ACE COMBAT7 AFTER STORY/IF 王女様の戴冠式 (土居内司令官(陸自ヲタ))
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AS MISSION01 INTRODUCTION 導入
ユージア大陸の西の果て、エルジア王国。その首都であるファーバンティ近郊に、1つの空軍基地がある。そこには、エルジア空軍主力戦闘機ラファールCやユークトバニアからの輸入機であるSu-37やSu-30、ユージア大陸停戦監視軍(IUN-PKF)のタイフーンやF-2A、そしてオーシア空軍のF-15CとE-767が駐機していた。
オーシア連邦やユークトバニア連邦、エメリア共和国からの復興物資を満載した輸送機がひっきりなしに離着陸していき、管制や兵站の人間が慌ただしく動く中、戦闘機パイロットは暇を持て余していた。
戦争が終わり、緊迫感の無いアラート待機が延々と続く。輸送機優先の為に滑走路どころか駐機場も空かず、戦闘機や早期警戒管制機は格納庫に仕舞われっぱなし。
8機ある内の3機のF-15C イーグルは、11月のハッシュ作戦を最後に飛んでいない。残りは、4機は10月31日のビーハイブ作戦、1機は元他隊の予備機という状態だ。しかしいずれも、スタータースイッチを入れれば補助動力装置が始動するし、燃料も武器も満載している。主翼には短射程多用途ミサイル、主翼と胴体には中射程マルチロック空対空ミサイルがぶら下がっている。
そんな8機のイーグルは、いずれも垂直尾翼に「WW」のテイルコードが振られている。しかし、その内の1機はテイルコードが小さく、代わりに3本の爪痕と、獣の爪、そしてリボルバー拳銃を咥えた狼のイラストが描かれていた。
オーシア国防空軍 長距離戦略打撃群 第124戦術戦闘飛行隊(コールサイン・ストライダー)の1番機、TACネーム・トリガーの乗機だ。爪痕を持つイーグルは、今もその強力な爪を研いで主を待つ。
一方の主、トリガーはというと、基地の食堂でスマートフォンを弄っていた。その画面にはニュースサイトが出ているが、どれもユージア大陸のマスコミだ。通信衛星が破壊された今、インターネットもユージア大陸の物しか見れない。オーシアやユーク、アネア大陸についての情報なんて入ってこない。オーシア本土との通信もスプリング海に展開した艦隊と早期警戒管制機でリレーしてどうにか、という状態だ。その回線にゴシップなんて紛れている訳が無い。
トリガーはため息をつき、スマートフォンの電源ボタンを押す。
「よぉ、いつにも増して辛気臭い顔だな」
話し掛けられ、声がした方を見ると見慣れた人物が2人いた。片方は金髪に口髭の男、もう片方は長い黒髪を後ろで1つに纏めたヘアスタイルの女だ。
「落とす獲物が無くなって、生きる活力が無くなったか? 隣、座るぞ」
女がそう言って、トリガーの近くに座った。その向かいに金髪の男が座る。2人は、トリガーと同じストライダー隊のパイロット、カウントとフーシェンだ。2人とも、食事の載ったトレーをテーブルに置いていた。カウントはケパブサンド、フーシェンはサンドイッチという組み合わせである。
「トリガー、食事はいいのか? サンドイッチやハンバーガーは売り切れちまったぜ」
「もう食ったよ」
「早いな、地上でも食らうのは早いときたか」
カウントとトリガーが軽く言葉を交わすと、聞き慣れた声が響いた。
《基地内にいるロングレンジ隊員及びミス・ミードは第3ブリーフィングルームに来てくれ》
それは、長距離戦略打撃群の司令官の声だった。カウントとフーシェンは肩を竦める。
「何てこった、まだ食ってねぇのに」
「ま、食いながら行こう。あのトーンじゃ、出撃では無さそうだし」
2人は立ち上がり、それぞれのトレーを持ち上げる。手持ち無沙汰なトリガーは、作業着のポケットに手を突っ込んだ。
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AS MISSION02 BRIEFING 始まり
「集まってもらったのは、重要な任務を与える為だ」
「戦争は終わったのに?」
「終わったから、だな。任務といっても、軍事的なものではない。どちらかと言えば、外交だな」
「外交なら専門家に丸投げしてくれ、俺達はファイターパイロットだぞ」
「そんな事言ったら、あたしだって整備の人間だし、そもそも軍――」
「聞いてくれ。今、エルジア国内は混乱しているだろう」
「あぁ、だからあたしらがここにいる」
