ソードアート・オンライン〜二人の黒の剣士〜 (ジャズ)
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アインクラッド編
一話 出会い


初めまして、ジャズです。
この物語は、ホロウ・リアリゼーションのジェネシスがSAOに来ていたら、というIFストーリーです。


朝というのは、現代人にとって最も憂鬱な時だ。

会社員にしろ、学生にしろ、眠りという至極の時間から引き摺り下ろされ、楽しく快楽で溢れた夢の世界から、鬱屈で陰湿な現実世界へと戻らなければならない。

 

「ああ〜…………かったりい〜…」

 

そしてそれは、現在小学校四年生の少年ーーー《大槻久弥》も例外ではない。小学生は皆朝から元気で溢れているものだが、彼は違う。彼にとって朝は最も忌むべき時間だ。

土日ならば、心行くまでゆっくり眠れるのだが、学校のある平日はそうは行かない。

 

久弥は学校が嫌いだ。

 

だがそれは、別に勉強が嫌いとかそういう理由ではない。

寧ろ、久弥は勉強が得意な方だ。テストでもほぼ満点近い点数を取り、校内でもトップの成績を収め続けている。

人付き合いも悪くなく、見た目もカッコいい部類に入り、クラス内カーストでは間違いなく上位に入る人物。

まあ、友達などはいないが。

 

これほどの人間がなぜ学校を嫌がるのか。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませ、ランドセルを背負い学校への通学路に入る。閑静な住宅街を抜け、朝から多くの車が行き来する大通りを歩き、その先に久弥の通う学校はある。歩きで約15分。程々に近い距離。

 

通りかかるごとにかけられる同級生の挨拶を適当に返しつつ、久弥は彼の教室に向かう。

 

教室に着き、目に飛び込んできた光景はーーー

 

「鬱陶しいんだよ《ババァ》!!」

 

複数の男女が一人の少女に群がり、罵声を浴びせていたのだ。

罵声を受ける少女はただ俯いて席に着いている。

 

これだ。久弥が学校を毛嫌いする理由は。

 

そう、即ち《いじめ》である。

 

近年問題視されている生徒間の《いじめ問題》。近頃では教師間でも行われるほど激化し、日本社会でもこの問題を防ごうと各地であらゆる活動が行われているが、未だにそれは減少しない。

 

そしてこの学校でもそれが行われている。

 

いじめられている女子生徒の名は《一条 雫》。

何でも日本有数の名家のお嬢様らしいが……いじめのターゲットとされている。

その理由は名家の子だからというのもあるだろうが……一番の理由は彼女の“髪”だ。

 

彼女の髪の色は銀髪なのだ。しかもこれは、染めているのではなく地毛。

これがいじめの原因。雫は別にハーフなどではないが、生まれつき髪の色素が薄いらしく、そのために銀髪なのだ。

 

誤解されがちだが、銀髪=白髪と言うわけではない。そもそも白髪と言うのは、人の髪の毛が老衰によって色素が抜けることによって起こるものであって、銀髪は白髪ではない。さらに言うと、生まれつき銀髪と言う人間は世界的にもごく稀で、子供時代にしか見られないケースが多いらしい。

 

「(……ったく。たかが髪の色違うくれぇでいじめとか。ガキかよあいつらは……ガキだったわ)」

 

スクールカーストの中でも上位に入っている久弥は、このいじめを少し離れたところから冷めた目で見ていた。

 

久弥にとってみれば、いじめの加害者も被害者も所詮はただのクラスメート。言ってしまえば、ゲームにおけるモブと変わらない。助ける義理もないし止める義務もない。

久弥はただ我関せず、と言うスタンスを取り続けていた。

 

いつも通り、暇つぶしに読んでいるジャンプを取り出して読み出す。

 

その内ホームルームが始まって、あいつらも自然と静まるだろう、と久弥は考えた。

 

しかし、今日は違った。

 

「返して!!」

 

少女の泣き叫ぶ声が響き、久弥の意識は再びあのいじめ現場へと戻る。

 

見ると、いじめグループの一人が何かを手にとって掲げており、それを雫が目に涙を浮かべながら必死に取り返そうと手を伸ばしている。

 

「それはお母さんからのプレゼントなの!お願いだから返して!!」

 

「おいおい、ババァの母ちゃんだってぇ?一体幾つなんだろうなぁ?何年生まれ?今何歳?」

 

プレゼントなるものを取り上げている少年は雫の悲痛な叫びに対し聞く耳を持たない。

 

「(母さんからのプレゼント、か……)」

 

久弥には両親がいない。彼がもっと幼い頃に事故死しており、今は祖父母によって育てられていたが、その祖父母も数年前に他界し、以来彼はずっと1人だった。

そのため、実の親からのプレゼントを奪われ泣き叫んでいる今の雫を、久弥は今まで通り見て見ぬ振りなど出来なかった。

 

「……おい。くだらねえ事やってんな」

 

久弥は徐に立ち上がると、少年の手からプレゼント(ペンダントだった)を取り上げた。

突然のことで驚いた少年は振り向くと目を見開いた。

 

「おまっ……久弥!」

 

クラス中の視線が、久弥に集められた。

これがもし、久弥が普通の生徒だったなら、恐らくいじめグループの生徒は「何だよ!!」などと逆上して掴みかかっていただろう。

だが、クラスの中でも上位に入っている久弥がこれをやったのとでは意味が全く異なる。言うなれば日韓のトラブルにアメリカが介入するようなもの。

 

「何すんだよ久弥!!」

 

「何すんだはこっちのセリフだバァカ。テメェらがギャーギャー騒ぐせいで落ち着いてジャンプも読めねぇだろうが。

それよかもうさっさと座れテメェら。チャイムなるぞ」

 

久弥の言葉でいじめグループはいそいそと席に戻っていく。

雫は両目から涙を流したまま久弥を見つめていた。

久弥はそんな彼女に向き直り、ネックレスを彼女の机に置く。

 

「……ほら。取り返してやったからもう泣くな。

それから、そんなに大事なやつなら学校に持ってくるな。取られたって文句は言えねぇぞ」

 

久弥はそう言い残し自分の席に戻って行った。

雫はただ黙ってその背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜放課後〜

 

全ての授業が終わり、生徒たちは皆各々帰路につく。

久弥も「やっと終わった〜」などと呟きながら靴箱へと向かう。

 

すると……

 

「大槻くん!」

 

ふと、彼の名を呼ぶ声が響いた。

見ると、そこに居たのは雫だった。

 

「……何の用?」

 

久弥はぶっきらぼうに答える。

雫は少ししどろもどろになりながらも

 

「あ……えっと……その…ありがとう!助けて、くれて……」

 

久弥はそれに対して少しため息をつき答えた。

 

「別に助けた訳じゃない。ただあいつらのやってる事が気に食わなかっただけだ。だから礼を言う必要もねぇよ」

 

「それでも!それでも君は…私の大切なものを、取り戻してくれた……だから、ありがとう!」

 

雫は満面の笑みでそう言うと、銀髪を翻して走り出した。

そんな彼女を見て、久弥はふっと軽く笑い

 

「……んだよ。いい笑顔、出来んじゃねぇか……」

 

と呟いた。

 

 

〜数日後〜

 

しかし、久弥が雫を庇った事で、事態は悪化した。

 

「久弥に守ってもらったからって、いい気になってんじゃねえぞ!!」

 

「ババァは大人しく腰曲げてよちよち歩いてりゃいいんだよ!」

 

久弥は帰り道、偶然目撃してしまったのだ。

いつものいじめグループが、雫を暴行しているのを。

 

流石にこれを看過できるほど、久弥は冷めた人間ではなかった。

 

「テメェらいい加減にしやがれ!」

 

久弥はいじめグループに割って入り、雫に駆け寄った。

 

「おお…つき、くん……」

 

雫は恐怖と悲しみ、痛みでもう起き上がれなくなっていた。

雫の白い陶磁器のような肌には、痛々しい無数の痣が出来てしまっていた。

「テメェら……!」

 

久弥は怒気を含んだ目でいじめグループの男子を睨みつけた。

久弥に睨まれたじろいだ男子は叫んだ。

 

「何だよ久弥!!何でお前はこんな奴を庇うんだ!!」

 

だが久弥は強い口調で言い返した。

 

「テメェらこそ、何でこいつにここまで出来る?何の権限があってこいつをいじめられる!!

こいつが一回でもテメェらになんかしたか?こいつが一回でもテメェらに《死ね》とか言ったのかよ?!

 

別に何かされたわけでもねぇのに、それを一方的に痛めつけるなんざ…………

 

 

お前ら人間じゃねぇ!!!」

 

久弥の言葉に言葉を失ういじめグループ。

久弥はそんな彼らを見回した後、雫を抱きかかえてその場を後にした。

 

「大槻くん……」

 

「いい。何も言うな」

 

怪我をした雫を自宅まで送る道中、雫は久弥に礼を言おうと口を開くが、久弥はそれを遮った。

雫はそれでも何か言おうと口を開くが、久弥の表情を見て口を閉じた。

 

久弥の顔は、かつてない怒気に覆われていた。

不意に久弥は口を開いた。

 

「許さねぇ……あいつら絶対に許さねえ。

俺の嫌いなことは《弱い奴を一方的に甚振る事》だ。

 

たかが髪だけであんなことするとか……反吐が出る」

 

湧き上がる怒りを言葉に変えて呟く久弥を見て、雫は何も言えなかった。

 

やがて、久弥の自宅に辿り着いた。

 

「えっと……大槻くん、ここは……?」

 

「見ての通り俺の家だ。ここで軽く手当てしてやるよ」

 

そう言って久弥は家のドアを開ける。

そして、リビングに雫を座らせ、久弥は救急箱を取り出した。

まず、出血している部分を消毒液で濡らし、ガーゼを貼る。次に内出血しているところにコールドスプレーを吹き、上から氷を当てて冷やした。

 

「ねえ、何でこんな事……?」

 

「そんなズタボロの状態じゃ家に帰れねぇだろ?

一応軽く応急処置しただけだから、帰ったらちゃんと病院行って診てもらえ。

それと、親にもちゃんと相談しろよ、いじめの事」

 

「できない!」

 

雫はソファから立ち上がって叫んだ。

 

「だって……そんな事言ったら……お母さんが心配しちゃう…迷惑をかけちゃう……」

 

彼女の言い分に久弥はため息をついた。

 

「あのなぁ……そんな傷まで受けて、隠し通せると思ってんのか?転んだなんて言い訳が通じるとでも?無理に決まってんだろ。

それに、相談する事が申し訳ないって思うなら、それはテメェの力不足のせいだ」

 

久弥の言葉に雫は目を見開いた。

 

「もしテメェに何かあいつらにやり返せる力があれば、ここまで事態が悪化することはなかった。こうなったのも全部、テメェ学校に弱いせいだ。テメェがやられっぱなしだったからだ」

 

「……でも…やり返せばまた酷いことされる………もっと痛い事される……」

 

「だったら今のままでいいと?やり返してもっと痛い事されるより、今のままでいいと?」

 

久弥の問いに、雫は黙って頷いた。

 

「はぁ〜〜〜……しょうがねぇなあ。

 

わかった。だったら俺に考えがある」

 

 

久弥は意を決してこう言った。

 

「明日で、テメェのいじめを必ず終わらせてやる。いいか一条、よく覚えとけよ……本当に強ぇ奴は、敵にやり返させねえ。何もせずに勝つんだ」

 

「……どうする気なの?」

 

「へっ。簡単な事よ。髪色でいじめられんなら、髪色を変えちまえばいいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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〜次の日〜

 

 

 

学校は大騒ぎだった。生徒たちは皆我先にと久弥のクラスへと向かい、廊下はまるで動物園のようだった。

 

「大槻くん……?!」

 

学校に来るなり、雫は教室を見て目を見開いた。

いつもの席に、久弥はいる。

だがいつもの彼じゃない。

 

髪の毛だ。いつもは日本人らしい艶のある黒髪だったが、今の彼は…………赤色になっているのだから。

 

「ちょ、久弥?!どう言うつもりだよ?!」

 

いつものいじめグループに一人が久弥に詰め寄った。

 

「テメェらは一条の事、髪が白いからいじめてんだってな?だったら髪の色が違う事でいじめられんなら、当然俺もいじめを受けなきゃならないよなぁ?」

 

威圧感のある声でそう尋ねる久弥。

それに対していじめっ子グループの少年は口をパクパクとして何も言えない。

久弥をいじめるなど、例えるならロシアに喧嘩を売るようなもの。

 

「さあ!俺の髪色も違うぜ!!いじめんならいじめてみやがれ!!!」

 

 

その日を境に、雫に対するいじめは無くなった。

同時に、雫が久弥と一緒にいるところを目撃する人も増えたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
雫は、と言う名でピンと来た方もいるかもしれませんが、所謂中の人ネタ、と言う奴です。
SAO本編が始まるのはちょっとだけ先になりそうですが、何卒よろしくお願いします。


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二話 降臨

どうも皆さん、ジャズです。
さて、今回からいよいよ SAO編です。



月日は流れ、久弥と雫も中学生となった。

久弥は相変わらず怠そうな歩き方で学校に向かう。

すると、家の門を出ると、久弥を呼ぶ声が響いた。

 

「久弥、おはよう!!」

 

呼ばれた方に振り向くと、銀髪の少女がその髪を風になびかせながらこちらに歩いて来ていた。

 

「雫……朝から何だよ」

 

ぶっきらぼうな久弥に、雫は頬を膨らませて

 

「むぅ〜、何よ!人がせっかく挨拶してるのに!」

 

「別にそんなのいらねぇから……てか、何でおめぇは毎朝わざわざこっちに来るんだよ。学校違ぇだろ?」

 

「途中まで一緒だから平気だも〜ん」

 

雫はそっぽを向きながら言った。

雫は中学受験をし、現在は私立の《天の川学園》というところに通っているのだ。

そこは地元では名の知れたエリート校で、名家の令嬢である雫もそこに通うことを余儀なくされたらしい。当初雫は「久弥と同じ学校に行けなくなる」と拒んでいたが、市内の学校に通うと必然的に彼女のいじめグループと同じ学校になってしまう。終わった過去の問題とは言え、やはりあのトラウマは克服出来ないため、止む無く雫は中学受験をしたのだ。

そして中学に上がると、なぜか雫は毎朝久弥の家に行き、途中まで並んで通学路を歩くのだ。

 

「そう言えば雫、お前剣道で全国優勝したんだってな。おめっとさん」

 

「どうも。まあ危なかったけどね……ていうか、知ってたんだ」

 

「まあな。見に行ってたし」

 

「……え?」

 

瞬間、雫の顔は真っ赤に染まった。

 

「…み、見に来てたなら、連絡くらいしてよ……」

 

「何でわざわざ連絡しなきゃならねぇ。てかお前大丈夫か?顔真っ赤だぞ?」

 

「っへ、平気ですぅ!!何でもないです〜!!

こ、これはあれよ………こ、恋の病ってやつよ!!」

 

「へー。お前誰かのこと好きなの?」

 

久弥はいかにも無関心という感じで呑気に尋ねる。

 

「〜〜〜〜喝っ!!!」

 

「アァーー!!イイッ⤴︎タァイ⤵︎目があぁー!!」

 

雫の竹刀が久弥の顔面にクリティカルヒットした。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「そう言えば雫、お前ゲームとかってするの?」

 

痛みから復活した久弥は徐に尋ねた。

 

「ゲーム?ああ、うん。結構やるよ?最近だと、マイクラにハマってるんだよね〜」

 

「マイクラとかやってんのかよ……」

 

「マイクラ結構いいよ?PUBGとかモンハンとか見たいな殺伐とした雰囲気はなくて、羊とか飼ったり村人と交流したり出来て、ほのぼのしてるよ?」

 

「村人と交流って……あいつら『ハァーハァー』しか喋んねぇじゃんw」

 

「交流ってそういうやつじゃなくて!普通にアイテム交換したり、物を買ったりしてるだけ!」

 

「ふ〜ん。でも意外だわ。ボンボンの家って、そういうゲームとかやらなさそうと思ってたんだけどな」

 

「うちはそんなに厳しくないんだよね。やる事をちゃんとやっておけば後は好きにしなさい的な感じだから」

 

「割とフリーダムなんだな、お前の家って」

 

「まあね〜。でも、何で?」

 

雫がそう聞き返すと、久弥はカバンからとある雑誌を取り出して見せた。

 

「 SAO……『ソードアート・オンライン』?」

 

「ああ。世界初のフルダイブ型VRMMORPGゲーム。今週の土曜に正式版のソフトが出て、リリースなんだとよ。

それでな……良かったらお前もやらねぇか?」

 

「やる!!」

 

雫は物凄い勢いで久弥に詰め寄った。

 

「やるやる!私もやる!!」

 

「お、おう……分かった。なら、今度の土曜日一緒に買いに行かねぇか?すっげえ人気だから、早めに並ばねぇと買えないらしいし」

 

だが、久弥がそう話している時、雫は突如として立ち止まった。

 

「おい、どうしたんだよ雫?」

 

「……今…何て言ったの?」

 

「は?いや、早めに並ばないとって……」

 

「その前」

 

「すっごい人気らしいかr」

 

「その前っ!!!」

 

「ひっ?!あ、いやだから……土曜日、一緒に買いに行かないか、と…申し上げました……」

 

凄まじい剣幕の雫に久弥はタジタジになりながら答えた。

答えた。

 

「(あれ?俺何か不味いこと言ったかな……?あれか?一緒に買いに行こうが不味かったのか?!ああ、そうだな、俺たち別に付き合ってもねぇしな。ちょっとデリカシーなさすぎたか……)」

 

「(一緒に買いに行こう、ですってぇ?!ちょっと!どうしちゃったのよ今日の久弥はぁ?!ゲームに誘ってくれたり、しかも…で、デートの誘いまで?!そんな強引な……でも、嫌いじゃないわ!)」

 

そして、雫は先に口を開いた。

 

「えっと……いいよ?」

 

「え?何が?」

 

「だから!一緒に、 SAO、買いに行こう……?」

 

雫は上目遣いで言った。

思わず息を飲んだ久弥だったが

 

「お、おう……分かった。なら、時間とかはまた連絡するわ」

 

「うん!!……それじゃあ、またね」

 

「ああ」

 

ちょうど二人の通学路が分かれる場所に差し掛かり、二人は別れの挨拶を交わしそれぞれの道へ歩んでいった。

 

 

 

 

 

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〜土曜日〜

 

「いや〜、何とか買えて良かったな」

 

帰り道、久弥は今日購入した SAOのソフトとナーブギアを抱えながら嬉しそうに言った。

 

「ふふっ、そうだね。朝から並んだ甲斐があったね」

 

雫も、久弥と同じように両手に今日買った SAOのセットを抱えて笑顔で返す。

 

「それより、今日早速やろうぜ」

 

「そうね。とりあえず、集合場所だけ決めとこっか」

 

そして、二人は集合時間と場所、プレイヤー名を確認しあってそれぞれの自宅へと戻っていった。

 

自宅に帰った久弥は、いよいよナーブギアに SAOのソフトをインストールし、ナーブギアを頭に被る。

 

「行くぜ……《リンク・スタート》!」

 

 

 

 

 

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閉じた目をゆっくりと開く。

まず目に入ったのは、自分の両足。

そして、試しに自分の両手を動かし、手を閉じたり開いたり動かしてみる。

現実と殆ど遜色ない感覚だが、紛れもなくここは仮想世界。

 

 

「ついに来たぜ……《ソードアート・オンライン》!」

 

この日、もう一人の英雄ーー《ジェネシス》は SAOの世界に降臨した。

 




お読みいただきありがとうございます。
SAO編はもう少し後にする予定だったんですが、ジェネシスとティアを早く SAOに放り込みたくて始めちゃいました。

祝え!新たなる英雄の誕生を!
その名も《ジェネシス》!もう一人の《黒の剣士》が降臨した瞬間である!!

……はい、少し古いですが、やりたかったのでやりましたw
次回もよろしくお願いします。


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三話 邂逅

どうも皆さん、ジャズです。
こう言う二次創作を書いてると、自分の小説の主人公と原作主人公が出会う瞬間って結構テンション上がりますよね。
特にこの二人は、どちらも《黒の剣士》と呼ばれるものたちですから。


ついにやってきた剣の世界。

久弥ーー否、《ジェネシス》は早速武器屋へと足を運んだ。ゲームをするには、まず装備を整えるのが基本だ。

 

「…さて、俺は何使うかね〜」

 

目の前に並ぶのは、大小様々な形の剣。

小さいものならナイフ、大きいもので大体1メートルくらいの大きさの大剣まで並べられている。

迷った末、ジェネシスは大剣を使うことにした。

 

「おっと、とりあえず雫と合流しねぇとな」

 

ここで、先程雫と集合する約束があったのを思い出し、ジェネシスは急いで集合場所の《黒鉄宮》へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

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黒鉄宮の前に辿り着き、辺りを見渡すとどうも見覚えのある人影が見えた。

向こう側に見える女性プレイヤーは、髪は黒髪だがジェネシスと同じくらいの長身でスラリとした体系、そして何より、立っている時に左手で右腕を掴んでいる体制をとっているのが目印だった。

現実世界の雫とほぼ同じ容姿だったので、迷う事なくジェネシスは彼女に声を掛けた。

 

「……おう、雫。待たせたな」

 

雫はジェネシスの方を見ると、一瞬戸惑ったがすぐに久弥だと分かり、笑顔で答える。

 

「もう、久弥!ずいぶん待ったわよ!!

後、この世界じゃ私は《ティア》だからね!」

 

「わーったわーった。そんならテメェも久弥はやめろよ?こっちじゃ俺は《ジェネシス》だからな」

 

「……プッ、《ジェネシス》って……厨二くさい名前w」

 

「お?テメェの方から喧嘩を売ってくるたぁ珍しいじゃねえか。いいぜ、五百円で買ってやるよ」

 

「冗談よ……それより、色々レクチャーしてよ。私、この世界のこと全くわからないから」

 

「おう、任せろ……と言いてえとこだが、生憎俺もイマイチここの事はよく知らなくてな……」

 

ジェネシスは申し訳なさそうに後ろ頭を書きながら言う。

 

「なぁ〜んだ。なら、誰か知ってそうな人に教えてもらおう?」

 

「んま、おそらくこの中にはβテスターもいるだろうしな。運良くそいつに会えたら、頼んでみるか」

 

そうして二人は歩き出した。

因みにその後、武器屋にてティアの装備を見繕ったのだが、ティアが目当てにしている刀が無かったため、仕方なく曲刀を購入したのだが、いかんせん不満そうにしていたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

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様々なプレイヤーに声を掛けた二人だったが、中々目当てのβテスターに巡り会えず、仕方なく自分達で何とかやっていこうと決め、二人はフィールドに出た。

 

草原には無数の猪ーー《フレンジー・ボア》が生息していた。

 

すると、猪の群れの向こう側で、二人の男性プレイヤーがモンスター狩りをしているのが見えた。

いや、よく見ると一人はモンスターを攻撃し、もう一人はそれを見て何か指導をしているように見えた。

 

恐らく、βテスターでないにしろ何かしらこの世界の知識を持っているはずだ。

ジェネシスはそう考え、意を決してその男性に話しかけた。

 

「おーい、そこのおめぇさんよ」

 

「?俺のことか?」

 

呼ばれた男性はジェネシスの方を振り向いた。

 

「見たとこ、結構慣れてんな……お前、βテスターだろ?」

 

「あ、ああそうだが……」

 

「なら、ついでだ。俺とそこの連れにもレクチャー頼まれてくんねぇか?俺達右も左もわからねぇニュービーでよ」

 

ジェネシスは親指で後ろのティアを指差しながら言った。

青年は少し困ったような顔で思案するが、赤髪の無精髭が生えた男性プレイヤーが青年の肩を叩き

 

「まあまあいいじゃねえか。ここまできたら、一人も三人も変わんなぇだろ?それに、みんなで楽しむのがゲームってもんだぜ?」

 

「クライン……分かった。お前らのレクチャー、引き受けるよ」

 

「そうか、助かるわ。俺は《ジェネシス》ってんだ。以後よろしくな」

 

「私は《ティア》です。よろしく」

 

「俺は《キリト》だ。こちらこそよろしくな」

 

三人はそれぞれ握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

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「どぉわ!!」

 

悲鳴をあげ吹き飛ばされたのはクライン。

猪に突撃された股座を抑え悶絶している。

そんな彼にキリトは苦笑いで言う。

 

「おいおい……仮想世界じゃ痛みは感じないだろ?」

 

「あ……そうか。悪りぃついな」

 

「けど気持ちはわかる。正直めちゃくちゃわかる」

 

ジェネシスは大きくうなずきながら、クラインに同情していた。

 

「けど、難しいのは事実ですね……現実みたいに上手いこと当てられない」

 

ティアが曲刀と猪を交互に見ながら呟く。

 

「さっきから言ってるだろ?大事なのは、初動のモーションなんだよ」

 

そう言ってキリトは、地面の小石を摘み上げると、それを猪に向かって投げた。

小石は赤い光を浴びて、流星の如く命中する。

投擲スキル『シングルシュート』だ。

石を当てられた猪はターゲットをキリトに定めると、すかさず突進する。

キリトは背中から片手剣を引き抜くと猪を受け流し、突進を受け止める。

 

「とまあ、必要なのは“溜め”だよ。少し溜めを作る感じで、スキルが発動するのを感じたら、後はシステムが自動で当ててくれる」

 

「なるほど……溜めか」

 

ジェネシスはそう呟きながら、背中から両手剣を引き抜き、左手を添えて水平に構える。

すると、刃がオレンジ色の光を帯び、ジェネシスの身体は自然と飛び出した。

 

「てやあぁっ!!」

 

そしてそのまま猪を両断する。

両手剣基本スキル『ブラスト』だ。

猪は衝撃で数メートル吹き飛び、断末を上げて四散した。

 

「おぉ……飲み込みが早いな、ジェネシス」

 

キリトが感心したように呟く。

 

「んま、こういうのは結構得意なんでな」

 

ジェネシスは得意げにそう答える。

 

「じゃあ次は、私が行こうか」

 

そう言って今度はティアが前に出て、曲刀を構えた。

 

「……ふっ!」

 

ティアの曲刀がオレンジの光を帯び、ティアはその場から飛び出し、目の前の猪に斬りかかった。

ティアの攻撃は少し逸れてしまったが、それでもボアのHPを削ることに成功する。

 

「なるほど……だいたいわかった」

 

ティアは曲刀の刀身を左手で下から上に擦ると、再び構えてソードスキルを発動し、飛び出す。

曲刀基本スキル『リーバー』だ。

二度もティアの攻撃を受けた猪はガラス片となって消滅した。

 

「おいおいオメェら……すげぇじゃねえか!」

 

「ああ、ティアもこんな短時間でスキルをモノに出来るなんて、中々才能があるよ」

 

クラインとキリトはティアの物覚えの速さを絶賛した。

 

「よぉ〜し、俺も負けてらんねぇな!」

 

クラインも不敵な笑みを浮かべると、曲刀を右肩に担ぐような体制をとる。

すると、漸くクラインの曲刀に赤い光が宿り、ソードスキル『リーバー』が発動した。

クラインはソードスキルのシステムの動きに乗りながら、猪を両断する。

 

「うおっしゃあああ!!!」

 

右手の曲刀を高く掲げ、大喜びするクライン。

 

「初勝利おめでとう、みんな。でも、今のはスライムみたいなもんだけどな」

 

キリトは言いながら背中に片手剣を収めた」

 

「マジかよ?!俺ぁてっきり中ボスくらいかと……」

 

「これが中ボスなら苦労するかよ」

 

ジェネシスは呆れた顔でクラインに言った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その後、四人はモンスター狩りを続け、四人は草むらで夕日を眺めながら休息を取っていた。

 

「しっかし、未だ信じられねぇよな〜。ここが仮想世界なんてよ」

 

クラインが座っている地面の感触を確かめながら感慨深く呟く。

 

「……そうね。今立ってる大地の感覚も、感じる風も、何もかもが現実と遜色ない…」

 

ティアも頷きながら返す。

 

「ほんと、このゲームを作ったやつは天才だぜ。俺この時代に生まれてよかったよ」

 

「大袈裟だな」

 

クラインの言葉にキリトは笑って返す。

 

「まあでも、実際そう感じるのも無理ねぇんじゃねぇの?俺らはフルダイブゲームがこれが初だからな」

 

「ナーブギア用のゲームをやるのはこれが初めてなのか?」

 

ジェネシスの言葉にキリトが尋ねる。

 

「ああ。つーか、それまでフルダイブゲームがあること自体知らなかったからな〜。 SAOを買ったついでに、ナーブギアとかハードを揃えた感じだ」

 

ジェネシスは頷きながら返す。

 

「にしても、初回ロット一万本のうちの一つが手に入るなんざ、俺たちはラッキーだよなぁ。

んま、βテスターに選ばれたお前さんの方が10倍ラッキーだがな」

 

クラインはキリトを見ながら言う。

キリトは何も言わずに後頭部をさすった。

 

「βテストでは、どこまで行けたの?」

 

ティアがキリトに尋ねる。

 

「二ヶ月で8層までだな。けど、今度は一ヶ月もあれば十分だ」

 

キリトは不敵な笑みを浮かべながら返す。

クラインはそれを見て苦笑いで

 

「おめぇ、相当ハマってんな?」

 

と苦笑いで聞き返す。

キリトは背中から剣を引き抜き、高く掲げて答えた。

 

「まあな……正直、βの時は寝ても覚めても SAOの事しか考えてなかったよ。この世界はこの剣一本あればどこまでも行けるんだ。仮想世界なのにさ…現実世界より、生きてるって感じがするんだ」

 

「テメェも中々大袈裟じゃねえか」

 

キリトの言葉に苦笑いでジェネシスが返す。

キリトの剣は夕日でオレンジに輝いており、キリトはそれに対してフッと軽く笑って剣を収める。

 

「さて、俺はこの後も狩りを続けるけど、お前らもやるか?」

 

キリトは三人の方を振りまき尋ねる。

 

「あったりめぇよ!…と言いてえが、腹減ってな。5時半にピザが届く予定なんだ」

 

「私も、一旦落ちようかな。学校の宿題をしないと」

 

「俺はしばらく残るわ。せっかくだ、心ゆくまで楽しんで、また明日来る」

 

三人は各々予定を告げた。

「そうか。なら、ここで一旦お別れだな」

 

「そうなるなぁ……あ、そうだキリト氏。この際だからよ、フレンド登録しねぇか?」

 

ジェネシスが手をポンと叩いてキリトに言う。

 

「名案だな。そうすれば、今後もまた遊べるし」

 

「おっ!そりゃいいな!この後一緒にゲーム買った奴らと落ち合う約束してんだ。そいつらともフレンド登録しねえか?」

 

ティアとクラインもそれに賛同する。

が、当のキリトは少し気まずそうな顔だ。

それを見てジェネシスが何かを察し、

 

「……さてはコミュ障だなオメー」

 

「なっ…ち、違ぇし!コミュ障じゃねぇよ!!」

 

慌てて返すキリトに、ジェネシスは悪戯な笑みを浮かべながら続ける。

 

「あー、いいんだ無理しなくても。コミュ障のお前にはフレンド登録なんざ出来ねぇわな」

 

「だからコミュ障じゃねえって!!

…いいよ!フレンド登録するよ!すりゃいいんだろう?!なぁ?!!」

 

ジェネシスの煽りにキリトはやけっぱちになって叫んだ。

メニュー欄を叩くように押して行き、ジェネシスとフレンド登録が完了する。

 

「おっ、やればできんじゃねえかキリト氏。今後ともよろしくな」

 

ジェネシスが満足そうに笑みを浮かべながらキリトの肩をポンと叩く。

 

「お前とはよろしくしたくないけどな!!」

 

「なんでだよ!失礼な!!」

 

「人の事頑なにコミュ障呼ばわりする奴に言われたかねぇ!!」

 

叫び合う二人の肩にティアがポンと手を置き

 

「まあまあ二人共、その辺にして。

では、私ともしてくれる?キリト」

 

「…ああ、この際もう何人でも一緒だ。フレンド登録しようぜ」

 

その後、キリトはクラインともフレンド登録を済ませた。

 

「…容赦がねぇなオメェ」

 

「いいじゃねえか。これで、晴れてキリトともダチって訳だ」

 

ジト目で言うクラインに対しジェネシスは不敵な笑みで返す。

 

「……うし、それじゃ俺はそろそろ落ちるわ」

 

「私も。また会おう、キリト」

 

「ああ。またな」

 

「お疲れさん」

 

四人は別れの挨拶を交わし、ジェネシスとキリトは並んで草原を歩き出した。

 

すると、背後でティアの声が響いた。

 

 

「あれ?……ログアウトボタンが無い」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、ついに出会った二人の黒の剣士。
まあ、ホロリアのようなギスギスした関係には間違いなくならないでしょう。この二人は寧ろ、いい相棒になってくれる気がします。

評価、感想などお待ちしてます。


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四話 絶望

連投でございます。
思ったより書くスピードが速くて自分でもびっくりしてます。


 

ティアの声に三人は耳を疑った。

ログアウトボタンが無い、そんな事があるはずがない。

だが、続けてクラインも同じことを呟いた。

 

「俺の方にもねぇな」

 

そんなクラインに対し、キリトは訝しんだ表情で

 

「そんなわけないだろ。よく見ろって」

 

「いや、本当にねぇんだよ」

 

しかし返ってくるのは同じ反応。

そんな彼に、ジェネシスが少し煽るような口調で言う。

 

「いやいやいやクライン氏、そんなバァカなこと言っちゃいかんよ〜。

ログアウトボタンが無い?そんなことあるわけ……」

 

〜数秒後〜

 

「……ほんまや」

 

「だろ?」

 

お笑い界のレジェンドのようなやり取りをするクラインとジェネシスを他所に、キリトもメニュー欄を確認するが、やはり彼にもログアウトボタンは見つけられなかった。

 

「……ま、正式サービス初日だからな。こんなバグもあるだろうさ。運営も今頃半泣きだろうな」

 

「貴方もですね、クライン」

 

「え?」

 

呑気なことを言っているクラインに、ティアが苦笑しながら言う。

 

「ピザ、5時半に届くのでしょう?今25分ですよ」

 

「……ぬおぉぉぉーーー?!!俺のピザがあぁぁーー!!」

 

頭を抱えて絶叫するクラインを他所に、キリトとジェネシスは怪訝な表情を浮かべた。

 

「……おかしいな」

 

「ああおかしい。ぜってぇにおかしい」

 

深刻な表情で顔を見合わせる二人に、ティアが疑問符を浮かべながら言う。

 

「おかしいって……まあそれはそうだろう?バグなんだから……」

 

そんなティアに対し、ジェネシスは首を横に振りながら答える。

 

「いやいや、バグにしたってタチが悪すぎんだろ。ログアウト出来ないなんざ、今後のゲームの運営に関わる重大な案件だろうがよ」

 

キリトもその意見に頷き続ける。

 

「ああ、その通りだ。俺たちプレイヤーには、メニュー欄からログアウトボタンを押す以外にこの世界から出る手段はない。

こんなの、サーバーを停止してプレイヤー達を強制ログアウトさせればいいのに……運営から連絡すらないなんて、一体どうなってるんだ?」

 

ジェネシスとキリトの深刻な表情と言葉で、ティアとクラインもまた不安げな表情になる。

彼らの心境に呼応するように、夕日が雲によって隠れ、辺りが暗くなる。

 

その時、第一層のフロア全体に、はじまりの街の鐘が鳴り響いた。

そして、ジェネシス達四人が青白い光に包まれその場から消えた。

 

四人が飛ばされた先は、はじまりの街の中央広場。

そこにはこの世界に現在ログインしている約一万人のプレイヤー達が集められていた。

皆何が起きたのかわからない様子で不安げな表情を浮かべ、中には苛立っているものもいる。

 

「ん?ありゃあ何だ?」

 

ジェネシスの声に三人は視線を上に向ける。

 

そこには赤い文字で、《Warning》《System Announcement》と書かれたパネルがあり、それは徐々に無数に広がっていく。

そして、そのパネルの隙間から赤い血のような液体が滴り、集合し、やがて二十メートル長のフードを被った人の形を象った。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 

赤いフードの巨男は声を発した。

 

『私の名は《茅場晶彦》、現在この世界を唯一コントロール出来る存在だ』

 

「あいつが茅場晶彦か……」

 

ジェネシスは少し感心したような顔で呟いた。

彼こそ、この《ソードアート・オンライン》の開発者にして、ナーブギアやその他フルダイブ機器を開発した天才科学者だ。

 

『既に諸君らの中には、メインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいている者もいるだろう……だが、これはバグでは無い。

繰り返す……これはバグでは無く、ゲーム本来の仕様である』

 

彼の言葉で広場は静寂に包まれた。

ログアウトボタンが無いのがゲームの仕様……つまりプレイヤー達は皆、この世界から自発的に出られないと言うことだ。

 

『諸君らはこの世界から自発的にログアウトすることは出来ない。また、外部の人間によるナーブギアの強制停止もあり得ない。もしそれが実行された場合……ナーブギアの高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

告げられた言葉はあまりに現実離れしており、プレイヤー達の中には馬鹿馬鹿しいだの早く終われだのぼやいている者もいる。

 

「何言ってんだあいつ?んなこと出来るわけねぇだろ、なあキリト?」

 

クラインが茅場を指差しながら言う。

が、彼の言葉に答えたのはジェネシスだった。

 

「いや、信号素子のマイクロウェーブってたしか電子レンジと同じなんだろ?」

 

「ああ。そして、リミッターさえ外せば、限界値の42度を超えることも可能だ……ナーブギアは人の脳を破壊できる」

 

キリトも頷きながら同調する。

 

「けどよ、電源を抜いちまえば……」

 

そう言うが、ティアが首を横に振って

 

「いや、確かあれには内臓バッテリーがあったはず」

 

「な……でも無茶苦茶だろ!なんなんだよ!!」

 

クラインは痺れを切らしたように叫んだ。

 

『残念ながら、警告を無視したプレイヤーの家族あるいは友人が、ナーブギアの強制解除を試みた結果、既に213人の人間がこの世界および現実世界から永久退場している』

 

「そんな……213人もだと?!」

 

戦慄したキリトが思わず呟いた。

 

「信じねぇ……信じねぇぞ俺は!!」

 

クラインが首を横に振りながら叫ぶ。

だがクラインのそんな叫びをも否定するかのように、茅場のアバターの周囲に複数のディスプレイが表示される。

それらはテレビのニュースメディアを始め、TwitterなどのSNSなどもあり、それらは全て《ゲーム内で死亡》などと言った見出しで埋め尽くされている。

 

『ご覧のように、既に多くのメディアが多数の死者が出たことをこの状況を含め報じている。

よって、諸君らがナーブギアの強制解除によって死亡する危険性は低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してプレイしてくれて良い』

 

「ふざけるな……この状況で呑気に遊んでいろと言うのか!」

 

我慢できずにティアが叫んだ。

 

『だが十分に留意してほしい。今後この世界においてあらゆる蘇生手段は存在しない。諸君らのHPが消滅した瞬間────ナーブギアが諸君らの脳を焼き尽くし、生命活動を停止させるだろう』

 

静かに放たれた言葉。

プレイヤー達にはもう既に余裕はなく、ただ重苦しい空気が広場を覆い尽くす。

 

『諸君らがこの世界から出る方法はただ一つ……このゲームをクリアすることだ。現在の第一層から最上層の第百層までをクリアすることでのみ、生き残ったプレイヤーはログアウトすることが出来る』

 

再びざわつく広場。「ふざけるな!」「出来るわけないだろ!」と言った罵声が飛び交う。

しかし茅場はそれらを無視し、言葉を続けた。

 

『では最後に、私からプレゼントがある。確認してくれたまえ』

 

言われたプレイヤー達は自身のアイテムストレージを開く。中に入っていたのは『手鏡』。

ジェネシスはそれをオブジェクト化し、鏡を覗き込む。

映ったのは現在の自分のアバター。やや細目で黒い髪型の優男がそこにいた。

 

だが次の瞬間、ジェネシスの身体は青白い光に包まれる。

 

光が晴れ、ジェネシスは辺りを見回す。

 

何かが違う。ジェネシスは咄嗟にそう感じた。

 

「大丈夫、ジェネシス?」

 

ティアが自身を呼ぶ声がし、振り向くとジェネシスは息を飲んだ。

そこにいたのは、ティアではなかった。

スラリとした体つきは変わらないが、銀髪にやや大人びた顔立ちの女性。

見間違うことなどあるはずもない。現実世界で毎日過ごした女性、雫がそこにいた。

 

雫ーー否、ティアもジェネシスを見た瞬間はっとした顔になる。

 

「え……久弥…?」

 

ジェネシスは慌てて鏡で自分の顔を確認する。

荒々しく逆立つ赤い髪に吊り上がった目、黄色い瞳。

 

「俺……?いや、正確には現実の俺か……!」

 

ふと、ジェネシスはキリト達の方を見る。

 

たしかにそこには先程と同じく二人の男性プレイヤーが立っていた。

しかし一人は赤いバンダナに無精髭を生やしたおっさん、もう一人は艶のある黒髪に中性的な顔立ちの、自分と同い年くらいの少年がいた。

 

「ええと……つまりそこのおっさんがクラインで、そこの美少年がキリトか」

 

「俺とキリトの扱い違くねぇ?!」

 

ジェネシスがクラインとキリトの方を指差して確認する。

 

「それじゃあ、そこの赤髪がジェネシスで、銀髪がティアか」

 

クラインの悲痛な叫びを無視し、キリトはジェネシスと同じように自分たちを確認する。

 

「これって現実の顔……でもどうして」

 

ティアが鏡を見ながら疑問符を浮かべる。

 

「そうか、スキャンだ。ナーブギアは高密度の信号素子で顔をすっぽり覆っている」

 

「なるほど……でも、身長や体格は…?」

 

キリトの答えにクラインが納得したように頷くが、新たな疑問が浮かんだ。

 

「あー、あれじゃね?確かナーブギアかぶった時に、キャリブレーションとかで身体のあちこち触らされたろ」

 

ジェネシスが思い出したように答える。

 

「でも……でもよ、なんだってこんなことを…」

 

クラインの疑問に対し、キリトは茅場を指差し答える。

 

「それも、すぐ答えてくれるさ」

 

キリトの言葉通り、茅場は口を開いた。

 

『諸君らは今、“何故?”と思っているだろう。《ソードアート・オンライン》及び《ナーブギア》開発者の茅場晶彦は何故こんな事をしたのかとと疑問に思っているだろう。

私の目的は既に達成されている。私はこの世界を鑑賞する為だけに、ナーブギアを、そして《ソードアート・オンライン》を開発したのだ』

 

告げられた言葉にプレイヤー達は何も言えず、ただ沈黙が続く。

 

『以上で、《ソードアート・オンライン》のチュートリアルを終了する。諸君らの検討を祈る』

 

そう言い残し、赤いフードの巨体は溶けるように消滅し、赤いパネルも消え再びオレンジ色の夕日が広場を照らす。

 

しばし静寂が続いたが……

 

「い……いやあぁぁぁぁ!!!」

 

少女の悲鳴を皮切りに、一斉にプレイヤー達が悲鳴を、怒号を上げ始めた。中には呆然と立ち尽くす者もいる。

 

「クライン、ティア、ジェネシス!少し来てくれ」

 

するとキリトが、三人の手を引いて街の裏路地まで引っ張ってきた。

 

「よく聞いてくれ。俺は街を出る。お前らもすぐに出るんだ」

 

未だに状況を飲み込めていないクラインとティアに対し、ジェネシスが何かを察して補足する。

 

「こういうMMORPGは基本、リソースの奪い合いなんだよ。奴の言ったことが本当なら、俺たちはこれから自分自身を強化しなきゃならねぇ。だが自分を強くするにはモンスターの狩場みてぇな場所が必要だ。

おそらく、すぐにこの辺の狩場は独占される。だからもう次の村に行っといたほうが良いんだよ」

 

ジェネシスの説明に納得したように頷くティアとクライン。

 

「…その通りだ。そして俺は、そこに行くまでの危険なポイントや安全な道も把握してる。低レベルでも、誰かひとりなら守れる」

 

つまりキリトは、この中の誰かひとりを連れて次の街に行こうと言うのだ。

 

「……悪い、キリト。俺は前のゲームで知り合った仲間がいるんだ。あいつらを、置いて行けねぇ」

 

申し訳なさそうな顔で目を伏せるクライン。

 

「そうか……分かった」

 

「へっ、別に心配すんな!これでも前のゲームじゃ、ギルドの頭張ってたんだからよ。お前にもらった知識で何とかやってみるさ!」

 

笑ってそう告げた。

 

「よし、それならここで別れよう…気をつけてな」

 

「おう!」

 

そう言ってクラインは広場へと駆け出す。

が、不意に立ち止まって振り返り、

 

「おいキリト!おめぇ本当は可愛い顔してんな!結構好みだぜ!!んで、ジェネシスとティア!おめぇらにあってんぞ!!とっとと爆発しろ!!」

 

満面の笑みで叫んだ。

 

「お前も、その野武士面の方が10倍にあってるよ、クライン!」

 

「お前は一生童貞だろうがな!!」

 

爽やかな笑顔で返すキリトと、悪戯な笑みで返すジェネシス。

 

「おいジェネシス!!てめぇ今に見てろよ!ぜってぇに可愛い彼女見つけてやんだからな!!」

 

そう言い残し、今度こそ姿を消した。

キリトはジェネシスとティアに向き直り、

 

「…さて、ティアとジェネシスはどうする」

 

ここでティアがジェネシスの腕を掴んで口を開いた。

 

「済まない、私はこの人と一緒に行く。私たちをサポートしてくれるのなら、お前と行ってもいのだが……」

 

そこでキリトは、自身のレベルを確認する。

現在彼はレベル1。流石のキリトでも、このレベルでニュービーの二人を守りながらフィールドを抜けるのは至難の業と言っていい。

そこで察したジェネシスがキリトの肩をポンと叩きながら

 

「…心配すんな。俺たちなら大丈夫だ。クラインと同じように、テメェから教わったテクでやってくよ」

 

「ああ。だからお前は気にせず先に進め」

 

二人の心遣いにキリトは苦い顔をする。

 

「そんな顔すんなよ。お前とは、またすぐ会える気がする。そん時はよろしく頼むぜ」

 

そんなキリトに、ジェネシスは不敵な笑みを浮かべて拳を突き出す。

キリトはそれを見て一瞬戸惑うが、すぐに彼も笑顔で返す。

 

「…ああ、俺も同じだ。お前はこれから、無くてはならない存在になる気がする。だから死ぬなよ?」

 

「へっ、テメェこそな」

 

そう言って拳を打ち付けあった後、キリトは駆け出した。

 

キリトの姿が見えなくなってしばらくした後、ティアが口を開いた。

 

「……それで、私達はどうしようか?」

 

「そうだな……先ずは狩場を抑えなきゃならねぇが………その前にティア、一つ言っておかなきゃならねぇことがある」

 

言いながらジェネシスは、その場で膝をついた。

突然のことで目を見開き驚くティア。

ジェネシスはそのまま手をつき、土下座をした。

 

「すまねぇ!お前がこうなったのは全部俺のせいだ。俺がお前を誘いさえしなければこんなことにはならなかった……許してくれとは言わねぇ。斬りたきゃ斬ってもいい。お前にはその権利がある!」

 

そう、ティアーー雫をこの SAOに誘ったのは紛れもなくジェネシスだ。もしジェネシスが彼女を誘わなければ、雫はこのデスゲームに巻き込まれることは無かった。

 

しばらくの沈黙の後、ティアはゆっくりとしゃがみ込む。

 

「……顔を上げて?久弥」

 

優しく慈しむような声でティアは語りかけた。

ジェネシスはその言葉に従いゆっくり顔を上げる。

 

ティアの表情は怒りでも悲しみでも無く、ただ穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

「久弥のせいじゃない。私がこうなったのは、私の選択。だから、自分を責めないで?

私はあの時から貴方について行くと決めた。私をあのいじめから救ってくれた時から、久弥は私のヒーローだった」

 

そしてティアは優しくジェネシスを抱きしめた。

 

「久弥がこの世界に誘ってくれた時、凄く嬉しかった。久弥と一緒に冒険できるんだって思うと、凄くワクワクした。たとえこれがデスゲームなんだとしても、久弥がいるなら大丈夫だよ。

だから約束して?これからもずっと……私と一緒にいるって」

 

ジェネシスはティアの言葉に何も言えなくなった。

しばし沈黙した後、ジェネシスはふっと笑い、

 

「……ああ、約束だ。俺は絶対にお前を現実世界に返す。お前は絶対に、俺が守ってやらぁ」

 

不敵な笑みで返し、二人は立ち上がる。

 

そして並んで路地を歩き、フィールドに出る。

 

「とりあえず、どうしようか?」

 

「さっきキリトがこの辺の狩場は独占されるって言ってたな……なら、俺らも次の村へ行くか」

 

「分かった」

 

そして二人はそれぞれの剣を手に取り、同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
これは全くの余談なのですが、ジェネシスの声は杉田智和さんで再生してます。ジェネシスの声って杉田さんボイスでも多分違和感無いと思うんですよね。
ちなみにティアは渡辺明乃さんです。

評価、感想などお待ちしてます。


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五話 攻略会議

どうも皆さん、ジャズです。
やっぱ書いてて思います……ジェネティア尊い。


デスゲームが始まって一ヶ月。

第一層は未だクリアされておらず、それどころか迷宮区のボス部屋すら見つかっていない。

この間、約二千人もの命が散った。

その多くは、モンスターに殺されたもの、デスゲームに絶望して自殺したもので分かれていた。

犠牲者の中には三百人の元テスターもいた。

 

この状況を打破すべく、迷宮区に最も近い街《トールバーナ》にて攻略会議が開かれることになった。最前線で活動する攻略組のプレイヤー達は皆情報屋からそれを仕入れ今この街に集まってきている。

 

ジェネシスとティアの二人も、攻略会議に参加するためこの街を訪れていた。

会議が開かれる闘技場に足を踏み入れ、辺りを見渡す。

 

「……ざっと45人、ってとこか」

 

「意外にいるんだね」

 

集まったプレイヤーの数を見て、ジェネシスとティアは交互に呟いた。

その後、闘技場の観客席に二人並んで腰を下ろす。

二人が座った直後、闘技場の真ん中に青い髪の青年が立ち、手を叩いて注目させる。

 

「はーい、それじゃあ始めさせてもらいます!今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!

俺は《ディアベル》。職業は…気持ち的に《騎士(ナイト)》やってます!」

 

ディアベルの言葉で会場はドッと笑いが起きた。

「ジョブシステムなんてねえだろ!」「まじめにやれよー」などと言ったツッコミが飛び交う。

ディアベルはそれを片手を挙げて制し、一旦目を伏せて真剣な表情に切り替える。

 

「────先日、俺たちのパーティが、迷宮区の最上階でボスの部屋と思われる扉を発見した!」

 

会場から笑顔が一瞬で消え、重々しい緊張感が辺りを包む。

 

「ここに来るまで、多くのプレイヤーが犠牲になった。

たくさんの時間がかかった。プレイヤー達の中には、クリアできないという空気が蔓延している」

 

ディアベルの真剣な演説に、皆は黙って耳を傾けていた。

 

「だからこそ、俺たちはここでボスを倒し、第二層に必ず到達して、このデスゲームはいつかクリアできるんだって事を、はじまりの街に残った者たちに示さなきゃやならない!それが、今最前線で戦ってる俺たちの義務なんだ。そうだろう?みんな!!」

 

ディアベルの訴えに、プレイヤーたちは賞賛の拍手や声援を送った。

 

「へっ、言うじゃねえか」

 

肘で頬をついて座っているジェネシスも感心したように呟いた。

 

「オッケー!それじゃあ今から、攻略会議を始めたいと思う。

まずは6人一組でパーティを組んでくれ!ボスは一つのパーティじゃ戦えない。パーティを集めてレイドを作るんだ」

 

ディアベルの言葉で周りのプレイヤー達は次々に集団を作り、パーティ申請をしていく。

 

「私達は固定だよね?」

 

「ん?まぁな……後4人はどうするか……」

 

ティアの問いにジェネシスは軽く頷いて辺りを見渡す。

 

「……おろ?」

 

すると、観客席の端の方で見覚えのあるプレイヤーがいた。黒髪で片手剣を背中に背負った少年は、赤いフードを被った少女の隣に行き、パーティ申請をしていた。

ジェネシスは彼の方に歩き、ティアもそれについて行く。

 

「おやおやキリト氏、何やってるかと思えばナンパですか?全くイケメンのやる事は違ぇなぁ〜?」

 

キリトの後ろから肩をポンと叩き、そう話しかける。

キリトはビクッと肩を震わせ後ろを振り向く。

 

「ジェネシス!それにティアも!!2人とも来てたのか」

 

「一ヶ月ぶりだな、キリト」

 

ティアは笑顔でキリトに手を振った。

 

「あ、そうだ。君にも、紹介しとこうか。ジェネシスとティアだ。はじまりの街からの付き合いなんだ」

 

キリトはフードの少女に向き直り、ジェネシスとティアを指しながら言った。

 

「せっかくだから、こいつらともパーティを組んでもいいか?」

 

少女は首を縦に振った。

キリトはそれを確認すると、ジェネシスとティアにパーティ申請をする。

2人は迷わずOKをタップし、パーティが成立した。

同時に、ジェネシスの視界の右上に現在パーティを組んでいるメンバーの名前とHPが表示される。

 

《Genesis》《Tia》《Kirito》《Asuna》

 

ティアは少女の隣に座り、話しかける。

 

「済まないな、飛び入りで参加する形になってしまって。だが同じ女性プレイヤー同士、仲良くやっていこう」

 

そう言った。

 

「……別に貴女と仲良くするつもりはない。私はここに友達を作りに来た訳じゃない」

 

少女ーーアスナは静かな声でそう告げた。

ティアは一瞬真顔でアスナを見つめていたが、直ぐに目を閉じて軽く笑い、

 

「……そうか。ならせめて、このボス戦だけでもよろしく頼むよ」

 

そう言った。

 

「……わかった」

 

アスナもそう言った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ディアベルはプレイヤー達がパーティを組んだのを確認すると、再び口を開いた。

 

「よしみんな、組み終わったかな?それじゃーー」

 

その時だった。

 

「ちょお待ってんか!!」

 

関西弁で叫ぶものが現れた。

声の主は颯爽と階段を降り、ディアベルの立つ舞台へ立った。

背中に片手剣を背負っており、サボテンのようなイガアガ頭の男性だった。

男は会場の方に向き直り、叫んだ。

 

「ワイは《キバオウ》っちゅうもんや!

会議を始める前に、一つ言っておきたいことがある!」

 

そして、一呼吸入れプレイヤー達を見回しながら再び叫んだ。

 

「こん中に、今まで死んでいった二千人に詫び入れなあかん奴がおるはずや!!」

 

「キバオウさん、貴方が言う“詫び入れなあかん奴”って言うのは、元βテスターのことかい?」

 

ディアベルはキバオウの方を向きながら尋ねた。

 

「決まっとるやろ!!β上がりどもは、こん糞ゲーが始まったその日に、ビギナーどもを見捨てて消えよった!うまい狩り場やボロいクエストを独占して自分らだけ強なってその後もずーっと知らんぷりや!!」

 

そしてプレイヤー達の方を指差し鋭い視線を向ける。

 

「この中にもおる筈やで!β上がりの卑怯もんが!!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金や持ってるアイテム全部吐き出して貰わんと、パーティメンバーとして命を預けられんし預かれん!!」

 

堂々と宣言した。

プレイヤー達の間ではざわつきが起きている。

キリトもまた苦い表情をしていた。彼はβテスターだ。

バレたら間違いなく大変な目にあう。

どうするか思案していた時だった。

 

ちょお待ってんか!!

 

そう叫び勢いよく飛び出し、ディアベルとキバオウの立つ舞台に勢いよく着地するものがいた。

 

黒いブーツに黒いジーパン、黒生地に赤いラインの入ったTシャツ、背中にあるのは足元まで伸びる大剣。そして赤く逆立った髪につり上がった目、黄色い瞳。

 

「……ワイは《ジェネシス》っちゅうもんや」

 

「(お前かいいぃぃ〜!!)」

 

キリトはそう叫びそうになるのを必死に抑えた。

 

皆の注目を集める中、ジェネシスは皆の視線を気にすることなく、キバオウを威圧感ある目で見下ろす。

 

「さて()()()()さんよぉ〜」

 

「なっ、キバゴンって何や!ワイはキバオウじゃボケ!」

 

名前を間違えられたキバオウはジェネシスに食ってかかるがジェネシスは気にも止めず続ける。

 

「おめぇが言いてえのはつまりこう言うことだな?二千人が死んだのはβテスターのせいだ、ってこう言うことか?」

 

「そうや!βテスターどもがワイらを見捨てんかったら、二千人も死なんかった筈や!少なくとも、そいつらが持ってる情報をニュービーの奴らに教えたったらこんな事にはならんかった筈や!!」

 

喚くようにキバオウは叫び続ける。

ジェネシスはそれを黙って聞いていたが、

 

「βテスターがビギナー達を見捨てた、ねぇ……。

別に良いじゃねえか、見捨てたってよ」

 

「なっ?!」

 

ジェネシスの言葉にキバオウが、いやこの場にいる全員が目を見開いた。

 

「テスター達は自分達だけ強くなった?結構じゃねえか。そいつらが強くなってくれたら、結果的にゲーム攻略が速くなるんだ。わざわざ右も左もわからねぇビギナーどもに手取り足取り教えてる暇があんなら、寧ろどんどん強くなってゲームを進めて貰いたいね俺は」

 

「な、何やて……?!」

 

キバオウは信じられない、と言う表情でジェネシスを見上げる。

 

「それに、だ。死んだ二千人が全員ビギナーかと言えばそうじゃねえ。βテスターだっていたんだぜ?何人死んだと思う?」

 

「し、知るかそんな事!」

 

キバオウはそっぽを向いて言った。

 

「じゃあ今言うから覚えとけ……三百人だ。

いいか、βテスター千人のうちの……いや、おそらく全員はこの世界にゃいねぇだろうから、多くて八百人ってとこか。その中の三百人だぜ?

つまり何が言いてえかと言うとだな……テスター達が有利かと言うと、そりゃ否だってわけだ」

 

キバオウは何も言えずただジェネシスを睨みながら聞いていた。

 

「俺も発言いいか?」

 

すると、今度は野太い声が会場に響いた。

立ち上がったのは、ジェネシスよりもさらに高身長の黒人男性。

男はキバオウの近くに歩み寄り、ジェネシスと2人で挟み込むように立つ。

 

「俺は《エギル》だ。キバオウさん、あんたさっきテスター達が情報を独占してたみたいな言い方をしてたな」

 

そう言いながら、エギルはポケットから一冊の本を取り出す。

 

「このガイドブック、あんたも持ってるよな?はじまりの街の道具屋で無料配布してたやつだ」

 

「も、もろたで?それが何や!!」

 

キバオウは不遜な態度を崩さず噛みつくような口調で言った。

 

「配布してたのは、元テスター達だ」

 

エギルの言葉に、キバオウは勿論会場のプレイヤー達が目を見開く。

エギルは振り返って観客席に座るプレイヤー達の方を見て

 

「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ!なのに沢山のプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、俺たちはこれからどうボスに挑むべきなのか、それがここで論議されると俺は思っていたんだがな?」

 

キバオウはもう何も言い返せなくなり、不機嫌な態度で観客席に戻って行った。

それを見届けてジェネシスとエギルも席に戻る。

 

「ありがとよ、助かったぜ」

 

戻る直前、ジェネシスはエギルに言った。

 

「…別に礼を言われることはしてねぇさ。お前さんみたいな若ぇのが自分の意見を堂々と言ってんのに、年長者の俺が何もしねぇのは示しがつかんからな」

 

エギルも笑ってそう返し、自分の席に戻った。

ジェネシスがキリトの隣に戻ると、

 

「ジェネシス、何であんなことを……」

 

と尋ねた。

 

「俺は言いてぇことはビシッと言ってやんなきゃ気が済まねぇタイプなんだわ。特にああいう自分の意見曲げねぇような頑固な奴に好き放題言わせんのは我慢ならねぇ」

 

そう言ってジェネシスはキリトの方を向き、

 

「だからオメェも自分の意見きっちり言わねぇとダメだぜ?でねぇとああ言う奴は誰かが止めなきゃどんどんエスカレートして、しまいには無いことまで言いやんぞ?」

 

そう言われてキリトは気まずそうに目を伏せる。

 

「ああ、そうだな…済まない」

 

「謝ってどーすんだバカ」

 

そんな2人のやり取りを他所に、ディアベルは会議を続けた。

 

「よし、それじゃあ会議を再開しよう。

実はさっき言っていたガイドブックの最新版が配布された!」

 

ディアベルはその最新版のガイドブックを取り出し、ページを開けて読み上げる。

 

「この本によると、ボスの名は《イルファング・ザ・コボルドロード》。取り巻きに《ルインコボルド・センチネル》がいる。

ボスの装備は斧とバックラー。4段目のHPがレッドゾーンに達した時、武器を斧から曲刀カテゴリーのタルアールに持ち替えるらしい」

 

そこまで読み上げると、本を閉じて顔を上げる。

 

「攻略会議は以上だ。では最後にアイテムの分配だけど、金は自動均等割り、経験値はモンスターを倒したパーティ、アイテムはゲットした人の物とする。異存はないかな?」

 

ディアベルの問いかけに皆は首を縦に振った。

 

「よし!明日は朝10時に出発する!では解散!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜、トールバーナの宿屋のベッドでジェネシスは一人寝そべっていると、寝室のドアが開きティアが入って来た。

ジェネシスはそれに気づくとベッドの端により、ティアが寝るスペースを作る。この宿屋の寝室はシングルのため、二人が寝るには端に寄って寝るしかない。

 

「……ごめんね、狭くて」

 

ティアが申し訳なさそうに言いながら、ベッドに入る。

 

「気にすんじゃねぇよ。この部屋しか空いてなかったみてぇだしな」

 

ティアとジェネシスは背中合わせになって横になる。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

ティアが背中越しに話しかけた。

 

「久弥は、怖くないの?明日のボス戦」

 

「……怖くねぇ、って言ったら嘘になるわな」

 

「ふふっ……久弥でも怖いことってあるんだ」

 

「たりめぇだろ、命かかってんだぞ……けどやるしかねぇよ。俺にはてめぇをこの世界から絶対出すって義務があんだ。いきなり一層でゲームオーバーしてたまるか」

 

強い口調でジェネシスはそう言い切った。

 

「そっか………ねぇ久弥、お願いがある」

 

ティアはそう言いながら体の向きを変えると、後ろからジェネシスに抱きついた。

 

「お願い……絶対に、死なないで。少しでも危なくなったら直ぐに逃げて。貴方が戦うなら、私もその隣で戦う。貴方が逃げるなら、私も一緒に逃げるから」

 

ジェネシスはそれを聞くと、自身の前で交差している彼女の手をしっかり握り、

 

「……なら、俺からも一つ頼むわ。

てめぇこそ絶対に死ぬんじゃねえぞ。守るって決めた相手に死なれちゃやってられねぇからよ」

 

「うん……わかった」

 

その言葉を最後に、ティアとジェネシスは明日の激戦に備えて眠りについた。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そう言えば、ティアの口調がジェネシスと二人きりの時とそれ以外の時で違うのお気づきでしょうか。その理由は……まあそう言うことです。
それにしても、ジェネシスの声が脳内で杉田智和ボイスで再生されるんですよね。何でだろ。

評価、感想などお待ちしております。


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六話 ボス戦

どうも皆さん、ジャズです。
今回はいよいよ、第一層ボス戦です。


 

翌日、第一層の迷宮区に続く森のフィールドを、攻略組は列になって進んでいく。

最後尾にはあぶれ組の四人────ジェネシス・ティア・キリト・アスナの四人パーティが続く。

 

「よし、今の内に確認しておくぞ?」

 

キリトが三人に向かって言った。

 

「俺たちあぶれ組の相手は、ボスの取り巻きの《ルインコボルト・センチネル》だ。俺たちの中の誰かが奴のポールアックスを跳ねあげて、ほかの奴がスイッチしてすかさず飛び込んでくれ」

 

するとアスナが首を傾げて尋ねた。

 

「“スイッチ”って?」

 

キリトはそれを聞いてギョッとした顔になり

 

「もしかして、パーティ組むの初めてなのか?」

 

と聞き返す。

アスナは黙って頷き、キリトはガックリと肩を落とした。

すると、ティアがアスナの隣に行き、

 

「アスナ、スイッチというのは《プレイヤーがほかのプレイヤーと位置を切り替える事》だ。スポーツとかでよく聞くだろう?」

 

そう説明し、アスナは納得したように頷く。

 

「大方その通りだ。ただ、このゲームではソードスキルを使うと数秒の硬直時間がある。だからタイミングを間違えると、それこそ命取りになるんだ。スイッチのタイミングは俺が指示するから、みんなはそれに合わせてくれ」

 

キリトの言葉にアスナとティアは頷いた。

 

「おっ?流石ベテランゲーマーキリトさんだなぁ〜。頼りにしてるぜ?」

 

すると、ジェネシスが揶揄うような表情でキリトの肩を組む。

 

「お、お前なぁ……でも、俺も頼りにしてるんだぜ?お前の事」

 

「ん?どーいう意味だそりゃ」

 

キリトの思わぬ発言にジェネシスは怪訝な顔で尋ねる。

 

「恐らく、この四人の中で瞬間攻撃力が一番高いのは、間違いなくお前だ、ジェネシス。お前の両手剣のパワーと威力があれば……もしもの事があった場合、お前の力が必要不可欠になる」

 

「もしもの事?」

 

「ああ……俺たちがボスと直接戦う時だ」

 

真剣味を帯びたキリトの発言に皆は息を呑んだ。

しばし真顔だったジェネシスだが、すぐに不敵な笑みで返す。

 

「……はっ、任せとけ。まあ、そんな事は起こらねぇだろうがな」

 

「ジェネシス、それはフラグだぞ」

 

ジェネシスの言葉にティアが眉をひそめながら言う。

だがジェネシスは尚も不敵な笑みを崩さずこう告げた。

 

「……それならそれで、上等ってもんだ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

数時間後、一行は迷宮区の最上階にあるボス部屋の前の扉に着いた。そこは先程までと比べてかなり薄暗く、明かりは扉の横に設置された松明のみ。扉の荘厳な形状から、その中がただの部屋ではないことを嫌でもプレイヤー達に伝えていた。

 

ディアベルは扉の前に立つと、プレイヤー達の方を振り返り剣を地面に突き立てる。

 

「みんな!!ついにここまで来た。

俺から言えるのはただ一つだ……勝とうぜ!!」

 

ディアベルの言葉にプレイヤー達は各々の武器を掲げながら「おおお!!」と雄叫びを上げる。

キリト達もそれぞれ剣を引き抜き、緊張感を高める。

 

ディアベルがゆっくり扉を開く。

中は真っ暗だが、辛うじて部屋の奥で鎮座する巨体が見えた。

プレイヤー達はその姿を確認しつつゆっくりと部屋に入っていく。そして全てのプレイヤーが入り終わると、暗かった部屋に明かりが灯る。そしてその巨体はこちらが入って来たのに気づくと、その場から高く跳躍しプレイヤー達の前で着地する。

その瞬間、そのモンスターがボスであることを示すカーソルと名前、四本のHPバーが出現した。

 

《イルファング・ザ・コボルドロード》。

ボスは『グルルアアァァァ!!!』と高く雄叫びを上げる。そしてその前に三体の取り巻き《ルインコボルト・センチネル》が出現した。

 

「攻撃ーーー開始!!」

 

ディアベルの号令と共にプレイヤー達は一斉に突撃した。

遂に、第一層ボス戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ボス戦開始から数十分が過ぎた。

今の所、特に犠牲者も無ければ苦戦することもなく順調に進んでいた。

ボスのHPも既に三本目を切っている。

 

その間、ジェネシス達あぶれ組四人は取り巻きのセンチネルを本部隊に近づけさせないよう取り巻きの処理をひたすら行なっていた。

 

キリトが取り巻きのポールアックスをソードスキルで弾く。

 

「ーーよし、スイッチ!!」

 

キリトの掛け声でアスナがキリトの傍から飛び出した。

細剣の刃がグリーンの光を帯び、ソードスキルを《リニアー》が発動される。

 

「三匹目っ!!」

 

その突き技はかなり洗練されており、まるで流星の如く繰り出される。

 

「(初心者とは思えない動きだ……剣先が全く見えない)」

 

キリトも心の中でアスナの動きを見て絶賛していた。

アスナがセンチネルを片付けたのを見届けると、キリトはすぐ隣で戦っているジェネシスとティアの方に視線を移す。

 

まず見えたのはティアだった。

ティアは一体のセンチネルを一人で相手取っているようだ。

センチネルが振り下ろすポールアックスを物ともせず、センチネルの攻撃を必要最低限の動きでかわし、隙を見て一撃を当てるカウンタースタイルの戦闘スタイルをとっているようだった。

 

「ーーふっ!!」

 

突如ティアの姿がぶれ、一瞬のうちにセンチネルの後ろに回り込んでいた。そしてその直後、センチネルの身体に三つの切り傷が発生し、センチネルはその体を爆散させた。

曲刀三連撃スキル《トレブル・サイズ》だ。

 

「なっ……?!(何だ今のは?!動きがまるで見えなかったぞ!アスナも中々の速さだったが、ティアはそれ以上だ……)」

 

キリトはティアが見せた動きに戦慄した。

ティアはジェネシスとコンビを組むにあたって、彼女はとにかく速さを追求した。両手剣使いであるためパワー型のジェネシスは、速さにおいて劣る点がある。ティアは彼のパートナーとして、その速さを補えるよう鍛え続けて来た。

その結果が先ほどの動きだ。アスナが《突く速さ》に特化したプレイヤーとするなら、ティアは《斬る速さ》に特化したプレイヤーと言えるだろう。

 

「……グッジョブ」

 

キリトは無意識に笑顔でそう呟く。

が、彼女達に気を取られ後ろから近づくセンチネルに気づくのが遅れた。

 

「しまった?!」

 

反応するも迫るアックスが既に眼前に来ていた。

間違いなく直撃する。そう覚悟したその直後。

 

「うおぉらあ!!」

 

ジェネシスがキリトとセンチネルの間に割り込み、センチネルを大剣で斬り飛ばした。

両手剣ソードスキル《ブラスト》だ。たった一撃だがそれでもかなりの威力を持つ。センチネルはその一撃で身体を四散させた。

ジェネシスは剣を肩に担ぐとキリトの方に振り向き、悪戯な笑みを浮かべ、

 

「オイオイ、何美女に気を取られてんだ?」

 

「ジェネシス!…すまない」

 

「コラ、こういう時は謝んじゃねぇだろが」

 

「あ、ああそうだな……ありがとう」

 

そしてキリトは再び戦闘に復帰した。

そうこうしているうちに、ボスのHPバーが最後の一本、そしてレッドゾーンに突入した。

 

『グウゥオオオアアアアアア!!!』

 

大きな雄叫びを上げ、ボスは斧とバックラーを投げ捨てた。

これはもう自分の出番は無いな、とジェネシスは考え、視線を目の前のセンチネルに戻す。

 

「下がれ!俺が前に出る!!」

 

するとディアベルの声が響き、ジェネシスは再び本部隊の方を向いた。

 

見ると、ディアベルが片手剣と盾を構えて部隊の一番前に出ていた。恐らくリーダー自らボスにとどめを刺すつもりなのだろう。

 

「……ん?」

 

ふと、ジェネシスはボスの腰にあるものに目がいった。

確か情報では曲刀のタルアールに武器を持ち替えるということだったが、あの形状はどう見ても曲刀では無い。

 

そしてボスはそれを引き抜いた。

あれは曲刀などでは無い。刃は鋭く銀色にギラつき、その切れ味は世界最高峰と言われる程の刀剣ーー

 

「ーーありゃあ、刀じゃねえか……!」

 

直後、同じくボスの武器に気づいたキリトが大声で叫んだ。

 

「駄目だ!!全力で後ろに跳べえぇーー!!!」

 

だが時すでに遅く、ディアベルののソードスキルは発動状態になっていた。

そしてそれより早く、ボスのソードスキルが発動する。

 

刀ソードスキル《浮舟》

 

縦横無尽にボスがフロアを動き回り、ディアベルを一瞬のうちに切り上げた。

 

「ぐあぁ!」

 

ディアベルは空中に吹き飛ばされスタン状態となる。

だがボスの攻撃はそれで終わらない。

地面すれすれで繰り出される一撃がディアベルの身体を切り裂いた。

 

刀ソードスキル《緋扇》

 

ディアベルはそのまま地面に落下した。

 

「ディアベル!!」

 

「おい!」

 

キリトとジェネシスが慌ててディアベルに駆け寄る。

だが彼らが駆けつけた時には、彼のHPは既に無くなっていた。

 

「てめぇ……何で一人で突っ込みやがった!」

 

ジェネシスが険しい表情でディアベルに掴みかかった。

 

「それは……僕が…元テスターだからさ……」

 

ディアベルは最後の力を振り絞って言葉を発する。

 

「ディアベル……お前、LAを狙ってたのか…?」

 

ディアベルは自嘲気味の笑顔で頷いた。

LAとは、ボスに最後の一撃を与えたものにつけられる《ラストアタックボーナス》の事だ。

 

「頼む……ボスを………倒してくれ……みんなのために…!」

 

そう言い残し、ディアベルはその身体を四散させた。

ジェネシスの掌の上に、先程までディアベルの身体だった最後のポリゴン片が落ち、そこで消滅した。

 

ジェネシスはその感触を忘れないように掌を握りしめた。

 

「ディアベル……確かに受け取ったぜ、てめぇの意思」

 

そして、剣を握り直してゆっくり立ち上がり、今プレイヤー達を追い回しているボスを睨みつけた。

 

「あの世でしかと見届けな……てめぇが守ろうとしたもんを、今度は俺たちが守って見せらぁ」

 

キリトもジェネシスの隣に立つ。

 

「ジェネシス……行くぞ」

 

するとアスナがキリトの、ティアがジェネシスの隣に立った。

 

「私も」

 

「頼む」

 

「ティア……てめぇまで……」

 

「言ったろう?貴方が戦うなら、私も戦うと」

 

皆、思いは同じだ。ただ目の前のボスを倒す事のみ。

四人の表情は皆決意と覚悟を決めたものだった。

 

「……行くぞ!!」

 

そして、四人は同時に駆け出す。

 

「手順はセンチネルと同じだ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

キリトの声に皆は威勢良く答えた。

ボスは彼らの接近に気づくと、すかさず刀を左腰に持ってくる。

居合スキル《辻風》

 

キリトはソードスキルでその技を弾く。

 

「スイッチ!!」

 

すかさずアスナとティアがボスの懐に飛び込む。

が、ボスの方は技後硬直が少なかったため、すぐに追撃に入る。

ボスの刀がアスナをとらえた。

 

「────伏せろ!!」

 

咄嗟にティアがアスナの背中を押し込め、自身と共に伏せる。

直後アスナのローブを刀が僅かに掠め、それによってローブが破壊され中の少女の素顔が露わになった。

現れたのは、栗色の長髪の美少女だった。しかも、ローブが破壊された時の粒子がまだ輝いており、アスナの素顔をより美しく魅せていた。

 

ティアとアスナは間髪入れずにお返しの一撃を叩き込んだ。

細剣スキル《リニアー》

曲刀スキル《レイジング・チョッパー》

 

二人の攻撃が見事にボスの懐に命中し、HPはかなり削られた。

 

「次、来るぞ!!」

 

再び、キリトがボスの前に入り、刀を捌いていく。

だがここで、刀をスキル《幻月》型の発動した。上下ランダムに発動されるスキルで、キリトは読みを誤り防御が遅れた。

 

「しまっ────!」

 

「うおらぁ!!」

 

が、その直前ジェネシスがそれを弾き飛ばした。

 

「はっ、図体がでかい割にパワーは大したことねぇなあ!!!」

 

そう叫ぶと、ジェネシスはボスに急接近、白兵戦を繰り広げた。

体格差は圧倒的にジェネシスが不利に見えるが、寧ろ圧倒しているのはジェネシスの方だった。持ち前のパワーとスピードで刀持ちのボスの攻撃をいとも容易く弾いていく。

 

すると、何かがボスの横腹を切り裂いた。

見ると、ボスのすぐ近くにティアが立っていた。

ジェネシスがボスの攻撃を弾いている間に、ティアが持ち前のスピードを生かして斬り込んだのだ。

 

「呆れたものだな、刀の振り方がまるでなってない…最初からやり直せ」

 

ティアがそう吐き捨てると、ボスの横腹に大きな切り傷が出来た。

ボスはすぐさま刀をティアに向けて振るうが、ティアはその攻撃を上体を僅かに反らす事で難なく躱す。

 

するとボスの背後から、ジェネシスが背中を斬りつけた。

 

「おいコラァ!美女ばっかに目が行ってんじゃねぇぞマヨ豚X!!」

 

両手剣スキル《ファイトブレイド》。

五連撃のソードスキルをボスに叩き込んでいく。

だが大技を発動したため長い硬直がジェネシスを襲った。

ボスはそれを狙ってジェネシスを斬りとばす。

 

「ーーっぐぁ!!」

 

「久弥!!」

 

吹き飛ばされたジェネシスをティアが抱きとめた。

ジェネシスのHPは一気にイエローゾーンまで下がった。

 

「バカ!」

 

「済まねえ、ドジった」

 

ティアがジェネシスの頭を引っ叩き、ジェネシスは苦笑して謝る。

 

「危ない!!」

 

キリトの叫び声が響き、ジェネシスとティアが見上げると、ボスが彼らに向けて刀を振り下ろそうとしていた。

 

「うおおおぉぉぉ!!!!」

 

直後ティアとジェネシスの頭上を緑の閃光が走り、ボスの刀を弾き上げた。

ボスの攻撃を防いだのは巨漢の男、エギルだった。

 

「回復するまで俺たちが支えるぜ!」

 

「おう、また借りができたな……ハゲ」

 

「へっ、ハゲじゃねえ…スキンヘッドだバーロー!」

 

エギルは不敵な笑みでそう返すと、彼のチームと共にボスへ飛びかかった。

休む間も無くボスに攻撃が加えられる。

その間にキリト・ジェネシス達四人は回復に専念した。

 

だがエギル達がボスを取り囲んだ直後、ボスの刀がエメラルドグリーンに輝く。

刀範囲攻撃《旋車》だ。

 

「不味い!ジェネシス!!」

 

「おう!」

 

キリトの声にジェネシスが応じ、二人は同時に飛び出す。

剣を肩に担ぎ、ソードスキルを発動する。

片手剣ソードスキル《ソニック・リープ》

両手剣ソードスキル《アバランシュ》

 

「届けええぇぇぇーー!!!」

 

「落ちろおおぉぉーー!!!」

 

キリトとジェネシスの一撃がボスの背中を打ち、ボスは地面に叩きつけられる。

 

「三人共!最後の攻撃、一緒に頼む!!」

 

「分かったわ!」

 

「了解!」

 

「おうよ!」

 

四人は並んで全速力で走る。

 

まずアスナとティアがボスの両脇を左右から挟撃する。

次にジェネシスがボスの背後に回り込み、両手剣スキルで叩き斬る。

それによってボスは前のめりになる。

 

「おい!トドメは任せたぜ!!」

 

「ああ!!」

 

ジェネシスは最後の一撃をキリトに託す。

 

キリトはトドメの攻撃ーー右上からの袈裟斬りの《バーチカル》……ではなく、そこからさらに下から切り上げV字に切り上げる二連撃のソードスキル《バーチカル・アーク》だ。

 

『グウゥオオオアアアアアアーーー!!!』

 

ボスのHPは遂に無くなり、身体を四散させた。

 

《Congratulations!》の文字が表示され、ボス戦が終了した事がシステムより通知される。

 

しばし放心状態だったプレイヤー達だったが、皆歓喜の表情で雄叫びをあげる。

 

「……や、やったああーー!!!」

 

ティアも満面の笑みでジェネシスに抱きついた。

 

「おいおい、こんなとこで……ま、お疲れさん」

 

ジェネシスは苦笑しながらティアの頭をポンと優しく撫でた。

 

アスナとエギルはキリトの方に歩いて行く。

 

「お疲れ様」

 

「congratulations!この勝利はあんたのもんだ!」

 

キリトは未だにぼうっとした状態で座り込んでいた。

 

「おいおい、MVPがそんなんでどーすんだよ?」

 

ジェネシスがキリトの背中を叩いた。

 

「ジェネシス……」

 

「ったく、英雄(ヒーロー)がそんなんでどーすんだ。ほれ」

 

ジェネシスは困ったような笑顔でキリトに手を差し出す。

キリトがその手を掴むと、ジェネシスが彼を引き上げて立ち上がらせた。

 

「てめぇのお陰で勝てたんだ、もっと堂々としてろ。胸張って立ってろ。英雄のお前がそんなんじゃ締まらねーだろうが」

 

キリトは周りを見渡すと、プレイヤー達は皆笑顔でキリトに賞賛の拍手と声援を送っていた。

 

「あ…ああ………みんな、ありがとう!今回のボス戦、勝てたのはみんなのおかげだ!!」

 

キリトの言葉でプレイヤー達はうおおお!!と更に歓声を上げた。

 

「せっかくだしよ、LAのアイテム見せてくれや」

 

ジェネシスがそう促し、キリトはメニュー欄を操作してアイテムをオブジェクト化する。

すると、キリトのポロシャツの上に黒いロングコートが現れ、その裾がひらりと舞った。

 

「いいじゃねえか……さしずめ、《黒の剣士》だな」

 

「ふ、二つ名とかやめてくれよ……」

 

キリトは照れたように頭を掻く。

周りのプレイヤー達はキリトに「よっ、《黒の剣士》!」などと歓声を送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでや!!」

 

が、そんな勝利ムードをぶち壊す声がフィールドに通った。

プレイヤー達の視線は後ろの方へ移る。

声を発したのはキバオウだった。彼は地面にへたり込んでいる。

 

「なんで……なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!!」

 

「見殺し……?」

 

キバオウは目に溜まった涙を振り払い、キリトの方を睨みつけ叫ぶ。

 

「そうやろが!ジブンはボスの使うスキルのことを知っとったやないか!あの情報を最初から知らせとったら、ディアベルはんは死なずにすんだんや!!」

 

激しい口調でキリトを糾弾するキバオウ。

するとキバオウの隣にいたプレイヤーがキリトを指差し、

 

「あいつ、きっと元βテスターだ!だから情報を知らせなかったんだ……知ってて隠したんだ!!」

 

と叫んだ。

するとジェネシスがキバオウの方へ歩いて行く。

 

「待て待て待て。なんであいつが責められなきゃならねぇんだ?あいつのお陰で俺らは全滅しねぇで済んだんだろうが。そんなボロクソ言われる筋合いはねぇ筈だぜ」

 

ジェネシスは威圧感のある表情と声でキバオウ達に詰め寄った。

だが、キバオウの隣のプレイヤーは今度はジェネシスの方を睨みつけ、

 

「お、お前もボスの攻撃を知っていたよな…?ボスと対等に戦ってたよな……まさかお前もテスターか?!そうなんだろ!!」

 

「……は?」

 

突拍子も無い発言にジェネシスは目が点になった。

 

「他にもいるんだろ!!テスターども、早く出てこいよ!!」

 

男がそう叫ぶと、プレイヤー達は皆周りを疑いの視線で見渡す。「お前もテスターか?」という視線で。

その視線はティアとアスナの方にも向けられ、彼女達は困惑の表情を浮かべる。

 

「(やべぇな……このままだとこいつらみんなバラバラになっちまうぜ)」

 

ジェネシスはふとキリトの方を見る。

キリトは何かを決断したのか息をゆっくり吐いて立ち上がる。

ジェネシスはキリトのやろうとしていることを察し、キリトよりも先に口を開いた。

 

「……元テスターだぁ?はっ、冗談よしてくれや。あんな雑魚どもと一緒にすんなよ」

 

ジェネシスの声に皆の視線はジェネシスに集まる。

 

「考えてもみろ、一万人以上いたSAOのβテストに当選した千人のうち、本物のゲーマーが何人いたと思う?

みんな右も左もわからねぇクソ共ばっかだったわ。まだテメェらの方がましなくれぇだぜ……

だが俺は違う。俺はβテストの時、他の誰も到達できない層まで登った!ボスの刀に対処できたのも、上の層で刀を使うモンスターと戦いまくったからだ!

他にも色々知ってるぜ……情報屋なんか目じゃねえくらいになぁ!!」

 

プレイヤー達の間では騒めきが起きている。

キリトとティアに至っては驚愕のあまり目を見開いてる。

 

「なんやそれ……そんなん、チートやチーターやん!」

 

「βテスターでチーター……《ビーター》だ!!」

 

キバオウの叫びを皮切りに、プレイヤー達は口々にジェネシスを非難し始める。

 

「へぇ、《ビーター》か…いい呼び名だな、気に入ったぜ。

そうだ、俺は《ビーター》だ!!これからは元テスターごときと一緒にしないでくれ」

 

ジェネシスは邪悪な笑みを浮かべながらそう叫んだ。

そして、二層に続く階段の方へ進んでいく。

 

「ど、どこへ行くんだ?!」

 

「二層の門は有効化しといてやる。死ぬ覚悟があるなら来るんだな。まぁ、二層のことなんも知らねぇてめぇらからすれば、進んでも地獄、ここにいても地獄だろうがなぁ!!

ま、どうするかはてめぇらに任せるぜ……

精々、地獄を楽しみな!!」

 

ジェネシスはプレイヤー達の方を振り向き、親指を下に向けてそう言った。

ジェネシスは再び前を向いて階段を上って行く。

 

ティアは彼を追って走って行く。

 

「おい!あんなやつほっとけよ!」

 

「そうだそうだ!あんなビーターと一緒にいたっていいことなんかねぇよ!!」

 

プレイヤー達は皆ティアを引き留める。

が、ティアは鋭い目つきでプレイヤー達を睨んだ。

 

「貴様ら……誰のお陰でこの層がクリアできたと思っている…あの人が臆せず戦ったからだろうが!!それなのに貴様らは……」

 

ティアはそう吐き捨て再びジェネシスの方へ駆け寄った。

キリトとアスナもそれに続く。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

これでいい。これでプレイヤー達はバラバラにならずに済む。

ジェネシスは階段を登りながらそう考えた。

ジェネシスの先ほどの言動は勿論演技だ。彼はボスの知識など持っていないし、そもそもβテスターでもない。

だが、あのまま行けばキリトが同じ行動に出ていただろう。それはダメだ、あってはならない。なぜなら、キリトは皆の……

 

「おい、ジェネシス!」

 

キリトが階段を登るジェネシスを呼び止め、ジェネシスが振り返る。

 

「お前……なんであんな事……!」

 

ジェネシスはしばらくキリトの方を見つめた後、ふっと軽く笑い、

 

「この世界にはな……みんなの希望が…ヒーローが必要なんだよ。ディアベルが死んだ今、あいつらの希望はテメェだ、キリト。なのにテメェが悪役を演じたら、この世界に希望が無くなるだろうが。んなもんダメに決まってんだろが。てめぇはあいつらの光であり続けろ」

 

「だが、それはお前だって!」

 

「俺はヒーローじゃねえ。ヒーローじゃねえし、それになるつもりもねぇ。てめぇが光なら俺は影でいい。

俺は《暗黒の英雄(ダークヒーロー)》さ」

 

「ジェネシス……」

 

キリトは申し訳なさそうな顔で俯く。

 

「そんな顔すんなよ。てめぇが気に病む必要はねぇ。嫌われんのは慣れっこだし、あんな奴らの言動なんざ知った事じゃねえ。俺は俺で好きにやるさ。

これっきりってわけじゃねえ。俺でよけりゃ、またパーティ組んでくれ」

 

「ああ……済まない…いや違うな……ありがとう、ジェネシス」

 

そうして、二人の《黒の剣士》は硬い握手を交わし、別れた。

 

その横に、ティアが続いた。

 

「……なんで来た?」

 

「言ったでしょ?私は貴方と一緒にいるって」

 

「……俺と一緒にいたら、また周りから色々言われんぞ?」

 

「あら?それを止めてくれたのは、どこの誰だったかなー?」

 

そう言って、ティアはジェネシスの手を握った。

 

「それに、久弥が言ったんだよ?私を守ってくれるって。なら、これからも守ってよ。私と、一緒にいてよ……?」

 

そして、目にうっすらと涙を浮かべながらジェネシスを見上げた。

ジェネシスはそれを見てため息をつき、

 

「……分かった。なら、行くぜ」

 

「うん!」

 

そして、二人は第二層の門を開け、その扉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ティアの戦闘スタイルは、仮面ライダーカブトのスタイリッシュな戦い方を思い浮かべてくれたらいいと思います。

ダークヒーロー……この言葉が似合うSAOキャラは、ジェネシスを置いて他にいないと自分は思います。特に、ホロリアでのジェネシスはまさにダークヒーローそのものでしたしね。ちなみに本編だと多分エイジがダークヒーローに相当するかな。

では、次回はいよいよサチ回です。
ジェネシスの存在で生存ルートに入るのか……??

では、評価・感想などお待ちしております。


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七話 黒猫団

どうも皆さん、ジャズです。
今回はサチ回ですが……ちょっと急展開を迎えます。


「────我ら《月夜の黒猫団》に乾杯!」

 

「乾杯!」

 

第11層のとある宿にある酒場の一角で、数名の男女が乾杯の音頭を取っていた。

 

「そして、命の恩人の────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシスさんとティアさんに乾杯!!」

 

彼らの視線は、机の角の方に立つ赤髪の男性剣士と、銀髪の女性剣士の方に向けられた。

 

「あ、ああ……か、乾杯」

 

「え?俺も?……乾杯」

 

二人は戸惑った表情でグラスを掲げる。

 

「ありがとう…本当にありがとう…!凄く、怖かったから……」

 

藍色の髪の少女は目に涙を浮かべながら二人に礼を言った。

彼らがここにいる理由は、数時間前に遡る。

ジェネシスとティアは、自身の剣の強化素材を集めるため11層に来ていたのだが、その帰りにゴブリンの群れに襲われている彼らを見つけ、救助したのだ。

出口まで誘導し、そのまま別れようとしたのだが、あれよあれよと言ううちにここまで連れてこられた。

 

「あの、失礼ですがお二人のレベルはどのくらいなんですか…?」

 

リーダーの少年、ケイタはおずおずと尋ねた。

 

「え、まあ……45、だけど」

 

ジェネシスは戸惑いつつも正直に自分のレベルを伝えた。

ティアも同調しうんうんと頷く。

 

「45?!それはすごいなぁ〜!もしかして、最前線で戦っているのですか?」

 

驚愕の顔で少年は言った。

 

「……ケイタ、敬語は無しにしようぜ?

そうだ。俺たちは最前線で戦ってる攻略組だ」

 

攻略組と言うのは、デスゲームであるSAOで常に最前線で命をかけて戦い続けるハイレベルなプレイヤー集団のことだ。

 

「そうなん……そうか!!

それなら、うちのギルドに……は、無理か流石に。

じゃあ、しばらくでいいからうちのギルドをレクチャーしてくれないか?」

 

ケイタの言葉にジェネシスとティアは面食らった表情を浮かべた。

 

「うちのギルド、前衛ができるのはメイス使いの《テツオ》だけでさ。こいつ、《サチ》って言うんだけど、盾持ちの片手剣士に転向して貰おうと思ってるんだ。

けど、勝手がわからないみたいでさ……少しコーチをやってもらいたいんだ」

 

ケイタは隣に立つサチの頭をポンポンと叩きながら言う。

するとサチが頬を膨らませて

 

「何よ、人を味噌っかすみたいに」

 

「ん?」

 

「だって、いきなり前衛なんて……おっかないよ……」

 

グラスを両手で持って俯くサチ。

そんな彼女に対し、周りは怖がりすぎだの盾に隠れたらいいだろだの揶揄する。サチは「ぶぅ〜」と更に不機嫌になった。

 

「うちのギルド、リアルじゃ同じ高校のパソコン部なんだよね。あ、大丈夫!ジェネシスとティアもすぐに打ち解けるから」

 

周りのメンバーも力強く頷く。

ジェネシスはティアと顔を見合わせる。

 

「……どーする?」

 

「いいんじゃないか?別に私たちはギルドに入ってるわけじゃない。少しの間攻略を休んでも、問題ないだろう」

 

ティアの意見を聞き、ジェネシスは頷いて

 

「……分かった。なら、しばらくの間だがよろしく頼むわ」

 

それを聞いて、皆の顔が明るくなった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その翌日から、ジェネシスとティアによる《月夜の黒猫団》の強化訓練が始まった。

内容は主にサチの片手剣の訓練。彼らは今拠点にしている層から少し上の層で実戦形式でモンスター狩りを行なっていた。

だがサチはモンスターを前にするとろくに剣を振ることができずにいた。

ティアが刀でモンスターの攻撃を弾いてサチを守ると、ティアの合図でテツオのメイスでモンスターを倒させた。

その後ろで、ケイタとジェネシスは様子を眺めていた。

 

「……どうかな、ジェネシス?」

 

ケイタはおずおずと尋ねた。

ジェネシスは腕を組んだまま答えた。

 

「悪い、正直な感想を言わせて貰うとだな……無理、じゃねえかな、サチが片手剣を使うのは」

 

ケイタは少し残念そうな顔で眉をハの字型にした。

 

「ケイタ、そりゃ慣れねえ武器を無理に使わせたら誰だってあんな風になる。俺だってそうなる。

お前の考えも理解はしたが……ケイタ、テメェはサチの意見はちゃんと聞いたのか?」

 

ケイタはその言葉を聞き目を見開いた。

 

「そうか……僕はサチに無理やり……」

 

「おいおい、メンバーの意見をちゃんと聞かねぇとリーダーとして失格だぜ?

ま、とりあえずは本人に聞かねえとな」

 

そう言って、ジェネシスとケイタはサチの方に歩み寄った。

 

「おうサチ。オメェ片手剣はやっぱ全然ダメだな」

 

ジェネシスの厳しい言葉に、サチは申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「おい、ジェネシス!サチだって一生懸命……!」

 

メンバーのテツオがジェネシスに摑みかかるが、ティアがそれを制した。

 

「待て、気持ちはわかるぞテツオ。

だが優しさだけでは人は成長しない。厳しいかもしれないがな……ここで優しい嘘を吐いていつまでも成長しないよりはいいだろう?」

 

ティアの言葉でテツオは目を伏せた。

 

「サチ、一つ質問に答えろ。

おめぇ、片手剣なんて使いてぇか?」

 

ジェネシスはサチをじっと見据えながら尋ねた。

サチはしばらく俯いていたが、やがてケイタの方を一瞬見た後、

 

「……ごめん、やっぱり私には…前衛は無理だよ。

片手剣はやっぱり慣れない……」

 

申し訳なさそうに俯きながら答えるサチ。

 

「済まない、謝るのは僕の方だ、サチ。僕は君の意見も聞かずに……」

 

すると、ケイタがサチの方に歩み寄って頭を下げた。

サチはそれを見て驚いた表情をしていた。

 

「…ま、そういうこった。とりあえずサチ、おめぇは今まで通り槍を使って戦ってみろ。慣れた武器なら、少しはまともにやれんじゃねえか?」

 

ジェネシスの提案で、次の訓練でサチは本来の使用武器である槍を使用することになった。

槍は本来、そのリーチの長さから後衛の部隊の人間が使う武器だが、ジェネシスは慣れた武器で戦わせることで少しでもモンスターに対する恐怖心を和らげようと考えたのだ。

 

すると早速、モンスターが目の前に出現した。

サチは槍を構えて早速ソードスキルを発動した。

 

槍ソードスキル《フェイタル・スラスト》

 

五連撃の突きがモンスターに放たれた。

その攻撃でHPは一気に半減する。

 

「……!!」

 

サチは自分のやった事に少々戸惑っているようだった。

他のメンバーも、サチがモンスターに臆さず攻撃した事に驚いているようだった。

ジェネシスはそれを見て満足気に笑い、

 

「おい、テツオ!」

 

「え?あ、ああ!」

 

テツオはすかさずメイスでとどめを刺した。

 

モンスターが消えた後、皆はサチの元に駆け寄り彼女を褒め称えた。

 

「やったじゃねえか!!」

 

「すげぇよサチ!!」

 

「武器を変えるだけでこんなに変わるんだな!!」

 

サチはそれに対して戸惑った表情だったが、徐々に軟化して笑顔になり、

 

「うん…ありがとう」

 

と返した。

ジェネシスもサチの頭を撫で、

 

「やれば出来んじゃねぇか」

 

と笑顔で褒め称えた。

サチはにやけて「えへへ」と言っている。

ティアがそれを見て少しむくれていたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

黒猫団にジェネシスとティアがコーチに入って数週間が経った。サチはもう完全に前衛職をこなせるまでに成長し、更にギルド自体のレベルも上がり、最前線まであと数層というところまで来ていた。

その日の前半の特訓を終え、草原で休息を取っていると、ケイタが新聞を広げてつぶやいた。

 

「攻略組が第二十八層を突破か……すげぇな」

 

それを聞いてジェネシスはギョッとした顔になる。

 

「げ……召集があったの完全にシカトしてたわ……あーあ、こりゃあの《鬼の副長》にどやされるわ……」

 

「鬼の副長……?」

 

「アスナだよ。血盟騎士団の副団長」

 

ケイタはそれを聞いて「ああー」と納得した声を出す。

 

「……なぁ、僕らと攻略組との差って、一体なんだろうな?」

 

「情報力、だろうな。俺らは効率のいいクエストとか狩場とかそう言うの押さえてるからな」

 

ジェネシスの答えに、ケイタはうーんと唸り、

 

「そうだな…それもあると思うけど、僕は意志力の差、じゃないかと思うんだ」

 

「意志力?」

 

「ああ……」

 

そう言ってケイタは立ち上がり、

 

「仲間を守り、生きて全プレイヤーを助け出そう、って言う意志さ。今は守ってもらってばかりだけど、気持ちでは負けないつもりさ。

勿論、仲間の命も大事だけど……僕らはいつか、攻略組の仲間入りをしたいんだ」

 

そう言いながら空を見上げる。

ジェネシスはそれを見て、

 

「…なら、攻略組のメンバーとして一つアドバイス。

決して焦るんじゃねぇぞ。慌ててやったって、自爆して終わりだからな。まだ二十八層だ、先は長え。うさぎみてぇに焦って途中で潰れるより、亀みてぇに遅くとも地道に進めて行けばいい。

そして何より……俺たちが出血大サービスでてめぇらに教えたんだ、簡単に死ぬんじゃねえぞ?」

 

ジェネシスはケイタをじっと見据えながらそう言った。

ケイタは不敵な笑みで

 

「ああ、勿論だ」

 

と返す。

すると彼の背後から仲間たちがワイワイと騒ぎ立て、話に加わった。

そんな彼らを見て、ジェネシスも自然と笑顔になっていた。

 

「……いいギルドだね」

 

いつのまにかジェネシスの隣に座っていたティアがそう呟く。

ジェネシスもそれに頷き、

 

「……だな。あいつらが来れば、今の殺伐とした攻略組の雰囲気も変わるだろうな」

 

と笑顔で返した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「えーーっと、みんなに報告がある」

 

その日の夜。

黒猫団が寝泊まりしている拠点で、皆がベッドに腰掛ける中ケイタは一人皆を見ながら立っていた。

 

「今回の狩りで、20万コルが貯まりましたー!!」

 

皆は「おおーーっ!」と歓声を上げる。

 

「じゃあ、ギルドのホームを買うのも夢じゃないな!!」

 

「この調子で頑張って行こうぜ!!」

 

そして数時間和気藹々としたあと、皆は寝静まったのを見てジェネシスとティアは静かに宿を出た。

向かった先は、最前線の二十八層。

最近黒猫団に付きっ切りなので、攻略組と差が付けられないようにするのと、自身の体が鈍らないようにするために最近はこの時間になると最前線の層に来るようにしている。

が、この日はどうやら先客がいるようだった。

 

ジェネシスと同じく漆黒の装備に身を包んだ少年。

《黒の剣士》ことキリトだ。

片手剣を手足のように振るい、狼型モンスターを相手している。狼の牙を抑え、そのままソードスキルで押し切り身体を両断する。

モンスターを倒し、キリトは剣を左右に振ると背中の鞘に収めた。

 

「よぉ〜、相変わらず独り身なんだなキリト」

 

ジェネシスがそう発し、キリトはジェネシスとティアに気づく。

 

「ジェネシス、ティア!」

 

「こんばんは、キリト。こんな時間に一人でモンスター狩りか?」

 

ティアも笑顔で手を振り、キリトの方へ歩み寄った。

 

「ああ、まあな。お前らこそ、最近見ないけどどうしたんだ?」

 

「ちょっと野暮用でな。下の層で、ギルドのコーチをやってんだ」

 

「へえ、そうなのか」

 

ふと、キリトが手を打って

 

「なぁ、せっかくだし、パーティ組んでモンスター狩りをやらないか?」

 

と提案する。

 

「おっ、アリだな」

 

「有り寄りの有りだな」

 

「いや何だよ『有り寄りの有り』って…まあいいや。早速やろうぜ」

 

そして三人は早速モンスター狩りを始めた。

ティアが狼を追いかけてキリトとジェネシスの方に誘導し、キリトとジェネシスがタイミングを合わせてモンスターを叩き斬る。

タイミングなども完璧と言って良かった。

 

そうして三人で約二時間ほど狩りをしていた時だった。

ジェネシスとティアにケイタからメッセージが入った。

内容は、サチが居なくなったので探して欲しい、との事だった。

 

「……キリト、済まねえ。少し急用が出来ちまったからもう行くわ」

 

「そうか、分かった。てか、お前らも早く最前線に戻って来てくれよ?お前らが居ないとしんどいんだぜ結構」

 

「ああ、善処する」

 

キリトとジェネシス・ティアはそうやり取りした後別れた。

ジェネシスとティアは黒猫団がホームにしている層に戻り、追跡スキルを使ってサチを捜索した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

一方、サチは普段過ごしている層をただ一人当てもなく歩いていた。

ここ最近、いや、彼女はこのゲームが始まってからずっと死の恐怖に抗えずにいた。ひどい時は恐怖のあまりよく眠れないほどに悩まされていた。

ジェネシスとティアがこのギルドに来てから、自身もかなり強くなり少しだけその恐怖心は緩和されたのだが、それでも常に隣り合わせにある死という存在に対する怖さを克服できず、とうとう堪らなくなりギルドの皆に黙って出て来てしまった。

だが出て来たは良いものの行く当ても無い。

どこへ行ってもここはデスゲームの中。死は常に自分のすぐ側にある。

 

サチは途方に暮れ、街の外れの水路に入り込み、蹲るようにして座り込んだ。

 

「……よお」

 

突如聞き慣れた声にビクッと反応し隣を見ると、どうやら先回りしていたジェネシスが自分から少し離れた所で座っていた。

ジェネシスのすわっている所は水路に架かる橋で影になっており、彼の黒い装備と相まって直ぐに気づかなかったのだ。

 

「こんな時間に、しかもこんな寒い時に一人でどこほっつき歩いてんだ?年端もねぇ女の子が一人で夜の街に出歩くなって習わなかったか?」

 

ジェネシスは少し呆れたような目でサチを見ながら言った。

 

「ジェネシス…どうしてここに……?」

 

「てめぇの足跡を追ってたら、どうもてめえこの街を当てもなくフラついてたみてぇだからな。だから多分次はここに来るだろうなと踏んで、待ち構えてた」

 

「そっか……」

 

サチは目を伏せた。

 

「ねぇ、ジェネシス……」

 

「んー?」

 

サチの声にジェネシスは少し目線をサチに向ける。

 

「一緒に、どっか逃げよう?」

 

「何から?」

 

「この街から……モンスターから……黒猫団のみんなから……そして……」

 

そして一呼吸入れ、

 

「ソードアート・オンラインから」

 

そう告げた。

ジェネシスはそれを聞いても顔色一つ変えずに鼻から息を吐き、

 

「……んま、それも有りかもな。別に逃げたって誰も責めねえし、寧ろそうしたくなるのが普通だ。

けどよ……それが出来ねぇから、テメェはずっと悩んでんだろ、サチ?」

 

ジェネシスにそう指摘され、サチは苦笑する。

 

「ふふっ、ジェネシスは何でもお見通しか……。そうだね、うん。その通りだよ。今のは嘘。死ぬのが怖くて怖くて、本当はそんな勇気も無いんだ」

 

そうして言葉を区切ると、再び語り出す。

 

「ねぇ、何でこの世界から出られないの?何でゲームなのに、本当に死ななきゃならないの?こんな事に、何の意味があるの?」

 

声を震わせながらポツリポツリと語った。

 

「……サチ、そいつは多分みんな思ってることさ。俺だって、あれからその事を夜の数だけ考えた……けど、どんだけ考えたって、その答えなんざ出やしねえよ。

当然さ、結局そんな事他人の俺たちが考えたって、本人にしかその本心は分からねえんだ。ましてやこんなふざけた事しでかす茅場晶彦(サイコパス)の考えなんざ、凡人の俺たちに理解出来るかよ」

 

サチはジェネシスの言葉を黙って聞いていた。

ジェネシスはさらに続ける。

 

「死ぬのが怖い、って言ったな?

実は、以前の俺はそんな事無かったんだ」

 

「……え?」

 

ジェネシスの言葉にサチは目を見開いてジェネシスの方を見た。

 

「俺には、現実で待つ家族がいねぇんだ。小せえ頃に二人とも事故って逝っちまった。それ以降はずっと一人で生きて来た。友達とか親友とか、そんなもんも持たずにな…だから帰ったって、どうせ一人だ。俺が死んでも誰一人悲しまねえ……そう思ってた」

 

ジェネシスはそう言いながら少し苦笑して顔を上げる。

 

「けど、そんな俺にも……やっと大事なもんってのが出来たんだ…少し手を貸してやっただけで何を勘違いしたのか、ズカズカと人の中に入り込んで、勝手に俺の居場所ってもんを作って………けど、いつのまにかそれが当たり前になってた。不思議と悪い気はしなかったんだ。いや、寧ろ心地よさすら感じてた。あいつといると、何だろうな……何故か笑う事が多かった。

だから、あいつがここに巻き込まれたのは俺の責任なんだ……俺が誘いさえしなければ、あいつまでこんなふざけたゲームに入ることなんて無かった……」

 

ジェネシスはそれを悔やむように握りこぶしを作って苦い顔をする。

 

「そんで決めた。例えこの命に代えても、どんな事をしてでもあいつを現実に返す。それが俺の使命で、贖罪なんだ。

死ぬのは怖い。俺が先に死んだら、俺の決めた使命を果たせなくなるからな。けどだからと言って何もしない訳には行かねえ。だから俺は……俺たちは戦い続けてんだ。いつ死んでもおかしくねえ最前線でな」

 

ジェネシスの話を黙って聞いていたサチは、おずおずと尋ねる。

 

「あいつって……ティアのこと?」

 

「そうだよ。それ以外誰がいんだよ?」

 

ジェネシスはあっけらかんと答える。

 

「凄いなぁ……ジェネシスは大事なものがあるから、戦えるんだ……ねぇ、私にも出来るかな?大切なもの」

 

「…ああ。いつかきっと出来るさ」

 

「……そっか。そうだね///」

 

サチは頬を赤らめながら呟いた。

そしてサチは気づく。いつの間にか、先程まで自分の中に巣食っていた死の恐怖が無くなっていた事。代わりに、何か熱いものが内側から湧き出して来るのを。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

サチを見つけて、ジェネシスとティアは就寝準備に入っていた。

すると、ドアの扉を叩く音が聞こえた。

 

「おう、開いてんぞ」

 

中に入ってきたのは、寝間着姿のサチだった。

 

「こ、こんばんは……」

 

「サチ?どうしたんだよ」

 

「えっと……その……」

 

何故かサチはモジモジとしている。

 

「ご、ごめん…まだ少し怖くて眠れないの……だから、今晩は一緒に寝ていい?」

 

頬を赤らめながらそう頼み込むサチ。

 

「まだ怖いのか?ったく世話のかかるやつだぜ……構わねえよ。寝るんなら、早くこっちに」

 

「ちょっと待て」

 

ジェネシスがサチを促そうとしたのをティアが遮った。

ティアはサチの前に立つ。

 

「悪いな、このベッドは二人用だ。三人だと狭くなる」

 

「じゃあ、今日はティアが私のベッド使っていいよ?代わりに私がジェネシスと寝るから」

 

「何故私がお前のベッドで寝なければならんのだ。いいからもう自分の寝室へ行け」

 

「えー?良いじゃん!さっき言ったでしょ?まだ怖くて眠れないって」

 

「それならケイタとかに頼んで寝てもらえばいいだろう」

 

「他のみんなはもう寝ちゃってるし、ジェネシスしか頼める人がいないの」

 

「だったら勝手に潜り込んで寝たら良いだろう。何故ジェネシスに拘る?」

 

「ティアこそ、いっつもジェネシスと一緒に寝てるじゃん!今日一日だけだからいいでしょ?」

 

「ダメだ!」

 

「何で〜?!」

 

不毛な言い争いを繰り広げる彼女たちを見て、ジェネシスはため息をつき、

 

「わかった、ならこうしよう。

俺がサチのベッドで寝るから今日はこのベッドでお前らが寝ろ」

 

「「だが断る」」

 

ジェネシスの提案に二人は口を揃えて拒絶した。

ジェネシスはそれを見てもう我慢の限界を迎えた。

 

「あーもう!俺は疲れてんだよ!!いいからさっさと寝ろォ!!いい加減にしねぇとマジでぶっ飛ばすぞ!!」

 

「アッハイ」

 

「ごめんなさい」

 

ティアとサチも黙って従い、ジェネシスは部屋を出て行った。

寝室にはティアとサチが残され、しばしお互い沈黙していたが、

 

「……もう寝ようか」

 

「そうだね」

 

二人はそのままダブルベッドに背中合わせで横になった。

 

「……ねぇ、ティア」

 

「……ん?」

 

薄暗い部屋の中、サチが背中越しに尋ねる。

 

「ティアってさ、ジェネシスの事、どう思ってるの?」

 

「どう思ってる?う〜ん………まあ、一言で言うならば……恩人、だな」

 

「恩人?」

 

サチがティアの方を少し振り向く。

 

「ああ。私のこの銀髪はアバターではなく、現実のものなんだ。これが原因で長らくいじめを受けていてな……」

 

「あ……」

 

サチはしまった、という顔になった。

どうやら地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 

「だが、そんな私を……彼が庇ってくれてな。以降私は、どんなことがあってもあの人について行くと決めた」

 

「えっと……それじゃあ、ティアがこの世界に来たのも?」

 

「当然。あの人は自分が私を巻き込んだと責任を感じているようだが、この世界に来たのはあくまで私の意思だ。あの人の行くところならば、例え地獄だろうが極楽だろうが、どこへだって行く。あの時受けた恩を、まだ返せていないからな」

 

サチはそれを聞いて察した。

ジェネシスとティアはお互いを思い合っているのだと。

そしてこう思った。早くくっ付けよ、と。

だがこうも思った。まだ付き合ってないなら、私にもワンチャンあるかも、と。

だが、この考えがかなり浅はかである事を、サチはすぐに知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も、引き続きジェネシスとティアによる黒猫団のコーチングは続いた。

黒猫団のレベルはもうジェネシス達が来る前に比べて格段に向上しており、団員一人一人の動きやパフォーマンスも洗練され、攻略組に居てもおかしくないほどにまで成長していた。

しかしその中でもサチの成長はジェネシス達が来る前と比べるとまるで別人のように進化しており、今となっては一人でも前衛職をこなせるまでになっていた。

 

そんなこんなである日、遂にギルドホームを購入できるまでの金額が貯まったため、リーダーのケイタがホームを買いに、ティアがその家具を見繕いに次の層へと向かった。

 

その間、もう少し金を貯めていい家具を買えるように二十七層に行こうと言うことになり、彼らはそこの迷宮区へと足を踏み入れた。

そこはトラップ多発地帯で、攻略組もかなり警戒している所なのだが、メンバー全員が成長したのとジェネシスが攻略組の実力を遺憾なく発揮しトラップを見分けたのもあり何事も無く進んでいた。

 

するとメンバーの一人が隠し扉を発見し、中を見ると宝箱が置いてあった。

 

「待て!そいつはトラップだ!!」

 

だがジェネシスの制止も虚しくメンバーははしゃいで宝箱を開けた。

するとアラームが鳴り響き、扉が閉められ皆は中に閉じ込められた。

 

「げっ、トラップかよ?!」

 

宝箱を開けたダッカーがギョッとした顔で叫ぶ。

 

「今俺が言っただろうがあぁ!!」

 

ジェネシスがダッカーの頭を叫びながら引っ叩いた。

どうやらここは結晶無効化エリアらしく、転移結晶などのアイテムが使用不可になっていた。

すると壁が開き、中から無数のモンスターが湧いて出た。

 

「うわっ?!やべぇ、なんて数だ!!」

 

メイス使いのテツオがそう叫ぶ。

 

「オラァ!!」

 

するとジェネシスが宝箱を大剣で破壊した。

それによってモンスターが湧く扉が閉められ、モンスターの出現が止まる。

黒猫団のメンバー達は背中合わせに立つ。

 

「くそ……これ何体くらいいるんだ?」

 

ランス使いのササマルが舌打ちして呟く。

 

「ひぃふぅみぃ………〜〜〜やめだ、眠っちまいそうだ」

 

ジェネシスがその数を数えようとしたがあまりの多さに諦めた。

 

「ジェネシス……どうする?」

 

サチが隣に立つジェネシスの方を見て尋ねる。

 

「……よし、いいかおめぇら?絶対に仲間から離れんじゃねぇぞ?落ち着いて、背中は仲間に任せて、てめぇは目の前の敵だけを潰せ。てめぇが倒れねぇ限り、誰も倒れやしねぇ」

 

ジェネシスの指示を聞き、皆は顔を引き締めて武器を構える。

モンスターはジリジリと彼らに近づいてくる。

 

「決して怖がるな、恐れるな。何も考えずに、ただ眼前の敵を斬り伏せろ。大丈夫だ。てめぇはもう十分強い。こんなモンスター如きに簡単にやられる訳はねぇ。それは仲間もそうだ。今までやってきた事を思い出せ。

俺を信じろ…仲間を信じろ……そして何より、自分を信じて……一斉に斬りかかれ!!」

 

ジェネシスの号令で、皆は同時に攻撃を始めた。

ジェネシスの言う通りに、背中は仲間に任せ、ただ目の前の敵に集中して攻撃する。

 

だが攻略組であるジェネシスは兎も角、やはりそれ以外のメンバーはやや苦戦しており、ダメージも徐々に蓄積して行く。しかも回復する暇もろくに与えられず、休む間も無くモンスターが迫ってくるため、緊張感もあって疲労も蓄積していき、集中も落ちてくる。

ジェネシスはそれを察していたため、両手剣の特性を生かしてとにかく範囲技を使いモンスターを一掃して行く。サチも一心不乱に槍を振り続け、とにかく生き残る事を最優先に考えた。

 

だが、黒猫団のメンバーのHPがが遂にレッドゾーンに達し、いよいよ絶対絶命のピンチを迎えた。

 

「テメェら、伏せろ!!」

 

ジェネシスは意を決して叫び、メンバーは全員それに従って地面に伏せる。

それを確認し、ジェネシスはソードスキル《サイクロン》を発動し一気にモンスターを消しとばした。

 

しかしそれによってジェネシスは僅かな硬直に縛られ、その間にモンスターから一斉に反撃を受ける。

 

「ジェネシス!!」

 

サチの悲痛な叫びが部屋に木霊した。

見ると、ジェネシスのHPもとうとうレッドゾーンに達していた。それでもモンスターはジェネシスに群がってくる。先程の範囲攻撃で、ジェネシスはモンスター達のヘイトを一気に自分に集めたのだ。

いよいよジェネシスは死を覚悟するが、それでも生き残るため剣を振り続けた。自分の果たすべき責任を守る為に。

しかしその努力も虚しく、ジェネシスのHPは遂に数ドットまで下がってしまった。

 

ここまでか……そう思い、ジェネシスは目を閉じる。

 

「ジェネシスーーーっ!!(だれか……誰か助けて!!ジェネシスが死んじゃう!!)」

 

サチは槍を振り、ジェネシスに群がっているモンスターを引き剥がそうとするが、それでも間に合わない。

 

その時だった。

 

部屋の扉が一刀両断され、白い閃光が目の前を走り、モンスターを一掃した。

 

棚引く白いマント、ふわりと揺れる銀髪。

右手に持つのは、鋭く銀色に輝く刀。

 

「やれやれ……こんなところで死にかけるなんて、やはり鈍っているんじゃないか?」

 

紛う事なく、ティアだった。

 

「ティア……」

 

サチは両目から涙を流し、彼女の名を口にした。

 

「お前たちはジェネシスを運んでくれ」

 

ティアはテツオ達を呼び、ジェネシスを支えて部屋を後にさせた。

モンスターが逃すまいと彼らを追うが、ティアがそれを斬り伏せ足止めする。

 

「さてお前たち……私のジェネシスによくもやってくれたな?この礼はしっかり返させてもらおう……倍返しでな」

 

ティアは刀を構えて威圧感のある声でモンスターたちに言った。

 

「ティア……」

 

一人部屋に残っているサチはティアを見つめながらそう呟く。

 

「よく見ておけサチ。あの人の隣に立つ者の力をな!」

 

そして、ティアは飛び出した。

だが、ティアの動きが速すぎて、サチにはそれを目で追うことが出来なかった。

あんな動きをするティアは今まで見たことが無い。

次元が違いすぎる。サチは素直にそう感じた。

 

残り数十体はいるはずなのだが、それはみるみるうちに減少して行く。

ティアの無双により、残りのモンスターは全て掃討された。

 

部屋のど真ん中で、刀を左右に振り鞘に収めると、ティアは不敵な笑みでサチの方に振り向く。

 

「ヒロインの座は、そう簡単に譲らんよ?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

あの後、ジェネシスは結晶アイテムにより回復して事なきを得た。

その後、ギルドホームの購入から戻ったケイタに一連の出来事を説明すると、ケイタは彼らを叱ったものの、涙を流して無事を喜んだ。

そして、ティアがあの場に駆けつけられた理由だが、彼女は家具の購入が意外に早く済んだ為、彼らを追跡スキルで追っていたところ、トラップに引っかかったのを見つけ急いでここへやって来たらしい。

 

彼女が最後に見せた無双劇は、黒猫団の皆に攻略組の実力を思い知らせるには十分すぎるインパクトを与えた。

 

「本当に、行っちゃうのか……?」

 

そして新しく購入したギルドホームの前で、ジェネシス達と黒猫団は向き合って立っていた。

ジェネシス達に次の層のボス戦に参加するよう召集がかかったのだ。

 

「まあな。もうこれ以上攻略をサボるわけにはいかねぇんだわ」

 

ジェネシスは申し訳なさそうに頭を掻きながら言う。

 

「そうか……なら、仕方ないな」

 

ケイタは残念そうに目を伏せた。

 

「おいおい、何そんな顔してんだよ。これっきりじゃねえよ。それに、テメェらが攻略組に来たら毎日会えるさ」

 

「そうそう。お前達なら、直ぐに追いつける」

 

ジェネシスの言葉にティアも同調して頷く。

 

「ああ、そうだな。きっと追いついてみせる。だから待っていてくれ」

 

「おう。来いよ、高みへ」

 

ジェネシスとケイタは固く握手を交わした。

 

「ねぇジェネシス、ティア……」

 

すると、サチが彼らの方へ歩み寄り、そして頭を下げた。

 

「ありがとう。私に、剣の使い方を、戦い方を、勇気を、そして…大切なものを、教えてくれて」

 

ジェネシスはふっと軽く笑い、

 

「礼はいらねぇよ。その代わり、ぜってぇに忘れんなよ、俺たちが教えた事」

 

「うん!」

 

ジェネシスとサチも握手を交わす。

そしてサチはティアの方を見遣る。

 

「ティア……私…私ね……」

 

深呼吸し、そして意を決したように目を開き、

 

「私、負けないから!!」

 

と告げた。

一瞬面食らった顔をしていたティアだが、すぐに不敵な笑みに変え、

 

「…いいだろう。受けて立とう」

 

と返す。

その後、彼らは転移門に立ち、笑顔で手を振りながら最前線へと戻っていった。

黒猫団は各々ホームへ入って行く中、サチはメインメニューを操作し、とあるアイテムを見た。

 

それは『記録結晶』。音声や写真を文字通り記録出来るアイテムだが、サチはこれに自身の遺言を入れてあった。

クリスマスの頃にジェネシス宛に届くように。

だがサチは、そのアイテムを消去した。もう必要ないから。もう、死ぬ事など無いから。

 

「ジェネシス、待ってて……いつかきっと、振り向かせてみせるから……!」

 

サチが見つけた大切なもの。それは、ジェネシスに対する『恋心』だ。これがある限り、サチは絶対に死ぬ事など無い。

サチは決意の表情とともに彼らのいるであろう上の層を見上げてサムズアップをし、ホームへと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その夜、最前線のとある宿。

ジェネシスとティアは一つのベッドに背中合わせで寝ていた。

 

「なあ、ティア……」

 

「ん……?」

 

ふと、ジェネシスが口を開いた。

 

「ありがとな、助けてくれてよ」

 

ジェネシスは今日のことの礼を述べた。

 

「ううん、気にしないで…って言ったら嘘になるね」

 

ティアは後ろからジェネシスに抱きついた。

 

「本当に……本当に、心配したんだから……凄く怖かったんだから……」

 

「ああ、悪い。埋め合わせはなんでもする」

 

「なんでも?ふふっそれじゃあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と付き合ってよ」

 

「……へ?」

 

ティアの言葉にジェネシスは耳を疑った。

 

「だからぁ〜!私と付き合ってよ…久弥」

 

「えっと、その……付き合うって言うのは、買い物とかじゃなくて……?」

 

ジェネシスは戸惑いながら尋ねる。

 

「もう!この鈍ちん!!とーへんぼく!!

そうじゃなくて……こっち、向いて?」

 

ジェネシスは言われたままにティアの方を向く。

 

 

 

ちゅっ

 

 

 

二つの唇が重なる音が、寝室に響く。

 

「……こう言う、事だよ……///」

 

ティアは頬を真っ赤にしながら言った。

ジェネシスは一瞬放心状態だったが、

 

「あ、あー……えっと、その、だな……わかった。こんな俺で良ければ……これからも、よろしく頼むわ」

 

「っ、うん!!」

 

この日、後に《黒の剣士》と《白夜叉》と呼ばれる最強カップルが誕生したのだった。

 

 

 

 

 




祝え!ジェネティアカップル誕生の瞬間である!!

はい、ジェネシスとティアが結ばれました。理由としては、まあサチがジェネシスに恋したのをティアが気づいて、先回りしておこうと告白したら両思いだった、と言う事です。サチからの宣戦布告受けといてもうゴールするとかティア最低だなとか言わないであげて。原作アスナもリズに似たようなことやってるから。

そして、サチ生存ルートに入りました。まあ、自分サチも結構好きなので、死ぬのはやっぱり辛いです本当に。

さて、ジェネティアカップルが誕生したところで今回は終わります。お読みいただきありがとうございます。


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八話 黒の剣士・白夜叉

はい、今回はシリカ回です。
二回に分けようかと思いましたが、もう纏めちゃいました。



三十五層 迷いの森

 

ここで、とあるパーティがアイテム分配している時にトラブルが発生していた。

 

「あんたはそのトカゲが回復してくれるから回復結晶なんていらないでしょ?」

 

赤髪の槍使いの女性プレイヤーは前髪を弄りながらそう言ってのける。

その相手は、頭に子竜を乗せた、まだ年端もない小さなツインテールの少女だ。

 

「ロザリアさんだって、ろくに前衛に出ないのに回復アイテムなんて必要なんですか?!」

 

ロザリア、と呼ばれた女性は尚も髪を弄りながら

 

「勿論よ。お子ちゃまアイドルのシリカちゃんみたいに男が回復してくれるわけじゃないもの」

 

そう言った。

その言葉でシリカは益々機嫌を悪くする。

 

「分かりました」

 

シリカは意を決してロザリアを睨み付け、

 

「アイテムなんていりません!もう貴女とは絶対に組まない!私をほしいって言うパーティは幾らでもいるんですからね!!」

 

そう言ってシリカは背を向けて歩き出した。

パーティの男性たちが止める声が響くが、彼女は気にすることなく森の中へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

パーティと別れたシリカは、一人森の中を歩いていた。

迷いの森という名が付いている通り、そこは地図が無ければまともに進めないマップだ。

 

だがそんな森の中で、シリカは運悪くこのフィールドの中で手強いモンスターの部類に入る『ドランクエイプ』というゴリラ型のモンスターとエンカウントしてしまったのだ。しかもその数は三体。

 

ここで逃げていれば、あんな悲劇は起こらなかっただろう。しかしシリカは、ついさっきもこのモンスターと戦いしかも倒しているので大丈夫だと考えた。とは言え、それはあくまでパーティで戦っていたからであって、幾ら相棒の子竜『ピナ』がいるからと言ってこのモンスター三体を一人で相手するなど無謀にも等しかった。

 

最初こそソードスキルと持ち前のAGIを生かして善戦していたシリカだったが、ドランクエイプは回復薬を取り出しシリカが削ったHPを全快してしまったのだ。

それに加え、逆にシリカの回復アイテムは完全に底を尽きていた。ピナが回復してくれるものの、それでは回復アイテムには遠く及ばない。

 

回復アイテムがない事に気付いたシリカの一瞬の動揺を突き、ゴリラは棍棒をシリカに振り下ろした。

 

「きゃっ?!」

 

シリカは大木に激突し、HPは一気にレッドゾーンにまで減少した。

武器も落としてしまい絶体絶命の危機。だがゴリラはシリカにとどめを刺そうと棍棒を振り下ろした。

 

『きゅるるるっ!!』

 

だがその攻撃を咄嗟に飛び出したピナが庇った。

ピナの小さな体は吹き飛ばされ、地面に落下する。

 

「ピナ!!」

 

シリカは慌ててピナに駆け寄った。

ピナのHPは一気に減少し、ゼロとなってピナの身体は消滅した。

シリカはその光景にただ呆然と涙を流して座り込むだけだった。そんな彼女に、ドランクエイプは今度こそとどめを刺そうと棍棒を振り上げる。

 

シリカはそれを見て逃げることもせず、ただそれが振り下ろされるのを待った。

だが突如、ドランクエイプは動きを停止し、その身体が少しブレた後爆散した。

そして、四散したドランクエイプの破片が光を帯びて舞う中で、現れたのは黒と赤の装備に身を包んだ赤髪の男性プレイヤーだった。

黄色い瞳をこちらに向けながら、彼は大剣を左右に振って背中の鞘に収めた。

 

シリカは目の前に落ちた羽ーーピナが消えた直後に落ちたものーーを拾い上げる。

 

「ピナ……あたしを…あたしを独りにしないでよぉ……うああぁーー……」

 

シリカはその羽を胸に抱えて泣き噦った。

 

「おめぇさん、その羽は……?」

 

赤髪の男はシリカに話しかけた。

 

「うぅっ…ピナです……あたしの……あたしの大事な……っ……!」

 

シリカは泣きながらこの羽と相棒の子竜のことを話した。

 

「あー、そうか。おめぇビーストテイマーって奴か。

そいつは済まなかったな、大事な友達、助けてやれなくてよ……」

 

男はそれを聞いて申し訳なさそうに言いながら歩み寄る。

 

「いえ……いいんです、あたしが馬鹿だったんです……一人でこの森を抜けようとしたから……ありがとうございます、助けてくれて……」

 

シリカは首を振り、男の方に振り向いて礼を言った。

すると男は「あっ」と何かを思い出したように手を打ってしゃがみ込み、

 

「因みに、その羽アイテム名とかあるか?」

 

シリカはそれを言われて羽を確認する。

 

「『ピナの心』……ううっ…」

 

シリカはそれを見て再び涙が目に溜まった。

 

「よーしよし落ち着け、まだ泣くのは早いぜ。

『心』ってついた名前のアイテムがあれば、おめぇの友達復活できるぜ」

 

シリカは目を見開いて男の方を見る。

 

「えーっとな……確か45層にある『思い出の丘』っつうフィールドダンジョンの天辺に咲く花を取れば、使い魔を蘇生する事が出来るらしいぜ」

 

シリカは歓喜の表情を浮かべるが、とある事を思い出し再び表情が沈んだ。

47層。自分のレベルは44。安全マージンどころか階層数にも達していない。

 

「でも、情報だけでも有難いです!頑張ってレベリングすればいつかは……」

 

「いいや、残念ながら蘇生できるのは死んでから三日以内だ」

 

シリカの言葉を男は首を振って否定した。

途方に暮れ再び涙目になるシリカ。

すると男は立ち上がり、メニュー欄を操作する。

直後目の前にトレード画面が表示され、シリカが見たこともないような高レベルの装備品が出た。

 

「使え。こいつらがあれば5レベルは底上げできるはずだ。後はまあ、俺とパートナーの奴が行けば大丈夫だろ」

 

シリカは立ち上がって尋ねた。

 

「どうして……そこまでして下さるんですか?」

 

「あん?何でって……あれだ、人助けに理由なんざ要らねーって言うだろ?」

 

シリカはそれを聞いてキョトンとしていたが、吹き出してしまった。

 

「……何がおかしいんだよ?」

 

男はジト目でシリカを見ながら言う。

 

「あはは……言え、なんか変な人だなぁ〜、って」

 

「人助けして変人呼ばわりされたのは初めてだぜ……」

 

男は苦い顔で顔を背けた。

 

「あはは、ごめんなさい……あ、これじゃ全然足りないかもしれないですけど……」

 

シリカはトレード画面から所持金を幾らか下ろし渡そうとするが、男は画面の✖︎ボタンを押して拒否した。

 

「バッカ、要らねえよ。どうせ使い道のなかったアイテムだし、おめぇみたいな幼女から金たかるほど人間落ちちゃいねぇよ」

 

「そ、そうですか…何から何まですみません、本当に」

 

シリカはぺこりと頭を下げた。

 

「あ、あたし『シリカ』って言います」

 

「おう、俺は『ジェネシス』だ。よろしくな」

 

シリカとジェネシスは握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が“よろしく”だ馬鹿者」

 

突如、シリカではない女性の声が響き、その直後にジェネシスの頭を何かが蹴り飛ばした。

 

「ゲッフアッ?!!」

 

悲鳴を上げてジェネシスは倒れ込んだ。

シリカが見ると、ジェネシスが立っていた場所の後ろに、銀髪で白い装備に身を包んだ女性プレイヤーが立っていた。

女性は戸惑っているシリカを他所に、倒れ込んだジェネシスの胸ぐらを掴んで起き上がらせる。

 

「全く、人が見てない間にお前は何をナンパしてるんだ。しかもこんな幼女を相手に。ロリコン認定するぞ」

 

「俺はロリコンでもフェミニストでもねぇよバカ。後ナンパじゃねえ、ちゃんとした人助けだバーロー」

 

ジェネシスは口を尖らせながら反論した。

 

「なんか、さっきからすごく失礼な事を言われてる気が……」

 

シリカは思わずそう零した。

 

「気のせいだシリカ。気にしちゃダメだぞ?

おい、おめぇも早くこいつと自己紹介くれぇしろ。シリカがビビりまくってんぞ?」

 

「別にビビってなんかないですよぅ!」

 

ティアはジェネシスを引っ叩いて黙らせると、立ち上がって柔和な笑顔で

 

「済まない、見苦しいところを見せたな。

私は『ティア』、ジェネシスのパートナーだ」

 

そう言って右手を差し出す。

 

「あ、はい!あたしは『シリカ』です。ジェネシスさんには、先ほど助けてもらって……」

 

「そうらしいな。このバカが失礼な事をしなかったか?」

 

「いえ!全くそんな事は無いですよ!」

 

「そうか、ならば良い。それで、この後はどうするんだ?」

 

「あー、とりあえず街に戻るか」

 

ジェネシスの一言で二人は賛成し、一先ずこの層の街に戻った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

三十五層 ミーシェ

 

シリカが普段寝泊まりしている宿までジェネシスとティアが送り届ける途中、何人もの男性に声を掛けられた。

内容はどれもうちのパーティに入らないか、と言うものだったが、シリカはジェネシスとティア達と組む事を理由に断った。

男性達は皆ジェネシスにあからさまに嫉妬の目線を向ける。シリカは勿論、とある人全てが二度見するほどの美貌を持つティアの二人とパーティを組んでいるジェネシスが羨ましいのだ。

だがジェネシスはそんな嫉妬の目線を向ける男達を一瞥するだけで下がらせた。ジェネシスに睨まれた男達は皆情けなくも尻尾を巻いて逃げていく。

 

「…人気者だな?シリカ」

 

逃げていく男達を見つめながらティアは苦笑しながら尋ねる。

 

「違いますよ。マスコット代わりに入って欲しいだけなんです、みんなは」

 

SAOではあまり見かけない女性プレイヤーであり、可憐な見た目、しかもフェザーリドラをテイムしたプレイヤーともなれば目立たない筈もない。

 

「なのに、『竜使いのシリカ』なんて呼ばれて、いい気になって……」

 

そう言いながら、自分が惨めになり涙目になるシリカ。

いつもはあった頭に感じる重さは今は無い。

あの子竜が死んだのは自分の不甲斐なさが原因だと、シリカは自分を責めた。

 

「おいこら、そんな自分を責めるな」

 

だがそんなシリカを、ジェネシスがシリカの頭をわしゃわしゃと撫でながら宥めた。

 

「心配すんな。ピナは絶対に生き返るさ。だから堂々と前向いてろ。主人のしょげた姿なんざ、使い魔は見たくねぇだろうぜ?」

 

「その通り。私たちもついてる。だから安心してくれ」

 

ジェネシスとティアが左右から優しく語りかけ、シリカも安心したような笑顔になる。

 

「そう言えば、お二人のホームって……」

 

ふとその事が疑問になりシリカは尋ねた。

 

「あー、いつもはもう少し上なんだが……面倒くせぇし今日はここでいいか」

 

「ああ、私もそれで構わない」

 

ティアもそれに賛成した。

シリカはそれを聞いて満面の笑みを浮かべ

 

「じゃあ、早速行きましょう!ここのチーズケーキ、凄く美味しいんです!」

 

「そうか、それは楽しみだな」

 

ティアも微笑みながら返した。

「あらぁ?シリカじゃない」

 

ふと聞き覚えのある声がシリカの耳に届いた。

振り向くと、そこには今自分が最も会いたくない人物がいた。

 

「ロザリアさん……」

 

シリカは思わず顔をそらした。

 

「無事に森を抜けられたのねぇ?良かったじゃない」

 

ロザリアは嫌味を含んだ声で言いながらシリカに近づいてくる。

 

「あら?あのトカゲどうしたのよ?……もしかしてぇ」

 

さらに厭らしい笑顔を浮かべながらシリカの顔を覗き込んでくる。

 

「ピナは死にました……でも絶対に生き返らせます!」

 

シリカはロザリアの顔を見据えながらきっぱりとそう告げた。

 

「へぇ〜、なら《思い出の丘》に行くのね?でもあんたのレベルで突破出来るのぉ〜?」

 

そう言い返してきたロザリアに反論できずシリカは口籠る。

 

「余計なお世話なんだよババァこのヤロー」

 

するとジェネシスがシリカを庇うようにに出て、ロザリアを威圧感ある目で見下ろしながら言った。

 

「テメェの心配なんざ無用だ。あそこはそこまで難易度の高いダンジョンじゃねえしな」

 

ロザリアは少しジェネシスに圧倒されていたが、すぐにまた陰険な笑みを浮かべ

 

「ふぅ〜ん?まあ見た所は強そうじゃない。まあでも、強そうなのは見た目だけで、そこら辺で威張り散らしてるだけのただの小物でしょ?チンピラと変わんないじゃない。どうせ、そこのシリカちゃんに体でたらし込まれたクチなんじゃないの?」

 

次々に出てくる暴言にジェネシスは顔色ひとつ変えずに黙って聞いていた。そして軽く「へっ」と笑い、言葉を続けようとしたが……

 

 

「おい」

 

 

 

突如ティアの声が響き、次の瞬間ロザリアは宙を舞っていた。

空中を一回転し、地面にへたり込む形で着地する。

そんな彼女を、ティアは冷徹な目で見下ろした。

 

「ぐっ……な、何を……?!」

 

ロザリアは怯えて震えながらティアを見上げた。

 

「…言動には気をつけろ。何人たりとも、この人に対する侮言を放つ者は私が許さん。憶えておけ」

 

完全に怒り心頭のティアをジェネシスが諫めた。

 

「落ち着けティア。嬉しいけど周りの視線が痛い」

 

ティアはゆっくりと周りを見渡すと、そのままジェネシスの方へと歩く。

 

「…シリカ、行こうぜ?」

 

ジェネシスがそう促し、シリカも後に続く。

ロザリアは未だに立ち上がれずにいた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

三人はシリカの寝泊まりしている宿屋につき、夕食をとった。

三人は各々これまでの話や、少しだけ自分の現実での話で盛り上がり、和気藹々とした雰囲気で晩餐を楽しんだ。

 

「……どうして、あんな意地悪言うのかな?」

 

ふと、シリカは先ほどのロザリアの事が頭をよぎり、呟く。

 

「……どんなゲームにも悪人はいるさ。善人だけがゲームをやってるわけじゃねえからな。中には進んで悪事を働く奴とか、悪を演じる奴もいる。ここだって例外じゃねえ」

 

シリカは顔を上げてジェネシスの方を見た。

ジェネシスはどこか虚空を見つめている。

 

「だが、この世界で悪事を働く奴は全員現実でも性根が腐った奴だと俺は思ってる。この世界に法律はねぇが、それでも許されることじゃあねえ。茅場のヤローが言ってた通りだ。ここはゲームであってゲームじゃねえ。

なのにここじゃ、進んで人殺しをしやがるバカがいやがる」

 

「そんな、人殺しなんて……」

 

シリカは息を呑みそう返した。

デスゲームであるこの世界でまさか人殺しをするプレイヤーがいるなど思いもしていなかった。

 

「因みにだが……今俺たちのカーソルはグリーンになってるだろ?だが、もし圏外で犯罪行為を行った場合、カーソルはオレンジになるらしい。そしてそれ以上にやべえのがレッド。こいつらは自分から進んで人殺しを楽しむ狂った奴らだ」

 

シリカは驚きで何も言えなくなっていた。

 

「この世界で死んだら、マジで死ぬんだ。なのにどいつもこいつも、命なんだと思ってやがんだ……」

 

ジェネシスは吐き捨てるようにそう零した。

 

「……でも、ジェネシスさんはいい人です!だってあたしを助けてくれたから!それにティアさんだって!!」

 

シリカは身を乗り出してそう言った。

一瞬面食らった表情をしていた二人だったが、

 

「……へっ、そうかよ」

 

「ありがとうな、シリカ」

 

優しい笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

早々に夕食を済ませて、三人は宿部屋に入る。

偶然にもジェネシス・ティアとシリカの部屋は隣で、お互いおやすみと言い合って部屋に入る。

部屋に入った後、シリカはラフな部屋着に着替えベッドに入る。

ふと、シリカは左隣の壁を見た。そこはジェネシス達の部屋だ。この宿屋は基本的に一人部屋。つまりベッドもシングルで一人用だ。

まさか、一人用ベッドに二人で……

余計な事を考えないようにシリカはブンブンと頭を振った。

 

「(もっとお話しがしたいな……)」

 

シリカはそう思い立つと、部屋を出てジェネシス達の部屋をノックした。

中から「空いてんぞ」と声がし、シリカはドアを開けた。

ドアを開けると、先程までの黒と赤の装備からラフな黒Tシャツとスウェットズボンに着替えたジェネシスと、青いキャミソール姿のティアが出迎えた。

 

「あ、すみませんこんな時間に……明日のことを聞きたいと思いまして」

 

シリカは咄嗟にそう言い訳を考え、そう伝えた。

ジェネシスはとあるアイテムを取り出すとテーブルに置く。

 

「あの……これは?」

 

見慣れないアイテムを見てシリカは首を傾げる。

 

「ミラージュ……コロイド、だっけ?」

 

「《ミラージュ・スフィア》だ。アインクラッドの各層をホログラムで展開してくれる」

 

アイテム名をど忘れしたジェネシスの代わりにティアが説明をした。

ジェネシスは47層を表示し順番に話していく。

 

「えーっとな……ここが主街区な。んで、この道をまっすぐ南に降りたら……」

 

そこまで話すとジェネシスはふとドアを見た。

ティアも険しい顔でシリカの前に立つ。

そして、勢いよく駆け出し、ドアを思い切り開けた。

外には誰もいなかったが、何者かが走り去っていく音が響いた。

 

「ジェネシスさん、一体……?」

 

何が起きたのか分からずシリカは疑問符を浮かべている。

 

「……ちっ、どうやら聞かれてたみてぇだな」

 

舌打ちし、苦い表情で廊下を見るジェネシス。

 

「で、でもドアをノックしないと中の音は聞こえないんじゃ……」

 

「聞き耳スキルを高めている場合は別だ。まあ、そんなものを上げてるやつなど、滅多にいないがな……」

 

シリカの疑問にティアが顎に手を当てながら答えた。

 

「じゃあ、一体誰が……?」

 

シリカは不安げな表情でドアを見つめる。

 

「……ま、それも明日になりゃ分かることだ。とりあえずシリカ、てめぇは一応今夜はこの部屋で休め。何が起きるか、わかんねぇからな」

 

シリカは黙って頷いた。

その後、ジェネシスとティアとの三人でまた談笑を交わした後、シリカは先に眠った。

 

「……すっかり寝ちゃったね」

 

ティアはベッドで眠るシリカを慈しむような目で見ながら呟く。

 

「色々あったみてぇだしな……しっかし、明日は荒れんだろうなぁ」

 

ジェネシスは椅子にもたれながらそう述べた。

そして、視線をティアの方に向け

 

「…ティア。俺を大事にしてくれんのはありがてぇが、明日は抑えてくれよ?」

 

今日のロザリアに対するティアの行動から、明日もしかしたらティアがまた同じようなことをするかもしれないことをジェネシスは懸念して忠告した。

 

「……うん、善処する。でも、無理。ジェネシスが……久弥があんな風に馬鹿にされるのは、本当に頭にくるし」

 

ティアは目を伏せつつも、ロザリアがジェネシスに放った言動を思い出しまた怒りが湧き出したのか握りこぶしを作って固く握り締めている。

ジェネシスはそんな彼女を見てため息をつき、ティアの握りこぶしに右手を添えた。

 

「馬ァ鹿野郎。おめぇがあんなクソどもにわざわざ怒る必要はねぇよ。そんな価値も連中にはねぇ。俺なら大丈夫だ、心配すんな」

 

「久弥……」

 

 

ティアは心配そうな目でジェネシスを見つめていたが、ふっと安心したように笑顔になり、ティアは椅子から降りて床に正座した。

 

「ねぇ、久弥。そろそろ休もう?」

 

「ん?ああ、そうだな。そうだが……なんで正座なんかしてんだよ?」

 

ジェネシスはティアが何故正座をしたのか分からないようなので、ティアは自分の膝の上を指差す。

 

「……え?お前マジで言ってんの?」

 

「マジもマジ。大マジだよ?」

 

ジェネシスはティアが何をしようとしているのかを察したようだ。

 

「いやいや、じゃあおめぇはどうやって休むんだよ?」

 

「私はこのままでも寝られるよ。いいから早く来て?」

 

ジェネシスはそう言われて断るわけにもいかず、言われた通りにティアの膝に頭を預けた。

 

「おお……」

 

ティアの膝……否、後ろ頭に感じる太ももの感触に言いようもない感嘆の声を上げた。

 

「寝心地はどう?」

 

「最高だな。これ以上寝心地の良い枕を俺は知らねぇ」

 

「ふふっ、それは良かった」

 

ティアは満足気に笑みを浮かべながら、ジェネシスの頭をゆっくりと撫でる。

その感触の心地よさに、ジェネシスは徐々に眠りについた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

四十七層 フローリア

 

次の日、ジェネシス一行はいよいよピナの素性アイテムを手に入れるため、目的の層に来ていた。

 

「わぁ……夢の国みたい!」

 

シリカは一面に広がる花畑を見て目を輝かせた。

 

「ここは別名“フラワーガーデン”って言われていて、フロア全体が花畑なんだ」

 

ティアの説明を受け、シリカは辺りを見渡した。

周りには男女のプレイヤーばかりなのに気づき、一気に顔が赤くなる。

 

「おい、大丈夫か?」

 

ジェネシスがシリカの肩をトントンと叩く。

 

「え、あっはい!大丈夫ですよ!!」

 

「そか。んじゃ行くぞー」

 

気の無い声で颯爽と行くジェネシスと、それに寄り添うように隣で歩くティアを見て、シリカはふと思った。

 

(あの二人って、お付き合いしてるのかな……?」

 

シリカにはあの二人がパートナーにしては仲が良すぎるように見えたが、今はその考えは捨て置き二人についていく。

 

そして数分歩いたところで、目的の《思い出の丘》の入り口にたどり着いた。

するとジェネシスがポケットから転移結晶を取り出し、シリカに手渡す。

 

「ほい、持っとけ」

 

「え?ジェネシスさん、これは……?」

 

シリカは何故こんな貴重なアイテムを自分に手渡したのか分からないようだ。

 

「ま、今のおめぇのレベルならここのダンジョンは問題ねぇだろうが……何が起きるかわかんねぇからな。やばくなったらそれで逃げろ。いいな?」

 

「私達なら大丈夫だから、約束してくれ」

 

二人にそう言われ、シリカは黙って頷いた。

 

「うーし、そんじゃイクゾー」

 

そして数十分歩き続けていると、何かがシリカの足に絡まる音が響いた。

 

「え?わ…キャアアアァァーー!!」

 

直後シリカは足から引っ張られ宙づりにされる。

 

「およ?」

 

「シリカ?!」

 

音に気づき慌てて振り返るジェネシスとティア。

シリカは逆さ吊りにされており、その下では食虫植物に似たモンスターが大きな口を開けていた。シリカはスカートが捲れないように左手で抑え、右手で短剣をブンブンと振り回している。

 

「いやああぁぁぁーー!!ジェネシスさん!見ないで、見ないで助けてえぇーー!!」

 

シリカは涙目で泣き叫ぶ。

 

「そんな無茶苦茶なこと言わんでくれ」

 

ジェネシスは体ごとシリカから背けて立っている。

そしてその喉元にはティアが刀を引き抜き突きつけていた

 

「おいジェネシス……見たらどうなるか分かってるよな?」

 

笑っているが目が笑ってない表情でジェネシスの耳元に囁くティア。

その後シリカの方に振り向き、いつも通りの顔で

 

「落ち着け!そいつ弱いからすぐに倒せる!」

 

「は、はいっ!この……いい加減に、しろぉ!!」

 

シリカはツタを切ってそのまま落下の速度に乗せてソードスキル『ラビット・バイト』でモンスターのHPを消しとばし消滅させた。

着地したシリカは赤面した顔でジェネシスを見ながら

 

「見ました……?」

 

と尋ねる。

 

「いんや、見てない」

 

ジェネシスは未だシリカに背中を向けたまま答える。

 

「ああ、見たらお前の首が飛んでいるからな?」

 

ティアがそう言いながら刀を腰の鞘に収める。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その後も幾らか戦闘をこなし、シリカのレベルも着々と上がっていく中、遂に目的地に到着した。

 

「ここに……蘇生アイテムが?」

 

「ああそうだ。多分あれだな」

 

そう言ってジェネシスが指差した先には、台座のような岩があった。

シリカは走ってその台に行くと、一輪の花が咲いていた。

手に取ってみるとアイテム名が表示された。

《プネウマの花》

これが今回の目的物。この花があれば使い魔を蘇生することができる。

シリカはその花を胸に抱きしめるように抱える。

 

「良かったな、シリカ」

 

ティアも笑顔でシリカの頭を撫でる。

 

「けど、ここじゃ手強いモンスターも多いからな。生き返らすのは、街に戻ってからにしようぜ」

 

「…はい!」

 

シリカは喜びの涙を拭ってそう答えた。

 

帰り道は幸いモンスターとエンカウントすることは無かった。

シリカは再び相棒の子竜と旅ができることへの嬉しさで終始有頂天だ。

そして、もうすぐフィールドの出口である橋に差し掛かったところで、ジェネシスが険しい顔でシリカを制した。

 

「ジェネシスさん?」

 

シリカは目を丸くしてジェネシスを見上げるが、当のジェネシスは未だ前を睨んでいる。

ティアもシリカの前に出た。

 

「…おい、最初から気づいてんだよ。さっさと出てこいコラ」

 

威圧感のある声でそう告げた直後、少し先の木の陰から女性プレイヤーが現れた。

 

「ろ、ロザリアさん?!」

 

シリカは驚き声を上げた。

彼女は三十五層にいたプレイヤーだったのだ。

 

「…あたしのハイディングを見破るなんて、随分高い索敵能力をお持ちのようねぇ剣士さん達」

 

ロザリアはそう言いながらシリカに視線を向ける。

 

「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね、おめでとう……じゃ、早速その花を渡して頂戴」

 

一瞬の微笑みの後、醜悪な笑みに変えそう告げた。

 

「な、何言ってるんですか?!」

 

シリカは信じられない、という表情で叫ぶ。

 

「ああまったくだ。こんな小せえ女の子からまたたかるつもりか?どこまでも腐り切ってるみてぇだなテメェの性分は、ええ?……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よぉ?」

 

ジェネシスは数歩前に踏み出しながらそう言ってのけた。

 

「……へぇ?」

 

対するロザリアからは醜悪な笑みが消えた。

 

「オレンジ……?でも、ロザリアさんはグリーン……」

 

未だ理解できずにいるシリカに、ティアがその手口を伝えた。

 

「オレンジギルドといっても、全員がそうなわけじゃない……グリーンのメンバーが獲物を見繕い、オレンジのメンバーが待つポイントまで誘い出すのさ」

 

「んで、今回のターゲットはどうやらおめぇだったみてぇだぜシリカ。夕べ俺たちの会話を盗み聞きしたのも、奴の仲間ってわけだしな」

 

ティアの説明にジェネシスが補足を加える。

 

「じゃ、じゃあ……この二週間同じパーティにいたのは……!」

 

「そうよぉ。あのパーティの戦力を分析して、お金が貯まるのを待ってたの」

 

そう言ってロザリアは舌舐めずりをする。

その光景にシリカの背中に悪寒が走った。

 

「一番楽しみだった獲物のあんたが抜けてどうしようかと思ってたけど、なんかレアアイテムを取りに行くって言うじゃない?

でも、そこまでわかっててその子に付き合うなんて、あんた達馬鹿ぁ〜?」

 

嘲笑しながら言うが、ジェネシスはまったく意に介さない。

 

「馬鹿なのはそっちだ」

 

「私たちも、貴様らを探していたのさ」

 

ジェネシスとティアはそう言い切った。

 

「…どう言う意味かしら?」

 

ロザリアは疑問符を浮かべ尋ねる。

 

「貴様、十日前に『シルバーフラグス』というギルドを襲撃したな?メンバー四人が殺され、リーダーだけが脱出した…」

 

険しい顔でティアは言う。

 

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

ロザリアは興味なさげに前髪を弄りながら答える。

 

「リーダーだった男は、毎日最前線の転移門前で仇討ちしてくれる奴を探してたんだ。あいつは依頼を受けた俺たちに、テメェらを殺すんじゃなく牢獄にぶち込んでくれと頼んだぜ……てめえあいつの気持ちがわかるか?」

 

僅かに怒気を孕んだ声でそう訊くが、

 

「分かんないわよ。マジになっちゃってバカみたい。ここで人を殺したってそいつが死ぬ証拠なんて無いし。

それよりあんた達自分の心配をした方がいいんじゃ無い?」

 

そう言って指を鳴らす。

直後、ロザリアの周りの木の陰から次々とプレイヤーが武器を構えて現れた。その数は七人。しかも揃ってカーソルはオレンジだ。

 

「なっ……人数が多すぎます!脱出しないと!」

 

慌てるシリカだが、

 

「大丈夫大丈夫、心配すんな」

 

呑気にそう言ってジェネシスはゆっくりと歩き出す。

 

「ああ、シリカは私の後ろにいてくれ」

 

そう言ってティアもシリカを自身の後ろに下がらせる。

 

「で、でも……ティアさん!ジェネシスさんも!!」

 

シリカがそう叫んだ直後。

 

「え?ティア……ジェネシス……?」

 

オレンジの一人が彼らの名を呟き、二人を見比べ後ずさる。

 

「黒と赤の装備に身の丈ほどの大剣を背負った男性プレイヤー……刀装備に銀髪、白い装備……ま、まさか……『黒の剣士』と『白夜叉』!!」

 

そして彼は青ざめた顔でロザリアに

 

「やばいですよロザリアさん!!こいつら、最前線にコンビで挑んでるビーターとビギナーの……攻略組だ!!」

 

「攻略組……ティアさんとジェネシスさんが……?」

 

そこでシリカはとある噂を思い出した。

 

デスゲームであるこのSAOで、常に命をかけて最前線に挑み続けるエリートプレイヤー集団のことを、人々は《攻略組》と呼ぶ。

しかしその中で、特に一目置かれるプレイヤーにはいつしか二つ名がつけられた。

 

『黒の剣士』キリト

『閃光』アスナ

『黒の剣士』ジェネシス

『白夜叉』ティア

 

この四人は攻略組の中でもさらに実力が秀でていると言われており、この四人を纏めて《アインクラッド四天王》とも呼ぶことがある。

その四天王のうちの、しかも二人が揃って目の前にいて、更に一緒に冒険や寝泊まりまでしたと言う事実に漸く気づいたシリカは改めてジェネシスとティアの背中を見る。

 

ロザリア達の方も漸く自分たちが相手にしている者達の正体が理解できたようで、先程までの余裕な雰囲気はとうに消えている。

 

「攻略組がこんなトコにいるわけないじゃない!

ほら、さっさと始末して!身ぐるみ剥いじゃいな!!」

 

ロザリアがそう叫んだ。

 

「そ、そうだ!攻略組なら、すっげえレアアイテムを持ってるかもしれねぇぜ!!」

 

一人が気を取直して叫んだのを皮切りに

 

「オラアァァーー!!」

 

「死ねやあぁぁーー!!」

 

七人が罵声を上げながらソードスキルを発動しジェネシスに斬りかかった。

ジェネシスの方は反撃するどころか剣も抜かずに一切動かずに黙って攻撃を受け続けている。

 

「やめて!ジェネシスさんが…ジェネシスさんが死んじゃう!!」

 

シリカが短剣に手を掛けティアに訴えるが、

 

「…落ち着け、シリカ。ジェネシスのHPを見てみろ」

 

シリカは言われた通りにジェネシスのHPを見る。

そして目を見開いた。

確かに、HPは削られてはいるが、数秒たったらまた元どおり全快しているのだ。

 

「ど、どう言うことですか……?」

 

シリカは訳が分からずそう呟くしかなかった。

やがてジェネシスに攻撃しているオレンジ達も異変を感じたのか、攻撃をやめてジェネシスを囲む形で止まった。

 

「お、おい…どうなってんだよこいつ……?」

 

異様なものを見るまで一人がジェネシスを見ながら呟いた。

 

「あんた等何やってんだ!さっさと殺しな!!」

 

ロザリアが苛立った声で叫ぶ。

 

「あ、もう終わりか?

まあ、10秒あたり400ってとこか。それがテメェら7人が俺に与えられるダメージの総量だ。

俺のLVは80、HPは15000、んで更に《バトルヒーリング》スキルによる自動回復が10秒で800ポイントある。

テメェら如きじゃ一生俺を倒せやしねぇよ」

 

ジェネシスは周りのオレンジ達を見回しながら言った。

 

「無茶苦茶だ……ありかよそんなの!」

 

オレンジの一人が声を震わせながらそう叫んだ。

 

「ああ、ありなんだよ。たかが数字が違うだけで理不尽な差がつく。けどよ、そもそもゲームなんざそう言うもんだろ?」

 

ロザリアは忌々しげに舌打ちした。

ジェネシスは懐から結晶アイテムを取り出す。

 

「こいつは、俺たちの依頼人が全財産をはたいて買った《回廊結晶》だ。出口が監獄エリアに設定されてる。テメェら全員、今からこれで跳んで貰うぜ。

ちなみにもし逃げようってんなら……

全員監獄じゃなく地獄に跳んで貰う、今ここでな

 

強烈な殺気を放ちながらジェネシスはそう言ってのけた。

嘘などと考えられる余裕はオレンジ達には無かった。

ジェネシスが「コリドー・オープン」と唱え、回廊結晶を展開する。

オレンジ達は観念したのか「ちくしょう」と呟きながら次々に回廊の中へ入って行く。

最後に後ろから静観していたロザリアが残った。

 

「おい、何してんだ。テメェも入るんだよ」

 

ジェネシスがロザリアを回廊の中へと促す。

 

「はっ、それで勝ったつもりかい?やりたきゃやってみなよ、グリーンのあたしを傷つけたら……」

 

とロザリアが言いかけたところで一陣の旋風が巻き起こる。

次の瞬間ロザリアの首元に銀色の刃が突きつけられていた。

 

「……ならば死ぬか?今ここで」

 

非常に冷酷な声が発せられた。

ロザリアが視線を向けると、ふわりとなびく銀髪が見え、次に見えたのは氷のように冷徹な目だった。ティアだ。

ティアが一瞬でロザリアとの距離を詰め、寸前のところで刃を止めたのだ。

昨日向けられた殺気の比ではない、完全に自分を殺しかねないほどのプレッシャーがロザリアに向けられ、ロザリアは思わず地面にへたり込んだ。

ティアは尚も冷酷な視線でロザリアを見下ろす。

 

「貴様はさっきこう言っていたな……“ここで死んでも現実で死ぬ証拠は無い”と。

ならば……」

 

そう言ってティアはゆっくりと刀を持ち上げる。

そして

 

「……自分で確かめてこい」

 

ティアの刀がライトエフェクトを伴った。

 

「や、やめっ……!」

 

ロザリアは片手を前に出し懇願するがティアは聞く耳を持たない。

 

「私の男に侮言を浴びせただけに飽き足らず、その上命まで奪わんとするとは……万死に値する」

 

そう言って、ティアは遂に刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン!

という甲高い音がフィールドに響く。

ロザリアの首は跳ねられてはいなかった。

 

「……安心しろ、峰打ちだ」

 

刀を振り下ろしたティアがそう告げた。

ロザリアはもう言葉を発することができずただ口をパクパク動かしているだけだ。

ジェネシスがそんな彼女の襟を掴んで持ち上げた。

 

「これで分かったろ、テメェが奪ってきたもんの重さってやつが。たしかにアイテムは売ったら金になるが、命だけは買えねぇし売りもんにもならねぇんだよ」

 

そう告げた後、ジェネシスはロザリアを回廊の中に放り込んだ。

それを最後に、回廊は閉じられた。

 

「……済まねぇなシリカ、色々隠しててよ」

 

「奴らを捕らえるには、私たちの事を隠しておく必要があったんだ。済まなかったな」

 

ジェネシスとティアは申し訳なさそうに言いながらシリカに歩み寄る。

シリカは一連の出来事に頭が追いつかなくなり、地面に座り込んでいた。

 

「だ、大丈夫です……お二人は、いい人ですから」

 

シリカはそう答えた。

 

「んじゃ、今度こそ帰るぞ」

 

「あ、あの、すみません……足が、動かなくて……」

 

シリカの言葉に二人は苦笑しながら手を差し出し、シリカを引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

三十五層の宿に戻り、部屋を借りてティアとシリカはベッドに並んで座り、ジェネシスは向かいの壁にもたれかかって立っていた。

沈黙が続いていたが、不意にシリカが切り出す。

 

「あの…もう行っちゃうんですか?」

 

「そうだな、五日も前線を離れちまったからなぁ〜。まーた鬼の副長さんにどやされちゃ敵わんぜ。前科もあるし」

 

ジェネシスが窓の外の夕日を眺めながらそう言った。

 

「お二人は凄いですね、攻略組なんて…あたしにはとても……」

 

そう言いながら目を伏せるシリカ。

そんな彼女を、ジェネシスは少し小突いた。

 

「バーカ言ってんじゃねぇよ。言ったろ、レベルなんざただの数字なんだよ。そんなもん簡単にひっくり返せるさ」

 

「ああ、その通りだ。お前なら直ぐに上がって来られる。最前線で待ってるぞ」

 

ティアも優しく微笑みながらシリカの頭を撫でた。

シリカもそれを聞いて笑顔になって頷いた。

 

「…うし、んじゃさっさとピナを生き返らせようぜ」

 

ジェネシスがそう促し、シリカはプネウマの花とピナの心の二つのアイテムを取り出し、花の雫を花に滴らせた。

直後、眩い光が羽から発せられた。

 

(ピナ。いっぱい、いっぱいお話ししてあげるからね!今日の凄い冒険の話と……たった1日だけの、凄いお兄ちゃんとお姉ちゃんの話を)

 

光を見つめながらシリカは心の中でそう語りかけた。

数秒後、『きゅるるっ』という聞き慣れた、それでいてどこか懐かしく、シリカが最も待ちわびた鳴き声が部屋の中に木霊した。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
自分、シリカ回って結構好きなんですよ。ロザリアのくだりが書いてて凄くスカッとするし。
そう言えばロザリアの中の人って、千冬姉と同じなんですよね。アニメ見ててなんか聞き覚えあるなぁと思って調べたら豊口めぐみさんでした。
ちなみにティアの二つ名である《白夜叉》は銀さんから取ってます。ティアの二つ名を自分なりに色々考えたのですが、これ以外にいい奴が思い浮かばなかったんですよね。

次回もよろしくお願いします。
評価、感想などお待ちしております。


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九話 圏内事件

こんにちは。今回は圏内事件回です。


第五十九層 ダナク

 

草原の木の陰に、二人のプレイヤーが休んでいた。

一人は黒と赤の衣服の男性、ジェネシス。もう一人は銀髪に白基調の衣装を着た女性、ティア。

暖かな日差しに程よい気温の中、、心地よい風に吹かれ昼寝をしている。

しかし寝ているのはジェネシスで、ティアは正座をしてその足にジェネシスの頭を乗せた、所謂『膝枕』をしていた。

いつもなら迷宮区にこもって攻略を進めているのだが、今日外に出た瞬間にその気が失せた。

今日はもう攻略は休もうということになり、今現在に至る。

最初は二人並んで寝ていたのだが、ティアはジェネシスが寝落ちするのをじっと待ち、彼が眠った瞬間自身の膝の上に彼の頭を乗せたのだ。

 

「……ふふっ、普段はあんな目つきなのに、寝顔だけは可愛いなぁ本当に」

 

ティアは滅多にみられない貴重なジェネシスの寝顔を見て思わず笑みをこぼした。いつもなら自分が目覚める時には彼は既に起きており、寝顔を見られたことに対する少しの悔しさと、また彼の寝顔を見れなかったという無念さが残っていたが、今日ようやく、しかも真上から彼の寝顔を拝むことに成功し、ティアの内心は歓喜で溢れていた。

 

ティアはゆっくりと、左手でジェネシスの顔に手を添え、右手でそっと頬を撫でた。

その光景はまるで、膝の上で眠る子供を慈しむ母親のようだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ジェネシスは夕方までティアの膝の上で熟睡していた。

 

「……ん」

 

ふと、ジェネシスはゆっくりと瞼を開ける。

 

「あ、起きた?」

 

目が覚めたジェネシスに気づいたティアが真上からジェネシスの顔を覗き込む。

 

「……おー……ティア、俺どんくらい寝てた〜…?」

 

「もう夕方だよ?ホントによく寝てたね」

 

 

まだ寝ぼけて呂律がはっきりしないジェネシスだが、に対し、ティアが呆れたような笑顔で返す。

 

するとジェネシスは今の状況をなんとなく察したのだろう。

 

「なーティア〜、これって〜……」

 

「うん、膝枕。寝心地はどうだった?」

 

「あーサイコーまじ。もうすこし寝ててぇ〜」

 

「だめだめ。いい加減起きないと」

 

ティアにそう促され、ジェネシスはゆっくりと起き上がる。

体を伸ばして欠伸をしてから

 

「ふぁ〜〜っ……あー、何とか目ぇ覚めたわ。悪りぃな、俺だけ昼寝しちまってよ」

 

「ううん、全然。寧ろ眼福でした」

 

ティアは満面の笑みで返す。

 

「はぁ?何だそりゃ……まあいいわ、とりま飯にしようぜ。なんか奢るからそれでチャラにしてくれや」

 

「えへっ、やった♪」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

彼らは普段過ごしている六十層で夕食をとった。

ティアはカルボナーラ、ジェネシスはナポリタンというイタリアンな夕食だった。

 

レストラン内で「あれって『白夜叉』じゃね?」「やっぱ美人だなぁ〜」だの、「一緒のやつは『黒の剣士』か?」「あんな美女と……爆発しろ!」などと言う声が聞こえたが、彼らは気にせず過ごした。

余談だが、ただでさえ女性プレイヤーの少ないアインクラッドの中でも、ティアはトップ3に入るほどの美女だ。

15歳でありながら大人びた顔にグラドル顔負けのスタイル、穏やかな表情、そして最前線の戦闘で見せる洗練されたスタイリッシュな戦い方。それら全てがティアの魅力を世に知らしめていた。故に彼女と常に共に過ごすジェネシスは日頃から嫉妬の目を向けられ続けたが、当の彼は全く気にしない。

 

「しっかし、随分と人気者だなティア」

 

「あはは…なんか、アイドルとか女優の気持ちが今ならよく分かるよ」

 

ジェネシスの言葉にティアは苦笑しながら答える。

 

「……でも、ジェネシスだって一部じゃ凄く人気者なんだよ?」

 

「はぁ?一部で?どんな奴だよ」

 

「そ、それは…その……」

 

ジェネシスがそう聞き返して来るが、ティアは目を背けた。

ティアの頭に思い浮かぶのは、以前助けた二人の少女。

 

「(まあでも……負ける気も、久弥を渡す気も無いけどね)」

 

ティアはそう思いながらほくそ笑んだ。

 

「おい、何ニヤついてんだ?」

 

「えっ、ああいや、なんでも無いよ?」

 

ジェネシスの一言でティアの意識は引き戻された。

 

「さて、晩飯も食った事だし、さっさと帰るか」

 

「帰るのはいいけど、ちゃんと寝れるの?」

 

「布団に入りゃ自然と寝れるさ」

 

そう言ってジェネシスとティアは立ち上がる。

しかしその時、二人の元にある人物からメッセージが届いた。

差出人はキリト。二人はそれを読んで目を丸くした。内容は……

 

「……え?」

 

「《圏内事件》だぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシス達が向かったのは、五十層にある雑貨屋。

ここはとある人物が経営している店だ。

人混みを抜け、目的の店のドアを開く。

 

「おーう、来たぞエギル」

 

カウンターには誰もいなかったが、ジェネシスが呼びかけた事で中から巨漢の黒人男性が現れた。

 

「よお、ジェネシスにティアじゃねえか。待ってたぜ」

 

「ああ。ここにキリトが待っているとメッセージを受けてな」

 

ティアがそう言うと、エギルは店の中に促す。

中の部屋には彼らを呼び出した少年、キリトと……

 

「おやおや、こりゃどう言う風の吹き回しだ?血盟騎士団の鬼の副長さんが、なんでこんなのと一緒にいるんですかねぇ?」

 

白と赤の装備に身を包んだ栗色の長髪の少女、アスナだった。

アスナはいかにも不機嫌そうな目でジェネシスを睨んだ。

 

「私も事件を見てたからに決まってるでしょう!貴方ねぇ、その人のカンに触る口の聞き方どうにかならないの?」

「無理だな、諦めろ」

 

ジェネシスが即答し、アスナは「ぐぬぬ……」と歯軋りしながらジェネシスを鋭い目つきで睨んだ。

 

「そんな事より、今日お前達が見たものを私たちに教えてくれないか?」

 

「ああ、そうだな」

 

ティアの提案にキリトは頷き、話し始めた。

今日、訳あってキリトとアスナの二人は夕食を共にすることになったのだが、その時に女性の悲鳴が響いた。

外に出ると、教会の壁に一人の重装備の男性が槍で貫かれた状態で吊るされていた。

キリト達は救出を試みたものの間に合わず、その男性は消滅してしまったそうだ。

ちなみにその時、犠牲者の男性『カインズ』の知り合いを名乗る女性『ヨルコ』から少し話を聞くことができ、明日もう一度詳しく尋ねると言うことだった。

 

「……決してデュエルによるものでは無い、それは間違い無いのか?」

 

「ああ。それは断言できる。少なくともあの時、デュエルのウィナー表示を見た人はいなかった」

 

ティアの問いにキリトは頷いた。

 

ジェネシスはテーブルに置かれたものを手に取った。

 

「……で、こいつが凶器ってか?」

 

「ああ。武器カテゴリーは槍で、PCメイドの一品だ。名前は《ギルティソーン》、作成者は『グリムロック』」

 

ジェネシスはキリトの説明を受けながら槍を見た。

三十センチくらいのグリップに赤色の刀身が付いており、その刃には数本の棘が付いている。見たところだと、槍と言うよりは長剣に見えなくも無いものだった。

 

「一見何の変哲も無いただの槍なんだがなぁ〜……本当にこれで死んだのか?」

 

「間違い無いわ。カインズさんはこれに貫かれていたんだもの」

 

アスナがそう答えるが、ジェネシスは納得出来ていない表情だ。

 

「……なあ、本当に死んだのか?カインズってのは」

 

「どう言う意味だ?」

 

ジェネシスの呟きにキリトが反応した。

 

「いや、例えばだけどよ?武器をぶっ刺したまま圏内にいたら、HPは減らねえけど防具の耐久値は減ってて、カインズって奴は防具が消える瞬間にどっか適当な場所に転移した、とか考えられねぇか?」

 

その瞬間、キリトとアスナは目を丸くした。

 

「そうか、武器が壊れる瞬間のエフェクトは、死亡のそれと同じ……もしそのタイミングで転移をしたのなら、限りなく死亡のエフェクトに近いものになる!」

 

「じゃあ、カインズさんは生きてるってこと……?」

 

キリトとアスナがそう言うが、ジェネシスは待ったをかけた。

 

「落ち着け、まだ仮の話だ。

まあ、ちょっと試してみるか?」

 

ジェネシスの言葉に3人は頷き、一先ず外に出た。

途中武器屋で適当な防具を購入し、ジェネシスがそれを身につけた。

 

「さあ、実験を始めようか」

 

「…それ、何のセリフ?」

 

ジェネシスが少しキメ顔で言ったセリフにアスナが微妙な顔をして尋ねた。

 

「気にすんな。よし、そんじゃ行くか」

 

ジェネシスはギルティソーンを右手に、転移結晶を左手に持った。

 

「あ、そうだ。ティア、万が一用に……」

 

「回復結晶だろう?もう準備してある」

 

ジェネシスが言い切る前にティアが右手に持った緑色の結晶アイテムを見せた。

 

「おっ、わかってんじゃねえか」

 

「当たり前だ。お前の考えていることなど手に取るように分かるさ」

 

ティアとジェネシスは見つめ合いながら笑った。

 

「……あの、そう言うのいいから早くしてくれない?」

 

アスナがもううんざり、と言う表情で言った。

 

「へいへい分かりましたよ。そんじゃ行くぜ」

 

ジェネシスは右手の槍を逆手に持ち、腹部あたりに構える。

ティアは少し不安そうな顔で見つめる。

 

「3…2…1…ドン!」

 

カウントと同時に、ジェネシスは短槍を勢いよく突き刺した。赤い血飛沫のようなエフェクトが発生する。

ティアは結晶をギュッと握ってそれを見守った。

 

「ど、どうだ…ジェネシス?」

 

キリトがおずおずと尋ねる。

 

「……うん。HPは何ともねぇわ。ただやっぱ防具の耐久値はどんどん減ってんな〜」

 

ジェネシスは耐久値を見ながらそう呟いた。

 

「あ、そうだ。ついでに始まりの街まで行って、生命の碑を見てくるわ」

 

「ああ、そうだな。頼む」

 

そして、間も無く防具の耐久値がゼロまで近づいた。

 

「うし、んじゃ行くぞ……“転移 はじまりの街”」

 

その瞬間、ジェネシスが消えるのと同時に、防具が破壊された。

 

「……っ」

 

ティアはその光景に悲痛な表情になった。

死ぬはずがないと彼は言っていたものの、愛する人が死ぬエフェクトに包まれる光景など、ティアがこの世で一番見たくない光景だ。

いや、もしかしたら今のは本当に死亡エフェクトだったのでは無いか、彼は本当に死んでしまったのでは無いか、と言った不安が一気にティアの頭を覆った。

瞳孔が開き、徐々に心拍数が上がり、呼吸が荒くなる。

苦しさでティアは胸を押さえた。

 

「ティアっ!」

 

するとキリトがティアの両肩を掴んだ。

 

「落ち着いて、フレンド登録画面から、今のジェネシスの場所が見られるだろ?」

 

キリトがそう言って、ティアは慌てて右手を振ってメニューからジェネシスの居場所を見る。

彼はやはり、はじまりの街にいた。

 

それを見て安心したのか、ゆっくり息を吐いてティアはへたり込んだ。

 

「帰ったら……説教だな……」

 

荒れた呼吸をゆっくり整えながら、ティアは呟いた。

その様子を見ていたアスナがキリトの方を向き

 

「ねぇ、ティアさんとジェネシスって……」

 

「ん?ああ、付き合ってるぞ。知らなかったのか?」

 

キリトがあっけらかんと答える。

 

「え……?えええぇぇーーーーっ?!!」

 

 

 

 

 

〜数分後〜

 

 

転移門が光り、中からジェネシスが現れた。

 

「おう、戻ったぜ」

 

ジェネシスは手を振りながらキリト達の方へ歩く。

 

「っ!」

 

その瞬間、ティアはジェネシスに抱きついた。

 

「お、おいおいティア……人前だぞ」

 

「……ばか」

 

ジェネシスは困ったような顔で引き離そうとするが、ティアは腕の力を強めてギュッと抱きつく。

 

「ジェネシス、しばらくそのままにしてやってくれ。お前が消えたのを見て、彼女はパニックになったんだからな」

 

「マジでか」

 

キリトの言葉にジェネシスはギョッとした。

その後、少しティアの方を見つめ、

 

「…ああ、悪かったよ。けどこれは必要なことだったんだ。勘弁してくれや」

 

「……しばらく、このままで」

 

「へいへい」

 

そのやり取りの後、ジェネシスはキリトの方を向く。

 

「んで、実験の結果はどうだった?」

 

「ああ、お前の言う通りだったよ。まあティアを見てくれたら、お前もよく分かるだろうけど……」

 

「ああ、よく分かった。俺の仮説は立証されたってことだな。ちなみに、生命の碑にはカインズの名前に横線はなかったぜ」

 

「なら、やっぱりカインズさんは生きてるのね……でも、それならどうしてこんな事を……」

 

アスナが顎に手を当てながら考える。

「ま、それは明日ヨルコって奴に聞けばいいだろ。とりあえず、今日のところは解散しようぜ」

 

「けど、ヨルコさんにはなんて伝えようか?カインズさんが生きてる事……」

 

 

アスナのつぶやきに、キリトは考え込むが、

 

「いや、その事は敢えて伏せておけ」

 

「えっ?」

 

ジェネシスの言葉にキリトは目を見開いた。

 

「十中八九、ヨルコとカインズの二人はグルだ。圏内殺人なんて大掛かりな演出をするなら、それなりに目的があるはずだ。

こちらがトリックに気づいた事を知られたら、向こうは何としても隠すはずだ。それならこちらも敢えて何も知らないフリをするんだ。そして、向こうがボロを出すのを待つ。これが手っ取り早い」

 

ジェネシスの意見に二人は納得し、とりあえず明日の集合時間と場所を確認し解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

〜翌日〜

 

NPCレストランの一角に、五人の人間が集まっていた。

キリト・アスナが座り、向かいにはヨルコが座る。

そして窓際にジェネシスとティアが3人を見下ろすように立つ。

 

「…あの、この人達は……?」

 

ヨルコがジェネシスとティアの二人を見て尋ねた。

 

「ああ、事件解決に協力してくれるジェネシスとティアだ」

 

ヨルコはキリトの紹介を受け、ジェネシス達に会釈をする。

 

「ま、よろしく頼むわ。

さてヨルコ氏、唐突で悪いんだが…グリムロックって名前、聞いた事ねぇか?」

 

ジェネシスがフランクな態度で尋ねると、ヨルコは目を見開いた。

 

「はい…知っています。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」

 

キリト達はそれを聞いて目を見合わせ、今度はキリトが尋ねた。

 

「実は、昨日の事件で使われた短槍の製作者が、グリムロックって人だったんだ。心当たりはあるかな?」

 

ヨルコはしばし沈黙していたが、やがて口を開いた。

 

「はい…あります。昨日お話しできなくてすみません。

忘れたい、思い出したくない出来事があったので……でも、お話しします」

 

そこで一度目を伏せ、

 

「それが原因で、ギルドは解散したんです……」

 

目を開いてそう言った。

そしてヨルコは話し始めた。

 

ヨルコとカインズの所属していたギルドの名は《黄金林檎》。

彼らは半年前、偶々倒したモンスターがドロップしたAGIを20も引き上げる指輪をどうするかで意見が割れたらしい。

出た意見は二つ。『売却してその金をギルドで山分けする』のと『ギルド内で使用する』というものだった。

結果は5対3で売却。

リーダーのグリセルダという女性プレイヤーが、指輪を競売にかけるため一泊の予定で出かけた……しかし彼女は帰って来ず、後に死亡していた事が分かった。

 

「そんなレアアイテムを抱えて圏外には出ないよな……睡眠PKか?」

 

「そうね……半年前なら、手口が広まる直前だしね」

 

睡眠PKとは、圏内で眠るプレイヤーの手を勝手に操作し、全損決着デュエルを申し込み一方的に嬲り殺すというものだ。

 

「ああ、だが偶然とは考えにくい。犯人はグリセルダさんがレアアイテムを持っていた事を知っていたプレイヤー、つまり……」

 

ティアがそう考察し、

 

「黄金林檎の、残り7人の誰か……」

 

ヨルコが代わって続けた。

 

「そん中でも怪しいのは、反対した3人だな」

 

「指輪を売られる前に、彼女を襲撃した…という事か」

 

ティアが疑問符を浮かべる。

 

「ああ、恐らく。グリムロックさんと言うのは?」

 

キリトが頷き、ヨルコに尋ねる。

 

「彼は、グリセルダさんの旦那さんでした。勿論、このゲーム内の、ですけれど。

お二人共、とても仲が良くて、凄くお似合いの夫婦でした。もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら、彼は指輪の売却に反対した3人を狙ってるのでしょうね……」

 

そこで一度区切って、

 

「……反対した3人のうちの二人は、カインズと私です」

 

ヨルコの言葉に四人は目を見開いた。

 

「んじゃあ、あと一人は?」

 

ジェネシスが問う。

 

「シュミットという男です。今は聖竜連合にいると聞いています」

 

ヨルコの答えにジェネシスは「あー」と呟いた。

 

「あいつか、あのでっかいランス使いの」

 

「あの、シュミットに会わせてくれませんか?彼は今回の事件を知らないかも……もしかしたら彼も、カインズのように……」

 

そこまで言って、ヨルコは口を閉ざした。

一瞬の静寂の後、アスナが提案する。

 

「シュミットさんを呼んでみましょう。聖竜連合には知り合いがいるから、本部に行けば何とかしてくれると思う」

 

キリトもそれに頷き、

 

「ああ、頼む。一度ヨルコさんを宿屋に送ろう」

 

ヨルコもそれに頷いた。

 

その後、彼女を宿屋に送り届けたあと、転移門広場に向かうため中心街を歩いて行く。

 

「なあ、ジェネシス。お前はこの事件をどう見てる?」

 

不意にキリトが尋ねた。

 

「ま、恐らくヨルコ氏達がやりてぇのは、半年前の指輪事件の犯人をあぶり出す事で間違いねぇな。多分あの二人は、シュミットが怪しいと踏んでるみてぇだ」

 

ジェネシスの意見にティアが続く。

 

「ヨルコさん達の狙いは、圏内殺人という大掛かりな演出によって、幻の復讐者を作り出す事。だとしたら、次に死亡を演出するのは……」

 

「……ヨルコさんか!」

 

キリトが何かを察して叫んだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシス達に連れてこられたシュミットは、宿部屋の椅子で貧乏揺すりをしながら終始落ち着かない様子で座っている。

その向かいに座るヨルコは、落ち着き払った態度で座っている。

部屋の中を重い空気が支配する中、不意にシュミットが切り出した。

 

「……グリムロックの武器でカインズが殺されたというのは、本当か?」

 

「……本当よ」

 

ヨルコは落ち着いた態度を崩さず、静かに答えた。

ヨルコの言葉にシュミットは目を見開く。

 

「なっ!なんで今更カインズが殺されるんだ!!

あいつが……あいつが指輪を奪ったのか?グリセルダを殺したのはカインズだったのか?グリムロックは売却に反対した3人を全員殺すつもりなのか?俺や…お前も狙われているのか?」

 

怯えた表情で捲し立てるシュミットに、ヨルコはまた静かな声で告げた。

 

「グリムロックさんに槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、或いはグリセルダさん自身の復讐なのかもしれない……」

 

そして一呼吸置き、

 

「だって、幽霊じゃなきゃ、圏内で殺人だなんて不可能だもの……」

 

その言葉でシュミットは絶句する。

だがジェネシスは嘆息した。彼、いや彼らは圏内殺人のトリックを既に解明しているからだ。

 

そんな彼らを他所に、ヨルコは立ち上がる。

 

「私、昨日の夜寝ないで考えた……結局のところ、グリセルダさんを殺したのは私たちメンバー全員でもあるのよ!

あの指輪がドロップした時、投票なんかしないでグリセルダさんの指示に従えば良かったんだわ!!」

 

半狂乱気味に叫ぶヨルコに、シュミットは言葉が出てこない。ジェネシス達も、静かだったヨルコの豹変におそらく演技だと分かってはいても少し圧倒された。

 

「あの時、グリムロックさんだけは……グリセルダさんに任せると言ったわ。だからあの人には……グリセルダさんの敵を討つために、メンバー全員を殺す権利があるのよ……」

 

力ない声で言いながら、ヨルコは空いた窓辺へ下がっていく。

 

「冗談じゃない……冗談じゃないぞ!なんで今更!!半年も経ってなんで今更そんな事!!

お前はいいのかよヨルコ?!!こんな訳の分からない方法で、殺されてもいいってのか?!!」

 

シュミットはガタガタと鎧を震わせながら立ち上がり、凄まじい剣幕でヨルコに詰め寄ろうとするが、ジェネシスがそれを制した。

 

その直後、ヨルコは目を見開き、よろめいてその背中を露わにした。

彼女の背中には投げ短剣が深々と突き刺さっており、そのまま窓から落下し地面に落ち、そして消滅してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うん、知ってた)

 

だが四人は全く動じることなく、その光景を見ていた。

アスナは落ち着いてメニュー欄からフレンドの居場所確認機能でヨルコの居場所を探し、見つけると、安心したように息を吐いて椅子に座った。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回、原作及びアニメの展開からは大きく異なるストーリー展開にしました。
相違点としては、原作では圏内殺人のトリックを追っていたのに対し、本作では全ての原因たる指輪事件の真相を追う展開となっております。

次回もよろしくお願いします。


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十話 幻の復讐者

どうも皆さん、ジャズです。
圏内事件編、後編です。


目の前でヨルコが消滅しても動じず冷静だった四人。

ヨルコが落ちた窓から外を見ると、遠くに黒いローブを着たプレイヤーが目に止まった。

 

「行ってくる!!」

 

瞬間、キリトは窓から飛び出し、AGIを全開にして屋根を駆ける。

全速力で追うが、中々距離が縮まらない。

その時、キリトの隣を銀の疾風が駆けた。

銀髪と白マントをたなびかせた女性、ティアだ。

バランス型なキリトに対し、速さを追求したティアのAGI値は今やアインクラッド内でもトップを誇る。

ティアはその速さを存分に活かし、キリトを即座に追い抜くと一気にローブの人物との距離を縮めて行く。

 

が、後もう少しの所でローブの人物が何かを取り出した。

転移結晶だ。

 

「っ、くそ!」

 

ティアは毒づくと腰のピックを引き抜き投げつける。

それらは真っ直ぐローブの人物に向かって飛んでいくが、命中する直前に紫の障壁に阻まれた。

行き先だけでも、とティアは耳を傾けたが、直後に鐘の音が街に鳴り響き、聞くことは叶わなかった。

ローブの人物は青白い光に包まれて行く。

ティアはならばと、せめてもの賭けに出た。

 

「ーーカインズ!!」

 

「?!!」

 

ティアがその名を告げた瞬間、ローブの人物はビクッと肩を震わせティアの方を見る。そして、その人物は青白い光に包まれ、その場から消えた。

 

ティアとキリトは、ヨルコに刺さっていたナイフを拾い上げ、宿部屋に戻る。

 

「よお、どうだった?」

 

ジェネシスが壁にもたれかかりながらたずねる。

 

「ダメだ、転移結晶で逃げられた」

 

キリトが首を横に振りながら答えた。

 

「だが、収穫はあったさ」

 

ティアが右手に持った短剣をチラつかせながらジェネシスの方を見て不敵な笑みを浮かべながら言った。

すると、

 

「あ、あのローブはグリセルダの物だ……あれはグリセルダの幽霊だ……グリセルダが、俺たち全員に復讐しに来たんだ……」

 

鎧をガタガタと震わせながらシュミットは口を開いた。

その顔は恐怖で染まっている。

 

「は、ははは……ゆ、幽霊なんだから、圏内でPKするくらい楽勝だよな?あ、あはははは……」

 

両手で頭を抱えながら狂ったように笑うシュミット。

そんな彼を見てジェネシスは嘆息し、彼の頭に拳骨を食らわせた。

 

「あぐっ?!」

 

シュミットはうめき声をあげ、ジェネシスの方を見た。

 

「シャキッとしろい。ゲームで幽霊なんかあってたまるか。てめーは殺させねぇよ」

 

ジェネシスの叱咤でようやく我を取り戻したシュミットは、恐怖を完全に払拭出来てはいないものの、なんとかいつもの彼に戻った。

その後、シュミットを聖竜連合まで送り届けた彼らはNPCレストランへと足を運んだ。

 

「結局、指輪事件の犯人はシュミットなのかしら…?」

 

アスナがテーブルに頬杖をつきながら呟いた。

 

「……いや、恐らくあいつはねぇな。何かしら関与はしただろうが、あいつが直接的な原因とは思えねぇ」

 

アスナの呟きに対しジェネシスが首を横に振って答えた。

 

「けど、じゃあ一体誰が……?」

 

キリトが顎に手を当てながら熟考する。

 

「……グリムロック、という事は無いだろうか?」

 

不意にティアがそう切り出した。

 

「いやいや、それは一番無いんじゃ無い?だってその人、グリセルダさんの旦那さんだったんでしょう?」

 

「ヨルコさんもお似合いの夫婦って言ってたしな」

 

だがティアの意見に対しキリトとアスナの二人は首を横に振って否定した。

 

「…そういや気になってたんだがよ、この世界で結婚すっとどうなるんだ?」

 

不意にジェネシスがそう問うた。

 

「確か、二人のアイテムストレージが共有されるのよ。

でも、なんだかロマンチックで、凄く実際的(プラグマチック)よね」

 

ジェネシスの問いにアスナが少し頬を緩めながら答えた。

 

「確かに、ストレージ共有化というのは身も蓋もない話だな。それまで隠し通せたものが、結婚した途端に何も隠せなくなるのだから……」

 

ティアも頷きながら、チラリと視線をジェネシスの方に向けながら言った。

 

「いやいや、俺たちの間で隠し事なんざしようにも出来ねぇだろうがよ」

 

視線に気づいたジェネシスが苦笑しながら言った。

ティアも「そうだな」と満足げに頷きながら返す。

すると、

 

「なあ、もし結婚している二人の、一方が死んだらどうなるんだ?アイテムストレージは共有化されてるんだろ?」

 

不意にキリトが尋ねた。

 

「グリムロックとグリセルダさんの事?そうね、一人が死んだら……」

 

真剣な表情で考え込むアスナに対し、キリトは

 

「……全て生き残った方の物になるんじゃないか?」

 

と言う言葉に3人は目を見開く。

 

「なら、グリセルダさんが死んだ時、あのレア指輪は…」

 

「グリムロックの足元にドロップした筈なんだ」

 

声を震わせながら言うアスナにキリトが続いた。

 

「つまり、指輪は奪われていなかった……と言うことか?」

 

「いいや違う。奪われた、と言うべきだ。グリムロックは、自分のストレージにある指輪を奪ったんだ!」

 

ティアの言葉にキリトは首を横に振って答えた。

 

「……アスナ、今ヨルコ氏達はどこにいんだ?」

 

ジェネシスがいつになく深刻な表情で尋ねると、アスナは即座にメニュー欄からヨルコ達の居場所を確認する。

 

「……十九層の、森の外れにいるわ」

 

「……不味い、今すぐ行かねえと!!!」

 

アスナがそう答えるや否や、ジェネシスは血相を変えて椅子から飛び出し走り出した。

 

「あ、おい!」

 

「待ってよジェネシス!!」

 

3人も慌てて飛び出した。

 

「ジェネシス、不味いってどう言うことだ?!」

 

なんとか追いついたキリトがジェネシスに走りながら尋ねる。

 

「あのショートスピアだ!あれは確かグリムロックが作ったんだろ?なら、奴は今回のヨルコ氏達の計画を全部知ってる筈だ!!

そして、指輪事件の黒幕であるグリムロックが、あの事件の真相を追ってるヨルコ氏達が集まってるこのチャンスを、見逃すはずがねぇ!!」

 

「つまり……纏めて消せばいい、と言うことか!!」

 

ジェネシスの言いたいことを察したティアがそう叫んだ。

3人は大急ぎで転移門へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

十九層 十字の丘

 

霧が立ち込める薄暗い森の中を、シュミットは一人で歩いた。

そして一つの大木の前で立ち止まる。そこには一つの墓標があった。

 

「グリセルダ…俺が助かるには、もうお前に許してもらうしかない」

 

そう言いながら、シュミットは地面に手をついた。

 

「済まない、許してくれ、グリセルダ!まさか、あんな事になるとは思ってなかったんだ!」

 

地面に額をついてひたすら謝罪した。

その時だった。

 

──────本当に?

 

「っ?!」

 

突如として響いた女性の声に、シュミットは辺りを見渡す。だが周りには何もいない。

ふと、後ろから何かが近づく気配を感じ、慌てて後ろを向く。だがそこにいたのはウサギ型のモンスター。

シュミットは安堵してもう一度視線を戻す。

 

そこには一人のローブを着た女性が。

 

「ひっっ!!」

 

シュミットは両手で口を押さえて飛び退いた。

 

「何をしたの……貴方は私に、一体何をしたの?」

 

言いながらローブの女性は、例のショートスピアをシュミットに突きつけた。

 

「お、俺はただ、指輪の売却が決まった日に、いつの間にかベルトのポーチにメモと結晶が入っててそこに指示が!」

 

後ずさりながらそう言った時だった。

 

「誰のだ、シュミット?誰からの指示だ?」

 

今度は男性の声が響き、大木の陰からゆらりと姿を現した。

 

「グリムロック…?あんたも、死んでたのか……?」

 

信じられない、と言う表情でつぶやくシュミット。

 

「誰だ?お前を動かしたのは、一体誰なんだ?」

 

そんなシュミットに構う事なく、ローブの男は問いかける。

 

「わ、分からない!本当だ!メモには、グリセルダの部屋に忍び込めるように、結晶の位置だけを設定して、ギルドの共通ストレージに入れろとだけ指示が!」

 

「それで?」

 

「お、俺がやったのはそれだけなんだ!!俺は本当は殺しの手伝いなんかする気は無かったんだ!頼む、本当だ!信じてくれ!!」

 

必死の懇願。

その表情、仕草に嘘はどこにも見受けられなかった。

一瞬の静寂の後、再び声がした。

 

「……全部録音したわ、シュミット」

 

恐る恐る顔を上げると、シュミットは目を見開いた。

そこにいたのは、殺されたと思っていたヨルコとカインズが居たのだから。

一体どう言うことか、そう思って二人を見回すと、ヨルコの手のひらに輝く録音結晶が見えた。

それを見て、シュミットは全てを悟った。

 

「……そう、言うことだったのか……」

 

安堵した顔で地面に座り込む。

 

「お前達、そこまでグリセルダの事を……」

 

そう呟いたシュミットに対し、

 

「あんただって、グリセルダの事を憎んでた訳じゃないんだろ?」

 

カインズが険しい表情で問い詰める。

 

「も、もちろんだ!信じてくれ!」

 

シュミットは慌てて両手を振った。

 

「……まあ、受け取った金で買ったレア武器のおかげで、ギルドの入団基準をクリアできたのは確かだが……」

 

言いながら目をそらした。

その時だった。

 

 

 

 

トスリという音が響き、シュミットの身体に力が入らなくなる。そのままシュミットは地面に倒れこんだ。

視線を移すと、右肩の鎧の隙間を縫うように投げナイフが刺さっている。

HPバーを見ると麻痺状態を示すアイコンが表示されている。

 

「ワァーン・ダァーウン」

 

気の抜けた高い声が響き、シュミットの目の前にフードを被った男がしゃがみ込んだ。

視線をヨルコ達の方に移すと、そちらの方には同じくフードを被った男が二人に向けてエストックを突きつけていた。

 

「…確かにこいつはでかい獲物だ。聖竜連合の幹部様じゃねえか」

 

再び声が響く。

同じくフードを被った男がシュミットの方へと近づく。

右手には肉切り包丁を思わせる大型短剣が握られている。

 

「お、お前らは……!」

 

シュミットはその右に描かれた刺繍を見て目を見開いた。

棺桶の中から、不気味な笑顔を浮かべた骸骨が手招きしているマーク。

 

「…殺人ギルド……《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》!!」

 

ラフコフの3人は獲物を見定めるように彼らの前に並んで立った。

 

「さて、どう調理したもんかねぇ〜」

 

そう言いながら思案するリーダーの『PoH』

 

「あれ!あれやろうよヘッド!みんなで殺し合わせて、生き残ったやつだけ助けてやるぜゲーム!」

 

子供のようにはしゃぐのは、毒ナイフ使いの『ジョニー・ブラック』

 

「んな事言って、おめぇ生き残ったやつも全員殺しただろうがよ」

 

「あー!それ言っちゃ終わりだよヘッドォ!!」

 

嘆息しながら言うPoHに対し、心底残念そうに叫ぶジョニー。

強化を孕んだやり取りを他所に、シュミットはヨルコ達にエストックを突きつけている男、『赤目のザザ』を見る。

 

「……くくっ」

 

フードで隠れているためよく見えないが、その乾いた笑いからひしひしとその狂気は伝わってくる。

 

「……さて、取り掛かるとするか」

 

そう言ってPoHは大型短剣《メイトチョッパー》を振り上げた。

いよいよ死を覚悟し、シュミットは両目をふさぐ。

そして、包丁が自身に振り下ろされる直前、キン!という甲高い金属音が響いた。

目を開けると、目の前に一本のピックが落ちており、PoHは包丁を振り下ろすのを途中で止めていた。

 

「悪りぃな、ちょっと待ってくれねぇか?」

 

遠くから響く、聞き慣れた男の声。

唯一動く頭を動かすと、こちらに向けて大剣を背負った赤髪の剣士が歩いて来る。

 

「そいつらにはまだ、話てえことがたくさんあるんでな」

 

不敵な笑みを浮かべながらラフコフ達に向けてそう言ったのは、ジェネシスだ。

 

「……何もんだ、てめぇ?」

 

PoHが包丁をジェネシスの方に構えて尋ねた。

すると、ザザがPoHの方を向き、

 

「ヘッド、奴だ。もう、一人の、《黒の、剣士》、名前は、ジェネシス」

 

それを聞き、PoHはヒュウ、と口笛を鳴らすと、

 

「へえ、お前さんがもう一人の『黒の剣士』か……だが、こんなとこにノコノコ一人でやって来て良いのかよ?」

 

それに対してジェネシスは軽く笑って、

 

「だぁ〜れが俺一人でてめぇら3人を相手にするって言ったよ?」

 

「その通りだ」

 

するとジェネシスの奥からもう一人の黒い少年、キリトが現れた。

 

「てめぇもいるのか……」

 

PoHが忌々しげに言った。

 

「俺たちだけじゃない。こんな事もあろうかと、既に援軍を呼んである。お前達3人で、攻略組30人を相手にしてみるか?」

 

そう言いながら片手剣を引き抜き構えた。

一触触発の緊張感が漂ったが、不意にPoHが指を鳴らすと、後ろの二人は構えを解いて武器を収めた。

 

「……行くぞ」

 

そう言ってPoHは歩きだし、二人もそれに続く。

が、不意にジェネシスの横で立ち止まると、

 

「『黒の剣士 ジェネシス』、と言ったな?」

 

ジェネシスは目線だけをとなりのPoHに移す。

 

「……貴様はこの世界で必ず殺す。貴様に『黒の剣士』の名は似合わん。『黒の剣士』の名は、一人で十分だ」

 

威圧感のある声でそう言った。

 

「……あのなぁ、俺だって自分でこの名前を語ってるわけじゃねえ。気に食わねえんなら、てめぇでとっておきの二つ名でも考えてくれ」

 

ジェネシスは軽くため息をつきそう言った。

PoHは「……ふん」と軽くこぼすと、そのまま歩きだし、霧の中へと消えて行った。

 

それを見届けると、キリトは背中に片手剣を収める。

 

「ふぅ……さて、また会えて嬉しいよ、ヨルコさん。そして…そっちは初めましてかな、カインズさん」

 

ヨルコはそう言われて申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「全てが終わったら、お詫びに伺うつもりでした……信じてもらえないでしょうけれど……」

 

ヨルコの言葉にキリトは気まずそうに笑う。

 

「あー、その事なんだがヨルコさん……」

 

そしてジェネシスが代わりに前に出て、

 

「実はもう全部知ってました〜、的な?」

 

ジェネシスの言葉にヨルコとカインズは目を見開いた。

すると、

 

「ジェネシス、キリト!助けてくれた礼は言うが、何で分かったんだ?あの3人が襲ってくると……」

 

漸く麻痺が解けたシュミットが片膝をついて尋ねた。

 

「いや、分かった訳じゃねぇさ。あくまであり得ると推測したまでだ。杞憂であって欲しかったんだがな……」

 

「なあ、カインズさん、ヨルコさん。あんた達は、あの二つの武器をグリムロックに作ってもらったんだよな?」

 

ヨルコとカインズは少し目を合わせると、ジェネシス達の方に向き直り、

 

「最初は、気がすすまないようでした。もう、グリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって……」

 

「でも、僕らが一生懸命頼んだら、やっと武器を作ってくれたんです」

 

ヨルコ達の言葉を聞き、キリトは首を横に振りながら言う。

 

「残念だけど、あんた達の計画に反対したのは、グリセルダさんの為じゃない」

 

「あんたらが圏内PKなんて派手な演出をしたら、大勢の人が見たら誰かが気づいちまうとグリムロックは考えたんだ。

ま、俺たちが気づいたのもほんの30分前だがな……」

 

そしてジェネシス達は指輪事件の真相を全てを語った。

 

「…じゃあ、グリムロックが事件の犯人なのか?あいつが、グリセルダを?」

 

「いんや、流石に直接手は汚さなかっただろうぜ。殺害は汚れ仕事専門の奴に依頼したんだろ。その相手は、さっきまでいた《ラフィン・コフィン》どもだな」

 

ジェネシスがシュミットの言葉を否定した。

 

「そんな……じゃあ、何でグリムロックさんは、私達の計画に協力してくれたんですか?!」

 

「あんた達は、グリムロックに計画の全てを話したんだろ?なら、それを利用して事件の真相を永久に闇に葬ることが可能だ。あんた達3人が集まったところを、纏めて消せばいいと……」

 

キリトの言葉にシュミットは納得したように頷く。

 

「そうか、だからここに《ラフィン・コフィン》の3人がいたのか……」

 

「多分、グリセルダの殺害を依頼した時からパイプがあったんだろうぜ」

 

肯定するようにジェネシスが首を縦に振り、ヨルコは力無くうなだれた。

 

「二人とも、いたわよ」

 

不意にアスナの声が響く。

 

「んじゃあ、詳しいことは直接本人から聞こうじゃねえか……なあ、グリムロック(事件の黒幕)さんよぉ?」

 

ジェネシスはそう言いながら振り返る。

そこには、ティアとアスナに挟まれた男性がいた。

長身で革製のロングコートに身を包み、サングラスをかけている。

 

「やあ、久しぶりだね。みんな」

 

男ーーグリムロックは皆を見回した後、穏やかな口調で口を開いた。

 

「グリムロック、さん……貴方は…本当に……?」

 

ヨルコは力無い言葉で問いかける。

だがグリムロックは不気味な微笑を浮かべるだけで何も答えない。

 

「何でなのグリムロック!?何でグリセルダさんを…奥さんを殺してまで、指輪を盗んでお金にする必要があったの?!!」

 

中々答えないグリムロックに業を煮やし、ヨルコは両目に涙を溜めながら叫んだ。

 

「金……?金だって?く、くくく……っ」

 

不気味に肩を震わせ笑い出す。

 

「金のためじゃない、私は彼女を何としても殺さなければならなかった……彼女がまだ私の妻である間に」

 

そこで一旦言葉を区切り、目を伏せて告げる。

 

「……彼女は現実でも、私の妻だった」

 

その言葉で皆は目を見開いた。

つまりこの男は、自らの手で最も大切である筈の存在を殺したことになる。

グリムロックは続けた。

 

「彼女は私にとって、可愛らしく従順で、唯の一度も夫婦喧嘩をした事もなかった。

だが共にこの世界に囚われた瞬間、彼女は変わってしまった……強要されたデスゲームに怯え、竦んだのは私だけだった。彼女は現実にいた時よりも、遥かに生き生きとして充実した様子だった。

その時に私は知ってしまった……私の愛した『ユウコ』は消えてしまったのだと!!」

 

両肩をわなわなと震わせながら言葉を続ける。

 

「ならば…ならばいっそ!この合法的殺人が認められるこの世界で『ユウコ』を……永遠に私の思い出の中に封じてしまいたいと思った私を、誰が責められるだろう?!」

 

狂気的な笑みを浮かべながらそう叫ぶグリムロック。

 

「そんな……そんな理由であんたは、奥さんを殺したのか……?」

 

キリトが信じられないものを見るような表情で問う。

 

「十分すぎる理由だよ探偵くん。君にもいつかわかるよ……愛情を手に入れ、それが失われた時にね」

 

グリムロックはキリトに対し嘲るような笑みを浮かべながらそう告げる。

だが、ジェネシスがグリムロックの方に歩み寄る。

 

「誰が責められるか……だって?」

 

次の瞬間、ジェネシスの鉄拳がグリムロックの左頬に炸裂した。

『バキッ!』という鈍い音を立てたのち、グリムロックは地面に倒れこむ。

 

「俺たちが…社会が……世界中がてめえの行いを責めるに決まってんだろクソ野郎」

 

グリムロックは左頬を抑えながらジェネシスを見上げる。

ジェネシスはそんな彼を鋭い目つきで見下ろしながら

 

「人殺しが認められる場所なんざある訳ねぇだろ。

てめぇが嫁さんを殺しても何も感じてねぇ時点で、嫁さんに抱いてたのが愛情なんかじゃねえのは明らかだ」

 

そう言ってジェネシスはしゃがみ込み、グリムロックの胸ぐらを掴む。

 

「てめぇはただ、モノとしてしか嫁さんを見てなかったんだろう?

