のアナウンスが鳴ってましたもんね!おれも食堂に行った方がいいですか?」

 

「あ、ああ、そうだな。心配していると思うから顔出すだけでもしてほしい。2人は一緒に探索していたのか?」

 

「いいえ。東城さんとは探索したくないですし…。1人でやってました!いろいろ身になる事もあってよかったです!」

 

…さらっと、流れるように悪口を言ったな…。

 

「東城は身になるようなものがあるなんて一言も言ってなかったぞ?」

 

「あれ?そうなんですか?おれは少しずつ分かってきたように思うのですが…。」

 

「…まあ、強いて言うならこの建物は3階で終わりという事くらいかな。まだすべての場所に行ける訳じゃないから全容を見る事はできないけど。」

 

「え!東城さん、そんな事が分かるんですか!?すごいです!一緒に探索すればよかったですね…。」

 

「…とりあえず2人が元気そうでよかったよ。すぐに動けるのもすごいなって思うし。」

 

「気遣いまでしてくださるなんて、本当に嬉しいです!あ、おれ今から食堂に行きますから、東城さんがピンピンしてる事も伝えておきますね!宮壁さんがわざわざ報告する必要はないです!」

 

「そうか?ありがとう。捜査の時から助けてもらってばかりで申し訳ないな。」

 

「宮壁さんには1度助けていただいたので!それに、裁判で勝つという目的も同じでしたし。こうして今もお話ができているのはおれとみなさんの協力あってこそですからね!」

 

嬉しそうに胸を張って帰っていく柳原を見送る。柳原が姿を消してから東城がやっと口を開いた。

 

「…そういえば気になっていたのだけれど、柳原くんはどうしてあれほど変わったのかキミは知っているのかな。」

 

「変わった?どこがだ?」

 

「性格とかではなくて、能力の話だよ。昨日の裁判と1回目の裁判であまりにも発言力が違いすぎる。」

 

「それは…一生懸命勉強してたからな。」

 

「でも、数日の勉強であそこまで鋭くなれるものかな?…かなり興味深いね。他にも気になる人はたくさんいるし、ここで過ごすのもあと数年なら悪くないね。」

 

「俺は数年もいられないな。」

 

「その発言、受け取り方によってはキミに適切な処分を下しかねないけれど。」

 

「違う!そういう意味で言ったんじゃない!」

 

「大声で話さなくても聞こえているよ。会話はずっときちんと成り立っていたじゃないか。」

 

…いちいち言い方が癪に障る奴だ!

たしかに俺も言葉を間違えたと思ったけど、そんな人を煽るような言い方しなくてもいいだろ!

これ以上話す事はないだろうと思い、とりあえずまだ来ていない人を探す事にした。

 

 

 

□□□

 

 

 

「大渡、おはよう。」

 

「…うるせぇな、インターホンは1回でいいだろうが。」

 

「安否確認だから仕方ないんだ。」

 

「普通に生きてるから帰れ。今日は寝不足だからもう出ねぇよ。ご飯もいらねぇ。」

 

「…お前、ごはんって言うんだな…。てっきり飯って言うのかと…。」

 

あまりにも衝撃だったので思わず口走ってしまう。しまったと思った時にはすでに扉は開かなくなっていた。

…まあ、もともと大渡については心配してない。問題は三笠だよな…。

 

 

三笠の個室のインターホンを鳴らす。しばらくすると扉が開いた。

 

「あ、三笠!出てくれてよかったよ。」

 

「…わざわざ悪いな。」

 

出てはくれたが、お世辞にも元気そうには見えない。

まだ髪も整えていないようで、完全に寝起きだった。

 

「…今日は来れそうか?」

 

「ああ、昼頃からでもいいだろうか。」

 

「もちろん。無理しなくて大丈夫だ。」

 

「お願いと言ってはなんだが…後で東城を呼んでもらってもいいだろうか。」

 

「東城?ああ、かまわないけど…。」

 

三笠と東城…?何かあったのか?

…ここで聞いても話さないだろうし、変に勘ぐるのはやめておこう。

 

「じゃあ、皆に伝えておく。探索は昼からにするよ。」

 

「すまないな。」

 

まだ声はかけられないけど、やっぱり心配だな…。とりあえず食堂に戻るか。

 

 

 

□□□

 

 

 

「そうなのですね…分かりましたわ、宮壁さんもわざわざありがとうござました。」

 

「いや、全然。一応昼から探索はするとして、柳原と東城は終わってるみたいなんだ。だから残りのメンツで分担したらいいかと思ってるんだけど…。」

 

「あ、宮壁さん、おれもう1回行ってもいいですよ!」

 

「え、そうなのか?」

 

「はい!みなさんと探索したら何か別の物が見つかるかもしれませんし…。」

 

柳原は何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡した後、目当ての人の元に駆けて行った。

 

「おれ、勝卯木さんと一緒に行動してみたいなって思うんです!いいですか?」

 

「……。」

 

すごく嫌そうな顔をしているけど、本人は何の文句も言わないしいいんだろうか…。勝卯木は基本ちゃんと嫌な事は嫌って言うタイプだから、そこまで嫌って訳ではないって事なんだろうけど…。

 

「……分かった…。」

 

あ、折れた。いつも妹らしさ全開の勝卯木でも柳原には勝てなかったようだ。

その後の流れで大体のグループ分けを済ませ、全員で集まるのは夕方になった。各々のタイミングで探索を済ませておこうという話だ。

 

「えっと…俺のグループは…。」

 

「宮壁さんとー、難波さんでーすねー!」

 

「よろしくー。探索、すぐ行く?」

 

「俺はいつでも大丈夫だ。」

 

「潜手めかぶもー、今すぐ行けまーすよー!」

 

「よし、じゃあ早速行くか…。」

 

この3人で動くのはかなり珍しい気がする。これを機にいろいろ話せたらいいけど…。

とりあえずマップを開く。

 

 

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「あ、プール解放されてね?」

 

「あとは3階のお部屋がいくつか開いてる感じですーねー。温室の上もまだ分からないんですねー…いつになったら全部の場所に行けるようになるんでしょーかー…。」

 

「東城がこの建物は3階建てみたいなことを言っていたから、もうそんなに行けてない場所はないんじゃないかな。」

 

「…モノパオも何を考えてるんだか。普通ならもっと小出しにするくね?結構いっぱい部屋が開くのは意外。」

 

…確かに。

難波はため息をついて階段を上っていった。俺達もその後に続く。

 

「…潜手は、もう大丈夫か?」

 

「うーん…元気、ではないんですけーどー、でも、みなさんが頑張ってるのにふさぎ込むのもよくないと思ったのでー…。それに、みなさんとこうやってお話して、いい思い出も作りたいなって思うんですー!」

 

「いい思い出…。そうだよな、ここの生活って、いい事がなかった訳じゃないもんな。」

 

「はいー!プールも開いたなら、ここでも遊ぶ事ができますかーらねー!」

 

「めかぶ泳ぐの絶対速いよね。アタシあんま得意じゃないから教えてよ。」

 

「ほわー!もちろんですーけど、難波さんって苦手な事があるんですーねー!」

 

「俺も意外だった。難波、運動全般得意なイメージがあるから…。」

 

「水泳って他の種目とは結構違うじゃん?体力は問題ないと思うけど、普段生活してて泳ぐ事ってそうそうないし。アタシは学校にもあんまり行ってないから余計に。」

 

「そうですーねー。潜手めかぶも、海の近くに住んでなかったらこんなに泳いでないと思いますー!」

 

なんてたわいもない話をしながらプールの前に辿り着く。

扉が2つあるのを見るに、どうやら浴場とは違ってこちらの更衣室は男女で分かれているらしい。

 

「いや大浴場も分けろよ。まあプールは男女が一緒に入る事も考慮してって事だろうけど。」

 

難波が不満そうにつぶやく。

 

「じゃあアタシとめかぶで女子更衣室見るから、宮壁は男子更衣室の方よろしく。」

 

「分かった。」

 

2人とは一旦分かれて更衣室の扉を開ける。

中は鍵付きロッカーの並ぶシンプルな更衣室だけど、浮き輪やビート版のような道具もあるし、トイレも隅の方に設置されている。意外としっかりした設備だ。

あ、市営プールにあるような目を洗う専用の蛇口もある。これで目を洗うの苦手なんだよな…。

 

「この先がプールか?」

 

そう言いながらくもりガラスの張られた扉を開ける。

 

たぶん50メートルプールだ。つまりめちゃくちゃ広い。プールには水がしっかり入っており、なんとなくモノパオが時間をかけたんだろうなという想像ができる。

 

せっかくだししっかり見てみるか、と思って一歩を踏み出した矢先、俺の全身が一瞬で濡れた。

 

「…は?」

 

「はあああああ!?ちょっと待てって!びしょびしょなんだけど!」

 

「ほわわー!ずぶ濡れになっちゃいまーしたー!」

 

2人も同時に出てきて同じ目にあったらしく、大声がプールの中で反響する。

雨のように俺に降りかかる水の出どころを確かめようと上を見上げる。

…案の定、シャワーだった。

 

とりあえずシャワーゾーンを抜けて上着を脱ぐ。2人もそれぞれ上に着ていたものを脱いで絞っている。

 

「自動とか聞いてないっつーの!マジでヤバいんだけど!もう最悪…。」

 

「潜手めかぶの服は防水加工もされているのでそこまでひどくないのでーすけどー、お二人とも大丈夫ですーかー?」

 

「全然大丈夫じゃないな…。」

 

「はあ…マジで無駄に変なところで自動化すんなって…。ブーツの中もびちょびちょなんですけど…。」

 

俺もパンツまでびっしょり濡れてすごく不快だ。あまりにも突然すぎて数秒棒立ちしてしまったせいで余計に濡れてるんだろう。

 

「それにしてもー、勢い強くてびっくりしまーしたねー!あんなにすごいの、小学校のプールくらいだと思ってましたー!」

 

「帰りは一瞬で駆け抜けなきゃまずいよね。幸い床に滑り止めのマットはあるし、走ったところでこける事はないでしょ。」

 

「そうだな…。後、これは皆にも早めに伝えておいた方がいいだろうな。」

 

「あー、紙に書いて扉にでもはっとく?そうすればさすがに見逃さないでしょ。」

 

「そうしましょー!」

 

……。

くそ、なんでこんな時に目がいってしまったんだ、俺。

シャワーのせいで難波のシャツが透けている…!

その上何の羞恥心もないのか脚を曲げているから下着も見える…!

すっと目線を難波から遠ざける。

そうか、潜手は防水だから大丈夫だったのか…って無意識に潜手の方も見たな俺!?

無心になろうと脱いだ自分の上着を絞る。よし、忘れよう、何も見なかった。俺は何も知らない。

 

「…ちょっと!」

 

「はい!?」

 

「何無視してんのさっきから。そんな下ばっかり見て。」

 

「……あー!ほわ、難波さんー…あの、ですねー…。」

 

ああっ!潜手、言わないでくれ!ここから出る前に気づいてしまう!

 

「ん?………。」

 

薄目で難波の方を確認すると、難波の視線は自身の胸に向かっていた。

 

「……。」

 

「…見たんだ。」

 

「えっと…すみません…。」

 

「…なんで言わない訳?」

 

で、出た!理不尽な問いかけ…!どうせ言っても絶対怒られてたじゃないか!

 

「すみません。」

 

「謝ってばっかじゃ何も分かんねーんだけど!」

 

痛い!ひどい!ギャル特有の意味不明なやつ!

普通に顔を叩かれてしまったけど、難波の性格を思うとグーじゃないだけ手加減はしてくれたらしい。

 

「はー、最悪。まあ全部宮壁のせいって訳じゃないか。…宮壁、めかぶ。」

 

「なんだ?」

 

「黒幕、ボコすよ。」

 

「は?危ないだろそれは!」

 

「そ、そうでーすよー!校則にもダメってありますーよー!?」

 

「いやいや、さすがに物理的にはやんないって。ただこの糞シャワーをどうにかしてもらって、今着てる服の洗濯と乾燥やってもらって、謝罪してもらおうかと。」

 

「…それは、してもらおう。」

 

「宮壁さーんー!?た、たしかに潜手めかぶもこのままだと風邪ひいてしまいそうですしー、その間にお風呂にも入っておきたいですよーねー。」

 

冷えて思わずくしゃみをしてしまう。濡れて重くなった服を早く脱ぎたい。あったかいお風呂で癒されたい。

モノパオに絶対クレームを入れてやろう。その言葉で俺達の心は1つになった。

 

 

 

□□□

 

 

 

「はー…気持ちいい…。」

 

「ほんとー…モノパオも言えば一応やってくれるんじゃん…。」

 

「ほわー…あったかいでーすー…。」

 

2人も湯舟に入っているのだろう、感嘆の声をもらす。

あの後、とりあえず更なる犠牲者を出さないために張り紙をし、モノパオに問い詰めた結果、難波の要望は全て通る事となった。

そして大浴場に男女どちらが先に入るかという話になった時、俺は2人に先に入ってもらうように言ったのだが、それだと俺が風邪をひくからと2人がモノパオに簡易的な仕切りを入れるように頼んでくれたのだ。

おかげで俺もすぐに入れたわけだけど、本当に簡易的な仕切りだから声はもちろん影も見えるしでなかなか体に悪いのでやめてほしいと思ってしまう。

 

「宮壁、アンタこの後すぐ探索行く?」

 

「ああ、そのつもりだけど…。」

 

「じゃあ後で3階に行く階段の前に集合ね。」

 

「俺が先に出るよ。じゃあ。」

 

「はいー!また後でーですー!」

 

新しい服に急いで着替えて髪も乾かす。ふー、すっきりした。

2人を待つ間、俺はマップを再確認する。

今のところ行ける場所で目新しいのはゲームセンターか。後は教室と物置。東城達が言っていた通り、脱出のための手掛かりがありそうには思えないな…。

 

「あ、宮壁くん!」

 

「こんな時間にお風呂に行っていたのですか?」

 

「ああ、まあいろいろあってな…。」

 

前木と安鐘だ。

 

「2人はもう探索終わったのか?」

 

「ええ、そうですわ。教室に気になるものがあったので、後で宮壁さん達も行ってみてほしいのです。」

 

「気になるもの…?」

 

「うん。いいものではないし、手掛かりにもならないと思うんだけどね…血があったの。」

 

「血…!?なんでまだ誰も入っていないところに…?」

 

「そういえば、2階の教室にも血痕がありましたわよね。ですが、あそこのようにいろんな場所が汚れている訳ではないのです。本当に一部というか…。」

 

「そうなんだよね。前みたいに黒くなっていたわけでもなくて、前より新しそうだなーって思った。も、もちろん、なんとなくだから他の人にも見てほしくって。」

 

「そうなのか…。教室のどの部分なんだ?」

 

「ゴミ箱だよ。あんなに少ししかついてないって事は、黒幕のミスなのかと思ってる。偶然見つけられたから、黒幕に隠されないようにロッカーに閉まってるの。」

 

「そっか、ありがとう。」

 

「ふふ、どういたしまして!」

 

2人はそのまま昼食を食べに行くらしい。俺は…あまりお腹が空いてないな。探索が終わったらおやつでも食べに行こうかな。

 

この間に東城のいる理科室に向かい三笠の事を伝言した後、待つ事10分強。

 

「わー!お待たせしまーしたー!」

 

「全然いいよ、先に教室に行ってもいいか?」

 

「ん?なんかあんの?」

 

「前木と安鐘が、何か変なものを見つけたらしくて…。」

 

2人を連れて教室に入る。

何の変哲もない教室だ。特におかしなところは見当たらない。

前木の言っていたロッカーを開けると、確かにゴミ箱が隠されていた。

 

「このゴミ箱らしいんだけど…。」

 

「ほわわー!血がついてますーよー!」

 

前木達の言う通り、ゴミ箱の内側に少し血の跡がついていた。

 

「これ、血のついた何かを捨てたって事?…。」

 

難波が無言でその血を触る。

 

「あ、新しそうじゃね?てか、ここに物を捨てる事ができる人って、かなり限られてる気がするんだけど。」

 

そう、ここに物を捨てられるのは俺が考える限りだと東城か柳原、そして黒幕だ。

 

「なーんだかー、嫌な予感がしますーねー…。」

 

「あの2人にも話を聞いてみる必要があるな。」

 

「これ、このままロッカーに戻しますーかー?」

 

「…いや、出してみよう。明日ここに来て血の跡が消えていれば黒幕、もしくはその誰かにとってまずい情報だった事が分かると思う。」

 

「そっか、了解。…じゃああそこ行こうよ。」

 

「あそこ?」

 

「ゲーセン!」

 

「わー!潜手めかぶ、すっごく楽しそうだなーって思ってまーしたー!」

 

難波のテンションが心なしか上がっている気がする。

ゲーセンに入っても実際に何かプレイする事はほとんどなかったから、俺も楽しみだ…!

 

バン!バン!

 

ゲーセンはかなり防音加工がしっかりしているようで、扉を開けた瞬間いろんなゲーム機の騒がしい音が聞こえてきてびっくりしてしまった。

その中にいたのは…。

 

「あまいぞ、三笠。」

 

「篠田…お主、完璧だな…。」

 

楽しそうにゲームをする2人だった。ゾンビを撃っていくタイプのゲームで、篠田は1度も外す事なく敵を撃ち殺していく。

そうは言っても三笠もかなり上手い。

…この中に混ざれって言われたら、ちょっと嫌だな…。俺の下手さが目立ちそうだ。

ゲームが終わったタイミングで声をかける。

 

「2人とも上手いな…!」

 

「おお、宮壁達も見ておったのか。だがご覧の通り、篠田には完敗だぞ?」

 

「いやー、アタシシューティングはそんなに上手くないからすげーわ…。」

 

「潜手めかぶもやってみたいですー!」

 

「あ、そうだ、これコインとかはどこにあんの?」

 

「…どうやら、このシューティングゲームかそこのリズムゲームなどをクリアすれば、景品がもらえるゲームをするためのコインがもらえるようだ。」

 

そう言って篠田はカップ一杯に詰め込まれたコインを見せる。

 

「その景品には興味がなくてな…。こうしてコインばかり貯まっていく。よければこのコインを受け取ってほしい。」

 

「ええ、篠田が取った物なのに悪いよ。」

 

「まあ、ほしい景品があればここのコインを好きに使うといい。今度はあのリズムゲームでもしてみようかと思う。…えっと…。」

 

急に言い淀んだ篠田に皆の顔にはてなが浮かぶ。

 

「め、めかぶも、その、一緒にやらないか…?三笠も、私に付き合ってくれていたのだ…。」

 

「へー…。瞳、かわいいところあんじゃん…。」

 

「か、かわいくはないだろう…。」

 

当の潜手はすごく嬉しそうに顔を輝かせた。

 

「はいー!潜手めかぶでよければ、ぜひ一緒にやりたいですー!」

 

そういえば、前、潜手の事を友達だって言ってたもんな…。純粋にこの光景がほほえましい。

3人でリズムゲームの方に向かうのをほのぼのと見守る俺。うーん、平和だな。

 

「は?何このUFOキャッチャー。景品がゴミなんですけど。」

 

「いやいや、さすがにゴミってそんな言い方………」

 

ゴミというか、胸糞悪い。

サッカーボールと斧のキーホルダーが大量に並んでいる。

 

他のゲームはお菓子やクッションが並んでいるのに、その一角だけ、俺達を嘲笑うかのような悪趣味なグッズが陳列されていた。

 

「…テンション下がったけど切り替えてこ。アタシあそこのクッション取るわ。宮壁手伝って。」

 

「ああ。」

 

側面から俺が見守り、操作は難波。篠田の大量のコインを使わせてもらう。

 

「行くよ。あそこのピンクの奴狙うから。」

 

「分かった。」

 

難波は慎重にボタンを押していく。どうにかいい感じの位置で止まったようだ。

 

「次奥行きだから宮壁ストップって言ってね。」

 

ゆっくりアームが動いていく。あそこのくぼみにくれば…!

 

「ストップ!」

 

「はい!」

 

アームが下ろされ、しっかりとクッションを掴む。

そしてそのまま…。

 

「よーし、ゲットできた!」

 

「難波も得意なんだな…!」

 

「まあね。腹立つから根こそぎ取ってやろ。」

 

「そうだな。俺も手伝う。」

 

しばらくの間難波と協力して悪趣味な奴以外の景品を取りまくった。

 

「ちょっとちょっと!いい加減にしてよねっ!」

 

「…宮壁、よろしく。」

 

「ストップ!」

 

「……よっしゃ、簡単だわ。」

 

「こら!話聞いてるの!?」

 

「モノパオ、このお菓子賞味期限切れてるから変えてくれ。」

 

「え、ほんとに…?じゃなくて!補充が結構面倒なんだからそんなにやらないでよ!こんなにコイン取られると思ってなかったから参ったパオ!」

 

「てかこのクッションめっちゃ気持ちいいわ。これまでゴミだったらどうしようかと思った。」

 

「そ、それはよかったパオ…。もう、完全に2人とも害悪生徒だよね…。ボクくん今日で何回2人に詰め寄られてきたのさ…。」

 

「今は勝手にアンタが来たんじゃん。あ、あそこのポーチ欲しい。」

 

「モノパオ、とりあえずこのお菓子の事よろしくな。」

 

なんかうるさいのでお菓子の袋を押し付ける。賞味期限切れに文句を言うのは別に害悪じゃないだろ。

 

「はいはい…また後で宮壁クンの部屋に届けに行くからね…じゃあ、さよなら…。」

 

とぼとぼと歩いていってしまった。

 

「でもゲーセンずっといたら目が悪くなりそうだしこれ終わったら帰ろうかな。結構もういい時間じゃね?」

 

「そうだな。朝と昼はしっかり作ってないし、夜ご飯はちゃんとやった方がいいよな。」

 

最後のポーチも難なくゲットし、2人でゲーセンを後にした。

 

「…あ、物置見るの忘れてたな。」

 

「まあいいんじゃね?他の誰かが見てくれてるでしょ。」

 

 

 

□□□

 

 

 

「みなさん揃ってくださって、本当によかったですわ…!」

 

「ですねー!作ったかいがありましーたー!」

 

いつもの2人が呼びかける。

昨日の今日だというのに、すでに食卓に並ぶメニューは今までのように豪華になっていた。

俺も少しは手伝えたけど、行った時にはあらかた準備も終わっていたから申し訳ない。

 

今はその食事も終え、今日の探索の話をするところだ。

皆この1日で休んだからか、今朝以来会ってなかった人もだいぶ顔色がよくなっている。

 

「えーっと?グループ分けはどうなってたんだっけ。アタシは宮壁とめかぶと。」

 

「あ、私は鈴華ちゃんと回ったよ!」

 

「おれは勝卯木さんといました!」

 

「自分は篠田とだったな。」

 

「あとの2人は個別か。じゃあ最初にプールの説明をさせてほしいんだけど、いい?」

 

「プール…何かあったの?」

 

「あそこのシャワーが糞だった。」

 

「…あ!それで宮壁くん達はお風呂に入ってたんだね!」

 

「本当にー、びっくりしちゃいましーたー!」

 

「とりあえず、プールは市営プールの規模を少し小さくした感じだ。これと言って変わったところはないし、更衣室も男女で分かれているから安心してほしい。」

 

「あとはー、ゲームセンターですかねー?たっくさんゲームがあってー、とっても楽しかったですー!コインは篠田さんと三笠さんが取った奴があるので、みなさん使っていいそうですよー!」

 

「ええっ!?篠田さんと三笠さん、ゲームも得意なんですか!?なんでもできて尊敬します!」

 

「あ、ありがとう…。楽しくなってほぼ全てのゲームをしてしまっただけなのだがな。」

 

潜手はビニール袋いっぱいに詰められたコインを机に置いた。あの後もこんなに取ってたのか…。

皆でその量に少し驚いていると三笠がコホンと咳ばらいをする。

 

「では自分からは物置について説明しようか。物置はここの隣の倉庫とは違い、かなりごちゃごちゃしていた。その上…武器、と形容できるものがあった。」

 

「武器?凶器じゃなくて、か?」

 

「ああ、今は大きな錠前がされてあって簡単には開けられないようになっているし、モノパオいわくそれらを入れているガラスのケースもかなり頑丈らしいが。刃物や鈍器、銃のようなものまで取り揃えられているといった感じだ。」

 

「ボクの考えとして、今はそこまで気にする事ではないと思うけれどね。気にするべきはその鍵がどこにあるのか、ではないかな。」

 

「いや、鍵も今はモノパオが所持していると言っていた。」

 

「そうか。それなら考慮する必要はないね。どうもありがとう。」

 

…東城が引くなんて珍しいな。もっと細かく聞いて対策を練るかと思っていたけど…。

 

「後話してないのは教室?まあ…特別変なところではなかった。ただ教室5のゴミ箱に比較的新しい血がついてた。一応ここで共有しとく。」

 

難波の話が終わると同時にこっそり周りの様子も探る。特におかしいところはなさそうだ。

 

「なあ、東城と柳原は先に探索してたよな、その時は見つけなかったのか?」

 

「あ、見つけましたよ!何も聞かれなかったので言わなかっただけで。」

 

「手掛かりになりそうなものはないかって聞かなかったか…?」

 

「手掛かりって言っても脱出の手掛かりって聞いてましたよね?脱出とは関係ないので答えませんでした!」

 

…屁理屈だ!と思ったけど本人に悪気はなさそうだからぐっと堪えた。偉い。

 

「そ、そうか。東城は?」

 

「見たけれど、説明のしようがないしボクにはまだ何の考察もできないよ。」

 

「そりゃそうだよな、ごめん、なんでもないんだ。」

 

すごく訝し気な目で見られたのは嫌だけど仕方ない。これで一通り探索の報告は終了か。

 

「……話、終わり?」

 

「いや、私は動機として残っている秘密の書かれた封筒をどうするか決めてほしい。これまでに本人に見せた人がいるなら知りたいな。」

 

篠田の発言で少し空気が固まる。

 

「その事だが…どうやら牧野が持っていた秘密は自分のだったようでな。裁判の後モノパオから手渡されて今は自分で持っている。」

 

「俺は柳原に秘密を返している。俺のは知らないけど。」

 

「はい!おれは宮壁さんからもらいました!大した事ないので安心してください!あと勝卯木さんにおれの持ってた秘密を返しましたよ!」

 

「……内容、大丈夫…。」

 

「勝卯木さん的には内容も問題ないらしいです!」

 

「…俺は自分のを引いてる。もうこの話には関係ねぇよ。」

 

「ふむ…後は誰にも見せていない様子だな。教えた人はともかく、まだ自分の秘密を見ていない人はどうするべきだろうか?私は、このまま自分の秘密は見せてもらわなくていいと思っているが他の人はどうなんだ?」

 

「あ、あのっ!わたくし、自分の秘密を知りたいのですが、その…よろしいでしょうか…?ここで秘密をもらう事を宣言すれば、みなさんも把握できますし、いいかと思うのです…。」

 

安鐘がおずおずと手を挙げる。

正直、俺も気にならない訳じゃない。むしろ俺のなくした記憶に関連しているなら、それこそ今の状況についてのヒントになる事が書いてある可能性もある。

 

「そうか。自分が安鐘の秘密を持っているから、皆が賛成するのであれば渡そうと思うが…。」

 

皆も特に反対する人はおらず、頷いたので三笠は安鐘に後で封筒を渡しに部屋に戻るようだ。

 

「他に知りた人はいねーの?」

 

「うーん、私はなんだか怖くて…まだやめておこうかな。」

 

「アタシも見なくていい。持ってるのを見せる事もない気がする。本人が知りたがらない限りはね。」

 

「じゃあ、今日はこのくらいで解散にするか。皆お疲れ様。おやすみ。」

 

「おやすみなさーいですー!」

 

そんな感じで今日の話し合いは終わりになった。

俺の秘密を持っている可能性のある人はだいぶ絞られたな…。

 

ふと、動機をもらった時の皆の反応を思い出す。前木はかなり本人に見せるのを嫌がっていたっけ。

…あれが俺のだったりして…、いや、まさかな。

 

 

 

□□□

 

 

 

「あ!そういえば、この事を言うのを忘れ……あれ?」

 

数日前に保健室で見つけた小瓶。何か怪しい物だと思って俺の部屋に持ち帰ったまますっかり存在を忘れていたけれど、それがなくなっていた。

 

「なんで、ここには誰も入れないはずなのに…。」

 

「およびかな?」

 

「呼んでない…けど、お前が隠したって事か、モノパオ。」

 

「正解っ!いやー、あれ保健室の棚に補充しようとしてたのに間違えて外に出しちゃってたんだよね!拾ってくれて感謝パオ!」

 

「何に使うものなんだ。」

 

「毒だよそりゃ!もう本当、すっごい効き目の強い毒!舐めただけで天国に行けちゃうやつだよっ!」

 

「これからも補充するつもりって事か?」

 

「それが結構貴重だからすぐには補充できないんだよね…残念!力がない人とか、体格差のある相手を殺す時とかにはうってつけの凶器だから、しっかりサポートしていかなきゃなんだけどね…。」

 

「余計なお世話だ。」

 

「もー!宮壁くんはなんでボクくんにだけそんなに冷たいのさ!いっつも優しくしてくれるのに!けち!あ、そういえばこれ、賞味期限切れてないお菓子!たしかに届けたからねっ!」

 

「…え?」

 

いっつも優しく…?そんなまさか、悪魔と裏切り者は俺達の中にいるって言われてきたけど、黒幕も俺達の中にいるなんて、そんな訳、ないよな…?

 

嫌な予感を頭に残しながら、俺はゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

 



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(非)日常編 2

え、あれから二か月も経ってるって本当ですか?
…まずいですね、当初の予定ではもう3章終盤くらいに差し掛かっているはずだったのですが…。
今月中にもう1話出す予定です。


昨日いろいろあって早く寝たおかげで、かなり体調もいい気がする。

アナウンスは相変わらず不快だけど、うるさい目覚ましだと思えばどうにかやっていけない事もない。

 

「今日こそ料理を手伝わないとな…。安鐘達はいいって言ってくれるけど、それに甘えて何もしないっていうのも逆に申し訳ないし。」

 

気合を入れなおして廊下に出ると、柳原と前木に出会った。

 

「宮壁くんおはよう!」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう。2人が一緒にいるなんて珍しいな?何かあったのか?」

 

「特に何もないんだけど、柳原くんが私と一緒にいたいらしくて…。」

 

「珍しいな、急に。」

 

「はい!実は、みなさんと順番に一緒に過ごして交流を深めようと思っていまして!お話しするのが1番いいと思ったので、昨日は勝卯木さん、今日は前木さんとおしゃべりするんです!…あっ!」

 

バランスを崩したのか、急に柳原が前のめりになってこけた。その時足が絡まったのか前木も一緒にこけてしまう。突然すぎて俺も全く動けなかった…。

 

「いたた…。」

 

「わ、ごめんなさい前木さん!…えっと、怪我はしていませんか!?」

 

「う、うん。柳原くんこそ大丈夫?」

 

「はい、おれは何も…それにしても、前木さんまでこけてしまうなんてついてないですね!」

 

「そうだね…たしかについてないかも。あはは、まあこんな事もあるよね。」

 

「2人が特に怪我してないないならよかったけど、これからは気をつけてくれよ…。」

 

「はい!では前木さん、行きましょう!」

 

「わわっ、柳原くん、急に走ると危ないから…!」

 

柳原はそのまま前木の手を引いて走っていった。…ん?手を引いて?

…もしかして、勝卯木ともあんな距離感だったのだろうか、柳原の事だし他意はないだろうけど。

いろいろと複雑な気持ちを抱えながら2人の後を追って食堂へ向かった。

 

 

 

□□□

 

 

 

「わー!おはようございますー!まだできてないのでー、もう少しお待ちくださいまーせー!」

 

食堂に着くと、潜手はいつもの笑顔で迎えてくれた。

 

「おはよう。まだ人は少ないな。」

 

「そうでーすねー、朝のアナウンスがあってからまだそんなに経ってないですからーねー。」

 

潜手の手伝いをしながら皆が揃うのを待つ。

 

「そういえば安鐘はどこに行ったんだ?」

 

「うーん、潜手めかぶも見ていないのですー。昨日秘密を返してもらってましたから、何かあったんでーすかねー…。とりあえず朝ごはんを作り終わったら様子を見に行こうかと思ってますよー!」

 

「何事もないといいけどな…。あと柳原も手伝ってくれると嬉しい。」

 

「……。」

 

うーん、無視か…。

 

「聞いてないみたいだね…。柳原くん、何の本を読んでるの?」

 

「…あ、これは心理学の本です。みなさんと仲良くなるための勉強をしているんです!」

 

え、これ、俺だけ無視されたのか?

 

「心理学!こんな難しそうな本を読むなんて勉強熱心だね…すごいなあ。」

 

「いえ、前木さんに比べたらまだまだです!前木さんは本当にすごい方なんですから!」

 

「え、ええ…?そうかな…?私勉強は得意じゃないから、素直にすごいなって思うよ。」

 

「?……あれ、前木さん…」

 

「距離、近い。」

 

柳原が何かを言いかけたところに割り込んできたのは不満そうに口を尖らせた勝卯木だった。

 

「なんですか勝卯木さん。おれは前木さんとおしゃべりしていただけですよ。」

 

「近い。……私、琴奈……話し、たい…。」

 

「…。まあ今日はおれは前木さんと一緒にいるので、その時は邪魔しないでくださいね。」

 

「……ずるい…。」

 

不満そうに釘をさすと柳原はまた本を読み始めてしまった。勝卯木も不愉快だと言わんばかりに頬を膨らませている。

…え、この2人ライバルか何かか?最初に廊下で抱いた複雑なあれがいまだに心でざわざわしている。

 

「え、私は自分で誰と過ごすか決められない感じかな…?」

 

当然だけど前木もめちゃくちゃ困惑している。

鈍感って訳じゃないから自分の取り合いが行われている事を察したんだろう、人気者はつらいな…。

あ、前木を人気者と認める事でだんだん自分が惨めに思えてきた。いろいろとつらいからもうこの事について考えるのはやめよう。

 

「おはよう。」

 

「お、結構揃ってるじゃん。おはよ。……なんかあった?」

 

ちょうどいいところに三笠と難波がやってきた。

 

「まあ、いろいろと。そろそろ朝食もできるぞ。」

 

「昼食は自分が作ろう。最近手伝えていなかったからな。」

 

「三笠はもう平気なのか?」

 

「どうにかな。なに、もう心配されるほどじゃないさ。」

 

ふっと笑った三笠を見て安心する。本当によかった。時間が全てを解決するわけじゃないけど、解決に時間は必要だ。

 

「今日はホットサンドですーよー!機械があったので使ってみましーたー!」

 

「ホットサンド?ありがと、アタシ好きなんだよね。」

 

篠田と東城と大渡は俺達が来る前に別の場所に行ったらしく、食堂に来ることはなかった。せっかくおいしいご飯が食べられるのに勿体ないな。

 

「そうだ、今日はどうするんだっけ。探索も終わったし。」

 

「プールに行きたいですー!」

 

難波の質問に元気よく答えたのは潜手だった。

 

「そういえば皆で遊びたいって言ってたな。」

 

「はいー!難波さんとも約束してましたし、みなさんで遊ぶと楽しいーのでー!」

 

「まあ、いいですわね!気分転換になりそうですわ!」

 

安鐘も嬉しそうな声をあげた。

 

「私も行きたい!まだ皆に声かけてないから、集まるのはお昼くらいかな?それまではのんびりしようかな…。」

 

「え、前木さんはおれといるんじゃないんですか?」

 

「あ、本当に1日いるんだね!?」

 

「柳原はプールに来るか?」

 

「プール…入った事がなくて、何をしていいのか分からないです…。」

 

「じゃあなおさら行ってみようよ、きっと楽しいと思うよ!」

 

「そうですか…?…じゃあ行ってみます!」

 

前木の説得により柳原も来るらしい。前木の様子からするに行きたかったんだろう、嬉しそうにしている。

そんな感じで昼までは各自自由に過ごす事になった。

 

…俺は何をして過ごそうかな。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

とりあえず水着を揃えに行こうと思って物置に行く。倉庫は随分前から見ていたけどどこにもなかったからだ。

同じことを考えている人がいたようで先客がいた。

 

「あ、三笠。三笠も水着を探しに来たのか?」

 

「ああ。一応あったが水着の種類はほとんどなさそうだ。」

 

そう言って見せてくれたのは無地の海パン。無地か…。

 

「いかにも学校用って感じだな。」

 

「ふむ、女子の物もほとんど種類はなさそうだし、不満が出るのは確実だろうな。」

 

「そっか…。そういえば、三笠って泳ぎはどれくらい得意なんだ?」

 

「自分は川で泳ぐ事が多かったから、それなりに泳げるぞ。得意かどうかは分からんが、少なくとも溺れる事はない。」

 

「川で泳ぐ方が力がいるし、それは得意って言うんじゃないか?それにしても、わりと皆泳げるよな。授業では困らなかったけどこの中だと下手な部類になりそうだ。」

 

「ははっ、授業でできているなら問題ないじゃないか。」

 

倉庫でずっと話すのも味気ないという事で、2人で近くの教室に向かう。

適当な席に座って話していると、まるで普通の学校生活を送っているような気分になった。

 

「…三笠、体調があれだったら、無理はするなよ。」

 

「……。自分は相談にのれたつもりでいたが、その結果があの事件だ。自分の無力さを知って、気が滅入ってしまった。」

 

「三笠は無力じゃない、皆そう思ってる。気負いすぎないでほしいとも思ってるよ。」

 

「あいつは、自分も皆の役に立つと、そう言ってたんだ。あの言葉は嘘じゃない。」

 

「…。三笠は、自分の秘密ってもう見たのか?もらっていたよな。」

 

「それで今の自分が変わってしまうのであれば、わざわざ知りたくはないから見ていない。もっとも、そんな風になってしまう秘密が自分にあるようには思えないが。」

 

「そう、だよな。」

 

「なんだ、宮壁は知りたいか?」

 

「どうしても知りたいって訳じゃないけど、俺達皆が会った事があるかもしれないっていう既視感の解決になるんじゃないか、何かの手掛かりになるんじゃないかって思えて…。」

 

「…たしかに、それは一理あるな。次の動機が来る前にどうにかしたいものだ。」

 

「次、そっか、しばらくしたらまた動機が配られるのか…。」

 

頭が痛くなる話だ。だからといってむやみに見ていい物ではない。秘密の証拠なんてむしろ見ない方がいい物だろう。

 

「三笠は、覚えてない事というか、記憶が抜けてるように感じる事ってあるか?」

 

「ふむ、自分はやはりお主らと会った事だろうか。それ以外はこれといって、だな。大した秘密ではないのだろう。」

 

「そうか…。」

 

「まあ、今日はプールで遊ぶ訳だし、そこまで悩む事もないだろう。悩んでばかりいると病んでしまうからな。」

 

「…。そうだよな!昼ご飯も手伝いたいし、とりあえず水着を片付けるよ。」

 

「それがいい。ではまた後でな。」

 

三笠とはいろいろ喋ってきたけど、やっぱりここ2日で元気のなさが現れている気がして心配だ。俺にできる事があったら何かしよう、それこそ相談だってのるつもりだ。

気持ちを切り替えるために俺は勢いよく立ち上がった。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「あら、宮壁さん。おはようございますわ。」

 

「安鐘!もう大丈夫なのか?!」

 

「…?あ、朝食堂に行けなかった事ですわね。その節は大変申し訳ございませんでした。」

 

「いや、わざわざ謝る事じゃないけど、何かあったのかと思って。それこそ、昨日自分の秘密を持ち帰っていたから…。」

 

「あ、あの、…今朝行けなかったのはそれとは関係のない事なので、心配しなくて大丈夫ですわよ。」

 

「関係ない…?」

 

「……その、ええ、男性には起こらない事…で察していただけますか…?」

 

しまった。

 

「ご、ごめん、何も配慮なく聞いちゃって。秘密が深刻だったのかと…。」

 

「い、いえ、わたくしこそ…あ、そういえば潜手さんから聞きましたわ。今日はみなさんプールに行くのですよね、そういう訳でわたくしは控えさせていただこうと思っていますの。水を差しているようで申し訳ないですわ…。」

 

「いや、体調には気をつけて欲しいし、俺達も安鐘をおいて遊ぶのが申し訳ないよ。」

 

「…ふふっ、宮壁さんは優しいですわね。女性に人気があったのではなくて?」

 

「そうだったらよかったのにな…。」

 

「あ、あら、すみません、でも、宮壁さんはそう思ってしまうくらい魅力があるという事ですわ!自信を持ってくださいませ!」

 

「安鐘だって魅力的……モテそうに見えるし、実際人気だったんじゃないか?」

 

同級生に魅力的って言うのがめちゃくちゃ恥ずかしかった。分かってくれこの気持ち。

 

「あ、えっと、あの、そんな、魅力だなんて、」

 

安鐘が褒められるのに弱い事をすっかり忘れていた。思い出した時には案の定顔が真っ赤になっていた。

 

「で、でも、意外とそうではありませんのよ、むしろわたくしはその逆だったようですし……」

 

「え?」

 

「あ、いえ!なんでもありませんわ!」

 

「なんでもなくはないだろ。……もしかして、秘密にその事が書いてあったのか?」

 

「…ええ、そうですわ。わたくしはどうやら周りに好かれてはいなかったようなのです。」

 

「そっか…秘密についてくる証拠ってやつも見たのか?」

 

「見ましたのよ。納得するよりほかないものでした。…以前、親戚にもあまり褒められる事がないという話をしたのを、宮壁さんは覚えてらっしゃいますか?」

 

「ああ、プロの集まりだからって話だったよな。」

 

「秘密には、それの本当の理由が書かれていたのです。わたくしにはどうする事も出来ない理由でしたの。なぜわたくしがその事を忘れていたのか不思議なほど大事な事でしたわ。」

 

「ごめん、無理にそこまで話させて。」

 

「いえ!わたくしが自分から話した事ですわ。お気になさらないでくださいませ。」

 

無理に笑顔を作っている気がする安鐘が心配なのと同時に、やっぱり秘密を見るのはやめておこうと思ってしまった。自分にとっていい事なんて書かれていないのだから。

 

「えっと、じゃあ1つだけ聞いていいか?その理由は、最近の事なのか?」

 

「…いえ…もっと、ずっと前から決まっていた事ですわ。ここ数年の出来事、という訳ではありませんもの。」

 

やっぱり、人によって秘密の年代も違うのか…どうやってモノパオはその秘密を手に入れたんだ?そんなの、学校の関係者でもないと得られる情報でもない気がするけど…。

 

「宮壁さん、その…暗い話にしてしまって申し訳ございませんわ。お詫びと言ってはなんですが、後でお茶をお淹れしますわね!」

 

「いいのか?じゃあお言葉に甘えて…。」

 

朝食を食べてからそんなに経っていないのもあって、ひとまず安鐘とお茶をする約束をして別れた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「宮壁さんー!こんにーちはーですー!」

 

「お、潜手。」

 

「あの、今、暇ですーかー?」

 

「え、ああ、暇だけど…何か用事でもあったか?」

 

「運動とかー、どうですか?」

 

「運動?」

 

「はいー!プールの前の準備体操というかー、やっぱり体を動かしていないといきなり泳ぐのは危ないですからーねー!」

 

たしかに。完全に忘れていたけど、ここに来てから本当にろくな運動をしていない。ここでの生活が始まった頃に……サッカーをしたくらいか。

 

「そうだな。何をする?」

 

「そうでーすねー、宮壁さん、体育は得意科目ですーかー?」

 

「得意ではないかな、残念ながら。」

 

潜手の聞き方にすごい優しさを感じた……ありがとう、潜手!

 

「うーん、ではでーはー、軽く柔軟とかどーでしょー?道具もいりませんし、楽ですかーらねー!」

 

「そうだな!」

 

という訳で体育館、もとい1階のイベントホールで柔軟を始めた、のだが。

 

「ひ、ひーっ……い、痛、も、もう、無理、無理だから…!!!」

 

「もうちょっとで100度行きますー!がんばってください!できまーすよー!」

 

「100…?260度の間違いじゃないのか……!?」

 

「それはもう人間じゃないですーねー!」

 

潜手のゆるいツッコミがおもしろくてついついボケてしまう。痛すぎて笑ってる余裕はないのだが。

柔軟だけで汗びっしょりだ……。普段それだけ運動してないのかって話だな。

最初は潜手も隣でストレッチをしていたのだが、俺があまりにもできないのを見かねて途中から押してもらっていたのも申し訳ない。

 

「ご、ごめん。潜手、俺のを手伝ってるせいで自分の事全然できてないよな…。」

 

「いえいえー!全然気にしてませーんよー!」

 

2人で倉庫に向かう。栄養食品やスポーツドリンクは食堂ではなくここにあるらしい。

 

「宮壁さん、あのー…上にあるあの飲み物を取ってもらってもいいでーすかー…?」

 

「ああ、これか?どうぞ。」

 

「ほわー!宮壁さんは背が高くて羨ましいですー!ありがとうございますー!」

 

「はは、女子で俺くらいの身長はそうそういないから仕方ないんじゃないか…?」

 

「うーん、でも、潜手めかぶの周りは大きい人ばっかりだったのでー、宮壁さんより大きい男の人もたっくさんいましたー!だから、潜手めかぶはすっごーく小さかったんですー!」

 

「へえ…、でもすごいじゃないか!その中で潜手は超高校級に選ばれたって事なんだろ?」

 

「はいー!お母さんたちも、たっくさん応援してくれてるんですー!今日のプールも楽しみでーすよー!」

 

嬉しそうに笑う潜手を見てから、俺は余計な事を言ったかもしれないと反省した。こんなところで家族の話なんてさせてしまった事を悔いる。

 

「宮壁さんー?どうかしましーたかー?潜手めかぶは、家族の事を考えてがんばってるのでー、何も悲しくないでーすよー!」

 

「潜手…。」

 

「家族の事を思い出して、寝る前に元気をもらうんですー!ここで嫌な思い出ができてしまう分、たっくさんいい思い出を作ろうって思うんです!」

 

「…いい考えだな。よし、俺もがんばらないと!とりあえずお互シャワーでも浴びておかないとな。」

 

「そうでーすねー!ではでは、潜手めかぶは戻りますー!ありがとうございましーたー!」

 

元気に駆けていく潜手を見送った後、俺も元気に帰ろうと足を気持ち高めに上げた瞬間、又に柔軟の時の激痛がはしったのは言うまでもない。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「大渡!お前、結構ここにいる事多いんだな。」

 

暇つぶしに図書室から本でも持っていこうかと思っていると、先客の大渡がいた。

 

「……。」

 

俺に気づいた瞬間無言で出ていこうとするので慌てて止める。

 

「用事があるなら別に出て行かなくてもいいだろ!」

 

「貴様がいると集中できねぇ。」

 

「また調べものか?お前なんだかんだで協力してくれるよな。」

 

「チッ、自分の為だ。貴様らも自分でもっと調べたらどうなんだ。人に頼ってばかりで自分らは遊び放題か?いい身分してんな。」

 

いつもなら言い返すところだけど、いろんな人と話しながら自分の無力さを痛感していた俺はすぐに反論しようとは思えなかった。

 

「……それは、そうなんだけど…。」

 

「正論で元気を失うくらいならさっさとやれよ。意味不明。」

 

「たしかにお前の言う事は正論だけど、その言い方はどうにかならないのか?人を煽ったところで何にもならないだろ。」

 

「……。」

 

すごい目で睨まれた。

 

「な、なんだよ!俺だって正論…というか、思った事言っただけじゃないか!大渡だって面倒事を起こしたくないならそうした方がいいに決まって…」

 

「うるせぇ。帰るから邪魔すんなや。」

 

軽く突き飛ばされて図書室から出て行ってしまった。

よろめいた体を立て直し、大渡の後姿を睨みながらさっきの言葉を思い出し、ふと動きが止まる。

 

あれ、大渡、今関西弁喋ってなかったか……?

困惑したまま、とりあえず適当な本を持って図書室を後にした。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

昼食を終えてぶらぶらしていると難波が玄関ホールに入っていくのが見えたので声をかける。

 

「何してるんだ?」

 

「ん?ああ、宮壁か。調査というか、まあ…探索?」

 

「俺も一緒に見ていいか?」

 

「どうぞ。」

 

難波が見ていたのは玄関ホールにある自動ドアとクリアケースだった。

 

「これが置いてある理由、宮壁は何だと思う?」

 

「犯人に有利にするためじゃないのか?」

 

「モノパオはクロに勝ってほしくないって言い分だった。それなのにこういうものを用意するのが意味不明だと思って。それに、前の裁判で犯人が最初から分かっていた柳原を止める素振り……モノパオは、裁判に意味を求めている。」

 

「意味?」

 

「裁判が盛り上がるように、犯人を暴き出すまでの過程やその緊張感に重きを置いている。あの地獄みたいな裁判に時間をかける事を重要とする。これが意味する事は何だと思う?」

 

難波は真剣な顔で俺に問いかける。まるで俺を試しているかのようだ。

 

「…俺達に負荷をかける事、だと思う。つらい思いをしてくれって言いたいように見える。」

 

俺の答えに難波は満足そうに頷いた。

 

「同感。やっぱそういう思考に辿り着くよね。アタシはこう見えてめっちゃいろいろ考えてるけど自信なかったから。」

 

「いや、難波は考えてるように見えるよ。」

 

「マジ?」

 

「だって、いろいろ考えられる奴じゃないと怪盗なんてできないだろ?」

 

「……。」

 

「難波?」

 

「…確かに、怪盗は頭よくなきゃできねーか。頭が悪い怪盗は死んじゃうから。」

 

突然出てきた「死」という言葉にドキリとする。

 

「頭が悪いと逃げられない。警察からも、宝の持ち主からも……アイツからもね。」

 

「……アイツ?」

 

「そ、アタシがずっと殺したいって思ってる奴。その事を思い出したのは最近なんだけど。」

 

「え、待ってくれ、最近思い出したって、まさか秘密の事じゃないよな?難波は自分の秘密はもらってないんだろ?」

 

「でも、アタシはこう言ったじゃん。『最悪な引きをした』ってね。」

 

難波の言葉に焦りが募る。

 

「難波、嘘だよな、お前、ここで人を殺したいなんて思ってないよな。」

 

「……嘘だと思いたいならそう思っててよ。アタシを信頼して。アタシはアンタがこれまで思っていた難波紫織そのままだって。アタシは『正義の怪盗』だって、そう信じてなよ。」

 

難波は不敵に笑うと踵を返して玄関ホールを出て行った。

俺は、とんでもない事を聞いてしまったんじゃないか。背中を冷や汗が流れる。

信じていいのか?本当に?

難波という人間が急に分からなくなる…なんて思ったところでふと思考を停止する。

 

一体、俺が難波の何を知っているというんだ?

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「勝卯木、何やってんだそんなところで。」

 

「琴奈、待ってる……。」

 

「それは見たらわかるけど…残念だったな、柳原に取られちゃって。」

 

勝卯木は頬を膨らませて前木の部屋の前で体育座りをしていた。

 

「柳原……嫌い…。」

 

「そこまで言うなよ…1日だけだろ?」

 

勝卯木はしばらく無言で俺の方を見ていたが、思い立ったように立ち上がると俺の手を掴んできた。

 

「ど、どうした?」

 

「……宮壁、一緒、いる……。」

 

そう言うと俺の手を引っ張って走り出した。

着いたのはゲームセンター…いや、相当走って疲れたな……これは明日筋肉痛で間違いなさそうだ。

 

「勝卯木、何するんだ?」

 

「……お菓子……取って…。」

 

勝卯木はUFOキャッチャーを指さした。

 

「いいけど、俺だけじゃちゃんと取れるか分からないから勝卯木は横から見ていてくれるか?」

 

頷いて目当ての台を横からじっと見つめる。

 

「よし、じゃあ始めるぞ…!」

 

適当に置いてあったメダルを手に取り投入する。横向きに動いていくアームをどうにか許容範囲内で止める。

 

「勝卯木、いいところに来たら教えてくれ。」

 

「……あ…、来た……。」

 

「え?」

 

『あ』で止めるはずもなく、普通に通り過ぎた。

お菓子の箱の側面をなぞるとアームは上に戻ってしまった。

 

「えっと……ごめん。勝卯木、来たってすぐ言ってほしいんだけど…。」

 

「宮壁、言ってない……。」

 

「だからごめんって!」

 

「でも、私、悪い……ごめん、なさい。」

 

「あ…えっと…。」

 

勝卯木は怒られた子どもみたいにシュンとしてしまった。

 

「勝卯木、そんな怒ってる訳じゃないんだ。ただ、勝卯木のサポートがあった方がたくさん取れるはずだと思わないか?」

 

「……私、ずっと悪い。前も、私……。」

 

しまったと思った。勝卯木があの時頷いてくれたからもう立ち直っていると過信してしまっていた。

 

「勝卯木、柳原も言っていたけど、見せようかと思ってしまう秘密だったんだろ?なら、仕方ないんじゃないか。いや、あの2人の死を仕方ないなんて言葉で片づけるのはよくないけれど、それでも勝卯木だけがそんなに責任を感じる事はないだろ。な?もう謝らなくていいんだ。」

 

勝卯木は俯いたまま顔をあげない。

 

「宮壁。」

 

「…なんだ?」

 

「これから、何があっても……私の事、好きでいてくれる……?」

 

「…え?」

 

「……何が起きても、私を見捨てない…?怒らない…?…宮壁は、私の味方…?」

 

「か、勝卯木?」

 

「……。」

 

勝卯木は言い終わると顔を上げてまっすぐと俺を見る。

この目を見て、俺は真摯に返すべきだと判断した。

 

「………好きでいるよ、もちろん仲間として。勝卯木が道を踏み外さなければ絶対に怒る事はないし、見捨てもしない。俺は、勝卯木の仲間で味方だ。俺だけじゃない、皆そう思ってくれるはずだよ。」

 

「……宮壁、お兄様……似てる…優しい……嬉しい。」

 

「はは、勝卯木のお兄さん代わりって事かよ。じゃあ、どうにかしてお菓子を取って帰らなくちゃいけないな。」

 

「……楽しみ。」

 

その後はしばらくUFOキャッチャーでお菓子取りに勤しんだ。

これで少しでも勝卯木が元気になてくれるといいけど…。とりあえず、お菓子の箱を抱えた勝卯木がとても楽しそうだったのでよしとしよう。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「ところで、そこに立ったままだけれど何か用事でもあるのかな。ないなら少し邪魔だから出て行ってほしいのだけど。」

 

俺の方を一瞬見たと思ったらすぐに試験管の方を向いてしまった。

 

「……東城はずっと作業ばかりしてるけど、疲れないのか?」

 

「疲れる時もあるよ。ボクは人間、体力は有限なのだからね。」

 

「いや、そういう肉体的な浮かれじゃなくて…そう、精神的に疲れないのかなって。」

 

「精神的に?どうして疲れる事があるのかな。」

 

「いくら自分のためとはいえ、モノパオに毒の追加だってされるのに…。」

 

「追加されたらその分も無毒化する。決まり切ってる事じゃあないか。」

 

「大変だ、とは思わないのか?」

 

「特に。ボクは自分のやるべき事をこなしているだけだからね。」

 

「…それ、自分の意志でやってるのか?」

 

口から思わず、ずっと聞きたかった事がこぼれる。

 

「逆に聞くけれど、この状況で自分の他に誰の意志が関係するのかな。」

 

「それはそうだけど、毒殺っていう手口をなくすためだけにそこまでする必要があるのか?」

 

「毒は誰にでも使えるからね。」

 

「…!」

 

「前回も、その前も、もし凶器が毒だったら。犯人の特定は、より難しいものになっていたはずだよ。毒の前では体格差も関係ない。犯行時間だって予想が難しくなる。犯人が毒を盛ったタイミングと被害者が摂取したタイミングが同じとも限らない。」

 

東城の目は真剣そのものだった。

 

「そうだな。東城の言う通りだった。それも全部、犯人に勝つためって事か。」

 

「犯罪者の好きにさせたくないからね。」

 

「どこにそこまで犯罪者を嫌う理由があるんだよ…。たしかにダメな事だけど、俺はお前が2人に言った事、許してないからな。」

 

「犯罪者ならどうしてもいい、そういう方針だからね。ボクのいた研究室は。」

 

「方針?まさか、お前のいる研究室は……。」

 

「何か問題でも?」

 

「いや、それこそ……」

 

犯罪じゃないか。

……いや、まだ確定した訳じゃない。まだ……。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「さー!泳ぎますーよ―!準備体操はしましーたかー?」

 

「うん!ばっちり!」

 

わ、前木達が水着に着替えている……。ちゃんと上着も着ていて安心した。

結局来たのは前木、勝卯木、潜手、柳原、難波、三笠、俺…の7人か。

安鐘は理由も分かってるし大渡や東城が来ないのも納得だけど、篠田が来ないのは不思議だな……。

 

「三笠……東城、から、これ……。」

 

勝卯木が三笠にスポーツドリンクを渡している。

 

「うん?自分だけか?」

 

「全員分、ある……。」

 

勝卯木はその後全員にスポーツドリンクを配っていった。東城が勝卯木に頼むなんて珍しいなと思いながら俺も勝卯木から受け取る。

 

「皆で遊べないのは残念だけど、仕方ないよね!何する?」

 

「あ、めかぶ、泳ぎ方教えてよ。そういう約束だったじゃん?」

 

「はいー!とは言っても、潜手めかぶは競泳ができる訳ではないのでー、バタフライとかはできないのですーがー、クロールとかなら基本的ですし、みなさんもできると思いますー!」

 

「いいな、久しぶりにやるから鈍っていそうだが。」

 

三笠も難波や潜手に続いてプールに入る。いや、こう見ると筋肉ががっしりしていてかっこいいなあ。

横でプールに腰かけている柳原と同い年とはとても思えない。というか柳原、もしかしてここにいる人の中で誰よりも細いんじゃないか?

 

「プールってこんなに冷たいんですね!泳げたらいい事ありますか?」

 

「そうだな…。普段動かさない筋肉を動かす機会になるから、健康にもいいとされている。柳原は運動もあまりしないようだし、水中を歩くだけでもかなり運動になると思うぞ。」

 

「へー!三笠さんは物知りですね!頼りになります!じゃあ……。」

 

柳原はおそるおそる三笠のいる近くに入った。

 

「わ!冷たいお風呂みたいですね!」

 

初めてのプールにはしゃいでいる。身長は俺とほとんど変わらないのに幼稚園児を見ている気分になるな…。

 

「俺も入るか。」

 

久しぶりに入ると思ったより体が動かないな、泳ぐ機会なんてないし当然か。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「待って2人ともー!紫織ちゃんはさっき習ったばかりなのに早いよ!」

 

「……疲れた…。」

 

「蘭ちゃん浮き輪使うの早いよ!」

 

前木が遠くでバシャバシャとあまりきれいじゃないクロールで2人を追いかけている。

勝卯木は追いかけるのを諦めたのか、浮き輪で浮きながらゆっくり近づいている。

 

「あはは!ごめんごめん、めかぶの教え方が上手くて、つい。それに初めてやるって訳じゃないし?琴奈も手の平をオールにするのをイメージしてみなって!」

 

「え、え?オールに?」

 

「えっとですねー…」

 

潜手は一瞬で前木の元に戻ると手の動かし方を説明している。

 

「あれ?そういえば柳原、前木と一緒にいるんじゃなかったのか?」

 

「え?ああ…前木さんとは話したい事が一通り終わったので…次は誰にしようかなって思ってますね!」

 

「そ、そうなのか…。」

 

これには三笠もさすがに苦笑い。それなら勝卯木にもっと譲ってもよかったのでは……?

 

「柳原も泳ぐ練習に参加するか?」

 

「あ、いいんですか!ぜひ!潜手さーん!」

 

そのまま柳原は潜手の方にじゃぶじゃぶと歩いて行った。

 

「なあ宮壁、競争してみないか。」

 

「え?」

 

「自分と、泳ぎで。」

 

「い、いやいやいや!それは負けが決まってるじゃないか!」

 

「そうか、逃げるか。皆に聞こえているがいいのか?」

 

「……やる。」

 

さ、さすがにここまで言われて引き下がれない…!

 

「よく言った。」

 

三笠の爽やかスマイルにやられそうになりながらもスタート地点に向かう。

 

「飛び込みはやるか?」

 

「三笠、できるのか?」

 

「人並みに。」

 

すでに敗北の香りが漂っているけどこればかりは仕方ない。

 

「普通にやろう、飛び込みはなしでお願いします。」

 

「ははっ、もちろんだ。」

 

2人で位置につく。

 

「スタートの合図は宮壁が言ってくれていいぞ。」

 

「え、いいのか?」

 

「他の人は各々のやりたい事もあるしな。」

 

「分かった。」

 

一呼吸落ち着ける。

 

「………スタート!」

 

……無我夢中でやった。最後の方は三笠がゴールするのを見ながら。

なんとか50メートルを泳ぎ切った。

着いた俺を三笠が振り返って笑う。

 

「早いじゃないか。」

 

「そ、そうか?」

 

どう考えても負けてなかったか?

 

「いや、宮壁考えてみてくれ。相手は超高校級のサバイバーだぞ?」

 

「はは、じゃあ俺もがんばったかもしれない!」

 

「それでいいんだ!」

 

ああ、全肯定三笠……ありがとう…。

 

その後もしばらく水遊びをしたり泳いだりしてプールを後にした。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「あ、宮壁さん!おれ決めました!今からは宮壁さんと一緒にいます!やっぱり宮壁さんが頼りになります!」

 

「え、そうか、ありがとう。」

 

「はい!」

 

急に増えた同行メンバーを引き連れ食堂に行く。そろそろ夜ご飯を作り始めた方がいい時間だ。

 

「あら、宮壁さん達もお疲れ様ですわ。」

 

「私が作るから休憩しておいたらいい。」

 

食堂では安鐘と篠田が迎えてくれた。

 

「篠田!よかった、体調不良とかではないんだな!」

 

「え、ああ……。心配をかけてしまったか。」

 

なんて談笑していた時だった。

 

 

『ピンポーン』

 

 

チャイムの音で、一瞬で辺りは静まり返った。

 

『ミンナに大事なお話があるパオ!イベントホールに集合!絶対来てね!』

 

「……宮壁さん、なんだと思います?」

 

「……とりあえず、行こう。柳原も想像してるので合ってる…と思う。」

 

俺達がイベントホールに着くと、モノパオがふんぞり返って待っていた。

他の人達の集合具合はまちまちって感じだ。

 

「いやー、お疲れお疲れ!急に呼び出しちゃってごめんね!そろそろお知らせした方がいいかなーって思ってさ!」

 

「……動機か。」

 

篠田の目つきが鋭くなる。

 

「大正解!こんな事になったのもミンナが慎重に慎重を重ねて秘密を内緒にするからだから、自業自得だよねっ!ま、もうちょっと皆が揃うまで待っててあげるからゆっくりしててよ。」

 

「こんな状況でゆっくりなんてできませんわ…!」

 

「そうですよ!今回の動機が気になって仕方ありません!」

 

安鐘と柳原が反論するが、モノパオはそんな事はお構いなしにのんびりと椅子の上でくつろいでいる。

そうこうしている間にいつの間にか全員が揃っていた。

 

「よし、じゃあミンナ集まったから発表するね!今回は全員同じ動機だから安心するパオ!…ずばり!3日以内にコロシアイが起きなければ、『あなたの大切なものがなくなる』パオ!」

 

……大切な、もの…?

 

「具体的にどういう事かは、今晩ミンナに直接伝えるから、今日の夜時間は1時間早めておくね!個室で待っていてほしいパオ!」

 

それだけ言うとモノパオはいなくなってしまった。

 

「ど、どういう事ですーかー…?大切なものって…?」

 

「よく分からないな。それに、期限があるという点も今までとは異なる。……早とちりだけはお互いしないように気をつけよう。」

 

三笠の注意に皆頷き合う。

 

「なんか、すっごい嫌な予感がする。」

 

難波が不服そうに呟く。

 

「難波、何気づいたのか?」

 

「大切な、「もの」が「なくなる」って言い方。普通に大切にしている「物体」が無くなるだけなら、わざわざ動機にするほどでもない人が大半じゃね?……つまり、「もの」が人物の「者」の可能性があるって事。なくなるって言い方も「亡くなる」…死亡する、の方の可能性も……」

 

難波はそこまで言ってはっと我に返った。

 

「や、ごめん、さすがにそんな訳ないか。それなら「あなたの大切な人が死にます」って明言するよね。」

 

慌ててフォローしたが、皆の顔色が悪くなったのは言うまでもない。

 

「具体的な説明は夜にされるという話だった。今はまだあくまで可能性にすぎないが…もし難波の言う事が当たった時の事も、考えておくに越したことはないだろうな。…どちらにせよ、ここに長居する理由はないだろう。」

 

篠田の言葉に皆賛同し、一旦別れる事になった。

夕食は先ほど用意してもらっていたものを各自食べ、少し早くに身支度を済ませ、モノパオからの具体的な説明を待つことにした。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「宮壁クン、お待たせっ!元気?」

 

「元気に見えるか?」

 

「健康には見えるね!今日は運動もたくさんしてたみたいだし、充実してたように見えたパオ!」

 

「用件だけ言って出て行ってくれ。」

 

「分かった分かった、じゃあね……宮壁クンの大切なものは、宮壁クンの育ての親の叔父さんだよっ!」

 

「…!」

 

難波の嫌な予感が当たってしまった。

 

「あれ、思ったより反応が薄いね?他のミンナはもっといい反応してくれたんだけど……残念!」

 

「お前がどうして叔父さんの居場所を知ってるんだよ、そもそも、どうやって叔父さんを……殺すんだ。お前だって外でもなんでもできる訳じゃないだろ?」

 

俺の話を聞いてモノパオは盛大にため息をついた。

 

「はーあ、嫌な気分だよ。そういう細かいところを突く前に、年相応の高校生らしくテンパってくれたらいいのにっ!まあ、宮壁クンはそんな反応じゃないかって思ってたけどさ。」

 

「叔父さんは死なない。それに叔父さんは裁判所で働いてるんだ、その辺りを嗅ぎ回ればお前だって…。」

 

「気づかれないよ。ボクくんは偉いもん。すっごく偉い後ろ盾がいるんだもん!このコロシアイを見せてる相手がいるんだもん!…あっ、余計な事言っちゃった。」

 

「誰だ、それ。」

 

「あ、え、えっと~その~……。」

 

モノパオがもぞもぞしていた時だった。その上からさらにもう1体のモノパオが降ってきた。

 

「さっきから余計な事しゃべりすぎなんだけど。」

 

「え、あ、え!?ボクくんが2人!?って、なんだ、裏切りモノパオじゃん!ごめんなさい!」

 

「いや死んでくれるのは勝手だけど、自爆でもされたら後処理が面倒だし……えっと…オレくんが困るんだよね。」

 

「一人称はボクくんで統一って言ったじゃん!」

 

「キモいからやだ。パオも絶対言わない。あ、宮壁クン、初めまして、かな。裏切り者です。」

 

待て、全く状況に頭が追いつかない。

 

「裏切りモノパオも操縦慣れたんだねっ!ボクくんの後釜も任せて大丈夫そう!」

 

「え、死んでくれるの?どうも。」

 

「……えっと、仲悪いのか?」

 

「ずっと前からこんな感じだったので。えーっと、宮壁クン、さっきの事は秘密にしてもらっていいかな?言ったらオシオキって事にしたら言わないでいてくれるよね、よし決まり。」

 

「宮壁クンだけハンデ増えてかわいそーっ!」

 

「いやキミのせいでしょ。」

 

「えー、あ、とりあえずがんばってね、宮壁クンっ!」

 

ごちゃごちゃしたまま2匹とも消えていった。結局俺の指摘ははぐらかされてしまったな…。

他の皆の事も心配だ。俺は正直あの動機だけを聞いて信じられない気持ちの方が強いから、大丈夫だと思うけど…。

タイムリミットの3日後にも、同じ気持ちでいられるのだろうか。

叔父さん、今どうしてるんだろう。

 

「……だめだ、こんな事考えてたらモノパオの思うつぼだ。」

 

頭からさっきの話を振り払うように枕に顔をうずめた。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

結論から言うと、その次の日の集まりはよくなかった。

適当に朝食を済ませて、昼にまた話し合いをする事になり、それまでは暇になった。

うーん、何をしようか……。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

「あ、宮壁さん。」

 

「柳原、おはよう。…大丈夫か?」

 

「……え?」

 

「いや、なんか、顔色がよくないような気がして…よくないというか、表情がないと言うか…。」

 

「…気のせいだと思います。宮壁さんこそ、気をつけてくださいね。」

 

柳原はそのまま通り過ぎようとしたからあわてて腕を掴む。

今まで散々誰の力にもなれなくて、今回ももし同じことが起きたら…そう思うと気が気じゃなくなってしまった。

 

「宮壁さん?」

 

「柳原、お前、いつもはもっと元気だろ。分かるんだ。」

 

「……じゃあ、宮壁さんにだけ…。」

 

近くの教室に入ると、柳原はぽつぽつと話し出した。

 

「あの、おれ、初めて動機でびっくりしちゃって。今まで、みなさんの気持ちがよく分からなかったけど、やっと分かったんです。こんなに怖いものなんだって。」

 

「…そっか。」

 

「おれ、失礼な事を言ってしまったのかもしれないなって、思いました。宮壁さんが注意してくださっていた事も、理解できました。」

 

「柳原にとっては、よかったのかもしれないな。だけど…その、動機は、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫じゃないです。」

 

「!」

 

「宮壁さん、どうしたらいいんでしょう、おれ。でもおれ、死にたくはないです。裁判も怖いし苦手です。でも、クロとしてじゃなければ、参加してもいいと思いました。」

 

「…え?」

 

「コロシアイのきっかけを作るんです。おれが。」

 

「何、言ってんだよ、お前、分かったんじゃなかったのかよ。」

 

「分かりました。クロの人はすごく怖い思いをしているって事が。だからおれは、そのつらい部分を他の人に任せようと思います。コロシアイが起きれば、という条件に「自分が殺人をしなければいけない」とは書いていません。だから……」

 

「駄目だ!」

 

気がつけば俺は、柳原の肩を掴んで壁に押しつけていた。

 

「え、と、宮壁さん…?」

 

「柳原、お前はまだ分かってないよ。殺人がどれだけ重い事か分かってるか?殺される奴の事は考えなくていいのか?お前は、自分の動機のために2人犠牲にするって言ってるんだぞ?柳原自身が殺される可能性だってあるんだ。絶対にそんな事はするな。俺と約束してくれ。」

 

「じゃあ、どうしたらいいんですか…?俺の大切なものがなくなるのを、黙って見てろってことですか?」

 

「……それは…。」

 

「宮壁さんがおれのことを助けてくれるんですか?おれにはこれ以外思いつきませんでした。」

 

その時、昨日のモノパオの言葉がよみがえる。モノパオは裏切り者に対して「後釜」という発言をしていた。

 

「……何か起きる予感がするんだ。予感というか、俺の判断だけど…信じてほしい。柳原、お前が変な行動をしない限り、お前の動機が脅かされる事はないって。」

 

「本当に信じていいんですか?」

 

「…ああ。」

 

「……分かりました。コロシアイのきっかけを作るなんて、もう考えないようにします。宮壁さんとの約束ですから。守るのが助手の務めです!」

 

柳原はやっと笑顔になってくれた。

 

「あれ、助手なんて言ってたっけ?」

 

「宮壁さんを尊敬しているからです!助手として、これからも宮壁さんと一緒にがんばりますね!」

 

……。ひとまず、危機は去ったと信じよう。

これからも注意しなければいけない事には変わりないけど、柳原は言えばちゃんと分かってくれる。そういう人だ。

 

俺は内心の焦りを落ち着かせるために一息、ため息をついた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「宮壁、どうした不安そうな顔をして。」

 

「篠田。いや…まあ、不安にはなるよな、動機の話聞いたらさ。」

 

他にもいろいろな話を聞いてしまったからだけど、裏切り者の事は喋れないし柳原の事も正直扱いが難しい。

 

「私でよければ相談には乗るが。勿論、相談したくなったらでいい。」

 

「ありがとう。逆に篠田は、動機を聞いてもあまり大した反応じゃなさそうだけど…。」

 

「大した事ではあるが…私にはどうしようもできないし、おそらく嘘だろうと思っているからな。」

 

もしかすると、篠田は俺と同じ考えなのかもしれない。

 

「だ、だよな!やっぱり外にいる普通の人を監禁でもすれば大問題になるだろうし…!」

 

「……?あ、いや、すまない、そういう話ではなくて、だな。私のたいせつなものは、まずここの黒幕に捕まるようなのんびりした奴等ではないという事だ。」

 

「えっと、つまり……あ、そうか、篠田も運動神経とかすごくいいもんな。親戚もそういう感じなのか、篠田家ってすごいんだな。」

 

「篠田家を知っているのか?」

 

「え?」

 

「あそこに関わるとろくな事にならない。やめておけ。」

 

「えっと、篠田の家だろ?「あそこ」だなんて変な言い方だな。」

 

「……また早とちりをしたのか、私は。」

 

勝手に反応して勝手にショックを受けられてしまった。一体篠田の家に何があるんだ…?

 

「いつか話そうとは思っているが、私は自分の家族が好きじゃない。ろくに会話もした事がないし、弟や妹と呼ばれる人ともほとんど会話をした事がない。ただ1人、私に懐いてくる弟はいたが。」

 

「篠田、お姉さんなんだな!いい弟もいるならいいじゃないか。」

 

珍しく篠田自身の話が聞けて少しテンションが上がってしまう。というか、ちゃんと話してくれるのは初めてじゃないか?

 

「名前は「しいち」といってな、私よりも大変な事をしていながらいつも笑顔を浮かべている不思議な奴だ。唯一仲の良かった身内かもしれない。」

 

心なしか、しいちくんの事を語る篠田はいつもより穏やかに見えた。

その後も少しの思い出話に花を咲かせ、教室を後にした。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

飲み物が飲みたくなったので食堂に向かうと、先客がいた。

 

「あ、宮壁くん!おはよう!」

 

前木が菓子パンを食べながら読書をしている。

 

「おはよう、朝ごはんか?」

 

「うん、昨日はちょっと寝つけなかったから早く起きられなくて…。もうお昼になりそうだけどお腹も減ったしと思って軽く食べてるんだ。」

 

「そういえば昨日は柳原と何してたんだ?」

 

「宮壁くん、すっごく気にするね、昨日の事。」

 

「え、あ、いや、別にそういう訳じゃなくて…。」

 

「あはは!分かってるよ、他意はないって事くらい。うーん、柳原くんとはね、才能の話をしてたんだ。」

 

「才能?前木のか?」

 

「うん。柳原くんに一言、「大変ですね」って言われちゃったんだけど、宮壁くんはどういう事か分かる?」

 

「いや……俺にもよく分からないな、柳原は頭が回るから何かに気づいたのかもしれないけど。というか、本人から教えてもらってないのか?」

 

「えへへ、実はあの後別の話で盛り上がってうやむやになっちゃったんだ。でも、私の才能って本当になんなんだろう?」

 

「でも前木、運がいい時と悪い時があるよな。」

 

「あ、そうそう!今日もね……。」

 

そう言いながら菓子パンの袋を取る。

 

「この菓子パン、くじがついてるんだけど、これ見て!」

 

「……すごい、当たってるじゃないか!」

 

「そうなの!いい事があったから、今日はいい日だー!くらいにしか思ってなかったけど、もしかしてこれが私の才能なのかな?…これが才能って、ちょっとしょぼすぎる気がしなくもないけど。」

 

「しょぼいなんて言わなくていいんじゃないか?ここに才能の有無やすごさに優劣をつけたり批判したりする人なんていないし、俺もそんな事考えた事もないからさ。」

 

「あー…でもね、宮壁くん達も知ってると思うけど、制偽学園の皆、結構必死だったから。自分が特別学級に入るんだって、がんばってる子がいっぱいいて。私は普通の高校としてくらいの気持ちで通ってたんだ。だから、そんな軽い気持ちで入った私が特別学級に選ばれて、ちょっと心配なの。」

 

「他の皆が、か?」

 

「うん。だって、幸運だよ?私の才能。そんなの、努力じゃどうしようもない。私が、特別学級に入ろうと努力していた誰か1人の枠を埋めてしまったんだって思っちゃって。だから、あんまり嬉しくなかったんだ。それにこんな事に巻き込まれて、本当、何が幸運だよって思ったもん!」

 

前木が知らず知らずのうちに抱えていた劣等感。

今までそんな素振りも表情も見せてこなかっただけに、俺はなんだか申し訳なくなってしまった。

 

「でも……俺は前木が入ってくれて、こうやって友達になれてよかったって思う。」

 

「宮壁くん…。」

 

「すごい綺麗事みたいな言葉だけど、俺は満足しているし、前木もせっかくのチャンスなんだから、自分が選ばれた事も生活も楽しんでいけばいいと思う。そのために、まずはここから出なくちゃいけないけどな。」

 

「そう、だね。ふふ、宮壁くんには励まされてばっかりだ、私。いつかちゃんとお返ししなくちゃ!受け取ってばかりもいられないもん!あ、そうだ。」

 

そういうと前木は食堂から厨房に入り、ティーポットを取ってきた。

 

「お茶、淹れるね!ちょっとずつ、感謝の気持ちを返していこうと思うから。」

 

前木の淹れてくれたお茶で、やっと心からリラックスできたかもしれない。

俺はそっと、前木に感謝した。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

お昼も適当に済ませ、ぶらぶらしていた俺に声をかけたのは柳原だった。

 

「あ!宮壁さん!安鐘さんがおやつを作ってくれたみたいですよ!」

 

「お、そうなのか。」

 

「もう少しで完成するみたいです!おれもお腹がペコペコで…楽しみですね!」

 

「ああ!安鐘って事は和菓子だろうな…食べる機会もなかなかないし楽しみだ。」

 

さっき昼食を食べたばかりだけどもうお腹減ったのか…?

ツッコミたいところだけど大した理由はないだろうし無視して食堂に向かう事にした。

 

「お、宮壁も来たか。」

 

「三笠。もう皆揃ってるんだな。」

 

食堂に来た俺を安鐘達が迎えてくれた。

 

「ええ、みなさんぜひ召し上がってくださいな!」

 

「いいの!?やったー!」

 

前木がうきうきと席に座る。隣では勝卯木が早くも和菓子に手を伸ばしていた。

 

「あれ、東城と大渡は?」

 

「お二方はまだ来ていませんわ。伝えてはいるのですけど、お二方の好きなタイミングで来てくださればいいかなと思っておりますの。」

 

「そうか、まあ2人とも食べるとは思えないけどな…。」

 

「柳原さんは食べないんですーかー?」

 

「あ、おれは今お腹空いてないので後でいただきます!」

 

「…あれ?」

 

柳原、今さっきまでお腹が減ったって言ってなかったか?

全く手をつけようとせず、皆の様子をぼーっと見ている。

 

その時だった。

 

 

 

ドンッ!

 

 

 

床に何かが倒れる音がする。

 

 

「…食べていないな?」

 

三笠が和菓子のお盆を全て床に投げ捨て、その反動で片膝をついていた。

 

「誰も食べていないだろうな?」

 

今まで見た事がないような顔で辺りを見渡す。

 

「えっと、私はまだ、だけど…どうしたの…?」

 

前木が困惑した顔で答える。

俺も頷いたし、皆何の事かとさっぱりといった顔をしていた。

 

 

「安鐘、どういう事だ。」

 

 

そんな三笠の視線は、他の皆とは違う表情を浮かべている安鐘に向けられていた。

 

 

 

「お主、毒を入れたな。誰を狙っていたか知らぬが、自分の目は誤魔化せんぞ。」

 

 

 

 

 



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(非)日常編 3

お久しぶりです。
どうにか戻ってきました。
3章がいつ終わるのか全く見当がつかなくて参っています。


 

「…え?」

 

「あ、やっぱり毒だったんですか。おれも見てました。あまりにも堂々としているから砂糖なのかと思っちゃいましたよ。」

 

横にいた柳原の一言でその事実を再認識する。

 

 

安鐘が今、殺人を犯そうとしていた。

 

 

「鈴華、今の、本当?」

 

難波の視線も厳しいものになる。

 

「……バレるなんて、思ってもいませんでした…。鋭いのですね、三笠さん。」

 

それだけ呟いて、落ちて潰れてしまった和菓子を拾い集める。

三笠もゆっくりと体を起こし、無言で近くの和菓子を安鐘の持つお盆にのせる。

 

 

 

 

 

 

冷え固まった空気をさらに凍らせたのは、勝卯木の一言だった。

 

 

 

 

 

 

「………私……食べた…。」

 

 

 

見ると勝卯木の手にはかじられた和菓子がおさまっている。

皆の顔が冷えていくのが分かる。

 

「なんだと!?」

 

三笠も顔を真っ青にして急いで駈け寄る。

 

「異常はないか!?」

 

「……。」

 

勝卯木は顔を青くして頷く。

 

「すぐには死なないはずですわ。2日後に効果が出ると書いてありましたもの。…量によって早まるとは書いてありましたが、わたくしの入れた量がどのくらいなのかは分かりませんので正確に2日後ではないと思いますが…。」

 

「え、え?」

 

前木は泣きそうな顔をして辺りを見渡す。

 

「あ、あの、私、東城くん、呼んでくる。え、えっと、呼んでくる、から…」

 

最後まで言わずに前木は食堂を飛び出していった。

 

 

「鈴華!何平気そうな顔してんの!?アンタがクロだって事、皆分かってんだからアンタも死ぬんだよ!?」

 

「泣いても笑ってもわたくしは死にますわ。それに、勝卯木さんならば…大丈夫です。」

 

「……大丈夫って何が。鈴華、言い方によってはアンタを殴るけど。」

 

「…ふふ、殴って気が済むのなら殴っていいですよ。わたくしだって許されない事だと分かっていますから。それにバレてしまった以上隠す事もできません。」

 

「話を逸らすな。アタシは何が大丈夫かって聞いてんだよ。」

 

「殺しても大丈夫だと言っているのです。」

 

 

次の瞬間、難波が安鐘を殴っていた。拳で。

俺も何を言っているのか分からなかった。安鐘は、勝卯木なら死んでもいいって言うのか?

 

「なあ、安鐘、お前、なんでこんな、」

 

「勝卯木さん、とりあえず保健室に来てくれるかな。」

 

前木が急いで連れてきたのだろう、肩で息をしながら東城と前木が食堂に入ってきた。

そのまま勝卯木を連れていく。前木も2人についていくようだ。

 

「そこの犯罪者は皆でどうにか手を打ってもらえるかな。」

 

勝卯木の背中を押しながら東城は安鐘に軽蔑の目を向け、出て行った。

俺達の間を沈黙が流れる。

 

どうすればいいんだ?勝卯木が死ぬのを黙って見て、そのまま安鐘がクロとしてオシオキされるのも見届けろっていうのか?

 

「安鐘の事はどうするのだ?」

 

篠田も心配そうに周りを見渡す。

 

「鈴華、アンタは今日1日外に出ないで。個室のドアでアタシが見張る。」

 

「……ええ、分かりました。」

 

「あ、えっと、あの、ごはんの時はどうするんですーかー?潜手めかぶが2人の分も運びましょうかー…?」

 

「お節介な奴だ。難波の事はともかく、そいつは放っておけばいいだろ。」

 

いつの間にか食堂に来ていた大渡が口を挟む。

 

「大渡。」

 

「派手な音がしたから来ただけだ。今日はもう部屋から出ねぇけど。危険人物が他にもいるかもしれねぇからな。」

 

そのまま厨房に入っていった。おそらく今日の分の食糧を調達しに来たのだろう。

 

「で、でもー…。安鐘さんのご飯が1日抜きなのはかわいそうでーすー!」

 

「……分かった。めかぶに免じて鈴華の分も誰かにもってきてもらう。アタシは食堂で食べたいからその時だけ誰かアタシと見張りを交代してほしいんだけど。」

 

「では自分が行こう。」

 

手を挙げたのは三笠だ。この2人なら心配ないだろうが…。

 

「難波、お前、ご飯の時間以外はそこから動かないつもりか?他の時間も誰かと交代してもいいと思うけど…。」

 

「ん、ああ、誰かやってくれる人いんの?」

 

「俺もやるよ。」

 

「宮壁もありがと。じゃあとりあえずアタシが鈴華を連れて行くから。また夕方呼んで。」

 

難波と出ていくまで、安鐘は何も喋らなかった。

 

動機が分からない。秘密を返してもらっていた時はショックを受けているようではあったものの、とても殺人を決意しているようには見えなかった。

安鐘の「たいせつなもの」が、それほどまでに大事なものだったものだろうか。

「勝卯木なら大丈夫」という言葉の意味も分からない。死んでもいい人間なんているはずがないのに。

 

気づけば大渡もいなくなり、食堂にいるのは俺も含めてたった5人になってしまった。

 

「勝卯木さん、大丈夫なのですーかねー…。」

 

「大丈夫か、だって?あは、あははははははは!!!」

 

潜手の心配そうな声を遮って気味の悪い笑い声をあげながら出てきたのはモノパオだった。

 

「東城クンはまだがんばってるから本人にはしばらく言わないであげるけど、あれって相当ヤバい毒なんだよね!致死率100%!なんてたって超お高い特別な毒だからね!残念でした!勝卯木サンの死は避けようのない事実、ついでにそのクロとして安鐘サンが死ぬのも確定なんだよ。もちろん、オマエラがちゃんと投票すればね。」

 

腕に鳥肌が立っていくのを感じる。

 

事実?決まっている?

2人が死ぬ事が?

まだ生きているのに?

 

胸のあたりがどんどん重くなっていく。

 

「そもそもその毒はなんだ?そんな毒、ここにはなかっただろう?」

 

「……え、そっか、これ、あー…なるほどね…そういう事か……。」

 

篠田の問い詰めにモノパオはびっくりしたように唸る。

 

「……結論から言うとあるんだよ!あるって言ったらあるの!まあ、どこにあるかはがんばって探したらいいんじゃない?」

 

どういう事だ?あの毒はそんなに特別なものなのか?

…じゃあ、なぜ安鐘はそれを使えたんだ?

少し冷静になってきたのか、そもそも毒を用意した方法についての思考ができるようになってきた。

 

「とりあえず、ここにいる皆で毒のありかを探すのはどうだろう。」

 

「そうですね!おれもそう思います!宮壁さんは目星がついてるんですか?」

 

「……一か所だけ、ここじゃないかって思う場所はあるな。」

 

「じゃあ、おれも宮壁さんについていきます!」

 

俺は柳原を連れて毒のありそうな場所を探す事にした。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「倉庫…?でもここの武器庫って、鍵がかかってませんでしたっけ?」

 

「だけど、他には思い当たらないんだ。追加される毒だって保健室か理科室にしか置かれてなさそうだし、そこなら東城が必ず見つけるはずだ。」

 

「東城さんより先に見つけたのかもしれませんよ?」

 

「それは…、最悪そう思った方がいいだろうな。」

 

武器庫をしっかり見るのは初めてだ。ガラスケースの中にゲームに出てきそうな武器や銃やスタンガン…ありとあらゆる武器が用意されている。

柳原は真っ先にガラスケースに駆け寄ると、少し観察した後に一点を指をさした。

 

「わ、本当に毒もあったんですね!この瓶だけ、減っているような気がします。」

 

柳原の指さした瓶の中身が半分ほどに減っていた。中にあるのは粉のようだし、おそらく使用したのはこれだろう。

 

「じゃあ、本当に安鐘はここにあった毒を使ったのか…?」

 

「でもそれだと、安鐘さんはここを開けて毒を取る事ができたって事になりませんか?ここの鍵はどこにもないですし、開けられるのは黒幕だけだと思います。」

 

「……鍵は本当にどこにもないのか、探してみよう。」

 

「仮にトイレにでも流されてしまっていたら、どうしようもなくないですか?」

 

「それはそうだけど…。」

 

なんて柳原と話していた時だった。

 

「そこの鍵ならここにあるよ!」

 

後ろを振り返るとモノパオが手に鍵を持って立っていた。楽しそうにしているのに腹が立つ。

 

「いやー、安鐘サンも大胆な事するよね!ここにある毒を使うなんてさ。」

 

「安鐘さんが黒幕って事ですか?」

 

「さあ?答える訳ないじゃん。」

 

「よく分からないですね、宮壁さん。」

 

「…「お前」は、誰かに鍵を渡した事があるのか?」

 

「宮壁クンの聞き方、卑怯だね。……「オレくん」は無いよ!じゃあね!」

 

モノパオはそのままどこかに行ってしまった。思わずため息をついてしまう。

 

「宮壁さん、今の質問ってどういう事ですか?」

 

「…いや、大した事じゃないんだ。」

 

大した事なんだけど、言ってしまうと俺がどうなるか分からない。

 

今さっきの奴は裏切り者のはずだ。喋り方のテンションが微妙に違った気がするし、自分の事をオレくんと呼んでいた。さっき食堂に出てきた奴も笑い声がいつものモノパオと違っていたしおそらく今のと同じ…。

だけど、それならどうして裏切り者が出てくる必要があったんだ?今は黒幕がモノパオを操作する事ができない状況にあるのか?

そこまで考えて、どちらにしろ嫌な予感しかしなくなったので首を振る。

まさか。モノパオは前からそう言っていたけど、俺達の中にモノパオを操ってる奴がいるなんて信じたくない。

 

「とりあえず、みなさんにはこの武器庫から持って行った毒だって事は伝えた方がいいんでしょうか?毒の作用についてはここからでは読めませんし、諦めるしかないですね…。」

 

「そうだな、ついてきてくれてありがとう。」

 

「いえいえ!助手として当然の事です!」

 

「そうだ、柳原、俺はたぶん夜見張る事になるから今から少し寝ておこうと思う。夜ご飯の時間になったら呼んでくれるか?」

 

「分かりました!出来上がったら呼びに行きますね!」

 

こうして俺達は倉庫を後にした。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「おお、宮壁か。」

 

「宮壁さんがなかなか起きなくて困りました!」

 

「ごめん…。」

 

意外としっかり眠ってしまったようで、もう7時になっていた。4時間近く寝ていたらしい。

柳原はまだ探索の結果を報告していないようなので、前木達が戻ってきてから話す事にした。

 

「勝卯木の様子は?」

 

「いや、まだ見ていなくて分からないのだ。あれから東城と前木も戻ってきていなくてな。」

 

「もしかして、3人でご飯を作ってくれていたのか?最近手伝えなくてごめん。」

 

「宮壁も見張りをしてくれるのだろう?探索もしてもらったし、お互いできる事をするまでだ。そうだ、眠くなったら私と交代しないか。夜起きるのには慣れている。」

 

「そうか?それなら助かる。夜中の…3時くらいに交代できるか?」

 

「分かった。」

 

そんな話をしていると潜手がお盆に食事をのせて運んできた。

 

「三笠さんー!これが安鐘さんの分ですーよー!」

 

「ああ、ありがとう。」

 

三笠はそれを受け取ると難波と交代しに食堂から出て行った。

 

「潜手は優しいな。」

 

「そうでーすかー?」

 

「…ああ、優しいよ。」

 

少なくとも、俺はあんな事があった直後に安鐘にご飯を作ってあげられるほどお人よしじゃない。三笠のように直接ご飯を持っていくのも少し抵抗がある。どんな顔をして話していいか分からないからだ。

 

「めかぶは見張りまでやらなくていいからな。釘を刺しておかないと言い出しかねない。」

 

「ほわー!たった今言おうとしてたんでーすよー!篠田さんにはお見通しなんですねー!」

 

「ふふ。めかぶの事なら少しは分かってきたからな。」

 

「もうベテランさんですよー!」

 

「わあ!おれもみなさんのベテランになりたいです!えっと…じゃあ…宮壁さんの好きなタイプはなんですか?」

 

「て、典型的な質問だな…えっと、俺は…優しい人、かな。」

 

「わ!じゃあ潜手さんですね!あ、でも、前木さんや三笠さんも優しいですよね!」

 

危うくお茶を吹き出しそうになった。

 

「ほわわー!宮壁さん、潜手めかぶがタイプだったんですーかー!」

 

「え、あの…。」

 

潜手が優しいのは事実だし、否定するのは失礼だからしたくないけど、この質問の誤解は解きたい……!

 

「宮壁…お前はめかぶにふさわしい男だと胸を張って言えるか?」

 

「なんで篠田が1番怖い顔してるんだよ!」

 

「変な男に捕まってほしくないからだ。」

 

即答だ……。

 

「…俺はふさわしくないと思う。すみませんでした。」

 

「わわ、宮壁さんは十分素敵な人ですよー!」

 

潜手にフォローされるのが1番申し訳ない…!!

 

「お、盛り上がってんじゃん。何の話してんの?」

 

「難波!」

 

「いろいろとな。難波の好きなタイプはいるのか?」

 

篠田の問いかけに難波の顔を見る。確かに難波の好きな人って想像つかないからちょっと興味がある。

 

「え?タイプ…あー、妹かな。」

 

「え、難波ってシスコンだったのか…?」

 

「アタシが男だったらああいう明るい優等生タイプが好き。かわいい。男の好みは…まだ理想の人とかに会った事ないから分かんねーわ。ショタは美亜の漫画の影響だし。」

 

シスコンな事は否定されなかったけど、つまりそういう事でいいのか?

 

「つかこのメンツでそんな話し始めるのって誰?宮壁?」

 

「俺じゃない!柳原だ。」

 

「意外。アンタそんな事に興味あったの?」

 

「いえ、おれは興味ないんですけど、人と仲良くなるには恋バナなどのプライベートな話をするといいと書いてあったので!」

 

「それアンタが興味なかったら意味ないやつじゃね?」

 

「え、そうなんですか!?じゃあ話しても仲良くはなれないんですね…。」

 

柳原はしょぼんと肩を落とした。そんなに周りの恋バナに興味がなかったのか……。

そんな会話に一区切りついたところで、俺達はご飯を食べ始めた。

 

「前木さんと東城さん、なかなか来ませんねー…潜手めかぶ、呼んできましょうか…?」

 

「そこまでしなくても、そろそろ来ると思うが…。」

 

けれど、俺達が夕食を食べ終わった後も、ここにいる人が変わる事はなかった。

 

「俺、保健室に行ってみる。」

 

「アタシも行くわ。」

 

「えーっと…じゃあ、潜手めかぶは残りのみなさんのご飯の用意をしておきますーねー!」

 

「うーん…おれはここで待ってます!」

 

「柳原、お前もめかぶの事を手伝ってくれ。」

 

「…!お手伝いすれば篠田さんと仲良くなれるんですか?やります!」

 

「そういう事にしておこう。」

 

一通り役割を決めると、俺と難波は保健室に向かった。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

保健室に向かうと、2人はその近くの廊下で何かを話しているようだった。

 

「あ、宮壁くんと紫織ちゃん。ごめんね、食堂に行けてなくて…。」

 

「いや、それはいいんだ。2人とも、勝卯木は、どうなんだ?」

 

「……えっと…。」

 

前木は言いづらそうに下を向く。そのまま近くの教室に足を運んだ。

 

「とりあえずできる事はしたよ。結論から言うと、助からない。」

 

「…!」

 

「マジで言ってんの…?じゃあ、ほんとに蘭と鈴華は死ぬって事?」

 

「そうなるね。でも今回の裁判はクロが決まっているから心配いらないよ。皆の命が脅かされる事はない。」

 

「そういう問題じゃねーだろ!」

 

難波が東城の胸ぐらを掴む。

 

「アンタは悔しくねーの!?超高校級の化学者なんて大層な肩書きもらっといて、人1人助けらんないわけ!?」

 

激昂する難波の腕を抑える。

 

「難波、それは違う。東城もやる事はやったと言ってるし、東城の性格上、手を抜く事はありえない。焦る気持ちは分かるけど、そこで東城を追い詰めていい理由にはならないと思う。」

 

「……ごめん。」

 

「ふう。宮壁くん、どうもありがとう。流石いつも冷静なだけあるね。」

 

「そういう話をしている場合じゃないってだけだ。具体的にどういう毒なのか分かるか?」

 

「そうだね、症状は倦怠感や頭痛、吐き気…大体熱と同じようなものだよ。見た感じ、そこまで重症という程でもないからものの数時間で死ぬような状況ではないけれど。毒が全身を回ると凝固していき、血液や酸素その他体に必要なものが回らなくなる。…一種の血液凝固剤みたいなものだと思うけれど、生憎ここには十分な機材がないから成分を調べる事がかなり難しい。成分が分からなければ明確な解毒剤を作る事もできない。熱みたいな症状が出るという事は他の作用もあるだろうし、作用についてもはっきりと特定する事はできないと思っていい。」

 

「蘭ちゃんにはまだ言ってないんだ。死ぬ事が決まってるなんて言えないし、私も言いたくなくて…。」

 

前木は泣いていたのだろう、赤く腫れてしまった目を伏せて状況を話してくれた。

 

「一応倦怠感さえどうにかなれば安静にしてなくてもいいみたいだけど、まだだるいって言ってたから、蘭ちゃんにはご飯を持って行ってほしいな…。個室に寝かせる予定なんだ。ちょうどその話を決めていたところなの。」

 

「分かった。後、めかぶ達が夕食の準備をしてくれてるからそろそろ食堂に行ってほしいんだけど今から行ける?」

 

「うん!とりあえず蘭ちゃんを個室に連れて行ってから行くね!」

 

「…ま、琴奈に任せた方がいいか。頼んだ。」

 

「うん…!」

 

ということで俺達は先に食堂に戻って待っておく事にした。

 

 

「わ、ど、どうでしたか…?」

 

心配そうに迎えた潜手に東城が淡々と状況を説明する。

 

「勝卯木さんには個室に戻って寝てもらうから食事はそこまで運んでほしい。前木さんも後から来るよ。」

 

「……俺は後で三笠と見張りの交代をするから、勝卯木のご飯も俺が持っていくよ。それがちょうどいいと思う。」

 

「分かりましーたー…!」

 

東城は勝卯木の状況をどこまで話すのだろうか…と気にした時には、東城は既に皆に説明し始めていた。

 

「モノパオさんの言ったことはー…本当だったって事ですーかー?」

 

「ボク達のいない時にモノパオが何か説明していたという事かな?」

 

「…ああ。東城達が勝卯木を保健室に連れて行った後、モノパオが現れ「勝卯木は治らない」と。同時に、「安鐘が投票をすればクロとして処刑される事も決まっている」とも言っていた。」

 

「なるほど。ボクの処方が間違っていた事はなさそうだね。モノパオはこういう局面では嘘をつかない。」

 

「そうか…。」

 

皆の顔が暗くなる。当たり前だ、まだ誰も死んでないのに死ぬ事が分かってしまった人が2人もいる。

 

「勝卯木には、最後まで言わないつもりか?」

 

「それアタシも気になってた。蘭が死にそうになった時はどう説明するの?「善処は尽くしたけど助からなかった」じゃあ本人は嫌だと思うんだけど。」

 

「だけど、なんて言えばいいんだ…?俺には説明なんて、とても……。」

 

「てっきり、私はモノパオが勝手に言うのかと思っていたが。」

 

「あの様子だと、モノパオが勝卯木さんに言う事はないんじゃないですかね?」

 

「?柳原、何か知っているのか?」

 

篠田の怪訝な顔を見て探索の事を思い出した。

 

「毒の場所を探していた時にモノパオに会ったんだ。その時も聞きたい事にはほとんど答えてくれなかったし、そもそも東城達が保健室にいる時に「助からない事はしばらく教えないでいる」と言っていたんだ。あの性格から考えて勝卯木に教えるとは思えない。」

 

「…じゃあ、私達で蘭ちゃんに直接言わなきゃいけないんだね…。」

 

声のした方を向くと、前木が戻ってきていた。

とりあえず全員揃った事だし俺達の探索の説明もする。ガラスケースの鍵は黒幕が持っている事なども含めて。

 

「…鈴華が黒幕って事?」

 

「さすがに、それだけで決めつけるのは、どうなんでしょうかー…?」

 

その後もいろいろと簡単な議論は交わしたが、ろくに進展しなかった。結論、安鐘が話さなければ何も分からない。

 

「あ、えっと、結局、蘭ちゃんには誰が言うの…?」

 

前木の言葉でその場は静まり返る。

 

「ボクが言えば1番納得してくれると思うけれど。」

 

…少し考えて、俺は東城に返事をした。

 

「……東城、頼んでいいか?」

 

「分かった。」

 

東城は頷くとすぐに食堂を出て行った。

 

「宮壁くん…。」

 

「勝手に答えて悪い。申し訳ないけど、少なくとも…俺には、言えない。東城が1番勝卯木の容態も知ってるし、嘘を言うような奴じゃない。任せて大丈夫だろう。」

 

前木も納得したようで頷き返してくれた。

 

「アタシ、鈴華にまだ毒を隠し持ってないか探しに行こうと思うんだけど…宮壁はこれから交代だっけ?」

 

「あ、ああ。……でもその前に、1回だけ勝卯木の様子を見に行ってもいいか?」

 

「えっと、あのー!潜手めかぶも勝卯木さんに会いたいですー!」

 

「分かった。じゃあアタシはその間に鈴華に会っておく。三笠には悪いけど、もう少し付き合ってもらうように言っておくから。」

 

「ごめん、ありがとう。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「……宮壁、めかぶ…。」

 

「…体調はどうだ?」

 

「……普通。」

 

「お見舞い?ボクはもう帰るよ。言う事は全部伝えたから。」

 

東城はほぼ俺達と入れ替わりで勝卯木の部屋から出て行った。

全部伝えた、か……。軽く息を吐いて、まっすぐに勝卯木を見る。

 

「……私、死ぬって……聞いた。」

 

「……。」

 

「……悪い、私……。勝手に、食べ…」

 

「違いますー!」

 

勝卯木の話を遮ったのは潜手だ。

 

「勝卯木さんには悪いとこなんて、1つもないでーすよー!そんなこと、言わないでくださいー…。」

 

泣きそうになりながら勝卯木の手を握る。

 

「……三笠以外の俺達が気づかなかったのが悪いんだ。勝卯木が自分を責める事じゃない。…本当に、ごめん。」

 

「……。」

 

悔しい。まだ勝卯木は目の前で生きているじゃないか。

俺達にできる事は、何もないのか?

勝卯木がこれから死ぬ事が信じられなくて、俺は下げた頭を上げる事ができなかった。

 

 

「………怖い……死にたく、ない…。」

 

 

俺の目線の先に雫が落ちていくのに気づき、ハッと顔を上げる。

勝卯木は泣いていた。当然だ。

 

 

「…怖い……!」

 

 

そう呟きながら、声を押し殺すように涙を流す勝卯木を見て、潜手も声を上げて泣き始めた。

 

……とりあえず、難波のところに向かおう。

俺は何も言わずにその場を後にした。

 

いつの間にか、自分の手の平に爪の形がくっきりと残っていた。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

安鐘の部屋に向かう。ノックすると難波が顔を出した。

 

「……入って。」

 

緊張を高めながら俺は奥にいる安鐘の元へ歩み寄る。

 

「…安鐘。」

 

普段の着物は着ておらず、別人と間違うような顔色をしていた。

 

「こうやって宮壁も連れてきたんだからそろそろ話してくれる?動機は何?」

 

「………話しません。」

 

「アンタ、反省するつもりもない訳?アンタがこんな無差別に人を殺す奴だとは思わなかった。」

 

「……。」

 

何も答えない安鐘に難波はいい加減頭にきているらしい。軽蔑の目で睨みつけていた。

 

「安鐘、順番に質問するよ。まず1つ目。どうやって武器庫の毒を手に入れたんだ?」

 

「……言えません。」

 

「じゃあ次。いつからこれを企てていたんだ?」

 

「……動機を、見てからですわ。」

 

忘れないようにとメモを取る。

 

「そっか。次は…どうして犯人だとバレやすいような殺し方にしたんだ?」

 

「…え?」

 

「もし安鐘が本気で、外に出たいという理由で人を殺すなら、わざわざ自分が作ったと皆に説明している和菓子には毒は仕込まないはずだ。例えば、もっと大人数でご飯の支度をしている時に紛れ込ませたり、冷蔵庫に入っている飲み物に仕込んだり…。安鐘のやり方じゃあ、自分が犯人だとすぐに分かってしまうんじゃないか?」

 

「……効果が出るのはしばらく経ってからですわ。わたくしの作った和菓子が原因だなんて、候補にこそ出るかもしれませんが確定はできないでしょう。それに、全てに致死量の毒を仕込んでいた訳ではありませんから。」

 

「じゃあ、鈴華は蘭を狙ったって事?蘭が取ってた和菓子は他のより少し大きかった。食い意地の張った蘭なら大きいのを取ると踏んだの?」

 

「……まぁ、そんなところですわね。誰かを殺すなら勝卯木さんだと決めていました。」

 

「なんで勝卯木なんだ?何かそんな……」

 

「ん、宮壁?」

 

前回の動機で柳原の元に配られた勝卯木の秘密を思い出す。

『勝卯木蘭には才能がない』、あれと何か関係があるのか…?だとしても安鐘がそれを知るタイミングなんてないはずだ。

 

「あ、いや、なんでもない……。」

 

「……宮壁さんも、何か心当たりがあるのですか?」

 

「少なくとも、殺していい理由にはならないと思うけどな。」

 

「ねぇ、2人して何の話してんの?理解が追いつかないんだけど。」

 

「宮壁さん。わたくしは、勝卯木さんを殺してもよい人間だと判断致しましたわ。そしてわたくしには漏らしてはいけない動機…秘密がある。わたくしは勝卯木さんを殺した事を後悔した訳ではないのです。…勿論、三笠さんに見破られた事は想定外でしたが。流石は三笠さんですわね。」

 

顔色こそ悪いけれど、安鐘は真剣そのものだった。端部や高堂みたいに、殺人を悪だとは思っていない顔だった。まっすぐな目で、凛とした声で、そう言われてしまった。

 

責められない。

 

直感で、そう思った。

安鐘は自分がやった事が間違ってるなんて思っていないんだ。俺達や世界の常識を破って自分の手を染めてまで、彼女には守りたい何かがある。そんな彼女にはきっと何を言っても無駄だし、俺が彼女に何か言われても共感なんてしないだろう。

 

「ちょっと!何の話してんだって聞いてんだけど!」

 

「えっ、あ、その……。」

 

「難波さんは知らないなら知らないままでもいいと思いますが…そうですわね、わたくしの事を理解してほしいとは思ってはいませんが、同じ疑問を抱いてもらいましょうか。難波さん、勝卯木さんは腕時計なんて持っていませんよね?そして、この建物には秒針のある時計がありません。廊下に至っては時計すらありませんわ。」

 

「はぁ?」

 

「え、安鐘、何言ってるんだ?」

 

「は?宮壁は分かってたんじゃなかったの?」

 

「い、いや、ちょっとそれは俺も知らなくて…。」

 

「まぁ、宮壁さんもでしたの。……とにかく、これを理解すればお二人もある可能性に行きつく事ができますわ。そして、これこそが、わたくしが勝卯木さんを選んだ理由です。」

 

結論から言うと、その他の事は何を聞いても教えてくれなかった。

 

「……じゃあそろそろ時間だしアタシは行くわ。三笠も待ってるし。宮壁は?」

 

「…俺もすぐ出る、けどちょっとだけ時間をくれないか?」

 

「分かった。三笠に言っておく。」

 

「まだ何かありますの?」

 

「えっと…何かあったら、俺達に言えよ。」

 

「……。」

 

「今からしばらくは俺が外にいるし、一応部屋の外には誰かがいるようにするから。」

 

「………。ふふ、お気遣いありがとうございます。」

 

「……じゃあ、また明日。」

 

「あの。」

 

「?」

 

「これは、たぶん、言ってはいけない事だと思いますが…どうか気をつけてくださいませ。裏切り者や黒幕…おそらく悪魔などよりも、ずっと質の悪い人が、あなた達を狙っていますから。わたくしが死んだ後も、くれぐれも気を抜かないで。」

 

「……肝に銘じるよ。」

 

俺は安鐘の言葉を受け取り、扉を閉じた。

 

 

「………宮壁さん。」

 

「みなさんも…どうかご無事で。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「宮壁、大丈夫か?」

 

三笠が心配そうにしている。

 

「…大丈夫、三笠達にばっかり任せてられないから。」

 

「そうか…何かあったらすぐに呼べ。」

 

「うん、ありがとう。」

 

三笠が食堂に戻った後、1人で壁にもたれかかる。

 

「……はぁ。」

 

今日1日でいろいろな事がありすぎて、正直頭が追いついていなかった。

何かしなきゃと思って今見張りをしているけど、そもそも見張りの提案をしたのは難波だ。三笠はいち早く皆を止めた。東城は勝卯木の看病をして、前木はつきっきりで世話をしていた。潜手達はこんな状況でも全員分の食事を作ってくれた。

 

……俺は?俺は、何をした?自分の不甲斐なさに唇を噛む。

 

皆のために、自分のために、何かしただろうか?

こうやって見張りをしているけど、明日からも続くのだろうか…勝卯木が死ぬまで。

何を考えようとしても頭から離れてくれない。死にたくないと、死ぬのが怖いと泣いていた勝卯木を、このまま見送る事しかできないなんて…理解できなかった。

誰のせいでこんな事に…と考えたところで、安鐘の事が頭によぎる。

…死ぬのが決まっているのは安鐘も同じだ。端部や高堂の受けたようなあの惨いオシオキが待っている、その事実だけでも気分が悪くなる。

 

どうしてこんな事になっているんだろうか。ほんのついさっきまで、楽しく過ごせていたのに。

 

「あ、いたいた。宮壁、これ。」

 

「難波…と前木?どうしたんだ?」

 

「何も持たずに出て行ったから、水分補給用にこれ……。」

 

と水筒を差し出してくれた。

 

「あ、一応2人で確認し合って用意してる。毒とかは入ってないから。」

 

「あ、ああ、そうだよな。そういう確認も、大事だよな。」

 

「後、これ。フライパンくらい持っておきなよ。なんかあった時のためにさ。」

 

「ごめんわざわざ。何も考えずに出て行ってた。」

 

どうにか笑顔を浮かべて受け取る。

 

「……宮壁くんが考えてる事は、皆考えてると思う。…悔しい、よね。」

 

前木はずっと泣いていたのだろう。目の赤みは引いていなかった。

 

「そうだ、今日は私、紫織ちゃんと一緒に寝るんだ。…寝られるか分からないけど。」

 

「そうなのか。うん、その方がいいと思う。」

 

「ま、そういう事だから宮壁も用心してがんばって。」

 

「ありがとう。じゃあ。」

 

「ん。」

 

2人は難波の部屋に帰っていった。その後篠田が勝卯木の部屋に入り、潜手を連れてそれぞれの部屋に戻る。潜手は思ったより長い間勝卯木の部屋にいたようだが、出てきた時にはもう涙は止まっていた。

その後晩御飯を終えた三笠も部屋に戻っていった。

えっと、後見ていないのは……。

 

「宮壁さん?」

 

声をかけられ、前を見ると柳原がいた。

 

「見張りなのに下ばかり見ていていいんですか?」

 

「ごめん。」

 

「えっと、おれに謝る事じゃないと思うんですけど…。」

 

「……俺は誰かのために動けていないなと思って、ちょっと落ち込んでただけだ。柳原の言う通り、見張りくらいは真面目にやらないとな。」

 

「おれも、誰かのためになんて動いてませんよ?」

 

「……えっと…。」

 

「宮壁さんのその言い方は、おれの事も非難しているように聞こえます。」

 

「ご、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。それに、柳原はいろいろ勉強してるじゃないか。前の裁判だって、柳原に助けられた事がたくさんある。」

 

「おれ、役に立てたんですか?」

 

「もちろん。」

 

「…へへ、でも、おれも、宮壁さんには助けられているので!お互い様じゃないですか?宮壁さんだっていろいろできる事をしてくださっています!おれはそれで充分だと思いますよ。」

 

にこにこと笑顔を浮かべる柳原にお礼を言うと、きょとんとしていたけれど嬉しそうにしてくれた。

 

「じゃあ、おれはもう戻りますので!おやすみなさい!見張りがんばってくださいね!」

 

「おやすみ。」

 

うん、これで全員が部屋に戻ったな。

 

晩ご飯前に寝たのと緊張も相まって眠気は襲ってこなかった。冴えた目で見渡しながら1人でぼーっと時間が過ぎるのを待つ。3時になったら篠田と交代だ。シンと静まり返った廊下を見る。おそらく皆もう寝ているだろう。

 

 

 

「やあやあ、こんな夜中にご苦労様パオ!」

 

「……何しに来た。」

 

あれからしばらくして突然、共有棟に続く廊下と反対側にモノパオが現れた。

 

「いや?ちょっと参ったなと思ってね?こんな夜中にずっと見張られたらボクくんが食堂の物を補給するのが大変だなーって事だよっ!」

 

「毎日見張ってやろうか。」

 

「そんな事してたらいずれ食糧が尽きちゃうよ?」

 

「……。」

 

「もー!暇つぶしに付き合ってあげてるんじゃん!もっと楽しくおしゃべりしようよっ!」

 

「…お前は黒幕の方だな。」

 

「えーっ!なんで分かるの!?」

 

「喋り方で分かる。お前と話すくらいなら1人で過ごしてた方がいい。そもそも誰のせいでここで見張りをしなきゃいけなくなったと思ってるんだ。」

 

「え?安鐘サンのせいだよね?」

 

「……違う!そもそもお前が毒を渡さなければ…!」

 

「そもそも毒を欲しがるのが悪いよね?だって、ミンナは我慢してるよねっ?宮壁クンも叔父さんが死ぬまで日がなかったのに殺人は企もうとしなかったでしょ?安鐘サンはそれが我慢できなかったんだよ?仕方ないよね?悪いのは安鐘サンだよね?」

 

「……こんな状況を作ったお前が悪いんじゃないか!」

 

「もー、強情だなあ。じゃあ、ボクくんの次に悪いのは誰?安鐘サンだよね?」

 

「……!それは…。」

 

「安鐘サンに全く非がない訳じゃないよね?それに、勝卯木サンの前で安鐘サンを非難しないなんて、そんな事できる?美人だから庇おうとしてるのかなっ?」

 

「……。」

 

「ほらほら!言っちゃえば楽になるよっ!たぶん宮壁クンが今もやもやしてるのって、安鐘サンに鬱憤をぶつけてないからだよ?ほーらー!はーやーくー!いつまでそのお子様な正義を振りかざしてるの?ボクくん1人を悪役にしない方がいいよ?」

 

深呼吸をする。

 

「…悪いよ。安鐘のせいだよ。モノパオも悪いけど、安鐘がこんな事をしなければ勝卯木は死なずに済んだし、安鐘自身だって死なずに暮らせたんだ。」

 

「うんうん!」

 

「だけど、それをお前に言ったところで何の解決にもならない。俺は無意味な事を言うつもりなんてない。」

 

「……えー、おもしろくなさすぎ…。宮壁クン、よく今までKYとか言われずに過ごしてこれたね…。え、本当におもしろくない答えなんだけど…。ま、ボクくんから答える事は1つだけパオ。」

 

 

 

「現実は宮壁クンの思い通りになんてなってくれないパオ!『私』がそうはさせないからねっ!」

 

 

 

 

ふいに、後ろに気配を感じた。

 

 

 

 

頭に強い衝撃が走る。

 

 

 

誰だ?誰が俺を殴った?

 

 

 

それを確認するよりも早く、俺の意識は途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「死体が発見されました!ミンナいろいろバタバタして大変だと思うけど、食堂も大変な事になってるから急いでおいでよっ!」

 

 

 

……?

 

 

頭が痛い。後頭部を抑えながらゆっくりと体を起こす。

 

 

 

俺、確か、殴られて……。

 

 

「紫織ちゃん!宮壁くん『は』起きたよ!たぶん無事だと思う!」

 

「分かった!残りの皆に連絡してくるから、琴奈と瞳と東城は様子見てて!」

 

「宮壁くんおはよう。急いで難波さんの後をついて行ってくれるかな。」

 

 

……?

 

死体?

 

 

今、死体発見アナウンスが鳴ったのか?

 

 

 

東城達は俺には目もくれずに誰かの治療をしているようだ。

 

 

頭が回らない。

 

 

 

「三笠!三笠、しっかりしてくれ!」

 

 

 

篠田の聞いた事もないくらい大きな声に、俺の意識は覚醒した。

 

 

 

「え?三笠……?」

 

 

 

横のベッドには三笠が倒れていた。

口から血が溢れている。

 

「え、え?三笠?なんで、え?」

 

 

「三笠くん、ボクが分かる?」

 

東城の問いかけにも応じない。

薄く開かれた目は天井しか映していないようだった。

 

 

 

何が起きている?

 

 

 

「やだ、やだ、三笠くん、しっかりしてよ……!」

 

前木も泣きじゃくりながら三笠の口を拭っている。

 

「三笠、いつやられた!?何があった!?」

 

篠田の悲鳴にも近い声が俺の心拍を速めていく。

 

 

「三笠、おい、何があったんだよ。」

 

 

三笠は何も答えてくれない。時折大きく胸を動かして口から血を出す事しかしてくれない。

 

 

「三笠っ!!!!」

 

「………。」

 

 

 

三笠とは思えないほど弱りきった目は、俺の事も映してはくれなかった。

 

 

 

何かを言いかけては口から溢れる血が邪魔をする。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

そのまま、三笠の目は、閉じられていった。

 

まばたきをしただけだと、そう信じたくても、いつまでたっても三笠の目は開かない。

 

 

 

 

 

 

「三笠…………っ!!!」

 

「やだ、待って三笠くん、なんで、待ってよ……。」

 

「いつだ?毒を摂取する場面はなかったはずだ。何があった?おかしい。何が起きている?」

 

ベッドの手すりに縋りつくように泣く篠田と涙をこぼしながら最後に口を拭う前木、初めて人間らしい表情でぶつぶつとつぶやく東城。

 

俺は放心していた。

 

ぼうっと立ったまま、思考が停止していた。

 

 

「……宮壁くん、難波さんの方に行ってもらえるかな。誰が死んでいるのか、確認してほしい。」

 

 

「それ、三笠の事じゃない、んだよな。」

 

「そうだよ。もう1人死んでいるらしいから。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

頭が痛い。口も渇く。

脚がもつれそうになる。走り方を忘れてしまったかのように、俺の脚はまともに動いてくれない。

心臓も肺も痛い。こんな嫌な気分になったのは初めてだろう。

息切れする。つらい。しんどい。

呼吸も忘れて、肩で息をしながらどうにか食堂に向かう。

 

「あ、宮壁さんー、無事だったんですーねー…!」

 

潜手が泣きながら俺の存在を確認してくれたおかげで、大渡と柳原もその場を避けてくれた。

難波と勝卯木が青ざめた顔で立ち尽くしているのも見えた。

 

「宮壁さん、昨日、何があったんですか…?」

 

「…ごめん、分からない。」

 

「そうですか……。」

 

 

柳原の心配そうな顔を見た後、その先に広がる光景を視界に入れた。

 

 

あまりにも、見違えていて、一瞬誰か分からなかった。

 

ただ、今まで、ここに来るまでに会っていない人は1人しかいない。

 

 

一体何があった?何を思ってここで命を落とした?