「戦争に負け、王がクーデターで殺され、クーデター軍と反政府軍とで内戦が起きた。これは既にIUN、そしてハッシュ作戦を期に反政府軍側の勝利で終わった。だが、国内は荒れ果て、しかもいくつかの州が独立した。このような混乱状態の中、エルジア新政府は1つの策に辿り着いた」
「策、ねぇ」
「新しく王を立てる、という方法だ」
「新しく?」
「一体誰が?」
「そんなのでどうにかなると思うか? なぁ、トリガー」
「静かに。そして、その戴冠式をやるそうだ」
「ワーオ。つまり、俺達は曲芸飛行をやれと?」
「いや、式典飛行はエルジア空軍が行う。我々ロングレンジ部隊は、オーシア軍代表という来賓だ」
「来賓?」
「つまりVIPか」
「守るのはともかく、守られる方か」
「……息子への自慢話が増えたな」
「だけどよぉ、着ていく服がねぇ。タキシードを買えってか」
「それについては、既にオーシア本土から君達の制服が届いている」
「根回しが早い」
「軍服だって? 最後に着たのは飛行士過程の卒業式だ」
「あたしもだよ」
「君達は軍人だ。軍人として招かれる訳だから、軍服でなければおかしい」
「じゃああたしはどうなる?」
「スクラップクイーン、何かご不満か?」
「スクラップクイーン?」
「あだ名だよ。あたしは、軍服どころか軍人ですらないんだが」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ワーオ」
「おい、それって本当か?」
「本当だよ」
「そういや、階級を聞いた覚えが無いな」
「そりゃそうだ。階級なんて無いからな」
「何でここにいるんだ?」
「あたしが聞きたいよ。それで、ドレスを着ていけばいいのか? あたしはごめんだ。そもそも、何であたしまでお呼ばれされるのかが分からないんだが」
「君も今回の戦争終結の立役者だから、との事だ」
「……呼んだのは何処の大馬鹿野郎だ?」
「確かに、誰が王になるんだろうな」
「それについてだが、ローザ=コゼット=ド=エルーゼを知っているか?」
「おいまさか――」
「あのじゃじゃ馬娘が?」
「あぁ。呼ばれたのは、ローザ王女の戴冠式だ」
「……そいつは断れないな。だけど、あたしのドレスは――」
「そもそもスクラップクイーンにドレスは――あがっ!? スパナで殴るな!」
「……君の着るドレスについて、既に手筈は済んでいる。ちょうどいい助言者が来てくれたんだ」
「誰だ?」
「どうぞこちらへ」
「お久しぶりです、ミス・エイブリル」
「……あの姉妹か」
「誰だ?」
「おいランツァ、本気か?」
「ミスターXの孫姉妹だよ。雑誌やテレビに何度か出てる」
「ワーオ。美人だな」
「手を出したら憲兵事案だぞ」
「出すかよ」
「……そんで、助言者っていうのは――」
「お2人には、ミス・ミードのコーディネートをお願いしたいんだ」
「かしこまりましたわ。ミス・エイブリルはお任せを」
「お任せを」
「おいちょっと待て、引っ張るな! おい見てないで止めろ! あたしを着せ替え人形のようにするつもりだろう! フリフリのとか着ないからな! 聞いて――」
「……戴冠式は5日後、エルジア王宮で行われる。くれぐれも、失礼の無いように。特にロングキャスター、君だ」
「私が!?」
「カウントやフーシェンは大人しくしていれば大丈夫だろう。そんなに馬鹿をするとは思えんしな。だが君はご馳走を前にしたら――」
「有り得るな」
「ロングキャスターだからな」
「目に見えるぜ」
「お前ら、覚えておけ。今度ノースポイントから激辛料理を山ほど頼んでやる。トリガー、今頷いてただろう?」
「……息子に話せられるだろうか」
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AS MISSION03 MOVING 移動
5日後、12月19日、午前8時04分、ファーバンティ近郊のエルジア空軍基地。
ここに、数台のM1151 ハンヴィーが止まっていた。
「何で軍用車両なんだ。式典に行く車じゃねぇ」
「機関銃が外されているのが唯一の良心だな。だが、銃塔はそのまま、発煙弾発射機や対IED(路肩即席爆弾)用電波妨害装置もついてる」
「これじゃあ紛争地帯に出向く武器商人だぜ」
「文句が多いな、カウント。せっかく食事――戴冠式に呼ばれていくというのに」
「本音が漏れたぜロングキャスター、夕食会しか考えてないだろう」
「そ、そんな事は無いぞ」
「嘘こけ」
ハンヴィーの周りには、軍服に身を包んだロングレンジ部隊がいた。
トリガーを始め、ロングレンジ部隊はどのように乗るのかを決める。