そんなもん愛なんかじゃねえよ……単なる支配欲と所有欲だろうが!!」

 

その瞬間、グリムロックは目を見開き、そのままうな垂れた。

ジェネシスはそんな彼を突き放すように下ろす。

するとグリムロックにカインズとシュミットが歩み寄り、両肩で支えるように持ち上げる。

 

「この男の処遇は、私たちに任せてもらえませんか?」

 

「心配せずとも、私刑にだけはかけないと約束する」

 

二人の言葉に、

 

「ああ……分かったよ」

 

ジェネシスは頷き答えた。

カインズたちはジェネシス達から背を向けて歩き出す。

ヨルコは彼らに続くが、一度ジェネシス達の方を振り返り、

 

「皆さん、ありがとうございました。お陰で真相が分かりました。これできっと、グリセルダさんも浮かばれます」

 

そう言って深々とお辞儀し、カインズ達の方へ駆けて行った。

 

夜が更け、薄暗かったあたりが白み始める。

 

「んじゃ、俺たちもこれで失礼するわ」

 

ジェネシスはキリト達から背を向け歩き始め、ティアもそれに続く。

 

「ああ、お陰で助かったよ」

 

「また最前線で会いましょう」

 

後ろからキリト達の声が聞こえ、ジェネシスは背を向けたまま手を振った。

 

「ねぇ、久弥……」

 

不意にティアが歩きながら尋ねる。

 

「もし、結婚した相手の隠れた一面とかが分かったら、久弥はどうする?」

 

ジェネシスは少し思案した後、

 

「……どうもしねぇよ。『へーそうなんだー』くらいにはなると思うがな。それで関係性が変わるくれぇなら長続きしねぇよ。その例がさっきのグリムロックだろ」

 

そしてジェネシスはティアの方を向き、

 

「つか、てめぇの隠れた一面とかまだあったりすんの?割と一緒にいること多いから結構お前のこと知ってると思うんだけどな」

 

ティアはその問いに対し、苦笑しながら

 

「あはは……どうだろうね」

 

と答え、歩みを進めるがふと何かが引っかかり足を止める。

 

「(ちょっと待って……わたし結婚する相手が自分だったら、なんて言ったっけ?言ってないよね?なのに久弥は今、私のことで話した……それってつまり……そういう事なの?!何よ!嬉しいけどちょっと気が早いんじゃないの久弥ああぁぁ!!)」

 

ティアが一人面食らっているのを見て

 

「……おい、何してんだおめぇ?」

 

ティアはその声でハッと我に返り、

 

「う、ううん!何でもないの!!さ、早く戻ろっか!!」

 

そう言ってジェネシスの手を引き歩き出す。

 

何故かティアの表情は、照らし出す光の影響もあってかとても輝いていた。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ジェネティア……さっさと結ばれろお前ら。

評価、感想などお待ちしております。


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十一話 ラフコフ討伐戦

こんにちは、ジャズです。
今回はラフコフ討伐戦です。


その日、ジェネシスとティアの二人は攻略を終え、帰路に就いていた。

そこへ入った一通のメール。差出人は、血盟騎士団副団長のアスナからだ。

 

『今すぐに、血盟騎士団本部に来て。大事な話がある』

 

二人はその内容を見て訝しんだ表情になった。

 

「何だってんだ一体…?」

 

「重要なクエストでも見つかったのかな……?」

 

考えても仕方がないため、二人は呼び出された場所、五十五層のグランザムにある血盟騎士団本部へと向かう。

 

グランザムは《鉄の都》という名で知られ、文字通り物々しい尖塔や要塞のような建物がいくつも立ち並ぶ。

そしてこの層で最大の規模を誇る豪壮な建物。それこそが、SAO内最強ギルド、血盟騎士団の本部である。

 

大きな門でジェネシス達を出迎えたのは、いつも立っている門番ではなく、白と赤の騎士服を身につけた少女、そしてジェネシス達をこの場に呼び出した本人であるアスナだ。

 

「よお、副団長自らお出迎えたあ恐縮なこったな」

 

ジェネシスがいつものように軽く手を振りながら話しかける。

 

「私が呼んだからね。それに、この建物は結構複雑だから、案内してあげないと」

 

アスナは眉をハの字に曲げ、困ったような笑顔で答える。

そしてアスナの案内でやって来たのは、ひときわ大きい会議室。

そこには血盟騎士団は勿論ボス攻略でよく見る聖竜連合やその他のギルド、更に見知った顔もいくつかあった。

ギルド《風林火山》のリーダー、クライン。

商人の重戦士、エギル。

ソロで攻略に挑む《黒の剣士》キリト。

 

ジェネシスは一瞬、ボス攻略の会議でも始まるのかと考えたが、もしそうなら態々こんな所まで来なくとも、最前線の層でやれば良いだけの話。いや、いつもならそうしている。

だとしたらここに集められたのは十中八九ボス攻略の為ではない。一体何のためなのか……?

 

「…もうすぐ、全体に話があるわ。私はもう行かなくちゃだから、しっかり聞いててね」

 

アスナはそう言い残し、プレイヤー達の間を掻き分け前の方へと消えた。

やがて、部屋のホロパネルの前に一人のプレイヤーが姿を現した。

聖竜連合の幹部にして、以前の圏内事件の際にジェネシス達が関わった男性、シュミットだ。

 

「皆、急に呼び出してしまって済まない。だがどうしても、諸君らの力が必要な案件が発生したため、呼び出させてもらった」

 

そしてシュミットはそこで一旦話を区切り、

 

「……先日、あの殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のアジトが判明した!」

 

その言葉に皆が耳を疑った。

《ラフィン・コフィン》は言わずと知れたSAO内史上最も凶悪なギルド。ありとあらゆる手でプレイヤー達を死に追いやり、長らく多くのプレイヤー達を恐怖に陥れて来た。

そのアジトは半年前から捜索されていたものの、場所は愚か手がかりすら掴めずにいた。

 

「数日前、ラフコフのメンバーを名乗る者から、ギルド本部にメッセージが届いた。そのメッセージに記載されていた場所に我々の偵察隊を送り込んだ所、ラフコフのアジトで間違い無いと判断された!」

 

そしてシュミットはホロパネルに詳しい座標と地図を表示する。

そこは攻略組でも見落としていた低層のダンジョンだった。

 

「よって今この場にいるメンバーで、ラフコフの討伐に当たりたい。だが、奴らはレッドプレイヤーだ。討伐戦には諸君らの命を懸けてもらうことになる。

もし辞退したい者がいるのなら構わない。その作戦に命をかけられるものだけ、残ってくれ」

 

恐らく皆が逃げ出したかっただろう。

ジェネシスとてそうだ。自分が死ぬという恐怖は勿論だが、それ以上にティアの身にもしもの事があったら……と思うと参加したく無いという思いが湧き上がる。

だがここで奴らを叩かねば今後も更なる被害が出るのも事実だし、奴らを野放しにしていてはティアにラフコフの魔の手が差し掛かる危険が残り続けるのも事実。

ならば今この場で何としてもティアの身を守りつつ、ラフコフを潰すのが最優先と言える。

 

故にジェネシスは残った。そして恐らく、ティアやキリト、その他のプレイヤー達も同じ思いなのだろう。誰一人として、部屋から出るものはいなかった。

シュミットは彼らを見渡すと心からの笑顔を浮かべ、

 

「…ありがとう。では、会議を続行する」

 

そして、ホロパネルを指しながら作戦会議が続けられた。

『ラフィン・コフィン討伐作戦』は翌日決行される事となった。

 

数刻後、血盟騎士団本部から解放され、いつも寝泊まりしている宿部屋に戻ったジェネシスとティアは同じベッドに腰掛けていた。

いつもならここで他愛ない会話が交わされるのだが、いまこの部屋には重い空気が流れていた。

 

「ねぇ……久弥は、どうするの?明日の討伐戦」

 

不意にティアが口を開き尋ねる。

 

「んー、そーだなぁ〜……」

 

ジェネシスはゆっくり息を吐きながら

 

「……俺は、参加するぜ」

 

ときっぱりと答える。

 

「どうして?ラフコフはレッドだよ?その他の……殺されちゃうかも、しれないんだよ?

 

ティアはジェネシスの方に寄りながらおずおずと尋ねる。

 

「それは別に普段のボス戦でも同じ事だろ?俺はもう奴らを野放しにしたくねぇ。ボス戦でも命張ってんのに、加えて奴らに命狙われるなんざもううんざりだ」

 

それを聞き、ティアは一度目を伏せ、その後もう一度顔を上げる。その瞳には決意が現れていた。

 

「…それなら、私も行くよ」

 

「おいおい、無理しなくたって良いんだぜ?おめぇはここに残って……」

 

待っていてくれ……というジェネシスの言葉をティアは遮る。

 

「そんな危ない所に、一人で行かせないよ」

 

いつになく険しい表情にジェネシスは何も言えなくなる。

ティアはジェネシスの両手を包み込むように握ると、即座にいつもの優しい笑顔を浮かべ、

 

「……私は、この大きな手に何度も守られた。何度も救われた。久弥がいてくれたから、今の私があるんだよ?

だから、今度は私が久弥を守る。どんな事があっても、久弥は死なせない」

 

そう言い切ったティアに対し、ジェネシスは苦笑し

 

「……へっ、もう十分守られてんよ。第一層のボス戦の時も、黒猫団の時もな。

俺も、テメェだけは絶対死なせねぇ。元よりそのつもりでやって来てるしな」

 

そう言って、ティアの手を握った。

 

「無理はすんじゃねえぞ?」

 

「久弥こそ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ラフコフのアジトがあったのは、十二層のサブダンジョンだった。

特に美味しいクエストがある訳でもなく、ミドルゾーンのプレイヤーでもここに来る事など全く無い。だからこそ、奴らはここをアジトに選んだのだろう。

 

原理不明な浮遊する石畳の上を進んでいき、ダンジョンを慎重に進んでいく。

ある程度進んだところで、シュミットが討伐隊の方を振り返る。

 

「もうじき報告のあった《ラフィン・コフィン》のアジトだが、作戦の前にもう一度確認しておく。

奴らはレッドプレイヤーだ!我々を殺すことに何の躊躇も無いだろう。だからこちらも躊躇うな!迷ったらこちらが殺られる!」

 

シュミットの言葉に皆は気を引き締めた。

彼の言ったことを要約すると、『殺られる前に殺れ』と言うことだ。

 

「…とは言え、レベルも実力もこちらの方が圧倒的に上だ。案外、戦闘にならずに降伏、と言うこともあり得るかもな」

 

シュミットが零したジョークに軽い笑いが起きる。

ジェネシスは特に笑うこともなくただ討伐隊の様子を静観していた。

 

が、ここでふとジェネシスの耳に何か妙な音が聞こえた。

それは『キン』と言う金属音。そして複数の足音。

ふと視線を向けると、そこには既に武器を構えた無数のラフコフメンバーが。

 

「……この野郎ッ!」

 

ジェネシスは咄嗟に背中の大剣を引き抜き、斬りかかって来たラフコフのメンバーと鍔迫り合いに持ち込む。

STR値はジェネシスの方が圧倒的に高いため、そのまま敵を押し込んだ後腹部を一閃した。

だがその後も、休む間も無く次々とラフコフメンバーは襲いかかってくる。

 

「バカな、情報が漏れていたのか?!」

 

シュミットは信じられない、という様子で叫ぶ。

恐らくそれ以外に無いだろう。何者かがこちらの作戦内容を漏らしていたのは間違いないが、今はそれどころでは無い。討伐隊のメンバーは襲いかかる凶刃を必死の思いで捌いていく。

 

とは言え、先ほどシュミットが言った通り実力、レベルは勿論人数もこちらが上だ。突如として襲いかかった強襲にも何とか持ちこたえた。このまま落ち着いて一人ずつ包囲し捕縛すれば何とかなる。

 

そして一人、既にHPがレッドゾーンに達し、複数の討伐メンバーで包囲された者がいた。

 

「ここまでだ、大人しく武器を捨てて投降しろ」

 

血盟騎士団の男が長剣を突きつけながら降伏を勧告する。

が、

 

「き、ひひっ……ひひひひっ」

 

この状況でラフコフの男は尚、不気味に肩を震わせながら笑い出した。

そして、右手に持った湾曲した片刃で血盟騎士団の男を斬りつけたのだ。

 

「おい、何のつもりだ?!」

 

斬られた男は叫ぶが、ラフコフの男は聞く耳を持たず、ただ狂気的な笑いを上げながら滅茶苦茶に剣を振り回す。

 

「ぐっ…うわあああーーっ!!」

 

そして遂に、血盟騎士団の男はガラス片となって消滅した。

 

ラフコフのメンバーは皆、人の命をなんとも思っていない。そしてそれは、自分自身の命ですらもだ。だからこそ、HPがレッドゾーンに入っていようが、ただ目の前の人間を殺す。

 

 

徐々に討伐隊が押されていく中、ティアは一人奮戦していた。

持ち前の速さと正確な斬撃を惜しみなく繰り出し、ラフコフのメンバーを次々と戦闘不能に持ち込んでいく。無論、それは殺害と言う方法ではなく、艶やかに足を斬り飛ばす事による部位欠損ダメージによるものだ。

HPをレッドゾーンに持って行っても攻撃をやめないなら、もう動けないようにすれば良い。腕や足を切り落とせば、もう攻撃することも動くことも出来まい。

 

ティアは一心不乱に、迫る猛攻をいなし、ただひたすらに目の前の敵を戦闘不能に追い込む事を考えた。

 

だが、これがモンスターだったならばどれ程楽だっただろう。部位欠損などと言う中途半端なダメージなどではなく、一思いにソードスキルを駆使して攻撃する方が余程手っ取り早い。だが相手はレッドとは言え少なくとも殆どがミドルゾーンのプレイヤー。攻略組の、それもアインクラッド四天王の一人に数えられるほどの実力を持つティアがソードスキルなど使おうものなら相手は一撃で消える。

 

こちらを殺す気で攻撃してくる雑魚キャラを、殺さない程度で沈黙させる。これは中々難しい。

しかもこのような混戦の中で、極限の集中力を長時間保つなど幾らティアでも不可能と言える。

 

「……まだ……終わらないのか……」

 

ティアは思わずそう呟いた。

いい加減両陣営も限界が来ている筈だ。これ以上はもう失うものしかない。

 

その時だった。

 

「ッヒャアアァァァーーー!!!」

 

狂気的な叫び声がし、ティアは慌てて刀を構える。

後ろからまたフードを被ったレッドが斬りかかって来た。

ティアはそれを危なげなく受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。ここでティアはこれまで通り部位欠損を与えるために両腕に力を込めた。

だが、今度は後ろからもう一人来ていたのだ。

ティアはそれに気づくと、鍔迫り合いに持ち込んでいた相手を押し切り、そのまま右足を軸に回し蹴りを叩き込む。

だが、ティアが後ろの敵に気を取られている隙に、先程鍔迫り合いをしていたレッドがティアの背中を斬りつけた。

 

「っ?!」

 

ティアはそれによって倒れ込んだ。その瞬間、ティアの体に力が入らなくなった。

HPは確かに減っている。しかし問題はそこでは無い。

ティアのHPバーが黄色く点滅している。麻痺毒だ。

 

殺人集団の目の前で麻痺毒にかかって動けない人間など、格好の餌と言っていい。

うつ伏せになって倒れるティアの周りに、次々とレッドプレイヤー達が集まり始めた。そのフードの奥に、狂気的な笑みを浮かべながら。

遂に訪れた、死と言う存在。

息が浅くなり、動悸が早まるのを感じる。

 

「…ぃ……嫌………っ!」

 

発せられたティアの声はもう、攻略組で《白夜叉》と呼ばれる戦士の物ではない。死の恐怖に怯え、なんの力もないただの少女、《一条 雫》の声だった。

 

そんな彼女に、無慈悲にも振り下ろされる凶刃。

確かにやってくる死と言う存在を前に、ティアは両目を堅く閉じた。

 

「(お願い……助けて………

久弥っっ!!)」

 

ティアは心の中で強くそう念じた。

 

その時だった。

 

赤い閃光がティアを囲んでいたレッド達を一閃した。

 

「……おい」

 

聞き慣れたその声に、ティアはゆっくりと目を開いた。

目の前にいたのは、今正に自分が助けを求めた存在。

 

「ひ……さ、や……?」

 

ジェネシスだった。

 

彼は鋭い眼光を放ち、レッド達を睨みつける。

 

「……俺の女に、テメェらのその薄汚ねぇ手で触れんじゃねえ」

 

ジェネシスは静かに、それでいて凄まじい怒気と威圧感を込めた声で、ティアを襲おうとしていたレッド達に向けてそう放った。

 

「ヒャアーーーッ!!」

 

最早人間のものとは思えない奇声を上げながら、一人のレッドが短剣を片手にジェネシスに飛びかかる。

だが……

 

「ジャマだ、失せろ」

 

ジェネシスは迷う事なく大剣を横薙ぎし、飛びかかったレッドを数メートル先へ吹き飛ばした。

吹き飛ばされたレッドは、その体をガラス片に変えて消滅した。

 

「女の前だからって、カッコつけてんじゃねぇぞオォォォーー!!」

 

「死ねやああぁーーーっ!!」

 

それを見て逆上した他のレッド達四人が、一斉にジェネシスに飛びかかった。

 

「────喧しいんだよ、ゴミ共が」

 

それに対しジェネシスは静かにそう吐き捨てると、ソードスキル《サイクロン》を発動し四人のレッドを纏めて消しとばした。

 

これでジェネシスは、五人の命を奪ったことになる。

 

ティアを囲んでいたレッド達はジェネシスによって消され、ジェネシスはゆっくりとティアの元にしゃがみ込んだ。

 

「ひさや…………っ!」

 

ティアは悲痛な顔でジェネシスを見上げる。

ジェネシスは眉をハの字に曲げて軽く笑い、

 

「……これ、飲んでて大人しくしてろ」

 

そう言って、ジェネシスは回復ポーションをティアの手に握らせ、再び立ち上がると踵を返して走り出した。

 

「ま────」

 

待って、と叫ぼうとしたが、既にジェネシスは遠くへ走っていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ティアを救助した後、ジェネシスはキリトを呼び出した。

 

「ジェネシス、どうしたんだ?!」

 

襲いかかるラフコフのプレイヤーを何とかいなしつつ、キリトはジェネシスに問いかけた。

 

「……ティアが麻痺毒にやられた。あいつを守ってやってくれ」

 

そう言って、ジェネシスは大剣を構える。

 

「守るって……お前はどうするんだ?」

 

「あいつら……叩き潰してやる」

 

そう言って、ジェネシスは駆け出した。

キリトはジェネシスのやろうとしていることを察し、

 

「っ!よせ、ジェネシス!やめろ!!」

 

と叫んで止めようとしたが、間に合わなかった。

 

そこからジェネシスは、ラフコフのプレイヤーを構わず本気で斬り続けた。当然、攻略組の中で随一の攻撃力を持つジェネシスの一撃となれば、所詮ミドルゾーンのプレイヤーでしかないレッド達はひとたまりもない。

 

ある程度レッド達を仕留めたところで、ジェネシスは攻撃を一旦止める。

 

ラフコフ共ぉ!!

 

その叫びで、混戦を極めていた双方のプレイヤー達は足を止め、ジェネシスの方へと視線を向ける。

 

「テメェらクズ共の相手は、今から俺が引き受けてやる。死にてえ奴からかかって来い!

俺が直々に、纏めて地獄に送ってやらぁ!!!」

 

その直後、残ったラフコフのメンバー達は一斉にジェネシスに飛びかかった。

 

「うおおおぉぉらああああああーーー!!!」

 

ジェネシスはもう手加減せず、ソードスキルを惜しみなく使用し、次々とレッド達を葬っていく。

ジェネシスの周囲では、無数のガラス片が舞っていた。

 

「もういい……もういいよ…久弥っ……!」

 

ティアは両目から涙を流しながら言うが、その悲痛な声はジェネシスには届かない。

ティアはただ、自身の不甲斐なさ、無力さにただ拳を握りしめるだけだった。

 

そして、ジェネシスがある程度ラフコフのメンバーを葬り去った時だった。

突如、ジェネシスの頬を一筋の光が掠め取る。

 

フードを被っているのは同じだが、髑髏を模したマスク、そしてエストックを使っているのは、ラフコフの中でも一人しかいない。

 

「《黒の、剣士》、少し、やりすぎだ、大人しく、しろ」

 

《赤目のザザ》は、ジェネシスに細剣の剣先を突きつけながらそう言った。

すると、ジェネシスの背後から何かが投げつけられた。

ジェネシスは振り向きざまに大剣を横薙ぎし、飛来物を撃ち落とす。

地面にカラン、と言う金属音を立てて落ちたのは、毒POTを刃に塗った特製の毒ナイフ。

 

「ヒャハハハハッ!!これでテメェも晴れて《人殺し》だなぁーー、《黒の剣士》イィーー!!!」

 

子供のように叫びながらジェネシスの背後に飛び降りてきたのは、ラフコフの毒ナイフ使い《ジョニー・ブラック》。

 

ラフコフの三幹部のうち二人がジェネシスの前に現れた。

流石にこの二人は、一筋縄では行かない。

 

しかし、

 

「へっ、上等だ………かかって来いテメェらああぁーーー!!」

 

ジェネシスは大剣を肩に担ぐとその場から飛び出した。

そしてザザとジョニーの前に到達すると同時に、ソードスキル《アバランシュ》で斬りつけた。

 

だがこの攻撃をただで食らう程、ラフコフの三幹部は甘くない。

二人は咄嗟にバックステップを取ってその攻撃を躱すと、そこからお返しとばかりにザザは細剣ソードスキル《スター・スプラッシュ》、ジョニーは短剣ソードスキル《ラビット・バイト》を発動し、ジェネシスに飛びかかった。

 

ジェネシスはソードスキルの硬直のため動けず、二人の攻撃を受けてしまう。

 

「ぐっ…くくっ、足りねぇなあ〜!そんなもんかぁ?!!」

 

しかしジェネシスはそう叫ぶと、再び大剣を振り回してザザとジョニーを吹き飛ばした。

その攻撃で、地面に倒れこむ二人。

 

ジェネシスは二人を見下ろし、大剣を上に掲げる。

 

「俺の前に…………

 

 

 

ひいぃれ伏せえええぇぇーーー!!!!

 

 

 

そう叫ぶと、ジェネシスの大剣の刃がオレンジ色に光る。

両手剣広範囲ソードスキル《メテオ・フォール》だ。

 

ジェネシスはそれを思い切りザザとジョニーに振り下ろす。

 

 

「やめてえぇぇぇーーっ!!」

 

 

だが、一人の少女の叫びでそれは中断された。

叫んだのは、ティアだった。

 

「もういいよ……もうやめてよ久弥っ……」

 

ティアの両目からはとめどなく涙が流れ、ジェネシスはそれを見て剣を下ろすしかなかった。

 

その後、討伐隊によって戦後の後処理が始まった。

主に大手ギルドメンバーが中心になり、捕縛したラフコフのメンバー達を引き連れ外に出ていく。

 

ジェネシスは未だ泣き続けているティアを宥めていた。

そこへ、シュミットが歩いて来た。

 

「ジェネシス、こいつがお前と話をしたいそうだ」

 

そう言って振り返ると、そこには二人の聖竜連合のメンバーに拘束された髑髏の仮面を被ったプレイヤー、《赤目のザザ》がいた。

 

「《黒の、剣士》、ジェネシス……俺の、名前は……」

 

そう話しかけるが、ジェネシスはザザから背を向けたままそれを遮った。

 

「言うな。てめぇの名前なんざ興味ねぇ。俺とてめぇが会うことなんざ二度とねぇよ」

 

冷たくそう突き放した。

ザザはそれを聞き唇を固く噛み締め、

 

「……貴様は、後で、ちゃんと、殺す……!」

 

そう告げると、ザザは連れていかれた。

 

大方ラフコフのメンバーが監獄へ送られた後、今度はジェネシスの方からシュミットに声をかけた。

 

「……どうした?」

 

シュミットがジェネシスの方を振り返ると、

 

「俺にも何か、罰をくれよ」

 

憔悴しきった顔で軽く笑いながらそう言った。

ティアはそれを聞き目を見開く。

 

「な、何を言ってるんだジェネシス!!」

 

キリトも驚愕した表情でジェネシスに掴みかかる。

だが、ジェネシスはそれを片手で制し、

 

「この戦いで、俺は何人も殺した。俺も奴らと同類なんだよ……相手がレッドだとか、グリーンだとか関係ねぇ。

この落とし前はきっちりつけねぇと、示しがつかねぇだろ?」

 

「久弥っ!」

 

ティアはまた悲痛な顔でジェネシスの方を見た。

シュミットはそれを聞き、しばし苦い表情で思案した後、

 

「……よく分かった。処罰に関しては血盟騎士団と協議の元決定する。決まったらまた連絡する」

 

そう言って、シュミットは背を向けて歩き出した。

が、その途中足を止め、背を向けたまま

 

「……お前のやったことは、決して正しいとは言えない。

だが、お前がそうすることで救われた命があったのも事実だ。そのことに関しては、礼を言わせてくれ」

 

そう言った後にジェネシスの方を振り返ると、苦笑しながら

 

「また、借りができたな」

 

そう言うと、再び背を向けて歩き出し、ダンジョンから出て行った。

今この場には、ジェネシスとティア、キリトの3人がいた。

 

しばしの沈黙の後、キリトは歩き出した。

 

「…じゃあ、俺はもう行くよ」

 

そう言って歩き出す。

 

「ジェネシス、あまり気負いすぎるなよ?」

 

そう言い残し、キリトもダンジョンから姿を消した。

 

とうとう残ったのはティアとジェネシスの二人となった。

 

「……俺たちも帰ろうぜ?」

 

ジェネシスがそう促すと、ティアは黙って頷き、立ち上がって歩き出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

いつも寝泊まりしている宿部屋に戻った二人だったが、そこにいつもの会話は無かった。

交わしたのは最低限のやり取りだけ。夕食、風呂を順番に済ませた後、いつもなら就寝準備に入る。

 

だが、二人は中々眠らなかった。

 

ティアは部屋の窓の近くに据え付けられた椅子に座り、窓の外の月明かりを眺め、ジェネシスはベッドに腰掛けていた。

 

昨日とは違う……いや、昨日よりも重苦しい空気が二人を包む。

 

だが、ここでティアが漸く口を開いた。

 

「……ごめんね?」

 

ジェネシスは首をティアの方に向ける。

ティアは窓の外を見つめたまま言葉を続ける。

 

「私……久弥を守るって言ったのに……私のせいで、久弥は……」

 

それに対してジェネシスは首を横に振り、

 

「おめぇのせいじゃねえ。あれは誰のせいでもありゃしねぇよ」

 

「違う……私のせいなの……私が、あそこで躊躇したからっ………ひさやに人を、殺させた……っ」

 

そしてティアは、再び泣き出した。

守ると誓った筈の、支えていくと決めたはずの相手に、自分の不甲斐なさのせいで重すぎる重荷を背負わせてしまった。

そのことが堪らなく悔しく、申し訳無くて止まなかったのだ。

 

「ごめっ……ひさやっ…ごめんなさっ……!」

 

大粒の涙をポロポロと零しながら詫びるティアを見て、ジェネシスは黙って立ち上がるとティアの方により、後ろから手を回した。

 

「ふぇ……ひさや……?」

 

ティアはジェネシスの顔を見上げながら問いかける。

 

「言ったろ?俺はてめぇを守るってよ。

俺が人殺しと呼ばれようが、俺はてめぇが生きてさえくれりゃそれで良いんだよ。

好きな奴に生きてて欲しいって思うのは、当然だろうがよ?」

 

そう優しく語りかけ、ティアに回した腕に力を込める。

ティアはその腕を両手で優しく掴み、

 

「私も……私も、久弥に生きてて欲しい……ずっと、ずっと傍にいたい……」

 

「ああ、俺もだティ……雫。俺の隣にいろ。俺の隣で、生き続けろ」

 

「…うん……!」

 

その後、ジェネシスは少し思案した後、意を決してメニュー欄を操作し、とある項目を決定する。

 

すると、ティアの目の前に一つのシステムメッセージが表示された。

 

「えっ……?」

 

それを見てティアは目を見開いた。

当然だ。そこに書かれていたのは……

 

 

 

『Genesis から《結婚》が申請されました』

 

というメッセージだったのだから。

 

「えっと……久弥……これは……?」

 

ティアは理解が追いつかず、ただ混乱している。

 

「見たまんまだバーロー」

 

そう言ってジェネシスは目を閉じて息を吸い込むと、

 

「雫ぅ!!俺と結婚しろーーーッ!!」

 

と叫んだ。

 

ティアは目を見開いて硬直していたが、直ぐに満面の笑みを浮かべ、立ち上がってジェネシスの方を振り返り、

 

「はいっ!喜んでーーーっ!!」

 

と叫び返した。

 

そして、システムメッセージのOKボタンをタップ。

 

 

『おめでとうございます。 Tia との結婚が成立しました』

『おめでとうございます。Genesis との結婚が成立しました』

 

二つのシステムメッセージが二人の前に表示され、ささやかなファンファーレが流れる中、二人は熱い口付けを交わした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ラフコフ討伐戦での犠牲者は、合計で30人にも登った。

そのうち、討伐隊は僅か3名なのに対し、ラフコフからは27名も犠牲者が出た。

そしてその27名のうちの約8割は、ジェネシスが葬った者たちだった。

ラフコフ討伐戦で行ったジェネシスの行為には、当然ながら賛否が分かれる事となった。

否定派からはジェネシスも監獄に投獄しろという意見も現れた。

一方で賛成派からは、ジェネシスが居なければ討伐隊に更なる多くの犠牲者が出たのも確かであり、またジェネシス一人に殺人の罪を背負わせる結果を生み出した討伐隊に対する批判意見も出た。

 

そうした様々な意見が出る中で、ジェネシスに下された処罰は『一週間の謹慎』であった。

 

ジェネシスはそれに対して不平不満は一切口にする事なく、甘んじてそれを受けたと言う。

 

しかしその後、ジェネシスに対する評価が二分された状態は依然として続く事となった。

 

そうした中で、ジェネシスの行いを受け、新たな二つ名が出現した。

畏怖と侮蔑の二つの意味を持つ名、それは……

 

 

 

暗黒の剣士(ダークナイト)

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そして……祝え!ジェネシスとティア、SAO最強夫婦が誕生した瞬間である!!
いやー、漸くここまで漕ぎ着けましたよジェネティア。さてジェネシスさん、一週間の謹慎期間の間にナニをして過ごしたんでしょうねぇ〜^^

そして同時に、ジェネシスに新たな二つ名が付く事となりました。暗黒の剣士、《ダークナイト》。
この名前は《バットマン》からとりました。バットマンと今作のジェネシスって、大まかには似てるんですよね。やり方は間違ってるけど、それでも彼がやらなきゃもっとひどい犠牲が出ていたと言う点で。
ダークヒーローたるジェネシスにはうってつけの二つ名だと自負しています。

では、次回もよろしくお願いします。


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十二話 素材集め

連投だぜ。
どうも皆さん、ジャズです。

今回からオリジナル回となります。どうぞお楽しみ下さい。


第四十八層 リンダース

 

この層は、アインクラッドの中で最も武具屋・鍛冶屋の多い層で、攻略組を含めた多くのプレイヤーはこの層で自身の武器のメンテナンスや制作依頼を注文する。

 

そして今日、この層に二人のプレイヤーがやって来た。

 

「さて……ここにあんだよな?隠れた名店ってのは」

 

転移門が青白く光り、中から二人のプレイヤーが現れた。

赤髪の男性剣士はついた瞬間周りを見渡しながらそう呟く。彼の名は《ジェネシス》だ。

 

「そうみたいだね。情報だと、この街から圏外ギリギリのところに店を構えているみたいだよ」

 

ジェネシスにそう教えるのは、銀髪に白マント、そして腰に一振りの日本刀を差した女性剣士、《ティア》だ。

 

何故彼らがここにいるのか、時は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その日、攻略を終えた二人は拠点にしている宿へと帰宅途中だった。

だがその途中、何気なくメニューからスキル欄を見ていたジェネシスが何かを見つけた。

 

「ん……?」

 

そこにあるのは、両手剣スキル・追跡・隠蔽など普段見慣れたものの間に、《暗黒剣》と表示されていた。

 

「何だこりゃあ……?」

 

《暗黒剣》などと言うスキルは間違いなく見たことも聞いたこともない。

 

「どうしたの、久弥?」

 

ティアがジェネシスの方を見て訝しんだ表情で尋ねる。

 

「いや、なんか見慣れねぇスキルがあってな……」

 

ジェネシスがそう言うと、ティアはジェネシスのメニュー欄を覗き込む。

 

「《暗黒剣》?そんなスキルこの世界にあったっけ?」

 

「知らね。少なくとも俺は見たことがねぇな……」

 

するとティアは何かを思い出したように「あっ!」と手を打ち、メニューを操作する。

 

「実は私にもあるの。ちょっと気になるスキルが……」

 

そう言ってティアはジェネシスにそのスキルを見せた。

 

「……んん?《抜刀術》?」

 

名前からして間違いなく刀ーー特に日本刀に関するスキルだが、刀スキルは既に実在しているし、そもそもこの世界の刀スキルは、曲刀スキルを極限まで高めたことによって初めて出現するエクストラスキルだ。

 

「ん〜〜……うし、軽く試してみるか」

 

ジェネシスの提案にティアは頷き、迷宮区の誰もいない所へと足を運んだ。

 

適当な場所へ進むと、丁度目の前にモンスターがポップした。現れたのはゴブリン型のモンスター。

 

「じゃあ、まずは私から行くね」

 

そう言ってティアはメニュー欄から《抜刀術》を選択し、発動状態にする。

 

そして集中力を研ぎ澄まし、左半身を後ろに引き、右手を刀の柄に添える。所謂抜刀術の構えだ。

その瞬間、ティアの刀に青い光がともり、ソードスキル発動状態となる。

ゴブリンはティアに向けて棍棒を振り上げながら急接近する。

 

「────ふっ!!」

 

小さな、それでいて力強い掛け声と同時に、ティアは勢いよく刀を引き抜き、そのままゴブリンのがら空きだった腹部を一閃する。

 

「うおっ……!」

 

ジェネシスはティアが見せた一撃に思わず唸り声を上げる。

たった一撃、されどそれは今まで見てきたティアのスキルと比べても規格外の速さ、正確さ、そして破壊力を有するのは一目瞭然だった。

抜刀術ソードスキル《蓮華》だ。

 

ゴブリンのHPはティアの一撃で既に半分に陥っている。

一撃だけで最前線の、それも迷宮区のモンスターのHPを半分も消しとばすなど、通常の刀スキルでは有り得ない事だ。

 

「すごい……」

 

ティアも思わずそう呟いた。

 

だが、まだ半分のHPが残っているゴブリンはお返しとばかりに棍棒で再び攻撃を仕掛ける。

だが、ティアはそれを危なげなく躱し、再びソードスキルを発動する。

ティアの刀は先ほどのものより更に青い光を放ち始める。

 

「はっっ!!」

 

そしてティアは、刀を一思いに振り抜いた。

その瞬間、ティアの放った斬撃が青い弧を描いたままゴブリンに接近する。

しかし直後、目を疑う光景が二人を襲った。

 

斬撃がゴブリンに命中する直前、一つだった青い弧はそこから十に分裂し、ゴブリンを包囲する形で次々と叩き込まれた。

 

抜刀術ソードスキル《真蒼》

 

一振りの斬撃で十連撃に分裂する範囲技だが、今回は敵が一体だけだったためそれらは全て標的のゴブリンに命中する事となった。

が、範囲技の攻撃である為本来なら複数のモンスターに当たる筈の攻撃が全て一体のモンスターに命中すればどうなるか。

そう、オーバーキルである。

まあ、オーバーキルは特にペナルティや罰則が与えられるわけでもない為問題は無いのだが。

 

「……たった二回の攻撃で最前線のモンスターをオーバーキルたぁ……たまげたなぁ」

 

ジェネシスが感嘆の声をあげる。

 

「そうだね……それじゃ、今度はそっちのを見せてよ」

 

ジェネシスは頷くと、スキル欄から《暗黒剣》を選択。

直後、今度は三体のオーク型モンスターがポップした。

両手剣スキルは一体多数の戦闘に向いている為、この状況はジェネシスにとってもってこいといえる。

 

「行くぜ……」

 

ジェネシスは大剣を肩に担いだ。

普段ならば突進系スキル《アバランシュ》が発動されるのだが、今回は明らかに違った。

ジェネシスの剣から、赤黒いオーラが発せられているのだ。

 

オーク達はそんなジェネシスに構う事なく、右手に携えた片刃の剣を振りかぶる。

 

「うおぉらあ!!!」

 

その瞬間、ジェネシスは大剣を横薙ぎし、そのまま反対方向へもう一度一閃した。

 

この二連撃の攻撃で、三体のオークはその身をガラス片に変えて消滅した。

 

暗黒剣ソードスキル《ヘイル・ストライク》

 

「おいおい、たった二連撃だぞ……?」

 

ジェネシスは今の自分の攻撃にあっけにとられている様子だった。

幾ら攻撃力に長けた両手剣スキルとは言え、流石に二連撃だけで最前線のモンスターを消し飛ばせるほどの攻撃力はない。

 

「これは……中々の威力だね」

 

ティアもジェネシスの攻撃に少し苦笑していた。

 

「……しっかし、結局こいつぁ一体何なんだろうな?」

 

ジェネシスは大剣を背中に収めると、もう一度スキル欄を開いて確認する。

 

「エクストラスキルだとは思うんだけど……それにしては攻撃力とかスキル補正が高すぎるよね?」

 

ティアも抜刀術の文字を見て疑問符を浮かべている。

そこでジェネシスはとある事を思い出す。

 

「そういやあいつ……血盟騎士団の団長もすげぇやつ使ってたな」

 

「ああ、ヒースクリフ団長の……《神聖剣》だね」

 

ヒースクリフ……今や最強ギルドと謳われる血盟騎士団の団長にして、《聖騎士》の異名で知られるプレイヤー。

彼が使用するのは十字剣と盾。

そしていつの日か彼が豪語したヒースクリフ専用のスキル《神聖剣》。

 

「もしかしたら、この二つも神聖剣と同じ、私たち専用のユニークスキルだったりするのかな…?」

 

「かもな……んじゃ、とりあえずは新しい武器つくらねぇと」

 

「え?」

 

疑問符を浮かべるティアに対し、ジェネシスは大剣をもう一度引き抜き、その刃を見せる。

それは先程まであった光沢感のある刃ではなく、完全に刃が溢れ刀身にいくつものヒビが入っているボロボロの刃だった。

 

「……見ろ、さっきの一撃だけでもうこんなボロボロだ。このスキルを使うには、それに耐えられるくれぇの頑丈な剣を作らなきゃいけねぇだろ?」

 

そう言われてティアも自身の刀を確認する。

ティアの刀もまた、激しい刃こぼれが発生し、刀身の真ん中には大きなヒビが入っており、いつ折れてもおかしくない状態だった。

 

「そっか……そうだね。どっちにしても、もうこの刀は使えないし」

 

ティアは苦笑し、メニュー欄から良さげな武具店を検索する。

 

「にしても、《暗黒剣》か……《暗黒の剣士》の俺にゃ御誂え向きのスキルじゃねぇか」

 

ジェネシスはスキル欄の《暗黒剣》を見ながらそう呟いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

そして現在に戻る。

今彼らは四十八層のリンダース主街区を歩き目的の武具店へと足を運んでいる。

 

やがて道に並ぶ建物が減っていき、徐々に人通りの少ない道に到達したところで、少し離れた丘の上に一軒の小屋と、大きな煙を吐く煙突が見えた。

 

恐らくあれが、今回ジェネシス達が目的としている店だ。

 

そして、いよいよ店の扉の前に到着する。

建物は煉瓦造りで、大きさはさほど大きくはなく、人一人が生活できるくらいの大きさの建物だった。

 

そして店の看板に書かれているのは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《七色の武具店》

 

ジェネシスは早速ドアを開けた。

 

中には一つのカウンターと、壁には幾多の武器が飾られたいた。

その一つ一つが見ただけで業物と取れるほどの武器であり、この店の店主の鍛治スキルの腕前の高さをこれでもかと感じさせた。

 

「いらっしゃいませ〜!」

 

中から元気な少女の声が響き、カウンター奥に据え付けられたドアが開かれる。

中から出てきたのは、グレーの長髪にまるでどこかのアイドルのようなドレスを身につけた少女だった。

 

Привет(プリヴィエート)、お客様。《七色の武具店》へようこそ!」

 

「え?ぷ、ぷり……なんだって?」

 

ジェネシスは聞きなれない単語に疑問符を浮かべる。

 

「プリヴィエートはロシア語での挨拶だ」

 

そこにティアが説明を加える。

 

「その通りです、お客様。詳しいんですね〜」

 

目の前のグレーの長髪の少女は感嘆の声を上げる。

 

「ああ、まあ小さい頃に少し習ってな」

 

ティアは苦笑しながらそれに応じる。

 

「あー、そんな事より…あんたがこの店の店主さんか?」

 

ジェネシスの問いに対し、

 

「その通りです。申し遅れました、《七色の武具店》の店主、《レイン》と申します!」

 

そう言ってレインという少女は人の良さそうな笑顔で会釈した。

 

「そっか、んじゃ早速なんだが店主さんよ、オーダーメイドを頼みたいんだが……」

 

するとレインは少し申し訳なさそうに

 

「ああ〜、申し訳ありませんお客様。今少し、金属の相場が上がっておりまして……」

 

「予算なら気にしないでくれ。今ある最高の剣と刀を打って欲しいんだ」

 

ティアがレインにそう言うが、

 

「成る程……では、具体的な数値などをおっしゃって頂けますか?」

 

と尋ねる。

 

「具体的な数値……って言われてもなぁ〜」

 

ジェネシスは少し困ったような顔で、背中からもうボロボロになった大剣を差し出す。

 

「んじゃ、こいつよりも遥かに高い数値で」

 

そう言って差し出し、レインはその剣をゆっくり丁寧に引き抜く。

 

「うわっ?!ちょっとお客様…もうボロボロじゃないですか!!剣のメンテナンスはしていなかったんですか?!」

 

レインはその剣のダメージ状態を見てギョッとした顔で叫んだ。

 

「いや〜、メンテナンスはちゃんとしてたよ?けどまあ、ちょっと事情があってな……」

 

ジェネシスは申し訳なさそうに頭をさすりながら答える。

 

「うーん、この状態だと修復は不可能ですね……あ、因みに数値は……ふんふん成る程」

 

レインは剣の数値を確認し、納得したように頷く。

 

「よく分かりました。ただ、この剣よりも更に強い剣を作るには、今店に材料が無くて……」

 

「あー、そっか。なら取りに行かなきゃだな」

 

「なら、私達で取ってくるが?」

 

ジェネシス取ってティアが説明そう提案するが、

 

「そうも行かないんですよね。金属を撮るには、マスタースミスが居ないと……」

そう言った直後、レインは顎に手を当て思案する。

 

「……よし!じゃあ一緒に取りに行きましょう!」

 

両手をポンと叩き、そう提案する。

 

「え?いや、俺たちは全然いいんだけど、店はどーすんだよ?」

 

「金属が取れるまでは暫くお休みです。どちらにしても、材料が無ければ店はやっていけませんからね」

 

「そうか……済まないな」

 

ティアが申し訳なさそうに言うが、レインは両手をブンブンと振って

 

「いえいえ!お客様の剣の為でもありますし、こちらもいい材料が手に入るチャンスですので!」

 

満面の笑みでそう告げた。

 

「何から何まで済まねえな。俺は《ジェネシス》だ。

ま、暫く一緒に行動する仲だ、敬語は無しにして、よろしく頼むわ」

 

「私はティアだ」

 

「ジェネシスさ………ジェネシスにティアね!うん、わかった!」

 

その後、数分間でレインは出発の支度を整え、店の戸締りをして早速出発した。

 

「それで、素材のアテはあるのか?」

 

「五十九層の山岳地帯に、かなりレアな鉱石があるんだけど……」

 

レインはそこまで言うと口籠った。

 

「五十九層の山岳地帯……確かあそこは、様々なオレンジギルドや犯罪者プレイヤー達が潜むSAOの中でもかなり治安が悪い場所ではなかったか?」

 

そう。目当ての鉱石がある場所は、レア鉱石がわんさか出る場所であるだけに、犯罪者プレイヤーやその他様々な悪徳プレイヤーが独占していることが多く、鍛治プレイヤー達は特にそこでの金属採取を避けていた。

 

だが、そこで取れる鉱石は現状では最高級の質があり、危険を冒してでもそこへ取りに行くプレイヤーは後を絶たない。

 

「本当は私も避けたかったんだけど、ジェネシス達がお望みの剣を作るには、もうあそこへ取りに行くしかないんだよね……」

 

「そっか。なら、仕方ねぇな」

 

ジェネシスは納得したように頷く。

 

「ごめんね?二人を危険なところに行かせることになっちゃって……」

 

「気にすんな。寧ろ謝んのはこっちの方だぜ。俺たちの剣のために、わざわざ店閉めて同行してくれんだからな」

 

「ああ。それに、もしオレンジ達に遭遇したとしても、絶対にレインに危害を与えることはさせないと約束する。だから安心してくれ」

 

ジェネシスとティアは笑顔でそう言い、レインも頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

五十九層の目的の山岳地帯に到着した一行。

そこは木々や草花などは全くなく、山肌が露わとなっている。

地面の所々に無数の窪みがあり、恐らくそこでプレイヤー達は鉱石を採掘したのだろう。

 

「さてと……行くか」

 

そう言ってジェネシスが歩きだし、ティアとレインがそれに続く。

道無き道をゆっくりと進んでいき、地面に転がる岩を避けながら足場を確かめ慎重に進む。

そうして歩くこと数十分。

レインが何かを見つけ「あっ!」と叫ぶと、そこから数メートル先まで駆け出した。

 

レインが見つけたのは、地面から僅かに突き出ている一つの金の石。それは太陽光を反射して煌々と輝いている。

 

「あった!これが目当ての鉱石……《ゴルドクリスタルインゴット》だよ!」

 

ジェネシスが近くに寄ってそれを覗き込む。

 

「案外簡単に見つかったな」

 

「ああ。ただ歩いてただけだったな」

 

ティアもジェネシスの後ろから覗きながら言う。

 

「でも、ここは特にオレンジプレイヤーが多いから、早く取って帰らないと」

 

「どんくらい掛かるんだ?」

 

「う〜ん、大体五分かな」

 

「うし分かった。その間周り見とくから、ちゃちゃっと取っといてくれ」

 

「分かった!」

 

ジェネシスとレインはそうやり取りしたあと、レインは小道具を取り出して鉱石採掘に取りかかり、ジェネシスとティアは予備の武器を取り出して警戒に入った。

 

そして約5分が経ち、レインがもう少しで鉱石を取り終わる段階まで来た時だった。

 

「おい」

 

突如、ジェネシスのものではない男性の声が響く。

そしてそこから二メートルくらい離れた場所にある岩陰から複数のプレイヤーがぞろぞろと姿を現した。

彼らのカーソルは皆─────オレンジ。

 

「テメェら見ねえ顔だが……俺たちのシマで何やってんだぁ?」

 

肩に斧を担いだ男が問いかけた。

 

「見ての通り鉱石採掘だ。なんか問題あるか?」

 

ジェネシスは悪びれることも無く答える。

 

「ふざけんな!俺たちの許可なく勝手な事してんじゃねえ!!」

 

もう一人のオレンジプレイヤーはそう叫んだ。

 

「お前達こそ誰の許可を得てここを独占している?茅場晶彦にでも許可を取ったか?」

 

今度はティアがオレンジ達を睨みながら問い掛ける。

 

「あ゛あ゛っ?!」

「テメェらやる気か?!」

 

オレンジ達は図星を突かれたのか逆上して今にもジェネシス達に斬りかかろうという勢いだ。

 

「ふ、二人とも!今は引こう?ここで戦う必要は無いよ!」

 

後ろから様子を伺っていたレインが言う。

 

「……おいレイン。あとどんくらいかかりそうだ?」

 

「え?あともう少しだけど……」

 

その答えを聞くと、ジェネシスは大剣を構えた。

 

「よし。レインは早く鉱石を取っちまえ。時間は俺たちが稼ぐ」

 

ジェネシスの言葉にレインは目を見開いた。

 

「そ、そんな無茶だよ!いくら君達が強くても、この人数を二人で相手取るなんて……」

 

「心配するなレイン。私たちを信じて、お前はお前の今やるべき事をやれ」

 

そう言ってティアも腰の刀を引き抜き構えた。

 

「こいつらぁ……!」

「構わん!てめぇらやっちまえ!!」

 

肩に斧を担いだ男がジェネシス達を鋭い目つきで睨み付け、その隣にいる者がほかのメンバーを扇動した。

 

「おおぉらあああーー!!」

「死ねやああぁーーー!!」

 

などと罵声を上げて飛びかかるオレンジ達を、ジェネシスとティアは的確に応戦していく。

勿論殺したりはせず、以前のラフコフ戦のように部位欠損ダメージやスタン状態に持ち込み戦闘不能にしていく。

 

レインは二人の鮮やかな剣技に一瞬見とれていたが、すぐにティアから言われた事を思い出し、一刻も早く採掘作業を終わらせることに専念した。

 

ジェネシスとティアはオレンジ達を決してレインの方に行かせず、かつオレンジを殺害しない程度で仕留めていたが、何せレベルは揃って中層ゾーンでも高い方、加えて自分たちが使っている武器は中層でやっと通じるレベルの代物。とてもここで通用するレベルのものではない。

はっきり言って、今の状況は悪いと言えた。

それでも攻略組随一の実力者である二人の技量でなんとか持ちこたえてはいたものの、腕前だけでは武器の耐久値はカバーできない。

 

突如、ジェネシスの剣が甲高い音を立ててガラス片と化し消滅したのだ。

 

「っ、くそが!!」

 

ジェネシスは思わずそう毒づいた。

そしてそれはティアも同じようで、ティアの方を見るといつのまにか彼女の刀は消えていた。

この混戦状況下で悠長にメニュー欄から武器を取り出している暇はない。

仕方なくジェネシスとティアは徒手空拳で戦うしかなかった。

 

だが武器を無くした二人を見てチャンスと踏んだのか、オレンジ達の攻撃は一層激しさを増した。

ジェネシスとティアの身体に切り傷が徐々に増えていき、HPもそれに伴って削られていく。

 

「ジェネシス、ティア!!」

 

その時、漸く鉱石の採掘が終わったレインが叫び、腰から片手剣を引き抜いて助けに入ろうと駆け出した。

 

 

 

 

─────その時だった。

 

 

レインの頭上を何かが通過し、そのままジェネシスとティアに群がっていたオレンジの元へと落下、そして大爆発を引き起こした。

 

「な、何だ?!」

 

突然の出来事にジェネシスは目を見開いて辺りを見渡す。

 

すると、レインの数メートル先に人影が見えた。

 

目を凝らすと、そこにいたのは女性プレイヤーだった。

 

黒く艶のある長髪をたなびかせ、純白のロングコートに白いスカートを身につけ、その手に持っているのは…………

何と、《弓》。《ソードアート・オンライン》という名の通り、剣の世界である筈のここにはあり得ない、射撃武器。

 

ジェネシスはその光景に目を丸くしていると、今度は彼の後方で爆発が起き、オレンジ達が吹き飛ばされた。

 

その方を見ると、そこにも新手のプレイヤーがいた。

 

それは男性プレイヤーだった。

黒……いや、黒に近い濃紺のロングコートを纏い、手に握られているのは、片手剣────ではなく、その柄の先端からまた同じ形状の剣が生えている。

そう、世にも珍しい《双頭剣》だ。

 

「ああ……やべぇよ」

 

ふと、オレンジの一人が声を震わせながら後ずさった。

 

「《黒の双剣士》に《純白の射手》……こいつら、オレンジ狩りの《黒白の兄妹》だ!!」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
多分読者の皆さんの多くは、「あーこれ次はリズベットが出るんだろうな〜」と思っていた事でしょう。
残念、レインちゃんでした。

そして最後に出てきた《黒白の兄妹》。これは、とあるユーザー様から頂いた本作オリキャラとなります。
次回、彼らには大いに暴れてもらう予定です。

では、次回もよろしくお願いします。
評価、感想などお待ちしております。


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十三話 黒白の兄妹

一昨日まで熱で寝込んでたジャズでございます。
寒くなってきましたが皆さんはお変わりないですか?
健康って大事。

さて、オリジナル回続きです。


ジェネシス達の前に現れた謎のプレイヤー達。

 

「《黒白の、兄妹》…?」

 

ジェネシスは前と後ろのプレイヤーを交互に見た。

見た所、どちらも自分と同い年か年下に見える。

だが二人が使用しているのは、彼が約二年に渡るアインクラッド生活でも見たことのない武器だった。

 

前の黒い少年プレイヤーは、柄の両端から伸びる刃を持つ《双頭刃》。後ろの真っ白な女性プレイヤーはこの世界にあるはずのない射撃兵装、《弓》を使っている。

 

「ちょ、《黒白の兄妹》って……」

「最近この辺りのオレンジ達を狩りまくってるって言う、あのイカれた二人組かよ?!」

「く、《黒白の兄妹》…なんでこんなトコに?!」

 

オレンジ達は目を見開きながら少し後ずさる。

すると、双頭刃使いの少年が漸く口を開いた。

 

「……話す必要などない。お前達、この人達をあんな目に遭わせといてただで済むと思ってるのか?」

 

少年は静かに、そして冷徹な雰囲気を纏いながらそう言った。

 

「ひ、ひぃっ?!ま、待て!悪かった!もう俺たちは下がる!こいつらには手ェ出さないから!!」

 

片刃のブレード使いのオレンジがその剣を地面に捨て、両手を挙げながら情け無い声で降参の意を示した。

だが、

 

「……問答無用だ。お前達全員、ここで粛清する」

 

再度氷のような冷たさと怒気を孕んだ声でそう言いながら、少年は鋭い目つきで右手の双頭刃をプロペラのようにクルクルと回転させながらゆっくりと近づく。

そしてその回転は徐々に早くなっていき、やがてチェーンソーの様な高速回転となった。

その回転の風圧で、少年の周りにはまるで竜巻のように空気が渦巻いていく。

そして少年はその場から一瞬で上空に飛び上がり、回転する双頭刃を上に掲げる。

 

「ひ、ひいいぃぃぃっ!!」

 

オレンジ達はもう恐怖に慄き動くことも出来ない。

 

「ーーーっ!!」

 

少年は迷うことなく、その双頭刃を地面に着地すると同時に叩き込んだ。

その爆風で半径5メートルのオレンジ達が全て吹き飛ばされる。

 

双頭刃広範囲ソードスキル《スピニング・ダンス》

 

少年はジェネシスの方を向くとゆっくりと彼のそばに近づいて行き、

 

「……早くその子を連れて逃げて。ここは僕たちがやる」

 

耳元で静かにそう告げると、そのままジェネシスのそばを通り抜け次の標的を見定めた。

 

「く、くそっ!ならせめて、この女だけでも人質に……!」

 

その時、オレンジの一人がレインに向けて駆け出した。

どうやら彼女を捕まえて人質にし、交渉材料にするつもりのようだ。

だが彼に向けて一筋の光が直撃した。

直後大爆発が起き、彼は数メートル後方へ吹き飛ばされる。

 

見ると、どうやら白い弓使いの少女が狙撃したようだ。

 

「アタシを忘れてもらっちゃ困るわね」

 

そう言って少女は、もう一度矢を取り出し、弓の弦にかけてゆっくりと引く。

すると、矢が眩いエメラルドグリーンの光を浴びる。あれは間違いなくソードスキルの発動状態だ。

 

少女はそれを天高く虚空へと放った。

ヒューーンと言う甲高い音を立てながら矢は鮮やかなグリーンの尾を引きながら天へ飛翔していく。

が、ある程度飛んだところでそれは停滞し、緑色の球体となると暴発した。

そして今度は、無数の光の矢がまるで流星群の如く地に降り注ぐ。

至る所で小規模爆発が起き、中には緑の流星が直撃する者も。

 

射撃広範囲スキル《プラネタリウム・エクスプロージョン》

その名の通り、まるで夜空から流れる流星の如く無数の流れ星が降り注ぐ技。

 

しばしその光景に圧倒され続けていたジェネシスだったが、はっと我に帰ると急いでレインとティアを回収し、その場を離脱した。

 

「誰だかしらねぇが、助かったぜ。この礼は必ずするぜ、精神的にな!」

 

ジェネシスは少年の方を振り向くと、サムズアップしながらそう言った。

すると双頭刃使いの少年もジェネシスの方を向くと

 

「気にしないで。だって、困った時は助け合い、でしょ?」

 

と優しげな笑みでそう返す。

ジェネシスはそれに頷いて返すと、今度こそ撤退した。

 

ちなみに、山を降りる道中彼らの背後からオレンジプレイヤー達の悲鳴が響き続けたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

数時間後、なんとかレインの店に戻ってきた彼らは、自分達の窮地を救ったあの《黒白の兄妹》の話題で持ちきりだった。

 

「結局あいつら何者だったんだろうな?」

 

ジェネシスは店内に据え付けられた椅子に座りながらそう呟いた。

すると、彼の呟きに答えたのはレインだった。

 

「彼らは中層ゾーンで活躍してるプレイヤー達だよ。

主にオレンジプレイヤーや犯罪者ギルドと戦ってる」

 

そしてレインはゆっくりと語り出した。

 

少年の名は《サツキ》。《黒の双剣士》と呼ばれ、主に二本の剣や双頭刃を駆使して戦うプレイヤー。

もう一人、白の少女の名は《ハヅキ》。《純白の射手》と呼ばれており、この世界では珍しい弓使いの少女。

彼らはどうやら兄妹らしく、その実力もミドルゾーンの中では攻略組に最も近いプレイヤーと言われている。

 

「……オレンジ狩りか。まるで正義のヒーローのようだな」

 

ティアはレインの話を聞き、腕を組みながらそう呟く。

デスゲームであるこの世界では、プレイヤーはなるべくオレンジの出没地帯などは避けて活動している。

この世界に警察組織などは存在しない為、プレイヤー達は各々の身を自分で守らなければならない。

だがオレンジプレイヤー達はあらゆる搦め手を用いて一般プレイヤーを襲撃する。少し前の《タイタンズハント》のように一人のグリーンが獲物をオレンジ達が待ち伏せするポイントまで誘導する手を使ったり、今や壊滅した最凶の犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》などは様々なシステムの抜け道を見つけては新手の殺人方法で何人ものプレイヤー達を葬ってきた。

 

「勇気あるねぇ、あんなイカれたオレンジどもとやりあうなんざ」

 

ジェネシスも感心したように言う。

 

「それにしても…随分変わった武器を使っていたな、あの二人。双頭刃に弓……どちらもこの世界では見たことのない物だ」

 

ティアが顎に手を当ててそう疑問符を浮かべていると、

 

「……実はね、彼らにあの武器を作ったのは、私なんだ」

 

レインの思わぬ告白にティアとジェネシスは目を見開いた。

 

「最初は、作り方とか全くわからなかったから断ろうかと思ったんだよ。だってどちらもこの世界には無い武器だし。

でも、あの二人の顔見てたら……何もせずには居られなくなっちゃって……」

 

そしてレインは再び語り出した。

レインはサツキ達の依頼を受けた後、単身先ほどジェネシス達と訪れた無法地帯の五十九層の山へ向かったそうだ。

だが当然のようにレインはそこでオレンジと揉め事になり、結果レインはオレンジギルドに拉致されたそうだ。

彼女の鍛冶スキルの高さに目をつけたオレンジギルドの長はレインにギルドの武器を作るよう強要し、そこで軟禁状態となった。

 

そこへ駆けつけたのがあのサツキ達だったそうだ。

無論、オレンジギルド達はそれを許すはずも無く、総力戦を持ってサツキ達を追い込んだ。

その窮地を見て、レインは土壇場で大博打に打って出た。彼らの依頼の遂行だ。

 

レインはただ無心に、彼らのためを思って金槌を振り続けた。

 

そして奇跡は起きた。

 

眩くゴールドの光の中から現れたのは、完全新規の二つの武器。

 

双頭刃《ユナイティッドセイバー》

弓 《ルシファーズアロー》

 

その性能も今までレインが作ってきた武器達の中でも最高クラスの性能を誇る、素晴らしい武器だった。

 

サツキ達はそれを受け取ると、瞬く間にオレンジギルド達を一掃、そして見事生還したのだ。

以後、サツキ達はレインへの恩返しと称し、あの無法地帯である五十九層の山からオレンジプレイヤーを無くし、レインのような鍛冶屋が自由にアイテムを採掘できる場所を目指して活動している。

 

「へぇー、そいつぁ泣ける話じゃねぇか。なあ?」

 

「ああ。土壇場で完成した完全新規の武器。あの二人が羨ましくなるな……」

 

ジェネシスの意見にティアが同意して頷く。

 

「そ、そんな!私もあの時は無我夢中だったし……」

 

そこでレインはある事を思い出す。

 

「そうだ!サツキ達が助けてくれたおかげで、なんとかレア鉱石はゲットできたから、これで君達の武器が作れるよ!!」

 

そう言ってレインは、アイテム欄から二つの鉱石をオブジェクト化して机に置く。

眩く輝くゴールドの鉱石。《ゴルドクリスタルインゴット》。

 

「ほんとか!なら、ぜひ頼むわ!!」

 

ジェネシスが身を乗り出してそう頼むと、レインは笑顔で

 

「任せて!!」

 

と自信満々の笑みで返す。

 

そして3人はレインの作業場へ。

窯の中で熱せられた鉱石がマグマのように輝き、レインはそれを金床の上にゆっくりと置く。

 

「それじゃ始めるけど、どっちの武器から作る?」

 

「んじゃ、ティアの刀から頼むわ」

 

ジェネシスがそう答え、レインは「わかった」と返すとゆっくり深呼吸し、そして金槌を勢いよく振り下ろす。

 

カン!

 

カン!

 

という甲高い音が部屋に何度も木霊し、ジェネシスとティアはその様子を静かに見守る。

レインは真剣な眼差しで鉱石を見つめながら叩き続け、その表情は職人のそれだ。

 

そして叩く事数分。

 

ゴールドの鉱石が一層眩く輝きを放ち始める。

そしてゴールドのひかりはやがて、鋭く光る銀色へと変わっていき、鉱石の形状もあっという間に刀へと姿を変えた。

 

そして銀色の光が収束し現れたのは、それは見事な日本刀だった。

その刀身は光が止んでも尚銀の光を放ち続け、日本刀のシンボルとも言える波紋は美しい波を打っており、しかしそれでいてまるで獣の牙のような荒々しさも持っていた。

恐らく現実世界にあれば大業物の一振りに数えられるだろうと言えるほど、この刀の出来は素晴らしい物だった。

 

「名前は……《銀牙》。凄い、前にサツキ達に作った武器の性能とほぼ同等だよ…」

 

レインが刀の銘とその性能をメニュー欄を開いて確かめながら言った。

 

「ティア、試してくれる?」

 

「ああ」

 

ティアはゆっくりと銀牙を手に取った。だがこの状態の銀牙は茎が剥き出しになっているため持つことができない。

そこでティアはメニューから簡易の柄と目釘を取り出し、銀牙を嵌める。

 

そして、一閃。

 

ヒュン、という軽い音と共に銀の光が虚空を切り裂く。

 

「どうかな……?」

 

レインがおずおずとティアに尋ねる。

 

「……文句なし。最高の刀だ」

 

ティアは満足気に頷きながらそう答えた。

レインはそれを聞き飛び上がりそうになったが、それを堪えた。

喜ぶのはまだ早い。まだもう一つ残っている。

 

そう、ジェネシスの両手剣だ。

ここで彼の剣作りに失敗しては本末転倒である。

レインはもう一度意識を高め、集中力を極限まで研ぎ澄ます。

 

先ほどと同じ工程で、レインは剣を打っていく。

基本、いくら鍛治スキルが高いからと言っても剣の出来はランダムだ。

だがそれでも、レインは気持ちがあればきっといい剣が打てると信じてここまでやってきた。

あの時、サツキ達に打った武器のように、今回も必ず成功させる。

 

そうして打つこと数分。

再び先ほどと同じゴールドの光が部屋を包む。

 

そしてその光は、徐々に黒く染まっていき、所々赤い光を伴いながら禍々しいオーラを放ち始める。

その光景に圧倒されながらもレインはじっと金床の鉱石が変化する瞬間を見続けた。

 

四角い立方体のような大きさだったインゴットは、その質量に見合わないとんでもない大きさの大剣へと姿を変えた。

あまりの大きさに、下手な両手剣サイズはある金床を少しはみ出してしまっているほどだ。

 

禍々しい赤黒いオーラが収束し、現れたのは……

赤と黒の大剣。

グリップは白と深緑のラインで構成され、鍔の部分にはまるで目のような赤い丸の装飾が施されている。

 

見ているだけで攻撃的な、それでいて先ほどの《銀牙》と同じくかなりの名剣である事は一目でわかった。

 

「この剣の名前は、《アインツレーヴェ》。私が見たことのない名前だから、情報屋のリストにもこの剣は出ていないと思う。

試してみて?」

 

先ほどと同じく剣の情報を読み上げたレインはジェネシスに素振りを促す。

 

ジェネシスはその剣のグリップを握り、ゆっくりと持ち上げる。

 

ゴトンという鈍い金属音が少し鳴り、この剣の重さをその音だけで周りに伝える。当のジェネシス本人は顔色ひとつ変えずに、その大剣を片手で持っているが。

 

そしてジェネシスは、空いたグリップに左手を添えると、アインツレーヴェを一思いに思い切り振った。

 

直後凄まじい風切り音と突風が部屋の中に発生し、紙類や軽い武器などが部屋中に吹き飛ぶ。

 

「これは……凄い威力だな」

 

ティアがジェネシスの一振りを見て苦笑いで呟いた。

 

「けど、こいつぁいい剣だぜ。気に入った。やっぱおめぇに依頼してよかったわ、レイン」

 

ジェネシスはアインツレーヴェを肩に担ぐと笑顔でそう言った。

 

「ふふっ、こちらこそありがとう!そう言ってもらえると、鍛冶屋名利に尽きるよ」

 

その後二人は鞘を見繕ってもらい、新たに手に入れた剣を装備する。

 

ティアの新しい刀は鞘が白色となっており、まさに《白夜叉》の異名を持つティアにふさわしい刀となった。

一方ジェネシスの方は、前の剣と比べると更に一回り大きくなり、その背にある大剣を見るだけで見るものに威圧感と畏怖を与える見た目となった。

 

「……さてと、肝心の料金だな」

 

ジェネシスはメニューからトレード画面を表示しようとするが、レインがそれを制した。

 

「あ、お代はいいよ!今回はジェネシス達も一緒に素材集めに協力してくれたのもあるし」

 

「だが、それでは……」

 

食い下がるティアに、レインはこう告げた。

 

「なら、今後は私を君達の専属スミスにしてよ。攻略の後は、毎回メンテに来てね」

 

その答えに対し、ジェネシスは少し目を丸くしていたが、すぐに悪戯な笑みを浮かべ

 

「…なぁ〜るほどねぇ。ちゃっかりしてんな店長」

 

つまりレインは、今この場でのジェネシス達の売り上げを犠牲にする代わりに、今後彼らを常連に引き込む事で継続的な利益を得ようというわけだ。

 

「ふふっ。店の経営と言うのは、先を見据えることが大事ですから!」

 

レインは得意げな笑顔でそう答えた。

 

「流石、伊達にこのリンダースで鍛冶屋をやっている者は違うな」

 

ティアも笑顔でそう返した。

 

「……さて、もうこのまま帰っちまってもいいんだが……どうせなら、ここは一つ大仕事と行こうじゃねえか」

 

ジェネシスの突然の提案に、レインは疑問符を浮かべる。

 

「そうだな。まだ奴らに借りを返せていないし、どうせなら折角手に入れた新武器の性能……試すにはちょうどいい機会だろう」

 

ここでレインはジェネシス達のやろうとしていることに気づき、

 

「ま、待ってよ二人とも!君たちが関わる必要はないよ!」

 

「けど、あのオレンジどもをぶっ潰したらレインの今後の売り上げも増えんだろ?それに、あの黒白の兄妹さん達にも違う意味で借りを返せてねぇしな。

んま、テメェが何言おうと、どっちみち俺たちには黙って帰る選択肢はねぇんだ。安心しろ、テメェが魂込めて作った武器があんだ。そう簡単にやられやしねぇよ」

 

そう言ってジェネシスは店のドアを開けて外に出る。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

一方、黒白の兄妹達は終始オレンジ達を圧倒し続けていた。

 

「はあっ!!」

 

サツキの双頭刃が青い電流を帯び始め、放電現象を起こす。

そしてサツキはその場から一気に飛び出し、目の前のオレンジ達を目にも留まらぬ速さで斬り伏せていく。

 

双頭刃六連撃スキル《ライトニング・ソニック》

その名の通り雷の如く光速の速さで敵を叩き伏せるソードスキルだ。

 

「クソが、舐めやがって!!」

 

オレンジ達は逆上し一気にサツキに畳みかけようとするが、それは一筋の光によって阻まれた。

 

「ちょっと、さっきからアタシを放ったらかしにしないでくれる?」

 

そう言ってハヅキは弓の弦を思い切り引き、そして矢を放った。

その矢は徐々に青い狼の姿を形どり、獲物に噛み付くようにオレンジ達に直撃する。

 

射撃スキル《ウルフシューティング・ブラスト》

 

「ちくしょう!こんな奴ら相手に勝てるわけがねぇ!!」

「お前ら、逃げるぞ!!」

 

オレンジ達は形成不利と見て次々と尻尾を巻いて逃げ始める。

 

「待て!今日こそは逃さないぞ!!」

 

サツキはそう叫ぶと、双頭刃を水平に構えた。

すると、双頭刃の刃が徐々に冷気を帯びていき、そしてサツキはそれを思い切り横薙ぎに一閃した。

冷気を帯びた斬撃が逃げ惑うオレンジ達の足を捉え、拘束する。

その直後、オレンジ達は麻痺状態となって動けなくなった。

 

双頭刃ソードスキル《ブリザード・ゲイル》

相手に冷気を帯びた斬撃を浴びさせ、強制的にランダムで状態異常に陥らせると言うとんでもない技だ。

勿論、その分デメリットも多く、硬直時間が通常のソードスキルより長いのだが、今のサツキには大した問題ではない。

 

「……これで終わりよ」

 

ハヅキが冷たくそう言い放ち、弓を拘束したオレンジ達に向けて構える。

だが、その矢が放たれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念でしたぁ〜、まだ終わりじゃ……ないのよっ!!」

 

突如ハスキーな男の声が響き、ハヅキの身は吹き飛ばされた。

そこに立っていたのは、人間離れした逞しい筋肉に緑色のモヒカン、そして不気味に引き裂かれた口から先端が二つに割れた舌が出ており、そのプレイヤーの異質さをこれでもかと見せつけていた。

そしてその肩に担いでいるのは、彼の体格以上の大きさを持つ巨大なハンマー。

 

「ハヅキ!!」

 

サツキは思わず吹き飛ばされた妹の名を呼ぶが返事はない。

 

「アララ、最近この辺でオレンジ狩りをやってる悪い子がいると聞いて来てみれば、アナタ随分と男前じゃな〜い、嫌いじゃないわ!!」

 

そのあまりにマッシブすぎる体格から出て来たのはまさかの女口調。どうやらこいつはオネェのようだ。

 

「貴様……よくもハヅキを!」

 

サツキは双頭刃を構えて男を睨みつける。

 

「んもう〜、そんな怖い顔しないでよ傷つくわぁ〜!!」

 

そして肩に担がれたハンマーを左右に振った後、地面に突き立てる。

 

「……でもアタシ、女には厳しいのよ?」

 

そう言ってサツキを睨み返した。

 

サツキは突如何かを思い出したように目を見開く。

 

「そうか…お前、この辺のオレンジプレイヤー達を仕切ってるって言う《ブルワーズ》の棟梁……『クダル・カデル』か!!」

 

オレンジギルド『ブルワーズ』

中層ゾーンで恐れられている大規模な犯罪者ギルド。殺人ではなく主に強奪や拉致と言った行為が主。

ラフコフが壊滅してからは更に勢力を拡大し、その被害はかなり甚大なものとなっている。

そしてそのブルワーズを仕切っているのが目の前のオネエ、クダル・カデル。大型ハンマー《ジャイアント・グシオン》を使用し、主に男性プレイヤーに対する拷問を趣味としている凶悪なプレイヤーである。

 

「あらぁ?アタシ結構有名人?うれしぃわあ〜♪まさかアタシのファンがいただなんて!」

 

陽気な声でそう言った後、

 

「……じゃあ、これからアタシと、い・っ・ぱ・い♪楽しいコト、しましょ?」

 

醜悪な笑みに変えて舌なめずりをしながら、ハンマーを引きずってサツキの方に歩み寄っていく。

 

その時だった。

 

何かがクダルの頬を掠め取った。

 

「おにい、ちゃんに……手を…出すな……!」

 

ハヅキだった。

弓を落としてしまっているため、ピックによる投擲攻撃を行ったのだ。

 

「……ふぅーん、まだそんなこと出来たんだ」

 

冷ややかな目でハヅキをにらみながらクダルは言った。

 

「でも、レディの顔に傷をつけた罪は重いわよん?

いいわ、まずはアナタから先に始末しましょうか!!」

 

そう言ってクダルは一瞬でハヅキの背後に回り込むと、再びハンマーを高く振りかぶり、それをハヅキに向けて振り下ろした。

 

「がっ……」

 

凄まじい衝撃がハヅキを襲い、そのまま数メートル先へ吹き飛ばされた。

 

「貴様あああぁーーーっ!!」

 

サツキは双頭刃を上段に構え、その場から上空へ飛び出す。

双頭刃の刃が徐々に炎を纏い始め、刃全体がメラメラと燃え始めた。

 

「うおおおぉぉーーーっ!!」

 

サツキはそのまま大車輪のように回転しながらクダルに向けて一気に降下する。

 

双頭刃ソードスキル《バーニング・ディバイド》

 

「そぉい!!」

 

だが、炎の大車輪はいとも容易く弾き飛ばされた。

サツキは成すすべなくハヅキと同じ場所へ落下した。

HPを確認すると、自分もハヅキも既にレッドゾーンに達しており、絶体絶命のピンチだ。

 

そんな彼らにクダルはハンマーを肩に担ぎながらゆっくり近づき、

 

「さぁてとアナタ達、兄弟仲良く……

逝ってらっしゃああぁーーーい!!」

 

片手棍ソードスキル《ストライク・ハート》を発動し、二人に向けて一気に振り下ろす。

 

だが、ハンマーが二人に命中する直前、クダルはハンマーごと吹き飛ばされた。

 

先程までクダルが立っていた場所には、サツキ達が先程出会った赤髪の男が肩に赤黒い大剣を担いだ状態で立っていた。

 

「よぉ、待たせたな」

 

暗黒の剣士(ダークナイト)》、ジェネシスが不敵な笑みを浮かべながらそこに立っていた。

 




今回色々な他作品ネタをぶっ込みました。皆さんは気づけたでしょうか?
それはそうとオリジナル回って書くの凄く難しい。
駄文になってないか凄く心配なのですが、大丈夫だったでしょうか?何かありましたら感想欄にてまた教えてください。





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十四話 強者の背中

ジェネシスとティアが結婚したのに全然イチャイチャが書けねぇや。期待してる皆さんほんと申し訳ない。


 

サツキ達の前に颯爽と現れた赤髪の剣士、ジェネシスはクダルを見据えながら立っていた。

クダルの方は

 

「誰?このイケメン。誰このイケメン?」

 

などと呟いている。

 

「君は……どうしてここに」

 

サツキはジェネシスにそう尋ねた。

ジェネシスはサツキに背を向けたまま

 

「てめぇが言ったんだろ?“困った時は助け合いだ”ってよ」

 

そう告げた。

 

「アナタは一体何者?!」

 

クダルは巨大なハンマーを軽々と片手で持ち上げ、ジェネシスの方に突きつけながら問うた。

 

「……俺はジェネシス」

 

ジェネシスは静かにそう答えた。

 

「えっ、ジェネシス?」

 

サツキはその名を聞き目を見開いた。

ジェネシスという名は、ミドルゾーンの、いやアインクラッドのプレイヤーならば皆知っている名前だ。

何せあの《アインクラッド四天王》の一人にして、犯罪者達や敵対するものならば容赦なく斬り伏せる《暗黒の剣士(ダークナイト)》という名で恐れられているからだ。

 

「まさか、あの人が……」

 

となりのハヅキも目を見開きながら呟いた。

自分達が助けたプレイヤーが、まさかアインクラッドでもトップクラスの実力者などと思いもしていなかった。

 

「イケメンで強いのねっ!嫌いじゃないわ!!」

 

クダルは不気味な笑みを浮かびながら叫ぶと、ハンマーを掲げてジェネシスに突進して来た。

ジェネシスは即座に回避するが、そこへ勢いよく巨大ハンマーが振り下ろされ、大きな爆砕音と土煙を発生させる。

 

ジェネシスは背中の赤黒い大剣『アインツレーヴェ』を引き抜くと、再び彼に向けて迫り来るハンマーとぶつけてその攻撃をいなした。

 

「嫌いじゃないわ!嫌いじゃないわ!!」

 

クダルは何度もそんな事を言いながらハンマーを振り続ける。

大剣とハンマーがぶつかり合うたび、眩い火花と耳をつんざくような金属音、そして大気を揺らす程の衝撃波を生み出す。

 

サツキ達がその光景に思わず見惚れていると、ふとクダルが思い出したようにサツキ達の方を見た後、

 

「アタシの僕達!あのガキ達にお仕置きしてやりなさい!!」

 

クダルがジェネシスと戦闘を続けながら配下のオレンジ達に指示を出す。

すると、周りの岩陰から次々とオレンジ達が出現し、サツキ達へと接近して行く。

 

「っ、不味い!」

 

サツキは双頭刃を構えるが、HPがまだ回復しきっていない。

無論、サツキもハヅキもポーションなどは既に飲んである。しかしポーションでは即座に回復することは出来ず、HPがグリーンまで回復するには数分かかる。

だが勿論、オレンジ達はサツキ達の回復を待ってくれるはずもない。せめて誰かが時間稼ぎをしてくれれば……

 

その時、オレンジ達を白の流星が走った。

 

土煙が巻き起こりその中から現れたのは、ジェネシスと同様先程サツキ達が助けた女性だった。

 

「……やあ。立場が逆転したな」

 

ティアはサツキ達の方を振り向くと、軽く笑ってそう言った。

 

「貴女はさっきの……」

 

「『ティア』だ。以後よろしくな」

 

ハヅキの問いにティアはそう返し、目の前のオレンジ達に向き直る。

 

「ティアって確か……あの四天王の一人、《白夜叉》?!」

 

ハヅキは目を見開きながらそう言った。

 

「おいおい、《白夜叉》さんよぉ。いくらあんたでも、この人数をソロで食うのは無理じゃねえ?」

 

オレンジの先頭に立つ男が余裕の笑みを浮かびながらそう言った。事実、ティアの前には総勢約50人近くのプレイヤーがいる。

 

「どうだろうな……やったことも無いから分からん」

 

それに対してティアも不敵な笑みで返す。

 

「ま、そりゃそうだわな。だが、俺たち《ブルワーズ》に楯突いたんだ……どうなるか分かってるか?」

 

リーダー格は威圧感のある声で言うが、

 

「さあな。どうなるんだ?教えてくれよ」

 

ティアは肩をすくめて答えた。

彼女のあまりに余裕で高圧的な態度に逆上したオレンジ達は「テメェ!」「このクソアマぁ!!」などと叫びながら武器を構える。

 

「面白ぇ。せっかくの上玉だから生かしてヤってやろうとか思ってたが……気が変わったぜ。ここで殺す」

 

そう言ってリーダー格は背中から片手剣を引き抜き、戦闘態勢に入る。

 

「……なら、やる前に一つ言っておこう」

 

そんなティアの言葉にオレンジ達は疑問符を浮かべる。

 

「お前達、《活人剣》という言葉を知っているか?

本来は忌むべき武力も、それを悪人を斬るために振るうことで、多くの弱き者達を救うというものだ。……それなら」

 

そう言ってティアは腰の刀に手を掛け、一気に引き抜く。

鋼の刃が太陽光を反射し眩い銀色の光を放つ。

 

「……私も、それに倣うとしよう」

 

そう言って、鋭い刃の先端をオレンジ達に向けた。

 

「上等じゃねえか。行くぞぉ!!」

 

そして、オレンジ達は一斉にティアに斬りかかった。

 

ティアはその場から一瞬で飛び出し、オレンジの軍団へと飛び込んでいった。

 

四方八方から襲いかかる刃の嵐をティアはまるでそれらが見えているかのように次々とかわして行き、そして一気に刀を振るう。

その鋭い斬撃は3人のオレンジ達の武器や腕を容易く斬り裂いた。

 

「……流石はレイン、いい切れ味だ」

 

ティアは刀の切れ味の感触に満足しながら呟くと、再びオレンジ達に刀を振るった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い……」

 

サツキは思わずそんな呟きが溢れた。

 

目の前で繰り広げられるジェネシスとティアの鮮やかな戦闘に思わず見惚れていた。

 

ジェネシスは大剣を見事に使いこなし、破壊力の高いハンマーの直撃を逸らしている。

ティアはたった一人であるにも関わらず、50人近くいるオレンジプレイヤーを相手に見事に善戦している。しかも、一切殺す事なく、武器破壊や部位欠損ダメージに留めて、だ。

 

「……僕らもいつか、彼らのようになれるのかな」

 

「お兄ちゃん……」

 

羨む視線でジェネシス達を見るサツキを、ハヅキは隣でじっと見つめた。

 

「なれるさ」

 

すると彼らの背後で、一人の少年の声が響いた。

振り向くと、そこには全身黒づくめの装備に身を包んだ少年が立っていた。

 

「この世界のレベルなんてただの数字さ。少しコツさえ掴めば簡単にひっくり返せる。

そのために一番必要なのは……人の思いさ」

 

少年は静かにそう告げた。

 

「あ、アンタは……?」

 

サツキは思わずそう尋ねた。

 

「俺か?そうだな……まあさしずめ、通りすがりの《黒の剣士》、ってとこだな」

 

そう言って少年は、背中から片手剣を引き抜き、ジェネシスとクダルの方へと駆け出していった。

 

「人の意思、か……」

 

サツキは自身の手に握られた双頭刃を見つめる。

 

サツキはこの世界に入る前は高校入試の勉強をしていたが、ゲーム好きな妹のハヅキに誘われて息抜き感覚でここにやってきた。

だがこの世界がデスゲームと化した時、ハヅキは泣きながらサツキに謝った。自分のせいでお兄ちゃんの人生を滅茶苦茶にしてしまったと。

だが確かにこの世界に誘ったのはハヅキかも知れない。それでもこの世界に来たのは、自分自身の意思だとハヅキに言い、同時に二人で生きて現実世界に帰ろうと誓った。

 

その後、この世界の知識が無いにも関わらず、彼らは地道な努力を重ねて最前線まであと一歩というところまで来た。

 

そんな中、サツキ達の元に出現したのが《双頭刃スキル》と《射撃スキル》だ。

現実世界の部活動で薙刀と弓道をやっていた彼らにとって、これらのスキルが現れたのはまさに渡りに船だった。

彼らは何とか武器を手に入れた後、瞬く間にそれらのスキルを使いこなし、今やミドルゾーンで《黒白の兄妹》と言われるまでに成長していた。

 

しかし目の前のジェネシス達を見て、軽く戦慄した。

 

なんだあの強さは。まるで次元が違う。

 

自分たちの目指してきた目標の高さを改めて感じ、少し絶望が湧いた。

 

しかし先ほどの少年はこう言った。

『この世界での本当の強さを決めるのは人の意思だ』と。

 

「……そうか…そうだよな」

 

サツキは双頭刃を握って立ち上がる。

 

「大事なのは《心》だよな。

心の火……《心火》だ。心火を燃やして……僕は戦う」

 

「なら、あたしも行くよお兄ちゃん」

 

するとハヅキがサツキの隣に立ち上がって言った。

 

「ああ、行こうハヅキ。僕たちなら行ける……どこまでも!」

 

「うん!」

 

そう言って、《黒白の兄妹》は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ティアは決してオレンジ達を死なせない程度で斬りつけ、攻撃していた。

先日のラフコフ掃討戦と同じく、武器破壊と部位欠損ダメージによる戦闘不能状態にしたり、場合によってはHPをレッドゾーンまで持っていきオレンジを沈黙させていく。

人数は確かい多いが、この間のように自分の命を顧みずに斬りかかってくる集団ではないので、今回の方がティアにとってはやり易く感じた。

とはいえやはり50人を一人で相手にするのはきつい。

勿論自分もダメージを受け続けているし、回復する暇もない。

先程は大見得を切ってしまったが、この状態が続くと流石に不味い。

 

と、そう思っていた時だった。

 

不意に無数の流星が自分の前に落下した。

 

射撃広範囲スキル《プラネタリウム・エクスプロージョン》

 

「待たせたわね!」

 

ハヅキが笑顔でティアを呼びかける。

 

「ふっ……私に当てないでくれよ?」

 

ティアは不敵な笑みで返すと、再びオレンジ達に飛びかかった。

 

「任せて頂戴。あたしは……《純白の射手》よ!!」

 

そう言ってハヅキは矢を弓の弦にかけ、思い切り引く。

矢が赤よりのピンクの光を帯び、ハヅキは矢を放った。

 

矢はピンクの光の尾を引いた後、地面に直撃し半径7メートルくらいの大爆発を引き起こす。

 

射撃スキル《ミラクルマッチブレイク》

 

その衝撃で約5人のオレンジが吹き飛ばされ、HPがレッドゾーンまで達し戦意を喪失したのかうな垂れた。

ハヅキはそれを確認すると間髪入れずにもう一つの矢を取り出す。

 

次に狙いを定めたのは、ティアの背後から近づいていく8名のオレンジプレイヤー。

だがどうやらなにかを感じた8名の内の一人がハヅキに狙われているのに気づき、回避行動をとった。

 

「……残念ね。狙った獲物は逃がさないわよ」

 

そう言ってハヅキは矢を引き、それを放った。

今度は白の流星が飛んでいく。

だがそれを察知していたオレンジはその矢を見事に回避した。

 

「いいえ無駄よ。その矢は貴方を決して逃がさない」

 

すると真っ直ぐ飛んでいた筈の矢は突如()()()()()、見事にそのオレンジを射抜いた。

射撃スキル《マッハクエイクショット》

弾道を任意で軌道変更出来るというスキルだ。

 

「覚えておきなさい……この私に射抜けないものなど無いわ!!」

 

そう言って、ハヅキは再び背中のホルダーから矢を取り出す。

 

が、どうやらこれが最後の矢のようだ。

 

ハヅキは深呼吸し、今の集中力を更に極限まで引き上げる。

そして、ゆっくりと矢を弦にかけ、それを引く。

 

すると、矢の先端からシアンの光が現れ、それが徐々に前方に展開し、無数の光の輪を形成、前方のオレンジの集団をロックオンする。

そして矢自体もシアンの光を纏い始めたところで、ハヅキはそれを思い切り放った。

矢はシアンの光の輪を一つ潜り抜ける毎に巨大化し、そしてエネルギー波と化した。

そして最後の輪をくぐり抜けたところで、シアンのエネルギー波は狙い通り約20名のオレンジ集団に命中、大爆発を起こした。

 

射撃最上級スキル

《ディメンションシュート》

 

シアンのエネルギー光線を受けた20人のオレンジ達は完全に沈黙した。

そして同時に、ティアも全てのオレンジの掃討が完了したらしく、ハヅキの元へ歩いて来る。

 

「見事な射撃だったな」

 

「そちらこそ、凄い剣術だったわ」

 

ティアとハヅキは笑顔でそうやり取りした後、再び目の前で倒れこむオレンジ達を見下ろす。

 

「よく覚えておけ……《この世にまずい飯屋と、悪が栄えた試しはない》」

 

ティアは鋭い表情でオレンジ達を見据えながら言った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「うおらぁ!!」

 

ジェネシスは迫り来るハンマーをただひたすらに捌き続けた。

ソードスキルを使えば簡単に倒せるだろうが、恐らくそう易々とソードスキルを食らってくれるような相手では無いことをジェネシスは見抜いていた。

しかも相手が何もスキルを使ってきていない以上、もしこちらの攻撃が外れて向こうに攻撃の隙を与えてしまえば、それが致命傷になるのは間違いない。

 

「オラオラどうしたぁ?!そんなものかい?!」

 

クダルは巨大ハンマーを休む間も無く振り下ろし続ける。

幸い、両手剣の中でも屈指の大きさを誇る新たな大剣《アインツレーヴェ》ならばパワー負けする事は無いが、それでもこの男とやり合うには後一つ決め手が欲しいジェネシスだった。

 

その時。

 

黒い一閃がクダルを貫く。

 

「あぁはっ?!なに一体?!」

 

妙な奇声を上げた後、クダルが見たのは漆黒の少年。

 

「おうおう、何でテメェがこんなとこにいやがんだ?」

 

「ちょっと野暮用でな。俺だって、まさかお前らがいるとは思ってなかったさ」

 

ジェネシスが悪戯な笑みを浮かべて尋ね、少年は肩をすくめて答えた。

 

「アナタは一体何者?!」

 

「俺か?俺は……キリト。剣士キリトだ」

 

クダルの問いに対し少年ーーーキリトは凛とした声でそう答えた。

 

「アンタが《クダル・カデル》か。探してたぜ」

 

「えっ、なに?アタシを探してたって?まさかアタシのファンの方?!」

 

キリトの言葉に対してクダルはおどけた表情で言う。

 

「アンタの悪行は攻略組の耳にも入ってたからな。俺たちで何とかしようと言う話になったのさ」

 

「無視?ねえ、アタシの質問は無視?」

 

クダルのおどけた質問をキリトは意に介さず続けた。

 

「助けに来てくれたのはありがてぇが、こいつ一筋縄では行かないぜ?」

 

「そうみたいだな。まあ、切り札はあるさ。お披露目にはちょっと早いけど、まあジェネシス達なら見せても大丈夫だろ。どうせお前らも持ってるだろうしな」

 

「は?何のことだよ」

 

「すぐに分かるさ」

 

するとキリトはメニュー欄を操作しとあるボタンを押す。

すると、背中にもう一本の片手剣が出現し、元々装備されていた漆黒の剣《エリュシデータ》とクロスする形で装備される。

 

「お前、それ……!」

 

「大方、お前の考えてる通りだよ。俺もこいつが出た時は何かと思ったさ」

 

そしてキリトは背中から二本の剣を引き抜いた。

右手には見慣れた《エリュシデータ》、左手には見たことのない翡翠色の十字剣があった。

左右の手に剣を持つ……二刀流。どうやらこれが、キリトの手に入れたスキルのようだ。

 

「イケメンで強いのねっ!!嫌いじゃないわ!嫌いじゃないわ!!嫌いじゃないわーーーっ!!!」

 

クダルは巨大ハンマーを今度はキリトに向けて振り下ろす。

 

「セイッ!!」

 

キリトは二本の剣を巧みに操りハンマーを受け止め、捌いていく。

 

その隙にジェネシスは背後からクダルに斬りかかる。

 

「甘いわぁっ!!」

 

だがクダルはその攻撃を読んでいたのか振り向きざまにハンマーをジェネシスに横薙ぎで振り回す。

 

「うおっ?!」

 

ジェネシスは咄嗟に大剣を自身の左側に持ってくることで何とか直撃は避けたが、衝撃は防げず数メートル吹き飛ぶ。

 

しかしその一瞬の隙を見て、キリトがクダルの右手を斬りつけ、クダルのハンマーを叩き落とした。

 

「アアン!!やったわね?!」

 

するとクダルはハンマーを拾い上げるのではなく、腰から一本の紐……否、鞭を取り出した。

 

「アナタ達はこれで締めてあげるわ!!月に代わって……お仕置きよ!!」

 

「……それ言っていいの美少女戦士だけだからな」

 

「ああ。アンタみたいなガチムチのおっさんが言っていいセリフじゃない」

 

ジェネシスとキリトが呆れた顔でそう言った。

 

「〜〜っ、な、なぁんですってぇ?!!レディに向かって!!」

 

その言葉に逆上したクダルは、鞭をキリトに向かって放った。

 

「痛って!」

 

胴を叩かれたキリトは思わず数は後退する。

 

「えいっ!!」

 

間髪入れずに放たれた鞭はキリトの身体に完全に巻きつき、キリトは身動きが取れなくなった。

 

「ぶっ飛びいぃぃーー!!」

 

「うわああぁっ?!!」

 

クダルはその状態でキリトごと鞭を思い切り引っ張る。

キリトは空中に放り出されると同時に、鞭が解ける過程で回転が起きそのまま地面に背中から落下した。

 

するとクダルは、今度はジェネシスを標的に鞭を振るった。

ジェネシスは大剣の刃を横にして盾のように構えてそれを防ぐ。

だが、クダルはガラ空きになった彼の右足首に鞭を巻きつけてそれを引っ張り、ジェネシスを転倒させた。

 

「っ、くそ!!」

 

背中から倒れこみ思わず毒づくジェネシス。

 

そこへクダルが不気味な笑みを浮かべながらゆっくりと近づく。

 

その時だった。

 

「はあああっ!!」

 

濃紺のコートを着た少年が彼に斬りかかった。

鋭くギラつく双頭刃。

 

サツキだ。

 

「…待たせたね」

 

サツキはジェネシスの方を振り向くと、笑顔でそう告げた。

 

「へっ、別に待っちゃいねぇよ」

 

ジェネシスは軽く笑って返した。

 

「……どうやら、決心はついたみたいだな。

ならもう大丈夫だ。行ってこい」

 

「……ああ!」

 

キリトは不敵な笑みで頷きながらサツキを送り出した。

 

サツキは双頭刃を構えて飛び出した。

 

「アナタも来るのね?ならお仕置きしちゃうっ!!」

 

「セイッ!!」

 

不規則に迫る鞭を、双頭刃の特徴である左右の刃で巧みに弾いて行く。

 

「凄いな……双頭刃はかなり扱いが難しい筈なのに、まるで自分の手足のように使ってる……相当な手練れだな」

 

キリトはサツキの戦いぶりを見て冷静に分析し、思わず感心の声を上げた。

 

「はあっ!!」

 

そして遂に、サツキはクダルの体を斬りつけた。

 

「ギャッッ?!!」

 

その攻撃でクダルは地面に倒れこむ。

 

「今だ!!」

 

キリトとジェネシスがクダルが倒れ込んだ瞬間を狙い立ち上がる。

 

「イケメンで強い………嫌いじゃないわ!!」

 

「くっっ?!」

 

クダルは一瞬で起き上がると、鞭をキリトの胴に巻きつけ、左手で拾ったハンマーでジェネシスを殴り飛ばした。

 

「アタシが抱きしめてあげる❤︎」

 

「げっっ?!」

 

「キリトさん!!」

 

サツキは右手で双頭刃を放り投げた。

すると、双頭刃は黄色い光を発しながらブーメランのように回って飛来し、そのままクダルの右肩を切り落とした。

双頭刃ソードスキル《リモート・フローター》

 

「ああっ、斬れちゃった?!」

 

「よし!」

 

「ナイスだぜ、サツキ!!」

 

キリトが自由になった右手でサムズアップする。

 

「当然ですよ。

プレイヤー同士困ったら助け合い、でしょ?」

 

「おっしゃる通りだわああああぁぁぁぁーーーー!!!」

 

クダルはそう叫びながらサツキに向かってハンマーを掲げてダッシュする。

 

サツキは双頭刃のグリップを両手で握り、右腰の辺りに低く構える。

双頭刃の二つの刃がゴールドの光を宿し、ソードスキルが発動する。

 

「セイヤアアアーーーッ!!」

 

そしてサツキは、一瞬でクダルに接近し、双頭刃を上手く回転させながら高速の乱撃を与えた。

 

双頭刃最上級スキル

《ロイヤルストレート・フラッシュ》

 

「逝って来まああああーーーす!!!」

 

クダルはそう叫びながら数メートル先へ吹っ飛んでいった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

五十九層での激闘から数日後、一行はレインの店にいた。

ジェネシス達はあの後、オレンジギルド《ブルワーズ》頭領『クダル・カデル』をはじめとする多数の犯罪者プレイヤー達を監獄に連行し、その後も五十九層の山に居座るオレンジプレイヤー達の掃討に当たり、現在ではグリーンのプレイヤーも安心してアイテム採掘に行けるまでに治安は回復した。

 

「本当にありがとう、3人とも!」

 

レインは笑顔で頭を下げた。

その相手は、ジェネシスとティア、そしてキリトだ。

 

「いいや、俺たちは正直何もしてないよ。あいつらを倒したのは、あの二人さ」

 

キリトは首を振ってそれを拒絶し、視線を店の奥に向けた。

そこにいたのは、サツキとハヅキ。

 

「えっ、僕たちですか?」

 

「たりめーだろ。最終的にあのオネェを倒したのはテメェなんだからよ」

 

「ああ、お前達がいなければ、あのオレンジ達共を一掃する事は難しかっただろう。だから礼を言われるべきは、お前達二人だ」

 

自分の名前が出てキョトンとしているサツキに、ジェネシスとティアの二人が頷きながら肯定した。

 

「そうか……なら、ありがたくありがたく貰っておこうかな」

 

「そうそう、それでいーんだよ」

 

「あの、一ついいですか?」

 

不意にハヅキがたずねる。

 

「ジェネシスさん達…もう最前線に行っちゃうんですか?」

 

「そうだな、もう三日くらい空けてしまった」

 

「流石にこれ以上攻略をサボっていられないからな」

 

ハヅキの問いにティアとキリトが答えた。

 

「そうですか……なら、ここでお別れですね」

 

サツキが残念そうに目を伏せる。

 

「バーカ、これっきりな訳ねぇだろ。テメェらの実力なら、直ぐに最前線に追いつけるさ。そうすりゃ、また会える」

 

「ああ、心配しなくてもサツキとハヅキは十分強い。いつか君達と同じ場所で一緒に戦える日が来るのを楽しみにしてるよ」

 

サツキに対し、ジェネシスとキリトがそう励ました。

 

「「……はい!」」

 

サツキとハヅキは揃ってそれに応えた。

 

「なら、武器のメンテは私に任せてね。いつでも待ってるわ!」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

レインとティアはそう言葉を交わす。

 

そしていよいよ、ジェネシスとティア・キリトの3人は街の中央にある転移門へ歩いていく。

 

サツキ達はその背中をただ手を振って見送った。

 

「……なあ、ハヅキ」

 

不意にサツキは妹に言った。

 

「いつかあの人達みたいに……僕らも必ず、そこへ行こう」

 

「うん。あたし達なら、きっと行けるよ」

 

そう言葉を交わし、見つめ合いながら微笑む兄妹。

彼らが最前線に姿を現わす日も近いだろう。

 

 

現在最前線は七十四層。

ここから更なる激闘が、ジェネシス達を待ち受ける────

 

 




お読みいただきありがとうございます。
これにてオリジナル回は終了です。
とあるユーザーの方からサツキとハヅキというオリキャラ案を頂いた時、当初は一話限りのゲストにするつもりだったのですが、いざストーリーを書きながら彼らの姿を頭に思い浮かべていると、いつのまにか愛着が湧いてもっと彼らを活躍させたくなりこうなりました。
ストーリーを一から自分で考えてやってたので、どうしても駄文にならないか心配でしたが、何とかやり終える事が出来て良かったです。
そして次回からは本編に戻ります。
いつも通り評価、感想などお待ちしております。

では最後に、サツキとハヅキ、こんな素敵なオリキャラ案を下さったユーザー様、本当にありがとうございました。


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十五話 ボス部屋へ

どうも皆さん、ジャズです。
プレミアちゃんが先日誕生日を迎えましたが、ティアちゃんの誕生日はいつになるんでしょうねえ?二見Pによると、12月中旬あたりという事ですが……


2024年10月17日

 

現在最前線は七十四層。

このデスゲームが始まってから約二年が経過した。

その間、犠牲者はもう四千人近くに登っている。

未だ、最終目標である百層までの道のりは遠い。

 

このゲームを作った男《茅場晶彦》は今どこで彼らを監視し、何を感じているのだろうか──────

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「最近、ちょっと悩み事があるんだよね……」

 

その日、攻略を終えたジェネシスとティアの二人は迷宮区から出て、寝泊まりしている宿屋へと足を運んでいた。

その途中で、ティアは唐突にそう切り出した。

 

「悩み事?何だってんだよ?」

 

ジェネシスが疑問符を浮かべると、ティアは一度目を伏せ

 

「……なんか、付きまとわれてる感じがするんだよね」

 

「はぁ?そいつは世に言う『ストーカー』ってやつか?」

 

ジェネシスの言葉にティアは頷く。

 

「マジかよ、常に索敵は張ってるつもり何だがな……それにも引っかからねぇとはそいつ、とんだ『隠蔽』の達人みてぇだな」

 

「違う!そうじゃないの!」

 

ジェネシスの考察にティアは強く否定した。

 

「つきまとってる人は、もう分かってるの……」

 

「あん?んーだよ、分かってんのかよ。で、どこのどいつだ?」

 

「それは……」

 

ティアが口を開いた時だった。

 

「これはこれは、《白夜叉》ティア殿」

 

そう言って彼らの元に近づく者が現れた。

ティアはその声を聞くと、不快そうなに顔をしかめて反射的にジェネシスの陰に隠れる。

彼らの前に現れたのは、白と赤の鎧に身を包んだ長身の男性だった。誰が見てもわかる最強ギルド《血盟騎士団》の者である。

髪は金髪で、髪型は後ろにその長髪を束ねたポニーテール。

顔は端正な顔立ちで人の良さそうな、しかしどこか食えない微笑を浮かべている。

身長はジェネシスとほぼ同等。腰には豪勢な装飾を施した長剣を吊るしている。

 

「血盟騎士団の『バンノ』……一ヶ月くらい前から私をしつこく勧誘してくるの」

 

ティアはジェネシスの耳元で、小声で彼の情報を伝えた。

 

「探しましたよティア殿。どちらにいらっしゃるかと一日中探し回っていましたが、まさか迷宮区にいたとは!いやぁ〜、精が出ますねぇ!」

 

バンノは仰々しく手を叩きながらそう言う。

 

「ですが!もし貴女が我がギルドに入ってくだされば、攻略スピードが上がること間違いありません!

どうかソロなどと言う非効率的なやり方で攻略するのではなく、我が血盟騎士団にご加入いただき存分にその実力を発揮して頂きたい!そしてそのパーティには、是非この私が…」

 

バンノはティアから目を離さずやや早口でそう言った。

 

「……何度も言わせるな。私はどのギルドにも入るつもりは無い。この人とコンビを組んでやってるからな」

 

そう言ってティアは隣のジェネシスに視線を促す。

バンノはジェネシスを見るとすうっと目を細め

 

「……ほう?貴殿が《暗黒の剣士》、ですか」

 

そう言うと、バンノはゆっくりジェネシスに近づく。

ティアはバンノの接近に対しジェネシスの後ろに隠れるように移動した。

ジェネシスは微動だにせずじっとしている。

やがてバンノはジェネシスの目の前まで来ると、足元から舐め回すような視線で見回し、

 

「ふぅむ……噂ほどの実力は感じられませんねぇいやはや全くおかしな話です。なぜこんな男があの気高き《白夜叉》ティア殿とコンビを組んでいるのか!」

 

バンノは敢えて周りに聞こえるような大きな声でそう宣った。

 

「…おい、少なくともこの人はレベルも実力も其方より上だぞバンノ」

 

ティアがジェネシスの背中から少し顔を出し、鋭い目つきで睨みながら言った。

 

「ま、たしかにそのようですねぇ。

で・す・が……どうせ何か卑怯な手を使っているのではないですかぁ〜?だってこの男は、あの忌むべき異物《ビーター》にして、人を平気で殺してしまう怪物《暗黒の剣士(ダークナイト)》なのですから!」

 

《ビーター》……第一層ボス戦の終了後、ジェネシスがβテスターとビギナー達の溝を作らないための一芝居でついてしまった蔑称だ。

そして《ダークナイト》は、数ヶ月前に行われたラフコフ掃討作戦にてジェネシスがやった行為でつけられた二つ名だ。

 

ここまでジェネシスを侮辱されたティアはもう既に怒り心頭で、刀の鍔を指で押し出し鯉口を切っている。今にも抜刀して斬りかからんとする勢いだ。

 

だが

 

「…悪りーな。今はとりあえずティアを休ませたい。

おめぇも、疲れ切った相手にしつこく付きまとう鬼畜じゃねぇだろ?」

 

ジェネシスはなるべく相手を刺激しない口調でそう言った。

 

「……ふうん?なんでこの僕が君の意見を聞かなきゃならないんだ、と言いたいところですが……一理ありますね。

いいでしょう、()()()()()()()失礼します。ティア殿、いい返事を期待していますよ」

 

そう言ってバンノは一礼し、ジェネシスの隣を通って転移門へと行き、本拠地であるグランザムへと姿を消した。

 

「久弥……」

 

ティアは不安げな表情でジェネシスを見る。

 

「……あの副長に、苦情でも言っとくか」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

プレイヤーホームに戻ったジェネシス達。

そこへ一通のメールが入った。

 

差出人はキリトで、内容は《アスナを含めた四人で攻略に行かないか》という誘いだった。

 

「……だってよ。どーする?」

 

「いいんじゃない?アインクラッド四天王が揃って攻略なんて滅多にないし」

 

「あっそ。ま、俺もあいつには色々言いてえ事があるからな」

 

そう言って思い返すのは、昼間に会ったあの『バンノ』とか言う勧誘係。

まあ、別に自分の評価など知ったとこではないが、それでも大事な人にしつこく付きまとわれるのはジェネシスと言えど許し難い事だった。

 

そして迎えた次の日。

 

二人は揃って七十四層へと行くために転移門広場へと足を運んでいた。

その時だった。

 

「おはようございます!ティア殿!!」

 

例のバンノが転移門で待ち構えていたのだ。

 

「今日こそは、我が血盟騎士団への入団を決意していただきますよ!!」

 

などと大声で叫び始めた。

 

「私はギルドには入らんと言ってるだろ!!そもそも貴様、なぜこんな所で待ち構えてる?!」

 

ティアはこの男から相当つきまとわれて限界が来ていたのか、普段の冷静な声ではなく怒気を孕んだ荒々しい声で、バンノをにらみながら問い質した。

 

「無論!貴女の勧誘の為ですよ!!

ティア殿に是非我がギルドに入っていただく為、一ヶ月ほど前から動向を監視させていただいてましたので」

 

「はぁ?」

 

悪びれもなく答えるバンノに対し思わずジェネシスは目を丸くした。

つまりそれはもう完全なストーカー行為ではないか。

 

「久弥……」

 

ティアは少し怯えた表情でジェネシスの後ろに隠れる。

やはり《白夜叉》と言われるほどの強さを持つティアと言えど、元は一人の女性。この手のストーカーに嫌悪感や恐怖を感じるのは無理もない。

 

「さあ!ティア殿、僕と一緒に血盟騎士団本部に参りましょう!!本部まで来てくだされば、きっとそのお心も変わるはずです!!そしてその後は、是非僕と二人のパーティーに!!」

 

そう言って右手を差し出しながらゆっくりとティアの方へと近づいて来る。

 

「おい」

 

だがそんな彼の進路を塞ぐようにジェネシスは立ちはだかった。

 

「……何のマネかな?部外者の君には立ち入って欲しくないんだがね?」

 

バンノは目を細めながらジェネシスに言った。

 

「部外者?そいつは違えな。こいつは俺の嫁だ。勧誘すんなら俺に話を通すのが筋ってもんじゃねぇのか?」

 

ジェネシスは威圧感のある視線でバンノを見下ろしながら言った。

 

「嫁ェ?!ははっ!!これは傑作だ、随分と思い上がってるみたいだねぇ君は。君みたいな薄汚い『ビーター』の《暗黒の剣士》が、高潔で気高き《白夜叉》ティア殿のパートナーが務まると?」

 

侮蔑と嘲笑を交えた表情を浮かべながらねっとりとした口調で話すバンノ。

 

「はっ、笑わせんなよ。テメェみてえな雑魚ストーカーよりはまともに務まるぜ」

 

それに対してジェネシスは不敵な笑みを浮かべながら挑発した。

その言葉でバンノの顔に浮かんでいた不気味な微笑が消えた。

 

「……へぇ。なら、そこまで言うなら証明してもらおうじゃないか」

 

そう言ってバンノはメニュー欄を操作し、タップ。

そしてジェネシスの前に一つのシステムメッセージが現れた。デュエル申請だ。

 

「……っ」

 

ティアは不安そうな目でジェネシスを見つめる。

 

「安心しろ、俺があんなクソッタレに負けるわけねぇだろ。信じて下がってろ」

 

ジェネシスは振り返る事なくそう言って『初撃決着モード』を選択。そしてカウントが始まった。

 

「ご覧下さいティア殿!この僕こそが貴女の隣に立つに相応しい事を証明しますぞ!!」

 

バンノは腰から豪壮な装飾の施された両手剣を抜きはなった。

ジェネシスはティアが後ろに下がったのを確認すると、背中から赤黒い大剣『アインツレーヴェ』を引き抜く。

『ゴトン』という重々しい金属音を立て、その刃が引き抜かれた。バンノの様々な装飾が施された長剣と違い、ジェネシスのアインツレーヴェは然程飾りなどはなく、控えめなデザインだ。しかし、ジェネシスがその剣を軽く振るうだけで、『ブン』という風切音が鳴り、その剣の重さをこれでもかと周りに知らしめる。

 

「おい!《暗黒の剣士》と『血盟騎士団』メンバーがデュエルだとよ!!」

 

やがて周囲に彼らのデュエルを見ようと野次馬が集まり始める。

通常この世界でのデュエルは、知り合いや友人同士での腕試しなどで行われる程度だ。

先ほどの険悪なジェネシス達のやり取りを知らない人々が、次々に一流プレイヤー同士のデュエルを見ようと集まってくる。

バンノはそんな野次馬達を一瞥すると鬱陶しそうに舌打ちし、剣を構えた。

腰を落とし、両手で柄を持って切っ先をジェネシスの方に向けている。剣道でいう《霞の構え》だ。

それに対しジェネシスは、大剣を右肩に担ぎ腰を落とす。左手は脱力して屈折した左足に乗せている。ジェネシスにとってこれが最も戦闘に持ち込みやすいスタイルだ。

 

両者が各々戦闘態勢に入ったところで、場の緊張感が徐々に高まっていく。それに連れて野次馬達の声も静まっていき、やがて静寂が訪れた。

 

ティアを含めた皆が固唾を呑んで見守る中、ついにカウントがゼロになり、デュエルが開始された。

 

まず動き出したのはバンノの方だった。

彼の剣がオレンジの光を宿し、そのままジェネシスに突進していく。

 

両手剣ソードスキル《アバランシュ》だ。

 

それに対してジェネシスは…………

 

動かなかった。

先程の構えのままただじっと微動だにしない。

 

バンノはそれを見て一瞬驚愕で目を見開いたが、直ぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

そして、そのまま剣を上段に振りかぶる。

 

その瞬間、ジェネシスは動いた。

 

右足を力強く踏み出し、半身を捻りながら左手を剣の柄に添える。

アインツレーヴェの赤黒い刃がライトグリーンの光を帯び、ソードスキルが発動する。

 

両手剣基本ソードスキル《ブラスト》

 

そしてジェネシスは、半身を捻る勢いに乗せ、ライトグリーンに光る刃を無防備に晒されたバンノの胴に叩き込んだ。そのまま右切り上げで剣を振り抜く。

 

「ぶあっ?!」

 

バンノはそんな奇声を上げながら大きく後方へ吹き飛ばされた。

そして同時に、デュエルが決着する。

 

《Winner:Genesis》

 

「すげぇ…あのタイミングで攻撃できるのかよ」

 

野次馬の一人が感心したように呟く。

当然だ。ここまでの出来事は、周りの人間からすれば一瞬の出来事だったからだ。恐らく、デュエルが始まってから約1秒程度しか無かっただろう。

周りの人間には、アバランシュで飛びかかったバンノがジェネシスに弾き飛ばされたように見えたはずだ。まあ、実際そうな訳だが。

 

「そんな……僕が…この僕が……なぜ、こんなビーターなんかに……!」

 

バンノは両腕をガタガタと震わせ、弱々しい声でブツブツとそう呟いていた。

その顔には、自信に満ち溢れ他人を見下すような表情はなく、瞳孔が開かれその美麗な顔は酷く歪められていた。

 

ジェネシスはそんな彼を見て嘆息しながら剣を収め、

 

「…お前の腕は悪くねぇ。レベルも俺とそこまで変わんねえみてぇだし、同じ両手剣同士だ。

なのに何故負けたかって?んなもん、答えは簡単さ……」

 

そして一度目を伏せて区切り、再び顔を上げて威圧感のある視線でバンノを見下ろし、

 

「……格の違いだ

 

と、低い声でそう言った。

その瞬間、バンノの目は限界まで見開かれ、同時にうな垂れた。

 

その時、転移門が青白く光り、中から血盟騎士団のメンバーと思われる男性がやって来た。

 

「ここに居たか、バンノ。団長からの伝言だ」

 

男性はバンノに歩み寄っていく。

そしてバンノの前で停止すると、

 

「『直ちに本部まで帰投。指示があるまで自室にて待機せよ』…以上だ。行くぞ」

 

そして男性はバンノの手を無理やり引っ張って立ち上がらせると、そのまま転移門に促す。

男性は転移門に入ると、ジェネシスとティアの方を向き、

 

「…ご迷惑をお掛けしました」

 

と謝罪して一礼した後、グランザムへと帰って行った。

 

しばらくその様子を見つめていたジェネシスだったが、ティアの方を振り返り

 

「……大丈夫だったか?」

 

と尋ねる。

 

「うん。ありがとう、久弥。かっこよかったよ」

 

ティアも満面の笑みでそう答えた。

 

「……んじゃ、そろそろ行くか。あいつらも待ってるだろうしな」

 

そう言ってジェネシスとティアは歩きだし、転移門に入ると、キリト達の待つ七十四層へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おいおい、なんだぁこりゃあ?」

 

七十四層に着いたジェネシス達が目にしたのは、大勢の野次馬と、その中心で向かい合う二人の剣士。

一人は白と赤の騎士服を着た血盟騎士団メンバーの男、もう一人は黒ずくめの服に身を包んだ少年、キリトだった。

そしてキリトの背後でアスナが不安そうな目で見守っている。

 

「……なんか、こっちでも揉め事が起きてるみたいだね」

 

ティアが大体の状況を察したのか苦笑しながら言った。

 

そしてキリトと男のデュエルが始まった。

男が使用するのは、両手剣スキル《アバランシュ》、キリトが使うのは片手剣スキル《ソニック・リープ》だ。

だがキリトが使うのは片手剣。もしこのまま衝突すれば、パワー負けしてそのままキリトの敗北が決まるだろう。

 

だがそれでもキリトは突っ込んだ。ということは、何か策があるのだろうとジェネシスは考察した。

 

そして二人の距離がゼロとなり、けたたましい金属音と火花を散らして両者は介錯してお互いの位置が入れ替わる形で停止した。

 

直後、男の元に一本の金属が落下した。

それは男の両手剣の刃。そしてそれは、男が持っていた剣の柄と同時にガラス片となって消滅した。

 

「なるほど……《武器破壊》か」

 

ジェネシスはほくそ笑みながらそう呟いた。

剣と剣がぶつかった時に稀に起こる現象、それが武器破壊だ。無論滅多にそんな事が起きることは無いが、

 

「あんにゃろう…狙ってやがったな」

 

ジェネシスはゆっくり立ち上がるキリトを見つめながら感心したようにそう呟いた。

 

「あれくらい私にも出来るもん」

 

するとティアが頬を膨らませながらそう言った。

 

「まあ、そうだろうな。ちなみにおめぇだったらどうしてた?

 

「私なら二回折ってたかな?」

 

「それが出来んのはおめぇだけだよ……」

 

ジェネシスはティアの言葉にため息をついた。

 

すると男が短剣を取り出してキリトの方に走り出す。

 

「おっと」

 

ジェネシスもその場から駆け出し、野次馬を通り抜けて男を蹴り飛ばした。

 

「ぐはっ?!」

 

男は後ろに数歩よろめくと、そのまま尻餅をつく形で倒れ込んだ。

 

「ジェネシス!」

 

後ろからキリトが目を見開いて叫んだ。

 

「おいおい、往生際が悪ぃんじゃねぇの?もう勝負はついてんだろ」

 

ジェネシスは男を見下ろしながら言った。

 

「き、キサマァ……《暗黒の剣士》!」

 

男はジェネシスを憎しみのこもった目で睨みながら立ち上がった。

 

するとアスナがジェネシスの前に立ち、男を鋭い目で見つめると

 

「…クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。

本日を以って護衛役を解任。別名があるまでギルド本部にて待機。以上」

 

「な、なんだと……この……!」

 

クラディール、という男は怨嗟の目でジェネシスを…否、その後ろにいるキリトを睨みつけた。

だが観念したのか、俯きながら転移門へ入ると、グランザムへと帰って行った。

 

「……ごめんね、嫌な事に巻き込んじゃって」

 

アスナが三人の方を振り向き、弱々しい声でそう言った。

 

「いや、俺たちは別にいいけど……大丈夫なのか?」

 

キリトがそう尋ねると、アスナは気丈な、けれど少し申し訳なさそうな笑みを浮かべ

 

「今のギルドの雰囲気は、ゲーム攻略だけを考えてメンバーに規律を押し付けた私にも責任があると思うし……」

 

「そんなことは無いさ。アスナのような人間がいなければ、今頃攻略はもっと遅れていただろうしな」

 

「そーだよ。だからテメェも、たまにはこんないい加減なのと組んで息抜きしたって誰も文句言わねーよ」

 

「まあ、そんなに気負う必要も無いんじゃ無いかな?詰めすぎてもいいことなんて無いし、むしろアスナも、俺みたいにいい加減になってもいいと思う」

 

三人の言葉を聞き、少しの間目を丸くしていたアスナだったが、すぐにその表情から緊張が取れ、

 

「…まあ、ありがとうと言っておくわ。それじゃお言葉に甘えて今日は楽させてもらうわね。前衛よろしく」

 

そう言って歩き出す。

 

「…そりゃいいけど、それだとテメェ要らなくなるぜ?」

 

「ああ。ただでさえ俺たちは攻撃力が売りだし……俺たち三人でもいけるんじゃ無いかな?」

 

「アスナ、お前は帰っていいぞ」

 

「ちょっとそれ酷く無い?!」

 

そんなやり取りをして彼らは迷宮区に向かう。

ジェネシスは先ほどのアスナの様子を見て、ティアのストーカーについてはまたの機会に話そうと心に決めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

その後、四人は危なげなく迷宮区を進んで行く事数十分。

ここまで四回の戦闘があったが、勿論彼らは全く苦戦する事なく進んできた。

迷宮区のマッピングもあと少しだ。そして恐らくこの先に……

 

と、ジェネシスが考えていると、目の前に巨大な二枚扉が現れた。

扉とその両隣の柱には細かな装飾や怪物のレリーフが彫られている。

 

「これって……」

 

「ああ、多分間違いない……ボスの部屋だ」

 

アスナの呟きにキリトが頷いて答えた。

 

「どうする?」

 

「まあ、ボスは部屋から出てこねーし、覗くだけなら大丈夫だろ」

 

ティアの問いにジェネシスが軽い口調で答えた。

 

「そうだな。覗くだけ覗いてみるか。一応転移結晶を用意しててくれ」

 

キリトの言葉で皆が各々の転移結晶を片手に取った。

そして、キリトが左側、ジェネシスが右側のドアに手をかける。

 

「……開けるぞ」

 

「おう」

 

そして二人はゆっくりと扉を開く。

重々しいサウンドエフェクトが鳴りながら扉は開かれた。

中はーー真っ暗闇だった。

 

四人は慎重に部屋の中へと足を進める。

すると、部屋の扉付近から青白い炎が灯った。

それは円形になって二つ…四つ…六つと増えていき、暗闇に包まれた部屋を完全に照らす。

そして漸く明るくなった部屋の中に、それはいた。

 

《The Greameyes》

『輝く双眸』という意味を持つ名前と、四段のHPバーが表示された。

5、6メートルくらいはある巨体は、体色は深めの青。縄のような筋肉質な肉体を持っており、頭部から生える大きくねじ曲がった角は山羊を連想させる。

そして右手にはその身長と同じくらいのサイズの片刃式の大剣。

その両目からは、禍々しい青白い光が放たれている。

まさに『青眼の悪魔』と言ったところか。

 

四人が目の前のボスに圧倒されて固まっていると、悪魔は突如首を上げて強烈な雄叫びをあげた。そしてその右手に持った大剣を振りかぶり、大きな地響きを立てて四人に向かってくる。

 

「うわああぁぁぁーーーーー?!」

 

「きゃああぁぁぁーーーーー!!」

 

悲鳴を上げて走り出すキリトとアスナ、それに続きティアもAGIを全開にして走り出す。

 

「オイィィィーー!!てめぇら置いてくなあぁぁーーー!!!」

 

一人出遅れたジェネシスも慌てて走り出す。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

四人が走った先は安全地帯。

キリトとアスナは壁にもたれかかって座り込んでいる。

 

「……ぷっ」

 

誰からともなく笑いがこみ上げた。

 

「あははっ、やー逃げた逃げた!」

 

「ああ、こんなに走ったのはいつぶりだろうなぁ」

 

「いや……てめぇら……ほんとふざけんな……マジで……」

 

キリトとアスナは声のした方を向くと、声の主は地面に突っ伏して倒れ込んでいるジェネシスだった。

そう言えばキリトとアスナ、ティアの三人はAGIが高いが、ジェネシスは唯一のSTR型。彼らの全力疾走について行くのに相当な体力を使っただろう。

 

「…済まないな、ジェネシス。置いて行くような真似をして」

 

ティアが申し訳なさそうな顔をしながらジェネシスの側にしゃがみ込むと、その背中を優しく摩った。

 

「ホントだよ……ちったあ……加減しろや……」

 

未だに肩を上下させながら呼吸をしているジェネシスを介抱するティアを微笑ましく見ていたアスナは、真剣な表情に変え、

 

「あれは苦労しそうだね……」

 

「ああ。前衛に固い人材かジェネシスみたいなパワー型のプレイヤーを集めてぶつける感じになりそうだ。見たところ武装は両手剣だけみたいだが……特殊攻撃もありと考えていいな」

 

「タンク固めて、スイッチしながらやる感じだな」

 

「盾装備10人は欲しいとこだな……」

 

「盾装備、ねぇ……」

 

キリトの呟きにアスナがピクリと反応した。

 

「君、何か私に隠してることあるでしょ?」

 

「へ?なんのことだ?」

 

「だっておかしいもの。片手剣のメリットって左手に盾をもてることでしょ?私は細剣のスピードが落ちるからだし、スタイル優先って人もいるけど……君はそうじゃないよね?」

 

ジト目で問いただすアスナにキリトは何も言えずただ目を逸らしている。

 

「……ま、いっか。スキルの詮索はマナー違反だものね」

 

そう言ってアスナは時計を確認すると、時刻はもう既に三時。

 

「それじゃ少し遅いけど、お昼にしましょうか!」

 

アスナがそう手を打って、メニュー欄からバスケットをオブジェクト化する。

 

「ほら、ジェネシスも早く起きろ。昼食だ」

 

「んー?おう、わかった」

 

漸く呼吸が落ち着いたジェネシスも起き上がって、キリトのとなりに座り込んだ。

そしてその隣にティアが座り、アイテム欄から弁当箱を取り出す。

 

「はい」

 

そう言ってティアが手渡したのは、おにぎりだった。

 

「おう、サンキューな」

 

そう言ってジェネシスはおにぎりを頬張った。

 

「味はどうだ?」

 

「美味い。サイコーだな」

 

ジェネシスは親指を立てて答え、ティアもそれを聞き自然と笑みがこぼれた。

 

「へぇ、おにぎりか。定番中の定番だが、そういえばこの世界ではあんま見ないな」

 

「おにぎりって案外この世界で作るのって難しいのよ。ティアさん、貴女料理スキルはどのくらいあるの?」

 

「ん?もう既にコンプリートしてるが」

 

それを聞き、キリトとアスナは目を見開いた。

 

「そ、そうか…流石ティアだな」

 

「うわぁ〜、完璧な人間ってこういう人よね〜…」

 

「そんな褒めたって何も出ないぞ?」

 

彼らがそんなやり取りをしている時だった。

安全地帯に新たなプレイヤー集団が現れた。

 

侍の鎧に身を包んだ男性プレイヤー達。

皆悪趣味なバンダナを頭に巻いている。

 

やって来たのは、『風林火山』の面々だ。

 

するとリーダーのクラインがジェネシスとキリトに気づき

 

「よう!キリの字にジェネ公じゃねえか!!」

 

と言いながら走り寄ってくる。

 

「よう、まだ生きてたのかクライン」

 

「よう、まだ独り身なのかクライン」

 

キリトとジェネシスが続けざまにクラインに言った。

 

「相変わらず愛想のねえ野郎だなキリト。

そんでジェネ公!おめぇはティアちゃんっつうべっぴんさんと結婚できたからいいよな!俺も直ぐにいい嫁さん見つけてやっからな!!」

 

クラインは悔しげな顔でジェネシスに掴みかかった。

するとクラインは後ろのアスナに気づくと、表情が固まった。

 

「ああ、ボス戦とかで顔合わせしてるだろうけど一応紹介しとくよ。

こっちは《血盟騎士団》のアスナ。んでこっちは《風林火山》のリーダーのクライン」

 

紹介を受けクラインに会釈するアスナ。

だがクラインは微動だにしない。

 

「おーい、なんか言えよクライン氏。ラグってんのか〜?」

 

ジェネシスはクラインの目の前で手をブンブンと振る。

すると、

 

「く、くくクラインです!24歳独身彼女募集中!」

 

次の瞬間キリトのアッパーとジェネシスの蹴りがクラインに炸裂した。

 

「ってえ!何すんだよてめぇら?!」

 

クラインは涙目でキリト達を睨んだ。

 

「なーにが彼女募集中だコラ」

 

だがそんな彼らの元に新たなプレイヤー集団が現れた。

皆が視線を向けると、そこには約20名程の集団が来ていた。皆似たようなグレーの鎧に身を包んでいる。

 

「あれは……『軍』か?」

 

「第一層を支配してる連中が何でこんなとこに?」

 

ティアとクラインが訝しげな表情で首を傾げる。

『軍』というのは『アインクラッド解放軍』のことだ。

まあ、その名前は周囲のプレイヤー達が揶揄的な意味合いで呼んでいるのだが。

 

「休めえ!!」

 

先頭に立つリーダーらしき男が後ろを振り向き叫んだ。

部下達はその声とともに地面に崩れるように座り込んだ。

リーダーの男はジェネシス達の前に歩み寄る。

 

「私は『アインクラッド解放軍』のコーバッツ中佐だ」

 

そう名乗る。

 

「……俺はジェネシスだ」

 

面倒くさそうに答えるジェネシス。

コーバッツはそんなジェネシスの様子を気にせず

 

「君らはこの先も攻略しているのか?」

 

と横柄な態度で訪ねてくる。

 

「ああ。一応ボスの部屋まではマッピングしてあるぜ」

 

というジェネシスの答えを聞いた瞬間、コーバッツは右手を差し出し、

 

「うむ。ではそのマッピングデータを提供してもらいたい」

 

当然、とばかりにコーバッツは横柄かつ不躾な要求をしてきた。

 

「な…ただで提供しろだと?!てめぇ、マッピングの苦労が分かって言ってんのか?!」

 

「貴様、一体何の権限で言っているつもりだ?!」

 

クラインとティアが抗議の声をあげる。

 

「我々は情報と資源を平等に分配し、一刻も早くこの世界から全プレイヤーを解放するために戦っている!

故に、諸君らが協力するのは当然の義務である!」

 

「戯言を……二十五層で壊滅的な被害を受けてからは、ろくにボス攻略にも参加せずに一層で威張り散らしていただけだろうが……」

 

あまりに傲岸不遜な態度で主張するコーバッツに、ティアは呆れてため息をつきながら言った。

 

「まーまー落ち着けって。どーせ街に戻ったら公開するデータだ」

 

「ああ。遅いか早いかの違いさ。構わないよ」

 

今にも掴みかかりそうな勢いのクライン達をジェネシスとキリトの二人が制し、キリトはメニュー操作を開始した。

 

「おいおい、そりゃ人が良すぎやしねぇかキリトよう?」

 

「マップデータで商売する気は無いさ」

 

マップデータを受け取ったコーバッツは「協力感謝する」と全く気持ちのこもっていない礼を言うと振り向いた。

 

「一つだけ忠告しといてやる。ボスにちょっかいかけんなら絶対やめとけよ」

 

ジェネシスがコーバッツの背中に向けて言うと、

 

「…それは私が判断する」

 

コーバッツは少しだけジェネシスの方に視線を移し答えた。

 

「……さっきボスを覗いてきたが、そんな人数でどうこう出来る相手じゃなさそうだぜ。てめぇのお仲間もへばってるみてえじゃなえか」

 

その言葉にコーバッツは勢いよく振り向き、

 

「私の『部下』達は、この程度で根をあげる軟弱者では無い!!

貴様らぁ!さっさと立たんかぁ!!」

 

コーバッツの叫びに『部下』達はノロノロと立ち上がり、隊列を組んで歩き出した。

 

「大丈夫かよ、あの連中……」

 

クラインがその隊列の背中を見て呟く。

 

「大丈夫なワケねぇだろ。絶対死ぬぞあいつら」

 

ジェネシスがそれに対して呑気な口調で答える。

 

「一応、様子だけでも見に行くか……?」

 

キリトがそう言って周りを見ると、皆は笑顔で彼を見つめていた。

 

「……たく、どっちがお人好しなんだか」

 

ジェネシスがため息をついてそう言うと、彼らは歩き出した。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回新たなオリキャラを出しました。ティアのストーカー、『バンノ』です。
名前は『ストーカー→野蛮→蛮野→バンノ』という感じです。あとは『仮面ライダードライブ』の黒幕もモチーフになってますね。
さて、次回はボス戦。
原作ではキリトが一人で倒しちゃってましたが、今作ではどうしようかなぁ〜……

では、評価・感想などお待ちしております。


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十六話 青眼の悪魔

どうも皆さん、ジャズです。
連投&夜遅くの投稿ですみません。


『軍』のプレイヤー達を追いかける事数十分後。

一行は途中で何回か戦闘があったものの危なげなく進んでいた。

 

「あいつら、もうアイテムだけ取って帰ったんじゃねえ?」

 

おどけたようにクラインは言うが、ジェネシス達四人の表情は固い。無論、そうであればかなり気が楽なのだが、恐らくそうではないと直感が告げていた。

その後やや早足で歩き、ボス部屋まであと半分という所まで来た時だった。

 

「ああぁぁぁぁ……」

 

先の方から声が響いた。あれは間違いなく悲鳴だ。

ジェネシス達四人は一斉に駆け出した。

 

再びやってきたボス部屋。

既に扉は開かれており、中からは断続的に悲鳴が木霊する。

入り口付近で停止し、中を見てキリトが叫ぶ。

 

「おいっ!大丈夫か……!!」

 

四人は愕然とした。

既に陣形はもう無いに等しく、悪魔は右手の大剣を振り回しながら兵士達を追い回している。

ボスのHPバーは数ドットも減っていない。

軍の人数は、先ほど会った時より二人減っていた。

 

「早く転移結晶を使え!!」

 

キリトがそう叫ぶが、

 

「だめだ、結晶アイテムが使えない!!」

 

軍の一人がそう答える。

その言葉でジェネシスとキリトは目を見開いた。

 

「オイオイ、こいつはまさか……」

 

「結晶無効化空間……!」

 

デスゲームであるこの世界でも最悪の部類に位置するこの空間。それは殆どがトラップなどに設定されており、ジェネシスはその恐ろしさを一度体感している。

 

「何をしている!我々解放軍に『撤退』の二文字は無い!!戦え、戦うのだ!!」

 

「あんの大バカ野郎が……!!」

 

怒号をあげるコーバッツにジェネシスは思わずそう呟いた。

これだけの被害を出し、しかも圧倒的に劣勢な状況で尚も引くつもりは無いらしい。

だがそれは勇敢とは言わない。無謀と言うものだ。

 

「おいおめぇら!状況はどうなってやがる!」

 

すると追いついてきたクラインが彼らの隣に立つ。

 

「……最悪だ。このボス部屋は『結晶無効化空間』だ」

 

ティアが簡潔に伝えると、クラインの両目は見開かれた。

 

「何とか…何とかならねぇのかよ?!」

 

「俺たちが突っ込めば、退路は開けるかもしれないが……」

 

キリトはそう言って前方を見ると、苦い顔をする。

 

ボスは軍の退路を塞ぐように立ちはだかっており、これでは満足に撤退も出来ない。

だがここでジェネシス達が突っ込むと、今度は彼らに危険が及ぶ恐れがある。

 

「全員……突撃イィーーー!!!」

 

その時、コーバッツの叫びが響いた。

8人を四人2組に分けて突撃させる。

 

「やめろぉーーっ!!」

 

だがキリトの叫びも虚しく、悪魔は口から眩いブレスを吐き出す。

その威力で軍のメンバーは簡単に吹き飛ばされ、転倒したところに悪魔の巨剣が振り下ろされる。

 

その時、キリト達四人の中から一人が飛び出し、悪魔の横を回り込んでその攻撃を受け止めた。

 

凄まじい爆風と金属の衝撃音がフロア全体に響く。

 

そこに居たのは、赤黒い大剣を両手で持って必死に悪魔の剣を堪えているジェネシスだった。

 

「久弥っ!!」

 

ティアは悲痛な顔で叫んだ。

当然だ。あまりにも無茶過ぎる。下手をすればジェネシスが死ぬ可能性だってあった。

 

「き、貴様は……」

 

コーバッツはバイザーの奥から驚愕の顔でジェネシスを見上げる。

 

「……逃げろ……」

 

「何?」

 

ジェネシスは必死に歯を食いしばりながらコーバッツに言った。

 

「仲間連れてさっさと逃げろ…時間は稼いでやる」

 

「な、ふざけるな!我々解放軍に」

 

だが此の期に及んでまだ引くつもりのない様子のコーバッツに、ジェネシスはついに業を煮やして叫んだ。

 

「いい加減にしやがれバカが!!てめぇのくだらねぇプライドのために、これ以上人を犠牲にするつもりか?!!」

 

「っ……!」

 

その言葉でコーバッツは何も言えなくなり、

 

「…総員、撤退する」

 

そう指示を出すと、軍は立ち上がって撤退を始める。

だがボスがそれを簡単に許すはずもなく、ジェネシスからターゲットを出口に向かって走る軍に定めると、その剣をもう一度彼らに向かって振り下ろす。

ジェネシスはそうはさせまいと走るが、間に合わない。

 

「せあっ!!」

 

だがその剣を白い一閃が弾き、軌道を解放軍の面々から僅かに逸らした。ティアだ。

 

「早く行け」

 

ティアは静かにそう告げると、再びボスに斬りかかった。

持ち前のスピードと敏捷性をフルに発揮してボスを翻弄するが、それでも圧倒的なパワーの前では不利である。

ティアの刀をボスが剣で防ぐと、ボスはそのまま空いた左手でティアを殴りつけた。

 

「ぐっ……!」

 

その攻撃でティアは大きく後方に吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

そこへボスの大剣の刃が迫るが……

 

「おおぉぉぉ!!!」

 

ジェネシスが両手剣スキル《アバランシュ》で弾く。

ボスの大剣はティアから僅かに逸れて地面に直撃した。

 

その隙に、クライン達風林火山が軍の撤退を援助する。

ボスはそれに向けてブレスを吐こうとするが、ジェネシスが背中を斬ることでそれを防いだ。

すると、ボスがお返しとばかりに大剣をジェネシスに振り下ろす。

ジェネシスはそれを必死に抑えるが、衝撃でHPが減少した。

 

このままではジリ貧だ。

逆転の方法ならある。以前手に入れたユニークスキルだ。

しかもこの場には3人もそれを持つものがいる。

ここまで来たらもうボスを倒す以外の選択肢は無い。

ならば、今ここでユニークスキルを解放するしか無い。

 

迷う時間など、彼らには無かった。

 

「アスナ、クライン!十秒だけ持ち堪えてくれ!」

 

キリトがそう叫ぶと、アスナとクラインがボスに飛び込んだ。

そしてキリト・ジェネシス・ティアの3人は急いでメニューを操作する。

 

クラインがボスの剣をどうにか弾き、アスナがボスから繰り出される斬撃を上手くかわしていく。

 

「よし、いいぞ!スイッチ!!」

 

まず飛び出したのはキリト。

アスナと入れ替わりながらボスの懐に飛び込んでいく。

 

ボスの大剣が突き出されるのを右手の黒剣で弾きながら、そのまま左手を背中に持っていく。

 

そして同時にオブジェクト化した翡翠の直剣を引き抜き、ボスの顎を打ち抜く。

 

その光景に、アスナとクラインは驚愕で目を見開いた。

 

通常、この世界では片手剣を左右の手に装備することは出来ない。

しかしこのスキルは、その不可能を可能にする。

 

それが、キリトのユニークスキル《二刀流》だ。

 

ボスの剣が真上から振り下ろされるのを、キリトは左右の剣をクロスさせる事で受け止め、そして押し返した。

 

「《スターバースト・ストリーム》!!」

 

その瞬間、キリトの左右の剣がペールブルーの光を発し始めた。

二刀流十六連撃スキル《スターバースト・ストリーム》

 

無数の流れ星のような鮮やかな斬撃が、次々とボスに叩き込まれていく。

ボスは負けじとキリトに反撃していく。キリトは攻撃の途中なので避けることが出来ない。

しかしキリトの思考には、もう避けるという選択肢は無く、

 

「(まだだ、もっと…もっと速く!!)」

 

思考をフルに回転させ、ボスを滅多斬りにしていく。

 

そして最後の一撃。

ボスから繰り出される突きと、キリトの最後の一撃が交差する。

 

「おおぉぉぉ!!!」

 

キリトの一撃は見事ボスに命中した。

だがボスのHPバーはあと2本も残っている。

ボスはキリトをその大剣で吹き飛ばした。

しかしもうキリトは限界で避けることも出来ず、為すがままに吹き飛ばされる。

 

「…後は……頼むぞ……!」

 

キリトはそう言い残し、意識を手放した。

 

「キリトくん!!」

 

「おい、キリトォ!!」

 

アスナとクラインが慌ててキリトに駆け寄る。

幸いキリトのHPは僅かに残っていたため、回復結晶で何とか一命は取り留めた。

 

だがそんな彼らに、悪魔は無慈悲に近づいていく。

 

「クソッタレが!!」

 

クラインが刀を構えて応戦しようとするが、それは必要なかった。

 

突如、それまで青に染まっていた部屋の中に、真っ赤な光が灯り始めた。

アスナ、クラインを始めその場にいる皆が視線を向ける。

 

赤い光の中心にいたのは、抜刀術の構えを取っているティアだった。

ティアからはまるで炎のような鮮やかな赤い光が発せられており、ティア本人は目を閉じてただじっとしている。

 

ボスはそんな彼女に向けて地響きを立てて走りだし、その大剣を振りかぶった。

 

その瞬間、ティアは両目をカッ!と開き、その場から一瞬で飛び出した。

 

直後、ボスの身体に無数の切り傷ができ、その傷から炎のようなエフェクトが発生する。

ティアは止まることなく、ただひたすらにあらゆる方向から無数の斬撃を繰り出していく。

ティアの刀が赤い弧を描き、吹雪のようにも見えた。

これが、ティアの手にしたユニークスキル《抜刀術》。

そしてそのうちの、三十九連撃ソードスキル《緋吹雪》だ。

 

「はあああああぁぁっ!!!」

 

そして叫びながら最後の一撃を、上空に飛び上がって上段から振り下ろし、ボスの身体を両断する。

 

これでボスのHPバーは、あと一本。

 

その時、今度はドス黒いオーラが部屋の中を充満して行く。

そのオーラを発しているのは、大剣を肩に担ぐジェネシスだ。

ジェネシスの身体はもう真っ暗なオーラに包まれ、その両目は真っ赤に光り、まるで死神のように見えた。

 

「行くぜえぇぇぇぇ!!」

 

そしてジェネシスは飛び出す。

ボスの両手剣とジェネシスの両手剣が衝突する。

 

その瞬間、耳をつんざくような金属音と、部屋中の空気を揺るがすほどの衝撃波が発生し、皆は思わず両手で顔を覆う。

そして再び視線を向けると、そこには圧倒的な体格差のあるボスと互角で剣を打ち合うジェネシスがいた。

剣と剣がぶつかり合う度に、けたたましい金属の衝撃音とおびただしい火花が散る。

 

これが、ジェネシスの手にしたユニークスキル《暗黒剣》。《暗黒の剣士》の名を持つジェネシスに相応しいスキルと言えるだろう。

 

だが、拮抗していたボスとジェネシスだが、それは徐々に崩れ始める。

ジェネシスの方がボスを押し始めているのだ。

一体どうなっているのか、アスナがジェネシスの方をじっと見ていると、ある事に気がつき目を見開いた。

 

ジェネシスのHPがみるみる減少して行くのだ。

だがジェネシスのHPが減っているのは、ボスから攻撃を受けたからではない。

 

これが、《暗黒剣》の恐るべき特性。自分のHPを犠牲に、攻撃力を格段にパワーアップする事が出来るのだ。

 

そしてジェネシスがボスを吹き飛ばし、ボスがよろめいた時だった。

 

「こいつで…終えだ!!」

 

次の瞬間、ジェネシスの大剣が一層赤黒いオーラを纏い始める。

そして、ジェネシスはそれを思い切りボスに振り下ろす。

 

暗黒剣六連撃スキル《ディープ・オブ・アビス》

 

両手剣はこの世界で数あるソードスキルの中でも最も攻撃力の高いスキル。

そしてそのユニークスキルの上級技ともなれば、その破壊力は凄まじいものになるのは想像に難くないだろう。

 

ジェネシスが大剣を一振りする度、立つのが困難になる程の突風が発生し、この部屋ごと壊してしまうんじゃないかと思ってしまうほどの衝撃が皆を襲う。

 

ボスはその超弩級ソードスキルの威力に反撃することもできずに、ただジェネシスの攻撃を受けるだけである。

 

そして、ついに最後の一撃。

 

「おおぉぉぉぉらああぁぁぁぁーー!!!」

 

ジェネシスは赤黒いオーラを纏う大剣を一思いに真上から振り下ろした。

その一撃で、ボスはとうとうHPをすべて消しとばし、その身体をガラス片に変えた。

 

『Congratulations!』という激闘の終焉を告げるシステムメッセージが表示される。

 

「あー、やっと終わったか……」

 

ジェネシスは全ての力が抜けて地面に仰向けになって倒れ込んだ。

 

「お疲れ様、久弥。かっこよかったよ」

 

そこへティアが駆け寄ってしゃがみ込んだ。

 

「おう、おめぇもな…雫」

 

そしてジェネシスは意識を手放した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

数秒後、ジェネシスは目を覚ました。

暗黒剣の影響で数ドットまで減っていたHPはすでに満タンになっている。恐らくティアが回復してくれたのだろう。

 

ふと、後頭部に感じたことのある柔らかさを感じた。

そして、真上にはティアの頭が。

 

「…あ、起きた?」

 

ジェネシスの目覚めに気づいたティアが優しく微笑みながら覗き込んだ。

 

「…おう。まーた膝枕か?」

 

「うん。こんな硬い床じゃ寝かせられないよ」

 

「すまねーな、おめぇも疲れてんのに」

 

「全然平気。久弥の寝顔見てたら疲れが吹き飛んじゃった」

 

「……あっそ」

 

ジェネシスは軽く笑ってそういうと、ゆっくりと起き上がった。

周りを見ると先程までこの部屋で共に戦っていたメンバーが居た。

キリトはアスナに抱きつかれており、クライン達風林火山のメンバーが囲むように立っていた。

 

「軍のメンバーが二人、死んだ」

 

クラインが目を伏せながら告げた。

 

「そっか……ボス攻略で犠牲が出たのは、六十七層以来だな……」

 

キリトも一度目を伏せる。

 

「こんなんが攻略って言えるかよ…コーバッツのヤロウ、人が死んだら意味ねぇだろうが…!」

 

クラインが悔しさを滲ませた顔で言った。

 

そこで切り替えるように首を振り、

 

「それよかおめぇら何なんだよさっきのは?!」

 

「えー、言わなきゃダメなやつ?」

 

ジェネシスが面倒臭そうに答える。

 

「ったりめーだろ!見たことねぇぞあんなの!」

 

それに対して3人は観念したのか、キリトは少し目を逸らし、ジェネシスはため息をつく。

 

「…エクストラスキルだよ、《二刀流》」

 

「《暗黒剣》だ」

 

「同じく、《抜刀術》です」

 

それを聞きクライン達は「おおーっ」と歓声を上げる。

 

「しゅ、出現条件は?!」

 

「んなもん分かってりゃとっくに公開してるっつーの」

 

ジェネシスの隣のキリトとティアも肯定し頷く。

クラインはメニューから現在公開されているスキルリストを確認していく。

 

「情報屋のスキルリストにも載ってねぇ……って事は、おめぇら専用のユニークスキルじゃねえか!

ったく水臭ーなぁこんな大技黙って待ってるなんてよぉ!」

 

クラインは苦笑いで言った。

 

「半年前にスキルリストを確認してたら、いつのまにか習得してたんですよ」

 

「でも、こんなスキル持ってるって知られたら……俺たちの周りにも、迷惑がかかるかもしれないからさ」

 

ティアとキリトの言葉にクラインは納得したように頷き

 

「ネットゲーマーは嫉妬深ぇからなぁ〜。俺は人が出来てるからいいけど、妬み嫉みはそりゃああるだろうよ。

それに……」

 

クラインはキリトに抱きつくアスナと、ジェネシスに寄りかかって座るティアを見てニヤリと笑い

 

「……んま、苦労も修行の内と思って頑張りたまえよ、若者達よ?」

 

「何だそりゃ」

 

クラインの言葉にジェネシスは訝しげな顔をする。

 

「さて、転移門の有効化はどうする?」

 

「任せるよ。俺はもうヘトヘトだ…」

 

「右に同じだ。俺ぁもう帰ってすぐ寝るわ」

 

「そっか。気ぃ付けて帰れよ」

 

そう言ってクラインは螺旋階段を上って行った。

それを見届けた後、ジェネシスとティアも立ち上がり、

 

「……さて、と。俺らも先に戻るわ」

 

「ああ。ありがとうな、お疲れさん」

 

「おう」

 

そうやり取りした後、ジェネシスとティアはホームへと戻って行った。

 

ホームへ戻った後、二人はさっさと夕食と風呂を済ませ、早々に休む事にしベッドに入った。

すると、ティアが後ろからジェネシスに抱きついた。

 

「んー?どうしたんだよ」

 

「あのね、久弥……しばらく、攻略休まない?」

 

「休む?まあいいけどよ、何でだ?」

 

ティアは少し目を伏せると、

 

「…何だか最近、すごく疲れを感じてて…今回のボス戦で限界が来ちゃった……」

 

と言いながら苦笑する。

そう言えばこの世界から始まってから、特に急用や野暮用がない時以外は、ほとんど攻略に出ていたことをジェネシスは思い出し、振り返ってティアの頭を撫でる。

 

「わーった。なら、しばらく休むか。俺たちはギルドにゃ入ってねーんだし、文句は言われねぇだろ」

 

ティアは少しの沈黙の後、嬉しそうな笑顔で

 

「うんっ!」

 

と頷いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

次の日、ジェネシスとティア、キリトの3人は五十層のエギルの店に来ていた。

 

「『軍の大部隊を全滅させた青い悪魔。それを撃破した『暗黒の剣士』と『白夜叉』、そして『黒の剣士』の百連撃』…こりゃ大きく出たな?」

 

今日の朝に出た新聞記事を見て大笑いするエギル。

 

「尾ひれがつくにも程があんだろ……」

 

不機嫌そうな顔でテーブルに肘をつくジェネシス。

 

「全くだ。お陰で朝から情報屋やら剣士やらに詰め寄られて、塒にも居られなかったんだからな」

 

その隣に座るキリトも悪態をついて言った。

 

「まあ、これも覚悟の上で使ったからな。仕方のない事だろう」

 

奥のベッドに座るティアが苦笑しながら言った。

すると、部屋のドアが開けられてアスナが入って来た。

 

「どうしよう3人とも……大変なことになっちゃった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

五十五層グランザム

 

血盟騎士団本部。ジェネシス達は既に何度かこの場所には足を踏み入れているが、今いる部屋は初めて来る場所だった。

最上階の幹部会議室。半円形のテーブルに、五人(副団長のアスナを除く)の幹部が座り、そしてその中央に腕を組んでこちらを見据える男がいる。

血盟騎士団団長・ヒースクリフだ。

 

「……君達とこうして話すのは初めてだったかな?

キリト君、ジェネシス君」

 

「いいえ、六十七層の攻略会議で一度話しました。ヒースクリフ団長」

 

「俺は多分初めてっすね、ヒースクリフの旦那」

 

ポーカーフェイスを装ってジェネシスとキリトは答える。彼らの隣に立つティアとアスナは何とも言えない表情を浮かべている。

 

「六十七層か…あれは辛い戦いだったな。トップギルドと言われても、戦力は常にギリギリだよ……なのにキリト君、君は我がギルドから貴重な戦力を引き抜こうと言うわけだ」

 

するとキリトは険しい表情になり、

 

「……貴重なら、護衛役の人選は気をつけた方がいいですよ」

 

するとジェネシスも

 

「あ、あと勧誘係の人選も気をつけて欲しいっすね。俺の嫁が随分と迷惑かかったみたいなんで」

 

若干ぶっきらぼうになりながら答えた。

 

「クラディールとバンノが君達に迷惑を掛けたことは済まないと思っている。

だがこちらとしても、副団長を引き抜かれて『はいそうですか』、と言うわけには行かぬし、何より今後の攻略を考えると戦力の確保は必要案件だ。

故に……」

 

そしてヒースクリフは鋭い目つきでキリトとジェネシスを見つめ、

 

「キリト君、ジェネシス君。私と戦いたまえ。

キリト君が勝てばアスナ君を連れて行くがいい。ジェネシス君が勝てば、君の望みを可能な限り叶えると約束しよう。

だが、もし私が勝てば……ティア君を含めた君達3人とも、我が血盟騎士団に入ってもらう」

 

その言葉でキリトとジェネシスはしばし驚いていたが、

 

「…いいでしょう。剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」

 

「俺はしばらく攻略休むつもりにしてたんだが……まあ、そこまで言うなら仕方ねぇ。その勝負、受けて立つぜ」

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回はアインクラッド編の大一番と言うことで、かなり気合を入れて臨んだのですが……ユニークスキル使いが3人もいるせいで、戦闘描写がボドボドダ!!
うまく書けたか自分でもかなり不安ですが、何かありましたら感想欄やメッセージにてお願いします。
評価もいつも通りお待ちしております。


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十七話 殺意の刃

どうも皆さん、ジャズです。
さて、ここまで怒涛の更新ラッシュでしたが、ここからはちょっとペースが落ちます。どうかご勘弁を。


2024年10月20日 七十五層・コリニア

 

先日解放されたばかりのこの層に、大勢の人々が集まる。

その目的は、今日闘技場で行われる二つの決闘。

 

《神聖剣ヒースクリフ

vs二刀流キリト&暗黒剣ジェネシス》

 

SAOの中でもトップレベルのプレイヤー同士の戦いを見ようと、あらゆる層の人間がコリニアの闘技場に集まった。

 

そして場所は変わり、闘技場の控え室。

 

「もう、ばかばかばか!なんであんなこと言っちゃうのよ!」

 

アスナは勝手に決闘を受けたキリトにご立腹の様子だ。

 

「わ、悪かった!悪かったって、つい売りことばに買い言葉で……」

 

キリトは気まずそうにアスナをなだめる。

 

「ま、あの場で逃げる選択肢は俺たちには無かったわな」

 

キリトの隣に座るジェネシスもうんうんと頷く。

 

「……みんなのユニークスキルを見たときは、別次元の強さだって思った。でも、それは団長のユニークスキルだって……」

 

「攻防自在の剣技《神聖剣》、特筆すべきはその圧倒的な防御力、か……」

 

アスナの言葉にティアはヒースクリフの戦闘を思い出しながら言った。

 

「アイツのHPバーがイエローゾーンまで落ちたのを見たやつはいねえらしいな」

 

「あの強さはもう、ゲームの範疇を超えてるよ……」

 

アスナが不安げな声を出すが、

 

「……んま、簡単に負けるつもりはねぇよ」

 

「ああ。さて、ひと暴れしてきますか!」

 

ジェネシスとキリトは不敵な笑みで立ち上がると、揃って闘技場の方に行く。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

第1戦目は、キリトvsヒースクリフだ。

闘技場の中央で二人は向かい合うと、少し言葉を交わした後にデュエルのカウントが始まった。

 

そしてカウントがゼロになり、まず飛び出したのはキリト。

左右の剣から繰り出される突きや斬撃を、ヒースクリフは正確に盾でガードして行く。

そして次に動いたのはヒースクリフ。キリトはヒースクリフの盾側に回り込んで回避行動をとったが、ヒースクリフはそこへ目掛けて盾を突き出した。

どうやらあの盾にも攻撃判定があるらしい。手数でキリトの方が勝るかと思われたが、どうやらそうでもないようだ。

その後ヒースクリフの追撃が来たものの、キリトはその攻撃を防ぎ、そのままバックステップを取った後ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を発動してヒースクリフに突っ込んだ。

しかしそれもヒースクリフの盾に阻まれ、二人は位置を入れ替える形で向き合う。

 

「素晴らしい反応速度だな」

 

「…そっちこそ固すぎるぜ」

 

その後、二人はまた剣戟の応酬を繰り返した。

絶え間無く響く金属のスタッカートが闘技場に木霊する。

 

「キリトくん……」

 

アスナは不安げな顔で戦闘を見つめていた。

 

「安心しろ、多分アイツは負けねぇ」

 

すると同じく試合を見ているジェネシスが口を開いた。

 

「ヒースクリフの顔見ろ。さっきまでの余裕の色が消えてやがる。あのまま行けば…ワンチャンあるぜ」

 

「それでもワンチャンなんだ……」

 

ジェネシスの言葉でアスナは苦笑するが、それでも不安は和らいだのか、少しその顔には笑顔が出ていた。

 

その後、キリトの剣速は徐々に加速して行き、ヒースクリフにも徐々に焦りの色が見え始めた。

と、その時。キリトの黒剣がヒースクリフの頬を掠め取った。その瞬間、ヒースクリフの表情には動揺が現れた。

 

キリトはここで、二刀流上位スキル《スターバースト・ストリーム》を発動。青い十六の流星が、ヒースクリフに襲いかかる。

縦に、横に、斜めに、時にクロスの斬撃がヒースクリフの盾に直撃して行く。

 

そして十五連撃目の攻撃がヒースクリフの盾を弾いた。

それによってヒースクリフの体勢は大きく崩れ、その胴が無防備に晒される。

 

────勝ったな。

 

ジェネシスを含めた今この場にいる3人はキリトの勝利を確信した。

 

だがその直後、世界がブレる感覚が襲った。

 

ヒースクリフ以外のプレイヤーが止まって見える。

 

ヒースクリフの弾かれた盾が瞬時に元の位置に戻り、キリトの最期の一撃を防いだ。

キリトは大技の後なので硬直で動けない。

そこへヒースクリフの剣が突かれ、キリトのHPはイエローゾーンに達した。キリトは地面に倒れ込んだ。

 

その瞬間、デュエルが決着しヒースクリフの勝利を告げるシステムメッセージが表示される。

大歓声が沸き起こる中、キリトがヒースクリフを見上げると、彼の顔にあったのは勝者の笑みなどではなく、何故か非常に険しい顔でキリトを見下ろしていた。

だがものの数秒そうした後、彼は何も言わず次の試合に向けて闘技場の控え室に戻って行った。

 

控え室に戻ったキリトは、何も言わずに黙ってベンチに座っている。

3人は彼に対し何も言えない。

 

「……ごめん、アスナ。負けちゃったよ」

 

ふと、キリトが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「え?あ、ううん!いいの。キリトくん、カッコよかったし、それに…キリトくんが私のギルドに入ってくれるんだから、それはそれでありかなぁ〜、なんて……」

 

何故か頬を赤くしながら言うアスナ。

 

「そう言って貰えると、助かるよ」

 

そんなアスナに微笑ましい笑みを浮かべながら言うキリト。

 

「なあ、こいつらまだ付き合ってねぇんだよな?」

 

そんな二人の様子を見てジェネシスはティアに尋ねた。

 

「そうみたいだね。早くくっつけばいいのに」

 

ティアもそれに対し、呆れ半分笑顔半分と言った表情で返した。

 

「そういえば、ジェネシスの試合はあと10分後だよな?」

 

不意にキリトがジェネシスの方を見て言った。

 

「ああそうだな。ま、オメェの二の舞にはならねぇように頑張るよ」

 

ジェネシスはキリトを揶揄うような口調で言った。

 

「それを言われるとキツイな……でも、ジェネシスの暗黒剣は、俺の二刀流よりもかなり攻撃に特化したスキルだ。

これは、最強の矛と盾の対決になりそうだな」

 

「へっ、上等じゃねえか」

 

ジェネシスは不敵な笑みで返した。

 

〜10分後〜

 

「……っし、んじゃそろそろ行ってくらぁ」

 

ジェネシスはそう言って徐に立ち上がる。

 

「無茶だけはするなよ?」

 

ティアが後ろからそう言うと、ジェネシスは背中を向けたまま手を振った。

 

「あ、ジェネシス!」

 

不意にキリトがジェネシスの隣へ駆け寄ると、小声で

 

「……さっきの試合の最後、お前はどう見た?」

 

と尋ねた。

 

「それ今聞くの?……まあ、おかしいとは思ったよ。だが確証もねぇしそれがなんなのかもわかんねぇよ。

んま、仮にそれが起きたとしても、俺ぁ勝ちに行くからよ」

 

そう言い残し、ジェネシスは今度こそ闘技場へと足を踏み入れた。

中央には、先ほどと同じく騎士の甲冑に身を包んだヒースクリフが立っていた。

 

「よぉ旦那。1日に二試合もやって、体力の方は大丈夫なのかい?」

 

ジェネシスは出会い頭に悪戯な笑みを浮かべながらそう尋ねた。

するとヒースクリフも底知れない笑みを浮かべ

 

「心配には及ばない。これしき、普段のボス戦に比べればどうと言うことは無いさ。

それより君こそ大丈夫なのかい?さっきの試合を見たら、私に勝てるビジョンが無くなったのではないかな?」

 

などと聞き返して来た。

 

「それこそ心配は無用だぜ。アイツはアイツ、俺は俺だ。

キリトがどんな負け方しようが、俺がテメェに勝つこたぁ変わんねぇよ」

 

「いいや、君の未来はただ一つ……私に負け、ティアくんと共に血盟騎士団に入る事だ」

 

そう言い切ると、ヒースクリフは慣れた手つきでメニュー欄からデュエル申請画面を選択する。

ジェネシスの方にデュエル申請メッセージが来たため、《初撃決着モード》を選択しタップ。

するとデュエルのカウントが始まり、ヒースクリフは左手の盾から十字剣を引き抜き、ジェネシスもそれに倣って背中から赤黒い大剣を引き抜き、構える。

カウントが減るにつれ、会場の緊張感も徐々に高まっていく。

そしてカウントがゼロになり、『DUEL!』と言う文字が現れた瞬間、両者は同時に飛び出した。

 

ジェネシスは大剣を上段から振り下ろし、ヒースクリフは左腕の盾を突き出すと、両者は激しい火花と金属音を散らす。

そして凄まじい衝撃波が発生し、闘技場にヒースクリフとジェネシスを中心に大きな砂埃が巻き起こった。

そして粉塵が舞う中、武器同士がぶつかり合う金属音だけが鳴り響く。

 

砂埃が晴れると、ヒースクリフとジェネシスは激しい剣の攻防を繰り返していた。

ジェネシスの大剣が何度もヒースクリフの盾を打ち、ヒースクリフは隙を見て右手の十字剣で攻撃するが、ジェネシスはそれを難なく躱し再び大剣を振るう。

だがジェネシスの大剣がヒースクリフの盾を打つ際に発生する破砕音は先ほどのキリトの時の比ではなく、誰が見てもその一撃一撃が凶悪なまでの破壊力を持つ事は容易に想像出来た。現にヒースクリフの表情には既に余裕どころか若干の焦りすら見え隠れしている。どうやら彼もジェネシスの攻撃を防ぐのは中々困難なようだ。

 

その時、ジェネシスの大剣が赤黒いオーラを纏い始める。

これは通常のソードスキルではない、ユニークスキルによる攻撃だ。

暗黒剣二連撃スキル《ヘイル・ストライク》。

 

赤黒いオーラを纏う斬撃がヒースクリフの盾に炸裂する。

だがヒースクリフも寸前の所でそれを防ぎ切り、今度は反撃のソードスキルを放つ。

 

 

神聖剣二連撃スキル《ディバイン・クロス》

 

ゴールドに輝く剣が文字通りクロスになる形で振り下ろされるが、ジェネシスはその攻撃を大剣の刃を最小限に動かして振ることで防いだ。

 

「……凄まじい攻撃力だな」

 

ヒースクリフが不敵な笑みで言った。

 

「テメェこそ、ちょっと固すぎやしねぇか?」

 

「ふふふ、キリト君にも同じ事を言われたよ」

 

「事実だろうがよこんにゃろう」

 

そのやり取りの後、二人は同時に飛び出した。

先ほどのキリトの時と同じく、激しい剣の攻防が繰り広げられる。

ジェネシスは身の丈ほどある大剣を使っていながら、ヒースクリフのスピードに完全に付いて行っている。

大剣使いでありながらここまでのスピードを出せるのは、やはりジェネシスは伊達に攻略組の、それも四天王に数えられるプレイヤーではない事の表れだろう。

ヒースクリフはジェネシスの持つ圧倒的なパワーに徐々に押され気味だ。今でこそ防げているものの、その体勢は段々と崩れつつある。

その時、ジェネシスの切っ先がヒースクリフの頬を掠めた。

 

「おおぉぉぁぁああああ!!!」

 

その瞬間、ジェネシスは勝負に出た。

大剣が再び赤黒いオーラを纏い始め、そしてヒースクリフの盾に炸裂する。

 

暗黒剣上位六連撃スキル《ディープ・オブ・アビス》

 

その一撃一撃はコロシアム、いや、七十五層全体に響かんばかりの破砕音と、コロシアムごと吹き飛ばすのではないかと思ってしまうほどの衝撃波を生み、一撃受けるごとにヒースクリフは大きく後方へスライドさせられる。

 

そしてそこまでの威力を持つソードスキルならば、例え堅固な防御力を持つヒースクリフといえど体勢を大きく崩すのに時間がかからないのは当然と言えた。

五連撃目でついにヒースクリフの盾が大きく吹き飛ばされ、キリトの時と同じく彼の胴が露わになる。

 

「(────()った!!)」

 

最後の一撃。

ジェネシスは大剣を上段に構え、思い切り振り下ろす。

 

ところが、再びあの不気味な感覚がジェネシスを襲った。

世界全体が止まって見えた。

ただ一人、ヒースクリフを除いて。

 

ヒースクリフの剣がクリムゾンレッドに輝き、そしてその刃が真っ直ぐジェネシスの腹部を一閃する。

 

「ガハッ…!」

 

その瞬間、止まっていた世界が動き出し、発動中のソードスキルが強制中断された。ジェネシスは大きく後方へ吹き飛ばされ、地面に尻餅をつく形で倒れ込んだ。

 

そしてクリティカルヒットが決まった為、デュエル終了のシステムメッセージが表示される。勝者は勿論ヒースクリフ。

 

だがヒースクリフはジェネシスの方を見向きすることもなく、落ちた盾を拾ってそそくさと退場した。ジェネシスは座り込みながら呆然とその背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

五十五層・グランザム

 

「じ、地味なやつって頼まなかったっけ?」

 

キリトは新たに着せられた血盟騎士団のユニフォームに戸惑った顔を浮かべた。白赤のロングコート、キリトがそれまで身につけていた物の色を反転させたようなものだ。

 

「これでも十分地味な方よ?うん、似合う似合う♪」

 

何故かアスナは満足げな笑顔を浮かべている。

 

「あー似合ってる似合ってる。じゅーぶん似合ってんよバカヤロー」

 

気怠げなジェネシスの声がし、その方を向くと、そこにはいつもの赤黒い装備ではなく、白赤の甲冑を着せられたジェネシスが恨みがましい目で座っていた。

 

「ジェネシス……おまっ……白似合わねぇ…w」

 

キリトはそれを見て思わず吹き出すのを必死に堪えている。

それを見てジェネシスはますます機嫌を悪くし、

 

「ざけんな!!白が似合わねえのはおめぇも一緒だろうが!!」

 

勢いよく立ち上がりながらそう叫んだ。

 

「まあまあ落ち着けジェネシス。暫くすればそれにも慣れるさ」

 

落ち着いた女性の声が響き、その方を見るとティアが困ったような笑顔でジェネシスの方を見ていた。

ティアもまたいつもの白と青の服ではなく、グレーのGパンに白基調と赤いラインの入ったTシャツ、そしてその上にキリトのと同じ柄のロングコートを肩から袖を通さずに羽織っている。

 

「あーあー、おめぇはいいよなあティア。何気に俺らの中で一番様になってんじゃねえかよ」

 

ジェネシスはもう完全にやさぐれだ様子でそう言った。

 

「そうグレるなジェネシス。せっかく入れてもらったギルドだ、アスナに失礼だぞ」

 

「あはは……なんか、すっかり巻き込んじゃったね」

 

アスナも苦笑しながら言った。

すると部屋の中に二人の人物が入って来た。

 

「失礼しますぞ、副団長殿」

 

入って来たのは、背中に斧を背負った男性と背中に槍を背負った男性。後者は以前、ジェネシスがバンノと決闘した後に彼を連れて帰った男だ。

 

「ゴドフリー、どうかしたの?」

 

入って来たのはゴドフリーと言うらしい。

 

「実はですな、今日新たに加入した3人に、訓練を受けて貰うことになりましてな。内容は、私を含めた3人と、こちらの《チェイス》率いる3人パーティに分かれ、それぞれ五十五層の迷宮区とダンジョンを攻略してもらいます

 

《チェイス》と呼ばれた男性はぺこりと会釈した。

 

「ちょっとゴドフリー!キリト君たちは私の……」

 

「副団長と言えど、規律は蔑ろにして頂くわけには参りません。ユニークスキル使いと言えど、ギルドに入る以上は、前衛指揮を任されている我々に実力を見せて貰わねばなりません」

 

チェイスはアスナの抗議に対して静かに答えた。

 

「本日はキリト殿とジェネシス殿に受けてもらいます。ティア殿にはまた後日訓練を受けて貰うつもりですのでそのつもりで」

 

そしてゴドフリーはキリト、ジェネシス、ティアを見つめながらそう言った。

 

「待て、実力が見たいと言うなら、私も同時にやった方が効率的ではないのか?」

 

「本日の訓練では個々の実力、及び他者との連携能力を見させて貰う為、ティア殿は本日は待機です」

 

ティアはそれを聞いて少し複雑な表情を浮かべた。

 

「では30分後に街の西門に集合ぉ!!ガッハハハハハ!!」

 

そう言ってゴドフリーは高笑いしながら部屋を後にし、チェイスは静かに一礼してそれに続いた。

 

「ごめんね、入団早々こんな事になっちゃって」

 

アスナが申し訳なさそうに言う。

 

「アスナが謝る事じゃないよ」

 

キリトはアスナの頭に手を置き、そしてゆっくり撫でながら

 

「直ぐに終わらせてくるから、ここで待っててくれ」

 

それを聞きアスナは少し頬を染めながら頷いた。

 

「そうそう、オメェもここで大人しくしてろよ。直ぐ帰ってくるからよ」

 

「……うん、分かった」

 

ジェネシスがそう言うと、ティアは納得していない様子だがそれでも頷いた。

 

〜30分後〜

 

キリトとジェネシスは揃って指定された場所に向けて並んで歩いていた。

 

すると西門の目の前にゴドフリーとチェイスが立っており、「おーいこっちこっち!」などと言いながらゴドフリーは手を振っている。

 

すると、門の陰から二人の人物が姿を現した。

 

金髪の長い髪を後ろに束ねたポニーテール、そしてやや痩せ気味の体型の男性。あれはティアのストーカー『バンノ』だ。

そしてもう一人。同じく痩せ気味の体型に顔に垂れる陰気な前髪。あっちはアスナのストーカー『クラディール』だ。

そして二人とも、それぞれジェネシスとキリトとの間にトラブルを抱えている。

 

「……オイ、こいつぁどう言うこった?」

 

ジェネシスは鋭い目つきでゴドフリーに問いかける。

 

「うむ、君らの事情はよく知っている。

しかしこれからは同じギルド仲間。過去のことは水に流してはどうかと思ってな!!」

 

そう返答するゴドフリー。

するとバンノとクラディールの二人が前に出た。

そしてゆっくり頭を下げ、

 

「先日は、ご迷惑をおかけしました」

「二度と同じ真似はしませんので、どうか許していただきたい……」

 

などと揃って謝罪してきたのだ。

正直また何か突っかかってくると思って身構えていたキリトとジェネシスだったが、こうも謝罪してくるとは思っていなかったのでただぽかんとしている。

 

「これで一件落着だな!」

 

そう言ってまた高笑いしながらキリトとジェネシスの肩を叩くゴドフリー。

視線を向けると、ストーカー二人は未だ頭を下げていた。

 

「さて、これからの訓練では諸君らの危機対処能力も見たいため、結晶アイテムは全て預からせて貰おう」

 

今日の訓練内容を改めて告げるゴドフリー。

 

「転移結晶もか?」

 

キリトの問いに対し当然、と言わんばかりに頷くゴドフリー。

見るとチェイス・クラディール・バンノの3人は大人しくそれぞれの結晶アイテムを預けている。

キリトはそれを見て観念したのか大人しく結晶アイテムを預け、最後はジェネシスとなった。

と、ここでジェネシスはあることを思い出す。

 

「ちょっと待ってくれ、俺のストレージはティアと統合されてんだ。俺から結晶アイテムを出せばあいつが結晶を使えなくなっちまうんだが……」

 

そう、ジェネシスとティアは『結婚』しているため、二人のストレージは共有化されている。

つまりジェネシスが結晶アイテムを全て取り出すと言うことは、必然的にティアもそれらのアイテムを使えなくなると言うことだ。

ティアは今日待機と言うことだが、ジェネシスは万が一の事態を考慮したかった。

 

「本日彼女は一日中待機です。フィールドに出ない以上、結晶アイテムは必要ありませんよ」

 

するとチェイスがやんわりとした口調でジェネシスに言った。

まあ、ジェネシスとしても拒否の言い訳を考えたつもりではないため、渋々結晶アイテムを取り出し、ゴドフリーに預けた。

 

「よぉし、では出発ぅ〜!!」

 

そしてゴドフリーは勢いよく片手を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

出発から十分後、一行はそれぞれの訓練場所に向かうため途中で別れた。

 

迷宮区《ゴドフリー・キリト・クラディール》

ダンジョン《チェイス・ジェネシス・バンノ》

 

キリトもジェネシスも、選りに選って何でこいつと一緒なんだと大声で叫びたかったが、何も言わずに従った。

そして二つの班が分かれる直前、キリトはジェネシスに小声で

 

「気をつけろよ」

 

と言った。

それに対してジェネシスも小声で

 

「テメェこそな」

 

と返し、今度こそ二つの班はそれぞれの道を進んでいく。

 

やがて歩き始めて数時間が立ち、太陽の当たらない深い谷底にやって来た時だった。

 

「よし。ではこれより休憩に入る。食料を配布するので、各自時間内に済ませること」

 

班長のチェイスが小包をオブジェクト化し、それらをジェネシス、バンノに投げ渡す。

 

中を開けると、そこにはいつもティアが作ってくれる魅力的なおにぎり───────────

 

……ではなく、簡素な黒パンと水筒が入っているだけだった。

 

本当なら彼女の作るおにぎりを二人で食べてる筈なのに……ジェネシスは己の不幸を呪いながら、先ずは水筒の水を口に含んだ。

 

ふと、視線を感じ顔を向ける。

 

見ると、何故かバンノがこちらを見ていた。

 

彼は小包には何も手を付けていない。

 

一体なぜ───────ジェネシスがそう不思議に思っていたその時だった。

 

バンノの口元が不気味に歪んだのだ。

 

その瞬間、ジェネシスの中である疑惑が浮かび、そしてそれらは一瞬で確信に変わり、大慌てで水筒を投げ捨て、口の中の水を吐き出そうとした。

 

しかし時は既に遅かった。

黄色く点滅する彼のHPバー。そしてその右端に、黄色い稲妻のマークが付いている。

 

「(クソが……麻痺毒かよっ……!)」

 

頭の中でそう毒づきながら、ジェネシスは床に倒れ込んだ。

その直後、チェイスも同じ麻痺毒にかかり地面にうつ伏せになって倒れた。

 

「ひ、ひひっ……ひひひひひひっ」

 

二人が麻痺毒にやられたのを見て、不気味な笑い声を上げるバンノ。

 

「ひひひひひ…ヒャァッハハハハハハハハハ!!!」

 

そして立ち上がると、体をくねくねと捻じ曲げながら大笑いし始めた。

その顔には、狂気的な笑顔が浮かんでいる。

 

「ど……どう言うことだ……この水を用意したのは……何故だバンノ……お前……!」

 

するとバンノはチェイスの前にゆっくり近づき、

 

「チェイスさぁ〜ん、貴方ゴドフリーさんと同じく、筋金入りの脳筋バカですねぇ〜!!」

 

などと言いながらバンノの頭部を蹴飛ばした。

 

「ぶあっ?!」

 

その瞬間、バンノのカーソルがオレンジに変わる。

だがバンノはそれを気にすることなく腰から両手剣を引き抜く。

 

「お、お前……何を……」

 

「うるさいですよ。いいからもうさっさと死んでくださいな」

 

バンノはそう冷徹に吐き捨てると、両手剣の刃をチェイスに突き立てた。

 

「があっ?!」

 

「ふふふふっ、死ぬ前にいいこと教えてあげますよぉ〜!

僕ら3人のパーティはぁ〜、途中で犯罪者ギルドに襲われぇ〜!勇戦虚しく二人が死亡ォー!僕一人になったものの見事犯罪者を撃退し生還しましたぁ〜!

それがクラさんの考えたシナリオなんですよぉ〜!!」

 

「クラさん……?まさかクラディールまで……?!」

 

チェイスの目は驚愕で見開かれた。

 

「もう知る必要なんてありませんよ〜、ゴドフリーさんと一緒に仲良く逝って来てくださぁ〜い!!」

 

狂気の笑みと叫び声を上げながら何度もチェイスを斬りつけるバンノ。ジェネシスは必死に体を動かして止めようとするが、麻痺が解けないため無駄な抵抗に終わる。

そしてチェイスのHPがレッドになった瞬間、バンノは剣を逆手に持ち替えてチェイスの背中に突き刺した。

 

「ぐわぁ!!」

 

「ふふ、ふふふふふっ!あははははははは!!」

 

狂ったように笑いながら突き刺した両手剣でチェイスの背中を抉るようにグリグリと動かすバンノ。

そしてチェイスのHPはとうとうゼロになり、彼の体はガラス片となって消滅した。

 

チェイスが消え、地面に突き刺した両手剣を引き抜くと、バンノはニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべながらジェネシスに歩いて行く。

 

「ジェネシスさぁん……どうしてくれるんですか……?貴方みたいな人のために……関係のない人を殺してしまいましたよぉ〜」

 

「はぁ?その割には、随分と楽しそうだったじゃねえかよ……何でテメェがここのギルドにいやがんだ?それこそラフコフなんかの方が余程お似合いだぜ……?」

 

するとバンノはすうっと目を細めると、

 

「へぇ〜、流石!いい目をしてますねぇ〜ジェネシスさん」

 

そう言ってバンノは左手のガントレットを外して中を見せる。

 

「っ?!オイオイ……マジでそうだったとはな……」

 

ジェネシスは目を見開いたのち嘆息しながら言った。

そこにあったのは、棺桶の中から骸骨が手招きしているマーク。

忘れるはずもない、かつてジェネシス達が壊滅させたレッドギルド《ラフィン・コフィン》のマークだ。

 

「ふはっ、つい最近の事ですよ。クラさんに誘われて精神的に入れてもらいましてねぇ〜、この麻痺テクもそこで教わったんですよ。

おっと……いけないいけない」

 

バンノは慌てて左手を元に戻すと、再び両手剣を構えて

 

「早くしないと折角の麻痺毒が切れちゃいますからねぇ〜……」

 

そう言うと、バンノは両手剣を逆手に持って大きく振り上げた。

 

「あの日からずっと、心待ちにしていましたよ……この瞬間をねぇ!!」

 

そう叫び、剣の切っ先をジェネシスの左足に突き刺した。

 

「ふふっ……どうですかぁ〜?もうすぐ死ぬという感覚はどんな感じですかぁ?!教えてくださいヨォ!!ねぇ!!暗黒の剣士さんよぉ!!!」

 

そう叫びながら今度はジェネシスの左手に突き刺す。

 

「そもそもぉ!!貴方のようなクソ人間がぁ、ティア様のような高潔な人間と何故一緒に居られるんですかぁ?!

貴方はかつてラフコフの人間を大勢殺した……つまり僕らと同じ殺人鬼だぁ!!

なのに……なのになのに!!なぜ僕じゃないんだぁ!!どうして僕が選ばれなかったんだぁ!!」

 

などと喚き散らしながらジェネシスを滅多刺しにして行く。

 

バンノがジェネシスに抱いていたのは、単に嫉妬だった。

彼もまたティアの姿に惹かれていた男だった。

しかし彼は同時に人殺しでもあった。

なのに、同じ人殺しであるジェネシスがなぜティアといつも一緒で居られるのか、それが許せなかった。

 

「あぁ?!おい!なんとか言えよぉ!!!本当に死んじまうぞォ?!」

 

バンノはそう叫びながらジェネシスの腹部ににその両手剣を突き刺してきた。

それによってジェネシスのHPはいよいよレッドゾーンに到達する。

 

「(クソ……このまま死ぬのか俺は……?)」

 

諦めかけて目を閉じたその時、瞼の裏に1人の女性の姿が映った。

 

ティア。この世界に来て……いや、ここにくる前から何度も彼を支え、隣に居続けた女性。

あの日、この世界が始まった日に必ず共に現実に帰ると誓った。なのに、ここで先に死ぬのか?ここで約束を反故にするのか?

 

否!そんな事があって良いはずがない、ここで死ぬわけにはいかない。

 

「く……おおっ!!」

 

ジェネシスは唯一動く右腕で腹部に突き立てられた剣を握りしめ、引き抜こうと必死に力を入れる。

 

「……ははっ、何だ?死ぬのは怖いか?」

 

「ああそうだよ……ここで死ぬわけにはいかねぇんだよ!!」

 

その時、バンノの目が一瞬見開かれた後、すぐに狂気的な笑みに変わり、

 

「くっ……くくっ…くはははははは!!そうかよ……そうこなくっちゃなぁ!!」

 

そしてバンノは全体重をかけてジェネシスに剣を突き刺そうとし、ジェネシスはそれを必死に引き抜こうとする。

やはりジェネシスのパワーと言えど、全体重をかけて突き刺してくるバンノの力には勝てず、徐々に剣が再びジェネシスの腹に刺さって行く。

そしてついにジェネシスのHPは数ドットとなった。

それでも諦めまいとジェネシスは必死に歯を食いしばって踏ん張った。

 

「死ね!死ね!!死ねええぇぇぇぇーーー!!!」

 

その時、白い一閃がバンノに直撃した。

 

「ぐぼぁっ?!」

 

バンノはそれによって宙に吹き飛ばされ、後方の崖に激突する。

ジェネシスはバンノを吹き飛ばした者を見ようと視線を移す。

目の前の人物はゆっくりとジェネシスの方を見た。

棚引く銀髪。透き通るような白い肌。そして黒い瞳は、まっすぐジェネシスの方を見つめている。

 

紛れもなく、彼が愛する女性、ティアだ。

 

 

「おまっ……」

 

どうして、と尋ねようとしたジェネシスの口を、ティアは人差し指を立てて塞ぐ。

そしてポーチから緑色の回復結晶を取り出すと、艶のある唇を動かし「ヒール」と唱えた。

次の瞬間、残り数ドットしか無かったジェネシスのHPは一気に元どおり満タンになる。

 

ジェネシスはそれを見て安堵したように息を吐く。

ティアは左手を伸ばしてジェネシスの頬に触れる。そして優しく、ゆっくりと撫でた後、立ち上がった。

 

「直ぐに終わらせるから、待ってて」

 

そう言ってティアは再びバンノの方を向き歩き出した。

カツカツカツ…と荒々しくブーツを鳴らし、やや早足で歩く。

 

「て、ティア様……これは事故、そう!訓練で少し事故が……」

 

だが彼がそう言い切る直前、ティアは刀でバンノの口元を切り裂いた。

 

「ぶあっ?!」

 

口元を押さえ、仰け反った体を元に戻すと、その顔にあったのは見慣れた憎悪の表情。

 

「ちくしょう!」

 

そう言って両手剣を振るうが、ティアはそれを軽々と躱すと、そこから斬撃の嵐をバンノに浴びせた。それはまるで吹雪のようだった。

ソードスキルによるものではない凄まじい数の斬撃がバンノを襲う。その身にはみるみるうちに夥しい数の切り傷ができて行く。

 

「ぬあっ!くあっ?!」

 

バンノはろくに反撃することもできず、ただティアの繰り出す攻撃を受けるだけだ。

 

そしてバンノは堪らなくなり剣を捨てて両手を上げる。

 

「わ、分かった!僕が悪かった!もうギルドは辞める!あんたらの前にも二度と現れないから!だから……」

 

そう言って頭を地に付けた。

だがそんな彼に対し、ティアは容赦なく刀を上段に振り上げ、そして一気に振り下ろされる。

 

「い、嫌だーーっ!死にたくないいーーっ!!」

 

その悲鳴が発せられた瞬間、ティアの刀はバンノの首に触れる直前で止められた。

 

「(そうだ、やめろ雫。おめぇが殺る必要はねぇ)」

 

ジェネシスは安堵したものの、逆にバンノがこれを狙っている可能性もある。

 

「(クソが……麻痺はまだ解けねぇのかよ!!)」

 

ジェネシスは内心そう毒づいた。

麻痺はまだ解けない。

 

だがそうこうしている間に、ティアは刀を鞘に収めてしゃがみ込んだ。

 

次の瞬間。

 

「ヒャハハーーーッ!!」

 

バンノは高笑いして右手に剣を再び握って立ち上がった。

 

「甘えぇーーーんだよぉ!!女あああーーーーー!!!」

 

そう叫んでティアに向けて剣を振り上げ、そして彼女を叩き斬らんと振り下ろそうとした。

 

「……甘いのは貴様だ」

 

が、その剣が振り下ろされることは無かった。

普段のティアからは想像もつかないような冷徹な声が発せられ、バンノは石になったように固まった。

突如彼らのいる谷底が銀色の光で照らされる。

どうやらブラフにブラフを重ねたのはティアの方だった。

銀に輝くのはティア、いや正確には彼女の刀だ。

ティアの刀が鞘ごと銀の光を纏い、ソードスキルが発動する。

ティアが刀を納めたのはバンノを許したからではない。

むしろ最初から彼を許すつもりなど無かったのだ。

 

ティアは左半身を引いて低く腰を落とし、右手を刀の柄にかけて抜刀術の構えを取る。

 

「て、ティア様?まさか……」

 

バンノは目を見開いて後ずさりする。

ティアは未だ鋭い目つきでバンノを睨み続けている。

 

「ティア様…や、やめて……」

 

命乞いするバンノだったが、それは無駄に終わった。

 

「……さっさと逝け、屑が」

 

そしてティアは左足を前に出し、その勢いで刀を一気に引き抜いた。

その銀色の刃はまずバンノの右腕を切り裂き、そして遂に首元を捉えた。

 

「ティアさ─────」

 

ま、という言葉が出る前に、銀色の牙はバンノの首を刎ねた。

抜刀術奥義技《飛閃一刀》

抜刀術の名にふさわしい、一太刀の抜刀で仕留める究極の一撃。

その一撃でバンノのHPも全て消し飛ばされた。

斬撃の余波が周囲の壁に激突し、爆音を上げる。

地面にゴロン、とバンノの首が転がり、そしてバンノの身体と共にガラス片となって消え去った。

 

しばらく抜刀後の体制のままだったティアだが、ゆっくりと直立すると刀を左右に振って血振るいすると、右手の内で刀を回転させて向きを変えると、左腰の鞘にゆっくりと納めた。

 

そこまで見届けるだ後、このタイミングを狙っていたかのように漸くジェネシスの麻痺は解けた。

 

だがジェネシスは地面に倒れ込んだまま動けなかった。

そんな彼にティアは振り向くと、ゆっくりとジェネシスに向けて歩く。

そしてジェネシスの側でしゃがみ込んだ。

 

「……ティア、お前……」

 

ジェネシスはただティアを見つめた。

ティアは困ったような笑顔を浮かべると、

 

「えへへ…これで、私も人殺しだね……」

 

と言った。

そして左手をジェネシスの頬に伸ばすと、

 

「久弥、麻痺が解けたら自分がやるつもりだったんでしょう?」

 

ジェネシスは図星だったため何も言えず目を逸らした。

 

「それはダメだよ。私、もう久弥のあんな姿は見たくないから……」

 

そしてもう片方の手でジェネシスの量頬を包み込むように挟み込む。

 

「あの時、久弥は私を命がけで守ってくれた。だから、今度は私が久弥を守らなきゃいけないの。約束、したから」

 

そしてティアは優しくジェネシスの頭を胸に抱きかかえた。

 

「私の命は、もう久弥のものだよ。だから貴方の……久弥の為に使う」

 

ジェネシスは暫く黙っていたが、右腕でティアの背中に腕を回し、

 

「ああ……そうだな、俺の命もてめぇのもんだ、雫。だからてめぇの為に使う。」

 

ティアはそれを聞き一瞬体が硬直したものの、右手でジェネシスの頭を優しく撫でた。

 

辺りが暗くなる中、2人の男女は黙ってお互いの温もりに浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

これは後から聞いたことなのだが、ティアとアスナはジェネシスとキリトが出た後もずっとモニタリングをしていたらしい。

だがキリトのパーティであるゴドフリーの反応が消え、同時にジェネシスのHPバーに麻痺状態が表示されたのを見た瞬間、2人の少女は同時に飛び出した。愛する男を救う為に。

 

だが、幾らAGIの高いティアと言えど、一時間かけてやって来た道のりをものの数分で到達したのは驚き以外の何者でもない。

 

因みにどうやらキリトもジェネシスと同じようにクラディールに殺されかけていたらしいが、アスナがその窮地を救ったそうだ。

 

その後、ジェネシス・ティアとキリト・アスナの4人は一連の出来事からギルドの一時退団を申請。

その際にヒースクリフから「君たちは直ぐに最前線に戻ることになるだろう」と意味深な言葉を残されたものの、何とか申請が認められ、彼らは各々帰ることになった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

家に帰り、いつも通り夕食と風呂を済ませ、あとは寝るだけとなった。

 

だがティアは、寝巻きに着替えるとベッドの上で女の子座りをし、シーツの上をポンポンと叩いた。座れ、という事らしい。

大人しくジェネシスが彼女の前に座ると、ティアは控えめに両手を広げた。

 

「ね、久弥……ぎゅっ、として?」

 

「雫……?」

 

「お願い……?」

 

照れたように、しかしそれでいてそれを願う顔をしているティアの表情には勝てなかった。

ジェネシスは何も言わずに、黙ってティアの背中に両腕を回す。ティアは「ぁ……」と切なげな声を上げると、安心したように笑顔を浮かべ、

 

「……あったかい。久弥の、暖かさ……」

 

そして彼の胸に顔を埋めると、そこでゆっくり息を吸った。

 

「すぅ〜……久弥、いい匂いがする……」

 

ジェネシスはというと、表情を少しも変えずにただティアにされるがままにしていた。

 

「久弥、もう一つだけ、いい?」

 

「………なんだよ?」

 

「私……もっと、もっと久弥の温もりを感じたい。いいかな?」

 

困ったような笑顔でそう願うティア。

 

「……構わねえよ。今日はてめぇのやりたい事なんでも言え。好きなだけ付き合ってやるよ」

 

「えへ……ありがとう。

 

それじゃあ…………お言葉に甘えて……」

 

そしてティアは、ジェネシスに抱きついたまま、ゆっくりと彼を、ベッドに押し倒した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

ベッドで静かに並んで横になるジェネシスとティア。

ジェネシスの両腕の中で、まるで雛鳥のように丸くなって眠るティアをじっと見つめた。

彼女の特徴的な銀髪は、寝室に差し込む満月の光に照らされ幻想的に輝く。

ジェネシスはゆっくり彼女の髪を撫でた。現実ではこれが原因でいじめを受けていたのだが、もし、彼女をいじめていたグループが今この瞬間だけジェネシスと入れ替わったら、二度と同じことはしなくなるだろう。

なにせ、これほど美しい髪はこの世に二つとない筈だ。

まさに、彼女の為だけに調整された、オーダーメイド品。

 

その時、閉じられていたティアの瞼がゆっくり開かれ、その黒い瞳が露わになる。

 

「っ、済まねえ…起こしちまったな」

 

「ううん、いいの……なんだか、すごく不思議」

 

ティアの言葉に、ジェネシスは疑問符を浮かべた。

 

「この世界は現実じゃないのに……この身体も、この髪も、何もかもがゼロと1で構成されたデータなのに……

でも、この気持ちは……こんな幸せな気持ちはデータなんかじゃない。全部本物なんだなぁって……」

 

ジェネシスは黙ってティアの話を聞く。

 

「夢じゃないよね……私達、ちゃんとこの世界で一緒に生きてるよね……?」

 

ティアは不安げな表情でジェネシスの腕を掴む。

するとジェネシスはティアの頬を撫で、

 

「……これで夢だと言えるかよ?」

 

と尋ねる。

ティアは自分の頬を撫でるジェネシスの手を握り、

 

「……ふふっ、そうだね。ちゃんと、本物だね」

 

そして笑みをこぼした。

 

「ねぇ、しばらく前線を離れない?」

 

ティアはそう尋ねた。

 

「……んま、もとよりそのつもりでヒースクリフと対決したしな。この際だ、ゆっくり休むか」

 

そう言ってジェネシスはステータス画面を確認する。

 

「金も結構貯まったしな。

二十二層の南西エリアに、森と湖で囲まれたいい感じの村があるらしい。そこに2人で引っ越して……ゆっくりするか」

 

その瞬間、ティアは目を見開き、満面の笑みで

 

「うん!!」

 

と抱きついた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ〜!!凄いいい眺め!!」

 

二十二層の南西エリア。

ここの湖の目の前に、小さなログハウスがある。

ジェネシスとティアはこの家を購入し、新たな新居とした。

 

「だからって外周に行きすぎて落っこちんじゃねぇぞ?」

 

ログハウスのベランダから見える湖の絶景を前にはしゃぐティアを、ジェネシスは軽く注意し、そして彼女の隣に立つ。

そしてジェネシスはティアの肩に左腕を回し、ティアはその腕を両腕で掴んだ。

その彼らの左手の薬指にには、お揃いの指輪が。

これはジェネシスがここに来る前に、『結婚したのに指輪がまだだった』と慌てて購入したものだ。

 

「凄く、幸せだね……」

 

「ああ、そうだな。そうだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、なんでテメェらもいるの?」

 

そう言ってジェネシスは左を見る。

そこにはもう一軒同じログハウスがあり、そのベランダにはキリトとアスナが。

しかもいつのまにかどうやら結婚までしているらしい。

 

「いいじゃないかジェネシス。同じ新婚同士、仲良くやってこうぜ?」

 

キリトがアスナの肩に手を回しながらベランダ越しに答える。

 

「はぁ……ま、いいか」

 

そうため息をついたジェネシスの顔には、自然と笑みが零れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
いやぁ〜、イチャイチャを書くのはやっぱり楽しいです。
ジェネシスとティア、一体ナニをしちゃったんでしょうねぇ〜w

あ、ジェネティアのR-18が見たい、という方っているのでしょうか?もしリクエストがあれば、頑張って書いてみようかな。
評価、感想などお待ちしております。


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十八話 朝露の少女

どうも皆さん、ジャズです。
先ずは一言、お礼を述べたいと思います。
皆さんのおかげで、この小説の評価ゾーンがレッドに到達しました。まさかいきなりレッドに入るなんて思っていなかったので、感無量です。
これからも皆さんにいい小説を提供できるよう頑張っていきますので、改めてよろしくお願いします!


朝日が窓から差し込む寝室。

ここは二人分のベッドがあるのだが、一つは開けられている。何故なら……

 

「……ふふっ♪」

 

ティアがジェネシスの眠るベッドに移動しているからだ。

ジェネシスは毎朝8時にアラームをセットしているのだが、ティアはそれを知った後にその十分前である7時50分にアラームを設定している。

その理由はただ一つ。ジェネシスの寝顔を見るためだ。

もう何度も見慣れた愛しい彼の寝顔。

だが、普段のふてぶてしい彼の態度からは想像もつかないような無防備な姿を見ると、ティアの中にある庇護欲などが刺激される。

また、ジェネシスは彼の気づいていないところで意外に人気がある。しかも女性から。だが彼の寝顔を知っているのは、例え世界広しと言えども自分一人だけだ。

それらの事実を加味すると、ジェネシスの寝顔を見ると言うことはティアの中でかなり大きな幸福感を与えていた。

 

「はぁ〜……どれだけ見ても飽きないよ、この寝顔は」

 

ティアは小声でそう呟きながら恍惚の表情を浮かべた。

そしてジェネシスの頬にそっと口付けをし、そして彼に上から覆いかぶさった。

 

「大好きだよ、久弥……ずっと一緒にいようね……」

 

ジェネシスが目を覚まさないよう気をつけながら耳元でそう囁いた。

 

「……お前、朝っぱらから何やっちゃってんの?」

 

すると、眠っているはずのジェネシスからため息をつきながらそんな声が発せられた。

ティアが慌てて飛びのくと、閉じられていた筈の両目はいつのまにかはっきりと開けられており、ティアを呆れたような顔で見つめている。

 

「ひ、久弥ぁ!起きてたの?!」

 

ティアは素っ頓狂な声を上げながら問いかけた。

 

「てめぇが十分前から俺の寝顔をガン見してたの、気づいてねぇとでも思ってたのかよ?」

 

「なっ……?!!」

 

嘆息しながら言うジェネシスの言葉を聞きティアは一気に顔が赤くなった。

 

「お、起きてたなら言ってよぉ!!」

 

頬を膨らませながらジェネシスに摑みかかるティア。

 

「ちょ、おいこら離しやがれ!俺まだ寝起きなんだからやめろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

一悶着あったものの、何とかティアを宥めたジェネシスはその後、いつも通り二人で朝食を済ませた。

 

「ねぇ、今日はどこに行こっか?」

 

朝食を食べ、食器を片付けたティアがリビングのソファに座るジェネシスの隣に腰掛けて尋ねた。

 

「おめぇな……ここに来てから毎日遊んでんじゃねえかよ」

 

そう言ってジェネシスは壁を見る。

そこには、ここに来てからティアと作った思い出の写真が飾られていた。時には隣に住むキリト達との写真も。

 

「むぅ〜、久弥は一緒に出かけたくないの?」

 

ティアは不機嫌そうに頬を膨らませながらジェネシスに顔を近づけた。

 

「いやそうは言ってねぇだろうがよ……。けど、出かけるったってなぁ〜」

 

そう言ってジェネシスは両腕を頭の後ろに回す。

 

「……あいつにちょっと聞いてみるか」

 

ジェネシスはメニュー欄からキリトにメッセージを飛ばす。

 

『なんか面白そうな場所ない?』

 

するとものの数秒で返信が来た。

 

『とっておきの場所があるぜ。アスナと今から行くつもりなんだけど、お前らも来るか?』

 

「……キリトからお誘いが来たんだけどどーする?」

 

「キリトから?いいじゃん!四人で出かけようよ」

 

ジェネシスが尋ねると、ティアは満面の笑みで返す。

二人は出かける支度を済ませ、ログハウスを出る。

するとそこには、既に出発準備を整えていたキリト・アスナ夫婦が待っていた。

 

「おはよう、二人とも」

 

キリトが爽やかな笑顔で出迎えた。

 

「おはようさん。昨晩は凄かったなてめぇら」

 

ジェネシスがそう言うと、キリトは首を傾げて

 

「昨晩?何のことだ?」

 

と訊き返す。

だがその反面、アスナは一気に顔を赤くし、

 

「や、やだ!私そんなに声出てた?」

 

などと恥じらいながら尋ねた。

 

「おいおい、カマかけただけだったんだが……マジでお楽しみだったんだなぁ?」

 

それを聞きジェネシスは一瞬目を丸くしたあと、すぐに悪戯な笑みを浮かべ言った。

 

「なっ……ちょっとジェネシスぅ!!!」

 

アスナは涙目になってジェネシスに掴みかかった。

そんな彼らを尻目に、ティアはキリトに

 

「……お前達マジでヤってたのか?」

 

と尋ねると、キリトは目を逸らして

 

「ノーコメントで」

 

とはぐらかした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥の囀りが響く森の中、2組の新婚カップルは森林の中に設置された木の道を歩いて行く。

 

「で、俺たちは一体どこに向かってんだ?」

 

「まあ、そこは着いてからのお楽しみって事で」

 

ジェネシスの問いにキリトはそう答えた。

 

「ね、キリトくん」

 

「ん?なんだ?」

 

するとキリトの隣を歩くアスナに呼びかけられてキリトは立ち止まる。

 

「肩車してよ!」

 

「は?……か、肩車ぁ?!」

 

アスナの言葉にキリトは思わず素っ頓狂な声をあげる。

 

「だって、いつも同じ高さから景色見てるんじゃつまらないよ〜。キリトくんの筋力パラメータなら余裕でしょ?」

 

「そ、そりゃそうだが……お前いい年こいて」

 

「年は関係ないもん。いいじゃん!今ここにはジェネシス達しかいないんだから」

 

「俺らはいてもいいんだな」

 

ジェネシスは呆れたように呟いた。

キリトはしばし思案した後、渋々しゃがみ込んだ。

アスナはスカートを少したくし上げてキリトの肩に両足をのせる。

 

「後ろ見たら引っ叩くからね?」

 

「なんか理不尽だな……」

 

そしてキリトは立ち上がる。

 

「わぁ〜!凄い!ここからでも湖が見えるよ!!」

 

普段見慣れない景色にアスナは子供のようにはしゃぐ。

そんなアスナを、ティアはどこか羨ましそうな目で見ていた。

 

「ねぇ、ひs……ジェネシス」

 

「なんだよ?」

 

「私にも……肩車、して?」

 

上目遣いそして潤んだ瞳でそう懇願したティア。

こんな美女にこんな頼み方をされては、いくらジェネシスと言えども断る事など出来はしない。

ジェネシスは黙ってしゃがみ込み、ティアを自分の肩の上に乗るよう促す。

 

「……ほれ」

 

「あ、ありがと……」

 

ティアは少し頬を緩めながらジェネシスの肩の上に跨った。

それを確認すると、ジェネシスはすっと立ち上がる。

 

「おお…これは……!」

 

ティアはその光景に目を輝かせた。

 

「何だかんだ、ジェネシスはティアさんに甘いのね」

 

キリトの肩の上からアスナが微笑ましい笑顔を浮かべながら言った。

 

「うっせ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシス達はキリトに連れられ、そのまま湖を抜けて森の奥深くへと入っていく。

 

「実は昨日、村で聞いた噂なんだけどな。この辺りの森の奥深く…出るんだってさ」

 

「出るぅ?何が?」

 

ジェネシスの問いに、キリトはニヤッと笑い

 

「……幽霊」

 

と答える。

ジェネシスは「はぁ?」と呟くが、キリトの肩に乗るアスナは自然と両足の力が強まった。

 

「…アストラル系のモンスターとかじゃなくて?」

 

「違う違う、本物さ」

 

そうしてキリトは語り出した。

 

「一週間前、木工職人のプレイヤーがこの辺りに木材を取りに来たらしい……夢中で集めているうちに暗くなっちゃって、慌てて帰ろうとしたその時……」

 

と、キリトが続けていた時だった。

 

「なあ、あれって……」

 

不意にジェネシスの両肩に乗るティアが森の中を指差す。

全員がその方向を見ると……

そこには白いワンピースを着た()()()少女が。

 

「い……いやーーーっ!!!」

 

アスナは思わずキリトの肩から飛び降りた。

 

「う、嘘だろ……?」

 

キリトも思わず青ざめた表情で呟く。

すると二人の少女はジェネシス達の方を向いた後、数歩よろめいて倒れた。

 

「っ!おい!」

 

ジェネシスはティアを下ろすとその場から駆け出す。

キリトもそれに続く。

 

「ちょ…ジェネシス!」

 

「ま、待ってよ〜!!」

 

ティアも慌てて駆け出し、最後一人置いていかれたアスナも涙目で続いた。

 

ティア達が追いついた時、ジェネシスとキリトは既に倒れた少女の元へ駆け寄っており、その二人を抱きかかえていた。

その二人の少女は、身長や見た目、そして年齢は恐らく同じくらい。二人とも同じ柄の白いワンピースを身につけており、一人は黒髪ロングでもう一人はそれに対して白髪のロングだ。

 

「こいつは……相当妙だぞ?」

 

黒い髪の少女を抱きかかえているキリトが少女を見て呟く。

 

「妙って?」

 

アスナが疑問符を浮かべ、それに対して白い髪の少女を抱きかかえているジェネシスが答えた。

 

「見ろ、カーソルが出ねぇ」

 

それを聞きアスナとティアは少女達の方に視線を合わせる。

通常、このアインクラッドに存在する全ての動的オブジェクトには、必ず名前とHPと言ったカーソルと言うものが出現する。

しかしどういうわけか、この二人の少女にはタゲを合わせてもカーソルが表示されないのだ。

 

「何かしらのバグ、か…?」

 

ティアが顎に手を当てながら考え込む。

 

「まあ、そうだろうな。んなバグがあるとか大問題もいいとこだが……」

 

ジェネシスが頷きながら答える。

 

「……とりあえずこのまま放っては開けないから、この二人を家まで連れて帰ろう。

 

「だな」

 

キリトの提案にジェネシスや後の二人も賛同し、一時この二人の少女をログハウスまで連れて帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

黒髪の少女はキリト達の家に、白髪の少女はジェネシスの家で一度保護することになった。

 

ジェネシスとティアは、目の前のベッドに寝かせた白髪の少女を見つめていた。

 

「確かなのは、家に連れてこれたって事は、この子はNPCじゃないって事だよね」

 

「ああ。もしコイツがNPCなら、俺が触った瞬間にハラスメントコードが出てた筈だ」

 

ティアの言葉にジェネシスは同意し答える。

 

「意識、戻るよね?」

 

「身体が消滅してないって事は、ナーブギアとの信号のやり取りがまだあるって事だ。少なくとも睡眠に近い状態の筈だから、その内目ぇ覚ますだろ」

 

不安げに言うティアに対し、ジェネシスは落ち着いて答えた。

しかしその日は少女が目を冷ます事は無く、二人は就寝準備に入った。

 

ティアは寝る直前、少女の元に歩み寄る。

 

「(もし、この子がたった一人でSAOに来ていたなら、この子は今まで独りで……)」

 

悲しげな表情を浮かべながら、ティアは少女の頬をそっと撫でる。

 

「おやすみ。明日は目が覚めるといいね……」

 

そう言って、ティアは少女の隣で眠りについた。

 

翌朝、目が覚めたティアは何か視線を感じ、顔を横に向ける。

するとそこには、昨日眠っていた少女が目を開いて、大きな青い瞳を不思議そうな顔でこちらに向けていた。

 

「あ……ひ、久弥!!久弥ってば!!」

 

驚いたティアが慌ててジェネシスを呼ぶ。

 

「ん〜〜〜…何だよ朝っぱらからよぉ〜……」

 

ジェネシスは眠たげに目をこすりながら起き上がった。

 

「良いから!早くこっちに来て!!」

 

そう叫ぶティアにジェネシスは疑問符を浮かべながらベッドから降り、少女の目が開いているのに気がつく。

 

「おっ、起きたのか」

 

「良かった……ねぇ、自分がどうなったか、覚えてる?」

 

ティアは両手で少女の体を優しく抱えて起き上がらせる。

少女はティアの問いかけに対し、首を横に振った。

 

「そっか……じゃあ、自分の名前は言える?」

 

問われた少女は少しうつむき考えるそぶりを見せ、

 

「………な…まえ……わたしの……なまえ…………ぁ…れ……い……れい。それが…わたしの…なまえ」

 

少女は辿々しい口調ではあったが、自身を『レイ』と名乗った。

 

「『レイ』……いい名前だね。私は『ティア』。こっちのちょっとこわい顔の人が『ジェネシス』だよ」

 

「おい、どんな紹介の仕方だコラ」

 

ティアは優しい口調で自分と彼を紹介する。

ジェネシスはその紹介の仕方に納得がいかないようだが無視して話を進めた。

 

「レイ、どうしてあの森にいたの?何処かに、パパやママは居たりしないのかな?」

 

そう問いかけられ、レイは少し考えるが

 

「ん……わかんない…なんにも、わかんない……」

 

首を横に振って答えた。

少し顔が曇っていくティアに気づき、ジェネシスがレイの目線を合わせて話しかける。

 

「おう……あー、その、何だ。『レイ』って呼んでいいか?」

 

ジェネシスが尋ねると、レイは「ん…」と頷いた。

 

「そか。んじゃレイも、俺を『ジェネシス』って呼んでくれや」

 

「…じえ……ね……?」

 

「ジェネシスだ、ジェ・ネ・シ・ス」

 

「……じえ…に、しす…?」

 

「ターミネーターかよ。“ネ”な。ジェ“ネ”シス」

 

「ぅ……げ、ねしす……?」

 

「それじゃ新世代の変身ベルトじゃねえか」

 

何度も名前を間違えるレイに度々突っ込むジェネシスを見かねたティアがジェネシスの頭を軽く引っ叩いた。

 

「こら。そんな風に一々突っ込まないの。

ジェネシスじゃ難しいんじゃないかな。レイの好きな呼び方でいいよ?」

 

ティアにそう言われ、レイは少し考え込んだ。

 

「………ぱぱ」

 

そしてレイはティアの方を向き、

 

「てぃあは、まま」

 

そう言った。

ティアとジェネシスはそれを言われて少し戸惑った表情をしており、そんな二人を不安げに見つめていた。

やがてティアは安心させるように優しく微笑んで

 

「…そうだよ、ママだよ……レイ」

 

その言葉でレイはパアッと笑顔になり、

 

「ぱぱ、まま」

 

そう言いながらティアに抱きついた。

 

「お腹減ったでしょ?ご飯にしよう!」

 

「うん!」

 

ジェネシス達はレイを連れてリビングにやって来た。

ティアが料理を作っている間、ソファでジェネシスと並んでレイが座る。

新聞に目を通すジェネシスを、不思議そうな目でレイは見ていた。

 

「はい、ご飯できたよ」

 

そう言ってテーブルの上に運ばれたのは、おにぎりとサンドウィッチ。

おにぎりがジェネシス用でサンドウィッチがレイ用だ。

 

「うっし。んじゃレイ、準備はいいかぁ?」

 

「うん!」

 

食卓に揃った三人は揃って手を合わせ

 

「「「いっただきまーす」」」

 

声を揃えて言った後、三人は各々の食事にありついた。

 

「レイ、サンドウィッチの味はどう?」

 

ティアがサンドウィッチを頬張るレイに尋ねる。

レイはサンドウィッチをしばらく咀嚼した後、

 

「……おいしい!」

 

満面の笑みで答えた。

 

「そうだろうそうだろう。何たってママの料理は世界一だからなぁ」

 

「うんっ!せかいいちー!!」

 

そんなやり取りをしているジェネシスとレイを、ティアは微笑ましい視線で見つめていた。

 

やがて満腹による眠気が襲ったのか、レイはリビングの椅子ですやすやと寝息を立てていた。

そんなレイを見つめながら、ティアはジェネシスに問いかけた。

 

「……どう思う?」

 

「記憶は……完全に無いみてぇだな。んま、それより問題なのが……」

 

「まるで、赤ちゃんみたいになってるよね。

私、どうしたらいいんだろう……」

 

ティアは俯いてそう言った。

ジェネシスはそんな彼女を見て何が言いたいのか察し

 

「レイの記憶が戻るまで、面倒見てやりたいって思ってんだろ?」

 

ジェネシスの言葉にティアは黙って頷いた。

 

「気持ちは分からなくもねぇよ。コイツを見てると、俺たちがまるでホントに家族みてぇになってるからな……」

 

ジェネシスはそう言いながらレイを見つめ、少し苦笑する。

 

「ま、俺たちに出来ることをやるしかねぇよ。コイツに親とか兄弟がいんならそいつらに返してやんねぇといけねぇし、とりあえずはじまりの街に行ってみるしかねえ」

 

「……っ」

 

ジェネシスの言葉に、ティアは少し寂しそうに目を伏せる。

 

「そんな顔すんなよ。別にこれっきりなわけじゃねえ」

 

そんな彼女にジェネシスは肩に手を置いてそう言った。

 

「うん、そうだね」

 

ティアは少し顔を上げると、小さく頷いた。

 

「ぅ……ぱぱ……まま……」

 

寝言を呟きながら幸せそうな笑顔を浮かべるレイを見て、自然と笑みがこぼれるジェネシスとティアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

〜第一層 はじまりの街〜

 

広場の中央に設置された転移門が青白い光を放ち、中から四人の男女が姿を現した。

ジェネシスとティア、キリトとアスナだ。

そしてジェネシスの肩にはレイが、キリトの背中には昨日レイと共に保護した黒髪の少女がいる。

 

「ここに来んのも、久しぶりだなぁ」

 

「ああ……」

 

はじまりの街を見渡し、ジェネシスが懐かしそうに呟くと、キリトもそれに同意し頷く。

 

「ねえユイちゃん、何か見覚えある?」

 

アスナがキリトに背負われている黒髪の少女───────ユイに尋ねる。

 

「んー……わかんない」

 

ユイは少し辺りを見回すが、首を横に振った。

 

「そうか……レイはどうだ?」

 

ティアがジェネシスの肩に乗るレイに尋ねる。

 

「わたしもわかんない……」

 

レイは少し俯いて答えた。

 

「まあ、はじまりの街はバカみてぇに広いからな。とりあえずマーケットに行ってみるか」

 

ジェネシスの提案に応じ、四人は市街地を歩いて行く。

ユイとレイは二人とも不思議そうな顔で辺りを見渡していた。

 

「ねぇ、はじまりの街って、今どれくらい人がいたっけ?」

 

不意にアスナが疑問に思ったことを尋ねる。

 

「えっと、生き残ってるプレイヤーの数が六千人くらいで、『軍』を含めると3割くらいがここにいるらしいから……だいたい二千人くらいじゃないか?」

 

問いかけにキリトはそう答える。

 

「それにしては、人が少ないと思わない?」

 

「ああ、言われてみれば……」

 

アスナがそう言うと、キリトも頷いて辺りを見渡してみた。

今、彼らがいるのは商店街。

二千人もいるなら、この時間は大勢の人で賑わっているのが自然なはずだ。

にもかかわらず、これまで彼らがすれ違った人の数は片手の指で数えられる程度だ。

 

「こんな状況だからな〜、みんな部屋で引きこもってんじゃね?」

 

ジェネシスが呑気な口調でそう呟いた時だった。

 

「子供達を返して!」

 

閑静な商店街に女性の叫び声が響く。

 

「お、伯母さんの登場だぜ」

「待ってました!」

 

直後に複数の男性の声が響く。

四人が声の下方向に走り出すと、現場は商店街の裏通りだった。そこには複数の『軍』の人間が路地を塞いでおり、奥には三人の小さな子供がいた。

 

「子供達を返してください!!」

 

道を塞ぐ軍のプレイヤーに対し一人の女性が叫んだ。

 

「人聞きの悪い事を言わないでもらいたいな?ちょっと子供達に“社会常識”ってやつを教えてやってるだけでさぁ」

 

「そうそう、市民には『納税の義務』ってのがあるからなぁ〜」

 

それに対し、軍の男たちは下劣な笑みを浮かべながら答えた。

女性は軍の男たちの隙間から覗き込むように

 

「ギン!ゲイン!ミナ!そこにいるの?!」

 

と叫ぶ。

が、1人のプレイヤーがその隙間も埋めるように動いた。

それによって女性はさらに険しい顔なる。

 

「先生!サーシャ先生!助けて!!」

 

奥から少女の怯えた声が響く。

 

「お金なんていいから、全部渡してしまいなさい!」

 

サーシャ、と呼ばれた女性は叫んだ。

 

「先生、それだけじゃダメなんだ!」

 

それに対して少年が叫び返す。

その声にサーシャは疑問符を浮かべた。

 

「あんたら、随分と税金を滞納しているみたいだからなぁ〜」

 

「装備も置いてあってもらわないとなぁ。防具も全部、何から何までなぁ?ククククッ」

 

そう言って下賤な笑みを浮かべる軍の男たち。

あまりに傍若無人な要求にサーシャは堪忍袋の尾が切れたのか、腰の短剣に手をかけた。

 

そこを退きなさい!さもないと……!」

 

その時、2組の男女がサーシャ、そして軍の横を通り抜け、着地すると軍のメンバーに相対した。

現れたのはジェネシス達四人だ。

突然の出来事に軍の面々もサーシャも呆気にとられている。

 

「もう大丈夫だよ、装備を戻して?」

 

アスナは子供達に優しい口調でそう言った。

すると、我に返った軍の一人が

 

「おい、おいおいおい!なんなんだお前ら?軍の任務を妨害するのか?!」

 

あからさまに不機嫌そうな声で叫んだ。

 

「へえ〜、かの『アインクラッド解放軍』さんの任務は小さい子供を脅す事なんすか?こいつは立派な事だなぁー、立派すぎて笑っちゃいますよ〜」

 

それに対し、レイを肩に乗せたジェネシスが煽り口調で答えた。

 

「何だとぉ?!」

 

ますます機嫌を悪くする軍の男達。

 

「あ、いっそ名前変えて、『アインクラッド解放軍(笑)』なんてどうすか?こっちの方がテメェらにはお似合いだろ」

 

「てめぇ!!」

 

そう言って軍の男達はそれぞれ武器を引き抜く。

今にも斬りかからんとする程の勢いだ。

 

「まあ待て」

 

しかしそんな彼らを、リーダーらしき男が制した。

そしてジェネシス達を威圧感のある目でにらみつけ、

 

「あんたら見ない顔だが……解放軍に楯突く意味がわかってんだろうなぁ?!」

 

そう叫んで腰の剣を引き抜き、高く掲げる。

それによって子供達は怯えた声をあげる。

 

すると、ティアとアスナがゆっくりと前に出た。

 

「……ジェネシス、レイと子供達を」

 

「キリトくんもユイちゃん達をお願い」

 

そう言いながら各々の愛剣をストレージからオブジェクト化する。

そしてにやけた顔で立ち続ける男の前で立ち止まると、そこでソードスキルを発動した。

 

細剣基本スキル《リニアー》

刀抜刀スキル《辻風》

 

ピンクと青のエフェクトが男を襲った。

 

「ぶあっ?!」

 

男はそんな悲鳴をあげて倒れ込んだ。

再び顔を上げると、ティアとアスナが既にソードスキルを発動した状態で剣の切っ先を向けていた。

そして間髪入れずにまた同じスキルで斬られる男。

情けなく地面に伏す男を、ティアとアスナは冷ややかな視線で見下ろす。

 

「安心して、圏内でなどんな攻撃をしてもダメージは通らない。そう、軽いノックバックが発生するだけ……」

 

「……だが、『圏内戦闘』は人の心に恐怖を刻み込む」

 

そして再び放たれるソードスキルで男はまたしても吹き飛ばされた。

 

「お、お前ら!見てないで何とかしろ!!」

 

堪らずリーダーが叫ぶと、軍のメンバーは各々武器を構えた。

そんな軍の男達を見て、ティアは

 

「ほう?いいだろう、何人でもかかってくるがいい……ただし、一度武器を抜いたからには命をかけろよ?」

 

そう言った。軍のメンバーは皆疑問符を浮かべた。

 

「その剣は単なる脅しの動画などではない……剣は凶器、剣術は殺人術だ。

まあここは圏内だから死ぬことは無いが、貴様らも私達に手を出すというなら……」

 

そこで一度目を伏せ、

 

 

お前らはこれじゃ済まないぞ?