 

 

何を聞いても、今度こそ、彼女は何も答えてくれない。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

体中を真っ赤に染められた安鐘の目は、もう開く事はないのだから。

 

 



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非日常編 1

裁判がある程度できたら投稿しよう…と思っていたらいつの間にか三か月経っていました。
時の流れが速すぎる。
考える事が多くて書いてて頭が混乱していました。
ろくなトリックになっているのか不安しかないです。短いです。対戦よろしくお願いします。


 

【挿絵表示】

 

 

 

「……。」

 

俺達の中の誰かが言葉を発する前に、アイツが出てきた。

 

「やあやあやあ!オマエラ全員お揃いで何よりだよ!まあ、数人は来ていないみたいだけど……これ、オレくんからのプレゼント!先に渡しちゃうね!」

 

モノパオ…裏切り者の方は、早速難波にモノパオファイルを渡す。

 

「USBが2本……ね。三笠も、だめだったって事か。」

 

「そう!察しがいいねー!」

 

「なんだよ、これ。」

 

俺達の目の前で厨房を真っ赤に染め上げている安鐘と、先ほど保健室のベッドで息を引き取った三笠。急にこんな状況に放り込まれても訳が分からない。

 

「何って、死んだんだよ、三笠クンと安鐘サンが。宮壁クンはどっちも見たでしょ?」

 

「え!?待ってください、三笠さんも死んじゃったんですか?どこで?」

 

「あれ、柳原は知らないのか?」

 

「あ、えっと…おれは潜手さんにインターホンを鳴らされてすぐにここに来たので。たぶん、大渡さんと勝卯木さんもそうだと思います。」

 

「そうなのか…。」

 

頭がガンガンと痛む。昨日殴られたところが痛いのもそうだけど、この状況を受け入れなければいけない事が何よりも頭を痛ませていた。そして……。

 

「捜査、しなきゃいけないのですーねー…。」

 

そうだ。捜査だ。クロは分からない。勝卯木の事もあるのに、こんなにいろいろな事が重なって押しつぶされてしまいそうだ。

 

「……するしか、ないんだな…。」

 

まだ安鐘をちゃんと見た訳じゃない。でも、今回は……桜井のように比較的綺麗だったという事も、牧野のように死体と離れていたという事もなかった。

一言で言うと、悲惨だった。

厨房の床に倒れている安鐘。首の骨が見えているほどの深い傷がつけられた彼女を、誰が悲惨だと思わずにいられるだろうか。

 

安鐘が悪い事をしたのは事実だ。彼女は許されない。だけど……こんな風に痛めつけられて殺される必要はあったのだろうか。

何が起きたのか、突き止めなければいけない。その義務がある。生きるための義務が。

 

俺は心臓を落ち着かせるために深呼吸をする。

むせかえるような血の匂いは、決して俺の気分を切り替えてくれるようなものではなかったけれど……現実を叩き込むには十分だった。

 

 

 

―捜査開始―

 

 

 

まずはモノパオファイルの確認だ。

2つのUSBをダウンロードして、とりあえず安鐘の方を開く。

 

『被害者は安鐘鈴華。死亡時刻は夜時間中。発見場所は食堂の厨房。首を切られており、大量の出血が見られる。毒を摂取した形跡はない。』

 

……。

 

「何これ。夜時間中って幅広すぎじゃね?」

 

「しかも、出血が見られるってだけでそれが死因とは書かれていないのも不審です。このファイル、不備があるんじゃないですか?」

 

「こら!オレくんだって忙しかったんだからそのくらい許してよね!それに死因とか、しっかり見なきゃはっきりとは分かんないじゃん!オレくんそういう作業嫌なんだよね!まあ分かる人で勝手に見てよ。じゃあね!」

 

モノパオはそのまま不貞腐れたように消えてしまった。どう考えても不備じゃないか…。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「モノパオファイル3」

 

「えっと…潜手めかぶ、見張りとして東城さんが来るまで残ってもいいですーかー…?」

 

「どうした?体調が悪いのか?」

 

「あ、えっと、はい……ごめんなさいー、お役に立てなくって……。」

 

「めかぶが気にする事じゃねーから。東城の事なら食堂で待っておけば?どうせ厨房から出る時に食堂は通る事になるんだし。」

 

「そうですーねー…!じゃあ、みなさんが出たら潜手めかぶは食堂の入り口で待っておきまーすー!」

 

潜手は少し安心した様子だ。無理もない。正直…俺もできれば近くでは見ていたくない。そのくらい酷い有様だからだ。

 

「宮壁さん!今回はバラバラで捜査するんですか?今までみたいに2人組以上になった方がいいと思うんですけど。」

 

「!そ、そうだな。……潜手、東城が来たら誰かについてもらうから、潜手は篠田のところに行ってくれないか?」

 

「篠田さん……!分かりましたー!潜手めかぶは、捜査なんて得意じゃないのでー、篠田さんの事はお任せくだーさいー!」

 

「あ、アタシは琴奈と行くわ。琴奈も心配だからさ。」

 

「東城……私、いる。私、動き回る、今、不得意……。」

 

「そうか、2人とも助かる。勝卯木も無理しないようにな。後は……。」

 

「……チッ。」

 

「……あ。」

 

……男3人、余り者同士か。

余計にテンションが下がってしまったけど四の五のなんて言っていられない。

 

「よし、大渡、柳原、行くぞ。まずはこの厨房をしっかり見てみよう。」

 

「はい!」

 

「こんな水浸しのところに足入れたくねぇんだが。」

 

確かに……と思ったところでふと思考が止まる。

なんで厨房が水浸しになっているんだ?それも、何かを溢したとかいうレベルじゃない。2センチ近くも水が溜まっているのは明らかにおかしい…。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「水浸しの厨房」

 

「あ、宮壁さん、床に雑誌が積まれていますよ。犯人はこれを足場にして水を避けていたんですかね?」

 

「なるほど…。これはレシピ本か。食堂にたくさんあったし、あそこから持ってきたんだろうな。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「床の雑誌」

 

嫌だけどとっくに厨房の奥に歩を進めている柳原に続いて厨房に足を入れる。

 

「うわ!危ないな、これ……って、電子レンジ!?」

 

厨房の床に電子レンジが転がっている。異様な光景だ。

 

「好き放題しやがって…うぜぇな。」

 

大渡が電子レンジを端に寄せようと足で蹴り転がす。ひっくり返った電子レンジをよく見ると、どうやらコードが切られているようだ。

 

「これ…わざと切ったような切り口だ。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「壊れた電子レンジ」

 

「……切れたって事はどこかにもう片方があると思うんだけど。」

 

しばらくその周辺をごそごそと探していると、電子レンジの置かれていたであろう棚の支柱に切れたコードが巻きついているのに気づいた。

 

「これ、コンセントに刺さったままだ。危ないな…。」

 

一応事故防止のためにコードはコンセントから抜いておく。

しばらく観察していると、コードの途中が擦れたようになっているのに気づいた。

 

「……何かで擦れたみたいだな。コード自体結構長いし、何かに使われたのか…?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「切れたコード」

 

「あ!宮壁さん!また見つけちゃいましたよ!この食器棚が空になっています。」

 

「え?本当だ、中の板も取られてるな…。」

 

…ふと思った事があったので食器棚の中に入ってみる。

 

「何やってるんですか?」

 

「いや、犯人が隠れていた可能性もあるよな、と思って。」

 

少しきついけど入る事はできそうだ。扉もなんとか自分で閉められるから隠れる場所としては問題ないだろう。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「空になった棚」

 

「あの!大渡さんは何か見つけてるんですか?さっきからおれと宮壁さんしか捜査してないんですけど。」

 

「……うるせぇ。」

 

「文句言うのは何か見つけてからにしてくださいよ!」

 

「……。」

 

コイツ邪魔、とでも言いたげな目で俺に目配せしてくるけど自業自得なんだよな…どうしようもない。

 

「疑問ならある。死体発見アナウンスについてだ。」

 

「アナウンス…?ちゃんと鳴ったよな?」

 

「違ぇよ。鳴ったタイミングだ。海鮮女が俺とそいつと無口女を呼んでここに来た後、ギャル女が来るまでしばらく誰も来なかったが鳴らなかった。…変じゃねえか?」

 

「……。あ、えっと、鳴るまでどのくらい経ってるんだ?」

 

「おれの見ていた範囲だと15分は経っていると思います!おれがもう一度ここに来ていなかったみなさんの個室のインターホンを押して回ったんですけど、誰もいなくて…。別のところを探すのも手間なのでとりあえず戻ったんです。」

 

「そうか…。」

 

一瞬大渡のあだ名のせいで誰が誰だか分からなかったけど、たしかに変だ。

前回の事件で死体発見アナウンスが鳴るのは、「誰かが死体を見つけてからしばらく動かなかった時」のはず。ショックで第一発見者が固まってしまった時の対処法って事だろうな。

今回は潜手が見つけてから3人を呼びに行ったから鳴らなかったのか?

それでも、最初の事件でアナウンスが鳴らなかったのは「全員がすぐに集まったから」だと言っていた。しかも今回は遅れたにしろアナウンスがちゃんと鳴っている。

 

…何か、しばらくアナウンスを鳴らせない理由があったのか…?

 

 

 

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・・・コトダマ「アナウンスのタイミング」

 

とりあえずはこんなものだろうか。一旦厨房から出ようとすると東城がやってきた。

 

「遅れたけれど、現場はそのままになっているのかな。」

 

「東城。特に荒らしたりはしていないから大丈夫だ。」

 

「……。」

 

後ろには無言のままの篠田もいた。

 

「篠田さんー…あの、大丈夫でーすかー…?」

 

「……ああ、大丈夫だ。」

 

「…えっと、篠田さんについていきまーす―!潜手めかぶ、ちょっと捜査するには元気が足りないのでー…。」

 

「そうか…分かった。」

 

篠田…明らかに元気がないな。三笠と仲良かったのは篠田と潛手だし、当然だろう。

 

「うん、かなり酷い状態だね。検死はボクがしておくから見張りは…。」

 

「あ、勝卯木がするって言ってたぞ。」

 

「分かった。じゃあそこで見ていてくれるかな。」

 

勝卯木は頷くと微動だにしなくなった。

 

「うーん、もう少し何かないか探してみるか。」

 

全く状況が浮かんでこないのでもう少し厨房を捜査してみる事にした。

 

「…これ…!」

 

安鐘が寝転がっている机の脚のうち1本に、テープをはがしたような跡がついているのに気がついた。他の脚には何もついていないし、きっと何かの手掛かりになるに違いない。

 

 

 

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コトダマ「テーブルの脚」

 

ふと隣を見ると、柳原が俺と同じようにしゃがんだままじっとしていた。

 

「柳原?どうかしたのか?」

 

「あ、いえ……特に、大した事じゃないです。」

 

またそれか……。しかし、柳原の近くをよく見ても変わったところはなさそうだ。

 

「宮壁さん、そろそろ別のところも見た方がいいと思うんですけど…。今回は事件が2つある訳ですし。」

 

「そうだな。三笠は保健室にいるから急ぐぞ。」

 

保健室と、武器庫も見ておいた方がいいだろう。とりあえず保健室の捜査に向かう事にした。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「宮壁さん達…、捜査しまーすよねー。潜手めかぶ達、お邪魔だったら出て行きますー…。」

 

保健室に入ると泣いている潜手と篠田がいた。

 

「ごめん、俺はそのままでも大丈夫だから気にしないでくれ。」

 

「…ありがとう。」

 

篠田の返事を聞いてから、改めて三笠の様子を見る。

口から出ていた血はもう誰かが拭いたのだろう、こう見ると寝ているようにしか見えないけど…胸が上下する事はない。とりあえずモノパオファイルを確認しておくか。

 

『被害者は三笠壮太。ついさっき、保健室で死んだ。毒を摂取した形跡あり。』

 

うん、こっちも大した情報はないな。後で東城にまとめて聞きに行った方が良さそうだ。

 

 

 

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コトダマ「モノパオファイル4」

 

「なんで三笠さんが…。昨日の夜に何があったんですか?宮壁さんは見張りだった訳ですし、篠田さんと交代の約束もしていましたよね?」

 

「私は交代の時間より少し前に起きて廊下に出たら、宮壁が倒れているのを見つけてそのまま保健室に運んだんだ。その後少ししてから三笠と東城が保健室に来て…という感じだな。」

 

「篠田が運んでくれたのか、ありがとう。」

 

「当然の事だ。それよりも、交代時間ぴったりに向かうものではなかったと反省している。宮壁を1人にしていなければ状況は変わっていたはずだからな。」

 

「篠田さんー…。」

 

篠田には感謝しないと。あのまま、例えば、犯人が部屋に戻るタイミングで俺が起きていたら……考えただけで寒気がする。

 

 

 

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コトダマ「篠田の証言」

 

状況を整理するために俺も覚えている事を話しておこう。

 

「俺がいつ殴られたのか、時間は近くに時計がなかったから分からないけど、俺が殴られる直前まで、モノパオと話していたんだ。もっと言うなら…俺を殴ったのはモノパオだと思ってる。」

 

「モノパオが…?事件に関与する事があるのか?」

 

「だけど、モノパオが突然ちょっかいをかけてきて、その話の最中で後ろから殴られたのは本当なんだ。」

 

「うーん、宮壁さん、どこを向いて話していたんですか?」

 

「どこって…えっと安鐘の部屋の前で、廊下と反対側を向いていたはずだ。」

 

「なるほど…。」

 

柳原は何度か頷くと何事もなかったかのように話を促してきたので続ける。

 

「他に…例えば、個室に戻っていない人とかはいないんですか?」

 

「えっと…。勝卯木はずっと個室にいたし、俺が潜手と勝卯木の部屋に行く時に東城は出て行って…いや、東城は個室に入ったかどうかは見てないな。その後は難波と前木、篠田、潜手、三笠、柳原の順で戻って行ったな。大渡は一度も見てない。」

 

「うわ!大渡さん、捜査で役に立たないといよいよ怪しいですよ!」

 

「チッ、俺が殺人なんかして何の得があるんだ。」

 

「そんなの知りませんよ!」

 

「糞ガキが…。」

 

……と、とりあえず俺の覚えている情報も役に立つだろうからメモしておくか。

 

 

 

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コトダマ「宮壁の証言」

 

「あとは…潜手は何か知らないか?第一発見者は潜手みたいだけど…。」

 

「何か…えっとーですーねー……食堂に来た人の順番とかでいいですかねー?」

 

「ああ、よろしく。」

 

「最初に安鐘さんを見つけて、その後あわててみなさんのお部屋をピンポンして回ったんですー!その時に来てくれたのは柳原さん、大渡さん、勝卯木さんの3人だけで、他の方はいないみたいでしーたー…。」

 

うん、柳原がさっき言ってた事と同じみたいだな。

 

 

 

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コトダマ「食堂に来たメンバー」

 

「潜手さんは昨日、勝卯木さんの部屋に寄っていたんですか?何の用事が?」

 

「潜手めかぶは勝卯木さんのお見舞いに行ってたーのですー。」

 

「お見舞い?それにしては宮壁さんよりも長くいたみたいですけど。」

 

「あっ、それはですねー、潜手めかぶ、あの後勝卯木さんと一緒に少しご飯を食べてましたー!」

 

「そうなのか?」

 

それで余計に出てくるのが遅かったのか。

 

「はいー!勝卯木さんが一緒にって言ってたのでー。」

 

「そっか……。」

 

勝卯木としても潜手がいてくれて嬉しかっただろうな。何かが変わる訳じゃないけど、それでもいるといないとじゃ大違いだろう。

 

「あ!あと大事なことを思い出しましーたー!言おうと思って忘れてたんでーすけどー、朝、エレベーターが動かなかったんですー!」

 

「エレベーターって、生活棟のですか?」

 

「はいー!潜手めかぶ、朝に気分転換でみなさんが来る前に温室をお散歩することがあるんでーすけど、今日はそれができなくて……。」

 

「エレベーターが使えないって…今は使えるのか?」

 

「それは篠田さんとここに来る前にしておきまーしたー!今は使えそうでしたよー!」

 

一時的に使えない事なんてあるのか?それもモノパオから何の知らせもなく…。

 

 

 

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コトダマ「潜手の証言」

 

よし、保健室は現場という訳ではないしこんなものだろう。

 

「そろそろ行くか。」

 

「次はどこに行くんですか?」

 

「物置かな。三笠が毒を飲んだのならどれが使われたのか調べなきゃいけないし。」

 

「……さっさと行くぞ。こんなとこいたくねぇ。」

 

「大渡っ!」

 

「……。」

 

睨んだら舌打ちをして先に行ってしまったので慌てて追いかける。

なんで毎回そういう言い方しかできないんだこいつ…!

 

階段に向かっていたところで声をかけられる。

 

「宮壁達、今から2階?」

 

「難波。そのつもりだけど、どうかしたのか?」

 

「ん、ちょっと見てほしいものがあって。…でもまあ、同じ場所に人数割いてもあれだし、とりあえずアタシらで見ておくわ。もし時間あったら後で皆の個室のとこに来て。」

 

「ああ、分かった。」

 

まだ東城の検死についても聞いていないし、時間的にかなり急がないとまずいかもしれない。俺達は気持ち足早に階段を上った。

 

 

3階まで上がって物置の武器庫を覗く。

 

「えっと、たしかこの辺りが毒の場所だったよな…。」

 

ガラスケース越しに瓶を見つける。

 

「これは安鐘が持ってた毒だよな。前来た時に減った量を測らせてもらってないからあれから減ったかどうか微妙だけど…。」

 

「でも、あんまり変わってない気がしますね。」

 

「取る事はできねぇのか?おい、象、見てんじゃねぇのか。」

 

「見るって、ラベルを?」

 

「うわっ!急に出てこないでくださいよ!」

 

「呼んだのはそっちじゃん…。」

 

呆れたように突然出てきたモノパオはため息をつく。

 

「それでモノパオ、取ってくれるのか?」

 

「うん、まあいいよ。捜査だもんね。」

 

「捜査以外の目的では取ってくれないんですか?」

 

「毒殺予定だって言ってくれたら取るけど?」

 

「嫌な奴だな、ほんと。」

 

「まあ、嫌な奴じゃなきゃこんな事やってられないでしょ。」

 

「何言ってるんですか?」

 

「柳原、そんな必要以上にモノパオに絡まなくていいんじゃないか…?」

 

「はーい!」

 

「宮壁クンも園児達を引き連れて捜査なんて大変だねー。これでいいんだっけ?」

 

モノパオに同情なんてされたくないので無視して受け取る。

 

「おい、あの茶色の瓶も取れ。減ってんだろ。」

 

「大渡クンも目ざといね!はい!」

 

「…チッ、んだこれ、ラベルの情報なんてほとんど無いのと同じじゃねぇか。」

 

「ほんとだ!それも減ってますね!…減ってるというか、ほとんど無くなってます!」

 

大渡の毒も気になるけどまずは俺がもらった毒…安鐘が使っていたやつの説明を見よう。

 

『特製の毒A

白い粉末で水に溶ける。

味は少し甘く、料理に混ぜても分かりにくいので砂糖の代わりに使おう!

致死量を摂取した場合は治療できず、大体2日後に死ぬ。

摂取量によっては死ぬまでの時間が前後する。

症状は主に高熱とふらつき。場合によっては吐血。』

 

高熱は勝卯木に出ていた症状で、吐血は…三笠のか?断定するには早いかもしれないが。

 

 

 

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コトダマ「特製の毒(粉末)」

 

「大渡、そっちの毒は何が書いてあるんだ?」

 

特に説明もなく無言で渡されたのでとりあえず読む。

 

『特製の毒B

無色無臭な液体。

水の代わりにできるので飲み物に混ぜて使おう!

致死量を摂取した場合は治療できず、大体半日~1日後に死ぬ。

症状はふらつきと吐血。場合によっては体調不良が続く事もある。』

 

「うーん、症状もかなり似てますね…。飲み物なんて基本みなさんが自由に飲んでいますから、誰かに飲み物をもらう事なんて………あ。」

 

「なんだ、柳原、何か分かったのか?」

 

「いえ、自信はないのでまだ言わないです!」

 

「そ、そうか…。」

 

それにしても本当に似てるな、何か違いがあるといいんだけど…。

 

「んだこれ…チッ。」

 

舌打ちが聞こえた方を見ると大渡の指先が黒くなっていた。

 

「大渡、それどうしたんだ!?」

 

「あ?その瓶触っただけだ。うるせぇ。」

 

「皮膚につくと黒くなるのか。」

 

これも何かに使えるかもしれない…。

 

 

 

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コトダマ「特製の毒(液体)」

 

「はい、終わったなら元に戻すから返してね!」

 

大人しくモノパオに渡すと、モノパオはそのままガラスケースに毒瓶をしまってしまった。

 

「あれ?その毒は替えがないんですか?」

 

「ないよ!すっごい高級なんだから!もー、Bの方なんてもうないじゃん!無駄使いばっかりされると参っちゃうよね。」

 

「無駄使い…?」

 

気になる事を言ってるけど詳細は教えてくれないようなので、俺達は足早に難波達に呼ばれていたところ……皆の個室に向かう事にした。

一応モノパオの言っていた情報もメモしておくか。

 

 

 

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コトダマ「モノパオの証言」

 

 

□□□□□

 

 

 

「あ、来た来た。」

 

「ここなんだけど…。」

 

前木が指さしたのは安鐘の部屋だ。見るとドアが少しへこんでいるような気がする。

 

「俺が見張りをしていた時はこんなへこみはなかったな…。」

 

「宮壁くんを襲った後についたって事…?」

 

「これ、何で殴ったんでしょうか?」

 

「難波宮壁を殴った物と一緒だと思うけど…そういえばフライパンが無くなってるしそれなんじゃね?」

 

フライパンも本気を出せば相当怖いな…。

 

 

 

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コトダマ「安鐘の個室のドア」

 

「あ、そうだ。後は2人が昨日何をしてたか教えてほしいんだけど…。」

 

「昨日はあのまま結局寝てないよ、アタシら2人とも。」

 

「そうだね。紫織ちゃんが深夜に1回トイレに行ったけどすぐ戻ってきたし、怪しい事はないと思う!」

 

「なんでそう言い切れるんですか?」

 

「え、えっと…ほら!紫織ちゃんは手ぶらだったから!鈴華ちゃんのモノパオファイルも見たんだけど、あれだけ傷つけたら返り血も相当だと思うんだよね。着替えを持っていく様子もなかったし、5分程度だから大丈夫かなって。」

 

「なるほど、ありがとうございます!」

 

柳原のおかげで難波の容疑も薄くなったし後もう1つ聞いておくか。

 

「2人はどうして潜手が呼びに来る前に保健室にいたんだ?」

 

「あー、ちょっとあそこ見てよ。明け方トイレに行こうと思ってあれに気づいて。」

 

難波が指さしたのは東城の個室の前。

わずかではあるが血が落ちていた。そのまま点々と保健室の方に続いている。

 

「向き的に保健室にいるのかなと思ってそっち行って、そしたら三笠と宮壁が寝てるし、東城と瞳が看病してるし。マジでびっくりした。」

 

「なるほど、これ気づいたから2人は食堂に行かなかったんだな。」

 

「そういう事。アタシが説明できるのはこのくらいだと思うわ。」

 

 

 

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コトダマ「難波の証言」

 

「分かった。ありがとう。」

 

後は東城にいろいろ話を聞くくらいだろうか。一通り道中で捜査できるところはしているけど、他に役に立ちそうな情報は出てこなかった。

 

「うーん、それにしても難しいですね。」

 

「ん?柳原もそう思うか?」

 

「目星はつきますけど、そもそも2人を殺した人が同じかどうかから考えなくてはいけませんし、裁判のルールがどうなるかによっても左右されるかと。」

 

「たしかに…。」

 

不安を募らせながら食堂に戻ると勝卯木が東城を呼んできてくれた。

 

「………宮壁達、来た。」

 

東城は厨房から出てくると血だらけになった自分の服を見つめる。

 

「これはさすがによくないな。勝卯木さん、誰かと一緒にボクの服の替えを取ってきてくれないかな。」

 

「………宮壁…。」

 

「あ、えっと、俺は東城の話を聞きたいから…ごめん。」

 

「……。」

 

柳原と大渡を見比べながらすごく嫌そうな顔をして柳原の裾を掴んだ。

 

「えーっ!嫌です!おれも聞きたいです、東城さんの話!」

 

「……。」

 

不服そうな顔をしながらも勝卯木が離れないのを見て、渋々といった感じで食堂を出て行った。

 

「一応ここに来た人に同じ情報は出しているから説明も手短にいくよ。」

 

「分かった。」

 

「まずはこの人の状態だけれど、正直、ここから凶器を特定するのは不可能だね。あまりにも傷が酷い。首を何度も切りつけているから難しいよ。」

 

首を何度も…どれだけ痛かったのだろうか。想像するだけで気分が悪くなる。

最初見た時に見開かれていた安鐘の目は、今は閉ざされていた。

 

「他に気になったのは膝の打ち身。転んだような跡ができている。服の膝のあたりも湿っていたし、時間的に犯行時刻にできたものだと考えていい。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

コトダマ「安鐘の傷」

 

「転んだところを狙われたのか…。」

 

「その可能性が高いね。とりあえず、この人についてはこのくらい。」

 

「…東城、その、「この人」って言い方はなんなんだ?」

 

「そりゃあ、犯罪者の1人だからね。名前なんて呼びたくなくなるじゃないか。」

 

「……きっしょ。」

 

大渡のドストレートは暴言を無視すると、東城は俺から生徒手帳を奪うとモノパオファイルを開いた。自分のは柳原達に渡したからだろうけど少し嫌な気分だ。

 

「三笠くんの話に移ろう。彼は朝の3時すぎにボクの部屋に来て、そのまま保健室に運んだ。ボクの部屋に来た時点でかなり危ない状態だったからね。最初のうちは三笠くんとも会話ができていたけれど、彼にも誰が犯人か分からない様子だった。」

 

「…そうか。」

 

もしかしたら三笠の事件は裁判の前に解決するのかもしれない、という淡い期待は簡単に打ち破られてしまった。安鐘の毒殺計画を見抜けるような三笠にも分からないタイミングで毒を飲んだって事なのか…?

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

コトダマ「東城の証言」

 

「あと、これが今回使われていた可能性が高い毒なんだけど、どっちか分かりそうか?」

 

「……三笠くんの症状、基本的に吐血が多い印象だった。症状の断定はできないね。理科室にもろくな器具がないのだから保健室でどうにかできるものでもなかった。勝卯木さんはボクが摂取直後から看病したから症状の悪化はかなり抑えられているけど、三笠くんはそういう訳にもいかないからね。2人の症状が同じかも分からない。」

 

…やっぱり駄目か。そもそもラベルに成分表示などはなかったし、解析させるつもりなんて微塵もないのだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

コトダマ「三笠の症状」

 

そんな感じで大体を話し終えた頃、柳原と勝卯木が帰ってきた。

 

「東城さん、持ってきましたよ!こちらは生徒手帳です。」

 

「ありがとう。」

 

東城が着替え終わり、皆食堂から出て行こうとした時だった。

 

 

『はーい!もう十分できたよね?捜査終了パオ!ミンナ、生活棟のエレベーターへレッツゴー!』

 

モノパオの不快なアナウンスを聞くやいなや、大渡はさっさと保健室から出て行ってしまった。

 

「……もう終わりですか…。」

 

「……。」

 

「ここにいる理由はないしさっさと向かおうか。」

 

皆が出て行ってしまったけど、俺はおそるおそる厨房を覗いた。

安鐘はある程度服が直されていたものの、血が拭き取られたせいかさっきよりはマシに見える。

 

こんなにも痛めつけられる必要があったのだろうか。

見るだけで痛くなってきて、思わず自分の首を撫でる。

 

安鐘の口から、できればちゃんと勝卯木に謝ってほしかったし説明してほしかった。

話す事も動く事もできなくなった彼女にもきっと無念がある。言いたかった事だってあるはずだ。

……俺が気を失っていなければ、安鐘は死なずにすんだ。

1人になって、改めて彼女を見て、その後悔が押し寄せてくる。

 

「……ごめんなさい。」

 

頭を下げる。こんなの自己満足以外の何物でもないけど、そうでもしないと、俺は…。

 

「絶対、ここに帰ってくるから、待っててくれ。もう一度、謝りに来る。」

 

三笠のところまで行くには時間がない。

保健室がある方にも頭を下げ、俺はエレベーターに向かった。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

全員がエレベーターに乗ると、ゆっくりと降下していく。

 

誰も笑顔なんて浮かべていなかった。

 

「ピンポンピンポン!」

 

エレベーターに反響するモノパオの機械声に顔をしかめる。

 

「ミンナに今回の裁判の追加情報について、ここで伝えておくねっ!今回は2つ事件が起きちゃった訳だけど…基本的には事件のクロを突き止めてくれたら大丈夫だよ!ただし、2人指名して実は犯人が1人だった~とか、1人指名したけど実は2人だった~とかだったらクロの勝ちっていう扱いになるから注意してねっ!」

 

説明が終わると同時に扉が開く。

 

 

皆無言で自分の場所に立ち、お互いの顔を見合わせる。

 

この中に犯人がいる。

あんなにも優しくて頼りになった三笠と安鐘を殺した人が。

 

殺害方法はなんとなく分かっても、肝心の犯人については全く見当がつかない。

不安そうな人も怒ったような人も様々だ。

 

安鐘に謝って、三笠に感謝を伝えると決めたんだ。ここで死ぬ訳にはいかない。

今回は皆から見ても俺は犯人にはあまり見えないはずだ。そこを利用して俺が皆を引っ張って行かなきゃいけないんだ。

 

 

深呼吸をして呑気にくつろいでいるモノパオを睨みつける。

 

「学級裁判、開廷パオ!」

 

 




閑話は数日後にあげます。


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閑話編

いつものコトダマまとめプラスヒントのページです。
今回はこの閑話編でいろいろと明かされる事もあるので、本編で知りたいと思う方はこの閑話編を飛ばして裁判を見るのもいいかもしれません。
裁判は遅くても5月にはあげたいなと思っております…。


お久しぶりです、毎度どうもナレーターです。

 

前回はメタ的な意味でもクロが誰かぼんやり分かった人もいたのかな、なんて思ったので今回はどうだろうといろいろ頑張ってみました。

 

結果、こんなの分からない!と罵声が飛んできそうで不安な感じになりました。

 

今回注目するべきは被害者達の行動です。極力その話に触れられるように一部のキャラクターに捜査中に推理もどきを行ってもらいましたので、まずはクロが何人なのかを当てていただきたいところ。

 

ところで、今回の犯人は随分とできる事が多いと思いませんでしたか?エレベーターを止めたり、宮壁を背後から襲ったり…。このような事ができる人って、実は1人しかいないんです。あ、宮壁を襲うのは誰でもできるんですが。

 

この犯行ができる人が1人?じゃあクロも1人だべ!フライパンの先制攻撃だべ!と思ったそこのあなた。別にできる人がそのままクロって訳でもないじゃないですか!前回の事件みたいな事がまた起きるかもしれませんし、そもそもまだ死ぬ予定の人が生きているのも途中感半端ないですし!

 

そろそろヒントタイムは終わりにします。そういえば前回の閑話編で、「3章の閑話編で黒幕の正体が分かります。」なんて言ってたのですが、『明言』は避ける事にしました。ただしほぼ確定できる情報を出すつもりではいます。

 

この作品ももうそろそろ後半戦に突入します。

本来の予定の5倍更新が遅いのですが、もう少しお付き合いくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

『3章コトダマ一覧』

 

【モノパオファイル3】

・被害者は安鐘鈴華。死亡時刻は夜時間中。

殺害場所は食堂の厨房。首を切られており、周囲にも大量の出血が見られる。毒を摂取した形跡はない。

【安鐘の傷】

・首を何度も切られている。傷口から凶器を特定する事は不可能。

また、膝に打ったような跡ができている。

【床の雑誌】

・床に置かれた雑誌。何かに踏まれたような跡がある。

【水浸しの厨房】

・厨房の床に水が溜まっていた。厨房の床は食堂から段差があるため、食堂には濡れていない。

【空になった棚】

・大きめの食器棚が空になっていた。棚の板も外されている。

中にあった食器は一部割れていた。

【壊れた電子レンジ】

・電子レンジのコード部分が切れていた。はさみで切ったように見える。

【切れたコード】

・電子レンジのコードはコンセントに刺さったままだった。コードは途中擦れており、先は近くの棚の支柱に結ばれていた。

【テーブルの脚】

・厨房のテーブルの脚にテープをはがしたような跡がついていた。

【モノパオファイル4】

・被害者は三笠壮太。ついさっき、保健室で死んだ。毒を摂取した形跡あり。

【東城の証言】

・三笠に午前3時過ぎに呼び出され、見ると血を吐いていたらしい。

すぐに保健室に連れて行き、そこからずっと看病をしていた。

【三笠の症状】

・どのような毒だったのかはほとんど分からないが吐血が多かった。

【食堂に来たメンバー】

・安鐘の第一発見者は潜手。潜手が全員を呼びに行った時個室にいたメンバーは柳原、勝卯木、大渡の3人。

【アナウンスのタイミング】

・潜手が安鐘の死体を発見してからしばらく経っても死体発見アナウンスは鳴らなかった。鳴ったのは宮壁が起きたのと同時。

【難波の証言】

・前木と難波の部屋に一晩いたが寝ていない。

早朝、東城の個室前に血が落ちているのを発見して2人で保健室に向かった。

【宮壁の証言】

・個室に戻った順番は勝卯木、難波と前木、潜手と篠田、三笠、柳原。東城と大渡は見ていない。モノパオと廊下と反対側を向いて話している途中で襲われた。

【篠田の証言】

・見張りを交代する午前3時に廊下に出た時、宮壁が倒れているのを見つけ、急いで保健室に運んだ。

【潜手の証言】

・早朝、温室に向かったがエレベーターが動かなくなっていた。捜査中には動くようになっている。

【安鐘の個室のドア】

・ドアの一部がへこんでいる。おそらくフライパンで殴られた跡。

【特製の毒(粉末)】

・武器庫に置かれていた粉末の毒薬。安鐘が勝卯木に使用した物。

致死量を摂取した場合、大体2日後に死ぬ。

【特製の毒(液体)】

・武器庫に置かれていた液体の毒。致死量を摂取した場合、大体半日~1日後に死ぬ。

高濃度のこの毒に触れると皮膚が黒く変色する。

【モノパオの証言】

・特製の毒は貴重なため、替えがない。

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

【モノパオシアター その3】

 

 

 

うー、しんどい。

 

ただでさえ調子が悪いのに事件起きちゃって東城クンの横で安鐘サンずーっと見てなきゃいけなかったから気分悪いし、裏切り者には手荒に扱われるし……それに何より…

 

 

私、もう死ぬんだけどっ!?

 

 

え!?

 

 

悪い夢?ナイトメア?いいえ、これは事実なのです!

 

私はもうちょっとしたら死ぬ!え!!!??!これが事実なの!?

黒幕が普通に殺されるとかある!?え!?ひどくない!?

 

たしかにミンナを閉じ込めてコロシアイしてねって話したのは私だよ?

だけど、だからって、こんなにかわいくて無害な私の事殺す理由ないよねっ!?

 

……あと何時間で死ぬんだろ、私。

 

最期に暴れちゃおうかなーなんて思っていろいろしてみたけど、なんか毒のせいで疲れて無理だったし!非力!私かよわいから無理っ!

 

とまあこんな感じで心の中では常日頃から愚痴にまみれちゃってるんだけど、ミンナ私の心の叫びに一切気づかないし!まったくもー!

 

これ、難しいかなぁ。ミンナ当てられるかなぁ。

もし外れたらミンナ死んじゃうんだよね。私はどっちにしろ死ぬんだけど。

 

やだな……どうせなら、うん…ことなちゃんは好きだから…死んでほしくないなぁ…。

だいきくんも優しいとこあるし、生きてほしいなぁ。

そんなこと言うなら、優しいそうたくんもすずかちゃんも死んでほしくなかったし…。

いやすずかちゃんのせいで私死ぬのに何言ってんの!?

 

激しい自分ツッコミを入れたところでぐっと口に出したい気持ちを抑える。

あ、今口の中血の味がした。ヤバいかも。

 

……最期くらい、ミンナといっぱい喋りたいなぁ。

私馬鹿だから、喋ったら口滑らせるからってお兄様に止められてたけど。

最期くらい、いいよね。

私が入りたかった特別学級のミンナと、話したいんだ。いっぱい。

 

いぴぴ!なんだか楽しくなってきちゃった!

 

大丈夫だよ、ミンナ。

私はミンナの敵ってやつで、ミンナの言葉で言うと黒幕ってやつだし、実際ミンナのお友達いっぱい死なせちゃったけど、ミンナを全員殺すつもりはないから。

 

がんばって一緒に事件を突き止めようね。

それで、それでね!

裁判終わって、ミンナといっぱい喋って……。

 

それで、殺されるんだ、私。

 



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非日常編 2

お待たせしました。どうしても1話で裁判を終わらせたかったのでいつもより長めになっています。今回は腑に落ちないところもあると思いますが最低限は後で回収しますので温かい目でご覧ください。


全員が席について一呼吸おくと、すぐにモノパオは意気揚々と裁判の説明を始めた。

 

モノパオ「さっきも言ったけど、今回はクロの人数も正確に当てなきゃいけないパオ!いつもより難しいからミンナがんばってねっ!」

 

難波「モノパオ、1つ質問があるんだけど…クロは実行犯なんでしょ?例えば、数人が一緒に1人に致命傷を負わせた場合はクロは何人の扱いになるの?」

 

モノパオ「うーん、これは答えてあげなきゃ決まらないだろうね。結論、最後に致命傷を負わせた人がクロになるよ!そもそも、1秒の誤差も許さないから1人の被害者に対してクロが複数人になる事はないと思ってくれていいよ。」

 

難波「…だってさ。他に事前に確認しておきたい事とかある?」

 

柳原「おれはないです!かなり厄介な事だけ分かりました!」

 

前木「…えっと、1ついいかな?」

 

モノパオ「前木サンどうぞー!」

 

前木「えっと、例えば、の話なんだけど…。犯人がもう死んでいる場合はどうなるの…?クロの人数に数えるのかな?」

 

モノパオ「なるほどね!前木サンは犯人が安鐘サンだと思ってるんだ!」

 

前木「ち、違……」

 

モノパオ「隠さなくていいよー、好きな人を殺されてその相手を許せない気持ち、オレくんも分かるもん。えっとね、人数には含めます!クロの人数に生死は問わないよ!」

 

前木「違う、違うの……ごめんなさい…。」

 

難波「琴奈、謝らなくていいから。」

 

モノパオ「まあその前木サンの気持ちが最後まで続くかどうかが見物という事で。もう質問はないかな?では、オマエラ大好きの学級裁判、はじまりはじまりー!」

 

 

 

□□学級裁判 開廷□□

 

 

 

東城「さて、とりあえず状況を整理していこうか。どちらの事件から話すのかな?」

 

潜手「先に起きた事件は安鐘さんの方でーすしー、潜手めかぶはそちらについて話したいですー。潜手めかぶも役に立てる発言ができると思うのでー!」

 

東城「異論はないみたいだし、まずは厨房にいた『あれ』……安鐘鈴華の話をしよう。あの人の様子をしっかり見た人は少ないだろうから、ボクが話すよ。」

 

とんでもなく失礼な事を言いかけて…いや、もう言ってたけど、とりあえず東城のおかげでスムーズに議論になりそうだ。

その言い回しに慣れてきてしまった事が癪だけど…何か気になるところがあったら積極的に指摘していこう。

 

 

―議論開始―

 

東城「彼女は【厨房で首を切られて殺されていた】。首はかろうじてつながっていたけど、かなり傷は深かったよ。」

 

篠田「一体何で切りつけたらそのような事になるのだ…?」

 

東城「それは分からない。明らかに凶器と分かる物は落ちていなかったからね。」

 

前木「うーん…じゃあ、凶器は別のところにあるかもしれないって事?」

 

難波「別のところ…じゃあ刺された場所も厨房じゃない可能性もある訳?」

 

潜手「ほわ!そういえば、廊下に少し血が落ちていましたーしー、もしかするとー、安鐘さんは【個室にいるところを襲われてしまった】のですかーねー!?」

 

 

 

うん、あの発言に切り込めるはずだ…!

 

▼[モノパオファイル3]→【個室にいるところを襲われてしまった】

宮壁「潜手、それは違う。」

 

宮壁「モノパオファイルをよく見ると、「殺害場所」と書かれている。安鐘が厨房で死んだのは事実なんだと思う。」

 

潜手「はわわ、そうだったんですーねー!ちゃんと見てませんでしーたー…。」

 

宮壁「いや、1つずつ確認するのが何よりも大事だから大丈夫だ。」

 

前木「じゃあ、なんで凶器らしい凶器が近くにないんだろう?」

 

大渡「……現場は厨房で、水も十分にあった。包丁でやったとしても血くらい流せんだろ。」

 

難波「ねえ、アンタ何で包丁って言い切ってんの?」

 

大渡「チッ、厨房にある物で思いつく凶器なんざ包丁ぐらいだろ。一々突っ込むんじゃねぇよ。」

 

柳原「いえ、大渡さんは怪しい人物である事は間違いないですから、疑われても仕方ないと思います。」

 

大渡「……は?」

 

宮壁「柳原、何か分かったのか?」

 

柳原「……えっと…そもそも、犯人が安鐘さんを殺すためには、最初に見張りだった宮壁さんをどうにかしなくてはいけなかったはずです。つまり、犯人は不意打ちで宮壁さんを殴る事のできる位置にいた人に限られるんですよ。」

 

俺を殴る事ができる位置にいた人物…?

ふと思い出して、生徒手帳のマップを開く。

 

宮壁「……!」

 

だから柳原は捜査の時、俺が「どの方向を向いてモノパオと話していたのか」を気にしていたんだ……!

 

篠田「マップに答えがあるのか?」

 

前木「あ!私、分かったかもしれない!宮壁くんは鈴華ちゃんの部屋の前で見張りをしていたんだから、例えば犯人が鈴華ちゃんの近くの部屋から出てきて宮壁くんを殴ろうとしたら、殴る前に見つかっちゃうんだ!」

 

篠田「なるほど。宮壁、お前は自分を殴った奴の顔は一度も見ていなかったのか?」

 

宮壁「ああ、俺はモノパオが出てきてから「廊下の反対側を見て」会話していたんだ。それで不意打ちで誰かに後ろから殴られた訳だから…。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

宮壁「俺に見つからずに俺を後ろから殴る事ができたのは、大渡、勝卯木、潜手の3人しかいない。」

 

勝卯木「…!」

 

大渡「チッ…。」

 

潜手「はえ…。」

 

殴られる時に聞こえた声。あれを考えたらもっと絞れそうだけど、モノパオみたいにボイスチェンジャーを使っている可能性もないとは言い切れないから、まだ黙っておいた方がいいだろうな…。

 

宮壁「潜手と大渡は力もある。勝卯木はどうか分からないけど、3人とも疑わない理由は今のところない、はずだ。」

 

全員の視線が名前を出された3人に集まる。

 

難波「でも宮壁を殴った奴がそのまま犯人かどうかは別の話じゃね?」

 

柳原「おれは犯人が誰かと協力する利点なんてないと思うんですけど。」

 

難波「まあそれは後で話す事になると思うし…とりあえず怪しいって事だけ頭において、次の話題に移った方がいいと思う。」

 

前木「そうだよね。次は…鈴華ちゃんを殺した方法について話せばいいのかな。」

 

安鐘の殺害方法……正直凶器もよく分かっていないけど、厨房にはたくさんの証拠があった。あれから安鐘の身に何が起きたのかある程度分かるかもしれない。

 

篠田「安鐘がどうやって殺されたか、それは首を切られたという事で片付いているのではないか?疑問点があるとすれば、どうして外に出たのか、くらいか……。」

 

潜手「そうでーすねー…だけど、凶器が何かも分かっていないならもっと深く考えた方がいいですー!」

 

前木「東城くんなら凶器の形状とか、想像つかないかな?」

 

東城「あいにく傷口が深い上に酷いから、何で切られたかはおろか、犯人の利き手すらも分からないよ。」

 

前木「そっか…。」

 

柳原「結局凶器は分からずじまいって事ですかね?うーん……。」

 

大渡「キショ学者、貴様は和服女の体には他に外傷があったっつってただろ、あれの説明でもしたらどうだ。」

 

東城「……。」

 

大渡「おい、貴様に言ってんだが。」

 

東城「いや、ボクはそのような名前ではないけれど。」

 

宮壁「えっと……。」

 

大渡が言えばいいのに…いや、今あいつが証言したとしてもろくに信用されないか……。

あいつには今までの行いを反省してもらうとして、俺が証拠を出しておこう。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[安鐘の傷]

宮壁「東城、この話の事だ。」

 

 

 

東城「ああ、膝にできていた打撲痕の事だね。あの人の両膝には打撲痕があった。何かにつまずいて倒れたのかもしれないね。」

 

難波「つまずいた?じゃあ、次は何につまずいたのかを考えればいいんじゃね?」

 

前木「そうだね、そこからトリックが分かっていくかも……。」

 

よし、じゃあ次は安鐘が膝を打った理由について話し合っていこう。

 

 

―議論開始―

 

柳原「厨房には水が溜まっていました。つまずいたのではなく、水に気づかずに【足を滑らせた】のでは?」

 

前木「それだけのために水を溜めるなんて大がかりな事するかな…?」

 

勝卯木「【雑誌】……あった……あれは?」

 

篠田「雑誌は流石に避けられるのではないか……?」

 

東城「正直どれが正解か、なんて分かりようがないよね。こける理由が多すぎる。」

 

難波「たしかに……どれも理由になりそうだし、【こけたのはたまたまだった】んじゃね?」

 

あれ?こけた理由って、今の時点だとは分かっていないんじゃないか…?

この状態だと何も論破できない。

……よし、今から推理を組み立ててみよう。あの現場は事件が起きる前はどうなっていたのか、今ある情報から考えるぞ。

 

 

 

―論問論答 開始―

 

Qこけた理由は?

A. 水で滑った

B. 何かにつまずいた

C. 犯人の意図ではない

 

 

 

→ B

 

 

Qつまずいた痕跡のある証拠は?

A. 切れたコード

B. 壊れた電子レンジ

C. 床の雑誌

 

 

 

→ A

 

 

Qコードが張られていた事を示す証拠は?

A. 空になった棚

B. テーブルの脚

C. 水浸しの厨房

 

 

 

→ B

 

 

▼『テーブルの脚についていた切れたコードにつまづいた』→【足を滑らせた】【雑誌】【こけたのはたまたまだった】

宮壁「よし、これで説明できるはずだ。」

 

 

 

宮壁「分かったぞ。安鐘はコードに足を引っかけて転んだんだ。」

 

前木「コード?そんなもの、床に落ちてたかな?」

 

宮壁「棚の支柱に結ばれていたコードがある。あのコードの途中が擦れていたんだ。だから俺はこう考えている。」

 

宮壁「そのコードは元々張られていて、安鐘はそれに足を引っかけて転んだ。」

 

篠田「コードなら転ぶのも頷ける。しかし、なぜ転ばせる必要があったのだ?」

 

前木「コードを張っていたって事は、犯人は、あえて鈴華ちゃんを転ばせたんだよね?もしかして、水浸しの床と関係があるのかな?」

 

難波「そうだ、床が水浸しになってたのはめかぶが見つけた時からそうだったの?」

 

潜手「はいー!最初は水浸しになっている事に気づかなくて、潜手めかぶの足も濡れてしまったのでーすよー…。」

 

難波「あらら。じゃあ、あの水が事件に関係あるのは間違いないって訳ね。」

 

勝卯木「水……浸す…方法……何……?」

 

大渡「棚の横板が抜かれていた。シンクからあれに水を伝わらせたんじゃねぇのか。」

 

柳原「あ!おれも大渡さんと同じ事を考えていました!あとは厨房ならお皿もいっぱいありますから、それで汲んだのかもしれません!」

 

うん……水を張るのは横板や容器を使う方法で間違いないんだろうな。面倒そうだけどホースみたいなものがあった訳でもないし。

 

東城「後は、どうして犯人は床を水浸しにしたのかを解明すればいいのかな。」

 

前木「転ばせるのはコードの役目だから、それは違うんだよね。」

 

篠田「とは言えそのコード自体、まだ謎がありそうな気はするが…。」

 

皆の発言をヒントに、あの厨房の水が何のためにはられた物だったのか、説明できる証拠を複数提示しよう。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[切れたコード][テーブルの脚]

宮壁「これなら説明ができそうだ。」

 

 

宮壁「篠田の言う通り、コードに仕組みがあると思う。」

 

篠田「やはりそうか。」

 

宮壁「まずは切れているコードについて。このコードは俺達が厨房に集まった時は電子レンジとかが置かれている棚の支柱に結ばれていたんだ。」

 

宮壁「次にテーブルの脚。このテーブルはその棚から少し離れたところに設置されているけど、その脚にテープをはがしたような跡が残っていた。さっき言いそびれたけど、コードはここにつけられていたんだと思う。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

前木「ちょっと待って!」

 

 

宮壁「前木?」

 

何かおかしな事を言っていたか…?

 

前木「疑問点というか、納得できない部分があるの。聞いてもいいかな?」

 

宮壁「ああ。言ってみてくれ。」

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

前木「その説明だと、鈴華ちゃんが足をかけても転ばないんじゃないかな。だって、テープが剥がれたって事は、コードの張りもなくなったんだよね?」

 

宮壁「そうだな。」

 

前木「つまずく事はあるかもしれないけど、東城くんの言うような膝に痣が残るほどの怪我にはならないと思うよ。」

 

宮壁「……。」

 

前木「じゃあ、鈴華ちゃんにはどうして痣ができていたの?テープなんて剝がれやすいもので【コードを張る意味なんてあるとは思えない】よ!」

 

なるほど……たしかに、前木の言う事はもっともだ。俺の意見も少し変えなきゃいけないな。

安鐘の膝の痣は『コードにつまずいたからではない』。そして、おそらく『テープは剥がれなくてはいけなかった』。

コードのもう一方の先にあった物と床の状況を考えれば、犯人の目的が見えてくるはずだ……!

 

 

▼[切れたコード]→【コードを張る意味なんてあるとは思えない】

宮壁「それは違う!」

 

 

宮壁「ごめん。さっきの俺の発言だけど、少し訂正させてもらう。安鐘はつまずいて転んだ訳じゃないんだ。コードの切れていない方の先を見てほしい。」

 

前木「コードの先…あっ、コンセントに繋がってる!じゃあ、鈴華ちゃんは転んだ訳じゃなくて……」

 

宮壁「そう、安鐘がコンセントに繋がったままのコードに足を引っかけた拍子にテープが剥がれた。そのままコードは水浸しの床に落ちる。……安鐘は感電したんだ。」

 

前木「そっか。鈴華ちゃんは転んだんじゃなくて、感電のせいで倒れちゃったんだね……。」

 

前木は悲しそうに目を伏せた。

 

東城「急に倒れたのであれば、膝にこけたのと似たような痣ができるのも納得できるね。」

 

篠田「感電……。つまり、首を切られたのはその後、という事か。」

 

勝卯木「首……何故……?感電……足りない?」

 

篠田「……犯人も分からなかったのではないか?あのコンセントのワット数が分からない上に、人が死ぬ電力量も知らなかったのだと思うが……。」

 

宮壁「俺もそんな事は知らないし、犯人も同じだったんじゃないかと思う。だからこそ、念のために首も切ったんじゃないか。」

 

うん、ここまではたぶん合っているはずだ…。皆も反論はないみたいだし、そろそろ次の話題に進んでみよう。

 

宮壁「次は、どうして安鐘が厨房に……」

 

柳原「じゃあ次は、犯人がどうやって安鐘さんに近づいて首を切ったのか話していきませんか?そのまま厨房に入れば犯人も感電してしまうと思うんです!」

 

宮壁「あっ……」

 

難波「たしかに。どうして犯人は感電せずに済んだのか……まあ、それはすぐ分かるような気がするけど。」

 

宮壁「……。」

 

潜手「み、宮壁さんー…。次は、大きーい声で言いましょーねー…!」

 

宮壁「ありがとう…。」

 

隣の潜手には聞こえていたみたいで憐れむような目を向けられてしまった…。

難波の言う通り思い当たる物はあるし、早く終わらせるか。

 

―コトダマ提示―

 

 

 

▼[床の雑誌]

宮壁「これを使えばいい。」

 

 

勝卯木「雑誌……。」

 

宮壁「食堂にあったものだし、積まれた高さも水深より高かった。足場にしたと考えて間違いないと思う。踏まれたような跡もあるしな。」

 

柳原「たしかにそうですね!さすが宮壁さんです!」

 

宮壁「あはは……。えっと、次は安鐘がどうして厨房に行ったのかについて話したい。」

 

潜手「どうして……えっと、犯人さんが宮壁さんを叩いた後にー、何があったのかって事ですーよねー?」

 

宮壁「その通りだ。犯人と安鐘の間に何があったのかを考えよう。」

 

 

―議論開始―

 

前木「宮壁くんが殴られて、その後…犯人は鈴華ちゃんを狙ったんだね…。」

 

大渡「そこでソイツが死なずに済んだ理由が分からねぇな。普通死ぬだろ。」

 

柳原「もー!宮壁さんに向かってなんて事言うんですか!」

 

潜手「あ、あわわ……2人とも落ち着いてくださいー…!」

 

篠田「しかし、何故安鐘は扉を開けたのだ?まあ、【安鐘自身に何か用事ができた】と考えるのは自然な気もするが。」

 

難波「いや…アタシが見張ってた時も鈴華は1回も出てこなかったけど…どうなんだろ。これって結論が出る話題?」

 

東城「あの人が扉を開けた理由…【トイレに行こうとした】くらいしか思いつかないけれど。」

 

前木「もしかして、あの【扉の傷が関係してる】のかな…?」

 

 

あの人の発言は正しい気がする…!

 

 

▼[安鐘の個室のドア]→【扉の傷が関係してる】

宮壁「前木、俺もそれに賛成だ。」

 

前木「あっ、本当?」

 

宮壁「ああ。俺もそう思う。そもそも俺が殴られた時、相手は外したりしていない。あの扉の傷は『俺を殴る時にできた傷じゃない』。」

 

難波「ん?じゃあなんで犯人は扉を殴った訳?」

 

宮壁「ちょっと無理矢理かもしれないけど…俺が襲われた事を知らせようとしたんだと思ってる。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

東城「その考察、僕には理解できないかな。」

 

宮壁「東城……。」

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

東城「そもそも、あの人は殺人犯だ。あの人が外にいる宮壁くんを心配する訳ないだろう。」

 

宮壁「……。」

 

東城「それに、扉が殴られた時点で出て行ったところで、今度は自分が狙われると思うのが普通じゃないかな。」

 

宮壁「……。」

 

東城「外に危険人物がいるのに無防備で廊下に出る勇気なんて、ボクにもないけれど。」

 

安鐘とのやり取りを思い出す。俺は……。

 

東城「ねえ、聞いているのかな?」

 

安鐘を信じようとするのは、安鐘が俺に何かあったと思って扉を開けたのだと思うのは、俺の無理矢理な妄想なのだろうか。

 

きっとそうだと思い込んでいるのは、俺の方なのだろうか……。

 

 

『反撃論破』

 

【挿絵表示】

 

東城「憶測で物事を語るのはやめてもらえるかな。それも殺人犯の肩を持つなんてキミらしくない。」

 

 

 

前木「宮壁くん……?」

 

柳原「宮壁さん、どうしちゃったんですか?ずっと黙ったままですけど。」

 

宮壁「……。ごめん、根拠は、ないんだ。」

 

東城は「は?」とでも言いたげな顔でこっちを見る。勿論、東城だけじゃないけど…。

 

宮壁「確証がない。だけど、俺は安鐘に何の忠告もしなかった。見張りがいるとはいえ、夜の間は扉を開けないように言ってもよかったはずなんだけどな。だから……」

 

篠田「宮壁、すまないが、それは苦しいのではないか……。」

 

宮壁「……俺もそう思う。」

 

この意見を取り下げようと思ったその時、1人が声をあげた。

 

柳原「いえ!おれは宮壁さんを信じます!どうして安鐘さんが扉を開けたのかは謎ですが、『何故犯人が安鐘さんの扉を殴ったのか』を考えるとそれくらいしか理由がないじゃないですか。」

 

宮壁「柳原……。」

 

前木「そっか。逆に考えてみると、たしかに変だよね。犯人はどうして宮壁くんを殴った後に鈴華ちゃんに気づかれるような事をしたんだろう?」

 

柳原「夜中に急に自分の扉が叩かれる。個室は防音ですが、扉の振動は簡単に伝わるんじゃないですかね?そうだとすれば、すぐに外に出るのはたしかに怖いです。だけど、例えば……『扉が叩かれてからしばらく経った状態』であればどうでしょう?」

 

宮壁「……!」

 

難波「そういう事ね。アタシ達はすぐに外に出たとばっかり思ってたけど…うん、しばらく様子を見て、それこそ扉を薄く開けて外の様子や物音を確認して、誰もいなかったらアタシは外に出る気がする。何が起きたのか気にはなるしね。」

 

篠田「なるほどな。中にいた安鐘は『扉を叩かれたのは宮壁が襲われている最中』だと思ってしまう。まさか犯人が宮壁を襲った後に扉を叩いたなど、普通は考えないだろう。だからこそ、時間をあけてから廊下に出るのも自然な行動と言える訳だな。」

 

前木「すごい…!柳原くん、お手柄だよ…!」

 

宮壁「ありがとう柳原、それなら俺の無理矢理も筋が通る。」

 

柳原「やったー!困った時はおれに任せてください!東城さん、これで説明できた事にはなりませんか?」

 

東城「……うん。それなら一理あると考えられるかな。」

 

柳原「でしょう!宮壁さんの言う事に間違いはないんですよ!」

 

宮壁「いや、間違える事はあるから信用しすぎないでくれよ……。」

 

柳原「ここからはおれの考えになりますが、安鐘さんは外の様子が気になって扉を開け、倒れている宮壁さんを発見しました。そして、宮壁さんに駆け寄った時に初めて、犯人がまだそこにいる事に気づいたんです。みなさんならこの後どうしますか?」

 

勝卯木「……逃げる…。」

 

柳原「そうです。個室に戻るのが一番だと思いますが、そこは犯人との攻防があり、安鐘さんはそのまま食堂に逃げこんだ。こんな感じかな、と思っているのですがどうでしょう?」

 

宮壁「ああ、俺も賛成だ……だけど、なぜ食堂に逃げ込んだのか。それに、どうして食堂に逃げ込む事が分かっていたかのように感電装置を準備できていたのかが謎だな。」

 

東城「そこがこの事件の最大の謎と言っても過言ではないよ。食堂の他にも逃げ込める場所はたくさんある。その中で食堂……しかも厨房。自分から逃げ場のないところに向かっているのは不自然だね。」

 

前木「どうして食堂に行ったのか……うん、話が進んできたね。考えてみよう!」

 

 

―議論開始―

 

 

篠田「食堂はたしかに逃げる先としてはおかしいな。」

 

勝卯木「慌ててた……?」

 

難波「まあそれもあるだろうけど、逃げるならもっと適当な場所があるじゃん?」

 

勝卯木「…広いところ……。」

 

前木「広くて、逃げ隠れしやすいところと言えば…。」

 

東城「うん、逃げ回るなら【温室】がうってつけだと思うのだけれど。」

 

皆が思い浮かべている場所は同じだろうな。だけどそれは違う…!

 

 

 

▼[潛手の証言]→【温室】

宮壁「そこには行けないな。」

 

 

宮壁「潛手、温室に行けなかった理由、もう1度話してもらっていいか?」

 

潛手「あ、はいー!えっとですね、朝潛手めかぶが温室にお散歩しに行こうとした時―、エレベーターが動かなかったんでーすー。温室に行くにはあのエレベーターを使わないとですーしー、行けなかったと思いますー!」

 

東城「あの人が逃げていた時にもエレベーターが動かなかった証拠はないのかな。」

 

潛手「それはー…ない、ですーねー…。でもでもー、捜査の時には動いていましたーしー、モノパオさんも何も言わなかったので、故障ではないはずですー!」

 

東城「…ここはモノパオに聞いた方が早そうだね。モノパオ、質問するよ。」

 

モノパオ「ええっ!?オレくんに聞くの?」

 

難波「他に聞く相手いねーし。で?夜中も動いてなかったの?そもそもなんでエレベーターが動かなかった訳?」

 

モノパオ「そこは不確定要素として進めてほしいところだけど…。うん、夜中くらいに動かなくなってたはずだよ!なんでかは秘密!」

 

勝卯木「けち。」

 

モノパオ「というか、理由なんてオマエラが推理するところだからね!?オレくんになんでも聞こうとしない!はい議論に戻った戻った!」

 

宮壁「……えっと、安鐘を襲った人がエレベーターを閉めるように頼んだんだと思うけど…。」

 

前木「う、うん、私もそう思う。」

 

篠田「頼まれもしないのにエレベーターを封鎖するとは思えないしな。」

 

柳原「……でも…。」

 

難波「ん?柳原、なんか気になる事でもある?」

 

柳原「お願いしたからって、封鎖してもらえるものなんでしょうか?なんだかこの事件、モノパオが犯人側に肩入れしているように感じるのですが…。」

 

大渡「……何が言いたい?」

 

柳原「この事件、モノパオが関わっているんじゃないですか?」

 

宮壁「!!!」

 

前木「え!?そ、そんなのってありなの!?」

 

難波「いや、でも…鈴華もアタシ達と同じ考えで温室に向かっていたとしたら、それを封鎖して食堂に追いつめた事になる。犯人が頼んだからかもしれないけど、今までのモノパオの動きと少し違うような気もする。」

 

モノパオが事件に直接関与する…。ありえない話じゃない。それに、もし本当に関係しているなら、『あの違和感』についても説明できるんじゃないか?

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

▼[アナウンスのタイミング]

宮壁「これだ……!」

 

 

宮壁「皆、思い出してほしい事がある。安鐘が発見された時のアナウンスについてだ。」

 

潛手「アナウンスは…鳴ってましたーよねー?」

 

宮壁「ああ。だけど、アナウンスが鳴ったのはいつだった?」

 

柳原「潛手さんやおれが駆けつけた時はまだ鳴っていませんでしたね。」

 

東城「決まりとしては、アナウンスが鳴るタイミングは『全員が集まるのに時間がかかる場合』に『誰かが発見した直後』だったね。今回のタイミングは後者に矛盾している。」

 

宮壁「じゃあどうしてアナウンスはすぐに鳴らなかったのか。これも、モノパオ自身が犯行に関わっていたとすれば…。」

 

勝卯木「……無理矢理…。」

 

宮壁「それはそうなんだけど…。モノパオ、どうしてアナウンスが鳴らなかったのか説明してはくれないのか?」

 

モノパオ「ん?アナウンスねぇ…。三笠クンも死んじゃいそうだったからモノパオファイルを作る時間が必要だったからだよ!」

 

宮壁「…いや、それは関係ないはずだ。」

 

だって、モノパオは2匹いるんだから。1匹ならその理屈も通るけど、2匹いてそこまでアナウンスが遅れる事はないだろう。……言えないのが歯痒い。

 

宮壁「本当にそれだけなのか?」

 

モノパオ「……ま、こっちの不備だしちょっとは認めてあげちゃおっかな!『モノパオ』は本当に忙しかったの!それこそ、『アナウンスより優先する事があった』くらいにはね!」

 

前木「この言い方、じゃあ本当にモノパオが事件に関与してるって事…!?」

 

篠田「おい。そんな事ルール上ありなのか?」

 

モノパオ「ありだよ!だって校則にそんな事書いてないもん!モノパオだって心があるのです。シロとかクロとかさせてくれよ、オレくんだってコロシアイに参加してるんだからさ……。」

 

勝卯木「自白…。」

 

モノパオ「ちーがーう!「とか」って言ってるでしょ!」

 

宮壁「あともう1つ。エレベーターは頼まれたら封鎖する事があるのか?」

 

モノパオ「うーん、今までそんな事頼まれなかったからしてこなかったけど、理由がコロシアイなら封鎖してあげるよ!裁判ではシロが有利になるようにこうやって情報提供をしている訳だし、他のところではクロにもはたらきかけてあげないとね!」

 

宮壁「……だそうだ。モノパオが直接殺人に関わっているかはともかく、今回の事件の犯人はモノパオと『協力関係』にあったと言っていいと思うぞ。」

 

柳原「うわー!さすがです宮壁さん!宮壁さんはやっぱり正しいって事が証明された訳ですけど…次何を話したらいいんですかね?ここから犯人を絞っていっていいんですかね?」

 

潛手「今までの話だと、結局犯行ができる人は減ってない気がしまーすねー…。」

 

宮壁「ああ。俺は…安鐘の事件から犯人を絞るのは無理だと思う。」

 

難波「とりあえず今分かっている事を整理しよっか。まず、犯人は鈴華の個室の見張りをしている宮壁を襲った後、鈴華の個室のドアを叩く。警戒していた鈴華も、さすがに時間が経った事で宮壁の安否を確認するために外に出た。」

 

柳原「しかし、犯人はまだ待機していたんです。今度は安鐘さんに襲い掛かったのでもちろん彼女は逃げました。安鐘さんは温室に逃げようと思いいたりますが、犯人はそれを見越してモノパオにエレベーターの封鎖を頼んでおいたんですね。その結果安鐘さんは近くにあった食堂に逃げる事になったんです。」

 

難波「で、厨房まで入ったところでコードに足を引っかける。テープで固定されていたコードは床に落ち、そこに溜まっていた水に電気が流れ、感電してしまった。追いついた犯人に首を切られ殺された…。えっと、ちなみに水とか準備したのっていつ?」

 

柳原「宮壁さんを襲った後じゃないですか?その辺りくらいしか準備時間はないですよね。」

 

難波「たしかに柳原ので筋は通る。やっぱり、一旦鈴華の事件の概要は解けたようなもんだね。最初挙がっていた蘭、めかぶ、大渡の3人から犯人を絞るのは無理そうだわ。」

 

篠田「では次は、三笠の事件に移る訳だな。三笠の死因は毒。その薬の正体が分かれば、犯人につながると思うが…。」

 

三笠の死因となった毒が一体どれなのか…。皆の話を聞きながら考えていこう。

 

 

―議論開始―

 

 

柳原「おれ達が捜査中に見つけた、使用済みの毒は【2種類】ありました!」

 

柳原「武器庫に置かれていた【特製の毒】です。液体のものと粉末のものが減っていました。」

 

東城「三笠くんの主な症状は【吐血】だった。症状が当てはまるのはどっちかな。」

 

大渡「どっちも大差ねぇよ。粉末の方が高熱の症状もあったがそれ以外は一緒だ。」

 

前木「高熱…蘭ちゃんに出ていた症状だ…。じゃあ、蘭ちゃんに使われた毒は粉末の方なんだね。」

 

柳原「他に違いはないので、【特定はほぼ不可能】って事ですね!」

 

 

……あの発言、俺の考えと矛盾しているな。ここは逃さず指摘しよう。

 

▼[特製の毒(液体)]→【特定はほぼ不可能】

宮壁「待ってくれ、柳原。」

 

 

柳原「あれ?何か変な事言ってましたか?」

 

宮壁「大渡の言う通り、症状には違いがないけど、液体の他の特徴。柳原は捜査でこの話をしている時全然違うものを見ていたから知らなかったのかもしれないが…大渡、皆に指を見せてやれ。」

 

柳原「指?」

 

当の本人はめちゃくちゃ嫌そうな顔をしてるけどそんなの気にかけている場合じゃない。

 

宮壁「ほら大渡、何渋ってるんだよ。いつまでも渋ってたらクロにするぞ。」

 

大渡「……。」

 

珍しくポカンとした顔で一瞬こっちを見た後、大渡は皆に見えるように親指を向けた。というか俺の方に向けて親指を下にしている。コイツ……。

 

難波「ウケる。黒いんですけど。」

 

大渡「チッ、液体の方は原液に触れると皮膚が黒くなるらしい。どのくらい薄めたら黒ずまなくなるのかは知らねぇが。そこのクワガタ頭が言いたい特徴ってのがこれの事だ。」

 

宮壁「く、クワガタ頭……。」

 

思わず自分のくせ毛を手でつぶす。

 

柳原「…………。そうだったんですね。おれ、知りませんでした。やっぱりまだまだです!」

 

宮壁「まあ、俺達が騒いでたからな。柳原は見てなかったし。」

 

大渡「ちなみに水で軽く流しても落ちねぇよ。毒殺に使うのには向かないと思うが。」

 

潛手「ではー、三笠さんに使われた毒ーも、勝卯木さんに使われた粉末タイプの方ってことーですかー?」

 

前木「そう考えていいと思うな…。」

 

篠田「犯人とて黒くなる危険性を考えれば使いづらいだろうな。」

 

難波「……でもさ、勝卯木と三笠が同じ毒を使われたなら、三笠を殺した犯人って…。」

 

潛手「ほひゃー、安鐘さん、になってしまいまーすねー……?」

 

沈黙。それを確かめる相手はもういない。

 

大渡「あ?容疑者が絞れてねぇけど。」

 

東城「このまま状況が覆らないなら、3人に対して尋問でもした方が早いと思うけれど。」

 

いや……。まだ、安鐘が三笠を殺した犯人だと分かる証拠なんてない…。ただ毒が同じなだけだ。

 

宮壁「尋問なんて必要ない。まだ三笠の事件でわかっていない事がある。」

 

潛手「は!たしかにー、勝卯木さんのように、『いつ毒を飲んだのか』が分かってないーですーねー!」

 

宮壁「そうだ。むしろ、安鐘に話を聞けない分、そっちの方が犯人に繋がる手掛かりが見えてくると思う。」

 

難波「オッケー。三笠がここ数日に摂取したご飯と飲み物を整理していく訳だ。毒の効果的に、3日前とかは流石に考えなくてもいいはずだから、この2日間のを整理しよう。」

 

 

―議論開始―

 

 

宮壁「順番に、一昨日から何を飲んだり食べたりしたか言ってほしい。」

 

前木「朝は【めかぶちゃん達が作ったホットサンド】を食べたよね。」

 

篠田「昼は三笠が作っていたから省略していいだろう。」

 

潛手「プールの時にー、【東城さんの作ったスポーツドリンク】を飲みまーしたねー!」

 

柳原「夜は【安鐘さんと篠田さんで作っていました】!安鐘さんは不安ですけど……。」

 

前木「えっと、昨日の朝と昼は各自だったから関係なさそうだね。」

 

難波「【鈴華の作った和菓子】…三笠は食べていないから違うか。」

 

篠田「晩はめかぶ、三笠、私で夕食を作ったが……。」

 

自分で切り出しておいてなんというか、状況が変わった感じはしないな。

特に矛盾になりそうなものもないぞ……。

 

 

『支援』

 

【挿絵表示】

 

▼[???]→【東城さんの作ったスポーツドリンク】

東城「ちょっと待ってくれるかな。」

 

 

宮壁「え?何か変なところがあったか?」

 

東城「今の、潛手さんの発言。もう1度聞きたいな。」

 

潛手「うぇ?えーっと……みなさんとプールで遊んだ時に、東城さんが用意してくださったと勝卯木さんが言ってたスポーツドリンクを皆で飲みましたーっていう、それだーけの話でーすよー?」

 

東城「………。」

 

潛手「東城さんー…?」

 

 

東城「何それ。」

 

 

宮壁「は?」

 

前木「え、な、何それって、どういう事?」

 

東城「知らないよ、そんな話。ボクはスポーツドリンクなんて作ってないけれど。」

 

難波「……マジで言ってる?」

 

東城「大体、ボクは無駄な遊びは反対だって言っていたよね。そういうコロシアイの抑止力にもならない事をしたって無駄だ、とね。そう言うボクが皆のために作ると思う方が不自然ではないかな。」

 

柳原「そっか、東城さんってみんなでわいわいするのが嫌なんでしたね!」

 

………。考えればそうだ。東城がわざわざそんな事する理由がない。それなのに、そこに違和感を覚えていたのに……。

 

 

♢♢

♢♢♢

3章 (非)日常編2

♢♢♢

 

 

「三笠……東城、から、これ……。」

 

勝卯木が三笠にスポーツドリンクを渡している。

 

「うん?自分だけか?」

 

「全員分、ある……。」

 

勝卯木はその後全員にスポーツドリンクを配っていった。東城が勝卯木に頼むなんて珍しいなと思いながら俺も勝卯木から受け取る。

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

宮壁「なぁ、勝卯木…お前、なんであんな嘘をついたんだ……?しかも、最初に三笠に渡して…。いつもの勝卯木なら、仲の良い前木に最初に渡しそうなものだけど。」

 

勝卯木は喋らない。この話題になってから、一度も。

 

前木「蘭ちゃん、何か言ってくれないと、分かんないよ?あの時は言い間違えただけだよね?」

 

勝卯木「……。」

 

柳原「勝卯木さんは怪しい3人の中にも含まれています。これがどういう事か、宮壁さんなら分かるんじゃないですか?ね、勝卯木さん?」

 

勝卯木「…………。」

 

……勝卯木は相変わらず無表情だ。だけどその顔は下を向いている。

 

そもそも俺は、襲われたときに『モノパオの声を聞いている』。

つまり、勝卯木は、そういう事だ。

でもそういう事だと分かっているのは俺だけだ。これじゃあ証拠にはならない。

 

なんてのは建前で、本当は信じられないんだ。

勝卯木が『そう』である事を信じたくない。怖いんだ。

モノパオの言っていた事は事実だと認めたくないけど、俺の持っている情報はそれが事実だと明確にしている。

 

だから俺は…私情を捨てる。

庇いたいだとか、犯人であってほしくないだとか、そういう感情はもういらない。

どこまでも冷静に、冷酷に、無慈悲に、ならなければ。

誰かがその役目をやらないと、きっと皆はこの結論に納得はしてくれないだろう。

 

俺には超高校級の判断力という才能がある。

この判断は間違っていない事……ここにいる全員に認めさせてみせる!

 

宮壁「……勝卯木、分かった。話さなくていい。」

 

宮壁「お前が話さないなら、俺がこの前提で推理を進めるだけだ。いいな。」

 

前木「宮壁くん!待ってよ!」

 

宮壁「待たない。勝卯木本人から反論がない限り、俺は待ってやらないぞ。」

 

潛手「み、宮壁さん……?どう、したのでーすかー…?」

 

宮壁「結論から言おう。俺は、勝卯木がクロだと思っている。そして同時に……」

 

宮壁「勝卯木蘭は、このコロシアイの黒幕だ。」

 

前木「……へ?」

 

難波「は……?」

 

大渡「貴様、正気か?」

 

東城「随分と言い切るね。そう言うからには根拠があると思っていいのかな。」

 

宮壁「今から順番に説明していく。そもそも、勝卯木がスポーツドリンクを東城が作ったと言って三笠に渡した理由、東城は何か心当たりがあるか?」

 

東城「いや、ないよ。」

 

宮壁「聞き方を変えよう。東城は三笠に何か薬を処方した事はあるか?」

 

東城「……なるほどね。宮壁くんが言いたい事、少しだけ理解できたよ。うん、ボクは三笠くんに『睡眠薬を処方していた』。」

 

宮壁「やっぱりそうか。」

 

篠田「三笠が睡眠薬を?それはそれとしても、一体これのどこが理由になるのだ?」

 

東城「ボクからのスポーツドリンクだと言えば、『普通のスポーツドリンクと味が違っても』違和感を持たれない。三笠くんがボクの処方した薬を信用していれば尚更だ。」

 

宮壁「ちなみに、三笠は普通のスポーツドリンクを飲んだ事もあるから、味が違う事には気づいていたはずだ。だけど東城から渡されたと言われてしまえば多少味が違っていても疑問を持たない。この事は東城と三笠しか知らないはずだけど、黒幕なら監視カメラで見る事ができたから東城からだと偽ったんだ。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

勝卯木「違う……!」

 

 

宮壁「分かった、じゃあ反論してくれ。」

 

勝卯木「えっ……あ……うん…。」

 

宮壁「その代わり、ちゃんと根拠があるんだろ?」

 

前木「ねえ宮壁くん、さっきから変だよ!」

 

宮壁「……変じゃない。」

 

冷たい態度だとは思っている。だけど、相手はおそらく黒幕なんだ。

優しくできる訳、ないじゃないか……!

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

勝卯木「三笠の毒……スポーツドリンク…原因……未確定…。」

 

宮壁「三笠が毒を摂取したのは別の時だって言いたいのか?」

 

勝卯木「……うん。」

 

宮壁「勝卯木はいつだと思う?」

 

勝卯木「…私達、知らない間……犯人と、2人きり……。」

 

宮壁「犯人がその事を隠してるって言いたいのか?」

 

勝卯木「そう……!スポーツドリンクだけ、怪しい……違う…!」

 

宮壁「じゃあ、そもそも東城が作ったと嘘をついたのはどうしてなんだ?」

 

勝卯木「……それは…。」

 

宮壁「毒を混ぜたスポーツドリンクの味に違和感を持たれないようにするため。違うか?」

 

勝卯木「【あの毒、甘い】……!スポーツドリンク、違和感、ない……。」

 

 

……焦って墓穴を掘ったな。そんなところまでモノパオそっくりじゃないか。

 

▼[特製の毒(粉末)]→【あの毒、甘い】

宮壁「言い逃れもそこまでだ。」

 

 

宮壁「本当は他にも深堀りするところはあったけど、勝卯木からボロを出してくれるなら話が早い。」

 

難波「ボロ……?」

 

宮壁「勝卯木、どうしてお前が毒の味を知っているんだ?」

 

勝卯木「……!」

 

宮壁「お前の言う通り、粉末タイプの毒は砂糖に混ぜて使えるような甘い味らしいけど、それは俺と一緒に捜査をしていた柳原と大渡にしか伝わっていない情報だ。それに、『あの毒』なんて言い方、前から知っているみたいに聞こえるぞ。」

 

勝卯木「そ、れは………、私、食べた毒……甘かった、から……。」

 

柳原「いいえ、その理屈は通りません。あなたが三笠さんにスポーツドリンクを渡したのは、あなたが毒を口にする前ですよ。」

 

勝卯木「……。」

 

宮壁「そして、東城が三笠に薬を処方したいた事を知っているのは東城以外にはその様子を見ていた人しか知らない。これこそ黒幕である事の証明になるんじゃないか?」

 

東城「……まあ、怪しむには十分すぎると思うけれど、確定するには少し早計ではないかな。」

 

潛手「そ、そうでーすねー…?まだ、それだけだと言い切るのは難しいと思いますー…。」

 

宮壁「それなら他の根拠を言えばいいだろ?勿論、これだけじゃない。安鐘が勝卯木を狙った理由も、勝卯木が黒幕だと思ったからだ。そこについて説明するぞ。」

 

前木「……宮壁くん…。」

 

不安そうな前木と目が合う。

……何を不安がっているんだ。前木が疑われている訳ではないのに。

あ、そうか、前木は勝卯木と仲が良かったから………いや、今そんな事を考えちゃいけない。俺はここで失敗する訳にはいかないんだ。

 

宮壁「難波、思い出してほしい事があるんだ。」

 

難波「アタシ?…あ、もしかして、鈴華が言ってた話の事?」

 

宮壁「その通り。あの話も、勝卯木が黒幕であるという証明になっていたんだ。」

 

 

♢♢

♢♢♢

3章 (非)日常編3

♢♢♢

 

 

「難波さんは知らないなら知らないままでもいいと思いますが…そうですわね、わたくしの事を理解してほしいとは思ってはいませんが、同じ疑問を抱いてもらいましょうか。難波さん、勝卯木さんは腕時計なんて持っていませんよね?そして、この建物には秒針のある時計がありません。廊下に至っては時計すらありませんわ。」

 

「はぁ?」

 

「え、安鐘、何言ってるんだ?」

 

「は?宮壁は分かってたんじゃなかったの?」

 

「い、いや、ちょっとそれは俺も知らなくて…。」

 

「まぁ、宮壁さんもでしたの。……とにかく、これを理解すればお二人もある可能性に行きつく事ができますわ。そして、これこそが、わたくしが勝卯木さんを選んだ理由です。」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

柳原「……安鐘さんがそんな事を?」

 

宮壁「ああ。安鐘が誰よりも早くそれに気づくなんて少し意外だけど、この話が最大の根拠だ。」

 

篠田「時計がない…。たしかにそうだが、それと勝卯木が黒幕という事と何が関係するというのだ。」

 

宮壁「勝卯木が今までの裁判でしていた証言。あれと矛盾するんだ。」

 

 

 

Q勝卯木の証言の違和感は?

 

A. 毎回証言をしていた

B. 時間を秒単位で答えていた

C. 目撃証言しかない

 

 

 

 

→B

宮壁「これだ。」

 

 

♢♢

♢♢♢

1章 非日常編1

♢♢♢

 

「え、ええっと、具体的に何時なんだ?」

 

「…10時57分32秒開始、11時8分45秒終了。…人……遭遇、なし…。」

 

「こ、細かいな…。」

 

さすがの記憶力。というか1つ1つの行動がいつの事かを覚えてるのか?恐ろしいな…。

 

♢♢♢

2章 非日常編1

♢♢♢

 

「保健室……牧野…出てきた……。」

 

「え?いつくらいの事だ?」

 

「6時10分11秒……。」

 

「相変わらず細かいな…。」

 

「すごいね…蘭ちゃん…!」

 

「……ピース。」

 

「よくそんなに覚えていられますね!すごいです!かっこいいです!」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

前木「……そうだ。蘭ちゃん、なんで、『何時何分何秒まで言える』の?他の人達は誰も秒数までは言ってなかったのに。」

 

勝卯木「え……………。」

 

宮壁「勝卯木、お前は腕時計をしている訳でもない。じゃあ何を見て証言していたのか。答えは明白だ。」

 

篠田「……!まさか……。」

 

この様子だと、篠田も気づいたみたいだな。

 

篠田「監視カメラか…!」

 

裁判が終わった後にモノパオに見せられた監視カメラの映像。そこにはきちんと秒数まで表記されていた。

 

宮壁「そもそも勝卯木の証言はどれも始まりの時間や終わりの時間まであまりにも正確だった。そして…柳原、あの動機の話をしてほしい。」

 

柳原「分かりました!おれに配られた秘密は勝卯木さんのだったんですけど、それには『勝卯木蘭には才能がない』と書いてありました。記憶力がないとすれば、どうしてあのように細かく覚えておられたのか謎だったんですけど…黒幕として監視カメラの映像を見て覚えていたのであれば、それにも説明がつきますね!」

 

大渡「監視カメラは裁判で散々見た通り録画もできる。映像であればメモに取る事もできるし何度も確認できる。あの証言をするのに突出した記憶力は必要ねぇって事か。」

 

宮壁「という訳だ。勝卯木、反論はあるか?」

 

勝卯木「……。」

 

宮壁「これは言うか迷っていたけど、俺は襲われる直前にモノパオの声を聞いている。声も似ていた上に一人称は『私』だった。俺を襲う事ができた3人の中に一人称が私なのは勝卯木だけだ。」

 

難波「はぁ!?それはさっさと言えばよくね?」

 

柳原「宮壁さんの話は、自分以外に証人がいないから話さなかったんじゃないですか?」

 

宮壁「ごめん。理由は、柳原の言う通りだ。」

 

柳原「ほらやっぱり!宮壁さんはとっても賢いんですよ!」

 

難波「まあ、言いたい事は分かった。……で、蘭はどうなの?文句でも反論でもあるなら言った方がいいと思うけど。」

 

勝卯木「……。」

 

勝卯木「……………………。」

 

潛手「勝卯木さん…。」

 

勝卯木「……かく。」

 

宮壁「え?」

 

勝卯木が何を言ったのか分からなかった。そのまま手で三角形を作る。

 

勝卯木「さんかく。」

 

前木「さんかくって…少しは合ってるって事…?」

 

勝卯木「だから……だから……」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

勝卯木「『黒幕の私』が、ちゃんと解答してあげるねっ♡」

 

 

 

 

………勝卯木はそう言って満面の笑みで、俺達に喋りかけた。

 

前木「あ、え……?」

 

勝卯木「ことなちゃん、私ね、ずっとずーっと、こうやってことなちゃんと普通にお喋りしたかったの!だから今とっても嬉しいな!」

 

潛手「勝卯木さん、え、えっと、」

 

勝卯木「めかぶちゃんのご飯、本当においしくて大好き!いつもありがとうねっ!」

 

難波「は?」

 

勝卯木「しおりちゃんもいつも気にかけてくれて嬉しかったな~!でも今の顔、ちょっと怖いよ?」

 

大渡「……い、今までのは全部演技だったっつー事かよ。」

 

勝卯木「おっ!さすがのきょうくんも驚いちゃった?顔が鳩みたいだよっ!」

 

東城「どうしてそのような事をしていたのかな。」

 

勝卯木「うーん、ゆうまくんには分からないだろうけど、無口キャラは疲れるんだよね。」

 

柳原「勝卯木さん、普通にしている方が話しやすくていいですね!」

 

勝卯木「りゅうやくん1人だけ頭がお花畑だねっ!ありがとう♡」

 

篠田「……さんかく、の意味を教えてもらおうか。」

 

勝卯木「も~!ひとみちゃんたらせっかちなんだから!もうちょっとお喋りしようよ~!」

 

……。これが勝卯木か。黒幕と認めた以上、突き止められるところまで行くしかない。

 

宮壁「余談はいらない。どこに反論があるのか言ってくれ。」

 

勝卯木「…だいきくんは真面目モードかぁ。けち~!サービスしてよ!せっかくこうして話せるのに。」

 

宮壁「事件についてならいくらでも話していいって言ってるんだ。」

 

勝卯木「仕方ないなぁだいきくんは!じゃあ、早速。黒幕だって事が分かったし、それならそうたくんにスポーツドリンクを飲ませた時の口実にも納得がいくと思うけど…。スポーツドリンクに毒が入っていた証拠なんて誰も持ってないよね?それじゃあただの憶測だよ?」

 

勝卯木「それに、使われた毒が粉末タイプだとして、液体の毒は何に使われたのかな?なんで無くなってるんだと思う?」

 

思ったより真面目な反論が来たな。スポーツドリンク以外にも毒が混入していたものがあるっていうのか…?

 

勝卯木「よーし!じゃあ液体の毒の行方について話していこう!」

 

 

―議論開始―

 

勝卯木「どうして液体の毒が減っていたのか、予想がつく人はいるかな~?」

 

篠田「三笠の口内は特に黒ずんでいなかった。やはり【三笠に使われたとは考えられない】。」

 

潛手「安鐘さんは毒殺ではないのでー、【安鐘さんにも使われてはいない】ですー!」

 

前木「でも、誰かが取って使わないと、中の毒が減る訳ないよね…。」

 

東城「元々瓶に少ない量しか入っていなかった、という可能性は?」

 

大渡「明らかに残っていない程に減っていた。【誰かが使用した】のは間違いねぇよ。」

 

東城「たしかに、薬品は瓶の大きさに準じた量を入れているから有り得ない話かもね。」

 

勝卯木「別に100%黒ずむ訳じゃないし、【そうたくんに使った】とも考えられるよっ!」

 

宮壁「まるで使った事があるような言い方だな。」

 

勝卯木「あーっ!そうやってすぐ揚げ足取るんだから!黒幕として【いろいろ試した時に知った】だけだもーん!」

 

 

……あいつの発言、いくつか俺が捜査した事と矛盾している。ここでこの情報を使うといろいろとおかしな話になるけど、言うしかない!

 

 

▼[モノパオの証言]→【そうたくんに使った】【いろいろ試した時に知った】

宮壁「……お前の発言には、矛盾がある。」

 

 

潛手「…矛盾?どういう事でーすかー?」

 

宮壁「柳原と大渡と毒について捜査している時モノパオが出てきて、『この毒は替えがない』と言っていたんだ。だから、どこまで薄めれば黒くなくなるかを試したりすれば、ただでさえ小さい瓶だ、人を殺すために使う量なんて残らない。」

 

前木「えっと、じゃあ三笠くんには使われていないって事?」

 

宮壁「前木の言う通りだとしても疑問が残る。モノパオは『替えがきかないのに無駄使いされた』と言っていたんだ。じゃあ何かしらで使われた事は確実で…。」

 

難波「ん?つまり何かに無駄使いしただけで三笠には使ってないって事?」

 

宮壁「そうなると思う。他にも根拠はある。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

▼[三笠の症状]

宮壁「これだ。」

 

 

宮壁「さっきも言った通り、三笠の症状は吐血だ。だから液体の毒の可能性があった訳だけど…皆は、三笠が安鐘の犯行に気づいた時の様子を覚えているか?」

 

♢♢

♢♢♢

3章 (非)日常編2

♢♢♢

 

その時だった。

 

 

 

ドンッ!

 

 

 

床に何かが倒れる音がする。

 

 

「…食べていないな?」

 

三笠が和菓子のお盆を全て床に投げ捨て、その反動で片膝をついていた。

 

「誰も食べていないだろうな?」

 

今まで見た事がないような顔で辺りを見渡す。

 

♢♢♢

♢♢

 

難波「なんか、やけにオーバーに止めてた気がする…?」

 

前木「言われてみれば、和菓子の入ったトレイをひっくり返すくらいの勢いではねのけてたよね。」

 

潛手「あの時の足のつき方、なんだかおかしな感じだったかもしれないでーすねー…?」

 

宮壁「俺達はあの時、その後の三笠の発言で驚いていたから何も思わなかったけど、あれが『毒による症状』だとしたら?」

 

前木「…!粉末の毒の症状に、倦怠感があったんだよね!?それの事…?」

 

宮壁「ああ。東城、三笠がお前を訪ねた時、だるそうにはしていなかったのか?」

 

東城「……。特に様子が変には思えなかったけれど、彼の普段の身体能力を考えたらあからさまに症状として出なかったのも頷けるね。」

 

大渡「その症状があれば、奴が飲んだ毒は粉末ので間違いねぇって事か?」

 

宮壁「そういう事だ。…どうだ、勝卯木は何か言いたい事はあるか?」

 

勝卯木「いや~、それ教えたら答えになっちゃうっていうか。まあこれだけは教えてあげちゃおうかな。『液体の毒は私しか使ってない』よっ!というか、無駄使いもしたけど『それだけじゃない』し~!」

 

篠田「解答が質問と違う気がするが、まあいい。」

 

……教えてくれるって事はこの話は何かに使えるかもしれないな。俺はメモを取る事にした。

情報①[液体の毒を使ったのは勝卯木だけである。用途は不明。]

 

潛手「う、うーん?えっと、結局、液体の毒は何に使われたのか分からないって事ですーかー?」

 

篠田「勝卯木、少し聞きたい事があるのだが。」

 

勝卯木「おっ!なんだかんだでひとみちゃんが一番私の事見てくれるんだね!嬉しい♡」

 

篠田「モノパオが言ってた、という宮壁の発言。モノパオはお前だろう、何故そこで矛盾が生じるのだ?」

 

勝卯木「あ、えっとねー、モノパオは2匹いるの!だいきくん達が捜査でお世話になったのはもう1匹の方なんだよっ!」

 

篠田「2匹?…裏切り者が操作しているのか。」

 

勝卯木「さすがひとみちゃん、鋭~い!」

 

篠田「……」

 

勝卯木「も~!睨むなんてひどいよっ!そもそも、黒幕なのは認めたけどクロとは認めてないんだからね!?」

 

潛手「か、勝卯木さん……クロじゃないなら、なんで手伝うような事をするんでーすかー?宮壁さんは、襲われる時に聞いた声が勝卯木さんのものだって言ってーましーた。宮壁さんを叩いたのは勝卯木さんだったはずですー!」

 

宮壁「そうだ。俺を襲ったのは勝卯木、お前で間違いない。」

 

俺達の議論を静かに聞いていた難波が、ふいに声をあげた。

 

難波「そうだ。何か変だと思ってた。」

 

前木「紫織ちゃん?」

 

難波「しかもアンタ、宮壁を襲った時は毒で弱ってたんじゃなかった?そんな状態で他の奴の殺人を手伝うなんて考えられない。何より、共犯がいたとしてその相手に弱っているアンタを選ぶとは考えにくくね?」

 

勝卯木「まだ分からないと思うけど~?」

 

難波「…共犯の可能性を潰さないと納得してくれない訳?」

 

前木「アリバイ、かな?何時のアリバイがあれば共犯はないって言えるんだろう。」

 

宮壁「それは……。」

 

仕方ない、納得させるためにも話を広げてみよう。

 

 

―コトダマ提示―

Q事件が終わって間もない時間がいつか分かる証拠は?

 

 

 

 

 

▼[篠田の証言]

宮壁「篠田、話してもらえるか?」

 

 

篠田「晩の事だな。まず、宮壁が夜時間を過ぎたあたりから三笠と交代して見張りを始めた。私が見張りを交代する予定だった時刻は3時。簡単に言うとその間のアリバイが必要になる。宮壁は襲われた時刻は言えるのか?」

 

宮壁「体感の話になるけど、俺が見張りを始めてからモノパオが来るまでかなり時間があった。夜中の12時前くらいだと思う。その後しばらく話してから殴られたから、大体12時だと思っていいはずだ。」

 

潛手「その時間帯にアリバイ…ですーかー…。なかなか難しいですねー?」

 

勝卯木「でもでも、2人だけ完全にアリバイある人がいるんでしょ?ずるーい!私もアリバイ欲しいな~。」

 

宮壁「……。」

 

 

―コトダマ提示―

Qアリバイがある人を示す証拠は?

 

 

 

 

 

▼[難波の証言]

宮壁「難波と前木の事だな。」

 

 

難波「ん、そうだね。アタシと琴奈は一緒に部屋で一晩中喋ってたからアリバイがある。」

 

前木「朝6時くらいかな。紫織ちゃんと出た時に廊下に血が落ちているのを見つけて、保健室にいる皆に合流したから、ほぼ完璧なアリバイだと思う。」

 

宮壁「ああ。2人は間違いないと思う。で、他の人達なんだけど…。」

 

篠田「アリバイとは言えないが、宮壁を保健室に運んでしばらくして三笠と東城が来た。」

 

潜手「柳原さん、大渡さん、勝卯木さんと潛手めかぶは朝まで個室ですーねー。アリバイはないーですー…。」

 

勝卯木「ほら!誰でも共犯になれるよっ!」

 

難波「だから、普通黒幕でも弱ってる奴を共犯にするとは思えないって言ってんだけど。」

 

……まずい。勝卯木が犯人だと思うのに、決定的な証拠が見つからない。

何か、この状況を打開できる話題を見つけないと…!

そう俺が意気込むのと同時に口を開いたのは柳原だった。

 

柳原「いい加減に認めてくださいよ、勝卯木さん。そもそも、どうしてスポーツドリンクがここまで怪しまれているのか分かっていますか?」

 

勝卯木「りゅうやくん言い方が嫌―い。もっと優しく言ってよね!」

 

柳原「仮にあなたが善意でスポーツドリンクを渡したとしても東城さんが作ったと言う理由はありません。この時点で十分怪しいですが、それ以上におかしい点があります。あのプールの出来事は『動機が配られる前に起きている』んですよ?前回の動機はおれの手に渡っていたからあなたは見ていないはずです。特に理由がないのに不可解な行動に出たのは何故ですか?」

 

勝卯木「………!」

 

東城「うん。ボク達の中に特に理由もなく殺人を犯そうとする人はいないだろう。なぜならここには学級裁判というルールが存在するから。例え快楽殺人犯でもこの状況で自分の命まで賭けて殺人をする事は考えられないね。」

 

勝卯木がその理由を話してくれたらきっとボロが出る。

だけど話さないなら強制的に認めさせるしかない。何の話題がいいんだ…?

 

柳原「宮壁さん、この2つの事件で考えがまとまらないなら、もう1つ残っている事件について考えてみるのはどうでしょう?」

 

宮壁「もう1つ……。そうか!柳原、ありがとう。」

 

柳原「いいえ!どういたしまして!」

 

・・・コトダマ「???」

 

前木「宮壁くん、何か分かったの…?」

 

宮壁「……ああ。」

 

これについて質問を繰り返していけば、きっとボロが出る。もう終わりにしてみせる……!

 

 

 

♢詰問イグザミネーション♢

 

 

宮壁「勝卯木、黒幕のお前に聞きたい事がある。」

 

勝卯木「な~に?」

 

宮壁「安鐘がお前に使った毒は粉末タイプだったよな。」

 

勝卯木「そうだね。それがどうかしたの?」

 

『偽証』

▼[最初の量が不明の毒]⇒[最初は瓶いっぱいだった毒]

宮壁「あの【瓶いっぱいに入っていた毒】を安鐘が使った。そこはモノパオに頼んだんだろう。」

 

勝卯木「うんうん、モノパオに頼まないと使えないもんね!」

 

宮壁「ところで、あの毒には致死量がラベルにかかれていたんだが、何グラムだったか覚えてるか?」

 

勝卯木「え?えーっと…ごめんね?覚えてないよ。」

 

宮壁「そうか。じゃあ安鐘が使った量でいい、教えてくれないか?」

 

勝卯木「グラムなんて知らないよ?」

 

宮壁「監視カメラでお前は安鐘がどのくらいの毒を使ったか見ていたんだよな。大体でいいから。」

 

勝卯木「えっとね~。すずかちゃんが使ってた毒は、【瓶の4分の1】くらいだったよっ!」

 

 

……かかったな。

 

【挿絵表示】

 

▼[???]→【瓶の4分の1】

宮壁「これで終わりだ!」

 

 

宮壁「安鐘が瓶の4分の1.間違いないんだな?」

 

勝卯木「監視カメラで見てたもん。間違えないよ。」

 

宮壁「安鐘がお前に毒を盛った後に俺と柳原でその瓶を調べ時、『瓶の中身は半分程度』になっていたぞ。」

 

勝卯木「……え。」

 

宮壁「じゃあその前に4分の1使ったのは誰なんだ?安鐘の部屋から毒はもう見つからなかった。お前じゃないのか。」

 

勝卯木「ま、まだ、他の人が隠してるのかもしれないじゃん!」

 

宮壁「じゃあ早く説明してくれ。スポーツドリンクの件で嘘をついたのは何故か。俺を襲った理由は?」

 

勝卯木「……。」

 

宮壁「答えられないんだろう。それが何よりの答えだ。勝卯木、認めろ。」

 

勝卯木「……………………………。」

 

勝卯木「……まあ、往生際悪いのもここまで、だよね。」

 

……勝卯木はいまだに何か言いたそうだったが、ようやく罪を認めた。

 

宮壁「……終わりにしよう。今から俺が事件の内容をはじめから説明する。それで誰からも反論がなければ……」

 

前木「宮壁くん。」

 

宮壁「…?どうした?」

 

前木「私は、まだ納得できてない。」

 

宮壁「……。」

 

前木「だから、納得したい。私に説明させてほしいです。」

 

宮壁「前木…。」

 

前木「蘭ちゃん。私、ずっと考えてた。蘭ちゃんは無実で、黒幕でもなくてクロでもない可能性があるんじゃないかって。」

 

勝卯木「ことなちゃ……。」

 

難波「……琴奈。」

 

前木「自分の信じたいものばかり見て、いつも皆に頼ってばかりだった。それはもう、終わりにしたい。蘭ちゃんのやった事を、私が、認めたいの。」

 

宮壁「……分かった。前木、よろしく。」

 

前木はありがとうと言って頷くと、ゆっくり深呼吸をする。

ずっと手にしていたメモ帳を開くと、この裁判の締めくくりに取り掛かった。

 

 

 

♢♢クライマックス推理♢♢

 

 

 

【挿絵表示】

 

前木「今回の事件は、犯人が自分にできる事をフル活用した事件だった。最初に犯人は三笠くんを殺す事を企てていたんだ。犯人は粉末の特製の毒をスポーツドリンクに混ぜる事で三笠くんを狙って毒殺しようと考えた。三笠くんが東城くんに薬を処方してもらっていた事を知っていた犯人は、東城くんの名前を出せば違和感なく受け取ってもらえると考えたんだね。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「こうして、表向きには何事もなく1日が終わったんだけど、次の日、犯人が黒幕である事を見抜いていた鈴華ちゃんが、犯人を毒殺しようと動いた。犯人はその罠にかかってしまって致死量の毒を摂取する事になったんだ。その毒も、犯人が三笠くんに使った物と同じ物だよ。犯人はその夜は周りの看病を受けて1日を過ごす事になって、鈴華ちゃんは個室前に見張りをつけられる事になった。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「そして、事件当日の晩。夜時間を回ってから宮壁くんが見張りをしていたところをモノパオで気を引いて、犯人がその後ろから襲いかかった…!宮壁くんが私達からフライパンをもらっていた事も犯人は知っていただろうから、この準備はしていないんだろうね。宮壁くんが気絶したのを確認した犯人は、急いで現場作りに厨房へ向かった。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「まず、厨房にある電子レンジのコードを、コンセントにささった状態で切断した。そのコードの先をテーブルの脚にテープで軽く止めて、簡単にコードが落ちるようにした。そして、食器棚の横板を外すとそれを伝わせる形で水を厨房の床に浸していった。こうして、コードを落とした人が感電してしまう装置を作ったんだよ。いつ宮壁くんが目を覚ますか分からないから慌てていたと思うし、それで電子レンジが落ちたりしたのかもしれないね。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「後、犯人は自分が黒幕である事を利用して温室に続くエレベーターを封鎖した。1番逃げやすいところだからね。もしかしたら、食堂に逃げようと思わせるために食堂の電気をつけたいた可能性もあるよね。そうやって準備を終えた犯人は、鈴華ちゃんのドアをフライパンで思い切り叩いた。個室の防音も振動には効果がないから、宮壁くんが襲われた事を鈴華ちゃんに知らせようとしたんだね。そして、鈴華ちゃんが出てくるのをじっと待つ事にした。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「鈴華ちゃんは、さすがに宮壁くんが心配になったんだろうね…しばらくして廊下に出てきてしまった。そこを、犯人が襲い掛かった。鈴華ちゃんは必死で逃げる事になって…どのくらい追いかけていたのか分からないけど、鈴華ちゃんは犯人の思惑通り、厨房に逃げ込み、犯人の仕掛けた感電装置にかかってしまったんだ。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「その後犯人は食堂にあるレシピ本を足場に、倒れている鈴華ちゃんに近づいた。床のコンセントを回収して棚の脚に結び直したのもこの時じゃないかな。鈴華ちゃんが感電によって気絶したのかすでに死んでいたのかは分からないけど、それは犯人にとっても同じだったはずだよ。だから犯人は確実に殺そうと近くにあったお皿で鈴華ちゃんの首を切り裂いた。凶器と断定はできないし、どうしてあんなに痛ましい傷をつけたのか分からないけど、自分に毒を盛った鈴華ちゃんへの復讐の意味も込められていたのかも…。」

 

 

【挿絵表示】

 

前木「犯人が犯行を終えて部屋に戻ってしばらくして、瞳ちゃんは見張り交代の為に廊下に出て、倒れている宮壁くんを見つけた。それとほぼ同時に自分の身に危険が迫っていると確信した三笠くんが東城くんを訪ねた。そこから4人は保健室にいて、早朝に紫織ちゃんと私が廊下の様子を見て保健室に駆けこんだ。…皆で三笠くんと宮壁くんの看病をしていたけど、致死量の毒を摂取していた三笠くんは看病でもどうしようもなくて、しばらくして息をひきとった…。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

前木「……やっぱり、そう考えたら辻褄は合うよ。そもそも黒幕にしかできない事がこの事件には多すぎる。今までの事件から考えても、黒幕がここまで犯人の世話をするとは思えないよ。だったら、黒幕が犯人だと考えるのが普通だよね。そして、自分を黒幕と認めた人が今ここにいる……。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

前木「超高校級の記憶力……ううん、それすらも嘘だった『このコロシアイ生活の黒幕』、『勝卯木蘭』ちゃんが犯人だよ。私はそう断言するよ!」

 

 

 

 

泣きながら勝卯木を糾弾した前木を見つめ、勝卯木はにこやかに微笑んだ。

 

勝卯木「ふふ、ことなちゃん、かっこいいね。大好きなことなちゃんに言われたら認めるしかないかな。うん、私はクロだよ。」

 

前木「……そっか。」

 

勝卯木「残念?」

 

前木「すごく、残念だよ。許せないし、めちゃくちゃ怒ってるよ。でも、何より、」

 

 

前木「……悲しいよ…。」

 

 

勝卯木は笑うだけだ。

 

潛手「本当に、勝卯木さん、が……黒幕で、犯人なんですーねー…?」

 

柳原「宮壁さんも前木さんもお見事です!さすがです!黒幕を追いつめるなんて!」

 

宮壁「……ああ。柳原もありがとう。」

 

柳原「やったー!」

 

笑顔で万歳をする柳原をよそに、泣きながら裁判席の手すりを掴んでいる前木を見る。

俺は前木のように泣けないよ。

だって勝卯木は黒幕じゃないか。勝卯木のせいでこんな事をやらされてるんだ。

勝卯木が黒幕だと分かって、クロが黒幕だと考えた時から、俺はずっと嫌な予感がしていた。

 

宮壁「勝卯木、なんで殺したんだ。」

 

勝卯木「うーん、なんでだと思う?」

 

宮壁「……邪魔だったから。違うか?お前にモノパオが配る動機なんてあってないようなものだ。なら、そんなもの関係ない、もっと身勝手な理由に決まってる。」

 

俺の返答を聞いた瞬間、勝卯木の様子が一変した。

 

勝卯木「そんな事はどうでもいいんだよ、だいきくん。そんな事より、すずかちゃんについて話さない?」

 

柳原「え?安鐘さんの…?」

 

勝卯木「すずかちゃんが私を手にかけたのは、私が黒幕だったから。あははっ!ミンナ私の事ばっかり心配して、ミンナのために殺人を犯したすずかちゃんは信用を失って見張りつけられて……どんどんやつれちゃってさ!見ててほんとにかわいそうだったよ!」

 

勝卯木「ねぇ、ミンナはさ、ミンナのためにバレバレの殺人をしてくれたすずかちゃんに対してどんな対応してたっけ?すずかちゃんは誰にも何も言わなかったみたいだけど…強いよね~すずかちゃん!」

 

コイツ……!思わず怒りで言葉がつまる。

 

難波「……アタシ、鈴華にマジで失礼な態度して、酷い事言った。」

 

潛手「潛手めかぶも、もっと話を聞けばよかったーですー……。」

 

東城「たとえそうだとしても殺人の必要はなかった事には変わりないよ。黒幕が分かったなら大人しくボク達に共有するなり、他にもいくらでも方法があったはずだ。バレバレの殺人というけれど、三笠くんが指摘しなければ死ぬのが黒幕だけにとどまらなかった可能性がある。間違いなくあの人も犯罪者だ。庇う必要はない。」

 

潛手「それは、そう、ですーけどー…。でも、潛手めかぶは、安鐘さんの事を怖がってしまいましたー…。安鐘さんが何も言ってくれなくても、潛手めかぶ達が諦めてはいけない事だったはずーでーす……。」

 

東城「そういう態度だから黒幕に言われ放題になっているのだと思うよ。」

 

勝卯木「あははっ!でねでね、毒殺にしたのは、ゆうまくんへの当てつけ!毒が人を殺すの、ゆうまくんは死んでも見たくないもんね!」

 

東城「……本当に救いようがない犯罪者だよ。」

 

難波「アンタ、さっきからマジで言ってんの?」

 

勝卯木「大マジだよっ!しおりちゃんへの当てつけにそうたくんから何か盗めばよかったかな?」

 

難波「……最低。」

 

勝卯木「そうだ、長話するつもりはないんだけど、ここで1つ聞きたい事があるんだよね。」

 

宮壁「……なんの話だ。」

 

黒幕はばっちりとウインクを決めて俺達を見据えた。

 

勝卯木「投票する前に話したい事、ない?黒幕がせっかくいるんだから…『このコロシアイについての情報』、欲しいよねっ!」

 

 

 



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非日常編 3

少しずつ投稿ペースが戻ってきた気がします。
やっと折り返し……まだ半分!?


 

勝卯木「ミンナが気になっているであろうあんなことやこんなこと、なんでも教えちゃうよっ!」

 

宮壁「何でも?どうして急に……。」

 

勝卯木「どうして話す気になったのかはミンナで考えてみてほしいなー……。まぁ、それくらいならすぐ分かるんじゃないかな?」

 

難波「……アンタももうすぐ死ぬから?」

 

勝卯木「そう!私はすずかちゃんのせいで毒にやられてるからね…もう時間が残されていないんだよ。その前にオシオキされるのも寂しいじゃん?だから、それまでの時間を使って皆と交流を深めようと思ってるんだよね。」

 

東城「……交流というより詰問の雰囲気だけれど、とりあえずこのコロシアイの目的について話してほしいな。」

 

勝卯木「コロシアイの目的、うんうん、これがメインテーマだよね。ミンナはどう思う?どうして私はわざわざこんな大がかりな事をしてるんだと思う?」

 

……何の情報もない。誰かが間違えた発言をしたからといって、今の俺に指摘できる根拠はない。大人しく黒幕の話を促していった方がよさそうだ。もしくは誰かに賛同していく形で議論を進めてみよう。

 

 

―議論開始―

 

 

篠田「コロシアイの目的。校則を振り返ってみると何か分かるかもしれない。」

 

東城「校則の欄には…

『~制偽学園課外授業用施設の校則~

1:生徒の皆さんはこの施設内で共同生活を送ります。期限はありません。

2:夜10時から朝7時を夜時間とします。夜時間は一部の部屋が立ち入り禁止になります。

3:施設内の探索は自由とします。行動制限はありません。

4:学園長ことモノパオへの暴力、監視カメラ等物の破壊を禁じます。

5:コロシアイは基本1人になるまで行われます。

6:ただし、超高校級の悪魔の死亡が確認された時点で人数に関係なくコロシアイは終了します。

7:なお、校則は増える可能性があります。

 学園長 モノパオ』

と書いてあるね。」

 

前木「校則…気になるのは【コロシアイは1人になるまで続く】事とか?」

 

難波「まぁ、それより前は別に疑問に思う事はないか。」

 

柳原「【悪魔の死亡でコロシアイが終わる】っていう校則なんて、特に意味深じゃないですか?」

 

 

誰に賛成するべきか……。証拠はないから俺の思想が混じるけど……。

 

▼[賛成]→【悪魔の死亡でコロシアイが終わる】

宮壁「俺もそう考えている。」

 

柳原「わぁ!やっぱりそうですよね!」

 

宮壁「この校則だけ、前木が触れた『1人になるまで続く』という校則と矛盾しているからな。悪魔がイレギュラーな存在なんじゃないかと思う。」

 

潛手「悪魔さんだけ特別扱いってことーですーよね…?どうしてなんでしょうかー…?」

 

勝卯木「超高校級の悪魔……改め、超高校級の説得力に関して分かっている事をまとめていけば分かるかもよ?情報はいろいろ配ったしね!」

 

大渡「……最初の動機の奴か。」

 

……ほんの少しだけ大渡の表情が陰った気がしたけど……見なかった事にしておこう。

校則のページを閉じ、今度は悪魔の情報についてのページを開く。

 

宮壁「説得力についての文章はまだ残っていたんだな。」

 

『【超高校級の悪魔とは?】

 あまり聞きなれないこの才能はあのお方がそう呼んでいるだけであり、正式には【超高校級の説得力】という才能である。その名の通りたぐい稀なる説得力を持ち、自分の意見を相手、あるいは周りにすぐさま納得させてしまう。その意見が正しくても、はたまた間違っていても。

あのお方によると一般人に殺人を行う事を提案し、殺人鬼を生み出した事もあるようだ。本人が実害を出している訳ではない上、殺人鬼になった者はまともな価値観と倫理観を失っていたため一般市民にはおろか、警察にも悪魔の情報は一切広まっていない。この人物を野放しにしていては平和で安全な生活を送ることは不可能であろう。一刻も早く処罰されるべき人物である。』

 

難波「自分の意見を押し通せるって事だよね。なんというかさ、アタシ、今回の事件に関与してんじゃないかって思うんだけど。」

 

前木「えっ!?でも、クロは決まったんだよ?黒幕が悪魔なんて事あるの?」

 

宮壁「難波、どういう事だ?」

 

難波「宮壁、アンタが会話してたモノパオと勝卯木、本当に同じ奴だったの?」

 

宮壁「喋り方とかは勝卯木が動かしている時のモノパオだった。勝卯木の声は間違いなく後ろから聞こえたし……少なくとも、俺に襲い掛かったのは勝卯木で間違いないはずだ。」

 

難波「アタシさ、やっぱ納得いってないわ。鈴華は自分から殺されに行くような奴じゃない。エレベーターが使えなかったからって厨房に逃げ込んだのも……納得はできなくないけど、変じゃね?」

 

東城「自暴自棄、あるいは混乱していた可能性もあるよね。」

 

難波「アタシと宮壁は、死ぬ少し前の鈴華と話してる。あの時の鈴華からは悪意や殺意なんて感じなかった。だからこそアタシは鈴華が扉を開けた理由を『宮壁が心配になったからだ』と思った。宮壁はどうなの?」

 

あの時の安鐘との会話……死ぬ覚悟はできていたのかもしれないけど、とても俺達に向けての敵意があるようには見えなかった。

だけど、安鐘は黒幕とはいえ殺人を計画し実行した事には変わりない。安鐘は決していい人でなかった、かといって悪い人だったとも言い切れない。彼女が本当に考えていた事は……今でも、俺には分からない。

 

宮壁「……無理のある推理かもしれないとは思ってた。だけどそう考えないと説明つかないだろ。」

 

難波「アタシは、まだ裏があるような気がする。最初の事件みたいにさ。蘭がどういう意図で裁判を延長してるのか知らないけど、ここから見えてくる真実があるのかもね。」

 

そう言って難波は困ったように肩をすくめた。

 

難波の言葉で最初の裁判を思い出す。

端部が桜井を椅子で殴って殺し、その後ハンマーで殴ったと言うのが俺達の推理で、実際端部もそう思っていた。だけど真実は少し違っていて、椅子で殴られた時の桜井はまだ死んでいなかった。俺達の推理では偽装の凶器であったはずのハンマーが、実際は本当の凶器として使われていたんだ。

そんな真実との食い違いが、この事件の推理でも起きているっていうのか…?

……どこでどう役に立つか分からないけどメモしておこう。

 

[情報②:(難波の発言)安鐘の精神状態から考えると、自分から危険な場所に行くとは思えない。何か別の理由があるのではないか…?]

 

潛手「えーっと、潛手めかぶはですーねー、ここに書かれている『あのお方』が誰なのかも気になりまーすー!この文章を書いたのは勝卯木さんなんですーか?」

 

勝卯木「うん、そうだよ!私が書きました!あのお方…まあ、なんて書けばいいか分かんなかったからそう書いたけど…中にはこれが誰なのか分かる人もいるんじゃないかな?」

 

黒幕である勝卯木が尊敬していて、かつ悪魔について知っている可能性の高い人物…?

そんな人いたっけ…。

 

柳原「悩んでいるようですね。ここはおれに任せてください、宮壁さん!」

 

丁度そんな俺の心を読んだかのように柳原が声をかけてくる。

 

宮壁「えっ、柳原は分かったのか?」

 

柳原「はい!さすがに確証はないですけど。」

 

前木「そうなの…!?すごいなぁ。柳原くん、話してくれる?」

 

柳原「はい!この制偽学園の学園長…モノパオじゃなくて本来の方ですけど…名前は『勝卯木市造』です。勝卯木さんが『あのお方』と呼ぶにふさわしい人物じゃないですか?」

 

勝卯木「えー!?りゅうやくん、そんな事までよく覚えてるね!誰も覚えてないと思ったよっ!まあ、大正解って訳じゃないけど正解にしてあげようかな。」

 

潛手「ほへ?そうでしたっけー…?」

 

難波「言われてみればそんな感じだった、かも?いや、覚えてねーわ……。」

 

宮壁「勝卯木の反応からして、それは正しい情報なのか?」

 

勝卯木「うん。勝卯木市造は、私のおじい様の名前だよ!実は勝卯木家は、ちゃんとこの制偽学園を動かしてるんだよねー。」

 

宮壁「……つまり、お前達は悪魔の正体を知っていて、敢えてこの制偽学園に入学させたというのか?」

 

潛手「危険人物を入学させたってことですーかー!?」

 

篠田「……答えろ、勝卯木。どうやって奴の正体に辿り着いた。」

 

篠田の殺気立った目に背中が寒気を覚える。どうして篠田があそこまでこの話題に反応しているんだ?

 

勝卯木「いやー…それは私の管轄外というか。おじい様だって確証はなかったよ。確証はないけれど、『悪魔のおおよその年齢』は予測が立てられていた。だから制偽学園で悪魔を捜索したんだよ。」

 

勝卯木「超高校級の説得力って言ってしまえば『チート』ってやつでしょ?だからおじい様は化け物みたいにすごい人材を集める事で、悪魔を確保しようとしていたの。」

 

東城「悪魔を『確保』?悪魔との関係については一切触れてこなかったけれど、その言い方だと味方ではなさそうだね。」

 

勝卯木「味方じゃないよ!というかそもそも、悪魔は人類の敵だと思うよ?こんな力を持った人が外をうろついてたら困るでしょ?気分次第で町中が殺人鬼に溢れちゃうなんて怖すぎるもん!」

 

勝卯木「だからおじい様は、警察ですら認識できていない悪魔の正体を突き止めて、拘束するつもりでいたの。いわば『この世界をこれ以上壊さないため』に、文字通り『正義』を執行していたってわけ!さすがおじい様!」

 

難波「まぁ、悪魔が危ないのはそうだけど。でも、アタシ達にこんな事させてるアンタ達だって悪魔と大差ない『敵』じゃねーの?」

 

勝卯木「おじい様はこのコロシアイについては干渉してないよ!これは私を含めたほんの数人しか関わってないの。」

 

潛手「お、おじいさんに無断でこんな大がかりなことをしてるのですーかー…?」

 

勝卯木「そうだよ。おじい様は『悪魔を厳重に拘束する事』を目的として悪魔と思われる高校生に特別学級への招待をしていたけど、そんな生ぬるい事するんじゃなくて、もっと利用した方がいいって考えた人がいたの。」

 

勝卯木「それが私の大好きな元『超高校級の生徒会長』、『蓮お兄様』!お兄様は『平和のため』に『悪魔を味方に引き入れる事』を目的にコロシアイをしてるんだよ。ちょっぴり過激派なところも痺れちゃうでしょ?」

 

篠田「……!!!勝卯木蓮が、このコロシアイも企てたというのか!?」

 

宮壁「ちょ、ちょっと待ってくれ!言いたい事がありすぎてさっぱり追いつかない!」

 

やっと言葉が出てきた。篠田だけ異様に話を理解できているみたいだけど俺には何の事やらだ。

 

前木「そうだよ!そもそも、特別学級の生徒は『悪魔の可能性がある生徒』なの?」

 

勝卯木「うん!特別学級に入るためにいろんな事をしてる人がいたけど、結局特別学級に入れるかどうかは『才能がある』事の他に、『悪魔の素質の有無』によって決まるから入れない人はどう頑張っても入れないの。私みたいにね。」

 

東城「そうか。才能がないからキミは特別学級の生徒ではないという話になる訳だ。」

 

勝卯木「そう!悲しいでしょ?特別扱いされてるミンナが羨ましかったから、せめてコロシアイ中だけでも私も超高校級の生徒になってみたくて嘘ついちゃった。ごめんね!」

 

大渡「悪魔の素質?あいにくそんな説得力を持って生まれた覚えはねぇが。」

 

勝卯木「きょうくんの疑問に答えたいけど、この説明をしようと思うと私だけじゃ説得力に欠けるなぁ。ほら、私って一般人だし。だから君に手伝ってほしいんだよね、ヒトミちゃん。」

 

篠田「……お前……!!」

 

前木「え、どういう事?なんで瞳ちゃんの話になるの?」

 

潛手「篠田さん……?」

 

篠田は潛手の不安そうな顔を見て焦っているようだった。

 

柳原「篠田さんが何故、プールに入らなかったのか。その理由を考えれば想像はつくかと思います。」

 

篠田「柳原は分かっているのか。いや、安鐘と高堂に手当された時にとっくにバレていたのだが……。」

 

そう言うと、篠田は自分の制服を脱ぎ始めた。

 

宮壁「し、篠田!?」

 

勝卯木「わっ!ひとみちゃんたら大胆!」

 

思わず顔が赤くなりかけた俺の目に映ったのは、体中に広がる真っ青な入れ墨だった。

おしゃれのレベルを超えているような、間違いなく普通の生活を送るには支障が出てしまう程の刺青をまとった篠田は観念したように話し始めた。

 

篠田「私は…篠田家に使われている『超高校級のスパイ』として、このコロシアイに巻き込まれた。そして、その前に、『別のコロシアイに潜入していた』。勝卯木蓮とはそこで出会ったのだ。」

 

難波「……スパイが、アンタの才能なの?」

 

篠田「ああ。今まで黙っていてすまない。」

 

宮壁「別のコロシアイってどういう事だ?」

 

篠田「篠田家は、勝卯木蓮と同じように、悪魔を自分達の傘下に入れる事を企んでいた。私は悪魔を見つけ次第連れ帰る事を目的として、制偽学園に潜入していたスパイという事だ。悪魔を炙り出すためにコロシアイが行われる事を聞きつけた篠田家は、数年前に私にコロシアイへの潜入を命令したのだ。」

 

東城「結果を聞いていいかな。」

 

篠田「……いろいろあった。何度も事件が起きた。だが……結局その中に悪魔などおらず、結果としては無駄な犠牲が出ただけだった。」

 

無駄な犠牲、そう涼しい顔で言ってのける篠田が只者じゃない事は直感で分かった。ずっと只者じゃないオーラは感じていたけど、スパイだったのなら納得だ。

 

東城「キミが参加していた方のコロシアイはどうして終わったのかな。今回との違いは何かある?」

 

篠田「あの時のコロシアイが終わったのは黒幕が解放したからだ。黒幕の存在すら出てこずに終わったが、今考えると勝卯木蓮だったという訳だな。そして、あのコロシアイも今回も、校則はほぼ同じだ。次に違う点。まず、前回は校則に『悪魔』という言葉は出てこなかった。そして、今回私は潜入している訳ではなく、皆と同じように巻き込まれている。特別学級の生徒としてな。」

 

前木「じゃあ、今回のコロシアイは瞳ちゃんにとっても想定外だったって事?」

 

篠田「ああ。だから余計に周りへの警戒を解く事ができなかった。このように強制的に話す事になるなら最初から言えばよかったがな……。」

 

東城「なるほど。スパイでその刺青、あの運動神経にも納得できるね。」

 

難波「……アンタ、涼しい顔でいろいろ言ってるけど、それも人の死には慣れてるからって事?」

 

篠田「好きなように考えればいい。だが……今回巻き込まれた時、あの時と同じようにはしないと思っていた。あのような事は繰り返させないと。その結果が今のこの状況だ。……難しいものだな。」

 

篠田があまり俺達と関わろうとしなかった理由、それは、篠田がコロシアイの経験者だったからだった。思えばそんなような発言はしていた気がするけど、正直全部覚えていられる訳ないんだよな。

 

勝卯木「話を戻そうよ!お兄様の話もしたいー!だって私が言う「あのお方」って、超正確にはお兄様の事だもん!ほらヒトミちゃん、その時の事教えてよっ!」

 

篠田「……前回のコロシアイで巻き込まれたのは私以外全員、勝卯木蓮のクラスメイトだ。あの時はどこにも悪魔の存在すらほのめかされていなかった。ただ私が秘密裏に調べていただけだったからな。そして、そのコロシアイは5回の事件を経て幕を閉じた。黒幕によれば『成果が得られなかった』らしいが、その意味は『この中に悪魔がいなかった』という事だろう。」

 

篠田「そして今回も、同じルールであれば、おそらく悪魔の可能性がある奴が全員いなくなるまで終わらない。勝卯木蘭が死んでもコロシアイが続行されるというのはそのためだ。このコロシアイの目的が前回と同じだとすればな。」

 

勝卯木「うんうん。大体合ってると思うよ!前回の感想とかがあれば聞かせて欲しいなー!」

 

篠田「……いいものな訳がないだろう。話すつもりはない。」

 

前木「ちょ、ちょっと待って?話がこんがらがってきちゃった。結局何が分かれば話が進むんだっけ……?」

 

難波「えっと……アタシも理解しきれてないけど、まず『前回も今回も、コロシアイの目的は悪魔の捜索である』事。次に、『蘭の兄貴の勝卯木蓮が首謀者である』事。『瞳は篠田家から派遣された、悪魔について調べるためのスパイだった』事。これで大丈夫そう?」

 

潛手「難波さんのおかげで分かりましたー!だけど、どうして、悪魔さんを探すのにわざわざコロシアイをする必要があるんですーかー?さっきも炙り出す、なんて言ってましーたーよね?」

 

勝卯木「それは私が言わないと分からないよね。『悪魔が潜在的な才能だから』だよ。」

 

柳原「潜在?」

 

勝卯木「本人も自覚してないってこと!」

 

難波「は?この文だと『殺人鬼を作った』とかなんとか書かれてるけど、これじゃ潜在的な才能とは言えなくね?」

 

勝卯木「それは怖くするための例だよ。まあ、殺人鬼は実際町中にたくさんいた訳だけど、それが悪魔のせいかは分かってないしね。」

 

前木「え?そ、そんなに治安悪かったかな……?」

 

なんか怪しいな。これもメモしておこう。

 

[情報③:(勝卯木の発言)現在、街中で殺人鬼による事件が多発している。]

 

難波「なんかさっきも平和のためとか言ってたっけ。殺人鬼とかよく分かんねーけど、まあ平和のためにこんな事できる奴がいる時点で治安は終わってんでしょ。」

 

篠田「……?お前達、何を言っているんだ。毎日のようにニュースになっていただろう?」

 

東城「いや、知らない事だけど。」

 

篠田「……まさか、私とお前達で、記憶を失っている時期が違うのか?」

 

記憶喪失の時期が違う?