「じゃ、トリガーとロングキャスターが1号車、あたしとカウント、ランツァが2号車、3号車が司令とイェーガー、テイラー、4号車はフェンサー、スカルドでいいか?」
フーシェンがメモを読み上げると、全員が頷いた。すると、フェンサーが疑問を投げ掛ける。
「そのメモは?」
「あぁ、司令が考えたメモだ。ちなみに、1号車にミス・ミードが乗る」
「トリガーと相席か」
「なぁ、何でスクラップクイーンなんて呼んでたんだ?」
フーシェンの質問に、カウントが答える。
「どんな状態の戦闘機だろうと、それを修理しちまうからさ。例え、残骸であってもな。完璧な修理をした上で、魔改造までやっちまう。そんな女さ。ザップランドにいた時は、周りとつるむ事をしなかったから、皮肉を込めてクイーンなんて呼んでたが」
「ザップランド……ミスターXに追われた後、ダイバート(代替着陸)した基地か」
イェーガーが思い出したように言う。すると、ランツァが口を開いた。
「彼女、軍人じゃないんだろ? 何で戦闘機の整備なんてやってんだ? 民間の技師か?」
「さぁな。俺も知らん。ただ言えるのは、腕は確かって事だけさ」
「その上、耳もいい」
突然の声に、ロングレンジ隊員達が振り返る。そこには、真っ赤なドレス姿のエイブリル、真っ青な制服姿のイオネラ・アルマ姉妹が立っていた。
エイブリルのドレス姿に、カウント始めロングレンジ隊員達はポカーンと口を開ける。しかしトリガーが、口を開いた。
「似合ってるじゃないか」
突然の褒め言葉に、エイブリルの脳内回路はショートする。
「な、何言ってんだ大馬鹿野郎!」
「?」
エイブリルの暴言に首を傾げるトリガーに対し、カウントが肩を叩く。
「よぉ、天然たらし」
「誰がたらしだ」
先頭のハンヴィーの助手席にロングキャスター、後部座席にトリガーとエイブリル、そして運転席には軍服を着たメガネの女性が座っていた。彼女が着ているのはオーシア空軍のではなく、オーシア陸軍の制服だ。
「お久しぶりね、ロングレンジ部隊」
運転席の女性がそう言いながら、シフトレバーを「P(パーキング)」から「D(ドライブ)」に入れる。
「その声……ドラゴンブレス作戦のマコ二ー少佐ですか?」
「覚えておいてくれたの? 確か、ロングレンジ部隊のAWACS(早期警戒管制機)の管制官だったわよね?」
「ええ。しかし、何故少佐が運転手を?」
その女性――ディアナ=マコ二ー少佐――はアクセルペダルを踏み込みながら答える。
「ロングレンジ部隊の花道を飾りたい、その程度の理由じゃ駄目かしら?」
「なるほど、それで運転手を」
「あとついでに戴冠式の見学も出来ないかなーって」
「そっちが本音か、ミセス・マコ二ー?」
「ミセスだなんて、私未婚よ? 小娘ちゃん」
「おっと失敬」
そんなやり取りの最中、マコ二ーはルームミラーをちらりと見る。そこには、ドレス姿でそわそわするエイブリルと、無言で窓の外を見るトリガーが映っていた。
「そちらの無言な彼は?」
「彼はストライダー隊1番機、TACネーム・トリガーです」
「そう、彼が有名な『三本線』ね。結構若いのね」
「我らの隊にいる若い連中は、どれも腕自慢が揃ってますよ、少佐」
「ええ、分かってるわ。あなた達がいなければ、私の墓標はあの遺跡になってた」
そんな話が続く中、ハンヴィーの車列は繁華街に入っていった。
瓦礫は片付けられたとはいえ、建物の再建は遅遅として進んでいない。それでも、〈ユリシーズの災厄〉こと水没地区を覆い隠すように並んだ高層ビル群は大規模な再開発が成されている。恐らく、彼らはまだ見たくないのだろう、エルジアという国に降り掛かった全ての災難の原因を。
そんな街中の至る所に、軍隊がいる。FA-MASを持ったエルジア兵もそうだが、M4A1を手にしたオーシア兵、L85A2や89式小銃を持ったIUN-PKF派遣兵、更にAK-12を装備したユーク兵やARX-160を手にしたエメリア兵までもいる。軍用車両も、色んな国の物が勢揃いしている。さながら、多国籍合同演習のようだ。
今や軍用車両しか通行できない高速道路に乗り、王宮を目指す。上空を、哨戒のKa-60汎用ヘリが飛んでいく。ユークトバニアもかなりここの復興事業に肩入れしているようだ。
フリフリした装飾に、胸と背中ががら空きというドレスに慣れないエイブリルは、気を紛らわす為に外を見る。そこには、無惨に破壊され、原型が分からなくなったイージスアショア防空システムの残骸があった。
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AS MISSION04 DREAM 夢
オメガ11ヽ(0w0)ノイジェークト!!