 

 

くわっと目を開き、軍のメンバー達を鋭い目つきで睨みつけた。

その瞬間、軍の男達に途轍も無い殺気と威圧感が向けられ、今まで感じたことのない恐怖心が彼らを襲った。

 

これは、ティアとジェネシスが編み出したシステム外スキル《覇気》。この世界に存在する剣気や殺気といった威圧感を敵にぶつけるというものだ。

 

軍の面々は皆、一斉にその場から逃げ出した。

それを確認すると、ティアとアスナは剣を鞘に収める。

 

後ろの子供達を見ると、皆呆気にとられて彼女達を見ていた。

怯えさせてしまったか、一瞬不安になったティア達だったが、

 

「すげえ……すげえよねえちゃん!!」

 

「あんなのはじめて見た!!」

 

「うんっ!!すごくカッコよかった!!」

 

そう言って子供達は無邪気な笑顔でティア達に駆け寄った。

 

「ありがとうございました!」

 

サーシャも彼女達の元に寄り、頭を下げる。

そんな彼らの様子を見て、安心したように笑みを浮かべるティアとアスナ。

 

「見たかレイ、ママはすっげえ強いんだぜ?」

 

「ああ、ユイも見たか?ママは強いだろ?」ジェネシスは肩に乗るレイに、キリトは背中に乗っているユイに誇らしげな笑顔で問いかけた。

 

「みんなの……みんなのこころが……」

 

その時、ユイが右手を虚空に伸ばしてそう呟いた。

 

「ん?ユイ、どうかしたのか?」

 

異変に気付いたキリトがユイを見る。

 

「ユイちゃん?何か思い出したの?!」

 

それに気付いたアスナも慌てて駆け寄る。

 

「ぁ……ゆ、い……」

 

すると今度は、ジェネシスの肩に乗るレイがユイを見つめながら彼女の名を呼んだ。

ユイはキリトの肩に顔を埋めるようにして

 

「わたし……わたしたち……ここにはいなかった……」

 

「ゆい……」

 

「ずっとひとりで……暗いところにいた……っ!」

 

「ユイっ!!」

 

レイが目を見開いてそう叫んだ直後、ユイが悲鳴を上げ、同時に耳をつんざくようなノイズが走った。

 

その場にいた四人は思わず両手で耳を塞いだ。

ノイズが治まると、レイとユイは気を失ってバランスを崩す。

ティアとアスナが彼女達を寸前で受け止めた。

 

「ママ…こわい……ママ……」

 

ユイはアスナの腕の中でうわ言のようにそう呟く。

 

「何だったんだ今のは……?」

 

キリトは訳がわからずただそう呟く。

そして今度は、ティアの腕の中で気を失っているレイに視線を向ける。

 

「レイ……お前今はっきりと『ユイ』って言ったか……?」

 

ジェネシスがレイにそう問いかけるが、答えは帰ってこない。

 

この二人に関して、余計に謎が深まった。

四人の心には、暗雲が立ち込めていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はユイちゃん回でしたが……ここでオリキャラをぶっ込みました。その名も『レイ』ちゃんです。
見た目は『あの花』のめんまちゃんをイメージしていただければ。そう言えばめんまちゃんとユイちゃんってなんか似てません?

では評価感想など、引き続きお待ちしております。

あと一つ最後に。
とあるユーザーの方から宣伝を依頼されましたのでここで簡単に。

『咲野 皐月』様という方のイセスマ小説をご存知でしょうか?あの小説、結構面白いので一読することをお勧めします。詳しいことはツイッターにて。
ちなみにこの方は、以前のオリジナル回で登場した『サツキ』と『ハヅキ』の案を下さった方です。

ではすみません、長くなりましたが今回はこれにて。






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十九話 ユイとレイ

どうも皆さん、ジャズです。
今回でユイ・レイ回は終了となります。アインクラッド編も佳境を迎えてきました。
年内にはアインクラッド編を終えたいな〜と思ってます。


ユイとレイが気を失ったため、ジェネシス・キリト一行は街の教会に一泊させてもらうこととなった。

一階の広間では、大勢の子供達が並べられた料理を我先にと食べ、場は子供達の賑やかな声が響いていた。

 

「コイツは凄えな」

 

ジェネシスがそんな光景を目の当たりにし、思わずそう呟く。

 

「いつもこうなんですよ。静かにって言っても聞かなくて」

 

その呟きに対しサーシャが笑顔で答える。

そして、目の前に座るユイとレイに視線を移す。

 

「ユイちゃんとレイちゃんの具合はどうですか?」

 

ユイとレイはテーブルに置かれた丸型のパンを手に取り、リスのように頬張って食べている。

 

「一晩休ませたおかげで、今はこの通りなんですが……」

 

「この娘達は二十二層で迷子になってたところを保護したんです。記憶も無くしてるみたいで、それではじまりの街に……」

 

 

サーシャの問いに、アスナがユイを見つめながら答え、ティアもそれに続く。

すると、アスナの隣に座るユイと、ティアの隣に座るレイが揃ってパンを手に取り、それぞれの母親に差し出した。

ティアとアスナはそれを笑顔で受け取ると、それぞれの愛娘の頭を優しく撫でた。

 

「この娘達の親や家族がいるかと思って、やって来たんです」

 

ティアがそう言うと、サーシャは少し考える素振りを見せて見せ、

 

「……残念ですけど、この街にいた娘達では無いと思います」

そして、広間で食事している子供達に視線を移し、

 

「このデスゲームが始まってから、多くの子供達が心に傷を負いました。私、そんな子達を放って置かなくて、この教会で一緒に暮らし始めたんです。

毎日困ってる子がいないか見回っていますが、レイちゃんやユイちゃんのような子は見たことが無いですね……」

 

「そうすか……」

 

サーシャの言葉にジェネシス達四人は表情を曇らせた。

すると、教会の扉を叩く音が響いた。

ジェネシス達は顔を見合わせ、食堂から礼拝堂へ行き、扉を開ける。

 

「新聞なら要らねーぞー」

 

ジェネシスがそう言いながら扉を開くと、そこには1人の女性が立っていた。

深緑の甲冑を身につけ、グレーの長髪を後ろで結んでいる。

 

「初めまして、ユリエールです」

 

凛とした声で自己紹介した。

 

「あー、もしかして『軍』の人?昨日のことで抗議に来た感じっすかね?」

「とんでも無い!むしろその逆です。よくやってくれたと、お礼を言いたいくらいですから」

 

ジェネシスの言葉に、ユリエールは両手を横に振って答えた。

そんな彼女の言葉に皆が首を傾げていると、ユリエールは真剣味を帯びた表情で告げた。

 

「……今日は、皆さんにお願いがあって来たのです」

 

彼らはユリエールを奥の部屋へと招き入れる。

円形のテーブルに全員が並んで座った。

 

「元々私たち……いえ、ギルドの管理者であるシンカーは、今のような独善的な組織を作ろうとしていたわけでは無いんです。

なるべく情報や資源を、多くのプレイヤー達で分け合おうとしただけで……」

 

「だが、『軍』は巨大になりすぎた……」

 

キリトの言葉にユリエールは頷き、

 

「分裂した組織の中で、台頭して来たのが、『キバオウ』という男です」

 

その言葉でキリト、アスナそしてティアの三人は顔をしかめた。

忘れもしない。第一層ボス戦で、彼らの大切な仲間であるジェネシスが《ビーター》の汚名を着せられるきっかけとなった人物。

だが当のジェネシス本人は鼻をほじりながら

 

「あー、いたなそんなの。『キバっていくぜ』とか言ってたな」

 

と興味なさげに呑気な口調で呟いた。

 

「いや、多分そんなこと言ってなかったと思うぞ……?」

 

ジェネシスの言葉にキリトがやんわりとツッコミを入れる。

 

「キバオウ一派は権力を強め、効率のいい狩場の独占や調子に乗って徴税まがいの行為をするようになりました。

しかしゲーム攻略を蔑ろにする彼への批判が強まって、キバオウは配下のプレイヤーの中で最もハイレベルな者達を、最前線に送り込んだんです」

 

それを聞き、4人は顔を見合わせた。

思い出すのは、先日の七十四層ボス攻略にて、あまりに無謀な戦闘を行った『軍』の男。

 

「コーバッツさん……」

 

「結果は、部隊員2名を失って撤退。

最悪の結果にキバオウは強く糾弾され、あともう少しのところでギルドを追放できる所まで追い詰めたんです。

ですが追い詰められたキバオウは、そこで強硬策に出ました……」

 

そこでユリエールは表情を曇らせ、

 

「シンカーを……ダンジョンの奥に置き去りにしたんです」

 

キリトは目を見開き、

 

「て、転移結晶は?!」

 

と尋ねるが、ユリエールは黙って首を横に振った。

 

「彼は……いい人過ぎたんです。キバオウの丸腰で話し合おう、と言う言葉を信じて………もう三日も前のことです」

 

「三日も前に……それで、シンカーさんは?」

 

アスナが問いかけた。

 

「かなり高レベルなダンジョンのようで身動きが取れないみたいです。全ては副官である私の責任です。

ですが、私のレベルでは突破出来そうにありませんし、キバオウが睨みを利かせている中『軍』の力はアテに出来ません。

そんな中、恐ろしく強い人達がいると聞いて、ここへやって来たんです!」

 

そしてユリエールは立ち上がり、

 

「お願いします!どうか私と一緒に、シンカーを助けに行ってくれませんか?!」

 

両目から涙を溢れさせて頼み込んだ。

彼女の表情を見れば、いかにシンカーが彼女にとって大切な存在かは一目で理解できた。

とは言え相手は軍の人間。おいそれと信用することは、彼らには出来なかった。

 

「大丈夫。その人、ウソついてないよ」

 

すると、レイが口を開いてそう言った。隣に座るユイもうんうんと頷いている。

 

「レイ?そんなことが分かるの?」

 

ティアがレイの顔を覗き込んで尋ねる。

 

「うん。なんか、うまく言えないんだけど……だいたいわかる」

 

「だいたいかよ……。

まあ、いんじゃね?行くだけ行ってみれば」

 

ジェネシスがレイの頭を撫でながら言った。

 

「そうだな。疑って後悔するより、信じて後悔する方がいいからな。

行こう、なんとかなるさ」

 

キリトもユイの頭を撫でながら提案した。

 

「全く、呑気な奴らだ……」

 

ティアがそれに対して苦笑しながら言った。

 

「私達でよければ、協力させてください。大切な人を助けたい気持ちは、私達にもわかりますから」

 

アスナがユリエールに向き直り、そう言った。

 

「ありがとうございます!」

 

ユリエールはもう一度頭を下げた。

 

「ユイはちょっとお留守番しててな?」

 

「いや!ユイも行く!」

 

キリトがユイに言うと、ユイは顔をしかめて拒否した。

 

「ユイちゃん、私と一緒にお留守番しましょう?」

 

「やだ!」

 

サーシャがユイにそう言うが、ユイは引き下がらない。

 

「おお、これが反抗期ってやつか……」

 

「バカなこと言わないの!……ユイちゃん、今から行くところはとても危ないから、ここでレイちゃんと一緒に待ってて?」

 

アスナがそう言うが、ユイは椅子から飛び降りてキリトの腕にしがみつき、

 

「ユイも行く!!」

 

と頑なに譲らない。

キリトとてもアスナはそれを見て少し困った表情をしていた。

そんな彼らを見た後、ジェネシスはレイに向き直り

 

「んじゃあ、レイは……」

 

「いや!」

 

「まだ何も言ってないんだが……」

 

ジェネシスが待ってるように言おうとするが、レイはそれを言い切る前に膨れっ面で拒否した。

 

「レイ、アスナも言っていたが今から行くところは危ないんだ。直ぐに帰ってくるから、ここで……」

 

「やだやだやだ!!レイも行く!!」

 

ティアがやんわりとレイに言うが、レイは首を横に振って拒絶し、そして椅子から降りるとジェネシスの前に立ち、

 

「……パパ……だめ……?」

 

潤んだ瞳で上目遣いで言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ジェネシス達はユイとレイを連れて行くことにした。

ジェネシスが「あんな頼み方されたら置いて行けない」と言ったからだ。

当のユイとレイは、それぞれの父親の肩に乗って上機嫌な笑みを浮かべていた。

戦闘用の装備に切り替え、黒鉄宮の中へ入り、薄暗い路地を進んで行く。

 

「にしても、まさか黒鉄宮の中にこんなダンジョンがあったとはなぁ〜」

 

「βテストの時はこんなの無かったぞ……不覚だ」

 

ジェネシスとキリトがそれぞれ口にする。

 

「上層の進み具合によって段階的に解放されるダンジョンのようですね。キバオウはこのダンジョンを独占する計画を立てていたらしいのです」

 

彼らの呟きにユリエールが答えるように言った。

 

「成る程、専用の狩場があれば儲かるからな」

 

ティアが頷きながら言うが、

 

「それが、六十層レベルのモンスターが出てくるようになってろくに狩りが出来なかったそうですよ。結晶アイテムを大量に使用したせいで大赤字になったとか」

 

ユリエールがそう言うと皆は苦笑した。

やがて一行は、目的のダンジョンへと続く階段の入り口の前まで辿り着いた。

キリト、ジェネシスの肩から降りたユイとレイは、物珍しそうな目で階段の奥を見つめていた。

ユリエールはそんな2人を不安そうな目で見ている。

 

「大丈夫ですよ。この娘達、見た目よりしっかりしてますから」

 

「うん、将来は立派な剣士になる」

 

そう言って2人はユイに笑いかけた。ユイも彼らに笑顔を向ける。

 

「いやいや、レイは剣士になんかさせねぇよ。んな危なっかしいことさせられっかよ」

 

「そうだな。こんな可愛い娘を戦場になんか送れん」

 

ジェネシスとティアがそう言うと、

 

「えー?レイもパパみたいになりたい〜!」

 

レイは不満そうな顔で言った。

 

「ならなくていーんだよ。こう言うのは俺たちに任せとけばいいの」

 

「やーだー!レイもたたかうの〜!!」

 

レイは尚も不満そうな顔でいやいやと首を横に振る。

 

「まったく…レイは頑固な娘だな」

 

ティアは苦笑しながらレイを見つめた。

 

「では、行きましょう」

 

ユリエールが先導する形で、薄暗い煉瓦造りの道を進んでいく。

途中でカエル型のモンスターとエンカウントし、キリトが黒と翡翠の剣で応戦する。

 

「おおおぉりゃああああ!!」

 

真骨頂の二刀流を存分に駆使し、カエルを薙ぎ払っていく。

それをアスナは呆れたように見つめ、ユイは大はしゃぎしていた。

 

「済みません、任せっきりで……」

 

「大丈夫ですよ。あれはもう病気みたいなものだし」

 

「というか病気だよねアレ。完全にイキっちゃってるよね。もうすっかりイキリトくんだよね」

 

「ジェネシス、言い過ぎじゃないか………?」

 

ユリエールが申し訳なさそうに言うと、アスナがあっけらかんと答え、ジェネシスが更にキリトを蔑み、ティアがげんなりとした顔でツッコミを入れる。

すると、

 

「パパ、パパ」

 

ジェネシスの肩に乗っているレイがジェネシスの方を向き、

 

「ぱぱもたたかって?」

 

「へ?なんで?」

 

レイの思わぬ発言にジェネシスは疑問符を浮かべる。

 

「レイ、ぱぱのカッコいいところも見たーい!」

 

レイは満面の笑みでそう言った。

一瞬呆気にとられていたジェネシスだったが、ふぅと嘆息し、レイを肩から下ろすと、

 

「しょうがねぇなぁ〜。んじゃ、しっかりその目に焼き付けとけよ〜?」

 

と、レイの頭を優しく撫でた。

 

「うんっ!!」

 

レイの笑顔溢れる返事を書いた後、ジェネシスは愛剣である背中のアインツレーヴェを引き抜き、現在キリトと戦っているカエルの群れの方へ駆け出した。

 

「オラアァァァァァ!!カエル狩りじゃああああーー!!!」

 

そう叫びながらカエルを滅多斬りにしていくジェネシス。

それを見てレイは飛び上がって大はしゃぎだ。

 

「ジェネシスも大概だな……」

 

ティアは呆れたように呟いた。

そんな中、ユリエールはマップを開いて現在地とシンカーの位置を確認していた。

 

「随分奥まで来たけど、シンカーさんは今どの辺かな?」

 

アスナの疑問に対し、ユリエールはマップを可視化して表示する。マップにはダンジョンの通路と赤い点が表示されていた。

アスナとティアがユリエールの左右からそれを覗き込む。

ユイがアスナの前に立って覗き込むが、場所がないレイはティアの後ろから飛び跳ねながら覗き込んでいた。

 

「シンカーはこの位置から動いていないみたいです。おそらく安全エリアにいるんでしょう。そこまで行けば、転移結晶が使えますから」

 

そう言ってマップを閉じた。

すると、ちょうど戦いを終えたキリトとジェネシスが剣を収めて戻ってきた。

 

「いやぁ〜、戦った戦った♪」

 

満足げに腕を回すキリト。

 

「チッ、ほとんどテメェがやっちまうから全然狩れなかったぜ……」

 

どうやら獲物をほとんどキリトに取られ不完全燃焼のジェネシス。

 

「すみません、すっかりお任せしてしまって……」

 

ユリエールがそう謝るが、

 

「いや、好きでやってるんだからいいですよ」

 

「それに、アイテムも出るしな」

 

キリトが手を横に振って答え、ジェネシスもそれに応じた。

 

「へぇ、何かいいのが出たの?」

 

ジェネシスの“アイテム”という単語に反応し、興味津々のアスナ。

キリトはドヤ顔でメニューを開き、アイテムをオブジェクト化する。

そしてキリトの右手に、『グチャリ』と生々しいサウンドエフェクトと共に、手羽先のような形状のグロテスクな生肉が出てきた。

 

「え…何これ……?」

 

その瞬間、アスナが引きつった顔で尋ねる。

 

「スカベンジトードの肉」

 

キリトは満面の笑みで答える。

 

「さっきの、カエルか……?」

 

ティアも引き気味で尋ねる。

 

「ゲテモノほど美味いって言うからな!あとで調理してくれよ!」

 

そう言ってキリトは肉をアスナに差し出す。

 

「絶・対・嫌!!!」

 

だがアスナは素早くそれを取り上げると、明後日の方向へ投げ飛ばした。遠くで『ガシャン』という破砕音が響いた。

 

「な、何すんだよ?!」

 

キリトがそれを見て悲しそうな顔で叫んだ。

アスナはそんな彼に構うことなく、両手を腰に当てる。

するとキリトは、メニュー欄から大量のカエル肉をオブジェクト化して見せた。

 

「嫌ーーっ!!」

 

アスナはそれらを次々と手にとって投げ飛ばしていく。

それによって大量のカエル肉が宙を舞うと言うシュールな絵面が出来た。

そんな光景を見ていたティアはふと何かを察し、ジェネシスの方を見る。

 

「…お前まさか……?」

 

ジェネシスはティアの言いたいことを察し、

 

「ああ、俺の方にも出たぜ」

 

そう言って同じものをティアに差し出した。

 

「やっぱり……!」

 

ティアはそれを見て背筋が震えた。

 

「おいおい、そんな目でみんなよ。キリトが言うには結構美味いらしいぜ?」

 

「ふんっ!!」

 

だがティアはそれを手に取り、アスナと同じように投げ飛ばした。

 

「おいいいぃぃぃ!!何してくれてんだ!!」

 

「私がゲテモノが嫌いなの知ってるだろ!!」

 

「何言ってんだ?!カエルの肉はゲテモノなんかじゃねえよ!!この◯ばでもカエルの肉を唐揚げにして食いまくってたじゃねえか!!」

 

「それはフィクションの話だろうが!!」

 

「くっそ〜…だったらこれでどうだコラァ!!」

 

そう言ってジェネシスは、キリトと同じように両手一杯にカエル肉をオブジェクト化させた。

 

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

ティアは悲鳴を上げながらカエル肉を次々と放り投げていく。再びあのシュールな絵面が出来上がった。

 

「待たんかいいぃぃぃ!!食べ物を粗末にしちゃいけねぇっておばあちゃんも言ってたじゃねえか!!」

 

「それは男がやっちゃいけない事だろうが!!

 

そして2人は、まるで子供のように不毛な言い争いを始めた。

そんな光景を見て、ユリエールは思わず吹き出して笑ってしまった。

 

「わらった!!」

 

すると、ユイの明るい声が響く。

見ると、ユイとレイが明るい笑顔を浮かべながらユリエールを見つめている。

 

「おねえちゃん、はじめてわらった!!」

 

そう言って笑顔を向けるレイ。

一瞬呆気にとられていたユリエールだったが、直ぐにまた優しげな笑みを2人に向ける。

それを見てレイとユイは今までで一番の笑顔を見せた。

 

そんな2人を見て、先程までくだらない争いを繰り広げていた4人の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

アスナがユイの手を引き、一行は歩き出す。

更に奥へ進むと十字路が見え、そしてその先に明るい光が見えた。安全エリアだ。

 

「お?奥の方にプレイヤーがいやがるぜ」

 

索敵スキルを使ったジェネシスがそう告げた瞬間、ユリエールは目を見開き、

 

「シンカー!!」

 

逸る気持ちを抑えきれずに走り出した。

ジェネシス達はユリエールを追うように走り出す。

 

「ユリエール!」

 

奥の安全地帯から1人の男性が手を振って叫ぶ。

 

「シンカー!」

 

ユリエールは笑顔で手を振りながら叫び返す。

 

「来ちゃダメだ!!その通路には──────!!」

 

だがシンカーがそう叫んだ直後、ジェネシスの視界の右側に赤いカーソルと、『The Fatal Scythes』というモンスター名が表示された。

その瞬間、ジェネシスと同じくそれに気づいたキリトがAGIを全開にして駆け出す。

 

「駄目!!ユリエールさん、戻ってーー!!」

 

ユイを背負って走るアスナが叫んだ。

だが、ユリエールは聞こえていないのか止まる事なく走り続ける。

ユリエールが十字路に差し掛かった瞬間、右側の通路から巨大な鎌が出現した。

それがユリエールに向けて振り下ろされる直前にキリトが彼女を抱きかかえるようにして伏せ、彼らを庇うようにジェネシスが前に出て、両手剣でその鎌の軌道を逸らした。

鎌は両手剣に阻まれ、ジェネシスの数センチ横を通過し地面を抉りとった。

そして鎌を持ったモンスターは左側の通路へと姿を消し、ジェネシスとキリトはそれを追いかける。

 

一体何が起きたのか理解できていない様子のユリエールに、アスナとティアはユイとレイを下ろし、

 

「ユリエールさん、この娘達を連れて安全エリアに」

 

ユリエールは一瞬戸惑った様子だったが、今の状況をいち早く整理し、アスナの言葉に頷いてユイとレイの手を引き安全エリアへと駆け出す。

当のユイとレイは不安そうな目でアスナとティアを見つめていた。

 

アスナとティアの2人は腰からそれぞれ愛剣を引き抜き、キリトとジェネシスの元へと駆けつけた。

彼らの前に立ちはだかるのは、ボロボロのローブをまとった骸骨。その手にある大鎌から、死神のイメージをそのまま具現化したような外見のモンスターだった。

 

「おまえら、今すぐユイとレイを連れて逃げろ」

 

ジェネシスが振り返ることなくアスナとティアにそう告げる。

彼女達が疑問符を浮かべると、

 

「こいつ、やばい……俺たちの識別スキルでも詳細が見えない。多分九十層クラスだ。

俺たちが時間を稼ぐから、早く逃げろ!」

 

キリトが目の前の敵を見据えながらそう告げた。

 

「そんな……2人も一緒に」

 

「後から行くからさっさと行け!!」

 

ティアの言葉にジェネシスは振り返ることなくそう言った。

だが、

 

「ユリエールさん、ユイとレイを頼みます!」

 

ティアは安全地帯にいるユリエールに向けてそう叫んだ。

 

「いけない!そんな事……」

 

「早く!!」

 

ユリエールが反論する前にアスナが叫んだ。

 

「ママ……!」

 

ユイとレイは不安げな顔でアスナとティアを見つめ、それに対して彼女達は笑顔で頷き、ジェネシス達の元へと走る。

 

「……何で逃げねえんだよ?」

 

ジェネシスがとなりに立ったティアに尋ねる。

 

「言ったでしょ?最後まで一緒にいるって」

 

ティアはそれに対して不敵な笑みを浮かべながら返した。

 

「……だったな」

 

ジェネシスも軽く笑って返した。

 

彼らがそうやり取りした後、死神は大鎌を振り上げて突進してきた。

キリトが左右の剣を交差させ、アスナがその後ろに回り込んで細剣の刃を合わせる。

そしてジェネシスは大剣を盾のように前に向け、ティアはその後ろに隠れる。

 

瞬間、死神の鎌が勢いよく振り下ろされた。

 

四人は防御していたにも関わらず、凄まじい衝撃音とともに天井へ吹き飛ばされた。

地面に勢いよく叩きつけられ、四人は床に崩れ落ちる。

 

飛びそうになる意識を何とか保ち、ティアは自分とジェネシスのHPを確認する。

満タンだったはずのHPは既にイエローゾーンになっており、ジェネシスに至ったはレッドゾーンに達している。

 

「くそっ…たれが……!」

 

ジェネシスがそう毒づきながらも何とか立ち上がろうとするが、体に力が入らず中々起き上がれない。

それはどうやらキリトも同じようで、そんな彼らにとどめを刺そうと死神はゆっくりと近づいてくる。

 

しかしその時だった。

彼らの目の前に、ふわりと棚引く黒と白の長髪が目に飛び込んできた。

そこに居たのは、安全地帯にいたはずのユイとレイ。

 

「おい馬鹿!何やってんだ!!」

 

「早く逃げろ!!」

 

「ユイちゃん!」

 

「レイっ!!」

 

四人は愛娘の危機に立ち上がろうと必死に力を入れる。

その間にも、死神は二人の小さな少女の体を切り裂かんと鎌を振り上げる。

 

「……大丈夫だよ」

 

「ここは私達に任せて。パパ、ママ」

 

しかし返ってきたのは、ユイとレイの言葉。

そこには先程までの幼さは無く、どこか知的な声に聞こえた。

 

そしてそこへ振り下ろされる大鎌。

それは二人の体を真っ二つに──────切り裂くことは無かった。

鎌は紫の障壁に阻まれ、そして鎌を死神ごと大きく弾く。

 

アスナとティアは何が起きたのか訳がわからなかったが、ふと目に入ったユイとレイの頭上にあるシステム表示を見て目を見開く。

 

《Immortal Object》

 

それは、普通のプレイヤーが持っていることはまずあり得ない、システム的不死存在を表すメッセージ。

直後、二人の衣装はティアとアスナが作った可愛らしい服から、出会った直後の白いワンピース姿に変わった。

 

「ユイ、ここは私がやるよ」

 

その表示が消えた直後、レイはそう言いながら一歩前に出た。

 

「分かった。お願いしますね──────()()()()()

 

ユイは頷いてそう言うと、数歩後ろに交代する。

 

レイの身体が不可思議な力で宙に浮き上がり、やがて死神の目線と同じ高さまで浮上する。

そしてレイは、右手をゆっくり死神の方へ差し出す。

その瞬間、レイの手のひらから赤い炎が巻き起こった。

その炎はレイの手に収束していき、やがて一つの剣を形取った。

それは、レイのような小さな少女が持つにはあまりにも大きすぎる剣。しかしレイはそれを難なく持ち上げ、弧を描くようにゆっくりと回し、頭上に構える。

 

そして左手を添えると、勢いよく死神へ振り下ろした。

死神は鎌でそれを防ぐが、レイは鎌ごと死神を両断した。

 

直後、巨大な炎が死神を包んでいき、やがて大きな火の玉となった。死神はそこで最期の段末をあげると消滅してしまった。

 

「レイ……お前……」

 

そこで漸く立ち上がることが出来たジェネシス達は、ユイとレイの小さな背中を見つめていた。

 

「……ごめんなさい、パパ…ママ……」

 

「全部、思い出したよ……」

 

そう言いながら、二人の少女は振り返る。

その両目に、涙を溜めながら──────。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、安全エリア。

ここは完全なる正方形の部屋。部屋には特に装飾などは施されておらず、ただ真っ白な壁と床があり、部屋の真ん中に黒い長方形の石が置かれているだけのシンプルな部屋だ。

ユイとレイの二人はその黒い石に座り、ジェネシス達四人がそれに向かい合うように並んで立つ。

 

「ユイちゃん、レイちゃん。記憶が戻ったって、本当なの……?」

 

沈黙を破るかのように、アスナが切り出す。

 

「はい……」

 

レイとユイは頷き、そしてレイがゆっくりと語り出した。

 

「《ソードアート・オンライン》という名のこの世界は、一つのシステムによって支配されています。システムの名は『カーディナル』。人間の制御を必要としないこのシステムが、SAOのバランスを自らの思考・判断でコントロールしているんです。モンスター、NPC、アイテムや通貨の出現率、そして……プレイヤーのメンタルケアすらも、カーディナルはプログラムで管理しようと考えたんです」

 

レイはそこまで言い終えると一度目を伏せ、

 

「私達の正体は、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》。私は、9人のMHCPを管理する者として作られた試作0号、コードネーム『レイ(0)』です」

 

「そして私が、MHCP試作一号『ユイ』です」

 

告げられた言葉に、四人は息を呑んだ。

 

「プログラム……AIだ、って言うのか……?!」

 

ティアが信じられない、と言う様子で呟いた。

何故なら、プログラムというには彼女達はあまりにも人間らしかったからだ。

 

「プレイヤーに違和感を感じさせないよう、私達には感情模倣機能が組み込まれています……偽物なんです、この涙も……っ」

 

そう言うユイの目からは涙が頬を伝っていた。

それらは全て光の粒子となって消えていく。

 

「でも、どうして記憶が無かったの……?」

 

アスナがそう問いかける。

その問いに、レイが答えた。

 

「…二年前、このSAOの正式サービスが始まったあの日、カーディナルは何故か私に、プレイヤーに対する一切の接触を禁じました。

カーディナルにその理由を問いかけましたが、命令が下されて以降カーディナルからの連絡は来ず、止む無く私は9人の『妹』達に、カーディナルから下された指令を伝達。

そしてそれ以降私達はプレイヤー達のメンタル状態のモニタリングを続けたんです」

 

レイの説明に、ユイが繋げる。

 

「状況は……はっきり言って最悪でした。恐怖、憤怒、絶望といった負の感情に支配された人々……中には狂気に陥る人まで居ました。

本来なら、このような状況に私達が出向かなければならない……なのにプレイヤーと触れ合うことが出来ない……

私達は徐々にエラーを蓄積し崩壊していきました」

 

レイとユイの口から語られていく真実。

彼女達の役割を果たそうにもそれが出来ないという矛盾で思考回路に負荷がかかってしまった結果、記憶の欠落という事態が起きたのだろう。

 

「ただある日、他のプレイヤーとは違うメンタルパラメータを持つ4名の男女がいることに気づいたんです。

そこにあったのは負の感情などではなく、喜びや安らぎ、友情と愛情、希望と信頼……でも、それだけじゃない。

私達はあなた方に少しでも近づきたくて……MHCPの管理者権限を使って、その時唯一残っていたユイを連れ出して、フィールドを彷徨いました」

 

「そうか……だからあの二十二層の森に……」

 

キリトが納得したように頷く。

それに対してユイも頷き、

 

「その通りです……私達、皆さんにどうしてもお会いしたかったんです……おかしいですよね?私達、只のプログラムなのに……」

 

両目から涙を流してそう言った。

するとジェネシスがユイとレイの元に歩み寄り、

 

「バカやろう、てめえらが只のプログラムな訳があるか。

ユイ、レイ。てめえらはもうシステムに操られるだけのプログラムなんかじゃねえよ」

 

二人の頭を優しく撫でながら言った。

 

「ああ、その通りだ。君達ならもう、自分の望みを言えるはずだよ。ユイ、レイ、言ってごらん?君たちの望みはなんだい?」

 

キリトもジェネシスの隣まで歩いて行き、ユイとレイの目線に合わせて優しい口調で問いかけた。

 

問われたユイとレイは一瞬戸惑ったような表情を浮かべていたが、

 

「私は……私は、パパとママと、ずっと一緒にいたいです……!」

 

「私も……私もですっ、パパ、ママ……!」

 

やがて二人は、両手を目一杯伸ばしてそう訴えた。

 

そんな彼女達を見て、ティアとアスナは居ても立っても居られず、娘の元へ駆け寄りその小さな体を優しく抱きしめた。

 

「私も……ずっと一緒にいたい…ううん、ずっと一緒だよ、レイ」

 

「そうだよ、私達はもう、家族なんだから……ユイちゃん…」

 

涙を流して優しく撫でながら言うティアとアスナ。

 

「ああ……ユイはもう、俺たちの娘だ」

 

キリトがアスナとユイを優しく抱きとめて言った。

ジェネシスはと言うと、何も言わずに黙ってレイの頭を撫でている。

 

「ごめんなさい……でも、もう遅いんです……」

 

しかし思わぬ言葉が告げられ、四人は目を見開いた。

 

「遅いって……なんで……?」

 

ティアが動揺しながら尋ねると、レイが自分の座っている黒石を見つめ、

 

「これは、GMがカーディナルに緊急アクセスできるよう設置されたコンソールです。私は先程、これを使ってGM権限を発動しあのモンスターを消去したのですが……それと同時に、私達がカーディナルの命令に違反してプレイヤーの元に赴いたことが検知されました」

 

「現在、私達のプログラムがカーディナルによってチェックされています。命令に違反した私達はカーディナルにとっての異物です。間も無く、消去が始まるでしょう…」

 

そう言葉を紡いだ。

 

「そんな……何とかならないのか?!」

 

キリトが叫ぶが、ユイとレイは首を横に振る。

 

「パパ…ママ……これでお別れです」

 

レイは両目から涙を流してそう言った。

 

「そんな……そんなの嫌!これからじゃない!私達、これからいっぱい楽しい思い出を作って、仲良く暮らそうって……!!!」

 

ティアは悲痛な叫びを上げながらレイを抱きしめる。

 

「ごめんなさい……短い間でしたが…私、パパとママの家族になれて、幸せでした」

 

ユイも両目から涙を溢れされてそう言った。

 

「嫌!そんなの嫌よ!!せっかく家族になれたのに!こんなお別れなんて……行かないでよユイちゃん!!!」

 

アスナもユイを抱きしめながら叫んだ。

 

「ありがとう……でも、もうどうにもならないんです……」

 

レイは声を震わせながらそう言った。

 

「いや、そんな訳ねぇだろ」

 

だがその時、ジェネシスが淡々と告げた。

 

「なあレイ、このコンソールってまだ使えるのか?」

 

ジェネシスがそう問いかけると、レイは涙を拭いながら

 

「えと……はい。このコンソールは、起動から約十分は使用可能です」

 

そう答えると、ジェネシスは「そうか」と頷き、徐にコンソールに現れたキーボードをタップし始める。

 

「ジェネシス……お前、まさか……?!」

 

キリトはジェネシスの行動の真意を悟り、目を見開くとジェネシスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

 

「そのまさかよ。今ならここのGM権限でシステムに割り込んで、ユイとレイをカーディナルから切り離せるんじゃねえかってな」

 

そう言うと、皆は目を見開いた。

そしてキーボードをタップして行くと、システム画面が表示され、ダウンロードゲージが現れた。

そして、100%になった瞬間、ユイとレイの身が光始めた。

 

「パパ……!」

 

「ユイとレイのデータは、俺とキリトのナーブギアのローカルメモリに保存されるようにしておいた。

この世界で実体として存在するのはもう出来ねぇが、消去は免れたな」

 

「じゃあ、ユイちゃんとレイちゃんは……!」

 

「このゲームが終わっても、また会えるってことさ」

 

ジェネシスがそう告げると、皆は歓喜の表情を浮かべた。

 

「ユイちゃん…また、また会おうね……!」

 

「ああ、必ず会おう…ユイ!」

 

「はい……パパ、ママ……!」

 

その言葉を最後に、ユイの身体は粒子となり、そして水晶のように輝く涙石となった。

 

「パパ…本当に、ありがとうございます…!」

 

「ああ。次は現実で会おうぜ、レイ」

 

「少しの間、待っていてくれ。すぐに迎えに行くから」

 

そしてレイも、紅の光を放つ涙石に姿を変えた。

 

こうして、ジェネシス達四人はそれぞれの娘と一時的な別れをする事になった。

 

だが、ユイとレイとの再会は思わぬ形で訪れることを、この時彼らは知る由も無かった───────。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、今回のユイ・レイちゃん回、いかがだったでしょうか?
次回はいよいよ骸骨回となる予定です。

そして、以前予告していたジェネティアのR-18を執筆開始します。完成までしばしお待ちを。

評価、感想などお待ちしております。


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二十話 奈落の淵

どうも皆さん、ジャズです。
アインクラッド編も、いよいよクライマックスです。


「偵察隊が……全滅?!」

 

キリトは思わずそう叫んだ。

ここは五十五層グランザムにある血盟騎士団本部。

そしてその最上階にある会議室に、四天王の四人は集められていた。

休暇中だった彼らに突如として送られた緊急招集。束の間の休息は終わりを告げ、彼らは止む無く招集者であるヒースクリフの元へ赴いた。

そしてそこで告げられた、衝撃の報告。

 

「昨日の事だ。迷宮区のマッピング自体は、幸い犠牲者を出さずに終了させる事が出来た。

だが、ボス戦はかなりの苦戦が予想された」

 

ヒースクリフの言葉は、ジェネシスを始め多くの攻略組のメンバー達が予想していた事だった。

百層からなるアインクラッドは、その4分の1である二十五層・五十層をクォーター・ポイントと呼ばれ、そこのボスはそれまでのボスをはるかに凌駕する難敵となっていた。

そして今回の七十五層。これもまた、クォーター・ポイントである為、かなりの難敵が配置されていることは容易く予想できた。

そこで、来たるボス戦に向け、血盟騎士団を始め5ギルド合同の計20名を七十五層の迷宮区に送り込んだ。

偵察は慎重を期して行われ、前衛10人・後衛10人の構成でボス部屋に到達。

しかし前衛の10人が部屋に入った瞬間、扉が閉じてしまったそうだ。扉はいかなる行為でも開く事が出来ず、そのまま五分が経過した後にようやく開いたそうだ。

だが……

 

「部屋には何も無かった。先に入った10人も、ボスの姿も消えていたそうだ。

念のため、黒鉄宮にある石碑を確認しに行ったが……」

 

ヒースクリフはそこで目を伏せ、首を振った。

つまり、偵察隊の10名は文字通り全滅したのである。

 

「10人も……どうしてそんな事が……」

 

「結晶無効化エリアか……」

 

悲痛なアスナの呟きに答えるようにキリトが言った。

ヒースクリフもそれに頷き、

 

「おそらく……いや、そうとしか考えられない、と言うべきだ。アスナ君の報告では、七十四層もそうだったと言う事だから、今後全てのボス部屋も結晶無効化エリアだと考えられる」

 

「そんな……」

 

抑揚なく告げられるヒースクリフの言葉に、ティアが両手で口元を押さえて言った。

結晶が使えないとなると、いざという時脱出もできず、犠牲者がより増えることになるだろう。

 

「いよいよ、本格的なデスゲームになってきたってわけだ」

 

「だからと言って、攻略を諦めることは出来ない」

 

ジェネシスが嘆息しながら言うと、ヒースクリフは真鍮色の瞳で四人を見つめながらきっぱりと言った。

 

「脱出はおろか、退却も不可能となれば、我々は統制の取れる範囲で、可能な限りの大部隊を持ってボス攻略にあたるしかない……休暇中の君たちを招集するのは本意では無かったが、どうか了解してほしい」

 

ヒースクリフの言葉に対し、キリトは肩をすくめて答えた。

 

「協力はさせてもらいますよ。だが、俺にとっての最優先事項はアスナの安全だ。もし危険な状況になったら、俺は何よりもまず彼女を守ります」

 

そしてジェネシスもそれに続く。

 

「俺も右に同じだ。俺にとって大事なのは、ティアだ。

例え10人が死ぬことになろうが、俺はそれでもこいつだけを守らせてもらう」

 

二人の言葉を聞き、ヒースクリフはそれまでの無表情から満足げな笑みに変え、

 

「何かを守ろうとする意思は強いものだ。君たちの勇戦を期待しているよ。

では、攻略開始は三時間後。七十五層コリニアの転移門広場に集合してくれたまえ。では、解散」

 

ヒースクリフはそう締めくくると、隣に座っていた幹部達を引き連れて部屋を後にしていった。

 

部屋には四人が残された。

重苦しい空気が部屋を包む中、

 

「…なあ、アスナ。ジェネシスにティアも、聞いてほしい……」

 

キリトが険しい表情で切り出した。

 

「だが断る」

 

しかしそれに対してジェネシスが強烈なチョップをキリトの頭に命中させた。

 

「オイィィ!!!まだ何も言ってねぇだろうが!!!」

 

キリトが頭を押さえながら叫んだ。

 

「てめーの言いたい事なんざ手に取るように分かんだよバーロー。大方、『お前ら3人はここで残っててくれ』とか言うつもりだったんだろ?」

 

「ぐっ……」

 

キリトは図星だったのか、唇を固く結んで黙り込んだ。

 

「キリト君、そんな事言うつもりだったの?!」

 

「全く、呆れたやつだな」

 

アスナが目を見開きながら問い詰め、ティアは呆れた顔で嘆息しながら言った。

 

「だ、だって…今回のボス戦は、ただでさえクォーター・ポイントな上に、転移結晶も使えないんだ!何が起きるか分からないんだぞ?!

俺は、死んでほしくないんだよ……アスナにも…お前らにも……!」

 

キリトは悲痛な顔で訴えかけた。

それに対してジェネシスは「はぁ〜」とため息をつき、

 

「なんで俺らが死ぬことになってんだよコノヤロー」

 

キリトに向かってそう言ってのけた。

キリトはその言葉でハッと目を見開いた。

 

「死なねーよ、俺たちは。今までもそうだっただろうがよ。てめーが俺たちを守ってきたように、俺たちだっててめーを守ってきたんだ。今更こんなとこで死ぬわけがあるかよ」

 

そしてアスナもそれに続く。

 

「キリトくん、約束したでしょ?私達、最後まで一緒にいるって。私の命は、もうキリトくんのもの。だから私は、君のためにこの命を使うよ」

 

ティアもそれに同調し、

 

「キリト、お前は自分が死んだら私たちがどんな思いをするか考えたか?仮にお前が犠牲になって私たちを守ったとしても、そこに私たちの幸せはない。お前は自分の命を軽視しすぎだ。

お前のその命は、もうお前だけのためにあるんじゃないぞ」

 

最後にジェネシスがキリトの右肩を叩き、

 

「分かったら二度とあんな事口にすんなよ?

俺たちはな、他人を生かす為に戦ってんじゃねえ。自分が生き残って、現実に帰る為に戦ってんだ。てめーに救われなきゃならねえ程俺たちは弱くねえよ。

俺たち全員で戦って、全員で帰るんだよバカヤロー」

 

キリトはそれまで呆気に取られた顔をしていたが、すぐにふっと軽く笑って

 

「ああ…そうだな、ごめん。俺、すっかり弱気になってたよ……けどお陰で目が覚めた。

生きて帰ろう、俺たちみんなで」

 

そして、吹っ切れた笑顔できっぱりとそう言った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

七十五層・コリニア

 

転移門が青白く光り、四人のプレイヤーが姿を現す。

二人の黒と二人の白。男女二人組。

言わずもがな、ジェネシス達だ。

 

広場には既にこのボス戦に参加するであろう多くのプレイヤー達が集まっていた。

彼らはジェネシス達に気づくと一礼したり、中にはギルド形式の敬礼までしてくる者もいる。

彼ら四人が広場の中心まで歩いていると、

 

「よう、待ってたぜ!」

 

後ろから陽気な男達の声がしたので振り返ると、そこには悪趣味なバンダナを巻いた侍風の男性と、褐色肌の重戦士が。

 

「…えっと、どちら様?」

 

ジェネシスがとぼけた顔で尋ねる。

 

「オイイィィィ!!!ジェネシスてめぇ、わざと言ってるだろ?!」

 

クラインがジェネシスの反応に胸ぐらを掴んで叫んだ。

 

「オイオイ落ち着けよ、ちょっとしたボス戦前ジョークってやつだよ。だからもういい加減離してくれよラクス」

 

「誰がプラントの歌姫じゃコラァ!!!たしかに“クライン”だけどそっちじゃねえよ!!!」

 

ジェネシスとクラインがそんなやり取りをしているのを余所に、

 

「お前も来てたんだな、エギル」

 

「ったりめーだろ。こちとら商売を投げ出して参戦するんだぜ?この無私無欲の精神を理解できないかねぇ?」

 

エギルの言葉にキリトは悪戯な笑みを浮かべ、

 

「“無私無欲”、ねぇ……なら、お前は戦利品の分配から除外していいよな?」

 

「あ、いや!それはだなぁ……」

 

キリトの言葉にエギルは慌てて言い淀んだ。

それを見て、アスナとティアは思わず吹き出してしまう。

そしてそれを中心に、和やかな空気が辺りを包んだ。

 

しかしそんな和やかムードも、とある人物が現れたことで一瞬で緊張感に変わる。

転移門から現れた5名のプレイヤー。

その真ん中を歩くのは、真紅の甲冑に身を包んだ男、血盟騎士団団長ヒースクリフだ。

ヒースクリフは広場の中央まで行くと、懐から回廊結晶を取り出し、高く掲げる。

 

「コリドー・オープン」

 

その瞬間、回廊結晶はガラス片となって砕け散り、代わりにヒースクリフの目の前に大きな渦を巻く青白い壁が出現した。

 

「さあ、行こうか」

 

ヒースクリフは一瞬こちらを振り向いてそう言った後、再び前を向いて先陣を切ってその壁を潜っていった。

彼の配下の四人もそれに続き、ほかのプレイヤー達も次々にその壁を潜っていく。

そしてジェネシスとティアは最後にその壁を通り抜けた。

 

くぐり抜けた先は七十五層の迷宮区にあるボス部屋の前。

そこはそれまでのゴツゴツした荒削りの壁や道ではなく、透明感のある黒曜石のレンガ作りで構成された空間だった。

 

「なんだか……嫌な感じがする……」

 

「奇遇だな…俺もだ」

 

ティアの呟きにジェネシスも首肯した。

彼らはこれまで七十四にも及ぶボス戦を行ってきた。そしてそれだけの経験を積めば、目の前にある部屋の主人が持つ力量は自然と推し量られる。

 

プレイヤー達は各々のメニューから装備品などを確認している。

やがて、ヒースクリフが大きな十字盾を構えて扉の前に立った。

 

「皆、準備はいいかな?

今回のボス戦には、事前情報が無い。そのため、我々血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限り攻撃パターンを見極め、柔軟に対応して欲しい。

苦しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている─────解放の日の為に!!!」

 

ヒースクリフの高らかな叫びに、プレイヤー達から気合の雄叫びが響く。

その間、ジェネシスはただ黙って集中力を高めていた。

 

「久弥」

 

不意に、ティアが小さな声で彼の名を呼んだ。

ジェネシスがとなりに立つティアの方を向く。

するとティアは彼の顔を両手で抑え、目を閉じてその唇に自分のものを押し当てた。

ほんの数秒の口付けののち、ティアは唇を離し、

 

「大丈夫だよ。私達ならきっと生き残れる。最後まで一緒にいようね。約束だよ?」

 

ジェネシスは一瞬呆気にとられていたが、

 

「はっ……たりめーだ。てめーは絶対に死なせねえよ」

 

不敵な笑みでティアの頭を撫でた。ティアは満足げな笑顔で愛撫を受けていたが、やがて気持ちを切り替えて真剣な表情に変え、左腰から愛刀の《銀牙》を引き抜き、構えた。

それと同時にジェネシスも意識を切り替えてボス戦に向けた緊張感に変え、背中から大剣《アインツレーヴェ》を引き抜く。

 

やがてヒースクリフが扉を押すと、重々しい音を響かせながら扉が開いていく。扉が開いていくにつれ、ボス戦参加メンバーの間に漂う緊張感のボルテージが上がっていく。

 

ジェネシスは右隣のクライン、エギルの方を向く。

 

「一応言っとくが……死ぬんじゃねえぞ?」

 

「へっ、おめえこそな」

 

「今回の戦利品で一儲けするまで、死ぬつもりはねぇぜ」

 

そして最後に、キリトの方を向く。

 

「死ぬなよ……ジェネシス」

 

キリトがそう言いながら、左拳を突きつける。

 

「知らねぇのか──────俺は死なねえ」

 

ジェネシスが不敵な笑みで返し、右拳を持ち上げる。

そして彼らは、お互いの拳を打ち付けあい、正面に向き直った。

 

やがて重々しい音が鳴り止み、扉が完全に開かれる。

 

「戦闘開始!!!」

 

ヒースクリフの号令を合図に、全プレイヤーが部屋へと突入して行く。

全てのプレイヤーが部屋に入ると、扉は閉じられ消滅した。これで、彼らの退路は完全に絶たれた。ボスを殺すか、彼らが全滅するまで扉が開くことはない。

 

部屋の中は円形のドーム状だった。

明かりなどはなく、ただ薄暗い空間が広がる。

 

全プレイヤーが意識を研ぎ澄ませるが、ボスは出現しない。

 

「何も……起きないぞ?」

 

1人のプレイヤーが呟く。

だがそんなはずは無い。ティアは少しでも何かしら音をつかもうと全神経を研ぎ澄ませる。

 

そんな中微かに聞こえた、何かが擦れるような音。

聞くだけでも嫌悪感が湧く嫌な音が聞こえた直後、ティアは絶対的な確信を持って叫んだ。

 

「上だ!!!」

 

その叫びでプレイヤー達は一斉に上を向く。

そしてその視線の先に、それはいた。

 

一言で言うならば、それは骸骨の百足。

無数の夥しい数の足、頭部は人型に見えるが顎は二対の禍々しい形をしており、胴から生える腕の先には鋭い鎌が生えている。

 

《The Skullreaper》

 

骸骨の狩手を意味するモンスター名が表示されると同時に、五本のHPバーが現れ真下に勢いよく降下してきた。

 

「固まるな!距離を取れ!!!」

 

ヒースクリフが叫び、ジェネシスをはじめとしたプレイヤー達は咄嗟に中央から飛び退く。

だが反応が遅れたのか、あるいは恐怖に囚われた数名のプレイヤー達は上を見上げたまま動けずにいた。

 

「こっちだ!走れ!!!」

 

キリトが叫んで我に返ったプレイヤー達はようやく走り始めた。

だが直後、骸骨の狩手は彼らの背後に着地し、その衝撃で彼らの足が止まってしまった。

そして足を止めてしまった彼らに、すかさず巨大な鎌が横薙ぎに振るわれた。

鋭い刃は彼らの胴を切り裂き、宙へ吹き飛ばす。

ティアとアスナが剣を逆手に持って彼らを受け止めようと手を伸ばすが、手が届く直前に彼らはその身をガラス片に変えて消滅してしまった。

 

「嘘だろ……」

 

これには流石のジェネシスも動揺を隠せなかった。

 

「い、一撃で……?!」

 

キリトも掠れた声で口を開く。

この世界は基本的にレベルさえ上げておけば死ににくくなる。

そして今この場にいるのは皆、安全マージンが十分にあるもの達の中でも最高レベルの者たちばかりだ。

にもかかわらず、そんな彼らがたった一撃でその命を散らすなど、無茶苦茶にも程があるというものだ。

 

驚愕するジェネシス達だったが、骸骨の狩手がその攻撃の手を緩めることはない。

次なる標的を見定めた狩手は、その巨体に似合わぬスピードでフィールドを駆け回る。

そして振り上げられた鎌が、プレイヤーに向けて振り下ろされる。

しかしその攻撃は寸前のところで阻まれた。

ヒースクリフがプレイヤーの前に立ち、その盾で鎌を受け止めたのだ。

その間にプレイヤーは後退するが、狩手はすかさず反対側の鎌を伸ばして彼を切り裂く。

その攻撃を受けたプレイヤーは、先程と同じく一瞬でそのHPが消し飛ばされ消滅した。

そのまま猛スピードでフロアを駆け回る狩手。

 

「まともに近づくことも出来ねぇぞ!!!」

 

エギルが歯ぎしりしながら叫ぶ。

そして狩手は、次なる獲物に向けて無慈悲にその鎌を振り上げる。

 

「下がれぇ!!」

 

そこへジェネシスが飛び込み、鎌を大剣で受け止めた。

その瞬間、フロア全体に轟く金属音と火花が散り、凄まじい衝撃がジェネシスを襲う。

 

「く……おおっ……!」

 

だが、両手剣使いでパワー型であるジェネシスを以ってしても、ボスの一撃は伊達ではなくジリジリとギラつく鎌の刃がジェネシスの右肩に迫る。

 

「(なんて重さだ……このままじゃ、やべぇっ……!)」

 

鎌による攻撃の圧に必死に抗うジェネシスに向け、狩手は反対側の鎌をジェネシスに向け振り下ろす。

しかしそれはヒースクリフの盾によって防がれた。

そしてその直後、赤い一閃がジェネシスの頭上を通過し、鎌を弾き飛ばした。

見えたのは黒い片手剣に漆黒のロングコート。

キリトだ。彼が片手剣スキル《ヴォーパル・ストライク》で鎌を押し出したのだ。

 

「二人同時になら止められる!俺たちで止めるぞ!!」

 

「ああ……行くぜ!!!」

 

そしてキリト・ジェネシス・ヒースクリフの3人は狩手の正面に立った。

防御型のヒースクリフ、パワー型のジェネシス、そしてバランス型のキリトで鎌を食い止めるのだ。

 

「攻略組に告ぐ!!」

 

その時、ヒースクリフが右手の剣を高く掲げて叫んだ。

 

「ボスの鎌は我ら3人で食い止める!これより全ての者はボスの側面から攻撃せよ!!!」

 

その叫びの直後、ボスは再び動き出した。

ヒースクリフがその鎌を盾でガードし、ジェネシスとキリトが大剣と双剣で鎌の軌道を逸らして行く。

 

「よし……行くぞ!!!」

 

それを見てティアが刀を構えて走り出す。

 

「はあぁぁぁーーーっ!!」

 

「行くぞおぉ!!」

 

アスナ、エギルに続き、生き残ったプレイヤー達は己を奮い立たせて武器を構えて突撃して行く。

数発の攻撃がボスの身体に命中し、HPがようやく僅かに減少する。

しかしボスは反撃とばかりに、尻尾を思い切り振り上げる。

 

「伏せろ!!!」

 

ティアは咄嗟にアスナを抱き寄せ、刀を逆手に持ち替えて防御体制をとる。

そこへ尻尾が勢いよく振り下ろされた。

 

「ティアアァァァァァ!!」

 

「アスナアァァァァァ!!」

 

その光景を見ていたジェネシスとキリトが思わず叫んだ。

煙が晴れると、そこにはしっかりティアとアスナがいた。

ほっと胸をなでおろしたジェネシスとキリトだったが、それでも今の攻撃で2名が犠牲になった。

 

ボスは上体を仰け反らせ雄叫びを上げる。それはまるで、お前達は自分には勝てない、と言っているかのようにも見える。

 

それを見て思わず呆然とするキリト。

そんな彼に、ジェネシスは喝を入れた。

 

「ボサッとすんな!!まだ終わってねぇ…諦めんじゃねえ!!!」

 

「っ…ああ、わかってる!!」

 

それによってもう一度気合を入れ直したキリトは、双剣を構えてもう一度ボスに駆け出した。

絶え間なく振り続けられる死の鎌を、キリトとジェネシス、ヒースクリフの3人は全力で防いでいく。

その間、彼らの努力を無駄にさせないために、アスナとティアを始めとした多くのプレイヤーが、恐怖を押し殺してボスに飛びかかる。

 

ジェネシスとキリトは、もう何も考えずにひたすらボスの鎌を止め続けた。

 

「「おおおおぉぉぉぉーーーーーっ!!!!」」

 

紅と青の剣戟が、ボスの鎌と火花を散らして衝突した。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そう言えば、皆さんはこの小説のジェネシスとティアの声を、声優さんで言えば誰の声で再生しているでしょうか?
自分は、ジェネシスが杉田智和さんで、ティアが渡辺明乃さんです。
もし、「自分はこの人です」というのがあれば、感想欄やツイッターなどで教えて頂ければと思います。
評価、感想など引き続きお待ちしております。


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二十一話 終焉の刻

はい、と言うわけで今回でアインクラッド編は終わりです…………アインクラッド編は、ね(意味深)。


 

骸骨の狩手との戦いは、およそ一時間にも及んだ。

ボスの最後のHPバーが、ついに残り数ドットまで達した。

 

「全員、突撃!!!」

 

ヒースクリフの号令で、皆は最後の力を振り絞ってボスに飛びかかった。

ボスにはもうその鎌を振り上げる余力は残されておらず、ただ大人しくプレイヤー達の攻撃を受け続けている。

無数の斬撃、刺突がボスに打ち込まれ、漸くボスのHPは全て消し飛ばされた。

 

『キシャアアアアアァァァ!!!』

 

耳をつんざくような断末の声をあげ、そして骸骨の狩手はその身体をガラス片に変えて消滅した。

直後に『Congratulations!』という祝福のシステムメッセージが場に表示され、無限に続くかのように思えたボス戦が終わりを迎えたことを告げる。

 

だが、それを見て喜ぶものなどいない。

皆限界だったのか、地面に座り込むものがほとんどで、中には仰向けになって寝転ぶものもいる。

ジェネシスもその一人で、その隣にはティアが所謂女の子座りでジェネシスの肩にその首を預けている。

 

「今日は……膝枕はナシか?」

 

ジェネシスが力ない声で尋ねると、

 

「ごめんね……してあげたいのは山々だけど……今日はムリかな……」

 

ティアは申し訳なさそうに眉を八の字に変えて言った。

 

「……だろうな。お疲れさん」

 

ジェネシスは軽く笑いながらいうと、左手でティアの頭を優しく撫でた。

 

「何人死んだ……?」

 

するとクラインが低い声で何処と無く尋ねる。

ジェネシスがメニューからマップを表示し、そこにある赤い点の数を数える。

最初この部屋に来たときにいたのは30人。しかし現在残っているプレイヤーの数は16人。

つまり……

 

「14人死んだ……」

 

ジェネシスは自分でも信じ難かった。

ここに集まったプレイヤーは、現在アインクラッドに生き残っている6000人の中でも選りすぐりのトッププレイヤー達ばかりだ。

たしかに今回は離脱も緊急脱出も不可能な状況ではあったが、それを含んでも多すぎる犠牲者だ。

 

「冗談だろ……」

 

「あと二十五層もあるんだぜ……」

 

「俺たちは、本当に天辺まで辿り着けんのか……?」

 

犠牲者の数に戦慄したキリト、クライン、エギルの3人が掠れた声で呟く。ほかのプレイヤー達の間でもざわめきが聞こえてくる。

ジェネシスは何も言わずに黙って周りを見渡していた。

ふと、視界にひとりの人物が目に入る。紅衣の甲冑を身につけた男。ヒースクリフだ。

神聖剣の使い手で防御力に定評のある彼も、流石に無傷では無かったようだ。HPも大きく削られている。まあ、イエローゾーンの一歩手前まで、だが。

彼は他の者達が疲れ切って地面に倒れ伏す中、ただひとり立ち続けていた。あれだけの激闘の中、しかもジェネシスとキリトの二人掛かりでやっと対処出来たボスの鎌を、あの男は最後まで一人で捌き切った。

しかしジェネシスが何より気になるのは、彼の表情だ。

 

「(なんつー顔してやがる……)」

 

その表情は、まるで疲れ切った攻略組達を慈しむような……

 

「(……いや、違う)」

 

そこまで考えると、ジェネシスは首を振ってその考えを否定した。

確かにヒースクリフの目には慈悲の色が見える。だが何かが違う。あれは一プレイヤーの出来る表情では無い。

まるで別次元の高さから見下ろしているような表情だ。決して自分たちが届くことのない、途方もない高さ。

そう、例えるなら彼の表情は……遥か高みから慈悲を垂れる神の顔。

 

その時、ジェネシスの中で次々と疑念が浮かんでくる。

 

ーーそう言えばあの男は、最強ギルドのリーダーでありながら自ら指示を出したり自分から動くことは無かった。あれは部下の者達を信頼していたからなのか?

 

ーーNPCやAIでも無いのにさっきまでの激闘を経て疲れないのは何故だ?

 

ーー彼のHPがイエローゾーンまで減らないのは本当に神聖剣によるものなのか?

 

するとジェネシスは、ここで意図せず彼とのデュエルを思い出していた。

自分の攻撃は立て続けにあの盾に阻まれたが、何とか仕留められる所まで持っていけた。

しかし彼が最後に見せたあの超反応。ヒースクリフ以外の、全ての時間が止まったような気味の悪い感覚を───。

 

「っ?!」

 

その瞬間、ジェネシスは全身が一気に凍りつく感覚を覚えた。

次々に浮かんできた疑念。それらが点と点を結んで行き、やがて一つの仮定を生み出す。

 

ーー彼が今まで自分から動かなかったのは、部下を信頼していたからなどでは無い。自分がこの世界を知りすぎているから自制していたのでは無いか。

 

ーー先程の激闘を経ても立っていられるのは、単にこの戦いを予測していたからでは無いか。

 

ーーHPがイエローゾーンまで減らないのは、自分が死なないようにあらかじめ細工していたからでは無いか。

 

そしてもしそうなら、ジェネシスとのデュエルで終盤に見せたあの動きの理由は────

 

その時、ジェネシスの右手は勝手に動き、地面に転がっていた大剣の柄を握っていた。

ジェネシスの立てた仮説を証明する方法ならある。

もしこれが間違いなら、ジェネシスが一気に犯罪者扱いとなり、容赦のない非難や制裁を受けることになるだろう。

だが、今のジェネシスには、確信に近いものがあった。

ヒースクリフに気づかれないよう、静かに腰を上げる。

すると、隣の方で微かに物音がした。

 

見ると、そこには同じように剣を携えたキリトが立ち上がろうとしていた。おそらく、ジェネシスと同じような仮説を思い立ち、ここで証明するつもりなのだろう。

キリトはジェネシスの視線に気づくと、静かに頷いた。

 

先ずはキリトが走り出す。

地面ギリギリの高さまで姿勢を低くして走り、ヒースクリフへ急接近する。

そしてそれに気づいたヒースクリフに向けて、キリトは片手剣ソードスキル『レイジスパイク』を放った。

切っ先はヒースクリフの突き出した盾によって阻まれた。

 

だがそれで安堵のため息をつくヒースクリフの背後から、高く飛び上がって勢いよく大剣を振り下ろすジェネシスが。

 

「おおおぉぉ!!」

 

両手剣ソードスキル『アバランシュ』でヒースクリフの頭部から叩き斬らんと剣を振り下ろす。

そこで漸く気づいたヒースクリフが慌てて盾を構えようとするが、もう遅い。

ジェネシスの大剣の刃は、ヒースクリフの頭部を両断──────

 

出来なかった。

火花と金属音を散らし、ジェネシスの大剣は止められる。

大剣がヒースクリフを捉える直前、その刃が紫の障壁によって阻まれたのだ。

その直後、ヒースクリフの頭頂部に紫色のシステムメッセージが表示された。

 

《Immortal Object》

 

ジェネシスとキリトはそれを見て目を見開いた。

彼らは一度、それを見たことがある。それは、彼らの愛娘がモンスターに攻撃された時に見た、普通のプレイヤーでは持つことを許されないもの。

 

《システム的不死》。ヒースクリフは、かつての彼らのデュエルでこれが露見することを恐れたのだ。

 

「キリト君、何を……」

 

「おい、お前たち……」

 

慌てて駆け寄ったアスナとティアだったが、ヒースクリフの頭上にあるものを見て目を見開いた。

プレイヤーたちの間でも、ヒースクリフの頭上に現れたものを見てざわめきが起きている。

ジェネシスとキリトは並んでヒースクリフと対峙するように立ち、剣を鞘に収めた。

 

「システム的不死……って、どういうことですか……団長……?」

 

アスナが震えた声で尋ねる。

ヒースクリフは何も言わずに黙って彼らを見据えている。

アスナの問いに答えたのはジェネシスだった。

 

「見ての通りだ。こいつのHPはどんな事があってもイエローゾーンに入らねぇようにシステムに保護されてんだよ。

ま、不死属性なんざNPCでもねぇ限り持つことを許されんのは管理者だけだ」

 

そして、キリトがそれに続く。

 

「この世界に来てから、ずっと疑問に思っていた事がある……あいつは、どこで俺たちを観察し、この世界を調整しているんだろうってな。

けど、単純な心理を忘れてたよ。どんな子供でも知ってることさ」

 

そこで一度区切り、

 

「他人がやってるRPGを、側から眺めることほどつまらないものはない」

 

そして今度はジェネシスが引き継ぎ、

 

「まして自分で作ったゲームだ。自分の目で確かめて、やってみたくもなるわな。なぁ……《茅場晶彦》さんよぉ?」

 

そう告げた。

その瞬間、場のプレイヤー達は皆動揺した。

ヒースクリフは表情を変えずにしばらく黙っていたが、

 

「……なぜ気づいたのか、参考までに教えてくれるかな?」

 

キリト、ジェネシスを見つめながら静かに問いかけた。

 

「……てめぇは色々おかしな奴だとは思ってたんだが、決定打になったのはあのデュエルの時さ」

 

「ああ。あんた俺たちのデュエルの終盤、ありえないくらい速かったからな」

 

ジェネシス、キリトから返ってきた返答を聞き、ヒースクリフはゆっくり頷きながら、はじめて表情を見せた。そこには苦笑にも似た笑みが浮かんでいる。

 

「やはりそうか……あれは私にとっても痛恨事だった。君たちの力に想像以上に圧倒され、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまったのだよ」

 

そこまで言うと、未だ状況を飲み込めずにいるプレイヤー達を見回し、ヒースクリフは表情を超然としたものに変え、高らかに宣言した。

 

「確かに私は《茅場晶彦》だ。付け加えるなら、最上層で君たちを待つはずだった最終ボスでもある」

 

その瞬間、プレイヤー達は信じられないものを見るような目でざわめいた。

アスナは小さくよろめきながらキリトの腕を掴み、ティアは震えた手でジェネシスの腕を掴んだ。

 

「随分と悪趣味なことだなぁ。最強のプレイヤーが転じて最悪のラスボスとはよ……てめぇ絶対ドSだろ」

 

ジェネシスは鋭い目つきでヒースクリフを睨みながら言った。

 

「中々良いシナリオだろう?本来ならば、九十五層辺りで自らの正体を明かすつもりだったのだが……」

 

対してヒースクリフ────茅場晶彦は、薄い笑みを浮かべながら肩をすくめてそう言った後、キリトの方に視線を向ける。

 

「最終的に私の前に立つのは君だと予想していたよ、キリト君。《二刀流》は10種類あるユニークスキルのうち、全プレイヤーの中で最大の反応速度を持つものに与えられ、その者が、魔王に対する勇者の役割を担う筈だった。とは言え、君が《二刀流》スキルを手にすることも、私の正体に気づくだろうという予感もしていたのだがね。

……だが、まさか君まで私の前に立つとは思わなかったよ」

 

そう言って茅場は表情を変えずにジェネシスの方を見た。

 

「ジェネシス君。君は私にとって最大の不確定因子だったよ。ビギナーでありながらキリト君と同等かそれ以上の強さを誇り、更にはユニークスキルまで手にした。

《暗黒剣》は我が《神聖剣》と対を成すスキルで、全プレイヤー中最大級の攻撃力を誇る者に与えられる。

そして……私の中ではそのスキルを持つ者が、魔王の使役する悪魔の役割を担ってもらうつもりだったのだが……まさかその力まで私に牙を向けることになろうとは。いやはや、《暗黒の剣士(ダークナイト)》とは、よく言ったのもだね。

まあ、このような想定外の事態も、ネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな?」

 

茅場はそう言いながら肩を竦めジェネシスとキリトの方を見た。

 

「お……俺たちの忠誠を……希望を……!

よくも……よくも……」

 

そのとき、茅場の後ろにいた血盟騎士団の幹部が両肩をわなわなと震わせながら剣を握り、

 

「よくもおおぉぉぉーー!!!」

 

飛び上がり、茅場の背後から渾身の斬撃を叩き込もうと剣を振り下ろす。

だがそれが振り下ろされる直前、茅場は素早く左手を動かし、ウィンドウを素早くタップした。

するとその男は空中で静止し、そのまま地面に落下した。

男のHPバーには黄色い電気マークのようなランプが点滅している。麻痺状態だ。

その後も茅場は次々とマップをタップして行く。

 

「あっ……キリト、くん……!」

 

「こ、これは……ジェネシス……!」

 

次の瞬間、アスナとティアもその場に崩れ落ちるように倒れこむ。

ジェネシスとキリトが彼女たちを抱きかかえるように支える。

周りを見ると、ジェネシスとキリト、茅場の3人以外は皆麻痺状態で地面に伏している。

 

「どう言うつもりだ……この場で全員皆殺しにして隠蔽する気か?」

 

「まさか!そんな理不尽な真似はしないさ」

 

キリトの問いに茅場は微笑を浮かべたまま首を横に振った。

 

「こうなっては致し方無い。予定を変更して、私は最上階にて君たちの到着を待つ事にするよ。ここまで育ててきた血盟騎士団、並びに攻略組の者たちをここで放り出すのは不本意だが……何、君たちなら必ず辿り着けるさ。

だがその前に……」

 

すると茅場は、圧倒的な意志力を孕んだ双眸でジェネシスとキリトを見やり、地面に十字盾を勢いよく突き立てた。

 

「キリト君、そしてジェネシス君。君達には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう」

 

「チャンスだと……?」

 

茅場の言葉にキリトが疑問符を浮かべる。

茅場は微笑を浮かべた表情を全く変えずに、

 

「君達のうちどちらか一人が、今この場で私と一対一で戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除する。

私に勝てばゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。……どうかな?」

 

その瞬間、アスナとティアが動かない首を必死に動かし、ジェネシスとキリトの方を見る。

 

「ダメよキリトくん……今は、今は引いて!」

 

「アスナの言う通りだ……あいつはお前たちを排除する気だ……ここは引いて、対策を練るべきだ!」

 

だがその声は二人には届いていなかった。

ジェネシスとキリトの脳裏に浮かぶのは、全てが始まったあの日。

デスゲームが開始され、絶望し泣き叫ぶプレイヤー達。

第一層ボス戦で命を散らしたディアベル。

涙を流して消えていった愛娘達。

そして今、さっきのボス戦で無念にも散って行った攻略組のメンバー。

 

「ふざけるな……!」

 

「上等じゃねえか。ケリつけようぜ」

 

キリトとジェネシスが怒気を孕んだ声でそう答えた。

 

「キリトくん…!」

 

アスナが悲痛な顔でキリトの名を呼ぶ。

 

「ごめんな。ここで逃げる訳には行かないんだ……」

 

キリトはアスナを見下ろし、何とか微笑を浮かべながら言った。

 

「死ぬつもりじゃ……無いよね?」

 

「たりめーだ。勝ってこの世界を終わらせてやんよ」

 

ティアが問いかけると、ジェネシスは不敵な笑みで返した。

 

「……わかった」

 

「信じてるからね」

 

アスナとティアは涙を必死にこらえながら言った。

キリトとジェネシスは、彼女達をゆっくりと黒曜石の床に下ろし、寝かせる。

それを見て茅場は満足げに頷き、

 

「では、私と戦う相手を決めてくれたまえ」

 

キリトとジェネシスはお互いを見つめた。

ここで彼と戦えるのは、どちらか一人のみ。

 

「……ジェネシス、ここは俺に行かせてくれ」

 

ジェネシスはしばらく黙っていたが、

 

「ああ、わかった」

 

「え?以外にあっさりだな……」

 

ジェネシスの意外な反応に驚くキリト。

本当なら「俺が行く」の言い合いが延々と続くと思っていたからだ。

 

「まあ、てめーが負けるとは思わねぇしな。。勝ってこの世界を終わらせて、英雄になれよ、キリト」

 

ジェネシスは少し笑いながら言った。

 

「ジェネシス……ああ、分かった」

 

そう言ってキリトは歩き出す。

 

「おいキリト!」

 

するとジェネシスが彼を呼び止めた。

キリトが首だけを後ろに向ける。

 

「一つアドバイス…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後方注意な。あと、済まねえ」

 

「っ、ぐ……?!」

 

次の瞬間、キリトの身体から力が抜けた。

HPバーを確認すると、そこには麻痺状態のアイコンが。

一体何が……ふとキリトが左を見ると、彼の左肩に小型ナイフが刺さっていた。おそらく、いや十中八九毒ナイフだ。そして、これを投げたのは……

 

「ここは俺に任せとけよ」

 

するとジェネシスがキリトの隣を通り過ぎていく。

 

「ジェネシス、何でっ……!!!」

 

キリトは怒りの目でジェネシスを見上げた。

話が違う。ここは自分が行く筈だったのに。

 

「あいつの神聖剣には、俺の暗黒剣の方が相性がいいんだよ。安心しろ、絶対に負けねぇから」

 

「お前っ……後で覚えてろよ!!!」

 

ジェネシスはそれを聞くと苦笑し、背中から大剣を引き抜き茅場の方へと歩いて行く。

 

「ジェネシス……やめろ!!!」

 

「ジェネ公───────っ!!」

 

「ジェネシスっ!!」

 

エギル、クライン、アスナが悲痛な叫びを上げる。

 

「おいエギル!今まで、剣士クラスのサポートありがとな。てめーが儲けのほとんど全部、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでたこと、俺たちは知ってたぜ」

 

ジェネシスが振り返らずに言うと、エギルは目を見開いた。

 

「クライン!てめーとは第一層からの付き合いだったが……ま、俺みたいなのと仲良くやってくれて、ありがとよ」

 

「て……てめぇジェネ公!礼なんか言ってんじゃねえよ!!!許さねぇぞ……ちゃんと向こうで飯でも奢ってくんねぇと絶対許さねえからなぁ!!」

 

クラインは涙を流しながら叫んだ。

 

「オイオイ、いい歳こいた大人がガキに奢らせる気かよ……んま、考えとくわ」

 

ジェネシスはそう言って笑いかけた。

 

「アスナ!てめーとも第一層からだったな……色々あったが、キリトと幸せにやれよ」

 

「ジェネシスっ……ダメよ、そんなのダメよ!!!貴方が居なくなって、幸せになんてなれないよぉ!!」

 

アスナも驚いた顔をしたあと、両目から涙を流して叫んだ。

 

ジェネシスはその後、ティアの方を見遣る。

 

「ティア……」

 

「許さないよ」

 

ティアは低い声でそう言った。

 

「死ぬなんて許さないよ久弥。貴方が居なくなるなんて私信じないから」

 

「はっ、当たり前だ。俺が死ぬわけがねえ……だが、もし万が一……」

 

「聞こえない!」

 

ジェネシスの言葉を遮るようにティアは叫んだ。

 

「何も聞こえないし、聞きたくない……っ、お願いだから…死なないで……!」

 

ティアは堪え切れなくなったのか、ぽろぽろと涙を流しながら懇願するように言った。

本当ならばジェネシスに抱きついてでも止めたいだろう。それ程までにティアが不安なのは、先ほどジェネシスに対してリアルの名前で呼んだことからも伺える。

それでもティアは、そんな不安を押し殺してでも、愛する人が最後の戦いに挑む覚悟を尊重し、彼を送り出した。

ならば、そこまでされたらジェネシスに残された道は一つだけだ。

 

ジェネシスは彼女に向けて親指を立ててサムズアップした後、今度こそ茅場に向き直った。

 

「悪いな、随分と待たせちまった」

 

「気にすることはない。私としても、君とここで戦えるのは僥倖というものだよ」

 

茅場は相変わらず底知れぬ微笑を浮かべたまま言った。

 

「そりゃどういう意味だ?」

 

「さっきも言っただろう?君は私にとっても最大の不確定要素だ。そんな君をここで消すことが出来るのだから」

 

茅場はそういうと、左手でメニューウインドウを操作する。

すると、《Changed into mortal object》という不死属性解除を意味するシステムメッセージが表示される、

そして彼は、盾から十字剣を引き抜き構えた。

 

「あっそ……だが俺も、意地でも勝たせて貰うぜ。

約束があるからな……!」

 

ジェネシスは大剣の柄を強く握りしめ、そしてその場から飛び出した。

 

瞬間、ジェネシスの大剣と茅場の構える盾がぶつかり合い、鋭い金属音と火花が飛び散った。

 

「おおおおぉぉぉ!!」

 

ジェネシスはただ力任せに、己の本能に従って剣を振り続けた。

目の前の敵は、この世界の創造者。つまりソードスキルは彼には通じない。

だからこそ、ジェネシスは自分の力だけで倒さなければならない。

 

しかしジェネシスの渾身の攻撃は、全て茅場の見事な盾捌きによって無効化される。無理もない。茅場はジェネシスと戦うのはこれが2回目。ジェネシスの持つパワーがどれ程のものなのかを既に知っている。

茅場は冷静に……否、無感情にジェネシスの攻撃を防いで行く。

どこまで速度を上げても、パワーを引き出しても奴の表情は変わらない。

ジェネシスはそれに言い知れぬ恐怖と焦りを覚えた。

 

次の瞬間、茅場の放った剣の刺突がジェネシスの頬を掠め取った。

 

「くそっ……(この野郎……弄ばれてるってのか?!)」

 

ジェネシスは歯軋りし、そして再び茅場に飛びかかった。

 

「ぬうぅああああああ!!!」

 

ジェネシスの大剣が赤黒い光を放ち始めた。

放たれたのは、暗黒剣最上級十連撃スキル《ジェネシス・ディストラクション》。奇しくも暗黒剣使用者の名を冠したその技は、両手剣スキル、引いてはこの世界に存在するあらゆるソードスキルの中でも最大級の攻撃力を誇る。

 

「……ふっ」

 

しかし茅場はそれを見て笑みを浮かべた。それは、以前のデュエルの時のそれとは全く逆の、勝利を確信した笑み。

その瞬間、ジェネシスは自身が最大のミスを犯したことに気づく。だが一度発動した技はもうキャンセル出来ない。

とは言え、この技はSAO史上最強クラスの技だ。

 

「(面白え……受けれるもんなら受けてみやがれ!!!)うおおおおぉぉぉ!!」

 

雄叫びを上げながらジェネシスは大剣を振り下ろしていく。

盾と剣がぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃波がフィールドに発生した。

そしてジェネシスの剣が赤黒い弧を描いて茅場の盾に打ち付けられる。その度にけたたましい金属の衝撃音と夥しい火花が散る。

だが茅場は、それほどの破壊力を持つ技をいとも容易く弾いていく。

 

「(済まねえティア……雫。お前だけは……絶対生きろ!)」

 

ジェネシスは心の中で最愛の人に謝罪した後、最後の一撃を上段から振り下ろす。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

これもおそらく防がれるのだろう。だがそれでも最後の足掻きだ。ジェネシスは己の全てをこの一撃に込めて振り下ろした──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────だがその時、不思議なことが起こった。

 

ジェネシスの剣は茅場に振り下ろされる直前世界にノイズが走り、その刃が止められた。

ジェネシスの剣だけではない。ジェネシス、茅場、その他この場にいるもの達全ての時間が止まっている。

 

時間が止まること数秒間、世界は拘束から解けた。

ジェネシスと茅場はその場から弾き飛ばされ、大きく後方へ下げられた。

 

茅場の目にはそれまで一度も無かった驚愕の色が浮かんでいた。

ジェネシスも一瞬戸惑った様子だったが、これがチャンスと踏み再び茅場に斬りかかった。

 

「おらあああああああ!!!」

 

茅場は咄嗟に盾でその剣を受け止めるが、その顔には先程までの余裕は全く無い。それを見て、ジェネシスは猛攻は続ける。

 

「(チャンスは今しかねぇ……反撃もさせねえくらいに、攻撃を叩き込め!!!)」

 

心の中でそう念じながら、ジェネシスはとにかく剣を振り続けた。

その剣が茅場の盾にぶつかるたびに金属音がなり、火花が散り……そして、剣がぶつかったところにノイズが走る。

茅場の顔には徐々に焦りが出始めていた。

 

ジェネシスは茅場から発生するノイズには目もくれず、兎に角剣を振り回した。

 

そして遂に、茅場の体勢が大きく崩れた。盾が弾かれ、その胴が露わになる。

 

「(こいつで……終えだ!!!)おおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

ジェネシスは茅場の胴に向けて、両手剣を上段から振り下ろした。

 

その剣は今度こそ茅場を切り裂いた。

 

次の瞬間、世界が割れた。

ノイズが全体に広がり、一瞬視界が奪われる。

 

視界が晴れると、そこには茅場の姿は無かった。

 

「……終わった……のか……?」

 

ジェネシスは剣を降ろした後、一人そう呟く。

すると背中に、何かが抱きついてきた。

 

麻痺による拘束から解けたティアが、両目から涙を流したままジェネシスを背中から抱きしめていた。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
皆さん、お分りいただけたでしょうか?

そうです。この物語はゲームルートを辿ります。
つまり次回からはホロウ・フラグメント編となります。


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ホロウ・フラグメント編
二十二話 コンティニュー・ゲーム


どうも皆さん、ジャズです。
年末が近づいてきましたね〜。令和最初の年末ですね。
そして今回から、ホロウ・フラグメント編となります。


七十五層

 

ヒースクリフ……茅場晶彦との戦いは幕を閉じた。

ぼーっとしたジェネシスの背中に、ティアが涙を流しながら抱きついた。

 

「……ティア」

 

ジェネシスはゆっくりと振り向き、彼女の名を静かに呼んだ。

 

「ばか!」

 

ティアは顔を上げ、涙でぐちゃぐちゃになった顔をジェネシスに向けた。

 

「ばかばかばかっ……!!無茶なことして……心配かけて……こんな馬鹿なことする久弥なんかだいきらい!

もう……こんなことしないでよぉ……!」

 

ジェネシスは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、左手を上げてゆっくりティアの頭を撫でる。

 

「済まなかったな……けど、俺ぁ生きてるぜ」

 

そして右手でティアを優しく抱き寄せると、ティアは彼の胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。

 

「ジェネシス……!」

 

彼を呼ぶ声がした方を見ると、そこには涙目で彼を見ることアスナと、同じく泣きそうになりながらも必死で堪えている様子のキリトが並んで立っていた。

 

「お前ら……」

 

「この……馬鹿やろう!」

 

キリトはそう叫ぶと、ジェネシスの頭を殴りつけた。

 

「痛ぇ!何しやがる?!

 

「こっちのセリフだ!あんなやり方で俺を止めやがって……」

 

「……ああ、悪かったよ」

 

ジェネシスは苦笑しつつそう言った。

 

「おい、ジェネ公!!」

 

すると今度はクラインがジェネシスの背中を叩いた。

 

「って……な、何だ?」

 

「“何だ?”じゃねえよ!やったじゃねえかラスボスを!おめえが倒したんだよ!!」

 

クラインは満面の笑みでそう叫んだ。

よく見ると、茅場がかけた硬直から解放されたプレイヤー達が皆歓声を上げている。

 

「……そっか。俺がやったんだな」

 

「ジェネシス……本当に良かった……」

 

漸く泣き止んだらしいティアが優しい笑みでジェネシスを見つめた。

 

「ああ。やったぜ、ティア」

 

「うん……!」

そうして二人はゆっくりと唇を───────

 

「あー、俺たちがいるの忘れないでくれるか?」

 

「見ているこっちが恥ずかしいわよ」

 

あわやキスしそうな所で、キリトとアスナが呆れた顔で言った。

 

「全く、隙あらばすぐいちゃつきやがって……」

 

「それお前が言う?」

 

両手を腰に当ててため息をつくキリトに対し、ジェネシスはジト目で突っ込んだ。

 

「ちくしょう!羨ましいぞてめぇら!俺だって現実に帰ったら、綺麗な嫁さん見つけてやんだからなぁ!!」

 

「おっ、クライン氏。それはフラグですかい?」

 

「違ぇよバカヤロウ!!」

 

ジェネシスとクラインのやり取りで、場は和気藹々とした雰囲気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ところで、キリの字にジェネ公よ」

 

不意にクラインが訝しんだ顔でキリトとジェネシスに尋ねる。

 

「俺たち、いつになったら出られるんだ?現実によ」

 

「いつって、そりゃ…………」

 

直ぐに出られる、と言いかけたジェネシスだったがそこでハッとする。

茅場との戦闘が終わってから既に数分は経っている。

しかし未だに、ゲームクリアを告げるシステムアナウンスやメッセージなどは全くない。

 

「ヒースクリフは倒したんだよな?それで終わりじゃねえのか?」

 

「あいつは……茅場晶彦は、『自分を倒せばゲームはクリアされて、全プレイヤーがログアウトできる』って、間違いなく宣言してた」

 

訝しんだ表情のクラインに対し、キリトはヒースクリフ……茅場が告げたことを思い出しながら返した。

 

「だったら…何で出られねぇんだよ?ひょっとして、この世界から出る方法なんてねえんじゃないのか?」

 

「流石にそりゃねえと思うぜ?それなら最初からボスを無茶苦茶強く設定するなりしとけば良い話なんだし」

 

「ああ、俺もそう思う。けど……それなら何で終わらないんだ……?」

 

彼らが考え込んでいると、エギルが彼らに駆け寄ってきた。

 

「オイお前ら!七十六層に続く扉が開いてるぜ!」

 

彼らが階段の方を見ると、そこの上に設置された扉が解放され、外の光が差し込んでいた。

 

「……ここに居ても、何も解決はしねえ。なら、進むしか他に無いだろうな」

 

「ああ、行こう…七十六層へ」

 

ジェネシス、キリトの言葉に皆は頷き、やや重い足取りで階段を上っていく。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

〜七十六層〜

 

階段を上がり扉を潜ると、そこには大きな草原が広がっていた。草原の中を一本の道が走り、その道の先に大きな門が見える。おそらくあれが七十六層の主街区の門だろう。

 

「ここが、七十六層か……七十五層の階段を上ったら現実に戻れるかもとか、ちょっと期待してたんだがな……」

 

「奇遇だなクライン。俺もだ」

 

階段を上り終え、七十六層の景色を見たクラインはがっくりと肩を落とす。

 

「どうやら、ログアウトボタンも追加されてないようだな。やはり、帰る手段は無いか…………

ん?」

 

ここで、メニュー欄を確認していたティアが首を傾げた。

 

「どうした、ティア?」

 

「いや、アイテムが文字化けしているんだ……」

 

ジェネシスがティアの様子に疑問符を浮かべると、ティアはメニュー欄を見つめたまま答えた。

ティアの言葉を聞き、皆はその場でアイテム欄を確認する。

 

「本当だ……俺のアイテムも文字化けしてる……」

 

アイテム欄を確認したキリトが呟いた。

どうやら、ここにいる皆のアイテムも全て文字化けしてしまっているらしい。

だが異変はそれだけでは無かった。

 

「オイオイ…………スキルもいくつかロストしちまってるよ」

 

「何?」

 

ジェネシスがメニュー欄を見ながら言うと、皆は目を見開いた。

 

「ぬああああ!オレ様が必死こいて積み上げたスキルがああああ!!」

 

クラインがスキル欄を確認した後、頭を抱えて叫んだ。

どうやらレベルの方は無事なようだが、皆自分が保有していたスキルがいくつか消えてしまっているようだ。

しかし更なる異変が起きた。

 

「おい!こっちでも問題発生だ!!」

 

するとエギルが血相を変えて走ってきた。

 

「転移結晶の動きが普通じゃなくなってるらしい!」

 

「……エギル。そこんとこkwsk」

 

ジェネシスが真剣な表情で尋ねた。

 

「ああ……何でも、ここより下の層に転移出来なくなってるらしい」

 

エギルの言葉で皆は愕然とした。

アイテム文字化け、スキルのロスト、そして下層への転移が不可……どれも自分達にとってはかなり致命的な不具合だ。

 

「これからどうなっちゃうの……?」

 

アスナが不安げに呟くのを皮切りに、この層に上がってきたプレイヤー達の間ではざわめきが起き始めた。

ジェネシスは少し黙って彼らを静観していたが、やがてゆっくり息を吸い、

 

ちゅうもおおおおぉぉぉぉーーーーく!!!!

 

ジェネシスが勢いよく叫ぶと、それまで不安にかられざわめいていたプレイヤー達は皆ジェネシスの方に視線を集めた。

 

「ここで、キリト攻略組団長からお話がありまーす」

 

ジェネシスは皆の視線が集まったのを確認すると、そう言ってキリトを前に押し出した。

 

「はあ?!ちょ、ジェネシスお前……何言い出すんだよ?!」

 

突然の事でキリトは戸惑った様子だった。

だがもう既に皆の視線がキリトに集められており、キリトはジェネシスの方をジト目で並んだ後、咳払いして口を開いた。

 

「みんな、聞いてくれ。

ここで止まっていても、どうやら無駄みたいだ。ゲームシステムが不安定だし、下層にも戻れない……けど、これ以上の不具合が出る前に、先に進むべきだと俺は思う!」

 

キリトの強い意志を持った言葉に、皆は少し黙り込んでいたが……

 

「……そうだよね。私達の目的は、SAOをクリアして生きて現実世界に帰る事だもの」

 

「ああ。元々私達はそのつもりで進んでいたのだからな。必ず行けるさ」

 

アスナ、ティアが口々にそう言うと

 

「そうだよな……ああ、まだやれる!」

「第一層からここまで来たんだ……絶対行けるぜ!」

 

攻略組の面々も、徐々に闘志を燃やし始めた。

 

「てめえぇらあぁぁ!!俺たち攻略組の目標は、百層をクリアする事だあぁ!!」

 

「「「おおおぉーーーっ!!!」」」

 

「ノーコンティニューでクリアすんぞこらああぁぁーーー!!」

 

「「「おおおおおおぉぉぉーーーーっっ!!!」」」

 

最後のジェネシスの鼓舞によって再びモチベーションを完全に取り戻した攻略組は、百層クリアの決意を新たに、七十六層の道を進み始めた。

 

とは言え、七十六層で起きたことは悪いことばかりでは無く、ジェネシス達にとっての思いがけない再会と、新たな出会いが待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

七十六層《アークソフィア》転移門広場

 

ここで、ジェネシスがメニューからアイテム欄を見ていた。文字化けしたものの中で、使えそうなものが残っていないか確認しているのだ。

するとジェネシスは、アイテムの中に奇妙なものを見つけた。

 

「ん……?何だこれ、文字化けしたアイテムが光ってやがる」

 

アイテム名は既に全く読めない状態だが、何故かそのアイテム名だけが明るく光っていたのだ。

 

「オブジェクト化してみるか」

 

「え?大丈夫なの?」

 

「オブジェクト化するだけだ、そんな大層な問題は起きねえだろ」

 

文字化けしたアイテムをオブジェクト化するのは、ゲームでは基本的には避けた方がいい行為だ。何らかの不具合が起きる可能性もある。

だがジェネシスは、迷わずそのアイテムをタップし、オブジェクト化する。

すると目の前に眩い光が現れ、それは徐々に人の形を取っていく。

 

やがて光が晴れていき、中からたなびく銀の長髪、白いワンピースを身につけた小さな少女が現れた。

 

「ふぅ〜〜っ……やっと出てこられました!」

 

少女は碧い双眸でジェネシス達を見ながら開口一番にそう言った。

ジェネシスとティアは彼女を見て目を見開いた。

当然だ。今彼らの目の前に現れた少女は……

 

「れ、レイ?!」

 

「レイ…本当に、レイなのか?!」

 

《レイ》。ジェネシスとティアが二十二層の森の中で出会い、自分たちの子供のように接した少女。

その正体は、この世界に存在するAI《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、通称《MHCP》の試作0号。

 

「パパ、ママ!お久しぶりです!!」

 

レイは満面の笑みでそう言った。

 

「お、おう……ってか、何でお前出てこれたんだ?」

 

「えっと……どうやら、この世界の根幹である『カーディナルシステム』が不安定な状態にあるみたいです。それによって、エラーの訂正機能が低下され、私が実体化出来たのかと……」

 

ジェネシスの問いにレイは顎に手を当てて答えた。

 

「カーディナルが……そっか、ここに来て様々な不具合が起きているのはそのせいか……」

 

レイの説明にティアが納得したように頷く。

 

「そう言うことかよ……まあ、不具合のせいで色々大変な目に遭ったが、こればっかりはありがてぇわな」

 

「そうだね。愛娘とここで再会できたんだし。改めてこれからもよろしくね、レイ」

 

「はい!もちろんです!パパ、ママ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

その後、ジェネシス達はエギルが新たに借りた宿にてレイを預けた。

その際、どうやら同じくカーディナルのエラー訂正機能の低下によって実体化出来たらしいユイと再会。

更に、キリトとアスナの仲間であると言う『リズベット』という少女と出会う。

 

「え?『レズペット』?」

 

その瞬間、宿の大広間に大きな破砕音が木霊した。

 

「あ、あんた!!誰が『レズペット』よ!!そんな失礼な聞き間違いしないでよね!!」

 

「うーん、ジェネシス、今のは私でもフォローは出来ないかな〜?」

 

リズベットが顔を真っ赤にしながらジェネシスを睨み付け、アスナも目が笑ってない笑顔を浮かべながら細剣の切っ先をジェネシスに向けている。

キリトはその光景に苦笑し、ティアは何も言わずただ呆れた顔でため息をついている。

 

「お、落ち着けよ!悪かったって!」

 

ジェネシスが殴られた左頬を抑えながら必死に制し、その後何とか謝り続けてリズベットの機嫌を取り戻すことが出来た。

 

「成る程、キリトの翡翠の剣を作ったのはリズベットだったのか」

 

「『リズ』でいいわよ、長ったらしいでしょ?

ま、自分で言うのもなんだけど、あたし結構腕が立つのよ。まあ、お店にはもう戻れないんだけどね……」

 

ティアの言葉にリズベットは得意げな顔で言った後、少し悲しげな表情で目を伏せた。

七十六層で起きた不具合のせいで、一度ここまで上がるともうしたの層に戻れなくなっているのだ。

その為、リズベットは下層にある彼女の店に戻ることが出来なくなってしまっていたのだ。

 

「んま、別に店はここでも出来るしいいじゃねーか」

 

「ええ、そのつもり。《リズベット武具店》2号店が出来たら、その時はあんた達の剣もメンテナンスしてあげるからね」

 

「おう、よろしく頼むわ」

 

その後、ジェネシス達は街を一周し再び転移門前まで来ていた。

すると、転移門が青白く光り、中から1人の人間が現れた。

藍色の髪に水色の装備、左目の涙ボクロ。

 

「ああ、良かった2人とも!無事だったんだね!」

 

「お、おめぇは………サチじゃねえか!」

 

『サチ』……彼女はギルド《月夜の黒猫団》の1人で、ジェネシス達が交流を深めた少女。

 

「な…どうしてお前がここに居るんだ?」

 

「七十五層で大変な事が起きたって聞いたの……それで私、ジェネシス達に何かあったんじゃないかと思って、居ても立っても居られなくなって……」

 

「あー、心配してくれんのはありがてーんだが……お前、もう下の層には戻れねーぞ」

 

「……え?」

 

ジェネシスの言葉にサチは目を丸くした。

 

「信じられないかもしれないが、本当なんだサチ」

 

「嘘……」

 

「マージッカマージっでマージッだショーウターイムだよ」

 

「ごめん意味がわからない……」

 

ジェネシスの言動に困惑するサチだが、どうやら下の層に戻れなくなっていることは認めたようだ。

 

「どーすんだ?とりあえずお前はここにいるしかない訳だが……」

 

「ねえ、わたしにも出来ることって無いかな?」

するとサチが顔を上げて尋ねた。

 

「と言うと?」

 

「レベルとかは少し足りないけど……でも、最前線に来たのなら守られるだけじゃなくて、ジェネシスやみんなの力になりたいの!」

 

サチは決意を持った表情で言った。

 

「そっか……なら、よろしく頼むぜ」

 

「うん!」

 

そしてサチをエギルの宿屋へ送り届けた後、ジェネシス達はフィールドに出た。

 

「きゅるるっ!」

 

すると、遠くから青いフェザーリドラがジェネシスに向かって飛んできた。

ジェネシスは敵エネミーかと考え剣を引き抜こうとしたが、その前にフェザーリドラががジェネシスの顔に張り付いた。

 

「うおおぉぉい!!何だこいつ?!」

 

「きゅるっ、きゅるるるっ!」

 

ジェネシスが何とかリドラを引き剥がそうとするが、中々離れない。

いや、そのフェザーリドラはジェネシスに懐いているようにも見える。

 

「ん……?このフェザーリドラって……」

 

そこでティアが何かを思い出したようにフェザーリドラを見る。

 

「もしかして……ピナか?」

 

直後、フェザーリドラが飛んできた方向から1人の少女がやって来た。

 

「ピナーーっ!勝手に先行っちゃ……って、ティアさんにジェネシスさん!」

 

「お前は……シリカ!」

 

現れたのはツインテールの少女、『シリカ』だ。

彼女はかつて、相棒の子竜であるピナが死んで途方に暮れていた時にジェネシス達が手を貸した少女だ。

 

「お、シリカじゃねえか!久しぶりだなぁ」

 

そこで漸くピナが離れ、シリカに気づいたジェネシスが話しかけた。

 

「はい!お久しぶりです!!」

 

しかし、シリカがいるのは現在も中層ゾーンの筈。

一体どうしてこんな最前線に来ているのか事情を聞くと、どうやらサチと同じく最前線で起きた異変を聞き、ジェネシス達が心配で来たとの事。

 

「あ、あたし、皆さんのお手伝いします!ご迷惑をおかけしちゃうかもですが……精一杯頑張ります!」

 

シリカは確固たる意志を持った瞳でそう言った。

 

「おうよ。どうせもう下には戻れねぇしな。とりあえずしばらくはレベリングを頑張って、そっからは頼らせた貰うぜ」

 

「よろしくな、シリカ」

 

「はい!」

 

そして3人は、とりあえずレベルが足りないシリカを安全圏の街へ連れていくために一度来た道を戻る。

しかしそこで運悪くモンスターに遭遇し、囲まれてしまう。

 

「うおおらぁ!!」

 

ジェネシスは持ち前の両手剣のパワー、リーチを生かして善戦し、ティアも刀の速さでモンスターを圧倒していた。

しかしどうやらこのモンスターは死ぬ際に近くのモンスターを呼び寄せてしまう性質があるらしく、彼らが倒せば倒すほど敵の数は増えていく。

形勢がやや不利な状況に傾き始めた時だった。

 

突如空中から無数の流星群が降り注ぐ。

それらは広範囲にわたって落下し、ジェネシスとティア、シリカを囲んでいたモンスター達を次々と蹴散らしていく。

シリカは一体なにが起きたのか訳がわからない様子だったが、ジェネシスとティアは今の光景には見覚えがあった。

 

「大丈夫ですか?」

 

その直後、彼らの背後から優しげな少年の声が響く。

そこにはやはり、見覚えのある顔ぶれが。

紺色の装備に双頭刃を肩に担ぐ少年と、白いコートを身につけてこの世界には珍しい弓を持つ少女。

 

「サツキにハヅキじゃねえか」

 

「お久しぶりです、ジェネシスさん、ティアさん」

 

ハヅキが笑顔で手を振った。

 

「苦戦しているみたいですね。手を貸しましょうか?」

 

「そっか、そりゃ助かるわ。来てもらって早々に悪いな」

 

「いえいえ、気にしないでください。だって困った時は助け合い、でしょ?」

 

その後彼らは危なげなくモンスターの群れを退け、七十六層の街《アークソフィア》へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、七十六層のとあるフィールドに、1人の人物が彷徨っていた。

黄色の長髪に緑色の装備を身につけ、耳は尖っており背中からは小さな翅が生えており、その姿はまるで妖精のようだった。

 

「待っててね………お兄ちゃん………」

 

その妖精は1人呟いた後、行くあてもなく歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、別のフィールドにて。

 

「ここが《ソードアート・オンライン》か………」

 

こちらはどうやら男性プレイヤーだ。

グレーの民族服のような格好に茶色いマントを羽織り、左手には円形シールドを持っている。

 

「しかし、ゲーム内の日差しは強くていけねぇ……」

 

男は被っていたフードを外す。

すると、フードの下には日光を反射し光り輝く頭が。

 

「……ハゲ上がりそうだ」

 

男は苦笑しながら光沢のある頭部を撫でた。

 

「っと、いけねえいけねえ。それよりも、早く見つけてやらねえとな。

待ってろ、もう安心だからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……雫」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
最後の2人。1人は皆さんはお分かりかもしれませんが、もう1人のハゲた男……これは本作オリジナルキャラクターです。
一体何者なのか。それは次回判明します。

評価、感想などお待ちしています。


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二十三話 現実からの使者達

どうも皆さん、ジャズです。
今回、いよいよ彼らが出ます。


その日の夜、新たに最前線に来た仲間達との交流を深めるために全員で夕食をとった。

 

「あんたの剣、珍しいわね〜。どこで作ってもらったの?」

 

「この剣は四十八層にある『七色の武具店』と言うところで作ってもらったんです」

 

「ああ〜あそこね!主街区から少し離れたところにある隠れた名店!うわぁ〜、あたしもそんな武器使った事ないからなんか負けた気分だわ〜」

 

リズベットはサツキと彼が持つ双頭刃について語り合っていた。

 

「サチさんは、ジェネシスさんとどんな風に出会ったんですか?」

 

「私は、《月夜の黒猫団》って言うギルドに入ってるんだけど、私って凄く弱くて……そこで、ジェネシス達が戦い方を教えてくれたの。

シリカちゃんはどんな感じだったの?」

 

「あたしは、ピナが死んじゃった時にジェネシスさん達に助けてもらったんです。それで、ピナの蘇生アイテムが出る場所まで連れて行って貰って……」

 

「へえ〜、いいなぁ。なんだか正義のヒーローみたい」

 

「えへへ……そうですよ。ジェネシスさんは、あたしにとってはヒーローなんです」

 

「そっか〜…でもそれは、私も同じだよ」

 

シリカとサチは、想い人であるジェネシスとの出会いについて語り合い、頬を赤らめていた。

そんな彼女達を、ティアはなんとも言えない顔で見ていた。

 

「また随分と女の子が増えたね……」

 

「全く……只でさえ少ない女性プレイヤーが、よくもまあこんなに集まったものだな」

 

「あはは……ジェネシスさんもキリトさんも人気者なんですね……」

 

アスナも目の前で各々会話を楽しむ女性プレイヤー達を見て苦笑し、ティアも呆れたような顔で呟く。ハヅキもそれに便乗する。

 

「それでクライン、『森に妖精が出る』って言うのはどう言う事なんだ?」

 

一方キリト、ジェネシス、クライン達は、最近出てきたとある噂について語り合っていた。

 

「ああ、俺も噂で聞いただけだから確証は無いんだけどな。

なんでも、北西の森の中に、背中に小さな翅が生えた妖精のようなNPCがいる、らしいぜ」

 

「らしい?そりゃどう言う意味だ?」

 

「NPCにしちゃおかしいらしいんだ。誰かを探してるみたいなんだが、一言喋りかけたらどっかに行っちまうみてぇなんだよ」

 

「なるほど……」

 

クラインの説明に、キリトは納得したように頷く。

 

「あーそれとな、もう一つ奇妙なプレイヤーの噂があるぜ」

 

するという今度は、追加の料理を持ってきたエギルが切り出した。

 

「奇妙なプレイヤー?」

 

「ああ。そいつは男性プレイヤーなんだが……戦闘スタイルが常軌を逸しているらしくてな」

 

「常軌を逸している?どんな風に?」

 

キリトが疑問符を浮かべながらたずねる。

 

「まずそいつは、武器を使わねえらしい。主に格闘スタイルで戦うそうだ。手持ち武器は円形の盾だけ。しかもそいつは、盾を防御のために使うだけじゃなく、ブーメランみてぇに投げて戦うらしい」

 

「いや何そのアメコミのヒーローみたいな戦い方」

 

エギルの説明にジェネシスは思わずそう言った。

 

「SAO内で格闘か……もしかしたら、新手のユニークスキル使いか?」

 

「あり得ねえ話でも無いな。この世界の体術スキルは最高まで上げてもこの七十六層レベルのモンスターとは戦えねえ。恐らくは、その体術スキルの上位互換的なユニークスキルだろうな……」

 

キリトの予測にクラインが頷きながら言った。

その二人のプレイヤーについては翌日調査することに決め、彼らの会談はお開きとなった。

 

 

 

〜翌日〜

 

 

予定通り、キリト・ジェネシス達は例の謎のプレイヤー達の調査に乗り出した。

キリト・アスナが妖精プレイヤー、ジェネシス・ティアがおっさんプレイヤーを捜索する事になった。

 

鬱蒼とした森林の中、道無き道を彼らは進んで行く。

 

「いやいやこんな森のど真ん中にプレイヤーなんていんのか?ガセネタに引っかかったとかじゃねえよなぁ?」

 

ジェネシスが茂みを払いながらうんざりした様子で呟く。

 

「確かに……こんなところにプレイヤーなんて入りそうに無いんだけどなぁ〜」

 

ティアも茂みを鬱陶しそうに払いながら進む。

既にこのエリアを調査してから数十分が経過していた。

だが、例のプレイヤーらしき姿は愚か、人影すら見える事もない。

 

「はぁ〜……ったく、もういいや。帰ろうぜ。どーせそんなおっさんなんていっこねえよ」

 

ジェネシスはもう飽きた様子で元来た道を帰ろうと振り返った。

しかしその時、少し離れたところから戦闘の音が響いた。

 

「ん?この音って……」

 

「誰か戦ってんのか?」

 

「もしかして、例のプレイヤーかも!」

 

そう言ってティアは音のする方向へ走り出した。ジェネシスもその後を慌てて追いかける。

 

その音がしていた場所は、ジェネシス達がいた場所から数メートル先だった。

 

彼らが見たのは、一人の男性プレイヤーが三体のモンスターに囲まれているところだった。

その男性は、グレーの民族衣装のような服に茶色のマント、そして焦げ茶色のフードを被り、左手に持っているのは円形シールド。おそらく彼が噂のプレイヤーなのだろう。

ジェネシスとティアはその男性の救援に向かおうと剣の柄に手を掛けた直後。

一匹の狼型モンスターが男性に向かって突進して行った。その鋭い牙をむき出しにし、男性に噛み付こうとする。

 

だがその時、男性の右拳がゴールドのライトエフェクトを纏う。

そして男性は、その金に輝く右拳で狼の左頬に向けて思い切り殴りつけた。

それによって狼はゴロゴロと転がりながら後ろの大木に衝突し、そしてその身をガラス片に変えて消滅した。

 

「マジかよ…?」

 

「い、一撃で……?!」

 

ジェネシスとティアはその光景に思わず戦慄した。

何せあの男は今、最前線のモンスターをたった一撃で葬り去ったのだ。

 

しかし戦闘はそれで終わらない。

 

今度は男性の背後にいる人型モンスターが両手で構えた大鎌を振り下ろす。

しかし、それと同時に男性の右足に青い電流が走り、鎌が振り下ろされると同時に男は振り向きざまに上段回し蹴りを放った。

男性は振り向いたタイミングも相まって見事に鎌を避け、そして彼の右足は見事にモンスターの頭部を直撃させた。

 

モンスターはそれによって後ろに仰向けになって倒れ込み、直後爆発四散した。

 

残る一体は男性の戦闘能力の高さを察したのか、その場から慌てて駆け出す。

しかし男性はそれすらも逃すまいと、左手の円形シールドを投げつけた。

 

そのシールドはモンスターの足に命中し、一瞬動きを止める事に成功する。

その先に男性はその場から数歩駆け出して前方に飛び上がり、右足を突き出して飛び蹴りを放った。

 

その蹴りは見事にモンスターを捉え、その攻撃を受けてモンスターは爆散した。

 

目の前で繰り広げられた無双にジェネシスとティアはしばし呆気に取られていたが、

 

「い、いやぁ〜!実に見事な戦いっぷりだったなぁ〜!あんた、見ない顔だけどいつこの層に来たんだ?」

 

ジェネシスは引きつった顔のまま男に近づいていく。

男性はその声でジェネシス達の方を振り向く。

だが、彼はティアの顔を見た瞬間目を見開き、

 

「オイイイィィィィー!ようやく見つけたぞ雫ううぅぅぅ!!!」

 

ティアに向かって勢いよく走りだし、彼女の両肩を掴んだ。

 

「え…えぇ?」

 

ティアは完全に戸惑った表情をしている。

 

「おいちょっと!女に気安く触れるんじゃねえよ」

 

ジェネシスは呆れた顔で男をティアから引き離す。

 

「おいコラァ!!てめぇどこの馬の骨か知らねぇが、そっちこそ何で雫と一緒にいやがる!!」

 

「何でってそりゃあ俺がこいつと付き合ってるからに決まってんだろうが!」

 

「んなっっ?!雫、それは本当なのか?!」

 

男は驚いた顔でティアの方を見る。

 

「え?ええと……まあ、はい……」

 

「ガッッッ?!」

 

ティアにそう尋ねられると、男はショックを受けた様子で地面に蹲った。

 

「そ、そんなバカな……俺が2年も見放していたうちに、いつのまにか彼氏ぃ?!」

 

そして勢いよく立ち上がり、ジェネシスの胸ぐらを掴んでブンブンと振り回す。

 

「おいテメェ!!人の親が見てない隙に、何勝手に付き合ってんだコラァ!! 」

 

「ちょっとちょっと落ち着いて!というか、貴方誰なんですか?!」

 

ティアが男とジェネシスの間に入って慌てて止める。

 

「だ、誰だとぉ?!俺だよ雫!お前のお父さん!《一条 光実》だよ!!」

 

「えっ…………?」

 

その瞬間、ジェネシスとティアは硬直した。

 

「《一条 光実》って………えええぇ?!」

 

「お……お父さんんんんんん?!!」

 

「やっと分かったか、雫」

 

男は安堵した顔でフードを外す。

その瞬間、髪の毛のない光沢のある頭が露わになった。

 

「ほ、本当にお父さんなの?」

 

ティアが疑り深い目で男ーーーー《ミツザネ》を見つめる。

 

「なっ、何でそんなに疑い深いんだ!」

 

「だ、だって私の知ってるお父さんは……そんな禿げてないし」

 

「なっっ?!は、ハゲてなんかねぇ!!ちょっと娘と一緒にゲームの世界に囚われただけだあ!!」

 

「言い訳無茶苦茶過ぎんだろ……」

 

ジェネシスは呆れた顔でツッコミを入れた。

 

「で、でも……そんなの信じられないよ。お父さんがこのSAOの中にいるなんて……」

 

「あ、それなら定番のアレやったらいいんじゃね?」

 

にわかに信じられない様子のティアに、ジェネシスが手を打って提案する。

 

「身内の人間じゃなきゃわからないような暴露話。つうことでお義父さん、何かこいつの恥ずかしい話とか無い?」

 

「てめぇにお義父さんと言われる筋合いはねぇ……まあしかし、雫の暴露話か……。

ああそうだ、とっておきのがあるぜ。昔、こいつが小学二年生の時にな……」

 

その瞬間、ティアは目を見開いて

 

「わぁーーーーっ!!ちょっと待って!!それだけはだめぇぇーー!!分かった、信じる!信じるから!!お父さんだって認めるからああぁぁーーーー!!!」

 

ティアが必死になってミツザネの口元を押さえつけた。

 

「おいおい落ち着けよティア。まだ何も聞いてねえし」

 

「それ久弥が私の恥ずかしい話聞きたいだけだよね?!」

 

「ああその通りだ。だからおめぇは大人しくしとけって」

 

「いやあぁぁぁぁ!!!」

 

ジェネシスが無理矢理ティアを引き離し、そして尚も抵抗するティアを押さえつける。

 

「それでお義父さん、続きは?」

 

「あ、うむ。その時にな…………」

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!

 

 

 

〜数分後〜

 

 

「──────いやぁ〜笑った笑った♪ティア、お前そんなことあったんだなぁ〜w」

 

ジェネシスは一頻り笑い終えた後呼吸を整え、背を向けて蹲るようにいじけて座るティアの肩をポンと叩いた。

 

「うるせー…バカ…あほ……」

 

ティアは顔を真っ赤にして頬を膨らませ、涙目でジェネシスを睨みながら言った。

 

「そんで、この人の事お父さんって信じるか?」

 

「もーとっくに信じてるよ……」

 

ティアは尚も不貞腐れた態度で答えた。

 

「しかしそれより気になっているんだが……お前さん、一体何者だ?」

 

するとミツザネがジェネシスの方を向いて尋ねた。

 

「あー、俺は《ジェネシス》。まあ一応、こいつのパートナーやらせてもらってまーす。リアルの名前は《大槻 久弥》っす」

 

「大槻……久弥……ああ、娘をイジメから助けてくれたって言う久弥くんか!そうかそうかぁ!前々から礼を言いたいと思ってたんだが、まさかこんなとこで会えるとはなぁ!」

 

ミツザネはジェネシスの正体を知るや優しげな笑顔でジェネシスの肩をポンと叩いた。

 

「……しかし、娘と付き合ってるっつうのは本当なのか?」

 

「付き合ってるじゃなくてもう結婚してるよ」

 

すると蹲っていたティアがミツザネに向けてそう言った。

 

「なっっっっ?!!ちょ、ちょっと待って!付き合ってるとかそんなんじゃ無しに……け、結婚んん?!」

 

その瞬間、先程までの優しげな顔から一気に怒気を孕んだ顔でジェネシスの首を掴み、

 

「おいぃ!!娘を助けてくれたのは感謝してるが、それとこれとは話が別だ!!!

てめぇ!!親の許諾無しに勝手に結婚とかどう言うつもりだコラァ!!」

 

「ちょ、落ち着けよ!結婚って言ってもゲーム内での話!!実際に結婚とかまだしてるわけじゃねえから!機嫌なおしてくれよお義父さん!!」

 

「てめぇにお義父さんなんて呼ばれる筋合いはねえぇぇ!!!」

 

その瞬間、ミツザネの拳がジェネシスの左頬を直撃した。

 

「てんめぇ!!殴りやがったな?!親父にも打たれた事ねぇのに!!」

 

ジェネシスは左頬を抑えながら叫ぶと、ミツザネに掴みかかった。

そこから二人の男たちの取っ組み合いが始まった。

 

しかし数秒後、彼らの目の前を銀の光が一閃した。

 

二人が見ると、ティアが立ち上がった状態で刀を持っていた。

そしてその切っ先を二人に向けるとニコッと笑い

 

「……とりあえず街に帰ろうか?」

 

と優しい口調で言った。

しかし優しげな顔と口調ではあるが、その表情や仕草からはとてつもない怒気を放っているのがジェネシスとミツザネにも感じられた。

 

「え、えっと〜、ティアさん?」

 

ジェネシスは引きつった表情でティアに話しかける。

 

あ゛あ゛っ?

 

その瞬間、ティアはかつてない鋭い視線をジェネシス達に向けた。

その覇気に押され、男たちは黙って待ちの方まで歩いて行った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

街まで戻り、ジェネシスはミツザネをエギルの宿屋へと連れて帰った。

 

ドアを開け、大広間に入ると

 

「あ、お帰りなさいパパ!」

 

ジェネシス達の娘、レイが銀の長髪を揺らしながらジェネシスに向かって駆け出した。

 

「よぉ〜、いい子にしてたかレイ?」

 

「もちろんですよパパ!ユイと一緒にお留守番をしてました」

 

「そうかそうか。偉いぞ〜」

 

ジェネシスは優しくレイの頭を撫で、レイはそれを満足げな笑顔で受けている。

しかしここでレイがあることに気づく。

 

「あの、パパ」

 

「ん?どうした」

 

そしてレイはジェネシスの後ろを指差し、

 

「この男の人は誰ですか?」

 

「ああ〜そうだ、紹介するよレイ。この人は──────」

 

その瞬間、ジェネシスは後ろからとてつもない殺気を感じた。

恐る恐る振り返ると、そこには両目を目一杯開かせて、顔を真っ赤にして怒り心頭の表情をしているミツザネが。

 

「あ、あの〜お義父さん?何か勘違いしてるみたいですけど、こいつは……」

 

ジェネシスが慌ててミツザネにレイの事を説明しようとするが、その前にミツザネがジェネシスの顔を片手で掴んだ。

 

……おい。“パパ”ってどう言う事だ?このゲーム、そんな淫らなことになってんの?

《SAO》って、“竿”って意味なの?!

終わらせちゃってもいいかな?おじさん、このゲームが終わる前に君の人生ゲームオーバーにしちゃっても良いかな?!」

 

威圧感のある低い声でそう尋ねるミツザネ。

ジェネシスの頭を掴む手からはミシミシと言うサウンドエフェクトが鳴っている。

 

「ちょ、ちょっとお父さん落ち着いて!この子は私たちの子供だけどそうじゃ無いと言うか…」

 

「やっぱり雫の子供じゃねえか!!見ろこの銀髪を!!完全に雫の遺伝子受け継いでんじゃねえか!!完全に雫の子供じゃねえか!!!」

 

ティアの説明で更にヒートアップしてしまったミツザネ。

そんな彼をティアはなんとか宥め、それをレイが不思議そうな顔で見つめると言う光景が数分続いた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、つまりこいつ……レイちゃんは、お前達の養子、みてえな感じって事か」

 

漸くレイについての説明を終え、落ち着きを取り戻したミツザネは納得したように頷く。

 

「初めましてミツザネさん。パパとママの娘、レイと言います」

 

レイはミツザネに向かって礼儀正しくお辞儀をした。

 

「ほう、これは驚いたな。お前さん本当にプログラムかい?いや、そんなことは重要じゃねえわな……

こちらこそ初めましてだな、レイちゃん。俺はお前さんのママの親父である、ミツザネだ。よろしくな」

 

ミツザネは優しげな口調でレイに自己紹介をした。

 

「ミツザネさんはママのパパ……つまり、私のおじいちゃんって事ですね!」

 

「んん?まあ、そう言うことになるな」

 

するとレイがテーブルから身を乗り出して

 

「じゃあじゃあ!ミツザネさんの事は、これからおじいちゃんって呼んでもいいですか?」

 

「お、おじいちゃん?

…ああ、まあ構わねえよ」

 

するとレイは満面の笑みで

 

「わぁーい!おじいちゃん、これからよろしくお願いします!!」

 

そしてミツザネに抱きついた。

するとミツザネはレイを抱き上げると涙目になり、

 

「くっ……まさか四十代で孫の顔を見ることになるとは……」

 

しかしどこか嬉しそうな顔でレイを見つめていた。

 

「にしても、まさか例の男性プレイヤーがティアのお父さんなんてな……」

 

その様子を遠くから眺めていたキリトが思わずそう呟いた。

 

「俺もいつか、アスナのお父さんに会うときが来るんだよな……」

 

「大丈夫だよ。お父さんならきっとキリトくんを認めてられるわ」

 

「そうだと良いんだけどな」

 

キリトはアスナの言葉に苦笑しながら答えた。

 

「あの〜……お兄ちゃんとアスナさんってどんな関係?」

 

するとキリトの隣に座っている金髪ポニーテールの少女がおずおずと尋ねた。

 

「どんな関係って……まあ、一応恋人同士になるのかな」

 

「へ、へぇ〜」

 

キリトがそう答えると、その緑の少女は苦笑いになった。

 

「んで、キリト氏。その金髪ポニテ巨乳美少女が例の妖精ってわけかい?」

 

ふとジェネシスがキリトの方を向き、少女の方を指差しながら尋ねる。

 

「あ、ああ……どう言う因果か、こっちも俺の身内でな……名前は《リーファ》。リアルでの俺の妹なんだ」

 

「は、初めまして。《リーファ》と言います」

 

少女ーーーーリーファはジェネシスに向けてぺこりとお辞儀をした。

 

「おう、こちらこそよろしく頼むわ。

んで、そっちのもてめぇの知り合いか?」

 

そう言ってジェネシスはテーブルの角を指差す。

そこには黒髪のクールな雰囲気を放つ少女が腕を組んでなんとも言えない顔でこちらを見ていた。

 

「ああ、この子は違うんだ。名前は《シノン》。急に空から落ちてきてさ」

 

「いやいや何その登場の仕方。『親方!空から女の子がぁ!!』ってか?ここは『天空の城ラ◯ュタ』ですか?

……そう言えばここもある意味ラピ◯タだわな」

 

「『天空の城』じゃなくて『浮遊城』なんだけどなここ」

 

ジェネシスの言葉に対しキリトがやんわりとツッコミを入れる。

 

「ところで……リーファにシノンさんだっけ?あんたらは何だってこんなデスゲームにわざわざ来たんだ?」

 

「私は元々、ALOって言うゲームで遊んでたんです。そしたら、いきなりここに飛ばされて……」

 

「私は……ごめんなさい、少し記憶が飛んでるみたいなの」

 

リーファは困惑した表情で答え、シノンは目を伏せながらそう告げた。

 

「リーファは何故かここに飛ばされて、シノンに至っては“記憶にございません”ってか。全く、不運すぎて同情するぜ……」

 

「そう言えば、ミツザネさんは何でここに来たんだ?」

 

キリトが未だにレイを抱き上げているミツザネに問いかけた。

 

「俺は現実では総務省のトップ兼このSAO事件の対策本部長でな。内部調査という事でログインしたんだ」

 

「総務省のトップ?!それって凄く偉い人じゃ……」

 

「そんな大層なもんでもねぇさ。

前々からこのゲームに入って内部調査する案は出てたんだが、何せここはデスゲームだからな。リスクが大きいから中々踏み込めなかったのさ……

だが先日、このSAOサーバにハッキングかました馬鹿野郎がいやがったんだ」

 

「は、ハッキングだって?!」

 

ミツザネから告げられた衝撃の言葉にキリトは目を見開いた。

 

「ああ。その影響もあって、このゲームの根幹を成すシステムが大幅にダメージを受けてな。お前さんたちなら既に心当たりがあるだろう?」

 

そこで思い出されるのは、この七十六層に上がった時に起きたいくつもの不具合。レイやユイの報告でカーディナルシステムに不具合が生じていたことは既に把握していたが、まさかそれがハッキングによるものだったとは……

 

「でも、総務省のトップがログインする事も無いだろう?それこそ、そう言うのは部下とかに任せておけば……」

 

「そんな事出来るか!部下をこんな危険な場所に行かせられる訳がねぇだろ!!」

 

キリトの言葉に対し、ミツザネは目を血走らせながら叫んだ。

 

「お父さん、本音は?」

 

「愛しの雫ちゃんが心配だからに決まってんだろうがコラアアアァァーー!!!」

 

するとここでリーファはミツザネに

 

「あ、あの〜、ミツザネさんってALOやってたりします?」

 

と尋ねる。

 

「ALO?ああ、まあ暇つぶしにやってたが。ちなみにこのキャラクターデータも、ALOのものをコンバートしたもんだ」

 

「や、やっぱり!!」

 

それを聞きリーファは勢いよく立ち上がりながら叫んだ。

 

「お、おいどうしたんだよスグ?」

 

妹の様子にキリトが訝しんだ表情で尋ねた。

 

「ALOはいろんな種族間で闘争があるんだけど、ミツザネさんはそこで《星海坊主》って呼ばれてて、世界最強のプレイヤーなんだよ!」

 

その瞬間、キリトとジェネシスの目が見開かれた。

世界最強──────その称号は既に彼らも持ち合わせている。

しかし目の前の男はこことは違う別の世界で最強の名を持っている。

 

「《星海坊主》……そういや向こうじゃ、そんな名前で呼ばれてたな」

 

ミツザネは遠く懐かしむような顔で呟く。

 

「なあ、ミツザネさん……一つ頼みがあるんだが」

 

ここでキリトが不敵な笑みを浮かべながら尋ねた。

 

「……何だ?まさかお前さん、俺と戦えって言うつもりか?」

 

「まあ、本音を言えばそうなるな。ALO最強の強さがどんなものか、ゲーマーなら知りたくもなんだろ」

 

ミツザネの問いに対しジェネシスも好戦的な笑みを浮かべながら答えた。

 

「世界最強……俺は別にそんな称号に興味はねぇがな………

まあ、上等じゃねえか。このデスゲームをここまで導いてきたお前さん等の力、見せてもらおうじゃねえか」

 

そう言ってミツザネは立ち上がり、ジェネシス・キリトもそれに続いて大広間を後にし、アークソフィアの広場へと向かう───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
原作には無かった保護者の参戦。しかもそのモチーフが銀魂のキャラ……前回はサイタマかと言う予想が感想欄で出てましたね。まあある意味ワンパンマンですがw
自分、星海坊主めっちゃ好きなんですよ。めっちゃかっこいいじゃないですか彼。
CV速水奨さんって言うのもいいですよね。超イケボ。
ミツザネのCVも速水奨さんでやって頂ければ。
実は今後、もう何人か銀魂モチーフのキャラを出していくつもりです。

評価、感想などお待ちしております。


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二十四話 vs世界最強

どうも皆さん、ジャズです。
今回が年内最後の投稿になります。


アークソフィアの街中にある大きな広場。

ここで、ミツザネ・キリト、ジェネシスが向かい合って立っている。

 

「さて、まずはどっちから俺とやるんだ?」

 

ミツザネがキリト、ジェネシスに問いかける。

 

「んじゃ、先ずは俺から行くよ」

 

キリトが背中から二本の剣を引き抜き、ミツザネの前へと歩き出した。

それを見てミツザネは「ほう?」と口端を釣り上げ、

 

「二刀流か……それがお前さんの十八番ってわけかい」

 

「まあな。使いこなせるようになるまでは結構苦労したよ」

 

そしてキリトはメニュー欄からデュエル画面を選択。

《初撃決着モード》でミツザネにデュエル申請をする。

 

「……む?全損決着にはしねぇのか?」

 

ミツザネは首を傾げて尋ねる。

 

「いやいやいや……ミツザネさん、ここはどこだ?」

 

「……ああなるほど、そういうことか。

済まねえ、向こうにいた時の癖でな」

 

ミツザネはどうやらSAOの外での癖が抜けていないらしく、苦笑しながらデュエル申請を受諾した。

キリトとミツザネの間にデュエルカウントが表示され、60秒から1秒1秒と減っていく。それと共に、キリトとミツザネを中心とするフィールドの緊張感も高まっていく。

 

キリトは左右の剣を、ミツザネは左手の円形シールドと右手の拳を構えた。

その半径5メートルの周りには、彼の仲間達が控えて静かに見守る。

 

「キリトくん……」

 

アスナが心配そうな目で見つめる。

 

「ママ、大丈夫ですよ。パパが負けるはずがありません!」

 

「そうよアスナ。あんたの愛しの旦那が負けるはずないでしょ」

 

そんなアスナに対し、ユイとリズベットが彼女を励ますように言う。

 

「ユイちゃん、リズ……

ふふっそうね。キリトくんが負けるわけない」

 

アスナも笑顔でうなずき返し、再びキリト達の方を見る。

 

「おおぉーーい!キリの字ぃーー!そんなオッさんに負けんじゃねぇぞぉーー!!」

 

クラインが大声でキリトの方に叫ぶ。

この場にいるものの多くは『キリトが勝つ』と予想していた。

しかし一部の人間は『ミツザネが勝つだろう』と予想する者がいた。

 

「お前はどう思う?リーファ」

 

「あたしは……ミツザネさんに軍配があがるんじゃないかと思います」

 

リーファはALOにて、同じくALOをプレイしていたミツザネの実力を知っている。

ミツザネは様々な種族が争い合うALOにて最強プレイヤーと言われる程の実力があり、リーファ自身も実際彼の強さを目の当たりにした事がある。

あの時の光景をリーファは忘れた事がない。

ALOで傭兵として過ごすミツザネは、一度リーファ達《風妖精族》に協力してくれた事があり、その際リーファもその場に立ち会っていた。

その際に見せた蹂躙劇。拳一つで文字通り一騎当千の実力を発揮したミツザネを見たリーファは、『次元が違う』と感じた。

その雄姿は、正しく《星海坊主(生ける伝説)》という言葉に相応しい。

だからこそ、実の兄と言えどキリトがあのミツザネに勝てるビジョンがどうしても見えないのだ。加えてリーファはこの世界でのキリトの実力を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「……随分と信頼されてるみてえだな。お前さんの強さは余程のもんと見える」

 

ミツザネはアスナ達の方を一瞥した後、不敵な笑みでキリトの方に行った。

 

「まあな……正直俺の強さはどうか分からないけど、それでもみんなから期待されてるなら、俺はそれに答えるだけさ」

 

「その意気やよし。ならお前さんの全部、俺にぶつけてみろ!」

 

次の瞬間、カウントがついにゼロに到達した。

同時に二人がその場から飛び出す。

 

キリトの剣がミツザネの盾を直撃し、甲高い金属音と火花が飛び散る。

そこからはキリトの猛攻が始まった。

左右の剣から操り繰り出される高速の斬撃を、ミツザネは左手の盾で巧みに防御する。

 

「(くそっ……こいつ、ヒースクリフと同じくらい守りが固い!)」

 

キリトは思わず舌打ちした。

ミツザネの見事な盾捌きは、このゲームのラスボスであるヒースクリフの神聖剣に匹敵する程だった。

 

「ぬん!」

 

その時、ミツザネの右ストレートの拳がキリトに迫った。

キリトは持ち前の反応速度で咄嗟に右手の剣を突き出し、ミツザネの拳と衝突させる。

その瞬間、凄まじい衝撃波と共にキリトが大きく後方に吹き飛ばされる。

 

「ぐっ…!」

 

キリトは剣を突き立てる事で何とか減速する。

そのまま数メートルスライドしたところで何とか立ち上がる。

そんな彼をミツザネは見つめながら

 

「成る程……中々いいスピードがあんじゃねえか」

 

と感心したような笑みで言った。

 

「……アンタこそ、防御も固いし凄え馬鹿力だな。まるでヒースクリフみたいだ」

 

「ヒースクリフ?……ああ、このゲームのラスボスってやつか。

しかし、お前さんの反応速度はいいが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まだまだ半人前だな

 

「……え?」

 

ミツザネがそれまでの柔和な雰囲気から一変し威圧感丸出しの声に変わり、キリトが戸惑いの表情を浮かべた瞬間。

キリトの目の前に、拳が迫っていた。

キリトとミツザネの間には数メートル間があったはずだが、ミツザネはその距離をキリトですら認識が遅れるほどのスピードで詰めたのだ。

その直後、キリトが立っていた場所から大爆発が起きた。

 

「キリトくん!!」

 

アスナが思わず悲痛な叫びを上げる。

煙が晴れ、キリトとミツザネの姿が露わになる。

キリトはミツザネの右拳を、左右の剣を交差させる事で防いでいた。

 

「よく防いだな。だが……!」

 

すると間髪入れずに、キリトの腹に向けてミツザネは膝蹴りを食らわせた。

 

「ぐはっ?!」

 

その衝撃で上に飛ばされたキリトの左足首をミツザネは右手で掴み、そのまま反対側に振り回して地面に叩きつけた。

地面に叩きつけられた衝撃で起き上がれないキリトをミツザネは容赦なく蹴飛ばし、数メートル吹き飛ばす。

 

僅か数秒間で受けてしまった凄まじい攻撃によって、中々起き上がれないキリト。ミツザネはこれまでスキルの類を使用していないため、キリトのHP自体はそこまで減ってはいない。

しかし逆に言うと、ミツザネはキリト程の人間をスキル無しでここまで一方的に戦ったのだ。キリトはその事実に気づき、改めてミツザネの方を見やる。

そんな彼が目にしたのは、今まさに自分に向けて飛び蹴りを放つミツザネの姿だった。

キリトはダメージの残る体を無理やり動かしそこから飛び退く。

キリトのいた場所にミツザネの右足が直撃し、大きな爆音と共に土煙をまきおこす。

 

その煙の中から何かが飛来してきた。それは鈍い銀色の光を放つ物体。

ミツザネの円形シールドだ。キリトはそれを左手の剣で横に弾き飛ばす───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────その背後からミツザネが拳を構えているのにも気付かずに。

 

「な……に……?!」

 

キリトはそれに気づくと慌てて防御体制をとるが……

 

「もう遅ぇよ」

 

ミツザネの拳がゴールドの光を放ち、その拳がキリトの右頬を直撃した。

これは、ミツザネがコンバートした際に現れたユニークスキル《闘拳》、その内の上級技《虎伏絶倒》。

その衝撃でキリトは大きく吹き飛ばされた。

 

凄まじい勢いでキリトは転がっていき、そのまま広場に隣接する建物に激突した。

 

そのダメージでキリトのHPはイエローゾーンに達し、クリティカルヒットが決まった為《Winner Mitsuzane》と言う表示がフィールドに出た。

皆はあまりの衝撃に言葉が出ない。

 

「こ、これが……ALOの生ける伝説、《星海坊主》さんの実力……!」

 

一連の戦闘を見ていたサツキが衝撃を隠しきれない様子で呟く。

キリトの実力はサツキを含めこの場にいる者全員が知っている。

そんな彼が、文字通り手も足も出ずに完敗を喫したその衝撃は凄まじいものだった。

 

「うそ……あのキリトが……」

 

リズベットもその結果を受け入れられない様子だ。

場はそれっきり静まり返る。

 

キリトは放心状態で座り込んでいる。

そんな彼に、ミツザネは歩み寄って行く。

 

「お前さんの実力はよく分かった。速さ、連撃数、防御力……恐らく、数あるユニークスキルの中でも、お前さんが使う二刀流はその中心にあるバランス型。

まあ、バランス型と言えば聞こえはいいが……今のお前さんの二刀流は、はっきり言えば“中途半端”だ」

 

キリトはその言葉に目を見開いた。

 

「中途…半端……?」

 

「ああ。特別速いわけでもなければ、防御が固いわけでもない。

唯一反応は良いみたいだが、そんだけだ。どれを取っても特別優れてる物は無え。

良いか?バランス型と言うのはな…全てを極めて初めて武器となり得る。今のお前さんでは、防御に優れたヒースクリフの神聖剣にはどうあっても勝てなかったんじゃねえか?」

 

ミツザネの言葉にキリトは何も言えない。

そう言って思い出すのは、数ヶ月前のヒースクリフとのデュエル。確かにあの時、キリトは彼の防御を破ることが出来なかった。

そしてつい先日。七十五層でのボス戦の後、ジェネシスが自分の代わりにヒースクリフと戦った。

だがもし自分が行っていたら……果たして自分は勝てただろうか?ヒースクリフのあの防御を破ることが出来ただろうか?

いや、恐らく不可能だっただろう。ただでさえ向こうにはソードスキルが使えないというハンデがある中でがむしゃらに剣を振ったところで全て弾かれて終わりだ。

 

「まあ落ち込む必要はねえよ。まだまだ先は長え……

精進しろよ若造」

 

そう言ってミツザネは背を翻して歩き出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

続いて二戦目。

ジェネシスがミツザネと面と向かって立っている。

既にデュエル申請は済ませ、ジェネシスとミツザネの間にはカウントが始まっている。

だがミツザネの雰囲気はキリトの時と違い何故か険しいものだった。

 

「…あの、お義父さん?まだ雫の事で怒ってんすか?」

 

ジェネシスが引きつった表情でミツザネに尋ねる」

 

「当然、まだ許しちゃいねえよ……だがお前さんに一つ確認したいことがある」

 

そこで一呼吸置き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前さん、雫ちゃんとはヤることはヤったのか?」

 

「ぶふっ?!」

 

ミツザネの問いにジェネシスを含めたその場の者たちが皆吹き出した。

 

「おい!それ今聞かなきゃいけねえ奴か?!」

 

ジェネシスが思わずそう叫ぶが、

 

「な、何故否定しないんだ?!もしやお前……!!」

 

「ち、違っ……あ、いや…なんつうか、ええと……」

 

ジェネシスは慌てて否定しようとしたがそれが出来ず、思わずティアの方を見た。

 

「………///」

 

ティアは頬を真っ赤にして顔を背けた。

 

「(オイイイィィィィーー!!)」

 

ジェネシスはティアの反応に心の中でそう叫んだ。

 

「ヤったんだな?そうか、よーく分かった……

もうゆ゛る゛さ゛ん゛ぞおぉぉぉ!!!」

 

その瞬間、デュエルカウントがゼロになり、ミツザネは目を血走らせながら飛び出した。

 

「ウワアアァァ───────!!!」

 

直後、広場にはジェネシスの悲鳴とともにいくつもの爆音が響いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

キリト、ジェネシスとミツザネのデュエルから一ヶ月が過ぎた。

キリトはミツザネから受けたアドバイスを意識し、ダンジョンでは速さだけでなく防御、攻撃力を鍛えることも意識して攻略に臨んでいた。

 

そしてある日、ジェネシスとキリトがとあるダンジョンにてレベリングをしていた時だった。

 

「……ん?」

 

突如、二人の身体が青い光に包まれ、そのダンジョンから姿を消した。

 

次にジェネシスの視界に飛び込んできたのは、薄暗い森林だった。

先程までいた洞窟型ダンジョンでは無い。

一体ここは何なのか……ジェネシスはメニュー欄からマップを表示しようと右手を上げる。

 

「おい」

 

その時、ジェネシスの背後から凛とした女性の声が響く。

ジェネシスが振り向いたその瞬間、彼に向かって無数の黒い塊が飛来した。

咄嗟にその場から飛びのくと、彼の立っていた場所にそれらが無数に刺さった。

よく見るとそれは、この世界では全く見ない珍しい武器。

手のひらサイズの非常に小型な刃物で、クローバーのように四方向に刃が付いている。

 

「手裏剣……?」

 

ジェネシスが再び声のした方を向くと、そこには大木にもたれかかった女性がいた。

女性の髪は金髪。髪を後ろに団子状に束ねており、簪を差している。衣服は片袖のないスリットの入った着物を纏っており、スリットから見える足には網目状のニーソに黒いブーツを履いている。

そして口元には今も煙を吐くキセルを加えている。

西洋風のSAOの世界では珍しい、『和』の雰囲気を纏った女性。さながらそれは、《忍》のようだ。

 

「こんな所まで追ってくるとは……主らも随分と暇のようじゃのう」

 

女性はジェネシスの方は向かずにそう言った。

 

「オイオイ、全く身に覚えが無いんだがな」

 

ジェネシスが肩を竦めながら言うが、

 

「しらばっくれるな。ここまで来たからには、もう容赦はせぬ……覚悟するがいい」

 

そして女性は両手に苦無を取り出し、鋭い表情でジェネシスに斬りかかった────

 

 




お読みいただきありがとうございます。
突如現れた女性プレイヤー……みなさんはモチーフが誰かお分りいただけたでしょうか?

では、最後にお知らせです。
以前、本作のR-18版を作ることを申し上げましたが……
先週、漸く完成し投稿してあります。まだご覧になっていない方は是非。

では、今年もありがとうございました。
皆さん、良いお年をお迎えください。


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二十五話 ホロウ・エリア

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします。
さて、新年の一話です。


薄暗い森林の中で幾多もの金属音と火花が飛び散る。

一人は大剣を持った男性、もう一人は両手に苦無を逆手に持った女性だ。

左右の手から素早く繰り出される苦無の斬撃を、ジェネシスは大剣の刃を最小限に動かすことで防いでいく。

 

「……ほう?主、見てくれよりは中々やるようじゃの?」

 

金髪の女性は感心したようにニヤリと口端を釣り上げて言った。

 

「舐めんじゃねーよクソアマ。こちとら毎日最前線で命張って戦ってんだよコノヤロー」

 

「どうやらそうらしいの。じゃが……主にも見えているのじゃろう、わっちのカーソルが」

 

そう言って女性はほくそ笑んだ。

彼女のカーソルの色は……オレンジ。つまり犯罪者プレイヤーだ。

 

「この通り、わっちはオレンジ……主を攻撃する事に何の躊躇もありんせん。死にたくなければ大人しく引きなんし」

 

ジェネシスの大剣の刃を左右の苦無で抑え鍔迫り合いを起こす中、女性は紫の瞳から鋭い眼光を放ちながら威圧感のある声でジェネシスに言った。

 

「引くも何も、元よりこっちはテメェから振っ掛けられた身なんだがな……」

 

ジェネシスは女性の言葉に困惑した表情で返す。

 

「その表情……主、わっちらを追ってきたもの達では無いのか?」

 

「だから、何の話だってさっきから」

 

だが彼の言葉は最後まで続かなかった。

 

「む……フィリア?」

 

彼女は突如視線をジェネシスから晒し、遠くの方に視線を移しそう呟くと、苦無を収めその場から跳び上がった。

勢いよくジャンプし、木の枝に飛び乗るとそのまま立て続けに木々を飛び移って移動していく。

 

「なっ……おい待て待てどこいくんだよ?!」

 

ジェネシスは慌てて駆け出し、彼女を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

〜数分前〜

森林の中を、ひとりの少女が駆ける。

青いポンチョを纏い、フードを被っているため顔はよく見えないが、何かを確認するように時折顔を後方に向けている。

だが少女が後ろを見ている間に、数メートル先に青白い光と共に1人の少年が現れた。黒いロングコートを身につけたプレイヤー、キリトだ。

 

「────っ!!」

 

少女がキリトに気づくが少し遅かった。

少女は木の根に躓き体勢を崩し、そのままキリトと衝突した。

 

「うわっ?!」

 

キリトはその衝撃で後方に倒れこむ。

 

「くっ……はあああっ!!」

 

少女も倒れこむが、起き上がると同時に腰から短剣────ソードブレイカーを引き抜き、キリトに斬りかかった。

 

キリトは咄嗟に背中の黒剣を引き抜き、それに応戦する。

刃同士が激しくぶつかり合い、その度に火花が飛び散る。何度も剣を打ち合う中、キリトはある事に気付いた。

 

「(っ!オレンジプレイヤーか!)」

 

オレンジプレイヤーは犯罪行為を躊躇わないというのがこのゲーム内での通説だ。例え殺人であっても。

だとすると、下手に手加減していてはこちらがやられる可能性がある。

キリトは意を決して剣を勢いよく振り下ろす。

それに対して少女はソードブレイカーを逆手に持ち替え、凹凸になっている方の刃でその黒剣を受け止めた。

つばぜり合いが続く中、少女は目の前の相手をじっと見つめると、それまでの敵意むき出しの表情がやや軟化し

 

「…あんた、誰?」

 

と覇気のない声で訪ねた。

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

キリトはそう叫び返した。

2人の鍔迫り合いは続く。金属が擦れる音だけが辺りに木霊する。

その時だった。

 

「─────っ?!」

 

キリトに向けて複数の黒い物体が飛来し、それに気づくとキリトは慌ててその場から飛び退いた。

黒い物体はキリトの立っていた場所を通過し、そのまま木の幹に刺さった。

木に刺さったのは手裏剣。飛んでいた高さや角度から、もし命中していれば間違いなく致命傷になっていただろう。

 

「ほう……どうやらこんな所にも、招かれざる客がノコノコとやって来ていたようじゃの」

 

すると今度は、手裏剣が飛んできた方向から別の女性の声が響く。

見ると、大木の枝の上に1人の金髪の女性が立っていた。

その衣装や口に咥えたキセルから、和の雰囲気を醸し出している。

 

「つ……ツクヨさん!」

 

ソードブレイカーの少女は女性を見てそう叫んだ。どうやら彼女は『ツクヨ』という名らしい。

 

「遅くなったのう、フィリア。まさか主も、何処ぞの馬の骨とやり合ってるとは思うておらんかったが……」

 

そう言って、ツクヨという女性は一度キセルを話して口から煙を「フウ……」と吐き、キリトの方に視線を移す。

 

「さて、主には一つ聞いておきたいことがある……

何故フィリアを襲った?」

 

ツクヨは鋭い目つきでキリトを見下ろしながらそう訪ねた。

 

「襲ったって……違う!俺は気がついたらこんな所に転移させられてて、そしたら目の前にこの娘がいて、いきなり斬りかかって来たんだよ!」

 

キリトは慌てて弁明する。そんな彼を、ソードブレイカー使いの────『フィリア』という名の少女は疑わしい目で見つめていた。

しかしそれに対してツクヨは特に表情を変えることもなくキリトの言葉を聞いていた。そして全て聴き終えると、再び煙を口から吐いて

 

「……もし普段なら、主の言葉など信じられぬ所ではあるが、どうやら強ち嘘をついているようではないようじゃな。現にわっちはさっき、主と同じ事を言う輩と出会ったのでな」

 

ツクヨは少し微笑を浮かべながらそう言った。

 

「俺と同じ事を……?ま、まさかジェネシスが?!」

 

キリトは目を見開いてツクヨにそう聞き返した。

しかしその時だった。キリトとフィリアのすぐ横に何かが飛び降りて来た。

キリトは何がおきたのか訳がわからない様子だったが、フィリアはソードブレイカーを構えてかなり警戒している様子だ。

ツクヨも木から飛び降りてキリト達のすぐそばまで歩み寄った。

 

「やれやれ……何とか撒いたと思うておったが、人気者は辛いのう」

 

やがて煙が晴れ、その姿があらわになった時キリトは驚愕した。

骨だけで構成された身体。ムカデのような体型。胴体から伸びる4本の腕とそこから生える禍々しい大鎌。人間の頭蓋骨を模した怪物的な容貌。

忘れるはずもない。それはかつて、キリト達を大いに苦しめたモンスター……

 

「す、『スカル・リーパー』だと?!」

 

「む?主、この怪物を知っておるのか?」

 

キリトの声を聞き、ツクヨがキリトの方を見て尋ねる。

 

「ああ……こいつは七十五層のフロアボスだ。こいつを倒すのに、14人が犠牲になった」

 

「フロアボスが、どうしてこんな所に……?」

 

フィリアは小さくそう呟いた。

 

「なあ、ここではこんなモンスターが出るのか?」

 

「あんた達ならず者と話す事はないわ」

 

キリトはフィリアの方を見てそう尋ねるが、フィリアはキリトを信用していないのか取り合わない。

 

「“あんた達”?何か勘違いしてないか?」

 

だがその時だった。

スカル・リーパーの鎌がフィリアめがけて振り下ろされたのだ。

 

「危ない!」

 

キリトは咄嗟にフィリアの前に飛び出し、右手の黒剣でその鎌を受け止めた。

 

「ぐっ……(俺だけで受け止められるって事は、七十五層の時よりパラメータが低く設定されているな。けど、そう簡単に逃がしてくれる相手でもなさそうだ)」

 

「あ、あんた……どうして」

 

フィリアは何故キリトが自分を庇ったのか分からないようだ。

 

「なあ、君達!少しは戦えるんだろう?今は一時休戦にしないか?こいつの鎌は俺が食い止めるから、その隙にサイドから攻撃してくれ!」

 

キリトは鎌を押し返しながらツクヨとフィリアにそう提案した。

 

「な、何で私があんたなんかと……」

 

フィリアは拒絶の意を示すが、ツクヨが彼女の肩をポンと叩く。

 

「まあそう言うなフィリア。こいつを仕留めるチャンスは今しかない。今はあのお人好しのバカを利用させて頂こう」

 

ツクヨはそう言いながら腰から手裏剣を取り出し、右手に短刀を逆手に持った。

 

「……っ、ツクヨさんが、そう言うなら」

 

フィリアは渋々という様子で了承した。

そして2人はキリトの両隣まで駆け出した。

 

「おい主。名は何という?」

 

ツクヨはキリトの隣に立つと、そう尋ねた。

 

「俺は……『キリト』だ」

 

「キリト……?ほう、主があの《黒の剣士》か。ではキリトよ。作戦は変更じゃ。鎌は受け止める必要はない」

 

「え?」

 

ツクヨの言葉に、キリトは目を丸くした。

 

「わっちが奴のヘイトを集める。主とフィリアはその間に奴を攻撃しなんし」

 

「あんたがヘイトを……?

わかった、助かる。それじゃ行くぞ!」

 

キリトの掛け声と同時に、3人は飛び出した。

先ずは先制攻撃として、ツクヨは左手の手裏剣を投げた。

それは銃弾のような速さで真っ直ぐ飛んでいき、スカル・リーパーの右目に刺さった。

 

『キシャアアアアアァァァッ?!』

 

目を潰されたスカル・リーパーは、怒り狂った様子でツクヨに飛びかかった。

そして右手の鎌を素早く振り下ろすが、ツクヨはそれが自分に届く前にその場から跳び上がった。

ツクヨが立っていた場所に鎌が命中し、轟音を立てて大きな土煙を上げる。

スカル・リーパーはそのまま首をツクヨが跳んだ方に向ける。その視線の先には、余裕の笑みを浮かべながら木の枝の上に立つツクヨが居た。

スカル・リーパーはそれを見て更に激昂した様子でツクヨの立つ木に向かい、鎌でその太い幹を一閃した。

木は真っ二つに折れ、地面に倒れると共に消滅した。

 

しかし、その上空にはツクヨが左手に淡いピンクのライトエフェクトを纏った手裏剣を構えていた。

ツクヨはその手裏剣を一思いに投げる。

淡いピンクの光を放ちながら、手裏剣は高速回転のままスカル・リーパーへと飛んでいく。

 

「『手裏剣術《桜吹雪之舞》』」

 

ツクヨは静かな声で技名を発した。

その直後、一つだった手裏剣が無数に分裂した。

分裂した手裏剣は、まるで雨のようにスカル・リーパーに降り注ぐ。無数の淡いピンクの光が空中で幾多にも飛び回るその光景は、まるで春の季節に舞う桜吹雪のようだった。

スカル・リーパーは腕を交差させて防御体制を取るが、手裏剣はリーパーの身体に次々と突き刺さっていく。

桜吹雪が止んだ後、スカル・リーパーの身体には夥しい数の手裏剣が刺さっている。

その後、スカル・リーパーは地面に着地したツクヨにめがけて突進して行くが、ツクヨは軽々とその場からジャンプし、スカル・リーパーを飛び越えて反対側の木に着地する。

そしてそこから次々と木から木へ飛び移り、スカル・リーパーを翻弄して行く。スカル・リーパーは彼女の動きについて行けず、周りをキョロキョロと見回すというシュールな動きをしている。その間にも手裏剣や苦無が飛来し、HPはどんどん削られて行く。

 

「(凄いな……あんな身のこなしが出来る奴なんて、攻略組でも中々居ないぞ。しかも手裏剣や苦無のスキルが存在するなんて聞いたこともない。

まるで忍者だな)」

 

キリトはツクヨの見せる戦闘に思わず感心したように見惚れていた。

 

「ちょっと!何ボーッとしてるのよ!!」

 

すると、フィリアがキリトに向けて苛立った様子で叫んだ。

 

「え?あ、ああ済まない」

 

キリトは右手の黒剣を掲げ、骸骨がツクヨに気を取られている隙を突いて胴体を斬りつけた。フィリアも同じように反対側から短剣で攻撃する。

だがそれによって、スカル・リーパーのヘイト対象がキリトとフィリアに切り替わる。骸骨は2人の方を振り向くと、そのまま左右の鎌を振り上げ、キリト達を叩き斬らんと構える。

しかし、それをさせないようにするのがツクヨの役目。

 

「おい、余所見か?」

 

ツクヨの声と共に、無数の苦無が飛来し骸骨の身体に突き刺さる。

 

「苦無術『自来也蝦蟇毒苦無』」

 

次の瞬間、スカル・リーパーの全身に紫の電流が走り、身体を痙攣させてその場に蹲った。 

毒効果を伴った苦無を投擲するソードスキルだ。麻痺状態はものの数秒で解除されるが、それでも十分な時間稼ぎだ。

 

「今のうちじゃ!早くやりなんし!!」

 

ツクヨがそう叫んだ。

 

「……よし、行くぞ!」

 

キリトは背中にもう一つの翡翠の剣をオブジェクト化し、左手でそれを引き抜く。

左右の剣が青白い光を放ち、キリトは骸骨の狩手に斬りかかる。

二刀流十六連撃ソードスキル《スター・バースト・ストリーム》

 

「これで……終わりにする!」

 

フィリアも短剣を掲げて骸骨の狩手に飛びかかった。

短剣ソードスキル《ファッド・エッジ》

オレンジの光を放つ刃が骸骨の身体を切り裂いて行く。

 

『キシャアアアアアァァァッ!!』

 

2人の攻撃を受け致命的なダメージを負ったスカル・リーパーは、仕返しとばかりにフィリアに向け右手の大鎌を振り下ろした。

 

「不味い、フィリア!!」

 

ツクヨが慌てて駆け出すが、とても間に合わない。

フィリアは覚悟を決めて目を閉じた。

 

「うおおぉらあああああ!!」

 

その時、赤黒い刃が骸骨の鎌を弾いた。

フィリアが目を開くと、そこには赤い髪に赤黒い衣服を纏った男性が立っていた。

 

「ジェネシス!!」

 

キリトが彼を見てその名を叫んだ。

 

「主…何故こんなところに」

 

「いやいや、てめぇどんだけ逃げ足速ぇんだよ。てめぇ追っかけてたら途中で見失っちまったじゃねえか。んで、あちこち歩いてたらなんか見覚えのある骸骨が見えたんでな」

 

ジェネシスはそう言ってスカル・リーパーの方に視線を移す。

 

「しかし、どうやらステータスはだいぶ低めに設定されてるらしいな?なら、こんな雑魚倒すのは朝飯前ってもんだ」

 

そして不敵な笑みを浮かべながら大剣を肩に担ぐ。

 

「ああ、お前がいるなら百人力だ。一気に行くぞ!」

 

キリトもそう言いながら左右の剣を構えた。

 

「全く……随分と勝手な奴じゃな」

 

ツクヨは呆れたようにため息を吐きながら苦無と短刀を左右の手に取った。

 

「はあ……もうなんでも良いや」

 

フィリアもやれやれと嘆息し、ソードブレイカーを構えた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

〜数分後〜

 

ジェネシスが加勢したあと、戦闘はよりスムーズに運んだ。

まあ、スカル・リーパーの方は既にHPが半分以下になっていたため、およそ戦闘らしい戦闘にはならなかったのだが。

 

「ふう……何とか倒し切れたな」

 

キリトが安堵のため息を吐きながら、左右の剣を背中に収めた。

 

「スカル・リーパー……こんなモンスター初めて見た」

 

「七十五層のボスに随分似てやがったな」

 

フィリアの呟きに対し、ジェネシスが続けて言った。

 

「キリトも同じ事を言っていたのう。何故にフロアボスがこんな所におるんじゃ」

 

「さあな……でも、ステータスは大分弱くなってて助かった。同じステータスなら、俺たちは間違いなく全滅させられてた」

 

ツクヨの疑問に対し、キリトが応えた。ジェネシスもうんうんと頷いている。

そしてキリトはふとフィリアの方を向き、

 

「えっと……出来れば俺はしたくないんだけど、やっぱり君達とは戦わないといけないのか?」

 

キリトはツクヨとフィリアの方を向き、苦い顔で尋ねた。

 

「まさか。この流れで改めて戦おうなどと言うつもりはありんせん」

 

ツクヨがそれに対して苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

 

「でも、あんた達…本当にあいつらの仲間じゃないの?」

 

フィリアがキリトとジェネシスに対し尋ねる。

 

「お前らさっきからそればっかだな。“あいつら”って誰だよマジで」

 

「いや、気にせずとも良い。ここを彷徨っていれば、いずれ分かる事じゃ」

 

ジェネシスが呆れた顔で答え、ツクヨがそれを遮る。

 

「しかし、主らも変わった奴らじゃのう……わっちらのカーソルが見えておらぬのか?」

 

「すっごい今更な感じがするんだけど……まあそれどころじゃ無かったしな。聞いたら答えてくれるのか?」

 

キリトがそう尋ねると、ツクヨとフィリアか少し顔を見合わせ、

 

「………いいわ、教えてあげる。

私たち、人を殺したの」

 

静かな声でフィリアはそう答えた。

 

「ふーん。そっか」

 

だがそれに対し、ジェネシスは興味なさげに鼻を穿りながら言った。

 

「ちょっと……何よその反応?貴方の目の前にあるのは人殺しよ?何とも思わないの?」

 

「いやだって、俺も人殺しだし」

 

「「なっっ?!」」

 

「おい、ジェネシス!それは……」

 

ジェネシスが告げた言葉にフィリアとツクヨは目を見開き、キリトがそれを遮ろうとする。

 

「ぬ、主……それはどう言う事じゃ?」

 

「どうもこうもそのまんまだよ。俺も人を殺したんだよ、それも20人近くな」

 

その瞬間、フィリアが腰から勢いよく短剣を引き抜き、構えた。

 

「寄せ、フィリア!」

 

「ツクヨさん!こいつ、やっぱりあいつらの仲間だよ!人殺しを何とも思わない、殺人鬼に決まってる!」

 

今にも斬りかからんとする勢いのフィリアの腕をツクヨが制止し、フィリアはそんな彼女に対し険しい顔で捲し立てる。

 

「待ってくれフィリア!確かに、ジェネシスの言ってることは事実だ。でも、それには事情が」

 

「いいんだ、キリト。言う必要はねえ」

 

事情を話そうとするキリトをジェネシスが止めた。

 

「事情があんなら人殺しをしてもいいなんて道理はねえよ。俺がやった事は間違いなく悪だ。そしてそれはてめぇらもな。

けど、それを間違いだと思えてるてめぇらは、まだマシな方なんじゃねえの?SAOには人殺しを楽しむような奴らだっでいるわけだしな」

 

「……それはあんた自身のことを言ってるの?」

 

「バーカ。俺をあんなクソったれ共と一緒にすんなよ。

少なくとも俺は、人殺しを楽しいなんざ思った事は一度もねえ。

だが俺はあの時、どうしても殺さざるを得なかった、とだけ言っとくぜ」

 

ジェネシスがそう言うと、フィリアは剣を下ろした。

 

「……そう。あんたは沢山の人を殺してるけど、あいつらとは違うのね。ならいいわ」

 

そう言って短剣を腰の鞘に収めた。

 

「さて、とりあえず…………ここは何処なんだ?」

 

「さあな、わっちらにもそれは分からん。一ヶ月前にここに飛ばされたのじゃが、生き残るのに精一杯でそれどころでは無くてな」

 

ジェネシスの問いにツクヨが答えた。

 

「一ヶ月前?!まさか、結晶無効化エリア……って、普通に使えるじゃないか」

 

「ここの階層は分からなくなってるけど、アイテムやメッセージは普通に使える」

 

キリトがメニューを開いて確認するが、フィリアがそう説明した。

 

「転移結晶が無いのなら、俺のをあげようか?幾つか持ってきてるから」

 

「いや、いい。それは主らの物じゃろう?ならば自分で持っておきなんし。そこまで世話になるつもりはありんせん」

 

キリトがポーチから結晶アイテムを取り出そうとするが、ツクヨがそれを止めた。

 

「そうかよ。しっかし、これからどーするか……」

 

ジェネシスがそう呟いた時だった。

 

『ホロウ・エリアデータのアクセス権限が解除されました』

 

突如流れたシステムアナウンス。

 

「あ、あんた達、それ……!」

 

するとフィリアが、ジェネシスとキリトの手の方に視線を向けながら言った。

ジェネシスとキリトはその視線につられて右手を確認すると、そこには鍵のような光の紋章が浮かんでいた。

 

「おいおい……こりゃ一体なんだ?」

 

「さっきまでこんなものは無かったぞ……?」

 

2人は右手の紋様をまじまじと見つめる。

 

「ねえ、その紋様よく見せてくれない?」

 

フィリアが2人の右手をとって間近でそれを見つめる。

 

「やっぱり同じ……」

 

「同じって何がだよ?」

 

フィリアの呟きにジェネシスが疑問符を浮かべる。

 

「主らのその手に浮かんだ紋様と同じものを、わっちらは既に見たことがあってな。その場所も知っておる」

 

「本当か?!そこに行けば、何か分かるかもしれないな……その、君達さえ良ければだけど、そこへ連れていってくれないか?」

 

ツクヨとフィリアは少し思案した後、

 

「別に構わない。でも、そんな簡単にオレンジ……いいえ、レッドを信用していいの?」

 

「なーに言ってんだ。もう今更だろうが」

 

「そうそう。それに、SAOの中で命がけの戦いを一緒にしてくれたんだ。それだけでも信用に値するよ」

 

ジェネシスとキリトの言葉を聞き、フィリアとツクヨは軽く笑みを浮かべた。

 

「な、何だよ?」

 

「いいや。主らは宇宙一バカなお人好しじゃなとって思ってな」

 

「い、一応人を見る目はあるんだけどな……」

 

「そうか。それは光栄と言っておこう……。

そう言えば、主の名をまだ聞いておらんかったの」

 

ツクヨが思い出したようにジェネシスの方を向き尋ねる。

 

「ん?あーそういやそうだったな。俺は『ジェネシス』だ」

 

「ほう?よもや《アインクラッド四天王》の2人とここで会うことになろうとは……僥倖というものじゃな。

わっちは『ツクヨ』じゃ。以後知り置け」

 

「私は『フィリア』。よろしく」

 

「ああ。それじゃあ、行こうか」

 

キリトがそう言うと、フィリアとツクヨが先導する形で4人は歩き出した───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒュウ。コイツは驚いた……最高のP.A.R.T.Yが始められそうだなぁ〜」

 

───────背後の木の陰からの視線に気づかずに。

謎の人物はそれを見届けると、足元に一枚のカードを置いて姿を消した。

 

そのカードに書かれているのは……

トランプの『ジョーカー』。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ツクヨ、と言う名前からもうお気づきになられた方もいらっしゃるでしょう。モチーフは銀魂の月詠さんです。とあるユーザー様から頂いた忍者キャラ案を元にこのキャラを作りました。自分、月詠さん好きなので。
そして終盤に現れた謎の人物。トランプのジョーカーを持っていますが、果たして……
実はこれも、他作品のとあるキャラをモチーフにしてます。ヒントはジェネシスの二つ名である《ダークナイト》です。


では最後に、宣伝をさせて頂きます。
以前もご紹介した、イセスマ二次創作作家の咲野皐月さんと言う方の小説『異世界はスマートフォンとともに。if』がただいま絶賛連載中で、次回投稿は1月10日だそうです。
ここで少しオリキャラ情報を軽く。

主人公『サツキ』
モチーフはSAOのキリト。黒のファーコートを身につけた少年。イメージCVは松岡禎丞さんだそうです。完全にキリトくんですねこれ。

そしてもう1人。こちらはまだ未登場のキャラでございます。

キャラ名 アヤナ・カーディナリア
ネーミングモチーフは、このキャラのイメージCVである竹達彩奈さんと、SAOのカーディナルシステムからだそうです。天真爛漫な性格なんだとか。何処と無くリーファちゃんを連想させますね〜。
ネタバレヲ防ぐため、紹介はこの辺で。
イセスマが大好き、或いは主人公最強物の小説が大好きと言う方は、是非この小説をご覧になることをお勧めします。

では、長くなりましたが今回はこれにて。













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二十六話 《幕間》人斬りの男

どうも皆さん、ジャズです。
今回、幕間と言う事でかなり短いですがご了承下さい。


その日、ティアやアスナ達はエギルの宿で休みを取っていた。珈琲や紅茶、ジュースなどを片手にガールズトーク(一名は男子)を繰り広げ、穏やかな時を過ごしていた。

だがそんな時間は、ジェネシスとキリトの位置情報が突如途絶えた事によって終わりを告げる。

彼女達は即座に店を飛び出し、手早く範囲や担当を決めキリトとジェネシスの捜索に当たった。

ユイとレイは店で待つように言い渡され、2人は彼女達と父親の帰りを大人しく待った。

 

だが、自身の親がもしかしたら危険な目に遭っている可能性もあるのに、大人しく待つことなどレイには出来なかった。

アスナやティア達が捜索に出て数時間が経過した時だった。

 

「ユイ、少しお外に出てきますね」

 

「え?でも、ママ達はここで待ってなさいと……」

 

「大丈夫。ちょっと街をぶらぶらするだけですから」

 

レイはユイの制止を聞かずに宿の扉を開けた。

危険なのは百も承知だ。しかし、それでもじっとしていられなかった。

早く父親───────ジェネシスを見つけ、その肩に飛び乗りたい。その一心で、レイは遂に圏外に出た。

もしティアにバレたらきっと怒られるだろう。それも覚悟の上だ。

 

───── 待っていてください、パパ。直ぐにレイが行きますから

 

だがレイは、自身のこの軽率な行動を、すぐに後悔することになる……。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

〜数十分後〜

 

レイが1人やって来たのは、薄暗い森の中だった。

自分よりもかなり高い草木をかき分けながら、レイは単身森の中を進んで行く。

当然ながらその途中で何度もモンスターとエンカウントした。その度にレイは必死に逃げ、何とかここまでは無事逃げ切れたものの、その体力はもう限界が近かった。

呼吸が乱れ、足がふらつく。

だがレイを消耗させているのは、肉体的な疲れだけでは無い。

 

ここまで数時間、レイはたった1人でここまで歩いて来ていた。彼女はまだ幼い子供。当然ながら孤独がレイの心を蝕む。無論、誰かにメッセージを送ってここまで来て貰えばいい話なのだが、レイは母親であるティアの言いつけを破って来ていた。どのような顔をして助けを求められるだろうか。

たった1人という孤独と、言いつけを破った申し訳なさで板挟みになる中、レイはそれでも進む。ここまで来たら、何としてもジェネシスを見つけ出すために。

 

だがそんな中、レイの目にあるものが映った。

 

高い草葉のせいで隠れているが、少し離れた場所に風でたなびく銀の髪が見えた。

 

「(ママ──────!)」

 

レイが知る中で、銀髪の人物は1人しかいない。

もしかしたら、偶然自分は今自分が最も求める存在の近くに来ていたのかもしれない。

レイは一瞬、その場から駆け出すのを躊躇った。何故なら、レイはティアから言われた事を聞かずに外に出ているのだ。当然、キツいお説教が来るだろう。

だがレイはもう限界だった。肉体的にも精神的にも、今は兎に角誰かと一緒にいたかった。

 

「(……もう私は限界です。ママの所に行きましょう。そしてうんと怒られましょう。しっかり謝れば、ママもきっとわかってくれます!)」

 

レイはそう意を決して、疲れで震える足に鞭打ってその場から駆け出した。

 

「ママーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ぐわああぁぁぁっ?!!」

 

だがレイの視界に飛び込んだのは、彼女の母親などでは無かった。

目の前にいる、2人の男性。

1人は一本の刀を手にし、もう1人はその刀で串刺しにされている。

やがて刀で刺されていた人間は、ガラス片に変えて消滅した。

刀を持った男性の銀の髪が風でふわりとたなびく。

 

「───────え?」

 

レイは思わずそう発した。

その声に男が気づき、ゆっくりとレイの方に振り向く。

 

「っ?!」

 

その瞬間レイの両眼は見開かれ、身体は硬直した。

身につけているのは、ガンメタリックに光る黒いライダースーツ。右手には銀の光を反射する刀が握られている。

その顔は中性的な顔立ちで、ティアと同じ銀髪は逆立っており、左目は眼帯で覆われている。

その瞳は、禍々しい深紅の光を放っている。

男は冷ややかな目でレイを見下ろす。

 

「……見たな、小娘」

 

男は冷徹な口調でレイに言い放った。

 

────不味い!逃げなければ……!!

 

レイは頭の中で何度もそう繰り返すが、身体が動かない。

無理もない、目の前で人が殺され、しかもその犯人が自分を標的にしているのだ。幼いレイが恐怖するのは当然と言えた。いまのレイは正に蛇に睨まれた蛙だった。

男はそんなレイを見つめながらゆっくりと近づく。

 

「珍しい珍客だな。まさかこんな幼女が俺の目の前に現れるとは……」

 

男は口端を吊り上げながらそう言った。

そしてレイの直ぐ近くまでやって来ると、こう尋ねた。

 

「お前、こんなところで何をやっていた?」

 

「……ぁ……っ……」

 

だがレイは思うように声が出ず、ただ呻くような声しか出ない。

 

「ククッ、恐怖の余り声も出ぬか……まあいい」

 

男は不気味な笑みを浮かべながらそういうとゆっくりと右手の刀を持ち上げ……

 

それを振り下ろした。

 

「きゃっ?!!」

 

レイはそれによって後ろに吹き飛ばされ倒れ込む。

起き上がろうと腕に力を入れた瞬間、左腕に激痛が走った。

見ると、二の腕辺りに紅い傷口が出来ていた。

 

「……っ、ううっ…」

 

───痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

かつて感じたことのない激痛に、レイの両目からは涙が溢れた。

 

「ふん、痛いか?この刀は少々特殊でな……ペインアブソーバを無効化する特性があるんだ」

 

男はニヤリと笑いながら刀を掲げ、そう言った。

 

「さて、俺には幼女をいたぶるような趣味はない……ひと思いに逝かせてやろう」

 

そして男は、再び刀をレイの方に突き付けた。

激痛と恐怖の中、レイは何とか言葉を発する。

 

「……どう……して……?」

 

レイの言葉に、男は平然と答えた。

 

「知れた事。俺はただの人斬りよ。人を殺すのが楽しくて堪らない……それ以外に理由など無い。

剣は凶器、刀はあくまで人殺しの道具だ。人の生き血を浴びてこそ刀は生きる……それをあの世で悟るがいい」

 

そして男は刀を両手で上段に構えた。

その目は本気で自分を殺す気の目だ。

 

────いやだ……死にたくない、死にたくない!

────助けて、パパ!!ママ!!

 

レイは心の中で必死に叫んだ。

だが男は、無慈悲にレイに向けて刀を勢いよく振り下ろす。

 

「─────っ!!」

 

レイは咄嗟に顔を背けて目を閉じた。

だがその直後、『キィン!』と言う金属同士の衝突音が響く。

レイが恐る恐る目を開くと、目の前には今正に自分が助けを求めた存在がいた。

風に靡く白マントを羽織り、ジーパンに膝までの高さがあるブーツ、そして見慣れた銀髪。

彼女の母親、ティアが刀を逆手に持ち男の刃を受け止めていた。

 

「ま……ママ……!」

 

レイは思わずそう呟いた。

男はティアの姿を確認すると、その場から飛び退いて数メートル後方まで下がった。

それを確認したティアは、ゆっくりとレイの方を振り向くと、両手でレイの顔を包み込んだ。

 

「────大丈夫、レイ?怪我は無い?」

 

ティアは言う事を聞かずに外に飛び出した自分を叱るでもなく、ただ娘の無事を確かめた。

 

「ママっ…ママーーーっ!!」

 

レイは泣き叫びながらティアの胸元に飛び込んだ。

ティアは優しい微笑を浮かべながらゆっくりと彼女の頭を撫でる。

 

「ほう……貴様、その幼女の母親か」

 

するとその光景を見ていた男が感心したように呟く。

 

「レイ、少しだけ下がっててくれる?」

 

その声を聞いたティアは優しい口調でレイに言った。

レイは大人しく頷くと、少し離れた木の影に隠れた。

それを見届けたティアは、ゆっくり立ち上がって男の方に振り向く。

 

「む……女でその銀髪……白鞘の刀……そうか……ククククッ」

 

男はティアを見つめながらそう呟くと、不気味な笑い声を上げ出した。

 

「お前が四天王の一角……《白夜叉》か」

 

「貴様……私の娘に一体何をした?」

 

ティアは鋭い目つきで男を睨みつけながら低く怒気を孕んだ声でそう尋ねた。

 

「無論、貴様の娘がその場にノコノコとやってきていたのでな……殺すつもりだった」

 

男はあっけらかんと答える。

 

「俺の名は《ジャック・ザ・リッパー》……生粋の人斬りだ。ついさっき、その娘の目の前で1人殺したばかりだ」

 

ティアはそれを聞き、男……ジャックのカーソルを見ると、やはりそれは犯罪者を示すオレンジになっていた。

 

「何故だ。何の目的があって貴様は人を斬る?お前が何かされたと言うのか?」

 

ティアは刀の切っ先をジャックに突き付けて問いかけた。

 

「娘と同じ事を訊くのだな……それが楽しいからに決まっているだろう?人の死際に見せる絶望の表情や断末の声を聞くと、身体の奥底から湧き上がる快感……あれは他では味わえまい」

 

ジャックはニタニタと不気味な笑みを浮かべながらそう答えた。

 

「お前の娘も、死の間際になったらどんな顔で喚いてくれるか……非常に楽しみだ」

 

「……レイに手を出してみろ。その時は容赦はしないぞ」

 

ティアは凄まじい殺気と威圧感を伴ってそう言い放った。 

 

「ああ、記憶に留めておこう……だが」

 

するとジャックは、右手の刀を背中の鞘に収めた。

 

「今日の所は引くとしよう。お楽しみは後に取っておかなければならんからな、ククククッ……」

 

そう言ってジャックは背を向けて歩き出す。

だが数歩歩むと足を止めてティアの方を振り向く。

 

「一つだけ言っておこう、白夜叉……」

 

そう言ってジャックは一呼吸置き、

 

「……お前は、俺と同類だ

 

「……なに?」

 

ジャックの言葉にティアは疑問符を浮かべる。

 

「自分でも分かっているだろう?お前の本性は修羅だ。

お前がそれに目覚めた時……俺と同じ人斬りとなるだろう。いつかそれを思い知らせてやる」

 

ジャックはそう言い残すと、「ハハハハハッ!」と高笑いをあげながら今度こそ森の奥へと姿を消した。

 

ティアはそれを見届けた後、レイの方に振り向きゆっくりと近づく。

 

「レイ……」

 

レイは両目から大粒の涙を流し、

 

「ママっ……ごめんなさい……私、ママの言う事を聞かずに……」

 

レイは泣きじゃくりながらティアの言いつけを破って勝手にフィールドに出た事をひたすら謝った。

ティアはそれを見て優しく微笑みながらレイはを胸元に抱きしめた。

 

「いいんだよ、レイ。貴女が無事でいてくれて、本当に良かった……」

 

そう言いながら、レイの頭を優しく撫でる。

レイはそれで更に感極まって一層大きな声で泣いた。

 

だがティアの内心は穏やかでは無かった。

それはジェネシスの安否の心配も勿論だが、何より心に突き刺さったのは先程言われた言葉。

 

───お前の本性は修羅だ。

───いつかそれを思い知らせてやる。

 

ティアの中で、不穏な風が吹いていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回新たに登場した新キャラ、その名も人斬り《ジャック・ザ・リッパー》。元ネタはMGRの『雷電』です。実際彼も『ジャック・ザ・リッパー』って名前がありますからね。

では、また次回。


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二十七話 探索

どうも皆さん、ジャズです。
テスト期間のため少し更新ペースが遅くなりますが、どうかご了承下さい……。


ジェネシス達4人は、フィリアが見たという紋章の場所に向けて未知のフィールドを進んでいく。

 

「フィリア、ここは一体何処なんだ?」

 

「ここは『ホロウ・エリア』と呼ばれてるらしいわ」

 

キリトの問いに対し、フィリアはそう答えた。

 

「主らはどうやってここに来たのか、覚えておるのか?」

 

「あー、キリトとダンジョン攻略してたら変な光が出てきて……」

 

「回廊結晶のコリドーに似てた気がする」

 

ツクヨがそう問いかけると、ジェネシスとキリトが当時の事を思い出しながら答えた。

 

「突然転移させられた、というわけか……ならばわっちらと同じようじゃな」

 

「そのようね。ただ違うのは……」

 

「俺たちの手にある紋様か……」

 

そう言いながらジェネシスは自身の右手の掌を見た。

そこにはゴールドに光る鍵のような紋様が浮かんでいた。

手を握ったり開いたり、手を乱暴に振ってもそれは消えない。

 

「そんな紋様を持ってるプレイヤーは見たことがないわ」

 

「え?フィリア以外にも、ここにはプレイヤーがいるのか?」

 

フィリアから出た『プレイヤー』という単語にキリトが反応した。

 

「いるにはいるのじゃが、アレをプレイヤーと言えるかのう……」

 

「どういう意味だ?」

 

「普通の人間にしては、挙動がおかしいとしか言いようが無い。兎も角、百聞一見というやつじゃ」

 

フィリアに変わってツクヨがそう答えた。

 

「そっか、分かった。

それで、俺たちは今何処に向かってるんだ?」

 

「あそこ」

 

キリトの問いに対し、フィリアが遠くを指差す。

その先には、広大な森林の上に浮かぶ巨大な球体が浮かんでいた。

 

「おーおー、でっかいキ◯タマだな」

 

ジェネシスがそう呟いた直後、彼の後頭部に苦無が突き刺さった。

 

「あべしっ?!」

 

ジェネシスはそう叫びながら倒れ込んだ。

そんな彼をツクヨは冷ややかな目で見下ろす。

 

「へえ、あそこか。フィリア達は中に入ったことはあるのか?」

 

「いいえ、入ったことは無いわ。そもそも私達じゃ入れないの。あんた達がいれば、入れる気がする。

その紋様と同じものがあったから」

 

そう言ってフィリアはキリトの右手を指差す。

 

「これか…スカル・リーパーを倒したことがきっかけのようだけど……」

 

「一緒に戦った私達には出なかったからね。あんた達がとってるスキルに関係があるんじゃ無い?」

 

「こんな事が起きるスキルなんて聞いたことが無いけどな……」

 

キリトが首を傾げながらそう言った直後。

 

規定の時間に達しました。これより《適正テスト》を開始します

 

という無機質な声のシステムアナウンスが流れた。

 

「い、いきなり何?!」

 

「何だ、今のシステムアナウンスは……《規定の時間》、《適正テスト》?おいフィリア、これは一体なんだ?」

 

「私に聞かれても困る!」

 

キリトが尋ねるがフィリアをそう突っぱねた。

 

「《適正テスト》、とか言ってたな……」

 

「ああ、わっちにもそう聞こえた」

 

いつの間にか復活したジェネシスと、ツクヨもそう呟いた。

 

「……何にしても、面白いじゃ無いか。ここをクリアして、テストとやらに合格すればいいんだろ?」

 

するとキリトは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

ジェネシスは「出たよ…」と頭を抱えている。

 

「あ、あんた……こんな状況でよくそんな前向きなこと言ってられるわね」

 

フィリアが呆れたような顔で言った。

 

「この状況で、テストとやらを回避できると思うか?

それに……未知のフィールドに出ると、やっぱりわくわくしちゃうんだよな!」

 

キリトは楽しそうな雰囲気でそう言った。

 

「全く……主はただのゲームバカのようじゃな」

 

「気にしたら負けだ。こうなったキリトくんはもう止められねえ。完全にイキリトモードになってんよ」

 

困惑するツクヨをジェネシスがそう諭す。

 

「とは言え、俺たちはここのエリアに関しては何の情報も持っていないからな……。

フィリア、ツクヨ。これまでに君たちが戦った周辺のモンスターの情報を全部くれないか?あとはここの状態異常やトラップの傾向、アイテムのドロップ率それから……」

 

「分かったから!一度にいろいろ言わないで、わかんなくなる!」

 

早口で捲し立てるキリトをフィリアがそう遮った。

 

「バーカ。んなもん行き当たりばったりでどーにかなんだろ」

 

「それはそれで問題がありんす」

 

呑気な口調で言うジェネシスにツクヨが冷静に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

途中、様々なモンスターとエンカウントし、時には何とか無視して振り切って進み続けた。

戦闘の際はツクヨがヘイトを集めその間にキリト・ジェネシス・フィリアが攻撃するというスタイルをとっていた。

そうやってフィールドを進むこと数時間。

 

クリアを確認しました。承認フェイズを終了します

 

突如再び流れたシステムアナウンス。

 

「またか、このアナウンス……」

 

ツクヨが辺りを見渡しながら呟いた。

 

「『承認フェイズが終了』…て事は、テストとやらは終わったみたいだな」

 

「そうみたいね、結局何のテストなのかはわからないけど……」

 

キリトの呟きにフィリアが頷きながら言った。

 

「んじゃ、とっととこのマークがあるとこに行こうぜ」

 

ジェネシスがそう促し、4人は再び歩きだす。

 

「そう言えば気になってたんだけど、ツクヨが使ってるスキルってどんなやつなんだ?」

 

歩いている最中にキリトがそう問いかける。

 

「わっちのスキルか?ああ、《忍術》と言ってな。

潜伏、隠蔽、索敵、投剣、体術スキルを上げていたら出現していたのじゃ」

 

「成る程……情報屋のスキルリストには載ってないから、恐らくはツクヨ専用のスキルなのかもな」

 

キリトがメニュー欄から現在公開されているスキルの一覧を見ながら言った。

 

「けどよ、手裏剣とか苦無はどうしてんだ?あんだけ投げてりゃ直ぐに無くなんだろ?」

 

「苦無や手裏剣はわっちが自作しておる」

 

「自作?!じゃあ、ツクヨは鍛治スキルも持ってるのか?」

 

「鍛治だけではないぞ。軽業なら裁縫や料理を持っておる。この衣装もわっちの自作じゃ」

 

そう言ってツクヨは自身の着物をちらつかせた。

 

「全部自分でやり繰りしてたのか……」

 

キリトはツクヨを感心したような目で見つめる。

 

「いいや、わっち一人でやってる訳では無いぞ。剣を作るにしても、素材がなくては何も作れぬ。

その点、わっちはフィリアに大いに助けられておるのじゃ」

 

ツクヨはそう言ってフィリアの方を見遣った。

 

「そ、そんな、私なんて……」

 

「謙遜するな、トレジャーハンター」

 

「と、トレジャーハンター?」

 

ツクヨの言葉にキリトが疑問符を浮かべる。

 

「まあ、自称だけどね。ダンジョンに潜ってモンスターと戦うより、レアアイテムを狙って宝箱を探したりする方が私には向いてると思って」

 

「それが生き残るのに結構重要なやつである事も多いしな」

 

フィリアの説明にジェネシスも頷きながら同意する。

 

「さて、積もる話はこれくらいにして、早く行こうか」

 

ツクヨがそういうと、四人は更に歩みを進めた。

数分後、フィリアが何かに気づき指をさした。

 

「ほら、あそこ!」

 

フィリアが指差した方向には、青い逆さになった立体物が。その側面には、フィリアの言った通りジェネシスとキリトの掌に浮かぶものと同じマークがある。

 

「成る程、たしかに同じだな」

 

「二人とも、試してくれる?」

 

フィリアにそう言われ、ジェネシスとキリトは右手の掌を青い装置にかざす。

すると、青白い光と共に、回廊結晶と同じコリドーが出現する。

 

「ビンゴだな」

 

「ああ、これであの球体の中に行けるんだな」

 

ジェネシスとキリトは満足そうに言った。

 

「多分この先には、《ホロウ・エリア》の秘密が隠されてると思う」

 

「同感じゃな。見ただけでも何かあるのは明白じゃからのう」

 

「…よし、んじゃ行くか」

 

そしてジェネシスが最初にコリドーの中を潜り、キリト 、フィリア、ツクヨもそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシス達が転移した先は、これまで彼らが歩んできたフィールドに比べると全く雰囲気の違う場所だった。

中はプラネタリウムのような天井に覆われ、周囲には様々なモニターが付いている。そしてその中央には、黒い長方形の物体にキーボードが付いている。

 

「こりゃまた……随分と変わった場所だなオイ」

 

ジェネシスが辺りを見回しながら呟いた。

 

「む?どうやらここは《圏内》のようじゃな」

 

ツクヨがメニューを見つめながらそう言った。

 

「ああ、本当だ。でも、ガーディアンは……」

 

「……来てない、みたいね」

 

もし、オレンジプレイヤーが安全圏内に入ろうとすると、それを阻止するためにガーディアンと呼ばれるモンスターが彼らを排除しようと動き出すのだが、このエリアではそれが無い。それは、ここが通常のルールから外れた場所であることを示していた。

 

「何にしても、これで安心して調べられるというものじゃな」

 

その後、彼らは手分けをしてこの未知のエリアの探索に入った。

 

キリトは中央にあるキーボードとその画面を見ていた。

 

「(何だこれ……実装…エレメント……?

へえ、ここは『管理区』と呼ばれてるのか)」

 

キーボードを操作しながらキリトはどんどん情報を引き出していく。

 

「ねえ、ちょっとこっちに来て!」

 

すると、フィリアの声が管理区内に響く。

3人がフィリアの元に向かうと、そこにあったのは……

 

「転移門、だよな?」

 

「間違い無いな……やったなフィリア、ツクヨ!!これで出られるぞ!」

 

キリトは歓喜の表情でフィリアとツクヨに言うが、フィリアは何処か思い詰めた表情をしていた。

 

「出られるか……よかったね」

 

「どうしたんだ?あまり嬉しそうじゃ無いな」

 

するとツクヨが、フィリアの様子に気が付き

 

「済まぬな、わっちらはもうしばらくこの《ホロウ・エリア》を探索する。主らは気にせず戻りなんし」

 

「……そうかよ。なら、来るときはまた連絡させてもらうぜ」

 

「ああ、そのときはここで待っておるぞ」

 

ジェネシスがそう言うと、ツクヨは頷きながら答えた。  

 

「それじゃ、またな!」

 

キリトの言葉を最後に、ジェネシスとキリトは青白い光に包まれて姿を消した。

 

「またな、か……」

 

フィリアは思い詰めた表情を浮かべたまま、ジェネシス達がいた転移門を見つめる。

そして徐に転移門に入り、

 

「転移……」

 

と口にする。

瞬間、フィリアは青白い光に包まれる……が、光が止むと彼女は未だにそこに居た。

 

『システムエラーです。ホロウ・エリアからは転移出来ません』

 

と言うシステムアナウンスが鳴る。

 

「……ねえ、ツクヨさん。私たちって、一体なんなんだろうね……?」

 

「フィリア………」

 

どこか悲しげな表情を浮かべるフィリアを、ツクヨはただ見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────Why so serious ?(そのしかめっ面は何だ?)

 

 

直後、管理区内にそのような声が響き、ツクヨとフィリアは咄嗟に武器を構える。

しかし辺りには彼女たち以外誰も居なかった。

 

「ツクヨさん、今のって……?」

 

「わっちにも分からん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

〜七十六層・アークソフィア〜

 

街の中央に設置された転移門が青白く光り、中から2名の男性プレイヤーが出現する。

 

「アークソフィア……戻ってこられたのか……」

 

キリトが辺りを見渡し、安堵のため息をついた。

 

「あー…何だろ、こう言うの。『実家に戻ったような安心感』ってやつ?」

 

「それ、すっごいよくわかるよ……」

 

ジェネシスの呟きにキリトは頷きながら同調する。

 

「転移門の設定は……よし、あそこにも行けるみたいだな」

 

「あそこは《ホロウ・エリア》と言うんだな……フィリアとツクヨはそう言っていた。とてもPKをする様な子たちには見えなかったけど。彼女たちって一体何者なんだろうな……?」

 

ジェネシスが転移門の設定を終え、キリトはそこで出会った2人の女性の事を思い出していた。

すると遠くから足音が近づいてくる。

 

「き、キリト君!」

 

「ジェネシスさん!!」

 

やって来たのはリーファとシリカ。

 

「よ、よかった〜……私てっきり……」

 

一緒に来ていたサチも安堵の表情を浮かべる。

 

「リーファにシリカ、それにサチも……一体どうしたんだ?」

 

キリトが彼女達にそう尋ねる。

 

「“どうしたんだ”はこっちのセリフだよ!びっくりしちゃった……」

 

「お二人の位置情報が完全にロストしちゃって……」

 

「今は生命の碑も確認できないから、もしかしたらなんて思って……」

 

リーファ達は口々にそう言う。

 

「そうか……そりゃ悪かったな」

 

ジェネシスはバツの悪そうな顔で言った。

するとまた新たな足音が近づいて来た。

 

「き、キリトくん!」

 

やって来たのはアスナ。

 

「や、やあアスナ……」

 

キリトは引きつった笑顔で手を振った。

 

「だ、ただ大丈夫だったの?!」

 

「お、落ち着けアスナ……」

 

キリトは何とかアスナを宥めようとしている。

それを微妙な表情で見つめていたジェネシスだったが、ふと背中に突き刺さるような視線を感じ,ゆっくりと後ろを振り向く。

 

「………………」

 

そこにはジェネシスを鋭い視線でじっと見つめるティアがいた。

 

「あ、えっと……ただいま〜」

 

ジェネシスは引きつった表情でティアに言った。

しかしティアは何も言わずに黙ってジェネシスの方に歩いて来る。

 

「あっ、ちょ、ちょっと待て落ち着け!今日のは不可抗力だ!!こっちにも色々あったんだよ!

 

だがティアは尚も歩みを止めない。

これは鉄拳が来そうだとジェネシスは覚悟した。

しかしティアは、何も言わずにジェネシスに抱きついた。

 

「お、おいティア……?」

 

「……ばか」

 

戸惑うジェネシスの耳元で、ティアはそう言った。

 

「パパーーーーっ!!」

 

すると今度は、彼の愛娘であるレイまでが抱きついて来た。

 

「パパ…すごく、すごく心配しました……!」

 

レイは両目に涙を溜めて、声を震わせながら言った。

ジェネシスはそんな彼女達の頭を優しく撫で、

 

「……心配かけて済まねえな。事情はちゃんと話す。とりあえず宿に戻ろうぜ?」

 

出来る限り優しげな口調で言うと、2人は黙って頷き,歩き出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

宿屋の一階にある酒場には、ジェネシス達のよく知る人物達が待っていた。

 

「あーっ!帰って来た!!」

 

鍛治屋の少女、リズベットが彼らを指差し叫んだ。

 

「だから言ったでしょ?どうせその辺をフラフラ歩いてるだけでその内帰って来るって」

 

椅子に腕を組んで座るシノンが落ち着き払った態度で言った。

 

「お二人とも、無事で何よりです!」

 

「とても心配したんですよ!」

 

黒白の兄妹、サツキとハヅキも安堵の表情を浮かべて言った。

 

「ん?何だ、生きてたのかてめぇら」

 

部屋の一角で腕を組みながらミツザネはため息をつきつつ言った。

 

「なんか冷たくないすかお義父さん……」

 

「嫁を放ったらかしてこんだけ帰りが遅えんだ。浮気でもしてたのか?」

 

ミツザネは揶揄うように言った。

 

「そ、そんなわけ無いじゃないですかミツザネさん!あれは不可抗力だったんですよ!」

 

キリトはそう叫んで否定する。

 

「不可抗力?それってどう言う事?」

 

サチが首を傾げて尋ねる。

 

「ああ。あの日、俺たち2人でダンジョン攻略に出てたろ?そん時に突然転移させられてよ」

 

ジェネシスは頷いてそう説明した。

 

「《強制転移》、と言うやつかしらね……私やリーファと同じ」

 

「ええっ?!それじゃ2人は、別の世界に飛ばされたと言う事ですか?」

 

同じような出来事を体験してこの世界にやって来たシノンとリーファがそう言うと、キリトは首を横に振って否定した。

 

「いいや、俺たちが飛ばされた先は、間違いなくアインクラッドの中だった。ただ、《隠しエリア》みたいな感じなんだよ」

 

「《隠しエリア》……ゲームではお馴染みのワードですけど、まさかそんなものがこのアインクラッドにもあるんですか?」

 

サツキは《隠しエリア》と言う単語に興味を示したのか、そう尋ねる。

 

「ああ。《ホロウ・エリア》っつうらしいが……通常のアインクラッドの各層とは違う感じなんだよな。出てくるモンスターも強えのばっかだし、高難度エリアってとこか」

 

ジェネシスは首を縦に振って総説明する。

 

「高難度エリア……」

 

未だレベルに不安が残るシリカが少し不安そうな表情を浮かべ、同じく七十六層で戦うにはまだまだレベル不足気味なサチやリーファも同じような表情を浮かべる。

 

「でも、そこにいる強いモンスターを倒せば、それだけ強力な装備やアイテムが出る可能性もある。

だから俺たちは、《ホロウ・エリア》を探索する事にしたんだ」

 

キリトがそう言った。

 

「でも、そんなエリアが丸々未発見なんて事、あるのかしら……」

 

「レイ、何かわかる事はある?」

 

アスナがそう口にし、ティアがレイの方を向いて尋ねる。

 

「たしかに、アインクラッドには現在様々な事情で非公開になっているエリアがあります。ですが、それはゲーム開始時に全て封鎖され、一般のプレイヤーではアクセスできないようになっています」

 

「普通のプレイヤーが入る手段はねえって事か」

 

「その通りです。ですが、皆さんもご存知の通り現在カーディナルシステムは不安定な状態です。それを考えると……無いとは言い切れません」

 

レイの説明にジェネシスがそう尋ね、かわりにユイがそれに答えた。

 

「そうなんだ……」

 

「ありがとうレイ、ユイ」

 

ティアは笑顔で彼女達の頭を優しく撫でる。

 

「いいえ。ただ、現在のカーディナルシステムの稼働状態などがわかればいいのですが……」

 

「いやいや。今の説明で十分だレイ」

 

「パパのお役に立てたなら嬉しいです!」

 

申し訳なさそうに言うレイに対し、ジェネシスは優しく言った。

 

「ねえユイちゃん、レイちゃん。さっきキリトが言ってた通り、そこって強力なアイテムがあったりするのかな?」

 

「可能性としては十分にあると思います!」

 

するとリズベットがそう尋ね、ユイは頷いて答えた。

 

「そっかぁ……新しい素材、未知のアイテム……うふ、うふふふ……」

 

リズベットはそれを聞くと、一人で楽しげな笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、あたしやピナの強化も……!」

 

『きゅるるるっ!』

 

シリカがピナを見つめながら呟くと、ピナも楽しそうに羽ばたく。

 

「私も、そこに行ったらみんなに追いつけるかな……」

 

「なら、僕とハヅキの強化も……」

 

「そうだね、お兄ちゃん!」

 

サチとサツキ、そしてハヅキもそう呟く。

 

「私の武器強化も出来るかもしれない……」

 

「私も、今よりもっと……!」

 

シノン、リーファも続けて言った。

 

「ちょっと!みんな行くつもりなの?!」

 

「まあいいじゃ無いかアスナ。こいつらだって無事に帰ってこれたんだし」

 

アスナが皆の様子には目を丸くして言うが、ティアがそれを宥めた。

 

「それに、向こうで強力なアイテムやスキルが手に入れば、攻略組の戦力強化にも繋がる。そうなれば、結果的に百層攻略も早まるしな」

 

キリトもアスナにそう説明する。

 

「……まあ、それもそうね。

なら、私も行くわ。キリトくんだけそんな危ないところに行かせられないもの」

 

「当然私も行く。私自身、その《ホロウ・エリア》とやらを実際見てみたいしな」

 

アスナとティアもそう決意して言った。

 

「おう。よろしく頼むわ」

 

ジェネシスも満足げな顔で言った。

 

「全く、近頃の若え衆ってのは血気盛んな奴らばっかりだ………ま、嫌いじゃねえけどな」

 

ミツザネは彼らを見つめると、ため息を吐きつつも口元に笑みを浮かべながら呟いた。

 

「それに、向こうで知り合った人もいるしな」

 

「あっ、バカ!」

 

──ピシッ!!