俺が今まで失くしたと思っていた記憶は……。

 

 

 

A.特別学級にいた記憶

B.結婚した記憶

C.外の記憶

 

 

 

 

→A

 

 

宮壁「俺はたまに自分は特別学級で過ごした事があるんじゃないかと思う事があった。それだけじゃないっていうのか?」

 

皆も同様の反応をする。篠田と俺達は特にその差があるようだ。

 

篠田「ここ十数年での治安の悪化が著しい事は知っていた。篠田家の人間が急に増えた事もそれに由来しているのだろうが。何故誰もその事を覚えていない?私は全員が知っていると思ったから今まで特に触れてこなかったのだが。」

 

東城「……ここまでいろいろな記憶を失っているのに、ボク達は今まで何の違和感も持っていなかった。どう考えてもこれはただの記憶喪失じゃない。……ボク達は、記憶が改ざんだれているのかもしれない。」

 

前木「じゃ、じゃあ、今私達が知っている事や覚えている事は、全く事実じゃないかもしれないって事……?」

 

それが本当なら恐ろしい事になる。俺の常識が常識ではない可能性。俺の思う皆や俺が、正しい皆や俺ではない可能性がある……。

手から汗が出てくるのを感じる。

 

何故ここに立っているのか、何故こんな事件が起きているのか、じわじわと自信が無くなっていく。

 

宮壁「どうしてそんな事までする必要がある?」

 

勝卯木「詳しくは知らないよ。私より詳しい人に聞けばいいんじゃないかな?」

 

難波「はぁ?何それ。」

 

[情報④:記憶の改ざんが行われている可能性が非常に高い。この事については勝卯木よりも詳しい人物がいるらしい。]

 

柳原「皆さん。情報が無い今、これ以上その事について話しても仕方がないでしょう。」

 

東城「……そうだね、話を戻そうか。つまりキミ達は、コロシアイという場で悪魔の才能が発揮されるであろうと予測を立て、実際にコロシアイを行う事で実験している、という事かな。」

 

勝卯木「その通り!さすが実験の鬼、話が早いねっ!」

 

篠田「……!つまり、あのコロシアイが終わったのは、ただ悪魔の人物がいなくなったというよりは、『才能が発揮される可能性のある人物がいなくなった』から、だというのか?」

 

勝卯木「そうだよ。あのコロシアイの人達って、最後はミンナ『才能を捨てちゃった』でしょ?せっかく『成長して覚醒するための舞台』としてコロシアイという場を提供しても、そんな風に才能を諦められたらこちらとしても困る訳だよ。私達が必要としているのは、そういう極限状態における『目覚ましい成長や才能の覚醒』だからね!」

 

難波「……宮壁。アタシ達が前に話した事、覚えてる?」

 

……!なるほど、だからこんなものが用意されているんだ。

 

宮壁「ああ。難波が言っていた、『黒幕は学級裁判に意味を求めている』って話だな?」

 

難波「そ。これで分かった。こいつらは学級裁判でアタシ達が意見をぶつけ合う事でその果てにある誰かの成長を望んでいた。そんな漫画みたいな展開、そう簡単にあるはずないのにさ。」

 

勝卯木「簡単にあるはずないからやってるんだよー。」

 

宮壁「……俺達は十分苦しんだ。苦しんで苦しんで、ここにいる。それってつまり、お前が俺達に見切りをつければこのコロシアイは終わるって事だろ?」

 

勝卯木「まだいけるよ、ミンナなら。」

 

勝卯木「だってミンナ、まだ戦う意志を持ってるから。その火が消えない限り、ミンナはまだ苦しんだとは言えない。」

 

……それじゃあ俺達は、本当に校則通り、コロシアイを続けるしかないのか?

自分の持っている情報にも確証が持てない、それなのに黒幕からはまだ可能性を感じられてしまっている。

まさに八方塞がりとも言えるこの状況に、誰もが犯人を突き止めた時よりも暗い表情をしていた。

 

東城「とはいえ、キミ達のやっている事は犯罪だ。どうして前回のコロシアイが微塵も外に出回らなかったのか不思議でしょうがない。」

 

勝卯木「いやー、その事件は出回ったよ?『火災』としてね。」

 

東城「火災。……隠ぺいか。」

 

勝卯木「そう!しかも今のミンナの記憶からはその火災の情報すら綺麗に切り取ってるから、ミンナからすると何も知らない事になるね!まあ、治安が悪いおかげでコロシアイもなかった事にできたしそういう意味では劣悪環境バンザイ!って感じかな?」

 

難波「さっきから思ってたんだけど、その超技術は何?」

 

勝卯木「ふっふっふ。勝卯木家の財力と協力してくれた研究所があればそんな事は朝飯前なんだよ!細かい事は気にしない!」

 

見た事がないほど眉間にしわを寄せて東城が呟く。

 

東城「……研究所、ね。」

 

篠田「待て、あれほどの死者が出た事件を隠蔽できるほど悪化しているのか!?」

 

勝卯木「瞳ちゃんも知らない事は勿論あるからね。今ここに外の状況について詳しい人なんてほとんどいないんじゃないかな?」

 

篠田「……あの人達は、元気なのだろうな。」

 

勝卯木「うん?前回の生き残りの先輩方の事?……変な事件に巻き込まれていなければ元気なんじゃない?火災で片づけられたのを知った時は文句を言いに来てたけど、それ以降は関係ないから知らないしなぁ。ただの若者数人でこの悲しい世の中の情報は覆らないんだよ、しかも先輩方は才能もなくしちゃった、いわば私と同じ凡人だもん。」

 

篠田「……。」

 

俺達ががんばってどうにかしてコロシアイを終わらせたとして、もしこのコロシアイが前回のコロシアイのようになかった事にされたら。

……篠田の悔しそうな顔が目に映る。死んだ人達の事を無駄な犠牲だと言った篠田だけど、つらくない訳がないんだ。篠田がそういう人じゃない事は、今までの篠田の行動が証明している。

 

篠田「……話を戻そう。前回のコロシアイについては話が出回っていないらしい。これが何を意味するか分かるか?」

 

柳原「おれ達が参加しているこのコロシアイも同じように隠蔽する、という事ですね?」

 

前木「……!で、でも、いくら外の治安が悪いからって、こんな大々的な事件、何度も隠せる訳ないよ!……蘭ちゃん、私はそんな事させるつもりなんてないよ。」

 

前木に声をかけられ少し嬉しそうな顔をしたが、話の内容に不機嫌そうに返した。

 

勝卯木「私にもどうするのか分からないんだよね、実は。まあ私はこれから死んじゃう訳だし、知らなくても当然なんだけど……。」

 

宮壁「勝卯木、お前は黒幕なのにどうしてそこまで無頓着というか……あまり詳しくないんだ?自分がクロになってまでどうしてコロシアイに命を懸けられる?」

 

勝卯木「うーん、前半は聞き流すとして……お兄様が好きだからだよ?」

 

宮壁「それだけか?」

 

勝卯木「うん。」

 

目を見る。俺の方をまっすぐ見て、勝卯木はそう答えた。

……これが勝卯木蘭なのか。そう思った。

 

前木「お兄さんのためなら、私達を殺してもいいって事?」

 

前木がつらそうな顔で勝卯木に問いかける。勝卯木は……一瞬目が泳いだが、すぐに笑って頷いた。

 

勝卯木「私にとっては何よりも大事なお兄様のためだもん!私に与えてくれた役目はちゃんとこなさなくちゃね!」

 

前木「……。」

 

勝卯木「そろそろ裁判も締めたいなって思うけど、何かあったらなんでも聞いてね!いくらでも裁判を続けさせてあげる!」

 

柳原「おれはもう終わってもいいですけど……。ずっと立ちっぱなしで痛くなってきました。」

 

勝卯木「んー……。ミンナは?」

 

宮壁「まだ終わらせるつもりはない。いくらでも話す事はあるはずだ。」

 

柳原「え?そうなんですか?」

 

宮壁「まず最初に、どうして勝卯木は毒が入ったお菓子を食べた?」

 

勝卯木「これは……完全にミスというかなんというか、私は『知らされてなかった』んだよ。誰も教えてくれなかったの!私だって常に監視カメラで状況を把握してる訳じゃないんだからね!」

 

前木「じゃあ、そこは本当に事故なんだね。」

 

勝卯木「そうだよっ!ことなちゃんもかわいそうって思うでしょ?」

 

前木「……。」

 

宮壁「それが全てか?」

 

勝卯木「も~、さすがにフェアじゃないからね。そこは嘘つかないよ。私だけなんにも知らなかったの。いじめって言うんだよ、こういうの!」

 

宮壁「じゃあ次の話題に移ろう。どうすればコロシアイが終わるのか、解決策が何も浮かんでいない。皆にもそれについて聞いていきたいと思ってる。」

 

前木「えっと……『悪魔の捜索がコロシアイの目的』で、『私達の中の誰かが成長する』事を狙っているんだよね。コロシアイを終わらせる方法が『悪魔が死ぬ事』……なんだか、このまま終われそうにはない気がするね……。」

 

難波「てか瞳、さっき前回のコロシアイは『悪魔関連の校則はなかった』って言ってなかった?じゃあ、悪魔は実際にこの中にいるって事?つまり、アタシ達が外に出るには特定の奴が成長した後に死んでもらう必要がある訳?」

 

篠田「私はそう考えていた。」

 

勝卯木「そうだよ。この中に悪魔がいるのは確定してる。今回のコロシアイは特に重要って事だよ。」

 

篠田「やはりそうか。……だからこそ、『私個人』の目的を話そうと思う。」

 

潛手「目的……?篠田さんも組織の人と同じように、悪魔さんを捕まえることじゃないんですーかー?」

 

篠田「私は、勿論コロシアイを企てた奴を許すつもりはないが、誰よりも悪魔に対して怒りがわいている。悪魔が自覚もせずにこんなところに来たために何人の命が落とされたと思う?前回のコロシアイ、私を除き特別学級の人間で生き残ったのはたった5人だ。勝卯木蓮を除けば4人になる。」

 

宮壁「5人!?」

 

俺達が今9人。これから勝卯木がいなくなる事を踏まえると、この裁判を終えるのは8人だ。それよりもさらに犠牲者が出る……考えたくもないな。

 

篠田「そして今回のコロシアイですでに6人死んでいる。こんな人数の犠牲者を出しておいて、許さない方が無理だろう。篠田家は悪魔を勢力に取り込もうとして私を派遣した訳だが……」

 

篠田「今回の私は派遣された訳ではない。つまり、何も命令されていない、ただの1人の人間だ。私がどう動こうが誰にも関係ない。」

 

篠田「私は必ず『悪魔を殺す』。」

 

潛手「……!」

 

前木「瞳ちゃん……!」

 

篠田「無駄な犠牲だと言った。当たり前だ。何故死ぬ必要があった?こんな状況でもなければ、いくら世の中が廃れているとはいえ、全員生きていたはずだ。勿論、ここから出た後に制偽学園の隠蔽した事実を公表し、お前達の事も破滅させてやる。」

 

……本気で怒っていた。

 

俺が前木に襲撃された時に抱いた覚悟なんて比にならないくらいの、相当な覚悟。

悪魔が判明したら、皆で出るために殺す……そんな事を言いながら、俺は皆と仲良くなるにつれて徐々にその気持ちが薄れていた。

だけど篠田は違う。その気持ちを抱いていたから才能を隠し、無駄な犠牲を出したくないから東城を守り、人と距離をあけて観察していたり俺が記憶に対して違和感をもっていた時に真っ先に声をかけてきたり。今までの行動は全部、その為だったのだ。

だけど……人を殺すという事を2回の裁判を経て実感していた俺達にとって、篠田のあまりにも堂々とした『犯行予告』は、理解こそできても共感には及べなかった。

 

難波「瞳、落ち着きなよ。」

 

篠田「私はいたって冷静だ。今まで言わなかっただけでな。」

 

潛手「……。」

 

潛手が何か言いたそうな顔で篠田を見ている……が、やめてしまったようで何も言わなかった。

 

勝卯木「ひとみちゃん怖いよっ!でも……少しだけ、私と考えてる事が一緒で嬉しくなっちゃった。」

 

篠田「は?」

 

勝卯木「私もね、お兄様が悪魔についての情報を手に入れてから全然かまってくれなくなって寂しかったの。だから私は『悪魔の関係ない裁判を補助して、さっさと悪魔を殺してもらおう』と思ってたんだよっ!」

 

宮壁「それで今までクロがあまり有利にならないように立ち回っていたっていうのか!?」

 

篠田「お前と一緒にするな……!」

 

勝卯木「お兄様に初めて反抗している私と、組織に背いた行動をとっているひとみちゃん。やってる事も目的も一緒だなんて、やっぱり私、ひとみちゃんの事を手助けしてあげたら良かったな~!」

 

難波「……?」

 

柳原「もー!いつまでどうでもいい事話してるんですか!早くコロシアイを終わらせるための話し合いをしましょうよ!」

 

体力のない柳原は疲れたのかいよいよ証言台にもたれてぼーっとし始めてしまった。

 

篠田「だから話しているだろう。勝卯木、一緒にするのはもってのほかだが、お前と私の目的は一致している。悪魔についてのヒントくらいくれてもいいだろう。」

 

勝卯木「……ヒントかぁ。ヒント出すのうまくないし、バレちゃいそうだからな……。バレたら成長なんてできないよ?というか、殺されるために成長できるような人ならそもそも成長なんて必要ないもん。」

 

……悔しいけど勝卯木の言っている事は正論かもしれない。

 

勝卯木「今回は前回のひとみちゃんだけが巻き込まれていたコロシアイとは違う。さっきも言ったけど、確実にこの中に悪魔はいるってお兄様は言ってた。もし悪魔を狙って殺すつもりなら、この中の誰かに眠っているから、まずはそれを覚ましてあげないといけないって事だよっ!これだけでも十分ヒントにならないかな?」

 

東城「たしかに、これからの動きは変わってくるね。悪魔を割り出す方法が分かっただけでも前進かもしれない。」

 

潛手「この中って事は、悪魔さんはまだ生きているってことですーかー?」

 

勝卯木「それは保証するよ!さすがにこれで『実は成長する機会もないまま死んでました』なんて話になったらコロシアイの破綻に繋がるからね!あとこれも言っておこうかな。悪魔が覚醒しないまま死んだ場合でも、一応校則に則ってコロシアイは終わるから、そこは心配しなくていいよっ!」

 

皆不満そうに勝卯木を睨みつけるが、誰も発言はしなかった。

[情報➄:悪魔は確実に生存している。]

 

勝卯木「……このくらいかな?よーし、じゃあ裁判も終わりにしようかな!今回の投票は少し特殊だから、ルールを説明するよ。」

 

難波「特殊?ああ、クロが2人かもしれないってやつね。」

 

勝卯木「そう!今回はまず、とりあえずクロを1人決めて投票をした後にその結果発表をするよ。その正解発表の後オシオキやら諸々の処理をして……問題はその後!『まだ投票を続けるかどうか』を投票で決めてもらうよっ!」

 

篠田「二度投票を行うのだな。……無論、1度目の投票の結果にかかっているが。」

 

勝卯木「そうだね。でも、ミンナは投票をして、本当に聞きたい事を聞かなきゃいけない。ミンナはこの投票で失敗してられない。私もミンナに間違えてもらおうとは思ってない。」

 

いつもモノパオが言っていた事だ。モノパオは「クロに勝たせるつもりはない」と何度も口にしていた。それが、自分がクロである場合でも同じだっていうのか……?

 

宮壁「勝卯木の考えている事は分からないけど、たしかにお前がクロなら俺達はお前の動機を聞く必要がある。間違える訳にはいかない事くらい知ってるよ。」

 

潜手「そうですーよー!なんであの2人だったのか、まだ教えてもらってないーですからねー……。」

 

勝卯木「正解だったらね!正解じゃないと理由も動機もないからね!じゃあモノパオくん、進行よろしくねっ!」

 

モノパオ「長い!長すぎる裁判だったね!いつもの倍は時間かかってたんじゃない?オレくん半分は寝てたよ。」

 

難波「……ほんと嫌な奴。モノパオの中の人って皆こうな訳?」

 

勝卯木「実はこのモノパオは私よりも意地悪だから、ミンナ大変だろうけど相手がんばってね!」

 

モノパオ「逆にオマエラが今までのポンコツ版モノパオに慣れすぎなんだよ!オレくんはクロとシロで差別しないし、手を抜く事もしないだけで立派にモノパオやってるんだよ!」

 

宮壁「なんだそれ……。」

 

モノパオ「前置きはここまで。投票に入るよ。オマエラ!生徒手帳から投票アイコンを選んでひらいてごらん!」

 

勝卯木「うわーっ!ドキドキだね、これ!」

 

勝卯木は楽しそうに自分の生徒手帳を見せてきた。すでに勝卯木自身のところに投票されている。

 

前木「……なんで……。」

 

勝卯木「?どうしたの、ことなちゃん?」

 

前木「……。」

 

勝卯木「どうしちゃったんだろう。ミンナは誰に投票した?この時間って本当に緊張するよね!」

 

俺達は戸惑いながらも、おそるおそる、勝卯木に投票した。

 

モノパオ「はい!オマエラの投票を確認しました!はたして、正解なのかーーーっ!」

 

 

白黒のガチャガチャにコインが投入されひとりでに回る。

しばらくして盛大なファンファーレが鳴り響いたかと思うと、突如無音になり、玉が転がり落ちてきた。

紛れもなく、勝卯木のイラストが描かれていた。

 

 

 

―裁判 閉廷―

 

 

 

「おめでとう!とりあえず正解だよ!勝卯木サンはクロ。オマエラよかったね!そしてオレくんも暇な時間でニュースタイルに!いい感じでしょ?」

 

モノパオが拍手を送る。裁判に白熱しすぎて気づかなかったけれど、いつの間にかモノパオから出ていたピンクの綿はしまわれており、きちんと首もくっついていた。

 

「おめでとーっ!今回もシロのミンナが勝ってくれて嬉しいよ!私もちゃんと投票してよかった!」

 

「……何故、三笠達を殺した。」

 

「ひとみちゃんはその事ばっかり!もっと達成感を味わってからでも良くない?」

 

「説明しろと言っているのが聞こえないのか。」

 

勝卯木はお手上げといった感じで両手を上にあげる。

 

「……分かった。話すからそんなに怒らないで?私が2人を狙う計画を作ったのは単純な話で、『2人がいい人だったから』だよ。」

 

「は?」

 

思わず口から間抜けな声が漏れる。

 

「ん、え……?いい人だからって、どういう事ですーかー……?」

 

「そのままだよ。2人とも、とってもいい人でしょ?いつもミンナの事を考えて気にかけて、支えて、励まして……。そういう人達ってさ、いい人すぎて、『コロシアイの邪魔』なんだよね。そんないい人がいたら、ミンナ自分で考えて悩んで成長する事をやめてしまう。何かあったら2人に相談しようってなる。それじゃあコロシアイの意味がないもん。」

 

「そんな理由……冗談、だよね?」

 

「も~!冗談を言ってる顔に見えるの?ひどいよことなちゃん!黒幕として話してる今は嘘なんてつかないよ!」

 

「やっば。マジで言ってんの?」

 

「ここまで清々しいと制裁としてのオシオキも物足りなく感じてくるね。」

 

 

コロシアイの邪魔。

 

 

……そんな理由で、俺達の大切な仲間が殺された。

2人とも、いい人だけど完璧な人間って訳じゃなかった。

勝卯木を黒幕だと思って犯行に及んだ安鐘も、仲間を助けられなかった事を悔やんで嘆く三笠も、自分なりに必死だっただけなのに。決して悩みがない人達じゃなかったのに。2人と過ごした時間が脳裏によみがえる。

そんな2人がこれほど理不尽な理由で殺されたなんて、納得できなかった。

 

「……本当にその理由が正しいのか?それだけなのか?」

 

「ひとみちゃん、顔が本当に怖いよ!もう何も隠してません!たぶん!いや、言い方にも気をつけてるし、間違いは言ってないよ!それは誓うから許してっ!」

 

「許す訳がないだろう。お前がこれからオシオキされる予定じゃなければ私が代わりに殺してやってもよかったくらいだ。」

 

「ぶ、物騒すぎるよこのスパイ……!お願いスパイ様!命だけはご勘弁を!」

 

目を潤ませながら篠田の方を見て懇願する勝卯木。

どう見てもふざけているから余計に腹が立ったけど、これ以上情報がないなら聞いても仕方ないだろう。

 

「……待て。」

 

「え、わたりんどうしたの!?私に話しかけるなんて初めてだよね!?」

 

「その呼び方は二度とするんじゃねぇ。」

 

「大渡?」

 

「貴様が黒幕で、今までの事件の証言も信用ならなくなった訳だが……。あれは事実を言っていたのか?」

 

「は?それは証拠に説得力を持たせるために、クロに不利になるような発言をあえてしてたって話じゃねーの?」

 

「……実は事実は言ってないんだよね!いいじゃん、クロを正しく突き止めるために嘘ついてたってさ!私の証言もあって今までの裁判を勝ち抜けてるんだから、ミンナからすれば万々歳だよね?」

 

「なっ……!」

 

「貴様らは鈍いのか忘れてるのか知らねぇが、コイツがこうやってありもしない証言をしていた事を踏まえると、『あの行動』が偶然じゃねぇ事に気づくはずだ。」

 

「あの、行動?」

 

不安そうな前木を一瞥すると、大渡はとんでもない事を口にした。

 

「前回の事件。クワガタ頭が問い詰めた『事件の発端』。コイツが変態野郎に動機を返した事だっただろ。」

 

「………蘭、アンタ、あれもわざととか言わねーよな。」

 

「ちょ、ちょっときょうくん!それは最後まで内緒にしようと思ってたのになんで覚えてるの!ひどい!」

 

……今回の事件だけじゃない?

前回の事件も、勝卯木がわざとやったっていうのか?

 

「お前……!」

 

篠田もいよいよ眉がつり上がる。いつ掴みかかってもおかしくない状態の一同を止めたのはモノパオだった。

 

「ストップストップ!その辺にしてあげて!そんな事しなくてもコイツはもうすぐ死ぬから!ね!落ち着いて、深呼吸して……そう……。」

 

「なんでモノパオにたしなめられなきゃなんない訳?」

 

難波も不服そうだが、今ここで更なる事件を起こしてもどうにもならないから助かった……のかもしれない。

 

「えっと、オマエラのヘイトも高まってきたところでオシオキしちゃいますか!勝卯木サン、最後に言いたい事は?」

 

「最後にミンナに嫌われちゃったのが本当に悲しいよ。あんなに優しくしてくれたのに。」

 

「まー自業自得だよね!オマエラの方から勝卯木サンに言いたい事は?」

 

「……蘭ちゃん。」

 

「ことなちゃん!ことなちゃんはまだ私に話かけてくれるんだね!やっぱり私達はまだ……」

 

「ごめん。」

 

「え?」

 

「友達じゃ、いられない。」

 

前木は泣きながら、勝卯木が駈け寄ってくるのを拒んだ。

 

「ことなちゃん」

 

「蘭ちゃん。ごめん。私も許せないよ。」

 

「……そう、だよね。」

 

「次は、本当に友達になりたい。」

 

「……そっか。」

 

「うん。」

 

勝卯木は少し寂しそうな顔で、泣きすぎて顔をあげられなくなった前木を見つめる。

 

「……そっか……。」

 

そう呟く勝卯木は、誰がどう見ても、いつもの勝卯木蘭だった。

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

GAME OVER

 

カチウギさんがクロにきまりました。

オシオキを開始します。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

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●●●●

 

 

 

―――――

オシオキ対象者の死亡を確認。

オシオキを停止します。

―――――

繰り返します。オシオキ対象者の死亡を確認…………

 

 

 

 

 

□□□

 

 

勝卯木は血を吐いて倒れていた。

その血さえなければ、眠っているのかと勘違いするほど、ごく自然に死んでいた。

 

許せない黒幕で、三笠と安鐘を殺した張本人で、意味の分からない行動原理で……。

だけど、それでも、今こうして目の前で動かなくなってしまった勝卯木を見ていると。

 

何故か泣きそうになった。

 

言葉が出せない俺達をよそ目に、モノパオが飛び出てくる。

 

 

「は?ちょっと待って、そんなプログラムになってるとか聞いてないんだけど……。うわ、面倒な仕組みだなぁ。」

 

慌てたようにカチャカチャと何かをいじっている。その数秒後、やっとオシオキ停止のアナウンスは鳴りやんだ。まだしばらくいじっているから次の投票までは少し時間がかかりそうだ。

 

「……黒幕の癖にオシオキも無しかよ。自分だけ楽に死にやがって。」

 

大渡がいつもの悪態をつくが、今回ばかりはそれに同調するような雰囲気が流れていた。

 

「……。」

 

「琴奈、大丈夫?」

 

「……ごめんね。もうちょっとだけ、大丈夫じゃないかも。」

 

「分かった。」

 

クロと黒幕が分かった。

犯行の内容も動機も分かった。

でも、何も分からなかった。

 

『俺達の成長の場としてコロシアイが用意されている』。

 

ここにいる誰かが悪魔の才能を自覚しない限り、悪魔が誰か確認するすべはない。不確かなまま誰かを殺すなんてできる訳もなく、かといってこのままではコロシアイも終わらない。

……そんな状況で、どうしろっていうんだろうか。

 

「俺達は、どうすればよかったんだろう。」

 

無意識に出ていた声は、もちろんこの静かな空間においては皆に聞こえていた。

 

「……成長、覚醒。そのための『危機』がこの裁判だった。今回の危機では、おそらく、『誰も成長していない』。この裁判は本当に意味の無いものになってしまった、という事だろうね。」

 

東城の言葉にますますやりきれない怒りがわいてくる。

 

「三笠は成長しようとしてたんだ。三笠は、ずっと自分の励ましが上手くいかなかったって後悔して、そこから立ち直る途中だったんだ。」

 

「だけど、前を向けるようになれば、成長すれば悪魔かどうか疑われるきっかけになる。アタシらは今まで裁判のたびにお互い励まし合って前を向いてきたけどさ……今となっては、その励ましすら怪しむ要素になって……。四面楚歌って感じだね。」

 

俺の言葉に難波がそう返す。

本当に、詰んでいるのではないかと思うくらい、ここからどうすればいいかの手立てが考えつかない。誰も前向きな言葉を口にできなかった。

 

前向きな言葉を口にしたら怪しまれるんじゃないか?

誰かの前向きな言葉で俺が勇気をもらったら、それは成長なのか?

 

前を向く事が、人を励ます事が、怖い。

 

「後は次の投票で裁判終了を選んで終わりですかね?まだ始まらないんですか?」

 

「もう少し待ってね!いろいろ面倒なんだよこれ。アイツがよく分かんない事にしてたからさ。」

 

次の投票で俺達はまだクロ投票を続けるか、裁判を終えるかを決める。

正直大した用もないのにここにとどまっているのが純粋に不快だった。

今はもう、誰かと一緒にいたくなかった。

 

「……篠田さん……。」

 

潛手の視線の先には肩を震わせたままの篠田がいた。

 

「私は、まだ勝卯木の動機に納得できない。そんな事で殺されてたまるか。……だが、無理矢理にでも納得しなければならない事なのだろうな。」

 

「篠田さん、大丈夫ですーかー……?」

 

「ああ。めかぶにも心配をかけたな。」

 

「いえ!あ、あの、でも……」

 

潛手は何かを言い淀んでいる。そういえばさっきから何か言いかけていたな。

 

「?」

 

「篠田さん、人を殺すなんて、言わないでくださいー……。」

 

「……!」

 

「た、たしかに、潛手めかぶ達は、悪魔さんのせいでこんな事になっているし、勝卯木さんのせいで今回の事件が起きてしまいましーたー……。でも、それで恨んだら、一緒だと思うんです。」

 

「……。」

 

 

『ふら、』

 

 

「潛手めかぶは優しい篠田さんが好きでーす!だ、だから、その、篠田さんに、そんな事を言ってほしくないんです……!」

 

「めかぶ……。」

 

「篠田さんの事、何も知らないです。でも、篠田さんが今まで潛手めかぶに優しくしてくれたのは、潛手めかぶが1番知っています。潛手めかぶの知っている篠田さんは、その篠田さんですー……!」

 

先ほどまで、前向きな言葉を口にするのをためらっていた俺に水をかけられたような気分だった。

 

「……私の覚悟を簡単に曲げるつもりはない。だが……」

 

「めかぶにそこまで言われて考え直さない程、私は愚かじゃない。お前達がこれを成長だと思うならそれでいい。私はめかぶを信じると決めた。」

 

ほんのわずかだが、篠田がやっと微笑んだ。

 

「篠田さん……!」

 

篠田に駆け寄る潛手を優しく受け止めた。嬉しそうに目を潤ませて、2人は抱きしめ合っていた。

 

「怖い思いをさせたな、めかぶ。」

 

「ふふー……!篠田さんならそう言うんじゃないかと思いましたーよー!」

 

 

『ふら、』

 

 

投票までのこの時間、先ほどまで笑顔のなかった場所に、少しずつ笑顔が戻ってくる。

 

「え、ウケる。超仲良しじゃん!琴奈、アタシらもぎゅーしちゃう?」

 

「ふふっ、紫織ちゃんたら。でも、うん。皆のいるところでは恥ずかしいけど、ちょっとだけ……。」

 

 

『ふら、』

 

 

「ハグか。確かに今この精神状態を緩和するにはちょうどいい行為かもしれないね。……大渡くん。」

 

「あ?きめぇ。来んな。」

 

たまたま近場にいた大渡に近寄るが東城は手を払いのけられてしまっている。まぁ、そりゃそうだろうな。俺でもちょっと嫌だし。

 

 

『ふら、』

 

 

柳原も周りの空気にのまれて「おれもやりたいです!」とか言うんじゃないかと思ったら、そんな事はお構いなしにモノパオの作業を覗き込んでいた。

 

「これ、何やってるんですか?」

 

「も~邪魔なんだけど!宮壁クン、コイツどこかに連れて行ってよ。ほら女子達みたいに抱きしめ合って百合の花でも咲かせていてくれないかな!?」

 

「はぁ?」

 

 

『ふら、』

 

 

「や、柳原。早く裁判終わらせたいんだろ?」

 

 

『ふら、』

 

 

「だってこれ、投票の事なんてやってないんですよ?」

 

 

『ふら……』

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

『ごふっ。』

 

 

 

 

 

音がした。

 

 

 

 

これは、血を吐く音だ。

 

 

 

直感で分かった。

今朝の三笠とさっきの勝卯木と同じように、これは、血を吐く音だ。

 

 

じゃあ、どこから?

自分の口を触る。何もついていない。俺じゃない。

 

 

「……は?」

 

 

「きゃあああああああああああ!!!!!」

 

前木の悲鳴に、やっと『誰の音か』理解する。

 

「…………。」

 

 

 

 

 

篠田の服が、真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

目を見開いて、篠田は立ち尽くしている。

 

微動だにしない彼女を抱えたまま。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「………………めか、ぶ?」

 

 

 

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?????

 

 

 

何を言っているんだ?

 

 

 

脳が処理を受け入れていない事を自覚する事すら、まともにできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ!『モノパオファイルを作ってたら手間取っちゃった』!」

 

 

「裁判を続けるかやめるか、だっけ?そんな事聞かなくてもオマエラの意見は一致してるよね。」

 

 

 

 

 

「オマエラ、死体が発見されました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、処理能力を失った俺の頭を、安鐘の言葉がよぎる。

 

『これは、たぶん、言ってはいけない事だと思いますが…どうか気をつけてくださいませ。裏切り者や黒幕…おそらく悪魔などよりも、ずっと質の悪い人が、あなた達を狙っていますから。わたくしが死んだ後も、くれぐれも気を抜かないで。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER3 『 I のままにワガママに』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級のサバイバー 三笠壮太

【毒薬で死亡】

 

超高校級の茶道部 安鐘鈴華

【大量出血により死亡】

 

勝卯木蘭

【毒薬で死亡】

 

 

超高校級の海女 潛手めかぶ

【???により死亡】

 

 

残り生存者数 7人

 

 

 

 

 

 

 

 

▼[青いスカーフ]を手に入れた。

 

▼[高級な袱紗]を手に入れた。

 

▼[凡人のバッジ]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT →→→ CHAPTER???『私のままに我儘に』




ここまでの情報があれば次回作を読んでも基本困らないと思います。
ひとまず3章完結です。ありがとうございました。


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Chapter???『私のままに我儘に』
「非」日常編 1


?章です。
ここからはネタバレ感想の際はワンクッションをお願いします。


 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「……………え?」

 

「きゃああああああああ!!!!!」

 

 

誰のかも分からない叫び声。

 

 

「めかぶ、めかぶ?大丈夫……?」

 

 

真っ青な顔で潜手に駈け寄る篠田にモノパオが冷たく言い放つ。

 

「あのさ、死んだって言ったじゃん。死体発見宣言、してあげたじゃん。聞こえてなかった?」

 

「お前に何が分かる!!そんな遠くから、勝手にめかぶの生死を決めつけるな!!!」

 

篠田の言葉、モノパオへの睨み。全てが殺気を帯びていた。

 

「めかぶ、何してるんだ、起きてくれ。体調が悪いのだろう。無理もない。ずっと捜査に裁判に、がんばっていたからな。休むといい。」

 

篠田が抱えても、潜手は目を開かないし、何の反応もしない。

 

「なあ、お願いだ。」

 

篠田は泣いていた。

 

「……嘘だろう?今は寝ているだけなんだろう?こんな血、本物な訳ないだろう?めかぶ、お願いだ、心臓の音を聞かせて。私を見て。お願い、お願い……………」

 

「え、え、嘘だよね、だって、さっきまで、ほんとにさっきまで、普通だったのに。めかぶちゃん、生きてたんだよ?」

 

俺にも、訳が分からない。

どういう事だ?勝卯木が犯人で、それで終わったんじゃなかったのか?

 

 

……この、事件は、

 

「終わっていない、むしろ、まだ続いている。」

 

「…東城。」

 

「そう考えなくてはいけない事態になってしまった。そういう事だよ。」

 

「えっと……じゃあ、また捜査を始めるんですか?おれ、もう帰りたいです……。」

 

「チッ、こっちの疲労なんてそっちのけっつー事かよ。胸糞悪ぃ。」

 

「もう嫌だよ、私……耐えられない…。」

 

前木も泣いていた。

 

「そんな事より、即席でモノパオファイルを作ってあげたからありがたく受け取ってね!全くもー、ほんと仕事増やすのだけは得意なんだからさ。」

 

モノパオからUSBを手渡される。

なんで、こんな事になってるんだ。もう何も考えたくないのに。それだけの出来事と遭遇したのに、まだ何をやらせようっていうんだ。

 

「……はぁ。アンタ達、やるよ。」

 

「紫織ちゃん…。」

 

「正直言ってきつ過ぎる。でも、やらなきゃ終わる。やるしか選択肢はない。」

 

難波も決して顔色がいいわけじゃない。この中に顔色のいい人なんて1人もいない。

でも、やるしかないのなら……。

 

「捜査しよう、皆。」

 

篠田の元に向かう。潛手をそっと床に寝かせ、おそらく携帯していたであろうハンカチで口元の血を拭っていた。

 

「篠田、捜査、できそうか。」

 

「……ああ、できる。」

 

「マジで言ってんの?そんな風に見えないけど。瞳は休んだ方が」

 

「やらせろ。クロは私が突き止める。私があの世へ送ってやる。」

 

篠田は恐ろしい形相で難波を振り切る。

 

「瞳、ちょっと!」

 

「私は元気だ。犯人を殺す邪魔をするな。」

 

「瞳ちゃん……?」

 

「直接手を下す訳じゃない。すぐに投票してオシオキを受けてもらうだけだ。冥途の土産も、遺言も、遺させてやるものか。私の友人達はそんな物何1つ遺せなかったのに。」

 

篠田の言葉を聞いて、篠田を止める権利は俺にはないと判断した。

 

潛手の言葉で前を向こうと、考え直すと言っていた篠田はもういなくなってしまった。

犯人が、潛手の篠田に向けた言葉を台無しにしたんだ。潛手の命だけじゃなくて、潛手の思いも消してしまった。

邪魔をしないように、そして、確実に突き止めてみせる。犯人を許さないという気持ちは俺だって同じだ。勿論、犯人が今も生きているかは分からないけど。

 

 

なんで、潜手だったんだ。何も、彼女は何もしてないじゃないか。

いつも皆のために、どんな時も周りの事を考えてくれて、篠田の事を1番気にかけていたのも潜手だ。さっきだって、篠田を元気づけようと必死に声をかけていた。そんな彼女が殺される理由なんて、全く思いつかない。

潜手の元に向かう。篠田が瞼を閉じていたからだろう、想像よりも安らかな顔をしていた。

心の整理がつくとかつかないとか、そういう問題じゃない。信じられなかった。そっと手を触ったが、まだぬくもりを感じた。意味が分からない、というのが正直な感想だ。

 

 

もう1つ、俺の心に確かに突き刺さっていたものがある。

それは、俺の判断が間違っていたという事。

難波の言う通り、この事件は終わりではなかった。俺が判断した真実は、おそらく事実じゃなかった。もう少しで俺と皆の命を失うところだったかもしれない。潛手が死ぬまで、俺達はこの事件は終わったと信じて疑わなかった。

 

俺が、皆を殺すところだった。

 

「……宮壁。」

 

「篠田。」

 

「何を考えているのか、想像はついている。お前は十分丁寧に推理していた。あのまま間違って裁判を終えていても、お前を恨む奴はいない。もしお前がどうしても自分を許せないのなら……」

 

「なんとしてでも、今度こそ事実を捉えるぞ。」

 

篠田の言葉が励ましではない事は目を見ればすぐに分かった。篠田は潛手を殺された事への殺意だけを胸に……つまり、これは捜査に身が入らない俺を叱責しているのと等しい。

 

「……ああ。勿論だ。」

 

「よし、じゃあ分担でもしよう。東城には検死を頼む事になるだろうし、大渡、アンタは見張りでもしていて。」

 

「……。」

 

不服そうだが大渡も黙って頷く。

 

「アタシと前木は保健室を調べる。3人はどうする?」

 

「おれは宮壁さんと一緒に捜査します!」

 

「私は食堂を調べ直したい。宮壁、ついてきてくれるか?」

 

「俺もそのつもりだ。」

 

俺と篠田と柳原か。……それにしても、決まるのが早い。もう7人だもんな。

 

「分かった。じゃあそれで。モノパオは捜査終了時に招集かけて。」

 

「難波サンが仕切ると話が進むね!勿論呼びますとも!あ、ちなみに、死体は片付けちゃってるからもう調べられないよ。じゃあ、適当な時間にまたお知らせするね!オマエラ、ぐっどらっく!」

 

 

 

 

―捜査開始―

 

 

 

 

「宮壁さんは何か気がかりな事はありますか?」

 

「まだ何も見当がつかないな。柳原はどうだ?」

 

「もしかして、おれの事、あてにしてます?」

 

「え、嫌だったか?協力していきたいし、他の人の観点がもらえるのはありがたいと思ってたんだが……。」

 

「いえ!おれも一人前になれたんだなぁと思って、嬉しくなっちゃいました!」

 

「ああ、なるほど。」

 

「おれはどこを調べるか迷っていたので、篠田さんがどうして食堂を調べようと言い出したのか気になります!」

 

「……安鐘の事件も、まだ謎が残っている気がしてな。それだけだ。三笠や潛手はおそらく毒によるものだが、安鐘だけは違うのも気になる。勝卯木が何故安鐘には毒を使わなかったのか、おかしいとは思わないか?」

 

「うーん、そもそも潛手さんがいつ毒を口にしたのかも不明ですよね。あ、つきましたよ!」

 

3人で食堂に入る。現場はそのままだが、安鐘の姿だけはどこにもなくなっていた。

先に倉庫に寄って持ってきていた長靴を履いて厨房へと足を踏み入れた。

 

「とは言っても、もう見たところだからな……。」

 

「感電装置に関しては解き明かされていそうだが……1つ疑問がある。」

 

「なんだ?」

 

「先ほどの推理では勝卯木が宮壁を襲った後、安鐘のドアを叩く前に厨房に戻って水を張ったり感電装置を仕掛けた訳だろう?その間に宮壁が起きるかもしれないとは思わなかったのだろうか?」

 

「でもモノパオも勝卯木さんの事はバカとかポンコツとか言ってましたよ?篠田さんとは違ってそこまで頭が回らないんじゃないですか?」

 

「柳原……。」

 

「まぁ、普通に考えるならそうだが。」

 

ちょっと、2人とも、さすがに死んだ人に対して辛辣すぎないか?いや、黒幕を擁護するのもおかしな話だけど……。

そう思いながら歩いていると、ぐしゃりと何かを踏んだ。見ると雑誌を踏みつけてしまっていたみたいだ。

 

「うわ、破れちゃったな。」

 

「乾かしたら読めますかね?」

 

「うーん、無理なんじゃないか?」

 

そこまで話してふと、水浸しの雑誌を手に取る。ぐっしょり濡れていて、ページをめくるのも難しい。

 

「宮壁さん?」

 

「……いや、水に濡れるんだな、と思って。」

 

「当たり前じゃないですか?紙ですよ?」

 

「つまり、足場として使える時間はかなり限られていたって事じゃないか?」

 

「……はっ、たしかに!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ更新「床の雑誌」

 

「話を戻そう。俺が起きるまでの時間か……結局長い間気絶していたけど、いつ起きるか何てそういうのに勝卯木が詳しいとは思えないな。」

 

「何も考えてないんじゃないですか?黒幕なのにあまり詳しくなさそうでしたし。今も裏切り者主体でコロシアイが回っている時点で察しがつきます。」

 

「だけど、1番最初は裏切り者なんていなかったんだろ?」

 

「それもそうですね……。なんであの人の事を考えて上げなくちゃいけないんですか!もう死んでるのに!」

 

不満そうに言うと食堂に戻ろうとしたが、篠田の鋭い視線を受けてすぐに立ち止まった。

今捜査を投げ出すような事があったら篠田に何されてもおかしくないからな……。柳原が少しでも空気を読めるようになってよかった。

ため息をついて篠田の方を振り返ると、何やら真剣な顔つきでしゃがんでいた。

 

「……。」

 

「篠田?」

 

「ああ、いや。この電子レンジが何故落ちたのか、あまり分からなかったものでな。安鐘は感電して倒れていたのだから、勝卯木と安鐘が揉めた訳ではないだろう?」

 

「それもそうだな……。」

 

「まぁ、雑誌の上に落ちているから勝卯木が犯行中にどこかをぶつけたのだろうな。」

 

すごく冷めた目をしている。……まぁ、想像したところで何にもならないしな……。

 

 

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・・・コトダマ更新「壊れた電子レンジ」

 

その後も一通り厨房を捜査したが、以前調べたところから情報は増えそうになかった。

 

「あのさ、2人にも安鐘の言っていた事を共有しておこうと思うんだけどいいか?」

 

「そういえば宮壁と難波は1番最後に安鐘と会話したのだったな。話してくれ。」

 

「ああ。」

 

メモをとっておいてよかったな。該当のページを開いて2人に見せて説明した。

 

<メモ>

・動機→×

・毒の入手方法→×

・計画はいつから?→動機を見た時

・犯人を特定しやすい殺し方にした理由→?

・殺す相手として勝卯木を意図的に選んだ=黒幕だったから

・質の悪い人?

 

 

「……こう見ると情報としては少ないように感じるが。」

 

「ま、まあ、そうだな。何か理由があって話せなさそうな感じではあった。」

 

「毒の入手方法など、モノパオから貰った以外に無いだろう?何故ここも黙秘されているのだ。動機もだ。計画は立てていても動機がないなど、違和感しかない。」

 

「うーん……動機に関しては黒幕だから、じゃないでしょうか?黒幕だって事も秘密にしていたみたいですし、ここは解決しているような気もします。」

 

「なるほど。つまり不明点は毒の入手方法と殺害方法の理由か。この最後の文はなんだ?」

 

「……俺は、こいつが今回の事件に関わっている気がしている。裏切り者、黒幕、悪魔とは別人であるような言い方だったからな。」

 

「たしかに怪しいな。……まったく、黒幕は分かっているにも関わらず、まだこんなに怪しい奴がいるのか。」

 

「本当ですよね!7人のうち3人だなんて……。えっ!ほぼ半分じゃないですか!」

 

「……捜査しづらくなるからやめないか、この話。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「安鐘の証言」

 

「あと、勝卯木の起こしたさっきの事件についてもまとめておきたい。」

 

「たしかに、そこと照らし合わせていくなら大事ですね!」

 

「粉末の毒を三笠に盛り、宮壁を襲った後安鐘にも襲いかかった。感電装置を用いて安鐘を気絶させ、そのまま殺した。時間をおいて三笠も死に……先ほど、クロである勝卯木も安鐘による毒で死んだ。簡単に言うとこのような感じか。」

 

篠田がかなり簡潔にまとめてくれた。ありがたい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「勝卯木の計画」

 

「ああ。分かりやすくて助かる。」

 

「……そういえば宮壁さん、頭はもう大丈夫なんですか?」

 

「ん?いや、たんこぶくらいだからな。まあ、今のところ気分が悪くなる事もないし大丈夫だ。」

 

「そうですか!よかったです!」

 

「異変を感じたら言うようにしてくれ。」

 

「ありがとう。」

 

ひとまずメモを片付ける。

 

「整理しておくべき事もこのくらいか。別の場所も捜査してみないか?」

 

「そうだな。俺もいろいろと見ておきたいところはある。」

 

3人での話もまとまり、次の場所に移動しようと立ち上がった時だった。

 

「入れ違いにならなくてよかったわ。3人はもうここの捜査は終わった?」

 

「難波。」

 

「あのね、今から武器庫に行ってみようって話をしてたんだ。3人がまだなら一緒にどうかなと思って。」

 

「武器庫か……宮壁と柳原は先ほども捜査したのだったな。」

 

「いや、俺も行くならそこのつもりだったから大丈夫だ。柳原……柳原?どうしたんだ、調子悪いのか?」

 

さっきからずっと椅子に座りっぱなしの柳原に声をかける。

 

「え、あ、その……」

 

調子が悪い、という言葉に篠田がビクリと反応する。

 

「体調がすぐれないのはいつからだ?何かあってからでは遅い、心当たりは……!」

 

「あ、えっと、疲れただけなので……。」

 

柳原は申し訳なさそうに立ち上がる。

 

「今日は朝から立ちっぱなしだったので、脚が痛くなってきちゃって。本当に何でもないです!ごめんなさい!」

 

そう言われて初めて、今朝起きてからろくに食事も水分も摂っていない事を思い出した。

足にかなり疲れがたまっているのも感じる。裁判や捜査に必死で、気にもとめていなかったからな……。

 

「完全に忘れてた。……ちょっと休憩しよう。せめて水とか飲まないとまずい。」

 

「じゃあ、東城くんと大渡くんにも何か差し入れに行きたいんだけど……。」

 

「あ、それならいっその事、モノパオに頼んで休憩時間にしてもらう?頼んだらいけねーかな。」

 

「それがいいです!おれ、せっかくならちゃんとご飯も食べたいです!」

 

「では東城と大渡も呼ぶべきだな。」

 

『その必要はないよ!オレくんからアナウンスするからね!』

 

突如食堂のモニターが篠田の言葉に呼応する。どうやらこちらの動向をずっと見ていたらしい。

 

『えー、オマエラ、至急、食堂にお集まりください!ただいまより、オマエラの健康に配慮して食事休憩を取るよ!いつまでも死んだ奴触ってないで戻っておいで!』

 

「……。」

 

癇に障るアナウンスが鳴って数分後、大渡が食堂に顔をのぞかせた。

 

「東城はどうした?」

 

「個室に着替えに戻った。検死も粗方終わったところだから後で研究野郎が話す。」

 

「分かった。」

 

 

□□□□□

 

 

東城が戻ってくる頃には、机の上には人数分のペットボトルとレトルト食品が並んでいた。

 

「ポットとかも倉庫にあって助かったわ。お湯沸かすにしても鍋探すのも大変だしさ。」

 

「なんか戦時中って感じのご飯ですね。」

 

「……戦時中みたいなものだろう。」

 

「……。」

 

前木と目が合う。今の篠田の発言に何て返せばいいか分からないって顔だ。たぶん俺も同じ顔をしている。下を向いたままの難波の肩が少し揺れている気がするけど、笑うのもなんか違う気がするんだよな……。

 

「たしかにそうですね!」

 

「よかった……。」

 

「宮壁、何がいいのだ?」

 

「あ、い、いや、休憩取れてよかったなと思って。柳原が言わなきゃそのまま捜査を続けていたから。」

 

あ、危ない……ブラックジョークじゃなかったらしい。返事をしたのが柳原で良かった。本当に。

 

「頭を使う時は特に食事が大切だからね。……まあ、柳原くんは飛びぬけて疲れているだけだろうけど。」

 

「え、どうしてそう思ったんですか?」

 

「長距離歩いた後のような、長時間立つ事に慣れていないような歩き方をしていたからね。」

 

「おれ、普段家から出ないので……。」

 

「かくいうボクも実験中立っているだけで歩きはしないけれど。」

 

なるほど。このメンツだと意外と東城が喋ってくれるのか。端で黙々とレトルトカレーを食べ進めている大渡を見る。なんか、久しぶりに一緒の時間に食事をしている気がするな……。

 

「……。」

 

俺の視線に気がつくと食べ途中なのに席を立とうとしていたので慌てて目を逸らした。

 

「なんだか、どんな気持ちで食べようって思ってたけど、思ったより安心できるね。こうやって、皆でご飯食べるの。」

 

「だね。捜査中とはいえ、日常が戻ってきたって感じがする。てかこのうどん超うまいんだけど。」

 

「ね!私もこれにしてよかったー!瞳ちゃんはそんなに少なくていいの?」

 

「大丈夫だ。普段からそこまで食べる方ではないからな。」

 

「そっかぁ……じゃあ、デザートは食べようよ!」

 

「……ああ。」

 

まだまだ表情は固いものの、篠田も少しは落ち着いたようだ。……いや、落ち着いているふりをしてくれているだけだろうか。

その後デザートも食べてお腹を膨らませる。これからどうなるかまるで想像がつかないから、心の準備も兼ねてだ。

 

「ごちそうさまでした。紙皿だしこの袋にまとめておくよ。」

 

「お、宮壁にしては気が利くじゃん。どうも。」

 

「……褒め言葉だと思っておくぞ。」

 

「いや、褒め言葉じゃなかったら逆に何?」

 

「……。」

 

難波に一生口で勝てる気がしない。

 

 

□□□□□

 

 

そんな感じで、俺達は休憩を終えた。モノパオのアナウンスとかは無いみたいだけど、勝手に捜査の続きを始めてしまっていいだろう。

東城がバインダーを取り出すと、一気に食堂は静まり返った。

 

「まず、モノパオファイルの確認をしてもらう。まだ見ていない人は?」

 

俺と篠田、柳原が手を挙げる。難波と前木は保健室で見ていたらしい。

まだ見ていなかったモノパオファイル5を開く。

 

 

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・・・コトダマ「モノパオファイル5」

 

「……待て、思い出したぞ。めかぶはこの時から体調不良を訴えていなかったか?」

 

「この時……さっきの捜査の事か?」

 

「ああ。」

 

 

♢♢

♢♢♢

3章 非日常編1

♢♢♢

 

 

「えっと…潜手めかぶ、見張りとして東城さんが来るまで残ってもいいですーかー…?」

 

「どうした?体調が悪いのか?」

 

「あ、えっと、はい……ごめんなさいー、お役に立てなくって……。」

 

「めかぶが気にする事じゃねーから。東城の事なら食堂で待っておけば?どうせ厨房から出る時に食堂は通る事になるんだし。」

 

「そうですーねー…!じゃあ、みなさんが出たら潜手めかぶは食堂の入り口で待っておきまーすー!」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

「モノパオファイルを見た事がデジャヴとして記憶を刺激したのか。なるほど、有力な情報だね。毒を飲んだ形跡やタイミングについては今回もモノパオファイルはあてにはならないから。」

 

「そのようだな。」

 

時間と死因しか書かれていないモノパオファイルを閉じる。即席で作ったにしても……もう少し何かなかったのか。それも推理しろという事なんだろうけど。

 

「その後に何か食べた人はいないはずだから、症状は少しずつ出ていたのかもしれない。潛手さんは三笠くんの看病もしていなかったから詳しい症状は知らない。少々のふらつきは体調不良だと思っていたのだろうね。」

 

 

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・・・コトダマ「潛手の症状」

 

「そして検死の結果だけれど、こちらも毒死で間違いない。そして三笠くんの時と非常によく似た検査結果も出ている。違うのは……ブルーライトで反応があった事。大渡くんの指も同じ反応があったから、こちらの毒が使われたと考えている。」

 

「なるほど、だとすると犯人はあの毒を使った勝卯木さんの可能性が高いって事じゃないですか?」

 

「そう考えるのが妥当だね。裁判で話し合う事も少ないように思える。」

 

まあ、断定するには早いと思うけど……一応その説が有力って事か。

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「検死結果」

 

「ボクからは以上だよ。何か質問はある?」

 

そう言うと東城はバインダーをしまった。確かにこれ以上得られそうなものはないな……。

 

「いや、特に無いな。」

 

「分かった。キミ達はこれからどうするのかな。必要があればボク達もこちらの捜査に加わろうと思っているのだけれど。」

 

「私達は武器庫に行くつもりだったが。」

 

「あ、じゃあ私も行ってみようかな。紫織ちゃんは?」

 

「ん、あー……アタシはめかぶのとこ行くわ。宮壁、前木の事よろしく。」

 

「ああ。」

 

「行かねぇ。」

 

「ボクは行ってみようかな。毒薬をまだ確認していないからね。多少なら検査できるかもしれない。」

 

「分かった。柳原はどうする?」

 

「おれ、やっぱり先に裁判場に行ってますね!潛手さんもいつ片付けられちゃうか分かりませんし!」

 

「……。」

 

「柳原、余計な事言う前にアタシ等と行くよ。」

 

「えっ?あ、はい!」

 

……こうして前木、東城、篠田、俺で武器庫の確認をする事になった。

 

 

□□□□□

 

 

「えっと……あった。おい、モノパオ!ここを開けてくれないか!」

 

「はいはい!まったく、本当にゾウ使いが荒くて困っちゃうよ!」

 

「荒くはないよ。必要だから呼んでいるのだからね。」

 

「東城クンは相変わらず屁理屈小理屈うるさいなぁ。はい、どーぞ。例の瓶、2点セットで5万円になります。」

 

改めてラベルを調べる。

あっ、今の別に、ラップのリリックじゃないからな!

 

「やはり、液体の毒だけにブブルーライト反応があるみたいだ。」

 

そう言ってペン型のライトで瓶を見せてくれた。中の液体が青白く光っている。

 

「これ、遊園地の入場とかで使われるやつだよね?」

 

「そうだよ。勿論、遊園地で使われるものは無色透明なのに皮膚につくと黒くなる、なんて事はないから『特製の毒』と呼ぶにふさわしいものだけれど。」

 

……って、こんなものが遊園地で塗られてたまるか!

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ更新「特製の毒(液体)」

 

「なるほどね。こう見るとほとんど差はないようだけど、液体の毒について詳しく調べていなかったのはボクの捜査不足だ。……ごめんなさい。」

 

「東城!?」

 

「何?」

 

「おま、お前、今までどんな事言っても謝ってこなかったのに……!」

 

「そうだよ東城くん!すごいよ!どうしちゃったの!?」

 

「今までの発言はボクに非なんてないよね。」

 

「……ちょっとだけ、そう言うんじゃないかって気はしてた。あはは。」

 

前木が困ったように笑う。そのまま下を見て……

 

「あれ?ねえ、これ……床も黒っぽいから分かりにくいけど、染みができてるよ!」

 

「え?あ、本当だ。よく見ないと気づかないな……。」

 

「東城、この染みを調べる事はできるだろうか?もしかすると……」

 

篠田の言葉に頷くと、東城はその染みにブルーライトを当てる。

染みは青白く発光した。

 

「…………液体の毒の瓶はここで開封された、こぼれた。染みの形も何か妙だな。ここで何か起きたのかもしれないね。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「床の染み」

 

その後も他にも染みがあるんじゃないかと時間許す限り捜査を続けたが、ここ以外の染みは見当たらなかった。他に捜査できそうなところは……

 

 

『オマエラ、捜査もそろそろ終わりでいい?真相には近づけたかな?まあどちらにしろ、これ以上できる事もないだろうし終わりにするよ!ちなみに、裁判場は綺麗になったから安心して戻っておいで!』

 

終わりか。あの言い方からして、俺達が戻ればすぐに裁判を再開するのだろう。

4人で武器庫を後にする。

 

「瞳ちゃんは、行かなくてよかったの?……その……。」

 

「……ああ。」

 

「篠田……。」

 

「こう言うと酷いと思われるかもしれないが……私はもう、見たくない。」

 

「……。」

 

「どうしてこのような事になっているのか、まだ信じられない。捜査を真面目にやるだとか、めかぶの身に起きた事を突き止めるだとか、偉そうな事を言ったが……全部、現実逃避だ。私には、しばらく超えられそうにない。三笠とめかぶは、本当に、私などを気にかけてくれる素敵な人だったのだ。」

 

ずっと誰かが死んでも泣きもせず淡々と裁判をしてきた篠田だが、今日はずっと泣いてばかりいた。

 

「心の何処かで、2人は死なないと思い込んでいた。死ぬはずがないと勝手に思っていた。今日になって私はずっと……このコロシアイを他人事のように感じていたのだと、初めて気がついた。」

 

それがどうしても頼りなくて、弱弱しく見えた。

前木がそっと篠田の背中に触れ、ゆっくりと撫でる。

 

「……。」

 

前木は泣きそうな顔をしながら篠田の背中を撫でていた。何も言わなかった。

 

「……前回のコロシアイで、私は、人に怪我を負わせてしまった事がある。コロシアイの首謀者を突き止めるために動いていた私が襲われたところを庇って、片腕を失くした。スポーツ選手だったのに、その夢を潰してしまった。その人は私と共に生き残り、今は外で暮らしているが……あの時の光景が忘れられない。」

 

「私に優しくしてくれた人を、二度とあのような目に遭わせないと誓った。その結果が今だ。……自分の力を過信しすぎた。本当に馬鹿馬鹿しいな。」

 

「キミのせいではないのなら気にする事はない。」

 

「東城。」

 

「……むしろ、気にするべきは……」

 

東城は何かを言いかけて口を噤んだ。丁度到着したエレベーターに乗り込む。

そういえば、東城もさっきの裁判から少し様子が変だ。何かあったのか……?

 

ゆっくりとエレベーターが降下していく。篠田も深呼吸をしてだいぶ落ち着いたようだ。前木に礼を言い、その後はずっと黙っていた。

そして、地獄の扉は開く。

 

「随分な社長出勤だね!お?篠田サン、どうしたの?何かつらい事でもあった?」

 

「……あったが、お前は知らないのか。」

 

「わ、その程度でキレないでよ!ごめんごめん!じゃあ席について。ほら見てよこれ!オマエラがご飯食べている間に働き者のオレくんはせっせとこれを作っていたんだからね!」

 

モノパオの声に裁判席の方を見ると、勝卯木と潛手の遺影が増えていた。全く、こんな時にまで丁寧に悪趣味を貫くなんてどうかしているとしか思えない。

 

「という事で、オマエラ!さっき急遽中断したところから始めるよ!しばらく話し合ってもらった後、まだ他にクロがいると思ったら『投票を続行するかどうか』で『続行』を選んだあとにクロの指名をしてもらうよ。クロがいないという結論になったら『裁判閉廷』を選んでもらう。」

 

……俺達が2回捜査をしても、まだ犯人がいるかどうかすら分かっていない。

今までの事件とは話が違う。より一層気を引き締めなければ。

 

潛手めかぶ。彼女の雰囲気と性格にどれほど安心させられてきたか。

きっとその事を1番分かっているのは篠田だろう。だけど、俺だって潛手がいい人だった事は知っている。その死を無駄にする訳にはいかない。

 

安鐘鈴華、三笠壮太、そして……勝卯木蘭。

いろいろ抱えながら死んでしまった2人と、コロシアイを仕組んだ黒幕。

きっと全員、まだ明かされていない事がある。

黒幕なんて決して許さない存在だけど、それでも彼女の真実を掴めば、見えてくる景色があるかもしれない。

 

息を吸って、吐く。全てを知っているであろうモノパオを睨みつける。

 

 

 

 

「よーし!覚悟きまってきた顔が揃っているね!」

 

モノパオはにこにことした様子で木槌を振り上げ……

 

 

 

「裁判、再開!!!」

 

 

 

叩き落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

 

 

「最悪……。」

 

 

最悪も最悪だ。もうちょっとで、あと少しで裁判が終わっていたのに。

再捜査、そして裁判の再開。意味が分からない。

どうしてこんな事になっているのか……。

このまま真実が暴かれるなんて、そんな事絶対にあってはならない。

 

そのために、どれだけ用意周到に動いたのか、モノパオも知らないはずがない。

 

 

正直、嫌な予感はしていた。

何故か『幸運が発動している』。おかしい。そんなはずはない。

だって今日は、

 

「今日は幸運も邪魔しないはず……。それとも、幸運が味方でいてくれていない?仲良くなったと思っていたのに……。」

 

 

 

絶対に真実を暴かれる訳にはいかない。絶対に。

何としてでも…………

 

 

 

 

「……最悪。」

 

 




閑話編も投稿しております。
今までの情報やコトダマを全てまとめていますので、よろしければ合わせてご覧ください。


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閑話編

毎度おなじみ、読まなくてもいいページ。
リラックスタイムともいう。


 

話数的にはついこの間ですが、お久しぶりです。ナレーターです。

また閑話編でございます。

 

ここまで読んだ方なら、何故今回の裁判にいろいろと時間がかかったかお分かりでしょう。

そう、一度『間違えた推理』を最終推理としてクライマックスしてもらう必要があったからなのです(はたしてクライマックスするという動詞で伝わるのだろうか)。正直穴のある推理でクロをごり押しするのが本当に難しかったです。

 

とはいえ!宮壁を襲ったのは勝卯木で間違いないですし、勝卯木自身も『私はクロだ』と言っていたので、勝卯木の言う通りあの推理は『さんかく』だったんですよね。もし正解だったら勝卯木は『私がクロだ』とか、『クロは私だ』という言い方をするのではないでしょうか。これぞ日本語の微妙なニュアンス。わびさびですね。

 

今回はコトダマとは別に『情報』という周りの発言やヒントも使いながら裁判に挑んでいただく事になります。1回目の裁判で急に『情報①』とか出して違和感持たれたりしないかな…と心配していました。ちなみに、この情報は今後にも深く関わってくるものを端的に表しております。今までの伏線のような何かがあまりにも気づきにくい薄いものだったので、今回から「これが伏線だよ!!」と分かりやすくしていきます。情報は、すぐに不要になるものもあれば章を超えて使われる事もあるので、定期的にまとめを掲載していくつもりです。

 

他のクロがいるかどうかもまだ分かりませんし、もしかしたらシロ達にもまだ知らない何かがあったのかもしれません。あらゆる可能性を皆と一緒に潰していく作業になると思いますので、正直読者のみなさんは誰も真面目に推理していないんじゃないかな…と思っています。そのくらい気楽に読んで欲しい。でも真面目に推理した時破綻していないか本当に緊張しています。もし破綻している事に作者が気づけば、ある日こっそり文章が変わっていると思います。お手柔らかにお願いします。

 

この作品もやっと前半の締めくくり、そして物語としても一旦キリの良い章になるかと思われます。この章までで基本的な伏線は回収し終えていますので、4章以降、清々しい気持ちで読んでいただければと思います。

 

途中からURL表示を変更したりなど、やや閉鎖的な動きを見せましたがそれでも多くの方に読んでいただけて本当に感謝しかありません。評価、ここすき、しおりなども励みになっております。

まだしばらく時間がかかると思いますが、今後もお付き合いくださいませ。

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

『3章コトダマ一覧(更新)』

 

【モノパオファイル3】

・被害者は安鐘鈴華。死亡時刻は夜時間中。

殺害場所は食堂の厨房。首を切られており、周囲にも大量の出血が見られる。毒を摂取した形跡はない。

【安鐘の傷】

・首を何度も切られている。傷口から凶器を特定する事は不可能。

また、膝に打ったような跡ができている。

【床の雑誌】

・床に置かれた雑誌。何かに踏まれたような跡がある。

・(更新)水を吸うため、足場として使える時間は短い。

【水浸しの厨房】

・厨房の床に水が溜まっていた。厨房の床は食堂から段差があるため、食堂には濡れていない。

【空になった棚】

・大きめの食器棚が空になっていた。棚の板も外されている。

中にあった食器は一部割れていた。

【壊れた電子レンジ】

・電子レンジのコード部分が切れていた。はさみで切ったように見える。

・(更新)雑誌の上に落ちている。

【切れたコード】

・電子レンジのコードはコンセントに刺さったままだった。コードは途中擦れており、先は近くの棚の支柱に結ばれていた。

【テーブルの脚】

・厨房のテーブルの脚にテープをはがしたような跡がついていた。

【モノパオファイル4】

・被害者は三笠壮太。ついさっき、保健室で死んだ。毒を摂取した形跡あり。

【東城の証言】

・三笠に午前3時過ぎに呼び出され、見ると血を吐いていたらしい。

すぐに保健室に連れて行き、そこからずっと看病をしていた。

【三笠の症状】

・どのような毒だったのかはほとんど分からないが吐血が多かった。

【食堂に来たメンバー】

・安鐘の第一発見者は潜手。潜手が全員を呼びに行った時個室にいたメンバーは柳原、勝卯木、大渡の3人。

【アナウンスのタイミング】

・潜手が安鐘の死体を発見してからしばらく経っても死体発見アナウンスは鳴らなかった。鳴ったのは宮壁が起きたのと同時。

【難波の証言】

・前木と難波の部屋に一晩いたが寝ていない。

早朝、東城の個室前に血が落ちているのを発見して2人で保健室に向かった。

【宮壁の証言】

・個室に戻った順番は勝卯木、難波と前木、潜手と篠田、三笠、柳原。東城と大渡は見ていない。モノパオと廊下と反対側を向いて話している途中で襲われた。

【篠田の証言】

・見張りを交代する午前3時に廊下に出た時、宮壁が倒れているのを見つけ、急いで保健室に運んだ。

【潜手の証言】

・早朝、温室に向かったがエレベーターが動かなくなっていた。捜査中には動くようになっている。

【安鐘の個室のドア】

・ドアの一部がへこんでいる。おそらくフライパンで殴られた跡。

【特製の毒(粉末)】

・武器庫に置かれていた粉末の毒薬。安鐘が勝卯木に使用した物。

致死量を摂取した場合、大体2日後に死ぬ。

【特製の毒(液体)】

・武器庫に置かれていた液体の毒。致死量を摂取した場合、大体半日~1日後に死ぬ。

高濃度のこの毒に触れると皮膚が黒く変色する。

・(更新)ブルーライトによる反応が起きる。

【モノパオの証言】

・特製の毒は貴重なため、替えがない。

 

【安鐘の証言】

・毒の入手法と殺害方法の理由は不明。

事件に関わっている人物がいる……?

【勝卯木の計画】

・三笠に毒を盛り殺害。宮壁を襲った後安鐘を感電装置を用いて殺害。

・安鐘の毒により本人も殺された。

【モノパオファイル5】

・被害者は潛手めかぶ。投票前、裁判場で死んだ。毒を摂取した形跡あり。

【潛手の症状】

・捜査の段階で体調不良を訴えていた。

口内にブルーライトによる反応あり。

【検死結果】

・潛手に使われた毒は液体の可能性が高い。

【床の染み】

・武器庫の床の染み。液体の特製の毒が落ちたもの。

何か不思議な形をしている。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

『コロシアイ情報メモ』

 

[情報①:液体の毒を使ったのは勝卯木だけである。用途は不明。]

[情報②:(難波の発言)安鐘の精神状態から考えると、自分から危険な場所に行くとは思えない。何か別の理由があるのではないか…?]

[情報③:(勝卯木の発言)現在、街中で殺人鬼による事件が多発している。]

[情報④:記憶の改ざんが行われている可能性が非常に高い。この事については勝卯木よりも詳しい人物がいるらしい。]

[情報➄:悪魔は確実に生存している。]

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

【モノパオシアター その4】

 

 

 

やあ!ここでオレくんがオマエラと話すのは初めてだね。

今日のオレくんはメタ発言もしちゃうよ!

今後はしないからちょっとしたお遊びだと思って付き合ってよ。

 

オマエラが裁判大好き!楽しい!って言うから、長編でお送りいたします。

 

そもそも、さっきまでの裁判はコトダマを全て使っていなかったし、あれが真相としては怪しかったと思うんだよね。勿論、今回全部使うかどうかは神のみぞ知るってところだけど、今までは全部使ってるからさ!

あ、あと、前回の閑話編、モノパオシアターの後に文章が何もなかったでしょ。

あれが実は事件が解決しない事のヒントだったんだよね!

 

え?これ以上の展開なんて求めてない?またまた嘘吐いちゃって。

裁判のないコロシアイなんて、寝てたら昼を過ぎていた休日よりつまらないモンだよ。

 

でもオレくん、ここ最近は忙しくて寝られないんだよね。

そもそも休日という概念がない!

 

オマエラも休日が少ないんだろ。知ってるよ、今時のこの国で元気な社会人なんていないんだからね。かわいそうなオレくん達……。

実は、オレくん達がやってきたこのコロシアイ運営、まったくもって疲れるんだよ。

やってみてびっくり!24時間年中無休!

 

マップ作って厨房に食糧補充して保健室の毒を確認して倉庫やその他の場所を清潔に保ちつつ補充もして教室を掃除してダストホールに捨てられたゴミを回収して……。

ああ、大変だ!

 

オマエラもやってごらんよ、マジで疲れるからさ!

 

 

 

 

 

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おお、神よ!

 

この世に救いはないのか!

 

救いを求めて生きていたが、これでは死から逃れられない!

 

人を騙し、人を操り、人に人を殺させ、このコロシアイで生き残るために何でもした!

 

生きる喜びとは?生きる意味とは?生きる価値とは?我々が生を持つ理由とは?

誰もそんなもの与えてくれなかった。代わりに神に与えられたのは怪物の力のみ!

 

その怪物から逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて…………1つの生き方を見つけた。

 

その怪物を見ないふりをして、忘れた。

ずっと隣にいるけれど、気づかないふりをした。

ああ、楽しい!楽しい!生きるとは、この事だったのか!

毎日が輝いている!全てが虹色に見える!

 

 

【それは生きるとは言わない】

 

【それは死から逃げているだけ】

 

【その楽しさは幻想だ】

 

【受け入れろ】

 

【怪物はあなたの味方】

 

【怪物は自分の味方】

 

【自分は自分の味方】

 

 

救いを求めて死から逃れていたが、これでは生きられない!

 

この世に救いはないのか!

 

おお、悪魔よ!

 

 

 

 

 

 



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「非」日常編 2

裁判がやっと終わる回です。
伏線らしい伏線をもっとしっかり張るべきだったなと反省。


 

モノパオの木槌の音が聞こえても、数秒、誰も話さなかった。

全員の緊張がこの裁判場を支配していた。

 

宮壁「……。」

 

柳原「なんだか、減りましたね。人。」

 

潛手と勝卯木が死んで、ここにいるのはたったの7人。

真実がこの中に隠れているんだ、気を引き締めないと。

 

モノパオ「ちょっとちょっと!何ボーっとしてるのさ!話してくれないと投票に移っちゃうよ!」

 

難波「……だそうだけど、何から話す?」

 

前木「えっと…とりあえず、めかぶちゃんの事を話せばいいんじゃないかな?」

 

篠田「そうだな。捜査で分かっている事も多い。きっと何か突破口が見えてくるだろう。」

 

有無を言わせない迫力で裁判場を睨みつけると、篠田はモノパオファイルを開いた。

 

篠田「めかぶは毒殺された。そこに間違いはない。そうだったな、東城。」

 

東城「そうだよ。潛手さんの死因、そしてそれに使われた毒はすぐに理解できるだろうね。」

 

篠田「分かった。改めて説明を頼む。」

 

東城が再びバインダーを取り出す。

絶対に間違えてはいけない。そんな緊張が背を伝うのを振り払い、裁判席の手すりを握りしめる。今度こそ、正解に近づかなくては……!

 

 

―議論開始―

 

東城「潛手さんは毒殺。そして死亡時刻も知っての通りだ。」

 

東城「潛手さんは【吐血していた】。症状として現時点で確実なのはこれだけだよ。」

 

難波「あの体調不良がなんとか…ってのは確実じゃねーの?」

 

東城「三笠くんみたいに相談を受けた訳でもなく、あくまで傍から見ただけだからね。ボクの口からは確実とは言えない。」

 

大渡「チッ、使えねー奴。」

 

前木「慎重なのはいい事だと思うよ…?」

 

東城「……。とはいえ、彼女には【三笠くんの時には見られなかったもの】がある。」

 

柳原「潛手さんだけに見つかったもの。あれの事ですね!」

 

 

…いや、柳原がそのまま言えよ!仕方ないので俺から説明しておこう。

 

 

 

 

▼[検視結果](同意)→【三笠くんの時には見られなかったもの】

宮壁「これだな。」

 

 

宮壁「潛手の口内にブルーライトによる反応が会った事。これが三笠とは違う点だったな。」

 

前木「ブルーライトで毒の種類が分かるんだよね。」

 

東城「そうだよ。大渡くんの指も同じく反応があるからその毒と推測できる。」

 

難波「……東城、大渡の指、ブルーライトで照らしてみてよ。アタシ実際には見てないし。」

 

東城「?分かった。」

 

大渡「あ?何の意味がある。」

 

東城は言われるがまま、大渡に指を出させるとライトを当てる。俺との捜査中に黒くなってしまった指が青白く光った。

 

難波「……ぶふっ。」

 

東城「それで、何か判明した事でもあるのかな。」

 

難波「ウケる。」

 

東城「は?」

 

東城が訝し気な顔をすると同時に、大渡が機嫌を損ねてしまった。……難波の発言は場違いだけどいい緊張の緩和にはなったかもしれないし、実際指先だけが発光してるのってめちゃくちゃおもしろいんだよな。

 

難波「大渡が推理と関係ない話しかしねーからお灸据えてやってんだけど。」

 

大渡「……ほんとうぜぇ。」

 

難波「それ!それやめろって言ってんだよ!」

 

裁判場が騒がしくなってきたのを見かねて篠田が口を挟む。

 

篠田「……そろそろ次の話題に移っていいか?」

 

難波「はい。」

 

大渡「……チッ。」

 

前木「そうだ!ブルーライトで思い出したけど、『あの証拠』も、このブルーライトに関係があるよね。」

 

東城「このブルーライト反応があったもの。確かにいろいろあったね。」

 

難波「お、ブルーライト反応が起きた毒が分かれば、いろいろ推理も捗りそうじゃん。」

 

前木の言っている証拠ってあの事だよな。

ブルーライト反応があった毒を示す証拠は……。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[特製の毒(液体)]

宮壁「これの事だな。」

 

 

前木「そう!」

 

宮壁「使われた痕跡のある毒の内、液体の特製の毒にのみブルーライトによる反応があったんだ。潛手に使われた毒はこれで間違いないと言えるんじゃないか?」

 

東城「ボクもそう考えているよ。そして、もう1つ液体の毒と粉末の毒の違いについて説明しよう。」

 

東城「三笠くんや黒幕に使われた粉末タイプとは違って、こちらは効果が出るまでの時間が半日~1日とかなり短い。潛手さんに毒が使われた時間を絞る事もある程度可能だ。次は彼女が毒を服用したと考えられる時間について解明していきたい。」

 

柳原「うわぁ……!東城さん、淡々としていてかっこいいです!おれも賛成です!」

 

潛手がいつ毒を摂取してしまったのか。これが分かれば犯人の候補も一気に絞られていきそうだな。

 

―議論開始―

 

難波「めかぶが今から1日以内に口にしたものを考えればいいって事?」

 

東城「とはいえ、あの毒は使用量が増えれば増えるほど死ぬまでの時間が短くなる。1日以内と考えてしまうと【少し範囲が広すぎる】。」

 

柳原「でも、そんなにたくさん食べちゃうと潛手さんも【変だって気づく】んじゃないですか?液体ならなおさらです。おれ、使用量は大した事ないんじゃないかな、と思っていますけど……。」

 

難波「じゃあ半日だと短すぎ?てか、そもそも【使用量なんて誰も知らない】し、できるだけ長い時間で考えてみるのがいいと思うけど。」

 

前木「じゃあ、このまま話を進めて行っていいのかな?」

 

柳原「おれは異論ないです!」

 

難波「アタシも。」

 

……いい、はずだ。ここに矛盾なんて……

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

『支援』

▼[特製の毒(液体):追記]→【変だって気づく】

篠田「その矛盾、逃がさない。」

 

 

柳原「え?」

 

篠田「柳原、そうとも言い切れない可能性があるのだ。」

 

宮壁「そうなのか?」

 

篠田「……宮壁、東城、前木。お前達は先ほど私と一緒に武器庫で毒の説明について確認をしただろう。何故忘れている。」

 

宮壁「えっと……」

 

1回見ていたからラベルを全部読み返しては見ていなかった、なんて言えない……。

 

篠田「これは特製の毒のラベル……液体の方に書かれていたものだ。」

 

♢♢♢

『特製の毒B

無色無臭な液体。

水の代わりにできるので飲み物に混ぜて使おう!

致死量を摂取した場合は治療できず、大体半日~1日後に死ぬ。

症状はふらつきと吐血。場合によっては体調不良が続く事もある。』

♢♢♢

 

篠田「水の代わりにできる、という事はこの毒は無色無臭なのに加え、味も無いという事だろう?」

 

宮壁「!」

 

前木「そっか。この毒は肌に触れると黒くなる事以外には気づきようがないって事だよね。忘れてたよ、ごめんなさい…。」

 

篠田「かまわない。」

 

柳原「なるほど。でも、そうなると潛手さんがいつ毒を飲んだのかはいよいよ分からなくないですか?」

 

篠田「分からなくとも怪しいところがあるかもしれない。念のためだ。覚えている限りの事は話し合おう。」

 

潛手が毒を飲んだと考えられるのは大体半日から1日。この間の潛手の行動を全て振り返ってみよう。事件が発覚したのは朝。今は昼ご飯を食べ終わった後だから、大体昨日の昼頃から考えればいいはずだ。

 

 

―議論開始―

 

篠田「昼はめかぶや三笠と共にしていた。本人が作っていたから心配はしていない。」

 

東城「その後に黒幕が毒を食べたから、ボクと前木さんは黒幕の事を看ていた。他の人達の動向については詳しくない。」

 

難波「アタシはその間ずっと見張りだったから、同じく知らない。」

 

篠田「……めかぶは全員の夜ご飯も作った。夜ご飯にも毒はないだろう。」

 

柳原「その後はおれや篠田さん達と一緒にいましたが、何も食べたり飲んだりはしていませんでしたよ!」

 

前木「私達がご飯を食べた後、めかぶちゃんは…蘭ちゃんの部屋に行ったんだっけ?宮壁くんと一緒にって言ってたよね?」

 

宮壁「ああ。だけど2人で泣いていたから、俺は後にして難波の待つ安鐘の部屋に行ったんだ。」

 

宮壁「……。」

 

篠田「……?」

 

 

 

 

 

 

 

…………あ。

 

 

 

あの時は、何も思わなかったから『あの部屋で2人にした』。

今、考え直すと、俺は……『あの部屋で潛手を黒幕と2人きりにしてしまった』?

 

他に怪しいところは、ない。

 

 

♢♢

♢♢♢

3章(非)日常編3

♢♢♢

 

 

「…怖い……!」

 

 

そう呟きながら、声を押し殺すように涙を流す勝卯木を見て、潜手も声を上げて泣き始めた。

 

……とりあえず、難波のところに向かおう。

俺は何も言わずにその場を後にした。

 

 

(中略)

 

 

「ま、そういう事だから宮壁も用心してがんばって。」

 

「ありがとう。じゃあ。」

 

「ん。」

 

2人は難波の部屋に帰っていった。その後篠田が勝卯木の部屋に入り、潜手を連れてそれぞれの部屋に戻る。潜手は思ったより長い間勝卯木の部屋にいたようだが、出てきた時にはもう涙は止まっていた。

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

柳原「……宮壁さん?」

 

宮壁「俺は……。」

 

篠田「めかぶは私が迎えに行った時、『食欲のない勝卯木の代わりに残りのご飯を食べた』と言っていた。めかぶが部屋に入ったタイミングは勝卯木に食事が渡った後だろう。」

 

難波「は、え、じゃあ、」

 

宮壁「………………。」

 

俺が殴られる直前に聞いた、モノパオの声がよみがえる。

 

(「現実は宮壁クンの思い通りになんてなってくれないパオ!『私』がそうはさせないからねっ!」)

 

 

…………あの時点で、勝卯木はやりたい事を終えた後だったんだ。

 

 

東城「全員、黒幕に殺されたという事だね。」

 

目の裏が揺れるような、乗り物酔いした状態でエレベーターに乗っているような、不安定な何かが体を襲う。立っていられなかった。吐き気とかそんなレベルじゃなく、意味の分からない感覚に崩れ落ちる。

前木が駈け寄ってきてくれたような気がするし、柳原が声をかけてくれたような気がするし、難波が手を引っ張り上げてくれたような気がするけれど、誰が誰か、あまり認識できなかった。

だってそれじゃあ、俺は、俺がやった事は……。

 

黒幕を助けたようなものだ。

 

黒幕の計画の、決定的なレバーを引いたのは、俺だった。

 

これが、黒幕が明かそうとしていた真実だっていうのか?

 

意識が遠くなっていく。

俺はこの真実にショックを受けて気絶するらしい。情けない。

最後にできたのは、そんな冷静な自己分析だった。

 

 

 

××××××××××××

××××××××××××

 

この感覚を、知っている。

 

自分がそこに立っている自信すらなくなるような。

ここにいる全員で息を止めたくなるような。

足元が崩れて、空が丸ごと落ちてくるような。

 

この【絶望感】を、俺は知っている。

 

「…………」

 

「…………」

 

そしてその度に俺は。

自分に、自分の周りに、真実に、環境に。全てに、絶望する度に…………。

 

助けてもらっていたはずだ。

 

それは希望ではなかった。

希望か絶望か、正義か悪かでいうとそれは、絶望であり悪なのかもしれない。

だけど俺にとっては、希望のようなものだった。

希望のような、だけどそれは、希望とは別物の。

そんな何かだ。

 

××××××××××××

××××××××××××

 

 

 

前木「宮壁くん、宮壁くん!」

 

柳原「どうしちゃったんですか、宮壁さん!」

 

皆の声に目が覚める。

やけに頭がすっきりしていて、視界もクリアだ。

体中の不純物が落ちたような清々しい気持ちになっている。

 

篠田「……大方、ショックでも受けたのだろう。」

 

宮壁「心配かけてごめん。少しふらついただけだ。」

 

大渡「……?」

 

篠田「……。」

 

たぶんいつもなら篠田に何も言えないところだろうけど、今の俺は不思議なくらい平然と受け答えが出来た。篠田が俺に送る目線はほとんど敵に対するようなものだったけど、それも当然だし気にしてはいけないだろう。

 

難波「いや、マジで大丈夫?」

 

宮壁「ああ。難波もありがとう。」

 

難波「え、ああ。うん。」

 

前木「ほんとに?」

 

宮壁「ショックを受けたのも本当だし、意識が朦朧としたのも本当だ。だけど、もう大丈夫。」

 

前木「そっか。それならよかったけど……。」

 

篠田「その前に言う事があるだろう。」

 

宮壁「……ごめん。」

 

篠田「宮壁はクロとめかぶを放置した。あのタイミングでしか毒を飲めたと考えられない。お前が最後までめかぶについていてやれば!」

 

難波「そ、そうだけど。瞳、アンタは落ち着いた方がいいって。」

 

篠田「……落ち着いている。」

 

難波「いや落ち着いてねーから。そもそもあの時は誰も真相に気づいてなかった。それを察知して、一緒にいてやれっていうのは無茶ぶりだと思うけど。」

 

篠田「……。」

 

東城「そうだね。ボクも宮壁くんに非があるとは思えない。」

 

篠田「……すまない。」

 

宮壁「いや、いいんだ。俺もそう思ってる。」

 

俺だって、後悔している。だけど……

この事件の暴かなくてはならない真実は、これだけじゃない。

 

宮壁「次は、黒幕の仕組んでいた『本当の計画』について考え直していく。」

 

柳原「え?今の話だと、勝卯木さんが3人とも殺したクロだと分かったから、それで終わりじゃないんですか?」

 

宮壁「俺は違うと思っている。黒幕はこう言っていたからだ。」

 

♢♢

♢♢♢

3章非日常編3

♢♢♢

 

「……分かった。話すからそんなに怒らないで?私が2人を狙う計画を作ったのは単純な話で、『2人がいい人だったから』だよ。」

 

「は?」

 

思わず口から間抜けな声が漏れる。

 

「ん、え……?いい人だからって、どういう事ですーかー……?」

 

「そのままだよ。2人とも、とってもいい人でしょ?いつもミンナの事を考えて気にかけて、支えて、励まして……。そういう人達ってさ、いい人すぎて、『コロシアイの邪魔』なんだよね。そんないい人がいたら、ミンナ自分で考えて悩んで成長する事をやめてしまう。何かあったら2人に相談しようってなる。それじゃあコロシアイの意味がないもん。」

 

「そんな理由……冗談、だよね?」

 

「も~!冗談を言ってる顔に見えるの?ひどいよことなちゃん!黒幕として話してる今は嘘なんてつかないよ!」

 

(中略)

 

 

コロシアイの邪魔。

 

 

……そんな理由で、俺達の大切な仲間が殺された。

2人とも、いい人だけど完璧な人間って訳じゃなかった。

勝卯木を黒幕だと思って犯行に及んだ安鐘も、仲間を助けられなかった事を悔やんで嘆く三笠も、自分なりに必死だっただけなのに。決して悩みがない人達じゃなかったのに。2人と過ごした時間が脳裏によみがえる。

そんな2人がこれほど理不尽な理由で殺されたなんて、納得できなかった。

 

「……本当にその理由が正しいのか?それだけなのか?」

 

「ひとみちゃん、顔が本当に怖いよ!もう何も隠してません!たぶん!いや、言い方にも気をつけてるし、間違いは言ってないよ!それは誓うから許してっ!」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

柳原「……なるほど。計画に入っているのが『2人』と明言されているにも関わらず3人殺されていますから、まだ計画が分かったとは言えないって言いたいんですね。」

 

宮壁「そういう事だ。」

 

柳原「でも、それって話す必要がありますか?安鐘さんと三笠さんを殺したのが勝卯木さんだと判明した上に、潛手さんも勝卯木さんが殺したと言い切れる。潛手さんはそのタイミングさえなければ死ぬ事はなかった訳ですし、突発的な犯行であって計画の内には入っていないという事かもしれないですよ?」

 

東城「ボクも柳原くんと同意見だね。そもそも、あの黒幕の事だから言い間違えていただけの可能性も十分ある。」

 

前木「うん、私も変だとは思わないかな……。嘘はついてない、とは言ってたけど、計画に入っていなかったら実際に嘘は言ってない事になるもんね。」

 

宮壁「……さっきの黒幕の発言で俺がおかしいと思ったのは2点。1つ目は、『殺した計画とは言わず、狙った計画という言い方をしている』という事。そして2つ目は、『誰を狙った計画なのか、黒幕本人は一度も口にしていない』という事。」

 

難波「え、言われてみればマジだ。」

 

宮壁「そして、そこに疑問を抱いた状態であの発言をもう一度考えてくれ。計画に含まれる『条件』に、潛手はかなり合致するんじゃないか?」

 

篠田「条件。『皆の事を気にかけ、支え、励ます人』。たしかに、あの時点で殺人を犯した事が判明していた安鐘よりもめかぶの方が狙われる人物としては理解できる……。」

 

宮壁「そう、計画に入っていたのは潛手の方だったんだ。」

 

宮壁「俺達は先に殺された三笠と安鐘が計画に入っていると思い込んでいたけど、改めて、三笠と潛手が狙われた計画だと想像してほしい。黒幕が何故おかしな言い方をしたのか説明がつくんだ。」

 

前木「!まだめかぶちゃんはあの時死んでいなかった。だから、あの時は『殺した計画』とは言えなかったんだね…!」

 

東城「そして、そう考えると計画に入っている人間の名前を明言しなかったのも筋が通る。潛手さんが計画に入っている事をバラしてしまえば、それは黒幕にも関わらずシロであるボク達に答えを教えたも同然……。コロシアイのゲーム性が失われてしまうから、黒幕がそういった事は出来なかったという事だね。」

 

宮壁「これが、俺が今考えている計画に関する事。安鐘の事件こそ、『突発的な犯行』だったんだ。じゃあどうして安鐘は殺されたのか。」

 

柳原「……口封じですね?」

 

宮壁「ああ。安鐘は勝卯木が黒幕である事に気づいていた、その事を知った勝卯木は、他の誰かにその情報を共有される前に殺す事にしたんだ。」

 

篠田「しかし、安鐘が犯行を犯した時点で黒幕自身も死ぬ運命に置かれた。口封じする必要があるのか?」

 

難波「これは想像だけど、黒幕だとバレたら誰も看病なんてしてくれなくなる。苦しみながら死ぬのは嫌だって事じゃねーの?実際、琴奈と東城のおかげで死ぬ前までかなり元気そうだったじゃん。」

 

前木「だけど、鈴華ちゃんは見張りつきでずっと個室にいたよね?もう口封じするタイミングもほとんどなかった気がするけど…。」

 

宮壁「そこはまだ、俺もはっきりとは言えない。そこを明らかにするためにも、ここで別の話をさせてほしいんだ。」

 

難波「何?」

 

宮壁「安鐘が突発的な犯行だとすると、殺害方法に疑問が出てこないか?」

 

大渡「……突発的な犯行にしては、感電装置だの厨房への誘導だの、たしかに随分と手が込んでやがる。」

 

東城「体力的に不利な状況を覆すためとはいえ、たしかに、黒幕があそこまで手の込んだ事をする必要はないね。それこそ、宮壁くんを襲ったように待ち伏せして襲い、その場で殺した方が楽だったはずだ。」

 

宮壁「そうなんだ。そして黒幕の発言にはまだおかしい点がある。」

 

♢♢

♢♢♢

3章非日常編3

♢♢♢

 

勝卯木「私もね、お兄様が悪魔についての情報を手に入れてから全然かまってくれなくなって寂しかったの。だから私は『悪魔の関係ない裁判を補助して、さっさと悪魔を殺してもらおう』と思ってたんだよっ!」

 

宮壁「それで今までクロがあまり有利にならないように立ち回っていたっていうのか!?」

 

篠田「お前と一緒にするな……!」

 

勝卯木「お兄様に初めて反抗している私と、組織に背いた行動をとっているひとみちゃん。やってる事も目的も一緒だなんて、やっぱり私、ひとみちゃんの事を手助けしてあげたら良かったな~!」

 

難波「……?」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

難波「あれね。アタシも変だなって思ってた。」

 

宮壁「たしかに、難波はあの時点で怪しんでいそうな表情だったな。」

 

難波「まーね。」

 

前木「…?何か変なところなんてあるの?」

 

難波「『やっぱり瞳の手助けをしたらよかった』。仮にもクロは蘭なのに、なんであんな言い方をしたんだと思う?あれじゃあまるで自分以外にもこの事件にクロ側として関わってる人がいるみたいじゃん。」

 

前木「……!えっと、鈴華ちゃんの事件は1人で仕組んだ訳じゃないって事?」

 

難波「そうなんじゃないかなとは思っているけど。」

 

宮壁「俺も難波と同じだ。その人がクロかどうかは分からない。だけど、何かしら、俺達が知らない事を知っているはずだ。」

 

宮壁「だから俺は、ここでその『共犯者』を突き止めたいと思っている。」

 

東城「もちろん、具体的な根拠はあるのだろうね。」

 

宮壁「……ある。」

 

これで真実に近づけるはずだ。これが、俺達が探し求めていた真相、そう信じて……!

 

 

―議論開始―

 

前木「そうは言っても、共犯者がいるっていう【手掛かりなんてどこにもない】よね……?」

 

柳原「現時点でヒントになるのは勝卯木さんの発言のみ。他に何かあればいいのですが。」

 

篠田「そもそも共犯者のした事が分からない。具体的にどの部分を共犯者が行ったのか、そしていつ動く事ができたのか。」

 

東城「ボクも分からない。誰か【証言のある人】はいないのかな。」

 

柳原「証言できそうな人がもういませんし、今までの話を振り返ってみる必要がありますよね。」

 

 

証言、手掛かり、ヒント……。

皆が頭を悩ませているし、俺もさっきまでそうだった。

共犯者がやった事。俺を襲ったのが勝卯木なら、共犯者は例の手の込んだ仕掛けを作ったはずだ。俺を襲い、装置を作り、安鐘の扉を叩き、安鐘が出てくるまで待つ。さっきまでは勝卯木がこれを全て1人でしたと思い込んでいたけれど、正直な話、時間だって余裕はない。3時には篠田が廊下に出てくる事が決まっていたからだ。俺がそれより先に意識を取り戻す可能性だってあった。

そして、仮に役割分担をそのようにすると、1人だけ、勝卯木以外に厨房での作業ができた可能性のある奴がいる。

 

それは……『最後に食堂から出て行った人』だ。そして、それが誰なのか、俺が一番よく知っている。

 

 

▼[宮壁の証言]→【証言のある人】

宮壁「俺が証言できる。」

 

 

東城「へえ。」

 

宮壁「その前に、共犯者がやった事についてまとめておきたい。俺を襲ったのは黒幕で間違いないとすると、共犯者がその間にやった事として想像つくのは何だと思う?」

 

篠田「感電装置や厨房に水を張った事か。」

 

宮壁「そうなんだ。そして、それをやったタイミングについては確定できないけれど、共犯者が装置を作るメリットとしてあげられるものは?」

 

東城「時短だね。いくら厨房がひろくないとはいえ、水を数センチ張ろうと思うと数10分はかかる。先ほどの推理が正しいなら、犯人はホースなどを使わずに食器棚の横板をついたてにしていたようだからね。」

 

宮壁「つまり、共犯者は勝卯木が俺を襲うよりも先に厨房での準備を終わらせておく必要があったんだ。ここで東城と大渡に聞きたい。2人は夜、ずっと自室にいたはずけどそれを証言できる奴はいるか?」

 

大渡「無理だな。一歩も出てねぇ。」

 

東城「……宮壁くんと潛手さんが保健室にいた時。難波さんが見張りをしていた時に帰ったはずだよ。」

 

難波「うん。見たから東城は厨房には行けていない。」

 

宮壁「じゃあ、大渡が食堂に来ていない事は証明できそうか?」

 

篠田「私はめかぶを黒幕の部屋に呼びに行くまでずっと食堂にいたが、そこまでで大渡は一度も来ていない。その後の事は知らないが。私より長く食堂に残っていたのは、三笠と柳原だったな。柳原、大渡はその間に食堂に来た事はあるか?」

 

柳原「………………いえ、来ていませんね。」

 

大渡「これでいいか?」

 

宮壁「ああ。じゃあ1人しかいない。」

 

 

 

 

宮壁「柳原。感電装置を作ったのはお前だ。」

 

 

 

 

裁判場全体に静電気が走った。そう錯覚するほどに空気がぴりつく。

当の本人はその空気を気にする事もなく、ごく普通に返答する。

 

柳原「……何故?時短も共犯者も、何もかも、憶測と言ってしまえばそれまでです。おれ1人が疑われるなんて……。」

 

宮壁「たしかにそうだな。」

 

難波「は?そんな簡単に引き下がっていいわけ?」

 

宮壁「じゃあ、別の話をしよう。共犯者が、一体どこで勝卯木とその計画を練っていたのか。」

 

東城「たしかに、柳原くんと黒幕が一緒にいた事なんてほとんどないように思えるね。」

 

前木「……待って。あるよ!」

 

東城「そうなの?」

 

前木「ほら、前の裁判が終わって、新しいところを探索しようって話になった時……!」

 

 

♢♢

♢♢♢

3章(非)日常編1

♢♢♢

 

「あ、宮壁さん、おれもう1回行ってもいいですよ!」

 

「え、そうなのか?」

 

「はい!みなさんと探索したら何か別の物が見つかるかもしれませんし…。」

 

柳原は何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡した後、目当ての人の元に駆けて行った。

 

「おれ、勝卯木さんと一緒に行動してみたいなって思うんです!いいですか?」

 

「……。」

 

すごく嫌そうな顔をしているけど、本人は何の文句も言わないしいいんだろうか…。勝卯木は基本ちゃんと嫌な事は嫌って言うタイプだから、そこまで嫌って訳ではないって事なんだろうけど…。

 

「……分かった…。」

 

あ、折れた。いつも妹らしさ全開の勝卯木でも柳原には勝てなかったようだ。

 

 

(中略)

 

 

「いや、私は動機として残っている秘密の書かれた封筒をどうするか決めてほしい。これまでに本人に見せた人がいるなら知りたいな。」

 

篠田の発言で少し空気が固まる。

 

「その事だが…どうやら牧野が持っていた秘密は自分のだったようでな。裁判の後モノパオから手渡されて今は自分で持っている。」

 

「俺は柳原に秘密を返している。俺のは知らないけど。」

 

「はい!おれは宮壁さんからもらいました!大した事ないので安心してください!あと勝卯木さんにおれの持ってた秘密を返しましたよ!」

 

「……内容、大丈夫…。」

 

「勝卯木さん的には内容も問題ないらしいです!」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

前木「いつも一緒にいたから、急に柳原くんが誘うなんて珍しいな…って思ってたんだよね。それにあの後、蘭ちゃんに秘密を返してる。このタイミングなら、蘭ちゃんが黒幕だって事を話した可能性だってあるはずだよ……!」

 

前木の言う通り、俺も思い出したらそうとしか考えられない。

あの時、俺達は探索中にほとんど2人とは会っていない。そして探索の報告会、2人はどこの場所の説明もしていなかった。あの時間ずっと話をしていたなら、この計画を立てるのだって難しくないはずだ。

 

篠田「むしろ、その時としか思えない。三笠などがあまり秘密は他人に見せないように注意していたはずだが、危ない事をしているなと感じていた。まさかあの時にこの計画が始まっていたというのか……?」

 

宮壁「俺もそうだと思う。どうだ、柳原。」

 

柳原「……なんでまたおれが疑われてるんですか?」

 

篠田「は?」

 

柳原「だっておれ、みなさんのためにがんばって勉強して、裁判でいろいろ言えるようになって。それなのに、みなさんはまた、最初の裁判みたいに大した根拠もないのにおれを疑うんですか?」

 

東城「論点をずらすのは犯罪者の常套手段だよ。やめてくれるかな。」

 

柳原「犯罪者?誰が?おれ何もしてませんけど。人体実験なんてやってる東城さんの方が、よほど犯罪者ですよ。」

 

東城「……。論点をずらし続けるのはやめないか、そう言っているつもりだけど、もしかして聞こえていないのかな。」

 

柳原「生憎間違っている意見なんて聞くつもりがないので。」

 

本当に埒が明かなくなりそうだ。ここは何か……いや、決定的な証拠を叩きつけるしかない。

俺は知っているはずだ。柳原に共犯者である事を認めさせる重要な証拠を。

さっきの捜査で初めて分かった、『あの毒が使われていた場所』が根拠になるはずだ!

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

▼[床の染み]

宮壁「これで認めろ!」

 

 

前木「それ、毒の染みだったよね。もしかして、この形が事件と関係してるの?」

 

宮壁「そう。この形に違和感があった。そしてモノパオの証言による無駄遣い。おそらくあの発言はあそこに貴重な毒をこぼしてしまった事を指していたんだ。」

 

難波「こぼしてあの形になるって事は、あの切り取られたみたいになってる部分に何か物があったって事になる。」

 

宮壁「そう。おそらくこれは、靴にかかったんだ。だから、ここにいる全員の靴をブルーライトで確認すれば、すぐに分かる。」

 

柳原「……。」

 

難波「でもそれってここにいる人全員知ってるくね?」

 

宮壁「さっきの捜査で初めて知った事だ。しかもそこから今まで、誰にも靴を変えるような時間はなかった。もしかしたら数日前の事だし靴を変えられている可能性もあるけど……。」

 

あいつに、定期的に靴を変えるなんて習慣があるとは思えない。きっと、今も当時と同じ靴を履いているはずだ。この証拠は決定打になる。

 

宮壁「いや、やってみた方が早いな。東城、まだライトは持っているよな?」

 

東城「分かった。」

 

全員が緊張した面持ちで見つめる中、東城は柳原の元に近づく。そして柳原の黒い革靴にライトを当てる。

 

……結果は、言うまでもなかった。

 

前木「や、柳原くんが、本当に……。」

 

柳原「……。」

 

東城「判明したところで、具体的に何をしたのか、そしてその理由を教えてもらえるかな。宮壁くんの言っている事はどこまで正解なのか。」

 

柳原「……そんな事、裁判の後でいいじゃないですか。勝卯木さんが3人殺したという事が分かった今、さっさと投票に移るべきです。」

 

篠田「ふざけるな。お前の口から全てを聞くまで、この裁判を終わらせるつもりはない。」

 

柳原「みなさんだってもう疲れているはずです。明日になればおれも正直に話します。約束します。」

 

大渡「……どの口が言ってやがる。ここまで共犯者である事を隠し続けた奴の事を信じられると思うか?」

 

柳原「……。じゃあ早く終わらせてしまいましょう。他に疑問はありますか?宮壁さん。聞いてくださればちゃんとお答えしますよ!」

 

仕草も口調も表情も、普段と何も変わらない。それがとてつもなく怖かった。今までのクロと違う、恐ろしいまでの平常心。怖い事を言う事はあったけど、本当にそんな事をするなんて、未だに信じられなかった。

 

宮壁「俺が疑問に思っている事。お前が本当に勝卯木と共犯なのであれば、他にも怪しいところが見えてくるんだ。」

 

柳原「そうなんですか?」

 

宮壁「その前にこれをはっきりさせておきたい。柳原、お前と勝卯木、どっちがこの計画を最初に思いついたんだ?」

 

難波「は?そこから変わってくるって言いたいの?」

 

宮壁「まだ可能性の話だ。だからこそこうして今聞いている。どうなんだ?」

 

柳原「……宮壁さんの推理を聞かせてほしいです!そもそもどうしてそんなところに疑問を持つ必要があるんですか?相手は黒幕です、普通に考えたらおれが脅されてると思いませんか?」

 

聞いたら答えると言った癖に、答えてくれるつもりは無さそうだな。仕方ない。

 

宮壁「そもそもお前と勝卯木が話したのは新しいエリアが解放されてすぐ後の事だ。その時に床の染みがついたのだと思っている。ここで疑問が出てくる。」

 

宮壁「あの日は前の裁判が起きた次の日だ。あの時、新しい動機すら出ていなかったんだぞ?」

 

前木「……そっか。普通、黒幕なら自分が動くよりも前に動機を出す、よね……。実際、鈴華ちゃんは動機が発表された後で動いたから、黒幕がそんな早くから動く必要はないはずだよね。」

 

宮壁「そうなんだ。モノパオの面倒くさがりな性格からしても、連日事件を起こそうとするとは思えない。黒幕がこの計画の言い出しっぺとは考えにくいんだ。」

 

篠田「というより、勝卯木を誘ったのは柳原だろう?黒幕が計画を立てたならば、黒幕の方から誰かを誘うはずだが。」

 

東城「それもそうだね。ボクもそっちが計画を企てたと考える方が自然だと思うよ。」

 

宮壁「ああ。その前提で話を進める。」

 

柳原「えー、もっといろいろ考えられると思いますけど。」

 

難波「だったらさっさと否定しろっつーの……。」

 

今はしばらく俺の発言を聞いてもらおう。そしてその後で……柳原を動揺させるしかない。あいつから絶対に真相を聞き出してみせる。

 

宮壁「柳原がこの計画を立案した。そのタイミングで勝卯木から特製の毒を受け取った。つまり、特製の毒はこの時に武器庫から黒幕によって取り出されているんだ。それ以降に取り出された可能性があるのかどうかはまだ分かっていない。けど、他にも特製の毒の出どころが分かっていない人がいただろ?」

 

前木「分かってない人……?」

 

難波「……。なんとなく、宮壁の言いたい事が分かってきた気がする。でも、それが本当だとしたら……」

 

口を噤み、難波は心底ドン引きした顔で柳原を睨みつける。

 

難波「アンタ、マジでヤバいよ。……本当に、とんでもない事をした。」

 

 

―議論開始―

 

東城「2人だけで話を進めないでくれるかな。何が言いたいのか説明してほしい。」

 

篠田「柳原が計画を立て、勝卯木に毒をもらった。そしてその毒を……?」

 

前木「ん?えっと、でも、実際に毒を使ったのは【蘭ちゃんだけ】だよね?」

 

大渡「……特製の毒、2種類とももらったって言いてぇのか?」

 

宮壁「ああ。」

 

難波「ここまで言えば皆分かるんじゃね?アタシ達が気づいちゃった事……。」

 

難波「柳原が【蘭以外の誰に毒を渡したのか】、ね。」

 

前木「……え。嘘、だよね……?」

 

篠田「……!」

 

 

今ならこの突拍子もない推理でも、全員を納得させられる。

言ってみるしかない。俺は、絶対に真相を突き止めなくちゃいけないんだ……!

 

 

 

▼[安鐘の証言]→【蘭ちゃんだけ】

宮壁「柳原が毒を渡したのは、安鐘もなんだ。」

 

東城「……まさか。」

 

宮壁「本当だ。俺が最後に安鐘と話した時、安鐘は頑なに毒の入手法を話してくれなかった。」

 

篠田「それが柳原にもらったからだと言うのか?」

 

難波「何があったか知らないけど、鈴華にも毒を渡したってのが本当なら、アンタの考えた計画はアタシ達がさっきまで話してたものなんかの比じゃない。そろそろ少しは話してくれる?」

 

柳原「全部、何の根拠もないでしょう。」

 

宮壁「……。」

 

柳原「そもそも、もし本当におれが2人に毒を渡したなら、どうして2人ともそれを言わなかったんですか?隠す必要なんてありますか?」

 

……もっともだ。今も、それだけが分かっていない。

だけど、逆に言うなら、そこ以外は柳原がこの計画に関わっていると言えそうな根拠が存在する。

 

難波「それはそうだけど、でもアンタが犯人側の人間だと仮定しても矛盾がないじゃん。今だってはっきりとは否定してない。」

 

柳原「否定するほどの内容でもないですから。」

 

難波「否定したらボロが出るからじゃなくて?」

 

2人は数秒、バチバチと火花の散るような視線を交わす。難波はやがてため息をつくと、俺に推理の続きを促してきた。

 

宮壁「まず、柳原が安鐘に毒を渡したと考えた理由を説明しよう。」

 

(宮壁さん。わたくしは、勝卯木さんを殺してもよい人間だと判断致しましたわ。そしてわたくしには漏らしてはいけない動機…秘密がある。わたくしは勝卯木さんを殺した事を後悔した訳ではないのです。…勿論、三笠さんに見破られた事は想定外でしたが。流石は三笠さんですわね。)

 

♢♢

♢♢♢

3章(非)日常編3

♢♢♢

 

 

「…え?」

 

「あ、やっぱり毒だったんですか。おれも見てました。あまりにも堂々としているから砂糖なのかと思っちゃいましたよ。」

 

横にいた柳原の一言でその事実を再認識する。

 

 

安鐘が今、殺人を犯そうとしていた。

 

 

「鈴華、今の、本当?」

 

難波の視線も厳しいものになる。

 

「……バレるなんて、思ってもいませんでした…。鋭いのですね、三笠さん。」

 

それだけ呟いて、落ちて潰れてしまった和菓子を拾い集める。

三笠もゆっくりと体を起こし、無言で近くの和菓子を安鐘の持つお盆にのせる。

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

宮壁「おかしいと思ったんだ。安鐘が毒を仕込んだ事が発覚した時、安鐘は『三笠と柳原』に毒の事を指摘されていた。でもあの時、安鐘は毒の存在を見破られたのは三笠だけだと言った。」

 

宮壁「加えるなら、柳原は俺を食堂に誘う時に『お腹が減っているから一緒に行こう』と言ったのにも関わらず、全く和菓子に手をつけようとしていなかった。それどころか『お腹が空いていないからいらない』と言っていた。……柳原、お前、あの時点で安鐘が犯行に及んでいた事を知ってただろ。」

 

柳原「……。」

 

宮壁「犯行が目の前で行われているのを知りながら、お前は勝卯木が毒を口に入れるのを黙って見ていた事になるんだぞ。それが、お前が計画に加担している証拠になるはずだ。」

 

柳原「そうですか?」

 

宮壁「そうだ。いい加減に認めてくれ。」

 

柳原「……。」

 

一呼吸おき、柳原は申し訳なさそうに下を向いた。

 

柳原「……認めます。おれは、勝卯木さんと安鐘さんの犯行を知っていて止めませんでした。」

 

あくまで、自分が立案したとは言わないらしいな。だけど、そこまで口を割らせただけでも進歩だ。モノパオだってここで止めるような事はしないだろう。まだまだ裁判の時間はあるはず。

 

篠田「何故だ!何故そんな事をする必要がある!?」

 

柳原「コロシアイが起きてほしいからです。」

 

……そんな冷静な考えは、柳原の一言で吹き飛んでしまった。

 

宮壁「は?」

 

柳原「宮壁さんには話しましたよね?『たいせつなものを守るために、何も自分が殺人を犯す必要はない』って。この中にいる誰かさえ動いてくれれば全員のたいせつなものが守られるんです。」

 

大渡「貴様、自分の手を汚さずに自分の動機のために動いたって事か?」

 

柳原「そういう事です。勝卯木さんが必死に明かしたがっていた真実とは、おれが犯行を考えてあげたという事だったんですよ。」

 

冗談で終わらせてくれたと思っていたあの話。あの話を聞かされた時にはすでに実行していたっていうのか?それに、急に自分が計画を考えた事まで認めて……一体何がしたいんだ?

 

篠田「どこまで考えた。毒を渡したという事は、殺害方法はお前の仕業だな。」

 

柳原「そうなりますね。」

 

篠田「その毒を誰に使うかは?」

 

柳原「それは……お任せしました。おれの目的はコロシアイを起こす事ですから、誰が狙われるかなんて関係ないですからね。だからその2人が持ってきたものには一切口をつけていません。」

 

篠田「いつ犯行を起こすかは?」

 

柳原「それはおれが決めました。じゃないと、変なタイミングでコロシアイが起きればおれが疑われてしまうかもしれないですからね!あと、最終的にはお互いが殺し合ってもらうようには頼みました。口封じのためにね。」

 

篠田「分かった。もう黙ってくれ。」

 

柳原「えっ、自分勝手すぎませんか!?」

 

どっちもどっち、いや、柳原は自分勝手なんてレベルじゃないな……。

 

大渡「それで、他に何を話す事がある?まだ何か解決してねぇ事があるのか?」

 

宮壁「勿論、この計画の全貌を明らかにする。柳原が2人に行った詳しい指示は分かっていないからな。」

 

難波「だね。最初に、蘭に向けた指示を明確にしたい。『特製の毒を使う事』、『相手は不問』、安鐘を殺すように仕向けたのもアンタだった。それについては何て指示したの?」

 

柳原「えっと、『おれが安鐘さんを厨房に案内するので、そこまで追いかけまわしてほしい』、『その前後の事は任せる』と言いました。それ以降は厨房には入っていません。」

 

……そもそもなんで勝卯木がこんなに柳原の言う事を聞いたのか分からないけど、とりあえずその発言はメモしておくか。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・コトダマ「柳原の証言」

 

前木「案内って、じゃあ柳原くんも鈴華ちゃんが蘭ちゃんに追われている時に一緒にいたってこと?」

 

柳原「ええ。じゃないと安鐘さんがわざわざ厨房まで来てくれるとは思えなかったので。そうじゃなきゃ、感電装置も無駄になってしまいますからね。」

 

難波「……!つまり……。」

 

▼[情報②:(難波の発言)安鐘の精神状態から考えると、自分から危険な場所に行くとは思えない。何か別の理由があるのではないか…?]

難波「やっぱり鈴華は自分から厨房に行った訳じゃなかった。アンタが厨房まで誘導したんだ!」

 

前木「そんな……!」

 

柳原のその説明の通りならばそうなる。安鐘は勝卯木に追われてパニックになっているところを、自分に殺害方法を提示した共犯者の柳原に誘導されたんだ。だけど、柳原は安鐘だけの共犯者ではなかった。勝卯木の共犯者としても動いていた柳原に騙されて、縋る思いで厨房に駆けこんだはずだ。……そして、安鐘を柳原の仕掛けた感電装置が襲った。その後を勝卯木に殺されたんだ。

たしかに安鐘は殺人を犯した。それを擁護するつもりはない。だけど、だからと言って、こうまで悲惨な目に遭う必要がどこにあったっていうんだ……?

いたたまれない気持ちで安鐘の遺影を見る。なんで、どうしてあの時、一言も言ってくれなかったんだ。あの時俺がもっと強く聞き出していれば、何か変わっていたのだろうか。

 

絶対に黒幕と柳原を許す訳にはいかない。コロシアイが起きるだけでいいはずなのに、こんなに手の込んだ事をして人の心を弄んだのだから、それ相応の報いは受けてもらわないと。

 

篠田「少し話が逸れるのだがいいだろうか?」

 

宮壁「どうした?」

 

篠田「安鐘が柳原の誘導にのったという事は、安鐘は柳原が勝卯木と組んでいる事を知らなかったのだろう?そして、勝卯木も自分の食べた和菓子に毒が含まれている事を知らされていなかった。勝卯木もまた、安鐘と柳原が組んでいる事を知らなかった事になる。」

 

前木「じゃあ、柳原くんは2人ともを騙してたって事?だけど、黒幕なら監視カメラがあるから組んだ事すら気づかれないなんておかしいよ。」

 

宮壁「勝卯木に指示したのはおそらく安鐘より前だ。だからこそ、俺は、『その指示自体』に何かおかしいところがあるんじゃないかと思っている。」

 

宮壁「そろそろ話してくれてもいいんじゃないのか?」

 

柳原「そうですね。今ならおれが説明した事も納得してもらえるでしょうし。」

 

宮壁「納得……?」

 

柳原「だって、何の根拠もない状態でいきなりおれが全部を仕組んだと話したところで、誰も信じてくれないでしょう?」

 

宮壁「……。」

 

まぁ、言えばどのタイミングでも皆怪しんでくれるけどな。

……そんな蛇足でしかない悪態は心の中にしまうとして、話を進めるとするか。

 

柳原「まず結論として、おれは2人に指示をした訳ではありません。殺人の動機と殺人を犯しやすい環境を提供しただけです。指示したとすれば、おれがその殺人に関わっている事、ひいては動機を与えた事を黙っているように頼んだ事くらいですよ。」

 

柳原「勝卯木さんが黒幕だと分かったおれは、その情報で勝卯木さんを説得して殺人を犯すように仕向けた後、『一緒に黒幕を倒そう』と安鐘さんに持ちかけました。2人ともおれの必死の説得に耳を貸してくれただけなんです。」

 

柳原「勝卯木さんは黒幕である事をバラされたくなかったようなので、その事を秘密にするという借りを作りました。あとは、お兄さんが好きらしいので1番お兄さんの為になるのは事件を起こして皆さんに打撃を与える事だと伝えました。少し時間はかかったのですが、最後の方はお兄さんの為ならと元気に拳をつき上げていましたね。」

 

柳原「安鐘さんには黒幕を倒そうと持ち掛けて勝卯木さんが黒幕である証明をしました。安鐘さんは動機で相当参っていたみたいですし、黒幕なら殺してもいいんじゃないかと言ったらわりと簡単に話にのってくれましたよ。」

 

誰もが唖然としていた。

 

篠田「だから安鐘は勝卯木が黒幕である事を知っていたのか。」

 

難波「……てかそれ、説得じゃなくて脅しでしょ。」

 

東城「そもそもキミは、勝卯木蘭が黒幕である事を安鐘鈴華に話している時点で約束を守っていないじゃないか。紛れもなく殺人教唆、犯罪だよ。」

 

柳原「でも、このコロシアイにおいては殺人教唆をしたところで何の罪にも問われません。そもそも……」

 

柳原「殺人教唆をした、という話が肝心の2人から聞けていない。つまり、おれが嘘だと言えばこの話は嘘になるんですよ。だって、2人とももう死んでいるんですから。」

 

これが、真実?

俺達が責めていた2人はどちらも、柳原に脅されて何も言えなくなっていたっていうのか?……そこまで考えて、俺は初めて自分が柳原の話を鵜呑みにしている事に気がついた。

何が本当で何が嘘なんだ?柳原の言う事はどこまで信じられるんだ?

 

篠田「待て。」

 

柳原「?」

 

篠田「お前のその殺人教唆の練度。悪魔はお前か?」

 

柳原「いや、違いますけど。」

 

難波「さすがにアンタじゃねーの!?そう簡単に2人も動かせる訳ねーだろ!」

 

柳原「動かすだなんて!おれは話を聞いてもらっただけですよ?」

 

篠田「じゃあどこでお前がそんな技術を身につけられる!?今までもそうだ!今のお前は、何もかもが最初の裁判とは比べ物にならないだろう!」

 

柳原「だから、勉強しただけってずっと言ってるじゃないですか。おれが2人に動機を与えた事はすぐに信じる癖に、信じたくない事は頑なに信じてくれないんですから困りますよね。」

 

宮壁「待ってくれ。皆気になると思うけど今大事なのはそこじゃない。俺達はまず、この事件を振り返り何があったのかを整理する必要がある。」

 

前木「ちょ、ちょっと待って……だんだん訳が分からなくなってきたよ……。」

 

東城「一旦整理しようか。」

 

東城がまとめていた紙を見せる。

 

♢♢♢

【勝卯木】

・毒を三笠、潛手に使用。

・宮壁、安鐘を襲う。

・後日安鐘の毒で死亡。

【安鐘】

・毒を勝卯木に使用。

・個室を出たところを勝卯木に襲われ、柳原に誘導される。

・感電装置にかかり、その後死亡。

【柳原】

・それぞれに毒を渡し、指示。

・感電装置を制作。

・勝卯木と連携して安鐘を追い詰める。

♢♢♢

 

難波「うん、てかこう見ると分かってない事ってほとんどなくね?」

 

前木「あとは動機……って思ったけど、それはさっき柳原くん本人が話してくれてたよね。」

 

柳原「はい。」

 

……これで終わり、なのか?