飛んでいる。
狭く窮屈な空間に、シートベルトでしっかりと体は拘束されている。足を伸ばそうにも、すぐそこにペダルがある所為で伸ばせない。そして、右手は操縦桿、左手はスロットルレバーを握っている。
――操縦桿だって?
頭を上げれば、そこは空だ。黒みがかった青。綺麗とはいえないが、吸い込まれそうな色。じいちゃんが言っていた、戦闘機でしか見れない空の色、ダークブルー――
「アビー、チェック6、チェック6! 赤いSu-33が喰らいついた!」
あたしは言われるまま、後ろを振り返る。くそっ、酸素マスクのホースが鬱陶しい。
赤と黒の模様のSu-33、そういや伯爵様が444で乗ってたのもSu-33だったな。
甲高い警告音、レーダースコープに目を落とせば白い棒が迫ってる。ミサイルか。
《ガルーダ1、ミサイルだ! ブレイク、ブレイク!》
言われなくても躱してやる。フレア放出、一気に機体を上昇させて減速させる。急旋回、敵機が視界に入る。Su-33に、ヘルメットバイザーのマーカーが重なる。オフボアサイト交戦能力は便利だな。
「ガルーダ1、FOX2!」
――あれ、ガルーダ1? ガルーダ1って誰だ? それに、こんな機動、あたしは――
《ゴーストアイから全機。いいぞ、グレースメリア上空のエストバキア機は減っている。このまま――待て》
《どうしたゴーストアイ!?》
《レーダーに新たな反応! かなりの大型機、しかも何かを発射した!》
《何かって何d――》
その刹那、空が光った。
《駄目だ、コントロール不能! イジェクトする!》
《オメガ11丶(0w0)ノイジェークト!》
《ああ! ジャン=ルイがやられた!》
《落ち着けジーン! 指揮を引き継げ!》
《今のは何だ!?》
あたしは、呆気に取られる。何だ、何が起きた。
《ゴーストアイからエメリア空軍機全機に告ぐ。防空司令部及び政府緊急対策室は首都グレースメリアの放棄を決定、直ちに西へと針路を取れ。全機、撤退だ》
《タリズマン、ここは引こう。これ以上戦っても無駄に損耗するだけだ》
あたしの脳は追いつかない。何が、どうなっている。
「ガルーダ1、コピー」
しかし体は勝手に動く。そして、酸素マスクを取り、バイザーを上げた。口の中はカラカラだ。締め付けてくる耐Gスーツの所為で汗だくになり、気持ち悪い。
ふと、コクピットの計器を眺める。大型のヘッドアップディスプレイに3基の多機能ディスプレイ、両足の間に生える操縦桿――こいつは、オーシアの戦闘爆撃機F-15E ストライクイーグルじゃないか。確か、エメリアやユージア大陸の何処かにも輸出されていたはず。そして、こいつは複座機。という事は、後ろに誰かいる。
ゆっくり振り向くと、あたしは目を見開いた。そりゃそうだろう、なんせあたしの相棒として一緒に飛んでいたのは、ローザ=コゼット=ド=エルーゼ、あのじゃじゃ馬王女様だ。しっかりと耐GスーツとJMHCS(ヘッドキューイング機能付ヘルメット)を被ってる。酸素マスクは外しているが。
「どうしたの、アビー」
「なぁ、何であたしらは飛んでいるんだ?」
「どうしたの突然。エストバキア機に対してスクランブルしてスクラップクイーン」
「はぁ?」
突然の単語に、あたしは混乱する。
「――ップクイーン、起きろ。着いたぞ」
エイブリルは目を覚ます。彼女は、隣に座るトリガーに肩を揺さぶられていた。
「王宮だぞ」
「……もう着いたのか?」
「爆睡してたからな」
「気持ち良さそうに寝てたわよ」
マコ二ーがそう言うと、エイブリルは首を横に振った。
「いーや、悪夢を見た」
「悪夢?」
「あたしがストライクイーグルに乗って、エメリア空軍として戦う夢だ」
「どういう夢だ」
ハンヴィーの車列は、王宮の門で停車、不審物が無いかの検査を受けてから王宮に入った。そして、噴水を囲むように停車した。
ロングレンジ隊員達がぞろぞろとハンヴィーから降りていく。そして、王宮を見上げた。
「オーシアにもこんな感じのテーマパークが無かったか」
「あれだ、ネズミのいる夢の国だ」
「そこなら息子と何度も行ったぞ」