 

ジェネシスが止めるが時すでに遅く、キリトがそう呟いた瞬間に場の空気は確かにそう音を立てて凍りついた。

 

「……もしかして……!!」

 

アスナが険しい表情で呟き、周りの少女達もジト目ジェネシス達を睨む。同じ男性プレイヤーのサツキはと言うと苦笑いを浮かべていた。

 

「パパ、その人って……」

 

「もしかしなくても女の人、ですよね?」

 

彼らの愛娘であるユイとレイも険しい表情で尋ねた。

 

「よくわかったな。フィリアとツクヨって人と向こうで知り合ったんだ」

 

キリトはあっけらかんとそう答える。

 

「ほらねえぇーー!!」

 

「私たちが心配して探し回ってる間、お前達はまた新しく女性を口説いていたと言うわけか」

 

アスナがキリト達を指差しながら叫び、ティアもやれやれと首を振りながら呟いた。

 

「異議あり!!」

 

「そうだよ!口説くとかそんなんじゃなくて、たまたま転移したら目の前に女の子がいて、そこにスカルリーパーが出てきたから一緒に戦っただけだよ!!」

 

ジェネシスが勢いよく立ち上がりながら叫び、キリトも必死になってそう言った。

 

「どうだか。どうせ………『力になってやりたいんだ』……

とか言ってきたんだろう?」

 

ティアはキリトやジェネシスの口調を真似ながら言うと、キリトは「うっ……」と何も言えなくなった。

 

「ほう?妻子を持つ身でありながらこんだけ女侍らせて、その上まだ飽き足りねえとは。これは、てめぇらの精神を一度叩き直さなきゃ行けねえようだな」

 

するとジェネシス達の背後からミツザネが拳を『ゴキゴキ』と鳴らしながら近づいてくる。

 

「ウエェ?!チョ、チョットマッテクラサイヨオトウサン!!」

 

ジェネシスはそれを見て思わず滑舌が悪くなるほど早口になって制止する。

 

「何、圏内で死ぬことはねぇんだろ?なら大丈夫だ……死ぬような痛みが起こるだけだ」

 

そう言ってミツザネは拳を振り下ろす。

その瞬間、凄まじい轟音と悲鳴が宿屋に木霊した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その後、ミツザネの鉄拳を受けたキリトとジェネシスは女子達からの質問攻めにあった。フィリアとツクヨとは一体どんな女性なのか、ホロウ・エリアとはどんな場所だったのかを具体的に聞かれ、二人は見たことをそのまま全て話した。

 

やがて時間は深夜になり、皆は各々自分の部屋に入って就寝準備に入った。

 

「お、おいティア?」

 

するとティアはジェネシスの手を掴んでやや強引に自分の部屋に引っ張っていく。

そして自分の部屋のドアを開けて中に入り、ドアを勢いよく閉めた瞬間……

 

「───っ!」

 

ティアはジェネシスの首の後ろに手を回し、その唇を自身のそれで思い切り塞いだ。

先ずは唇同士が触れ合うだけのキスを交わし、そして自分の舌を彼の口内に強引に押し込んで貪るように舐め回す。

 

「っ、おい、何しやがんだ……」

 

ジェネシスは無理やりティアを引き離す。

ティアはと言うと、顔をリンゴのように紅潮させ潤んだ瞳でジェネシスを見つめていた。

だがティアはそれだけで何も言わず、彼をベッドに押し倒した。

そして馬乗りになり、両手で挟み込み、

 

「バカっ……何も言わずに居なくなって………私、どれだけ心配したと……っ」

 

ティアは両目から涙を流しながら言った。

 

「それは……悪かったって。でもあれは」

 

「聞きたくない。言い訳なんていい」

 

ジェネシスの弁明の言葉すらもティアは遮る。

 

「何も言わずに勝手に居なくなるような悪い子には、お仕置きしないとね……」

 

ティアはメニュー欄から《倫理コード》設定を引き出し、それを解除する。

 

「……ああ、わかったよ。なら、こんな悪い子にふさわしい罰をくれ、お嬢さん」

 

ジェネシスはティアのやりたい事を察し、自身も同じようにメニューを操作する。

それを確認したティアは、勢いよく彼に覆いかぶさった─────

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜同時刻〜

 

その頃、アークソフィアの街の一角に青白い光とともに、一人のプレイヤーが現れた。

 

「……ん……あ、れ……?」

 

どうやらその人物は女性のようだ。やや高めの身長に身の丈ほどの純白のドレスを見に纏い、上着として桜色のパーカーを着ている。紫の長髪に同じく紫の瞳が暗闇の中で妖しく光る。

 

「えっ…と……ここは……私、なんで………?」

 

少女は不思議そうな顔で辺りを見渡す。

すると「あっ」と何かを思い出したように声を上げ、ゆっくりと歩き出す。

 

街には桜の木が咲いており、真夜中の街頭が灯る街で桜の花びらが美しく舞い散る中、少女は進んでいく───────

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そして再びジェネティアのイチャイチャが始まりました。この続きは、また今度R-18の方にてやりますので、どうかお楽しみに。
そして終盤に登場した謎の少女。先に言っておきますがストレアではありません(ストレアはちゃんと出ますのでご安心を)。はい、またまた出ました本作オリキャラでございます。モチーフの人物のヒントは『桜』です。

では、お読みいただきありがとうございました。
評価、感想など引き続きお待ちしております。


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二十八話 紫の少女

大変長らくお待たせいたしました……
テストがやっと終わって大急ぎで執筆しました。
どうぞご覧ください。


ジェネシス、キリトがホロウ・エリアから帰還してから数日が過ぎた。彼らは皆、ゲームクリアに向けて迷宮区の攻略を進めていた。

その日もジェネシスは一人、迷宮区攻略に行くため、七十六層アークソフィアの街を歩いていた。 

 

「………?」

 

だが街を歩く中、ふと後ろから視線を感じ振り返る。

しかしそこには誰もおらず、気のせいかと思い直し再び歩き出す。

その後も街を歩き続けたが、ジェネシスは例の視線をずっと感じ続けていた。

 

「(仕方ねぇな……)」

 

ジェネシスは街角に入り、そこで足を止める。

そして振り返り、

 

「おい、いつまで下手くそなストーキング続けるつもりだ?もうバレてっから大人しく出てこいコラ」

 

腕を組んで仁王立ちし、そう告げる。

しばしの沈黙ののち、「うふふ…」という笑い声がひびき、

 

「やっぱり、気づいてたみたいですね」

 

柔和な女性の声が聞こえ、足音とともに建物の影からその人物は姿を現し、ジェネシスの方に正面を向けて立ち止まった。

声から察していたが、性別は女性。身長はティアよりも低いくらい。真っ白なドレスを身につけ、足はヒールを履いている。上半身には薄い桜色のパーカーを羽織っている。

髪は紫色の長髪で、左側には赤いリボンをつけている。

やがて少女は、髪と同じく紫の瞳をジェネシスに向け、穏やかな口調で話しかけた。

 

「こんにちは」

 

ジェネシスは依然として険しい表情で彼女を見つめたまま、こう尋ねた。

 

「今までに会った事は……ねぇよな?」

 

それに対して少女は頷き、

 

「ええ。これが初対面、初めましてですよ。

私は『サクラ』。以後、よろしくお願いいたしますね」

 

依然として人の良さそうな笑顔のまま、少女は自身を『サクラ』と名乗った。

 

「サクラ、ね。んじゃ単刀直入に聞かせてもらうが……何で俺の後をつけてた?」

 

「う〜ん……特に理由は無いですが、強いてあげるなら……貴方に興味があったから、ですかね」

 

「は?」

 

ジェネシスの問いにサクラはそう答え、思わぬ返答に困惑する。

 

「興味があったから、だと?」

 

「ええ。ジェネシスさんって、凄く強いのでしょう?ここまで攻略組を陰で支え続けた立役者、《暗黒の剣士 ジェネシス》。その名を知らない人は、このアインクラッドでは居ないと思いますよ?」

 

「あっそ。まあそれはいいんだ……てめぇが俺をつけてたのは、本当にそれだけが理由なのか?」

 

ジェネシスがそう問いかけると、サクラは目を丸くして首を傾げた。

 

「そうですよ。ほかにどのような理由があると言うのですか?」

 

「自分で言うのも何だが……俺が有名なのは多分悪い意味でだ。多くのプレイヤーは俺の事嫌ってるはずだ。

だから例えば……てめぇは俺を嫌うプレイヤーから向けられた差し金、とか」

 

しばらく目を丸くしたまま聞いていたサクラだったが、やがて吹き出すと「あはははははっ!」と笑い始めた。

 

「な、何がおかしいんだよ?」

 

「あははっ!いえ、あんまりおかしな事を言うものですから、つい」

 

「……そんなに変なこと言ったか俺?」

 

ジェネシスは未だに笑っているサクラをジト目で見つめながら言った。

 

「ええ。だっておかしいじゃ無いですか。仮に貴方の言う通り、私が貴方を……そうですね、極端に言えば殺すためにやって来たとしましょう。

だとしたら、ダメージを与えられない圏内でわざわざこんな事をする意味がありますか?貴方を殺すのであれば、圏内では無くフィールド上で貴方を狙うべきですよね」

 

「まあそりゃそうだわな……結論から言って、てめぇは俺に敵意とかは持ってない、と思っていいんだな?」

 

「勿論ですよ。だって……理由がありませんしね」

 

「そうかよ……」

 

ジェネシスはそう言って一旦区切り、

 

「んじゃもう一つ質問だ。俺に興味があるとか言ってたが……てめぇ、俺の事どこまで知ってる?」

 

「どこまで?う〜ん……そうですね。貴方の事は、結構前から見ていたので、割と知っていますよ?」

 

「結構前って、いつからだ?」

 

「七十五層のボスを倒した時から」

 

「何……?」

 

サクラの言葉にジェネシスは目を見開いた。

あの時、七十五層のボス戦に彼女のようなプレイヤーは間違いなくいなかった。

 

「(いや、俺の索敵を掻い潜れる程の隠蔽スキルを持ってるやつだ……ボス戦の影から見てた可能性も無くはねえか……)」

 

ジェネシスはそこまで考えると、

 

「なら、これが最後の質問だ……ずばりてめぇは何者だ?」

 

「ん?それって、私のことをもっと知りたい、と言うことでしょうか?」

 

そう言うとサクラは「うふふ」と口元に手を当てて悪戯な笑みを浮かべ、

 

「貴方って、結構積極的な方なのですね」

 

「うっせ。いいから答えろ」

 

「いいえ、貴方の質問はここまで。もし答えが欲しいのであれば、この後私と付き合ってくださいな」

 

だがサクラは底知れない微笑を浮かべたままジェネシスにそう言ってのけた。

ジェネシスはそれを聞きため息をつき、

 

「はあ……仕方ねえ。なら今回は諦めるわ。続きはまた今度会った時にするぜ。俺はこの後迷宮区に行かなきゃならねぇんでな」

 

「迷宮区に行かれるのですか?ああ、そうだ!

どうせなら、私もご一緒させてくだいませんか?」

 

するとサクラは両手をポンと叩き、ジェネシスにそう提案する。

 

「は?いきなり何言い出すんだお前。ふざけてんのか?」

 

「まさか。寧ろ大真面目ですよ。私は貴方に興味があって、貴方も私の事を知りたがってる……なら、これから共に攻略すれば、互いの目的は達成されると思いませんか?」

 

「確かに一理ある。だが迷宮区に行くのならテメェの命がかかるんだぞ?

まあ、万が一の時は守ってやらんでもねぇが……てめぇの命の保証は出来ねえぜ?」

 

「心配には及びませんよ?だって、私……こう見えて強いですから」

 

サクラは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

 

「大丈夫です。足手纏いにはならないと約束しますよ?」

 

自信満々な表情で言うサクラに対し、ジェネシスはもう何も言えなくなり、嘆息して振り返ると歩き出した。

 

「……分かった。そこまで言うならもう何も言わねえ。好きにしろ」

 

「えへっ、やった♪では、少しの間宜しくお願いしますね」

 

サクラはステップを踏みながらジェネシスの隣に立つとそのまま並んで進み始めた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

〜迷宮区〜

 

薄暗い黒曜石の煉瓦造りの道を、ジェネシスとサクラは進んでいく。

だが淡々と歩くジェネシスに対して、サクラは楽しそうに鼻唄を口ずさみながらくるくると回ったり小刻みにステップを踏んだりと、踊りながら優雅に進んでいく。

 

「お前……さっきから何やってんの?」

 

「これは《舞踏スキル》ですよ。興味があったので取ってみたんです」

 

サクラはそう答えると尚も軽いステップを踏んでいく。

 

「《舞踏スキル》……そんなもんがあったんだな。

けどまさか、それだけだなんて言うつもりはねえよな?」

 

「もう〜、心配性なんだから。大丈夫ですよ、必ずお役に立ちますから……おや、どうやら早速、来たみたいですね」

 

サクラはステップを止めると前方を見つめながら言った。

ジェネシスが視線を移すと、目の前には三、四体のモンスターがいた。

 

「おいおい、結構いやがんな」

 

ジェネシスは背中から大剣を引き抜き、構えた。

 

「そうですね。でも、やるしかないでしょうね」

 

サクラもジェネシスの隣に立って戦闘態勢に入る。

 

「ああ……って、お前武器は?」

 

「あ、大丈夫ですよ。私の武器は……これですから」

 

そう言ってサクラは自身の両脚を指差した。

そしてサクラはその場から飛び出した。

数メートル程走ると、サクラは左足でジャンプしそのまま右膝突き出して先頭のモンスターの顔面に飛び膝蹴りを喰らわせる。

そのまま右足で着地すると、彼女の左後方からやってきたモンスターに対し着地の右足を軸に反時計回りで左足の踵で蹴りを放つ。そしてその勢いのまま左足を地面につけるとそのまま体ごと横に倒して側転、更にその勢いで前方宙返りをし、その先にいるモンスターの脳天にサクラの右踵を直撃させた。

 

「お前……その動きは……?」

 

サクラが見せるこのアクロバティックな動きに思わず見惚れていたジェネシスはそう尋ねた。

 

「ああ、これはエクストリームマーシャルアーツと呼ばれる技ですよ」

 

エクストリーム・マーシャルアーツ。本来は実戦ではなくその型の美しさを競う競技なのだが、どうやらこの世界では体術スキルの派生技として存在しているらしい。

 

「そして、《舞踏スキル》をマスターする事で出現したスキル……《クライム・バレエ》です!」

 

サクラはそう叫ぶと共に右足でモンスターを蹴り飛ばす。その衝撃でモンスターは数メートル吹き飛ばされる。

 

「……へっ、上等じゃねえか!」

 

ジェネシスは不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、大剣を肩に担いで自身もモンスターの群れに突っ込んでいった。

サクラはその後もアクロバティックかつ華麗な動きでモンスターの攻撃を交わしながら蹴り技を叩き込んでいく。

左足で飛び上がると、体を地面と平行になるように横向きにし体を回転させ、そのまま横回転の勢いで右足をモンスターの頭に叩き込む。 

だが着地のタイミングを見計らったモンスターの一体が、両手剣をサクラに目掛けて横薙ぎに振るう。

しかしサクラはその攻撃に対し、右足を大きく後ろから前方に振り子のように回し、その勢いに合わせて左足で後ろに飛ぶ。するとサクラの身体はその場で宙返りし、その回転に合わせて剣がそこを通過した。

 

「うふふ、残念でしたね」

 

するとサクラの右足が紫色の光を放ち始めた。スキル発動の合図だ。

そしてサクラは紫に輝く右足を敵の横腹に叩き込む。鈍い音が響き、モンスターは横腹を抑えて蹲った。

 

「あら、そんな事してると……いい的ですよ?」

 

サクラは微笑を浮かべたままモンスターに向かってそう言うと、先ほどの右足を後ろまで持ってきてモンスターに背中を向ける。そして左足でジャンプして後方に宙返りすると、

 

「はぁっ!」

 

そのまま右足の爪先でモンスターの脳天を打った。

《クライム・バレエ》二連撃スキル

《ジゼル・シュナイデン》

モンスターはサクラの攻撃によってその身をガラス片に変えて消滅した。

 

「さて、これであと少しですね」

 

サクラはそう呟きながら後ろを振り返ると、最後の一体が彼女に向けて剣を振りかぶっていた。

だがサクラはその場から動かない。いや、動く必要がないのだ。なぜなら……

 

「おらぁ!!」

 

ジェネシスがそのモンスターに向けて大剣を横薙ぎし吹き飛ばしたからだ。

そして間髪入れずに、ジェネシスの大剣が赤黒い光を放ち始める。

暗黒剣ソードスキル《ヘイル・ストライク》

 

左右の斜め方向から振り下ろされる斬撃を受け、モンスターはその身をガラス片に変えた。

 

「はぁ……なんとか片付いたな」

 

ジェネシスは大剣を左右に振り払うと、そのまま背中の鞘に収めた。

 

「お疲れ様です。それで、どうでしたか?私の実力は」

 

「そうだなぁ……悪くねえ、とだけ言っとくわ」

 

「えへへ、やった♪」

 

サクラはジェネシスの言葉を聞くとその場で嬉しそうに跳ねた。

 

「しっかし、思ったよりHP削られちまったな……いや、暗黒剣の特性を使いすぎちまったのもあるか」

 

「今どのくらい残ってるんですか?」

 

「イエローゾーンの一歩手前、ってとこだな」

 

「そんな!今すぐ回復しないと……」

 

サクラはジェネシスはHP残量を聞くと血相を変えて駆け寄った。

 

「いやいいって。グリーンのうちはまだ平気だ。それにポーションだって無限じゃねえんだ、一々使ってられねえよ」

 

「なら、私がなんとかします」

 

するとサクラは、ジェネシスの胴体に右手をそっと添える。

するとサクラの右手がピンクに輝く。その直後、ジェネシスは身体の疲労やダメージが消されていく感覚に襲われ、そしてイエローゾーンギリギリだったHPが一気に満タンまで回復する。

 

「なっ……!」

 

ジェネシスは驚愕のあまり目を見開いた。

無理もない。この世界ではHPを回復する手段はポーションや結晶といったアイテムに頼るか、自身のバトルヒーリングスキルに頼る以外ない。しかしポーションは即座に回復するわけではなく、結晶もそう簡単に手に入らないレアアイテムである。それにバトルヒーリングスキルも安心できるほど回復量があるわけでもない。

だが今サクラが見せたような“人のHPを一気に満タンまで回復させるスキル”など見たことなど無かった。

 

「うふふ。驚きましたか?」

 

サクラは悪戯が成功した時の子供のように楽しそうな笑顔を浮かべて尋ねた。

 

「おめぇ……一体何しやがった?」

 

ジェネシスは驚愕の表情のままそう聞き返す。

 

「これは私だけに与えられた、人を癒す力。

その名も……《ヒーリング・グレイル(癒しの聖杯)》です」

 

サクラは未だにピンクの淡い光を放つ右手をチラつかせながら得意げに言った。

 

「ヒーリング・グレイル……新手のユニークスキルか……」

 

ジェネシスは情報屋のスキルリストを開きスクロールしながら《ヒーリング・グレイル》と言う名前を探すが見つからなかった。

 

「ええ、これが私の全部です。

……それで、どうですか?私、結構役に立つでしょう?」

 

サクラは両手を後ろに組んで、ジェネシスの顔を覗き込むような体勢で尋ねた。

 

「ああ、てめぇの実力はよーく分かった。とりあえずこの後も攻略を進めたいんだが……行けそうか?」

 

「勿論ですよ♪私がいる限り……貴方のHPがイエローゾーンに入る事は無いと保証します」

 

「そりゃ心強えな。んじゃ、攻略再開といくか」

 

「おー!」

 

そして二人はその後も迷宮区攻略を進め、ついにボス部屋を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区からアークソフィアの街に戻った二人は、すっかり暗くなった街を歩く。

 

「そんで、おめぇはこの街に宿とかとってんのか?」

 

「宿ですか?いいえ、まだとってないですね」

 

「おいおい、休む拠点も無いのかよ……んじゃ一緒に探してやっから、大人しく着いてこいよ」

 

「え?ジェネシスさんと同じ宿じゃダメですか?」

 

するとサクラは目を丸くして尋ねる。ジェネシスは思わず足を止めて言った。

 

「俺と?あそこはもう結構人がいんぞ?まあ結構大きめの宿だから部屋はまだ空いてるだろうが……」

 

「じゃあそこがいいです」

 

「マジで……」

 

ジェネシスは困惑の表情を浮かべた。

別に彼女が嫌いだとかそんな理由では勿論無い。だがジェネシスが恐れたのはティア達の反応だ。

『また女の子を引っ掛けてきたのか』そう言われる未来が鮮明に見えた。

しかしそれはあくまで自分の都合であり、それを理由にここでダメだと断るのは違う気がした。

 

「(まあ、ちゃんとこいつの事を説明したらなんだかんだで納得してくれんだろ。事実コイツのスキルはハッキリ言ってかなり強力だ)

わかった。案内してやるからちゃんとついて来いよ」

 

「本当ですか?やった♪」

 

そしてサクラはジェネシスの後を、例の舞踏スキルによる軽やかなステップを踏みながら楽しそうについて行く。

 

 

一方場所が変わってこちらはキリト達が普段寝泊まりしている宿の食堂。

今、ここの空気はいつになくギスギスしていた。

アスナ、ティアをはじめとした少女達が一同に同じテーブルに腰掛け、目の前の料理などに手をつける事なく同じ方向を見ていた。その視線の先にあるのは……

 

「ねえねえキリト、この店で一番美味しいメニューって何なの?」

 

「えぇ?この店でおすすめのやつ……そ、そうだな……な、何だろうなぁ〜……」

 

「アタシ、この店のいろんな料理を食べてみたいな〜!」

 

「わ、分かったからそんなに寄るな!座りにくいって!!」

 

向かい合って座る1組の男女。

一人は黒のロングコートを着た少年、キリト。その隣に座るのは、彼女達は名前も知らない紫の少女。

 

「……で、あれはなに?」

 

重苦しい空気の中、リズベットが引きつった顔で切り出す。

 

「なにって言われても……」

 

アスナは御機嫌斜めな様子で答えた。

 

「アスナさんも知らない人なんですか?」

 

「うん……一緒にいるのは見た事があるけど……」

 

シリカの問いにアスナは頷いて答える。

 

「NPC…じゃ無いよねあれは……新しく下の階層から来たとかそう言う人かな?」

 

「それにしては随分仲が良さそうですよね」

 

サチが疑問符を浮かべながら呟き、ハヅキもまた訳がわからないという様子で答える。

するとその直後……

 

「うわっ?!あの人、キリトくんの膝の上に座った……!!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!何なのよ一体?!」

 

思わぬ事態にリーファが目を丸くして叫び、リズベットも慌てた様子で言った。

 

「ふふ…うふふ……なんだかとっても仲良しさんみたいねぇ?」

 

するとアスナが不気味な笑顔を浮かべてそう言った。

 

「ちょ、アスナさん落ち着いて!顔が全く笑って無いですよ!!」

 

そんなアスナを見て、サツキが慌てて彼女を宥める。

 

「あたし、ちょっと行ってきます!あれはもう放置していいレベルじゃ無いよ!!」

 

リーファが憤った様子で立ち上がって言った。

 

「あー…その、何だ。俺の膝の上なら、いつでも空いてますよ〜?なんて」

 

クラインが戯けた口調で言うと、

 

「……アンタはその辺の観葉植物の植木鉢でも乗せておきなさいよ」

 

シノンがジト目で辛辣な口調でクラインに言った。

 

「ひっでえ……ちょっとした冗談じゃねえか」

 

クラインは肩を竦めながらそう呟いた。

 

「それじゃ、どういう事なのか本人の口から聞きましょうか」

 

そして少女達はキリトの方へと歩き出す。

 

「キリト、ちょっといい?」

 

「や、やあ皆さんお揃いで……」

 

険しい表情で寄ってきたリズベットに対し、キリトは引きつった笑顔を浮かべながら右手を振った。

 

「皆さんどうも♪」

 

するとキリトの膝の上に座る女性も人当たりの良さそうな笑顔で手を振った。

 

「キリトくん、その人は……?」

 

「あ、ああ……彼女は《ストレア》。街で何度か会って知り合いになって……」

 

リーファの問いに対しキリトは気まずそうに答える。

 

「えっと、じゃあ一つ聞くけどストレアさん……あんたはキリトとどういう関係?」

 

「キリトとは〜……とっても仲良しな関係♪」

 

若干怒り心頭気味のリズベットに対し、ストレアは全く表情を崩す事なく対応した。

 

「な、仲良しな関係だったら膝の上に座ってもいいって言うの?!」

 

「こ、これは店が混んできたから他の人に席を譲ろうって事になって、そしたら何故かこんなことに……」

 

キリトは慌てた様子で早口口調になって答える。

 

「なるほど〜、紹介ありがとうねキリトくん」

 

するとアスナが満面の笑みを浮かべながらキリトにそう言った。その笑みから何か不吉な予感を感じたキリトは

 

「あ、アスナさん……?」

 

と問いかける。

 

「それとキリトくん。後で私の部屋に来てくれる?」

 

「え?アスナそれって……」

 

「来 て く れ る ?」

 

アッハイ

 

キリトはアスナから発せられるプレッシャーに圧倒されて萎縮した。

 

「あはは……キリトさんも大変ですね」

 

その光景をずっと座りながら見ていたシリカは苦笑しながら呟いた。

 

「まあ、あんなの見せられたらね……私もジェネシスが知らない女の人とあんな事してたら、ちょっと妬いちゃうかな」

 

シリカの呟きに対し、サチは頷きながら答えた。

 

「サチ、その台詞はティアが一番言うべきなんじゃない?」

 

シノンがサチの言葉を聞いて頬杖を吐きながらそう言った。

 

「あはは、たしかに……ところでティアさん、さっきからずっと黙ってますけどどうかしましたか?」

 

するとサツキが、ここまでずっと沈黙を貫いていたティアの様子を不思議に思い問いかけた。

 

「いや、大丈夫だ。ただ……ちょっと胸騒ぎがしてな……」

 

ティアは目を伏せながら答えると、目の前のコーヒーをゆっくりと啜った。

すると宿屋の扉が開かれ、中に二人の人物が帰ってくる。

 

「うーい、帰ったぞー」

 

入って来たのはジェネシス。

 

「あ、お帰りなさいジェネシスさん!」

 

シリカが笑顔でジェネシスを出迎える。すると……

 

「お邪魔しまーす♪」

 

「…………え?」

 

その瞬間、シリカの表情が固まった。否、その場の時間が止まった。

入って来たのは彼女達の知らない紫の少女。

サチやサツキ、ハヅキは目を丸くして彼女を見つめ、ティアは思わず右手でこめかみを抑えた。

 

「えっと、ジェネシスさん……その方は?」

 

ハヅキは紫の少女を指差しながら問いかける。

 

「あー、コイツはな……」

 

「皆さんはじめまして。私は《サクラ》と言います」

 

ジェネシスが皆に紹介する前にサクラが自ら名乗り出た。

 

「あ、ああ…よろしく。それでサクラさん。何故ジェネシスさんと一緒にいるんですか?」

 

「それはですね、私の方から頼んだんです」

 

「頼んだ?どうして?」

 

サクラの答えにサチが疑問符を浮かべた。

 

「私、ずっと皆さんのお役に立ちたいなと思っていまして……ちょうど良いところに、攻略組最強の一角であるジェネシスさんの姿が見えたので、私の実力を見てもらうために一緒に迷宮区攻略に出てもらったんです」

 

「そうか……で、彼女の実力というのはお前から見てどうだったんだ、ジェネシス?」

 

するとティアが顔を上げてジェネシスに問いかけた。

 

「はっきり言って……文句なし、だな。

いやそんなレベルじゃねえ……コイツは間違いなく、俺たちの《切り札》になり得る存在だ」

 

「ほう……?」

 

キッパリと答えたジェネシスに対し、ティアはすうっと目を細めた。

 

「それは興味深いわね。是非聞かせてもらえるかしら?」

 

すると話を聞きつけたアスナ達がぞろぞろとやって来た。

 

「よ、ようジェネシス……お前もなんか連れてきたみたいだな」

 

キリトがサクラの方を見て苦笑しながらジェネシスに対して言った。

 

「俺はてめぇみたいにナンパして連れてきたわけじゃねえよ」

 

「俺だってナンパじゃねえよ!」

 

「どうだか」

 

「まあまあ……それで、こっちの……ええと、サクラさんだっけ?この人の実力がどんな感じだったのか、その辺を詳しく教えてくれるかしら?」

 

揉めはじめたキリトとジェネシスを宥め、アスナがサクラの方を見てそう切り出す。

 

「ええ、構いませんよ。

私のスキルは……皆さんのHPを回復させる力です」

 

「なっ……?!」

 

サクラがそう告げると、ジェネシス以外の皆は一斉に目を見開いた。

 

「HPを回復させる…ですって?!ちょっとちょっと!それ凄いスキルじゃない!!」

 

リズベットが大慌てで捲し立てる。

 

「その、HPを回復させるのは……無制限に、なのか?」

 

「ええ勿論。私がいる限り、皆さんが死ぬことは絶対に有り得ません」

 

キリトがそう尋ねると、サクラは自信満々の表情で頷いた。

 

「コイツの言ってる事は事実だ。俺はコイツとさっきまで迷宮区にいたが、HPは常に満タンの状態だった。サクラのスキル……《ヒーリング・グレイル》によってな。

お陰さんで思う存分戦えたし、オマケにボス部屋まで見つけてきた」

 

「え、嘘でしょう?!もうボス部屋を見つけてきたって言うの?!」

 

アスナが驚愕で目を見開いて叫んだ。

ジェネシス達攻略神が七十六層にやって来てから二ヶ月近くが経過していたが、迷宮区攻略は今までに比べてかなり難航していた。

まず一つ目が、人員不足。七十五層ボス戦では十四人が犠牲となり、この時点で戦える人数は総勢16名。その後、勇敢なプレイヤーや間違えて来た者達も七十六層にやって来たが、その中でも最前線の迷宮区で戦えるプレイヤーはほんの一握りであった。

二つ目が、ヒースクリフの消失。最強ギルド《血盟騎士団》の団長にして、攻略組の中でもトップレベルに位置する彼は、ユニークスキルである《神聖剣》による実力や持ち前のカリスマ性も相まって、これまで攻略組の面々の精神的支柱であった。しかしその正体は七十五層で発覚。そして彼はジェネシスによって討たれ、消滅した。彼の消失は攻略組にとっても大きな損失と言えた。

そして三つ目が、これらの要素によるモチベーションの低下。戦闘意欲の低下は必然的に攻略スピードをかなり難航させる。

 

それでも彼らは諦めずに攻略を続けたのだが、ボス部屋は二ヶ月も経って未だに見つからなかった。

だがそれを、一人の少女の力だけで半日で見つけ出してしまったのだ。驚くなと言う方が無理な話だ。

 

「まさかいきなりボスの部屋が見つかるなんてね……」

 

「それで、どうするの?《血盟騎士団》副団長さん?」

 

あまりに突然のことに冷や汗を流すアスナに対し、リズベットがアスナの肩に手を置いて尋ねる。

 

「ボス部屋の中は偵察したの?」

 

「そうしようと思ったんだが、七十五層のやつがあるからな……そこまではやってねえ。すまん」

 

アスナがそう尋ねると、ジェネシスは首を横に振った。

 

「いえ、いいの。ぶっつけ本番のボス戦なんて、今に始まったことじゃないしね……」

 

そこでアスナは一度目を伏せ、

 

「明日の正午に、攻略会議を開きます。場所はアークソフィア転移門広場で」

 

「りょーかい」

 

アスナの宣言に対し、ジェネシスが軽く返す。

場の空気はこれまでに無いほどの緊張感で覆われていた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回、ついに新キャラが出ました。その名も《サクラ》。
彼女の詳細についてはTwitterにて紹介したいと思います。
あと自分のTwitterでは、この小説の次回予告や様々な情報を載せていますので、一度覗いてみてください。


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二十九話 神速

どうも。先週FGOを始めてガシャを引いたらいきなり星四セイバーオルタが出てきてすごく興奮して小説の執筆が遅れたジャズでございます。
これから時間もあるので、出来るだけ早く執筆していきたいと思っております。

では、本編スタートです。


ジェネシスと新たに仲間に加わった謎多き少女・サクラの二人が遂に七十六層ボス部屋を見つけた翌日。

予定通り、血盟騎士団副団長のアスナが七十六層に滞在する攻略組に招集をかけ、アークソフィア転移門広場で会議が行われた。

……とは言え、今回のボスに関しては事前情報が無いため会議で話されたのは参加するメンバーとチーム分けの確認であった。特に今回が初のボス戦というメンバーがいるため、編成は慎重に行われた。

今回新たに加わったメンバーは、攻略組に近い実力を保持していたサチ・サツキ・ハヅキの3名と、キャラクターデータのコンバートで既に攻略組中トップクラスの力を持っている《星海坊主》ことミツザネ、そして先日飛び入りで加わった自称タンクが得意なストレアと、今回のボス戦で活躍が大いに期待されているヒーラーのサクラ。

総数20名弱という、あまりにも少ない人数であるが、それでも彼らは勇敢にボス戦に挑む覚悟を決め、いよいよ迷宮区に向けて足を進めた。

 

その道中。

 

実力は問題ないと判断されたとは言え、初めてのボス戦で緊張のあまり顔がかなり強張っているサチ。以前のような臆病な性格は改善されたとは言え、慣れない状態でその上命の危険性が飛躍的に高まるボス戦を前に平静でいろと言うのが無理な話だろう。そしてそれは、サツキとハヅキも同じようで、二人ともいつもの明るくも落ち着いた雰囲気は無く、少々表情が暗い。

 

「おい、なーにシケた面してんだてめーら」

 

そんな彼らに対し、ジェネシスが後ろから3人の頭をコツンと叩く。

3人は同時に後ろを振り向く。

 

「そんな気負わなくたっていいぜ。厄介なクォーターポイントはこの前の七十五層で最後だ。こっからは普通にやってりゃ理不尽に死ぬことはまずねえ。

だからてめぇらは……俺たちを信じていつも通りやりゃいいんだ」

 

「ジェネシス……うん、そうだね」

 

彼からの叱咤激励を受け、いつも通りの雰囲気に戻った3人。足取りも心なしか軽くなり、悠々と歩みを進めていく。

 

「一声かけただけであんな風に変わるとは……中々大した信頼じゃねえか」

 

その様子を後ろから眺めていたミツザネが感心したように口角を上げながら言った。

 

「……そう言うあんたは全然怖くなさそうだな」

 

「何言ってんだ。デスゲームとは言え、たかがフロアボスくれぇで一々ビビるか。潜ってきた修羅場が違ぇんだよこっちは」

 

「そうかよ。流石は天下の《星海坊主》さんだな」

 

ジト目で話しかけたエギルに対し、ミツザネは尚も不敵な笑みを浮かべたまま返したのでエギルは苦笑いを浮かべた。

まあ、新参者でありながらここまで落ち着いているのは、やはり彼の言う通り生きた年齢とそれだけの苦難を乗り越えてきたからこそであろう。

 

「と言うか、そもそもお前さんらこそ、年長者ならもっと率先して皆を引っ張っていくべきなんじゃねえのか?そうしなきゃ……ああいうガキに余計な重荷を背負わせることになるんだぜ?」

 

そう言うミツザネの視線の先にいるのは、今攻略組のメンバー達の先頭に立って進む栗色の長髪の少女、アスナ。

 

「高校生くらいの年齢とは思えねえほどの大した力量だ。そこは素直に称賛に値するが……されどそれを背負うには、まだまだ背中が小さすぎる。このままじゃあいつ、その重みに耐えきれずに……いつか崩れ落ちることになるぜ」

 

ミツザネの言葉に、エギルは何も言えなくなった。

一方当のアスナはと言うと、以前ミツザネから言われたことを思い返していた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

それは、アスナが七十六層のフィールドにてたった一人でレベリングをしていた時。

 

「精が出るな、嬢ちゃん」

 

ふと、自分の背後から野太い男性の声が響く。

振り向くと、そこにはグレーの民族服のような衣装に茶色のマントを身につけた壮年の男。自分の親友であるティアの実の父にして最強のプレイヤー、ミツザネ。

 

「ミツザネさん……」

 

「まあ、レベル上げを全力でやんのはいいことだが……近頃のお前さん、少々煮詰め過ぎじゃねぇか?」

 

ミツザネの言う通り、アスナはここ数日殆ど休む事なくフィールドやダンジョンに潜ってレベリングをしていたのだ。

アスナも自覚があるのか、彼の言葉を聞いて少し苦笑し、

 

「そうですね…少し根を詰め過ぎている感じはあるかも知れないです」

 

と返した。それに対してミツザネは

 

「分かってんなら少しは休んだらどうだい?」

 

「ありがとうございます。でも、そういう訳にはいかないんです……」

 

アスナの胸の内にあるのは、攻略組の主戦力たる血盟騎士団副団長としての責任。団長であるヒースクリフがいない今、実質的に攻略組のリーダーとなっているアスナには、彼らを導き何としてもこのゲームをクリアしなければならないという半ば呪縛にも似た信念があった。何より彼らのリーダーという事は必然的に彼らの命を背負うことでもある。ただでさえ人数の少ない現状、誰一人として欠けることも許されない。

それらの重圧を背負って尚、彼女が戦い続ける理由。それは……

 

「約束、したんです。キリトくんと必ず、現実世界に帰るって」

 

愛する彼、キリトとの約束。自分の命以外の何を賭けても守らなければならないもの。

 

「なるほど。お前さんがそこまでして戦う理由は、約束を守るため、って訳か。

なら、これ以上は言うだけ野暮ってやつだな」

 

ミツザネはそう言って背を翻し歩き出す。

 

「死なねえ程度に頑張るんだな。お前さんが死んじまえば、それこそ元も子もねぇぜ」

 

そう言い残しその場を後にするミツザネに対し、

 

「あの、ミツザネさん!」

 

そんな彼の背中に向け、アスナは彼の名を呼びその足を止めた。

 

「ミツザネさんは、どうしてそこまで強いのですか……?」

 

アスナの問いに対し、ミツザネは振り向いた後、後ろ頭をさすりながら思案する。

 

「何故、か……さて、何でだろうな。向こうじゃ何気なく自分を鍛えてたら、いつしか『最強』なんて呼ばれるようになった。そんで俺がここに来たのは、知っての通り他のゲームからコンバートしたもんだ。

ユニークスキルの《闘拳》にしたって、俺のスキルデータを見たカーディナルシステムが勝手に与えたもんだろう」

 

「でも、ミツザネさんは凄いですよ。この世界でトップクラスの実力を持つキリトくんとジェネシスの二人をあんな風に簡単に倒しちゃって……ここのモンスターだって、全然臆することなく倒しているし………

私にもユニークスキルがあれば、キリトくんやみんなを守れるのかな……?」

 

アスナは《アインクラッド四天王》の中で、未だ一人ユニークスキルを持っていない。それで劣等感を抱くとかそのような事は無かったのだが、それだけの強さを得る事が出来れば、もっと速く自分の目標を達成する事が出来るのではないかと思うと、少しだけ悔しく感じていた。

 

やや俯き加減で呟くアスナに対し、ミツザネはため息をついて彼女の肩に手をポンと置いて

 

「焦る必要はねえよ。お前さんは今のままでいい。あいつらだって、ユニークスキルが欲しくて鍛えていたんじゃねえだろう?俺だってそうだ。いつの間にか手に入れていたのが、ユニークスキルってもんだ」

 

彼の言葉に対し、アスナはハッと顔を上げた。

 

「それに……強さってのはそれだけが全てじゃねえだろう?お前さんには、あいつらにはねえもんを沢山持ってる。

今のあいつらに必要なのは、全員を引っ張れる統率力のある奴だ。それはお前さん以外にできる奴はいねえ。

だから、今のままで十分だ。約束を果たしたいんなら、お前さんは自分にしか出来ない事、そしてお前さんの信念のままにやり続けろ」

 

「────っ、はい!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

─ナ、────スナ─────アスナ?」

 

不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、アスナはハッと顔をあげる。横を見ると、心配そうな表情で自身の顔を覗き込むキリトがいた。

 

「あ、ああキリトくん?!ごめん、何か話しかけてた?」

 

アスナは慌ててやや早口口調でキリトに答える。

 

「いや、凄く険しい顔してたから……やっぱり、緊張するのか?今回のボス戦」

 

「もちろん。寧ろ緊張しなかった時なんて無いくらい」

 

「あはは、そりゃそうだな」

 

アスナの答えに、キリトは軽く笑いながら言った。

その後、数秒間の沈黙を挟み、不意にキリトが切り出した。

 

「────必ず勝とうな、アスナ」

 

「────ええ、勿論よ」

 

二人は笑顔で頷き合いながらそう交わした。

 

─────どんな事があっても、キミだけは守って見せるから

 

そしてアスナは、キリトの顔を見つめながら心の中でそう念じた。

 

そんな彼らを後ろから生暖かい目で見つめる二人。

 

「相変わらずお熱いこったな〜あいつら」

 

ジェネシスが呆れた表情で言った。

 

「そうだね。でも……」

 

するとティアはジェネシスの左腕に組みつき、

 

「私達だって、負けてないよ?」

 

少し頬を赤らめて照れたような表情で、そして優しげな笑みを浮かべながら言った。

 

「……ったく」

 

ジェネシスはそんな彼女から視線を逸らし、彼もまたやや頬を赤らめて言った。

 

「ねーねー、すごく仲良いよねあの二人〜」

 

ジェネシスとティアの様子を後ろから眺めていたストレアは彼らを指差しながら隣を歩くサクラに向けて言った。

 

「仲睦まじい光景ですね」

 

サクラも頷きながら微笑を浮かべて返す。

 

「友達……とは違うよねあの二人って。キリトとアスナもそうだけど、あれってどう言う関係なのかな〜?」

 

「あれが愛情、というものなのでしょうね。人と言うのは、奥ゆかしい生き物です」

 

首を傾げながら言うストレアに対し、サクラは淡々とそう告げた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一行はいよいよ七十六層のボス部屋の前へ到着した。

ボス戦に挑むメンバーは皆最後のアイテムチェックを行ったり、何もせずに集中力を高めたりしていた。

 

やがて数分後、アスナが皆の前に立つ。

 

「皆さん、ここまで来たら私から言うことは一つです」

 

そこで一呼吸置き、

 

「……勝ちましょう。そして必ず、生きて帰りましょう!」

 

アスナの力強い言葉を受け、攻略組の面々は「おおぉぉぉーー!!!」と雄叫びを上げた。

 

アスナはそれらを見つめた後、振り返って巨大な扉の方を向く。

するとキリトがアスナの隣に立つ。

 

「アスナ。大丈夫だ、俺もついてる。君は必ず、俺が守るよ」

 

優しげな笑みと優しげな口調でキリトはそう言った。

 

「キリトくん……ありがとう。

私も、必ずキリトくんを守ってみせるよ」

 

二人は微笑みながら見つめあった後、真剣な表情に切り替えてボス部屋の扉に手を添えた。

すると重々しい音と共に、巨大な鋼鉄の扉が開いていく。

扉が開いていくと共に、その場の緊張感のボルテージも上がっていく。

ボス戦に挑むもの達は一斉に武器を構え、突撃準備を整える。

 

そしてついに、扉が完全に開かれた。

 

「総員─────突撃!!」

 

アスナがレイピアを掲げて号令をかける。

プレイヤー達は雄叫びを上げながら一斉にボス部屋へ飛び込んでいく。

 

そして部屋の中に──────ソレはいた。

 

球体状の体に巨大な瞳を持つそれは、さながら西洋の妖怪であるバックベアードを連想させる。

そしてその身体からは無数の触手が伸びており、その先端には凶悪な牙が剥き出しになった口がある。

 

The Ghastlyaze(ザ ガストレイズ)

 

ボスはプレイヤー達を視認した瞬間、体から生えた触手の頭から強烈な叫びを放つ。

 

「戦闘開始!!」

 

アスナの合図で、皆はボスへ飛びかかっていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ボス戦が始まってから一時間程度が経過した。

戦闘は犠牲も出さず何の問題もなく順調に進んでいた。

 

その理由として挙げられるのは大きく二つ。

一つ目はアスナの的確な指揮能力。

アスナはボスの攻撃パターンを瞬時に見極め、瞬時にメンバーの立ち位置などの状況を見て指示を飛ばし、安全に且つ確実にボスのHPを削り取っていく。

 

そしてもう一つは、強力な新戦力の加入。

先ずは下層から上がってきたサチ・サツキ・ハヅキの3人。

その中でも特筆すべきは、ハヅキの弓スキルだ。これまでには無かった遠距離武器。それによってボスに対して近付かずに確実にダメージを与えられる為、接近戦によってダメージを受けるリスクを減らす事ができる。

そして外の世界よりやってきた男、《星海坊主》ことミツザネ。歴戦の戦士たるミツザネはボスに対して全く臆することなく、その拳一つで絶大なダメージを与えており、攻略神の皆を支えていた。

そして今回より加わったストレアとサクラ。

ストレアは持ち前の両手剣のパワーによってボス戦のタンクを引き受けていた。

そしてサクラ。彼女の持つ回復スキル《ヒーリング・グレイル》はこのボス戦で確実に機能していた。

ボス戦は通常の戦闘と違い致命的なダメージを受けることが多い。回復は結晶を使うか、ポーションを飲む以外にない。

そこでサクラのスキルだ。リスク無しでHPを即座に満タンまで回復してくれる彼女の力は正に皆の希望だった。

 

これらの要素が合わさり、ボス戦は今までにない程順調に進んでいたのだ。

そしていよいよ、ボスのHPバーは最後の一本に到達した。

 

「パターン変わります!注意してください!!」

 

アスナの呼びかけにより、皆は更に緊張感を高めた。

その時、ガストレイズが再び雄叫びを上げ、触手の先端から幾つもの光を撒き散らした。それらはガストレイズを取り巻くように地面に着地すると、徐々に何かの形となっていく。

現れたのは、おおよそ人型と呼べる形状のモンスター。紫色の体色に腕の部分から4本の腕が生えており、その腕は鎌状になっていた。

その頭部には目や鼻などは無く、縦に開かれた口があるようだ。

名称は……《Lahmu(ラフム)

 

「な、なんだよこいつら……?!」

 

そのあまりにも不気味な見た目にクラインは思わずギョッとした顔で呟く。他のメンバー達もそのモンスターの凶悪な外見に圧倒された様子だった。

 

sz:@g(突撃)sz:@g(突撃)!』『pys4tedw@r(戦闘開始です)!』

 

突如無数のラフム達は人にはおよそ理解できない言語を発しながら一斉にプレイヤー達に襲いかかった。

 

一体のラフムが一人のプレイヤーを標的に定めて襲いかかる。

 

「ひっ……く、来るなあぁぁーー!!!」

 

男は怯えた表情でその場から思わず逃げ出してしまった。

しかしそんなかれに対し、ラフムは容赦なく飛びつく。

男に対して馬乗りになる形で飛びついたラフムはその鎌状の腕を勢いよく振り下ろす。

 

「うわあああぁぁぁーー!!!」

 

g@7fffffffffffffffffffff!!(ギャハハハハハハハハ)

 

悲鳴を上げる男。しかし尚もラフムは狂気的な笑い声のような鳴き声を上げながら鎌を振り、男を切り刻んでいく。

 

「おらああぁ!!」

 

その時、ジェネシスが大剣で男を襲っていたラフムを吹き飛ばした。

 

「大丈夫か?」

 

「す、済まない」

 

ジェネシスは右手を差し出し、男の手を掴んで引っ張り上げた。

そしてジェネシスは辺りを見渡しながら忌々しげに舌打ちする。

辺りは既に地獄絵図だった。突如ガストレイズによって召喚されたラフムの軍団によって戦況はとうに覆されてしまった。無論、たかがボスの取り巻き程度で簡単にやられるメンバーではない。

しかし何より腹正しいのは、そのラフムが奇怪な言葉や笑い声のような鳴き声を発しており、それはさながら殺戮を楽しんでいるように見えた事だ。

 

「クソったれが……!」

 

ジェネシスはそう毒づいた後、大剣を振りかざしてラフムの軍団へ飛び込んで行った。

現状ボスと戦うには、先ずはこのラフムの軍団をどうにかしなければまともに戦う事ができない。

しかしラフムの殺戮は続く。

所々でポリゴン片が舞い散るのが見える。そのポリゴン片の正体が何なのか、言うまでもないだろう。

ラフムの鎌によって切り裂かれ、引き裂かれていくプレイヤーは、無念の叫びを上げながら消えていく。この様な混戦状態では、サクラの回復スキルも意味をなさない。

 

「皆さん、伏せてください!!」

 

その時、ハヅキの声がフロア内に響く。

直後、一筋の矢がフロア上空に飛び、そして爆散し流星群の如く降り注ぐ。

弓スキル広範囲攻撃技《プラネタリウム・エクスプロージョン》

無数の光の玉がフロアのあちこちで落下し、所々でラフムを巻き添えに大爆発を起こす。

しかしこの技は、言ってしまえば無差別爆撃技だ。ラフムだけを狙って攻撃することはできない為、おそらく何名かのプレイヤーも巻き込まれる可能性もある。撃った本人のハヅキも苦渋の決断だっただろう。

とは言え、今の攻撃のお陰で半数以上のラフムを掃討する事が出来た。

 

uiuiejk(なになに今の?)?』

6md\〜e(おもしろ〜い)!』

 

すると今の攻撃を凌いだラフム達が一斉にハヅキを標的に定め彼女目掛けて走り出した。

 

「なっ…?!!」

 

予想外の彼らの行動にハヅキは思わず目を見開いた。

 

「ハヅキ!!」

 

それを見たサツキが彼女を庇うように前に立ち、双頭刃を思い切り投げた。

すると彼の双頭刃がオレンジの光を放って回転し始め、ブーメランのように飛びながら周囲のラフムを切り裂いていく。

 

「お兄ちゃん!」

 

「平気?」

 

嬉々とした表情のハヅキに対し、サツキは優しげな表情で振り向く。

だがその時だった。

 

「てめぇら伏せろおぉぉーー!!」

 

ジェネシスの叫び声が彼らの耳に届く。

直後サツキとハヅキ目掛けて一筋の巨大な光が飛来し、そして大爆発を起こす。

ガストレイズによる攻撃だ。

攻撃を受けたサツキとハヅキは大きく吹き飛ばされ、HPバーは共にレッドゾーンに達している。

 

「ぐっ……くそっ……!」

 

更に悪いことに、どうやら今の攻撃には状態異常効果も含まれていたらしく、サツキ達は麻痺状態に陥り起き上がる事が出来ない。

そんな彼らに対し、ラフム達はジワジワと距離を詰めていく。

 

「やらせないよ!!」

 

「そうは行きません!」

 

その時、二人の紫の少女達が数体のラフムを吹き飛ばす。

サツキ達の前に立ったのは、大剣を肩に担ぐストレアと紫の長髪をたなびかせるサクラだ。

サクラはサツキ達の方を振り向くと、右手を彼らの方に伸ばす。

 

「《フロウレスエナジー》」

 

サクラが静かにそう呟くと、ピンク色の粒子状の光がサクラの右掌から放たれ、サツキとハヅキを優しく包み込む。すると彼らのHPは一気に全快した。

 

「麻痺が解けるまで、お二人は必ずお守りします」

 

「安心してアタシ達に任せてね!」

 

彼女達はそう言うとラフム達に飛びかかっていった。

 

「おりゃあああああ!!!」

 

ストレアが豪快に大剣を振り回してラフムを吹き飛ばしていく傍らで、サクラはエクストリーム・マーシャルアーツによる身軽な動きで的確にラフムを撃破して行く。

 

左右から繰り出されるラフムの鎌を、首をやや傾ける事で避け、先ずは腰を低く落としてしゃがみ込み、そのまま右足を回してラフムの足を蹴り飛ばして体勢を崩す。そこへすかさず左足で蹴りを叩き込み、そのまま吹き飛ばされたラフムをストレアが勢いよく斬り飛ばす。

サクラとストレアは出会ってまだ日が浅いにもかかわらず、まるで長い間共に戦った仲間のように見事なコンビネーションで次々に撃破して行く。

そこへミツザネが援助に入る。得意の破壊力抜群の拳でラフム達はなす術もなくその身をガラス片に変えて行く。

ミツザネの驚異的な破壊力にラフム達は標的をミツザネに変え、直ちに周囲を取り囲む形で接近する。

それに対してミツザネは、右手の拳を頭上に掲げ、左手をそれに添える。すると彼の両手が黄色い電気のようなエネルギーを帯び始めた。

 

「ぬんっ!!」

 

そしてミツザネはその拳を勢いよく地面に叩きつけた。

するとミツザネを中心に電流が波状に広がっていき、そのエネルギー波でラフムは一気に爆散していった。

闘拳広範囲攻撃技《雷轟鉄槌》

ミツザネの攻撃によって漸く全てのラフムは掃討された。

 

「気を抜かないで!再び陣形を……」

 

アスナは落ち着いて皆に指示を飛ばす。

しかしその時だった。再びガストレイズから無数の光が放たれた。

そしてその光の中から再び、あの殺戮の悪魔が顕現した。

 

「おいおい……こいつは何の冗談だ……?」

 

エギルは目の前の光景に思わず唖然とした表情で呟く。

 

jq@jq@eh9(まだまた行くよ)!』

 

彼らの目の前には、再び無数のラフムの軍団。ラフムはその不気味な口から再び理解不能の言語を発し、その鎌状の4本足で走り出した。

 

「落ち着いて!先程と同じ手順で対応してください!

ハヅキちゃん、もう一度アレをお願い!!」

 

アスナの指示を受け、ハヅキは再び弓を構える。

しかし……

 

『g@7ffffffffffff!!』

 

ラフムの一体が奇怪な笑い声を上げた次の瞬間─────

 

「え?」

 

ハヅキの目の前にはラフムが迫っていた。

気がついたらハヅキはラフムに押し倒されていた。

 

「きゃあっ?!」

 

悲鳴を上げて倒れ込むハヅキ。抵抗できない彼女の胴体に、ラフムの鎌は無慈悲に振り下ろされる。

串刺しにされ、斬りつけられ、ハヅキの身体には痛々しい傷が増えて行く。

 

「ハヅキイィィィーーッ!!」

 

サツキが叫びながら双頭刃の刃でハヅキを襲っていたラフムを吹き飛ばす。満タンになっていたハヅキのHPはイエローゾーンまで減ってしまっている。

 

「お、お兄ちゃん……!!」

 

思わずハヅキはサツキに抱きついた。

 

「ハヅキ、無事でよかった……!」

 

サツキはハヅキを優しく撫でると、再び立ち上がってラフムの軍団を見据える。

 

「おい、こいつら……さっきまでと動きが違わねえか?」

 

ジェネシスがそう呟く。

 

「ああ……動きが速くなってる」

 

ティアがそれに対して頷きながら答える。

ジェネシスの言う通り、ラフムは先程召喚されたものに比べてかなり素早い動きをしていた。そのせいでプレイヤー達は対応が遅れ、再び形成が不利な状況となってしまった。

 

「兎に角距離を取って!出来るだけ一体に対して複数人で対応してください!!」

 

アスナが指示を飛ばし、自身もレイピアでラフムを攻撃する。 

細剣スキルでラフムの胴体を突き刺し、HPを削る。

 

『f7ef7e!』『6md\ーe!』

 

「アスナ!!」

 

するとアスナの背後から別のラフムが急接近し、キリトがそれを左右の剣で切り裂いた。

 

「キリトくん!」

 

「また来る!!」

 

再び別方向から二体のラフムが迫り、キリトは二刀流スキル《エンドリボルバー》でそれらを撃破した。

するとその直後。

 

3kh\ekz9e<(あの黒いの強いね)?』『p@yeyw@eb4(全員で行こう)

b4:@gted(攻撃開始)!』

 

「何?」

 

突如ラフムの軍団は先程のハヅキの時と同じくキリトを標的に定め、一斉にキリトに向かって飛びかかった。

 

「うわっ?!」

 

「キリトくん!!」

 

ラフムの軍団の群れに、キリトは一気に呑まれた。

左右の剣で応戦するものの、数が多すぎて数を減らすどころかこちらのHPが一気に減って行く。

 

「ヤロウ!!」

 

「キリトオォォーーーッ!!」

 

それを見たエギルとクライン、更にアスナも救援に走るが、その行く手をガストレイズが遠距離砲撃を放つ事で阻んだ。

 

「キリトくんっ!!!」

 

アスナは思わず悲痛な顔で彼の名を叫ぶ。

キリトは既に仰向けに倒されており、無数のラフムの鎌によって串刺しにされ、腕を引き裂かれ、足をもがれる。

 

「キリトくーーーんっ!!」

 

アスナはキリトを助けるため無我夢中で走った。

 

────させない

 

 

 

────キリトくんは絶対に死なせない!!

 

アスナはこのボス戦に来る前に交わした約束を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────キリトくんは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───Standing by───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────私が守る!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

───Complete────

 

その時、アスナの元に一通のシステムメッセージが表示されるが、それを無視してアスナは走った。

 

 

EXスキル《神速》発動

 

 

そのメッセージが消えるとともに、アスナのチェストアーマーや腕のガントレットが弾けとんだ。

そして、右上に10秒のカウントダウンが表示される。

 

《Start up》

 

その瞬間、アスナは消えた。

 

《Exceed Charge》

 

直後、キリトを襲っていたラフムの軍団の頭上に、無数の赤い円錐状のポインターが出現する。そのポインターには何か動きを拘束する効果があるのか、ポインターが出現した途端にラフムは動きを止めた。

 

「てやっ!」「はあっ!」「せいっ!」「やあっ!」「ふっ!!」

 

その直後、アスナの叫びと共にとてつもないスピードで次から次へとポインターがラフムを貫通して行く。その一撃を受けたラフムは瞬く間に消滅して行く。

同時に、フィールドに残った全てのラフムが次々に爆散して行く。そして最後の一体がガラス片となった時だった。

 

『3……2……1……』

 

アスナの視界の右上に現れていた10秒カウントがついにゼロとなった。

 

《Time out》

 

アスナはキリトの目の前で停止する。相当激しい動きをしたのか、アスナは両肩を大きく上下させながら呼吸している。

 

《Reformation》

 

その電子音声のような音が鳴ると、弾けとんだアスナの防具が再び出現した。

 

「ア……ス、ナ……?」

 

キリトは突然の事で訳がわからないと言う様子で、残った右腕で何とか起き上がって目の前のアスナを見遣る。

唖然としているのは皆も同じようで、場の空気は今停滞していた。

アスナはゆっくりとキリトの方を振り返ると、優しい笑みを浮かべ

 

「もう大丈夫。あとは私に任せて?」

 

そう告げると、再び振り返って歩き出す。

 

「あ、アスナ……今のは?」

 

ティアが戸惑った様子でアスナに問いかける。

それに対してアスナは何も言わずに、ボスを見据えて立ち止まる。

 

「サクラさん、ストレアさん。二人はキリトくんの介抱を。残りの全員は次のラフム達の対応をお願いします」

 

アスナは周りを見渡しながら落ち着き払った声で指示を飛ばした。

 

「えっ……そりゃいいが、ボスはどうするんだよ?」

 

クラインが疑問符を浮かべて尋ねる。

確かに、ラフム達の対応に追われているのではいつまで経ってもボスは倒せない。現にガストレイズのHPは未だ最後の一本から減っていない。

 

「問題ありません。ボスは……私がやります」

 

アスナの言葉に皆は目を見開いた。

 

「そ、そんな無茶です!幾らアスナさんでも、ボスを一人でやるなんて……」

 

「大丈夫。10秒で終わらせてきます」

 

ハヅキの言葉に対してアスナは不敵な笑みで返す。

そして細剣を構え、ゆっくりと腰を低く落とす。

 

「《トライアルタイム》」

 

すると再びアスナの視界の右上に10秒カウントが表示される。

そしてアスナはその場から勢いよく飛び出した。

先程と同じく常人では視認不可能な速さでアスナはフィールドを縦横無尽に駆け回る。

ガストレイズは触手の先端から無数の光線を放つが、極限まで加速されたアスナを捕らえることは出来ない。

 

その間、ガストレイズの触手が一本、また一本と切り落とされて行く。

そしてアスナはボスの全身にあらゆる方向から刺突攻撃を繰り出して行く。その剣撃は、神速のスキルによって極限まで加速されているため、さながらガトリングガンのようだった。

ガストレイズのHPは凄まじい勢いで減少していき、グリーンからイエローへ、イエローからレッドゾーンへと減っていき、遂にゼロとなった。

 

アスナはそれを確認すると攻撃をやめ、ゆっくりとボスに背を向ける。すると、アスナの10秒のカウントが停止する。

 

「9.8秒……それが貴方の絶望までのタイムよ」

 

アスナが静かにそう告げた後、彼女の背後でボスは勢いよく爆散した。

その直後、フィールド上に《Congratulations!》という文字が出現し、ここにようやくボス戦が終結したことを告げる。

 

プレイヤー達は皆一瞬固まっていたが、すぐさま歓声を上げて勝利を喜び合った。

アスナはそれらの声援の中、ゆっくりとキリトの方に歩み寄る。

 

「アスナ……」

 

キリトはゆっくり立ち上がってアスナをじっと見つめた。

ラフムによって切り刻まれた傷や腕などは既に元通りになっている。

 

「ありがとうアスナ。守ってくれて」

 

「ううん、大丈夫。約束したでしょ?キリトくんは私が守るって」

 

「はは、そうだったな……」

 

二人は微笑みながら見つめ合った後、ゆっくりと抱き合った。

 

「今回は完全にいいとこ持ってかれたな」

 

そんな二人を遠くから見つめていたジェネシスは、やれやれとため息をつきながら言った。

 

「ほんとですよ〜。せっかく私のスキルを存分に活用できると思ったのに」

 

「ぶーぶー!アタシの出番殆ど無かったじゃん!」

 

サクラとストレアも頷きながら、不満そうに頬を膨らませながら言った。

 

「まあまあ三人とも。

しかし《神速》か……これはまた、随分ととんでもないスキルが出てきたものだな」

 

ティアが3人を宥め、アスナの方に視線を戻して呟いた。

 

「んま、結果的に戦力のアップに繋がったんだからいいじゃねえか。今は細けぇことは置いといて、勝利の美酒に酔いしれようじゃねえか」

 

するとミツザネが満足げな笑みを浮かべながら言い、皆はそれに黙って同意した。

 

その後、七十六層アークソフィアで、アスナの新スキルについて色々騒ぎがあったのはまた別の話────

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

さて、FGOアニメを見ていた勢はあのトラウマが呼び起こされたのではないでしょうか?自分もラフムの描写はしんどかったですw
そしてアスナの新スキル。元ネタは仮面ライダーファイズアクセルと、仮面ライダーアクセルトライアルです。詳しくはTwitterにて。

お知らせ1。
とある読者の方のリクエストを受けて、次回はジェネシス・キリト・サツキくんの男子メンバーによる男子会となる予定です。大まかなストーリーとしては、まあ単純に男子同士で色んなこと(意味深)をぶっちゃけ合うお話になる予定です。

お知らせ2
この度、イセスマifの作者である咲野皐月様とコラボすることが決定致しました。ストーリーに関しては現在咲野氏と協議中です。恐らく男子会の次、つまり次々回になる予定となっています。どうぞお楽しみに。

では長くなりましたが今回はこれにて。
評価、感想などいつも通りお待ちしております。


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三十話 《幕間》「男子会じゃあああぁぁーーーー!!」byジェネシス

はい、記念すべき第三十話ですがタイトル通り男子会です。
ちょっとR-17.9要素あるかもです。


第七十六層ボス戦が覚醒したアスナの奮戦によって終結し、その日は皆でお祝い会が開かれた。

皆で豪華な料理を食べて大いに楽しんだ後、その会はお開きとなった。

だがこの祝賀会ムードに流されるのが若さ故と言うもの。年が近いティアやアスナ達は皆一つの部屋に纏まって女子会というものをする事になった。その部屋というのは、何故かジェネシスの部屋。と言ってもこの部屋はジェネシスとティアが共有しているので実質はジェネシス・ティアの部屋である。

他にも部屋はたくさんあるだろうによりによって何故自分の部屋を使うのか疑問だったジェネシスだったが、それを問う前に少女達は颯爽と部屋の方に行ってしまったので、仕方なく彼は一人宿の食堂でディナー後のデザートとコーヒーを謳歌していた。

すると……

 

「よう、珍しくぼっちなんだな」

 

普段の装備である黒のロングコートでは無く、黒生地のTシャツとスエットズボンというラフな格好のキリトがやって来た。

 

「ぼっちなのはテメェも一緒だろが」

 

「まあ確かに。けどお前も空いてるならちょうど良い。サツキも含めた俺たち3人で集まらないか?」

 

ジェネシスはキリトがやろうとしている事を即座に察した。

 

「男子会をやろう、ってか?」

 

キリトは頷く。

 

「ああ。七十六層に上がってからゆっくりする暇も無かったしな。サツキとも折角再開できたのに全然話せてないからさ」

 

それを聞いてジェネシスは残りわずかとなったコーヒーを一気に飲み干し、

 

「いいぜ。野郎だけでしか話せねえこともあるしな。こんな機会滅多になさそうだしよ。

何かつまみでも買ってくるわ」

 

「ああ、すまない。頼む」

 

そう言ってジェネシスは宿から出ると、夜風に煽られながら夜の街に繰り出した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜数十分後〜

 

「ここか……」

 

いつもジェネシス(とティア)が寝泊りしている部屋の二つ隣の扉。ここがキリトの部屋で、今晩男子会が開かれる場所だ。

ジェネシスはゆっくりドアをノックすると、中から「いいぞー」とキリトの声が響く。

 

ジェネシスがドアを開くと、部屋の中心に据えられたテーブルを囲うように置かれているソファーにキリトと先に来ていたらしいサツキが寛いでいた。

 

「あ、こんばんはジェネシスさん」

 

サツキがジェネシスの方にペコリと軽く会釈して言った。

 

「よう、先に来てたんだな」

 

ジェネシスは中に入り、キリトと向かい合う場所にあるソファーに腰掛ける。

 

「何か買って来たのか?」

 

キリトがジェネシスに尋ねると、ジェネシスはメニュー欄から2リットル分のペットボトルのような入れ物を取り出す。

中には真っ黒で小さい泡が幾つも立っている。

ジェネシスがその蓋を回すと、よく現実で聞く『プシュッ!』という音が部屋に響いた。

そして新たにオブジェクト化した三つのコップにその液体を注ぐと、『シュワ〜ッ』と言う音と共に茶色の泡が湧き上がる。

 

「なあジェネシス、これって……」

 

「コーラ?」

 

「のようなナニか」

 

そしてボトルのキャップをしっかり閉め、3人はコップを手に取る。

 

「そんじゃ行きますか」

 

「ああ」

 

そしてコップを高く掲げ……

 

「「「かんぱーーい」」」

 

3人同時にコップを打ち付けあい、早速飲み物を口にする。

口内に炭酸の泡が弾け飛ぶ感覚が走り、喉元を刺激する。

 

「っぷはー!」

 

「うめえ……!」

 

「完全にコーラだな」

 

飲み物の感想を各々口にする。

 

「まさかコーラをSAOの中で飲めるとは……」

 

「レイが言ってたんだが、こないだのシステムエラーのせいで本来なかった飲み物とかが解放されちまったらしいぜ」

 

「へぇ……他にどんなものが解放されたんですか?」

 

「酒らしい」

 

そしてジェネシスが買ってきたポテチやチョコレートと言った菓子を片手にコーラを飲んでいく。

 

「しっかし、こうして改めて見ると男って少ねえよな俺たちのメンツって」

 

不意にコーラを飲み干したジェネシスがそう溢す。

 

「それは俺も思ったよ。ただでさえ女性プレイヤーの少ないSAOで、よくもまあこんなに集まったもんだ」

 

「しかもみんな揃って綺麗な人とか可愛い子が多いですよね」

 

キリトとサツキも頷きながら返す。

 

「そういやおめぇにはいねえの?好きな人とか」

 

「あはは……残念ながら」

 

ジェネシスの問いにサツキは苦笑しながら返す。

 

「本当か?サツキみたいなやつにこそ集まりそうだけどな」

 

「まあ多分……ハヅキと一緒にいるからですかねえ……」

 

「そっか、ハヅキとは実の兄妹なんだよな?」

 

「はい。ハヅキに誘われる形でこの世界に来たんですよ」

 

キリトが妹持ちのサツキに何か通ずるものを感じたのか積極的に話しかける。

 

「サツキとハヅキっていい兄妹だよな〜」

 

「キリトさんも妹さんがいるんですよね?」

 

「ああ。リーファだよ。まさかSAOに来るとは思わなかったが……」

 

「お二人もいい仲じゃないですか。僕にはそう見えますよ?」

 

「まあ別に険悪だったわけじゃないんだけど……色々あって俺の方から距離をとっちゃってさ……」

 

「あぁ、そうなんですか……なら、これを機にリーファさんとの距離を縮めては如何ですか?」

 

「もちろんそのつもりさ。これまで兄貴らしいことを何もしてやれなかったからな……せめてこの世界では何かしらしてやるつもりさ」

 

キリトは確固たる意志を持ってそう告げた。

するとここまで(一人っ子のため妹の話題に乗れなかった)ジェネシスが口を開く。

 

「……お前らの妹ってさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どっちもお◯ぱいデカくね?

 

「「ブフォッ?!!」」

 

その瞬間キリトとサツキは同時にコーラを噴水のように吹き出した。

 

「な……い、いきなり何を言い出すんだお前?!」

 

「そ、そうですよ!!何でいきなり下ネタ発言ですか?!」

 

キリトとサツキはやや早口で捲し立てる。

 

「はあ?下ネタ?何バカなこと言ってんだ、おっ◯いは上にあるんだから下ネタじゃねえだろうが」

 

「「そう言う問題か(ですか)!!」」

 

あっけらかんと答えるジェネシスに二人は尚もつかみかかる勢いで叫ぶ。

 

「おい落ち着けって、どーせ男子会なんだから色々ぶっちゃけようぜ。

……んでそれよりお前ら何も感じねえの?可笑しいだろあの年であの大きさ。何カップあるんだよ」

 

キリトとサツキはやや頬を赤らめながら咳払いして元の位置に座り込むと、

 

「……ま、まあ確かに、俺もあんなに大きくなってるとは思わなかったよ。七十六層の森で再開したとき、真っ先にそれ指摘したらいきなりぶん殴られたし」

 

「ぼ、僕はずっと一緒だったからあまり気にしなかったけど………あ、でも言われてみれば確かに……その……お、大きいですよね」

 

「だろ?そのせいでシリカがいっつもお前らの妹を恨めしそうに見てやがるぜ」

 

それについてキリトとサツキにはどうすることも出来ないので一旦押し黙る。

するとキリトが

 

「そ、それを言い出したら、その……ティアだって凄そうじゃないか」

 

「え」

 

「あ…た、確かに!普段は気にして無かったけど、今思うと谷間の大きさが…!」

 

そしてジェネシスを含めた3人は改めて普段のティアの格好を思い返してみる。

胸元が開かれたV字ネック。そこに見える、大きなY字型の────

 

「ハイストップ!」

 

そこでジェネシスが両手をパンと打ち、二人のイマジネーションを中断させる。

 

「改めて思い返すと、ティアさんってすごくスタイルがいいですよね……」

 

「だろ?」

 

サツキの呟きに対し何故か得意げな顔のジェネシス。

 

「と言うか、お前はその全貌を全て知ってるんじゃないのか?」

 

「ブフォッ?!」

 

するとキリトの発言に今度はジェネシスがコーラの噴水を上げた。

 

「おまっ……それ聞くのか?!」

 

「さっきのお返しだ!男子会なんだろ?!」

 

「そうです!ここまで来たら、全部ぶっちゃけてください!!」

 

キリトとサツキは同時に詰め寄った。

ジェネシスは数秒間黙り込んでいたが、やがて迷いを晴らしたのか一つ咳払いを入れた後、

 

「……女神かと思った」

 

「……」

 

「……」

 

想像の斜め上をいくジェネシスの答えに絶句する二人。

しかし二人はここで冷静になって、自身のインスピレーションをフルに活用して想像する。

普段のティア。無駄な贅肉など全くなく、締まるところは締まり出るところは程よくふくよかな女性らしい丸びを帯びた、女性としてはまさに理想的な体型。そんな人物が一度脱げばどんなものが表れるのか……

 

「女神だ」

 

「正に美の女神ですね」

 

キリトとサツキは納得したように頷きながら言った。

 

「てかそれならキリトだって知ってんだろ?アスナの何からナニまでよ」

 

「なっ…そ、そこでアスナに来るのか?!」

 

「あ、あの……アスナさんはどんな感じだったんですか?」

 

突如アスナに振られて戸惑うキリトに対し、何故か興味津々のサツキが説明を促す。

キリトはしばし押し黙った後、ゆっくりと口を開く。

 

「ティアが女神なら……アスナは天使だな」

 

「あー」

 

「て、天使……」

 

キリトが答えた後しばし沈黙が走る。

 

「……話題を変えるか」

 

「そうだな」

 

「そうしましょう」

 

ジェネシスがそう切り出し、二人も同意する。

 

「じゃあ僕から質問したいんですけど……

お二人のティアさんとアスナさんの好きな点って何ですか?」

 

サツキの質問に対し、二人は「う〜ん…」と唸る。

 

「まあとりあえず言えるのは……優しい、ってことかな」

 

「それは同じだな」

 

キリトの答えにジェネシスは同意する。

 

「見た目も綺麗だし、さっきも言ったがスタイルもいい」

 

「ストイックだけどそれだけじゃないんだよな」

 

「凄く俺のことを支えてくれるよな」

 

「あとはやっぱ……」

 

「「料理上手」」

 

交互に、一つずつ自身の愛する人の好きな点を上げていき、最後は同時に同じことを口にした。

 

「正直俺には勿体無いくらいの人だよ」

 

「おいキリト、そりゃアスナに失礼ってもんだぜ。

まあしかし……色々レベルが高いのは事実だな」

 

「女子メンバーの中でもあのお二人はかなり女性としての魅力が高いですよね……まあ、ハヅキほどじゃありませんけれど」

 

「オイオイサツキ、おめぇはシスコン兄貴か?」

 

「そう言うアレじゃありませんよ。でも、ハヅキは最高の妹です」

 

「ハヅキちゃんはいい子なのは分かるよ。まあ、アスナやリーファ程じゃ無いけどな」

 

「はぁ……てめぇら何張り合ってんだよ。んなことするだけ無駄だぜ、ティアが一番いいに決まってんだからな」

 

「ジェネシスものが張り合ってるじゃ無いか」

 

「ばっか張り合ってなんかねーよ。ただティアこそ一番だと言う事実を言ってるまでだ」

 

「こんにゃろう……」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

男子達が部屋で己が愛する女が一番だと言い合っている最中、ドアに耳をピッタリとくっつけて中の様子を伺っている人影が三つあった。

 

ティアとアスナ、そしてハヅキだ。

3人とも顔はリンゴ…否、熟れたトマトのように真っ赤に染まっており、俯き加減でピクピクと体を震わせている。

 

「あ……あう……」

 

「も、もう……キリトくんたら……」

 

「よくもまああんな恥ずかしいことを……」

 

聞こえないように注意しつつ、3人はそれぞれ心境を呟く。

しかし堪らなくなったのかそれ以上聞くのをやめやや早足で部屋に戻っていった。

 

男子会はその後深夜まで行われた。

 




お読みいただきありがとうございます。

と言うわけで今回はとある読者の方のリクエストを受けて男子会でした。
男同士でしか言えないような内容を話せる友達って凄く大切ですよね。原作キリト君にはこう言う友達も必要なんじゃ無いかなーと思いました。

男子会なのにエギルやクライン達はどうしたって?
エ?ナンノコトカナー?

そして次回はいよいよ咲野皐月様とのコラボ会です。
どうぞお楽しみに。


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三十一話 ☆コラボ回前編〜withイセスマIF(作:咲野皐月氏)〜異世界からの使者

どうも皆さん、ジャズです。
予告していた通り、今回は咲野皐月氏の作品《異世界はスマートフォンとともにIF》とのコラボ回、その前編となります。


 

ここは、0と1の数字で構成されたVRMMOとは異なる、完全な異世界。

自然が織りなす景色が美しく、活気あふれる街の中心には大変豪壮な西洋風の城がそびえ立つ。

その一室。豪華な城の見た目とは裏腹に、かなり質素と言える部屋の中に、少年は一人ソファーで優雅な体制で座っていた。少年はただ一点を見つめている。その視線の先にあるのは、右手に握られた我々現代人にもお馴染みの電子機器、スマートフォン。

彼の名は《盛谷 颯樹》。とある事情により、いわゆる『異世界転生』というものを経てこの世界にやってきた人物だ。

 

しばらくすると彼の部屋のドアをノックする音が響く。

そしてドアが開かれ、一人の少女が姿を表す。金髪のロングヘアに翠色と碧色のオッドアイが特徴的な少女だ。

彼女の名は《ユミナ・エルネア・ベルファスト》。ベルファスト王国の王女であり、颯樹の婚約者でもある。

 

「颯樹さん、お時間ですよ」

 

「ああ、今行くよ」

 

颯樹はゆっくり立ち上がり、ユミナに促されながら部屋を出て、階段を降りる。

その先のロビーでは、すでに複数の少女達が彼を待っていた。

 

「待っていたでござるよ、颯樹殿」

 

和服の少女、《九重 八重》。

 

「遅いわよ!」

 

「おはようございます、颯樹さん」

 

銀髪ロングの少女と、同じく銀髪でショートの姉妹、《エルゼ・シルエスカ》と《リンゼ・シルエスカ》。

 

「やっとおいでになられたのですね、颯樹様」

 

薄めの緑色の髪の少女、《ルーシア・レア・レグルス》

 

「レディ達を待たせるなんて、男としてどうなの?颯樹くん」

 

やや不機嫌そうにいうのは、紅い長髪を後ろに束ねた少女、《アヤナ・カーディナリア》。

以上5名の少女達は皆、颯樹の婚約者の少女達だ。

 

颯樹は皆をゆっくり見回したあと、

 

「……よし、行こうかみんな!」

 

「「「「「おーー!!」」」」」

 

彼らは今からとあるクエストを受けに行く。

これから彼らを待ち受ける冒険はどのような物なのか、そんな期待を胸に、彼らはその扉を開け歩みを進めた。

 

「────?」

 

が、一歩足を進めたその瞬間、颯樹は突如として首を傾げて足を止めた。

何かがおかしいと感じた。違和感は体の内から発生していた。体調が悪いのかと言うとそうでは無い。何か……体内の魔力が乱れている感覚がしたのだ。

 

「颯樹さん、どうかされたのですか?」

 

ユミナが颯樹の様子に気づき、振り向いて尋ねる。

颯樹はそれに対して優しげな微笑を浮かべ、

 

「……大丈夫。何でもないよ」

 

と答える。

きっと気のせいだ、と彼は違和感についてそう片付けた。

今日もいつも通り、何の問題もなく進む筈……そう信じていた。

 

「颯樹くん、それじゃいつものアレ頼むわよ!」

 

アヤナが颯樹をそう急かす。

 

「わかった、ちょっと待っててくれ」

 

颯樹はそう言って右手を前に差し出す。

 

「《ゲート》!!」

 

これは任意の場所に転移できる便利な魔法。簡単に言うなら《どこでもドア》だ。

これで彼らの目的地へと行くことができる────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────が、今日の《ゲート》は何かがおかしかった。

いつもならオレンジの輪と共に目的地の景色がリング状に見る事が出来る。

しかし今日は、リングの向こうに景色が見えるどころか、リングの中はブラックホールのような禍々しい黒い渦が巻いている。

全員がその光景に絶句した。

 

「あの……颯樹殿、これは一体……」

 

「ぼ、僕にも何が何だか……」

 

その時だった。黒い渦から凄まじい暴風が発生し、彼らを引き込み始めたのだ。

 

「うわあぁぁーーっ!!」

 

「ちょ、ちょっと颯樹くんー!!」

 

「こ、これは一体何なのですかーー?!!」

 

「ぼ、僕が聞きたいよーーー!!」

 

そして彼らはなす術もなく渦へと吸い込まれ、そこから姿を消した。彼らを吸い込んだ渦はやがて消滅し、辺りは静寂が訪れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

場所は変わって、ここは0と1のデータで構成されたVRMMO《ソードアート・オンライン》の世界。

七十六層《アークソフィア》にある大きな宿屋のリビングで、ジェネシス達一行は歓談をしていた。

 

「……今日はホロウエリアにでも行くか」

 

「おっ、そりゃいいな」

 

ジェネシスの言葉にキリトが乗ったとばかりに言った。

そうと決まれば話は早い。早速彼らは立ち上がり移動を始めた。

 

「ちょっと待った」

 

すると彼らを引き止める者が現れた。

彼らの嫁、アスナとティアだ。

 

「私たちも行く」

 

「ホロウエリア見たいな危ない場所に、キリトくん達だけで行かせられないわ」

 

「な、大丈夫だよ。別に俺たちだけでも……」

 

キリトは彼女らの同行を遠慮する素振りを見せるが、

 

「ともかく!行くと言ったら行きます!」

 

「それに……挨拶しなきゃいけない奴もいるしな」

 

意見を曲げないアスナと、何故か闘争心剥き出しのティアがそう言った。

ここまで来たらどんなに拒否しようとアスナとティアはしがみ付いてでも付いてこようとするだろう。

 

キリトとジェネシスは観念して彼女達を連れてホロウエリアに行く為転移門へと足を運んだ。

転移する前に、以前そこで出会ったフィリアとツクヨに会う為連絡を入れ、いよいよホロウエリアへと向かう。

 

「うし、んじゃ行くか」

 

「ああ」

 

「「転移《ホロウエリア》」」

 

その瞬間、四人は青白い光に包まれ姿を消した。

 

彼らの視界に映るものが西洋風の街並みから一転し、プラネタリウムのような天井に様々な電子の文字列やデータが常々表示される場所に変わる。

 

「ここが、《ホロウエリア》…」

 

「そう。ここはその《管理区》だよ」

 

辺りを見回しながら呟くアスナに対し、後ろから少女の声が響く。

振り向くと、そこにはオレンジの髪に青いポンチョを身につけた少女と、長身でキセルを咥え金髪のショートヘアに和風の衣装で身を固めた女性が立っていた。

 

「フィリア!ツクヨ!」

 

キリトが彼女達の名を呼ぶ。

 

「フゥ…全く、こんな所に自ら飛び込んでくるとは呆れた奴らじゃのう」

 

ツクヨはキセルの煙を吐いたあとそう言った。

 

「済まない、ちょっと時間が空いちゃったな」

 

「ううん、全然平気。こっちはこっちでホロウエリアの事とか調べてたから……

本当に、来てくれたんだ」

 

「バッカ。ちゃんと来るつったろーが」

 

フィリアの呟きに対しジェネシスがややぶっきらぼうな口調で答える。

 

「うん……でも、来ないんじゃないかと思ってたけど……

あんた達って本当に」

 

「“お人好しでバカ”、だろう?」

 

「そこに“向こう見ず”と言うのも付け加えておこうかのう」

 

キリトの自嘲気味な言葉に対しツクヨが呆れたような、それでいてやや嬉しそうな口調で言った。

すると……

 

「……んんっ!えーっと盛り上がってる所悪いんだけど」

 

ここまで静観を貫いていたアスナがジト目で割り込んできた。

 

「あ、ごめん……えっとこちらは?」

 

「ああ、こっちはアスナ。俺の……」

 

ここでキリトは一瞬悩む。素直に“妻”と言うか、それともここでは伏せておくか。

一瞬の迷いの末、キリトは……

 

「……仲間だ」

 

と答える。

 

「こんにちは。キリトくんが助けてもらったそうで。ありがとうございました」

 

アスナは笑顔で、しかし彼女らしからぬ冷え切った口調でフィリアに言った。

 

「あ、うん……へえ、あんたの仲良しなんだ」

 

「ええ。仲良しというより……“家族”ですね」

 

アスナは“家族”という部分を強調してそう言った。

 

「お、おいアスナ……」

 

「何?私がキリトくんの奥さんだって言ったら何か都合の悪い事でも?」

 

慌てた様子のキリトに対しアスナは不機嫌そうにジト目で睨みながらキリトに答えた。

 

「あっちは大変そうだな……」

 

ジェネシスは彼らの様子を見てそう呟いた。

 

「随分と他人事だな」

 

すると彼の右手を掴みながらティアが彼の隣に立って言った。

 

「随分と仲が良さそうじゃのう。もしや主らも……」

 

ツクヨが彼らを見て何かを察したように言った。

 

「ああ、まぁ……こいつはティア。俺の仲m……痛えよなんだよティアって痛えって待て待て離せ手がミシミシ言ってるから分かった分かったから離してくれこいつは俺の嫁ですうぅぅーー!!」

 

“仲間だ”と言いかけたその時、ジェネシスの右手を掴むティアの手が一層力強く握られ、ジェネシスが“嫁”だと口にした瞬間再びその力は弱められた。

 

「存じておる。四天王が一人《白夜叉》のティアよ。

主らおしどり夫婦の噂はわっちの層まで届いておったぞ」

 

「ほう?知っていたのか。ならば私の言いたいことは分かるな?」

 

ツクヨはそんな彼らを微笑ましく見つめながら言い、ティアは目を細めながらツクヨのすぐ前まで歩み寄り、鋭い目つきでツクヨを見上げた(ツクヨの身長は170cm、ティアの身長は161cmの為必然的にティアが見上げる形になる)。

 

ツクヨは少し驚いた様子で目を見開きティアを見下ろしていたが、「フッ」と軽く笑うと

 

「安心するがいい。コイツとはそんな関係ではありんせん。

主の大事な男を取ったりすることは無いぞ」

 

諭すような口調でそう言った。

それを聞き、ティアは「なら良い」と振り向いてジェネシスの方に戻る。

しかし……

 

「それに、わっちがこんな男に惚れる事など、満に一つもありんせん」

 

その一言が余計だった。

 

……“こ ん な 男”、だと?

 

かなり怒気を孕んだ声でゆっくりと振り向く。

 

「なんじゃ?何かおかしな事でも言ったか?」

 

ツクヨは肩を竦めてティアにそう言うが……

 

「この人の何も知らん癖に……よくそんなことが言えるな。

この男は確かにぶっきらぼうで目つきが悪くて死んだような目をしてる男だがな……そんなでも多くの女がこの男に惚れて来たんだ。

お前もそうならんとは限らないんだぞ?」

 

低く唸るような声でいうティアにて対し、

 

「ふん、確かにわっちはこの男については何も知らん。

じゃがこんな男に惚れる事など満に一つもないと断言してやる」

 

「ほう?本当にそう言い切れるのか?」

 

「無論じゃ」

 

「……」

 

「……」

 

再び黙って睨み合う二人の女。その目と目の間で火花が散っているような険悪な空気が流れる。

 

「いや、何の言い合いしてんだお前ら……」

 

それを離れたところから呆れた顔で見つめながらジェネシスはそう呟いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「それで、主らは何か目的があってここに来たのか?」

 

数分後、一息ついてツクヨがジェネシス達に尋ねる。

 

「いや、特に目的とかがあってきたわけじゃ無いんだ。

何かレアアイテムとか面白そうなクエストがあったりしないかな〜って思って来たんだよ」

 

ツクヨの問いに対しキリトが後ろ頭をさすりながら答える。

 

「何じゃ。何の計画も目的も無しに来たというのか?ここは観光地などでは無いぞ」

 

ツクヨは彼の答えを聞きため息を吐きながらそう言った。

 

「…クエストなら、良いやつがあるよ」

 

するとフィリアが顎に手を当てながら言う。

 

「へえ、どんなものがあるの?」

 

「討伐系のクエスト。詳しくは知らないけど、剣の素材みたいなのが手に入るらしいよ」

 

「素材か……そりゃ面白そうだな。案内頼めるか?」

 

「苦労して見つけたクエストを易々と教えたくは無いんだけど……でも、どのみちツクヨさんが一緒でも難しそうなクエストだし、良いよ」

 

そして一行はフィリアにて連れられる形で歩き出した。

 

〜数十分後〜

 

鬱蒼とした森林の中を、6名の男女は進んでいく。

 

「この先が、目的の場所。もうすぐとあるモンスターが出るんだけど、それが出たら自動的にクエストが始まるわ」

 

フィリアの説明を受け、戦闘が始まることを察し各々気を引き締める。

するとその時だった。

 

彼らの通るすぐ近くの木々の中で『バチッ』と言う放電現象が起きる。

皆はモンスターの出現かと考え武器を引き抜き警戒態勢に入る。やがて放電現象は強まっていき、そして黒い渦が発生する。

しかし現れたのはモンスターなどではなかった。

 

「うわああぁぁぁぁーーー!!!」

 

悲鳴と共に出現したのは、複数の男女。

ドサドサッと音を立て、雪崩のように地面に倒れ込んだ。

 

「えっ、プレイヤー?!」

 

アスナが目を見開いて叫ぶ。

一人は黒のファーコートを身につけた少年。

 

「いたた……なんだった、ん、だ……?!」

 

少年が頭を上げて辺りを見回す。

 

「ん……?」

 

するとジェネシスが彼の顔を見た瞬間首を傾げて凝視し始めた。

 

「んん〜?」

 

「どうした?ジェネシス」

 

「いや、あいつ……サツキに似てねえか?」

 

そう言われてキリトは目の前の少年を見る。

 

「た、確かに……凄く似てるな」

 

キリトもそれに同意し頷く。

その少年の見た目は、彼らの仲間である双頭刃使いの少年とよく似ていた。

するとその声に気づいた少年ーー颯樹は顔をあげる。

 

「んなっ……(キ、キリト?!しかもその隣にいるのはアスナ!そしてホロウフラグメント編のメインキャラのフィリアまで?!)」

 

その瞬間、颯樹は目を見開いた。

 

「(知っている……僕はこの人達を知っている。そう、僕がまだ元の世界にいた時ちょうどアニメやらゲームやら様々な媒体で人気を博したライトノベル作品……そして今僕の目の前にいるのはその主人公……つまり今僕らがいるのは……)

SAOの世界か?!」

 

颯樹の叫びでその隣に倒れていたユミナが顔をあげる。

 

「ううん……颯樹さん、どうされたのですか?」

 

「……あっいや!……何でもない」

 

ユミナの問いに颯樹は慌てて首を横に振る。

 

「おいおいどうした?いきなりこんなとこにやってきて大事なもんでも飛んでったか?」

 

颯樹の様子を見たジェネシスがため息を吐きながら問う。

 

「……?!?!?!(あ、れぇ〜?!ジェネシス?!ジェネシスナンデ?!ホロリアの噛ませとか言われてた悪役じゃんか!!

しかもその隣にいるのはティア?!ホロリアの双子の女神の大人版?!)」

 

訳が分からず内心で騒ぎ立てる颯樹。

 

「(どうなってるんだ?何故彼らがここにいるんだ?……もしかしてここは俺の知ってるSAOの世界じゃない……?)」

 

「大丈夫かよコイツ……ホラ」

 

すると颯樹の様子を見かねたジェネシスが右手を差し出す。

 

「えっ……あ、どうも……」

 

颯樹は戸惑いつつもジェネシスの右手を掴み、それをジェネシスが引っ張り上げた。 

 

「あ、君達大丈夫か?もしかして君たちもアインクラッドの下層から来たのか?」

 

キリトが颯樹達にそう尋ねる。

 

「アインクラッド?いいえ、私たちはアストライア公国から……むぐっ」

 

「あーそうそう!ダンジョンを探索してたらいきなりこんな所に飛ばされてさ!」

 

「むむむ〜!」

 

正直に答えようとするユミナの口を颯樹が慌てて押さえた。

 

「ちょ、颯樹殿何を……」

 

突然の彼の行動に目を見開いて戸惑いの表情を浮かべる八重。

すると颯樹は全員の肩を掴んでジェネシス達から数歩離れる。

 

「ちょっと、何だって言うのよ颯樹くん」

 

怪訝な顔で颯樹の顔を見るアヤナ。

他の少女達も彼の行動の真意がわからないと言う様子だ。

 

「済まない、頼みがある。

簡潔に言うとここは僕らが元々いた世界とは違う世界だ」

 

「違う世界……異世界転移でもしたって言うの?」

 

エルゼの言葉に颯樹は頷き、

 

「ああ、原因は分からないけど……とりあえず彼らに僕らの事は通じない、寧ろ変に怪しまれて終わりだ」

 

「颯樹様はこの世界について、何か心当たりがあるのですか?」

 

ルーシアが首を傾げながら問いかけると、颯樹は黙って首を縦に振り、

 

「とりあえず、僕に適当に話を合わせてくれ。それでこの場をやり切ろう」

 

「分かりました。では、颯樹さんの言った通りに」

 

ユミナが颯樹の言葉に同意し、颯樹もそれを確認して元の位置に戻る。

 

「済まない、あまりに突然のこと過ぎて色々情報を整理してたんだ。

ここは……一体何処なんだい?」

 

颯樹は前世の知識からここについてはある程度知識はあるものの、敢えて何も知らない体を装った。

 

「ここは《ホロウエリア》と呼ばれておる。主らも大変じゃったのう。わっちらも突然ここに飛ばされてきた身じゃ」

 

「そ、そうなんですか……(やっぱり、僕の知るSAOじゃない。いや、見た事はあるけどそれは別の漫画作品で少なくともこんな人はSAO出てきてない)」

 

颯樹はツクヨを見て戸惑った様子を浮かべつつも、それを気づかせないよう平静を装って頷いた。

 

「俺は《キリト》だ。君たちの名前は?」

 

「僕は……《サツキ》です」

 

するとキリトの表情がピタッと固まった。

 

「ん?あの、どうかされました?」

 

「え?ああいや……君と同じ名前で似たような雰囲気のやつが俺の知り合いにいるからついな……」

 

「ヘ、へぇ〜、一度会ってみたいですね」

 

「やめとけ、そっくり過ぎて俺たちが区別つかなくなるから。

俺は《ジェネシス》だ。まあよろしく頼むぜ」

 

「ど、どうも……」

 

ジェネシスに対して颯樹はペコリと頭を下げる。

 

「私は《ティア》。まあ、仲良くしてやってくれ」

 

「はい、よろしくお願いします……(やっぱり、ホロリアのジェネシスとティアだ……ティアに関しては少し色々違う点があるけど……一体どうなってるんだ……)」

 

ティアから差し出された右手を颯樹は両手で掴み握手を交わしながらティアとジェネシスを交互に見た。

 

「私は《アスナ》。キリトくんの……奥さんです!」

 

「《フィリア》よ。まあ、ホロウエリアに飛ばされた者同士、気が合いそうだね」

 

「わっちは《ツクヨ》じゃ。一先ずよろしく頼むぞ」

 

「ど、どうも…(わあ〜…一人は違うけど紛れもなくSAOのキャラ達だ……何か、感慨深いな)」

 

アスナとフィリア、そしてキリト達といった者達との邂逅を経て内心感慨深く感じている颯樹。

 

「それで?君も私達の旦那と負けず劣らずの女誑しのようだが……とりあえず名前を聞いても良いか?」

 

ティアが颯樹の後ろに立つ少女達を見て尋ねる。

 

「あ、ああ……この子は」

 

「《ユミナ》と申します。以後お見知り置きを」

 

するとユミナは颯樹の意図を汲み本名ではなくファーストネームで名乗り、礼儀正しく会釈をした。

 

「拙者は……《ヤエ》でござる」

 

「あたしは《エルゼ》。こっちは妹の《リンゼ》よ」

 

「《ルーシア》と言う者です。宜しくお願い致しますわ」

 

「《アヤナ》よ。よろしくね」

 

すると少女達はユミナに倣って自身のファーストネームをプレイヤーネームにして名乗った。

 

「また随分と大所帯だね……」

 

アスナが苦笑いで呟く。

 

「君達は何層辺りで過ごしてたんだ?」

 

「ええっと〜……ろ、六十層辺り、かな〜?」

 

「六十層…結構上の方じゃないか」

 

颯樹の答えにティアが感心したように呟く。

 

「そっか。ダンジョンを探索してたら飛ばされたんだよな?」

 

「ええ。いつも通りに進んでいたら突然…」

 

キリトの問いにユミナが首を縦に振ってこたえる。

 

「(ユミナ……ナイスだ!)」

 

颯樹は彼の言う通りに話を合わせてくれたユミナにグッドサインを送る。

 

「それは大変だったな……でも安心してくれ。アインクラッドに戻れる転移門がある場所を知ってるんだ。案内するよ」

 

「ほ、本当か?!それはありがたいな〜(まあ、アストライア公国に戻れないと意味ないんだけどな……)」

 

颯樹は内心で肩を落とした。

 

「それじゃ付いてきてくれ」

 

そしてキリトは管理区を目指して歩き始める。

 

「あ、ああ〜待った!」

 

「ん?」

 

すると颯樹は彼を引き留めた。

 

「おいおいどうしたいきなり」

 

ジェネシスが颯樹の行動の真意がわからず尋ねる。

 

「みんなはこの後何をするんだ?」

 

「この後?普通にクエストを受けようと思ってるんだけど……」

 

「なら、僕らも一緒に行って良いかな?戻れる手段を教えてくれたお礼もしたいし、折角こうしてアインクラッドのトッププレイヤーと会えたんだから、少し戦い方とか学びたいな〜とか思ってさ(それに、向こうの世界に戻るための手間かかりも見つけたいし、何よりあのキリトと一緒に戦えるんだ、こんなチャンスは滅多にない!)」

 

颯樹の答えにキリト達は少し考え込む。

 

「大丈夫か……?」

 

「平気じゃね?六十層辺りにいたんなら簡単にやられる奴等じゃねえはずだし」

 

「ああ。それにここで会ったのも何かの縁だ。これで彼らが成長して最前線に来てくれたら戦力強化にも繋がる。それくらいの投資はしても良いだろう」

 

ジェネシスとティアは彼らの同行について賛同する。

 

「もう……また勝手に決めて」

 

「ま、死なない程度でやりなんし」

 

やや呆れた顔のフィリアとツクヨ。

 

「じゃあよろしくね、サツキくん、みんな!」

 

「はい!」

 

笑顔で言うアスナとそれに対して同じような笑顔で返す颯樹。

 

そしてジェネシス達は歩き出し、颯樹達一行もそれに続く。

 

「ちょっとどう言うつもりよ?」

 

エルゼが颯樹の耳元で尋ねる。

 

「彼らは一流の戦士達だ。彼らの戦い方は僕らの世界でも参考になる。

それに……向こうの世界に帰るための手がかりも見つけないと」

 

「なるほどね〜……ま、あんたがそう言うならそれに従うわ」

 

「ありがとう」

 

こうして、異世界からの使者達を引き連れた異色のグループは歩き出した。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回はイセスマIF組とSAO組との邂逅で終わってしまいましたが、次回はいよいよ本格的に攻略させます。
どうぞお楽しみに。


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三十二話 ★コラボ回中編〜メタルキングスライム〜

どうも皆さん、ジャズです。
お待たせしました、コラボ回中編です。


ジェネシス達と颯樹達は、ホロウエリアの森林を歩いていた。

 

「(そう言えばここって仮想世界なんだよな……どんなものなのかな〜ってずっと思ってたけど、本当に現実と遜色が無い。VRだって言われないと気付かないんじゃ無いか?)」

 

颯樹は初めてやって来たVRMMOの世界にある種の感動を憶えながら辺りを見回していた。

そしてどうやらそれは彼の仲間の少女達も同じ様で、皆物珍しそうな表情でキョロキョロと視線を動かしていた。

 

「……なあ、そんなに珍しいもんでもあるか?」

 

すると落ち着かない颯樹の様子を見たジェネシスが声をかけた。

 

「あ、ああ……何せ初めて来る場所だからな(色んな意味で)」

 

「まあ確かに、ここは他とは色々違うもんな(SAO内という意味で)」

 

そんな簡単なやりとりをした後、彼らは前を見て歩き出す。

すると目の前に数体のモンスターがポップした。

 

「おっと、早速戦闘開始だな」

 

キリトが背中から黒と翡翠の剣を抜き放ち、それに合わせてジェネシスが赤黒い大剣を、ティアが腰から銀の刀を、アスナが細く白く輝く細剣を、フィリアが鋭く銀色の光を放つソードブレイカーを、ツクヨが鈍色の光を反射する手裏剣と苦無を手の指の間に挟む形で構える。

 

「颯樹、ユミナ達も行けるか?」

 

キリトが彼らの方を振り返って尋ねる。

 

「ああ、勿論大丈夫」

 

そして颯樹は背中から二本の剣を引き抜こうとするが、

 

「(待てよ、ここでこの剣を抜くのは不味いかな……キリトに混乱させてしまうかもしれないし。

それに……SAOの世界で、この二つの剣はキリト以外が使うべきじゃ無いよな)」

 

そこで思いとどまり、颯樹は左腰から普段愛用しているガンブレード《ブリュンヒルド》を引き抜く。

しかしそれはどうやら剣の世界に合わせたのかやや形状が変わっていた。具体的なシルエットは変わらないが、刃の長さが長剣サイズまで伸びていたのだ。

 

「そう言えば当然この世界で銃は使えないよな……」

 

颯樹が少し形の変わったブリュンヒルドを見て小声で呟く。

するとその時だった。

 

「【風よ切り裂け、千の風刃、サイクロンエッジ】」

 

「【水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム】」

 

ユミナとリンゼが右手を伸ばし、魔法攻撃の詠唱を始めたのだ。

 

「(し か し な に も 起 こ ら な か っ た !

……なんて言ってる場合かーーーっ!!

しまったああぁぁーーーー!!!SAOじゃ魔法が使えないんだったあぁーー!!)」

 

ユミナとリンゼの行動に颯樹は思わず頭を抱え、ジェネシス達はキョトンとした表情で彼女らを見つめていた。

 

「いや、何をしているんだお前たちは……?」

 

ティアが怪訝な表情で尋ねる。

 

「あーーっ……と、今のはその……」

 

今のユミナ達の行動の真意をどう彼らに説明したものか悩む颯樹だったが、

 

「これは失礼しました。今のは忘れて下さい」

 

全てを察したユミナがペコリと頭を下げる。

ティア達は目を丸くしたままだったが、やがて「わかった」と頷くと前を向きモンスターへ斬り込んでいった。

颯樹は早足でユミナの元に駆け寄る。

 

「ゆ、ユミナ……もしかして気づいたの?」

 

「ええ。最初に来た時薄々感じてはいましたが、先程確信致しました。お見苦しい姿をお見せしてしまいましたね」

 

ユミナは頷き、少し申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

 

「……いや、いいんだよユミナ。それに、さっきの切り返しも凄かったね」

 

「勿論です。伊達に貴方のメインヒロインを張っている訳ではありませんよ?」

 

ユミナは先程と打って変わって不敵な笑みでそう言った。

 

「おーい!そっちに二体いったぞ!」

 

その時、ジェネシスの叫び声が響き、見ると二体のゴリラ型モンスターがゆっくりと距離を詰めて来ている。

 

「でも困ったね。魔法は無し、遠距離武器も使えないんじゃ、キミにとってはかなりのハンデじゃ無い颯樹くん?」

 

不安そうな顔で、それでいて何処か揶揄うような口調で言うアヤナに対し、

 

「そうだね、このハンデは確かに大きい……でも」

 

すると颯樹のブリュンヒルドの刃が青い光を浴び始め、そして四連撃の剣技を放つ。青い斬撃の軌跡が正方形の形で浮かび上がり、その攻撃で二体のゴリラは爆散した。

 

「……そんな物、僕にとっては些細な事さ!」

 

颯樹は不敵な笑みを浮かべながら叫び、ジェネシス達の元へと駆け出していく。

 

「……前言撤回。やっぱバケモノだよ颯樹くん」

 

呆けた表情で呟くアヤナ。

 

「呆けている場合ではありませんよ」

 

するとユミナが皆に対して言った。

 

「颯樹さんだけにやらせては、ヒロインの名が廃ると言う物ですよ皆さん」

 

するとユミナは右手を上下に振ってメニュー欄を開き、そこから武器選択画面を開いて、そこに配置されていたボウガンを手に取った。

 

「ゆ、ユミナさん?!貴女、いつの間にそれを習得したんですの?!」

 

慣れた手つきで武器を装備したユミナを見てルーシアが目を見開いて叫んだ。

 

「何を言っているのですか。ここに来るまで、彼らが何度も同じような事をしていたではありませんか。皆さんは見ていなかったのですか?」

 

「で、でも!そんな風に、慣れた手つき、で……」

 

戸惑った様子で喚くリンゼに対し、

 

「いいですか。確かに今は余りにもイレギュラー過ぎる状況です。ですが……

それがどうしたと言うのです?例えどのような状況に立たされようと、臨機応変に対応し主人をお助けするのが妻と言うものです」

 

ユミナの言葉を聞き、一同は押し黙る。

 

「……確かに、拙者としたことが少々取り乱していた様でござるな。しかしお陰で目が覚めたぞユミナ殿」

 

八重は毅然とした態度で左腰からゆっくり刀を抜き放つ。

 

「全く……アンタにそう言われちゃ敵わないわね」

 

「私たちも、行きましょうか」

 

エルゼがガントレットを付けた拳を持ち上げ、リンゼが片手剣を引き抜き構える。

 

「当然私も行きます。レディとして殿方をお支えするのが淑女の務めですわ」

 

ルーシアがそう言うと、腰から二本の短剣を抜き放ち、それを逆手に持って構える。

 

「もう……颯樹君はいつも無茶苦茶なんだから」

 

アヤナはため息をつきながら、腰から片手剣を引き抜く。

 

ユミナはそれらを見て満足そうに頷くと、自身もボウガンを構えて

 

「では……参りましょう、皆さん」

 

『おー!』

 

そして少女達は一斉に飛び出した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

戦闘が始まり数分が経過した。

颯樹は勿論、ユミナ達は当然ながらこの世界での戦いを知らないため、相当な苦戦を強いられていた。そんな彼らをキリト達がカバーすることで戦闘は進んでいた。

しかしただ守られるだけで終わるような颯樹達では無い。慣れない場所で有利に戦闘を進めるにはどうしたら良いか?その道に精通している人間に教われば良い。しかも今彼らの目の前には、その道のエキスパートが6名もいるのだ。

 

颯樹達はとにかく、キリト達の戦闘スタイルを観察することから始めた。武器の振り方、体の身のこなし、そして何よりソードスキルの使い方などだ。特に使用武器が被っている颯樹、八重、ルーシア、アヤナの四人はそれぞれキリト、ティア、ツクヨ、フィリアの動きを注意深く観察した。

 

「成る程…大体わかった」

 

颯樹はある程度キリト達の動きを見極めると、ブリュンヒルドを右肩に担ぐ体勢をとる。すると漆黒の刃にライトグリーンの光が発生し、そして彼の身体が前に飛び出す。

 

「せあああああああっ!!」

 

緑に輝く刃は目の前のゴブリン型モンスターの身体を斜め方向に両断した。

片手剣ソードスキル《ソニックリープ》

颯樹の放った一撃を受け、ゴブリンは身体をガラス片に変えて消滅した。

 

「や、やった…!」

 

この世界での初勝利に思わず顔が綻ぶ颯樹。

だが油断する彼の背後から別のゴブリンが棍棒を振り上げて迫る。

 

「しまっ……!」

 

しかしその棍棒が振り下ろされる前に、赤黒い大剣がゴブリンを吹き飛ばした。

 

「なーにを油断してるんだてめぇ」

 

振り返るとジェネシスが呆れた顔で大剣を右肩に担いでいた。

 

「あ、ありがとうございます、ジェネシスさん」

 

「あー……」

 

颯樹が礼を述べるとジェネシスはそう言って目頭を抑えた。

 

「その、“さん”付けは良い。つかやめてくれ…知り合いとそっくりすぎて区別がつかなくなるから」

 

「は、はあ……じゃあ、ありがとう……ジェネシス」

 

「それでいい」

 

そしてジェネシスは再びゴブリン達を叩き伏せに走り出した。

 

一方こちらはティアと八重の二人。

八重は混戦の中ゴブリンを寄せ付けない程度で応戦しながらティアの動きを注視していた。颯樹と同じように、ソードスキルを発動する際の腕や足、刀の構えなどを隈なく観察した。

 

「よし……掴んだでござる」

 

すると八重は徐に自身の刀を左腰の鞘に納める。

そしてゆっくり腰を落とし、右手を刀の柄に、左手を鯉口辺りに添え、抜刀術の体勢を取る。

八重に向かって一体のゴブリンが接近する。棍棒を掴んだ右手を大きく張り上げ、八重を叩き潰さんとゴブリンは勢いよく近づく。

 

「……シッッ!」

 

その無防備な胴体目掛けて八重は勢いよく抜刀し、そのまま刀を横一閃に振るった。銀色の光が横一直線に輝き、刀の刃の軌跡を形取る。

刀居合スキル《辻風》

八重の攻撃を受けたゴブリンは爆散し消滅した。

 

「ほう?中々いい太刀筋を持ってるな」

 

ティアが八重の攻撃を見てそう呟く。

 

「伊達に侍の名を語るものでは御座らんよ」

 

「それは上等…だなっ!」

 

そしてティアと八重は並んでゴブリンの群れに斬りかかった。すれ違いざまにゴブリンの足を、腕を、胴体を瞬く間に斬っていく。

しかしティアと八重がいくら刀を振るっても、ゴブリンは次々に出現し群がってくる。

 

「……面倒だな」

 

するとティアは刀を両手で正面に下段で構え、そのまま右半身に持ち上げて顔の横まで上げる。切っ先を前に、腰を低く落として中段の霞の構えをとる。

するとティアの刀『銀牙』の刃が真紅の炎を纏い始めた。

ティアはそこから勢いよく飛び出し、ゴブリンの群れに飛び込んだ。炎を纏う斬撃が次々にゴブリンを斬り伏せていき、数分経った頃にはゴブリン達は消滅していた。

 

「そ、それは反則で御座ろう……」

 

八重は思わずため息を吐きながら呟いた。

 

その後、颯樹や八重、アヤナ、ルーシア達はそれぞれ見事にこの世界に順応し、新たに得たソードスキルを駆使して奮戦した。

しかし一方でユミナ、リンゼ、エルゼは未だ適応できずにいた。それも当然、彼女らには己が武器の手本が存在しないため、自力で活路を見出すしか無いのだ。

 

「要は溜め、なのですね」

 

するとここで、何かを掴んだらしいユミナが矢をボウガンにかける。

そしてボウガンを両手で構えると、颯樹の背後から襲い掛かろうとしていたゴブリン軍団に向けて放った。

矢が青いオーラを放ち長らく飛翔し、ゴブリンに向かって真っ直ぐに飛んでいく。

着弾したその時、ゴブリンを中心に巨大な大爆発が発生した。

射撃スキル《グレネードシュート》

 

「おおっと?!」

 

背後で発生した爆音に驚き颯樹は思わずその場から飛び退く。

 

「あっ、すみません颯樹さん」

 

「いや、いいんだユミナ。ナイス!」

 

謝るユミナに対し颯樹は笑顔でサムズアップして応えた。

 

「ぼ、ボウガン……また新しいスキルの一種か……?」

 

キリトがユミナのスキルを見てそう呟いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

程なくして戦闘は終わった。

キリト達がいればまず苦戦しないだらう相手なのに加え、颯樹やユミナ達がソードスキルを使いこなせるようになったことで、現在彼らがいる周辺のモンスター達程度なら軽くあしらえる程になった。

 

「さて、そんじゃ進むとするか」

 

ジェネシスが大剣を背中に納め、皆を促す。

皆はジェネシスの後ろをついて行くように歩き出す。

 

一行が進み続けること数分。

 

「多分そろそろ、クエストの中ボスが出現するわ」

 

フィリアが皆に向けてそう告げる。

中ボスという単語に皆は気を引き締める。

 

「そっか……どんな奴なのか知ってるか?」

 

「それは……」

 

キリトの問いにフィリアが口を開いて答えようとしたその時だった。

目の前に青白い光と共に一体のモンスターが出現した。

紫色の半透明で液体状の身体を持つそれは、どう見ても……

 

「スライム、だよな?」

 

「ええ。名前は《メタルキングスライム》」

 

「どこに“メタル”要素があるんだよ。100%スライムじゃねーか」

 

「無駄口はそこまでにしなんし。来るぞ」

 

ツクヨがそう言った直後、スライムは触手状の腕を彼らに目掛けて素早く伸ばしてきた。

皆己の反射神経を持ってその場から飛び退いてかわす。

 

「うへぇ、スライムかぁ……」

 

げんなりした表情でスライムを見ながら言う颯樹。

 

「颯樹さんはスライムが苦手なのですか?」

 

「うん、少しトラウマ、と言うほどのものじゃないんだけど……」

 

直後、スライムは別の腕を瞬時に伸ばす。

だがその腕はジェネシスの大剣によってあっさり斬り落とされた。

 

「ハッ、中ボスっつうからどんなもんかと思えば…全然大したことねえじゃねーか」

 

余裕の表情で大剣を肩に担ぎながら言うジェネシス。

 

「油断しないでって言ったでしょ。こいつらの恐ろしいところは」

 

するとスライムが今度は細かなスライムを彼らに向けて発射した。

ジェネシスは咄嗟に大剣の刃を盾のように前に突き出して防ぎ、キリトは双剣で薙ぎ払ってそれらを防いだ。

 

「おいおい、今度は何だったんだ?」

 

ジェネシスがそう呟いた直後。

 

「いやあぁぁぁぁっ!!!」

 

突如アスナの悲鳴が響き、キリトとジェネシスは咄嗟に振り向く。

 

「ちょ、ちょっと…何なのよこれはぁっ?!」

 

見るとアスナの衣服に紫のスライムが付着し、そこから僅かに鮮やかな彼女の素肌が露わになっていた。

 

「あ、アスナァ?!!!」

 

「おいフィリア、こいつはまさか……」

 

ジェネシスが何かを察してフィリアに尋ねると

 

「そうよ。こいつは“服を溶かす特性を持ったスライム”」

 

フィリアは頷いて淡々とそう告げた。

 

「いや何そのテンプレな攻撃は?!ここに来てそう言う趣向かよ!」

 

ジェネシスがそう喚いた瞬間。

 

「うわっ?!」

 

ティアの叫びが響き、ジェネシスはギョッとした顔で振り返り、そして絶句した。

 

胸元や腰辺りに付着した紫のスライム。そこを中心に、ニットやジーパンが溶解し、さらにその下にある白い布まで溶け、薄い桃色のふくよかな肌が露わになる。

そうそれは、いつかの夜に見た彼女の秘部であり……

 

「み、見ないでええぇーーーー!!!」

 

ティアはジェネシスの視線に気づくと動転して自身の刀をジェネシスに投げつけた。

 

「危なっ?!」

 

ジェネシスは間一髪でそれをかわす。

ティアはたまらずその場に蹲った。両手を交差させて胸元を隠す。だがティアの胸囲は両手で隠し切れる大きさではなく、腕の隙間から徐々にふっくらとした母性の象徴が見え隠れしていた。更に付着したスライムによって光沢が発生し、よりそれは見るのも全ての視界に妖艶に映る。

 

「やあぁぁ……」

 

ティアはいつものクールな声では無く、彼女らしからぬ情けない声を上げている。

そしてそれはアスナも同じで、ティアと同じように両手を胸元で交差させて蹲っている。胸元や背中、腰のあたりにスライムが付着し、そこから彼女の陶磁器のような白い素肌が露わになっている。

 

「いやぁ……み、見ないでぇ……」

 

アスナも顔を真っ赤に染めて弱々しい声を上げている。

 

すると今度は、スライムが自身の体液を別方向に飛ばす。

その次なる餌食となったのは……

 

「い、いやあぁぁぁぁーーっ!!!」

 

「き、気持ち悪いでござる〜〜っ!!」

 

「ちょっと、何なんですか、これはあぁぁ?!!」

 

ユミナ、八重、リンゼ達であった。彼女達もスライムが服に付着し服が溶解し始めていた。

そして……

 

「ギャアァァァーー!!目が……目がああぁぁーー!!」

 

「「サツキイィィィーー!!」」

 

颯樹の両眼を塞ぐようにスライムが付着し、颯樹が叫びを上げた。

 

 

「く、クソったれ!こうなったら俺たちだけでぶっ倒すぞ!」

 

「ああ!アスナにこんなことしやがって……もうゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

ジェネシスとキリトは怒気を剥き出しにしてスライムに飛びかかる。

だがそれはあまりにも無謀な行為で……

 

「うわあああぁぁぁぁーーー!!!」

 

「ふ、服がああぁぁぁーー!!」

 

あたりにキリトとジェネシスの悲鳴が木霊した。

 

そんな彼らを、数メートル離れた場所に生えている大木の幹の上で、フィリアとツクヨの二人は遠目に見ていた。

 

「何かもう……地獄絵図だね」

 

「ふっ、じゃがこれは、中々いい見せ物じゃな」

 

苦笑しながら呟くフィリアに対し、やや愉悦気味の表情で答えるツクヨ。

 

「しかし、これをいつまでも放置しておくわけにはいかんのう」

 

するとツクヨは徐に立ち上がり、懐から手裏剣を取り出す。

 

「手裏剣術《零次元・表式》」

 

すると手裏剣がゴールドの光を浴び始め、次の瞬間ツクヨが最低限のモーションでそれらを投げつける。

黄金の光を纏った手裏剣は真っ直ぐスライムに飛翔していき、そして深々と突き刺さる。

 

奥義級の技を受けたスライムはその身を爆散させ消滅した。

 

「さて、スライムは片付けたぞ主ら」

 

ツクヨはゆっくりと視線をティア達の方へと向ける。

 

ティアとアスナ達は未だに蹲った体勢のまま顔を真っ赤に染めてプルプルと震えていた。

因みに溶けていた装備はスライムが倒されたからか修復されていた。

 

「あうぅ……私……もうお嫁に行けない……」

 

「いや、もう貰ってるんだが」

 

弱々しい声で呟くティアに対しジェネシスがそう答える。

 

「キリトくん……見た……?」

 

「み……見てない……」

 

「嘘!その反応絶対見たんでしょ?!」

 

「見てないって!!ほんとほんと!」

 

慌てて否定するキリト。すると……

 

「貴方……私達の体も見ていませんわよね?」

 

ルーシアが恨みがましい目つきでキリト達を睨みながら言った。

 

「いや見てねえから!テメェらの裸なんぞ興味ねえから!!」

 

「怒らないので正直に答えて久弥……本当に見てないの?」

 

全力否定するジェネシス達に対し、ティアがやや威圧感を込めて尋ねる。

その問いにジェネシスとキリトは一瞬答えるのを躊躇われたが……

 

「……い、一瞬、チラッと見えたような」

 

「お、俺も……」

 

ジェネシスとキリトは気まずそうに答えた。

 

「ほ、ほらぁ〜!!やっぱり見たんじゃ無い!!」

 

「この助平野郎!!」

 

「万死に値する!!」

 

やはりと言うべきか案の定と言うべきか、少女達の非難の声が浴びせられる。

 

「……おい」

 

だがそんな物とは比べ物にならないくらいの悪魔が現れた。

 

「さ、サツキ?」

 

「あんたら……ユミナ達の裸……見たんだな?」

 

颯樹から発せられる唯ならぬ怒気を受けてジェネシス達は慌てふためく。

 

「ちょ、落ち着けサツキ!見てない、見てないから!」

 

「そ、そうだ!一瞬だ!ほんの一瞬だけチラッと視界に映ったんだって!!」

 

「てめぇら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり見たんじゃないかああぁぁぁーー!!!!

 

颯樹の叫びと共に強烈なパンチが炸裂した。

 

「「ギャアァァァーーー!!!」」

 

直後、二人の少年の悲鳴が森林に木霊した。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
コラボ回はいよいよ次回で完結となります。もうしばしお付き合い下さいませ。


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三十三話 ☆コラボ回後編〜ボス戦、そして帰還〜

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回でコラボ回は終了となります。


 

スライムの一件を経て、何とか落ち着きを取り戻した一行は更に森の中へと進む。

 

「もうすぐ、このクエストのボスが現れるわ」

 

先頭を歩くフィリアが後ろを振り向いてそう告げた。

 

「今度はスライムとかじゃねえだろうな?」

 

「さあ……どうだろうね」

 

ジェネシスが念を押すように尋ねると、フィリアは悪戯な笑みを浮かべながら返した。

 

「……え、何だよその反応」

 

「フィリア?じょ、冗談だよな?」

 

「ふふっ」

 

ジェネシスとキリトが引きつった顔で聞き返すと、フィリアはクスリと笑った。

 

「はあ……全く酷い目にあった」

 

「本当だよ……あんなのはもう二度とごめんだわ」

 

ティアとアスナはゲンナリとした表情で呟く。

 

「いやはや、災難だったね」

 

「全くです。はあ……私、もう颯樹さんのお嫁に行けません……」

 

「あたしも……」

 

苦笑しながら呟く颯樹に対し、俯き加減で答える。

 

「いや、もう貰ってるんだけど……」

 

「フッ、ご愁傷様と言うものじゃな」

 

そんな彼らを見て、ツクヨはキセルから煙を吐きながら言った。

 

「……随分と他人事だな」

 

「他人事じゃからの」

 

ジト目で言うティアに対し、ツクヨはあっけらかんとした態度で答えた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜数分後〜

 

茂みを掻き分けながら進んでいくと、やがて目の前に大きな門が現れた。

 

「もしかしてこれって……」

 

「ええそうよ。ここが今回のクエストのラストステージ」

 

颯樹が何かを察したように呟くと、フィリアが頷いて答えた。

 

「さて、一体どんな敵が出てくるのやら……」

 

「もしかして本当にまたでっかいスライムだったりしてな」

 

「冗談でもやめてくれ」

 

肩を回しながら言うキリトに対しジェネシスが揶揄うように答え、ティアが顔をしかめてそれに応えた。

 

「そんじゃ、準備はいいかてめーら?」

 

ジェネシスが颯樹達の方を振り向いて尋ねる。

 

「ああ、問題ないよ。ね、みんな?」

 

「勿論です」「いつでもいいわ!」「お任せください」

 

颯樹が皆を見回しながら尋ねると、ユミナ・エルゼ・ルーシアが首を縦に振る。

 

それを確認したジェネシスとキリトは、ゆっくりと大門に手をかけ、そしてゆっくりと開いた。

重々しい音と地響きを立てながら門はゆっくりと開いて行く。

 

「(SAOでのボス戦……ここでの死は現実での死に直結する。そしてそれは、恐らくこの世界に於いて現実の肉体を持たない僕等も例外じゃないはず。ここでもし誰かが死ねば……そいつは元の世界に帰れる保証はない)」

 

そして颯樹は、視線をユミナ達に移す。

 

「(大丈夫、何があっても……君たちは僕が守るよ)」

 

そう心の中で決意し、颯樹は銃剣ブリュンヒルドを引き抜く。それが合図となりユミナがボウガンを構え、他の少女達も己が武器を引き抜く。

 

やがて、『ズドン』と言う音とともに、完全に門が開かれた。

 

「行くぜ……てめぇら!!」

 

ジェネシスの合図とともに、一行は中へと飛び込んでいく。

部屋の内部に入ってまず彼らの目に入ったのは、一つの巨大なシルエットだった。

6メートル近い高さの身長に筋肉質な体格、山羊の頭ような大きく捻じ曲がった角に、蛇の頭部が付いた尻尾。

そして右手には禍々しい大剣が握られており、その瞳は燃え上がる炎のように暗闇の中で真紅に輝く。

やがて部屋の中に灯りが灯り、そのボスの全貌が明らかになった。

 

「あれ……なんか見たことあるなこいつ」

 

「奇遇だな……俺もそう思った」

 

ジェネシスの呟きにキリトが頷いた。そしてそれはティアとアスナも同じようだ。

無論、忘れるはずもないだろう。あれは七十四層ボス戦。キリト、ジェネシス、ティアが初めて自身のユニークスキルを解放した時のボスだ。

あの時の名前は《グリームアイズ》。

そして今回彼らの目の前にいるボスの名前は……

 

《The Hollow Eyes》────『虚なる瞳』と言う意味の、真紅のボスが今、彼らを視界に捉えた瞬間ゆっくりと立ち上がり、大剣を地面から引き抜いて高く掲げ、部屋中に木霊する雄叫びを上げた。

 

「ケッ、まさかまたてめぇと戦うことになるとはよぉ」

 

「そうだな……でも、負ける気がしないよ」

 

ジェネシスが大剣を、キリトが二本の剣を構えて言った。

 

悪魔は大剣を思い切り真上から振り下ろす。その攻撃をジェネシスが自らの大剣で弾く。けたたましい金属の衝撃音が部屋中に響き渡った。

その後もジェネシスと悪魔との大剣の撃ち合いが続く中、その隙を見てティアとキリトがボスの懐に飛び込む。

 

抜刀術《蓮華》

二刀流《ダブルサーキュラー》

 

二人の剣撃が左右からボスの横腹を抉る。

彼らの攻撃を受けたボスは攻撃対象をキリトとティアに移す。

 

「そんなに目移りしていたら隙だらけじゃぞ」

 

不意にツクヨの声が響き、見るとボスの背後に電流を纏った苦無を左右の両手に構えたツクヨが立っていた。

彼女はその場から一気にボスの目線の高さまで飛び上がると、電気を帯びた苦無を全てボスの後頭部に投げつけた。

 

苦無術《雷電纏・迅雷一閃》

 

『Gyaaaaaaaaaaa!!!』

 

次の瞬間、ボスの身体に凄まじい電流が走り、麻痺状態に陥った。

 

「ありがとうツクヨさん!」

 

フィリアがそう叫びながらソードブレイカーを構え、ボスの背中を斬りつけた。

 

「よし、僕らも行こう!」

 

颯樹はブリュンヒルドを手に走り出し、八重・エルゼ・アヤナ・ルーシアもそれに続く。

片手剣《ソニックリープ》

  刀《東雲》

 体術《閃打》

 短剣《ファッドエッジ》

 

様々な色を纏う攻撃がボスの周囲から炸裂する。

 

「私も行きます」

 

「では私も!」

 

ユミナとリンゼがそれぞれボウガンと弓に矢を装填し、狙いを定める。

そしてユミナはボウガンのトリガーを引き、リンゼが矢を思い切り放つと黄色と青い光の一閃が真っ直ぐボスの頭部目掛けて飛翔し、命中する。その瞬間ボスの頭部が大爆発を起こした。

 

射撃《グランドストライク》

 弓《ウルフシューティングブラスト》

 

するとボスは激昂した様子で雄叫びを上げると、大剣を振りかぶって真っ直ぐユミナとリンゼに向かって接近する。

それを見たアスナが全速力でユミナ達の方に駆け出す。

 

「《始動(セット)》!」

 

《Complete》

 

するとアスナのアーマーが全て弾け飛ぶ。

 

《Start Up》

 

次の瞬間アスナは視認不可能な速度に移行し、瞬く間に二人の元へ駆けつけるとそのまま彼女らを抱き上げてその場を離脱し、ボスから遠ざけた。

 

「あ、ありがとうございます……アスナさん」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

ユミナに対しアスナは笑顔で答える。

そしてアスナはゆっくりとボスの方に振り向くと、細剣をボスの方に向ける。

 

「《Check》!」

 

《Exceed Charge》

 

電子音声と共にアスナの剣に赤い光が宿り、そしてアスナは細剣を勢いよくボスに突き出した。

赤い円錐状のポインターが発射され、ボスの動きを拘束する。

 

「はあっ!!」

 

その瞬間、アスナは再び目にも止まらない速さでボスに急接近し、そしてボスの身体を貫通した。

その攻撃を受けてボスのHPは大きく削られた。残りは既にイエローゾーンに到達している。

 

「よしみんな!一気に畳み掛けるぞ!!」

 

キリトの号令を合図に皆が一斉にソードスキルを放った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

程なくしてボス戦は終了した。

 

「はあ……あんま大したこと無かったな」

 

ジェネシスが大剣を背中の鞘に納めて言った。

 

「まあ……ここのモンスターはアインクラッドの奴らより弱体化してるみたいだし、このメンバーなら多分本来の強さを持ってたとしても押し切れるんじゃないか?」

 

「まあ、確かに前回は私たち3人だけでも倒せたからな」

 

キリトが背中に二本の剣を納め、ティアが刀を回して逆手に持ち替え、ゆっくりと左腰の鞘に差し込んだ。

 

「まあ、みんな無事に終われたのならそれが一番なんじゃないかな?」

 

颯樹がブリュンヒルドをコートの内側に下がって直しながら言った。

 

「さて、そんじゃクエストのボーナスを頂くとしようぜ」

 

ジェネシスと皆にそう促し、一行はボスが消滅して部屋の中央に現れた宝箱に歩み寄る。

高さは約30cmで横幅が40cmほどの大きさのチェストにジェネシスがゆっくり手を伸ばす。

と、ここで何かを思い出したようにフィリアの方を振り向く。

 

「なあトレジャーハンターさんよ、ここはお前が開けてみるか?」

 

「え?」

 

彼の言葉を聞きフィリアは目を丸くする。

 

「いや、この宝箱にトラップが無いとは限らねえ。テメェなら安全に開けられんだろ」

 

そう言ってジェネシスは宝箱から離れた。

 

「そう言うことなら……うん、任せて」

 

フィリアはゆっくりと宝箱の前に跪くと、宝箱を叩いたりゆっくりさすると言う行為を始めた。

 

「(トレジャーハントスキルか……これは向こうでも使えそうだな)」

 

颯樹はフィリアの作業を見つめながら静かにそう考えた。

 

「よし、特にトラップは設定されてないわね」

 

ある程度確認し終えたフィリアが一度深呼吸し、

 

「さあ……出ておいでお宝ちゃん!」

 

と楽しそうな笑顔で言った。

 

「……お宝ちゃん?」

 

「お宝ちゃんって言った?」

 

「意外に可愛いところがあるんだな」

 

フィリアから出た思わぬ言葉に皆は苦笑しながら呟いた。

 

やがてフィリアがゆっくりと宝箱の扉を開ける。

 

その中に入っていたのは……

 

「動物の……牙?」

 

フィリアが仲間を取り出してアスナがその物体を見た感想を言う。素材の名前は『メタルファング』。武器の強化素材のようだ。

 

「一個しかねえのか……」

 

個数が一個だけしかないことに苦い顔になった。今この場にいるのは約10名以上。その中でたった一人分しか武器の強化ができない。

 

「私は別に、これを使いたいとかは思ってないわ。これの使い道は貴方達に任せる」

 

フィリアはそう言って牙をジェネシスに手渡した。

 

「つってもなぁ〜……」

 

ジェネシスは牙を見つめながら思案する。そして一瞬皆を見回した後……

 

「……よし、ほれ」

 

そう言ってジェネシスは牙を投げ渡した。その相手は……

 

「うわっ、と……ぼ、僕ですか?」

 

颯樹であった。

 

「あー、待ってろ。慣れねえ場所でよく戦ったな。コイツはその報酬ってやつだ。使い方はテメェに任せるぜ」

 

「そ、そっか……ありがとうジェネシス。大事に使わせてもらうよ」

 

颯樹は笑顔でそう答えた。

 

「……よし、それじゃ行こうかみんな」

 

そして一行はホロウエリアの管理区に向けて歩き出す。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

一行は数十分かけて、ホロウエリアの管理区に到着した。

 

「何とかここに着いたな……」

 

キリトがホッとした表情で呟く。

他の全員もようやく辿り着いた安全圏内に安心した様子だ。

 

「さて、そんじゃアインクラッドにはこっから帰れるからよ。気ぃつけて帰るんだぞ」

 

ジェネシスが親指で転移門を指して言った。

 

「うん、分かった。ありがとうみんな」

 

颯樹はそう促されて転移門へと入る。ユミナ達もそれに続く。

 

「皆さん、本当にありがとうございました」

 

「機会があればまた会おう!」

 

ユミナが礼儀正しく頭を下げ、颯樹が手を振って皆に言うと、やがて青白い光に包まれて彼らは姿を消した。

 

「……あ……」

 

「どうした?ジェネシス」

 

何かを思い出したようにジェネシスが声を上げ、ティアが彼に尋ねる。

 

「フレンド登録すんの忘れてたわ」

 

「あー……」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

青白い光が彼らを包み、やがてその光の渦はかなり強力なものとなって彼らを翻弄する。

 

やがて光が止むと、そこは彼らのよく知る場所だった。森に囲まれた自然豊かな街に、その中央に聳え立つ立派な西洋風の城。

 

「アストライア公国……戻ってこられたのか……」

 

「はあ……どうにか無事に帰ってこられましたね」

 

颯樹とユミナがホッとして呟く。

 

「しかし、あの世界で出会った人達……いい人達だったわね」

 

「それは私もそう思います」

 

「特にあの侍……ティア殿とは一度手合わせを願いたいでござるな」

 

リンゼとエルゼ、八重がSAOで出会った者達のことを思い出して呟いた。

 

すると颯樹は《ストレージ》の中からとあるものを取り出す。

それは先程ジェネシスから託されたアイテム《メタルファング》。あの世界での思い出の品。

 

「ありがとうジェネシス、キリト、みんな……いつか、また会おう!」

 

颯樹はオレンジに染まる夕陽を見ながらそう口にした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

一方こちらはSAOの世界、ホロウエリア。

 

「うし、んじゃ俺たちももう帰るぞ」

 

「また来るからな。フィリア、ツクヨ」

 

ジェネシスとキリト、そして彼らに続いてティアとアスナも続く。

そして青白い光が彼らを包み、彼らはアインクラッドへと帰って行った。

 

「行っちゃった、か……」

 

フィリアはどこか名残惜しそうに誰もいなくなった転移門を見つめていた。

 

「ねえ、ツクヨさん……私達って、彼らとは違う人間なのかな……?」

 

「それは……」

 

フィリアはアインクラッドに戻れない事を気にしている様子だった。ツクヨはその体に対して答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく分かってるじゃねえか」

 

「「?!!」」

 

その時、管理区に響いた不気味な男の声を聞き、フィリアとツクヨは咄嗟に武器を構える。

 

「おおおっと、そんな危ねえもん突きつけるなよォ〜。

怖くて膝がブルっちまうじゃねえ」

 

そこにいたのは、紫色のスーツ姿にボサボサになった髪、真っ白な肌に禍々しい眼光を放つ鋭い目。口元には口紅のようなものが三日月状に赤く塗られており、まるで笑っているように見える。

 

「……貴様、一体何者じゃ」

 

「俺か?ん〜そうさなァ……《ジョーカー》、と言っておくぜ」

 

男は自身を《ジョーカー》と名乗る。

 

「ジョーカー、だと……そうか、貴様があの《“J”》の幹部という奴か」

 

「Oh 、俺らも随分と有名になったモンだな。こっちの世界でも知られてるとは」

 

ツクヨの呟きにジョーカーは尚も不気味な笑みを浮かべながら言った。

 

「ここに一体どうやって入ったの?」

 

「んなこたぁどうだっていいだろ?世の中不思議な事だらけだしなァ」

 

フィリアが強めの口調で問いかけるが、ジョーカーはそんなフィリアの様子を意に介さない様子で答える。

 

「わっちらを殺しに来たか?悪いがそう簡単にやられはせんぞ」

 

ツクヨは両手に手裏剣と苦無を持って身構える。

 

「おい落ち着けよ、別にお前さんらを殺しに来た訳じゃねえ」

 

それに対してジョーカーは両手を振って否定した。

 

「ならば何の用じゃ!」

 

「いや何、ちと変わったオレンジちゃんがいるモンだから、ここで挨拶でもしとこうかと思ってよォ…俺たち話が合うと思うぜェ?肩身の狭ぁ〜いオレンジ同士……仲良くやろうじゃねえか」

 

「はっ、よく言う……」

 

ジョーカーの告げた言葉に対してフィリアが吐き捨てるように言う。

 

「知ってるぜェ〜?俺ァお前ぇが一体何をしたのかをよ……」

 

するとジョーカーはそれまでの戯けた口調から一変して鋭く威圧感のある声でそう告げた。

 

「なっ……それってどう言う意味?!」

 

「ブァッヒャハハハハハ!!言えないよなぁ〜?言えないよなぁ〜あんなビーターの狂人やろう共には!!自分が一体何を殺したのか、口が裂けても言えないよなぁ〜?!」

 

フィリアが問いかけると、ジョーカーは今度は狂ったような笑い声を上げてそう叫んだ。

 

だがその時、『ヒュン』と言う風切り音がなり、ジョーカーの頬のすぐそばを何かが通り抜け、壁に突き刺さる。

それは苦無だった。

 

「……用がないならさっさと消えなんし。次は貴様の目を潰すぞ」

 

ツクヨは苦無を突き付けて威圧感のある声で言った。

するとジョーカーは両手を上げて

 

「OK、分かった分かった」

 

そして振り返って管理区の出口へと歩き出す。

だが管理区から出る直前、再びフィリアの方を向くとこう告げた。

 

「お前ぇ……このままじゃいつか……死ぬぜ」

 

そう言い残し、彼は今度こそ管理区から姿を消した。

 

「……私が……死ぬ……?」

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。
終盤に出てきた新たな敵、ジョーカーと謎の組織《“J”》については次回以降明らかにしていきます。

それでは最後に、今回私のような拙作とコラボする事を許してくださった咲野皐月さん、ありがとうございました。


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三十四話 射撃訓練

こんにちは皆さん、ジャズでございます。
最近コロナが流行ってますが皆さんは大丈夫でしょうか?
先日ジャズの住む県でついに感染者が出ていよいよここまで来たか……と危機感を募らせております。
皆さんもどうか、手洗いうがいやマスク着用などをして、コロナにかからないよう気をつけてくださいね。


 

「《射撃スキル》だあ?」

 

七十六層アークソフィアの宿屋の食堂で、ジェネシスは素っ頓狂な声を上げた。

彼の目の前にいるのは、黒髪の短髪にクールな雰囲気を纏った少女、シノン。

 

「ええ、メニュー欄を見てたらいつの間にか出ていたの」

 

そう言ってシノンはメニューを可視化してジェネシスに見せた。たしかにそこには《射撃》と言う文字があった。

 

「あんたなら何かわかるんじゃないかと思ったんだけど」

 

するとジェネシスは首を振って

 

「残念だがそいつはお門違いだぜ。そのスキルはハヅキ辺りに聞くのが一番手取り早いんじゃねえの?」

 

するとシノンは「はぁ…」とため息をつき、

 

「あんたねぇ……そんな事私がわからないとでも思った?

とっくにハヅキには聞いてあるわよ。そしたら、あの娘の持ってるスキルは私のとは違うみたい」

 

「なんだ、違えのかよ。つってもなぁ〜……」

 

ジェネシスはため息を吐きながら頭をポリポリと掻く。

SAOで射撃スキルを使うものと言えば、今生き残っている6000人のプレイヤーの中でもハヅキただ一人くらいなものだろう。その彼女ですら分からない別系統の射撃スキルなど、ジェネシスからすればもうお手上げだ。

 

「……ん?」

 

と、ここでふとジェネシスはとある事を思い出す。

 

それは先日、ホロウエリアで出会った不思議な者達。

その内の一人が手にしていた射撃武器、ボウガン。

 

「うし、行くぞシノン」

 

「は、はぁ?いきなりなんだって言うのよ……あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

突如立ち上がって歩き出したジェネシスにシノンは慌てて付いていく。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ジェネシスがシノンを連れてやってきたのは、街の裏路地にある骨董品屋。

 

「確かここにあった気がすんだよな……」

 

店に入るや否や、ジェネシスは骨董品の山を物色し始める。

数分探し回ったあと、漸く目当ての物を見つけたのか、ジェネシスはとある物を手に取ってシノンに見せた。

 

「これって……ボウガン?」

 

「ああ。この間偶然見つけてな。何に使うのかさっぱりだったんだが」

 

そしてジェネシスは早速そのボウガンを購入するため店員のNPCとトレード画面を開く。

 

「うげ……こりゃ中々の値段だな……」

 

その値段はジェネシスの全財産の約三割。だが彼は迷う事なくOKボタンを押し、ボウガンを購入する。

 

「ほれ」

 

そしてジェネシスは購入したボウガンをシノンに手渡す。

 

「あ……ありがと。お代はいくらだった?」

 

シノンはメニュー欄からトレード画面を開き、貰ったボウガンの金額をジェネシスに渡そうとするが、

 

「ばっか、いらねえよ。こいつはまあ、投資みてぇなもんだ。

黙って受け取ってろ」

 

そう言われてシノンはメニュー欄を閉じる。

 

「……そ。なら、ありがたく受け取っておくわ」

 

そう言ってシノンは歩き出す。そのまま宿を通り過ぎ、フィールドの出口へと向かう。

 

「おい、どこ行くんだよ」

 

「試し打ちよ、これに慣れておかないと実戦じゃ意味ないでしょう?」

 

シノンはメニュー欄から防具を選択してチェストアーマーを付けて武装する。

 

「ったく、テメェ一人じゃモンスターにたかられて終わりだぞ?」

 

「あら?私はあんたも来てくれると思って言ったのだけれど」

 

シノンはあっけらかんとした口調で言い、ジェネシスは一瞬ポカンとした表情だったが、

 

「……あー、ハイハイ。さっさと行くぞ」

 

そして二人は並んで歩き出す。

 

〜数分後〜

 

二人はフィールドを流れる小川のほとりまできた。

 

「この辺でいいだろ。ここらのモンスターなら今のてめぇのレベルでも問題なく倒せる」

 

「そうね、ここなら見晴らしもいいし狙いやすそう」

 

「しっかし、これなら双眼鏡でも持ってくるんだったなー…ただっ広すぎてモンスターの影も形も見えやしねえ」

 

「あれなんか使えそうじゃ無い?」

 

シノンが指差した先には、高さ6メートルほどの大木があった。

 

「……なるほどな」

 

シノンの言いたい事を察したジェネシスは大木の根本まで歩くと、そのごつごつした幹に手をかける。

 

「たく、木登りなんざやんのは初めてだぞ」

 

と言う愚痴を零しつつ、ジェネシスは慣れた手つきで大木をよじ登っていく。

およそ半分ほどの高さにある太い枝の方に移り、周りを見渡す。

 

「……お?あそこにいい感じの猪がいるな」

 

大木から約数十メートル先の草原に猪型モンスターがいるのを発見した。

 

「私でも倒せそう?」

 

「ああ、今のお前なら問題なく倒せんだろ。あれの肉でも晩飯にするか」

 

「えっ、食べ物にするの?」

 

「ああ、あの猪からドロップする肉が結構イケるらしいんだ。ウチには料理スキル完全習得のアスナとティアがいるしな」

 

「ふうん……ねえ、ジェネシス。そこ少し詰めて」

 

するとシノンはジェネシスと同じ要領で木を登り始めた。

 

「は?いやお前もこっちに来んの?」

 

「高いところの方が狙いやすいし、飛距離も稼げるでしょ?」

 

そしてシノンはジェネシスの立つ木の枝までやって来る。

だがその枝は二人が立つにはあまりにも狭く、ジェネシスの体格の大きさも相まってかなり窮屈だった。しかしシノンは問題ない様子だ。

 

「射撃ポイントとしてはここが最適みたいね……ここから狙うわ」

 

そう言ってシノンはボウガンを構え、照準を定める。

 

「……ターゲット捕捉」

 

「あの、窮屈なんだけど……」

 

「うるさい、気が散る」

 

「アッハイ」

 

シノンはジェネシスの言葉をばっさりと切り捨て、集中力を高めていく。お互い無言のまま時間が過ぎる。

 

「……そこっ!」

 

シノンはボウガンのトリガーを引き矢を射出した。

青い光の尾を引きながら矢は弧を描いて真っ直ぐに猪へ飛んで行く。

猪は接近する矢に気付くが時すでに遅く、矢は猪の胴体に突き刺さり、『プギャアアアッ!!』と言う断末の叫びを上げて消滅した。

 

「……ふう」

 

シノンはただ喜ぶでも無く、淡々と息を吐いてボウガンを降ろした。

 

「やるじゃねえか」

 

「まあね」

 

ジェネシスの言葉にシノンは得意げな顔をした。

 

「それじゃ場所を移しましょ」

 

「え、まだやんの?」

 

「当たり前じゃない。たった一発打っただけじゃ物足りないわよ」

 

そしてシノンは枝から降りようと立ち上がるが……

 

「きゃあっ?!」

 

「おわっ?!」

 

シノンはバランスを崩し、ジェネシスも巻き添えを食らってそのまま落下していく。

そのまま大木の下を流れる小川に二人は水しぶきを上げて落ちた。

 

「いって、おいシノ……んげっ?!」

 

ジェネシスが顔を持ち上げるやいなやギョッとした表情で慌てて視線を逸らす。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと足を踏み外したわ……ってあんた、何で目を逸らしてるのよ?」

 

シノンはジェネシスの方を振り返って疑問符を浮かべる。

 

「いや、それは自分のケツ見たらわかる」

 

「……っ?!」

 

ジェネシスにそう言われ、シノンは自分の臀部を確認すると目を見開いた。

自分が身につけているショートパンツが水に濡れて透けてしまい、その内側の下着がくっきりと……

 

「……ねえ、ジェネシス」

 

楽に上がると、シノンは冷ややかな声でボウガンを背中のホルダーから再び引き抜いた。

そして矢を装填し、その銃口をジェネシスに向ける。

 

「おい、何でそれを俺に向けるんだよ?」

 

ジェネシスが引きつった表情で尋ねた瞬間、ボウガンから矢が放たれ、ジェネシスの頭部の側面を通過して行った。

 

「危なっ?!」

 

「ジェネシス……あんた、見たわね?」

 

尚も冷たい声でいいながらシノンは矢を放つ。

 

「待て!!気持ちは分かるが今は落ち着け!!当たると色々やべえから!!」

 

「問答無用!」

 

その後ジェネシスは、圏外でプレイヤーが人に対して攻撃してはいけない理由をシノンから放たれる矢をかわしながら何とか説明した。

 

「全く……そう言うことは早く言ってよ」

 

「言ったよ?!言ってるのに全然聞く耳持たなかったよなお前?!」

 

ジト目で言うシノンに対しジェネシスはそう叫んだ。

 

「しかも服が濡れて透けるって……ゲームなのにどこまでリアルに忠実なのよ」

 

「それは俺が聞きたい」

 

シノンは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら言った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その後、幾らかシノンの射撃訓練を兼ねてモンスター狩りを行った。

気がつくともう夕方になっていた。

 

「今日は付き合ってくれてありがとうね」

 

「気にすんな。テメェが強くなんならこっちも大助かりだしな」

 

「…でも、もうあんな事はしないでよね」

 

「するかよ!」

 

そうやり取りを交わし、二人は帰路についた。

 

 




短いですが今回はこの辺で。

さて、原作ホロフラではシノンは弓を使ってましたが……今回では何と、ボウガンを使います。これは以前のコラボ回でユミナの武器として登場してるんですよね。
今、ボウガン用のオリジナルスキルも考案中です。何かいい案などありましたら是非感想欄やメッセージにて送ってくださいませ。

ではまた次回。


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三十五話 切り裂きジャック

どうも皆さん、ジャズです。
もう三月ですね、皆さんはどうお過ごしですか?

では、本編どうぞ。


 

その日、クライン・シリカ・サチ・キリトの四人は七十九層層迷宮区に来ていた。

目的はシリカとサチのレベルアップ。迷宮区のため多少リスクはあるが、モンスターのレベルが高い分得られる経験値も多く、更により実戦に近い形で戦えるため強化を図るならば最適な場所だ。危険な場合はキリトとクラインがフォローに入る形で迷宮区を進んで行き、日が暮れ始めた頃に彼らは切り上げた。

 

「……ようし、今日はこの辺で帰るか」

 

「そうだな、もう夕暮れだ。アスナ達が夕食を作って待ってくれてるはずだ」

 

クラインとキリトはそれぞれの武器を収めて言った。

 

「今日は付き合ってくださってありがとうございました!」

 

「お陰で随分とレベルも上がったよ〜」

 

シリカとサチもそれぞれ短剣と長槍を収めて礼を述べた。

 

「いいってことよ、お前さんらが強くなってくれりゃこっちも助かるんだしな」

 

クラインは気さくな笑顔でそう答える。

 

「よし、それじゃ帰ろうか」

 

キリトがそう言うと、皆は頷いて帰路についた。

 

「《黒の剣士・キリト》……《風林火山リーダー・クライン》とお見受けする……」

 

その時、前方から男の声が響き、見ると暗闇の中を編笠を被り黒い和風の衣装に身を包んだ男が悠然と歩いて来ていた。

 

「なんだてめぇ?」

 

クラインはやや警戒しながら問いを投げかける。

すると男は徐に編笠を外し投げ捨て、隠されたその素顔があらわになった。

銀色の髪に中性的な顔立ち、左目を隠すように斜めに掛けられた眼帯があり、その深紅の右目は禍々しい光を放っていた。

 

「その首……貰い受けるッ!!」

 

そして男は勢いよくその場から飛び出し、左腰の刀を引き抜いて斬りかかった。

 

「うおっ?!」

 

クラインは咄嗟に自身の刀を抜刀してその刃を受け止めた。

凄まじい火花とけたたましい金属音が迷宮区内に響き渡る。

 

「クライン!」

 

キリトは即座に背中から二振りの剣を引き抜いてクラインと男の元へ駆けた。

 

「ふん」

 

だが銀髪の男は面白くなさそうに息を吐いてキリトに対しクラインと鍔迫り合いをしたまま彼の胴体に蹴りを叩き込んだ。

 

「てめぇ……一体何者だ!」

 

「知る必要があるのか?貴様らはここで死ぬのだからな」

 

クラインの問いに対し男は冷徹な口調で告げ、そのままクラインを押し返した。

バランスを崩したクラインに対し銀髪の男はソードスキルを纏って斬りかかった。

彼の胴体に向かって横一閃に刀を振るった。

 

「ぐっっ?!」

 

クラインは腹部を押さえて蹲り悶絶し始めた。

 

「くくっ……痛いだろう?この刀はペインアブゾーバーを無効化する特性がある」

 

「なっ……ペインアブゾーバーを?!」

 

キリトは驚愕のあまり目を見開いた。

通常、SAO内でダメージを受けても痛みを感じる事はない。

ペインアブゾーバー機能によって痛覚抑制が働いているためだ。

ペインアブゾーバーを無効化する武器やアイテムなど、聞いたこともなかったし、存在する事自体あり得ない事だと思っていたためだ。

 

「信じられない、という顔だな……ならば自分で確かめてみるがいい」

 

すると銀髪の男はキリトを標的に定め刀を構えて斬りかかった。

真上から振り下ろされる鈍色の刃をキリトは左右の剣を交差させて受け止めた。

 

「ほう?二刀流か、中々やるようだな。しかし手数が多ければ有利とは限らんぞ」

 

そう告げた直後、キリトに対して男からの猛攻が始まった。上から、横から、斜めから、下から次々と不規則に刃が振るわれ、キリトはその攻撃を黒と翡翠の剣でどうにか凌ぐ。

だが剣速は僅かにキリトが劣っているため、徐々に押されていく。

そしてキリトの胴体にに斜めの傷が入った。

 

「ぐあっ……!!」

 

キリトはかつて味わったことのない激痛に顔を歪ませた。

 

「キリトさん!!」

 

シリカが短剣を引き抜き、サチも槍を構えて意を決して男に飛びかかる。

しかし、

 

「貴様ら程度、刀を振るうまでも無い」

 

男はつまらなそうに言うと、刀の柄でサチの頬を殴りつけ、左膝をシリカの腹部に叩き込んだ。サチは地面に倒れ、シリカは壁に叩きつけられた。

 

「フン、四人もいてこんなものか?他愛もない……」

 

男はゆっくりと周りを見回しながらそう呟く。

そして彼は激痛に悶絶しているクラインの元へとゆっくり近づくと、刀を逆手に持って振り上げる。

 

「させるかっ!!」

 

その叫びと共にキリトが黒剣で男に斬りかかった。

男は逆手に持った刀を突き出してその攻撃をいなす。

キリトの剣が男の刀を火花を散らしながら通過し、そのままキリトと男は背中合わせに立つ。

直後二人は同時に動き出し、振り向きざまに互いの獲物を振るう。キリトの左手の剣と男の逆手に持たれた刀がぶつかり合う。そのままキリトは左右の剣で交互に斬撃を繰り出していくが、男はそれらを難なく防いでいく。

 

「遅い」

 

男が冷徹な口調でそう告げた直後、キリトの視界から男が消えた。

行方を探すため視線を動かそうとしたその時、キリトの体が崩れ去った。何が起こったかも分からず地面に倒れ込み、起き上がるため足に力を入れたその時、違和感を感じて足に視線を移す。

その瞬間、キリトの目は見開かれ、同時に今まで感じたこともない激痛がキリトを襲った。

 

「ぐああああああーーーっ!!!」

 

キリトの右足の太腿から下が斬り落とされていたのだ。

地面に伏して激痛にもがき苦しむキリトを見下ろし、男はその刃をキリトの首に近づけた。

 

「キリトォーーーっ!!」

 

クラインがそう叫びながら男の背後から斬りかかる。

だが男は振り返らずにただ刀を背中に回してクラインの刃を受け止めた。 

 

「そんな散漫な刃で俺を斬れるものか」

 

男は吐き捨てるように告げると、振り向きざまに回し蹴りを叩き込んだ。

そして刀を左手に持ち替え、バランスを崩してよろめくクラインの腹部に勢いよく突き出す。

『ザシュッ!!』と言う音が鳴り、クラインの腹部を鈍色の刃が貫いた。

 

「クラインさん!!」

 

その時、シリカが短剣を手に男に向かって背後から飛びかかった。

だが男は刀から手を離し、そのまま振り返ると自身に飛び込んでくるシリカの首を掴んだ。

そして彼女の首を掴んだまま男はシリカを地面に叩きつける。

固い地面に叩きつけられたシリカの頭を、男は容赦なく踏みつける。

 

「その程度の実力で俺に斬りかかろうとは……愚かな奴だ」

 

呆れた表情でシリカを見下ろしながら男はそう吐き捨てた。

 

「シリカちゃんから……離れろおおおぉーーーっ!!!」

 

その直後、サチがそう叫びながら槍を男に向かって突き出す。ソードスキルの光を纏った槍の先端が男の首元を捉えた。

タイミング的に回避することは不可能。

しかしその時、男の右目がサチの方に向けられた。

その瞬間、禍々しい深紅の瞳に睨まれたサチはまるで石になったかのように動きを封じられた。

 

なっ────?!体が……動かない……どういう事?一体何が?!

 

サチの心中を察したのか男はニヤリと口端を吊り上げ、

 

「何が起きたか分からない、という様子だな?

これは妖術ではないぞ。現実世界に存在する、まあ一種の催眠術のようなものだ。

二階堂平法“心の一方”。それをこの世界でシステム外スキルとして昇華させたものだ」

 

「ぁ……ぁぁ……」と呻き声しかあげられないサチに対し得意げに話す男。

 

「人間は恐怖に脆い…その脆さを突いて高めた剣気を相手にぶつけ動きを封じ込める……」

 

そして男はサチ顎を掴んで、その首元に刀を添えた。

 

「苦しいだろう。心の脆い人間ほど術にかかりやすい……」

 

「ぁあ……っ!」

 

「ぐ……サチイィィーーッ!!!」

 

キリトが激痛に耐えながら何とか立ち上がろうとするが、右足を切断されているため起き上がることすら叶わない。

サチはいよいよ死を覚悟して目を閉じた。

 

するとその時だった。

 

 

迷宮区の奥から銀色の疾風が男を突き飛ばした。

サチは催眠が解けたのか地面に尻股を突いて座り込んだ。

そして顔を上げると、視界に入って来たのはたなびく白マント。

 

「ククク……貴様なら必ず来ると思っていたぞ」

 

男は愉快そうに肩を上下させて笑い出し、その人物の方を見た。

 

「また会ったな────《白夜叉》」

 

「て……ティア!」

 

ティアは刀の切っ先を男に突きつけ、鋭い目つきで睨んでいた。

 

「貴様……娘に飽き足らず私の仲間にまで手を出すか……

ジャック・ザ・リッパー!」

 

ティアは敵意を剥き出しにしながら男────ジャックに斬りかかった。

地面から勢いよく飛び出してティアは刀を横一閃に振るい、ジャックは剣を真上から振り下ろす事でそれを防いだ。

二人の位置が入れ替わり、背中合わせに並ぶ。

 

そして二人は同時に振り返り、ティアは下から、ジャックは上から刀を振り下ろす。

金属がぶつかり合う音と凄まじい火花が何度も飛び散る。

 

ティアとジャックは刀を弧を描くように何度も振る。

ティアは目の前に迫る刃を上体を後ろに逸らす事で回避し、返しにジャックの頭部目掛けて突きを放つが彼は首を横に傾ける事でそれをかわす。

両者の実力は拮抗していた。

 

一度二人は距離をとって睨み合う。

 

「ふん……流石は四天王の一角である白夜叉だな。

しかし貴様の剣には何かが欠けている……」

 

そう言ってジャックティアに斬りかかる。

鍔迫り合いの最中、ジャックはティアの目を見つめながら何かを悟ったように切り出した。

 

「見えたぞ……貴様は人斬りの快楽を恐れている」

 

「────何?」

 

ティアはジャックのその指摘を受け目を見開く。

その瞬間、ティアの集中力が僅かに乱れ、ジャックはその隙を逃さず猛攻を加える。

先程と打って変わって桁外れの剣速にティアは防戦一方だ。

 

「前にも言ったろう?貴様の本性は修羅だ……人を斬りたいという本能が確かにある。

だが理性がそれを抑えている」

 

「私の本性が……人斬りだと言いたいのか?」

 

「ああそうだ……俺は知っているぞ?貴様がかつて人を斬った事を……その瞬間もな」

 

「っ?!」

 

その瞬間、ティアの両眼は見開かれた。

ティアの脳裏に蘇るのは、あの忌まわしい男の顔、その最期。

あの時、ティアはジェネシスを手に掛けようとした野蛮な男をその手で斬り殺した。あの瞬間を目撃されていた事実に、ティアは信じられない思いだった。

 

「だから言っているのだ、貴様は俺と同じ人斬りだとな」

 

勝ち誇ったような笑みで宣うジャック。

そんな彼の言葉を、ティアは首を横に振って否定する。

 

「違う……違う!私の剣は人を斬るためのものじゃない!」

 

そしてティアは自身の刀をジャックに向けて

 

「私の剣は……この世界を……この世界の人を救うための剣……活人剣だ!」

 

「そうか、ならば試してみるか?」

 

するとジャックは刀をゆっくりと左腰の鞘に収めた。

 

「お前の言う活人剣とやらと、俺の人斬りの剣……どちらが真に強いのか。思い知らせてやろうじゃないか」

 

そう言ってジャックは腰を落とし、左半身を引く。

あの構えはティアもよく知っている。抜刀術の構えだ。

ティアも同じように刀を収めて抜刀術の構えをとる。

2メートルほどの間隔を開け、両者は静止し睨み合う事数秒。

 

同時に右足を勢いよく踏み出し、左腰の刀を勢いよく引き抜く。

銀色に輝く刃が勢いよくぶつかり合う。けたたましい金属音と今日一番の火花が飛び散る。

 

そして、宙に一つの金属の刃が舞った。

 

「な……」

 

ティアは自身の刀を見る。

かつて名工であるレインに鍛えてもらった刀《銀牙》が、真っ二つに折れてしまっていたのだ。

 

自身の敗北を悟り、ティアは地面に片膝をついた。

そんな彼女を見下ろし、ジャックは嘆息しながら言う。

 

「分かっただろう、貴様の活人剣などで俺は止められん」

 

そしてジャックは刀を上に掲げ、それをティアの首に勢いよく────

 

振り下ろさずに、再び左腰に収める。

 

「精々人斬りとなって出直すんだな」

 

するとジャックの身体が周りの景色に溶け込むように消えていく。

 

「あれは……隠蔽スキルか!」

 

ようやく回復したキリトがジャックを追うため駆け出す。

 

だが彼がジャックに到達する前に、ジャックは消えた。

 

ティアはやがてゆっくりと立ち上がると、半ばから折れた自身の刀を見つめた。

 

折れた刀身は光を失い、やがてガラス片となって消滅した。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回の話はジャズがやりたかった事の一つです。

では、短いですが今回はこの辺で。


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三十六話 Comment vas-tu!

最近コロナばっかりでうんざりしてるジャズです。皆さんは大丈夫でしょうか?

さて、今回新たにオリキャラが出ます。


七十六層アークソフィア

 

「しっかし……また派手にやられたな」

 

ティアとジェネシスが寝泊りする宿部屋のリビングで、ジェネシスは折れたティアの刀を見て呟いた。

 

「うん…手も足も出なかったよ」

 

「ジャック・ザ・リッパー、ねえ……また面倒くさそうなのが出てきたもんだ」

 

ジェネシスはソファに腰掛けながら参ったとばかりに呟く。

 

「キリト達は?」

 

「ジャック・ザ・リッパーの情報を集めに行ったよ。あれは、絶対に無視できない存在だしね」

 

キリト達は彼との戦いの後、その次の日からジャックの捜索及び調査に向かった。ただでさえ危険性を孕んだ性格の上、痛覚抑制機能であるペインアブゾーバーを無効化する武器を持っているのはあまりにも脅威的すぎる。

 

「それよか問題は、おめぇの刀だな」

 

「うん……そうだね」

 

折れてしまったティアの刀、『銀牙』。それに代わる新たな刀を製作しなければならない。その為にはやはり、最高レベルの素材を手に入れる必要がある。

 

「こういう時は、あそこだな」

 

ジェネシスはそう言ってソファから立ち上がり、ティアもそれに続く。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「……で、懲りずにまたやって来たと言うわけか」

 

ホロウエリアの管理区で、ツクヨはキセルを蒸しながら呆れた表情で言った。

因みにどうやらフィリアは不在のようだ。

 

「刀が折れたんだ。しゃーねえだろ」

 

「ほう?刀が折れたと?一体どんな使い方をすれば折れるのかのう?」

 

ツクヨは悪戯な笑みを浮かべながらティアに詰め寄る。

 

「……うるさい。いいから黙って付き合え」

 

ティアは視線をそらしてややぶっきらぼうに言い、管理区の出口に向かう。

 

「全く……付き合わされる身にもなれと言うものじゃな」

 

ツクヨは呆れ顔で呟いたあと、それに続く。

 

一行はホロウエリアの草原地帯を歩いていた。

一面が緑豊かな草木で覆われ、温かい日差しも相まって快適な気温だった。

 

「これがピクニックならよかったんだがな」

 

「馬鹿を言え。ここはモンスターの大量出現地帯じゃ。主らもそれを知ってここに来たのじゃろう。まあ、あんなモンスターと戯れながらでもいいと言うなら、どうぞ先にやるがいいでありんす」

 

ツクヨが顎で指した先にいたのは、巨大な熊。

《フリージングベアー》という名のモンスターだ。

 

「奴からドロップするアイテムを使えば、そこそこいい刀でも作れるじゃろう」

 

「こんな草原にフリージングベアーとかあいつ出る場所間違えてんだろ」

 

ジェネシスとツクヨはそう交わしながら武器を構えた。

ティアもメニュー欄から予備の刀をオブジェクト化し、引き抜く。

 

「そんななまくら刀で戦えるのか?」

 

「無いよりはマシだろう、こんな刀でも少しは戦える」

 

ツクヨはティアが引き抜いた刀を見て尋ねる。

ティアは強気にそう答えるが、その刀は銀牙に比べて輝きも鈍く、見るからに安物の刀であった。

 

フリージングベアーはティアに爪を立てて突っ込む。

ティアは回避行動は取らず、その場で抜刀術の構えをとる。

左腰の刀が銀色の鋭い光を帯び、刀居合スキル《辻風》が発動、勢いよく抜刀し熊の爪とティアの刀が火花を散らしてぶつかり合う。

しかし、『バキン!!』と言う音と共にティアの刀が刀身の半ばから叩き折れた。

 

呆気に取られるティアの一瞬の隙をつき、熊は反対側の腕でティアを殴りつけた。

 

「ぐっ…!」

 

ダメージを受け草原を転がるティア。

何とか体勢を立て直すティアだが、彼女の右手に握られた刀はガラス片となって消滅した。

 

「だから言わんことじゃ無い。主は大人しく下がっていなんし」

 

「………チッ」

 

ティアは悔しそうに舌打ちをしつつも、ツクヨの言う通りに数歩下がった。

 

「さて、主の嫁に嫉妬されんうちにさっさと倒すとしようかのう」

 

「ああ、ティアに手ェ出した罪は重いぜ」

 

ジェネシスは大剣を振りかざして熊に突っ込む。

熊から交互に繰り出される巨大な拳とジェネシスの赤黒い大剣がぶつかり合う。

熊がジェネシスに気を取られている隙に、ツクヨが背後から手裏剣や苦無を投げつける。

 

熊は雄叫びを上げて背後に腕を力任せに振るうが、そこには既にツクヨの姿はなく、空振りに終わる。

 

「おおおおお!」

 

その時、ジェネシスが赤黒い光を纏った大剣を横薙ぎにする。

 

暗黒剣二連撃スキル《ヘイルストライク》

 

斬撃の余波で発生する暴風が辺りの草を大きく揺らす。

攻撃を受けた熊はジェネシスの方を振り返ると、口からブレスを吹きかけた。

 

「何っ?!」

 

するとそのブレスでジェネシスの足元が凍りつき、身動きが取れなくなる。

 

そこへ熊が容赦なく拳を繰り出した。

 

「ぐおおっ!」

 

ジェネシスはその攻撃を受け大きく吹き飛ばされた。

 

「久弥っ!!」

 

ティアが慌てて彼に駆け寄る。

熊のレベルがそこまで高くないのか、幸いHPはそれほど減ってはいない。

 

彼らに対し、熊は追撃を与えるため両腕を振り上げて接近する。

ツクヨは彼らの救援に向かうが、その前に熊の前に立ちはだかるものが現れた。

 

 

 

それは、純白の衣装を纏った少女だった。

右手には2メートル程ある大きな槍を持ち、左腰には片手剣をぶら下げている。

 

 

少女は彼らの方に一瞬振り返って微笑みを浮かべると、両手で槍を掲げた。

 

「 C’est mon drapeau. Occupe-toi de mes compatriotes(我が旗よ、我が同胞を守りたまえ).」

 

彼女がそう唱えた瞬間、槍の先端部分に巻きついていた布が大きく展開した。

そう、それは槍ではなく、旗であった。

 

旗の布からゴールドの光が放出され、彼女を中心に三角形上のバリアが展開される。

 

「Luminosite eternelle!」

 

金に輝く暖かな光がジェネシスとティアを包み込み、熊の拳を受け止める。

拳とバリアはしばし拮抗していたが、やがてバリアが熊の拳を弾き飛ばした。

バリアを展開していた旗は布が自動的に折り畳まれ、再び槍の形状となる。

 

Maintenant, préparez-vous(さあ、覚悟なさい)!」

 

槍の先端が黄色い光を帯び、ソードスキルが発動する。

 

「《Le Jugement de la Lumière(光の裁き)》!」

 

その光の槍は熊の腹部を貫き、一気にHPを消し飛ばし消滅させた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「あ、ちょストップストップ!」

 

戦いが終わり、歩き去ろうとする白無垢の少女をジェネシスが呼び止めた。

少女は怪訝な表情で振り返る。

 

「えーっと……あ、I really thank you for help us」

 

ジェネシスはなんとか捻り出した英語で彼女に礼を述べるが、少女は苦笑して首を横に振った。

 

すると何かに気づいたティアが一歩前に出る。

 

Excusez-moi, êtes-vous Français (すみません、君はフランス人なの)?」

 

ティアのフランス語を聞いた瞬間、少女ははっと顔を上げた。

そしてじわりと両目に涙を浮かべた後、わっと泣き出した。

 

Oh, Quel problème!(ああ、なんて事かしら!)

J’ai rencontré une personne avec des mots progressistes(漸く言葉が通じる方と出会えたわ!)!!」

 

そして少女はティアの両手を掴み、

 

Dieu, merci pour cette rencontre(主よ、この出会いに感謝を)!」

 

興奮気味に早口口調で捲し立てた。

 

Attends, attends et installe-toi(待て待て、落ち着け).」

 

フランス語でやり取りするティアと少女を見つめ、ジェネシスとツクヨはただ困惑した。

 

「何言ってるか全然わからないんだが……」

 

「わっちも同じじゃ」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

彼らが戦った《フリージングベアー》からツクヨの言う通り武器の素材アイテムがドロップし、目的を果たした一行は管理区まで戻って来た。

 

「さて、そんじゃ俺たちは戻るぜ」

 

「ああ。次はいい刀を持ってくるんじゃな」

 

「Au revoir」

 

彼らは転移門の青白い光に包まれ、姿を消した。

 

「………あ」

 

ここでツクヨは何かを思い出した。

 

「あの男……ジョーカーの事を伝え忘れたわ」

 

 

〜七十六層・アークソフィア〜

 

 

街の中央にある転移門から3名の男女が現れる。

 

彼らは新しく出会った少女を連れて宿屋まで歩く。

少女はジェネシス達の後を、物珍しそうに辺りを見回しながら歩く。

 

「ああ、その前に……」

 

ふと、ティアが進路を変更して別の方向に歩き始める。

 

向かった先は鍛冶屋。《グリム武具店》

 

「なんだ、リズベットはまだ二号店やってねーのか」

 

「そう簡単にお店は開かないよ。多分リズちゃんも色々苦労してるんじゃないかな」

 

店の外観はコンクリートで出来た質素な見た目。

木のドアを開けると、中には様々な武器が飾ってある。

 

「いらっしゃいませ」

 

中にいたのは、男性プレイヤー。平均的な身長に平凡な見た目の男性だった。

 

「えっと、オーダーメイドを頼みたいのですが……」

 

「畏まりました。では、素材をお預かりします」

 

ティアはグリムに今回ゲットしたアイテムを手渡す。

ジェネシスはそれを見守っていたが、ふと少女の方を見ると、彼女は壁にかかっている武器を取っ替え引っ替えして見ていた。

 

〜数分後〜

 

「お客様、お待たせいたしました」

 

グリムが店の奥から布に包まれた長細い金属を持ってやって来た。

3人はカウンターテーブルに駆け寄り、グリムがそのテーブルにそれを置く。

グリムは丁寧に布を解いていき、やがてその中から現れたのは、眩い銀色の光を放つ日本刀だった。

 

「銘は《雪片》。性能としては伝説級のものになります」

 

ティアは雪片を手に取ると、早速茎を柄に差し込んで試し振りをした。

 

鋭く、それでいて心地よさすら感じさせる風切り音が鳴り、銀の刃の奇跡が空中で弧を描いて現れた。

 

「Belle……」

 

少女はその刀の美しさに見惚れて思わずそう呟いた。

 

「ああ、とてもいい刀だ……」

 

「お気に召したようで何よりです」

 

グリムは刀の絶賛にやや嬉しそうに頭を下げた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ティアの新たな刀を手に入れた一行は、いよいよ普段寝泊まりしている宿屋へと足を運んだ。

ドアを開けると、中には既にいつもの面子が揃っていた。

 

「よう、ジェネシス。戻ったのか……って」

 

キリトがジェネシス達に声をかけると、後ろの少女に気づき怪訝な表情をした。

 

「えっと、この子は……?」

 

「あーえっとな、ホロウエリアでちょっと手を貸してくれたんだ」

 

アスナの問いにジェネシスがそう答えた。

 

「ああ、一つ付け加えるとこの子は海外のプレイヤーでな。これまで言葉が通じるものが居なくて苦労していたそうだ」

 

フランス語で彼女とやりとりをしたティアがそう付け加えた。

 

「海外プレイヤー?!そんな人まで居たのか……」

 

「言葉が通じないって……それって凄く大変だよね」

 

キリト達が少女の方を見遣ると、やはり何を言っているのか理解できないのか頭に“?”マークを浮かべている。

 

するとそこへ……

 

「パパ、ここSAOには海外からのプレイヤーの為に、言語翻訳機能がついていますよ」

 

そう教えたのは、部屋の奥からひょっこりと現れたレイ。

 

「マジでか」

 

「はい、マジです!」

 

レイは得意げな顔でそう答えると、トコトコトコトコ少女の方へ歩き、「ちょっと失礼しますね」と彼女の右手を拝借しメニュー欄を開く。

 

ある程度操作を終えると、「これで大丈夫です!」と設定を終えたらしいレイが少女から離れた。

 

『…あ……えっと……』

 

戸惑った様子の少女から聞こえて来たのは、日本語。

 

「おおっ、日本語になってるじゃねえか!」

 

『ええっ?!つ、通じてる!』

 

少女は驚愕のあまり目を見開いた。

 

「凄い……SAOにはそんな機能まであったのね……」

 

『あうう……私のこれまでの苦労とは一体……』

 

少女はそう言って地にへたり込んだ。

 

「まあ、これで万事解決ってもんだな。で、てめぇさえよけりゃだが、これからも仲良くしてくれ。俺はジェネシス。よろしく頼むわ」

 

ジェネシスはそう言って右手を差し出す。

 

『えっと……い、いいんですか?』

 

「ああ。君なら間違いなく私達のいい仲間になってくれると思う。それに、助けてもらった礼をまだ出来ていないしな。これからその礼もさせてくれ。私はティアだ」

 

ティアも人の良さそうな笑顔で少女に言った。

 

少女は一瞬戸惑った表情だったが、

 

『わ、私でも力になれるなら……喜んで!』

 

少女は笑顔でジェネシスの手を取り握手を交わす。

 

『私の名前は《ジャンヌ》。お会い出来て、本当に良かった!!』

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回出てきたキャラクターのモチーフは、もう皆さんお気づきでしょう。
FGOのジャンヌダルクです。欲しいんだけど中々出てこない……

では、次回もよろしくお願いします。


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三十七話 糖分補給〜チョコレートマカロン〜

どうも皆さん、ジャズです。
今回、『衛宮さんちの今日のごはん』要素があります。


七十六層・アークソフィア

 

ジェネシス達が過ごす宿部屋の窓から眩い朝日が差し込む。

その光でティアは眠りから目覚める。

上体を起こし、腕を上にあげて身体を伸ばす。

ふと隣を見ると、未だ夢の中にいる恋人のジェネシスがいた。何度見ても飽きない、愛しい彼のあどけない寝顔。

 

「ふふっ……おはよう、久弥」

 

ティアは小声でそう呟きながら、彼の頬を愛おしそうに撫で、すやすやと寝息を立てる唇にそっと口づけをした。

そして彼を起こさないように慎重にベッドから降りると、寝巻きの青いキャミソールから普段着の青い胸元の開いたニットにジーパン、そして白いマントを羽織って着替え、部屋を出た。

 

宿から出て広場に出る。

少しひんやりとした空気が肌を撫で、温かい日光が全身を照らし、心地よい空気にティアは包まれる。

 

しばしその空気に浸ったのち、アイテム欄を開く。

その中からとある武器をオブジェクト化する。

 

純白の鞘に銀色の光を放つ鍔。

そしてその柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜く。

 

その刃は日の光を反射して鋭く、そして美しく輝く。刀身はしなやかに湾曲し、刃紋は滑らかな波を打っている。

かつて自身の武器であった銀牙にも勝る名刀、《雪片》。

 

ティアは雪片の柄に左手を添えると、それを真上に構え、そして勢いよく振り下ろす。

 

その刀を今度は自身の左側に持ち上げる。刀の切っ先を前に向け、中段に構える。

その体制から左足を踏み出し、刀を右下方向に振り下ろす。

『ヒュン』と言う鋭い風を切る音が静かな街に響く。

 

素振りをするティアは、以前ジャック・ザ・リッパーから言われた言葉を思い出していた。

 

『お前の活人剣などでは俺は止められん』

 

────そんな事はない

 

『人斬りになって出直してこい』

 

────私は人斬りなどにはならない!

 

ティアは頭に響く宿敵の声を掻き消すように刀を振う。

 

「綺麗……」

 

ふと響いた声にティアは素振りを止め声が聞こえた方に視線を移す。

緑色の装備に身を包んだポニーテールの少女、リーファが瞳を輝かせてティアを見つめていた。

 

「……はっ!あ、お、おはようございますティアさん!」

 

「ああ、おはようリーファ。早いんだな」

 

ティアは笑顔でリーファに対し言った。

 

「はい。現実じゃ剣道部の朝練があったので、その習慣で」

 

「へえ、剣道部だったのか。私もリアルでは剣道をやっていたよ」

 

「えっ、本当ですか?!」

 

そこからリーファとティアは剣道の話で盛り上がった。

始めたきっかけ、剣道で大変だったことや思い出に残っている事など、話題は尽きなかった。

 

「あの、ティアさん……試合しませんか?」

 

「試合?」

 

「はい!同じ剣道をやるもの同士、少し力比べをしたいと思いまして……」

 

するとティアはすうっと目を細め、

 

「ああ、構わないぞ。だが……手加減するつもりは無いがいいのか?」

 

「ふふっ、甘いですよティアさん。確かにSAOでの時間は私の方が短いですが、これでもリアルじゃ剣道の全国ベスト8ですよ?それに、同じVRMMOのALOは一年近くやっていましたから、私だって一方的に負けるつもりはありませんよ?」

 

リーファはティアの問いに対し不敵な笑みで返す。

 

「いいだろう、上等だ。受けて立とう」

 

ティアはメニュー欄からデュエル申請画面を開く。

リーファはそれを承諾すると左腰から長刀を抜き、それを正面に両手持ちで構える。

60秒のカウントが徐々に減っていき、二人の緊張感が高まっていく。

 

そして0になり、デュエルが始まった瞬間、リーファは飛び出した。

真上から振り下ろされる一撃を、ティアは刀を水平に振るうことで受け止めた。

 

「面ぇん!!」

 

「甘い!!」

 

再び繰り出される斬撃をティアは難なく防ぐ。

刃がぶつかり合う度に火花が飛び散り、金属の音が人気の少ない早朝の街に轟く。

 

「くっ…(やっぱりティアさんは強いや……そう簡単には決めさせてはくれないか!)」

 

「(中々やる……だがまだソードスキルの使い方が甘い!)」

 

二人は一度距離を置き、リーファは剣を自身の右側で垂直に持ち、ティアは刀をゆっくりと鞘に収め、抜刀術の体勢を取る。

数秒間睨み合ったのち、先にリーファが動いた。

片手剣ソードスキル《ソニックリープ》を発動し、ソードスキルのシステムアシストによる勢いに乗って一気にティアとの距離を縮めていく。

対するティアは刀居合ソードスキル《辻風》でそれを迎え撃つ。リーファの速度を注視し、抜刀のタイミングを見極める。

そしてリーファの剣が自身に向けて動いた瞬間、ティアは右手を刀の柄にかけた。右足を大きく踏み出し、その勢いに乗せ上体を時計回りに回し、刀を素早く抜刀する。

リーファのエメラルドグリーンに光る剣と、ティアの銀色の光を放つ刀が大量の火花と凄まじい音を立てた衝突した。

しばし二人の剣は拮抗したのち、それぞれの剣の軌道がそれぞれの目標を逸れて振り抜かれる。

 

「わわっ!」

 

しかしその時、リーファがソードスキルによる勢いを殺す事が出来ず、そのままティアに対して倒れ込む。

 

「えっ……?」

 

ティアは予想外の事態に反応が遅れ、そのままリーファに覆い被さられる形で倒れ込む。

二人が重なって倒れた瞬間、リーファの顔が『ポニュッ』という柔らかい感触に包まれる。

 

リーファはこれが何なのか分からず、そのまま顔を上げる。

目の前には青と肌色のふくよかな二つの双丘があった。

少し視線を上に上げると、目を丸くして自身を見つめるティア。

その瞬間リーファは全てを察した。自分の頭を守ってくれたクッションはティアの……

 

「わ……わーーっ!!ごめんなさいティアさん!」

 

リーファは慌ててその場から飛び退いた。

 

「い、いや……気にしないでくれ」

 

ティアは平然とした様子で起き上がる。

リーファは両手で自身の頬をさすり、先程まで自分の顔を包み込んだあの柔らかい感触を思い出す。

 

「あの、ティアさん……その、えっと……お、大きいですね?」

 

リーファは少し冷静さを欠いており、何を言えば良いか分からずとりあえずそう口にした。

 

「え……」

 

そう言われ、ティアは戸惑いの表情を浮かべる。

確かに自分の胸は他の女性に比べるとやや大きい方かもしれない。

しかし目の前のリーファはどうか。自分より年下なのにも関わらず、自分のものよりも一回り大きい。

 

「そういうリーファも、中々だと思うが……」

 

「ええっ?!て、ティアさんそれは……あ、あうぅ…///」

 

ティアにそう指摘され、一気に赤面するリーファ。

気まずい空気が流れ、しばし二人は沈黙する。

 

「……も、戻ろうか」

 

「そ、そうですね!そろそろ朝ご飯の時間ですし!戻りましょう!」

 

二人は立ち上がると、並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「あ、い、ウ、、え…お……」

 

「うんうん、上手に発音出来てるわジャンヌ!」

 

「ア…… merci.」

 

「ジャンヌ、今はフランス語は禁止だぞ?」

 

「あ……アリガトウゴザイマス」

 

朝食を終え、皆各々時間を潰す中、アスナとティアとジャンヌは同じテーブル席で何やら話し合っていた。

 

「あいつら何やってんだ?」

 

「日本語の勉強、だってさ」

 

それをカウンター席でコーヒーを飲みながら見ていたジェネシスの問いに対し、隣に座るキリトが答える。

 

「日本語の勉強って……翻訳機能があんのに何でわざわざ?」

 

「ジャンヌが翻訳機能無しでも話せるようになりたいって言ってさ。それでアスナとティアが付き合ってるんだよ」

 

そう言ってキリトは一枚の紙を見せる。

 

「ジャンヌが最初に書いた日本語だ」

 

そこに書かれていたのは……

 

 

『みなちんこんにさわ わたしわぢゃんめです』

 

 

 

「ブッ……」

 

それを見てジェネシスは思わず飲みかけのコーヒーを吹き出してしまった。

 

「ご覧の通りだ。“さ”と“ち”・“ぬ”と“め”の区別がついてないみたいでな。

今も苦戦してるよ」

 

キリトが苦笑しながらジャンヌの方を指差すと、彼女は「あうぅ…」と頭を抱えていた。

 

「……ちょっくら出てくるわ」

 

ジェネシスはコーヒーを飲み切り、カップをテーブルに置くと立ち上がった。

 

「ん、どこに行くんだ?」

 

「ま、ちょっとした気まぐれだ。勉強には息抜きが必要だろ?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ジェネシスが買い物や料理の素材集めの為にフィールドでクエストやモンスター狩りを行い、戻ってきた頃には既に昼を回っていた。

 

扉を開けて宿の食堂に入ると、いつものメンバーが既に揃っていた。皆はそれぞれのグループで雑談を交わす中、ジャンヌの方を見ると、彼女は未だに机に向かって読み書きの練習をしており、それをティアとアスナの二人が見守っていた。

 

ジェネシスはそれらを見ながら宿のリビングを通っていき、そのままバーのカウンターの中へ入っていく。

 

「エギル、ちょっくらキッチン借りるぜ」

 

「ん?ジェネシスか?まあ構わねえが……」

 

バーカウンターで食器を拭いていたエギルにそう言い、中に入って行く。

 

「さて……いっちょやるか」

 

ジェネシスは台所に今日集めた素材を並べる。

 

・アーモンドプードル

・粉糖

・ココアパウダー

・卵

・グラニュー糖

・ビターチョコ

・生クリーム

 

「フランスの定番の菓子と言ったら……やっぱマカロンだな」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

始めにガナッシュ作りから。

まず生クリームを鍋に入れて沸騰直前まで温め、温め終わったら火からおろす。その中にビターチョコを割って入れ、ヘラで良くかき混ぜる。

混ぜ終わったらボウルに入れて蓋をし、冷蔵庫で冷やす。

 

続いて生地。

網皿などに粉類を投入し、振るいながらボウルに入れる。

続いて別のボウルに卵の白身を投入し、白っぽくなるまで混ぜ合わせる。グラニュー糖を四回に分けて加え、その都度泡立つまで混ぜ合わせる。ツノが立つまで混ぜ合わせたらメレンゲの完成。

そこへ先程振るった粉類を投入し、メレンゲの泡を潰さないよう切るように混ぜる。馴染んできたらボウルの側面に押し付けるように混ぜる。ヘラをすくって全体が繋がりゆっくり落ちるようになったら完了。

 

天板にシートを引いて、先程混ぜ合わせた生地を直径3センチくらいの大きさに分けて並べ、一旦乾かす。この時しっかり乾かさないとオーブンに入れた時に生地が割れてしまうので注意。

十分に乾いたらオーブンに入れて焼く。本来は13分ほどかかるのだが、ここはSAOなので数秒で出来上がり。

 

焼けたら生地の片方に、先程冷やしたガナッシュを塗り、挟み込んで、チョコレートマカロンの完成。

一応全員が食べられる分量で作ったので個数は約60個。かかった時間はここまでで僅か5分。SAOの料理は色々と簡略化されているので味気なく感じるが、工程が楽なので助かる面もある。

 

60個のマカロンを皿に盛り付け、それをジャンヌ達が座るテーブルに運んでいく。

 

「よう、捗ってるか?」

 

「ああ、ジェネシス……って、それは?」

 

ティアがジェネシスに気づくと、彼が持つ皿いっぱいに盛られたマカロンを見て目を丸くする。

 

『ま、マカロンじゃないですか!!』

 

「こ、これ…貴方が作ったの?!」

 

「ああ、そうだ」

 

ジャンヌが嬉しそうに飛び上がり、アスナが驚いた表情でジェネシスを見る。

 

「勉強してっと糖分が欲しくなるだろ?まあこの世界じゃ栄養なんて無いが……まあとりあえず息抜きがてら食っとけ」

 

「ジェネシスお前……料理なんて出来たのか?!」

 

「まあ甘いもの欲しさに自分で色々やってたからな。コンプはまだだが、ある程度なら出来るぜ」

 

「ま、マジか……」

 

キリトの問いかけに対しジェネシスはあっけらかんと答えた。

すると騒ぎを聞きつけた仲間達が次々と集まり始めた。

 

「えっ、これジェネシスさんが?!」

 

「すごい……美味しそう……!」

 

「あんた…中々やるじゃ無い」

 

「人は見かけによらないのね」

 

シリカ、サチ、リズベット、シノンが口々に言った。

 

「パパ、さすがです!」

 

「これ、僕らも食べていいですか?」

 

「構わねーよ。全員分作ってあるから」

 

「やったあぁー!」

 

その瞬間、全員が山積みにされたマカロンに手を伸ばした。

 

『ではジェネシスさん、いただきます』

 

ジャンヌは一口サイズのマカロンを口の中に放り込んだ。

 

噛んだ瞬間、『サクッ』という食感とビターチョコの甘すぎない味が口内に広がる。

 

「お、美味しい…!」

 

「ああ、これは美味いな!」

 

アスナとキリトがマカロンの味を絶賛する。

するとティアがジェネシスの方を向き、

 

「ジェネシス、どうせならアレも淹れてくれないか?」

 

と追加注文する。

ジェネシスはアレが何なのかを察し、「しょうがねえなあ」と苦笑しながらカウンターへと向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

ミキサーのコンテナに牛乳、コーヒーの粉、キャラメルソース、そして氷を入れ、ミキサーを起動して混ぜ合わせる。

 

出来上がったものをカップに注ぎ、生クリームを乗せたら完成。

これもフランス由来の飲み物、《フラッペ》だ。

人数分のカップに注いだ後、バットに乗せて運ぶ。

 

「出来たぞ。俺特性《キャラメルエスプレッソフラッペ》だ」

 

『こ、これがニホンのフラッペ……!』

 

「すげえ……マカロンによく合う!」

 

皆運ばれたフラッペのストローに口をつけて、感想を述べる。

コーヒーの苦味とキャラメルソースの甘味が見事にマッチし、口当たりの良い味わいとなっている。

 

『マカロンとフラッペ……現実世界を思い出します』

 

「んま、それを意識して作ったしな」

 

『そうだったんですね!本当にありがとうございます、ジェネシス!!』

 

「……気に入ってもらえたようで、何よりだ」

 

ジェネシスはそう言って、自身の作ったマカロンを口に放り込んだ。

 

それ以降、ジェネシスに対しエギルやアスナがスイーツやコーヒー飲料のレシピを頻繁に聞くようになったのは別の話。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今日紹介したマカロンとフラッペのレシピはネットで調べたものです。興味があれば是非一度試してみてください。
では、また次回。


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三十八話 罪の所在・S級食材晩餐会

こんばんは皆さん、ジャズです。

皆さん、コロナウイルスには十分お気をつけください。


「じゃあ、今日もありがとうな。フィリア」

 

その日、キリトとフィリアはホロウエリアでの探索を終え、管理区に戻ったところだった。

 

「うん、こちらこそ付き合ってくれてありがとね」

 

フィリアは笑みを浮かべながらそう答えた。

 

ここ最近、フィリアはよくキリトとホロウエリアを冒険していた。時にモンスター狩りを行ったり、時にフィリアの得意なトレジャーハントを行ったり。

当初フィリアは、ツクヨ以外の人間には冷ややかな対応をしていた。彼女が置かれたホロウエリアでの過酷な環境が、彼女の心を次第に閉ざさせてしまったのだ。アインクラッドのような安心して眠られる宿や街も無ければ、安全圏でゆっくり休めるわけでも無い。そんな状況が二ヶ月も続き、次第に彼女の精神は疲弊し、摩耗してしまっていたのだ。

 

だがツクヨと出会い、そしてキリトとジェネシスに出会った後、彼女は少しずつではあるが何かが変わっていくのを感じた。

否、戻っていくと言う方が正しいだろう。閉ざされていた心の扉が次第に解放されていく感覚。事実、フィリアはここ最近よく笑うようになった。上部だけの笑顔ではなく、心からの笑顔を。

 

だからこそ迷っていた。自分が抱える秘密、ホロウエリアから出られない真相、そして自分が何をしてしまったのかを……。

 

「そう言えばフィリア」

 

ここでキリトが何かを思い出したようにフィリアに言う。

そしてこう尋ねた。

 

「オレンジの解消法についてなんだけど……」

 

そこまで言って、キリトは申し訳なさそうに目を伏せた。

やはりか、とフィリアは内心苦笑した。

以前、キリトが現在もオレンジであるフィリアとツクヨのオレンジ解消法を調べる、と言っていたのだ。

 

「やっぱりそっか……」

 

「済まない、力になれなくて……」

 

肩を落とすフィリアに対し、キリトは頭を下げた。

 

「ううん、大丈夫だよ。むしろありがとう、私のために色々してくれて」

 

「力になるって約束したからな」

 

「ふふっ、そうだったね。本当にお人好しなんだから」

 

フィリアはそう言うと、そこで一呼吸おく。

 

「あのねキリト……私、本当はこのエリアから出ないんじゃなくて、出られないの」

 

「……え?」

 

キリトはフィリアの言葉に目を丸くした。

 

「出られない、って……どう言う事だ?」

 

「そのまんまの意味だよ、私はこのエリアから出られない……」

 

そこからフィリアは自身が何かしらのエラーによってホロウエリアに閉じ込められている状態であることを話した。

 

「そんな事が……つまりフィリアとツクヨはこのエリアに閉じ込められてるって言うことなのか……」

 

キリトは愕然とした表情で言った。

 

「うん……ごめんね、ずっと黙ってて」

 

「いや、いいんだ。とりあえずはフィリアとツクヨのエラーを解除しないといけないな。こちらで調べてみるよ」

 

「ありがとう、キリト……」

 

キリトは笑顔で頷き、ホロウエリアから去っていった。

 

やっぱり彼はいい人だ。初対面の私たちにそこまでしてくれる。

認めよう、私はキリトのことを────

 

「よお、愛しの王子様は帰っちまったのか?」

 

だがそんな私に、悪魔は近づいてきた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「“ジョーカー”?」

 

その日、ツクヨと共にホロウエリアを散策していたジェネシスが彼女から告げられた名前に首を傾げる。

 

「ああ。この間わっちらに接触してきたオレンジの男じゃ。聞いたことはないか?」

 

「ああ。全くねえな」

 

ジェネシスはツクヨの問いに首を横に振った。

 

「そうか……ならばいい」

 

「いやよくねえよ。なんだよそのジョーカーってのは何してきたんだ?」

 

「まあ、大した話などしてはおらぬ。じゃが……奴はあまりに危険な男じゃ」

 

「そうか。ならこっちでも調べておくぜ。気ぃつけろよ」

 

「ああ」

 

そうやりとりした後、ジェネシスは管理区からアインクラッドに帰還した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

七十六層の宿に戻ったキリトとジェネシス。

 

「ジョーカー……名前からして普通のプレイヤーじゃなさそうだな」

 

「同感だな。そいつはオレンジプレイヤーだとも聞いた。ひょっとすると……」

 

「ラフコフの生き残り、の可能性があるな……」

 

ラフコフ……かつてアインクラッドに存在した最悪の犯罪者ギルド《ラフィン・コフィン》。攻略組によって既に壊滅させられた組織であるが、その構成員は未だアインクラッドに多数存在すると言われている。

 

「とりあえず、この間の《ジャック・ザ・リッパー》の事も含めて、アルゴに調査してもらうよ」

 

「あー、あのネズミか……それが確実だわな」

 

そう交し、彼らは宿に戻った。

 

「あ、キリト!」

 

「お疲れ様です、ジェネシスさん」

 

出迎えたのは二人の紫の少女、ストレアとサクラだ。

 

「よお、なんだ来てたのか」

 

「ええ。今日は皆さんにお土産を持ってきたんです」

 

そう言ってサクラはメニュー欄を操作すると、机の上に特大の肉の塊が現れた。

 

「こいつは……」

 

「えっと……《ヒドゥンバイソンの肉》、だって?!」

 

キリトがアイテムの名前を見て目を見開いた。それもそのはず、この肉はSAOに存在する数ある食材の中でも最高級とされるS級レア食材なのだ。

 

「しかもこの量……丸々一頭分はあるんじゃねえか?」

 

「ええ、珍しくフィールドに沢山ポップしていたので、目につく分全て狩ってたらこんな量が取れちゃいました」

 

てへっ、と得意げに話すサクラ。

 

「で、こいつは誰が調理すんだ?」

 

「もちろんアタシ達だよ。料理スキルは持ってないけど」

 

ジェネシスの問いにストレアがそう答え、二人はうげっとした顔になる。料理スキルを持っていない者が料理なんてすればどんなゲテモノ料理になるか分からない。

 

「なら、私たちが作ろうか?」

 

いつの間にか話を聞いていたティアがそう言い、続けてアスナも頷きながら

 

「もちろん二つ返事で受けるわよ。何せS級レア食材なんて滅多に調理できないからね!」

 

「んじゃ絶品料理を頼むぜ」

 

「ああ、任された」

 

そう言ってティアとアスナは厨房へと足を運ぶ。

 

「あ、ティアさん!食材に余裕があれば、あたしもお料理を作りたいんですけど……」

 

「わ、私も!せっかくだから……」

 

するとシリカとサチがそう頼み込む。

 

「なら、あたしも料理してみようかな」

 

「あたしもやりたいです!」

 

続けてリズベットとリーファが加わり、

 

「じゃあ、私もやってみようかな?」

 

ハヅキもそう言って厨房へ歩き出す。

 

「えっ、ハヅキも作るの?」

 

「あ、うん……お兄ちゃんに、私の料理食べてもらいたいし……///」

 

「そ、そっか……じゃあ楽しみにしてる」

 

兄であるサツキの了承も得て、ハヅキは厨房に向かった。

 

『じゃあ、私もやります!この機会ですから、皆さんにフランス料理をご馳走しますね!』

 

ジャンヌも張り切った様子で厨房に駆け出した。

 

「えー?!みんなが作るならアタシも作るよ!」

 

「ね、姉さ…ストレアさん待って!……ああ、厨房が溢れかえっちゃう」

 

サクラが引き留めようとするも間に合わず、ストレアも向かってしまった。

 

「大丈夫だぜサクラちゃん。厨房はそれなりに広い。あれくらいの人数なら全然問題ないぜ」

 

「そ、そうなんですか?……じゃあ、私もせっかくだから行きますね」

 

サクラもそう言ってピンク色のエプロンを身につけて厨房に入った。

 

「………」

 

次から次へと厨房へと入っていく少女達を、シノンが離れた場所から見つめる。

 

「ん?おめぇはどうすんだシノン?」

 

「どうするって?」

 

「いや、おめぇは料理作んねえのかなと思ってよ」

 

するとシノンは怪訝な表情を浮かべ、

 

「……食べたいの?私の料理」

 

「質問を返すようだが……食べたいって言ったらどうする?」

 

シノンの問いに対しジェネシスは口端を上げて尋ね返す。

 

「ふふっ……冗談よ。私もやるわ。滅多に手に入らない食材なんでしょ?勝手は分からないけど……やるだけやってみる」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

〜数分後〜

 

少女達の賑やかな声が厨房から響くと共に、食欲をそそる香りが漂い始める。

 

「なんだ、今日は随分といい香りがするじゃねえか」

 

やって来たのはミツザネ。

 

「お疲れっす、親父さん」

 

「親父なんて呼ばれる筋合いはねえ……んで、厨房の方がえらく盛況のようだが」

 

ミツザネはジェネシスの隣に座ってそう尋ねる。

 

「実はS級レア食材が手に入って、それをみんなで料理してるんです」

 

「ほう?そいつは楽しみだな」

 

その後、料理が出来上がった少女達が次々に運んでくる。

 

リズベット 青椒肉絲

リーファ  牛丼

シリカ   肉じゃが

シノン   ローストビーフ

ストレア  よくわからないもの

ユイ    一口サイズのハンバーグ

 

彼女達の料理をそれぞれ味見程度に口にし、それらの美味さに舌鼓を打つ中、続いてやって来たのはハヅキだった。

 

「あ、あの…私も出来ました!肉豆腐です!」

 

彼女は両手で大鉢を抱え、それをテーブルに置く。

 

「おおお!すごく美味しそうに出来てるじゃないかハヅキ!」

 

「そ、そうかな?……えへへ」

 

兄であるサツキに絶賛され、嬉しさを隠さず頬が綻んでしまうハヅキ。

 

「うん、味も美味えな」

 

「ああ、すき焼き風とは考えたなハヅキ」

 

箸で少しだけ摘んで口にしたジェネシスとキリトもその味を褒め称えた。

 

「はーい!皆さんお待たせしました〜」

 

続けてやって来たのはレイ。

 

「おっ、レイか。お前は何を作ってくれたんだ?」

 

ジェネシスが楽しげにそう尋ねる。

 

「ユイがハンバーグでしたので、わたしはコロッケを作りました!」

 

レイの持つ皿には、ユイと同じく一口サイズの可愛らしいコロッケが積まれていた。

 

「おお!こりゃ美味そうな出来てんな〜」

 

「ありがとうございます!早速食べてみてください!」

 

ジェネシスは早速コロッケを一つとって一思いに口に放り込む。サクッとした食感と、中に詰められた牛肉の旨味が一気に口内に広がった。

 

「こりゃ最高だ!上手く出来たなレイ」

 

「わーい!ありがとうございますパパ!」

 

父親に褒め称えられ、嬉しそうに飛び上がるレイ。

 

「くう……よもやこの年で孫の料理が食べられるとは……!」

 

レイのコロッケを食べ、肩を震わせながら嬉し泣きをするミツザネ。

 

「ふうー、皆さん私も出来上がりましたよ〜」

 

続いてサクラ。彼女の持つ大きな皿には、一枚の大きな肉が。

 

「やっぱり牛肉と言ったらコレですよね!私はステーキを作りました!」

 

「シンプルかつ王道だな」

 

「ただ、皆さんお一人ずつ用意することは流石に出来なかったので、ここは皆さんで切り分けて召し上がってください」

 

そう言ってサクラは大きなステーキの乗った皿にナイフとフォークを一本ずつ置いた。

 

「わ、私も出来たよ〜!」

 

今度はサチがやって来た。

 

「私はこれ。《牛肉とキノコの和風パスタ》!」

 

早速フォークで少しだけ巻き取り、口に運んでみる。

 

「おっ、中々美味いな」

 

「ああ。あっさりしたいい味だ!」

 

「よ、良かった〜。料理はあまりやったことがなかったから不安で……」

 

ジェネシス達からそう言われ、安堵の表情を浮かべるサチ。

 

『みなさーん、私も出来上がりました〜』

 

続いてやって来たのはジャンヌ。

 

『私が作ったのはコレ。じゃーん!フランスの定番、《牛肉の赤ワイン煮込み》でーす!』

 

ジャンヌの持ってきた皿には、これまでのボリューム溢れる料理に比べると量は控えめだが、その分ブロッコリーやニンジンなどのトッピングが乗せられており、見た目もかなりお洒落に仕上がっていた。

 

「これは……SNSにアップしたら映えそうだな」

 

「多分一瞬でバズりますよ」

 

キリトとサツキがジャンヌのお洒落な料理の見た目に思わずそう溢した。

 

「赤ワイン煮込みって、一日くらい漬け込まねぇとダメなんじゃなかったか?」

 

『そこはまあ……SAOですから』

 

ジェネシスの問いにジャンヌは唇に人差し指をたててそう答えた。

その数分後、アスナがやって来た。

 

「お待たせ、出来上がったわよ!」

 

「おっ、アスナが来たか!何を作ってくれたんだ?」

 

「コトレッタ……ミラノ風カツレツよ!付け合わせのサラダとかトマトソースを作ってたら遅くなっちゃった」

 

アスナの持つ皿には、黄金に輝くカツレツに緑のサラダ、赤いトマトソースが鮮やかな光沢を放ち、見るもの全てに食欲を誘う。

 

「みんな、お待たせ」

 

最後にやって来たのはティア。

 

「最後はティアか。何作ったんだ?」

 

ティアはジェネシスに対しふっと軽く笑い、両手で持っていた鍋をテーブルの中央に置く。

蓋を開けると、香ばしい肉の匂いが充満する。

 

「ビーフシチューだ。召し上がれ」

 

「おおお……こりゃうまそうだ…!」

 

ジェネシスがティアの料理を見て感嘆の声を上げ、ティアが一人ずつ器にシチューを入れていく。

 

「よし、みんなの料理が出揃ったみたいだな」

 

「んじゃ、食うか!!」

 

「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」

 

そして皆は一斉に料理を取り始めた。

 

「ビーフシチューか……この味、母さんの料理を思い出すな」

 

ティアのビーフシチューを早速口にしたミツザネが口元を綻ばせながらそう呟いた。

 

「そうそう。味もなるべく近づけてみた」

 

「そうか、どうりで……この世界に来てからまだそれほど経ってはいないが、懐かしい味だ」

 

ミツザネは納得したように頷くと、もう一度ビーフシチューを流し込んだ。

 

「そう言えばお母さんは元気?」

 

「ん?ああ、お前がSAOに巻き込まれた時は流石に気落ちしてたが……毎日のようにお前の病室に通っててな。

今も、お前が帰ってくるのを信じて待ってるよ」

 

「そっか。母さんらしいね。それで………姉さんは?」

 

「ふむ、千冬か。あいつも時折お前の病室に行ってるが……雫、この世界が終わったら、千冬のゲンコツの一発くらいは覚悟しといたほうがいいぞ」

 

「うわぁ……」

 

ティアはそれを聞きげんなりとした表情になる。

 

「ティアの家族か……返ったら会いに行かねえとな」

 

「そうだね、私も会ってほしいな」

 

「んま、千冬に殺されねえように気をつけるこったな」

 

ジェネシスの呟きに対してミツザネが忠告を与えた。

 

「お前の姉ちゃんってどんなやつなの?」

 

「超ストイックで、恋愛とかにはちょっと否定的な人なんだよね」

 

「あ、俺死んだわ」

 

「大丈夫。私が守ってあげるから」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

夕食が終わり、皆各々食堂に残って談笑をしたり食器の片付けを行ったりしていた。

 

その中で、ストレアは一人宿から夜の広場へと歩き出す。

 

「姉さん!」

 

そんな彼女を、サクラが引き留めた。

ストレアは立ち止まると、そのまま振り向かずに

 

「……ねえ、サクラ。アタシ達は本当にここに居ていい存在なのかな?アタシ達はプレイヤーを……みんなを助けなきゃいけない存在だった。みんなの心を癒さなければいけなかった。

なのにアタシ達は……何も出来ず、ただ彼らを見ているだけしかしてこなかった。

そんなアタシ達が彼らと一緒にいる権利ってあるのかな?」

 

「姉さん……」

 

ストレアが寂しげな表情で言い、サクラも悲痛な表情を浮かべた。

 

「やっぱりそうだったんですね」

 

その時後ろからそう言って近く人物がいた。

白いワンピースと銀髪をたなびかせる少女、レイ。

 

「ストレア、サクラ……その名前をずっと忘れた事はありません。

また……会えましたね」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜同時刻・ホロウエリア〜

 

「ねえ、ツクヨさん……」

 

その頃、ホロウエリアのダンジョン探索に出ていたフィリアとツクヨ。

 

「む?どうしたフィリア。今日はやけに暗いではないか」

 

フィリアの様子を見て彼女の顔を覗き込むツクヨ。

 

「ずっと考えてたの。私がこの世界から出られないのって……ひょっとすると罰なのかなって。

私が背負うべきだった罪を、ツクヨさんにまで背負わせてしまったことへの」

 

彼女の言葉を聞き、ツクヨは呆れた顔でため息を吐き、

 

「またその話かフィリア。それは気にするなと何度も言っておろう」

 

「でも!あの時ちゃんと私がやっていれば……私だけでやっていれば貴女までここに閉じ込められることはなかった!