 

篠田「……柳原、お前が三笠とめかぶを狙うように指示した訳ではないのだな?」

 

柳原「はい。本当なら難波さんと宮壁さんを狙ってほしかったので、そこもちゃんと指示すればよかったと少し後悔しています。」

 

宮壁「……え?」

 

難波と、俺?

柳原は、俺達が死ねばいいと思っていた?

いや、待て、落ち着け。そんな事で動揺してる場合じゃない。今動揺しなきゃいけないのは俺じゃない、柳原だ。そんなごちゃごちゃした頭をさらに乱すような話が続く。

 

柳原「おれは勝卯木さんに『どうせならコロシアイの邪魔になりそうな人を標的にしてください』と言いました。おれはてっきり頭の回転が速いあなた達2人をやってくれると思っていたので、三笠さんと潛手さんが死んでいるところを見た時は拍子抜けしましたよ。」

 

篠田「……は?」

 

柳原「たしかにコロシアイの目的をきちんと把握していなかったおれが悪いのですが、それにしたって……よりによってあの2人だなんて。2人が何の役に立ったって言うんですか?」

 

一瞬だった。俺が目を動かすよりも速く、篠田は柳原に飛びかかっていた。

 

柳原「いった……。」

 

篠田「殺すぞ。」

 

難波「ちょ、マジでやめろって!」

 

篠田「触るな!!!」

 

難波が慌てて止めに入るが篠田はびくともしない。

篠田の目は本気で、2人の力の差なんて明らかだ。まずい……!

 

ゴンッ!

 

鈍い音が裁判場に響き、直後、篠田が崩れ落ちる。いつの間にか、傍に木札が転がっていた。

 

大渡「うっせぇんだよ。耳障りだ。」

 

前木「え……?瞳ちゃん……?」

 

宮壁「大渡、お前何やってんだよ!」

 

大渡「あ?あのまま全員でボーっと突っ立って成り行きを見守って、これ以上死体を重ねるつもりか?友情ごっこはこんな場所にいらねぇんだよ。あくまで冷静に、事実だけを話し合えばいい。」

 

大渡「学級裁判に余計な感情は不必要、そうだろ。」

 

そのまま今度は、篠田の横でゆっくり起き上がっている柳原を指さす。どこかぶつけたのか、柳原は痛そうに足をさすりながら立ち上がった。

 

大渡「この気持ち悪ぃ奴が正真正銘の屑だって事。それだけがこの裁判に必要な情報だ。」

 

柳原「気持ち悪いなんて初めて言われました……。とはいえ、大渡さんの言う通りです。おれが死んでたら篠田さんも道連れになっていましたから。本人が望んでおれを殺したとしても、それは流石にかわいそうですよ。」

 

難波「何を他人事みたいに……。」

 

柳原「じゃあ、ここまで言い当てられちゃった訳ですし、おれから詳しく説明してあげますね!」

 

宮壁「せ、説明…お前が?」

 

柳原「はい!宮壁さんや前木さんがよくやってるやつ、おれにもやらせてください!」

 

自分がどんな目で見られているか分かっているはずなのに、それでも少しもひるむ事も調子を乱す事もない。そんないつも通りの柳原は、どこからか取り出したメモ帳を開き、事件の解説を始めた。

 

 

 

??クラ××ッ×ス推理??

 

 

 

柳原「細かなところはおれの方から補足させていただきますね。まずおれは、勝卯木さんが黒幕だと気づいてその事を確認するために一緒に行動する事にしました。おれの発言に彼女は終止驚いていましたよ。そして彼女には黒幕である事を黙っている代わりに、おれの計画に協力するように説得しました。」

 

柳原「特製の毒を使って適当な人物……特に、コロシアイの邪魔になりそうな人物を排除してもらう計画です。勝卯木さん自身も邪魔に感じる人がいたようですし、そういった意味ではおれ達は本当に協力関係にあったのかもしれませんね。」

 

柳原「そして、おれはその日の夜に勝卯木さんが黒幕である事を安鐘さんに伝え、黒幕を殺す計画を伝えました。え?なぜ2人に別々の計画を用意したのか?それは事件をややこしくする事でおれが計画に噛んでいる事を悟られないようにするためです。現に、潛手さんがあんな都合のいいタイミングで死ななければ、裁判はあそこで終わっていたでしょう?本当に惜しかったんですよ。」

 

柳原「あ、なぜ安鐘さんがみなさんにおれの事を一言も言わなかったんだと思います?ここだけはちょっとおれが悪いんですけど、勝卯木さんに聞いたところ、安鐘さんにはトラウマがありまして。そこを刺激したら一瞬で縮こまっちゃったんですよね。泣き始めた時は少し焦りましたよ、あんなにかっこよかった安鐘さんが、まさかこんなに弱いと思わなくて。」

 

柳原「で、2人ともおれの言った通りに動いてくれたんですよ。そうだ、和菓子に手をつけなかったのは勿論、スポーツドリンクはあの場で適当に捨ててましたよ?誰を狙うかは分かりませんでしたし、実際安鐘さんはほぼ無差別の犯行でしたからね。」

 

柳原「そして先日、おれは最後まで食堂に残り、みなさんが帰った事を確認すると厨房の仕掛けを作ったんです。その後の事は宮壁さんの推理通り……さすがですね!」

 

柳原「ここまで言えば分かりましたか?たしかにこの事件のクロは勝卯木さんです。だけど計画を考えたのはおれ。これが事件の真相なんです!」

 

 

 

 

柳原「まあ、そんな感じでおれから言える事は全てです。これで納得していただけましたか?」

 

難波「まだアンタと一緒に過ごさなくてはならないという事なら嫌と言う程分かった。」

 

柳原「そうですね、これからもよろしくお願いします!」

 

大渡「おい……さっさと投票に入るぞ……。」

 

前木「瞳ちゃんを起こしたら投票に入っていいんだよね……?」

 

モノパオ「久しぶり!全員が投票をしない限りは投票結果を出す事はできないからね。篠田サンが目覚めるまで待ってあげようね!」

 

前木「……。」

 

前木はモノパオの言葉に無言で頷くと篠田の頭を膝にのせ、自分のパーカーをかけた。

辺りはしんと静まり返った。

 

……本当に、これが真実なのか。

黒幕である勝卯木と安鐘をそそのかし、2人に事件を起こさせた柳原。

その結果、その2人に加え、三笠と潛手まで死ぬ事になった。

コイツの存在を知らせるために、勝卯木は無駄に裁判を引き延ばした…。

これが、俺達が追い求めた真相なのか。

 

全くすっきりしなかった。今までの裁判もすっきりしていないけれど、今回はそれ以上だ。

勝卯木には潛手を殺した事を俺達に知られる事なく毒で死んだ。俺達は、勝卯木に潜手を殺した事を謝ってもらっていない。謝ったからと言って潛手が帰ってくる訳じゃないけど、それでも、勝ち逃げされたようでとてつもなく悔しかった。

当の柳原はこの裁判が終わったところで死ぬ事はない。今後も俺達と普通に生活していく。自分の目的のために平気で人を殺人の道へとそそのかすような奴と、これからも一緒にいなくちゃいけないのか……?

 

いや、そもそも、本当に柳原は悪魔じゃないのか?だって、どう考えても、柳原のやった事は超高校級の説得力そのものだ。柳原を殺せば、このコロシアイは終わってくれるんじゃないか?

 

一度その考えが頭に浮かんでしまえば振り払う事は不可能で。俺はもやもやとした気持ちで、でも確実に、柳原に対する敵意を強めていた。

 

しばらくして、篠田の目が覚めた。

 

篠田「……投票は……。」

 

難波「これから。今から裁判を終わらせる。」

 

篠田「そうか。……どうも、血が上りやすくなっているみたいだ。すまなかった。大渡だろう?感謝する。」

 

大渡「……。」

 

難波「いや、仕方ないって。あんな事言われたらさ。…じゃ、モノパオ、頼んでいい?」

 

モノパオ「ほいきた!ではでは、お手元の電子生徒手帳を確認してください!」

 

言われるがまま電子生徒手帳を開く。投票のページには『裁判閉廷』と『投票続行』が表示されている。

 

モノパオ「やっとこの長くて苦しい裁判を終わらせられるよ!じゃあ、この裁判を終わってもいいかなって思った人から投票していっちゃってねー!」

 

……投票が始まった。

俺達は、きっと、このまま終わっていいはずなんだ。

しばらく皆、この裁判に疲れたようで呆然としていたが、おそるおそる裁判閉廷に指が伸びる。

 

終わって、いいんだよな?

 

そう言い聞かせて、俺は、突如、自分の顔が熱くなっているのを理解した。

 

脳が焼き切れるような熱を発しているのが分かる。知恵熱ってやつか?

分からない、それでも、何か、何か………。

 

そう、俺は何かを忘れている気がしているんだ。

何を忘れている?何か俺はずっと違和感を覚えていたはずで……。

 

なに、か……………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

 

!!!!!!!!!!!

 

 

 

直後、俺の体に衝撃が走った。その衝撃に蹴飛ばされるがまま、裁判場に向かって吠える。

 

宮壁「投票はまだだ!!!全員止まれ!!!!」

 

 

 

難波「はっ!?」

 

篠田「まだ、何かあるのか……?」

 

東城「何かあるならもっと早く言ってくれるかな。もう投票してしまったよ?」

 

宮壁「なっ……!」

 

まずい。

 

宮壁「誰が投票した!?まだ投票してない人は!?」

 

柳原「おれは投票しましたよ。」

 

篠田「私も、してしまったが……。」

 

東城「ボクを含めて3人投票している。変更なんてできないけれど大丈夫なのかな。」

 

宮壁「他の皆は……!」

 

頼む。俺の気づいた真実で、今度こそ皆を導かなきゃいけないんだ!

絶対に絶対に絶対に、俺はもう、間違えてはいけない……!

 

難波「アタシは今押そうとしてたところだからまだ。」

 

大渡「同じく。」

 

俺も当然未投票だ。丁度3人ずつ。これで、運命は、

 

宮壁「ま、前木、前木は……!?」

 

前木に託された。

急な話でついていけなかったようで、前木は慌てて俺の問いかけに応じる。

 

前木「あ、え、えっと…………押したけど、手が震えて押せてなかったみたいで……。」

 

 

前木「まだ、投票してないよ!」

 

 

 

……よし。

 

もうミスは許されない。緊張で手がじっとりと湿っていく。

ここからは俺が裁判のかじを取る。

絶対に、もう誰にも裁判の邪魔をさせない。

 

 

宮壁「モノパオ、投票を中断してくれ。まだ話す事がある。」

 

モノパオ「宮壁クン、そういうのはオレくんの権限だよ?何を偉そうに……」

 

宮壁「投票を待て、って言ってるんだ。」

 

モノパオ「怖……。」

 

モノパオの声の後数十秒して、投票画面に『中断中』という文字が現れる。これで間違えて投票する事もないだろう。

 

俺は絶対に間違えてはいけないんだ。

安鐘が最後に話してくれた事を。

三笠が言おうとして言えずじまいだった事を。

勝卯木が裁判を引き延ばした意味を。

潛手がその死をもって裁判延長を確定させてくれた事を。

俺の声が、皆が投票を終える前に届いた『幸運』を。

 

決して、何一つ無駄にはしない。

 

 

視線を、『真っ先に「裁判閉廷」に投票していた人物』に向ける。

 

 

宮壁「柳原。」

 

柳原「……。」

 

宮壁「……ずっと、疑問に思っていた事がある。」

 

相変わらずいつもの笑顔を浮かべて、柳原は俺と目を合わせる。

 

柳原「何ですか?」

 

宮壁「どうして、自分が共犯者であった事を、ここまで詳細に教えてくれたんだ?」

 

そう。俺がずっと感じていた違和感はこれだ。

そもそもこんな話、柳原からすると、話す必要がないんだ。

 

俺達は真実が知りたいから聞いていたけど、柳原は自分が共犯者としてやった事を詳しく白状したところで何もメリットはない。

ここで自分が殺人教唆をしたという話をしてしまえば、この裁判を終えてからは誰も柳原の言う事に耳を貸さなくなるだろう。今後の信用も失うし、それ以前に殺されてもおかしくない。

 

本当にただの共犯者であれば、ここまでの悪印象を周りに与える必要がないのである。

 

今までの柳原なら、全て正直に話せばいいと思っていただろうが、今は違う。そんな話をすれば仲間がいなくなる事くらい、『今の』柳原なら分かっているはずなんだ。

 

柳原「そっちが聞いてきたんじゃないですか。……ひどいですよ!まだ話が必要なんですか?」

 

宮壁「必要だからこうしてるんだ。」

 

柳原「……。」

 

宮壁「……。」

 

 

しかし、唯一、共犯者であると話した方がいい場合が存在する。

 

 

それは、『裁判の後という概念がない場合』だ。

裁判の後の事を考えなくていいなら、好きなだけ白状すればいい。

 

 

柳原「で、宮壁さんは何が言いたいんですか?」

 

 

そうすれば周りが、『殺人を犯してはいない、ただの共犯者』だと信じてくれる。

 

その方がスムーズに、より確実に、裁判閉廷へと投票される。

 

 

そして、裁判が終了された瞬間、『クロの卒業』が確定するからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

宮壁「柳原。お前がクロだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

前木「……えっ?」

 

篠田「どういう事だ。先ほどの話で結論は出たのではなかったのか?」

 

東城「それが間違いだった、という事かな。」

 

宮壁「ああ。」

 

柳原の顔をじっと見る。……何の変化もない。クロだと言い切ってもこれか。

半ばカマかけのつもりの糾弾だっただけに、ここまで無反応だと骨が折れるな。

 

難波「……宮壁。」

 

宮壁「なんだ?」

 

難波「さっきまでアンタ自身が言ってた事、皆が話してた事を全部否定してその話を結論とするって事は、ちゃんと根拠があるんだよね?こんな事言いたくないけどさ、アンタもアタシ達も、この裁判で1回間違えてるも同然。そう簡単にはいそうですかとはならねーよ。」

 

……絶対にある。カマかけは失敗したけれど、俺はまだ何か、決定的な証拠を見逃している気がするんだ。そしてそれこそ、俺達が求めていた『本当の真相』のはずだ。

 

宮壁「分かってる。だけど説明自体はそこまで長くない。」

 

だけどあくまで証拠が分かっているふりをする。少しでも弱気なところを見せてしまえば。投票に移られてしまうかもしれない。きっと今の裏切り者はそういう奴だ。

ゆっくり周りを見渡す。全員まるで理解ができないとでも言いたげな表情だった。

 

前木「えっと、最初に聞きたいんだけど、柳原くんがクロだとしたら誰を殺したの?」

 

……それはあいつしかいないよな。

 

Q柳原が殺した相手は?

 

A 安鐘

B 三笠

C 潛手

 

 

 

 

 

 

→A

宮壁「もちろん、安鐘だ。」

 

 

篠田「……何故だ?先ほどまでそんな話は1つも出ていなかっただろう。」

 

宮壁「いや、正確にはうやむやにされていたんだ。」

 

この根拠となる証言、それは……。

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

▼[柳原の証言]

宮壁「柳原自身が説明してくれた。」

 

柳原「おれが……?」

 

宮壁「ああ。お前は言ってたよな、自分が安鐘を厨房に誘ったって。」

 

柳原「はい、言いました。」

 

宮壁「どうやって厨房に誘導したのか教えてくれるか?」

 

柳原「安鐘さんが遠くから見えたタイミングで、まずは共有棟に案内しました。そのままおれが食堂に入り、安鐘さんもついてきたんです。厨房に入ってしまうとおれまで感電に巻き込まれる可能性があったので厨房には入らず、少し強制的にはなりましたが安鐘さんを厨房に入らせました。」

 

宮壁「なるほどな。それは事実なんだな?」

 

柳原「はい。」

 

宮壁「そして安鐘は感電し、倒れてしまった。お前はその後勝卯木が安鐘を殺した、なんて言っていたし、実際その前の裁判での俺達の結論もそうだった。だけど、俺が注目している事こそがそこなんだ。」

 

俺の発言に相槌が聞こえる。その声の主はやっぱり難波だった。

 

難波「……なるほどね。『どっちがとどめを刺したのか、判明していない』って事だ。」

 

東城「たしかにそうだね。だけどそれは誰にも分からないのではないかな?」

 

宮壁「いや、実はそんな事はないんだ。」

 

……口ではこう言っているけど、正直、俺にも確信に至る根拠が分からない……。

でも今は、少しでもその可能性が残っていたという事が何よりも重要だろう。

安鐘を殺したのが勝卯木なのか柳原なのか、それが未だに謎であるという事。この謎を放置した状態で投票なんて絶対にできない。

 

宮壁「その証拠はもっと納得できる状況になってから話すとして、これで皆も、俺が投票を中断させた理由について納得してもらえたと思う。」

 

俺の言葉に皆は頷いた。

 

篠田「では、そこについていろいろ話し合ってみるとしよう。」

 

 

―議論開始―

 

前木「鈴華ちゃんが誰に殺されたのか……【殺害方法】は今までの話で合ってるんだよね?」

 

篠田「モノパオファイルに失血死と書いてあるから、嘘ではないだろうな。」

 

東城「【殺害した時間】とかで炙り出せないかな?」

 

難波「瞳が出てきたのは夜中の3時だから、それより前に殺されているのは確実。少しずれたくらいで何か変わるとは思えないわ。」

 

大渡「本当に和服女に傷をつけたのが1人なのかもよく分からねぇな。【2人でやった】可能性はねぇのか?」

 

篠田「それではクロにとっても博打になる。柳原が自分の命を賭けのような状況におくとは思えない。」

 

柳原「……埒が明きませんね。そもそもそんな【証拠なんてない】んですよ。」

 

 

……。これは、俺の観察眼だけに頼った証拠だ。

だけど、きっとこれが、柳原がクロである事の証明になる。俺はそう信じてこの証拠を叩きつけるしかないんだ。

 

 

♢♢

♢♢♢

3章非日常編1

♢♢♢

 

ふと隣を見ると、柳原が俺と同じようにしゃがんだままじっとしていた。

 

「柳原?どうかしたのか?」

 

「あ、いえ……特に、大した事じゃないです。」

 

またそれか……。しかし、柳原の近くをよく見ても変わったところはなさそうだ。

 

♢♢♢

3章非日常3

♢♢♢

 

勝卯木「そろそろ裁判も締めたいなって思うけど、何かあったらなんでも聞いてね!いくらでも裁判を続けさせてあげる!」

 

柳原「おれはもう終わってもいいですけど……。ずっと立ちっぱなしで痛くなってきました。」

 

勝卯木「んー……。ミンナは?」

 

宮壁「まだ終わらせるつもりはない。いくらでも話す事はあるはずだ。」

 

柳原「え?そうなんですか?」

 

(中略)

 

柳原「もー!いつまでどうでもいい事話してるんですか!早くコロシアイを終わらせるための話し合いをしましょうよ!」

 

体力のない柳原は疲れたのかいよいよ証言台にもたれてぼーっとし始めてしまった。

 

♢♢♢

?章「非」日常編1

♢♢♢

 

「いや、俺も行くならそこのつもりだったから大丈夫だ。柳原……柳原?どうしたんだ、調子悪いのか?」

 

さっきからずっと椅子に座りっぱなしの柳原に声をかける。

 

「え、あ、その……」

 

調子が悪い、という言葉に篠田がビクリと反応する。

 

「体調がすぐれないのはいつからだ?何かあってからでは遅い、心当たりは……!」

 

「あ、えっと、疲れただけなので……。」

 

柳原は申し訳なさそうに立ち上がる。

 

「今日は朝から立ちっぱなしだったので、脚が痛くなってきちゃって。本当に何でもないです!ごめんなさい!」

 

(中略)

 

「頭を使う時は特に食事が大切だからね。……まあ、柳原くんは飛びぬけて疲れているだけだろうけど。」

 

「え、どうしてそう思ったんですか?」

 

「長距離歩いた後のような、長時間立つ事に慣れていないような歩き方をしていたからね。」

 

「おれ、普段家から出ないので……。」

 

♢♢♢

?章「非」日常編2

♢♢♢

 

大渡「学級裁判に余計な感情は不必要、そうだろ。」

 

そのまま今度は、篠田の横でゆっくり起き上がっている柳原を指さす。どこかぶつけたのか、柳原は痛そうに足をさすりながら立ち上がった。

 

♢♢♢

♢♢

 

 

これらの柳原の行動。これに共通している事こそ……!!!

 

 

 

 

▼[壊れた電子レンジ]→【証拠なんてない】

宮壁「これで証明させてもらうぞ!!」

 

 

柳原「電子レンジ?それがどうかしましたか?」

 

宮壁「柳原。お前、足……おそらくつま先を、怪我してるんじゃないか?」

 

柳原「……。」

 

難波「怪我!?そんなの柳原ならすぐに言ってくるはず……いや、言わなかったって事はむしろ……。」

 

東城「そういえばさっきの捜査でも歩き方が変だと思ったのだったね。ボクはあまり柳原くんと共に行動していないから気づかなかったけど。」

 

宮壁「ああ、とりあえず柳原、足を見せてもらえるか?お前にとってもそれが何よりの証明になるはずだ。」

 

柳原「…………。」

 

前木「柳原くん……?」

 

柳原「…………分かりました。ここで靴を脱げばいいんですね?」

 

宮壁「ああ。」

 

柳原はここにきても相変わらず表情を変える事はない。その表情の変わらなさは勝卯木以上で、本当に不気味だった。

 

柳原は何も言わずに靴と靴下を脱ぐ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

篠田「……!!!」

 

前木「ひっ……!!」

 

東城「……どう見ても、怪我なんて生易しい物じゃないよ。近くで見ないと正しい事は言えないけれど、骨折していてもおかしくない腫れだ。」

 

予想の遥か上をいく足の甲の変色と腫れ。それはとても痛々しくて、見ているだけでこちらが痛くなってくるほどだった。

昨日の事件から今までずっとこの状況だったはずなのに、コイツは誰にも言わず微塵も顔に出さず、怪我をしている事すら悟らせないでいたっていうのか……?

 

柳原「みなさんに心配をかけたくなくて黙っていたのに、それをまさか、おれがクロだと言いがかりをつけるための証拠なんかにされてしまうなんて……。」

 

篠田「言いがかり?お前はいつまでしらを切るつもりだ?そんなもの、普段のお前なら絶対に周りに言っていたはずだが。」

 

柳原「そうでしょうか?」

 

篠田「そうでもなくては、こんな怪我、放置していられるはずがないだろう……!」

 

宮壁「痛く、ないのか?」

 

柳原「痛いに決まってるじゃないですか。」

 

宮壁「じゃあなんで……!」

 

柳原は俺を無視して靴を履き直すと、さっきまでと同じように立つ。その様子は、あの足を見た後でも怪我をしていると思えないくらい普通だった。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

柳原「では、反論させていただきますね。」

 

 

宮壁「……は?」

 

難波「は?今ので認めないとかある?」

 

柳原「というより、まだ一度も認めていませんよ?」

 

いや、それでも、きっと切り崩せるはずだ。

レンジで怪我をした事は、絶対に柳原が安鐘を手にかけた事の証拠になる!

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

宮壁「じゃあ、改めてどこに反論の余地があるのか教えてくれ。俺はないと思っていたが。」

 

柳原「おれが怪我をした事と、安鐘さんを殺した事に繋がりなんてありませんよね?」

 

柳原「先に、どうしてそれが証拠だと言い切れるのか教えて欲しいです。」

 

宮壁「そんなの決まってる。電子レンジが落ちたのは安鐘を襲った時だからだ。」

 

柳原「だから、どうしてそれが言い切れるのですか?」

 

柳原「おれが装置を作っている時に落ちてきて怪我をした可能性だってあります。」

 

柳原「電子レンジがいつ落ちたかなんて【分かりようがない】んですよ。」

 

宮壁「いや、それが分かるから俺は証拠だと言っているんだ。」

 

宮壁「お前も一緒に見たよな?電子レンジは雑誌の上に落ちていた。それが何よりの証拠だ。」

 

柳原「そうでしょうか?雑誌なんて【いつでも置く事ができた】はずです。何度も言うようにたまたま厨房に入った時に落ちてきたんですよ。」

 

 

詳しく厨房を捜査し直してよかったな。これで、終わらせてやる……!!!

 

 

 

 

 

 

▼[床の雑誌]→【いつでも置く事ができた】

宮壁「これが最後の証拠だ!」

 

 

宮壁「これも、さっき捜査した時に言ったよな?雑誌はすぐに濡れてしまうから、足場として使える時間はほとんどない。そして、装置を作った時は感電しないから足場なんて必要ない。」

 

宮壁「そもそも、お前はさっき自分で『装置を設置してからは厨房には入っていない』なんて言ってたけど、そこにも矛盾が生じているよな。」

 

宮壁「あの雑誌が足場として使われたのは、クロが安鐘を殺すために近づいた時だけなんだ。」

 

柳原「……。」

 

宮壁「まだ反論できる事があるか?」

 

柳原「じゃあどうして、クロはそんな見え透いた証拠……レンジを棚の上に戻さなかったんですか?」

 

……見え透いた、か。クロもこれが確実な証拠になると分かってたんだ。

だけど、クロはこれを『戻せなかった』。勿論その理由も、クロを証明している。

 

 

♢♢

♢♢♢

1章非日常編1

♢♢♢

 

「う、うう…こんなに重いもの、持てません…!」

 

「柳原力なさすぎじゃね?わざと?」

 

「わざと足を引っ張るなんてバカみたいなことしません!これが重すぎるだけですよ!」

 

柳原が持ち上げる前に30秒がきそうだったので一旦出る。そしてもう一度入ってから難波が柳原の持てなかった荷物を調べ始めた。

 

「うっわ、アタシが持ってたのよりだいぶ軽いんですけど。」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

宮壁「お前が非力だったからだ。勝卯木もそこまで力のある方じゃない上に、犯行時の勝卯木には毒が回っていたしな。」

 

柳原「……。」

 

難波「……終わりでいい?」

 

宮壁「難波。」

 

難波「柳原、諦めてもらうために言っておきたい事があるんだけど。」

 

柳原「何ですか?」

 

難波「アンタが認めようと認めまいと、アタシはアンタがクロだと思ったから、そう投票する。この学級裁判って、真相全てに気づいてなくても投票に移っていいんでしょ?クロさえ分かれば、他に何も判明してなくても学級裁判は終わっていいんだよ。」

 

篠田「そうだな。私もお前に投票する。」

 

前木や東城も頷く。大渡はそっぽを向いたけど、同意と見ていいだろう。

学級裁判は、あくまでクロを…投票先を突き止めるためのもので、言ってしまえば、トリックだとか動機だとかを当てる必要はない。俺達はより確実に、より自信をもって投票するための議論をしていたにすぎない。

『学級裁判で真相に気づく事は必須ではない』、難波はその事を言いたいんだろう。

 

宮壁「……勿論、俺もだ。」

 

難波「もう、アタシ等の投票先は変わらない。それがアタシ等の答え。どう?」

 

柳原「…………。」

 

柳原「………………。」

 

難波と目を合わせると、しばらくして柳原はため息をついた。

 

柳原「あは。それもそうですね。」

 

初めて聞く柳原の笑い声が、こんなに冷たいものだなんて思わなかった。

 

前木「宮壁くん。」

 

宮壁「……分かった。」

 

 

 

♢♢クライマックス推理♢♢

 

 

 

宮壁「今までの推理で判明していたところは省くぞ。今回の犯人は勝卯木だけじゃなかった。というより、勝卯木に殺人をそそのかした奴こそが、今回の首謀者だったんだ。首謀者は、勝卯木が黒幕である事に気づくと、それを交渉材料にして、自分の考えた殺人計画を実行させる約束をとりつけたんだ。その時の毒の受け渡しで、勝卯木は首謀者の靴に毒…よりによってブルーライトで反応する、液体の特製の毒をこぼしてしまった。そして、交渉材料だった黒幕の正体をすぐに安鐘に教え、安鐘には黒幕を殺すための計画を指示した。」

 

 

宮壁「2人とも首謀者の言う事を忠実に守り、本当に殺害計画を実行した。勝卯木は三笠と時間をおいて潛手に毒を飲ませ、安鐘は勝卯木に毒を飲ませる事に成功したんだ。首謀者の本意とはそれた標的だったらしいけど、そこは首謀者と勝卯木の目的の違いによるものだった。安鐘に毒を盛られた事は勝卯木にとって想定外だったけど、実は、首謀者と勝卯木の計画は三笠と潛手だけが標的ではなかったんだ。そして、その事を安鐘は知らないまま夜を迎えてしまった。」

 

 

宮壁「勝卯木は安鐘を廊下に連れ出す係、そして首謀者は安鐘を感電させるための装置を作る係に分かれた。首謀者は最後まで食堂に残り、装置を完成させた後、何食わぬ顔で俺と話した後自室に戻る。その後、勝卯木が俺を襲い、首謀者は再び食堂へと向かったんだ。後は安鐘が出てくるのを待つだけだ。」

 

 

宮壁「安鐘は勝卯木に追われ、適当に逃げていただろうな。だけどその時、食堂の方に首謀者の姿が見えた。安鐘と協力関係にあった首謀者が、まさか追いかけてくる勝卯木とも協力しているなんて思わなかったはずだ。助けを求め、必死で首謀者の元に駆けより……首謀者の仕掛けた装置にかかってしまった。ここまでは何もかもが首謀者の思い通りだったはずだ。」

 

 

宮壁「そこまで完璧だった首謀者だけど、ここから少しずつ計画は瓦解していく。殺すために安鐘の元に向かう際に、電子レンジが自分の足の上に落ちてきたんだ。しかも足場に使ったのが雑誌だったせいで、足の怪我が自分が厨房に入った事の決定的な証拠になってしまった。かなり焦っただろうけど、非力な首謀者と毒で弱っている勝卯木では、レンジを戻す事は叶わなかった。だからこそ、首謀者は怪我の事を黙っている事にしたんだ。」

 

 

宮壁「その後首謀者は安鐘を殺し、三笠も翌朝毒で力尽きた。だけど、計画が上手くいかなかったのはそこだけじゃない。それは、何を思ったか勝卯木が、裁判を引き延ばしていた事だ。そこの真意は分からないけど、おそらく潛手が死ぬまでの時間を稼ぎたかったんだろう。……その思惑通り潛手は、投票直前に命を落とした。それが結果としては、俺達に裁判の結論を思いとどまらせる重要な鍵となったんだ。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「これが俺の、俺達の考えた、この事件の真実……。たしかに安鐘も勝卯木も人を殺したし、勝卯木に至っては許しがたい黒幕だ。だけど、そんな2人をそそのかしてコロシアイを起こし、潛手と三笠の命を奪わせ、そして安鐘の命を奪った奴の事を許す訳にはいかない。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

宮壁「超高校級の投資家、柳原龍也!お前がこの事件の首謀者なんだろ!!」

 

 

 

 

 

 

柳原「モノパオさん。投票、やっていいんじゃないですか?」

 

モノパオ「あ、そう?いいの?」

 

柳原は犯行を認める事も否定する事もなく、モノパオに投票を促す。もう何も隠す事がなくなった今になっても、表情は少しも変わらない。それがとてつもなく不気味だった。

 

正解、だよな?俺達の考えは合っているよな?

あまりにも堂々とした態度に一瞬不安になるが、俺は『投票続行』を押す。

大渡、難波、前木も同じように投票した。

 

「さて!投票の結果、クロはまだ他にいる、『投票続行』が多数派となりました!果たして、正解なるかーーーっ!!」

 

モノパオの声と共に、どこからかドラムロールが鳴り始める。

頼む、合っていてくれ、頼む……!!!!

 

 

 

 

「……正解!!!ではオマエラ、お次はクロを指名してくださーい!」

 

何も、起きていない。

これで仮に柳原がクロではなかったら、俺達はこの時点でゲームオーバーになっているはずだ。クロを指名できるという事は、合っていたという事。

 

震える手で、投票する。

誰の心臓の音が聞こえているのか分からないくらい、裁判場を緊張が覆っていた。

 

 

 

 

 

 

「大正解!もう一人のクロは柳原龍也クンでした!」

 

「……!!!」

 

瞬間、緊張の糸が切れて、膝から崩れ落ちる。

モノパオの宣告で、自分達の結論が正しかったと分かった、これは……安堵だ。

前木や難波もぐったりとした様子でしゃがんだ。

 

「はぁっ、はぁっ……いや、マジでキッツ……。」

 

「終わった、の…………?」

 

「……そうか、これで、やっと……終わったのだな。」

 

篠田も真夏のように汗を流し、息を切らしていた。

 

「……ふぅ……。」

 

「はっ……はっ…………。」

 

東城も俯いたまま顔をあげないし、大渡も肩で息をしている。

 

全員が、体力の限界まで、脳の限界まで達していたに違いない。

かく言う俺も、崩れ落ちた姿勢のまま、少しも動けなくなっていた。きっとスポーツ選手の大会直後はこんな感じなんじゃないかとどうでもいい事が頭をよぎるくらい疲れていた。マラソンでもしてきたとしか思えないほどの大量の汗が首を伝う。

誰もが、安堵していた。

やっと終わった。俺達は勝ったんだ。この長く苦しい裁判を、勝ち残ったのだ。

そこまで考えて、自分自身に寒気がした。

スポーツの後に感じるのは、高揚感だ。

 

今まで端部や高堂や勝卯木の投票直後に、こんな気分になった事はない。

クロを突き止めた事を、俺達は素直に喜んでしまっている……?

 

「違いますよ。」

 

「……え?」

 

重くて仕方のない頭をあげる。目の前で柳原が覗き込んでいた。

 

「宮壁さんは、さっきまで命の危機に立たされていた。だから緊張が解けて、安心しているだけ。みなさんも同じです。みなさんはこの裁判に自分の命がかかっている事を、投票先を間違えかけて初めて、本当の意味で自覚したんです。」

 

……なんで、お前……俺は、まだ何も声に出して言ってない……。

 

「声に出さなくちゃ何を言っているか分からないなんて、不便じゃないですか?」

 

意味が分からない。俺は何も話していないのに会話が成立している。

 

「えっと、宮壁くん、何か喋ってる?柳原くんが独り言を言っているようにしか聞こえないんだけど……。」

 

「いや、何も喋ってない。」

 

「は……?」

 

「どういう事、かな……。」

 

篠田と東城が目を見開く。

まるで牧野じゃないか、いや、声に出さなくても会話ができるなんて牧野の比じゃない。

 

柳原は軽い足取りで自分の席に戻って行く。足音1つ立たない、まるで……。

 

「ずっとおかしかった。アンタ、そんな怪我してる癖になんで足音すら無い訳?」

 

「あ?」

 

大渡も息を整えながら周りの状況を把握していく。

 

「アンタの歩き方、『アタシに似てる』。いや、アタシはそんな怪我してたらその歩き方とか無理だけど……。」

 

「難波さんの歩き方、おれ、好きですから。」

 

その顔は、何を考えているのか一切分からない『普段の柳原の顔』だった。

なんだよお前、もっと感情豊かな奴だったじゃないか。そんな勝卯木みたいに、いや、勝卯木よりももっと無機質な……。

 

…………は?

なんだコイツは。安堵による汗はいつの間にか油汗に変わっていた。

 

「なんでおれはこんな人達に負けちゃったんでしょうか。」

 

そんな中、少しの汗も緊張も疲れも感じさせない様子で、首謀者は立ち尽くしていた。

 

「モノパオさん、おかしいと思いませんか?この人達は何度も間違えかけていたんです。あのまま間違えてくれたらよかったのに、なんで今おれが負けているんですか?」

 

「それはもう宮壁クン達がお見事だったからだよ。オレくんも焦ったんだよ!?まさか本当にここで終わるんじゃないかってドキドキしてたんだから!」

 

「宮壁さん達が、お見事……?」

 

意味が分からないとでも言いたげな顔でこちらを見る。

 

……。

…………。

たしかに柳原のテンションや表情は普段と何も変わっていない。

だけど、裁判を終えた今1つだけ、明らかに変わっている事がある。

 

「こんな馬鹿な人達の、どこがですか?」

 

 

今の柳原は、俺達の知っている柳原じゃない。

 

 

 




今回の挿絵は一部別の媒体で描きました。
昔の挿絵が目も当てられないので消すか直すかしたいな、と思っています……。


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「非」日常編 3

ようやく終わりです。
今回は時間軸が急に戻ったり回想が入ったりします。視点変更もいいものですよね。


 

私は、何の才能もない一般人だ。

だから特別学級のミンナには強い憧れがあった。

 

特別学級。制偽学園の華ともいえるそのクラスの存在は、外から見れば天才の集団だけど、その実学園内では嫉妬の対象に他ならない。毎回授業に出席し、真面目にテストを受けている自分達が入れず、たまにしか学校に来ない勉学以外の事に注力している人が毎年入りやすいのだから仕方ないのかもしれない。過去にはコネで特別学級に入った人もいるらしく、どこからか広まったその噂は、ますます生徒間での特別学級に対する憎悪を増幅させていた。

そんな憎悪がありながらも、全員、特別学級をどこか羨望の目で見ていた。特別学級に入った時に手に入れられる『超高校級』という称号の効果は凄まじく、テレビやネットで名前を見る頻度も格段に上がる。個人情報も何もないのは可哀想でも、それだけ世間が注目を寄せてくれるという事は、凡人の私にとってとてつもない魅力だった。

 

私の兄である勝卯木蓮は、超高校級の人間だ。学園長の孫という事もあって最初はコネを疑われていたけどお兄様はそういう事をする人じゃない。事実、積み重ねてきた人望で唯一普通の生徒とも気軽に話せる特別学級生という事で人気があった。

お兄様はそのまま制偽学園の繰り上がりで入れる大学に進学し、ゆくゆくは制偽学園の学園長になると言われていた。影でちゃんと努力をしているのも知っていたし、お兄様に比べて劣っている私の事を本当にかわいがってくれていたから、私もお兄様の活躍を応援していた。

 

だけどだんだん、私が応援しているだけじゃ何の力にもなれない事を悟っていった。お兄様には、それだけの重圧がかかっていた。

 

その重圧の原因、それが最近の治安の悪化。世界で再び大きな戦争が起きるんじゃないか、そんな不安を煽るような動きがみられる中、国内で制偽学園から輩出される天才達への期待も高まっていたのだ。生徒会長としてそんな天才と学校を取り仕切っていたお兄様に国から声がかかったのだ。そしてそれと同時期に、水面下で『驚異的な説得力』を持つ人間……まさに、世界のリーダーとして相応しい才能を持つ人物がいるという噂が流れていた。

その力があれば、この悪まみれの世界と戦っていける。

 

制偽学園は国からの期待に応えるために、その力について研究する必要があった。

警察組織のトップである堀本正太郎氏からあらゆる事件の情報を流してもらい、説得力、もとい悪魔の追跡を開始、その後まもなくして未成年である事が分かった。しかし、その人物の成長を待つ猶予があるか分からない。そこでお兄様は『悪魔を人工的に作り出す事』に取り掛かった。その人物が幼くして出くわした事件、それを再現する事で、他の人間にも説得力を覚醒させられる可能性があると踏んだのだ。

 

そして選んだものが、コロシアイだった。お兄様は、お兄様のクラスメートだった特別学級の面々を、説得力を発揮するにふさわしい『学級裁判』を組み込んだ舞台で殺し合わせた。

今こうして私が黒幕として「次の」コロシアイを運営している時点で、その結果が悪かった事は言うまでもない。

お兄様が生まれてから今までの間で唯一のミスだ。隠蔽しなければ何もかもが無駄になる。制偽学園に反発して行ったコロシアイで、何人もの才能を命諸共潰してしまったのだから、どうにか隠すしかない。

 

火災だと、報じた。

遺族からの怒りは勿論、学園の問題として少しニュースに取りざたされたものの、その噂が落ち着くにはうってつけの治安の悪さ。敵だったはずの、悪であるはずの世界に、正義を司っていた制偽学園は守られてしまったのだ。

 

「あの。ニュース、聞きました。あれってどういう事ですか?私達が何をさせられてその結果生き残ったのか、何故誰も報じてくれないんですか!!」

「あんなのおかしいだろ!!……こんな学園にいたなんて生涯の恥だ!」

「絶対公表させてやる!!」

 

毎日のように詰め寄ってきていたのはそのコロシアイの生存者だった。

 

「蘭、あの人達は何をするか分からないからここに隠れているんだよ。」

 

そう言って生存者の対処をするお兄様を、毎日のように見ていた。

お兄様いわく、そのコロシアイには1人中学生が紛れこんでいたらしいが、その少女の行方は誰も知らないようだった。

 

「あの子に何の用があるっていうんですか。知っていても教える訳がないでしょう。」

 

お兄様は何か知っているみたいだったけれど、私の知るところではなかった。

 

コロシアイは上手くいかない。だからお兄様は、別の手段を探しつつ、悪魔を特別学級に入らせる方向へとかじを切った。

 

その子どもが無事に制偽学園に入学できるまで陰ながらサポートをして、その後特別学級への進級も内定した。

しかし、ここで問題が起きた。それは、悪魔自身が自分を悪魔だと一度も認識できた事がないという事、悪魔がいわゆる二重人格に近い存在だったという事だ。多少の説得力は本人も持っていれど、その説得力のほとんどを担っている方の人格は特別学級に入った後も現れる気配がなかった。このままではせっかくの逸材を逃してしまう。

同じ事をするしかない。

 

私は、お兄様が自分の命をコロシアイに委ねて計画に向かって漕ぎ出した時、お兄様の事がどうしようもなく羨ましくなっていた。

これなら、私も特別学級の一員でいられるんじゃないかって。

 

「え?蘭がコロシアイの黒幕をする?」

 

「うん。お兄様が何回も紛れ込む訳にはいかないんじゃないのかな…と思って。私も、勝卯木家の一員で、何よりお兄様の妹だもん。……できる事があるならやりたい。」

 

「……危ないからダメだよ。」

 

「で、でも!お兄様だって……!今だってコロシアイを1回終えて、こうやって生きてる……」

 

「これは運だよ。僕はたまたま運がよかっただけで、いくらでも死んでもおかしくない状況ではあったんだ。蘭はこういう繊細な作業も得意じゃないだろう。蘭まで危ない事をする必要はないんだよ。」

 

「……じゃあ、喋らない。」

 

「え?」

 

「私、すぐボロが出ちゃうから、喋らないようにする。それじゃあダメ?」

 

「危ない事には変わりないでしょう。」

 

「で、でも、お兄様は社会のために1人でがんばってるのに!誰も認めてくれないけど、私は知ってる!お兄様だって悪魔なんかがいなかったらこんな事……」

 

「蘭。これは遊びじゃないんだ。蘭にはできない。何よりそんな危険に晒したくない。」

 

「……提案があるよ。私と同学年のあの人が悪魔なんでしょ?だけどその人とは別に『こういう事が上手な人』がいるよね。その人に手伝ってもらう。私が黒幕で、その人が『裏切り者』としてより深く潜伏してもらうの。それならできるよ。」

 

「その人が僕達に協力してくれる算段なんてないだろう、いい加減に……」

 

「ある。あの人には決定的な弱点があるの。私は知ってる。」

 

「……じゃあ、その人を連れてきてごらん、話はそれからだ。」

 

 

裏切り者を選定したのはこの時。……まあ、この辺は今関係ないしカットで。

 

 

「蘭……いつからこんなに我儘になったんだい。本当にあの子が協力してくれるなんて思わなかったけど、きっと蘭が無理を言ったんでしょう。」

 

「無理じゃない。」

 

お兄様の役に立ちたい。それの何がいけないの。お兄様だって本当は人手が欲しい癖に。私がその願いを叶えてあげるって言ってるのに。

 

「……そこまで言うなら折れるよ。だけどこれだけは約束する事。」

 

「何?」

 

「無理はしない事。蘭がクロになるのは勿論だめだし、危ないと思った事には関わらないようにする事。蘭が死ぬなんて想像でも考えたくないからね。分かった?」

 

「……うん!!」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

ずっと上手くいっていた。

ポーカーフェイスは唯一の特技で、そのおかげで無口でも許されてきたし裏切り者を呼ぶのも上手くできた。モノパオでいるために常にテンションを今までにない位上げていたから、それだけは疲れていたけど。

それでも、私なんかが、とっても上手にコロシアイができていたの。

 

アイツが来るまでは。

 

 

「あ、宮壁さん、おれもう1回行ってもいいですよ!」

 

「え、そうなのか?」

 

「はい!みなさんと探索したら何か別の物が見つかるかもしれませんし…。」

 

奴は、きょろきょろと視線を動かすと私と目を合わせてきた。

 

「おれ、勝卯木さんと一緒に行動してみたいなって思うんです!いいですか?」

 

「……。」

「……分かった…。」

 

なんで急に?昨日まで大希くんにべったりだったのに、そう不審に思った勘は当たるもので。

 

「勝卯木さんって黒幕ですよね?」

 

「……え?」

 

あまりにも突拍子もない一言。

 

「……不快。謎。」

 

「隠さなくていいんですよ。過去の裁判での証言、全てやたら細かい時間で答えていましたけど、そんな時間どこを見ていたら答えられるんですか?おかしいですよね。あと裁縫が下手という情報とモノパオの首が上手く縫われていない事も繋がりがあるように感じます。頻繁にトイレに行きますけどそのタイミングでおれ達がモノパオと話す事も多かったです。」

「あとこれ、勝卯木さんの秘密です。返しておきますね。『勝卯木蘭には才能がない』……これが黒幕の決定打でした。記憶力がなければそもそも何故ここにいるのか、そして何故特別学級の一員だと騙っていたのかも怪しくなりますからね。記憶力という才能は黒幕であれば偽っても誤魔化せるし、なかなかいい方法だとは思いましたけど。」

 

だらだらと長い話を聞きながら、私は必死にこの後の発言について考えていた。どうすればいい?認める訳にはいかない。認めたらミンナに知れ渡ってコロシアイが破綻してしまう。殺される。ダメ、絶対ダメ。私でもできるって、そう証明しなきゃなのに、

 

「おれはもうあなたが黒幕だと確信しているので何の弁明も聞きませんよ。その代わり、おれもあなたが黒幕である事は誰にも言いません。」

 

「は?」

 

予想だにしない話の結論は、これまた予想だにしないものだった。

 

「おれはコロシアイが起きて裁判に勝てさえすればいいので。疑われるのはもう懲り懲りですけどね。協力関係を結ぼう、と言っているんです。」

 

「……だれ?」

 

「え?勝卯木さん、黒幕なのに忘れて大丈夫ですか?柳原龍也ですけど……。」

 

こんなの、私が知っている柳原龍也じゃない。

両親に無理矢理子どもを作らされた事以外、誰よりも情報がなかったけれど、それでも以前見た時はこんな人間じゃなかった。特別学級にいた頃の、今は消してしまった記憶の中の柳原龍也はこんなにも人間らしくない人ではなかった、もっと純粋だったはずなのに……。

 

「柳原、変。」

 

ここにいちゃいけない。コイツの話を聞いちゃいけない。帰ろう。

 

「いいんですか?言いますよ。勝卯木さんが黒幕だって。」

 

足を、止めてしまった。こんなの、認めてしまったようなものだ。

立ち止まった私に近づくとソイツはにっこりと微笑んだ。

 

「じゃあ、いろいろとよろしくお願いします!」

 

その1日、私はほぼずっと奴と一緒にいた。奴はその時間である提案をしてきた。

それが、『私がクロになる事』だった。

お兄様との約束があるから無理だと正直に言っても全く聞き入れてくれなかった。

 

「そもそもこのままコロシアイが起きなかったらどうするんですか?それはそれでコロシアイの破綻になりますよね?じゃあどうしてこんなにもコロシアイが起きる気配がない程のんびりした空気になっているのか。それはコロシアイに反対している人達が皆強く、優しいからです。頭が良くて人に優しくて、それでいてコロシアイの立ち回りが上手い人達がいるからなんです。……そういう人、いらなくないですか?邪魔だと思わないですか?」

「そういう人達を間伐してあげるのも黒幕の仕事じゃないかなと思いますけどね。勝卯木さん、がんばらないと黒幕なんてできませんよ?あなたには何の才能もないんだから。あなたがクロとしてオシオキされても裏切り者がいるんでしょう?『あなたがいなくなってもコロシアイは破綻しない』んです。あなたが自分で動いてコロシアイを起こした方がお兄さんの使命とやらの役に立てると思いませんか?」

 

今考えたら滅茶苦茶な事を言っていて、どう考えてもおかしいのに、この時の私は錯乱していた。私の脳は、『凡人なんだから頑張らないと』という強迫観念に支配されていた。

 

「……で、でも……。」

 

「……まだおれの提案は聞いてもらえないんですか?これは奥の手ですけど……勝卯木さん、おれの事をお兄さんだと思って見てくださいよ。」

 

「は、全然、違う……。」

 

「蘭なら見れるよ。」

 

「!!!」

 

「お、呼び方合ってたんですね。……蘭のやるべき事は何?大丈夫。僕の事は心配しないで。蘭は自分がやるべき事をしっかり考えてごらん。状況が変わった今、蘭はコロシアイの破綻を防ぐのが何よりも大事だよね。」

 

「……。」

 

生理的な涙が零れる。今から虫を頭に入れると宣告されたかのような、麻酔無しでお腹を抉るとメスを突きつけられたかのような、そんな体の一部が冷たくなる恐怖感に支配されていた。苦しい、誰か助けて、このままじゃ……このままじゃ、私はおかしくなる。おかしくて、おかしい……………

 

「そもそもコロシアイなんてやってる時点であなたは異常者なんですよ。何を今更。」

 

言葉を発しても心で叫んでも、全てが筒抜けで怖い。誰か。誰か。

 

「おれがいるじゃないですか。何他の人を呼ぼうとしてるんですか。」

 

目を覆われる。視覚を無理矢理塞がれ、さっきよりも奴の声からの情報をより鮮明に受け取ってしまう。

 

「大丈夫です。おれが勝卯木さんのやるべき事を全部考えてあげますから。勝卯木さん……あぁ、蘭がきっと失敗しないようについていてあげる。」

 

 

 

 

奴が、お兄様だったっけ?

 

何?どっち?奴って?

 

お兄様だけがずっと私の味方で私の心配をしてくれるの。

目の前で話している人も、私が失敗しないように傍にいてくれるって言った。

 

 

私は、この人のために動くべきなのかな?

 

 

 

 

 

その洗脳に近い何かの中、私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

配られた秘密には、とんでもない事実が書き記されていた。

自分の家が、正当な流派ではない事。自分の流派には何の価値もないという事。兄が継いだところで、終わってしまう以外何もできない家だった。親戚が誰も賞賛してくれないのは、そういう事だ。

そして……わたくしが、自分の流派を守るために政略結婚をさせられていたという事。

 

お腹が痛くて、体調が悪かった。

いつもの事だと思っていたのにどこからも血が出ていない。動機を見てから嫌な予感がしていた。嘘だ、まさか。だって、お腹だって出ていないもの。

 

けれど、同封された映像は、それが真実であると突きつけていた。

 

 

…………プールを休んだ理由を、宮壁さんには生理現象だと言った。誰もそれを疑わなかった。……彼を除いて。

 

 

「安鐘さん、大丈夫ですか?つわり。」

 

「……え?」

 

何故そんな事を彼が知っているのか、よく考えれば分かったかもしれないのに……彼の全てを見透かしたような目に、身動きが取れなくなってしまった。

 

「安鐘さんも大変な目に遭ったんですね。おれもです。おれにも子どもがいて……。どうにかしないといけないんです。どうにか帰らないといけないのですが……安鐘さんはどうします?」

 

「どうするって、な、何の事でしょう……。」

 

「安鐘さん、その秘密が公表されたら……お家、どうなっちゃうんですか?安鐘さんが痛い思いをして被ったものを、『勝卯木さんのせいで失う事になったらつらい』と思いませんか?」

 

「なぜ、勝卯木さんが……。」

 

「勝卯木さんが黒幕だからです。」

 

「!」

 

「安鐘さん、おれと同じ境遇にある貴女に協力してほしいんです。お互い家族のために頑張ってきた者同士、黒幕を殺してこのコロシアイを終わらせましょう。おれ達の秘密と努力を守らないと。」

 

 

「安鐘さんならできます。だってあなたは誰よりもがんばっているから。」

 

 

……綺麗だとか、素敵だとか、そんな言葉をかけてもらうのはいつも恥ずかしかった。そんな事ない、だって今まで誰も褒めてくれなかったもの。その異名はいつ、誰が言ってくれたかしら。ここでみなさんと会うまで一度だって言われた事がないのに、急に才能だとか超高校級だとか、変よ。

だからこそ、わたくしは……家族に褒められたかった。自分の努力を知っているのは他人じゃないから。才能、結果だけを褒めてもらうんじゃなくて、わたくしを褒めて欲しかった。だからこそ、今まで誰よりもがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばってがんばって

 

 

たった今、初めてその「努力」を褒めてくれたのは……結局他人だった。

 

 

そう。わたくしが今までやった事は、なんだって褒められるような事ではなかったのね。

ふと、何もかもがどうでもよくなってしまった。涙が止まらなかった。

わたくしはおかしいし、誰も気づかなかったはずの「求めていた言葉」を突然くれた柳原さんだって、きっとおかしいのに……。それに気づけなかった。

 

 

気づけなかったから今になって、後悔しているのですわね。

 

難波さんが厳しい目でこちらを見ている。……みなさんの提案で自室に一日中1人でいた事で、わたくしの目も覚めてしまったようでした。取り返しのつかない事をした。勝卯木さんが黒幕なのは間違いない、柳原さんの話の中でそこだけは信じていないとどうにかなってしまいそうでした。

 

「……入って。」

 

難波さんの声に誰かしらと扉を見やると、同じく厳しい顔で宮壁さんが入ってきた。

 

「…安鐘。」

 

「こうやって宮壁も連れてきたんだからそろそろ話してくれる?動機は何?」

 

言えない。この人達を柳原さんの敵に回してはいけない。

もう死ぬのだから、後悔のせめてもの埋め合わせとして、どうにかわたくしはみなさんを守らなければいけなかった。柳原さんの真意は分からない。けれどわたくしだって、これ以上柳原さんの好きにされたくない。体は家に、心を柳原さんに侵略されてしまったのなら、頭はどうにかわたくしの意思で動かしたいわ。

 

秘密さえ守って、みなさんの助けが少しでもできるなら、わたくしが死のうが嫌われようがどうだっていい。……まだ家のためになる事を考えているなんて、わたくしは本当に愚かな人。

 

とはいえ、ここからわたくしはみなさんにヒントをできるだけ残さなければいけない。今の柳原さんは人の心が読めるから隠し事はできない。柳原さんに気づかれないようにするなら、嫌われたままの方が都合はいいかもしれないですわね。

 

「………話しません。」

 

「アンタ、反省するつもりもない訳?アンタがこんな無差別に人を殺す奴だとは思わなかった。」

 

その後、宮壁さんがメモを取り出して問答が始まった。

2人の真剣な表情に、少しずつ張りつめていた糸がほぐれていくようだった。……この2人がいればきっと大丈夫ですわ。みなさんなら柳原さんの正体を暴いてくれるはず。

 

 

「えっと…何かあったら、俺達に言えよ。」

 

「……。」

 

「今からしばらくは俺が外にいるし、一応部屋の外には誰かがいるようにするから。」

 

……宮壁さんみたいな人に出会えていたら、わたくし、死なずにすんだのかしら。

 

「………。ふふ、お気遣いありがとうございます。」

 

「……じゃあ、また明日。」

 

最後に素敵な2人と話せた事だし、このまま死ねるのなら悪くないかもしれない、なんて。

 

「あの。」

 

「?」

 

いいえ……みなさんと一緒に生きていたかったですわ。

 

「これは、たぶん、言ってはいけない事だと思いますが…どうか気をつけてくださいませ。裏切り者や黒幕…おそらく悪魔などよりも、ずっと質の悪い人が、あなた達を狙っていますから。わたくしが死んだ後も、くれぐれも気を抜かないで。」

 

「……肝に銘じるよ。」

 

宮壁さんは頷くと、そっと扉を閉じた。

 

 

「………宮壁さん。」

 

「みなさんも…どうかご無事で。」

 

 

 

 

 

 

ご無事でいてもらわないと、今度こそわたくしの全てが無駄になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、扉を叩かれた時、すぐに扉を開けてしまった。

わたくしが何か間違えたのか、だから見張りの人が襲われたんじゃないかと思うと、気が気じゃなかった。

 

どうせわたくしは明日死ぬのだから、外にいる誰かの事は守らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……宮壁さんは、まだ生きているかしら。みなさんの助けが間に合うといいけれど。

 

全身に痛みが走った時に思ったのは、そんな事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

柳原の行為、それは脅迫と洗脳を混ぜ合わせたような、そんな不気味な……本当に悪魔のようなものだった。

 

「もーね、この後の勝卯木サンったらオレくんとの会話も難しくて本当に手がかかったんだから!勝卯木サンを正気に戻すのは仲間のオレくんでもできなかったんだよ。信じられないよね!」

 

「……柳原。」

 

「?」

 

「……絶対に許さないからな。」

 

篠田の射殺すような目つきに柳原は目を逸らした。

長かった裁判の熱も疲れも冷めやらぬ中、柳原はモノパオに処刑を急かす。

 

「……もういいですよ。はやくおしおきでもしたらどうですか。」

 

「まぁまぁ、そんな事言わず!オマエラも柳原クンの動機、気になるでしょ?」

 

「そうだ。柳原、ここまできて黙秘などさせないぞ。」

 

篠田が柳原を変わらず睨みつける。

 

「黙秘も何も、おれはおれのたいせつなものを守るために事件を起こしただけです。」

 

「だから、アンタの大切なものが何なのかって聞いてんの。」

 

「おかねです。」

 

は?

 

「逆におかねのためじゃなかったら何ですか?母親も父親も兄妹も子どもも成績も才能も、全部どうでもいいですし。」

 

「信じられない。本当にそれだけなのかな。」

 

「こら柳原クン!説明不足だよ!」

 

「は?それだけですけど。おかねだけ、おれのことを気にしないでいてくれるから。おれの遺伝子も才能も必要なくて、ただ一緒にいてくれる……。とっても優しくて素敵で尊いものじゃないですか。」

 

意味の分からない発言に、やっとの事で前木が言葉を返す。

 

「え?待って、お金って、喋ったりしないよね……?」

 

「喋る必要がありますか?」

 

「へ……?」

 

「おかねは喋らないからこそいいんじゃないですか。喋るおかねなんて人と変わらないですし、人と変わらないならいらないですよね。」

 

「さっぱり分からん。」

 

大渡も心底呆れたような口調で呟いた。

柳原はさっきから何を言ってるんだ……?いやそもそも、他に気になる事だって山ほどある。

 

「柳原、お金が動機なのは分かった。俺はお前がどうしてそこまでいろいろできるようになったのか知りたい。」

 

「勉強しただけです。」

 

「推理や犯罪に関する事だけじゃない。牧野や勝卯木や難波の特技まで習得するほどの時間があったか?」

 

「……おれはできます。それだけです。」

 

唖然という言葉が似合いすぎる沈黙。モノパオが仕方ないといったふうに口を挟んできた。

 

「まあ、オマエラが納得できないのも仕方ないよ。だけど、柳原クンみたいな世間知らずが投資家として活動できている事だって十分不気味だと思わない?」

 

「……つまり、柳原くんの投資家という才能は、彼の才能の一部でしかないと言いたいのかな?」

 

「東城クン、惜しいね!正確に言うと……柳原クンの才能は、『超高校級の学習力』と言えるって事!人の才能を少し見ただけで自分の物にできちゃう、漫画みたいな超能力!それも、その分野の超高校級の人間を優に超える程の才能を手に入れちゃうんだから、さすがにびっくりだよね!」

 

「超高校級の、学習力……。」

 

最初の裁判で推理ができない演技をしていた訳ではなく、本当にこの短期間でここまで成長したっていうのか?柳原が今持っている才能を思い出す。

 

「アタシの才能を盗まれたのはあの時だと思ってる。……一緒に話した人、皆今いないけど……あ、宮壁は覚えてる?アタシが皆の前で喋ってたやつ。」

 

「難波の話…。」

 

 

♢♢

♢♢♢

1章(非)日常編1

♢♢♢

 

「…というわけでアタシはそこから大脱出!レーザーなんてなんのその!」

 

「わはー!難波さんはあの『スピーダーマン』みたいにスルスル動けちゃうんですーねー!すごいでーす!」

 

「すごーい!さすがしおりん!美亜のメモがどんどんたまっていくよー!」

 

「あ!宮壁さんじゃないですか!どうして1人になってるんですか?迷子ですか?」

 

(中略)

 

「あのね、アタシもこう見えて疲れてるから。」

 

難波がびっくりするぐらい小声だったので俺の声もつられて小さくなる。

 

「そうなのか?」

 

「美亜が来てからずっと、アタシ自分の武勇伝語ってんのよ?めかぶも柳原も楽しそうに聞いてくれるから、最初思いっきり動きまでつけちゃってさ。だんだん疲れてきたけど急に動きなしになるのもかわいそうじゃね?正直宮壁が来てくれてめっちゃ安心した。」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「まさか、あの時間で難波の動きをマスターしたっていうのか!?」

 

「あの時はおれにこんな才能があるなんて知らなかったので無意識ですね。難波さんはご丁寧に何度もやってみせてくださったので。」

 

「……あの時って事は認めるんだ。他にも……牧野のステージの時だって、何か言ってた気がするけど。」

 

 

♢♢

♢♢♢

2章(非)日常編3

♢♢♢

 

「というわけで潛手ちゃんは見事当てられちゃったね!次は2種類でやるけど誰がやりたい?」

 

「あ、おれ、やりたいです!」

 

元気よく挙手したのは柳原だった。

さっきと同じように牧野の向かいに座り、カードを引き、質問されているところまでは一緒だけど…。

 

「な、何?」

 

「いえ、牧野さんがどこでおれの嘘を見破っているのか気になりまして!勉強させてもらってるんです!」

 

「そっか。まあ簡単に俺の技術が真似できるとは思えないけどね。これ、結構難しいから。」

 

「そうなんですね…。たしかにちょっと見ただけじゃ分かりません!すごいですね!」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「あれもなの……!?」

 

「あれはちゃんと勉強したいって言ったじゃないですか。さすがに無意識で習得できるほど簡単なものではないですよ。」

 

「何だコイツ…。」

 

大渡もさすがに引いているようだ。勿論、他の皆も目を見開いていたのは言うまでもない。

 

「勝卯木さんと一緒にいた時にポーカーフェイスの作り方は見て学びました。どうです?何を考えているか、あまり分からないと思うんですけど。」

 

「どうも何も、さっぱり分かんねーっつーの…。」

 

ぱんぱんと音がした方を見れば、モノパオが手を叩いて俺達の視線を集めているようだった。全員がモノパオの方を向くと、満足したようにリモコンを取り出す。

 

「じゃあ、オマエラも柳原クンについて詳しくなったところで、そろそろ柳原クンについて『学習』したいんじゃない?」

 

「……は?まだ何かあるって言いたい訳?」

 

「オマエラが柳原クンの事知らないと話が進まないんだよ。それに柳原クンは反省の色ゼロだよ?知った上で土下座させるのもいいよね!」

 

「柳原が言わないならお前が早く言え。」

 

「もー!篠田サンは本当に人が変わっちゃってオレくんも寂しいよ。少し前まではもっと優しかったのになぁ……ま、友達ばっかり狙われたらそうなるか!」

 

「……黙れ。」

 

「じゃあ、こちらをご覧いただきましょう!柳原クンの秘密についていた映像証拠だよ!」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……。」

 

母親の抱く布から、赤ん坊の泣き声がする。

気持ち悪い。それがおれの遺伝子を受け継いだ生命体らしい。

 

事の始まりはおれがすぐに字を書けるようになった事だった。

年子の妹は数字すら書けないうちに、おれはテレビに出てきた文字、英語、漢字……異次元のスピードで物を習得していった。

何故そんな記憶があるのかと問われても、覚えているからとしか言えない。

 

母親は大の子ども好きだった。彼女の産んだ初めての子どもであるおれは、惜しみない愛情を注がれた。顔が整っていて、すぐに物を覚えて、親の事を信じている子ども。全世界で、おれより完璧な子どもはいなかったのだろう。おれの下に次々と兄弟が産まれたが、両親のおれに対する目は、どこか他の奴等と違っていた。

 

……それからまもなく、家が貧しくなった。おれは生きるためにどうにかお金を稼ぐ必要があった。凡人の父親の収入ではどうにもならない。借金とかよく分からないくらいの年だったが、お金さえあればどうにかなると思っていた。

その借金を1年で返しきった。両親は泣いて喜びおれを褒め称えた。……そこで、何かがおかしいと思った。下の奴等は指をくわえているだけで何もしない役立たずで、親はおれに頼って何もしない。兄弟、なんでこんなにいるんだ?それ、誰?気づいたら増えてるけど、親は1日中何をしているの?子どもってそんなにいらないよね。

 

 

「子どもは皆愛しているけれど」

「龍也みたいな子が欲しい」

「賢くて」

「かわいくて」

「偉くて」

「素敵な子が欲しい」

 

気づいたらおれの子どもができていた。最近よく眠れていない気がする。あまり覚えていないけど、体が疲れていて、暑くて、寒くて、寝る前に意識を失っているようだった。

そんな日が1年続いた。そして、揺れるベッドの上で目を覚まし、たまたまその疲れの正体に気づいて、そのおぞましさを理解した時、おれは死んだ。

 

 

気づいたらおれは、何も分からなくなっていました。精神的?な何かで、記憶に「しょうがい」が起きているとかなんとか。家族は心配しているけれど、何が悪い事なのか分かりません。それからもよく分からないけど、がんばらないといけないので、おれは投資しては寝る生活を続けました。どうしてがんばらないといけないのか、投資以外の勉強も全然分からなくなったので学校にも行かず、ただおかねを貯める生活です。

 

それでいいんです。

だってきっと、分からない方が幸せだから、おれはばかになったのでしょう。

それなら思い出す必要なんてないんです。

おれには子どもがいて、家族がたくさんいて、家からは一歩も出なくて、ひたすらおかねをかせぐ。それがおれの普通です。だから、それでいいんです。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……。」

 

「いやー、炎上必至の昼ドラにもできないグロ映像、失礼しました。これが柳原クンの頭が小学生になった理由なんだよ!」

 

「……嘘…。」

 

前木が青ざめた顔で口を手で覆う。

柳原がどれだけ抵抗しても意思とは無関係に子どもを作らされ、そして精神をおかしくしてしまうまでの流れが、簡単な紙芝居とかろうじて残っている録画の切り合わせで流れた。

 

「ヤッバ……マジで頭おかしいって……。」

 

「そうなんですよ。おかしいんです。おれの家。」

 

「……柳原。」

 

「同情してくれるんですか?じゃあ宮壁さんも今すぐそこら辺で子ども作ってくださいよ。ノイローゼになるような大きな泣き声を毎晩聞きながら、眠れない日を過ごせばいいんです。」

 

「……。」

 

思わず眉間にしわが寄る。もう、俺が柳原に言える事なんて何もない……。

 

「待て。その口ぶりからすると、今のお前は記憶を取り戻しているという事か?」

 

「そっか。アンタは記憶障害…幼児退行が最も近いんだろうけど……になった状態でアタシ達とこれまで生活してた。でも何かのきっかけでその記憶障害が治ったからこそ、今こうして過去の出来事を鮮明に思い出している。宮壁、アンタはそのきっかけとかは分かんないの?」

 

「……いや…。」

 

俺が柳原に動機を見せた時の反応、とてもトラウマを抱えたようには見えなかった。俺にはいつかなんて分からない……。

 

「何か強烈なきっかけがあった訳ではなく、おれは勉強をしている中で徐々にその記憶を取り戻していきました。自分の異常な吸収力に脳が刺激されたのかもしれませんね。最初はその幻覚幻聴に頭がどうにかなりそうでしたが、それも少しカウンセラーの本を読めば克服できました。」

 

「じ、自力でトラウマを克服したの……!?誰にも気づかれないように、そんな事ができちゃうなんて……。」

 

前木も声をあげる。今だって足を怪我しているとは思えないし、これから死ぬとも思えない調子で立っている柳原を見ていると、何もかもが信じられなかった。だけど、そんな奴だからこそこんな事をやってのけてしまえたのだろう。

 

「普通はできないのでしょうね。モノパオに動画をもらったんです。宮壁さんの留守の間に封筒から抜き取ったそうですよ。」

 

「……それを、自分で見たって事か?」

 

「荒療治ですがね。何度も見て耐性をつけたんです。ここにそこそこ時間を取られてしまいました。」

 

あれから俺は柳原の封筒を開けないようにしていたし動画を抜き取られたのは相手が黒幕な事もあって、俺にはどうしようもなかっただろう。

牧野や高堂、安鐘があんな事になったのは動画を見たからだ。そんな一度見るのも危険な動画を繰り返し見て、それで自分のトラウマを克服しただなんて、とても信じられる話ではなかった。

 

「少しいいかな。そこまで用意周到にした挙句に今の結果になっている事についても、キミはあまり動揺していないように見える。もうすぐ死ぬと言うのにその余裕はどこから来るのか聞きたい。」

 

「じゃあ、死にたくないーってぎゃんぎゃん泣いたらいいんですか?ですが、おれだってそんなみっともない真似はしたくないので、心を落ち着かせているんです。感謝してくれてもいいんですよ。」

 

「なるほどね。次の質問をするよ。キミは何が敗因だと思っているのかな。」

 

東城の質問の意図が分からない。敗因、柳原がクロだとバレた理由は、安鐘の意味深な発言に俺が疑問を抱いていた事、潜手が裁判を終える前に死んだ事、勝卯木が柳原の靴に毒を溢していた事、そして電子レンジで足を怪我した事……それらが重なった結果だったはずだ。もう分かった事じゃないのか?

 

「あ、東城さんはそこまでは分かっているんですね。」

 

「……?貴様ら、何の話をしてやがる。」

 

「敗因はたった1つです。」

 

柳原がその『人物』を指さした。

 

「……え?」

 

柳原のこれまでにない鋭い視線に、前木は固まってしまった。

 

「わ、私?なんで……?」

 

「前木さんは自分の才能を理解しておらず、おれは理解していたはずでした。それなのに蓋を開けてみればおれが前木さんに嵌められてしまった……。それだけがおれの敗因なんですよ。」

 

「ど、どういう事だ!前木は何もしてないじゃないか!俺達の推理にお前は文句なんて言ってなかった、前木はこの事件に関与なんてしていない。」

 

前木も必死に頷く。柳原は初めて見せる不機嫌そうな表情で前木を見つめている。

しかし柳原と前木の間に割って入ったのは予想外の人だった。

 

「琴奈は間違いなく、この事件に関係してる。」

 

「え、し、紫織ちゃん……?何を言っているの……?」

 

「関係しているからこそ、アタシはいろいろと動いていた。この事件を潰すためにね。琴奈に何も言わなかったのはごめん。」

 

「はぁ。そもそも前木さんが関わっているのは『この事件だけじゃない』んですよ。……モノパオさん、コロシアイを終わらせてほしくなければおしおきは待っていただいていいですか?もう少し話したいんですけど。」

 

「ぐぬぬ!?どういう事だよ!完全にコイツ、コロシアイを分かっているな……!」

 

モノパオがハンカチを噛みしめながら地団太を踏む。

 

「はい!という事で!オマエラ、議論でも談笑でもやってよ!コロシアイを終わらせるなんて言われたら黙るしかできないからね!実際やっちゃいそうだからね!」

 

「ね、ねえ、紫織ちゃん……。」

 

「……ごめん。琴奈を利用した。だから柳原、アンタを陥れたのは正確には琴奈じゃなくてアタシ。まあアンタが犯人なんて知らなかったけど。」

 

「……!あは、やっぱり難波さんを殺してもらったらよかったですね……まったく、なんでまだ生きてるんですか。」

 

「待て、2人で一体何の話をしている?私にはまるで理解ができない。」

 

「……前木さん。そろそろあの話を公表していいかな。」

 

「え?」

 

「だから、キミが宮壁くんを襲いに行った晩の話だよ。」

 

「!?」

 

「宮壁、殺されかけたのか!?いや、今が無事なら一安心ではあるが…。」

 

「前木さんが大人しくボクに白状してくれたのもあるけれど、ボクは前木さんに確かめたい事があったからこの事を誰にも言ってこなかったんだ。」

 

……?だめだ、完全に柳原と東城と難波しか話ができていない。当の前木も頭の上にはてなが浮かんでいる状態だ。なぜあの時の話がここで出てくるんだ……?

 

 

「みなさんピンと来ていないようなので言いますね。前木さんは『1日ごとに運が良くなったり悪くなったりする』んです。前木さん、覚えはありませんか?」

 

「………………。」

 

時間が止まった。

 

そんな漫画みたいな話がある訳ない。

思わず今までの事を振り返る。前木の周りで起きる出来事は、たしかに幸運だったり不運だったりしたけど、そんな規則性があるなんて思いもしなかった。

 

 

「ま、それが柳原の考えで、実際は少し違うんだけど。琴奈の運気は日が経つ事じゃなくて、『眠る度に変わるようになっている』。」

 

「……やはりそうでしたか。おれが安鐘さんを殺すと決めた時、おれの計算では前木さんは不運の日の予定だったのです。それなのにこんな怪我をした。……あの時に、『今日は事件を起こすべきではなかった』と悟りました。実際、この怪我はおれの殺人の決定打となってしまったのですから。」

 

「前木さんの事をもっとよく調べておけばこんな事にならずに済んだのかもしれないですね。」

 

「……アタシは、何かが起きるなら今日だと思ってた。犯人もその方法も何も分からなかったけど、そもそも黒幕がまだ何かしそうで不安もあったからね。だから琴奈と一緒にいる事で『琴奈が寝ないように見張っていた』。アタシがやったのはこれだけだけど、それが功を奏したならよかったわ。推理の方は宮壁に助けてもらったしね。」

 

難波と前木が寝ずに一緒にいた理由が、まさかこの事件の鍵になるだなんて……。

今でもついていくので精一杯の情報量だ。

 

「2人の話からするに、ボクの考察は合っていたみたいだね。それを踏まえて説明させてもらうよ。」

 

「前木さんが宮壁くんを襲ったのは、『前木さんが幸運である時』なんだ。勿論、前木さんがそれまで毎日ちゃんと寝ていればの話だけれど。それが不審に思ってね。衝動的に殺人を犯そうとした事のどこが幸運なのか、よく分からない。」

[情報⑥:前木が宮壁を襲った日、正真正銘、前木は超高校級の幸運だった。]

 

「…………。」

 

「前木さん。」

 

「……あ、えっと、うん……毎日寝てたよ、今日までは……。」

 

「そして、この才能の1番恐ろしい話をします。今回はおれが彼女の運が日付変更と共に変わると思っていたので、殺す時に彼女が不運であるよう調整したから特例ですが……。」

 

「ちょっと待て!調整ってまさか……!」

 

 

♢♢

♢♢♢

3章 (非)日常編2

♢♢♢

 

「宮壁くんおはよう!」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう。2人が一緒にいるなんて珍しいな?何かあったのか?」

 

「特に何もないんだけど、柳原くんが私と一緒にいたいらしくて…。」

 

「珍しいな、急に。」

 

「はい!実は、みなさんと順番に一緒に過ごして交流を深めようと思っていまして!お話しするのが1番いいと思ったので、昨日は勝卯木さん、今日は前木さんとおしゃべりするんです!…あっ!」

 

バランスを崩したのか、急に柳原が前のめりになってこけた。その時足が絡まったのか前木も一緒にこけてしまう。突然すぎて俺も全く動けなかった…。

 

「いたた…。」

 

「わ、ごめんなさい前木さん!…えっと、怪我はしていませんか!?」

 

「う、うん。柳原くんこそ大丈夫?」

 

「はい、おれは何も…それにしても、前木さんまでこけてしまうなんてついてないですね!」

 

「そうだね…たしかについてないかも。あはは、まあこんな事もあるよね。」

 

「2人が特に怪我してないないならよかったけど、これからは気をつけてくれよ…。」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「あ、あの時……!?」

 

「おれが足をかけたんですけど、あれで転んだからあの日は不運だと推測したんですよ。それから丁度おれの犯行の時にあなたが不運であるように計画のタイミングを調整したという訳です。そんな事より、おれが話したいのは……」

 

「今までの2つの事件は、どちらも『前木さんが不運』の時に起きています。」

 

「!?」

 

「……柳原くん、キミは本当によく見ていたんだね……。恐ろしいよ。」

 

「これの意味が分かりますか?彼女が不運な時に、『彼女にとって嫌な出来事が起きる』。そしてその出来事の大きさは問わない。……このコロシアイで何が起きるか、全て『その時に前木さんが幸運か不運かで決まっている』んです。」

 

「……は?」

 

そんなファンタジーがあってたまるか。中学生が考えたようなバカみたいな超能力……そんなもの、現実にある訳ないだろ……!

 

「今日は前木さんが幸運なので、クロは絶対に暴かれるし、みなさんは絶対に投票を間違えないんです。……ほら、投票の時の事を思い出してみてくださいよ。」

 

「投票……。」

 

前木の顔は真っ青だった。そうだ、確かさっきの投票でも……。

 

 

♢♢

♢♢♢

?章「非」日常編2

♢♢♢

 

宮壁「誰が投票した!?まだ投票してない人は!?」

 

柳原「おれは投票しましたよ。」

 

篠田「私も、してしまったが……。」

 

東城「ボクを含めて3人投票している。変更なんてできないけれど大丈夫なのかな。」

 

宮壁「他の皆は……!」

 

頼む。俺の気づいた真実で、今度こそ皆を導かなきゃいけないんだ!

絶対に絶対に絶対に、俺はもう、間違えてはいけない……!

 

難波「アタシは今押そうとしてたところだからまだ。」

 

大渡「同じく。」

 

俺も当然未投票だ。丁度3人ずつ。これで、運命は、

 

宮壁「ま、前木、前木は……!?」

 

前木に託された。

急な話でついていけなかったようで、前木は慌てて俺の問いかけに応じる。

 

前木「あ、え、えっと…………押したけど、手が震えて押せてなかったみたいで……。」

 

 

前木「まだ、投票してないよ!」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

「だから、あのタイミングで宮壁さんが閃いたのも、前木さんが投票できていなかったのも、必然なんですよ。」

 

「だから貴様はクロでありながら取り乱す事もなかった。貴様がクロであると暴かれるのはあの投票が止まった時点で決定事項だと思ったから…そういう事かよ。」

 

「そうです。」

 

「チッ、とんだオカルト話だな。」

 

「大渡が言う?」

 

「黙れ。」

 

「……。」

 

「前木、大丈夫か。」

 

「……。」

 

「これ以上の話は今することじゃないだろう。前木はその事を知らなかった。負荷をかけさせるな。特に難波、これ以上そいつの話にのる必要はない。」

 

篠田が柳原達の方を厳しく睨みながら前木に寄り添う。いつもそういう事をするのは難波のはずだけど、難波は変わらず柳原の前に立ちはだかっていた。

 

「そうだね、ごめん。琴奈の運の事は言うつもりなかったけど、柳原はどこまでもアタシ達の邪魔したいんだね。もう死ぬんだから余計な事は言わないでくれる?」

 

「逆にみなさんのためになるような事をする理由が無いので。仮にもみなさんは投票でおれを殺すのですから、そんな人達に優しくする必要がありますか?」

 

「はい、もうこの話は終わり。」

 

難波が手を叩く。柳原は無視されて一瞬不服そうだったが、それもすぐに切り替えた。

 

「で、次は何の話をするんですか?」

 

「私は、先ほどのお前の話では動機について理解できない。本当に金だけが目的なら、お前自身が人を殺す理由はどこにもなかったはずだ。コロシアイが起きれば全員の大切なものが守られる、そう言ったのはお前だろう。」

 

たしかに、さっきの柳原の説明だと、柳原がここからクロとして出て行く理由にはならない。まだ他の理由があるのか……?

 

「モノパオさんが見せた映像を見て、普通に考えれば、あの家族の元に帰る理由はたしかにありませんね。」

 

「……。」

 

 

「おれはあの家に帰る必要があったんです。……おれを殺した家族を殺すために。」

 

 

「……え?」

 

「あいつらを野放しにしてもいいですけど、それじゃあおれが許せません。おれの子どもなんてこの世にいらない。全員殺そうと思っていました。」

 

普通なら家族が待っているから家に帰りたいと思うだろう。それと真逆の理由。これ以上自分の手を汚すために、外に出たいと思う奴がいるなんて。

俺は、刑事事件の資料もたくさん見てきた。だからこそ、人を殺すという事の重さは承知しているつもりだし、実際許せる事でもないと思っている。ましてや、自分の家族……それに、まだ産まれて間もないような自分の子どもを殺すなんて、このコロシアイじゃなくても死刑を受けるような罪になる。

けれど、柳原のあの映像を見た後だと、どうしても強く否定できなかった。

あまりにもおぞましすぎて、物好きの集まるサイトでしか取り扱われないような家庭。他人ですら寒気を覚えるような人を、当の本人が許せるはずはないのだから。

 

「でも、動機なんてもうどうでもいい事ですよ。叶いもしない事を語って何になるんですか。おれはもう死ぬんです。」

 

「でも、俺達は知らないといけないんだ。俺達は……」

 

「いい加減にしてくださいよ!!!!!!!!!」

 

ダン、と激しい音がした。柳原が自分の席を叩いて震えている。普段暴力などとは無縁であろうその拳は、裁判席の固さに負けて血が滴っていた。

これまでずっと表情をほとんど変えなかった柳原は、今までにないくらい青い顔をしていた。

 

「なんなんですかあなたたち、おれの犯行を暴いたかと思えば今度はおれの過去を勝手に見て、おれの動機を聞いて、人の事情を見知ってそんなに楽しいですか……?」

 

「おれがあいつらを利用したのも、おれが家族を殺したがってるのも、あなたたちを殺そうとしていたのも、全部関係ないじゃないですか!!!!!」

 

「柳原、」

 

「うるさい!!!!!!!!おれが全部話していれば、あなたたちが何かおれのためになる事をしてくれたんですか!?何もできない癖に!どんなに苦しくても誰も助けてくれないから、自分でやったんじゃないですか!!!」

 

何も言えなかった。俺が柳原のためにしてやれることなんて、1つもない。俺達が柳原の動機を知りたがっているのだって、殺された皆の死に納得するためだ。

 

「……ごめん。」

 

「謝る必要があるか?」

 

「大渡…。」

 

「貴様は確かに悲惨な人生を送ってきたらしいが、だからあいつらを殺す理由になるのか?犯人が可哀想ならその殺人を咎めなくていいってのは、都合がよすぎるだろ。」

 

「私も同感だ。柳原の過去に何があろうが、それは他者の未来を奪っていい理由にはならん。そのけじめとして、本来の目的を白状させる事の何が悪い?お前に殺されかけた私達にはその権利がある。」

 

篠田と大渡は、相変わらず厳しい顔で告げた。そんな事は俺だって分かっている。でも……

 

「俺は2人とは事情が違う。俺は柳原の過去を誰よりも早く知っていた。助けにはなれなくても、何か違う未来を作れたはずなんだ。」

 

「……そうやっていつまでも夢を見ている訳にはいかないよ、宮壁くん。キミがいくら後悔してもここから起きる事は変わらない。彼は死ぬし、コロシアイは終わらない。」

 

「……そう、だな。」

 

「理知的で利己的な人が多くてさすが最低な人達ですね。みなさんの様子を見ていたら落ち着きました。どうやらあの荒療治ではおれの精神は治りきらなかったみたいです。」

 

「柳原くん…。」

 

「そうだ、前木さんにはもう少し文句を言わせてください。」

 

「……。」

 

「前木さんが幸運だから、クロであるおれは『超高校級の不運』になってしまったんですよ。」

 

「……。」

 

「だからおれ、前木さんに味方になってほしかったのに。前木さんがおれの味方なら潜手さんがあそこで死ぬ事も足を怪我する事もなかったんです。」

 

前木に近づこうとしたところを難波が無言で遮る。

 

「ずるいんですよ。」

 

「ずるい、ずるいです……。ずるいずるいずるい、前木さんの人生のレールにおれを巻き込まないでください。こんなの反則です。おれには最初から勝ち目がなかったなんて。ずるいですよ……おれにはこんなにひどいことばっかりするのに…黒幕を突き止めて、足が痛くてもがんばって何事もない顔して、裁判も途中までみなさんのことを助けてあげて…なんでそんなにしてもまけちゃうんでしょう……。こんなの、人が呼吸をして生きているって事とか、そんなレベルの世の中の法則としか考えられない…世の中がそうなってるんです…いいな。おれも、世の中がおれのとおりに動いてくれたらよかったのに。まえぎさん、おれしにたくないです。だっておれ、おれの人生をかえたかっただけなのに。いままでいいことなかったから、みらいではいいことがしたかっただけなんです。ひとになりたくて、ひとになりたかっただけなのに、それもたかのぞみなんですかね。」

 

……直感で分かった。これが柳原の本当の動機だ。金の事も家族の事も本当だろうけど、何よりも根底にあったのは……これに違いない。

 

「高望みだよ。オマエには十分な才能がある。凡人の努力はもちろん、超高校級の人間の努力ですら嘲笑えるような才能を持ってるんだからね。そんなチートみたいな奴が、そもそも人な訳ないじゃん!」

 

「……こんなさいのう、いらないです。あたまがさえて、さえすぎて、なんでもわかっちゃうんです。なんでもわかるのに、のうがぱんくしないから、ずっとずっとわかりつづける。きもちわるい……。」

 

「オマエはずっと前からキモいよ!んじゃ、オマエラ喋らないし、さっさと始めちゃいますか!」

 

「あはは!あくまもうらぎりものも、ぜんぶぜーんぶわかっちゃいました。おれがあくまに『なりかけてた』んだから、まあとうぜんですよね。それに、うらぎりものはみなさんにはころせません。このコロシアイがおわることなんてないんですよ。…しりたい?おしえるわけないじゃないですか。おれ、ひとじゃないから、ひとのみかたじゃないですし。」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っている。

 

「よかったー!ここで言われたら今度こそ終幕するところだったよ!」

 

「オシオキのないようもよそうついちゃったし……こんなことなら、ずっとようちえんじみたいなあたまでいればよかったです。」

 

「はいはい予想通りだろうけどオシオキするよ!紙幣のごとく燃やしてやんよ!」

 

何か、何か言わなければ。やりきれないこの想いを、形にしなければ……。

 

「柳原、」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っている。

 

「うーん、みやかべさんはろくなこといえないでしょ?なにもいわなくていいですよ。」

 

「……っ。」

 

「はりきっていっちゃうよー!」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っている。

 

「あはは。みやかべさんはこういうとき、ほんとうにだまりますよね。すこしくらいなにかいえばいいのに。」

 

「第4回!オシオキターイム!」

 

柳原は、いつも通りの顔で笑っ…………

 

「ほんとつまんない人ですよね、宮壁さんって。」

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

GAME OVER

 

ヤナギハラくんがクロにきまりました。

オシオキを開始します。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

どこからか現れた檻に閉じ込められる柳原。

 

その檻は天井から吊るされており、不安定に揺れている。

 

その檻の中に、赤ん坊を包むのに使うおくるみが柳原を囲うように並べられていく。

 

 

柳原の顔が青くなったのは言うまでもなかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【金の煮えたもご存じない  超高校級の投資家 柳原龍也処刑執行】

 

 

 

揺れる檻に向かって機会のアームが伸びる。そのアームには何かを持っていた。

 

あれは、灯油タンクだ。

 

モノパオが慎重な操作でおくるみに油をかけていく。

 

柳原にはかからないように、そっと……。

 

そして、檻の下からごうっと音がした。

 

火だ。柳原の予測通り、燃やすつもりなんだ。

 

檻の下を火が撫で続けて数分が経過した。あの檻はもうかなり熱いはずだ。

 

それでも、柳原は泣いたり悲鳴をあげたりせず、ただじっとしている。

 

ついに檻の温度に耐え切れなくなったのか、周囲のおくるみが燃え上がり始めた。

 

トラウマの根源がなくなった事でやや顔色がよくなった次の瞬間。

 

おくるみの布が燃え、はらりと落ちる。中にくるまれていたものが見えた。

 

札束だった。

 

彼はそれに気づくと顔色を変えて手を伸ばす。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

手遅れとなった札束を手にした瞬間、檻全体に火が回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

「……。」

 

「はー、愉快愉快!大きな悲鳴、ごちそうさまでした!残しちゃったけど。」

 

沈黙の中、モノパオだけは満足したように寝そべった。

 

「何かメモを持ってたみたいだから跡形もなく燃やしてあげたよ!何かのヒントになるといけないからね!」

 

「……は?」

 

「おっと、言ってしまった!気のせい、独り言だよ!」

 

モノパオは楽しそうに言った後、俺達を手でしっしと追いやる。

 

「オマエラ、早く帰ってくれる?この焦げ臭いのを片付けなきゃいけないからさ!」

 

「……ご、ごめ、ちょっと……。」

 

前木は口を抑える。そのまま裁判場の隅に駆けて行った。篠田が無言で後を追う。

 

「……。」

 

何も、声が出なかった。

 

「ボクは帰るよ。また死体をボロボロにされてしまったし、もう用はないからね。」

 

「ああ、分かった……。」

 

「まったく、オレくんが触れる死体にする訳ないでしょ!グロが苦手な人もいるから、配慮として跡形もなく消してあげたんだよ!」

 

東城とモノパオの異常発言に文句を言う元気なんて残っていなかった。そのまま東城は出て行った。

 

「んー?誰も反応しないね?オレくんも一旦帰るよ!ちゃお!」

 

モノパオが消えても、辺りは沈黙が広がっていた。

 

「……あのさ、今日は寝よ。たぶん今夕方。今日は朝から裁判と捜査してるからさ。」

 

「ああ。」

 

「同感だ。」

 

俺と大渡が難波の意見に同調する。とにかく体にたまったひどい疲れをどうにかしたかった。

 

「……あの。」

 

「前木、大丈夫か?」

 

「…………私、寝ない方がいいかな。それか、私が二度寝して調整すればずっと幸運でいられるって事だよね。私、皆に迷惑かけられない。不運でいたくない……。」

 

「貴様にとっての幸運が全員の幸運とは限らん。貴様がクロになれば俺達は負けるだろ。」

 

篠田が睨み返す。

 

「大渡、それは今する話じゃない。」

 

「チッ、事実だろうがよ。」

 

「そ、そうだよね。ごめんなさい……。」

 

前木の顔色は、幸運の話になってからずっと青い。明らかに精神的にきつそうだった。

 

「……私は、勝卯木と柳原を許していない。安鐘の事も、許せる話ではない。それについて話したい事も、前木の事も話すべきだと思うが、それらは全て明日にしてほしい。」

 

「……瞳ちゃん。」

 

「今は、まだ立ち直れそうにないんだ。明日でも無理なら明後日と頼むかもしれない。私は……今は、明日からもコロシアイが続く事に耐えられない。自分の無力さにどうにかなってしまいそうで。」

 

篠田は目を潤ませていた。

俺もさっきから頭痛がするし、今は皆と話ができる気分じゃないな。

 

「分かった。じゃあ皆帰って。」

 

「え、紫織ちゃんは帰らないの?」

 

「……少し見ておきたいものがあるから。琴奈はしっかり寝て。今日は徹夜させてごめんね。」

 

「う、うん。」

 

裁判場に用があるのか…?難波の様子もさっきからおかしい。気になるけど、聞いたところできっと話さないだろうな。

 

「分かった。……おやすみ。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

歩く元気のなかった俺達は、4人でエレベーターに乗った。

 

「……ぐすっ。」

 

前木はこみ上げるものがあったのだろう、また泣き始めていた。篠田がそれをそっと支える。かく言う篠田も涙が頬を伝っていた。

 

「……チッ。」

 

胸糞悪い事件とその結末。大渡が舌打ちをするのも仕方が無いと思った。

 

「宮壁は、平気か。」

 

「え、ああ。なんとか……疲れてるけど、俺まで泣いてもだめだろ。」

 

「頼もしいな。」

 

会話らしい会話はそれっきりで、後は個室につくまで無言だった。

 

自分の部屋に入るなり、俺は着替えもせずシャワーも浴びずにベッドに倒れこんだ。昨日と今日の長すぎる2日間の事が頭に蘇る。

 

「くそっ……。」

 

仲間だと思っていた人が黒幕だった事、仲間が黒幕を殺すのを実行した事、仲間がその2人の手引きをした事、かけがえのない仲間達がその計画の犠牲になった事。何もかもが夢であってほしかった。

 

無言で枕を殴りつける。俺が出来た事は……投票を導いた事だけだ。それもきっと、前木の才能のおかげだ。

昨日まで動いていた皆の顔が頭に浮かぶ。

こんなにたくさんの人が死ぬ事はなかった。何かが違えば誰かは生きていた。

 

「くそ……っ!!」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「モノパオ。話がある。」

 

「へ?難波サン、話ならオレくんがいなくなる前に言ってよ!」

 

「……このコロシアイを終わらせる方法、本当にないの?柳原の言葉が気になる。」

 

「悪魔を殺せばいいって言ってるじゃん!」

 

「アタシは、アンタを殺してコロシアイを終わらせる。」

 

「ええ!?オレくんを!?それは無理な話だよ!」

 

「無理?アタシは諦めてない。モノパオ、アタシがアンタを呼んだのは…アンタを脅すため。」

 

「ちょっと!柳原クンとやってる事一緒じゃない!」

 

「今からアンタに見てもらいたい物がある。こっちに来て。」

 

モノパオは急に無言になると難波の後についていく。難波は裁判場から玄関ホールに通じる通路に入った。

 

「……これ、なーんだ?」

 

「…!」

 

「なんでこんなところにこんなものがあるのか、思い当たる事は?」

 

「……脅しにはのらないよ。オレくんはオマエには絶対に殺されない。絶対にね。」

 

 

 

□□□□□

 

 

 

……。

やっほーミンナ!勝卯木蘭だよ!今は裏切り者のモノパオに連れられておしおきされる直前!

……何に向かって挨拶してんだろ。

 

はーあ、りゅうやくんに利用されるだけ利用されて、結局こんな事になっちゃった。

何かの間違いでどうにかならないかな~と思って、洗脳が不完全のうちに毒を足にかけてみたけど……。ミンナ気づかなかったよ。

 

うわー、これ本当にまずいんじゃない?めかぶちゃんもまだ生きてるし。せめてめかぶちゃんが投票が終わっちゃう前に死んだら、全滅する事はないはず……!

 

……めかぶちゃん…。

 

そうたくんとめかぶちゃんは、私が選んだ2人だけど、もやもやする。

 

 

だいきくんが無言で私の部屋から出て行った後も、めかぶちゃんは泣いていた。

私は半分ウソ泣き半分本当に怖いから泣いてたけど、めかぶちゃんは……私の為に泣いていた。

ねえ、めかぶちゃん、めかぶちゃんは今私に狙われてるとも知らないで、私のために泣いてくれるの?本当に優しいんだね。

 

「……食欲、ない。」

 

少し手をつけただけで返す。これから水と偽って毒を飲んでもらうのだから、ここでいつも通り食べちゃだめなんだ。

 

「はわ……勝卯木さんの食欲がないなんてー……。」

 

「……めかぶ……食べて。」

 

「わわ!さっき食べましたーよー?……いいんですかー?」

 

「うん。」

 

……おいしそうなご飯をめかぶちゃんが代わりに食べ始めた。これから殺すのだと思うと、まともに見れなかった。

 

「水……ある……。」

 

「ふふー、ありがとうございますー!」

 

「……。」

 

飲んだ、飲んでしまった。

 

どうしよう、なんで私、こんな事してるんだろう。

汗が止まらない。すずかちゃんに毒を盛られたから?違う。

 

「……。」

 

「わわ!勝卯木さんー!泣かないでくださいー……潜手めかぶが、明日も作りまーすよー!持ってきますー!だから、だから……。」

 

「おいしいものいっぱい食べてくださいー……。」

 

めかぶちゃんは再び泣き出してしまった。しばらく泣いて、涙として出て行った水分を補うかのように、再びめかぶちゃんの手が毒の入ったコップに伸びる。

 

ぱしゃん。

 

「わ、わ、どうしましたー……?」

 

「…………。」

 

何の解決にも罪滅ぼしにもならないのに、コップを倒していた。すぐに近くにあったタオルで拭く。黒くなるから触らないようにしないと……。

何故かさっきから、私の頬は濡れっぱなしだった。

そのまま、自分の飲んでいたコップを渡す。同じに見えるけど、これはゆうまくんが渡してくれた症状を抑える薬が入っている水だ。めかぶちゃんは水だと思ったのか渡した方を飲んでくれた。

 

お兄様はこんな事しろなんて言ってなかった。

そうたくんとめかぶちゃんは、私が殺してもいい人じゃなかった。

ミンナに、勝ってもらわなきゃ。

私がやった事だけじゃなくて、これから起きる事件の真実を、全部分かってもらわないといけない。

 

扉をノックする音が聞こえた。ひとみちゃんが迎えに来たのかな。

 

「おやすみ……。」

 

「……はい!また明日ですー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「……とんでもない事になったな。」

 

「そうですね。」

 

「柳原は何もないか?おかしな事があったらすぐに言うんだぞ。」

 

「はい!おれは大丈夫ですよ!」

 

「……そうか。無理はするなよ。」

 

「……無理なんて…。」

 

「自分は裁判などで人を牽引できるような推理力はない。だからこそ、そうでない時には他の奴等を支えてやれるといいと思っている。柳原、最近寝不足だろう?顔色が優れないようだが。」

 

「……実は、動機の動画ファイルを見てしまって。」

 

「眠れないのか。少し待っていろ。」

 

「?」

 

三笠は厨房に消えた。何をしているのか気になった柳原も厨房に向かう。

 

「ホットミルクでも作ってやろう。甘めにするとよく眠れる。」

 

「わぁ…!いいんですか?」

 

「勿論だ。」

 

牛乳に砂糖を加え、電子レンジに入れる。

しばらくしてレンジから取り出す。周囲にふんわりといい匂いが漂う。

 

「おいしそうですね!」

 

「少しハチミツもいれるといい。体を温めてもくれる。ゆっくり冷ましてから飲むんだぞ。」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

厳しい顔で篠田が食堂を立ってから、ここはもう三笠と柳原の2人だ。先ほどまで安鐘の個室で見張りをしていた三笠が、遅めの夕食をとった後だ。この時の柳原は三笠が勝卯木に狙われたという確証は持っていなかった。勝卯木の犯行で誰を標的にするかは一切聞かなかったためである。

 

「うまいか?」

 

「はい!三笠さんは何でもできてすごいですね!また飲みたいです!」

 

「はは、じゃあさっきの分量をメモしてやろう。」

 

「え、三笠さんがまた作ってくれるんじゃないんですか?」

 

「……はは、作れたらな。」

 

「どういう事ですか?」

 

「……いや、何というか。」

 

三笠は自分のマグカップを両手で包み込む。暖を取るように。

 

「もし、自分に何かあったら……柳原、頼むぞ。」

 

「……。何を言ってるんですか。」

 

「皆いい人達だ。もうここにはいない4人も、安鐘も含めてな。柳原はそんな皆の役に立とうと今日まで勉強していただろう。」

 

三笠はまっすぐ柳原を見る。

 

「柳原、お前もいい奴だ。自分はそう信じている。」

 

「だから、また今度、このメモの通りに皆にホットミルクでも作ってやってくれ。」

 

「三笠さん、その言い方じゃあ、」

 

「……誰にも言うなよ。自分も正直見当もついていない。この状況で不確定な話はできない。」

 

「……はい。」

 

「もし、一緒にいたお前が疑われたらすまん。でも……」

 

「お前達なら大丈夫だ。」

 

柳原の頭を撫でると三笠は自室に戻っていった。

 

 

「…………。」

 

 

「……本当、馬鹿な人ですよ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

寝ようとした俺を邪魔するかのように激しい頭痛がする。裁判の後はいつもそうだ。しかも、今回は今までの比じゃない。

 

「うっ……。」

 

痛すぎて変な汗が出る。寝ていたところを頭痛に起こされ、よろよろと起き上がる。

上着を脱ぎネクタイを外す。少しでも楽にならないと……。

なんとか棚から寝間着を引っ張り出す。服が緩い分、少し落ち着いたような気がするけどほんの気休めだな。

 

「痛い……。」

 

この痛さで保健室まで行くのも厳しい。ぐちゃぐちゃの感情を抱えたまま寝ようとしたから、まるで頭が悲鳴をあげているみたいだ。せめて、何かノートに整理すれば落ち着くだろうか。

 

倒れ込んだ姿勢でペンを手に取り、文字を書こうとしたところで……

 

俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢だ。

 

これは夢だとはっきり分かる夢、それを見ている気分だ。

 

先ほどまでの頭痛はきれいさっぱりなくなっていた。だからこれは夢なんだ。そうに違いない。

 

 

「ねえ。」

 

 

(ん?)

 

俺を呼ぶ声に返事をしようと思ったが、この夢は不便なもので目を開けようと思って目が明くわけでもなく、手足も動かないし声も出せないみたいだ。

 

 

 

「宮壁。」

 

 

 

……ところで、俺を呼んでいるのは誰なんだ?

 

「起きてってば。」

 

「あんた、いつまで寝てるの?そろそろ起きて欲しいんだけど。」

 

その女子の声は、思ったよりフランクな感じで話しかけてくる。

 

誰だ?この声、聞き覚えがあるけど……。

 

 

そう思っているととたとたと足音が聞こえてきた。

 

 

 

「ひかりん!そんな優しく肩たたいたくらいじゃ起きないよ!」

 

 

 

…………は?

ひかりん?

 

 

 

「ドS宮くん!起きてー!おーきーてー!」

 

 

 

??????

 

 

この呼び方、え………………?

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「あ!起きた!ほらね!美亜の起こし方の方がうるさいから起きるんだよ!」

 

 

「本当だ、美亜ちゃんの言う通りだ。……宮壁、気がついた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER? 『私のままに我儘に』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級の投資家 柳原龍也

【オシオキにより死亡】

 

 

残り生存者数 6人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼[ホットミルクのレシピの残骸]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT →→→ CHAPTER4『半劇消化、裂かれたヴェール。』

 

 

 

 

 




前木がその時幸運か不運かが分かるように、1章から今回まで毎日何かしらの出来事が起きていました。


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Chapter 4『半劇消化、裂かれたヴェール。』
(非)日常編 1


4章開始です。


 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「た、たか、え、桜井!?」

 

「……?」

 

「な、なんで2人がここにいるんだ、ここは一体……!」

 

「あれ?ひかりん、今日のドS宮くん変だね。」

 

「うん。宮壁は何を寝ぼけた事を言ってるの?今更ここがどこだなんて。」

 

「…いや、俺がこんなところに来た事なんてないぞ…?」

 

「そもそも前提がおかしいよ。宮壁が来たんじゃなくて、あたし達が来たんだから。」

 

「うん……?ドS宮くん、記憶喪失にでもなってるの?」

 

「記憶喪失?そんなまさか。」

 

「でも、昨日も一昨日もその前も、ドS宮くんは美亜達とずっとここにいたよ?」

 

 

「……は???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「……は???」

 

『オマエラおはよう!7時だよ!今日も元気に~?コロシアイ生活~!』

 

…………。

 

……朝の放送だ。

朝の放送?

 

「……っ!?ここは……!」

 

周りを見渡したけど、何の変哲もない自分の個室だった。桜井と高堂の姿はどこにもない。

 

「……おい、モノパオ!おい!起きてるだろ!来い!」

 

「もーうるさいなあ!何?昨日は机に突っ伏したまま倒れるから死んだかと思ったよ!」

 

「桜井と高堂はどこにいるんだ!?あれは何だ!」

 

「…………え、何それ……。」

 

「は?お前が何かやったんじゃないのか?」

 

「いや、オレくんただの一般ゾウだし…。きっと夢でも見ちゃったんだよ!裁判があった日にもう会えない人に会えるなんてすっごくいい夢を見たんだね!」

 

モノパオはそのまま、俺の返事も聞かずに消えてしまった。

 

「モノパオにも分からないのか?結局何だったんだ……。」

 

「……。」

 

昨日の出来事が頭をよぎる。裁判が終わったのは夕方で、そこからずっと寝ていて、今は朝。それも机で寝ていたのだから、道理で体中がみしみしと音を立てる訳だ。

喉も渇いているしお腹も減っている。そろそろ食堂に行こう。

 

 

 

「あ、大渡。お前も食堂に行くのか?」

 

「……。」

 

「あのなあ……。」

 

いつになったら大渡とまともに会話ができるんだ。無視して歩いていく大渡を追う。

 

「大渡は大丈夫か、変な夢を見たとか…。」

 

「朝からしつけぇな。」

 

「……。」

 

 

「宮壁と大渡か、珍しいな。」

 

「篠田……。おはよう。」

 

「おはよう。生憎食事はできていない。アナウンスより早くから食堂に来るような人はいないからな。」

 

「そうだな。」

 

朝ごはんの準備をするために厨房に入る。厨房はもう綺麗になっていた。そういえば、昨日は疲れすぎて結局皆の個室を見る事もできなかったな。安鐘の動機も分からず仕舞いだ。

適当に食パンを焼く。体が痛いし、なんだかもう一度眠った方が良さそうな気がする。

 

「篠田、他の3人はどこにいるんだ?」

 

「……前木と東城は見ていない。」

 

「?難波はいたのか?」

 

「また新しく開放されているエリアがあるらしい。その探索を先に始めているとの事だ。」

 

「そうか。」

 

「宮壁も思うだろうが、昨日から難波の様子がおかしい。見張っておくべきだ。」

 

「見張りって……。」

 

「今生きている全員、秘密が誰の元に渡っていたのか明らかになっていない。動機を抱えているも同然な状況で不審な動きをされて、信用などできる訳がないだろう。」

 

篠田は厳しい目で俺を睨みつける。

『信用できない』そんな言葉が俺にのしかかる。

 

「宮壁、私はお前の事も信用などしていない。自分の行動には気をつける事だな。」

 

そう踵を返して、コップを片手に出て行ってしまった。

 

「チッ、勝手な奴ばかりだな。食堂に来るのも気が滅入る。」

 

大渡も篠田を呆れたように見送ると、さっさと食糧を見つけて出て行った。

 

誰もいなくなった食堂で、1人ため息をつく。3度の裁判を乗り越えたその結果がこれか。俺達の間に絆や仲間意識が芽生えるどころか、それを昨日粉々に砕かれてしまった。

信用、か。

どうにかここから積み上げていかないとな。

 

「おはよう……あれ、宮壁くんだけ?」

 

「前木。」

 

「昨日は全然寝てなかったから少し遅くなっちゃった。皆は?」

 

「……見ての通り、バラバラになったよ。」

 

「そっか…。」

 

前木も悲しそうに目を伏せた。

 

「前木はちゃんと寝れたか?」

 

「う、うん!寝たら少し元気になった気がする。あ、二度寝はしてないよ!」

 

「あ、ああ。」

 

気まずい。前木の才能、これについても昨日分かった。前木にはあまり気負ってほしくにないけど、放置する訳にはいかないんだろうな…。

 

「食パン食べるか?無駄に焼いちゃってさ。」

 

「ありがとう。」

 

2人でもそもそと朝食を済ませる。

 

「新しい部屋が開いているみたいなんだ。皆を集めて探索が出来たらいいなと思うんだけど。」

 

「じゃあ、皆を集めるところから始めないとだね。昨日はあれから紫織ちゃんと話せてないし、探したいな…。私を利用したって言った事、気にしてないよって伝えたくて。」

 

「悪いな、難波だけは見当たらなかった。」

 

「瞳ちゃん!」

 

いつの間にか篠田が戻ってきていた。後ろにはコーヒーを飲んでいる東城と不服そうな大渡がいる。

 

「宮壁、私も他の奴等のように自由に動いていると思ったのかもしれないが、そこまで非協力的ではない。全員を呼びに行っていただけだ。」

 

つまり東城の持っているコップはさっき篠田が食堂から運んでいたやつなのか。

 

「そ、そうなのか。ごめん。」

 

「信用はしていない、それは事実だ。しかし、この状況で協力なしでできる事も少ないだろうからな。難波は近くにはいないようだ。個室も反応がなかった。」

 

「そうなんだね……じゃあ、この5人で探索をするの?」

 

「二手に別れよう。5人は効率が悪くないかな。」

 

東城の提案で適当に別れる。何故か俺は前木達と同じ女子組になった。

 

「では、昼頃に再び食堂に集合でいいだろうか。その時に探索以外の話もするつもりだ。」

 

「俺は賛成だ。」

 

「分かった!」

 

「じゃあまた後で。」

 

東城と大渡、何を話すんだろうか……。

 

 

 

「そうだ、言っておきたい事があったんだけど、いいかな?」

 

「なんだ?」

 

「昨日、東城くんから私の秘密が返されたの。私の才能の話が明かされたから、もう渡してもいいだろうって。でも、大した事は書いてなかったよ。昨日の私の幸運の方がよっぽど…って感じの内容だったから、安心してほしいな。」

 

「そうか。見せてもらう事はできるだろうか。」

 

「そう聞かれると思って持って……あれ、入ってない…。入れてきたはずなんだけどな。」

 

「……。」

 

今日は、不運だもんな……。

 

「ちょ、ちょっと待ってね!」

 

前木は自分の秘密を個室の前に落としていたらしく、恥ずかしそうに秘密の内容……『学習発表会で両親への感謝の手紙を読みながら号泣した事』というなんともかわいらしい話をしてくれた。映像は当時家族が撮ってくれたものだったらしい。

 

「……待て、おかしくないか。」

 

「え?そんな重要な話じゃないと思うけど……。」

 

「高堂の弟の病室のカメラもそうだし、柳原の家族の映像もだ。何故黒幕側の人間は、私達のプライベートの映像を入手する事ができている。前木の映像に至っては、家族が撮ったものなのだろう?」

 

「たしかに……。な、なんでだろう。そう考えると怖くなってきたよ…。」

 

「まだ謎は深まるばかりだな。……ついでに言っておこうか。私の秘密は『才能がスパイである事』だった。後で話し合いの際に持って行く。」

 

「どうして篠田は自分の秘密を知ってるんだ?」

 

「……昨日、モノパオから返された。死んだ人間が持っていては渡せないからと言ってな。めかぶが持っていたらしい。」

 

「……!」

 

「めかぶは私の才能を知っても、私の事を信じていてくれた。私個人が皆を信じるかは別問題として、めかぶが信じたお前達に私が協力を惜しむ理由はない。私の知っている事は後で詳しく話そう。」

 

「……ありがとう、瞳ちゃん。」

 

前木も瞳を潤ませながら篠田に微笑んだ。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

電子生徒手帳のマップを確認しながら、3階に上がる。2階の部屋はまだ解放されていないみたいだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「わ……!プラネタリウムだって!行ってみようよ!」

 

前木と同じく、俺の目を引いたのもプラネタリウムだ。どうやら共有棟の最上階に設置されているらしい。この建物の形も徐々に想像がついてきたな。

他にも開放されている部屋はあるけれど、まずは期待を膨らませて共有棟に向かう事にした。

 

「ここは2階と違って渡り廊下があるのだな。温室だけは1階か3階からエレベーターを経由しなければ行けないのか。」

 

「そうみたいだな。」

 

なんて適当な話をしながらプラネタリウムに入る。たくさんの椅子が並んでいる中央に、投影機が設置されている。思ったより本格的みたいだ。他の部屋とは違ってぼんやりとしか明かりが灯っていないけど、こういう程よい暗がりはテンション上がるな。

 

「……これがプラネタリウムか。初めてだ。」

 

「そうなの?時間があったら一緒に見ようよ。楽しいよ!」

 

「ああ。」

 

やっぱり篠田、前木には少し優しいよな。気のせいかと思っていたけど、俺にはあの対応だったし…と今朝の会話を振り返る。

 

「宮壁くんも見る?」

 

「え、ああ、もちろん。」

 

「やった!」

 

特に怪しいところはなかったのでプラネタリウムを後にし、今度は反対の行事棟に入る。

 

「えっと、ここは展示室みたいだな。」

 

展示室には、骨董や絵画、その他芸術作品が並んでいた。星の模型なども飾られている。展示室というだけあって各ブースに分かれて物が置かれており、博物館に来たような気分になる。

 

「……これは、カラスの剥製か。そういえば下の理科室にも人の臓器が置かれていたような……篠田?」

 

見ると、篠田が1つの棚の前で立ち尽くしていた。

 

「瞳ちゃん、どうしたの?」

 

「見ない方がいい、死体のようなものだ。」

 

「……え?」

 

その言葉に思わず棚を覗き込む。

 

『超高校級の設計士の肺』

ホルマリンに漬けられた臓器の下のプレートにそう書かれていた。

 

「超高校級って、まさか……!」

 

「以前のコロシアイに巻き込まれ、命を落とした人の物だ。」

 

「な、なんでこんなところに……!」

 

「私の方が知りたい。」

 

篠田は立ち上がって芸術品の方に戻った。前木はおろおろと篠田の後をついていく。

棚に飾られている他の物も見てみると、どの臓器や骨も超高校級の人達……つまり、篠田と共にコロシアイに巻き込まれていた人達の物のようだった。

 

「理科室にも人の脳があったんだ。あれも関係あるのかもしれない。」

 

「……私の考えになるが、あの理科室で展示品として完成させたものをここに運んでいたのだろうな。あの人達をなんだと思っているのか……。火災として隠蔽した癖に、展示だと?ふざけるのもいい加減にしてくれ。」

 

篠田は拳を震わせ、必死で怒鳴りたいのを耐えているようだった。

 

「……。」

 

「ま、展示品には目当てのものはないでしょ。アタシもそろそろ出るわ。」

 

嫌な気分になったまま、俺達は展示室を出た。

……ん?

 

「し、紫織ちゃん!?今までどこ……って、え?今、私達と一緒に展示室から出てきたよね!?」

 

「え、うん。何?」

 

「いや、何って……皆お前の事を探してたんだよ。篠田が呼びに行こうとしたのに見当たらないし。」

 

「あー、ごめん。てかアンタ達、展示室の裏は見なくていい訳?」

 

「裏だと?」

 

「展示室ってイベントホールとかプールと同じ広さのわりに少し狭いじゃん?……見てもらった方が早いか。ちょっと来て。」

 

難波の後に続く形で展示室に戻る。いろいろなコーナーを抜けてゾウの子どもの剥製の棚に辿り着く。

 

「ゾウ……モノパオとつながりがあるのか?」

 

「ここの横に……これ。」

 

「仕掛け扉か。この棚がスイッチになっているのだな。」

 

棚の側面のへこみを押すと、壁の一部がずるずると上がっていき、人1人が通れる程の入り口が現れた。

 

「朝からこれ見てたら遅くなったって事。」

 

「難波、さすがだな。」

 

「これでも怪盗やってるからね。……て訳で、これが資料室。マップには書かれてないけど。」

 

資料室は薄暗く、展示室の明かりを借りてどうにか中の様子が分かる感じだった。

決して広くないが、ところ狭しと並んだ本棚やガラスケースの中に、分厚いファイルや書籍が並んでいる。

 

「ちょっと字を読むには暗いけど、紫織ちゃんは平気なの?」

 

「もちろん懐中電灯持ってるから。そんな手ぶらで探索する人なんている?」

 

「……。」

 

いたたまれない気持ちになって目を逸らす。今度からは俺も懐中電灯を携帯しよう。

難波は懐中電灯で棚を照らすと一冊のファイルを取り出した。

 

「生徒名簿?最近のだね。」

 

「これにアタシ達の情報が載ってた。全員個人情報に変なところはないんだけど、このページを見て。」

 

難波が見せてくれたのは係のページだった。他の学年の特別学級の面々の事も書かれているが、そもそも……。

 

「俺達の特別学級での生活がここに示されているのか。」

 

「私達がなくした記憶の情報って事だよね?瞳ちゃんは何か覚えているものはある?」

 

「……今制偽学園の大学に進学しているはずの首謀者、勝卯木蓮と直接連絡が取れるのは各クラスの学級委員だけだったはずだ。生徒会長であった勝卯木蓮と繋がりがあると考えられるのはその人しかいない。」

 

「つまり、学級委員が怪しいって事?えーと、アタシ達の学級委員は……」

 

ページをなぞっていた難波の指が止まる。

 

 

「高堂光。」

 

 

「……この考えは間違っていたのだろう。高堂は死んだ。繋がりがあったとしてもここにいないのであれば何の情報にもならない。」

 

篠田がそう結論づける中、俺は今朝の夢の内容を振り返っていた。あれは何だったんだ?

情報⑧[高堂光は、特別学級の学級委員だった。]

 

「待って、このファイル、ところどころ切り取られてるよ。この係のページもだし、私達の個人情報のページも!」

 

「えっ?」

 

「よく考えたらおかしいな。この特別学級には『私達の名前しかない』。」

 

「……どういう事だ?」

 

「宮壁、特別学級の仕組みを思い出してくれ。」

 

……特別学級は、毎年制偽学園が「才能があると判断した生徒15人」で構成された特進クラスだ。

改めてファイルに記載された名前を見る。大渡、桜井、篠田、高堂、東城、難波、端部、前木、牧野、三笠、俺、潜手、安鐘、柳原。

 

「あ、勝卯木の名前がないのか。」

 

「そもそも勝卯木は特別学級の人間ではない。ここに載ってないのは当然だ。」

 

「…!じゃあ、ここのページで切り取られているのって……!」

 

俺の言葉に篠田も頷いた。

 

「……このファイルには、このコロシアイに巻き込まれている私達14人の名前だけが記載されている。つまり、『コロシアイに巻き込まれていない本来の私達のクラスメイト』の情報がない。」

 

今まで考えもしなかった。たしかにそうだ。特別学級は全部で15人。これに例外はない。俺達はすっかり失念していた。勝卯木が特別学級の人間だと偽っていたのであれば、当然ここにいない超高校級の人間がいるという事じゃないか。

 

「ソイツが裏切り者なんじゃね?アタシはそう思ってるけど。」

 

「た、たしかに……私達が巻き込まれて、その人だけ巻き込まれていないのはおかしいもんね。瞳ちゃんはその人について覚えてる事ってある?」

 

「いや……私も全く覚えがない。今の今まで考えてもいなかった。つまりそれは……」

 

「篠田の記憶からも隠すべき真実だって事になる。」

 

くそ、こんな大事な事をなんで今まで忘れていたんだ…!

あの時思いついていれば勝卯木に聞けたのか?もっと頭が回っていれば……今更悔やんだところで仕方がないし、裏切り者なら何か知っているかもしれない…。

 

「待て、裏切り者はこの中にいる、勝卯木はそう言ってたよな?」

 

「モノパオの中の人が本当に裏切り者なのかも分かんねーじゃん。普通に考えるなら黒幕ってこう、裏でいろいろやってるイメージだし。」

 

「紫織ちゃんが見つけた時からこのファイルはこうなってたの?」

 

「……そう。他のも読んでみてるけど、モノパオが見せてもいいと思った情報しかないのかもね。」

 

「でも、今までの探索に比べたらかなり大きな情報になるかもしれない。もっと読み込んでおきたいな。」

 

「じゃあそのファイルは宮壁が持ってれば?アタシはもう一通り読んだしいいわ。」

 

「そっか。2人は俺が持っておくのでいいか?」

 

「ああ。」

 

「うん。よろしくね。」

 

そんな訳で、俺はこの『制偽学園生徒情報ファイル』を手に入れた。

帰ったらもう一度詳しく読んでみるか。

 

「じゃ、アタシはこれで。」

 

「あっ、紫織ちゃん、待って!」

 

難波は俺達が止める間もなく立ち去り、前木がその後を追って行った。

ここからは俺と篠田で探索をしよう。

 

 

他に空いているのは物置の奥の部屋……防音室に入る。

音楽室のような重厚な壁に囲まれており、声を出してもほとんど反響しなかった。音の反射を防ぐ構造になっているみたいだ。

 

「ゲームセンターも防音加工がされていたが、こちらもかなりしっかりと騒音対策がされている。」

 

「マイクがあるって事は、スピーチとかをする部屋なのか?」

 

「そうかもしれないな。奥に舞台とスピーカーがあるのがその証拠だろう。」

 

大学の教室のように舞台が一番低く、後ろの席ほど位置が高い造りになっている。舞台の上に立って席を見渡してみたけど、こういうところに立つのは気が引けるな。

 

「奥に楽器もいくつか保管されている。ここで弾く用らしい。」

 

「なるほど。……今回新しく開放されたのはこの3階の3部屋だけか。」

 

「まだ全て開放される訳ではないようだな。」

 

たしかに、たった3部屋というのは少ない気もする。

だけど、その部屋数に見合う情報があると信じるしかないな。そっとファイルを抱え直した。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「あはは、紫織ちゃんったら!」

 

「何ー?琴奈笑いすぎ。」

 

食堂に戻って1番最初に目に入ったのは仲睦まじく談笑する前木と難波の姿だった。すっかり今までと同じ雰囲気になった難波を見て安心する。

東城と大渡は俺達より先に帰ってきていたらしく、その4人で俺と篠田を待つ形となっていた。

 

「全員集まったようだね。今回も探索の結果を報告していこう。」

 

東城は白衣からメモ帳を取り出すと声をあげる。というか、探索中どこにもいなかったけど東城と大渡は何をしていたんだ?