カウント、フーシェン、イェーガーが感想を漏らす。
エルジア王宮は、ネズミーランドのようであった。
エルジア近衛兵による身体検査を受け、それぞれ護身用に携帯していたオーシア空軍制式拳銃92FSドルフィンを預ける。そのまま、近衛兵に案内されて玄関ホールに入ると、正面の階段を駆け降りる人物が見えた。
「お嬢様! 準備がまだ――」
「大事なお客様を出迎えない訳には参りません!」
その人物は、真っ白なドレスの裾を掴んで走ってくる。
「女王様のお出ましだ」
カウントが軽口を叩く。走ってきたその人物――ローザ=コゼット=ド=エルーゼ――はロングレンジ隊員達の前で立ち止まり、頭を下げる。
「皆様、起こし頂いてありがとうございます。あなた方ロングレンジ部隊の方々、そしてミス・アビー、私の命、そしてこのエルジア王国を救う為に尽力して頂いた事は一生忘れません。エルジア王女として今一度感謝を――」
「頭を上げな、コゼット。あたしらは、やれる事をやっただけさ」
「ワーオ。まさか、女王様に感謝されるとは」
ランツァの言葉に、ローザが返す。
「いえ、私はまだ女王になった訳では――」
「でも、今日なるんだろう? 宇宙服を着て斧を振り下ろしたじゃじゃ馬娘が女王様なんてな」
「ミス・アビー! あれは、仕方なく――」
「そのお陰であの怪鳥を落とせたんだ。長距離戦略打撃群司令官として、貴女の行動に感謝をしたい」
ロングレンジ司令官の言葉に、顔を真っ赤にしていたコゼットは頭を再び下げた。
「私の行動は、きっかけを作っただけに過ぎません。そうだ、あの三本線のパイロットは――」
「トリガー、呼ばれてるぞ」
カウントがそうトリガーに話しかけた時、トリガーは玄関ホールを見渡していた。
「おいおのぼりさん、女王様に呼ばれてるっつーのに」
「え、何?」
「だから女王様に呼ばれてるんだ」
そして、カウントがトリガーを掴んでローザの前まで引っ張った。
「こいつが噂の三本線、トリガーだ」
「どうも」
「挨拶が軽いぞ」
「はじめまして、三本線さん。ローザ=コゼットです。といっても、無線で言葉を交わしましたよね」
その言葉に、ロングレンジ隊員達が驚愕した。
「トリガーが!?」
「作戦開始時に小さく『エンゲージ』と言ってるのしか聞いてないぞ!」
「作戦中は終始無言のこいつが!?」
するとローザは微笑んだ。
「あの無人機を落とすように言った時、小さく『ウィルコ』と聞こえました。あれは、三本線さん、あなたのですよね?」
トリガーは頷いた。
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AS MISSION05 CASTLE 城
エルジア王宮、王の間。そう呼ばれている大広間に多くの来賓が集まっていた。無論、ロングレンジ隊員達とエイブリル、そしてイオネラ・アルマ姉妹も。
整然と並んだ長椅子に座っていると、1人の男がやってきた。
「はじめまして。式典が始まる前に1つお話をお願いできますか?」
「失礼ですが、あなたは?」
ロングキャスターが尋ねると、彼は名刺を出した。
「アルベール=ジュネット、フリーのジャーナリストです」
「ジャーナリスト? 何故ここに?」
「戴冠式の取材ですよ。これでも、オーシアの役人とコネがあるのでね」
「それでオーシア軍人とお話する必要は無いでしょう」
「聞きましたよ。終戦へと導いた英雄、オーシア空軍 長距離戦略打撃群、ロングレンジ部隊。それってあなた達ですよね?」
「何でマスコミにそれが漏れてんだ」
フーシェンが愚痴ると、ジュネットは微笑んだ。
「ユージア大陸で知らない者はいませんよ。あの放送はユージア中に聞こえていましたから。それで、三本線のパイロットというのは?」
すると、カウントがトリガーの背中を叩いた。叩かれたトリガーはカウントをちらりと睨み、渋々と手を挙げた。
「俺です」
「あなたが三本線? お若いですね。若いパイロットなんて、懐かしいな」
すると、イェーガーが何かを思い出した。