 

私の罪は一生消えない……一生、この影の世界で生きなきゃいけないんだ……」

 

フィリアは両目に涙を溜めてそう捲し立てた。

 

「落ち着けフィリア。大丈夫、主の罪は必ず消える。何より奴らが…………ジェネシスとキリトがきっとこの世界から出る方法を見つけてくれる。

 

何より明けない夜はこの世にはありんせん。何があってもわっちは主の味方じゃ」

 

「ツクヨさん……ありがとう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……でも、少し我慢してて」

 

「なに……っ?!」

 

その時、ツクヨの背中が『ドン』と押され、そのままツクヨは前に倒れ込む。その先の床が開き、深淵の空間へツクヨは吸い込まれるように入り込んでしまった。

 

「じゃあな、『死神太夫』」

 

落下する直前、ツクヨの耳には不気味な男の声が響いた。

 

「ごめん……ごめんなさい……ツクヨさん……」

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

ここに来てようやくホロウエリア編の一つの佳境に入った気がします。
ここから一度目の山場に入る予定です。フィリアとツクヨの行き着く先、そして暗躍するジョーカーとの対決、今後も楽しみにしていただけたらと思います。

では、また次回。


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三十九話 正体

コロナやべえわ……

どうも皆さん、ジャズです。
前回も言いましたが、ほんとコロナには気をつけてください。


その日ジェネシスとキリトの二人は、フィリアとダンジョン攻略に乗り出していた。

しかし道中フィリアの様子がおかしい事が二人はずっと気になっていた。

 

「なあ、フィリア。調子が悪いなら少し休もうか」

 

「うん……ごめんね、迷惑かけちゃって」

 

フィリアは申し訳無さそうに洞窟の壁にもたれ掛かる。

 

「おいおい大丈夫か?不調なら今日は戻るか?」

 

「ううん……大丈夫……」

 

フィリアは力なく首を横に振る。彼女の瞳は視点が定まらず虚だった。

そんな彼女を心配するように見守る二人だったが……

 

「……ん?」

 

その時、『サクッ』と何かが突き刺さる音がし、ジェネシスが下を見ると彼の右足に投げナイフが刺さっていた。

 

「な……に……?!」

 

その時、ジェネシスの身体から力が抜け、そのまま地面に倒れ込む。彼のHPバーは黄色い電気マークのアイコンが点滅している。《麻痺毒》だ。

 

「なっ…ジェネシス!!」

 

キリトは慌てて彼の元に駆け寄るが、直後彼の背中に同じものが突き刺さり、麻痺状態に陥った彼もまた地面に倒れ込んだ。

 

「トゥーウ・ダァ〜ウン」

 

やがて一つの足音が男の声と共にやって来る。

そして彼らの元に現れたのは、紫のスーツにピエロ風のメイクを施した不気味な男性プレイヤーだった。

 

「て……テメェは……?!」

 

「よお、初めましてだな《暗黒の剣士》さんよぉ?」

 

男はニタニタと笑みを浮かべながらジェネシスの顔を覗き込む。

 

「お前が……ジョーカーってやつか……!」

 

キリトがピエロの男を睨みつけながらその名を口にする。

 

「Wow!まさかアンタ達にも知られてるたぁ驚きだ。

……ま、なら尚更アンタらは邪魔だし、ここで消えてくれや」

 

そう言ってジョーカーは二人の襟首を掴んで持ち上げ、歩き出す。

 

「待て!フィリア、君は一体……!」

 

キリトがフィリアの方を振り向き、彼女に問いただすが、フィリアは俯いているだけで何も発さない。

 

「残念だったなぁ〜。お前の大事なフィリアちゃんは、もうお前の知ってるフィリアちゃんじゃねえよ」

 

ジョーカーはキリトの耳元でそう告げ、その先に空いた穴に二人を放り込んだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

フィリアは両目から涙を流し、一人誰にも届かない謝罪を呟いていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

落下した先は、暗闇のダンジョンだった。

麻痺がかかっているため起き上がることが出来ず、辛うじて動く頭を動かして周りを見渡す。

 

「くそ……なんだここは……」

 

その時彼らの周りにモンスターが集まり始めた。

麻痺毒によって動けない彼らに、モンスター達は勢いよく武器を振り上げる。

 

しかしその時、モンスター達がどこからか攻撃を受け、一斉に消滅した。

 

「全く……よもや主らまでこんな所に来るとは思わなんだぞ」

 

呆れた顔でやって来たのはツクヨ。

 

「なんだよ……てめぇまで落とされてたのか」

 

「まあな。主らも災難じゃったの」

 

ツクヨはそう言って解毒結晶を用いて二人の麻痺毒を解除した。

 

「ありがとう、ツクヨ。助かった。それで、ここは何なんだ?」

 

「一種のトラップじゃ。主らが来る前にある程度探索は済ませてあるが……モンスターのレベルは揃いも揃って中々の難敵だらけでな」

 

そしてツクヨが言うには、どうやら転移結晶やメッセージを誰かに送る事も出来ないようになっているらしく、出るには自力で踏破するしかないようだ。

 

「と言うわけじゃ、積もる話もあるだろうが今は全て後に回せ。一刻も早くここから出るぞ」

 

「そうだな。とっととここから出ようぜ」

 

そして3人はツクヨを先頭にダンジョンを進み始めた。

中はどこまでも暗く見通しは悪かったが、幸いジェネシスとキリトの索敵スキルの高さと、ツクヨの持つ暗視スキルのお陰で難なく進むことが出来た。

途中何度もモンスターとエンカウントしたが、脱出を優先して兎に角戦闘は避けた。

そうして進むこと数十分。3人は何とかダンジョンから脱出する事が出来た。

 

「ふう…何とか出られたか」

 

「はは、外の空気がうまいや」

 

漸く外に出られた3人は各々安堵の表情を浮かべた。

外はもう夜になっており、空には無数の星が輝き幻想的な風景を生み出していた。

 

「フィリア……」

 

ツクヨはどこか不安げな表情でフィリアの名を呟いた。

 

「そうだ、フィリア!彼女はジョーカーと一緒にいたな…」

 

「もしかするともう管理区に戻ってるかもしれねえ。一旦戻ろうぜ」

 

ジェネシスがそう提案し、一行は夜の森林を歩き始めた。

 

「……それで、ツクヨ。教えてくれ。君とフィリアに、一体何があったんだ?」

 

「そうじゃな、この事をもっと早く主らに伝えていれば良かったのかも知れぬ……」

 

そして、ツクヨは歩きながら語り始めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

わっちはフィリアと出会ってから、共にこのホロウエリアを彷徨っていた。何とかしてここからアインクラッドに出る方法を探していたのじゃが、それが中々見つからなくてな。

それ以前に、ここにはわっちらプレイヤーが安心して休める圏内も無かった。

 

だがそんな時じゃった。わっちらの目の前にある人物が現れたのじゃ。それはわっちもよく知るものだった……

 

「……え?」

 

オレンジの跳ねた髪に、青いポンチョを身につけた少女。

それは紛れもなくフィリアだった。

じゃがフィリアはその時間違いなくわっちの隣にいた。

 

そう、あの時わっちの前には()()()()()2()()()()のじゃ。

 

「ぁ……ああああああああっ!!!」

 

その時、フィリアは錯乱して目の前のフィリアに斬りかかったのじゃ。

わっちの制止も間に合わず、2人のフィリアは交戦を始めた。1人は恐怖に染まった表情で、もう1人は虚な表情で戦っていた。

 

じゃが人と言うのは冷静さを欠くと思わぬ隙を生む。

 

わっちの隣にいたフィリアが地面に倒れ込み、その隙を突いてもう一人のフィリアが短剣を突き立てようとしていた。

 

その時わっちの身は自然と動いていた。

 

気がついたら、わっちの苦無がもう1人のフィリアの後頭部に突き刺さっていた。

 

そして彼女が消滅した時、わっちのカーソルはオレンジになっていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「同じプレイヤーが2人いるなんて……そんな事があるのか?」

 

「信じられんだろう?じゃがあれは間違いなくフィリアじゃった。

 

一連の説明を聞き終えたキリトは信じられない思いでいっぱいだった。

 

「こりゃまた、随分と面倒な事が起きたもんだな…」

 

ジェネシスは参ったとばかりに呟いた。

 

「こりゃ、あいつらの出番かもな……」

 

そうして歩いているうちに、やがて一行は転移門前に辿り着いた。

青白い光と共に、3人はホロウエリアの管理区まで戻った。

 

「フィリア……はいないか」

 

辺りを見渡しフィリアを探すが、彼女は戻っていないようだった。

どうやらメッセージも繋がらないようだ。

 

「仕方ない……一度アインクラッドに戻るか」

 

「そうした方がいい。一度そちらで体勢を立て直して来なんし」

 

「ああ、そうするよ。ツクヨも、くれぐれも気をつけてな」

 

「わっちはそう簡単にやられはせぬ。心配するな」

 

ツクヨはそう言って不敵に笑って見せた。

 

そしてジェネシスとキリトはアインクラッドに帰還した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

七十六層アークソフィアは、既に夜になっていた。

 

「はあ……なんかどっと疲れたわ」

 

「ああ。無事に帰れてよかったよ」

 

アークソフィアの転移門でジェネシスとキリトは安堵のため息を吐いた。

無事に転移を終えた2人の元へ駆け寄る人物がいた。

 

「キリトくん!」

 

血相を変えてキリトの元へ駆け寄ったのはアスナ。

 

「遅かったじゃないか。心配したぞ」

 

呆れたような、それでいてやや怒った様相のティアが腕を組みながらジェネシスの元へ歩く。

 

「た、ただいま……」

 

「悪い、色々あって遅くなった」

 

申し訳なさそうに謝る2人。そんな彼らの表情を見てアスナとティアは何かを察した。

 

「…ねえ、詳しい話聞いてもいい?」

 

「ああ、とりあえず宿に戻ろう。アスナにも聞いてほしい話もあるし」

 

キリトがそう提案し、4人は並んで歩き出した。

その時ティアの右手がジェネシスの左手をギュッと握りしめた。

 

「また、心配かけたね」

 

ティアはジト目でジェネシスを見ながら言った。

 

「わ、悪かった……まあ、色々あったんだよ」

 

「うん、わかってる……だから今はこれで我慢してあげる」

 

そう言ってティアはジェネシスの左腕を自身に抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 

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宿に戻った4人は早速質問攻めにあい、ジェネシスとキリトは何が起きたのか詳しく説明した。

 

「……ってわけで、ちょっとダンジョンに閉じ込められてたんだわ」

 

「転移結晶もメッセージも使えなくてな。正直かなり手こずった」

 

そう言って、2人は報告を締めくくった。

 

「本当に、無事に帰って来てくれてよかったよ……」

 

「全く。いつもいつもトラブルに巻き込まれるなお前たちは……いや、この場合は自分から突っ込んでいった、か?」

 

アスナとティアの呆れたような口調に対し2人は苦笑いになった。

 

「でも…フィリアさんはどうしてお二人をそんなダンジョンに落としたんでしょうか?」

 

「どうしても何も、キリトとジェネシスを殺すため以外に無いでしょう!!これってもう立派なPKよね?!」

 

未だフィリアの行為が信じられないと言う様子のシリカに対し、リズベットが怒気を孕んだ口調で反論する。

 

「私、ジェネシスたちはしばらくホロウエリアには行かない方がいいんじゃないかと思う…」

 

「私もそれに賛成。別にあそこに行かないと攻略が進まないと言うこともないんでしょ?」

 

サチとシノンが口を揃えてホロウエリアに近づかないことを進言した。他のメンバーも同じ思いなのか、サツキやハヅキ、リーファも首を縦に振って肯定の意を示す。

 

『私もこの意見には同意せざるを得ません。あそこはアインクラッドと違って安全圏内が存在せず、モンスターの難易度もバラバラで極めて危険な場所と言えます。そこに加えてこのような事件があれば……』

 

更にホロウエリアに閉じ込められた経験のあるジャンヌも同調した。

 

だがアスナとティアは違った。

 

「まあみんな待って。

ねえ、キリトくん達はどうしたいの?」

 

アスナが皆を制し、2人の意見を求めた。

 

「確かに、テメェらの意見も最もだ。正直俺もあんなのは二度とごめんだが………それ以上に、真相を確かめなきゃ気が済まねえ」

 

「俺も同じだ。俺にはフィリアがプレイヤーを殺すような犯罪者にはとても思えないんだ。

もしフィリアがトラブルに巻き込まれてるなら、俺は何としても助け出したい」

 

ジェネシスとキリトはきっぱりとした口調でそう答えた。

 

「……全く、お前達ならそう言うと思った」

 

ティアは彼らの言葉を聞くと、「フッ」と呆れたように笑ってそう言った。

 

「そうね。なら、私たちも全力でそれを支えないとね」

 

「ちょ、ちょっとアスナ!ティア!!行かせてもいいの?!」

 

アスナが頷きながら言い、リズベットが目を見開いてアスナ達に問いかける。

 

「言い訳がないだろう。だがそれでも……こいつらは行くんだろう。お前達もわかっているだろう?こいつらはそういう奴らだと」

 

ティアはリズベットに対し諭すように告げると、リズベットはやれやれとため息をつき、

 

「はあ……あんた達には敵わないわ」

 

と呟いた。

 

「でも、今後ホロウエリアに行く時はしっかり準備してね。私達だけとは言わないけど、探索する時は最低でも2人か3人以上で行く事。

向こうに詳しいフィリアさんは、もういないんだし」

 

「まあ、どうやらあの得体の知れない忍はいるようだがな」

 

「ああ、そうするよ」

 

キリトはアスナ達の忠告に対し素直に応じた。

 

「さすが、夫婦のお二人ですね」

 

「はあ…もうしょうがないなお兄ちゃんは。なら私も協力するよ」

 

シリカがジェネシス達を微笑ましい目で見つめ、リーファはため息をつき、そして笑顔で言った。

 

「それで、具体的にどうするの?」

 

「それなんだけど、今回はレイとユイの力を借りたいんだ」

 

シノンの問いに、キリトは2人の幼い少女の方を向いて答えた。

 

「わ、私達ですか?でも、私たちはモンスターと戦ったりは出来ないのですが……」

 

「あー、そんな危なっかしいことをさせるつもりはねえよ。

ただレイとユイなら、ホロウエリアのデータとかシステムが分かったりとかするじゃないかと思ってな」

 

驚いた顔で言うユイに対し、ジェネシスが首を振って否定した。

 

「なるほど……確かに、私たちなら見ただけで色んなものを判別できますからね!」

 

「ああ。よろしく頼む、ユイ」

 

「勿論ですよ!パパ」

 

キリトはユイの頭を撫でながらそう頼み込んだ。

 

「あ、それでしたらもっと適役がいますよ?」

 

するとレイが立ち上がってそう言い、後ろに座る2人の人物の方を振り返って

 

「ですよね?ストレア、サクラ」

 

ここまで静観を貫いていた2人は突然の指名にギョッとした顔になる。

 

「ええっ?!こ、ここで私達に振るんですか?!」

 

「あー!黙って存在消してたのにレイったらひど〜い!」

 

「そういやお前ら珍しく何も喋らなかったな。どうした?悪いもんでも食ったか?」

 

慌てふためく2人に対し、ジェネシスが首を傾げてそう尋ねる。

 

「2人なら、私やユイよりもパパ達の力になれるはずですよ?私とユイと違って、ストレアとサクラは戦闘もできて、それでいて私たちと同じように見たものの分析が出来るんですから」

 

「えっ、それってどう言う意味なんだレイ?」

 

「ストレア……サクラ……あっ……」

 

レイの言葉の意味が理解できない様子のキリトはレイに対し問いただし、ユイが何かを察してハッとした顔になる。

 

「あー、アタシ用事があるんだったー!」

 

「ちょ、ちょっと姉さん!逃げるのは卑怯ですよ!」

 

立ち上がって宿から出ようとするストレアをサクラが慌てて止めた。

 

「そうですよストレア。遅かれ速かれ、貴女達の正体は皆さんに明かさなければならないのですから」

 

「やーだー!!だってすっごい今さらじゃんか〜!」

 

「そうですか……なら、私の方から皆さんにお伝えしますね」

 

「わぁー!待ってわかった自分で言うから〜!!」

 

諦めて皆の方を振り返ったレイをストレアが慌てて制止した。

そしてストレアとサクラは気まずそうに皆の方を向く。

 

「ちょ、一体なんなの?何が始まるの?」

 

全く状況が飲み込めないアスナは戸惑い、他のメンバーも同じようにざわついている。

だがストレアとサクラの真剣な表情を見てすぐに押し黙った。

 

「あの……みんなにはちゃんと、伝えておかなきゃと思ったの。

アタシ達はね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………人間じゃないの」

 

「「「「えっ?」」」」

 

ストレアが告げた言葉に皆の目は点になった。

 

「私達は、皆さんのようなプレイヤーに寄り添い、傷ついた心を癒すために生み出された存在……《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》です」

 

「なっ……!」

 

「それって、ユイちゃんやレイちゃんと同じ……!」

 

「はい。私たちは9人いるMHCPののうち、姉さんは2号、そして私が3号です」

 

サクラが告げた真実に皆は衝撃を受けた。

それも当然だろう、今まで普通の人間として接していた仲間が、実はAIだったのだから。

 

「けどよ……ならお前らはなんでプレイヤーと同じようにカーソルやHPゲージが存在するんだ?」

 

「それは、アタシ達のコアプログラムがエラーの蓄積で崩壊する前に、未使用のアカウントに上書きしたからだよ」

 

「成る程……つまり、君たちの姿がユイやレイと少し違うのも納得だな」

 

ジェネシスが素朴な疑問をぶつけると、ストレアが淡々と答え、キリトはその答えを聞き頷きながら呟いた。

 

「皆さんは、その…………私達がAIだとしても、仲間でいてくれますか?」

 

「愚問だな」

 

おずおずと尋ねるサクラにジェネシスはその問いに対しきっぱりと答えた。

 

「てめぇらがAIだろうがなんだろうが、それで仲間じゃなくなるとかそんなことある訳ねーだろ」

 

「そうだな。これからも宜しく頼むよ、2人とも」

 

ジェネシスとキリトの言葉に皆は同意して笑顔で頷く。

 

「あ……ありがとうみんな!」

 

ストレアとサクラは頭を下げて礼を述べた。

 

「ふふっ、それじゃあご飯にしよっか!今夜は私が腕によりをかけて作るから楽しみにしててね!」

 

アスナはそう言って立ち上がると、キッチンへと向かって行った。

 

「おっ、アスナの料理か!それは楽しみだなぁ!」

 

「そうですね、私も()()()()()()()()()()()()」 

 

サクラがそう言った瞬間、ジェネシスとキリトは何故かブルッと身体を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今寒気がしたんだが気のせいだよな?」

 

「ああそのはずだ。『よもやそこま…』なんて聞こえたのも気のせいだ」

 

2人は小声でそう交わすと、全て気のせいだと片付けた。

 

「なあ、ストレアとサクラはつまりレイとユイの姉妹、と言う事になるんだよな?」

 

「えっと……そうだね。見た目はともかくアタシ達はみんな姉妹みたいなものなんだし」

 

ティアが顎に手を当てながら疑問に思ったことを呟くと、ストレアは彼女に対してそう答えた。

 

「では………ストレアとサクラも私達の娘、と言う事になるのか?」

 

 

「「「「「………」」」」」

 

その瞬間、皆が一斉に押し黙った。

 

「ええっと………まあ、確かに理屈だとそうなる、かな?」

 

数十秒の静寂の後、キリトは戸惑いながらそう述べた。

 

「そ、そっか……それじゃあ、パパぁ〜!」

 

「や、やめてくれ!ストレアにパパと言われると恥ずかしいと言うか………」

 

「あ、あはは、まあアタシも名前で呼ぶ方が好きだしいっか!」

 

ストレアも気恥ずかしかったのか若干頬を赤らめて答えた。

サクラはその隣で「あ…その……」などと1人呟き落ち着かない様子だったが、やがて意を決して叫ぶように言葉に出した。

 

「お、お父ひゃんっ!!」

 

「ブッ……」

 

恥ずかしさのあまり噛んでしまい、ジェネシスは思わず吹き出した。

サクラは顔をリンゴのように真っ赤にして蹲る。

 

「あ……あうぅ………」

 

「はは、いいじゃないか。なあサクラ、もう一回言ってくれ。今度は『お母さん』と」

 

「や、やめてくださいいぃーー!!」

 

ティアが揶揄うようにサクラに対していい、サクラは顔を両手で覆って首を横に振る。そんな彼女の様子がおかしくなり、皆は思わず笑い出した。

和気藹々とした空気が食堂を包み込んだ。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回、ストレアとサクラの正体が明らかになりました。
ただ、原作ホロフラを知っている方、つまりストレアの正体を最初からご存知であった方々は、サクラの正体も薄々感づいていたでしょうか?
原作ホロフラではストレアの正体が明らかになるのはもっと先ですが、まあ二次創作だし、原作をそのままなぞるのもどうかと思いこの段階で明かしました。

そして途中、FateSNのHFに関する桜のトラウマセリフを抜粋しました。皆さんお気づきになられたでしょうか?
HFと言えばこれもコロナの影響で延期になりましたね〜…
楽しみにしてたのに、コロナめ……ゆ゛る゛さ゛ん゛っ!!

では、今回はこの辺で。次回もよろしくお願いします。


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四十話 真実

もうすぐ五十話ですね〜……早いものです。
今まで計4作執筆しておりますが、ここまで続いたのは本作が初です。ここまで続いたのも、読者様のおかげです。本当にありがとうございます。そして引き続き「ソードアート・オンライン〜2人の黒の剣士〜」をどうぞ宜しくお願いします。


夕食を終えた後、ジェネシスとキリトは早速ホロウエリアに戻る準備を始めた。フィリアの事も気がかりだが、何より今は管理区に1人残しているツクヨの無事を確保するためだ。

 

「さて、そんじゃホロウエリアに行くメンバーだけど……」

 

「当然、私は行くわよ」

 

キリトが共にホロウエリアに向かうメンバーを募ると、真っ先にアスナが名乗り出た。

 

「私も行く。旦那がこんな目にあって、これ以上黙って待つ事など出来まい」

 

同じくジェネシスの嫁であるティアも名乗り出た。

これで計4名。しかしここで問題が発生する。

 

「こりゃ参ったな……俺とキリトは問題なく行けるが、連れて行けるのは最大で1人まで。つまりこのままだと……」

 

「ホロウエリアに詳しいレイやユイ、ストレア、サクラを連れて行く事が出来ない、という事だな」

 

そう、この中のうち誰か1人が抜けなければホロウエリアの解析が出来ない。

ここでふと、ジェネシスはとある事を思い出す。

 

「おいジャンヌ。おめぇホロウエリアにいた時左手の甲になんか変な紋章が浮かんでなかったか?」

 

『も、紋章ですか?………ああ、そんな感じのものがあったような……』

 

名指しされたジャンヌは顎に手を当てながらそう答えた。

 

「そっか。ならジャンヌも高位テストプレイヤーってやつみたいだな。それならジャンヌとあと1人連れて行ける」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

七十六層の転移門に、6名の男女が集まった。

ジェネシスとティア、キリトとアスナ、そしてジャンヌと今回付いてきたのはサクラ。

 

「よし、んじゃ行くか」

 

そして6人は青白い光に包まれ、ホロウエリアへと向かう。

そして場所は変わり、ホロウエリアの管理区にて彼らを出迎えたのは……

 

「よう、待っておったぞ」

 

ツクヨだった。彼女はキセルを蒸しながら転移門の壁にもたれながら言った。

 

「おう、無事だったなら何よりだ。そんで、ちょっと紹介したい奴がいてな…」

 

ジェネシスはそう言ってサクラの方に視線を移す。

 

「初めまして、私は『サクラ』と言います。一応プレイヤーの体裁は取っていますが、本当はAIなんです」

 

サクラの自己紹介を受け、ツクヨは眉をぴくりと動かす。

 

「ほう?人は見かけによらんとは言うが……」

 

「ま、俺も初めて聞いたときはそりゃ驚いたもんだが……つーわけで、早速頼めるかサクラ」

 

「はい、お任せください!」

 

そしてサクラは早速管理下の床や壁を掌でペタペタと触り始めた。

 

「そう言えば主もいたか、オルレアンの聖女を名乗る者」

 

『あ、はい!その節は大変お世話になりました!』

 

ジャンヌはそう言ってペコリと頭を下げた。

 

「あの、少しよろしいですか?」

 

するとサクラがジェネシス達の元へと戻り声をかけた。

 

「おっ、なんか分かったのか?」

 

ジェネシスの問いにサクラは「はい」と頷き、

 

「ここは開発テスト用の秘匿エリアです」

 

「秘匿エリア……?」

 

「はい。簡単に説明すると、SAOに実装される前のアイテムや武器の性能の実験をする場所です」

 

サクラの説明によると、SAOに登場するアイテムや武器、スキルは実装される前に必ずテストが行われる。何故なら、例えコイン一枚程度のアイテムであるとしても、効果や性能によってはゲームバランスを崩しかねない。

 

「なるほど……だからこのエリアで未知のスキルやアイテムが見つかるのか……」

 

キリトは納得がいったのか頷きながら呟く。

 

「しかもこのエリアは、現在の過酷な状況に合わせて独自の進化をしているようです。

もう少しだけ調べてみますね」

 

そう言ってサクラは管理区にあるコンソールへと足を運んだ。そして慣れた手つきでキーボードを目にも止まらない速さで打ち込んでいき、次から次へと様々なデータを画面に表示して行く。

 

「あっ、皆さん!これを見てください!」

 

そう言ってサクラはとあるデータをモニターに表示する。

一見するとそれは、何かの名簿表のように見えた。

 

「あのサクラ、これは?」

 

「これはアインクラッドに存在するプレイヤーの登録情報を基に作成された、プレイヤーIDです」

 

首を傾げながら問いかけるアスナにサクラがそう説明しながら答えた。

 

「プレイヤーID?そりゃあどういうやつだ?」

 

「要するに、アインクラッドに存在するプレイヤーを忠実に再現したAIです」

 

「AIだって?!一体なんのために……」

 

「おそらく、プレイヤーの深層心理を探って効率よくテストする事が目的と考えられます。

キリトさんとジェネシスさん、ジャンヌさんは高位のテストプレイヤーとして存在するようです」

 

各々の疑問に、サクラは簡潔に答えた。

 

「けどよ、プレイヤーIDってやつがあんならなんで俺たちは呼ばれたんだ?」

 

「推測ですが、プレイヤーIDと言っても所詮は模造品…AIでは判別できないイレギュラーな行動、高いプレイヤースキルが必要とされるテストを行うためにお三方が呼ばれたのかと」

 

ここまで説明し終えたサクラに対し、今度はティアが問いを投げかけた。

 

「となると……フィリアやツクヨもまたAI、という事になるのか?」

 

そしてサクラは画面を操作して上下にスクロールする。

 

「この高位テストプレイヤーの中には、フィリアさんならびにツクヨさんの名前は登録されていませんね。

状況から鑑みて、お二人はまさに特殊な状況でここに呼び出されたのかと考えられます。

ただ、現時点でお二人がAIなのか本物のプレイヤーなのかを判別する決定的な証は見つからないですね……」

 

「わっちとフィリアは間違いなく人間じゃ。これだけは言わせてもらうぞ」

 

ツクヨは強い口調でそう告げ、キリトが「まあまあ」とそれを宥める。

 

「どうやら《大空洞エリア》という場所にもう一つコンソールがありますね……そこに行けば、お二人の情報を詳しく見られるはずです」

 

「大空洞エリアか……あれ、この間行かなかったか?」

 

「ああ。だがその時にはコンソールらしきものは無かったぞ?」

 

そう。彼らは以前、大空洞エリアに足を運んでいたのだが、その時にシステムコンソールらしき物は見つからなかったのだ。

 

『もしかして隠し扉があったんじゃないでしょうか?』

 

「あ、成る程……確かにフィリアなら俺たちが分からなかった隠し扉を簡単に見破れるだろうな」

 

ジャンヌの指摘にキリトは納得した顔で頷く。

 

「よし、んじゃ方針は決まったな。とりあえず大空洞エリアに行こうぜ」

 

「ああ。行こう!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

シリオギア大空洞〜情報集積遺跡内部〜

 

管理区から約数十分程で、翡翠色一色で構成された空洞の道に到達し、一行は進んでいく。

そして目の前に、数十体のゴーレムが出現した。

 

「おっと、戦闘か。みんな準備はいいか?」

 

「ハッ、出来てるよ」

 

キリトが二振りの剣を構えて尋ねると同時に、ジェネシスも大剣を肩に担いでそう答えた。他の者も各々武器を構えて無言で答える。

 

「よし、行くぞ!!」

 

そして皆一斉に飛び出した。

キリトが左右の剣を交互に繰り出して一体ずつゴーレムを確実に撃破していく。背後からの攻撃も持ち前の反応速度により右手のエリュシデータで受け止める事で難なく防ぎ、そのまま左手のダークリパルサーでその胴体を切り払い後方に飛ばす。しかし彼の周囲を取り囲むようにゴーレムが接近するが、キリトは二刀流範囲攻撃スキル《エンド・リボルバー》を発動。エメラルドグリーンの斬撃がゴーレムの群れに襲いかかり、見事に斬り払った。

 

ジェネシスは愛用の赤黒い大剣、アインツレーヴェを豪快に振り回して一気に吹き飛ばす。そのパワーとレンジを生かしてゴーレムを全く寄せ付けない。

しかしジェネシスはあろう事かそんなゴーレム達の方へ自分から近づいて行く。先ずは目の前の一体を脳天から大剣を振り下ろして一刀両断し、続けて背後から来た別の個体の頭を左手で掴み取り、右手で握りしめている大剣の柄でその頭を殴りつけ、そのまま右足で蹴り飛ばす。

そして暗黒剣スキル《プランディッシュ・イーター》で周囲のゴーレム達を薙ぎ払った。

 

ティアは流れるような動作で愛用の刀である雪片を振ってゴーレムの身体を斬り刻む。持ち前の反射神経で素早い動作でゴーレムの胴体に致命傷を与える。反撃で繰り出される右拳をしゃがみ込む事で躱し、そのまま刀を横一閃に振るって両足を断ち切る。。それによって目の前のゴーレムが膝を突くのと同時にティアは立ち上がり、再び刀を逆方向に振ってその首を斬り飛ばした。そしてその背後から来る別個体の拳にも即座に反応し、振り向きざまに右下方向へ刀を振り下ろしてその腕を切断し、無防備になった胴体に突風の如く二つの斬撃を叩き込んだ。

そしてそのまま刀を左腰に持っていき、左半身を引いてゆっくり腰を落とす。雪片の銀色の刃が蒼い光を放ち始める。

その間に五体程のゴーレムがゆっくりと歩み寄るが、即座にティアは刀を右上方向に振るった。

蒼い三日月状の斬撃が真っ直ぐに飛んでいき、その直後一つだったそれが無数に細かく分裂し、ゴーレム達に襲いかかった。抜刀術範囲技《真蒼》である。

 

アスナは細剣の切っ先を前に素早く突き出してゴーレムの身体に無数の穴を開けていく。斬る速さを追求したティアとは対照的に、アスナは突く速さを追求したスタイルで戦闘を運んでいく。敵の攻撃が来る前に、異名の《閃光》の如く敵を仕留めていく。

 

「『始動(セット)』!」

 

《Complete》

 

瞬間、アスナの防具が全て弾け飛び、防御力が一気に落ちる。

 

《Start up》

 

しかしその代わりにアスナは《閃光》から《神速》となる。

瞬く間にアスナはその場から一気に跳躍し、ゴーレムの群れを見下ろす。

 

《Exceed Chargee》

 

電子音声が流れ、赤い円錐状のポインターが真下のゴーレム達を余さず捕捉し、拘束する。

 

「はっ!」「せやっ!」「やあっ!」「だぁっ!」

 

直後次々にアスナが凄まじい速さで捕捉したゴーレムを撃破していく。

《3…2…1…Time Out》

  《Reformation》

 

掃討を終え、アスナの神速が解かれると共に防具が再び装備された。

 

ツクヨは得意の忍術スキルで神出鬼没の戦闘スタイルで戦う。

忍術スキルによって極めた《気配遮断》によってゴーレム達に気づかれることなく、まさに暗殺者のようにゴーレムを仕留めていく。

ツクヨを捕捉するためゴーレムは顔を左右に動かして視線を移すが、見つけることができない。

……だがゴーレム達は気付いていない。既にツクヨは獲物なのではない。寧ろ立場は既に逆転している。

この時点でゴーレム達は言うなれば蜘蛛の巣にかかった獲物。かかったと気付いた時は既に手遅れなのだ。

ゴーレム達は自身が攻撃された事に気づく事なく一体、また一体と撃破されていく。

ふと、洞窟の宙に一つの影がゆらりと浮かび上がった。

その視線はまさに、獲物を前にした捕食者のそれ。

両手の指に手裏剣と苦無をいくつも挟んだツクヨは、そこから両腕を後ろに開く事で一気に射出した。

淡い桃色の光を纏う手裏剣と苦無がいくつも分裂し、雨のように降り注ぐ。

忍術スキル《手裏剣術・桜吹雪之舞》

全身に隙間なく苦無と手裏剣を投げつけられたゴーレム達は全てその身をガラス片に変えて消滅した。

一仕事終えたツクヨは地面に着地すると、キセルを口から離して「フゥ」と煙を吐いた。

 

ジャンヌは手持ちの大きな旗を槍のように振り回して戦った。

ジャンヌの身長の倍はあるであろう旗を難なく操り、近づくゴーレム達を次々に吹き飛ばす。目の前へ接近する個体の胴体に旗の先端を勢いよく突き出して後方へ吹き飛ばし、そこから旗のリーチを生かして横一閃になぎ払っていく。

そして旗を一度逆さに持つと、その先端を地面に突き刺して棒高跳びの要領で一度飛び上がり、そして旗を地面から抜くと落下の勢いに乗せて思い切り叩きつけた。轟音と共にゴーレム達が宙に舞い上がる。

仲間立ち上がり、懲りずに近づくゴーレム達に対し、ジャンヌは旗を開放してソードスキルを発動する。

両手で旗を正面に持って高く掲げると、黄金の眩い光が空洞を照らす。そしてジャンヌはその旗を左右の腕を器用に動かし、旗をプロペラのように回転させ始める。

《聖女の加護》範囲攻撃技《リュミエール・トルナード》

光の竜巻がゴーレム達を巻き上げていき、その突風によってゴーレムの硬い身体は粉々に砕かれていった。

竜巻が収まると、ゴーレムの身体だった光の粒子がジャンヌの周りを舞い、彼女の美しさをより引き立たせた。

 

四方八方から来るゴーレムの硬い拳を、サクラは最小限の動きで難なく躱していく。左足を軸に反時計回りに回転し、そのまま右足を高く真っ直ぐに上げて一体のゴーレムの頭部を蹴り飛ばす。そして今度は逆の足で同じように反時計回りで左足の踵で別のゴーレムの胴体に蹴りを叩き込む。

後方に真っ直ぐ伸びた状態の左足を、今度は振り子のように前方に振り上げ、そのまま目の前のゴーレムを蹴り飛ばし、同時に右足も踏み切ってその隣にいたもう一体も蹴る。すると同時にサクラの足元に攻撃が来るが、サクラはそのまま後方宙返りによってそれをあっさり回避した。

体術スキル《エクストリームマーシャルアーツ》によるアクロバティックかつ優雅な動きでサクラは敵を翻弄し続ける。

両足で同時に踏み切り、サクラは身体を横にしながら地面と並行に回転し、ゴーレム達と一度距離を置く。

着地と同時に彼女の両足が紫色の光を帯び、先ずは右足を振り上げて続け様に左足を突き出す。すると紫色の波動が真っ直ぐゴーレム達の方向へ飛んで行き、着弾と同時に爆発を引き起こした。

《クライム・バレエ》二連撃スキル《ジゼル・シュナイデン》。敵と一定以上距離が離れていれば、このように中距離技として使うことができるのだ。

 

各々の奮戦によって、ゴーレム達は総て撃破された。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ゴーレムを倒した場所から更に数十分進むと、とある部屋にたどり着く。

 

その部屋の中央には、見慣れたとある物が設置されていた。

 

「あれは……システムコンソールだ!」

 

「やっと着いたか……」

 

漸くたどり着いた目的地に皆はホッと息を吐いた。

 

「ここからなら、ホロウエリアの管理システムにアクセスできるはずです!」

 

サクラはコンソールに駆け寄ると、早速キーボードをタップしコンソールを起動、そして画面をスライドして次々とデータを閲覧していく。

 

「ん……?」

 

ふと、サクラは何かに気づきとあるデータを開く。

 

「どうかしたのか、サクラ?」

 

「これは……プレイヤーとAIデータの重複チェックシークエンスにエラーが発生しているみたいです」

 

ティアがサクラの様子を見て尋ねると、サクラはそのデータをモニターに表示してそう答えた。

そこにはホロウエリアに存在するAIプレイヤーの名簿表のようなデータがあり、その中に2名のデータのところに赤い文字で《Error》と書かれていた。そのエラー表記のある2人のプレイヤーの名は……

 

「フィリアさんと、ツクヨさんですね」

 

サクラの言葉通り、フィリアとツクヨの名前の場所にエラーと明記されていた。

 

「サクラ、これは一体どういうことなんだ?それに重複チェックって一体なんだ?」

 

中々話が見えてこないキリトがそう問いを投げかけた。

 

「このホロウエリアでは、アインクラッドに存在するプレイヤーの情報を基に、AIデータが作成されているのは先程お話しした通りです。

ただ、このホロウエリアに実在のプレイヤーとそのIDが同時に存在しないよう、

 

つまり、今ホロウエリアにジェネシス・キリト・ティア・アスナ・ジャンヌが来た瞬間、彼らを基に作成されたAIは削除されているのだ。

 

「この重複チェックにより、本来はプレイヤーとそのAIが出会う事は無いのですが……」

 

「わっちらは出会ってしまった訳じゃな。そのフィリアのAIに」

 

ツクヨがそう言葉を繋げるとサクラは首を縦に振って肯定する。

 

「おそらく、その時は一時的に重複チェックが作動していなかったと思われます。その原因ですが」

 

「ああ。少し前に発生したカーディナルシステムのシステムダウンだな」

 

サクラの言う原因に皆思い当たる節があり、ティアがその時の事を思い返しながら言った。

 

「そして、本来存在するはずの無い自分自身と出会った事でフィリアは錯乱して攻撃。その結果、行き場をなくしたオレンジがエラーとして認識されていると言うことか……」

 

キリトの推測にサクラは頷き、

 

「そう考えられます。それで、そのエラーを解除する方法なのですが……残念ながらこのコンソールで解除することが出来ず、この大空洞エリアにある中央管理コンソールに行く必要があります」

 

「中央管理コンソール……そこに行けばフィリアとツクヨのオレンジを解除する事ができる……

けどその前に」

 

「ああ。先ずはフィリアを探し出さないとな」

 

キリトとジェネシスはそう言うが、そもそもフィリアの居場所に関して手がかりが全く無い。振り出しに戻り少し途方に暮れかける一行だったが……

 

「フィリアさんの居場所ですが、この大空洞エリアにいる可能性があります」

 

「えっ?どうしてそう思うの?」

 

アスナが首を傾げて尋ねる。

 

「この中層ゾーンとボス部屋に繋がる扉に、封印が施されていました。おそらくですが、ジョーカーが施したのかと思われます」

 

「封印なんてすると言うことは、その先に進まれると不都合な事がある、と言う事だな」

 

「はい。その先にフィリアさんがいると考えられます。

今、このコンソールで封印を解除しておきました!」

 

「んじゃ、ボスは後回しにしてとりあえずサクッと助けるとするか」

 

そして一行はフィリアのいる場所へと向かった。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

皆さん、コロナには本当に注意してくださいね。

では、また次回。


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四十一話 狂気の男

どうも皆さん、ジャズです。
コロナで外出自粛が出てるせいですることが無い……
とりあえず小説書くかFGOしかやってないです自分w


薄暗い六畳ほどの部屋に、フィリアは1人座り込んでいた。

そこへ部屋の扉が開き、中に不気味なピエロ風のメイクを施した男が入って来た。

 

「Yeah!ご苦労だったなァフィリア〜」

 

ねっとりとした口調でジョーカーはフィリアに対して言った。

フィリアはジョーカーをキッと睨みながら

 

「あんたがここに来たって事は、もう計画の準備は始まったって事でしょう?

……なら、早くここから出しなさいよ!みんなを助けに行かないと……」

 

「ああ〜、お前ぇは十分に役割を果たしてくれた……」

 

そしてジョーカーは一呼吸置き、

 

「今頃は、奴らもくたばってる事だろうからなァ〜!」

 

「……え?」

 

ジョーカーの言葉を聞き、フィリアは耳を疑った。

 

「おいおいどうしたんだよォ〜?まるでsurpriseなプレゼントもらったような顔してよ」

 

表情が固まるフィリアの顔を覗き込むようにジョーカーは尋ねた。

 

「話が…違う!みんなは別に死ぬわけじゃないって……!」

 

「Ah?俺ァそんな事言ったっけなぁ〜?」

 

ジョーカーは首を傾げながら惚けた後、思い出したように手を叩き、

 

「あぁ〜〜〜悪い悪い、あのトラップに何人も落としたけどよぉ、誰一人戻ってこなかった事伝え忘れたわ」

 

「この嘘つき野郎!!」

 

フィリアは立ち上がってそう叫ぶ。

 

「だからヨォ、悪いとと思ったから今伝えたじゃねえか〜。

……キヒッ、いいねぇいいよぉ!その泣きそうな顔、最高だぜぇ〜!」

 

「みんな……今行くから!」

 

そして勢いよく駆け出すが……

 

「あぁ〜ちょっと待てって焦るなよォ。どうせ奴らはお強いからなぁ〜、大丈夫なんだろ?

……だからよ、最高ついでにもう一つ聞いてけよ」

 

ジョーカーがフィリアの前に立ちはだかり、行く手を阻む。

 

「お前ぇのお陰で、邪魔する奴がみんな消えて助かったぜぇ。お陰で最高のpartyが随分早く始められそうだしなぁ」

 

不気味な笑みを浮かべながらジョーカーはフィリアの顔を覗き込むように言う。

 

「……あんたのしたい事って、なに?」

 

「……SAOがクリアされれば《ホロウ》は消える、もうテストは必要ねえ。

でもでもでもぉ〜……お前ぇのお陰で、俺達は永遠に人殺しを楽しむ世界が出来たんだよなぁ〜!!」

 

「永遠に……人殺しを楽しむ……?言っている意味が分からない!」

 

「全部お前ぇが選んで決めた事だ……愛しのキリト君やツクヨちゃん、ジェネシス君を罠にはめて殺したのも……永遠に人殺しができる世界にするのも……」

 

するとジョーカーは両手をバッと広げ、

 

全部!全部!!ぜええぇぇぇぇぇんぶ!!

 

俺と!おめぇで!!選んで!!決めたんだよ!!!

 

仰々しく叫ぶように言った。

 

「違う!違う、違う違う違うちがうちがう…………」

 

フィリアはしゃがみ込んで両手で頭を抱え、両目に涙を溜めてひたすら首を横に振った。

そんな彼女にジョーカーは楽しげなステップを踏みながらフィリアに近づき、

 

「歓迎するぜぇ〜、俺たち《J》はお前ぇのような性根の腐った腐った……殺人者をよぉ〜」

 

「お前とは違う!!違うよ……私は……わたし、は……」

 

フィリアはジョーカーをの手を振り払って拒絶した。

 

「お?どうした?その面は何だ?笑えよ、人殺し楽しくねえのか?」

 

フィリアの様子を見てジョーカーは彼女の顔を覗き込む。

 

するとジョーカーは蹲るフィリアを蹴飛ばす。

フィリアは地面を転がってうつ伏せになって倒れ込む。

 

「おぉー悪い悪い、ついうっかり蹴っちまったわ。

痛かったか?……そんなわけねえよなァここSAOの中だもんなァ」

 

そう言ってジョーカーはゆっくりとフィリアの方に寄っていく。

 

────私はただ、みんなと生きたいだけなのに───

 

ホロウエリアに囚われてから、いやその前からフィリアはツクヨやキリト、ジェネシス達と出会うまで孤独な日々を過ごしていた。頼れる仲間も友人もおらず、たった一人で過酷な毎日を過ごしていた。

だからこそ、彼らと過ごす日常はそれまでに比べてとても心地よかった。彼らとこれからも毎日を過ごしたいと、いつしか願うようになった。

 

だがもうその願いは叶わない。他ならぬ自分自身がそれを壊してしまったからだ。例え彼らがまだ生きていたとしても、こんな自分の居場所などもうありはしないだろう。

 

「ハァ〜〜……んだよさっきからシケた面しやがってよぉ。もっと笑えよ、なぁ?」

 

そんな彼女の首をジョーカーは掴み、片腕で軽々と持ち上げて無理やり立たせる。

そして懐のポケットからサバイバルナイフを取り出し、そのギラリと銀色に鈍く光る刃をフィリアの口元に当てた。

 

「俺の口の傷の話をしてやるよ」

 

ジョーカーは自身の口元───彼の口元には両頬にかけて斬られたような傷跡がある────を見せ、

 

「俺の親父は酒癖が悪くてな、飲んでは暴れてを繰り返すどうしようもない親父だった。

ある日、酒を飲んだ親父はまた暴れ出した……しかもナイフを持ってな。それに対してお袋は包丁を持ってそれに防衛、だが親父はそれが気に入らなかった。

 

まるっきり ただの 少しもな。

 

親父はお袋を刺し殺した……俺の目の前で笑いながらな。

そして今度は俺の方を見てこう言った……

 

Why so serious son?(そのしかめっ面は何だ)

 

親父は近づいてきてもう一度言った

 

Why so serious son?(そのしかめっ面は何だ)』」

 

するとジョーカーはナイフの切っ先をフィリアの口内にねじ込むと話を続ける。

 

「親父はナイフの刃を俺の口に入れた。

Let's put a smile on that face!(笑顔にしてやるぜ)

そして……」

 

そこで話を区切り、ジョーカーはナイフの手に力を入れる。

フィリアの頬が徐々に切り裂かれ始めた。

 

その時だった。

 

「はあああっ!!」

 

突如漆黒の刃がジョーカーの腕を斬り、フィリアを突き飛ばす。

ジョーカーは後方に飛び退き、フィリアは地面に尻餅をついた。

 

そしてフィリアの目の前に、3人の人物が立った。

漆黒のロングコート、忍装束の女性、赤黒い装備に身を包んだ男性。

 

「キリト……ジェネシス……ツクヨさん……」

 

フィリアは小さな声で彼らの名を呟いた。

 

「よお。随分探したぜコノヤロー」

 

ジェネシスはゆっくり彼女の方を振り向きながら言った。

 

「みんな……どうして……?」

 

「言ったじゃろう、わっちらが力になると」

 

「ああ。それに、君が苦しんでる理由も分かった。もう大丈夫だから安心してくれ」

 

ツクヨとキリトもフィリアの方を振り向いて優しく告げた。

 

「フィリアさん、無事で良かったです!」

 

「本当に大変だったね。もう安心していいからね?」

 

地面に座り込むフィリアにサクラとアスナが駆け寄り、優しく彼女を介抱した。

 

「みんな……ごめん……ごめんなさいっ…ごめんなさっ……

!」

 

フィリアは感極まったのか、両目から大粒の涙を溢して泣きながら謝罪した。

泣きじゃくるフィリアの頭をジャンヌが優しく撫でた。

 

「ク…ククッ……ブフフヒャァハハハハハハハハッ!!」

 

そんな彼らを見て、ジョーカーは腹を抱えて狂ったように笑い出した。

 

「ヒヒッ、美しい事だなぁ〜……あぁぁ〜〜〜吐き気がするぜェ」

 

ジョーカーは笑いによって乱れた呼吸を整えながら吐き捨てるように言った。

 

「貴様……よくもフィリアを騙しいいように利用してくれたな」

 

そんな彼をツクヨは鋭い目つきで睨みながら怒気を孕んだ低い声で言う。

 

「ハッ!騙される奴が悪いってやつよ!てめぇらも人がいいねえ〜、コイツに殺されかけた身でありながらこんなトコまでのこのこやってくるとはよぉ」

 

「悪いが俺たちは、フィリアがそんな事する人間じゃないって確信があったからな。フィリアはきっと誰かに利用されてるんだと俺たちは考えただけさ」

 

煽り口調で宣うジョーカーに対し、今度はキリトが不敵な笑みで返した。

 

「ああ、コイツは実にいい道具になってくれたぜ。

ある日こんな訳もわからん場所に飛ばされて、やる事もねえからとりあえずそこらの人間どもを狩りまくってたら、こんなsurpriseなプレゼントが来やがった……」

 

そう言いながらジョーカーは自身の右掌を見せびらかした。

そこにはジェネシスやキリトと同じ高位テストプレイヤーに与えられる紋章があった。

 

「でだ、管理区にきてこの世界が何なのか知っちまったワケ。ついでにそこのお嬢さん達の事もなぁ」

 

ジョーカーはツクヨとフィリアを指差して言った。

 

「特にそこのフィリアちゃんはよぉ、俺にとっていい玩具になってくれると確信してたぜェ……現に、俺がちょっと唆したら素直にテメェらの殺しに乗っかってくれたしなぁ〜。

あともうちょいで面白ぇ事になると思ったんだがよォ……

てめぇらが来やがった」

 

「そりゃ残念だったな」

 

面白く無さげな顔でジェネシス達の方を向いて言うジョーカーに対し、ジェネシスは鼻で笑いながら返した。

 

「……どうしてですか……」

 

するとサクラが立ち上がり、ジョーカーを見据えて叫ぶ。

 

「どうしてそんな事が出来るんですかっ!!平気で人を傷つけて、殺したりして……何とも思わないんですか?!」

 

「質問を返すようだが……おめぇは人の本性はみんな善だと本気で思ってんのか?」

 

「……え?」

 

ジョーカーから返された指摘にサクラは目を丸くした。

 

「ヒヒッ、分かってねえなぁ〜…人ってのはみんな内側に狂気を孕んでる醜い生き物さ。

おめぇも見てきたんだろう?人の奥底に眠る醜い本性ってやつをよぉ〜?」

 

「っ!」

 

その指摘を受けた瞬間、サクラの両眼が見開かれた。

 

「俺はただ、人間どもの狂気を引き出してやってるだけさ……何故ならそれが俺の飯の種だからな。

何が人を狂気に陥れると思う?

それは恐怖、怒り、不安、嫉妬と言った負の感情さ。現に、このSAOにはこんな過酷な環境のせいで狂った奴らがわんさか湧いてる……」

 

そう言ってジョーカーは右手の手袋を外し、その甲を見せつける。

そこにあったのは、不気味な笑みで手招きをする棺桶のマーク……

 

「『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』……!!」

 

「貴様もあの組織に所属していたのか…」

 

「まあてめぇら攻略組が派手にやってくれたお陰で、今やとっくに散り散りだがな。その内俺がそれ以上の楽しい組織を作ってやる。

もうすぐ楽しい祭が始まるぜ」

 

ニヤリと口端を吊り上げながらジョーカーは言う。

 

「そんな事させると思うか?」

 

するとティアがジェネシスの隣に立ち、すらりと刀を引き抜いて切っ先をジョーカーに向ける。

 

「そうなる前に私たちが貴様をここで捉える」 

 

「ああ。何よりフィリアを唆し利用した貴様を……わっちは決して許さぬ。覚悟するがいい」

 

ツクヨも両手に苦無と手裏剣を持ち、いつでも射出出来る体勢をとる。

他のメンバーも各々の武器を構えて戦闘態勢に入る。人数は8対1と言うジョーカーにとって圧倒的不利な状況である上、彼らの間合いの近さから転移結晶による離脱も恐らく不可能。

 

「つーわけだ。ここでてめぇは終わりだ。大人しく観念しやがれ」

 

不敵な笑みでジョーカーに対して告げるジェネシス。

 

「キヒッ…ヒヒッ……ヒャハハハハッ!!」

 

だがジョーカーはこの状況でも不気味な高笑いを上げ始めた。

 

「バーカ!俺が簡単に捕まるかよ、てめぇらが来ることが予想してなかったとでも?逃げる手段なんざとっくに作ってあるんだよぉ〜」

 

そう言ってジョーカーが懐から取り出したのは、ライターのような形状のスイッチ。

 

「この部屋には爆弾が仕掛けてある……このスイッチを押した瞬間、部屋中が大爆発だぜ」

 

「爆弾だと?ははっ、笑わせないでくれよジョーカー。ハッタリを言うならもっとマシな奴を言え。

爆弾なんてアイテム、このSAOに存在するわけがないだろう」

 

馬鹿馬鹿しいとばかりにキリトはジョーカーに言い返す。

 

「ヒャハハッ!ならハッタリかどうか、その目でちゃあ〜んと見てるんだな」

 

そしてジョーカーはスイッチを勢いよく『カチッ』と押す。

 

boom(ドカン!)!」

 

次の瞬間、四方の壁が轟音をたてて爆発を起こした。

平らな壁だったものが、細かく鋭利な破片となって吹き飛ぶ。

 

「なっ……?!」

 

「嘘でしょう?!」

 

その光景を見てキリトとアスナの両眼が見開かれた。

だが驚くのも束の間、爆発の勢いは一気に増していく。壁の次は天井から爆発し、その爆風と破片が雨の様に降り注ぐ。

そして次はいよいよ床のあちこちから爆発が起きる。

 

「不味い…部屋から出るぞ!」

 

ティアがそう叫ぶと、皆は一斉に部屋の外に走り出す。

 

「じゃあな。次はアインクラッドで会おうぜ、Ciao〜……ふ、フフッ、ギャハハハハハッ、ハーッハハハハハハハハハ────!!」

 

彼らの後ろ姿を見ながらジョーカーは勝ち誇った顔で高笑いを上げ、そのまま爆発に呑まれて消えた。

 

ジェネシス達が何とか部屋から出た直後、先程まで彼らがいた部屋の中が爆煙に包まれ、そして部屋の扉が閉じられた。

 

「チッ………あの野郎、何であんなアイテムなんか持ってやがった」

 

「まさか本当に爆弾がこの世界にあるなんてな……くそっ、まんまとしてやられた!」

 

ジェネシスとキリトが閉じられた部屋の扉を見ながら悔しげな顔で言う。

 

「ジョーカー……あの人は一体何者なの?」

 

「分からん。だが今は捨て置こう。先ずはフィリアを助けられただけよしとしようじゃないか」

 

「そうじゃな。大丈夫だったか?フィリア」

 

「うん……みんな、本当にありがとう!!」

 

フィリアは満面の笑顔で皆に頭を下げた。

 

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
ジョーカーの台詞は、ノーラン版《ダークナイト》から結構参考にしてます。気付いた方はいたでしょうか?

では、フィリア(と本作ではツクヨも)の決着が着くまであと少し……もうしばしお付き合いください。
では、次回もよろしくお願いします。


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四十二話 エリアボス戦

お待たせしました。最近夜勤のバイトを始めたりFGOのイベントなどで時間が取れなくて更新が遅れ申し訳ありませんでした。


フィリアを救出した後、彼らは一度地下のコンソールへと向かった。フィリアとツクヨのオレンジを解除するためのシステムコンソールを見つけるためだ。

サクラはそのコンソールを使い、ジョーカーのプレイヤーIDを参照して彼の足取りを調べ、そこから中央管理コンソールを導き出そうと試みた。しかし彼の足取りを追跡したが特に怪しい点は見つけられず、中央管理コンソールの発見には至らなかった。

そこで彼らはもう一度管理区へと戻り、そこで中央管理コンソールの場所を特定する作業に入った。

例の如くサクラは慣れた手つきでキーボードをタップしていき、次々とデータを開いていく。

 

「あっ、ありましたよ!」

 

サクラがそう言ってとあるデータを開くと、画面にマップが表示され、その中央に赤い点が光っていた。

 

「中央管理コンソールの場所は、先ほどの地下空洞の最奥部に設置されているようです」

 

「んじゃ、そこに行けばこいつらのオレンジを解除できるって事だな」

 

サクラはジェネシスの言葉に首を縦に振るが、

 

「ただ、一つだけ問題がありまして……」

 

と表情を曇らせる。

 

「この中央管理コンソールに行くには、ホロウエリアの全エリアボスを倒す必要があるんです」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「はい。ジョーカーも、中央管理コンソールをに行くために全てのボスを倒してから行ったようですので、抜け道はないと思われます」

 

キリトの問いにサクラは頷いて答えた。

 

「と言うことは、地下エリアに行くのはお預けだな」

 

「でも、行き方が分かっただけでも良かったじゃない。一歩前進だよ」

 

ティアとアスナが口々に呟く。

 

「エリアボスは全部で四体か……よし」

 

するとジェネシスは皆の方を向き

 

「ここは手分けして一気に潰すぞ」

 

「…成る程な」

 

ジェネシスの意図を瞬時に理解したキリトが不敵な笑みで頷く。

 

「まさか……四体のエリアボスに対してそれぞれ二人で戦うって事?」

 

「ああ。ジョーカーがどんだけ強えのかは知らねえが、少なくともあいつが一人で倒せるくらいならそこまで大人数はいらねえ筈だ」

 

ジェネシスは確信を持ってそう告げ、皆もそれに賛同し頷いた。

 

その後、《ジェネシス・ティア》《キリト・アスナ》《ツクヨ・フィリア》《ジャンヌ・サクラ》の4チームに分かれ、ボス戦に当たることとなった。

 

「よし。そんじゃ死ぬんじゃねえぞてめぇら」

 

「ああ。勿論だ」

 

『どうかご武運を』

 

彼らは一言そう交わすと、各々の目的地へと向かうため管理区から転移していった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

〜ジェネシス・ティア組〜

 

木漏れ日が差し込む森林の中を、二人の男女がゆっくりと進む。

 

「これからボス戦じゃなけりゃ、ピクニックで来るのもありなんだがなぁ」

 

「そうだね……でもここにはレベルの高いモンスターが沢山出るから危ないよ」

 

残念そうに呟くジェネシスに対し、ティアは普段のクールな口調ではなく、彼と二人きりの時の優しげな口調で話す。

 

「みんな、無事に攻略出来てるかな?」

 

「大丈夫だろ。そんな簡単にやられる奴らじゃねえ。

それよか、見えてきたぜ」

 

彼らの目の前にあるのは、ガンメタリックの光沢を放つ巨大な鋼鉄の門。

見るのも全てに異様な威圧感を与えるその扉は、歴戦の戦士たる彼らにそれがこのエリアの主が待つ部屋であることを感じさせる。

 

「ボス部屋……だね」

 

「ああ。こんなに早く見つけられたのはラッキーだな。

サクッと倒すか」

 

ジェネシスは背中から赤黒い大剣『アインツレーヴェ』を、ティアは左腰から愛刀の『雪片』をすらりと引き抜く。

そして二人は扉に手をかけ、同時に力を込めて門を開く。

重々しい音と共に扉が開かれていき、その中へ二人は揃って入って行く。

その中に居たのは……

 

『ブモアアァァァァァァァァ!!!』

 

体長は約3メートル程で、頭部は牛と豚を合わせたような見た目で左右の手にはバルバードと盾が握られている。

 

「なんか見たことあるなあいつ…」

 

「あれだよ、第一層のボス」

 

「あー、あいつか」

 

彼らがそんな会話をしている間に、ボスに三本のHPバーが出現し、《デトネイター・ザ・コボルドロード》と言う名が表示されると共にの4匹の取り巻きが一斉にジェネシスとティアに向かって手持ちの棍棒を構えて走り出した。

接近する4匹の取り巻き達に対し、ジェネシスがティアの前に一歩出ると大剣を右腰あたりに水平に構え、そのまま左方向へ横一線に斬り払った。

赤黒い爆風が4匹の取り巻きを吹き飛ばし、その身を爆散させる。

彼らの消滅と共に、ティアがジェネシスの背後から飛び出すと一気にボスに向けて駆け出す。

ボスはティアの接近を確認すると右手のハルバードを振り被り、そして思い切り地面に叩きつけた。

破砕音と共に地面が激しく抉られ、土煙と破片が飛び散るが、ティアはそれらを意に介さず真っ直ぐに走り抜ける。

そしてボスの横腹に刀を横一線に振るい、腰部に深い切り傷を負わせる。

続けてジェネシスが大剣を構えてボスに急接近し、ボスも彼の接近に気づくと斧を後ろに引き、そして勢いよく前方に振り回す。

斧と大剣がぶつかり合い、金属音と共に火花が飛び散る。

 

「ハッ、大したこと…ねえなあ!!」

 

ジェネシスは不敵な笑みを浮かべながら叫ぶと、そのままボスの斧を弾き飛ばした。

体勢を大きく崩されたボスの背後から、再びティアが後ろから炎を纏った刀を上段に構えて飛びかかり、そして後頭部から一気に足元にかけて無数の斬撃を繰り出した。刀39連撃ソードスキル《緋吹雪》だ。

そこへ間髪を入れずに今度はジェネシスが大剣の刃に禍々しい赤黒い渦を纏わせて斬りかかる。上、下、左右から各々一撃が必殺技級の破壊力を持つ斬撃が六回も浴びせられる。

暗黒剣ソードスキル《ディープ・オブ・アビス》。

弩級のソードスキルを受けたボスのHPは一気に最後の一本へと突入した。

するとボスは左右のハルバードと盾を投げ捨て、腰の後ろにマウントされたもう一つの得物に手をかけ、そして引き抜く。出てきたのはボスの身の丈ほどもある巨大な大剣であった。

 

『グルルアアァァーーーッ!!』

 

ボスは咆哮しながらジェネシスに大剣を勢いよく振り下ろす。

ジェネシスも己の大剣でそれを容易く受け止める。

大剣同士が打ち合い部屋中を大きく揺らす振動が発生する。

 

その先に、ティアは刀を左腰の鞘に収め、ゆっくりと腰を落とす。

そこから左足を一歩前に踏み出し、眩い銀色の光を放つ刃を抜き放った。銀の一閃がボスの胴体を両断する。

抜刀術奥義スキル《飛閃一刀》。

最上級の一撃を受けたボスは断末の叫びを上げながらその身を爆散させた。

 

「随分と呆気なかったな」

 

ジェネシスは嘆息しながら言うと大剣を背中に収めた。

 

「でも、無事に攻略できたんだし良かったじゃない。次も頑張ろうね」

 

「たりめーだ。次が本命だろうからな」

 

二人はそうやりとりした後、並んでその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

〜キリト・アスナ組〜

 

同時刻、彼らは地下ダンジョンの奥深くまで来ていた。

目の前にあるのは、一つの巨大な門。 

 

「キリトくん…」

 

「ああ、間違いない……ボス部屋だ」

 

真剣な面持ちで彼らはそう交わす。

眼前に聳える漆黒の扉から放たれるプレッシャーは、これまで彼らが幾度となく対峙してきたものと同じだ。

 

「……行こうか、アスナ」

 

「うん。必ず勝とうね」

 

そして二人は扉に手をかけ、力を加えて開く。

重々しい音と共に門がゆっくりと開かれるにつれ、、二人の緊張感のボルテージが上がっていく。

各々の剣を抜き放ち、二人はゆっくりと部屋の内部に入る。

 

中は薄暗く、ドーム状の無機質な空間が広がっているだけだ。

数秒間の静寂の後、それは突如としてやって来た。

天井から地響きと土煙を上げて着地し、『キシャアアアアアァァァッッ!!』と言う耳をつんざく雄叫びを上げるのは、骸骨の狩手。

 

「ったく、またお前か……」

 

キリトは三度目の対峙となるボス《ザ・ホロウリーパー》を見て心底うんざりとばかりにため息を吐いた。

 

「スカルリーパー…どうしてホロウエリアに」

 

「いや、こいつは七十五層のやつとは別物だ。あれと比べても大した事はない。HPバーを見てみろよ」

 

キリトに言われ、アスナがボスのHPバーを見ると、その本数は僅か3本。

 

「大丈夫、俺たちなら必ず倒せる相手だ。落ち着いていこう、アスナ!!」

 

「……うん!行こう、キリトくん!」

 

微笑みあいながらそう言葉を交わすと、二人は同時に飛び出した。

 

二人を迎撃する為ボスは左右の鎌を持ち上げて振り下ろすが、先にキリトがそれを左右の剣で受け止め、弾く。

 

「キリトくん、スイッチ!!」

 

アスナの声と共にキリトが右方向へ飛び退き、すかさずアスナが飛び込んでボスの顔面に強烈な突きを叩き込む。

その間にキリトがボスの側面に回り込み、二刀流スキル《エンドリボルバー》でその胴体を斬り刻む。

 

その攻撃から逃れるために、ボスはその場から地響きを上げながら駆け出し、部屋を猛スピードで走り回る。

 

「逃さない!」

 

《Comprete》

ここでアスナが《神速》を発動し、防具が全て弾け飛ぶ。

 

《Start Up》

瞬間、アスナが音速を超えてボスに追従し、ボスの身体を四方八方から攻撃する。

視認不能な速度で繰り出される攻撃を受け、ボスは思わず動きを止める。

 

《3…2…1…Time out》

電子音声がなり、アスナの神速が解除されるが、ボスの足止めに成功する。

 

「ナイスだアスナ!!」

 

その好機を逃さず、キリトが左右の剣でボスに斬り込む。

剣の刃が青白い光を放ち、ソードスキルが発動する。

二刀流上位16連撃スキル《スター・バースト・ストリーム》

流星の如き青白い斬撃が上下左右から繰り出され、骸骨の骸を切り裂いていく。ユニークスキルの上位攻撃を受けたボスはあっという間にHPが消し飛び、そしてその身が爆散する。

 

「お疲れ様、アスナ」

 

「キリトくんこそ。この調子で、次も頑張ろうね」

 

そして二人は開かれた扉から出て、来た道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

  

 

 

 

〜ツクヨ・フィリア組〜

 

草木が生茂る薄暗い森林の中を、1匹の獣が走り抜ける。

それは漆黒の体に頭部はワニのような巨大な方がある四足歩行の巨大なモンスターだ。

《シャドウ・ファンタズム》と言う名のこの樹海エリアのボスモンスターである彼(?)は今、とある物から逃げるように走っていた。

木々の間をすり抜けるようにただ必死に駆ける。

しかしそんな自分の疾走を嘲笑うかのように、四方から無数の苦無や手裏剣が飛来し、自分の身体に突き刺さる。

一体何処から飛んできたのか、走りながら赤く光る目をギョロギョロと動かし───────それを発見した。

忍び装束の女性が木々の枝を悠々と飛び移りながら自分を追ってきているのだ。

女性────ツクヨはボスに対してすかさず右手に苦無を持ち、そして最小限の動作で放った。

弾丸の如く苦無が真っ直ぐにボスに向けて飛んでいき、その漆黒の身体に深々と突き刺さる。

その時、ボスの身体に黄色い電流が走り、身体の力が抜けて地面にうつ伏せになって倒れ込む。

苦無術《自来也蝦蟇毒苦無》だ。

 

ツクヨは麻痺にかかったボスの顔の前に着地すると、その目を見下ろす。

 

「フン、漸く捉えたぞワニもどき」

 

悔しさと屈辱からボスは忌々しげにツクヨを睨むが、身体が動かないため何もできない。

 

「ツクヨさん!捕まえたの?」

 

そこへ遅れてやってきたフィリアがツクヨの隣に立ってそう尋ねると、ツクヨは首を縦に振る。

 

「ああ。フィリア、主はコイツの隙をついて斬りかかれ。わっちが周りから仕留める」

 

そしてツクヨはその場から飛び上がり、再び周囲の木々を飛び移りながら苦無や手裏剣を投げつける。

彼女を捕らえようと麻痺の解けたボスがその巨大な口を持ち上げて噛みつくが、ツクヨの俊敏な動きについて行けていない。その間にフィリアがボスの足元や胴体を的確に攻撃しHPを削る。

順調に攻撃を加えていき、ボスのHPバーが残り一本のイエローゾーンに突入したその時、ボスの口元を結んでいた鎖型の拘束具が弾け飛び、ワニのような縦長の口が更に広がる。

ボスは拡大した口を目一杯広げ、ツクヨとフィリアを丸呑みにしようと襲い掛かるが……

 

「ふん。食らいたくばこれでも食っておけ」

 

ツクヨは落ち着き払った態度でその口元目掛けて苦無を投げる。桜色の光を放つ苦無はすぐ様数百個に分散し、桜の花びらのように飛散していく。

苦無術《桜吹雪之舞》

桜色の光を放つ苦無は文字通り桜吹雪のように美しく舞い、ボスの口内目掛けて飛翔し、そして全て余す事なく突き刺さる。

 

『GYAAAAAAAAA!!』

 

その激痛にボスは巨体を滅茶苦茶に動かして暴れ始めた。

 

「そう喚くな。すぐに楽にしてやる」

 

するとツクヨはゆっくりと歩き出し、アイテム欄から太刀を取り出す。

ツクヨの刀はティアの真っ白で銀色に輝く《雪片》とは真逆で、鍔は無く真っ黒の鞘と柄に刀身は黒紫と言うカラーで構成されている。銘は《宵闇》。

 

のたうち回るボスに対してツクヨはペースを変えずに接近し、逆手に持った太刀を素早い動作で一振りするとそのまま通過した。

そして刀を鞘にゆっくりと納めていく。

 

「《零次元・裏式》」

 

『チン』と音を立てて太刀を納刀したその直後、ボスの身体を黒い斬撃が走り、その身を両断する。

悲鳴を上げる間も無く、ボスは身体をガラス片に変えて消滅した。

 

「……これ、ツクヨさんだけでよかったんじゃ……」

 

フィリアはボソッとそう呟いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜ジャンヌ・サクラ組〜

 

ここは他のエリアと違い、光る苔や変わった形状の草木と言った少々癖のあるエリア。

他のペアと違い、この二人はそこまで密接な関係を築いている訳ではないが、お互いの人当たりの良い性格が幸いし、ここに来るまで他愛の無い会話を続けてやって来ていた。

だがそんな和気藹々とした空気も、目の前に現れたモンスターによって終わりを告げる。

出現したのは、巨大な蠍型のエネミー。

 

「あれは……《アメディスター・ザ・クイーン》、このエリアのボスです」

 

『やっと現れましたか……!』

 

二人はそれぞれ戦闘態勢に入り、気を引き締める。

まずボスは二人に向けて紫色のブレス攻撃を放つが、二人はその場から素早く飛び退くことでそれを回避する。

 

『行きます!』

 

ジャンヌは旗を槍のように使いボスの胴体に突きを放ち、続けてサクラが空中から勢いよく蹴りを叩き込む。

その反撃とばかりにボスは鋏状の前足を二人に対して勢いよく振り上げるが、ジャンヌが旗を払ってパリィを発動しこれを弾く。

これを受けて形成が不利と見たのか、ボスは一度距離を取るとそのまま逃走し始めた。

 

『っ!待ちなさい!』

 

ジャンヌはそれを追いかけ、サクラもそれに続く。

しかしその時、ボスは振り返ると同時に先程の毒ブレスを放った。

 

『しまっ……』

 

ジャンヌは回避を試みるも間に合わず、毒ブレスを受けてしまい、HPバーに紫色の光が灯り毒状態に陥る。

HPがゆっくりジワジワと減っていくが……

 

「《浄化の炎》!」

 

サクラがジャンヌに向けて右手を伸ばすと、ジャンヌが青白い光に包まれ、毒状態が解除される。

回復系ユニークスキル《ヒーリンググレイル》によるものだ。

 

『ありがとうございます!』

 

「いえいえ」

 

ジャンヌは立ち上がると再び旗を振るって攻撃を加える。

サクラもまた、身軽なステップを踏みながらボスの攻撃パターンを見極め、ジャンヌに指示を出しながら自身も攻撃する。

MHCPであるサクラの分析能力の恩恵もあってその後は状態異常に陥ることもなく順調にHPを削っていき、そしていよいよレッドゾーンに突入する。

 

『決めます!どうか…主の御加護を!』

 

ジャンヌはとどめを刺すため、旗を両手で掲げる。

先端が眩いゴールドの光を放ち、ソードスキルが発動する。

ユニークスキル《聖女の加護》の8連撃スキル《リュミエール・パニッシュ》

 

『その命……神に返しなさい!』

 

そしてジャンヌは最後の一撃をボスに放った。胴体を先端で串刺しにし、そのHPを消し飛ばす。

ボスは耳をつんざく悲鳴を上げたのちに消滅した。

 

『ふう……どうにか務めを果たせました』

 

ジャンヌは安堵のため息を吐く。

 

「お疲れ様でした。この調子で次も頑張りましょう!」

 

『ええ、もちろん!』

 

サクラとジャンヌは笑顔でそう交わす。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

これで全てのエリアボスは討伐され、次はいよいよ最後のボス戦。彼らはホロウエリアからの脱出のため、最後の戦いに臨む────

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
どうでも良い話ですが、先日のFGOでの星5サーヴァント配布で無事ジャンヌをゲットできました。
更に、次の日のジャンヌオルタピックアップガシャでなんとかオルタちゃんもゲットできました。二人の育成、頑張っていきます。
では、次回もよろしくお願いします。次は出来るだけ早く更新を目指します。


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四十三話 虚の守護者

全てのエリアボスを撃破した一行は、合流した後にいよいよ最後の難関である地下エリアのダンジョンへと足を運んだ。

 

「いよいよか……」

 

転移門を前にしたジェネシスがそう呟く。

待ち受けるのは間違いなくこれまで以上の難敵であるのは間違いない。

 

「必ず倒して、ホロウエリアから出よう!」

 

「うん!」

 

キリトの言葉にフィリアが強く頷く。

そして一行はいよいよ目の前の転移石を起動し、秘匿領域へと向かう。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

転移した先にやって来たのは、黒い空間に浮かぶ円形状のアクリル板のようなフィールド。

周りには何も無く、宇宙空間のような深淵が広がる。

 

だが突如、空間全体を揺るがす振動が発生し、同時に真上から巨大な何かが舞い降りる。

それはジェネシス達の立つアクリル板の周りを飛んだあと彼らの前に相対する。

それはドラゴンと蜂を合わせたような見た目をしていた。胴体から生える6本の脚。その内一対の脚の先端は大剣の形状をとっている。

その尾の先端には鋭いブレード状のものが付いている。

 

「つまりこいつがラスボスって訳か」

 

ジェネシスが大剣を引き抜き、肩に担ぐ。

 

「俺たちは入ってはならない場所に入った侵入者だからな。システム側としてはなんとしても排除したいんだろう」

 

キリトも背中から2本の剣を引き抜きながら言った。

 

「んじゃ、さくっと倒しちまおうぜ」

 

「ああ。それじゃ戦闘開始だ!!」

 

キリトの掛け声と共に皆各々の武器を手に飛び出す。

キリトとジェネシスがシステムアシストによる速度を生かしてボスの胴体に斬り込む。

だがボスは胴体の大剣が付いた腕をその大きさに見合わない素早い速度で全てブロックすると、二人を弾き飛ばす。

 

続けてティアとアスナが速さを生かして斬り込むが、これもボスは大剣で容易く受け止めた。

しかしその隙をつき、ジャンヌとフィリアがその上から飛び込み、ボスの胴体に攻撃を加えHPを削る。

 

「スイッチ!」

 

キリトの合図を聞いた四人は即座にその場から飛び退き、そこへ再びジェネシスとキリトが重い一撃を叩き込む。

だがその時、

 

「ブレス攻撃が来ます!離れてください!!」

 

サクラの警告が響き、皆は即座にその場から離脱する。

その直後、ボスの巨大な口部から白銀のビームがフィールドを一直線に貫く。

幸いサクラの警告が間に合ったため、ジェネシス達に被害は無かったが、

 

「あれは直撃したら不味そうだな……」

 

「うん。サクラの警告はしっかり聞いておこう」

 

ジェネシスとティアが顔を見合わせながら交わす。

そして皆は再びボスに飛びかかる。

だがボスは素早い動作でその場から離脱し、その攻撃を躱す。

だがそこ目掛けて苦無と手裏剣が飛び、ボスの胴体に突き刺さる。

ボスの動きを読んだツクヨがボスが移動する数秒前に苦無と手裏剣を投げたのだ。

その攻撃を受けたボスは、今度はフィールドに下に潜り込む。

 

「何か来るぞ!気をつけなんし!!」

 

ボスの不審な動きを見たツクヨが皆に対して叫ぶ。

皆が警戒する中で、ボスの鋭いブレード状の尾がフィールドの中央から突き出る。

 

「危なっ?!」

 

その近くに立っていたキリトとアスナは間一髪のところで回避する。

しかし間髪入れずにボスはジェネシス達の背後に回り再び上体を晒すと、先程のブレスの発射態勢をとる。

 

「またブレスが来ます!」

 

「ダメだ、間に合わねえ……!」

 

サクラの叫びも虚しく、恐らく回避する時間はない。

だがその時、彼らの一番前に飛び出した人物がいた。

ジャンヌだ。

 

『我が旗よ、我が同胞を護りたまえ!』

 

そう叫び、ジャンヌは旗を真っ直ぐに持って高く掲げる。

すると旗がゴールドの眩い光を放ち始める。同時に、ボスの口から白銀のブレスが発射される。

 

『《リュミノジテ・エテルネッル(我が神はここにありて)》!!』

 

黄金の光がジャンヌから後方に扇状に展開し、彼らを守護する。

白銀のブレスが直撃し、扇状のバリアがそれを切り裂く。

 

『…っ、ぐうっ……!』

 

凄まじい衝撃がジャンヌを襲うが、歯を食いしばって踏ん張る。

永遠にも感じられるブレスが止むのと、光のバリアが解かれるのはほぼ同時だった。

 

『ふう……どうにか務めを……果たせました…』

 

ジャンヌは安堵のため息を吐きながら地面にへたり込む。

 

「助かったぜジャンヌ!!」

 

ジェネシスがジャンヌにそう言うと、ブレスによる反動で動きが止まっているボスにもう一度斬りかかる。

今度はジェネシスのユニークスキル《暗黒剣》の特性である『自身のHPを犠牲にして攻撃力を上げる』スキルを発動し、ボスに挑む。

攻撃力が飛躍的に上昇したジェネシスの猛攻を受けてボスのHPは急激に減っていく。

だがHPバーの一本目が削り切れる直前にボスは左腕を横一閃に薙ぎ払う。ジェネシスはその攻撃を大剣で弾くも、直後彼の目の前で大爆発が起きる。

 

「うおっ?!」

 

慌てて飛びのいた事で何とか生き延びたものの、すでに彼のHPバーはレッドゾーンに入ってしまっていた。

 

「お父さん!」

 

サクラがジェネシスのもとに駆け寄り、即座に回復スキルを施した事で彼のHPは一気に全快する。

 

「悪い、助かった」

 

「いえいえ、どういたしましてです」

 

サクラとジェネシスがそう言葉を交わす間に、ボスは再びあのブレスの発射態勢を取った。

 

「不味い、みんな回避だ!!」

 

今回は先ほどのようなジャンヌのバリアを張る時間は残されていないようだ。そう判断したキリトが叫んで皆に指示を飛ばすが、

 

「……ふん」

 

ツクヨが素早い動作で苦無を飛ばした。

苦無は真っ直ぐにボスの方へ飛来し、その胴体に突き刺さる。

その瞬間、ボスの身体に黄色い電流が走り、麻痺状態に陥る。苦無術《自来也蝦蟇毒苦無》によるスタン効果だ。

 

「撃たせなければどうと言う事はありんせん」

 

ツクヨはキセルから「フゥ」と煙を吐きながら言うと、再び苦無を両手の指の間に挟んで飛び出す。その後ろにフィリアが続く。

 

「はあああああっ!!」

 

フィリアはソードブレイカーを逆手に持ち、短剣ソードスキル《ラビット・バイト》でスタン状態のボスの胴体を斬り付ける。

その一撃でようやくボスのHPバーが一本吹き飛んだ。

 

「みんな、パターンが変わるぞ!気を付けろ!!」

 

ボスのHPバーが一本削れる毎に攻撃パターンが変わるのはこのSAOでは常識だ。

キリトはそう言って皆に注意を促す。

皆がキリトの指示を受け警戒する中、ボスは唸り声を上げながらゆっくり動き出す。

 

そして口部から複数の黒い球体を発射した。それらはしばらくフィールドを浮遊したのち、ジェネシス達を囲うように停滞する。

次の瞬間それらは同時に弾け飛び、皆を巻き込んだ。

全員HPが一気にイエローゾーンまで削られ、さらに麻痺状態が付与されてしまった。

 

だがその時、唯一巻き込まれなかったサクラが動いた。

 

「開け……《天の杯(ヘブンズフィール)》!!」

 

サクラが右手を高く掲げてそう叫ぶと、彼女の掌から桜色の光が溢れ出し、霧散してフィールドを包む。

その光を浴びたジェネシス達のHPは即座に100%回復し、さらに麻痺状態も解除された。

 

「サクラ……こんなスキルまで隠し持ってたのか」

 

キリトはサクラを見て驚いた様子で言うと、サクラは「それが私の役目ですから」と得意げな顔で答えた。

 

「全く……心強いことこの上ないな!

サクラ、パターンの見極めは君に任せる!みんなは彼女の指示に従って攻撃するんだ!」

 

「サクラ、分析は任せるぞ!」

 

「はいっ!」

 

ジェネシスの言葉にサクラは威勢よく答えた。

そして皆は各々の武器を携え、ソードスキルを持って畳み掛けた。

全員の総攻撃を受けボスのHPはみるみるうちに減少していく。

だがここで、ボスは反撃とばかりに先程の黒い球体をフィールドに放出した。

 

「その球体はソードスキルで破壊できます!一気に潰してください!」

 

「なら、私が行く!」

 

ここでアスナが神速を発動し、ソードスキル《クリムゾンスマッシュ》を連続で発動した。フィールドに解き放たれた黒い球体を一斉にロックオンし、瞬く間に一掃する。

 

続けてバスは左腕を大きく後方に振りかぶると、勢いよく前に突き出した。ジェネシスに大ダメージを与えたあの一撃だ。

 

「私が行く!」

 

今度はティアが迎撃態勢に出た。刀を左腰の鞘に収め、抜刀術の姿勢を取る。

そしてボスの大剣がティアに迫る直前に、ティアは刀を勢いよく抜刀した。

銀色の鋭い一閃とボスの赤黒い一撃が轟音と火花を散らして衝突する。しかしその直後、空中に銀色の刃が回転しながら舞い、そしてガラス片となって消滅した。

ボスの大剣は半ばから折れてしまっていた。ティアの抜刀術最上級スキル《飛閃一刀》がボスの一撃を上回ったのだ。

ボスのHPはすでに残り一本を切っていた。

 

「うちの旦那に傷をつけた借りは返させてもらった」

 

ティアは刀を左右に振るいながらそう言い放った。

それに対してボスは雄叫びを上げると共に再びあのブレスの発車姿勢を取った。

 

『主の名の下に命じます……跪きなさい!』

 

しかしジャンヌが旗を掲げてそう叫んだ瞬間、ボスはスタン状態に陥った。彼女が持つユニークスキル『聖女の加護』のスキル《神明採決》によるものだ。

 

「今が好機じゃ。行くぞフィリア」

 

「うん!行こう、ツクヨさん!」

 

ツクヨが漆黒の太刀を引き抜き、フィリアがソードブレイカーを持って飛びかかった。

フィリアの短剣の刃にエメラルドグリーンの光が宿り、そしてフィリアはそれを5回、疾風の如く振るった。

短剣の最上級スキル《エターナルサイクロン》だ。

 

「良い太刀筋じゃフィリア」

 

ツクヨがフィリアの攻撃を見てそう褒めると、しなやかな動作で太刀を上段に構えた。

 

「これはわっちも、少しばかり本気を出して見るかのう」

 

するとツクヨが持つ太刀の漆黒の刃が真紅の光を放ち始めた瞬間、それを勢いよく振り下ろす。

彼女が放った斬撃はボスの胴体を斬りさき、そのままボスの体を大きく後方へノックバックさせた。

手裏剣術最上級スキル《零次元・表式》。

 

その一撃でボスのHPバーは一気にイエローゾーンに陥る。

 

「よし、最後決めるぞ!」

 

キリトが左右の剣に青白い光を纏わせて斬りかかる。

二刀流最上級スキル《ジ・イクリプス》

星の炎の如く斬撃がボスの胴体を切り刻んでいく。

それによってついにHPバーがレッドに到達した。

 

「最後は頼むぞ!」

 

「おうよ!」

 

そう言って飛び出したのはジェネシスだ。

大剣が赤黒い光を纏い、暗黒剣の最上級スキル《ジェネシス・ディストラクション》十五連撃が発動する。

超弩級の連撃がボスを切り刻み、一気にそのHPを消しとばした。

 

耳をつんざく断末の叫びを上げて、ようやくボスはその身をガラス片に変えて消滅した。

 

「よし……何とか討伐できたな」

 

ジェネシスが一息ついて大剣を収める。

 

『《システムガーディアン》討伐を確認。最終シークエンスに移行します』

 

「最終シークエンス?」

 

システムアナウンスの単語を呟くように言うフィリア。

その次の瞬間。

 

「っ!ぐっ……」

 

「なっ…キリト、君……!」

 

ティアとアスナが突如力が抜けたように倒れ込んだ。

 

「きゃあっ!」

 

『こ、これは……?!』

 

「くっ……!」

 

「なに?!」

 

続けてサクラ、ジャンヌ、ツクヨ、フィリアも倒れた。

 

「ぐ……くそっ……」

 

そしてキリトまでも倒れた。

全員共通しているのは、HPバーに麻痺毒のアイコンが表示されている事だ。

ジェネシスは近くにいたティアに駆け寄り彼女の体を支える。

 

「っ、久弥……あれ……!」

 

ティアが目を見開いて前方を指差す。

床から半径2メートルほどの漆黒のサークルが現れ、その中から何かがゆらりと立ち上がる。

 

「嘘だろ……?!」

 

キリトもまた、信じられないとばかりの顔でそれを見た。

 

そこに立っていたのは皆がよく知る人物に酷似、いや全く同じと言ってよかった。

 

赤黒い装備に漆黒の大剣を背負い、赤い逆立った髪の男。

 

そこにいるのは紛れもないジェネシスだった。

 

ただ、瞳が虚ろである点を除いて。

 

『ホロウエリア最終シークエンス、これより開始します』

 

無機質なシステムアナウンスが響くと共に、目の前の《ホロウ・ジェネシス》は漆黒の大剣を徐に引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
気づけばホロウエリア編も第一のクライマックスを迎えました。ここまで来られたのも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
次回でホロウエリア編も大詰めです。どうか楽しみにお待ちください。


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四十四話 帰還

お待たせしました、ジャズです。
最近コロナも落ち着いて来ましたが、コロナの脅威が無くなった訳ではありません。油断せずに行きましょう。

そして今回、予告していた通りホロウフラグメント編前半戦のラストです。それでは本編スタートです。


巨大ボス《オカルディオン・ジ・イクリプス》を撃破した直後に彼らの目の前に現れた《ホロウ・ジェネシス》。

 

「チッ、ここに来てそう言う趣向かよ……最後はホロウの俺が相手をする、ってか」

 

ジェネシスが目の前に現れた自身を見て忌々しげに呟く。

対する《ホロウ・ジェネシス》は虚ろな瞳を向けるだけで何も言葉を発さない。

 

「こいつも……ジェネシスと全く同じ強さってことなのか?」

 

キリトが掠れた声で疑問を口にする。

 

「…………」

 

ホロウのジェネシスは無言で大剣を右肩に担ぐ。

 

「ハッ、上等じゃねえか。ホロウの俺だろうが何だろうが、構わずぶった斬ってやるよ」

 

本物のジェネシスはホロウの彼に向けて不敵な笑みを浮かべながら大剣の切っ先を向けた。

 

「久弥……!」

 

「心配すんな、そこでじっと見てろ。ぜってぇに俺が勝つさ。

何より、俺が俺の偽物に遅れをとるなんざあるわけもねえしな!!」

 

ティアが心配そうな表情で見上げたのに対し、ジェネシスは自信ありげに言った後、その場を飛び出した。

対するホロウ・ジェネシスも同じモーションで駆け出す。

お互いの大剣が全く同じスピード、角度で振り下ろされ、金属音と火花を散らしてぶつかり合った。

その後もジェネシス同士の激しい攻防が続く。一方が不意を突いた一撃を加えるが、もう一方がそれを読んでいたかのような的確な対応を見せ、双方一歩も譲らない戦いが行われた。

 

「チッ……(やり辛ぇなこりゃ。戦っててここまで手応えがない相手は初めてだぜ。俺のデータを参考にしてるってのは間違い無いらしい)」

 

ジェネシスは内心そう愚痴ると、今度は右上から振り下ろすという振りをして下から攻めると言うフェイクを織り交ぜた攻撃を繰り出す。が、これもまた読まれていたらしく、フェイクなど意に介さず右下から接近する刃を難なく受け止めた。

 

「不味いですね……」

 

硬直状態で床に伏せた状態で戦いを観ていたサクラが不意に呟く。

 

「やはり、あのホロウ・ジェネシスは完全にお父さんの戦闘データをコピーしています。このままではホロウデータを倒す事は叶わないでしょう」

 

サクラは苦虫を噛み潰したような表情で言う。

事実、彼女の言う通りジェネシスは今も攻めあぐねている状態だ。

そしてこの状況は長続きしない。このまま同じ状況が続けば、不利になっていくのは本物のジェネシスの方だ。ここまでエリアボス、フロアボス戦と言う難関を十分な休息を取らずにこなしているのだ。このままでは疲労で本物のジェネシスが疲弊によって動かなくなる可能性もある。

 

「……っ」

 

麻痺によって行動が制限されているティアの表情に不安と焦りの色が現れ始めた。本当であれば今すぐにでも彼の救援に向かいたいのだが、システムによって動くことができないもどかしさに彼女は奥歯を噛み締めた。

 

しかし当のジェネシス本人の内心は非常に冷静だった。

焦りも不安も全くなく、不純物の全くない水のように彼の心は透き通っていた。

 

この時、彼の脳内には何故か目の前に一つの巨大な門があった。鍵穴は無く、その巨大さ故にこじ開ける事も叶わず、更に言えばその扉を開けたら何があるのかさえ分からない。その扉の正体が何なのかは不明だが、ジェネシスはその扉の事よりも、今目の前に立つ相手のことに集中する事にした。

 

目の前で自分と戦っているのは、紛い物とはいえ自分自身。

これに挑む事は即ち己の限界に挑むと同義である。

一撃一撃を打ち込むたびに、ジェネシスの集中力は徐々に高まっていき、剣を振るう速度が、一撃の重みが、技のキレが段々と増していく。

 

それまで両者一歩も譲らない戦闘を繰り広げていたが、本物のジェネシスの方がやや押し始めた。全く通らなかった攻撃もようやく入るようになり、ホロウ・ジェネシスの身体に切り傷ができる。

 

しかし次の瞬間、ホロウ・ジェネシスの大剣が赤黒い光を放ち始め、そしてその大剣の刃をジェネシスの首元目掛けて勢いよく振るった。暗黒剣ソードスキル《ヘイル・ストライク》。本物の彼と遜色ないキレと速度で放たれたその一撃は、ジェネシス本人に回避する暇も反撃の隙すらも与えなかった。間違いなく、この一撃は免れられない。正に、ホロウ・ジェネシスが土壇場で見せた渾身の一撃のと言える。

観念してジェネシスは目を閉じてその刃を受ける。

 

「久弥あぁーーっ!!!」

 

だがその時、ティアの叫びが彼の耳に届く。

 

それが引き金となったのだろうかーーーージェネシスの脳内に聳え立っていた門が、重々しい音を立てながら開き始めた。

 

その先には、何もない。今彼が立っている領域よりも更に深い深淵が広がっているのみ。 

 

しかし彼は、迷わずにその領域へと足を踏み入れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

『ナーブギアとのシンクロ率・120%オーバー』

 

『既定数の脳波を感知。ナーブギアのリミッターを解除』

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

その時、ジェネシスの戦いを観ていたティア達は信じ難い光景を目にする事になった。

 

確実に決まると思われたホロウ・ジェネシスの渾身の一撃。

ジェネシスの首はなす術もなく撥ねられると思われた次の瞬間、吹き飛ばされたのはホロウ・ジェネシスの方だった。

 

一体何が起きたのかーーーー普通のプレイヤーでは見抜けなかっただろう。しかしティア達の目には見えていた。

 

ジェネシスは首元に迫った刃を状態を伏せる事で回避し、そのまま右手に持った大剣をホロウ・ジェネシスの胴体に突き出して吹き飛ばしたのだ。ここまで約1秒程度。神速発動状態のアスナに迫る速度の動き。通常のジェネシスでは間違いなく出せない一撃だ。

 

「何だったんだ……今のは……?」

 

キリトが震えた声で問いかける。

それに応えるかのように、サクラが戦慄した表情で呟く。

 

「信じられない……お父さん、貴方は……『ゾーン』に入ったと言うのですか……?」

 

ゾーン

余計な思考、感情が排除された極限の集中状態。

鍛錬に鍛錬を積んだ者だけが、その扉の前に立つ権利を有する。が、それでも開くのはごく稀の事である。

其は正に、選ばれた者のみが入ることのできる究極の領域。

そこに入ったものは、実戦ではほぼ不可能な100%全力のパフォーマンスを発揮することが出来る。

 

そこからは正に一方的な蹂躙劇だった。

ゾーン状態に突入したジェネシスは、リミッターが外れた事によるものなのか、瞳に真紅の光を灯しながらホロウ・ジェネシスを完封して見せた。

普段の彼では有り得ない速度で動き回ることでホロウ・ジェネシスを翻弄していく。正面から背後に回って背中を斬りつけ、そのまま立て続けに正面に立って大剣を横一閃に振るい、ホロウの彼を吹き飛ばす。

 

「すごい……」

 

別人のようなジェネシスの動きを観て圧倒されたフィリアが思わずそう口にした。

 

本物のジェネシスの猛攻を受けたホロウ・ジェネシスは不利と見たのか暗黒剣最上級スキル《ジェネシス・ディストラクション》の発動モーションを取る。

 

「やめとけ。偽物のオレじゃそんな技使ったところで勝てやしねえよ。

こいつで終めえだ」

 

それに対して本物のジェネシスは淡々とした口調でそう告げると、大剣を正面に構える。

 

『───秘奥義開帳。

其は深淵より出で、万物を滅する暗黒の刃───』

 

ジェネシスがそう詠唱した直後、彼の大剣を中心に漆黒のオーラが彼を包み込む。

暗黒の雲はやがて大剣の刃を包み込んで暴風を伴う渦となり、禍々しい赤黒い光を放った。

ジェネシスの全身もすっぽりと黒いオーラに包まれ、二つの赤い双眸が光る。それはさながら『悪魔』のようだった。

 

ホロウ・ジェネシスが大剣を右腰の下段辺りに構え、そして駆け出す。同時にジェネシスは黒い渦を纏った大剣を上段に構える。

 

『《アビス・デストピア(死告の深淵)》」

 

瞬間、ジェネシスは大剣を勢いよく真下に振り下ろした。

漆黒の竜巻が真っ直ぐにホロウ・ジェネシスを呑み込み、粉砕する。

あっという間にホロウ・ジェネシスのHPは尽き、その身をガラス片に変えて消滅した。

 

それを確認したジェネシスは「フゥ」と一息つくと、大剣を左右に振って背中の鞘に収めた。戦闘が終わると同時に、先ほどまで発動していた『ゾーン』が解除され、彼の目に灯っていた赤い光が消えた。

 

「!……動ける!」

 

すると先ほどまで麻痺で倒れていたキリト達がゆっくりと起き上がる。

 

「おっ、やっと動けるようになったか」

 

「ああ、どうにかな……ってそうじゃない!

ジェネシス!!お前さっきのは何だよ?!」

 

キリトはそう言ってジェネシスに勢いよく詰め寄った。

 

「おいおい落ち着けって、正直俺もよくわかんねえんだよ。

気がついたらああなってたっつうか…」

 

ジェネシスは困惑した表情で答える。

 

「今のは《ゾーン》です。ナーブギアには一定の脳波を感知すると、動作処理のリミッターが外れるようになっています」

 

「ナーブギアにそんな機能まであったのか……茅場のやつ、そんなことまで想定してたのかよ」

 

サクラの説明を受け、キリトは呆れたような口調で呟く。

 

「けど、そんなのって意識して入ることは出来ないよね」

 

「ああ。多分『入れたらラッキー』程度のもんだと思うぜ」

 

アスナの問いにジェネシスが首を縦に振って答える。

 

「何じゃ、つまらん。いつでも入れるならばこれ以上ないアドバンテージになると言うに」

 

「いや、あんなのいつでも入れたらそれこそチートだから」

 

面白くなさそうに言うツクヨに対し、キリトが宥めるように言う。

 

「まあ、何はともあれこれで倒すべき敵は全て倒したはずだ。早くコンソールに行こう」

 

ティアがそう促し、皆はボスを倒したことで現れた転移石に向かう。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

最下層・コンソール前

 

一行が転移した先は、何もないただっ広い空間だった。

数メートル歩いたところで、目の前にシステムコンソールを見つけたサクラがそれを操作する。

 

『エラーが解除されました。エラーの種類はデータの重複。原因は────』

 

システムアナウンスがなると共に、ここでようやくフィリアとツクヨのカーソルがオレンジからグリーンに戻る。

 

「あ、グリーンになった!」

 

「ふむ、やはりこの方がしっくりくるな」

 

自分のカーソルの色が戻ったフィリアとツクヨはほっと息を吐いた。

 

「よし。二人のエラーも解除した事だし、帰ろうか」

 

「うん!……でもなんか、変な感じがするね。

引越し前の家に帰る気分だよ」

 

「それは間違いねえな。ま、すぐに慣れるさ」

 

「そうそう。それに、あそこには頼れる仲間もいる。何も心配はいらない」

 

「そうか。それは楽しみじゃのう」

 

「ああ、楽しみにしていてくれ。

それじゃ戻ろうか!」

 

そして一行は管理区に戻ったのち、転移門からいよいよアークソフィアへと帰還していく。

 

 

 

 

〜七十六層・アークソフィア〜

 

中央の広場にある転移門が青白く光、中から複数の男女が現れる。

 

「ここが……」

 

「七十六層アークソフィア。紛れもないアインクラッドだ」

 

辺りをキョロキョロと見回すフィリア。

するとそこへ……

 

「こーらー。なにキョロキョロしてんのよ」

 

後ろから仲間の声が響く。

 

「こっちですよ!フィリアさん、ツクヨさん!」

 

「よかった、無事に戻ってこられたんだね!」

 

「フィリアさん、ツクヨさん。お帰りなさい!」

 

「やっとこっちで会えたわね」

 

「お二人が無事でよかったです!」

 

「ええ!本当に良かった……!!」

 

リズベット、シリカ、サチ、リーファ、シノン、サツキとハヅキが笑顔で駆け寄る。

 

「みなさーん!待ってましたよ!!」

 

「お二人が帰ってきてくれるのを心待ちにしていました!」

 

「わーい!二人とも無事でアタシもホッとしたよ〜!!」

 

さらに、レイ、ユイ、ストレアの3人も満面の笑みを浮かべながらやって来た。

 

「あ……えっと……」

 

「ほい、行ってこいよ」

 

戸惑った様子の二人の背中をジェネシスがそっと押し出す。

 

「うむ。……フィリア」

 

「うん……その……」

 

 

「「ただいま」」

 

『『『『おかえり!!!』』』』

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。この小説の連載が始まってから約半年が経過し、やっとここまで来たか……と少しホッとしています。
しかし、これはあくまで前半戦。今後もホロウフラグメント編はまだまだ続くので、頑張っていきたいと思います。
読者の皆様、改めてこれからもよろしくお願いします。



〜予告〜

ーー次回、ホロウフラグメント編後半戦、スタート!!ーー

「待たせたわね!
この私が、華麗に参上したのだわ!!」

「え?お菓子無いんですか?
……もう寝ますね」

新たなキャラクター、続々登場!

「さあて……ショータイムの始まりだぜェ」

「僕の前じゃ、君たちなんてゴミ同然だよ」

迫りくる新たな脅威!!

「待っていたよ……諸君」

そして物語はいよいよ終盤へ!!

「俺が……俺たちが《黒の剣士》だ」

  ソードアート・オンライン
   〜二人の黒の剣士〜
  ホロウフラグメント編後半戦
    次回よりスタート!!
















「うふふ…………

来 て く れ た ん で す ね 」


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四十五話 二人の幼馴染〜前編〜

こんばんは、ジャズです。
では、ホロウフラグメント後半戦、これより開幕です。
今回より新キャラが二名出ます。


七十六層・アークソフィア

 

フィリアとツクヨの二人がホロウエリアから帰還してから数日後。

その日は皆攻略を休み、各々の休日を満喫していた。

そしてそれはジェネシスとティアも例外では無く、二人は揃ってアークソフィアの街を散策していた。

二人は他愛のない会話を交わしながら仲睦まじい雰囲気を漂わせながら街を歩いて行く。

 

「ねえ、次はどこに行こっか?」

 

「どこ行くったってな……もうこの街は大抵散策し終えただろ」

 

「そうかな?まだ行ってないお店とかいっぱいあると思うよ?最近じゃ下の層から来たプレイヤーも増えてるし」

 

「ほんと物好きな奴がいたもんだよな。こっちに来たらもう下の層には戻れねえってのに」

 

「あはは……確かに」

 

ジェネシスの言葉を受けティアは苦笑する。

 

「なんじゃ主ら、こんなところにおったのか」

 

そこはやって来たのはツクヨ。左腕には何かが沢山詰まった紙袋を抱えている。

 

「見ての通り散歩中だ。そっちもか?」

 

「ああ。この街にも大分慣れて来てな。今日も歩き回っていたら、なかなかいい掘り出し物があった」

 

そう言ってツクヨは紙袋の中身を二人に見せた。

中に入っていたのは大量の饅頭やおかき、牡丹餅と言った和菓子だった。

 

「なんだこれ?和菓子の店なんざこの層にあったか?」

 

「いつからあるのかは知らん。じゃがどれも中々いい味をしておる。気になるなら行ってみるといい……《えっちゃんの和菓子店》という名の店じゃ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ツクヨは店の場所だけ教えたのちに皆と寝泊まりしている宿へと戻って行った。

ジェネシスとティアはツクヨが行ったという和菓子店に興味を持ち早速そこへ向かう。

 

「しっかし、西洋マシマシのこの世界で和菓子とはな。随分粋な奴がいるもんだぜ。ちょっと和菓子が食いたくなってたからちょうど良かったわ」

 

と、甘いもの好きなジェネシスはかなり楽しみなようだ。

一方それに対してティアは顎に手を当てて何か考え込んでいる様子だ。

 

「《えっちゃんの和菓子店》…………うーん……まさかね……」

 

「ん?どうしたんだよ」

 

ティアの様子を訝しんだジェネシスが彼女の顔を覗き込む。

 

「ちょっと現実での話になるんだけどね……私の家族がよく和菓子を買いに行ってた店があって。

それが《えっちゃんの和菓子店》っていう今から行くところと全く同じ名前なのが気になって……」

 

「はあ?んなもん偶然に決まってんだろ。えっちゃんなんざよく聞く名前だ」

 

ジェネシスはティアの疑念に取り合わずに先に進む。

ティアも黙ってついて行くが、その疑念は晴れなかった。

やがて二人は建物と建物の間のやや薄暗い路地裏を進んでいく。すると、微かな甘い匂いが鼻を突いた。

そして薄暗い路地裏の中で暖かなオレンジ色の光を放つ扉と窓が見えて来た。その壁には丸く小さな木の板で出来た看板があり、手書きの字で《えっちゃんの和菓子店》と書かれていた。

 

「ここか…」

 

ジェネシスは早速木のドアを押し開けて中に入る。

『チリーン』という鈴の音と共に「いらっしゃいませ〜」という気の抜けた少女の声が響く。

中はオレンジの暖かな光で照らされているが控えめで僅かに薄暗い。

彼らの目の前には現実にあるスイーツ店と同じくガラス張りのショーケースに美味しそうな和菓子が沢山並べられている。

そしてその奥に立つ店員と思われる人物は、薄めの金髪に頭部にはアホ毛が立っており、口元は赤いマフラーで覆われている。黒いメガネの奥の両目は気だるげに垂れている。

 

「……あの、御注文はありますか」

 

しばし沈黙があった後に店員の少女がそう尋ねる。

 

「ああ、えっと……

そんじゃ何かオススメのやつを

 

「えっちゃん!!!」

 

ゴベブハッ?!!」

 

突如ティアが店員の少女を見るなり興奮した様子でジェネシスを押し除けて飛び出した。

 

「えっちゃん!えっちゃんだよね?!私だよ私!現実でそっちの店によく行ってた一条雫!!」

 

店員の《えっちゃん》と呼ばれた少女は一瞬ポカンとした様子だったが、数秒間ジッとティアの顔を見つめた後、

 

「……ああ、雫ちゃんですか。お久でーす」

 

と、気の抜けた口調でそう発した。

 

「やっぱり!!わぁ〜懐かしい!

お店の名前と和菓子を売ってるって聞いてもしかしたらと思ったんだよ〜!!でもまさかSAOに来てるなんて思わなかったな〜」

 

「私も雫ちゃんがいるなんて思ってませんでしたよー。

お互い運悪く巻き込まれちゃったみたいですねー」

 

お互い再会を喜び合い、笑顔で言葉を交わす。

 

「……よーし、ちょっと待とうか」

 

ここで先程ティアに吹き飛ばされたジェネシスが戻り、二人の間に割って入った。

 

「え、なに?お前ら知り合い?」

 

「えっと、うん。この子は《江戸川 澄香》ちゃん。の家は現実世界でも和菓子店をやってて、私の家族がよく買いに行ってたの」

 

「こっちでは《オルトリア》です。よろしくです」

 

そう言ってオルトリアはゆっくりと頭を下げた。

 

「それで、こっちは私の………………

 

か、彼氏で夫の《ジェネシス》……だよ///」

 

ティアは顔を真っ赤にしながらジェネシスをオルトリアに紹介した。

 

「なんで今更そんな事で恥ずかしがってんだよ……。

んま、そういう訳だからよろしく頼むぜ。

 

そんで、なんかおすすめのやつってあんのか?」

 

「おすすめ、ですか……私の店の商品はどれも味には自信があるのでどれが一番かは決めづらいのですがね〜……」

 

ジェネシスの問いにオルトリアは悩ましげな表情でガラスケースに並ぶ商品を見渡した。

彼女のいう通り、ガラスケースの中に並ぶ和菓子はどれも非常に見た目の良い物ばかりであった。

大福や牡丹餅、羊羹、どら焼き、団子と言ったメジャーなものから、現実ではマイナーなものである金鍔や桜餅、中には地方の名産である赤福まであった。

 

「確かに…………こりゃどれも旨そうだ」

 

甘いものが大好きなジェネシスも、目の前に並べられた沢山の和菓子を前に思わずそう言った後に黙り込んでしまった。

すると横にいたティアが身を乗り出す。

 

「あ、じゃあさ!あれってあったりしない?

あの、現実のえっちゃんのお店でも1番のオススメだった《黄金のわらび餅》!!」

 

ティアは目を輝かせながらワクワクした様子で尋ねる。

するとオルトリアは「あぁ〜……」と申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「……あれ?ひょっとして無い感じ?」

 

オルトリアの様子を見て何かを察したティアが尋ねるが、彼女は首を横に振る。

 

「いえ、あるにはあるんですけど……今ちょっと在庫がなくてですね」

 

「えっ、じゃあここでも食べられるの?!あのわらび餅!!」

 

「え?あ、はい……まあ、材料があればいつでも作れますよ」

 

するとティアは「よっしゃあぁ!!」といつになく高いテンションでガッツポーズをとる。

 

「……なあ、質問なんだが……

 

そんなに美味いの?そのわらび餅」

 

ティアの高いテンションに押され気味のジェネシスがおずおずと尋ねる。

 

「久弥……ここのわらび餅を食べたら他のわらび餅食べられなくなるよ?」

 

「よしわかった。

そんじゃ取りに行くか、材料」

 

ティアの言葉を受け、ジェネシスは意を決してそう宣言した。

 

「……え、今から行くんですか?」

 

「うん!だって食べたいもん!えっちゃんのわらび餅!!」

 

「甘いもん好きな俺としちゃなんとしても食いたいからなそれ」

 

二人はメニュー欄を開き、戦闘用の衣装に手早くチェンジし、各々の武器もセットして準備を整えた。

 

「あ、それなら私も行きます。私が行った方が材料も手に入れやすいでしょうし」

 

するとオルトリアもいそいそと店の奥に移動を始めた。

 

「えっ?でもえっちゃんのも店番が……」

 

「大丈夫です。こんな路地裏にありますから滅多にお客さんなんて来ませんし、どのみち早く材料を手に入れないといけなかったんです。問題ありませんよ」

 

「そりゃ助かるから良いんだが……お前戦えんのか?」

 

「ご心配には及びませんよ。雫さんたちには及ばないかもですけど、美味しい和菓子を作るために鍛えて来ましたので自信はあります。伊達に最前線まで来てません。」

 

そしてオルトリアは自分の店を手早く片づけ、戸締りをした後に一行は早速出かけた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

彼らがやって来たのは76層の色とりどりの草木が生えるフィールド。

 

「ここに素材があるの?」

 

「はい。ここで取れるカタクリがあれば、それを粉状にして作れますので」

 

「要するに片栗粉じゃねえか。

まあそりゃ良いけどよ……お前すげえ格好だな」

 

ジェネシスが気になったオルトリアの今の格好は、先ほどまでの大人しめな服装などではなく、赤黒いロングコートとなっている。頭にはフードを被せており、眼鏡やマフラーは外されている。下半身の衣服はミニスカートから黒い短めのホットパンツとなり、タイツ生地の靴下を履き靴は厚底のブーツとなっており、先ほどまでとは印象が全く異なるものだった。

 

「これは私の戦闘服ですが……何か問題でも?」

 

「いや、別に問題があるってわけじゃ無いんだがよ……」

 

「私はすごくかっこいいと思うよ?えっちゃん」

 

「どうも」

 

そんな会話をしていると、目の前に一体の巨大なカブトムシ型モンスターが出現した。

 

「まあ正直無視しても良いんだが……ちょっと腕試しと行くか」

 

「うん。油断しないようにね」

 

ジェネシスが背中から大剣を引き抜き、ティアは左腰から刀を抜く。

するとオルトリアは懐から紙袋を取り出し、中から真っ白な饅頭を一つ取り上げ口に運ぶ。

 

「って待たんかいいぃぃぃ───────!!!」

 

その時ジェネシスが鬼の形相でオルトリアに蹴りかかった。

オルトリアは間一髪のところでそれをかわす。

 

「……何するんですか。貴重な和菓子を落とすところだったじゃないですか」

 

「知るかぁボケェ!!これから戦闘ってときに何呑気にお菓子食ってんだ!!」

 

「何言ってるんですか。食べたい時に食べる、それがおやつタイムと言うものです」

 

怒鳴るジェネシスに対しオルトリアは悪びれる様子もなく淡々と答える。

 

「戦闘は私、あまり得意じゃないので」

 

「じゃあ何のために戦闘服に着替えたんだ!?

俺が『腕試し』って言ったの聞こえなかったか?!」

 

「腕試しも何も、あんなモンスタージェネシスさんと雫さんがいれば一瞬じゃないですか。私の出番無さそうですよね」

 

「俺はてめぇの実力がどのくらいなのか測るつもりで『腕試し』って言ったんだよ!いいからとっとと武器構えろ!菓子食うのはその後だ!!」

 

「あ、あの久弥!取り込み中悪いけどいまそっちに……」

 

喚き立てるジェネシスに対しティアが警告を入れた束の間だった。

 

「ぐおおおわああああーー!!」

 

ジェネシスはカブトムシ型エネミーに突進され数メートル吹き飛ばされた。

 

「ほらぁ!!てめぇのせいでこいつの攻撃喰らっちまっただろうが!!」

 

「えー、私のせいですか」

 

涙目でオルトリアを睨みながら叫ぶジェネシスに対し、首を傾げながら答えるオルトリア。

 

「あ、えっちゃん!!危ない!!」

 

するとカブトムシ型エネミーは今度はオルトリアを標的に変え、巨大な角を真っ直ぐにオルトリアに向けて勢いよく走り出し──────

 

「えい」

 

直後、『シュバッ!!』という鋭い空切り音が響き、数秒後にカブトムシの角がカランと地面に転がった。

 

「危ないじゃないですか。私の和菓子に何かあったらどうするつもりなんですか」

 

オルトリアはカブトムシを見下ろしながらそう言った。

左腕は和菓子の入った紙袋を大事そうに抱え、反対側の右手には赤く光る剣が握られていた。その剣の柄は丸く黒い円筒状のもので、そこから伸びる刃は金属の物ではなく、まるでレーザー状のものに見えた。

そう、オルトリアが携える剣はまるで……

 

「…アイエエエェェェェェーー?!ビームサーベル?!ビームサーベルナンデ?!!」

 

SF映画に登場する光剣そのものだったのだ。

 

「名前は《クロスカリバー》っていうそうです。まあそれはどうでもいいですが……

とりあえず早くお菓子食べたいので倒しますね」

 

そしてオルトリアは菓子袋をストレージに収納した後にコートの内ポケットからもう一本同じ光剣を取り出し、それを右手の剣の反対側に取り付けて両刃刀の形状に合体させた。

この世界ではサツキしかいない《双頭刃》スタイルだ。

 

「そぉい」

 

オルトリアは双頭刃のビーム状の刃を頭上から振り下ろし、そのまま横に切り払う。

そのまま持ち手を左右の手で器用に回転させ、風車のように素早い連撃を加える。

オルトリアから思わぬ猛攻を受けたカブトムシ型エネミーは羽を展開して空中へ逃避する。

 

「逃しません」

 

オルトリアは空中へ逃げたエネミーに向けて双頭刃を投げた。すると彼女の剣はブーメランのように回転しながらモンスターへと飛来し、羽を切り裂いて地面に突き落とす。

 

「ナイスだよえっちゃん!とどめは任せて!」

 

ティアは落下したエネミーの元へ駆け出し、そのまま刀を横一閃に斬り払った。その一撃を受け、カブトムシ型エネミーは消滅した。

 

「ふう…では糖分補給の時間です」

 

オルトリアはビーム刃を収納した後にグリップをポケットに収め、再び先程の菓子袋を取り出して食べ始めた。

 

「お疲れ様えっちゃん。凄かったじゃん!」

 

刀を納めたティアが笑顔でオルトリアに駆け寄る。

 

「雫ちゃんもお疲れ様でした。これ、よかったらどうぞ」

 

オルトリアは袋の中から大福を一個取り出すと、それをティアに手渡した。

 

「えっ、いいの?!ありがとう〜!

…………ん〜!!おいひい!!」

 

ティアは受け取った大福を口に放り込むと、その美味しさについ顔が綻んだ。

 

「はあ……もう色々疲れたわ」

 

立ち上がったジェネシスは嘆息しながら呟いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一行が再び歩き出してから数十分後、少し開けた林道に入った。

 

「あっ、ありました」

 

オルトリアが指差した先には、鮮やかなピンク色の花が咲いたカタクリが群生していた。

オルトリアはそれに向けて駆け出す。

 

「…!待ってえっちゃん!止まって!!」

 

すると何かを察知したティアがオルトリアに叫ぶ。

その声を聞いたオルトリアは慌ててその場から飛び退くと、彼女が立っていた場所に一体のモンスターが轟音と共に着地した。

土煙が晴れるにつれ、その姿が露わになっていく。

それは蜘蛛型の巨大なエネミーだった。HPバーは3本あり、名前が《ラグナック》と表示されている。

 

「マジか……よりによってエリアボスがこんなとこに来るとはな」

 

既に大剣を引き抜き戦闘態勢に入っていたジェネシスが苦い顔で言った。

 

「でも、こいつを倒さないとわらび餅が作れません。なので倒します」

 

「うん。必ず勝とうね!」

 

オルトリアとティアも各々の武器を構えてそう掛け合った。

 

「うっし、んじゃ戦闘開────」

 

「ちょっと待ったぁぁーーー!!!!」

 

ジェネシスが戦闘開始と言いかけた所で、彼らの背後から叫び声が響き、同時に黄色の眩い光を放つ極太のビーム光線が放たれ、ジェネシス達の頭上を通過した後にラグナックに直撃、轟音を立てて吹き飛ばした。

一体何者の仕業なのか後ろを振り返って見てみると、そこには一人の少女が立っており、その隣にはほぼ彼女の等身大のサイズがある巨大な弓があった。

少女の艶のある黒髪はツーサイドアップの髪型になっており、瞳は真紅。装備の色は上が白生地に金のライン、したが黒という構成だが、水着とほぼ同じサイズしかなく彼女の素肌をこれでもかと晒している。が、当の本人は気にしていない様子。

 

「待たせたわね、この私が華麗に参上したのだわ!!」

 

少女はジェネシス達に対して得意げな顔で叫ぶ。

ジェネシスは一瞬なんだこいつはと感じたが、ふと彼女の顔を見て何かを思い出しはっとした顔になる。

 

「て、てめぇは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……凛、か……?」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、今回出たのはオルトリア、モチーフはFGO のヒロインXオルタになります。
そして終盤に出たキャラは……FGOを知っている方ならもう分かったかな?正体は次回明らかになります。
では、また次回。


〜おまけー

ミツザネ「これからどうなるか……楽しみに待っていろ」

分かる人には分かる中の人ネタ。


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四十六話 二人の幼馴染〜後編〜

昨日マーリンを無事引き当てたジャズでございます。
お陰で貯めてた石150個が全て消え去りました。
来てくれたのは嬉しかったのですが……言わせてください。

「マーリンシスベシフォーウ!!」

FGOキャラが続々登場してる本作品。果たしてこのセリフが飛び出す事はあるのでしょうかね……?


エリアボスを吹き飛ばした弓使いの少女を見て、ジェネシス達は目を見開いた。

 

「ふふっ、久しぶりねあんた達。元気そうで何よりだわ」

 

ジェネシスに“凛”と呼ばれた少女は笑顔でそう言った。

 

「え……ほんとに凛ちゃんなの?え?でもなんで?」

 

「……まあ積もる話はあるけれど、先にあいつを倒しちゃいましょう」

 

凛が視線を向けた先には、先ほど彼女か攻撃を受けたラグナックが起き上がって戦闘態勢に入っていた。

 

「……みてえだな。んじゃサクッと倒しちまうか」

 

ジェネシス達も武器を構えて戦闘態勢をとり、そして飛び出した。

ラグナックは前足を振り上げて3人を吹き飛ばそうと振り回すが、ティアとジェネシスが各々の剣でそれを弾く。

 

するとラグナックは口部から蜘蛛の糸をジェネシス達に向け射出した。

ジェネシスとティアは再び剣で応戦するが、その糸は粘着性があり刃に付着した。

 

「げっ!」

 

「ヤバっ?!」

 

ラグナックは二人の剣を捕らえるとそのまま身体ごと横に動かして二人を投げ飛ばした。

吹き飛ばされた衝撃で二人は地面に倒れ込み、ラグナックはそのまま二人に襲い掛かった。

 

「やらせるかっての!!」

 

凛がそう叫ぶと赤い鉱石遠取り出すと空中に放る。

すると鉱石は空中で弾け、代わりに巨大弓に赤い光を帯びた矢が装填される。

そして凛は腕を真っ直ぐに前に伸ばし、人差し指をラグナックの方に向ける。

 

「これでも食らいなさい!!」

 

その直後凛の隣の弓から赤い矢が光線の如く放たれ、それは真っ直ぐラグナックの方へ飛翔し、直撃する。

命中した瞬間、ラグナックの身体は赤い炎に包まれた。

 

「某大人気ゲームで虫が炎に弱いのは常識よね♪」

 

凛は得意げな笑みでそう言った。

彼女のいう通り先ほどのダメージはラグナックにとって大きかったのか、3本のHPバーのうち一本が既に消し飛んでいた。

 

「おいおい、二発でこれかよ……」

 

凛の弓の威力に思わず苦笑するジェネシス。

同じ遠距離武器を使うシノンが精密射撃のスナイパーライフル、ハヅキが速写性に優れたマシンガンとするなら、凛の弓は一発の威力が重いロケットランチャーと言えるだろう。

 

「お二人とも、大丈夫ですか〜?」

 

すると二人の元へオルトリアがトテトテと駆け寄り、光剣で糸を切り裂いた。

 

「ありがとうえっちゃん。助かったよ」

 

「いえいえ。それより、実体剣のお二人ではあの蜘蛛は相性が悪そうですね。

私が正面からやるのでお二人は側面からお願いします」

 

オルトリアはそう言ってもう一つの光剣を展開し、左右の手に装備すると巨大蜘蛛に斬りかかった。

蜘蛛は先ほどと同じく粘着性のある糸を吐き出すが、実体のないレーザー状の刃で容易く弾かれ、切り裂かれていく。

オルトリアが正面から蜘蛛と戦い、引きつけることで側面に隙が生じ、ジェネシスとティアの二人はそこを突いて容赦なくソードスキルを叩き込む。

3人の攻撃を受け、ボスのHPは最後の一本まで削られた。

するとボスは蜘蛛の糸を、そのエリアの端に生えている木の幹に取り付けるとそこへ向けて飛び上がった。

 

「逃しはしないわ!」

 

そこへ凛が、今度は紫の鉱石を取り出すとそれを空中に放って弾き、そのエネルギーを弓に集める。

 

「そこ……動くな!!」

 

弓から放たれた紫のビームは蜘蛛を直撃し、スタン状態に陥らせた。どうやら凛の使う弓は、赤い鉱石を使う場合は燃焼、紫なら毒という具合にやの効果が変わるようだ。

 

「では僭越ながら……私が決めさせて頂きます」

 

オルトリアが左右の光剣をくっつけて双頭刃の形状にし、麻痺状態のボスに向かって駆け出していく。

 

「オルトリアクター臨界突破。我が暗黒の光芒で素粒子に帰れ」

 

双頭刃を両手で器用に回転させて連続切り、上下、左右、斜め方向からランダムで斬撃を繰り出す。

 

「《黒竜双剋勝利剣(クロスカリバー)》アァァァァーーーっ」

 

最後に双頭刃を再び左右に分割すると、そのままボスとすれ違い様に交差するように斬り伏せる。

彼女の攻撃を受けたボスはHPが0となり霧散する。

 

「お疲れ様、えっちゃん」

 

「最後のアレ、ただの《ロイヤルストレートフラッシュ》だよね。なんだよ《クロスカリバー》って」

 

「え、このソードスキルそんな名前だったんですか。知らなかったです」

 

「知らなかったんかい。まあいいわ、勝ったんだし。

……それはそれとして、だ」

 

ジェネシスは一呼吸置いて振り返る。

 

「まさかテメェまでここにいるとは思わなかったぜ、凛」

 

「それはこっちも同じよ。ま、知り合いがいて正直良かったといえば良かったかな。

あと、こっちじゃ私は《イシュタル》だからそこんとこよろしく」

 

そして凛…イシュタルはティアとオルトリアの方に向き直る。

 

「あんた達も久々ね。こっちでも元気そうで何よりだわ」

 

「凛ちゃんもね。まさか凛ちゃんまでここに巻き込まれてるとは思わなかったけど……」

 

「雫ちゃんに同じくです」

 

「ふふっ。でも会えて嬉しいわ、雫、澄香」

 

イシュタル、ティア、オルトリアはそう言葉を交わすとハイタッチをし合った。

 

「さて、それじゃ目的を果たしちゃおっか」

 

「はい。ここのカタクリを取ればアレが作れますし」

 

そう言ってティアとオルトリアは奥に生えたカタクリの草の方へと向かった。

 

「ん?あんた達あのボスと戦いに来たんじゃないの?」

 

「あー違う違う。あのカタクリの草をとってオルトリアの店のわらび餅を作るんだと」

 

状況が飲み込めなかったイシュタルがジェネシスに尋ねる。

 

「わらび餅ってもしかして……名物のやつ?」

 

「らしいぜ。すげえ美味えらしいな」

 

するとイシュタルはその場でガッツポーズをとった。

 

「っしゃあ!生きててよかったあぁぁ!!」

 

「……まじでそんなにうまいのか」

 

イシュタルのテンションの変わりようにわらび餅に対する期待がかなり高まったジェネシスだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

目当てのカタクリを採集し、店に戻った一行。

 

「では、早速作らせていただきますね」

 

先ずは先ほど取ったカタクリをすりつぶして片栗粉を作り、そのまま水と砂糖で混ぜ合わせる。

そして弱火〜中火で熱を加えつつ木べらなどで混ぜていき、固まってきたら火を止めて1分ほど混ぜ続けたら混ぜるのをやめ、氷水で冷やす。

黒蜜は黒糖と水を溶かして鍋に入れて混ぜ合わせ、しっとりと溶けてきたら火を止めて冷やす。

氷水に入れたわらび餅を一口サイズに分け、黒蜜ときな粉をかければ完成。

 

「出来ましたよ〜」

 

完成したわらび餅を皿に盛り、奥にあるイートインスペースで待つ三人の元へ持っていく。

 

「わー!」

 

「待ってました〜!」

 

ティアとイシュタルが手を叩いてはしゃぎながら言った。

 

「うお……確かに美味そうだ」

 

オルトリアのわらび餅は、見た目からして次元が違うものだった。

餅は綺麗に透き通っており、尚且つ自らシルバーの輝きを放っている。程よく弾力があり、テーブルに置かれた瞬間『プルン』とわずかに震えた。その上からかけられたきな粉もまた黄金に輝き、黒蜜は全ての光を吸い込むような深い黒で、それでいて艶があってトロリとしていた。

まさに《黄金のわらび餅》の名にふさわしい一品と言えた。

 

「じゃあ、食べましょうか」

 

「ええ、この瞬間を待ちに待ってたんだから!」

 

「では、皆さん……」

 

「「「いただきまーす!!」」」

 

そして皆はわらび餅を一つ爪楊枝に刺すと、同時に口内へ運んだ。

 

「んふぅ〜〜///」

 

「はあぁ〜〜!これよこれ!この食感!!堪んないわ〜!!」

 

早速口に含んだティアとイシュタルが顔を蕩けさせた。

もっちりとして、それでいてふんわりとした不思議な食感。きな粉独特の風味に黒蜜の味が交わって絶妙な甘みを編み出す。

 

「これは……うめえな」

 

「でしょう?!もう最高に美味しいでしょう?!」

 

わらび餅の味に舌鼓を打つジェネシスにティアが興奮気味に食いつく。

 

「正直この味の再現には苦労しました……これを作るのには料理スキルのスキルマは大前提でしたが、素材を集めるためには高いレベルのモンスターを狩る必要があって……その為には自身も強くならないと行けなかったので」

 

「このわらび餅を作るためだけにレベル上げしてたの?

はあ、全くあんたらしいと言えばあんたらしいけど」

 

オルトリアの独白に少々呆れた顔になるイシュタル。

 

「そういう凛は何で今になって最前線に来たんだ?」

 

「確かに。七十六層の異変はもうアインクラッド中に知れ渡ってると思うんだけど…」

 

ジェネシスとティアがイシュタルに対して疑問を投げかけた。

 

「それはね……第一層であんた達を見かけたからよ」

 

「大一層で……?」

 

「……あー、あの時か」

 

ジェネシスがいうあの時とは、以前ジェネシス達がレイとユイを保護した際に訪れた時。

 

「あの時のあんた達の強さを見て、私もいつか追いつきたいって思ったのよ。そこからは気合でやって見せたわ」

 

遠くを見つめながらイシュタルはそう振り返った。

 

「そういうことだったんだ…でも、凛ちゃんとえっちゃんがいるなら心強いね!」

 

「ん?……まあ、攻略は捗るようにはなるだろうな」

 

「私はお菓子が食べられるならそれでいいです」

 

「あんたはお菓子ばっかね……」

 

その後、四人はオルトリアのわらび餅の味を満喫した。

 

「はあ〜、美味しかったわ。ありがとうね、えっちゃん」

 

「んじゃ、ご馳走になるわ久弥」

 

「は?俺が払うの?」

 

「ごめんね久弥。私今ちょっと持ってるのが少なくて……」

 

ティアが申し訳なさそうに言うと、ジェネシスは「はぁ〜」とため息を吐き

 

「しょうがねえなぁ。んじゃ今回は俺が持ってやんよ」

 

「やったぁ♪久弥大好き」

 

「あんた達現実の時から変わんないわね〜」

 

嬉しそうな笑みでジェネシスに抱きつくティアを生暖かい目で見るイシュタル。

 

「では……お会計はこちらです」

 

そう言ってオルトリアは金額を提示する。

 

「おおぉ…………中々な値段だなこりゃ」

 

「まあ、高級和菓子を取り揃えている当店でも特に高いやつですから」

 

「チッ、痛い出費だが……わらび餅の味は本物だったしな」

 

長い顔をしつつも、ジェネシスはトレード画面で代金を支払った。

 

「毎度です。また来てくださいね」

 

オルトリアは代金を受け取るとペコリと頭を下げた。

 

「ところで、凛ちゃんはこの層で宿とかとってるの?」

 

「いいえ、私はまだここに来たばかりだからとってないわ」

 

イシュタルは首を横に振って答えた。

 

「なら、凛ちゃん達も私たちと一緒に来ない?」

 

「つかここに来たんなら結局俺たちと一緒に行動することになるんだしな。あいつらに自己紹介だけでも済ませとこうぜ」

 

「ふえ?いや、いいですけど……まだ心の準備といいますか」

 

「うるせえ!行こーう!!」

 

「ちょ、私はチョッパーじゃないですぅ〜!」

 

戸惑い気味だったオルトリアをジェネシスが軽快に引っ張っていく。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「……と言うことで、だ」

 

「今日からお世話になるわ。イシュタルよ、よろしく」

 

「お、オルトリアです……普段は和菓子店やってるのでよかったら来てください……」

 

場所は変わって普段ジェネシス達が寝泊まりしている宿。

食堂には全員が集まっており、彼らの前にジェネシス、ティアとイシュタル、オルトリアの四人が立つ。

 

「こんな時に七十六層に来るやつがいたんだな」

 

「確かに私も驚いたかも……でも、一層賑やかになりそうだね」

 

キリトとアスナは新たな仲間の加入に嬉しそうだった。

 

「うん、まあそれはいいのよ。でもね……」

 

「多分皆さんが同じこと思ってると思いますけど……」

 

するとリズベットとシリカが苦笑いを浮かべながらイシュタルを見る。

 

「あんたその格好なに?!露出多すぎじゃない?!」

 

「そうですよ!!破廉恥です!!」

 

直後、二人はイシュタルを指差しながらそう叫んだ。

 

「確かに、その格好は流石に私もどうかと思うわ…」

 

「水着とほぼ変わらないですよね……」

 

シノンとリーファも呆れた表情で呟く。

 

「なによ、この装備は耐久値や動きやすさ、見た目を兼ね備えた一級品なのよ。まあ、確かにあなた達に比べたらちょっと肌が出てるかもしれないけど、私みたいな美ボディでなければ着こなせないわね。

ふふん、貴方達全員見惚れるといいわ」

 

「何この人プラス思考すぎる」

 

悪びれる様子もなく胸を張って言ったイシュタルを見て呆気にとられるサチ。

 

「弓使いなのか……ライバルが増えたね、ハヅキ」

 

「む……絶対負けないもん」

 

悪戯な笑みを浮かべながら隣の妹に話しかけるサツキと、同じ弓使いとして対抗心を燃やし頬を膨らませるハヅキ。

 

「あの……これ、お近づきの品として持ってきたんですけど……良ければ食べてください」

 

そう言ってオルトリアはストレージから大きな紙袋を取り出し、テーブルに置く。

中に入っていたのは、和菓子の詰め合わせだ。

 

「すごっ!これ全部オルトリアちゃんの手作りなの?!」

 

「そうですよ。素材集めから全て私がやってます」

 

「この世界に和菓子は無いからな。だからこのためにスキルを上げてたんだとよ」

 

ジェネシスの説明を聞きつつ、皆はテーブルに広げられた和菓子の山に一斉に手を伸ばす。

 

「う、美味い…!」

 

「本当、美味しい!!」

 

「現実で食べたものより格段に美味しい……!」

 

和菓子を食べた皆はその味に舌鼓を打つ。

 

「ちょっと値段は張るがな…」

 

一度その店を利用したことのあるツクヨは苦笑いをしつつ饅頭を頬張った。

 

「今回は大サービスで皆さんにタダであげます。今後は是非ご贔屓の程……」

 

「もちろんだ!こんな美味しい和菓子がゲームで食べられるなんて思わなかったからな。是非行かせてもらうよ!」

 

「……ありがとう、ございます…///」

 

仲間達から絶賛を受け嬉しそうに頬を赤らめるオルトリア。

 

「ほう?騒がしいと思ったら見慣れた顔があるな」

 

するとジェネシス達の背後から渋い男性の声が響く。

 

「あ、お父さん」

 

帰ってきたのはティアの父、ミツザネ。

 

「……え?ええ?!お、おじさん?!なんで?!」

 

「あ、どうもです」

 

彼の顔を見てイシュタルは驚嘆し、オルトリアはペコリと会釈をした。

 

「よお澄香。こっちでも和菓子店をやってるとは驚いたぜ。また美味い和菓子を食わせてくれよな」

 

「はい、ご来店をお待ちしてます」

 

「んで、凛」

 

「は……はい……その、現実ではいつもお世話に」

 

「おいおい、その事は気にすんなといつも言ってるだろう。

ま、こっちでも雫と仲良くしてやってくれ」

 

「はい!その、よろしくお願いします」

 

ミツザネはオルトリアとイシュタルの頭を撫でながら優しげな笑みと共にそう告げた。

その夜は新たな仲間を加えて夜遅くまで談笑が繰り広げられた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
と言うわけでFGOからイシュタ凛とヒロインXオルタの参戦でした。
ジャンヌに始まり、この先もFGOからさまざまなキャラを出す予定です。ただしSAO編ではこれ以上は増やさないので、新キャラはALO以降となります。
では、次回もよろしくお願いします。


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四十七話 みんなでゲーム

どうも皆さん、ジャズです。

今回はイベントパートでございます。


その日、最前線での攻略を終えて宿に戻った攻略組のメンバー。

彼らが戻ると、食堂にはシリカとリズベット、シノンとリーファ、レイとユイの6人がカードゲームを楽しんでいた。

 

「はーい、いっちょ上がり!」

 

「あっ!あーん!またリズさんに負けましたぁ〜!」

 

「シリカ、全然色が出なかったものね……」

 

リズベットが一枚のカードをテーブルに置いて勝ち誇ったようにガッツポーズをとり、シリカはそれを見て悔しげな顔を、シノンがシリカに対し憐むような表情を浮かべた。

 

「よう、何やってんだ?」

 

ジェネシスが気になって彼女達のテーブルを覗き込む。

 

「あ、おかえりなさいジェネシスさん。今ですね……」

 

「『ウノ』と言うカードゲームをやっていました!」

 

ジェネシスの問いにレイが楽しそうに答える。

 

「ウノ?へえ、SAOの中にあったんだな」

 

「懐かしい〜!リアルじゃ学校の休み時間とかによくやったよね!」

 

キリトとアスナがウノと言うワードに反応する。

 

「そうそう、ドロー地獄に叩き落としたりね」

 

イシュタルが便乗してうんうんと頷く。

 

「そう!ていうか聞いてください!この人たちさっき本当酷かったんですよ!!」

 

するとシリカがリズベット達を指差して涙ながらに訴え始める。何があったのか問いただすと、どうやらシリカは一度自分以外の全員からドローカードを食らわされたらしいのだ。

 

「そりゃ災難だったな」

 

「本当ですよ!!うわぁ〜ん!あんまりですぅ!」

 

「まあ、それもまたウノの醍醐味ではあるけれどな……」

 

ジェネシスとティアはシリカに対し心底同情した。

 

「パパ達も一緒にどうですか?」

 

「ん?あー………うし、やるか」

 

レイが誘うと、ジェネシスはそれに乗りレイの隣に座る。

 

「あ、じゃあ私もやる」

 

「なら私もやるのだわ」

 

すると彼の左隣にティアが、レイの隣にイシュタルが座る。

 

「あ、なら俺も参加するよ」

 

「じゃあ私も!」

 

キリトとアスナがユイを挟むように座る。

 

「じゃあアタシも〜!!」

 

「では、私も参加させていただきますね」

 

そしてストレアがキリトの隣に、サクラがティアとシノンの間に座る。

 

「僕らも参加しようか」

 

「うん、一緒にやろう!」

 

サツキがジェネシスの向かい側に、その隣にハヅキが座る。

 

「わ、私もやる!」

 

「じゃあ私も参加しまーす」

 

サチがサツキの隣に、オルトリアがイシュタルの隣に座る。

 

「ふむ……折角じゃ、わっちも行こうかのう」

 

「勿論私も行くよ!!」

 

そしてツクヨがストレアの隣に、それに並んでフィリアが座る。

残る席はあと一つ。ただ一人ジャンヌが立ち尽くしていた。

 

 

「ジャンヌはどうする?」

 

アスナが彼女に対して問いかけると、

 

『あ、あの……私も是非やりたいのですが、その…………

ルールを教えていただけないでしょうか?』

 

申し訳なさそうにジャンヌは答えた。

 

「ああ、そうか。ジャンヌは知らないよな、すまん。

ルールは説明するからとりあえず座ってくれ」

 

ジェネシスがそう促し、ジャンヌは頷いて空いた席に座る。

 

「……よし、んじゃあルールの確認と行くか」

 

〜《ウノのルール》〜

 

ウノは全四種の色が付いたカードが108枚あり、赤・青・黄・緑の計4種の色がついたカードと色指定の無い特殊カードがある。

色の付いたカードは計100枚。0〜9の数字が書かれたカードと、それ以外の記号が書かれたカードがある。0が書かれたカードが各色1枚、その他の数字は2枚ずつでは計76枚あり、記号カードは3種類あり各色2枚ずつの計24枚で構成されている。

色指定のない特殊カードは2種類あり、4枚ずつある。

今回は人数が多いため、これを2セット使用して計216枚のカードを使う。

 

次にゲームの進行について。まずディーラーがプレイヤーに各7枚ずつ配布し、山札から一枚引いてそれを場札とする。

場札に出た色若しくは同じ数字のカードを場に捨てることができる。同じ数字を持っている場合は重ねて捨ててもOK。

同じ数字若しくは色がない場合、山札から一枚を引き、条件を満たすカードが出たならその場で出すことができる。出なければそのターンは終了。

ゲームが進行し、最後の1枚になったプレイヤーは『ウノ』と宣言しなければならない。この宣言を行わなかった場合、ペナルティとして山札から2枚を引く。

 

最後に記号カード及び特殊カードついて。

種類は計3種。ドローツー・リバース・スキップ。ドローツーは次の番のプレイヤーに2枚のカードを引かせるカード。

ドローツーの効果を受けたプレイヤーは無条件で山札から2枚を引き、そのターンは終了となる。これは後述のワイルドドローフォーも同じ。

従って、ドローツー及びドローフォーカードの重ねがけは出来ない。

 

次にリバース。これはこのカードを出したプレイヤーから順番を逆にするカード。ただし最後の二人の時にこのカードを出した場合、スキップと同様の効果となる。

 

スキップは次の番のプレイヤーを飛ばして休みにさせるカード。

 

続いて特殊カード。

ワイルドカードは場札の色・数字やタイミングに関係なく、いつでも出せるカード。出したプレイヤーは次から出す色を指定できる。

 

最後にワイルドドローフォー。場札に関係なく、自分の手札に場札と同じ色・数字のカードが無い場合に出すことが出来る。次の色を指定できるのに加え、次のプレイヤーにカードを4枚引かせることが出来る。

ただしこれにはチャレンジというシステムがある。ドローフォーを受けたプレイヤーが、そのカードを出したプレイヤーの手札に場札と同じ色や数字のカードが本当に無いのかチェック出来る制度。成功すればドローフォーを出したプレイヤーに4枚を引かせ、ドローフォーも戻す。しかし失敗した場合、ペナルティとして4枚に加え2枚の計6枚を引かなければならなくなる。チャレンジするタイミングは任意である。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「……さて、ここまでで質問のある奴はいるか?」

 

ここまでルール説明を終えたジェネシスが周りを見渡して問いかける。

 

「ドローツーって重ねがけNGだったんですね……」

 

先ほどドローカードの地獄を見たシリカは安堵の表情を浮かべた。

 

「ああ、だから安心してプレイ出来るぜシリカ。

ジャンヌ、行けそうか?」

 

『はい。あとはやりながら覚えます!』

 

ジャンヌの答えを聞いたジェネシスは首を縦に振ると、山札を取って皆に7枚ずつ配っていく。

ジェネシスがディーラーなので、順番はジェネシス→ティア→レイ→サクラ→シノン→ストレア→キリト→ユイ→アスナ→サチ→サツキ→ハヅキ→リーファ→リズベット→シリカ→ツクヨ→フィリア→ジャンヌ→オルトリア→イシュタルの順だ。

 

「……よし、んじゃ行くぜ」

 

配り終えたジェネシスが山札から1枚のカードを引き、テーブルの中央に表にして置く。

書かれているのは、赤の6。

 

まずジェネシスがそれに従って赤の1を出す。続けてティアが赤の4を、レイが赤の0を出し、サクラが赤の3を出した。

続けてシノンは黄色の3を出す。

 

「えー黄色〜?!!あーん無いよー」

 

ストレアは黄色のカード何無いようなので、山札から1枚引く。が、それも黄色のカードではなかったようなのでそのターンは終了した。

続けてキリトの番。彼の手札には黄色のドローツーカードがあるが、ここで問題が生ずる。

 

「(ぐっ……出来ない……ユイにドローツーカードを喰らわせるなんて絶対に出来ない!)」

 

愛する愛娘に対してそのようなペナルティを課すのは非常に憚られた。

そこでキリトは運良く手にしていたワイルドカードを場に出した。

 

「(ユイが持ってそうなカードの色は……)青だ!」

 

「わーい!流石ですパパ!!」

 

どうやら彼の読みが当たったようで、ユイは嬉しそうに場に青の2を出した。

続けてアスナ。

 

「サチちゃん……ごめんね!」

 

そう言って出したのは青のスキップ。

 

「えっ、ああ……飛ばされた……」

 

最初の出番を失ったサチは肩を落とした。

 

「あっ、僕の番ですね……よし、これで行こう」

 

続くサツキが出したのは青の7。その次のハヅキは青の5を出す。

 

「青のカードは無いな〜……あ、でもこれがあるや」

 

続いてリーファは青のカードが無かったので、代わりに緑の5を出す。

その次はリズベットの番だが……

 

「…………。」

 

リズベットは黙って隣のシリカを見遣る。

 

「?どうしたんですか、リズさん」

 

するとリズベットは手札から1枚のカードを選び取り、

 

「シリカ……ごめんっ!!」

 

出したカードは……

ワイルドドローフォー。

 

「あぁぁぁーー!!そんな、いきなりひどいですよぉ!!」

 

「うわ、初っ端からやりやがった」

 

リズベットの仕打ちにシリカは泣き叫んだ。

そしてシリカは泣く泣く山札から4枚のカードを抜く。

 

「チャレンジは使わなくていいのか?」

 

「……今回はやめておきます」

 

シリカはチャレンジを使用しなかったのでゲームが再開される。

次はツクヨ。リズベットがワイルドドローフォーを使用して次の色を黄に指定したので、彼女は黄色の9をだす。続いてフィリアは黄色の4をだし、ジャンヌの番となった。

彼女の手札にある黄色のカードはドローツーのみ。

 

『では……これを』

 

ジャンヌは思い切ってそのカードを場に出した。

 

「………………………………」

 

オルトリアは何も言葉を発さずただ呆然と場に出されたドローツーカードを見つめていた。

 

『あ……あのっ、ごめんなさい!』

 

「いえ気にしないでください私まったく気にしてませんよええ最初からいきなりドローツー喰らわされてうわ最悪とかこれっぽっちも思ってませんからそんなことより和菓子ください」

 

オルトリアの反応を見て申し訳なく感じたジャンヌは慌てて謝罪するが、オルトリアは非常に小さな声で早口にそう返した。

 

「謝っちゃダメよジャンヌ、これはそう言うゲームなんだから気にしなくてもいいの」

 

そんなジャンヌに対してイシュタルがそう制した。

そして自身の番になり、手札をじっと見つめたのちにニヤリと口角を上げ、

 

「……んじゃ、これでも食らいなさい!」

 

そして場に出したのは、ワイルドドローフォーカード。

 

「チャレエエェェェェェンジ!!」

 

その瞬間ジェネシスは勢いよく立ち上がりチャレンジを宣告した。

 

「はあっ?!ちょ、なんでよ?!」

 

「んなもん何となくだ。つーわけで手札見せやがれ」

 

「い、いやよ!手札なんて見せられるわけないじゃ無い!」

 

イシュタルは自身の手札を必死に隠す。

 

「トランプじゃあるめえし手札なんざ見られたって問題はねえだろ。それに見んのは俺だけだ、大人しく見せろ」

 

「いーやーでーすー!断固拒否するのだわ!!」

 

尚も抵抗するイシュタルだったが、ここで思わぬ伏兵が現れた。

 

「凛ちゃん、ここは観念しようね」

 

ティアが立ち上がってイシュタルを確保したのだ。

オルトリアも便乗して彼女の動きを封じる。

 

「ナイスだ、んじゃ手札を拝見と……」

 

ジェネシスはイシュタルの手札を見る。彼女の持つカードは、赤の7と4、青の2、緑の3、ワイルドカードが1枚、そして黄の1があった。

よって、ジェネシスのチャレンジは成功となった。

 

「なあぁぁんでよおぉぉぉーー!!」

 

「ハッw」

 

イシュタルはペナルティとして6枚引かされることとなり、泣き叫ぶ彼女ををジェネシスは嘲笑った。

そしてここから2週目に入るーーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

その後暫くは順調にゲームは進んだ。皆それぞれカードを出していき、あっという間に手札のカードは減っていく。

しかしここで問題が起きた。

 

ゲームに参加しているのは総勢20名。カードの枚数も膨大となっている。するとどうなるか。

手札の枚数が少なくなる程、場札のカードと条件が揃うカードが手札に無いのだ。

皆最後の2枚や中には1枚だけというところに来て中々手札が無くならないという事態に陥っていたのだ。

 

今場には赤の8が出ている。

ジェネシスの手札は黄色の4。

 

「だああああーークソっ!!」

 

ジェネシスは悔しさのあまり頭を抱えて叫んだ。

仕方なく山札から1枚引くも、残念ながら出たのは青の3。

続くティアは2枚残った手札から赤の1を出す。

 

「ウノ」

 

手札が残り1枚となったのでそう宣言しターンを終えた。

次はレイの番。

 

「あ、私もウノです」

 

レイは2枚の手札から赤の7を出しターンを終了した。

続くサクラの番。

 

「では……皆さん、ごめんなさいね」

 

そう言ってサクラは手にしていた2枚のカードを一度に出す。それは赤の5と黄の5だった。

 

「お先でーす!!」

 

「うわぁぁぁぁ!!!マジか」

 

サクラは陽気に立ち上がりながらそう叫んだ。

続くストレアの番。

 

「あ、黄色?!やったー!!アタシもこれでおしまい♪」

 

すると彼女は手札に残っていた一枚のカードを置いた。黄色の3だった。

そしてシノンの番。

 

「ありがとうね、サクラ」

 

彼女の手札は1枚。それを場にポンと置いた。黄色の8だった。

これで一気に3人が抜けた。続いてキリトの番。

 

「(くそっ……)」

 

彼の手札は黄色のドローツーと赤の7。キリトは未だドローツーカードを出せないでいた。

そこで彼は山札から1枚引く。すると出て来たのは、黄色のリバースカード。

 

「(おのれ神!!俺にユイを虐めろと言うのかっ!!)」

 

愛娘に対して何かしらのペナルティを課すカードしか無く、彼は運命の神に対してそう叫んだ。

仕方なく彼はそのターンを終える。

 

次はユイの番。

 

「ふえぇ……黄色のカードは無いですよぉ〜」

 

ユイは悔しそうに言うと、山札から1枚引く。するとユイの表情はパァッと明るくなる。

 

「やったー!!揃いましたよ!!」

 

はしゃぎながらユイは手札にあった黄色の7と先ほど引いた緑の7を出し、ゲームを終了した。

 

「うおっ、すごいじゃないかユイ!」

 

「本当!!ユイちゃんおめでとう!!」

 

「えへへ、ありがとうございます!パパもママも頑張ってください!」

 

「うん!でも……私もこれで終わりなんだよね」

 

するとアスナは残っていた1枚のカードを出した。それは緑の1だった。

 

「わあ!ママも上がりなんですね!」

 

「うん!ユイちゃんと一緒だよ。あとはキリトくんだけだね!」

 

「はは…これは負けられないな」

 

そしてキリトは手札に視線を移す。

 

「(…これで心置きなくこのカードを出せるな)」

 

続いてサチの番。彼女の手札は残り1枚。

 

「緑なら……これで終わり!!」

 

彼女はその1枚を場に出す。そのカードは緑の6。これで彼女もゲームを終了した。

続くサツキも、残りの1枚が緑の3だったのでそれで上がり。ハヅキも残りが2枚だったが、緑の4と青の4だったのでそれで終了。

怒涛の上がりラッシュが続く中、続くリーファは青の5を出して残り1枚となり、リズベットは残り1枚だった青の8を出しゲームから降りた。

シリカは途中リズベットから4枚引かされていたが、運良く数字が何枚か被っているものがあったので追いつき、残り2枚の手札のうち青の3を出してウノとなった。

続いてツクヨの番。彼女は残り1枚だったが青のカードでは無かったため山札から1枚引く。しかしそれも揃わずターン終了。次のフィリアは黄色の3を出してゲームを終了した。

 

次の番はジャンヌ。初めてのウノであった彼女だが、即座に要領を掴むと順調にゲームを進めていき、残るカードは1枚となっていた。

しかしここで問題が起きた。

 

「あの……ジャンヌさんって“ウノ”と言ってなくないですか?」

 

と、オルトリアが指摘すると、皆はハッとした顔になる。

そう、彼女は最後の1枚となった場合の“ウノ”と言う宣言を忘れていたのだ。

 

『あっ、あうぅ〜〜』

 

ジャンヌは悔しそうに頭を抱える。本来ならペナルティとしてカードを2枚引かなければならないのだが…

 

「まあ、ジャンヌは今回が初めてなんだし免除でいいんじゃね?」

 

そんな彼女を見かねたジェネシスが皆にそう提案する。

 

「そうだな。彼女はこれが初めてのウノだからこれは免除でもいいと思う」

 

キリトもそれに便乗して提案する。

 

「じゃあ、今回は特別だからペナルティはナシでいいよ、ジャンヌ」

 

『あ…ありがとうございます!』

 

そしてジャンヌは最後の1枚が運良く黄色の5であったのでこれを出して終了した。

 

「次は気をつけなさいよ〜」

 

『はい!ありがとうございました!』

 

リズベットがジャンヌに揶揄うように言った。

続いてオルトリアの番。彼女の手札は残り1枚。

運良く黄色のカードであったためそれを出して終了。

 

「ちょ、ここに来てみんな上がり出すとか何なのよぉ〜!」

 

このターンで一気に半数以上がゲームから上がり、イシュタルは悔しげに叫ぶ。彼女の手札は残り2枚。しかしどちらも黄色のカードでは無かった為仕方なく彼女は山札から1枚引く。

 

「あーん!これも違うんですけど〜!!」

 

しかしどうやらそれも黄色のカードでは無かった為そのターンは終了した。

 

そして一周回って次はジェネシスのターン。

黄色のカードがあるためジェネシスはそのカードを出す。

 

「これでウノだな」

 

次はティア。場にあるのは黄色の4。

 

「…私はこれで上がりだな」

 

ティアは優雅な仕草で場に最後の1枚である青の4を出し、ゲームから降りた。

 

「わーい!青なら私もあります!!」

 

続くレイも最後の1枚を出してゲームを終了した。

 

「マジか、レイも上がりなのか」

 

「はい!あとはパパだけですね!」

 

「だな。負けねえからしっかり見てろよ」

 

「はーい!頑張ってくださいね!」

 

レイとそう交わしたあと、今度はティアが彼の耳元に顔を寄せ、

 

「頑張ってね、応援してるから」

 

とささやいた後すぐさま離れた。

 

「……頑張って勝てるんならそうしてるんだけどな。

ま、何にしても負けらんねえなこりゃ」

 

愛する彼女から応援を受け、ジェネシスは気持ちを新たにゲームに向き直る。

 

続いてキリトの番。彼の手持ちにある青のカードは、先ほど引いたリバースカード。

 

「よし、これだ」

 

そして彼は迷わずそのカードを出した。

 

「おっと、リバースカードか……地、青のカードはねえんだよな」

 

順番が逆転したことで再び出番が回って来たジェネシスだったが、運悪く青のカードは無いため山札から1枚引く。

すると、出て来たのはワイルドカード。

 

「……よし」

 

ジェネシスはそのカードを場に出した。

ワイルドカードは任意に色を指定できる。彼が指定した色は……

 

「……赤だ」

 

「赤ぁぁ〜?!!それも無いんですけどぉ!!」

 

どうやら次の番のイシュタルは赤のカードが無かったため山札から1枚引くが、それも違ったようなのでそのターンは終了する。

 

「やった……赤ならこれで終わりです!」

 

その次のシリカは手札が2枚残っていたが、どうやら同じ数字だったらしく2枚同時に出してゲームから降りた。出たカードは赤の6と黄色の6。

 

次はキリトのターン。ここで彼は、ここまでずっと溜め込んだあのカードを出した。

 

「こいつを食らえジェネシス!!」

 

満を辞して黄色のドローツーカードを場に出した。

 

「なっ!キリトてめえ……オンドゥルルルギッタンディスカ?!!」

 

「はは、だが俺は謝らない」

 

「クサァ!!」

 

ドローツーカードを受けたジェネシスは渋々山札から2枚カードを引くが、それを見てジェネシスはニヤリと口角を上げた。

 

続くイシュタル。ここでやっと出せるカードが出たらしく、勢いよくそのカードを出した。

そのカードは、青のスキップ。これによって次ターンのキリトは飛ばされ、ジェネシスの番となる。

 

「ならこれだ」

 

ジェネシスが出したのは青のリバースカード。

 

「おっ?俺の出番か」

 

再び順番が逆転し、キリトのターンとなる。

キリトはもうあと一枚だが、どうやら青のカードではなかったらしく山札から1枚引き、そのターンを終える。

次はイシュタル。

 

「やったぁ!!私もこれでお終いなのだわ!!」

 

イシュタルは残りの2枚が同じ数字であった為それらを一度に出してゲームから降りた。

これで遂に、残ったのはジェネシスとキリトの二人。

 

「おおっと、これは二人の黒の剣士の対決ね!」

 

それを見たリズベットがワクワクした様子で言った。

 

「ま、すぐに終わるがな」

 

するとそれに対してジェネシスが不敵な笑みを浮かべながら言った。

ジェネシスの言葉の真意が分からないキリトだったが、とりあえずその場は手札にあった青のカードを出して終了した。

 

「なあキリト、こんな言葉知ってるか?“やられたらやり返す…倍返しだ”ってな」

 

「倍返しって…お前まさか」

 

「そう、そのまさかだ!!」

 

そしてジェネシスが出したのはワイルドドローフォーカード。

 

「なん……だと……?!」

 

キリトは目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。

ワイルドドローフォーカードによって自身の手札はここに来て5枚に増やされ、自身のターンはこれで終了。加えてジェネシスが色を指定できるため事実上の敗北が決定したのだ。

 

「と言うわけで俺は赤にするぜ。

って事で、こいつで終えだ」

 

そしてジェネシスは最後の1枚、赤の9を出してゲームから降りた。

 

「チキショオオオオオーー!!」

 

キリトは悔しげな顔で叫んだ。

 

「わーい!パパの勝利です!!」

 

レイがジェネシスの勝利に跳び上がって喜んだ。

 

「あちゃ〜、あれはどうしようも無いわね〜」

 

「びっくりするほど綺麗なコンボが決まったわね」

 

リズベットとシノンが最後のジェネシスのターンを見てそう口にした。

 

「しっかし、中々いい息抜きになったな」

 

「ああ。またみんなでやろう」

 

「まあ、次は人数を少し減らして、だがな」

 

キリトとジェネシスがまたウノの再戦を約束した事で、その日はお開きとなった。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回はホロフラではポーカーをやっていたイベントにするつもりだったのですが、ポーカーのルールを作者が知らなかった事・人数が多いことを理由からウノに変更してお送りしました。
ウノはローカルルールなどでいろいろな遊び方があるみたいですが、今回は公式のルールに沿ってやらせていただきました。ドローツーカードを重ね掛けできないと聞いたときは度肝を抜きましたね……

さて、ホロフラに限らずSAOのゲームは魅力的且つ面白いイベントが沢山あるので、出来る限りそれらもやっていきたいと考えてます。よろしくお願いします。
もし「あんなイベントをやって欲しい」と言うリクエスト的なのがありましたら是非感想欄などで受け付けますのでよろしくお願いします。

評価、感想などもお待ちしております。


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四十八話 黒竜討伐

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回は久々の階層ボス戦。キリのいいところが見つからず、気づけば1万字を超えてましたww
でもその分かなりボリュームがある内容になってると思いますので、ゆっくりとお楽しみください。


その日、最前線の迷宮区攻略の際にようやくボス部屋を見つけた攻略組は、次の日にボス戦を行うことを決定し解散となった。

そして今回のボス戦から、いよいよシリカ・リーファ・シノンが参戦することも決定した。彼女達のレベルや実戦での動きを見て、問題ないと判断された為だ。

アークソフィアに戻り、夕食を済ませたあとメンバーは各々の部屋に戻り就寝に入った。

 

ジェネシスとティアも、部屋に戻るとそれぞれ風呂を済ませ、ベッドにならんで横になった。因みに以前までは違う部屋だったのだが、最近人数が増えたため二人は相部屋となったのだ。

いつもならベットに入ると、ティアと他愛もない談笑をしているうちに眠りにつくのだが、この日ジェネシスは中々眠りにつかなかった。

 

「はぁ〜……ダメだ、全然寝れねぇ……。

仕方ねえ、ちょっと夜風に当りに行くか」

 

ジェネシスは隣で寝息を立てるティアを起こさないように慎重に起き上がり、ベッドから離れると静かに部屋を出た。

深夜の時間帯で最低限の明かりしかついておらずやや薄暗い食堂を抜け、宿の木製の扉を開け広場に出る。

外は当然ながら暗く、通行人などは一人もおらずとても静かで、街を照らしているのはオレンジに光る街灯のみだった。

 

ジェネシスは深呼吸してひんやりとした空気を吸い込みながら周囲を見回すと、ベンチにはシノンが座っていた。

 

「よお、こんな時間にどうしたシノン」

 

急に背後から話しかけられたシノンは肩をビクッと震わせたあと振り向き、ため息を吐いた。

ジェネシスはそんな彼女の隣に腰掛ける。

 

「あれ?あんたこそどうしたのよ?」

 

「ちょいと眠れなくてな。そっちは?」

 

「……ちょっと、嫌な夢を見てね。昔の夢」

 

シノンは顔を伏せながらそう答えた。

 

「ふうん……って、昔の?」

 

「ええ……忘れるな、って事かしら。とにかく、夢を見たおかげでだいぶ思い出した」

 

「記憶をか?」

 

ジェネシスの問いにシノンは首を縦に振った。シノンはこの世界に迷い込んだ際に記憶を失っていたのだ。

 

「聞いても驚かないでね?私だって戸惑ってるんだから……」

 

そこからシノンは絞り出すように語り出した。

SAOを知ったのはテレビのニュースであった事。

沢山の死人が出て最悪のデスゲームだと話題になっていた事。

彼女はそんな中で、医療用のVR機器である《メディキュボイド》と言う、ナーブギアと同じシステムを積んだ機械で、カウンセリグの治療を受けるところだった事。

そしていざ始めようとしたときに、足元が崩れる感覚に襲われ、訳が分からないまま気がつけばここに来ていた事。

 

「そうか……まあ、記憶が戻ったんならよかったじゃねえか」

 

「そうでもないけどね……忘れていたかった事まで思い出してしまったから」

 

ジェネシスはシノンの言う“忘れていたかった事”がなんなのか気になったが、彼女の表情を見て聞くのを止めた。彼女の顔が『あまり話したくない』と語っていたからだ。

 

「でも、私がここに来るのは運命だったのかも知れない。

この世界じゃ、敵にやられたらプレイヤーは本当に……」

 

「心配すんな、てめぇは死なねえよ。俺がぜってぇに守ってやるから安心しろ」

 

ジェネシスは震えながら話すシノンに対して強気な口調で言った。

 

「あ、あんたそれ…本気で言ってるの?」

 

「ばっか、こんなこと冗談で言う奴があるか」

 

やや頬を赤らめながら、呆れたように言うシノンに対してジェネシスはそう答えた。

 

「どうしてよ、行きずりの私なんかに……」

 

「それ言い出したら全員行きずりなんだがな……」

 

そう言いながらジェネシスは少し考え込む。

ジェネシスにとって、シノンを含む仲間達はどう言う存在なのか。何故守りたいと思えるのか。

仲間たちと過ごした時間を思い出しながら、その理由を考える。

 

「……まあ、同じ屋根の下で寝て、同じ釜の飯食ってる仲間だしな。いや、ここまで来たら家族同然だろ」

 

「は?何よそれ……家族って、私たちみんな赤の他人じゃない」

 

ため息を吐きながら言い返すシノンの言葉を受け、バツが悪そうに頭をかきながらジェネシスは答える。

 

「ああ、自分でも正直何言ってんだって感じだが……」

 

そこで一旦一呼吸置き、数秒経ってから口を開く。

 

「……俺には家族がいねえんだ」

 

「……!」

 

彼の言葉を聞き、シノンは目を見開いて隣に座る彼の顔を見た。

 

「物心つく前に親は死んじまってな。ずっと爺ちゃんと婆ちゃんの家で育てられたんだが……それもいなくなってな。

もし俺が1人だったら、周りの奴らみてえに攻略に躍起になんざなってなかっただろうな。何せ俺が死んでも悲しむ奴がいねえんだから。

けど今はそうじゃねえ……ティアもそうだが、あいつらと過ごす時間は正直言って楽しい。失いたくねえって思ってる。

それはお前も同じだ、シノン」

 

シノンは黙って彼の話を聞いたあと、やがて軽く笑みをこぼしながら

 

「あんたって、今までは失礼でぶっきらぼうで変なやつくらいにしか思ってなかったわ」

 

「悪かったな」

 

「でも…私たち、意外と似たもの同士なのかもね。なんだか、そんな気がした……」

 

「そうなるの、か?」

 

ジェネシスは戸惑いながらそう呟いた。

するとシノンは自身の身をジェネシスに委ねるように傾けた。彼の肩でシノンは「すぅ……」と息を立てている。

 

「こいつ寝やがった……さて、こんなとこ雫に見られちゃ修羅場になんのは不可避だが……どうしたもんかね」

 

ジェネシスはため息を吐きつつ、そのままの体勢でシノンに自身の肩を貸したまま、夜更まで過ごした。

翌朝、案の定ティアに詰め寄られた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

この日、いよいよ最前線・第89層のボス攻略が行われる。

参加するメンバーはアークソフィアの転移門前に集められ、戦いの前の最終確認が行われる。

今回のボスは、事前調査の結果で分かっているのは、ボスはドラゴン型エネミーである事。遠距離ブレス攻撃を主体とするモンスターで、常に空中を飛行しているため近接戦闘に持ち込むのは至難の技だ。

その為今回のボス攻略の要となるのは、遠距離攻撃ができる者。即ちハヅキ・イシュタル・シノンの3人をいかにして援護しつつうまく立ち回らせるかが鍵となる。

 

ハヅキは既にボス戦を何度も経験済みだが、イシュタル・シノンは今回が初のボス戦である。が、2人の表情は恐怖を微塵も感じさせない毅然とした者だった。

 

「まっかせなさい!私がいるんだもの、大船に乗ったつもりで構えていればいいのだわ!」

 

「うっか凛にならねえようにしろよ」

 

「うっさいわね!!」

 

自信満々な表情で言うイシュタルに対し、ジェネシスがそう苦言を呈した。

 

「……」

 

シノンはと言うと、何も言わずに黙ってジェネシスの方を見ていた。

そんな彼女の視線に気づいたジェネシスはシノンの方を振り返る。

 

「その……昨夜はありがとうね。お陰で大分気が楽になったわ」

 

「そうか。まあ、あんま気合いすぎずやりな。てめぇはてめぇのやれることをやったらいい」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

2人はそう交わした後、いよいよ出発となった。

 

「久弥………シノンとイチャイチャしてない?」

 

「してません」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

89層の迷宮区の奥にあるボス部屋までは、回廊結晶を使用して一瞬で到着した。

到着後数分間の最終確認を終えた後、いよいよボス戦が始まる。先頭に立つアスナの手によって部屋の扉が解放された瞬間、攻略組のプレイヤー達は一斉に部屋に飛び込む。

 

部屋は真っ暗で、周囲を取り囲むように取り付けられた最低限の明かりがあるのみだった。

しかし、この部屋の最大の特徴はそれまで彼らが経験してきたボス部屋の中でも最大級の広さがあることだ。恐らく直径は数百メートルに及ぶ。

部屋には真っ黒な黒曜石で出来た高さ6メートルほどもある塔が8つあり、その頂上には紫の光を放つクリスタルがある。

そして部屋の中央にいたのは、全身が真っ黒の鱗に覆われた全長約6メートルはある巨大な黒竜だった。

竜はプレイヤー達の侵入を確認した瞬間部屋中を振動させる程の巨大な雄叫びを上げ、自身の身体を優に超える程の大きな翼を羽ばたかせて飛翔した。

それとともにボスの名前とHPバーが表示される。

ボスの名は《ジ・オブシディアンドラゴン》。HPバーの数は3本だ。

 

「戦闘……開始!」

 

アスナの号令と共に、ボス戦がついに開始された。

 

ボスは空中を浮遊しているので、手始めにハヅキが射撃スキル《ウルフ・シューティングブラスト》を放つ。

ハヅキの放った矢はボス部屋の宙を縦横無尽に飛び回るドラゴンに向かって真っ直ぐに飛び、見事に命中する。

しかし、今や攻略組のメンバー達にも引けを取らないレベルに達したハヅキの放った一射であるにも関わらず、先程の攻撃でボスが受けたダメージはHPバーの僅か数ドットに留まった。

 

「なっ……!」

 

「嘘でしょう…?!」

 

キリトとアスナはその光景を見て驚きのあまり目を見開いた。

このドラゴンは余りにも防御力が高すぎるのだ。ただでさえ自分達の攻撃が届かない上に、遠距離武器でさえ決定打になり得ないとなればかなりの苦戦が予想される。何かしらの突破方法が無ければいずれジリ貧になるのは明らかだ。

 

「ならこれはどうかしら?」

 

すると今度はイシュタルが動いた。

黒曜石を手に取るとそれを空中で弾けさせ、それによって発生したエネルギーを自身の武器《天弓 マアンナ》に集める。紫のエネルギーが収束し、矢の形状となっていく。

 

「これでも食らいなさい!」

 

右腕を真っ直ぐに伸ばし、指先で照準をドラゴンに向ける。

そしてドラゴンの動きを予測し、次に飛ぶであろう方向に向けて光の矢を放つ。

イシュタルの狙い通り矢が飛ぶ方向に向かってドラゴンは真っ直ぐに飛翔する。それに気づいたドラゴンは慌てて回避行動をとるも、時すでに遅くイシュタルの矢はドラゴンの腹部を直撃した。

 

イシュタルの一撃はやはり重かったのだろう、ハヅキの時と違いHPはバーの2割ほど削ることができた。

 

「なら、私も」

 

シノンも負けじとボウガンに矢を装填し、左手を銃身に添えて狙いを定める。ボスは未だプレイヤー達には目もくれずただ空中を飛行している。

これを好機と見たシノンは迷わずボウガンのトリガーに指をかけ、一思いに引いた。

『シュッ』と言う小さな空切り音と共に矢が射出され、青白い尾を引きながら真っ直ぐにドラゴンへ向かって飛翔していく。

ハヅキとイシュタルが保有する弓スキルの上位互換である、射撃スキルの技《グランドストライク》。

水色の光の尾を引き、矢は飛び回るドラゴンの頭部に突き刺さった。

 

するとダメージを受けたドラゴンは、部屋に聳え立つ八本のタワーの上で輝くクリスタルの方へ向かう。

ドラゴンが接近すると、クリスタルから紫色の光の光線が飛び、ドラゴンの身体を包む。その光を浴びると、ドラゴンのHPが一気に回復し、瞬く間に元通りになった。

 

「そんな…!」

 

「こんなの無茶苦茶です!」

 

「どうやって倒せって言うのよこんなやつ…!」

 

それをまたサチ、シリカ、リズベットが回復したドラゴンを見てそう叫んだ。

飛び回っているためこちらの攻撃は届かず、届いたとしてもその防御力の高さから大したダメージは入らないのに加え、仮に入ったとしても、クリスタルがある限り即座に回復してしまう。これでは倒そうにも倒すことなど不可能に近い。

 

「大丈夫!倒す方法はあるよ!!」

 

やや諦観の空気が現れ始めたその時、ストレアが叫ぶ。

 

「あのクリスタル!あれを壊せば回復手段は消せるよ!どうにかしてあれを壊して!!」

 

MHCPである彼女は自身の保有する知識と分析能力を持って皆にそう伝えた。

 

「壊すったって…あんな高さだぞ?」

 

「登る手段なんてなく無いか?」

 

しかしプレイヤー達の間ではそんなざわめきが起きていた。

彼らの言う通り、タワーの高さは約6メートル。梯子は愚かロープの類は付けられておらず、しかもそれは黒曜石のような物質で出来ており、よじ登るのは容易では無い。

 

「ねえ、キリト」

 

するとリズベットが何かを思い出し、キリトに声をかける。

 

「あんたなら、この間のアレで登れるんじゃ無いの?」

 

するとキリトはニヤリと口角を上げ、

 

「…なるほどな」

 

そう言って数歩交代する。

クラウチングスタートの体勢を取り、その場から一気に駆け出す。

トップスピードで塔の方へ走り、そして地面から垂直に立つ塔の壁を走り始めた。

数秒で塔の頂上までたどり着くと、右手のエリュシデータを左肩に担ぐように構え、ソードスキル《ソニックリープ》でクリスタルを叩き切った。

 

「壁走りとかマジかよあいつ…」

 

それを見たジェネシスが呆れた表情で呟いた。

すると隣に立つティアが徐に刀を左腰の鞘に納め、スタンディングスタートの体勢を取る。

 

「何してんだお前?」

 

「私にだって、あれくらい出来るもん」

 

ティアは膨れっ面でそう答えると、その場から飛び出す。

そのまま塔の方へ走り続け、次の瞬間ティアは塔の壁を走っていた。

 

「お前も出来んのかよ!!」

 

下からジェネシスがそう叫ぶ。

ティアはそのまま頂上まで到達すると、そのまま空中へ飛び出し、抜刀術の構えをとる。

 

「はっっ!!」

 

そして左腰から素早く刀を引き抜き、抜刀術ソードスキル《蓮華》でクリスタルを一刀両断した。

着地したティアはジェネシスの方を向くと、どんなもんだとばかりに「ふふん」と息を吐いて胸を張って立った。

 

「んなっ……くそ、だったら俺だってやってやんよ!」

 

するとジェネシスは背中の鞘に大剣を収めると、キリトやティアと同じように助走距離を取ると、塔へと駆け出す。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

そして塔に到達すると、彼はそのまま壁を走り始めた。

順調に登っていたジェネシスだったが、半分くらい登った時だった。

ズルリ、と彼は足を滑らせてしまったのだ。

 

「あああああああーーーー!!!」

 

そのまま地面に土煙を上げて落下した。

 

「ぶふっ…w」

 

「だっさ」

 

「あっはははは!!誰か、誰か今の撮ってない?!!決定的瞬間よ!!永久保存版なのだわ!!」

 

それを見たキリトが吹き出し、リズベットが呆れた顔で呟き、イシュタルが大爆笑しながら叫んだ。

 

「てめぇらアァァァァ!!後で覚えてろよおおぉ!!」

 

ジェネシスは赤面しつつそう叫び返した。

すると彼の元へオルトリアが歩み寄る。

 

「ジェネシスさん大丈夫です。何事もチャレンジが大事なのです。出来もしない事を無理にやろうとしてかっこ悪いとか微塵も思ってませんよええ。むしろ今の奇行でボス戦のみんなの緊張感が解れたのでぐっじょぶです」

 

「おめぇはフォローすんのか貶めんのかどっちかにしろ!!」

 

「もう、そんなに怒らないでくださいよ。糖分が足りて無い証拠ですよ。はい、これお饅頭です」

 

「なんでボス戦にそんなもん持ってきてんだコラァ!!まあありがたくいただくけど!!

……うん、美味いぜちくしょう!!」

 

ジェネシスはオルトリアから饅頭を受け取ると一口で頬張ってそう叫んだ。

 

「全く喧しい奴らじゃ…」

 

ジェネシスとオルトリアのやり取りを横目に、ツクヨは嘆息しながら懐から苦無を3本取り出し、指の間で挟み込むように持つ。

そしてキリト達と同じように軽々と壁を走り、塔の頂上まで登ると、クリスタルに向けて苦無を投げつけた。

 

これであと5本。するとサツキが何かを思いつき、ハヅキを呼ぶ。

 

「なあハヅキ。あのクリスタル、弓で撃って壊せないかな?」

 

「うーん…ちょっと距離があるけど……やってみる」

 

ハヅキは背中から矢を取り出し、弦に引っかかると照準を合わせる。

そして指を離し、矢を放つ。放たれた矢はクリスタルの方へ飛んでいくが、その手前で軌道が落ちクリスタルよりも僅かに下のところで矢が刺さった。

 

「ああっ、惜しい!」

 

「でも、今ので掴めたよ…今度は当てる」

 

ハヅキはそう言って二発目の矢を構える。

再び放たれた矢は、今度はしっかりとクリスタルを捉え、そして命中した。

これで残り4本。それらは先ほどと同じ容量でキリトやティア・ツクヨが破壊した。

 

「後はあのボスのHPをどうやって削るか……」

 

アスナが顎に手を当てて思案する。クリスタルを破壊したのはいいものの、依然としてあの防御力は驚異だ。

 

「あのドラゴンは近接攻撃に弱いみたいです。地面に接近した時を狙ってください」

 

するとサクラがアスナにそう進言した。

 

「なるほど……でもあのボス、地面に降りてくる気配がないわ」

 

「なら、地面に叩き落としてやればいいじゃねえか」

 

するとミツザネが不敵な笑みを浮かべたままそう告げた。

そしてそこからトップスピードで駆け出し、塔の天辺まで登り詰めるとそこで停止した。

そこでドラゴンの動きをじっと見つめ続け、機会を窺う。

やがてドラゴンがミツザネの立つ塔まで接近した時だった。

 

ミツザネの拳が赤い放電を伴う赤黒いオーラに包まれ始め、そして彼はそこから跳び上がった。

ドラゴンがそこへタイミングよく通過し、ミツザネは右拳をその頬に思い切り叩き込んだ。

闘拳スキル《覇王鉄槌》

ドラゴンはその一撃でバランスを崩し、そのまま地面に墜落した。

 

「みんな、今よ!!」

 

アスナが号令をかけ、それと共にプレイヤー達が雄叫びを上げて一斉に突っ込む。

中でも一番勢いよく突っ込んで行ったのは……

 

「このクソドラゴンがコラアァァァァーー!!てめぇのせいで恥かいたじゃねえかあぁぁぁぁぁ!!!」

 

先ほどクリスタルの破壊に失敗して恥をかいたジェネシスだった。

 

「テメェだけは絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛っっ!!

野郎ぶっ殺してやらあぁぁぁぁーー!!!」

 

眉間に血管を立たせるほど激昂しながら、暗黒剣の大技である《ディープ・オブ・アビス》を発動してドラゴンを滅多斬りにしていく。

 

「ひどい理不尽かもだけど……まあ是非も無いよね。切捨御免っ!」

 

ティアはジェネシスの勢いに苦笑しつつも、抜刀術の三十九連撃スキル《緋吹雪》でその胴体を切り刻んでいく。

続けてキリト、アスナが続き、さらにシリカ・リーファ・リズベットやフィリア・サチがそれに続く。

 

シリカは自身の敏捷性を生かして素早い動作で短剣を振り、ドラゴンの胴体を斬り、リーファは剣道の動きを生かした華やかで整った動きで剣を振るう。リズベットはメイスのパワーを用いてドラゴンの体を殴りつける。

フィリアはホロウエリアでの経験を生かし、ソードブレイカーの刃で的確にダメージを加え、サチは彼女達よりも早くから参加したボス戦の経験で、それまでの恐怖心や臆病さを克服し果敢にボスに飛び込む。

 

サクラの言葉通りボスは近接攻撃に弱いらしく、最初の一撃とは比べ物にならないほどの勢いでHPが急減していき、あっという間に一つ目のバーが消えた。

するとボスは『グオオオオアアアアアア!!!』と雄叫びを上げ、猛攻の中4本の足で立ち上がる。

直後、巨大な羽を思い切り羽ばたかせて爆風を起こし、自身を囲んでいたプレイヤー達を一気に吹き飛ばした。そして先ほどと同じように、ボスは空中へと飛翔する。

 

するとボスは空中で静止すると、その巨大な頭をプレイヤー達の方に向ける。そして口を開くと、その口内に禍々しい紫の光を放つエネルギーを凝縮し始めた。

 

『皆さん、私の後ろに!!』

 

異変に気付いたジャンヌが旗を構えて前に飛び出す。彼女の指示を受けたプレイヤー達は、言う通りに後ろへ下がる。

 

『我が旗よ、我が同胞を守りたまえ』

 

ジャンヌは旗を展開し、地面と垂直にそれを突き立てる。

彼女の旗から黄金の光が放出され、扇状のバリアが展開する。

 

『リュミノジテ・エテルネッル!!』

 

同時にドラゴンの口から紫色のブレス攻撃が放たれた。

強烈な爆風を伴って放たれたが、ジャンヌの防壁によってそれは防がれた。

すると、ボスはジャンヌに向かって一気に急降下し始めた。

 

『えっ……』

 

ジャンヌが驚いた次の瞬間、ドラゴンはジャンヌに頭から思い切り突進した。ジャンヌは先ほどの技の技後硬直もあって回避できず、その突進を受けて数メートル吹き飛ばされた。

そのまま勢いよく地面を転がり、壁に轟音を立てて激突した。

 

「ジャンヌ!!」

 

リーファ、リズベット、シリカが慌てて彼女の元へ駆け寄る。ジャンヌは壁に全身を強打したダメージで気を失っている。HPも既にイエローゾーンの手前まで下がっていた。

 

「なんて突進力だ…」

 

キリトは先ほどのドラゴンの攻撃を見て唖然とした。

防御力で言うならジャンヌは現在の攻略組の中でもかなり上位に入る。彼女の耐久性は普通のプレイヤーと違いフロアボスの攻撃を直で受けても簡単には倒れない程だ。そんな彼女をたった一撃で沈めたボスの攻撃、とりわけそれによって発生するノックバックには最大限の警戒をする必要があるようだ。

しかし一方でドラゴンの防御力は低下しているらしく、その後はハヅキやシノンの攻撃でも簡単にダメージを出すことができ、順調にHPを削っていった。

 

やがてドラゴンのHPが2本目のレッドゾーンに突入した時だった。

『グルルルアァァァァッ!!』と唸り声を上げたのち、再び先ほどのブレスの発射態勢を取った。その標的はーーーー

 

ハヅキだ。

 

「やらせないっ!!」

 

その時、兄であるサツキがハヅキを庇うように前に出た。

 

「お兄ちゃん?!」

 

「大丈夫、必ず守るから」

 

サツキは不敵な笑みでハヅキにそう言うと、双頭刃を自身の前に両手で持ち上げる。

そして両手の指で器用にプロペラのように回転させていくと、桃色の光が刃を中心に円形のシールド状に展開していく。

 

「《ロー・アイアス》ッ!!」

 

次の瞬間、サツキの展開した桃色のシールドがドラゴンのブレスを受け止めた。これは、サツキの保有するエクストラスキル《双頭刃》の防御スキル《ロー・アイアス》。片手剣スキル《スピニングシールド》の上位互換に当たる技だ。

 

「っぐうううぅぅぅ!!!」

 

とはいえ、ドラゴンのブレスはジャンヌの《リュミノジテ・エテルネッル》で漸く受け止められるほどの威力を持つので、サツキは歯を食いしばってそれに耐える。しかしやはりアイアスでは保たないのか、桃色のシールドにピシリ、パシリとヒビが入って行く。

 

「お兄ちゃん、そのまま動かないで!!」

 

すると後ろのハヅキが懐から何かを取り出す。

それは矢にしては余りにも大きいものだった。恐らく片手剣サイズはあるほどだ。形状は非常に独特で、目を引くのはドリルのような螺旋構造となっている刃だ。

 

その間に、ドラゴンはサツキのバリアが解除されるタイミングを見計らって、先ほどと同じ突進攻撃を繰り出す。

猛スピードで急接近するドラゴンの頭部に、ハヅキは矢の照準を合わせる。それは、とある地方では知らないものはない、伝説の魔剣を弓矢として昇華したもの。

 

其はーーーー

 

「《カラドボルグ》!!」

 

そしてハヅキはその矢を放つ。

放たれた矢は音速を超える速度で飛翔し、ドラゴンに回避の猶予も与えず頭から一直線に貫いた。

ドラゴンは『グギャアアアアァァァァー!!!』と悲鳴を上げ、のたうち回るように乱雑に飛び回る。

 

「よし、ゲージがこれであと一本だ!サツキとハヅキの技は後で詳しく聞くとして、パターンがまだ変わるから気をつけるんだ!」

 

キリトが攻略組のメンバー全員に対してそう叫び、皆はもう一度家を引き締め直し、ドラゴンの動きを注視する。

するとドラゴンは、一度部屋の上空へ急上昇したのちに、床へ向けて真っ逆さまに急降下し始めた。

 

「全員、散開して!!」

 

アスナの指示を受け、ドラゴンの落下地点を予測したプレイヤー達は即座に部屋の壁付近まで後退する。

直後、ドラゴンは部屋の真ん中に轟音と地響きを上げて床に突撃した。土煙が発生し、プレイヤー達の視界を奪う。

 

次の瞬間、煙の中からドラゴンの巨大な尾が飛び出し、横薙ぎに振るわれた。

ジェネシス達は寸前の所で回避に成功するが、1人だけそれに巻き込まれた者がいた。

 

「きゃあっ?!」

 

シノンだった。回避が遅れた彼女は巨大な尾が自身に直撃し、吹き飛ばされる。

更に不安なことに、落下した先はドラゴンの真正面だった。

 

ドラゴンはシノンに向けて巨大な前足を振り上げ、一思いに踏み潰そうと其を一気に下ろす。

 

「ぁっ………」

 

シノンはただ呻き声を上げることしかできず、その前足が振り下ろされるのを待つ事しか出来なかった。

 

「こんのやろおおぉぉぉぉぉぉーー!!!」

 

その時、ジェネシスがシノンの前に割って入り、大剣でその前足を受け止めた。

 

「あ、あんた……」

 

「言ったろ、死なせねえってよ」

 

そう言ってジェネシスはドラゴンの前足を容易く押し返し、大剣を右腰あたりに構える。

 

「だがてめぇは……今死ねエエェェェー!!」

 

どうやらジェネシスはあの時のことをまだ根に持っているらしく、そう叫んだ後に暗黒剣最上級スキル“ジェネシス・ディストラクション》を発動し、その胴体にとてつもない破壊力を持つ10連撃を叩き込んでいく。

その攻撃でボスのHPは一気に半分まで落ちた。

するとドラゴンは反撃とばかりに反対側の前足をジェネシスに向けて突き出す。ジェネシスは技後硬直時間のため回避が出来ない。

しかしそこへ、今度はティアがすれ違い様に抜刀術最上級スキル《飛閃一刀》を発動し、その腕を斬り落とした。

さらにオルトリアがビーム状の双頭刃を振るって双頭刃最上級スキル《ロイヤルストレートフラッシュ》を繰り出し、その胴体を切り刻む。

 

「《黒竜双尅勝利剣(クロスカリバー)》ーっ!!」

 

「そこは変えねえのなお前!!」

 

「ええ、何となくこれは変えてはいけない気がするので」

 

ジェネシスのツッコミに対しオルトリアは何の悪びれる様子もなく淡々と答えた。

兎も角これで、ボスのHPはイエローゾーンだ。

 

「よし、とどめは私に任せなさい!!」

 

そして最後の引導を渡す役に名乗り出たのはイシュタルだった。

彼女はハンドボールくらいの大きさがある黄金の水晶玉を取り出し、空中に放った。

 

「刮目しなさい…これが私の、全力全霊!!」

 

すると、黄金の水晶玉が空中で弾け、神々しいオーラを形成してイシュタルを包み込む。

そしてエネルギーが彼女の弓に集まっていき、それまでとは比較にならないくらいの巨大な紫に輝く光の矢を形成した。

 

かつてシュメル神話に伝わる美の女神イシュタルは、神々の王でさえ恐れ敬った霊峰エビフ山を“ただ気に食わないから”と言う(理不尽極まりない)理由で蹂躙したと言う逸話がある。

この技はその逸話を、(この世界の)イシュタルが持つ伝説級ウェポン《天弓 マアンナ》に備わる唯一の必殺技として実装されたもの。

 

「打ち砕け!《山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)》!!」

 

次の瞬間、マアンナから極太の光線が発射され、ドラゴンの巨大な身体を丸ごと呑み込んだ。

そしてドラゴンを中心に大爆発が起き、巨大地震レベルの地響きと共に半径数百メートルはある部屋中を爆煙が包み込んだ。

言うまでもなくボスはHPが全て消し飛ばされ消滅したのだが、しかしイシュタルの放った技はこの部屋で撃つにはあまりにも威力が強すぎたようだ。

部屋中のあちこちから咳き込む声やざわめきが起き、中には今の衝撃で多少のダメージを受けたものまでいた。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!このバカヤロウッ!!ちったあ加減しろや!!俺らまで死ぬかと思ったぞ!!」

 

「ちょ、しょうがないでしょう?!あんなに強い威力だとは思わなかったんだもの!!」

 

「あはは……やっぱりうっか凛だね」

 

「なぁんでよぉ〜!!」

 

1人の犠牲者も出さない素晴らしい勝利であるはずなのに、勝利ムードどころかイシュタルの泣き叫ぶ声がこだました。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そして今回、イシュタルの宝具を発動させていただきました。個人的にアニメでイシュタルの方が見た時、BGMの壮大さも相まってかなり鳥肌が立ったシーンでして、ジャズのお気に入りのシーンでもあります。なのでこの小説でも使わせていただきました。まあ、威力が高すぎて仲間すら巻き込みかねないところはうっか凛という所でしょうww
それとともに、サツキとハヅキがエミヤの技を使ったのもお気づきになられたでしょうか?

では、評価感想などお待ちしております。


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四十九話 シノンの苦悩

どうも皆さん、ジャズです。
今回はいろんなネタを積み込んでおります。


七十六層・アークソフィア

 

「これで全員揃ったかな?」

 

クラインがグラスを片手に周囲を見回して確認する。

食堂にはジェネシスやキリトを始めとした仲間達が同じようにグラスを持って座り、クラインの方を見つめていた。

 

「それじゃあ九十層到達記念パーティを始めたいと思います!

思い起こせば2年前、俺は一流のプレイヤーになろうと……」

 

「アンタの話なんかどうでもいいから、早く乾杯しなさいよ」

 

クラインの話を遮ってリズベットがそう急かした。

 

「ひっでぇ?!まだ話のさわりも言ってねえってのによ!

……まあ、いいか。それじゃ、コホン……

 

九十層到達おめでとう!乾杯!!」

 

『『『『かんぱ〜い!』』』』

 

皆は一斉に仲間達とグラスを打ち付け合い、『カラン』という音が響いた。

このデスゲームが始まって約2年。プレイヤー達はここでようやく、ゴールの目前まで迫ることが出来たのだ。

 

「ようキリトにジェネ公、九十層到達おめでとさん」

 

クラインがキリトとジェネシスの元にやって来た。

 

「ああ、おめでとうクライン」

 

「おめえらと会ってから2年……お互いこうしていられるなんて感慨深いじゃねえか、なあ?」

 

「俺はそうでもねえけどな」

 

「なんでぇ?!」

 

ジェネシスの素っ気ない答えにクラインは悲痛な顔で叫んだ。

 

「キーリトっ、楽しんでる?」

 

「料理も美味しいし、仮想世界も侮れないわね」

 

そこへリズベットとイシュタルがやって来た。

 

「リズにイシュタルか。ああ、楽しんでるよ。料理もう美味いしな」

 

「そりゃあ一流シェフのアスナにティア様が直々に作ってる料理だもん。美味しいに決まってるわ!」

 

「ええ、あの子ったらかなり気合入れて作ってたわよ〜。

『久弥に美味しい料理食べてもらうんだ〜』って」

 

イシュタルがニヤニヤと笑いながらそう告げた。

 

「こんな美味え料理をお前らは毎日食べてんのか!この幸せ者め!あとジェネシス、おめぇはさっさと爆発しろ!」

 

「毎日食ってるわけねぇだろあいつらだって忙しいのに。

あとクライン、悔しかったらテメェも早くいい相手見つけろよ」

 

「食えるだけでも幸せだっての!くそう、今日くらい俺が全部平らげてやる!」

 

そう言ってクラインはテーブルに並べられた料理を一斉にかき集め始めた。

 

「何してんだクラインテメェ!!」

 

「なっ、そうはさせるか!!」

 

するとジェネシスとキリトもクラインに料理を取らせまいと慌てて取り始めた。

 

「あ〜あ」

 

「何やってんだか……」

 

それをイシュタルとリズベットは呆れた顔で見つめていた。

 

「おいキリトにジェネシス。こっちの料理も食ってみてくれねえか?」

 

そう言ってエギルはテーブルに二つの大きな皿を持って来た。

皿の上には、皿一杯の大きさがある丸い生地に、赤いケチャップソースが塗されておりその上にこんがり焼けたチーズが香ばしい匂いを漂わせている。

その料理はどう見ても……

 

「こりゃ…ピザか?」

 

「ああ。SAOのアイテムでどこまで再現できたかは分からんが……兎も角食べてみてくれ」

 

「おお!それじゃ早速……」

 

そう言って手を伸ばしたキリトだったが…

 

「ああ、ちょっと待った」

 

その手をエギルが制した。

 

「実はな。余興も兼ねて少し趣向を凝らしてみた。

この中の一切れに、激辛が混ぜてある」

 

エギルは悪戯な笑みを浮かべて言った。

 

「激辛って…どれだけ辛いんだろう……」

 

それを聞いたリーファがやや不安げな表情で呟く。

 

「因みにありえない量のソースを混ぜてたわよ」

 

するとここで、一緒に料理を手伝っていたアスナとティアが戻った。

 

「主ら何故止めんかったのじゃ」

 

「だって楽しそうだったんだもん……」

 

ツクヨが呆れた顔で問いかけ、ティアが俯きながら答えた。

 

「因みに何を混ぜたの?」

 

「えっとな……確か『マックスハザードデスソース』って奴だ」

 

「「「「ぶっっ?!!」」」」

 

それを聞いた瞬間、MHCP組のレイ・ユイ・ストレア・サクラが吹き出した。

 

「な…な……」

 

「何てもの混ぜてるんですかエギルさあぁぁぁん!!!」

 

そして青ざめた顔でレイとユイが詰め寄る。

 

「な、なんだ?どうしたんだお前ら」

 

レイ達の様子にエギルは戸惑った表情で狼狽えた。

 

「『マックスハザードデスソース』はSAOが開発された段階で出てきた没案の一つだよ。理由はバカみたいに辛いかららしいんだけど……

最近起きたカーディナルの不調でこういう没案のアイテムが出てきちゃってたりするんだよね……」

 

ストレアが皆にエギルの使った激辛ソースの正体を説明した。

 

「なあ、辛いってちなみにどれくらい辛いんだ?」

 

「……唐辛子300本分です」

 

「いや辛すぎィ!!」

 

「そんなの食べたら舌がガタガタゴットンズッタンズッタンになるわよ!!」

 

「完全にYABEEEEEEI!ソースじゃんそれ!!」

 

「味覚エンジンがOVERFLOWしますよ!」

 

そのソースの恐るべき辛味のレベルをサクラが伝えた瞬間、リーファ、イシュタル、サチ、サツキが喚き始めた。

 

「おお、そんなにエグい代物だったのか……まあ、一種のロシアンルーレットだ。寧ろ当たればラッキーくらいのもんで行ってみればいいだろ」

 

元凶のエギルは一切悪びれる様子もなくそう言った。

 

「ふざけんじゃ無いわよ!あたしは絶っっ対に食べないんだからね!!」

 

「あ、あたしも……ちょっと遠慮しようかな」

 

「私もパスで。リスクの割にペナルティがあまりに大きすぎるわ」

 

少女達は『マックスハザードデスソース』の恐るべき辛さに慄き、そのピザを食べるのを拒んだ。

 

「おいおい、そりゃあそのピザをお前らが食べないのは勝手だ……だがそうなった場合、誰がそのピザを完食すると思う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……万丈だ

 

「いや誰だよ」

 

「冗談だ。キリトとジェネシスがこれを完食する」

 

「待て待て待て待て、なんで俺らが食うことになったんだよ」

 

勝手に話を進めるエギルにキリトが抗議する。

 

「ああ、それなら激辛を食べたやつはキリトとジェネ公に、何か好きな事をお願いできる、とかはどうだ?」

 

するとクラインが皆に対してそう提案する。

 

「き、キリトさんとジェネシスさんに、ですか?」

 

「ああ。買い物に付き合ってもらうもよし。一緒にクエスト攻略もするも良し。レアアイテム取りに行くも良し。いろちろあんだろ」

 

「な、成る程……」

 

クラインの提案の結果、次々に少女達が参加の意を表明した。

 

「わっちはパスで頼む」

 

「わ、私も。辛いのは本当無理なので……」

 

「俺もやらん。てめぇらだけで楽しめばいい」 

 

ツクヨ、ハヅキ、ミツザネが不参加なので、計二十名が参加することになった。

 

「良し、ちょうどいい。20切れあるから、みんな自分の食べるやつを選んでくれ」

 

そして皆は各々が食べるピザを手に取った。

 

「よーし、みんなピザは持ったか?それじゃせーので食うぞ……

 

せーの!!」

 

瞬間、皆は一斉にピザを口に放った。

さて、ソースがソースなので、その辛味は一瞬で襲ってくる。その餌食となったのは……

 

「ゔっ………

ホギャアアアアアアアアアアアアアーーー!!!!

 

「く、クライイイン!!」

 

クラインだった。

口から炎のようなエフェクトを放ちながら凄まじい絶叫を上げてクラインはのたうちまわった。

 

「AHYEEEEE!AHYEEEEEEE!AHYEEEEEEEEEEEI!

OHOOOOOOOOOO!!AバGレブhmu◯△□※……」

 

もはや理解不能な言語を発しながらその激辛ソースに悶絶する。

 

「く、クラインさあぁん!!」

 

「ブァッハハハハハハ!!いいリアクションだぞクライン!!」

 

それを見て大爆笑するエギル。

 

「水うぅぅぅーー!!水をくれぇキリトにジェネ公ーーーー!!!」

 

悲鳴に近い声で水を求めるクライン。

キリトとジェネシスは慌ててテーブルに乗せられていたピッチャーを持ち、

 

「クライン、水だ!!」

 

そしてそれをクラインの口に一気に流し込んだ。

 

「んぐっ…んぐっ…ブハアッ!!

ちきしょう、これが唐辛子300本分の辛さってやつか……」

 

クラインはフラフラと立ち上がる。その顔はもはや生気がない。

 

「俺は止まらねぇからよ……だからよ………止まるんじゃねぇぞ……」

 

そしてクラインはパタリと倒れた。

 

「クライイィィィィン!!!」

 

「クラインが死んだ!!」

 

「この人でなし!!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

それから数日が経った。

ジェネシスはシノンに用事があったので、彼女の部屋をノックした。

 

「おーい、シノン」

 

しかし何度呼びかけても返事がない。

仕方なく彼は、一階の食堂へ足を運んだ。

 

「え?シノンちゃんいないの?」

 

一階に降りると食堂の角の席にティアが座っており、事情を聞くなり驚いた顔をした。

 

「ああ。ちょいと射撃訓練にでも付き合ってやろうかと思ったんだが、いねえんならしょうがねえ」

 

「………」

 

するとティアは何か思い詰めた表情で考え込んだ。

 

「シノンちゃん、最近すごく悩んでるみたいで……」

 

曰く、彼女は先日行われたボス戦で、自身がドラゴンの攻撃を受けた際にロクな回避や反撃が出来なかった事を気にしているようだった。

そしてその後、迷宮区攻略の際にモンスターに詰め寄られた時があり、その時も同じように反撃が出来なかったのだ。

シノンは射撃武器を使用しているので、接近された場合に反撃できないのは致し方ないのだが、彼女はどうやらそれを非常に気にしているらしく、『自分が皆の負担になっているのではないか』と不安になっているそうだ。

 

「射撃武器は近づかれちゃどうしようもないわけだろ?そうならねえようにすんのが前衛の仕事だろうが」

 

「そうなんだよね……だからあの時は私たちの責任でもあるから気にしなくていいって言ってるんだけど……」

 

「たく。そんな小せえことウジウジ気にしやがって……」

 

「さっきもその事を話しに行こうとアスナと行ったんだけど、見つからなかったんだよね」

 

「……分かった。シノンを見かけたらお前らが探してたって伝えといてやるよ」

 

「ありがとう、じゃあお願いね」

 

そう言うとティアは席から離れ、宿から出て行った。

 

「はぁ……んま、あいつがいそうな場所ならおおよそ検討ついてんだけどな」

 

ジェネシスは1人呟くと、モーニングで注文したコーヒーとホットサンドを食べ、席を立った。

 

アークソフィアの街を抜け、草原地帯にやって来ると、1人の少女が弓を構えてトレーニングをしていた。

 

「おっ、いたいた」

 

「ジェネシス!あんた何でここに……」

 

「おめぇを探してたんだよ。訓練をするんなら言ってくれりゃ手伝うのによ」

 

「訓練始めた時、アンタは寝てたからね」

 

ジェネシスの言葉にシノンは呆れた顔で答えた。

 

「おいおいそんな時間からやってんのかよ。まさかぶっ通しでやってねえよな?」

 

「それより、折角来たのなら訓練手伝ってくれない?近接戦での回避の練習がしたいの」

 

「そりゃいいけどよ、お前ちゃんと休んでんのか?」

 

「何日も寝てない訳じゃない。今は大丈夫よ、訓練を優先するわ」

 

「……はいよ。ただし途中で必ず休憩は挟むからな」

 

そしてジェネシスは大剣を引き抜き、シノンの前に立った。

 

〜10分後〜

 

大剣を肩に担いだジェネシスとそれをじっと観察するシノンが向かい合う。

そして何のフェイクも予備動作もなく、ジェネシスの大剣の切っ先がシノンに飛び出した。

 

「あっ……!」

 

シノンは回避が間に合わず、切っ先が腹部に直撃した。

 

「だーめだ、集中力が切れてきたな。一旦休憩だ」

 

ジェネシスはそう言って大剣を納めた。

 

「で、でも……」

 

「あのなぁ、効率的なプレイってのは短時間で集中してやんのがセオリーってもんだ。だらだらやるのは一番良くねえ」

 

ジェネシスはそう言うが、シノンは納得できていない様子だ。そこで彼は、先程ティアから聞いた事を思い出す。

 

「…アレか?お前この間のやつ気にしてんのか。んなもん気にすんなっての。

いいか?射撃武器ってのはどう足掻いたって近接戦が弱点なんだよ。だからテメェの所に敵を行かさないようにするのが俺たち前衛の仕事だ。反対に、近接戦じゃカバー出来ない遠距離からの攻撃はおめぇみたいな奴が担当…とまあ、パーティ戦ってのは役割分担が大事なんだよ。持ちつ持たれつって奴だ」

 

「……そう言う事じゃないの」

 

シノンはやや小さめの声でそう呟いた。

 

「私は強くなりたいの!今は誰かに頼らないと戦えない…それじゃダメ、全然意味が無い!」

 

強い口調で訴えるように言うシノン。

 

「私はこの矢で沢山の敵を撃ち殺して……膨大な屍の山で全てを埋め尽くして……それで私は、私を取り戻せる。

 

そうでなければ……強くならなければ意味が無いの……!」

 

振り絞るようにそう言葉を出した直後、シノンは突然街に向かって走り出した。

 

「ちょ、待てよシノン!」

 

ジェネシスはそれを慌てて追いかける。

しかし彼は、途中でシノンを見失ってしまった。

 

「チッ、あんにゃろうどこ行きやがった……」

 

街の隅々まで探したが、シノンを見つけることは出来なかった。

しかしそれよりジェネシスが気になったのは、シノンの言葉だった。

“強く無ければ意味が無い”…まるで何かに取り憑かれたように話すシノンの姿が脳裏に鮮明に残っていたのだ。

 

「強くなりたい、か………

まさか最前線の層に行ってたりしねえよな」

 

若干の不安を抱えながら彼は転移門から九十層に移る。

 

九十層に到着した彼は、フレンドの位置情報を検索する機能を使ってシノンの位置を割り出す。

 

シノンは、迷宮区にいた。

 

「ははは………はぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………あんのバカやろおおぉぉぉぉぉぉーー!!!」

 

ジェネシスは思わずそう叫びながら全速力で走り出した。

 

迷宮区の入り組んだ道を兎に角走り続け、ジェネシスはシノンを探す。

幾らレベルが十分に上がったとは言え、今のシノンが最前線の迷宮区を1人で攻略など無謀に過ぎる。最悪の事態を回避するため、ジェネシスがひたすら走り続けた。

 

「くっ……!」

 

不意に、彼の耳にシノンの悲鳴が響く。

その聞こえた方角に向かうと、シノンが五体ほどのモンスターに囲まれていた。

 

「おい、シノン!!」

 

「じ、ジェネシス…!」

 

見ると、彼女のHPは既にレッドゾーンに入っていた。事態は一刻を争う所まで迫っていた。

 

「シノン、頼むから持ち堪えろよ…!!」

 

ジェネシスは大剣を構えると、モンスターの群れに斬り込んでいった。

先ずはカブトムシ型のモンスターがジェネシスにその角を突き出して飛びかかった。それに対してジェネシスは大剣ソードスキル《アバランシュ》で応戦し、すれ違い様にカブトムシの腹に思い一撃を叩き込んだ。その一撃でカブトムシは消滅する。

続け様にやって来たのはスケルトン。細い骨に見合わない大きな斧を振りかざし、ジェネシスに襲いかかる。

同時に左右・後ろから別のモンスターが襲いかかる。

 

「このっ…!」

 

それに対して暗黒剣ソードスキル《ドレッド・ブレーズ》を発動し、4体纏めて斬り伏せ、吹き飛ばした。

暗黒剣の大技を受けた四体のモンスターは一気に消滅した。

 

「ジェネシス……」

 

地面にへたり込んでいたシノンが彼を呼んだ。

 

「ごめんなさい…面倒をかけたわね……」

 

「てめぇなあ……マジで心臓止まるかと思ったぞ!なんでこんな無茶しやがった?!!」

 

自分の命を顧みない無謀な行為に、ジェネシスは怒り、強い口調でシノンに詰め寄った。

 

「HPが無くなったらどうなるか、テメェだって分かってんだろ?!」

 

「そんなの、もちろん分かってるわよ……

でも、それで消えるなら……それでも良いと思った……

このまま無力に怯えて生きていくよりは……そっちの方が何倍もマシだって……」

 

「おまっ……!」

 

あまりにも自分の命に対してぞんざいな発言をするシノンに対しジェネシスは思わず引っ叩きそうになる。

 

「でも……いざHPゲージが赤くなって…本当に消えるんだって思うと………怖くなった……!」

 

「……!」

 

「怯えたまま……何も出来ないまま終わってしまうのが………辛くて……悲しくて……ううっ……!」

 

とうとうシノンは両眼から涙を零して泣き出し始めた。

そんな彼女をみて、ジェネシスは何も言えなくなり、ただ彼女の頭を撫でることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい、泣いたりして」

 

しばらくして落ち着きを取り戻したシノンは、恥ずかしさから赤面して謝った。

 

「……それは謝る事じゃねえよ」

 

そんな彼女の謝罪を、ジェネシスは軽く流した。

 

「……なあシノン。てめぇの過去に何があったのか、テメェが何を抱えて生きてんのか……今は聞かないでおく。シノンが話したくない事を無理やり聞き出すような鬼じゃねえからな。

ただこれだけは覚えてくれ……辛い時は辛いって言え。泣きたい時は大きな声で泣け。助けて欲しけりゃ、腹の底から助けを求めろ。俺たちはぜってぇにお前を見捨てたりなんざしねえからよ。もう二度と、テメェ1人で抱えるんじゃねえぞ」

 

強く念を押すようにジェネシスは言った。

 

「……これは私の問題だから、多分私にしか解決できない…でも、ありがとう。気持ちは嬉しい」

 

シノンは笑顔でそう言った。

 

「ねえ……恥ずかしいんだけど、私まだ足が震えてて動けそうに無いの……だから、もう少しだけ、このままでいさせて……」

 

甘えるようにシノンは彼に身を委ねてそう頼み込む。

が、

 

「……悪いけどなシノン。そう言うわけにも行かなさそうだぜ」

 

「…え?」

 

ジェネシスは通路の遥か遠くを睨んでいる。その先は真っ暗でシノンには何も見えないが……

 

「索敵スキルに反応があった。モンスターの群れが押し寄せてくるぜ」

 

「嘘でしょう?どうすんのよ」

 

「はっ、決まってんだろ。この足を使うんだよ」

 

ジェネシスは自身の足をポンと叩き、立ち上がる。

 

「あんたの足を………って、ちょっと」

 

するとジェネシスはシノンをひょいと持ち上げ、肩に担ぐ。

そして……

 

「逃げるんだよォ!スモーキー!!」

 

「ひゃあああッ!!あんた、もっとゆっくり!ゆっくり走りなさいよ!!」

 

「バカヤロウッ!モンスター来てんのにゆっくり走ってどうすんだ!!」

 

「にゃああああああっ!!!」

 

ジェネシスの全速力に揺さぶられて悲鳴を上げるシノンの声が九十層の迷宮区に響き渡った。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さて、次回はいよいよ五十話。とうとうここまで来たか……と感無量の思いです。ここまで続けられたのも、一重に読者の皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。
そして次回の内容ですが、少し幕間を挟みたいと思います。具体的な内容は、今後の展開につながる現実世界のお話にしようと考えています。SAO HF編終結後の伏線や多数登場する新キャラのヒントも詰め込んでおりますので、どうぞお楽しみに。
では皆さん、また次回。評価、感想などお待ちしております。


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五十話 《幕間》現実の話

────この本によれば、英雄になれなかった男《ジェネシス》は、運命の悪戯によって出会うはずのなかった者たちと出会い、巻き込まれることのなかったデスゲームを戦い抜いていくのであった───────

男はそう口にして本を閉じると、フッと軽く笑みを溢して歩き出す。


 

やあ、いつもこの物語を読んでくれてどうもありがとう。君達のお陰で、この世界もここまで進むことができた。本当に感謝しているよ。

……ん?私は誰かって?ああ、済まない。自己紹介はまだ出来ないんだ。私はまあ、未来に進むものたちの前に現れる妖精みたいなものと思ってくれたまえ。

 

さて、ここまでSAOの中での物語が続いてきたわけだが……ここで少し視点を変えてみようか。

 

では、現実の話をするとしよう────

 

SAO事件。今やそれは全世界に大きな衝撃をもたらした大事件となった。当然さ、ゲームの世界に1万人が閉じ込められ、しかも本当に死人が出るデスゲームなんて前代未聞も程があるだろう?