 

「では、まずは私からだ。」

 

篠田が手を挙げる。

 

「私は新たに開放された部屋、プラネタリウム、展示室、防音室を見て回った。プラネタリウムはかなり広く、上映もできるようだった。防音室はマイクやスピーカーの音響機器と楽器があった。簡単なホールのような造りになっていた。」

 

「展示室には何が?」

 

「……。まともな物も置かれていたが、基本趣味の悪い展示だ。」

 

思い出してしまう。きっとあの中には、篠田がコロシアイの中で仲良くなった人もいただろう。知らない人の物でも若干見るのが苦手なのに、展示されている物が友達の死体だなんて考えただけでもぞっとするな…。

 

「瞳ちゃん、大丈夫……。」

 

前木がそっと肩を震わせる篠田の背中を撫でる。

 

「……じゃあ、アタシが途中から説明するわ。」

 

「難波さんはどこにいたのか、まず説明してほしいな。」

 

「アタシは展示室の奥にある隠し部屋、通称資料室を調べてた。奥のゾウの剥製の棚に入り口を開けるスイッチがある。」

 

「チッ、また隠し部屋かよ。」

 

「え、また?」

 

「大渡くん、ボク達の話は後でいい。口を挟まないでくれるかな。」

 

「うぜぇな……。」

 

大渡が中途半端な事を言うから気になるけど、とりあえず難波の話を聞こう。

 

「資料室にはその名の通りいろいろな資料、特に、制偽学園についての情報が記されたファイルや文書が保管されてた。そこまで埃っぽくはないから、おそらくモノパオも存在を知っている。アタシ達に見せても問題ない情報しかないって訳。」

 

その後、俺達の気づいた事…15人目のクラスメートの話を共有した。

 

「ついでに言うならこの人物についての記載が切り取られたのもかなり最近だと思ってる。このファイルだけやけに綺麗だったから。」

 

「なるほど。なかなか興味深い……いや、重要な情報になりそうだね。何故その人物はここにいないのか、だとすればどこにいるのか。」

 

「ね、ねえ、そういえば、個室って一部屋開放されてないよね……?」

 

「あ、マジじゃん。琴奈も冴えてんねー。」

 

「そういうのじゃないよ…!でも、蘭ちゃんの隣だったし、ちょっと気になるよね。」

 

「かなり気になるけれど、今すぐどうにかできる問題ではないだろうね。」

 

あの個室に、俺達の本当のクラスメートがいるっていうのか?裏切り者でもない限り一度も会わないなんて変だもんな…。

 

「それで、東城と大渡は何を見つけたんだ?その口ぶりからして……」

 

「うん。ボク達も隠し部屋を見つけたんだ。キミ達も2階だけ渡り廊下が無い事は気づいているよね。3階の渡り廊下に、下に降りる梯子を見つけた。」

 

「2階の渡り廊下がなくてマップにも記載されてないのは、隠し部屋になってたからって訳ね。マジでここ謎の空間多すぎでしょ…。」

 

「それで、その空間には何があった。」

 

「……チッ。展示室と似たようなモンだ。」

 

「え?」

 

「今までここで死んだ人の遺体が保管されているようだった。そういう施設があるなら尚の事、犯罪者をあのような殺し方で殺す事は無意味だと思うのだけれどね。」

 

「アンタ、まだそんな事言ってんの?」

 

「そういう性分だからね。いつまでも言うよ。」

 

くそ……!東城の馬鹿、何余計な事言って空気を冷やしてるんだ!

 

「……。で、全員いる事は確認した訳?」

 

「それが、使用されている保管庫にはカードリーダーがついていてね。玄関ホールのクリアケースからいろんな人の電子生徒手帳を持ってきて試したのだけれど、どれを重ねても反応しなかった。」

 

「そもそも使用されている保管庫が7つ。死んだ奴の数と合わねぇ。」

 

「……は?」

 

今まで死んだのは桜井、端部、牧野、高堂、安鐘、三笠、勝卯木、潜手、柳原の9人だ。2つも違うなんて。

 

「生きて、いるのか?」

 

篠田が呟く。

 

「いや、しかし、今の状況で生きていてもいい意味ではないだろうな。忘れてくれ。」

 

そりゃ、俺もあの中の誰かが生きていたらなんて考えるけれど、そうだとした場合、その人が俺達と同じ単なるコロシアイ参加者とは考えにくい。死んだ奴まで疑うのは、やめておきたい。

 

「なあ、その保管庫の開け方をモノパオに聞く事ってできないのか?」

 

「もー!オマエラ、何を根拠に死者まで容疑者にしてんのさ!」

 

「モノパオ。」

 

「反応薄……。って、まあそれはおいといて、あの保管庫は全部で10個しかないの!すぐ埋まっちゃうと思って、死んで小さくなった奴はまとめてるんだよ!だから死んだ人数より少ないの!ちなみに腐るのが早くなるから開けません!オレくんが持ってるカードでしか開けられないからね!」

 

「東城、10個しかないっていうのは本当なのか?」

 

「そうだよ。まあ、そのモノパオの説明で筋が通っていないとは思わないかな。」

 

「そうか。じゃあモノパオ、いつでもいなくなっていいぞ。」

 

「ちょっと!宮壁クンは少し前までぼっちだった癖にイキっちゃって!」

 

「イキってない!」

 

モノパオは好きな事を言い散らかすと消えていった。

 

「それよりも、探索を終えた今、ボク達には早急に話さなくてはならない事がある。違うかな。」

 

「……そうだな、先にその話をしてしまおう。篠田。」

 

「分かった。前回私が経験したコロシアイとその顛末について、覚えている事は全て話す。」

 

篠田は自室から持ってきたと思われる封筒をテーブルに置いた。中の紙には先ほどの発言通り、『篠田瞳の才能はスパイである』と記されている。

 

「了解。」

 

「まずは私が所属している組織についてだ。」

 

「正式名称は出せないから篠田家と呼ぶ。一言で言うなら反社会勢力だ。私は孤児だったところを篠田家に拾われ、ずっとスパイとして育てられた。前回の裁判でも言った通り篠田家の目的も超高校級の悪魔であり、その才能を持つ者を探りあわよくば持ち帰る事を目標に私を送り込んだ。」

 

「……なるほど。」

 

「コロシアイでは昨日説明した通りだ。5回事件が起き、死者は10名。生存者の中に勝卯木蘭の兄、勝卯木蓮がいた。」

 

「他の人達はどうしてるか分からないんだったよね……。」

 

前木の言葉に篠田は頷く。

 

「…だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。後話すべき事は、外の様子についてだな。結論から言うと、治安の悪化が凄まじい。外的要因があるのか否か、普段組織の外に出たり情報を入手したりする事のなかった私には分からない事の方が多い。勝卯木蘭も自分より詳しい人がいると言っていただろう。これについて知るにはその人物を探るべきだ。」

 

「なるほど。あまり成果は得られないね。」

 

「私もあのコロシアイが隠蔽された事は知らなかった。記憶の改ざんは私にも例外なく行われているはずだ。……先ほど難波が見つけたファイルと同じで、私の記憶も黒幕にとって都合の悪い物は消去されているのだろうな。」

 

「そんな……こんなにいろいろなものが消えてるのに、私達は何が消えたのか思い出せないなんて……。」

 

「俺達はよっぽどすごい技術を相手しているのかもしれないな……。」

 

話に一段落つくと、

 

「分かった。じゃあアタシはこれで。」

 

「な、難波。」

 

「何?」

 

「どうしたんだよ、お前……最近変だぞ。」

 

「……宮壁はそんな事言ってないでファイルでも読めば?アタシにも用事があんの。」

 

「待っ……!」

 

難波は言う事を聞かずに出て行ってしまった。

 

「チッ、こんな報告会で親睦が深まる訳ねぇんだよ。」

 

「誰が言ったんだそんな事。」

 

「そこの化学者だが?……帰る。」

 

「は?東城が?っておい!大渡!」

 

食堂には東城、前木、篠田、俺が取り残された。

 

「東城、お前が親睦なんて言葉……。」

 

「……そうじゃない。」

 

「?」

 

「違う……ボクは何も知らない……知らない、いや、知らないだけで、ボクも忘れているのだとしたら……?」

 

「東城!」

 

肩を強く叩くと我に返った様子で振り返った。

 

「急に何かな。痛いのだけれど。」

 

「え、あ、いや……お前も大丈夫じゃなさそうだからさ。」

 

「……薬を飲めばどうとでもなるよ。お気遣いありがとう。」

 

 

「ね、ねぇ……。」

 

前木が不安そうにつぶやく。

 

「私達、大丈夫かな……。」

 

「……どうだかな。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

ひとまず個室に戻った俺は、持ち帰ったファイルをよく読んでみる事にした。

 

「著者は勝卯木市造。勝卯木のおじいさんだったな。印鑑もあるから本物で間違いない。」

 

制偽学園の校則、校歌、歩み……様々な情報が並ぶ中、自分達に関するページを見つけた。

 

「……高堂。」

 

まさか今朝の夢に出てきた彼女を怪しむ時がくるなんて。他にもっと情報はないか……。

 

「なんだこれ。3年生で行う、学習合宿……?」

 

そんな行事があったのか。

何よりも驚いたのはその行事で使用される施設だ。写真に写っている教室や食堂は俺達がいる場所と全く同じだったのだ。

 

説明によると特別学級の生徒は、3年生の夏に1ヶ月ほど学習合宿という宿泊行事があるらしい。才能を伸ばすための実技的な授業をこの夏に詰めて行われるようだ。

つまり、この建物は正真正銘制偽学園の管轄って事だ。だけどコロシアイに踏み切ったのは勝卯木蓮を含む数名だって言っていた。勝卯木蓮の持つ権力が想像より遥かに大きいのか、あるいは学園が機能していないのか。他には……。

 

「……世間からは俺達が学習合宿に行っていると思われているのか。」

 

いろいろ考えてみても埒が明かないな。

気分転換に少し散歩してみよう。

 

 

 

そんな俺が来たのは図書室だ。なかなか誰にも会えないから暇つぶしに逃げるという訳だ。

 

「そうだ、レシピ本でも見てみるか。」

 

せっかくの機会だ、何か新しい料理でも覚えてみるのはいいかもしれない。パラパラとパスタのレシピをめくる。

 

潜手がここでフレンチのレシピを読んで、隣で柳原が推理小説を読んでいたっけ。ふとそんな光景が頭をよぎった。

最近の話なのに、俺達は確かに2人が死ぬところを見たけど、それでも信じられなかった。

 

「よし、潜手や安鐘みたいに上手くは作れないけど、がんばってみるか。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

いろいろなレシピを見ながら数種類スパゲッティのソースを作ってみた。麺は一玉茹でたものをそれぞれのソースにつけて食べる予定だ。

 

「わ、いい匂いがすると思ったら宮壁くん、お料理してたの?」

 

「夕飯か?」

 

「前木に篠田。夕食にどれか作ろうと思って、いろんな種類のソースを試しに作ってみたんだ。よかったら味見してくれないか。」

 

「いいの!?」

 

前木はうきうきしながら厨房に手を洗いに行った。篠田はじっと自分の爪を見ているので声をかける。

 

「篠田は手を洗わないのか?」

 

「いや、さっき洗ったのだ。前木がマニキュアを塗ってくれた時にな。」

 

「なんだよ、2人も楽しく過ごしてたんだな。」

 

「気を張る事ばかりだから、今日くらい息抜きしようって誘ったの!紫織ちゃんにも声をかけたんだけど、忙しそうだったから……。あ、でも、宮壁くんも知っての通り、だいぶいつもの紫織ちゃんに戻ってると思うよ!」

 

「そっか。良かった。」

 

「最初はそんな気分になれないと断ったのだが、前木がどうしてもと言うのでな。」

 

「瞳ちゃん!どうしてもっていうか、どうにかして瞳ちゃんに休んで欲しかったんだよ!」

 

「ふふ。」

 

「!ね!宮壁くん!瞳ちゃん、笑うとすっごくかわいいの!」

 

「え、ああ……。」

 

「見るな。」

 

篠田にギロリと睨まれた。

 

「あぁ、戻っちゃった……。」

 

とはいえ、少しは恥ずかしそうにしてるんじゃないかと……思いたい、希望的観測。

 

 

「私はトマトが好きかも!全部おいしいけど……。」

 

「私は……このほうれん草の入ったものだろうか。」

 

「なるほどな。2人ともありがとう。」

 

「いえいえ!こちらこそいっぱい味見させてくれてありがとうだよ!」

 

「宮壁は料理が手慣れているな。生活力がある。」

 

……うわー。三笠にも似た事言われたな、なんて思うと、ふと泣きそうになってしまった。

 

「宮壁くん?」

 

「いや!何でもない!今日はトマトクリームにしようかな。」

 

「おー、私と瞳ちゃんの意見を合わせたんだね。」

 

「どちらも得ようとした訳か。」

 

「人聞き悪すぎるだろ。」

 

なんて他愛のない会話を交わし、夕食は2人の手伝いもあって無事においしいトマトクリームスパゲッティを皆に振る舞う事ができた。

俺には厳しい難波も珍しくグーサインを出してくれたので、やっぱりレシピ本様様だな。潜手が見ていたようなものも作れるように練習してみよう!

 

 

 

「……ふう。」

 

そして今は再び個室に戻ったところだ。

 

『夜時間だよ!オマエラ、早く寝ろ!』

 

雑で不快なアナウンスを聞いたところで久しぶりにゆっくりした心持ちでベッドに入る。この個室もすっかり自分の部屋みたいな匂いがするようになったな……と思いながら布団を口元までかける。

嫌な事もあったけど、こうやってゆったりした気持ちで眠れるのはいい事だ。

昨日しっかり寝た事もあって、だいぶ精神的にも安定している気がする。

 

(まだまだいけるよ、ミンナなら。まだ苦しんでないもん。)

 

そんな勝卯木の言葉がよみがえる。これ以上苦しんでたまるか。

……嫌な気持ちになりそうだったので、アイマスクをして無理矢理眠る事にした。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「……。」

 

「珍しいね。キミがボクに何の用?大渡くん。」

 

「死体保管室に何があった。俺に隠れて何か見つけてただろ。」

 

「それに気づいていたのに、皆の前では何も言わずにいたのが不思議で仕方ないよ。」

 

相変わらず無言で睨み続ける大渡に、ついに観念したように東城は手を挙げた。

 

「血痕だ。」

 

「……あ?」

 

「誰の物か分からないから今から調べに行く。ボク1人で全てやるつもりだったけれど丁度いい、大渡くんも協力してくれないかな。」

 

「帰る。」

 

「待ってよ。桜井さんの血かもしれないよ。」

 

「……。」

 

「前から思っていたけれど、大渡くんはあれだけ散々な物言いをしていたわりに桜井さんの事をとても気に入っ……!」

 

東城の頭に木札が飛ぶ。

 

「過度な暴力は犯罪だよ。」

 

「それ以上言うなら殺す。」

 

「馬鹿だな。殺したらキミもおしおきされるよ。」

 

「知るか。」

 

「……交渉決裂だね。じゃあ1人でやってくるよ。血痕が落ちていた事は誰にでも言うといい。」

 

「……。」

 

 

「本当はもう1つ違和感はあったのだけれど、それは今言う必要はないか。」

 

「ボク達より先に死体保管室に入った人がいる。足跡から見てヒールのある靴を履いている人だから……うん。どちらかが『血痕のあった場所に落ちていた何か』を持ち去っている。」

 

「はぁ。皆が怪しすぎて話にならない。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「……。」

 

『やあ!ここに辿り着いたという事は、君も正義の怪盗団に加わりにきたんだね!?』

 

『そうだろう、我々は偉大な怪盗団として世界を股にかけているのさ!』

 

「……ヒョウガさん。」

 

『うふふっ。じゃあ、今日からアナタもワタシの仲間入りね。』

 

『早速一緒に出かけましょう?怖くないわ。夜はワタシのお友達。』

 

「ヴィラさん…。」

 

『はぁ、なんで僕が君についたいかなくちゃいけない訳?』

 

『行くよ紫織!僕の足引っ張んないでよ?』

 

「ジャスパー……。」

 

もうその3人には会えない。

 

いつまでもこんなところにいる訳にはいかない……。

 

「……絶対に裏切り者を炙り出す。悪魔でもいいけど、裏切り者の方が可能性は高いか。」

 

 

探索中、死体保管室で見つけたある物。これはきっと、数少ない『裏切り者のミス』だ。

この謎が解けたら、コロシアイだって。

 

 

 

「コロシアイを終わらせるのは、アタシだ。」

 

 

 

 

 

 

 



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(非)日常編 2

お久しぶりです。
3~非日常は一定のペースで投稿したいのでしばらく時間がかかると思います。今年中に4章を終わらせたい。


 

 

 

『オマエラ、おはようございます!今日も元気にコロシアイ生活ですよ!』

 

 

「……うるさいな。」

 

 

元気のいいアナウンスを聞いてしぶしぶ起き上がる。自分の目覚まし時計がない事もあってか、だんだん早起きが苦手になってきた気がする。しつこく下がってこようとする瞼に力をいれ、半ば無理矢理身支度をすませて食堂に向かった。

 

 

 

「宮壁か。」

 

「篠田。おはよう。」

 

「おはよう。コーヒーだけは淹れているから、砂糖と牛乳は適当に入れてくれ。」

 

「あ、ありがとう。篠田はもう朝ごはんは終わったのか?」

 

「ああ、……。」

 

「どうした?」

 

「今日は何をする?」

 

「そうだな……。探索は終わったし、各々調べる日でいいんじゃないか。」

 

「ふむ、分かった。」

 

 

篠田と別れて1人でご飯を食べた。今日はオーブンで解凍するタイプの冷凍ピザだ。

 

こうやって1人でご飯を食べる状況にも慣れてきてしまった。ここにいる人達は別に集まらないといけないなんて思ってないから仕方ないけど、それにしても人との会話が少なすぎて退屈な場所がさらに退屈に感じる。

 

 

食器を洗って一息ついていたところで、ようやく食堂に人が現れた。

 

 

「大渡。おはよう。」

 

「……。」

 

 

はいはい、いつもの無視ですか。

 

そう悪態をつくのも面倒になったので、特に気にせず持ってきていた本を開く。

 

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

 

せっかく2人きりだし、大渡と何か話してみるか。無視されたらやめよう。

 

「なあ、大渡って普段は何してるんだ?」

 

「……。」

 

「へぇ、そうなんだ。何もしてないのか。」

 

「うぜぇ……。」

 

「いつから霊が見えるようになったんだ?そういえば、あれから大渡の方は何か進展があったのか?」

 

すごく嫌そうな顔をしているが、答えないとずっと話しかけられる事を察したのか、ようやく口を開いた。

「……物心ついた時には視えた。進展は……あるにはあるが、貴様に話す事はない。」

 

「なんだそれ。じゃあ『ない』って言っても同じじゃないか。」

 

「進展がある、という事実だけで十分だろうが。貴様に話したところで……」

 

ふと口を止めて、俺の方を見る。

 

「ん?」

 

大渡が食い入るようにこちらを見てくるなんて初めての事で怖くなってきた。いや、そもそも目を合わせたのがほぼ初めてだな……。

 

「……。」

 

大渡が前髪をあげた。普段髪で隠している方の目が見える。何か事情があって隠している訳ではなかったのか、特にもう片方の目と変わりなかった。

 

「貴様、お祓いとか行った事あんのかよ。いや、絶対ねぇよな。」

 

「え?」

 

「…………チッ、貴様がいつどこで誰と死のうが知ったこっちゃねぇが、ここで死なれたら殺人か事故か分からなくなる……。」

 

大渡は普段から持ち歩いているのか、何も書かれていない紙の札と筆を取り出した。

 

さらさらと何かを書き、叩きつけるかのように俺の本の上に置いた。

 

「持っとけ。あとこの皿洗え。」

 

「え、は?」

 

そのまま、そう言い残して出て行ってしまった。食堂には大渡の使った食器と達筆な字が書かれた札と俺だけが取り残された。

 

これ、まさかお札をくれた、のか?あの大渡が?

 

「……あ、ありがとう!」

 

 

誰もいなくなった廊下に向かって叫んでみた。

 

 

♢♢♢

 

 

「お、宮壁じゃん。」

 

「難波!」

 

「元気そうで何よりだわ。なんか顔色もよくなってんね。」

 

「そうか?2日経ってだいぶ持ち直してきたのかもしれない。」

 

「ふーん、いいね。じゃ。」

 

「ま、待ってくれ!」

 

「ん?」

 

今までの事件が頭をよぎる。誰かが変だと気づいたら、もう二度と放っておかない。難波が何をしようとしてるのか分からないけど……何にしろ、1人でいさせる訳にはいかないんだ。

 

「難波、俺、難波の事を何も知らない。」

 

「……?」

「話してほしい。難波がどうして怪盗になったのか。前言ってた殺したい奴っていうのが誰を示しているのか。難波が何を隠しているのか。今お前は何を調べてるんだ。」

 

「なんで?」

 

「もう事件は起こさせない。」

 

「……。ふふ、マジで本気の顔じゃん。アタシが怪盗になった理由自体は大した事ねーよ。誘われたっていうか。」

 

「あ、怪盗の仲間がいるんだな。」

 

「うん。アタシ含めて4人。皆いい人だったよ。」

 

「……『だった』?」

 

難波との前の会話がよみがえる。『頭の悪い怪盗は死んでしまう』という言葉。まさかその仲間は……。

 

「ほら、こういう空気になるから話しても仕方ねーかなって思ってんのに。」

 

「それでも聞きたかったからいいんだ。空気に関しては……ごめん。じゃなくて!他の質問もある…………」

 

 

次の瞬間、脳が思考を止めた。

 

難波の唇が離れた時には、俺の顔が高熱を出していた。

 

「な、え、難波。」

 

「ほんと、宮壁はからかいがいがあって助かるわ。」

 

「ちょっと待て!!説明しろ!!なんだ今の!?」

 

「あはは!」

 

 

難波は駆け足で去っていき、すぐにヒールの音も聞こえなくなった。

 

真っ赤になった顔と真っ白になった頭が冷静さを取り戻した頃、俺は難波に話をはぐらかされたのだと気づいた。

 

 

「……本当、何やってんだろうな。」

 

 

行き場のない気持ちだけが俺の中で渦を巻いていた。

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

あの後、皆で軽く昼食を済ませた。次の本を借りようと図書室に行ったところ、先客がいた。

 

「宮壁くん!」

 

「前木。さっきぶりだな。」

 

「そうだね。私達だけで作ってると、ご飯のレパートリーも全然なくて困っちゃうよ。」

 

「ああ、それでレシピ本を見ているんだな。」

 

「うん。このままだとお昼はカップラーメン生活になりそうだからね。時間だけはたくさんあるから、いろいろ作る練習でもしようかなって。」

 

前木はそう言いながらおこわのページを見ていた。

 

「なるほど。……おこわ、前に食べたのなんて数年前かもしれない。」

 

「私も。久しぶりにいいよねって思ってたけど、ちょっと難しいかも。……わ。」

 

ちょうどそのページの近くに、栞のように挟んであった万札を見つける。そういえば今日は幸運の日か。

 

「誰かのへそくりかな。こんなところでお金なんてあっても意味ないし、泥棒になるから使わないけどね。」

 

「だな。」

 

お互い顔を見合わせて笑う。そもそも、図書室の蔵書の中にへそくりなんて逆に危ないのでは……?

 

「そうだ、あれから難波とは変わりないか?さっき会った時は普通だったんだけど。」

 

「うん。昨日よりずっといつもの紫織ちゃんに戻ってたよ。相変わらず何をしているのかは教えてくれないから、そこまで一緒にいる訳じゃないんだけどね。」

「そうか……。心配か?」

 

「……うん。紫織ちゃんは一昨日の事件の事を引きずっているみたいだから。」

 

「あ、そうなのか?」

 

「じゃなきゃあんなに切羽詰まった顔してないよ。宮壁くん、もしかして疲れてる?しっかり休んでる?」

 

「休んでるよ、今日だってアナウンスまで爆睡してたし。」

 

「あはは、私も。」

 

その後もしばらく他愛ない会話が続いた。

 

「宮壁くん……いつもありがとう。」

 

「え、なんだいきなり。」

 

「ううん。改めて言っておこうと思って。捜査も裁判も、その後も……宮壁くんはずっと張りつめた表情をしていて、無理してるんじゃないかなと思ってた。私は裁判自体に縁がないから、宮壁くんの足を引っ張ってるだろうし。」

 

「そんな事ないよ。俺も皆に助けられてばかりだし、一昨日なんて前木がいなかったら俺達は今頃ここにいなかった。」

 

「……私は何もしてないんだけどね。」

 

「……。」

 

「これからも迷惑をかけちゃうかもしれない。きっと今日は何も起きないし、明日は何かが起きるんだよ。……ごめんね。」

 

謝る前木に対して何と答えるか少し迷う。

 

いつもそうして何も声をかけなかった。

 

でも、変えなければ。俺の判断を待っている間に、間に合わなくなるかもしれない。

 

「………変えられる。俺が変えるよ。」

 

「……。」

 

「俺は前木の才能に負けない……負けたくない。」

 

 

「宮壁くん、」

 

 

「俺が前木を守るから。」

 

「……うん。」

 

 

前木の笑顔を受け止めながら、俺も覚悟を決めたのだった。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

今日は前木と適当な食材でおこわを作った。途中から篠田も来てくれたので比較的早く終わったし、何よりおいしくできたので良しとしよう。

 

前木の言った通りモノパオが出てくる事もなく、今日は平穏な1日になりそうだ。

 

「大渡、いつにも増して不機嫌そうだな。」

 

「うるせぇ。」

 

「なんだよ、心配してるのに。」

 

「症状を言ってくれたら薬を処方するけれど。」

 

「……頭痛。いつもの事だ。」

 

「あ、それで大渡くんはよく眉間に皺を寄せてたんだね!」

 

「……。」

 

「ちょっと、琴奈の事無視すんな。」

 

「苦悶の表情だったのか。私はてっきり機嫌が悪いのかと思っていたが。」

 

「いや、機嫌が悪いので合ってるだろ……。」

 

 

がちゃがちゃと食堂が皆の声で騒がしくなるのが嬉しかった。

 

大渡と篠田は相変わらず俺達に心を開いている感じはしないし、難波も何も言わないし、東城も昨日のおかしな様子なんてなかったかのように振る舞っているけど……それでもこうして皆で和気あいあいとした空気でいられたのはありがたい。

 

そんな会話が続いて久しぶりに気が抜けたのか、いつもより遅めの時間に解散した。

 

 

 

『夜時間だよ。おやすみ!寝ろオマエラ!寝た方がいい事あるよ!』

 

 

「……ふふ、苦悶の大渡……。」

 

 

「……寝られないな。」

 

 

寝ようと思っていたけど謎に布団の中でわくわくしてしまう。どんだけ皆とたくさん喋ったのが嬉しかったんだ、俺。子どもじゃあるまいし……。

 

修学旅行の前の日みたいな気分―正確に言えばもう宿泊中なのだが―になった俺は、気の向くままに散歩をする事にした。

 

 

 

 

「あはは……。宮壁くんも?」

 

「もしかして、前木も?」

 

「今日、なんだか嬉しかったから思い出してたんだ。」

 

「だよな。」

 

遭遇した前木と少し小声で喋りながら歩いていると、イベントホールの明かりがついている事に気がついた。

 

「え、こんな時間に誰だろう?」

 

「……怖いな、どうする?」

 

「何か音が聞こえない?」

 

耳を澄ます。何かぶつかるような音が……?

 

 

「……俺は行く。」

 

「わ、私も!」

 

俺達はイベントホールへ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!!」

 

 

「……。」

 

 

誰かの話し声がする。

 

 

 

「お前の目的を教えろ。制偽学園とは関係ない、そう言っていたな。」

 

 

「だから!教える訳ないじゃん!」

 

 

薄く開いた扉からそっと覗き込むと、篠田とモノパオがいた。前木も俺の下から覗き込んでいる。

 

 

「……!ねえ、瞳ちゃん、大丈夫だよね……?」

 

「様子を見よう、校則があるから篠田だってモノパオを倒そうだなんて考えてないはずだ。」

 

「じゃあさっきの音は何だったの?」

 

「……たしかに。」

 

出て行くべきか?そんな俺の焦りをよそに、篠田とモノパオの会話は続いているようだ。とりあえず話を聞いてからでもおかしくないはずだ……遅かったら…いや、考えるより聞くのが先決だろう。

 

 

 

「お前自身の目的を聞いている。お前は制偽学園とどういう関わりをもって裏切り者としてコロシアイに加担する事になった?」

 

「オマエラが覚えてるか知らないけど、オレくんがオマエラと初めて会った時、オレくんはオマエラと同じように全部記憶を消されてた訳!言わば潜伏してたって事だよね。で、黒幕1人で運営がきついって事で、2人体制への変更が行われた。オレくんの記憶が戻ったんだよ。」

 

「……そのタイミングが2つ目の事件発生、だったな。」

 

「そう!1つ目の事件があまりにも大変すぎたらしくて、黒幕……勝卯木サンと初めて話した時にはいかに裁判周辺の作業が面倒かって話をされたよ。これで“オマエラ”も理解できたかな?」

 

「……だそうだ、宮壁、前木。」

 

「!」

 

「き、気づいてたんだね。」

 

モノパオはカメラもあるだろうし納得できるけど、篠田は一度も振り返ってすらいないのに……恐ろしいな。

 

「とはいえ近づきすぎるな。黒幕のように目的が分かっていない以上、コイツが何をやるか分からない。声が聞こえるならそこから入ってこなくていい。」

 

ギロリと音がつきそうな程強く睨まれた。『出てくるな』と言いたいみたいだ。

 

「モノパオ、まだ私の質問に答えていない。」

 

「コロシアイに加担した経緯なら話したよね?」

 

「勝卯木蘭が何故お前を裏切り者に指名したのか。記憶を消された、という事はかつてから協力関係にあったという事だろう。その関わりを聞いている。」

 

「……言えないよ。それはオマエラに暴いてもらわなくちゃ。」

 

「……私達が?」

 

「そう!それがオレくんの目的でもあるからね!」

 

「私達がお前の事を知る、という事がか?」

 

「そうだよ。」

 

「……一体お前は……」

 

そう篠田がモノパオに近づき、触ろうとした時だった。

 

 

 

 

バシュッ!

 

 

 

「!!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

間髪入れる隙もないスピードで、何かが篠田の横を掠めていった。

 

はらはらと篠田の髪が落ち、向かった壁には大きな矢が刺さっている。

 

篠田じゃなければ怪我をしていただろう。いや、怪我で済むとは思えない。

 

 

「篠田!」

 

「来るな!殺しはしないはずだが、お前達が怪我しない保証はない!」

 

篠田の声に扉を開いた体が止まる。

 

「モノパオ、どういう事だ。」

 

「い、いやぁ、まさか篠田サンがオレくんにボディータッチするとは思わなくてね!ちょっとびっくりして思わず放っちゃった。」

 

「私でなければ洒落にならないぞ。」

 

「ごめんね?」

 

モノパオに不都合があったという事か?モノパオの姿が?

 

何か怪しいけど、同じように調べようとすれば俺の身体が矢ごと壁に刺さってもおかしくない。諦めるしかないみたいだな……。

 

腹の立つポーズをしたまま、モノパオは消えていった。

 

「篠田!」

 

「瞳ちゃん!」

 

「2人とも。私の言う通りそこで動かずにいてくれてよかった。また怪我でもさせたらと気が気でなかった。」

 

「あ……。」

 

そういえば、篠田は前回のコロシアイで怪我に巻き込んだって言ってたっけ。

 

「俺達はいいんだ。篠田こそ髪が切られてるじゃないか。」

 

「髪には痛覚などない。気にする事でもないだろう。」

 

「だめだよ!ね、もう遅いから今からは何もできないけど、明日髪を綺麗にしようね。」

 

「……分かった。ふふ、前木、顔が真っ青だ。生きているのだから大した事はないのに。」

 

「……うぅ…。心配したんだよ……!また、また誰かが倒れる事になっちゃうんじゃないかって!もう1人で話そうとしないで、瞳ちゃん……。」

 

「俺も同意見だ。無茶しないでくれ。」

 

「……すまない。」

 

こうしてどうにか落ち着いたが、モノパオの話はまだまだ謎が多いな。

 

核心に迫るには、もっと俺達にも交渉材料となるものが必要かもしれない。

 

 

先ほどあれだけひやひやしたからか、布団に入るとあっという間に眠りについてしまった。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

今日は久しぶりに朝から人がいた。

 

「おはよう宮壁くん。」

 

「おはよ。てか宮壁、ちょっと見て!」

 

「?篠田がどうかしたのか?」

 

「はぁ!?こんだけ変わってるのに気づかないとか普段何見てすごしてんの!?」

 

ひどく馬鹿にされたので、改めて篠田を見る。

 

「ちょ、え……髪!髪バッサリいってんじゃん!見えてんでしょ!?」

 

「あ、あぁ、それか。」

 

昨日切った事を知ってたから言い出さない方がいいかな、なんて思っていたら逆に俺の株が下がってしまった。たしかによく見てみると、昨日より髪が整えられて綺麗になっている。

 

「かわいいよね!紫織ちゃんが切ったんだけど、すっごく上手!」

 

「かわいい……というのか分からないが、私に似合う髪型になった。さすが難波は器用だな。ありがとう。」

 

「いいっていいって!図書室にいろんな本があって助かったわ。さすがにネットも使えないのに見よう見まねで人の髪切るのはまずいからさ。そうそう、椅子が段々になっててちょうどいいからって防音室で切ったんだけど、結構汚しちゃったから入んない方がいいよ。」

「汚す……?」

 

「オイルとかいろいろ。台がなくて適当に置いてたらシートが結構えぐい事になっちゃった。モノパオの手間を増やせてざまあみろって感じ。」

 

難波が鼻で笑う。悪質な嫌がらせだ……相手がモノパオだから俺も賛成だけど。

 

「で、宮壁くん!」

 

「え、ああ、似合ってると思う。」

 

「どうも。」

 

「瞳、今日は特にちゃんと髪洗って。さっきシャワー行ったけど絶対まだまだ落ちるから。」

 

「分かった。」

 

思ったより篠田に冷たくあしらわれる事もなく、そのまま朝食になった。途中東城が入ってきて篠田の髪を不審そうに見たり髪を切った理由を問い詰めたりして難波に怒られていた。

 

 

 

♢自由行動 開始♢

 

 

 

「東城、なんだか久しぶりだな。」

 

「そうだね、2人きりで話す用事なんてないからね。」

 

「うわあ。」

 

思わず声に出してしまった。だんだん嫌味のいやらしさが上がってないか?

 

「なんか、お前、人間らしくなったよな……。」

 

「?」

 

怪訝な顔で疑問符を浮かべている東城にため息をつく。

 

「まぁいいや。東城には聞きたい事があったんだよ。」

 

「何かな。」

 

「東城の家族も、東城と同じ研究所で働いているのか?」

 

「そうだよ。小学生の頃から見学もしていた。」

 

「その研究所について詳しく知りたい。」

 

「倉骨研究所。創設者の倉骨家はかなりのお金持ちのようで、警察やこの学園とも関係があったはずだよ。」

 

意外とすんなり教えてくれた事に驚いたけど、その事実に俺の驚きは引っ張られた。

 

「この学園って、制偽学園とか!?じゃあ、勝卯木が言ってた協力してくれた研究所って……!」

 

「……違う。」

 

「と、東城、」

 

「このようなコロシアイに加担しているなんて信じられない。世の中のためになる研究が第一なのだから。」

 

「じゃあ、どうしてそんなに切羽詰まった顔をしているんだよ。」

 

「……ボク達は記憶がない。ボクの知らない事だってあるはずだ。……研究者として、認めたくないなんて理由でこの考察を蹴り落とす真似はしたくない。先ほどはああ言ったけれど、今のボクには研究所が本当に奴等と協力関係になかったとは言い切れない。」

 

「……。」

 

東城が最近おかしかったのはこれが原因か。勝卯木の話に出てきた『コロシアイの協力者』。そして黒幕が死んでも尚コロシアイが続行できているというこの状況。大きな後ろ盾があると考えるのが自然だ。

 

「……もし、倉骨研究所がコロシアイに加担していたとしたら、どうする?」

 

「考えるのも吐き気がするけれど、そうだね。ボクは研究所を辞めるつもりだ。」

 

「!」

 

「ボクと研究所の目的が一致しないならば、そこに勤める理由なんてない。あの研究所で働く人達は皆研究所に何かしらの感謝や恩を抱いている。ボクのように自分のポリシーがあって、研究所を利用しようと考えている人なんて少ないだろうね。」

 

宗教?

 

「……なんかヤバくないか、やっぱり。」

 

「とはいえ、倉骨研究所を出てしまえば人体実験ができる場所も少ない。出るメリットがあまりないのも事実だ。」

 

思わず頭を抱えてしまった。だめだ、まともな考えの人がいない……!

 

とはいえ、東城は研究所のモットーと自分のモットーが一致しているだけで、ちゃんと自分の意志で行動していたらしい。だからこそ今まで一貫した言動をしてきたわけだ。

 

「よかったよ、俺が知り合った倉骨研究所の人間が東城で。」

 

「家族ぐるみでお世話になっているから、一般職員よりは詳しい。特にボクは特別学級に選出される前から目をかけられていたからね。所長とも何度も話した事があるよ。」

 

……家族ぐるみ、その単語にドキリとする。

 

そうだ、東城は生まれた時から研究所と近しい環境に身をおいてきた。そういう点で、きっと親よりも研究所と密接なかかわりを持ってきたはずだ。

 

そんな東城の『意志』が、果たして研究所の影響を受けずに構築されただろうか?

 

そんな東城のポリシーが、研究所と相反する事なんてあるのか?

 

嫌な予感を振り払いたくて、質問をする。

 

「なぁ、東城、お前、好きな食べ物ってなんだ?」

 

「?特にないよ。」

 

「…………そう、だよな。」

 

ずっと分からなかった東城の事が、ようやく分かってきた気がする。

 

東城優馬という人格は、最初からこの世に存在しないのかもしれないという事が。

 

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

「し、篠田……。」

 

「宮壁、少し顔色が悪いぞ。どうした?」

 

篠田も特別感情が豊かな訳でないけれど、さっきの恐ろしい会話に比べて遥かに安心できた。

 

「篠田……!!」

 

「……。」

 

無言で一歩後ずさられた。

 

「待ってくれ篠田、ごめん、なんでもないんだ。」

 

「……そうか。ならいいが。」

 

「篠田こそ、まだ体調が悪そうだ。ちゃんと寝れてるか?」

 

昨日のモノパオとのやり取りも思い出して心配になる。

 

「普通だ。寝られない事など昔からいくらでもあった。」

 

「そうか、スパイだもんな。」

 

「……宮壁も反応が薄いな。」

 

「え!?あ、す、スパイってすごいよな!かっこいいと思う。」

 

「何を言っているんだ。そうではなく、その……あまり毛嫌いしないなと思っただけだ。」

 

「いや、そりゃあ殺人鬼です!なんて言われたら怖いけど、スパイはそれほど毛嫌いする事ではないだろ。」

 

「もっと早くに言い出すべきだったのだろうな。だが……。」

 

篠田が顔を伏せる。やっぱりというべきか、一昨日の事件でかなり心をやられてしまったようだ。今までの強くてたくましい篠田の面影は、ここ数日消えかけていた。

 

「怖かった。誰が信用できるか分からないし、信用した人がいつ死ぬか分からない。コロシアイにおいて人と仲良くなる事は、前向きになるために重要だと思うが……同時にとても恐ろしい事でもある。」

 

「……。」

 

「コロシアイで、仲の良かった人が死に別れる場面は今まで何度もあった。あれを経験して、コロシアイの中での人間関係に憶病になっていた。宮壁もよく話していた人がこれまででいなくなっていると思うが、辛くないか。」

 

「辛いよ、辛いけど、それまでのここでの生活を楽しくするために欠かせない事だったと思う。」

 

「楽しい、か。こんな場所でそんな感情を追い求めるとは、なかなかしぶとい奴だな。」

 

「それ、褒めてるか?」

 

「お前は生きたいのだろう。生きたいから、楽しくいたいのだろう。」

 

「……!」

 

「私は、最初は諦めていた。死んでもいいから悪魔を殺す。黒幕を殺す。絶対に許さない。そういうつもりで臨んでいたからこそ、人と仲良くする事を躊躇った。」

 

「……めかぶが私の秘密を持っていたと知った時、私は泣いた。誰よりも私を疑う根拠があったはずのめかぶが、誰よりも私を信じてくれていた。めかぶは私が孤立しないために、その秘密を最後まで誰にも漏らさなかった。」

 

「……。」

 

「自意識過剰かもしれないが、めかぶは、私に生きてほしいのだと思った。もう、私の命を無駄にしようとは思っていない。」

 

「うん。」

 

「私達の中の誰かが悪魔で、誰かが裏切り者だ。宮壁、お前が悪魔かもしれないし裏切り者かもしれない。お互いを信用できないのは今更仕方がない状況だ。」

 

「だが、私は負けない。絶対に突き止めてみせる。生きて、ここから出る。」

 

「ああ、俺も同じ気持ちだ。」

 

きっと今俺達の関係を聞かれても、仲間とは言えないだろう。やっぱり心のどこかで信用できないし、勿論友達でもない。

 

 

それでも俺達は、握手をした。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

「あ、宮壁くん。少しいいかな。」

 

「?」

 

昼食後、珍しく東城に話しかけられたので大人しくついていく事にした。

 

連れてこられた場所はトイレ。まさか東城が連れションなんてするはずない。

 

 

「トイレって事は……何か見つけたのか。」

 

俺の言葉に頷く。

 

「さすが察しがいいね。助かるよ。実は死体保管室に血痕が残っていてね。正確には床に少しついていたのだけれど。」

 

「血痕?」

 

「そうだよ。そこで、その血が誰の物か分かるのではないかといろいろ検査してみたのだけれど……結論からいうと、誰のかは分からなかった。」

 

「なんだそりゃ。」

 

「まるで期待していない顔だけれど、ボクは死んだ人の血液を集めるようにしているからね。その人達ではなかったという事だよ。」

 

……。気分が悪くなってきた。

 

「お前の行動については今更触れないけど……誰の血を持っているんだ。」

 

「遠くで死んだ人以外は持っているよ。持っていないのはおしおきで血を採取できなかった端部翔悟、高堂光、柳原龍也、それと牧野くんの4人だね。毒のおかげで三笠くんと潜手さんと黒幕に関しては正確な判断ができていないのも難点かな。」

 

「多いな……。」

 

「とはいえ、ボクの考察を言うならば、血痕はこの中の誰の血でもないと思っている。」

 

「どういう事だ?」

 

「血がキレイだった。不純物がないと言えば伝わるかな。」

 

「ああ、なんとなく。」

つまり、このコロシアイとは無関係だと言いたいらしい。

 

……とはいえ、それだと何の手掛かりにもならないな。一応覚えておくけど。

 

「ところで、パスタ職人の宮壁くんは何か有用な手掛かりは掴んでいるのかな。」

 

言い方が癪なので少し迷ったが、正直に知っている事を伝えた。ここが制偽学園の課外授業用の施設である事と……夢に桜井と高堂が出てきた事。

 

「前半は情報として受け取るけれど……夢は夢じゃないのかい。」

 

「そんな事言うなよ。俺だってそうじゃないかと思ってるけど、夢にしてはリアルだったんだ。」

 

「……まあ、覚えておくよ。」

 

そんな感じで東城との意見交換会は終わった。皆にも話すべきかもしれないけど、モノパオに聞かれるのもまずい気がするので一旦保留にしておこう。

 

 

 

『オマエラ!食堂に集まれ!オレくんからスペシャルな提案があります!』

 

 

「……。」

 

東城と顔を合わせる。

 

「ボク達が2人でいるとろくな事が起きないらしい。今度からは極力話すのを控えるのはどうだろう。」

 

「お前、迷信とか信じるのか。」

 

「聞き捨てならないな。迷信ではなく、これまでの経験則を元に……」

 

「分かった分かった!もういい、十分理解した。」

 

 

よし、無駄話もこのくらいにして行ってみるか……。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

食堂に集められた俺達は、椅子の上にちょこんと立っているモノパオを見つめていた。

 

「なーんか、あの事件があったわりにオマエラ仲良しじゃない?」

 

「……。」

 

「前木サンにまで睨まれるようになるなんてね!オマエラも分かってると思うから、さっさと本題に入っちゃおうか!」

 

「本題っていうと、動機?」

 

「正解!難波サンは察しがよくて助かるなー!ここまで動機がいろいろと配られてきたけどさ、ぶっちゃけもっとわくわくする動機がいいよなーと思ってたんだよ!ちょっと地味じゃない!?」

 

「……。」

 

「皆して無視か。まったく、制偽学園を受験した時の面接でも無視してた訳?それでよく合格したよね!」

 

「早く本題に入ってくれないかな。話を要約すると、ここまでとは少し異なる動機を用意している、という事で間違いないね?」

 

 

「そうだよ東城クン。今回の動機はずばり……『睡眠の妨害』!これだよこれー!こういう物理的にきついの、いっちゃうよ!」

 

 

「ちょっと待て、どういう事だよ!?」

 

 

「オマエラ、寝たらおしおきだよ!」

 

「待って、無理ゲーじゃね?」

 

「待ちません!寝るな寝るな!だから早寝した方がいいって言ったのに!」

 

最悪だ。

 

今までは人によっては大したダメージのない動機や、自分の精神でどうにかできる動機ばかりだった。それが急に、こんな身体的な動機になるだなんて。

 

「む、無理だよ…そんなの……。」

 

「無理ならコロシアイしろって言ってんじゃん!とはいえ、オレくんも優しい優しい人だから、期限を設けてあげるよ!」

 

「……あまり期待しないで聞くけど、いつまで寝れないっていうの?」

「10日!どう?思ったより良心的じゃない?」

 

 

……10日。

 

たしかに、今までのモノパオなら無期限と言っていただろう。だけど……期限は『焦燥感』につながる。あと何日、あと何時間、そんな制限があればあるほど、その一日、その1時間を長く感じる。

 

きっと裏切り者は、それを考慮して『ギリギリ耐えられない期限』にしているんだ。

 

「た、たしかに、10日ならいけるのかな……?」

 

「10日か。私は大丈夫だと思っているが…。」

 

「……性格悪すぎ。」

 

俺と同じ考えなのは難波だけのようだ。

 

 

「うーん、でもただ寝られないだけだと地味だね。もう1つ動機を増やしちゃおうかな。」

 

 

「は?」

 

 

思わず口から困惑が漏れる。

 

モノパオはしばらくうーんうーんと唸ると、手をポンと叩いた。

 

 

 

 

「よーし!オマエラ、秘密を本人に返してちゃんと自分のを見る事!見なかったらおしおき!はい、見てください!あ、動画も見てね!」

 

 

 

 

「……それも動機、だと?」

 

 

篠田も目を見開いていた。

 

 

なんなんだ。これが、コイツのやり方なのか?睡眠をとれないだけでもコロシアイに発展しかねないこの状況で、秘密を返す?

 

頭がおかしいというべきか、そんな奴だからコロシアイを続行しているのか。

 

 

そこまでコイツをコロシアイに駆り立てるものなんて、何があるっていうんだ……。

 

ただただ悪寒がした。

 

「じゃ、オマエラ隈作りがんばってねー!オレくんは今から昼寝してくるよ!チャオ!」

 

モノパオの消えた空間に、不安そうな顔をした皆が残った。

 

「……まず、誰が誰のを持っているのか確認しよう。琴奈と瞳は自分のはもらったんだっけ?」

 

「ああ。」

 

「うん。」

 

「この中で自分の秘密を読んでない人は?」

 

俺も手を挙げる。他に手を挙げたのは東城と難波だけだ。

「あれ?大渡くんは自分の秘密を見たの?」

 

「最初から自分のだ。」

 

「そうなんだ、全然知らなかったよ。」

 

「……。」

 

緊張した面持ちでお互いを見つめ合う。大丈夫だ、ここまで皆でがんばってきたんだから。きっと、大丈夫……。

 

「私は難波、お前の秘密をもらっていた。中は確認しているが他言はしていない。お前の秘密を話すかどうかは任せる。」

 

「……ありがと。じゃあ、アタシがもらってたのも返すわ。」

 

最悪な引きをした、そう言っていた難波の事を思い出す。

 

「東城、アタシはアンタのをもらってた。……自分でしっかり確認しろ。アタシからこれ以上何かを言うつもりはない。」

 

「分かったよ。どうもありがとう。」

 

……あれ?これで他の人の秘密をもっているのは前木だけで、まだ秘密をもらっていないのは、俺だ。

 

目の前で前木は震えながら俺を見つめていた。

 

「……宮壁くん。私は……見せたくない、けど、これがルールだから……ごめんなさい。」

 

「……。」

 

前木が差し出す封筒に手を伸ばす。前木が恐怖するような秘密が俺にあるっていうのか?

 

「大丈夫、俺は、大丈夫だ。」

 

「……うん。」

 

「ごめんな、ずっと俺の秘密で苦しめてたみたいで。」

 

「……!ううん、私こそ、大丈夫だよ。」

 

無理矢理笑顔を作ると、やっと、前木は封筒から手を離した。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

『夜時間だよ。オマエラ、自分の秘密は確認したかな?オレくん早く寝たいからさっさと見てよね!じゃ、放送終わり!』

 

 

いつにも増して腹の立つアナウンスだ。

 

今日から寝られないけど、秘密の事を考えたらこの後に不用意に外出するのも気が引けるな。俺のを見て平気だったら何か食べに食堂にでも行ってみるか。

 

 

 

 

平気だったら。

 

正直、かなり怖い。前木は最初に秘密を配られた時から、いの一番に秘密の交換を拒否していた。前木はずっと、『俺に見せないようにこの秘密を守っていた』。軽い事なんて書かれていないのだろう。

 

俺も知らない俺の秘密、そんなものがあるなんて信じられないけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくり、深呼吸する。

 

思いきって封筒を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

【宮壁大希の両親は事故死ではない。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【宮壁大希の両親は、自殺した。】

 

 

【超高校級の悪魔によって自殺に追い込まれた。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識に動画を再生していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

「……あ。皆さっそく秘密を見てくれてるよ。どれどれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『笑い方:いぴぴ

 

 一人称:ボクくん

 

 語尾にパオってつけるといい感じなのでそれで!』

 

 

モニターに釘付けになりながら、勝卯木蘭の遺したモノパオの設定メモを破り捨てたのは、他ならぬ現在モノパオを操っている人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うわ、顔、青いね。分かる。自分に衝撃的な秘密があるとびっくりしちゃうよね。」

 

モニターに映し出されているのは宮壁大希、難波紫織、東城優馬の3人。

 

 

 

 

 

「動機を伝える会?を早めに終わらせたかいがあったって感じかな?あはは、この顔が見たくて裏切り者やってるんだよー。」

 

「久しぶりに元気出てきたし、明日は語尾にパオってつけてやってもいいかも。本当は勝卯木さんの言う事なんて聞きたくないけど……。他に何すればモノパオっぽくなるんだっけ。えーと、メモメモ……」

 

 

「……あれ?メモ、どこにやったっけ?」

 

 

 



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(非)日常編 3

4章も折り返しです。
ここで言う事が何もないのでおまけ話をすると、今回の章タイトルは全てひらがなにすると違う意味にとれます。是非。


 

 

 

 

 

 

「大希くん、今日から君は私と暮らす事になった。よろしくね。」

 

「君の両親…私の弟がまさか…。驚いたよ。だけど何よりも驚いたのは…………………」

 

「……大丈夫。今日から君は私の家族だ。まだ混乱してるかもしれないけど、私の事は信じてほしい。」

 

 

これは、叔父さんと出会った時の…。母さんと父さんが死んで、ショックを受けていた俺を養子にすると言ってくれた時の記憶だ。

 

 

「え?大希くんのお父さんが昔どんな人だったのか?んー、まぁ、自慢の弟、とは言い難かったけど………」

 

「ほら、思い出そうとしたらつらくなるだろ。あれは【事故】だ。そう思ってなさい。」

 

 

事故、交通事故だ。両親が死んだのは交通事故のせい。そう思わなきゃ、だって俺を助けてくれた叔父さんがそう言ってるから。

 

「この高校から最近すごい郵便が来るな。大希、高校が決まらないなら制偽学園もありなんじゃないか?勿論どこに行きたいかは大希に任せるけど。」

 

「ははっ、わかった。じゃあ受験手続きは進めておく。勉強がんばれよ。」

 

 

そうだ、懐かしいな。叔父さんに薦められたんだ。だから勉強をして……。

 

 

「お!特別学級、入れる事になったのか!おめでとう!わざわざ電話するなんて珍しいな、今日はケーキだ。」

 

 

そう、俺は、叔父さんみたいになりたくて、叔父さんに感謝してるから…………

 

 

「両親の事をあまり覚えていない?……思い出してもつらいだけだろう。どうしても思い出したいなら止めはしないが。」

 

俺はここで断った。もういらないと思ったから。俺の家族は叔父さんだけだと思っているから。

 

 

 

 

 

 

『宮壁大希の両親は事故死ではない。超高校級の悪魔に殺された。』

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ、はっ……。」

 

滝のように汗を流して我に返る。

 

前木が頑なに隠していた秘密は俺のものだった。

そこに書かれていた文章。

俺はずっと、両親は事故で死んだのだと思っていた。

叔父さんがそう言ってたから。

違った。事故じゃない。

叔父さんは隠していた。正確に言えば、俺がパニックを起こさないために黙っていた。

 

今思い出した。

両親は、目の前で自殺したのだ。

 

なんで自殺をしたのか、両親はどんな人だったのか。それはまだ思い出せそうにない。

だけど、悪魔にやられたのであれば……両親は、悪魔に自殺するよう『説得』させられたんだ。

 

俺の両親を殺したのは悪魔。

それがこの中にいる。コロシアイが終わっていないのだから、まだ生きている。

まだ復讐できる。

 

そこまで考えて、今いる皆の事も頭をよぎる。

いろいろあったし全面的に信用できるわけじゃないけど、皆ここまでがんばってきた仲間だ。そう簡単に殺そうなんて踏み切れない。最初はそんな事考えてもいなかったけど、今となっては……この中の誰かを切り捨てるなんて俺にはできない。そもそも誰が悪魔かの確証も何もないじゃないか。

 

 

一体俺は、誰を味方だと思えばいいんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポーン』

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

慌てて扉を開ける。

 

「こんばんは。起きてるかな?」

 

「ああ、起きてるよ……。」

 

東城はずかずかと部屋に入ってくるとベッドを撫でた。

 

「なんだ?」

 

「ベッドが温かい。寝ていたのかな?」

 

「寝たら死ぬんだ、座ってただけだよ。」

 

今度は俺の腕に何かを巻きつけると機械をいじり始めた。

 

「……うん、問題ないみたいだね。」

 

何かを確認した後、装置を取り外してそのまま出て行ってしまった、なんだったんだ……。

 

 

 

 

 

「……。」

 

寝ていないから頭が働かない。動機を見たのも今さっきのも正夢……じゃないよな、寝てないんだから。

 

「くそ……最悪だ……。」

 

まだ初日だというのにここまで頭が回らないなんて先が思いやられる。

動機のおかげというべきか、全く眠れる精神状態でなかったのはありがたいけど、体の疲労は動機がない方がよっぽどマシだった気がする。意味のない朝のアナウンスを耳に入れ、せめて何か食べようと重い腰をあげて食堂に向かう事にした。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「宮壁。」

 

「ああ、篠田、おはよう……。」

 

「……。」

 

篠田は何も言わずに席を立ち、しばらくしてカップを片手に戻ってきた。

 

「飲むといい。」

 

「ありがとう。……うわ、苦……!」

 

「ギリギリおいしく感じる苦味にしている。甘くては眠くなるだろうと思ってな。」

 

「なるほど……。」

 

さすがに苦いので適当にパンを食べつつコーヒーを飲みきる。

 

「宮壁、大丈夫か。昨日動機をもらっていただろう。内容は……今は聞かないが、良からぬ事を考えているのであれば、私達の前で隠し通せると思うなよ。」

 

……心配をしているのか圧力をかけているのか、よく分からない言葉をかけられた気がするけど気にするだけ無駄だろう。

 

「ああ。ショックなのはショックだったけど、今の俺にできる事ってほとんどないからさ。気楽に構えるしかないなって思ってる。」

 

「……そうか。それならいいんだ。」

 

「2人ともまだ生きているみたいで安心したよ。」

 

突然食堂に現れた東城にびっくりしつつ声をかける。

 

「東城!深夜のやつ、なんだったんだよ!」

 

「そうだ、結局何の説明も無かったが。」

 

「え、篠田のところにも来ていたのか?」

 

「その様子だと宮壁もか。」

 

「ところで、眠気に勝つ方法を思いついたのだけれど、聞きたくないかい?」

 

「は?」

 

「ボクは自分で調合した眠気覚ましのドリンクがあるからまだ何とかなっているけれど、キミ達はそうはいかないだろうからね。」

 

こちらの話を聞いてほしいけど、東城も若干眠そうだし諦めるか。

 

「まずこれを使う。」

 

手に持っているのはトンカチだった。さすがに察しがつく。

 

「私が1番手慣れている。気を失いたければ私に任せろ。」

 

「篠田も便乗するな!」

 

「かといって、他に方法もあるまい。」

 

「他といえば、先日の裁判で大渡くんが上手い事篠田さんを気絶させていたね。あれも手だよ。」

 

「た、たしかに……。」

 

気絶は睡眠に入るのか?

 

「オレくんとしては、できれば気絶させないでほしいね。死んだのか寝たのか分かんないし!そもそも故意の気絶は睡眠じゃん!」

 

「なるほど、故意であれば睡眠扱いになるのか。」

 

「オレくんが急に出た事に驚きもせずメモを取る東城クン、優秀すぎるよ……。」

 

俺と篠田はわざわざモノパオと会話するつもりもないので、冷めた視線を送り続ける事に決めた。

 

「モノパオ、昨日の深夜ボクが皆に使って回った機械、もっと精密なものが欲しいのだけれど。」

 

「?なにそれ。深夜とか起きてる訳ないじゃん!」

 

「知らないなら監視カメラで確認してくれるかな。」

 

くそ……モノパオの奴、寝てやがったな。

 

「はいはい、また教えに行くからそれまで待っててね。じゃ、バーイ!」

 

モノパオが消え、俺達はそのまま解散になった。

無駄に歩き続けても疲れて眠くなるだろうが、じっとしているのも眠くなるだけだ。他の皆の様子でも見に行ってみよう。

 

 

 

 

 

試しに温室に向かう。久しぶりに来たけれど、最初と比べて少し雑草が伸びてきていた。どうやらここの手入れはされていないらしい。

 

「あ、宮壁くん!おはよう?こんにちは?」

 

その雑草を抜いているのが前木だった。いよいよ暇だもんな……。

 

「おはよう。」

 

「……見たの?」

 

「ああ。前木が隠したがってた理由も分かったよ。」

 

「そっか……。」

 

「だけど、今の俺は何かしようなんて少しも考えてない。」

 

「そう、なの?」

 

「最初は、悪魔を殺す事を視野に入れて動いていたけど、それじゃダメな気がするんだ。なんとなく。」

 

「……。私もそう思う。なんというか、悪魔を暴くよりももっと大事な事があるような。」

 

「……うん。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「静かだね。最初ここで目が覚めた時は賑やかだったから…こんなに静かな場所だなんて知らなかった。」

 

……俺も皆と自己紹介をした時の事を思い出していた。

 

「だいぶ経ったような気がするけど、1ヶ月も経ってないんだよな。」

 

「そうだね……。」

 

俺達はしばらく温室で過ごした。この時間に何か意味があったかと言われると頭をかくしかないけど、動機の後にしてはひどく穏やかでいられた。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「み、見つけた……。」

 

「ん?宮壁じゃん。」

 

「難波は最近何をしてるんだ。どこにもいないから探したぞ。」

 

「ごめんごめん。調べもの。」

 

「玄関ホールにこれ以上調べるものなんてないだろ……。」

 

難波は「どうかな?」とでも言いたげな顔でにやりと笑ってみせた。これ、調べるものが確実にあるんだろうな……。俺には見当もつかないけど。

 

 

「宮壁もだし、瞳もか。結構アタシの事注意して見てるみたいだけどさ、アタシが調べてるのは大体裏切り者の手掛かりについてだから。」

 

「……なら、いいんだけどさ。」

 

難波は、今までほとんど自分の話をした事がない。単純に言いたくないんだろうけど、信用されてないように感じてしまう。かといって聞き出すのも失礼だろうし……でも聞かなきゃ一生教えてくれないだろうし……うーん、堂々巡りだ。

 

「宮壁は目星ついてる?」

 

「え?」

 

「だから、裏切り者とか悪魔とか。いろいろあるじゃん。」

 

「いや、俺は何も……。」

 

「そっか。やっぱ行けるとこ増やしたいよねー。」

 

「……誰かが死ぬくらいなら、増えなくていいよ。」

 

「それはそう。」

 

どっちなんだ。

 

「アタシだってそんな最悪、想定したくない。だけど、このままじゃここから出る方法がないのも事実じゃん。きっとアタシ達が動かなければモノパオが強制的な動機を出してくる。何もせずにいるってのも、得策じゃないと思う。」

 

思わず閉口する。何か進展があれば、この状況でも気楽に構える事ができるかもしれない……。

 

「何か分かったら共有するわ。アタシはこう見えてもアンタ達の事、ちゃんと信用してるからさ。」

 

「ああ、よろしく。」

 

この後、大渡の個室を訪ねたが、人と関わりたくないから個室にいるのに空気が読めないだのクワガタ頭だの散々な暴言を吐かれたので嫌がらせにチャイムを連打して逃げ去る事でストレスを解消した。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「今日皆をここに集めたのは他でもない、今回の動機である睡眠妨害の対策案を講じるためだ。」

 

その日の夜時間、眠い目を擦りながら強制的に皆で監視カメラの無い大浴場に集まっている。

英語の例文のような口調で話す東城を皆で取り囲んでいた。

 

「とは言え、これは大渡くん発案だ。詳しい説明は彼からお願いしたいのだけれど。」

 

お、大渡~~!!?!?!?

なんて大声がでかかったが、そんな事を言ってしまった日には二度と口を開かなくなりそうなので全神経を唇に集中させて耐えきった。

というか、大渡、この中だと圧倒的に東城と会話してるよな……俺じゃ何がダメなんだ。

 

「……。」

 

「いや話せよ!!!」

 

痺れを切らした難波がついに盛大なツッコミを入れた。この間、30秒。

 

「…………貴様のが詳しいだろうが。俺はあくまで、他人に眠らされてしまえばいいんじゃないか、そう言っただけだ。」

 

「それはつまり、今朝東城が言っていたようにトンカチで殴りつけると言う事か?」

 

「馬鹿か貴様は。俺は気絶させるとは言ってねぇよ。眠らされる……つまり、薬を盛ればいいって話だ。」

 

「!」

 

「たしかに、他人に薬を盛られて眠ってしまっただけなら、故意の睡眠にはならない……。やるじゃん大渡。」

 

トンカチよりはよほどいい案だと思うけど、朝のモノパオの発言を思い返すと簡単には頷けないんじゃないか……?そう考えていたら東城が補足をしてくれた。

 

「ただ、この提案をそのまま鵜呑みにするとかなりグレーゾーンだ。モノパオの話に則ればこれはアウト扱いになる。ボク達が『薬を盛られる事を了承して眠らされる』のであれば、故意の睡眠ととられてしまうからね。」

 

「そうだよね……。それに、薬を盛る人自身は自分に睡眠薬を使う事はできないよね。その辺りはどうするの?」

 

「薬を盛る人だけはもう一晩耐えてほしい、そして、その人にはモノパオの目を欺くために行動してもらう必要がある。」

 

「というと?」

 

「睡眠薬を悪用している、と思わせなければならない。」

 

「悪用……。」

 

その言葉で真っ先に思いつくのは、事件を起こすという事だろう。

 

「そこで、皆をここに呼んだ理由を改めて説明しよう。」

 

事件を起こすために睡眠薬を使ったとモノパオに思わせるために、俺達がやるべき事……。

 

「皆で、『架空の事件』を考える。」

 

なるほど、俺達全員がグルになってモノパオの目を欺き、動機を突破するつもりらしい。

 

「……待って?それ、本当にここにいる全員で考える訳?この中に悪魔と裏切り者がいるってのに?」

 

「……あ。」

 

前木の素っ頓狂な声が漏れ、篠田の顔が険しくなる。

 

「それは問題ない。」

 

「な、なんで言い切れるんだよ……。」

 

「ボクは悪魔の正体は知らないけれど、裏切り者の正体には目星がついているからね。」

 

「は!?」

 

「え、だ、誰なの!?」

 

「待って。目星と言っても1人に絞れた訳じゃないんだ。宮壁くん、篠田さん、今朝のモノパオの話を思い出してほしい。」

 

今朝……モノパオと篠田と東城がいた時の話か。

そこから裏切り者の正体に結び付く話があったっけ……?

 

 

「ボクは昨日の深夜、皆の部屋に入っていった。皆普通に生活していたよ。脈拍や呼吸を見る装置で寝起きかどうかのチェックもしたけれど、異常はなかった。ここにいた人は全員、確実に徹夜している。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうか!!!!

 

「モノパオは寝ている!これがヒントだったのか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうこと?」

 

「皆、モノパオは東城が皆の部屋に来た事を知らないんだ。これはモノパオが寝ているからなんだけど、そうだとおかしくないか?『俺達は全員起きていたのに、モノパオは寝ていた』なんてさ。」

 

「…………マジか。すげー進展じゃん。」

 

 

「そうだよ、ボク達は確実に真実に近づいている。ここから導ける結論、それが『この中に裏切り者はいない』という事だよ。」

 

 

「じゃ、じゃあ、皆を信じていいって事だよね……!」

 

前木を筆頭に皆が声をあげる。俺達同士が疑い合う理由が1つなくなった。それだけでとてつもない嬉しさがこみ上げる。

 

「先ほどの話に戻るよ。つまり裏切り者はボク達以外の誰かだ。それが死んだはずの人なのかまだ隠れている部屋にずっといる他の誰かなのかは分からない。そこは了承してほしい。」

 

「ううん、十分だよ……!本当にありがとう……!」

 

 

前木は早くも涙目になっていた。難波も久しぶりにちゃんとした笑顔を見せ、篠田も穏やかな表情だった。

バラバラにだった俺達が、ようやく本当に団結し始めた気がした。

張りつめていた糸がやっと切れたような、脱力ともいえる安心感に喜びを分かち合ったのは言うまでもない。

 

……いや、かっこうつけた言い方をしたけど、純粋に嬉しい。

ここまで、どれだけ長かったか。皆を疑って、疑われて、昨日までの日々が一気に頭を駆け巡った。

 

 

 

 

「じゃ、皆で事件考えますか!そんでしっかり寝よう!」

 

難波の号令で、俺達は架空の事件作りに取り掛かった。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「ここでいうクロ……実行役は瞳、頼んだ。」

 

「ああ。私が皆の飲料に睡眠薬を入れ、眠らせる。その時に東城の分には入れないように気をつければいいのだな。」

 

「そうだよ。ボクが被害者役として、篠田さんに狙われる役だからね。比較的即効性があるこの睡眠薬寝ていては話にならない。その後ボクが1人で理科室に籠る。いつものルーティーンだからモノパオも特別怪しまないだろうね。」

 

「そこに私が声をかけ、3階の教室に誘う……。」

 

「物置に凶器があるから、そこと近い部屋がいいって話だったよね。」

 

「つまり、瞳と東城以外は全員この時点で寝てる訳だ。」

 

 

「そして篠田は東城を襲うが、眠気に耐えかねた篠田は攻撃を外してしまう。……篠田が攻撃を外すなんてそうそうないと思うけど……。」

 

「ああ。そこは私も怪しまれるのではないかと考えていた。」

 

「じゃあ、ボクの方で何か準備しておこう。目くらましになるような薬品を相手にかける事でそのまま逃げるとかはどうかな。」

 

「たしかに、東城も黙って人の誘いについていくような人ではないからな。その方が筋が通るだろう。」

 

「そういえば、瞳ちゃんと東城くんは寝られない訳だけど、それは大丈夫なの?私達だけ、なんだか申し訳ないな……。」

 

「私は徹夜や深夜の行動に慣れている。適任なのは間違いないだろう。」

 

「ボクは自作の目覚ましを持っているからね。いざという時はそれを飲んで死んでも起き続けるつもりだよ。」

 

「死んでもって、洒落にならないからやめてくれよ……。」

 

ざっとこんな感じだ。大がかりな仕掛けを作る訳でもなく、あくまで動機の睡眠妨害に耐えかねての半ば突発的な犯行、という事になった。

 

「これで寝たら琴奈の運も幸運になるから、そういう意味でも悪い話じゃないと思う。」

 

「そう、だね。今日の不運も目にゴミが入ったとかそんな事だったけど、どうなるか分からないから私も早めに変わった方がいいと思ってたの。」

 

「分かった。この辺で解散しようか。あまり長居するのもよくないだろうからね。」

 

俺達は今度こそ解散した。

自室に戻った後、まさか数日前のあの空気感からここまで持ち直して皆で協力できるなんて思ってもみなかった。

裏切り者の正体はいまだにつかめないけど、それでも大きな進展があったのも確かだ。難波の言うように新しい場所が開かないと次に進めない、とも言いきれない。その点は東城に感謝しないとな。

 

明日は東城にお礼でも言おうか、そんな事を考えながら今日も無事、寝ずに過ごす事ができた。

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

今日が計画実行の日。2日連続で徹夜した頭はぼーっとしているしすでに限界だ。でも、それも今日で一旦寝られると思うと、かなり気が楽だった。その希望的観測を得た時点で昨日の話し合いはかなり有意義だった気がする。

それ以降の6日間の事はまた明日考えていけばいいだろう。何より、寝ていない頭で考え事をするのは無理がある。

 

「おはよ。」

 

「難波!この時間に食堂にいるの、珍しいな。」

 

「たしかに、最近1人で食べてたわ。久しぶりにのんびりしようかと思って。息抜きも大事って言うじゃん?」

 

「ああ。」

 

難波と談笑していると篠田と前木も来た。……男子、本当集まらないよな……いや、東城は昨日まで来てたんだけどさ……。

 

「紫織ちゃん!」

 

「琴奈、瞳。元気そうじゃん。」

 

「うん!2日徹夜したのは初めてだからすごく眠いけどね……。」

 

「私はまだ大丈夫だ。難波は平気か?」

 

「まあね。」

 

こう見ると、女子組は男子組とは違って随分仲が良く見える。そういえば昨日も篠田の髪をいじるために一緒にいたんだっけ。

 

男子ももう少し仲良くなれないか。そう思い俺は2人を探す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

そして2人を理科室で見つけた。信じられない事に2人とも理科室にいた。

うん、正直察してはいたんだ、俺だけが仲良くなれていないんだろうなって。

 

「大渡くんは助手に向いているね。何度も誘ったかいがあったよ。」

 

「……貴様が人を脅すような事をするからだ。助手なんざ死んでもやりたくねぇよ。」

 

 

 

 

嘘だと思うじゃないか。あの大渡が、人と普通に会話するなんて……。

 

本当に、俺が大渡に負けるなんて事、嘘だ……これは夢だ……。

あまりにもショックすぎてしばらく2人を見つめたまま理科室の入り口に立ち尽くしてしまった。

 

「?宮壁くん、何か用事?用がなければ入り口を開けないでほしい。」

 

「丁度いい、交代しろ。」

 

「駄目だよ大渡くん。キミは手伝う約束じゃないか。」

 

「……。」

 

大渡は今までで一番大きな舌打ちをして黙ってしまった。

俺、本当に、大渡に負けてるのか……?この舌打ちマンに……?嘘だろ……?

 

「何を作ってるんだ?」

 

そんな俺の心とは裏腹に、口からは平凡でありきたりな何のひねりもない質問が飛び出してしまった。

俺ももしかしたら大渡みたいに変な悪口を言うべきなのかもしれない。だって、その大渡に負けているのだから……。

 

「今を生き延びるための目が覚めるエナジードリンクだよ。倉庫にあったものを改良して強制的に起きれるレベルにしているんだ。」

 

「なるほど……。できたら欲しいな。」

 

「できたら?俺が貴様の分まで作る訳ねぇだろ。随分偉くなったもんだな。」

 

「すみませんでした。」

 

非を認めて2人を手伝う事にした。

少し、俺のどういうところが大渡に負けているのか分かった気がする。この何にも流されるぐらぐらのメンタルをどうにかした方がいいらしい。

 

 

エナジードリンクはたくさんできた。一応全員に配ったようで、後は俺に渡すのみとなっていたらしい。俺も数本貰って帰った。

 

ちなみに東城にお礼は言ったのだが、「何を当たり前の事を」とでも言いたげな、呆れた返答しかされなかったので割愛する。

 

 

 

 

 

そんな感じで俺達は夜を迎えた。

 

 

皆どこか緊張した面持ちで夕飯に並んだコップを見る。この中に篠田が入れた睡眠薬が入っていて、それを飲む事で俺達は今日を寝て過ごす。モノパオに気づかれずにその芝居を打てるかどうか、ドキドキしながら食卓についた。

 

そのために昨日も全員で一緒に夕食をとったとはいえ、ドキドキするのは避けようのない事実だ。

 

準備は篠田を中心として行い、前木、難波、俺も各所で手伝う形となった。篠田はさすがというべきか、普段と何一つ変わらぬ顔でテーブルに食器を並べていた。

 

 

「いただきまーす。」

 

難波が真っ先にコップを手に取った。

 

俺達もつられるようにコップを手に取り、食事と共に胃に流していく。

 

せっかくおいしそうな肉を焼いたにも関わらず、緊張で普段より味がしない。皆同じようで、どこかそわそわしながら食事を進めていった。

 

「ごちそうさまでした!」

 

前木が無理矢理元気よく締めの挨拶をすると皆もそれに続く。モノパオも現れないし、何とか誤魔化す事ができたんじゃないだろうか。

 

東城は恐らく準備のために一足先に食堂から出て行った。残った俺達5人は黙々と後片付けをしている。

 

「そうだ琴奈、瞳、提案があるんだけど。」

 

「?」

 

「明日、久しぶりに3人でお風呂入らない?最近皆バラバラってか、シャワーばっかだったと思うんだよね。」

 

「うん!瞳ちゃんは入った事ないよね?行けそう……?」

 

「……ああ。大浴場自体が初めてだから、何かあれば手ほどきを頼む。」

 

「分かった。大浴場にはとんでもなく厳しいルールが存在するからアタシに任せな。」

 

「紫織ちゃん!堂々と嘘つかないでよ!」

 

「てへへ。」

 

「……ふふっ。」

 

楽しそうな話で盛り上がっている。……べ、別に羨ましくなんかない!第一、大渡と東城と入ったって何にもならないし!

 

 

 

……部屋に帰ろう。

戻る前に厨房で飲み物を調達していると大渡も入ってきた。

 

「大渡も飲み物か?」

 

「……。」

 

はい、もう聞きません。

 

「…………動機の事だが、」

 

「えっ!?!!?」

 

「うっせぇな。」

 

「だ、だって、大渡が俺に質問するなんて前代未聞すぎるだろ!」

 

「……動機が全員の元に返ったってのに、貴様は随分呑気そうだと思っただけだ。」

 

「それはそうだけど……。でも、皆ここまで来た仲間だからさ。」

 

「花畑野郎が。」

 

「それに、たぶん今の俺は真面目に考えたところで正常な判断ができない。これだけ寝てないんだ、考えないようにした方がいいと思ってるだけだよ。」

 

「……はっ、どいつもこいつもおかしい奴だからな。」

 

「大渡、あまり人を逆撫でするような事ばっかり言ってると……」

 

「今度は小言か?」

 

「……。」

 

東城、大渡とどうやって会話して……いや、東城は東城で人の話を聞かないから大渡が何を言おうと無視しているだけなのかもしれない。

 

「小言くらい言わせろよ、目に余る事もあるんだ。」

 

なんて話していると、だんだんと眠気が強くなってきた。

 

「じゃあ俺は戻るよ。」

 

「……。」

 

 

 

部屋に戻り、久しぶりに寝る準備をしようと思ったけど、それだと眠らされた感が無い事に気づき、仕方なく上着を脱ぐだけにとどめた。

本当はぐっすり眠る準備をしたいけど仕方ない。本を持ってベッドの上に転がる。

 

だんだんと避けようのない眠気が襲ってきている気がする。この感覚からすると、篠田はちゃんと薬を入れる事ができたみたいだな。篠田と東城は今日も眠らずに過ごすみたいだけど、俺達が手伝っていた東城特製の眠気覚ましドリンクもまだストックがあるようだし、ひとまず安心だろう。

 

本当に故意の睡眠にならないか不安はあるけれど、きっと大丈夫だ。全員で考えて、誰も文句を言わなかった計画だ。俺は信じる事しかできない。

 

 

ずるずると引きずられるように、俺の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

久しぶりによく寝た、気がする。睡眠薬に引きずられたとはいえ、アナウンスも聞こえない程深く眠れたのはよかったな……。

これで睡眠不足もだいぶリセットされたようで、かなり元気だ。よし!

 

なんて元気よく扉を開けたのが間違いだった。

 

 

 

「やあ宮壁クン。オレくんを騙してまでとった睡眠はどう?その様子だと随分気持ちよく眠れたみたいだね!」

 

 

 

「……。」

 

目の前に現れたモノパオに思わず顔をしかめる。

 

「何の事だ。」

 

「いくら深夜に集まっていたとはいえ、オマエラが全員で大浴場に行く時点で怪しさしかないからね。オマエラの計画なんて知ってたよ。オレくんを勝卯木サンと一緒にされると困るな。」

 

「裏切り者はこの中にいない、だっけ?うん、確かにそれは正解だよ。計画を立てていたオマエラの中にオレくんはいない。……あはは、でもさぁ。」

 

「どうして裏切り者じゃないなら信用できるなんて思ってんの?」

 

「……何が言いたいんだ。」

 

何だその言い方は。それじゃあまるで…………

 

「あははははははは!!!よかったねぇ!今回は【クロ】に感謝しなくちゃ!アイツがいなくちゃオマエラ今頃死んでたよ!」

 

「オレくんは騙されたんじゃない。【本当に事件のために動いてる奴がいたから、事件前のオマエラの睡眠を黙認してあげた】だけだよ。」

 

「…………。」

 

返事ができない。

脳が揺すられるような衝撃と恐怖と焦燥を胸に、モノパオに背を向けて走り出した。

 

 

 

部屋を出て行くときに肩辺りをぶつけたのか、ひどく痛む。袖口から包帯が見えていた。どうやら昔の傷が開いたらしい。

 

個室を訪ねる時間も惜しく、1人で3階に駆け上がる。架空の事件の現場だった教室6に向かい、中を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!」

 

床で倒れている人影、いや、篠田がいた。

 

 

「篠田!篠田!!!!」

 

「……。」

 

 

起きないが脈はある。

周りは荒らされており、机などもぐちゃぐちゃになっているが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

 

 

「篠田、聞こえるか!?」

 

 

……これ、眠らされているのか……?篠田は睡眠薬を飲まなかったはず。一体どうして……。

 

 

 

 

嫌な予感がする。モノパオに声をかけられた時から心臓の音にかき消され、周囲の音が聞こえない。

今ここで何が起きているのか。篠田に何があったのか。

 

 

クロがいるという事は、被害者がいると言う事だ。

 

 

 

 

……とりあえず他を探そう。少なくとも、篠田は被害者ではない、はずだ。

隣の物置を見ようと思った瞬間、目の端に開いたままの防音室の扉が映った。

 

 

 

 

……。

 

中に入った。

 

 

 

 

 

いや、入らなくても明らかに分かる匂いがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと疲れているんだろう。

 

きっと睡眠薬の副作用で、だから……。

 

この血の匂いは、きっと偽物だ。

 

だって、これは俺達が考えた事件じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、起きろよ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと好きにはなれなかったし、理解し難い発言をしてきた。

 

それでも、お前がやってきた事が無駄じゃなかったのは俺だって知ってる。

 

 

今回だって、お前が俺達にお互いを信じ合うきっかけをくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

そう、これは全部偽物で、だからお前の死体だって偽物のはずなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「東城!!!!!起きろってば!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ肩を揺さぶっても、東城は起きない。

 

だらんと力なく垂れた腕に、温度はなかった。

 

 

 

 

 

 



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非日常編 1

捜査です。

実は挿絵の容量が限界に近づいてきました。この章で限界突破しそうです。これでも途中からかなり挿絵を減らしたつもりだったのですが…。
どうにか、どうにか入れたい。入れ続けて完結までいきたい。何を間引くか、どう解決すべきか、挿絵をやめたらいいのか、昔のを削除するか、画質をぼやける寸前まで落とすか。
何も分からないので、とりあえず今日もこつこつ挿絵を描こうと思います。初めて自我を丸出しにした前書きがこれでよかったのでしょうか。それも分かりません。




 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「……モノパオ、見てるんだろ。アナウンスを鳴らしてくれ。」

 

かろうじて漏れ出た声は掠れていたが、俺はそんな事お構いなしに声を張り上げていた。

 

「鳴らせよ!!!」

 

『まったくもう、うるさいなぁ宮壁クンは。』

 

モノパオがモニター越しに返事をする。

 

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

『えー、死体が発見されました!オマエラ、お手すきになられましたら3階の防音室までお越しください。』

 

 

これで皆もここに来るだろう。

とりあえず、俺は東城の瞼を下ろしておいた。

そういえば白衣を着ていないな。計画の最中だった事を考えると寝る前でもあるまいし、どこかにあるはずだけど……そう思いながら何気なく東城の衣服を調べていると、腹部に違和感を感じた。おそるおそる服をめくる。

 

「……なんだこれ、なんで…………。」

 

 

 

 

 

「宮壁!」

 

難波の声がしてはっと振り返る。難波、前木、大渡の3人が驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「ね、ねえ、これってどういう事……?隣に、瞳ちゃんも……」

 

「……篠田は生きている。東城が被害者だ。」

 

「……。」

 

「やあやあオマエラ、お集まりかな?オレくんからのいつものファイル……の前に!今日はオマエラにプレゼントがあります!」

 

プレゼント……?

 

「はぁ?余計なもの押しつけんならいらねーけど。」

 

「悲しい事に、オマエラも残り5人になってしまいました。篠田サンが眠りこけてるから、現在動く事ができるのは、な、なんと、たったの4人!捜査の人手もかなり不足している事でしょう。そこで!オレくんは考えつきました!オマエラが1人で捜査がこなせるようになればいいのではないか、と!」

 

「1人で捜査……?」

 

モノパオがどこかから取り出したのは、探検家が頭につけるような……なんだ?

 

「これはパオパオカメラ!頭につけておいて、捜査中のオマエラの視界を完全に記録してくれる優れ物!」

 

「これで記録をしておけば単独での捜査が可能になるって事か。」

 

「そうそう!オレくんってば優し」

 

俺はモノパオからカメラを奪い取ると全員に配っていった。篠田の分だけはモノパオに持たせたままにしておいた。

 

「ちょっと!人の……じゃなくて、ゾウの話を遮ってまで奪い取るなんてサイテー!」

 

モノパオがぎゃーぎゃーわめいているけど知らないふりだ。

 

「まぁ、それでも?オレくんは親切だから?ファイルも寄越してあげますけど?篠田サンが起きたらカメラも渡しておいてあげちゃいますけど?オレくんは優しいからね!本当はオマエラに優しくなんてしたくないんだから感謝してよね!」

 

これ以上怒らせない方がいい気がしたので軽く相槌を打つと、モノパオは満足そうに腰に手をやっていた。

その数秒後、全員の電子生徒手帳が鳴る。

 

「今回からは機械も最低限扱えるオレくんがちゃあんと準備したから、モノパオファイルのダウンロードの手間も省けたよ!やったね!という事でオレくんは消えるよ、どろろろろろん…………。」

 

モノパオが消えてから自分の電子生徒手帳を確認すると、『ファイルが送信されました』というメッセージと、新しいファイルが追加されていた。

とまあ、あしらってはみたものの、よく考えるとカメラがあるのはかなりありがたいな。検死役も必要だから、このままだと残り3人で一緒に捜査をするしかなくなっていたはずだ。

そこまで考えて、はたと歩みを止めた。

 

「……そういえば、東城くんと瞳ちゃんが捜査できないなら、誰が検死するの?」

 

俺と同じ思考に行きついたのか、ほぼ同時に前木の声が聞こえた。

 

「アタシは未経験だから、ファイル以上の事は分かんねーわ。」

 

「俺もだ。事件資料でしか見た事ないから……。」

 

「……チッ。」

 

舌打ちの音と共に大渡が前へと歩み出た。

 

「俺がやる。隣の部屋にいるスパイはここに持ってきておけば放置でいいだろ。貴様らはさっさと証拠でも漁ってこいよ。」

 

「え?お前、検死なんてできるのかよ!?」

 

「白衣野郎やスパイ程の物は期待するな。自分の為にやるだけだ。」

 

「大渡、アンタ………」

 

難波は何かを言いかけたが口を噤んだ。

大渡がどうして検死ができるのかも謎だし、一向に起きない篠田も心配だけれど、今はそれより事件の証拠集めが優先だ。

 

東城を殺した犯人、そいつを突き止めなければ。

今までのように誰かと捜査もできないから、前回の事件のような見落としは許されない。

 

俺達はカメラを装着し終えると、各自気になるところに向かった。

 

 

 

 

 

―捜査開始―

 

 

 

 

 

まずはモノパオファイルの確認から始めよう。

 

『被害者は東城優馬。死亡時刻は深夜1時頃。発見場所は防音室。腹部と心臓の2箇所を銃で撃たれている。』

 

2発……。そうだ、俺が最初に見つけた東城の腹部のアレを確認しなければ。大渡の検死が終わり次第ここに戻った方がいいだろうな。

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【モノパオファイル6】

 

 

「なあ、大渡。」

 

ちょうど篠田を担いで防音室に戻ってきていた大渡に声をかける。

 

「……。」

 

ため息をついて篠田を床に転がしたのを見て、慌てて篠田を担ぎ椅子に座らせた。

 

「おい。」

 

「寝てる奴を座らせようとしたら無駄に体力使うだろうが。」

 

「お前なぁ。」

 

「……。」

 

言いたい事だけ言って後は黙るスタンスらしい、いつもの事だ。俺の呼びかけに反応しなくなったのを確認して、俺は今度こそ周辺の様子を見て回る事にした。

 

しばらく大渡の周りをうろうろしていると、東城のいた最後尾の席の通路だけやけにべたついている事に気づいた。

 

「なんだ、これ……?」

 

ティッシュ越しに触ってみると若干ぬるぬるしている。

……あ!思い出した、数日前に篠田の髪を難波が切ってあげたって言ってたな。ちょうど難波が通りかかり声をかけてきた。

 

「宮壁、ごめん。それアタシ達がやってたやつだわ。モノパオの奴、あんま掃除してくれなかったみたいでさ。数日経ってんのにまだべたついてんの。」

 

「難波。やっぱりそうだよな、ぼんやり思い出してたところだ。」

 

「髪用のオイルだったんだけどちょっとこぼしちゃってさ。転びやすくなってるから気をつけな。」

 

「この列だけなんだよな?」

 

「そう。疑わしかったら後で瞳に聞いて。」

 

「分かった、ありがとう。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【防音室のオイル】

 

 

防音室の床はカーペットだから余計にオイルが取れないんだな。幸いオイルのところは色が変わっているから踏まずに済みそうだ。

 

「……ん?」

 

ようはこの防音室、映画館のような造りになっており、東城は最後尾のやや入り口に近い席に座っているのだが、そこから逆、つまり列の中央の席に向かってオイルが不自然に伸びていたのだ。

試しに違う方向に指をなぞらせてみると、少し染みが広がった。

何かが擦られたのか?俺の足幅くらいの幅だ。一体何の跡か分からないが、難波も何も言ってなかった事を踏まえると、これが事件に関係しているのは間違いないだろうな。

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【オイル跡の違和感】

 

 

他にもいろいろ落ちてるな。どれどれ……。

 

「……あ、これ、注射器か。東城が篠田に襲われた時の抵抗で筋弛緩剤を使うっていう話だったな。というか、本当に使われたのか。中身が空だ。」

 

そこまで納得したけど、おかしいな。

東城は防音室で死んでいて、注射器もここに落ちているのに、篠田は本来の襲撃場所である教室6で倒れていた。東城と篠田の間に何があったんだ……?

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【注射器】

 

 

あと、注射器に入っていた薬が筋弛緩剤だったな。東城が改良を加えたおかげというべきか、かなり即効性が強く、クマでもゾウでも倒れるらしい。東城いわく。

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【筋弛緩剤】

 

 

「大渡、何か言いたい事とかないか?」

 

「あ?捜査の邪魔をしに来たなら貴様をクロ判定してやってもいいんだが。」

 

「……俺は寝てたんだ。」

 

「知るか。全てを偽ってでも貴様だと言ってやる。」

 

最低だ。

 

「分かった、聞き方を変える。夕食の後、東城と篠田の事見てないか?」

 

「…………見てねぇよ。」

 

「本当か?」

 

大渡にしては、何というか……。

 

「寝ていたのに何を当たり前な事を聞きやがる。誰に聞いててもこう返すだろうと呆れていただけだ。」

 

「はいはい。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【大渡の証言】

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

次に向かったのは教室6だ。中では前木がいろいろと見回っていた。

 

「あ、宮壁くん。」

 

「前木、何か見つかったか?」

 

「うーん、それが……ここは特に何もなさそうなんだよね。」

 

「何もない?」

 

「えっとね、瞳ちゃんの様子を見てないから何とも言えないんだけど、ここで事件が起きたとは思えないなぁって。」

 

「ここが架空の事件の現場だったのに、か?」

 

「瞳ちゃんと東城くん、ここで争ったんじゃなくて、隣の防音室で争ったんじゃないかな。」

 

「何で2人が隣の部屋に行ったんだ?」

 

「そ、それは分かんないよ。だけど……そもそも、瞳ちゃんと東城くんが争って2人とも倒れるなんておかしいと思う。瞳ちゃんの運動神経の良さは、皆知ってるもん。いくらなんでも東城くんと戦って倒れる事はないんじゃないかな。」

 

「たしかに。」

 

「だけど、瞳ちゃんはここで倒れていたんだし、机とかも荒らされてるんだよね。うーん……訳が分からなくなってきたよ。」

 

モノパオいわくクロは確実に存在するんだよな。だとすれば、一体ここで何をしたのか。分からない事ばかりだ。

 

しらばく2人で捜索してみたが、本当に何も落ちていないようだ。

 

「……やっぱり2人ともここに来なかったのかな。」

 

「そう考えた方が自然だよな。」

 

「宮壁くん、あと一つ、聞きたい事があるんだけどいい?」

 

「ん?」

 

「どうして、クロは今回の事件を起こしたんだと思う?」

 

「それは、動機とか、外に出る為とか。」

 

「……でもクロは、今日私が幸運だってことを知ってるんだよ。」

 

「……!」

 

「もし本当にクロの計画が完璧だったとしても、クロなら私が不運の時に事件を起こした方が有利なんだよ?自分から不利な状況を作るなんて、まるで……。」

 

クロの動機。

モノパオの言っていた事を思い出す。

俺達は、クロのおかげで事件発生前の睡眠を黙認されたのだと。

 

……もし、クロの動機がそれだとすれば?東城が殺された理由も、見えてくるかもしれない。クロと東城の目的が一致しているのだから。

 

 

 

【挿絵表示】

 

・・・コトダマ【前木の才能】

 

 

「ごめんね、こんな話しちゃって。宮壁くんも分からないよね。」

 

「いや……。そうだ、前木は篠田や難波と夕飯の準備をしていたよな。睡眠薬の入ったコップの数とか、誰かが飲んでないとか、そういう間違いはなかったか?」

 

「うん。こっそり見たけど、瞳ちゃんは東城くんと瞳ちゃん自身のコップ以外にはちゃんと薬を入れてたよ。私の知る範囲では全員にちゃんと渡ったし、コップに入った水を飲まなかった人もいないよ。」

 

「そうか、ありがとう。」

 

うん、やっぱり途中までは計画通りに進んでいたんだろう。そうだとすれば、計画が狂ったのは皆が解散した後なのかもしれない。

 

 

 

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・・・コトダマ【前木の証言】

 

 

「あ、いたいた。2人して何してんの?」

 

「紫織ちゃん!」

 

「2人に朗報。瞳が目覚ました。」

 

「!」

 

俺達は急いで防音室に戻った。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

「……。」

 

「篠田、」

 

「…………またか。また私は何もできず、こうなった訳だ。」

 

「……。」

 

「……ふふ、笑えてくるな。それに、この様子ではきっと……」

 

何かを諦めたかのような表情で、篠田はゆっくりと立ち上がった。いつの間にか、手にはカメラを携えていた。

 

「瞳ちゃん、何も痛いところはない?大丈夫?」

 

「ああ。しかし筋弛緩剤の影響か動きがまだ鈍い。捜査も力になれるか怪しいが。」

 

「ううん、気にしないで……。」

 

篠田は筋弛緩剤を打たれたのか。

その後前木と難波は別のところに向かった。大渡の検死もまだ続いているようだし、他の部屋に行ってみるか。

その前に何があったのか、篠田に聞けることは聞いてしまわないと。

 

「大事に至らなくてよかった。少し質問してもいいか?」

 

「ああ。」

 

「……まず、篠田は理科室に行ったのか?」

 

「行ったが、東城はいなかった。そこで私は東城を探す事にしたのだ。先に教室にいるのかと思えばそこにもいない。結果、防音室で見つけた訳だ。」

 

なるほど、どうやら架空の事件通りに動かなかったのは東城のようだ。何か考えがあっての事だとは思うけど……。

 

架空の事件では理科室にいる東城に篠田が声をかけ、教室6に連れた後で篠田が銃で東城を襲うが狙いを外す。反撃に東城が筋弛緩剤を打つ……まあ、仮に篠田が本気で事件を起こそうとしていたら、こんな計画、運動能力から考えて上手くいく訳がないんだけど。意外と東城も穴のある計画にしたよなとは思う。

 

「それからの事を聞いてもいいか?」

 

「私が計画通り、東城に銃を向けた時だ。何かが飛んできて……咄嗟にはたき落としたのだ。防音室の扉はすぐに閉まったため、相手の顔は分からなかった。もちろんすぐに追いかけようとした。…………宮壁、お前は私の話を信じられるか?」

 

不安そうな篠田の顔を見て、俺は頷いた。

 

「公平な判断をするって誓うよ。」

 

篠田も俺の目を見て頷くと、信じられないような事を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「……追いかけようとした時、東城が筋弛緩剤を打ってきた。」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「ちょうど、私が銃を握っていた手を狙ってだ。私は銃を取り落として、思わず倒れこんでしまった。」

 

 

「……私は、意味が分からなくて、とりあえず東城に銃を奪われないようにするべきだと思ったのだが、銃がオイルで滑って…そのまま、東城に発砲してしまった。」

 

 

 

 

 

「……。」

 

「もしかしたら、クロは私かもしれない。誤射だが、事件は事件だ。」

 

「そんな……。」

 

「……私はその後、強烈な眠気に襲われて意識を失った。東城も最後まで何も言わなかった。私には、それ以上の事は何も分からない。」

 

何と返せばいいのだろう。東城と誰かが篠田を襲ったのなら、その誰かがクロなのだろうか。それとも、篠田の誤射が東城の致命傷になっているのか。

捜査を終えてみないと何も言えないな……。

 

「ありがとう。だけど、俺の推理だと篠田はクロじゃない。信じてほしい。」

 

「……そう、か。」

 

 

 

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・・・コトダマ【篠田の証言】

 

 

話をしながら理科室に着いた。

きっとここにも何かヒントがあるだろう。

 

「……そうだ、東城を訪ねようと理科室に行った時にこれを見つけて回収していたのだが、見てもらってもいいか?」

 

「何だこれ、リストか?」

 

タイトルを見てぎょっとした。

 

 

『付属メモ

倉骨研究所 ××期被験者死亡リスト』

 

 

「……これ……。」

 

「倉骨研究所の事は、私のいた組織でも耳にしていた。それだけ権力のある研究所であり、……こういう事を黙認されるような地位にいた、という事だ。」

 

「東城いわく、実験に利用された人は全員犯罪者らしいけど、それだと東城の動機にならないんだよな。」

 

「そうだな。動機は『自分の知らない自分の秘密』。東城が知らなかった事とは一体何だったのだ?」

 

そもそも東城の動機に何が書かれていたのか、見てみない事には判断しようがないな。

そう結論づけ、目線を下に移す。

 

 

 

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リストの一覧に目を通すとたくさんの名前が載っていた。しかし何よりも目を引いたのは、このリストの下の方が破られて読めなくなっていた事だ。まだリストは続いているような雰囲気だし、きっとまだ下にも被験者の名前が書かれていたのではないだろうか。

 

「この下も同じように名前があったのか?」

 

「私もそう考えている。」

 

もしかすると、ここに誰かの関係者の名前が載っていたんじゃないか?

それに、ここにある名前は全員犯した犯罪が載っている。東城の知らない秘密には繋がらない気がするけど……。

東城の動機のメモだとすれば、他にこのリストの事を知っている人なんていないよな。何かの拍子に誰かに見られて千切られたと見るのが妥当だろう。

 

 

 

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・・・コトダマ【破れたリスト】

 

 

「じゃあ少し手分けして見てみるか。」

 

「ああ。……。」

 

篠田は早速何かを見つけたのか、俺への返事も曖昧なまま机の方に歩いていった。

俺も別の机を探してみよう。

 

「ん、これ……東城が作っていたエナジードリンクか。この効果もしっかり見ておこう。」

 

茶色い瓶の中に液体が入っており、何かメモも貼られていた。

 

『目覚ましドリンクについて

飲んでから30分以内で効果が現れ、3時間は眠気を妨げる事ができる。

身体への影響は保証済み。』

 

結局、俺はまだ飲んでいないけど、これは全員が持っているはずだ。

誰が飲んで誰が飲んでいないのか確認した方がいいか?まぁ、いつでもここから補給できたし確かめても意味なんてないか……。

 

 

 

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・・・コトダマ【目覚ましドリンク】

 

 

「……宮壁、お前は人道光望夢受信教を知っているか?」

 

「じん……?」

 

「じんどう、こうぼう、むじゅ、しんきょう。」

 

「助かる。」

 

「その様子だと知らないと見ていいだろうな。まぁいい、これを見てくれないか。そこの机の下に落ちていた。」

 

「なんだこれ、宗教のパンフレットか?」

 

怪しいロゴが表紙を陣取っており、聖書を気取った不気味なパンフレットだった。名前も聞いた事なんて…………。

 

「あ!人夢信教って略されているやつか!叔父さんが取り扱っていた事件の中に名前だけは見た事がある気がする。」

 

「……宮壁の叔父は、警察なのか?」

 

「いや、裁判官だよ。俺自身は人夢信教の名前しか聞いた事ないけど、叔父さんはその信者の関わった事件の裁判に参加した事があるはずだ。」

 

とはいえ、その事件に関係していた信者は随分下の位だったそうだし、叔父さんも何も知らないと思うけど。

 

「そうなのか。少しでも知っているなら話が速い。これは、そうだな……倉骨研究所と同等には扱いに困る組織だ。倉骨と違うのは、人夢信教の信者は皆相応に手練れで、とてつもない信仰心を持っているという点。『邪を清め、正しく信ずる』をモットーに活動している……つまり、関わらない方がいい連中という事だ。」

 

篠田がそう断言するって事は、本当にヤバいところなんだろうな……。

 

「じゃあ、どうしてそのパンフレットがここに?図書室にあったとか?」

 

「いや。私は図書室を一通り調べているからその可能性はない。このコロシアイについて探るために、こういうゴシップや宗教に関するものは特に慎重に捜索していたからな。それに、仮に図書室にあったとして、何故このタイミングで理科室にあると思う?事件に関係あると考えるのが筋だろう。」

 

「たしかに。……そうだ、昨日東城と大渡の実験を手伝うために理科室に入ったけど、こんなものは無かったぞ。篠田の言う通りだ。」

 

「やはりか。クロと関係するかは謎だが、覚えておいて損はないと思う。」

 

「ああ。ありがとう。」

 

 

 

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・・・コトダマ【人道光望夢受信教】

 

 

この後、篠田に難波がこぼしたオイルの証言を取った。難波の言っている事は間違いないみたいだ。もちろん疑ってはいなかったけど……。

 

「……なぁ、篠田にずっと聞きたかったんだけど……。」

 

「?……ああ、足の事か。」

 

そう、いつもなら黒いタイツを履いているはずだが、今の篠田は素足なのだ。

 

頷き返すと少し顔を歪める。

 

「……そうだな、防音室で説明させてほしい。」

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

防音室に戻った俺達を出迎えてくれたのは検死を終えた大渡だった。尤も、向こうは出迎えなんて態度とは程遠く、椅子にふんぞり返っておにぎりを食べていた。そういえば起きてから何も食べてないな……。今はいいか。

 

「お前、よくこんなところでものを口に入れられるよな。」

 

「どこで食べようが味は変わんねぇだろ。」

 

「いやあ、それはどうかな。」

 

なんて適当に返事をして東城の元に歩を進める。

 

 

 

東城の服をめくると、腹の傷に黒い布が巻かれているのが確認できた。

俺が最初に疑問に思ったものも、ようやく納得のいく説明が得られそうだ。

 

「東城を手当てしたのは篠田だったんだな。」

 

篠田は黙ってこくりと頷いた。そのまま顔をあげようとはしなかった。

 

「……。すまない、東城……。私が、倒れなければ。」

 

クマでも倒れこむほどの強力な筋弛緩剤を耐え、睡眠薬の眠気にもこらえながら東城を手当した。……なんて、篠田じゃなければそんな事できやしないけど、今の篠田にそれを言っても気休めにもならないのだろう。

とにかく、これで東城の腹部の傷については理解できたな。

 

 

 

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・・・コトダマ【東城の腹部】

 

 

「あれ、そういえば、篠田ってなんで眠っていたんだ?」

 

「……それが、私にも理解が出来なくてな。2つだけ睡眠薬を入れないコップを用意し、それも全員にきちんと配ったはずなのだが……。」

 

「前木もそれは間違いないって言ってたから疑ってない。ただ、だとすれば……。」

 

睡眠薬を飲まなかった人の数が合わなくなってしまう。全員1つずつコップの水は飲んでいたはずだ。それは俺も見ていたし間違いない。しかし、実際には篠田が眠ってしまった、という事は……。

誰か、睡眠薬を飲まなかった人がいるんじゃないのか?

 

 

 

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・・・コトダマ【睡眠薬を飲んだ篠田】

 

 

「おにぎりタイムは終わったか?検死の結果を聞きたいんだが。」

 

「貴様を殺した後に語ってやる。」

 

「次冗談で殺すなど口走ってみろ。私がお前を骨折させるくらい造作もない。」

 

だめだこりゃ。

ちょっとテンションを上げていこうとした俺の責任だ。せめて難波がいる時にやろう……いや、この状況じゃ難波にも睨まれて終わるだろうな。

 

「……おそらく致命傷は心臓だ。だが、貴様がやった腹部の傷も確実にダメージは与えているだろうから、心臓を撃たれたのがいつか分からない以上、断言はできねぇ。」

 

「……そのようだな。手当てと言っても私ができたのは止血程度だ。流血が酷くなるのを恐れて銃弾も取り除いていない。」

 

「心臓の方が致命傷……つまり、クロも心臓を撃った人である可能性が高いって事か。ありがとう。」

 

 

 

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・・・コトダマ【検死結果】

 

 

大渡は近くに置いてあった凶器を拾うと俺達の前に置き直した。

 

「次に銃についてだ。これは自動拳銃。次弾装填等が自動化されている、外国の警察なんかが使ってる奴らしい。」

 

「これは私が東城の元に向かう前に武器庫で選んだ。モノパオに頼んで開けてもらったが、それまでに触った人はいないようだ。この拳銃には何の仕掛けも施されていない。」

 

「こいつの心臓と腹に入ってた弾と、この拳銃の説明にあった弾は同じものだった。凶器はこれで確定だ。」

 

なんで大渡はこんなに詳しいんだ……?俺の視線に気づいたのか嫌そうに答えてくれた。

 

「図書室で調べた。」

 

「流石だ。大渡が検死を行ってくれた事、感謝しよう。」

 

「ふん、やらなきゃ死ぬんだ。当たり前だろうが。」

 

……俺がさっきお礼を言った時は無視されたって言うのに……。

 

 

 

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・・・コトダマ【拳銃】

 

 

「他に目ぼしい物と言うと、これだ……こいつの白衣。見ろ。」

 

乱雑に渡された白衣を手に取る。腹部の辺りに穴が空いているのは篠田の誤射によるものだろうな。……あれ、穴が1つ……?

 

「心臓は白衣を脱いだ後に撃たれたって事か?」

 

大渡は軽く頷いた。

 

「私が手当ての際に外したのは前のボタンだけだ。脱がすまではしなかったから、これは東城自身か、他の誰かが……。」

 

「後はその背中だ。」

 

「背中……あ、これか。」

 

白衣の背中側にも多少血がついていた。飛び散ったような感じだ……。

 

「貫通はしていないから、背中側に血がつくとは考えづらいな。」

 

 

 

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・・・コトダマ【東城の白衣】

 

 

「こんなもんだ。」

 

一通り話し終わると、大渡はさっきまでの会話のテンポが嘘のように黙ってしまった。

もう話す事はないって事だな、たぶん。

そのまま俺達はここで解散する事になった。後は他の人に話を聞いてみるくらいか?俺は東城に手を合わせ、防音室を後にした。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

「なんか知ってる事?んー……。」

 

という事で、難波を皆の個室が並ぶ廊下で見つけたので話しかけてみた訳だが。

 

「そうだ、一応睡眠薬の説明は見ときなよ。あれだったらアタシから説明しとくけど。」

 

「あ、じゃあお願いしていいか?」

 

「睡眠薬を飲んでから3時間以内には寝られるような効果はあるって。勿論効きは個人差があるから皆がどうかは知らないけど。」

 

「なるほど。」

 

夕飯を8時前くらいに食べたから、遅くても11時には皆寝ていたって事か。東城の死亡時刻は1時。篠田と東城がいつ会ったのか、後で確認してもいいだろうけど、篠田も睡眠薬を入れられていたとなると記憶に期待はしない方がいいだろうな。

 

 

 

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・・・コトダマ【睡眠薬】

 

 

「…………あ、待って。アタシ、銃声聞いたかも。」

 

「え!?それっていつの事だ!?」

 

「いや、その音聞いても起き上がれない位にはほぼ寝てたから分かんねーけど。まあでも……アタシも睡眠薬が効くまで結構時間かかったし、夜時間にはなってたと思う。」

 

「そうか。いや、十分だよ。ありがとう。」

 

 

 

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・・・コトダマ【難波の証言】

 

 

「……。」

 

「え、何?」

 

「難波は、東城の事をどう思う?」

 

「…………アタシ、死んだ人を悪く言う趣味はないけどさ。」

 

「……。」

 

「結構、ちゃんと嫌いだった。」

 

「そう、だよな。」

 

「宮壁さ、理科室のリスト、見た?」

 

「え、ああ。これか?」

 

急にその話が出てくるとは思わなくて、慌てて持ち帰っていたリストを見せる。

 

「持ってんなら話は早いわ。この3人、アタシの仲間。」

 

「え?」

 

難波は3人の名前にぽんぽんと軽く指を置いていった。

そういえば難波は、以前から『頭の悪い怪盗は捕まってしまう』と言っていた。捕まえられるって、この実験に使われるって事だったのか……!?

 

「あれ?てかなんでこのリストこんな破れてんの?前見た時は普通だったけど。」

 

「!!!そうだ、難波、お前が東城の動機とこのリストを持ってたんだよな!最初誰の名前があったか知らないのか!?」

 

「あー……、ごめん。アタシも身内の名前見つけてキレてから見ないようにしてたからさ。そのリストが燃やされずに残ってるだけでも感謝してほしいくらいだわ。」

 

「そうだよな、悪い。」

 

たしかに、俺も自分の大事な人が実験で死んでました、なんて言われたら正気じゃいられないだろうな……。少なくとも、他の人の事まで気にするのは無理だ。

 

「うーん。なんか、こうして東城が死んだ今、アタシの怒りもどっかいったっていうか。いろいろやってみたけど、結局何の解決にもなんないよなって。」

 

「難波……。」

 

「今のアタシにできる事をやるしかない。さっき聞いたじゃん?東城の事をどう思うかって。」

 

「好きではないけど、嫌いでもない。一時期は本気で無理だったけど、今は嫌いじゃなくなったって言うのが正しいかな。」

 

そう言って微笑む難波は、なんというか。

いつもより随分と幼く感じた。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

「……宮壁くん、ちょっといい、かな。」

 

そろそろ捜査も回り終えたところで、前木に声をかけられた。

 

「?」

 

「私は、宮壁くん達みたいに理論的な話はできない。だから、私の思い違いかもしれない。でも……ちょっと、怪しいものを見つけて。」

 

「つまり、感情的というか、推理とは別視点の証拠って事か。」

 

「さすが宮壁くん……!えっとね、さっきクロが事件を起こした理由について話したの、覚えてる?私達を寝かせるためにっていうやつ。それが、少し違うんじゃないかなって。」

 

「違う?」

 

「私、何か残ってるんじゃないかと思って東城くんの部屋に行ってたんだけど、東城くんに配られた動機が残ってたの。それが……。」

 

前木の見せた紙に記された東城自身も知らなかった東城の秘密。

その文章を読んだ俺は、衝撃のあまり言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東城優馬の所属する倉骨研究所は、主に犯罪者を実験体として利用している。』

 

 

 

 

 

 

『しかし、犯罪者はあくまで実験体の「主体」であり、犯罪者のみを実験に利用している訳ではない。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『倉骨研究所は、「犯罪者の家族」も被験者として利用している。』

 

 

 

『また、東城優馬はそれを容認し、数々の実験に参加していた。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだよ、これ…………。」

 

 

「ご、ごめんね!こんな、今見せるものじゃなかったと思うんだけど、私1人じゃ抱えきれなくて……。」

 

「いや、大丈夫だ。」

 

 

 

 

今回の動機である睡眠妨害。

 

東城の秘密。

 

破られたリスト。

 

篠田を追い詰めた人間。

 

そして、東城を殺したクロ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……復讐?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体どれが何と関係しているのか、俺にはさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『えーっと?ぽまえらっ!今日はオレくんのライブに来てくれて、ありがとーー!!!おろろ?違くね?』

 

『ちょっとアンタ達!早くしないと死体が冷めるよ!降りてきな!って、死体が本当に覚めてくれたら万々歳ですなぁ!旦那ァ!』

 

『という事で、捜査終了だよ。裁判場に来てね。』

 

 

 

 

騒がしいアナウンスを一通り聞いた後、前木がポツリと呟いた。

 

「私、今のモノパオ、だいぶ嫌いかも……。」

 

「……俺もだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

約10分後、全員がエレベーターに乗っていた。

 

もう、5人。何が起きてこうなったのか、今までの事を思い返しても信じられなかった。

 

 

前木は東城の秘密を見てしまったせいか、さっきからずっと顔色が悪い。

 

篠田はまだ全快ではなさそうで、時折腕を擦っている。

 

難波はピアスをいじりながら考え事をしている。

 

大渡はあれ以降一度も口を開いていない。

 

俺は……時折痛む頭を抑えながら、今までの証拠と現状を整理していた。

 

 

 

 

本当にこの事件の謎は解けるのか。解けたとして、俺達が納得できる結末になるのか。

 

 

 

何も言えないけれど、今は自分を信じるしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ!オマエラお揃いでくたびれた顔しちゃってぇー!オレくんがオマエラがぐーすか寝てるのを見過ごしてあげたんだからしっかり寝たでしょ!?何疲れてるのさ!」

 

「はぁ?朝から捜査してんの知らない訳?うざいうざい。」

 

難波が適当にあしらい、俺達は無視して席につく。

今となっては遺影の方が多く並ぶようになったこの裁判場で、また誰がクロかを突き止めていかなければならないのか。

 

 

 

 

 

 

深呼吸をして前を見据える。

モノパオを睨みつけて、俺は始まりの合図を待った。

 

 



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閑話編

これはリラックスタイムです。リラックスして読んでください。
推理のヒントやモノパオのぼやき等々、非常にリラックスするのに向いた内容となっております。裁判ではリラックスできるか怪しいので、こちらでリラックスしてくださいね。
以上、リラックス委員会がお送り致しました。


 

 

 

 

 

さて、この閑話編ももう5回目になってしまいました。どうも、ナレーターでございます。

 

今回の事件、比較的シンプルにクロが絞れているのではないでしょうか?そうですね、私が思うに、2人の内どちらがクロなのかを当てるのが難しい、という感じなのでは?違う?これは失礼いたしました。

 

急に出てきた宗教の話題、そもそもこれだけ話題がずれすぎだと感じているかもしれませんが、スパイさんは人夢信教も倉骨研究所と同様に厄介だと言っていましたね。倉骨研究所がやっている事は犯罪ですね。つまりそういう事です。そんな人夢信教の関係者がこの中にいるとすれば、おのずとパンフレットがどこから出てきたのか、想像がつくのではないでしょうか。パンフレットの出どころさえ分かったら、誰が関係者かもある程度予測がつくと思います。そもそもパンフレットのコトダマに大きめのヒントがありますので……答えになるかもしれませんが、ロゴを注意して見てみてくださいませ。

 

とまあ、こんな感じでいろいろ言ってしまいましたが、実は今回のクロは、クロでないと説明のつかない、とある発言をしてしまっています(必ずしもコトダマの証言の事とは限りません)。彼女の幸運の力でしょうか、それともクロがわざとそう発言したのでしょうか、それはクロのみぞ知るのです。

 

いよいよ佳境という事もあって、人数が少ない分クロも当てやすいという訳です。事件以外の部分もじっくり動き始めていますね。ここだけの話、5章はそこまで長くならないので、実質最後のまともな事件がある章とも言えます。ここまで長い時間がかかりましたが、あと少し、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。それでは。

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

『4章コトダマ一覧』

 

【モノパオファイル6】

・被害者は東城優馬。死亡時刻は午前1時頃。発見場所は防音室。

腹部と心臓の2箇所を銃で撃たれており、防音室の座席に座った状態で発見された。

 

【防音室のオイル】

・東城がいた座席の列周辺の床に、ヘアオイルが垂れていた。転びやすくなっている。数日前、難波が篠田の髪を整える時にこぼれたらしい。

 

【オイル跡の違和感】

・東城の座っている付近の床から列の中央に向かって、何かで擦られたような跡が残っている。幅は7㎝程度。

 

【注射器】

・筋弛緩剤が入っていた注射器。架空の事件にて、篠田への反撃として教室6で東城が使用する予定だった。防音室に使用済みの状態で落ちており、中身は空になっている。

 

【筋弛緩剤】

・架空の事件において、東城が反撃用に注射器に入れていた薬物。改良を加えられており、即効性かつクマでもゾウでも倒れてしまう強さという優れもの。

 

【大渡の証言】

・夕食後、東城と篠田の姿は見ていない。

そう言い切るが、何か思い当たる事があるようだ…。

 

【前木の才能】

・前木は睡眠をとる度に幸運か不運化が変わる。昨夜の事件中、前木は眠っていたため超高校級の幸運になっていた。前木がシロの場合、クロは前回の事件同様、完全犯罪が極めて困難になる。

クロにとっては不利とも言えるこの状況で事件が起きた訳とは…。

 

【前木の証言】

・昨夜は前木、篠田、難波の3人で夕食の準備をしていた。架空の事件では犯人役の篠田と被害者役の東城のコップには睡眠薬を入れず、他の4つに薬が入れられる予定だった。

前木は篠田が計画の通り4つのコップに睡眠薬を入れていた事を確認している。また、全員に1つずつコップは渡り、それぞれが自分に与えられたコップの水も飲んでいたとの事。

 

【篠田の証言】

・篠田は計画通りに理科室と教室6に向かったが、東城はいなかった。防音室で東城を見つけ、銃を向けた時に東城以外の誰かに何かを投げつけられて襲われた。そこには対応できたものの、今度は東城に筋弛緩剤を打たれ、倒れ込んでしまった。その後揉み合いになり、銃を1発東城に発砲してしまったらしい。

結局、東城とまともな会話はできず、篠田はそのまま強烈な眠気に襲われ、意識を失ってしまった。

 

【破れたリスト】

・東城の動機に付属していたと見られるリスト。所属している倉骨研究所の被験者の内、亡くなった人の一覧。何故か下の方が破られている。このリストが理科室にある事から考えて、誰かに破られたようだ。

東城本人も知らない秘密、に当てはまるのか、少し疑問の残るリスト。

 

【目覚ましドリンク】

・東城が作り、全員に配っていた眠気覚ましの黄河があるエナジードリンク。説明メモによると、飲んでから30分以内で効果が現れ、3時間は眠気を妨げる事ができる。

理科室に瓶があり、誰でも飲む事ができた。

 

【人道光望夢受信教】

・通称、人夢信教。「邪を清め、正しく信ずる」をモットーとしている規模の大きい新興宗教。噂によると政治活動に対する影響力もあり、篠田いわく、倉骨研究所と同等に厄介な組織。

図書室にも置かれていなかったこのパンフレットが、何故か理科室の机の下に落ちていた。

 

【東城の腹部】

・東城の腹部には黒い布がきつく巻かれていた。篠田が誤射した後、自身のタイツを割いて止血したらしい。途中で篠田が倒れてしまったため、手当ては不十分。

 

【睡眠薬を飲んだ篠田】

・防音室での強烈な眠気は、篠田が用意していた睡眠薬の効果の可能性が高い。

1人1つずつコップの水を飲んだとすると、睡眠薬の入った水を飲んだ篠田の代わりに、誰か睡眠薬の入っていない水を飲んだ人がいる事になるが…。

 

【検死結果】

・2発撃たれているが、致命傷はおそらく心臓の方。

 

【拳銃】

・凶器として用いられた、次弾装填などの手順を自動化してある自動拳銃。篠田が東城の元に向かう前に、モノパオに頼んで武器庫から取ってもらったもの。

 

【東城の白衣】

・防音室に落ちていた白衣。腹部の辺りに穴が空いているが、穴はその1箇所のみ。

また、白衣の背中側にも少し血が飛び散っている。

 

【睡眠薬】

・今回架空の事件の中で宮壁達に使用された睡眠薬。個人差はあるが、飲んでから大体3時間以内に眠れるようになっている。宮壁達が睡眠薬を服用したのは午後8時すぎなので、遅くても午後11時には全員が寝ていた。

 

【難波の証言】

・夕飯を食べてからしばらく後、夜時間を過ぎた頃に銃声を聞いた。

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

『コロシアイ情報メモ』

 

[情報①:解決済み]

[情報②:解決済み]

[情報③:(勝卯木の発言)現在、街中で殺人鬼による事件が多発している。]

[情報④:記憶の改ざんが行われている可能性が非常に高い。この事については勝卯木よりも詳しい人物がいるらしい。]

[情報⑤:悪魔は確実に生存している。]

[情報⑥:前木が宮壁を襲った日、正真正銘、前木は超高校級の幸運だった。]

[情報⑦:高堂光は、特別学級の学級委員だった。]

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

【モノパオシアター その5】

 

 

 

 

やあ、オマエラ、オレくんだよ!

 

何やら今回の事件も楽しそうだねぇ。オレくんは途中まで別の人がクロになると思っていたから、実はクロのおしおきなんてまだ用意できてないんだ。いくら会長の頼みとはいえ、全員分のおしおきを作るには予算が足りないんだよ。あ、前回の裁判からはオレくんがおしおきも考えてるんだ。どう?タイトルも最初の2回よりかはセンスあるでしょ?

 

オマエラが何を思ってここを読んでいるか知らないけど、どうどう?犯人分かった?分からない?あ、そうですか……オレくんもなかなか難しいとは思いますけど……。

 

いいんだよ!犯人なんて分からなくてもオレくんはいいんだよ!別にオレくんは勝卯木サンとは違って、全滅してくれてもかまわないんだからさ!

そろそろ悪魔も引っ張り出される頃なんじゃないかな?あいつの十字架みたいな目は、思い出すだけでも気分が悪いよね。あっ!オマエラは誰も、悪魔の瞳が十字な事を知らなかったんだっけ?あちゃあ、ネタバレしちゃったよ。

 

…………悪魔、ね。

オレくんはさぁ、悪魔とか希望とか世界とか、もうどうでもいいんだよ……オレくんが会長に頼まれてやらなきゃいけなかった事は、もう十分やったはずなんだ……。オレくんと会長の間の契約は、ほぼ終わったようなものなんだ。そもそも勝卯木サンが死んだ時点で会長も随分困窮してるみたいだからね。いや、お前が始めた物語だろ!って感じなんですけどね。

 

……オレくんだって前回の裁判でコロシアイは終わったと思ったんだ。だって柳原クンは、悪魔の正体もオレくんの正体も気づいていたからね。

それでも、終わらなかった。

オレくんは……チャンスをもらったんだ。

 

 

 

……モノパオの笑い方って、「いぴぴ」だったっけ?じゃあ失礼して。

 

 

 

 

いぴぴぴぴぴ!!!!!