「ジュネットって確か……環太平洋戦争の密着取材をしてたジャーナリスト?」
「光栄ですね、知っている人がいるなんて。残念ながら、ほとんどの事を書けませんでしたが」
「あぁ、『真実に最も近付きながらも、それを公表しなかったジャーナリスト』!」
司令官も思い出す。その言い草に、ジュネットは苦笑いする。
「ま、そう言われても仕方無いんですけどね」
「何か書けない事情でも?」
テイラーが尋ねると、ジュネットは答える。
「彼から直々に口止めされましてね、『私が公表するまで待ってて欲しい』と。最も、その彼が亡くなった今、どうなるのかが不透明ですけど」
「彼……確かハーリング元大統領が2020年に環太平洋戦争の真実を公表するとか言ってたな。まさか、ハーリング氏が?」
イェーガーの言葉に、トリガーがむせる。それに、フーシェンとエイブリルが気を取られた。
「どうしたトリガー? 何かあったのか?」
「あぁ、そういえばそうだったな」
それに、カウントが口を開く。
「何かあったのレベルじゃねぇ、トリガーが――」
「カウント」
トリガーがカウントを呼ぶ。
呼ばれたカウントがトリガーを見ると、彼の目は殺気立っていた。
「あ……何でもねぇ」
「おい絶対何かあるだろう」
「これはトリガーの名誉の為に言えないな」
その時、アナウンスが流れた。
【皆様、お待たせ致しました。これより、エルジア王国 第251代目女王、ローザ=コゼット=ド=エルーゼの戴冠式を始めさせていただきます。皆様、お席にお座りの上、お静かにお願い致します】
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AS MISSION06 BECOME QUEEN 戴冠式
静寂に支配された王の間に、ローザが入ってくる。彼女の着る真っ白でとても裾が長いドレスは、ウェディングドレスを彷彿とさせる。しかしその上から羽織っているコートのような物は、王としての威厳を感じさせる物であった。
そんな彼女が、来賓の座った長椅子の列の真ん中を歩く。その後ろから、従者が数人ついて行く。
階段をゆっくりと登り、壇上へ。そこには王の椅子が鎮座し、戴冠式のメインたる「王の冠」を持った神官長、そして「法治の剣」と「豊穣の玉」を持った2人の臣下が立っている。どれも、宝石で煌びやかに飾り立てられている。
神官長の前でローザは立ち止まる。そして、神官長は口を開いた。
「あなたは、エルジア王となる覚悟がおありですか?」
ローザが答える。
「はい。私、ローザ=コゼット=ド=エルーゼはエルジア王となり、この国の安定と繁栄の為に忠誠を誓います」
そして、ローザは跪く。その頭に、神官長が冠を載せた。そのてっぺんには、大きなダイヤモンドが輝いている。
「ワーオ。あれ、いくらするんだろうな」
「黙れランツァ」
冠を被ったローザは、立ち上がり、王の椅子に座る。従者がドレスの裾を持ち、形を整える。そして、舞台袖へと散っていく。2つの王族の印を持った臣下が、それぞれローザの両脇に立ち、彼女に印である「法治の剣」と「豊穣の玉」を渡した。剣の鞘には、大きなコーンフラワーブルーサファイアが藍色の光を散らす。一方の「豊穣の玉」はルベライトトルマリンの大きな玉で、妖しい赤紫の光を振り撒く。
両手に王族の印を持ったローザは、正面を向いて制止する。シャッター音と共にフラッシュが焚かれるが、撮影しているのはエルジア新政府の広報官のみである。それ以外にお呼ばれしたマスコミの人達は必死にメモを取る。
【それでは皆様、テラスへとご移動ください。我がエルジア空軍の精鋭部隊、第156戦術航空団 アクィラ隊による式典飛行を行います】
そのようなアナウンスが流れる。来賓達は立ち上がり、テラスへの移動を始める。ロングレンジ隊員達も立ち上がる。
「ドレス着ているとこ、見たかったなぁ」
カウントがボヤくと、フーシェンが口を開いた。
「何か言ったか?」
「何でもねぇ」
「……いつか着てやるよ」
「聞こえてるじゃねぇか」