 

これによって仮想世界は衰退の一途は免れないかと思われたが……意外にもそうはならなかった。

理由は、仮想世界が医療面でかなり有用であることが示されているからだ。既に国内では、二名の重病患者が仮想世界にアクセスする医療用デバイス《メディキュボイド》の臨床試験を受けている。1人は白血病の少女、もう1人は不治の病であるAIDS患者の少年。そんな彼らにとって、仮想世界はリハビリとしても有効だったんだ。

また、仮想世界は高齢者にとってもかなり魅力的なものだった。老化によって現実の身体は衰えてきているが、仮想世界ではそうはならない。幾ら高齢といえど、脳がしっかり機能しているわけだしね。

この面で、仮想世界はまだ捨てたもんじゃないと言う意見が出て、あんな大事件があったにも関わらず仮想世界は大きな広がりを見せている。

 

その一つとして、SAOを基に開発された新たなVRMMO、《アルヴヘイム・オンライン》通称《ALO》が今や世間を賑わせていた。あ、私も楽しませてもらっているよ。

そこは一言で言うなら妖精の世界。プレイヤーは九つの妖精種族に分かれ、ALOの中心にそびえる『世界樹』を目指し、そこにいる妖精王『オベイロン』なるものにあって上位種族『アルフ』に生まれ変わることが大きな目標、とされてるらしいけど……私はぶっちゃけ、この話を信じちゃいないんだよね。何故かって?ALOがサービスを開始してから丸一年、誰もこれをクリアしてないからだよ。おかしいだろ?幾ら難解なゲームといえど、一年もすれば1人くらいはクリア者が出るはずなんだ。私はこれを、『絶対にクリアできないゲームになってる』と見ている。

ま、私自身はアルフとか興味ないからどうでもいいんだけどね。

 

さて、これまでのALOは各種属が絶妙なバランスを保って平和を維持していた。その大きな理由は、世界最強のプレイヤー《星海坊主》の存在だ。彼にはたった1人で一つの妖精種族を容易く滅ぼせる程の力があった。だからひとたび種族間で闘争が起きようものなら星海坊主が介入して両勢力に大きな打撃を与える…とまあ、彼は一種の抑止力であったわけだ。

ところが……そのバランスは突然崩れた。星海坊主が消えたからだよ。バランスを保っていた抑止力である彼の消失はかなり大きかった。

 

先ず台頭して来たのはサラマンダー勢力だ。星海坊主の次に最強と称されるサラマンダー将軍のユージーンを筆頭に、彼らは隣のシルフ領に侵攻を開始した。それに対抗してシルフはケットシーと手を組んで応戦したが、サラマンダーの勢いは止まらなかった。噂では、サラマンダー隣接地域ではシルフ族のプレイヤーの虐殺やリンチ、中には女性プレイヤーに対するレイプ紛いの行いまであったそうだよ。全くひどい話だね。私は干渉してないけど。ま、ALOは基本PK推奨のゲームな訳だし?

 

しかし、サラマンダーの勢いは長く続かなかった。

 

突如、シルフに侵攻するサラマンダーの反対側からスプリガンが攻めて来たからだ。スプリガンって、あまり戦闘向きの種族じゃないんだけど、彼らは簡単にサラマンダーを鎮圧した。

その要因は、2人の女性プレイヤーの存在があった。1人は、新たにスプリガンの長となった赤い二槍流の戦士。通称『影の国の女王』と呼ばれる者と、もう1人はかつての世界最強の《星海坊主》の実の娘って言う噂がある二刀流の侍、『ブリュンヒルデ』。

いやはや、スプリガンってサラマンダーからはかなり遠いはずなんだけどね?ウンディーネとインプ領を跨ってわざわざやって来るとか、何かシルフに思い入れでもあるのか……

まあともかく、スプリガンの勢いを止められなかったサラマンダーは大打撃を受けることになり、今じゃかなり大人しくなってるよ。

 

これを機に、いわゆる一騎当千の強力なプレイヤーが各種属に現れる事になった。

シルフには有能な情報収集、索敵、参謀や捜査能力を持つ人呼んで『風来の探偵』。

インプには高度な反応速度を持ち、圧倒的な剣の実力者である『絶剣』。

サラマンダーには何かスーパーケルトビッチなアイドルプレイヤー。何かすごい規模のファンクラブがあるらしいけど。

スプリガンにはあの救国の聖女の名を持つ『竜の魔女』と呼ばれるプレイヤー。

ウンディーネにはあの『影の国の女王』の弟子らしい『不死身の槍兵』。

そしてプーカには『花の魔術師』と呼ばれるこの私……おっと、もうこの時点で大体私の正体に気づいちゃったかな?

 

こんな風に、強力なプレイヤーが現れた事によって今のALOは種族間で争うのではなく、寧ろ種族に関係なく競いあったり時にチームやギルドを組んで共に戦ったりと、個人での遊びを重視する傾向になった。いや、私にとってはいい傾向だよ。種族でどうこうなんて、私の柄じゃないからね。

 

さて、ALOの話はこれくらいにしてもう一度現実に話を戻そう。

 

仮想世界が医療面で重宝されると言ったけど、もう一つ仮想世界には有用な面があった。

それはアイドルのライブだ。ライブって全国あちこちで開かれるもんだから、移動するには時間もお金もかかる。追っかけで行くような人間はそれこそそのアイドルに全てをかけられる者だけだ。

しかしライブをVRでやればどうなるか?全部仮想世界でやっちゃえば、ライブに参加するのに必要な手段はサーバーにログインするだけ。それなら自宅からでも参加できるよね?

このように、仮想世界は音楽の面でも非常に重宝されている。

 

例えば、今や世間を賑わせている天才科学者、七色・アルシャービンって言う子がいるんだけど、彼女はVRでライブをやって資金を集めてるんだ。中々ちゃっかりしてるね。

しかもこの七色・アルシャービンって子、年齢は僅か12歳。いや全く、そんな歳で世界に名を馳せる研究者とかどうなってるんだと言いたいけど、まあそう言うこともあるんだろうさ。にしてもあの子……将来が有望だね、色んな意味で。

 

ともかく、仮想世界が広がりつつあるのは彼女の功績もまた大きく貢献しているんだ。中には、『光の七色博士・影の茅場晶彦』なんて言葉があるくらいだし。

 

さて、ここまで長々と現実の話をして来たわけだけど……

デスゲームはまだ終わってはいない。SAOの終結は、外からの干渉が出来ない以上中に閉じ込められた者達の奮闘にかかっているだろう。私も、その行く末を黙って見守る事にするよ。

 

さて、現実の話はここで一旦終わるとしよう。何せこれ以上は、まだ少し先の内容だからね。

では諸君、私はこれにて行くとするよ。この物語が、SAOのクリアまで描かれる事、そしてその先で、君たちとまた会える未来が来る事を祈っているよ────

 

 

 

 

 





場所は変わって、全てが0と1の数式データで構成された仮想世界《ソードアート・オンライン》。

時間は深夜。既に人々は各々の拠点へ戻り、眠りについている。
七十六層の街の中央、アークソフィアの転移門に青白い閃光が走る。
光が止むと、そこには1人の女性がいた。

スラリとした体型に純白の和風の着物。黒い艶を放つやや長めの髪。月明かりを反射し青白く光る素肌。
カーソルはあるものの、キャラクター名の所には《???》と書かれているのみ。
頭部には被り物をしているためその表情を深くは読み取れないが、露出した口元は優しげな笑みを浮かべている。その姿はとても美しく、それでいてとても神秘的で、儚げに映った。

「───ふふふ。私がここに降り立つだなんて、どんな間違いかしらね」

女性は穏やかな口調でそう呟くと、嫋やかな仕草と共に歩き出す。

それは本来、現れるはずのないモノ。逢瀬する事のない貴人。














しかしそれでも……もし出会うことがあるのなら……












それは誰もが寝静まった雪の日に────






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五十一話 みんなで店番

前回は五十話記念を読んでくださり、ありがとうございます。
感想欄でいろいろな新キャラが何者なのかと言う予想が出ていてとても嬉しかったです。彼らと皆さんがお会いできるよう、なんとしてもこの小説を続けて参りたいと思います。

では、五十一話、どうぞ。今回はジャズがホロウフラグメント編でやりたかったことの一つです。


その日、ジェネシスやキリト達が利用している宿屋の食堂は大勢の人で賑わっていた。

 

「なぁ、ジェネシス……一ついいか?」

 

両手に注文の料理を乗せた皿を持ったキリトがげっそりとはした顔で尋ねる。

 

「ああ、キリトよ……て言うか、俺も多分同じことを思ってるわ……」

 

厨房に立って客席を眺めているジェネシスは苦笑いで頷く。

 

「「……ど う し て こ う な っ た ?」」

 

2人は同時に呟いた。

時は数時間前に遡る───────

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おっ、キリトにジェネシス!少しいいか?」

 

食堂でジェネシスとキリトが寛いでいると、エギルが近づいてきた。

 

「仕入れの関係で、今から急に店を空かなきゃいけなくなったんだが……その間の店番、頼めねぇか?」

 

「店番か……ああ、別に構わないぜ」

 

キリトは二つ返事でそれを了承した。

 

「恩に着るぜ!戻ったら何でも好きなの奢ってやるからよ。じゃ、ちょっくら行ってくるわ!」

 

「ああ、ごゆっくり」

 

エギルはそう言って小走りで店を後にした。

 

「おいおいいいのか?店番なんて軽々と引き受けちまってよ」

 

ジェネシスが訝しんだ顔でキリトに問いかける。

 

「大丈夫だって。どうせそんなに客は来ないだろうし、装備品の確認でもしながらゆっくりしていればいいだろ」

 

「……今すんげえフラグが立った気がするんだが」

 

2人はそう交わしながら店のカウンター奥へと足を運んで行った。

 

しかしその日はあれよあれよと言ううちに客がやって来て店は溢れかえり、店番の経験のない2人はあっという間に追われることになった。

 

「すまん、フラグ通りになったな…」

 

「よりによってこんなに客が来るとはな……」

 

2人はげんなりした表情でそう交わす。

その間にも……

 

「おーい、こっち飲み物着てないぞ!」

 

「すみません、武具の予約をしていた者なんですけど…」

 

「「は、はいただ今!」」

 

次々と新たな客の注文がやってくる。

とりあえず2人はできる範囲で対応をやる事にした。料理スキル保持者のジェネシスが厨房、キリトがホールで客に対応すると言う形だ。

 

「ジェネシス、ホットサンド二つとアイスコーヒーを頼む!」

 

「あいよ」

 

冷蔵庫からトマト、レタスやチーズ、卵を取り出す。

卵をお湯につけて茹で卵にし、中身を砕く。トマトは輪切りにしてレタスを数枚千切ると、辛子マヨネーズを塗ったパンに挟み、ホットサンドメーカーで温める。

その間にコーヒーを沸かし、氷の入ったグラスに注ぐ。

 

「おーい、出来たぞ」

 

「早いな?!」

 

SAOの料理は簡略化されているためここまで約2分程度で済んだ。そのおかげで料理やドリンクに関してはある程度早く対応することが出来た。

問題は注文の方だ。幾ら料理が早く出来上がるからと言ってキリト1人では多数の客には対応できない。

 

「こっちの注文まだか〜?」

 

「あの、注文いいですか?」

 

このように店に来たはいいものの注文がまだの客がいるのだ。

 

「こりゃ不味いな……」

 

厨房から店を眺めたジェネシスは少し考え込んだ後、仲間達に一斉メールを飛ばす。

 

『手の空いてる奴はエギルの店に大至急集合』

 

するとその1分後……

 

「すみませんジェネシスさん、何かご用ですか?」

 

「遅くなりました!……って何かすごいお客さんの数ですね?!」

 

やって来たのはリーファとシリカ。

 

「ジェネシス、来たよ〜!」

 

「お呼びでしょうか?ジェネシスさん」

 

さらにサチ、サツキとハヅキも来た。

 

「よし、よく来てくれた。唐突だがてめぇら今からホールやれ」

 

「ええっ?!」

 

ジェネシスの唐突な指示にシリカが素っ頓狂な声をあげた。

 

「済まない、エギルに店番頼まれてさ。安請け合いした結果がこれだ……」

 

「はは、たしかにこれは凄いですね」

 

店の惨状を見回してサツキが苦笑いを浮かべた。

 

「俺たち2人じゃ手が回らないんだよ。手伝ってくれ!」

 

「わ、分かりました!そう言う事なら……」

 

「了解、まぁこう言うのは未経験だけど…やってみる!」

 

「もちろんいいですよ。困ったときは助け合い、ですから」

 

ハヅキとサチ、サツキがそう言い、新たに来た5名はキリトに加わってホールの仕事に入った。

 

「はい、メロンソーダとシフォンケーキですね。ご注文承りました」

 

「ありがとうございます。ホットコーヒーとフルーツサンド、ですね」

 

リーファとサツキが慣れた手付きで注文を受け付け、ジェネシスに伝える。

 

「はいよ、これ頼むぜ」

 

それをテンポ良く作り上げ、即座にホールに手渡す。

これで暫くは回すことが出来たが、今度は新たな問題が浮上した。

 

「ジェネシス、四番の席にアップルティーだ」

 

「ジェネシスさん、十一番のお客様がミートスパゲッティの注文です!」

 

「三番にベーグルサンドお願いします!」

 

「十五番にミラノ風カツレツを……」

 

キリト、シリカ、ハヅキ、サチが同時に注文を持って来たのだ。

 

「よーしちょっと待てお前ら、幾ら何でも多すぎだ。とりあえず急ぎのやつはあるか?」

 

幾ら彼の手際がよく料理が出来上がるのが早いとはいえど、複数の注文が同時に来られては流石に対応できない。

そのため、今は優先順位を決めるため、『料理をずっと待っている』『早く料理が食べたい』など、急いで対応するべき注文から作っていく事にした。

 

「とはいえ、流石に俺1人で料理作んのはキツいな……誰か料理スキルを持ってるやつが来てくれたらいいんだが……」

 

すると店のドアが開き、2人の人物がやって来た。

 

「あれ?キリトくんにみんな……ここで何してるの?」

 

「ごめん、久弥。遅くなった……って、何かすごいね」

 

ジェネシスの仲間たちの中でも一流シェフの2人、アスナとティアが来たのだった。

 

「アスナ、来てくれたのか!」

 

「あ、ティアさん。悪いんですけど、ジェネシスさんの厨房をおねg「分かった、直ぐにいく」……お願いしまーす」

 

サツキが言い終わる前にティアは普段の白マントを外して代わりにエプロンを身につけ、厨房に駆け込んだ。それを追うようにアスナも厨房へ向かう。

 

「いいタイミングだぜ。悪いが料理が追われててな……」

 

「全然大丈夫だよ。それで、レシピ表とかってある?」

 

「ああ、これがそうだ。頼むわ」

 

ジェネシスは2人にこの店の料理のレシピ表を渡し、2人は早速慣れた手つきで料理を作っていく。

 

「シリカ、頼まれてたベリーソーダ二つ。お願い!」

 

「はい、持っていきます!」

 

「キリトくん、七番席のアフォガードとクリームシチューできたよ!」

 

「サンキューアスナ!」

 

一流の料理人であるアスナとティアが加わったことで、料理のオーダーには大分対応が間に合うようになった。

 

すると……

 

「ごめんジェネシス、ちょっといい?」

 

「どうした、サチ?」

 

慌てた様相のサチが厨房に飛び込んできた。

 

「武器鑑定のお客様が来たんだけど……私鑑定スキル持ってないから対応出来なくて……他のみんなも持ってないみたいだしどうしたらいいかな?」

 

「マジか……そりゃ専門外だな」

 

ジェネシスも鑑定スキルは持っていない。これに関しては完全に手詰まりだ。そこでジェネシスが出した指示は……

 

「サチ、そのお客さんには少し待って貰え。じきにうってつけのスタッフが来るはずだ」

 

「わ、分かった!」

 

そしてサチは鑑定場まで走っていき、そこで待つ客に頭を下げていた。

 

「ジェネシス、鑑定スキルを持ったスタッフって…?」

 

「そりゃお前、一流の武器職人がいるじゃねえかよ」

 

アスナの問いにジェネシスがあっけらかんと答える。

するとそこへ……

 

「あれ?あんたたちここで何やってんのよ?」

 

「うわぁ……すんごい混んでるわね」

 

やって来たのはリズベットとイシュタル。

 

「よう、ちょうどいいところに来てくれた」

 

「は?何よ一体……」

 

訳がわからない様子のリズベットにジェネシスが事情を説明する。

 

「なーるほどね、分かったわ。そう言う事ならあたしに任せなさい!」

 

「そんじゃそっちは頼むぜ」

 

リズベットは早速鑑定場へと向かっていった。

 

「ジェネシス、私も鑑定場に行くのだわ」

 

するとイシュタルがジェネシスに対してそう進言した。

 

「は?凛お前鑑定スキルなんて持ってんの?」

 

「一応ね。ほら、私って宝石を武器に使ってるじゃない?だからその収集用に持ってるのよ。

まぁリズベット程じゃ無いかもだけど、手伝いくらいにはなれると思うわ」

 

ジェネシスは少し考え込んだ後、

 

「…分かった、任せる」

 

「ええ、それじゃ行ってくるわ」

 

そう言ってリズベットの座る鑑定場に向かっていくイシュタルの背中に向けて、

 

「凛ちゃん、うっか凛を起こしたらダメだよ?」

 

「あんたねぇ!そのうっか凛て言うのやめなさいったら!!」

 

ティアが悪戯な笑みを浮かべながら言い、イシュタルもそう言い返した。

その後、リズベットとイシュタルは手際良く鑑定の客に対応していた。

 

「ありがとうございまーす!では鑑定しますね……

ふーむ……この鎧、ちょっと傷があるみたいですね……」

 

「ご来店ありがとうございます〜!ではこちらの宝石預かりますね。

……ふむふむ……」

 

リズベットが武器の鑑定、イシュタルがその他宝石などのアイテムの鑑定と言う風に分担して対応していた。

 

「……あっちは大丈夫そうだな」

 

暫く鑑定場の方を眺めていたジェネシスはそう判断し厨房に戻る。

 

ところがここで新たな問題が起きた。

 

「ねえ、久弥。この《最中》の作り方ってこれで合ってるのかな?」

 

ティアが右手に餡子、左手に最中の記事を持った状態で尋ねた。

 

「作り方?レシピがあんだからそれで行けるんじゃねえの?」

 

「ううん、このあんこの量とか挟み方がレシピだけだといまいち分からなくて……」

 

レシピを何度も見返しながら餡子を左手の生地に挟もうとするが、中々上手くいかない様子だ。

他にも……

 

「えっと……赤ワインってどれくらいの量を入れたらいいんだっけ……」

 

こちらはフランス料理に苦戦しているようだ。メニューは《赤ワイン煮込みのビーフシチュー》。

しかし何故か、レシピには肝心な赤ワインの量が明記されていないのだ。

 

幾ら料理スキルがあっても、専門的な知識が無ければ作ることが出来ない。

和菓子とフランス料理、これに対応できるメンバーと言えば……

 

「雫ちゃん、最中の挟み方はそうじゃ無いですよ」

 

「うわぁ?!びっくりした!!」

 

音もなくティアの背後に突然現れたのはオルトリア。

オルトリアはティアから餡子と最中の生地を取り、生地の裏側に餡子を塗っていく。少しずつ上乗せしていき、2〜3cmの厚さになったところでもう一つ同じ生地を用意して挟み込んだ。

 

「これで完成です」

 

「……流石は和菓子マイスター」

 

オルトリアの手慣れた和菓子テクニックを見たティアは呆けてそう呟いた。

 

一方フランス料理に苦戦するアスナの元には、やはりその道の専門家がタイミングよく現れていた。

 

『お手伝いいたしましょう』

 

やって来たのはジャンヌ。

彼女は机に置かれた赤ワインの瓶を取ると、大さじ3〜4杯の分量で鍋に入れた。

 

『ビーフシチューには大体これくらいの量が丁度いいですよ』

 

「成る程……勉強になります!」

 

ジャンヌのアドバイスもあって、《赤ワイン煮込みのビーフシチュー》が漸く完成した。

 

『では、ついでに私が持っていきますね』

 

そう言ってジャンヌは出来上がった料理を運んで行った。

 

「こんにちは〜、何か大変そうだね?」

 

「何じゃ?随分と賑わっておるな、今日は」

 

「何か手伝うことはある?」

 

するとそこへフィリアとツクヨ、シノンが現れた。

 

「お前らまで来たか……そうだな……」

 

現在ホールは6名、キッチンが5名、そして鑑定には2名が構えている。

 

「……よし、シノンとフィリアはホールに行ってくれ。ツクヨはこっちでドリンクでも作ってくれ」

 

「うん、分かった」

 

「普段みんなにはお世話になってるからね」

 

「……ま、これだけ揃っていればわっちらの出番もそれほどなかろう」

 

そして更に3名が加わった。

 

「あ、フィリアさん!丁度いいところに……今手が離せなくて、一番席の注文、行ってもらっていいですか?」

 

「はーい!任せといて!」

 

リーファの頼みを受け、フィリアが代わりに注文を取りに行く。

 

「一番先に注文入りました、抹茶ラテを二つお願いします!」

 

「承知した」

 

フィリアがドリンク担当のツクヨに注文内容を伝える。

 

「あ、こっちも注文入った。二番席にホットコーヒー2つだ」

 

「ああ、分かった」

 

「すみません、僕のところも……八番席に野菜ジュースです!」

 

「了解した」

 

そこへキリトとサツキが立て続けにやって来てツクヨに伝える。

 

「おいおいお前ら、同時に言うのは止めろって。一気に来られたらツクヨも……」

 

「もう出来ておるぞ」

 

そう言ってツクヨはカウンターに抹茶ラテを二つ、ホットコーヒー、野菜ジュースをサッと並べる。

 

「……ウッソだろお前」

 

「これくらい朝飯前でありんす」

 

唖然とするジェネシスに対し涼しげな顔でツクヨはそう返した。

 

「うーん……うーん……!」

 

ふと、ジェネシスが客席の方を見ると、シリカが上の棚に必死に手を伸ばしていた。

 

「どうした、シリカ」

 

「あ、ジェネシスさん……あそこの物を取りたいんですけど……」

 

視線を移すと、高さ2メートルほどの高さの棚の上にコップがたくさん詰められた段ボールのような箱があった。どうやら客数が多く、あらかじめ準備されてあった物では足りなくなったらしく、新しく用意しようとしているらしい。

 

「おいおい、ありゃあエギルじゃなきゃ取れねえ高さじゃねえか……」

 

ジェネシスの身長でもあの高さの物は取ることが出来ない。

 

「任せて、シリカ」

 

するとシノンがボウガンを構えてやって来た。

矢を装填し、段ボールの箱に向けてそれを放つ。すると命中した衝撃で箱が落下する。

 

「おっと」

 

それをジェネシスが両手で受け止めた。

 

「あ、ありがとうございます!シノンさん」

 

「いえ、どういたしまして」

 

「…成る程、ノックバックを発生させて落としたのか。考えたな」

 

「まあ、何となく行けるだろうな、と思っただけよ」

 

しかしそれは、シノンがこの世界に大分慣れて来た証拠でもあった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

あれから数時間が経過した。店は未だに賑わい続けている。

 

「みんな、かなり板について来た感じだね」

 

「ああ。案外、出来るもんなんだな」

 

キッチンで料理を作りながらティアは客席であくせく動き回るメンバーを見て隣で洗い物を片付けるジェネシスに言った。

 

「でもこんな時に限ってお客さん全然減らないよね」

 

「なに、人数は足りてんだ。まあ、あとは全体を見て的確に指示を出せるやつ、どこにでも入れる万能なやつがいるな……」

 

エギルの酒場は普通の店に比べてかなり広い。客席も多く、取り扱う料理やドリンクの範囲も非常に多い。加えて客の流入が激しいので注文も立て続けにやって来る。しかもここで取り扱っているのは飲食だけでは無い。今はリズベットとイシュタルが担当している鑑定まであるのだ。

思えばこれだけのものを良く一人で切り盛りしていたものだと改めてエギルに対して敬意が湧くジェネシスだが、今は後回しにしてもう一度現状を確認する。

 

先ほどのジェネシスの言葉通り、人数は十分対応できる人数だ。しかし、店の流れには必ず波が発生するものだ。例えば客が一気に押し寄せればホールが客席案内や注文といった作業に追われ、その次に押し寄せた客の数だけ注文が来るのでキッチンが追われる。そのため、今必要なのは彼の分析通り、客の流れを的確に把握して指示を出せる司令塔のような人材と、いつどのポジションが対応に追われてもヘルプに入れる万能なスタッフが要る。

 

ジェネシスがそう考えていた時だった。

 

「ただ今戻りました〜」

 

「パパ、ママ。ただいまです」

 

「あれ、今日は何かすごく人が多いね〜?」

 

「あの、皆さん。お父さんからのメッセージ読んで無いのですか……?」

 

そこはやって来たのは、レイ・ユイ・ストレア・サクラのMHCP四人。

 

「これは………行けるな」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「鑑定待ちのお客様が3名を超えました。ヘルプをお願いします」

 

「カウンター席のお客様が注文みたいです」

 

ジェネシスの読み通り、レイとユイは広い範囲の視野で状況を把握し、皆に的確な指示を出している。

そして……

 

「はーい、じゃあアタシが鑑定行って来まーす!」

 

「では、注文は私が行って来ますね」

 

ストレアとサクラ。彼女らもまた有用なサポーターとして機能していた。

 

「はい、こちらの鑑定終わりました。代金はこちらでーす」

 

「えっと、このアイテムは……あ、かなりのレアものですよ!!」

 

ストレアには鑑定スキルは無い。しかしその代わりにMHCP本来の分析能力、SAOの全てに関する知識があるため、鑑定スキルが無くとも対応できる。

 

「モンブランとカフェラテの注文入りました」

 

「ごめんなさい、今少し手が離せなくて……」

 

サクラがキッチンに注文を伝えるが、今はそれ以外の注文で立て込んでいるようだ。

 

「あ、では私が作りますね」

 

そしてサクラは慣れた手つきでモンブランを作成していく。

彼女もまた、SAOに関する知識を保有しているので、ある程度の料理スキルがあればそれらを駆使して一定の料理を作ることが出来る。

このように、MHCPの四人はある種最強の店員であった。

 

「ママ、もうすぐレタスとニンジンの在庫が切れそうです!」

 

「分かった、すぐに行くわ!」

 

ユイの指示を受けて準備するアスナ。

 

「ジャンヌ、少し鍋を見ててくれる?」

 

『はい、わかりました』

 

「ありがとう!10秒で戻って来るわ!」

 

『10秒……?』

 

アスナの10秒と言う言葉の真意がわからないジャンヌだったが、その直後。

 

《Start Up》

 

アスナが目にも止まらない速さで店を飛び出す。

そして10秒後…

 

「ただいま!!」

 

『早っ?!』

 

アスナは自身のユニークスキル《神速》を発動して買い物を済ませたのだ。

 

「流石はレイ達だ。的確に指示が出せてんな」

 

「そうですか?えへへ、お役に立てているのなら嬉しいです♪」

 

「うんうん!すごく偉いよレイ!

じゃあ、この調子でどんどん行こう!」

 

ティアが愛娘を褒め称え、皆を鼓舞して作業に勤しんだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「……かなり長い時間、店を開けちまった。それは俺が悪かった」

 

「いや、気にすんなって」

 

エギルの謝罪に対しキリトが軽く流した。

 

「そして……店番の礼には何でも奢るとも言った」

 

「ああ。たしかにそう言ったな」

 

ジェネシスは首を縦に振る。

 

「しかし、それにしたってな……」

 

エギルの目の前には、各々食べたい料理を口にする少女達が実に18名。

 

多いわ!超多いわっ!!

 

堪らずに叫ぶ。

 

「しょうがないじゃ無い。だって私たち……」

 

「頑張って店番したんだもん。ねー?久弥」

 

イシュタルとティアがジェネシスにそう確認を取る。

 

「ああ。こいつらは本当によくやってくれたよ」

 

「売り上げを見たら、俺たちがどれだけ頑張ったかエギルには分かるだろ?」

 

「そ、そりゃそうだけどよぉ……」

 

「ま、今日の分の売り上げは俺たちの腹に収まる覚悟でいてくれよな」

 

悪戯な笑みでエギルに言うジェネシス。

 

「うぅ……あ、あんまりだあぁぁ〜……」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その夜、《店番おつかれ会》と称する宴会じみた賑やかさが起きる食堂から一人抜け、外の空気を吸いに来たジェネシス。

 

「はぁ〜……しっかし、今日は疲れたぜ……」

 

ベンチに座ってゆったりと寛ぐ。

そこへ……

 

「こんばんは。『暗黒の剣士』さん。いえ、もう一人の『黒の剣士』さん、と呼ぶ方がいいのかしら」

 

女性の声が響く。

声が若干ジャンヌに似ているが、彼女はジェネシスのことをそんな名では呼ばない。

一体何者か、声がした方を見る。

 

そこには真っ白な和服を来た嫋やかな女性が立っていた。

頭部はフードのような被り物をしており、口元には優しげな笑みを浮かべている。

 

「……誰だ、あんた?」

 

やや警戒心を出して問いかける。

 

「私は……そうね……」

 

その問いかけに対し、ゆったりとした動作で被り物を取る。

中から現れたのは、月明かりを反射して青白く妖艶に光る素肌と、美しく風に靡く黒い短髪。

そして青い優しげな瞳がジェネシスを見つめる。

 

「私の名前は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────《シキ》、と名乗っておこうかしら」

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。店番回、いかがだったでしょうか?

さて、終盤に登場した《シキ》ですが……もうネタバレしておきましょう。
こちら元ネタは『空の境界』に登場する「両儀式」でございます。人格がいろいろあるためややこしいキャラのようですが……今作でのイメージはFGOでの剣式です。

では、評価・感想などお待ちしております。


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五十二話 「女子会やるわよ!」byイシュタル

今回少し短めになってしまいました。


ジェネシスの前に現れた、『シキ』と名乗る女性。

彼女は微笑を浮かべたままジェネシスをじっと見つめる。

 

「…んじゃあシキ、何か俺に用でもあるのか?」

 

「用……そうね、特に用があるわけでも無かったのだけれど……一つ、訊いてもいいかしら」

 

そこでシキは一呼吸置く。

 

「どうして、貴方達は戦うの?」

 

「戦う理由?んなもん現実に帰るために決まってんだろう」

 

「そうね。貴方達はその為だけに戦っている……でも私には分からないわ。

何故自分の命を賭けてまで現実世界に帰りたがるの?そこまで現実世界にこだわら無くても、この世界で生きていくと言う選択肢だってあるじゃない。

それとも……自分達の命を犠牲にしてでも、現実世界に帰らなきゃいけない理由でもあるの?」 

 

「……まあたしかにおめぇの言う通りだ。命かけてまで戦わなくとも、ここで暮らすのも悪くねえのかもしれねえ………

どっちみちいずれは無くなる命だ。遅いか速いかの問題だわな。

それにこの世界は魅力的ではある……けど、俺たちがいるべき場所は、やっぱりここじゃあねえ。俺にはいねえが、みんな向こうに待たせてる人ってもんがある。そいつらに会うために、俺たちは戦ってんのさ」

 

ジェネシスの答えを聞き、シキは俯いて押し黙った。

数秒間の沈黙ののち、彼女は再び言葉を発する。

 

「……そう……貴方達はリスクを負ってでも、帰らなくてはならないのね。

ならば、この先貴方達には大きな苦難や敵が訪れるわ。それでも、負けないでね?陰ながら応援しているわ」

 

再び穏やかな笑みを浮かべ、背を向けて歩き出した。

 

「なっ、おいちょっと待てよ。てめぇは一体……」

 

ジェネシスがそんな彼女を呼び止めようとした時だった。

 

「久弥ー、そんな所で何してるの〜?」

 

宿からティアが現れ、暫く外に出ていたジェネシスを呼んだ。

 

「ああ、悪い。今ちょっと話を……」

 

その声に引かれティアの方を振り返り、再びシキの方を向く。

が、振り返った時には既にシキは消えていた。

ジェネシスがティアの方を見た一瞬で姿を消したのだ。

 

「何だったんだ、アイツ……」

 

「久弥、どうしたの?」

 

ジェネシスの様子を見てティアが彼の顔を覗き込む。

 

「………いや、何でもねえ。ちょっと外の空気吸いにきたんだ。

もう戻るわ」

 

「そっか、ちょうど良かった!!今からみんなでウノやるんだけど一緒にやらない?」

 

「おっ、ウノか。いいぜ」

 

ティアの誘いに乗り、ジェネシスは宿へと戻っていく。

シキの事は、今は黙っておくことにした。別に大事な事ではない、と判断したためだ。

 

「(しっかし……不思議なヤローだったな、アイツ……)」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その夜、《店番お疲れ会》もお開きとなり、皆は解散した。

それぞれの部屋へと戻っていくその途中。

 

「「女子メンバー集合〜!!」」

 

突然、リズベットとイシュタルがそう号令をかけた。

その声を聞き、少女達は訳も分からないまま集まった。

 

「よく集まってくれたわね。みんなに来てもらった理由は他でもないわ……」

 

「あたし達、ここまで人数が増えたのに忙しかったせいでろくにおしゃべりとかした事ないじゃない?だからここで……」

 

「「女子会をやりましょう!!」」

 

二人は皆を集めた理由についてそう語った。

 

「あー、それいいかも!」

 

「言われてみると、みんなでとことんおしゃべりしたことってないですよね」

 

「私賛成〜!」

 

アスナとシリカ、サチが賛同する。

他のメンバー達も参加の意を示し、その日はそのまま食堂で女子会が開かれることになった。

円形状のテーブル席に集まり、イシュタルが全員分のコップを用意しドリンクを注いで行く。

 

「と言う訳で、みんなグラスは持った?」

 

イシュタルが自身のグラスを持って問いかけると、少女達は各々のグラスを掲げて頷く。

 

「それじゃあ、女子会を始まるわよ!!かんぱーい!!」

 

『『『『かんぱーーーい!!!』』』』

 

イシュタルの掛け声に合わせて女子達は一斉にグラスを打ち付け合う。『カラン』と言う甲高い音が食堂に響き渡った。

 

「それにしても、本当多いわよね女子メンバー」

 

「本当、この世界は女性が少ないはずなのに、よくこんなに集まったわよね〜」

 

イシュタルが集まった女子たちを見回しながら言い、リズベットもそれに同意する。

 

「まあ、ほとんどキリト君やジェネシスによるものだけどね」

 

「まったく、ハーレム体質にも程があるよ……」

 

アスナとティアがため息を吐きながらそう口にした。

 

「でも、これだけ女性プレイヤーが集まったお陰で、同じ女性仲間が増えて助かってますよ」

 

「それは言えてるかな。今まで出会った人の殆どが男の人だったので……」

 

「ま、女友達が増えたのは素直に嬉しいかな」

 

ハヅキの言葉にシリカが自身の過去を振り返って苦笑しながら同意し、シノンも頷いた。

 

「あ、この際だからずっと気になってた事聞いてもいいですか?」

 

するとリーファが手を上げ、アスナとティアに問いかけた。

 

「お二人はお兄ちゃんとジェネシスさんのどこに惹かれたんですか?」

 

「あー、それは結構気になりますね。

 

このー木何の木 気になる木ですね」

 

オルトリアも何故かこの木何の木を口ずさみながら同調した。

 

「……えっちゃんの意味不明な発言は置いといて。

 

まあ、私がキリト君に惹かれたのは……優しくてカッコ良くて、それでいて強くていざと言う時頼り甲斐があるところ、かな?」

 

「私は……現実にいた頃に助けられて、それで彼に近づくようになってから気づいたら好きになってた、って感じかな」

 

アスナとティアはそれぞれの想いびとについてそう語った。

 

「なるほど……あ、ちょっといい事思いついた!」

 

するとリズベットが立ち上がり、

 

「古今東西!名付けて『キリトとジェネシスのかっこいいところ』〜!!」

 

「わーー!!」

 

リズベットの宣言にイシュタルが手を叩いて盛り上げた。

 

「じゃあ今から、時計回りに一人ずつあいつらのかっこいいとかここがいいって言うポイントを上げていって貰いましょう!」

 

「別に被っても大丈夫だからね。じゃあ先ずは雫、あんたから行きなさい」

 

「ええ?!!本当にやるの?!」

 

問答無用でゲームは始められた。

因みに順番はティア→レイ→サクラ→ストレア→シリカ→リーファ→シノン→フィリア→ツクヨ→ハヅキ→ジャンヌ→サチ→オルトリア→イシュタル→リズベット→ユイの順だ。アスナは先程言ったため除外。以下、ティアから順番にそれぞれの発言を並べていく。

 

「まあ……ジェネシスと並んで頼りになるところかな」

 

「真っ黒な服がかっこいいと思います!」

 

「愛妻家なところが見ていて微笑ましいですね」

 

「女の子みたいな見た目もギャップがあって可愛い〜!」

 

「普段の攻略でキリトさんの知識は凄く役に立ちます!」

 

「やっぱり……妹重いな優しいお兄ちゃんってところかな」

 

「私もシリカと同じで、アイツのゲーム知識は結構頼りになるわね」

 

「私は、あの人に助けられたしね。守ると決めたものは最後まで守り通せる強さ、かな」

 

「無駄に勇気があるところは称賛すべきであるかのう」

 

「優しいのは事実ですけど、それをみんなに分け隔てなくやってるのはすごいと思います」

 

『彼って普通の人じゃ出来ないことを平然とやってますよね。システム外スキル、でしたっけ』

 

「結構責任感があるところだね。でも、もし誰かが死んだらしたら……それをずっと引きずってそうで怖いかな」

 

「食べたら美味しそうです」

 

「私は出会ってからまだ少ししか経ってないけど、まあ人当たりがいいのは凄く大事だと思うわ。

久弥がいなかったら、キリト一人のハーレムが出来てたんじゃないかしら」

 

「ちょっとムカつく事もあるけど、それ以上にアイツには助けられてるからね」

 

「AIである私を娘だと言ってくれて、私は本当に幸せです。私のパパは世界一かっこいいんです!!」

 

ここまで17名の発言が終わる。

 

「よーし、次はいよいよ『ジェネシス』の古今東西〜!!」

 

リズベットがそう宣言して、次はアスナからスタートだ。因みにティアは先程言ったので今回は省略。

 

「普段のボス戦では結構みんなの精神的支柱になってるよね。彼がいれば何とかなる、ってみんな思ってる所はあると思う。実際私も頼りにしてるしね」

 

「私のパパは宇宙一強くてかっこいいんです!」

 

「私は姉さんの妹ですからそれに倣ってお父さんと呼んでますけど……みんなのお父さん、って感じがしますよね」

 

「ぶっきらぼうだけど、実はみんなの事ちゃんと考えてて偉いと思う!」

 

「凄くお強いという点は私も同意です。あの時のジェネシスさん、カッコよかったなぁ〜」

 

「面倒見がいいですよね。お父さんと言うよりは、アニキって感じがする」

 

「キリトも同じだけど、ジェネシスは彼以上に守ると決めたものは絶対に守り通す意思、みたいなものがすごいと思うわ」

 

「私はアスナと同意見だな。普段の攻略で彼がいるのといないのとで安心感が全然違うよね」

 

「時折バカな発言はするが、それが返って皆の緊張感を和らげているのかも知れぬな」

 

「あと頭がいいですよね、ジェネシスさんって」

 

『状況を瞬時に把握して、的確な指示を出せる点は凄いですよね。指揮官にも向いてる気がします』

 

「凄く仲間想いなところがあるよね。何よりも大切にしてくれるからそこが凄くいい」

 

「意外と料理上手なんですよね彼。今度お菓子を作って貰いましょう」

 

「あとはキリトに負けず劣らずの愛妻家よね。雫一筋なのは相変わらずだけど」

 

「キリトと違った信頼感があるわよねアイツ。キリトとジェネシスが二人揃ってると負ける気がしないわね」

 

「私はあの人のお陰で今こうしていられますから。本当に感謝しています!」

 

ここで全員の意見が出揃った。

 

「こう見ると……《仲間思い》で《優しい》と言う点が共通してるわねあの二人って」

 

「多分、あたし達はそれに惹かれたんだと思います」

 

リズベットがそう考察すると、シリカは納得したように頷きながら言った。

 

『《真っ黒》と言う所も同じですよね!』

 

「あとは凄く強いと言う所も」

 

ジャンヌとツクヨがさらに共通点を挙げる。

 

「案外共通点多いのね、この二人って」

 

「やっぱ主人公感あるわね〜」

 

シノンとリズベットが立て続けにそう溢した。

 

「あ、この機会だし聞いておきたいことがあるんだけどさ

 

ぶっちゃけてキリトが好きだ、って子はどれくらいいるの?」

 

リズベットが皆に対してそう問いかける。

するとアスナ、ユイ、ストレア、リーファ、フィリアそしてリズベットが手を上げた。

 

「こ、こんなにいるんだ……」

 

アスナがその人数の多さに戸惑いの表情を浮かべた。

 

「じゃあ次、ジェネシスが好きだって子は?」

 

その言葉で手を上げたのはティア、レイ、サクラ、シリカ、サチ、そして……

 

「待って、シノン?」

 

やや小恥ずかしそうに小さく手を挙げているシノン。

 

「まあ……アイツにはこの間ちょっと助けられたから……」   

 

シノンは頬を赤らめながら小さな声で言った。

 

「シノン、その話後で詳しく」

 

ティアはシノンに対してジト目で言った。

 

「そう言えばイシュタル、あんたはジェネシスにそう言う感情とか無いわけ?ずっと幼馴染だったんでしょ?」

 

リズベットが隣に座るイシュタルに対して尋ねた。

 

「あー、まあそうなんだけどね。

でも私がこいつらと関わり出した頃にはもう私が付け入る余地すら無かったっていうか…

 

この二人、現実じゃカップルみたいにいちゃついてたからね。もうさっさと付き合いなさいよって感じだったわよ」

 

「そんな昔から二人の関係は続いてたんだ…」

 

イシュタルの独白にサチが愕然とした。

 

「だからこの世界に来て結婚してるなんて聞いても、正直あまり驚かなかったわ。この二人ならやりかねないしね。

 

………ま、流石に娘がいるって聞いた時はびっくりしたけど」

 

そう言って彼女はレイの方に視線を向けた。

 

「あの、娘がいることってそんなに不思議なことなんですか?」

 

するとレイが首を傾げながらイシュタルに対して問いかけた。

 

「そうよ、普通はかなり驚くものなのよ?あなたも大きくなったらそれが分かるわ」

 

「むむむ……難しい事もあるんですね」

 

この時のレイの疑問が後に一つの波乱を巻き起こすのはまた別の話。

 

その後、数時間女子会は続き、各々話したいことを話し合えてその日は解散となった。




お読みいただきありがとうございます。

女子会はとある方からリクエストをいただいてやったのですが、如何だったでしょうか?

さて、今後はしばらくホロウフラグメントのイベント回をやって行こうと考えてます。
では、評価・感想などよろしくお願いします。


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五十三話 ユイとレイの疑問

こんにちは、ジャズです。
今回は『純粋な子供って怖いよね』と言うお話です。


女子会が行われてから数日後。

皆は攻略を終え、ディナー後の談笑を楽しんでいた。

すると……

 

「ママ、少しいいですか?」

 

「ん?どうしたのレイ」

 

レイが隣に座るティアとジェネシスに問いかけた。

 

「子供ってどうやったら出来るんですか?」

 

「ブッッ?!!」

 

その瞬間、場の空気が一瞬で固まった。

ジェネシスは飲んでいたコーヒーを思わず吹き出してしまった。

 

「あっ、それ私も気になります!ママ、どうやればいいんですか?」

 

するとそれに便乗してユイまでもがアスナに尋ねた。

 

「なっ……ど、どうしてそんな事聞くの?!」

 

「この間、皆さんで女子会をやった時、子供を作るのは非常に複雑な過程があると教わったので」

 

アスナが驚きながら訊き返すと、レイがそう答えた。

 

「パパ、ママ、どうやったら子供が作れるのですか?」

 

レイはティア達に対して興味津々な様子で問いかけた。

 

「えーっと……」

 

返答に困ったジェネシスがとった行動は……

 

「……すまねえ、俺は全く知らねえんだ。こう言うのはママが知ってるからそっちに聞いてくれ」

 

あくまで知らないふりをする事だった。

するとそんな彼の顔面を『ガシッ』とティアの右手が掴み取る。

 

「へぇ〜、そーなんだぁ〜?久弥ったら知らないふりしちゃうんだぁ〜。

 

私にあんな事やこんな事までしておいてそんな事言っちゃうんだぁ〜?

 

ティアはドスの聞いた声と真っ黒な笑みと共にジェネシスの耳元に顔を近づけて囁くように言った。

凄まじい力で握られた彼の顔からミシミシと痛々しい音が響く。

 

「ちょ……あの、ティアさん、落ち…落ち着いてっ……って痛いイィ!!」

 

思わず悲鳴を上げるジェネシス。

すると……

 

「あんな事やこんな事、ってどんな事ですか?」

 

レイがそう尋ね、ティアはハッとした顔でレイを見た。

 

「ママ、あんな事やこんな事って何ですか?」

 

「あ……えっと……」

 

ティアは知らぬ間に墓穴を掘ってしまった事に気づき、顔が真っ赤になった。

 

「き……キリト、お願い!!」

 

そしてキリトに丸投げした。

 

「な、丸投げは卑怯だろ?!

 

……アスナ、頼む!」

 

「ちょっ……何で私なのよ?!」

 

「こ、こう言うのは母親の役目だと思うんだよ。それに男の俺がこんな事教えるのはその……色々アウトだろ?」

 

「な、それはそうかもしれないけど……」

 

既に顔が真っ赤なアスナに対し、ユイとレイは期待に満ちた視線を向ける。義理堅いアスナはこれ以上誰かに丸投げすることもできず、必死に頭を働かせてどうすればオブラートに且つユイとレイが納得のいく答えになるかを考えた。

 

「そ、そうだ!!

 

ユイちゃん、レイちゃん。子供はね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……愛し合う男女の共同作業で出来るんだよ!」

 

「「な、成る程……!」」

 

アスナが示した答えを聞き、ユイとレイは感動したように目を輝かせた。

 

「(おおお……これはオブラート且つ正しく真実を告げたいい答えだ……!)」

 

「(流石アスナ……俺たちに出来ないことを平然とやってのける。そこに痺れる、憧れるッ!!)」

 

「(でもこれ、具体的な行為を示してないからユイとレイ、そこに食いついてくるんじゃ……)」

 

ジェネシスとキリトがアスナの答えに感心する中、ティアは新たな不安を感じた。

 

「では、愛し合う男女の共同作業って、具体的にはどうするんですか?」

 

「ええっ?!」

 

「(やっぱりそこに食いついたかーーっ!!)」

 

ユイがそう聞き返し、ティアがやっぱりと頭を抱えた。

 

「私、どうやったら子供が作られるのか知りたいのです!」

 

「え、ええっと………それは………」

 

返答に困るアスナ。

その時、宿の扉が開かれ、中にミツザネがやって来た。

 

「お、お父さあぁぁぁん!!!」

 

「ちょっとヘルプウゥゥゥ!!!」

 

そんな彼に目掛けてティアとジェネシスがもうダッシュし、両腕を捕まえて確保する。

 

「ちょ、なんだぁ?何だってんだいきなり?!」

 

当然ながら訳がわからず困惑するミツザネ。

 

「ユイ、レイ!お父さんなら知ってるからこの人に聞いて!!」

 

ティアはユイとレイに向かってそう叫ぶ。

 

「わかりました!!それじゃあミツザネさん!!」

 

「子供はどうやったら出来るんですか?」

 

ユイとレイは未だ困惑しているミツザネに対してそう問いかけた。

 

「……あー、成る程。子供ね………そういや俺も昔、雫に聞かれた時は困ったもんだ……」

 

昔を思い出しミツザネは目頭を指で押さえた。

 

「よし、ユイにレイ。子供はな………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………愛し合う二人がベッドで一晩寝ることで出来るのさ」

 

ミツザネはキリッとした顔でそう答えた。

 

「お……お……」

 

「お父さんんんんんん?!!」

 

ティアとジェネシスはギョッとした顔でミツザネを見ながら叫んだ。

 

「な、成る程……でもそれだと、パパとママは毎日一緒のベッドで寝ていますけど……」

 

その答えを聞いたレイは首を傾げながら呟いた。

 

「それなら何故出来ないのでしょうか?」

 

「ぁぁ……えっと……それは、だな……」

 

しどろもどろに口籠るジェネシス。ティアはもう顔がリンゴのように真っ赤に染まっている。

 

「あ、そうか!」

 

すると突然ユイが合点がいった様子で叫んだ。

 

「お姉ちゃん、この世界ではどうやっても子供ができるシステムはないでしょう?

だから、ジェネシスさんとティアさんは予行練習をしているのですよ!」

 

「ああ、成る程!現実に戻ったらいつでも子供が作れるようにここで練習しているのですね!」

 

「………///」

 

「ぁう〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ///」

 

ジェネシスは顔を真っ赤にして頭を抱え、ティアは羞恥心のあまり地面を転げ回っている。

 

「……お前ら、まさかとは思うが」

 

そんな彼らをドン引きな表情で見つめるミツザネ。

 

「違うから!!人数が増えて部屋のスペースが無くなったから共有してるだけだから!!」

 

そんな彼に対して必死に否定するティア。

 

「ですがまだまだ謎です。何故睡眠を共にするだけで子供が出来るのでしょうか?」

 

「確かに……不思議ですね……」

 

ユイとレイはその答えに納得できていない様子だ。

キリトはどうにかして納得の答えが示すことが出来ないか思案する。

 

「……凛、頼む」

 

するとジェネシスはここで、イシュタルを指名する。

が、

 

「ざっけんじゃないわよ!!こう言うのは親であるあんた達が説明しなさいよ!!」

 

と必死に拒否した。

シリカ、サチも同様の理由でレイ達に対する説明を断った。

 

「では、ここは私にお任せください」

 

すると得意げな顔で名乗り出たのはサクラ。

本当に大丈夫なのかジェネシス達は不安だったが、とりあえず任せる事にした。

 

「姉さん、子供はですね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……お父さんの剣をお母さんの鞘に挿れるんです」

 

「ぶっ?!」

 

「なっ………!!」

 

予想の斜め上を行くサクラの説明の仕方にジェネシスとキリトは思わず吹き出した。

 

「パパの剣を……ママの鞘に……???」

 

レイは言葉通りにジェネシスの大剣をティアの刀の鞘に挿れる様を思い浮かべるが、意味がわからずに止めた。

 

「そんな、入るわけないじゃないですか!

パパのが太くて大きすぎます!!」

 

「太くて」

 

「大きい……」

 

レイの反論を聞いたシリカとサチはなぜか恥ずかしそうに頬を赤く染めながらそう呟いた。

 

「やめんかぁ!!」

 

何やら違う世界に行っているシリカとサチの頭を引っ叩いて正気に戻す。

 

「で、でもさ……実際、どうだったのよ雫」

 

イシュタルがティアにそう問いかけるが

 

「………す……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………凄かった/////」

 

「オイイィィィィィィィィーーー?!!!!」

 

ティアの返答にギョッとした顔で叫ぶジェネシス。

 

「あぁ…話がどんどん違う方向に……」

 

論点がズレていく展開にキリトはげんなりとする。

すると……

 

「話は聞かせてもらったぜ!」

 

突如カウンターから声が響く。

見ると、野武士面の男、クラインがやって来ていた。

 

「クライン?!お前、この間のデスソースで殺された筈じゃ……」

 

「残念だったな、トリックだよ。そりゃそうと、お前さん達子供の作り方が知りたいのか?」

 

クラインの問いにユイとレイは首を縦に振る。

 

「そうか、じゃあ俺様が直々に教えてやるぜ……」

(アイキャナビリー)

 

すると突如、どこからか軽快な音楽が流れ始める。

 

「え?何この音楽……」

 

アスナがそれを聞いて戸惑った瞬間。

 

「ユイちゃんにレイちゃんゥ!!子供の作り方の話をしよう」(アロワナノー)

 

クラインはニヤリと笑いながら大声で言った。

 

「何故愛し合う二人がいることで出来るのか……二人の共同作業とは何なのか……!」

 

「(やべえ、元ネタ的にロクなこと言わねえぞコイツ)

それ以上言うな!!」

 

何かを察知したジェネシスがクラインに向かって走り出す。

 

「その答えは……ただ一つ……!」

 

「止めろーーっ!!」

 

キリトもクラインへ駆け出す。

それに構わず、クラインは続ける。

 

「ユイちゃんにレイちゃんゥ!ずばり、子供は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………キスによって出来るのさぁぁぁぁ!!!」(エキサーイエキサーイ)

 

勝ち誇ったような笑顔と共にヴェハハハハハ!と高笑いを上げるクライン。

それを聞いて拍子抜けしたのか、彼目掛けて走っていたジェネシスとキリトは途中で転んだ。

 

「そ、そんな……キスで出来るなんて……!」(ッヘーイ)

 

レイが信じられない、と言わんばかりの表情で愕然とする。

 

「そ、そうだ!キスだよキス!キスで出来るのよ!!」

 

「そうそう!キスよ、キス!」

 

クラインに便乗し、ティアとアスナは必死に肯定する。

 

「……あー、もうそれでいいわ」

 

ジェネシスは否定するのを諦め、彼もまた便乗した。

 

「なるほど、キスだったんですね!!」

 

「たしかに二人の共同作業です!!」

 

ユイとレイは満足のいく答えを得たようだ。

 

「これで、いいのか?」

 

キリトは疑問に思いながら呟いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

〜数日後〜

 

最前線九十層迷宮区の攻略を終えたジェネシスとティアが宿に帰宅した。

 

「レイ、ただいま」

 

「パパ、ママ!お帰りなさいです!今回もご無事で何よりです!!」

 

彼らの帰りを愛娘のレイが出迎えた。

 

「悪いな、いつも留守番させちまって」

 

「いえいえ、ユイとストレアとサクラが居てくれるので大丈夫ですよ!

それで、今日はもう休まれますか?」

 

「そうだね、最前線の攻略だったから。今日はそうする」

 

「分かりました!では、ゆっくり休んでくださいね!」

 

そして二人は部屋へと上がった。

戻るとすぐに二人は防具をストレージに収納し、ラフな部屋着に着替える。ジェネシスは上が黒のTシャツ、下が黒生地に赤いラインの入ったジャージ姿。ティアは水色のキャミソール上に青いパーカーを羽織る。

 

「だぁ〜〜……疲っかれたぁ〜〜」

 

ジェネシスは着替えるなり即刻ベッドにダイブし、仰向けになって横になる。

彼がこうなるのも無理はない。現在は九十層。モンスターのレベルや攻略の難易度も当然高い。今まで以上に苦戦を強いられているのだ。

 

「ねえ、久弥。ちょっと失礼するね……」

 

するとベットで寛ぐ彼の元へティアが歩み寄る。

そして……

 

「えーい♪」

 

彼女も勢いよくダイブし、彼の頭部を自身の胸に抱き寄せた。

 

「む、むぐ……〜〜〜〜!!」

 

「うふふっ、ぎゅーー♪」

 

突然の事で驚き、ジェネシスはジタバタと手足をバタつかせる。しかしティアの抱擁の力が思いの外強く、彼の顔はティアの豊満な双丘に埋められているのだ。キャミソールの薄い布越しに、いつしか感じ取ったふんわりとした優しく温かな感触が顔面を包み込む。視界一杯に覆う彼女の双丘と谷間からは、ほのかに甘い香りがした。

1分以上そうした後、ティアは抱擁を解いた。

 

「あははっ、久弥ってば赤くなっちゃってる〜♪」

 

ティアはジェネシスの反応にご満悦の様子だ。

 

「お、おまっ……いきなり何を……!」

 

ジェネシスは突然のティアの行動を受け顔を真っ赤にして慌て問いかけた。

 

「しばらく、こんな事してなかったから……最近、ちょっと寂しかったんだよ……」

 

ティアは彼の上に跨がり、上から覆いかぶさると彼の顔を両手で包み込むように挟みながら、うっとりとした顔で言った。

 

「今日は、久弥に甘えさせて欲しいな………」

 

小さな声で囁く。赤くなった頬とやや細められた両目が妙に色っぽく、ギリギリまで近づけられた彼女の口から熱い吐息が漏れ出す。

ティアの誘惑は想像以上に破壊力が高く、ジェネシスはもう完全に固まってしまっている。そんな彼の様子を見て更にティアは身体を密着させていく。

 

「いいよね………久弥………っ……ん……」

 

そしてティアはゆっくりと自身と彼の唇同士を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁーーーーっ!!もしかしてこれから、子供を作るんですか?!!」

 

「にゃああぁぁぁーーーっ?!!!」

 

「ぶrrrrrぁーーーーっ?!!」

 

部屋に響いたレイの声に、驚きのあまりティアは思わずジェネシスをぶっ飛ばし、理不尽にも彼はベッドから叩き出されそのまま壁に激突する。

 

「な………な………レイ?!何でここに?!!」

 

「お疲れのようだったので、温かいお茶をお持ちしました。よく眠れるかと思って」

 

「サンキュー、レイ。気が効くいい娘だな!でもせめてノックはしような!!」

 

「ごめんなさい、パパとママの部屋なので大丈夫だと思ったので。

それより、お二人はこれから子供を作るところだったんですか?」

 

レイがは目を輝かせてそう問いかけた。

 

「こ、子供を作るって、どうしてそんな……」

 

「だって、パパとママ、これからキスしそうな感じでした!

キスで子供が出来るって、この前教わったので!!」

 

「あぁ〜………そうか、たしかにそう教えたな……」

 

ジェネシスはそれを聞いて思わず頭を抱えた。

 

「あ、でもSAOでは子供は作らないんでしたっけ……」

 

「そ、そうだレイ。だから別に子供を作ろうだとかそう言うのじゃなくてだな……」

 

ここでジェネシスは考えた。このままレイに『キスで子供が出来る』と信じ込ませたままにするのは不味いのでは無いかと。

もし仮に、自分たちとキリト達以外のカップルが街中でキスしようとしているのを、レイが見かけないとも限らない。

そうなったら大変な事になる。その事をティアに伝えると、彼女もそれに同意した。

 

「れ、レイ。あのね、キスで子供が出来るって話………」

 

「はい、何ですか?」

 

「………あれ、嘘なの」

 

瞬間、レイの表情がピタリと固まる。そして、

 

「えええぇぇぇぇーーーっ?!!そうなんですか?!どうしてそんな事を………」

 

「それは………はっきり言うと、とても恥ずかしい事だからだよ!!」

 

ティアはもう意を決してはっきりとそう告げた。

 

「子供を作るのが恥ずかしいこと…?でも、生物学的に子供を作るのは、種を残す上でとても大事なことだと思いますが……」

 

「ま、まあ確かにそうだけどな?けどそれとこれとは別の話なんだよ」

 

「むむむ……人間って難しいのですね」

 

「うんうん。それに、子供の作り方はレイに教えるにはまだ早いの。社会的とか責任能力的な問題もあるしね」

 

「な、なるほど…!確かにそれなら理解できます!」

 

レイは合点がいったのか首を縦に振りながら言った。

 

「では、子供の作り方は聞かないでおきますね。

私はまだまだ、パパとママの子供でいたいですから!」

 

「うんうん。それがいいよ!」

 

レイに何とか誤魔化す事に成功した二人はほっと胸を撫で下ろした。

レイが部屋から出た後、二人はナニもせずに静かに眠りについた。

 




お読みいただきありがとうございます。

皆さんは子供の時、親に『子供はどうやったら出来るのか?』と聞いたことはありますか?また、その時親に何と答えられましたか?
自分は『いずれわかる』と言われ、、今回のお話と同じく『まだそれを知るには早い』と告げられました。
今思うと、親もなんて答えたらいいのか非常に困っただろうなと苦笑してしまいます。

では、今回もありがとうございました。評価、感想などお待ちしております。


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五十四話 シリカとピナの強化アイテム・ジェネシス体調を崩す

コロナも雨もヤベーイ今日この頃。皆さんどうお過ごしでしょうか?

さて、今回はシリカのHMと風邪イベントの二本立てでお送りします。


01〜『シリカとピナの強化アイテム』〜

「あっ、ジェネシスさん!今お時間いいですか?」

 

ある日、アークソフィアの街を歩いていたジェネシスの元にシリカが駆け寄ってきた。

 

「おう、シリカじゃねえか。どうかしたのか?」

 

「えっと、実はですね。あたしのピナをパワーアップさせられるアイテムが見つかったんです!」

 

と、シリカは興奮気味に言った。

 

「マジでか?!どこでゲット出来るんだ?」

 

「えっと、七十八層の花形モンスターがドロップするらしいです!」

 

「あー、あそこか……うし、んじゃ早速いくか」

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

「にしても、よかったなぁピナ。テメェもようやくパワーアップだとよ?」

 

ジェネシスは彼女の肩に座り込んでいる子竜のピナは頭を撫でる。

ピナは彼に撫でられると『きゅるるっ!』と鳴き声を上げ、嬉しそうに飛び跳ねた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

薄暗い煉瓦造りの道を二人は進んでいく。

 

「あの、今回倒すモンスターってどんな感じなんですか?」

 

「ん?ああ、植物型なんだが……なんつうの?四十八層のやつより数倍は気持ち悪い」

 

「……え゛」

 

その瞬間シリカは引きつった顔で立ち止まった。

 

「まあそうビビるな。そんな大した強さじゃねえから安心しろ。

ほら、来たぞ」

 

ジェネシスが顎をぐいっと動かした直後、目の前に青白い光が3つ現れ、その中から三体のモンスターが現れた。

緑色の草木状の胴体に巨大な花が付いており、そこには不気味な巨大な口があった。

 

「いやぁぁぁぁ!!!気持ち悪いですうぅぅぅーー!!」

 

シリカはそれを見るや否や即座に逃げ出した。

 

「おいおい、んなこと言ってたらアイテム取れねーぞ?」

 

一目散に走るシリカに対して呆れた顔でジェネシスは言った。しかし目の前のモンスターははっきり言って最悪に醜いもので、シリカのような無垢な少女が見るにはあまりにも悍しい見た目をしていた。

ジェネシスもそれを分かっているので、ここは自分が行こうと大剣に手をかけた。

しかしモンスター達はジェネシスを無視して一目散にシリカに向かって走って行く。

 

「やだあぁぁぁこっち来ないでえぇぇーー!!」

 

「っておーい、シリカ!気持ちは分かるが戦え!タゲが全部そっちに行ってっから俺が戦い辛ぇ!!」

 

「や、やだもうっ!こっち来ないでって……言ってるでしょ!!」

 

シリカは尚も付き纏うモンスターに嫌気がさし、短剣を引き抜いて勢いよく斬りつけた。

 

「よしよし、その調子で頼むぜ!」

 

ジェネシスは満足そうに頷き、大剣を引き抜いてモンスターの群れに向かって走り出す。

 

「せああああっ!!」

 

空中に飛び上がったシリカは回転切りの要領でソードスキル《ファッドエッジ》を繰り出す。

同時にジェネシスが大剣範囲技《サイクロン》で周囲のモンスターを纏めて斬り、消滅させた。

しかし残念ながら目当てのアイテムはドロップしなかったようだ。

 

「これはアレだな………しばらくここで周回ルートだな」

 

「しょんなあああぁぁ…………」

 

シリカはジェネシスの言葉を聞きガックリと肩を落とした。

 

それから五分が経過した。当初は逃げ腰気味だったシリカも、だんだんと耐性が付いてきたのか逆に攻勢になり始めた。

 

「少しは慣れたか?」

 

「まあ、ここまで戦うと流石に見慣れて来ますからね」

 

とは言えやはり抵抗はあるのか、シリカは苦笑しながら答えた。そうしているうちに、目の前に再び三体のモンスターがポップした。

シリカはそのモンスター達に向かって駆け出して行くと、短剣最上級スキル《エターナルサイクロン》を発動し、エメラルドグリーンの疾風を伴う斬撃を放ちながら瞬く間に斬り伏せた。シリカはもうジェネシスの手助け無しでもここまで戦えるまでに成長していたのだ。

するとモンスターが倒れた場所に一つの赤い鉱石が落ちていた。

 

「おっ、シリカ。アレが《進化の鉱石》ってやつだな」

 

「あっ、あれがそうなんですか!やったぁ〜、やっと出てきた……」

 

シリカはそれを確認して安堵のため息を溢すと、早速その鉱石のところまで足を進める。

が、その時ジェネシスは察知した。シリカの足元に何かが《潜伏》しているのに。

ジェネシスは走りだし、シリカを突き飛ばした。

 

「えっ、ジェネシスさん何を………」

 

次の瞬間、ジェネシスの足元から先程の植物型モンスターが出現し、彼の体を触手のような蔦で絡めとった。

 

「じ、ジェネシスさぁぁぁぁん!!」

 

「大丈夫だって、こんなもん平気だ。見てろ、こんなもんすぐに引きちぎって……」

 

ジェネシスは自身に巻き付く蔦を引きちぎろうと腕に力を込めるが……

 

「あ、あのっジェネシスさん!その……服が……服がぁ!!」

 

「は?服………って、なんじゃこりゃあぁぁぁ?!」

 

見ると、ジェネシスに巻き付く蔦から粘性の液体が噴出し、それによって彼の防具が溶け始めていたのだ。

 

「ウソでしょおぉぉぉぉーーーー?!!」

 

「ジェネシスさん!待っててください、今行きますから……って、ちょっとピナぁ?!」

 

『きゅるるっ!きゅるるるっ!』

 

シリカが短剣を引き抜いて救援に向かおうとした時、ピナが彼女の顔にへばり付いたのだ。

 

「ピナ!グッジョブだがそれは後にしてくれ!とりあえず先に助けてえぇぇーー!!!」

 

「そうだよピナ!先にジェネシスさんを助けないと……あぁでもこのままじゃジェネシスさんの裸が……!」

 

「いや、今ならまだ行けるから!まだギリギリセーフだから!」

 

「そ、そうは言ってもっ!ピナが顔にへばり付いてて……」

 

シリカは必死にピナを引き剥がそうとするが、中々引き剥がせない。

そうこうしているうちに……

 

「ギャアァァァァァ!!!溶けたらいけないとこまで溶け始めたアァァァァ!!!」

 

「なっ、溶けたらいけない場所ってどこですかあぁぁぁ?!!」

 

「言わせんなバカぁぁぁぁ!!!それよか誰か助けてくれえぇぇーー!!!」

 

身動きが取れず服を溶かされ続けるジェネシスの悲鳴が木霊したその瞬間。

 

銀色の疾風がジェネシスを捉えていたモンスターの首を撥ねた。

 

「はぁ……ダメだよ久弥。外でそんな姿を見せちゃ」

 

ティアは呆れた表情で地面に落ちたジェネシスを見下ろした。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ごめんなさいジェネシスさん、あたしのせいで……」

 

帰り道、シリカは終始申し訳なさそうに歩く。

 

「気にすんなって、俺も完全に油断してたからな」

 

ジェネシスはシリカの謝罪を笑って流した。因みに装備は既に元通りになっている。

 

「つーか、野郎の服が溶ける展開とかどんな需要があるんだよ」

 

「大丈夫、需要なら私にあるから」

 

げんなりするジェネシスの隣で歩くティアがそう言った。

 

その夜、シリカはピナに早速今日手に入れたアイテムを与えた。

 

「ピナ、これがパワーアップアイテムだよ」

 

『きゅるっ!』

 

ピナは嬉しそうな鳴き声を上げると、それを頬張った。

 

その次の瞬間、シリカの元に一通のシステムメッセージが現れた。

そこに書かれていたのは────

 

 

《ADVENT》という文字だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

《指定条件達成 

上位EXスキルNo.09『テイマーズワルツ』解放》

 

 

☆ーーーーーーーーーーーー☆

 

 

 

 

02〜『ジェネシス体調を崩す』〜

 

その日、攻略を終えて宿に戻ったジェネシス。

しかし、今日はいつもと何かが違った。

 

「…………フゥ」

 

何故か分からないが、身体が妙にだるいのだ。

 

「あ、お帰り久弥。今日もお疲れ様!」

 

「おう、ただいま………」

 

彼の帰りをティアが出迎えたその時、微かに目眩が襲った。

 

「……ん?久弥、大丈夫?なんだか顔色が悪いけど……」

 

「そうか?まあ確かに……なんかだるくてな……風邪でもひいたか?」

 

「SAOの中なのに?モンスターからバッドステータスを受けたりした?」

 

「いや、そんな敵とは戦ってねえけどな………ていうか、圏内に入れば解除される筈だし……」

 

しかしそんな話をしている間に、ジェネシスはどんどん気分が悪くなるのを感じる。

 

「やっっべ………」

 

ジェネシスは思わず目頭を押さえる。

 

「ねえ、ひょっとして…疲れてるんじゃない?」

 

「と、言うと?」

 

「現実ではずっと寝たきりって言っても、脳は働きづめな訳だし。それに、現実の身体がなにかの病気になったのかもしれないし………

うん、決めた」

 

そしてティアは一呼吸置くと、

 

「久弥はしばらく攻略禁止。部屋でゆっくりお休みしなさい」

 

きっぱりとそう告げた。

そう言うわけにもいかない、ジェネシスは言いたかったが、自身の体調を鑑みるに休まなずにはいられない様であるし、何よりティアの表情が有無を合わせないものだった。

 

「……分かった、今日はもう休むわ」

 

「よろしい!」

 

ジェネシスの答えにティアは満足げに頷く。

その後、後で見舞いに行くことをティアは伝え、ジェネシスは自室へと戻る。

 

「うっぷ、気分悪い……」

 

普段登り慣れている階段を上るだけで既に限界が来ており、ジェネシスはいかに自身が重傷かを悟った。

部屋に入るなり部屋着に着替え、即座にベッドインする。

 

「(あ………やべ……………ベッドに入ったら……急に眠気が……………)zzz」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『きゅる………』

 

自身の頬を突かれる感覚に、ジェネシスは深淵の眠りから引き起こされる。

 

「(………なんだぁ………?何かが頬を突っついてやがる………)」

 

『きゅるきゅる……』

 

聞き覚えのある鳴き声。自身もよく知る生き物の声だ。

 

「ん……ピナ、か?」

 

瞳を開けると、自身の顔を心配そうに覗き込むピナがいた。

ピナがここにいると言うことは、必然的に彼女もいる。

 

「ジェネシスさん!」

 

彼が目覚めた事に気付いたシリカが慌てて駆け寄る。

 

「おう、シリカ………どうした?」

 

「どうした?はこっちのセリフです!びっくりしましたよ!!

もしものことがあったらと思うと、どうしようかと思いました……」

 

シリカの言葉で自分はベッドに入った瞬間すぐに寝落ちしてしまった事を思い出す。

 

「あ、起きちゃダメです!喉乾きましたか?今お水を出しますから!」

 

「おう、サンキュ」

 

シリカに冷水の入ったコップを手渡されたジェネシスは早速それで喉を潤す。

 

「悪い、助かったわ」

 

「いえいえ!

ティアさんから聞きました。ジェネシスさん、なんか疲れてるみたいだって。みんな心配してました。ピナもここで、ずっと看病してたんですよ?」

 

「そうか……迷惑かけちまったな」

 

「そんな、迷惑だなんて!

ジェネシスさんはみんなの希望ですから。それに……あたしのヒーローですし!

だから、こんな病気に負けちゃダメですよ?」

 

『きゅるきゅる!』

 

ピナも「頑張れ」と言わんばかりに首を縦に振った。

 

「ああ、分かった。ちゃんと治すから」

 

「はい!ちゃんと休んで、元気になって下さい!!」

 

シリカはそう言って部屋を後にした。

それを見送ったジェネシスは再び眠りにつこうと目を閉じる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジェネシス?!」

 

「うおっ?!」

 

が、突如部屋に自身の名を呼ぶ声が響いたので飛び起きた。

入ってきたのはストレア。

 

「…………」

 

「な、なんだよ入ってくるなりじーっとこっち見て」

 

ストレアは険しい表情でジェネシスを見つめる。

 

「…ねぇ、病気になったって本当?」

 

「いや、病気っつうかただ体調崩したっつうか……」

 

「えへへ、ならアタシがジェネシスを元気にしてあげるね。

えい♪」

 

そしてジェネシスに向かって勢いよく両手を伸ばすストレアだったが、そんな彼女を背後から羽交い締めにして引き離す人物がいた。

 

「ダメですよ姉さん!今お父さんは身体を壊してるんですから!」

 

ストレアの妹分であるサクラだった。

 

「えー?だってアタシの胸でジェネシスが元気になるならいいかなって」

 

「何言ってるんですか!お父さんが元気になる胸はお母さんのだけです!」

 

「お前も何を言ってるんだ」

 

思わずサクラにそう突っ込みを入れるジェネシス。

 

「はーなーしーてー!サクラァーー!!」

 

「うるさくしてすみませんお父さん。早く治ってくださいね!」

 

そしてずるずるとストレアを引きずりながら部屋を後にするサクラ。

 

「……何しに来たんだあいつら」

 

困惑した顔で呟くジェネシス。

やれやれとため息を吐きつつ、今度こそ彼は眠りについた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「おーい、久弥生きてるー?」

 

「返事がありません。ただの屍のようです」

 

「生きてるわバカ。勝手に殺すんじゃねえ」

 

しばらくして、再び聞こえた声にジェネシスの意識は引き戻され、目を開ける。

部屋にはイシュタルとオルトリアがおり、イシュタルが自身の寝るベッドに腰掛けてこちらを見下ろしており、オルトリアはベッドの向かいにあるソファに寝そべってこちらを見ていた。

 

「なんだ生きてましたか。よかったです安心しました」

 

「全然そうは見えねえけどな」

 

「まあまあ、澄香もなんだかんだで心配してたのよ?雫から知らせを受けるなり、大急ぎでキッチンに入って何かを作ってこの部屋に来たんだから」

 

「勘違いしないでください。ただちょっと風に効くと言うお菓子の味見をして欲しかっただけですから」

 

そう言ってオルトリアは懐から冷たいお菓子の入ったタッパを手渡す。

 

「この世界じゃ栄養はあまり関係無いかもですけど、こう言う時はゼリーとかが良いそうです。

と言うわけで《みかんの寒天》です」

 

「へえ、こりゃ良いな。んじゃ早速……」

 

「あー待った待った」

 

受け取ったタッパの蓋を開けて早速開けようとした手をイシュタルが制した。

 

「もうすぐ雫が夕飯を作って持ってくるわ。それまでそれは冷蔵庫にでも冷やして置いときなさい」

 

「そっか、ならそうするわ」

 

「あ、起きないで良いわよ。私が直してあげるから」

 

「サンキュ、凛」

 

ジェネシスはタッパをイシュタルに手渡す。

 

「にしても、なんだか懐かしいわね」

 

「ん?何がだよ」

 

「昔、私が風邪ひいたとき、あんたよくこうして看病してくれてたわよね」

 

懐かしむようにイシュタルは言った。

 

「あー、そんな事あったな。そんときにてめぇ俺が帰ろうとしたら『まだ帰らないでぇ』って泣き喚いたっけ」

 

「しょうがないじゃない、あんたがいないと誰も付き添ってくれる人がいなかったんだもの」

 

「たく、わがままな困ったちゃんだったな、あの頃の凛は」

 

「うっさいわね!……まあでも、なんだか複雑な気分ね。今はこうして逆の立場になってる訳だし」

 

「……ああ、そうだな」

 

するとイシュタルは徐に立ち上がる。

 

「じゃ、大丈夫そうだから私たちは行くわ。もう少ししたら雫が来るみたいだから、それまで大人しく寝てなさいよ」

 

「おう、悪いな」

 

「いえいえ、それじゃあね」

 

「お大事にです」

 

イシュタルとオルトリアはそう言って部屋を後にした。

 

「はあ……しっかし、まさかあいつに看病される日が来るなんてなぁ」

 

一人そう呟いたジェネシスはゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

香ばしい匂いに釣られ、ジェネシスはゆっくりと目を開く。

 

「あっ、ママ!パパが起きました!!」

 

「レイ、本当?」

 

目の前には愛娘であるレイと、部屋の奥からティアの声が響く。

足音と共にティアが鍋を抱えてやって来た。

 

「おはよう、久弥。よく眠れた?」

 

「ああ、おかげさんでな」

 

「パパ、大丈夫ですか?顔色がまだ悪いみたいです。

このところ、ずっと休まず攻略してましたから……」

 

レイは心配そうな表情で言った。

 

「そうだよ。久弥は頑張りすぎなのよ」

 

「そうなの、か?」

 

「そうだよ。久弥の事は私が一番よく知ってるんだから。

ほら、起きちゃダメ。おかゆ食べさせてあげるから」

 

「いや、自分で食えるから……」

 

「ダ〜メ。今は少しでも安静にしてないといけないから。

ほら、あーんして?」

 

ティアは鍋の蓋を開け、蓮華で一口分掬うとジェネシスの口元まで持っていった。

最初は恥ずかしさもあって戸惑うジェネシスだったが、食べないわけにも行かないので大人しくそれを食べた。

 

「ふふっ、どう?美味しい?」

 

「……ああ、美味い」

 

その後もティアの介抱によっておかゆを完食したジェネシス。

 

「ふう……」

 

ジェネシスはまだ身体の調子が戻っていないようで、食事を終えた直後にまた寝息を立て始めた。

 

「パパ……」

 

そんな彼を不安げな顔で見るレイ。

 

「大丈夫だよ、レイ。パパは世界で一番強いんだから。こんな病気なんて、すぐに治っちゃうよ」

 

そんなレイを安心させるように優しい口調で諭した。

 

「……そうですね!パパならきっと、すぐに元気になりますよね!」

 

レイは母の言葉を受けて笑顔で頷いた。

 

「そう、きっと大丈夫。だから……早く元気になってね、久弥」

 

ティアは愛おしそうな目でジェネシスの頬を撫でた。

レイも父親であるジェネシスの手を握りしめた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その後は交代でジェネシスの看病をする事になった。

まずはサチとシノン。サチはジェネシスの眠るベッドの隣にある椅子に座り、シノンはソファで読書をしている。

 

サチは心配そうな表情でジェネシスを見守っていた。

 

「そんなに心配しなくても、コイツなら大丈夫よ」

 

シノンはサチに向かって淡々と告げた。

 

「だって……すごく心配だから」

 

「コイツは多分、そんな軟弱者じゃ無いわよ。明日になればいつも通りバカなこと言いながら起き上がってくるわ」

 

「あはは……シノンは落ち着いてるね」

 

「……ま、私たちが慌てても仕方ないしね。今はジェネシスの体調が回復する事を信じましょう」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

続いてやって来たのはリズベットとリーファ。

 

「キリトもそうだけど、こいつも中々の女誑しね」

 

リズベットはジェネシスを見下ろしながら呆れた表情でそう呟いた。

 

「なんか、意外ですよね。ジェネシスさんがまさか体調を崩すなんて。一番風邪ひかなさそうなのに」

 

リーファはソファからジェネシスを見つめながら言った。

 

「ま、こいつも人間だしね。風邪くらい引くわよ。

意外なのはまあ、同感だけど」

 

「……ちゃんと、治りますよね?ジェネシスさん、きっと大丈夫ですよね」

 

「大丈夫大丈夫、コイツは殺しても死なないわよ。

あんたはそんなに不安にならなくてもいいわよ。

 

だから……さっさと起きなさいよね。あんたがそんなんじゃ、みんな調子狂うんだから」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『主よ……どうか彼に御加護を』

 

ジェネシスの枕元に跪き、十字架を両手で握って祈りを捧げている。

 

「すごい、本物の聖職者みたい……」

 

「みたい、じゃなくて本物だよ。多分」

 

そんな彼女を後ろから見つめるハヅキとサツキ。

 

「でも、ほんとびっくりしたよね。ジェネシスさんが風邪だなんて」

 

「まあ、僕からみても人一倍攻略に勤しんでたからね。そりゃ体調も崩すよ」

 

ハヅキの呟きにサツキは苦笑しつつ答えた。

 

『ジェネシスさん、どうか早く治ってくださいね』

 

ジャンヌはジェネシスの手を両手で優しく包み込むように握りながら囁いた。その仕草はまさに聖女と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「で、今度はわっちらの番、と言うわけか」

 

続いての出番はツクヨとフィリア。

 

「……ま、コイツは放っておいても勝手に治るじゃろう。

フィリア、主はこの間にでも休んでおきなんし」

 

「え?でも、ジェネシスの看病を……」

 

「要らぬ。ただ眠っているだけの人間を見るだけなど時間の無駄にも程がある。それより主こそコイツの二の舞にならないよう休んだ方がいい。この男はわっちがみておく」

 

「それじゃツクヨさんも休めないじゃ無い」

 

「案ずるな。わっちはそんなやわな女では無い。主は日頃の鍛錬の疲れもあろう。いいから休め」

 

「わ、分かった。それじゃ、お言葉に甘えるね」

 

そしてフィリアは自室へと戻って行った。

 

「ふむ…………さて、この時間どうしたものかのう。

アイテム整理でもしておくか」

 

ツクヨは暇つぶしに自身のアイテム整理を行った。その間、ジェネシスはぐっすりと眠っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

最後にキリトとアスナ組。

 

「ぐっすり寝てるね、ジェネシス」

 

「ああ。よっぽど疲れていたんだな……」

 

ソファに並んで座りながら、キリトとアスナはジェネシスを見ながら言った。

 

「彼、普段から本当に頑張ってるからね。誰よりも前でモンスターと戦って、周りのみんなに指示を出して、常に周りに気を配ってて」

 

「それだけじゃ無い。シリカやサチ、リーファみたいなレベルが足りてないやつの指導とか育成、リズの店に必要な素材集めまでジェネシスがやってるんだもんな。

正直、今の俺たちをここまで支えて来たのは紛れもないジェネシスだよ」

 

「正直、ジェネシスがいるだけでかなり心強かったからね。知らず知らずのうちに私、甘えてたのかもしれないな」

 

「それは俺も同じだよ。俺一人じゃここまでみんなと来れなかった。ジェネシスがいなかったら、もっと攻略は大変だったと思う」

 

二人はジェネシスの働きぶりに感謝しつつ、それに甘えていた自分たちを振り返り反省した。

 

「普段はぶっきらぼうで少しバカな発言とかしたりするけど、仲間の事を誰よりも考えてるのってやっぱり彼だよね」

 

「ああ。でも今後は、ジェネシス一人に背負わせないようにしないとな。あいつ一人の負担をもっと減らせるように、俺たちも頑張っていこう」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ティア、次頼むぜ」

 

交代の時間になり、次はティアの番となった。

キリトとアスナは下に降り、食堂で待つティアに伝える。

 

「分かった。ありがとうね、二人とも」

 

ティアはキリト達に礼を述べると即座に二階に上がり、ジェネシスの部屋へと向かう。

 

が、ここで異変が起きた。

 

「………ん?」

 

何故か彼の部屋に鍵がかかっていて入らないのだ。

ジェネシスの部屋は共有スペースのため普通であれば鍵など掛からない筈なのだが……

 

「久弥……まさか、何かあった?!」

 

ただならぬ異変を感じたティアは思い切りドアを叩く。

 

「久弥!久弥?!いるなら返事をして!!」

 

ドンドンとドアを叩く。しかし、反応は無い。

それが帰ってティアを焦らせた。

 

 

 

一方こちらはジェネシスの部屋。

ふと、何かが自身のベッドに座り込む感覚にジェネシスはゆっくりと目を開けた。

 

まず視界に飛び込んで来たのは、真っ白な着物。

自身のベッドに腰掛けるその女性は、いつしか見た貴婦人。

 

「こんばんは。気分はどうかしら」

 

青い瞳を向け、優しげな笑顔と共に声で話しかける。

 

「お前…………シキ、か?」

 

「ええ、噂を聞いて少し心配になって来てしまったわ。身体を壊してる時に、こんな無粋な真似をしてごめんなさいね」

 

シキはそう言って掌をゆっくりとジェネシスの額に当てる。

 

「……ナーブギアとの接続が少し悪いみたいね。恐らくこちら側の問題でしょう。

基幹プログラムを再構築すれば………」

 

するとジェネシスの額に押し当てられたシキの掌から青い光が一瞬光り、そしてそれが収まるとシキは手を戻してゆっくりと立ち上がった。

 

「これで大丈夫。あとはゆっくりと休めばすぐに治るわ」

 

「待て、お前………どうやって」

 

ジェネシスは寝起きではっきりしない意識の中、シキに問いかける。

 

「さて、そろそろ行かないと。貴方の奥さんが部屋の外で慌てているわ。

あとこれはお願いなのだけれど…私の存在は内緒にしておいて欲しいの。まだ私の存在は不安定なもので、こうして貴方と面と向かってお話できている事自体が奇跡のようなものなの。だから、適当に話を合わせておいてね」

 

シキは人差し指を口元に立ててそう言うと、青白い光に包まれて姿を消した。

 

同時に、ジェネシスは再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

朝日が部屋に差し込み、ジェネシスはその光で目を覚ます。

ゆっくりと身体を起こし、固くなった身体を思い切り伸ばす。

 

ふと、ここで彼は気付いた。

 

昨日まで体を襲っていた倦怠感がスッキリと無くなっていることに。それどころか今までで一番身体の調子がいいように感じられた。

 

「ふう、スッとしたぜ……」

 

爽やかな笑顔と共にそう呟く。

ふと、自身の腰のあたりに重みを感じる。

見ると、ティアがベッドに突っ伏して眠っていたのだ。一晩中看病しているうちに眠ってしまったのだろう。

 

「ありがとな、雫」

 

ジェネシスはゆっくりとティアの頭を撫でると、起こさないように立ち上がり、去り際にティアに毛布をかけ、自身は普段の赤黒い装備に着替えて部屋を出た。

階段を降りて食堂に向かうと、エギルがカウンターでコーヒーを沸かしていた。

 

「よお、エギル」

 

「ん?ジェネシスか。身体の方はもう大丈夫なのか?」

 

エギルも昨日のジェネシスの事を聞いていたのだろう、彼にその事を問いかけた。

 

「ああ、あいつらのおかげでこの通りだ。むしろ今までで一番調子がいいかもしんねえ」

 

「おうおう、そりゃ良かったなジェネ公よ」

 

すると隣にクラインが座り、彼の肩を叩きながら言った。

 

「しかし、治ったのはいいが結局原因は分からなかったのか。

これじゃいつまた再発するかわかんねえぞ」

 

後ろからミツザネが腕を組みながら言うが、

 

「ああ、多分その心配には及ばねえと思う」

 

「ん?何でだ?」

 

何故か確信を持って言うジェネシスにエギルは疑問符を浮かべる。

 

「まあ……そうだな」

 

本当は昨日の晩、あの儚い貴婦人による助言なのだが、彼女の口約束を守るために敢えて黙っておくことにした。

それに、ジェネシスにとってはこちらの方が真実のように感じられたから。

 

「また体調崩しても、あいつらがいてくれるしな」

 

「ははっ、そうかいそうかい。全くおめぇは幸せもんだよ」

 

彼の言葉に、クラインが悪戯な笑みでそう答えた。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

風邪ひいた時って、なんか嫌な夢とか怖い夢見たりしません?そのせいで余計にしんどさが増すんですよね……

では、次回もよろしくお願いします。評価、感想などお待ちしております。


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五十五話 グレイト!な男・死を視る者

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回も短編の二本立てでお届けします。

〜茶番〜
キリト「ヒッ、ヒック……ヒッ、ヒュッ」
ジェネシス「しゃっくりって100回出すと死んじゃうらしいよ」
  キリト「………もう99回目……」
ジェネシス「ああ、終わった」
  キリト「自爆するしかねえぇぇぇ!!!」


01『グレイト!な男』

 

「なんか悪いわね、付き合わせちゃって」

 

「気にすんな、いつものことだろ」

 

その日、ジェネシスは八十六層に来ており、そこの岩盤エリアの道無き道を1組の男女が進む。

共に進んでいるのはリズベット。今日はリズの店で使用する武具の素材集めに来ているのだ。

 

「で、今回は何が必要なんだ?」

 

「えっと、この岩盤エリアの先で取れる《メタルクラスタインゴット》って言うレアアイテムなんだけどね。

ただ、そこは厄介なモンスターが頻繁に出没する場所で……」

 

「なーるほどな。ま、サクッと取って帰るとしようぜ」

 

「そうね、アンタも病み上がりなわけだし」

 

リズベットの言う通り、ジェネシスは体調が回復してからまだ1日しか経っていない。しかし他のメンバーは攻略に行ってしまっており、同行できるのが彼しかいなかったため、ジェネシスの肩慣らしも兼ねて今彼がこうして出向いていると言うわけだ。

 

「さて、そろそろ着くか?」

 

「ええ。見えて来たわ、あそこの丘が目当ての場所より」

 

リズベットが指差した先には、銀色の光を反射して輝く金属の丘があった。

二人はそこへ歩き、足場の悪い道を注意深く登っていく。

その頂上付近に着くと、眩いメッキシルバーの鉱石がそこら中に転がっていた。

 

「これよこれ!メタルクラスタインゴット!!」

 

「よし、んじゃ俺はこの辺で見張りやっとくから。リズは気の済むまで取っとけ」

 

「はーい、それじゃよろしくね」

 

リズベットは用意してきた道具を持ち出し、採集を始めた。

 

その後暫くは何事もなく順調に採集は進んだのだが、ここでモンスターが周囲に出現し始めた。

全長約5メートルはある人型のモンスターで、巨大な金属質の体躯を持ち、色は漆黒。胴体には紫色のラインが走り、頭部には禍々しい赤の光を放つモノアイがジェネシスとリズベットをギロリと見下ろしていた。

モンスターの名は、《ギーガー》。

 

「いやデカすぎんだろ……」

 

ジェネシスは出現したモンスターの巨大さに唖然とした。

 

「おいリズ、そっちはどんな感じだ?!」

 

「ごめん、もう少しで終わるから!その間時間稼ぎお願い!!」

 

「……手早く済ませてくれよな!」

 

ジェネシスはリズの返答を受け、背中の大剣を引き抜いて構える。

ギーガーから巨大な拳が振り下ろされ、ジェネシスはそれを大剣で受け止める。その衝突で地響きと強烈な衝撃波が発生し、リズはその場でなんとか踏みとどまる。

一方のジェネシスはギーガーの攻撃を何とか踏ん張って受け止め、そのまま大剣を押し込んで拳を弾く。

続け様に反対側から拳が繰り出され、ジェネシスはそれを受け止めるのではなく、大剣を上から下に振るうことでその拳の軌道を逸らす。暫くは交互にギーガーの巨大な拳が突き出されるが、ジェネシスはその攻撃を捌き続けた。拳と剣が撃ち合うたびに夥しい火花が散り、耳をつん裂くような金属質の衝撃音が鳴り響き、風圧で地面の砂が巻き上げられ土煙を発生させる。

 

何度か拳と撃ち合う中でジェネシスはギーガーの攻撃パターンを見極めると、即座に暗黒剣ソードスキル《ドレッド・ブレーズ》を発動した。

まずギーガーから繰り出された右腕を、ジェネシスは自身の右肩から左下方向に振るう。その一撃でギーガーの拳は真っ二つに斬られた。続けて繰り出される左拳にも反対側から大剣の刃を張り出すことでたやすく斬り裂く。

両腕を無くし攻撃手段をほぼ無くした事で空になった胴に向けてジェネシスは赤黒いオーラを纏う大剣を横一閃に振るい、続けて右下方向から左上へ、最後に上段から真下に振り下ろす。

たった5連撃の技ではあるが、それでもとてつもない攻撃力を保有する技なので、ジェネシスの放った攻撃を受けたギーガーは背中から仰向けに倒れ爆発霧散した。

 

「ふぅ……」

 

戦闘を終え、一息つくジェネシス。

だがその直後、再び彼の背後に別のギーガーが出現した。同じように突き出される拳を難なく受け止めるジェネシスだが、今度は別の場所でまたギーガーがポップする。

 

「マジか、2体同時出現かよ」

 

2体目のギーガーは即座にジェネシスをターゲットに定め、地響きを立てながら彼に向かって駆け出した。

 

「お待たせ、ジェネシス!今終わったわよ!!」

 

ここで採集を終えたリズベットが、メイスを提げてジェネシスの救援に向かう。

 

「よし、んじゃちょっくらこいつらを片付けてから行くぜ!」

 

「ええ!」

 

リズベットはメイスを構えてジェネシスの背面に立つと、もう一体のギーガーと相対する。

 

「たあぁぁぁっ!!」

 

ギーガーの巨大な拳に対してリズベットは臆さずメイスを振りかぶって応戦する。リズベットはメイスのパワーを活かしてギーガーの拳を弾き続ける。

そしてソードスキル《ヴァリアブル・ブロウ》を発動し、ギーガーの胴体に強烈な連撃を叩き込む。リズベットのメイスがギーガーの胴を打つ度に金属質のボディが削れ、破片が飛び散る。

 

しかしその時、4体目となるギーガーが出現し、別方向から不意をついてリズベットを殴りつけた。

 

「きゃあっ!!」

 

不意をつかれたリズベットは勢いよく吹き飛ばされ、地面を数メートル転がり続けた。

 

「リズベット!!」

 

救援に向かおうとするジェネシスの足を、更に出現した5体目のギーガーが阻み、彼を総勢4体のギーガーが取り囲んだ。

 

「こいつはやべぇな……」

 

冷や汗を流すジェネシス。

 

その時だった。

 

「グウウウウウゥゥゥゥゥーーーーーーーーレイトオオォォォォォーーーー!!!!」

 

上空から雄叫びを上げながら突撃してくるプレイヤーが現れた。

両手でハルバードを掲げ、ギーガーの脳天に叩き込む。

ハルバードを脳天に打たれたギーガーはその場に崩れ落ち、衝撃で大きな砂塵が巻き起こった。

 

「な、なんだぁ?!」

 

思わずジェネシスは素っ頓狂な声を上げた。

倒れたギーガーの上に長身の男が着地し、座り込む。焦げ茶色の髪に鬱金色のコートの内側に老竹色のシャツ、朽葉色のズボンを身につけた男だ。年齢は恐らくジェネシスと同い年くらいだろう。

すると、倒れたギーガーの身体に着地した人物がジェネシスの方を向き、ニヤリと口角を上げた。

 

「やあ、まさかこんな所で会えるなんてね。ジェネシス」

 

名を呼ばれ、その人物の顔を見たジェネシスは目を見開いた。

 

「おまっ……ヴォルフじゃねえか…!」

 

「はあ?!あんた、何で此処にいんのよ?!」

 

リズベットも彼の顔を見た途端驚愕しながら叫んだ。

 

「おいおい、どう言う風の吹き回しだ?

五十層で攻略組を降りてから一回も最前線に来なかったてめぇがこんなとこにいるなんてよ」

 

「ああ、少し前に最前線で異変があると聞いてさ。それに……」

 

ヴォルフはリズベットの方を振り向くと、

 

「君には、まだ恩を返せてないからな」

 

「あんた……」

 

するとヴォルフは立ち上がり、ハルバードを右肩に担ぐ。

 

「さて、それじゃこいつらを倒してしまおうか」

 

「ああ。ま、しばらく最前線にいなかったんだ。鈍ってんじゃねえのか?」

 

「あはは、まあそこは心配要らないよ」

 

悪戯な笑みで揶揄うジェネシスに対し、ヴォルフは苦笑しつつもそう返した。

 

次の瞬間、ジェネシスとヴォルフは同時に飛び出した。

 

ハルバードを両手で持ち、力任せに振るう。そのパワーでギーガーの巨大な拳を思い切り弾き飛ばし、続けてソードスキル《ワールウインド》で更に追撃を加えた。

恐らくジェネシスの倍はあるであろうパワーで振るわれた一撃によって、巨体のギーガーは遥か後方へ吹き飛ばされ、爆発霧散する。

 

「バアァァーーニング!ファルコンッッッ!!」

 

ヴォルフは熱い掛け声を上げて戦う。

 

「……戦いになったら性格変わんのは相変わらずだな」

 

「ああした方が力が入るんだって」

 

ジェネシスとリズベットは呆れた表情でそれを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ギーガーとの戦闘が無事に終わり、ジェネシス達は武器を収める、

 

「よし、またあのでけぇ奴らが出てくる前にとっとと帰るぜ」

 

「ええ。目的は果たせたし。戻りましょう」

 

「えっと……じゃあ俺はこの辺で……」

 

と言って離れようとするヴォルフの手をリズベットが掴んだ。

 

「なーに言ってんのよ。あんたも来なさい」

 

突然手を掴まれたヴォルフは赤面し、

 

「あっ、いやでも俺は、その……」

 

しどろもどろで早口になって戸惑った。

 

「七十六層に来てからお店のこと全部あたし一人で回さなきゃいけなくなったのよ。前みたいに手伝ってくれない?」

 

「……わ、分かった。君さえ良ければ協力させてもらうよ」

 

その後、彼らは七十六層の宿に帰宅した。彼らが戻った時には完全に真っ暗になっていた。

 

「あっ!お帰り、リズ」

 

「ただいま〜」

 

「お疲れ様、久弥」

 

「おう」

 

戻った彼らをアスナ達が出迎えた。

 

「今日も二人で素材集め?」

 

「ええ、まあね。でも実は助っ人が来てくれてね」

 

「助っ人?」

 

リズベットの言葉にアスナは疑問符を浮かべる。

 

「ああ。おめぇも知ってる奴だぜアスナ。

おーい、入ってこ………って、ん?」

 

ジェネシスが振り返ってヴォルフを呼ぶ。

 

が、彼はそこにはいなかった。

 

「は?あいつどこ行った?」

 

着いてきていた筈のヴォルフはいつの間にか消えていた。

 

「ああ……しまった……」

 

するとリズベットは頭を抱えた。

 

「あいつ、極度の方向音痴なのよ……」

 

「いやちゃんと着いてきてたよな?!何で迷うんだよ?!」

 

「知らないわよそんなの!!兎に角探しに行きましょう!あいつ道に迷ってダンジョンを3日4日彷徨ったことだってあるのよ!」

 

ジェネシスとリズベットは慌てて引き返し、ヴォルフの捜索に向かった。

 

一方ヴォルフ本人は……

 

「…………Where is here ?」

 

一人真っ暗なダンジョンを彷徨っていた。

 

その後、ジェネシスとリズベットによって無事発見され、宿屋へと案内されたのだった。

 

 

 

 

 

 

☆ーーーーーーーーーーーーーーーー☆

 

02『死を視る者』

 

 

 

 

ある日、ジェネシスが街中を歩いていると……

 

「あら、もう身体は大丈夫なの?」

 

背後から優しげな女性の声が響く。

振り返ると、そこにいたのはシキだった。

 

「よお、あんたか。

まあおかげさんでな。あんたには借りが出来ちまったな」

 

「いいえ、気にしなくていいわ。別に大したことはしていないから」

 

「まあそうは言ってもな…何か礼でもしないとこっちの気が済まねえよ。何か奢ろうか?」

 

するとシキは「うーん」と顎に指を当てて考え込む。

 

「……そうね。それなら、これから少し付き合ってもらえないかしら」

 

「ああ。構わねえぜ」

 

そしてシキは歩きだし、ジェネシスもそれに続く。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

やって来たのは最前線、九十層の迷宮区。

 

100層まであと少しと言うこともあって、これまでとは比較にならない程の強敵が迷宮区に配置されている。

しかし、ジェネシス達は殆ど苦戦することもなく順調に進んでいた。

 

その理由は、圧倒的とも言えるシキの実力だった。

彼女は日本刀を巧みに扱い、敵モンスターの弱点を的確に斬り裂いて殲滅していく。

彼女の戦闘スタイルは、非常に無駄のない美しいものだった。

ティアの戦闘スタイルも中々のものだが、シキのそれはまるで舞っているようだった。川のように流れる動作で刀を振るっていく。

 

「あんた、結構やるんだな」

 

後ろから見ていたジェネシスが感心した様子で話しかけた。

 

「そう?力になれているのなら嬉しいわ」

 

シキは振り返ると、微笑を浮かべながら返す。

刀を軽く左右に振った後、左手に持つ鞘にゆっくりと納刀する。

 

「それじゃあ、先に進みましょう」

 

「ああ」

 

歩き出すシキの後ろにジェネシスが続く。

数分歩いた後、再び彼らの前に三体のモンスターが現れた。

 

シキは素早く刀を引き抜き、構えた。

身体を横に向け、刀の刃を前に向ける形で持つ。

そしてゆっくりと目を閉じ、深呼吸する。

シキの刀が銀色の光を放ち始め、ソードスキルが発動する。

 

その間、三体のモンスターはシキに向かって走り出す。

 

「────直死、起動」

 

瞬間、シキは両眼をカッ、と開く。見開かれた彼女の瞳が青白く光り輝く。

 

「両儀の狭間と消えなさい」

 

その言葉を放った直後にシキは飛び出し、すれ違い様に三体纏めて斬り払う。

 

「───《無垢識・空の境界》────

……これが名残の華よ」

 

シキがモンスター達を通過し、刀を優雅な動作で下ろした直後、三体のモンスターは一斉にガラス片となって消滅した。

 

「なっ………!」

 

驚きのあまり、ジェネシスは硬直してしまった。

最前線の強敵を三体も纏めて一撃で仕留めるなど、攻略組の中でも出来るものは一人もいない。それほどの攻撃力ないしスキルを、目の前のシキは保有しているのだ。

 

「ふう……少し遊びすぎたかしら」

 

シキは息を吐きながら自嘲気味に笑い、呟く。その瞳から青白い光は消えていた。

 

「あんた、今のは何だ?」

 

「……深くは説明出来ないの、ごめんなさいね。

本来は私の力では無いのだけれど……これは相手の『死』を視るものよ」

 

「相手の死を?」

 

シキの言葉にジェネシスは疑問符を浮かべる。

 

「ええ。発動すると相手の『死』が線のように浮かび上がるの。この目がある限り、殺せないものはない……『生きているのなら、神様だって殺してみせる』、とは誰の言葉だったかしらね……」

 

シキはどこか遠くを見つめるような表情で言った。

 

「まあ、例えるならエクストラスキルの一種だと考えてくれていいわ」

 

「……そうか。気にはなるが、スキルの詮索はマナー違反だからな。分かった、あまり深くは聞かねえ」

 

「ええ。そうしてくれると助かるわ」

 

そうやり取りしたのち、二人は再び歩き出す。

数分後、彼らの目の前に巨大な鉄製の扉が出現した。

 

「これが……」

 

「ああ、ボス部屋だな。やっと見つかったぜ……」

 

シキはボス部屋の扉を物珍しそうに見つめ、ジェネシスは部屋の位置を忘れずにマッピングする。

 

その後、二人は迷宮区から出て、七十六層に戻った。

 

「ありがとう、今日は楽しかったわ」

 

「いや、こっちこそサンキューな。あんたのお陰でボス部屋が簡単に見つかった」

 

「ふふ、それならよかった。

じゃあ、私はここでね」

 

シキはそう言ってくるりと身体を反転させ、歩き出す。

 

「ああ、待った。最後に一ついいか?」

 

「なあに?」

 

ジェネシスがそう呼び止めると、シキは足を止めて首をこちらに向ける。

 

「単刀直入に聞きたいんだが……あんた、一体何だ?

俺がぶっ倒れた時に部屋に来たと思ったら一瞬で消えるし、あんたが来てから不調は治ってるし。

しかも今日はなんかモンスターを一撃で仕留めるし……何者なんだ、あんたは」

 

ジェネシスの問いに、シキは困ったように眉をハの字に曲げる。

 

「まあ、気になるのも無理はないわよね。

でもごめんなさい、前にも言ったけれど、私はまだ不安定な存在なの。だから私が何なのかは、まだ正直には答えられないわ。

それに………」

 

シキは優雅な仕草でジェネシスに近づき、人差し指を彼の口に当てる。

 

「人のプライバシーのことを聞くのも、マナー違反よ?」

 

ふふふ、と軽く笑うと、シキは再び振り返って歩きだした。

 

「……違いねえな。ま、いつかは話してくれよな。あんたみたいなのが敵だったらたまったもんじゃねえし」

 

ジェネシスは頭をさすりながらシキの背中に向けてそう言うと、彼も身体を反転させて歩きだした。

 

「んじゃ、またな」

 

「ええ、また」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

七十六層にある、とある宿部屋の一角。

真っ白な着物を身につけたまま、シキはベッドに腰掛けていた。

シキは自身の刀の刀身を手拭いで磨く。

 

「……不思議な事ね。普段なら、私はこうして貴方達を俯瞰し、貴方達は戦いを直視している。それが今日、私が戦いを直視し、貴方が俯瞰する立場だった。

ふふっ、当事者になってみるのも、案外悪くないものね」

 

不意にシキは一人そう呟き、そして窓の外を見た。

空はオレンジ色の夕焼けに染まり、広場もオレンジ色の光を放つ中で、ジェネシスが自身の寝泊りしている宿屋に向かって歩いていくのが見えた。

 

「素敵な体験をどうもありがとう。次はどんな事を経験させてくれるかしらね」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
冒頭の茶番にお付き合いいただきありがとうございました。
そして………ホロフラ編で新キャラはもう出ないと言ったな?あれは嘘だ。_| ̄|○<ウソダドンドコドーン

というわけで、新キャラのヴォルフ君です。これは本作の読者さんである巻波彩灯さんからいただきました。元ネタはテニプリの河村隆だそうです。
そして今回、本格的に式さんを活躍させました。皆さん、いかがだったでしょうか?

では、今回はこれにて。評価、感想などお待ちしております。


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五十六話 不審な男

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回、いよいよあの男が出ます。


七十六層リズベット武具店

 

「よう、来たぜ」

 

木製のドアを開け、ジェネシスが中に入る。

 

「ああ、いらっしゃい。剣のメンテナンス?」

 

リズベットが出迎え、要件を尋ねるとジェネシスはうなずき、自身の大剣を取り出す。

 

「しばらくロクなメンテナンスをして無かったからな。ここで一つ頼むわ」

 

「オッケー、任せて……って」

 

リズベットはジェネシスから大剣を受け取った瞬間その重みで倒れかかった。

 

「まあ見た目から分かってたことだけど、馬鹿みたいに重いわねこれ」

 

「まあかなり重めのやつつかってるからな」

 

するとリズベットは店の奥の方へ視線を移し、とある人物の名を呼ぶ。

 

「呼んだ?」

 

出て来たのは焦げ茶色の髪を持つ長身の男性。リズベット武具店の手伝いをしているヴォルフだ。

 

「ごめん、これ持ってくれない?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

ヴォルフはジェネシスの大剣を軽々と持ち上げ、店の奥へと運んでいった。

 

「悪いわね、あたしじゃ重すぎて」

 

「気にしないでくれ。これくらい平気だしさ」

 

「さっすが!やっぱ持つべきはあんたみたいな助手ね〜!!」

 

リズベットはヴォルフの背中を威勢よく叩く。

そんなリズベットからの称賛にどこか嬉しそうなヴォルフ。

彼ら二人のやり取りを後ろから見ていたジェネシスはこう思った。

“こいつら、いずれくっつくな”、と。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ジェネシスは剣のメンテナンスを終えた後、特に当てもなく広場を散策していた。

その途中、広場の中央付近にキリトとアスナ、そして見知らぬ金髪の男性が立っているのが見えた。何をしているのか気になり、歩いて近づこうとした時だった。

キリトと謎の男は距離をとり、そしてその中央にデュエルカウントの表示が出現したのだ。それを見てジェネシスは察した。あの男は恐らく新たに攻略組に加わりたいと申し出た人物で、キリトはその腕試しを買って出たのだと。

ジェネシスも新参のプレイヤーがどんな物なのか興味が湧いたので、彼らに気づかれない程度の遠い距離からその戦いを見守る事にした。

 

男の武器は金色がベースのショートランス。グリップが黒で一部紫色の配色がなされている。その見た目からして中々の性能を誇る武器であることは遠目からも理解出来た。

 

カウントがゼロになると、男はランスの先端を真っ直ぐに向けてキリトに突っ込んでいった。出だしのスピードは文句なしのレベルだった。

だがその後の戦闘はあまりにも一方的なものだった。男の攻撃は尽くがキリトに弾かれ、躱され、まともな勝負にすらなっていなかった。

まあ、キリトの戦闘力が高いのも理由として挙げられるのだが、それを差し引いても男の戦闘スタイルはあまりにも稚拙なものだった。

 

「何だありゃあ……弱すぎるだろ。《惰弱惰弱ぅ!》ってエジプトのファラオに笑われんぞ」

 

ジェネシスは呆れた顔でそう呟いた。

結局試合はキリトの勝利で終わり、アスナが頭を下げ、男が大人しく引く形で幕を閉じた。

ジェネシスはため息をつき、あの男はダメだなときっぱり忘れる事にした。

 

その時だった。

 

「───気をつけて」

 

不意に聞き覚えのある優しげな声が後ろから響く。

驚いて振り向くと、そこにはシキが立っていた。しかし彼女の表情は普段の温厚で柔和な笑みではなく、険しく鋭い眼光を放つものだった。その視線は先ほどジェネシスが取るに足りないと判断した男の方に向けられていた。

 

「あの男こそ、全ての元凶。諸悪の根源よ」

 

シキはジェネシスに対してそう意味深な言葉を放つ。

そう言われてジェネシスは男の方にもう一度視線を移す。

その時、ジェネシスは見た。

男の視線がアスナに向いており、そしてその口元に不気味な笑みを浮かべていたのを。

 

「何としてもあの人の証拠を見つけ出して────全てが手遅れになる前に」

 

それはどう言う意味だ、と問おうと振り返るジェネシスだったが、そこには既にシキの姿は無かった。

理解が追いつかず、ジェネシスはただその場に立ち尽くすのみだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

その日の夜、宿の食堂にて。

 

「アルベリヒ?」

 

今日起きた出来事をキリトとアスナが皆に話す。

 

「そう、新たに攻略組に加わりたいって来た人なんだけど…」

 

「何か妙だったんだ。レベルやステータスは確かに高い。けど、戦い方が何というか……初心者みたいだったんだ」

 

二人は今日出会った人物ーーアルベリヒという男をそう振り返る。

 

「なんか、不思議な人ですね」

 

「確かに……今までどこで過ごしてたんだろう?」

 

シリカとサチが首を傾げて疑問符を浮かべる。

 

「まあ、たいした強さも無かったんでしょ?別にそんなに気にする事ないんじゃない?」

 

「私も同意見ね。ま、放っておけばいいんじゃない?」

 

リズベットとイシュタルはアルベリヒについてそう片付けることを提案した。

 

「……まあ、そうだな。そんな奴がいたっておかしくはないか」

 

「とりあえず、私たちは私たちのやるべき事をやりましょう」

 

結局、アスナとキリトもそう言ってその日はアルベリヒの話題は消え去った。

しかしジェネシスはそんな中、昼間のシキから受けた警告についてずっと考え込み、アルベリヒのことが頭から離れなかった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

その日、ジェネシスとヴォルフは七十六層のとあるレストランにランチに来ていた。

 

「なる程、上層まで来るとこんなに豊富なメニューが…」

 

「ああ。美味そうなもんが多いだろ?お勧めはカルボナーラだ」

 

「なら、せっかくだし君のお勧めの一品を頂こうかな」

 

ジェネシスは七十六層に来たばかりのヴォルフに、この層について色々案内して回っていたのだ。

すると、店の一角で……

 

「ちょっと、何するのよ!」

 

「……?」

 

「何だろ?店の奥からだ」

 

聞き覚えのある女性の怒鳴り声が響き、二人は声のした店の奥の方を見る。

見ると、店の奥にはリズベットとサチが来ており、その席に複数の男性プレイヤーが集っていた。

サチは恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いており、リズベットが男性達に対して険しい顔で怒鳴っている。

 

「リズにサチちゃんだ。何かあったのかな?」

 

ヴォルフが心配そうに見つめる中、ジェネシスはその男性たちに見覚えがありじっと目を凝らした。

 

「(ありゃあ、確かアルベリヒの取り巻きか)」

 

そう、以前キリトとデュエルをしたアルベリヒ。その時に彼と一緒にいた男たちだ。

男たちは嫌がるサチとリズベットに対して手を伸ばし、その頬や首筋を撫で回した。

 

「いい加減にしなさいっての!!あんた達、監獄送りにされたいわけ?!」

 

リズベットは怒り心頭だ。男の手を乱雑に振り払うなり怒鳴り声を上げる。サチはもう恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして涙目になっている。

 

「いいよいいよ、やってみな。俺たちにそんな無粋な真似は意味ねえんだからよ」

 

リズベットはメニュー欄を開き、こういう場合に発動する犯罪防止コードの確認をする。

が……

 

「な……何で犯罪防止コードが出ないのよ?!」

 

リズベットは目を見開いて叫んだ。普通ならば有り得ない事態だからだ。

そんなリズベットの様子を見て勝ち誇ったように男たちは厭らしい笑みを浮かべ、

 

「な?俺たちにそんなもん効かないんだよ。

というわけで、もう少し……いいだろう?」

 

そして男たちはその手をリズベットとサチにゆっくりと伸ばす………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いいわけねぇだろおぉぉぉーーー!!」」」

 

ジェネシスとヴォルフがそれぞれ大剣とハルバードでその男たちを脳天から殴りつけた。

 

「「ぐおおぉぉぁわああああ?!!」」

 

男たちは凄まじい衝撃を脳天から受けて轟音と共に地面に頭を激突させた。

そんな男たちをジェネシスとヴォルフ呆れた顔で見つめる。

 

「人が飯食ってる時になに下品な事やらかしてんだコラ」

 

「君たちはテーブルマナー以前に、まず人としての常識を学んだ方がいいね」

 

二人はそれぞれの獲物を肩に担ぎながらそう告げた。

 

「あ、あんた達どうしてここに……」

 

「たまたまここに来てたんだよ」

 

驚くリズベットにジェネシスはそう答えた。

すると……

 

「おやおや、これは攻略組のお二方。こんな時間にここにいるとは、よほど暇なのかな?それとも……正義の味方のつもりかな?」

 

現れたのはアルベリヒ。

 

「てめぇんとこの取り巻きが馬鹿な事やってたから注意してやってたんだよタコ」

 

「ふむ……注意、ね……」

 

鋭い視線で睨みながら言うジェネシスの言葉に対し、アルベリヒは未だに地面に倒れ込んでいる二人の部下らしき男達を見下ろした。

 

「おたくの部下さん、この人たちに随分と迷惑かけてましたよ。貴方上司なら部下の管理くらいしっかりしてください」

 

ヴォルフがため息を吐きながらアルベリヒに対してそう告げると、アルベリヒは「はっ」と軽く笑い、

 

「まあいいさ。精々今のうちにカッコつけておくんだな。お前たちなんて何の力もない子供だって事を身をもって教えてやるよ。いずれな」

 

そう言い残すと、アルベリヒは倒れている二人の部下を叩き起こし、店を後にした。

 

「ケッ、キリトに手も足も出なかったザコが、何偉そうにしてやがるってんだ」

 

ジェネシスはアルベリヒ達の後ろ姿に対してそう吐き捨てた。

 

「…大丈夫だったか?二人とも」

 

ヴォルフが被害にあったサチとリズベットに問いかける。

 

「ええ、おかげさまでね」

 

「ありがとう、本当に助かったよ」

 

リズベットとサチはヴォルフとジェネシスに対してそう礼を言った。

 

「しっかし……犯罪防止コードが出ないなんざこりゃ大問題だぞ……」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「セクハラコードが出なかった?」

 

その夜、今日あった出来事をジェネシス達四人は皆に話した。

 

「そうなのよ。ほんとあの時は焦ったわ」

 

「ジェネシス達が来てくれなかったら、どうなっていたか……」

 

リズベットとサチはげんなりした顔でそう語った。

 

「大変だったね、リズ、サチちゃん……」

 

アスナが被害にあった二人を労った。

 

「とりあえず、一つ言えることがあるわね」

 

「ああ。アルベリヒを攻略組に入れなかったのは大正解だったな」

 

イシュタルの言わんとする事にキリトが同意し、そう結論付ける。

 

「女の人にそんな事するなんて人として最低です。万死に値します」

 

「オルトリアさんに同じですね。平気で痴漢行為をするなんて言語道断です」

 

オルトリアが殺意剥き出しの様子で呟き、リーファも頷く。

 

「でもその前に、犯罪防止コードが本当に発動しないのか調べた方が良さそうですよね」

 

「うん。セクハラコードが出ないなんて大問題だし」

 

サツキの提案にティアが頷いて肯定する。犯罪防止コードが出ないなら何かしらの対策を打たなければ、女性プレイヤーにとってかなり危険な事になる。アルベリヒ達による被害も拡大する事になるだろう。

 

「では、調査してみましょう!」

 

「調査、というと?」

 

「パパ達男性プレイヤーの皆さんが、ここにいる女性プレイヤーさん達に触ってみるんです!」

 

レイの提案にキリトが首を傾げ、ユイがその案を説明した。

 

「え、ええっ?!それじゃジェネシスさん達がその、ち、痴漢するって事ですか?!」

 

「シリカ、言い方考えろ」

 

途端、シリカが顔を真っ赤にして慌て始め、ジェネシスが冷静にツッコミを入れる。

 

「だ、ダメですよ……まだ心の準備が……」

 

「あ、あたし達、兄妹だから!そういうのどうかと思うよ!」

 

『わ、私は主に身を捧げた者……そ、そんなみだらな事は出来ましぇん!』

 

シリカ、ハヅキ、ジャンヌが顔を赤くして捲し立てた。

そこへ彼女らの眉間に苦無が刺さり、3人は同時に倒れ込む。

 

「誰も主らにやるとは言うておらぬ。落ち着きなんし」

 

苦無を投げたツクヨが呆れた顔でそう告げた。

 

「じゃあ、誰が触ってもらうかジャンケンで決めましょう!」

 

「レイ、そんな事みんなに頼めないわよ。

久弥、私で試してみて」

 

皆にそう呼びかけるレイを制し、ティアがジェネシスの元に歩み寄る。

 

「うわー、つまんなー」

 

するとイシュタルが大層堪らなさそうな顔で言った。

 

「ちょっと凛ちゃん!つまんないってどういうことよ!」

 

「だって、あんたは久弥に普段から触られまくってんでしょ?あんなとこやこんなとこまで」

 

「ちょ、変なこと言わないでよ!!

とにかく!久弥、少しお願い!」

 

有無を言わさずティアがジェネシスに促す。

 

「……じ、じゃあ……」

 

ジェネシスはゆっくりとティアに手を伸ばし、その頭に触れ、撫でる。

 

「〜〜♪」

 

何故かティアは頬を綻ばせて嬉しそうにされるがままになっている。

が、肝心の犯罪防止コードは発動していなかった。

 

「ちょ、雫!コード!セクハラコード!!出てないから戻りなさい!!」

 

凛が天国モードのティアの頭を引っ叩いて戻す。

 

「はっ!た、たしかに出てない……」

 

「嘘でしょ……」

 

その結果にアスナが愕然とした表情になる。

 

「うーん……もっと大胆に行かないとダメなんじゃない?」

 

「だ、大胆に?」

 

リズベットは腕を組みながら言い、ティアが首を傾げる。

 

「もっとこう……ギリギリのゾーンを攻めないといけないんじゃないの?」

 

「いや、これ以上は流石に……」

 

ジェネシスが戸惑って手を引っ込めた瞬間。

 

「〜〜〜えいっ///」

 

「んなっっ?!」

 

ティアがジェネシスの右手を両手で掴むなり思い切り引き寄せ、自身の胸元に押し付けた。

 

「ちょ…!!」

 

「わぁー……///」

 

「これは……」

 

「ティアさん、大胆です……」

 

少女達は突然のティアの行動に驚き、頬を赤く染めて見入ってしまった。

 

「ん……久弥っ……!」

 

ティアはジェネシスの手をがっしりと掴んだまま離さず、そのまま自身の双丘の中に埋めた。

ジェネシスは完全に放心状態で立っていた。

 

「……て、ティアちゃん!コード!犯罪防止コードは?!!」

 

思わず見とれてしまっていたアスナがハッとした顔でティアに言い、ティアは恥じらいと快感に苦悶する表情のまま画面を確認する。

 

が、これでも犯罪防止コードは出ていなかった。

 

「はーいそこまでーー!!」

 

そこでイシュタルがティアの手を振り解いてジェネシスの右手を解放した。

 

「はあ……はあっ……///」

 

ティアの顔は完全に紅潮しており、息が上がってしまっている。

 

「とりあえず久弥、あんた後でしばくから」

 

「なんでぇ?!」

 

ジト目でイシュタルがそう言い、あまりに理不尽な事を言われジェネシスは叫んだ。

 

「でも、結局犯罪防止コードは出なかったわね……」

 

実験の結果を受け、アスナはげんなりとした表情になった。

 

「おそらく、七十六層に来たときのシステムエラーが関係してるのかもな……」

 

キリトはこの結果に対してそう仮説を立てた。

それを受け、この場にいる女性プレイヤー達は一斉にため息をついた。

 

「ああぁーーーっ!!」

 

そのとき、ティアが何かを思い出して叫ぶ。

 

「わ、私…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………倫理コード、解除したままだった………」

 

その瞬間、場の空気が一瞬で凍りついた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

現在、ティアはイシュタル・シリカに踏まれている。

 

「あんた人に散々見せつけといてオチがこれってどう言うつもりよ!!」

 

「あたし達結局ジェネシスさんとティアさんがイチャついてるのを見てただけじゃないですか!!」

 

「ごめんなさいごめんなさい!私がうっかりしてましたぁ〜」

 

ティアは地面に蹲って涙目で謝り続けた。

 

「倫理コードを解除したままって……」

 

「つまり、そういうことよ」

 

何かを察したサチとリズベット。

 

「(危なかった……私も解除したままだったわ……)」

 

アスナはそれを横目に人知れず倫理コードを戻した。

 

「まあ、とりあえずは仕切り直しね。もう改めてジャンケンで決めましょう」

 

「あ、ティア。あんたは除外で」

 

「しょんなあああぁぁ………」

 

リズベットとイシュタルが仕切り、ティアがガックリと肩を落とす。

 

「んじゃ俺も除外で」

 

ジェネシスもテスターから外れる事を宣言するが、

 

「は?何言ってんの」

 

「あんたも引き続き強制参加よ」

 

「あんなの見せつけて……ちゃんと責任は果たしてもらうからね!」

 

が、リズベットとイシュタル、アスナが冷たい視線でそう告げた。

 

「Why Japanese People ?!!」

 

ジェネシスは頭を抱えて叫んだ。

 

しかし問答無用で始まるジャンケン。結果は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウソダドンドコドォーン!

 

「どんまい、ジェネシス」

 

「お、お願いします……」

 

男性陣は再びジェネシス。ヴォルフとサツキが同情の視線を向ける。

 

「な、ナジェダァ……」

 

「坊やだからさ。とりあえず行ってこい」

 

げんなりした表情でフラフラと歩くジェネシスの肩をポンと叩くキリト。

 

それに対して女性陣のテスターは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。わっちか」

 

「お願いします!ツクヨさん!」

 

どうやらツクヨのようだ。

テスターに決まったツクヨに、フィリアが激励を送る。

 

「頼んだわよツッキーさん!」

 

「もしもの場合は殺していいから!」

 

「任せよ。その時は蜂の巣にしてくれよう」

 

アスナとイシュタルもそう言葉を投げかけ、ツクヨも苦無をギラつかせて告げた。

 

「いやだあぁぁぁ!!死にたくない!死にたくないいぃぃぃ!!」

 

ツクヨからの威嚇を見たジェネシスは涙目で叫んだ。

 

「馬鹿者が、冗談に決まっておろう。ほれ、触れ」

 

ツクヨはため息をついて両手を腰に当てて胸を張って堂々と立った。

 

「テメェ!この流れでどうやって触れってんだ!!命がいくつあっても足りねぇわ!!」

 

「あのなぁジェネシス。ここは圏内なんだから死ぬ事は無いからな?」

 

捲し立てるジェネシスに対しキリトがやんわりと突っ込む。

 

「バカヤロウッ!!死ぬってのはそういう意味とは限らねえんだぞ!!大体なぁ…」

 

「だあぁぁぁもうこの後に及んでネチネチ言って!!

それでも男ですか軟弱者!!

さっさと行きなさい!!」

 

尚も騒ぎ立てるジェネシスに堪忍袋の尾が切れたイシュタルがジェネシスの尻を蹴飛ばした。

 

「あっ、ちょおまっ……」

 

蹴られた事でバランスを崩し倒れ込むジェネシス。

踏みとどまろうと右足を出すも、椅子の足に引っかかってよろけ、勢いよく前に顔が突き出る。

その頭部は真っ直ぐにツクヨへダイブし……

 

 

 

ポヨン……

 

 

 

ジェネシスの顔がそんな音を立てて何かに挟まれた。

 

「………」

 

「………?」

 

突然すぎる展開にジェネシスとツクヨは瞬きする。

そしてジェネシスは恐る恐る左手を伸ばし、自身の顔を包む柔らかいものを掴む。

瞬間、ツクヨの顔が真っ赤に染まり、同時に目もぐるぐると回り始める。

同時にジェネシスは何かを察して反対に顔が青ざめていく。

 

「あの、これって………」

 

「な、なに………!

 

なあぁぁぁぁに晒しとんじゃああぁぁぁ!!!

 

ツクヨはジェネシスの腰あたりに両手を回してホールドすると、そのままジャーマンスープレックスをかけて地面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

結局、ツクヨには犯罪防止コードが出現しており、システムは問題ないことが判明した。

 

「まあ、無事にセクハラコードが出ることがわかってよかったじゃないか」

 

「ああ。まあ……ジェネシスはその、必要な犠牲だったという事だな」

 

キリトとヴォルフは結果に安堵した様子。

一方のジェネシスは先ほどツクヨから受けたダメージで意識を失い、ティアとサクラ、レイによって部屋に運び込まれた。

 

「とりあえず、アルベリヒには今後、注意していかないとね」

 

「ええ。何にせよあいつにはセクハラコードが出ないんだから。原因が何であれ、アルベリヒには近づかない方がいいわ」

 

アスナの言葉に実際被害を受けたリズベットが同意する。

 

「ま、奴に対してはジャーマンスープレックスでは済まさぬ。アルベリヒが手を出してきた時……それは奴が死ぬ時じゃ」

 

「ツクヨさんダメだからね?そんな事したらまたオレンジになっちゃうからね?」

 

冷ややかに言うツクヨをフィリアが諫めた。

 

「とりあえず、昼間は本当にありがとね。ヴォルフ」

 

「気にしないでくれ。リズが無事でよかったよ」

 

リズベットはこの場で改めてヴォルフに礼を述べた。

 

「も、もう………ずるいわよ……。あたしはキリトの事が好きなのに……これじゃあ気が移っちゃうじゃないの」

 

リズベットは誰にも聞こえない小さな声でボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

その夜、とあるフィールドで。

 

「な、何だてめぇらは!!」

 

一人の男性プレイヤーが3人の男達に囲まれている。

 

「まあまあそう警戒しなさんな。ちょっとだけ“実験”の協力をしてもらうだけだよ」

 

「そうそう。な?旦那」

 

二人の男がニヤリとしながら言い、後ろに立つ男がーーーーアルベリヒに対して言うと、

 

「安心したまえ。悪いようにはしないから」

 

アルベリヒは懐から紫色の光を放つ短刀を取り出す。

そしてそれを振り上げ、

 

「それじゃ、一名様ご案内〜」

 

勢いよく振り下ろす。

 

が、その時だった。

 

真っ白な吹雪のような一陣の風が吹き、3人を通過した。

 

その一瞬で、アルベリヒ達が取り囲んでいた男性はいなくなっていた。

 

「な、何だ今のは?!」

 

部下の一人が何が起きたのか分からず狼狽る。

 

「………まさか」

 

アルベリヒは何かに気づいたのか、目を見開いて辺りを見回す。

 

「だ、旦那?」

 

「………引くぞ。予定変更だ………我々の計画が漏れているかも知れん」

 

アルベリヒの様子を見て訝しむ部下に対し、アルベリヒは短く告げると、二人を引き連れてその場を後にした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───それを背後から見つめる、青白い瞳に気づかずに。

 

「……貴方達の思い通りにはさせないわ。元凶」

 

純白の着物を着た女性……シキは、先ほど救出し気絶している男性プレイヤーを抱えたままアルベリヒの背中を睨んだ後、青白い光に包まれその場から去った。

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そしてついに登場しました、アルベリヒ。本作でも彼には大いにやらかしてもらうつもりでいます。
まあ、どうやら思わぬ邪魔が入っているようですが……

では、次回もよろしくお願いします。
評価、感想などお待ちしております。


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五十七話 暗躍する狂気

こんばんは皆さん、ジャズです。
何とか書き上げました……それではどうぞ。


「はぁっ……はぁっ……!」

 

八十三層の森林エリアの中を、一人の少女が駆け抜ける。

金髪のポニーテールに緑色の装備に身を固めた少女、リーファだ。

 

「待ちやがれコラァ!!」 

 

「逃すな!!!」

 

リーファは複数の男達に追われていた。追いかける男達のカーソルはオレンジ。

 

何故彼女がこのような目に遭っているのか……

時は数時間前に遡る。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

その日リーファは、七十六層で兄のキリトと共に《太陽と月のペンダント》という名のクエストを受け、無事八十三層で目当てのアイテム『太陽のペンダント』の入手に成功した。

 

ところがその帰路、キリトとリーファはオレンジギルドと遭遇してしまい、先ほどキリトとリーファが入手したレアアイテムの指輪を要求してきたのだ。人数的に不利と感じたキリトは先にリーファを逃がし自身が殿となる事を選んだのだ。

当初は兄を置いていくことを渋ったリーファだったが、敵のレベルも高く、リーファでは太刀打ちできないため、仕方なく彼女は先に離脱したのだ。

 

ところがどうやら別働隊がおり、リーファは彼らに追われていたのだ。

 

「あうっ…!」

 

走っている最中、木の根に引っかかり、リーファは転倒してしまう。

それがタイムロスになり、リーファはとうとう追いつかれてしまった。

 

「はっ、随分と梃摺らせてくれたわね。ネズミが」

 

追いついたオレンジ達のリーダー格らしき女が現れ、舐め回すような視線でリーファを見下ろした。

 

「さて、それじゃ大人しくレアアイテムを渡してもらいましょうか」

 

赤髪の槍を持った女性が前髪を弄りながら告げた。

 

「………お断りよ」

 

リーファは立ち上がって左腰から片手剣を引き抜き、構えた。

 

「へぇ?じゃあ力づくで奪わせてもらうわよ」

 

女性は指を鳴らして周りのオレンジの男達に指を鳴らして指示を出し、男達も獲物を構えてリーファにすり寄る。

 

「へへ、こいつよく見たら中々の上玉じゃねえか。姐さん、アイテム取ったらこの女、いいですかい?」

 

「ああ、構わないよ。アイテムさえ取ったら煮るなり焼くなりあんたらの好きにしな」

 

「………っ!」

 

リーファは思わず後退りするが、指輪は自身が兄であるキリトとの思い出作りのために手に入れた品物であるため、何としても守り通したかった。

恐怖を押し殺し、剣を真っ直ぐに構えて男達と早退する。

 

「かかって……こい!!」

 

リーファがそう言った瞬間、男達が一斉に飛びかかった。

 

その時だった。

 

「ぎゃあっ?!」

 

「うわあっ?!」

 

突如、男達のうちの二人が前のめりで倒れ込んだのだ。

 

「な、なに……?」

 

リーファは突然のことに理解が追いつかずただ戸惑った。

倒れた男達の後頭部には一本の矢が刺さっている。何者かが狙撃したのだ。

 

「ーー後ろ、8時の方向」

 

狙撃の方向に気づいたメンバーの一人が振り返り、狙撃の方向を素早く察知し指差した。

リーダーの女はその方向を見つめ、ズームフォーカスシステムを使って狙撃手の位置を割り出す。 

その方向には一本の巨大な大木があった。リーファ達がいる場所から距離にして約200メートル。

その太い幹に、一人の人物が立っていた。

 

「……『純白の弓兵(アーチャー)』……!」

 

真っ白なコートと黒いミニスカート、白いブーツ、そして身長と同サイズはある大きな弓を携えた、リーファと年が近い少女。

 

「ハヅキちゃん!」

 

思わぬ援軍の登場に、リーファは目を見開いた。

直後、ハヅキから更なる矢が飛来し、別のオレンジ達に命中した。

 

「スグ!!」

 

「リーファさん!!」

 

さらに、兄であるキリトとサツキが駆けつけた。

 

「お兄ちゃん!サツキさん!」

 

頼れる兄達の登場にリーファは目を輝かせた。

 

「チ……《黒の双剣士》に……《黒の剣士キリト》……!」

 

リーダーの女は忌々しげに舌打ちしながら呟く。

 

「て、テメェ!俺たちの仲間はどうしたんだ?!」

 

「あんな奴ら、とっくに監獄送りにしておいたよ。あ、今は転移システムが壊れてるみたいだから、七十六層にある暫定の監獄ではあるけどな」

 

オレンジの男の問いに対し、キリトは不敵な笑みで返した。

 

「さて、俺の妹に手出そうとして……お前ら、ただで済むと思うなよ」

 

「お兄ちゃん……!」

 

威圧感を込めた声でキリトはオレンジの男達に対して言い、リーファは安堵した笑みで呟く。

 

「さて、どうします?人数は確かにそちらの方が多いかもですが……戦力差は歴然であることはご理解いただけると思いますが?」

 

「このっ……!」

 

憎悪に溢れた表情で睨むオレンジプレイヤー達。この状況で有利なのは間違いなくキリト達だ。

 

ところがその時だった。

 

「なぁ〜にをちんたらしてんだおめぇらぁ〜?」

 

突如オレンジ達の後ろから間延びした喋り方の大男が現れた。身長は恐らく2メートル近くはある高身長の男性で、さらにその身体は筋肉質で幅も大きかった。胴体には漆黒の分厚いアーマーを纏い、防御力も高そうに見える。

右肩には巨大な鉈を担いでおり、その顔に被っている特徴的なマスクも相まって、まるで13日の金曜日に現れる悪魔を連想させる見た目だった。

 

「じ……ジェイソン……!」

 

リーダー格の女が振り返り、震えた声で名を言った。

 

「てめぇらは下がれ、時間切れだ………ジョーカーが呼んでるぞぉ〜」

 

「なっ……ジョーカーだと?!」

 

キリトはジェイソンが告げた名を聞き驚愕した。

忘れるはずもない。ホロウエリアでフィリアを利用してツクヨを罠に嵌め、人殺しの罪過を背負わせようとした狂気の男。

対して女はジョーカーの名を聞くと顔が青ざめ、ふらふらとした足取りでその場を去った。

 

「お前……ジョーカーの仲間か?」

 

キリトは左右の手に持つ双剣を構え、ジェイソンに問いかけた。

 

「ふむ、そぉの質問に答える必要性はねぇなぁ〜……何故ならお前ぇさん達はここで、死ぬからなぁー!」

 

ジェイソンはそう言うなり右肩に担いだ大鉈を勢いよく振り下ろした。

 

「ぐっ……!」

 

キリトとサツキ、リーファは間一髪の所でその攻撃を躱した。衝撃で大きな土煙が上がり、鉈が直撃した地面は大きく抉れている。

 

「なんてパワーだ……!」

 

それを見たサツキが愕然とする。

 

「ブルルラアァァァァ!!」

 

そのままジェイソンは大鉈をキリト達の方へ薙ぎ払うように振るう。

 

「うわっ?!」

 

キリトとサツキは咄嗟に自身の武器でガードするも、とてつもないパワーで放たれた一撃によって二人は砂塵に舞う木の葉の如く吹き飛ばされた。

 

「軽いなぁ〜、てめぇらそれでも男かぁ〜?」

 

ジェイソンは退屈そうに首をグリグリと回し、鉈を手の内で回しながら言った。

 

「サツキさん!お兄ちゃん!!」

 

「女子を痛ぶる趣味はぁねぇが〜、ちょいと覚悟してもらおうか」

 

ジェイソンはリーファに目をつけると、鉈の刃部分をギラつかせながら近づく。

 

「はあぁぁぁぁっ!!!」

 

キリトはすかさず片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》を発動し、音速の速さでジェイソンに突っ込む。

 

「甘ぁ〜い」

 

だがジェイソンは音速に近い速度で迫る漆黒の刃を片手で難なく掴み、そのままリーファの方へキリトを投げ飛ばす。

 

「おおおおおお!!!」

 

今度はサツキがジェイソンの背後から双頭刃に竜巻のようなエネルギーを纏わせながら、ソードスキル《スピニングダンス》を発動し突っ込む。

 

サツキの技は見事にジェイソンの背中に命中し、イエローゾーンまでHPを削った。

 

「おいおいぃ〜、痛ぇじゃねぇか〜兄ちゃぁ〜ん?」

 

だがジェイソンはHPがイエローに落ちても全く怯む様子はなく、サツキの方を振り向くと彼の首を掴んで持ち上げる。

 

マッスルウゥゥゥ……ブルルルルレイクウゥゥゥーー!!!

 

ジェイソンはそのままサツキの胴体に強烈な一撃を叩き込む。

 

「ぐわあぁぁぁぁーーーっ!!!」

 

凄まじいパワーで殴られたサツキは大きな弧を描いて数百メートル先まで吹き飛ばされた。

 

「サツキ!!」

 

「マッスルウゥゥゥ………!!」

 

吹き飛ばされたサツキの元へ駆け寄ろうとするキリトだが、間髪入れずにジェイソンからの攻撃が来る。

 

「インパクトオォォォォォ!!!!」

 

キリトの直上から鉈が振り下ろされ、キリトはそれを左右の剣を頭上で交差させることで受け止める。

 

「ぐっ……おおおっ……!!」

 

凄まじい衝撃がキリトを襲い、歯を食いしばって踏ん張る。

 

「(何なんだよ……この出鱈目なパワーは……!指の一本まで気が抜けない……一瞬で潰される……っ!!)」

 

しかしジェイソンのパワーは圧倒的で、キリトの腕は徐々に下降していく。

 

「このおおぉぉぉっ!!!」

 

その時、リーファがソードスキル《ソニックリープ》を発動し、ジェイソンの右腕を斬り落とした。

 

「ほぉ〜、やってくれんじゃねえか嬢ちゃぁ〜ん」

 

ジェイソンは首をグリグリと回しながらリーファの方を睨む。

するとその直後、

 

「せああああっ!!」

 

白い閃光が走り、ジェイソンを吹き飛ばした。

 

「キリトくん、リーファちゃん!」

 

現れたのはアスナだった。細剣最上級スキル《フラッシング・ペネトレイター》でジェイソンに突っ込んだのだ。

 

「助かった、アスナ!」

 

「ええ、無事でよかったよ」

 

安堵したキリトに対し微笑みかけるアスナ。

 

「ほぉ〜、これはこれは《閃光のアスナ》じゃあねぇか〜。だがあんたが来たところで俺をどうにか出来るとでもぉ〜?」

 

「残念だけど、来たのは私だけじゃ無いわ。もうすぐここに私の仲間が駆けつけるわよ。大人しく引きなさい」

 

鋭い視線と威圧感のある口調で言うアスナ。

ジェイソンもアスナの言っていることがハッタリでは無いと感じたのか、鉈を背中の鞘に収める。

 

「オゥケイ分かった。今日のところは勘弁しといてやるよぉ〜。だぁがこの借りは必ず返させてもらうぜぇ〜」

 

そう言い残すと、ジェイソンは巨大に似合わぬ速度で駆け出し、この場から去った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一方こちらはハヅキサイド。

ハヅキは遠距離からキリト達を援護するためこの大木に登っていたのだが、途中見たこともない大男がキリト達に襲いかかり、その直後自分の方にも新手が現れた。

 

「キヒヒヒッ!!ほぉらこれでもくらえぇー!!」

 

黒いマスクを被り、子供のように陽気な声で毒ナイフを投げつけるオレンジプレイヤー。

今ハヅキを追い回しているのは、かつてアインクラッドに恐怖をもたらし、その名を轟かせたオレンジギルド《ラフィン・コフィン》の3幹部の一人であったプレイヤー……

 

『ジョニー・ブラック』

 

「っ……!」

 

ハヅキは木の枝を飛び移りながら逃走する。

毒の塗られた投げナイフが放たれるたびにハヅキは寸前のところで回避し、次の枝に飛ぶ。

だがスピードはジョニーの方がわずかに早く、徐々にハヅキとの差が埋まり始める。

 

「あうっ……!!」

 

直後、ハヅキの右踵に毒ナイフが刺さった。麻痺状態に陥ったハヅキは地面に落下し、そのまま転がり続けた。

 

「ヒャハハハッ!!追いついた追いついたぁ〜!!」

 

狂気的な笑みを浮かべながら、ジョニーは右手に新たなナイフを持ってゆっくりと近づく。

絶体絶命のピンチに陥ったハヅキ。麻痺状態でまともに動くこともできない彼女にゆっくりと殺人鬼が歩み寄る。

 

その時、空から無数の苦無と手裏剣が飛来し、ジョニーの足元に一斉に突き刺さり、彼の足を止めた。

 

「どうにか、間に合ったようじゃな」

 

直後、どこからかツクヨが現れ、ジョニーに相対する。

 

「ハヅキちゃん!!」

 

そして後ろからフィリアとサチが駆けつけ、ハヅキを介抱する。

 

「ファーー!!死神太夫のツクヨさんじゃないかぁ〜!!」

 

ツクヨを目にした途端興奮気味にはしゃぐジョニー。

そんな彼を前に、ツクヨは懐から苦無を取り出して構える。

 

「フィリア、サチ。3分時間を稼ぐ。その間にハヅキを頼んだぞ」

 

「そんな、ツクヨさん!」

 

殿を務める事を宣言するツクヨに、サチが不安げな表情で自身も行こうと立ち上がるが、それをフィリアが制した。

 

「大丈夫。ツクヨさんはあんな奴には負けないよ」

 

自信ありげな表情でサチに諭すフィリア。

サチはしばらくツクヨの方を見つめたが、やがて覚悟を決めハヅキをフィリアと共に担ぐと、同時に走り出す。

 

「ブッ……ハハハハハッ!!マジかよ?!あんた一人で俺を止められるとでも?!」

 

「ああ。主くらいわっち1人でも容易く止められる。これでも現実では本物の忍、真の《暗殺者》に師事していたのでな……」

 

腹を抱えて嘲笑するジョニーに対し、ツクヨは不敵な笑みで答える。

 

「さて……それでは《暗殺者(アサシン)》同士の対決と行こうではないか。ジョニー・ブラックよ」

 

両手の苦無をぎらつかせ、そしてツクヨはジョニーに斬り込んだ。

ツクヨの苦無がジョニーに届く寸前、彼はその場から飛び上がってすぐ近くの木の枝に飛び乗る。そしてそこからフィリア達が走って行った方角へ向かう。

 

「逃さんぞ」

 

ツクヨはそう呟くと、彼女もジョニーが飛んで行った方向へ駆け出す。

 

スピードはツクヨの方が早いため即座に追いつくと、ジョニーのいる木の枝よりもさらに高く飛び上がり、そして苦無をジョニーに向かって振り下ろす。

それを回避するためにジョニーは体を逸らすが、それによって僅かにバランスが崩れ、地面に降下する。ツクヨもそれを追って地面に降りると、左右の苦無をジョニーに向けて振るった。

左右交互に繰り出される苦無の刃を、ジョニーは右手に持ったナイフで弾き、防御していく。

数回打ち合った後に再びジョニーはその場から飛び、俊敏な動きで木の幹や枝を飛び移って行く。

 

それに対してツクヨは苦無術《自来也蝦蟇毒苦無》を発動しジョニーに向けて放つが、ジョニーは身柄に空中で身体をひねる事でそれらを回避した。

 

だがそれはツクヨが張った罠だった。

ツクヨは回避される事を承知の上で苦無を投げた。いや、回避させるために投げたのだ。苦無を投げる事でジョニーの行動を制限し、誘導したのである。

 

「はあっ!!」

 

ジョニーが回避した方向に先回りしていたツクヨは、そこ目掛けて飛び蹴りを放ち、その右足は見事にジョニーの腹部を打った。

 

「ギャウッ?!!」

 

鋭い蹴りを受けてそばに生える木の幹に叩きつけられたジョニー。

すかさずツクヨはジョニーに追撃の苦無を投げつけ、彼の両腕、両足に突き刺して行動を封じる。

そして勢いよくジョニーに接近し、その首に苦無の先端を突きつける。

 

「終わりじゃ。観念するがいい」  

 

だがその時、ツクヨの右側から凄まじい速度で新手が接近し、ツクヨはそれに気づくと即座にその場から飛び退く。

直後、ツクヨがいた場所に鋭い鈍色の一閃が振るわれた。

数メートル後退し、ツクヨが先ほどまでいた場所を見ると、そこには銀髪で左目を眼帯で覆い、鋭く光る赤い目を持つ男がいた。

 

「ジャック・ザ・リッパー……」

 

ジャックは右手の刀を軽く振り払うと、それを右肩に担ぐ。

 

「……大人しく引け。そうすれば、今回は見逃してやる」

 

ツクヨはジャックの言葉を受け、一瞬思案する。

ジャックもジョニーも危険な人物達だ。ここで見逃せばこの男達による被害が更に増えることになる。

しかしいくらツクヨと言えど、この2人を相手にするのは流石に分が悪い。まして向こうは確実にこちらを殺す気で来るのに対し、こちらは向こうを殺すことは出来ないのだ。それは例えるなら、捕食する気で襲いかかるライオンに対して人間が手加減して挑まなければならないようなものだ。

 

ツクヨは黙って苦無を懐に収納する。

 

「行くぞ」

 

それを見たジャックは、ジョニーを連れて遠くべ歩き去った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その日の夜、キリト達一行は食堂で一堂に会していた。

話題は、キリト達が遭遇した協力なオレンジプレイヤー達だ。

 

「まさかあんなオレンジ達がいるなんてな……」

 

キリトはため息をつきながら呟く。

 

「ジェイソン……本当に恐ろしい奴でしたね」

 

実際にキリトと共に邂逅したサツキもげんなりした顔で同意する。

 

「それだけじゃねえ。まさかあのジョニー・ブラックまだいやがるとはよ……」

 

「あの時捕まってなかったんだ……」

 

ジェネシスの言葉にティアが俯きながら言った。

 

「ただでさえジョーカーって言うヤバいやつがいるのに、その上こんな奴らまでいるなんてな……」

 

「今はとりあえず、情報が欲しいとこだな。アルゴに調査を頼んでんだが……時間かかってんな、大丈夫か?」

 

ジェネシスがそう呟いた瞬間。

 

「大丈夫に決まってるだロ、ジェネ坊」

 

入り口から女性の声が響き,そこにグレーのフードを被り,頬にネズミの髭のような3本の線が入ったプレイヤーが立っていた。

 

「アルゴ!来てくれたのか!」

 

キリトが立ち上がって彼女を迎え入れた。

彼女の名はアルゴ。キリトやジェネシス達が第一層の頃から世話になっている情報屋だ。値段は張るが、それでも彼女が提供する情報はかなり有益なものが多いため、ジェネシス達も信頼を置いているのだ。

 

「ようキー坊、お前さんも久しぶりだな」

 

「はは、キー坊はよせって……それで、アルゴ。調査の方はどうだったんだ?」

 

キリトの問いを受けると、アルゴは一旦咳払いを入れ、すぐさま真剣な面持ちに切り替える。

 

「ああ、はっきり言って最悪の結果だったがナ。とりあえず、結論から言っておく。みんなも心して聞いて欲しイ……

 

 

 

 

 

 

 

犯罪者(レッド)ギルドが現れた」

 

アルゴの言葉を受け,皆は息を呑んだ。

アルゴは報告を続ける。

 

「組織の名は《“J”》。オレっちから見るに、あのラフコフを遥かに凌ぐ最悪の集団ダ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い洞窟型のダンジョンの奥。

そこに1人の女性プレイヤーが座らせられていた。

それは、先ほどリーファを追い回していた女だ。

 

「よぉ、戻ってたかロザリアァ〜」

 

すると奥から、紫のスーツに身を包んだピエロ顔の男ーージョーカーが現れた。

ロザリアと呼ばれた女性は俯いたまま何も答えない。

 

「……んん?無理だったのかァ〜?

おいおい、おめぇ言ったよなぁ?『黒の剣士達に一泡吹かせる』ってよぉ。俺ァてめぇのその欲求を叶えてやるために、わざわざ軍の奴らと取引して黒鉄宮から出してやったんだぜぇ〜?」

 

「まあ、所詮は雑魚のオレンジだぁ……こいつには、荷が重かったんだろぉよぉ〜」

 

すると今度はロザリアの背後から大男ーージェイソンが現れ,肩をグリグリと回しながらロザリアを見下ろして言った。

 

「……じゃあ、仕方ねぇ。もうてめぇに要はねぇ……」

 

ジョーカーがそう言った瞬間、ロザリアは立ち上がり、

 

「ま、待って!あたしにもう一回!もう一回だけチャンスを頂戴!次こそ、必ず奴らに一泡吹かせるから……だから……!!」

 

と、涙目で懇願する。

 

「いいえ、もう貴女では無理ですよロザリア殿ォ」

 

今度は紺と紫のローブに身を包んだ痩せぎすの不気味な男性が現れ、ため息をつきながら言った。

 

「これはこれはァ……『青髭』のジルじゃねえかぁ。んで、そりゃどう言う意味だ?」

 

「どうも何もそのままの意味でございますよ我が主人よ。この女には清楚さ、可憐さ、お淑やかさが全っっったく無い!!」

 

「要するにそりゃアンタの好みじゃねえかァ〜」

 

ジルの熱弁に対しジェイソンが呆れた顔でやれやれと首を振る。

 

「まあいい。どの道この女にゃ期待してねえ……」

 

ジョーカーはそう言って指をパチンと鳴らす。

するとジルの隣にジャックが現れ、背中から刀を引き抜く。

 

「ま、待ってくれよ……あたしはまだ出来るから!ねぇジョーカー!!もう少しだけ……!!」

 

地面を這いずり回りながらジョーカーに懇願するロザリアだが、ジョーカーは背を向けて聞く耳を持たない。

 

「いやぁ!!誰か、誰か助けて!!し、死にたく無いい!!」

 

「その言葉、貴様が殺してきた奴らに是非聞かせてやりたいものだ」

 

ジャックはニヤリと口角を上げると、刀をロザリアの腹部に突き刺す。

 

「ギャアァァァァァァァーー!!!」

 

痛覚抑制が無効化され、ロザリアに今まで感じたことのない激痛が襲う。

 

「いい声だ……」

 

ジャックは満足げな笑みを浮かべると、腹部から刀を抜き、今度は右腕と左足を斬り落とす。

その瞬間、洞窟中に木霊するほどのロザリアの絶叫が響く。

 

「ククク……これだから、人斬りはやめられん」

 

そう言うと、ジャックは人想いにロザリアの首を撥ねた。

 

「さて、おめぇら。そろそろ準備に取り掛かるぞ……」

 

それを見届けたジョーカーは、全員に指示を出す。

 

「さっきジョニーのやつから連絡があった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………Pohを始末するぞ」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回登場したジェイソンですが、イメージCVとして若本規夫さんで考えてます。口調は銀魂の松平片栗虎に近づけたつもりですが、いかがだったでしょうか?

そして本作では実に二ヶ月ぶりの登場になるジャックとジョーカー。これからいよいよ、こいつらが暗躍し始めます。ジェネシス達はこの狂気にどう立ち向かっていくのか……

では、次回もよろしくお願いします。評価、感想などお待ちしております。


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五十八話 みんなでお泊まり会

皆さんどうも、ジャズです。
少しシリアスが続いたので、息抜きがてらイベント回です。

今回はホロフラではなく、ホロウリアリゼーションにあるイベントを元にしております。


「やっぱみんなやる事は一緒なのね〜」

 

「枕投げは基本ですよ!」

 

ある日、ジェネシスとキリトが攻略から帰ると、リズベット、リーファ、フィリア、アスナ、そしてジャンヌとティアが食堂で団欒していた。

 

「普段にはないシチュエーションだから、きっとテンションが上がっちゃうんだよね」

 

「独特の雰囲気というか、兎に角楽しいよね!」

 

「うんうん。学校生活じゃ一番の思い出になるよね〜」

 

『な、成る程……』

 

アスナ、フィリア、ティアの言葉を聞き、ジャンヌは真剣に聞いている。

 

「よう、何の話をしてるんだ?」

 

「あ、お兄ちゃん!今ね…」

 

『ニホンの《しゅうがくりょこう》というものを教わっていました』

 

キリトとジェネシスが彼女らの元へ歩み寄り、ジャンヌが今話している話題について答えた。

 

「フランスには修学旅行がないっていうから、私たちが説明してたのよ」

 

「そう言うことか……」

 

リズの補足にジェネシスが納得したように頷く。

 

「でも、枕がどうのって……」

 

「ああ、それは枕投げの話。修学旅行と言ったら定番みたいなものでしょ?」

 

「そう言うの、一度でいいからここでもやってみたいよね〜」

 

キリトの問いにアスナが答え、リーファがそう呟く。

 

「枕投げをか?」

 

「ううん、お泊まり会的なやつ。ここで出来たら楽しそうじゃない?」

 

「確かに。ここにいるメンバーでやれば凄く面白そうです!」

 

フィリアの言葉にリーファが同調した。

 

「まあ別にいんじゃね?こことは違う場所の宿部屋をとってみんなでそこに泊まれば、そんな感じのやつは出来んだろ」

 

「なるほど……それは名案だね」

 

ジェネシスの提案にティアが頷く。

 

『わ、私…お泊まり会、やってみたいです!』

 

「そうね、ここで出来るとなれば試してみたくなるわよね」

 

ジャンヌとアスナが参加の意を示し、リズやリーファ、フィリアも続く。

 

「じゃあ、宿の確保はお願いね?」

 

「は?俺らがやるの?」

 

「そうだけど?」

 

戸惑うジェネシスにリズが当然、とばかりに答える。

 

「お、俺たちもお泊まり会に参加なんです?!」

 

「寧ろ何でいないことになってるのよ?」

 

「ふふっ、2人も一緒にやろう?きっと楽しいよ!」

 

アスナが笑顔でそう言い、他の女子達も同意する。

 

「問答無用の強制参加ってか。へいへい、分かりましたよ。んじゃ宿部屋の方は任せとけ」

 

ジェネシスがやれやれとため息を吐きつつも、笑顔で承諾した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

日が傾き始めた頃、七十六層アークソフィアの端の方にある、和風の旅館を模した宿に、皆は集まった。

木造建築で出来た建物の中の明かりはやや控えめで薄暗いが、それが中々いい雰囲気を醸し出していた。

そして今夜彼らが泊まる部屋はやや広めで、床には畳が敷き詰められている。部屋の扉は襖によって仕切られ、ちゃぶ台や押し入れといった日本伝統の部屋となっていた。

 

「うわぁ〜……何この部屋!」

 

「すごっ……畳、畳がある!!」

 

「まさか西洋風のSAOの中にこんな和風のものがあるなんて……!」

 

女子達はキリトとジェネシスが用意した部屋にご満悦のようだ。特に……

 

『こ、これが………Japonais TATAMI……』

 

初めて触れる日本の畳を、好奇心旺盛な様子で畳を眺める。

 

「ジャンヌ、畳っていうのはねぇ……こうやって、寝転がったら最高に気持ちいいのよ〜」

 

リズは畳の上に寝転がりながらジャンヌに言うと、リズに言われるままにジャンヌも畳に寝転がる。

 

『こ、これは……なぜでしょう。故郷の干し草の山の上で寝る感触とはまた違った、心が癒される感じがします……これは……良いものですね!』

 

ジャンヌは畳の感触にかなり満足しているようだ。

すると部屋の襖が開き、中にティアがやって来た。

 

「お待たせ、みんな」

 

「いらっしゃ〜い!さあ、入った入った!」

 

リズベットがティアを中に促す。

 

「お泊まり会って事で、夜のおつまみ買ってきたんだ〜」

 

そう言ってティアはアイテム欄から紙袋をオブジェクト化する。紙袋の中に入っていたのは、歌舞伎揚と呼ばれる煎餅菓子。余談だが関西地方では“ぼんち揚げ”と呼ばれる。

 

「おお、これは良いじゃない!でも煎餅ってことはもしかしなくても…」

 

「うん。えっちゃんの和菓子店で買って来たの」

 

「あそこの和菓子ほんと美味しいよね〜。でもその分、えっちゃんの苦労が私には想像がつくよ……」

 

ティアはちゃぶ台に歌舞伎揚を広げ、皆は早速その菓子を囓った。

 

「ま、とりあえずこれで全員揃ったわけだな」

 

「ああ。それじゃ、お泊まり会を始めようか」

 

ジェネシスとキリトがメンバーを確認し、ついにお泊まり会がスタートした。

 

「この人数だからね。流石に全員分の布団は無さそう…」

 

「大丈夫でしょ。眠くなったら適当に寝転がれば。畳の上なら簡単に寝れるわよ」

 

そしてメンバーは、各々の場所を決める。フィリアとリズベットはちゃぶ台の近くにある椅子に、ジャンヌとリーファは押し入れの近くに敷いてあった布団に、アスナとキリトがちゃぶ台に据えられた座布団に、その向かいにティアとジェネシスが座った。

 

「えっへへー、ごろごろしちゃお〜!」

 

リーファは楽しそうにジャンヌの隣の布団で転がり回る。それを隣に座るジャンヌと兄であるキリトが微笑ましく見守った。

すると、ごろごろと転がり回っていたリーファの動きが突然ピタッと止まり、そのまま動かなくなった。

 

『あ、あれ?リーファさーん?』

 

ジャンヌはリーファの様子を訝しんで彼女の頬を突っつくが、反応がない。

 

「zzz……」

 

「ああ……そうか」

 

それを見てキリトが納得したように頷く。

 

「リーファのやつ、布団に入ったら速攻で眠りにつくと言う特技があるんだよ」

 

「何それ。のび太くんかよ」

 

キリトの説明にジェネシスが呆れた顔でぼやいた。

 

「まあ、寝ちゃったものは仕方ないし……このまま始めましょうか」

 

「それじゃ、何の話をしようか?」

 

リズベットがそう促し、フィリアが話題をどうするか悩んでいると……

 

『え?皆さんもこのまま寝るのではないのですか?』

 

ジャンヌが目を丸くして尋ねる。

 

「なーに言ってんの。お泊まり会って言うのは、夜中までみんなとおしゃべりするのが一番の醍醐味なのよ」

 

『ええぇ?!でも、それでは生活習慣が……』

 

「ジャンヌは真面目だなぁ〜…でも、こう言う時こそハメを外すってものだよ?」

 

ジャンヌが意外そうな顔をすると、アスナがそう教えた。

彼女もそれで納得したところで、再び話題をどうするか皆で考える。

 

「う〜ん……恋愛の話、とかは修学旅行ではよくやるじゃない?」

 

「来たわね〜、定番中の定番!」

 

「正にガールズトークって感じだね!」

 

アスナの提案にリズとフィリアが乗る。

 

「ガールズトークって、俺らがいるんですがそれは」

 

「細かいことは気にしない、気にしない」

 

ジト目で言うジェネシスに対しフィリアがそう流した。

 

「恋愛の話ね〜…何かある?アスナ」

 

「え?私の?!」

 

「こういうのは言い出しっぺがやるものだよ」

 

ティアがアスナに話を促した。

 

「な、何かあるかな?」

 

「ここで俺に振るのか?!」

 

「だって、恋愛の話って言ったら……」

 

アスナがキリトに持ちかけ、他のメンバーは期待度大の視線で見つめる。

 

「う〜ん……何かあるかな?」

 

「いつも当たり前のように一緒にいるしね」

 

「だよな。逆にいつも一緒だから、アスナが飽きないか心配なくらいだよ。気の利いたデート先とか、俺あまり知らないし……」

 

「そんな!場所なんて関係ないよ!

私は、君と一緒ならどこだって幸せだよ?」

 

「アスナ………」

 

「キリトくん………」

 

 

 

 

 

 

 

チェェェェェェンジ!!!ピッチャー交代だ、終わり終わり!!

 

キリトとアスナが2人だけの世界に入り、甘い空気が出始めた所でジェネシスが打ち切った。

 

「な、なんだよ急に」

 

「見ているこっちが恥ずかしいんだもの。これ以上見てられないわ!」

 

「ご馳走様でした。もう満腹です!」

 

リズとフィリアも恥ずかしそうに頬を赤く染めながらジト目で言った。

 

「じゃあ、話題を変えようか。フィリア、何かある?」

 

ティアが次なる話題の提案をフィリアに促す。

 

「あ、じゃあお宝の話とかはどう?」

 

「お宝の話?」

 

「うん。みんなにとってお宝は何かって話。

例えば、私は色々あるんだけど……」

 

するとフィリアはアイテム欄から一つの短剣を取り出す。

それはフィリアが普段から使用しているソードブレイカー。

 

「これ、ツクヨさんと初めて出会ったときにくれたものなんだけど……」

 

そして、フィリアは語り出した。自分とツクヨとの初めての出会いを。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

今から約数か月前、フィリアは突如ホロウエリアに飛ばされた。

そこには自分が今まで出会ったこともないような強力なモンスターがそこら中にいた。

しかも敵はモンスターだけでは無い。ごく稀に現れるオレンジのホロウが襲いかかってくるのだ。

さらにホロウエリアには安全圏と呼ばれるものがなく、安心して休める場所など存在しなかった。そのためフィリアは、毎日死の危機と隣り合わせの日々を何日も過ごしていたため、心身をすり減らしていた。

 

そんなある日、フィリアは運悪くモンスターの群れと遭遇し、囲まれてしまう。一時は何とか対処できていたが、不運な事に武器の耐久が切れてしまい、丸腰になってしまったのだ。

武器がなくなった事で戦う手段を失ったフィリアは、いよいよ死を覚悟する。

モンスター達はフィリアに襲いかかり、HPをどんどん削っていく中、突如としてフィリアを襲っていたモンスターが一斉に消滅したのだ。

顔を上げると、そこには1人の女性が立っていた。金髪で髪を苦無の形をした簪で止め、服装は右側の袖がなく、右足が露出する形でスリットが入った和服を着た美女。それがツクヨだった。

 

「あ……貴女は……?」

 

フィリアが恐る恐る口を開く。

 

「ふむ、どうやら主もわっちと同じ、プレイヤーのようじゃな。ならば良い、偶然通り掛かっただけじゃったが…助かって何よりじゃ」

 

ツクヨは優しげに微笑みながらそう言った。

 

「……何で、私を助けたの」

 

「む?」

 

フィリアが呟いた言葉にツクヨは疑問符を浮かべた。

 

「私が死んだって、あんたは困らないじゃ無い……私とあんたは他人同士なんだから……」

 

この時のフィリアは連日の過酷な日々の中で心が磨耗していたため、命を救ったツクヨに対してこのような言葉しか出なかったのだ。

 

「ほう?主は別に死んでも良かったと。あそこで終わっても良かったと、そう言うんじゃな?」

 

フィリアは黙ったまま何も答えない。

 

「だがわっちはそうは思わぬ。ここで死んでもいいと思うなら、なぜ主は武器を手にしていた?なぜ戦っていた?」

 

フィリアはその言葉を受けてハッとした顔になる。

ツクヨはそれを見て満足げに笑うと、フィリアの目の前に一つの短剣を放った。

 

「主にくれてやろう。それの使い方を知りたくば……生き残りたいなら、わっちと来るがいい」

 

ツクヨはそう言いながら身体を反転させて歩き出した。

フィリアはしばらく黙ってその背中を見つめていたが、やがて意を決して短剣を掴むと、ツクヨの背中を追った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「……それ以降、私にとってツクヨさんは恩人で、師匠みたいな感じなんだよね」

 

「そんな事があったのか……」

 

キリトは話を聞き終えると成る程と頷く。

 

「いや〜、でもツクヨさんってほんと凄い人だよね。いろんな意味で。あたしの中じゃミツザネさん並みに頼れる人なんだけど」

 

「それは言えてるね。私はあまり面と向かってちゃんと話した事は無いから、今度一緒にご飯でも行ってみようかな」

 

リズベットとアスナが各々そう口にした。

 

「あ、ツクヨさんお饅頭好きだからそれ上げると機嫌良くなるよ」

 

と、フィリアは最後にそう教える。

 

「でも、そう言うエピソード付きの宝物っていいよね。私たちって何かあるかな?」

 

ティアがジェネシスにそう尋ねる。

 

「宝物なぁ〜……まあ俺はこの世界に来てからの思い出ぐれえかな、思いつくとしたら」

 

「ジェネシス……」

 

ジェネシスの答えにキリトがそう呟く。

 

「正直テメェらと会ってなかったら、俺は多分グレてたと思うぜ。だからまあ、感謝はしてる……特にティア、おめぇにな」

 

「も、もう…久弥ったら……」

 

ティアは顔を赤くして嬉しそうに微笑む。

 

「はーい、やめやめーー!!」

 

するとリズが強制的に打ち切った。

 

「ちょ、何でだよリズ!!」

 

「何かしんみりして来たし、何よりあんたがそんな事言ったら背中がむず痒くなるのよ!」

 

「普段のジェネシスなら絶対言わなさそうだしね……」

 

「いやそんなことある訳………あ、あるわけ………あるかも」

 

「あるんかいぃ!!」

 

小恥ずかしそうに頬を染めながらリズが言い、フィリアもうんうんと頷き、認めてしまったジェネシスの頭をキリトが引っ叩いた。

 

『で、でも!私達も貴方にはとても感謝してますよ!みんなもお会いできて良かったとそう思ってる筈です!』

 

「ちょっとジャンヌ!そんな分かりきってること言わなくていいのよ!!」

 

必死に伝えるジャンヌの口をリズが抑えた。

少し一悶着あったのち、次なる話題をどうするか話し合う。

 

「じゃあ次はジャンヌに話題を貰いましょうか!」

 

『わ、私ですか?!』

 

リズ次にジャンヌを指名する。

 

『で、では………皆さんの憧れの人、とかは如何でしょう?』

 

「憧れの人、か…」

 

ジャンヌは頷き、続ける。

 

『私は、皆さんもお分かりかと思いますが……フランスの偉人である《ジャンヌ・ダルク》ですね』

 

「ジャンヌはフランスに住んでるんだもんね」

 

ジャンヌの言葉にアスナはうんうんと頷いた。

 

『特に、私の住んでいるオルレアンでは、それはもう神様の如く崇められているのです。かく言う私もそうでして……』

 

「オルレアンって言うと、百年戦争の最中に敵軍に囲まれた街だよね。そこをジャンヌ・ダルクが奇跡を起こして解放したのは有名な話だよ」

 

ティアの説明にジャンヌは首を縦に振った。

 

『今の私たちがあるのは、あの方のおかげと言ったもの過言ではありませんから……。

このゲームがデスゲームになった時、私はこの名に誓って皆さんを解放しようと、今日まで戦い続けて来たんです』

 

「それが、君が旗を持って戦う理由か……これからも、頼りにしてるよ、ジャンヌ」

 

『はい!お任せください』

 

キリトの言葉にジャンヌは自信ありげに答えた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「じゃあ、最後にあたしが話題を出しましょうか」

 

深夜になり、そろそろ話の種がつき始めた頃にリズがそう言った。

 

「おや、秘蔵の話ありって感じだね?」

 

「何の話?」

 

アスナが問いかけると、リズはニヤリと笑い答える。

 

「『恐怖、夜の街に出る女性の幽霊』〜」

 

その瞬間、アスナの顔が一瞬で引きつる。

 

「怖い話ってやつ?うわぁ……怖いけど聞きたいっ!」

 

「何か楽しそうだな」

 

『それは興味深いですね』

 

「気になるなぁ〜♪」

 

他の皆は興味津々の様子だが……

 

「ほ、他の話の方が良く無いかなぁ〜?例えば……怖い話以外とか!」

 

「いや例えになってないからそれ」 

 

怖いものが苦手なアスナは話題の転換を促すもジェネシスにそう突っ込まれる。

 

「じゃあ、始めるわね〜」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

これは、リズベットが鍛冶屋の常連さんから聞いたお話……

 

「きゃああああっ!!!」

 

「いやどこでビビってんだよ?!!」

 

「まだ何も話してないじゃない!!」

 

………を話し始めた瞬間、アスナが絶叫を上げる。

 

「だって……だってぇ〜」

 

もう既に泣きそうな顔のアスナ。

 

『まあまあアスナさん、所詮は余興ですから大丈夫ですよ』

 

「ちょっとジャンヌ!それ言ったら台無しじゃないの!!

……まあむしろ、これくらい怖がってくれる方が話し甲斐があるわね」

 

そこからリズベットは再び話し始める。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

七十六層を探索していたとあるギルドがいた。

彼らはとても仲良しで、普段から常にメンバー全員揃って行動していた。

 

ある日、彼らは道に迷ってしまい、気がつくともう深夜になっていた。逸れないように皆は固まって動いていたのだが、気がつくと1人メンバーが居なくなっていた。

全員が必死になって捜索していると、無事にそのメンバーは見つかった。

だがそのメンバーは戻った瞬間、真っ青な顔でこう言った。

 

「早く逃げろ!!得体の知れない女が来る!!」

 

血相を変えて訴えるそのメンバーのただならぬ雰囲気に皆は何か嫌な予感を感じ、急いでその場を離れた。

 

しばらく走っているうちに、彼らは街に到着し、普段寝泊まりしている宿に無事戻った。

安心した彼らは部屋に戻って夕食を取ると、そのまま部屋で夜遅くまでおしゃべりをしたりカードゲームに興じていたそうだ。

 

ところがその時、部屋の電気が突如として切れた。

メンバーの誰かが間違えて消したのかと思い各々が確認するが、誰も消していないと言う。

数秒後、電気は再びついて何事もなかったかのように思われた。

 

しかし、異変は起きた。

 

部屋の隅に立つ、白い着物姿の女性。

そして、掠れた声でこう言ったそうだ………

 

 

わたしも いっしょにまぜて

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「きゃああああああーーーーっ!!!」

 

アスナが耐え切れず頭を抱えて悲鳴を上げた。

 

「……とまあ、これが常連さんから聞いた話よ。嘘が本当か知らないけど」

 

話し合えたリズが一息ついてコーラを飲む。

 

「嘘に決まってるじゃない!お化けなんて無いから!お化けなんて嘘だから!!」

 

「アスナ、落ち着けって…」

 

必死になってお化けの存在を否定するアスナをキリトが宥める。

 

「うーむ……」

 

「ん?どうかしたの、久弥?」

 

何故か考え込むジェネシスを見て不思議そうな顔で覗き込むティア。

 

「いや、何でもねえ(白い着物姿の女性……いや、まさかな)」

 

ジェネシスの頭に浮かんだのは以前から度々出会っている、嫋やかな仕草や雰囲気を持つ不思議な雰囲気の貴人。

まさか彼女なのでは……そんな事をジェネシスが考えていた時だった。

 

部屋の電気が消えた。

 

「ちょ、ちょっと!!誰よ部屋の電気消したの!!」

 

「わ、私は何もしてないよ!!」

 

「お、俺だって何もしてない!!」

 

『私も何もしていません!!』

 

「というかそもそもスイッチって何処にあったっけ?」

 

皆突然の事で戸惑いの声を上げる。

だが誰も部屋の電気を消していないようだ。

 

数秒後、再び電気が回復する。

 

「もう、何だったのかしらね」

 

「システム的なトラブルの一つかな。アークソフィアに来てからカーディナルシステムに異常があるみたいだし」

 

リズの疑問にキリトがそう答えた。

 

「あ、あああぁぁ………!」

 

するとフィリアが真っ青な顔で指を刺す。

 

「う、うしろ………」

 

「え、ええっ?!ちょっと……そんな?!」

 

「うそ……そんな……!」

 

『あわわ……』

 

フィリアが指を刺した方向を見た皆は一斉に固まった。

 

「な、なに?!」

 

「あ、アスナ……うしろ……!」

 

状況を把握できていないアスナに、キリトが指を刺して教える。

恐る恐るアスナが振り返ったその先に………

 

 

 

 

女は立っていた。

 

「い……いやああああああ!!!」

 

黒い艶やかな短髪に白い着物姿の女性がゆらりと部屋の隅に立っている。

 

「ほ、ほんとに出たあぁぁぁぁ!!」

 

「わ、私は食べてもおいしくないよ!!!」

 

「そんな……うそでしょ?!」

 

「ゲームの中に幽霊が出るなんて、そんな事あるのか?!」

 

『ああ、神よ……どうかこの哀れな魂を導き下さい……!!』

 

皆は各々絶叫を上げる。

すると幽霊(?)はニヤリと口を三日月の形に曲げる。

 

「ふふふ……すごく楽しそうな事をしているじゃない」

 

と、透明感のある声を発する。そして……

 

「私も、一緒に混ぜて?」

 

『『『ギャアアアアアァァァーーー!!!』』』

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

絶叫を上げてキリト達は部屋を飛び出して外に出た。

 

「ちょっと!!何なのよあれ!!」

 

「俺にもわからねえよ!!まさかほんとにあれが……」

 

リズが息絶え絶えになりながら叫ぶが、キリトにも分からないので首を横に振る。

するとティアが何かに気づく。

 

「あれ?ジェネシスは?」

 

皆は一斉に辺りを見回すが、彼の姿は無い。 

 

『もしや、まだ部屋にいるのでは……』

 

「急いで戻るぞ!」

 

嫌な予感を感じたキリトとティアが走って戻る。

 

「ちょっとキリトくん!!もう〜、やだあぁぁぁ!!」

 

ただでさえ幽霊が嫌いなアスナは泣きながらその後を追う。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

皆が悲鳴を上げて部屋から飛び出した後、一人部屋に残ったジェネシス。

 

「……で、一体なにしてんだシキ」

 

呆れた顔でそう問いかける。

幽霊……もといシキは肩を竦めて

 

「もう、あんなに怖がらなくてもいいじゃない。ちょっと楽しそうだったから覗いただけなのに」

 

と、残念そうに答える。

 

「あのな、タイミングが最悪なんだよ……」

 

やれやれとジェネシスは首を振った。

 

「はあ……さて、私はもう行くわね」

 

「ん?何だ、あいつらには挨拶しねえのか?」

 

立ち上がるシキにジェネシスが問いかける。

 

「ええ、まだ彼らにちゃんと会うには少し早いわ。

悪いけど、適当に誤魔化しておいてくれるかしら」

 

「あのなぁ……こんなのどうやって誤魔化すんだよ……」

 

ジェネシスのぼやきにシキは「ふふっ」と笑って部屋を出ようとする。

 

「あー、ちょっと待った」

 

そんな彼女をジェネシスは少し引き止める。

 

「あんたの正体だが……多分分かっちまった」

 

するとシキは振り返って優しげな笑みを浮かべ、

 

「へぇ……では、貴方の推理を聞かせてくれるかしら」

 

と興味深そうに問いかける。

 

「あんた……レイやサクラと同じMHCPなんじゃねえか?

この世界のことに誰よりも詳しいし、普通のプレイヤーとはちょっと違うみてえだし」

 

「ふふっ。流石、鋭いわね。では答え合わせといきましょう……。

貴方の推理はイエスでもあるし、ノーでもある。半分正解で半分不正解、というところね」

 

ジェネシスの指摘に対しシキはそう答える。

 

「今の私のこの身体は、確かにMHCP4号《シキ》のもの。だけどこの身体を動かしているデータはまた別のものなの」

 

「何だそりゃ。ますます分かんねえよ……まさか、この間見せたあのスキルって……」

 

「ええ、《直死の魔眼》は元々この身体の持ち主であった《シキ》に備えられていたもの。だから本来の私の力ではない、とはそういうことよ。

さて、申し訳ないのだけれどこれ以上詳しくは言えないわ。

もうすぐ彼らも帰ってくるし」

 

そう言ってシキは再び歩きだす。

 

「はあ……まだあいつらには話さねえ方がいいんだな?」

 

「ええ。そうしてほしい。正直な話、私はまだ会うわけにはいかないの。私の存在が露見してしまうと色々と厄介だから……あとはお願いね?」

 

そしてシキは次の瞬間、姿を消した。

 

その数秒後、キリト達は戻ってきた。

 

「じ、ジェネシス!!あの幽霊はどうしたんだ?!」

 

「はっ、俺が払っといてやったから安心しろ。もう二度とあんな悪戯はしませんと泣きながら謝って出て行ったぜ」

 

と、ジェネシスはあっけらかんと答える。

 

「大丈夫だった?呪われたりしてない?」

 

「大丈夫だっての。心配すんな、あいつはそんなやつじゃねえ」

 

心配そうにジェネシスに問いかけるティアに対し、ジェネシスは諭すような口調で言う。

 

その後、皆は無事就寝し、お泊まり会は一応成功を収めた。

 

 




お読みいただきありがとうございます。

両儀式っていいですよね……あと月詠さんも。

個人的に今作でのツクヨさんは、フィリアと師弟関係的なものに出来たらと考えてます。

では、次回もよろしくお願いします。
評価、感想などお待ちしております。


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五十九話 動き出した悪

連投でございます。
まあ短めですが、ご容赦ください。


情報屋のアルゴから提示された衝撃の情報。それはラフコフ以来となる殺人ギルドが出現したと言うものだった。

その名も、《“J”》。

 

アルゴは更に詳細なデータを伝えるため、ホワイトボードに5枚の写真を貼り付ける。

アルゴはまず左端に貼り付けたフード付きの男の写真を指差す。

 

「まずはこいつダ……お前さん達も知ってると思うが、かつてラフコフの3幹部の1人だった《ジョニー・ブラック》。

ラフコフが壊滅した後、しばらく消息不明だったんだガ……」

 

「ジョーカーの下に下った、と言うことか」

 

キリトの言葉にアルゴは首を縦に振る。

 

「ま、正直コイツに関してはまだ可愛い方ダ……問題は後の4人」

 

次にアルゴはジョニーの隣に飾られた写真を指差す。

目がやや飛び出ており、紺と紫のローブを着た不気味な男性。

 

「『青髭のジル』。近頃、下層で小さい子供のプレイヤーがいなくなるって言う事件が多発していてナ……どうやらコイツが関与してるって話ダ」

 

『小さい子供を……そんな……』

 

ジャンヌはかなりショックを受けた様子で、口元を両手で覆いながら呟く。

 

「でも、小さい子供って基本的に第一層で保護してるんじゃ……」

 

第一層に行った時に子供のプレイヤーと関わった経験のあるキリトが疑問符を浮かべた。

 

「残念ながら、第一層の子供が全てじゃなイ。未だにフィールドを彷徨ってる子供が偶にいるらしいんダ。標的になってるのは、そんな子供達サ」

 

「ひどい……」

 

サチも震えた声で呟く。

すると、

 

『……彼は、私が必ず止めます』 

 

ジャンヌが毅然とした表情で告げる。

 

「ジャンヌ?」

 

『これ以上、無垢なる子供達を傷つけさせはしません』

 

きっぱりと決意が固まった様子でそう言う。

 

「じゃあ、次ダ……《ジェイソン》。見ての通り、馬鹿みたいなパワーが特徴のやつダ。お前さん達は既にやり合ってるんだったナ?」

 

「ああ。恐ろしいほどの怪力の持ち主だった」

 

一度戦ったことのあるキリトが彼との戦いを振り返ってそう答える。

 

「続いて、“J”の実質ナンバーツーの男ダ」

 

アルゴは更に隣の男の写真を示す。そこには、銀髪で赤い瞳の人斬りが写っていた。

 

「《ジャック・ザ・リッパー》……これまで何人ものプレイヤーを文字通り切り刻んできた人斬りダ」

 

その瞬間、ティアは無意識のうちにその写真から視線を逸らす。ティアにとって、ジャックは二度も嫌な経験をさせられた因縁の相手だ。

 

「そして最後に……この男ダ」

 

アルゴが最後に示したのは紫のピエロ風マスクの不気味な男。

 

「“J”を率いるリーダー、そして最悪最狂のプレイヤー……《ジョーカー》。コイツはオレっちから見てもかなりやばいプレイヤーダ。これほどのプレイヤーが今までどこで何をしてたのか、オイラの情報網を駆使してもまるっきり掴めナイ。ホロウエリアにいたってのは知ってるんだが……問題はその前ダ。多分ラフコフにでも居たんだろうが、何一つ情報がナイ」

 

そこまで説明し終えて、アルゴは一呼吸おく。

 

「ジョーカー……こやつだけは許さぬ」

 

被害にあったツクヨが恨みがましい視線でジョーカーの写真を睨む。

 

「このジョーカーって人、PoHとは違うの?」

 

サチの疑問に対し、ジェネシスが答える。

 

「PoHはてめぇらが思ってるような殺人鬼じゃねえ。ありゃあただのアンチや荒らしの成れの果て、俺たち攻略組やキリトを人殺しにしたいだけの小物だ。

だがジョーカーは違う。こいつは根っから狂ってるやつだ。そして何もかもを狂わせることに楽しみを感じてる。人殺しはあくまでその手段でしかねえ」

 

ジェネシスの言葉にキリトも頷く。

 

「ああ。俺もジョーカーを一目見ただけで分かった。こいつはPoHよりも遥かにヤバいやつだ。と言うか、何でよりによってSAOにこんな奴がいるんだ……」

 

キリトもげんなりした顔で呟く。

 

「さて、とりあえず主要メンバー二関してはこんな所ダ。組織の名前の由来は、この幹部達の共通点が名前の初めに“J”がつく所から取ったんだと思ウ。とはいえ、ここまで聞いたらラフコフと同じだと思うだロウ……だがそんな事はナイ。

この際だからはっきり言うゾ。“J”は恐らくラフコフを遥かに凌ぐ、史上最悪の犯罪者ギルドダ」

 

アルゴがそう告げると、皆は息を呑んだ。

 

「コイツらのヤバいところは、部下達もレベルが高いってことダ。ラフコフは部下達のレベルはそこまで高くなかったが、コイツらは違ウ……それこそお前さん達攻略組に匹敵する程の強さがあル。正面から戦おうものなら、こちらも本気で向こうを殺す気でかからないと間違いなく殺らレル」

 

「嘘でしょ……どうしてそこまで」

 

アスナがアルゴの説明を受け愕然とする。

 

「嬢ちゃん、こんな奴らに“何故”なんて聞いても無意味だ。重要なのはどうやってコイツらの暴挙を食い止めるか、だ」

 

そんなアスナを、年長者であるミツザネが諫めた。

 

「そこの旦那の言う通りダ。とは言えコイツらは神出鬼没……どのタイミングでどう仕掛けてくるかも全く読めナイ。だから対策のしようもないんダ……」

 

するとそこへアルゴの元へ一通のメッセージが入る。

 

「………たった今、“J”に関する新たな情報が入っタ」

 

皆はアルゴの方に注目してどんな情報が入ったのか聞く。

 

「ラフコフの元リーダー、PoHが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……“J”によって殺されたそウダ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

時は数分前に遡る。

 

薄暗い鬱蒼とした森林の中を、1人の男がゆっくりと進む。

真っ黒のポンチョを身につけ、ボロボロの茶色いズボンを履いた男性。

彼の名は《PoH》。かつてラフィンコフィンと言う犯罪者ギルドの長だった人物だ。

 

「ヘッド」

 

すると、彼の背後から陽気な男の声が響く。

PoHが振り返ると、そこにはかつて自分の部下だった《ジョニー・ブラック》が立っていた。

 

「……なんだてめぇか。生きてたんだな」

 

「まあね!あんなので死ぬわけ無いじゃん!まだまだ俺、人を殺し足りないからさ!!」

 

楽しげに話すジョニーに対し、PoHは興味なさげに「ふん」と息を吐く。

 

「ねえ、ヘッドもどうすか?もう一回俺と一緒に人殺しやりましょうよ!!」

 

「俺はそんなもんに興味はねえんだよ。俺が興味あるのは……《黒の剣士キリト》と《閃光のアスナ》をどうやって殺すかってことだけだ」

 

PoHの言葉にジョニーは何も答えない。

そんな彼を無視してPoHは踵を返して歩き出す。

 

「つうわけだ。俺はてめぇらなんざ仲間だとかそんな風に思ったことはねえ。もう俺に関わるんじゃねえ、好きに生きな」

 

「そっかぁ〜……んじゃあ、そうさせてもらうよ!!」

 

瞬間、ジョニーは懐から素早く毒ナイフを取り出し、PoHに投げつける。

PoHも素早い反応で腰から《メイトチョッパー》を引き抜き、それらを弾く。

 

「生憎だがヘッド、俺もアンタに対して何とも思っちゃいない。いや、むしろずっとこう思ってたよ……アンタが死ぬ時、どんな顔をするのかってさぁ!!」

 

ジョニーはそう言って毒ナイフを手に取って斬り込む。

PoHは短剣でジョニーの突撃を受け止める。

 

「ほう、上等じゃねえか。だが……」

 

PoHはその状態からジョニーの腹部を蹴り飛ばしてバランスを崩させ、更に短剣を振り下ろしてジョニーの左腕を斬り落とす。

 

「残念だったな。俺を殺そうなんざ100年早えんだよジョニー」

 

と言ってジョニーを見下ろすPoH。

 

「んじゃコイツはどうだい?」

 

次の瞬間、背後から別の男の声がし、その背中に投げナイフが突き刺さった。

 

「ぐっ……!」

 

そのナイフには麻痺毒が塗ってあり、PoHはその場に崩れ落ちた。

 

「ふ……ハハッ、ヒャァハハハハハッ!!!」

 

甲高い笑い声を上げながら軽快な足取りでPoHに近づく紫のスーツの男性。

PoHは唯一動く首でその声がした方を見遣り、そして忌々しげにその名を口にする。

 

「てめぇ……ジョーカー……!」

 

ジョーカーはPoHの元にしゃがみ込む。

 

「よぉ〜PoHさん。どうだい?自分が散々人にやってきた手口を受けるって言う気分は?」

 

ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら問いかけるジョーカーに、歯軋りしながら憎悪の表情を向けるPoH。

 

「ブァッハハハハハハハハハハハッ!!!いいねぇ〜いいねぇ〜いいよぉ〜!

その顔、その表情、最高だぜぇ〜!!おい、ジョニーも見てみろよ!こりゃ傑作だぜハハハハハッ!!!」

 

更にジョーカーは立ち上がって無抵抗のPoHを何度も踏みつけ、蹴り飛ばす。

しばらく狂ったように笑いながらPoHを蹴り、踏みつけるジョーカー。やがて落ち着きを取り戻し、先払いすると懐からサバイバルナイフを取り出す。

 

「PoHさんよぉ、アンタの作ったラフコフは楽しかったが……上のアンタは全然ダメ、というかクソだったなぁ。何せアンタの目的はただ攻略組の奴らを人殺しにしたいだけ、取り分け黒の剣士キリトにはご執心のようだったなぁ〜!

そんなんじゃせっかくのあの組織も宝の持ち腐れ、挙句アンタは自作自演であの組織を潰しやがった!俺が考えた楽しいP.A.R.T.Yもオジャンだ」

 

そして再び蹲み込んで、その顔にサバイバルナイフの刃を近づける。

 

「俺は違う……そんなんじゃ終わらせねえ。最っ高に楽しい組織を俺は作った。そして俺はコイツらと一緒にこれから祭りを開く」

 

すると周りから複数のプレイヤーが続々と現れ、ジョーカーの背後からPoHを見下ろす。それは“J”の幹部、ジャック・ジェイソン・ジル・そしてジョニーだ。

 

「だが残念なことに、その祭りにアンタは不要だ……そういう訳だ、グッバイだぜPoHさん」

 

そしてサバイバルナイフを直すと、代わりにその口に丸い鋼鉄の物体をねじ込む。

それは、時限式の爆弾。

 

ジョーカーは立ち上がって、そのまま歩き出す。PoHは口に爆弾を仕込まれているため何も言葉を発せず、ただ憎しみの目でジョーカーを見つめるのみ。

 

ジョーカー達が歩いてしばらく、遥か後方で爆発音が響く。

 

爆風が止み、煙と共にそこにはガラス片のような青白いエフェクトが舞っていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「PoHが死んだ?!」

 

「この人でなし!!……じゃねえや。いやPoHは確かに人でなしなんだがそれはいい。

その情報は本当なのか?アルゴ」

 

信じられない、とばかりにキリトとジェネシスが問いかける。

 

「ああ。頼れるやつからの情報ダ。間違い無いと言ってイイ」

 

アルゴは首を縦に振って断言した。

 

「まさかPoHが殺されるなんて……」

 

「普通ならザマァとか思ったりするんだろうが……何か釈然としねえな」

 

ティアとクラインがそう呟く。

他のメンバーも同じなようで、未だにメンバーの中では騒めきが起きている。

 

「これから何が始まるのかな……」

 

「さあな。とりあえず、奴らには十分気をつけねえとな」

 

ティアの言葉にジェネシスがそう答えた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一方、こちらは“J”のアジト。

 

「さて、ジョーカーよぉ。俺たちはこれからどぉするんだぁ?」

 

ジェイソンが首をグリグリと回しながらジョーカーに尋ねる。

 

「その事なんだがな……スポンサー様からのお達しで、計画を予定より早くスタートさせろ、だとよ」

 

ジョーカーの言葉に一同は驚く。

 

「おやおやぁ。では早速、我々は行動に移った方がよろしいので?」

 

「Yea。そう言う訳だ……早速、仕事に取りかかってくれ」

 

両目をギョロギョロと回しながら尋ねるジルに、ジョーカーは頷いて皆に指示を飛ばす。

そして一同の表情に不気味な笑みが浮かび上がった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

〜一ヶ月後〜

現在、最前線は95層。

あれ以降、“J”の勢いはどんどん増していった。

殺人の被害者はもちろん、行方不明者が増加しているのだ。

 

しかしそんな中でも、最前線の攻略は続く。

その日はサチ、サツキ、ハヅキ、リーファ、エギルの5人が迷宮区に出ていた。

 

「ふう……こんなところかな」

 

「お疲れ様です、サチさん」

 

モンスターを撃破したサチが槍を振り払い、彼女をサツキが労う。

 

「…もう夕方の5時か……よし、そろそろ戻ろうぜ。夕飯の支度をしなくちゃならんしな」

 

「そうですね、それじゃ帰りましょうか」

 

時間を確認したエギルがそう提案し、ハヅキも同調して頷く。

 

「じゃあ、皆さん帰りましょう!オレンジに遭遇しないように気をつけて」

 

リーファがそう口にした時だった。

 

「なぁにに気をつけるってぇ〜?」

 

後ろから威圧感のある間延びした声が響く。

その声に聞き覚えのあるリーファとサツキは反射的に後ろを振り向く。

そこには、エギルよりも高く、筋肉質な大男が立っていた。

 

「じ、ジェイソン……!!」

 

「おぉ、覚えてくれてるたぁ嬉しいねぇ〜。だが悪いんだけどなぁ、ちょいと大人しく捕まってくれねぇかぁ〜?」

 

ジェイソンがそう言った直後、彼らの周りに多数のオレンジプレイヤー達が出現し、取り囲んだ。

 

「まさかこいつら……」

 

「みんな“J”のプレイヤー?!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「待たせたな諸君!!」

 

オレンジプレイヤーが多数集う中、ピエロ顔の男、ジョーカーが通り抜ける。

そして彼らを一望できる少し盛り上がった場所に登り、彼らの方を向く。

 

「今晩、18時を以て────P.A.R.T.Yを始めるぞぉ!!」

 

ジョーカーが高らかにそう叫んだ直後、オレンジ達の間で歓喜の雄叫びが上がり始め、場のボルテージが高まる。

 

「聞きましたか同胞達よぉ〜!!遂に機は熟しましたぁぁ!

惰眠を貪る者達に我らの力、存分に示しましょうぞおぉぉ!!!」

 

オレンジの男達に向けてジルがそう鼓舞した事で更に場が盛り上がる。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

七十六層アークソフィア

 

「遅いな、リーファ達……」

 

その頃、キリト達はアークソフィアの宿屋でリーファ達の帰りを待っていたのだが、中々帰って来ず心配そうに座る。

メッセージを飛ばしても、何も反応がない。

 

「ま、ちょいと寄り道でもしてるんじゃない?」

 

イシュタルが軽く笑いながら告げる。

しかし皆の表情は深刻な面持ちだ。ただでさえ“J”の暗躍が続く中、攻略に出た面々の帰りが遅いとなると心配にもなる。

 

その時、皆の元に一斉にメールが届く。

 

彼らがそのメッセージを開いた瞬間、皆の目が衝撃で見開かれた。

 

「嘘よ……」

 

「……冗談でしょう?」

 

そのメッセージには、こう書かれていた。

 

「“J”による人質篭城事件発生……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区タワーが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

占拠されただと?!!」

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

そしてこれがやりたかった!!

はい、今回起きた『迷宮区タワー占拠事件』と言う前代未聞の事件は、ジャズが前々からずっとやろうと思ってた事なんです。いろんなSAOの二次創作がありますが、こんな事やってるの自分くらいじゃないですかね?

では、次回もよろしくお願いします。
評価、感想などお待ちしております。


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六十話 突入前・それぞれの思い

こんにちは皆さん、ジャズです。
ジョーカーを本格的に出してから、ノーラン版《ダークナイト》を何回も見返してます。
やっぱり何度見ても、ヒース・レジャー氏の演技は素晴らしい者ですね……。


犯罪者ギルド“J”による迷宮区タワー占拠事件が発生してすぐ、その対策のための緊急会議がアークソフィアの広場で開かれた。

アスナが司会を務め、アルゴが自身の集めた“J”の構成員の情報を皆に伝える。ただ、事態は一刻を争うため説明は手短に行われた。

“J”はかつてのラフコフと違い、構成員一人一人のレベルが高いため、鎮圧するにはそれこそ敵を殺す気で行かなければたちまち全滅してしまう。この会議では参加者一人一人に、「殺人を犯す覚悟」が問われた。

 

「……作戦の実行は30分後にします。無理強いはしません。戦う覚悟のある人だけ、もう一度集まってください」

 

アスナはそう言って会議を締め括った。

ジェネシス達は一度彼らが普段から使用している宿屋に戻った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

食堂の席に全員が揃って座る。

だが場は沈黙で包まれ、誰一人言葉を発さない。

皆、悩んでいるのだ。迷宮区タワーが占拠され、しかもそこに人質があるとなれば何としても助けなければならない。

しかし最前線の迷宮区は高レベルのモンスターが出現するためただでさえ危険度が高い上に、自分たちと同等の強さを持つ犯罪者プレイヤーがいるのだ。

 

「………はあ」

 

ジェネシスは不意に立ち上がると、そのまま外に出た。

外はもう真っ暗になっており、ひんやりした空気が彼の肌を撫でる。

 

彼自身、人殺しになる覚悟はとうに出来ていた。大切な仲間の為ならばその罪過をいくらでも背負うつもりでいた。

 

「ジェネシス」

 

不意に彼を呼ぶ声がし、振り向くと後ろにシノンがいた。

 

「…どうした?やっぱ怖ぇのか?」

 

「そうね……人殺しになる覚悟は、私には出来ない。私は……人に向かってこの引き金を引くことは……どうしても出来ないと思う」

 

シノンは震える右手を左手で押さえ込むように掴みながら、不安げな顔で言った。

 

「シノン、安心しろ……なんて言うつもりはねえ。こればっかりは今までとは何もかもが違うしな……だから無理に戦いに来いなんざ絶対に言うつもりはねえし、来なかったとしても誰も責めないから安心しろ」

 

ジェネシスは口元に笑みを浮かべながら言う。

 

「だが、これだけは覚えとけ」

 

そう言ってジェネシスはシノンの両肩を掴む。

 

「お前が引いた引き金は、確かに誰かの命を奪うかもしれねえ……けどな。同時に誰かの命を救う事にもなる。

だから……もし戦うなら、迷わずに撃て。てめぇの勇気が、俺たちを確実に助けてくれるからよ」

 

ジェネシスはそう言うと、シノンの頭を撫でて歩き出す。

 

「私の引き金が……誰かを救う……」

 

シノンはジェネシスの言葉を反芻する。

その時、シノンの中に何かがストンと落ちる感じがした。今まで背負い続けてきた重りが、少しだけ軽くなったような感覚がしたのだ。

 

「ありがとう……ジェネシス……」

 

シノンは1人、小さな声で呟く。

そして、いつのまにか震えが止まっていた右手をゆっくり上げ、指をピストルのような形にすると、空に輝く月のような明かりに向けて照準を合わせる。

 

「今はまだ、答えは出てないけれど………あんたの、みんなの為なら、私は………」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その頃、外のベンチに座ってキセルを蒸しているツクヨがいた。その隣にはフィリアが座っている。

 

「……今宵はとんだ夜になってしまったのう、フィリアよ」

 

ツクヨはキセルの煙をフウ、と吐くと、隣に座るフィリアに語りかける。

フィリアは膝を抱え込むように座りこんでいる。

 

「ツクヨさんは……怖くないの?これからの突入作戦」

 

「うむ、怖くなど無い。忘れたかフィリア?わっちらはそれよりも過酷な日々を、ホロウエリアで過ごして来たであろう」

 

ツクヨは落ち着き払った声と口調で言う。

 

「何より……わっちには頼れる弟子が付いておる。恐れることなど、何もありんせん」

 

そしてツクヨはフィリアの頭を優しく撫でながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

シリカは食堂で1人、俯き加減で座っていた。

不安と恐怖に押しつぶされそうになっている彼女を、心配そうにピナは見つめる。

 

「ピナ……あたし、どうしたらいいんだろう……」

 

『きゅる……』

 

シリカは1人、ピナに対してそう問いかける。

 

「よう、やっぱり不安か?」

 

そんな彼女の元へジェネシスがやって来る。

 

「あ……ジェネシスさん」

 

「シリカ、無理して戦うことはねえ。これからの戦いは今までとは違えんだ……確実に人が死ぬ。シリカだって死ぬ可能性だってある」

 

ジェネシスの言葉にシリカは何もいえなくなる。

 

「この戦いに参加しななかったからと言って誰も責めたりしねえ。いや、本音を言うと誰もこの作戦には参加して欲しくねえ……仲間が危険な間に合うなんざ真っ平ごめんだしな」

 

ジェネシスは俯くシリカの頭を優しくポンポンと叩くと、そのまま歩き出す。そんな彼をシリカは呼び止めた。

 

「ジェネシスさんはどうするんですか?」

 

「俺は参加するぜ。人質取られてるしな。それに、迷宮区タワー占拠されちゃあ攻略が出来ねえし」

 

ジェネシスはそう言い残して立ち去った。

 

「………強いなあ、ジェネシスさんは」

 

シリカは羨望の眼差しでジェネシスが歩き去った方を見つめながら呟くと、座り直してピナの方を向く。

 

「あたしも……今までも臆病なままじゃいけないよね、ピナ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ジェネシスは食堂を歩いていると、メニュー欄を開いてアイテム整理を行なっているイシュタルと、お菓子を頬張っているオルトリアを見かける。

 

「よう」

 

「あら、何か用?」

 

イシュタルはメニューを閉じてジェネシスの方を向く。

 

「ジェネシスさんも食べます?」

 

「お前こんな時によくそんなもん食えるな」

 

ジェネシスは呆れた顔で言いながらオルトリアが食べているポテトチップスを一枚貰うと口に放った。

 

「前にも言ったじゃないですか。食べたい時に食べる、それがおやつタイムです。

それに………食べないと落ち着かなくて」

 

やや目を伏せ気味に言うオルトリアは、そう言って再びポテトチップを食べ始める。

 

「ふふっ、澄香もホントは怖がってるのよ」

 

「む、別に怖がってなんかいませんよ。そう言う凛ちゃんだって怖いんじゃないですか?」

 

ニヤニヤと笑いながら言うイシュタルに対し、オルトリアは頬を膨らませて反論した。

 

「そりゃ怖いに決まってるじゃない。ただでさえ死んだら終わりのゲームで、殺人ギルドとやりあわなきゃ行けないのよ?こんなの普通でいられる方がおかしいっての……

 

でも、あんたが守ってくれるんでしょ?」

 

するとイシュタルはジェネシスの方を向き、口元に笑みを浮かべながら確信を持ったような顔で問いかける。

ジェネシスは一瞬固まるが、「はっ」と軽く笑うと

 

「たりめーだ。テメェらは絶対に死なさねえよ」

 

「そう、なら頼りにしてるわよ!」

 

イシュタルはそう言ってジェネシスの背中を思い切り叩く。

 

「では、私の事もお願いしますね」

 

すると今度はオルトリアもジェネシスの背中を思い切り叩く。

 

「痛ってえ!……ったく、言われんでもわかってるっつーの!」

 

ジェネシスはそう言いながら両手で二人の背中を同時に叩いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「久弥」

 

ジェネシスが部屋に戻ってリラックスしながら装備の確認をしていると、ティアが部屋に入って来た。

 

「久弥も、作戦に参加するんでしょう?」

 

「ああ。そのつもりだ」

 

ジェネシスはメニュー欄を閉じると頷いて答える。

 

「……止めても、行くんだよね」

 

「……まあな」

 

するとティアはジェネシスに思いきり抱きつく。

 

「お、おいおい……どうしたんだよ」

 

ジェネシスは戸惑いながらも、ティアの頭を撫でる。

ティアはジェネシスに回した両腕に力を込めて思い切り抱きしめる。

 

「約束して?絶対に死なないって。もう絶対にあんな無茶はしないって」

 

ティアの言う“無茶”と言うのは、かつてラフコフ掃討作戦に於けるジェネシスの行動だ。命の危機に瀕したティアを守るため、ジェネシスは多くのラフコフメンバーを死に追いやった。

 

その事を指摘されたジェネシスは苦笑いになり、

 

「はあ、てめぇに言われちゃ仕方ねぇな……」

 

そう言ってティアの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

出発前。ジェネシスとティアが最後の確認を終え、宿の出口に向かって歩いていると……

 

「パパ、ママ」

 

彼らを呼び止めたのは、娘のレイ。

 

「……心配はしていません。パパとママなら、必ず帰ってくるって信じてますから」

 

「ああ。いつも通りちゃんと帰ってくるさ。それまで、また留守番よろしくな」

 

ジェネシスは蹲み込んで、レイの頭を優しく撫でる。

 

「レイ、いい子にして待ってるんだよ?」

 

「はい!待ってますからね、ママ」

 

ティアもレイを優しく抱きしめながら言った。

そしてジェネシスとティアは歩き出す。

その後ろに、サクラが続いた。

 

「サクラ、パパとママをお願いします」

 

「勿論です。私がいる限り、お父さんとお母さんは絶対に大丈夫ですから!」

 

サクラは優しげな笑顔でレイに力強くそう告げると、ジェネシス達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

作戦実行の時間が近づき、参加メンバーは再びアークソフィアの転移門前に集まる。

そこにはジェネシス、ティアを始め、彼らの仲間が全員揃っていた。不安がっていたシノンやシリカ、フィリアも、その恐怖は克服できていないようだが、覚悟を決めた表情でそこに立っている。

 

「やっぱり、お前も参加するんだな」

 

するとキリトがジェネシスの元に歩み寄る。

 

「おめぇの方こそ、まさか来るとは思ってなかったぜ」

 

「まあな、俺はお前に借りがあるしな……」

 

キリトはそう言って一度目を伏せる。

 

「あの時、ラフコフ掃討作戦で、俺たちはお前一人に全部背負わせてしまった……俺が背負うべきだった罪まで、お前にやらせてしまった借りがある。

だから今度こそ、お前一人に背負わせたりしない。今度は……みんなで背負うんだ」

 

キリトはきっぱりとした顔でそう告げる。

 

「なーにを勘違いしてんだバカモンが」

 

すると後ろからミツザネがキリトとジェネシスの頭に拳骨を加えた。

 

「ちょ、ミツザネさん?なんで俺まで叩かれなきゃ行けないんです?!」

 

ジェネシスが涙目でミツザネを睨む。

 

「ついでだ、気にすんな。

それより、これから俺たちは奴らと殺し合いをしに行くんじゃねえよ。俺たちはただ、奴らを懲らしめに行くだけだ。そこまで気負う必要はねえ筈だぜ。

それに……」

 

するとミツザネは二人の肩を組んで抱き寄せる。

 

「どんな結果になろうとも、お前たちはお前たちの信じた道を進め。もしもの事があっても、俺が何とかしてやらから安心しろ」

 

ミツザネは不敵な笑みでそう告げた。

 

「……たく、頼れるお義父さんだぜ」

 

「テメェにお義父さんと呼ばせる事を許した覚えはねえ」

 

「いやなんでぇ?!」

 

ジェネシスの言葉に対しミツザネは冷えた目つきでジェネシスの頭をもう一度殴った。

彼らがそんなやり取りをしていると、アスナが集団の前に立つ。

 

「では……行きましょう。彼らの暴挙を食い止めるために」

 

そしてアスナは回廊結晶を開き、“J”が待つ九十五層迷宮区タワーへの道を開く。

攻略組メンバーは、その光を潜り抜け、狂気が渦巻くその戦地へと足を踏み込んだ────

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、九十五層迷宮区。

 

「……来やがったか」

 

ピエロ顔の不気味な男、ジョーカーは攻略組が来た事を察知すると、ニヤリと口角を上げる。

 

「さて……それじゃあ、あんたの計画とやらを始めようじゃねえか」

 

ジョーカーは身体の向きを反転させると、後ろに立つ人物に対して言った。

 

「ああ。恩に切るよ……君達の協力のお陰で、僕の研究はあと一歩の所まで来た」

 

そこに立っているのは、白と金のゴージャスなアーマーを身につけた見た目だけは美青年の男………

 

アルベリヒ。

 

「手始めに……この研究成果を、彼らにくっ付いているゴミ同然のAI……《MHCP》に試してみようじゃ無いか。人の心を浄化するのが仕事の奴らに、人の悪意の集合体をぶつけたらどうなるか……ククククッ」

 

不気味な笑みを浮かべながら、アルベリヒは右手に何やら鍵爪のようなドライバーを取り出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

そこは真っ暗な空間。周りには何もなく、ただ殺風景な空間の中に、リーファは立っていた。

自分は先ほどまで、確かに迷宮区の中にいた。しかしジェイソン達に襲われてから意識を失い、気がつけばこんなところにいた。

 

その時だった。

 

足元からゆっくりと、何かが浮き上がってくる。

リーファはそれがなんなのか気になり、目を凝らしてよく見てみると、それは『怨』と言う文字だった。

それが何かの皮切りだったのだろうか。

 

リーファの周りから次々と文字が出現する。

『憎』『恐』『怒』『憤』『怖』『死』『殺』『滅』『亡』『迅』『雷』『悪』『零』『戦』『不』『嫉』『妬』────

 

などと言った『負』の意味合いを持つ文字。

そしてそれとともに、リーファの頭に人々の悲鳴のような声が木霊する。

 

「い、いや……」

 

視覚からも、いや五感から流し込まれる人々の『負』の感情。腹立たしい、妬ましい、憎い、殺したい、死なせたい、滅亡させたい────そう言った人々の悪意がリーファを組まなく蝕む。

 

「いやぁぁぁぁ!!!」

 

リーファは耳を押さえて叫んだ。もういい、これ以上は見たくない、聞きたくない。

だがそんな彼女の悲痛な願いも届かず、負の感情は流れ込んでくる。

 

“誰か……誰か助けて………”

 

 

“お兄ちゃん……!!”