そういう意味では、オレくんは今回のクロが結構好きだよ。

オレくんと同じで、『復讐』だけを楽しみに生きてるような人間だからね!!!!!

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

これは、ただの人間が、考え抜いた結果だ。

 

 

 

 

 

 

 

この人間には、

 

人に畏怖されるような強靭な精神も、

自分の弱さに押し潰されてしまう臆病な心も、

 

人を崇め全てを投げ打つ覚悟も、

その覚悟を受けて人の望みを優先する美徳も、

 

板挟みに遭いながらも最後に自身の思いを貫く意志も、

自身の死すらをも受け入れる心の広さも、

人への情で自身の行いを反省する姿勢も、

 

人を疑わず最期まで全てに寄り添う器も、

怪物のような超人的な才能も、

 

何も、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるのは、

 

復讐心と、

自信に満ちた振る舞いだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復讐の為か、人の為か、あるいはその両方か。

 

きっとこの人間は、人間らしく、本当の理由は言わないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

懸命に守り続けたヴェールが破かれていく事を受け入れながら、それでも、

 

反撃ののろしを、あげるのだ。

 

 

 



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非日常編 2

裁判です。
今回でまともに事件を取り扱う裁判は最後になります。ぜひぜひ、挿絵表示を有にして読んでくださいませ…。
今年も絶妙に投稿できたのではないかなと思います。来年の完結に向け、さらにパースアップを図りたいものです。


 

俺達が持っていたパオパオカメラは、モノパオによって回収されていった。

その後しばらく椅子にふんぞり返っていたが、俺達が沈黙を貫いているのを見かねて口を挟んできた。

 

モノパオ「じゃあオマエラ、さっさと議論を始めちゃってね!」

 

難波「随分淡々としてんね。」

 

モノパオ「まあね!何回もやってきたわけだし、いちいち裁判の説明するのも野暮ってものじゃない?」

 

難波「ふーん。」

 

前木「瞳ちゃん、体調は大丈夫……?まだ動きが……。」

 

篠田「……ああ。心配しなくて大丈夫だ。」

 

大渡「……。」

 

これで全員か。こうして見渡してみると、随分減ったのを実感する。そして、またここから減るかもしれないという事実を頭から無理矢理追い出す。そんな事、今考えても仕方ないんだ。

 

宮壁「……。」

 

モノパオ「あれ?男は喋らない縛りでもやってるの?そんなんじゃ事件なんて解決しないよ?」

 

宮壁「…………皆、やるぞ。」

 

モノパオ「ちょっと!無視しないで!」

 

持ってきた証拠を確認し終えて、俺は再び前を向いた。

 

 

 

□□学級裁判 開廷□□

 

 

 

宮壁「まずは東城を発見した時の状況を俺から説明する。一応、第一発見者だからな。」

 

数人が頷き返してくれたので話を進める。

 

宮壁「今朝、俺が部屋を出た時にモノパオに呼び止められたんだ。そこで事件が起きているという話を聞き、思い当たる場所として浮かんだ教室6に向かった。そこには篠田が倒れていたんだ。」

 

篠田「……私は、教室6にいたのか?」

 

宮壁「ああ。篠田は記憶にないだろうが、俺が発見したのは教室6だ。」

 

篠田「そうか。」

 

宮壁「防音室の扉が開いている事に気づいた俺は中に入り、東城が死んでいるのを見つけたんだ。そこからはモノパオにアナウンスを鳴らしてもらって、皆と合流したんだ。」

 

難波「なるほどね。アタシはアナウンスに起こされるまで完全に寝てたから鳴らしてくれて正解だわ。」

 

前木「それにしても、私達が寝てもおしおきにならなかったから、計画が成功したんだ!って嬉しくなってたよ……。」

 

モノパオ「やだなー!オレくんがそんな計画に引っかかる訳ないじゃん!あ、今回からはオマエラが少なすぎて可哀想だから、いい感じに茶々を入れてあげるね!」

 

篠田「……。」

 

モノパオ「ちょっと!さっきから無視するなんてひどいよ!!」

 

難波「じゃあ次は東城の死因とか?現場に凶器っぽいもの落ちてたし、話しやすそうじゃね?」

 

宮壁「分かった。」

 

東城の死因。大渡の検死の結果もここで共有していくべきだろうな。たぶん、大渡はそんなに喋らないだろうから……。

 

 

―議論開始―

 

 

難波「モノパオファイルによると2箇所撃たれてたみたいだけど、【どっちが致命傷か】って分かってんの?」

 

篠田「大渡が検死をしてくれていたな。」

 

前木「致命傷まで分かるんだね……!」

 

大渡「……。」

 

なんだそりゃ!!!

 

 

 

 

 

 

 

▼[検視結果]→【どっちが致命傷か】

宮壁「大渡が言えよ!!!」

 

 

 

難波「宮壁、アンタその切り込み方、この上なくダサいけど大丈夫そ?」

 

宮壁「俺だって好きでこんな同意の仕方なんてしない。」

 

難波「おつ。」

 

前木「大渡くん……。」

 

大渡「何の為に共有してやったと思う。裁判で同じ説明なんざしたくねぇんだよ。」

 

宮壁「はぁ…。とにかく、大渡によると、致命傷は心臓の方らしい。心臓を撃たれたとなれば大体長くはもたないだろうから、死亡時刻付近に撃たれたんだと思ってる。どちらも現場に落ちていた拳銃によるものだ。」

 

前木「なるほど……?あ、そもそもの話なんだけど、東城くんってどうして防音室にいたの?架空の事件では教室6にいる予定じゃなかったっけ?」

 

前木の疑問、これについてはあの人に説明してもらったらいいだろうな。

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【篠田の証言】

宮壁「篠田、改めて話してもらってもいいか。」

 

篠田「……分かった。東城が何故規定の場所にいなかったのか、私にも分からない。私が理科室や教室6に向かった時には、すでに東城はいなかった。」

 

篠田「その後しばらくして、防音室にいるのを見つけて私から近づいたのだ。だが……。」

 

難波「ん?どした?」

 

篠田「…………。私は……。」

 

篠田が不安そうに俺を見る。

 

俺は、自分が持っている情報を照らし合わせてみた。その上で、俺は……。

犯人かは分からないし、動機なんてさっぱりだが、それでも怪しい人は既にいる。2人、明らかにおかしい発言をしている人がいるんだ。

そこに篠田は入っていない。篠田をかばう準備はできている。

しっかりと、頷き返した。皆にも信じてもらえるよう、俺からも説得していくんだ。

 

篠田「東城と何者かに襲われ、東城に向かって銃を撃ってしまった。」

 

前木「え、え……!?」

 

大渡「……。」

 

難波「……え、じゃあ、あれは瞳がやったって事?」

 

篠田「……東城の腹部の傷は私が撃ったものだ。」

 

難波「マジか……。」

 

宮壁「でも、俺は篠田がクロだとは思えない。今からその話をしていこうと思う。」

 

まずは、篠田が撃った場所と致命傷の位置が違う事を説明しよう。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【モノパオファイル6】

宮壁「これが証拠だ。」

 

 

前木「ファイル……。東城くんは2箇所撃たれたんだよね。」

 

宮壁「ああ。篠田が撃ったのは腹部の1発だけ。その後篠田は気絶してしまったから、心臓の方は別の誰かが撃ったんだ。」

 

大渡「……そんなの、そのスパイが嘘ついてるだけかもしんねぇだろ。2発とも撃った可能性だってある。」

 

宮壁「それでも、この2発には時間差がある事を証明してくれる人がいるんだ。」

 

大渡「証人?全員寝ていたのにか?」

 

心臓の方は後に撃たれたもの。それを説明しなくちゃいけないな。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

篠田「私が東城の元に向かったのは、【夜時間になった頃】だ。」

 

前木「夜時間っていうと、大体10時すぎだね。私達がご飯を食べたのが8時かぁ。」

 

大渡「その間は2時間。睡眠薬を飲んでないスパイ女はともかく、他は全員寝てるだろ。」

 

モノパオ「まったく、オマエラったら制限があるのに普段通りの時間に寝ちゃったの!?そりゃ今元気な訳だね!」

 

難波「急に出てきたと思ったらガヤ?うるさいんだけど。」

 

篠田「【他に起きている人はいない】ように聞こえるが……。」

 

ところどころ俺の知っている事実と違う発言をしているけど、とりあえず篠田が発砲した時に起きていたあの人に話をしてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

▼[難波の証言]→【他に起きている人はいない】

宮壁「難波!お前は知っているよな。」

 

 

宮壁「難波は銃声を聞いている。そうだったよな。」

 

前木「えっ?紫織ちゃん、まだ起きてたの?」

 

難波「いやー、アタシも言うだけ言ってみてよかったわ。意外と役に立つもんだね。そ!アタシは緊張で寝られなくてギリギリまで起きてた訳。そしたらなんか変な音がしたんだよね。」

 

難波「何があったか確認に行けよって感じなんだけど、とはいえ眠気がすごくて夢かも?って思ってたくらいだから聞くだけ聞いて終了。ま、1発だったって事は信じてほしいかも。」

 

宮壁「ありがとう。それに加えてさっきのファイルや大渡の検死でもあった通り、心臓の方が致命傷で、しかも死亡時刻は午前1時頃。そもそも篠田が3時間も間を空けて心臓を撃つ理由がないよな。その後教室6で倒れているのもおかしい。篠田がクロだとすれば犯行に違和感がありすぎるんだよ。」

 

前木「たしかに、クロなら犯行を早めに終わらせて寝た方がいいよね。事件が起きた以上、自分の意思で寝ても校則違反にはならないし、寝るなら自分の個室に行くし…ってことだ。」

 

宮壁「そうなんだ。それに、心臓の方が後に撃たれた根拠は他にもある。」

 

篠田「私も一緒に見ていたが、ここは宮壁に説明してもらった方がいいだろう。頼んでいいか?」

 

宮壁「ああ。」

 

腹部の後心臓を撃っていないと成り立たない証拠、東城の身に着けていたものだな。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【東城の白衣】

宮壁「これを見てくれ。」

 

 

宮壁「東城の白衣には1箇所しか穴が開いていないんだ。篠田が白衣の上から撃った後に、わざわざ白衣を脱がして心臓を撃つのもおかしな話じゃないか?」

 

大渡「……チッ、それもそうか。」

 

宮壁「なんで舌打ちなんだよ……。」

 

前木「とにかく、これだけおかしな点があるなら瞳ちゃんの証言は信じていいと思うな。」

 

篠田「……感謝する。」

 

難波「ところでさ、一応、瞳は銃で東城を撃ったんじゃん?なんで3時間も生きていられたのか、分かんなくね?そんなに放置されても大丈夫なもん?」

 

東城が延命処置を施されていた証拠。あれの事だな。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【東城の腹部】

宮壁「これが証拠になる。」

 

 

宮壁「篠田は気絶する直前まで東城の止血をしていたらしい。東城の腹部にタイツが巻かれていただろ?それに今の篠田は素足だ。」

 

皆の視線が自分の足に集まったのを察し、篠田は居心地の悪そうな顔をした。

 

篠田「全員で見るのはやめてくれないか、妙な気分になる……。」

 

前木「ご、ごめん…!」

 

難波「いやー、本当に全身に入ってんだ。そりゃプールは無理な訳だわ。いいね。」

 

篠田「そうか……?」

 

宮壁「え、えっと、話を戻していいか?」

 

篠田「すまない。……モノパオ、ここで人のカメラの映像を確認する事はできるか?」

 

ん?

 

モノパオ「できるけど、誰の映像を確認したいの?」

 

篠田「大渡の……東城の検死を始める時点の映像を用意してもらえるだろうか。」

 

モノパオが映像を用意するまで数分。緊張感の漂う裁判場には、沈黙が広がっていた。

 

大渡「おい……俺の検死に文句があるなら貴様がやってくれればいい話だ……。」

 

篠田「そういうつもりではない。ただ……1つ気になる事がある。確認してもらいたい映像も、検死の前だ。」

 

検死の前……つまり、俺が東城を最初に発見したのと同じ状態って事だよな?

映像には、大渡が検死のために東城の服をまくっている様子が映っていた。応急処置として使われた篠田のタイツも、変わらずきつく巻かれている。何か変わったところがあるようには思えない……。

 

篠田「……宮壁、捜査の時に言おうか迷ったのだが、お前はまだ、この違和感に気づかないか?」

 

宮壁「……え?」

 

篠田「私は、東城に弛緩剤を注入された後、睡眠薬の効果も出てきたため、応急手当は不十分だと言ったな?つまり、私の行った処置では、3時間も止血できないという事だ。」

 

宮壁「……。」

 

篠田「……なぜ、タイツがきつく巻かれていると思う?変だと思わないか?」

 

難波「東城が、残りは自分でやったとか……?」

 

篠田「自分で処置ができるなら、そもそも途中まで私がやる必要がない。」

 

変だ。どう考えてもおかしい。

篠田でも東城でもなければ、誰が応急処置の仕上げをしたんだ?

 

東城が死なないように手当した人。考えられるのは……。

 

 

 

Aクロ

B篠田を襲った人物

Cモノパオ

 

 

 

 

 

 

 

→B

宮壁「そうとしか考えられない……。」

 

 

前木「え、ど、どういう事?瞳ちゃんを襲った人がクロじゃないの?」

 

宮壁「そもそも、東城が篠田に撃たれた様子を見ていた可能性があるのは、東城と一緒に篠田を行動不能に追い詰めた奴だけだ。クロが発砲したのは深夜の1時。それに、応急処置をした上でクロがもう1発撃つ理由なんてないはずだ。」

 

難波「つまり、東城と手を組んでた奴と東城を殺した奴は別、そう言いたいの?」

 

宮壁「ああ。」

 

篠田「では、誰が……。」

 

……見えてきた気がする。

架空の事件は失敗なんてしていなかった。ほとんど計画通り行われていたんだ。

その『真の架空の事件』は、俺達に共有されていなかった。そういう事だ。

 

宮壁「……そもそも、東城がこんなに穴のある架空の事件を作るはずがない……。俺達全員に事件の概要を共有するなんて、そんなグレーゾーンを渡るような奴じゃない。あいつならどうする?俺達を確実に眠らせるために、あいつがしようとした事は……。」

 

難波「ちょっと、声小さいんだけど!」

 

東城優馬は、危ない橋は渡らない。自分の信条に反した事もしない。

東城が篠田に撃たれたのは篠田の事故だ。だから応急処置を施された。

 

あいつの事を考えたら、すぐに分かる事だったんだ。

東城は自分の手を汚す事も、自身が危険になるような事もしない。

例えそれが架空の事件であっても。

 

……篠田は、超高校級のスパイ。東城に言わせれば『犯罪者』だ。

じゃあ、協力者は…………。いや、それはまだ分からないな。だけど証拠になりそうなものは揃っているはずだ。

天啓のように次々と考えがまとまっていく。前木が幸運だからか?

 

少なくとも、あいつしか協力者になり得ないんだ。まずは手当の話から黙ったままのあいつに話を聞くしかないな。

 

 

 

 

 

 

宮壁「東城の考えた架空の事件は、篠田が被害者役、大渡がクロ役だったんだ。」

 

 

 

 

 

篠田「……は?」

 

前木「大渡くん?な、なんで急に?」

 

宮壁「篠田を襲ったのは大渡だ。」

 

大渡「証拠は。」

 

こ、怖すぎるだろ……。俺の声に被せるように響く声からは、今までとは訳が違う怒気が含まれていた。大渡を納得させて、全部話してもらうしかない……!

 

宮壁「証拠は、大渡が篠田を襲った方法だ。何かを投げつけられた、篠田はそう言っていたよな。」

 

篠田「ああ。……!そうか、大渡は以前にも木札を投げていたな。あのコントロール力ならば、私の手に当てるのも可能かもしれない。」

 

 

♢♢

♢♢♢

1章 (非)日常編2

♢♢♢

 

「大渡はさ、桜井の言う事は聞くよな。」

 

「…は?何が言いたい。」

 

「もしかして桜井と友達になっ」

 

俺の言葉が止まった。痛みで。正確に言うと大渡から木の札が恐ろしいスピードで飛んできて顔にぶつかりました、とても痛いです。

 

「お、お前!いきなり何するんだよ!」

 

♢♢♢

?章 「非」日常編2

♢♢♢

 

柳原「いった……。」

 

篠田「殺すぞ。」

 

難波「ちょ、マジでやめろって!」

 

篠田「触るな!!!」

 

難波が慌てて止めに入るが篠田はびくともしない。

篠田の目は本気で、2人の力の差なんて明らかだ。まずい……!

 

ゴンッ!

 

鈍い音が裁判場に響き、直後、篠田が崩れ落ちる。いつの間にか、傍に木札が転がっていた。

 

大渡「うっせぇんだよ。耳障りだ。」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

宮壁「どうなんだ、大渡。」

 

大渡「……。」

 

相変わらず黙ったままだ。どうして何も言わないんだ。クロと協力者は別人とまで言っているのに、どうして……!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

大渡「偉そうな口きくんじゃねぇよ……。」

 

宮壁「……!」

 

 

 

♢反論ショーダウン♢

 

 

 

大渡「大体、クロと協力者が別ってのも推測だろ。そうやって俺をクロに仕立て上げる気か?」

 

宮壁「俺はそんな事言ってない!お前が篠田を襲ったと考えるのが筋が通る。協力者ってだけだ!」

 

大渡「投げつける?スパイ女にぶつけるだけなら【誰だってできる】。」

 

宮壁「それなら大渡ができると発言してもいいだろ。」

 

大渡「何を投げたのかも分からねぇ癖にわめきやがって……。」

 

宮壁「きっと木札を投げたんだ。お前が一番コントロールよく投げられるのは札だからな。」

 

大渡「そんな証拠がどこにある。【木札を投げた痕跡】でも見つかったか?」

 

 

……あそこだ!

 

 

 

 

 

 

 

▼[オイル跡の違和感]→【木札を投げた痕跡】

宮壁「これがその証拠だ。」

 

 

宮壁「防音室に零れていたヘアオイル。その染みの一部に何かで擦れた跡がついていたんだ。大渡、これってお前の木札とほぼ同じ大きさじゃないか?」

 

大渡「……。」

 

篠田「木札……。たしかに、手にぶつかった時の衝撃から考えて、有り得なくない話だ。大渡、本当なのか?お前が東城と手を組み私を襲撃したのか?」

 

大渡「俺は犯罪者じゃねぇだろ。さっきそのクワガタ頭は、化学者野郎がスパイ女を計画に入れたのが犯罪者だから、そう言ったな?そこの矛盾はどうする。」

 

意地でも認めないつもりらしいな。大渡が犯罪者である、または犯罪者と関係を持っていてもおかしくない証拠は何か。おそらく、理科室に落ちていたあれだろう……。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【人道光望夢受信教】

宮壁「これじゃないのか。」

 

 

難波「?何それ。パンフレット?」

 

宮壁「これは人夢信教のパンフレットだ。存在は耳にした事がある人もいるんじゃないのか?」

 

前木「私にはさっぱり……。」

 

難波「……いや、アタシも完全に名前だけだわ。」

 

篠田「東城の所属していた倉骨研究所と同等の権力を持つ、かなり厄介な新興宗教団体だ。そして、ここに所属する人間はほぼ全員ある程度の手練れだ。そういう意味では私の所属する組織に近い存在と言えるだろうな。」

 

前木「でも、私はこんなパンフレットは見た事ないし、第一どうしてこれが大渡くんに関係しているって断言できるの?」

 

篠田「私もそれが疑問だった。図書室にも置かれていなかったこの冊子が、何故理科室に落ちていたのか。」

 

宮壁「このロゴだよ。大渡の刺青と似ていないか?」

 

前木「よく見ると、たしかに真ん中の部分が似てる、ような……?」

 

大渡「……。」

 

難波「……!そういう事ね。」

 

宮壁「難波は分かったみたいだな。」

 

難波「図書室にもないなら、これはアタシ達に配られてた動機に入ってたんじゃねーの?この中で秘密が他人に知られていないのは、最初から自分の動機をもらっていた大渡だけじゃん。なんで理科室にあるかはともかく、アタシ達全員がこのパンフレットに見覚えがないなら、大渡、アンタの物って事になるけど。」

 

大渡「……。」

 

宮壁「他の証拠だってある。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【大渡の証言】

宮壁「これだ。」

 

 

宮壁「普段のお前なら断言するのに、どうして東城と篠田を見てないと言った時に言い淀むようなふりをしたんだ。おかしいじゃないか。」

 

宮壁「それに、捜査の時もだ。篠田が東城を撃った事はあの時は俺と篠田しか知らなかった。なのに、検死の結果を聞きに行った時、お前は篠田がつけた傷だと言っていたよな。どうして篠田が東城を撃ったと思ったんだ?」

 

大渡「チッ……。」

 

モノパオ「やあやあ、諸君、お待たせ!」

 

難波「え、何?」

 

モノパオ「大渡クンみたいな手のかかる人をどうにかするには、動かぬ証拠ってやつが必要だと思ったんでね!じゃじゃーん!これがダストホールに捨てられてましたぁ!」

 

そう言ってモノパオが取り出したのは、一部が変色した木札だった。モノパオがそのまま投げてきたので慌てて掴むと、じっとりと何かが染みているのが分かった。

 

宮壁「これ、オイルじゃないか?」

 

大渡「おい、ダストホールに落ちたごみは拾えないんじゃなかったか。」

 

モノパオ「はて?何の事でしょう?運営側は自由に決まってんじゃん!何馬鹿な事言ってんのー?あはは!」

 

ひとしきり笑うと満足したのか、何事も無かったかのように静かになった。この落差が不気味なんだよな、今のモノパオって……。

 

難波「宮壁、それ、宮壁の言ってた通りなの?」

 

宮壁「ああ。……大渡、いい加減観念してくれないか。」

 

大渡「……チッ。頭だけは回りやがって……。」

 

宮壁「なんで隠すんだよ、お前がクロだって言ってる訳じゃないだろ。」

 

大渡「どうでもいいだろ、そんな事……。」

 

篠田「認めるのだな?であれば話してほしい。架空の事件の本当の概要とは、一体どういったものだったのだ?」

 

大渡「……。」

 

 

 

大渡「チッ、糞野郎が……。」

 

頭をかくと、すっと懐から紙きれを取り出した。

 

大渡「これを使って糞化学者に強制参加させられた。」

 

宮壁「その紙きれ、もしかして……!」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【破れたリスト】

宮壁「これか?」

 

 

大渡に差し出された紙きれを持っていたリストと合わせる。破れた部分がぴったりと一致した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

篠田「何と書いてある?………………殺人?」

 

大渡「母親だ。尤も、あんなゴミを親だと思った事なんざ一度もねぇが。」

 

実の親をゴミなんて、と言葉がこぼれそうになったが、ギリギリのところで口を閉ざした。

柳原のようにまともじゃない家庭で育った奴もいたんだ、知ったような口を利くのは良くない……。

 

宮壁「そういえば、脅された、みたいな事は少し前から言ってたよな。あの時から2人で組んでいたのか……。」

 

大渡「チッ、んな事どうでもいいだろ。……化学者にリストを見せられて腹が立ったんで千切った。それだけだ。」

 

難波「うわ、横暴極まりない奴だ。」

 

意外と、手が出るタイプだよな……。

 

大渡「架空の事件の概要はこうだ。1度しか言わない。」

 

大渡「そもそも、疑われないために俺は睡眠薬を飲んでいなきゃなんねぇ。その眠気に負けないために『アレ』を用意する事にした。」

 

宮壁「アレって、もしかして……!」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【目覚ましドリンク】

宮壁「そのために作っていたのか……!」

 

 

大渡「うぜぇな、話を遮るな。」

 

宮壁「……ごめん……。」

 

大渡「あれを飲む事で作戦中は眠気に耐えられるって話だ。その後は基本あの化学者が主体となり、注射器やスパイ女をどうやって防音室に呼び出すかを考えていった……。」

 

篠田「待て、そもそも何故現場を防音室に変更する必要があった?教室6でも問題はないはずだが。」

 

大渡「……おい、クワガタ、代わりに答えられんだろ。」

 

宮壁「お前なぁ……!」

 

危うく手が出かかったので、手すりを掴む事で自分を落ち着かせる。

深呼吸をして、そうだ、記憶を消すんだ……大渡は今は当時の状況を話してくれるロボット……。つまり、俺がその補足をしてあげなくちゃまともに会話ができないんだ。

……よし。

 

宮壁「おそらく、防音室にしかなかったものを利用するためだ。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【防音室のオイル】

宮壁「これの事だ。」

 

 

篠田「私が足を滑らせたのは、そのオイルのせいだったからな。……なるほど、それが目的か。」

 

難波「それもトラップの1つにしたって事か。」

 

大渡は2人の納得した声を確認すると、話をつづけた。

 

大渡「スパイ女を2人がかりで動きを止めるには、相当ハンデを与える必要があった。完全な隙をつく事、足元を覚束なくする事、あとは化学者がスパイ女を狙っている事を悟られないようにする事。これらを揃えても、上手く事が運ぶかどうかは五分五分だと奴は言っていた。」

 

大渡「俺は姿を見られないようにするため、札を当てた後はすぐに扉を閉めた。その後どうにかコイツが気絶したんで、弱った化学者に頼まれて俺が教室6に運び直した。そこで解散だ。化学者もその間に帰ったはずだった。以上。」

 

篠田「本気でモノパオを騙そうとするなら、私を確実に罠に嵌める必要があった、という事か……。なるほど、納得した。」

 

前木「つまり、東城くんにとっても大渡くんにとっても、瞳ちゃんが東城くんに誤射する事はイレギュラーだったんだね。」

 

大渡「チッ……しぶとい奴だ。」

 

篠田「…………。」

 

モノパオ「なるほどねー!オレくん、それなら大渡クンにちゃんと騙されてたよ!篠田サンを呼び出して殺す気なんだな~って思ってたからね!」

 

モノパオ「篠田サンが防音室に入った後を大渡クンが追いかけてたから、あの時に事件だって思い込んでオマエラの校則違反を見逃したんだよ。すごいねぇ、本当にオレくんを騙せるなんて!よかったねオマエラ、感謝するんだゾ!とはいえ、事件じゃないと分かったらその時点でやっちゃってたかもしれないけどね!」

 

大渡「……俺の動きは計画通り、何も間違っちゃいねぇよ。」

 

この話でかなり前進した気がする。

それでも、いや、だからこそ……疑問が残る。

 

篠田「こうして考えると、私視点、あまり分からない事もなくなってきた気がするな。一度整理し直してみてもいいのではないだろうか。」

 

難波「だね。大渡の言ってた事も踏まえて探ってみるか。」

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

難波「瞳が動き始める前から架空の事件は起きていた。東城と大渡は協力して【目覚ましドリンクを作成】して、眠気に対抗する術を用意した。」

 

前木「瞳ちゃんが東城くんのいる防音室に向かったのを確認して、後から大渡くんが追いかけて……【瞳ちゃんの動きを止めようとした】んだね。」

 

篠田「大渡の奇襲や東城の筋弛緩剤、それに加え【事前に睡眠薬を盛られていた】事もあり、私は上手く立ち回れず、挙句の果てに東城に向かって発砲してしまった。」

 

宮壁「そこからはさっき話し合った通り、篠田に代わって大渡が東城の止血を行ったんだな。」

 

大渡「……あ?」

 

……これでいいはず、なんだけど、おかしいんだよな。

大渡の話していた内容と一致しないものがある。

 

 

 

 

 

 

 

▼[睡眠薬を飲んだ篠田]→【事前に睡眠薬を盛られていた】

宮壁「待ってくれ!」

 

 

篠田「?何かおかしな事を言ってしまっただろうか……?」

 

宮壁「……大渡の話に、睡眠薬は出てこなかった。そもそも、睡眠薬を用意したのは篠田じゃないか。」

 

篠田「……!」

 

前木「大渡くんが言い忘れてた、とかじゃないの?」

 

宮壁「俺も一瞬そうかと思ったんだけど、それだと矛盾が起きるんだ。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【睡眠薬】【目覚ましドリンク】

宮壁「これを見てほしい。」

 

 

前木「ええっと、大渡くんは睡眠薬を飲んでて、その効果を打ち消すために目覚ましドリンクを飲んでる……。瞳ちゃんは本来飲まないはずだけど睡眠薬を飲んじゃってて……?分かんなくなってきた……。」

 

難波「……人数が合わない。」

 

前木「へ……?」

 

篠田「前木、私が睡眠薬を入れたコップは4つで、睡眠薬の入っていないコップは2つだ。現時点で、私と大渡は睡眠薬を飲んでいる。本来飲むはずのない私が、睡眠薬を飲んだという事は……。」

 

 

前木「あっ……!誰かのコップと瞳ちゃんのコップがすり替えられたって事……!?」

 

 

宮壁「そうなる。」

 

大渡「おい。コイツが間違えてる可能性もあるんじゃねぇのか。」

 

それはないんだよな。あいつが証言してくれている。

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【前木の証言】

宮壁「お前も見てたんだよな、前木。」

 

 

前木「うん。私と紫織ちゃんは瞳ちゃんと一緒にご飯の準備をしていたから、瞳ちゃんが4つだけに睡眠薬を入れていたのを確認してるよ。もちろん、その時は架空の事件に則って動いていたからこっそり見てただけだけど……。」

 

難波「瞳は間違ってない。アタシからも証言させてもらうわ。」

 

宮壁「そういう事だ。大渡、念のために確認しておくけど、東城が睡眠薬を飲んでいたような素振りはあったか?」

 

大渡「……アイツは目覚ましドリンクこそ飲んでいたが、それはアイツが今日も寝られない予定だったからだ。ドリンクの効果も3時間程度しかもたねぇ。……いや、正式に証明はできないな。」

 

宮壁「それはどうかな。東城は目を開けて死んでいた。睡眠薬を盛られていたなら、深夜1時にもなって起きていられるはずがない。防音室に目覚ましドリンクを持ってきていた形跡もないし、東城が睡眠薬を飲んでいないのは明白だろうな。」

 

難波「とすると……、あと睡眠薬を飲んだかどうか分からないのは、アタシと琴奈と宮壁ね。大渡もちゃんと証明されたとは言えないけど。」

 

……思ったより絞れなかったか。

…………いや、大渡があそこまで話したんだ。きっと……

 

 

 

そこまで考えが及んで、急に世界が暗くなり始めた。

 

 

 

 

 

 

×××

×××

 

 

(もう1人怪しい人がいるじゃん?クロはあの子で決定だね。さっさと論破してオレの心を安定させなくちゃ!)

 

 

誰だ?

 

 

(早く裁判を終わらせよう。じゃないと間に合わなくなっちゃう。こんなに緊張するところにいつまでもいると危ないよ。オレが壊れちゃう前に、クロを倒してしまおう?)

 

 

ダメだ、こっちの声が聞こえてないらしい。

 

 

(大丈夫、安心して。あの子は裁判を上手く引っ張ってくれるよ。あの子は優しいからね。きっとこの裁判も上手くいくさ。深呼吸しよう!脳に酸素をいきわたらせて、そう……。)

 

 

……気持ちが落ち着いた気がした。

 

 

(いいね。もうばっちり!後は淡々と追い詰めるだけだよ。大丈夫、オレももう少しは耐えてあげるから。……いってらっしゃい。)

 

 

×××

×××

 

 

 

 

 

 

 

前木「……宮壁くん?大丈夫?」

 

ハッと我に返る。なんだ、今の……?やけに気分がすっきりしている。

 

宮壁「あ、ああ、大丈夫だ。……俺は、コップの入れ替えができた人は1人しかいないと思ってる。」

 

大渡「何……?」

 

篠田「そうなのか……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮壁「難波、俺はお前が怪しいと思ってる。」

 

 

 

 

前木「へっ?み、宮壁くん、何言って…」

 

難波「他の人達は信用できるって事?本当?そんな調子で信頼関係が結ばれているのか、甚だ疑問だけど……。」

 

難波「アタシをクロ呼ばわりするって事は、それ相応の証拠を揃えてんでしょ?アタシが納得できるように説明してみなよ。」

 

……狼狽えるどころか、当然の流れとでも言うように言葉を並べる。今まで味方だった分、こうして敵に回すと恐ろしいな……。

 

宮壁「そもそも、睡眠薬を入れた人物がどうしてクロになると思ったんだ?俺は怪しいとしか言ってないだろ。」

 

難波「じゃあ逆に何?架空の事件に関わってないならコップを入れ替えた奴がクロだと思われんのは当たり前じゃん。」

 

宮壁「……。夕食を用意したのは篠田、前木、難波の3人だ。俺と大渡はどのコップに睡眠薬が入っているか知らない。入れ替えができるのは3人だけだろ。」

 

宮壁「それに、難波は超高校級の怪盗だ。お前の才能があれば可能だった事だらけなんだよ、この事件は。」

 

難波「……例えば?」

 

宮壁「コップの入れ替えもだし、そもそも東城と大渡の計画を聞いた可能性があるのもお前が1番高いだろ。1人行動が多かったからな。その時たまたま架空の事件について話しているのを聞いたんじゃないか?」

 

宮壁「あとは……大渡と遭遇しなかった事だ。2人が何時に解散するかも分からないのに、どうやって丁度大渡がいなくなったタイミングを狙ったんだ?ずっと隠れていたんだとすれば、そんな事は難波にしかできない。」

 

難波「……はぁ、がっかりだわ。状況証拠は?全部推理どころか憶測にも満たない。」

 

宮壁「……。篠田、前木、難波の3人しかコップの入れ替えは不可能だ。そこで思い出してほしい事がある。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【前木の才能】

宮壁「昨日の夕食の時、前木は不運だった。コップの入れ替えを、篠田と難波の目を盗んで行うなんて、少なくとも昨日の前木には不可能だ。」

 

 

難波「どれもはっきりしないな……。やる気ある?」

 

宮壁「……。」

 

やる気が、あるかって……そんなの、あるに決まってるだろ。やらなきゃ死んでしまうんだ。そんな状況で気を抜くはずがない。

 

難波「じゃあアタシから反論させてもらうけど、そもそも凶器は拳銃でしょ?アタシは拳銃なんか触った事もないし、それこそ誤射すると思うわ。」

 

宮壁「……そうか。おい、モノパオ。もう一度大渡の検死している映像を映してほしい。大渡は、この致命傷となった心臓の方は、どの距離で撃たれたのか分かるか?」

 

大渡「生憎素人だ。そこまでは知らねぇ。」

 

篠田「……なるほど、私が映像を見ながら検死すればいいという事か。」

 

宮壁「ああ、よろしく頼む。」

 

モノパオ「ちょっとちょっと!オレくんにもよろしくとかお願いしますとか、そういう言葉があってもいいよね!?」

 

宮壁「お前がやるのは当たり前だろ。」

 

モノパオ「しょぼん……。はーい、じゃあどうぞー。」

 

再びスクリーンに映し出された大渡視点の映像を見る。ちょうど心臓の傷を見ているところだった。数分間かけて傷口を丹念に調べている。

 

篠田「……。ふむ、大体分かったが……妙だな、至近距離から撃たれたように見える。ゼロ距離というべきか。弾丸がかなり奥まで届いていたのもそのためだろう。腹部の弾丸は心臓に比べると浅い位置にある。」

 

宮壁「遠くから狙うならともかく、至近距離であれば誤射の心配もないはずだ。それに……。」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【拳銃】

宮壁「この拳銃は自動拳銃。素人でも比較的容易に扱う事ができる種類だ。凶器からお前がクロじゃないとは言えない。」

 

 

難波「そう。じゃあ次。至近距離で撃たれたなら僅かでも返り血が散ってきそうだけど、それはどう説明すんの?」

 

……。なんだ、この違和感は……。

いや、今までの推理に間違いはないはずだ。特に疑問に思う事は無いし、何より怪しい人物は難波1人だ。クロもきっと難波だろう。それなのに。何かが……この議論の何かが、ずっとおかしい……。

 

 

 

―議論開始―

 

 

 

難波「もう一度聞くわ。クロは返り血をどうしたの?」

 

前木「犯行は夜だし、単純に【帰ってから洗った】んじゃないのかな……?」

 

篠田「洗わずとも着替えは個室にある。【服を着替えたら済む】話だろう。」

 

大渡「そもそも【返り血がつかないように工夫した】んじゃねぇのか。面倒臭ぇだろ。」

 

難波「普通に全部有り得そうだけど、宮壁はどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

▼[東城の白衣]→【返り血がつかないように工夫した】

宮壁「大渡の意見に賛成だ。」

 

 

大渡「それらしい証拠もあったからな。」

 

宮壁「ああ。東城の白衣の背中側に血痕がついていた。きっとあれは、クロが返り血を防ぐために使ったんだと思う。」

 

難波「なるほどね。でもそれって、アタシじゃないとできない事?怪しいかもしんねーけど、クロだって断定されるには早いんじゃね?」

 

宮壁「難波、お前……。」

 

どうしてさっきから、俺達を誘導するかのように議論を進めているんだ?

 

ふと、高堂を思い出した。彼女は裁判を迎えるにあたり、自分だけが生き残るのを躊躇い俺達に事件を解決させたんだったよな。

今の難波からは、なんというか……あの時の高堂と同じような空気を感じる。自分の事を他人事のように話しているような……。

 

宮壁「……。」

 

考えてみれば、難波がどうしてあんな失言をしていたのかずっと疑問だった。頭のいい難波が、『あんな嘘』をついて怪しまれないと思わないはずがない。わざと言ったんだ。

 

宮壁「なあ、難波。お前はどうしてあんな嘘をついたんだ?」

 

難波「は?嘘?」

 

 

―コトダマ提示―

 

 

 

 

 

 

 

▼【難波の証言】

宮壁「銃声を聞いたって証言だ。」

 

 

宮壁「最初に篠田も言っていたし、大渡も話していたよな。大渡は、篠田に奇襲をかけた後すぐに扉を閉めているんだ。現場は防音室。外に銃声が漏れることはないんだよ。」

 

難波「……。」

 

宮壁「捜査では拳銃が近くに落ちていただけで、拳銃が本当に凶器なのかは誰にも分からなかったはずだ。捜査の時点で銃声があったと証言できるのは、お前が拳銃を使ったからじゃないのか、難波。」

 

難波「なるほどね。つまり、アタシは大渡と東城が解散したのを見計らって防音室に入り、東城を撃ち殺した。聞いた銃声ってのは篠田の誤射じゃなくてアタシ自身が使った時の音。そう言いたいんだ。」

 

宮壁「ああ。」

 

難波「なるほどね。大体わかった。」

 

前木「紫織ちゃん、なんで……そんなに冷静なの……?」

 

難波「……。」

 

難波「あのさ、1つ言っていい?」

 

宮壁「なんだ……?」

 

難波「瞳の事をどうしてそう信用できるのか分かんないわ。動機の事を隠してるのによく信用できんね。」

 

宮壁「え?」

 

難波「瞳は自分に配られた秘密が『スパイである事』だと言った。でもよく考えてみなよ。モノパオが配った秘密は『自分の知らない自分の秘密』。それって、瞳自身は前から分かってる事じゃね?」

 

難波「ねぇ、瞳、なんで嘘吐いたの?」

 

篠田「……!嘘じゃない……紙は見せたはずだ!」

 

難波「偽装くらいできるでしょ。」

 

篠田「違う……!」

 

難波「大渡も宮壁も、結局自分の秘密について話してない。そんな事でよく協力だの信頼だのが言えるわ。この中に裏切り者はいないんだから信用して話せばいいのに。」

 

…………。

難波は、何を言っているんだ?

今は裁判で、クロを突き止めるのが何よりも優先事項だ。どうして今、俺達の信頼関係について問い詰められているんだ……?

 

そもそも、難波だって自分の秘密を話していない。

どうして、『難波の言う信頼関係』には、難波自身が含まれていないんだ。

 

篠田「本当に違うんだ。私に配られたのはこれだけで……!」

 

大渡「おい。もう貴様がクロでいいんじゃねぇのか。消去法で貴様しかいねぇだろ。」

 

難波「宮壁は?アタシがクロだと思う?」

 

宮壁「……それは……。」

 

難波の狙いが何も分からない。だけど、これは、もしかすると……。

難波が高堂と同じ、いやそれ以上の何かを得ようとしているのならば……。

 

宮壁「……。分かった。難波の言う通りにしよう。全員の秘密をここで公開する。皆もそれでいいか?」

 

篠田「お前達の狙いは分からないが……了解した。」

 

前木「……宮壁くん……。」

 

大渡「チッ……。」

 

宮壁「難波、お前も言うって事だよな。」

 

難波「ん。オッケー。」

 

宮壁「じゃあ俺から。俺の動機は、『両親が超高校級の悪魔によって殺された事』だった。」

 

篠田「……!面識が、あるのか……?」

 

宮壁「いや、いろいろ見たけどあまり思い出せなかった。」

 

俺の発言に前木を除く皆がざわついているけど、今はそれぞれの情報を公開する事だけが目的だ。今は俺の話は早めに切り上げるとしよう。

 

篠田「そうか……。次は私だな。『才能がスパイである事』、本当にこれだけが書いてあった。……信じてほしい、と言う事しかできない。」

 

難波「……そう。」

 

前木「えっと、私は『小学生の時の発表会で号泣した事』。知らない秘密というより、昔すぎて覚えてなかったって感じだと思う。家族が撮ってくれた映像がついていたよ。」

 

大渡「……。『桜井美亜と友人だった事』。」

 

宮壁「……!」

 

難波「だった、ねぇ。」

 

大渡「知らねぇよ。映像には、おそらく制偽学園の行事に参加している様子が映っていた。俺の記憶にはないが、まぁ事実だったんだろう。」

 

……。謎だな。俺が時折感じていたデジャヴもこれに関係しているのかもしれない。」

[情報⑧:大渡と桜井は過去に友人だった。なおその記憶はなし。]

 

難波「なるほど。大体分かってきた感じ?まぁ、これでお互い秘密はなさそうじゃん、いいね。」

 

宮壁「難波の番だぞ。」

 

難波「あ、そうだった。アタシの秘密は『怪盗の仲間を見捨てた事』。大した事じゃないからこれ以上は割愛するわ。この共同生活に関係する事もないし。」

 

篠田「……。」

 

5分の2が重い内容だったのもあって、皆沈黙してしまった。順番、変えたらよかったな……。

 

前木「……私が最後に話せばよかったね……。あ、そうだ!東城くんの秘密も共有しておいた方がいいよね。」

 

大渡「秘密?あのリストが全てだろ。」

 

宮壁「いや、研究所が犯罪者を実験に使っていた事は東城本人も前から言っていた。それは動機となる秘密じゃないんだ。前木、皆に見せてやってくれないか。」

 

前木「うん。捜査の時に宮壁くんには見せたんだけど……これだよ。」

 

前木は東城の封筒を開き、中の紙を読み上げた。

 

前木「『倉骨研究所が犯罪者の家族も実験に使っていた事』。これが東城くんの動機だよ。」

 

篠田「……待て。おかしいぞ。このリストではその秘密の証拠にはならない。」

 

宮壁「……。」

 

そもそもこのリスト、表の下側に余白がない。こんな事があり得るのか…………まさか。

 

宮壁「このリストには、続きがあるのかもしれない。」

 

前木「じゃあ、誰かが切り取ったって事……?」

 

大渡「俺が化学者に見せられた時はすでにこうなっていた。」

 

宮壁「東城が切り取ったのか、あるいは、東城より前にこのリストを手にしていた人物が切り取ったのか。この2つしかあり得ない。東城がこの残りを持っているか、今は判断できないから、まずはお前に聞くぞ。」

 

 

 

 

 

 

宮壁「難波、最初にリストが手に渡ったのはお前だよな。最初は何が書いてあった?」

 

 

 

 

難波「…………。」

 

難波「それも推理できる?当ててみなよ。」

 

宮壁「……っ、分かってる。お前は言ってたよな、捜査の時……」

 

 

♢♢

♢♢♢

4章 非日常編1

♢♢♢

 

 

「宮壁さ、理科室のリスト、見た?」

 

「え、ああ。これか?」

 

急にその話が出てくるとは思わなくて、慌てて持ち帰っていたリストを見せる。

 

「持ってんなら話は早いわ。この3人、アタシの仲間。」

 

「え?」

 

難波は3人の名前にぽんぽんと軽く指を置いていった。

そういえば難波は、以前から『頭の悪い怪盗は捕まってしまう』と言っていた。捕まえられるって、この実験に使われるって事だったのか……!?

 

「あれ?てかなんでこのリストこんな破れてんの?前見た時は普通だったけど。」

 

「!!!そうだ、難波、お前が東城の動機とこのリストを持ってたんだよな!最初誰の名前があったか知らないのか!?」

 

「あー……、ごめん。アタシも身内の名前見つけてキレてから見ないようにしてたからさ。そのリストが燃やされずに残ってるだけでも感謝してほしいくらいだわ。」

 

「そうだよな、悪い。」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

宮壁「あの時、俺はお前の言う身内は怪盗団の仲間の事だと思い込んでいたけど、もしかして、仲間とは別に家族の名前があったんじゃないのか?」

 

難波「……。」

 

宮壁「そして、あの時の発言もお前の失言だな。お前は何故か『理科室にリストがある事を知っていた』。大渡と東城が計画を立てている際に理科室に持ち込まれたんだから、これがどこにあるか知ってるのはおかしいんだよ。」

 

宮壁「難波、これが俺の結論だ。」

 

難波「……なるほどね。銃声はわざとだけど、そっちは本当に無意識で言ってたわ。よく気づけんね。」

 

前木「……!じゃ、じゃあ……。」

 

難波はいつも通り不敵な笑みを浮かべていた。

まるで、まだ守らなければいけないものが他にあるかのように。

 

篠田「……待ってくれ、私には理解できない……。確かに証拠もある。難波がクロだという推理が間違っているとも言わない。だが、事件を起こして、どうして平然としていられる?」

 

前木「そ、そうだよ!紫織ちゃんが皆と信頼し合えるって言ってたのに、なんでこんな事になってるの?全く分からないよ……!」

 

難波「リストに家族の名前があった。」

 

宮壁「……。」

 

難波「東城に問い詰めて、カッとなって殺した。」

 

難波「近くに銃があったからそれを使った。アタシ自身がどうなるとか、全然考えてなかった。」

 

本当にさっきから何を言っているんだ。最初にコップを入れ替えたのは難波じゃないか。

 

宮壁「……嘘だ。バレバレの嘘を吐くな、難波。」

 

難波「……あ、コップの事言ってる?東城と2人きりで話す時間が欲しくて邪魔させてもらっただけだけど。」

 

前木「ねぇ、紫織ちゃん、変だよ!嘘言わないで!クロになったのも理由があるんだよね!?紫織ちゃんがカッとなって人を殺すような人じゃないって、私だって分かるよ!」

 

難波「うるさい。」

 

前木「……え。」

 

難波「じゃあ、琴奈は、家族が殺されたって知っても平然としていられる?殺した奴が目の前にいて、平気で話ができると思う?」

 

前木「……それ、は、」

 

難波「アタシはできなかった。この話、もう終わりにしていい?そんなにアタシを信じたいって言うなら、他に怪しい人に投票すれば?」

 

前木「……。」

 

前木をわざと傷つけるような物言いをしているにも関わらず、俺達の誰も難波に反論できなかった。

 

それは俺達が言葉が思いつかないとかではなく、なんとなく、難波の言いたい事を優先させてやるべきだと、心のどこかで思っていたからだと思う。

難波が何を思ってここに立っているのか、今の俺には分からない。けれど、思考を巡らせれば、数分先の未来の俺が、何かを掴めるはずだ。

 

 

この事件の、本当のきっかけを……。

 

 

 

 

 

♢♢クライマックス推理♢♢

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「事件の発端は東城の考えた『架空の事件』だ。東城は俺達に話していた事件とは別に、被害者役もクロ役も違ったもう1つの『架空の事件』を用意していた。そして、そのクロ役に選ばれたのが大渡だった。具体的な流れは分からないが、東城の動機についていたリストで協力を仰いだらしい。そして、今回のクロは偶然にもこの会話を聞いていた。聞き耳を立てる事はクロの特技でもあったし、バレなかったんだろうな。目覚ましドリンクを作ったのもこの本当の架空の事件の為だったんだ。

そして決行当日。篠田は当初の計画通り、コップに睡眠薬を仕込んでいった。だけど、ほんのわずかな隙を狙って、クロは自分のコップと篠田のコップを入れ替えた。篠田を眠らせ、自身が起きているようにするために……。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「解散した後、篠田は東城との計画を進めるために拳銃を手に入れた後、現場に向かった。指定の場所にいなかったからしばらく探し、東城のいる防音室に入ったんだ。そしてその後を追うように大渡も防音室に向かった。大渡は目覚ましドリンクを飲んでいたから平気だったけど、この時点で篠田には睡眠薬の効果が現れ始めていたはずだ。あの篠田が大渡がついて来ている事に気づけないのはおかしいからな。そして、大渡は篠田に向かって木札を投げつけたんだ。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「木札は篠田の手に当たり、拳銃を落としてしまった。そこをすかさず東城が襲い掛かったんだ。東城は、元々用意していた注射器で、篠田に筋弛緩剤を打ち込んだ。動物にも効果のある薬で篠田は思うように動けなくなり……その後東城に発砲してしまった。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「篠田は自分のタイツを割いて手当をしようとしたけれど、体力の限界だった。東城の手当の途中で睡眠薬によって眠らされてしまったんだ。その様子を見た大渡が途中から手当を交代。東城の手当を済ませた大渡は、東城の指示に従って篠田を教室6に運び、2人はここで解散になった。そして、大渡と篠田がいなくなったのを見計らって、今度はクロが防音室に入ったんだ。」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「その後、クロと東城の間で何があったのかは分からない。クロは東城を射殺。返り血は手当の時に脱いでいた東城の白衣を使って防ぎ、現場をほとんどそのままにした状態で去って行った。架空の事件で凶器などは用意されていたから、クロが改めて用意するものは何もなかったんだろうな。」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「一連の行動、特にコップのすり替えや篠田や大渡の尾行ができた人物は1人しかいない。問題のリストを最初に切り取る事ができたのもお前だけだ……。」

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

宮壁「超高校級の怪盗、難波紫織……お前がクロなんだ……!」

 

 

 

 

 

難波「……やるじゃん。ま、今回は証言も多かったからね。」

 

難波は、腕を組んで頷いていた。クロだと言われた直後とは思えない程、ごく自然に。

 

難波「正解だよ。アタシがクロ。東城にとどめを刺したのは、アタシだ。」

 

 

 

大渡「理解ができん。貴様は本当の架空の事件を知っていた。何故殺人を犯す必要がある?」

 

篠田「そうだ……。何故なのだ、難波。意味が分からない……。」

 

難波「だから、復讐に決まってんじゃん。東城がアタシの家族に手を出したのは事実。それが許せなかった。」

 

 

さっきから誰に何を言われても同じ事を言い続ける難波に、いつしか恐怖が勝るようになっていた。本当に、本当に難波は、復讐のために東城を殺したっていうのか?

 

そんな訳がない、そう否定したいのは、俺の単なるエゴなのか?

……。

何か、違和感がある。

 

 

モノパオ「はい、じゃあオマエラ!投票してね!といっても、答えが出ちゃってるんですけどね……はぁ、つまんないの……。」

 

モノパオの嫌味を聞き流しながら、俺達は無言で投票ボタンに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

『とどめを刺したのは、アタシ』?

 

 

 

 

 

 

何故、東城は大渡に部屋まで連れて行ってもらわなかった?

 

……篠田が睡眠薬で眠らされた事で、別の人物が絡んでいる事に気づいたから。

 

 

 

東城は、何故自分で自分の手当ができなかった?

 

……それができないほど、弱っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノパオ「大正解!今回の事件のクロは難波紫織サンでした~!!」

 

宮壁「……まさか、クロに成り代わったんじゃないよな。」

 

 

モノパオの非情極まりない宣告。

それとほぼ同時に俺の口から漏れ出た言葉。

 

 

 

一度疑えば、そうとしか思えない。

 

 

 

 

 

 

難波の視線が、揺らいだ気がした。

 

 



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非日常編 3

この年で4章が終わりました。
1年で1章ペースだと後2年もかかる事になってしまうのでもう少しがんばりたいです。
それはともかく、残り3分の2!もう終盤になってきた事にドキドキしています。
裏切り者の正体や真相、全てに納得してもらえるように丁寧に書けていけたらと思います。
よろしくお願いします!!


 

「……宮壁くん、クロに成り代わったって、どういう事……?」

 

「……。」

 

自分で言った癖に、これが嘘であってほしいと思ってしまった。

 

「はぁ?成り代わり?アタシはずっと復讐だっつってんじゃん。勝手に挿げ替えないでくんない?」

 

「……本当に、いいんだな。」

 

「何が。」

 

「本当に、その理由で受け取っていいんだな?」

 

「……いいってば…。」

 

誰か分からないけど、裁判中にアイツが言っていた。難波が優しい人だと。

それならば、動機が復讐だけなはずがない。

 

「待って!紫織ちゃんがよくても、私は納得しないよ!だって、紫織ちゃんは、皆の事を信じてたんでしょ……?それなのに、こんな事になるわけない……!」

 

「……はぁ。じゃあ、まずはこれ見てくれる?」

 

難波が前木に渡した細い紙きれ。あれはまさか……。

 

「リストの続きか。」

 

「そ。アタシが東城に動機を返す前に切り取ってたところ。」

 

「『難波鳩羽』……備考に、何もない……。この人が、そうなの?」

 

「アタシの妹。」

 

「……!!!」

 

「理不尽でしょ。倉骨研究所ってとこは、本当に見境ない屑しかいない。そこに所属してる時点で東城も」

 

「それは違う!」

 

「……。」

 

「たしかに、東城の発言で許せない事だってたくさんあった。だけど、それだけじゃなかっただろ!」

 

「鳩羽に悪いところなんて何一つなかった。東城には悪いところが少なからずあった。それで判断する事の何が悪いんだよ。」

 

「……それ、は、」

 

「…………悪いよ。」

 

俺が言い淀んだ横で、前木は、はっきりとそう言った。

 

「だって、東城くんがいくら悪くても、殺しちゃったらだめなんだよ。紫織ちゃんが悪い事になっちゃうんだよ。紫織ちゃんが殺人を犯さずに済む事もできたはずなのに……。だって、紫織ちゃんが本当に東城くんを許せなかったのなら、この紙きれが綺麗なはずがないもの。」

 

前木の言葉にハッとしたように返したのは篠田だった。

 

「そうか。難波はリストから妹の名前を切り取る際に、ハサミのような道具を使ったのだろう?本当に怒りに身を任せてリストを切ったのなら、普通は大渡のように手で千切る事になるはずだ。」

 

「そうだよ。紫織ちゃんは、怒ってなんかない。最初は怒ってたかもしれないけど、リストを切る時は、丁寧に切り取る事が出来るくらい冷静だったはずだよ。」

 

「……。」

 

2人の言葉を聞いて、難波は腕を組む。

 

「……そんなに話してほしいなら言うけど、」

 

 

 

「殺すつもりは、なかった。」

 

 

 

「紫織ちゃん……。」

 

「復讐をしたかったのも事実。でもそれは、東城だけに向けての復讐じゃない。東城みたいなただの一般研究員に実験体の決定権なんてない事くらい、分かってたからさ。元凶を突き止めるために聞き出そうと思ってた。睡眠薬を交換したのは……人に聞かれたくなかったのもあるけど、1番は瞳に寝てもらいたくて。アンタが1番精神的にヤバそうなのに寝ないとかいうし。無断で睡眠薬をすり替えたら、その時点でモノパオが事件だと勘違いしてくれそうじゃん。」

 

なるほど、俺達が寝るのは事件のために篠田が動く前。その時点で事件性を疑われては危ないと思った難波なりの機転だったという事か。

 

「……いろいろあるけど、アタシは後悔してないから。東城を殺して、良かったと思ってる。」

 

その瞬間、篠田が震え出した。

 

「…………成り代わったというのは、つまり、そういう事か……?」

 

 

 

「私が、クロになるのを、代わったというのか。」

 

 

 

「……違うってば……。」

 

「違わないだろう!!!!!!」

 

篠田は声の限り叫んだ。

 

「そうなのだろう……?あのまま東城が死んでいたなら、私がクロだったはずだ。宮壁が言っているのはこの事だろう。」

 

「……ああ。」

 

俺だって信じたくない。けれど、そう考えた方が、難波らしいと思ってしまった。

 

「何故だ……。」

 

ぼろぼろと零れる涙を拭おうともせず、篠田は難波を見つめていた。

 

「難波、何故お前は私をクロにしておかなかった!!!!!!」

 

「……。」

 

「私が生きたところで何にもならないだろう!!!!!難波の方が余程、周りを見て頭を働かせて動く事ができる!!!!!私にあるものなど、何もない!!!!!!!壁を作り、周りを疑い、その結果友人を失い続けた私に、何ができるというんだ!!!!!!」

 

篠田の声がかすれるたび、胸が痛くなった。

自分をクロにしないために友達がクロになってしまった、そんな事、到底納得できるはずがない。

 

「瞳ちゃん、そんな言い方、」

 

「ずっとそうだ!!!!!!!前回のコロシアイだって、私は周りに迷惑をかけ続けた!!!!!尊敬している人に怪我を負わせて、黒幕は暴けず、挙句の果てにあのコロシアイはなかった事にされている!!!!!!」

 

「瞳」

 

「難波は私よりずっと機転も利くし、証拠を模索する胆力もある。難波が生きてくれる方が、コロシアイを終わりにする可能性だってずっと高いはずだ……!何故、何故そうしない!難波なら分かるはずだろう!私なんかより難波の方が」

 

 

「瞳、いい加減にして。」

 

決して大きくない、けれど、厳しく突き刺さるような声。

篠田は肩を震わせながら難波の返事を待った。

 

「生かした理由?決まってんじゃん。」

 

 

 

「アンタ達に死んでほしくない。それだけなんですけど。」

 

 

 

「あ……ぁ…………。」

 

難波のその言葉は、動機を認めたのと同義だった。篠田が崩れ落ちる。

 

「やめろ……死んでほしくないなど、お前の勝手な決めつけだ……私は、自分の死ならいくらでも受け入れるのに……私にお前の死を受け入れろと言うのか……。やめてくれ……そんなの、偽善だ……。私は何も嬉しくない……。」

 

「喜べよ。」

 

「……。」

 

「そもそも、アタシ、瞳がやったの知らなかったし。」

 

「え?」

 

……あ。

脳が記憶を辿っていく。

 

 

 

 

 

♢♢

♢♢♢

4章 非日常編2

♢♢♢

 

そこに篠田は入っていない。篠田をかばう準備はできている。

しっかりと、頷き返した。皆にも信じてもらえるよう、俺からも説得していくんだ。

 

篠田「東城と何者かに襲われ、東城に向かって銃を撃ってしまった。」

 

前木「え、え……!?」

 

大渡「……。」

 

難波「……え、じゃあ、あれは瞳がやったって事?」

 

篠田「……東城の腹部の傷は私が撃ったものだ。」

 

難波「マジか……。」

 

宮壁「でも、俺は篠田がクロだとは思えない。今からその話をしていこうと思う。」

 

♢♢♢

♢♢

 

 

 

 

 

「そうだ、あの時、難波は腹部の銃痕が篠田によるものだと知らなかった。だとすれば、まさか、難波は。」

 

思わず唾を飲み込む。難波は、アイツの入れ替わりで防音室に入った。倒れた篠田を抱えて防音室を後にした………

 

 

「大渡がやったと思っていたのか?」

 

 

自分の名前が出た事に驚いたのか、大渡がぴくりと反応する。

 

「……あ?」

 

「あーやだやだ、宮壁ったら変なとこで記憶力がいいんだよね。いや、確証はなかった。大渡か瞳かどっちかかなーみたいな。東城もあんまり答えてくれなかったし。」

 

「じゃあ、本当なんだな。」

 

「大前提として、それだけが動機じゃねーから。そこは間違えんなよ。」

 

「それでも、放置しても死ぬ事が決まっていた東城に、わざわざとどめを刺したんだ。そう考えた方が自然だろ。」

 

「……そうかもね。」

 

「そんな、紫織ちゃん、本当なの……?」

 

「……琴奈、泣きすぎ。」

 

「だ、だって……!!」

 

そこから言葉を紡ぐ事はなく、前木は流れる涙を拭うので精一杯のようだった。

 

「…………理解ができん。スパイ女やそこの幸運の為というなら、まだ分かる。俺がまともに貴様と会話をした事があったか?偽善にも程がある。」

 

「そう?アタシは裁判の時からずっと言ってる。アンタ達は全員信用できるってさ。」

 

「本当に、それだけなのか?意味分かんねぇ……。」

 

「ふふ、分かんないかもね。大渡の過去について詮索するつもりはないけど、大体予測ついてるし。」

 

「あ……?」

 

「邪を清めるってのが信条の人夢信教。そんな宗教の信徒であるアンタの母親。アンタの才能ともいえる霊感を、母親含め信者達はどう思ったんだろうね。」

 

「……うるせぇ……。」

 

「清めの力としてあがめられたのか、それとも邪悪な力として排他されたのか。どっちにしても、アンタはその場で異端だったはず。アンタ自身は人夢信教に心酔しているようには見えないのに、どうして首なんて目立つところにタトゥーが入っているのか。」

 

「いい加減にせぇよ。貴様の話をしろ。」

 

「とにかく、アンタにアタシを理解するのは不可能だって言いたいの。アンタは人を信用した事ねーもん。でもアタシは違う。妹の事も、怪盗の仲間の事も、アンタ達の事も、全員同じくらい大事よ。アタシ達は仲間だったから。」

 

「……待ってくれ、その根拠が分からない。難波がそこまで俺達を信用する根拠……この中に裏切り者がいないだけにしては、あまりにも信じすぎじゃないか?」

 

俺の言葉に難波はまた笑うと、くるくると指に髪を巻き付けた。

 

「そんなに気になるなら話してあげるよ、アタシと東城がアンタ達を信じた理由。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「難波さん。こんな時間に何の用事かな。」

 

「それは勿論……って何、アンタ怪我してんじゃん。」

 

「ミスだよ。いろいろあったんだ。ボクは今日で死ぬ。」

 

「……。」

 

「……で、何が聞きたいのかな。」

 

「とりあえず聞きたいのは……アタシ達が死んだ後の話。」

 

「達?」

 

「アンタ、それ自殺じゃないんでしょ。じゃあアタシがクロになるわ。」

 

「何故?」

 

「死ぬなら犯罪者が死んだ方がいいでしょ。」

 

「まぁ、それはたしかにそうだね。とはいえ事故でも銃撃されたのは事実だ。犯罪者が沢山いる事になるね。」

 

けろっとした顔でそう言い切った東城に、このまま殴り殺してやろうかと思ったけどぎりぎり堪えた。

 

「最低。で、質問に対しては?」

 

「……今後の事は彼らに任せるしかない。ボク達には何も……」

 

「できる。今のアンタは明らかに今までのアンタとは違うから。」

 

「どうしてそう思う?」

 

「なんとなく。勘ってやつ。」

 

「……ははっ!難波さんらしいや。」

 

「!!!」

 

びっくりした。東城が、声を出して笑っている。

それに、『アタシらしい』?何を急に知った風な口を…………

 

「そういう事か。記憶、戻ってんだ。」

 

「さすが難波さん。頭の回転が速くて助かるよ。実はお腹の痛みで走馬灯みたいなものがずっと見えていてね。記憶もばっちり戻ったよ。」

 

「まーね。どう?現状については。」

 

「最悪だよ。桜井さんと端部くんなんて何馬鹿な事をやってるんだって感じだし、牧野くんに至っては最低だね。好きな人を犯罪者にするなんて。三笠くんと潜手さんに安鐘さんは、惜しい人を亡くしたっていうのが正しいかな。昔は本当に頼りになっていたんだ。柳原くんの才能については初めて知ったよ。やけにテスト勉強をしないとは思っていたけれど、しなくてもできていたんだね。」

 

「まぁ、総括すれば地獄絵図って感じだよ。全くとんでもない事をしたね、勝卯木蘭って奴は。」

 

「え、光の事忘れてる?とんだけど。」

 

「いや、彼女についてはこれから言おうと思っていた。」

 

東城は、とんでもない事を口にした。

 

 

 

「ボクはね、裏切り者は高堂さんの事だと思う。いや、彼女は死んでいるから今モノパオを操作しているとは思えないのだけれど、少なくとも、『コロシアイの前からボク達と対立していた』のは高堂さんだけだから。」

 

 

 

「……どういう事?」

 

「高堂さんは……ボク達の『ある計画』を邪魔しようとしていた。理由は分からない。けれど、ボク達は絶対にその計画を進めなければいけなかった。それが、『制偽学園を破壊するため』に必要な事だったからね。」

 

「制偽学園を、破壊?計画?光がその邪魔をした?なんで?ちょっと待って、もっと詳しく……!」

 

「……具体的には言わない方がいい。カメラがある。絶対ボク達の会話を聞いているよ。それに、ボクは常に万一に備えているからね。キミが来るまで走り書きしていた。これを……。」

 

そう言って東城からメモをもらった。これに情報がまとまっているらしい。アタシは失くさないようにポケットにしまった。後で部屋にでも隠しておこう。

[情報⑨:特別学級の皆で、制偽学園を破壊するためのとある計画を目論んでいた。高堂光だけは終止それに反対していたらしい。]

 

「その計画ってさ、成功したの?」

 

「失敗したからこんな事になっているんだよ。ボク達が相手にするには敵が強大すぎた。」

 

「……そう。次は特別学級の本当のメンバーについて知りたい。」

 

「了解。はは、次々質問されてそれに受け答えするなんて、さながらチャットAIだ。」

 

……東城って、こんなにノリ良い奴だったんだ……。

 

「とはいえ、真の超高校級の記憶力の人についてはボクも詳しくない。あくまで走馬灯で見えた記憶が戻っただけで、他の事は知らないままだからね。彼女がコロシアイに巻き込まれなかったのは一重に勝卯木蘭が代わりに入る事になったからだし、彼女とこのコロシアイは無関係だろうね。彼女もボク達と一緒に学園と戦ってくれていた。おそらく今はどこかに軟禁されているのではないかな。」

 

「て事は、その人が裏切り者とも言えないんだ。」

 

「うん。……なんだったかな、たしか、桜井さんには『たまちゃん』と呼ばれていたはずだよ。ボクは特別学級にいた時も交友関係が広い訳ではなかったからね。彼女ともあまり話していなかった。」

 

……たまちゃん、彼女って言い方からしても、16人目は女子だった事以外分かりそうにないな。

 

「ふうん。」

 

「そうだ、あとは超高校級の説得力について言っておこうかな。記憶さえ戻ってしまえば正体なんて簡単に分かる。何せ、ボク達はあの人とも協力して計画を練っていたからね。」

 

「……?待って、悪魔は敵じゃねーの?」

 

「学園の敵である事は間違いないし、世間的にもいい存在ではないよ。けれど……その志はボク達と同じだった。彼も制偽学園を破壊する事に賛成してくれていたからね。」

 

「彼……悪魔は男?」

 

「……いや、男、なのかな。」

 

「は?」

 

「あくまでその人の別人格だから、悪魔本人に性別はなかったはずだ。特別学級で過ごしていた時、クラスメイトであるボク達の前で本人がその話をしていたよ。いや、スカートも履いてみたいと言っていたけれど……。」

 

「……。」

 

なるほどね。これはもう、ほぼ確定と思っていいかもしれない。

悪魔についての考察はここで打ち止めでいいや。たぶん合ってるし。

 

「とにかく、ボク達の敵は悪魔じゃない。だけど、それを踏まえた上で、キミが悪魔の人格を持つ人をこれから殺しに行くとしても、ボクは止めない。ボクはもう死ぬから、後の事なんてどうしようもないからね。」

 

悪魔を殺すかどうか。

アイツを殺せば、悪魔以外、つまり、アタシも一緒に出られる訳だ。

この上なく魅力的な提案だろうけど……

 

 

「……やらねーよ、人殺しなんて。出てもアタシが警察に捕まるだけだし。罪状多いから損だわ。」

 

「ボクを今から殺す人の台詞じゃあないな。」

 

「アンタを殺したところで、アタシも被害者でしょ。ノーカンノーカン。」

 

「……はぁ、生粋の犯罪者は、思考回路がどうもずれているらしい。」

 

頭を抱えてきたけど、そもそも人体実験に絡んでる時点で同類じゃんか。なんて愚痴を飲み込み、東城の話を促した。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「ざっとこんな感じ。はいはい、もう何もないから納得してよね。」

 

「…………。」

 

難波は、自分がクロになったどころか、悪魔が誰か分かっていて殺さない選択を取るのか。生きてここから出る方法が分かっているのに、柳原と同じ道を選ぶのかよ。

 

「紫織ちゃん、やだ、やだよ……。死なないで……。」

 

「だから、死ぬしかないんだって。琴奈はいつまで泣いてるつもり?」

 

「だ、だって……!!そもそも、瞳ちゃんが誤射したのだって、私の不運のせいじゃないの…?だって、昨日は私が不運だったんだよ……?こんなの、私が引き起こしたようなものだよ!私のせいで瞳ちゃんが誤射して、それで今紫織ちゃんがクロになって……!」

 

「それは……。」

 

「やっぱり……!あはは、やっぱり私のせいなんだ……!ごめんね、本当にごめんなさい……!代わりに私がクロになればよかったのに……!不運なのは私なんだから……!!!」

 

「前木、やめろ…!お前のせいじゃない!私が、私が大人しく東城に反抗しなければ……!」

 

「ちょっと、2人ともやめてってば……。」

 

悪魔についてもかなり分かった。要は悪魔は二重人格で、今はその人格が出ていないから最初の事件の前に牧野の才能をもってしても割り出せなかったんだ。

 

「理解できねぇな。悪魔が分かっているのに殺さない選択肢があるか?今すぐ殺せば俺達も出られる。これ以上ない解決策だろうが。」

 

「出たって捕まるのに殺す馬鹿がどこにいんの?」

 

「あ?未成年者なら罪状も重くならねぇし、そもそも特殊な状況下だ。十分に情状酌量の余地があんだろ。おいクワガタ、貴様の得意分野じゃねぇのか。」

 

東城は他にも気になる事を言っていた。

俺達が考えていた計画、それが何か、どうやったら分かる?難波がどこかに隠していてくれるなら、後で探しに行った方がいいな。

 

「おい、聞いてんのか。」

 

「……え、あ、あぁ、悪い……。」

 

大渡は舌打ちをして二度と俺の方を向かなくなってしまった。さすがに俺が悪い。

 

「私は……何度同じ事をすれば…………」

 

篠田は床にへたり込んだまま立ち上がろうとしない。前木も泣いたまま一言も話さなくなってしまった。

 

「……チッ、じゃあ悪魔の正体とやらを教えろ。そこのスパイ女が殺すだろ。」

 

「大渡……!!!」

 

難波が食って掛かるように大渡の前に立つ。

 

「悪魔を殺せば、難波が助かる……?だが、誰かを殺さないと、難波は死ぬ……どうすれば、どうすればいい……?」

 

「アタシは言わない。瞳が何かする必要はねーよ。」

 

「……。」

 

「私は……。」

 

「つまり、貴様は俺達がこれから先もコロシアイを続ける事を強要する訳だ。まぁ、そこでくたばったところで貴様には関係ないだろうからな。高みの見物ってやつか?」

 

「はぁ……。」

 

大渡の言い方もいつにも増してキツい。だけど今回ばかりは大渡の気持ちも少し分かってしまった。難波が頑なに悪魔の正体を言わない理由。それは……

 

「悪魔が俺達の仲間だから、殺すわけにはいかない…って事か?」

 

「そう。」

 

「……。」

 

本当に、たったそれだけの理由で、難波は死ぬ事を受け入れている。

嘘のような話だけれど、難波の表情はとても嘘を吐いているように見えなかった。

 

それでも、存在しなくてもよかったはずのクロという存在。これから待ち受けるもの。この状況を作りあげている全てが俺達の空気を重くしていた。

 

「んじゃ、皆はちゃんと仲良くしてよ?」

 

「ま、待って紫織ちゃん……!」

 

「ちょっとちょっと、待つも何もこの場を仕切ってるのはオレくんなんですけど!待たせるか待たせないかは、オレくんだけが決められるんだよ!」

 

「モノパオは黙っていろ……。」

 

顔色の悪い篠田に睨まれ、モノパオは腰に手をあて宙を見上げてしまった。

 

「……。」

 

モノパオが黙り込んだのと同時に俺達も沈黙してしまった。

何をどう話せばいいかも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

……けれど、その沈黙を破ったのも、やはり難波だった。

 

 

 

 

「あ~~~~~~あ!!!最悪!!!東城だけかと思ったら瞳も死んでもいいみたいなスタンスでさ!!!!アタシの命、そんな死にたがりのために浪費したくねーんだけど。」

 

「!?」

 

突然、難波は大げさなため息と共に愚痴をこぼした。そのまま大渡の方をきつく睨む。

 

「大渡!」

 

「……あ?」

 

「大渡もいつもみたいに無愛想でいてくんねーかな!?何を今更悔しそうな顔してんだよ!!!!そんな顔できるなら美亜の時からしとけよ!!!!!だっっっさ!!!!!!」

 

「……っ。」

 

 

 

「紫織ちゃん……?」

 

「琴奈も!!!!!アンタさっきから自分の才能のせいっつってるけど、そもそも暴かれなくてもクロとして名乗り出て説明するつもりだったし?アンタの運なんかなくても、アタシは生き延びるつもりじゃねーっての!!!」

 

「へ……。」

 

 

 

「何を言って……」

 

「瞳、アンタは何のためにここにいんの!?アタシはアンタの人柄も才能も買ってる!買ったからクロになってんの!!それをいつまでもうじうじ……!!いい加減開き直ってもいいんだけど!?」

 

「……!」

 

 

 

「……なに、わ、」

 

「宮壁もいつまで間抜けな面してる訳!?アンタが突き止めたんでしょ!?クロが分かった途端にやっぱ突き止めなきゃよかった~みたいなふざけた事言ってんなよ!!!!アンタの甘っちょろい判断でアタシの感情まで決めつけんな!!!!」

 

「……。」

 

 

 

 

 

「アンタ等全員、これで生き延びれるぞって勝ち誇った顔してくんないかな!?ほんっと、面倒くさい奴等……!!!!」

 

難波は心底だるそうに頭を抑える。

 

 

 

「アンタ達にはこのアタシが直々に助けてやるだけの価値があんの。理解しろよ。」

 

 

 

 

無理だ、無理に決まってるだろ。

難波が俺達のために死を選んだと知って、その死を惜しまずにいろなんて、なんて酷な事を言うんだ。

 

「紫織ちゃん。」

 

「投票を間違えて代わりに私達が死ねばよかったなんて、そんな綺麗事が言える程、私は強くないよ。でも、それは今笑えるかどうかっていうのとは、話が違う!」

 

「……琴奈。アンタもそろそろ、」

 

「私は、笑いながら紫織ちゃんとお別れなんてできないよ!死んでほしくないって、一生おしゃべりしていたいって。そう思わなきゃ、本当にだめなの!!!」

 

「紫織ちゃんの事をずっと大切に思いたい、紫織ちゃんの事が大好きだから。私にとってそれは、笑顔でのお別れなんかじゃない。」

 

「紫織ちゃん、ごめんね。私、弱いから、紫織ちゃんの言う通りできない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はどうしたって、泣きながらお別れがしたいよ………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前木は、これ以上ないくらいに号泣していた。

その場に崩れ落ちたまま、前木は溢れる涙を袖で拭っていた。

 

 

「……私もだ、難波。すまない……涙を止められなくて……。」

 

 

 

 

「……ほんと、弱すぎて、ウケるんだけど。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………難波。貴様には世話になった。以上だ。」

 

 

 

 

「あはっ、大渡が言うの、キツ…………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は、こんな言葉なんてかけるべきじゃない。

難波はすでに半泣きだった。皆にこんなに必死で言われて、泣きたいのをこらえているんだ。

これから死ぬっていうのに、怖くない訳ないじゃないか。

自分から死を選んだからって、難波は死にたい訳じゃないのだから。

 

そう、分かっているんだ。

けれど、そんな理性がはたらくはずもなく、俺の口は勝手に動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、難波。俺達、絶対に生き残るよ。」

 

 

 

 

「あははっ!ばーか。当たり前じゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

難波は、泣きながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、アタシからいろいろ言いたい事があるんだわ。」

 

 

難波は最初に前木に近づくと何かを手渡し、ささやいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん。宮壁も。」

 

 

そう言って俺にこっそり渡されたのは、先の曲がったヘアピン。俺の傍で耳打ちする。

 

「電子生徒手帳は玄関ホールに保管されてるけど、今まで死んだ奴等の部屋に入れない理由、知ってる?」

 

「え?」

 

「個室には手帳の電子キーとは別に普通の鍵がかかるようになってた。」

 

「……要は、このヘアピンで今まで死んだ奴全員の部屋にいつでも入れる。ほんと作るの苦労したわ。間違っても曲げんなよ?」

 

「…………!!!」

 

 

 

ああ、難波、お前は最後まで俺達の心配をしてくれるのか。

 

 

難波は大渡と篠田にも何かを渡したようで、全員の顔が明るくなったような気がした。

 

 

 

 

 

 

「アタシは悪魔の正体も、モノパオ、アンタの事も、コロシアイについても、ほとんど予測できてる。見てな、モノパオ。もうアンタの思い通りにはならない。」

 

「間違いなく、このコロシアイは終わる。アンタが元気でいられるのも今の内って事よ。」

 

そう言って、難波はいつもの不敵な笑みを見せた。

何を考えているか分からない事も、怪しく見える事もあったその笑みが、今は何よりも俺達の背中を押してくれるように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不甲斐ないな。

まだ生きていく俺達が、これから死ぬ難波に勇気づけられるなんて。

笑ってしまうほど情けなくて、自分が憎いほど悔しいけれど。

 

 

笑顔とは程遠い顔で、難波から、反撃のためのバトンを貰う。

 

 

 

これが俺達の別れだ。

希望を繋ぐ、涙の別れなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはーい、ここらへんで打ち切っちゃって大丈夫そ?オレくんももらい泣きしちゃったよー。いやぁ、友情っていいもんだなあ。そんな友情を美しく飾ったままでいるのももったいないので、ここで1つ、現実ってのを突きつけちゃおっかな!」

 

「現実……?」

 

「篠田サン復唱ありがとう!オレくんは途中まで篠田サンか大渡クンがクロだと思ってたから2つは考えてたんだけど、難波サンのおしおきなんて用意できてないの!だ・か・ら~……」

 

 

 

 

 

 

 

ぞわりと、鳥肌が立った。

俺達は忘れていたんだ、今のモノパオがこんな希望に溢れた状況で終わらせてくれるはずがないって事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「難波サンには、篠田サンと大渡クンにやる予定だったおしおき、2つを執行しちゃいまーす!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

「は……?」

 

「……っ!瞳!大渡!聞かなくていい!どっちにしろアタシが処刑されるんだから方法なんてどうでもいいじゃん!!!」

 

 

「あはは、そうかなぁ?本当なら自分が受けるはずだった痛みを、難波サンが代わりに受けてくれるんだよ。文字通りオマエラは難波サンを身代わりにして生き残る。」

 

「うっせーんだよ!!!!!!!余計な事吹き込むな!!!!!!」

 

「じゃ、目も耳も心もかっぽじってよく見ておいてね。難波サンへのおしおき、始めちゃいまーす!」

 

「身代わりなんかじゃねーよ!!!!違う!!!!!!真に受けんな、馬鹿!!!!!!」

 

 

 

 

 

モノパオの笑い声以外、何の音も聞こえない。

 

 

難波が何かを必死で叫んでいるのに、それすら聞こえない。

 

 

 

 

全てモノパオのせいなのか?

 

今この現状は、俺達がかける言葉が見つからないせいじゃないのか?

 

顔面蒼白の篠田と、眉間に皺を寄せたままの大渡と、口を抑えて震える事しかできない前木と、思考が止まってしまった俺。

 

俺達の全員が何も言えないから、難波は今、こんなに苦しんでいるんじゃないか?

 

俺達は、最後の最後で、難波の心をぐちゃぐちゃにしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

GAME OVER

 

ナニワさんが クロにきまりました。

おしおきをかいしします。

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「これ見て。」

 

アタシは、鳩羽の名前を見せた。

 

「……難波鳩羽……?難波さんの知り合い?というより、この紙きれは……。」

 

「アンタの秘密にあったこのリスト、アタシが先に見て切ってた。何か弁明は?」

 

「弁明も何も、ボクは知らないよ。」

 

「……!!!アンタ、記憶が戻ってんじゃねーの!?知らない訳ねーだろ!!」

 

「戻ろうが戻らまいが、ボクはずっとボクだよ。」

 

「じゃあ、反省も何もないんだ……?アンタのポリシーだった犯罪者がどうのってのは何だった訳?最近様子がおかしかったのも関係ないんだ?」

 

思わずまくし立てるように言ってしまったけど仕方ない。

東城はアタシの言葉に何を思ったか、自分の膝に視線を落とした。

 

「……それは、違うよ。ボクは犯罪者でない人が実験に使われるなんてあってはならない事だと思っている。ありえない事を平気でやっていた研究所にも、過去の自分にも腹が立つ。けれど、何よりも苦しいのは……」

 

「ボク自身が、何も思い出せない事だ。」

 

「……!」

 

「現に今も、過去の自分が何を考えていたのかまるで分からない。死にかけても走馬灯すら見えないのなら、きっと一生思い出す事はないのだろうね。」

 

「償うといってもここでできる事なんてたかが知れている。そこでボクは閃いたんだ。このコロシアイを打破する方法をね。」

 

「は?」

 

「前木さんの幸運を利用する、あの運のメカニズムを確定させる。あれを上手く使えば、ボク達にとって都合のいい展開にする事も可能だ。」

 

「…………まさかアンタ……最初から……。」

 

 

「前木さんが眠った瞬間に幸運になるなら、ボク達の架空の事件は成功する。前木さんが眠りから覚める事が条件ならば、架空の事件は失敗する。」

 

東城は、ここで初めて見た時と同じ、キラキラと輝く目をして言った。

 

 

 

「実験したんだ、ボク自身の命を利用してね。結果は失敗。前木さんは眠りから覚めたタイミングで運が交代すると考えられる。」

 

 

 

きっと、彼の記憶にない東城優馬は、こんな顔でアタシの妹を殺したんだろうと、悟った。自分の命も他人の命も、犯罪という枠で括られなければ、きっと軽いものなのだろう。

 

ここでコロシアイを運営するモノパオよりも、コロシアイを企てた勝卯木蓮よりも、東城優馬は、人の命を軽視している。

 

 

「……アンタの事、よく分かった。やっぱ嫌いだわ。」

 

 

それでも……。

 

「倉骨研究所の人間は等しく『こう』だよ。いけない事だとは知っているけれど、それを罰せられないのであれば何でもやる。そういう人間の集まりなんだ。」

 

「いろいろ思い出した事がある。それはそのメモに書いているから、難波さんに任せるよ。残り少ない人生、どう活かすかはキミ次第だ。」

 

 

それでも、今浮かべている表情は、とても人生に満足しているとは思えないものだったから。

 

 

 

 

「少しの間、助手になってあげる。他に話したい事があれば、何でも言ってよ。」

 

 

 

「……!……はは、いいね。これ以上ない適任だ。世間的な犯罪者同士、仲良くしようね。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

……うーん、やっぱ東城の事、大嫌いかも。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

『密偵!ナイトスクープ』

 

 

 

難波の目の前に現れたのは無数の赤外線センサー。

おしおき直前にモノパオに配られたゴーグルをかけるとようやく見えるそれは、難波の行く手を阻むように重なっていた。

難波にも同じゴーグルがかけられているため、きっと難波からも見えているだろう。

 

一匹のモノパオがちょこちょこと赤外線に触れると、どこからか登場したマシンガンによって一瞬でハチの巣になった。

俺達の全員が唾を飲むと同時に、センサーはぐるぐると動き始め、難波を狙う。

 

クリアしたら出られるような仕掛けなどどこにもなく、ただただ襲い来るそれに、死ぬ事を受け入れたはずの難波は、反射的に避けていく。

本数が増え、いよいよ常人、それも何の道具も持たない状態では厳しくなった時、一本のレーザーが難波の腕を赤く照らした。

 

瞬間、難波の腕に穴が空く。

絶対に叫ばまいと、唇を強く噛む難波の口から血が滴る。

 

まだ2つ目が待っているからか、難波の胴体に穴が空く事はない。

致命傷が与えられないまま、難波は倒れる事なく自身の血だまりの中で座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もうじゃみち』

 

 

 

難波はいつの間にか、狭い山小屋に閉じ込められていた。

 

人を殺した、と何かの声が響き渡り、小屋の中にモノパオが入ってくる。

足を引きずりながら押し込められる前に小屋を出ると、火の玉のようなものが難波を追いかけていた。

 

まるでアトラクションのようにぎりぎり難波に追いつかないスピードで難波を追い詰めるそれは、徐々に数を増やしていく。

 

貧血を起こしたのか、難波は倒れこんでしまう。池のような場所に滑り落ちてしまった難波は、ただでさえ泳ぐのが苦手だと言っていたのに満身創痍の身体でまともに泳げるはずがなかった。

 

それでも声をあげようとしない難波の足を、水中から何かが掴んだようだ。

難波は必死で池の縁に捕まろうと足掻く。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

けれど、そんな抵抗は虚しく、難波はそのまま池の底に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

……終わった。処刑が終わった。

2つ連続、前代未聞のおしおきがようやく終わった。

 

「オマエラ見た!?難波サン、苦しんでたね~!!」

 

「くっ……!」

 

「紫織ちゃん……。ごめ、ごめんなさい……。」

 

「……。」

 

「いやあ、すごくいい気味だったね!あの難波サンでも痛いと泣くんだよ!いいねいいね、オレくんすっきり!オマエラへの復讐の一環としては悪くないおしおきになったんじゃないかな?」

 

復讐……?モノパオが、俺達に?

何を言っているのか分からないけど、何かのヒントになるかもしれない……。

[情報⑩:裏切り者はコロシアイ参加者に対して復讐するのが目的らしい。]

 

「あちゃあ、すっごいお通夜ムード。誰もオレくんと会話してくれないじゃん……。ま、オレくんの前で何をごちょごちょしてたのか知らないけど、オマエラ、好き勝手するにも限度があるんだからね!」

 

モノパオはさっさと消えていった。

俺達の誰も、誰かに向けて語りかけようとはしなかった。

 

「やだ、やだよ…しおり、ちゃん…うぅ……」

 

「……うっ、ぐす、……ッ!」

 

モノパオが消えてもなお泣きじゃくる前木を支えるように篠田は泣きながら寄り添っていた。

2人とも、もう人目なんて微塵も気にしない様子で涙を流し続けていた。

 

「チッ……糞みてぇなモン遺しやがって……。」

 

大渡の悪態が、かろうじて意識が離れるのを止めてくれているみたいだった。

 

 

 

 

 

 

「……見つけよう。」

 

 

 

「あ?」

 

いつの間にか座り込んでいた腰をあげて立ち上がる。

 

「難波が悪魔の正体を突き止めた証拠を……コロシアイの真相を…モノパオの正体を……。絶対、もうあるはずなんだ。」

 

「貴様1人でやるつもりか。」

 

「違う。もちろんここにいる皆でだ。やろう。」

 

訝しげな目で篠田と大渡が見てくる。

 

「宮壁、今すぐにというのは……。」

 

「早くせずに証拠が消えたらどうするんだ。誰もやらないなら俺1人で」

 

 

 

 

 

「信じられない。」

 

 

 

 

 

 

前木が俺の言葉を遮ってきた。

 

 

 

「宮壁くん……どういうこと?」

 

「どういうことって、そのままだ。俺たちでモノパオの正体を暴こうって」

 

「なんで今なの?」

 

「だからそれは証拠が消えるかもしれないから」

 

「消えないかもしれないよ。」

 

「消える可能性の方が高いじゃないか。」

 

 

前木が立ち上がる。

篠田が止めようとするが振り払って俺の方に来て…。

 

 

 

 

 

睨まれた。

 

 

 

 

 

「私はそんなに強くないよ。宮壁くんみたいに、友達が死んだ直後に『次』に向けて動くことなんてできない。」

 

「前木、」

 

「宮壁くんはいつもそうだよね、誰が死んでも泣いたり悲しんだりしてない。表情も変わらない。…なんでそんなに冷たいの?私には、宮壁くんが機械にしか見えないよ。」

 

 

 

 

……え?

慌てて自分の顔を触る。普段通りだった。

 

 

 

「俺、そんなつもりじゃ」

 

「そんなつもりじゃなくてもそういうつもりに見えてるの!いつも黙ってるだけだよね…!別に声をかけてほしいわけじゃないよ!だけど、そんな態度ってことはさ、……宮壁くんにとってここにいた皆は、死んでも泣いててもどうでもいいってことなんでしょ?皆は、宮壁くんにとって何なの?友達じゃないの?仲間じゃないの…?答えてよ……!」

 

 

 

 

 

あれだけ後悔したのに、何も、言えなかった。

 

 

 

 

 

何を返していいか分からない。

 

 

 

 

 

俺は、今まで何を考えていたんだっけ?

皆が死んでいく時に何を思っていた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えていない。

 

 

 

 

 

気持ち悪いくらい、何も記憶にない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、ちゃんと悲しんでたか?

 

 

何があったかは覚えているのに、その時何を感じたか、まるで記憶にない。

 

桜井が血を流して倒れていた時。

端部が焼け焦げてその匂いが鼻についた時。

牧野が穴の底で息絶えていた時。

高堂が真っ二つにされた時。

三笠がベッドの上で息を引き取った時。

安鐘が自分の血と水に濡れているのを見つけた時。

勝卯木が口から血を吐いて鼓動を止めた時。

柳原の身体に火が回った時。

東城の手が冷たくなっていた時。

そしてたった今、難波が姿を消した時。

 

俺は、何を思っていたんだっけ。

悲しかった、ような気がする。

びっくりした?かもしれない。

笑ってはいなかったはず。だって、笑っちゃいけない場面だから。

怒った?何に対して?この状況?黒幕?自分自身?

 

誰かがそこだけ持ち去ってしまったかのように、俺の感情は空っぽだった。

忘れてはいけないはずのものを忘れているような気がする。

 

もっと昔に、忘れられない出来事を、忘れさせられた気がする。

 

 

 

 

 

 

『大希くん、その怪我、何があった。教えてくれないか。』

 

俺も知りたいよ、叔父さん。

 

『なんでもない?そんな訳がないだろう。だって、こんなの…………』

 

なんでもないなんて、俺そんな事言ってない。誰かが、誰かが俺の代わりに喋ってる。

 

 

 

 

待って、俺にも教えて。隠さないでくれ……。

覚えてないと、そうでないと……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こんなに言っても答えられないんだ。」

 

 

 

「紫織ちゃんには、お互いを信じてって言われたけど……私、宮壁くんの事が信じられない。ごめんなさい。」

 

「前木!」

 

「……。」

 

 

 

 

前木は篠田の声かけに軽く頭を下げ、裁判場を後にした。

 

 

「宮壁、何でもいいから何か言うべきだったと思うが。」

 

「そう、だよな……。」

 

篠田の若干呆れたような視線が痛い。

前木の後ろ姿に何も言えなかった自分が恥ずかしいし、後悔の念が押し寄せる。

……だけど、きっとこの気持ちもすぐに忘れると思うと、どうでもよくなった。

 

「……。宮壁、大丈夫か。たまにお前はそうやってぼーっとする事があるが。」

 

「……ごめん、大丈夫じゃ、ないかもしれない……。」

 

「それを前木に言えばよかったと言っているんだ。前木だってそんな状態の人に怒る程、気は短くない。」

 

「ああ……。」

 

「チッ、今から探索なんて不可能だろうが。さっさと寝ろ。探索は明日、これは命令だ。」

 

「……。」

 

モノパオに証拠が消されないか、未だに不安はなくならないけれど、ここは大人しく従う事にした。

俺だけができる事は、実は他にもう1つ思い当たる。今日はそれをして寝てしまおう。

 

「ごめん、2人とも。」

 

「ふん。」

 

「肩を貸してほしければ言ってくれ。私でよければ支える。」

 

「いいよ、篠田だって疲れてるだろ。」

 

「……まぁな。」

 

 

俺達はそのままエレベーターに乗り、個室のある通路についたところで解散となった。前木には明日謝ろう……。篠田と大渡が各自個室に戻ったのを確認し、俺も自分の部屋に入った。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

すっかりこの施設で1番落ち着く場所となってしまった個室の椅子に腰かける。

 

俺が今日やらなければならない事は、悪魔の正体を突き止める事だ。

……いや、俺の中にある嫌な予感が当たっているのか、確認すると言った方が正しいだろう。

 

 

「ノートに書いていくか。」

 

今までの情報もメモから引っ張り出しながら、頭の中を整理していく。

 

[情報⑤:悪魔は確実に生存している。]

「まず、悪魔は生存している。この時点で今いる大渡、篠田、前木、俺の4人に絞られたんだ。」

 

そして、悪魔は裏人格である。要は二重人格って事だ。

……まずい、脳が拒否しているかのように思考がぼやけてきている。いつもの頭痛も始まった。

 

「……何かで見た事がある。人格を交代する時に意識がなくなる事があるらしい。」

 

気を失ったり、または失いかけた事がある人物。

……。

 

1番気になっていた事は、1つ前の事件。

柳原が、超高校級の学習力で『悪魔の才能を学習していた』事だ。

本を読んで推理力を手に入れ、少し話をしただけの難波から歩き方を習得、牧野のショーでメンタリズムに詳しくなり、勝卯木を観察してポーカーフェイスを手に入れた。前木の幸運だけは頑張っても学べなかったと言っていた。

 

……じゃあ、柳原とよく一緒にいた俺は?

俺からは、何を学んだ?

推理力?違う。それなら本をあんなに沢山読む必要がない。

 

………………嘘で、あってくれ…………。

 

 

 

どうにかして覆せないかとメモ帳をめくっているとある文が俺の目に止まった。

 

 

[情報⑥:前木が宮壁を襲った日、正真正銘、前木は超高校級の幸運だった。]

 

 

あの時、どうして俺はあんなに巧みに動けた?

人に殺されそうになる経験なんて、俺の知る限りでは一度もない。

俺の知らない動きが、あの時の俺にはできた。

 

あれが前木にとってのイレギュラーだったとすれば、本来なら俺はあそこで死んでいたんじゃないだろうか。

俺が死ぬ事が、前木にとっての、ひいては『前木と同じ立場の人にとっての幸運』であったなら。

俺が死ぬ事が、『コロシアイを終わらせる方法』だとしたら。

 

………………。

 

 

…………さっきから視界に映る腕の包帯の怪我は、いつ、どこでできたものなのか。

俺は知らない。

 

そもそも、こんな傷があった事すら、俺の記憶にない。

俺が毎日シャワーを浴びる時も気づかなかったし、プールの時も誰にも指摘されなかった。

 

 

……誰かが、『俺が無傷だと説得していた』としたら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、悪魔の正体は、俺だ。」

 

 

 

 

 

 

 

分かってしまった。だって、俺しかいないじゃないか。

 

汗が滝のように吹き出す。

 

俺がいたから、コロシアイなんてものが起きてしまった。俺がいたから桜井も端部も牧野も高堂も三笠も安鐘も勝卯木も潜手も柳原も東城も難波も死んだ。俺のせいで、今もここから出られない。

 

 

………どうしよう。

 

 

こういう時って、どうしたらいいんだろう。俺、応用が利かないんだ。分からない。

死んだらいいんじゃないか?

だけど、今のモノパオを信用できるか?モノパオは、本当に俺が死ねば皆を解放してくれるだろうか。もしそうならそれもアリかもしれないな。

怖い。

死ぬってなんだろう。どうなるんだ?死んで、生まれ変わって、また悪魔だったらどうする?また死ぬ?何回?痛いのは嫌だし苦しいのも嫌だ。本当なら今こうして頭を抱えているのも嫌なんだ。なんで俺がこんな目にあってんだよ。俺が何か悪い事をしたんだろうか。記憶にない。だけど俺は記憶にない事だらけだから、悪い事をしていてもおかしくない。

仲間?

難波は、こんな奴を仲間だと言って殺さなかったのか?どうして。俺くらい殺したって誰も責めやしないのに。ああ、叔父さんは悲しむかな。だけど叔父さんだって俺がした事を知ったら失望するだろうな。何をしたのか、何もしていないのかすら俺は知らないけど。どうして俺の事なのに俺が部外者になってんだろう。分からない事しかないのに俺が決められる事なんて何もない。

……判断力ってのは、きっと説得力の副産物みたいなものに違いない。

結局俺には何もないんだ。俺は、こんな状況でもまだ死ぬのが怖いからと、存在しない抜け道を探そうともがく哀れな肉の塊。それが俺の正体ってやつなんだ。

…………。

 

もうなんでもよくなってきた。寝よう。寝て、寝て、寝て……。

このまま目を開ける必要のない世界になってしまえばいいのに。

 

 

 

 

頭痛が酷い。

そのまま眠りに落ちるように、いや、俺の意識は、どこでもない場所へと転がり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、起きて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ねぇ、大希。やっと会えたね!」

 

「……。」

 

「初めまして、オレは……名前はないんだけど、美亜ちゃんが『ロザリオ』はどうかって。だからそう呼んで!超高校級の説得力を持つ、もう1人のキミだよ。ビジュアルはオレ好みになってるんだぁ。」

 

「……。」

 

「心が空っぽになっちゃって話せないんだね。可哀想だけど大丈夫。そうしないと生きられないからね。オレ達は。」

 

「……。」

 

「ここは大希の精神世界っていうのが正しいかな。オレがここの番人みたいになって、大希の事を守っていたんだけど、だいぶガタが来てね。オレのメンタルも限界なんだぁ。でも、最近はたくさん知り合いが来るから楽しいよ!本当、大希が霊媒体質でよかった!でも憑りつかれ過ぎて頭痛くない?大丈夫?」

 

「……。」

 

「そうそう、さっきも言ったけど、美亜ちゃんはロザくんって呼んでくれるんだぁ。オレと大希を差別化できるようにって。あ、このコロシアイで死んだ人は皆ここに来てるの。オレ、皆とたくさんおしゃべりしてるんだよ。さっきは優馬くんに実験されそうになってさぁ……!」

 

「……。」

 

「今の状況って、オレの抱えてる精神負荷が許容量を超えて、大希にも漏れちゃったみたいなんだ。大希は今まで一切のストレスを抱えずに生きてきたから、そのショックで声も出せなくなっちゃったんだろうね。」

 

「……。」

 

「大希、もう少しがんばろうぜ。そのくらい耐えてよ、主人格でしょ?」

 

「……………………。」

 

「……あ、まずい、これ本当にだめかも。ねぇ大希!起きて、早く戻って!じゃないとオレが出て行くことになっちゃう…………」

 

……。

 

……。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

「参ったなぁ、こんなつもりじゃなかったんだけど。」

 

「オレが出てきちゃった。」

 

 

 

 

頬をつねってみようと動かす手も、つねられた頬の痛みも、全てが自分の感覚となっていた。

大希がダメになってしまった……無理もないか。コロシアイという緊迫した状況に、あの大希が最後まで耐えられるはずがない。いつかはこうなると分かっていた。

 

「大希、まずいよ。これじゃあオレ達殺されるぜ。」

 

ここで起こる見た目の変化は、何も目つきなどの細かなものではない。

 

シャツを脱いで自分の裸体を鏡に映す。

案の定、オレの体にはたくさんの傷跡があった。何年もかけてほとんど見えなくなってはいるが、それでも一度ボロボロになった身体はそう簡単に綺麗にならないもので。辛うじて包帯で隠していた腕も痛々しい傷を見せていた。

 

「そこそこ余裕あったんだけど、オレも案外弱いもんだよねぇ。」

 

あの時まではオレの才能のおかげで誰にも暴行の跡を知られずに済んだけど、今朝は大希の視界に包帯が映ってしまった。もう隠し通せるのも時間の問題だろう。今まで誰にも知られなかったのだから、治療した事などあるはずがない。オレはずっと、この傷を人に見られないよう、大希自身にも気づかれないよう、その目を誤魔化し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

宮壁大希は普通の人間だと、この世の全てを説得し続けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、オレの力で今までこの傷を隠してきた訳ですが、こうしてオレが表舞台に立った今、そんな事に割ける力はありません!どうする?大希。」

 

(……。)

 

「あらら、まだ気絶してるよ。というか今まで喋れた事なんてないんだけど。向こうはオレの存在すら知らなかったからね。」

 

 

 

 

 

 

 

……さて、オレが死ねばコロシアイが終わるって事だけど、あいにくオレだって死にたくはないんだよな。

 

 

 

「うーん、大希を大事に思ってくれる叔父さんには悪いけど、大希が死にかけてるからオレに使わせてもらうよ。この体。」

 

 

 

 

 

 

♢♢

♢♢♢

 

 

 

「大希くん、今日から君は私と暮らす事になった。よろしくね。」

 

「君の両親…私の弟がまさか自殺するなんて、驚いたよ。だけど何よりも驚いたのは……」

 

 

 

 

「君が虐待を受けていたのに誰も気づかなかった事だ。」

 

 

 

 

 

「どうして誰にも言わなかった。どうして、こんな傷を隠して…。……?」

 

「あ、あれ?傷があったはず、なのに、大希くん……」

 

『何も無いよ。虐待なんてされてない。』

 

「……何も無かった、それは本当なのか?」

 

『うん。』

 

「…………分かった。君がそう言うなら、今は無理に聞かない。」

 

 

「君が大希くんじゃない事についても、知らないふりをしておこう。きっとそれは、私の弟達のせいだろうから……。くれぐれも気をつけてね。」

 

 

「……大丈夫。今日から君は私の家族だ。まだ混乱してるかもしれないけど、私の事は信じてほしい。」

 

『…………ありがとう、ございます。』

 

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部全部全部全部全部全部、オレが抱えてやったんだ。大希は何も知らなくていい、大希の親を殺したのもオレだ、大希じゃない。

 

 

大希が死なずに済んで、コロシアイが終わるにはどうすればいい?

そこまで考えてふと閃いた。

 

 

こうしてオレが出てきた今、コロシアイをする必要なんてない。

 

 

そうだ、全てを説得して終わらせてやろう。

 

 

 

 

今回も、オレが全部抱えてあげる。

 

 

このコロシアイも、大希の記憶から消してあげよう。大希を守るには、この出来事を大希に忘れてもらうしかない。その痛みも苦しみも、全部オレが抱えてしまえばいい話なのだから。

 

……まだ生きている奴等の記憶も消せるかな。

他の人が思い出させようとしてもよくないから、このコロシアイごと全ての人の記憶から抹消すればいいんだ。

 

死んだ人には悪いけど、オレだけはおまえ達の事を覚えていてあげるから、それで許してほしい。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「さて、誰からいこうかな。」

 

オレにできる方法で、この物語を終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER4 『半劇消化、裂かれたヴェール。』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級の化学者 東城優馬

【銃撃により死亡】

 

 

超高校級の怪盗 難波紫織

【おしおきにて死亡】

 

 

 

残り生存者数 4人?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼[研究者のバッジ]を手に入れた。

 

▼[勲章のダイヤ]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT →→→ CHAPTER5『世界で1番不幸な日』

 

 

 

 

 

 




ネタバレの塊の超高校級の説得力さん。
彼彼女の事は「十字」もしくは「ロザリオ」とお呼びください。
桜井みたいにロザくんでもいいと思います。

知らない人はなんのこっちゃなので、名前を出してもネタバレにはならないと思います。作者は普通に呼ぼうと思います。


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Chapter 5『世界で1番不幸な日』
非日常編 1


5章です。
佳境です……。


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん、ここは……?」

 

「お、起きたか。」

 

聞く事のないはずの声に驚いて隣を見ると、三笠が腰かけていた。

 

「み、三笠……!?」

 

「……もしや、桜井や高堂が言っていた、あの宮壁か?」

 

「え、いや、俺は宮壁大希だけど……あ、ああ、そうか、そういう事か……。」

 

気を失う寸前に聞いた声……名前は…思い出せない、なんか白い奴が言っていたな。ここが俺の精神世界だと。

 

「……三笠、ごめん。」

 

「?何がだ?」

 

「……。」

 

「……なんだ、そんな事か。」

 

「そんな事って、お前、死んだんだぞ!俺のせいで!!俺がいたから!!」

 

「それならとっくに謝ってもらっているさ。もう1人のお主にな。」

 

「え、」

 

「桜井はロザリオと呼んでいたか。とにかく、その事についてはあいつに散々謝られている。一時は手がつけられなかった程泣きわめいていたぞ。宥めるのに苦労した。」

 

「謝って解決する問題じゃない……謝る機会があるのだって、寧ろ俺だけが得をしてるだろ。」

 

「宮壁……。」

 

三笠はふうと息を吐いた。

ここは何故か現実よりも心が軽く感じる。そのおかげか、その沈黙も不思議と俺の嫌悪を加速させることはなかった。

 

「……まぁ、自分がお主の立場であれば、きっと宮壁と同じ事を言う。それ以外の言葉が出てこないくらいには、申し訳なく思ってしまうだろうな。」

 

「……。」

 

「勝卯木にも謝られたし、安鐘も正直に話してくれた。だが、全部終わった事だ。謝る機会と言うが、こうして再びお主達と話せるなんて、思いもしなかった。」

 

「話せなかった事を、腹を割って話す機会なんてそうそうない。いや、有り得ない話だ。それが可能になる経験ができた事、自分は本当に嬉しく思うぞ。」

 

少しの曇りもない目で、三笠はそう言い切った。

それだけでほんの少し救われた気持ちになってしまうのは、きっと俺が弱くて、三笠に甘えているからだろう。

桜井も高堂も、全てを知っていて俺に対して『今まで通り』接してくれたはずだ。情けない気持ちは胸に沈んだまま、消える事を知らないようだった。

 

「み、かさ、ごめ………ごめん……ごめんな……。」

 

「……お主のせいではない。ロザリオから詳しい話は聞いたか?」

 

「いや、何も……。」

 

「……それはゆっくり話していくか。とはいえ自分もロザリオから聞いただけだから詳しい事は知らないが……。特別学級で企てていた計画。『学園破壊計画』について、東城が思い出しただろう。そのヒントのメモ帳を難波が前木に託したらしい。起きたら前木に聞いてみてくれ。」

 

「あ、それが……実は今……。」

 

三笠は俺のごにょごにょした呟きを拾い、今までとは打って変わってため息をついた。

 

「問題に問題を重ねたな、宮壁……。」

 

「本当に、ごめんなさい……。」

 

「いや、責めている訳ではないが……今ロザリオがお主の代わりにお主の身体を動かしているはずだ。前木とお主が喧嘩中という事、あいつは知らないぞ。」

 

「……。どうしよう……。」

 

「交代のシステムは自分も分からないからな。一旦諦めて療養でもしておけ。」

 

心に渦巻くもやは一向に晴れないものの、三笠の前でこれ以上弱音を吐くのはやめる事にした。

三笠が困ったように笑うのを見て、俺は肩の力を抜いて倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「これが電子生徒手帳!すごーい!えっと、食堂は……こっちだ。たくさん部屋があっていいねぇ。このバツのところは入っちゃダメって事かな?」

 

勝卯木の隣の部屋をガチャガチャやってみる。開かない。

 

「んー?鍵、ないや。勝卯木の部屋は?」

 

勝卯木の部屋もガチャガチャやってみる。開かない。

 

「えぇ?本人はいいよって言ってたのに入れてくれないの!?」

 

「ちょっとちょっと宮壁クン!さっきから壊す勢いで何やってんの!」

 

……ぬいぐるみが、喋ってる。

ゾウのぬいぐるみだ。ちょっとかわいいな。目覚まし機能があればインテリアとして飾りたいかも。大希の部屋、簡素すぎて嫌だったんだよねぇ。観葉植物は必須として、ぬいぐるみも数点、おしゃれなタンスと大きなスピーカー、そして外せないのはロッキングチェア……。もう少し何か置きたい気分のオレです。

 

「宮壁クン!?聞いてる!?ここは開かないよ!」

 

「……あ。」

 

これ、モノパオってやつか。敵じゃーん。というかオレが大嫌いなアイツじゃーん。名前も呼びたくなーい。

うわわ、声かけられてるけど何て言おう、オレだってバレないように大希みたいに喋りたいけど、大希ってどんな人間なの!?お互いを共有してくれる素敵な人格はいてもよかったかもしれない……コミュニケーション不足が祟ってるよ。

 

「モノパオくん。オレはそろそろこの部屋が開かないかなぁと思って試していただけだよ。」

 

「宮壁クン、キャラ変した?」

 

あちゃー!失敗!ええ、何が駄目だったの!?あ、喋り方?もっと男らしくしたらいいのかな。

 

「なんでもない。いいから黙って失せろよ。」

 

「はーい。もう開かない扉をいじるのはやめてよね!」

 

合ってた……。え、こんな高圧的な人なの?皆に聞いた情報を元に台詞を考えてみたけど、このノリで生きてたらそりゃあストレス溜まるよね……。勘弁してほしい。

 

 

 

 

「よーし、ご飯を食べるよ!久しぶりのご飯、おいしいお肉でも焼いちゃおうかな!オレはできないから誰かに料理を頼むぞ!」

 

意味のない独り言が止まらない。喉を震わせて、空気を振動させるのがこんなに楽しいなんてね!うおおおおお!やる気出てきた!いいお肉探すぞ!

 

ごそごそと冷凍庫を漁っていると、後ろから物音がして振り返る。

……うわぁ!前木琴奈ちゃんじゃないか!久しぶりに見たよ!

 

「琴奈ちゃ……あ、おい前木、どうせ暇だろ?俺に肉焼けよ。」

 

高圧的な人間って、こんな感じだよねぇ!

冷凍のお肉を琴奈ちゃんに差し出す。偉そうな男らしく、足を組んで立ちふさがってみたよ。

 

「…………。」

 

待って、琴奈ちゃんが見た事もない怖い顔してる。助けて誰か……怖いです……。

 

「宮壁くんの方が料理できるよね。」

 

……絶対そこ以外に話の本質あるじゃん……。何を間違えたの、大希……。

 

「……ふー…………っす。ぁ……ざっす……焼かせていただきます…………。失礼します……。」

 

「……宮壁くん。」

 

「はい、なんでしょうか。」

 

「よくふざけられるね。信じられない。」

 

じわっと目に涙が浮かんだのを見て何も言えなくなった。

 

「……。」

 

琴奈ちゃん、絶対用事あったのに何もせずに帰っちゃった。

 

うわーーーーーーーー!!!嘘だ!!!

オレ悪くないよ!!!大希が何かやらかしたんでしょ!?最低だよ大希!!!

どどどどどうしよう、瞳ちゃんと響くんに頼るしかないけど、オレ、2人とはそこまで仲良くなかったからなぁ……怖い人しか残ってないよ……。うぅ、悲しみの底におぼれるオレ、かわいそう。

 

と、そこまで考えてふと思い出した。さっき紫織ちゃんが来たって事は、今って裁判直後?紫織ちゃんと琴奈ちゃんは親友だった。そして生肉を抱えるオレ。……少し掴めてきたかも。

 

「生肉は見たくない、そういう事だったんだね、琴奈ちゃん……。」

 

それはそれとしてオレは肉の気分なので、焼いて食べる事にした。全体的に黒いから焼きすぎな気がしたけど高級なお肉だったのか、あまり固くなかった!

満足したので炭酸水を喉に押し込む。肉、炭酸水、肉、炭酸水!沈黙の食堂、暴飲暴食をするオレ。

はじめての皿洗いに苦戦しつつ、オレは久々の食事を終えた。おいしゅうございました。

 

「……ふー、オレの幸せゲージも上がってきたし、そろそろ本腰入れますか。」

 

と思ったけど、いくら探しても誰にも出会わない。すごーい、誰も外に出てない。引きこもりばっかりだ。まだ夜ご飯の時間ですらないのにね。これじゃあコロシアイを終わらせるのも無理な話だって!

せっかくオレなんだし、琴奈ちゃんと遊びたいけどあの様子だと無理だよなぁ。瞳ちゃんと響くんは怖いし……しばらくはここにある施設で遊んでいよう。

 

「……わぁ!プラネタリウムがあるじゃん!見に行こーっと!」

 

 

 

 

 

 

 

『こちらは冬の大三角、右上にあるのは有名なオリオン座のベテルギウスで……』

 

「……。」

 

こうして1人で暗いところでプラネタリウムを見上げていると、いつもの空間に戻ってきたように感じる。

今がイレギュラーなのであって、あの空間ではずっと1人だった。そんなオレは、特別学級で信用できる人に出会って、初めて叔父さん以外の人の前で話した。

……楽しかったな。大希が抱える全てを請け負って、神経をすり減らして、時間が解決するまでひっそり苦しんでいたけれど、皆といる時は心から楽しかった。オレの悩みとか心のおもりみたいなものが全部なくなって、羽が生えたように浮き足立って、青春を謳歌した。大希ばっかりずるくて、オレも頻繁に顔を出していた。

 

 

そんな大切な人達が、オレのせいで死んだ。

 

 

……早く、終わらせなきゃ。

皆が死んだ時の痛みがキリキリと心臓を捻じ曲げていく。コロシアイを終わらせて、オレは皆のいる桃源郷に戻るんだ。大希にこれからの事は任せて、オレは皆と一生お喋りするの。もう二度と表に出なくていい、そんな素敵な世界を構築したから。だって、大希ばっかり、ずるいよ。オレだって楽な生き方を知りたい。

 

「大希、ごめんね。……オレ、もう限界なんだぁ。」

 

殴られた痛みも理不尽な叱責も苦しみも制偽学園への憎しみも今モノパオを操っているアイツへの憎悪も皆への後悔も自分への嫌悪も……全てを抱えるのは、しんどいよ。10年以上耐えてきて、もうだめになってきちゃった。これまではどうにかなっていたけど、今回のコロシアイのダメージが大きすぎた。あと少し何かが起きってしまったら、きっとオレが先に壊れてしまう。今まで大希の事をずるいなんて思った事なかったのに、あらゆるものへの感情が否定的になってきている。絶対ヤバい。

 

「……後少しならがんばれるから、これが終わったら、後は自力でがんばってね。オレ、本気でやるから。」

 

深呼吸する。

 

「俺は宮壁大希だ。誰もそれを信じて疑わないし、それが真実だ。」

 

……ふふ。今なら腕が綺麗に見える。

 

「綺麗に消えたな、包帯も。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「宮壁、大丈夫か。」

 

「……まぁな。篠田こそ、ご飯とか食べられるか?一応うどん茹でただけにしておいたけど。」

 

「すまない、助かる。」

 

「ちなみに、他の2人の様子とか……。」

 

「それについてだが、宮壁、前木が先ほどより機嫌が悪くなっていたように感じた。まさか2人で何か話をしたのか?」

 

「……ちょっとな。」

 

瞳ちゃんはため息をついた。そしてほかほかと湯気をたてるうどんに向かって手を合わせた。今のオレは大希だと言い聞かせてるから、うどんくらいなら上手に作れるんだよね。

 

「仲介するから、その時は私に話を通せ。2人だけではどうにもならないだろうからな。」

 

「ありがとう。」

 

今のオレは琴奈ちゃんと何があったのか知らないし、瞳ちゃんも一緒にいてくれるのは心強いや。

 

「……なぁ、篠田。」

 

「?」

 

 

 

 

「オレがコロシアイを終わらせるから、篠田はもう何もしなくていい。」

 

 

 

 

「……は?」

 

「篠田には、これからオレの言う事を聞いてほしい。」

 

「何を言っている……。」

 

「絶対にここにいる誰も殺さないでくれ。どんな動機が来ても、オレが終わらせるまで我慢するんだ。篠田ならできる。」

 

「宮壁、お前、何かおかしいぞ……!!」

 

「そうかな。」

 

「は?」

 

「そもそも、コロシアイなんてないんだよ。」

 

「何を言っている!お前も見ただろう、皆が死ぬところを……!!!」

 

「俺はそんなもの見てない。」

 

「…………何、を、」

 

「そもそも、ここって本当に現実なのか?夢なんだよ、特別学級だの制偽学園だの、全部嘘なんだ。夢が覚めるまでもう少しなだけ。だからつらく思うだけ無駄なんだ。な?」

 

「…………。」

 

まだ効かないって、どんだけ強い精神してんだよ。さすが篠田家が仕込んだだけあるなぁ。

 

「思い当たる事、あるだろ?」

 

「………………?なん、の、話だ……そんなもの……」

 

「コロシアイなんてものを記憶しているからつらいんだ。全部存在しない、そう切り替えよう。篠田、そうすればお前だって楽になれる。」

 

壮太くんとめかぶちゃん、ごめん!瞳ちゃんの事、いじらせてね!

オレはすっと立ち上がると、瞳ちゃんが食べているうどんを彼女から遠ざける。瞳ちゃんはすっかり箸を置いていた。

 

「コロシアイなんて非現実的な事、ある訳ないじゃないか。全部夢だ。瞳ちゃんが昔経験したコロシアイも含めて、ね。」

 

「…………そうであれば、どんなに良かったかと考えた事はある……だが……」

 

「夢なんだってば。自分からつらい悪夢に縋りつこうとするなんておかしいよ。オレや琴奈ちゃんや響くんは実際のクラスメートだけど、他の人達は存在しない。随分個性的な面々に出会った顔をしているけど、それも夢の中だけの空想の人物だよ。そんな事も忘れちゃった?そろそろ夢から覚めていいんだ。」

 

「ちが、そんな…………」

 

「そうなんだよ。もう少しこの夢が続いた後、元の平和な生活に戻れるんだ。気楽にいよう?」

 

「……。」

 

 

 

「………………。」

 

 

 

 

 

「私が、おかしいのか?」

 

「そうだ、コロシアイなんて何言ってんだよ篠田。怖い事言うなよな。」

 

「…………。」

 

 

 

 

 

「そう、だったな。」

 

 

でーきた。久しぶりに本気でやってみてるけど、うん、まだ衰えてないね!

 

心のよりどころが出来たからか、先ほどまでとは打って変わって穏やかな顔をしている。これでいいんだ。嫌な事は全部忘れた方がいい。現実逃避上等だよ。

現実に囚われて苦しむのは、オレの役目だから。

 

瞳ちゃん、今までよくがんばったね。君はもう休んでいいんだよ。前のコロシアイの凄惨さも、今回の君のやってきた事も、全部皆から聞いた。感情移入したらオレが駄目になりそうだから深入りしなかったけど、ここまで本当によく耐えられたね。これは、超高校級の悪魔からのプレゼント。

 

 

「宮壁が真面目な顔をするから、何を言い出すのかと思えば……ふふ。本当に嫌な夢だな。」

 

 

瞳ちゃんの微笑みに、オレも笑って返した。そのまま食堂を後にする。

 

……でも、オレの存在はきっと、瞳ちゃんにとって現実を思い出させる鍵になる。オレがロザリオである事は、この先一生言えないんだ。

そんな当たり前の現状に気づいて、食堂を出る頃にはオレの顔から笑顔は消えていた。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「……おーい……大渡、いないのか?」

 

……。え?死んでる?響くん、微塵も出てくる気配がないんだけど。

 

「大渡!おい!聞いてるのか!」

 

無意識で拳を扉に打ち付けていた。

なるほど、大希はこういう時は扉を拳で叩くんだね!強引な男の子に育ったんだなぁ。

しばらく扉を叩いているとのっそりと響くんが顔を覗かせた。

 

「大渡、ちょっと話が」

 

「キショいゾウの呼びかけも死体発見アナウンスもねぇし、探索は明日すると命令したはずだが?貴様の記憶力はダチョウ並か?失せろ、去れ、細胞全部消えろ。」

 

「……ごめん。」

 

 

響くんの個室を後にする頃には、オレは半泣きだった。

こ、怖いよう…………。

「細胞全部消えろ」は死ねって言ってるのと変わんないよ……。

大希ならワンチャン親友になってないかなと期待したけど、オレと同じ結果らしい。響くんと喋ってた美亜ちゃんは心が強すぎる。あの響くんが「勝手にしろ」って言って一緒にお弁当食べてたなんて、今考えると信じられないよ。

 

「参ったなぁ。」

 

結果は半々ってところか。瞳ちゃんをけしかけて無理矢理にでも響くんに話を聞いてもらえるといいけど、あの様子だと今日中に話すのは無理そうだもんね。

 

それに、寝るとさすがに大希に交代しそうな気がする。大希もほんの僅かな絶望でつぶれる程弱くないはずだし。何より、向こうには皆がいるから。皆がいればきっと立ち直れるよね。

 

……あれ?

そもそも、モノパオに言う事聞かせたらよくない?

やだ~!オレってばダチョウ並に頭悪くなっちゃってる!?