トリガーも立ち上がり、テラスへ向かう為に180度方向転換する。すると、別の長椅子で涙を流すイオネラと、それを慰めるアルマの姿が見えた。
「綺麗だったわね。さすが王女様、今は女王様か」
「……少佐も綺麗ですけど」
「レーマン准尉、何か言った?」
「いえ、何でもありません」
「そう、ならいいわ。でも、次からはちゃんと聞こえるように言いなさい」
テラスへと移動した来賓達は、青空を見上げる。雲がいくつかあるが、快晴といっても差し支えない。そこへ、5機の戦闘機が編隊を組んでやってきた。
5機は翼端から煙を吹き出したかと思えば、その直後にブレイク、散り散りになる。
「Su-37か」
「カナードに長いテイルブーム、37だな」
「翼端が黄色く塗られている。何か理由があるのか?」
見上げるロングレンジ隊員達は口々に言う。
散開した5機は、一斉にお互いへと向かう。そして、5機がすれ違う。その瞬間、5機は宙返りをした。クルビットターン、Su-37だから出来るポストストールマニューバだ。1つ間違えば、失速状態が酷くなってきりもみ状態に陥って墜落する、難易度の高い技だ。それを、5機がタイミングを合わせて一斉に行った。それには、来賓達は勿論ロングレンジ隊員達も唸る。
「見事なものだ、5機がクルビットのタイミングを合わせるなんて」
「ワーオ。開幕そうそうド派手だぜ」
「あたしらには無理だな」
「言えてる」
「そんな訳ないだろ。トリガー、俺達にだって出来るよな? 帰ったらやってやろうぜ」
「ネガティブ、死にたくない」
「言われてるぞ、カウント」
その時、サイレンが鳴った。
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AS MISSION07 FLY TO QUEEN 女王の為に
あ、コールサインは全部過去作のものです(コクーンはエルジアじゃないとかいうツッコミは無しで)
突然のサイレンに、来賓達はうろたえる。ロングレンジ隊員達も何事かと思慮する。
テラスの上にある、「王の部屋」にいたローザの元へ、事務官が走ってくる。そして、彼女に耳打ちした。
「それは本当ですか!?」
「はい、既に即応部隊が戦闘配置についていますが、戦力が足りていません」
それを聞き、ローザは考える。そして、椅子から立ち上がって窓へと向かった。
サイレンが鳴った後、5機のSu-37は編隊を組み直して何処かへと飛んでいく。そこへ、ローザの声が響いた。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。エルジア軍内部の一部部隊が、反乱を起こしてこちらへ来ているそうです。皆さん、近衛兵の指示に従って避難してください。オーシア軍の方、こちらへ来ていただけますか?」
近衛兵の誘導で来賓達が避難する中、ロングレンジ隊員達とエイブリルは王の部屋へと連れていかれる。
「一体何が――」
「エルジア軍で反乱が起きました」
「そいつはさっき聞いた。それで、あたしらに何か用か?」
「反乱部隊はまっすぐここを目指しています。しかし首都防衛隊を総動員しても、戦力が足りないのです。このままでは、ファーバンティはまた市民の血で染まってしまいます。なので、あなた方オーシア軍に、反乱鎮圧の支援をお願いしたいのです」
その言葉に、ロングレンジ司令官が言葉を返す。
「それは、あなた個人としての『お願い』ですか?」
「いいえ、エルジア王としての要請です。これ以上、市民の犠牲を増やしたくありません」
「言うようになったじゃねーか、じゃじゃ馬娘」
腕組みしたエイブリルが言う。そして、ロングレンジ司令官は隊員達の方を向いた。
「聞いていたな。たった今、エルジア女王から我が長距離戦略打撃群に治安維持活動の支援が要請された。直ちに基地へ戻り、出撃する」
『了解!』
ロングレンジ隊員達が敬礼して答える。ロングキャスターを除いて。
「そんな……夕食会……」
「早く片付けば夕食会に戻ってこられる。ここを吹っ飛ばされれば夕食会は無くなる。それだけの事だぜ、ロングキャスター」