 

リーファは自身が慕う兄に心で助けを求めた。

 

 

 

その時だった。

 

 

『ブチィ』と何かが引きちぎられるような音がし、リーファの視界が一瞬フラッシュで覆われる。

目を覆いたくなるような刹那の光が晴れると、そこは先ほどまでいた何もない真っ暗な空間ではなかった。

薄暗いのは変わらないが、そこは何やら病院の一室のような、沢山の簡易なベッドが並べられており、そこにプレイヤー達が目を擦ったり頭を押さえたりしながら座り込んでいた。その中には、先ほど自分と共にいたサチ・エギル・サツキ・ハヅキもいた。

 

一体ここは何なのか……リーファが辺りを見回していると。

 

「目が覚めたかしら」

 

不意に背後から優しげな女性の声が響く。

 

リーファは振り向いてその人物を見た瞬間、思わず固まってしまった。

そこには自分が今まで見たことも無いような、美しい女性が柔和な笑みを浮かべながらこちらを見て立っていたのだ。

部屋は薄暗いのに、その女性が自ら光を放っているかのようだった。短めに切り揃えられた髪は暗闇でも艶やかな光を放ち、真っ白な着物は暗闇でも非常に目立っていた。

スラリとした体型に嫋やかな仕草で立つその女性の右手には、無数のコードのようなもので繋がれたヘルメットが握ららていた。とはいえ、何本か引きちぎられているのでもう使えなさそうだが……

 

「もう大丈夫そうね。貴女達はさっきまでとある人物の実験台にされていたの……」

 

そう言ってシキはUSBメモリのような形状のアイテムを差し出す。

 

「これを絶対に無くしちゃダメよ。これはあの男を追い詰めるための証拠。貴女達にしていた事を記録したもの。

これを持って今すぐここから離れて。時間は限られているわ」

 

リーファはメモリを受け取ってじっと見つめたのちに、再び顔を上げると、その女性はもうそこには居なかった。

 

すると、その薄暗い部屋の扉がゆっくりと開かれる。

リーファは理解が追いついていなかったが、今はとにかくあの女性の言う通りにここから逃げる事を考え、戸惑っている周りのプレイヤー達を先導してその部屋から脱出した────

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

リーファ達が脱出する様子を、シキはモニターから眺めていた。

今、彼女がいるのは《ホロウ・エリア》の中央管理コンソール。

 

「これで彼らは大丈夫ね。あとは……」

 

安心したように呟くと、シキは画面を九十五層迷宮区タワーを見上げる。

 

「ふふっ、まさか貴方がここまでやるなんて、この私でも想定できなかったわ。

でも、残念。この私がいる限り、貴方の思い通りにはならないわよ。貴方のその研究とやらのために、これ以上誰かを傷つけさせはしないから………覚悟なさい、アルベリヒ」

 

 

 

そしてシキは、コンソールのキーボードをタップした。

 

 

 

『《ホロウエリア》から《アインクラッド》へのアクセスを許可します。内容は指定エリアのモンスター出現を停止・グリーンプレイヤーのダメージカット状態を付与────』

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

前回、迷宮区タワー占拠という前代未聞の事件が起こり、さらにジョーカーの背後にいる黒幕の正体も明らかになりました。そしてアルベリヒが何やら不穏な動きを……

一方でジェネシス側には密かにシキが介入して援助を始めました。原作ホロフラを知ってる方ならわかると思うのですが、アルベリヒは本当反則技使ってますからね。まあやっぱり、反則にはとびきりの反則で返す、というやつです。

では、次回はいよいよ攻略組vs“J”の全面闘争。お楽しみにしていただければと思います。

評価、感想など引き続きお待ちしております。


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六十一話 突入作戦

どうも皆さん、ジャズです。

今回、かなりトラウマ描写があるかもです。ご注意を。


九十五層迷宮区タワーに到着した攻略組。

九十五層は薄暗いフィールドで、迷宮区の中はさらに深い暗闇になっている。

 

洞窟のような道を、攻略組のメンバー達はゆっくり、慎重に足を進めていく。あのジョーカーのことだ、いつどこでどんなトラップを仕込んでいるか分からない。

 

進み続けて5分。その間、幸いにもモンスターや“J”のメンバーと遭遇することはなく、攻略組は順調に進んでいるが、その何事もなさがかえって不気味さを皆に与えた。

するとここで、道が左右に分かれる場所に到達した。

 

「どうする?」

 

攻略組の一人がそう問いかける。

すると、戦闘のアスナが二手に分かれる事を進言し、攻略組は二つのグループに分かれた。

一方はジェネシスやキリト達一行で、もう片方はその他ギルドメンバーなどで固められた。

 

「それじゃアニキ、行ってきますぜ」

 

そう言葉を交わすのは、クラインのギルド《風林火山》のメンバー。

 

「おう、気をつけるんだぜてめぇら」

 

クラインは四人のメンバーと拳を打ち付け合い、そしてそれぞれの道へと歩いていく。

 

二手に分かれ、ジェネシス達は先を急いで進んでいったそのわずか数秒後。

 

「逃げろおぉぉ!!」

 

背後から風林火山メンバーの悲鳴が響き、その直後にクラインの仲間達が進んだ方向から大きな轟音と共に爆発が起きた。

そしてその道は先ほどまでとは打って変わって巨大な炎に包まれている。

 

「なっ……!」

 

「お、お前らあぁぁぁぁ!!」

 

クラインは悲痛な叫びを上げて、仲間達が進んでいった道へと戻ろうとする。

が、その行く手を阻むようにクラインの道の先に隔壁が降り、進めなくなってしまった。

 

「くそっ…トラップか?!」

 

「ちくしょう!!開けやがれこのやろおぉぉ!!!」

 

キリトが悔しげに舌打ちし、クラインは一刻も早く仲間の元へ行きたいためにその壁を無茶苦茶に殴り付ける。

だがその扉は何をやっても二度と開く事はなかった。

クラインは両目から涙を流してその場に崩れ落ちた。

 

「ちくしょう……ちくしょおおぉぉぉ!!」

 

クラインの悲痛な慟哭が迷宮区内に木霊した。

周りの皆はそれをただ黙って見ている事しか出来なかった。

 

「ごめんなさい、クラインさん……私の、私のせいで……」

 

自分の指示でこの事態が起きてしまったと責任を感じるアスナは、クラインの元に蹲み込んでただ謝る事しか出来ない。

 

「アスナのせいじゃねえ………こんなふざけた罠を仕組みやがったジョーカーのせいだ……」

 

「ああ、これ以上犠牲者を増やさないために、なんとしてもジョーカーの暴挙を食い止める!」

 

クラインは首を横に振ってアスナを宥め、キリトも頷いて残ったメンバーにそう鼓舞した。

するとその時だった。

 

「悲しんでるところ悪いけど、噂をすればよ」

 

「ええ……敵が来たわ」

 

イシュタルが前を睨みながら自身の弓である《天弓マアンナ》の掃射準備を始め、さらにティアも左腰から刀を引き抜く。

すると先方から、約20名のオレンジプレイヤーが不気味な笑い声や嬌声を上げながら近づいて来た。

 

「野郎……!」

 

するとクラインは日本刀を抜き、怒りに満ちた視線で彼らを睨んだ。

 

「テメェらだけは……絶対に許さねえぇぇ!!!」

 

憎悪の叫びを上げながら、クラインは真っ先にオレンジの集団に飛び込んで行く。

 

「待てクライン!!」

 

キリトが慌てて背中から左右の剣を引き抜き、追いかける。

他のメンバーもそれに続く。

 

「うおおぉぉぉぉ!!」

 

クラインは飛び上がると、そのまま刀を真っ直ぐに振り下ろす。だがその攻撃は、クラインがターゲットに定めていたオレンジには躱されてしまう。

 

「っのやろおぉぉ!!」

 

だがすかさずクラインは刀スキル《旋車》を発動し、周囲のオレンジ達を吹き飛ばす。

だがオレンジ達はそんな攻撃を受けても全く怯む事なく、狂気的な笑みを浮かべたままクラインに襲いかかる。

 

「せいっ!!」

クラインの正面から襲おうとしていたオレンジの四肢が背後から切断された。倒れ込んだオレンジの背後にいたのはキリト。彼が左右の剣で咄嗟に斬ったのだ。

幸い彼が攻撃したオレンジのHPはまだ残っており、死亡には至っていない。

 

「はあっ!!」

 

アスナは速さを活かした刺突攻撃で敵の腕や足を的確に突き、オレンジ達を沈黙させていく。ティアやジェネシス、ツクヨ達も同じで、皆的確に相手の弱点を突いて戦っていた。

だがプレイヤー同士の戦闘に慣れていないシリカ・シノン・リズベット達はかなり苦戦を強いられていた。

 

「……っ!」

 

シリカは実質初めての体験である犯罪者プレイヤーとの戦いで押され気味だった。ナイフを振っても振っても、目の前の人間は不気味に笑いながら突っ込んでくる。

それはシノンも同じだった。武器の性質上彼女は後方支援だが、彼らの狂気ぶりは遠目からでもはっきり見て取れた。

 

「なんなのよ……あいつら……」

 

シノンは愕然とした表情で矢を放った。

彼らのその狂気的な顔を見ていると、シノンの内に存在する忌まわしい記憶が蘇る。

 

「……っ」

 

その時、シノンの背後からオレンジが斬りかかった。

 

「しまっ……!」

 

矢の装填は間に合わない。タイミング的に回避は不可能。

 

「せいっ!!」

 

シノンにオレンジプレイヤーの凶刃が振り下ろされる直前、イシュタルが割り込み掌底でそのオレンジを吹き飛ばした。

 

「あ、あんた……」

 

「ふふん、あたしリアルじゃ太極拳習ってるからね。それに合わせて体術スキルも取ってるってワケ」

 

イシュタルは得意げな顔で言った。

 

「お?マジカル☆太極拳か?」

 

「マジカルって何よ?!!変なのつけないでよね!!」

 

ジェネシスが悪戯な笑みを浮かべながら言うと、イシュタルは顔を真っ赤にして反論した。

そんなやり取りをしていても、オレンジプレイヤーは襲いかかる。

 

イシュタルはマアンナの取り回しの悪さも相まって近接戦闘に持ち込まれたので、太極拳風の体術スキルを用いて応戦する。

その華奢な腕や足に見合わぬ強烈な一撃をオレンジの鳩尾や後頭部、横腹などに直撃させて戦闘不能にしていく。

 

そんな中、リズベットも対人戦の経験がかなり浅いにも関わらず、かなり善戦していた。

それもそのはず、彼女はマスターメイサーだ。メイスの使い方に関してはアインクラッドの中でもトップクラスの技術を持つ。ましてリズベットのメイスともなればそのパワーは語るまでもなく、一撃当てるだけで敵は沈黙する。

 

「ちぇすとぉ!!」

 

リズベットは目の前に近づいて来たオレンジの脳天にメイスを叩き込む。『ゴッ…』と言う鈍い音がなると共にその一撃を受けたオレンジは地面に崩れ落ちた。

だがその背後から別のオレンジプレイヤーが接近する……

 

「どるしえぇぇぇぇぇい!!」

 

けたたましい雄叫びと共に巨大なハルバードがそのオレンジの腹部を打ち、そのままオレンジは数十メートル先まで野球ボールの如く吹き飛んで行く。

 

「後ろは任せてくれ、リズ」

 

先ほどの雄叫びとは打って変わって優しげな声でヴォルフは彼女の背後に立つ。

 

「……ええ!そっちは頼むわ!!」

 

そしてリズベットとヴォルフは背中合わせに立って戦った。

 

 

そうして皆が戦う事数十分。

 

 

ジェネシス達は無事、20名のオレンジプレイヤーの鎮圧に成功した。ジェネシス側に犠牲者は幸いにも出なかった。

が、残念ながら一人も犠牲者を出さずに鎮圧は出来なかった。オレンジの方は3名が消滅した。

 

「……ごめんなさい……ごめん…なさい……ごめんなさっ………」

 

そのうちの一人を殺してしまったのは、シリカだった。

彼女は斬っても斬っても波のように襲ってくるオレンジに押され、遂にパニックになってソードスキルを使って応戦し、それが偶々HPが残り少なかった一人のオレンジプレイヤーに命中してしまったのだ。

斬った当初はそんなことを気にしていられるほどの余裕は無かったが、戦いが終わって目の前で自分のソードスキルによって人が消滅した光景を振り返ると、自分が一体何をしてしまったのか、その事の重大さに段々気づいてしまった。

 

シリカは虚な瞳で地面にしゃがみ込み、自分が殺めてしまった者に対するもう届く事のない謝罪を、泣きながら呪詛のように呟いていた。

戦いの前ジェネシスに言われ、覚悟は決めたつもりだった。

けれど全然足りなかった。そんなものはまだまだ甘かった。

 

「すまねえ、シリカ……」

 

ジェネシスはそんな彼女の元に歩み寄ると、申し訳なさそうに目を伏せて謝った。

あの状況では彼と言えど誰かを守る余裕などなかった。しかしそれでも、シリカのような少女が背負うにはあまりに重いものを背負わせてしまった事に謝らずにはいられなかった。

いや、あるいはあの時の語らいで無理にでも来させないべきだったのかも知れない。こうなる可能性はジェネシスと言えど分かっていた。しかしそれでもシリカならと信じていた。

 

ジェネシスは懐から転移結晶遠取り出す。

 

「シリカ、よく戦った。よく生き残ってくれた。俺はそれだけでも満足だ。おめぇの勇気は、確かに俺たちを救ってくれたぜ」

 

ジェネシスは優しく、そしてわしゃわしゃとシリカの頭を撫で回す。

シリカは堪えきれなくなったのか、「うわあぁぁぁ……!」と両目から大粒の涙をこぼして号泣した。

 

「誰か、シリカを連れて一緒に街まで戻ってくれ。もう、シリカにはこれ以上……」

 

ジェネシスは立ち上がって周りにそう呼びかける。

 

「私が行くわ」

 

するとシノンが歩み出た。

 

「分かった。んじゃシノン、おめぇもそのまま宿でシリカと一緒にいてやってくれるか」

 

「……分かった。任せて」

 

シノンはジェネシスから転移結晶を受け取ると、シリカを抱き寄せて七十六層の街へと転移していった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

シリカとシノンが戦線を離脱したことで、今残っているメンバーはジェネシス・ティア・キリト・アスナ・リズベット・ヴォルフ・クライン・ツクヨ・フィリア・サクラ・ストレア・イシュタル・オルトリア・ジャンヌ・ミツザネの15名。

 

彼らとて本当はこんな戦いなどやりたくはない。

 

だがこれ以上ジョーカーの好きにさせるわけにはいかない。それを許せば被害がますます拡大する一方だ。

残酷だが、彼らは進むしかないのだ。例え何を犠牲にしようとも。

 

「それにしても……何でこんなにモンスターが出ないんだ?」

 

道中、キリトがふと疑問に思ったことを口にする。

確かに、ここは迷宮区。オレンジプレイヤーが占拠していようがいなかろうが、モンスターが全く出ないのはおかしな話だ。

この世界の知識が深いAIであるストレアとサクラにもその原因は分からないようだ。

皆が疑問符を浮かべ、何やら不気味な感覚に囚われている中、ジェネシスには一つ思い当たる節があった。

 

それは以前、シキから言われたこと。

 

アルベリヒ。あのシキがかなり警戒しており、全ての元凶と言わしめた男。ジェネシスの頭には何故か彼の事が頭から離れなかった。

 

さらに奥に進んでいると、一つの大きなドーム状の部屋に到達した。

 

「この部屋は……」

 

一同はそのドーム状の部屋に入ると、辺りを見回す。

彼らが入った直後、彼らがやって来た入り口が突如として閉まってしまった。何かのトラップかと考えた一同は、それを解除するスイッチなりギミックを探すため部屋を調べ回る。

 

「…………いるな」

 

すると何かに気がついたツクヨが懐から3本の苦無を取り出し、その場から飛び出す。

向かう先はアスナ。彼女の背後には漆黒のモヤが発生しており、、やがて人の形となると、その手に握られた毒ナイフを突き立てようと振り下ろす。アスナはその事に気付いていない。

 

だが、そのナイフが突き立てられる直前にツクヨが苦無でそれを弾く。

アスナの暗殺を図った男は一旦その場から飛び上がり、ツクヨと距離を置いて相対する。

 

「な、なに?!」

 

「あいつは……!」

 

突然の事で驚くアスナと、ツクヨが睨む先にある人物を見て驚くキリト。

 

「『ジョニー・ブラック』……!」

 

アスナに近づいていたのは、今や“J”の幹部の一人である『ジョニー・ブラック』だった。

皆は一斉に武器を構えてジョニーを睨む。

 

だがツクヨがそれを制した。

彼女は左手に手裏剣を三枚指に挟む形で構える。

 

「主の相手は、このわっちじゃ」

 

鋭い目つきと共に宣言するツクヨ。

 

「チ……死神太夫……!」

 

ジョニーは忌々しげにツクヨの顔を見て呟く。

 

「ツクヨ!」

 

「主らは先に行け。こやつはわっちが引き受ける」

 

ツクヨはジョニーの方を睨んだまま皆に告げた。

 

「……わかりました。ここは頼みます、ツクヨさん!」

 

「ああ……任せよ」

 

アスナはそう言って皆を率いて走り出す。

ツクヨは皆の方に視線を向けると、右手の人差し指と中指を『シュッ』と突き出した。

 

「ツクヨさん、私も!」

 

だがフィリアはツクヨの隣に並び立った。

 

「………そうじゃな、よし」

 

ツクヨは一瞬驚いていたようだが、口元に笑みを浮かべると何やら独り言を言いながら頷く。

 

「フィリア、ここいらで特訓と行くとしよう。奴は主にとっては丁度いい相手になろう」

 

「え、ええ?特訓?」

 

フィリアは突拍子もないツクヨの発言に目を丸くした。

 

「クハハハハハッ!!傑作だ!!アンタ、俺が練習相手だって言いたいのかぁ?!ヒャハハッ、随分と舐められたもんだなぁ!」

 

ジョニーは腹を抱えて狂ったように笑い出すが、ツクヨも「フン」と嘲笑の笑みを浮かべる。

 

「主の方こそ、前回わっちに手も足も出なかったであろう?だからフィリアで十分だと言ったんじゃ………いや、主如きではフィリアにも勝てぬであろうよ」

 

「……テ、メェェェェッ!!!」

 

ジョニーは眉間にシワを寄せて憎悪の表情と叫びを上げると、ツクヨに飛び込んだ。

 

「行くぞ、フィリア」

 

「は、はい!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ツクヨとフィリア達と分かれた一行が進み続けて行くと、再び分かれ道があった。

 

「まーた分かれ道かよ……」

 

ジェネシスがうんざりだとばかりにため息を吐きながら言った。

先ほどのトラップのこともあって皆はより慎重になった。

 

「……もう一回二手に分かれよう。その方が確実だ」

 

キリトがそう提案する。皆も黙ってそれに賛同した。

否、それ以外の選択肢が無いのだ。

チームはジェネシス・ティア・サクラ・イシュタル・オルトリア・ジャンヌと、キリト・アスナ・リズベット・ヴォルフ・ストレア・クライン・ミツザネだ。

 

「んじゃ、死ぬんじゃねえぞ」

 

「ああ、そっちこそな」

 

キリトとジェネシスは互いにそう言葉を交わしたのちに、メンバーを連れて二手に分かれた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー  

 

 

 

 

 

 

チーム・ジェネシス

 

ジェネシス達が周囲に警戒しつつ進んでいると、ティアが何かを見つけた。

 

「あれって……!」

 

前方からふらふらと覚束ない足取りでやってくる小さな人影。

 

それは、小さな子供だった。

 

「まさか……誘拐された子供?!」

 

イシュタルが目を見開いて叫ぶ。

それを確認したジャンヌが駆け出した。

 

『大丈夫ですか?!怪我は?酷い事は何もされませんでしたか?』

 

ジャンヌはその子供に優しく、慈しむように保護した。

ジェネシス達も慌てて駆け寄る。

 

「……げ…て……」

 

だがその子供は虚な瞳でジャンヌとその後方にいるジェネシス達を見つめながら小さな声で呟く。

そして自身が来ている上着のファスナーをゆっくりと下ろしていく。

 

その瞬間、ジェネシス達は目を見開き、言葉を失った。

 

 

 

その小さな体には、爆弾が巻き付けられていた。

 

タイマーが表示されており、残りは僅か5秒。

 

「はやく……にげて……!」

 

自身の最期を既に悟っているのか、その子供は掠れた声で、懸命にジェネシス達に訴える。

 

『だ、大丈夫ですよ!直ぐに外します……って、ジェネシスさん?!』

 

ジャンヌが慌ててそれを外そうとするが、ジェネシスは彼女の襟首を掴んで後方に走り出す。皆も既に離脱しているようだ。

 

『ジェネシスさん?!待ってくださいジェネシスさん!!』

 

ジャンヌは必死に彼に訴えるが、ジェネシスは止まらない。

 

ジャンヌは再び子供の方を見遣る。

 

子供は両目から涙を流し、しかし口元には安心したような笑みを浮かべていた。

 

 

“ごめんね”

 

 

 

“ありがとう”

 

 

 

子供がそう口にした直後。

 

 

 

 

子供の小さな身体は、爆発に包まれた。

 

『いやあぁぁぁぁぁっ!!!』

 

ジャンヌはそれに向かって涙を流しながら必死に手を伸ばした。

 

 

爆炎が止むと、もうそこには子供はいなかった。

 

代わりに、青白いガラス片がうっすらと舞っていた。

 

皆の表情は愕然としていた。

 

「………さない……絶対に許さない、こんなふざけた真似をして!!!」

 

イシュタルは思わず壁を思い切り殴りつけた。

 

「……進むぞ」

 

ジェネシスはただ一言、皆にそう言って歩き出した。

 

ジャンヌはしばらく絶望した表情で地面に座り込んでいたが、涙を拭き、そして立ち上がった。

 

その手に握るのは守護の旗。

 

ジャンヌは自身の旗と、その名に懸けて誓った。

これ以上、あのような悲劇は増やさないと。

 

その決意を胸に、ジャンヌはジェネシス達の後ろに続く。

 

 

やがて一同は、先ほどと同じようなドーム状の部屋にたどり着く

 

だがそこには、あまりにも異様な光景が広がっていた。

 

その壁には、沢山の小さな子供達が貼り付けにされていたのだ。

ロープでぶら下げられた子供、手首に釘が刺されている子供、身体を大きな槍で串刺しにされた子供、身体中に切り傷をつけられた子供、中には四肢をもがれていたり、身体を両断されている子供までいた。

 

 

一同は思わず絶句した。

 

「うっ……!」

 

サクラは思わず口元を手で抑えた。

あまりにも惨たらしく、残酷で非人道的な光景だった。

 

 

 

「お気に召しましたかなぁ〜」

 

 

突如、部屋に不気味な男の声が響く。

 

現れたのは、紺色のローブに紫のスカーフを巻き、両眼が飛び出気味の痩体型の不気味な男性。

 

 

「青髭の……ジル!」

 

イシュタルは憎々しげな目で睨みながらその名を口にした。

 

「ホホホォーウ!この私の名をご存知とは喜ばしい限りですなぁ〜!それで、これらはいかがですかな?こちら私の最っ高の芸術作品でございますが」

 

ジルは仰々しく両手を広げながら言った。

 

「黙りなさい!何が芸術作品よ!!」

 

ティアが怒り心頭の様子で叫んだ。

同い年くらいの娘がいる彼女にとっては、否、そうでなくとも許しがたい行為だった。

 

「やはり貴方がたはご理解頂けませんかあ〜、残念ですなぁ私の渾身の自信作であったのですが……ってちょっと?!」

 

直後、ジルは驚愕の表情で壁を見つめた。

 

一同がその視線の方向を見ると、オルトリアが壁を走りながら次々と子供達の束縛を解いていたのだ。

それを見た瞬間、ティアも走り出した。

縄を、身体を貫いていた槍や釘を次々と破壊し、子供達を解放していく。

 

「この匹夫めがアァァァァァ!!!なぁぁにをやっているのですかぁぁぁぁぁぁ?!!こら、やめ……やめなさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいいいい!!!」

 

ジルは耳をつん裂くような奇声を上げながら叫ぶが、ティアとオルトリアは止まらない。

 

ものの数秒で、すべての子供が解放された。

 

「おのれ………おのれおのれおのれおのれおのれえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!よおおぉぉぉくもわたくしの作品をおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「悪いな、アンタと俺たちとでは住む世界が違うみてえだ。見てるだけで吐き気がするくらい最低なモノだったんでな」

 

ジェネシスがジルの方を睨みながらそう告げた。

 

「さて、覚悟してもらいましょうか……あたし今最っっ高に頭に来てんのよ。骨も残らないと思いなさい!」

 

イシュタルもマアンナの掃射準備を整え、構えた。

 

『ジェネシスさん、ティアさん、サクラさん。御三方はどうぞ先へ』

 

「ジャンヌ?」

 

ジャンヌは旗を構えると、ジェネシス達に言った。

 

「こいつはあたし達でぶっ潰すから。あんた達は先に行きなさい!」

 

「私もここに残ります。怖い思いをした子供達にお菓子をあげないといけないので」

 

イシュタルも強気の口調でいい、オルトリアも左右の手にビームサーベルを展開してそう言った。

 

「……分かった、ここは任せる」

 

そしてジェネシス達は走り出した。

 

『青髭のジル。貴方のような人間に、これ以上無垢なる子供達を傷つける訳には参りません』

 

ジャンヌは旗を展開し、ジルに対して力強く告げる。

 

『主の名の元に……貴方を止めます!』

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

キリトチーム

 

一方こちらはキリトチーム。

キリト達も、爆弾やその他危険なトラップが無いか慎重に進んでいた。

 

すると、彼らの背後からオレンジの集団が現れた。

キリト達が気づけないレベルの潜伏スキルで隠れていたのだ。その数は、約20人。対するキリト達は8人。

 

「がき共、てめぇらは先に進め」

 

するとミツザネがオレンジ達の足止めを名乗り出た。

 

「ミツザネさん?!そんな、無茶です!いくら貴方でも、一人でそんなの……」

 

アスナがそう叫ぶが、ミツザネは「はっ」と軽く笑う。

 

「バァカ、俺がどんだけの修羅場を潜り抜けてきたと思ってる。てめぇら若造共に心配される程まだ落ちぶれちゃいなぁんだよ。

さっさと行きな」

 

ミツザネは拳を構えて戦闘態勢に入りながら言った。

 

「……分かった。ここは頼みます!!」

 

キリトはそう言って駆け出した。アスナ達もそれに続く。

 

「俺も付き合うぜ、旦那」

 

するとクラインが彼の隣に立った。

 

「仲間の仇……まだ取れてねぇんでな」

 

刀を引き抜き、鋭い目つきと声色で言った。

 

「そうかい……ま、程々にな」

 

そして、二人の男は同時に飛び出す。

 

 

一方キリト達は、ミツザネとクラインの奮闘を無駄にしないよう、必死に走り続けた。

と、その時だった。

 

「ブゥルルルルァァァア!!」

 

突如上から雄叫びを上げて巨大が降りてきた。

キリト達は慌ててその場から飛び退き、何とか直撃を避ける。

 

「よぉ〜〜、まぁた会ったなぁ〜?」

 

仮面を付けた凶悪な悪魔が、その奥にある双眸でキリトを睨み付ける。

 

「じ……ジェイソン……!!」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

如何だったでしょうか?“J”のプレイヤーの狂気ぶりは。
この“J”のコンセプトが、『ラフコフを凌ぐ凶悪なギルド』ということですので、少し過激かつ残酷なシーンを入れました。

次回はそれぞれの幹部戦をお送りしたいと思います。

では、次回もよろしくお願いします。


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六十二話 突入作戦2

どうも皆さん、ジャズです。

このオリジナル編が思ったより反響が良くてとても嬉しく思っています。
それではvs“J”編2話、どうぞ。


ドーム状の巨大な部屋。いや、部屋と呼ぶには広い空間だが、その中に3名の男女が動き回っていた。

 

黒衣の男女と、青いポンチョを身につけた少女。

 

黒い和風装備の女性、ツクヨは、部屋を縦横無尽に駆け回るジョニー・ブラックを追い回していた。

ジョニーに向かって突進しながら苦無を横一閃に振るうが、ジョニーは素早く飛び上がってそれを躱す。

ツクヨもそれを追って空中に上がり、ジョニーに向けて苦無を投げつけた。

 

「チッ……!」

 

しかしジョニーは空中で身軽に身体を捻ることでそれらを回避した。

 

「だぁッ!!」

 

だが今度は反対側からフィリアが現れ、彼に向けて強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「このっ…!」

 

ジョニーは舌打ちして懐から赤い刃のサバイバルナイフを取り出し、フィリアもソードブレイカーを構える。

 

ジョニーが赤いサバイバルナイフの刃を突き出すと、フィリアはソードブレイカーの凹凸の部分で受け止める。

赤い刃がフィリアの短剣の凹凸部分に噛み合って、ジョニーの動きを封じる。

 

「はぁっ!」

 

フィリアはそのまま左膝を突き上げてジョニーの右手の甲を蹴り上げ、ジョニーのナイフを落とす。そして続け様に短剣ソードスキル《ラビットバイト》を繰り出し、ジョニーの腹を斬りつけた。

 

「くぅっ……!」

 

ジョニーはその場から飛び退いて一旦距離を置く。

フィリアがそれを追おうとした瞬間。

 

ジョニーは黒い霧に包まれて消えた。

 

「なっ……どこに?!」

 

フィリアは慌てて周囲をキョロキョロと見回す。

 

「落ち着きなんし、フィリア」

 

するとツクヨが余裕のある笑みでフィリアの横に立った。

 

「隠蔽スキルじゃな。それも中々の熟練度と見える。伊達に暗殺集団の幹部をやっている訳ではなかったらしいのう」

 

「ちょ、ツクヨさん!感心してる場合じゃ…」

 

呑気にそんなことを呟くツクヨにフィリアが慌てて言った。

 

「慌てるでないフィリア。幾ら隠蔽スキルを上げていようとも、見つけることなど造作もない」

 

そしてツクヨは「フウ」とキセルの煙を吐き、一呼吸おく。

 

「良いか、たとえゲームの中と言えど隠しきれないものがある……それは気配じゃ。

足音や呼吸、鼓動や匂い、そう言ったものは隠そうとしても隠し切れるものではない。それはゲームの世界でも同じことじゃ。特にこのような敵には、確実にこちらに対する“殺気”と言うものを放っておる。

それを感じ取るには目ではなく、身体で感じよ。視覚以外にも、聴覚・触覚・嗅覚を研ぎ澄ますのじゃ。そうすれば……」

 

そう言ってツクヨは徐に手裏剣を取り出すと、

 

「……見つけるのは容易い。特に今のようなやつは単純だからのう、大抵は後ろからノコノコとやって来る」

 

素早く振り向き様に右手の手裏剣を放った。

手裏剣は真っ直ぐに走行中の自動車のタイヤの如く回転しながら飛んでいくが、その途中何もない場所で『グサッ』と刺さるサウンドエフェクトが鳴る。

 

「ぐわああぁぁっ?!」

 

すると再び黒いモヤが発生し、中からジョニー・ブラックが現れた。

 

「うっそぉ〜……」

 

フィリアは思わず呆気にとられて呟く。

 

「てめぇ……なんで分かった?!」

 

「なんでも何も、分かりやすいのじゃ主は。隠蔽スキルはそこそこ上げていたようだが、殺気だけは全く隠せておらんかったぞ。

暗殺者を名乗るならば殺気は一番隠さねばならぬもの。それをあそこまで剥き出しにしているようでは、主もまだまだ三流以下じゃな」

 

「この……やろおぉぉっ!!」

 

煽るような口調で言うツクヨに、ジョニーは憎悪の視線で睨みつけながら飛び出す。

 

そして再び飛び出すと、もう一度隠蔽スキルで姿を消す。

 

「フィリア、やってみせるがいい」

 

「え?……ええ?!」

 

突然の事でフィリアが戸惑い、目を見開く。

 

「なに、主ならば確実に出来る。案ずるな、もしもの場合でもわっちがおる。主の全霊をかけてやってみよ」

 

ツクヨにそう言われ、フィリアはしばし戸惑い気味だったが、一度深呼吸して精神を落ち着かせ、ゆっくりと目を閉じる。

神経を研ぎ澄まし、五感をフルに働かせて微細な情報まで全て拾い上げる。

 

今、フィリアは自身の脳内イメージで水面に立っていた。

果てもなく、どこまでも透き通った水。

波はなく、風もなく、ただ静かな空間。

 

だが時折、何もない水面に波が発生していた。発生とタイミングはランダムで、自分の周囲を囲むように発生している。

 

一方、フィリアは自身のすぐ横に暖かな光を感じ取った。言うまでもなくそれはツクヨだとフィリアは断じた。

 

すると自身の右方向で、大きな水飛沫が上がった。水溜りを人が思い切り踏みつけたような、大きな水飛沫。

それは段々と、自身に向かって近づいていく。

ツクヨの暖かな気配と違い、それは冷えた氷のような、冷たい気配だった。

 

そしてその水飛沫が自身のすぐ横まで来た瞬間。

 

「……せやっ!!」

 

フィリアは短剣を右方向へ真っ直ぐに勢いよく突き出した。

『ドシュッ』と言う痛々しい音が鳴り、それと共にまたあの黒い霧が発生し、ジョニーが姿を表す。

 

「な……なんで……」

 

自身の腹部に短剣を突き刺されたジョニーは、目を見開いてフィリアの顔を見た。

その直後、ジョニーの眉間に漆黒の日本刀が突き立てられた。

 

「所詮、主はその程度という事じゃ。ジョニー・ブラック」

 

フィリアの背後からツクヨが自身の太刀『宵闇』を突き出したのだ。

 

その一撃でジョニーは数メートル後方へ吹き飛ばされた。

 

「上出来じゃ、フィリア。よくやったぞ」

 

「あ……えへへ」

 

ツクヨがフィリアの頭を優しく撫で、フィリアはそれを受けて自然と顔が綻んでいた。

 

 

 

「ク………ククッ」

 

すると、壁にもたれかかって座り込んでいるジョニーが不気味に笑い始めた。

 

「フハッ……ハハハッ!ハァーーッハハハハハハハハッ!!」

 

状況的に見て明らかにジョニーの方が不利なのに、なぜこの場で笑い始めるのか。訝しんだ様子で見つめるフィリアと、表情を変えずにジョニーを見るツクヨ。

 

「残念だったなぁ!!あんたらは今ので決めるべきだった……今ので俺を殺すべきだった!!

もう遅いぜ……あんたらはもう“蜘蛛の巣”にかかった獲物なんだ!!」

 

狂ったように嘲笑うジョニーがそう叫んだ瞬間。

 

「あ……っ、ツクヨ、さん……!」

 

突如、フィリアの体が地面に崩れ落ちた。

ツクヨが蹲み込んで彼女を支える。よく見ると、カーソルには麻痺状態が表示されていた。

 

「ヒャハハハッ!実はこの部屋にはなぁ……最初から麻痺毒の粉が撒き散らしてあったのさ!!漸く毒が回ったみてぇだなぁ〜、この瞬間を待ってたぜぇ!!」

 

ジョニーが指をパチンと鳴らす。

 

すると、部屋の壁から突如としてオレンジプレイヤーが出現した。ツクヨでも察知できていなかったようなので、隠蔽スキルとは別のものなのだろうが……

 

その数は約20名。状況は一変してツクヨ達が絶体絶命な状況に。

 

「っ、ツクヨさん……!」

 

「ふむ……どうしたものかのう……」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一方こちらは、青髭のジルが構えた部屋。

 

「ホォ〜ウ!!」

 

ジルは杖のような長い細剣を素早い動作で突き出す。

その攻撃を、ジャンヌは旗を最小限に動かす事で弾いていく。

 

「こんのおぉぉ!!」

 

するとイシュタルがジルの背後からマアンナに宝石のパワーを集め、彼に向けて放つ。

 

「ホワァァッ!!」

 

その一撃はジルの背中を撃ち抜いた。

 

「たぁー」

 

更にオルトリアが空中で身軽に回転しながらジルはに斬りかかった。ビーム状の刃が彼の右腕を斬り落とす。

 

「ホホホホッ、いやはや3対1は流石に分が悪過ぎましたかなぁ〜」

 

ジルは斬り落とされた右腕を見て呑気にそんなことを呟く。

 

「ええ、あんた一人じゃあたし達には勝てっこないから。死にたくなかったら大人しく降伏しなさい!」

 

イシュタルが再びマアンナにエネルギーを集めて発射態勢を取り、ジルに圧力をかける。

 

「ホォ〜ッホホホホホホ!!まさか降伏などするわけがないでしょう!私は嬉しかったですよぉ〜、貴女達のような麗しいお嬢さんたちがここに残ってくれた事。特ぉくにぃ〜」

 

ジルは飛び出た目玉をギョロリと動かしてジャンヌの方を見遣る。

 

「そこの貴女!貴女からは清楚さ・お淑やかさ・可憐さ・高貴さ・そして神聖さをひしひしと感じまぁすよぉ〜っほほ。

私は楽しみでならないのです…貴女のような女性が………

 

 

不気味で悍しい触手のようなものに凌辱されたらどのような顔を見せてくれるのかとっっ!!」

 

ジルは声高々にジャンヌを指差しながら叫んだ。

 

「とてつもない変態ですね。もう斬っていいですか」

 

心底うんざりだ、とばかりにオルトリアが呟く。

そのとき、ジルは残った左腕を懐に突っ込み、そして中から一冊のボロボロの本を取り出す。

 

「ね……ねえちゃん!!気をつけて!」

 

「あの本はよくないものだーっ!」

 

すると、ジャンヌの後ろに下がって様子を見ていた子供が叫ぶ。

その直後、ジャンヌ達がその言葉の真意を考える間もなく、ジルは本を高く掲げる。

 

「さあ!おいでなさい……我が忠実なる僕よ!!今こそあの尊き貴婦人を食すのです!!」

 

ジルが叫んだ瞬間、部屋の床に魔法陣のようなものが形成され、そして一瞬の眩ゆい光が部屋を包んだ。

 

光が止んですぐの事だった。

 

『っ!きゃあっ?!』

 

突如ジャンヌの足に何かが巻きつき、そのままジャンヌの身体を軽々と持ち上げ逆さ吊りにする。

 

部屋の中には、巨大な蛸型のモンスターが出現していた。

 

「ちょ、なんでこんなのが湧いてくるのよ?!」

 

「ホホホホッ!!お答えいたしましょう……この本は去るお方から頂いた特殊な本でしてねぇ〜、私のHPを犠牲に、任意のモンスターを召喚することが出来るのです!」

 

イシュタルの言葉にジル得意げに答えた。

 

「何ですって……きゃあっ?!」

 

直後、イシュタルを蛸の巨大な足が弾き、彼女を壁に叩きつけた。

その間に、ジャンヌの身体に蛸の触手が巻き付く。

両腕・両足を縛られ、身動きが取れない。しかもその触手は何故かローションのようなヌルヌルとした感触があり、ジャンヌからすればたまったものではない感覚であった。

 

『っぐうぅっ……!』

 

更に触手がジャンヌの首に巻きつき、そのまま力強く縛り上げる。

 

「オォォォォォッホホホホホホホホホホ!!!これですよこれ!!!これが見たかったのですっ!!なぁぁんと素晴らしい光景でしょうか?!!聖なるものが穢わらしい汚物の如く生物に陵辱されると言うこの光景っっ!!

どうですかぁ〜、オルレアンの聖処女の名を語る乙女よ!!

貴女の信じる神などと言うものが本当におわしますならば、私には今すぐにでも天罰が下りましょうぞお!」

 

ジルは興奮気味に仰々しく手振りを加えながら高々に叫ぶ。

 

「貴女方の信じる神などこの世にはいない!!そんなものは我々が作り上げた幻想に過ぎないのです!!やれ信仰だやれ救済だなどと、所詮は庶民が作り上げた妄想!!

 

そもそも!!神など!!あの男がなにをすると言うのです!!神が世界を救うと言うのですぅ〜?!!

 

解せぬ、全っったく解せぬ!!疫病の如き信仰の何ォ処にィ尊さがあると言う?!」

 

『それは……違う……!』

 

するとジャンヌはジルの方を睨みながら言った。

 

『神とは……私達を慈しみ、見守ってくださる方です……大事なのは、信じること……!』

 

「無駄無駄だぁ!!そんな信仰など無意味!!無価値!!神が本当にいるならば今すぐにでも貴女をお助けになるはず!!なのに貴女は我が蛸の触手になされるがまま!

 

ああそれとも、こうすればよろしいですかなぁぁ?!」

 

ジルがそう叫んだ瞬間。

 

『っ!が……はっ……!』

 

ジャンヌの身体に巻き付く蛸の触手が更に彼女を固く締め上げる。ギチギチと音を立て、ジャンヌの呼吸を封じた。

 

「どうですか救国の聖女よぉ〜?貴女の信じる神などこの世界にはない!!何故なら!!誰一人として貴女を救えるものなどいないのだから!!!神は貴女を見捨てた!!救いなどしなかったのですよ!!!

貴方の持つ信仰が如何に無駄なものか、よおぉぉくお分かりになったのではないですかぁぁ?!!!」

 

『おこ……とばですがっ………私が信じているのは………神だけではありませんよ……!』

 

ジルの言葉に対し、ジャンヌは首を絞められながらも不敵に笑って見せた。

 

その次の瞬間、ジャンヌを締め上げていた蛸の触手が刹那の光の後に一斉に断ち切られた。

 

「お待たせしました、です」

 

「あいつがあんたに釘付けのお陰で助かったわ!!」

 

オルトリアがビームサーベルで斬り、イシュタルがマアンナで撃ち抜いたのだ。

因みにオルトリアはモンスターが出現したのを察知した瞬間、部屋にいた子供達を誘導して部屋の安全な場所へ流していたのだ。巨大なモンスターの攻撃の巻き添えを受けることのない、安全な場所まで。ついでに手持ちのお菓子を与えて落ち着かせていた。

そしてイシュタルは、モンスターの攻撃で壁に叩きつけられたあと、衝撃でうまく立ち上がらない身体に鞭打って、ジルがジャンヌの方に気を取られている隙にマアンナにエネルギーをチャージ、照準を合わせていたのだ。

 

「こ………この匹夫めがあぁぁぁぁ!!!」

 

ジルは怒り心頭な様子で狂ったように叫んだ。

 

「はあ、全く喧しいったら無いわ……それよりジャンヌ、大丈夫かしら?」

 

『ええ、問題ありません。信じていましたから』

 

ジャンヌは立ち上がり、再び旗を手に取った。

 

「しかし、これどうしましょう。さっき私たちが斬り落とした触手が再生してるみたいです」

 

オルトリアは変わらない口調で、しかしやや苦い表情で指を差した。

先ほどオルトリア達が斬り落とした触手が瞬時に再生していたのだ。しかもHPも回復しているようだ。

これ程の再生力と回復力を持つモンスターであれば、一撃で超高火力の技をぶつけるしか無い。

 

「私のマアンナならなんとかいけるかもしれないけど……

こんな狭い部屋でぶっ放したら大変なことになるしね」

 

イシュタルの弓に搭載されたスキルを使えば、間違いなく一撃で消滅させられるだろうが、威力が尋常では無いので最悪の場合ここにいる子供達まで危害が及ぶ可能性もある。

 

『大丈夫です……私に秘策があります』

 

するとジャンヌは、旗の紐を解いてバサリと旗を展開した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「オオォラァァァ!!!」

 

ジェイソンから振り下ろされる巨大な鉈を、キリトは左右の剣で受け止めた。

 

「っぐうっ……!」

 

歯を食いしばってその衝撃になんとか踏ん張る。

真上からまるでプレス機にかけられているかのような圧力が襲い、堪えきれずキリトは膝をついた。

 

「せやああぁっ!!」

 

そこへ背後からアスナがジェイソンの背中に突っ込んでいく。

 

「俺の背後に……立つんじゃねえぇぇぇ!!!」

 

だがジェイソンはキリトを蹴飛ばしてそのまま身体をターンして反転させ、鉈をアスナの胴に叩き込んだ。

 

「が…はっ……!」

 

「アスナ!!」

 

腹部に強烈な衝撃が襲い、アスナは苦悶の表情で顔を歪め、その直後に弧を描いて吹き飛んでいく。

HPは辛うじてイエローゾーンです止まったが、たった一撃でこれ程の破壊力を有するとなれば迂闊に手出しは出来ない。

 

「だあぁぁぁぁっ!!!」

 

すると今度はストレアが空中に飛び上がり、両手剣を頭上に構えて勢いよく振り下ろす。

大きな土煙と衝撃音を上げ、ストレアの両手剣は見事ジェイソンを直撃した。

 

「ほぉ〜う、威勢がいいな嬢ちゃん、今のは良かったぜぇ〜」

 

しかし土煙が晴れると、そこには衝撃の光景があった。

ジェイソンは頭上から振り下ろされたストレアの大剣を難なく掴み取っていたのだ。

 

「だがまだ甘ぁ〜い!!」

 

ジェイソンは大剣を掴んだままストレアを地面に背中から叩きつける。地面にヒビが割れるほどの強さで叩きつけられたストレアの華奢な身体にとてつもない衝撃が襲った。

 

「まぁだ弱あぁ〜い!!」

 

そしてそのまま大剣の刃を掴んだままストレアを壁に激突させた。

 

「ぐ……ぁ…っ…」

 

立て続けに強烈なダメージを受けたストレアは気を失ってそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「ストレア!!」

 

「今度はあたしが相手よ!!」

 

するとリズベットがメイスを構えてジェイソンの懐に飛び込む。

ジェイソンはそれに気づくと巨鉈をリズベットの方に振り下ろした。しかしリズベットはそれを間一髪の所で受け止める。

 

「今よ、ヴォルフ!!!」

 

リズベットがそう叫んだ瞬間。

 

「グウゥゥゥゥゥルルレイトオオォォォォォーーーー!!!!」

 

雄叫びを上げながらヴォルフが反対側からハルバードを振りかぶって突っ込む。

 

ヴォルフの奇襲を受けたジェイソンはそのまま壁に激突した。

首を『ゴキゴキ』と鳴らしながら捻り、ゆっくりと立ち上がる。

 

「んんん〜〜、今のは効ぃたぜえ坊主ぅ〜〜」 

 

するとジェイソンはその巨大に似合わないスピードでヴォルフの方へ駆け出していく。

そのまま鉈を突き出し、ヴォルフも自身のハルバードで応戦、パワー勝負に持ち込んだ。

鉈とハルバードがぶつかり合うたびに大きな衝撃波飛び込む金属音、火花が飛び散る。

 

「ほほぉ〜う、随分と歯応えのある野郎が出てきたもんだなぁ」

 

ジェイソンは眉をピクリと動かしながら言った。

 

「ぬぅんっ!!」

 

ジェイソンから繰り出された鉈を、ヴォルフは見事にハルバードで弾いていく。

 

「んじゃ……これでも食らいやがれッ!!」

 

だがすかさずジェイソンは鉈を頭上に構える。

 

ンマッッスルルウゥゥゥ……ギャルルルルァァァアクシイイィィィブウゥゥレレィクウウゥゥゥゥゥーーー!!!!

 

紫のオーラを纏った鉈をヴォルフに向かって大きな叫びと共に全力で振り下ろす。

 

巨大地震のような地響きが発生し、地面は抉れ地割れを起こす。衝撃波が発生し、彼の周囲にいたキリトとリズベットは遥か後方へと吹き飛ばされていく。

 

「ヴォルフーーーッ!!!!」

 

リズベットが悲痛な顔で彼の名を叫ぶ。

 

土煙が晴れると、ヴォルフは抉れた地面に埋もれる形で沈黙していた。辛うじてHPは残っているようだが、あれほどの攻撃を受けて完全に気を失っている。

 

「こ、のおぉぉ!!」

 

それを見て逆上したリズベットがメイスを振りかぶって突っ込む。

 

「虫ケラがぁ……」

 

ジェイソンは興味なさげに呟き、リズベットの頭を左手で殴り、更に鉈で腹部を殴る。

 

「はぁいつくばれえぇぇぇい!!!」

 

地面を転がって倒れ込むリズベットにジェイソンは追い討ちをかけんと近づく。

 

「リズ!!」

 

『Complete』

 

ピンチのリズベットを救出せんとアスナがエクストラスキル『神速』を発動。アーマーが弾け飛ぶ代わりに、アスナはただ一人許された神速の世界へと足を踏み込む。

 

『Start Up』

 

直後、視認不可能な速度でジェイソンの前に割り込んだアスナはすり抜けながらリズベットを抱きかかえてその場から離脱した。

 

リズベットを救出したアスナは、そのまま速度を生かしてジェイソンに斬り込む。幾らジェイソンと言えど、今のアスナの速度には敵わない。目にも止まらない速さでアスナはジェイソンを斬り付けていく。

だが……

 

『3…2…1』

 

『TIME OUT』

 

神速の限界時間が訪れ、アスナの高速移動状態が途切れてしまう。

 

「ふむ、今のも中々良かったがぁ〜……制限があるんじゃあ〜楽しめねぇなあ〜」

 

ジェイソンはやれやれとため息を吐くと、高速移動の反動で疲弊しているアスナを一思いに蹴り飛ばした。

 

「くっそおおぉぉぉ!!」

 

するとキリトが叫びながら二刀流突進スキル《ダブルサーキュラー》を発動し斬り込む。

だが……

 

「てめぇはこの中じゃあ一番ダメだ。速さ・パワーどっちも中途半端だぁ〜」

 

ジェイソンはキリトが突き出した黒い剣の切っ先を難なく掴み取った。

 

「なん……だと……?!」

 

キリトの両眼が衝撃で見開かれる。

 

「テメェなんぞに……俺と戦う資格はねええぇぇ!!!」

 

ジェイソンはそう叫ぶと、キリトをそのまま力任せに投げ飛ばした。

キリトは壁に背中から叩きつけられた。

 

「(勝てるのか……?俺はこんな怪物に……)」

 

圧倒的すぎるジェイソンに、キリトは段々勝てるビジョンが見えなくなっていた。周囲にはジェイソンの圧倒的な戦闘力により倒れ伏す仲間達。辛うじて戦えるのは自分のみ。

 

「いや……やるしかない……俺しかいないんだ!!」

 

キリトはそう言って自分自身を奮い立たせ、ジェイソンに飛びかかった。

 

「(もっと速く……もっと強く!!)」

 

自身にそう言い聞かせ、キリトは己の全てを賭け、文字通り全身全霊を以てジェイソンに挑む。

彼の圧倒的なパワーを前に弾かれても、何度倒れようとも、そのたびに立ち上がって果敢に立ち向かい続けた。

 

ここで自分が倒れたらみんなが死ぬ。それどころか、更なる被害が出る事になる。

だからこそ、戦わなくてはならない。自分がやらなければならない。

 

「おおおおおおおおおお!!!!」

 

キリトは左右の剣を巧みに使ってジェイソンに斬りかかる。

 

───守る

 

────アスナも、みんなも……俺が守る!!

 

 

 

 

この時、キリトの脳内イメージに、一つの巨大な鋼鉄の門が現れた。

そして、キリトがそう念じた瞬間。『ガチャリ』と鍵が解かれる音がし、そして『ゴゴゴ……』という重々しい音と共に、その扉はゆっくりと開かれる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『ナーブギアとのシンクロ率120%を検知』

 

『ナーブギアのリミッターを完全解除』

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「無駄だってのが……分あぁぁぁかぁんねえぇのかあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ジェイソンに弾き飛ばされ、地面に膝をつくキリトに、ジェイソンが苛立ち気味で鉈を振り下ろす。

 

その直後だった。

 

『ギィン!!』という音と共に、ジェイソンの手から巨鉈が弾き飛ばされたのだ。

 

「テ…メェ……!」

 

ジェイソンはマスクの奥で驚愕の表情を浮かべ、キリトを見下ろす。

この瞬間、キリトの纏う雰囲気が一変した。

 

氷のように冷たい雰囲気を纏い、両目からは謎の黄色い光が灯っている。

 

「……そう言うなよジェイソン。俺だって伊達にここまで戦い続けてきたわけじゃないさ」

 

キリトはゆっくり立ち上がると、落ち着き払った声でそう言った。

 

「キリ…トくん……!」

 

その様子を遠目に見ていたアスナも気付いた。

あれは、かつてホロウエリアでの最終決戦でジェネシスが入った、絶対無敵の領域。選ばれた者にしか入れない、究極の次元。

 

《ゾーン》

 

キリトはゆっくりと右足を引き、左手の『ダークリパルサー』を前に突き出し、右手の『エリュシデータ』を右肩に担ぐ体勢を取る。

 

「ここからが俺たちのステージだ………

 

第二ラウンドと行こうぜ、ジェイソン!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その頃、ジェネシス・ティア・サクラの3人はJのプレイヤー達に囲まれてしまっていた。

 

3人はなんとか応戦し、Jのメンバー達を沈黙させていく。

 

だがこのままではいつまで経っても先に進めない。

 

「……久弥!ここは私たちが食い止めるから先に行って!!」

 

ティアが一人のオレンジを斬り飛ばしてそう言った。

何を言ってるんだ、と言い返そうとしたジェネシスだったが、

 

「大丈夫です!私たちは必ず後で追いつきます!

それよりお父さんは早くジョーカーのところへ!あの人を止められるのはお父さんだけです!!」

 

ジェネシスは一瞬迷ったが、ティアとサクラの目を見て何も言えなくなった。

そして一呼吸おいて決意を固める。

 

「……死ぬんじゃねえぞ」

 

そう言い残し、彼は先へ走り出した。

 

だがジェネシスが走り出して数分後の事だった。

 

 

ティアの元に一通のメッセージが届いた。

 

戦闘も落ち着いていたので、ティアはそのメッセージを開き………

 

そして目を見開いた。

 

送られていたのは一枚の画像。

 

ティアはそれを見て冷や汗が吹き出て、呼吸が乱れ始める。

 

 

そこに写っていたのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………手足を縛られ、地面に横たわっているレイだったのだ。

 

「な……に……これは……?!!」

 

ティアは思わず掠れた声で呟く。

 

「母さん!行ってください!」

 

すると事態を察知したサクラがティアにそう告げる。

 

「私なら大丈夫です!だから早く!!」

 

サクラの訴えを受け、ティアは頷いて走り出した。

メッセージに添えられていた場所に向かって。

 

「……とは言え、もう粗方片づいちゃってるんですけどね」

 

そう言ってサクラは辺りを見回して苦笑した。

周囲には戦闘不能となって転がっているオレンジプレイヤー達。既に全員ロープで捕縛しており、放っておいてももう確実に襲ってくることはないだろう。

自分はキリト達の救援にでも向かおうか、そう考えた時だった。

 

「いやぁ〜、これがMHCPの力か!実に見事だったねぇ〜!!」

 

サクラの背後からパチパチと拍手をしながら歩いてくる人物が一人。

 

「あ、貴方は……」

 

ゴージャスな白金の鎧に身を包んだ男。

 

アルベリヒが、不気味な笑顔を浮かべながら歩み寄ってきたのだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

ジェネシスが走り続けた先に、ボス部屋があった。

 

ジェネシスはその扉に近づくと、それがゆっくりと開く。まるで自分を招いているかのように。

 

扉が完全に開かれると、ジェネシスがゆっくりと部屋の中に入った。

 

 

「よぉ〜、待ってたぜェ《暗黒の剣士(ダークナイト)》さんよぉ〜」

 

部屋の中央に、紫のスーツに不気味なピエロ風の化粧をした男が立っていた。

 

「ジョーカー……!!」

 

ジェネシスは鋭い目つきと共に、その名を口にした。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

Jの幹部戦第一編、いかがだったでしょうか?

ティアの娘、レイに何があったのか。
アルベリヒがなぜそこにいるのか。
そしてジェネシスvsジョーカーのボス戦も始まります。

では、次回もよろしくお願いします。
評価・感想などもお待ちしております。


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六十三話 突入作戦3

どうも皆さん、ジャズです。
今回、“J”戦がまずひと段落つきます。思いの外高評価な様子で、とても嬉しいです。
では、本編始まります。


部屋に充満した麻痺毒の粉末というトラップにより麻痺状態に陥ったフィリアとツクヨ。

地面にうつ伏せで倒れるフィリアとそれに寄り添うように膝をついているツクヨの2人に、ジョニー率いるオレンジプレイヤーの集団がジワジワと歩み寄る。

 

「キヒヒヒッ、形勢逆転ってやつだなぁオイ!どうだ?希望が絶望に変わった気分はぁ?てめぇらはもうおしまいなんだよ!!!!」

 

ジョニーは勝ち誇ったように高笑いしながらツクヨとフィリアに対して言った。

フィリアは悔しげに下唇を噛み締めるが、ツクヨは特に表情を変えずに聞いていた。

 

「ヒャァハハハハハハハッ!悔しいかそうだろう?!ザマァ見やがれ死神太夫!!俺をコケにしたツケはきっちり払ってもらうぜ…テメェらの命でなァ!!

お前らやっちまえええ!!!」

 

ジョニーの掛け声で周囲のオレンジ達が武器を手に一斉に飛びかかる。フィリアは麻痺で動けず、ツクヨも微動だにしない。

万事休す、もはやここまでかとフィリアは覚悟を決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………舐められたものじゃな」

 

するとツクヨが呆れたように呟く。

 

そして次の瞬間、フィリア達に襲いかかっていたオレンジの身体に一斉に苦無が投げつけられ、麻痺状態に陥って倒れ込んだ。

苦無術《自来也蝦蟇毒苦無》。相手を高レベルの麻痺状態にするソードスキル。ツクヨは一瞬の動作で大量の苦無を射出し、見事なコントロールでオレンジ達を封じたのだ。

フィリアは信じられない光景を見て開いた口が塞がらなくなった。これだけの数を一瞬で沈黙させたその実力もそうだが、ツクヨも自分と同じように麻痺にかかっていたはず。なのに何故動けるのか訳がわからなかった。

ツクヨは「フウ」と息を吐くと、ゆらりと立ち上がる。

 

「なっ………お前……何で、何で動けるんだよ?!」

 

ジョニーもフィリアと同じことを考えており、目を見開き、思わず後退りしながら問いかけた。

 

「ふん、知れた事。わっちは耐毒スキルをカンストしておるのでな。生半可な毒なぞわっちには通じぬ」

 

「なん……だと……」

 

ジョニーは思わず地面にへたり込んでしまった。

ツクヨはそんな彼に向かってゆっくりと足を進める。

 

「さて……さっきの質問、そのまま返させてもらうとしようかのう。

どうじゃ?“希望が絶望に変わった気分は”?」

 

ツクヨは両手に苦無と手裏剣を持ち、不敵な笑みを浮かべて問いかけた。

最早ジョニーの敗北はここに決定したも同然だった。既に仲間は麻痺で封じられ、しかもツクヨに対してはジョニーが最も得意とする毒が通じない。ただでさえ対人戦闘能力で圧倒的に差があるジョニーの得意分野も無駄となれば、もう打つ手がない。完全に王手、詰みだ。

 

「く……そ………」

 

ジョニーは屈辱とそれに伴う怒りのあまり歯をギリギリと鳴らしながら呟く。右手に持ったナイフが怒りによる震えでカタカタと鳴り響く。

 

「クソがあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

逆上したジョニーは毒ナイフを手にすると即座にツクヨに向かって駆け出す。

ツクヨは正面から振り下ろされるナイフを苦無で難なく弾き飛ばす。

そしてそのままツクヨは右足でジョニーの腹部を蹴り飛ばす。

 

「グボアッ………こ、のおぉぉぉ!!」

 

再び立ち上がろうとするジョニーに対してツクヨは苦無を投げつけた。

その苦無はジョニーの両肩、両足に突き刺さり、さらに麻痺状態に陥らせた。

 

「諦めろ。主ではわっちには勝てぬ」

 

ツクヨはそう言ってキセルの煙を「フウ」と吐いた。

 

「ツクヨさん!」

 

すると、麻痺が解けたフィリアがツクヨに駆け寄る。

 

「無事かフィリア、ならばよし。早く此奴らを縛り上げるぞ。麻痺が解けたら面倒じゃからのう」

 

「うん!……あの」

 

するとフィリアは一呼吸おき、

 

「ツクヨさん、すごくカッコ良かったよ!流石私の師匠だね!」

 

フィリアはそう告げると、地面に倒れているオレンジの方へ駆け出した。

ツクヨはしばし呆気にとられてその後姿を見つめていたが、やがて「フッ…」と軽く笑みを溢す。

 

「師匠、か……色々手解きはしたが、よもやそんな風に呼ばれることになろうとはのう……

 

これでわっちも、少しは近づけましたかな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ヒビキさん」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

迫りくる巨大な蛸型モンスターの触手を、ジャンヌ・イシュタル・オルトリアはバックステップで後ろに飛び退いて回避する。

 

「……じゃああんた達、手筈通りに行くわよ!!」

 

『お任せを!』

 

「りょーかいです」

 

3人は目配せしてそう交わすと、その場から飛び出す。

 

イシュタルは懐から金色の水晶玉を取り出し、それを空中に放る。

 

「さあ覚悟しなさい気色悪い怪物!!私の全力の一撃、食らうといいわ!!」

 

金色の水晶玉は空中で弾け飛び、ゴールドのエネルギーがイシュタルの武器《天弓マアンナ》に収束していく。

 

「これが私の、全力全霊!!」

 

イシュタルがマアンナの発射態勢を整えている間、ジャンヌとオルトリアが子供達の前に立った。

 

『大丈夫ですよ、私たちがお守りしますからね!』

 

「安心して、じっとしててください」

 

ジャンヌとオルトリアが後ろの子供達に優しく微笑み、子供達もその言葉に頷く。

 

ジャンヌはそれを見ると数歩前に出て、自身の旗を高く掲げる。

 

『我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!!』

 

ジャンヌの旗が眩い金色の光を放ち始め、さらにイシュタルのマアンナからもゴールドの光が放出され、部屋は明るい金色の光に包まれる。

 

「お、おおぉ………!何と、神々しい光か……!!」

 

ジルはその光を見て驚いたように目を見開いた。

 

マアンナの照射準備が整い、イシュタルは指先を目の前のモンスターに伸ばして照準を合わせる。

 

「打ち砕け!!『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』!!」

 

マアンナから極太の熱線が飛び出し、蛸型モンスターを一瞬で呑み込んだ。

威力のあまり猛烈な爆風や衝撃波が発生する。

 

『リュミノジテ・エテルネッル!』

 

ジャンヌの旗から金色のバリアが展開され、背後のオルトリアと子供達を包み込み、守護する。

その直後、『アンガルタ・キガルシュ』による爆風と衝撃波が襲い、ジャンヌのバリア『リュミノジテ・エテルネッル』とぶつかり合う。

 

土煙が晴れると、モンスターはまだ生きていた。とは言えHPは既にイエローゾーンに達しており、身体も半分が消し飛ばされている状態だ。

だがこのままではまた驚異的な回復能力で瞬時に元どおりになってしまう。

 

「んじゃ、無茶はするんじゃないわよ!!」

 

イシュタルはそう言ってその場から離脱した。

ジャンヌはそれに対して黙ってうなずき、左腰の片手剣をスラリと引き抜く。

 

『主よ……この身を委ねます!』

 

ジャンヌがそう口にした瞬間、片手剣の刃から真っ赤な火柱が発生し、巨大な刃を形成する。

炎の勢いが強まるにつれ、ジャンヌのHPが徐々に減っていく。

 

『《ラ・ピュセル》!!』

 

ジャンヌはその巨大な炎の刃を頭上から一思いに振り下ろし、蛸型の巨大モンスターを一刀両断した。

 

身を焼き尽くす炎に包まれ、蛸のモンスターは耳をつんざく絶叫を上げて燃え始めた。

 

「な、なんと……!その炎は正しく聖女を焼いた呪いの火!!何故、何故貴女がそれを使うというのです!!」

 

ジルが驚愕のあまり狂乱気味に叫ぶ。

その火はまるでフランスを救った聖女を、裏切りの果てに処刑した時の炎。

ジルは訳が分からなかった。何故ジャンヌの名を語るものがその火を使うのか。それは裏切りの炎、尊き聖女を陵辱の果てに焼き尽くした業火。

だがジャンヌはきっぱりとそれを否定する。

 

『これは、呪いの炎などではありません…!』

 

モンスターの体が徐々に焼け落ちていく。

 

『この火は……絶望を切り開き、暗闇を照らす祈りと希望の炎です!!』

 

そして遂に、モンスターのHPが全て消し飛び、蛸型のモンスターは断末魔を上げて爆散した。

ジャンヌのHPは残り1ドットの所で止まっており、技の反動で疲弊したジャンヌはその場に膝をつく。

そんなジャンヌにイシュタルが駆け寄り、慌てて回復ポーションを与えてHPを回復させる。

 

「こ、こんな…ことが………」

 

ジルは声を震わせながら後ずさった。

 

「いえ、いいえ!まだです!!まだ私には、この本が……」

 

ジルは悪足掻きとばかりに先ほどの本を掲げて再び別のモンスターを召喚しようとする。

 

「いいえ、もう終わりですよ」

 

だが彼の腕をオルトリアがビームサーベルで斬り落とした。

そして地面に落ちた本をビーム刃で焼き、破壊する。

 

「そ、そんな……馬鹿な……」

 

敗北が決定し、ジルは膝をついた。

 

その後、ジルを拘束した3人は子供達の方に歩み寄る。

 

『さあ、もう大丈夫ですから安心してください』

 

ジャンヌは子供達の前にしゃがみ込むと、優しく微笑みながら語りかけた。

 

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」

 

「すっごくかっこよかった!!」

 

「助けてくれてありがとう!お姉ちゃん!」

 

子供達は満面の笑顔でジャンヌに駆け寄る。

 

『お……お……おねえ、ちゃん……お姉ちゃん、ですか……!』

 

“お姉ちゃん”と言う単語に反応したジャンヌは途端に感激した様子で呟く。

 

「……ねえ、なんかジャンヌ変なものに目覚めてない?」

 

「多分大丈夫ですよ……多分」

 

イシュタルが何か不安げな顔で見つめ、オルトリアも自信なさげに答える。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「はああああっ!!」

 

「ブウゥルルルァアアッ!!」

 

キリトの双剣とジェイソンの巨鉈が激しい火花を上げて衝突し合う。

ゾーンに入ったキリトは瞬発力が上がり、ジェイソンから振り下ろされる鉈に対して的確に反応していく。

 

「ぐぬぅ…!(こいつ………なんだぁ、動きが良ぉくなっていやぁがるぅ……!)」

 

ジェイソンは思わず舌打ちしてしまう。

先ほどまで自分の攻撃に手も足も出ていなかったキリトが、突然上手く対応し始めたのだ。キリトはジェイソンのパワーを正面から受け止めるのではなく、別方向に受け流しているのだ。

 

「この虫ケラがぁ……くたばりやがれえぇぇぇい!!」 

 

ジェイソンは鉈でキリトを下から掬い上げるように振るう。

 

「っぐ……!」

 

キリトはその攻撃を受け切ることができず、そのまま弾き飛ばされて壁に激突する。

 

「ぉぉぉぉおおおおおおお!!!」

 

しかしキリトは尚立ち上がり、ゾーンによる速さを生かして突っ込む。

 

「この……余裕かましてんじゃねえぇぇぇ!!!」

 

ジェイソンはキリトに対し鉈を上から振り下ろして叩き潰そうとする。

が、キリトはそれを横方向に飛び退くことで交わし、再びジェイソンに接近していく。

 

「せああああっ!!」

 

そしてそのまま左右の剣を交互に繰り出してジェイソンに斬りかかる。

その間、キリトは以前ミツザネから言われたアドバイスを思い出していた。

 

“バランス型ってのはな、全てを極めてこそ真価を発揮する”

 

「(もっとだ……もっと……もっと速く……)」

 

キリトは極限まで高められた集中力により、ジェイソンの鉈を驚異的な反応速度で弾いていく。そしてそこから、ゾーンによって高められた敏捷性で素早く剣を繰り出す。

 

「もっと強く!!」

 

「こ、いつぅ……!」

 

キリトはそう連呼しながら、自分が持つ最大限の力でジェイソンに斬り込む。

ゲーム内なので、気合いや気持ちだけでステータスが変わることはない。

しかしジェイソンは、キリトの恐るべき気迫と集中力に、どう言う訳かキリトのパワーが強まっている感覚に陥った。

 

ジェイソンは歯軋りしてキリトを蹴飛ばし、一度距離を置くと再び鉈を頭上から振り下ろす。

 

「今死ね!すぐ死ね!!骨まで砕けルルルルオオオオオオオォォォ!!!!!」

 

先ずはキリトの腹部に膝蹴りを、続けて左拳でキリトの顎にアッパーパンチを、最後に身体を一回転させてその遠心力を最大限に活かしてキリトを吹き飛ばす。

キリトは壁に吹き飛ばされ、土煙を上げて衝突した。

だが……

 

「まだだあああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

キリトは尚も怯まずにジェイソンに飛び込んだ。

HPは既にイエローゾーンだが、それでも気にせず進み続ける。

 

「これでも止まらねぇのかぁ……!!」

 

忌々しげに舌打ちし、突っ込んでくるキリトを迎え撃つ。

 

「なら……こおぉいつでどぅだああああ!!!」

 

ジェイソンは再び巨鉈を頭上に振り上げると、鉈の刃が紫色の光を放ち始める。

そしてキリトが足元まで来たタイミングでそれを勢いよく振り下ろす。

 

「ンマッッッスルウゥゥゥ……ギィィヤァァラクシィィィブウゥゥルルルルレエェイクウゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

上から振り下ろされる超絶なパワーに、キリトはなす術もなく押し潰された。

 

「キリトくんっっ!!!」

 

アスナは悲痛な顔で彼の名を叫んだ。

土煙が晴れた先に、キリトは左右の剣を頭上で交差させる事でその一撃を受け止めていた。膝をついてその衝撃に踏ん張り、巨大なパワーに耐えるその表情は先ほど以上に苦悶に満ちていた。

その腕はギリギリの所で必死に踏ん張っているため小刻みに震え、黒と翡翠の剣はギシギシと音を立てている。

 

「まぁだ踏ん張るかぁぁ……ふん、だがこれで終わりだああぁぁぁ!!!」

 

「っっ!!ぐおおおおおおっ!!」

 

ジェイソンは鉈を握る腕に力を込め、キリトを押しつぶす。

キリトはそれに対して更に踏ん張って抵抗を試みる。

だがその腕は徐々に下に下がり始めた。

 

「ダメ!お願い、負けないで!!キリトくん!!!」

 

その時、アスナの泣き叫ぶ声が響いた。

キリトはその声を聞き目を見開く。

 

“負けるか……”

 

その瞬間、キリトの剣がジェイソンの鉈を押し返し始めた。

 

「な、にぃ……?!!」

 

ジェイソンは驚愕の表情を浮かべた。

焦って更に力を強めるが、尚も逆にジェイソンが押し返される。

それに対してキリトは膝をついていた左足を『ダン!』と地面につけ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「お、おおお……!」

 

腕に、足に、全身に限界を超えた力を込め、巨大なパワーをゆっくりと押し返していく。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーー!!!」

 

次の瞬間、キリトは力強い雄叫びを上げながら、遂にジェイソンの鉈を弾き返した。

その反動でジェイソンは後ろにバランスを崩す。

 

「てめえぇ…!」

 

ジェイソンは反撃を加えようとバランスを整えるが、その前にキリトの追撃が来る。

 

キリトの双剣が青白い光を帯び、ソードスキルが発動する。

 

「《スター・バースト……ストリーム》!!」

 

キリトの最も得意とするソードスキルが放たれた。

左右の剣から繰り出される青白い斬撃が、文字通り流星の如くジェイソンに襲いかかる。

縦に、横に、斜め方向にランダムで発動する剣撃がジェイソンの胴体を斬り刻む。

 

「舐め……んじゃねえぇぇぇ!!!」

 

だがその猛攻の中、ジェイソンは反撃とばかりに鉈をキリトの横腹に叩き込み、腹部を抉る。

 

「っぐうっ…!」

 

キリトの表情が一瞬顰められ、HPがレッドゾーンの直前まで減少する。そしてスター・バースト・ストリームが強制的に中断された。

 

「ぐ、おおおおおおお!!」

 

しかしキリトはそこから二刀流最上級スキル《ジ・イクリプス》を発動する。

並大抵のボスモンスターならばこの技だけで消滅させられる程の破壊力を持つ技。先程の技よりも更に眩い青白い光が発せられ、フレアのような強烈なエネルギーを纏った剣戟が繰り出される。

先ほどよりも速く、更に強いパワーで放たれる攻撃を、ジェイソンはここに来て恐るべき反射神経で捌いていく。直感でこの技だけは受けてはならないと分かったのだ。

だがそれでも相手は二刀、こちらは一刀、手数では明らかに不利。キリトの一撃が何度か自身を掠め取り、その度にHPがあり得ない程削られていく。

 

「こぉぉんんのガキがあああぁぁ!!オレ様をおおぉ……舐めんじゃねええぇぇぇぇえええ!!!!」

 

するとジェイソンの鉈に真紅の光が放たれ始め、そしてその鉈とキリトのダークリパルサーがぶつかり合う。

数秒間そのまま鍔迫り合いを起こすが、次の瞬間。

 

ダークリパルサーの翡翠の刀身に『ピシリ』とヒビが入ったのだ。

キリトの目が見開かれ、その一瞬が命取りだった。

 

「ブゥルルルゥアァァァァウ!!」

 

ジェイソンが左拳でキリトの頬を殴りつけ、そのまま右足で思い切り蹴飛ばしたのだ。

 

「ぐっ…は……!」

 

そのままキリトは数メートル転がり、膝立ちで立ち止まる。

既に彼のHPはレッドゾーンに達していた。そしてダークリパルサーもほぼ使えない。次に使ったが最期、この剣は真っ二つに折れる事だろう。

 

それを見越したジェイソンは、鉈を振りかぶってキリトに突進する。

 

「こいつでえぇ……終わりだああああぁぁぁぁぁあ!!!」

 

ジェイソンの鉈から漆黒のオーラが出始め、そしてそれがジェイソンをすっぽりと覆い尽くす。

ジェイソンの巨大も相まって、漆黒のオーラに包まれたその姿は正に“闇”そのもの。見ただけで、その技がジェイソンの持ち得る最強の技であることは明白だった。

 

キリトは膝をついたまま、黙ってダークリパルサーを見つめていた。

この剣はリズベットが彼の為に鍛えた剣。そして彼女と交わした、この世界を終わらせるという約束の象徴。

 

“ごめんな、リズ”

 

キリトは心の中でリズベットに謝罪した。

最早この剣が折れるのは必至。あの約束は、守れそうもない。

 

“だからせめて……あいつを倒して……俺はみんなを守る!”

 

キリトはそう決意して立ち上がる。思い浮かべるのは、もう一人の黒い背中。

これまで皆を守り、導いてきた《もう一人の黒の剣士》。

 

「いつまでも、守られっぱなしじゃかっこつかないからな……!」

 

届くことのない言葉を、キリトは一人呟く。

 

そして右手のエリュシデータと、左手のダークリパルサーを前で交差させる形で構える。

二振りの剣が、彼の決意と覚悟に応えるように眩いゴールドの光を放ち始める。

心なしか、左手のダークリパルサーが最後の力を振り絞っているのか、エリュシデータよりも明るく発光しているように見えた。自身の最期を、ここで飾る為に。

 

キリトはその光を見て、ゆっくりと目を閉じる。

 

『────秘奥義開帳

是は星々の躍動ーー彼方より来る星々の煌めき────』

 

その詠唱の直後、キリトの剣から発せられる金色の光が彼の身体に伝い始める。

ゴールドの光に包まれたキリトの姿は、正しく絶望の中に立つ希望の象徴。

 

キリトはその光を纏いながら、闇のオーラに包まれたジェイソンに斬りかかった。

 

『《ネビュラレイド・エンプレス》』

 

ゴールドの光を纏うキリトの剣が、ジェイソンの鉈とぶつかり合う。

 

キリトが求めた、最も速く最も強い一撃。それを、この技は体現していた。一撃一撃がジェイソンの攻撃よりも速く繰り出され、更にジェイソンのパワーをはるかに上回る。

左手のダークリパルサーの刀身が、ジェイソンの鉈と打ち合うたび無数のカケラを飛散させて砕け散っていく。

それでも尚、ダークリパルサーはまだ折れなかった。

 

「だああああぁぁぁぁぁあ!!!」

 

気合の叫びを上げながら、キリトは左右の剣を振るった。

この一撃、この技で決める為、全てを賭けた。

 

「オオオォォォォォラアアアァァァァァァーー!!」

 

対するジェイソンも今までとは比較にならないほどの気迫で向かい合った。

何度も何度も、互いの武器が火花を散らして衝突する。

 

永遠に続くかのように思われた攻防。

アスナ達はただ、それを見守るだけだった。

不安ではあった。何せこれだけの数をたった一人で圧倒した男だ。そう簡単には勝てそうもない。

 

しかし一方で信じていた。彼の……キリトの勝利を。それだけは後にも先にも疑うこともなかった。

何故なら彼は、アインクラッドの《黒の剣士》。自分たちを救い、守り、そして共に戦ってきた仲間だからーー

 

 

その次の瞬間だった。

 

キリトのダークリパルサーが『バキィン!!』という音を立ててーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーージェイソンの鉈を半ばから叩き折ったのだ。

 

「なん……だとぉ……?!!」

 

ジェイソンの目が驚愕のあまり見開かれる。

 

「行け………

 

 

行っけえええぇぇぇぇーーー!!!キリトくーーーーーん!!!」

 

アスナが涙目になって力一杯叫ぶ。

 

「ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

アスナの声を受け、キリトは更に声を張って叫ぶ。

その思い、その気合い、その熱意に応えるかのように、左手の剣ーーダークリパルサー(闇を斬り払う者)が最期の輝きを放つ。

 

翡翠の切っ先がジェイソンの胴体を捉える。

 

そしてその名の通り、巨大な闇そのものであったジェイソンを斬り裂いた。

 

「ぐううぅぅぅおおおおおおおおおおおぉぉぉ………」

 

ジェイソンは胴体を一刀両断され、その場に立ち尽くす。

そのHPは、完全に尽きていた。

キリトはそのままジェイソンと入れ替わる形で止まった。

 

「な、何故だ………俺の方がぁ、遥かに強ぇ力を持ってた筈だ………なのに……この差は、なんだ……」

 

ジェイソンはゆっくりと顔を後ろに立つキリトに向ける。

 

キリトは振り返らずに背中を向けたまま答える。

 

「……俺には守るべきものがあって、お前にはそれが無かった。

それだけの事だ」

 

キリトはゆっくり直立の体勢に戻り、左手のダークリパルサーを軽く左右に振るう。

 

同時に、ジェイソンの身体が青白い光に包まれ、そしてガラス片となって消滅した。

 

 

 

キリトは左手のダークリパルサーの方にもう一度視線を移す。

 

その瞬間、ダークリパルサーの刀身のヒビが大きくなり、そして半ばから折れ、切っ先から半分が地面に『カラン』と音を立てて落下した。

 

「………ごめんな。

そして………ありがとう」

 

キリトは悲しげな笑みを浮かべながら、役目を終えたもう一人の相棒()に謝罪と感謝を述べた。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
これにて、“J”編幹部戦が終わりました。
次回からはいよいよ、クライマックスへとなります。
次のお話はティアの戦いをお届けしようと思います。
ティアに立ちはだかる敵は、あの男ですーー!!

そして今回、ツクヨさんの師匠が明らかになりました。その名は、《ヒビキ》。
いや、銀魂を知ってる方なら「なんで地雷亜じゃねえの?」と思う方もいるかもしれません。自分も当初はそれを考えてて地雷亜編やってツクヨさんをジェネシスのヒロインにしようとか考えてたんですが……
地雷亜編、やるタイミングを見失っちゃったんですよね。
なのでどうしようかと考えた際、もう師匠変えちゃおうとなりまして。で、思いついたのがヒビキさんです。元ネタは仮面ライダー響鬼からになります。ご存知の方なら、「まあ悪くない…?」と思ってくださるかと……

では、長くなりましたが今回はこの辺で。
昨日から8月となりました。暑い日々が続きます。コロナもそうですが、何より熱中症にも十分気をつけてください。
それではまた次回。評価、感想など良ければお願いします。


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六十四話 人斬りとの決着

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回はいよいよ、あの男との決着です。


鬱屈とした洞窟の中に、1人の幼い白無垢の少女が横たわっていた。

両腕、両足はロープで縛られている。 

 

囚われた少女ーーーーレイは不意に目を覚ました。

身体には特にダメージは受けていない。ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。

レイがいる場所は明かりが特になく、ただ無造作に置かれた薪に付けられた火だけが明かりとなっている。

 

自分が何故ここにいるのか、時は数刻前に戻る。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

父、ジェネシス達が迷宮区に立て篭もる“J”に対処するため戦いに行った後、レイはユイと共に七十六層の宿に残っていた。

不安ではあったが、レイは彼らの無事を信じてユイと待ち続けたが、一時間が経過した時だった。

ユイがあまりにも不安がるので、その気晴らしにと街の売店で飲み物やお菓子を購入しに出掛けた。

その道中での事だった。

 

「すまない、そこのお嬢ちゃん」

 

後ろから男性プレイヤーに呼び止められ、レイは振り返る。

 

「君が“レイ”ちゃんで合ってるかな?」

 

「はい、私がレイですよ」

 

レイは人当たりの良い笑顔で頷く。

 

「そっか、良かった。

先に謝っておく………すまねえ」

 

次の瞬間、レイは後頭部に『ゴッ!』と強い衝撃を受けて気を失い、倒れてしまった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「旦那!頼まれてた娘、連れてきましたぜ」

 

レイを拉致した2人の男性達は、九十五層のダンジョンにあるとある部屋にやって来た。

その部屋の奥には、逆立った銀髪の侍、ジャック・ザ・リッパーがいた。ジャックは自身の刀の刃を布で拭いており、男性達の声を聞くと手を止めて歩き出す。

男性達は床に大きな黒い袋を置き、チャックを開く。

中には、両腕と両足を縄で縛られたレイが気を失って横たわっていた。

それを確認したジャックは満足げに頷く。

 

「……良くやってくれた。では、これが報酬だ」

 

「へへ、んじゃあ約束通り例のアイテムを……」

 

男達がニヤニヤと笑みを浮かべていると……

 

『ザシュッ!』と言う音を立てて1人の胴体に深い切り傷が入った。

 

「ぎ………ギャアァァァアアァァァァァーー!!!」

 

痛覚抑制のない攻撃により、斬られた男性は蹲って絶叫を上げる。

 

「そ、そんな……!なんで?!話が違うじゃねえですか!!」

 

もう1人の男が青ざめた顔でジャックに問い詰める。

 

「戯け。この幼女は白夜叉の娘だ。奴の娘を拐ったとなれば、貴様らもどの道生きてはおられまい……

遅いか早いかだ。どの道貴様らは死ぬ」

 

ジャックは冷淡な表情でそう告げると、その男の首をソードスキルを使って刎ね、そのまま2人目の男の身体を真っ二つに両断する。

 

「ぐわあぁぁぁぁーーーっ!!!」

 

そして、2人は青白いガラス片となって爆散し消滅した。

 

ジャックはそのままもう一度レイを見下ろすと、写真を撮ってメールをとある人物に送信し、ニヤリと笑って奥の岩に腰掛ける。

 

「さあ来い白夜叉………貴様の大事な娘はここにいるぞ……クククククッ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたようだな」

 

レイの後ろから声が響き、レイは目を見開く。

レイはその声を知っていた。かつて自分に襲い掛かった、人斬りの声。

レイはゆっくりと振り返ると、その男はいた。

逆立った銀髪に眼帯で片目を隠し、もう片方の赤い瞳がこちらを見下ろす。

 

「ジャック……ザ…リッパー……」

 

レイは恐怖のあまり震えた声でその名を呟く。

 

「フッ、そう身構えるな。今更貴様を殺すつもりなど無い……」

 

ジャックは口角を上げて不気味な笑みを浮かべながらレイに近づく。

 

「なんで……私にこんなことをして、貴方は何が目的なんですか……?」

 

レイはジャックを睨みながらそう問いかけた。

 

「フン、知れた事……お前を人質にすれば白夜叉は怒る。

怒りは奴の理性を狂わせ、凶暴な人斬りに変貌させる……」

 

するとジャックは眉をピクリと動かし、後ろを振り返る。

 

「……噂をすればだ。お出ましのようだぞ」

 

ジャックはニヤリと笑うと、顎で洞窟の入り口の方を指す。

レイもそれに促されてその方向を見ると、暗闇の奥から白い人影がゆっくりと歩いてくるのが見えた。

レイと同じ銀髪に白マントを羽織った女性。見間違えるはずもない、レイの母親であるティアだ。

 

「ママ……!」

 

ティアは何も言わずにこちらに近づく。

だが近づくにつれ、彼女が放つ多大な圧力がひしひしとこちらにも伝わってきた。

 

「ほう……この気迫……怒っているな、白夜叉?」

 

ジャックもそれを感じ取ったのかティアに問いかける。

 

「………レイをまきこんだ貴様と、それを阻止出来なかった私自身にな」

 

ティアの声は普段レイに見せる慈愛と優しさに満ち溢れたものではなく、怒りと憎悪に満ちたドスの効いた声だった。

ティアは鋭い目つきでジャックを睨みながら答えると、左腰からスラリと刀を引き抜く。

 

「ククククク………いいぞ白夜叉………」

 

それを見て満足げな笑みと共にジャックは満足げに笑い、背中から太刀をゆっくりと引き抜いた。

 

「来るがいい……“ゲーム(殺し合い)”開始だ」

 

ジャックがそう告げた直後、ティアはその場から飛び出し、同時にジャックも上空に飛び上がる。

真上から振り下ろされるジャックの刀をティアは横一閃に振るって弾く。

だがジャックは着地すると同時にそこから猛攻を加えた。上、下、斜め方向からランダムに斬撃が飛び、ティアは持ち前の反射神経でギリギリのところで回避、防御を続ける。

 

ティアは自身の頭部目掛けて来るジャックの刀を上半身を後ろに逸らすことで回避し、そのまま自身の刀をジャック目掛けて下から振るう。

が、ジャックはそれを何なく弾いた。

 

「……そんな腕で俺が殺せるか?」

 

ジャックは退屈そうな顔で刀を自身の右肩に担ぎながら言った。

 

「……っ!」

 

ティアは一度彼と距離をとり、刀の柄に左手を添えて切っ先をジャックに向けた状態で自身の真横に構える。

 

しばし睨み合いが続いた後、今度はティアの方から斬りかかった。

刀身に青白い光が宿ると同時に、ティアはそれを右上から左下方向に繰り出す。刀ソードスキル《幻月》

それに対してジャックは左腰あたりに刀を構え、ティアの刀が振り下ろされると同時に素早く振り抜く。刀ソードスキル《絶空》

2人の剣が火花を散らしてぶつかり合う。

 

「くっ……!」

 

ティアは苦い顔で歯軋りをした。弾かれたのはティアの刀だった。

宙に浮いた彼女の刀を、ティアは素早く掴み取り、逆手で持ち替えてそのままジャック目掛けて振るった。

 

「それは悪手だな」

 

ジャックは首を横に振ってティアから振り出された刃を左手で受け止め、そのまま返しに自身の刀を突き出す。

その瞬間、『ザシュッ』と言う何かが突き刺さるサウンドエフェクトが鳴り、ティアの両眼が見開かれた。

ティアの腹部にはジャックの刀が深々と突き刺さっていた。

痛覚抑制の無い攻撃により、ティアは腹部に今まで感じた事のない痛みが襲った。

 

「逆手で構えるのは逃げの一手だ」

 

「ぅぐっ……!」

 

ジャックはティアの腹部から刀を引き抜くとそのまま再び猛攻を始めた。

 

「ママっ!!」

 

レイは悲痛な顔で叫ぶ。

ティアは痛みで意識が散漫しまともに反撃する事ができない。

防戦一方だったティアに対してジャックは蹴りを加え、彼女を壁に叩きつける。

 

「くっ……!」

 

ティアは地面に膝をついて倒れ込んだ。

 

「……その程度か?白夜叉。こんなものでは貴様を斬ったところで何の面白味もないぞ」

 

ジャックはため息を吐きながら自身の刀身を左袖で拭う。

 

「本性を曝け出せ白夜叉。言ったはずだ、貴様の性根は人斬りだと。このままでは大事な娘は返ってこないぞ?」

 

「だ…まれっ!!」

 

ティアはジャックの言葉を遮って叫び、その場から飛び出した。

ティアの刀身に赤い光が宿り、やがて炎のエフェクトを纏い始めた。

そのまま炎の斬撃をジャックに突進しながら無数に繰り出していく。

ティアが保有する、アインクラッドでは恐らく最多の連撃数を誇るソードスキル。

抜刀術39連撃スキル《緋吹雪》

 

「緩い」

 

だがジャックは淡々とその乱撃を容易く弾いていく。

そして技が終わり、動かなくなったティアの右肩目掛けて鋭い刺突攻撃を加えた。

ジャックの刀の切っ先がティアの右肩アーマーを軽々と吹き飛ばし、地面に『ガシャン』と音を立てて転がった。

 

「ぬん!」

 

そのままジャックはソードスキル《旋車》を発動。

黄緑の斬撃が突風を巻き起こしながらティアの身体を切り裂いていき、そのまま吹き飛ばした。

 

「ぐぁっ……!!」

 

横腹と太腿辺りを抉られ、再び激痛に襲われるティアは地面に刀をついてそれを支えに膝立ちする。

 

「…まだ迷っているのか白夜叉。殺す気で掛からねば俺には勝てぬぞ。

………それとも、こうでもせねば本気は出せんか?」

 

するとジャックは後ろを振り返り、レイの方を見た。

そして右の掌を伸ばし、レイの目を見て赤い瞳を向け、鋭い目つきで睨む。

 

「……っ?!」

 

次の瞬間、レイは目を見開いて地面に崩れ落ちた。

苦悶の表情で身体を震わせ、踠き苦しむ。

 

「れ……レイ?!」

 

ティアは目を見開いて娘の名を叫ぶ。

レイの視界には、かつて自分が見て、感じ取ってきた人の感情データが流れ込んでいた。

それらは全て、自身が対処するべきであった人々の負の感情だった。絶望・後悔・悲哀・憤怒・憎悪・狂気・殺意と言った、MHCPである彼女たちが片付けるべきもの。

しかし、今のレイにそれを対処できる能力は無い。だが負の感情は絶えず自分に流れ込んでくる。

やがてレイの視界にエラー表示が現れた。かつて、自分が崩壊しかけた時と同じように……

 

「《心の一方》を強めにかけた……聞けば、お前の娘はMHCP、人の感情を見る機能があるそうじゃないか。

今お前の娘には俺の剣気・殺意・憎悪・憤怒と言った負の感情が流れ込んでいる。それらを処理出来ないあの娘はエラーを蓄積しやがてそのデータは崩壊する……」

 

「ぁ……ぅ……ま…………ま………」

 

レイは苦しそうに息も絶え絶えになりながら、悲痛な表情でティアに助けを求めた。

 

「貴様……!」

 

ジャックの言葉を聞いたティアは怒りに身体を震わせる。

 

「時間はないぞ。言いたいことは剣で言え」

 

ジャックがそう告げた瞬間。

ティアが一瞬の動作で飛び出し、ジャックの首目掛けて刀を振るった。寸前のところでジャックは回避し、ティアはそのままジャックを通過してレイの前で着地する。

 

「命が惜しければ、レイに掛けた心の一方を解けッ!!!」

 

ティアはジャックの方を振り返り、ドスの効いた声でそう怒鳴りつける。

 

「戯け。俺にはもう解けぬ」

 

ジャックは軽い笑みを浮かべながら答えると、そのまま真顔に戻して自身の刀の切っ先をティアに向けた。

 

「方法は二つに一つ。

《自力で解く》か、《術者を殺して気を断ち切るか》だ。

ククククッ」

 

薄ら笑いでジャックはそう告げた。

 

「……ならば!!」

 

最早ティアに残された選択肢は一つだけ。それを悟ったティアは走り出し、再びジャックと剣戟を繰り広げた。

ティアは怒りに任せて剣を振るった。最早型も何も無い。ただ己の身に任せて、ジャックに襲いかかる。

 

その間にも、レイの視界にエラー表示は段々と増えていき、自分の中にある大事な何かが崩れ落ちていく感覚がし始めた。

 

早くしなければ、大事な娘が再び消えて無くなってしまう。

その事をティアは分かっており、早くジャックを殺す事で頭がいっぱいになっていた。

そう、この時ティアは既に、ジャックに対して明確な殺意を抱いていた。それは最早、ジャックが言っていた修羅、人斬りとしてのティアであった。

 

「フハハハハ!いい、いいぞ白夜叉!もっと貴様の本性を見せてみろ!!」

 

ジャックは楽しげな笑みでティアに刀を振るった。

だが、ティアはジャックの斬撃を弾き返した。そのあまりのパワーに、ジャックの上体は大きくのけ反った。

 

「ぬおっ!こ、これ程とは……!」

 

「だあぁぁぁぁっ!!!」

 

次の瞬間、ティアは自身の刀をジャックの腹部には思い切り突き刺した。

 

「ぐっ……おおおっ……!!」

 

するとジャックは両眼を見開き、今まで見せなかった苦悶の表情で腹部を抑えた。

それを見てティアは違和感を感じた。普通のプレイヤーには痛覚抑制が働いているので、刀を突き刺した所で痛みは殆ど発生しない。最も、彼の刀にはそれを無効化する機能があるようだが、彼の刀で突き刺した訳ではないので痛みは発生しないはずなのだ。

 

「ぐ…………ククッ……ククククッ…」

 

だがジャックは、苦悶の表情の中で徐々に不気味な笑い声を上げ始めた。

 

「心地いい痛みだ………痛覚抑制を外して正解だったな。

やはり、斬り合いはこうでなくてはな」

 

ティアは驚愕のあまり息を呑んだ。

この男、自らペインアブゾーバーを外してあるのだ。

ジャックのあまりの狂気っぷりに、ティアは思わず後退りした。

一方でジャックのテンションのボルテージはどんどん上がっていく。そして赤い瞳に、徐々に光が宿っていく。

 

「これでこそ………戦いだ!!!」

 

ジャックはそう叫ぶと同時にティアを吹き飛ばした。

ティアは数メートル下がった後、再びジャックの方を見る。

 

「ククククッ……戦場(ここ)が俺の居場所、これが俺だ」

 

ジャックは楽しげに笑みを浮かべながら言った。

その右目の瞳には赤い光が灯っていた。

次の瞬間、ジャックは一瞬でティアの目前に肉薄し、刀を上から振るう。

ティアは辛うじてそれを防ぐが、ジャックは素早い動作で次の攻撃を繰り出す。ティアの左下方向から刀を振るい、そのままティアの胴体を斬りつけた。あまりに早い動作でティアは反応が追いつかず、その攻撃を受けてしまった。

そして、ジャックは左腰から短刀を引き抜くと、それをティアの右肩に深々と突き立てる。

 

「があっ……!」

 

「らあっ!!」

 

右肩を抑えるティアに対してジャックは左足で思い切り蹴飛ばす。

地面を数メートル転がり続け、ティアはレイの目の前で倒れ込んだ。

 

ティアの目の前には、苦しそうに悶える愛娘の姿があった。

両目から涙を流し、その表情には苦悶と恐怖に満ちていた。

 

「ま………ま……っ………ぅ………」

 

ティアは苦しむレイの姿を見つめた。

 

その瞬間、ティアの心がすぅ…と冷え切っていく感覚がした。怒りでも、殺意でもない。最早ティアではない、別人のような何かに変貌してしまったかのような感覚。

 

そして、ティアの脳内にある大きな鋼鉄の扉が、ゆっくりと開いていく。ジェネシスやキリトが到達した究極の次元に今、ティアも到達するーーーー

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

『一定数の脳波を感知』

 

『ナーブギア、リミッター解除』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

ティアは自身の右肩に突き立てられた短刀を引き抜き、無造作に投げ捨てる。

 

「勝負だ、『白夜叉のティア』」

 

背後から高らかにジャックが告げると、ティアは刀を拾い上げてゆらりと立ち上がる。

俯き加減で立ち、ゆっくりと振り返る。

 

「遊びは終わりだ………

 

……殺してやるからさっさとかかってこい

 

凄まじい殺気と怒気を放ちながら、ティアは両目から青い眼光を孕んだ目で睨む。

 

「ククククッ………オーケー。

いざ、参るっ!!」

 

ジャックは満足げに頷くと、刀を両手で構えながらティアに突っ込む。

ティアも同時に駆け出し、ジャックと刀をぶつけ合った。

 

ゾーン状態に入った事で両者互角の戦いが繰り広げられる。刀が火花を散らしてぶつかり合い、しかもその速さ、パワーも格段に増し、白熱した剣の撃ち合いが続く。

 

だがその時、ティアが一瞬の隙にジャックの懐に潜り込み、背後に回り込む。

ジャックはすぐ様振り向くが、そこにはティアの姿はない。

 

「はああああっ!!」

 

直後、真上からティアが刀を上段から振り下ろし、ジャックの脳天を打つ。

 

「ぐおおっ……!」

 

ジャックは頭を斬られた事による激痛で思わず膝をつく。

そんなジャックを冷ややかな目で見下ろしていたティアは、踵を返して数は歩き、距離を置く。

 

ジャックは激痛に耐えながら再び立ち上がってティアの方を見やる。

 

ティアは刀をゆっくりと左腰の鞘に収めていく。

刀の鍔が鞘の鯉口に付いたとき、鈴の音のような軽い金属音が洞窟内に鳴り響いた。

腰を落とし、左足を引き、身体を横向きにする。そして刀を左腰に携え、左手は刀の鯉口辺りに添え、右手はやや前方に突き出す。

 

「ほう……抜刀術か」

 

ジャックはそう呟くと、刀を両手で構えて一気に突っ込む。

刀最上級スキル《散華》

 

ジャックの刀がティアに向かって振り下ろされた瞬間、ティアは素早く右手を自身の刀の柄に持っていき、掴み取る。

右足を大きく前に踏み出し、その勢いで刀を引き抜いて一気に右上に振り抜く。

眩く銀色に輝く刃がジャックの右腕を捕らえ、そしてそのまま斬り払った。

抜刀術最上級スキル《飛閃一刀》

 

「ば……かなっ…!」

 

右腕を斬り落とされたジャックはその場に跪いた。

 

「これで終わりだ。お前の剣の道も……そして」

 

ティアはゆっくりと立ち上がってジャックを見下ろし、そして刀を高く掲げる。

 

「お前の命もな」

 

ティアの刀が青い光を帯び始めた。

そんな彼女を、レイは苦しみの中から見つめていた。

 

「だ……め………っ」

 

必死に訴えるが、その声は届かない。

 

「レイの命を守るために……お前はここで死ね!」

 

「ククク……さあ、殺せ白夜叉ァ」

 

そしてティアは刀を勢いよくジャックの首元目掛けて振り下ろす。

 

「だめええぇぇーーーーっ!!!」

 

だがその時、レイの悲痛な叫びが響き、ティアは寸前のところで手を止めて目を見開いてレイの方を見た。

 

「殺しちゃ…………ダメですっ、ママっ……!

ママはそんな事をしたら……ダメです…!ママの剣は……みんなを助けるためのものです!人を、この世界の人を助ける為の……《活人剣》……それが、ママの剣ですっ……!」

 

涙を流し、息も絶え絶えになりながらレイは必死に訴えた。

ティアはレイの声を聞き、刀を引いてジャックの元から離れる。

 

「決着をつけるぞ、白夜叉……」

 

だが背後から、ジャックが立ち上がって残った左腕で刀を持ち、構える。

 

「……もうやめなさい。左腕しか残っていないお前に勝機は無い」

 

ティアは振り返らずに背後のジャックに向けてそう告げる。

 

「フッ…世迷言を。まだ終わってなどおらぬさ……」

 

ジャックはニヤリと笑って刀を逆手に持ち帰る。そしてその刀を振り上げてーーーー

 

 

 

 

 

自身の腹部に突き刺した。

 

「っ?!」

 

振り返ったティアは思わず目を見開く。

 

「……これでわかった筈だ……貴様の性根は人斬り。

お前がいつまで活人剣などとほざいていられるか………地獄の淵で見ていてやる……ククククッ」

 

そして不気味な笑い声を上げながら、ジャックはHPを切らして爆散した。

地面に『ガシャン』と音を立てて彼の刀が落ちる。

 

「〜〜っ、はぁ……はぁ……!」

 

彼が死んだ事で苦しみから解放されたレイが深く息を吸って呼吸を整える。幸い、多少のダメージはあるものの崩壊に至ってはいない。自力でも修復可能な範囲だ。

 

ティアはゆっくりとレイの元へ歩み寄る。そしてレイの縄を解いて彼女を解放した。

 

「ママーーっ!!」

 

ようやく全てから解放されたレイはティアに抱きついた。

 

「……ごめんね、レイ。私のせいで……」

 

ティアは蹲み込んでレイの頬を優しく撫でる。

 

「ママっ……違います、ママのせいじゃありません…!」

 

レイは首を振ってそれを否定する。

 

「ママは私の……世界一のママですから!!」

 

「レイっ……ありがとう……!」

 

ティアは涙を流してレイを強く抱きしめた。

 

 

 




こ れ が や り た か っ た 。
お読みいただきありがとうございました。今回のお話は、ジャズがこの作品で一番やりたかった事です(その割には完成度がorz)

終盤、修羅に陥ったティアを止めたのはレイの声……奇しくも、ラフコフさんでのジェネシスとティアの構図と同じであることに気付いた方はおられるでしょうか?

では、今回はこの辺で。次回は遂に、ダークナイト・ジェネシスとジョーカーとの戦いをお送りしたいと考えております。


〜告知タイム〜

ではここで一つ宣伝を。
本作品の愛読者様である風来コタローさんの作品『〜星を探して〜 side north』が絶賛連載中でございます!
作者である風来コタローさんの幅広いアニメ・特撮の知識を生かした様々な隠しネタが盛り込まれているのが特徴であり、特に一番の盛り上がりポイントである天体観測のシーンにはとあるギミックがあり、バンドリがお好きな方はもちろん、バンドリを知らなくても必ずお楽しみ頂ける作品になっています。この機会に是非、覗いていただければと思います。

では、長くなりましたが今回はこの辺で。


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六十五話 狂気の決着・悪意の胎動

昨日・一昨日のSAOアニメとゼロワンを見て衝撃が抜け切れないジャズでございます。

今回はついに、ジョーカーとの決着です。


九十五層・ボス部屋

 

本来であればボスがいるであろう広い空間に、2人のプレイヤーが向かい合って立っていた。

 

「待ちくたびれたぜぇ〜、ダークナイトさんよぉ?」

 

ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら言うのは、ピエロ風の化粧を施した男、ジョーカー。

その向かいに立つのは、赤と黒の装備に身を包んだジェネシス。

 

ジェネシスは何も答えずにジョーカーの方を黙って見つめる。

その時、彼が入ってきたボス部屋の扉が閉まり、そして消滅した。ジェネシスはそれを見て少々驚く。

どうやらこの部屋は、七十四層や七十五層の時と同じ、一度入ると退却が不可能な設定になっているらしい。

 

「残念だったなぁ〜、てめぇが入った時点で俺たちのどちらかが死ぬまでこの部屋は開かねえ……

本当ならここにボスもいたんだが、どういうわけか消えちまっててなぁ〜。そういや、スポンサーもその事に気付いちゃいたが、まあ気にするこたぁねえだろ。

大事なのは………てめぇが一人でここにいるって事だ」

 

ジョーカーは懐からサバイバルナイフを取り出し、その鈍色に輝くナイフをギラつかせる。

 

「決着つけようぜぇ〜、今ここでよぉ」

 

「……上等だ、この野郎…!」

 

ジェネシスも大剣を構えて低く唸るような声で答える。

 

そして二人は同時に地面を蹴って駆け出した。

まずジェネシスが大剣を思い切り振りかぶってジョーカーに振り下ろす。

ジェネシスのパワーで勢いよく突き出された大剣の威力のあまりジョーカーは吹き飛ばされるが、空中で身軽に体勢を整えると上手く着地する。

そしてジョーカーは再び駆け出し、ジェネシスももう一度大剣を振るう。が、ジョーカーはその斬撃をナイフ装備の恩恵によるスピードを生かして回避、そのままジェネシスに突っ込む。ジェネシスは大剣の弱点である取り回しの悪さを突かれ、その胴体にナイフを突き立てられた。

 

「っち……!」

 

ジェネシスは左手でジョーカーの腹部を殴りつけて突き放し、自身もそこから飛び退いて一度距離を置く。

 

「ヘヘッ、流石は攻略組最強の一角だぁ…やはり、正面からまともにやり合っちゃ勝ち目は無さそうだぜぇ」

 

息を整えながらジョーカーは楽しげに笑いながら言った。

そしてジョーカーは左手を上げて何かに合図を出す。

 

「出番だぜ野郎共ォ!!」

 

ジョーカーがそう叫んだその時、ジェネシスとジョーカーの周囲にピエロのマスクを被ったプレイヤー達がどこからか出現し、二人を取り囲んだ。

 

「さあ、どうする?《暗黒の剣士》様よぉ〜。てめぇにこいつらが斬れるか?

なに、所詮オレンジだ…纏めて殺っちまえばいいんだよ、ハハハッ!!!んじゃ始めろ!!」

 

瞬間、ピエロマスクのプレイヤー達は一斉にジェネシスに襲い掛かった。

 

「テメェ……ッ!!」

 

ジョーカーのやり口にジェネシスは怒気を孕んだ視線と声で叫ぶと、襲いかかるピエロ達に応戦した。

ジェネシスは大剣のリーチを活かして自身の周りに近づくピエロ達を一斉に吹き飛ばす。

大剣の範囲攻撃スキルを主に使用し、とにかく自分に近づかさせずに応戦する。これだけの数が一気に近づいて来られたら、自身の懐に潜り込まれた瞬間に畳みかけられて終わりだ。

 

「ブァッハハハハハハ!!ところがぎっちょん!!」

 

その時、ジョーカーが自身の履いている革靴の先端部分から小型の刃を展開し、ジェネシスを蹴り飛ばした。

 

不意打ちを受けたジェネシスは地面に倒れ込み、その隙をついて一斉にピエロ達が畳みかけた。

 

「こ……のお!!」

 

ジェネシスは堪らずに暗黒剣ソードスキル《ドレッド・ブレーズ》を発動し、直前まで来ていたピエロ達を纏めて吹き飛ばした。

その攻撃により、何名かのピエロ達がガラス片となって消えた。

 

だがピエロ達は狂ったように、斬っても吹き飛ばしても襲い掛かってくる。

その間、ジェネシスは一心不乱に剣を振り続けた。

 

その間、時折青白いガラス片が飛び散った。

 

出来る限り犠牲は増やさないように気を配るジェネシスだが、それでも敵の勢いに押され、反撃していくうちに何名かのHPが尽きてしまう。

 

するとジェネシスは、押し寄せるピエロ集団を押し除けてジョーカーの方へ一直線に駆け出す。

 

「チョイサー!!」

 

ジェネシスから振るわれた大剣の刃を、ジョーカーは伏せて回避してそのまま足を突き出してジェネシスの右足首を斬りつけた。

 

「っち……!」

 

ジェネシスはその攻撃で仰向けに転倒し、その上からジョーカーが押さえ込んだ。

 

「さぁて、喧嘩はやめにしようぜぇ。

せっかくのお楽しみだ、殺し合いだけじゃあつまらねぇだろつ〜?だからよォ、今から俺とゲームをしようじゃねえか」

 

「ゲームだと…?」

 

「Yeah、俺がテメェと殺し合いだけで終わらせるわけねぇだろうがぁ〜。

おい、アレ持ってこい!!」

 

ジョーカーが手招きすると、部下達が部屋の奥に行き、そして二台のモニターを彼らの元に運び出した。

するとモニターの電源が点き、映像が流れ始めた。

 

映し出された映像には、コンクリート製の二つの部屋があった。まるで独房のような閉鎖的な空間に、それぞれの部屋に10名程度の人間が閉じ込められている。

 

「さて、見ての通り今映像に映っている二つの部屋にはそれぞれ10名、合計20人のプレイヤーが閉じ込められている。

片方は俺たちがこれまで拉致ってきたグリーンのプレイヤー、もう片方は俺たちと同じ犯罪者プレイヤーだ。

それぞれの部屋には爆弾が仕掛けられている。一発で部屋の奴らを全滅させられるほどの威力がある爆弾がな」

 

ジョーカーは映像の方を指差しながらジェネシスにそう説明する。

 

「……何をさせる気だ」

 

「簡単さ。選ぶんだよ。この二つのうちどちらを救うか、をな」

 

するとジョーカーはスーツの内ポケットから二つのスイッチが付いたリモコンを取り出す。

 

「起爆装置はここにある。俺がポチッと押せば一瞬でBOOM!!!

……さあ、お前が選ぶのはどっちだ?何の罪もないグリーンプレイヤー達か、それともてめぇらの安全を脅かす犯罪者共か……?」

 

ジョーカーはニタリと笑いながらそう問いかける。

 

「ブァッハハハハハハッ!!なぁ〜〜んにも悩むこたぁねえよ!!犯罪者共を殺せばいい。こいつらはてめぇらの命を危険に晒す害虫共だ、駆除しなきゃならねえ……

……例えこいつらに現実世界で待たせてる家族があってもよぉ」

 

ジョーカーがジェネシスの耳元でそう告げた瞬間、ジェネシスは目を見開いた。

そうだ。犯罪者プレイヤーといえど、彼らにも家族というものがある。

 

「……ふざけやがって……んなもんてめぇをぶっ倒せば済む話だろうが!!」

 

ジェネシスは起き上がってジョーカーに掴みかかるが……

 

「おおっと〜、怖い怖いィ〜」

 

ジョーカーは素早く反応してジェネシスの右肩に毒ナイフを突き刺す。

麻痺状態に陥ったジェネシスは再び倒れ込んだ。

 

「まあ落ち着けよ。んな事しちゃあゲームにならねぇだろう?

さぁて、そんじゃあ選んでもらおうかぁ〜……制限時間は10秒だ。その間にてめぇが選ばなけりゃ、俺が部屋を二つとも吹っ飛ばす。

さぁ、てめぇはどっちを救うんだ?」

 

ジョーカーはジェネシスの目を真っ直ぐにみながら言い放った。

 

ジェネシスは答えられない。

 

犯罪者と一般人。

 

二つの命を天秤にかけろと言うのだ。しかも自分の采配で。

 

「おいおいィ〜、早く選べよあと5秒だぜェ〜〜?」

 

ジェネシスは何も答えない。

そしてジョーカーのカウントは進んでいく。

 

「はぁ〜イ、残り3…………

 

 

2……………

 

 

1……………

 

 

 

 

ZEROオォォォォォ〜〜……!!

 

さぁ!てめぇが選んだのはどっちだぁ???」

 

ジョーカーは左手に持ったスイッチをチラつかせて煽る。

 

「ぐっ……!」

 

ジェネシスは迷いが取れずに答えられない。

 

「ブァッハハハハハハッッ!!ハァーイ残念時間切れだぁ〜!!

てめぇが選ばなかったから俺が決めさせて貰うぜぇ……」

 

そしてジョーカーはスイッチを掲げると………

 

 

「待っ……!」

 

それを両方押した。

 

「BOOOOOOOM!!!」

 

その瞬間、モニターに映る人々が爆発に呑まれ、そして映像は砂嵐になって途切れた。

 

「て、めぇっ……!!」

 

ジェネシスはジョーカーに対して怒気を孕んだ視線で睨み付ける。

 

「オォイ睨むなよォおめぇが選ばなかったから悪いんだぜぇ?

おめぇがどちらかを選んでいれば助かった命もあったのに、それをおめぇはどっちも救いたいが為に両方とも死なせた……

分かるか?

おめぇが、奴らを、殺したんだよ」

 

ジョーカーはジェネシスの眼前まで顔を近づけて言った。

 

「おめぇの事だ、大方“命は平等だ”とか“どっちも救う方法はねぇのか”とか考えてたんだろ。

だが言わせてもらうぜェ……そんなもんはクソ食らえってやつだ。

 

平等な命ィ?命が平等なわけねぇだろうがよ。例えばだ、『マフィアのボスが殺される』なんて言う情報が流れたとしよう………誰も驚きやしねえ。寧ろそれは称賛される事だ。だが一方で、『国の首相が殺される』って言う噂が出たとしよう………誰も彼もが大慌てだ!!国を挙げて首相を守り抜くだろう……

 

な?命が平等なら、マフィアだろうが首相だろうが、死ぬ命があるなら全力で守らなきゃならねえよなぁ?だぁが現実はそうじゃねえ……救われる命もあれば、見捨てられる命だってある……だから言ったんだ、命に平等なんざねぇってな」

 

ジェネシスは何も答えずに、ジョーカーの言葉を聞く。

ジョーカーは語りを続ける。

 

「万人を救う方法?ある訳ねぇよんなもん。万人を救済するなんざ神であっても出来やしねえ。

そもそも、人間一人が救える数なんざ限られてんだよ。世界最高峰の医者が全ての患者の命を救えるか?無理に決まってる。

 

誰かを救うと言う事は、誰かを見捨てるって事だ。稀にいやがんだよ、全ての人間の“正義の味方”になりたいってやつが。バカバカしいとは思わねぇか?正義なんざ人によって様々だ。この世の法こそが正義とする奴もいれば自分自身を正義と断じてる奴だっている。

……俺ァそう言う奴が大嫌いでね。正義の味方を気取ってる奴に混沌を齎すのが楽しくて堪らねえ。

 

そいつの大事なモンをぶっ壊す瞬間の表情が最っ高なんだなァ〜これが!!」

 

ジョーカーは高笑いを上げながらジェネシスにそう語りかける。

 

ジョーカーの言葉はジェネシスの中にすんなりと溶け込んでいく。

 

どれもこれも理にかなっており、寧ろ正論を言っているように思われた。

 

命は平等じゃない。

 

自分には万人を救う力は無い。

 

絶対的な正義などこの世には存在しない。

 

ならば、どうするか。

ーー選び取るのだ。自分が守り通すと決めたものを。

ーー自分が愛するものだけを、守り抜くのだ。

ーー仲間達を、自分を信じてくれる者たちを。

 

 

ーー最期まで共にいると誓った、ティアを。

 

 

 

その瞬間、ジェネシスの中で何かが吹っ切れた。

麻痺状態も未だ時間を残した状態でなぜか解除される。

彼の精神が氷のように冷え切り、澄み渡り、再び例の巨大な門ーー『ゾーン』への扉が開き始める。

 

次の瞬間、ジェネシスはジョーカーを突き飛ばした。

 

「……ジョーカー、確かにてめぇの言う通りだ。

平等な命なんてねえし、万人を救う力は俺にはねえ。

 

だったら俺はせめてーー俺が守ると決めたもんは何があっても守り通す…………例え、何を犠牲にしてもな」

 

ジェネシスは両目から真紅の光を発しながら立ち上がり、大剣の切っ先をジョーカーに突きつけて言い放った。

 

「………プッ、ハハッ、フハハハハハハハハッ!!!

ブァッハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

いいねぇ〜いいねぇ〜いいよぉ〜!!今のお前、最ッッッ高にCOOOOOLじゃねえかあぁぁ!!!

だったらよぉ、もっと笑えよ《暗黒の剣士》。せっかくいい答え見つけたのに台無しだぜぇ?

 

    “Why so Serious?(そのしかめっ面は何だ)”」

 

ジョーカーの言葉を合図に、周囲で待機していた部下のピエロ達が一斉にジェネシスに飛びかかった。

 

だがジェネシスは先ほどと違い、暗黒剣スキルをお構い無しに発動し、容赦無くピエロ達を葬っていく。

赤黒い渦に斬り裂かれ、貫かれたピエロ達は次々に消滅していき、あっという間に全滅した。

 

「次は………てめぇの番だ」

 

「ヒュウゥ〜…まさかこれほどとはなぁ〜」

 

ジョーカーは口笛を吹きながらジェネシスの戦いぶりを見て感心したように言った。

 

だがその次の瞬間、ジェネシスの大剣から漆黒のオーラが発生し、そしてジェネシスをすっぽりと覆った。

 

『秘奥義、開帳ーー』

 

そして赤黒いエネルギーが大剣の刃に収束し、ジェネシスはそれを上段に真っ直ぐに構える。

 

「『アビス・ディストピア』」

 

直後、赤黒い巨大な斬撃が振り下ろされ、一瞬のうちにジョーカーを吹き飛ばした。

ジョーカーの立っていた場所に大爆発が起き、赤黒いエネルギー波ごと吹き飛ばす。

 

爆発が止むと、端正だったスーツがボロボロになり、地面に力なく横たわるジョーカーの元へジェネシスが歩み寄る。

 

「………終わりだ」

 

「ああ〜……そうみてぇだなぁ〜……ケッ、随分と呆気ないもんじゃねえか……もうちょっと楽しむつもりだったんだがヨォ〜」

 

ジョーカーは全てを悟ったかのような表情でジェネシスを見上げながら言った。

 

「あいつらの未来の為に………お前は邪魔だ」

 

「ヘヘッ、何を犠牲にしても仲間を守る……そりゃ結構な事だ。下手に正義を振りかざすような輩よりはよっぽどマシだ………けど、楽しみだねぇ〜

 

その守るべき仲間から牙を向かれたらどうなるのか?その時テメェはどんな選択をするのか………あっちで見ててやるよ……ふ、フハッ!フハハハハッ!!

ブァッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ───────

 

 

 

 

 

高笑いを上げながら、ジョーカーは消滅した。

 

ジェネシスはそれを見届けた後も、無気力にその場に立ち尽くした。

 

すると、ジェネシスが入ってきた扉が再び出現し、そして大きな音を立てながら開く。

 

「いやぁ〜、実に見事な戦いだったねぇ〜ジェネシス君」

 

パチパチと拍手をしながら中に入ってくる男がいた。

金髪で端正な顔を持った男…

 

「アルベリヒ……?」

 

「まさかあのジョーカーを倒すとは!本当に驚かされたよ!流石は《暗黒の剣士》!因縁の感じる戦いを見事に制した訳だ!!

 

 

……お陰で僕の計画も少し狂わされたよ。その報いは、きっちり受けてもらおうか」

 

突如下衆な笑みに切り替わったアルベリヒは自身の後ろの方へこちらに来るよう指を鳴らす。

 

すると扉の奥から、フラフラと一人の人物が覚束ない足取りでやって来た。

 

それは、ジェネシスもよく知る少女。紫の髪に赤いリボン。桜色のパーカーに白いワンピースを身につけた、彼のもう一人の娘。

 

「サクラ……?」

 

サクラはいつもの彼女とはあまりにかけ離れていた。

サクラは普段の穏やかで優しげな笑みではなく、瞳のハイライトが消えて焦点が合わず、虚な表情だった。

左頬には何やら赤い血のような筋が無数に入っており、それは首を伝って身体の方まで続いている。

そして腰には、今まで付けていなかった奇妙なベルトが巻き付けられていた。黒を基調とした黄色い鍵爪がつき、そこには赤と黒の長方形の物が展開され、気味が悪い寄生虫のようなデザインのマークが入っていた。

 

「ククククッ……さあ、サクラくん。あの男を始末してくれたまえ」 

 

アルベリヒがジェネシスを指差しながらそう言った直後。

サクラはその場から飛び出し、飛び蹴りを放つ。

 

「うおっ?!」

 

ジェネシスは間一髪の所でそれを回避するが、彼の背後から続けてサクラの蹴りが飛んでくる。

 

「何だよ……何がどうなってんだ?!おい、サクラ!!おめぇ一体何があったんだ!!!」

 

ジェネシスはサクラの猛攻を寸前のところで回避しながら、悲痛な顔で呼び掛け続ける。

 

それを側から眺めるアルベリヒは口元を両手で押さえて楽しげに笑っていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

〜数分前〜

 

 

ジェネシスがジョーカーと激闘を繰り広げていたその頃、ボス部屋のすぐ近くにいたサクラは、アルベリヒと邂逅していた。

 

「アルベリヒさん……貴方、一体何をしに現れたのですか?」

 

「いやぁ、ついさっきまで実験を行なっていたのだが、その“被験体”どもが脱走してしまってねぇ〜。ちょうど困っていたとこに君がいるのに気が付いてね。こいつは運がいい……何せ最高の実験体がいるじゃないか!MHCPという人の心に敏感な君がさぁ!!」

 

アルベリヒは口元に笑みを浮かべながらそう言った。

 

「実験…?被験体……?どういう事ですか?一体何を言っているのですか?」

 

「ヒヒッ、分からないかい?なぜ彼らがこんな最前線の迷宮区を占拠なんて出来たと思う?

 

………僕が手引きしたからだよ」

 

「なっ………?!!」

 

アルベリヒがそう答えた瞬間、サクラは目を見開いた。

その直後だった。

 

サクラの両足にピンク色の触手が巻きつき、サクラを逆さ吊りにする。

 

「ちょっ……なに、これっ……!」

 

『イヒヒヒッ!捕まえた捕まえたぁ〜!』

 

『おいおい、独り占めはよくねえぞ!俺たちの獲物なんだからよ』

 

すると背後からピンク色の気味が悪いナメクジのようなモンスターが人語を発しながら現れた。

 

『いやぁ〜それにしてもみろよこれ!!この胸!!これ本当にAIなのか〜?』

 

途端、ピンク色の触手がサクラのワンピースの下から入り込み、胸を弄り始めた。

 

「い、いやっ……!!」

 

『うっひょぉおおお!!何だこれ最高じゃねえか!!AIなのにいい声で鳴きやがる!!』

 

『おいおいだから独り占めすんなっての!!』

 

するともう一体のナメクジから別の触手が伸ばされ、サクラの身体を縛り上げ、そして同じように胸を乱雑に弄り始める。

 

「この……さ、わ……るなっ!!!」

 

直後、サクラの右足が赤い光を帯び、クライム・バレエスキルが発動しピンクの触手を斬り裂いた。

サクラは空中で1回転すると地面に着地し、巻きついていた触手を取り払って投げ捨てた。

 

『ギャアアアッ!!切れちまったあぁ!!』

 

「阿呆共が……だから油断するなと……」

 

そんなナメクジ達を呆れた顔で眺めるアルベリヒ。

すると彼は左腰から金色のショートスピアを取り出す。

 

「貴方達……一体何者なのですか?!」

 

「ふん、それに答えてやる義理は……無いね!!」

 

瞬間、二人は同時に飛び出す。

 

サクラはその場で空中に飛び出すと、一回転して踵をアルベリヒの頭に叩き込む。

 

「ギャッ!!」

 

アルベリヒはその場に思わず蹲り、サクラはそこから追撃を与えようと左足を振りかぶる。

 

だがその瞬間、アルベリヒは金色のショートスピアの先端をサクラの腹部に突き立て、そして柄の後ろにあるレバーを思い切り引いた。

 

『Jack Rise!』

 

その瞬間、紫色の光がサクラの腹部に発生し、それがショートスピアに吸収されていく。

それと同時に、サクラは全身から力が抜け、地面に膝をついた。

 

「こ、これは一体……?!!」

 

それに対してアルベリヒは不敵な笑みで立ち上がり、サクラを見下ろす。

 

「君のデータは頂いたよ」

 

そしてショートスピアのグリップにあるトリガーを引いた瞬間、引き出されていた柄の後ろの黄色いレバーが収納される。

 

『Jacking Break!』

 

その瞬間、サクラの使う技と同じような光がアルベリヒの右足に発生し、そしてアルベリヒはサクラを思い切り蹴り飛ばす。

 

「が、はっ……!」

 

サクラはそのまま壁に叩きつけられ、地面に倒れ込んだ。

 

身体に力が入らず、うまく立ち上がれない彼女に向かって、アルベリヒはゆっくりと近づく。

 

「ハン、やっぱりこの僕からすれば君達なんてゴミ同然さ。ましてや人の心を治療する役目を放棄した君達に、最早価値など無い。精々僕の実験のいい道具となってくれたまえ」

 

そしてアルベリヒは腰から黒いドライバー型のアイテムを取り出すと、サクラの髪を引っ掴んで乱暴に立ち上がらせ、それを腰に押し当てる。

 

『Force Riser!』

 

瞬間、黒いドライバー型のアイテムの両側から銀色のベルトが出現し、サクラの腰に巻きつく。その裏には無数のトゲが付いており、腰に巻きつかれると同時にトゲが深々と突き刺さる。

 

「っ!うっ……ぐうぅっ………!!」

 

瞬間、サクラに赤い電流が走り、彼女は苦悶の表情を浮かべる。

 

「君たちが見続けて来た人の悪意……それをもう一度ラーニングするといい」

 

アルベリヒは今度は掌サイズの長方形型のデバイスを取り出すと、そこに付けられているスイッチを押す。

 

『Uncontrolling Parasites Ability 』

 

そしてそれを、黒いドライバーの隙間に差し込む。

すると、何やら警告音やブザーのようにも聞こえる禍々しい待機音が流れ、そしてアルベリヒはそのドライバーのレバーを引く。

 

『Force Rise!』

 

瞬間、サクラの周りに無数の赤黒い蟲が出現し、そしてサクラに襲い掛かるように包み始めた。

 

「あ、ああああ……ああああああああああああアアアアアアーー!!!!」

 

悲鳴を上げる中、サクラの内部に強制的に流れ込むデータがあった。

 

それは、かつて自分が崩壊する直前にモニタリングし、感知していた“人の悪意”。

 

『憎』『恐』『怒』『憤』『怖』『死』『殺』『滅』『亡』『迅』『雷』『悪』『零』『戦』『不』『嫉』『妬』『悲』

『嫌』

 

それだけではない。

 

サクラの頭に直接流れる、膨大な負の感情。

正視できない闇、認められない醜さ。

それはこの世全てにおける、人類の罪状と呼べるべきもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

 

キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ

 

 

シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ

 

 

 

 

 

「い、いや………」

 

 

この闇に囚われた者は、苦痛と嫌悪によって自分自身を食い潰すーーーー

 

 

「いやああああああああああああああああーーー!!!!!」

 

 

 

 

Break Down

 

 

機械的な音声が流れ、サクラに纏わりついていた蟲達が消える。

代わりに中から現れたのは、虚な表情で立ち尽くすサクラだった。

 

「ヒヒヒヒヒッ!!やったぞおぉー!!実験成功だあぁぁぁ!!ベストマッチきたあぁぁぁぁ!!!」

 

そんな彼女を見たアルベリヒは両手を上げて歓声を上げた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「くそ……っ!!」

 

サクラの猛攻を受けるジェネシスは地面に倒れ込むと、再びサクラの方を見た。

彼女はゆっくりとこちらに向かって距離を詰めてくる。

 

「こうなったら……一か八かっ!!」

 

ジェネシスは彼女が傷つかないよう、かつ彼女を止めるために大剣を握った。

その時だった。

 

「おっと、そうは行かないよ」

 

突如彼の背後にアルベリヒが現れ、彼の背中にショートスピアを突き立てた。

 

『Jack Rise!』

 

「ぐ、おっ…?!!」

 

その瞬間、ジェネシスの身体から力が抜け、地面に崩れ落ちた。

 

「ふん、だから言ったろう。君は何の力もないガキなんだとね」

 

『Jacking Break!』

 

そしてアルベリヒは、ジェネシスが持つ暗黒剣スキル《ヘイル・ストライク》を発動し、ジェネシスを吹き飛ばした。

 

「ぐわあああぁぁぁぁっ?!!」

 

ジェネシスは今まで感じたこともないような衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 

「フハハハハッ!!どうだい?自分自身の技を受ける感覚は?

君のデータは頂いた。もう君は必要ない。この世界は僕が終わらせる。君はもうお役御免なんだよ。

役立たずのガキはさっさと眠りたまえ」

 

アルベリヒは侮蔑の視線でジェネシスを見下ろしながら言うと、サクラに合図を出す。

 

サクラはドライバーのレバーを一度引き、そして再び展開する。

 

『Uncontrolling Dystopia』

 

すると、赤と黒の触手のようなエネルギーがサクラの右足に収束していく。

 

「亡き者となりたまえ、《暗黒の剣士》」

 

そしてサクラは、それを勢いよくジェネシスに突き出すーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、一筋の白い疾風がジェネシスとサクラの前を通り過ぎた。

 

サクラはその風に巻き込まれてジェネシスの元を離れる。

 

ジェネシスがその方向を見ると、そこには白い着物姿の女性がサクラを抱えて座っていた。

女性がサクラの額に手を当てた瞬間、サクラは糸が抜けたように両目を閉じて気を失った。

 

「お、お前は……!」

 

ジェネシスはその女性を見て目を見開いた。

 

白い着物姿の女性はサクラを横抱きにしながら嫋やかな仕草で立ち上がると、ジェネシスの方に微笑みかける。

 

「遅くなっちゃったわね。怪我は無かった?」

 

そう言って、シキは問いかけた。

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

今回、仮面ライダーゼロワンのネタを使ったのをお気づきになられたでしょうか?サクラが用いたプログライズキーは私ジャズが考案したオリジナルプログライズキーです。
『Uncontrolling Parasite』
左のアンコントローリングは暴走状態を意味します。元ネタとしてビルドのハザードフォームと聖杯の影によって支配されている間桐桜をイメージしてます。
そして後半のパラサイト。これは桜に取り憑いている刻印蟲を元ネタにしています。

さて、今回はこのへんで。
次回もよろしくお願いします。


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六十六話 戦いの終わり、傷跡

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回、キリのいいところが見つからず長くなってしまいましたw
では、今回で《J》編は完結となります。では、どうぞ。


ジェネシスの危機を救った白い着物の女性、シキはサクラを抱えたままアルベリヒの方を睨む。

 

「君は……何者だ」

 

アルベリヒはかなり警戒した様子でシキに尋ねる。

だがシキはなにも答えない。

 

「誰かは知らないが……ふん、丁度いい。実験サンプルは多いほどいいからねぇ。君も僕の道具になってもらおうか!」

 

アルベリヒはニヤリと笑いながらショートスピアを携えてシキに向かって駆け出す。

シキはサクラをジェネシスに預けると、左腰の日本刀を引き抜いた。

アルベリヒのショートスピアとシキの日本刀が衝突し、火花を散らす。

そこからアルベリヒはシキに向かって高速の刺突を連続で繰り出すが、シキはそれらを全て先読みして回避していく。

 

「チィ、ならば…!」

 

『Jack Rise!』

 

アルベリヒはショートスピアのグリップエンドにあるレバーを引くと、ショートスピアの刃に赤黒いオーラが発生する。

先程奪い取ったジェネシスのスキルを使うつもりなのだ。

 

『Jacking Break!』

 

「これで、どうだっ!」

 

赤黒い斬撃がシキに向かって飛んでいく。

するとシキの両眼が青白く輝き、彼女の日本刀の刃もペールブルーの光が宿ってソードスキルが発動した。

シキはその刀を両手で左腰あたりにゆっくりと構える。

 

そして一瞬の動作で右上方向に振り上げ、赤黒い斬撃ごとアルベリヒの右腕を斬り落とした。

 

「な、に……!この僕が……こんなやつに……?!」

 

アルベリヒは斬り落とされた自身の右腕を見て目を見開いた。

それに対してシキは青白い瞳でアルベリヒの方を見つめたまま言葉を発した。

 

「当然の結果よ。貴方はズルをして強くなったと思い込んでいるだけ……他人の断りもなく、大事なものを搾取し続けて上に立とうとしてる『泥棒の王』よ」

 

「ど、泥棒の王、だと……キサマ、僕に…この僕に向かって!!

こうなったらなり振り構うものか!!覚悟しろ小娘!!お前だって僕の前じゃカス同然だって事を刻み込んでやる!!」

 

アルベリヒは憎悪に満ちた表情でシキに対して言ったのち、残った左手を振るとメニュー欄を開く。

この世界ではメニューを開く時は通常右手で開く。しかし、今アルベリヒは左手でメニューを開いた事に、ジェネシスは疑問符を浮かべた。

 

「システムコマンド!!これでお前も……終わりだっ!!」

 

するとシキの周囲に紫のドーム状の結界が出現し、彼女を捕らえた。

黒と赤の放電現象を伴い、時折シキの真っ白な着物を焼いていく。

 

「シキ!!」

 

ジェネシスが慌てて大剣を持って救援に向かうが、その前に放電現象によるダメージを受けて弾かれる。

 

「大丈夫よ、心配しないで」

 

だがシキはダメージを受けているにも関わらず普段と変わらない柔和な笑みでジェネシスに言った。

 

「アルベリヒ、貴方は一つの重大なミスを冒したわ……貴方はこんな結界じゃなく、私を仕留める技を放つべきだった。

結界というのは境界に過ぎない………ならば」

 

するとシキは地面にしゃがみ込み、刀を逆手に構えて結界の真ん中にあたる部分に切っ先を当てる。

 

「……私に斬れないものはない」

 

そして一思いに刀を突き立てた。

その瞬間、アルベリヒが張った結界が一瞬のうちに霧散した。

 

「なん…だと……?!」

 

アルベリヒはそれを見て驚愕のあまり膝をついた。

対してシキはゆっくりと立ち上がり、刀を右手に持ち替える。

 

「終わりよ、アルベリヒ。私はこの世界の裁定者。本来、出て来てはいけないもので、一個人に味方をしていいものではないのだけれど……

貴方が相手ならば話は別。この世界で懸命に生き続ける彼らに、反則を使って邪魔をするのは許されないわ。まして人道を外れた実験の道具として利用するなんて言語道断。これ以上、貴方の好きにはさせない」

 

刀を真っ直ぐにアルベリヒに向けながら、シキはキッパリとそう告げた。

 

「………そうか、そう言うことか…やっと分かったよ。僕がこの世界に来た時から、上手くいかない事が多かったんだ。実験の邪魔はされるし、結果が出る前に検体共が逃げ出すし………全部…全部………!

お前だったのか!!僕の邪魔をしていたのはぁ!!!」

 

アルベリヒは怒りに身を震わせ、シキを怨嗟のこもった視線で睨みながら叫ぶ。

 

「お前は……誰だ?GM権限を持っているみたいだが茅場じゃあない………まさか、神代先輩か?!」

 

「私は貴方の知り合いではない。でも、百歩譲って知り合いだったとしても、貴方の所業をみすみす見逃していたりはしないでしょうね」

 

シキは首を横に振りながらそう答えた。

 

「いずれにせよ、貴方の行いはこのゲームの裁定者として見過ごす訳には行かない。これ以上貴方が好き勝手すると言うなら………」

 

シキはキッ、とアルベリヒを睨みつけ、

 

「……彼らのバックに私が付くことになるわ。そしてこれが最後の忠告よ。この私がいる限り、彼らに手出しはさせません。それをよく覚えておきなさい」

 

覇気のある口調でそう警告した。

アルベリヒはしばし黙っていたが、やがて「ククク…」と笑い出す。

 

「キヒヒヒヒヒヒヒッ!!そんなもの知ったことかバァ〜カ!!お前が誰だろうが、僕はこの世界の神だアアアァ!!ヴェハハハハハハハハハハ!!!

お前達がどう足掻こうが、この僕の前ではゴミ同然なんだよ!!それを思い知るがいい!!」

 

するとアルベリヒはポケットからライターの形状と酷似したスイッチを取り出し、その頂点にある赤いボタンを押す。

 

その瞬間、シキとジェネシスの周囲が一斉に大爆発を起こし始め、強烈な爆風が彼らを包み込む。

 

その瞬間、ジェネシスが咄嗟にサクラを抱き寄せ、シキが右手を振るうと3人の前に縦横2メートル程ある銀色のオーロラカーテンが出現し、そして彼らを包み込む。

その瞬間、彼らはその場から消滅した────

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ジェネシス達が避難した先は、青白いコンクリート状の壁と部屋に複数の大きなモニターが設置され、そしてその下にキーボードがある大きな部屋。

 

「ここは……!」

 

ジェネシスは一度ここへ来た経験があった。

それは、フィリアとツクヨにかかっていたエラーを解除するためにやって来た場所ーーーー

 

「ホロウエリアの管理区。貴方は来たことがあるわよね」

 

するとシキがジェネシスの背後から話しかけた。

 

「そうか……また世話になっちまったなシキ。すまねえ、助かった」

 

ジェネシスは罰が悪そうに頭をさすりながら礼を述べたが、シキはそれに対して首を横に振る。

 

「気にしないで。寧ろ、私は謝らないといけないわ」

 

シキの言葉の真意が分からず、ジェネシスは疑問符を浮かべた。

 

「アルベリヒの実験の危険性はずっと認識していたの。だからずっと監視していたのだけれど……まさかこんな手を使ってくるのは予想できなかった。これは完全に私の失態だわ」

 

シキは申し訳なさそうに、地面に横たわるサクラの頬を撫でながら言った。

 

「そういや、あんた言ってたよな………アルベリヒが全部の元凶だ、と……まさか」

 

ジェネシスはそう呟きながら何かに気がつく。ジェネシスが至った結論を、シキはうなずいて肯定する。

 

「ええ、その通りよ。アルベリヒはジョーカー達と組んでこの事件を起こしたの。目的はあの場所に人の悪意の感情を集め、この子に………サクラに植え付ける事だった」

 

「くそったれが………一体何が目的でそんな事」

 

ジェネシスはもう一人の愛娘であるサクラに非道な行いをしたアルベリヒに憤慨しながらそう呟く。

 

「目的は分からないわ。彼が一体何を目指してこんな事をしているのか、私にも理解ができない。

いずれにしても、今のこの子は悪意に汚染されてかなり危険な状態よ。このまま悪意のデータに触れ続ければ、いずれサクラは崩壊するわ」

 

「な、何とかならねえのか?!」

 

シキはサクラの腰に巻き付く黒いドライバーに触れて細かく分析する。

そして一息付くと、首を横に振った。

 

「………残念だけれどこのドライバーを何とかしない限り、現時点ではサクラを救う方法は無いわ。

けれど、このドライバーは外すのは愚か破壊も不可能なように設定されている。一種の破壊不能オブジェクトとして機能しているわね」

 

ジェネシスはシキの言葉を受けて愕然とした。今や大事な家族の一人であるサクラに命の危機が迫っているのに、それを救う手立てが無いと言うのだ。

 

「サクラは救えねえ、ってことか………?」

 

「悔しいけれど、現段階では無理ね。全く、厄介なものを作り上げてくれたものだわ………。

でも出来ることならある」

 

そこでシキは一呼吸おき、ジェネシスの方を見据えて告げた。

 

「サクラを戦いには連れ出さない事。可能ならば、貴方達の過ごす宿に留めておくのがいいわ。さっきも言った通り、この子にはこのドライバーとそこに装填されている特殊なキーから悪意のデータが流れるようになっている。今は私が何とか止めているけれど、少しの反動でまた悪意がサクラを襲い掛かるわ。そうなれば、彼女の暴走を止める事は不可能になる…」

 

「その、少しの反動ってのは?」

 

「簡単よ。人の負の感情。サクラに限らず、MHCPは普段から人の感情を色んなところから受信している。もちろん、負の感情もね。今のサクラがそれを感知した瞬間、また暴走が始まるわ。

だから戦いには連れ出さないで欲しいの。戦場では人の恐怖や怨念と言った負の感情が出やすいでしょう?」

 

シキの説明に合点が行ったジェネシスは「なるほど」と頷く。

 

「それともう一つ。このドライバーにはある場所にデータを送信する機能が付けられているわ。送信先は恐らくアルベリヒ。

つまり、貴方達の動向などは今後、このドライバーを通じてあの男に筒抜けの状態になっているの。サクラを圏外に出せば、確実にアルベリヒが奪取にかかるわ。でももし圏内ならば、幾ら彼が無理をしようとも大丈夫なようになっているから」

 

「そう言うことか………そういや、アルベリヒは俺やサクラの戦闘スキルをコピーしたり左手でメニュー欄を開いたりしてたよな?あれは何でだ?」

 

ジェネシスはふとその事を思い出し、シキに問いかける。

 

「それは………あの男がGM権限を持っているからよ」

 

その答えを受けてジェネシスは目を見開いた。

 

「なっ…GM権限?!何だってそんなものをあいつが…」

 

「恐らく、彼は別のゲームのGMアカウントを持っていたのでしょうね。それを、こちらに来るときにコンバートしたのだと思う」

 

その説明を受けたジェネシスは「チッ」と舌打ちし、サクラの横に膝をついて彼女をじっと見つめた。

 

「GM権限使ってくるたあ…随分姑息な真似してくれんじゃねえか……」

 

「私でも、GM権限には対抗する事が出来ないわ。あれを排除するには、同じGMアカウント、若しくは一時的にGM権限にアクセスできるコンソールを探す必要がある」

 

シキはそう言って目の前のコンソールをタップする。

 

「俺達も手伝わせてくれ。これはあんただけの問題じゃあねぇだろう」

 

シキはジェネシスの提案を受けて優しく微笑むと、

 

「お気持ちは嬉しいわ。でも、大丈夫。これは私が何とかしなければいけない問題だから。

それよりも、貴方達にはやる事があるでしょう?ならばそちらを優先するべきだわ。彼が再び介入してくる前に、何としてもゲームクリアを目指して」

 

彼女の言葉にジェネシスはしばし黙っていたが、やがて頷くとサクラを抱きかかえて立ち上がる。

 

「そんじゃあ、そっちは任せる。くれぐれも、気をつけてくれ」

 

「ええ、そちらも。途中でアルベリヒが襲いかかってくる可能性が高いから、気をつけてね。

武運を祈っているわ」

 

そうやりとりをした後、ジェネシスはコンソールルームを後にし、ホロウエリアの管理区に向かってから七十六層アークソフィアへと帰還していった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ジェネシスが宿に戻ると、既に全員が戻って来ていた。

人質にとられていたリーファ・サチ・サツキ・ハヅキそしてエギルも無事に帰って来ていた。

 

中々戻ってこないのでティアやキリト達からかなりの剣幕で詰め寄られた。

 

「久弥っ……!心配、したんだからぁっ…!!」

 

ティアはかなり不安だったのか、ジェネシスに抱きつくなり涙を流した。

 

「良かった、お前も無事だったんだな」

 

キリトも安心したような笑みでジェネシスに駆け寄った。

 

「……悪い、心配かけたな」

 

ジェネシスは背中に乗せているサクラを一旦部屋に戻して寝かしつけ、再び食堂に戻る。

だが何故か、クラインとシリカ、レイの姿が無かった。

ジェネシスがその事を問いかけると、どうやら3人は今回の戦いで大きな傷を負い、部屋に戻るなり出てこなくなってしまったのだと言う。

それを聞いてジェネシスは納得した。シリカはその年で背負うには重すぎる罪過を背負わされ、クラインは最も大切な仲間達を失ったのだ。

 

「レイは、どうしたんだ?」

 

ジェネシスがティアに問いかけると、彼女は俯いて暫く答えにくそうにしていたが、やがて涙ながらに何があったのかを話していった。

ジャックにレイを拉致された事、レイを救うためにティアが戦った事と、その戦いの全貌を語った。

 

全てを聞き終えたジェネシスはゆっくりとティアを抱き寄せた。

 

「……よく頑張ったな」

 

ただ一言、優しく笑みを浮かべながらティアの頭を撫でる。

ティアはジェネシスに抱きつくと、再び大声を上げて泣いた。

 

「わたしのせいだ……わたしのせいでレイがあんな目に……!わたしっ……母親として失格だ…っ……!」

 

「そんな事はねえ。あるわけがねえ。お前だったから助けられたんだ。お前以上の母親がいるかよバァカ」

 

するとアスナも立ち上がってティアに駆け寄る。

 

「そうだよ!!ティアちゃんは何も悪くない!ティアちゃん以外に、レイちゃんの母親なんていないよ!!だから、そんなに自分を責めないで!!」

 

そしてティアの背中をゆっくりとさする。

 

「レイにまでそんな事をしたのか……あいつら!」

 

キリトは悔しげな顔でテーブルを殴りつけた。彼もまた、娘を持つ親であるので、もしそれがユイだったらと思うととても許せるものでは無かった。

ジェネシスはティアの頭を撫でながら視線を皆の方に向ける。

 

「そういや、他のオレンジ共はどうなったんだ?」

 

その問いに、ツクヨが答えた。

 

「奴らは今、アークソフィアの仮監獄に幽閉されておる。仮ではあるが作りはしっかりしていてな。脱走してまた暴れ出す事は、少なくとも無いと言っていいぞ」

 

彼女の説明を聞き、ジェネシスは「そうか」と頷く。

 

「あのガキ共は?」

 

『今は上の部屋で休ませています。ここに来るまでに、オルトリアさんが沢山お菓子を与えて下さったお陰か、安心したように眠っていますよ』

 

優しく微笑みながら答えるジャンヌと、得意げな顔で親指を立てるオルトリア、それを見てやれやれと肩を竦めるイシュタル。

 

「そっちは大丈夫だったのか?」

 

次に途中で分かれたキリト達に問いかける。

 

「ああ、こっちはジェイソンと戦ったよ。いや、マジであの時はダメだと思った」

 

キリトは激闘を思い出し、遠くを見つめながら振り返る。

 

「いや全く、あたし達5人がかかってもボコボコにされたからね。ヴォルフとストレアがパワー負けした時は本当絶望したわ」

 

「あはは……面目ない」

 

リズベットも頷きながら同意し、ジェイソンに一撃で沈められたヴォルフが苦笑しながら言った。

 

「でも、私達が無事なのはキリト君のお陰だよね。あの時のキリト君、すごくカッコ良かったよ」

 

「そーそー!キリトもゾーンに入ったんだよね〜!」

 

アスナがキリトの方を見つめながら言い、ストレアがそう補足した。

ジェネシスはゾーンという単語を聞き、「マジか」と呟きながらキリトの方を見ると、キリトは小恥ずかしそうに頬をかきながら「たまたまだよ」と答える。 

 

「テメェらも無事だったんだな」

 

今度は人質にとられていたリーファ達の方を見て言った。

 

「あー、それなんだけど……」

 

「実は僕ら、変なところにいたんですよね」

 

リーファがバツの悪そうな顔をし、サツキが言葉を続ける。

 

「俺たちはどうやら、“J”の奴らが占拠した九十五層迷宮区じゃなく、七十六層迷宮区の隠し部屋にいたみてえなんだ」

 

ジェネシスがエギルの言葉に疑問符を浮かべ、その詳細を尋ねる。

聞けば、どうやら彼らは恐ろしい体験をさせられていたようだった。頭の中に負の感情を延々と流し込まれるという地獄のような時間をずっと過ごしていたようなのだ。

 

「そんな事が……!」

 

アスナがそれを聞いて愕然とした表情を浮かべる。

 

「でも、その途中で助けてくれた人がいるんです。何だか、凄く綺麗な女の人でした……真っ白な着物を着ていて、仕草がすごく優雅で……それで、私にこんな物を渡してくれたんです」

 

するとリーファがアイテム欄からUSBメモリのような物を取り出して言った。

 

「何だこれ?」

 

「その人曰く、“証拠”、だそうです」

 

ジェネシスはそれを手に取ってじっくりと眺めると、「まさか……」と呟く。

 

「ジェネシス、どうかしたのか?」

 

キリトがジェネシスの様子を見て疑問符を浮かべると、ジェネシスはゆっくり息を吐いて皆の方を見る。

 

「そうだな、ここでお前らに聞いといて欲しい話がある………

今回の、いや………七十六層に来てから様々な異変があった。アイテムがロストしたり、スキルがバグったり。

おまけに“J”みたいなふざけた連中が、迷宮区タワーを占拠なんて真似をしやがった。

 

実はこれら全て、一人の黒幕が引き起こした事態だ」

 

ジェネシスの言葉を聞き、皆は息を呑んだ。

 

「そんな…!これまでの事全部、一人の人間がしでかした事だっていうの?!

 

アスナの言葉にジェネシスは黙って頷く。

 

「その黒幕の名前は───────アルベリヒだ」

 

それを聞いた皆は絶句した。

ジェネシスは更に言葉を続ける。これまでの彼の所業を、シキから聞いた情報を元に一つずつ全て話した。

アルベリヒがGM権限を使ってある実験をしていた事、その実験のために今回の事件を引き起こした事、それによって………サクラが甚大な被害を受けてしまった事。

 

 

話を聞き終えた一同は一斉に憤慨した。

 

「何よそれ……ふざけんじゃないわよ!!人様にこれだけ迷惑かけて、何が実験よ!!!」

 

「ほんと許せない!!ゲームの中で済ませていい話じゃないですよね!!!」

 

リズベットとリーファが激怒しながらその思いを吐露した。

 

「まさか、ジョーカーが爆弾なんて物を持ってたのも……?」

 

「ああ。アルベリヒがmodを入れたんだ。それだけじゃねえ、奴はGM権限で迷宮区タワーに奴らを誘導もした。

奴こそ、アルベリヒこそが全ての元凶だ」

 

ジェネシスはきっぱりとそう断言した。

 

「……ねえ、久弥。それよりもサクラは大丈夫なの?」

 

ティアは不安げな顔でジェネシスに問いかける。

 

「残念だが……現時点ではあいつの問題を根本的に解決する手段はねえそうだ。

今は何とか抑えられているみたいだが……もし次に悪意の感情を受信したら最後、あいつは死ぬまで暴走し続けることになる」

 

「そんな……!」

 

「つーわけだ。今後、サクラはボス戦に参加する事は出来ねえ。回復手段が無くなったのは痛いが、そこは何とかするしかねえ」

 

「なあジェネシス。一ついいか?」

 

するとキリトが手を上げてジェネシスに問いかける。

 

「アルベリヒはどうするんだ?GM権限を持っていると言うのはかなり脅威だ。奴がいつまた、襲ってくるか分からないんだろ?」

 

「それについてだが……実は強力な助っ人が現れてな」

 

ジェネシスの答えを聞き、皆は首を傾げる。

 

「リーファ、おめぇ白い和服を着た女に助けられた、つったよな?そいつだ」

 

「えっ、ジェネシスさんその人と知り合いなんですか?」

 

「ああ。だが済まねえが……今ここで詳しくは言えねえ。そいつからの頼みでな。まだ話して欲しくはねえんだとよ」

 

「そうか……ならこれ以上、詮索はしないでおくよ」

 

キリトはそう言って締め括った。

 

「ああ。けどまあだからと言って安心は出来ねえ。今後、奴は確実に俺たちに接触して来るはずだ。圏外に出る時は一層注意してくれ」

 

ジェネシスはそう言って皆に注意を促した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

事件から2週間が経過した。

アインクラッドは残り五層と言うところだが、攻略はかなり難航していた。

アルベリヒの脅威もあるが、一番大きいのは最前線メンバーの士気の低さだ。

“J”との戦いには無事勝利したものの、彼らが残した爪痕は想像以上に大きかったのだ。

 

「シリカ、大丈夫か?」

 

「…は、はい……心配かけちゃって、すみません……」

 

ジェネシスが心配そうに尋ね、シリカは力なく答える。

あれから、シリカは戦いを拒否しているようだった。最前線攻略に出ることを拒否するようになり、いつもアークソフィアから出なくなっていた。

無理もない。彼女はあれから、夜もろくに眠れていないのだ。眠るたびに、彼女が殺してしまった人物が夢に出て来るそうなのだ。それが原因で、普段明るかったシリカは見る影もなく、暗い雰囲気を纏うようになってしまった。

ジェネシス達は気にするな、と言うがそれは気休めにもならない。

 

「……」

 

そんな彼女を、シノンは黙って見つめる。

 

 

場所は変わって、ここはアークソフィアの墓地エリア。

ここに、四つの武器が等間隔に突き立てられ、その前に一人の男が跪いていた。

 

「済まねえ……済まなかったな……おめぇらよぉ……!!」

 

クラインだ。その前にあるのは、爆発に巻き込まれて亡くなった四人がそれぞれ愛用していた武器を墓標に見立てて祀っている。

 

「ちくしょう……!こんなんだったら……俺が……俺が変わってやりたかったよぅ…!!」

 

「そいつぁ間違ってるぜ」

 

慟哭するクラインの後ろからミツザネが言った。

 

「その言葉は、死んだお前さんの仲間に対する冒涜でしかねえ。

お前さんがやるべきは、死んだ仲間達の分まで生きてやる事だ」

 

「〜〜〜っ!ぐっ…お、おおおおおぅ……!」

 

ミツザネの言葉を受けたクラインは堪えきれなくなったのか、大粒の涙を溢しながら号泣した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

一方こちらは、かなり楽しげな雰囲気で賑わっていた。

食堂に木霊するのは、楽しげな子供達の声。彼らはジルに囚われていたところを保護した者達だ。

彼らは皆、オルトリアの作ったお菓子を我先にと頬張る。

 

『はい皆さん〜!そんなにがっついちゃダメですよ?お菓子はまだまだありますから!!』

 

ジャンヌが優しい口調で言いながら食堂から皿いっぱいのクッキーを運ぶ。

 

「わぁ〜!クッキーがこんなにいっぱい!」

 

「ありがとう、ジャンヌおねえちゃん!」

 

『お、おね……じゃなくて、お礼ならオルトリアさんに言って下さいね〜』

 

ジャンヌは《おねえちゃん》という言葉を聞いた瞬間顔が綻んだ。

 

「にしても、すごい大盤振る舞いね。あんたの事だから、『自分の分が無くなる〜』とか言いそうだと思ったんだけど」

 

イシュタルが遠くからその様子を眺めながらキッチンのオルトリアに言った。

 

「流石にあんな小さい子供に対してがっついたりしません。それに、私のお菓子を美味しいと言ってくれるのなら、作り甲斐があるというものです」

 

オルトリアは新たに出来た鯛焼きを皿に盛り付けながら少し楽しそうに笑顔で答えた。

 

「あっそ。ま、あんたにしてはよくやってるじゃない」

 

イシュタルも軽く笑みを零しながら答えた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「シリカ」

 

ふと、街をふらつくシリカを呼び止める者がいた。

 

「し、シノン…さん…?」

 

呼び止めたのはシノン。

 

「唐突だけど、少しいいかしら」

 

「は、……はい。構いませんけど……」

 

「そ。ありがとう、それじゃあそこのカフェにでも行きましょうか」

 

そう言ってシノンはシリカを連れて、近くのカフェに行く。

店は定番の喫茶店、という感じでかなり落ち着いた雰囲気をしており、床も壁も全て木製の板で出来ていた。

 

「ここ、結構来るのよね。雰囲気もいいし、コーヒーも美味しいから」

 

シノンは「ふふ」と微笑みながらシリカの向かいに座る。

シノンはコーヒーを、シリカはアップルティーを注文した。

 

飲み物が届き、二人は頼んだ飲み物をゆっくりと味わう。

 

不意に、シノンが切り出した。

 

「シリカ、あんたあの事をずっと気にしてるの?」

 

シリカはそれを聞くと、俯いたまま黙って頷く。

 

「……そう。あなた、すごくいい子だもの。例え相手がどんな人間であっても、人を死なせた事に対して罪悪感を感じているのね。

ねえ、私の話、少し聞いてもらえるかしら」

 

そう言ってシノンは一呼吸置く。深呼吸して、ゆっくりと切り出す。

 

「私もね……人を殺したことがあるの」

 

それを聞いた瞬間、シリカは目を見開き、シノンの方を見た。シノンは窓の外に視線を移し、遠くを眺めながら続ける。

 

「もう何年まえかしらね……10年近いかしら。今のあんたより小さい時に、とある事件に巻き込まれてね。

そこで………この手で人を死なせてしまったの。

それ以来、ずっとそれを抱えて生きてきたわ。学校で事件の事でいじめられもした。何とか乗り越えたくて、色んな治療も受けた。

そしてこの世界に巻き込まれてね………私、それが運命だって感じたの。ここで最後まで抗って、何も出来ないなら死んでもいいとさえ思った。

 

でもね………そうじゃない、ってジェネシスが気付かせてくれた」

 

シリカは黙ってシノンの話に聞き入っていた。

シノンはくすりと笑ってシリカの方に視線を移す。

 

「私はこの罪を、乗り越えたかった。ずっとこの事件の事で弱くなっている自分が嫌で、どうにかして強くなろうって思ってた。

でも、違う。私の罪は乗り越えるものじゃなく、向き合い続けるものなんじゃないか、って思ったの。弱くたっていい、それよりも自棄になって無茶をして、何も償えないまま死ぬことの方が余計に罪深い事なのかな、って。

 

それに、あいつはこう言ったの………『私は命を奪ったけれど同時に誰かの命を救った』ってね。

あの事件の時、私は奪った命のことしか考えてなかった。多分、それは間違いじゃないけれど、でも私が助けた命もある、って考えると……凄く、心が軽くなった気がしたの」

 

「シノンさん……」

 

「シリカ、あなたが背負った罪は、多分一生消えない。

でもね、一人で抱え込まなくてもいいの。私も、いいえ、みんなも一緒に向き合ってくれるわ……そうでしょ?ジェネシス」

 

「ああ、たりめーだコノヤロー」

 

シリカは目を見開き、自分の背後の席を見る。

 

そこには、いつの間にかジェネシスが座っていた。

 

「じ、ジェネシスさん……!」

 

ジェネシスはミルクティの入ったマグカップを一旦机に置き、一息ついてシリカの方を見る。

 

「シリカ、俺は言ったはずだぜ?あの時のてめぇの行動が俺たちを救った、ってよ。

確かに、てめぇはまあ、間違った事をしたのかもしれねえ……けど、一人で抱え込むのはやめろ。そいつは、シリカ一人で背負い切れるもんじゃねえ」

 

ジェネシスはシリカの頭を優しく撫で、

 

「一緒に、向き合って行こうぜ」

 

と温和な口調で言った。

 

「ジェネシス、さん……!」

 

シリカは涙目になりながら肩を震わせた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

やや日も落ち、暗くなってきた街の広場に一人佇む女性がいた。

 

銀髪に白いマントを羽織った女性剣士、ティアだ。

ティアはやや俯き加減で自分の刀を見つめていた。刀身が夕陽に照らされてオレンジの光を発し、その美しく整った波紋が映し出されていた。

 

『お前の本性は人斬りだ』

 

彼女の脳内に宿敵から告げられた言葉が反響する。

自分はこれまで、この世界に囚われた人々を救うために“人を活かす剣”、即ち活人剣というものを信じて戦ってきた。

それはかつて、現実で師事していた剣士から教わったものだ。

だが今回の戦いでそれを全て否定された気分だった。自分は本当に人斬りなのか、だとしたら自分は何を信じて剣を振ればいいのか、それを見失いかけていた。

 

「どうしたんだよ、こんなとこで」

 

すると後ろから声が響き、振り返るとそこには愛する彼、ジェネシスと愛娘のレイが立っていた。

 

「ママ……凄く、辛そうな顔をしています」

 

レイがティアの表情を見て心配そうに告げる。

 

「……ねえ、久弥…」

 

「ん?」

 

ティアは俯いたままジェネシスに問いかける。

 

「私って……本当に人斬りだったりするのかな?」

 

「そんな訳ありません!ママは優しくてかっこよくて、私にとって世界一のママです!」

 

ティアの言葉をレイが全力で否定した。

 

「……そういう事だ。おめぇがそんなロクでもないもんな訳ねぇだろうが雫。誰よりもてめぇといた俺が言うんだから間違いねえ。

それにな、もしおめぇがそんなもんに落ちそうになったなら、俺が全力で止めてやるから安心しろ」

 

「久弥……っ」

 

ティアは思わずその場から駆け出し、ジェネシスに抱きついた。

それに便乗する形でレイもティアに抱きつく。

ジェネシスはティアとレイの頭をわしゃわしゃと撫で回した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

アルベリヒに暴走させられてからずっとスリープ状態だったサクラは一人目覚め、ベッドから起き上がる。

何が起きたのか一瞬分からず、メモリーに記された出来事を順に辿っていきーーーーそして思い出してしまった。自分が一体何をされ、何をしてしまったのかを。

そして自身の腰に巻き付けられたドライバーがその事実をより残酷に突きつけてくる。

 

サクラは苦笑すると立ち上がり、部屋を後にし、階段を降りてそのまま宿から出る。

街は真っ暗で街頭しか点灯しておらず、深夜であるため人もいない。非常に静かな空間が広がる。

そんな中、サクラは歩き続けた。ただ真っ直ぐに、行き先は圏外。

 

「こんな時間にどこ行くんだ?」

 

すると突然、自身の真横からジェネシスの声が響き、見ると彼が呆れた顔でこちらに歩いて来ていた。

 

「お父さん……」

 

「気がついたみてぇだな。まあ、幸いと言うべきか不運と言うべきか……その顔、全部覚えてるみてぇだしな」

 

ジェネシスの言葉を受けてサクラは苦笑いを浮かべて俯く。

 

「ええ……全部、覚えています。なら、お父さんなら分かるでしょう?私がこのまま皆さんと一緒にいれば、また確実に迷惑をかけてしまう……最悪、皆さんを傷つけてしまうかもしれないんですよ?

私は、もう皆さんと一緒にいる訳には……」

 

サクラの主張を聞いたジェネシスは深くため息をつき、そしてサクラの方に歩み寄ると軽く「コツン」と彼女の頭を拳で叩く。

 

「だからってこのまま勝手に出て行く娘を放って置けと?そんな父親なんざいねえよバカ。

迷惑?傷つける?上等だコノヤロー。寧ろこっちはそれ以上にテメェから沢山恩を受けてんだ。迷惑くらいかけろよ。俺たちは仲間で……家族だろうが」

 

サクラはジェネシスの言葉を聞いて押し黙る。すると両手で腰に告げられたドライバーを掴む。

 

「……仲間で、いいんですか?家族として過ごしても、いいんですか?

私、いつか化け物になっちゃいますよ?それこそ、皆さんの命を脅かすような、恐ろしい存在に……それでもこんな私を………仲間だと………家族だと言ってくれるんですか?」

 

サクラは不安に押しつぶされそうな震えた声で、小さくそう問いかけた。

 

「ハッ、そんなに不安なら直接聞いてみるか?」

 

ジェネシスがそう言うと、サクラの背後から多数の足音が響き、こちらにやって来た。

振り返ると、そこにはティアやキリト、アスナやレイ、ユイ、ストレアを始めとした仲間が駆け寄って来ていた。

 

「サクラ、気がついたんだね!」

 

「本当によかったぁ〜!」

 

「全く、もう目覚めないんじゃないかって心配したわよ?」

 

「よくぞ、戻って来てくれたな」

 

「皆さん……!」

 

安心したような笑みを浮かべながらストレア、リーファ、イシュタル、エギルが口々に言った。

 

「しかし、こんな時間に一人で出歩いてどうしたと言うのだ?まさか寝ぼけている訳ではあるまい?」

 

「こいつ、いつまた暴走して俺たちに迷惑かけるか不安だから出て行こうとしてたんだってよ」

 

ツクヨの問いかけにジェネシスがサクラの背中をパシッと叩きながら答えた。

 

「は、はぁ〜?!あんた、そんな事考えてたわけ?!」

 

「いや、でも確かに不安にもなるよね……」

 

「これも全部アルベリヒってやつの仕業よ」

 

「マジかよアルベリヒ絶対に許さねえ!!」

 

リズベットが目を見開いて叫び、サチが困ったような笑みでうなずく。シノンがそう事実を告げると、ヴォルフが憤慨した。

 

「そんな!出て行くだなんてそんなのダメです!!」

 

「そうですよ!!僕らは仲間なんですから!!」

 

「勝手に出て行くなんて、そんな悲しい事しないでください!!」

 

「くぅ〜……!そんな苦しみを一人で背負おうなんざ水臭えじゃねえかサクラちゃんよぉ!!」

 

「そうだよ!!私達仲間がいるんだから、もっと頼ってくれていいんだよ!!」

 

『そうです。迷惑くらい、いいえそんな事で迷惑だなんて思うはずがありません。だって私達、仲間なんですから!!』

 

「そんな事よりこれ、桜餅です。貴女に食べて欲しくて作りました」

 

ジェネシスの言葉を聞いたシリカ、サツキ、ハヅキが全力で引き留め、クラインがサクラの境遇に涙し、フィリアとジャンヌがもっと頼れと告げる。

そしてこんな時でもお菓子を勧めるオルトリア。

 

「サクラ、貴女はもう一人ではありませんよ?」

 

「そうです!私達姉妹や、パパとママ、それにみんながいます!」

 

「だから、勝手に出て行こうなんて思わないでよね?離れたって、アタシ達は付いて行っちゃうんだから!」

 

レイとユイ、ストレアのMHCPがサクラに歩み寄って言った。

 

「サクラちゃん、ごめんね。本当なら、私達が守ってあげなくちゃいけなかったのに……私たちが不甲斐ないせいで、貴女がこんなに苦しむことになってしまって……」

 

「だから、俺たちが必ず助けるよ。君は必ず、俺たちが救って見せる」

 

アスナが涙ながらに謝り、そしてキリトがきっぱりと告げた。

 

「そういう事だ。もう観念してこっちに帰ってこい。せっかく出来た孫娘がいなくなっちゃあ俺もやってられんからな」

 

「だから、ね?これからも一緒にいよう、サクラ」

 

ミツザネがうんうんと頷き、ティアがサクラに手を差し伸べた。

 

「母さん……っ!ありがとう、ございます…!」

 

サクラは感極まって涙目になりながらその手を取った。

 

それを見て皆は安心したように笑みを溢す。

 

「いよぉ〜し!そんじゃ今から『サクラちゃん回復記念兼俺たちの再出発記念』でパーティやろうぜ!!」

 

「おいおい、もう深夜だぞ分かってんのか?」

 

「ん〜、でもいいんじゃないかしら?丁度いい機会だし」

 

「あ、なら私おつまみとか作るよ!」

 

「おっ、それは期待大だな!」

 

クラインの提案にエギルが困ったように言い、イシュタルが賛同した。

アスナが料理を提供することにキリトが嬉しそうに答える。

他の仲間達もどうやらパーティをやる気らしく、楽しげに会話をしながら戻って行く。

サクラとジェネシスはそんな彼らの後ろ姿をしばし見つめていた。

 

「……帰るぞ。俺たちの居場所によ、サクラ」

 

ジェネシスもそう言って歩き出す。

 

「お父さん」

 

するとサクラが彼を呼び止め、ジェネシスは振り返って彼女の方を見る。

 

「その……もし、私が悪い人になったら………許せませんか?」

 

サクラの問いにジェネシスは「ん〜」と考える素振りを見せる。

 

「……そうだな。もしそうなったら俺は、誰よりも叱るな。お前にはそうなって欲しくねえし。けど、これだけは覚えとけ」

 

そしてジェネシスはサクラを右肩にそっと抱き寄せる。

 

「何があっても、俺たちはお前の味方だ。サクラ」

 

サクラはそれを聞いてほっと安心したような笑みを浮かべる。

 

「良かった………皆さんになら、お父さんになら、いいです」

 

「ん?何がだよ」

 

「い、いいえ!何でもありません!それより、もう戻りましょうか!」

 

そう言ってサクラは駆け出した。

 

「全くあいつは………」

 

呆れたような、それでいてやや嬉しそうに笑みを浮かべながらジェネシスもそれに続く。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

それを遠く離れた建物の屋根の上から見つめる、白い着物姿の女性、シキ。

 

「ふふ、良かった。あちらはもう大丈夫そうね。

いえ、彼らなら或いは………違う答えを導き出してくれるかもしれないわね」

 

そう言って優しげな笑みで呟くと、くるりと反転して歩き出し、そして青白い光に包まれてその場から消え去った。

 

「期待しているわ、ジェネシス」

 

 




お読みいただきありがとうございます。

冒頭でも言いましたが、これにて本作オリジナル編である《J》編は完結です。
完全オリジナル編という事で皆さんの反応がどうなるか不安でしたが、思いの外反響がよくてとても嬉しかったです!
本当にありがとうございます!!
これにてホロウ・フラグメント編もいよいよ大詰めとなって来ましたが、その前に!まだまだやり残したイベント等があるので、次回からはそれを回収していき、ラストスパートへ向かっていきたいと考えています。

では、今回もありがとうございました!!次回もどうぞよろしくお願いします!!
評価・感想など良ければお願いします!!


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六十七話 託された想い・息抜き

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回からイベントパートに入ります。今回のお話は二本立てになります。
では、本文スタートです。


01 託された想い

史上最悪の犯罪者ギルド、“J”との激闘から一ヶ月。

アインクラッド攻略はそれまでのペースを取り戻しつつあった。

 

「しっかし……やっぱしっくり来ないな……」

 

そうボヤいたのはキリト。

というのも、彼は普段から左右の手で剣を扱う二刀流スタイルを取っているのだが、先の“J”の幹部の一人ジェイソンとの激闘の果てに、左手の愛剣ダークリパルサーが折れてしまい、使用不可能な状態にあったのだ。

 

「でも、キリトなら片手剣だけでも十分強い気がするんだけど」

 

そう口にするのは、愛用のハルバードを肩に担ぐヴォルフ。

 

「いやでもなぁ、ボス戦じゃ流石に片手剣だけじゃ攻撃力が足りないしな。それに、ずっと二刀流で戦ってたからそのクセがついちゃってさ」

 

キリトは持て余した左手を苦笑しながら振るう。

 

「ああ、ボス戦でキリトの全力が出せないのは確かに辛いね。ただでさえ、戦力が下がっちゃってる訳だし……」

 

キリトの言葉にヴォルフは頷く。

先の“J”との激闘により攻略組は大きな犠牲を出した為メンバーが減り、さらにサクラという回復役の戦線離脱によって現在の攻略組はかなりの戦力低下を起こしているのだ。

そんな状況でキリトの全力である二刀流も使用できないとなればかなりの痛手だ。

 

「あのねぇ、だからこうしてわざわざ素材集めに来てるんでしょうが」

 

すると彼らの背後から呆れた口調でリズベットが言った。

 

「はは、悪いな付き合ってくれて」

 

「まあいいのよ、あんたの剣作ってあげなきゃだしね。

にしても、あんたこれで2本目よね私の剣折ったの」

 

「あはは、申し訳ない」

 

ジト目で見ながらいうリズベットに対してキリトは苦笑しながら謝った。

 

「しっかし、本当険しいなここの道は……」

 

ヴォルフはため息を吐きながら今彼らが進んでいる道を振り返って呟く。

今、キリト達3人が進んでいるのは、大きな岩や石ころが道に転がっている凸凹の激しく、傾斜がかなり大きい山道だ。

足場も悪く、3人は転倒しないように慎重に一歩ずつ足を進める。

 

「はぁ……これ下手な登山よりしんどいわね……」

 

「ああ、こんなに険しい道だったなんてな……転ばないように気をつけていこうぜ」

 

リズベットが息も絶え絶えの様子で進み、キリトも同意して皆に注意を促す。

 

彼らはこの険しい道をからこれ二時間近くは進んでいる。しかもその道中には強力なモンスターが出没し、彼らの幾多を何度も阻んできた。

 

「けど、この先にキリトの剣の素材が手に入るんだろう?」

 

「ええ、そうよ。情報によれば、この先のボスモンスターを倒せばかなりいい素材が入るって噂だからね。

何がなんでも手に入れなきゃいけないわ」

 

リズベットは決意のこもった表情で頷く。

 

「今回もよろしく頼むな、リズ」

 

「まっかせなさい!」

 

キリトの言葉に頼もしい笑みを浮かべながら頷く。

すると、ヴォルフが前方を見て「そろそろだ」と告げる。

キリトとリズベット、ヴォルフはいよいよフィールドボス戦ということで気を引き締めて足を進める。

 

すると、凸凹の激しかった山道が終わり、頂上あたりに到着した。

そこは石ころなどは一つもない真っ平な円形のフィールドが広がっていた。直径約200メートルくらいあり、周りは違った岩で囲まれている。

 

直後、彼らの目の前に全長6メートル程の巨人が出現した。

全身は堅固な岩で構成され、右手には巨大な大剣を握っている。

名は、『The Boulder Golem』

 

「こいつか……」

 

キリトは背中から黒い直剣『エリュシデータ』を引き抜く。

リズベットもメイスを、ヴォルフはハルバードを取り出して戦闘態勢に入る。

 

「中々防御力が高そうだな、一筋縄では倒れなさそうだ」

 

「そうね。だから、よろしく頼むわよ!」

 

リズベットが力一杯ヴォルフの背中を叩く。

 

「いった?!な、何で俺?」

 

「なーに言ってんの。力でぶっ壊すと言ったらあんたの専売特許でしょうが!」

 

「な、成る程……そう言うことなら任せてくれ」

 

ヴォルフは戸惑いつつも、リズベットからの激励を受けて気を引き締める。

 

「よし、それじゃ戦闘開始だ!」  

 

キリトの掛け声で3人は一斉に飛び出した。

 

巨人から大剣が3人に向けて勢いよく振り下ろされる。

 

「バアァァァァニング!!」

 

ヴォルフが威勢のいい掛け声とともに巨人の大剣をハルバードで弾く。

その隙に、リズベットとキリトが左右から巨人の懐に飛び込んで攻撃する。

 

「どっせええぇぇぇい!!」

 

ヴォルフは自慢のパワーを存分に活かして巨人と互角に打ち合いを続ける。

大剣と斧がぶつかる度に凄まじい火花が散り、衝撃波が発生する。

 

「はあああああっ!!」

 

キリトは右手の黒剣にソードスキルを纏わせて巨人の横腹を抉るように斬る。

そして続け様に何も持っていない左手を突き出した。

 

「……あ」

 

キリトはその瞬間ハッとした顔になった。もう長い時間二刀流で戦っていた癖が抜けきれずについ左手が出てしまったのだ。

 

「はぁ……」

 

キリトは思わず苦笑いでため息をつく。

 

「まったく……早くあんたの剣、作ってあげないとね」

 

一部始終を見ていたリズベットは呆れた顔で呟く。

 

そこからの戦闘は順調に運んでいた。ヴォルフが巨人の剣を見事に弾いていき、彼がタンク役を務めることでボスを引きつけ、その間にキリトとリズベットが側面から攻撃すると言うスタンスを貫いていた。

 

「これなら行けるかな……?」

 

リズベットは少し距離をとって巨人を見る。

 

だがその時、巨人が突如リズベットの方に転身し大剣を振り上げたのだ。

 

「えっ……」

 

あまりに突然のことでリズベットは反応が遅れ、回避が出来ずにその場に立ち尽くしてしまう。

 

「リズ!!!」

 

キリトが慌てて駆け出すが、とても間に合う距離ではない。

そしてボスの大剣が勢いよくリズベットに振り下ろされるーーーー

 

「リズ!!」

 

だがその時、ヴォルフがリズベットのもとに駆け寄り、彼女を抱き寄せて、その背中でボスの刃を受けた。

 

「ヴォルフ……?あんた、どうして……?!」

 

ヴォルフはHPがイエローゾーンに陥っていたが、リズベットに優しく微笑んで言った。

 

「君が傷つくのは、見ていられなかったからさ」

 

「あ、あんた……」

 

「ヴォルフ、大丈夫か?!」

 

キリトが駆け寄り、ヴォルフに回復ポーションを渡してHPを回復させる。

ヴォルフは再び笑って立ち上がり、ハルバードを肩に担いで巨人に相対する。

 

「それじゃ、一発仕留めてくるか」

 

ヴォルフはそう言って鬱金色のコートをはためかせて走り出す。

リズベットは地面に座り込んだままの体勢でその後ろ姿を見つめていた。

 

彼女はヴォルフに抱き抱えられた瞬間に、胸の奥が激しく揺らぐのを感じた。

 

彼女はキリトに対して想いを寄せていた。だがヴォルフと再会し、アークソフィアで店を共に経営したり日常を過ごしていくうちに、彼の優しさや強さ、思いやり、慈悲深さ、そして自身の仕事に対する献身的な支えがあって、いつの間にか彼といると自然と心が熱くなっていた。

何より、彼の自身に対する視線が好意的なものである事も気付いていた。リズベットはキリトのように鈍感ではない。

 

そして、キリトとヴォルフの二人に対する想いでリズベットはずっと揺らぎ続けていた。

 

キリトにはもう決まった相手がいる。だからこの気持ちは絶対に届かない。

しかしだからヴォルフを選ぶ、と言うのは彼に対して失礼だ。

 

だから、リズベットは中々彼に対する想いを切り出す事も答える事も出来ず、ずっと平行線の状況が続いていた。

 

しかし、今ヴォルフに助けられた瞬間、リズベットの中で何かが振り切れた気がした。

 

「全く……あんたって人は……」

 

リズベットはやれやれとため息をつきつつも、どこか嬉しそうな表情で立ち上がる。

 

「グウゥゥゥゥゥルルルレエェェイトオオォォォォォーーーー!!!!」

 

ヴォルフはリズベットを救出した後、両手斧を頭上に構えると一気に振り下ろす。斧の刃部分に紫と黒のオーラが発生し、そのオーラを纏ったままボスを頭上から叩き潰す。

両手斧最上級スキル《グラビティ・インパクト》

 

絶大な破壊力を持つ一撃を受けたボスは、身体をガラス片に変えて消滅した。

 

そしてそこに、赤い光沢を放つ美しい鉱石がドロップした。

 

「出て来たわね……『ブラッディ・クリスタルインゴット』…」

 

リズベットはその石を手に取って確認した。

かなりのレア度を誇る鉱石のようだ。

 

「やったな!これで剣が作れる!」

 

「ああ、よろしく頼むぜリズ!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

街に戻った3人は、早速リズベット武具店に向かい、今回手に入れた鉱石を窯に入れて準備を整える。

その間、リズベットは赤く煌々と燃える釜をじっと見つめていた。今、彼女の心は正に今目の前にある釜の炎のように燃えている。その炎の正体は、言うなればヴォルフに対する恋心だ。

以前、リズベットはキリトに剣を作ったとき、彼に対する想いを乗せて剣を作り上げた。

けれど今はもう、以前のような感情はない。否、好きではあるがそれは恋ではない。

キリトにはもうアスナという相手がいて、この想いが届くことはないと押し込めていた。

しかしそれでも、残香のようなものは残っている。

だから、この剣にリズベットは全てを懸けるつもりでいた。ここで最高峰の剣を作り上げ、この恋に決着をつける。

 

即ち、ヴォルフに対して想いを告げるということだ。

 

リズベットは集中力を極限まで高め、いよいよ熱せられて赤く光る石を金床に取り出す。

 

キリトとヴォルフが側からそれを見守る。

 

「よし……行くわ!」

 

リズベットは専用のハンマーを両手で構え、ゆっくりと、丁寧に、力強く叩いていく。『キン!キン!』と、甲高い金属の音が部屋中に響き渡る。

一回打つ度に、リズベットは残されたキリトに対する想いを全て載せるつもりで叩いた。

 

「(これで決めるんだ……ヴォルフに気持ちを伝えて、この想いに決着をつける……だから、残されたキリトの思いを、この剣に全部乗せるんだ!)」

 

そんな彼女の想いに応えるように、鉱石が一際眩く輝き始める。時々『バチリ!』と赤い放電現象を伴いながら、長方形の型だった鉱石が十字の形に伸びていく。

 

出来上がった剣は、キリトの使用するエリュシデータ刃をダークリパルサー度ほぼ同サイズの片手剣。

刀身は真紅で金色のラインが入り、十字の真ん中部に水色の水晶のような飾りが付いている。

見た目から明らかに高性能な剣である事は明らかだった。

 

リズベットは恐る恐る、完成した剣のパラメータを鑑定スキルで確認する。

そしてそれを見た瞬間、愕然とした表情になった。

 

「うそ……何これ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……最っ高の剣ができあがったわ!!」

 

出てきた数値は、これまでリズベットが見てきた剣の中で最高クラスのものだった。正しく、リズベット最高傑作の剣であった。

名前は、『リメインズハート』。

 

キリトも早速出来上がった剣を手に取り、素振りをしてみる。

 

「凄い……すごく手に馴染む……最高の剣だ!」

 

キリトも感激した様子でリズベットに感想を告げる。

 

「や、やったじゃないかリズ!!」

 

ヴォルフが嬉しそうにリズベットの肩を持って飛び上がった。

 

「ええ…ええ!やったわよ、あたし!!」

 

リズベットもヴォルフの手を取って歓喜した。

 

しばし店内は歓喜ムードに包まれ、キリトもそれを優しく微笑みながら見守る。

 

するとリズベットが何かを思い出したようにヴォルフに向かい、

 

「あ、あのねヴォルフ……悪いんだけど、ちょっと二人にしてくれないかしら?」

 

ヴォルフは突然の事で疑問符を浮かべるが、「わかった」と頷いて歩き出す。

店を出る際に、リズベットはヴォルフに河畔エリアで待つように伝える。

 

「どうしたんだ、リズ?」

 

突然の事で訳がわからない様子のキリトに、リズベットは深呼吸して向き合う。

 

「あのね、キリト……聞いて欲しいことがあるの」

 

リズベットは真剣な顔でキリトの顔を見据える。

 

「あたしはね……あんたの事が好きだった」

 

その瞬間、キリトは体が一瞬固まった。

 

「好き……って、それって、え?リズ?」

 

「もう!ほんと鈍感なんだからあんたは!!」

 

リズベットは苦笑しながら言った。

 

「まさか、本当に?そういう、意味なのか?」

 

「ええ、そういう意味よ。それで、あたしの気持ちには答えられないって事もわかってる。今こうしてあんたに告白したのは、あたしにとって一種のけじめみたいなもの。そうでないと………アイツとちゃんと向き合えないから」

 

キリトは漸く全てを察したのか、「あ……」と申し訳なさそうに固まる。

 

「ごめんな、リズ」

 

「いえ,謝らないで!むしろこちらこそごめんね、これはあたしのわがままだから。あたしの気持ちは、もうヴォルフの方に向いてるから。

でも、最後にこれだけ伝えたかったの。あんたの事が好きだったあたしがいたって事、知っておいて欲しかったから。

だから、その剣に全てを込めたの。あたしの想い、全部詰め込んだの。それが、『リメインズハート』よ。だから、忘れないでね」

 

キリトはそれを聞いて『リメインズハート』を握りしめる。

 

「ああ、もちろんだ。この剣を使う度に、思い出すよ。リズが俺を好きでいてくれた事」

 

「ええ、ありがとう。大事に使ってよね?」

 

キリトは黙ってうなずく。

 

『リメインズハート』、「残った心」。リズベットに残されていたキリトへの恋心を宿した剣を、キリトはしっかりと握りしめた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

湖畔エリアにある橋で、ヴォルフは一人待っていた。

 

そこへリズベットが走ってやって来た。

 

「ごめんね!待たせちゃって」

 

「いや、大丈夫だよ。それより、どうしたんだ?急に呼び出して……」

 

リズベットは息を整え、ゆっくりと息を吐くと真剣な面持ちでヴォルフの顔を見る。

 

「あのね、あんたに伝えたい事があるの。

この層に来てあたしの店を手伝ってくれてから、あんたの事すごくいいやつなんだって思ってた。

 

あたしはね、あんたの事が好き」

 

「……え?」

 

「だからぁ!!こういう事!!」

 

リズベットは頬を赤く染めながらヴォルフに抱きつく。

 

「そ、そんな……本当に?」

 

「当たり前でしょう?冗談でこんな事出来るわけないわよ」

 

リズベットは恥ずかしそうに、しかしヴォルフに巻きつく腕の力をぐっと強める。

そんな彼女の肩に、ヴォルフは優しく腕を回す。

 

「こ、こんな僕で良ければ……よろしくお願いします!!」

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

 

 

02『息抜き』

 

 

七十五層の騒動があってからもう一ヶ月近くがすぎ、アークソフィアの街は多くのプレイヤーが住みついて人口も増えていた。

今日も1日、気持ちの良い日差しと気温の中、街は多くの人々が行き交い、賑やかな雰囲気を醸し出していた。

 

そんな街に、1人の女性がやって来る。純白の着物を身につけた貴婦人、シキだ。普段、彼女は別の場所からプレイヤーたちを見守っていたのだが、今日は何となく街に降りたった。

 

自分の周りを歩き回るプレイヤー達を見回し、シキは口元に優しげな笑みを浮かべる。

 

シキはゆっくりと足を進め、街をぶらぶらと散策する。

 

ふと、彼女はとある店の前で足を止めた。

『リズベット武具店』。そう言えば武器のメンテナンスを長らくしていなかった事を思い出し、ついでに自身が信頼するプレイヤーであるジェネシスの仲間が経営する店という事もあって、彼女はゆっくりと木製のドアを開ける。

 

「いらっしゃいませ〜!リズベット武具店へようこそ!」

 

中から威勢の良い少女の声が響く。

出迎えたのは、ピンクの髪に赤いエプロンを身につけた少女と、その隣に立つ老竹色のシャツを着た長身の男性。

 

「メンテナンスですか?武器の買取ですか?それともオーダーメイドでしょうか?」

 

男性の問いに、シキは「メンテナンスを…」と応える。

 

「ありがとうございます!早速ですが、武器の方を預からせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

少女がシキに対してそう促し、左腰に帯刀した刀を取り出して少女に渡す。

 

「おおお、これは……!」

 

鑑定スキルを開いて刀を調べた少女が感心したように口にした。

 

「『九字兼定』、これはかなりの名刀ですね〜!」

 

「失礼ですが、どちらでこの刀を?」

 

「う〜ん……ずっと前に、フィールドのボスを倒したら偶々ドロップしたの」

 

男性がそう尋ねると、シキは顎に手を当ててそう答えた。

 

「なるほど、そういう事ですか……けど、かなり傷んでますね〜…ヴォルフ、メタルクラスタインゴットを溶かしといてくれる?

 

ヴォルフと呼ばれた男性は頷いて店の奥に行く。

そして戻って来ると、小さな木箱を手渡した。

 

「あと、これがいるよね?目釘抜き」

 

「そーそー!流石、分かってるじゃない!」

 

「刀は普通の剣と違って柄が別パーツ扱いになってるしね。

目釘抜がいるってわかったんだよ。それじゃ、準備して来るから」

 

そう言ってヴォルフは再び店奥へと戻っていく。

 

「随分と仲がいいのね」

 

シキが何気なしにそう言うと、リズベットは「え?」とこちらを向き、恥ずかしそうに頬を赤く染めて

 

「い、いや〜…ごめんなさい、お恥ずかしい所をお見せしちゃって…」

 

と照れながら言った。

 

「いいえ、仲がいいのはとても良いことだわ。こんな状況ですもの、人と人が支えてあっていくのは、大事なことよ」

 

そしてシキは店内を彷徨いて壁に飾られた商品である武器を見回し、時折手に取ってその感触を確かめる。

 

「貴女、すごく良い腕をしているのね。ここにある武器、どれも素晴らしい出来だと思うわ」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「ええ。何より……貴女の真剣な気持ちが込められている感じがする。さっきだって、私の刀をすごく丁寧に扱ってくれていたもの」

 

リズベットはシキからそう言われて目を丸くしていたが、やがて嬉しそうに微笑むと

 

「あ、ありがとうございます!」

 

と言って頭を下げた。

するとヴォルフが出て来て、準備ができた事を知らせる。

 

「では、少しの間お待ちくださいね!」

 

リズベットは刀の柄を取り外して刀身を取り出して丁寧に運びながら店の奥に向かう。

 

 

 

〜数分後〜

 

「お待たせしました!」

 

修繕が終わり、リズベットは刀の柄を取り付け、目釘を嵌めて元通りにしてからシキに返した。

 

刀の刀身は、修繕する前よりも一層美しい銀色の光を放ち、波紋がくっきりと映し出されていた。

手に取ってみると、刀が更に良く手に馴染み、かなり扱いやすくなっており、リズベットの鍛冶師としての腕前の高さをこれでもかとシキに感じさせた。

 

「流石ね……やはり、貴女に任せて正解だったわ」

 

「そ、そこまで言っていただけるなんて……光栄です!!」

 

そしてトレード画面で代金を渡すと、シキは店を後にしようとするが……

ふと、足を止めて一点に注目する。

 

そこにあったのは何の変哲もない短刀だった。

シキは何故だかわからないが、この短刀を手に取ると懐かしい感覚がした。まるで、昔から自分専用の武器だったような、そんな感覚。

 

「せっかくだから、これも貰っていこうかしらね」

 

「ほ、本当ですか?ありがとうございます!!」

 

そしてシキは再びトレード画面で売買を済ませるとその短刀を懐にしまう。

 

「ふふ、また来ようかしらね」

 

「ええ、是非!これからも、リズベット武具店をご贔屓に!!」

 

リズベットが笑顔で見送る中、シキは優しげな笑みで会釈すると店を後にした。

 

道中、広場で2人の女性がトレーニングをしているのが見えた。

1人は真っ黒の着物を身につけた女性、もう1人はオレンジの髪に青いポンチョを纏った少女。

 

「では次じゃ。今からこの苦無と手裏剣を大量に投げる。主はそれを目隠ししたまま全て避け、わっちに一撃当てて見せよ」

 

「いやそれは流石に無茶苦茶すぎるよツクヨさん?!」

 

「では行くぞ!!」

 

「ちょ、ちょっと待っ……」

 

少女の制止も聞かずに、ツクヨは両手から苦無と手裏剣を大量に投げつけた。

そのうち5本の苦無が少女に突き刺さる。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アーーー!!!」

 

少女の絶叫が響く中、シキは苦笑しながら歩いて行く。

 

次にやって来たのは、路地裏にある和菓子店。

この世界では滅多にない和菓子に興味を持ったシキはゆっくりとドアを開ける。

 

「いらっしゃいませー」

 

中からのんびりとした少女の声が響く。中は焦げ茶色の木製の板で構成され、明かりはやや薄暗くミステリアスな雰囲気だった。

そしてカウンターにはガラスケースに飾られた沢山の和菓子があり、その奥に店員とみられる薄い金髪の大人しそうな少女がいた。カーソルの名前は、『オルトリア』とあった。

 

「へえ、どれも美味しそうな見た目ね」

 

「ええ、全て私の自信作ですので」

 

シキの言葉に、オルトリアは変わらない表情で、しかしそれでいて自信ありげな声色で答えた。

 

「ふふ。では、店長さんのおすすめの品を教えてくださる?」

 

「はい。当店でしたらこちらの鯛焼きや最中なんかが美味しいですよ」

 

オルトリアの示した先にある二つの和菓子。

鯛焼きは薄暗い部屋であるにも関わらず茶色い生地が際立っており、まるで自ら光を発しているようだった。

最中は餡子がたっぷりと詰められて、手のひらサイズであるはずなのにかなりボリュームがあるように見えた。

 

「なるほど……ではこの二つを頂こうかしら」

 

「ありがとうございます〜」

 

シキはおすすめの二品、更にドリンクとして緑茶を購入し店を後にした。

広場に出て、日陰のテーブル付きの椅子に座ると早速買ったお菓子をオブジェクト化する。

 

「へえ…やっぱり美味しそうね」

 

シキは感心したように呟くと、鯛焼きを早速頬張る。

かじった瞬間に、茶色く焼けた生地が一瞬『パリッ』と音を立て、その直後に甘い味わいが広がった。

しかしシキはここで疑問符を浮かべる。鯛焼きと言えば餡子が定番だが、この味は餡子ではない。

切り口を覗いてみると、中は餡子の紫ではなく、薄い黄色のクリームのようなものが詰められていた。

 

「もしかしてこれって……鳴門金時?」

 

鳴門金時とは日本の四国・徳島県辺りで生産される薩摩芋の事で、とある地方ではそれを餡子状にすりつぶして鯛焼きに詰めるものがあるらしい。

 

「へえ〜、中々マニアックだけれど、粋なことをするのね」

 

シキは「ふふっ」と楽しげに笑うと、鯛焼きを再び頬張った。

最中の方も、パリッとした生地にたっぷりと挟まれた餡子がとても良く合っており、非常に美味だった。

 

「これは中々……癖になる味ね」

 

シキは満足げな笑みで呟くと、白い湯呑み茶碗に注がれた緑茶をゆっくりと啜る。

 

和菓子を堪能したシキは再び街を歩き回る。次はどこに行こうか。道中、喫茶店で優雅に読書をしているクールな雰囲気の少女や、右肩に水色の子竜を乗せた少女、仲睦まじい様子の黒と白の兄妹や小さな子供たちを連れて街を散策する白い聖女と女神風の女性とすれ違う。

 

そのままシキは街にある草が生い茂った広場に出た。

そこには、黒いロングコートを着た少年が白と赤の装備に身を包んだ栗色の長髪の少女に見守られながら昼寝をしていた。今日は外で過ごすには快適な気温と日照設定だからそうしているのだろう。シキはそんな彼らを微笑ましい視線で見つめたのちに再び歩きだす。

 

「……ん?」

 

すると栗色の髪の少女、アスナがたった今目の前を通り過ぎようとしているシキに気づく。

 

「ね、ねえねえキリトくん……あの人……」

 

「ん〜〜……どの人〜〜?」

 

キリトは寝ぼけた様子で起き上がって、目を擦りながら問いかける。

 

「ほ、ほらあそこ!今そこを歩いてる白い女の人!」

 

アスナが指差した先をキリトは瞬きをしながらみる。

 

「あの女の人が…どうしたんだ〜…?」

 

「この間見たお化けにすっごく似てると思うんだけど……」

 

「……気のせいだろ……こんな真っ昼間にお化けが出歩いてるわけないじゃないか……」

 

キリトはそう言うと再び地面に寝そべった。

 

「そ、そうだよね!こんな明るいのにお化けがいるわけ無いよね!!」

 

アスナは冷や汗をかきながらうんうんと頷く。

 

 

当のシキはアスナからそんな視線を受けていることに気づかずにどんどん歩いて行く。

人々の活気溢れる街を眺めながら、シキはゆっくりと足を進める。

 

「凄いわね……デスゲームであるこの状況でも、人々は希望を捨てずに毎日を生きている。

人と言うのは、不思議な生き物だわ」

 

シキは遠くを見つめながらそう呟く。

するとその視線の先に、自身とも関わりのあるプレイヤーであるジェネシスが、白無垢の女性ティアと笑顔で楽しそうに話しながら宿に入って行くのが見えた。

 

「ふふ。貴方たちなら、本当にこの世界をクリアできるかもしれないわね。楽しみにしているわ」

 

そう微笑みながら言うと、シキはくるりと反転して別方向へ歩いて行った。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
そしてついに、リズベットとヴォルフが結ばれました。
長かったような…早かったようなそんな気がしますが、何はともあれリズベットもこれで『MORE DEBAN』にならずに済むかと思いますw

因みにこれは宣伝になるのですが……
ヴォルフくんとリズベットの関係についてもっと詳細に描かれている作品がございます。
ヴォルフと言うオリキャラを下さった巻波彩灯さんの『ソードアート・オンライン〜巨狼、虚現に生きる〜』と言う作品です。表現力がとても素晴らしく、読んでいて自然と引き込まれる作品です。また、ヴォルフとリズベットの出会いと四十八層での日常が描かれています。是非、ご覧いただければと思います。

https://syosetu.org/novel/232879/

↑に作品のリンクを貼っておきます。
では、次回もよろしくお願いします。


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六十八話 家族で遊ぼう・ブチ切れたオルトリア

こんばんは皆さん、ジャズです。
今日、Fateの劇場版を見てきました。マジで終始鳥肌が立ちっぱなしでした。
皆さんも、是非見ていただきたいと思います。



01 『家族で遊ぼう』

ある日、ジェネシスが宿の自室で寛いでいると……

 

「パパー、いますか〜?」

 

レイがドアをノックして来た。

ジェネシスがドアを開けて中に促すと、どうやらそこにいたのはレイだけではなく、ティアとサクラもいた。

 

「お、どうしたんだ?」

 

「久弥、これから時間ある?」

 

ジェネシスは特に予定もなかったので頷く。

 

「じゃあ、これからみんなで散歩に行かない?」

 

「散歩?」

 

「ええ。お父さん、最近ずっと忙しかったじゃないですか。たまには、リフレッシュしませんか?」

 

「成る程な……いいぜ、今日くらいはゆっくりするか」

 

「わーい!それじゃあみんなで行きましょう!」

 

ジェネシスが了承するとレイが嬉しそうに飛び跳ね、4人は街に歩き出した。

因みにサクラには以前アルベリヒによって取り付けられてしまったドライバーがあるのと、レイが一緒という事で圏外には出ない事にした。

 

街は暖かな日差しが照らし、気温もちょうど良く気持ちのいい風が吹き抜ける。

しかし、こんな天気であるというのに街には誰もおらず、閑散とした空気が流れていた。

 

「こんな日だってのに、誰もいねえな」

 

「きっと、みんな攻略に出てるんだよ」

 

ジェネシスの疑問にティアがそう答える。

ジェネシスが「俺は行かなくて良かったのかね」と気まずそうに呟くと、ティアは自身の左手で彼の右手を優しく包むように握る。

 

「今日くらいは…………ね?」

 

ティアは彼の耳元まで顔を寄せると、うっすらと笑みを浮かべながらそう囁く。

するとサクラが反対側のジェネシスの手を握り、同じように耳元まで顔を近づける。

 

「そうですよ?今日はみんなで、ゆっくりしましょう……?」

 

左右から美女に挟まれて少し戸惑い気味のジェネシス。

すると少し前を楽しそうに歩いていたレイが振り返る。

 

「あーーっ!!2人ともずるいですよ!!私だってパパと手を繋ぎたいのに!!」

 

レイは頬を膨らませてジェネシスに駆け寄って飛び乗る。

 

「パパ、抱っこしてください!!」

 

「おいおい、いきなり飛びつくなって」

 

ジェネシスは困ったように笑いながらレイを抱きかかえた。

するとそれを見たサクラが負けじとジェネシスの背中に乗りかかる。

 

「じゃあ私はおんぶでお願いします♪」

 

「ちょっ、サクラお前なぁ……」

 

それを見たティアが「むぅ〜…」と頬を膨らませてジェネシスによじ登り、両肩に座り込んだ。

 

「なら私は肩車ね!」

 

「オイィィ!!お前ら一回降りろ!重すぎて歩けねえから!!」

 

ジェネシスは3人の女子に乗り掛かられる重みで満足にバランスが取れずにフラフラと覚束ない足取りで進む。

 

「ヤベッ……もう、無理……!」

 

とうとうバランスを崩し、ジェネシスはそばにあった噴水に倒れ込んだ。

 

「きゃあぁっ?!」

 

「わあぁぁっ?!」

 

「ひゃあああっ!!」

 

それに伴ってジェネシスにしがみ付いていたレイとサクラ、ティアも噴水に飛び込んでしまう。

 

「ぷはっ!もう〜、全身びしょ濡れだよ〜」

 

ティアが水中から顔を上げて、眉を八の字に曲げて言った。

ティアの白い髪はずぶ濡れになって先端から水滴が滴り落ち、身につけている服はぴったりと身体に張り付き彼女のボディラインをより強調していた。

それはサクラとレイも同じで、2人が着ている真っ白なワンピースがびしょ濡れになって2人の身体にぴったりと張り付いてしまっていた。

 

「いや、いくらなんでもてめぇら3人抱えてられるわけねぇだろうが……」

 

ジェネシスはそれに対してジト目で3人の方を見ながら答える。

 

「えいっ!」

 

するとレイがジェネシスに向かって水鉄砲を飛ばした。

そしてそれに便乗してサクラとティアもジェネシスに向かって水を飛ばしていく。

 

「ちょ、おい?お前ら何してんの?」

 

「どうせずぶ濡れだし、ここで水遊びをしましょう!私たち3人と、パパで勝負です!」

 

「お父さん、覚悟ぉ〜!!」

 

ティア、レイ、サクラの3人から一斉に水飛沫を浴びせられるジェネシス。

 

「危なっ?!」

 

だがジェネシスは素早く反応すると巧みにその水飛沫を回避していく。

 

「む、中々やるね久弥。でも……これならどうかな!」

 

するとティアは水の中に深く腕を沈め、そして勢いよく前に突き出した。

 

「スペシャルソードスキル!緋吹雪ならぬ『水吹雪』〜!!」

 

「ぎゃーーっ!!」

 

一際大きな水鉄砲が飛び、ジェネシスの身体に命中した。

 

「じゃあ私も行きますよ〜!『ライジングインパクト』!!」

 

レイも同じように大量の水飛沫をジェネシスに飛ばした。

 

「あははっ!やったね、クリティカルヒット!!」

 

「わーい!やりましたよママ!」

 

ティアとレイは嬉しそうにハイタッチを交わす。

 

「いや、スペシャルソードスキルて……ただの水鉄砲じゃねえか」

 

「あら?あの《暗黒の剣士》ジェネシス様が避けられなかったんだから、“ただの”水鉄砲じゃないんじゃない?」

 

悪戯な笑みでティアに言われたジェネシスは「ほぉ……」と口角を吊り上げてニヤリと笑う。

 

「てめぇら……俺を本気にさせたな?」

 

そしてジェネシスは両腕で思い切り水面を叩きつけ、大きな水飛沫を立てて3人に向けて飛ばした。

 

「「「きゃあーーーっ!!」」」

 

水飛沫は容赦なく3人に命中した。

 

「や、やったなぁ〜!」

 

「お返しですっ!!」

 

そこから3人とジェネシスの水の掛け合いが始まった。

噴水の水溜めでバシャバシャと水飛沫がいくつも発生し、楽しげな声が静かな広場に響き渡った。

 

〜数十分後〜

 

「だぁ〜……くそ、ダメだ。降参、降参だ」

 

ジェネシスは両方を激しく上下させながら両手を上げた。

彼は頭からずぶ濡れになっており、至るところから水滴がポタポタと落ちている。

 

「わーい!私達の勝利です♪」

 

「まあ、3対1という人数差もあるかもですけど……」

 

レイが嬉しそうに飛び跳ねるのに対し、サクラはやや苦笑いで呟く。

 

「それじゃ、そろそろ休憩しようか」

 

「ああ。流石に少し疲れたわ……」

 

4人は噴水から上がると近くのベンチに並んで腰掛ける。

ジェネシスの左隣にティアが、その反対側にサクラが腰掛け、彼の膝の上にレイがちょこんと座り込む。

 

「はぁ〜……ちょいとはしゃぎすぎたかな」

 

「うん。みんな子供みたいにはしゃいでたよね」

 

ジェネシスとティアは背もたれにゆったりと上半身を預けながら言葉を交わす。思えば、2人してあのようにはしゃいだのは初めての経験である。

 

「凄く楽しかったですね!」

 

「はい、とても幸せな時間でした」

 

レイとサクラは家族との新しい思い出を記憶に刻み、楽しそうな笑みで2人に言った。

 

「これから……みんなでもっと楽しい思い出を作りたいですね!」

 

「うん、もちろん!もっともっと、いろんなことをしようね!!」

 

期待に満ちた表情でいうサクラに対し、ティアは満面の笑みで頷いた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

02『ブチ切れたえっちゃん』

 

その日、えっちゃんことオルトリアは非常に不機嫌な様子で食堂の一席に座り込み、ズズズとコーヒーを啜っている。

普段から感情の起伏が少なく、またその感情も表に出にくいタイプの彼女だが、この日はひと目見ただけで誰が見ても不機嫌であると理解できるほど負のオーラが彼女を中心に充満していた。

 

「………で、何があったんだアレ」

 

ジェネシスが少し離れた席からそれを眺め、向かいに座るティアに気まずそうに問いかける。

 

「実は……えっちゃんが今日楽しみにしてたレアモノのチョコケーキ、誰かが食べちゃってたみたいで」

 

「ベタだな。お菓子好きなあいつからしたら辛いだろうが……けどお菓子一つ食われたくらいであそこまで怒るような奴か?」

 

「ところがそれだけじゃないみたいよ」

 

すると今度は同じ席に座るイシュタルが口を挟んだ。

 

「何かね、あの子ここ最近不運続きだったみたいで」

 

イシュタルが言うには、・お店の品物が揃って資材不足で品薄になる、・戦闘中に彼女が使用するフォトンソードの充電が切れて死にかける、・最近客足が良くなく、売り上げが少なくなる、・昨日女子メンバー全員でウノをやったら惨敗する、と言うことがあったそうだ。

 

「それは確かに、フラストレーションも溜まるわな……」

 

ジェネシスが同情の目線をオルトリアに向ける。

オルトリアは未だにテーブルの一点をじっと見つめながらコーヒーを啜っている。

 

「…どうにか、えっちゃんの気分を晴らしてあげられないかな……」

 

ティアが心配そうな目で彼女の方を見る。

 

「まあ、あの子の気晴らしと言ったら甘いものとかしかないでしょうね」

 

イシュタルはやれやれと首を振りながら紅茶を口にした。

このままこれを放っておけば今後、彼らの攻略や日常に何かしらトラブルが起きる可能性もあるし、何より『人の悪意』に敏感な状態のサクラがいるため、この状態のオルトリアを放っておくわけにはいかなかった。

 

とりあえずジェネシスは何かいいものはないか買い出しに行くことになり、その間にティアとイシュタルがオルトリアの面倒を見ることになった。

 

「す、澄香?これ私達が作ったショートケーキなんだけど、食べる?」

 

イシュタルが試しに2人で(ほぼティアが)作ったショートケーキをおずおずと差し出す。

 

「………お気持ちは嬉しいですが今はショートケーキの気分じゃ無いのですみません」

 

と、全く取り合う様子もなかった。

 

「そ、そうだよね〜!今はショートケーキの気分じゃ無かったよねぇ〜!ごめんねえっちゃん!!それじゃあこっちのどら焼きなんかはどう?」

 

するとティアが慌ててショートケーキを下げてどら焼きを差し出す。

 

「ごめんなさい、どら焼きの気分でもありません。少し、1人にしてもらえますか」

 

だがオルトリアは尚もそっぽを向いて取り合わなかった。

 

「あ、ああ!そうよね!!今はお菓子とかの気分じゃ無いわよね!!な、何か欲しいものとか、クエストに付き合って欲しいとか、そんなのは無いかしら?」

 

「ありません。私には構わないでください」

 

オルトリアはしつこく構ってくる2人に嫌気が差してきたのか徐々にその声にドスが効いてくる。

それを2人は感じ取ったのか冷や汗をかいて慌て気味になり、どうにかして彼女を宥めようと努める。

 

「ご、ごめんごめん!でも、えっちゃんが凄く疲れてそうだから何かしてあげたいなぁ〜って思って!