善は急げ!やる事さくっとやっちゃうぞ!!!!!

 

 

「……宮壁クン。」

 

 

と思ったら、今まさに脳内で話題のゾウくんが現れた。何やらただならぬ様子だ。

 

「何だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの篠田サンとの会話。少~しだけ、聞いてたんだけど。キミ、やってるよね。」

 

「……は?」

 

 

 

 

……ロザリオくん、どうやらポンコツのようです。

 

仕方ねーーーーーーーーーじゃん!?

オレ監視カメラのある生活とか知らないんだけど!?はぁ!?あれってダミーじゃないの!?本当に全部動いてるの!?そんなぁ!!!!!!!オレがお馬鹿すぎる!!!!!!!!

皆、オレにちゃんと説明しておいて!!!!!!!!!いやオレが話聞きたくなくてスルーしてたのか!!!!!!!!だって好きな人達が殺し合ってる話とか聞きたくないもん!!!!!!!

 

 

「……何の事だよ。」

 

「ふーん?あくまでとぼけるんだね、もう1人のキミは。」

 

本当に、本当にコイツが嫌いだ……。死ねばいいのに!コイツが死ねばいいのになんで生きてんだよ!お前だけが死ねばいいんだ!死ね!死ねって言ってんのに、ずっとお前が死ねばいいって思いながら待っていたのに、コイツは、まだ生きてる……!!!!!!

 

「……お前こそ、オレの友達を殺しておいてよくそんな調子でいられるね。オレがどれだけ皆の事が大事か知らないの?」

 

目が痛いし体は熱い、のに、オレの身体からは涙なんて1つも流れていなかった。

 

「知らないし、そんなのこっちの台詞だよ。オマエのせいでこんなコロシアイが起きたのにさ。」

 

「……お前ッ!」

 

思わず、ゾウの胸ぐらを掴んで殴りかかった。そして、その拳はゾウの顔に命中した。

ゾウの首の縫い目が千切れ、ピンク色の綿と共にゾウの身体は宙を舞った。

 

 

「いぴぴ。オマエさぁ、ここのルール、知ってる?」

 

「は?ルール?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に、大きな槍が見えた。

 

え、これ、死………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッッ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレの身体は、宙に浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど、槍を受けたのは、モノパオだった。

槍はモノパオに内蔵された機械部分に突き刺さり、バチバチと音を立てている。

 

 

 

 

 

 

壊れかけのスピーカーから、音がする。

 

 

「あー、そっか……。今日は前木サンが幸運だから間に合っちゃうんだ。いや、幸運だけの力じゃないね。あの説得を受けてここが夢だと思っていたならば、その速度で助けられるはずがない。」

 

 

 

「強靭というか狂人というか。人間やめてるよ、そのメンタル!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘、オレの才能が効かない?なんで?

 

 

 

オレを抱えて飛び上がって、しかもモノパオを槍の先に投げつけた?あの一瞬で?

 

 

 

 

 

 

 

 

「しの、だ?」

 

 

 

 

 

「…………校則を知らない人間に、そのルールを適用するな。以前にも言ったはずだが。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピーカーは完全に壊れてしまったのか、もう音はしなかった。

 

瞳ちゃんは俺を下ろすと、何も言わずに去ろうとする。

 

「……しの……。瞳ちゃん……ありが」

 

顔は向けてくれないけど、瞳ちゃんは足を止めた。

 

「…………。私はまだ、お前を全く信用していない。何をしようとしているのかも分からない。」

 

 

「だが、私は決めている。お前だってむやみに死なせない。私は、守れる奴を守らない人間ではないし、忘れてはいけない事を簡単に忘れる人間でもない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまり人間を舐めるな。」

 

 

 

そうオレを一瞥して、今度こそ姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「琴奈ちゃんが幸運、瞳ちゃんはお化けで、響くんは頑固だから効かない。え?詰んでる?オレの才能って無能なの?いやでも、包帯とかはバレてなかった訳だし、ね、うん、そんなにポンコツじゃないはずなんだよ。」

 

 

 

人間を舐めるな、そう言った瞳ちゃんの目が忘れられない。

 

忘れたくない事だって、そう言ってた。

 

こんなにつらいのに?オレだけが耐えられなくて、皆は耐えられるの?どうして?

 

……オレだけが皆を大好きだったの?

皆は記憶がないから耐えられるんだろう、そう思い込みたくても、それすらオレの片想いみたいでどうしようもなく悲しかった。

 

オレには皆しかいないの。そんな皆が死んだ。苦しんで、酷い殺され方をした子がたくさんいる。

 

現実には、皆はもういない。

 

「やだ……おいていかないで……。」

 

腕を強くつかむ。痛いけど、今はとにかく胸の痛みを逃がしたかった。

 

「死んだ後の世界なんて嘘だ。死んだら、もう皆と会えない。」

 

「でも、死んだら、こんな事も考えずに済むのかな……。」

 

 

心臓が紐で引っ張られてるみたいに、きゅうっと苦しくなる。

戻ったところでもう皆の顔も見れない、でも1人になりたくない、現実はもっとつらい、大希とは話した事がない。

きっと大希もオレの事なんて大嫌いになってるよね。

 

交代してもつらいなら、意味ないや……。

 

 

 

オレがいる意味って、何なんだろう…………。

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オマエラ!朝7時だ!今日はオマエラの想像通り新しいところに行けるぜ!ゆっくりしていってね!』

 

………。

 

「……戻った、のか。」

 

久しぶりにこんなにしっかりと眠れた気がする。今までとは比べ物にならないほど体調もいい。

あの苦しみが、全部アイツに渡ったって事か……?

申し訳ない、とチリチリと痛んだ胸もすぐに消えてなくなった。ダメだ、きっと考えない方がいい。アイツに負荷をかけすぎたら交代してしまうという事だろう。アイツを出さないために俺はどうすればいい?

……負荷をかけないようにすればいい。

 

 

そうだ、俺が学級裁判の度にやってきた事だ。私情を捨てて、目に映る事実だけを処理すれば、目の前で起きる事に何も感じないように気をつければ、俺は俺でいられるはずだ。

いや、何も感じなくなった俺は、果たして俺なのか?

 

「やめよう。考えても何も変わらない。」

 

俺は皆の様子を見に行くために身支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダチョウ、貴様が最後だが。それが女共より時間のかかる風貌か?」

 

……。ダチョウ、うん、聞き覚えの無いあだ名が増えている。アイツが何かやらかしたんだな。

 

「……。」

 

「……。」

 

「ごめん、おはよう……。」

 

前木は分かる。篠田はどうしてこっちを睨んでるんだ?

まさか、アイツが話しかけた?それでバレたんじゃ……。大渡の反応を見るに大渡はアイツと話しても大丈夫だったようだ。

篠田は生徒手帳を取り出すと淡々と話し始めた。

 

「このマップを確認したところ、✕になっていた部屋が開いている。今日はこの部屋の確認、そして他の隠し部屋がないかの調査を行いたい。異論はあるか。」

 

「私は大丈夫だよ。……探索は皆バラバラでやるの?私……」

 

「男女別だ。」

 

「!うん、分かった。」

 

アイツ……何をどうしたら女子にここまで嫌われる事ができるんだよ……。前木の態度も明らかに昨日より悪化してるんだって……。

 

「悪い、大渡、よろしくな。」

 

「ここで人望を捨て続けた俺の方が貴様より人望があるとは、ある意味才能だな。」

 

「……ありがとう……。」

 

そんな状態の俺に唯一普通に話しかけてくれている時点でお前は悪い奴じゃないんだよ。大渡の悪口も今となっては日常を感じさせてくれるからありがたい。そういう感情を込めて大渡を見つめると、心底ドン引きした顔をしていた。

 

「気持ち悪ぃ……。」

 

俺は笑顔を消した。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

篠田と前木は有無を言わせぬスピードで消えてしまったので、諦めて朝食を食べながらマップを確認する事にした。

 

「……今まで✕だった部屋が開いている…これですべての部屋に行けるようになったって事か。」

 

「名前のねぇ部屋があるのも気になる。朝食くらい抜いてもいいだろ、さっさと行くぞ。」

 

「食べなきゃ力が出ないんだ。」

 

「チッ、んなの迷信だろ。」

 

朝食の必要性を執拗に否定する大渡を横目に俺は片付けを終えた。

 

 

 

 

 

 

 

「1階で開いたのは勝卯木の隣の部屋か。前に16人目の部屋じゃないかと思っていたけど何も書いていないな……。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

扉を開けると、俺達の個室とはさほど変わらない、しかし不気味なモニターが並んでいるうす暗い空間が広がっていた。ゲーミングチェアがぽつんと置かれており、無機質な空気が漂っていた。モニターにはこの施設中の部屋の映像が映し出されている。その内の1つに篠田と前木の姿があり、これが現在の様子を映し出しているものだと理解できた。

 

「モニタールーム……?俺達を監視していた部屋みたいだな。」

 

モニタールームが隣だからこそ、勝卯木はバレずに皆の監視をできていたという事だろう。

 

「……おい、この椅子。」

 

大渡が座席部分を指さしているので何かと思って触ってみると、ほんのり温かかった。

 

「……!これ、誰かが座っていたって事か!?」

 

「声がでけぇよ。俺達がここに来るのが見えたから逃げたんだろ。」

 

「じゃあ、モノパオを操ってる奴が今は外にいるのか……?」

「知るか。」

 

モニターには廊下の様子も映っていた。なるほど、これを見て事前に出て行ったのか。そうは言ってもどこに……?

電気を点けて辺りを見渡す。通信機材がたくさん置かれているからか、床に大きいカーペットが敷かれている。モニターがたくさん並んでいる事以外は個室とほとんど変わりない、が。明らかに異質なものもあった。

 

「ロッカー……?」

 

教室にある掃除用具入れのような縦長のロッカーが1つだけポツンと置かれていた。開けようとするが鍵がかかっていて開かない。

 

「大渡、お前ここの鍵とか持ってないか。」

 

「ある訳ねぇだろ。アイツから貰ったのも鍵とかじゃねぇよ。」

 

さすが大渡、俺が言わんとする事もちゃんと理解していたらしい。ここは諦めるしかなさそうだ。

 

今回の探索では、電子生徒手帳のマップも更新されない以上見るだけ無駄だろうな。そう考えて俺は自分のメモに地図を描く事にした。これなら前回の隠し部屋の情報もまとめられるし便利だろう。

 

「それにしても今日はモノパオが静かだな。何かあったのか、単純にこの部屋を解放しているから出てこれないだけなのか分からないけどさ。」

 

「……。」

 

「大渡はどう思う?」

 

「知るかよ。」

 

 

 

 

 

 

次に向かったのは2階。パソコンルームの上の部屋が解放されていた。前木と篠田が先客でいたようで、しばらくの沈黙ののち、口を開いたのはなんと大渡だった。

 

「面倒くせぇ。」

 

「は?」

 

「仲違いするのは勝手だが、まともに情報交換もできねぇのは阿呆のする事だろうが。貴様らのいざこざに部外者の俺を巻き込むな。情報があるなら出せ、ねぇなら貴様らが出て行け。俺はまだこの部屋を見てねぇんだよ。」

 

「ご、ごめんね、大渡くん。いろいろあったけど何の証拠か分からなかったんだ……。そのままにしてるから、きっと何かの証拠になると思う。えっと、言いたかったのはそれだけ!失礼します……。」

 

前木はそそくさと篠田を急かすと部屋を出て行った。うっ、アイツは何をしたんだ、本当に……。いや、何もしなくても前木とは昨日からまずい事になってたけど……。

2人がいなくなった後、大渡は俺の顔をまっすぐ見て言った。

 

「だりぃ。」

 

「う、悪い……。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

それにしても、この部屋は今までとまるで違う重苦しい雰囲気が漂っていた。

例えるなら、監禁部屋。無機質なコンクリートで覆われた窓1つない四角い空間。あちこちに散らばっているロープと包帯。つい先日まで人がここで囚われていたと考えるのが自然なくらい、嫌な気配で包まれていた。

 

手近な包帯を手に取ってみると、血がついているのも見て取れた。乾いてはいるが色を見るとそこまで古そうには見えない。少なくとも1ヶ月以内、いや、それより最近か……?

 

「大渡、この部屋って……。」

 

「俺からすりゃ大した事ねぇな。人夢にも似た部屋はあった。」

 

「あ……。」

 

「それに、ここで人が死んだ感じはしねぇ。ここに囚われていた奴は生きてんじゃねぇのか。」

 

「はぁ!?だけど、俺達の誰もここに連れていかれた奴なんていなかっ……」

 

裏切り者がここで縛られる理由も分からないし、俺達の中にいるとは思えない。けど。1人、いるのか?

 

「……東城が本当の超高校級の記憶力の持ち主だって言ってた、たまちゃんって奴か……?」

 

「ここにいた奴は死んでねぇっつってんだろ。そいつだとして俺達の目の前に頑なに姿を現さない理由がねぇよ。」

 

じゃあやっぱり裏切り者?だけど、おかしくないか?

どうして俺達の敵のはずの裏切り者がここで縛られる事がある……?

 

……。

 

いや、待てよ。

 

裏切り者は元々俺達と同じように記憶を奪われていた。裏切り者のモノパオが、途中で思い出したって言ってたよな。

じゃあ、ここで縛られていたのは……『記憶を取り戻す前、もしくは取り戻した直後の裏切り者』?

記憶を取り戻すトリガーにも思い当たる事がある。

2回目の事件の動機、そしてその後もずっと俺達を苦しめた秘密だ。勝卯木が裏切り者にあの秘密を見せる事で、裏切り者であると思い出させたとしたら?

 

「……大渡。」

 

「あ?」

 

「ここにいたのは、たぶん裏切り者だ。」

 

「……んだそりゃ。」

 

訳が分からないとでも言いたげな顔で大渡はそっぽを向いてしまった。

……もう少しでもっとはっきり言えそうだけど、現段階では根拠がない。これ以上喋っても俺の憶測だって一蹴されるだろうな。

 

他にめぼしいものはなく、俺達は3階に向かう事にした。

 

 

 

 

 

「なぁ、嫌ならいいんだけどさ。大渡の話ってできたりしないか。」

 

「…………。」

 

「…………ごめ」

 

「親が離婚して母親についていったら引っ越し先で人夢にハマって終わりやがった。強制的に入れられそうになって父親の神社に逃げたが、この首のせいでろくに交流もできやしねぇ。1人暮らしがしたくて制偽学園に入ってこの有り様だ。自分の悪運に反吐が出る。」

 

「……。」

 

まさか話してくれると思わなくて固まってしまった。

 

「おい、次は貴様の番だ。」

 

「え?」

 

「貴様の動機は悪魔に両親を殺された事だったな。悪魔と貴様の両親にどんな関係がある?」

 

「え、と……」

 

親子です、なんて、俺には言えなかった。

正直に話して、大渡にどう思われるのか考えるだけで恐ろしかった。俺が死ねばすぐに出られるんだ、実は。

ごめん、死んでなくて、生きててごめん。何と言えば許してもらえるか全く分からなくて、脳がチリチリと煙を出しているようだった。

さっきまで忘れたふりして平気で話しかけてたのが嘘みたいに、呼吸するのも難しくなる。

 

「……チッ、それが人の信用を得たい奴の態度か?どこまでもゴミクズみてぇな……」

 

 

 

 

 

■■■■■

 

✕✕✕✕。

 

✕✕✕✕✕✕。

 

✕✕✕✕✕✕✕✕✕。

 

✕✕✕✕✕✕✕。

 

……。

 

■■■■■

 

 

 

 

 

「……なんでもねぇ。」

 

「え?」

 

「今の話はナシだ。俺の言った事も忘れろ。」

 

「え、あ……?」

 

「今日はもうやめだ。時間もいいくらいだろ、俺は食堂に戻る。」

 

大渡は、俺を残して帰っていった。

 

帰ってしまった。

 

記憶が抜けている。

アイツが、やったのか。

 

アイツが、大渡を説得した。よかった。よかった?大渡を騙した事が?大渡の信用を軽視した事が?

せっかく大渡も協力的になっているのに、俺はその気持ちを無下にしたんだ。自分に都合のいいように、蔑ろにした。

俺、最低だ……。人の話は聞くだけ聞いて、自分のは黙って。そんな自分勝手が通ると思っているし、実際通っている事に、心臓が寒くなる。

 

仲間をこんな風に扱った事が、いい事のはずがない。

 

「だめだ、そういう考えをしちゃ、またアイツに負荷が……」

 

俺が正直に言えばいいのに、俺が言わないからアイツが嘘を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺のせいで?

 

 

 

 

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………アイツのせいじゃないか。

 

 

そもそもアイツがいなかったらこんなつらい思いしてないのに、なんでアイツが存在してるんだ。俺がいるからじゃない、アイツがいるからコロシアイが起きてるし、アイツがいるから俺も悩んでるし、皆を傷つけてるんだ。アイツがいなかったら、俺1人だったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、また責任転嫁だよ。」

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「あれ、大渡くん1人?」

 

「宮壁はどうした。」

 

「チッ、ダチョウは体調が悪いとかでどっか行きやがった。」

 

「今朝から思ってたんだけど、そのダチョウって何?」

 

「物忘れが激しい。」

 

「ほぼ悪口ではないか。」

 

「悪いのはそう言われるような行動をとる方だろうが。」

 

「あはは……。」

 

食堂には宮壁を除く3人が揃っていた。遅めの昼食を摂り、情報の交換を行う。

 

「私達は1階の部屋を見ていないので教えてほしい。開いたのは勝卯木の隣の個室だったな。」

 

「あそこはモニタールームだ。俺達を監視するための部屋らしい。いつでも入れるとは限らなさそうだった。」

 

「なるほど、それなら勝卯木の部屋が隣だったのも納得がいくな。」

 

「そうだね……。あ、2階の部屋はどうだった?」

 

「……奴は裏切り者が閉じ込められていたんじゃねぇかとか、訳分かんねぇ事言ってやがった。」

 

「……?」

 

「どういう事だ……?」

 

大渡はやっぱり話すんじゃなかったと舌打ちした。説明できないものを紹介したところで疑問を共有するだけだ。三人寄れば文殊の知恵とは言うがこの2人と一緒に謎解きをするような間柄でもないし、どうせ分からない奴が何人集まっても分かる事はない。

 

「裏切り者は敵で、敵を閉じ込めていた人は味方…?いや、味方なら今日より前にあの部屋に入れないからやっぱり敵で……ん……?」

 

「俺だって知るか。知りたきゃ直接聞け。」

 

「そうだよね……。」

 

肩を落とした前木に代わり、篠田が口を開く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「では私からは3階の部屋について話しておこう。3階で解放された部屋は2つ。とは言っても1つは部屋と呼べるものではなかったが。」

 

「部屋と呼べない?」

 

「ゲームセンターに隣接している小部屋には冷房設備が揃っていた。部屋中にあらゆる電子機器の発熱部位が並んでおり、あの部屋で冷却しているようだ。」

 

「つまり、そっちは何もねぇって事か。」

 

「ああ。気をつけなければならないのはもう1つの方だ。冷房設備のある部屋の上……3階のトイレの隣だな。あそこにはブレーカーがあった。この施設全体のものだ。他にはイベントホールの垂れ幕や照明の操作板、プールや大浴場の水量の調整機が並んでいた。ご丁寧に操作方法も書かれていたな。」

 

「そう!モノパオが出てきてね、ブレーカーは冷蔵庫の電源にも繋がってるからむやみに触るなって言ってきたから、気をつけようね。」

 

「……ゾウが出てきた?アイツのモニタールームに行った時はもぬけの殻だった。何故貴様らがブレーカー室にいると分かった……?」

 

「他にもモノパオを操作できる部屋があるのではないか?それこそ勝卯木の部屋、もしくは……地下だ。」

 

「地下?裁判場しかねぇんじゃねぇのか。」

 

「難波はしきりに地下の構造を気にしているようだった。何かを見つけたのかもしれない。」

 

「とは言っても、地下に行く方法なんて思いつかないよね……。」

 

「それが今の一番の問題だな。」

 

「それもだが、ブレーカーに気をつけるも何も入る事なんざねぇだろ。」

 

「まぁ、そうだな。」

 

「むしろモノパオ自身が気をつけてねって設備しかないもんね。」

 

「以上だな。」

 

大渡はお互いに情報が渡ったのを確認すると、誰かが止める言葉をかける間もなく食堂から出て行った。

 

「大渡くん、相変わらず無愛想だけど優しくなったよね……!」

 

「ああ見えて大渡も成長しているのだろう。いい事だ。」

 

「……誰目線だ貴様ら、潰すぞ。」

 

 

 

「……へへ、聞こえてたね……。」

 

「ああして反応が返ってくるのも成長のうちだ。」

 

瞳ちゃん、なんだか皆のお母さんみたいに達観してるな……と思いつつ、前木と篠田も解散となった。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「それで、宮壁さんとの意思疎通は微塵もとれそうにないと。前木さんに怪訝な顔をされ、篠田さんとモノパオにはバレたという事ですね?」

 

「……うん。」

 

「まぁ、想定内ですよ。そのくらいは。」

 

「分かってたなら龍也くんが知恵をおくれよ!オレ上手いコロシアイの過ごし方知らないもん!」

 

「コロシアイが上手ければここにいませんしあなたと会話する事もありません。もう呼ばないでください。」

 

オレは絶賛、態度があの頃と違いすぎる龍也くんにひやひやしているよ。何かいい考えがないかと恐れ多くも呼び出して、案の定呼ばなきゃよかったと後悔している。呼ばないと絶対来ないからね、彼!

 

「柳原に聞く前にアタシに聞けばいいのにさ。」

 

「紫織ちゃん!!!……って、もう大丈夫なの?」

 

「だいぶ整理はできたかな。おかげさまで。でもアタシを入れるなら東城はいらなかったし、東城がいるならアタシは入れてくれなくてよかった。」

 

「ひぃ……ごめんね……。何も考えてなくて……。」

 

「あは、怒られちゃいましたね。」

 

「龍也くんは笑わないで!」

 

「そういえば柳原とはまだ喋ってなかったわ。どうなの、その……アンタの様子を見た皆の反応は……。」

 

「……さぁ、全然話してないので……。でもきっと、みなさんは狼狽えながらもおれを無意味に気遣ってくれるんじゃないですか?それで今までと変わらない態度で接して、死んだおれを今更助けてくれようとするんでしょう?みなさん、馬鹿だけど優しいから。」

 

「……聞くんじゃなかった……想像つくから尚更嫌だわ……。」

 

「そういう意味では難波さんの一貫した態度は嬉しいですよ。おれの味方になんて絶対ならないって感じで。」

 

「なる訳ねぇだろ。自分の行いを振り返ってみな。」

 

「行い関係なく味方でいてほしいだけなんですけど……。」

 

「じゃあ振り返る必要もないって事かーっ!よかったじゃん、楽で!」

 

「…………きらいです……。」

 

「ストップストーーーーーーーーップ!!!!!ごめんね、本当にごめん、もう大丈夫、オレ1人で考えるよ!」

 

「最初からそうしてください。」

 

「それな、元凶だし。」

 

「ひえぇ…………。」

 

 

2人に睨まれて死にかけのオレだけど、許さないと面と向かって言ってくれるのはこの2人だけなんだよね。それはそれでありがたいというか。そういう2人に囲まれているのもオレの精神にはかなり休息になっているようだ。

 

……もちろん、存在しないはずのオレの胃は痛くなってるんだけどね。

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

「私、謝ろうと思ってて。」

 

「宮壁の事か?」

 

「……うん。紫織ちゃんの事がショックで、言っちゃいけない酷い事言っちゃって……。すぐに我に返って、昨日の夜、謝ろうとしてたの。」

 

「でもね、「お前は暇だろうから俺に肉を焼け」みたいな事言ってきて……!あれは、ちょっとおかしいんじゃないかと思う!」

 

「…………。そういう事か……。」

 

「?……私ね、それでまたイラっときて怒っちゃったんだ。今思うと宮壁くんなりの冗談だったのかなって……。」

 

「怒っていい冗談だろう、それは。馬鹿にしているとしか思えない。」

 

「だ、だよね!?よかったー……。私が怒りっぽいのかと思ったよ。」

 

「ふふ。」

 

「あ!想像して笑ったでしょ!で、でもね、おかしいけど私にも非はあったから……」

 

「…………そうか、だが……。私から1つ、言わせてほしい事がある。」

 

「?」

 

「前木から謝るのもいいとは思うが、私は……宮壁から声をかけるべきだと思っている。」

 

「……!」

 

「前木は昨日、皆の事をどう思っているのかと聞いていたな。私は、前木の質問に答えるべきだと思う。こうして協力関係にある今、私達の間で何かもやもやしたものを残すのは危険だ。大渡も探索の時に言っていただろう。」

 

「たしかに……。」

 

「対等な協力関係を結ぶためにも、お互いの気持ちを知らねばなるまい。……あくまで私の考えだ、前木がどうしたいかも聞かせてくれないか。」

 

「瞳ちゃん……。」

 

 

 

 

 

 

「あのね、私……やっぱり、先に謝りたい。宮壁くん、臆病だから……私が話を聞くよってちゃんと言わないと、きっと話してくれないと思うんだ。」

 

「……。」

 

「宮壁くんが何も感じてないなんて嘘だもん、宮壁くんの答えなら、宮壁くんがちゃんと教えてくれてた。あまり言葉にしない人だけど、皆の気持ちを慮る事ができる素敵な人だよ。」

 

「……さすがだな、前木。よく見ている。」

 

「えぇっ、そうかな……!」

 

篠田は前から思っていた疑問をぶつける事にした。

 

 

 

「好きなのか?宮壁の事。」

 

「…………へ?」

 

 

 

 

「…あっ、ち、違ったか、すまない。早とちり…………」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………よ、よく……分かるね…………。」

 

 

 

伏せたまつ毛に蛍光灯が反射していた。

揺れる髪の隙間からは赤く色づいた耳がのぞき、固く結んだ口はその想いのたしかさをとどめていた。

 

 

 

「……ふふ。」

 

篠田は微笑むように笑い、コーヒーを淹れに厨房へ向かった。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

『オマエラ、夜時間だよ!元気ないけどちゃんと寝てる?また睡眠が動機になるかもしれないんだから寝れる時にしっかり寝ること!いい?ということで惰性でお送りしました、モノパオでした。』

 

モノパオのアナウンスが流れた時、俺は食堂横の倉庫でいろいろと漁っていた。眠れないから快眠グッズでも漁ろうと立ち寄ってみたはいいものの、ろくな成果は得られそうにない。

 

「……。ふふ……。」

 

誰か殺しにきてくれないかな。今なら前木でも殺せるよ、俺の事。

アイツのせいで俺が死ななくちゃいけないのは納得いかないけど、全てが終わるならそれもいいんじゃないかと思う。

 

今は、誰にも会いたくない。

……明日、そうか、明日があるのか……。

どうにかして打開策を考えないと。俺は立ち上がり個室に戻る事にした。

 

明日をどうやってやり過ごすか、そもそもやり過ごした果てに得るものなんてあるのだろうか、脳内を嫌な事ばかりが駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

「!宮壁くん……!」

 

 

 

俺は、どうするべきなんだろう。

 

 

 

「あ、ま、待って……!私、話したい事があって……!」

 

 

 

俺にできる事……俺がすべき事……。

 

 

 

「宮壁くん!聞こえてる……?!待って……!!」

 

 

 

個室に戻り息を吐く。俺のために、俺がしなくちゃいけない事なんて、もう無いんじゃないのか。

 

 

 

『ピンポーン』

 

 

 

俺のためになる事は、もうない。じゃあ、俺のためにはならないけど俺にできる事は?

 

 

 

「宮壁くん、昨日も今日も酷い事言ってごめんね……それだけ言いたくて……。」

 

 

 

「……ある。」

 

 

 

「…………おやすみなさい……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

「……ふーっ……。」

 

ゆっくりと深呼吸をする。

 

どうして殺さないのか、そう問いかけるかのような宮壁の視線を思い出し、頭を振った。

むやみに殺すつもりはないが、悪魔となれば話は別だった。悪魔を殺せばここから出られる。私個人の目的は最初から悪魔を殺す事だったのだから、やらない理由がない。

 

 

 

殺さないのではなく、殺せなかった。

 

 

 

「なんだ、あの化け物みたいな才能は……。」

 

コロシアイを忘れろという説得は断ち切れても、全ての話を遮る事などできやしなかった。

『絶対にここにいる誰も殺さないでくれ。どんな動機が来ても、オレが終わらせるまで我慢するんだ。』

あの言葉が、ずっと私の脳を掴んで離さない。宮壁をモノパオの放った槍から救った時、救わずに見過ごしてもよかったし、救った後で首を絞めてもよかった。そうしなかったのは、それができなかったからだ。

 

 

 

『人を殺すなんて、言わないでくださいー……。』

 

 

 

悪魔の力だけだと思いたくなくて、めかぶに言われた言葉を反芻する事で自力でとどまったと思い込んだ。

 

「めかぶ……三笠……。私は、どうすればいい……?したくてするのではない、だが理由があれば仕方ないと言ってくれないか。殺さずにいて、もしまた動機がきたらどうする?悪魔を殺すなら、私だ。前木や大渡の手を汚す訳にはいかない、やるなら私なのだ。だが、今の私には…………」

 

「今の私に、人は殺せない。」

 

皆の為に、自分が手を汚す事もできない。

難波と東城にもらった手がかりも、全員と共有するには宮壁が信用ならない。2人の言いつけも守れない。

前木の好意を知りながら、私にはどうしたって宮壁を許す事も恨むのをやめる事もできなかった。

 

「私には、やはり……できない事だらけだ……。」

 

 

「だから言ったんだ……私がクロでよかったのに…………。」

 

その感情が私を支えてくれた人達を否定しているのだと分かっていても、そう考える事を止められなかった。

 

「…………。」

 

気分が悪い。こんな部屋に閉じこもっているのがよくないのだろう。私は部屋を出て食堂に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、自殺だ!!!

 

 

 

 

 

 

なんで今まで思いつかなかったんだろう。その理由も今なら分かる。俺がどうしようもなく自分が大事で無責任で自己中心的だからだ。

俺のためになる事が思いつかないなら、皆の為になる事をしよう。今まで皆の為に動くという発想すらなかったんだ、そう気づいてまた自己嫌悪に陥る。これから死ぬんだからアイツの負荷なんてどうだっていい。交代するギリギリまで俺が動けるならなんだっていいんだ。

 

「どうやって死ぬのがいいんだろうな……。」

 

簡単にできて、できればそこまで苦しくないやつで……そうだな、モノパオにも直前まではあまり自殺だと思われたくない。それこそいろんな形で茶々を入れてくるかもしれないし。

 

後始末の事は考えなくていいし、人に迷惑をかける死に方だってここではできないから大丈夫だ。個室に鍵をかけてしまえば、モノパオ以外が俺の部屋に入る事はできなくなる。事件性も疑われない。念のために簡単な遺書を食堂に遺して、それから実行するのがいいだろう。

 

苦しい気持ちもすぐになくなるし、怖いものは何もない。

 

 

俺は食堂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

ねえ。

大希、何を考えてるの?

 

やめて、嫌な予感がする。こんな感情、もらった事ない……。

体中から汗が出るような、体温が奪われていくひどい寒気。

嫌な事考えないで……。苦しい……。

 

「ロザリオさん!……っ、大丈夫、大丈夫ですわ……!わたくしもいますから……!!!」

 

「鈴華ちゃん……ぐずっ、うぅ……痛いよ…………怖いよ…………」

 

コロシアイで抱えた痛みが1番今のオレと近いのが鈴華ちゃんだから、今ここにいてくれるのかな……。

 

死が近づく恐怖。

今日、槍が目前に迫った時とは比べ物にならない恐怖。突然の死ではなく、これからじわじわと歩み寄ってくる死。

 

「……失礼しますね……。」

 

鈴華ちゃんがそっと肩を抱き、オレは身を寄せるようにもたれかかった。こうして見ると、オレの銀髪も年老いた人の白髪みたいだ。酷く軋んで、荒れている。

 

「死にたくない……。」

 

「……。ロザリオさんは死にませんわ。大丈夫です。ここにはロザリオさんの味方がいますし、向こうも頼れる方々ばかりですわ。」

 

「うん……。」

 

「……。」

 

遠くから蘭ちゃんもこちらをじっと見つめていた。鈴華ちゃんもそれに気づいたのか、顔を向ける。

 

「……すずかちゃん。私も、一緒にいて、いい……ですか……。」

 

「……ええ、もちろんですわ。」

 

まだぎこちないけど、少しずつ変わってきたみたい。蘭ちゃんはしばらく心配そうに辺りを見回した後、ゆっくりと鈴華ちゃんの傍に腰をおろした。

 

「私を入れてくれたロザリオくんなら……大丈夫。……大丈夫だよって、説得してあげるね。」

 

「へへ、まぁね。」

 

なんだかむずがゆくて、少しだけ胸の痛みも治まった気がした。

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……。

包丁を手に取ると、それはずっしりと俺の手に重みを残していく。

 

最初からこうしていればよかったんだ、これに気づかなかった理由は……考えるだけ邪魔だからやめておこう。

 

「……やっぱ首かな……痛そうだけど、どのくらいで終わるだろ……。」

 

他人事のように、平然とした口調を崩さないように、それさえ気をつければ交代する事もないはずだ。アイツ自身の考えが分からない以上、下手に交代するのは避けたい。

 

上着に包丁を忍ばせて適当な場所に封筒を置くと、俺は食堂を後にした。

 

後は個室に帰るだけ、それで…………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしている。」

 

突然響いた声に、足が止まった。

 

「…………何をしていると聞いてもお前は答えないだろうから、こちらで仮定しておく。」

 

 

 

 

 

「お前が本気で死のうと言うのならば、私は全力で邪魔をしよう。」

 

「……篠田、」

 

「話をしようか、宮壁。」

 

鷹のような目は、確実に俺の足を掴んで離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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非日常編 2

5章も折り返しです。
今回は特に!挿絵表示を!!!ありにして!!!!!読んでほしいです!!!!!!!うわ~~~~~~!!!!!祭りだ~~~~~~~!!!!


 

 

 

 

 

じり、と距離を詰められる。

俺の手は震え、思わず後退した脚は机に当たりそれ以上下がらなくなった。

 

「篠田は、知ってるんだな。」

 

「ああ、もう1人のお前と話をしたからな。いや、今のお前がどちらなのかもよく分かっていないが。」

 

平然として言葉を連ねる篠田にドキリとする。そうか、じゃあ、本当に全部分かっているんだな……。

 

「分かっているなら俺の事を止める理由はないだろ。」

 

「……。そうだな、お前が死ねば私達はここから出られる。コロシアイが終わる。」

 

「じゃあ、」

 

「だが、それだけだ。お前がここで死んで得られるものは少ない。」

 

「……。」

 

「前回のコロシアイの公表、裏切り者の正体、勝卯木蓮の目的。どれもが中途半端なままここから出たとして、私は何も満足しない。私の目的はお前を殺す事だけではないのだから。」

 

「今殺してやろうと、何度も思った。だが……私はこれ以上難波や東城の話を無視したくないし、前木の意見も尊重したい。めかぶや三笠に教えられたものをここで捨てたくもない。そもそも今の私には……」

 

「……?」

 

何を言いかけたのか、篠田は俺の視線に気づくと首を振って話を打ち切った。

 

「兎にも角にも、私がここでお前を殺す事はないし、もし本当に殺す事になったとしてもそれは他の問題が片付いてからだ。お前に死んでほしい気持ちがないと言えば嘘になるが、そもそもお前だけを憎む気持ちはない。今コロシアイが続いているのは裏切り者が続行の選択をしたからであって、お前がいるからではないのだからな。完全にお前のせいなどとはき違えるな。」

 

「……じゃあ、どうしろっていうんだ。今の俺にできる事なんて、」

 

途端に呼吸が止まる。篠田は眉間に皺を寄せて俺の胸ぐらを掴んでいた。

 

「他の目的の達成、これに協力してもらう。裏切り者に学園の動き、勝卯木蓮の現在など、暴くべき事は山ほどあるだろう。それが終わるまで弱音を吐くのも自殺に縋るのも許さない。……ほんの少しの私の憎悪くらい、耐えてみせろ。それが学級裁判を勝ち抜きここに立っている者の役目だ。」

 

篠田はいつの間にか俺の手から包丁を奪うと元の場所に戻した。

自殺に縋っているなんて……違う、そんなはずない。それしか残されていないんだ、嫌に決まってるじゃないか。そう思っていたはずなのに、その道を塞がれた方が苦しく思うのは何故なのか。

 

「……俺が逃げてるって言いたいんだな。」

 

「ああ。」

 

篠田は今までのように優しい言い方も口を噤む事もしなかった。

まっすぐに俺を非難するその目は、決して仲間に向けるようなものではない。

 

 

 

俺達は決別したのだと、俺はようやく理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

『オマエラおはよう!今日もレッツ・コロシアイ生活!』

 

 

「……。」

 

ゆっくりと起き上がる。

機能はあの後部屋に戻って無理矢理寝たんだったな。俺の手元には何もなく、昨日の篠田とのやり取りも現実だった事を再確認した。

 

「……。」

 

食堂か……行きたくないな……。今日くらい休んでも、そう思ったところで篠田の言葉がよみがえる。

 

「逃げるのはダメって事だよな……厳しいけど、ここにいたところで変に頭を働かせるだけだ。」

 

俺は篠田の言葉に従うべく、個室を後にした。

食堂には既に全員が揃っており、俺が来た事に気づいた皆は頭をあげた。

 

「宮壁、くん。」

 

「……おはよう。」

 

「……。」

 

「うん……おはよう。」

 

そういえば前木との問題も残っていた。気まずいな。

篠田はもう話しかけてもこなくなっているし、あまりいい方向には見えない。

 

「食事の場をカビ臭ぇ空気にしてんじゃねぇよ。乾燥機にぶち込むぞ。」

 

「おはよう!!!」

 

「おはよう。」

 

大渡に睨まれて前木と俺は挨拶をやり直した。篠田は変わらず無言だったため大渡に舌打ちされていた。

……いや、大渡も挨拶してないだろ。

 

「……今日も探索の続きをする事になるだろう。それぞれが持つ手がかり……それを確認するためにも、一度監視カメラのないところに移動する必要があるな。」

 

「そんなところあったっけ?」

 

「……あ、あの隠し部屋だな。展示室の裏にあった資料室。電気がないのは難点だけど、あそこにもまだ手がかりがあるかもしれない。」

 

「宮壁に賛成だ。私もそこがいいと思う。」

 

俺と前木が朝食の後片付けをしている間に篠田と大渡が明かりを確保しに倉庫を漁る事になった。2人が出て行った後に取り残された俺達の間に、大渡の言うカビ臭い空気が流れる。

 

前木は何か言おうとしては口を噤み、居心地が悪そうにしている。その様子を見ていると俺までむずむずしてきたので声をかける。

 

「前木、何かあったのか?」

 

「あ、えっと……」

 

前木は一瞬目を逸らしたが、おずおずと確認するように俺の方を見た。

 

「……宮壁くん、今日は大丈夫……?」

 

「え、今日はって……?」

 

「昨日、疲れてたみたいで話しかけても返事がなかったから……ち、違ってたらごめんね……!」

 

「話しかけてた……!?ごめん、本当に気づかなかっただけだ、悪い……。」

 

前木は何度か瞬きをした後、ふにゃりと笑った。

 

「よかった~……!」

 

その様子に余程昨日の俺は無視し続けていたらしい。慌てて謝罪する。

 

「ほんとごめん……!!」

 

「ううん。私こそ謝らなきゃいけないと思ってたから……昨日もそれを伝えようとしただけなんだ。」

 

「謝る?前木が?」

 

「えぇ、忘れちゃったの?私、裁判の後に宮壁くんに酷い事言っちゃったから。」

 

「なんだ、俺だって気にしてないよ。前木の言い分は最もだろ。」

 

「本当?ありがとう。……でもね、肉を焼けって言うのは、本当にやめてほしかった!冗談でも言っていい事と悪い事があるんだよ!」

 

なんだそれ……?と言いそうになったところで合点がいく。アイツだ、アイツがやらかしてたのはそれだったのか。ちょっと前木の言葉足らずで状況が想像できないけれど、最悪な動きをしたのだろうという事はかろうじて理解できた。

 

「ごめん。」

 

前木は俺から見た感じ、本当に気にしていないように見えた。もう大丈夫なのか、少し自信が持てないけれど、前木のきょとんとした視線をうけて考えを改める。

 

「遅くなった。手頃な物は見繕ってきた。」

 

 

 

「瞳ちゃん、大渡くん!お疲れ様、私達も丁度片づけ終わったところだよ。」

 

「じゃあ行くか。」

 

モノパオは見ているだろうけど、資料室の中で話している事までは聞こえないし見えないはずだ。篠田から懐中電灯を受け取ると、俺達は展示室の隠し部屋、資料室に向かった。

 

 

 

 

 

俺達の持つ懐中電灯が資料室内を照らす。特に何かが減っているようにも見えない。埃も相変わらず積もっており、正直長居はしたくない。

 

「……まだ資料はそのままみたいだな。」

 

「裏切り者にとってはそれほど重要な証拠ではないのだろう。」

 

「そういえば特別学級の名簿に切り取られたページがあったよね、裏切り者が私達がここに来れるようになるまでに準備したってことなのかな。」

 

「私はそう考えている。」

 

そうして俺達はお互いの持つ情報を交換する事にした。難波からもらったものを照らし合わせて今日以降の各々の動きを決めるという流れだ。

 

「じゃあ俺から話す。俺がもらったのはこれだ。」

 

ポケットからヘアピンを取り出す。

 

「ヘアピン……?」

 

「皆の個室の鍵だ。難波が作ってくれていたらしい。」

 

「……!!!そんな事までしていたのか……。」

 

篠田もさすがに驚いたのか、しばらく瞬きを繰り返しヘアピンを眺めていた。

 

「では、宮壁は全員の個室を頼む。」

 

「……俺1人でか?」

 

「人手が少ない今、単独行動を規制する理由はない。例え小さな発見でもお互い報告するようにすればいいだろう。……私達の目的は全員一致しているはずだ。」

 

「分かった。」

 

ここは篠田の温情に甘えて1人で探索する事にしよう。次に名乗りを挙げたのは篠田だった。

 

「私が預かった物は東城のメモだ。2つあったらしく前木にも配っていると言っていた。」

 

「うん!私もメモ帳をもらってるよ。」

 

篠田は頷くと軽くぱらぱらとめくってみせた。

 

「じゃあ、私も同じだから言う事はないね。どこを調べたらいいかな?」

 

「そうだな……私は今までの部屋をもう一度見返していくつもりだ。この資料室を調べてもらってもいいだろうか?暗い場所ですまない。」

 

「ううん、大丈夫!見つけるのとかは得意じゃないから助かるかも。」

 

なるほど、篠田とは後で会う事もありそうだな。

 

「大渡は難波に何て言われたんだ?」

 

「……共有するのもやめろと言われた。これでいいだろ。」

 

共有もできない、という言葉に篠田が怪訝そうに眉をしかめる。

 

「……どういう事だ。難波がそう言ったのか?」

 

「そうだ。」

 

「紫織ちゃん、あれだけ信じろって言ったのにそれはないよ……。」

 

前木が困ったように笑い、それを見た大渡がつけ加える。

 

「貴様らに話しても意味のない話題だ。オカルトの話なんざ知らねぇだろ。」

 

「オカルト……?難波はそういうの嫌いそうだけど……まぁ、たしかに大渡の言う通りかもな。」

 

「俺は地下の行き方を調べる。他にもあるだろうからな。」

 

「他?」

 

「……行ってくる。」

 

大渡はどこか心当たりがあるのか、1人で歩きだしてしまった。

 

「……私達もそれぞれ探索に向かうとしよう。くれぐれも気をつけるように。無理はするな。」

 

篠田の合図で俺達も行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は死んでしまった人達の部屋に順番に入る事にした。今まであった事を振り返って整理するためにも、ここは死んだ順番に巡るのがやりやすいかもしれない。

 

「……やりやすいというか、やらなくちゃいけないんだ。」

 

意を決して桜井の部屋に入る。

とは言っても桜井、端部、牧野、高堂の部屋は各裁判後に入った覚えがある。あまり探し過ぎるのも悪いので女子の部屋は軽くで引き上げる事にした。端部の部屋も同じく引き上げた後、牧野の部屋で初めてはたと立ち止まる。

 

「そういえば、牧野の動機は知らないままだったな。」

 

変わらず同じ場所に封筒が置かれていたので手に取る。幸いUSBらしきものも一緒に入っていた。他は以前と変わりないようなので後にする。高堂の動機は裁判で見たので割愛。

ここからは入った事がない面々になる。いや、勝卯木と安鐘の部屋は入った事あるけど。

 

 

 

三笠の部屋に入る。トレーニング器具がずらりと並んでおり、綺麗に畳まれた布団に近づけられたテーブルには薬の瓶が置かれていた。

 

「……あ、睡眠薬。東城にもらっていたって言ってたっけ。」

 

まさか瓶ごともらう程困っていたなんて。あの時も、そして俺の精神世界で出会った時も、一度もそんな悩みを抱えているようには見えなかった。……それだけ、隠していたという事になる。

 

「端部や安鐘もだけど……そんなに、頼りなかったかな……俺達。」

 

3人の性格を考えるに、それぞれ気を遣って言わないでいたのもあるだろうし、そんな込み入った話をできる程仲良くはなかったとも言える。それがどうしても歯痒い。

そんな後悔の念も三笠の部屋をうろうろする間に心から抜け落ちて、

 

「ま、他人だしな。」

 

なんとも無関心な感想に落ち着いてしまった。

そんな自己分析を終える前に三笠の動機も無事回収し終えたので、安鐘の部屋に向かった。

 

 

 

安鐘の部屋は難波と2人で安鐘を問い詰める時に入ったのが最後だ。

当時は内装なんて全く気にも留めていなかったが、他の面々と比べると和風の小物が揃っており、どこかい草に似た匂いも感じとれた。

あの時の言葉を精一杯拾っていれば……安鐘が死ぬ事は避けようのない出来事だったとしても、あんな風に殺される事はなかったはずだ。いや、おしおきされる事がとてもマシとは思えないが。

安鐘が何故扉を開けてしまったのか、俺にはいまだに分からないけれど、安鐘が身を挺して守ろうとしたものが、きっとこの動機に書かれているのだろう。丁寧にしまわれた着物や、その他整理整頓された小綺麗な部屋で唯一、投げ出すように乱雑に置かれていた封筒を拾う。

 

あまり物色するのも悪いので俺は次の部屋に向かった。

 

 

 

次は勝卯木の部屋だ。意外にも簡素な部屋は、あの嫌な記憶を思い出させるのに十分な空間だった。

…………あそこで、潜手を一緒に連れて帰っていれば。勝卯木と一緒になって泣いていた潜手の事を思うと勝卯木に対する怒りもふつふつと湧き上がってくるが、今更それを嘆いたところで仕方がない。勝卯木の動機は……もう俺達が知っている内容だし意味はなかったはずだ。一応封筒を見つけたものの、中に何か入っていることもなく。

あと気になるものと言えば――

 

「この扉、他の皆の部屋にはなかったはずだ。……方向的にこれは……」

 

以前入った時はそれどころじゃなかったから気がつかなかったのだろう。幸い鍵はかかっていなかったようで、すんなりと扉は開いた……が、何かが邪魔をしているのかほとんど開かない。押せばなんとかなりそうだったのでガンガンやっていると舌打ちの音と共に急に視界が開けた。

 

「うっせぇ。……これで塞いでいたらしい。」

 

「大渡!」

 

勝卯木の個室の隣、つまりモニタールームに繋がる扉だったのだ。なるほど、これで誰にも見られずにモニタールームと自室を行き来できるという話らしい。

大渡が避けてくれたのはモニタールームに不自然に設置されていたロッカーだ。何故かロッカーは開いており、移動させるのにはさほど力を要しなかったようだ。……あれ、このロッカー、内鍵もついているのか。何の意味があるんだ……?

 

「邪魔して悪い。そういえば地下への入り口を探すって言ってたよな。この部屋に何かあるのか?」

 

「ここしかねぇだろ。黒幕や裏切り者が日常的に使用する部屋だ。誰にも見られずに地下の裁判場に遺影を増やすにはこの部屋から地下に降りるしかねぇと思うが。」

 

「たしかに。」

 

大渡もこう見えて結構頭が回る方だよな、なんて呑気な事を考えていると俺の手に抱えている者に気づいたのか珍しく大渡の方から疑問を投げかけてきた。

 

「なんだそれは。」

 

「これか?皆の動機だ。分からなかった人のは見ておくに越した事はないと思ってな。」

 

「……物好きな奴。」

 

「仕方ないだろ、何でもいいから情報が必要なんだよ。」

 

「……」

 

会話は終了したらしい。手で追い払われたので俺は大人しく自分の探索を進める事にした。

 

 

 

潜手の部屋に入る。かわいらしい魚の置物がある他、水草のような植物が揺れている小さな水槽があった。壁にも潜水に使うであろう道具がかかっていたり、潜手が実際にこの部屋を拠点としていてもおかしくないような設備が揃っていた。

そういえば潜手も自分の動機についてはほとんど何も聞かなかったな。その上三笠ほど参っている様子もなかった。本当に、何も分かってやれなかった仲間の1人だ。……死ぬ直前まで、篠田をはじめ皆の心配をしていた彼女の事を思い出し、しばらく何もせず突っ立ってしまった。

だめだ、こんな調子じゃ。潜手に顔向けできるだけの成果をあげないと、そして……篠田に殺人をさせない。潜手が最後に言っていた事はせめて、俺も全力でサポートしたい。

 

「はは、それどころじゃないんだけどさ。全力は尽くすよ。」

 

誰もいなくなった部屋に向かって声をかけた。

動機の封筒には何かが入っているようだった。後で確認させてもらおう。

 

 

 

次は柳原の部屋だ。とはいえアイツの動機はもう知っているんだよな。

入った瞬間、今まで入った部屋とは打って変わって酷く物が散乱した光景にぞわりとする。俺が持っていたUSBはぐしゃぐしゃに踏まれたのか木っ端微塵になっていた。あの動画を見て暴れたのだと思うと胸糞悪くなったが、今それを考えても仕方のない事だ。

高校生とは思えない程汚い字で書かれているメモには、これから自分がするべき事が羅列してあった。

俺が襲われずに安鐘を守り通せていれば、勝卯木は被害者として死んでいたし、安鐘は無惨な殺され方をせずに済んだし、柳原は実行犯ではないのだから死なずにここにいたはずだった。決して俺達の仲間にはなれなかったろうけど、今の俺達4人の関係を鑑みるに最低限の協力関係は結べていたはずだ。

 

「そうだ、あいつは裏切り者の正体も分かったって言ってたよな。何かヒントとかないか……?」

 

ごそごそと汚い部屋をさらに汚くしてしまったが、特に何も発見できなかった。俺は時間に追われるように柳原の部屋を後にした。

 

 

 

さて、東城の部屋に入る。

人間がしばらく生活していたとは思えないのは、おそらく棚に陳列された薬品のせいだろう。薬品特有の匂いはたくさん放置された白衣から漂っていた。とはいえ几帳面な奴の事だ、それ以外は綺麗に整頓され、埃もほとんど見られない。

東城なら気にしないだろうと思っていろいろ探してみたが、やっぱり渡すべきものは事前に皆に渡していたようでこれといって何かが見つかる事はなかった。動機の封筒もどこにも見当たらない。内容は知っているけど封筒自体がないのも変だ。

 

「……東城の動機、誰かが持ってるのか?東城が捨てるなんて事はしないだろうし。」

 

後でその行方も確認しようと、俺は次の部屋に向かった。

 

 

 

難波の部屋もおよそ同じ感じだった。必要なものは全て俺達に渡るように手配してあったから当然の事だ。探すものがなくなった俺は、改めて難波の部屋を見渡す。怪盗だからといってお宝が並んでいる訳でもなく、鏡台に並ぶ化粧品の数が他の女子より多い事を除けば、俺の部屋とほとんど変わらないくらいには殺風景な空間だ。

だがその中で1つ、明らかな私物があったので近寄る。写真立てのようだ。おっとりしてそうな黒髪の女性に肩を掴まれ恥ずかしそうに笑っている難波。その横でそれ以上に慌てた様子の金髪の少年、そして眼鏡をかけた20代後半に見える細身の男性が笑顔で映っていた。

 

「もしかして、これがあのリストに載っていた難波の怪盗仲間か。」

 

最年少はこの少年だとしても、普段自信に溢れ堂々とした様子からは想像もできない程、まるで末っ子のような顔をした難波は珍しいものだった。隣を見るとおそらく妹であろう中学生程の女の子と仲良く笑っている写真立ても飾られていた。

 

「……これだけ大事な人を殺されたんなら、怒るよな。」

 

俺にとっては叔父さんみたいな存在だろう。もし叔父さんが人体実験に利用された挙句死んだなんて聞かされたら……。難波がその怒りに耐え続けた執念を感じた。難波の動機も見つからないし、おそらく俺以外の誰かに手渡したのだろう。

 

 

これで全員の個室は見て回ったはずだ。後は自分の部屋に戻って皆の動機を確認してみようか、と廊下に出たところで大渡と出くわす。

 

「なんか、汚れてないか?」

 

「あぁ?……チッ、汚ねぇんだよ地下が。」

 

「!やっぱり地下に行く道があったんだな!」

 

「声がでけぇよ。後で言うからさっさと戻れ。一旦情報を整理するぞ。スパイ女にも約束は取り付けてある。」

 

「分かった。頼りになるな。」

 

「貴様が糞程頼りにならんだけだ。」

 

「……。」

 

案の定何度かやり取りをしたところで雰囲気が悪くなっただけだったので、俺達は無言のまま食堂に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

「……わ、埃っぽい……。」

 

念のために持ってきておいたモップで埃を取りながら資料室にあるファイルを開く。篠田もまだ全てを確認できていない程大量に積まれた資料は、前木の眼前に大きな影となって立ちはだかっていた。

 

「今日は幸運、だったよね。いい感じに重要なファイルにあたったりして。」

 

そう呟き適当に一冊手に取る。資料のほとんどが難解な学園の規則や金銭管理など、特別自身のおかれた状況に関係しないものばかりだった。

闇雲に探すのを諦め、タイトルで振り分けていく。

しばらく時間が経った頃、ようやく今までと雰囲気の異なる資料に辿り着いた。

 

「……あれ、これだけ制偽学園のロゴがない。……クラホネ、って……!」

 

ページをめくる。英文も混じり、いよいよ読解が困難だと諦めかけた時だった。あるページにペンで走り書きがされてあるのを見つける。

 

 

 

 

 

 

「……『天使計画』…………?」

 

 

 

 

 

 

天使。自分達のコロシアイで狙われている悪魔と対をなす存在。

 

研究所の資料に突然舞い降りた非現実的な単語は、勉強も活字もあまり得意ではない前木の目をくぎ付けにした。

 

「……。」

 

時が止まったかと思えば、前木がページをなぞったり次のページを開いたりする音が響く。

 

 

 

 

 

「……ぎ。」

 

 

 

「…………。」

 

 

 

「前木!」

 

 

 

 

 

 

「へっ!?あ、ひ、瞳ちゃん!?どうしたの!?」

 

「そろそろお互い報告する時間だ。……その様子だと何か見つけたようだな。」

 

「うん……コロシアイに直接関係はないかもしれないけど、知っておいて損はない事だと思う。持っていくね。」

 

「ああ、助かる。では食堂に行こうか。」

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ……!」

 

「皆お疲れ。」

 

篠田が前木を連れてきてくれた事で全員が揃った。

 

「じゃあ俺からだ。地下への入り口はモニタールームのカーペットの下にある。機材を避けたら床下に繋がる梯子があった。間違いねぇだろ。」

 

「そうか。その中には入ったのか?」

 

「報告する程の物は見つかっちゃいねぇが、壁伝いに移動すれば地価の地図を作る事ができる。後でもう一度行ってみるつもりだ。」

 

「感謝する。次は私が話そう。」

 

「今までの部屋にもう隠し部屋はない。全ての部屋を見て回ったから間違いないだろう。宮壁と途中合流したので全員の個室も確認済みだ。どの部屋にもいない以上、今裏切り者は地下にいる可能性が非常に高い。これといって手がかりを見つける事はできなかった。申し訳ない。」

 

「瞳ちゃんが謝る事ないよ!」

 

大渡と篠田の話を聞くに、後調べなきゃいけないのはモニタールームから行ける地下だけって事だよな。他の場所は調べ終わったって事になる。それにしては情報が少ない気がするけど……もう情報は出尽くしたって事なのか?

 

「じゃあ、私も言うね。資料室でいろいろ見てたんだけど、唯一手掛かりになりそうなのはこれかなと思って持ってきたんだ……」

 

「手に抱えてるやつか。何の資料なんだ?」

 

「倉骨研究所の極秘資料、だよ。ここって東城くんがいたところだよね?」

 

「……!!!」

 

「何故そのようなものがこの施設にある……?その極秘資料を学園に、いや、勝卯木蓮に渡す程結託していたという事か……?」

 

「とは言っても、ほとんどのページは英語や専門用語で分からなかったんだけど、ここだけ他と内容が違うんだよね。」

 

 

前木が開き指さしたページのタイトルは、天使計画。

 

全員の顔が少し引きつる。前木の説明を聞きながら読み進める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……立案者は研究所の所長、倉骨佳依さん。この人が天使計画を今も実行し続けている張本人みたい。」

 

「天使を作る計画、とあるな。一体天使とは何を指す?超高校級の悪魔と関係する人物なのか?」

 

「……えっとね、この計画で言う天使っていうのは、『不老不死の賢王』。天使計画は、絶対的な善性を持つ人間を不死身にして、その人を最高権力者とした永遠の統治国家を創る計画なんだって。」

 

「……???」

 

ちょっと、話が壮大すぎてついていけない……。

 

「よく分からない……何故、そんな存在が………………そうか、ここで治安の話になるのだな。もう少しきっかけを覚えていれば……。」

 

「あ、きっかけってこれの事かな?こっちのページにそれらしい事が書いてあって……」

 

前木はその前のページを開く。そこには他のページとは違い、直接書き込まれた文章が並んでいた。

 

 

 

『権力を持つ者達と協力し、賢王を創る。

世界各地の戦争を終わらせ全ての争いごとを無くすには、世界を1つにまとめる必要がある。

王――以後、天使とする――には以下の項目が必須である。

・この世の全ての人間を服従させるための力

・天使としての絶対的な良心

・生涯を終えられない事に耐えうる精神

・他の人間の言葉に惑わされない鋼の意思

以上、全てを満たす者を探し、天使とする。

候補は勝卯木蓮に選出してもらっている。』

 

[情報⑩:倉骨佳依のメモ]

 

 

「この国だけの治安というよりは世界の為……なるほど、馬鹿げた話だ。こんな無謀な計画を企てるとは。」

 

「この天使様とやらを創るのに必要な服従させる力ってのが説得力か。気色悪ぃ。」

 

「モノパオ……蘭ちゃんが言ってたよね。説得力を持つ人格を目覚めさせるには精神負荷がいるって……。そのために用意されたのがこのコロシアイなんだよ……!!」

 

なんだ、それ……天使を創るために、俺の中にいるアイツを探す必要があって、それで、こんなコロシアイが行われた……?学級裁判だのおしおきだのが、全てアイツを叩き起こす為だけに用意されたっていうのか……??

 

……寒気がする。

 

「正直このメモが一番きれいにまとまってるんだよね。さっきのページは天使をどうやって生き永らえさせるかっていう話が続いて、途中からはよく分からなかったの。」

 

「ちなみにどうやるんだ?」

 

おそるおそる聞くと、前木は今までよりもさらに真剣な顔をして答えた。

 

「なんか、ほぼ機械みたいになって、その機械のメンテナンスも機械がして、精神というか脳だけはデータとして一生保存、みたいな……?詳しい仕組みは全然分かんないけど、それこそ普通の人には耐えられないと思う……。一生世界の為に指示を続けるなんて、絶対無理だよ……。説得力さんの能力を移す、みたいな事も書いてあったよ。」

 

「……?おい、悪魔がそのまま天使になるんじゃねぇのか?」

 

「え、あ、うん。別人みたいだね。メモには勝卯木蓮さんに選出してもらうって書いてあるし……。」

 

「……。」

 

まずい、謎が多すぎて訳が分からなくなってきたな。あと話が壮大な上に難しい。

要は……

倉骨佳依は勝卯木蓮に協力を仰ぎ、天使計画を実行している。

天使となる人間は勝卯木蓮が選んでいる。

天使に必要な説得力を持つアイツを表に出すためにコロシアイをしている。

こういう事だろうな。

 

……そう考えると、きっとアイツを表に出す事だけが目的じゃない。

俺という人格は天使計画には不必要だ。俺自身は今もこうしてアイツに変わる事を反対しているからな。計画の邪魔、という言葉がぴったりだろう。

……。勝卯木蓮は、俺という人格を消すつもりだったんだ。俺が潰れて人格が消失すれば、この体もアイツのものになる。それが狙いなんだ。

 

あともう1つ考えたいのは、天使が誰なのかという事。

 

「なあ前木、その天使が誰なのかってどこにも書いてないのか?」

 

「後で確認してほしいんだけど、私が見た限りでは書いてなかったかな。メモにも書いてないって事は、この時の倉骨さんはまだ誰が天使なのかを知らなかったのかもね……。」

 

「なるほど……ありがとう。」

 

「うん!」

 

誰なのかは分からなくても、勝卯木蓮が選んでいるという分である程度推測はできそうだ。

要は、勝卯木蓮と接点のあった人間だ。それでいて、自分を顧みない犠牲心に溢れた人……。

…………まさかな。まさかとは思いつつ、彼女についてもっと調べる必要がありそうだと頭にメモをする。

 

「待て、気がかりな事がある。勝卯木蓮もこれに協力していたという事であれば、このような大がかりな計画にただの若者の勝卯木蓮が絡んでいるのは何故だ……制偽学園はどうしている?学園長は何をしている?警察は?他の組織は……?」

 

「う、その辺りは私も調べられなかったんだ……。ごめんね……。」

 

「……もう一度資料室を調べ直した方がいいかもしれない。少なくとも、コロシアイの全容は分かる気がするな。」

 

「そうだね。あ、ちなみに裏切り者についての資料とかはありませんでした……。」

 

「いやいや、かなりの進歩だろ。コロシアイの目的と奴等の企みが分かったんだから。」

 

「えへへ、だとしたらよかった…!」

 

「じゃあ、俺からも報告していいか。」

 

「ああ、頼む。」

 

俺が口を開こうとした時、

 

 

 

 

 

それは、唐突に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

 

 

 

 

『えー、校内で何やら嗅ぎまわっている探偵気取りのオマエラ、オレくんがお呼びです。至急、イベントホールにお集まりください。』

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

「今度は何を企んでいる……。」

 

「ここ食堂だし、私達の会話も聞こえてたよね……?どうしよう、『お前達は知りすぎた…』みたいな事になったら……!」

 

「裏切り者は勝卯木蓮でも倉骨佳依でもない。資料も持ち去られていなかった以上、罠のような事はしないだろう。」

 

「だ、だよね……!」

 

慌てる前木を篠田が落ち着かせるが、そうと理解できたところで別の不安が押し寄せる。

今までイベントホールに集められて素敵なイベントだったためしがない。今更何の用があるっていうんだ……?

 

「……チッ、行くぞ……。」

 

俺達を覚悟を決めてイベントホールへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イベントホールに入ると、いつもは上がりっぱなしの緞帳が下りていた。ジジ……と音を立てゆっくりと幕が上がる。モノパオは、まるで今からステージを始めるとでも言いたげな立ち姿で俺達を出迎えた。

俺達を見渡しモノパオはにやりと笑った。といってもモノパオの表情は変わらないのであくまで雰囲気の話だが。

 

「やぁやぁ!オマエラお揃いだね。ちゃんと集まって偉い偉い!わたりんも皆に相談して調べものだなんて、すっかりお利口さんになったね、オレくんは嬉しいよ!」

 

「それをやめろと何度言わせるつもりだ……」

 

早速大渡の神経を逆なですると、モノパオは大げさに咳ばらいをした。

 

「オホン!えー、オレくんがオマエラを呼んだのは他でもありません、オマエラに対して釘をさすためです。」

 

「どういうこと……?」

 

「オマエラさぁ、オレくんの事を甘く見すぎだよ。」

 

急に、温度が変わる。

 

俺達が自由に探索していた事すら予定調和とでも言いたいのか。俺達がこのコロシアイについて調べる事を望んでいながら、肝心な時に収集をかけて邪魔をしてくるような裏切り者を、俺達は心の奥では舐めていたのかもしれない。

卑怯な動機を提示し、難波に卑劣なおしおきを行うような今のモノパオの事を、俺達は知らなさすぎたのだ。

 

「オレくんの正体やらコロシアイの秘密やら天使計画やら、随分張り切って調べてるね?」

 

「……!その言い方、天使計画の事も知っていたのだな。」

 

「やだなー、オレくんもその計画には大反対だったよ。昔はオマエラと一緒に一生懸命学園や勝卯木蓮に反発したよね……懐かしい青春だ。今のオレくんにとっては最低の思い出だけどさ!オマエラに協力したからオレくんはこんなに不幸になっちゃった。」

 

「何が言いたい……?昔は味方だったと?こちらから願い下げだ。」

 

篠田がモノパオに対し一層鋭い目を向ける。

 

「いぴぴ、いいよいいよ、オレくんだってオマエラなんかの味方だったなんて胸糞悪いんだから。オマエラの苦しむ姿で返してよ、オレくんの幸せ。」

 

「……。」

 

「ほら、こういう会話は意味がないんだよ、お互い嫌な気持ちになるだけだからね。」

 

そういうとモノパオはふうと息を吐いた。この話はもうおしまいと言いたいらしい。

 

「じゃ、話を元に戻そっか。探偵ごっこに必死なのはいいけど、それに対してオレくんが何の介入もしないと思った?探索に制限をしない、なんて校則どこにもないのに。」

 

「え、」

 

 

俺達の誰かが何かを言いかけるよりはやく、その言葉は俺達の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、お待たせ!動機のお時間で~~~~~~~~す!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?動機、って?」

 

「こんな人数になってもまだお前はそんな事を言うのか……!!!!」

 

「なんだよ、それ……」

 

「……。」

 

 

周りの顔色を窺う事もできない程、俺の目はモノパオに釘付けになっていた。

 

「わぁー、いい反応!じゃあ時間も押してる事だしさっさと発表しちゃうね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「24時間以内に死人が出なければランダムに1人おしおき。そこからさらに24時間死人が出なければ2人目。つまり、96時間放置すればオマエラ全員死ぬって事。あ、3人死んだ時点でコロシアイなんてできないから実質72時間だったか!いぴぴ、ひりついてきたね……!」

 

 

 

「あ、そうそう、この動機では最後の1人は脱出できるなんて事もないから安心てね。最後の1人は何もできずに24時間後に死ぬのを待ってもらうよ。これはオマエラ全員仲良く死んでくれよって話だからさ!」

 

 

 

 

 

 

 

……なんだよ、それ。

 

そんなの、もう動機でもなんでもない、ただの脅しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……1つ確認させろ。24時間以内に死人が出たなら全滅は免れる、そう解釈していいんだな?」

 

「大渡クン、大正解!そしてこれからしようと思ってた補足をありがとう!オマエラが被害を最小限に抑えるには24時間以内にコロシアイするしかないって事。うーん、我ながら鬼畜でバイオレンスで最低な動機!ロマンの欠片もないヤケクソ展開ってこの事を言うんじゃないかな?」

 

「ふざけるな……!!!!」

 

「それが嫌なら、そもそもオマエラの中に潜む悪魔を殺しちゃえばいいんだよ。動機もクリアできるし残った人達はここから出られる訳だからね。」

 

「……。」

 

前木は顔面蒼白で声も出なくなってしまっている。

篠田も床を睨みつける事で溢れ出す感情をどうにか抑えているようだった。

 

俺は、

 

 

 

 

俺は、自分の死を受け入れ始める事に必死だった。

 

俺が死ぬ事で終わるのなら、そうするしかないんだ。これ以上誰も死なせる訳にはいかない、俺が、やらなきゃ。

今なら篠田が止めに来ることもないはずだ。……やらなきゃ。

 

滝のように背中を流れる汗の不快感も忘れてしまうくらい、俺は死ぬ事への覚悟を固め始めていた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、じゃあ簡単だな、この動機は。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……大渡の言葉を聞くまでは。

 

 

「……はぁ?何?大渡クンが動くの?」

 

 

「俺はそもそも人殺しなんぞに興味ねぇよ。犯罪者になるのだけは願い下げでな。だが、殺しても問題ない奴が1人いる。要は誰かがそいつをぶちのめせばいいっつう訳だ。」

 

 

「……ああ、大渡クンも悪魔を殺す気になっ……」

 

 

「貴様だ。」

 

 

大渡は普段より遥かに敵意をむき出しにした瞳で、目の前にいるモノパオを睨みつけていた。

 

 

「死ぬのは貴様だ。」

 

 

「……オレくんの正体なんて知らないよね?」

 

「はっ、それを今から調べるんだよ。怪しい場所だってまだある。貴様が死ねばコロシアイも終わる。そもそも貴様が憎い。殺す相手にこれ以上の適任がいるのか?」

 

 

大渡はモノパオを鼻であしらうと、俺達の方を振り返る。

 

「異論はねぇな。限界まで足掻くぞ、貴様ら。」

 

 

「……了解だ。」

 

「うん……!」

 

篠田と前木も賛成している。どう転ぶか分からない、けれど俺達ができるギリギリまで、やってみせる……!

 

 

「ああ、がんばろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんだよ、せっかくどん底に突き落としてやろうと思った動機なのに、この状況で協力するとか言っちゃってんの??理解できないよ……。』

 

 

いつの間にモノパオが消えていたのか、モニターにモノパオの姿が映し出される。明らかにやる気をなくしたモノパオは、退屈そうに俺達の注目を呼びかけた。

 

『えー、オレくんは裁判場に隠れてるから好きなだけ探索を続けてください。裁判場以外、どこでも自由です。……………………』

 

「何故黙る。」

 

『いやぁ、この後のオマエラの反応が楽しみだなと思って!オレくんてば悪知恵に関しては超高校級どころか超人類級に天才なんだよね!』

 

急に元気になったモノパオは、にひひと笑うと今度こそモニターから姿を消し、画面は暗くなった。

 

「アイツに構っている場合ではない。……そうだな、大渡と宮壁、前木と私に別れる。私達は資料室に向かうから2人で地下を調べてくれ。」

 

「分かった。」

 

篠田のてきぱきとした指示の元、俺達は再調査に赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「は、」

 

 

「嘘……これ、瞳ちゃん…………」

 

 

「は、はは…………!!」

 

 

 

 

 

 

『空っぽになった資料室』を視認した直後、篠田が壁を殴る音が響き渡った。

 

「どうしよう……ごめ、私が全部持ってくればよかっ…………」

 

「…………大体は確認していた。前木は倉骨の資料も手に入れている。そもそもいつ隠されてもおかしくなかったものだ。だが、まさかこのタイミングで隠すとはな…………」

 

ショックのあまり音もなく涙が頬をつたい始めた前木の横で、拳から血を垂らす篠田は何度も壁を殴った。

 

「…………っ……どこまで捻くれている…………!!!!」

 

「瞳ちゃん、やめよう!手が血だらけだよ。ね、お願い……」

 

前木が必死に篠田にしがみつく。

 

「この調子だと宮壁くん達の方もどうなってるか分からないよ、ね、2人のところに行こう……?」

 

「…………ああ……」

 

壁に血を残したままふらふらと歩きだした篠田の後を、少し遅れて前木がついていく。

資料室を出る直前、何かに惹かれるように前木は後ろを振り返った。

 

「……。」

 

しばらく暗闇と対峙した後、部屋の中に歩を進める。

 

 

 

「幸運にも大切なものが残ってたり、しないかな……。」

 

 

 

「たり、だなんて、違う……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は幸運だから見つけられるの。そうだよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと懐中電灯を向ける。何か報われてくれと、その一心で本棚の中に手を入れる。棚板が外れ、奥に挟まっていた物が落ちる。小さな手帳のようで、隅に綺麗な字で名前が書いてあった。

 

 

 

 

 

「…………光ちゃんの、手帳……。」

 

 

 

それを誰にも見られないようにポケットに入れると、何事もなかったかのように篠田の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!?そんな事になったのか!?」

 

「チッ、ゴミ虫以下だな。」

 

前木がモニタールームに向かうと、すでに篠田は2人に資料室の件を話し終えていた。

 

「前木。」

 

宮壁の声に篠田も我に返ったようで、前木がついてくるのを確認しなかった事を詫びた。

 

「この下だ。貴様らが来るまでに地図を作る準備をしていた。」

 

宮壁がカーペットをめくり、大渡は定規や筆記用具を携えたまま床下の扉を指さした。

 

「……なぁ、ここの探索って全員でしないといけないのか?」

 

「あ?」

 

「俺が探索したのは皆の個室で、何人かの部屋から動機を持ってきてたんだ。その確認がまだできていなくてさ。」

 

宮壁の言葉に篠田が口を開く。

 

「二手に別れるか。……大渡は地下を見てもらうが……私達はどちらに行こうか。」

 

「……私は地下を見たいな。きっと何か掴んでくるよ。」

 

前木の何か確信めいた眼差しに一同は顔を見合わせる。たしかに、既に手に入っている情報を見るよりは未知の場所に赴いてもらう方が彼女の運もはたらくかもしれない。

 

「了解した。では前木は大渡についていってくれ。大渡、くれぐれも親切にな。」

 

「……。」

 

大渡は無言で地下に入り始める。しばらくした後、

 

「下から照らすから貴様も来い。」

 

と下の方から声が聞こえた。

 

「……うん!」

 

前木も穴に向かって返事をすると梯子に手をかけ、下りて行った。

 

「宮壁、2人の安全を確保するために私達もここで確認したい。動機を持ってきてもらえるか。」

 

「ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

一通り見終わった俺達は、揃ってため息をついた。

 

「なんだ、このUSBは……!!!」

 

動機の紙は確認できたものの、それぞれの封筒に入っていたUSBは別物にすり替わっていた。

 

『オマエラの思考は丸わかり!だってオレくんは意地悪が大得意だから!モノパオコーポレーション。』

 

今も俺の生徒手帳には、コマーシャルを模した悪質な映像が永遠にループしている。こんなデータ壊れてしまえと、何の前触れもなくUSBを引き抜いた。

成果が得られなかったというのもそうだが、皆の苦しみを理解してやれない事にも腹が立つ。

篠田も自分の生徒手帳に適当なUSBを差し込み、改めて再生する。

 

『オマエラがここに辿り着くと思ってあらかじめ仕掛けていました。ぎゃはは!難波ちゃ~ん!残念だねえ!もしかしたら難波サンじゃないかもしれないけど!』

 

「……難波が見ると考えられていた物もあるという事は、かなり前からすり替えていたのだろう。コイツにとってどこまで想定内なのだ……。」

 

「……。」

 

俺もさすがに頭を抱えた。しばらくの沈黙の後、篠田がゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

「宮壁、もしもの時、どうするか決めておかないか。」

 

 

 

 

「…………。」

 

「今はモノパオだって監視できない……完全に2人きりだ。だから、私の本音を受け取ってほしい。」

 

「本音って……」

 

 

 

 

 

 

 

「私は、お前に死んでほしいなど微塵も思っていない。」

 

 

 

 

 

 

俺の目は、無意識に見開かれた。

 

「お前がいなければ解決しなかった事件がある。お前と過ごした時間だって私にとって大切な時間だ。お前を、憎まなければならないのも、お前を殺すかどうかの判断を迫られる事も、ずっと嫌だったに決まっているだろう……!!」

 

「酷い事を言ってすまなかった。お前を友人だと認める事が、私には酷すぎる……。これから失うかもしれない相手を大切だと思う事そのものに、これ以上耐えられない……。だから、だから……私は、お前を友人とは……」

 

「しのだ、ごめん。……ありがとう。」

 

続きを篠田自身に言わせるのは意地悪だと思った。嗚咽をあげないように必死で唇を噛む篠田を見る。

俺の友達をここから出すためなら仕方ない。

 

「俺に任せろ。」

 

そう言って俺は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして大渡と前木が帰ってきたので情報を確認する。動機にはほとんど手がかりがなかった事を伝えると、元々元気のないように見えた2人は明らかに肩を落とした様子だった。といっても大渡は眉間の皺が増えただけだったが。

 

「一応、これが地下の地図だ。」

 

「大渡くんが丁寧に描いてくれたんだよ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

なるほど、俺よりもずっと几帳面なのか定規を使って書かれている。

 

「このよく分かんねぇ機械だが、像いわく浴場だのトイレだのの下水関連の物らしい。特に不審な点はなかった。」

 

「で、この下の空間なんだけど、ゴミ捨て場みたい。普段私達がここに投げ込んだゴミが全部処理されてるのは、ここからモノパオとかが捨ててくれてたんだと思う。」

 

「なるほど……。このはてなになっているところは?」

 

「奴が裁判場に籠ってるから不明なだけで、エレベーターがこの辺だっただろうという想像だ。裁判場にはは入れてねぇ。ちなみに、この斜線部が梯子な。このモニタールームから下りた場所っつう話だ。」

 

「だとすると、難波はこの梯子とかを見つけていたのか。」

 

「難波で思い出したが、東城のメモに難波が書き足している部分があった。おそらく2人で話している時に東城の代わりに難波がメモをしていたのだろう。」

 

篠田は自身の持つメモ帳をパラパラとめくると、該当のページを俺達の前に広げた。

 

「『モノパオの首』?なんだこれ。」

 

「この単語しか書かれていない。ほとんどが今までの事件の話や薬品の配合についてで、コロシアイの根幹に関わる話は難波が書き足したこのページくらいだろう。」

 

「ふん……。待て、これで終わりか?」

 

大渡の声にしんと静まる。

 

「えっと……」

 

「……。」

 

「チッ、奴に大口叩いて馬鹿みてぇだな。あの糞像の死体でも拝めなきゃ死んでも死にきれねぇ。」

 

大渡の棘のある、けれど悔しそうな声色に心臓の動きが速くなる。

全員俯きがちになるが、ぱちりと篠田と目が合った。

 

 

 

 

もしもの時。そろそろそれを共有しなければならなくなったのだ。

 

 

 

 

 

 

怖い。怖いけど、言おう。言わなくちゃ始まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆に、お願いがある。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日、俺を殺してほしいんだ。」

 

 

 

 

 

「……!」

 

「あ?何を、言ってやがる……」

 

「俺が……」

 

心臓がどんどん冷えていくような寒気を覚える。こんな気持ちになるくらいなら黙っていた方がましだ。

 

でも、それでも……言わなきゃいけない、皆だけでも生きてここから出すには、こうするしかないんだ。

 

 

 

 

 

「俺が、悪魔だからだ。」

 

 

 

 

「宮壁、くん。」

 

「……あ?本気か?」

 

「事実だ。」

 

篠田が肯定した。

大渡と前木の視線に耐えかねて無意識に目を逸らす。篠田が言い放った時点で、この話は確実になったのだ。

 

「私は宮壁のもう1つの人格と会話をしている。……超高校級の説得力である事は間違いない。現に私はそいつのおかげで『誰かを殺める事ができない』からな。」

 

「……え?」

 

「宮壁は知らないのか。だとするとお前は悪魔と記憶を共有していないようだな。あいつと話した時に言われてしまって以降、お前を殺す事ができなかった。」

 

「……じゃあ、篠田は動けないってことか。」

 

「そういう事だ。」

 

 

 

「じゃあ、明日けりをつける。たぶん今ならいけるから、俺が自分でやるよ。」

 

 

 

これ以上ないほどの暗い空気が広がる。篠田がようやく口を開く頃には、夜時間が始まるアナウンスが鳴り響いていた。

 

「……明日の朝、集まろう。今日は体力も尽きているし、とても冷静な判断なんてできやしない。明日……先延ばしにするなというのであれば従うが、どう思う?」

 

篠田の問いかけに2人は首を縦に振った。俺だけは固まったまま動けないでいたけれど、前木に声をかけられ、モニタールームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「……おやすみ。」

 

俺の挨拶に大渡は見向きもせずに個室に帰っていった。大渡はあれ以降、一度も口を開かなかった。記憶が共有されていないという篠田の言葉がなければ殺されてもおかしくない程の怒りをぶつけられたが、俺だって悩んだ末に決めた事だ。どうにか交代する事もなく耐えられた。

 

 

「宮壁くん。」

 

前木が目の前で何かを言いたげにしているが、俺には何の事か見当もつかない。

 

「どうした?」

 

「……またね。私は、信じてるから。」

 

「……。」

 

ぼろぼろと涙をこぼしながらなんとか挨拶を終えた前木は、そのまま食堂の方に走り去っていった。

 

 

「……宮壁、すまない……私の力不足だ、」

 

「何言ってんだよ、誰のせいでもない。裏切り者のせいだ。」

 

「……絶対、全てを終わらせる。まだ18時間はあるからな。本当にぎりぎりになるまで、どうか…………」

 

「ああ。」

 

篠田は先ほど泣きじゃくったからか、もう涙は枯れてしまったようだった。長い事頭を下げると、踵を返して個室に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、最期にあれだけ確認しよう。何か分かったら明日共有すればいい。そう決心した俺はモノパオを呼びだす事にした。

 

「やあ宮壁クン!聞いたよ~、明日死ぬんだって?」

 

「……確認したい事がある。暴力は振るわないから静止してくれないか。」

 

「へ?……うん、いいよ!ちょっとでも暴力だと認識したらアウト判定にするからね!」

 

動きが止まったモノパオに近づき、その首を確認する。

 

「……触るけど、引きちぎれなかったら暴力じゃないだろ。」

 

「まあ、そうだね!」

 

そうだ、モノパオの首が直ったのは裏切り者に交代してからだったな。おそらく勝卯木との分別の為だとは思うが、これに一体何の秘密が……………………

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

「は、」

 

 

 

 

 

 

無意識に声が漏れていた。

 

 

「お前、まさか、」

 

 

 

「あれ?その顔……もしかして、本当にオレくんが誰か分かっちゃった感じ?実はオレくんの目はカメラになっていてね、オマエの顔もよく見えるんだよ。そう、オマエがそうやって目をまんまるにしてるのを見れば、大体想像がつくのさ。いぴぴ、じゃあこう言うべきかな?」

 

 

 

「久しぶり、宮壁クン。」

 

 

 

 

「お前……ッ!!!!」

 

「おっと危ない、オマエ命拾いしたよ!今オレくんが避けてなかったら校則違反だったんだけど!あ、そうだ、自殺とか微塵もおもしろくないから止めてあげるよ。自殺じゃなければ大歓迎!」

 

「……!!!!」

 

「ひょ、ひょええ、キレてる……。じゃあ、オレくんはお暇します!お疲れ様でした!」

 

モノパオは慌てたように消えた。

……今から言うか?ただ……今の俺達に裏切り者をどうこうする事はできない。

結局モノパオの動機に従うしかないのか。どこまで本気なのか分からないけど……。

 

時刻を見る。明日の夕方頃まで時間はある。何か手立てを考えるんだ。それを皆に遺すのが俺の役目のはず。

それまで俺ができる事をするんだ……。

 

 

 

 

 

俺は俺の考察をメモ帳に書き続けた。おそらくこれで間違いない。詳しい説明はできなくとも、必要な情報は揃っているはずだ。できあがったものを見返して息をつく。個室に戻る前に最後の晩餐だと思って持ってきた食事を終わらせ、メモ帳を机の引き出しにしまった。とりあえず明日を迎えるために寝具を整える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポーン』

 

 

 

チャイムが鳴る。

 

何事かと扉の前に駆け寄り、ドアノブを回す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、」

 

 

 

 

 

 

 

「宮壁くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いている彼女の手には、包丁が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟を、決めた。

少し予定より早いけど、前木がそう言うのだから、間違いない。

 

 

彼女の幸運を、俺も信じる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先の記憶は、ない。

だから、きっとこの後に続くのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きているのか、何故こんな事になっているのか、そんな理論的な事には思考が及ばなかった。

 

 

無。

 

 

ショックだとか怒りだとかそんな感情を失ってしまった俺は、時を止めたように動かない前木がおかしくないように、俺も一緒になって静止していた。

 

何も動かないこの空間が存在する限り、目の前で動かない前木は不自然なものではないと思えるような気がした。前木だけが動かないのではなく、前木も俺も動かない。そうする事で世界が動いていないのだと、俺自身に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

そんな空間を邪魔するかのように、ゾウの形をした物体は俺の足の周りを飛び跳ねていた。

 

「いやぁー!やっぱね、好きな人がいるオマエみたいな奴にはその好きな子を殺すのが一番効果的だよね!前木サンが動いてくれるのかは賭けだったけど、見事に前木サンが死んでくれてとっても嬉しいパオ!」

 

 

うるさい……。動くなよ、それじゃあおかしくなってしまうだろ。

 

ここで動かない前木が、この世の理に反しているとでも言いたいのか。

 

俺が睨みつけるとモノパオは何も言わずに消えた。

 

 

 

……。

 

一歩、前木に近づく。ゆっくりと。目を閉じたままの前木は、この間一度も瞬きをする事はなかった。

 

近づいたので見下ろす。こんなに近くに立っても前木はぴくりとも動かない。

 

周囲に広がる血に触れる。床に温度を奪われた血液は、既に体内の温かさを宿してはいなかった。

 

隣に座る。床に零れた血が服を伝い脚を湿らせるが、これといって不快ではなかった。

 

 

 

 

前木の隣で俺は、ゆっくりと寝息を立てる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オレが、殺しちゃった。」

 

オレの世界にやってきた琴奈ちゃんの顔を見れなくて、無我夢中で祈っていたらようやく変われた。

変わったけど、オレの目に映るのは冷たくなった琴奈ちゃんの身体だけだった。

 

「琴奈ちゃん……」

 

そっと頬に触れる。いつの間に自分の手に血をつけていたのか、優しく撫でるだけのはずが琴奈ちゃんの顔に血を塗り付けてしまった。

琴奈ちゃんに抱きついてもいいのかな、今のオレは大希の身体だからやめた方がいいかな。考えても分からないし、いいや、抱きついちゃおう。

 

琴奈ちゃんに自分の体温をあげれば何か変わるんじゃないかと、その一心で強く抱きしめる。

お願い、何かの間違いで、嘘だって事にならないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何を、している。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなオレと琴奈ちゃんの空間に割って入ったのは、響くんの低い声だった。

全く気配も感じなかったからびっくりして、琴奈ちゃんから手を放す。

 

 

 

「…………まえ、ぎ?は、なんで、おい、宮壁……何があった、まさか、」

 

 

 

瞳ちゃんの動揺した声も背中越しに聞こえている。

 

 

 

 

「……答えろ、貴様は何をしている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………オレが殺したんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレが、琴奈ちゃんを殺したんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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非日常編 3

短いですが5章おわりです。裁判を期待していた方には申し訳ない……。


 

 

 

 

 

重い沈黙。オレが言葉を発してから、2人とも何も言わなかった。

どれくらいそうしていただろう、やっと口を開いたのは響くんだった。

 

「立て。」

 

「……。」

 

無になっているオレの頭に、響くんの命令はすっと入ってきた。言われるがまま立ち上がる。いや、立ち上がろうとした。

 

「……っ!?」

 

次の瞬間、オレは再び床にうずくまっていた。何が起きたのか、働かせたくもない脳を動かす。

そうだ、響くんにお腹を殴られたんだ。痛い、響くんの姿がオレを殴っていたあの人達と重なる。怖い。

 

「…………っ……。」

 

「貴様はいざという時は自分で命を絶つと言ったな。ふざけるな。楽しいか、人を騙して陥れるのは。」

 

「…………ぅ、」

 

違うって言いたいのに声が出ない。怖い、どうしよう、小学生の時に戻ったみたい、ううん、ずっとそうなんだ。オレはあの時から何も変わってない……。痛いのも怖いのももういやだ、たすけて……

 

「ゴミが……。何も言わねぇって事は本心かよ。はっ、見損なうどころか死んでほしいくらいやな。」

 

響くんはオレの髪を掴むと、どんな力がその細腕に眠っていたのか、響くん自身の顔の高さまで持ち上げた。

 

「……っ…………」

 

何を言っているのかもよく聞こえない、恐怖に支配されてしまったのか、オレの耳は機能を失っていた。

 

「被害者面してんじゃねぇよ。この中で被害者なのは、そこで冷たくなってる女だけだ。そいつを殺めた貴様が、そいつ含め俺達全員を騙した貴様が……んな顔する資格はねぇだろうが……!」

 

「待て。下ろせ、大渡。」

 

再びオレを殴ろうと拳を引いた響くんを制したのは瞳ちゃんだった。響くんの手は何の前触れもなく離れ、オレは床に崩れ落ちる。瞳ちゃんはすっとしゃがんでオレの方を見た。

 

「話せるか?無理なら首を動かすだけで構わない。」

 

「……っ。」

 

ゆっくり頷く。

 

「前木を殺したのはお前なのか。」

 

頷いた。オレのせいで、琴奈ちゃんは死んだ。

 

「…………お前は自分が死にたくなくて、前木に死んでもらおうとしたのか。」

 

首を振る。そんな事考えてない……。

 

「……これから学級裁判が開かれるだろう。その時には全てを話し、きちんと裁判の進行に協力すると誓うか。」

 

頷く。早く喋れるようにならなきゃ……。

 

「お前の身体の至る所に血がついている。これはどういう意図だ。」

 

首を振る。オレだってどうしてこんなところにいるのか分からないから……。大希が動いたんだ。

 

「これはお前の主人格の方がつけたという事か。」

 

頷く。瞳ちゃんは数秒考えるそぶりを見せた後立ち上がった。

 

「以上だ。宮壁は部屋に戻った方がいい。」

 

「……!」

 

「……あ?殺人犯を野放しにするっていうのか?」

 

「どちらにしろクロは自白している宮壁なのだろう?今から証拠を消しにいったとしても自白した事実は変わらない。それよりかは落ち着かせて会話ができる状態に戻した方がいい。着替えも必要だろうからな。」

 

「それに、宮壁は私や大渡には勝てない。違うか。」

 

「……チッ、勝手にせぇ……。」

 

「…………ぁ……りが、と……。」

 

「……手を貸そう。」

 

瞳ちゃんに支えてもらって、オレはどうにか両脚で地面に立つ。

 

「個室にお前を送る。その後、裁判まで回復に努めろ。動けるようだったら捜査に協力してもらう。」

 

「……裁判……捜査。」

 

「知らなければ校則を見るなりモノパオに確認するなりしてくれ。」

 

「うん……。」

 

「……チッ、殺人犯がしおらしくしやがって。気色悪ぃ。」

 

「ごめ……なさ……。」

 

「大渡もあまり逆撫でするような事を……」

 

「あ?」

 

響くんの酷く怒りのこもった目つきに、瞳ちゃんもただ事ではないと判断したのか口を閉ざした。

 

「どいつも信じさせるような事を言って裏切る。殺人犯の言う事なんざ、もう二度と信用しねぇ。」

 

「……大渡、」

 

「あぁ、今思い出した。コイツの動機は親が悪魔に殺された事だったな。つまりコイツが自分の親をやったんだ。その時もどうせ騙すような事を言ったんやろ。ゴミ虫が。」

 

返す言葉もなくて俯く。今何を言っても響くんには信じてもらえない。

 

「……私が余計な事を言ったな。すまない。ひとまず宮壁を送り届けてくるからできそうな事は調べていてくれないか。」

 

「チッ……。」

 

瞳ちゃんはオレを担ぎ直すと今度こそ部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう。……いっつ……」

 

宮壁をベッドに寝かせると、素直にお礼を言われた。声は変わらないのに明らかに別人が話していると分かるくらい、普段と全く違って聞こえる。それは仕草も同様だった。

腕を抑えているのを見るに、投げ飛ばされた時に腕を負傷したのだろうか。シャツを脱がせようとボタンに手をかける。

 

「あっ、だ、だめ、」

 

「?血がついているのだから仕方あるまい。軽い手当なら私がやる。」

 

弱弱しく私の手をのけようとするが構わず脱がす。そして宮壁の上半身を見て思わず息をのんだ。

 

「……なんだ、この傷は……。」

 

大渡に殴られたところも後ほど青くなるだろうが、それよりも広範囲に広がる痣や酷いやけどの後に呆然とする。

 

「お前はプールに入っていただろう?その時に誰も何も言わなかったのか?いや、お前自身はプールに入った事を知らないのか。」

 

「……たぶん、オレが隠してたから……気づかれなかったんだと、思う。」

 

なるほど。説得力の才能か。そんな事までできるとは改めて頭のおかしい能力だ。

 

「この傷はなんだ。今更隠し事はやめてくれ。」

 

「……親。治療してないから、治りが遅くて……」

 

「!!!何故それを先ほど言わなかった。大渡に言えばあんな言葉を吐かれずに済んだのだぞ。」

 

「オレが全部悪いのは知ってるから、響くんに怒られるのも仕方ないんだよ。」

 

顔をあげずに小さい声で話している宮壁を見ているとだんだん「いつまでいじけるつもりだ!」とはたきたくなってしまうが、そんな事をすれば私も敬遠されて終わりだろう。どうにか優しい言葉にできないか模索する。

 

「宮壁もなよなよした奴だと思っていたがお前も大概だな。コロシアイの原因と大渡の暴言とお前の虐待は、全て話が別だ。分けて解決せねばなるまい。」

 

「……ごめん。」

 

及第点らしい。全く、人を気遣う声のかけ方など教わっていないのだから勘弁してくれ。

 

「その様子を見るに、だいぶ話せるようになったようだな。大渡はまだ怖いか。」

 

「もう少しかかる、かも……ごめんね……。」

 

「……謝っても何も解決しない。だが、そうだな、1つ教えてくれないか。」

 

「何?」

 

「名前はあるのか。呼びにくくて仕方ない。」

 

 

「ろ、ロザリオ。って呼んで。」

 

「漫画の見すぎか?」

 

「ち、違……!」

 

「まあいい。ロザリオ、前木のいたイベントホールで待っている。モノパオが来ても相手にするなよ。」

 

「……うん。」

 

 

 

宮壁の個室から出て廊下をなんとなく見渡すと頭が冷えていくのを感じる。平静を装ってはいるが、私だってこの状況が何なのか、出てこないモノパオは何をしているのか、宮壁…いや、ロザリオが前木を殺したのは事実なのか……

 

そもそも、何故前木が死ななければならなかったのか。

 

何も、分かっていない。焦る気持ちもこんな動機を出したモノパオへの怒りも、仮に本当にロザリオが犯人なのであればロザリオに対する憎しみも、全てを飲み込むにはあまりに理解が追いつかない。ロザリオに暴言を吐かずにいるのがやっとだった。大渡の言葉も、頷けてしまう。

加害者が、被害者の顔をしないでくれ。

その言葉は、今までクロとして同じ境遇の人々を断頭台へ送った時の私達自身にも言える事だ。無論、中にはクロの癖に被害者の顔をする者もいたが、彼らとて殺しがしたくてやった訳ではない。こんなところに閉じ込められ、精神を折られるまでは殺人なんて重罪とは無縁の人生を送れていたはずなのだから。

そう、私を何よりも苦しめているのはこれだった。

なぜ、誰も悪いと言えない状況で、誰かを悪としなければならないのか。

悪なのは生徒会長であり、学園のシステムであり、倉骨研究所であり、一部の仲間の家族であったはずだ。

その悪に対し、何か行動を起こす事すら許されない。

 

……前木、必ずお前の死の真相も暴く。待っていろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな。」

 

「やぁ、待ってたよ。」

 

「!!!」

 

イベントホール……前木の遺体がある部屋に入ると、大渡の鬱陶しそうな視線を受けているモノパオがいた。

 

「チッ、今回はファイルとやらはねぇんだと。」

 

「ない?これは事件だろう?」

 

「事件よ。だけど捜査したところで全てを知ってる人がクロじゃないから裁判なんて光の速さで終わるのよね。だから証拠を探すのは勝手だけどいつ裁判場に来てもいいのよ。疲労のあまりオカマ口調でも許して頂戴。それとも、このご時世口調に名前を付けるのはよろしくなかったかしら?」」

 

「は?」

 

『全てを知っている人がクロじゃない』?

 

「あぁ?どういう事だ。」

 

「宮壁クン、もといロザリオクンはクロじゃないの!他の人なの!これでいい?オレくんもう退屈で退屈で……おかげさまで最悪な事にもなっちゃったし、嫌な事は消し去りたい主義なんだよね。てことでバーイ!おつカレーライス!」

 

宮壁はクロではない。あまりにもあっさりと告げられた衝撃の事実に、モノパオが去った後も私達は固まっていた。

 

「……。」

 

「どういう事だ。アイツは自分が殺したっつってただろ。」

 

「宮壁、いや、ロザリオは、『実行犯ではない』……?あくまで前木を手にかけたのは別人という事らしい。」

 

「ソイツが悪魔か。」

 

「ああ。」

 

「……貴様はソイツの言葉で『殺人ができない』とか言ってやがったな。だが俺だってやってねぇ。全容を知っている奴がいる中で嘘を吐くメリットはないだろ。」

 

「同感だ。」

 

「だとすると残った可能性は……」

 

「裏切り者が直接殺したか、前木の自殺だ。」

 

「前者であればいいがな。」

 

私達は共に状況把握へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―捜査開始―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回裁判は手短に終わるらしいが、いくら全容を話してくれるとはいえ、ロザリオの体調が戻るまでにいろいろ調べておくのはアリだろう。」

 

「まずはこの紐か。緞帳の一番上にひっかかって垂れ下がっている。今までこんなものはなかったはずだ。」

 

「緞帳を動かすのには3階のブレーカーのある部屋に行く必要がある。」

 

「1人じゃできねぇ芸当だな。」

 

「この仕組みを理解したい。手分けするか。」

 

「……だりぃ。」

 

そんな事言っている場合か、と思ったけど別々に行動している時に連絡手段がないのは手痛い。

 

「モノパオ、通信機器くらいあるだろう。貸せ。」

 

「ゾウ使い荒杉晋作。はい、どうぞ!」

 

不気味なテンションのモノパオは颯爽と現れると簡易トランシーバーを配ってきた。

 

「安物だな。私が使っていた物と比べて遥かに音質が悪い。」

 

「いいじゃん!本職と比べないでよ、我慢して!」

 

「では大渡、ブレーカー室に向かってくれ。」

 

「チッ、人使いも荒いのやめろ……」

 

「え?オレくんの事ガン無視?」

 

大渡が出て行ったのを見送り、私も持ち場に戻る。

紐はステージ天井の横棒にかけられ、意味もなくぶら下がっている。一体これは何に使われたのだろう……。手あたり次第触っていると、端の方にセロハンテープと紙きれがついていた。どうやら緞帳が下りた状態で客席側に紙が見えるようにしていたらしい。尤も、今現在その紙を確認する事はできないが。

 

【メモ:緞帳にかかっていたロープ。用途は不明。客席から見えるように紙を端に貼り付けていたようだ。】

 

他に気になるところは、やはり凶器だろうか。

厨房の包丁のようだ。前木のお腹にしっかりと刺さっている。あらかじめ用意していた手袋を身につけ、包丁をゆっくりと取り出す。ひやりとした感覚が手に残る。慎重に傷を触っていると、どうやら傷は一か所のようだ。何度も刺したようには見えない。

 

【メモ:前木の腹部には包丁が刺さっている。傷は1箇所。】

 

生憎指紋等を調べる事ができないので、折角凶器が分かってもここから犯人を割り出す事は無理だろう。他に傷は見当たらなかったので前木を床に寝かせた。ずっと座らせるのもいい心地はしない。顔を隠すのはためらってしまったので、せめてと生々しい傷の残る腹部をタオルで隠しておいた。

他に気になるのは後ろの壁だ。血痕とは明らかに異なる血が付着している。横棒と上に読点のような「、」がある事しか分からない。前木の手を確認すると、右手の人差し指に血が付着しているので前木本人が書いたものなのだろう。他にも何か書いていたらしいが、擦られたような跡が残るだけだ。誰かが消してしまったのだろうか。私と大渡が駆けつけた時からは誰も触っていなかったので、それ以前に消されたのだろう。

 

【メモ:前木がダイイングメッセージのようなものを残しているが、ほとんど擦り取られているようで解読はできない。】

 

 

 

『あー、あー。聞こえてんのかこれ。』

 

トランシーバーから大渡の声が聞こえたので、作業を中断して耳に集中する。

 

「大渡、早かったな。何か変わった様子はあるか。」

 

『ありまくりだな。緞帳を上げるボタンが机に設置されてあって、その上に壁掛けの棚があったろ。その棚からボタンめがけてコップが吊るされている。糞象を問い詰めたところ、糞象が押すまで緞帳は下りていたらしい。要はこのコップにボタンが押されて、普段は上がっているはずの緞帳が閉まっている状況になっていたという事だ。ちなみにコップの中には水が入っている。』

 

「水……なるほど、続けてくれ。」

 

『ステージから下りろ。』

 

「?分かった。…………下りたぞ。」

 

私が言い終わると同時に、ゆっくりと垂れ幕が下がってきた。やがて締め切られ、ステージにいる前木の姿は見えなくなった。

 

『じゃあステージに上がれ。』

 

「閉まっているのにか。」

 

ステージ横の階段からステージ内に入ろうとするが、無理に押すと緞帳が壊れてしまいそうだ。

 

「入れないぞ。このイベントホールは体育館のように体育倉庫から上がる仕組みもない。ステージの縁に立つ事はできるが、ステージに入って何かするのは無理だ。」

 

『つまり、死んだ女がステージに入った後に緞帳が下りた。順番としてはそういう事になるな。少し待ってろ。監視カメラがステージ内にあるのか確認しろ。』

 

相変わらず命令口調は抜けないらしいが、大渡の言いたい事にも納得できたので素直に従う。緞帳が上がり始めたのでステージ内に戻る。ぐるりと見渡したが。どうやら監視カメラはないようだ。

 

「ない。緞帳を下ろすとステージ内はカメラに映らないだろう。」

 

『決まりだ。その女は自ら監視カメラの死角を作り出した訳だ。』

 

「……!前木は、何を企んでいたんだ……?」

 

こうなってくると前木もただ殺されただけではないらしい。むしろ、この事件を起こした張本人のような動きだ。他人が緞帳を下ろすならボタンを押すためと考えられる仕掛けも必要ないはずだ……。

 

【メモ:緞帳の装置のボタンにコップの仕掛けが施されていた。コップに水がたまると重さでボタンが押される仕組みのようだ。】

 

【メモ:前木がステージ内に侵入した後に緞帳が下りた。また、ステージ内には監視カメラがなく、緞帳が下りると完全な死角になる。緞帳のボタンの仕掛けも前木自身が仕組んだ可能性が高い。】

 

『もう何もなさそうだから今からそっちに行く。』

 

「ああ。こちらの調べものも一区切りついたから一度ロザリオの様子を見に行ってみよう。気になる事があれば大渡の方でも何か調べていてくれ。」

 

私の声が止んだと同時にブツリと通信が切れる。もう間もなくやってくるだろう。

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

「入るぞ。」

 

相変わらずベッドの上でぼんやりとしていたが、私の声に顔を上げる。

 

「鍵も閉めなかったようだな。」

 

「……今から裁判?」

 

「そうだ。行けるか。」

 

「うん……。」

 

もう肩を貸す必要もないようで、ロザリオは立ち上がると私より先に扉に近づいた。扉を開けると私に出るように促す。

 

「どうぞ。」

 

「……ん?」

 

「え、普通女の子が先に出るもんでしょ……?」

 

「いや、宮壁からそのようなエスコートを受けた事がなくてな。多少面食らってしまった。」

 

「マジかぁ……。」

 

ロザリオは明らかに引いた顔をしたが、自分のエスコートは崩さず私を先に廊下へ出した。

 

「そういえば、宮壁の普段の様子も知らないとなると、本当に何も共有できていないのだな。」

 

「今まではオレの存在すらないものとして過ごしていたからね。特別学級にいた時はもっといい感じだったはずなんだけど。」

 

「待て、そうか、お前は別人格だから記憶を失ってはいないのか?」

 

「それがそうでもないんだよ。なんでコロシアイが起きたのかっていう根本を忘れちゃってるみたい。たぶんその時は大希じゃなくオレだったんだろうね。」

 

「なぜコロシアイが起きたのか……?勝卯木蓮の計画の一部だろう?」

 

「そうなんだけど……オレ達が学園破壊計画に乗り出した時、当時学級委員だった光ちゃんがすっごい止めてきた事があったんだよね。今思えば、その忠告をちゃんと聞くべきだったんだ。いや、聞いたはずなんだけど、そこからが思い出せなくて……」

 

苦しそうに顔をしかめながら言葉を紡ぐロザリオを制する。聞かなければならない事はたくさんある。順を追って説明してもらわなくては。

 

「分かっている事だけでいい。大渡も揃った時に聞かせてくれないか。裁判場でもいいが。」

 

「うん、分かった。」

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、んだこの数。」

 

大渡が悪態をつくのはもちろん、裁判場に並んだ遺影達についてだろう。3人以外、12もの遺影が並んでいる光景は見ているだけで気分を害してくる恐ろしさを孕んでいた。

あの後特に調べる事はなかったようで、大渡と合流した後はすぐに裁判場に向かう事となった。エレベーターの前で立ち尽くしているとモノパオが現れ、大渡、ロザリオ、モノパオ、私という何とも珍妙なメンツで地下の裁判場へと下る事になったのであった。

 

 

「よし!遺影ばっかりでいえいいえーい!悪魔とかいうクソチートはいらねぇーい!どうも!オマエラのアイドル、超高校級の裏切り者、モノパオくんです!」

 

いつにも増してテンションの高いモノパオはスルーして議論を始めようかと思ったが、初めて裁判場に来たロザリオには無視できなかったらしい。

 

「何がアイドルだ!別にオレはチートなんかじゃないし!あとこの遺影ほんとやめて!!!ゴミカスうんち!!!」

 

「全部丁寧に返さなくていいんだ。無視しておけ。」

 

「はぁ!!!??!?うんちって言った方がうんちだろうがよ!!!!!!」

 

「なにそれ意味分かんない!人間性ランキング最下位の奴は口閉じててよ!!!」

 

「おい。次無駄口叩いたら殴り倒すぞ。」

 

「ひゃい……。」

 

「いえーい!オレくんの勝ちー!」

 

「ロザリオ、私達なりに考えている事や状況について説明しよう。それらの中で補足できる箇所があれば指摘してくれ。」

 

大渡の前では相変わらずびくびくしているロザリオだが、私の声にようやく落ち着いてきたようだ。

 

 

 

「まず…私の考えでは、前木は自殺だと考えている。ロザリオ、お前は自分が前木を殺したと言っていたな、それは実行犯としての意味ではないな?」

 

「……!実行犯じゃないと、クロにはならないって事?」

 

「そうだ。モノパオもお前がクロではない事を仄めかしていたからその確認をしたい。お前は、前木を直接傷つけたのか?」

 

「……ううん、そういう意味なら『オレが殺した』っていうのは、少しだけ語弊があったかも……。ごめんなさい。」

 

「気にするな。次に、前木はステージ内に後から入るのは不可能な事、そして緞帳が下りれば監視カメラの死角になる事を利用して、前木自身があのほぼ密室とも言えるステージを作り出したと考えている。これに心当たりは?」

 

「何も……どうやって死ぬのかは、何も聞いてなかったよ。」

 

「その言い方だと死ぬ事は聞いていたみたいだが。」

 

「……。」

 

「おい、貴様がクロじゃねぇならはよ言え。」

 

「あ、あとでじゃだめ……?」

 

「あぁ?」

 

「え、えと、たぶん、琴奈ちゃんは自殺だと思う。それは間違いないの。オレが来た時はすでに琴奈ちゃんは死んでいたんだ。だから、クロは琴奈ちゃんだよ。」

 

「……そうか。」

 

状況証拠からそうとしか言えない様子ではあった。だが、誰か他の人間も事件に干渉しているのは間違いない。今の様子だとまだ言える精神状態ではなさそうだ。このタイミングで宮壁に代わったところで意味がないので、ロザリオのままでいてもらう必要がある。慎重に話を進める他ない。

 

「ロザリオ、では次に学園破壊計画について教えてくれ。」

 

「うん……。学園破壊計画っていうのは、文字通り制偽学園の機能を失わせるために、『瞳ちゃんが巻き込まれていたコロシアイと、倉骨研究所との共同で行っている天使計画について告発する事』が目的の計画だよ。瞳ちゃんと響くんもだし、オレもだけど……特別学級の皆で協力して、学園に対していわゆるデモを起こそうとしたんだ。オレ達皆が協力すれば、今まで犠牲になった人達も浮かばれるってね。」

 

「……!!!」

 

「この辺りの事はちゃんと覚えてるんだ。瞳ちゃんは当時生存した先輩達の身元を特定していたし、響くんと紫織ちゃんは天使研究の情報をたくさん調べてた。翔悟くんや美亜ちゃんみたいに人脈の広い子達は警察にもあたってくれていた……。」

 

「……他の面々は?」

 

「優馬くんは皆の動きを見て途中で考えを変えてくれて、倉骨研究所に戻って情報をこっそり流してくれていたんだ。あの頃から紫織ちゃんとも本当に仲良くなってたんだよ。龍也くんは皆のためにいろんな勉強をしてくれて、とんでもない天才になってたんだ。本当に敵なしって感じ。そう、皆友達になってたんだ……。」

 

「おい、感傷に浸ってる場合か。一緒に反対していた奴等ばかりじゃねぇんだろ。」

 

「……光ちゃんが、突然『学園破壊計画は中止にしてくれ』って言い出したんだ。それまでは一緒に調べてたんだけど、本当に急に……。」

 

「理由は分かっているのか?」

 

ロザリオは首を振った。つまり高堂は理由は明かさずに闇雲に皆と対立したというのか?学園破壊計画が今の私達にとっても悪い計画には思えないために、余計違和感が残る。

 

「理由は聞いたんだけど、『相手が悪すぎるから』の一点張りで……でも、あまりにも必死にお願いするし、オレがいくら説得しても光ちゃんは聞く耳を持ってくれなかった。」

 

「いぴぴ!高堂サンはすっごいからね!オマエの説得も効かないんだよ!」

 

何度説得されても聞く耳を持たない?それが高堂の力なのか?悪魔の説得すら受け付けない、確固たる意志……おかしい、こんな単語を最近どこかで耳にした事がある。

 

「……まさか!!!」

 

思い当たるメモを引っ張り出す。

 

 

 

[情報⑩:倉骨佳依のメモ]

『権力を持つ者達と協力し、賢王を創る。

世界各地の戦争を終わらせ全ての争いごとを無くすには、世界を1つにまとめる必要がある。

王――以後、天使とする――には以下の項目が必須である。

・この世の全ての人間を服従させるための力

・天使としての絶対的な良心

・生涯を終えられない事に耐えうる精神

【他の人間の言葉に惑わされない鋼の意思】

以上、全てを満たす者を探し、天使とする。

候補は勝卯木蓮に選出してもらっている。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天使計画の天使候補は、高堂光だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?学園破壊計画と天使計画が繋がるのか?」

 

「超高校級の説得力とも言われるロザリオの説得が効かない。そして高堂は、学級委員として勝卯木蓮と連絡が取れる。その勝卯木蓮が選出する人間として最も適当なのは高堂だろう。」

 

「……。」

 

モノパオが無言なのを見るに、きっとこれは正解なのだろう。

 

「少し話題を転換しよう。勝卯木蓮と倉骨研究所が学園破壊計画を知ったらどうする?」

 

「えっと、止めに来る……よね。」

 

「……止めるなんて易しいもので済むはずがない。奴等は制裁を加えるはずだ。他にも強大な勢力を味方につけていてもおかしくない。」

 

「!!!警察……!美亜ちゃん達が調べてくれてた、警察は天使計画を黙認していたんだ!結果論を重視して、その間の犠牲は罪に問われなかったはず……前回のコロシアイの生存者が追い払われたのもそこら辺の妨害があったからだって話が出てた……!」

 

「決まりだな。奴等は、私達が計画を実行すれば大事になる前に何か制裁を加えていただろう。高堂が仮に勝卯木蓮のスパイだとすれば、その前から中止させようとするのは違和感があるし、そもそもこうしてコロシアイに巻き込んで命を落とさせるのはおかしいと思わないか。どうだ、ロザリオ、お前にとって高堂はどういう印象を持つ?」

 

「……いい人だよ。だからオレ、オレのところに呼んだんだもん……。止める時も、怒ってるというより哀しそうな感じだったから結局オレ達は光ちゃんの言う事を聞いたからね。」

 

ロザリオの言い方には迷いがなかった。きっと本心だし、これが事実であろう。

 

「このコロシアイが起きている原因は謎だから後回しにするとして、結局その山女は味方だったっつう話になるのか?」

 

「ああ。高堂は、私達に起きる制裁の内容を知って止めようとしたのだと思う。」

 

「その内容って……?」

 

「それは、まだ何とも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コロシアイだよ。」

 

 

 

 

 

 

急にモノパオが口を挟む。それも、とんでもない言葉を。

 

 

 

「コロシアイが、制裁?」

 

「過去のコロシアイを告発しようとしたオマエラには、そもそもその記憶を消してしまう必要があった。なんならその情報を知る奴は全員殺されてもおかしくなかったと思うよ。まあ、結果こうして大半がお亡くなりになってるんだけどね!」

 

「どういう事……?」

 

「計画が実行されるされないに関わらず、オマエラの記憶の消去は決まっていた。それと同時に、計画の中で芽生えた才能や関係なんかも初期化される運命だったんだよ。で、本当に実行されそうならついでにコロシアイに放り込んで悪魔の安定を図る予定だったってワケ。オマエラも情報を手に入れた奴が死ぬんじゃないかと危惧して、行動に移すまでは特別学級内の秘密になっていたからね。オマエラさえ封じれば完璧ってことよ。」

 

「あ?だが結局山女に従ったんだろ。コロシアイに巻き込まれる理由がどこにある?」

 

「結局高堂サンの言う通りにした?結局ってなに?ロザリオだっけ、オマエも忘れたフリしてんじゃねぇよ。オマエラはただ高堂サンの話を聞こうとしなかったんじゃない。高堂サンと学園破壊計画の実行を天秤にかけて、高堂サンを計画の輪から……オマエラの大好きな『仲間』から外したんだ。」

 

「……!」

 

「ロザリオ、本当か?」

 

「……ご、ごめ、あの時は皆必死で、」

 

「ふぅ!柄にもなくイライラしちゃった!オレくんは皆のアイドルだから、どんなに嫌な思い出話をされても笑顔でいなくちゃいけないの!で、勝卯木達ですら計画が実行される日時も掴めなくなって、実行するしない問わずコロシアイの制裁が決定したのよね。ま、そのちょっと前からオレくんはオマエラの敵になる事を選んだのですが!なんならコロシアイの実行が確定したのはオレくんがオマエラの秘密を横流ししたからですが!がはは!逆にオレくんがオマエラの中のスパイでしたってオチ!今度からはオマエラもちゃんと仲間を疑っていこうね~!」

 

「……。」

 

モノパオを睨み上げるが、感情も表情もないぬいぐるみを見上げたところで、操縦されなければ反応が返ってくる事もない。お互いに殺意を向け合う為の沈黙が続く。

 

 

「チッ、新たに分かったのはその程度かよ。さっさと本題に戻るぞ。」

 

見かねたのか大渡が口を開く。気持ちを切り替えるべきだ、と私とロザリオも改めて深呼吸をした。

 

「そろそろ貴様も話す気になったか。」

 

「……うん。」

 

「大渡も私も、事件の流れだけはある程度把握できている。ロザリオが何も知らなければ、その確認をしてから話をすり合わせていこうと思う。」

 

「分かった。」

 

「前木は垂れ幕操作の装置を作成。時間差で垂れ幕が下りるようにした前木は、イベントホールのステージ内という密室兼監視カメラの死角を作り、その中で自分を刺した……。」

 

「ダイイングメッセージやらロープの端についていた紙きれやらは分かんねぇが、それが第三者によるものなのは明らかだ。貴様は身に覚えがあるか?」

 

「ううん、どっちも知らない……オレは、琴奈ちゃんの『動き』には何も干渉してないから。」

 

「そうか。じゃあ知っている事を話せ。」

 

「……え、も、もう?」

 

「あ?何度同じ事を言わせやがる。さっさと吐け。」

 

 

 

 

 

 

「え、えと……………………」

 

ロザリオはその後も少し言い淀んだが、数秒後、ようやく口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、琴奈ちゃんが部屋に来て、それで、『お願い』されたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやりと大希の声が聞こえる。そろそろ入れ替わるのかもしれない。

 

 

「前木……分かった。」

 

 

何が映ってるの、何が起きてるの、それを見たくて、手を伸ばし空を掴む。

 

「うん、宮壁くん。」

 

琴奈ちゃんの手に包丁が握られていた。だめ、だめだよ、死にたくない、どうしてこんな事になってるの。

琴奈ちゃんが大希を、ひいてはオレを刺し殺すのだと、この時まで誰もがそう考えていた。

 

 

「もう一人の君に、代わってくれる?」

 

 

オレ?なんでその事がバレて、いや、そんな事より、どうしてここでオレが必要なの?大希も目を丸くして固まっている、そんな気がした。

何言か会話が続き、ずるずるとオレの瞼が重くなっていく。

 

 

目を開けると、今度ははっきりと琴奈ちゃんの姿が目に映っていた。

 

「……宮壁くん、じゃ、ないんだよね。はじめまして。ううん、久しぶり、なのかな?」

 

琴奈ちゃんはふわりと笑った。この胸の高鳴りはきっと大希の感情で、オレのじゃない。琴奈ちゃんの手に包丁が握られているのが間違い探しの間違いみたいに、この空間でただ1つ異質だった。

琴奈ちゃんは仲間の大希を殺したくないから、せめて仲間じゃないオレを殺そうとしてるのかな。オレも仲間だったし友達だったんだけどな。覚えてないのだから仕方ない。

 

「今日は君にお願いがあってきたんだ。そうだ、何て呼べばいい?」

 

「ロザリオ。美亜ちゃんがそうつけてくれたんだ。」

 

「……!美亜ちゃんらしいね。ロザリオくん……ロザくんでいい?それとも、女の子かな?」

 

「分かんない、考えたことないから……。」

 

これから殺す相手に何を呑気な事を言っているんだ、だけど、オレの中の記憶は叫んでいた。ここにいる誰も、オレ以外誰一人として覚えていなくたって、オレだけは忘れてやらない。

 

 

たとえ記憶がなくたって、琴奈ちゃんはオレを殺すような人じゃない。

琴奈ちゃんが、とってもいい人だって。

 

 

だからオレは気づいたんだ。

琴奈ちゃんの声が、ずっと震えていることに。

 

 

 

「今ね、『24時間以内に誰かが死なないと順番に皆を殺す』っていう動機が出てるんだ。」

 

「さっき、宮壁くんから自分の別人格が悪魔だって話を聞いたの。君が、超高校級の悪魔なんだよね。」

 

 

「……うん。」

 

 

「悪魔ってことはさ、『説得』できるよね?」

 

「……え、」

 

嫌な予感がした。それはきっと、オレが死ぬより、嫌なこと。オレが、やりたくないこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の中にある死ぬ事への恐怖心も、ロザくんなら説得できるよね。」

 

 

「やだ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

反射的に声が出ていた。そんなの、そんなの………………

 

「いいんだよ!!!!!!ごめんね、全部オレのせいなのに!!!!!!オレのせいで皆死んじゃった!!!!!琴奈ちゃんまでいなくなる必要ないよ、絶対オレが死んだ方が都合いいんでしょ?琴奈ちゃんは死ななくていい!!!!!!!!!!キミが死ぬ必要がどこにあるんだよ!!!!!!!」

 

琴奈ちゃんは、もう怯えた目を隠そうとはしなかった。震えながら、泣きながら、オレに肩をゆすられ続けている。

ほら、怖いんじゃん。嫌なんじゃないか。そんな子を、死に誘う事なんてオレにはできない。

 

「きっと大希がオレの事をバラしたのだって、大希も死ぬ事を覚悟したからでしょ?ならいいんだよ!!!!!死にたがってる奴が、死んだ方が皆の為になる奴が、オレが死ねばいいんだよ!!!!!!!」

 

「……。」

 

「オレが死んだ方がいい理由はいくらでもあるよ!!!!!オレって最低だから、親を殺したんだよ!!!!叔父さんに迷惑かけて、厄介な学校に目をつけられて、皆を巻き込んだ!!!!無関係の皆が死んだ!!!!!!コロシアイなんてものが起きた!!!!!オレさえいなければ、何も起きなかったのに!!!!!!!!!!」

 

今までオレの世界でも吐き出せなかった怒りを、全部無関係の琴奈ちゃんにぶつけている。

ほら、こうやって人に迷惑かけてるのに、そんな奴が生きてる資格なんて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは違うよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

琴奈ちゃんの目は、もう震えていなかった。

 

「ロザくんは、生きたがってる。そんなロザくんを、宮壁くんを、私は絶対に犠牲になんてしない。」

 

 

「オレのどこが生きたがっ……!!!!!!」

 

「私を生かしたいなら、私が死なないように説得すればいいだけの話だよ。それをしないのは、2人がまだ生きたいって思ってる証拠だもん。」

 

「ち、ちが、オレは、」

 

違う、本当にそんなつもりない、オレは生きたいなんて贅沢な事思っちゃいないよ。

世界に死ねと指をさされているのに、生きていたい程馬鹿じゃない。

 

「私が死にたいの。」

 

琴奈ちゃんは絶対そんな事思ってない、本心じゃない。本心だったら、そんな悔しそうな顔で死にたいなんて言わないんだよ。それなのに、

 

 

 

 

 

それなのにオレは、好きな人に死にたいと言わせてしまった。

 

俺のせいで、オレのせいで、死のうとしている。止めなきゃいけないのに、オレは気づいている。大希みたいに鈍感じゃないから、琴奈ちゃんの気持ちに気づいてしまった。

 

 

 

 

琴奈ちゃんも、同じ事を大希に思ってるんだ。

 

 

 

 

 

「なんて、ごめんね、ロザくん。知ってるよ。ロザくんが説得しないのは、私の気持ちを汲んでくれてるってこと。ロザくんは今すぐにでも説得したいんだもんね。ごめんね、酷い事して……」

 

「琴奈ちゃ……やだ……死なないで……」

 

「……私だって、死にたくないよぉ……。でも、」

 

 

 

「好きな人には、生きててほしいんだもん……。」

 

 

 

 

 

大粒の涙は、じわじわと目に映る色彩を暗くしていく。

 

「ロザくん、会ったばかりだけど、私、ロザくんのことも好きよ。大希くんをずっと守ってきたロザくんが、どこか懐かしい気がするの。もしかして、少し思い出してきてるのかも。」

 

「やだ……」

 

「なんで思い出すのがだめなの、変だよ、ロザくん。」

 

「やだ…………」

 

「……。」

 

こんなんじゃだめだと思っているのに、涙も声も止まってくれない。何が悲しくて琴奈ちゃんを殺す必要があるんだろうか。

 

「私は死んでも皆の味方だよ。絶対に皆の事、負けさせないから。」

 

「次に目が覚める時まで、私は最強なんだよ。だから……ずっと最強でいてあげられる。皆のために、私がんばるから。」

 

「?どういう……」

 

「ふふっ、こっちの話!」

 

 

 

琴奈ちゃんは死にたくない。

 

 

死ぬのが怖いから、1人じゃ死ねなくてオレに頼っているんだ。

 

 

今だって涙は流れ続けているし、肩だって震えている。お世辞にも平気そうとは言えない。

 

 

 

それでも、琴奈ちゃんの目には、たしかに希望が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………わかった、琴奈ちゃんの言う通りにする。」

 

 

琴奈ちゃんがゆっくりとオレのことを抱きしめる。抱きしめられるのが、オレでいいのかな。このぬくもりが数時間後には感じられなくなるのが嫌だ。怖い。

 

「不安そうな顔しないで。ロザくんも大好きよ。」

 

嬉しい。こんなオレの事も好きだと言ってくれる琴奈ちゃんが、オレも好きだ。

 

「……大希が、琴奈ちゃんの事好きだって。琴奈ちゃんが近くにいると、ずっと心臓がどきどきしてるんだ。」

 

琴奈ちゃんはすっとオレから身を離し、「ほんと?」とでも言いたげな視線を送る。ほんとだよ、とアイコンタクトを送った。

 

「……!!!」

 

「大希が直接言うべきなのに、ごめんね、交代できなくて。」

 

「ふふ。…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったなぁ、死にたくない理由が増えちゃった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「……。オレは、『琴奈ちゃんから恐怖心をなくした』。だから琴奈ちゃんは自分を刺す事にも、装置を作る事にも抵抗すら感じなかった。」

 

 

「息をするみたいに、自殺したんだ。」

 

 

ロザリオからの告白を終える前に、私はとっくに崩れていた。

私や大渡に言えば、私達は前木を止めて宮壁に決断を迫っただろう。前木を縛り付けてでも彼女の死を止めただろう。

そうされないために前木はロザリオを頼ったのだ。

 

「…………チッ……。」

 

視界の端に大渡が頭をかいているのが見えた。

 

「ごめんなさい…………」

 

ロザリオが誰にともなく頭を下げる。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、じゃあ裁判は終わりでいいすか?」

 

 

 

 

 

「は?」

 

場違いに明るい声、テンションの高い機械音声は瞬く間に裁判場の空気を支配した。

 

「だってさぁ、もうクロは決まってるじゃん?もう投票に移っていいよね?」

 

「待ってよ、まだ分かってない事があるって瞳ちゃんが……!!!」

 

「隠そうとするって事は貴様の仕業でいいんだな?尚更話す必要があるだろうが……!!!」

 

ロザリオと大渡もモノパオを怒鳴りつけるが、全く聞く耳を持たない。

 

「はぁ?オレくんがなんでオマエラの進度に合わせてやらなきゃいけないのさ。もう一回言わなきゃダメ?」

 

 

「クロは、分かってるよね?」

 

 

「いい加減にしろ……っ!!!!!どこまで弄ぶつもりだ……!!!!!!」

 

「てことで、オマエラはお手元の投票ボタンでクロだと思う人に投票してください!」

 

何の返事もかえさないまま、私達の手帳が投票ページに変わる。

 

「ッ、中断、投票は中断だ……!!!!前は聞き入れただろうが!!!!!!」

 

大渡が裁判場の席を力いっぱい叩く。人がその拳を受けていたら骨折もありうる程の激しい音がしたのに、モノパオは素知らぬふりで何かを操作した。

 

 

『30秒』

 

『29秒』

 

 

「オマエラうるさいからさぁ、タイムリミットつけてあげたよ!」

 

 

 

 

「貴様…………っ!!!!!!!!」

 

「最低だよ、ほんと、最低…………!!!!!!!!!!」

 

 

私達は、負けるしかないのか?