カウントが励ます。その言葉に、ロングキャスターは少し励まされた。
「そうだな、カウントの言う通りだ」
そして、全員がローザの方を向く。
「では、出撃いたします、女王様」
オーシア軍人達が一斉にエルジア女王へと敬礼した。
ファーバンティ市内を、ハンヴィーが猛スピードで走る。至る所でエルジア復興支援多国籍軍が戦闘配置についていた。
空軍基地に滑り込んだハンヴィーから、ロングレンジ隊員達が飛び出す。更衣室へと駆け込み、軍服から耐Gスーツに着替える。そして、格納庫へと走った。
一方のエイブリルはドレスを脱ぎ捨て、いつものタンクトップ姿になる。そしてF-15C イーグルの点検をする。機体番号015、垂直尾翼に3本の爪痕、トリガーの機体だ。
そこへ、トリガーが走ってくる。機体にかけられた梯子を駆け上がり、座席に収まる。エイブリルも登り、トリガーの耐Gスーツを機体と接続、シートベルトを確認する。下にいる整備員からヘルメットを受け取り、トリガーに手渡す。受け取ったトリガーはそれを被り、酸素マスクを繋いだ。
エイブリルが親指を立てる。トリガーはそれに気付き、親指を立てて返した。
彼女が梯子を降りると、整備員が機体から梯子を外す。誘導員がエンジン始動の合図を出し、トリガーはスタータースイッチを押す。補助動力装置が作動、甲高い音が響き渡る。
《ストライダー隊、滑走路手前へ移動せよ》
4機のイーグルの車輪止めが外され、格納庫から出ていく。
「行ってこい、大馬鹿野郎」
エイブリルは敬礼し、見送った。
滑走路へと、爪痕を持つイーグルが移動する。
《ストライダー1、離陸を許可する》
F100-220Eターボファンエンジンがアフターバーナーの炎を煌めかせ、大柄な機体が動き出す。そして、大空へと放たれた。
離陸したストライダー隊とサイクロプス隊の計8機のF-15C イーグルは編隊を組む。そこへ、エルジア空軍のSu-37 フランカーE、エルジア海軍のラファールM、IUN-PKFのタイフーンやF-2A バイパーゼロ、ユークトバニア空軍のSu-57 フェリン、エメリア空軍のミラージュ2000-5、更にボスルージ空軍のSu-30M2 フランカー、JAS-39E グリペンNGが集まった。
《こちらはエルジア空軍 首都防空司令部。現在ファーバンティに向け、反乱軍及びそれに同調した近隣諸国軍の空爆連合(ストライクパッケージ)が接近している。オーシア軍AWACSロングキャスター、君にこの一帯の管制を一任する。国籍を超え、集まってくれた事に感謝する。我々から出す命令は1つだけ、『我らの女王に悲しい顔をさせるな』だ》
《こちらAWACSロングキャスター、了解した。全機、聞こえていたな? ローザ女王を悲しませるな。交戦を許可する》
《ウィルコ。イエロー1、エンゲージ》
《コクーン1、エンゲージ》
《クワント1、エンゲージ》
《スカイキッド、エンゲージ》
《ソル2、エンゲージ》
《オメガ1、エンゲージ》
《サラマンダー1、エンゲージ》
《ドレイク1、エンゲージ》
《スコール1、エンゲージ》
《リジル1、エンゲージ》
交戦開始(エンゲージ)を宣言した戦闘機達が次々と増槽を捨てていく。
《ストライダー4、エンゲージ》
《3、エンゲージ》
《2、エンゲージ。行くぞ、トリガー》
《ウィルコ。ストライダー1、エンゲージ》
エルジア王宮、王の部屋。その窓を開け放ち、ローザは空を見る。遥か彼方に、宇宙へと伸びる1本の線、軌道エレベータが見える。
そこへ、ジェット機の爆音。見上げれば、たくさんの国籍がバラバラな戦闘機達が飛んでいった。その内の8機が彼女の目に止まる。地上からは、垂直尾翼はおろか機種を判別することは出来ない。ましてや、彼女は軍事を全く知らない。それでも、その8機が彼らだと察した。
その中の1機に向かって、ローザは敬礼した。
それが伝わったかは分からないが、1機の戦闘機は加速していく。それにつられ、残りの7機も速度を上げた。
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