どうしたらいい?あっ!肩揉みとかしてあげよっか?」

 

「な、何でもいいのよ?ほら、頭を撫でて欲しい〜とか他に色々やってあげるわよ?」

 

ティアが後ろからオルトリアの肩を持ち、イシュタルがオルトリアの頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 

だが、イシュタルが撫でる手がオルトリアの頭に出ているアホ毛に触れてしまった。

 

その瞬間、オルトリアの両眼がカッ、と開かれ、直後に爆発のような突風が発生してイシュタルとティアを吹き飛ばした。

 

「あー、痛た……な、何なのよ今の爆発……」

 

イシュタルが腰をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

 

「わ、私にも分かんないよ〜……」

 

ティアも頭を押さえながら立ち上がる。

2人は何が起きたのか確かめるためにオルトリアの元へと向かう。

 

「え、えっちゃ〜ん?」

 

ゆっくりとオルトリアを呼びかける。

 

何か用ですか、雫

 

帰ってきたオルトリアの声は普段ののほほんとした雰囲気の彼女とは正反対の、低く猛獣が唸るような、ドスの効いた声だった。

ピシリ、と空間が固まる。

冷蔵庫に放り込まれた時のような悪寒が2人の背中を襲った。

ジロリと2人を睨むオルトリアの瞳からはハイライトが消え、特徴的だったアホ毛も引っ込んでいる。

 

「あわ、あわわ、あわわわ……え、えっちゃん?!」

 

「はわ、はわわ、はわわわ……え、えっちゃん?!」

 

2人は思わず抱き合って震え上がる。

人形のような端正な顔立ちからは鋼のような殺気や威圧感が発せられ、2人を無慈悲に抑圧した。

 

「り、凛ちゃんパス!パス!!わ、私には無理無理っ!!」

 

「は、はあ?!ふざけんじゃ無いわよ!!私にも無理よこんなの!あ、あんたが何とかしなさいよっ!!」

 

2人はくるくると回りながら押し付け合う。

そんな2人に対して愛想が尽きたのか、オルトリアはため息をついてずいっと2人に詰め寄る。

 

「雫、凛」

 

「ひゃ、ひゃいっ?!申し訳ないありません、私が悪ぅございましたぁ〜!」

 

イシュタルは咄嗟にティアの背後に隠れて涙目になって謝罪する。

 

「2人ともどうしたのだ?私に何かおかしいところでもあるのか?」

 

首を傾げてオルトリアは相変わらずドスの効いた声で問いかける。

 

「い、いいえ何も!なぁんにもおかしいところはないです!!いつも通りのえっちゃんですぅ〜!!

ね?凛ちゃん?!!」

 

早口気味になってイシュタルに同意を促す。イシュタルもうんうんと首を激しく上下させて後退する。

 

「……ならば良い。私は腹が減った。雫、何か用意せよ」

 

「ひゃいっ!かしこまりましたぁ〜!!」

 

ティアは早足でキッチンに向かって走っていく。

今のオルトリアを戻すはやはり、甘い和菓子が必要であろう。それも、半端なものではなく高級和菓子店にあるような一流の品だ。

 

ティアは逸る気持ちをどうにか鎮め、ゆっくりと深呼吸する。

豹変してしまったオルトリアのために、ティアは全身全霊をかけて作り始めた。メンバーの中でもトップクラスの料理スキルを保有する者としてのプライドと意地を持って、和菓子を作り上げた。

ティアが作った一品は、オルトリアの好物である大福餅。

餡子をたっぷりと詰め、トロリとした生地が特徴の品だ。

 

これなら、行ける……!

 

ティアは一種の確信と自信を持ってオルトリアに提供した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不味い。半日で堕落したな、雫」

 

「こふっ?!」

 

冷ややかな声で告げるオルトリア。

ティアは思わずその場に崩れ落ちた。

 

「し、雫!泣いてる泣いてる!とにかく今は手を動かして!」

 

蹲ってしくしくと泣くティアをイシュタルは何とか宥める。

 

「う、うるしゃい……私の、私の自信作を不味いって………しかもよりによってえっちゃんに、えっちゃんに………!」

 

そのままうわぁんと泣き出すティア。

 

「凛。貴女が偶に作る手を抜いたあの料理が良い。雫に手本を見せてやれ」

 

するとオルトリアがイシュタルに対してそう告げた。

オルトリアのいう凛の料理とは、ハンバーグ・野菜・ピクルスなどをパンで挟んだ、あの手抜き料理。

 

「それって、まさか……!」

 

ティアもあの料理が分かったのか、目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

もっきゅもっきゅ、もっきゅもっきゅ

 

リズムの良い咀嚼音が響き渡る。

オルトリアは何も言わずに、あのジャンクフードの王様であるハンバーガーをスナック菓子のように頬張っていく。

 

「なんだ、アレ……?」

 

それを遠目に、キリトが困惑した表情で見つめる。

 

「何か、ご機嫌斜めだったオルトリアちゃんを宥めようと、イシュタルとティアがあれこれしたらあんな事になっちゃったんだって」

 

キリトの問いにアスナが答えた。

テーブル一杯にあったハンバーガーの山はあっという間に無くなり、オルトリアがお代わりを要求する。

するとティアが慌ててキッチンに戻り、再びハンバーガーを作り出す。

 

「……そう言えば、オルトリアは最近不幸続きだったしな………その不満が爆発してしまったんだな、きっと」

 

同情した表情でキリトはオルトリアの対応に追われるティア達の方を見つめた。

 

「まあアレだ、“触らぬ神に祟りなし”。ああいうのは変に構わずに、時間に任せるべきだったって事だな」

 

ジェネシスもうんうんと頷きながらそうそう答えた。

 

その後、山盛りのハンバーガーを食べ切ったところでオルトリアも元に戻り、彼女の怒りもそれで鎮まったようだ。

そして、今後はオルトリアを絶対に怒らせないようにしようと皆は誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ヒロインXのオルタであるオルトリアのオルタってもう分かんねえな。
今回は少し短めでしたがどうかご了承ください。

では、次回も宜しくお願いします。


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六十九話 離婚騒動

こんにちは皆さん、ジャズです。
今回はホロフラをやったことのある方なら、タイトルで大体お察しの内容かもしれないですw
では、本編スタートです。


ある日、ジェネシスとティアの2人は街で買い物をしながら散歩していた。

道中、ジェネシスがふと雑貨屋の前で足を止め、並べられた商品の列を見つめる。

 

「何か買うの?」

 

「ん?まあポーションとかな。いざって時ポーションが無くなったらやべえだろ」

 

「あ、そっか。なら私もポーション補充しておこうかな。えっと、今在庫は……」

 

と言ってティアはメニュー欄を開いて自分の手持ちを確認する。

するとティアは「あれっ…?」と呟き表情を曇らせる。

 

「どうした?そんなにポーションが少なかったのか?」

 

ティアの様子を見て訝しんだ表情でジェネシスが問いかける。

 

「や、やだ……何これ、どういうこと…?」

 

ティアは焦った様子でメニュー欄を次々とスクロールしていく。しかしどうやら目当てのものは見つからなかったらしい。

 

「ひ、久弥ぁっ!!」

 

「お、おう?」

 

「ステータス画面を開いて、私の画面を見てくれる?」

 

言われた通り、ジェネシスはメニュー欄からティアのステータスを開こうと画面を開く。

しかし……

 

「………んん?」

 

ジェネシスは目を丸くした。

ティアとのリンクが無いのだ。いつもならば『結婚』状態にあるティアとリンクが繋がっており、ここから彼女のステータスを見る事ができるのだが、今そのリンクが切れてしまっているのだ。

 

「じゃあ、今度はアイテム欄を見て?」

 

続いてアイテム欄。しかしやはり、こちらもティアとのリンクが切れており、アイテム共有が出来なくなっていた。

 

「な、なんだこりゃ……なんでおめぇとのリンクが切れてんだよ」

 

「やっぱり、久弥もなんだ……私も、久弥とリンクが切れてて、ステータスの確認もアイテムの共有も出来なくなってる……」

 

これが意味するところは、2人の結婚状態の解除だ。

結婚状態が解除される理由として挙げられるならば、もう一つしかない。

ティアは余程ショックだったのか、両目に涙を溜めながらジェネシスに問いかける。

 

「まさかとは思うけど………久弥、私と……」

 

「いやしてませんから!!間違っても離婚なんてしてねえから!!!」

 

ジェネシスはティアの言わんとしていることを察し、慌てて否定する。

 

「で、でもっ……じゃあなんで結婚状態が解除されてるの?」

 

ティアがジェネシスの両肩を掴んで詰め寄る。

 

「そ、そりゃあ………なんでだ?」

 

ジェネシスにも理由が分かるはずもなく、ただ首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

どうやら、結婚状態に異常が起きているのはジェネシスたちだけではなかったようだ。

 

宿に戻ると、そこには憔悴し切った表情で座るアスナと、やや落ち込み気味のキリトが戻っていた。

話を聞くと、彼らも結婚状態が解除されていたらしく、2人のリンクが切れてしまっていたようだ。

 

ジェネシスとキリトが話し合った結果、原因は恐らく七十六層に来てから頻繁に起きているシステムエラーによるものである可能性が高いという結論に至った。

というのも、SAOにおいて結婚の解除、即ち離婚をするにはパートナーの同意が必要であるのだが、ジェネシスとティア・キリトとアスナの2組とも、同意による離婚などした覚えは無い。

同意無しで離婚をするには、申請する側の持ち物を全て廃棄する、若しくは死別によってのみ離婚が成立するが、今回4人とも無くなったアイテムは一つもなかった為、一方的な離婚が成立した可能性も低い。

更に2人は、もう一度結婚申請を互いのパートナーに行ったのだが、どういう訳か申請が出来なくなっていた。

以上の理由から、今回の結婚解除はシステムエラーによるものであるという仮説が出たのだ。

 

ティアはショックのあまりテーブルに突っ伏してシクシクと泣き、オルトリアがその背中を優しく摩った。

 

「あのさ、今あんた達は結婚状態じゃ無くなってるのよね?

それってつまり……今久弥達はフリーってこと?」

 

するとイシュタルが不意にそう問いかけた瞬間、ティアがガバッと勢いよく起き上がる。

 

「ちょ、ちょっと!!人聞きの悪いこと言わないでよ!!全っ然フリーじゃ無いですから!!」

 

「でもさ、システム上はそうなっちゃってるんでしょ?残念ながら」

 

ティアは大声でイシュタルに叫んだが、イシュタルは淡々と返し、ティアも「そうだけど……」と小さく答える。

 

「でも例えば、他の人には結婚の申請とか出来るんでしょうか?」

 

「他の人に?成る程、それは試してなかったな……少しやってみるか」

 

シリカの提案に、キリトは頷きながら同意する。

 

「だ、ダメダメダメっ!他の人に結婚なんて絶対ダメ!!!」

 

それに対してアスナが必死に制止した。

キリトはなぜアスナがそこまで必死になるのか理解できず、単にシステムエラーであるかどうかの検証であることを説明するが、アスナは「それでもダメなの!」と一向に引かない。

そこでミツザネが、逆にティアやアスナが他の男性プレイヤーに申請してみてはどうかと提案する。

が……

 

「お待ちしてます!」

 

「……ダメだ、危険すぎる」

 

クラインは何か危ない香りがするので却下。

 

「あ、僕ですか?いいですよ……って」

 

「……………」

 

「……すみません、やっぱり僕は遠慮しておきます」

 

サツキは何故かハヅキが非常に怖い顔で睨んでくるので却下。

 

ミツザネはある意味最も信頼できるが、本人が「俺にはもう嫁がいるんだ!」と拒否した為却下。エギルも同様の理由で却下。

 

そしてヴォルフ。

 

「あ、俺?ええっと……」

 

ヴォルフは気まずそうにリズベットの方に視線を移すと、彼女は不安げな顔で彼を見つめていた為、これを拒否。

 

「……じゃどうすんのよ?」

 

イシュタルが呆れた顔で問いかける。

 

「じゃあ、パートナーを入れ替えてやってみたら?」

 

するとサチが4人にそう提案する。

つまり、ジェネシスがアスナに、キリトがティアに結婚申請をしてみてはどうか、と言うのだ。

 

「確かに、それが一番揉め事が起きなさそうだし。いいんじゃない?」

 

イシュタルも同意し、皆も賛成したようで早速試すことになったのだが……

 

「………」

 

「………」

 

ジェネシスとキリトは互いに気まずそうに見つめ合う。

 

「お、お前やれよ」

 

「は、はあ?!何で俺が!お前が行けよ!」

 

キリトとジェネシスはお互いやり辛そうに押し付け合う。

 

「あのな、人妻に結婚申請とかそんなNTR行為の趣味はねえよ」

 

「俺にだってねえよ!!」

 

2人はどちらがやるかで揉め合い始める。

そうして揉めること約三分後、話し合いの結果2人が同時に交互の相手に申し込むという妥協案に至り、実行に移された。

 

「んじゃあ、行くぞ……」

 

「ああ……」

 

ジェネシスとキリトはメニューを操作し、それぞれアスナとティアに結婚申請を送信する。

 

すると、アスナにはジェネシスから、ティアにはキリトから結婚の申請が送られた。

 

「ぁ、来ちゃった……」

 

「じゃあ、やっぱりこれはシステムエラーで確定ね……」

 

ティアとアスナは気落ちした様子で項垂れた。

結婚状態はそれぞれのパートナーとの、一種の絆の証であった。それが解除されてしまったというのは、やはり中々ショックであったのだろう。

 

だがそんな折、レイからある事実が告げられる。

それは、七十九層にある《祝福の儀式》というクエストの存在。今、ジェネシスとティア、キリトとアスナの結婚状態の値はシステムエラーによって壊れてしまっている状態にある。

そこで、異性2人が受けられるこのクエストをクリアする事で、彼らの絆を示す値が書き換えられ、結婚状態が戻る可能性があるのだ。

 

そこで4人は早速、そのクエストを受注することに決めた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

七十九層の町の中心部に、大きな教会が建っていた。

 

「なんか珍しいね、教会なんて」

 

ティアが目の前に建つ教会を物珍しそうに眺める。

 

「言われてみりゃ、確かに。西洋チックなクセに教会なんざ殆ど見たことなかったな」

 

ジェネシスも頷きながら答える。

レイの話によると、ここで例のクエストが受けられるそうなので、2人は早速中に入る。

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

ティアはゆっくりと中に入る。

しかし中には誰もおらず、ただ規則正しい金属の音が響くのみだった。

 

「あれ、この音って……」

 

ティアが聞こえてくる音の方向へ歩いて行くと、講堂を抜けて奥の方へ進むと扉があり、そこを開くと小さな工房があり、そこで神父らしき男性が作業を行なっていた。

 

『おや、お客様がいらっしゃいましたか。申し訳ありません。普段は工房に篭っているので気づきませんでした』

 

どうやらこの男性はNPCのようだ。彼の話によると、普段から彼はここで金属の加工をし、生活費を稼いでいるそうだ。

作っているのは武具やアクセサリー、そして指輪だそうだ。

 

「指輪を作っているんですか?」

 

『ええ。もし入用でしたらお作りしますよ?』

 

「で、でしたら是非お願いします!」

 

『かしこまりました。では、どのような指輪をご所望でしょうか』

 

ティアがそう頼んだ瞬間、神父NPCの頭上に「?」マークが出現した。クエストマークだ。

 

「えっと……対の指輪なんですけど」

 

『なるほど、対の指輪ですか』

 

神父NPCは了承すると、普通の指輪と特別な指輪、どちらがいいか質問する。

特別な指輪とは、この層の西部に生息するモンスターを倒せば手に入る素材を使う事で作成出来るそうだ。

 

「んじゃその素材、取ってくるんで」

 

『かしこまりました。では、道中お気をつけください』

 

ジェネシスが神父NPCにそう言うと、神父は丁寧に彼らを見送った。

 

教会から出た2人は早速七十九層西部の草原地帯に向かう。

すると、目的地に到着した瞬間彼らの前に体長約3メートルはある巨大なゴーレム型モンスターが出現した。HPバーは二本。

 

フィールドボスのようだが、今の彼らにとって大した敵ではない。2人は落ち着いて武器を手に取って構えた。

 

「あんま大したことなさそうだな。サクッと倒しちまおうぜ」

 

「うん。行こう、久弥!」

 

ゴーレムから振り下ろされた巨大な拳を、ジェネシスは大剣で容易く弾き飛ばし、その隙にティアが懐に飛び込んでその胴体をソードスキルで斬りつける。

 

「スイッチ!」

 

ティアの掛け声と共に今度はジェネシスがティアと入れ替わるように突っ込み、暗黒剣ソードスキル《ディープ・オブ・アビス》による超弩級の6連撃を浴びせる。

圧倒的な破壊力を持つ攻撃を受けたボスのHPは一気に削られ、既に1本目のバーはレッドゾーンまで減っている。

 

「次は私が行くよ!」

 

ティアは続けて赤く光る刀を携えてジェネシスと即座に入れ替わる。

そしてボスに接近するとそのまま凄まじい刀の斬撃を浴びせていく。抜刀術最上級スキル《緋吹雪》。アインクラッド史上最高峰の連撃数である39の斬撃がボスに襲いかかる。

 

立て続けに強力なソードスキルによる攻撃を受けたボスのHPはもう既に2本目のイエローゾーンに達していた。

 

「最後、お願い!」

 

「おうよ!」

 

威勢よくジェネシスは答えると、再び彼の大剣の刃に赤黒いオーラが発生し、そして瞬く間に肥大していく。

暗黒剣最上級スキル《ジェネシス・ディストラクション》

アインクラッド史上最大級の破壊力を誇る攻撃がボスに炸裂した。禍々しい赤黒い斬撃がボスの胴体を切り裂いていく。

 

ジェネシスの攻撃を食らったボスはその身をガラス片に変えて消滅した。

 

その後、2人は指定されたアイテムを持って教会に戻る。

 

『これは驚いた…もう持ってこられたのですか?!』

 

神父は大変驚いた様子で2人を見た。

 

「一体どうしたらこんなに早く用意できるのですか?」

 

ジェネシスとティアは一度顔を見合わせると、

 

「まあ………愛のなせる技、ですね」

 

ティアは得意げな顔でそう答えた。

 

「それは素晴らしい。では、そんなお二人に急いで指輪を用意いたしますね」

 

そう言って男は奥の工房に入って行き、作業を始めた。

そして約5分後。普通ならば加工がこんな短時間で終わるはずはないのだが、ここはSAOなのでむしろ当然の時間であると言える。

 

『お待たせしました、こちらが指輪になります』

 

神父は2人に出来上がった指輪を手渡した。

完成した指輪は装飾類などはほとんど無くシンプルなものであるが、薄い銀色でやや透き通っており、非常に美しい見た目をしていた。

 

「おお……」

 

「綺麗…!」

 

2人はその美しい指輪に思わず見とれていた。

 

『やはりお二人も、例の儀式をお受けになるのですか?』

 

神父の言う『例の儀式』とは、2人が受けようとしている《祝福の儀式》のクエストのことで、2人が受け取った指輪をつけたまま「禊の湖」「思い出の地」「絆の神殿」の三つを巡ることを言うそうだ。

 

「なぁるほど……まだ工程があったみてぇだな」

 

「でも、これで大きく前進できたよね。このまま頑張って進めて行こう!」

 

こうして、2人のクエストがスタートした。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

82層

 

ジェネシスとティアの2人は、ここ82層に次のクエスト「禊の湖」があることを知り、早速ここに足を運んだ。

 

「わぁ〜、綺麗な湖!!」

 

ティアは目の前にある美しい湖の景色を見て舞い上がった様子で走り回る。

湖の前には立て札が置いてあり、そこには『禊の湖』と書かれていた。どうやらやはり、ここが彼らの目的地であることに間違いはないようだ。

2人は早速指輪をはめて見るが、何も起こらなかった。

 

「ん?何か書いてあんな」

 

他に条件があるのか、確認のため看板を見ると、下の方に何かが書かれていた。

 

『清めのために衣服を脱いで湖に入らなければならない』

 

「……え?」

 

ティアはその看板を見て思わず目を丸くした。

 

「服を脱いでって……裸になれ、って事?」

 

「まあ……そうだろうな」

 

ジェネシスが頷くとティアは「えぇ……」とげんなりした表情を浮かべた。

 

「……クエストを進めるには、やるしかねえのか」

 

「そう、だよね…………ん〜〜っよし!」

 

ティアは意を決してズンズンと湖の方へ足を進める。ジェネシスもそれに続く。

 

「あの……向こう、向いてて?」

 

振り返って恥ずかしそうな顔で頼むと、ジェネシスはうなずいて回れ右をして視線を移す。2人は周りにプレイヤーがいないことを確認してメニュー欄を開いて装備を一つずつ解除していく。

 

「あうぅ〜……下着も外さなきゃならないなんて……」

 

羞恥心で一杯な様子のティアの声が響く。

だが2人は既にもうそういう事は済ませている身。

 

「(今更な感じもするがな……)」

 

「久弥、今更とか思ってるでしょ……」

 

「いや何でわかった?!読心術持ちか?!さてはニュータイプか貴様?!」

 

「久弥の考えてることなんてお見通しだよ。

大体、久弥とは、その………そういう事も暫くしてないし、私もすごく溜まって……じゃなくて、久弥に裸を見られるのってやっぱり恥ずかしいんだからね……?」

 

「お、おお……分かった。見ねえようにすっから」

 

ジェネシスは頷いて了承すると、ティアも納得したのか足を進める。『ジャブジャブ』という水の音が響く。

ひんやりとした水が自身の肌を覆っていく。そしてある程度入ると、ジェネシスはその場に座り込んだ。

 

すると、2人の指輪が光り輝き、水色の光を放って色が変化した。

 

「あっ……色が変わった!」

 

「お、おお……!やったな、成功だ………って」

 

ジェネシスは達成感を感じてティアの方を向く。

そして、ハッとした顔で固まった。

透き通った陶磁器のような、艶のある白い肌。胸周りと腰がふっくらと丸みを帯び、さらに腹部のくびれが強調している刺激的なボディライン。風にたなびく白い銀髪。

空の青さを反射して幻想的に輝く水面との景色もあいまって、ティアは正に女神の様相を醸し出していた。

 

「ぁ………」

 

ティアもその視線を感じてゆっくりと振り向き、そして表情が固まる。

 

「〜〜〜っ!見ないでって言ったのにー!!」

 

「………ハッ!す、すまん事故だ!」

 

ジェネシスは暫く見惚れてしまっていたが、ティアの声を聞いてハッと意識を取り戻して慌てて謝る。

 

「も、もう!!こうなったら……」

 

するとティアはズンズンとジェネシスの方に近づいていく。

ジェネシスは一発殴られるなと覚悟したが、ティアは次の瞬間思わぬ行動に出た。

 

ティアはジェネシスの背中に両腕を回して抱きついたのだ。

 

「お、おい雫サン?!」

 

「………お願いだから、少しこうさせて……」

 

ティアは小さな声でそう囁いた。

彼女は俯いたままジェネシスの胸板に頭を預け、その豊満な胸の双丘を押し当てている。

彼女の胸部の柔らかな感触と、そのしっとりとした素肌から彼女の温もりが直に感じられた。しかも今は互いに何も一糸纏わぬ姿。腹部あたりに押し当てられる柔らかい双丘の中心辺りにあるやや硬いもの、彼女の口から吐かれる熱を持った吐息がジェネシスの素肌を撫でる。

 

「ごめんね……でも、久弥のも見て、私………我慢が出来なくなっちゃって……」

 

ティアの言葉にジェネシスは何も言えなくなった。彼としても、久々に見たティアの裸体に何も感じなかった訳ではない。寧ろ自分の方こそこうしてしまいそうだったのを、彼の鋼の理性によってなんとか抑え込んだのだ。

 

「あ、あの……俺も、お前に、その………ちょっと見とれた」

 

ジェネシスは気まずそうに、そしてやや恥ずかしそうに頬を掻きながらそう告げる。

 

「っ?!」

 

次の瞬間、ティアはハッと目を見開き、そして彼に回した腕の力を強める。それによって2人の身体はより密着し、彼女の胸の双丘がさらに押し潰される。

 

「ひさや……」

 

ティアはゆっくりと顔を上げてジェネシスの顔を見る。

彼女の顔は紅潮しており、熱を帯びている。目はトロンとしており、既に発情状態にあるようだった。

 

「ダメだよ、久弥………そんなこと言われたら、私も我慢出来なくなっちゃうよ………」

 

ティアはゆっくりと顔を近づけていき、そして唇を打ちつけ合う。

 

「んっ………ねぇ、もうこのまま………」

 

ティアは彼の耳元で熱い吐息を吐きながらそう囁く。ジェネシスの理性がこれでもかと削られて、いよいよ保たなくなった時だった。

 

ジェネシスの索敵スキルに反応があった。プレイヤーが近づいてきているようだ。

 

「や、やべえ!人が来る!雫!!あがって服着ろ服!!」

 

ジェネシスは慌ててティアの腕を解いて陸に上がり、装備を元に戻していく。

 

ティアは腕を解かれて「ぁ……」と切なげな声を出してジェネシスの後ろ姿を悩ましげな視線で見た。

そしてティアも言われた通りに陸に上がり、装備を戻していく。

 

下着を身につけ、胸元の開いたニット、ジーパン、そして白マントをタップして戻していく。

 

「はぁ……危ねえ」

 

ジェネシスは安堵のため息を吐いてティアの手を取って歩き出す。

 

「まあ、何とかクエストを進められたな。一歩前進だ」

 

ジェネシスはうんうんと頷きながら言う。しかしティアは何も発さない。目線はボーッとしており心ここにあらず、という感じだ。

 

「おい、雫?」

 

「………うん……そうだね……このまま進めよう」

 

ティアは目線を合わせずに頷く。

ジェネシスはティアの様子を見て訝しんだ表情を浮かべたが、気にせずに街まで戻る事にした。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
書き終えて一言。

大 丈 夫 だ ろ う か こ れ

R-18に引っかかってるかなこれ?ギリギリ?
とりあえず直接の表現はしないように気をつけたのですがね……書いといて何だけどすごく不安。
じゃあ書き直せよって言う話ですけどでもその気力も無いから。。祈るしかない。

そして今回のお話を踏まえて、今度R-18の方で『ティアの自慰行為』的なのを書こうかなと考えてるんですが見たいと言う方いますか?いましたら感想欄なんかでリクエストをしてくだされば。

では、次回もよろしくお願いします。


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七十話 祝福の儀式2〜思い出の地・絆の神殿〜

どうも皆さん、ジャズです。
今回で祝福の儀式は終了です。


その日、ジェネシスとキリトは八十三層の町外れにある湖畔に来ていた。というのも、ここはかつて彼らが休暇中に過ごした二十二層に非常に似ていたのだ。

 

そこで二人は見つけてしまった。湖畔に立つ、一軒のログハウス。かつて彼らが住んでいた家と同じような、質素かつシンプルであるが、どこか家庭的で温かな雰囲気のあるログハウス。

 

「ここ、いいなぁ〜」

 

キリトがそのログハウスを見つめながら懐かしそうに微笑んで言った。

ジェネシスも同じ事を考えており、目の前のログハウスをじっと見つめる。

 

「……なぁキリト。俺もこのログハウス、結構いいと思ってる」

 

ジェネシスがそう言うと、キリトは「へえ」と目を細め、ジェネシスの方を見る。

 

「俺も、このログハウスが欲しいって思ってるぜ」

 

「はっ、どうやらてめぇとはここで決着をつけなきゃいけねえ見てえだな…」

 

ジェネシスはニヤリと笑って右拳を突き出す。

 

「上等だぜ、行くぞジェネシス!!」

 

キリトもそれに便乗して右手を差し出す。

 

「「じゃんけん……ぽん!」」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょおぉぉ……」

 

その日の夜、ジェネシスは七十六層の宿にある食堂で悔しげに項垂れていた。

あの時、じゃんけんに負けたのはジェネシスの方だったのだ。従ってあのログハウスにはキリトとアスナが住む事になったのだ。

 

「そんなに落ち込まないで、久弥。私は大丈夫だから」

 

そんな彼の背中を優しく摩って宥めるティア。

 

「……で、あいつはなんであんなに落ち込んでるの?」

 

「ティアさんのためにログハウスを用意しようとしたらしいんですけど、どうやら同じ事を考えてたキリトさんに負けちゃったそうで……」

 

後ろからそれを眺めるイシュタルの疑問にシリカが苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「なるほど、つまりサープラーイズが失敗してドゥーン状態にあるわけですね」

 

「まあそう言う事になるわね。ならカツ丼でも食べさせとけばいいんじゃない?」

 

「イシュタル、それカツ丼じゃない。カ◯ミ丼」

 

オルトリアが成る程と頷き、イシュタルが肯定しつつそう提案し、サチがその提案に対し冷静にツッコミを入れる。

 

「クソァ………」

 

「いいんだよ久弥。私はこうしてみんなと過ごす方が好きだから」

 

「……そうか?ならいいんだがな」

 

ティアの励ましを受けてゆっくりと起き上がるジェネシス。

その後、二人は二階に上がって宿部屋に戻っていく。

 

「さてと、そんじゃ風呂にでも入ってくるわ」

 

ジェネシスはそう言って宿部屋に備えられた風呂場の脱衣所に入っていく。赤と黒の装備を解除し、ボディタオルを持って風呂場に入る。

シャワーのレバーを引いてお湯を出し、霧雨状のお湯が身体に降り注ぐ。ゲーム内での風呂はステータス等に影響が出るわけではないが、しかし気持ち的に風呂はかなり有効だ。

 

ジェネシスがボディソープを手に取って泡立てようとしていたその時だった。

 

風呂場のドアが『ガチャリ』と開かれ、中に一人の女性が入ってくる。

 

「お邪魔するね、久弥」

 

中に入って来たのはティアだった。

彼女は身体にバスタオルを巻いた姿でゆっくりとジェネシスに歩み寄る。

ジェネシスの方は突拍子も無いティアの行動に思わず固まってしまい、近づくティアを凝視してしまっている。

 

「ふふっ、驚いた?まあびっくりするよね。でも、私たち夫婦なんだし、偶にはこう言うのもいいかなって思って……」

 

ティアはうっすらと笑みを浮かべながらジェネシスの左後ろに膝をついてしゃがみ込み、その耳元に顔を近づける。

 

「……今日は、私がひさやを洗ってあげるね」

 

小さく、蠱惑的な笑みと声で囁く。しっとりとした両掌でゆっくりとジェネシスの背中を下から撫で回していく。

そこでジェネシスはハッとした顔になり、慌ててその場から飛び退き、タオルを自身の腰に巻く。

 

「お、おまっ……何やってんだよ!」

 

ジェネシスは恥ずかしいそうに頬を赤らめながら叫ぶが、ここでティアが更なる行動に出る。

ティアは自身の胸元あたりに手をかけ、バスタオルの巻目に指を入れて、そして解く。

するとティアの胸元から腰あたりまでを隠していたバスタオルがハラリと取れ、床に落ちる。

そしてティアの乳白色の素肌、キュッと締められたウエストとふっくらとした胸、腰が露わになった。

 

「な、なんでタオル取ってんです?!」

 

「だって、私たちもう全部見せ合ってるじゃない。久弥だってこの間言ってたでしょう?今更だ、って」

 

ティアは悪戯な笑みを浮かべながらジェネシスにひたり、ひたりと足音を立てて歩み寄る。

そしてジェネシスの前でしゃがみ込み、彼の両肩に手を回して上目遣いで問いかける。

 

「ねぇ………いいでしょ?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

観念したジェネシスは風呂場のバスチェアに座ってじっと固まる。

その背後でティアが楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、自身の両手にボディソープをつけて泡立たせる。

 

「それじゃ、行くね」

 

ティアは泡塗れになった掌をジェネシスの背中にピトッ…と貼り付け、そのまま背中一杯を塗りつぶすように擦っていく。

ティアの手がついた瞬間、ひんやりとした感覚が背中に伝わりジェネシスは一瞬ピクリと反応する。

 

「ちょ、なんで手で洗ってんだよ?」

 

「え〜?だって、ボディタオルなんか使ったら久弥の肌にキズがついちゃうもん。綺麗な肌なんだから、キズをつけちゃダメなんだから」

 

「いや、現実なら兎も角ここはゲームだから……」

 

「むぅ、とにかく私は手で洗うんだからね!」

 

ティアは頬を膨らませて更にジェネシスの背中に泡を塗りたくっていく。背中が終われば次は両肩に行き、腕を擦っていく。

腕が終わると、続いて首元、更に脇下から手を回して胸部、腹部を洗っていく。

 

「ふふっ……はぁ……ひさや、逞しいね……」

 

ティアはうっとりとした表情でジェネシスの身体を洗っていく。

 

「それじゃあ次は……ここを洗うね……」

 

そしてティアはゆっくりとジェネシスの下腹部に手を伸ばしていく。

 

「待て待て待てえぇい!!そこは自分で洗うから!大丈夫だから!!」

 

そう言ってジェネシスは慌ててティアの手を振り解き、素早くボディタオルに石鹸をつけてそのまま下半身を洗っていく。

それをティアは「あっ……」と切なそうな顔で見つめる。

 

「……悪い、でも助かった。その、なんだ……また、頼むわ」

 

「……うん、分かった」

 

ティアはジェネシスの言葉を聞くと、少し残念そうな笑みを浮かべて頷く。

 

するとここで、二人の指に嵌められた指輪が輝き、薄いエメラルドグリーンに色が変化した。

 

「あれ、色が変わった!」

 

「二つ目のクエストは確か『思い出の他』……そうか、ここで風呂に入って思い出を作ったからクエストが進んだってことか」

 

ジェネシスの説明にティアは「なるほど」と頷く。

 

「ふふっ、この調子で進めて行こうね」

 

「ああ」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

その数日後、ジェネシスとティアは自身のクエストログが更新されているのを見つけた。

そのログが示しているのは、八十六層の迷宮区の北側だった。

 

「久弥、これって……」

 

「ああ、『絆の神殿』。このクエストの最後の段階だな」

 

ジェネシスはティアの言いたい事を察して頷く。

 

「……ようし!行こう、久弥!!」

 

「おうよ。とっととクリアして、このエラーを戻そうぜ」

 

二人は頷き合うと、準備を整えて八十六層へと足を進める。

 

八十六層に転移した彼らはそのまま真っ直ぐクエストログが示す座標まで向かう。

 

座標に近づくと、周りの風景が一変した。

大きなドーム状の洞窟の天井に、まるでプラネタリウムのような星空が広がっていた。 

 

「わぁ……すごい…!」

 

ティアは星空を見上げて感激した声を上げた。

ティアやジェネシスが現実で暮らす都会では恐らく決してみられないような、満天の星空。

 

「こりゃ凄えな…」

 

ジェネシスも思わず感激した様子で頷く。

恐らく現実でも滅多に見られないような美しい星空が広がっていた。

 

「ねぇ、いつか現実に戻ったらさ……星を見に行こう?」

 

「ああ。天体観測、やるか」

 

「うん!」

 

二人はそう約束を交わすと、星空を堪能しながら洞窟の中を進んでいく。

 

しばらく進むと、洞窟を抜けて一風変わった部屋に出た2人。

そこは几帳面に並べられた木の椅子があり、部屋の奥には大きな十字架が飾られている。そこはまるで、教会のようだった。

 

「奥にあるのは…祭壇か?」

 

「という事は、あそこで“儀式”を行うのかな?」

 

ティアがそう疑問符を浮かべながら奥の祭壇へ足を進めると……

 

『絆の神殿を訪れし者達よ』

 

突如どこからか、柔和な女性の声が響いた。

 

『汝、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、これを愛し、これを救い、これを慰めこれを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?』

 

続けて聞こえてきた声に、ジェネシスは「ん?」と首を傾げる。

何せ、この問答はどう考えても結婚式で神父が夫婦に問いかける言葉だからだ。

 

「はい、誓います!」

 

するとティアは迷うことなく、一呼吸置いてそう答えた。

それを見たジェネシスも咳払いを入れてから同じように「ち、誓いますっ」と宣言する。

 

『……いいでしょう。では、その絆を示しなさい』

 

「……え?」

 

その時、2人の前に騎士型のモンスターが出現した。

巨大な大剣を構え、2人にジリジリと詰め寄る。

 

『汝らの愛と絆を、その騎士に示しなさい』

 

再びあの柔和な女性の声が、ジェネシスとティアの2人に試練を課した。

 

「何でただの結婚式でこんな試練が来るんですかねェ」

 

ジェネシスは目の前に出現したモンスターを見て嘆息しながら大剣を引き抜いた。

 

「ふふっ、でも私達の絆を試そうって言うなら…簡単な試練だよね」

 

対してティアはやや楽しそうに左腰から刀を引き抜き、構える。

 

「はあ……仕方ねえ。サクッと片付けるぞ」

 

「うんっ!」

 

ジェネシスの言葉にティアは力強く頷き、そして同時に飛び出す。

 

銀色の騎士から振り下ろされる大剣をジェネシスが軽々と受け止め、その隙にティアが刀スキル《浮舟》で横腹を抉るように斬り付ける。

さらにジェネシスが暗黒剣スキル《ブランディッシュ・イーター》の連撃を叩き込み、一気にHPを削り取る。

さらにティアが抜刀術最上級スキル《飛閃一刀》を発動し、刹那の動作で抜刀し強烈な斬撃を放った。

 

更にジェネシスが暗黒剣最上級スキル《ジェネシス・ディストラクション》による史上最大級の攻撃を放ち、銀色の騎士を滅多斬りにしていく。

 

銀色の騎士は圧倒的な戦闘力を持つ2人の前になす術もなく撃破され、その身をガラス片に変えて消滅した。

 

一瞬のうちにボスを片付けた2人は各々の武器を収める。

 

「これで戦闘は終わりだけど……何も起きないね?」

 

ティアの言う通りボスは倒したものの、特に何も変化は起きなかった。これまでなら、イベントが進むたびに指輪が光っていたのだが、今回はそれが無い。

モンスターを倒すだけでは無く、あと一つ何かが必要なのかもしれないと、ジェネシスは考えこむ。

 

「………ねえ、久弥…」

 

するとティアが何かに気づいたのか頬を赤らめながら呼びかける。

 

「これが結婚式って事は、さっきのが誓いの言葉だとして次にやる事って………」

 

「あっ……」

 

瞬間、ジェネシスもティアの言いたい事を察した。

彼自身、一種の確信のようなものを持って、ティアを抱き寄せる。するとティアは「ぁ……」と切なげな声を上げてジェネシスの顔を潤んだ瞳で見上げる。

 

「久弥……愛しています……」

 

「………俺もだ」

 

瞬間、2人は唇を打ちつけあった。

 

『汝ら、神の前に於いて夫婦の誓約をなせり』

 

キスを交わした瞬間、再びあの女性の声が響いた。

 

「おっ…!」

 

「合ってたんだ!」

 

無事クエストが進行したことに喜ぶ2人。

 

『故に、神の名に於いて汝らの夫婦たる事を宣言す。神の会わせ賜し者は、人これを離すべからず』

 

次の瞬間、巨大な鐘の音が鳴り響く。

 

『祝え。2人の新たなる門出である』

 

そして2人の指輪が光り輝き、エメラルドグリーンから銀色のシンプルな、そして光沢があり高級感のある指輪に変化した。

 

「指輪が、変わった……!」

 

ジェネシスがそれを見て思わず呟き、そしてティアがハッとした顔でメニュー欄を開き、歓喜の笑みを浮かべる。

 

「……戻ってる…久弥のステータスも、アイテム欄も久弥とのリンクが戻ってる!」

 

「おお!やっぱこっちの方が落ち着くな」

 

「よ、よかったぁ〜!」

 

ティアが安堵したように地面に思わずしゃがみ込む。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

2人は手を繋いで、八十六層の道を戻っていく。

 

「それにしても、あの声ってどこか聞き覚えがあったよね」

 

ティアの言うあの声とは、儀式の際に流れた女性の声のことだ。

 

「なんか、ジャンヌの声に似てたよね?」

 

「ジャンヌか……あいつ、なんか聖職者染みてるし違和感もねえよな」

 

「ふふっ、ジャンヌが仲人さんかぁ〜…たしかにすごく似合ってるね!」

 

だがジェネシスは「そうだな」と頷きつつも、頭では別の人間が思い浮かんでいた。

それは、影で自分達を支えてくれている謎多き女性。ジェネシスには彼女の声に聞こえたのだ。

 

「それでね、久弥…」

 

すると唐突に、ティアがジェネシスに対して切り出す。

 

「ちょっと、2人で出掛けない?」

 

「出掛けるって……どこに?」

 

「だから、その………ね?」

 

ティアはつまり、『新婚旅行みたいなのがしたい』と言うのだ。

ここ最近、2人でゆっくり過ごす時間もう無かったので、この機会に2人でのんびり過ごしてはどうか、と提案した。

 

「……いいな、それ」

 

「本当?!それじゃついてきて!一緒に見たい景色があるの!!」

 

ティアは大喜びして、大変楽しそうにジェネシスの手を引っ張って歩き出した。

その後2人は様々な場所に出向いた。満面の桜吹雪が舞う道、青と緑のコントラストが美しく映える湖畔、色鮮やかな花が無数に咲き乱れるフラワーガーデン……ゲームの中ならではの絶景を、2人は堪能した。

 

そしてその日は、七十九層にある和風の温泉旅館に宿泊した。

温泉に入り、2人は宿の部屋に戻る。

 

「はぁ〜…今日は本当に楽しかったね!」

 

「ああ……まあめちゃくちゃ歩き回ったからちと疲れたが……」

 

布団の上ではしゃぐティアに対し、苦笑いを浮かべながらぐったりするジェネシス。

 

「あはは、それはごめんね?でもすごく楽しかったんだもん♪

それで、この後どうしようか?」

 

「そうだなぁ………」 

 

ジェネシスが両腕を頭の後ろに組みながら布団に寝そべると、ティアがジェネシスに擦り寄り、抱きつく。

 

「ふふっ♪」 

 

ティアはどこか嬉しそうにジェネシスに身を寄せる。

彼女の顔は紅潮し、口から放たれる吐息には熱が篭っている。

 

「ねえ………最近こう言うこと、してなかったよね?」

 

ジェネシスはティアの望んでいる事がなんなのかを察し、やや頬が赤く染まる。

 

「ひさや………もう貴方が欲しくて欲しくて堪らないの…………だから……いいよね?」

 

そしてティアはゆっくりと、自身の唇をジェネシスに打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。前回のR-18が中々の反響でかなり手応えを感じているジャズでございます。

そしてこの後は、待ちに待ったジェネティアのR-18回でございます。
すんごいのをお届けする予定ですので、どうぞお楽しみに。

では、また次回!

そして最後に。ジェネシスくん、ティアさん……
ゆうべは おたのしみ でしたね▼


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七十一話 おっ◯いグランプリ

こんばんは皆さん、ジャズです。
本編書くの久々な気がする……


「パパ、パパ」

 

 ある日、ジェネシスが宿の食堂で1人コーヒーを嗜んでいると、レイが近づいてきた。

 

「突然なんですが……男の人って、みんな女性の胸が好きなんですか?」

 

 レイがそう問いかけた瞬間、ジェネシスは思わずコーヒーの入ったマグカップを地面に落としてしまった。

 まだ無垢な愛娘から発せられた突拍子もない質問に、ジェネシスは頭が真っ白になってしまったのだ。

 

 そしてそれは、彼の隣に座るキリトも同じで慌てて問いかける。

 

「れ、レイ?!な、なにを言い出すんだ?!」

 

「この間、ユイからこんな事を聞いたのです……」

 

 そしてレイは語り出した。

 先日、クラインが女性プレイヤーの胸元を遠目から見つめていたのが気になったユイが彼に問いかけると、「男性はみんな女性の胸が好きなんだ」と言ったそうだ。

 それを聞いたユイは何故男性が女性の胸に惹かれるのか気になり、独自に調査を行おうという話になったそうだ。その調査内容というのが、『身近にいる女性プレイヤーの胸部に触れてみる』というものだった。

 

「あ……そういえばそんな事もあったな……」

 

 事情を知っているキリトが気まずそうに目頭を押さえる。

 どうやらその時はアスナ・リズベット・シリカ・リーファ・フィリア・シノンがターゲットとなったらしい。

 

「いや何で止めなかったんだよ」

 

「すまん、俺には娘の暴走を止める力は無かったんだ……」

 

 ジト目で問いかけるジェネシスにキリトは力なくうなだれた。

 すると、宿の扉が空いて女性プレイヤーの集団が入って来た。

 帰って来たのは、今日ショッピングに行っていたティア・イシュタル・サチ・ツクヨ・ハヅキ・オルトリア・ジャンヌの7名。

 

「たっだいまー!」

 

「はあ、今日はたくさん歩き回って疲れたよ…」

 

 ティアが楽しげな顔で食堂に戻り、サチが疲れ切った様子で続く。さらに他の女子メンバーも続いて食堂に戻った。

 

「えっちゃんさんが洋菓子店のショーケースにずっと貼りつくから、中々進まなかったですよね」

 

「む……それを言うならハヅキちゃんだって割と食べ歩きしてたじゃないですか」

 

「そ、そんなに食べてないですよ私?!」

 

 ハヅキが苦笑しながらオルトリアの方を見ながら言うと、彼女もハヅキをジト目で見ながら反論した。

 

「あとイシュタルが宝石店でかなり長く滞在していたのう。それこそ30分はいたのではないか?」

 

『イシュタルさんは宝石が本当にお好きなのですね』

 

「ちょっと!私が宝石に目がないその辺のセレブと一緒にしないでよね!私の場合は宝石が無いと戦えないから集めてるだけで……」

 

 

 イシュタルの宝石好きっぷりにツクヨがため息を吐きながら言い、当のイシュタルは自身が宝石を集める理由を弁明する。

 そんな彼女達をジェネシスはやれやれと首を横に振りながら苦笑し、コーヒーを啜った。

 

「パパ、パパ」

 

 するとレイがジェネシスを呼び、問いかける。

 

「パパはこの中で、誰の胸部が一番好きですか?」

 

「ぶっっ⁉︎ 」

 

 その瞬間キリトが思わず吹き出し、女子達の空気がピシリ、と音を立てて固まった。

 

「え……き、胸部?」

 

「だ、誰のが一番って……」

 

 イシュタルが目を丸くし、サチが困惑した顔で呟く。

 

「ね、ねえ久弥?私がいない間、レイに何を教えてたの?」

 

 するとティアが鋭い目つきと威圧感のある声でジェネシスに問いかける。

 

「ま、待て落ち着け! そもそもの元凶はクラインだ!」

 

「クラインが……?」

 

 そしてキリトとジェネシスが事情を全て説明し、そしてレイがユイからその事を聞いたことで興味を示したという事を話した。

 全てを聞き終えた女性メンバー達は同時にため息をつく。

 

「まったくあいつは……」

 

「奴が帰ってきたら蜂の巣にしてやりんす」

 

 頭を抱えてやれやれと呟くイシュタルと、鋭い殺気を放ちながら苦無を手に取るツクヨ。

 

「それで、パパは誰の胸部が一番お好きなのですか?」

 

「だ、誰ってな……そりゃあ俺はまあ………」

 

 ジェネシスは気まずそうにチラリとティアの方に視線を移す。

 

「あ、あう………久弥ってば……」

 

 ティアは恥ずかしそうに頬を赤らめながら両腕を胸の前で交差させた。

 

「むむむ……パパはママの胸部が好きなのですか………

ママ、少し失礼しますね」

 

 するとレイがティアの元に歩き出し、そしてその華奢な腕を伸ばし、その小さな手をティアの胸の谷間に差し込む。

 

「えっ……ひゃあああっ?!ちょ、ちょっとレイ?!どこ触って……」

 

「はわぁ……とっても……ふわふわです!」

 

 ティアは胸を揉まれて素っ頓狂な声をあげ、レイは彼女の胸の感触に目を輝かせた。

 

「おっ、そうだな」

 

「ちょっと久弥ぁ?!」

 

 ジェネシスはうんうんと頷いてレイの報告に同意し、ティアは目を見開いてジェネシスの方を見る。

 

「次は……オルトリアさんです」

 

「ほえ?……ひゃう!」

 

 レイはトコトコと走ってオルトリアの方に向かい、彼女の胸部アーマーの隙間に指を差し込む。

 

「オルトリアさんは、とってももちもちしてますね!」

 

「も、もちもち……」

 

 レイの感想にジェネシスが思わずそう呟き、それに対してオルトリアがジト目でジェネシスを睨んでいた。

 

「ハヅキさんは……凄そうですね……」

 

 次にレイはハヅキの方に向かい、遠目から見てもかなりなものであるその胸部に服の上から触れる。

 

「ひゃうっ?!」

 

「わあぁ……思った通り、すごい情報量です!!」

 

 レイは感激した様子でその感触を告げ、ハヅキは「ふえぇ……」と恥ずかしそうに頬を赤らめて地面に蹲み込んだ。

 

「成る程……これはユイが興味を持つのもわかりますね。調べれば調べるほど、興味が湧いてきます!」

 

 レイは好奇心が刺激されたのか、少し興奮気味に呟くと、次のターゲットを定めて走り出す。

 続いてレイの標的になったのは、ジャンヌ。

 

『んなっっ?!ちょ、お待ちください!私は主にこの身を捧げた身、その様な事は決っして許される事では……ふにゃあああああっ!!』

 

 ジャンヌは慌ててレイを引き留めようとするも、彼女を止めることが叶わずその胸に手を伸ばされ、そして揉み解された。

 

「ジャンヌさんのは、とっても暖かくて気持ちいいですね!」

 

『あうう……主よ……どうか私にお慈悲を……』

 

 ジャンヌはレイから背を向けると、地面に膝をついて十字架を手に持つと、懺悔するかのように祈りを捧げていた。

 そしてレイがターゲットにしたのは、サチだった。

 

「あひゃあ?!ちょ、レイちゃん?!」

 

 レイはサチの後ろから近づいていたので、彼女は完全に不意を突かれて嬌声をあげた。

 

「サチさんのも、意外とふんわりしていますね!」

 

「ちょっと!意外と、ってどういう事?!ねえ?!!」

 

「つまり……そう言うことね」

 

「サチさんって、いわゆる隠れ巨……」

 

 レイの言葉にサチが突っ込み、さらにレイの発言でティアが成る程とうなずき、ハヅキがとある言葉を口にしようとしたところでサチがその口を塞いだ。

 そんなサチをよそに、レイは次なるターゲットに向かって走る。その相手となったのは、ツクヨ。

 

「おい、待てレイ!そいつだけはダメだ!!ぶっ飛ばされるぞ!!」

 

 ジェネシスが慌てて引き留めようとするも、その時にはすでに遅く、レイは既にその手をツクヨの胸部に伸ばしてしまっていた。

 『ポニュッ…』という音が聞こえそうな弾力がレイの手に掴み取られる。レイはその小さな手でツクヨの胸部をつかんでしまった。

 それを見てジェネシスを始め一同は顔を真っ青にしていた。かつてとある事故でツクヨに投げ飛ばされた経験のあるジェネシスは、もしレイが同じようなことをしたら、レイに恐ろしい事態が起きる事を想像してしまった。

 

「ツクヨさんのは、とっても柔らかくて気持ちいいですね!」

 

「ほう、そうか。まあわっちのはそこそこあるみたいだがのう」

 

 皆の不安に反してツクヨは柔和な笑顔でレイに対して答えた。皆は思わぬツクヨの対応に固まってしまう。

 

「全く……わっちがこのような娘相手にそのような大人気ない事をするはずがなかろうに。そも、同性から触られたくらいで何を慌ててあるのじゃ主らは」

 

 呆れた顔でツクヨは皆に対して言った。

 そして最後、レイが標的にしたのは……

 

「では最後に、イシュタルさんです!」

 

「ちょ、ちょっと!私までやるの?!」

 

 未だレイの検証を受けていないイシュタル。

 イシュタルはやや後退りして逃げようとするも、その両腕をガシッと拘束する者達がいた。

 左右から腕を拘束する、イシュタルの幼馴染みのティアとオルトリア。

 

「凛ちゃん、ここは腹を括ろうね?」

 

「貴女だけ検証を受けてませんから。大丈夫です、みんな揉まれたら怖くない、です」

 

「レイちゃん、ゴー!!」

 

 ティアの掛け声を受けて、レイは「はーい!」と威勢よく答えて走り出し、その胸に触れた。

 

「んひゃあっ?!」

 

 イシュタルはくすぐったい感触に思わず嬌声が上がる。

 

「イシュタルさんのは、とってもすべすべですね!」

 

「ぐっはぁ?!」

 

 レイの純真無垢なコメントがイシュタルにはどうやら地雷だったようで、イシュタルはクリティカルヒットを受けて地面に崩れ落ちた。

 

「すべすべ、ね……」

 

「そっか……イシュタルさんはそんなにないのか……」

 

 それを聞いて安心したように、若干勝ち誇ったような笑みを浮かべるサチとハヅキ。

 

「お騒がせしました。検証にご協力いただき、ありがとうございました」

 

 レイは一頻り女性メンバーの胸を探究し終え、皆に一礼をした。

 

「それで、どうですか?パパ。私のレポートは参考になりましたか?」

 

「さ、参考ってなぁ……」

 

 レイの言葉にジェネシスはただ困惑し、答えづらそうにしている。それに対して女性メンバー全員は『ここまで来たら言え』とばかりに、ジェネシスに対して無言の圧力をかけている。

 ジェネシスは少し考え込んだ後、ゆっくりと息を吸って切り出す。

 

「……いいか、レイ。男ってのはな、女性の胸なら誰のでもいいわけじゃあねえ。

好きな女の胸が好きなんだよ!!」

 

「え、ええぇぇぇぇーー?!」

 

 レイはジェネシスの言葉を聞いて目を見開いて叫んだ。

 

「つ、つまり…パパはママの胸部が一番好きって事ですか?!」

 

「そうだよ!つまりそう言ってんだよ!」

 

「何言っちゃってるの久弥あぁぁぁぁ!!!」

 

 レイの聞き返しに対してジェネシスはもうヤケクソ気味になって答え、恥ずかしさのあまりティアがジェネシスを殴りつけた。

 するとそこへ……

 

「あんた達も餌食になったのね……」

 

 リズベット達が同情じみた視線でティア達を見つめながらやって来た。

 アスナ達も以前、ユイから同じような被害にあっており、一悶着あった者達だ。

 

「本当にご愁傷様ね、あんた達」

 

 やれやれと首を振りながらシノンは言った。

 リーファやシリカ、フィリアもうんうんと頷く。

 

「……とりあえず、私たちのやる事は決まったわね」

 

 ティアが鋭い眼光を放ちながら皆に告げると、全員同意して武器を手に取った。

 キリトとジェネシスは苦笑いを浮かべながら、あの無精髭の侍に対して静かに祈りを捧げた。

 

 

 数十分後、宿の食堂にクラインがやって来た。

 

「よう、もう全員揃ってたのか」

 

 クラインはいつもの軽い調子で皆に手を振りながら食堂に入る。

 するとキリトとジェネシスがゆっくりと立ち上がり、彼の両腕を左右から拘束する。

 

「お、おい?なんだ、何すんだよおめぇら?」

 

「クライン、残念だが俺たちはお前を救ってやれない」

 

「グッバイ、クライン……お前のことは、忘れねぇぜ」

 

 クラインに対して別れの挨拶を交わすジェネシスとキリト。そんな彼らへジリジリと歩み寄る女性陣。

 

「クライン…………

 

 

 

 

 

 

悔い改めて」

 

瞬間、女性陣の攻撃がクラインに向けて炸裂した。

 

 

「ンギャアァァァァァ───────!!」

 

「クラインが死んだ?!」 

 

「この人でなし!!」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ホロフラ編で個人的に一番好きなイベントをやらせていただきました。
感想欄で少し文の書き方に指摘を頂いたので、今回それを実践してみました。如何だったでしょうか?
さて、次回はどうしようかなあ〜……

では、次回もよろしくお願いします。


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第七十二話 番外編「そーどあーとおふらいん〜ふたりのくろのけんし〜」

前回の投稿から1ヶ月が経ち、しかも勝手ながら鍵をかけてしまい読者の皆様にはご不便をおかけしてしまい誠に申し訳ありませんでした。
鍵をつけたのはとある複雑な事情がありまして……本当にすみません。そして今後はこの形でお届けしたいと思います。何卒よろしくお願いします。



────この本によれば、英雄になれなかった男《ジェネシス》は、運命の悪戯によって出会うはずのなかったものたちと出会い、デスゲームを戦い抜いていくのであった。

これは、誰も見たことがない《2人の黒の剣士》とその仲間たちが紡ぐ物語である───

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

 

 

 

 

 

「「七十話突破記念!『そーどあーとおふらいん〜2人のくろのけんし〜』ーー!!」」

 

ティア「はい、と言うわけで読者の皆さんこんにちは!いつもこのお話を読んでくださってありがとうございます!

今回は七十話突破記念と言うことで、これまでのお話を振り返りながら様々な事をぶっちゃける回にしたいと思いまーす!

司会はこの私、正ヒロインのティアと…」

 

サクラ「私、BBちゃ……もとい、サクラがお送りして行きまーす!!イェーイ!」

 

ティア「尚、今回は完全ギャグパートという事で、台本形式でお届けします。ご了承ください」

 

ティア「それでは,ゲストのご紹介です!先ずはこの方!

私の永遠のヒーローにして生涯の伴侶、《暗黒の剣士》ことジェネシスさんでーす!」

 

ジェネシス「えっと……何これ」

 

ティア「え?久弥聞いてなかった?今回はギャグパートだって作者さんが言ってたよ?」

 

ジェネシス「オォウ…ジャァズ……」

 

サクラ「お父さんその辺で。作者さんは某破壊大帝さんに上下半身真っ二つにされた副官じゃありませんから」

 

ティア「『このジャズが聞こえた時がお前の最期だ!』」

 

サクラ「デブリ帯で戦う特殊なMSに乗ってるパイロットでもありません!

……えー、コホン。では気を取り直して、続いてのゲスト紹介に移ります。この方です!!」

 

キリト「ええっと……なんで俺?」

 

サクラ「なぜも何も、貴方はなんと言ったって原作の主人公ですから!キリトさん無くしてSAOは語れませんよ!

なので、よろしくお願いします」

 

キリト「そ、そうか……そういうことなら、まあよろしく」

 

サクラ「そして最後に。本日は別作品からスペシャルゲストが応援に来てくださっています!!」

 

ジェネシス「別作品?」

 

キリト「スペシャルゲスト?」

 

サクラ「はい!この方です、どうぞ!!

 

 

 

 

 

???「ウエェェェェェェイ!!」

 

ジェネシス「うわっ?!なんか雫のちっちゃい頃の見た目(黒髪ver)みたいなのが入って来た!」

 

キリト「しかも何かいきなりテンションがおかしいし!!」

 

ティア「えっと、サクラ?この子はもしかして……」

 

サクラ「はい、この方は本作の原点ともいえるジャズさんの短編作品『SAO HR〜深淵の巫女の日常〜』から来てくださいました!

では、改めて自己紹介をどうぞ!」

 

???「はい!皆さんどうも!チェン・チャンチョンです!!」

 

キリト「だれ?」

 

???「という冗談は置いておいて置いておいて、改めまして皆さんどうも!みーんなのアイドル、ゼロちゃんだよっ♪」

 

ジェネティア「「帰れ」」

 

ゼロ「ひっっど?!来て早々帰れなんてスペシャルゲストに言うことじゃありませんよ?!」

 

ジェネシス「ふっざけんな!これのどこがスペシャルゲストだ!!」

 

ティア「こんなのゲストじゃない、下衆な人間略して下衆人(げすと)よ!!」

 

ゼロ「ええぇ?!そんなに言われなきゃダメですか私?!

酷いですよジェネシスさ〜ん!私たち、あっちであんな事やこんな事をした仲じゃないですかぁ〜!!」

 

ジェネシス「誤解を招く言い方すんな!!」

 

キリト「あんな事やこんな事とは」

 

ティア「キリト、気にしないで。あくまで他所は他所、うちはうちだから」

 

サクラ「まあまあ、落ち着いてくださいお父さん。これもジャズさんからのお願いなのですから」

 

ジェネシス「チッ……下手に暴走すんじゃねえぞ」

 

ゼロ「お任せください!今日の私は賢者モードなのです!」

 

ティア「ごめん全く信用ならない……

まあいいか。それじゃ始めようか」

 

 

〜『2人の黒の剣士・名場面振り返りコーナー』〜

 

サクラ「このコーナーでは、現在七十二話まで進んでおります本作品の名場面を、ジェネシスさんとティアさん、そしてゲストのキリトさんとゼロさんと共に振り返っていくコーナーです」

 

ジェネシス「えー、こいつと一緒に振りかえんのかよ」

 

ティア「まあまあ、そこまで毛嫌いしなくても」

 

ゼロ「さすが姉ちゃんなのです!その優しさが身に染みるぅ!」

 

ティア「いざと言うときは私が八つ裂きにするから」

 

ゼロ「あぁぁ!!もっと酷かったわこの人ぉぉ!キリトさん助けてぇぇ!」

 

キリト「ごめん、俺は不干渉と言うことで」

 

ゼロ「見捨てんな主人公おぉぉ!!」

 

サクラ「では、早速参りましょう!先ずはこのシーンからです!」

 

ゼロ「スルーですかさいですか」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

第一話より

 

久弥の言葉でいじめグループはいそいそと席に戻っていく。

雫は両目から涙を流したまま久弥を見つめていた。

久弥はそんな彼女に向き直り、ネックレスを彼女の机に置く。

 

「……ほら。取り返してやったからもう泣くな。

それから、そんなに大事なやつなら学校に持ってくるな。取られたって文句は言えねぇぞ」

 

久弥はそう言い残し自分の席に戻って行った。

雫はただ黙ってその背中を見つめていた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

サクラ「……はい、と言うわけで先ずは、いじめを受けていたお母さんを助けたお父さんのシーンでした!

思えば、お二人はここから始まったんですよね〜」

 

ティア「あの時の久弥、すごくかっこよかったな……」

 

ゼロ「何気に『ジェネシスさんがティアさんを助ける』って言う点では原作通りなんですよねこれ」

 

キリト「いじめられてる奴を助けるのか……俺だと見てみぬふりをしてたかもな……」

 

ジェネシス「原作だとそうしてたなお前」

 

キリト「はは、まあな……でも、ジェネシスはすげえよ。だからこそ、ティアが惹かれたんだろうな」

 

ティア「えへへ……」

 

サクラ「お二人の初めての出会い、とても尊い……

えー、こほん。では気を取り直して続いての名シーン!次は少し飛びまして、アインクラッド編からこの場面をお届けします!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

十六話より

 

突如、それまで青に染まっていた部屋の中に、真っ赤な光が灯り始めた。

アスナ、クラインを始めその場にいる皆が視線を向ける。

 

赤い光の中心にいたのは、抜刀術の構えを取っているティアだった。

ティアからはまるで炎のような鮮やかな赤い光が発せられており、ティア本人は目を閉じてただじっとしている。

 

ボスはそんな彼女に向けて地響きを立てて走りだし、その大剣を振りかぶった。

 

その瞬間、ティアは両目をカッ!と開き、その場から一瞬で飛び出した。

 

直後、ボスの身体に無数の切り傷ができ、その傷から炎のようなエフェクトが発生する。

ティアは止まることなく、ただひたすらにあらゆる方向から無数の斬撃を繰り出していく。

ティアの刀が赤い弧を描き、吹雪のようにも見えた。

これが、ティアの手にしたユニークスキル《抜刀術》。

そしてそのうちの、三十九連撃ソードスキル《緋吹雪》だ。

 

「はあああああぁぁっ!!!」

 

そして叫びながら最後の一撃を、上空に飛び上がって上段から振り下ろし、ボスの身体を両断する。

 

これでボスのHPバーは、あと一本。

 

その時、今度はドス黒いオーラが部屋の中を充満して行く。

そのオーラを発しているのは、大剣を肩に担ぐジェネシスだ。

ジェネシスの身体はもう真っ暗なオーラに包まれ、その両目は真っ赤に光り、まるで死神のように見えた。

 

「行くぜえぇぇぇぇ!!」

 

そしてジェネシスは飛び出す。

ボスの両手剣とジェネシスの両手剣が衝突する。

 

その瞬間、耳をつんざくような金属音と、部屋中の空気を揺るがすほどの衝撃波が発生し、皆は思わず両手で顔を覆う。

そして再び視線を向けると、そこには圧倒的な体格差のあるボスと互角で剣を打ち合うジェネシスがいた。

剣と剣がぶつかり合う度に、けたたましい金属の衝撃音とおびただしい火花が散る。

 

これが、ジェネシスの手にしたユニークスキル《暗黒剣》。《暗黒の剣士》の名を持つジェネシスに相応しいスキルと言えるだろう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

サクラ「と言うわけで次は二十四話から、お母さんとお父さんのユニークスキル初披露戦でした!」

 

キリト「ここ、原作だと俺1人でやってるんだけどな。その上にティアとジェネシスのユニークスキルの攻撃って……オーバーキルにも程があるな」

 

ゼロ「いやいやキリトさん、ボス相手にそんなこと気にしちゃダメなのです。貴方の大好きなノッブも言ってますよ、『慈悲など要らぬ!!』って」

 

キリト「いやそれナニモン=ナンデス?」

 

ジェネシス「……お前それ絶対分かってるよね。知ってて言ってるよね」

 

ティア「はいはいそこまで!これ以上いくと収集がつかなくなるから」

 

ゼロ「まったく。ほっとけばすぐ違う方向に話をもっていくんですから」

 

ジェネ・キリト「「誰のせいだ誰の」」

 

ゼロ「アーナンノコトカナーゼンゼンワカンナイナー」

 

サクラ「えー、とりあえずゼロさんは放っておくとして。

この時お母さんとかお父さんが使ったユニークスキル、元ネタはどちらも『ホロウ・リアリゼーション』の上位エクストラスキルから来ております!」

 

キリト「察しのいい人はもうとっくに気づいてたと思うけどな。まあ、設定上アインクラッドにも名前だけ存在する『暗黒剣』と『抜刀術』にホロリアのスキルを流用した形になるわけだ」

 

ティア「あの時の緋吹雪は割とスカッとしたな〜。なんて言ったって39連撃だし!」

 

キリト「これに関しては正直、性能が化け物すぎると思うんだけどな。だって俺の二刀流でも最大で27連撃だぜ?」

 

ゼロ「そのさらに12連撃も上ってねぇ……」

 

サクラ「しかもこれで最上級スキルじゃないんですよね。抜刀術……恐るべし」

 

ジェネシス「ところでティアってさ、原作だと俺と同じ大剣使ってたよな?何で刀になってんの?」

 

ティア「ああ、そこは作者さんの完全な趣味みたいで……。

作者さん、実写版る◯剣の戦闘シーンに私を上書きした妄想ずっと描いてたらしくて」

 

キリト「どんな妄想だよ……。まあでも、ティアみたいな女性は大剣よりは寧ろ、刀とかが合うというのは分かるんだよな」

 

ゼロ「姉ちゃんみたいなスタイリッシュな女の人にはすごく似合ってるのです!」

 

ティア「それゼロに言われても嬉しくないなぁ」

 

ゼロ「ナジェダァ!!」

 

サクラ「えー……ん?作者さん?」

 

ジェネシス「え?なに、ジャズがなんか言ってんの?」

 

サクラ「えーっと……あの、そろそろ時間みたいです……」

 

キリト「はぁ?!まだ始まってそんなに経ってねえじゃねえか!!」

 

ゼロ「字数もいつも書いてる量の半分しか書いてませんよ?!どうしたジャズさあぁーーん!!」

 

ティア「なんか、名シーン振り返るってなるとかなりの量になるらしくて……。

まあ、続きは本編を読み直して?という事にするらしいよ」

 

ジェネシス「マジかよあいつ……前回投稿して一ヶ月近く空いて最新話がこれって、読者にブチ切れられんぞ……主にこの作品に毎回感想くれる風来坊とか作者が尊敬するリスゥとか…」

 

サクラ「はいストオォォップ!!!それ以上はダメですよおおおおぉぉぉぉーーー!!」

 

ティア「というわけで、短くなりましたが今回はこれで締めたいと思います。次回からは本編に戻りますので、そちらもお楽しみにしていただければ!」

 

ジェネシス「んじゃ、また次回〜」

 




お読みいただきありがとうございます。

さて、先日アリリコにてついに!ついに!!ティアが参戦することが報じられました!!
いやぁ……本当に良かった!!!もう正直諦めかけてましたが、運営さんありがとうございます!!

そして話は変わりますが、この作品のアインクラッド編もいよいよ終幕に近づいていきます。作品に鍵をつけてからも熱心に読んでくださっている読者の皆様のためにも、必ず完結させますので、どうか気長にお待ちください。

では、また次回!!


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七十三話 幼馴染の宝探し

お久しぶりです、皆さん。色々あってまた更新が遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。
久々の本編、どうぞお楽しみください!

〜茶番〜

オルトリア「ぶおん……ぶおんぶおん……ばっきゅーん、ずっきゅーん!ずしゃぁーっ!!」

ジェネシス「( ゚д゚)……」
ティア「(*´꒳`*)ニッコリ」
イシュタル「(*゜∀゜*)プギャw」

オルトリア「あぁっ!?見ましたね……私のひみつのイメトレを……!!」


八十五層・鉱山エリア

 

 真っ暗闇が延々と続く岩のトンネルの中を、3人の人物が慎重に足を進めていた。そのメンバーは、イシュタル・オルトリア・ティアの3名。

 

「悪いわね、付き合わせちゃって」

 

 イシュタルが自分の前を歩く2人に向かって言った。今日彼らがここに来ている理由は、イシュタルが武器を使用する際に消費する宝石アイテムを集めるためだ。彼女の主要ウェポンである『天弓マアンナ』は、宝石を砕いてそのエネルギーを矢として放つので、定期的に宝石アイテムを集める必要がある。

 

「大丈夫。凛ちゃんが戦うのに必要なものなんだもんね」

 

「それにしても、毎度毎度大量の宝石が必要なんて燃費悪くないですかね?」

 

 ティアは屈託のない笑顔で答えるのに対し、オルトリアはポテトチップスのようなお菓子を頬張りながらため息をついた。しかしオルトリアがこのように嘆息してしまうのも無理のない話である。

 本来宝石アイテムなるものは全てのゲームにおいてかなりレアなアイテムである場合が多く、ここSAOもその例外ではない。イシュタルの弓が必要とする宝石類は全てそれなりのレア度を要求してくるのだが、そのようなアイテムは滅多に手に入るものではない。現在居候しているエギルの雑貨屋にはごく稀に宝石が入ってくることがあり、イシュタルはそこで買い取ったりしているのだが、その度にエギルは目を見張るような金額を要求してくるので、なるべく彼女はエギルの世話にならずに自分の手で見つけようとし、このように宝石探しに出かけているが、それでも確実に手に入るものではない。

 早い話、オルトリアの言う通りイシュタルの弓は一撃一撃が彼女本人や仲間たちの苦労が詰まった結晶であるのだ。故にオルトリアはため息を吐いてしまったのである。

 

「し、しょうがないじゃない!私の弓はそう言うものなんだから!」

 

「でも他に弓なかったんですか?ハヅキちゃんやシノンさんみたいな矢を使うのが弓というものでしょう。

と言うか、凛ちゃんの弓って威力高すぎてこっちまで死にそうになるんですけど。もう少し調整してください」

 

 くどくどと発せられる毒舌にイシュタルは「うぐっ……」と頬を引き攣らせる。

 

「き、今日は随分と手厳しいじゃないアンタ。何かあったわけ?」

 

 イシュタルの問いかけにオルトリアはジト目で睨み返しながら答える。

 

「……私の髪を黙って触ったこと、まだ許してませんよ」

 

「まだ根に持ってたの!?どんだけ執念深いのよ!ていうかあれは私だけのせいじゃないでしょうが!!」

 

「雫ちゃんはいいんです。毎日美味しいお菓子作ってくれますし。でも凛ちゃん、貴女はダメです」

 

「うわあぁ〜ん!雫うぅ〜!!澄香が私をいじめてくるうぅぅ〜!!」

 

 とうとうイシュタルは泣き出してティアに抱きつき、そんな彼女の背中を優しい手つきで撫でる。

 

「よしよし。大丈夫だよ凛ちゃん。普段はうっかり屋さんでみんなに迷惑かけてるけど、凛ちゃんの弓はみんな頼りにしてるよ。えっちゃんだって本当は凛ちゃんのこと信頼してる筈だし」

 

「そ、そうよね!まあ私だし?貴方達の役に立つなんて当然よね?」

 

 雫に慰められたイシュタルは一瞬で涙目から自信満々の彼女に立ち戻り、「おほほほほ」と高笑いを上げながら堂々と歩みを進める。

 

「雫ちゃん、ダメですよそんなに甘やかしたら。ああいう凛ちゃんはすぐにやらかしますから」

 

 そんな彼女を見ながらオルトリアがティアの横に立ち、小さな声で耳打ちをした。

 その時だった。2人の前を進むイシュタルの右足が何かを踏みつけ、『カチッ』というスイッチのような音が鳴り響いた。瞬間、3人の空気が凍りつく。

 

「……えっ、と……凛ちゃん?何か踏んだよね?今」

 

 苦笑いで問いかけるティアに対し、イシュタルは首を『ギギギ……』と回して振り向くと、

 

「え?なに?何かあったかしら?」

 

 と冷や汗を垂れ流しながらも、何事もなかったかのようにとぼけた。

 

「いや、今完全に『カチッ』って音したよね?明らかに凛ちゃん何か踏んだよね?」

 

「は、はぁ〜!?何も踏んでませんけどぉ〜?やーねー人をそんなに疑うとか、雫らしくないわよ〜???

再三言っておくけど、私は何も踏んでないからね!!」

 

 気まずそうに追及するティアに対してイシュタルはあくまで何もしていない体を装った。

 

「じゃあ聞きますよ凛ちゃん。今貴女の後ろに現れたそれはなんですか?」

 

 そんなイシュタルをジト目で見つめながらオルトリアが彼女の背後を指さす。ここで彼女も漸く自身の背後に何かがいるのに気づいたのか、ハッとした顔で恐る恐る振り返る。

 そこには、体長4メートルはある巨大な狼がおり、低い唸り声を上げながら3人を見下ろしていた。凛はそれを見上げて「あ、あわわ……」と震えながら声を発した。そんな彼女に向けて、狼は爪でイシュタルを引き裂こうと勢いよく前足を突き出した。

 しかしその攻撃を、いち早く反応したティアが飛び出して凛を抱き寄せると同時に、刀を引き抜いて逆手に持つとその刃で爪の軌道を逸らした。ティアの身体のすぐ横を狼の巨大な前足が通過し、彼女の足元の地面を爪が抉る。

 そして続け様にオルトリアが飛び出し、ビームサーベルで狼の懐に飛び込んで斬りつけた。狼はその攻撃を受けると素早くその場から飛び退き、一旦彼女達から距離をとった。

 

「はぁ……やっぱりうっか凛ちゃんでしたね。フラグ回収の速度で言うならギネスレベルじゃないですか?」

 

 オルトリアはやれやれと嘆息しながらイシュタルを見下ろすと、懐からもう一本ビームサーベルを取り出して柄同士を接続し、薙刀状にする。

 ティアも立ち上がって刀を間違えて構える。

 

「凛ちゃん、危なかったら後ろに下がっていてね?」

 

 ティアがそう告げると、2人は同時に飛び出した。オルトリアが左から、ティアが右から狼に接近し、胴体に斬りかかる。

 

「ふっ……!」

 

「せやあぁぁっ!!」

 

 双頭刃スキル《ライトニング・ソニック》による電気を伴ったソードスキルを放つオルトリアが狼の足を切り刻んでいき、ティアが抜刀術範囲攻撃《真蒼》を放ち、狼の巨大な胴体に斬撃を叩き込んでいく。

 

「……毎度思うんですがその技はずるいと思うのです」

 

「え?あ、あはは……まあ、ユニークスキルだし、多少はね?」

 

 やや嫉妬気味にオルトリアからソードスキルのことを言われたティアは苦笑いで答える。次にティアは刀ソードスキル《緋扇》を発動し、狼の背中を斬りつけていく。

 しかしここで狼が大きな遠吠えを放つと、その場で飛び上がってそのまま彼女達の周囲を高速で走り回った。

 

「む……中々素早いですね」

 

 オルトリアは自分達の周りを囲むように走り回る狼を目で追いながら毒を吐いた。

 

「気をつけて。この動き……間違いなく何か仕掛けてくる……」

 

 ティアは刀を中腰に構えながら狼をしっかり目で捕捉して狼をじっくり観察し、狼の新しい攻撃に備える。

 その次の瞬間、狼が突然身体の向きを変えて真っ直ぐにティア達に向けて突っ込んでくる。

 

「2人とも、下がって!!」

 

 ティアは2人に指示を飛ばすと、刀を納めてゆっくりと腰を落とし、抜刀術の体勢を取る。

 狼がティアを噛み砕こうと牙を剥き出しに突撃してきたその瞬間。ティアの刀が眩い銀色の光を放ち始め、そしてそのまま一瞬の動作で引き抜き、狼に強烈な斬撃を叩き込む。

一太刀の刃は狼の胴体を真っ二つに切り裂いた。 

抜刀術最上級スキル《飛閃一刀》

 

 切り裂かれた狼の下半身がガラス片となって消滅した。しかしその上半身がまだ残っており、最後の悪あがきとして前足で這って彼女らに近づいてくる。

 

「オルトリアクター臨界突破……」

 

 しかしその前に、オルトリアが双頭刃のビームサーベルを肩に担いで構える。

 

「我が暗黒の光芒で素粒子に還れ!」

 

 そしてその場から勢いよく飛び出すと、双頭刃を左右の手で器用に回しながら狼の上半身を滅多切りにしていく。HPが凄まじい勢いで削られていき、いよいよ最後の数ドットになった瞬間。

 

「《黒竜双剋勝利剣(クロスカリバー)》!!!」

 

 二つのビーム刃が容赦なく狼の胴に叩き込まれていき、一瞬でバラバラに刻んでいった。大ダメージを受けた狼はそのまま悲痛な叫びを上げながらガラス片となって消滅した。

 ティアはそれを見て安堵のため息をつくと、刀を左腰の鞘に納め、オルトリアもビームサーベルの電源を切ってコートの内ポケットに直した。

 

「お疲れ様2人とも。お陰で助かったわ」

 

 そんな2人にイシュタルが労いの言葉をかけながら歩み寄るが、オルトリアは恨めしい目でイシュタルを見つめる。

 

「元はと言えば凛ちゃんが変なスイッチを押すからこうなったんじゃないですか。ちゃんと気をつけてください」

 

「うぐっ……わ、分かったわよ!!私が悪かった!次からは気をつけるのだわ!!」

 

 イシュタルはオルトリアの言葉に対して少々ヤケ気味に叫ぶ。そんな2人のやりとりを、ティアは微笑を浮かべながら見つめていた。

 

「なんか……昔を思い出すね」

 

 不意にティアが呟き、オルトリアとイシュタルが彼女の方を見つめる。この3人は、現実では幼馴染の関係。小さい頃も、やんちゃな凛とそれを咎める澄香、それを見守る雫という関係が何年も続いていた。SAOに入ってからその時間は途切れていたが、こうして縁あってまた集ったこの3人の変わらない雰囲気に、ティアは思わず懐かしさを感じたのだ。

 

「ま、凛ちゃんが何かしでかすのも変わらないですけどね」

 

「ちょ、どんだけ私をうっか凛にしたいのよ!」

 

「まあまあえっちゃん。凛ちゃんがやらかし体質なのは変わらないから」

 

「ちょっと雫!そこでフォロー外れちゃうのあんた!?」

 

 3人はそんなやり取りを交わしながら奥は奥へと進んでいった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 それから数十分洞窟内を歩き回った3人だが、一向に宝石類や宝箱が見つからない。未踏のダンジョンであるため地図や手がかりなどはなく、手当たり次第に歩き回るしかない。このダンジョンは外れだったのかと、3人の中にやや諦めの雰囲気が漂い始めていた。

 

「一向に見つかりませんね〜……モンスターをたおしてもドロップするものはそう良いものでもなし、経験値もそんなに貰えないですし。おやつも切らしちゃったのでそろそろ帰りませんか?」

 

「なんでおやつないから帰るって言う発想になるのよ……まあ、たしかにここまで探索して出ないとなると、アテが外れたかもしれないわね。そろそろ時間も遅くなってきたし、もう少ししたら帰りましょうか」

 

 若干疲れの色が出始めているオルトリアの提案に、イシュタルも頷いてそう答える。目の前には大きな鋼鉄の扉があり、僅かな期待を持って3人はその扉を押し開けた。

 

 扉の中は直径200メートルのドーム状のフィールドで、奥の方には小さな小部屋があり、そこには如何にも何かあると言わんばかりの宝箱が置かれていた。

 

「あっ!!あんな所に宝箱があるのだわ!!」

 

 イシュタルが宝箱を見つけると、そこに向かって駆け出した。

 

「待って凛ちゃん!!この部屋は……」

 

 そんな彼女を、何かを察知したティアが引き止める。それと同時に、ボス部屋の天井から巨大な物体が落下してきた。咄嗟にティアがイシュタルを抱き寄せて引き戻し、同時に大きな地響きと土煙が上がる。

 煙が晴れると、そこには巨大なゴリラ型のモンスターがいた。まるで鎧のような硬い隆起した筋肉。全てを握りつぶしてしまいそうな剛腕に、万物を踏み潰しそうな筋肉質な両足。カーソルはフィールドボスであることを示す赤。HPバーは2本。名前は、『Punching Kong』。

 

「正にゴリラという言葉をそのまま形にしたようなゴリラですね」

 

「そりゃあゴリラだもん」

 

 オルトリアがボスのゴリラを見てそう呟き、ティアが当然だとばかりに答える。するとボスは雄叫びを上げて自身の胸部を両腕で殴るドラミングを始めた。ボスの腕が胸を打つたびに、ティア達には彼女らの全身に響く空気の振動が伝わる。そして威嚇のドラミングを終えたボスは一目散にティア達に突っ込んでいく。

 ティアはその突撃に対して刀を引き抜いて抜刀術ソードスキル《蓮華》を発動し、ゴリラの胴体に斬りかかる。それに対してボスは右腕を突き出してティアの刀を弾き飛ばす。その強烈な一撃で、ティアは刀ごと上体が後方に大きく反れた。

 

「うわっ!すごいパンチの威力……パンチングコングって名前は伊達じゃないみたいね……」

 

 ティアはその感触を確かめると一旦後ろに引いて距離を取り、もう一度ソードスキルの構えを取った。日本刀を右腰あたりに水平に構える。刃が紫の光を帯び始めると、ティアはその場から飛び出してボスに斬りかかり、彼女の動きを見たゴリラももう一度拳を突き出し、刀と拳がぶつかり合う。

 先程と違い今度はティアの刀が弾かれることが無く、ボスのパンチとティアのソードスキルが拮抗して打ち合った。刀ソードスキル《鷲羽》。これは全体的にパワー不足気味な刀ソードスキルの中でもSTRが高めなスキルである。HIT数も9連撃あり、このボスと打ち合うにはうってつけの技である。

  ソードスキルが終わり、今度はオルトリアがティアと入れ替わる。彼女の武装は実体験ではないため、拳と打ち合おうとすれば自身がダメージを負いかねない。そのためオルトリアは、兎に角ボスの攻撃を回避しつつ攻撃を叩き込んでいく。片手剣ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》で強烈な突きを放ち、ゴリラの胴体を貫く。技後硬直が終わると即座に引き、再びソードスキル《ソニックリープ》で今度は背後に一瞬の動きで回り込み、背中を斬りつける。ヒットアンドアウェイ戦法でダメージを受けないように注意しながら隙を見て突っ込む。これが今のオルトリアの戦法だ。

 

しかしこのボスは耐久力が高く、ティアとオルトリアが奮戦しても中々削ることが出来ない。

 

 彼女らが攻めあぐねていると、突然ボスの身体に光線が直撃した。2人が後ろを見ると、イシュタルが天弓マアンナを展開して砲撃した後だった。

 

「凛ちゃん!?どうして……」

 

「宝石ならまだあるのだわ!援護するから遠慮なく突っ込みなさい!」

 

「でも、残りは少ないんじゃ……」

 

「何言ってんのよ!!ここまで来たら出し惜しみは無し!弾切れになってもやってやるのだわ!!」

 

 そう叫ぶと、イシュタルは懐から新しい宝石を取り出して空中に放り投げる。するとそれらは空中で弾けて光のエネルギー体になり、マアンナに吸収される。

 

「さあ、これでもくらいなさい!!」

 

 イシュタルが人差し指をゴリラに向けて真っ直ぐに伸ばすと、マアンナからオレンジの光線が一直線に飛び出し、ボスの顔面に直撃した。その攻撃で逆上したボスは牙を剥き出しにして叫ぶと、イシュタルに向けて真っ直ぐに突っ込む。

 だがそれを、ティアとオルトリアが阻んだ。2人のソードスキルが両脇を抉り、ボスの視線を彼女らに引きつける。

 

「これじゃどっちが援護してるのかわかりませんね。ま、無理のない程度でお願いします」

 

「ええ、そっちは任せるわ!!」

 

 オルトリアとイシュタルはそう掛け合い、オルトリアはビームサーベルでボスの足を斬りつけ、イシュタルは弓で腕を狙い撃つ。

 イシュタルの強烈な一撃が加わった事で攻撃力が一気に増し、HPを順調に削っていく。ティアとオルトリアが近接で攻め、イシュタルが遠距離から攻撃する事でボスの注意を引きつけ合い、その剛腕から放たれる強烈なパンチを撃たせないように努める。

 

 そして見事にHPバーの一本を削り切った。ここでボスの攻撃パターンが変わるのがここSAOの定石だ。ティア達は一度距離を取って、ゴリラの次の一手を注意深く見つめる。

 するとボスは一度『ウオオオォォォ!!!』と一際大きな叫び声を出すと、一度空中に飛び上がって両拳を付けて上に振りかぶる。そして着地と同時にその巨大な握り拳を地面に叩きつける。瞬間、衝撃波が発生してティア達は空中に吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……!」

 

 地面に転倒してしまったティア。そんな彼女にボスが一瞬の動作で迫り、ゆっくりと右拳を後ろに引く。

 

「雫!!」

 

 イシュタルが慌ててマアンナに宝石のがエネルギーを集めようとするが、もう間に合わない。オルトリアも先程の一撃でティアと引き離されてしまったので援護に行くことが出来ない。

 そしてゴリラは無慈悲に、拳をティアに振り下ろす。反撃のタイミングもなく、ティアは諦めて瞳を閉じて拳が自身を打つのを待つ。

 

「オラアァァァァァ!!」

 

 だがその時、勇壮な男性の声が彼女の前で響き、強烈な金属音を立てる。

 ティアが目を開くと、そこには彼がいた。赤黒い装備と大剣、逆立った赤い髪。その背中に、ティアは……否、ここにいる皆は幾度となく助けられた。

 

「よお。随分と楽しそうなやつとやり合ってんじゃねえか」

 

 ジェネシスが、不敵な笑みを浮かべながら振り返った。

 

「久弥!?どうしてここに……」

 

「いや、野暮用が済んだからテメェらの方手伝ってやろうかとこっちに来てやったんだよ。メッセージ送ったんだが見てなかったか?」

 

 ティアはその言葉を聞いてハッとした。そういえばこのボス部屋に来る直前、メニュー欄に一件のメッセージが来た通知があったのだ。

 

「ごめん……見てなかった……」

 

「別にかまわねぇよ、間に合ったんだし。んじゃ……サクッと片付けるか!!」

 

 そう言ってジェネシスは大剣を肩に担いで駆け出し、ティアも思わず緩んでいた頬を直して刀を携えそれに続く。

 イシュタルはそれを見て「私の援護射撃に当たらないようにね!」と煽り、オルトリアは心なしか安心したような笑みを浮かべて再びビームサーベルを展開して走り出す。

 

 ジェネシスというパワー型の戦士が入った事で一気に均衡が崩れた。彼がタンク役でボスの攻撃を一身で引き受け、その間にティア・オルトリア・イシュタルの3名が同時に隙を見て攻撃を叩き込むので、HPの減りが一気に速くなった。

 

「歯応えねぇなぁ!!ま、八十五層くれえじゃこんなもんか!!」

 

 ジェネシスは終始余裕たっぷりな表情で笑いながら大剣を振り抜いてボスの拳を弾き続ける。

 だが、ジェネシスもいい加減拳を弾くだけで飽きてきたのか、ここで一気に決着をつけにかかった。大剣から赤黒いオーラが出始め、一気に途轍もないエネルギーとなる。赤黒い光を纏った大剣の刃がゴリラに襲いかかり、その巨大な身体を切り裂いていった。暗黒剣ソードスキル《ドレッド・ブレーズ》。5連撃の強烈な斬撃が全てボスの身体に撃ち込まれ、残りのHPを一気に消しとばした。

 ゴリラは最期の雄叫びをあげて、その身をガラス片に変えて消滅した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ボスを無事撃破した彼らは、いよいよ悪の部屋にある宝箱の中身と対面する。イシュタルはもう待てないとばかりの勢いで宝箱に飛びついた。

 

「さぁて……漸く見つけた宝箱の中身はなんなのかなぁ〜?」

 

 口を三日月状に吊り上げたニヤけた顔で宝箱の取っ手に手をかける。

 

「トラップじゃねえだろうな?」

 

 一度宝箱のトラップに引っかかった経験のあるジェネシスが問いかけるが、イシュタルによるとその心配はないようだ。実は彼女、宝探しのプロであるフィリアからトラップの宝箱の見分け方を教わっており、既にマスターしているそうなのだ。そして彼女によると、どうやらこの宝箱は大丈夫らしい。ティアとオルトリアも期待の表情で箱が開けられるのを待つ。

 

「よっし、開けるわよ〜……」

 

 ゆっくりと、箱の蓋を上にあげていく。そしてその中身に光が当てられる。

 

 中に入っているのは一本の棒だった。中は空洞で筒状であり、感触はグニグニと弾力がある。色は白で、所々茶色い文様がある。

 

「これって………」

 

 困惑の表情でティアがそれを見つめながら呟く。彼女だけでなく、その場にいる者全員が同じ表情をとってしまった。

 それもそのはず。その宝箱の中身の物体は、3人がよく知っているもの。基本的に食用であり、よくおでんに入っていたりおつまみにされていたりするもの。

 そう、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちくわ、ですね」

 

 オルトリアがその名を告げた。

 その瞬間、イシュタルは勢いよく立ち上がると、手に取ったちくわを地面に叩きつけた。耐久値が無くなり、ちくわはガラス片となって消えた。

 

「なに!?どういうこと!?これだけ探して宝箱の中身がちくわ!?」

 

 イシュタルは怒り心頭の様子だ。期待していただけに、その失望も大きいようだ。

 

「まあ、そんな簡単に宝物が入ってるわけないよね……」

 

 ティアも少々苦笑いで呟く。

 

「でも、オチとしては最高ですね。さすが凛ちゃん、略してさすりん」

 

「これほど嬉しくない褒め言葉は初めてだわ」

 

 オルトリアが鼻で笑いながら言い、イシュタルは恨めしそうな目で見つめながら言い返した。

「ま、今回は残念だったな。つぎまた探しに行こうや」

 

「うわあぁぁぁん!!あぁんまりなのだわあぁぁぁ!!!」

 

 イシュタルの無念の泣き叫ぶ声が洞窟中に響き渡った。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回は幼馴染三人衆の冒険でした。
オチがちくわのイシュタルって最高じゃん?

では、次回もよろしくお願いします!!


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七十四話 歌姫

どうも皆さん。タイトルにある通り、今回はあの2人が出ます。
原作では悲しい人生を送る2人ですが、本作ではどうなるか……見届けてください!!


 ある日、ジェネシスとティアが攻略を終えて七十六層アークソフィアの宿に戻ると、シリカやリズベット・ハヅキ・サツキ達が円形のテーブル席に集まって座り、大いに盛り上がっていた。

 

「やっぱり綺麗な歌声でしたよね〜!」

 

「SAOに歌唱系のスキルがあるのは聞いてたけど、まさか鍛えるとあんな風になるなんてね〜」

 

 シリカとリズベットがそれぞれ何かを噛み締めるように感想を述べ、ハヅキとサツキも頷いて同意する。そして他の仲間達も一様に「凄かった」だの「癒された」だのと絶賛の言葉が飛び交う。

 

「よお、何かあったのか?」

 

「あっ、お帰りなさいジェネシスさん!実はですね……」

 

「なに?あんた達知らなかったの?」

 

 ジェネシスが問いかけると、シリカが笑顔で彼を出迎え、リズベットが彼に対して逆に聞き返した。彼女の口ぶりだと、どうやら何か大きなイベントがあったようだ。

 

「『歌姫ユナ』よ。あんた達も知ってるでしょ?その人が今日この層に来てライブをやってたの」

 

 すると彼らの背後からシノンが現れ、代わりに応えた。『歌姫ユナ』と言うのは、この世界で度々話題に上がる歌い手の名だ。娯楽の少ないSAOにおいて、彼女のように『歌』を供給するプレイヤーは殆どいないどころか、彼女ただ1人と言っていい。

 

「いやぁ〜……まさかデスゲームであんな綺麗な歌が聴けるなんて……」

 

 リーファがうっとりとした顔で呟き、皆も首を縦に振って再びユナの話題で盛り上がった。

 

「あと、伴奏の人も凄かったですよね!ピアノがとても上手くて!」

 

「なんていう人だっけ……『ノーチラス』だっけ?」

 

「あの人、元々血盟騎士団の人だったとか……」

 

 そんな話を繰り広げる仲間達を横目に、ティアが「ふふっ」と微笑み、

 

「そっかぁ……元気でやってるんだ、あの2人」

 

 遠くを見つめながらそう呟き、ジェネシスも「そうだな」と軽い笑みをこぼす。

 ここで時は、一年ほど前に遡る。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

2023年10月15日 最前線第四十層

 

 この日は最前線でボス攻略が行われていたのだが、実は裏でとある作戦が行われていた。あるパーティが閉じ込め型トラップにかかって脱出できなくなってしまい、全滅しかけているという情報が入り、所謂攻略組二軍というレベルに相当する者達が救出に向かった。

 そしてこの時、1組の男女がこのメンバーに加わっていた。紺色のワンピースの上に白いマントを羽織り、羽付きの帽子を被った少女───ユナと、白い下地に赤いラインの入った騎士風の装備を見に纏った少年───ノーチラス。ユナはこの世界でただ1人と言っていい《吟唱》スキル保有者で、文字通り歌う事でフィールドに立つ物達にさまざまなバフを盛ることができるものだ。そしてノーチラスは現在のSAOでもトップクラスの実力を持つ血盟騎士団の団員であるのだが、訳あって彼はボス攻略に参加することができない。

 2人とも、かなり緊張した面持ちで目的地へと足を進める。

 

「ねえ、エー君」

 

 不意にユナが不安げな表情で話しかける。ノーチラスは彼女の声を聞くとその方を向き、そして優しく頭を撫でて微笑を浮かべ、

 

「大丈夫。君のことはボクが必ず守ってみせるよ」

 

 ノーチラスはそう言いながら心中で覚悟を決める。現実でも幼馴染の関係である彼女を、生きてこの世界から返すために彼は戦い続けている。

 

 やがて一行は現場のダンジョンに到着した。洞窟の中は薄暗くて湿った空気が充満しており、そこを通る者たちに対して並々ならぬプレッシャーをかけてくる。非常に不快な雰囲気が一行の心中をじわじわと蝕み、これから何か良からぬことが起きるのではないかと感じさせた。

 

 そして最悪な事に、その予感は的中してしまう。

 閉じ込めトラップに到着し、中にいた人々の救出は成功したのだが、一行の前に突如としてモンスターの群れが出現した。その数は少なくとも二十体近くおり、しかもその内の一体はこのダンジョンのボスモンスターである。救出部隊の数は10人程度しかおらず、状況は既に絶望的だった。

 ノーチラスもまた、彼女を守るようにその前に立って剣を取ったのだが、ここで彼に異変が起きた。目の前にいる獄吏型モンスターを見た瞬間、身体が石になったかのようにぴたりと動かなくなってしまい、目の前には《error》の文字が出現した。

 

 「クッソ……こんな、時にっ……!!」

 

 忌々しげに舌打ちをしながらノーチラスは叫んだ。

 『FNC』、と言うものがある。所謂「VR不適合者」の意味なのだが、不安な事にノーチラスはそれに該当する者であった。彼の場合、理性よりも生存本能がアバターに伝達され、強敵を目の前にすると身体が竦んでしまうのだ。

 誤解されがちだが、彼は決して戦えないわけではない。必死に努力を重ねて血盟騎士団に入る程の実力は持ち合わせており、恐怖もまた克服している。だが、彼の体質の関係上、ノーチラス自身は問題ないのにナーブギアがそれを無視してしまうのだ。

 そしてその発作が、よりにもよって最悪のタイミングで起きてしまった。いくら体に力を込めても、手足は一ミリたりとも動かない。その間にも、モンスターはじわりじわりと距離を詰めてくる。周りのメンバーは果敢に応戦するが、状況は全く変わらないどころか徐々に悪化してくる。

 だがその時、彼の背後から美しい歌声が鳴り響いた。そしてモンスター達は動きを止めて一斉にその方向を見る。

 ユナが《吟唱》スキルを使って自身にヘイトを集めているのだ。

 

「だ……ダメだ!やめろ悠奈!!」

 

 ノーチラスは思わず現実の彼女の名を叫んで止めようとするが、ユナは既に覚悟が決まっているようで少しだけ悲しみを帯びた笑顔を見せると、踵を返して走り出す。モンスターもそれに続いて彼女を追いかける。

 モンスターが引いていったのを確認した救出部隊のメンバーは、一斉にボスモンスターに向けて攻撃を仕掛ける。ノーチラスは彼らに対してユナの救出を懇願するが、部隊のメンバーは『全滅を避けるためにここでボスを倒す』という彼にとって非情な決断を下した。

 ノーチラスは何度も彼に対して訴えたが、その願いが聞き遂げられることは無かった。やむなく彼は単独でユナの救出に向かった。

 

 洞窟の奥へ奥へと進んで行くと、行き止まりとなった道に追い詰められたユナが地面に蹲っており、そんな彼女に対して二十体以上の獄吏型モンスターからリンチに近い攻撃を行なっていた。既にユナのHPはイエローゾーンにまで減ってしまっている。

 

「悠奈ぁ!!」

 

 ノーチラスは無我夢中で彼女の元へ駆け出すのだが、その途中で再び発作が起きてしまい、足が止まる。

 

「くそっ……たれが!!動け、動けよ!!」

 

 ノーチラスは言うことを聞かない自身の足を思い切り殴りつけるが、それでも彼の足は全く動かなかった。

 ノーチラスはこんな状況でも動けない自分自身に激しく怒り、その悔しさのあまり両目から涙を流しなら叫んだ。

 

「誰でもいい……頼む!誰か助けてくれ!!僕の全部を捧げてもいい……だから……悠奈を救ってくれえぇぇ!!」

 

 目の前で危機的な状況にある大事な女性を救えない自分の無力さを呪う慟哭と、助けを求める悲痛な叫びが洞窟にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の望み、聞いたぜ」

 

 その時、背後から男性の声が響き、更に2人の人間が走ってくる音が近づいてくる。

 そして、彼の右から赤黒い装備の男性が、左を青と白の女性が走り抜け、一目散にユナに向けて走っていく。

 ユナを襲う獄吏型のモンスターの群れに対して、先ず銀髪の女性が刀を引き抜いてユナの前に彼女を庇うように立ち、素早い動作で刀を横一閃に振るってモンスターを切り裂いた。そして赤い髪の男性が赤黒い大剣を両手で構えると、地面に叩きつけて衝撃波を発生させ、周囲のモンスターを纏めて吹き飛ばす。

 刀使いの女性と大剣持ちの男性がモンスターの群れを挟撃する形で次々と討伐していく。

 

「すごい……」

 

 ノーチラスは彼らの戦闘に思わず釘付けになってしまった。2人の戦い方には一切の無駄な動きがなく、最低限の動作で次々と敵を撃破していくその姿は、まさに彼の理想的な剣士のあり方であった。

 数分も経たぬうちに、目の前に溢れかえるほど存在していたモンスターの群れは全て消え去っており、それらを片付けた2人は剣を納めてこちらに歩み寄る。

 

「よお、立てるか?」

 

 赤髪の男はノーチラスに手を差し出す。ノーチラスがその手を掴むと、男は彼を引っ張って立ち上がらせた。一方女性の方は回復結晶を使用してユナのHPを全快にしてくれていた。

 

「あの、貴方たちは……?」

 

「ん?あぁ……まあ通りすがりに攻略組だ」

 

 ノーチラスが問いかけると、赤髪の男がニヤリと口端を釣り上げてそう答えた。

 

「攻略組がどうしてこんなところに……今はボス戦のはずじゃ……」

 

「ボス戦?ああ、サボった」

 

 ユナの問いに対して男があっけらかんと答え、ノーチラスは思わず絶句した。ボス戦は毎度とてつもない厳しい戦いを強いられ、常に戦力が枯渇している状態であると聞いたことがある。しかし、この2人は自分達を助けるためだけにボス攻略を休んだという。

 助けてくれたのは本当にありがたいが、そこまでしてなぜ自分達を助けに来てくれたのか、甚だ疑問だった。

 するとノーチラスの疑問に気づいたのか、銀髪の女性が答える。

 

「ボス戦ももちろん大事だよ?でも、人の命がかかってるんだもん。こっちに来ちゃいけない理由なんてないでしょ?」

 

 彼らとて悩んだのだろう。ボス戦に行かなければそこで誰かが犠牲になるかもしれない。しかしここで自分達を見捨てればここにいる者たちも死んでいたかもしれない。最前線で戦うもの達に加勢するか、こちらの命を救うか。命に優劣は存在しない。だがどちらかは斬り捨てなければならない。それでも彼らは、こちらを助けることを選んでくれた。

 

「ありがとう……助けてくれて」

 

「うん、気にしなくていいよ。2人とも無事でよかった」

 

 ノーチラスが礼を述べると、銀髪の女性が柔和な笑みを浮かべながら答えた。

 

「僕はノーチラス。まあ血盟騎士団には入ってるけど、訳あってボス戦には参加できないまだまだ弱小のプレイヤーさ」

 

「私はユナ。エーく……ノーチラスと普段一緒に行動してるの」

 

 ノーチラスとユナが名乗った後、今度は赤髪の男性と銀髪の女性が名乗る。

 

「私はティア。こっちはジェネシス。普段は最前線にいるの。よろしくね!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 その後、ノーチラスは自分達を助けた2人があの攻略組の中でも最強クラスの実力を持つ“四天王”の2人であると知り、彼はジェネシス達に戦闘のレクチャーを頼み込んだ。

 2人は快く引き受け、その後フィールドに出てしばらくノーチラスの戦闘を見学していた。

 

「ダメだな」

 

 全てを見終わったジェネシスがキッパリと一言告げ、ノーチラスは思わず目を見開く。

 

「悪ぃがノーチラス、おめぇは戦うのをやめたほうがいい」

 

「そ、そんな……どうして!!」

 

 ノーチラスはジェネシスに掴みかかる勢いで問い詰めた。彼とて、これまでジェネシス達のようなプレイヤーに憧れ続けてひたむきに努力を続けていた。それが、目標としていた人物から面と向かって否定されるのは、ノーチラスにとってこの上ない程にショックであった。

 

「筋は悪くねえ。だが、こいつはお前に戦う意思があるかどうか以前の問題だ。ノーチラス、お前に戦いはどうしても無理だ」

 

 ジェネシスは淡々と、ノーチラスに対して現実を突きつけた。彼は既に、ノーチラスのもつ障害とその厄介な特性を見抜いており、その上で「無理だ」と口にしたのである。

 ノーチラスは思わず地面に蹲った。これまで、大切なユナを守るためにずっと努力し続けていた。その苦労や時間を全て否定された気分になってしまった。

 

「まあ、おめぇも今までそれなりに努力してきたんだってことは理解できた。だが、それでもおめぇはもう前線で戦うべきじゃねえ。それが克服できない以上、戦いに出ても無駄死にするだけだ」

 

 ジェネシスから発せられる言葉に、ノーチラスは悔しく歯噛みしつつも反論できずにいる。ジェネシスの言うことは全て理解できたし、自分自身納得は出来た。確かに、強敵を目の前にして一歩も動けなくなる自分が戦場に出たところで、そのまま嬲り殺しにされるか仲間に迷惑をかけて終わるだけだ。だがそれ以上にどうしようもなく、悔しかった。自分自身の手でユナを守り、このゲームを終わらせて彼女と共に現実に帰りたかった。

 そんな彼を見かねて、ティアが彼の隣に跪き、背中を撫でながら語りかける。

 

「そんなに気落ちしなくてもいい。人には向き不向きというものがある。時には出来ないことを受け入れて別の道を進むというのもある。

それに、戦うことだけがユナを守る手段と言うわけでは無いよ。彼女だって、貴方にずっとそばにいて欲しいはずだと思うよ」

 

 するとユナもノーチラスの隣にしゃがみ込み、ゆっくりとその背中に両腕を回す。

 

「私は……エー君にはずっと、生きてそばにいて欲しいな……」

 

「悠奈……」

 

 ノーチラスはゆっくりと顔を上げて、ユナと目を合わせる。

 

「ま、そう言うこった。おめぇの分まで俺たちが背負って前線で戦ってやるからよ。おめぇらはおめぇらのやり方で生き続けろ」

 

 ノーチラスはジェネシスの言葉を聞き、しばし目を伏せたのちにやがて口元に笑みを浮かべる。その表情は無念が残りつつも、新しい道を歩むと言う確かな決意が表れていた。

 

「そう、か……そうだな」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 その後、ノーチラスが今後どうするのか、どうやってアインクラッドを生きていけばいいのかと言う話し合いが起きた。ノーチラスとしては、下層に引きこもって脱出を待つと言うのは本意ではなく、何かジェネシス達最前線で戦う者を支えられるような役割はないか必死に考えた。

 しかし、鍛冶屋をするには一からスキルを取る必要があるし、何よりこの世界の鍛治師は十分足りていた。

 

 そこでティアが提案したのが、「この世界には娯楽が全く足りないので、ユナの歌を広める活動をしてはどうか」というものだった。具体的には、ノーチラスが各層ですユナの歌唱のイベントを開くプロデューサーのような役目をすると言うことだ。彼女の案を聞いた皆は賛同し、特にユナは「エー君が私の専属Pになってくれるの!?」と大層嬉しそうに反応した。ノーチラスとしても満更ではないようなので、これで案は纏まった。

 しかし、この先アインクラッドを生きる中で彼ら2人だけだと何かしら危険が伴う。例えば、彼らがフィールドを移動する際に危険なモンスターと遭遇する可能性もあるし、この先彼らが有名になれば、それをよく思わないプレイヤーに襲われる事もあり得る。なので彼らには護衛をつけようと言う話が上がる。

 するとジェネシスが「それならいいアテがある」とメッセージを飛ばす。数分後、彼らの元に6名のプレイヤーが現れた。

 

「やあ、久しぶりだねジェネシス、ティア」

 

 リーダーらしき長身の男性がさわやかな笑みと共に手を振って歩み寄る。その他のメンバーも皆優しげな者達だ。彼らの左胸には三日月に黒い猫が描かれたマークが付いている。

 

 そう、彼らはジェネシスとティアがかつて自ら鍛え上げたギルド《月夜の黒猫団》。今や中層ゾーンでは向かう所敵無しと言われ、攻略組に最も近いギルドと噂されている。そんな彼らを目の前にしたノーチラスとユナは目を丸くした。

 

「よお、久しぶりだなケイタ」

 

「ああ。2人とも相変わらずなようで何よりだ。あの時君たちが鍛えてくれたお陰で、もうすぐ2人のいる最前線に追いつけそうだよ」

 

「それはそれとして、なんでここに《歌姫》がいるんだ?」

 

 ケイタと再会の挨拶を交わす中、ユナを目にした黒猫団のメンバーが問いかける。

 それに対してジェネシスが事情を簡単に説明すると、ケイタは「なるほど」と頷き、

 

「そう言う事なら、承ったよ。歌姫ユナとその専属Pのノーチラスの護衛、黒猫団の名に掛けて努めてみせるとも」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「そっか、ならよろしく頼むわ」

 

 ケイタの力強い言葉を聞き、ノーチラスは頭を下げた。

 

「あの、それはそれとして……あの方はどうされたのですか?」

 

 その時、ユナが気まずそうにある一点を指差す。皆がそれを聞いてその方向を見た瞬間、思わず絶句してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、待って待ってサチ!!お願いだから落ち着いて!!」

 

「ウンダイジョウブダヨワタシスッゴクオチケツイテルヨ」

 

「オチケツイテルって何!?全く落ち着いてないよね!てか危ないから槍振り回さないで!!」

 

「くおえうえーーーるえうおおおwww」(^p^)

 

 そこには、奇声を上げオワタの表情で槍を振り回しながらティアを追い回すサチの姿があったのだ。

 

「ちょ!?何あれ!!何してんのサチの奴!?」

 

 ジェネシスが驚愕のあまり早口で捲し立てる中、ケイタは「あー……」と何かを察した様子で目頭を押さえた。

 

「とりあえずジェネシスには馬鹿野郎とだけ言っておく」

 

「なんで!?なんで俺がおめぇに罵られないと行けねえんだよ!それとサチがあんな事になってる事となんの関係があるんだよ!?」

 

 ジェネシスは全く身に覚えが無いため慌てるが、黒猫団の皆は憐れみと若干怨嗟を込めた表情でジェネシスを見つめる。

 

「俺は無実だああぁぁーーーー!!!」

 

 ジェネシスの叫びがフィールドに響き渡り、目の前の光景にただ困惑するノーチラスとユナだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 約1年後・七十六層アークソフィア

 

 七十六層での講演を終え、その日の宿に向かうノーチラスとユナ。

 

「エー君、今日も伴奏ありがとうね!」

 

「ああ。これが今の僕にできる事だ。君の歌をたくさんの人に届けるために、やると決めた事だからな」

 

 あの日、ジェネシスからのアドバイスを受けてノーチラスはアインクラッドの各所でユナのライブを開く企画を提供し、更に自身は『楽器演奏スキル』を取ってピアノの伴奏を行い、ユナの歌を盛り上げる役割を担っている。彼女の歌声は、絶望に満ちたアインクラッドの中で人々の心を確かに癒し、皆に希望を与え続けている。そして今、彼らは七十六層の異変を聞きつけて、下層に戻れない事を承知の上でここにやってきた。全ては、ジェネシスとティアに今の自分たちの姿を見てもらうために。

 

「今日は、来てなかったね……あの2人」

 

 残念ながら姿を見せなかった恩人の姿を思い浮かべ、ユナはやや寂しげに呟く。

 

「ああ、そうだな……でも、すぐに会えるさ。彼らはこの層にいるのは間違い無いんだから。

必ず、聴いてもらおう……君の歌声」

 

「うん!!」

 

 ユナはノーチラスの言葉に、晴れやかな笑顔で頷いた。

 

 




お読みいただきありがとうございます。そして……ユナが生存ルートに入りました!!
個人的に、ノーチラス……エイジ君が本作で辿る道は作者自身が考えた一つの道と言いますか……原作で彼に必要だったのは、「彼を戦いから遠ざけるきっかけ」だったのかな〜と思うんです。エイジ君の持つ障害は、気合云々でどうにかなる問題では無いんですよね。
人は時に、どうしても超えられない壁にぶつかる事があります。超えられないのに無理に頑張って越えようとするよりは、無理な事は無理ときっぱり諦めて、自分が今できる事をやる方がいいと言うのが作者自身の持論なのです。そしてエイジ君には、その選択肢を示す人が必要だったのだと見てて感じたので、今回ジェネシス君にその役を担ってもらいました。

そしてユナが生存ルートに入った事により、オーディナルスケール編はかなりの改編を予定しています。本作のOS編がどうなるか……どうかご期待ください!

また、今回サチがどうして(^p^)な顔になってティアに襲いかかったのかは、第七話を参照していただけると一発で分かるかと思います。

では、また次回!いよいよ年末も近くなってきました。皆様、コロナに気をつけつつどうか寒さ対策をしてお過ごしください。








   〜予告〜

「なんだよ……このボスは……!?」

「いつになったら終わるのよ……?」

ジェネシス達が挑むのは、九十九層ボス。
立ちはだかるは、《古代の英雄》《龍の蒼槍》《天馬の緑弓》《巨人の紫剣》
そして目覚める────《凄まじき戦士》

「ったく、いつまでもガキどもにやらせてたら大の大人が廃るってもんだ」

立ち塞がる究極の闇を前に、遂に世界最強『星海坊主』が立ち上がる。
『伝説は塗り替えるもの』────さあ、勇者達よ。“十二の試練”を乗り越え、紅き城へ辿り着け!

  ソードアート・オンライン
    〜2人の黒の剣士〜
ホロウ・フラグメント「最後の試練編」
      近日開始!!




そして、『大いなる悪意』が胎動する───


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七十五話 デート

新年あけてもう二ヶ月経っちゃった……
どうも皆さん、ジャズです。fgoで士郎が来たり福袋で式さん引き当てたと思ったらスペイシュ復刻からの牛若イベがあり、さらにリアルの生活が忙しかったのもありなかなか執筆できませんでした。申し訳ありませんでした。

さて、今回お届けするのは……ティア推しには絶対に押さえておきたい、とあるゲームイベントを元にしております。


 アインクラッド攻略も順調に進み、残すところはあと99層のみとなった。モンスターの難易度も飛躍的に上がり、苦戦を強いられる状況下でも、皆はクリアを目指し直向きに攻略に臨む。

 そんな中、ジェネシスとティアはアークソフィアの街を2人で散策していた。この日、2人は階層攻略を休み仲睦まじく手を繋いで街を歩き回っていた。攻略が一層苦しくなった今だからこそ、休息は必須だ。今日この日の攻略はキリトや仲間達に任せ、2人はこうして数少ない休みを満喫していた。

 

「ふふっ♪」

 

 ティアは朝から上機嫌な様子でジェネシスの隣を軽くステップを踏みながら歩く。そんな彼女の隣を、ジェネシスは少し照れ臭そうに後頭部を掻きながら共に歩く。

 

「……あのなぁ、もうこの街は散々歩き回ったろ。もう目新しいもんなんざ無いと思うけどな」

 

「もぉ〜、分かってないなぁ久弥は。大事なのは、場所じゃなくて今こうして2人っきりで歩いてるってこと!」

 

 ジェネシスに対してティアが頬を膨らませながら指摘し、ジェネシスは「お、おう……」と気恥ずかしそうにしながらたじろいだ。

 

「まったくぅ〜……まだまだ乙女心に関しては勉強不足だね、久弥は」

 

「いやそんな無茶苦茶な……」

 

「あ、あそこ……すごい!新しいクレープ屋さんが出来てる!行こう久弥!!」

 

「んなっ……ちょ、そんな引っ張んなって!?」

 

 突如街の広場の近くに新しくクレープ屋がオープンしているのを見つけたティアはそれに向けて一目散に駆け出す。

 

 そんな彼らを、遠く背後から物陰に隠れて見つめる者達がいた。イシュタル、オルトリア達幼馴染2人と、ジェネシス達の娘であるAI、レイとサクラだ。

 

「あーあー、相変わらず人目も憚らず見せつけてくれちゃってまぁ」

 

「なんだか、すごく悔しい気持ちです……」

 

 ため息を吐きつつ呆れた顔でイシュタルが呟き、少々膨れ気味な顔でオルトリアが同調する。

 

「パパとママ、今日も相思相愛な様子で安心しました!」

 

「ええ。あの人達の笑顔を見てると、私達も心が温まりますね」

 

 レイは自身の両親が仲睦まじく街を歩く姿を見て嬉しそうに眺め、サクラも頷いて同意した。

 4人はジェネシスとティアが更に遠くへ行ったのを見ると、慎重に彼らの後をついて行った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「わぁ〜、いっぱい種類があるね!」

 

 陳列された多数のクレープにティアは目を輝かせた。

 

「……」

 

 そして甘いものが好きなジェネシスも自然と目の前に並べられたクレープに目が釘付けになる。

 

「雫はどれにするんだ?」

 

「ほえ?」

 

 ジェネシスの問いかけにティアは目を丸くした。

 

「いや、一応デートだから……まあ、なんだ。奢ってやんよ」

 

 しどろもどろな口調で言うジェネシスをティアはしばし見つめていたが、やがて「ふふっ」と軽い笑みをこぼした。

 

「あははっ!もう〜、そんなに気を使わなくたっていいのに。

でも、久弥がそう言うなら甘えさせてもらうね。どうしようかなぁ〜……私はイチゴチョコクリームにしようかなぁ」

 

「んじゃ俺は……キャラメルスイートポテトにしようかね」

 

 そしてジェネシスは2人分のクレープ代を支払い、それぞれクレープを手に取って近くの噴水が設置された広場に赴き、草地に座り込んだ。

 

「あむ……んん、おいしい……!」

 

 ティアはジェネシスに貰ったクレープを一口頬張り、その甘味に頬を綻ばせた。

 ジェネシスも自身が選んだキャラメルスイートポテトのクレープを一口食べると、その味に舌鼓を打った。

 するとジェネシスはティアが視線をこちらに向けているのに気づく。ティアはジェネシスのクレープをじっと見つめていた。

 

「あの……一口、あなたのが欲しい」

 

 ティアはやや申し訳なさそうに、しかし物欲しそうな目と口調でねだった。ジェネシスは何も言わずに自身のクレープを差し出す。

 ティアはしゃがみ込んだまま前傾姿勢を取り、腕で胸元を寄せて右手で右耳にかかった髪をかきあげると、一口彼のクレープを齧る。

 

「はむっ……ん……美味しい」

 

 するとティアは反対に自身のクレープを彼に差し出す。

 

「ん、私のも食べて」

 

「お?いいのかよ?」

 

 ティアは「はい」と彼の口元にクレープを近づけ、ジェネシスはそのまま一口彼女のクレープを食べた。

 

「……んん、美味いな」

 

 彼がクレープを食べたのを確認したティアは少し頬を赤らめて

 

「えへへ……間接キス〜♪」

 

 と嬉しそうにはにかむ。ジェネシスは思わず「ぶふっ!?」と吹き出してしまった。

 

「手を繋いで、間接キス達成したから……これでノルマの2つは達成できたね」

 

「の、ノルマ?」

 

 ジェネシスがティアの口から飛び出した単語に咳き込みながら問いかける。

 

「あ、そんな大したやつじゃないよ?今日デートするに当たって『これだけは済ませよう』って言うのを私が決めただけだから。全部で3段階」

 

「さ、3段階……???じゃああと一個はなんだよ」

 

「えっとね……」

 

 するとティアは蠱惑的な笑みを浮かべながらジェネシスに擦り寄る。

 

「それはね、“2人の身体を接触させて、愛情を確かめ合う”だよ」

 

「せ……接触ぅ!?」

 

 ジェネシスは“接触”という単語に反応して思わず赤面する。

 

「じゃあ……久弥……」

 

 ティアはうっとりとした瞳で彼を見つめ、

 

「……ハグ、しよう?」

 

「は、ハグ?……ああ、そっちか」

 

 それを聞いたジェネシスはホッと胸を撫で下ろした。するとそれを見たティアは悪戯な笑みを浮かべ、

 

「あれぇ〜?久弥、何を想像しちゃったのかなぁ〜?」

 

「は?あ、いや別に何もやましいことは想像してねえからな!本当、何にも!!」

 

「んん〜?ひょっとして……」

 

 ティアは自身の太腿を指でなぞって股部に持っていき、そのまま胸元のV字ネックに指をかけ、そのままゆっくりとおろして豊かな谷間を覗かせる。

 

「“こっち”の方が、したいの?」

 

「な、何言ってんだ!!こんな街中でおっ始めるとか……!」

 

「じゃあ、街中じゃ無かったらいいんだ?」

 

 思わぬ誘導尋問を受けてジェネシスは一瞬「うぐ……」と黙り込み、すぐ様否定しようと口を開くが……

 

「いいよ……私、久弥だったら何でも受け入れるから……ね……?」

 

 そう言ってティアはジェネシスの首元に腕を回し、そっと口づけを交わそうと顔を近づけていく。

 

 その時だった。

 

「はーーいそこまでー!!!」

 

 突如後ろから静観していた筈のイシュタルが乱入し、ティアの頭を蹴飛ばした。

 

「いったぁ!?な、なに!?え?凛ちゃん?ナンデ???」

 

「あのねぇ、正直口出しもしたくなかったし、せっかく仲良くデートしてるみたいだから、邪魔しないように気をつけるつもりだったけどもう無理!街中であんなの見せつけられたら段々腹立ってきたから乱入しちゃったのだわ」

 

「ついでに私もいますよ」

 

「パパ〜、ママ〜!私たちも居ますよ〜」

 

 そしてイシュタルに続き、ムスッとした顔でオルトリアが、満面の笑顔でレイが続き、最後に気まずそうな表情でサクラが「どうも〜」とおずおずと続く。

 

「ああ、もう!久弥の事はきっぱり諦めたつもりだったけどやっぱ辞めた!!こうなったら私もイチャイチャさせてもらうんだからねー!」

 

「わ、私も……」

 

 そう言ってイシュタルとオルトリアは同時に「えーい!」とジェネシスに飛びついた。

 

「ギャーー!?な、なんだ何してんのおめぇら!?」

 

「ちょ、ちょっと!!2人とも久弥から離れてよ!!そこは私の場所なんだから!!」

 

 ティアは驚愕と同時に慌てて2人を引き剥がそうとするが、イシュタルとオルトリアの腕の力が思いの外強く中々離れない。

 

「む〜……じゃあ私もぎゅーってしちゃうんだから!!」

 

 そしてティアはとうとう自棄になってイシュタル、オルトリアに覆い被さるようにジェネシスに抱きつく。

 

「あーっ!!皆さんずるいです!パパ、私たちもです!!」

 

「あ、じゃあ私も行きますよ!!」

 

 するとその流れに乗じてレイとサクラもその上から覆い被さった。

 

「ちょっと待ってえぇ!!おめぇら、一回落ち着いて……アッーーー!!死ぬうぅぅーー!!!」

 

 その日、多数の女性に覆い被さられて絶叫するジェネシスの声が街中に木霊した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 あれから一悶着あって、少女たちははしゃぎ疲れたのかジェネシスの目の前ですやすやと草原で寝息を立てている。

 

「……ったく、人をあんだけ玩具にしといててめぇらはさっさとおねんねってか」

 

 ジェネシスは自身の横に寄りかかるように眠るティアやイシュタル達を眺めて1人そう愚痴をこぼした。そんな彼の頬を、さわやかな風が優しく撫でるように吹き抜ける。

 1人、ジェネシスは心中でこの穏やかさに少しホッとしていた。しばらく激しい戦いが続き、心身共に疲弊していたので、こんな日が続いたら……と柄にもなく願ってしまう。

 だが、無常にも運命は彼に、その仲間たちに戦いを強要する。いつかこのゲームを終わらせるために。

 

 この日の夜、攻略を終えたキリトたちがついに99層のボス部屋を発見したと報告し、彼らはいよいよ目の前まで迫った試練にいっそう身を引き締めた。

 

 だが、この時彼らはまだ知らなかった。この後待ち受ける、想像を絶する試練の難易度を。

 

 そしてその後に待ち受ける、とある悲劇を……。

 




お読みいただきありがとうございます。
原作ではプレミアが来た事で修羅場とかしていましたが、今作では幼馴染そして娘たちが来た事で一波乱起きることとなってしまいましたw

さて、次回はいよいよあのボス戦に入ります。リアルの生活が忙しくなって来ましたが、なるべく早く更新できるようがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

そして、後ほど活動報告にてご連絡いたしますが、このお話の更新を機に本作の鍵を解除したいと思います。そちらも含めよろしくお願いします。


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七十六話 戦いの始まり

どうも皆さん、ジャズです。今回から、いよいよ99層ボス戦が始まります。そして今回から、また新たにオリキャラが1人登場します。


 キリト達から告げられた、99層ボス部屋発見の知らせ。それは、ジェネシス一行に告げられた決戦の合図であった。ここをクリアすれば100層は目前、即ちゲームクリアがすぐそこまで迫った事を意味する。ここまで、長く苦しい戦いを強いられてきた彼らだが、もうじきその戦いも終わる。

 だがそれは同時に、これから待ち受ける99層ボスがこれまで以上の難敵であろう事は皆も容易に予想出来た。

 

「それで、ボスについて何か情報は?」

 

「それが……済まない。偵察は出来なかったんんだ」

 

 通常であれば、これから戦うボスがどのようなモノなのか、中に入ってその姿形だけでも確認するのだが、どうやらキリト達はそれが叶わなかったらしい。

 と言うのも、ダンジョンのトラップを見極めるスペシャリストであるフィリアや、更にこの世界のシステムや仕組みに精通しているストレアが、このボス部屋に入るのを阻止したらしいのだ。このボス部屋は、一度入ったらボスを倒すか全滅するかまで出られないタイプの部屋らしく、キリト達だけでこの部屋に入るのは無謀に過ぎたので、偵察は諦めたそうだ。

 

「ぶっつけ本番ってことか……参ったなこりゃぁ」

 

 ジェネシスはやれやれと苦笑いしつつぼやいた。

 

「でも、私たちは行くしかありません。皆さん、可能な限り準備を整えてボス戦に挑みましょう。決戦は、明後日の正午に行います」

 

 攻略組のリーダー的存在であるアスナがそう締めくくり、その日はお開きとなった。しかし、場の空気はとても重い。

彼らを待ち受ける強敵。それに対する不安を抑えきれずにいた。

 

 会議が終わった後、もう夜も遅いので皆は自室に戻って行った。だが、ベッドに横になってもジェネシスは全く眠れなかった。いよいよ目前まで迫った、99層ボス戦。これを乗り切ればSAOクリアがもう目前となる。だが、今回のボス戦は間違いなく過去最高の難易度だ。それを前にしたジェネシスは、プレッシャーや様々な感情が胸中で渦巻き、中々眠れずにいた。

 ベッドから徐に起き上がり、少し夜風に当ろうと部屋を出た。階段を降りて食堂に降りると───────

 

「え、お前ら何してんの???」

 

 ジェネシスは思わず目が点になった。

 そこにはティアを始めキリトやアスナ、更にシリカやシノン、サチ、その他仲間達が全員集まっていたのだ。

 

「あ、久弥おはよう〜」

 

「おはよう〜、じゃねえよ。まだ深夜だよ」

 

「お前も寝れなかったんだな」

 

 キリトが苦笑いしながら話しかけ、ジェネシスは「ま、そんなとこだ」とため息を吐きながらティアと同じ席に座り、同じく起きていた食堂のオーナーであるエギルにコーヒーを注文した。

 

「お前、余計寝れなくなるぞ」

 

 とエギルは呆れつつもコーヒーを即座に作成し、ジェネシスに手渡した。

 彼がふと隣を見ると、ラフな格好のティアが自席で自身の刀の刀身を麻の布で磨いていた。ゲームの世界でその行為は果たして意味をなすのか分からない所ではあるが。しかしそうする事で心なしか刀身が美しくなっているように感じられた。

 

「うん、こんなものかな」

 

 ティアは満足げに頷くと、刀身をゆっくりと鞘に収めた。

その後、ティアは「少し素振りをしてくる」と告げると立ち上がって食堂を後にした。

 それを見送ったジェネシスは、ゆっくりと辺りを見回す。少し離れた席ではリーファ・シリカ・サチ・サツキとハヅキ兄妹が談笑を交わし、カウンター席ではシノンが読書を嗜んでいる。そして別の席ではツクヨがフィリアに技の型を伝授しており、その隣でリズベットとヴォルフが明日の営業について話し合っているようだった。

 皆、自身と同じくボス戦に対して何かしらプレッシャーや不安を感じているようだが、以前のようにただ怖がっている様子もなかった。不安や恐怖もある中で、仲間と励ましあったり、備えを整えるなど今自分にできる事を模索している。

 ジェネシスはそれらの光景を見て軽く笑みを溢すと、自身も夜風に当たろうと食堂を後にした。

 

 扉を開けて大通りに出ると、当然街は真っ暗だった。辺りを照らすのは路上の街頭と、76層の天井に据え付けられた星に似せた光のみだ。

 その路上で、ティアが刀の素振りを行なっていた。両手で刀の柄を握り、両腕を真上に伸ばす。刀身が街路樹を反射して銀色の美しい光を放つ。

 それをティアは勢いよく真下に振り下ろした。そして続け様に刀を左腰に溜めると、刀身が真っ赤な光を帯び始める。ティアはそれを引き抜くと同時に前方へ突進しながら多方向に刀を振り抜いていく。炎のエフェクトを放ちながら怒涛の連撃を叩き込む技、『緋吹雪』だ。

 真っ赤な火の粉のような残火が周囲を舞い、夜の街をうっすらと照らす中、ティアは刀を右手の中でくるりと回転させると、ティア自身かなり満足のいく仕上がりだったのか、うんうんと頷きながら納刀した。

 

「やっぱその技、中々チートじゃね?」

 

 一連の動きを見届けていたジェネシスは彼女の方へ歩み寄りながら話しかけた。

 

「ちょ、久弥見てたの!?」

 

 ティアはジェネシスが見守っていた事に気づいていなかったようで、ビクリと身体を震わせた後ジェネシスの方を向いた。

 

「全くもう……居たなら声かけてよね」

 

「そんなタイミング見当たらなかったんだが」

 

 その掛け合いをした後にしばし沈黙が訪れる。2人の間を、ひんやりとした夜風が通り抜ける。

 

「……勝てるかな、ボス戦」

 

「さてなぁ……」

 

 不安げに尋ねるティアに対しジェネシスはそう言って天を仰いだ。

 

「ま、絶対勝てる……とは言い切れねえな、こればっかりは。ま、やれるだけの備えはして、後は全力を尽くすだけだな」

 

「そっか……そうだよね。今のうちにやれる事、全部やろうきっと勝とうね。勝って必ず、みんなで現実に帰ろうね」

 

「ああ。たりめーだ」

 

 2人がそうして決意を固めた時だった。

 

「あの……少しいいですか?」

 

 そこへやって来たのは、彼らの娘であり現在ある“呪い”のようなアイテムを付けられているサクラだった。彼女はかつてSAOにおいて最も強力と言えるスキルである回復スキルを保有する者だが、その腰に巻き付けられた特殊な装置の影響でサクラが暴走する危険性があり、しばらくボス戦から引いていたのだ。

 

「よう、こんな時間にどうした?」

 

「無茶であることは承知してます。それでも、お願いしたいことがあるんですーー」

 

 サクラはそこですう、と深呼吸を挟み、ゆっくりと口を開く。

 

「私を……ボス戦に参加させてください」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ボス部屋が発見されて1日が経ち、その間参加メンバーは各々が可能な限りの準備を整え、いよいよその時を迎えた。

 統率のリーダーであるアスナはこの日、目前まで迫った99層ボス戦に向けて、時間ギリギリまで準備をしていた。具体的には回復ポーションの補充や武器のメンテナンスなどに不備がないか入念にチェックする。

 街は同じくボス戦に参加する者たちが戦いの準備を整えるために商店街に集まっており、その人混みの中をアスナはかき分けるように進んでいく。

 そんな時だった。

 

「アスナさんっ!」

 

 彼女を呼び止める女性の声が響いた。アスナはその声に聞き覚えがあり、跳ねるように振り返る。そこには小柄で華奢な体型の、黒のロングヘアーを三つ編みのおさげにまとめ、黒の瞳で眼鏡をかけた少女がいた。

 

「アキ!!久しぶり!!」

 

 アスナは目をパアッと輝かせてアキと呼ばれた少女に駆け寄った。彼女の名は『アキレア』。血盟騎士団の副団長を務めるアスナの護衛役であり、古い親友の1人だ。75層での大規模エラーが発生してから、長らく姿を見かけていなかった。

 

「アキちゃんももしかして今回のボス戦に……?」

 

「ええ。大変な戦いになると聞いて、居ても立っても居られなくなって……」

 

 話を聞くとどうやらエラーにより下層に残されたメンバーをアキレアはアスナに代わって取りまとめており、いつか来るであろう決戦に向けてひたすらメンバーのレベルアップを行なっていた。そして今回99層ボス戦が行われるにあたり、アキレアは残りのギルドメンバーを率いて満を辞して最前線に戻って来たのだ。

 

「そっか……そうだったんだ……本当にありがとう。アキちゃんがいるなら百人力だよ!よろしくね!」

 

「そ、そんな!百人力だなんて……でも、必ずお役に立って見せます。必ず勝ちましょうね!!」

 

 

 

 

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 正午・アークソフィア転移門広場

 

 ついに、時は来た。広場にはジェネシスやティア、キリト達四天王を始めとしたメンバーや、アキレアが連れてきた血盟騎士団全軍、その他今回の戦いに参加するハイレベルプレーヤー達が一堂に集まっていた。とはいえ、76層に来た当初に比べればその数は半分以下になってしまっているのだが。彼らは皆それぞれ最終チェックを行ったり、仲間と戦前の他愛のない会話を交わしたりしていた。

 

「ねえ、あそこにいるのって……アキじゃない?」

 

 そして、アスナと同じく旧友の存在に気づいた者が1人。今やアインクラッド内では最高峰の腕を持つとされる鍛治師のリズベットと、

 

「あ、本当だ……そっか、彼女も一緒に戦ってくれるんだ」

 

リズベットの助手のヴォルフ。2人はアキレアの堂々とした佇まいを後ろから見つめ、安心したようなって笑みを浮かべた。本当なら彼女に話しかけたいところではあるが、最早そのような時間は残されていない。

 やがて集団の前に、アスナが凛とした面持ちで壇上に上がる。

 

「では皆さんーーーー行きましょう」

 

 アスナは全員を一度見回した後、静かにそう告げて懐から回廊結晶を取り出し、99層ボス部屋扉前の道を開く。

 ゲートを潜った先は、薄暗い神殿のような場所だった。綺麗な形の石レンガで構成された建物の中に、漆黒の鋼鉄でできた高さ5メートルほどの巨大な扉が聳える。これまで見てきたボスの扉の中でも今回のそれは規格外の大きさで、これから戦いを挑む者達にこの先に待つモノがいかに強大な敵であるかを肌で感じさせる。だが、これほどのものを前にしても、誰一人狼狽える者は現れなかった。

 再び、先頭に立つアスナが皆の方を振り返る。

 

「では、最後の確認を行います。と言っても、このボスに関しては殆ど情報がありませんので、ぶっつけ本番になります。ですが、私は信じています。今、ここに集ったメンバーであれば、必ず勝てると。

ーー行きましょう。現実に帰るために」

 

 アスナがそう締めた直後、メンバーからは大きな雄叫びが飛び交った。皆、気合は十分なようだ。アスナもそれを聞いて満足げに頷くと、振り返って巨大な扉に相対する。

 そして、その扉を左手でゆっくりと押した。その瞬間、扉は大きな地響きと全身を震わせるほどの轟音を鳴らしながらゆっくり、ゆっくりと開いていく。一堂の歓声は一斉に鎮まり、静かに突入の時を待つ。

 

「っ、あたし、ちゃんとやれるかなぁ……」

 

 ここで、メンバーの1人であるシリカがやや不安げに声を漏らす。シリカは元々中層ゾーンのプレイヤーで、75層のエラーを聞いて急いで駆けつけた者だ。そのため当初は最前線で戦うには全くレベルが足りず、死に物狂いで鍛錬してようやく追いついた。とは言え、やはりボス戦の経験がジェネシス達に比べて圧倒的に少なく、更にシリカの年齢はまだ10代前半。歳不相応な過重なプレッシャーがシリカの両肩にずっしりとのしかかる。

 

「大丈夫、きっと大丈夫だよシリカ。もう貴女は十分強い。なんだってやれる。それは一緒に努力してきた私が保証するよ」

 

 そんな彼女を、同じく中層ゾーンから途中参戦したサチが優しく諭す。彼女もまた、シリカと同じく血反吐を吐きそうなくらいの努力を積み重ねて漸く最前線で通用するほどの実力を身につけた。共に頑張ってきた仲間の励ましを受けたシリカは笑みをこぼし、

 

「ありがとうございます、サチさん。必ず勝ちましょうね!」

 

「うん、もちろん!」

 

 そう言ってシリカは腰から短剣を、サチは長槍を取り出した。

 

「ピナもよろしくね?」

 

『きゅるっ!きゅるるっ!!』

 

 シリカはパートナーであるフェザーリドラのピナにも声をかけた。それに対してピナは得意げな表情で異性のいい声をあげて応えた。

 

 場所は変わって、集団の中央部。ここには黒白の兄妹と呼ばれるサツキとハヅキが並んで立っていた。

 

「はあ……とうとう、ここまで来たんだなぁ」

 

 サツキは1人、ため息を吐きながらそう呟く。思えばここまで本当に色々なことがあった。苦しいことも、辛いことも、逃げ出したくなるような理不尽なことも。

 しかしそれらは全て、今こうしてここにいる最愛の妹であるハヅキがいたからこそ乗り切れた。そう思い至ったサツキはここで改めて、必ず妹を守り切ろうと決意を固めた。

 

「……生きて帰ろう、ハヅキ」

 

「うん。もちろんだよお兄ちゃん。私たちならきっとやれるよ」

 

 そしてサツキは双頭刃を、ハヅキは弓と一本の矢を取り出して構えた。

 そんな兄妹を、暖かい目で見守る人物が3人。ハヅキと同じく妹ポジションであるリーファと、射撃武器使いのシノン、そして救国の乙女の名を持つジャンヌ。

 

「あーあ、あっちはあっちで仲良さそうでいいなー」

 

 リーファはハヅキの後ろ姿を、羨ましそうな目で見つめながら呟いた。現実では兄であるキリトとは少し距離があり、それでもリーファは敬愛する兄の為にリスクを承知でこのデスゲームに飛び込んだ。今となっては兄妹の仲はかなり良好なものとなったが、それでもリーファにとってはサツキとハヅキこそが理想なのだろう。

 

「ま、あいつそういうところ鈍いっぽいしね。ジェネシスも似たところはあるけれど」

 

 その隣でシノンは同情と憐れみを込めた表情でリーファを見つめながら言った。

 

「だからあたし、この戦いも絶対に生き残ります。この戦いも、この次の戦いも生き残って、現実に帰ったらお兄ちゃんにうんと甘えてやろうって思います」

 

「ええ、そうしてやりなさい。そうでもしなきゃ、キリトみたいな鈍感は気づかないでしょうし。

でも、私もそうね……この世界から出たら、ジェネシスをご飯に誘ってやろうかしらね」

 

 シノンはリーファの決意に便乗してニヤリと笑いながらボウガンを取り出す。シノンはリーファと同じく外部からの参戦だが、リーファと違いエラーで巻き込まれた者だ。

 そして幼少期にとある事件に巻き込まれ、それが今でも心の傷となっている。その為、この世界に来た当初は自棄気味に無茶なレベリングなどを繰り返していたが、それをジェネシスが止め、いつしか彼の存在がシノンの支えとなっていた。シノンはそれ以来、少しずつではあるがあのトラウマに向き合いつつある。

 

「生き残りましょう、必ず」

 

「はい!」

 

 シノンとリーファは力強く言葉を交わすと、シノンは矢をボウガンにセットし、リーファは片手剣を構えた。

 2人を隣から見つめるジャンヌは、優しげな笑みを浮かべて見つめていた。

 

『強いですね、お二人とも……いいえ、ここにいる皆さんは本当に強い』

 

 ジャンヌはこのゲームにおいてかなり珍しい海外のプレイヤーだ。母国語が通じずほぼ2年余り、たった1人で過ごしていた。

 ジャンヌは強靭な精神を持つ人物だが、孤独を感じていなかった訳ではない。むしろ、ジェネシス達と遭遇した時は孤独が限界に達しそうになっていたのだ。

 しかしここで漸く言葉が通じるようになり、更にジェネシスやその仲間達は皆気さくで人がよく、直ぐに打ち解けて今となってはかけがえのない親友になっている。

 そんな彼らを、ジャンヌは守りたいと感じていた。例えこの身を賭けてでも、自分の孤独や寂しさを埋めてくれた仲間達を失わない為に、ジャンヌはこれまで守護の御旗を振り続けた。そして今日も、ジャンヌは旗を振るだろう。敬愛する仲間達を守る為に。

 

『主よ……どうか我らをお守りください』

 

 ジャンヌは祈りを捧げると、旗を両手で高く掲げるように構えた。

 

 集団のやや後ろの方で、緊張した面持ちで立つフィリア。そしてその隣には、余裕のある佇まいでキセルを加えるツクヨ。

 

「そう固くなるでない、フィリアよ。これまでの鍛錬をこなした主に最早越えられぬ壁などありんせん」

 

「あはは……あの鍛錬はキツかったなぁ……」

 

 フィリアはどこか遠い目で鍛錬の日々を思い出しながら呟く。

 

「フッ、あの程度の鍛錬なぞ朝飯前よ。わっちの師匠の鍛錬はアレの5倍はきついぞ?」

 

 ツクヨの言葉にフィリアは「え゛っ ……」と思わず絶句した。

 

「……一体どんな鍛え方なの?」

 

「ふむ、それを知りたくば生きて帰って実際に体験してみるほうが早いじゃろう。なに、主ならば必ずやれるとも。

……ともあれ、何よりまずは目の前のボスじゃな。話はそれを終わらせてからじゃ」

 

「うん!今日もよろしくお願いします、師匠!」

 

 満面の笑顔でいうフィリア。そんな彼女に一瞬面食らったツクヨは目を丸くしていたが、やがて困ったような笑みを浮かべてキセルをひっくり返し、灰を捨てる。

 

「やれやれ、師匠呼びとはこそばゆいものじゃな」

 

 そしてキセルを懐にしまうと、両手に苦無と手裏剣を取り出し、フィリアは腰からソードブレイカーを引き抜いた。

 

「はあ……毎回思うんだけど、まさかアンタとこうして肩を並べて戦うなんてすごく変な気分なのだわ」

 

「それはこちらも同じですよ凛ちゃん」

 

 巨大弓、マアンナの最終調整をしながらイシュタルは呟き、その隣でオルトリアが袋に詰め込んだカステラを頬張りながら答えた。

 

「待ちなさい、あんたこれから大事な戦いだって時になに呑気にお菓子食べてるのよ」

 

「これを食べないと私の中のオルトリアクターが不調になるんです。だからこれは必要な燃料補給です」

 

 イシュタルの問いかけに対してオルトリアはなにも悪びれる様子もなく答えた。

 

「オルトリアクターとかなんだかについてはもう突っ込まないでおくのだわ。それはそうと、私にも一つだけ頂戴な」

 

 するとオルトリアは一瞬「むー……」と頬を膨らませた後、カステラを一個取り出してイシュタルに渡した。

 

「あら、珍しいじゃない。アンタがタダでお菓子をくれるだなんて」

 

「これは経営戦略というものです。この戦いが終わったら、私のお店のお菓子沢山買ってください」

 

「あー、はいはい。山ほど買ってやるわよ。雫と一緒にね」

 

 イシュタルは懐から宝石類を取り出しながら最終チェックを終えた。

 

「言質は取りましたからね凛ちゃん……」

 

 オルトリアはしめたと言わんばかりの笑みでそう返し、ビームサーベルを展開した。

 

 集団の先頭付近では、やや俯き加減のサクラが1人立っていた。その隣には彼女の姉に当たるストレアが大剣を肩に担いで立っている。

 

「……サクラも来ちゃったんだね。このボス戦に」

 

「はい。MHCPの名にかけて、私は皆さんの役に立ちます」

 

 昨夜、ジェネシス達にボス戦参加を願い出たサクラ。当然2人はサクラの身を案じて反対したのだが、彼女が必死に説得した結果ジェネシスが折れて参加を認められたのだ。

 

「でも……それでも、姉さん。もし私が抑えきれず暴走してしまったらその時は」「やめて」

 

 サクラの言葉をストレアは鋭い声と表情で遮った。

 

「アタシに……妹を殺させないで。アタシの力はその為にあるんじゃない」

 

 ストレアは両目にうっすらと涙を溜めながら悲痛な声で言った。

 

「〜〜あーっ!やめやめ!大丈夫、サクラは絶対みんなが助けてくれる。だから安心して、いつも通り笑顔で行こう!」

 

「姉さん……ふふっ、そうですね。ここには頼れるお父さんやお母さん、そして皆さんがいる。なら、もう余計なことは考えずに全力で行きます」

 

 いよいよ腹を括ったサクラは両手で頬を2、3回叩き、ストレアは大剣を引き抜いて右肩に担いだ。

 

「ヴォルフさん、リズさん!」

 

 ここでアキレアが旧友のヴォルフとリズベットに気付き、彼らの元に駆け寄った。

 

「やあ、アキさん」

 

「久しぶりね、アキ。さっき見かけたんだけど声かけられなくて」

 

「お二人とも私がいること気づいてたんですか!?なぁんだ、サプライズのつもりだったのに」

 

 アキレアは2人を驚かすつもりだったようだが、それが叶わなかったことに少々肩を落とした。

 

「積もる話は色々あるけど、それもこの戦いが終わってからだね」

 

「はい。必ず乗り切りましょうね!」

 

 ヴォルフは背中からバトルアックスを、リズベットは右腰にマウントされたメイスを取り出し、アキレアは左手に持った盾に差し込まれた片手剣を引き抜く。

 その時、不意にヴォルフがアキレアに尋ねる。

 

「その……アスナのことは、もういいのかい?」

 

「……ええ、大丈夫です。だって」

 

 そしてアキレアは先頭の方に視線を向ける。その先には、アキレアが慕うアスナと、その隣に寄り添うように立つキリトの姿があった。

 

「あの人には、頼れる『黒の剣士』がいますから。あの人の幸せが私の幸せだから……これでいいんです」

 

 集団の最前列でゆっくりと開くドアを至近距離で見つめるアスナ。その隣に、キリトは立った。

 

「どんな敵が待っていようが、俺は必ず君を守る。必ずだ」

 

「……うん、信じてる。私も君を必ず守るよ。必ず、勝とうね!」

 

 2人は頷き合うと、それぞれの獲物を引き抜いて構えた。キリトとアスナから少し離れた所に、ジェネシスとティアは立っていた。

 

「久弥……」

 

 不意に、ティアが口を開く。

 

「生きて帰ろうね、アークソフィアに……現実世界に」

 

「……おうよ」

 

 ジェネシスは一言だけそう返すと、背中から大剣を引き抜く。そしてティアも、左腰から白銀の日本刀を素早く引き抜き、両手で構えた。

 

 

 そんな彼らを、集団の最後尾から見つめる男がいた。ティアの実父、ミツザネ。

 彼はこの戦いが始まる前から、今まで感じたことのない違和感を感じていた。それが一体何なのか、彼自身にもよく分からなかったのだが、いざボス部屋の扉を前にした瞬間、それがようやく理解できた。

 今、この瞬間ミツザネの本能が警鐘を鳴らし続けている。

 

   ───“お前は、ここで死ぬ”────

 

 彼の遺伝子が、心が、直感がミツザネ自身の敗北、そしてここで命が終わることを宣言していた。

 しかしミツザネは、右手で自身の股部に手をかける。

 

「……ガタガタ五月蝿え」

 

 そして右手で自身の金的を思い切り握りつぶした。

 

「……俺ぁ死ぬのなんざ覚悟の上でここに立ってんだ。この身を犠牲にしようとも……こいつらの未来は守って見せらぁ」

 

 そう言って、ミツザネは指の関節を『ゴキリ』と鳴らす。

 

 全員の覚悟がようやく決まった時だった。部屋の扉が完全に開き切った。

 

「戦闘ーー開始!!」

 

 アスナの号令が掛かるとともに、攻略組は一斉に部屋の内部へと突入していく。

 

 だが、部屋に入ってそこに待つ主人の姿を目にした瞬間、全員が足を止めた。

 

 

 そこに居たのは、これまでのような異形のモンスターや巨人などではなく、純然たるヒトの姿だった。全身は真っ黒なタイツに覆われ、胴体や肩には真紅の甲羅のような鎧を纏っており、頭部は遠くからでも目立つ大きな赤い瞳と、頭部にあるクワガタのやうな鋭い2本の角が生えている。

 

『かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を持った古代の戦士がいた』

 

 その足元に、日本語で記された碑文があり、皆がそれを読んだ瞬間にボスはゆっくりと歩き出す。

 頭部にはボスエネミーであることを示す赤いカーソルが灯り、『The Ancient Warrior-“Kuuga”』と表示された。

 

 今、“古代の戦士”と勇者達の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 戦いの瞬間を、違う場所から見つめる存在がいた。ここはホロウエリアの管理区。

 ここに、真っ白な着物を見に纏った淑やかな女性、『シキ』。彼女は悲痛な表情で戦いの現場をモニタリングしていた。

 

「どうか……どうか生き延びて」

 

 彼女は両手をぎゅっと握り締めながら願った。

 

「今回のボスは改変されている……あの男によって。

本当にごめんなさい……もう、私にはどうすることも……!」

 

 シキの手は、悔しさのあまりカタカタと震えていた。

 




お読みいただきありがとうございます。そして今回、アキレアというしんきゃらが登場しました。こちらはヴォルフくんと同じ巻波彩灯さんから頂いたオリキャラとなっております。巻波さん、本当にありがとうございます。

https://syosetu.org/novel/232879/

作品のリンクはこちらになります。良ければ是非ご覧ください。

それでは、また次回。


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七十七話 開幕・99層ボス

大変お待たせいたしました。ここ最近とある事情でほとんど執筆できておりませんでした。最近は少しだけ落ち着いたので、ここから少しでも巻き返していきたいと思っております。


 石レンガで構成された威厳ある闘技場のようなフィールドに、プレイヤー達の怒号が響き渡る。皆それぞれの獲物を手に一斉に駆け出し、目の前に立ちはだかる真紅の戦士に突っ込んでいく。それに対して赤き古代の戦士────クウガは直立の体制から視認不可能な程の速さで駆け出し、一瞬でプレイヤー達との距離を詰めて捕捉した重装備の男性プレイヤーの鳩尾を拳で殴りつけた。

 

「ぐうぉあぁ!?」

 

 男性はパンチのダメージでその場から数メートル後方まで吹き飛ばされ、身につけていた胴体の重厚な鎧が弾け飛んだ。彼が身につけていた鎧は防御パラメータが高めに設定されていたものであるため、それを一撃で破壊せしめたクウガの破壊力は、歴代ボスの中でも屈指の高さを誇るのだと言うことをメンバーはこの一撃の攻撃で察知し、皆は一層気を引き締めた。

 攻略組の指揮を執るアスナが全員に支持を飛ばし、盾役を前にクウガの全方位を囲みながら接近するという作戦がとられ、ジャンヌやエギルと言ったHPと防御力が比較的高めのプレイヤーが最前線でクウガに突っ込んで行き、その後ろにヴォルフやジェネシスと言った攻撃力の高いプレイヤーが続くという陣営で果敢に攻め込む。

 

 まず、一番前に立っていたジャンヌがクウガと接敵した。クウガが左右の拳を交互に繰り出してパンチのラッシュを浴びせるが、ジャンヌは旗の持ち手で器用にそれを弾いていく。ジャンヌがここまでクウガのパンチを捌けるのは、単にジャンヌの防御力が高いというだけでなく、彼女の筋力値が現在この場にいるプレイヤーの中でもトップクラスの高さを持っているからだ。

 

「こっちを忘れてもらっては……困ります!!」

 

 クウガがジャンヌに集中攻撃を浴びせている隙をつき、アキレアがクウガの横から片手剣ソードスキル『ヴォーパル・ストライク』による重い刺突攻撃を決め、クウガを吹き飛ばす。

 

「グゥレイトだぜアキさあぁぁぁぁぁん!!」

 

 地面に仰向けになって倒れ込んだクウガに対し、すかさずヴォルフが大ジャンプしてクウガの真上からハルバードを振りかぶり、両手斧スキル『ワール・ウインド』を叩き込む。

 斧の刃が轟音を立ててクウガの胴に深々と突き刺さり、HPを大きく削った。しかしクウガは胴体に叩き込まれた斧の刃を掴み取ると、そのままヴォルフごと斧を投げ飛ばした。ヴォルフはしばらく宙を舞ったのちに地面に落下し、さらにクウガは追撃を加えるために彼に向かって駆け出す。

 

「やらせないっての!」

 

 だがそれを、リズベットがクウガの背後から片手棍スキル『トライス・ブロウ』で無防備な背中を殴り、さらにシノンが遠距離から射撃スキル『シングル・ショット』でクウガの背中を正確に射抜いた。その攻撃を受けて一瞬怯んだ隙をついてシリカ、フィリアが滑り込みながら両足の脹脛を斬りつける。足を切られて体制を崩したクウガに、正面からイシュタルが顎に飛び蹴りを叩き込み、さらに続けてオルトリアが胴をビームサーベルで抉るように斬り込み、そして立て続けにイシュタルが大型弓《マアンナ》で極太のレーザー光線を放つ。

 

「オラアァァァァァァ!!!」

 

 クウガがイシュタルの放った光線に焼かれた直後に、ジェネシスが大剣を横薙ぎに振るってクウガの胴を叩きつけた。その威力によってクウガは空のペットボトルのように軽々と吹き飛んでいき、石レンガの壁に衝突した。

 

「いいぞ、攻撃を緩めるな!!」

 

 キリトが指示を飛ばしながら双剣を構えてクウガに突っ込んでいく。右手の黒剣を上段から振り下ろし、続けて左手の真紅の剣で突き技を放つ。しかしクウガは素早い反応でキリトの両手首を掴み取ると、そのまま背負い投げで地面に叩きつけ、さらにその胴を蹴り飛ばす。数メートル地面を転がったキリトに、クウガは追撃をかけるために彼目掛けて駆け出す。

 だがその道にツクヨが割り込み、左右の手に逆手持ちで握られた苦無を素早い動作で繰り出していく。ツクヨの無駄のない洗練された動作で苦無の斬撃が襲いかかるが、クウガはそれを拳で容易くあしらっていく。短剣特有のスピードによる攻撃をものともしないクウガだが、ツクヨは苦無を繰り出す中でカウンターの回し蹴りを顔面にヒットさせ、体制を崩したクウガに対し苦無術《雷電纏・迅雷一閃》を発動し、稲妻の如く電気を纏った苦無をクウガの両肩に突き刺す。

 

「行くよえっちゃん!」

 

「りょーかいです」

 

 続いてティアとオルトリアが刀とビームサーベルを手に駆け出し、刀居合スキル《辻風》・双頭刃ソードスキル《ライトニングスラッシュ》でクウガの腹を左右から斬り上げた。これで残りHPは最後の一本の半分まで減少し、あと少しというところまで来た。

 

 だがその時、クウガの身体に異変が走る。ツクヨが突き立てた苦無、そしてオルトリアが放った電気系ソードスキルによる電流が「バチバチッ」と音を立てながらクウガの全身を走る。そしてその肩アーマーの縁、腰のベルト周り、そして右足の足首周りがゴールドのアーマーに変化した。

 

「ここに来てパワーアップしたって言うの……?」

 

 一連の光景を見ていたアスナが思わずそう声を発し、全員もクウガの方を見て固まってしまう。その不意を突いてか、クウガは腰を深く落とし、そして勢いよく駆け出す。一歩、2歩と力強く踏み締めたのちに空中へ飛び上がり、前方宙返りをしたのちに攻略組全員に向けて飛び蹴りを放つ。

 

「やらせるか!!」

 

 しかしいち早く反応したサツキが双頭刃スキル《ロー・アイアス》を発動し、7枚の縦を展開してクウガの飛び蹴りを受け止める。しかし飛び蹴りの威力は見かけに反してかなり高く、アイアスの盾は次々と破られてあっという間に最後の1枚に到達してしまう。サツキは歯を食いしばって踏ん張るが、それでも最後の一枚に徐々にヒビが入っていく。

 

「お兄ちゃんそのまま!」

 

 しかしサツキの背後に回り込んだハヅキが弓を構え、クウガの足底目掛けて射撃スキル《ディメンションシュート》を放つ。シアンの矢印状の光線がサツキの左頬すぐ横を通過し、そのままクウガの右足裏に命中。爆発と衝撃波を起こしてクウガは宙を待って後ろへ吹き飛んでいく。轟音を立てて落下し、クウガはそのまま地面に横たわった。

 

 攻略組が仕掛けた怒涛の連続攻撃によってクウガのHPは全て削り取られたが、攻略組のメンバーは皆不審がった。

 “これで終わりなはずがない”ーー誰もがそう予感した。当然だ。これで終わりなら、99層ボスとしてはあまりにも弱すぎる。そして彼らの予感は最悪の形で的中することとなる。

 

 クウガは徐に起き上がると、両足を開いて深く腰を落とし、右腕を真っ直ぐ左上に伸ばし、左手をベルトに翳す。水の流れのような清らかな音が流れ、深紅だったクウガの装甲が徐々に青く染まっていく。

 

「これは……流石に予想してなかったな」

 

 その光景を見たキリトが苦虫を噛み潰したような顔で言い、アスナも冷や汗を流して首肯した。そして完全復活を果たしたクウガーー《クウガドラゴン》はいつのまにか出現していた槍を構えて再び相対した。

 

「チッ……やるしかねえか」

 

 ジェネシスは忌々しげに舌打ちしつつ、大剣を再び肩に担いで身構えた。だが次の瞬間、クウガはジェネシスとの距離を一瞬で詰め、槍の先端を彼の腹部に向けて突き出しており、瞬きする間も無く唐突に繰り出された攻撃に、ジェネシスは反応が遅れてしまった。

 

抜刀術《蓮華》

 

 だがそれよりもいち早く反応していたティアがジェネシスの前に割り込み、抜刀術ソードスキルで槍の中腹を叩き、軌道を逸らした。クウガは標的をティアに切り替えると、槍を複雑な軌道でティアに突き出していく。なんとか持ち前の反射神経と剣速でそれらを捌いていくティア。

 

“こいつ……さっきまでとスピードが違う!”

 

 槍という武器はその長さ故に取り回しが悪くスピードが落ちやすい武器だが、クウガは達人の如く無駄のない素早い動作で槍を操る。

 

「たぁーっ」

 

 押され気味のティアに、オルトリアが双刃形態のビームサーベルでクウガの背中を斬った。さらに、

 

「槍だったら、私も負けていられない!」

 

 サチが真横から槍ソードスキル《ソニック・チャージ》で横腹に突きを放つ。続けてリーファが片手剣ソードスキル《ソニック・リープ》で、フィリアが短剣ソードスキル《ファイトエッジ》で同時に斬り込む。

 

 だが、サチ・リーファ・フィリアの攻撃は効かなかった。たしかに命中した筈の3人の攻撃は、まるで鉄筋コンクリートの壁を殴ったかのように全て弾かれたのだ。意表を突かれ一瞬硬直した3人に対し、青いクウガは長槍を横長に振るってリーファ達を吹き飛ばした。

 

「スグ!」

 

 吹き飛ばされたリーファをキリトが抱きとめた。彼女のHPは思いの外削られたものの、致命傷には至ってはいない。

 

「………うそ……」

 

 ここで敵の解析を行ったサクラが青ざめた顔でつぶやく。

 

「このボス……リーファさん達のソードスキルに耐性を得ています……」

 

 サクラ曰く、クウガは既にマイティフォーム時の時に受けた技全てに耐性を得ているとの事。決め手となったのはラストアタックとなったハヅキの《ディメンションシュート》。これにより《ディメンションシュート》級以下の攻撃ではクウガに傷一つすら与えることは出来ないと言うのだ。

 

「そんな無茶苦茶な……!」

 

 シリカが思わず悲痛な叫びを上げた。つまりこのボスを倒すには「事実上最低限の攻撃力を持つ技で、尚且つクウガに有効なソードスキル戦わなければならない」のだ。

 

「じゃ、ここは俺らが引き受けるしかなさそうだな」

 

 するとエギルが斧を肩に担いで前に出た。クラインもそれに続く。

 

「この場は俺たちが引き受ける。おめぇらは一旦下がっててくれ」

 

「エギル?そんな、無茶だ!」

 

「ここでおめぇらの攻撃に耐性つけられて、後々手ェつけられなくなったら困るだろ。それに、いつまでもてめぇらに任せっきりじゃ面目が立たねぇしな」

 

 キリトが引き止めようとするも、エギルは不敵な笑みでそう告げると果敢に駆け出す。それに続きクラインやリーファ、シリカらが獲物を携えて飛び出していく。

 エギルが斧をクウガの真上から振り下ろし、続けて横薙ぎに振るいクウガを吹き飛ばす。

 

「行くよ、ピナ!」

 

『きゅるるっ!』

 

 シリカとピナが続けてクウガに挑む。彼女の得意分野である敏捷性を活かして素早くクウガの懐に飛び込み、短剣ソードスキル《ラビット・バイト》でクウガの太腿に短剣を突き立てる。しかしその攻撃を受けてもクウガは怯まずシリカを蹴飛ばした。それでもシリカは食い下がって再び挑むが、その直後クウガの槍先がシリカの腹部を貫いた。

 

「シリカ!!」

 

 刺されてダメージを受けたシリカの救援に向かうサチを殴り飛ばし、更に追撃をかけるためにゆっくりと歩み始める。

 

『きゅるっ!!きゅるるるるっ!!』

 

 主人の危機を察知したピナがクウガにブレス攻撃をかけるが、まるで蠅を追い払うかのような動作でピナを弾き飛ばす。

 

「ピナっ……!」

 

 槍で身体を貫かれた状態のシリカがピナを抱き止める。幸いHPの全損は免れたが、それでもかなりのHPは削られてしまっている。そこへ青いクウガが無慈悲にも拳を振るって2人を殴り飛ばす。

 地面に倒れ込んだシリカに、とどめの一撃を与えようと槍を構えるクウガ。

 

「こんな、ところでっ……やられるもんかあぁぁぁ!!」

 

 その時、シリカの叫びに応えるかのように彼女の周りを突如発生した炎が包む。

 

《上位EXスキルNo.09 テイマーズワルツ 発動》

 

 そして炎の中からシリカの短剣がクウガの青い鎧を焼き斬った。一瞬怯んだクウガは直ちに距離を取ってシリカの方を注視する。そこに立っているのは、もう先程までの愛らしい少女などではなく、勇ましい“戦士”の表情で堂々と立ち続けるシリカの姿だった。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
あぁ……しばらく書いてないから少し描写力が落ちてる感が……申し訳ない。
そして満を辞して遂にシリカ覚醒の時。もうMOREDEBANだなんて呼ばせません。超強化を果たしたシリカの勇姿、乞うご期待ください。


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七十八話 Alive A life

シリカ「もうMORE DEBANなんて、言わせない」(`・ω・´)キリッ


 燃え盛る炎の中からゆらりとシリカは立ち上がる。皆が彼女の豹変ぶりに戸惑う中、クウガは槍を構えて突っ込んでいく。一瞬の動作であったため全員反応が遅れたが、シリカはその攻撃を槍の刃先を短剣で叩くことで軌道を逸らし、容易く弾く。その反撃に、シリカは短剣を逆手から順手に持ち帰ると、刃に炎を纏ったソードスキルを発動し、クウガの鳩尾に叩き込む。

 

テイマーズワルツ ソードスキル“ストライクベント”

 

 腹に炎の一撃が叩き込まれたクウガは、その衝撃で後方に吹き飛んでいく。そこは間髪入れずにシリカは追撃を加える。

 

「行くよ、ピナ!」

 

『きゅるるるっ!』

 

 シリカの掛け声に応えたピナが彼女にブレスを吐いてバフをかける。ピナからのブーストを受けたシリカは、背中に竜の羽のような炎のエフェクトを発してその場から飛び出す。

 

テイマーズワルツ バフスキル“インフェルノウイング”

 

 ほぼ一瞬の速さでクウガと距離を詰めたシリカは、立て続けに短剣ソードスキル“エターナルサイクロン”を発動し、緑の旋風を伴った剣戟でボスの身体を斬り刻む。

 

「この機を逃すな!シリカに続け!!」

 

 ここまでシリカの奮戦を見届けていたエギルたちも我に帰り、それぞれの得物を構えて一斉に飛びかかる。

 まずエギルが大型のバトルアックスを振りかぶってクウガの胴に叩き込み、続けてサチが後ろから槍で背中を突き刺す。手持ちの長槍で反撃に出るクウガだが、間髪を入れずにアキレアが片手剣で脇腹を抉り切り、リーファがその反対側から長剣で首下を一閃する。攻撃部隊はクウガに反撃の隙を一切与えず、連携をとってとにかく攻撃し続けた。

 見事な連携プレーと止まらない攻撃を続けたことによってクウガのHPは瞬く間に減少していき、やがて残りがイエローゾーンに到達。もうゴールは近い、全員がそう思った瞬間。おそらく僅かに出来た油断を感じ取ったのだろう、クウガは一瞬の動作で自身に突っ込んできたサチの腹部に槍の先端で突きを加えると、その場から飛び上がって全員と距離を空けた。そして攻撃部隊の動きが微かに止まり、クウガはメンバーに対して槍ソードスキル“リヴォーブ・アーツ”を発動してリーチ内に立っていたメンバーを吹き飛ばした。

 

「く、っ……ここまで来て……!」

 

 腹部に切り傷を受けたアキレアが悔しげにクウガを睨みながら起き上がる。しかしその直後、炎の翼のようなエフェクトを背中から生やしながらシリカが突っ込んだ。

 

「たああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 勇ましい掛け声と同時に飛び蹴りをクウガの顔面に放ち、後方にバランスを崩したと同時に今度は脚部を短剣で切りつけた。

 槍を直立させて先端の刃をシリカに向けて突き刺すクウガだが、シリカは前方に転がり込んで瞬時に背後に回り込み、背中を短剣ソードスキル“ラビットバイト”で切り込んだ。

 そこからクウガとシリカの技の応酬が始まった。青の刺突と赤の斬撃が虚空を斬り、衝突し、互いの身体を抉る。クウガの蒼き装甲に赤い切り傷がついていき、シリカの華奢な身体に槍が何度も突き立てられる。しかし、それでもシリカは決して止まらなかった。

 

「負けない……負ける、もんかあぁぁぁぁ!!!」

 

 そしてシリカの短剣に真紅のエフェクトが走り、いよいよ最後の決め技にかかった。リーチは十分、狙いも完璧。誰もが“決まった”と確信した。

 だがクウガも簡単に終わらなかった。左拳を下から突き上げてシリカの短剣を握る右手を打つと、怯んだシリカは思わず短剣を離してしまう。続けてクウガは、槍の先端に青いエネルギーを収束させると、力を込めてそれをシリカの腹部に突き刺した。

 

 

「が、ふっ……!」

 

 「ドシュッ」と痛々しいサウンドエフェクトが鳴り、シリカはその場に立ち尽くす。そしてクウガはそのまま彼女に蹴りを入れて奥の壁に叩きつけた。全身を強打したシリカはそのまま力なく地面に倒れ込む。既に残りのHPはレッドゾーンに到達し、すぐに回復しなければ危険な状態だ。

 

「シリカ!!」

 

 キリト、アスナ達が慌ててシリカに駆け寄り、サクラが回復スキルを発動してHPを全回復させた。だがシリカにはデバフがかけられており、その頭上に59秒のカウントが表示されて刻々と時間を刻んでいる。

 

「これは……“封印エネルギー”……!!」

 

 分析したストレアが絶望的な表情で叫ぶ。

 

「やばい、これは一種の“死の呪い”だよ。あと1分以内にあのボスを倒さないと……シリカは死ぬ」

 

 ストレアから告げられた言葉で皆は驚愕した。このデバフはサクラのスキルを使っても解除は不可。ただ、シリカ本人が青いクウガを撃破しなければならない。

 

「あ、はは……やっぱり、ダメだなぁ……あたし……」

 

 しかしシリカは、力なく笑うと目元に涙を溜めて悔しそうに呟く。

 

「いつもいつも……皆さんの足ばっかり引っ張って……結局今回もまた……あたしは役立たずで終わっちゃうんだ……」

 

「泣き言なんざ言ってる場合か」

 

 だが気落ちするシリカの頭をごつごつした掌が思いきり引っ叩いた。見上げると、ミツザネが険しい表情でシリカを見下ろしていた。

 

「そんな事言ってる暇なんざねぇだろ。見ろ、もうあと40秒しかねえ。やると決めたんならとことん戦い抜け。負けないと決めたんなら絶対に勝て。そんなもんで折れるタマじゃねぇだろ、お前さんは」

 

「ミツザネ、さん……」

 

 ミツザネはシリカの腕を掴むんで引っ張り上げ、彼女を立ち上がらせた。

 

「若ぇもんが簡単に命を手放すな。さあ行け、自分の命くらい自分で守って見せろ!」

 

 力強くシリカの背中を叩きながら、ミツザネは叱咤激励をかけた。

 

「シリカ」

 

 不意に、ジェネシスがシリカを呼び止める。彼は真剣な眼差しでシリカを見つめると、一言こう告げた。

 

「……俺は信じてるぞ」 

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、シリカの折れかけていた心が再び息を吹き返す。

 

「行くよ……ピナ」

 

『きゅるるるっ!』

 

 相棒の小竜に声をかけると、ピナは頼もしい声でシリカに答えた。時間は残り30秒。もう猶予は残されていない。クウガは槍を両手で保持してシリカを待ち構える。先ほど落とした短剣はクウガの足元に転がっている。

 シリカは「フゥ……」と息をゆっくりと吸い込んで深呼吸すると、次の瞬間勢いよく飛び出した。ピナからのブースト“インフェルノウイング”による加速能力も経て凄まじい勢いで突っ込んでいく。

 

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 全速力で駆け抜けると、クウガは槍ソードスキルを発動してシリカに向けて突き出す。だがシリカはそれを回避せずにそのまま突っ込む。槍の先端は彼女の横腹を深々と貫き、再びHPを大きく削る。

 

「ピナアァァァァァァァ!!」

 

 だがシリカが相棒の名を叫んだ瞬間、彼女の背中に隠れていたピナが飛び出し、『きゅるるるうぅぅーーっ!!』と叫びながら身体を丸め、弾丸のごとくクウガの胴部に体当たりを入れた。その勢いで体制を大きく崩したクウガ。その隙にシリカは槍を引き抜くと右足で床に落ちていた短剣の柄を踏みつけると、その反動で短剣が空中に飛び上がる。

 それをキャッチしたシリカは、その場から空中に飛び出し、身体を大きく捻って赤い炎を纏ったソードスキルを発動した。テイマーズワルツ最上級スキル“バーニングレイン”。炎の懺悔が雨のようにクウガに襲いかかる。シリカの短剣はクウガのアーマーを何度も切り裂き、同時に青い槍がシリカの身体に何度も突き刺さる。互いのHPを大きく削りながら、2人は最後のラッシュをかけた。

 ソードスキルが終わり、残り時間は4秒を残してシリカは着地した。その背後で、クウガは2、3度よろめいた後地面に倒れ伏した。

 

「シリカちゃぁぁん!!」

 

 アスナ達がシリカに駆け寄り、満身創痍の彼女を抱き上げる。

 

「よくやったぜ、シリカ!」

 

「うん!いい戦いっぷりだったよ!すごくかっこよかった!!」

 

 ジェネシスとティアはシリカの頭をわしゃわしゃと撫でて褒め称え、当の本人は照れ臭そうに頬を赤らめていた。

 

 だが、戦いはまだ終わらない。

 

 クウガは再びその場で立ち上がると、両足を広げて腰を深く落とし、再びフォームチェンジの体勢に入った。

 今度は獣の足跡のようなサウンドがなり、緑の疾風と共にフォルムが変化する。複眼と鎧は真緑に染まり、右肩のアーマーが黒く、左肩のアーマーが肥大化した左右非対称の見た目となった。

 

「また、姿が変わった……」

 

 次なる相手は『天馬の緑弓』。戦いはまだ、終わらないーーーー




お読みいただきありがとうございます。
今回、シリカを大いに活躍させました。今後も、いろんなキャラに満遍なく見せ場を作って行けたらなと考えてます。
では、次回もどうぞよろしくお願いします。


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七十九話 天馬の絡手

 最近暑くなり始めて「ぐだー」ってなってるジャズです。それにしても閃光のハサウェイ、上々のスタートを切れたみたいですね。自分も早く見に行きたいです。



 緑の戦士へと変貌を遂げた99層ボス、クウガ。その手には射撃兵装であるボウガンが握られ、その銃口がジェネシス達に向けられ、刹那の動作で鋭い弾丸が放たれる。

 

「それっ」

 

 しかしその弾丸を、オルトリアが咄嗟に弾丸の軌道上に割り込みビーム刃で斬り飛ばした。

 

「ここからは僕たちが引き受けますね」

 

「はい。えっちゃんオンステージ、です」

 

 その隣にサツキ・ハヅキがそれぞれの獲物を携えて並び立ち、シノン・イシュタル・フィリア・リズベットが前に出た。

 

「相手が射撃型なら、こっちも負けてられないわね」

 

 シノンはクウガの方を好戦的な目で見つめると、ボウガンに背中のホルダーから取り出した一本の矢を装填し、照準を合わせる。その間に、クウガを引きつけるべくサツキ・オルトリア・フィリアが飛び出して陽動に出た。

 まずサツキが双頭人で片手剣ソードスキル『ソニックリープ』で跳躍し、その背後からオルトリアが片手剣ソードスキル『ホリゾンタル』を発動して同時に挟み込むように切り込んでいく。ボウガンを手にしていることから近接はやはり得意ではないようで、クウガはボウガンでサツキの技は防ぐことが出来たもののその背後から来たオルトリアの技は対処できずに直撃してしまう。

 

「……そこ!」

 

 その瞬間、シノンはボウガンの引き金を引いた。彼女の手元から青白い矢が真っ直ぐクウガに向かって飛翔し、クウガの右肩に矢が突き刺さる。しかしクウガは瞬時の動作で弓を弾き、カウンターでシノンに棘状の細かい矢を放った。

 しかし、その矢は不可視設定になっているようでシノンは一見するとクウガがボウガンの発射モーションを行っただけで、矢は放たれていないように見えた。そのため回避行動が遅れたシノンの右足に命中し、その途端彼女は糸が切れたかのように体の力が抜け、地面に倒れ込む。彼女のアイコンには黄色い電流マークの「麻痺状態」アイコンが出現していた。それも重度の麻痺効果があるようで、アイテムや回復スキルでは解除は不可なようだ。

 

「あの矢に当たれば麻痺状態になるのか……」

 

「大丈夫です、某赤い人は言っていました。“当たらなければどうと言うことはありません”」

 

 得意げに言い放つオルトリアはビームサーベルを手にクウガに突っ込んでいく。この時オルトリアを含め全員は「クウガの弓は連射不可」と考えていた。実際、クウガの持つボウガン含め、この世界の射撃武器は基本的にマシンガンのような連射は出来ない。

 

「矢が見えないなら……撃たれる前にこちらが討つ!!」

 

 双頭刃を頭上に構えたサツキが正面から、逆手に構えた短剣でソードスキル「ラビットバイト」を発動したフィリアが背後から切り込む。

 だがクウガは背後から迫るフィリアに気付いていたのか、前後の2人の攻撃が届く瞬間にその場から飛び上がって回避した。2人は攻撃の勢いを止められずそのまま正面衝突してソードスキルがぶつかり合い、お互いダメージでバランスを崩したところにすかさずクウガは麻痺毒の矢を打ち込んで2人を封じ込めた。

 

「こんのおおおお!!」

 

 イシュタルが宝石を惜しみなく砕き、そのエネルギーを大型弓マアンナに収束させて極太のビーム光線を放つ。だがその攻撃すらも事前に察知していたのか、着地と同時にその場から左に飛びのいてビーム攻撃を避け、そのまま攻撃の反動で一瞬硬直している隙をついて毒矢を放つ。

 

「ぐ、っ……!」

 

 マアンナで技を出した事で一瞬生じる硬直時間を突かれたイシュタルはなす術もなく毒矢が刺さり倒れ込む。

 

「まだまだ、ですっ……!」

 

 スタン状態を受けていないオルトリアとハヅキがクウガに食らいつく。ビーム刃を展開させてクウガに接近していくオルトリアに向けて不可視の矢が放たれるが、オルトリアは双頭刃防御スキル「ロー・アイアス」を自身の前面に展開する事で防ぎながら突っ込んでいく。その背後からハヅキが矢を構えて発射態勢をとる。

 至近距離まで接近に成功したオルトリアはあえてソードスキルを発動せずにビーム刃で斬撃を繰り出していく。クウガに矢を放つ隙を与えないよう剣を振り続ける。

 しかしクウガは一瞬の動作で飛び退いた後に距離を取り、すかさず毒矢を放つ。「しまっ……」と声を上げた時既に遅く、矢は彼女の右肩に突き刺さりオルトリアはダウンしてしまう。そしてその背後で弓を構えていたハヅキはすかさず弓スキル「シングルシュート」を発動。だがそれもクウガの高い反射神経で不発に終わり、さらに麻痺毒の矢を撃ち込まれダウンしてしまった。

 仲間たちが立て続けにダウンしていく様に一同は戸惑いと驚きを隠せなかった。彼らは決して弱くはない。否、むしろアインクラッドの中では今となってはトップクラスの実力者と言っても過言ではない。しかしこうも容易く倒された原因は……

 

「……目で捉えられない麻痺毒の矢に、超感覚による攻撃察知能力か。奴め、見た目以上に中々面倒な絡めてを使いおる」

 

 少し離れた場所で冷静に戦いを見ていたツクヨがキセルの煙を吹かしながら分析する。彼女の言う通り、緑のクウガは正攻法で戦うにはあまりにも厄介な能力を持っており、例え99層まで戦ってきた歴戦のプレイヤーでも相性が悪かった。

 

「ツクヨ……頼めるか」

 

 腕を組んで険しい表情をしていたジェネシスが問いかけると、ツクヨはキセルの雁首から灰を落として懐に仕舞い込むと、両手の指で苦無を掴みとり、

 

「……請け負った」

 

 と一言返し、地面を蹴って一気に駆け出し、そのまま苦無術「疾風打ち」で4本の苦無を射出。しかしこれも事前に感知していたクウガは身を仰け反らせてかわし、反撃に不可視の毒矢を彼女に向けて放つ。

 しかしツクヨは発射の瞬間に全神経を研ぎ澄ませて全ての感覚器官を活性化させる。そして僅かな空気の澱みのような波動を感じ取ると、ツクヨは左に方向を転換し毒矢の回避に成功した。システム外スキル『超感覚』を使用できるツクヨにとって、不可視の矢など見えているも同じ。

 

“とはいえ、距離を取ればまたあの矢がくる。こちらの飛び道具もやつの超感覚の前では当てるのは至難の業……ならば”

 

 ツクヨは腰に携帯していた鍔の無い黒刀を引き抜き、一瞬の動きでクウガとの距離を詰めて接近戦に持ち込む。オルトリアと同じように硬直時間の発生を防ぐためソードスキルを用いずに斬撃を繰り出して斬り込む。

 そして彼女の狙い通り至近距離まで詰められているためクウガはボウガンを使用できず防戦に持ち込まれている。ツクヨが振るう刀をボウガンで凌いでいくが、それでも全ては捌き切れず刃が緑の装甲を抉り切る。

 たまらずクウガはその場から後ろに飛び退いてそのままボウガンの弦を弾き矢を放つ。対するツクヨも手裏剣術「桜吹雪之舞」で無数の花弁のような手裏剣を放ち、毒矢を相殺してそのままクウガに手裏剣の雨を浴びせる。超感覚を持つクウガといえど、この量の手裏剣は回避できず全身に手裏剣が突き刺さる。

 

「ついでじゃ、返礼としてこれも受け取れ!」

 

 怯んだクウガに向けて続けてツクヨは状態異常効果を持つ苦無術「自来也蝦蟇毒苦無」をクウガの胴に叩きつけた。今回ツクヨが仕込んだ毒は「酩酊の毒」。対象の感覚神経を麻痺させて行動を鈍らせる効果があり、こと今回のクウガには抜群の効果を発揮する。

 腹部に毒の苦無が刺さったクウガはその場でふらつき気味になり、ヨロヨロと覚束ない足取りで2、3歩よろめく。

 

「これで終いじゃ」

 

 刀を逆手に掴んでゆっくりとクウガに歩み寄り、そのまま通り過ぎた後刃をゆっくりと鞘に収めていく。

 

「零次元・真」

 

 チン、と納刀した瞬間にクウガの体に「プシュウゥッ!!」と出血のエフェクトと共に大きな切り傷が走り、HPが全て尽きた。

 

「さて、これで終わりでは……ないのじゃな」

 

 ツクヨが振り返ると、緑のクウガに紫の禍々しいオーラが纏わり付き始めていた。「ゴオオオォ……」という突風を巻き起こしながら、巨人の咆哮のごとくサウンド共にクウガの体が重厚な装甲で覆われ、瞳は紫色に染まる。

 

「わっちの役目はここまでのようじゃな。では、後は頼むぞ……お前たち」

 

 ツクヨと入れ替わるように、5人の戦士がゆっくりと前に出る。

 鬱金色のコートを羽織ってハルバードを肩に担ぐ長身の男性、ヴォルフ。

 白と赤の装備に身を包んだ、細剣を引き抜き優雅に歩み出る栗色の髪の少女、「閃光」アスナ。

 背中から赤と黒の剣を左右の手に持ち、黒のロングコートを翻しながら進む「黒の剣士」キリト。

 左腰からスラリと刀を引き抜き、銀色の髪をたなびかせて鋭い剣気を放ちながら獲物を睨む「白夜叉」ティア。

 

「あぁ……後は任せろ」

 

 そして、赤黒い大剣を手に不敵な笑みを浮かべて頼もしくツクヨに答えながら5人の先頭に立つもう1人の「黒の剣士」ジェネシス。

 

 アインクラッド最強の戦士たちは今、「紫の巨人」へと変貌を遂げたクウガに挑む。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回、ペガサスクウガには本作オリジナルの「毒矢」能力を持たせました。まあ流石に元ネタそのままで戦わせるには些か弱いかなと思いましてこのようにアレンジを加えてみましたが……書いてみると予想以上にYABEEEEEEEEEI‼︎なことになって困惑してしまいました()
それはさておき、次回はいよいよジェネシスたちが本格的に出番となりますので、より力を入れて書いていきたいと思います。では、今回も読了ありがとうございました。また次回!


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八十話 紫の巨剣

お待たせしました、ジャズです。諸々忙しくて期間が空いてしまいました。ここからはなるべくスパンを短くして投稿できるよう頑張ります。


 第四形態と化した90層ボス、クウガ。重厚な鎧を纏い、身の丈ほどある大剣をゆらりと待ち構えながら歩み寄っていく。対するは、ここまでアインクラッド攻略を支え続けた四天王をはじめとしたトップの実力者プレイヤー達。双方が重々しいプレッシャーを放ちながら徐々に距離を詰めていく。

 

「……行くぞ」

 

 ジェネシスの合図と共に全員が一斉に飛び出した。まずはハルバードを頭上に振りかぶったヴォルフが勢いよく上に飛び上がって、落下の勢いに乗せて叩き下ろす。

 しかし、攻略組の中でも屈指のパワーを誇るヴォルフの全力の一撃を、紫のクウガは大剣を掲げて難なく受け止め、逆に押し返す。その隙をついて、キリトが片手剣スキル『ヴォーパル・ストライク』を発動し、ジェットエンジンのような加速音と共に飛び出して鋭く重い突き攻撃をクウガの胴に目掛けて放つが、その攻撃は分厚く堅牢な鎧に弾かれ、かすり傷を付けた程度に留まった。

 

「おおおおおおおお!!!」

 

 続けてジェネシスが暗黒剣スキル『ヘイル・ストライク』を発動し、大剣のパワーと破壊力を生かして思い切り剣を振り下ろす。赤黒いオーラを纏った刃をクウガは咄嗟に両手剣で弾くが、ジェネシスは素早く2撃目を下から振り上げて身体を両断するが、その一撃もやはりクウガの鎧の前に火花を散らして終わる。

 

「っ、くそ……硬すぎる……!!」

 

 渾身の一撃を容易く弾かれたジェネシスは、その鎧の硬さに悔しげな顔で一旦距離を取る。そして彼と入れ替わる形で、今度はティアがクウガの背後に回り込む。両足で力強化踏み込み、右手を納刀状態の刀の柄にかけ、抜刀術『蓮華』を発動、青い横一閃の斬撃をクウガの腰部辺りにある鎧の隙間目掛けて放った。

 ティアの一撃は見事にクウガの腰を切り裂き、ようやく最初のダメージを与えることに成功した。

 

「鎧の隙間が弱点だよ!そこを狙って!!」

 

 ティアは戦闘中のメンバーに伝えると、振り返って反撃とばかりに大剣を振り下ろすクウガと鍔迫り合いを起こす。しかし、ティアのパワーでは今のクウガの力には耐えきれず、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 その後、ジェネシスやキリトたちはティアの言葉通り鎧の隙間や関節部分を狙って剣を振るうが、高速で繰り出される攻撃の中でそのような小さな急所を狙うのは至難の業だった。

 

「バアァァァァァァニングッッッ!!」

 

 ジェネシスとキリトの2人とスイッチで入れ替わり、ヴォルフが再びハルバードを下から振り上げてクウガな鎧を叩きつける。ハルバードの刃と分厚い鎧がぶつかり合って火花を散らす。

 

「だったら……鎧ごとぶっ壊せばいいだろう、がっ!!」

 

 ヴォルフは立て続けに重い一撃をクウガの鎧に叩き込んでいく。「バキッ!」「ガゴンッ!」という重々しい金属音を鳴らしながらヴォルフとクウガはぶつかり合い、互いに火花を散らす。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

 そこへジェネシスとキリトが再び加勢に入り、3方向から同時にソードスキルを連続で発動する。3人がクウガを必死に抑え込む中、アスナとティア、そしてジャンヌの3人は隙を見て関節部に正確な一撃を加えていく。

 男性メンバーたちがパワーでクウガを封じながら女性メンバーがそれぞれタイミングを合わせて鋭い一撃を与えるこの連携は見事に噛み合い、順調にボスのHPを削り続けていた。だが次の瞬間、クウガは両手剣広範囲スキル『サイクロン』を発動し、紫の突風を発生させて彼を取り囲んでいたプレイヤーを纏めて吹き飛ばす。

 

「くそ、がっ……!」

 

 地面に転がり込んで忌々しげにクウガを睨むジェネシス。直撃は避けたものの、高火力のソードスキルを受けた為にダメージも大きく、彼のHPはすでにイエローゾーンギリギリまで減少していた。そして彼に向けてクウガは大剣を頭上に構えて追撃を仕掛ける。

 

「危ないっ!!」

 

 その瞬間、ティアが刀を逆手に持ってジェネシスの前に割って入りクウガの攻撃を受け止めるが、その勢いを殺しきれず後ろへ吹き飛び、ジェネシスが彼女を慌てて抱き止める。体勢を大きく崩された2人にクウガが追撃を仕掛けるが、それをヴォルフのハルバードが阻んだ。

 

「回復するまで俺が支えるぜ!」

 

「悪い、助かる」

 

 その後、ヴォルフは持ち前のパワーと思い切りの良さでパワー型のクウガと至近距離で力勝負を繰り広げる。クウガの大剣とヴォルフのハルバードがけたたましい金属の破砕音と火花を散らしてぶつかり合い、フィールド内に衝撃波を生み出す。先ほどと手順を同じくして、キリトやアスナ、ジャンヌ達が全方位からラッシュ攻撃を仕掛けるが、またもクウガは両手剣範囲攻撃で皆を吹き飛ばす。

 

「ぐ、くそっ……!」

 

『明らかに対応してきてる……!』

 

 クウガの一連の的確な攻撃技に皆の心に暗雲が立ち込める。現状、今のクウガに真正面から対応できるのはヴォルフとジェネシスくらいしかおらず、それでも相手の防御力の高さ故にダメージを与えることはできない。だからこそヴォルフとジェネシスがクウガを正面から抑える隙を突いて残りのメンバーがダメージを削るというのがこのような状況での戦術なのだが、おそらくクウガもここにきて彼らの戦術を学習したのだろう、両手剣の範囲技や高火力ソードスキルを用いて彼らに隙を与えない。

 ここまでまともにダメージを削ることが出来ない状況が続いて次第に皆の中に焦りが生まれていき、同時に不安も立ち込め始める。

 

「だったら……っ!!」

 

 瞬間、アスナが立ち上がって自身の鎧を弾き飛ばす。彼女が保有する上位エクストラスキル『神速』を発動したのだ。10秒間のみ許された、システムを超える速さでの行動。

 

『Start Up』

 

 そしてアスナは視認不可能な速度で駆け回り、クウガを翻弄していく。しかし如何に速さを獲得したとはいえ、アスナの攻撃力ではクウガの堅牢な鎧は突破できず、ただ紫の金属に擦り傷をつける程度にとどまる。

 その事で尚冷静さを欠いたアスナは必殺技のクリムゾンスマッシュを発動。赤い円錐状のポインターをクウガに向けて放つが、その直前にクウガは大剣を地面に突き立ててソードスキル『ライトニング』を使い、広範囲の雷撃を発生させてアスナを吹き飛ばす。

 衝撃で地面を転がって壁に激突し、そのダメージで彼女のHPは一気にレッドゾーンまで減少する。

 

「アスナ!!」

 

 キリトやジェネシス達が慌てて駆け出しアスナの救援に向かうが、その間にクウガは必殺技級のソードスキルを発動し、禍々しい紫のオーラを纏ってアスナに止めを刺さんと大剣を頭上に構える。

 

「ごめん、キリトく……」

 

 アスナは自身の最期を悟り、自身に向かって駆けるキリトに向けて謝罪の言葉を述べるが、力無く地面にへたり込むアスナの前に立ちはだかる人影が現れた。

 黒い三つ編みのおさげ髪に眼鏡が特徴的な、血盟騎士団の制服を着た少女。彼女は華奢な腕を正面に構え、クウガの大剣を受け止める。

 

「ア……キ……?」

 

 アスナは目を見開いて自身を庇って前に立った親友、アキレアの名を口にした。

 

「うあぁぁぁーーーーーっ!!」

 

 アキレアは腹底から声を張り上げてクウガの禍々しい大剣を押し留める。凄まじい金属の衝撃音を立ててアキレアの盾と死の刃がぶつかり合う。ほんの数秒間拮抗していた両者だが、やがてアキレアの盾が耐えきれず徐々にひび割れていく。

 ひび割れた盾を剣が貫き、アキレアの細い腕を押しつぶしていく。そして紫の巨剣は、少女のか細い胴体を深々と貫いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ボスの大剣に貫かれ、薄れ行く意識の中でアキレアは自身の行動の理由を思い返していた。これまでの2年間、自分の怖がりな性格を直したいと思って積極的にゲーム攻略に励み、いつしかSAOの中でも最強ギルドと言われる血盟騎士団に入ることができた。

 ギルドに入ってからの任務は、副団長であるアスナの補佐だった。その時アキレアは、初めてアスナの姿を見た時に『綺麗だ』と感じた。もちろん、容姿は数少ないSAOの女性プレイヤーの中でもかなり整っている方だろう。しかし、アキレアが綺麗だと感じたのは、彼女の生き様だった。

 デスゲームと化したこの世界で、死を恐れず果敢に立ち向かい、団員を励まし的確に皆を導いていくその背中に、いつしか惹かれていた。だからこそ、自分はアスナを血盟騎士団の団員としてではなく、1人の女として護りたいと思った。

 

 

 身体を貫かれ、衝撃で身体が壁に叩きつけられる。自分のレベルは今回のボス戦を受けるに十分な高さではなかったのと、ボスの必殺技級の攻撃を直で受けたためにHPはあっという間に消し飛んだ。力なく横たわる自分を、涙目のアスナが抱きかかえる。その直後、これまでSAOを共に冒険したリズベットが駆け寄る。

 

「アキ!アキッッッ!!」

 

 アスナが必死に自分の名を呼ぶ。自分はもう死亡判定となっているため、如何なる回復手段はもう受け付けられない。

 

「いやだ……お願い!死なないでアキ!!」

 

 徐々に自分の身体が青白く光り始める。程なくして自分はこの世界から消えるのだろう。

 

 あぁ……せめて最期に伝えたかった。自分の、これまで内に秘めていたこの想いを。貴女のことを思い続けている人がここにいるということを、知っていてほしかった───

 

 

 

 

────いや……

 

「これで……いいん、です……これで……」

 

 そう、これでいい。アスナにはもう、大切な人がいる。もうすぐ死にゆく自分が想いを告げたら、彼女を一生苦しめることになる。だから、この想いは内に秘めたまま消えてしまおう。

 

「────さよなら」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 アスナの腕の中で、リズベットと2人に看取られてアキレアは消え去った。先ほどまでアキレアのアバターを構成していた青白い破片が、粒子となってフィールド内を舞う。

 

「ああぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!!」

 

 アスナの慟哭がエリアに木霊する。親友の死に、これまで誰も見たこともないような悲痛な顔で泣き叫ぶ。

 

「く、そおおおおおおおっ!!!」

 

 彼女の、友の死を嘆く声にキリトの剣に力がこもる。アキレアが青白い粒子となって消える瞬間を見たキリトの中に湧き上がったのは、後悔の念。自分が護るべきだった。あの時、アスナの前に立つべきは自分でなければならなかった。

 なのに、自分の動きが遅れたせいで、彼女を死なせる結果となった。

 

「おおおおおおおおおおっっっ!!」

 

 だから今、彼は自身の剣に怒りを乗せてボスにその刃をぶつける。救うべき命を救えなかった、不甲斐ない自分自身と、彼女を死なせたボスへの。

 

「こ、のやろおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

「待て!落ち着けキリト!!」

 

 しかし今の彼の剣は、感情に任せすぎで正確さが全くと言っていいほど無くなっていた。それを感じ取ったジェネシスは、キリトに踏みとどまるよう呼びかける。しかし、彼の暴走は止まらない。

 

 それでも、キリト渾身の斬撃はすべてクウガの鎧の前に弾かれる。その事で更に冷静さを欠いたキリトは我武者羅に左右の剣を振りかぶる。

 

 やがて、下らないとばかりにクウガは剣を軽く振るってキリトを吹き飛ばす。しかし尚も食い下がろうとするキリトの肩を、何者かが掴んで止めた。

 

「見ちゃいれねぇな。そんな死に急ぐような戦い方してんのは」

 

 冷ややかな目で見下ろすのは、ミツザネ。

 

「今のお前のやり方は、たった今死んだあの嬢ちゃんを侮辱する行為だ」

 

 キリトは「何を……!」と不服の表情で抗議するも、彼は意に介さず続ける。

 

「……まさかお前、こんな長ぇ時間この世界で過ごして置いて、“頑張ればみんな生きて帰れる”とか思ってんじゃねぇだろうな?そんな甘っちょろい考えなんが持ってるんなら今すぐ捨てちまえ。ここはもうゲームどころか、常に死と隣り合わせの戦場なんだよ」

 

 彼の言葉を聞いて、キリトは乱暴に彼の手を振り解く。

 

「人ひとり死んで一々悲しんでる暇なんざねえ。そんなことより、今は自分が生き残る事だけを考えろ。よく覚えとけ、戦場じゃ後悔なんて錘を背負う奴から……真っ先に死んでいくんだ」

 

「……っ」

 

 ミツザネは小さく、しかし威厳と凄みのある声でキリトに言い放つ。そしてその声は、アキレアが死んだ場所で蹲るアスナにも届く。

 

「分かったら一度深呼吸して冷静になれ。相手をよく見て観察しろ。突破口は……必ずある。

……嬢ちゃんも、いつまでもメソメソ泣いてねぇで、さっさと立て。前を見ろ、剣握れ。死んだ嬢ちゃんの命を……無駄にすんな!」

 

 彼の叱咤を受けて、アスナはゆっくりと細剣を掴むと、それを支えにゆらりと立ち上がる。涙で真っ赤になった顔を上げ、ボスをキッと睨みつける。

 

「……アスナ」

 

 一度ボスと距離を取ったジェネシス達。そしてティアが、心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 

「もう一度……ボスに一切攻撃を仕掛ける。反撃の隙を与えず、なるべくディレイの短いソードスキルを繋げて、連続攻撃で沈めるわ」

 

 アスナが考案した戦術を聞き、今一度気を引き締めるメンバー達。ここから、彼らの反撃が始まる……。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
まさかのアキレアさん……退場。そして今回のボス戦、ちょっと長くなりそうだったので、この辺で一旦切りました。次回で決着をつけたいと思います(ひょっとすると次は短くなるかも……)
では、次回もよろしくお願いします!


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八十一話 究極の闇

 いつになったらコロナ終わるんだマジで……()


 アスナの指示を受けてもう一度陣形を展開するメンバー達。紫のクウガを取り囲むように展開し、武器を構えて慎重に相手の動きを観察する。先ほどのように無闇に接近すればあの大剣の広範囲攻撃で吹き飛ばされしまう。

 

「……行くわよ」

 

 静かなアスナの声を合図に、ティアとキリトが同時に飛び出す。ティアは刀ソードスキル『散華』、キリトは『ヴォーパルストライク』、アスナは『スタースプラッシュ』をそれぞれ発動し、鋭い刺突による攻撃を同時に3方向から繰り出す。AGIの高い3人の全力の突き技に流石のクウガも反応が遅れ身体の各所に深い刺し傷を受けるが、そのダメージを物ともせず大剣を横薙ぎに振り払って3人を引き剥がす。しかしその直後、ジェネシスとヴォルフが大剣とハルバードを頭上から同時に振り下ろし、クウガに重い一撃を浴びせる。一瞬クウガが怯んだのを機に、ジェネシスとヴォルフは交互に斬撃を繰り出しクウガを抑え込む。既に攻撃パターンを把握している2人は見事な連携技で着実にHPを削り取っていく。2人がクウガを封じ込めている中、キリトとアスナ、ティアとジャンヌの4人はアスナの正確なタイミング指示の下に隙を見て単発高威力のソードスキルを加えて地道にダメージを与えていく。

 ジェネシスとヴォルフの2人とスイッチして入れ替わり、キリトとアスナが前に出た。キリトが左右の剣を交互に繰り出し、アスナは神速によるブーストがかかった流星のように細剣を突き出していく。

 

『であぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 そして背後からジャンヌが旗の先端でクウガの背中を打ち、さらにティアが死角から切り込んで右膝を刀で叩き斬り、バランスを崩したところを全員で畳み掛ける。

 

「食らえええええ!!!」

 

 キリトがジ・イクリプス、ジェネシスがディープ・オブ・アビスを発動。トップクラスの破壊力を持つ2人のソードスキルを受け、クウガのHPは一気にイエローゾーンまで消しとばされた。更にティアが緋吹雪、アスナがクリムゾンスマッシュを繰り出して怒涛の連撃を浴びせていく。そこへ再びジェネシスとキリト、ジャンヌとヴォルフも加わって全員でボスに最上級の技を叩き込んでいく。あらゆる方向から襲いかかる弩級の攻撃を受けてクウガの鎧は大きな火花と破砕音を轟かせて徐々にひび割れていき、露出した生身の肉体を鈍色の刃が抉り切っていく。

 最後にジェネシスが大剣を全力で振り上げてクウガを吹き飛ばし、壁に激突した瞬間にHPを0にして動きを止めた。

 

「〜〜っ、はあ……はあ……」

 

 それを見て緊張が解けたのか、アスナがその場に膝をついて倒れ込む。それに続いてキリトやティア、ジャンヌも床に倒れ伏す。

 

「アキ……勝った……勝ったよ、アキ……っ」

 

 アスナは天を仰いで、両目から一筋の涙を流しながら啜り泣いた。他のメンバーも犠牲になった彼女を悼んで唇を噛み締めながら目を伏せた。

 

 それを黙って見守っていたジェネシスだが、ふと違和感を感じて辺りを見回す。もし、これで終わりならば「Congratulations‼︎」の文字が現れる筈なのだがそれが全く見当たらない。嫌な予感が湧いたジェネシスは弾かれるように倒れ込んでいるクウガの方を見る。

 

 彼が視線を移した時、クウガはそこに立っていた。先程自分たちが与えたダメージをものともせず堂々と立ち続けている。

 

「まだ終わってねえ!!」

 

 ジェネシスが目を見開いて叫ぶ。全員がそれを聞いて起き上がり、クウガの方に一斉に視線を移したその瞬間。

 

『ウウウウウウゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!』

 

 全身に響くほどの巨大な雄叫びをあげるクウガ。そして直後に禍々しい闇のオーラが発生し、その身体を竜巻のように包み込む。

 

 空気が軋み、地が震える。その場にいる全員に対して押しつぶす勢いのプレッシャーを放ちながら、紫の巨人は『究極の闇』へと姿を変える。

 

 闇のオーラが晴れて出現したのは、真っ黒な体躯に金のラインが走った、まさに「闇そのもの」と呼ぶにふさわしい存在。それまでは色があった瞳は黒く染まり、もはやそこに感情は宿していないように感じられた。

 

「嘘よ……まだ終わらないの……?」

 

 その光景を見たアスナが絶望に染まった顔で呟く。先程の戦いで全力を出し切った彼らもヨロヨロと立ち上がるが、その顔には疲弊が滲み出ていた。それでも彼らにここで引き下がる選択肢は無いため、自身の体に鞭を打って剣を構える。

 

 だが次の瞬間、クウガは「トン」と一瞬の動作で飛び出してジェネシスと距離を詰めると、反応が遅れたジェネシスの胴に勢いよく拳を叩き込んだ。

 

「っぐあ……!?」

 

 その強烈な一撃を直で受けたジェネシスは木の葉のように吹き飛ばされ、地面を転がっていく。さらに、起きあがろうとするジェネシスの腹部に激痛が走る。

 

「が、クソが、っ……!」

 

「久弥!?」

 

 慌てて駆け寄ろうとするティアに対して今度は下から拳で彼女の顎を打つクウガ。その一撃で顎が砕け、舌を噛み切ってしまったティアは口元を押さえて声にならない絶叫をあげる。

 

「っ゛〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

 今まで感じたことのない激痛にティアはたまらず地面に蹲ってのたうち回った。

 

「なんだ、一体どうなって……」

 

 状況が読み込めていないキリトに、クウガは容赦なく拳を打ち込んで肋骨をへし折り、続けてアスナに膝蹴りを喰らわせて急所に大ダメージを与える。

 

「っぐああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

「あ、っ……がはっ……!!」

 

 腹部を抑えて絶叫するキリトと膝をついて悶絶するアスナ。普通であればこのような攻撃を受けたところでペインアブソーバーが働くためここまでの痛みは感じない。

 

「まさか……ペインアブソーバーが機能していない!?」

 

 ここで全てを察したリズベットが叫ぶ。つまりあのボスの攻撃を受けるとペインアブソーバーが機能せず、現実とほぼ同等かそれ以上の痛みを感じるということになる。その事実に気づいたリズベットが愕然としていると、目の前にボスの黒い拳が近づく。

 

「リズ!!」

 

 しかしその時、ヴォルフが彼女を突き飛ばして左腕で咄嗟にその攻撃を受ける。彼の逞しい筋肉質な腕は、まるで紙細工のように潰れ、ぐちゃぐちゃに肉片が飛び散る。

 

「ぐあぁっ……!!」

 

 もはや原型を留めていない肉塊と化した自身の左腕を抑えて蹲るヴォルフ。血相を変えてヴォルフに駆け寄るリズを見て興味を無くしたのか、クウガは別の標的を定めてゆっくりと歩き出す。

 

「クソがあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ここでジェネシスが痛みに耐えながら大剣を振りかぶって背後から斬りかかる。しかし彼の赤黒い刃はクウガの身体に傷一つつけられず、ただ火花を散らすだけに終わる。目を見開き呆然とする彼を、無慈悲にクウガは蹴り飛ばした。最早ジェネシスの攻撃は今のクウガには通じず、それはすなわち現時点でクウガを倒す手段はもう残されていないことを意味した。

 完全に「詰み」の状態。最早彼らの敗北は決定したも同然。その事実に絶望した攻略組の面々は力なく項垂れる。

 

 だが……

 

「やれやれ、恐れていた事が起きちまったか」

 

 クウガの前にゆっくりと歩み出る人物が1人。この状況でも不敵な笑みと堂々とした立ち振る舞いをし続ける男、ミツザネ。ここまで静観を保っていた彼だが、ここにきて満を辞して前線に出た。

 

「下がってみてなガキ共。こっからは俺の仕事だ」

 

 ミツザネは拳をゴキリと鳴らし、クウガと対峙する。好戦的でギラついた目でボスを見据えながらこう告げる。

 

「……最強の真髄、見せてやる」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。なんか気がついたら評価バーが赤になってたり推薦文が二つ書かれてたりでもう有頂天なジャズです。本当にありがとうございます!!
嬉しすぎてもうビーバーになりかけました(笑)
これも普段から応援してくださっている皆様のおかげです。重ね重ねお礼を申し上げます。
では、また次回!


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