 

『19秒』

 

『18秒』

 

何も分からないまま、コイツの言う通りに、裁判が終わってしまうのだろうか。

 

『11秒』

 

『10秒』

 

 

「くっ……!!!」

 

「チッ………。」

 

 

 

 

 

負けてしまう。

何か逆転劇でも起きてくれないものか、そんな淡い期待は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『0秒』

 

『投票を受け付けました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この絶望の前で、跡形もなく消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、満場一致で前木サンがクロ。大正解!!!!前木サンはオマエラの為にその身を投げた儚き勇者だったのです!!ぱちぱちぱち……泣かせてくれるね。オマエラ2人は見てないだろうけど、ロザリオとかいうのと前木サンの会話劇はそこそこ人気の出る名シーンとも言える、それはもう素敵なものでした!あれを見てたのがオレくんだけだなんて勿体ないな~!」

 

 

「あはは、どう?裁判でも言いたい事が言えず、動機も適当な糞システムで、強制的にコロシアイさせられた気分は。」

 

 

 

我慢の限界だった。

 

 

「おまえっっ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

血管が千切れる音か、私の理性が途絶える音か。

 

 

私はたしかに、モノパオに飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

全部、繋がった。

もちろん、皆に教えてもらった事もある。

いよいよ現実世界と精神世界がリンクし始めた事で、俺にも裁判の流れはつかめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「篠田!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリモノパオと篠田の間に割り込む。篠田の渾身の拳が俺の腹部に直撃したが、そんな痛みもすぐに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?宮壁、なのか、」

 

 

 

 

篠田が目を見開く。泣きはらした目が痛々しい。

待ってくれ、俺が全部話すんだ……!!!

 

 

 

「モノパオ!!!!!!この裁判は間違ってる!!!!!!!!!!!」

 

 

「はぁ?オレくんが正解だって言ってんだよ?」

 

 

「その判決がおかしいって言ってんだよ!!!!いいからそのボタンをしまって話を聞け!!!!!」

 

 

いくら怒鳴ってもモノパオの飄々とした態度は変わらない。

 

 

「オマエラの中にクロはいない。前木サンは自殺。おしおきを受けるのも前木サン。これ以上ない平和な終わり方でしょ?」

 

 

「黙れ!!!!!!!!」

 

「は、おしおきだと?」

 

「何を、言っている……?」

 

モノパオ、違う、アイツの好きにはさせない。そう約束したんだ。

 

「じゃあ、おしおきタイムってやつ?やっちゃう?やりたーい!じゃあやりまーす!!」

 

 

 

 

 

 

慌ててモノパオに駆け寄る。

やめろ、そのボタンを押すな、前木をこれ以上傷つけたく

 

 

 

 

「あっ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮壁ごめん、手が滑っちゃった♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

GAME OVER

 

マエギさんが クロにきまりました。

おしおきをかいしします。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じたままの前木の前に現れたのはサイコロと機関銃だ。

モノパオがサイコロを転がすと、6の目が出た。

6つの機関銃が、前木に矛先を向ける。

 

 

 

 

【無題  超高校級の幸運 前木琴奈処刑執行】

 

 

 

 

 

6が出る度に、前木に向けられる銃口が増えていく。

 

そこから発射された弾丸は無情にも前木の喉を、腹を、胸を、足を貫いていく。

 

…………。

 

………………。

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先の描写は、本当に必要だろうか?

何度振ってもサイコロが6になった事も、その数の機関銃が用意されていった事も、前木がその餌食になった事も……正直、思い出したくない。

 

 

目の前で人間の形をとどめていない前木の姿を、見ていられなかった。

 

 

 

サイコロは、全ての面に6が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

意味が分からない。前木が、死んだ。とっくに死んではいたのだが、その死すら殺された。

 

「…………。」

 

呆然とその処刑を見守った俺達は、互いに無言のまま時が経つのを待った。

 

 

「あれれ、オマエラどうしたの。オレくんはグロいのが苦手だから見ずに全自動でやってたんだよ。もう終わったみたいだし、あれなら何とか……いや、グロいなぁ。」

 

 

前木をグロいだなんて言うな。

 

「裁判をやり直せ。」

 

「えーっ!宮壁クンったらまだそんな事言ってるの!?」

 

「お前がクロなんだろ。全部知ってるんだぞ。」

 

「……えぇ?ろくに捜査もしてないオマエに何が分かるのさ。」

 

「おい、コイツがクロってのは本当なのか。」

 

大渡の目に、かすかな光が宿った気がした。

悪意にまみれた言動を繰り返すコイツに制裁を加える事ができるのかと、そう言いたげな目に俺は頷き返す。

 

「ああ。正体も分かってる。ロザリオにしか分からない事もあるだろうけど、話は聞いた。」

 

「モノパオ、お前が前木を殺したんだろ。」

 

俺が睨みつけるとモノパオはありもしない肩をすくめた。

 

「宮壁クン、どうしたのさ、そんなに怒り狂っちゃって。投票を間違えたというなら、オマエラが全員おしおきされても構わないって事?」

 

「……っ、だけど、不正解を正解だと言ったお前の落ち度だ。お前にも罰則はあって然るべきだろ。」

 

「罰則?やだなー。もう人生5周分の罰は受けたつもりなんだけど。」

 

「……もう全部知ってるんだ。そんな機械なんて通さずに普通に話せよ。」

 

 

「宮壁、お前は全て分かったという事か?」

 

「ああ。……モノパオ、もう一度言うぞ。裁判をやり直せ。」

 

 

「……。」

 

 

「そもそも、俺達が検死できなかった奴なんて1人しかいない。ダストホールに落ちたものは拾えない、そう言われてたから近づけなかったお前だけだ。」

 

「……ダスト、ホール……。」

 

篠田の目が見開かれる。そうだろう、その単語で思い当たるのは1人しかいない。

 

「だけど地下の地図にはゴミ捨て場が空白の部屋として書かれていた。大渡が調べてくれたやつだ。ダストホールに落ちても、地下で裁判場や玄関ホール、さらにモニタールームと繋がっているのだからいくらでも移動はできたはずだ。」

 

「……貴様……!」

 

大渡の視線も鋭さを増す。モノパオは固まったまま動かなくなっていた。

 

「モノパオの首は、中身が勝卯木からお前に変わってから縫われていた。その縫い目も、あの時見たのと同じ特徴的な縫い目だった。難波が言っていたのはこの事だ。」

 

「極めつけは、」

 

「あー、もういいから。」

 

「!!!!」

 

モノパオから発する声ではない。マイクを通した声でもない。実際に、俺達の目の前にいる声だ。

 

お前が犠牲になった事も、皆本気で悲しんでいたのに……そんなお前が、どうしてこんなことを、

 

いや、その理由も、皆から聞いたんだ。

 

 

 

だからといって許される所業じゃない。

 

 

 

「あれ、変声機切れてない?ちゃんと俺の声に戻ってると思うんだけど。ていうかモノパオやってる時も喋り方自体は普段通りだったはずなんだけど。」

 

「…………。」

 

「……糞が……。」

 

 

「やだなーわたりん!糞なのはお互い様じゃーん!」

 

「それをやめろと何度言わせるつもりだ……。」

 

 

「篠田ちゃん、顔が真っ青だよ?あり得ないって?俺がこんな事するはずないって?好印象ありがとう!」

 

「……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、牧野。」

 

明るい金髪が俺達の前で揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「久しぶり、宮壁。元気してた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER5 『世界で1番不幸な日』

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超高校級の幸運 前木琴奈

【???により死亡】

 

 

 

残り生存者数 4人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼[幸運のクロスピン]を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT →→→ CHAPTER6『僕らの存在理由(レゾンデートル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Chapter 6『僕らの存在理由』
1話


いよいよ最終章です。最後まで、行く末を見守っていただければ嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6章『僕らの存在理由』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に躍り出た奴は、俺達の前で丁寧にお辞儀をしてみせた。さながら以前披露してくれたショーのように。

 

「ま、そういう事で俺も生存人数に入れといてよ。」

 

「……。」

 

「えーっ?せっかく出てきたのに何その反応?あーあ、こんな事ならもっとリアクションしてくれる人が生き残るようにすればよかった。」

 

牧野の言葉に篠田の眉がぴくりと動く。

 

「どういう事だ。」

 

「3回目の事件からは俺が動機を考えてたんだよね。ほら、柳原が勝卯木ちゃんをいじったせいでアイツは使い物にならなかったからさ。だから死んでほしい人が死ぬように調整したのよ。そもそも柳原が現実を知れば動いてくれる予感はしてたから、そういう意味ではすごくいい動機だったよね!死んだ面々もおおむね予想通りかな。難波ちゃんと東城は早いとこ死んでほしかったし、前木ちゃんも……もっといい感じに死んでくれるとよかったんだけど。」

 

「なぜそんな事ができる?」

 

「ああ、大渡は俺の才能なんて忘れちゃった?メンタリスト。人の考える事くらい皆の顔と癖見たら一発だって!」

 

「……きっしょ。」

 

「そんな事言いつつ、大渡もだいぶショック受けてるし参ってるじゃーん、強がんなって。難波ちゃんに何を持たされたのか知らないけど、きっと君は」

 

「黙れ。」

 

牧野は肩をすくめると大きく伸びをした。

 

「久しぶりに人前に出たからドキドキしちゃった!そうだ、皆お茶にする?ご飯も用意してるよ!朝から何も食べてないじゃん?」

 

どこから出したのか、円形の裁判場はたちまち円卓へと姿を変えた。

牧野は奥に戻ったかと思えばお盆にいろいろとご飯をのせて帰ってくる。

 

「ほら、牧野くんお手製のハンバーグだよ!皆と会えた時に何をご馳走しようかな~ってずっと考えてたんだから、残さず食べてね♡あとはケーキも焼いちゃった!」

 

どこからともなく現れた椅子にも目をやらず、牧野をただ睨む。

 

「おい、冷めるだろって。ね?せっかく作ったんだから食えよ。」

 

……今コイツに逆らうのは得策じゃない。そう思った俺達は各自近いところに着席した。

牧野がじっと見つめてくるので用意されたフォークに手を伸ばした、次の瞬間。

 

 

 

「ふざけるなっっっ!!!!!!!!!!」

 

篠田がガタンと音を立てて机に拳を叩きつけた。

なんだと篠田の方を見るが、俺の席からは何がおかしいのか分からない。何かハンバーグに……

 

「…………なんだこれ。」

 

写真だった。死んだ皆の、『死んだ状態の』写真。たくさんある中で目を引いたのは、先ほど肉塊と化した前木の写真。

 

「…………!!!」

 

口を覆う頃には遅かった。感情のまま零れ落ちた吐しゃ物が、写真も食器も汚していく。

 

「汚っ!ちょっと宮壁、そんなグロい写真なんてなかっ……あ、前木ちゃんかぁ。俺も吐きながら写真撮ったんだよねー。」

 

牧野は俺の席まで来ると食器を片付け始めた。

 

「さすがにこんなに汚しちゃ食べられないでしょ?あーあ、結構上手に作れたんだけどなぁ。……あーん、してあげるね?」

 

適当にフォークで切り取った肉片を俺の口に近づける。何もついてない部分を選んでくれたようだが、そんな事で食欲が戻るはずもない。俺は首を振った。

 

「もったいない……あ、篠田ちゃんと大渡は吐いてないんだし食べてよね!」

 

「チッ……まずいもん食わせやがって……」

 

「ひどい!おいしくできたってば!!」

 

「正気じゃない……何を考えている……」

 

「さっきから言ってるでしょ?お前らが苦しんでるとこが見たいだけだよ。どこまでもどこまでも絶望して、生まれた事を後悔するくらいね。」

 

以前一緒に探索したり、裁判で俺の手助けをしたりしてくれた牧野とは、もう別人なのだろう。だけど声も容姿もテンションも、何もあの頃と変わっていなかった。それがつらいと感じてしまうのは、俺がまだコイツを仲間だと思ってしまうからなのだろう。そろそろ覚悟を決めなければ……

 

「暗いねぇ3人とも。なにここ、陰キャの巣窟?」

 

「お前も陰キャだろ。」

 

「……嫌な事言うなあ。宮壁、何かあった?」

 

「お前に言う筋合いはないだろ。ただ……」

 

 

「全部知ってるだけだ。」

 

 

牧野は相変わらずにこにことはりつけた笑みで返す。

 

「何、全部って。」

 

「お前がやった事大体だよ。」

 

「いいや、絶対知らないよ、だって俺誰にも言った事ないから。」

 

「じゃあ全部じゃない、ほとんど知ってる。」

 

「篠田ちゃーん、宮壁がいじめてくるよー!」

 

篠田はギロリと牧野を睨んだまま何も返さない。

 

「怖いなー、もう。」

 

当の牧野はそれすらも楽しそうにけらけらと笑った。

全部は知らない、か……たしかに、一番重要な部分は高堂からも聞けていない。

『何故牧野が勝卯木に手を貸す事にしたのか』、こればかりは俺がいくら思案しても結論が見えてこなかった。

 

 

「じゃ、お腹もいっぱいになったところで、お喋り会再開しよっか!」

 

「その前に行きたいところがある。」

 

「え?」

 

俺は2人の方を見やった。

 

「篠田、大渡、頼みたい事があるんだけど……。」

 

「あ?」

 

「なんだ。」

 

「2人で、牧野の身柄を拘束してくれ。俺1人で行きたいところがあるんだ。」

 

「…………は、暴力振るったらおしお」

 

「1つも痛めつけずに拘束するのは暴力ではない。問題ないだろう。」

 

「ふん、頼まれてやる。手こずったらぶん殴るからな。」

 

「ありがとう、行ってくる!!!」

 

2人にお礼を言い、俺は走り出した。

行先は勿論…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前木……。少し失礼させてもらうな。」

 

俺は前木の部屋に立っていた。裁判場から前木の個室まで止まらずに走ったせいで呼吸が荒い。前木に言われた通り、パーカーの内ポケットを探る。絵面だと結構本気の犯罪者だな。

 

「……あった、これが、高堂の手帳……。」

 

これを見ている時間はない。2人が頑張ってくれている内に急いで戻ろう。

前木がダイイングメッセージを残したのも、ロープの先に謎の紙きれを貼ったのも、

 

全て、個室に置いてきたこの手帳を牧野から隠し通す為だと言っていた。

 

「ありがとな。俺、がんばるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、手間かけさせやがって。」

 

「悪い。」

 

「では始めるとするか。」

 

俺が戻ってくると、ようやく牧野は篠田達から解放された。捕獲された宇宙人みたいになっていたけれど、最終裁判の前にこんな緊張感のない構図になってもいいのだろうか。まあ、リラックスできるに越した事はないな。

 

 

「前木を殺したのは牧野、それが俺の結論だ。」

 

 

「いてて……なんか関節がおかしくない……?ああ、俺、そこの結論には興味ないんだよね。そんな事どうでもいいんだよ。」

 

牧野は腕を擦りながら位置に戻る。いつの間にか牧野の遺影はなくなっていた。

 

「俺がしたい事ってもっと単純で楽しい事だから。」

 

 

キラキラと流れ星を宿したような目をして、はじけ飛ぶような笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエラの人生、俺が終わらせてあげる!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□裁判 開廷□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルールは簡単。前木ちゃんが死んだのは誰のせいかっても大事だけど、結局これって気の持ちようだから!オマエラが全てを知っても俺をクロだと言えるならオマエラの勝ち。それまでに精神が駄目になったり俺をクロにしたくない、なんて事になったりすれば、俺の勝ち!」

 

「有り得ん。」

 

「まあまあ、大渡も焦ってるみたいだし、ゆっくりやろうぜ。」

 

「……。」

 

……何か、視界に違和感がある。瞬きをするが、あまりよくならない。

 

「ちぇっ、宮壁は相変わらずつまんねー男だなあ。そんなだから柳原にも愛想つかされるんだよ。」

 

「今は関係ないだろ。」

 

「はいはーい。じゃあ、好きに喋りたい人、どうぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「まず最初に言わせてほしい、私は現状についていくので精一杯だ。」

 

「同じく。」

 

篠田と大渡は揃って眉間に皺を寄せている。無理もない。俺も皆に教えてもらってやっと理解できたくらいだ。

 

「宮壁、何故牧野が裏切り者だと分かった?もう少し詳しく説明してくれないか。」

 

「分かった。」

 

「えー!?復讐じゃなくて復習!?誰得!?」

 

「……最初に違和感を感じたのは、牧野の死体を俺達皆で発見した時だ。」

 

 

♢♢

♢♢♢

2章 非日常編1

♢♢♢

 

「…おい象、コイツも本当に死んでるんだろうな?」

「大渡クンは実はミンナに生きてほしい素敵な人なのかな?前も似たような事言ってたもんねっ!」

「きめぇ。」

 

モノパオを鼻であしらうと、いつの間にファイルをダウンロードしていたのか黙ってでていこうとする。

 

♢♢♢

 

「勝卯木はその…アリバイとかはないか?」

「アリバイ………ない。…話す事……ある……。」

「なんだ?」

「保健室……牧野…出てきた……。」

「え?いつくらいの事だ?」

「6時10分11秒……。」

「相変わらず細かいな…。」

「すごいね…蘭ちゃん…!」

「……ピース。」

 

♢♢♢

3章 非日常編3

♢♢♢

 

「貴様が黒幕で、今までの事件の証言も信用ならなくなった訳だが……。あれは事実を言っていたのか?」

「は?それは証拠に説得力を持たせるために、クロに不利になるような発言をあえてしてたって話じゃねーの?」

「……実は事実は言ってないんだよね!いいじゃん、クロを正しく突き止めるために嘘ついてたってさ!私の証言もあって今までの裁判を勝ち抜けてるんだから、ミンナからすれば万々歳だよね?」

「なっ……っ!」

「貴様らは鈍いのか忘れてるのか知らねぇが、コイツがこうやってありもしない証言をしていた事を踏まえると、『あの行動』が偶然じゃねぇ事に気づくはずだ。」

「あの、行動?」

 

不安そうな前木を一瞥すると、大渡はとんでもない事を口にした。

「前回の事件。クワガタ頭が問い詰めた『事件の発端』。コイツが変態野郎に動機を返した事だっただろ。」

「………蘭、アンタ、あれもわざととか言わねーよな。」

「ちょ、ちょっときょうくん!それは最後まで内緒にしようと思ってたのになんで覚えてるの!ひどい!」

 

……今回の事件だけじゃない?

前回の事件も、勝卯木がわざとやったっていうのか?

 

♢♢♢

♢♢

 

「俺が気になったのは大渡が牧野は死んだのかと確認した時、モノパオは死んだと答えなかった事だ。端部のおしおきの時は確実に死んだと答えていたからな。」

 

「あと、勝卯木の嘘の証言。勝卯木が黒幕だと分かった時に、勝卯木は『自分の今までの証言は嘘』だと言っていた。つまり、二度目の事件で勝卯木は、牧野が保健室から出てきたところなんて見てないんだよ。」

 

「へー、すごい、正解だよ宮壁。さすが今までの裁判を牽引してきただけあるね!」

 

「……じゃあ、誰が輸血パックを保健室から取り出したのか。」

 

「まさか、勝卯木自身か?」

 

「その可能性が高い。勝卯木ならダストホールから自分の部屋に帰る事ができる。あの現場を密室のままで置いておく事ができたのは、被害者だった牧野以外には勝卯木しかいないんだよ。」

 

「それに俺達は床に大量にまかれた血だけが輸血パックのものだと思い込んでいたよな。だけど本当は、牧野の腹から出ている血も輸血パックのものだったんじゃないのか?」

 

「うんうん、正解だね。ほぼほぼオレの血じゃない。もっと言うなら、あの時オマエラが見つけてた血痕もそうだよ!」

 

「血痕……?」

 

「ああ、大渡は覚えてるんじゃない?東城が言ってたやつ。あ、よく考えたら誰も聞いたなかったかも。」

 

♢♢

♢♢♢

4章 (非)日常編1

♢♢♢

 

「知るか。」

「……交渉決裂だね。じゃあ1人でやってくるよ。血痕が落ちていた事は誰にでも言うといい。」

「……。」

 

 

「本当はもう1つ違和感はあったのだけれど、それは今言う必要はないか。」

「ボク達より先に死体保管室に入った人がいる。足跡から見てヒールのある靴を履いている人だから……うん。どちらかが『血痕のあった場所に落ちていた何か』を持ち去っている。」

 

♢♢♢

 

「やっぱ俺しか聞いてなかったよ。死体保管室に入ったヒールの靴、難波ちゃんの前に俺~~~!!!!俺俺~~俺もヒールです~~!!!保管してるの俺なんだから入りまくってるに決まってんじゃん!で、なんか勝卯木ちゃんが輸血パックの袋をこっそり陰に置いてたみたいでさ!俺それに気づかなくて難波ちゃんに盗られちゃったんだよね。なんであんなとこに勝卯木ちゃんが隠したのか知らないけど!ね、俺の時現場に輸血パックの袋とかなかったでしょ?」

 

思い出した、牧野の事件の後、新しく入ったエリアのゴミ箱も血がついていたはずだ。

 

「勝卯木がずっといろんなところで隠していたのか。」

 

「お?宮壁は思い出した?天才だね!」

 

……勝卯木が輸血パックの袋を隠し続けた理由。

それは、コイツを炙り出してもらう為だったのかもしれない。輸血パックを使用した事件は牧野と高堂の事件だけだ。難波もそれで目星をつけたに違いない。

 

「……そう言われてみればそんな会話もあった気がするが……。」

 

「チッ、んなもん覚えてられる訳ねぇだろうが。」

 

「ま、まあそれはそうだよな。他にも思い当たる事はある。例えば……」

 

 

♢♢

♢♢♢

2章 非日常編2

♢♢♢

 

難波「は?その言い方だと、裁縫セットを使ったのも牧野って事になるけど。」

 

宮壁「その可能性が高い。実は玄関ホールにはクリアケースがあって、その中にある電子生徒手帳を使えばここにいない人の部屋に入る事ができるんだ。」

 

三笠「そして、桜井と端部の部屋を自分と大渡で見に行ったが使われた形跡はなかった。さらに重要なのが、そのクリアケースの中に牧野の電子生徒手帳は入っていなかったという事だ。」

 

♢♢♢

♢♢

 

「牧野の電子生徒手帳だけ、クリアケースに保管されていなかった事。モニタールームにいなくても俺達の居場所を知るには、常に見たい場所の監視カメラを見られる状態にする必要がある。」

 

「なるほど、電子生徒手帳にも監視カメラの映像が映るようになっていたという事か。それならば私達が探索していた時に牧野と一度も遭遇せずに済んだ事にも説明がつく。」

 

「宮壁、もしかして本物の超高校級の記憶力?ま、本物さんは外で縛り上げられてると思うんだけど。」

 

「外で縛り上げ……?」

 

「うん!唯一記憶操作できていないからね!なんかめちゃくちゃ記憶力いいから技術が敗北するっていう謎のオチよ。まぁ、それも先日までの出来事で、今は脱走してるみたいだけどね。」

 

「脱走、助かっているという事か!?」

 

「さぁ?俺はオマエラをぶちのめしたら次は珠結ちゃんとか勝卯木蓮とか倉骨研究所をぶっ壊しにいくから、逃げても逃げてなくても今は関係ないかな。」

 

「たまゆい……?それが超高校級の記憶力を持っているクラスメートの名前か?」

 

「あ、そうそう!珠結詩乃女ちゃん。たまちゃんだの、しのめちゃんだの、好きに呼んであげてよ。」

 

「珠結……そうか、無事でよかった。」

 

まだ見ぬ仲間の生存を確認できたのはよかった。何をしているのか気になるけど、上手い事捕まらずにいてくれてる事を願おう。

 

……まただ。何か違和感が……まさか、ロザリオにいよいよガタが来てるのか?まずい、早く結論を叩きつけないと。

 

「牧野がクロの根拠は」

 

「まず、コロシアイの目的からだよね!順番に考えていこう!」

 

「……っ、」

 

大丈夫、まだ、大丈夫だ。

 

 

 

 

「目的……お前は散々復讐だと言っていたな。」

 

「あ?さっき言ってたやつが目的ならもう話す必要はねぇだろうが。」

 

「あるよ。俺はそれだけを目的にしていたんだから。」

 

……牧野、いや、あの時はまだモノパオだったな。裁判での言葉……その時はロザリオだったからぼんやりとだけど、俺も覚えている……。

 

 

♢♢

♢♢♢

5章 非日常編3

♢♢♢

 

「コロシアイが、制裁?」

 

「過去のコロシアイを告発しようとしたオマエラには、そもそもその記憶を消してしまう必要があった。なんならその情報を知る奴は全員殺されてもおかしくなかったと思うよ。まあ、結果こうして大半がお亡くなりになってるんだけどね!」

 

「どういう事……?」

 

「計画が実行されるされないに関わらず、オマエラの記憶の消去は決まっていた。それと同時に、計画の中で芽生えた才能や関係なんかも初期化される運命だったんだよ。で、本当に実行されそうならついでにコロシアイに放り込んで悪魔の安定を図る予定だったってワケ。オマエラも情報を手に入れた奴が死ぬんじゃないかと危惧して、行動に移すまでは特別学級内の秘密になっていたからね。オマエラさえ封じれば完璧ってことよ。」

 

「あ?だが結局山女に従ったんだろ。コロシアイに巻き込まれる理由がどこにある?」

 

「結局高堂サンの言う通りにした?結局ってなに?ロザリオだっけ、オマエも忘れたフリしてんじゃねぇよ。オマエラはただ高堂サンの話を聞こうとしなかったんじゃない。高堂サンと学園破壊計画の実行を天秤にかけて、高堂サンを計画の輪から……オマエラの大好きな『仲間』から外したんだ。」

 

「……!」

 

「ロザリオ、本当か?」

 

「……ご、ごめ、あの時は皆必死で、」

 

 

♢♢♢

♢♢

 

 

 

「俺達の学園破壊計画、それは勝卯木蓮が中心になって起こした過去のコロシアイを告発し、学園としての権威を損なわせる事だった。だけどそれが学園側、もとい勝卯木蓮に見つかって、俺達はそのコロシアイに関する記憶を消去される事が決まっていた……。」

 

「そう!オマエラでコロシアイをするために記憶をいじったんじゃなく、そもそも記憶の消去は確実に行われる予定だったってワケ。勝卯木蓮はオマエラの計画を絶対に止める必要があった。そのためにオマエラの内部でオマエラの邪魔をする役割が必要になったんだよ。」

 

「……納得した。だが私は記憶を消去された後もコロシアイの事を覚えていた。それは何故だ?」

 

「篠田ちゃんは元々入学前にコロシアイを経験しているからね。篠田ちゃんにとって何よりも消すべき記憶は、『同じクラスの奴等と一緒に計画を立てられるほど仲良くなれていた事』。そこさえ消せば、慎重派の篠田ちゃんはまず人にコロシアイの事なんて話さない。現に今回コロシアイに巻き込まれてもずっと言わなかったでしょ?」

 

「それに、篠田ちゃんが忘れたところで篠田家の人達は全員把握している。あの人達がいる限り篠田ちゃんの記憶を消すメリットはないんだよね。」

 

「……。では次だ、私達の邪魔をする存在が牧野、お前だったという事か?」

 

「半分正解で半分不正解。って、ずっと俺が質問に答えてたらオマエラが考える事をやめて脳細胞が死滅しちゃうじゃん!ちょっとは考えなよー。」

 

牧野は急に質問に答えるのをやめてしまった。勝手な事言いやがって……。

 

「半分って事は、2人いたって事か?だとすれば高堂だ。」

 

「あーっ!ちょっとだけ知ってる、とかしまらないキメ顔で言い切ってた宮壁が答えちゃったよ!おいおい他2人も真面目に答えてくれる~?」

 

「……。」

 

「はいはい、答えたくないのね。宮壁も少し惜しいかな!元々裏切り者は高堂ちゃんだけだったんだよ!俺は……ああもう、この辺はどうでもいいんだってば。何を思ってたかなんて誰も興味ないでしょ?」

 

「俺がずっと聞きたいのはそこだ。牧野、お前の行動を聞いてる。」

 

「……。高堂ちゃんを助けたかったんだ。オマエラも思い当たる事はない?」

 

高堂を助ける。何から?……ロザリオの見た景色にどうにか頭を巡らせる。ダメだ、あいつが近くにいない。

 

「天使……。」

 

「篠田ちゃん正解!高堂ちゃんは天使計画の候補にされていた。オマエラが辿り着いた通りだよ。」

 

 

「俺はね、その計画から高堂ちゃんを外してもらうためにオマエラを売ったの!」

 

 

「……!!!」

 

「驚く事かな?だって、僕にとって大事な人なんて1人しかいないんだから。比べるまでもないよ。」

 

笑顔でそう言う牧野を前に、俺達は無意識に後ずさりしていた。次の瞬間、先ほどの笑顔とは打って変わった見下した表情になる。

 

「なのにオマエラときたら俺が死んだと思い込んじゃうし、挙句の果てに高堂ちゃんを処刑しちゃうしさぁ……ほんっと、使えない奴等……。推理に自信があるならあの時にここまで辿り着いてくれてもよくない?」

 

「馬鹿を言うな。そもそも、俺達を嵌めたのが貴様らなら、何故貴様ら自身もコロシアイに参加する必要がある?死にたくねぇなら外部から見ときゃいいだろうが。」

 

「ちょっとちょっと、俺の地雷踏むのやめてよ!俺だってそのつもりだったんだから!勝卯木蓮は約束を守らない奴だったって事。それで納得してくれる?」

 

俺の考えが合っているなら、本当にコロシアイの参加は牧野にとっても想定外だったのだろう。だけどその様子を微塵もこちらに感じさせないせいで、じわじわと自信を失ってしまう。

 

「……何故私達なのだ、それなら、勝卯木蓮に対して憎悪を抱く方が先ではないのか……?私達に非がないとは言わない、だが、約束を守らずにコロシアイを強制した勝卯木蓮こそ、本当に憎むべき相手ではないのか……?」

 

「うん、オマエラが終わったら俺は勝卯木蓮を片付けに行くよ。それに、勝卯木蓮への復讐だって既に半分やってる。」

 

「……!そうか、妹だな。」

 

「そう!その通り!俺が最初に絶対殺そうと心に誓ったのは勝卯木ちゃん!その為に柳原をゆすったんだ。」

 

「……は?」

 

「勝卯木ちゃんにのせられて事件を起こしちゃった俺、やっぱり腹が立ったからさ。勝卯木ちゃんを殺してくれそうな奴に目星を立てたんだ。ほら、宮壁の部屋から動機を盗んで柳原に返したってやつ。あれ、俺がやったの。がんばれーって言ってあげたよ。クロが勝っても既に死んだ判定になってる俺は死なないからさ。」

 

「そうか、それで柳原は勝卯木よりも裏切り者の方が地位が上だと知り、勝卯木を脅す事ができたのだな。」

 

「勝卯木ちゃんも訳分かんない脅しで言う事聞くんだからほんと扱いやすい女の子だよね!そんな奴に嵌められた俺、かわいそうでしょ?ちょっとの復讐くらい許してよ。生き甲斐なんだ。」

 

ランランと目を輝かせる牧野を逆上させるかもしれないけど、言葉を放つ。

 

 

 

 

 

「それで高堂が喜ぶとでも思ってんのか。」

 

 

 

怒りのあまり零れた言葉にも、牧野は無反応だった。

 

「思わないよ。だって高堂ちゃんはオマエラの事を守ろうとしたんだからね。コロシアイを続行させてるって知ったら怒るんじゃないかな。」

 

「!!!では何故っ……!!!!」

 

 

「じゃあ何?俺は高堂ちゃんを失っても復讐もしないで、途方に暮れた方がいい?絶望の末に1人寂しく自殺でもした方がよかった?俺そんなの嫌なんだけど。大切な人を亡くして、なんで俺だけ何もしちゃいけないの?オマエラは友達を犠牲にした俺に、何かしらの処罰を与えたいんだよね?それって復讐でしょ?俺も同じ事をオマエラにしたいだけだよ。エゴイストのオマエラなら分かるだろ?」

 

 

駄目だ、話が通じる相手じゃない。

高堂の言葉すら届かないんじゃないか、そう思ってしまう。暗い穴に突き落とされた気分だ。

 

「いいな~、オマエラの復讐は正当化されるんだろ?オマエラの正義はヒーローになれる正義なんだ。俺の正義だって認めてくれてもいいのに。」

 

「もっと他に方法があっただろうが。黒幕の女はコロシアイを続行するかは貴様の自由だと言った。あの時に終わらせて全てを伝えた方がしかるべき対応ができた、お互いにな。」

 

「俺の気持ちなんて同じ状況にならなきゃ分かんないよ。なぁ、宮壁。どう?」

 

「どう、って、何……」

 

牧野はにっこり微笑むと、俺の方に歩み寄ってきた。

 

 

 

 

 

「オマエは俺と同じになってくれる?」

 

 

 

 

 

 

「誰がお前なんかと……!!!!」

 

伸ばされた手をはねのけようとするが、もう片方の手で掴まれてしまった。

 

「だって俺ら似てるじゃん。宮壁も前木ちゃんが死んだ時モノパオの事殴り殺しそうな勢いだったよ。俺も勝卯木蘭の事殴った事あるんだけどさ、その時の俺見てるみたいだった。」

 

「ふざけんなよ……っ!!!!」

 

必死で自分の服の裾を掴んで怒りを堪える。

耐えろ、コイツの言葉に乗せられて一度でも手が出たらアウトだ。それだけは絶対に避けなければ。

耐えられれば、この感情もじきに消える。そう、今のこの瞬間だけ耐えたら…………

 

 

あれ。

 

 

 

耐えたその感情は、どこに行くんだっけ。

 

 

 

 

嫌な予感がした瞬間、耐えられたと思っていた感情が全て戻ってきた。

 

 

 

違う、『俺のじゃない感情』が流れ込んできた。

 

 

 

 

たまらず倒れ込む。

 

 

 

 

「宮壁!!!!……牧野、お前はどけ。」

 

「え、もしかして人格代わる?うわーっ!生で見るのは初めて!」

 

かろうじて2人の声が聞こえる。大渡の姿も見える。けれど、もう1人、声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大希、代わって。」

 

 

 

 

 

 

 

「だめだ」

 

 

 

 

 

篠田が近くに来た。俺の事を支えてくれている。

 

 

 

「宮壁、どうした、どうなっている?」

 

 

 

 

 

 

「ねえ大希、代わって……お願い……!どいて……!!!!」

 

 

 

 

 

「駄目だって言ってんだろ!!!!!!!!すっこんでろ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「大渡、宮壁の様子がおかしい……!」

 

 

「チッ……おい、聞こえてんのか。」

 

 

 

「はっ…………はぁっ…………」

 

 

 

やばい、コイツの感情、最悪だ。そんなもんを俺に寄越すなよ…………!!!!!!

 

 

 

 

 

「汗の量が尋常じゃない。牧野、救護するくらいいいだろう。」

 

「えー?放っておけばよくなーい?」

 

「……では何かしら拭く物を用意しろ!裁判どころではないのは見たら分かるはずだ!」

 

「……うん、オッケー!宮壁が勝手に苦しんでて最高の気分だし、飽きるまで待っててあげる。」

 

 

 

 

 

俺達は騙されていた。

 

 

 

 

やばい、コイツを今外に出したら絶対にまずい。だってこいつは、こいつ、は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いろはくんの事放っておけない。だってオレ、いろはくんの事好きだもん。」

 

 

 

 

 

 

…………裏切り者の肩を持っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——これは、僕の記憶だ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、牧野いろはさんですよね?」

 

「……誰?」

 

「勝卯木蘭です。去年一緒のクラスだった……。」

 

黒髪を高く二つに結んだ同級生の女の子に、僕は声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンガンロンパノウム 0話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜が散り緑に染まり始めた夏の気配が近づくこの時期に、僕は14人のクラスメートと共に眠気と戦いながら授業を聞いていた。

僕の名前は……もう使ってないからどうでもいいか。

一応、芸名は牧野いろは。なんとなく、言いやすくていい感じの名前にした。

 

僕は超高校級のメンタリストとして特別学級への進学が決まったんだ。

といっても、その才能を得るに至った経緯は人に語るには恥ずかしい、純度100%の下心。好きな人を追って、超高校級の称号を手に入れる為に学んだものだった。自分の顔がコンプレックスなのもあって人の目をひどく気にするきらいがある僕は、どうせなら人と関わるのに役に立ちそうな才能にしようと思って心理学の勉強を積み重ねた。

 

僕の努力なんてどうでもいい、話を戻そう。その好きな人というのが、高堂光。名前の通りキラキラと眩しい人で、中学校の時からその人気も名声も痛いほどこちらに伝わっていた。というのも、僕は高堂さんとは会話すらした事がなかった。噂に聞いてたまたま全校集会で見かけた時に、一目惚れというやつをしたのだ。

 

 

「牧野の出てたテレビ、前見たよ。すごく堂々としてて、かっこよかった……!」

 

「なに謙遜してんのかなぁ、端部のプレーに比べたら全然だって!俺お忍びで行っちゃったもんねー!」

 

「え、ええ!?言ってくれたら声掛けに行ったのに……。」

 

小説の登場人物よろしく脳内でモノローグを繰り広げていたら、前の席の端部が話しかけてきた。いつの間にか授業が終わっていたらしい。目の前でしょんぼりしている彼は人気サッカー選手。この雰囲気であのプレーだもんな、真の陽キャは君だ。断言できる。

 

「いいって!端部来たら女の子に囲まれて俺の事もバレちゃうじゃん!……てかさ、課題どこって言ってた?」

 

「うわ、お前聞いてなかったのかよ。なんか上の空だったもんな。」

 

「は~??そうやってイケメンの俺を見守ってた宮壁は聞いてるんですか???」

 

「標準問題集45ページから47ページ。提出はないけど、休み時間のうちに黒板に書いてないといけないやつ。」

 

「残業じゃん。」

 

「あれ意味不明だよね……休み時間になんでチョーク持たされてんだろうって……。」

 

数学の苦手な端部は肩を落としてため息をつく。分かる。授業の事は授業時間にやろうぜ。

 

 

「宮壁くん……次の公民、何にも分かんないです……助けてください……。」

 

「お、分かった。」

 

「待ってアタシも聞きたい。憲法とか知るかよ、こちとら法律破りまくっても学校行けてんだわ。」

 

「……。」

 

「東城は睨んでんじゃねーよ!!アンタ一限の国語で寝てたじゃん!!」

 

「授業中の睡眠と法律違反を同列に語るのは正気じゃあないよ。」

 

「だまれ~~~~。」

 

宮壁は半泣きでやってきた前木さん筆頭の女子達に拉致されていった。まったく、超高校級の判断力だかしらないけど公民の時だけ先生気取りやがって……。幸運っていうよく分かんない才能の前木さんはこの中では安心感がある。普通に接してて楽しい感じの子だ。化学者の東城と怪盗の難波さんは相変わらず。もし僕がストーカーまがいの事をしてるってバレたら、僕も東城の要注意犯罪者リストに載るんだろうな。ちな、全員僕より陽キャでめっちゃいい人達。いっぱいすき。対する僕はキモ陰キャ構文しか浮かばない愚か者です。

 

「心理学があったら俺も先生になれるんだけどなー。」

 

「えー!牧野先生の心理学講座、美亜聞きたーい!ね、はたべんも聞きたいよねー!」

 

相変わらず大渡にちょっかいをかけていた桜井さんが飛びついてきた。

 

「うん、牧野が学校にいる事少ないしいる時にたくさん話聞きたいな……。」

 

「え、ほんとにやっちゃう?次の自習これにしちゃう?俺本気になっちゃうよ……?」

 

「ええ!?珠結、全く課題終わってないのでそちらやっちゃいてぇのですが!?」

 

「たまちゃん!?え、え、どこから来たの!?美亜全然見てなかったよ!?」

 

「ふふふ……珠結は天才なので?桜井ちゃんの死角もかいくぐれちゃうんですねえ!」

 

「えー!!」

 

端部と桜井さん珠結さんに挟まれた僕、北風と太陽で言うなら太陽と太陽と太陽に囲まれた旅人だよ。有名サッカー選手に加え超人気ロリっ娘漫画家とメモリースポーツ大会出場者の褐色ギャル、才能と陽の暴力である。

キリキリとコンプレックスを刺激される僕の隣で欠伸が聞こえた。

 

「んむ……ん……あれ、授業、終わってる……?変です……。」

 

「おーい、柳原、今休み時間。課題まだだったら見てやるから。」

 

「……?三笠さん……?」

 

「俺だ俺、宮壁大希。なんで間違えるんだよ。」

 

「だって、2人とも『み』から始まるじゃないですか……。」

 

「はははっ、おはよう柳原、起こしそびれたな。」

 

「本物の三笠さんだ、おはようございます。あ、課題は何もやってません!」

 

「少しはやろうな……。」

 

あの調子でクラスで一番稼いでいる投資家の柳原、そして久しぶりに孤島から帰ってきたサバイバーの三笠。いつの間にか戻っていた宮壁も、柳原の申告に三笠と揃って困惑しているようだった。三笠は僕の視線に気がつくと笑顔を浮かべ言葉を投げかけてきた。

 

「そういえば牧野、声が聞こえたが次はお主が授業をするのか?」

 

「え!?本当にやっちゃっていいすか!?何の話からしようかな、人間の欲求?」

 

「お、興味深いな。」

 

「欲求……おれはおかねにしか興味ないです……。」

 

「そんないい面して勿体ないよー。その美貌があれば女連れ放題だよー。」

 

「あーっ!美亜のいるところでそんな話、よくないんだ!」

 

「そうですよ!いくら柳原くんが顔がいいとはいえ、珠結は連れられたりしねぇので!」

 

「柳原、とりあえず課題と授業に興味持つようにしよっか。」

 

宮壁がわりと真剣な顔で柳原のノートを見ながらつぶやく。いや、授業中何してたの?すっげえ真っ白だけど。

てか、今の宮壁の顔、前に宮壁の叔父さんに会った事あるけど、ほんと真剣な感じが似てるなぁ。

 

「はーい、そろそろ席について。授業始まるぞ。自習だけど私語は控えるように。」

 

「はーい。」

 

ぱらぱらと返事をする。先生が扉から出て行くと、難波さんが廊下に出て先生が完全に消えた事を確認する。

 

「行った。」

 

「よし、じゃあ俺やるわ。」

 

「わーい!」

 

難波さんの合図とほぼ同時に僕が立ち上がると海女さんをしている潜手さんがいの一番に拍手してくれた。もちろん皆盛り上がってくれてるんだけどさ。

 

「あ、あの……わたくし、課題をしながらでもよろしいでしょうか?まだ終わっていないものがあるのです……。」

 

「いいよ!俺の話が聞きたかったら耳だけでも貸してくれれば!」

 

「楽しい話が気になってしまうから集中できるでしょうか……。ふふ、ありがとうございます……。」

 

そんなに畏まらなくてもいいのに、ちょこんとお辞儀までしてくれるのはもちろん茶道家として活躍中の安鐘さん。特別陽キャ!って感じではないけどシンプル顔がかわいいよね。それだけで世の中勝ち組なのだよ。

 

壇上に上がると皆の顔が良く見えた。皆、僕なんかと仲良くしてくれる友達。

皆がわくわくとしているのは本心だ。顔を見たら分かる。僕の事を嫌っていないし、全員友好な関係が築けている。たぶん、一部怪しいけど、本当。

 

 

「牧野、騒ぎすぎたら皆で怒られるから、程々にね。」

 

その中で微笑んでいるのが、高堂光ちゃん。

 

僕の初恋で、大切な女の子だ。

 

 

 

 



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2話—前編—

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、告白しないのか?」

 

 

突拍子もない宮壁の言葉に、僕は椅子ごとひっくり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は夏。

 

僕達はあれから順調に打ち解け、ついに目の前にいる男達に元々高堂さんと同じ学校だったという事を白状したのだ。三笠と端部と宮壁は僕の話にいちいち盛り上がり声をあげながら聞いていた。

かろうじて一人称を「俺」にしただけの、ほぼほぼ僕の話に3人は大層興味深いのか耳を傾けてくれた。なんでこんな話をするに至ったかについては……なんとなく、この人達ならいっか、と思ったからである。

 

「えっ、む、無理だよ、俺なんか…絶対フラれるし、そもそもそういう感情じゃないっていうか……。」

 

「うーん、でも、折角同じクラスになれたんだよな?特別学級に入るためにすごい勉強したって言ってたじゃないか。」

 

宮壁はきょとんとした顔で聞いてくる。くそっ、そういうお前は前木さんと何も進展しない癖によく言う……!

 

「言ってみたらいいんじゃないか?自分が見た感じだと、脈は十分ありそうだが。」

 

「うん。俺も…応援、してる。」

 

三笠と端部も笑顔で後押ししてくる。余計なお世話だよ、と思ったけど、それが嬉しかった。

 

「……。いつかするよ。」

 

「何、失恋したらこの4人でカラオケにでも行けばいい。」

 

「俺、恋愛ソングはほとんど知らないけど、応援歌なら沢山知ってるから……!」

 

「いやなんで俺フラれる前提なんだよ!!!!!」

 

「牧野が言ったんじゃないか、絶対フラれるって。」

 

「自分で言うのと人に言われるのは違う!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォローになっているのかよく分からない応援を受けて、俺は高堂ちゃんに告白する事にした。

 

そしてその1か月後、俺はついに結果報告の為に3人を招集した。

 

 

「あ、あのさ…。」

 

緊張した面持ちが伝わったのか、皆の唾を飲む音が聞こえた。

 

「ど、どうだったんだ…?」

 

ためにためて、結果を伝える。

 

「えっと、OKって…。」

 

「おめでとう!よかったじゃないか!」

 

「夢みたいだよ。というか、どうしていいか分からないし、そもそも付き合って何していいかも分からないし…。」

 

……。

 

「それは今まで通りでいいんじゃないか?少し気を遣いすぎな気はするけど…。」

 

「いや、高堂ちゃんに気を遣うのは当たり前なんだって。」

 

「お主、本当に高堂の事になるとガチになるな…。」

 

「…あ、高堂さん、待ってるよ。俺達にかまってないで行ってあげなきゃ。」

 

……。

 

「え、え、嘘!?待って、髪乱れてない!?いい匂いする!?服の皺とか…!」

 

「大丈夫だって。」

 

……。

 

「あ、えっと…皆、ありがとう。」

 

無事俺は、高堂ちゃんと付き合う事になった。

 

 

今まで以上に目一杯オシャレして食生活ももっと気をつけて身バレに気をつけて運動して勿論勉強だって欠かさずやって成績もある程度を維持して仕事も上手くやって。

 

けど、足りない。

 

 

初恋と呼んでいたそれが、恋慕ではない事を知った。

高堂ちゃんを恋人と呼ぶのは間違いであると、付き合ってから気づいた。

けれど、恋人と言う関係を解消する為の上手い言葉なんて思いつかなかった。

 

 

 

 

高堂ちゃんの隣に立つ人は、もっと完璧でいなければならない。

 

 

 

俺より相応しい人がいるかもしれない、それを押しのけて俺がここにいるのだから、俺の持てる時間全てを注ぎ込んで、高堂ちゃんの横で笑う為の資格を得る。

それが、高堂ちゃんを俺の隣にいさせてしまっている俺がやるべき義務なんだ。

 

 

『高堂ちゃんの隣で笑う牧野いろは』は、そのくらいしなければならない。

 

 

 

 

「牧野、最近忙しそうだね。あたしといる時間、無理に作らなくて大丈夫だよ。連絡もまめにしてくれるし、別に寂しくないから。」

 

忙しそうだと思われている。50点。

 

 

「ねぇ、顔色あんまりよくないよ?保健室行かなくて平気……?」

 

体調が崩れている。20点。

 

 

「牧野、悩んでる事あったらいつでも言ってね。あたしだって牧野に支えられてばかりじゃ申し訳ないから。」

 

気を遣わせている。0点。

 

 

 

 

高堂ちゃんに恋をしていたと思い込んでいた自分が、どれだけ馬鹿だったか。

 

 

俺が必死の努力をしても高堂ちゃんには及んでいないと感じるのは、そういう運命なのだろうか。

 

凡人は天才になれないし、人間は神様にはなれない。

 

高堂ちゃんが何かを簡単にこなしてしまうのを見ると、高堂ちゃんが誰かに信頼されて談笑しているのを見ると、胃がキリキリと締め付けられる思いに駆られた。

 

何もかもが「僕」の上位互換であり、俺が絶対に届かない相手に抱く感情が、恋な訳がなかった。

 

 

 

 

コンプレックスだの苦労だのはこの際大きい問題ではない。

高堂ちゃんが横で笑っている事が嬉しくて幸せで、けれどそれを享受しているのが俺であるという事が、何よりも、ずっと苦しかった。

 

そう、『牧野いろは』は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「正直意外だった。牧野の事だし、付き合い始めたらハグとかたくさんするのかなって思ってて。」

 

「えー!俺変態だと思われてる!?」

 

「どっちかというと。でも、その……あたしは牧野とハグとか……してもいいって思ってたから。」

 

「え、」

 

「……!!!!今のなし、忘れて。やめよ。もう解散!今日は一緒に帰らない!」

 

「た、たか、えっ、高堂ちゃん!!!!!!」

 

「またね!!!!!!」

 

「えー、高堂ちゃん、マジか……。」

 

僕は…………。

僕の気持ちに、今は気づかないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、オレ、大希と一緒の身体にいるんだ……。き、気持ち悪いよね、ごめんなさい……。」

 

僕がどうにかメンタルを持ち直して牧野いろはを続けて数ヶ月。

ある日態度が一変した宮壁を見て、皆も顔を見合わせていた。

 

心理学の勉強中に見た事がある。解離性同一性障害、要は多重人格。最初は宮壁がふざけているのかと軽く見ていた一部も、宮壁?の神妙な面持ちにいよいよ現実を受け入れ始めたところだった。

 

「牧野とかこういうの詳しいんじゃね?どうなのよ。」

 

「うん、本当だと思う。嘘ついてないし、明らかに別人なのが分かる。宮壁……じゃないのか、君、名前は?」

 

「な、名前?えっと……。」

 

どうやら無いらしい。宮壁からこんな話は聞いた事もないし、今まで知らなかったのか何やらただならぬ事情がありそうだ。

 

「はい!目がキラキラだから、ロザリオとかどうかな!美亜的にかわいい名前だと思う!」

 

「だって。どう?」

 

「……ロザリオ……。うん!ありがとう!」

 

ご満悦の表情。普段の宮壁とはかけ離れた少年のような笑顔に少し肩の力が抜ける。それほど危険視しなくてもよさそうだ。

 

「皆の事はぼんやり知ってる。えっと、大希にはオレがいる事を教えないでほしいんだけど、それでもよければ、オレとも仲良くしてほしい、です……。」

 

「うん、よろしくね、ロザリオ。」

 

「えへへ……!あ、勿論いつもは出てこないから!大希を困らせる訳にはいかないし……。」

 

「だけど、ちょっとだけ。大希が楽しそうで……。」

 

「牧野さんが面倒見たらいいんじゃないですか?心理学に詳しいんですよね?」

 

柳原の言葉に「なんで僕が」と声がでかかったが、牧野いろはならそんな事言わないだろう。

 

「ま、いいけど。ロザリオが俺でよければ、一緒に遊ぶ?てか皆も一緒に遊んであげるよね!?俺だけ独り占めしちゃっていいんですかぁ~??」

 

「えー!美亜もお喋りしたーい!」

 

「潜手めかぶもいろんな事聞きたいですー!」

 

「わ……!皆、ありがとう……!」

 

僕の考えた最強の誘い文句だなんて微塵も気づかないロザリオは、嬉しそうに目を細めていた。

 

 

 

 

 

「ねぇいろはくん。いろはくんはどうしてメンタリストになったの?この3年程度で人気になったのっていろはくんくらいだって紫織ちゃんが言ってたよ。皆もっと昔からやってきた事が認められたって人がほとんどなんだって。」

 

「そりゃ俺が天才だからだよ。」

 

「そっかぁ!」

 

つまんねー。とか思ってはいけない。

そんなこんなで、僕はロザリオが宮壁に代わって出てくる時は大概一緒にいた。まぁ、隔週に1回程度だし、かつ僕が仕事じゃない時だけだし……ごちゃごちゃと己を納得させてロザリオの話を耳に入れる。

何故人格が生まれたのか等いろいろ気になる事はあれど、悪い奴ではなさそうだし見守る事にした。

 

「オレね、いろはくんの事も好き!いっつも優しくしてくれるし、いろいろ相談にも乗ってくれるし……。」

 

「俺の得意分野みたいなもんだしね。そうだ、なんか精神的にやばいなって事あったら言いなよ?」

 

「うん!いろはくんも、オレが変な事してたらちゃんと止めてね!」

 

「あ、それで思い出した!さっき安鐘ちゃんが教室出ようとしてたの割り込んでたでしょ。ああいうの普通は女の子が先だからちゃんとエスコートしてあげてね!他の人達は君が世間知らずとか知らないから、少しでも平気なように覚えときなよ。」

 

「そうなんだ!へへ、いろはくんは頼りになるなぁ。」

 

コイツは悪い奴ではない、ずっとそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

その数週間後、僕達はとんでもない話を耳にする。

 

 

 

 

 

 

「コロシアイ……?」

 

 

 

 

 

「……そう、なんか、勝卯木蓮って人が誰かと話してるのを聞いたというか。アタシ、ちょっと用事があって学校の資料室に忍び込んでたら、あの人が入ってきて電話してて……。」

 

「非現実的すぎるな……本当なのか?」

 

「三笠もさすがに疑うか……ま、冗談だよね……。」

 

皆が聞き間違いだろうと難波さんをなだめようとした時、僕の目に篠田さんの表情が映ってしまった。

 

 

あ、事実だ。

 

 

「篠田ちゃん、なんか知ってるね。」

 

 

「!!!牧野、いや……」

 

「篠田、顔が青いぞ。お主、」

 

「………………私は、参加した事がある。聞き間違いではないだろう。」

 

「さ、参加!?しのみぃが無事って事は生き残れたって事だよね!?」

 

篠田さんは黙って頷く。しかし肩は震えており、顔色もどんどん悪くなっている。まずいな、PTSDかもしれない。

 

「篠田ちゃん、ちょっと保健室行こう。」

 

「あ、あたしが連れていく。牧野は?」

 

「俺も行くよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瞳ちゃん、大丈夫?」

 

「……すまない。」

 

「参加の事は深く聞かない。けど、どうして今まで黙っていたのさ。勝卯木蓮って学園長の孫だよね。学校ぐるみでそんな非現実的な話……。」

 

「やはり、勝卯木蓮が黒幕だったのか。私は自分が巻き込まれたコロシアイを世間に公表したい。あのコロシアイを事故として揉み消されたまま終わりにしたくない。」

 

「事故……あ、もしかして、学校の研修先で火事が起きたって話が出てた……?火事じゃなかったって事?生き残った人達は精神的ダメージが大きくて退学したって聞いてたけど。」

 

篠田さんは高堂さんの質問に頷き返す。

 

「火事ではない……いや、あの後コロシアイを隠すために施設ごと燃やしたらしいな。だが、コロシアイが起きたのは事実だ。」

 

「ちょっと待ってよ。なんでコロシアイなんて物騒な事を学校内で、それも学校の関係者が起こすのさ。目的はないの?」

 

「……超高校級の説得力。奴等はそれを探している。才能のある人物に恐怖を与え他の人物にも同じように超人的な才能を植え付けたいらしい。」

 

「はぁ?」

 

まるで意味が分からない。そんな事をして何になる?

 

「理由は私も知らない。篠田家……私が住んでいるところは以前から制偽学園を怪しんでいてな、丁度調査をしている。が、ここは寮制。私に情報が届くのは先になってしまう。勝卯木蓮が電話をしていた相手が誰なのか、何故隠蔽されたコロシアイの話が再び持ち出されているのか……。」

 

「……あたし、勝卯木蓮に接触してみる。」

 

「あ、危ないよ高堂ちゃん!やめなって!」

 

「そうだ、いくらなんでも危険すぎる。それこそ私がやるべき任務だ。」

 

「でも、あたしは勝卯木蓮の連絡先を持ってる。何か手を打たないと、嫌な予感がする。」

 

「……。」

 

本気だ。

止めるのも違う、かといって無理してほしくない。何かあってからでは遅い。

 

「……俺も協力するよ。篠田ちゃん、やった方がいい事とかあれば教えて。」

 

「……感謝する。」

 

 

篠田さんは深々と頭を下げた。通りで今まで僕達にあまり関わってこなかった訳だ。無理矢理にでも絡みにいかないとまず話すことがない。それも周りへの警戒からだったみたいだ。

 

とりあえず、高堂さんが危なくならないように僕が守ろう。

こういう時のために彼女の近くにいられる資格を手に入れたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は怒涛の忙しさだった。それこそ、僕が牧野いろはとの乖離に対して思い悩む暇もないくらいに。

僕達3人の話で皆も納得し、協力して『制偽学園破壊計画』を企てた。

 

普段と変わらぬ態度で学校の目を欺きながら、僕達は次々と制偽学園の隠し持った情報を明らかにしていった。

 

 

「あ。」

 

「柳原さん、どうしたんですーかー?」

 

「警視庁にハッキングできました。へへ、がんばったかいがありました!すごいですよ情報の量が!」

 

「ほわー!!なんでもできちゃいまーすねー!」

 

「アタシら、もしかしなくても犯罪集団になってる?」

 

「……今更だよ、スパイだの怪盗だのがいるのだからね。これは昨日の研究のレポート。コピーしてきた。」

 

「はぁー?あ、どうも。」

 

「そーそー!正義の為っていう目的があるし!!でも美亜今月の締め切りが迫ってて……今日はちょっと早めにお暇するね!」

 

「俺も試合の準備あって……。ごめんね……!」

 

「おつー。」

 

こんな感じでその日に時間のある人達で集まって作業をする事になった。

倉骨研究所の情報を俺達に横流ししいてる東城だってバレたらタダでは済まないと思うけど、彼なりのけじめなのだろうか。自分のいた研究所もコロシアイに加担していたと知ったから……。

 

 

「……あのさ、前にアタシ、資料室に忍び込んだって言ったじゃん。」

 

「そうですね。そういえばその理由、珠結たちは聞いておりませんね!」

 

「アタシが一緒に怪盗として活動していた人たちと、連絡が取れなくて。」

 

「……!!!」

 

「あの人達は超高校級の人間じゃない。でも、なんか、……」

 

「……無事だと、いいですわね……。なんだか、本当に全てが繋がっているんじゃないかというくらい、嫌な事が起きすぎですわ……。」

 

 

 

 

 

「オレ、力になれるよ。」

 

 

 

 

 

 

「へ?ロザリオが、力に……?」

 

しばらく宮壁が話さないと思ったら、ロザリオに変わっていた。

 

 

「オレ、ずっと言わなかったけど、説得なら得意だから……それで、先生とか、その勝卯木蓮って人も説得すれば、全部解決するよね?オレ、皆が変な事に巻き込まれるのいやだよ。」

 

 

 

 

 

『説得』?

 

 

 

 

 

コイツじゃん。

 

 

 

 

コイツこそ、勝卯木蓮が探している人間だ。コロシアイの原因だ。

そっと高堂さんの方を見る。同じ事を考えていたようで、僕達の間に緊張がはしった。

今日は篠田さんはいない。よかった、最悪の事態は避けられそうだ。

 

どうする?ロザリオの力を借りて計画を進める?篠田さんとの和解が先?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて、僕の必死な思考はここで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『高堂光さん。学園長室まで来てください。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

「という事で、高堂さんが相応しいと僕は結論づけている。どうかな。」

 

 

 

「……そんな事で呼んだのですか。正気とは思えません、勝卯木先輩。」

 

「たしかに正気ではないだろうね、だけど、試す価値もあれば、技術も人員も揃っている。やるなら今だ。」

 

勝卯木先輩の異様な迫力にあたしは気圧されていた。

 

コロシアイの事ではなかった。

 

 

突如降ってきた『天使計画』への参加の提案。

 

 

不死身になって世界を創り続けるだの、機械的なイヴになるだの背筋の凍るような宗教じみた話を解説される。

 

 

 

「そんな話、何故急に、」

 

「悪魔の正体も、君は知っている。違うかな?その人が常に才能を発揮できる状態にして、君の言う事を絶対に聞くように躾ければ、君とその子で絶対的なルールの体現者になれる。」

 

「そもそも、何故あたし、いえ、私を……もっと親切な人はいると思います。」

 

「……いろいろ条件があるのさ。そうだ、計画に乗るなら弟くんの医療費を出してあげよう。」

 

「そんな事、他人にお願いする程貧困に飢えてはいません。」

 

「そうか、じゃあ、家族が今後働かなくていいように全ての資金援助をしてもいい。」

 

「この計画だっておかしいです……!!そんなもの成功するはずがない……!!!」

 

「成功するよ。全人類を同じ思想に揃えて、機械的な生活を送らせられたなら、それは恒久的なものとなる。」

 

「……拉致があきません、こんな事私は絶対に認めな」

 

 

 

 

 

「じゃあコロシアイを始めようか。」

 

 

 

 

 

あたしの頭は、その一言で真っ白になった。

 

「……コロシアイって、先輩方がやってた、」

 

「ふふ。天使計画の事はさておき、本題はこっち。カマをかけたんだけど、やっぱり知ってるんだ?」

 

「!!!!!」

 

慌てて口を抑えても、何も取り繕えない。

 

「誰が情報を流した?君達が生存した人達とつながりがあるとは思えな……ああ、瞳ちゃんかな?クラスメートにそんな話をするなんて、あの子も随分クラスメートを信用できるようになったんだね。」

 

この人には隠し事なんてできない。きっともう何もかもお見通しだと、頭でうっすらと理解し始めていた。だけど認められなかった。認めたくなかった。

 

「先輩は、何がしたいんですか。」

 

謎の威圧感で、まともに頭が回らない。

勝卯木蓮はあたしの顔を一瞥するとおもむろに携帯を取り出し、誰かに電話を繋いだ。

 

「……もしもし、倉骨さん?僕です。白木くん捕まえてましたよね?確定なのでやっちゃって大丈夫ですよ。ついでに篠田家の連中も全員逮捕しちゃいましょう。はい、堀本さんに伝えてください。あの人達、結構いいところまで来てるみたいなので。」

 

「先輩、答えてください、」

 

「そうだ、今度天使候補の子達も連れていきます。ええ、中でも1人僕が推してる子がいるのですが、なかなか考えを曲げてくれなくて……そうでしょう?僕もそう思います。そういう子こそ向いてるって……」

 

「先輩!!!!!!!」

 

力任せに先輩からスマホを奪い取る。今更自分の言った事は取り消せない、せめて相手の番号を

 

 

 

 

「痛っ…………!」

 

 

 

気がついたらスマホはあたしの手ごと踏みつけられていた。割れた破片があたしの手に突き刺さり、血が床に垂れた。

 

 

 

「さすがにおいたがすぎるな。そんなにやんちゃな子だったなんて。」

 

「倉骨……東城の……あとは、警察ですか?随分頼もしい味方がいらっしゃるんですね。」

 

「わあ、そんなに怖い顔もできるんだね。怒っているのか知らないけど、僕だって事情がある。それを説明して、皆に信用してもらっているだけだ。」

 

「じゃあ、あたしにもその事情を説明してください。きっと納得なんてしませんが。」

 

少しくらい言い返してもいいだろうと棘のある言い方を選ぶ。

しかし勝卯木蓮は逆に目を輝かせた。

 

「……!!やっぱり君が一番適していると思っていたんだ……!!仲間の為に少ないヒントでも得ようとするところも、自分の意志を絶対に曲げないところも、それでも他人の意見を聞こうと手を差し伸べるところも、何もかもが完璧だよ……!!!!」

 

先ほどまでこの人に手を踏みつけられていたのに、今度はその手をとって微笑まれた。

 

「破片を取ってあげる。痛かったよね。」

 

色白の細い指があたしの手の甲をなぞり、丁寧に刺さった破片を取り除いていく。その間、あたしは何も声を出せなかった。

 

「……。」

 

「そうだ、最近君のクラスメートの大渡くんのお母さんも収容されたところだよ。そちらは何も関与していないけれど、君が了承するならその実験を止めてもいい。制偽学園の生徒だった白木くんの実験も中断してもらおうか。」

 

「な、」

 

「難波さんの怪盗仲間もまだ命はある。どうかな、勿論、先ほど話していた弟くんの医療費もご家族の生活費も負担しよう。」

 

「そうだ、もっと素敵な事を教えてあげよう。」

 

「君達のクラスに超高校級の説得力、もとい悪魔がいる事も、クラスで僕を告発しようとしている事も、僕は把握しているんだ。彼にショックを与えるためにコロシアイをさせようと考えていたのだけれど……」

 

 

 

 

 

 

「君が彼らの計画を壊してくれるなら、コロシアイをやめて他の方法で考えてあげよう。」

 

 

「高堂さん、僕に協力してくれるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だめだ。あたしじゃ勝てない。

 

宮壁が、ロザリオが悪魔だなんて、どの口が言うのか。

 

 

 

 

 

 

 

正真正銘の悪魔は、あんただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「分かり、ました…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高堂ちゃん。」

 

絶句したままのあたしを待っていたのは牧野だった。あたしの、好きな人。

 

「ねえ、大丈夫……?何があったの、何言われたの、俺に話せない?」

 

頷くしかなかった。言ってしまったら、牧野まで巻き込まれるに違いない。巻き込みたくない。あたしが1人でどうにかすれば。

 

「……。」

 

「高堂ちゃん、……大丈夫、俺、ずっといるよ。」

 

何も言わずにあたしを見て微笑む牧野を、見ていられなかった。

こんなに優しい人をあんな奴のコロシアイに参加させたくない。死ぬかもしれない環境に牧野を連れていきたくない。地獄に手を引かれるのは、あたしだけでいいんだ。

 

こんな目に遭っているのは、きっとそれまでに十分すぎるほどの幸せを享受したからだろう。

 

 

 

……我慢しよう。

 

 

そう、決心がついたあたしの目に映った牧野は、微笑んでいなかった。

 

「何それ。」

 

 

「え?…………あっ、」

 

 

 

 

 

 

牧野の目が、あたしの手に向いていた。咄嗟に隠す。

 

 

 

 

「何されたの。」

 

「いや、これは本当に大した事じゃ」

 

「されてるじゃん。勝卯木蓮がやったの?」

 

「違……。」

 

「そうなんだ。」

 

「ちがう、待って牧野、あの人に関わっちゃだめ。」

 

「こんな事されといて?お願いだから危ない事しないで……俺、高堂ちゃんがいないとか、嫌なんだ。」

 

「……ありがとう。」

 

「……俺にできる事、本当に何もない?」

 

牧野はすごく哀しそうな顔をしていた。

何もかもに申し訳なかった。

 

あたしは弱いから、1人で皆の計画を壊す事が怖かったのだと、今になって気づいた。

 

 

 

「……お願い、してもいい?」

 

「わかった。俺なんでもするよ。」

 

牧野は、あたしがお願いの内容を言う前に了承するような人だ。

だからこそこんな事頼みたくなかったけど。

 

 

 

 

 

 

「皆の計画を一緒に止めてほしい。」

 

牧野は驚いたように目を見開いた。けどそれも一瞬で、すぐに笑顔になる。

 

「任せて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、僕はたまたま仕事で学校にいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「計画の中止って、なんで?」

 

「それは言えないけど、本当に待って。絶対やめた方がいいと思う。お願い。」

 

「とはいえ、理由も分からないのにそれを受け入れるには……。」

 

「お願い……」

 

「光ちゃん、勝卯木蓮に何か言われたんでしょ。オレあんな奴に負けない。」

 

「ロザリオ、待って、」

 

「言いなりになっていては何も始まらない。そちらの理由を明かしてもらえないのにこちらが言う事は聞けないよ。」

 

「せっかくいろいろ調べたのだ。ここで諦めては私は……。折角のチャンスを失いたくない……」

 

「そうじゃないの、信じてもらえないかもしれないけど……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心配になって、仕事の帰りに高堂さんの元を訪ねた。

 

追い返された。

 

今は1人にしてほしいと言われた。

 

すぐに分かった。アイツらが、高堂さんを1人にしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一目見れば、彼女が悪意をもって計画に反対しているはずがない事くらい分かるじゃないか。

 

今まで彼女がどんな人か見てなかったのか。

 

 

 

 

 

それとも。ロザリオが他の皆を説得した?

 

 

 

 

 

彼女を追い詰めた人間が、こんなに沢山いる。

 

 

 

何故彼女だけがあんな思いをしているのか理解できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友だちなんて言ってたのが馬鹿らしいな……。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………。」

 

「…………さん。」

 

「…………………。」

 

「あの、牧野いろはさんですよね?」

 

 

 

 

 

 

「え、」

 

気配もなく聞こえた声に後ろを振り返ると、長い黒髪を二つに結んだ女子がいた。

 

「……誰。」

 

「勝卯木蘭です。去年一緒のクラスだった……。」

 

「ああ……。」

 

聞き流そうと思ったけど名前で思いとどまる。勝卯木?

 

「勝卯木蓮の。」

 

「妹です。すみません、少しお話いいですか?」

 

「……。いいよ!」

 

 

 

 

 

あは、最初はコイツでいっかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「牧野、まだいる?もしよかったら少し話………………」

 

 

「……なんて、いないよね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、話って何?」

 

「今度コロシアイをやる事が決まったんです。牧野くんのクラスで。」

 

「…………は?」

 

「だけど、高堂光さんは不参加なんです。天使だから。」

 

「天使?」

 

いや、高堂さんが天使なのは同意だけど、誰?って感じの距離感の人ですらそう思うのは考えにくい。別件だ。

 

「天使計画っていう、お兄様が関わっている計画に参加するんです。」

 

「何それ。」

 

「詳しい事はお兄様に聞いてください。お兄様、どうぞ。」

 

勝卯木の言葉に合わせて何歳か年上の成人男性が入ってくる。小綺麗な顔に僕と同じような作った笑みを浮かべていた。

 

「妹がお世話になったね。兄の勝卯木蓮です。よろしく。」

 

「お前、高堂ちゃんに怪我させたろ。」

 

握手を求めてきた手を払いのける。

そんな事では全く表情を変えないそいつは、淡々と天使計画の説明、そしてコロシアイの実行日を伝えてきた。

 

「……は?なんで俺には実行日を教えるの?コロシアイさせるんでしょ。」

 

「君には裏切り者として、僕達と一緒にコロシアイの運営に携わってもらいたい。」

 

「誰がお前らなんかとするかよ。……もういいですか。」

 

「そう言うと思って提案を用意してきたよ。」

 

「天使計画の天使候補は何も高堂さんだけじゃない。他にも数人見繕ってるんだ。」

 

嫌な考えが頭を回る。たぶんそういう事だ、こいつ…………

 

 

 

 

 

 

 

「君が僕達に協力するなら、高堂さんを天使候補から外してあげる。今は超高校級の説得力の人格に主人格を乗っ取ってもらう方が先決だから、コロシアイを起こす方が大事なんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を脅すんですか。ほんと汚い奴……」

 

「!!お兄様を悪く言わないで!」

 

「汚い奴を汚いって言って何が悪ぃんだよ!!!!!お前らが高堂ちゃんを脅して言う事聞かせてんだろうが!!!!!!!コロシアイだって、俺の友達をそんなもんに巻き込ませる訳ないだろ!!!!!!」

 

「ひっ……。」

 

「急に怒鳴るのは感心しないな。この子は怒鳴り声が苦手なんだから優しくしてあげてくれ。」

 

「はぁ……?お前らだけに人権があるのはおかしいだろ……。僕達は何も悪い事してない……。」

 

「あっ…………お兄様、えっと……。今の。」

 

「ああ。それが君の本性か。やっと会えたね、■■くん。」

 

「!!!!!!!」

 

「僕がずっと用事があるのは君だよ。ようやく本心で話してくれる気になったんだね。」

 

「……。」

 

僕に、用事。

この数年間で、初めて言われた。

 

 

あれ、

 

違和感が背筋をなぞる。気づかない方がまともでいられたのに、どうして今更頭を駆け巡るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『僕の』友達なのに、皆は僕の事を何と呼んでいたっけ

 

 

 

 

 

 

「牧野」

 

 

 

 

 

 

僕じゃなかった

 

 

 

 

 

 

何故忘れていたのだろう、皆は『牧野いろは』の友達であって、僕の友達じゃない。

 

皆が好きなのは俺で、僕じゃない。僕が誰なのか、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

コロシアイを止める?何故僕が、牧野いろはの友達を助ける必要がある?

他人同士のコロシアイに、何故僕が関係しているのだろう。

 

 

 

 

 

止めなくていいじゃん。

 

そもそもコロシアイのきっかけは宮壁大希だ。

余計な事をして勝卯木蓮に目を付けられたのは、牧野いろはを含む特別学級の愚か者達だ。

 

何もしていない僕が、そんな愚か者の為に命を賭ける必要がどこにあるというのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

存在しているのは、『僕』が好きだった高堂光その人だけだ。

 

であれば、全てにおける最優先事項も、必然と決まってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高堂さんを追い詰めたあの人達を苦しめるだけでいいんですよね。」

 

「そうだよ。」

 

「じゃ、じゃあ、協力してくれるの……?」

 

「はい!僕でよければ!その代わり、約束はちゃんと守ってくださいね!」

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイを上手く誘導して、宮壁大希という人格を消す。

 

心理学の勉強がこんなところで高堂さんを救うための役に立つなんて!

 

 

 

 

 

 

 

コロシアイが終わったら次はこいつらの番だ。こいつらも地獄に落としてあげよう!

 

僕は意気揚々と部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■くんは僕達の事も殺そうと考えてるみたいだね。」

 

「えっ!?お兄様、どうするの……?」

 

「勿論、彼の記憶も消すよ。僕の『人望』のおかげで僕達の処理がクラスメートより後回しになっただけで、彼が完全に僕達の味方になる事はないだろうからね。」

 

「あの子がその気なら、僕も全力であの子を利用させてもらう。お互い様さ。」

 

 

 

「天使計画に携わらないのは倉骨さんが許可してくれた。天使計画から外すという条件は満たせたんだ。つまり高堂さんは協力者ではなく、僕達の話を1番よく知ってる厄介者になったんだよ。」

 

「高堂さんとあの子もコロシアイに参加させよう。記憶も消してね。」

 

「……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「牧野、何やってるの…………?」

 

 

 

 

 

 

「何って、俺は何もしてないよ。高堂ちゃんは早く帰りなよ。」

 

「どういう事!?ねえ、なんで皆倒れてるの……!?」

 

牧野は何も答えない。何を考えているのかまるで分からない真顔のまま、あたしの方に近づいてきた。

 

「何……?答えて、牧野。お願い。」

 

「……高堂ちゃん、これで計画は止められたよ。このまま皆には当分眠ってもらう。その間に記憶をいじるんだって。」

 

「記憶……?さっきから何言ってるの……?」

 

「高堂ちゃんもだよ、計画とかコロシアイとか……」

 

「全部忘れて。」

 

「……?」

 

まただ、また悲しそうな顔をした。忘れるって、何?どうしてあたしがそんな事。

勝卯木蓮には学園破壊計画を止めるのを受け入れる事を条件に、コロシアイからは手を引き、倉骨研究所の実験を数人打ち止めしてくれるという約束をしたはずだ。あたし自身が記憶を失うなんてそんな話、どこにもなかった。

 

「牧野、まさか、あんたも何か言われて脅されてるの?ねえ、何言われたの!?」

 

「……牧野なんて人間、この世にいないんだよ。」

 

「は……?なんでそんな事言うの、意味分かんない……!!!!あたし、あんたが話してくれるまでずっとここにいるから!!!」

 

牧野はあたしの後ろに声をかけた。

 

「後はよろしく。つれていってあげて。」

 

「え、誰…………」

 

 

そこからあたしは気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くれぐれも丁寧に扱えって言ったよね。親子揃っての登場どうも。……倉骨さん。」

 

背の高い女と、その横でにこにこしている女子中学生を睨みつけた。よくこんな状況で笑えるな。

 

「高堂光……惜しい人材だが、君に免じて天使候補からは削除させてもらった。彼女の記憶を消去次第、我々の方で元の生活に戻れるよう、手厚くサポートする事を誓おう。」

 

そう言うと倉骨佳依……倉骨研究所の所長は、気絶した高堂ちゃんの様子を確認し始めた。

 

「こう見えて母さんは約束にはとっても律儀な人なので、安心してくださいね。あ、自分としては人体実験にそもそも反対というか、全くどうでもいいというか……。とにかく、自分も気をつけるんで。高堂先輩の身柄に関してはお気遣いなく。」

 

「うるさ。」

 

「牧野先輩、テレビで見るより随分と態度悪いですよねぇ。あ、自分、志を求める真、と書いてシグマ。倉骨志求真と言います。どうぞよろしくです。そうだ、質問いいですか?」

 

握手を求めてきたが無視を決め込んだ。が、何事もなかったかのように質問をぶつけてくる。

 

「自分、牧野先輩と高堂先輩の馴れ初めが気になってて!あはっ♡先ほどの会話劇、めっちゃ滾りました……!ふふふ、やっぱり恋愛とか宗教染みた憧憬とか愛情って本当に良くて……!牧野先輩も高堂先輩も、精神構造が一般の人と異質と言いますか、とにかく異常なまでの犠牲心を見て興奮しちゃって!!母さんは世のために薬をせこせこ作ってますけど、自分それには微塵も興味なくて、ただひたすらおもしろい人の観察をしていたい質でして……!」

 

「志求真、ちょっかいも程々にしろ。協力する相手への礼儀というものがある。」

 

「あぁ、確かに…………ごめんなさい。」

 

「……別に。」

 

そろそろその綺麗な顔を殴ってやろうかと思っていたら、ちょうど倉骨さんが準備を終えたようだった。

 

 

「勝卯木蓮のコロシアイに巻き込まれないよう、くれぐれも宜しくお願いします。アイツの事だから何か裏を回してると思うんで。」

 

「……善処しよう。」

 

「確実に、お願いします。」

 

「不確かな事に肯定はできない。」

 

「母さん堅物なんですよ、すみませんねぇ……。」

 

「……倉骨さん、コロシアイの中で同じ研究所の人がいると思うんだけど、それについてはどうお考えで?」

 

「天使計画はともかく、コロシアイに関しては私は無関係に等しい。いや、悪魔を炙り出す為の精神負荷は必要不可欠だが、コロシアイのメンバーについて私は口出しした事がないという事だ。君がどういった答えを期待しているのか知らないが……そうだな。」

 

「必要な犠牲であれば仕方あるまい。優秀な人間だから、そうならない事は願っているがな。」

 

顔色1つ変えずそう言い切る倉骨を見て安心した。

もし僕の復讐の余波が倉骨に届いたところで、全く良心は痛みそうにない。

 

 

 

「……君にもう1つ話しておきたい事がある。志求真、部屋から出ていろ。」

 

「はーい。」

 

子どもを追い出して何を始めるのか。倉骨さんの次の言葉を待つ。

 

「……これは、仮にの話だ。仮に、勝卯木蓮が我々の想定を上回っていた場合…………」

 

 

 

 

その次の言葉に僕は目を丸くした。

 

「母親なんですね。曲がりなりにも。」

 

「何、君と私で予防線を張ろうというだけだ。あの男は我々を駒として見ているのがいけ好かない。君の方が純真でまっすぐだ。お互い利用しない手はないだろう。君の要望も聞こう。」

 

「……じゃあ、倉骨さん、代わりに俺がコロシアイする時はすっごい毒でも用意してくださいよ。あなたの部下でもどうにもできないヤバいの。」

 

「……ふふ、私が自分で調合をするのは久々だ、腕がなる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

結論から言うと、倉骨佳依と牧野いろはの間に結ばれた約束は反故となる。

倉骨佳依が高堂光やその他特別学級の面々を連れて研究所に戻り、記憶消去を終えた頃。

 

警察の参入により全員の身柄を確保されたのであった。

 

「母さん、帰ってきたらびっくりするだろうなぁ。」

 

ただ1人、倉骨佳依の娘である少女、倉骨志求真は一部が損壊した研究所の中をうろついていた。

倉骨佳依が警察に事情聴取を受けている間、中学生の娘は先に研究所に戻り、倉骨研究所の惨状を目の当たりにする。

 

「おーい、起きてます?……あ、死んでる。」

 

倒れた柱で下敷きになっている研究員を覗き込み、彼女はその死亡を確かめた。

 

「……居心地よかったんだけどなぁ。母さんもいつ戻るのやら。」

 

天使計画に使用されるもの以外の施設を警察に取り押さえられ、何カ所かもぬけの殻となっている。彼女は黄色いテープの中退屈そうに散歩していた。

 

「まさか牧野先輩と手を組んだがために、うちが警察や勝卯木蓮から手を切られるとは。も~、牧野先輩、ちゃんと考えて行動してくださいよ。うちの家半分くらいなくなったんだけど。いいなぁ、せめてコロシアイでも見せてくれたらおもしろいんだけど、牧野先輩の連絡先なんて知らないし母さんはいつ帰るか分かんないし。」

 

「……待てよ、なるほど。高堂先輩をコロシアイに巻き込む事で、牧野先輩にコロシアイ内で好き勝手出来ないように牽制してるんだ。頭いいな。コロシアイ運営とかやる時は協力者の人質をとるといいのか。私はやらないけど。」

 

 

倉骨志求真は親に違わず頭の回転が速い人間である。だからこそ、

 

「ふふふ……!勝卯木蓮先輩の暴走もここまでじゃない?牧野先輩を敵に回したら何されるか分かんないよ?それこそ、勝卯木蓮先輩の大切な人が殺されちゃうとか!」

 

勝卯木蘭の死亡、そして牧野いろはによるコロシアイの乗っ取り。それらを予想する事は容易い事であった。

 

 

「え、見たい!そうでなくてもコロシアイなんて極限状態、たくさんのおもしろい人達がおもしろい事してくれるんだよ?私も見たくなってきちゃった。どうにかしてコロシアイを観戦できないかなぁ。……そうだ。」

 

脳裏によぎったのは、記憶消去の技術が適応されない超人的な記憶力を持つ、牧野いろはのクラスメート。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あの人達のところに行ってみよう。警察相手にするのは骨が折れるし、母さんと牧野先輩の約束が破れた今、私達も何されるか分かんないけど……うん、いい方向には転ぶはずだよ。」

 

これら一連の独り言を全て無表情で言い切ると、彼女は研究所を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、青い空が広がっていた。

 

 

どこかで頭を打ったのか、とても頭が痛い。

 

俺の名前は、牧野いろは。超高校級のメンタリスト。

 

……なんでメンタリストなんかになってんだっけ。

特別学級、制偽学園。それについては覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えていなかったのは。

 

 

 

 

「牧野、何やってるんだ?」

 

「ひっ!?…ってまた宮壁か脅かすなよ!ちょっとあそこにいる女の子を見てよ。」

 

「それで、あの子がどうかしたのか?」

 

 

「……タイプ。」

 

高堂光ちゃん!

なんてかわいいんだろう!

俺のキャラのせいで第一印象最悪だけど、これから仲良くなれるかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた矢先に桜井ちゃんが死に、学級裁判なるものが開かれた。

 

友達だと思っていた端部を、友達だと思っていた宮壁が追い詰めて、仲間だったはずの俺達で処刑台に送りだした。そんなの、俺に……僕に耐えられるはずがなかった。

 

 

三笠に僕を見ていると言われて嬉しかった。三笠の事は信じよう。他の皆も、きっと段々信じられるようになる。

裁判とかコロシアイとかで皆おかしくなっているだけで、本当はこんな人たちじゃないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「牧野……これ。」

 

「ん?勝卯木ちゃん、これって……」

 

「牧野の動機。」

 

は?三笠達との話し合いでむやみに見せるのはやめようという話になったばかりだったはずだ。

 

「……何言ってんの勝卯木ちゃん、そんなもの見ないよ、俺。」

 

「知ってた方……が、いい……怖い事、書いてない……。」

 

「……えぇ……?何させる気?」

 

「……。」

 

埒が明かない。引き下がる様子ではないのはなんとなく理解した。

 

「分かった、もらうだけもらうから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

るんるん気分で僕は自分を殺す準備をしていた。

 

動機には高堂ちゃんと自分が付き合っていたらしい証拠が残されていた。どこで撮ったのか学園の様子。もしかして俺達全員友達だったりして。そんな考えが頭を掠めたけど、それよりも、何よりも大事なのは!

 

「高堂ちゃんって俺と恋人だったんだ!さすが牧野いろは、人気者だね!」

 

あははと1人で笑った。高堂ちゃんは何の事かさっぱり知らないらしいけど、それもそのはず。これって僕しか覚えてない事だから!

学園で何があったのか、そんな事覚えてないしどうでもいい。とりあえず今は牧野いろはと一番親密だったであろう高堂さんを外に出す事が先決だ。

 

ずきずきと刺されたお腹が痛む。包丁を抜いてダストホールに投げ捨てた。やばい、血出てきた。

 

「ふぅ……死ぬのかぁ、俺。」

 

極限状態によりテンションがこれ以上ないくらいハイになっている。周りの景色も光り輝いていた。

 

ダストホールに腰かけた時、ちょうど視界に扉のついたてが見えた。

あれ、あんなもの使ったら高堂さんだってバレちゃうよ、捨てないと……

 

そう立ち上がろうとした僕に、立ち上がるだけの体力が残されていない事なんて気づけるはずもなく。

 

 

 

僕はそのまま転落する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない、ほんと、危なかった……!!!!いろはくん、死なないで!!!待って、今手当するからね!私初めてだけど、がんばって応急処置のやり方覚えてきたの!!」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

ダストホールの後ろから背中を押され、床に倒れ込む。後ろから現れたのは勝卯木さんだった。

 

「あのね、治したら一旦ダストホールに落ろすから!時間ないから、説明はちょっと待って!」

 

 

めちゃくちゃな手順でどうにか包帯を巻き、ゴミ捨て場の床に輸血パックを撒くと僕の服にもかけてきた。

 

「これで死んでる風になるよね、よし、じゃあ下りてきて!」

 

訳も分からず引きずり降ろされる。待って、あのついたてを片付けなくちゃ、高堂さんが、

 

「ねぇはやく!時間ないんだよ!!!ゆうまくんが見てたの気づかなかったの!?」

 

「何、は、え……?」

 

 

 

 

 

混乱した頭は冷静さを取り戻せず、言われるがまま梯子を伝ってダストホールに下りた。

 

「……うっ……。」

 

「わーっ!貧血!?大丈夫!?えっと、じゃあこの辺で転がってて!」

 

勝卯木さんはどうにか瓦礫の山に僕を座らせる。持っていた輸血パックの予備をいろんなところにかけると、

 

「いい?しばらく動いちゃだめだからね!!!こんなの聞いてないんだから!!」

 

そう言い聞かせると、使っていた梯子を僕がいる隣の瓦礫の山に向かって押し倒した。

それとほぼ同時に、僕は貧血に耐えられず目を閉じ、気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

……ガッシャアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話—後編—

 

 

 

 

 

 

「お?いろはくんおはよう!…え?なにやってるのか?なんでお前がここにいるのか?何をしたらいいか?質問多いね!うるさいよ!って無理ないか!さっき自分が裏切り者って事を思い出したんだもんね。」

 

「死体発見アナウンスに特殊な音波を混ぜるの、大変だったんだよ。」

 

 

 

 

 

……。

そうか、お前が黒幕だったんだ。思い出したよ。

 

「そうだよ。ボクくんが黒幕。かっこいいしかわいいでしょっ!」

 

「キミは裏切り者だから、もしコロシアイが起きない日が1週間続いたら…そうだなあ、この人以外を殺してね。え?なんでこの人はダメなのか?そりゃこの人が正真正銘悪魔だからに決まってるじゃない!あれ?キミはこの事知ってるはずだよね?」

 

そうだった。ヤバい、思考回路が完全に止まって何も考えられない。

 

「もしかして、急にいろいろ思い出しちゃったから頭が混乱してる?」

 

「まさか自分が裏切り者だなんて知らなかったからびっくりしちゃった?」

 

裏切り者。

 

「あーあー、泣かないでよ、よしよーし…って、痛っ!急に手叩かないでよ!」

 

……俺は、僕は、何やってるんだ。

 

「いぴぴ、怒ってる怒ってる。怒って忘れてるのかもしれないけど、これから裁判だよ?ほら、お互いやるべき事をしようよ。ね?せっかくボクくんに仲間が増えたんだもん。相性抜群のパートナーとは言い難いけど、それでも協力せざるを得ないもんねっ!がんばろーよ!……あ、そろそろ行かなきゃまずいかも。」

 

「いろはくん、ここでいい子にして待っててね。」

 

裏切り者、それが僕の役割だった。

 

 

どうしよう、どうしてこんな事になってるんだ。高堂さんは?違う、それだけじゃなくて、どうしよう。

 

気づき始めた僕の感情に無理矢理蓋をする。こんな事自覚したらすぐにでも死んでしまいたくなる、今はだめだ。

これは牧野いろはが感じてるだけで、僕の感情じゃない!!僕は一度もこんな事考えてない……!!!

 

ぐわんぐわんと脳が揺れる。今までの記憶とコロシアイで過ごした記憶とがごちゃごちゃになって、それは解けないまま頭を支配していた。

かろうじて勝卯木蘭が出ていく姿だけ目に映すと、僕の意識は再び暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

どれくらい気を失っていたのか、先ほどのダストホールではない、見知らぬ天井が広がっている。どうやら寝転がって倒れているらしい。

手首に痛みを感じたので視線をやると、両手両足が紐で縛られていた。

 

ぐるぐるといろんな事が思考を巡る。一度に大量の記憶が戻ったからか、意識は混沌としていた。今はとりあえず考える事をやめた方が良さそうだ、そう思い至って目を閉じ

 

「やあ!牧野クン。」

 

させてはくれなかった。

 

「モノパオ……。何ここ、どこ……?」

 

「ここはまだミンナが来られない部屋。牧野クンをしばらくここで監禁させてもらうよ。」

 

「…………。お前、勝卯木蘭じゃないだろ……」

 

「気づくのが早いね。今はモノパオを通して喋っているから声は機械音声のままなんだけど。」

 

「改めて、久しぶりだね。■■くん。」

 

「……勝卯木、蓮。」

 

「そんなに怖い顔で睨まないでよ。仮にも仲間でしょう?」

 

「!!!そうだ、なんで高堂ちゃんも俺もコロシアイなんかに巻き込まれてるんだよ!!話と違う!!!それにこんなところに連れてきて、俺の扱いはどうなって……!!!」

 

「分かった、1つずつ答えよう。なぜ君達がコロシアイに参加しているのか、それは君達に好き勝手させないため。」

 

「……。天使計画から外すって言った癖に……」

 

「天使計画からは外しているよ、だけどコロシアイに参加させないなんて約束は1つもしていない。倉骨さんとも話をしたんだろう?」

 

「倉骨の奴、約束を破ったのか……!?」

 

「ううん、あの人は狂人だけど約束事には真摯だからね。ただ、君がこちらをやけに警戒するから彼女達を邪魔させてもらった。天使計画や記憶操作、その他重要な施設は壊していないけれど、僕達を一方的に利用できるなんて思わない方がいい。」

 

……あの中学生が今何してるか、それも聞いた方が危ないかもしれない。荒ぶる感情とは別に佇む理性がそう諭し、僕はギリギリ口にするのを止めた。

 

「……警察か。でもそれを使えばお前も終わりだろ。」

 

「いいや?彼らは僕の仲間だからね。ふふ、驚いてる。僕の才能、忘れちゃった?」

 

「超高校級の人望、でしょ。表向き生徒会長って才能にしてたけど、本当に恐ろしいのはその引力……。警察を引き込めるほどだなんて想像してなかった俺が悪いって事かよ。」

 

「正解。よく覚えてたね。ところで、そろそろ■■くんと話がしたいな。牧野くんには用が無いんだ。」

 

「……どっちにしろ、お前らにこれ以上滅茶苦茶にされてたまるか。事件はどうなったんだ。僕が死んでいないのにここにいたら……」

 

動かないモノパオから無機質に響く機械音声の癖に、それは僕の質問に疑問符を浮かべているようだった。

 

「いいや、君は死んだよ。このコロシアイでは死亡者として扱っている。君があそこで気を失っている間に捜査も行われたし、今は裁判の終盤さ。蘭がモノパオを操作して君をここまで連れてきたんだよ。捜査の終了間際に会いに来てくれていただろう。皆と仲良く会話しながらこっそり君を移動させるなんて、あの子もなかなか器用でしょう?」

 

「……え。裁判って、終盤って何、どうなってるの。」

 

「今から見せるよ。ちょうどいいところなんだ。」

 

 

 

電子生徒手帳を手渡される。画面には監視カメラのものと思しき映像が流れていた。しかし、裁判場ではない。高堂さんただ1人が画角に収まっており、他の面々は見当たらない。

 

まさか。

 

「なに、これ、」

 

「おしおきが始まるんだよ。高堂さんはクロとして処刑される。仕方ないよ、■■くんは僕達を手伝う約束だったのに、死のうとするんだから。」

 

どっと冷や水をかけられた気分になる。

死ぬ?誰が?

 

 

 

 

 

 

高堂さんが???

 

 

 

 

 

 

「お、お願い、やめて、僕が出て行けば裁判なんてなくなるでしょ……?」

 

「クロがいないのにクロを選んでしまったから、全員おしおきだね。それでもいいの?」

 

「は……!?なんだよそれ!!!!理不尽だ!!!」

 

「どうやっても助からないよ。君のせいで、高堂さんだけは、絶対にね。」

 

「へ?…………いや、ちが、だってお前がやったのに、お前が勝手に俺を死なせないように仕組んだのに、」

 

「■■くんが勝手に動くからだよ、こんな事する予定全くなかったのに、中途半端に早合点したのが悪いんじゃない。」

 

「だって、僕は………」

 

「何をどう勘違いしているのか知らないけど、元々の計画は、■■くんが裏切り者である事を自覚してから、高堂さんを人質にしっかり私達に協力してもらう予定だったんだよ。もちろん高堂さんが死なないようにサポートするつもりだった。それが、■■くんが事件を起こしてしまうから、高堂さんを助ける事が不可能になってしまったんだよ。」

 

長ったらしい話は、ほとんど僕の耳に入ってこなかった。

何かに引き寄せられるように、目はカメラの映像を移し続ける。

 

「逃げて、お願い。」

 

「ねぇ!!!!!逃げてよ!!!!!!!!!!!」

 

電子生徒手帳に向かっていくら吠えたところで、地下まで声が届くはずもない。

 

吊り上げられた斧が、高堂さんを真っ二つにした。

 

「あ、あ………………?なにこれ、」

 

目の前が真っ暗になるとは、こういう事を言うんだろう。

 

 

 

 

僕の好きな子は、何か許されない事をしたでしょうか。

 

僕が何かしたのなら僕だけを苦しめたらいいのに、何故大切な人が酷い目に遭わなければならないのですか?

 

神様がいるなら、助けてあげてください。

 

あの子を、あんな恐怖から、絶望から、救ってあげてください。

 

そんな願いすら聞き届けられない。

 

 

 

神様(きみ)に届かない。

 

 

 

小さな画面の中で、高堂さんが死んだ。その間、自分は暗い部屋に閉じ込められて縛られていただけだった。

 

「……………………はは、」

 

絶対に殺す。目の前にいるモノパオ、もとい、勝卯木蓮を。

 

「……言っておくけれど、今回ばかりは僕だって本意では」

 

「本意かどうかなんて関係ない。」

 

言い切る前にモノパオを縛られた両手で殴りつけた。思いきり機械の部分に当たったのか、ズキズキと拳が痛む。

 

「危ない事するね。」

 

「いつまでもそんなところで優雅にくつろいでいられると思うなよ。絶対にお前を地獄に引きずり下ろしてやる。」

 

「君がコロシアイに必死になっている間に僕は計画を進めなきゃいけない。君がどう暴れようと、宮壁くんが壊れてくれれば話は進む。」

 

「……!!!」

 

僕はその言葉に、一筋の希望を見出した。

こんな従うような事言いたくないけれど、コイツに復讐する為に手段なんて選んでいられない。

 

「……やるよ。宮壁をダメにすれば良いんでしょ。」

 

「いい子で助かるよ。じゃ、またどこかで。」

 

 

 

 

 

 

 

モノパオが姿を消した後、僕は倒れたまま脳をフル回転させていた。

 

「……………………。」

 

「……高堂さん、怒るだろうなぁ……。でもごめんね、僕どうしてもやりたい事が見つかっちゃった。」

 

「……アイツに後悔させてあげよう。全部壊してあげる……勝卯木の計画も、コロシアイも。」

 

暗がりに転がったままぼうっと無機質なコンクリートを見つめていると、目の端にあの日の教室が映った気がした。あの教室で見た桜が、青々とした葉が、夕陽が、日没後の薄ピンクの空が。

バチバチと、千切れた何かが繋がっていく。あの日、というものを、僕は知っている。

 

楽しかった思い出が、辛く苦しい出来事が、計画の駒にされた俺が、今の僕と一致していく。

 

 

自覚したくなかった事を、ようやく自覚した。

 

 

 

それが牧野いろはの感情なのか僕の感情なのか、よく分からない。

 

 

 

再び電子生徒手帳を覗くと、裁判場で泣いている連中の姿が映っている。画面にそっと触れた。

今、僕はこいつらの命を握っている。どうやらサディストの気があるらしい、ひどい優越感に身震いした。

 

 

 

 

「……僕の為にオマエラの事も、壊してあげる。ごめんね。」

 

 

 

 

 

勝卯木蓮は宮壁大希を壊せと言った。

 

そうじゃない、僕がしたいのは。

 

ロザリオの人格を消し去る事だ。僕が気絶させた時は宮壁大希だったから、ロザリオには記憶操作の影響が届いていない可能性が高い。つまり、このコロシアイで1番ダメージを受けるのは、宮壁大希ではなくロザリオだ。

 

先に潰れるならロザリオの方だろう。

 

アイツに対するいら立ちも解消する、そして何より、アイツがいなくなれば勝卯木蓮の計画に打撃を与える事ができる。勝卯木蓮の計画を潰すために、何としてもコロシアイを上手く進めていく必要がある。

 

 

 

『皆の事を嫌いになりたくないのだろう?ならお主はいい奴だ。高堂だってわかってくれる。自信を持て。皆自分の事で手一杯だった。だから今日の事は起きてしまった。避けられる方法があったとするならそれは今日1日でどうにかなる事じゃない。信頼が足りなかった。あまりにも短い時間ではどうしようもなかったというだけだ。』

 

『お主はそうやって反省できる奴だ。前に進める奴なんだ。お主はお主が思う以上に、がんばってる奴だ。』

 

 

 

「……。」

 

ぐちゃぐちゃだ。皆の事を嫌いだった過去の自分と、皆と仲良くできたつい先日の自分が重なって、前が見えない。

皆を苦しめたい気持ちは変わらずある。だけど…………だめだ、余計な事考えちゃ。

前が見えないなら、自分で勝手に道を作るしかない。

 

「……全然いい奴じゃないよ、僕。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的が決まってからはスムーズだった。

犠牲者数は問わず、己の目的を遂行する。倉骨とやり方が一緒だけどこの際気にしていられない。

自分の考えたコロシアイの流れを崩されたくない。無論、私情なんてものに引っ張られている場合ではない。

 

 

三笠があまり元気がない。東城に睡眠薬をもらっているようだ。……。

 

柳原に動機を返したら早速動いてくれた。それも勝卯木蘭を脅すという最高の形で。

 

勝卯木がすごい大馬鹿をかましたので宮壁の部屋に挨拶に行った。まだまだ元気そうだ。

 

安鐘さんの秘密、作った時はあまり深く考えていなかったけど知らないと重いよなと思った。可哀想だったのであまり見ていない。

 

 

 

 

「いろはくん。」

 

「んお?何?」

 

「お兄様がコロシアイに参加してる。」

 

「ん?え?何?え、怖い。」

 

「お兄様がコロシアイにいるの……!!!!どうしよう!!!!」

 

指さしたモニターに映っているのはどう見ても柳原ですが。

 

「よく見てご覧、あれは柳原龍也くんだよ。」

 

「違う、だって私あの人のためにずっとがんばって……!!!!」

 

……あらら、聞いた事ない話をしそうな予感。これに乗じて一旦いろいろ聞いちゃうか。

 

「何してきたの、具体的に。」

 

「え、えっと、私はお兄様よりできない事が多かったから、お兄様がいつも助けてくれて……。お兄様の言う通りにしたら勉強も少しできるようになって、足もちょっと速くなって、それで、」

 

「おお、もう十分。」

 

「お兄様、私が怒られたらおいしいもの作ってくれて怒る人に反論してくれたの。この世の中にいる人みんながお兄様みたいな人なら、私、もっと素敵に生きられるよ。」

 

「あー……そうかな?」

 

しょ、しょうもねぇ!!!!!!嘘、本気で言ってる?それでお兄様信仰始まるの!?怖すぎ!!

 

「はいじゃあクイズ!どっちが勝卯木ちゃんのお兄ちゃんかな!?」

 

柳原と勝卯木蓮の画像を並べる。

 

「……あえ…………?え、あれ、どういうこと、なに……?」

 

「……こっち。こっちが勝卯木蓮だよ。こっちは違う人。」

 

「で、でも、言う通りにできるよねって……何、どうなってるの……?」

 

これ本当におかしくなってるじゃん。まずいな。口で説明しても伝わんないか……。

 

「……いい加減にしろよ。」

 

「いっ……!?」

 

同級生の胸のあたりを殴ってみた。そんなタイトルの動画を出したら大炎上して社会的に死にます。

 

「……ひ、ひどい、いろはくんなんでこんな事するの、お兄様助けて……」

 

画像を2枚とも手にして泣き始めてしまったので諦める。これもう戻らないや。

 

「残念、この部屋の隅っこはカメラの死角なんだよ。もうやらないから安心してお兄様のとこにも戻りな。」

 

「ぐす……。」

 

すごすごと帰っていった勝卯木を見送りため息をつく。何か余計な事やらかしそうで困るな……。これで死ぬメンツに支障が出ないといいけど。

 

 

 

 

 

 

三笠が死んだ。少しの間放心した。……え、なんで三笠?てかもう1人潜手さん?人選おかしくない?ええ……頭……おかしくなりすぎだよ……柳原のせいだ……。

 

勝卯木が泣いていた。これを見ている勝卯木蓮がどんな顔をしているのか確認したくて電話した。思ったより深刻なダメージを受けているようで、けれど僕が完全に仕組んだ訳じゃないからお咎めはなかった。身内が死んだ時だけ悲しそうな顔をするなよ、絶対に復讐すると改めて心に誓った。

 

柳原が僕の才能を学習して僕より天才になっていた。これに対して当たりが強くなったのは純粋な嫉妬だった。皆には絶対に真相を暴いてほしいけどここは祈るしかない。

 

潜手さんが死んだ。覚悟していたけどなかなか可哀想だ。何も悪い事してないのにね。勝卯木の善性だなんて笑わせるけど、それのおかげでこの事件は上手く運びそうだ。

 

前木さんの才能。これを計画の時に利用できていれば。数えてみたら高堂さんが処刑されたのも前木さんが不運の時だった。……もし、あの時幸運だったら、何か違ったんだろうか。今後はできるだけ注意していきたいが、あまり時間はない気がする。

 

無事事件はコロシアイ続行という形で結末を迎えた。宮壁は相変わらず元気そうだ。

 

 

 

 

 

久しぶりに勝卯木蓮から連絡が来た。

 

「やあ■■くん。珠結さんが逃げ出したみたい。どうやらあの子が篠田家を頼って珠結さんを連れ出したみたいなんだ。さすがに予想外だったよ。このコロシアイを見守っていられるのも残りわずかかもしれない。」

 

「おお、捕まってくれるんですか?」

 

「まさか。隠れる場所ならいくらでもあるからね。」

 

「チッ。クソ人望野郎がよ。」

 

「仮に僕のやっている事が間違いだったならば、きっと僕は最初のコロシアイで脱落していた。そうならなかったという事は、そういう事だよ。」

 

ひぃ、なんだこいつ気持ち悪いな。勝手に言って勝手に逝ってろ。

 

「まぁ、たまに様子を見に来るから頼んだよ。」

 

……まだ見てるかあ。そろそろ見放してくれるとやりやすいんだけど。

 

 

 

 

 

 

難波さんに地下のゴミ捨て場について問い詰められた。もうバレているらしい。仕方ないので場所は言わず隠し部屋が存在している事を教えてあげた。資料室の資料は一通り僕が選んで置いているけど、皆にとってはほんの少しの希望になるだろう。

 

東城が倉骨研究所と離れていた事で奴等の異常性にようやく気付いたようだった。学園破壊計画の時も気づいて離れていたし、あまり向いてないんじゃないかと思う。

そういえば倉骨志求真についての情報がこちらにも届いていない。倉骨所長がどうなっているのかも分からないので、記憶が戻るメカニズムや天使計画関連の施設装置等は勝卯木蓮が盗んだと見ていいだろう。コロシアイが終わったらやる事が増えてしまった。

 

ロザリオが出る前兆が前回の裁判で出ていたのでそろそろだと思い、今回は身体に負荷をかける動機を出す事にした。精神負荷はそろそろいい感じだと思っているんだけど、何故か予定より出てくるのが遅い。何か事情が違うのか?

 

大渡と東城が何か計画を練っている。篠田さんも計画に巻き込まれるらしいけど、ほんと篠田さんは運が悪いというか。少し同情する。

 

難波さんが動いてくれそうだ!そうか、この2人も学園での記憶がなければ何もかもがリセットされているんだ。以前の俺と同じだね。

 

東城と2人で何かごにょごにょ話している。この2人、やっぱり協力すると手がつけられないなぁ。もっと早くに脱落……柳原と勝卯木が上手い事協力できなかったから、少しズレが生じている気がする。

 

難波さんが皆に何かを渡している。ヒントか、励ましか。でも残念、難波さんは主人公でもヒロインでもないじゃないか。君が皆の背中を押したり引っ張ったりする役割を担ってはいけないんだ。

 

主人公じゃないけど主人公補正だけはある宮壁とロザリオ、主人公補正に振り回されて主人公やらされてるのが前木さん。たぶんこんな感じじゃない?

 

 

前木さんと宮壁が喧嘩した。これはお出ましかな?わくわく!

 

やっとロザリオが出てきた。……どうしてコロシアイについて若干知ったような口をきいているんだ?皆が死んだ事について触れないのは何故?宮壁のフリをするって事は、ロザリオである事を隠そうとしているという事だ。普通篠田さんとかに他の皆の居場所を聞くはず。……どこでコロシアイの現状を把握した?それがロザリオの覚醒が遅かったのと関係があるのかも……?

 

なんだかんだで仲良くなってきてしまった。受け入れるのが早いというか。あの状況で篠田さんがロザリオを殺さずにいられたのは、彼女なりの成長なのかな?随分強くなったね。強がっているだけにも見えるけど。

 

 

 

 

 

 

あれ?これ、この建物の外から何か……。ヤッバい。マジで時間ないじゃん。

 

「あのー、勝卯木さん、聞こえてる?」

 

無音。

 

「勝卯木蓮さーーーーーん。」

 

「はい。お待たせ。どうしたんだい?」

 

「くそ。」

 

「……悪口を言いたいだけなら切るけれど。」

 

「いやあ、まだいたんだなと思って。」

 

「できれば最期まで見守りたいからね。」

 

「……。」

 

何も言わずに通信を切った。

 

 

 

 

 

 

天使計画についての情報を得たようだ。……うん、察しつき始めてもおかしくないな。

 

 

もう少しだ。もう少しで……。仕方ないので最終手段の動機を繰り出した。できれば前木さんに動いてほしい、いや、彼女ならきっと。

 

ここで希望を持たせるのも大概にしておこう。早めに資料を回収して無駄に資料探しする時間を省こう。大した情報なんてないんだし。

 

 

前木さんが何やら緞帳の装置をいじっている。動いてくれるのは嬉しいけど何をするつもりだ?

 

 

まずい、カメラからは何をしているのか見えないし、あの紙に書かれているの……

 

ふう、一体どのタイミングで気づいたのか知らないけど、直接会いに行かなきゃいけなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前木さんは、ステージの壁にもたれかかり、こちらに気づくと軽く手をあげた。そんな呑気にしている場合ではないと思うし、現に彼女の腹部に刺さった包丁はこの空間で異質さを放っていた。

 

 

「牧野くんなら、来てくれると思ってたんだ……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

「これ、見つかったら困るもんね。」

 

前木さんは緞帳から吊るされた紐についている紙を指さす。『牧野いろはは生きている』と書かれた紙を、僕は無造作に破り取った。

 

「モノパオの身長じゃこの紙は取れない。牧野くんが自分で来るしかこの紙を取る方法なんてないもん。作ってよかった……。」

 

「……。」

 

「詳しい内情は知らないけど……私、牧野くんの真意を知りたいの。教えてほしいな。」

 

「……。」

 

ずる、と音を立てて、前木さんは腹部に刺さった包丁に顔を歪めながら体勢を整える。

 

「私は、このコロシアイを終わらせるために死ぬの。君がこれからどう動こうと、結果は決まってるよ。」

 

「……大口叩くね。」

 

「うん、幸運だもん。」

 

「前木ちゃんの才能に気づいていれば、何か変わってたのかな?……いや、俺自身は何も変わんないか。」

 

そう嘲笑しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

「変えるよ。」

 

 

 

 

 

まっすぐな目で、前木さんの瞳は僕の心を貫いた。

ロザリオの目とは全く違う、けれど光り輝く目は、確実に、僕を見ていた。

 

「……私は、牧野くんだって……違う、君だって、変えてみせるよ。」

 

「私自身にできる事はもうほとんどないけど、1つだけあるの。そのために、ロザリオくんに頼んだんだから……!」

 

前木さんは、大きく息を吐くと、後ろの壁を見やった。

 

「ここにもダイイングメッセージ書いてみたんだ。マキノって。後ろ手で書いたから、逆さになっちゃったけど、宮壁くん達なら一瞬で気づくよ。」

 

「!!!」

 

無意識に、足が前木さんの傍まできていた。壁に書かれたそれを消してやろうとしゃがみ込む。

 

 

 

 

 

 

しかし文字を消そうと伸ばした腕は、前木さんに掴まれていた。

 

「え……」

 

前木さんは僕の手の上から自分の手を重ね、そして、包丁を握らせていた。そのまま自分の腹の方に押し込む。

 

「は、え、何やってんの、」

 

「これで、クロは牧野くんだよね?」

 

「何それ……どうかしてる……」

 

「こっちの台詞だよ。……私はロザリオくんに恐怖心を消してもらったの。何も怖くないよ。」

 

慌てて前木さんの顔や手足を確認する。どこも震えていない、寧ろリラックスすらしていた。

 

「死んじゃうってのに、よくやるよ……」

 

完全に動揺していた。今まで狂気と憎悪に突き動かされていた僕は、すっかり我に返っていた。

 

「そうだよ、よくやるんだよ。」

 

反対に前木さんは僕を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

「これが、君が光ちゃんにやらせた事なの。」

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!!!違、あれは!!!!!!」

 

「何も違わないよ、君は自分を殺させた。しかも、君は死んでいないのに光ちゃんはクロとして処刑されたの。」

 

「そんなつもりじゃ、今だって、前木ちゃんを殺すつもりなんて、」

 

「……そう、仲間じゃないのにそう言ってくれるんだ。」

 

「……っ。」

 

違う、全員殺すつもりで、全員地獄に落とすって決めたのに、僕は何を言っているんだ。

 

「まだ君の善性が残っているんだよ、きっと。」

 

「……ちが、」

 

「まだ道が消えてない証拠だよ。光ちゃんの事だけが大事ならやってなかった事だってたくさんあるはずだよ。まだ、牧野くんだった事を捨てないで。」

 

「自分が思い出せないなら、私がそう言ったって事を覚えていて。」

 

 

 

「光ちゃんに出会う前を、コロシアイと無縁だった時間を……記憶をなくした皆がここで出会った時の事を。君が必要ないと捨てたもの全部、忘れないで。」

 

 

「………………。」

 

 

 

 

 

「君は、牧野くんだよ。」

 

 

 

 

 

無理矢理自分で閉じ込めた感情があふれ出した。一生心に呼び戻すまいとしていたたくさんの感情、奇しくもコロシアイ生活の中で築かれたそれは、牧野いろはの感情も僕のものであるという証明だったのかもしれない。

ここまで散々皆を苦しめておいて今更だ。きっと冷徹を貫こうとする僕の何かは、今後も皆を苦しめるだろう。もう同情なんてしないし、お世辞にもできた人間とは程遠い僕だ。

 

「……。」

 

勝卯木蓮を陥れるためだけに続けてきたこのコロシアイで、僕は取り返しのつかない所業を繰り返している。冷静に今までを振り返られるのは、牧野いろはを客観視していた自分が■■■■の事も同じように俯瞰している証拠なのだろう。

 

「……久しぶりに、今の牧野くんの顔、見たなぁ。」

 

懐かしむように微笑む前木さんに、一体僕はどう見えているのか。

 

「……前木ちゃん。俺やりたい事があるんだ。」

 

「……。もう誰も殺さない?」

 

「ロザリオは……どうなるか分かんないかも。」

 

「そっか……嫌だなぁ、どうにかならない?」

 

「……アイツら次第だよ。」

 

「きっと大丈夫だよ、ここからはずっと幸運だから。」

 

「……。」

 

前木さん、何か隠してるんだろうな。けどどこに何を隠してるのかも知らないしどうしようもない。その何かを宮壁が叩きつけてくるのを大人しく待って……それで、もしかしたら僕は終わるのかも。

 

 

諦めに似た何かと、それでもコロシアイを完遂するための覚悟を固める。最後まで気づかずにいられたらもっと楽だったんだけど、ここから皆をいじめるのは大変だな。

 

 

 

 

特に意識していなかった僕の顔に、この気持ちがそのまま表れていたのだろう、前木さんは少し困ったように下を向く。が、すぐにこちらを見据えた。

 

「これから私が提案する事を、聞いてほしいの。お願い。」

 

前木さんは再び微笑んで、最期の言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

約束されてばっかり。僕、そんなに約束守りそうに見えなくない?

 

倉骨さんがどうやら死んでいない事は確認できた。危ない危ない。

 

珠結さん達が裏で動いているのは間違いない。篠田家と組まれたら僕にできる事なんて何もないよ。志求真ちゃんも随分図太いツテを見つけたもんだ。

 

残り僅かな時間を使って、何をしようか。何ができるだろうか。考えあぐねて、今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

今までの全てを、余す事なくつなぎ合わせた。

 

この世の中も嫌いだし、目の前で敵対しているコイツらも言うほど好きじゃなかった。

 

高堂さんは俺の事が好きなのであって僕の事は知りはしない。

 

特別学級とか制偽学園とか、名前も聞きたくない。

 

倉骨の連中だって嫌いだ。

 

こんなゴミに育ってしまった、両親に合わせる顔がない。

 

友達なんていないし無駄に人の顔色が分かるから最悪な気分もたくさんしてきた。

 

 

全部なくなればいいのに、と今でも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、僕が、本当に復讐するべき相手は。

 

 

 

 

 

……最初から、1人しかいなかったんだ。

 

 

 

「久しぶり宮壁。元気してた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の存在理由とする真意を知れば、きっと神は嗤うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンガンロンパノウム 0話

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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